「キサマラガウミダサレタリユウハタダヒトツ……オロカナカンムスヲ、ミナゾコニシズメルコトダ!」
今、目の前にいる深海の姫様――空母棲姫は生まれてすぐの私達に説明する
「ヤツラハナンドモリクニアルワレワレノスミカヲオソイ、シンリャクシテキタ。ソノタビニアタラシイセンリョクヲフヤシタガ、イマモナオヤツラノゲキタイハオロカ、アシドメスラシッパイシテイル」
どうやら、艦娘とは私達の平和を脅かす存在らしい。姫様はそんな敵に対してご立腹のようだ
「ヤツラカラコレイジョウ、ワレラノスミカヲウバワレテハナラナイ。キサマラノカツヤク、キタイシテイル。サア、スグサマハイチニツケ!」
『イエッサー!』
部屋に居た者達は一斉に返事をする。ただし誰も声を発したわけじゃないから、部屋に響き渡ることはない
「……オマエノシキスルクチクカンタチヲツレテコイ。キライノハイチヲサセルンダ」
「ショウチシマシタ」
空母棲姫の側にいた彼女――軽巡棲姫は頷いて部屋を後にした
―・―・―・―・―
駆逐艦に運ばれた私は、作戦海域の海上をクラゲのように漂っていた。無闇に動かず、艦娘が近づいてきたら戦うのだと理解していたから
私はどうやら目と口が無いらしく、見ることも喋ることも出来ないみたいだ。しかし、会話はテレパシーのようなものでやり取りすることが出来る。先ほど、部屋に声が響かなかったのはこの為だ
目の代替に関しては、非常に優秀な敵味方判別センサーを搭載しているため、壁に遮断されなければ同胞・敵の位置がすぐに分かる。姿を見ることは出来ないが、別に問題とは思わなかった
私は手足を動かさず、センサーに意識を集中させ獲物を待ち構える。波に揺られながらも気を緩ませず、冷静に……
センサーに突如、艦娘の反応があった。遂に戦いが始まるようだ。私は緊張こそしていたが、動かないよう努める
すると、遠くから声が聞こえて来た
「ここが作戦海域ね」
「静かだね。海の中に潜んでるのかな?」
「ソナーに反応はないわね。潜水艦が出てこなければいいけど」
「お前ら、気を抜くんじゃねーぞ」
しばらく話に耳を傾けたが、この四人以外は誰も喋っていないようだ。どうやら、今回の獲物は四人と少数編成みたいだ
しばらくすると、センサーに反応があった。この反応は私の味方達の反応で、この四人を沈めに来たようだ
「……後方から、敵艦隊の反応があるわ」
「私の方も確認したわ。潜水艦が二隻いるみたい」
「残りは駆逐艦二隻と軽巡洋艦二隻ってところだね」
「潜水艦混じりの水雷戦隊ってところか……面倒だな」
どうやら、私には気づいていないらしい。索敵範囲が広くないのか、私自身が敵として認識されていないのか。どちらにしても好都合だ
「今回は数の関係で不利だ。だから砲撃で応戦しながら逃げるぞ。前をドイツの二人が、オレと天津風が後ろになって複縦陣だ。いいな?」
「ええ、分かったわ」
「了解!」
「……了解」
ザバアアアアアン!
三人が返事をした直後、艦娘達の後方から二隻の駆逐艦が姿を現した
「うわっ!?」
艦娘の一人が驚いて声を出すと、軽巡の二隻も顔を現し、一隻が直ぐ様砲撃する
「きゃっ!」
「くっ……」
しかし、砲撃は艦娘二人の間を抜けていき、不意打ちに失敗してしまった
「ちいっ! お前ら、一人にならないよう気をつけながら応戦しろ!」
艦娘の旗艦だろうか、男勝りの彼女が号令を掛けると、艦娘側も砲撃を始めた
砲撃と雷撃が海上を飛び交う中、揺れ続ける波に流されながら私はただじっと待ち続ける。すると、一人が下がりながらこちらに近づいて来た。激しい戦闘のせいか注意力が足元まで向いていないらしい
さあ……来い、来い、こっちへ来い
そして距離はあと一メートルを切った……今だ
私はしまっていた触手を一気に伸ばし、艦娘の足へと巻きつける
「なっ、何!? まさか機雷!?」
急な襲撃に艦娘は驚いているようだ。その隙に私は複数ある触手を器用に使い、よじ登る
「こ、この……離しなさい!」
彼女は私の触手を握ろうとするが、体液で滑るからか掴めずにいる。対する私は滑らないように身体に巻き付け、一本を衣服に引っ掛ける
「そ、そこに引っ掛けるのはダメ――あっ」
ばしゃんと水面に叩きつけられた音がする。先程と違い滑り落ちなくなったので、艦娘が倒れたのだろう。これは私にとってまたとないチャンスだ
「くっ……いい加減離れなさい!」
触手を用いて拘束しようとすると、不意に何かを向けられ身の危険を感じる。武装した砲を向けられている可能性が高い
私は触手の一本を直ぐ様そちらに向けて伸ばし、手に持っていたものを絡め取ろうとする
「こいつ……私の動きが分かってるの!?」
腕をジタバタと動かして対抗してくるが、そんな事をしても狙いは定まらない。私はもう一本の触手で手に持っていた武器に巻きつけて、奪い取り投げ捨てた
「し、しまった!」
これで彼女を守る武装は何もない。あるとすれば魚雷だろうが、こんな状態で使うことは出来ないだろう。後は彼女を徹底的に追い詰めて、深海に沈ませるだけだ
数本で艦娘の身体に絡みつきながら、残りの触手で彼女の弱点を探す。姫様から聞いた話では、艦娘の体内へ触手を潜りこませることが出来れば確実に仕留められるとの事だ。私は触手で穴になっていそうな部分を探す
「このっ……んんっ!」
艦娘も私の身体を掴み引き剥がそうとするが、何故か一瞬だけ力が弱まる事がある。身体を這いずっている間に弱点に触れているのかもしれない
探し始めて数分が経つと、穴の入り口に触手が当たった。少し力を入れると、少しずつ中へと侵入していく事が分かる。ここが当たりか
「待ちなさい! そこはダメなところよ!」
声を荒げて先程よりも手に力を入れて引き剥がそうとしてくる。どうやら弱点を見つけたみたいだ
私は止めようとする彼女を無視し、そのまま触手を奥へと突き刺した
「いっ……あああああっ!」
すると、悲鳴を上げながら彼女の身体が痙攣して、手を私の身体から離す
「ま、マックス!?」
「い、いだい! レーベ、助けて!!」
「そ、そうしたいけど……うわっ!」
近くにいる艦娘に邪魔されそうになったが、味方が砲撃で狙ったおかげでこちらに迫ってくる気配は無い。他の艦娘は任せることにして、私は彼女への攻撃を続ける
穴の中はとても狭く、普通に入れても中々奥へと進まない。仕方がないので触手を一旦引き抜き、勢い良く穴の奥へと押し込んでこじ開ける
「うあっ……んっ……ああっ!」
奥を突かれる度に彼女は悲鳴を上げる。その様子が少し楽しくなってきた私はペースを上げて奥へ奥へと突き進む
すると、突然こじ開けることが出来なくなった。どうやらここが行き止まりなのだろうか
私は行き止まりを触手の先でじっくりと調べあげる。すると、中心辺りに更に小さな穴があることを発見した。この奥こそが、真の弱点なのかもしれない
「お、お願い! そこだけは本当にダメなの! そんな事されたら死んじゃう!」
必死に声を出して、艦娘は私に命乞いをする。だがそんな事を言われても私には関係がない
触手の先端を穴に入れ、ゆっくりと押し入れようとして動かす
「いぎっ、あっ、あああっ!」
凄まじく痛いのか、艦娘は身体を痙攣させながら喉が壊れそうな大きな悲鳴を上げる。なるべくならこの中を重点的に攻めたいのだが、私の触手では太すぎて入らないようだ。諦めて私は触手を止めた
「こ、こんなの……無理……」
今にも泣き出しそうなくらいか弱い声を聞きながら、穴の付近をじっくり探し始める
もう一つ小さい穴があるな。こちらももしかしたら弱点なのだろうか。しかし、こちらは先程よりも入れるのに苦労しそうだ
「なっ、そ、そっちはもっとダメよ!」
彼女が穴を突かれて必死になるということは、ここも艦娘にとって弱点なのだろう。私はためらわず、もう一つの穴に別な触手を突き入れた
「いやああああっ!」
私の聴覚機関が壊れそうなくらい、艦娘は大きな悲鳴を上げた。しかしここで怯むわけにもいかないので、そのまま攻撃を続ける
こちらの穴は体液で滑りを良くしても中々入らない。おかげですぐに限界が来てしまった
他にも弱点を探りたいのだが、触手が思ったほど伸びないせいでこの二本分が限界だ。せめて今出来る事を最大限活かし、この艦娘だけでも水底に沈めたい。でもこれ以上は手のうちようが無い
私は考える。自分の出来ることでなんとか沈ませる方法を――
触手、センサー、聴覚器官、体液……ん、体液?
そうか、触手では届かなくても、勢い良く体液を発射すれば、届かないところにもダメージを与えられるのではないのだろうか。しかし、これは私にも負荷が掛かり、死に至る可能性もあるだろう
それでも、私は役割を果たす義務がある。一隻でも沈めることで姫様や同胞が喜ぶのなら、この命くらい差し出してやろう
私は体中の体液を一部に溜め込み、二本の触手に意識を集中させる。先端は砲口のように開き、そこから砲撃をするかのようなイメージで
「ひっ……な、何をするつもりなの!?」
少しずつ太くなる二本の触手を見て、彼女は怯えているようだ。今この瞬間、私は彼女の生殺与奪権を握っている。それがたまらなく楽しい
限界まで溜め込み、もう後は撃つだけだ。目があれば怯える様子でも眺めながら焦らしたのだろうが、そんな猶予は戦場ではない
私は何も言わず、勢い良く弱点へ撃ちだした
「いやああああああああああああああああああっ!」
ドクンドクンと大きな音を立てながら発射された体液は、艦娘の身体の奥へ奥へと流れこみ、凄まじいダメージを与える。その証拠に彼女の身体は痙攣し続け、悲鳴が収まらない
約一分間、私は必死に体液を発射して力尽き、彼女の身体から滑り落ちる。奥へと入っていた触手も、体液で滑り、海の上に放り出された
艦娘はというと、意気消沈して海の上でぐったりしている。嘘だ嘘だと蚊が鳴くような声で繰り返していて、きっと表情も絶望に打ちひしがれていることだろう
嗚呼、あと少しだったのに……不甲斐ない私をお許し下さい。姫様
私の身体は少しずつ海に沈んでいく。どうやらこのまま死ぬのだろう。心残りはあるが、穏やかな気持だ
――もし深海に辿り着けたら、また……姫様のために……
最期に一言、私はそう呟いた
―・―・―・―・―
「……コレハ、セイコウナノデショウカ?」
マスクをつけた姫……軽巡棲姫は偵察機からの様子を見て訝しむ。彼女とは対照的に、隣にいる空母棲姫は晴々しい笑顔で映像を眺めている
「フフフ、シズメルコトハデキナカッタガ……モウヒトツノモクテキハタッセイシタヨウダナ」
「モウヒトツノ、モクテキ?」
「エエ。アトヒトツキモスレバ、オモシロイコトガオコルワ。フフ、ハハハハハ!」
「……」
質問の答えが曖昧で、軽巡棲姫は首を傾げる。新兵器は実質失敗したというのに、どうしてこんなにも笑っていられるのだろうか。そして、もう一つの目的とは一体何の事か
彼女は映像の艦娘を見る。ここまで衰弱した彼女は一体どうなってしまうのだろうか。考えても、その答えは出てくることは無かった
―・―・―・―・―
――ココハ、ドコダ?
――クライ、ナニモミエナイ
――ワタシイガイ、ダレモ……イナイ
――ワタシハ、ダレ?
――アア、ソウカ。ワタシハ――ナノネ。ソレナラ、マズハ……
ココヲデテ、ウミニイカナイト……ウフフフフ、アハハハハハハハ!
終わり
シリアスな戦闘描写はとてもむずかしいことを実感した
見てくれてる人いたらありがとう
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