悪の首領「崖から落ちたヒーローの生死を確認してはならぬ」 (19)

首領「終わりだっ!」ドゴッ!

ヒーロー「ぐ、は……っ!」

ヒュゥゥゥゥ……



手下「やりましたね、首領サマ! ヒーローの奴、崖から落ちていきましたぜ!」

首領「うむ、この高さでは助かるまい。アジトへ戻るぞ」

手下「ところで、首領サマ」

首領「ん?」

手下「こういう時、オレたちのような悪党はヒーローの生死を確認しませんが……」

手下「一体なぜですか?」

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首領「知りたいか?」

手下「知りたいです!」

首領「どうしても?」

手下「ど……どうしても!」

首領「……ならば教えてやろう。お前も知っておいた方がいいことだしな」

首領「あれは20年ほど前だったか……」

当時の私はある悪の組織で、下っ端戦闘員として働いていた……。



下っ端「追い詰めたぞ、正義仮面! やっちまってくだせえ、ボス!」

ボス「うむ、トドメじゃ!」ドカッ!

正義仮面「ぐわっ……!」

正義仮面「お、落ちるっ……!」

ヒュゥゥゥゥ……

下っ端「さすがボス! あの正義仮面を崖下に叩き落とすとは! さ、帰って祝勝会といきやしょう!」

ボス「……」

下っ端「どうしました? 早く帰りましょうや!」

ボス「いや……待て」

下っ端「へ?」

ボス「正義仮面が本当に死んだかどうか確かめねばならん」

下っ端「いやいやいや! ボス! この崖は高さ50mはありますよ? 絶対死んでますって!」

ボス「貴様如きがなぜそう言い切れる!?」

下っ端「ひっ!」

ボス「正義仮面があの程度で死ぬとは考えられん……」

ボス「勝利の美酒に酔うのは、ヤツの死を確認してから、じゃ」

下っ端「は、はいぃっ!」

下っ端(すげえ……この油断のなさ! これぞ悪のボスってやつだぜ!)

下っ端(いつか俺もこの人みたいな悪の首領になりてえ……!)

ボス「全員で、手分けして正義仮面を探すのじゃ!」



オーッ!!!



下っ端(よーし、絶対に俺が一番に見つけてやるぜ! もし生きてたらトドメ刺してやる!)

ワイワイ… ワイワイ…


「こっちにはいません!」

「こっちにもいませーん!」

「くそっ、見つからねえ!」



下っ端「組織の戦闘員を総動員してるのに、見つかりませんねぇ……」

ボス「うむ、やはりヤツは生きていて、すでに逃げてしまったのじゃろう」

下っ端「せっかく勝ったと思ったのに、残念ですね」

ボス「仕方なかろう」

下っ端(心なしか、ボスが少し嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか?)

ボス「皆の者、ご苦労じゃった!」

ボス「もうすっかり日も暮れてしまったし、我らが本拠地へ帰還する!」



ワイワイ… ワイワイ…



下っ端「結局、正義仮面との決着はお預けかぁ……」

下っ端「――ん?」

下っ端「あ、あれはっ……!?」

下っ端「ボ、ボス……」ガタガタ…

ボス「ん? なんじゃ?」

下っ端「ボスの後ろに! 正義仮面がっ!」

ボス「なんじゃと!?」クルッ

ボス「ゲ……これは……!」

ボス「なんという……むごさじゃ……」

下っ端「仮面がなきゃ、分かりませんでしたよ……」

下っ端「いくら高さがあったとはいえ、どう落ちたらこんなことに……」



ヒィィィ… オエェェェッ… ウゲェ…



下っ端「ううう……」

下っ端「オェェェェェッ!」ビチャビチャ…

首領「――というわけだ」

手下「……」

首領「あのあまりに凄惨な光景がトラウマとなり、みんな活力を失ってしまい――」

首領「ボスは引退し、仲間たちも次々組織を離れ、そのまま組織は自然消滅……」

首領「私もしばらくは飲食すらできないほどの精神的ダメージを負った」

首領「その一件以来、我々の業界では崖から落ちたヒーローの生死を確認してはならぬ、というのが」

首領「暗黙の了解となったのだ……」

首領「よって、今日はこのままアジトへ帰る!」

手下「分かりました!」







―おわり―

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