【ガンダム00】沙慈「僕の義兄はフラッグファイター」 (592)


――西暦2307年・経済特区・日本――


――JNN・オフィス――

「はぁあああ??!!」


ザワ……


デスク「絹江、声! 声が大きい……!」

絹江「は、あ、いや、ごめんなさい……じゃなくって!」

絹江「い、いきなり【来週アメリカ飛んでお見合してこい】って言われたら誰だってそうなりますよ……! 説明を求めます!」

デスク「いやな……話せば長くなるんだこれが……はぁ」



 ・
 ・ 
 ・


デスク「……というわけなんだ」

絹江「なあるほどお、じゃあしかたないですね。いってきます!」

絹江「ってなるかぁ!!」バァンッ

デスク「抑えろ絹江!! 気持ちはわかる! 痛いほどに分かる、だから!!」

絹江「ただのオジジ(会長とか偉い人とか)連中のおせっかい焼きに部下を巻き込むんですか!? 記事にして糾弾してやるんだからぁ!!」

デスク「重役からの名指し使命なんだ、仕方ないだろ」

デスク「うちの部署で都合のいい年齢の子ってお前くらいしかいなかったんだ……!」

絹江「親戚にせっつかれるならまだしも、職場絡みってひどすぎやしません?!」

デスク「そう言うな……一回だけ顔合わせて、愛想笑いして、ご縁がありませんでしたで良いんだから……な? な??」

絹江「ふぐ……ぬぬぅ……!」

デスク「こっちで泊まり先や色々便宜は図ってやるから。ほら、お相手の資料。持ってけ」

絹江「……貸しですからね!」バシッ



絹江(……お相手の名前は……)


「グラハム・エーカー」


――――


グラハム「 断 固 辞 退 す る 」

ビリー「そういうと思ってたよ、フラッグファイター」ハハハ

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――MSWAD基地――


ホーマー「辞退は許さん。必ず、当日、現地にて見合いを敢行しろ」

グラハム「辞退いたします、司令。私は誉れあるユニオン軍人でありフラッグファイター、何より一人の男です」

グラハム「今日び見合い結婚などという老人がたの好意の強制、二つ返事で享受できるほど蒙昧ではないつもりであります」


ホーマー「貴様……」

ビリー「グラハム、気持ちは分かるが言い過ぎだよ。中将閣下の旧知の仲の、報道関係者というじゃないか」

ビリー「事を荒げると色々面倒だよ? 君はただでさえトラブルを渦のように吸い上げる御仁なんだから」

グラハム「……失礼しました。ですが、ユニオンにおいて【見合い】などという発想が出てくる事自体解せぬのが本音」

ビリー「僕らニホンの文化に多少明るい者同士だから伝わる会話なのは確かだね」


グラハム「更に、如何に私が結婚適齢期を過ぎつつあり、女性関係が壊滅的であり、かつ仕事の虫で所帯を持つことが絶望的であろうとも」

ビリー「グラハム、言ってて辛くはないかい?」

グラハム「……スレーチャー少佐との一件で上層部からは蛇蝎の如き扱いのこの厄介者へ、寝耳に水と舞い込んだこの縁談。裏を感じるのは私だけでしょうか?」

ホーマー「…………」



「そのことならば、わしから説明させてもらおう」


グラハム「!?」

ホーマー「む……」

ビリー「あなたは……!」


「プロフェッサー・レイフ・エイフマン!!」


エイフマン「ふっふっふ……」

 ・
 ・
 ・


ビリー「――成る程、つまりこういうことか」

ビリー「教授がニホンに遊びに行って久しぶりに旧友と飲みに行ったら、なんか意気投合しちゃって」

ビリー「気づいたら【お互い気に入ってる若いのくっつけるか】と縁談の話がフルブラストで決まっちゃってたと」

エイフマン「おおむね、正確には100%当たっておる」

ビリー「概ねどころじゃないじゃないですか教授、何やってんですか」

エイフマン「いやな、最初わしのフラッグを十全に操る男の話をしていたら、つい浮いた話がないことを漏らしてしまってな」

エイフマン「そこからトントン拍子に……こう……なるようになれとな、こうなっておった」

ビリー「多分今初めて教授のこと軽蔑してます、僕」

エイフマン「老人とは若者のらぶすとーりーを食って生き永らえる生き物だからのう」

ホーマー「かくいう私も教授のせいで今の女房を、な」

ビリー「今二回目の軽蔑最短記録です。記録更新ですよ教授」


グラハム「私になにかいうことはありませんか、プロフェッサー・エイフマン 」

エイフマン「ごめん」

グラハム「端的な謝罪の言葉ありがたく受け取らせていただきます」


グラハム「……はぁ……プロフェッサーの頼みとあっては、酔った勢いの縁談とて無碍には出来んか」

ビリー「え、行くのかい?」

グラハム「こう見えて回避できる非礼は避けてみせる主義でね」

グラハム「なに、適当に愛想笑いでもして頷いていれば良いのだろう? 簡単なことよ」

ビリー「グラハム、聞いている限り君にとってもっとも難解な部類に入る行為だと思うんだけれども……」

グラハム「お相手には悪いが、談笑のみのささやかな会になることをお約束するとしよう……これか」ピッ


「絹江・クロスロード」

今夜早急に続きを。



――日本・マンション――

沙慈「へー、姉さんがお見合い。ふーん」ジュゥゥゥゥ

沙慈「………………」ジュゥゥ

沙慈「OMIAI?!」ボゴォンッ

絹江「沙慈、お肉焦げてる! 」

沙慈「わわわわ!!」カチカチ

沙慈「……ふう、で?」

絹江「で、って?」

沙慈「受けるの? この縁談」

絹江「はあ、あんた私の話聞いてたの? 受けるわけ無いでしょ」

沙慈「結構……っていうか相当かっこいい部類じゃない? この人」ピラ

絹江「面食いの気はないわ。第一ね、その人相当な食わせ者よ」

沙慈「そうなの?」

絹江「ええ……」


 ・
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 ・
 ・

イケダ『グラハム・エーカーか。ああ、知ってるよ。というかユニオンの軍部に詳しい奴に知らん奴はいないだろう』

イケダ『なんたって現ユニオン・エアフォース最強の呼び声高いトップガン。最新鋭機【ユニオンフラッグ】の筆頭エースだものな』

絹江『そ……そんなに凄いんですか? 彼』

イケダ『別格だろうな。一部の評論家からは馬鹿みたいに嫌われているが、一般論ではまず彼の名が挙がる』

イケダ『2302キューバ派兵で初めて戦果を出してから、以降狂ったように空を飛び続けてる。毎回酷い目に合わされてる人革の対空専門部隊の的には、彼の写真が毎回貼られてるって三文記事も上がったけな』

絹江『へえ……』

イケダ『んー……だがなあ、人間的には絵に描いたような偏屈だそうでな』

イケダ『何より、2304のコンペの模擬戦でかつての上官を撃墜させ死亡させたという曰くから、ブンヤの間でも良い噂は聞かん男だよ』

絹江『【上官殺し】……あ、彼が……?』

イケダ『聞いたことあったか。まあ噂は噂、裏が取れんものは多い。あんまり気にし過ぎない方が良いとは思うが』

イケダ『叩いて損をする橋はない……この世界の鉄則だな』



イケダ『あ、女絡みの噂は驚くほど出ないらしいぞ。同性愛者かもって向うの特派員がな』

 

 ・
 ・
 ・
 ・

絹江「……」



沙慈「……それ、大丈夫なの?」コト

絹江「婚約するわけでもあるまいし、気にすることじゃないわ」

絹江「と、言うわけで。来週少し空けるから家のことはよろしくね」

沙慈「いつものことじゃないか、こっちは気にしないでよ」

沙慈「でも……少し残念かな」

絹江「……何がよ……」ズズ


沙慈「だって、姉さんこういうのでもないとどうせ結婚出来ないだろうし」

絹江「 」ブフォ


沙慈「父さんの後を追って、ジャーナリストになったのはいいけど、僕の世話もあって学生時代だって男っ気皆無の日干し生活」

沙慈「社会に出ても上から睨まれて、書く記事全部攻撃力高すぎて同僚には女傑扱い、出逢いらしい出逢いも飛び回ってる生活じゃあ期待も出来ず」

沙慈「弟の僕から見ても……何ていうか、地味というか……もう少し彩りがあってもいいと思うんだけどねえ」ハァ……

絹江「…………で……!」

沙慈「……ん?」



絹江「なぁんで養われの身のあんたにそこまで言われなきゃあならんのじゃあああああああ!!!」ドンガラガッシャーン

沙慈「わぁあああああああ!!!」ガシァーン


沙慈(でもね、姉さん)

沙慈(もしね、誰か、姉さんの夢と一緒に姉さんも幸せにしてくれる人が出来たのなら)

沙慈(僕のことなんか気にしないで、一緒になってもらえたらって)

沙慈(――本当に、そう、願ってるんだよ)



――前日・MSドック――


グラハム「……」

「眠れんかね?」

グラハム「!」


エイフマン「爆風吹きすさぶ鉄火場を生き抜くユニオンのトップエースも、自身の未来の掛かった出会いの前では、緊張もするか」

グラハム「……プロフェッサー」

エイフマン「ふふふ、良い良い。まだ若い証拠というわけだ、老骨には眩しい限りよ」

グラハム「その様子ですと、謀られましたな。教授」

エイフマン「んー?」

グラハム「……貴方には感謝をしています。この若輩者をフラッグのテストパイロットに選定していただけたことも、今なお有能な整備班を預けてくださることも」

グラハム「我が戦果の半分以上は、その頭脳と見識よりもたらされたもの。そう日々肝に銘じ飛び続けているほどに」

エイフマン「……」

グラハム「ですが今回ばかりはお節介が過ぎるのではありませんか、教授」

グラハム「私は期待に応えるべく、そして自ら望みこの空を飛び続けている。その妨げを自ら我が眼前に置かれるとは、悪戯にも度がありましょう」


エイフマン「……くく、まだまだ、青いな」

グラハム「なんと?」

エイフマン「青い青い。出逢いを妨げと突き放し、繋がりを鎖と遠ざけ、知らぬ世界を書割と称し見向きもしない」

エイフマン「成る程、確かに君は弱卒だ。【飛ぶこと】が人生の全てと言い切るならば、なぜ今怯える必要があるというのかね」

エイフマン「何処へなりとも迷わず飛んでいけばいいだけなのに、今、何故か眠れない。それそのものが君の致命の弱点だと何故気付かない」

グラハム「っ……」

エイフマン「君は強い。君がへりくだった先ほどの言葉、私はその全てに否と答えよう」

エイフマン「君と同じ機会を、君と同じ待遇を与えたとして、果たして何人がそれに【近しい結果】さえ出せるというのかね」

エイフマン「君は強い。おおよそ、君が飛ぶことを妨げられるものなどこの世には存在し得ない、そう言い切れるほどに」

エイフマン「だが、君の【弱さ】がその矛先を狂わせる。一人で飛び続けたとして、君は……」


エイフマン「――決して、君の望んだ空を飛び続けることは出来ない。だから、君は、弱い」

グラハム「……!」


グラハム「ならば敢えて問い返しましょう、この縁談の真意を」

グラハム「よもや貴方ほどの叡智を持った人物が、伴侶を得ただけで真の強さを得られるなどという世迷い言を申されるつもりでは……!」

エイフマン「ないない。第一断られること前提の人選じゃ、【お互い】な」

エイフマン「だから明日も遠慮なく断ってきたまえ。逃げさえしなければ何してもいいぞ、セクハラと犯罪以外でな」

グラハム「ッッッ……!!?」

エイフマン「なんというかな、そろそろ教えとかんといかんと思っただけのことよ」

グラハム「な……何を、でしょうか」


  スッ


エイフマン「【空の広げ方】じゃよ」


グラハム「そらの……広げ方……?」

エイフマン「あぁ……分からなくてもいい。今はまだ、な」

エイフマン「じゃ、おやすみ。遅刻するでないぞ、フラッグファイター」スタスタ

グラハム「あ……!」

エイフマン「俗世のことを知るのも勉強じゃ。空と違って、ここはままならぬものだから、のう」

グラハム「……!」


――――

ホーマー「……まさか本当にやるとは思いませんでしたよ」

ホーマー「しかしよろしいのでしょうか。貴方の株を下げるようなことを……」

エイフマン「なぁに、年寄りの道楽であることに間違いはあるまい」


エイフマン「あれはなあ……このまま行けばきっと何処かで道を踏み外す」

エイフマン「強すぎるのだ。一人で立ち続けることが出来てしまう。だから、あれの膝を折れるものこそいないものの」

エイフマン「対等にでも張り合われたら、それだけで奴はどんどんねじ曲がっていく」

ホーマー「……」

エイフマン「まあ、俗世間に染めて弱くするのがいいこととも思えんが、狂うよりは幾分マシじゃろうて」

ホーマー「上手くいきますかね」

エイフマン「断っていいとはいったが、ちゃんと断ってくれるか不安だの」

エイフマン「お前としては、あれがただの【力】であるままのが良いのかもしれんがな」

ホーマー「明言は避けさせていただきます」

エイフマン「ふん……」

また今晩、早急に続きを
しばらくは眠れぬ夜の道楽ですが、休みが来たらまとまってお送りいたします

休暇を勝ち取り意欲がトランザムいたしましたので今夜改めて投稿いたします。
量に関してはお察しください。筆の速さまで三倍とはいかないものです。



――そして、今――


――お見合い当日――


ルイス「ここがお見合い会場ね!!!」バァァーン



絹江「 」


沙慈「ごめん……姉さん」


――アメリカ・某将校別荘――


ルイス「すっごーい! 見て見て沙慈、鯉よ鯉! いっぱいいるわ!」

沙慈「ルイス……お願いだから静かにしててよ? 僕たち完全に部外者なんだから」

デスク「はは……部外者ってわけでもないとは思うが、あまり遠くに行かないでくれよ?」

デスク「ここは向うの将官どのの別荘みたいなもんでね、日本通で知られる彼の趣味で整えられている」

デスク「ハレヴィ家のご令嬢なら心配いらないとは思うけれど、絹江のお相手はなかなか手ごわいらしいから、慎重に行かないとね」

ルイス「はーい!」

デスク(……この子本当にあの世界的富豪の子か? いや、いい意味で違和感というかなんというか……)


絹江「……沙慈、私着替えてくるから、あとよろしく」

沙慈「あ、うん。頑張って、姉さん」

絹江「あの子、ちゃんと後で紹介しなさいね」ポン

沙慈「……うん」

女中「こちらです、足元にお気をつけを」

絹江「はい、ありがとうございます」


絹江「……ふうー……」


沙慈(…………)

沙慈(何だか緊張してるみたいだ。大丈夫かな、姉さん)





デスク「や、心配かい?」

沙慈「あ、いえ……本当にすみません。押しかけるみたいにこんな……」

デスク「いや、構わんよ。ああ見えて絹江も相当キテたっぽいからむしろありがたい」

沙慈「え?」

デスク「そりゃあ断るのを前提にしても、お見合いだもんな」

デスク「自分の将来に関わるデリケートな問題だ。何も感じるなというのがおかしいさ」

沙慈「そう、ですか」


沙慈(……家ではそんな素振り見せなかったのにな)

沙慈(自分のことなんだから自分のことだけ心配してくれればいいのに……相変わらずなんだから)


デスク「ああ見えて本番にはめっぽう強い子だ、心配はしていない、が……」

沙慈「グラハム・エーカー中尉、ですか」

デスク「大丈夫だと思いたいんだけどなあ……相手が相手だ」

沙慈「お相手に変なこと言われなきゃいいんですけど、ね」

デスク「ああそうだ、さっき向うの連絡役に庭の出歩きを許可されたんだ」

デスク「彼女のお守りは任せていいよね? いい関係みたいだし、さ」ニヤニヤ

沙慈「そういう詮索、ルイスにはしないでくださいよ……? もう」

――――


沙慈「ルイス」

ルイス「……もういっちゃった?」

沙慈「うん、お色直し……じゃなかった、おめかしでいいのかな、ああいうの」

沙慈「いいの? 庭、今なら見放題だって」

ルイス「……沙慈……」

沙慈「……何?」



ルイス「どぉおしよう! 絶対お姉さんに勘違いされた!! 頭の弱い子だって思われたよぉ……!!」ワーン

沙慈「はー……人見知りが無理して第一印象コントロールしようとするから……」ポリポリ



ルイス「うわー! 絶対やらかした……」

沙慈「ルイスはルイスのままでいいんだから、下手に作らなくても」

ルイス「い・や・な・の!」

沙慈「……な・に・が?」


ルイス「……お姉さんに、気取ったお嬢さまだとか、ぶってるとか、思われるの」

ルイス「沙慈に似合わないとか思われるの、やなの」


沙慈「……」

ルイス「っ……」

沙慈「…………」


沙慈「……ねえ、ルイス」

ルイス「……なに?」


沙慈「今日僕ら主役じゃないんだからそこまで頑張らなくてm《沙慈のバカ!!!!》グワーッ脛?!!」バシーン

――――

絹江「……どうでしょ?」ピシーッ

女中「すごくお似合いになっておりますよ!」

絹江「あー……ありがとうございます……」

絹江(まさか見合いで訪問着着るとは思わなかったわ……流石にクるなあ)

絹江(ええい、ここまで来たらなるようになれよ……!)パシンッ

絹江(作戦決行まで残り……!!)


 ・
 ・
 ・


グラハム「……30カウント」

ホーマー「往くぞグラハム」

グラハム「御意に」





デスク「お、来たか……」

JNNの偉い人(以降Jオジジ)「時間ピッタリ、流石は軍人だのう」


沙慈「あ、来たみたい」コソッ

ルイス「グラハムさんだっけ、童顔だけど結構顔はいいよね」

沙慈「僕だって多分大人になっても変わらないよ」

ルイス「沙慈はいいの、沙慈は!」

沙慈「基準が曖昧だよ……と」

ルイス「き……た……?」



グラハム「――此度は、宜しくお願い致します」スッ

デスク「う……!」ゾワッ

Jオジジ「ふが……?!」ブルッ


沙慈「……!!」

沙慈(なん、だろう……写真とはぜんぜん、空気が違う)

沙慈(表情……違う。確かにしかめっ面だけどそこじゃない)

沙慈(不安? 姉さんみたいに……違う! そういった弱い感じは全くしない、むしろ――)

ルイス「ね、ねえ沙慈……あの人……」

ルイス「何だか、獣みたい……」


グラハム「……」ジロ

沙慈(! こっち見た!)サッ

ルイス(わわっ……)ササッ


グラハム「……彼ら、いや、彼はクロスロード氏の付き添いですか?」

デスク「え、ええ……よく分かりましたね、弟さんです」

グラハム「顔に面影が宿っている。もう片方はそうでもなさそうだが」

デスク「あはは……弟さんからは、けっこう高評価で……」

グラハム「もう会うこともありません、詮無いことです」

デスク「……う……」

Jオジジ「どうなされたのだ、エーカー殿は。かなり不機嫌そうだが」

ホーマー「昨晩、わざわざ喧嘩を売りに行った70代の世界的権威がおりましてな……」

Jオジジ「あー……」


カツンッ

グラハム「!」

沙慈「!」

エイフマン「くっくっく……ここまで予想通りだと、笑うしかないかな」

グラハム「教授」

沙慈(誰だろう……かっこいいお爺さんだな)

ホーマー「ほら、アレです」

Jオジジ「何わろうとるんじゃあのジジイ」


エイフマン「いい具合に仮面が剥がれてきとるではないか。ん? 大丈夫かグラハムよ」

グラハム「何処ぞの恩師のおかげで平静には程遠い精神状態を余儀なくされておりますよ」

エイフマン「もう少し余裕を顔に浮かべてはどうかね。そう怖い顔をしていては、お相手が逃げてしまうかもしれんぞ」ニッ

グラハム「この茶番をハラスメントと犯罪行為以外で終わらせる、条件には合致しているように思われますが」

エイフマン「意趣返しか、ふふ、抜かしおる。それでこそ儂の選んだ男よ」

グラハム「……もし無為に終わろうものなら、今後も兼ねて考える時間を頂きたいものですな」

エイフマン「案ずるな、どう転ぼうと損はさせん。だが死なばもろともでわしの顔に泥を投げんでくれよ」

グラハム「女性に無礼を見せる男とお思いですか、低く見られたものだ」

エイフマン「男にしとる時点で信用はストップ安じゃよ。一部上場からやり直すんじゃな」


沙慈「…………」

ルイス「おじいちゃんすっご……あの怖い人と言葉で殴り合ってる……」

沙慈(あの人が姉さんの……)

沙慈「……いや、だな……」


エイフマン「さて、立ち話もここまでにしよう。乙女が着飾ってお前を待っておる」

グラハム「たのしみですな」

エイフマン「そうだろうそうだろう……はっはっは!!」


ホーマー「…………」

ホーマー(さて、あのスレッグ・スレーチャーが不可能だったことを……レイフ・エイフマンはどのように仕掛けるおつもりかな)


エイフマン「さーて、はたして何秒保つかのう、絹江どのは」

ホーマー「えっ」

明日また早急に続きを。
想定外のコメント数にひたすらの感謝を。



――応接間(和室)――

グラハム(まだ時間には少し早い……が……)


グラハム「…………」

エイフマン「ほうほう、庭もよく見える。良い会場じゃな」

グラハム「……教授」

エイフマン「ん?」

グラハム「あなたはご存知のはずです。私がかつて、戦場での恩師の愛娘を袖にしたことを」

エイフマン「応。まあ袖にしたというほど冷酷なものではないと聞いたがな」

グラハム「無関心を理由に事後処理を怠った、相手の好意を無視したことには変わりません。当然の烙印でしょう」

グラハム「そして、そんな自分が、ましてや見ず知らずの女性を伴侶に迎え家庭を得る……どう熟慮しても不可能です」

エイフマン「分かっておる。そう考えていることは、だがな」

グラハム「ッ……」チッ


グラハム「第二の恩師よ、私にはあなたの真意が読めない」

エイフマン「それは、自分が主役だからと見誤っておるからだグラハムよ」

グラハム「なんと……?」

エイフマン「学べ。【彼】とは会わせられなかったが、彼女はその遺志を継いでおる」

エイフマン「手段が悪いのは自覚しておる、が、まあ……」

エイフマン「もしかしたら、そんな老婆心が湧いたのも事実。軽蔑も甘んじて受け入れよう」

グラハム「?……??」

エイフマン「! ほれ、来たぞ」ヒソ

グラハム「! …………」スクッ


ガラッ





絹江「し、失礼いたします!」






グラハム「――――!」





絹江「――――!」




Jオジジ「では絹江くん、彼の向かいに座っ…………絹江くん?」

絹江「……は、はい!」ハッ

エイフマン「ほぉ…………」

エイフマン(あの小さな子がここ迄……月日とは無情ならざるものよな)

グラハム「……」フイッ

エイフマン「どうしたグラハムよ、右下に見合い相手はおらんぞ?」

グラハム「っ……は……失礼いたしました」

エイフマン「かかか……ここの女中は着付けの腕なら知る人ぞ知る名人ぞ。素材も良いが、見事なものよな」ヒソ



グラハム(彼女が絹江・クロスロード……写真で見るより小柄な印象を受けるが)

絹江(わー、実際見てみるとやっぱりいい顔してるわ。モデルか何か? いや軍人なんだけどさ)

グラハム(彼女の何が私の弱さを克服するに足り得るか……刮目させてもらおう!)

絹江(ひいー……めっちゃ睨まれてる。私生きて帰れるかなぁ……)

グラハム(おっと……その前に)

絹江(大切なことがあったわね……)




((どうやって断ろう……?))




――別室・実況中継室――


ビリー「さあ始まりました、第一回【グラハム・エーカー&絹江・クロスロードお見合い会場実況】」

ビリー「此度の実況、お送り致しますはエーカー中尉の盟友にしてMSWAD整備班長兼技術顧問兼専任整備士のビリー・カタギリと」

ルイス「未来の義弟とそのハニー、沙慈・クロスロードとルイス・ハレヴィがお送りいたします!」

沙慈「あぁ……もう……」ガクッ

ビリー「よろしくお願いいたします、ご両人」ペコリ

ルイス「よろしくお願いしまーす!!」ペコリ

ビリー「いいノリだねえ、君たちに付き合って貰った甲斐があったというものだよ、うん」

ルイス「いえいえ、どうやって会場出歯亀しようかなって思ってたからほんと渡りに船でしたよー!」

沙慈「あの……一ついいですか?」

ビリー「んー? なんだい義弟クン」

沙慈「まだ決まってません! ……えっと」

沙慈「この大量のモニター、何処から画像取ってるんです?」

ビリー「全部三時間前に仕掛けた極小隠しカメラからだよ」

沙慈「 」

ルイス「うわ……」

ビリー「いやあリアルな蔑みの眼差しが心地よいね」

しまった、区切るところ間違えた
なのでここからは一週間スパンで。
10レス以上書けていない場合は「足りねえぞ怠けんな」とでも𠮟咤してください。

では、次回金曜日にまた。
グラハムNLもっと増えて欲しい。

絹江の身長は五話の画像判定から165cmほどとしています。
ちょうどドモンとレインの身長差と同じくらいですね。

スーツでいいんじゃないですかね、多分。


――――

グラハム「グラハム・エーカーであります。27歳、階級は中尉。所属は【ユニオン直属米軍第一航空戦術飛行隊】、不肖ながら隊長を務めさせていただいております」

グラハム「こたびはこのようなせきをあたえていただき、かんしゃのねんとともにきょうえつのいたり。ともによいじかんとなればさいわいと」

エイフマン「少し黙っとれ、声帯がやられたみたいになっとる」

絹江(棒読みぃ……)

Jオジジ(本当に大丈夫かこやつ)


絹江「ん……MSWAD、ですか。アメリカ西海岸に基地を構えるMS部隊……最新鋭機フラッグを早くも導入して研究を重ねているという」

グラハム「! お詳しいのですね、流石はJNNの特派員、お若いのに優秀なリサーチ速度だ」

絹江「あはは……ユニオン方面の特派員からの又聞きも含まれておりますので、私個人のそれではありませんよ」

グラハム「だが調べてくださったのなら話は早い。私自身がどのような人物か……すでに調査済というわけだ」

絹江(っ……棘のある言い方するわね)

絹江「ええ、多々諸々には……ですが、噂はあくまで噂、でしょう?」

グラハム「好意的な解釈の出来る返答だ、結構」

グラハム「ですが、私は敢えて貴女のことは書面で知れる程度に留めてあります」

絹江「……?」



グラハム「出来るなら、貴女自身の口から、貴女のことを私は知りたい。そう言っています」

絹江「…………え、へ、えっ……?!」

エイフマン「あー……多分、前向きな意図はないと思われるよ、うむ」

――――

ルイス「おおっと、これはグラハム中尉怒涛の攻め! カタギリさん、これは……!?」

ビリー「あれはグラハム語で【私はしたんだから早く自己紹介して欲しいな、そんなことも分からないのかね】ですね」

ルイス「思ってた以上に辛辣ッ!!」

沙慈「……」

絹江「えー……はい、では」コホン

グラハム「…………」ジーー

絹江(……この数分だけで分かったことがあるわね)

絹江(この人、恐ろしく極端だわ。自分自身でも出来ないくらい融通が利かない性格)

絹江(ああもう、なんか目をそらすのも癪だわ。何もしてないでしょ、まだ!!)キッ

グラハム「! ふ……」クスッ

絹江(!? 今度は笑われた! 何なのよもぉ……!)

エイフマン(ほお……?)


――――

ビリー「へえ? 意外だな、グラハムを睨み返すとはね」

沙慈「……そんなに、反応するものですか」

ビリー「機会があったら真正面に立ってみるといい。あれの眼力は相当なもんだよ」

ビリー「ましてや、今の彼は教授のちょっかいでそういうところの我慢が抜けているようだからね。僕や部下たちでもどうだか……」

ルイス「分かる気はします。何ていうか……豹とか虎とかに、襲われないんだけどジーっと見られてる感じ」オマエヲクウ

ビリー「とにかく圧が凄いんだよねえ。目つきは悪くないんだけど、さ」

絹江『絹江・クロスロード、年齢は22歳。JNNのジャーナリストとして、日夜取材に明け暮れております』

ルイス「始まった!」

絹江『此度はこのような……ええ、弟いわく、結婚など程遠い華のない女に!』

沙慈「姉さん!?」

ビリー「はっはっは! 言うねえ弟ぎみ!」

ルイス「沙慈サイテー」

絹江『大変素敵な目線をいただける男性との邂逅の場を与えていただき、ありがとうございます!』

――――


グラハム「ふはは、成る程、これは……」クックック

絹江「また笑って……!!」グヌヌ

グラハム「プロフェッサー、謀ったのは私だけではなかったと、そういうことですか」

エイフマン「あー、なんとなくそんな気はしとったが、そっちも無理くり連れてきたタチか」

絹江「え?」

Jオジジ「そらそうじゃ、この子上の言うこと滅多に聞かんもん」

エイフマン「ふふ、うちもじゃよ、儂に命令権などは無いがね」

Jオジジ「どこも同じじゃのー」

絹江「え? え?」

グラハム「いえ、此方の話です。では続けて」

絹江「???????」


――――

ルイス「んー、今のやり取りなんか怪しい」

ビリー「さ~何のことやら」

沙慈「姉さん……お相手になんてことを……!!」

『 』ガヤガヤ

 ・
 ・
 ・


絹江『――――』ペラペラ

グラハム『――――』ジー

エイフマン『――――』ケラケラ


ルイス「小康状態が……っていうか、普通。つまんない」

ビリー「そりゃあね、彼らは大人だ。世間体というものを抜きにしても、そうそう初対面の人間に踏み込んだことは言えないさ」

沙慈「カタギリさん」

ビリー「はいはい?」

沙慈「グラハムさんは、どんな人なんですか?」

ビリー「ふぅむ、ストレートな意見だね……」


ビリー「見たまま、というのは答えにしてはいささか横暴かな」

ビリー「いい男だよ。もっとも、それは軍人という観点であり、盟友という視点からの意見だけれど」

沙慈「……姉さんには、合わないと思うんです、そういう人」

ビリー「かもね。だが、決めるのは君かい? それとも僕かい?」

沙慈「っ……」ジロ

ビリー「恋は己と相反するものに惹かれるもので、愛は己と同一のものに捧げるもの……かつてそう謳った人を知っているけれど」

ビリー「こうは思わないかい。こんなこと――理解不能な方が万倍面白い、ってね」

沙慈「無責任ですよ……そんなの」

ビリー「そりゃあそうさ、僕のことじゃない。だから思うだけ、見ているだけ……」


――――

グラハム(かねがね想像通り、見掛け倒しとは行かぬがこれといって特筆すべき点はない)

グラハム(はて……我が目に狂いがなければ、あのお方がそろそろ仕掛けるはず、だが?)

絹江(なんだろ、想像してたよりは悪くない、かな)

絹江(とっつきにくいとことか面倒くさいとこは見えてるけど、隠そうとはしてないから、これがこの人のありのままなんだろうな)

絹江(でもこういう人と家庭は……想像できないなあ)

グラハム(見ている分には、面白いのだがな)

絹江(……いやいやいや、断ること前提だから、取材とかできなくなるのごめんだから!!)ピシャリ

グラハム(?)



エイフマン「さてでは絹江くん、少し個人的な話をしたいのだが、どうだろう」

絹江「はい……?」

グラハム「!」

エイフマン「ここに来るまでに、参考がてら君の記事を読ませてもらった……が、ふむ?」

エイフマン「今君を見ていて思うが、執筆者本人に比べ、記事の方は随分とおとなしいようだ」

絹江「!!」ピクッ

エイフマン「君という人物を知るに際し、この差異……何かあると踏んだが、どうかな?」ニヤリ

――――

ルイス「おっと、ここで教授さんが仕掛けた模様です!」

ビリー「おいおい……何やってんですか……」

沙慈「……」

――――

絹江「……」ギロッ

Jオジジ「いや……ワシもうそういうチェックとかしてないし……」

絹江「……どの記事を拝見されたかは分かりませんが、確かに、私の書いたものは【強制的に】! おとなしめにされる傾向があります」

エイフマン「ほう、これは先々月のJNN関連誌のものだが」

絹江「あ、それ酷いんですよ!?工業地帯の汚染水廃棄問題、地域単位で癒着が広がってたって言うのに上院議員の圧力で尻込みして、あげく連邦捜査局にすっぱ抜かれて……!!」

エイフマン「尻尾きりで工場と若手議員だけが逮捕及び調査を受け、根本まで手が伸びなかったと」

絹江「……そりゃあ、フェッドが動けばいずれは手が及ぶかもしれません」

絹江「ですがそれでも、我々が真実を探る手を緩める理由にはならなかったと信じています」

エイフマン「それが、君のビリーフというわけかね」

エイフマン(いや、今はまだ……【彼】の受け売りか)

グラハム「…………」

グラハム「一つ、よろしいでしょうか」

絹江「え? あ、はい!」

エイフマン(ほう、乗ってきおったか)ククク

グラハム(キラーパスにも程がある……だが、仕掛けた以上ここに彼の意図があるとみるべきか)


グラハム「私が知りたいのは、この記事が本来の書き方をされていた場合」

グラハム「現地工業地帯の従業員やその家族への影響は如何ほどであったか、ということです」

エイフマン「ぬ……」

絹江「それは……」

グラハム「正義の追求、成る程、確かに素晴らしいお題目だ。それで糧が生まれるならそれは最上でありましょう」

グラハム「だが、私の知るジャーナリズムは、その範囲を逸脱する点が非常に多い」


――――
ルイス「なんか、さっきより感情篭ってる感じ……」

沙慈「勝手なこと……!」

ビリー「ま、彼自身マスメディア受けが悪い上に、【例の一件】はそれが原因で歪んで広まったからね」

ビリー「JNNは日本古来の感情扇動型の報道に欧米の無遠慮さが加わって、一時期国内外でも評判悪かったから、彼のイメージが悪いのは積み重ねとも言える」

ルイス「そうなんですか……」

ビリー「ふむ、でも……これは好機かな」

ビリー「ユニオン屈指のしつこさに、彼女の真価が見えるかも……なんてね」

沙慈「!」

沙慈(言われてみれば……僕はジャーナリストとしての姉さんを何も知らない……)

沙慈「……分かるのなら……!」ジッ

ルイス「……こーいうとこ、好きなんだよねえ」

ビリー「三十路過ぎの非リア充の前で青春とは、さては僕を殺す気かい?」ハッハッハ

――――




グラハム「軍人は命令に従い動く存在です。隷属を絶対とする存在から見れば、上官の意見も振り払い動く貴女はとても眩しく、輝いて見えます」

グラハム「ですが、国家に帰属するものとしては、危うくも感じる。そう思えます」

絹江「我々は不要な情報を掘り上げ世を混乱させる存在であると、そう仰りたいのですか?」

グラハム「そう感じられたのなら謝ります。ですが、我々は他者の利潤のために生命を懸ける存在」

グラハム「大局に動かされるものから見て、【割り切る】という考えは如何なるものにも適応されてしかるべきと、そう考えます」

絹江「……否定は、しません」

グラハム「情報が広まって得をする者もいれば、損を被るものもいる。知らねば収まったものが、再び息を吹き込まれた薪が如く燃え盛ることもある」

グラハム「例に挙げたものの、詳細を知らぬ私には言えないことではありますが……影響を鑑みた上で、添削と修正をされたのでしょう?」


絹江「……確かに、現地の方々の暮らしに強い影響が起きたのは、私も知らないわけではありません」

絹江「公表する以上、糾弾と指摘の境界の見極めをすべきとの判断から表現の変更が行われたこと、私自身納得こそ出来ませんでしたが、間違っていたとも思ってはいません」

グラハム「妥協点を見いだせていた、と?」

絹江「言うなれば、ですが」

グラハム「では、他者の利潤や不利益で報道の真実が歪められること、それに是とすると」

絹江「……それに頷くときは、私が筆を折るときでしょう」

グラハム「矛盾。そう突き放せるほど私は冷酷ではありません。だが、凡百の意見であると、そうは思えます」

グラハム「貴女の意見ではない、そうでしょう? 絹江・クロスロード」

Jオジジ(あ、これワシの出番終わってるパターンじゃな)

――――

沙慈「……」

ルイス「これ、答えなんかないですよね……」

ビリー「だね。つまりグラハムも、明確に答えられると思っていない」

ビリー「なら何が聞きたいか……はてさて? 弟くんは、どう考えるかな」

沙慈「……見ていてください。姉は必ず、答えきってみせます」

ビリー「ほう?」

沙慈「だって――あの人は、グラハムさんから、目を背けていない!」

――――

絹江「それらがそうなると知りながら、そうあるべきであった……そうですね、それが私の答えになると、思います」


グラハム「自身の報道で作業員らの職に打撃を与え、多くの利潤を無為にしても、その真実はありのままに報道されるべきであった……と」

絹江「勘違いなさらないで欲しいのは、その事実が明らかになることで起きうる混乱を是とはしていないことです」

絹江「この問題だけではない、報道において、後から現れた事実が全てを一変させることなど茶飯の出来事だからです」

絹江「それに、民衆は愚かな存在ではありません。情報を多く受け取れる24世紀であるからこそ、衆愚の恐怖に発信を恐れるような不安は古いものであると、私は敢えて言い切ります」

エイフマン「ふむ……」

絹江「私は【事実】を求めることが報道においての姿勢ではないと考えます。その先の……それらを積み上げた末の【真実】をこそ求めるべきであると、そう、思索しています」

グラハム「……この問題においては、【真実】に至る【事実】の積み上げが足らなかったと、そうお考えですか」


絹江「無論、それらをまとめて一挙に出せるならそれに越したことはなかったはずですが」

絹江「報道が抑止や出頭、事実確認へのきっかけになることもあったはず。今回の一件、それこそを目的とし、結局そこには至れませんでした」

絹江「だからといって諦めるつもりもありません。次こそは……そう、次こそは、と」


絹江「立場や利益では決して揺るがない【真実】に辿り着くため、今ある【事実】を積み重ねること。そこにこそ、ジャーナリズムは存在していると」


グラハム「……事実のみを観点に揺るがぬ姿勢にこそ、それはあると」

絹江「父の受け売りです。ですが、私の指標であり、目標でもあります」

絹江「報道とは幸福に導くものでもない、不幸に陥れるものでもない。人々の【選択】に寄与すべき中庸の要である。それが持論です」

グラハム「…………」スッ

エイフマン「うむ……」

グラハム「――成る程、貴女の語る真実は、私の思うそれより遥かに高く崇高な位置にあったようです」

グラハム「立場こそ違えど、それを知れただけで良かった」

絹江「! そう、ですか……」

絹江(うーん……? 今、ちょっと残念って思った?)

絹江(いや、仕事以外で男の人とここまで話すのも少ないから……きっとそうだ)


グラハム「そしてそれ以上に、貴女のお父上が如何に善きジャーナリストであるかが伺えた」

グラハム「機会があれば、お父上にもお逢いしたいものだ。無論、教えを請うという意味で」

エイフマン「あ……!」

絹江「……っ、申し訳ありません。父は既に他界しておりまして。今は、弟だけが家族です」

グラハム「……! それは大変な失礼を……!!」

絹江「いえ、むしろありがとうございます。父を褒めていただけるのは、娘としても感無量ですから」ニコッ

グラハム「――!」

グラハム(ん、ん?)

グラハム(……んん???)

エイフマン「あー……さて、どうだろう?」

Jオジジ「お、おお、そうじゃな。では二人だけでそろそろ……な?」

グラハム「む」

絹江「え……!?」


――――


ビリー「お帰りなさいませ、教授」

エイフマン「おうおう、一方的であったが、まあ、こんなもんじゃろ」

エイフマン「っとと、先客がおったか」

沙慈「初めまして、エイフマン教授。絹江の弟の沙慈・クロスロードです」

ルイス「えっと……その、ルイス・ハレヴィ……です、初めまして……」

エイフマン「ほっほ、ここでも見合いが始まっていたか。立会人とは光栄な事だなカタギリくん」

ビリー「いやいや、僕なんて終始おじゃま虫でして」

Jオジジ「ワシ帰りたい」ゲッソリ

エイフマン「後半、視線と視線の撃ち合いだったからのう、お疲れさん」ポン

ルイス(このおじいちゃんも眼力スゴイもんなあ……)

エイフマン「さて、撤退準備と行こうか。儂は一足先に帰る」

沙慈「えっ、見ていかないんですか?」

エイフマン「絶対こじれる見合いを見ても面白くはあるまいよ……?」

沙慈「え? ええ??」

エイフマン「儂が敢えて言わんかったことがすぐに出るじゃろ、そうしたら話は仕舞じゃ」

エイフマン「ヒント:住んでる場所。ほれ、準備せい皆の衆!」

足らねえ。ごめんなさい
次回金曜日までには目標値に。おやすみなさい

私の中で最終話が終わりました。

では続きを。


――日本庭園風庭――

グラハム「はっははははは……!!」


絹江「……ごめんなさい……」カァァ


グラハム「ふっふ……いや、謝らないでください、くく、しかし、これは……」

絹江「うう……まさかこんなことになるなんて……」


 ・
 ・
 ・
 ・


――数カ月前――

デスク『絹江、お偉いさんがお前に折り入って話があるって……』

絹江『あぁパスしといてください、取材の予定が詰まってるんで! じゃ!』ピュー

デスク『絹江ー!!』

――それから数日後――

沙慈『ユニオンから姉さんと話がしたいってお手紙が……』

絹江『ふーん、置いといて。私また出かけるから留守よろしく! じゃ!』ピュー

手紙『この後私の存在が思い出されることはありませんでした』

――それから(ry――

電子メール『レイフ・エイフマンから貴女宛にお手紙です』

絹江『あーもう忙しいったら……!!』カタカタカタ

電子メール『この子私用メール見なさすぎでしょ……』


――そ(ry――

受付『すいません、まだ社には帰ってないみたいで……』

エイフマン『知ってた』


 ・
 ・
 ・
 ・

グラハム「いやはや、私用メールだけでも三通はスルーしている」

グラハム「私も登録されている者以外は見向きもしない質ですが、奇跡ですなこれは」

絹江「本当……お恥ずかしい限りで……っ」

グラハム「いえ、それだけプロフェッサーに熱い期待を送られていたということ。非礼には及ぶかもしれませんが」

グラハム「それ以上に、あの御方にそこまで見込まれているという事実をまず誇るべきでしょう、Ms.クロスロード」

絹江「何でそこまで……駆け出しの身で注目なんて受ける理由も見当たらないんですけれども」

グラハム「天才の眼というものは、一目だけでもその真価を見抜くものなのでしょう」

グラハム「かくいう私も、何故あの方に重用されているか分からんのですよ」

絹江「あら、それこそ天才同士のフィーリングというものでは?」

グラハム「私のことを調査なされているのでしょう? なら、世間の評価が私をどう扱っているか見知っているはずです」

絹江「ええ……まぁ」



絹江「偏執的とも言えるほどの出撃狂、トップエースの名を戦果と出撃頻度だけで飾る獰猛な兵士」

絹江「勢いと無二の技術に目を奪われるが、従来の技術ならばアラスカのジョシュアの方が上だとか、オキナワのタケイに劣るとか」

絹江「ああ後は、隠れて出撃を繰り返す古代撃墜王の再来、偏屈で珍妙な会話が脳髄を焼くインタビュワー殺し、とか!」


グラハム「……ほんとうによく調べられたものだ、最後の方は私も初耳ですよ」

グラハム「ですがかねがね正解と言えましょう。ふ、隠れて出撃していたのがバレていたのは意外でしたが」


絹江「えぇ、全部本当」

絹江「言い換えれば、ですけどね」

グラハム「……含んだ言い方をなさる」

絹江「だって、そうでしょう?」



絹江「戦場に出る兵士が戦果と出撃頻度以外でエースの何たるかを競う必要があります?」

絹江「問題行動が多いならまだしも、貴方は軍規違反や命令違反は驚くほど少ない人」

絹江「ましてや、女性問題や飲酒、喫煙などの人間性の問題も皆無ときて、品行方正や趣味などの問題に踏み込むのは事象の根幹を見誤っています」

絹江「……ていうか、この批評書いた人、長く業界にいる人らしいけど書き方が気に喰わないのよね。偉っそうにして」フン

グラハム「っ……?」


絹江「既存技術に関しても、そもそも貴方の評価はフラッグの性能を十全以上に発揮する空中変形技能の習得にあるものであって」

絹江「極端に劣るわけでもない上そこすらトップクラスの兵士から最大の強みを排除して評価するのはフェアじゃないですし」

絹江「何よりこのジョシュア・エドワーズはエアロフラッグ、空戦特化の機体に乗っていて評価も不平等! 頭おかしいんじゃないかしら」

グラハム「仮に彼がエアロフラッグに乗っていて、私が空中変形を封印していようとも……負ける気はさらさらありませんが」

絹江「お、いいですね。トップエースの矜持ってやつ?」

グラハム「元来負けず嫌いな男でして、そう言われるとこみ上げるものが無いとはいえません」


絹江「そういうの好きですよ、男の子って感じで」



グラハム「…………」フイッ

絹江「……そういうんじゃないです、あの、すいません、こっち向いてください、ごめんなさい」カァァ…

グラハム(からかうというのがこうも興に乗るものとは思わなんだ)ワザトー



絹江「ええっと……他のものに関しては、まあ、個性ってこういうもんだとしかいえませんが」

絹江「要は全部受け取り様なんです、こういうものは」

グラハム「吟味する側の問題と」

絹江「何も知らない人がこういうものを見れば誤解もするでしょう。私も正直逢うまで怖かったし、逢っても怖いと思うところあります」

グラハム(っ……本当にはっきりとモノを言うなこの人は)

絹江「でも、逢ってみないとわからないことはあります。本当に見てみないと分からないものもある」

絹江「そこがジャーナリストの仕事なんだろうなって思うんです。逢うべきなら【逢いたい】と、危険なら【逢うべきでない】と」

絹江「そう感じさせられるような、きっかけをこそ作るものだと」

グラハム「…………」

絹江「それに、さっき言ったのは一部の批評」

絹江「大半は貴方を高く評価している記事でしたし、私の先輩も貴方のことはべた褒めでした」

グラハム「ほう、そちらは信用なさらなかったと?」フフッ

絹江「? 何でです?」

グラハム「先ほどいっておられたではありませんか、怖かった――と」

グラハム「ん……あぁ、いや済みません。少し底意地の悪い言葉でした、忘れて……」

絹江「はい、言いました。嘘じゃあありません」

グラハム「え?」

絹江「怖いと思ってましたし、思ってます」

絹江「でも内心、何処かで期待もしてたんです。きっと」

絹江「で……」


絹江「多分、その期待も裏切られてはいないから――こうやって話していられるんだと、そう思います」






グラハム「…………」フイ

絹江「……あれ」

絹江(結構いいこと言ったと思ったんだけどな……受け悪かったか)

絹江「……」シュン

グラハム「そろそろ……戻りますか」

絹江「あ、はい」

グラハム「…………」


グラハム(うむ、まずいな)

グラハム(彼女の方を向けん)

絹江(分かってたことだけど、はっきり脈なしの反応は女の身にゃ酷だ)

グラハム(鏡など見ずとも自分の顔がどうなっているかはっきり分かる)

グラハム(この高温……恐らく耳までレッドゾーンだ)

絹江(あぁ気まずい。顔も上げられん。睨まれてないかな、いや眼中にもないか)

グラハム(さて、彼女が気づかぬことを祈って歩き続けても、いずれは彼らに遭遇するわけだが)

絹江(沙慈、そのお友達(仮)、お願いだからたすけて)


グラハム(――もう少し、この時間が続いてはくれぬものか)

絹江(――願わくば、この時間がとくとく終わらんことを)


――終わり――


デスク「終わった……!!」ゲッソリ

Jオジジ「オワタァァ……!!」ゲッソリ

ルイス「日本勢壊滅状態」

絹江「ごめんなさい、お待たせいたしました」

沙慈「姉さん」

絹江「記念撮影に一枚、なんて押し切られちゃって、ごめんね沙慈」

沙慈「ううん、似合ってた。綺麗だったよ姉さん」

絹江「そう? ……ありがと、沙慈」

「うむ、端正なスーツ姿もよく似合っておる」

絹江「!」

沙慈「あ……!」

エイフマン「最後に一声かけてから、と思ってね」

エイフマン「それと、謝罪を。このような場に君を不敵な理由で呼び出したこと、誠に申し訳なかった」スッ

絹江「ッ……」


ビリー「おお、みたまえよグラハム。MS開発の生ける伝説が一介のジャーナリストに頭を下げている、なかなか見れたものじゃないよ」

グラハム「…………」

ビリー「……何があったんだい? 三倍速もかくや、といった赤熱具合だが」

ビリー「君も分かりやすい男だね、恥ずかしくなると耳まで紅潮するんだから」


絹江「頭をお上げください、Mr.エイフマン。私の非礼を詫びる前にそのようなことをされては、立つ瀬もありません」

絹江「此方こそ、再三に渡るお申し出への無礼、お詫び申し上げます」ペコ

エイフマン「……では、これでお互いなかったことにしてもらおうか。棚に上げるような言い方で恐縮ではあるがね」

エイフマン「少なくとも……君にも有意義な時間であったことを祈るよ、クロスロードくん」

絹江「いえ、私は貴重な体験をさせていただいただけで胸がいっぱいで……ただ」

エイフマン「ただ?」

絹江「……そちらに不快な思いをさせなかったかだけが、心残りで」

エイフマン「……」チラ


グラハム「……」

ビリー「グラハーム、彼女帰るよ? 帰っちゃうよー、グーラハーム」


エイフマン「大丈夫じゃろ」

絹江「さいですか……」


エイフマン「あれが本当に不快に思ったなら他人には隠さん。好も不好もはっきり告げる男よ」

絹江「ええ、それは理解したつもりです」

エイフマン「だろうな。君の観察眼ならあの男はことに分かりやすかろうて」

絹江「かも知れませんが……そうでもないかもしれません」

エイフマン「ほう?」

絹江「一見で……ましてや小一時間の語りで知った気になるには、惜しい人だと思います」

絹江「更に知りたいと、そう思わせてくれるような人は……嫌いじゃありません」


エイフマン「そう、か。気にかけた男がそこまで評価されると、悪い気はせんが」

絹江「あぁでも、日本から居を変えるわけにも行きませんし、付き合っていきなり遠距離じゃ続く気もしないので」キッパリ

エイフマン「君のそういうとこ好きじゃよ、絹江くん」


絹江「っと……では。もう他のみんなが準備しているみたいですので」

エイフマン「おう。またな、絹江くん」

絹江「エーカーさんにも……」

エイフマン「おっと」

絹江「!」

エイフマン「……」チラ

ビリー「! はいはい、合点承知と」スタコラサッサ

エイフマン「そういったことは自分で告げねば、のう」

エイフマン「アレは勝手に勘ぐって勝手に思い込んで、勝手に暴走しおる」

エイフマン「人間、言わねば何事も分からんものさ」

絹江「……はい!」

エイフマン「立つ鳥跡を濁さず……期待しとるぞ」

エイフマン(クロスロードの娘よ……と言うのは失礼だろうな、彼にも君にも)


――――

絹江「グラハムさん」

グラハム「!」クルッ

絹江(わ、顔真っ赤。風邪かしら)

グラハム(そろそろ紅潮も引いているか……変に淀むと怪しまれるな)ゴホン

絹江「さっきはごめんなさい、気を悪くされたなら、謝ります」

グラハム「いや、私は……」

絹江「でも、今日は楽しかったです。仕事じゃなくて誰かと逢うのって、本当、あんまりないんですけど」

絹江「久しぶりに会う【誰か】が貴方で良かった。本当ですよ」ニコ

グラハム「っ……」

絹江(あ、また赤みが増した。本格的に拗らせたかな)??

グラハム(もはや何も言うまい……言葉にも出来ん)

絹江「では失礼致します。いずれ機会ありましたら、何処かで」

グラハム「……」

沙慈《姉さーん!!》

絹江「はーい! じゃあ、さよな……」「絹江さん」


絹江「! え、あ、はい!」

グラハム「……ふう、全く」



グラハム「ジャーナリストを志すならもう少し相手の言葉を聞くべきでしょう。私に別れの言葉も言わせないおつもりですか」

絹江「あ、いえ……ごめんなさい……」

グラハム「ふ……萎縮なされないでほしい。私も、今日というひととき、あなたと過ごせて良かったと思っている」

絹江「! えっ」

グラハム「ええ……本当、ですよ?」

絹江「あ、あはは……ありがとうございます……」カァァ


グラハム「そして、良ければこちらを」

絹江「はい?」

グラハム「私の連絡先の入ったメモリです。不要なら廃棄してくださって構いません」

絹江「えっ」


グラハム「ですがもし、この獰猛なエースパイロットと交友関係を結んでいただけるなら……」

グラハム「ふふ、しかるべき時にジャーナリスト・絹江・クロスロードとしての見地から意見を頂きたく、そう思います」

絹江「っ……はい、私で良ければ喜んで。フラッグファイター・グラハム・エーカー」

グラハム「では、またいつか」

絹江「ええ」


「「さようなら」」




――そして、はじまり――


――――

ビリー「時間にしてまだ半日も過ぎてないけど、なかなかハード極まりない一日だったね」

グラハム「得るものは大きかった、比率からしても大勝利といえよう」

ビリー「何に勝ったんだい? グラハム」

グラハム「かつての己さ、カタギリ」

ビリー「深いねえ……教授はどうでした? お目当ての子猫ちゃんに会えた気分は」

エイフマン「大収穫といえような。猫は猫でも、獅子の系譜ではあるが」

ビリー「へえ……じゃあ弟くんも?」

エイフマン「あっちは普通極まりないのう。ニュートラルオブニュートラルじゃ、天使も悪魔も敵に回すタイプじゃな」

ビリー「まぁたわかりにくい例えを……」

グラハム「プロフェッサー」

エイフマン「うん?」

グラハム「先日までの驕った姿勢に振るまい、お許し下さい。私は今日までの己の弱卒ぶりに怒りすら覚えています」

グラハム「ジャーナリズムへの偏った認識、外部への穿った視線、色眼鏡。その孤立極まる有り様をこのグラハム・エーカー、自認するに至りました」

グラハム「これからも、どうかこの愚物へ指導鞭撻、お願いいたします!」

エイフマン「あー、うん。分かった分かった」

グラハム「! まだ何か足らないのでしょうか……!!」

エイフマン「いーや、たりとるたりとる」

エイフマン「まあ、これからかな……布石とはその時になってみないと分からんものだからのう」

グラハム(流石はプロフェッサー……更に先を見据えていらっしゃるのか。私も精進せねば)

エイフマン(全体的な概念まで考えが及んでいればいいが、まだまだ、これだけで足りるとは思っとらんさ)

エイフマン「これからこれから……なあ、スレッグよ」

――――


絹江「んーおいひいー」ハグハグ

ルイス「ですねー」ハグハグ

沙慈「うわー……すごいビュッフェ。いいんですかこんなの?」

デスク「いいんだいいんだ、金ならJNNが出す! 食わなきゃやってられん!!」ガツガツ

Jおじじ「食え!飲め! 食って全て忘れるのじゃあ!!」グビグビ

沙慈「荒れてるなあ……」

絹江「……」チラ

絹江(食べ終わったら、こっちの連絡先も送っとかなきゃ)


ルイス「彼の連絡先ですか」ズイ

絹江「ふぃ?!」ガタッ

ルイス「いやー、実は結構脈アリだったりするんですか? 顔は良かったですもんね、お姉さま?」ニヤニヤ

絹江「いや、それはない」キッパリ

ルイス「は、はっきり言うんですね……」

デスク「仕事でもこうだからなあ……こいつと会議出ると胃薬必須だよ」ズズズ

沙慈「…………」

絹江「ええ……ほんと、何でもない」

絹江「はず、なんだけどなあ……」チラ


――――


――そして――



ビリー「ああ、そうだ。来週からちょっと出張に出るよ。整備は出来ないから、グラハムスペシャルは控えておいてくれよ」

グラハム「ほう、どちらだ」

ビリー「AEUの軌道エレベーター付近、軍事演習場だよ」

エイフマン「例の新型か」

ビリー「ええ。我らのフラッグ同様、可変機能を有した空戦型MSだと聞いております」

エイフマン「儂は遠慮しよう。目新しい物はあるまいし、連中の得意なプラズマ加工技術ならだいたい再現も改良も出来る」

ビリー「予算が降りてくれれば、反映も出来るんですけどねえ」

エイフマン「後追いの軍備拡張ではこんなもんだろうよ」


グラハム「……」

エイフマン「行くか?」

グラハム「カタギリがいない以上、私がMSに乗っては整備班の胃が保ちますまい」

エイフマン「だろうな。程々にしとけよ」

グラハム「はて? 如何様まで行けば逸脱となりましょうか」

エイフマン「お前はイナクトを乗っ取って暴れかねんからな、全く」

グラハム「考え付きもしませんでした、参考にさせていただきます」

ビリー「教授……変な献策は僕の寿命に影響しますよ……?」


ビリー「やれやれ、来週は空から剣でも降ってきそうだよ」


――A.D.2307――


――天使、降臨――

でも第二話以降はまだ終わってません
こいつらほんと20代か
ではまた来週

一夜でこんだけ書いてるんだから次は倍書いてきます

致命的な時期的ミスが発覚したため全話見直してきます。(具体的には三話~六話が完全になかったことになってる)
皆様方へ大変なご迷惑をお掛けするに際し、罵っていただけると嬉s次回までの活力となります。
申し訳ない、次回来週には必ず。

では、再開を。


――ガンダム、襲来

――ソレスタルビーイングによる全世界の紛争への【宣戦布告】

――火は点いた、賽は投げられた

――全ては、ここから動き出した


――JNN――


デスク「番組特別報道用に全部切り替えていくぞ! 現地の映像届き次第重ねられるようにな!!」

部下A「はい!!」

デスク「ぼさっとすんな絹江! 手ぇ空いてないとこ回って片付けてこい!!」

絹江「はぁい!!」

絹江(特ダネ入ると人が変わるんだから……もう!)


ウチオトッセッナーイ

絹江「げ……切り忘れてた、もう……誰よ!!」


【Graham Aker】


絹江「え……?」



 ・
 ・
 ・
 ・


絹江「もしもし?」


グラハム『ごきげんよう、絹江さん。グラハム・エーカーです』

絹江(サウンドオンリーか……まあいいか、化粧もそこそこだし好都合)


絹江「それは分かっています。登録してありますから」


グラハム『敢えて名乗らせていただきました。此方からかけるのは初めてのことでありましたので』


絹江「お心遣い感謝いたしますぅ……はあ、で? ご用件は?」


グラハム『ふふ、その様子ですと相当お忙しそうだ。報道機関は特に眠れぬ毎日でありましょう』


絹江「……切りますよ?」


グラハム『失敬、お時間は取らせません。カタギリからこのようなプレゼントを、と提案されまして。良ければお受け取りください』

ビリー『あーあー、僕の名前を出したら台無しじゃあないか』


絹江(?……あ、何か送られてきた……)

絹江(…………!!!???)


絹江「えっ!!? これ??! ガンッ!?!」


ビリー『ええ、ええ。二体のガンダムが介入してきた軍事基地の、ユニオン側の映像をちょいと拝借したもので』

ビリー『映りがあれだったり広報に適さないものも多いですけれど、まあグラハムとの友情を祈念として、ね』


絹江「あ、ありがとうございます……いいんですか、これ?!」

ビリー『そっちの特派員が手に入れたとか何とか言って出してもらえれば。ユニオン軍の名前を出されたら最悪国際問題なので、そこは配慮を』

ビリー『……とまあ、君の好感度アップを狙って持ちかけたというのに、全く君という人は……』

グラハム『他人の好意を着て身を飾る趣味はない、感謝はお前にこそ向かうべきだろう?』

ビリー『君らしいけれど、目的は未達成で不完全燃焼だよぼかぁ』

グラハム『? 謝罪しよう、そして重ねて感謝する。カタギリ』


絹江「……ん?」



絹江「……済みませんグラハムさん、まさか……」

絹江「あの基地で、ガンダムを目撃していたのですか!?」

グラハム『ええ、真正面で。見事な解体劇と驚異的な性能を目の当たりにさせてもらいました』

絹江「……!」

絹江(向こうの特派員の情報以上に、第三者の、しかも軍人の情報となれば信憑性が出る……!)

絹江(特に同じ可変型MSのパイロットの発言、比較した情報も聞き出せればその手のところにだって評価を得られるわ!)

絹江「よ、よろしければ電話口で申し訳ないのですが、インタビューを……!!」

グラハム『ええ、匿名でお願いできるなら構いません。ですが、申し訳ない』

絹江「はい?」


グラハム『これから意中の相手との逢瀬に出かけるところでして。出来るなら終わった後にしてもらいたい』




絹江「……え……」



ビリー『……うわ』


ビリー『うわあ』


ビリー『うーわー』


ビリー『うーーわーー』


グラハム『? いきなりどうした、カタギリ』

ビリー『最悪だよグラハム、今の発言はそう経験のない僕が考えうる中でもトップクラスの最悪だ』(NGワード:皆無)

グラハム『???』

ビリー『えーっと、クロスロードさん? できれば携帯の映像をオンにするので「結構です」』

ビリー『……Ooh』

絹江「申し訳ありませんでした、どうぞ事が済んだ後にでもごゆっくりとご連絡を」

グラハム『えぇ、お心遣い痛み入ります。では後ほど』

絹江「っ……!」

ブツッ


絹江「……あぁ……もう」

絹江「そういう話、普通……あー……!」

絹江「…………最っ低……」



絹江「デェェェスクッ!!!」バァンッ

デスク「ひい?! 何!?」

部下A(鬼だ……!)

部下B(鬼がいる……!!)




――――

『中尉、作戦遂行可能ラインに到達いたしました』

グラハム「ご苦労! さて……どう出るかな、お相手は」

ビリー「グラハム……せめてそのパイロットスーツ姿を映像に出しておけば言い訳も出来たろうに……」

グラハム「着替え中の見苦しい姿を見せるわけにはいくまい。彼女はレディだ」

ビリー「あぁ……そういう言い方を矯正せずに放置した僕らの咎だとでも言うのか、神よ」

ビリー「僕の努力をマイナスに変換してみせる辺り、さしずめ君は恋の錬金術師と言ったところかな……」

グラハム「? 先程から妙に絡むな、カタギリ。どうした?」

ビリー「……いや、終わってからにしよう。これからあの謎のMSに奇襲を仕掛けるのだからね」

グラハム「運良く出会えたなら、だがな」

ビリー「グラハム、イナクトは猿真似でも性能自体はフラッグに比肩しうると僕は考えている」

ビリー「そのイナクトを圧倒してみせたあのMS……恐らく四機全てがその水準であることは間違いないわけで」

グラハム「どれが姿を見せようと深追いは厳禁、そう言うのだろう? 熟知しているさ」

グラハム「男として女性との約束を反故には出来ん。締結した以上は、生還が絶対条件となるだろうよ」

ビリー「……生きて帰ったところで、してくれるかどうか……ハァ」

グラハム「まあ、せいぜい祈っていてくれ。私の一世一代の賭けだ」

ビリー「あいにく君の無事だけは神に祈ったことがないんだ。必要が無いからね」

グラハム「ははは! ではその信頼にも応えねばなるまいな、盟友よ」



グラハム「では、行ってくる!」

ビリー「ご武運を、フラッグファイター」

『お気をつけて、中尉!』


グラハム『グラハム・エーカー、フラッグ! 出撃する!』






グラハム「初めましてだなぁ、ガンダム!!」

『クッ……何者だ!?』

グラハム「グラハム・エーカー……君の存在に心奪われた男だ!」



 ・
 ・
 ・
 ・


グラハム『……と、言うわけでありまして。ものの見事に圧倒されて終演と相なりました』ハッハッハ

絹江「 」

ビリー(このドーナッツは当たりだね)モグモグ

――クロスロード宅・絹江自室――


グラハム『……どうか、なされましたか。絹江さん』

絹江「……このおバカ……」ハァー

グラハム「はい?」


絹江「いーえ、お気になさらず!! まさか【意中のお相手】が件のガンダムだとはつゆ知らず、勝手に心乱した私が悪うございましたっ!!!」

グラハム『それは申し訳ないことを。確かに下品な物言いでありました、謝罪します』

ビリー(そういう意味じゃあ無いと思うんだけどなあ)

ビリー(でも……ふぅん?)

絹江「そういうことじゃ……あー、いいですよもう。話が進まないったら……!!」

絹江(……でも、プレイボーイってわけじゃあないってことかな……)

絹江(だから何だって話なんだけど。)

絹江(…………)

絹江(だから何だって話なんだけどっ!)


絹江「コホン……それで、部隊の損害は大丈夫だったのですか? さっきの話では貴方はライフルを喪失されたそうですが」

グラハム『はて、部隊、とは?』

絹江「ガンダムを待ち伏せた部隊ですよ。貴方が指揮なされたのでしょう?」

グラハム『いいえ、おりません』

絹江「……あぁ、では上官がいらっしゃったと。思いつきで待ち伏せた割にユニオンも柔軟で……」


グラハム『私一人です』


絹江「……はい?」



グラハム『私の駆るフラッグ一機で、ガンダム一機と交戦いたしました』



絹江「……この……おばか……!!」

ビリー(超同意)

グラハム『今度は聞こえましたぞ、失敬な』ムッ


グラハム『自覚はしていますがね』

ビリー(自覚してたのか)ズズズ

――輸送機・士官室――


絹江『だっ……な、貴方は! 分かってるんですか?!』

絹江『今回のセイロン島の武力介入で、ガンダムはあのティエレンを概算三十は撃破しているんですよ!』

グラハム「一機辺りおよそ七機ですか。恐らくそれ以上の数値が明日人革連から公表されることでしょう」

グラハム「30:0、ふふ、馬鹿げた計算ですな。おおよそフラッグ部隊でもアレをそこまで痛めつける術はない」

ビリー(ティエレンキラーの空中変形技術保持者がよく言うよ、全く)


絹江『そんな相手に一機で戦闘を……あぁもう信じられない……っ』

グラハム「敵は帰投中でした。初お目見えのときの展開から察するに、彼らは段階的で高度な作戦目標に従っていると推測されます」

グラハム「それならば勝てないのは当然としても、予定が狂うことを恐れ深追いを防止でき、多少の交戦によるデータ収集が可能であると判断しました」

絹江『っ……答えになってません……一撃で撃墜されたっておかしくない相手なのに!』

絹江『それなのにそんな平然と……怖くなかったんですか?』


グラハム「……怖かったですよ。いえ、今でも恐怖が手のひらを濡らしているほどです」

グラハム「ですがそれ以上に、興味以上の衝動が私を支配していた」

グラハム「【逢いたい】と……そう思ったのです。それを止める術が私には無かっただけのこと」


絹江『……頭痛くなってきました……まだインタビューしてないのに……』


グラハム「中断いたしましょうか、Ms.絹江」

絹江『いーえ……やりますとも。せっかく例の画像でボーナスまで貰えそうなんですから』

グラハム「それは吉報だ。お役に立てたなら私も嬉しいしカタギリも喜ぶでしょう」

ビリー(そろそろ怒るぞ……)チッ

グラハム「……?」


絹江『中尉』

グラハム「何でしょう?」


絹江『また会えて良かったです。知ってたら、もう少し感慨もあったのでしょうけれど』


グラハム「――!」


グラハム「……ええ、ありがとうございます。私もです」

絹江『嘘ばっかり』ケッ

グラハム「今のも聞こえましたよ」

――――

本日は此処まで。
また来週。
今のうちに、戦闘描写が本格化し好き勝手やり出すタイミングで地の文も混ぜていきます。
しばらくはこのままです。



沙慈「……ふあ……」スタスタ


『――――』

「では――」


沙慈「……?」


沙慈「……」チラ


『ええ、現行のMSでは対応は困難でしょう。戦って分かりました、あれに拮抗するのは不可能と言っていい』

絹江「では、彼らの宣言である【武力介入による紛争根絶】は可能であると?」

『まだ手札を見ていない以上は肯定的には語れません』

『ですが、あの【ガンダム】を用いた戦闘行為を手段とされた場合、一方的かつ甚大な被害は免れないでしょう』

絹江「なるほど……」


沙慈(この声……姉さん、あの人と話してるのか……?)


絹江「ユニオン側が取るであろう、そして取るべきだろう行動は……ええ、もちろん個人が特定されない範囲で構いません、お答え願えますか?」

『静観、ただそれのみでしょう。彼らがどう出るか、早急な対応はかえって思わぬ被害を招く』

『国連軍にも近しいユニオンの表立った動きは他国の強い反発を招きます。人革連やAEUほど目立って彼らの興味を引く諍いも抱えていない』

『で、あるならば……ええ、あくまで世論の後押し、そして世界の守護者としての立場を以て彼らに対峙する。それが方向性となるかと』

絹江「こすずるい……」

『はは、えぇ、全くです』

絹江「……いえ、もちろん戦った場合貴方がたユニオン軍人にも多大な被害が出るのは理解しています」

絹江「ですが、それはつまり……」

『ええ、ええ。つまり他二国が彼らに蹴散らされる様を傍観するのみ、ということ』

『今回の一件で分かる通り、ティエレンで対応できない以上ほぼ三大国以外の軍隊の尽く、蹂躙を防ぐ手立てはない』

『世論がガンダム排斥に寄るまでは、いわば見殺しの態勢を取る……ユニオンらしい手でしょう?』


絹江「……」

絹江「いずれ、多くの国が連携してガンダムと対峙するとしても、ですか」

『だとしても、なのでしょう。そうやすやすと手を取り合えるほど、啀み合いの根は浅くないということです』

絹江「……貴方は……」

『はい、従うでしょう。国家の意志の体現こそ軍人の在るべき様であるゆえに』

絹江「呵責は」

『無いといえるほど自我が希薄な男ではなく、あるといえるほどグローバルな立場でもなし、といったところでしょうか』

『ですが、いざガンダムと対決するに際し……我が背に誰がいようと』

『ええ、人革連、AEU、その他無関係の国家、個人がいても。この手は迷わず引き金を引くでしょう』

絹江「護るために、ですか?」

『無論。それが建前であっても、おのが欲求の次点であろうとも、存在意義なればこそ』

絹江「……ある意味天職ですね、本当」

『此処でなら飛べますから。私の心の臓はそのために早鐘を打つのです』

沙慈(……?)

沙慈(グラハムさんと話してるのか、電話で)

沙慈(……まだ、終わってなかったんだ……)


絹江「噂噂と思ってましたけど、本当に好きなんですね、飛ぶことが」


『何にも代えられぬ、生きる目的そのものです』

『子供の頃より、ずっと焦がれ続けてきた蒼穹への渇望……』

『ふふ、お陰で婚期を逃しましたが、後悔は微塵もありません』


絹江「あら、それ私のことじゃなさそう?」

『……口を滑らせました、追及は勘弁願いたい』

絹江「ええ、勿論。友情を長続きするコツは詮索しないことですもの」

『参考になります』

絹江「それに? 惜しいと思われるほど長い関係でもありませんし?」

『確かに……と言うのは非礼に値しましょうね』

絹江「ええ、よく出来ました」


『ですが、こうして話しているひとときは、これでも良いものだと感じておりますよ』

絹江「……お世辞」

『本音です』

絹江「嘘ばっかり」

『信じていただけない?』

絹江「今はまだ、って言ったら?」

『この関係が長く続くことを祈念いたしましょう』

絹江「ふふふ、歯が浮きそうでなくて?」

『口を抑えていなくてはならぬ程度には』

絹江「あはは……!」



沙慈「ッ……姉さん……?」

絹江「! 沙慈」

『おや?』

沙慈「まだ寝ないの? 明日も早いんだろ?」

絹江「お気遣いなく、これでも仕事の延長よ」

絹江「ねえ沙慈、すごいのよ! グラハムさんってばね」

沙慈「【中尉】の!」

絹江「!」

沙慈「……中尉のお時間も、考えてあげなきゃ」

沙慈「ほら、ソレスタルビーイングとか、色々……忙しくなるでしょ?」

絹江「それはそだけど……」

『いや、彼の言う通りだ』

沙慈「……」

『申し訳ない、絹江さん。話が脱線してしまったようだ』

『インタビューの方は匿名で、それと私が交戦したという事実は胸のうちに秘めていていただきたい』

絹江「え、ええ……もともとそういうお話でしたから」

『それと、先程話していた【イオリア・シュヘンベルグ】の件ですが』

絹江「ええ、謎の解明ができ次第意見交換を。とはいっても、記事にできる内容とそうでないのが混ざりそうで……」

沙慈「姉さん……?」

絹江「……分かってるわよ、もう……」

『はは、姉上想いの弟君だ。誇るべき良い家族です』

絹江「大げさ……でもありがとうございます」

『では、失礼致します』

絹江「おやすみなさい、グラハムさん」


ピッ


絹江「……沙慈?」

沙慈「何だよ……」

絹江「…………」ジー

沙慈「…………」

絹江「…………」ジーーー

沙慈「…………っ」


絹江「…………」ジーーーーーー


沙慈「……分かった、わかったよ! ごめんなさい、仕事中に邪魔して申し訳ありません! これでいい!?」

絹江「……よしとしときましょうか、自覚はあったみたいだし」

沙慈「……仕事の話以外で盛り上がってたくせに……」

絹江「あぁん?」

沙慈「何でもないです!!」


絹江「全く……珍しく機嫌が悪いから、何かと思ったわよ」

沙慈「何でもないよ、何でも……」

絹江「ま、止め時がなくなってたのは確かだし、ちょうどよかったってことにしとくわ」

絹江「おやすみ沙慈……ふぁ……明日も忙しくなるわぁ……」スタスタ


沙慈「……何なんだろう……な……ほんと」

短いですが此処まで
実際グラハムがフラッグで戦ったガンダムはアイン以外広域粒子散布状態で性能が万全でなかったり疲労困憊のところを奇襲であった場合が多いのですが、それでも頭おかしいと思うのであります
また来週、いい加減加速をば

ううむ、なかなか思ったようには仕上がらない
なもんで試し試しになりますがご容赦を。
約束破ってごめんなさい


――MSWAD基地・上空――




 陽は既に直上。
 雲一つない蒼天に、影は三つ、翻る。
 見上げる者は数知れず、固唾を呑んで影の一つを目で追っていた。
 
 行われているのは特殊なペイント弾を使用した模擬戦闘。
 二機のユニオンフラッグを相手取り、一機の特殊仕様フラッグの試運転が始まっていた。


「やれますかね、教授」

「分かってて言うのは意地が悪いぞ、カタギリ君」

「失敬。ですが、今回ばかりは鬼胎も芽生えるというもので」

「はっは、こればかりは、我らのさがよな」


 緊張感さえ漂う周囲の空気をよそに、椅子に腰掛け脚組みしながらの観戦に興じる技術者師弟。
 黒の一機を執拗に追い回す淡水色の二機は、旋回と加速を繰り返す標的に食らいついて離れない。
 だが、それでも先行する機体には一発の弾痕さえ確認できず。
 現在発射数、二機を合わせて三十五。
 空に映えるEカーボンの黒色装甲は、ただの一撃さえ許していないという何よりの証拠であった。

 大きく弧を描く三機が空に白を塗りつける。
 制動後に三発、続けて五発。
 追跡者の放った模擬弾は、舞うように回る獲物のすぐ横を通り抜けて、一定距離を進んでから自壊し散った。
 またもや魅せた見事な回避と、オーディエンスは沸き立ち騒ぐ。
 依然、憮然の師弟二人。
 不満げにグラスの氷が音を立てた。


「反応は上々、横ブレも少ない。綺麗な操縦です、が」

「遊んどるんじゃよ、あの阿呆。お上品な運転をしおってからに」

「珍しいですね。社交界デビューのお嬢さまかな?」

「羊の皮にはご退場願え。あやつの本性に付いていけないようでは乗せん方がずっと良い」

「合点承知。十二時の鐘の音は聞こえたね、グラハム?」


『了解した――とくと御覧じろ、御二方』


 歓声がどよめきに変わり、師弟の顔には笑みが浮かぶ。
 漆黒の機影が、一度再加速を始めた瞬間に、それは起こった。
 一挙に、瞬く間に、追随する二機が離されたのだ。
 
 その速度差、優に倍以上。
 二機のフラッグのぶれが、パイロットの動揺を感じさせた。

 そして次の瞬間、どよめきは歓喜の絶叫に変わる。
 師弟は、コーラの入ったLサイズグラスを優雅に傾け乾杯。

 機首を上げた特殊仕様フラッグ。あまりの上昇速度に二機の反応さえ置き去りにして。
 幾多の視線の目の前で、収納されている四肢を大気に投げ出し、一瞬のうちにスタンド・モードへと移行したのだ。
 高速飛行からの、急上昇中に見せつけられた、流れるような空中変形。

 これこそ、人呼んで【グラハム・スペシャル】
 
 フラッグファイター最優のトップガンにのみ操れる、世界最高峰のMS変形マニューバである。


『勘弁して下さいよ、隊長……!!』

『二階級……特進か……!?』
 

 飛び上がってからの変形、宙返りのように三次元的な旋回を果たすフラッグ。
 虚空に確かに腰を据えるような安定機動、その足の真下を通過しつつある二つの機体を見据え、武器を構える。
 左手に握ったリニアライフル【XLR―04】が火を噴けば、回避機動さえ読み切った四発が一機を真っ赤なペイントに染め上げる。
 たまらず右旋回で遠のく残存機に、彼は悠々堂々と構え直す。
 コンソールが【最大充電】のマークを躍らせれば、引き金とともに飛び出す一撃は先程のそれとは比較にならぬ高初速。
 酷く外した狙いから放たれた一射は、吸い寄せられるように射線に逃げてきた機体を撃ち据えて。

 ふざけて鳴らされたホイッスルを合図に、模擬戦を性能証明と兼ねて終了させるのだった。


 ・
 ・
 ・
 ・



ビリー「やあやあ。お疲れ様、グラハム」ファサ

グラハム「ああ、助かる。カタギリ」ハシ

グラハム「どうだったかな、狼の牙の切れ味は?」

ビリー「最高。そっちはどうだい、こいつの乗り心地は」

グラハム「申し分ない。考えうる限り最強のMSと言えような、このカスタマイズドフラッグは」

ビリー「ガンダムを除けば……だけれどね」フフフ

グラハム「言うな盟友、威光が陰るわけでもあるまいに」 


また今夜。
戦闘はもっと明瞭にやっていけたらと。



ダリル「隊長、お疲れ様です!」

ハワード「お疲れ様です!」

グラハム「うむ。ご苦労だった、フラッグファイター諸君」

ビリー「いやいや、お見事だったよ二人とも。グラハムの反応に合わせて調整したフラッグに、最高速を出されるまで並んでみせたんだから」

グラハム「あそこまで食いつかれるとは思わなんだ、驚嘆に値する。背を預けるに十全の力量、誇らしいよ」


ダリル「隊長が三連戦の後でなければ、賛辞も心から受け取れるんですがね」ハァ

ハワード「こちとら必死になって追っかけてたってのに、最後はあっさりですもんね。格の違いを見せつけられましたよ」ハハッ


グラハム「おっと、それ以上は非MSWAD隊員の心象を悪くする。静粛に頼むぞ」

ハワード「はっ、失礼いたしました」

ビリー「前半戦はグラハムスペシャルですら出さないままだったからねえ」

ビリー「……というか、君が彼らの段階で本気と性能を見せてくれていれば済んでた話なんだけれども?」チラッ

グラハム「この性能に相応しい対象、状況というものがあるものだよカタギリ」

ビリー「おっと、それ以上は非MSWAD隊員の心象を悪化させかねない。静粛に頼むよ?」シー

グラハム「はは、これは失敬」


グラハム「では、少し汗を流してくるとしよう。後は任せる」

ビリー「ごゆるりと、Mrスペシャル」


ビリー「……ん」


『いやあ、素晴らしかったですね教授!!』

『これなら提供した甲斐以上があったというものです!』


ビリー「さて……あっちの相手もしてくるかな」スタスタ





エイフマン「ふむ、ふむ……」

技師「従来とは一線を画す大出力バックパックスラスター、そして新機軸の特殊電磁加速砲【XLR―04】」

技師「ティエレンだって抜いてみせるこいつの最大出力射に倍以上の足回り、そして中尉の技量ならガンダムにだって遅れを取りませんね!」

アイリス社重役「どうでしょう、このままこの特殊仕様を正式量産型のラインナップに……」

ホーマー「……選択肢には、入れておこう」

エイフマン「ふん……相手は数世代先をゆく正真の怪物じゃ」

エイフマン「これらを数揃えたところで、どこまでやれるかどうか、な」

技師「はぁ……」

ビリー「教授、運び込み、終わりました」

エイフマン「ご苦労。では、今日は失礼する。調整が山積みでね」

エイフマン「……本気に受け取るなよ」ポン

ホーマー「馬鹿になされるな。分かっております」

アイリス社重役「は、失礼致します。では、吉報をお待ちしていますよ」

ホーマー「ビリー、私は戻るが、やつの首輪は確かめておけよ」

ビリー「了解、善処します……と」




ビリー「技師の人、苦い顔してましたね」

エイフマン「それはそうだろうよ、現行機を凌駕するこのカスタムフラッグに賞賛が無いのだからな」

ビリー「素直に言ってみたらどうです、【このフラッグですら、ガンダムには遠く及ばない】って」

エイフマン「儂はグラハムとは違う。他人に事実のみをぶつけて泣かせる趣味は持ち合わせておらん」

エイフマン「……だが、この事実をぶつけねばならん相手は、少なからずおったようじゃがな」

ビリー「正式量産……これを集めても被害総額に上乗せが入るだけですね」

エイフマン「あくまでコイツを完全に操れる中身あっての話よな」


パサッ


ビリー「……それは?」

エイフマン「先日の三点同時武力介入における各地域の被害状況、そして現状かな」

エイフマン「ガンダムは資源採掘場と麻薬生成地域を攻撃、そしてセイロン島への再度の武力介入に踏み込んだ」

エイフマン「テロリストの資金源、国家の運営資金、そして二国への介入行動で事態を悪化させた人革連、全てへの抑止及び警告行動を取ったわけじゃな」

ビリー「結果、世界的にテロ行為、紛争地域の活動自粛、無期限停止宣言が広まりつつある……と」


エイフマン「それはそうじゃよ……本来紛争とは【窮鼠の足掻き】なのじゃ」

エイフマン「政治的、経済的に追い詰められた民族、集団が意地を通す最後の手段。それが通らねば文化も共同体も霧散し、アイデンティティを毟られる、そういうものなのじゃ」

エイフマン「あのような圧倒的な存在に自分らの経済基盤ごと粉砕されるとあっては、もとよりやせ細ったねずみでは牙さえ向けられまい」

ビリー「その足掻きで稼ごうと大国は支援という名の経済活動を行い、弱みに付け込むテロの無差別攻撃が無辜の人々の安息を脅かす。彼らの活動自体には、考えさせられるものがありますが」

エイフマン「奴らに対抗しうるのもその二つだけかな。三大国に国際テロネットワーク……さて、誰が先に牙を剥くか、誰に牙が剥けられるか」

ビリー「――少なくとも【誰かが誰かを直接的に殺害する行為】への嫌悪はあっても、【資金や産業を持たず飢えて死ぬ結果】への呵責は、持ち合わせていないように感じます」フイッ


エイフマン「見せしめじゃな。此度の武力介入、あらゆる手段で紛争継続を阻止するという、公開処刑じゃ」

エイフマン「その結果、経済が崩壊しようとも……いや、むしろそれが狙いなのか……」

エイフマン「まあともかく、ガンダムの思想には大局的とはいい難い思考も見られる……が、かねがねインテリジェンスから生まれた行動ではあるな」

ビリー「全ての武力が戦争幇助に繋がるという行動だけはしていないから、ですか」

エイフマン「武力の一切放棄から転ずる完全平和主義(もうげん)なんぞ唱えはしないかとヒヤヒヤしておったが、まあ、今は様子見かな」



ビリー「はてさて、この介入に対しいち早く行動を見せたのはAEUでしたね」

エイフマン「PMCへの働きかけの強化、イナクトの集中配備。近日間違いなくソレスタルビーイングへ挑発行動を取るだろうよ」

ビリー「結果は、吉と出るか凶と出るか」

エイフマン「こんなもの、ババしか残らんカードゲームじゃ」

エイフマン「だが、こちらも当初の【フラッグ計画】を見直さねばならんかも知れん。時勢を見誤れば奈落、いつの時代もな」

ビリー「おや、【グラハム・エーカー量産計画】と呼ぶと決めたんじゃあないんですか? 教授」

エイフマン「それは我々の間での裏コードのようなものよ。そんなものを上には見せられまい」ワッハッハ

エイフマン「難しくはないはずなのだがな、空中変形の制動解析、OSへの登録……全機体の空中変形の半自動化、な」

ビリー「現状、一回やるだけで関節への負担で機体を丸々調整しなきゃならなくなりますからねえ」

エイフマン「これが完成すれば、運用面でフラッグはイナクトを凌駕し、ティエレンを歯牙にもかけぬ存在になるはずだったのじゃがな」

エイフマン「故に、欲しくもなろうというものよ……」

ビリー「ガンダムの性能……その秘密、ですね」



グラハム「カタギリ」

ビリー「おや、早かったじゃないか。どうしたんだいグラ……」

バサッ

ビリー「……ははは、見てくださいよ教授」

エイフマン「ん?」

グラハム「JNNの広報用ポスター、ソレスタルビーイング特集の一面を印刷してきました」

グラハム「ここに大きく載った画像こそ、我々が彼女に提供したうちの一枚なのですよ」


エイフマン「え、何? まだ続いとったの、お主ら」

ビリー「今更そこですか教授?」

グラハム「ふむ、しかし流石はマスメディアだ。あの中から確かに一番と思える一枚を選択している」

ビリー「ブレと掠れ具合がかえって躍動感を煽るような映りに変わっているね」

グラハム「先程通信を受けたよ、酷く喜んでおられた」

グラハム「甲斐があったとはこのことだな。ふふ、妙にむず痒い」

ビリー「自分たちで撮ったわけじゃあないけれど、もともと余りの画像だし、有効活用は嬉しいもんだねぇ」

グラハム「次は更なる朗報を聞かせられるよう精進せねばならんな!」

エイフマン「……」

エイフマン(何と言おうか)

エイフマン(飼い猫がネズミとか獲って飼い主に持っていくような、そんな空気じゃな)

ビリー(でかいネコだなあ……豹かな?)

エイフマン「……」ハァ

エイフマン「そのための力ならくれてやる、努々努力を怠らぬようにな」

グラハム「上等、一層の高みでもってその施しを受け止めましょう!」バッ

ビリー「お次は何処へ? フラッグファイター」

グラハム「今度こそシャワールームだ!」

ビリー「二度目のごゆるりと、グラハム」


エイフマン「元気なものじゃな。他の兵士などは、命惜しさに軍を抜けようとさえしておるというに」

ビリー「グラハム・エーカーとはそういう男なんでしょう。二の次なんだと思います……そんなものでさえ」


エイフマン「……そのための力か……むしろ、この程度しかくれてやれん己の無力さに歯がゆくなるよ」

ビリー「彼なら大丈夫ですよ教授、概算される敵機の速度には追随可能です、後は……」

エイフマン「足らぬさ。追いつけても決定打にはならず、機動性は言わずもがな」

エイフマン「此方は可能な限りの軽量化のつけで、紙くず同然の装甲で飛ばしているというに」

エイフマン「奴らはティエレンの長距離砲ですら弾いてしまうのだからな」

ビリー「……」

エイフマン「あぁ……奴は止まらない」

ビリー「そこが彼の強さであり、脆さでもある」

エイフマン「かつて話した通りだよカタギリ君。支えてやれ、出来る限りを尽くしてな」

エイフマン「たった一人、されど一人……時代の流れに、ああいう男は居た方が面白い」ニヤリ

ビリー「ええ……全面的に同意いたしますよ、プロフェッサー・エイフマン」ニコリ

 ・
 ・
 ・



絹江「いーそーがーしいー……!!!」グデー


――JNN――


同僚「どうしたっすか絹江さん、せっかくボーナス入ったってのに」ズズー

絹江「コヒー、ちょうだい」

同僚「一ドル」

絹江「ケチ!」

同僚「自費のお高いやつっすから」ズゾゾ

絹江「ええ、ええ! おかげさまでもっと画像や情報ねだれって上からもせっつかれる毎日よ!!」ずずー

同僚「まいどー。いいじゃないっすか、ねだれば。友達なんでしょ、その人」

絹江「あの人にそんなことしたらどうなるか……ゴミでも見るような目で着信拒否が残当よ……!」ガクブル



想像上のグラハム『資本主義の豚め』ジトー



同僚「あの人」

絹江「あー……知り合いの軍人さんよ。気にしないで」

同僚「ふーん……」


同僚「その人、大丈夫、なんすかねえ」ズズー


絹江「え?」


同僚「だって、ガンダムでしょう? 相手は」

同僚「ぶっ壊された最新鋭MSのイナクト、乗ってたパイロットはAEUでも指折りのエースだって話ですよ」

同僚「そんなすごい組み合わせでもあんなに簡単に壊されちゃうってんだから、軍人さんは保険に入れなくなるんじゃないかって、うちの旦那が」

絹江「……だ、大丈夫よ、その人、フラッグに乗ってるし……」

同僚「性能調査で、イナクトとほぼ同等だったらしいっす、フラッグ」

同僚「悪いこと言わないから、軍を辞めといたほうがいいんじゃないですかね。このご時世、どうなるかわかったもんじゃないっすけど」


絹江「……私が、どうこう言えることじゃあないわよ……そんなの」


絹江(ええ、そう……言えたもんじゃあない、私なんかが)


絹江(これだけ短時間の関係でも分かる……あの人は、グラハム・エーカーという人は、たとえ死ぬかも知れなくても飛ぶことを止めない人)

絹江(そうね……生きがいを無くすか、死ぬかなら、気持ちだけは分かる気がする)

絹江(沙慈がいる手前、同じようには生きられないけれど……)

絹江(でも……)



絹江「――なんかやる気、出てきた」

同僚「へ?」

パシンッ

同僚「おぉ?!」

絹江「っつうう……」

絹江「――!」グビッ

絹江「あちゅいっっ!!」ギャー

同僚「コントっすか?」

絹江「……よしっ!」

絹江(軍人だろうとジャーナリストだろうと、生き甲斐への情熱で誰かに負けてなんかいられない……!)

絹江(今起きていることはここ百年の中でも最大級の事件。スクープを目の前に及び腰なんて!)

絹江「父さんに合わせる顔がないんだから……!」


同僚2「どうしたの? また荒れてんの?」

同僚「知らね。なんかいきなりやる気出してる」

絹江「やるぞー!」ウオー

同僚「がんばれー」オー


PPPPPP!!!

『速報!! タリビアが声明発表! ユニオンからの脱退を表明した!!』

絹江「!」

同僚「うお、マジか……!」



「ユニオンが、ガンダムとぶつかるぞ!!」

絹江「始まる……のね……」


 ――タリビアは、ユニオンの太陽光発電の送電権がアメリカの一存で決められていると主張。

 ――自国が送電線の近隣にあることを活かし、ユニオンの脱退と電力の独自使用権を行使すると宣言した。

 ――即日、ユニオンはMSを搭載した空母艦隊をタリビアに派遣。

 ――タリビア危機、と後世では【揶揄】されるこの一件。

 
 ――世界は、ソレスタルビーイングの対応に注目、緊張は最高潮に達していた。





――が。


 ――タリビア・近海――


ダリル「軍は撤退を始めるそうです。ガンダムもいなくなった以上、ここにいる必要もありませんからね」

グラハム「熟知している。やはり、というべきなのだろうな」

ハワード「【ソレスタルビーイングは現在存在している紛争には介入できるが、存在しない紛争には介入できない】」

ハワード「それへの答えがこれというわけですか」

ダリル「今回の一件は、タリビアを紛争の発生原因として介入行動に出ましたが」

グラハム「タリビアがユニオン脱退を取り消した以上、介入は無用と引き返した」

グラハム「もっとも、あの一瞬の間で市街地のMS部隊は相当数が撃破されたと聞く」

グラハム「きっかけさえ掴めれば挑発行為にすら介入できる、いかなる場合でも、いかなる相手でも。それを示したわけだが」

グラハム「ただ、今回一番の利を得たのは……」


――――

絹江「ユニオンだった……というわけね」

沙慈「?? どういうこと?」


――自宅――

絹江「今回、ガンダムはタリビアの軍を攻撃。少なからず死傷者が出たわ」

絹江「タリビアを支援する名目でそのままユニオンはガンダムへ攻撃指示、以降の支援行動も相まって二国の関係は劇的な改善を見せた」

沙慈「雨降って地固まる、ってやつかな」

絹江「ええ、でもね沙慈。もともとタリビアは反米感情の強い、ユニオン加盟国の中でも対米勢力の一角だったのよ」コポポ

沙慈「ありがとう……それで?」

絹江「これでユニオン軍は自国領土へ攻撃されたわけでもなく、タリビアという自分たちの敵を味方に引き入れることに成功した」ズズ

絹江「対ガンダムを名目に送電ラインの安全強化が出来るというおまけ付きでね」

絹江「そして【紛争のきっかけを作ってもガンダムは介入行動に出る】という結果によって、他小国の脱退や二国への寝返りも抑制できるというわけ」

沙慈「タリビアはそれでいいの……?」ズー

絹江「ピエロを演じた見返りは、ユニオンとの関係を強めて送電量の優遇、現政権の支援と安泰、といったところかしら」

絹江「ソレスタルビーイングの行動は読まれていた……それを政治的に活用した【ユニオン】という連合母体がまんまと利を得た」


――――

エイフマン「だが、彼らもまた大きなものを得た」

ビリー「ですね」ハグハグ


――MSWAD基地――


エイフマン「今回ソレスタルビーイングが示した【紛争のきっかけを潰す介入行動】は、彼らを軽んじる芽を尽く潰すだろう」

エイフマン「二の轍を踏めば、今度はタリビアが得た利益の後追いから間違いなく【被害と利潤の追及】が発生する」

エイフマン「高度な政治的判断によって兵士が【捧げられた】のだからな。人命を利用し国家が利益を食らう……」

ビリー「政権維持どころか、そのまま大国に見捨てられて政権崩壊が関の山ですね」

ビリー「おまけにこのことにソレスタルビーイングは糾弾さえ受けない。彼らは昆虫的な目的遂行に殉じただけですから」

エイフマン「もう同じことはできん。見事よな、一回限りの博打にタリビア政権は勝ったのじゃ」

ビリー「タリビアの行動はそういった意味でも完璧だったわけですね。出来レースには無い、思惑の一致から来る最高の連携だった」



エイフマン「まあ、【利潤から来る紛争】に関しては答えは出たと言っていい」

ビリー「彼らがいる以上、封じられていると言っていい……か」

ビリー「フリでも、宣言を出せば国家の信用と威信が懸かる。国と個人の差が、彼らの行動の正確性を上げてしまうのですね」


エイフマン「まあ、それはさておき、我々が考える必要があるのはわずか一分足らずの邂逅の方じゃ」

ビリー「彼は無傷、ガンダムの一機と接触し最大出力のリニアライフルをヒットさせたものの、海中に逃走され戦闘終了」

エイフマン「通用はしてみせたか……【作戦遂行に支障が無い程度の存在】と認知されたら、交戦され撃破されるおそれがあるのだからな」

ビリー「少なからず抵抗し苦戦もしく持ちこたえられると判断させられた、という証拠になりますからね。大いなる一歩でしょう」

エイフマン「雲の上まで続く階段に対する一歩とは……謙虚にも限度があろうな」


――――


グラハム「後は任せる。何か連絡があれば、室内回線でな」

ハワード「はっ、お疲れ様です! 隊長!」


――ロッカールーム――


ガチャ
ガサガサ


グラハム(通用はしてみせた……が、やはり圧倒的だ)

グラハム(航空戦特化の変形ガンダム、あれとまともに対峙できなくてはフラッグが通用していると真に評価することは出来ない)

グラハム(だが……これ以上は私の肉体が限界か。死なば諸共と散華出来るほど人生に悔いているわけでもないのだ、このグラハム・エーカーは)

グラハム(……ん?)

グラハム「携帯端末……」ピ

グラハム「!」


グラハム(着信件数が三十を超えている……)

グラハム(カタギリがふざけて入れたアプリ。着信件数で待ち受け画面のミニリアルドが重なっていくのだが)

グラハム(重なりすぎて画面外から落ちてくる……酷く猟奇的なアプリもあったものだ)


グラハム(送り主は……)

グラハム「!」

グラハム「……ああ、そうか。リアルドが桃色なのはそういう……」

グラハム「……ふっ……」



――――

アーイーヲ、シラーズッ

絹江「! 来た!!」ガバッ

沙慈「わ?!」

絹江(良かった……生きてたんだ)ホッ

絹江(あんな話しされた後じゃ気になって気になって仕方なかったけど……流石に電話しすぎたかな)

沙慈「……姉さん?」


デデデデッデデ(鳩が飛ぶ音)


絹江「ごめん沙慈、ちょっと部屋行ってるから! ご飯食べてて!」ダダッ

沙慈「あ……!?」


沙慈「……電話……」



沙慈「また、アイツか」

ここまでデデデ
次回金曜にまた

絹江「もしもし!」

グラハム『おはようございます、絹江さん』パッ

絹江「ひゃ?!」ビクゥッ

グラハム『おっと』PP

『失礼しました。モニター表示がONになっていたようで』サウンドオンリー

絹江「あー、はは……いいですいいです。モニター出しててください、ちょっと驚いただけですから」

絹江「というか、私の方は基本オンにしてあるので、そっちがむしろ構わないならって話なのですが?」

『ふむ、言われてみれば最初以外は特に理由がない』

グラハム『てはお言葉に甘えて、女史のご尊顔を拝見すると致しましょう』ヴンッ

絹江「貴方にそれ言われると、何だか皮肉っぽいなあ……?」


絹江「……なんか、血色良くなってませんか?」

グラハム『そうでしょうか。思い当たれば先程は久方ぶりのスクランブル、心が滾らなかったといえば嘘になりますが』

絹江「スクランブルって……貴方らしいっちゃらしいですけど、一回の出撃でそんなに元気になるもんですか?」

グラハム『他者が如何様かは存じませんし興味もわきませんが……』

グラハム『少なくとも私は打撲と風邪程度なら飛んでいれば完治いたします』キリッ

絹江「うん、貴方だけです、それ」

絹江(いや、ま……久しぶりに見たのは確かなんだけど)

絹江(あれよね……ほんと、顔は、顔だけはいいのよねえ)ムー

グラハム『! ……』スッ

グラハム『  』ニヤッ

絹江「ッ?!」ドキ

グラハム『――どうでしょう、顔立ち幼いなりに男前というものが演じられていましたでしょうか?』

絹江「っ、エイフマン教授ですね!!そのニヒルでキザでステレオタイプなワルイ顔! エイフマン教授の入れ知恵ですよね!!?」バァンッ

グラハム『正解。流石は絹江さんだ、あの方をよくご理解されていらっしゃる』ハッハッハ

絹江「何要らんこと教えてあのおじじぃ……!」

絹江「貴方も! 教えられたからってそんな悪巫山戯を……もう!」

グラハム『ははは、重ねて失敬! いえ、聞かされていたもので、物は試しにと思いまして』

絹江「? 何をです?」

グラハム『いえ……第一印象こそそこまででありましたが、絹江さん』


グラハム『私の顔立ちだけは褒めていただいていたようでしたので、後は魅せ方だとプロフェ「グラハムさん」はい、何でしょう』

絹江「……だれに、ききましたか」

グラハム『プロフェッサーが、沙慈くんから聞いたと』

絹江「……そうですか」

グラハム『絹江さん?』

絹江「はい」

グラハム『風邪ですか。お顔が真っ赤だ』

絹江「だいじょうぶです、つづけてください」カァァ

グラハム『ええ、ですがご無理はなさらぬように。とはいえ、まだ始めてもおりませんでしたね』

絹江「~~~~~!!」ジタバタ

グラハム『ではご報告をば。貴女の着信で墜落したリアルドたちの死を無駄にしないためにも』

絹江「え」ガバッ

グラハム『……あ』


【(==○=)<只今誤解を解いてます、しばしお待ち下さい】




グラハム「……」

絹江『では、まとめます』ムスッ

グラハム「……どうぞ」

絹江『重ねてお聞きしますけれど、貴方はガンダムを追撃し、交戦』

絹江『一撃を加えはしたものの、そのまま海中への逃走を謀られ、断念』

絹江『ユニオン軍への被害は 皆 無 であると!!』

グラハム(目が据わっておられる。ご自身の勘違いが起因というに……)

グラハム「……相違ありません」

絹江『結構、大変に結構!!』

グラハム(まあ、きっかけを生んだのは自分の迂闊な発言にある。猛省しよう)

絹江『それで……どうでしたか?』

グラハム「ガンダムの性能、ですか?」

絹江『それも勿論……ですけれど、カスタマイズされたフラッグでしたら、戦えそうですか? ガンダムと』

絹江『……撃墜は、避けられそうですか?』

グラハム「……」


グラハム「ありがとうございます。空を飛ぶものとして、帰還を願ってくださる友情は無上の追い風に値する」

グラハム「故に偽り無く告げるなら……未だもって、ガンダムとの性能差著しく、一瞬の過ちが死出の導きになりうることは言うに及ばず」

グラハム「仮に一切しくじらず立ち回れたとして、単騎での撃退は不可能に近いと断言いたします」

絹江『……っ』

グラハム「女性にそのような顔をさせてしまうというのは心苦しいものです。ですが……」

絹江『降りてくれ、なんて立場じゃあありませんもの。言うわけがないじゃないですか』

グラハム「ええ、これはライフワークです。変えようもない」

グラハム「無論。死ぬつもりも毛頭ありません」

絹江『そこまで命かけられたんじゃ、こっちも黙ってられませんからね!』

グラハム「ほう、ソレスタルビーイングへの新たなる決意というわけですか」

絹江『ええ、どっちが金星上げられるか、競争です!』

グラハム「仮にも精強極まるフラッグファイター最優を自負するこのグラハム・エーカーへの挑戦状……安くはありませんが、覚悟の程は?」

絹江『……な、なんでも来いや! です!!』

グラハム「よろしい。相応のものを考えておきましょう、見合うものを、ね」

絹江『……お手柔らかに……!』

グラハム「勿論。全霊を賭けましょう」

絹江『……単騎で勝てないってわかってるんなら突っ込んだりもしないでしょうし、ねえ?』

グラハム「ノーコメント」

絹江『こーらー?』

グラハム「ノーコメントです」

絹江『もう! ……ふふっ』

――――

ルイス『でね、沙慈ー、今度の軌道エレベーターの実習なんだけどね』

沙慈「……」

ルイス『……どったの? 体調でも悪い?』

沙慈「! あ、うん、何でもない。ごめんルイス、ボーッとしてた」

ルイス『例の件? まだ続いてるんだ』

沙慈「……分かるんだ」

ルイス『伊達に沙慈のガールフレンドしてませんから』

沙慈「そっか……ルイスはスゴイね」


ルイス『言いたいこと、言えないんだよね』

ルイス『あたしだったら、どうせ言いふらす相手もいないからさ。言ってほしいな』

沙慈「……うん、ありがとう」

沙慈「でも大丈夫。どうせ、そう長くは続かないと思うしさ」

沙慈「ただのお友達で終わるんなら、むしろ……ね」

ルイス『うそ』

沙慈「……」


ルイス『沙慈、何か感づいてる』

ルイス『私たちにはわかんないこと、お姉さんのこと、気づいてる』

沙慈「……かもしんない」

ルイス『詮索、しないよ』

沙慈「ありがとう。多分、言いたくなる時が来るよ、きっと」

ルイス『ん、待ってる』

沙慈「個室、姉さんにお願いしてみるよ」

ルイス『! あたし、何も言ってないんだけど!?』

沙慈「伊達にルイスのボーイフレンドしてないからね、このくらいはさ」

ルイス『沙慈すごーい……!』

沙慈「そこまで感動されることかな……」アハハ

沙慈「…………」

沙慈(姉さん、気づいてる?)

沙慈(同じなんだよ……あの人は……)

絹江さんってものすごく着痩せしている気がする秋の夜長です
今日はここまで
次回はまた金曜日に



――世界は、ソレスタルビーイングに対して疑念の眼差しを送っていた。

――タリビアの一件も、「紛争を誘発しただけの矛盾行為」と深く考えない民意が大半。

――その行為の意味も思惑も理解されぬまま、日々は上辺の平穏を崩さず流れていく。



――この日が、来るまでは。



――人革連領内・軌道エレベーター【天柱】――



絹江「じゃあ、私はこっちの支社に用事があるから。しっかり勉強してくるのよ」

沙慈「わかってる。ありがとう姉さん、個室を予約してくれて……」

絹江「お嬢さまの仰る通りってね……庶民には手厳しいことで」

絹江「ま、感謝するのならグラハムさんにしてね。あの人のお陰でこれの代金まるまる浮いたようなもんなんだし、気にしないで」

沙慈「……【中尉】に、ね……」


ルイス「お待たせしました、お姉さま~!」

絹江「いーえ、お気になさらず。今日は頭上のお猫様もおとなしめのご様子で?」

ルイス(うええ、人見知りバレてるぅ……!)

沙慈(ジャーナリストを甘く見るから……)

絹江「――沙慈、頑張ってくるのよ」

絹江「あなたの夢、父さんもきっと応援してくれてると思うから、ね」

沙慈「! うん、いってくる」

絹江「いってらっしゃい、沙慈」チュ

沙慈「ん……!」

ルイス「おでこ!!!?」

沙慈「姉さんは、もう……僕だって子供じゃないんだから」

ルイス(おでこ!!)

絹江「ふふ、母さんの代わりだもの、ねえ?」

ルイス(ODECO?!)

絹江「じゃ、後はよろしく!」バシンッ

ルイス「おでこっ!?」


沙慈「いこう、ルイス」

ルイス「…………」ブッスー

沙慈「機嫌直して。姉さんの最大限の譲歩だよ、個室も、同乗もさ」

ルイス「……まさか、お姉様に先制攻撃されるとは思わなかったっ」ツーン








沙慈「ふふふ……でも、結構気に入ってるみたいだよ。ルイスのこと」

ルイス「ふえ、本当……?」

沙慈「本当。無理やり着いてきた甲斐はあったんじゃない?アメリカまで……」

ルイス「やったあああ……!!」ジーン

沙慈(って、聞いてない……)


《本日は、天柱交通公社E603便にご乗車いただき、誠にありがとうございます》

《本リニアトレインは、低軌道ステーション真柱直行便です。到着時刻は18時32分、グリニッジ標準時、翌日3時32分になります。》


ルイス「そういえばさ、沙慈」

沙慈「ん?」

ルイス「沙慈のお父様って、早くにお亡くなりになったんだよね」

ルイス「沙慈が宇宙で働きたいのって、もしかしてお父様のお仕事の影響?」

沙慈「そうでもないよ。父さんはジャーナリスト、影響をもろに受けたのは姉さんのほうさ」

沙慈「姉さんが言ってたのは……」



沙慈「父さんの最後の仕事が、【ユニオンの宇宙開発事業に関係すること】だったってだけのこと」


ルイス「ふぅ~ん……」



――JNN・天柱極市支社――


絹江「そうですか、誤情報……だったと」

支局長「わざわざ来てもらったのに済まないね。こんなガセを掴まされたとあっては、お父上に顔向けできんよ……」

絹江「いえ、裏付けも待たずに駆け込んだ私の方こそ、ご無礼を」

支局長「……しかし、彼女の情報を今更ながら探しているなんてね」

支局長「やめた方がいい、とは言わないが……仇討ち、かね」

絹江「そんなつもりはありません。ですが……【真実】への未練と言われれば、頷くしか無いものです」




「――マレーネ・ブラディの、消息。父が追った最後の事件の、最後の生存者への」



――MSWAD基地――


ビリー「へえ、そりゃあ意外だ。そこまでやるかい、あのテストパイロット?」

グラハム「ああ、もしガンダムが来なければ……私はあの会場に出向いた最大の価値を、彼の戦術飛行の観覧と称したことだろう」

グラハム「パトリック・コーラサワー……模擬戦全勝、スクランブル二千回の英雄は伊達ではないということだ」

ビリー「君にも引けを取らない数字だねえ……もっとも、君のように空中変形はできないようだけどね」

ビリー「もし対ソレスタルビーイングで共闘することがあるならば……」

グラハム「この上ない戦力となることは想像に難くない。あの解体劇は相手と状況の不運に過ぎんよ」


グラハム「はは、しかし模擬戦無敗か。偉大な功績だな。無論技量と空への想いでは勝っていると信じたいが」

グラハム「……私は、模擬戦において46敗を喫しているからな。覆すのは、厳しいかな」

ビリー「……」

グラハム「ん?」

ビリー「ん、あぁ、何でもないよ。グラハム」

グラハム「ふ……気にするなカタギリ、事実は事実。私の血肉を今更分けては考えられんだろう」

グラハム「――背負っていくさ。今となっては、悪名だけが私とあの方の繋がりなのだから」

ビリー「…………」


ウィィ……ン


エイフマン「グラハム!! ビリー君!!」

グラハム「! プロフェッサー……!?」

ビリー「ど、どうしました教授……すごい剣幕で……」

エイフマン「ニュースを見ろ! 速報じゃ、軌道エレベーター【天柱】で事故が発生した!」

ビリー「事故、ですか?」

エイフマン「正確には低軌道ステーションでな……じゃが、まずいことになっておる」

グラハム「……!!」

ビリー「まさか、いるんですか!? 僕らの知り合いが、そこに?!」

グラハム「我らの共通の知人……よもや、そんなことが……ッ」ピッ


《真柱の速報です。現在安否が確認されていない不明者リスト一覧です》


《……アリスン・モーリー……チャド・チャダーン……》


《……サジ・クロスロード……ルイス・ハレヴィ……アンリ・ヤマムラ》


グラハム「ッ……神よ……!!」



 ・
 ・
 ・

ん、間違えたかな?

予定を変更し、また明日続きを投稿します。

オリジナル要素が詰め込まれ出しますので、苦手な方は深呼吸もしくは座禅と併用して閲覧ください。

>>162
はい。その通りです。
00Pでは調べたフォンが「名前も分からぬ女性」と言っているため、執行直前で消息を絶ったにも関わらず「事件」「裁判」以外の彼女の情報と痕跡が完全に消されている「はず」なのです。
シャルやルイードもそうであるように彼女もこれが本名ではなさそうなのですが。

「姉さん、今日なんの日か知ってる?」

「なにそれ? 私寝てないの、手短にね」

「ポッキーの日なんだって。ほら、これ上げるからあの人にさ」

「ポッキーゲームね……うん……よーく知ってる……よーくね」

「?」


冬場ですので、火の用心
再開をば


――天柱の低軌道ステーション【真柱】の重力ブロック、落脱。

――各部門の専門家、多少の計算が出来る者たちならば、それがどれほど恐ろしい事故か容易に想像できた。

――地球に近く、微重力に引かれ続けるその場所で繋がりを失うということは、大気圏への墜落を意味する。

――問題は【近すぎること】であった。落ち始めて、限界点に到達するまでが、三十分もないという、あまりの近さ。

――ブロック数は三つ。MSや牽引可能な船舶が多数必要であること、そしてそれが駐留している施設から如何に急ごうと――到底間に合わないこと。

――この三点が示すのは、実に容易に想像しうる、簡潔な絶望であった。


エイフマン「……ッ」

ビリー「教授、これは……どう計算しても……!」

エイフマン「速報を待とう、カタギリ君」

エイフマン「奇妙だと思わんか……もし、想定通りに最悪の結末になっておれば、もう連絡があってもいい頃合いのはずじゃ」

エイフマン「それが無いということは、運良く付近を通過していた何らかの艦船、機体が救助行動に出ているということではなかろうか?」

ビリー「し、しかし……事態が好転しているなら、それも連絡されて良いはずです」

ビリー「それがないということは……」

エイフマン「予断を許さぬ状況……もしくは、連絡できぬ何かが現場にあるということか」

ビリー「ガンダムが関係している可能性は……?」

エイフマン「考えすぎじゃろう。とかく、他国の軌道エレベーター圏内では我が軍もAEUも関与できんし、間に合わん」

ビリー「待つしか無い……ですか……?!」


グラハム「ッッ…………!!!!!」ギリッ


ビリー「グラハム……」




グラハム(――無力だ)

グラハム(何も出来ない。距離も、国境も、立場も、時間も!)

グラハム(全ての要素が、悲劇に向かって一歩一歩踏みしめるさまを悠々と見せつけてくるようだ……!)

グラハム「予測不可能な事態……だがこればかりは……」

グラハム「諦観を受け入れろというのか、このグラハム・エーカーに……ッ!」



――幾度となく、何度も、何度も、彼女に連絡を試みた。

――だが、何を言えばいい? 慰めに何の意味がある? 楽観的な言葉を無責に吐くことの意義は?

――握りしめた携帯端末が、悲鳴を上げる。

――潰しかねないその左手を、盟友が止めた。


ビリー「グラハム、それ以上はいけないよ」

グラハム「……私は我慢弱い……」

ビリー「知ってるよ、よく、知っている……」

ビリー「だからこそ、待とう。もし最悪の事態が訪れているなら、もう観測ができているはずだ」

ビリー「それがないということは、何かが起きているということだよ。祈るくらいしか……出来ることはないけれど」

グラハム「っ……平静を欠いて、利き手を潰す理由にはならない、だな?」

ビリー「気持ちは、わかっているつもりだよ。ごめんよ、こんなことしか言えなくて」

グラハム「いや、感謝する、カタギリ。そうだな……」

グラハム「――待とう、奇跡を」

エイフマン「……神よ……どうか……!」




《緊急速報、緊急速報》


グラハム「?!」


《現在アラスカの偵察部隊より、人革連領内から上空へ、謎のエネルギー光が発射されたとの観測情報》

《その観測情報より、ガンダムの出現が危惧される。ガンダム調査隊は直ちに警戒態勢に入れ》

《繰り返す》

《ガンダム出現の可能性有り、各隊員は直ちに……》


エイフマン「天使の……来臨か……」


――ガンダムの出現情報、そして、大気圏内からの超長距離粒子砲狙撃。

――それから、速報からの事態収拾。

―― 一連までの悲劇への流れは、あまりに見事な力押しで容易に落着と相成った。

――今まで無力に嘆いていた者たちに安堵を与えつつ、矜持を踏み抜いて。

――その圧倒的な力が初めて【単純な人命救助】に使用されたことに対する世界の反応は、まさしく種々雑多であったが。

――誰しもが、改めて、思った。思ってしまった。


――欲しい! この力が! と……


ビリー「……………………」

エイフマン「……………………」

ビリー「教授、どっからどう話したものか……一気にコトが起こりすぎてパンクしそうですよ……」

エイフマン「ううむ儂もじゃよカタギリ君。老骨のCPUでは熱暴走必至じゃなあこれは」

ビリー「えーっと? 順序よく行きましょう、まずは……事故の発端と経緯」



ビリー「原因不明の低軌道ステーション重力ブロックの落脱事故が発生……当然救助隊が発進するも間に合うはずもなく」

エイフマン「しかし、現場に確認できたMSは宇宙用ティエレン一機のみ……つまり、何らかの方法で支えていたわけじゃな」

エイフマン「そして事故発生から間もなくして、地上からの超長距離ビーム砲射撃」

ビリー「これにより三基存在していたブロックは中央の一基を残して分解、以後正式発表で行方不明者全員の生存確認、救助完了……」

ビリー「……教授、これは、私見なのですが」


ビリー「この事件、ソレスタルビーイングの自作自演ではないでしょうか?」

エイフマン「…………」

ビリー「まず、人革連は正式に発表していませんが、この重力ブロックの脱落を維持していたのは間違いなくガンダムであったと思います」

ビリー「現場にて粒子の光が離脱していくのを低軌道ステーション内の民間人が何人も目撃しています」

ビリー「彼らの推力なら、並のMS数機分の働きをするのは容易なことでしょう」

ビリー「ですが、そもそもあの場に、即座に彼らが現れたというのは辻褄が合いません」

ビリー「ましてや! 今回彼らの利に働くようなことは一切ない、ただの事故であって紛争ですら無いのですよ?」

ビリー「これは世論の心象操作を目的として、予め準備していたと考えるのが自然かと思われます」

ビリー「これはテロです、ソレスタルビーイングが起こした……マッチポンプ!」


エイフマン「いやー、ないない。ありえない。絶対ない」ハァ~

ビリー「……やっぱりですかあ」ハァ~


エイフマン「そりゃあそうじゃろう、今回彼らは【大気圏外への攻撃手段】という虎の子まで見せておる」

エイフマン「これによりまず【粒子砲の特性】と【ガンダムの性能】が白日のもとに晒されたわけじゃ、流石に割に合うまいよ」

ビリー「結果的に我々に絶望の上乗せしてきたようなもんですけどね……どうしろっていうんですかあんなもん」

エイフマン「逆もできるとは言え、単独では不可能であることは明白」

エイフマン「つまり厳重警戒の只中で使えば、何らかの大型装備鹵獲のチャンスが巡ってくるわけじゃ。奴らも乱用はできんし、我々は足回りさえしっかりしていれば対処など易い易い」

ビリー「……これを晒すことで我々に示威をしたという可能性は」

エイフマン「くどいのお……こんなもの、使った以上持ち運ばねばならんのじゃよ? 初お見えならまだしも、もう次は発射地点に殺到しておしまいじゃよ」

エイフマン「もうこれを以降の作戦に組み込めん可能性まで考えて、出さねばならん。そういうものなのじゃよ、この砲狙撃手段はな」


エイフマン「まあ、そうじゃな……」カリカリ


1:あの宙域にガンダムが介入するはずの目標(人革連の秘匿兵器?)が存在していた。

2:ガンダムはそれに介入、交戦したがその結果重力ブロックが脱落する事故に発展。

3:ガンダムは人命救助を優先、結果、超長距離砲狙撃の露見に踏み込んで同目標を救出した。


エイフマン「こんなところかのお」

ビリー「え、人革連の秘匿兵器って……そこまで分かるんですか?」

エイフマン「テロ組織による破壊工作ならまず声明が発表されて然るべきじゃ、それがないとやった意味がないからの」

エイフマン「仮に目的違い、失敗などを理由に黙秘していても、人革連側が黙っている理由にはならん。つまり……」

ビリー「事故の原因は人革連側が隠したいもので、それがソレスタルビーイングの介入に足る何かであった……?」

エイフマン「おおよそ人革連側が原因であるがゆえに発表もせなんだろうさ、ガンダムの兵器でどうこうなったなら間違いなく喧伝しておる」

ビリー「しかし、現場周辺は施設も少なく、ガンダムが交戦すれば粒子ビームの軌跡など、発見されやすいものですが……」


エイフマン「うーむ……これ以上は妄想になろう。憶測の限界よな」

エイフマン「むしろ、我々が考えるべきは、事態発生から彼らの動向の素早さ、大型支援兵器と類推される存在の輸送手段、その全てを実行可能にした要因よな」

ビリー「……そうか、彼らの動きに無駄がないということ以前に、そんなものを一箇所から持ち運んでいるわけがないんだから……!」


エイフマン「――世界中、あらゆる地域、国家に、奴らの支援施設、支援母体が存在すると見て良いじゃろうて」


ビリー「ある意味、どの国家が母体となっているかという陰謀論は唱える必要がなくなったわけですね」

エイフマン「おそらくは……三大国の中枢にさえ食い込んでおろう、儂はそう考えておる」

エイフマン「それとじゃな、儂はこのガンダムによる救助行動……」

エイフマン「ガンダムのパイロットによる【独断行動】ではないかと、推測しておる」

ビリー「……いやー、いやいやいやいや」

ビリー「それは希望的観測というやつでしょう教授、いくらなんでも……」


エイフマン「儂がもし、ソレスタルビーイングの指揮官であったなら……今回の一件は無視して帰投させておる」


ビリー「きょ、教授……穏やかじゃないですね?」

エイフマン「当然じゃろう。超長距離射撃……これは見せんことであらゆる作戦に対し一手が打てる魔法のような能力じゃ」

エイフマン「彼らの行動理念、武力による紛争根絶に犠牲はつきものじゃ。たかが二百人程度、いやこれが千人であったとしても」

エイフマン「法と秩序に背を向けた私設武装組織が、ただでさえ不可能であろう目的に使える手札を見せてまで救う価値がある数字ではない」

エイフマン「紛争ではないのだからな……事故で死のうが、自分らの起こした経済崩壊で餓死しようが、どうでも良い、そういう組織じゃろう? ソレスタルビーイングとは」

ビリー「っ……はい……」


エイフマン「そも、これを救って心象を改善したところで、やることが変わらないのであれば大した効果もないしのう」

エイフマン「パイロットの自己満足を、組織が致し方なく救った……と見るべきだとわしは思う」

エイフマン「つまりつまり……あのガンダムとパイロット、代えが無いと見るべきじゃ、なあ?」

ビリー「……打つ手が増える、そうおっしゃりたいように見受けられますね」

エイフマン「守るやり方を知るには、殺すやり方も知らねば不十分じゃろう?」

エイフマン「善人で人道的な敵なぞ、悪党の味方よりよほど怖いものよ……やることも、目指すべきものも、変わりはせん」



エイフマン「手はあるということじゃ……あの天使気取りの悪鬼を討つ、銀の弾丸の造り方ぞ」


――――


――人革連・天柱極市市内ホテル――

沙慈「……姉さん」

沙慈「姉さんってば」

沙慈「はー……ね・え・さ・ん?」


絹江「……グス……」ギュー


沙慈「抱きついてないで、そろそろ離してよ。トイレ行きたいんだけど」

絹江「ごめん……でも、本当……ね?」

絹江「うぐ……よかった……よかったよさじ……おねえちゃん、しんぱいしたんだからぁ……」ヒーン

沙慈「あー、もう……分かったよ、僕も、また姉さんに逢えて良かった」

絹江「さじぃ…………」ボロボロ

沙慈(あ、これ長いやつだ……昔交通事故で引っ掛けられたときもこんな感じだったなあ)

沙慈(もし、僕が死んでたらどうなってたんだろう)

沙慈(姉さん、後追ったりしないよな……一人になったら、どうしたんだろうな)

沙慈(……ぼくが死んでも、世界は、変わったりしないんだろうな……)



沙慈「――大丈夫だよ、姉さん。僕はここにいる。何処にも、行かないよ」



――――

――別室――


ルイス「…………」

ルイス「泣いてないもん」

ルイス「お姉さまの気持ちもわかるし、あたしだって寂しいけど、仕方ないし」

ルイス「顔合わせた途端いきなり号泣されて抱きつかれてる沙慈に、構ってとか、言えないし」

ルイス「…………」グス


ルイス「泣いてないもんっ!!!!!!」バァンッ

壁「ありがとうございます!」



――翌朝――


絹江「ん……ふぁ……」モゾ

絹江「……んむ……」ポー


絹江「朝……か」


絹江(本当に、色々なことがあったな)

絹江(沙慈が事故に巻き込まれて……周りの人は生存は絶望的だって言ってて)

絹江(でも、奇跡みたいにみんな助かって……ガンダムの存在が確認されて)


絹江(……私たちが変わらず過ごせている日々ですら、簡単に壊れてしまう、たったひとつの出来事で、全て)

絹江(原因とか、ソレスタルビーイングの関与とか、調べなきゃならないことなんて山ほどあるのに)

絹江(駄目だな、私は……しばらく頭が動きそうにないや)


絹江「……あら?」


絹江(携帯に着信履歴……それとメールも、一件ずつ)

絹江(……あ……!)


――――

From:Graham Aker

件名:天柱事故に関して

沙慈・クロスロード、及びルイス・ハレヴィ両名の息災を、心よりお慶び申し上げます。
そして、何一つお力添え出来なかった我が不徳と無能を、お許し下さい。


――――


絹江(……電話、すぐに切ってるんだ)

絹江「気にしてくれてたんだ……でも……」


――――

pppp

ビリー「グラハム? お呼び出しのようだけど」

グラハム「……構わない」

ビリー「え……?」


グラハム「どの面下げて、顔を合わせろというのだ……」


 ・
 ・
 ・

今日はここまで
次も金曜日にまた。

前回の質問でしたが「ここではマレーネを当人の本名として扱う」とします。

マイスターたちの出番が無いとお嘆きの紳士淑女の皆様
ごめんなさい、これからも多分ないです

では続きを。



――そして、何やかんやあってAEUとモラリアがボコられて数日――


コーラサワー『何じゃそりゃあああああああ!!!』ヒューン……


――――


――MSWAD基地――



ゴウッ……


絹江「わぁ……!」

絹江(大きな管制塔、あっちが技術研究棟ね。流石はMSWAD、見事な設備だわ)

兵士「こちらです、ここからはお車で中までご案内いたします」

絹江「ありがとうございます、何から何までご丁寧に……」ペコ

兵士「いえいえ、プロフェッサー・エイフマンのご紹介とあれば、このくらいは」

兵士(可愛いなあ……日系人は肩幅がちっちゃくていいよ)ニヘラ

絹江「えっと、それで教授はどちらに?」

兵士「え、あ、はい! 今MSドックの方で点検作業中とのことで、どうぞ此方に」


 ・
 ・
 ・
 ・

エイフマン「ふぅーむ」カタカタ

ビリー「どうでしょう、教授。装弾数の増加を見込めれば、あのミサイル攻撃には……」

エイフマン「現実的ではないのう。グラハムがシミュレーターで出した数値であれば、ミサイル攻撃に変形から即時対応ができよう」

エイフマン「だが大きく出遅れる。その後、やつに狙われた際は確実に落とされような」

ビリー「後手の対応では、ガンダムには勝てない……ですか」

エイフマン「攻め手で何とか出し抜かねばな」


兵士「失礼致します、プロフェッサー」

エイフマン「おぉ、来たかね!」

ビリー「? 来客ですか」


エイフマン「デートじゃよ、別嬪さんとな」ニヤッ


――――

絹江「お久しぶりです、エイフマン教授」

エイフマン「うむ、健勝何より。連絡が来てから数日かかると見込んでおったが、手早いの」

絹江「【拙速は巧遅に勝る】……ですよね?」

エイフマン「はっは! 孫子の引用か。君、我が部隊の戦術予報士として招聘される気はないかな?」

絹江「ご冗談を。たかが22の小娘に精鋭の命運は背負えませんわ」

エイフマン「はは、才能に年齢は関連せんさ。さて、立ち話は老体には堪える……」

絹江「……」チラチラ

エイフマン「! ふふ、奴なら足早に兵舎に引き篭もりおった。何かあったかな?」

絹江「え?!」

エイフマン「うら若き乙女の視線が揺らぐのは、意中の騎士を探すときと相場は決まっておる」クックック

絹江「そんなんじゃあありませんよ……ただ」

エイフマン「ん?」

絹江「例の一件以来、ご連絡も無く、此方からも繋がらなくて……」

絹江「なにか粗相をしてしまったかと……ええ、気が気でないのは、確かなんです」

エイフマン「ふうむ……?」


――――
ビリー「もしもし……あぁ教授」

ビリー「はい、いますよ。奥の方でトレーニング中です」

ビリー「お使い頼めなんて言わないでくださいよ? だいたい彼が奥にいるときは機嫌がひどく……」

ビリー「……え? まあいいですけれど……あ、切れた」

ビリー「……何か企んでるよなあ、これ」


――オフィス――


エイフマン「ほう、特番」

絹江「はい、ソレスタルビーイングに関するものを、それも」

エイフマン「イオリア・シュヘンベルグの軌跡を追う形で彼らの実態に迫りたい……じゃろ?」

絹江「! お察しのとおりです、よくお解りに……」

エイフマン「ふっふ、自慢に聞こえたら申し訳ないが、こういう場合【思考回路が近しい存在】から近似を探るというやり方もあるからのう」

絹江「本当に、私などが一個人でお話できるようなお人ではないと……今この時が夢のようです」

エイフマン「おいおい、あまり老骨を本気にさせんでくれよ。こう見えて、惚れやすくての」

絹江「うふふ、お上手ですこと」

絹江「ですが、一ヶ月半で一時間分をかき集めなくてはならないので――お覚悟の程は?」ニッコリ

エイフマン「ひい、老人虐待じゃ!」ハッハッハ


エイフマン「……しかし、あの人嫌いの偏屈、稀代の大天才に並び称されるとなると、儂とて帽を振り捨て平伏せざるを得んな」フウ

絹江「機械工学、材料工学、電子制御工学……その他工業部門においては博士号でドミノが出来る御方のご謙遜、頂きました」ウフフ

エイフマン「はっは……戦術予測の方もかじっておる、今からでも教えを請う気はないかな?」スッ

絹江「あら、その口説き文句、まだ続いてたんですか?」クスクス

エイフマン「ははは! いやいや、一本取られたか。これを見抜いた速さなら、秘書についで僅差の二番目じゃ」

エイフマン「おっとっと……閑話休題としよう。さて……」

絹江「はい……では、レイフ・エイフマン教授」


絹江「ソレスタルビーイングの目的は、紛争根絶にある。是か非か、お答えください」



エイフマン「無論、否じゃ」


絹江「……その理由は」


エイフマン「絹江くん、君の家の隣で喧嘩が起きている」

絹江「はい?」

エイフマン「AとB、と仮称しよう。彼らの喧嘩の原因は、Aの好きな音楽をBが侮辱したからだそうだ」

エイフマン「どちらもが介入無しには絶対に止める気がないとした場合……君はどうする?」


絹江「……警察に連絡を」

エイフマン「残念! 警察に払うお金は膨大で、君には支払えない」

絹江「付近の住民を集めて、停戦勧告を」

エイフマン「いっときは止めたが、虎視眈々とお互いが狙い合っている。これ以上は、周りも付き合いきれんと匙が飛ぶとしよう」


絹江「……Bを糾弾し、Aの側につく……?」


エイフマン「では、Bはとある音楽を家族代々、心から愛していて……」

エイフマン「Aの好きな音楽は、その音楽を真っ向から否定した観点から創られているとしたら?」

絹江「っ……」


エイフマン「……これに、AB双方が立てなくなるまで殴りつけることで解決しようというのが、ソレスタルビーイングのやり方じゃ」

エイフマン「一理ある、が、馬鹿らしいとは思わんかね。儂でなくとも、これだけで争い事が無くなるとは到底思えんのは道理じゃ」

絹江「……Aの音楽も、何かを否定しているからと言って悪いわけではない、ですものね」

エイフマン「まあ、暴力行為を起因にAB双方の立場から争いを起こされることは、目に見えておろうな」

エイフマン「何かを論ずれば、別の立場からの反論があって然るべき。全てを画一化することが相互理解であるというのは、おおよそ機械の思考……いや嗜好じゃな」

絹江「……どうしようもないじゃあないですか、こんなの」

エイフマン「そう、どうしようもないんじゃよ、こんなことはな」

エイフマン「この程度のことがわからないイオリア・シュヘンベルグではないはずじゃ。つまり……」

絹江「イオリア・シュヘンベルグの計画において、武力介入はあくまで布石」

エイフマン「本来の目的とする部分……ソレスタルビーイングの存在理由が、他にあるはずじゃ」



エイフマン「考えうることとして……」カリカリ

絹江(わ、講義受けてるみたい。背筋伸びちゃう)

絹江(実際、この人の講義ってやるたび大講堂が満員になって立ち見続出、AEUや人革連からも学生が来るほどスゴイのよね……)


1:紛争が起こった場合の弊害が、彼らの目的の妨げになる

2:紛争行為が起こっている地域に目的がある

3:紛争行為に割かれているリソースを目的に割り振らせたい

4:武力介入を通じて自分たちの敵の力を削ぎたい


5:武力介入を隠れ蓑に、自分たちの真の目的を安全に進めたい


絹江「5……!?」

エイフマン「おおむね、儂は宇宙開発に彼らの興味があるのではないかと思ってはいるんじゃよなあ」ウーム

絹江「それは、何故でしょうか!?」

エイフマン「要は、現状の産業分布にあるわけじゃ」ピピピ

エイフマン「ほれ、これが三大国のGDP成長率、各産業分けした内約、その他含めて諸々な」

絹江「………………大半が横ばい、ですね」

エイフマン「宇宙開発部門、及び軌道エレベーター関連においては向上も見込めるが、おおむね地上において旨味はもう無くなっていると言っていい」

エイフマン「そんなゼロサムゲームのまっただ中、どの国家も平均的に利益が上げられている産業が……」

絹江「! 軍需産業……!!」

エイフマン「耳が痛い話になるが……儂の開発したフラッグも、その一因であろうな」

エイフマン「まあ、これを叩いて、主にモラリアのような軍需産業特化の国家が転進による生き残りを図った場合……」

絹江「そうか、これだけのリソースを注ぎ込めて利益を得られる余地があるのは……宇宙産業しかない」

エイフマン「無論、そういった部分を無視して、ただひたすら紛争理由を攻撃しているだけの恐れもあるがな」

絹江「……そうなのですか?」

エイフマン「これだけ長く……正確には二百年、奴らの計画がバレなかった一因として」

エイフマン「【それがソレスタルビーイングに関することと知らないまま加担している人員】の存在があると思う」

絹江「そんなのがあり得ると? いくらなんでも……」

エイフマン「仮にな絹江くん、君が宇宙開発事業勤務で」

絹江「はい」

エイフマン「お給料も一般的な額を払い、福利厚生を完備し、特に情勢に影響を受けない、受けてもその変化に対応できる企業に勤めているとしたら」

エイフマン「君、疑問を抱くかのう?」

絹江「……何も考えず定年まで働くと思います……」

エイフマン「じゃろうて。定年まで働けば、ヒューマンエラーが無くとも四十年くらいはいてくれような」

エイフマン「儂がイオリアとして動くなら、まずは疑念や猜疑を最初から生めぬように取り計らうさ」

絹江「宇宙開発なら、引き継ぎを転々と回すことで【何処を開発するつもりなのか】なんて分からないものですものね……」

エイフマン「未だもって、専門知識のいる高度な宇宙開発技術者は、宇宙労働者の全体の1%にも満たん」

エイフマン「かつての悪名高い火星圏アステロイドベルト開発事業から連綿と続く悪習じゃ……奴隷操業に近いと言っていい」

絹江「……教授……」

エイフマン「……あぁ、君のお父上の追った事件も、そうだったな」

エイフマン「あれは……本当に……」

絹江「私事です、どうか、お話の続きを」

エイフマン「済まない、続けよう……」


エイフマン「つまり、当時も今も、作業の手が多く、疑問を抱ける知識がない労働者に取り入って、計画を遂行することは不可能ではないと言いたいのじゃよ」

エイフマン「それだけではない。【組織に参加してはいるが、目的よ行動を何も把握していない存在】」

エイフマン「【一族で組織に参加しているが故、生まれてからこのかた組織以外を知らない子供】なども挙げられよう」

絹江「おぞましい話です。もしそうなら実態はテロリストの暗部そのものでは……!?」

エイフマン「どうじゃろうなあ。しかし、そういった予測と仮説でも、儂は人員からの情報流出が一切ないのは異常だと考えておる」

エイフマン「これなあ……どう見積もっても、ソレスタルビーイングは数万人規模の組織になる。おかしいんじゃよなあ……」

絹江「各国の情報機関ですら糸口がつかめないのは、確かに異常ですが……」

エイフマン「水際ではないな……何処か、根本的な部分で完全にせき止められていると思っていい」

エイフマン(何処だ……国家に、産業に、宗教に依存せず、網羅された情報を管理し統合できる、そんなソースが……?)


PC「…………」ヴンッ


絹江「……教授?」


エイフマン「! おおっと、すまんすまん。美女を前に思案に溺れては無礼というものじゃな」

絹江「いえ、此方こそ……何か掴めそうでしたら、私はお暇致しますが」

エイフマン「それほどのことではないさ。お気遣い感謝するよ」

エイフマン「続けよう。すぐに終わらせておかんと……【次】が詰まっておるからのう」

絹江「次……?」


 ・
 ・
 ・
 ・

グラハム「カタギリ、プロフェッサーはまだか?」

ビリー「いやぁ、そろそろ約束五分後ってところだねえ」

グラハム「……私は我慢弱い」イライラ

ビリー「わーかってるよ、君のトレーニングを切り上げさせたのも、遅めの昼食をお預けさせているのも悪いと思ってる」

ビリー「付き合ってあげれば、それも工面してくれるそうじゃないか。あの人の舌を満足させる食事にご同伴なんて、羨ましいことだよ?」アッハッハ

グラハム「男やもめで馳走を期待など、ご老体相手に下卑た発想だ」

ビリー「うぐ」

グラハム「無論、お前がそんなことを真意に語っているとは思っていない。苦労をかけるな、カタギリ」

ビリー「あー……うん」

ビリー(早く来てくれないもんかな……こうなったグラハムはすっごく面倒くさいんだ)ハァァ


「すいません、お待たせいたしました!!」


グラハム「……え」

ビリー「あ……」


絹江「はぁ……はぁ……」


――――

ビリー《それじゃあ、グラハムには外出準備をするよう伝えておきますので》

エイフマン『おう、ではな』ピッ

絹江『教授、今回はありがとうございました』

エイフマン『おうおう、少しは足しになったかのう? それならばしわがれた声を嗄らした甲斐があったというものだ』

絹江『この上なく。本当に感謝いたします、プロフェッサー・エイフマン』ペコリ

エイフマン『ほれほれ、頭を上げて先を急がねば。先ほど連絡があってな』

絹江『れ、れんらく?ですか。何方からでしょう』

エイフマン『君の黒衣の騎士殿からだよ。これから、もし空きがあるなら……とな』

絹江『?! ほ、本当ですか』

エイフマン『ほんとうじゃよー、きょうじゅ、うそつかんよー』

エイフマン『ふふ、君が非礼があったなら詫たいと言っていたと、少し口添えをな……節介が過ぎたかの』


絹江『教授……ありがとうございますっ!』


エイフマン『……やれやれ。やつもひどく手間がかかる』

エイフマン『友情の維持くらい手前で何とかせんもんかのう……ったく』ブツブツ


――――

グラハム「――――ッッ!!」ジロッ

ビリー「ひぃ!? ぼ、僕知らないよ! 本当だよ?!」

絹江「グラハムさん!」

グラハム「ッ……」タジ

絹江「! あ……」ジリ

グラハム「……!」タジ


絹江「……???」ジリジリジリ

グラハム「……!!!」タジタジタジ


ビリー「何やってんの君たち?」


グラハム「……絹江さん……?」

絹江「グラハムさん、私は……えっと」

絹江「っ……ごめんなさい!」ペコ

グラハム「?!」


絹江「あれから何度もご連絡差し上げて……何も返答がいただけなくて」

絹江「何がいけないんだろうって、思い返しても分からなくて、でも……」

絹江「私が何かされたことはないし、もし、何か失礼なことしてたらって……ずっと、思ってて!」

絹江「理由がわからないのに謝るなんて最低だけれど……本当に、ごめんなさい……!」

グラハム「き、きぬ……え……」

グラハム「…………!!!」


グラハム「~~~~ッッ!!!」バッ

ビリー「そこ、助け求めちゃう??」

ビリー「はぁ……対話だよグラハム、問題の九割はまず対話でコトが済む」

ビリー「丁度良かったじゃないか、外出許可は降りてる、君は外行きの装い、彼女もこれからフリー……」

ビリー「何を迷う必要があるんだい? 友人とドライブだ、楽しんできたまえよ、フラッグファイター」


グラハム「……お顔をお上げください、絹江さん」

絹江「……」

グラハム「ええ、そうですね……これから、お時間よろしければ」



グラハム「私に、貴女のお時間を、お預けいただきたく……そう願います」スッ

絹江「……よ、喜んで」キュ


今日はここまで。

作中時点で全コンピューターは元を辿ればイオリアが設計したモデルで、それらはヴェーダの子機になる並列コンピューターとして設計されているらしく、ネットに繋がるものは全てヴェーダであり、情報も完全に筒抜けになる、そうです。
分かるかこんなもん。

ではまた金曜日に

ちなみにヴェーダはその性質上
「一切ネットに繋がってない機器には干渉できない」
「紛争極貧地域やスラムのような干渉可能機器の少ない地域の情報が不足しやすい」
という特徴があります。
そこを補うために数万人のイノベイド(と総数不明のエージェントイノベイド)が、自分を人間と刷り込まされ、数年単位で記憶をリセットされ、潜在的にヴェーダに情報を送り続けています。
喧嘩売るならこれ全部敵になる

11/22は欠かしてはいけないと思ったので続きです



――基地より最寄り、アメリカ西部のとある都市――


ウェイター「では、どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」

グラハム「ありがとう」

絹江「…………」ソワソワ


――喫茶店――


グラハム「落ち着きませんか?」

絹江「え、いや、あはは……こういうお高いとこはなかなか……っ」ソワソワ

グラハム「私もです」

絹江「え」

グラハム「此処はプロフェッサーのお付きの時くらいでしか来ない、あの御方の行きつけの喫茶店」

グラハム「今回は企みに肖って、敢えて選択しましたが……ふふ、腰が浮いている心地ですよ」

絹江「企み………」

絹江「…………」



絹江「 ま た だ ま さ れ た ? ! 」

グラハム「……絹江さん」シー

絹江「ゴメンナサイ……」カァァ


――――

エイフマン「わっはっはっはっは!」

ビリー「うわ、なんですかいきなり」

エイフマン「いや、今頃絹江くんが儂の策に気づいてぐぬぬーってなっとる頃合いと思うてな」ニヤニヤ

ビリー「我が師ながら流石の悪趣味ぃ」


――――

グラハム「…………」ズズ

絹江「……」モグモグ

絹江(わー、このタルトすごい美味しい。果物がぷるぷるしててあまーい)

グラハム(うむ、流石に別格。基地のあれがただでさえ薄めた泥濘に近しい代物だけに、胃が驚嘆に跳ねている気さえする)

グラハム(とと、横道に逸れてはいけないな。話を進めよう)


グラハム「絹江さん」

絹江「! はい」

グラハム「……沙慈くんと、ルイス嬢は、お変わりありませんか」

絹江「えぇ、おかげさまで……特に事故を思い出すようなこともなく、いつものあの子達に戻っています」

絹江「……あのガンダムに救われたというのは意外でしたが……」

絹江「正直に、感謝しています。助けてくれたパイロットに」


グラハム「……その素直な感情は貴女の美徳だ。固定観念に縛られず物事に向き合う姿勢、尊敬いたします」

絹江「大げさですよ……私なんて、身内びいきの弟離れが出来ない、ただ一人の女です」


グラハム「――お許し下さい、絹江さん」

スッ

絹江「!?」

グラハム「私は今回、貴女に何一つ、お力添えすること叶わなかった」

グラハム「友人の不幸を遠巻きに見ていることしか出来なかった」

グラハム「挙句、ガンダムの跋扈さえ許した。本当に、申し訳ない」


絹江「……ええっと……」

絹江「グラハムさん、もしかして、ずっと? そのこと、考えていたんですか」

グラハム「滑稽と、笑われることは覚悟しております」

絹江(あ、頭上げた)

グラハム「天柱は人革連の軌道エレベーター、そして状況は地上からの支援など夢物語の大気圏外」

グラハム「えぇ……私がどのように権力を有していたとしても、助力不可能の事故であることは明白」

グラハム「ですが私は……そのことに怯え、無力であることをいいことに……!!」


「貴女に、ただ一言の言葉をかけることすら躊躇ったのです」



絹江「――――あ」


グラハム「……」ゴク

グラハム「私は、たとえ気休めにしかならずとも、解決の糸口にさえならずとも、あの時こそ貴女にご連絡差し上げるべきだったのです」

グラハム「それが友情であるはずです、必要な心馳せであるはずです! 全く……なんと矮小な肝を持ったものか、我ながら呆れ果てる!」

グラハム「……もっとも、本当に無能の戯言以上が言えたとは今でも思えませんが」

グラハム「……申し訳ない、少し熱狂に過ぎた……」ゴク

絹江「…………」


絹江(……聞いてからも、そんなことってしか思えないし、ぶっちゃけ何言ってるか理解できないけど)

絹江(そっか、グラハムさん、あの日、事故があったあの時間)


絹江「励まそうと――してくれてたんですね。貴方は」

グラハム「……笑ってください、それっぽっちさえ為せぬ、ユニオンのエースのざまを」


絹江「ううん、そんな必要ない、笑われるべきなんてことは有り得ません」

絹江「だって……今、嬉しいんです、私」

グラハム「!」

絹江「だって、そうじゃないですか」

絹江「どこか遠くの友達が、自分が苦しんでることを知って、心配してくれてた、気にかけてくれてたんですよ?」

絹江「誰かに想われてたってことは、生きていていいって言われているみたいなものでしょう?」

絹江「それが、本人から聞けたんです。大事にもならなくて済んだ上、こんな特報まで……」


絹江「ありがとうございます、グラハムさん。今日は本当に素敵な日になったわ」ニッコリ


グラハム「――――あ」


絹江「グラハム、さん……?」

グラハム「……ふふっ、全く」

グラハム「貴女は卑怯な方だ。叱咤か絶句かと恐々に肩を窄ませていれば、まさか感謝を受けるとは」

絹江「姑息な女は、お嫌い?」クスッ

グラハム「何が姑息なものか、真正面から堂々と、貴女はこのグラハム・エーカーの奸計をねじ伏せたのです」

グラハム「お見事、本日は完敗です。潔く認めましょう」




絹江「うふふ、でもここ数日の着信無視の分はまだ消化されてないんですけれどね」

グラハム「ぐ」



グラハム「……ここのお支払は、もとより私が受け持つ予定です。他のもので咎を償いましょう」

絹江「あー……言われちゃった。潔すぎるのも考えものですね」

グラハム「首を差し出し続けるのも辛いものです、慈悲があるなら、ひと思いにどうぞ」

絹江「……じゃあ……」


絹江「ねえ、【グラハム】」

グラハム「……は……?」

絹江「お互い、堅苦しく話すのは、終わりにしない?」

グラハム「……と、言うと……」

絹江「敬語抜き、てこと。勿論、親しき仲でも尽くすべき礼儀は欠かすつもりはなくてよ?」

絹江「ふふ、年上の男のひとにこういうのはちょっと恐縮って感じだけれど、今ので分かったの」

絹江「あなたとは、もっと仲良くなりたい。そういう価値がある人だってね」

グラハム「っ……」

絹江「あ、勿論……馴れ馴れしいのは嫌って言うなら……止めるけれど」

グラハム「っ、私が、そう呼ばれるのは構いません、ですが……」

絹江「?」


グラハム「私も、そう呼ぶべきなのでしょうか?」



絹江「……駄目?」



グラハム「ッ……!!」ビキッ




グラハム「この、そういう、あぁもう……ッ!」

絹江「???」

ウェイター(あざとい)

ウェイトレス(あざとい)

マスター(あざとい)


グラハム「ゴホン……分かった、承諾しよう!」ガタ

絹江「!」

グラハム「――改めて、良い関係を祈念させていただく。よろしく頼む、絹江・クロスロード」スッ

絹江「えぇ、こちらこそ。よろしく、グラハム・エーカー!」ギュ

グラハム「…………」

絹江「…………」


グラハム「……慣れるまで、しばし沈黙が常となりそうだ」フゥー

絹江「あー……そこはご愛嬌ってことで」アハハハ


 ・
 ・
 ・
 ・



――市街――


 時刻は、既に夕刻に差し掛かる頃合い。
 あれから慣れぬなりに会話を重ねた二人は、喫茶店を後にして車へと歩み始めたばかり。
 赤らんだ光に照らされているからか、話し込んで熱を帯びたからか、はたまた。
 二人の頬に差した朱が意図を見出すまでには、今しばらく時とコトが必要になるであろう。


絹江「でも、良かったの? お勘定、随分いってたみたいだけど」

グラハム「馬鹿にしてくれるな、こう見えて士官級の給与は得ている」

グラハム「たかが高給喫茶で談笑した程度で明日が霞むほど、窮した生活は送っておらんよ」

絹江「そうだとしても……ちょっとね、申し訳ないっていうか」

グラハム「全く……日本人は気を遣いすぎる。次は……」

絹江「……グラハム?」

グラハム「……」


 会話の端を留めたまま、グラハムが、止まった。
 それは、獣が何かを嗅ぎ分けるがごとく、焦点を合わせるように何かを探っていた。
 違和感。
 目の前にある、【それ】に、彼の眼は釘付けになっていた。


絹江「違法駐車?」

グラハム「…………」


 視線の先には、青色の普通車が堂々とバス停に陣取っていた。
 呆れたように二人の警官がその回りを観察し、通行人やバス待ちのサラリーマンたちは知らん顔で携帯を弄っている。
 ネームプレートなし、あまり綺麗とは言えない有様のそれ。
 絹江もため息とともにそれを見る。
 いつの時代もルールを侵す人間はいるもので。
 それだけならば、よくあるありきたりな日常の一枚に過ぎない。


グラハム「……!」


 それだけ、ならば。


 クラクションの音が二回、バス停の更に先から響いてきた。
 本来普通車が陣取っている場所に収まるべき、路線バスの一台が寄ってきたのだ。


グラハム「くっ……!」

絹江「え、なに、ちょ……」


 まずグラハムは、前へと走り出そうと試みた。
 バスへ駆け寄ろうとしたのだろうか。
 しかし、すぐにそれを止めた。

 バスは乗用車に横付けし、すれすれに寄りつつ降車待ちの乗客を降ろし始めていた。
 警官らはガムでも噛みながら乗用車に寄りかかり、その様子を眺めている。
 小学生低学年ほどの男女児童、けんけんをしながら笑いあって降りてきた。
 微笑ましいその姿に、老齢の男性が帽子を振って挨拶をした。

 ――間に合わない。

 ――無理だ。

 ――救えない。

 彼の直感が、はっきりそう告げた。


グラハム「絹江さん!!」

絹江「きゃ……っ?!」


 とっさのこと、グラハムは絹江に飛びつき、覆いかぶさって倒れ込む。
 彼女は、グラハムに押し倒されながら、何か、視界が明るく広がっていくような感覚を覚えた。

 そして、次の瞬間、衝撃。
 二人の体は宙に浮いて数メートルは後方に吹き飛ばされ、転げ落ちた。


グラハム「ぐ――ッ!!」

絹江「きゃああああーっ!!!」


 背を撫でる熱風、殴りつけてくるようなつぶての雨。
 耳は一瞬の内に音を感受することを拒否し、喉は吸い上げた砂埃を排除しようと咳き込み、むせた。
 しっかと抱きしめるグラハムの腕と、顔に感じる生暖かな雫の熱。
 その液体が赤い色をしていることに気づいた頃に、それは夢のように通り過ぎ。

 起き上がったときには、凄惨な現実だけをばらまき散らかしていた。


絹江「――――」

 

 耳がおかしくなっているのだろう、辺りの音は聞こえない。

 そこは、ただ、車と、建物と、標識と――人の。

 残骸が転がるだけの、地獄に様変わりしていた。

今日はここまで。

また金曜日に。




――――


グラハム「ぐ……う……ッ」


 全身を万力で締め上げられたような激痛。
 顔を上げると、切れた額から血が滴り落ちる。
 呼吸を意識する。
 ゆっくり吸い上げた空気を少しずつ吐いていく。
 地面に叩きつけられた上、庇った分の体重も加味した衝撃は相応のダメージを総身にもたらしていた。
 が、そんなことはどうでもいい。
 意を決し立ち上がる。

 眼前には、地獄が広がっていた。


グラハム(……酷い、な)


 退勤時間の路線バスを狙い撃ちにした、計画的な爆破テロ。
 横転したバスに薙ぎ払われた通行車両が道をせき止め、現場は阿鼻叫喚。
 爆心地は、衝撃の凄まじさを物語るように、綺麗な円形の無をそこに表していた。


グラハム(あの場にいた者達は……即死だろう。威力が高すぎる、バスが多少離れていてもどうにかする意図があったはずだ)

グラハム(ならば、恐らくは時限式。リモコン操作による二次被害狙いは恐らくはないはず……)


 痛む膝を庇う猶予もない。
 事態は一刻を争うからだ。
 急がねばと、一歩を踏み出した。

――その隣を、更に速く、駆け出した影があった。


絹江「―――」

グラハム「な……!?」


 とっさに、手を掴んで制した。
 危険性は薄い、しかし確証が持てない以上、近づくのは危うい。
 軍人たる自分が、まずは行くべきだと、言おうとした。
 が、言葉を発する前に、彼女が振り返る。
 潤んだ瞳が、真っ直ぐに、見つめてくる。


絹江「――離して!」


 気圧された。
 視線に胸を穿たれたような錯覚をも見た。

 腕は、震えていた。
 一筋の雫が、頬を下っていった。
 噛み締めた唇からは血が滲んでいる。

 怯えているのだ。
 間違いなく、彼女は怯えているはずなのだ。
 だのに、その眼は、言いようのないほど雄弁に私に咆哮していた。
 
 【救ける】のだ、と。



グラハム「……」


 自然と、手を離した。 
 圧倒されたからではない。その望みのために、託したのだ。
 すぐに彼女はヒールのかかとを折って、残骸散る惨劇の場に駆け出していった。
 ならば、自分は自分の成せることを為そう。
 目指す途中で、携帯端末に手を伸ばす。
 落ち行くリアルドの待受など目もくれず、着信履歴に指を滑らせた。





――――


絹江「っ……ごほ……けほ」


 吸う度、肺に飛び込む塵に呼吸が乱れる。
 見えるもの、見えてしまうものに眼差しは敢えて直視を避け、それが何であるか理解する前に焦点を外す。
 以前、薬品輸送のトラックが事故で爆発した現場に立ち会ったときは、運転手の見るも無残な有様に卒倒してしまったものだ。
 今、此処で、同じ轍を踏む訳にはいかない。
 今は、一瞬一秒が何より惜しい。
 すくい上げられる命があるなら、それが出来るのは自分だけなのだから。


絹江「誰か……誰か、いませんかー! 怪我をしている人は、助けが必要な人はいませんかぁーっっ!!」


 ありったけ、今出せる声で、叫んだ。
 崩れた壁や割れたガラス、道路標識、木々。
 倒れて死角になっているところに向けて、見逃さぬよう目を凝らす、可能な限りを正気と天秤にかけて。

 しかし、見つからない。
 そこに多々【ある】のは、明らかに終わってしまった命の残滓に過ぎない。
 こみ上げる胃液を、無理やり両手で喉奥に押しとどめる。
 見るな、まだ、今は、止まってはいけない。
 念じながら、まだあるかもしれない可能性を探そうとした。
 
 瞬間、顔が朱に、熱に照らされる。


絹江「ひ……っ」


 燃え盛る爆弾車が、小さく火を天めがけ吐き出す。
 驚かされた猫のように飛び上がり、身が竦む。
 肩が、震える。
 一気に涙が溢れ出す。
 怖いという感情が、心臓を痛いほどに叩き鳴らす。
 車が爆発する可能性も考えれば、長居なんて出来ない。
 先ほど、グラハムが制止したのもきっとそのためだ。
 

絹江(でも……っ)


 それでも、あぁそれでも。
 此処で尻込み、退いてしまったら。
 自分は一生後悔すると、そう思うから。
 二の腕に爪を立てた。
 涙を拭った。
 胸を叩き、感情を叱りつけた。
 
 今、「救ける」ために。
 

「……――……」

絹江「え……?」


 呼ばれた?ような気がして、振り向く。
 焼けたフレームと、剥がれて積み重なった壁面のタイル。
 転がったモノ達の、一番遠くに、焦点があった。
 何かを、抱えるように倒れている、影。
 それが、今目の前で、明らかに揺れたのだ。


絹江「――!!」


 無我夢中になって、駆け出した。
 少し、足元を蹴ってしまったかもしれない。
 踏んでしまったかも。
 でも、多分、それは、何もかもの感情を押しのけて認識をさせなかった。

 近寄って、それが何であるかようやく認識できた。
 老齢の男性……爆風と破片に無残な姿になった、犠牲者。
 しかし、その傍らに、確かに抱いたもの。
 砕けた身で、あぁ、こんな状態になっても……!!


絹江「あぁ……神様……っ!!」


 二人の、あの児童二人を、抱きかかえている……!


グラハム「絹江さん!!」


絹江「!」


 彼の腕から二人を取り上げ、寝かせていると、声がした。
 グラハムが、額をハンカチで押さえながら駆け寄ってきた。
 その傍らには、白いフレームに赤十字のマークを添えた医療用オートマトン。
 いち早く近隣の緊急用オートマトンを起動させてくれたのだろう。
 
 二人の児童は痣だらけで気絶こそしているが呼吸も脈もあった。
 何故、どうやって、あの爆発で彼はこの子達を庇えたのか。
 血相を変え駆け寄ったグラハムに何かを察したのだろうか。
 人混みが、盾になったのだろうか。
 爆風が発生した位置が関係しているのか。
 一気に色々な考えが噴出して、それはまるでそれらの答えたり得ないものに一掃されていく。


絹江「良かった……ほん……とうに……っ」


 感謝と、安堵。
 眠っているかのように瞳を閉じる子らを見つめながら、乾いてしまいそうなくらい、涙が流れてきた。
 
 そう、して。
 ゆっくり、風景が傾いて、暗くなって。

 そこで、記憶は、途切れて、消えた。


 ・
 ・
 ・ 
 ・




――ユニオン、AEUの主要都市七ヶ所における、時限式IED(即席爆発装置)を使用した爆発テロ行為。

――それは、ガンダムを有し世界中に武力介入を繰り返すソレスタルビーイングに対する【報復行動】を銘打ったものだった。

――ガンダムを放棄し、武装解除するまでは無差別に繰り返す、と声明が発表される。


――それは、国際テロネットワークによる、天上人への宣戦布告であった。



エイフマン「やはり来たか……」


ホーマー「三大国の一柱、AEUと傭兵国家モラリアで全く相手にならないガンダムには正攻法では戦えない」

ホーマー「故に、無辜の民を人質にして、神が如く屈服を要求する」

ホーマー「数百年変わらない、奴ららしいやり方です。自身らを正義と謳い、平然と邪悪を成すのですから」

エイフマン「全くもって、はらわたが煮え繰り返る気分じゃ」

エイフマン「確かにソレスタルビーイングは脅威に他ならん、だが、全くもって……!」

エイフマン「あの外道ども……【目的の完遂まで自分たちの行為を大国が黙認する】とでも思っておるのか!!」バンッ

ホーマー「このタイミングで仕掛てきたのは、ガンダムによる被害のため大国が及び腰になるタイミングを狙ってのこと、でしょうな」

ホーマー「しかし……」

ホーマー「内情見えぬテロ組織にではなく、市民の矛先はガンダムを倒せぬ我々にも否応なく向いてきましょうな」

エイフマン「ソレスタルビーイングとともにな。不甲斐なさは甘んじて受け入れよう……が」

ホーマー「あのくそったれ共の中指までは、我々も容認は出来ませんな」

エイフマン「へし折ってくれる、何としてでも、真っ先にな」


PPPP


エイフマン「カタギリ君か」


ビリー『はい、教授。消防隊と協力して、作業用メカでの廃車の移動と処理は終了しました』

エイフマン「現場は……どうだ」

ビリー『死者38名、重軽傷者数は70人は下りません』

ビリー『酷い有様です。目も当てられない、ここだけまるで戦場だ』


エイフマン「……神よ、どうか御霊を安らかに、御身の下で受け入れたまえ」スッ

ホーマー「ビリー、グラハムはどうした」

ビリー『陣頭で基地の作業班と消防隊の連携を指揮した後、治療のため病院に向かいました』

ホーマー「あいつめ、何をやっている……」

ビリー『あはは、不思議とみんな従ってましてね、結果的にはスムーズに進みましたよ』

エイフマン「あやつらしいと言えばらしいかな、ユニオンの大尉だしのう」

ビリー『打撲と裂傷で血まみれのまま、オートマトン借りて重傷者の治療も兼ねてやってましたからね。戻るのはしばらくは……あぁ、いや』

ホーマー「あぁ、しばらく休めと伝えろ。此方で手続きは済ませておいてやる」

エイフマン「まあ、無駄じゃろうて」

ホーマー「でしょうが、ね」

ビリー『クロスロード女史は気絶して同じ病院に搬送されたそうです、グラハムが後で送迎するって』

エイフマン「ほれ、入院する気がないぞ、あやつ」

ホーマー「……はぁ~……」

エイフマン「何がともあれご苦労だった、整備は引き継いでおく故、戻ってきたらゆっくり休むといい」

ビリー『了解です、ではまた』ピッ


エイフマン「さて……どう動く、ソレスタルビーイング?」



――――

ベシンッ

グラハム「いっ……!?」

看護師「痛くて当然! こんな傷、今の今まで放置して!」ガミガミ

グラハム「…………」

今日は此処までで
金曜日前に一回、そして金曜日にまた。

再来週はもしかしたら厳しいかも。

申し訳ない、厳しいのは今週でした。
再来週にまとめて一気に投稿致します。

うっわ、すいません>>217のエイフマンの「大尉」はミスです。ごめんなさい。
無視していただくしかありません、反省いたします。

エイフマン「あやつらしいと言えばらしいかな、どこぞで活躍した星条旗の英雄どののようだのう」

ホーマー「階級が一つばかり足りないようですが、ね」


としておけば……大丈夫でしょう。
ネタでしくじるなど言語道断ですね……申し訳ないです。

では続きを。


――市内病院――

医師「傷の縫合と打撲部の治療は完了いたしました」

医師「特殊生体縫合糸と部分薬液注射、即席培養皮膚組織移植に体液滞留型シートも使いましたから、傷は全く残りません、保証いたしますよ」

グラハム「感謝いたします、ドクター」

医師「仕事ですから。もう少し早く来ていただけたなら、痛い思いもさせずに済んだのですが?」

グラハム「お手数をおかけしたことは謝罪いたします、ですが、私も職務を全うしたまでです」

医師「とやかくは言いません、生きてこの病院に来ていただけたなら全力を尽くすまでです」

グラハム「……ドクター、医療行為は甘んじて受けました、ですので」

医師「ん、あぁ、ジャーナリストのパートナーと二人の子供の件ですね」

グラハム「友人です。治療が先決とのことでしたので、早速」

医師「ふぅーむ……」ポリポリ

医師「彼女の方は外傷は皆無、精神面での治療は専門外ですが、足繁く通っていただければ提示できる医療は数多くあります」

医師「催眠療法、VR、長期睡眠夢想療法……ええ、【貴方が多く活用している】これらのものでもすぐに手配できましょう」

グラハム「はは……軍の取り決めです、私自身は……」

医師「ええ、ええ。一定期間の長期軍務に従事した者への法律的義務、滞りなく受けていただけているようで何よりです」

医師「ですが前例……すっぽかしの前科がありますゆえ、一応ね。はい」ppp

グラハム(ぬう……先ほどの看護師といい、軍に近い病院は妙に熟れていてやりにくいことこの上ない)

グラハム(二年ほどだまくらかしたくらいで酷い言われようだ……!)


医師「子どもたちの件ですが、一時間ほど前に手術室にて処置を終え、病室でお休みになられています」

グラハム「手術の必要性が……?」

医師「……ええ、まあ……発見が遅れていれば相応には」

グラハム「!!」

医師「腹部強打による内蔵出血だそうです。搬送中に車両の検査機器が発見し、到着と同時に施術を」

医師「ふたりとも検査段階で発見が遅れていたら……という程度には危険だったようです」

グラハム「ッ……」

医師「今では完全に安定し、個室でゆっくりと休んでおられます。無論、関係者以外にはご内密に」シー

グラハム「は……ですが申し訳ない」

グラハム「私はかの子らとはなんら無関係で……」

医師「ですが、その子供らを発見してくださった女性とはご友人なのでしょう?」

グラハム「あ……」

医師「……生きてここに来てくだされれば、力も尽くせます」

医師「手足がなくなっても、内臓が欠けても、人らしい生活への助けを今の医療なら提示できるのです」

医師「ですが、たどり着くまでに亡くなられた場合、我らにも、悼むことしか出来ません」

医師「ご友人に、医師一同、御礼を言っていたとお伝え下さい。彼女が繋がねば、幼い命は人知れず散っていただろうと」ペコリ

グラハム「……確かに、承りました」


 ・
 ・
 ・

《犯行声明文は以下のとおりです》


グラハム「……」


「さっきモールの手前のバス停でテロがあったって!」

「怖いねえ……ソレスタル何とかってのが何かしたのかい?」



《……私設武装組織ソレスタルビーイングによる武力介入の即時中止、及び武装解除が行われるまで、我々は報復活動を続けることとなる》

《これは悪ではない》

《我々は人々の代弁者であり、武力で世界を抑えつける者達に反抗する正義の使徒である》


グラハム「よくもそのような詭弁を……ッ!!」

グラハム「……くっ……」

――病室――

絹江「……ん……?」

グラハム「! 起きられましたか、絹江さん」

絹江「――――」ボー

グラハム「あ、こほん……此処は病院で、君は搬送された。もう安心だ」

グラハム「外傷は問題ないそうだから……!」


絹江「――!」ガバッ

グラハム「ま――!!」


ガシッ


絹江「離して、まだ――っ!!」

グラハム「ま、止まって……ッチ、あぁもう……!」

絹江「――!!」ジタバタ


グワシッ


グラハム「私を見ろ、絹江!!!」

絹江「っ?!」

グラハム「もう終わった、終わったんだ! 救えたものは救った! もういない!!」

グラハム「もう、探さなくても、いい……ッ!」

絹江「……終わっ……た?」

グラハム「そうだ、終わった……!」

絹江「……あ……あ、あ」


「わああぁぁぁ…………っっ!!」


グラハム「……」ギュゥ




 ・
 ・
 ・


絹江「……ごめんなさい、迷惑かけちゃって」

グラハム「何も問題ありません。落ち着きましたか?」ギュー

絹江「はい、おかげさまで……ありがとうございました」

グラハム「なんの。むしろあの状況でよくぞあそこまで耐えられました」ギュー

グラハム「胸を張って欲しい。貴女にはぜひとも伝えなくてはならないことがあるのです」ギュゥゥ


絹江「っ……えっと、あの……っ」

グラハム「? なにか?」ギュー


絹江「は……離してもらえると……嬉しいなぁって……あ、はは」ジュゥゥ

グラハム「……失敬」パッ

絹江「っ……」ササ



――病室外――


看護士「チッ……」

看護師「チッ……」

看護士「……どうしましょう」

看護師「違うとこ先回るわよ、患者さんは大勢いるんだから」

看護士「うっす」


――――



絹江「そうですか、あの子達は無事に……」

グラハム「少なくとも、瓦礫とご老人の下で守られていた二人を発見するのは至難の業であったと私は思います」

グラハム「貴女が恐怖と戦った価値はあった。無論、その行為だけでも賞賛されるべきことではありますが」

絹江「でも、土壇場で倒れていたんじゃあ……ね」

グラハム「その後を私が引き継いだのです、貴女から託されたのだと私は奮い立ちましたが?」

絹江「むう……」

グラハム「何より、結果が伴った以上、卑下はかえって失礼に当たりましょう」

グラハム「彼らを救った老紳士から貴女に、貴女から私に……救急隊員、医師と繋がった、それで良いのでは?」

絹江「ふふ……駄目ね。何を言っても褒められちゃいそう」

グラハム「言っているでしょう? 賞賛されるべきだと」

絹江「はいはい……謹んでお受けいたします、と」


絹江「それにしても、ついに現れましたね」

グラハム「国際テロネットワーク……独自の情報網と上位存在による命令系統を持たない、国家なき軍隊」

グラハム「脳から神経に伝わるような従来の方針ではない、言うなれば昆虫の神経節のような存在」

絹江「ソレスタル・ビーイングを目標とみなして……自らの力ではなく、国家の威信と存在意義を揺さぶることで攻勢に出た」

グラハム「黙っている訳にはいかない、しかし打つ手があればそも早急に、早々に打っているのも事実」

絹江「実質、隠れ潜む彼らが見つけられるならガンダムに苦しんでいる道理もない……」

グラハム「厄介極まりないが、奴らは大きな失敗をしました」

絹江「それは……?」


グラハム「ガンダムでもない輩が、今回は三国を同時に、明確に敵に回したのです」

グラハム「見誤っているといっていい。奴らは、世界を舐めた」




オモイハ- セキバクノヨゾラ-ニ- マイアガリー

絹江「!」

グラハム「む」


絹江「私の携帯……あぁそっか、そういえば沙慈とかにも連絡……」ガサゴソ

絹江「……あれ、あれれ……?」ガサガサ

絹江「ベッドの下とかに落としたのかな……すいません、グラハムさ」


グラハム「はい、こちら絹江・クロスロードの携帯です」ピッ

絹江「なにやってんですかあんたぁぁぁぁぁああ?!!!」


グラハム「何って、無論、貴女がお休みになっている間の応対を」キリッ

絹江「何であなたがそれをやるのって……ちょ、まさかデスクとかから来てないですよね?!」


グラハム「ご安心下さい、しっかりと対応しお休みを勝ち取っておきました」ニッコリ

絹江「何を言ったあああああ?!!」


グラハム「む、失礼、電話のお相手が先ほどから無言だ。もしもし?」

絹江「返してくださいってば、ちょっと……!!」


『……で……!』

グラハム「ん?」


沙慈『なんで姉さんの携帯にお前が出るんだッッッ!!!』キィーン


絹江「沙慈?!!」

グラハム「……絹江さん」


グラハム「いつの間にか彼の私に対する対応が劣悪化しているのですが、私は何かいたしましたでしょうか……?」オマエッテ…

絹江「しない!! フォロー不可!!」パシッ



――――

デスク「絹江ー、連絡まだかー」

グラハム『お久しぶりですデスク。グラハム・エーカーです』

デスク「えっ」

グラハム『いつぞやは大変失礼いたしました、この場をお借りしてお詫びを』

デスク「あぁいえ、ご丁寧にどうも……」

グラハム『彼女ですが、現在(テロに巻き込まれたため病院に搬送されていて)私の隣(の医療ベッド)で(点滴など投与され)おやすみ中でありますゆえ、ご用件などあれば伝言としてお承り致しますが』

デスク「え……」

グラハム『……どうかなされましたか』

ですく「あっはい、なんでもないですごめんなさい」

グラハム『そうですか? 彼女は昏倒こそ致しましたが、要件であればしっかりと私が……』

デスク「(昏倒?!) あ、いえ、彼女には休暇も与えますから仕事は気にせずしっかり休めとお伝え下さい」

グラハム『左様でありますか、委細承知いたしました』

デスク「ええと、お大事にと」

グラハム『確かに』

ピッ


デスク「……これだから欧米の男ってのは……」


同僚「どうしたんスかー」ズズー




今日はここまで

また金曜日に



――――

絹江「……ねえ、本当に大丈夫なの……?」

沙慈『学校は臨時休業、病院に行くような怪我もない。姉さんのほうがよっぽど酷いよ』

沙慈『お休み貰ったんでしょ? だったら休んでよ……もし無理して倒れたら、そっちに飛んでいってやるからね!』

絹江「ふふっ、それは困るわね。勉強放り出されたらたまったもんじゃないもの」

沙慈『へー、別の意味じゃなくって』

絹江「……さーじー?」


沙慈『それで、ご理解はいただけましたか? ミス・絹江?』

絹江「近くに本人いるんだから、そういうことしないの……もう」

絹江「はいはい、了解いたしました! こっちで一日休んでから、そっちに戻るわ」

絹江「何かあったら連絡はして。宅配代はいつもの冷蔵庫の横、それと極力自習もすること。あと……」

沙慈『はいはい……了解いたしました! いつもの延長だよ姉さん。こっちは心配しないで』

沙慈『帰ったら、改めて話をしてよ。今回ばかりは、結構……考えさせられた』

絹江「……そう、私もよ……」


沙慈『そうだ、姉さん』

絹江「ん、まだ何かあった? なに?」


沙慈『グラハムさんに、代わってほしいんだ』

絹江「……え?」


――――



――室外・廊下――

絹江「えっと……それじゃあ、お願いします」

グラハム「ええ、お預かりします」

グラハム「終わり次第そちらにお返しします、どうぞ、お休み下さい」

絹江「……沙慈……分かってるわね?」

『……』



グラハム「さて、君から私に話すこととは、恐縮の至りだな」

『……お久しぶりです、先ほどは……申し訳ありませんでした』

グラハム「構わない。君に対し好感を持ってもらえる行いは絶無」

グラハム「そしてファーストコンタクトの所業を思い返しても、君に軽蔑される要素は片手には余る」

グラハム「済まないね、沙慈君。君の姉上を私事で連れ回した、これは報いかも知れん」


『それは、言わないであげて下さい』

『姉は最近良く笑います。貴方のことだけじゃなく、エイフマン教授とか、色々なことで』

『貴方が、悪いと思って姉と関わったりすると……その、同情とか、人に気を遣われたりとか、駄目な人だから……』

『えっと……姉の友人関係にまで、口とか出す気はないので、余計っていうか、あの……』

グラハム「ふふ……理解した。彼女には今まで通り、友人としての距離と関係で接していくとしよう」

『……はい、すいません……口下手で』

グラハム「なに、同じユニオンとは言えテロの災禍に巻き込まれた兄弟同士、彼女の心痛と同じ重みを君は感じているだろう」

グラハム「想いの大きさがときに唇を重くすることもある。そのような関係……羨望を抱くよ、沙慈・クロスロード」


『重ね重ね、申し訳ありません……』

グラハム「敢えて言おう、気にするな、と」

グラハム「私も他者に誇れる見栄を持っているわけではない。誤解だと憤慨するには外界への努力が足らない男と自覚もしている」

グラハム「気まずさに拳を握ろうと、その場で謝罪しようと試みる君の誠実さ……それを知れたことで報いと思って欲しい」

『え?! あ、あの……見えてました? 僕の手って……』

グラハム「男にしかわからん共感のようなものだ、私にも経験がある」

『っ……』

グラハム「――そうやって紅潮するさまは、姉上にそっくりだ。実に奥ゆかしい」

『……それ、どういう意味です……?!』

グラハム「? そのままの意味だ、額面通りに受け取ってくれ」


『……エーカー中尉』

グラハム「何かね」

『姉を、絹江を助けていただきありがとうございました』

『貴方が助けてくれたから、痣一つなく済んだんだって、姉が言っていました』

『僕にとっては、たったひとりの家族なんです。本当に、ありがとうございました』

グラハム「――その一言を聞けただけでも、彼女を助けた甲斐があったというものだ」

グラハム「身を挺して牙無き市民の身命と財産を護る……久々に軍人の本懐を全うした心地だよ」

グラハム「護れてよかった。そして……護れなかった命もあった。せめて一つ、零さずに救えたのは幸運だった」

『……戦争に、なるんですか』

グラハム「ならんさ。国家が国家に相対した政治の一手段が戦争だ」

グラハム「奴らは国家ではない。政治も解さない。ただの害虫だ、必ず掃滅する」

グラハム「それが我々フラッグファイターの使命なのだから」

『…………』


グラハム「君には、変わらぬ日常を過ごしていてもらいたい」

グラハム「テロに遭遇した以上、すぐには難しいかもしれないが……それが絹江さんの望みであると私も確信している」

グラハム「そのために私は……」


グラハム「……?」



『中尉?』

グラハム「!」

グラハム「……あぁ、いや……そうだな、奴らの正体は三国も総出で捜索しているだろう」

グラハム「すぐに沈静化しよう、そうなる努力は惜しまんさ」

『……はい、待ってます』

グラハム「警戒だけはしておいてくれ……っと、これでは先ほどの言葉とは矛盾するかな」

『いえ、普段通りに、少し気を張るだけにしておきますから』

グラハム「柔軟な対応、感謝するよ」



『それじゃあ、姉にはよく休むように言っておいて下さい』

グラハム「ああ、教授には私からも感謝の意を伝えておこう」

『失礼しま……え……?』

グラハム「ん?」

『どうして、エイフマン教授が僕に連絡したって知ってるんですか?』

グラハム「男の勘だ。教授が私に伝えていたというオチはないよ」

グラハム(もっとも、デスクにはテロの詳細を伝えていたか自分でも怪しいところだからな……)

『……わかんない人……』

グラハム「ふふ、そうでなくては姉上には釣り合うまい?」

『……明言は避けます。じゃあ、いずれまた』

『改めて、ありがとうございました。中尉』


プツッ


グラハム「……そのために…………?」


グラハム「そのために、私は……飛ぼうとしたのか、今?」


グラハム「自分のことだけを考えて、自分のためだけに飛んでいた、その私が、建前にも他者のために?」


グラハム「いや、あれは……建前ではなく……」


グラハム「っ、気の迷いか……飛ぶ前に払拭しておかねば、な……」


――――


絹江「あ、戻ってきた」

グラハム「端末は無事ですよ、ご心配なく」

絹江「人間関係の方は?」

グラハム「ふふ……崩壊寸前を上手く補強出来たと自負します」

絹江「そう? まあいいわ、嘘じゃなさそうだし」



グラハム「…………」

絹江「何かあった? なんだか落ち着き無いけど」

グラハム「いえ、私事です。彼との会話は得るものしかなかったと言っていい」

絹江「そんな大層なこと言える子じゃあないけれど……あなたがそう言うなら、そうなのかも」

グラハム「男子三日会わざれば刮目して見よ、帰宅すれば一皮むけた弟君に会えましょう」

グラハム「携帯です、ありがとう――」




――――


絹江「――――」

グラハム「……絹江、さん?」


 差し出された右手の携帯端末。
 それに交差して、自然と左手が彼の顔に差し出されていた。
 視線は、彼の右こめかみの包帯とガーゼから。
 痛々しく擦り切れた右頬、唇へと。
 どれを見ても、胸の奥で何かが刃を滑らせる。

 私のせいで、ついた傷だと。

 罪悪感が、鼓動とともに痛みを流す。


グラハム「……男の勲章だ、ますますいい男になってしまった」

絹江「ごめんなさい、私のせいで――!」

グラハム「言わないでくれ、そんなことを言わせるために……」

グラハム「そんな顔をさせるために、君を助けたんじゃあない」


 少し屈んだ彼の顔に、そっと彼の手が私の手のひらを導いた。
 触り心地のいい包帯の感触と、熱いくらいの体温。
 まだ少し震えるままで、少し撫でるように動かしてみる。
 意外そうに目を丸くした彼は、すぐにいつも見ないような柔らかい笑顔を見せてくれた。


絹江「っ……うふ、なに、その顔……」

グラハム「師の教えさ。笑って欲しいときはまず自分が笑え……久しく忘れていたことだったが」

グラハム「君たちといると、新しいこと以上に過去から思い出す気がする。大切なことを、ずっと前に教わったことを」

絹江「その人は素敵な人ね……私にも分かる」

グラハム「ああ、本当に素晴らしい人だった」

グラハム「教えを乞うた側が偏屈では意味も薄かったろうに……根気強く教えてくれたよ、【最期】まで」


 そう言った彼の笑顔は、ひどく寂しそうだった。
 私は知っている、その人の名前を。
 言っていい、聞いていい名前ではないことも、知っていた。




絹江「……ありがとう、グラハム。あなたのおかげでこうして笑ってられる」

グラハム「謹んで受け取ろう、絹江。こうして君の笑顔が見られた、代金はそれで構わない」


 言うべきことを告げると、刃は朽ちて、胸の中で人知れず散っていった。
 釣られて笑う。
 彼も笑う。
 その日はそれで終わり。
 彼は帰路について、見知らぬ天井を見上げての一夜となった。


一つだけ、気になった。
 その人の名前を、話したことを、教わったことを……いずれ、私に教えてくれることはあるのだろうか、と。

 一つだけ、また、気になった。
 そんな権利なんて無いと、どこかで分かっているはずなのに。

 ――いつか、教えてくれる日が来るのではないかと。期待する自分がそこにいると、いうことに。

 
 一つ、分からなかったことだと、後で分かった。

 そう思った意味、その感情の名前。

 今、この瞬間に、芽吹いたものなのだと。


――――


――全世界を巻き込んで、天上人に闘争を引き起こした国際テロネットワーク。

――少数の無差別テロ、三百年以上も続く不動の手段を用いて凶行を繰り返す彼らに、三大国であっても足取りの捕捉は困難を極めた。

――そうして、世界はあることに気づいた。気づいてしまった。


――唯一、法も国境も無く、情報のみを頼りに動くことが出来る存在に。

――彼らの敗因は、たったひとつ。

――世界にとって、彼らはソレスタル・ビーイング以上に【無用】の存在だったことである。


――――


――東海岸・空母――

ダリル「聞きましたか、隊長。ガンダムが南米に出たって……」

グラハム「認識はしている。だが出撃命令は出ていなかった」

グラハム「つまりはそういうことだ。恐らく例の害虫どもの巣があったのだろう」

ハワード「ラ・イデンラ……ですか」

グラハム「害虫には高尚に過ぎる名だ、呼ぶ価値もない」

ダリル「同感です、隊長」

ハワード「なるほど、だから今回【尻尾が掴めた】わけですか」

グラハム「巣から追い出されて焦っているということだろう。慈悲など無い、職務をこなすまでのこと」


ハワード「ガンダムは、来ますかね?」

グラハム「今回ばかりは……出逢いたくはないな、機ではない」


 ・
 ・
 ・
 ・

寝てました
今日はここまで
また明日。


――マーシャル諸島、陸上第一拠点。

――跡形もなく壊滅したその場所で、途方に暮れるテロリストを襲撃したのは人革連の無慈悲な大規模掃討部隊。

――抵抗した者はその場で鉄と火によって、降伏した者は後に荒縄を以て大衆の面前でその罪を裁かれた。



――アフリカ西部海域、海上第二拠点。

――その影響下にあったアフリカの小拠点群は、艦船から引き上げられたデータを元に尽く磨り潰された。

――最大効率の電撃戦、見事な戦術予測を駆使したAEU・MS部隊の強襲を防ぐ手だてなど、彼らはもとより持ち合わせてはいなかった。



――そして南米、山岳第三拠点。

――彼らは集結の後、ガンダムを恐れ部隊を分けること無く動かした。

――それゆえに筒抜けとなった動向は直ちにユニオン軍に伝達。

――彼らを迎えたのは、ガンダムとの遭遇戦を想定した、まさかの最精鋭。

――MSWAD・フラッグファイターであった。




――南米・密林地帯――

 鬱蒼と覆い茂る熱帯雨林の上空、高度を維持しつつ偵察機の示した目標ポイントへと急ぐ。
 天候は絶好のフライト日和。
 当初懸念されていた悪天候にも見舞われず、信心浅い自分でも天啓にうたれた心地になるというものだ。

 偵察機による哨戒網はしばし監視を続け、状況の確定を判断した後出撃命令を下していた。
 電波妨害、確認できず。
 その一報にため息を漏らす自分と、胸をなでおろす己を胸中に見た。


『隊長、目標を確認』

グラハム「こちらでも視認した。予定通りポイント到着と同時に急襲をかける」
 
『制圧はお任せいたします、露払いは我々が!』

グラハム「その旨を良しとする。一気呵成に畳み掛ける、続けよ!」

『『了解!』』


 レーダーに感、サブモニターを拡大する。
 ヘリオン二機、アンフ三機。他車両数台、歩兵数十名。
 縦列で鈍重極まる死の行軍を続けていた。
 目指す場所があるわけでもない遠征、されど眺めたままで済ませる慈悲などもう残ってはいない。
 僚機が指定ポイント到着を告げる。
 作戦行動、開始。

 操縦桿のセーフティロックを解除。
 火器管制システムの正常動作を確認。
 リニアガンのメインチャージ開始。

 大きく、息を吸う。
 吐く間も惜しみ、一気に機体を急降下させた。

 
 拡大モニターの敵が、こちらを見上げたのを確認。
 解除と同時にミサイルのロックをヘリオンに合わせ、僚機と同時に発射した。
 即座に反応したヘリオンが飛び退き、射角の足りぬアンフがもたもたと列を乱し逃げ惑う。
 自身のミサイルは出遅れたヘリオンの上体を吹き飛ばし、僚機のものはアンフを木々より高々吹き飛ばした後、爆発四散させてみせた。

 アンフ自体は北米において輸入鹵獲実験機体以外の軍用登録がされていない希少機体である。
 南米にはユニオン加盟以前から使用されていたものがまだあると聞いていたが、出来の悪い花火が末路では笑い話にもなるまい。
 その劣化フレアの残煙を起点に旋回、機体をMSモードへと変形させた。
 残り、二機。微動だにしないアンフに、動きのマシなヘリオン。
 それと僚機の砲弾に逃げ惑うその他大勢。
 既に制圧用の部隊はこちらに向けて移動している最中。
 余計な手間は省くのが上策。
 そして何より……

 こればかりは、自分の手でケリをつけておきたいことだった。



グラハム「こちらは米軍第一航空戦術飛行隊である」

グラハム「武器を捨てて投降せよ。諸君らの身柄は国際法……」


 ここまで言葉を繋げて、すぐに機体を大きく左に傾けた。
 ヘリオンのリニアライフルが有無を言わさず火を噴き、返答の代替としたからだ。
 アンフの滑空砲が動いたのを確認し、パイロットの生存と機体の稼働を認知する。
 無論、そんなものに当たれるほど寝ぼけた操縦はしていない。
 砲弾を右、左と小刻みに動かし回避してから、通常出力の砲弾で四肢を砕き、無力化する。

 すぐ横の唯一の友軍が沈黙したのを見て、腹が据わったのだろうか。
 ヘリオンは防御ロッドを構えつつソニックナイフを抜き放ち、吶喊を敢行した。
 ジェット噴射と飛び上がりを併用しての陸戦挙動。
 相応の心得を思わせる戦術が、まっすぐ自分の命を狙ってくる。

 突っ切ってきたヘリオンの右腕が、奇声を上げるナイフを胴体めがけ延ばす。
 それを右回りに回転しつつ、プラズマソードの抜刀に合わせて横をすり抜けかわした。
 すれ違いざま、がら空きの腹を焼き切る光線の刃。
 幾ばくかの抵抗を操縦桿で感じ取りながらも、交錯は一瞬。
 Eカーボンを溶断されたヘリオンが二等分され、密林の湿った大地に倒れ伏した。


『お見事です、中尉』

グラハム「改めて思うが、ただの弱い者いじめだな。感慨も湧かん」

『連中には相応しい結末というやつです。市民を狙って上前をはねようなどと!』

グラハム「制圧部隊の到着を待ってから帰投する。周囲の警戒を怠るな」

『現れませんでしたね、ガンダムは』

グラハム「残飯には目もくれぬということだろう。肥えた舌の持ち主ということだ」

グラハム「まあ……おかげで一応の面目は立っただろうが。おっと」


 不穏な動きを見せたトラックの荷台の乗組員に、銃口を向け威嚇。
 飛び上がり両手を挙げた連中の手から対地ロケットが転げ落ちる。
 馬鹿馬鹿しい、と、自然に声を出していた。
 

 この一戦以降、正式にユニオンは声明を発表。
 ラ・イデンラによるテロ行為の沈静化、そしてソレスタル・ビーイングに対する国家としての方針。
 【自国領内での介入行為にのみ防衛行動を取る】という、対決回避の姿勢を見せたのだった。

 何れにせよ、彼らとの対決は遠のくばかり。
 ガンダムと一度も対峙していない対ガンダム部隊、そう揶揄されても何も言い返せない状況は暫く続くといえるだろう。
 しかし、何故だろう。
 こうしている間にも、その時が刻一刻と迫っているような気がしてならなかった。

 まるで、運命に導かれているかのような、赤い糸の手繰る感触を。
 感じずにはいられなかったのだ。


――――



一応対峙だけはしてるけど逃げられてる対ガンダム部隊。
今日はここまで
年内にはアザディスタン入りしたいがどうか……

ではまた

あけましておめでとうございます
年末年始の地獄からようやく人心地ついた頃合い、いかがお過ごしでしょうか。

今週金曜日からまた再開いたしたく思います。
よろしければまた見てやって下さい。

おはようございます。では再開をば
今更ながらこのSSの設定はフィクションです。本編と合致しない点、創作、多々あります。
適度に突っ込んでいただければ幸いです


――――

「――私だ」

『例の件についての調査報告が挙がった』

「! お前たちか……で、どうだった?」

『あぁ、クロだったよ。君の言うとおり、あの【ご老人】は我々の計画の本流へ指先を触れさせつつある』

『言われねば気付けなかったかも知れん。彼の観察眼は触れてすらいない粒子の片鱗に既に届いていると言っていい』

「やはりか……老骨と侮るなと呈し続けた甲斐があったというものだ」

「テラオカノフなんぞとの比肩に終わる器ではない。このまま放置すれば間違いなく核心に触れてくるぞ」

『ふむ……君の彼への見解は実に的確だ、その案は多少の無茶を通しても実行に移す必要があるだろう』

『だが、こちらの手を煩わせずとも、君の距離ならある程度聞き出せたのではないかな?』

「怠惰の恨み節は勘弁被る」

『ッチ……こちらの手札ではヴェーダの情報開示にも制限がある』

『同じ【監視者】なら分かっているはずだが、思慮が及ばないかね?』

「ふん……尚の事分かっているだろう。あの老人は私を警戒こそすれ信用などしておらん」

「下手に嗅ぎ回ってみろ。逆にガードを固められるのがおちというものだ」

『しかし……』

「甘く見るな。あれの眼はかつてのイオリアの腹心、E・A・レイに及ぶだけのものがある」

「鬼札がある以上、それを使って確実に尻尾を掴んでおかねばならん。それだけの相手だということだ」

『…………』

「実働部隊編成における招聘・勧誘の段階で名前が挙がったとき、声を嗄らして反対したのもゆえあってのこと」

『覚えているとも。あの偏執狂(パトリオット)を御せる手綱がない以上は……』

「あぁ」


「我らが唯一の汚点……忌まわしい【島国の鼠】の再来になる、とな」


『はは……監視者の全会一致否決決定を食らったただ一人の存在が、ユニオン関係者というのは、誰も彼も……』

「自虐かね」

『そう取ってもらって結構。では、伝えるべきは伝えた』

「うむ」

「人革連の襲撃は」

『退けた。だが大荒れだ』

「鹵獲者が?」

『辛うじて脱出はした、が……【ナドレ】の存在と【キュリオスの対GNフィールド装備】の露呈がね』

「……だから言ったのだ、不完全な改造兵士と身元一切不明の若造に任せるなどと……」

『【彼】を準備できなかった君の言うことかね?』

「あのご老人とも繋がり深い男だ、どだい無理だったのだよ、あれはな」

『今度の彼は、期待できるんだろう?』


「くく……飛ぶことしか能がない獣だ。期待はしておいてくれ。直に飼い慣らすさ」



――――


――MSドック――



ビリー「聞いたかい、グラハム。例の宇宙の一件」

グラハム「あぁ。人革連がソレスタルビーイングへ大規模報復行動に出たという、あれか?」

ビリー「現場には二十機以上のティエレンの残骸とおびただしい数の通信装置が散らばっていたらしい。デブリ回収業者がこぞってゴールドラッシュの再現に走っているそうだよ」

グラハム「なるほど……あの粒子の通信遮断能力を逆手に、大規模広範囲かつ短距離の通信領域を構築」

ビリー「その遮断範囲をもとに彼らの居場所を特定、宇宙型ティエレンにより強襲を仕掛けたと、そういうわけだね」

グラハム「我々の予算では厳しい作戦だな」

ビリー「止めよう、この話……金勘定は心が荒むよ」

グラハム「同感だ、友よ」


『一番機の模擬弾補充まだかー!!』

『撃ってねえっすよ一番機!』

『はぁ?! 模擬戦してたろ!!』

『だぁから撃ってねえっすってば!!』

『???』


グラハム「勝利宣言がない以上大失敗に終わったというところか……空恐ろしい、相手があの【宇宙の青鬼】だと言うのにな」

ビリー「フラッグが出来るまで、宇宙戦闘であれと対峙できるMSはどこにも存在しなかったからねえ」ハハハ

グラハム「重量による反応速度や移動範囲の制限が無い宇宙では、機動力の優位性が軽減する」

グラハム「地上でさえ頑強さと攻撃力で並び立つ奴らに、宇宙用ヘリオンやリアルドで対抗できるわけもないのは道理だが……」

ビリー「例の新型リニアライフル、オービットパッケージのフラッグに搭載が決定しているそうだよ」

グラハム「妥当だな。もし宇宙でやりあう場合、あの貫通力がないとフラッグとて打つ手に欠ける」

ビリー「もっとも、宇宙でやりあう想定も少ない現状、そうそう数は増えないだろうけど」

グラハム「荒事を抱えていないというのはいいことだ。フラッグの数が少ないということ、即ちユニオンの治世が二国に勝る言外の証明と言えよう」

ビリー「君らしいお褒めと、素直に受け取っておこうかな」



――日本――


『ワイワイキャッキャッ』

沙慈『……というわけなんだ……』

絹江「ふうーん」

沙慈『……姉さん……?』

絹江「そのまま連れて帰ってもらったら?」

ルイス『お姉さまひどぉい?! アメリカ汲んだりまで応援に行った義妹を見捨てるんですか!?』

沙慈『はい?!』

絹江「だぁれが義妹じゃ!! 第一私が知らないうちに食材は減ってるわお菓子と茶葉が減ってるわ、何かあったとは思ってたけど……!」

絹江「沙慈、お姉ちゃん流石にガールフレンドの母親まで連れ込んでいいとは言ってないからね!」

沙慈『連れ込んでなーいっっ!!』

ルイス『大丈夫! さっき胃袋は掴んでおきました!』グッ

絹江「何が大丈夫!?」

同僚「絹江さ~ん、出ていきましたよ、連中」

絹江「! すぐ行く!」

絹江「もう……失礼だけはないようにね。粗相も!」

沙慈『……は~い……』


ピッ


絹江「ふう……」


同僚「弟さんっすか?」クチャクチャ

絹江「うん。でも大丈夫、あの子はしっかりしてるから」

同僚「なら結構。これからしょっぴかれても平気っすね」プー

後輩「えぇ!? やっぱりそういう案件なんですかこれ?!」

同僚「そりゃあね、ユニオン安全保障局(NSA)のケツ追っかけて取材でしょ? 連中に目ぇつけられたらどうなるかってねえ」パァン

後輩「ひぇぇ……せ、先輩……今からでもUターンってのは……」

絹江「……車は?」

同僚「ドローンで確認済み。大通りの方曲がってった」パチンッ


絹江「よし――行くわよ!!」


同僚「んむ……うっす」

後輩「全然聞いてねえ……!!」

同僚「諦め給えよ後輩くん、男だろぉ」ポン

同僚「特集ボーナスに釣られた者同士、せいぜいこき使われようではないか、なー」

後輩「国に睨まれてまでやることじゃないですよぉ……」



――――


グラハム「……」ピ

ビリー「! 例のラ・イデンラに関する彼女の記事かい」

グラハム「図らずとも当事者となった者の書く記事だ、反響は大きいが、彼女はあくまで本命を追い続けるつもりのようだ」

ビリー「ソレスタルビーイング……か、200年前のセキュリティではデータの信憑性なんて毛ほども残っちゃいまいだろうに、剛毅なことだね」

グラハム「まだ追う糸口はあるようだ。彼女の眼は先を見据えている」

ビリー「……ふぅん」

ビリー「……随分肩入れしているようだね、君も」

グラハム「どうした、少し呼吸が乱れたぞ」ピピ

ビリー「いや、なんでも。ただ僕と君の会話で空とガンダムが介在しないのは彼女くらいのものだからね」

グラハム「ガンダムは関わっているぞ」ピッ

ビリー「そういうことじゃあ……あぁ、うん、いいよ。僕のほうが纏まらないようだ」

グラハム「改めて纏まったら聞かせてくれ、戦友に対する盟友の見解を、私も所望する」

ビリー「戦友……ね」

ビリー(はてさて……【障害】にならなければいいけれど)


グラハム「……」

「【英雄無き町】……か」



 《私が発見した前述の二児をかばっていたA氏の奥方、彼女は私が止める間もなく安楽椅子から立ち上がり、両の手を握って、微笑んだ》

 《私のダーリンは格好良かったでしょう、と。あの人は私のヒーローだったの、と。》

 《感謝の言葉とともに重ねられた思い出の端々は、掠れて、震えていたように思える》



ルイス母「A氏はメディア、ネット、内外で身を呈し子供らを救った英雄と称えられている」

ルイス母「だが……彼女の言葉から思い起こされるA氏の人物像は、おおよそテロから児童を救ったヒーローには程遠い」

沙慈「……」

ルイス母「昼は友人とカフェでチェスをたしなみ、夜は彼女の焼くパイと珈琲を読書のともに」

ルイス母「過ぎゆく時に微睡む、一人の老人の等身大の生活そのものだった」

ルイス母「毎晩、うたた寝に沈む彼の膝に毛布をかけるのは孫の日課だったそうだ」

ルイス母「軍人でもない、ましてや若い頃も文筆業で本の虫だった彼に戦うすべはなかった」

ルイス母「そんな彼を【英雄】に変え葬ったのは、誰か」


ルイス母「そんなものは、本当に彼とその家族にとって必要な肩書であっただろうか……」


沙慈「……」

ルイス母「大変だったわね、お姉さんも、あなたも」

沙慈「ありがとう、ございます」

ルイス母「もう少し、ここで読ませてもらってもよろしいかしら」

沙慈「願っても、ないことです」

ルイス母「……ありがとう」


ルイス(私の端末……)

 《ガンダムが取りだたされ、世界の目は新たな楔に向いている》

 《だが、あのようなものを生み出したのは我々が目を瞑り続けた醜悪であり、聴くことを避けてきた悪辣な悲鳴そのものである》

 《戦うべきはそれらである、と私は考えている。国際テロネットワーク、弱者の生命のビジネス循環という三百年間の汚点こそ、我らの対峙すべき悪であるはずだ》

 《ある人は囁く。ガンダムが、ソレスタルビーイングがそれを為すならば、その存在意義はあるのかも知れないと》

 《ならば私はこう叫ぼう。とんでもない、それを成すのは我々であるべきだ。繋がり、語り合い、助け合っていくべき我々が為していくことだ、と》


 《この世界に英雄は要らない。怠惰の犠牲、悪意の贄を許容し続ければ、次の百年をまた無為に重ねるだけに終わるだけだ》


グラハム「…………」ピッ


「やってくれたのう、彼女も」


グラハム「……」ニコッ

エイフマン「……」ニヤッ


エイフマン「彼女は【ソレスタルビーイングを受け入れつつ否定】しておる」

エイフマン「彼らがなそうとする目的に添いつつも、その存在自体は赦しておらん」

エイフマン「ゆえに彼らの活動を【世界の怠惰の犠牲】と称した……なるほど、らしいのう」


グラハム「彼らの存在意義を断ってしまえば、ソレスタルビーイングの存在自体が不要になる」

グラハム「確かに、テロリストを追っていたほうが勝ち目がない怪物相手に槍を向けるよりは有用でしょう。ガンダムは、民間人を攻撃しないのですから」

エイフマン「今回ユニオンとAEUの示した領域外不干渉宣言に関してはこれに近しい部分もある……が」

グラハム「これはそれ以上の狂気……日本人らしい発想だ」パシンッ

エイフマン「あぁ」


グラハム「彼女は、【国境を無くせ】と言っているのです」

 エイフマン「くっくっ……今回ソレスタルビーイングが上手くハマッていたのは、国境という境界と情報の軋轢の影響を受けない立ち位置に寄るもの」

グラハム「それすらも否定するのであれば、何としてでも避けねばならないのはこのままソレスタルビーイングが例外の機構として収まってしまうことであるが」

エイフマン「その枠を埋め、かつ彼ら無くして解決し得なかった問題を解決し続けるためには、垣根をなくし情報伝達をスムーズにすること。単純な話よな」

エイフマン「この歴史の大事件を利用しろと言外に言っておるわ、この娘は」

グラハム「紛争根絶は不可能でも、その努力をする枠組みに彼らを据えてはならない」

グラハム「その役割を今までになってきたもの達が変わらず、英雄ではなく兵士として取り組むべきと、そう述べているように感じます」

エイフマン「そういう、お前さんはどうなんじゃ」

グラハム「私、ですか?」

エイフマン「とぼけるでない、彼女の忌避する英雄そのものじゃろう、お前さんは」

エイフマン「誰も到達し得ない領域で、未知の境界にひたすら挑み続けるその様を、古来より人は英雄と称えた」

エイフマン「誰も助けられぬ果で朽ちる定めを嘲笑いもして、な」

グラハム「……私は、己が市民らに尊敬されうる人格と考えてはおりません」

グラハム「仮に誰も届かぬ空で死ぬのであれば、それは本望というものでしょう。望むべくして辿った末路です」

エイフマン「……絹江嬢には言うなよ、結果が見えておる」

グラハム「ええ……口が避けようとも口外は出来ません」


グラハム「……国境、といえば」

エイフマン「ん?」

グラハム「かつて、国家が統合され経済特区に変わってしまう兆しの折、日本人はそれを大した混乱もなく受け入れたとされます」

グラハム「結果、流入する文化の蹂躙の尽くをねじ伏せ、むしろユニオン領内に広く自文化を拡散してさえ見せた」

グラハム「驚異的なメンタルと努力です。彼らは国家を無くした代わりに、文化共有圏を国土の数十倍に拡げてみせたのですから」

エイフマン「知っとるか? タコヤキはテキサス固有のフードではなく、元々日本の文化なのだそうだ」

グラハム「……それは、初耳です……本当ですか?」

エイフマン「マジマジ、本当と書いてマジじゃ」

エイフマン「ふふ、彼女の精神性にその片鱗を見出すか?」

グラハム「……日本人は学んでいたのかもしれません。【文化と国家は同一ではなく、合一されるものでもない】と」

グラハム「故に彼女のように、それを忌避することこそ怠惰の悪習とさえ言い切ってしまうのやも」

エイフマン「一愛国者としては耳が痛い……ユニオン結成に於いても、国家を守り中心に据えたアメリカ合衆国民としては、容易くは学べんメンタルじゃ」


エイフマン「くふふ……全く、よく似たもんじゃ……」

グラハム「え?」

エイフマン「んっん、失言じゃ。忘れろい」

グラハム「……?」

エイフマン「まあ早急にはいかんだろうが、ほれ」

グラハム「む」

グラハム「……っ?!」

エイフマン「大統領直々のお呼び出しでな。明後日からしばらく人革含めて密談タイムじゃ」

グラハム「高度な政治判断にプロフェッサーの叡智が活用されると?」

エイフマン「まさか。あの戦車擬人化フェチの変態(テラオカノフ)と意見を交わす程度じゃよ」

グラハム「ふふ……お二人は相変わらずの仲のようで」

エイフマン「ワシのことを年寄りの冷や水扱いしてきおったら、リニアライフルを叩き込んでやってくれ」

グラハム「そうなったら、ロシアの荒熊との一騎打ちでしょうかね」



エイフマン「ドリームマッチは結構じゃが……【勝てるのか】?」ニヤリ

グラハム「【今ならば勝機あり】、そうお答え致しましょう」ニコリ


――――

絹江「……ありがとうございました」


パタン


同僚「んー……手がかり、なんすかね、これ」

絹江「手がかりも手がかり、重要な足取りよ」

絹江「二百年前、この松原氏の曽祖父は材料工学の権威だった」

絹江「その権威が何の前触れもなく、身辺を整理し蒸発」

絹江「これを彼らNSAが追っているのであれば間違いない」

絹江「ソレスタルビーイングは、当時の事実を辿ることでのみ真実に近づける――!」


同僚「それから、どうするんです?」

絹江「え?」

同僚「いや、ね……連中が本当にしたいこと、そしてその欺瞞を暴きたいってことは分かるんですけどね」

同僚「今、何が起きているかってとこに重点がないと、軽いんじゃないかっていうんですかね……例の記事も、簡単に言っちまうなあって、思っていたりなかったり」

絹江「……貴女のそういうとこ好きよ。忌憚ない意見ってやつ?」

同僚「どーも」

同僚「これで、特集番組は組めそうで?」

絹江「お陰様で。まだまだ裏付けは必要だけれどね」

同僚「じゃー前夜祭で焼肉行きましょ焼肉。最後のシャバの飯になるかもだし」

後輩「最後?! 最後ナンデ!?」


絹江「……今の目が足らない、か……」

ここまで
また来週
ようやくアザディスタン



――――


 時計を、眺めていた。
 長い、長い、長針の傾きの度にため息を漏らす。
 何時間にも思える一分を積み上げて、日は昇り、傾き、朱に染まり――夜が訪れる。


「……行こうか」


 予定時刻にはまだ早く、長針の半周を待つ必要があった。
 だが、自分は我慢弱い。
 猶予という名の焦りに背を押されるまま、部屋を後にする。

 休暇を空の下で過ごす、中々にない経験だ。
 堪能させてもらおう。我が戦友よ。


――――


絹江「…………」

グラハム「…………」


絹江「……なんでもういるのよ……」ガクッ

グラハム「それはこちらの台詞だ、予定集合時間より45分も早い」

絹江「そりゃあ移動手段とかタイミングとか……まぁ、楽しみだったし、色々よ。色々」

グラハム「それは良かった。少なくとも両者ともにこの時間には意欲的らしい」

絹江「そういうことね。じゃあ、エスコートはお任せしても?」スッ

グラハム「承った、姫君。かぼちゃの馬車は裏に停めてあります、どうぞこちらへ」スッ

絹江「ふふ……よしなに」


 ・
 ・
 ・
 ・

 



――ユニオン領内・某ホテルBAR――


絹江「…………」キョロキョロ

グラハム「予約していた者だ」

バーテンダー「照合が完了いたしました。いらっしゃいませ、Mr.エーカー」

グラハム「行こうか。窓際の席になる、高所が苦手でなければいいが」


絹江「予想はしてたけど……ほんっと全力ね……貴方」ハァ

グラハム「こういうところは得意ではなかったかな?」

絹江「いいえ、でも格好だけまともにしてきて良かったわ」

絹江「……今回は、ちゃんと自分の分は支払うからね?」

グラハム「結構。それも想定済みだ」

絹江「あら意外、すんなり引き下がったわね」

グラハム「金だけで矜持を示すほど、薄い男になったつもりはないさ」


グラハム「では、いい夜にしよう」

絹江「乾杯」


 ・ 
 ・
 ・

グラハム「例の記事を読んだ」

絹江「どうだった?」

グラハム「あの後、彼の家族に会っていたというのは初耳だった」

絹江「男性のご家族に問い合わせて、二人の子供の家族と会ってもらってた合間に、少しね」

絹江「二人を救えたのは彼の献身あってのこと、それを知ってほしかっただけだったんだけど」

絹江「付け込んだインタビューって、言われたりもしてね。要反省よね、こればっかは」

グラハム「君は正しいことをした、そう確信できる内容だった」

絹江「……ありがとう、グラハム」


グラハム「……教授から」

絹江「ん?」

グラハム「プロフェッサー・エイフマンから、指摘を受けた」

グラハム「君の記事にある英雄不要論だが……私自身、その英雄の条件に合致しているのではないか、という指摘だ」

絹江「……」

グラハム「私は、この指摘が正鵠を射ていると思っている。少なくとも、君が意図したものに対して、だがね」

絹江「……流石は教授ね、見透かされているってわけか……」

グラハム「私自身は疑問視している」

絹江「そうね、世界のためにその身を捧げる存在……英雄をそう定義するなら、軍人をその枠にあてがうのは正しいとは言い難くもある」

グラハム「そうだな、あくまで身命を担保に給金を得る存在、そのような者も多く、私も……」

絹江「あなた達軍人は軍事力として平和と治安維持に貢献するもの」

絹江「故に法と秩序を護るものであり、かつそれらに護られるものでもある。捧げられるものではなく、そうあるべきものでもない。それが大きな違いよ」

グラハム「……興味深い答えだ」


絹江「まあ、そういった条件を無視しても……かねがねご指摘通りってところかしらね、ヒーローさん?」チン

グラハム「過大評価だ、私は自分の欲求に殉じて飛んでいる。高尚な理念も持ち合わせず、人間的な魅力にも欠落した異常者だ」チン

絹江「そういうところが、英雄らしいと言えばらしいのよね?」

グラハム「ふ、玩具を振り回して遊ぶ幼児と同格の精神構造のこの私がかね?」

絹江「でも、貴方は言ったわ。それでも、誰かを護るために、相手が何であってもその前に立つって」

グラハム「!」

絹江「貴方の言葉だからこそ信頼できるのよ。嘘が下手な、貴方だからこそ……ね」

グラハム「ッ……」グイッ

グラハム「ふぅ……褒め上戸のようだな、君は。酔いが回っていると見える」

絹江「あら、まだ駆けつけ三杯にも及ばないわ」クスクス


絹江「……聞いたわ。人革連とユニオンの上層部が秘密裏に会合を重ねているとか」

グラハム「秘密裏とは何だったか、という気分だな」

グラハム「情報においては君のほうが精度は上だろう。間違いはあるまい」

絹江「むー……なんか知ってるわね、その口ぶり」

グラハム「仮に認知していても守秘義務がある、我が口は貝の如しだ」

絹江「知る権利!」

グラハム「ははは、部外者に口を滑らせる馬鹿はユニオンにはおらん」

絹江「だいぶブーメラン投げてない? それ」

グラハム「あぁ、既に手遅れという奴だ。だが、正確な情報はこちらにも降りては来ていない」

グラハム「仮に共同戦線ともなればこれ以上無い心強さだが……なにせ我らは自国領内以外での武力介入には介入しないと宣言してしまっている」

絹江「やるからには、相応の搦手が必要……か」


絹江「……」

グラハム「何を考えているかは分かる。肝心要の搦手がどうなるか、だろう」

絹江「可能性として一番考えられるのは、ユニオン側が他国の治安維持に乗り出すパターンね」

グラハム「世界の警察機構を自認し、国連軍とも関係深いユニオンであるからこその手段だな」

絹江「分かっているつもりなのよ、そういうの……ありきたりなものだってね」

絹江「でも……それは対象国の内情を考慮されて行われるわけじゃあない」

グラハム「熟知している」

絹江「貴方は……どう思うの?」

グラハム「……私の存在意義は、ガンダムの打倒と機体の回収にある」

グラハム「舞台を整える力もない以上、与えられた環境に異を唱えることは単なる自己否定以上の矛盾だろう」

絹江「でも……!」

グラハム「絹江」

グラハム「私は、軍人だ。命令には従う、それだけだ」

絹江「っ……」グイ

グラハム「……」コク

絹江「……」チリンチリン

バーテンダー「お伺いいたします」

絹江「ギムレットを」

グラハム「私はマティーニを頼む」

バーテンダー「かしこまりました」


絹江「はぁ……そうね、そう……軍人だもの、貴方は」

グラハム「現実は虚構のようには行かないものさ」

絹江「その現実を知らない以上何も言えやしない、ええ、そうなのかもね……」

絹江「でもね、グラハム……私は……貴方に、自分を誇れないような戦場に立ってほしくないのよ」

絹江「素晴らしい人だって知っているし、それに……」


絹江「……それに……私は……」


グラハム「そこまでだ。これ以上は杯にばかり手が伸びてしまう」

グラハム「なに、私は十分すぎるほど報われている。このような落伍者を気にかけてくれる友人にも恵まれた」

グラハム「こうしているだけで、いいのだ。飛ばぬときにも安らげる、それだけで、いい――」


絹江「ッ……駄目ね、私。世間知らずってのがバレバレ」

グラハム「過ぎた謙遜だ。見知った世界の広さなら、同年でも君に並びうる者はそうはおるまい」

絹江「うん、言い換える。きっと、もっと知りたいんだわ、私」

絹江「もっと知りたい……もっと見たい……もっと解りたい。だから、焦ってる」コク

グラハム「は……その様子だと何か言われたか。構うことはないよ、君はまだ若く、学ぼうという意欲も総身に滾って余りある」

グラハム「足元を疎かにして駆けずり回っても、ひとたび転げ回れば全て台無し。よくある話だろう」

絹江「……」コク

グラハム「一歩一歩、踏みしめていくべきだ。ただでさえ君の歩幅は常人の倍はあろうというのに」

絹江「……」コク


グラハム「せっかくの視野と見地まで投げ捨てて……?」


絹江「……」コク


グラハム「……絹江」

絹江「……」

グラハム「それは私のマティーニだ」

絹江「……」

グラハム「…………」


絹江「  」グラァ


 ・
 ・
 ・
 ・

グラハム「君といると、本当に飽きることがない」

絹江「……ごめんなざい……」グター

グラハム「気にするな、皮肉だ」

――車内(グラハムのマイカー)――


グラハム「飲み方は、手慣れていると感じた」

絹江「……」

グラハム「だから、君は飲めるものだと考えた。いける口だとね」

グラハム「私も飲むときはそこそこに飲む質だ、だから……勢いもそのままに来てしまったんだが」

グラハム「いや、言い訳はいい……済まなかった。付き合わせてしまったのだな、君には……」

絹江「あなたに、ね」

グラハム「!」

絹江「電話で話してて、このお誘い受けた時、正直、舞い上がったの」

絹江「こういう経験、あんまりないから。貴方と行くところって普段行かないようなところばかりだし、それもコミコミ」

グラハム「……そうか」

絹江「でもね、いざ行こうかってなった時、何でかしらね……足がすくんじゃって」

絹江「……うん、先に、煽ってきてたの。それなりに」

グラハム「……何だ、それは……」ハハッ

絹江「気づかなかったでしょ……貴方は、一歩引いて接してくれるから」

絹江「香水強めにしなくても大丈夫って思ってたら、足元を掬われたわ……ほんと、馬鹿な話ね」

グラハム「なに、気にするな。それなりに長くいた、話もした。楽しい夜だった……気分は?」

絹江「だいじょうぶ・・・」

グラハム「休んでいてくれ、宿泊先に着いたら起こすさ」

絹江「ん……」


(まあ……)

(言いかけた言葉に……何を言いそうになってたかってことに……)

(自分で動揺して、こうなったとは、言えないわよね…………)


 ・
 ・
 ・

――翌日・早朝――


絹江「…………」





絹江「どこ、此処?」



――マンション・グラハム宅です――


絹江「それはどうも……」

絹江「……」


絹江「……ええ……?」




――――

同僚「ここんとこ、もうちょいわかりやすく行けないかな……表現硬いよね」

後輩「やってみます!」


PPPP


同僚「おっ……はいはい、私ですよっと」

同僚「あぁ……ええ、やっておきましたよ。いつも通りに、滞りなく」

同僚「えぇ、またタダ働き? 休暇もなくこんなこと……へいへい了解」

同僚「……は、んなわけ無いでしょう。一番知ってるくせに」


P

同僚「ったく……絹江サンはうちらに任せてどこで何やってんだか」

後輩「例の失踪者、ユニオン西海岸で一番新しい人がいるんですってよ」

同僚「口実でいちゃついてんじゃねえだろうね全く」

後輩「あっはっは、まっさかー」


――――


「おう、お前ら。準備しろ、移動を再開する」

「了解」

「ジジイはどうだ?」

「相変わらずですね、荷物の一部です。ピクリともしねえ」

「ほっときゃいいさ。肝心なのはこっからだ」

「向こうの諜報役にも指示は出しといた、内情は筒抜けだ」



サーシェス「さあ、掻き回してやるぜアザディスタン……誰も彼も死に腐る、泥沼の内戦までなぁ!!」

ここまで
アザディスタンまでいってない?なんのことだか
次は日曜日~月曜日に一回。次金曜日。
ではまた

済まない、罵倒してください
では続きを

――――

絹江「……」

絹江(殺風景な部屋、ベッドとクローゼット、時計に鏡、目立つ小物は殆ど無し)

絹江(時間はお昼前……すごいな私、半日近く爆睡してたってわけ)

絹江(……えーーーっと)ポリポリ

絹江(ここがどこかなんて、考えられるとすれば一つだけだけど……)


絹江「……」ササッ

絹江(よし、はいてる。上着だけ、脱いでる。あ、壁に掛かってた)

絹江(まー、なんかあったとかって感じじゃないし、あの人に限ってそういうのは有り得ない訳だけど)

絹江「……なんでまた……??」

絹江「!」

絹江(……大きいベッド……きれいなシーツ)シュル

絹江「……いつもここで寝てるのかな……」


絹江「……」クン

絹江「…………」クンクン


ガチャッ


ビリー「……あれ?」

絹江「」マンマル

『どうだ、カタギリ』

ビリー「ん~、まだ寝ているみたいだ。物音がしたかと思ったんだけれどね」

『疲労が溜まっているのだろう、そっとしておいてやってくれ』

ビリー「そうしよう、レディの寝所を覗いた不届きを自ら晒すほど僕も命知らずじゃない」


パタン


絹江(いるんならノックして……っ!!!!)


『さて、何処まで話したんだっけ』

『我が不貞の濡れ衣を晴らす途中だったと記憶しているが』

『あぁ、OK』

絹江「……」

――――

ビリー「昨晩、酒気を漂わせた君から救難連絡を受けたときは何ごとかと思ったけど」

ビリー「叔父さんも空気の読めないお人だよ、君の逢瀬の最中に呼び出しとはねぇ」

グラハム「タイミングとしては最悪だった。自動運転では法定速度以上を出さない上に、彼女のホテルは基地と正反対」コポポ

グラハム「将官殿を一時間以上待たせる度胸は私も持ち合わせていない、故の援軍、感謝するよカタギリ」カタン

ビリー「なんのこれしき、君と僕の仲だろう、盟友?」ズズ

ビリー「うーん、良いブレンドだ。相変わらずあの喫茶から買い付けているのかい、グラハム?」

グラハム「休暇中くらい真の珈琲を飲まねば、基地で頂く融かした暗黒物質をそれであると脳が誤認しかねん」

ビリー「同感だ。これが貰えただけ一晩アシを務めた甲斐があったというもんだよ」コク


――――

絹江「……」コソコソ

絹江(そういうことか……確かに夜間市街地でも30マイル出ないもんね、あれ)


『しかし、君に付き合えるとはね。想定外の酒豪のようじゃないか、クロスロード嬢は』

『お前が言うか? その顔で毎回平然としているのだからな、全く』

『いや、はっは。正直ね、君がぐったりしている彼女を抱いて車から出てきたときは、【シット、この野郎やりやがったな】って中指立てたもんだけど』

『正直も過ぎると友情破綻のきっかけになるぞ、カタギリ』

『杞憂で良かったよ、そういう輩は教授の逆鱗のお隣さんだからねえ』

『私も鉄面皮ではない。あのまま基地に向かうことの危険性と無人さは理解しているつもりだ』

『ほう?』

『ほう、じゃない。後部座席に寝かせた紅頬の絹江嬢を見られて、弁解だけでどうにか出来るはずがあるまい?』

絹江(一応そういう体面気にするだけの常識は持ち合わせてたか……)

『一応そういう体面気にするだけの常識は持ち合わせてたか……』

『思考が完全に射出されているぞ、カタギリ』


絹江(でも、深夜にホーマー・カタギリほどの大物が彼を呼び出すって……?)

――――

ビリー「それで、いよいよだけれど、どうするんだい? グラハム」

グラハム「どうもこうもあるまい。軍人である以上、職務と命令に殉じるのみ」

ビリー「その割には、司令に随分突っかかっていたみたいだけれど……」

グラハム「考慮すべき点を予め確認していたに過ぎんよ」

ビリー「そう、そこだ」

グラハム「?」

ビリー「君はいい意味で人の話を聞かない男だ。【予測不可能な事態に対処する】、その二言なしの思念に基づき無用な心配は聞く耳さえ持たない」

ビリー「その君が、作戦概要なんて【想定通りのことに固執した】から、叔父さんは怪訝な顔をしたんだよ」

グラハム「…………」

グラハム「なあ、カタギリ」

ビリー「ん?」

グラハム「気にはならないか、今回の対外派兵……」

ビリー「中東の火薬庫、火の点いた導火線付き」

ビリー「確かに君が心配するのは分かるよ。なにせ今回の一件はそもそも軍部も及び腰だったからねえ」

ビリー「政治家連中はそれに業を煮やして国連決議の支援プロジェクトまで立ち上げる始末だ。コーナー氏は何を考えているんだか……」

グラハム「問題点が保有戦力や武装勢力の範疇にない、我々が向かったところで出来ることは皆無だろうよ」

ビリー「だが、紛争になりうるなら彼らは来る」

ビリー「それこそが軍上層部の思惑じゃないのかい。数少ない火種の中で、最も集約率の高い展開が可能だ」

ビリー「僕の中の君は、喜々として作戦参加を受領するとばかり思っていたんだけれど……?」

グラハム「…………」

ビリー「まいったね、こりゃ……無自覚にも程がある」ズズ

グラハム「命令には、服従する」コポ

ビリー「ありがとう。そもそも、君らは君らの仕事をこなすだけ。命令も強制もされない、作戦範囲内での独自行動が確約されるはずだ」

ビリー「何が面白くないのかは分からなくもないけれど、集中はしておくれよフラッグファイター」





ビリー「相手は……あのガンダムなんだからね」



ガタンッ
ドタタッ


グラハム「ッ!」

ビリー「おぉ?!」


絹江「あいたた……っ」


絹江「…………あ」

グラハム「……!」

ビリー「やれやれ……」


 ・
 ・
 ・
 ・





――ソレスタルビーイング・エージェント機――

王留美「――という訳でしてよ」


ロックオン『おいおい、遂に来たかって感じだな』

刹那『アザディスタン……!』


王留美「そのご様子ですと、既に概要は知られていると考えてよろしいですね?」

ロックオン『あぁ。ミス・スメラギがいつも苦い顔してにらめっこしてたからな、嫌でも焼きついちまうよ』

ロックオン『アザディスタン王国……中東という往来に埋まった見えてる地雷ってな』



――アザディスタン王国。

――旧き王家を擁立し象徴に据えることで成立し、周辺の小国を外交的、もしくは武力によって統合した中東の振興国である。

――中東全体の石油輸出規制の影響、そしてそもそもの石油資源の枯渇。

――そして統合した諸国との軋轢、保守派と改革派の宗教対立、それらを起因とした国内情勢の悪化。

――今、最も火種を多く抱えている国家と、誰もが名指しするであろう、発火寸前の火薬庫であった。




紅龍「現在象徴として第一皇女・マリナ・イスマイールを擁し、政治は議会制で執り行っておりますが」

紅龍「経済支援外交で各国に飛び回らざるをえない彼女では、第一党の改革派の勇み足を留めきれず、保守派の不満は増す一方」

紅龍「それも宗教的指導者であったマスード・ラフマディ師が受け止めることで一線を越えずに済んでいましたが……」

ロックオン『そのラフマディの爺さんが、今回何者かに拉致された……か』

紅龍「おっしゃる通りです」

刹那『改革派の手の者か?』

王留美「ヴェーダの予測ではその可能性は8%を割りますわ」

ロックオン『へえ、低いな?』

王留美「改革派からすれば、保守派の不満をせき止めてくれる唯一の防波堤が彼ですもの」

ロックオン『いなくなって困るのは、好き勝手のツケを払わされる自分たちってわけか……』

王留美「ところで、スメラギ・李・ノリエガはどのような予測を?」

ロックオン『聞いて楽しいもんじゃあねえさ……なに、簡単なことでな』


ロックオン『普通に武力介入したところで紛争は終わらない……相手が【市民】であるアザディスタンではな』


刹那『っ……』



――後に、局地的戦略概念として語られる学問の貴重な資料として挙げられる、クルジスの紛争。

――ここでは、【少年兵】という存在がクルジス側の武装勢力で多用されたことの「効果」が注目を集めた。


――大別すれば、二つ。

――一つは、少年兵が対象問わずMSや成人兵士によって殺害されることで、その映像が「善悪の内情を飛び越えて彼らに同情的な世論が作られる」という【偶像性】によるもの。

――そしてもう一つは、彼らとの交戦による相手兵士側への強い心的ストレスと、その影響。継続的作戦構築を困難にさえさせた【倫理的攻撃性】によるものである。


――これらが重なった結果、クルジス紛争では、戦場カメラマンたちの連日に及ぶ決死の取材で集められた映像資料が、あろうことか戦争そのものを長引かせたのではないかという統計結果すら報告されていたのだ。


王留美「……これらは、正式にクルジスが併合されてからも無差別に繰り返されておりましたものね」

ロックオン『併合確定の後から蒸し返しによる混乱、国軍及び派兵国連軍のPTSD被害の保障、アザディスタン側との軋轢、問題の押し付け合い、二転三転する軍事裁判……』

ロックオン『アザディスタンの現在の情勢悪化も、初動を狂わされた足並みの乱れが少なからず影響してるって見方も多い』

王留美「この作戦を指揮した存在は……」

紅龍「っ、お嬢様」

王留美「……全く、唾棄すべき存在であると言わせていただきますわね」

刹那『…………』


王留美(殆ど資金的に猶予の無くなった戦後状態でさえ継続可能で、どう転んでも敵側に混迷をもたらしうる、安価な肉の奴隷)

王留美(この一件、【少年兵をどうやってあの短期間で大量に集めて投入できたか】が議論されるほど、運用側の手腕が【高く評価された】ものなのだけれど)

王留美(流石に口を滑らせる訳にはいきませんわね……相手が彼であれば尚更、ね)


ロックオン『まあつまり、本気で情勢が悪化した場合、【勝ち目度外視で人間が突っ込んでくる】わけで』

ロックオン『それを世間に見せちまった場合、俺達の評判が悪くなるだけじゃなく、俺達自身にも悪影響があるだろうってのがミス・スメラギの第一の懸念だ』


王留美「(今更ですわね)……第一?」


ロックオン『はは、第二の懸念は簡単だ。同じ理由で対外派兵の国連軍も人間相手にMSを出さない』


ロックオン『つまり、出て来るMSは全部、もしくは大半俺たちガンダムに襲い掛かってくるって寸法だ』

王留美「……成る程、上辺の派兵にも意味を持てる……と」



刹那『第三の懸念もあるだろう』

ロックオン『おぉ?!』

王留美「……それは?」

刹那『俺達が対外軍を攻撃して防備が手薄になった場合、もしくは国連の支援が撤退した場合』

刹那『アザディスタンが切望している太陽光発電の受信システム建設支援はテロの格好の標的となり、根本的な紛争根絶が不可能になるであろう、ということだ』

紅龍「……確かに、技術者に対するテロ行為は完璧には防げません。ましてや現地民ですら信用できなくなっては……!」

王留美「……つまり、我々が取るべき道は」


 ・大規模戦闘は避け、支援施設を防護し、市民軍への攻撃及び介入を最小限にし、国連支援が継続できる範囲での作戦行動で、この紛争を終わらせる。


ロックオン『……絶望的だな、ガンダムの出る幕かい、これは』

刹那『ガンダムでなくては出来ないことだ』

刹那『ガンダムマイスターである俺たちにしか出来ない……俺たち無くしては終わらない戦いだ』


ロックオン『いつになくやる気満々だな、刹那。そう来なくっちゃな……!』


刹那(今度こそ、俺は……ガンダムになる!)


 ・
 ・
 ・
 ・


――ユニオン・ホテル途中道路――


絹江「…………」

グラハム「…………」

絹江「…………」



グラハム「……………………」


絹江「きまずいっ……!!」クゥッ

グラハム「言葉に出ているぞ」



グラハム「……私は、自ら考えて意見をし、確認を取ったに過ぎない」

絹江「……」

グラハム「君に影響を受けたということは何一つ無い」

絹江(それはそれでジャーナリスト失格っぽいけどなあ)

グラハム「それに言動一致は揺るぎない。私は命令に背くつもりはない、軍人としての責務をまっとうするだけだ」

グラハム「……君との意見の相違に思うところがないわけではないという意味では、君の琴線に触れていてほしくもあるが」

絹江「はー……」

絹江「よりによってアザディスタン……それもガンダム目当てが丸分かりの、形骸的派兵か」

グラハム「不快か」

絹江「不毛よ。仮にガンダムを鹵獲出来ても、中東の対三国意識はますます悪化する」

絹江「自国内で面倒見なくちゃならないところに貴方達が行っても、責任転嫁されるだけ」

絹江「道化も良いところだわ、何一つ改善されない、何も解決なんかしない……馬鹿みたいじゃない……!」

グラハム「……同感だ」

絹江「なら何故……?!」


グラハム「私が、ガンダムと戦いたいからだ」


絹江「…………」ガク

絹江「ほんと……そこでユニオン軍としての使命も、対ガンダム調査隊の矜持も出さないところが……貴方らしいわ」クシャ

グラハム「もっとも強い感情を表明しただけにすぎない、他意はないさ」

グラハム「……軽蔑したか」

絹江「少し……ううん、けっこうキテるかも」

絹江「そういう人だって知ってたつもりだし、立場が他の方法を取らせてくれないことも分かってるけど」

絹江「……何か思っていて欲しいと思うこと自体、私のエゴですもの、ね。分かってるわ」


グラハム「……到着した。私はここまでだ」

グラハム「私の事情に付き合わせてしまった、無礼の埋め合わせが許されるならまた後日に」ガチャ

絹江「最初に粗相をしたのは私でしょう。気にしないで」

グラハム「手を」スッ

絹江「結構よ、車くらい一人で降りられる」

グラハム「……あぁ、済まない」




絹江「……それじゃあ」


グラハム「あぁ」





「さようなら」




――――

『儂じゃ』

「おはようございます、プロフェッサー」

「今、貴方のお時間をこの若輩者に割いていただくことは出来ますでしょうか」

『……良かろう。何じゃ?』

「アザディスタンへの、派兵が決定いたしました」

「対ガンダム調査隊も同行し、独自行動による鹵獲作戦決行が予定されております」

「私も、フラッグを駆ってガンダムと相まみえることでしょう」

『ようやく面目躍如と言ったところか。待ち望んでおった展開だろうて、なぁ?』

「……プロフェッサー・エイフマン、私は分からないのです」

『……何が、かのう?』

「あれだけ渇望しておりました。これだけ切望してきました」

「各国の精鋭がぶつかり、敗北し続けている存在への切符が、ようやく手元に転がり込んできたのです」

「ですが、歓喜は鳴りを潜め、狂喜は何処吹く風……嬉しいはずなのに、何故なのか」

「こうなったことを、何処かで喜べない……私がいる、そんな気がするのです」

「プロフェッサー、単刀直入にお答え下さい」



「このような私に、フラッグを駆る資格は、あるのでしょうか?」



――後日――


――JNN――


デスク「……絹江、今お前何つった」


絹江「…………」

後輩「っ……」ビクビク

同僚「……アチャー」

同僚(焚き付けすぎたかな……?)


デスク「もう一回言ってみろ、そうしたら特番の話は無しだ。お前を外す」

絹江「……何と言われようと、お答えできることは一つです」

後輩「せ、先輩?!」



絹江「私を、アザディスタンへ特派員として派遣してください!!」

ここまで
ほんと申し訳ない

次回、金曜日までに必ず。


【アルコール耐性個人評】

絹江:趣味がおっさん。あの顔で結構強い。絡み酒

グラハム:どっちかというと蒸留酒好き。あの顔でかなり強い。笑い上戸

ビリー:その顔でユーヌ・ピュレ(高度数のアブサンメイン)とか嘘だろ?なので強い。翌日に残るタイプ

レイフ:こんなイケメン爺さんがバーで飲んでたら初恋してる乙女みたいな目でずっと見てると思う。



コーラサワー:甘いものやスッキリしたものが好き。ワク。

マネキン:あんまりお酒強くない。

セルゲイ:ビール好き。強いけど奥さんには一回も勝てなかった。



アブサン系は駆けつけに飲むには味が独特過ぎる(あれ無理、臭い)ので最後に飲むのがいいと聞くが、いきなり飲みだす辺りビリーって実はスメラギ並の酒豪なのではないかと考え出している。

アブサン 30~60ml
グレナデンシロップ 15ml
ミネラルウォーターで満たす
ビルド/タンブラー
という感じ。誰か試して。


ではまた。

長らくお待たせいたしました。
個人的諸用に何とか今区切りがついたもので、明日深夜より再開したく思います。

ようやく帰宅。
可能な限り進めます

――アザディスタン――


 荒涼とした大地に、それは一夜にして現れた幻のように灰色を広げていた。
 地上戦力の航空輸送展開と高度な建築技術により構築された、仮設前線基地。
 世界の警察を自負するユニオン軍だからこそ可能とするの十八番、他二国に追随を許さない展開力であった。

 
「まさしくヒデヨシ・トヨトミの再来だねえ。いつ見ても惚れ惚れする陣容だよ」

「……誰だ、それは」

「古代日本のキングだよ。一夜にして城を敵陣の目の前に打ち立てたとされる築城の名人だとか」

「博識だなカタギリ。だが、あくまで燃料弾薬の補給用中継点に過ぎない、過信は禁物だ」

「合点承知、ケツまくる準備はいつも万全さ」

「それは重畳」


 興奮してまくし立てる白衣の盟友を窘めながら、今なお構築半ばの基地を歩く。
 砂塵交じる乾いた風に顔をしかめて歩いていると、会う者が皆敬礼を送ってくれる。
 全て、本作戦への要たる最精鋭への期待と敬意を込めた礼。
 それに対する軽い答礼も途中から返せなくなる。
 出来たばかりで行き違う波のような人々全てに反応など、とうてい無理なのだから。

 時折、空から大きく影が落とされ、航空輸送機が物資とMSを満載して基地に降り立つ。
 日本由来の、MS技術にも貢献した技術は荒野を滑走路に変えることも容易く行ってみせる。
 既に基地には、陸戦型フラッグや地対空ミサイルを始めとした【仮想敵への戦闘準備】が着々と構築されつつあった。
 アンフやヘリオンを相手取るには明らかな過剰戦力。
 露骨なものだと内心毒づく自分に、何処かで気づかないふりをした。

 積み重なったコンテナ、内容物が特殊な暗号バーコードで記されているそれらの林を抜け、日差しから逃げるように横長の建物へと入る。
 即座に中にいたスタッフ全員の敬礼が彼らを迎えた。
 全員、MSWAD基地から追従してきたMS技師、整備兵、研究者たち。
 世界を揺るがす【天使】を相手取るために集められた、有数のバックアップ。
 ただ一名を除いて、彼が望む全ての支援体制がここに集っていた。


「……ご苦労、ゆっくりしてくれ」


「エイフマン教授は……結局こっちには付いてこなかったね」

「現地におけるガンダムとの交戦は最小限になる、との予測だったな」

「だから現地で交戦データを元にした戦術改善案を考案するのは無用、自分が向かう意義も皆無……だそうで」

「その予測が的中しないことを願うしか無い。成すべきを為す、ただそれのみさ」

「グラハム、君は……」

「真意ならば、理解しているつもりだ」

「なら……良いんだけど」


 肩をすくめる盟友。その姿から視線を外すことは出来ても、胸中の暗雲は振り払いきれずにいた。
 それは、かの教授がこちらに来なかった理由が、それだけではないと知っていたから。
 この作戦が正道にないこと……【ガンダム鹵獲のための口実的軍事支援】であることへの不快感が起因していることを感じていたからに他ならない。


(……大義だけで、舞台が整うはずもない)

(軍事活動は慈善事業ではなく、明確な経済行為の延長にすぎないことも自覚していた)

(表向きに対外介入では軍を動かさないとしてしまった以上、こうなることは明白だった)

(――あぁ、分かっていたはずじゃないか。偽善と欺瞞の上を飛ぶことが、自分の唯一の飛び方だってことは)

(分かっていた、はずじゃないか……)


 ただ、戸惑っていた。
 恩師の子供じみた抗議が、現実ではなんら役に立たないことも理解していて。
 この機を逃せば、ガンダムとの対峙など何時になるかわからないことも危惧していて。
 ただ飛べるだけで、戦えるだけでいい、それが自分の人生なのだと規定もしていて。

 なお、この青く澄み渡った空を飛ぶことに対し、戸惑っていた。


 恩師の答えは、ただ一つ。

【飛ぶかどうかは、自分で決めろ】

 ずっとそうしてきたはずなのに、何故か酷い難問を投げられた心地だった。



「……ん?」


 ふと、その蒼に陰りが浮かぶ。
 飛来する機影は、軍用輸送機。
 MS搬入には扱えない、旧型のものだった。
 基地の隅、物資搬送には遠い位置に着陸する機体。
 揺らぐ陽炎に降り立つそれに、何故だろう。
 強く、視線を釘付けにされた。


「なんだろうね、あれ」

「物資輸送の場合はあの滑走路は使わない……仮設居住区か?」

「軍施設から遠いねえ。というと民間人かな?」

「民間人」

「あぁ。今回のアザディスタンは排他的な思想が蔓延しつつあるからね」

「こっち側の外国人関係者は、軍からある程度の支援体制を組むそうだよ」

「関係者……例えば……?」

「そりゃあ、たとえば……ほら」


「報道関係者、とか……?」


 嫌な予感というものは、大抵の場合感じたときには手遅れなものだ。
 こと自分の勘というものを重視する、私のような原始的思考をしたものには。



――――

――輸送機内――

絹江「…………」

イケダ「着いたぞ、クロスロード」

絹江「はい、アザディスタン……ですね」

イケダ「……後悔、してんのか」

絹江「自己嫌悪は、しています」

絹江「でも、それが止まる理由になるなら、今の私は此処にはいません」

イケダ「……」ポリポリ

イケダ「紛争地帯の特派員は、自分の墓穴の横で蕎麦啜ってるようなもんだ」

イケダ「気を抜くな、自分の命を最優先に考えろ、そんで……スクープの匂いがしたら俺に言え」

イケダ「最大限安全を確保してから、GOサインを出してやる。先走んなよ、絶対にな」

絹江「はい……!!」


兵士「アザディスタンにようこそ、ニホンのご友人方」

兵士「これから宿舎に誘導させていただきます。外出、取材等の要件は手元端末の基地要項にてご確認ください」

兵士「あなた方が我々ユニオンの人道的支援の証人になってくださることを望み、またそのように振る舞うことを誓います」


絹江「…………」



絹江(わざわざこんな取り決めで囲う理由……解りきってるわね)

絹江(支援体制のない二国の記者団の動きをアザディスタンの国内情勢で制限させ、効率的に情報発信できる体制を組むことでイニシアティブを確立させる)

絹江(また事態を過剰に煽ることでも情報の比率を意図的に偏らせ、MSの大量投入をカモフラージュする)

イケダ「万が一MSの導入数を指摘されても、それの対処は一言で済む上にそれが自然と来たもんだ」

絹江「!」

イケダ「そういう感じのこと考えてたろ。ブンヤの頭ン中はだいたい一緒だよ」

イケダ「俺たちも、契約書書かされてるわけじゃあ無いが、庇護を受けちまってる以上下手なこと書いたらおしまいだ」

イケダ「嫌なとこで繋がっちまってるよな。JNN(うち)は上が軍と仲良しってことがよ」

絹江「……こうなってからでは、もう遅いんでしょうか?」

イケダ「さあね、まあどうあれ俺達がやることは……」


「人の置かれる何時如何なる状況下に於いても、その行動が真に無為となることは有り得ない」


絹江「!」

イケダ「おぉ?!」


グラハム「……少なからず正義の御名の下、その者の歩みが止まらぬ内は」

絹江「っ……」

イケダ「ぐ、グラハム・エーカー……中尉!」

グラハム「お久しぶりです、絹江さん……まさか、こちらに来るとは思っておりませんでした」

イケダ(無視!?)

絹江「……レイフ・エイフマン教授の講義の決まり文句でお出迎えとはね」

絹江「あの方も此方に?」

グラハム「来ているとお思いですか、あの御方の高潔さは貴女のそれに近いものがある」

絹江「そう……で、その嫌がらせみたいな口調、続けるつもり?」

グラハム「公務中です。当てつけというなら、お互い様と言わざるをえない」

絹江「私も、自ら考えて要望をして、正式に特派員としてアザディスタンに来たにすぎないわ」

グラハム「!」

絹江「勘違いしないで。あなたに影響されるほど軽い取材はしてないの」


グラハム「…………」


絹江「…………」


イケダ「え、何この空気」

兵士「喧嘩別れ一週間頃の学生カップルみたいな会話ですね……」

イケダ「やめろそういう具体的なの」


絹江「……まあ、いいわ。お出迎えご苦労様」

グラハム「!」

絹江「さ、とっとと案内してちょうだい。今日中に宿舎回りは作っときたいのよ、仕事用に……っ!」ボフン

グラハム「っ、おも……?!」

イケダ(荷物持たせた!?)

絹江「明日から特番一回分はネタ稼いでかないと干されちゃうの。インタビューするかもしれないから、そのときはよろしく」ニコ

グラハム「……魔性だな」

絹江「? なんか言った? 悪口?」

グラハム「三割方は。さあ行きましょう、車を用意してある」

ビリー「ハーイ」

絹江「あ、ちょ、ちょっと!!」





イケダ「……荒れそうだなあ、色んな意味で」

兵士「元カノにズルズル付き合わされてキープくんにされるパターンですね、分かります」

イケダ「だからやめろってそういうの……!」

――――


――日本・JNN――


同僚「行っちまいましたねー」

デスク「そうだな」カチカチ

同僚「良かったんですか? いくらハイパー特派員のイケダさんがいるからって、あの人中東は初めてでしょ」

デスク「そうだな」カチカチ

同僚「特番の方はもともとデータマンみたいなもんだからいいすけどね―」

デスク「そうだな」カチカチ


同僚「……聞いてます?」

デスク「そうだな」カチカチカチカチ

デスク「…………」ウツラウツラ


同僚(……睡眠不足になるまで心配するくらいなら行かせなきゃ良いものを)

同僚(俺も物分りが良いほうじゃあ無いが、全く不器用なもんさ)


同僚「……上の連中、よくまあ絹江さんの特派員ぶっこみに許可出しましたね」

デスク「……」ピク

同僚「やっぱりあれですか、血筋パワー……ってのに上もまだ期待してるわけだ」

デスク「あいつがアザディスタンでも活動できると確信した上での取り為しだ。他意はない」

同僚「お、聞いてた」

デスク「ずっと聞いてる。ケツを机から降ろせ、減給するぞ」

同僚「失敬失敬……っと」


デスク「……絹江のやり方に、クロスロード氏のやり方は含まれちゃいない」

デスク「お前は知らないだろうけどな、ありゃあ真似しようとして出来るもんじゃないんだよ」

同僚「格が違うと?」

デスク「質が違うってのが正しいな」


デスク「何ていうかな……あれは取材と言うよりは……」

デスク「答え合わせだ」

同僚「……へえ……」

デスク「ほれ、油売ってないで、仕事にもどれ、仕事に」シッシッ

デスク「材料が良くても拵えが悪けりゃあ食えたもんは出来ねえぞ。絹江に言い訳は通用しねえの、分かってんだろ」

同僚「あはは、絹江さん叱り方も可愛いからなあ」ケラケラ

デスク「ったく……お前も物好きだよ。今回の尻拭い、全部引き受けたらしいじゃねえか」

同僚「乗りかかった船ですから。沈めるのは忍びねえ」

デスク「……それのお陰で引き継ぎもスムーズに済んだってのはあるが、でけえヤマだってのに呑気にしやがって」ハァ

デスク「あー……お前、そっちか。いや、そういうんなら応援するぞ。今更男だ女だってのも……あれ?」

同僚「はは、ご冗談。今更色恋にかまけるほど若かねえですよ、あたしゃ」

デスク「……急にジジ臭いこと言いやがって……」

同僚「ええ、御年百五十五でござい」

デスク「あーはいはい、ギネスギネス。ほれいけ、すぐいけ、さっさといけ」シッシッ

同僚「雑―! せっかく虎の子のギャグだってのにー」ブー


デスク(あれ、あいつ旦那いるって言ってなかったっけ……?)シュボ

デスク(あの中尉といい、あいつも変なのばっか寄せ付けんなあ……)フー


同僚「……」ニヤ


 ・
 ・
 ・
 ・

――アザディスタン――

マリナ「どうして、ユニオン軍をこの地に招き入れたのですか!?」

改革派議員「…………」

マリナ「ラサーのいない今、保守派の神経を逆なですることがどれほど危険なことかは、貴方がたも分かっていたはずでは……!」

改革派議員「ッ……どうやら、一部の有力議員派閥がユニオンの申し出に折れたのが原因であると……」

マリナ「申し出って……?!」

シーリン「決まっているわ、大方大義名分と引き換えの機会提供と言ったところでしょうよ」

マリナ「シーリン?」

シーリン「ユニオンはソレスタル・ビーイングの自国領内以外の活動を黙認する声明を出したわ」

シーリン「それはつまり、単独での対ガンダム戦略を放棄したとも取れたわけだけれど」

シーリン「このアザディスタンは、かつてのクルジス紛争……いえ、戦争においてMS戦術の非有効性を証明してしまった土地」

シーリン「あれだけの軍勢……まず間違いなく全てガンダムにぶつけるつもりで連れてきているでしょうね」

マリナ「そんな……っ」

マリナ「この国は、ガンダムの生き餌として放られたのに等しいと、そういうのですかシーリン!?」

シーリン「生き餌とすら見られてないかも。少なくとも利用するだけするつもりなのは間違いないわ」

シーリン「国連の援助だって何考えているかわからないというのに、彼らが善意で手を差し伸べたわけがないのは当然と言えましょうね」

改革派議員「申し訳ありません、マリナ様……貴女の外交努力で、せっかく太陽光発電受信システムの支援がこの国に来たというのに……」

マリナ「……っ」グッ

シーリン「出来ることをしなさい、マリナ」

シーリン「猶予は殆ど残されていない……国内の不満が最高潮に達する前に、手を打たないと」


シーリン「……アザディスタンは、内戦に突入することになるわ」



――宿舎内・食堂――

イケダ「改革派と保守派、双方の議員に取材許可が降りたぁ?!」

絹江「現地の特派員に仲介を頼んで、明日と明後日。それぞれ30分も貰えませんでしたけど」

絹江「イケダさんは報道の方で忙しいと思うので、どっちも私が自分で行ってきます」

イケダ「い、いやおまえ……確かに一人だけ余分ではあるし、しばらくは頼むこともないとは言ったが」

絹江「はい、なので自分で使わせてもらいますけれど」

イケダ「……あー、いや、構わん」

絹江「?」


イケダ(イヤミのつもりはなかったが、牽制目当てで結構強めに言ったはずなんだがなあ)

イケダ(まいったな、デスクの言うとおりだ。特攻娘……クロスロード氏とは逆ベクトルでヤバイ奴だこれ)


イケダ「……で、俺がOK出せる奴なんだよな?」

絹江「この二人です」スッ

イケダ「どれ」チラ

イケダ「……端役もいいとこじゃねえか、新人の改革派議員に数合わせの保守派閥。なんでこれを?」

絹江「私は情報でしかこの国を知りません。だから、知っていることを感じたいと思ったんです」

絹江「その結果に新しいことがなくても、次が見えてくると、そう思うから」

イケダ「あぁ……事実を積み重ねて、ってやつか」

絹江「知ってるんですか?」

イケダ「有名というか、ブンヤの格言みたいなもんだからなあ」

イケダ「いやほんと、そういう意味では夢みたいだな。まさかあの人の娘と仕事とはね」

絹江「そう、ですか……」

イケダ「あれ、気にならない?」

絹江「参考にならないですから。父のやり方を聞いて肩透かしを食うのは、もう両手に余っちゃうくらい」

イケダ「クールだねえ……ま、確かにそうか。ありゃ真似出来ん」

イケダ「端末で軍に外出許可申請のメール、送っとけよ。軍隊ってのは頭が固くてな、送るのが遅れた分だけ返信も遅えんだ……」

絹江「はーい……」


――宿舎内・自室――


絹江「…………」ドサッ

絹江「……来ちゃったなあ」

――――

デスク『行って来い。特ダネ掴むまで帰ってくるんじゃねえぞ』

デスク『あー……あと、死ぬなよ。弟さんの前で土下座すんのだけは簡便だ』

――――

同僚[空港で笑って手を振っている。謝罪も挨拶もさせないまま、何を考えているのやら……]

――――

沙慈『いいよ、行ってきな』

沙慈『……なに、行きたいんでしょ? なら何時も通りじゃないか』

沙慈『うん、ずっと決めてたことだからね。姉さんが取材したいって言ったなら、それがどんなことでも止めはしないって。絶対に』

沙慈『……僕のことを、枷じゃないって言ってくれるんなら、ね』

沙慈『うん……行ってらっしゃい、姉さん。必ず帰ってきて、約束だよ』


――――


絹江「…………」ギュ

絹江(もし……もし、ガンダムが現れなかったらすぐにでも帰ってこられるのかもしれない)

絹江(でも、それじゃあ駄目だ。分かっている、自分が得ようとしているものが、この国の混乱と天秤にかけられているってことくらい)

絹江(こうやって見れば、私の仕事だって変わらない。世の中が荒れてなければ、一筆だって進まない生業だ)

絹江(……強く、言っちゃったな)

絹江(怒って、るんだろうな)

絹江(また、話してくれるかな……前みたいに)


 ゴゥッ


絹江「!」

絹江(水素ジェットの噴出音……アザディスタン領内はまだ飛べないはず)

絹江(ラフマディ師の捜索も含めたら、事態は一刻を争うはずなのに……何もかも噛み合ってない)

絹江(彼らは、ソレスタル・ビーイングは……この指揮者のいない演奏会で何を演じるつもりなの……?)


絹江(……いやな女だなぁ、私……使い分けてる)

絹江(どうしようかな……なんて……謝れば……)

(…………)スヤァ


――――


――翌日――

絹江「…………」

グラハム「おはようございます、絹江さん」

絹江「……え、外出許可、え?」

グラハム「えぇ、下りておりますよ。アザディスタン領内で購入可能なジープです、軍用では悪目立ちだ」

グラハム「私もこの地の衣装に着替えていますが、何分肌の色までは誤魔化せない。了承ください」

ビリー「結構似合ってるんじゃないかい、グラハム。君はいい意味で普段変わり映えしないからねえ、こういった一面は貴重だよ」

グラハム「そうか……? 今度からは少し気を遣うとしよう」


絹江「え、え?」

ビリー「それに引き換え……彼女のはすごいな。頭からすっぽりだ。文化の違いとは言えこれでは道行きの華も愛でられない」

グラハム「こういった情勢では好都合だろうよ。しかし、視界はすこぶる悪そうだな」

イケダ「あー、実際に横が見えないから結構危なっかしいんですよ。エスコート、任せていいですかね?」

グラハム「任されました。送迎の大任、必ず無事に果たして見せましょう」


絹江「……えぇ……?」

イケダ「まー頑張れ、絹江。向こうさんからの申し出でな、知らない兵士よりは気が楽かと思ってな」

イケダ「気をつけていけよ。まだそこまでではないにせよ、どこで何が起きても不思議じゃない。気を張ってけ」


 ・
 ・
 ・
 ・



 均されただけの荒野の道を、がたりがたりと揺さぶられ一直線。
 軍用ではない安物のジープは、お尻を何度も宙に浮かせ視界を揺らす。
 着慣れない中東の民族衣装に肌をくすぐられ、どうにもむず痒く、落ち着かない。
 
 いや、多分違うんだろう。

 本当に落ち着かないのは、きっと隣に彼がいるからだ。


絹江「気まずいなぁー……!」

グラハム「少し口を閉じる修練が必要ではないかな。こと最近の君は、精神と舌がリンクしているようだ」

絹江「! あれ、喋り方……?」

グラハム「っ……職場で部下のど真ん前、君に軽い口調を向ければどうなるかくらいは察せると思ったんだがな!」

絹江「う、だって……っ」

グラハム「あぁ、そうだったな。君は自分の意志で此処に来ることを決めた、何があっても構うことなど無いと」

グラハム「私に連絡して、時勢と状況を判断材料にしようなどと思う必要もなかったと! そういうのだものな!」

絹江「ちょ、なんでそんな、怒んないでよっ……!?」

グラハム「怒りではない! ……どうしようもないのだよ、本当に」


 低く、唸るような声でまくし立てながら、彼は窓を開ける。
 目の前を乱暴に横切る右腕が指差す遠方、白い米粒大の軍用オートマトンが数体犇めいているのが見えた。
 何だろう、そう思う間もなく、彼の思惑が判明する。
 炸裂音と煙。
 それらの直下から、ここからでは爆竹のような大きさの爆炎が吹き上がったのだ。


絹江「っ……?!」

グラハム「チッ、都合がいいな。忌々しい……あれが、理由だ」

グラハム「基地の構築と同時に未確認の動体反応が山ほど基地を取り囲んだ。超過激派と目されるアザディスタンの【暴徒】と目されているが、真相は分からん」

グラハム「地雷だよ。毎時点検の入る舗装道路以外は通るなよ、どこで脚を飛ばされるか皆目検討もつかん」

グラハム「……もっとも、この道が安全かどうかなぞ、明言出来はしないがね」

絹江「そんな……!」

グラハム「ああやって、本来街中でテロ監視に使う機体まで駆り出して」



グラハム「毎朝毎晩地雷除去だ。専用装備が腐らず済んだと上は笑っていたが……」

グラハム「……何がしたかったのかと問われれば、何がしたかったのかなと、首を傾げるしか無いよ」


 こっちの言葉なんて待つまでもないと続けた言葉が、止まった。
 憤りと、迷い。
 軽く噛み締められた彼の唇が、吐くに吐けぬと堪えているようでもあった。


絹江「……ごめんなさい……」

グラハム「止めろ。くだらない体面で提言の機を逃したのは私の方だ」

グラハム「お互い泥を投げ合う必要はあるまい。己の職務を全うするために、此処にいるはずだろう」

絹江「……怒ってない?」

グラハム「何故?」

絹江「……この前、つい言い過ぎたかなって……」

グラハム「馬鹿馬鹿しい。あれしきで機嫌を悪くしていたら、【上官殺し】の汚名など着ていられん」

グラハム「もっとも、着たくて着ているわけではないが、ね」

絹江「反応に困る自虐止めてよ……一番きついやつじゃない、それ」

グラハム「はっ……あぁ、済まない」


 本日、初の笑顔は、何処か空虚で、悲しげで。
 そういう笑顔が見たいわけじゃないのにとか、そもそも笑う顔見たくて来たわけじゃなかったはずとか、思考は堂々巡り。
 気まずさを増した空気を読まないジープのロデオに、強く尻を叩かれる。
 何か言えよと、背を押されているような心地だった。
 誰に? ……多分、酷くばつの悪い顔をした、サイドミラーの中の人に。
 

グラハム「とにかく、だ」

絹江「!」

グラハム「来たからには君は君の使命を全うすればいい」

グラハム「私から言えることがあるとすれば、軍の【要請】には必ず従うことと、相談は私かカタギリに通すこと」

グラハム「私の微々たる権限と能力の及ぶ限り、君の身命を庇護すると誓うこと……くらいかな」

絹江「……えーっと、それって」


グラハム「君が此処にいる限り、私が護ると言っているんだ」


グラハム「だからいい子にしていてくれ、手元にいなくては、あの日のように庇うことも出来ない」


絹江「――――」

グラハム「……肯定の沈黙と捉えるが、構わないかな」


 フードをすっぽり被って、無言のOKサイン。
 この民族衣装、外からは顔も見えないくらいの女子力マイナス全身要塞コーデ。
 それでも強い日差しを防いですごく涼しい。いつも日陰の中にいるような現地の知恵の結晶なのだ。

 ……うん、全くの無意味。全身、燃えてるみたいに熱い。
 何なんだろう。なんでそんな急に、優しく出来るんだろう。
 今まで見てきたのと同じ笑顔で、どうしてそういうことが言えるんだろう。
 こちとらこのまま無視かギスギスかと覚悟してて、胃痛までしてたっていうのに。

 
絹江「……たらし……」

グラハム「? 今のは日本語か。何と言ったんだ?」

絹江「教えない……っ」

グラハム「ふむ、後学の余地というわけだ。奥ゆかしい」


 見えてはいないはずだけれど、そっちを向けない。
 もう何も気にしてはいないという素振りで運転を継続する彼が、小憎らしい。
 
 割りと女性扱いしてくれる、数少ない男の人だったけれど。

 それでも、「守ってやる」が、ここまで破壊力を秘めてるなんて。
 
 病院での、体温と鼓動までセットで思い出す特効ぶりに、正直自分でもびっくりで。

 自分、もしかしてちょろいのかな。

 あぁ、多分あの日のこの人のように、耳まで真っ赤だ。

 ――あれ、じゃああの日、彼って……?


グラハム「……街が見えてきた。フードはそのままに、まずは改革派議員の方だったな」

絹江「え?! あ、うん、いやはい!」

グラハム「気負うなよ。いくら緊張状態とは言え、いきなり街中で騒動を起こすとは考えづらい」

グラハム「いつも通り歩を進めればいい。雑踏の喧騒を、無人の野を征くが如く……君にはそれがよく似合う」

また明日。
いい加減放置しすぎたので、この期間に進めたいところ。
ちょろい

――――


「アザディスタンという国が生まれたのは、先の【太陽光発電開発事業】に強く影響を受けてのことです」

「軌道エレベーターと大規模太陽光発電システムによる恒久的なエネルギー需要の解決……それはオイルマネーの終焉を意味していました」

「この計画が提示された時、中東諸国は強く反発しましたが……同時に、啓示を受けたような心地を思えていたと、当時の官僚は語っています」

「いよいよこの時が来たか。有限の石油に頼った安寧はもう終わるのだ……と」

「多くの国家が電力受信権を得るために建設支援を表明しましたが、中東国家はその枠組に入ることを拒みました」

「自分たちの売りであるオイルマネーの代替存在を容認するわけがない。中東の連盟は全会一致を当然と、宣言に踏み込みます」

「その結果、アザディスタンの今があるので……自業自得と言われれば、そうですね、そう言えると思います」


――――

『だがその理念は御為ごかしに過ぎなかった。それを受けた奴らが、三大国がまずやり出したのは我らの【切除】だったのだ』

『国連は、軌道エレベーター建設などにおける最低限の産出を除いた、大規模な石油輸出規制を一方的に決議で押し付けてきた』

『理由は明白だ。三大国をして、それだけ軌道エレベーターと発電システム建設は大事業だったということ』

『つまり、退路を断ち、日和見を悉く引きずり出すこと。太陽光発電開発へ地球圏全てのリソースを組み込む下準備に他ならなかったわけだ』

『オイルマネーの既存経済基盤を破壊し尽くし、太陽光発電のみの土台に全員座ることを強要した、悪辣な手法だ』

『……言いたいことは分かる。枯渇の危険性が常に付きまとう石油への執着は袋小路だったと、そういうのだろう?』

『ならば聞かせてくれないか。【石油が無二の経済基盤であった国々が、どうやって石油無しで建設支援をこなすのか】と』

『国家運営の全てを世界銀行に掴まれ、電力受信の権利と引き換えに傀儡化した小国家群に、今なお自由がないのはなぜか、と』

『……分かるだろう。これは最後通牒だったのだ』

『隷属か、枯死か。三大国は、中東に最初から尊厳など持たせる気はなかったのだ』

――――




「その動きに反発した一部中東国家……いえ、多くの国から怒り猛る人々が武器を手に飛び出しました」

「彼らは軌道エレベーター建設事業への反対と報復を叫び、各地でテロなどの武力行使を決行」

「えぇ……聞いたこともあるでしょう。二十年間、五回にも渡る【太陽光発電紛争】の勃発です」

「……私の口からは、とてもではありませんが間違った行動であったとは、言えません」

「止めようなどありはしませんでした。だってそうでしょう?」

「我らの乾きを癒す唯一の井戸は固く閉じられ、余所者達は笑いながらその鍵を目の前でへし折って見せたのです」

「えぇ、本当に……誰が止められましょうか」

「にも関わらず誰しもが【仕掛けてきたのはあいつらだ】と指差しながら、泥沼の中で汚れ続けるしかなかったのですから」


――――


『多くの同胞が血を流した。異教徒とは言え、無辜の人々が涙を流した』

『……それを正しかったと、必要なことであったと言えるほど私も鬼畜ではないつもりだ』

『だが想定以上の規模と、想定外の方向に事態が転がっていったのも事実なのだ』

『PMC、国際テロネットワーク、各地域の反政府組織……悪鬼共がこぞってこの流血の宴に飛びついた』

『破壊行為と紛争が混乱を生み、また違う混乱とテロを呼ぶ……』

『我々が疲弊し、全てに終結宣言が発せられた後……この大地には、何一つ残ってはおらなんだ』


『何故、と問えるなら……何故、もう幾ばくの猶予を与えてくれなかったのか、と……そう問いたいものだな』

『我等とて、尽きゆく石油資源に固執し続けたわけではない』

『議論は荒れ、もしかしたら争いにもなったかもしれないが……それでも、世界との繋がりだけは、残せたかも知れなかった』

『見限るのが早すぎたのではないかと……あぁ、止めよう。泣き言だな。これは……』

『理由はどうあれ、引き金を引いた者が言えることではない……』



――――

グラハム「……大丈夫か?」

絹江「えぇ、これしきの外出でへこたれやしないわ。海外出張には慣れてるし」


 二つのインタビューを終え、市内の軽食店で小休止。
 路地裏の穴場、特派員イチオシの静かな食堂での一服は、乾いた身体に染み渡る。
 どちらの邸宅でも食事をと勧められたが、初めての国では外でその国の食事をすると決めていた。
 状況の悪さもあって、彼を付き合わせてしまうのは心苦しかったが……


グラハム「なに、以前は良好な幕切れではなかった。再演と思えば悪くないシチュエーションだ」

絹江「……心を読むんじゃありません!」

グラハム「読んだのは表情だ、特別なことはしていない」

絹江「見えないでしょ……この服着てたら」


 この態度だ。
 最初から、変に気を遣うこと自体間違っていたようだ。



グラハム「過去と現在、当事者たちの言葉に紡がれると……さしもの君にも噛み砕くのは容易ではないかな」

絹江「……分かってたこと。そう思ってた」

絹江「白状すれば、知ってることを聞かされるくらいかなって油断もあったのよ」

絹江「でも……知識と実感の差は、重いわ」


 どちらのインタビューも、思っていた以上に快く受け入れられた。
 どちらもそこまで影響力の高い議員ではない為、策謀や権威に組み込むことさえ出来ないようでもあった。
 それもそうだろう、ここまで荒れた情勢で一介の下流議員が他国を巻き込み流れを生もうなど、自殺行為でしかない。
 故に、彼らの言葉には彼らから見た歴史認識、彼らが立つ派閥の思想が色濃く滲んでいるように感じた。


 面白いことに、他国を知る改革派からは歴史への強い敵愾心が感じられ、国内を憂う保守派は互いの凶行を打算無しで直視しているように思えた。
 知識の差ではない。見ているものの差なのだろう。
 敵を知った改革派はどうあれば勝てるのか、生きられるのかをそこから見出し。
 味方を失い続けた保守派は神の教えを支えとしたことで、倫理的な面で物事を見つめるようになっている。
 保守派が強硬的な対決姿勢を取るのは、あくまで【改革派の一方的な対立路線に対する拒否反応】に過ぎない。
 超改革派……ユニオンを招き、保守派と徹底的な対決姿勢を取る彼らもまた、この国にとっては過剰な劇薬となりつつあると感じられた。

絹江「一人ずつ話を聞いたくらいじゃ、こうだああだは言えないけれど……」

絹江「ユニオンに救われても、国連に助けられても……このままじゃ、この国に先はないわ」

グラハム「そうだろうさ。ここは見捨てられた地だ」

絹江「……そこまで言えとは言ってないわ……!」キッ

グラハム「事実だ。産油国の矜持、三大国の傲慢、持たざる者の抵抗手段、知らざる者の無関心……様々な要素が絡み合った、忘却の大地」

グラハム「その多額の負債とすり減った精神を、隣国の統合吸収の優越でのみ癒やし続けた結果がこれだ」


グラハム「……哀れな国だよ」

絹江「 」ゲシッ 


 無言で一発、蹴りを入れてから辺りを見回す。
 隅の窪んだテーブルに座っていたからか、回りには現地民はおらず、近寄ろうともしてこない。
 聞かれず幸い、そもそも聞かれていい内容ではあり得なかった。
 ……もっとも、聞こえないのが分かってて言った節はあるが。


グラハム「蹴るならブーツより上にしろ。痛みがなくては罰にならん」

絹江「痛くしてほしかったら自分で頬でも抓ってて! 私にさせるためにそういう言い方したでしょ、今……!」

グラハム「……あぁ、今、確かに君に甘えた。済まなかった」

絹江「っ、もう。私以外に言っちゃ駄目よ、誤解されちゃうんだから」ズズ

グラハム「誤解も何も本心だ」

絹江「な~に言ってんだか……そう言ってる本人が自己嫌悪してるくせに」

グラハム「っ…………」ズズ

絹江「図星ね」

グラハム「かと言って口にして良いものではなかろうさ……」

絹江「貴方らしくもない。何処で誰が聞いてるかなんて、分かんないんだから」

グラハム「……浮かれているのかも、しれんな」

絹江「ん、なんて?」

グラハム「っ……気が逸っていると言った。奴らは、まだ姿を現さない」

絹江「そう簡単にぽんぽこ出てこられても困るんだけど……取材になんないわ」

グラハム「だが、事態の収束には間違いなく姿を見せる」

絹江「そうね、間違いない」


「ソレスタル・ビーイング」



――――

「えぇ、ご存知の通りです。ラサー……マスード・ラフマディ師は我々改革派とは違う派閥に身を置かれておりました」

「ですが……彼の行動は冷静にして沈着。超保守派の甘言にも惑わされず、ただ静観にのみ徹してらっしゃった御方です」

「はい、彼を派閥で称することは冒涜にあたるとさえ私は思っています。我らの、アザディスタンの信仰の父です」

「統合後のクルジス残党勢力暴徒へ救いの手を差し伸べ、沈静に至った逸話も彼の仁徳と信仰心の証明と言えるでしょう」

「もし彼が保守派の獣を抑え込んでくださらなかったら……その懸念が今現実になりつつあるのですが」


――――

『改革派の若い連中は言うよ。今食べる糧が無いのに、何故信仰と伝統に固執するのか、と』

『飢えた子に教義を説く時間があるなら、憎い相手と組んででも腹を満たしてやるのが大人の仕事だろうとな』

『忘れておるのだ、人とは元来、獣であることを』

『クルジスへ自国の道理を説いて攻め入った過去を良いように解釈し、後足りぬものはと、他に満ち足りているかのように振る舞っている』

『大人ですら腹が満たせぬこの国が持ちこたえているのは、唯一心を信仰で支えていたからに他ならないというに』

『食うに足りず、更には信仰まで踏みにじられた人々が獣に変わりつつある現状、それがさも忍耐のない不信心の所業とでも言うように糾弾してきおる』

『そんなざまだから、その信仰そのものを支えてくださっていたラサーの不在に、そこのそいつのような輩を招き入れられるのだろうな……ふん、自業自得とはこのことだ』

『悪いことは言わん、異国の報道者。この国が血獄と化す前に、祖国へと帰るのだな』

『……いずれはこうなると思っておったが、最期はやはり同胞同士の喰らい合いか。神も我らをお見捨て給うたな……』


「大丈夫……?」

「気にするな。彼の発言は全て事実といえる」

「我々は、この国では招かれざる客だ。無論……弁えている」


――――

「……確かに、今回の一件でユニオンの軍事支援を受け入れたのは、改革派の暴走と呼ばれて仕方のないことかもしれません」

「ですが、仕方なかった、というのは分かっていただきたいのです」

「仮に暴徒化した民衆に太陽光発電の受信システムを破壊されたり、国連から派遣された技師を害されたりすれば、この国は自立の機会を永遠に失うでしょう」

「伝統に従って千年前のレンガや織物で国を運営していくことは出来ません。何に於いても、先立つものは無くてはならんのです」

「ええ、我々は真にこの国を憂う者達の……あ、失礼、こういう話はお求めではありませんよね……済みません」

「はー……最近は、こういった定形の文句も、一字一句、古参の改革議員に指示されて話すんです」

「発言権なんてもらえないままでね。何のために自費を割いて海外の大学に通ったのやら」

「議員より海外の活動家の方が市民援助に熱心な有様です、お恥ずかしい限りで」

「今回の一件も、マリナ様と【彼女】がいらっしゃらなかったらどうなっていたか……え、彼女のこと、ですか? あぁいや、それはちょっと……」

「いや、済みません、近い、近いですって……ちょ……!!!」


『クロスロード女史、そこまでだ』

『もう、あと一歩だったのに!』


「ニホン人ってこういう民族だったっけ……?」

――――

――――



絹江「……そうね……この国が這い上がる手段は一つしか無い」

絹江「太陽光発電の受信権の支援、施設誘致以外には、もう再生の道は残ってない」

グラハム「……最初から分かっていたことだ」

絹江「でもやりきれない、みんなそう思ってる」

グラハム「血を流すよりはずっといい」

絹江「それには同意」


グラハム「クルジス侵攻に関しても、あの保守派のご老人が良識を持ち合わせていただけのこと」

グラハム「他の、超保守派に至っては、他国侵攻と援助誘致の二択で迷わず銃を取る蛮族の集まりだ」

絹江「改革派の国賊を排し、全ての恵みを我等の手に……か」

グラハム「そんなものがどこにある。石油もない、資源もない、技術も人材も無い、あるのはただ信仰のみだ」

絹江「えぇ、でもまだ信仰がある」

絹江「国がまとまるための共通の文化がある。その教えは、死んではいないはずよ」

絹江「まだ……諦めるには早すぎるわ。彼らは、まだ沈みきってない」


グラハム「……意外だな」

絹江「?」

グラハム「君のことだ、国家という枠組みに囚われて先行きを見失うこの国に、もう少し硬化した態度を取ると思っていた」

絹江「あら、世界主義(コスモポリタニズム)って言えるほど明確なビジョンがあるでもないのよ、私」

絹江「国家がなければ文化が維持できないってわけじゃないといいたいだけ。ふふ、幻滅?」

グラハム「いや、好意を抱くよ。とても君らしい……さて、そろそろ帰るか」

絹江「あら、もう時間?」

グラハム「聞こえるか、外が少し騒がしい。揉め事でも起きたか、ざわついてきている」

絹江「あー……?」

グラハム「君子危うきに近寄らず、だ。かいなに姫君を抱いたまま乱闘騒ぎに乗り込む従者はいない、だろう?」

絹江「喩えが華やかですこと。えぇ、従いますわナイト様」


絹江「護ってくれるんですもの、ね?」

グラハム「……………………」

絹江「……ちょ、答えてよ……ねえってば、ね……!」

グラハム「下がれ」


グラハム「……囲まれている……」

絹江「……え?」




――――

 不覚だった。
 店の前には、ぎらついた眼差しの群衆が今か今かと異国人を待ち構えていた。
 窓から見るに、素手の現地民、ざっと二十人弱。
 成人男性、中年女性、老人、雑多な種別。
 息を殺しているようだが、それでも分るほど殺気づいた呼吸が暖簾一枚向こうで繰り返されている。


グラハム(こっち側は改革派の人間が多いと聞いていたが……タレコミか?)

グラハム(しかし、ここまで暴徒化しているとは聞いていなかった。運悪く当たったか、それとも議員殿の癇に障ったか?)


 市内の状況の悪化があれば、メディア関係者には逐次速報が届き勧告が下される。
 勿論そんなものはない。彼女の端末は静かなものだ。
 ともすればたまたま不運にも気性の荒まった集団に目をつけられたか。
 とにかく、このままここにいるのもまずい。
 店主からの「さっさと出てってくれ」という無言の嘆願が、彼らが踏み込んでくる可能性に言及していた。


グラハム「性急な展開だな……退屈な神々が痺れを切らしたか?」

絹江「異教徒がお嫌いなのかも……どうするの?」

グラハム「正面突破……は愚策だな。武器こそ持っていないが数が多い、下手にことを構えたらそれこそ危険だ」

グラハム「……今日はヒールではないな? 走るぞ」

絹江「いつでもどうぞ……!」


 彼女がフードを取る。
 少し汗ばんだ髪が艶やかに跳ねた。
 呼吸を整える。
 いよいよ、外が騒がしくなりつつある。
 そして、二人ほぼ同時に振り返ると。
 仰天する店主へと突撃。
 カウンターを乗り越えて、一気に厨房を駆け抜けた。

絹江「裏口から抜ける!」

グラハム「それしかあるまい……!!」


グラハム「あった……!」


 トタンの補強のなされた片開きの裏戸。
 手を伸ばして、ドアノブに触れた瞬間。

 自分の意志よりも速く、扉は遠のいて、開かれた。


グラハム「!?」

絹江「え、えっ?」


「――こっちだ」


 外の光、熱風と熱気が肌に当たる。
 そこにいたのは、フードを被った、絹江と同身長ほどの人物。
 此方が認識すると同時に、一声だけかけて走り出したではないか。


グラハム(男の声……かなり若い、少年か? )

グラハム「っ、こっちだ!」

絹江「きゃ……?!」


 考える間も用意されず、彼女の手を取りその背を追う。
 事態は理解している。
 周囲の人間は何事かと此方を見るが、それを気にする猶予も惜しい。
 フードの人物は、馴れたように路地の奥へと走り込み、時折ついてきているかと後ろを振り返る。
 確かな動き、そして速度。
 自分が彼女を牽引していても追いつけぬとは、恐れ入る。


グラハム「…………」


 釣られるように振り向いた。
 必死についてくる絹江の苦悶の表情以外、特筆するものは何もない。
 追跡はされていない。
 

グラハム「おい、もういいのではないか!」

「黙って付いてこい!」

グラハム「彼女が限界だと言っている!」

「……もうすぐだ、頑張れ」

グラハム「ちっ……!」


 聞く耳も持たない様子だったが、彼女の話題で何か引っかかったらしい。
 明らかに態度が軟化した様子だった。

グラハム(これで、罠であったなら……)


 最悪、抜かねばならんか。
 懐の銃を確かめる。
 使わぬ展開を切に望むが……


グラハム(予測不可能の事態に対処してこそ、であるな)


 ・
 ・
 ・
 ・

「ここでいい」

「自警団もここまでは見回りに来ない、安全だ」

グラハム「…………」



 あれから五分ほど。総合して十五分といった位置。
 建物からは明らかに人の気配が消え、器具なども使われなくなって久しい様子。
 ゴーストタウン、というべき様相。
 建築物の様式事態が市街地と何ら変わらないことが、不気味さを引き立てているようだった。

絹江「ぜっ……ひゅ、かふ……おぇ……ふひ、っ……!!」

グラハム「絹江、大丈夫か。女性が発してはいけない音声が漏れている」

絹江「っっ…………!!!」

グラハム(重症だな)

「これを渡せ」

グラハム「!」


 未だ息の整わぬ彼女に与えろと、ミネラルウォーターが投げ渡される。
 訓練している自分はともかく、彼もまた既に平常な呼吸に移行しているようだった。
 口は空いていなかった。
 怪しんでいると、手を差し出してきた。毒味をするというのだろう。
 ……何故だろう。安全の証明以上に、酷く不愉快な展開を予期した。
 そのまま彼女に与える。
 この場で毒を盛る意味も薄いが……何より、勘が告げていた。
 彼は、敵ではないと。


絹江「ぷはっ……ありがとー……!!」

グラハム「自警団、とは、穏やかではないな」

「あの地域はもともと派閥の争いが頻発している場所だ」

「先日、ボヤ騒ぎと暴行事件が相次いで起きた。保守派の人間に対してのみだ」

「だからああやって保守派の自警団が徘徊していた。あの店の場合、野次馬も混ざっていたようだが」

グラハム「徘徊、か。君は改革派か。それともこの地の人間ではないのか?」

「……答える必要性を感じない」

グラハム「大有りだ。私は君を信用したわけではない」

グラハム「何者だ。何故助けた? 所属は何処だ?」

「…………」

グラハム「無言は、疑心を掻き立てるだけと認識して欲しい」

絹江「グラハム……!」


 睨み合い、とはいえ表情も分からぬ以上一方的なもの。
 観念したのか、彼はフードに手をかけ、そっと目の前で下ろしていく。
 そこにあった顔、それに一切の見覚えはなかったが。


絹江「……あ……」

グラハム「ん?」


 絹江の表情は、大きく変わった。
 驚愕と、困惑。
 何故、という疑問が全面に押し出された、彼女らしい快活な感情表現。
 

絹江「あーーーーーーーー!!!」


グラハム「……どうやら、知り合いだったらしいな? 少年」


刹那「……覚えられていたとは意外だった。だが、知っている顔だ」



 ・
 ・
 ・
 ・



グラハム「…………」

 憮然。

 少し離れた場所で、軍人は護衛対象とその隣人の会話を恨めしげに見つめていた。
 無論自分のこと。
 彼女に言われるまま、彼から離されたというのが正しかった。
 

絹江「……そう、この国が貴方の故郷だったのね」

刹那「正確には違う。その中に併合されたクルジス共和国が俺の生まれた国だ」

絹江「そっか……日本には、何をしに?」

刹那「この国では学べないことが何でも学べる。それだけであの国にいる価値はある」

絹江「建築業とか?」

刹那「最近は農業にも興味が……」


グラハム「…………」


 この距離では聞こえてくる声は僅か。
 会話の内容など察することさえ難しい。
 だが、はっきり判別できるものもある。
 それは、時折見せる彼女の楽しそうな笑顔。
 インタビュー時やスクープを追うときに見せるものとは違う朗らかなもので。
 自分にも見せてくれたことがある、彼女の心根を垣間見るような可憐な表情の一つであった。


グラハム「…………」


絹江「貴方の家は近いの?」

刹那「かなり遠い……と言うのは語弊だ。日本に行くときに、一通り処分していて……」


グラハム(当然、か……)


 我ながら、名状し難い感情だった。
 彼女の笑顔に、【残念】に近い感想を抱いていること。
 笑っている事実よりも、会話も聞けない距離や、反応が向かない意識の問題に、失望と近似の体感を覚えていることだった。
 

グラハム(あの少年が気に食わないわけではない、疑念は晴れないが危険な存在でもない)

グラハム(彼女の態度も悪くはない、ああやって笑えていること自体に問題などあるはずもない)

グラハム(だが、しかし――)


グラハム(私以外にも、見せてしまえるのだな)

グラハム(あんな、笑顔を)


グラハム(……いや、馬鹿馬鹿しい)

グラハム(気の迷いだな、飛行時間が少ない証拠だ)

グラハム(帰投したら本部に直訴するか、いっそ許可された空域を延々回ってみせようか)

グラハム(そうすれば、こんな……)

グラハム(……あぁ……馬鹿馬鹿しい……)




 



 そうやって無為な脱力に身を任せて――辺りの警戒だけは怠らずに、だが――いるうちに。
 ようやく、彼女からお呼び出しの合図がかかる。
 人の気も知らないで、凶器のごとくその微笑みを突きつける我が姫君の残酷さよ。
 観念して立ち上がる、その時。


刹那「……」

グラハム「!」


 ほんの僅かな、体幹の移動。
 恐らくは無意識的な動き。
 染み付いた反射神経の為した悪戯であろうが。
 右手側を逃がすような、不自然な動きを此方に向けた。


グラハム(……武装しているな。携行可能な、恐らくは銃器)

グラハム(右利きか。仮に交戦すれば、左手側の絹江は盾にされる)

グラハム(訓練された初動、一般人の自衛にしては鮮鋭に過ぎる予備動作だが……)


 やはり彼女から離すべきか。
 よぎる思考は最速で銃を構える動きをシミュレートした。
 ……が、彼女の前に立つまで、それが実行されることはなかった。
 敵では、ない。
 その何一つ確証に足る根拠を持たない直感が、腑に落ちたまま居座っていたからだった。


絹江「? どうしたの、怖い顔」

グラハム「心配無用。番犬は主を護るためなら牙を衆目に晒すものだよ」

絹江「まだ彼を疑ってたりする……?」

グラハム「ふ、もしそうであったなら、君に嫌悪されようと二人きりにはしなかったさ」

刹那「信用はされていると思っていいのか?」

グラハム「ここから徒歩で帰りたくはないのでね、道案内か代行車の手配がしたい」

刹那「手間は取らせない。車の回収と滞在場所への帰還の為に最善を尽くす」

グラハム「甲斐甲斐しいな、この上ない提案だが……いくら出せばいい?」


絹江「ちょ、グラハム!?」

グラハム「ギブ・アンド・テイクはビジネスの基本だ。最初に取り決めておけば後のトラブルは未然に防ぐことが出来る」

グラハム「彼に危険が及ぶなら尚更のことだ。私は彼との親交も無いのでね、これが誠意と思っていただこう」

絹江「むう……」


刹那「……不要だ。案内はするが、礼はいらない」

グラハム「気に障ったなら謝ろう」

刹那「いや……」


刹那「すでに受け取っている、前払いでな」

絹江「! あ……」



グラハム「……?」

刹那「あんたが知る必要はない。俺と彼女の問題だ」

グラハム「……そう、か。私は部外者か」


 彼は答えなかった。
 必要が無いと思われたのだろう。
 自分で発した【部外者】というレッテルが、糊付けされたような気分だった。
 何故か絹江は上機嫌。
 何故だろう。
 ここまで、喜ぶ彼女を見たくないと思ったのは初めてだった。


絹江「~~~♪」

刹那「旧市街地を迂回して、先程の区画に反対側から向かう」

刹那「あそこは一回騒ぎが起きると治安用のオートマトン群が展開される、群衆と自警団はいないはずだが……万が一もある」

グラハム「……好きにしてくれ」

刹那「懸念があるなら今のうちに言っておいてくれ、後から言い出されては敵わない」

グラハム「二度は言わん……」

刹那「絹江・クロスロード、そちらは問題ないか」

絹江「任せるわ、刹那くん。ふふ」

グラハム「…………」


絹江「というか君、そういう感じの子だったのね……まともに話したこと全く無かったから、ちょっと意外だったわ」

刹那「沙慈・クロスロードからは聞いていなかったのか?」

絹江「んー、【みんな中学生くらいに一回はああなるよねって感じの子】って沙慈は……」

刹那「今後あいつとは距離を置く」

グラハム(悪意の無い讒言とは恐ろしいものだな……)


 ・
 ・
 ・
 ・


グラハム「着いたな。迅速かつ的確な案内、見事だ」

刹那「当然のことをしただけだ」

絹江「良かったぁ……張り込まれてたりしてないみたい」

グラハム「予定より大幅の遅延を強いられはしたが、な」


絹江「さて、それじゃあ早速帰ってインタビューのまとめでも……」

グラハム「触るな!!」

絹江「っ」ビクッ

刹那「!」


絹江「ど、どうしたの……?!」

グラハム「ふう、君はもう少し警戒心を練磨すべきだ。絹江」

グラハム「ここはアウェー、問題が発生した以上その爆心地にほど近い我らの所有車に細工がされている懸念は、抱いて当然と思うのだが?」

刹那「待て、それは……」

グラハム「黙っていてくれ、私は最悪を想定した提言をしている」

刹那「! ……」

グラハム「……」

絹江「そ、そうよね……ごめんなさい。ちょっと浮かれてた」

グラハム「謝罪には及ばない、その為に私がいる」

グラハム「君はジャーナリストの同僚たちにこの区画の危険性を連絡してくるといい。情報の共有は早いほうがいいだろう?」

グラハム「その間に軽く点検をしておくさ。近くにいては困るが、離れすぎないように頼む」

絹江「うん、わかったわ。じゃああの看板の前にいるから、終わったら教えて」

刹那「…………」



グラハム「さて、手伝ってもらおうか」

グラハム「自動車整備の知識は皆無でも……【見るフリ】くらいは出来るだろう?」

刹那「……今回の件はあくまで自警団の過剰防衛行動に過ぎない、発信機も爆弾も、仕掛けるに足る時間もノウハウもあったとは思えない」

刹那「お前は……絹江・クロスロードを俺から離すために虚偽の懸念を伝えたのということか」

グラハム「……引っかかる言い方だが……間違ってはいないな、否定はしない」

グラハム「あまり彼女を待たせるわけにもいかない、単刀直入に言おう」

刹那「俺と彼女はただの隣人だ。深い関係はない」

グラハム「そっちじゃない!! ……コホン」


グラハム「君は、何者だ?」

グラハム「何故この国に来た、いや……何故、戻ってきた?」


刹那「…………」

グラハム「怖い顔だ。ようやく君の素顔に迫れた気がする」


刹那「俺が、テロリストの一味だといいたいのか?」

グラハム「先刻告げたとおり、疑念はない。だが理由もない、今、君がこの国に来る理由がだ」

グラハム「君は絹江に言っていたな? 家財一式は既に処分していると」

グラハム「此処アザディスタンで、クルジス人の境遇と扱いを知らぬほど、私も無学ではない」

刹那「…………」

グラハム「親戚がいるわけでもない、家も残っているわけではない。針のむしろに自ら飛び込むが如き所業」

グラハム「何が、君を駆り立てるのか……」

グラハム「その、懐に隠したものの説明とともに聞かせてもらいたいと思ってね」

刹那「銃は、護身用だ」

グラハム「ふむ、情勢を鑑みれば違和感はない」

刹那「そして……被差別部落民が、仇敵アザディスタンの不幸を笑いに来たと言えば、不思議ではないだろう」

グラハム「あり得ない。君の眼はそんな濁りを宿してはいない」


グラハム「君の眼は、戦う者の眼だ」

グラハム「君は、此処に戦いに来た。違うかね?」

刹那「……勝手な想像だ」

グラハム「これでも、人を見る目だけは自負しているのだがね」


刹那「……この世界に、神はいない」

グラハム「!」

刹那「紛争で見てきたものの全てが、俺にそう教えてくれた」

刹那「ならば、今この国で何かを成すのは、人であるはずだ」

グラハム「神はいない、か……アザディスタン、いや中東出身者からそれを聞くとは意外だった」

刹那「俺は、人が何を為すのか、そして為したものが何かを、この目で見たい」

グラハム「命を懸けても、か?」

刹那「人は死ぬ。何もしなくとも……こうしている間にも、人は死んでいく」

刹那「だから此処に来た。行き着く先を、見届けるために」

刹那(ガンダムとともに……)


グラハム「……人は死ぬ、か」

刹那「――爆弾のチェックは終わったな。下がってくれ、ボンネットを閉める」

グラハム「! あぁ、済まない」

 バタンッ

刹那「知りたかったことは、これで分かったのか?」

グラハム「まだ得心とまではいかないがね」

刹那「武器を取らない戦いもある。彼女のように、ペンを取る者もいる」

グラハム「……このグラハム・エーカーをはぐらかすか?」

刹那「だが否定は出来ないはずだ。絶対に」


グラハム「チッ……狡猾な。分かった、認めよう。私の敗北だ」

刹那「俺には俺の戦いがある」

刹那「彼女にも、そしてお前にも」

刹那「余計に気を回すな。そこまで要領のいい男ではないはずだ、あんたは」

グラハム「見透かすような発言をする……」

刹那「実際、分かりやすい男だ」

グラハム「自覚はあるが、直接言われるといい気分ではない」

刹那「ならもう会わない方がいい」

グラハム「同感だ、だが……物怖じしない性格は、気に入った」

グラハム「無論、その眼も含めて、だがね」


『そろそろ大丈夫~?』


グラハム「っと……姫君の忍耐にも限度が来たか」

刹那「俺は此処で別れる」

グラハム「送迎の礼くらいは受け取ってもいいのではないか?」

刹那「近場で友人を待たせている、改革派だが外国人を見せて機嫌を損ねさせたくはない」

グラハム「はっきり言ってくれる」


グラハム「……聞きそびれていた、君はどちらを支持する?」

刹那「どちらでも、内戦が起これば関係はなくなる。全員が被害者で、加害者だ」

 ・
 ・
 ・
 ・



――帰路――



絹江「んー……風が気持ちいいー」

グラハム「乾燥地帯とて、日が傾けばなかなか過ごしやすくなるものだな」

グラハム「だがあまり気温自体は下がらない、油断して熱中症にならぬように」

絹江「はーい!」


グラハム「そう言えば、別れ際に彼に何か手渡していたようだが?」

絹江「連絡先の書いた紙よ。現地の案内役がいたほうが良さそうだって、今日分かったものね」

グラハム「ふふ……私はお役御免かな?」

絹江「その前に、そんな暇ももう無くなるんだから」

グラハム「……何?」



 彼女の言葉を待たずして、基地の方角から大きな影が車上を通過した。
 見紛うはずもない。
 ユニオンフラッグ。太陽光発電受信施設方面へ、一編隊が一直線に向かっていった。
 風に彼女の淡い栗色の髪がたなびく。
 もう、この国で、この距離で眺めることは叶わないだろう。


絹江「飛行可能空域の大幅な解放……アザディスタン領内の空域警護をユニオン軍に全面委任することがさっき議会で正式に決まったそうよ」

グラハム「忙しくなるな」

絹江「……嬉しそうじゃないわね?」

グラハム「嬉しいさ。君がいなければ、アクセルを全力で踏み抜いているところだ」

絹江「そっか」



 本心だ。ようやく飛べる。
 思うところが無くなったわけでもない。
 むしろ懸念は増えたと言っていい。

 だが、私も戦うことにしたのだ。
 慚愧も逡巡も抱えて、今できることを為す。
 彼に出来て、私に出来ぬことはあるまい。

 彼のような眼で、飛んでみたくなったのだ。
 理由は、自分でもよく分からなかった。



グラハム「聞かないのか」

絹江「何を?」

グラハム「彼と私の会話の内容さ」

絹江「気になってはいる、かな」

グラハム「話して利になるほど確信は得られなかったがね」

絹江「でもね、貴方が敵じゃないって言ったし、彼についてはあんまり心配してないのよ、私」

グラハム「結構。信用されているようで何よりだ」

絹江「信頼よ。貴方が口に出したことは、疑うつもりがないの」

グラハム「……そう、か?」

絹江「あとで教えてね。あるはずもない爆弾探しの件は、それでチャラにしてあげる」

グラハム「……やはり気付いていたか。悪い女だ」

絹江「伊達に母親と姉を兼任してきませんでしたもの」



 基地の入り口に到達する。
 ――あぁ、爆発しなくてよかった!
 そんな、彼女の唐突な冗談に、釣られて笑ってしまった。

 こんな時間が、彼女との最後になるかもしれない。
 【奴ら】との対峙は、誰であっても分の悪い全賭けの強要だ。
 それが分かっていない、こともないようだ。
 そっと広い袖の中に隠した、震える指を見て見ぬふりして、アクセルを踏み込んだ。


 ・
 ・
 ・
 ・


ビリー「やあ、グラハム。白馬の騎士の役目は無事に完遂できたようだね?」

グラハム「それがなカタギリ、思わぬ黒騎士の来訪で落第の烙印と相成った。どうか笑ってくれ」

ビリー「OK、じゃあ空で汚名を雪ぐとしようか。君の得意分野だ、そうだろうフラッグファイター?」

グラハム「ふっ……と、いうことは?」

ビリー「新型水素ジェットは万全快調だよトップガン。往っておいで、君の空だ」

グラハム「そうこなくてはな。恩に着るぞ、盟友!!」


 何を言う間もなく、身に着けていた民族衣装を脱ぎつつMSドックへと早足で駆けていったグラハム。
 盟友……ビリー・カタギリが彼を出迎えた時点で、そんな予感はしていたのだけれど。
 まさかこうもあっさり置いていかれるとは、流石に思っていなかった。


絹江(……お礼、言いそびれちゃったな……)

ビリー「さて、お隣は空いていますか? お姫様」

絹江「えっ、はい?」

ビリー「失礼。ここから報道宿舎は遠いですからと、グラハムにね」

絹江「彼、何も言ってなかったと思うんですけど?」

ビリー「盟友ですから。信用できません?」

絹江「……いーえ、お任せいたします、カタギリ技術顧問」

ビリー「合点承知。ささやかなドライブと洒落込みましょうか」


 ジープは走り出す。
 不満げな私と、ご機嫌なビリー氏を乗せて。
 何故不満かなんて、自分にだって分からない。
 ――彼には分かって、私には分からなかった、あの人の仕草?サイン?……そんなものの有無に。
 ここまで心を掻きむしられるとは、思ってなかったんだ。


ビリー「どうだい、彼との関係は?」

絹江「へ?」

ビリー「今回の護衛の一件、聞いてたと思うけど彼から言い出したことでね」

ビリー「上官の待機命令に貴重な士官用外出許可まで消費しての押し通りっぷりだ」

ビリー「激戦も間近のユニオン陣営に青天の霹靂と……我々の間でもっぱらの噂でね」

絹江「なっ……?!」



 いきなり、何てことを言い出すんだろう。
 知らない顔ではないにせよ、デリカシーの欠片もない。
 沸々と湧いた言葉をぶちまけようとして、彼を睨みつけ――


絹江「っ……!」

ビリー「――で? 勿論、言いたくないのなら構わないよ」

ビリー「大体は察せるけど……本人の言質がある方が【上】への説得力は増す、というだけさ」


 言葉を、飲み込んだ。
 全く笑っていない、彼の眼を見て。
 これが下世話な野次ではなく、本気の懸案事項であると、察したからだ。


ビリー「……失礼。こういうところで駆け引きを使えるほど僕は器用じゃないものでね」

ビリー「ただ、分かってもらいたい」

ビリー「これから、世界を揺るがす存在、【ガンダム】にぶつかろうという我らのエースが」

ビリー「唯一無二のカスタムフラッグと戦術マニューバを持った、代えがたい切り札が」

ビリー「予想外のことで外出を強行し、暴徒に囲まれあわやという事態を招いた」

ビリー「そのことが、どれほどユニオン軍にとって重大なことであるか、ということをね」


 忘れていた、訳じゃない。
 ただ、足りなかったんだと思う。
 【ただ一人の兵士が、性能も劣るカスタム機で、上位の怪物に立ち向かう】という事実。
 彼の存在自体が、自分など比較にならないほど重要な【要素】であるということへの、実感が。


絹江「……どうなりますか?」

ビリー「上は君を日本に強制送還したがった。しかしそれは却ってグラハムへの悪評を増やすだけだと、説得してくれた上官(叔父)がいてね」

ビリー「現状維持で決着。少なくとも、しばらくは近寄らないほうがいい。したくても厳しいだろうけど」

絹江「分かりました……」

ビリー「……君を非難したつもりではないんだ、済まない」

ビリー「予想外の事態であったことも分かるし、そも君の無理な行動で起きたわけでもない。情報不足が招いた側面もある」

ビリー「ただ運が悪かっただけ。その不運が、君たちの関係を他に邪推させるきっかけになったという、ただそれだけのことなんだ」

絹江「っ……私は、無二の英雄を誑かす毒婦と、そう思われているわけですか」

ビリー「説明はした、説得もした。だがグラハムの友情への姿勢が悪目立ちしたと言うだけさ」

ビリー「分かってると思うけどね、彼自身、評判がいい方じゃないんだ。あぁ、ほんと、間が悪いとしか言いようがない……」


 ため息から伝わるのは、少なくとも彼が味方してくれたという事実。
 少し目が合うと、ばつが悪そうに困った笑みを向けてくれた。


絹江「ご迷惑をおかけしました、カタギリさん」

ビリー「いや、こちらこそもう少し話し方を考えるべきだった。ごめんよ、どうもこういうのは僕の手じゃないな……」

ビリー「まあ、しばらくはお互いの仕事に専念しておこう。君はジャーナリスト、彼はパイロット」

ビリー「君の仕事への邪魔はさせないよ。それは――彼に託された僕の役目でもあるからね」


 ジープは宿舎の前で止まる。
 短い時間、そのはずだったのに、ひどく長い間走り回っていたような心地だった。


『おーい、絹江ー!!』

絹江(あ、イケダさん)

ビリー「じゃあ、僕は失礼させてもらいますよ」

絹江「! 重ねて、迷惑をお詫びいたします。申し訳ありませんでした」


ビリー「……これだけは言っておこうかな」

ビリー「今回の件は僕としても不本意の出来事だ。今までその手の問題と無縁だったグラハムに湧いた与太話と、どいつもこいつも食いついてきている」

ビリー「尾鰭が付く前に、そういった羽虫は黙らせたいと思ってる。彼は戦場で、君は筆を執って、ね」

ビリー「任せてもいいと思えるからこその提案だ。活躍を期待するよ、未来の名ジャーナリスト」


 此方の返答を聞く前に、朗らかに笑んで走り去ってしまうポニーテールの紳士。
 言われるまでもない。そんな下らない風評を真実で流しきってこそ、ジャーナリストだ。
 ……ただ、そう、ただ、一つだけ、気にはなった。

 あなた自身は、どう思ったのか。
 私に向けた目は、悪評への怒りだけだったのかと。
 少しだけ、聞いておきたかった。


 彼が去って暫くして。
 アスファルトを切りつける風を伴い、漆黒のフラッグが暮れなずむ大空へと飛び上がっていった。
 夕焼けに照らされた装甲、翼、主砲に至るまで。
 男の子のロマンになんて、何の興味も惹かなかったはずなのに。
 ――彼の乗機だと思うだけで、酷く格好のいいものに見えてしまう自分がいた。


――――

「動かないで下さい、刹那・F・セイエイ」


「此方を見ないまま、先程彼女に渡された紙を頭上へ」


刹那「…………」スッ

「……たしかに」

「…………」

刹那「……もういいのか?」

「一つだけお答えを」

「この連絡先の下にある言葉」

「【一番美味しかったのは何だった?】というのは、どのような意味でしょうか」


「ブフッ……!」

「おやめになって……クク……うふっ……!!」


刹那「そのままの意味だ、他に意味があるなら教えて欲しい」


「なっ……!」


刹那「連想できるものがあるなら提示して確認を取るべきだ」


「そ、それは……その……!」


「だ、ダメだ……もう……!!」

「ッ……ッッ」バンバン


紅龍「ッ、お嬢様、もうよろしいでしょう! 刹那・F・セイエイ、帰還を歓迎します!!」

刹那「あぁ、特に問題はない。どうやら例の事態も把握しているようだ」

紅龍「……はい、ヴェーダを介して市街監視カメラを傍受しておりました」

刹那「そこで笑いながら転がっている二人は?」

紅龍「っ……トライアングラーがどうとか言って、先程から勝手に……」

刹那「そうか。俺は部屋で休む。ガンダムでの野外監視は予定時刻で行う」

紅龍「はい……ごゆるりと……」


刹那(……筑前炊き、だったか……あれが一番良かったかもしれない)




――――

絹江(何がともあれ、事態は大きく動いた)

絹江(国内体制の盤石化を待たないままの全域への干渉の容認は、間違いなく保守派の神経を逆撫でするだろう)

絹江(軍部がその一点を急いだ理由は分かるけれど、恐らくこれで彼らの決意は固まる……)

絹江(初手は、間違いない――)


――――

ハワード『隊長、この近辺で良ろしいのですね?』

グラハム「付近の地形データをリアルドに録らせているが、今日は様子見を兼ねてしばらく偵察飛行と考えている」

ダリル『起伏が思ったより多いですね。スタンドモードで待機することも考えるべきでしょうか?』

グラハム「選択肢にはなるだろう。ただでさえこの専用フラッグの燃料は浅く乏しい」

グラハム「【ガンダムとともに燃料切れの警告ともご対面】では、世間の物笑いだろうよ……」

ダリル『それでも、隊長ならやってくれそうですけれどね?』

ハワード『はは、違いない!』

グラハム「ふっ、ジョークとして受け取らせていただこう、諸君」


グラハム(さて、情勢が動くならば十中八九この地から――)



――――

ロックオン「さて、冗談はさておいて……奴さんら、予想通りの展開だな」

王留美「当然でしょう、ガンダムが現れた空域が未認可の制限区域では、彼らの出向いた意味が無くなってしまいますもの」

ロックオン「こっちはそうなったほうが楽なんだがなあ……まあ、大国の傲慢としちゃ【らしい】結論だな」

刹那「議会の決定を受けて超保守派は確実に行動に移る。総数は少ないが、アンフはMSとしての必要火力を保持する優先攻撃対象足り得る存在だ」

ロックオン「あぁ、まずはしっかり俺達の存在をアピールしてかねえとな」

刹那「戦術予報士からの連絡は?」

紅龍「二手に別れ、機動力に長けるエクシアは遊撃として北部山岳地にて待機」

紅龍「デュナメスは【最優先防護施設】の指定ポイントにて継続待機、及び事態発生時の即時収束を目標とのことです」

ロックオン「あー、成る程ね」

王留美「最優先防護対象」

刹那「――」

――――



アレハンドロ「太陽光発電受信施設、建設現場」

アレハンドロ「マイスター達は守り抜くことが出来るかな、リボンズ?」


リボンズ「……ご安心下さい、アレハンドロ様」

リボンズ「予測と対策を以ていかなる障害をも排除できる存在、そう確信した人物を」

リボンズ「我々は【雇った】のですから……」






――――

イケダ「却下だ馬鹿、大馬鹿野郎」

絹江「ですが……!」

イケダ「いいかよく聞け」

イケダ「アザディスタンの超保守派閥が何らかの手段で受信アンテナを壊しに来るってのは確かに良い着眼点だと思う」

イケダ「だがな、それを政府やユニオン軍が理解してない訳がないし、保守派だって手段を選ばないのは確かだ」

イケダ「確実にMSによる攻勢、歩兵や武装トラックの突撃だって視野に入る!」

イケダ「そんな鉄火場に単独で張り込みだと? 市街でどんな目にあったのか分かってねえのかお前は!?」

絹江「っ……でも、ガンダムも間違いなくそこに来ます!」

イケダ「そうだな! 既存MSの装甲を軍艦もろとも吹っ飛ばすような連中も来るだろうな! で、なんだ?!!」

絹江「……ナンデモナイデス……」


イケダ「ちっ……あー、いいか、絹江。俺たちの仕事はあくまで【事実を伝える】仕事だ」

イケダ「昼間あんだけ危ない目にあって怯まない姿勢は褒めてやる、けどな」

イケダ「お前が目指すべきなのは、今回の経験で【十年先、二十年先】のスクープを撮りに行くことだろう」

イケダ「言ったろ、何もしなくたって此処では死ぬ。死ぬ可能性が高いと分かってて行かせるほど俺も人は辞めてねえ」

イケダ「時代に惑わされるな、わかったか?」

絹江「……はい、申し訳ありませんでした」


スタッフ「話つきました?!! 時間無いんですよほら運んで!!!」バァンッ

絹江「ひゃいっ?!」ビクッ

イケダ「よーし行くぞ!!! 市街地のスタッフ待機のホテルに張り込む!!! 何かあったら現地速報!!!」

スタッフ「基地の許可OKです!!!」

イケダ「出発!!! 【頭飛んでも映像飛ばすな!】復唱ッッ」

「「「【頭飛んでも映像飛ばすな!】」」」

絹江「さっきと言ってることが違う……!」


イケダ「とにかくアンテナはダメ、OK?」

絹江「……はい」


――――





 戦場は、全員の予想通り。
 この大地の希望にして憎しみの矛先、受信アンテナ建設現場。
 アザディスタン政府は即時二個小隊を派遣し防衛体制を強化。
 ユニオン軍も同調し、最精鋭を圏内に配備しつつ、外周にもMS部隊を配備する形でそれに応えた。

 そう、【ガンダムが最も出現するポジション】として、協力を惜しまなかった。


グラハム「…………」

 仮眠を終え、パイロットスーツを身に着ける。
 首元までしっかと留める。
 断頭台の枷とも思えるほどに、今日のそれは首を締め付け離さない。
 
 ――いよいよだ。

 待ち望んでいたときがいつ来るかも分からない。今日で四日目。
 間違いなく事は起こると判断しての張り込みも後何回繰り返すか。
 隊員の中には遺書を書く者もいる。
 遺産相続の関連を細かに考える者もいた。
 誰しもが所属をたやすく変えられるほどの技能や経歴を持つわけではない。
 変えようのある現在で未来に備える思考と行動を、自分は尊敬するし評価したい。

「隊長は、お書きになられないのですか?」

 そう問われたこともある。
 【対ガンダム調査隊】などという【これから最も死ぬ可能性が高い兵士】と表明しているような部隊にいるのだ。
 少し笑ってしまったが、その懸念と心配はもっともだと思ったものだ。
 答えは単純。
 残す家族もいなければ、託す友人もいない。
 死後の財産など気にする意味もない。

 あるのはただ、今生の蒼穹への渇望ただ一つ。


『グラハム、燃料補給完了だ』

グラハム「待ちわびていた、すぐに向かう」


 メットを携え、部屋を飛び出る。
 此処に来た理由を忘れるな。
 背負うものを違えるな。
 言い聞かせながら、愛機までの道のりを踏みしめる。

 ……以前の自分は、果たしてこのような高揚に程遠い感情を挟む余地を残していただろうか。
 その自問に答えることもなく、夜闇へと舞い上がっていった。


 ・
 ・
 ・
 ・


『隊長、始まりました!!』

グラハム「やはり来たか……!」



 暗闇の大地にぽつり、ポツリと戦火が灯される。
 点いては消える蝋燭の灯へ一直線。
 受信アンテナは未だに無事、戦地急行こそユニオンのドクトリン。
……その勢いは、ロックオン可能な距離まで来て一気に削ぎ落とされた。


『この地を荒らす不信仰者共に、神の雷を!』

『くそっ! ユニオン軍の応援はまだか!!』


ハワード『た、隊長?! 味方同士でやりあってますぜ!』

ダリル『駄目だ、認識コードは統一されている! これじゃあ……!』


グラハム「ッ……!」


 右から左へ、アンフが鈍足ながら右往左往し互いを狙い合う。
 飛び交う無線にも
 敵が、分からない。
 今モニターにて交戦するアンフは全機統一のアザディスタン国防軍識別。
 元々防衛体制を敷いていた状態で二個小隊が完全な混戦に陥ってしまっている。
 【内通者】、その可能性への対策を、あろうことか両軍ともに対策しないままだったのだ。


グラハム(もし下手に国防軍側を撃てば、ユニオンの外交問題に発展する……)

グラハム(だがアンフの主砲はティエレンと同型の長砲身滑腔砲、アンテナ施設への砲撃は致命打になりかねない!)


 下手を打てば国際問題。
 何もしなくとも国際問題。
 ガンダムという餌につられてがっついた代償がこれか。
 高揚感に水差す心地の理由の一端を垣間見た。
 だが、このまま止まる訳にはいかない。
 時間がかかっても次善策で対応する。やってみせる。


グラハム「ハワード、ダリル! 無線と機体識別番号を照らし合わせて我々の部隊別認識識別番号に反映させろ!」

グラハム「敵味方識別だけでいい! 教義だ、鉄槌だと喚く輩のそれを洗い出せ!!」

グラハム「それまでは……私がスタンドモードでアンフを引きつける!」

『し、しかし隊長! 奴ら鉄人と同じ火器を!』

『危険です! 反映してからでも!』



グラハム「――フラッグにそんなものが当たるかァッ!」


 一挙に、高度を下げた。
 その時だった。



 


 まず、レーダーへの干渉、不通。
 続けて、一直線。
 光の線が奔ったかと思えば、アンフが轢かれた人形のように地に転がった。
 以前イナクトのお披露目の際に見た、上空への精密砲狙撃。
 それが高所から次々にアンフを区別なく叩き伏せていったのだ。


グラハム「……ビーム狙撃……まさか!」
 

『隊長、ガンダムです!!』


 目視、確認。
 一度突入体勢になった機体を即座にスタンドモードへ変形しつつ、モニターに拡大図を表示する。
 
 【盾付き】【板付き】【ガンマン】……通称は多いが、間違いない。
 ガンダムだ。
 強力な中距離以遠狙撃能力を持ち合わせ『隊長!!上です!!!』


グラハム「なに……ッ?!」


 そんな思考の固着さえ許さない、次の展開。
 それは立て続けに撃ち上げられていく四発のミサイル。
 瞬間、思考を挟むこと無く体は動き。
 瞬間、展開は思考を許さない速度で最悪へと転がっていく。


グラハム(これは、なんという……!)


 リニアライフルの速射をありったけ叩き込む。
 間に合うはずもない。
 4つの光は無数の光に散り、網のような広がりのまま基地へと降り注ぐ。
 ガンダムも立て続けにビームを放った。
 しかし、多弾頭ミサイルの数の暴力に追いつかない。
 自分の弾丸など当たったかさえ疑わしく……


――――

サーシェス「はっはぁ! BINGO!」

サーシェス「いつまでも……されるままじゃあねえんだよソレスタルなんたらぁ!!」


――――


 着弾。
 そして、爆発。
 連日、見張っていた太陽光発電受信アンテナ施設は、一瞬で吹き飛び瓦礫の中に埋もれた。
 ガンダムですら、呆然としているのが分かる。

 今、この国の希望が、自分の目の前で吹き飛ばされた。

 何かが 切れたような 音がした。



――――

『太陽光発電施設から爆発と炎上を確認! 同時に電波障害!』

『ガンダム出現! 防衛部隊に反乱者が出たとの報告確認!』

マリナ「何が起きているの……ッ?!」

シーリン「……とにかく、今は貴女の身の安全が第一よ。シェルターへ」



――――

イケダ『……はい、速報が入りました! たった今、太陽光アンテナ施設が、何者かの襲撃によって』

絹江『イケダさん……!』

イケダ『えぇっ……あー、また速報です!!』


ルイス「沙慈、沙慈! 今、一瞬だけお姉さまが映ってた!」キャッキャ

ルイス母「あら、沙慈くんに似て可愛らしいお姉さんねぇ」ウフフ

沙慈(良かった……無茶して変なことに巻き込まれたりしてなかったか)ホッ


イケダ『ゼイ―ル基地、及びカズナ基地から、MS隊が無断で発進したようです!』

イケダ『発進したMS隊は神の矛を自称し……これが真実であれば……』

イケダ『アザディスタンは事実上の内戦状態に突入する可能性も有りえます!』

沙慈「! 姉さん……!?」

ルイス「いかん、一気に空気がシリアス寄りになった」

ルイス母「ワタクシ達、浮いてないかしら」

――――

絹江「嘘でしょ……受信アンテナが壊されたら、この国への復興支援は根底から崩されるのに……!」

イケダ「ユニオン軍の兵士に金掴ませといて正解だったなぁ。どうやら防衛部隊に超保守派が混じってたらしい」

イケダ「まさかアザディスタンの内情がここまでぐらついてたとは……いよいよおしまいか?」

絹江「ガンダムも……出たって……っ!」

イケダ「あぁ、だがユニオン軍も大慌てらしい。ここまでひどいとなると、建前のアザディスタン防衛支援の方に人員を割かざるを得ないはずだ」

イケダ「……例の中尉どのはどうなってるか……」ポリポリ


絹江(グラハム……ッッ)ギュ


――――

紅龍『ガンダムエクシアは指定ポイントより南下して市街地に入り込んだゼイ―ル部隊を撃滅して下さい』

紅龍『敵機隊はアンフが五機、しかし事態の早期収束の為一刻を争います。急行を』

刹那「ミッション了解、ゼイ―ル基地の超保守派MS部隊の出撃を紛争幇助行為と断定」

刹那「ガンダムエクシア、目標を駆逐する」


『悪い、待たせた!!』

刹那「! ロックオン!」



ロックオン『ミサイルを撃った犯人は見つけられなかった……すぐに蜂起の通信も来ちまったからな』

ロックオン『……すまん。施設を守りきれなかった』

刹那「今は目の前の事態に対処を。デュナメスの力が必要だ」

ロックオン『おう……引き続き狙い撃つぜ!』

王留美『ロックオン、一つだけ確認を』

ロックオン『何だい』


王留美『当該空域にユニオン軍の部隊が展開していたはずですが、機体への影響は?』




『いや、無いぜ』

『そもそも俺は交戦してない。ミサイル発射後すぐにあさっての方向に飛んでいっちまった』

『ニゲタ! ニゲタ!』




刹那「…………?」


王留美『そうですか。では支障なしと判断し、カズナ基地のアンフの迎撃をお願いします』


ロックオン『了解! ガンダムデュナメス、目標を狙い撃つ!』


――――



 荒れ地と岩肌を揺らす水素ジェットの轟音。
 夜間、起伏、超低空。
 条件を聞いただけでベテランですら怖気の走る超高難度の飛行を、巡航形態のイナクトはいとも容易く行っていた。
 そのパイロット、アリー・アル・サーシェスは、任務達成の高揚感と共に特殊な無線を弄くる
 自身の【ビジネス】の結果が、どんな阿鼻叫喚をもたらしているか。
 その過程を、純粋に楽しめる精神性の持ち主であった。

「ッち……どうしようもねえ」

「せっかくのパーティーが台無しだぜ。ソレスタルなんたらがよ!」


 悪態をついて無線を切る。
 彼の望んでいた音楽は、神の名を謳い国を枯らす愚者の咆哮だ。
 彼の望んでいた戦慄は、無垢で純粋な民衆が暴力によってその身を散らす、瀬戸際の嘆きだ。
 だのに、早くも反乱軍――彼の部下が散々に焚き付けた馬鹿ども――はガンダムによって半数が殲滅。
 このまま長引く気配さえ無いままに、この喜劇は幕を閉じようとしているのだ。

 彼自身が出ていけば、国防軍を殲滅しクーデターの幇助も可能だったかもしれない。
 事実、十二機のMSをヘリオン単騎で撃滅した経歴もあるほどだ。
 しかしそれは出来ない。
 彼は影だ。
 姑息に、卑怯に、醜悪に。
 何もかもを台無しにするのがお仕事なのだから。


「まあ、いい」

 
 なので、今回はここまで。
 彼は決して深追いはしない。
 彼が受けた仕事は【アザディスタンの内戦の誘発】という、奇妙なもの。
 理由も相手の素性も知らないが、大金が出るとなればやらない理由が無い。
 そのためのプロセスを踏めばいい。
 まだ、手札は残っている。
 【この国の心の支え】という、鬼札が。


「もうこの国はおしまいだ」


 機体が予定ラインを通過する。
 蜂起させたMSの対処で、監視網は大幅に狭まっている。
 勿論織り込み済みでルートを構築している。
 そう、先のアンテナ破壊も、「どのガンダムが迎撃に出ても絶対に仕留めきれない」ようにと武器とタイミングを図ったのだから。


「ユニオンはガンダムを追ってこっちに手が回らねえ」

「終わってみれば楽なもんだ」

「国一つ荒らし尽くすなんてなぁ……ハハハハッ!!」


 少々の無理をして機首を上げる。
 此処で高度を上げれば、夜明けまでには索敵網を気にせず潜伏地域に辿り着けるだろう。
 彼は深入りをしない。
 無用な戦いは仕掛けない。
 余計な危険も犯さない。


 誰かが、深入りさえしてこなければ。


「ッ!?」



 アラートから回避行動に移行するまで、およそ一秒もなかった。
 その反応速度をもってしても、それは、機体のすぐ横を掠めるほどの距離まで迫っていた。
 蒼い、リニアライフルの光弾。
 間違いなく彼を狙って撃ち込まれた一撃だった。


「何だぁ?!」


 青天の霹靂。
 続けて数発の弾丸が機体目掛けて飛来する。
 加速、続けて減速、機体のバランスだけはぶれさせない機動が狙いをことごとく避けてみせる。


「チィッ!!」


 予定の大幅な修正の予感、そして、自分の落ち度への舌打ち。
 拡大モニターに機影を捉える。
 夜明けはまだ遠い、そんな暗闇でも確かに存在を主張する光沢の漆黒。

 最新鋭機、ユニオンフラッグ。
 そのカスタマイズバージョン、たった一機の最精鋭が、一直線に。


グラハム「見つけたぁあああああああッッ!!!」


 アリー・アル・サーシェスの、この紛争の元凶の元へ、牙を剥き襲い掛かってきたのだった。


――――


ちょい一休み

今日また更新して進めたい



『た、隊長?! ガンダムが……あっ!』

『隊長! 隊長ー!!』


 部下たちの声が、遠退いていく。
 追っては来れても、追随などままなるまい。
 自覚はある。全くもって愚かな行為だ。
 それでも、フラッグは止まらない。
 一直線に想定ルートへと【先回り】をする。
 本来ガンダムが逃走経路として取り得るであろうと推測し、リアルドに調査させた飛行経路の出口へだ。

 決して逃さない。
 報いは、必ず受けさせてやる。


 ・
 ・
 ・
 ・


 交錯。
 発砲。
 加速、旋回、また発砲。

 イナクトとフラッグのドッグファイト、その道の人間が知ったなら歴史的な一戦として記録されるであろう対決が、異国の空で繰り広げられていた。
 互い違いに背後を取ろうと急旋回を繰り返し、あわや激突のすれすれを紙一重で縫い続ける帳の決闘。
 逃げるイナクト、追うフラッグ。
 それはかつて空の覇者を争った本機達の、名残の戦いのようでもあった。
 

グラハム「ぬぅぅっ……!」

サーシェス「しつけェんだよ……ッ!」


 イナクトは小さく左右に曲がり、追随するフラッグがバランスを取った瞬間、大きく曲がって距離を取り背後を奪う。
 専用フラッグは一挙に加速し大きく旋回、起伏利用や宙返りなどでそれを無理矢理に振り切り元へと戻す。
 お互い背後からの精密射撃をギリギリで避けつつの攻防。
 一瞬、一発で決まる神経の削り合いを【イナクトが】仕掛けていた。


グラハム(対ガンダム用に出力を増強した大型ジェットで捉えきれん……!?)

グラハム(いや、違う。逆だ、一撃離脱戦術を取らせぬ運動性重視の攻勢に、此方が巻き込まれている!)

グラハム(こいつは相当な手練……相応の機体まで用意されたプロフェッショナル!)


サーシェス(なんつう馬鹿みてえな加速力だ……このイナクトだってリミッター外して軽くしてるっつうのによ)

サーシェス(あれが例のガンダム用のチューンナップ仕様か。頭おかしいんじゃねえのか、ユニオンの技術者は!)



 また、機体が大きく交差する。
 僅かなブレに差し込むようにまたイナクトが回り込む。

 グラハムの舌打ち。
 サーシェスが初めて笑みを浮かべる。

 明らかに細やかな機動性はイナクトの方が上回っていた。
 それを補って余りあるパワーが、強引にフラッグのイニシアチヴを確立させる。

 確かな技量の差、明確な性能差、それがどれほどの厚みかはまだ不明瞭であっても。
 【敵パイロットの方が巧い】という感覚は、グラハムにとって久しく無かったちりつきで。
 【敵機の方が強い】という感覚は、サーシェスにとってそう珍しからぬざわつきであった。
 


グラハム(とかくこのままでは埒が明かん! 速度の優位こそ、このフラッグの独壇場なれば!)

サーシェス(距離離されたらこっちがマズイ、だがそろそろ山がなくなってひらけちまえば奴さん速度を上げるに決まってる……!)


グラハム「仕掛け時か……だが……!」

サーシェス「いいねぇ……この感じ、たまらねえぜ!!」


 一瞬の並び、拮抗が思考の猶予を生む。
 グラハムが一挙に加速し、閉所を抜けんとした瞬間だった。


グラハム「?!」

サーシェス「そぉら!!」


 ロックオンアラート無しの、イナクトからのミサイル発射。
 誘導しないまま突き進むそれを回避した、そのとき思考が追いつく。
 

グラハム(しまった、これは……!)


 機体を抜けて幾ばくの猶予無く、機体を大きく右へと傾ける。
 その瞬間、ミサイルが爆発。
 爆炎と衝撃に、徹底軽量の専用フラッグは大きく揺さぶられ、破片の嵐に晒された。
 

グラハム「ッッ……!」


 時限信管。
 本来目標を見失った際の自爆用途で用いられる補助信管を、マニュアル起動で設定し直した即席トラップ。
 サーシェスはほんの一瞬の拮抗で設定し、かの機体の加速まで計算して撃ち込んできたのだ。

 衝撃と急制動、爆炎に視界を奪われ激しく揺らされるコクピット。
 スーツに固定された身体が軋む音が聞こえてきそうなほどのGが肌を締め上げる。

 そして、バランスを乱したフラッグより低高度。
 イナクトは高度を落とすことで加速をつけ、下から突き上げるようにフラッグを狙う。

 まるで水面の獲物を狙うサメの如き戦闘機動。
 砲身は、無防備なフラッグの横腹へ狙いを定めた。




 





サーシェス「これでお陀仏ァ!!」


 力強く、引き金を引く。
 加速とともに高度を上げる、身体が歓喜の悲鳴を上げる。
 その勢いのままに放たれたリニアライフルの一射。
 惚れ惚れするような軌跡のまま、吸い込まれるようにフラッグへ向かい……


 すり抜けた。


サーシェス「……あ?」

 
 そして、アラート音が耳を劈いた。
 反応は後方。
 消えたのではない、高速戦闘の中で確かに彼はその有様を目撃した。
 
 傾きを直し、狙いをつけられたまま、それは【変形】したのだ。
 一瞬で、下半身を展開し、四肢を投げ出し、大気を掴んだ。
 その急激な抵抗変化と、後押しするジェットの微調整で跳ね上がり急減速。

 イナクトの急襲を回避した上で、スタンドモードへと空中変形を成し遂げた!

 これぞ、人呼んで!


グラハム「人呼んで……グラハム・スペシャルッ!!!」


サーシェス「ん、だとぉっ?!」


 チャージされた高初速のリニア・シェルがイナクトを狙い撃つ。
 高度を上げれば速度は下がる。
 必殺のタイミングを回避すべく、半ば墜落めいた捻りをつけてイナクトは落下し、その一撃を辛くも回避してみせる。


グラハム「これを避けるかッ、だが!!」
 

サーシェス「この野郎……ッ!?」


 明らかな無茶に機体は錐揉み状態で高度を下げていく。
 瞬く間にその状態は安定へと戻っていくも、追撃の手に対処など出来るはずもない。
 一射、右を過ぎる。
 二射、左を掠めた。

 三射目の照準が、揺れるイナクトの上部を確かに捉える。


グラハム「覚悟ッ!!」

 。
 この紛争への終止符を、今。
 決着の確信。引き金を、引く。




 

ちょっと休憩
明日また、必ず


 ――それは、同時に起きた。
 

 
グラハム「?!」


 小さな警告モニターの点滅が、揺さぶられた視界の端に映り込む。
 《Bingo!Bingo!》
 機械音声が鳴る。
 これは、【燃料残量の不足】を知らせる警報。

 【燃料の限界値】を通過し、危険域に入った為に起きた緊急アラートだ。

 このユニオンフラッグカスタムは、フラッグの倍の速度さえ生み出せる出力の代わりに、ありとあらゆるものを犠牲にしている。
 特に燃料を遥かに多く使う高出力フライトユニットと、燃料の搭載量さえ減らし軽量化している重ね技で【警告から限界点までの猶予が非常に狭い】。
 しかして対ガンダム戦が一瞬のみ、現行機で耐えられたことは殆ど無い。
 然り。あのイナクトは、先回りの消費を加味しても、このフラッグにそこまで食い下がって見せていた。
 その一瞬の、よそ見。意識をそらされた瞬間。
 グラハムは己の不覚を思い知る。

 足元にいた蒼影が、驚くべき安定感で機首のリニアライフルをこちらに向け、【止まって】いたからだ。


グラハム「なっ……!?」


サーシェス「隙きありッてなァ!!」


 曲芸飛行のような精緻極まる反転砲撃。
 機体以前の問題だ。このイナクト、一体どれ程の怪物が駆っているというのだ。
 グラハムの背筋に悪寒が走る。

 とっさにリニアを下げ、ロッドの回転で防御態勢を取る。
 またしても牙を剥くライフル弾。
 一発一発、弾き返す度に散る火花に目を細める。


 この期に及んで、燃料の配分をグラハムは脳裏から外しきれなかった。
 敢えて敗因を指し示すならば、それだろう。
 その逡巡を、確かにサーシェスは見切っていた。
 故の、一手。


グラハム「――な」

サーシェス「は――!」



 サーシェスは、そこから一気に【踏み込んだ】。
 
 そう。

 イナクトは、そのまま、一直線に、フラッグ目掛けて突っ込んだのだ。


 


 
 


グラハム「ッ――!」


 構えた、そして、放った。
 最大チャージの、ティエレンさえ真っ向から貫徹する一撃。
 それを、イナクトははっきりと見て避けた。
 機首が上がる。
 如何な大出力を誇るフライトユニットとて、加速の出発点が違えば効果を出しきれず。
 
 交錯。
 確かに狙った。
 惑いを抜かれた。

 フラッグの頭部を、正面カメラアイを強かに叩きつける、すれ違いざまのイナクトの翼。
 琥珀色のバイザーを粉々に打ち砕かれながら、衝撃と視界途絶によろめく巨体は。
 あざ笑うかのようにバレルロールを見せつけ離脱する蒼い機影を見上げながら、ゆっくりと。

 血塗られた信仰の大地へと、墜ちていった。


サーシェス「悪くなかったぜ兄ちゃん、ユニオンの狗にここまで肝を冷やされたのは……【二度目】か」


サーシェス「あばよ、次はガンダムのケツを追ってくんな! 狗らしく吠えながらな……ハハハハハハハッ!!」




 ・
 ・
 ・
 ・


 その日、乾いた大地に二人の男の慟哭が響き渡った。

 一人は、救えなかった幼き骸の前で、望んだ存在になどなれなかった自分へ失望し、呻いた。

 一人は、己が矜持さえ曲げ立ち向かった邪悪に真っ向から打ち破られ、天を仰ぎ吠えた。

 
 雨が降る。
 
 血を流し、嘆く民を包み込むような、優しい雨だった。


 女が見上げる。
 
 彼は今、何処にいるのだろうと空を見つめた。


 まだ、戦いは終わらない。


 だが、終わりは確かに近づいていた。


 ・
 ・
 ・
 ・




「ふむ、そろそろかな」

「老骨の骨身など惜しんでも仕方あるまいさ、さて……」

「安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)の真似事など、いつぶりかのう? くっくっく……」
 


 
 

グラハム、黒星。

木曜日か金曜日にまた更新を。



――市街地――


 シャッター音が耳の奥を揺らす。

 両断された土色の装甲は、汚れと傷でフラッシュさえまともに弾かない。

 暗く、重い、残骸から滲む理想の残滓と無念の現実。

 反乱軍のアンフ、ガンダムによって蹴散らされたそれを十数枚の画像データに収め終わると、何も言わずその場を去った。



イケダ「どうだ?」
 
絹江「はい、全体的にアングルを決めて被写体が収まるようにやってみたつもりです」

イケダ「よし、いいぞ。こういうことは現地でねえと学べないからな」

絹江「有難うございます、教えていただける時間も取っていただいて……」



 恩返しみたいなもんだ、と笑う彼に、此方ははにかむしかなく。

 撤収準備を終えた別行動報道陣と分かれて後、基地までの道のりを揺られ揺られて帰っていく。

 自分もそこそこしぶといと思っていたのだが、流石に海外特派員とそのチームは筋金入りだ。

 早くも戦場と化していた街から得た画像や情報を精査し、吟味している。

 眠気なんかに負けている場合じゃないな、と思いつつ、身をシートに投げ出す。


 肩が、少し震えている。

 思い出したんだ。

 あの惨状……ラ・イデンラによる眼の前での爆弾テロの光景を。

 そして、そこにはなかった、もっと大きな恐怖を。



「大丈夫? クロスロードさん」

絹江「はい、少し……以前のことを思い出しちゃって」

「無理しないで寝ときな。イケダさんはもう爆睡してるし」

「休まないと次に差し支えるよ。切り替えは大事さ、だろ?」

絹江「っ、はい」



 アンフの装甲、そしてその奥の金属の機器達、フレーム、人。

 皆、諸共に断ち切って破壊し尽くす、一切両断の暴威。

 ガンダム。

 そのあまりの破壊力を目の当たりにして、自分は今震えている。


 ただ破壊するだけなら、こうも恐れてはいないだろう。

 ――綺麗だったんだ、本当に。

 鏡面のような光沢のある、斬られた断面。

 あまりに少ない周りの被害。

 転がる残骸の数々を仕留めたとされる、経過時間。


 その全てが、美しかった。

 仕事としては完璧な、発生即殲滅の繰り返し。

 そして、そんな別次元の性能のものとやり合う為に此処へ来た、彼らの存在。

 ――勝てるのか、本当に。

 あまりにありふれた疑問が骨身を凍えさせる。


 彼は無事だろうか。

 ガンダムは、もう一体いたらしい。

 戦えたのだろうか。戦ってしまったのだろうか。

 死んでしまっては、いないか。


 言葉にしようもない悪寒が皮膚の下を這うようで、気持ち悪い。

 ゲート前を通過して、荷物を各々担ぎ出す取材陣。

 追随して抱えた荷物は、こんなに重かっただろうか。



絹江(……考えたって仕方ないこと)

絹江(例の件もある、私は私のなすべきことをするだけ)

絹江(分かってる、分かってるけど……!)



 力の入らない身体を動かし、車外に出る。

 目の前をせわしなく通り過ぎていく兵士、整備員、その他諸々。

 当然、クーデター対処はユニオン軍も全力で対応している。

 しかしその動きは慌ただしい。そう、【こうなるとは思ってなかった】という焦りが前面に出た動きだった。

 国内情勢が荒れ、テロやデモが頻発するまでは想定内だったのだろう。

 しかし軍部が割れて攻勢に出るなどと、そのような終わりの始まりにいきなり発展するとまでは思っていなかった。

 故に初動も慌ただしくなった。

 もしガンダムが鎮圧をしていなかったら、早期の解決は困難を極めたはずだ。

 組織的なガンダムとの交戦を意図して避けたフシがある、とはイケダさんの言だ。

 この戦い、これからどう転ぶんだろうか。

 本当に、疑念ばかりが――


「イケダさあん!!」

イケダ「おん? 待機組か、一体どうし……」


「さっき輸送機が着陸して……搬送されてきたんですよ」



「聞いたら、例の専用フラッグ、撃墜されたって!!」
 

絹江「 え 」 



 ――一気に、音が遠のいた。


「絹江! 待て、おい……絹江ッ!」



 ――荷物を投げ捨て、全力で走る。


 ――まさか、まさか……まさか……!



「あ、おい、君……!」


 ――MSドック、さっき搬送されてきた、まさか、あぁ、まさか!


 ――酷く寒い。走っているのに、汗が出てるのに、こんなにも暑いのに……!



「運んでくれ、すぐに交換を」


「ひどいな、頭部ジョイントがぐちゃぐちゃだ」



 ――呼吸が止まる。

 ――思考が固まる。



 ――目の前を、黒いフラッグの頭が ゆっくり    運ばれてっ て



「絹江、しっかりしろ! おい!」

「あ、待って、誰か倒れて……ストレッチャー!!」


――――



――会議室――


「……とにかく、だ」

「君はガンダムを前にして敵前逃亡をし、あまつさえその対ガンダム用カスタマイズされたフラッグで」

「イナクト相手に敗北を喫した事実は変わらない、そうだね!?」

「グラハム・エーカー中尉!」



グラハム「はっ、その通りでございます。閣下」



 基地に集まっていた将官級、勢揃い。
 
 自身を中心に据えての、さながら簡易の軍法会議といったところか。

 咎める姿勢の基地司令の言に、何一つ言い返さずに肯定を返す。

 しかし、司令含め数名、佐官階級含めて十数名、続けての指摘も無く唸るばかりであった。

「しかし司令、これは由々しき事態でありました」

「彼の追撃と交戦で、【第三勢力の介入】は白日のもとに晒されました」

「もしこの交戦がない場合、我々は敵への的も絞れず……」

「ッ! 我々の敵はガンダム、ソレスタルビーイングだ! 【第四勢力】の存在など今は……!」


「お言葉ながら閣下、このフラッグの映像記録からも分かる通り、犯行勢力はただのテロリストではありません!」

「左様、現行の武装勢力でイナクトを改良した上で、中尉ほどのエースと渡り合える組織など非常に限られます。皆無に近い」

「これほどの操縦をこなす存在に加えガンダムもまだ健在です。中尉への責任追及は一時保留にしては如何でしょうか」

「これがもしAEUの仕組んだ、アザディスタンを利用した罠であった場合、生じる世論への悪影響は計り知れません」

「此処は撤退も視野に入れねば……アザディスタンと共倒れする必要などありません」

「それは性急だ、始めてしまった派兵を一方的に切り上げるなどそれこそ世論が!」

「だが見ただろう! 市街地テロでは、我らの手が及ぶ範囲は……!」

「軍隊にまで超保守派がいる以上、怖くて共同戦線など張れやしない」

「忌々しい中東の弱国め。ガンダム鹵獲まで保てばいい。当初の目的を」

「そもそもガンダムを鹵獲できなければ派兵の意義自体が」

「ラフマディの見つければ事が足りる、まずはそこで……」

「はっ、捜索協力を奴らがしてくれんのに、どうやって探せと言うんだ!」




グラハム(…………)



 混乱そのものには、一理があった。

 しかし、その上での意思統一が出来ていない。

 それは、この派兵自体に元から良い感情を抱かないもの、体面を気にするもの、ただガンダムを欲するもの。

 それらが混在した状態で【予想外の事態】に地盤を揺るがされたからに他ならない。


グラハム(どうあれ、私の責任だ)

グラハム(その場でガンダムに仕掛けるか、追った上で勝てば良かったのだ)

グラハム(私の、責任だ)


グラハム(なぜ、私はあの時……ガンダムに向かわなかった?)


グラハム(あの時……燃えるアンテナ施設を見て……)

グラハム(それから……)


「もういい、グラハム・エーカー中尉!」


グラハム「! はっ、閣下」


「君への処分は保留とする。継続して対ガンダム調査隊の責務を全うせよ」

「忘れるな、君の任務はガンダムの鹵獲だ」

「個人の感傷で、国家の利益をないがしろにすることは許されん。分かったな?」


グラハム「……はっ、グラハム・エーカー中尉、作戦行動に戻ります」


グラハム(……何故、私は、奴を追ったんだ……?)

また今夜、必ず。

失敬、ちと発熱を確認し、今夜の分は明日に繰り越したく思います。
待たせている時分、申し訳ない。




 会議室はさながらダンスフロア。
 
 喧々囂々、知性の欠片の散りばめられた罵声に忍耐を摩り下ろされつつ、外へ。

 視界に真っ先に飛び込んできたのは、勿論、我が盟友。

 その長身を壁に寄りかからせ、困ったような笑みで出迎えてくれた。



グラハム「すまん、カタギリ」

ビリー「言いっこなしだよグラハム。僕らに必要なのは謝罪でも償いでもない、だろう?」

ビリー「まずは歩きながら話そう。いま此処で君の謝罪を受けてたら、お偉方が出てくるまで動けそうもないからね」

グラハム「あぁ……そうだな、承知した」



グラハム「機体は?」

ビリー「修理の方は即日完了。オーバーホールの方はもう少しかかるかな」


ビリー「見事なもんだよ……しっかりツインアイを真横一閃、そこから旋回の捻り込みまで加えてギリギリ首関節の許容限界を超えさせている」

ビリー「言ってる意味はわかるよね? 普通の衝突じゃあないってことさ」

ビリー「メインカメラを正確に破壊しつつ、まともに当たっただけじゃ足らない分を機体の捻りで無理やり補填して、フラッグの首をもぎ取りにかかってる」

ビリー「異次元の使い手だよ。相手は君と同等級の操縦技量に、君さえ超える場数と経験か、もしくはMSの高い専門知識を即興で戦術転用する知恵があるってことだ」

ビリー「空中変形を使ってこなかっただけまだマシってだけかな」


グラハム「おおよそ、前者だろう。生粋の戦闘狂……殺し合いを楽しむ精神的図太さと、戦況を冷静に判断する繊細さを兼ねた傑物だ」

ビリー「このイレギュラーも、戦いに感情が乗っていたかい?」

グラハム「……何故だろうな、以前交戦したガンダムの、間合いのとり方に妙な類似点が見えた気がした」

グラハム「戦い自体には思念や覚悟は乗っていない……その一点から、微かに読み取れたものが、それと言わざるをえない」

ビリー「君の感想だ、僕からは何も言えないが……ガンダムとの関連を?」

グラハム「分からん。内心それどころではない、というのが正しいかな……」

グラハム「――強かったよ。敗北したからではない、飛行MSの操縦の極致、その一端を垣間見た気さえする」

ビリー「聞いている限り、君の理想、極みの方向性からは遠く逸脱していると思うけれど?」

グラハム「道の到達点とは唯一ならざるものだ、カタギリ」



 言葉を重ねるさなか、何人もの兵士とすれ違い、何人もの職員に追い抜かれた。
 
 敬礼は何処か重く、挨拶の言葉は淀んでいるような気さえした。

 実際そうであるものもあろう。私は望まれた結果に背を向けた男だ。

 だが、それ以上に……その後ろめたさが、そう思わせているのではないかと、自戒した。

 事態の深刻さは、もはや個人レベルの戦果で覆るものではなくなっていたからだ。



ビリー「聞いたかい? マリナ・イスマイールが……超保守派の襲撃を受けたそうだよ」

グラハム「……本当か?」

ビリー「単独犯で不慣れな犯行だったから王女に怪我はなかったらしいけれど、犯人の射殺で議会は更に紛糾しているんだとか」

ビリー「全く、とんだ貧乏くじもあったもんだ。それでも、上はガンダム、ガンダム、ガンダム……」

グラハム「だが、真理だ。我々は、何としてでもガンダムを得て二国に先んじる必要性があった」

グラハム「……あった、はずなのだがな」



 言葉に、窮した。

 分かっていて、自身でも欲していて、誰にも望まれていて。

 事実、あの場面で戦っていれば、一定時間の交戦は出来ていたのは事実で。

 仮にその後に撤退してクーデター鎮圧に参加していた公算が高かろうとも、初戦闘から得られる情報は絶大な価値をユニオンにもたらしただろう。

 
 それなのに、と。

 自分でも、その理由に答えが導き出せなかったことが、意外で。

 言葉が、続かなくなっていた。



ビリー「……グラハム、君はガンダムを前にして、防衛任務の妨害をした謎のイナクトとの交戦を優先した」

ビリー「ガンダム用に用意した周辺情報を利用し、燃料の限界ギリギリまで追跡計画を立てて、あと一歩まで戦った」

グラハム「……」

ビリー「何故だい? こうして君を前にして、ガンダムへの意気込みを喪ったとは到底思い難い」

ビリー「僕の眼の前にいるのは、まごうこと無く対ガンダム調査隊のグラハム・エーカーだ」


ビリー「君ほどの男が、恋い焦がれた相手に見向きもせず、逆に嫌悪の対象へは飛びついた」

ビリー「使命感、義侠心、色々持ち合わせた御仁だとは思っているけれど……何より唯我の武人と思っていたからこそ、そこに関しては少し意外だったよ」

グラハム「お前にそう言われると、私のガンダムへの熱意は疑う余地もなさそうだな」

ビリー「どうも。まあ、だからこそ悩むんだけどね」


「何故、君は」
「何故、私は」

「「ガンダムを追わなかったのか」」


ビリー「……君に分からなくて誰に分かると言うんだい、全く……」

グラハム「あぁ……まったくだ……」


 そうこうしている内に、ドック前の扉が目の前に居座っていた。

 酷い重厚感だ。

 まるで【意に反し命令に背く軍人、立ち入りを禁ず】とでも書かれているかのような威容ではないか。


ビリー「ただの薄っぺらいカーボンドアだよ、グラハム」


 心を読むな、盟友。

 とにかく、開閉ボタンへと指を伸ばす。

 次への備えこそ、我が責務なれば、と。


 そして、面食らった。


 開いた瞬間、まさに目の前に。


イケダ「はあ……はあ……ちゅ、中尉どの……!」


 胡乱で挙動不審な東洋人が行く手を阻んでいたのだから。


イケダ「表現ひでえなおい?! じゃなくって……!」


イケダ「来てください中尉、絹江が……!!!」

グラハム「なに……?!」

――――

「はぁーっ……はぁーっ……!!」


 どうも、絹江・クロスロードです。

 今私は、基地の医務室のベッドで、呆然としています。


 ……何処から説明したらいいものか。

 5W・1Hに乗っ取るのであれば、そう。

 ついさっき、MSドックの搬入口で。

 私が、横から来ていた掃除のおばちゃんのカートに気づかないで。

 脚を引っ掛けた上、駆け寄ってた勢いのままに、地面に熱烈なやつをプレゼントした、と。


「ふー……すぅーっ……はー……!!」


 そう説明した上でなお、目の前の男性は酷く乱れた呼吸を整えながら睨み続けているのだから。

 多分問題は、そう……別のところにあるやつだ。


イケダ「すまん絹江……! 頭がどうかしてたっていうか、説明がめっちゃかいつまみすぎたっていうか……!」

ビリー「ぜぇ……はぁ……あ、はは、僕達、【絹江さんが車にぶつかって流血した】、レベルの話、聞かされたからねえ……」

「……ふぅー……っ……!!!」


絹江「イケダさん……ジャーナリスト失格……」

イケダ「面目ねえ……」


 仰天の職員を尻目に、壁に寄りかかってあえぐカタギリ技術顧問と、平謝りの我が上司。

 そして。



グラハム「……はーーー……」


 ようやく呼吸を整えきった、金髪翠眼の友人。

 状況は何となく理解した。

 恐らく、ようやく見つけた二人に混乱しきったイケダさんが抜けきった誤報を与えてしまって。

 その弁明さえ待たずして、彼が駆け出した、といったところでしょう。

 ……睨まれている理由も、今では何となく察せるんだから、私も馴れちゃったもんだ。


グラハム「……容態は?」

絹江「ちょっと鼻を打っちゃって、しばらく鼻血出てたけど、骨に異常はないって」

絹江「ほら、ガーゼ取っても血とか無いでしょ? もう大丈夫」

グラハム「なら、良かった……」


グラハム「…………」

絹江「…………」


グラハム「…………」

絹江「…………!!」


イケダ(何だこの空気……)

ビリー(何だこの空気……)

医師(用が終わったなら出てけよ……)

【合ってます、邪魔なのでは草不可避】

本当に長らくお待たせして、申し訳ない
酷く停滞しましたが、ちゃんと終わりを見せたい。
今夜より再開します。
アザディスタンにもう何ヶ月いるんだって話です。
では、今夜また。



グラハム「――は、は」

絹江「……?」

グラハム「いや、気にしないでくれ。そうだな、言うなれば……」

グラハム「飽きさせない女(ひと)だと、そう思わされただけのことだ」

絹江「へ?」


 呆気に取られた一同に目もくれない。
 
 向けられた表情は未だ陰りを残してはいるけれど、いつもの彼のそれに少し近づいたようにも見えた。

 手を差し出された。

 ――此処で話すつもりはない、場所を変えよう。

 そう言いたげに、口元が笑っている。

 
絹江「……私、貴方との接触禁止令が出てるんだけどなぁ?」

グラハム「自己責任で頼む。最初にドックまで逢いに来たのは君の方だ、そうだろう?」

絹江「ずるい人……」

グラハム「はて、知っているものだとばかり」

絹江「改めて実感させられたってこと……!」

グラハム「……と」


 彼の手を取り、ベッドから立ち上がる。

 すれ違いざま、彼と技術顧問の目があった。

 ――他言無用だ、盟友。

 ――仰せの通りに、フラッグファイター。

 人差し指を鼻の前に置いたグラハムと、肩をすくめ笑うビリー。

 言葉さえ不要、その一瞬の交錯で、とりあえず邪魔者が来ることはないことだけは、察せられた。

 私とイケダさん?

 いや、そういう関係じゃないので。スルーで、はい。

イケダ「ひでえ……!」



絹江「それで、ドックの方?」

グラハム「懺悔室に使うには神聖に過ぎる」

絹江「……じゃあ、何処?」

グラハム「残悔は屋根のない場所で吐くに限る」

絹江「あら、まるで青春時代ね。えぇ、何処へでも。センパイ?」

グラハム「肌が粟立つ」

絹江「ひっど……!」


 目指すは階段。
 
 周りの目も気にせず、早足の背中を意地になって追いかける。

 話したいことがある。伝えたい事がある。聞いてほしいことがある。

 それを、彼も持ってくれているのかもしれないと思うと、少し嬉しかった。


 ・
 ・
 ・

絹江「…………」

グラハム「…………」


 乾いた青空の下、真新しい手すりに腕をかけ寄りかかる。

 彼は背を預け腕を組んでいる。

 互いの手に握られた缶コーヒーはまだ湯気立っていて。

 話し終わった口は、きつく閉じられていて。

 忙しない車両や兵士たちの生活音などは、かすれた風の音を挟んで何処か遠くのもののように感じられた。


絹江「そっか。負けたんだ、イナクトに」

グラハム「そうだ。敗北した、完膚なきまでに」

絹江「……正直、意外。貴方のこと、ガンダム以外なら最強くらいに思ってたから」

グラハム「自負はある。そうでなければ、半世紀先を行く天上人の背など追えはしない」

グラハム「その上で、敗北は敗北だ……賊は、私より強かった。それだけのことだ」


絹江「でも、貴方は生きてる」

グラハム「……奴がガンダムを恐れた結果だろう」

絹江「それは相手の都合、結果は結果。死なない以上、止まる必要なんかない」

絹江「どうしたの? 何か、別のことで迷ってるみたい」

グラハム「幻滅したか?」

絹江「純粋な疑問よ。貴方、強がりだから」

グラハム「よく言う……」



 それでも、ぼそぼそと言うことには。


グラハム「君に偽りを告げてきたつもりはない。私はガンダムとの戦いを望んで、この空に来た」

グラハム「今でもそう思っている。渇望と言って差し支えない」

グラハム「だが……あの瞬間、受信アンテナを爆破されたとき、私は、その怒りに突き動かされ、ガンダムに背を向けた」

絹江「……」

グラハム「……人道的な視野での正解など、私にとっては何の意味も持たない」

グラハム「グラハム・エーカーとはそんなつまらない男であったかと、このような正念場で思い知らされるとはと……」

グラハム「あぁ、君の言う通りのようだ。強がりだな、これは……」

絹江(重症ね、これ……)

 


 それはそうだろう。

 思い返すまでもなく、彼のアイデンティティとして【MSパイロット】は重要なものだ。

 それが、ガンダムという世界的なテロリストではなく、ましてやライバル機イナクトの犯罪者に敗北したとなれば。

 彼の自尊心、自負にどれほどの傷をつけたか計り知れない。


絹江(ただでさえフラッグを優に凌ぐ高性能機を相手取ろうとしてる特務部隊、その最精鋭)

絹江(今更、自分の技量や搭乗機の問題なんて気にしてられる状況なんかじゃないでしょうに)

絹江(そこに疑念がついたりすれば、ただ対峙することだって危うくなる)


 ただ動かすだけでも死の危険性を伴う特務MSでの任務。

 普通の軍人であれば、今回の一件で二度と乗る気になどならないはずだ。

 それでも、彼の精神は一線で踏みとどまっている。

 怖いと、思う。

 彼の言う【渇望】は、自分の死と天秤にかけてなお余りある自己実現の形。

 ――言い換えれば、飛ばなければ、生きている意味など無いと、言っているようなものだ。

 その【渇望】に背いたことへの困惑と、失望。
 
 実に彼らしい、自己への厳しい追及の光景であった。
 

絹江(……否定は、したくない)

絹江(それが狂気に近い感情でも、それを維持しなきゃ戦えないとしても)

絹江(彼はまだ、間違えてはいないから……)

絹江(――よし、やりますか)


 




絹江「まず、一つ。訂正して」

グラハム「!」

絹江「貴方は、自分を裏切ってなんかいない」

絹江「むしろ、あの場において貴方以上にガンダムと対峙できていた人物はいないわ」

グラハム「……問おう、何故だ?」



絹江「ガンダムは、何故この国に来たと思う?」

グラハム「問答か」

絹江「いいから!」

グラハム「無論、アザディスタンへの武力介入だ」

絹江「その通り。そして、今回はガンダムにはもっと明確な作戦目標がある」

グラハム「!……ラサー、か」


絹江「そう。ソレスタルビーイングは馬鹿じゃない」

絹江「この国に来るとなった時点で、【ガンダムによる介入行動だけで作戦目標を達成することの難しさ】くらい把握しているはずよ」

絹江「国内の紛争、爆弾や人間のみの戦闘行為をMSでは鎮圧しきれない、ならば」

グラハム「紛争に到達する前に国内情勢を乱す輩を率先して排除、鎮圧する……」

絹江「恐らくは、彼らの手のもの総動員で張ってるんじゃないかしら」

絹江「ガンダムのパイロットが降りて頑張るわけにも行かないものね」



絹江「ソレスタルビーイングは本気よ。今回の一件、ガンダムは完全な添え物なの」

絹江「にも関わらず此処に降り立った。彼らの熱意……正しいかどうかは別として、認めなくちゃいけないところまで来てるわね」


グラハム「……それで、このグラハム・エーカーの弁護にどう繋がる?」

絹江「分からない? 向こうがガンダムをメインとして運用してこない以上、今回のユニオン派兵は完全な失策よ。無駄ってわけ」

グラハム「……」

絹江「でも、唯一、違う人がいるわ」

絹江「それが貴方よ。貴方だけは、イナクト……【存在すら憶測の域だった第三勢力を発見し対峙した唯一のユニオン軍人】」

絹江「ガンダムどころか、ソレスタルビーイングと、同じステージで戦っていたただ一人の兵士」

グラハム「詭弁だ……」

絹江「もし第三勢力の発見がユニオン側でなかったら、ユニオンの外交姿勢は説得力を失っていたわ」

絹江「ガンダム目当てで他所様の事情に首を突っ込んで、大コケした三大国の一角って……」



グラハム「絹江!!」

絹江「ッ……!」


グラハム「……それでも、私はユニオン軍人だ」

グラハム「所属の動向の正否如何に関わらず……な」

絹江「……OK。でも、敗北以前に、貴方がイナクトと対峙した事実が、ユニオンの建前と体面を首の皮一枚で繋げてるってのは、理解してほしいわ」

絹江「貴方が飛んだことで支えられたものがある。守られたものがある。それを、誇りに思って欲しいだけなの」

絹江「それだけは、分かって欲しいから……」

グラハム「欲しがりめ。良いだろう、折れてやる」

絹江「ッ……私は欲張りなの、知らなかったかしら?」
 
グラハム「慎ましいだけの女性よりは、好ましく思うがね……」


 嘆息。

 当然の反応だ。

 間を埋める珈琲に眉をしかめる。

 ユニオン軍の珈琲は珈琲を殺して埋めて成り代わった泥水だ、というレビューを知ってるけれど。

 今日のこれはシチュエーションが八割を占めている気がした。


絹江(とりあえず、選んだ道は間違ってないと言えた)

絹江(次は、どうやって自信を戻させるか、だけど)


 難題だ、と思った。

 グラハム専用のフラッグのデータと、イナクトの交戦データでもあれば、単純な比較とシミュレートくらいはやれる、と思う。

 実はこう見えてMS開発史の研究者にインタビューとかして情報も集めているのだ。褒めろ。

 でも、それに納得してくれるだろうか、というと自信がない。時間もない。そもそもデータがない。くれるはずもない。

 さぁ、事実は少ない。

 真実には程遠い。

 どうやって、辿り着こう?


 ――悩む間に、仕掛けてきたのは、やっぱり彼だった。


グラハム「ふ……しかし、酷い、冗談だ」

絹江「え?」



グラハム「君の言うとおりであるならば、私は軍人の使命を全うした場合、国家の体面を護れぬ不忠者と成り下がり」

グラハム「このように結果として国家の矜持を支える一手を抑えようと、己が矜持に悖る不埒者に成り果てる」

グラハム「勝てば良かった、それは事実だ。何方を選んでも、勝ってしまえば言い様は幾らでもついたはずだ」

グラハム「だが結果として、今も付き纏う感覚が、私の中で指差し笑う……ッ」

絹江「グラ、ハム……?」




「お前は、果たして勝てたのか? と」


絹江「…………!」



 表情は笑っている。

 いや、こんなに苦しそうなそれを笑みとは呼ばない。

 少しずつ、手すりを背もたれに座り込んでいくグラハム。

 仕舞には体育座りで、表情も見えなくなって。

 それでも、絞り出すような声だけが、私だけに届く。

 そこからは、もう。

 それは、まさしく懺悔だった。


グラハム「通用はした……それは、確かだ」

グラハム「だが決定的な一瞬で逆転された、覆された……それだけで分かる。あの騎手は、私より強いのだと」

グラハム「私より強い男は一人だけだった。【あの人】だけだった、【あの人】だけのはずだった」

グラハム「あの時から自分は何が変わったのか……ずっと誤魔化してきたのか、それさえ分からない。」

グラハム「だが、奴が、あのイナクトが思い出させた……思い出してしまった」

グラハム「……私は、弱いと……!」


 優美な風体に合わない無骨な指が、金髪をくしゃりと握りつぶす。

 さっきの珈琲の味も思い出せない。

 見下ろしているからだろうか。

 彼が、グラハム・エーカーが、こんなにも小さいなんて。


 相手がどんなパイロットかは分からない。

 実力だって、正直思い浮かべられやしない。

 でも、彼がそこに何を見出し、思い出してしまったかは、分かる。

 【上官殺し】、私が彼に聞かされていない、彼の過去の出来事。


 唇が乾いていく。掛けるはずの事実が逃げていった。

 どうしよう。

 こんな、こんな姿のこの人……初めて見た。


――――

『どうだ、カタギリ君』

『奴のあのような姿、君は見たことがあるかね?』

「……正直ショックです。弱音を吐露したことより、僕相手じゃないってことが、ですが」

『感傷の付き合いではないが故のプロフェッショナル。そこは誇るべきであろうよ』


『同型機の敗北、戦術眼の似通った熟練の敵エース、そして彼女の慰め……酷いもんじゃ、己を責め支えとしていたところを無下に剥ぎ取りおった』

『ガンダムのパイロットさえグラハムの目には付け入る対象に映った。実力で上回られたのは、本当に奴以来の邂逅と言えるだろう』

「……仮に、未だあの御方を超えていないとしても、現ユニオン最強は間違いなくグラハムだと断言できます、が」

『無価値ぞ。奴にとって比較対象はただ【最強】のみ。今は亡き師の次に来た怪物に負けたとあっては、なおのこと』

「No.2である事実より、No.1になる機会の永遠の喪失が彼を打ちのめした……ですか」

『その顛末は、君もよく知っていよう。彼女は、知り得なくて当然じゃがな』

「あの頃のグラハムは見ていられませんでした。何処か、こう、自らを傷つけるように飛んでいたというか……」

『全ては決着をつけぬまま逝ったあの馬鹿者の咎である、が……ここに来てとは、いや、忘れるはずもあるまいか』

「……良いのですか? あのままでは、以降の作戦に支障が……」

『儂は一向に構わんよ。どうせ最初から決められた負け戦であろう?』

『ここでしくじったら何もかも終わりというわけでもあるまい。人生は長い』

「……ん?」

『ガンダムが決着をつけるまで、折れておればいい。立ち上がるのは、それからで……』

「あ」

『あ?……』

『あ』

――――

グラハム「……き、ぬえ?」

絹江「……っ」

グラハム「その、悪かった。私らしくもない……」


絹江「黙って」

グラハム「だが、しかし」


絹江「黙って、聞いて!」ギュ

グラハム「ッ……ぬう……」


 両腕に、力を込める。

 指が触れた金髪は、見た目とは裏腹に男の人らしい手触りがした。

 今、自分の腕の中に、グラハムの頭がある。抱きしめている。

 こんなに彼を近く感じたのは、爆弾テロ以来だったろうか。

 そうしないといけないと思ってから、殆ど無意識に、そうしていた。

 涙が、止まらない。

 鼻水を啜る音は、煩くないだろうか。

 自分の言葉を少しずつ、胸の奥で組み上げる。

 ……きっと、今から言う言葉は、致命的な嘘を交えている。

 それでも、言わなくちゃいけなかった。

 責任だと、思ったんだ。


 初めて見た、この人の姿。

 いつもは見せない、本音の吐露。

 どうしたら最善かなんて、分からない。分かるわけがない。

 でも、決めていたことがある。変わらない思いがある。





 ……否定など、するはずがない。

 それが狂気に近い感情でも、それを維持しなきゃ戦えないとしても。

 今こうして聞かせてくれた言葉(しんじつ)は、間違いなんかじゃないんだから……!







「聞いて、グラハム」


「――貴方は、強い!!」

喜んで。
今夜またお逢いしましょう。
怠けたツケは利子付きで。


――――

 あぁ、参った。

 弱音を吐いたことが、ではなく。

 【誰かの前で弱音を吐く羽目になったこと】が、である。

 その結果が、これだ。

 全く、散々な遠征ではないか。


グラハム「…………」

絹江「っ……」
 

 側頭部に押し当たる、柔らかで暖かな感触。

 その奥底からささやかに響いてくるのは、彼女の生きている証そのものだ。

 逃すまいと頭を囲う細腕に、力が籠められる。

 彼女の全力の拘束とて、振りほどこうと思えば容易に出来よう筈なのに。

 微動だに出来ぬまま、続く言葉に耳を傾ける。

 
絹江「……貴方は言ったわ」

絹江「自分が軍人をやってるのは、空を飛ぶためだって。飛ぶことが好きだから、夢だったからって」

絹江「だけど、貴方……今回は無理して飛んでた」

グラハム「!」

絹江「分かるわよ、そのくらい……無理して私と一緒にきて、無理して嘘ついて……」

絹江「それでも、助けてくれて……!」

グラハム「……良心の呵責だ、それ以上の意味はない」

絹江「でも、嬉しかった……っ」

グラハム「……顔から火が出そうだよ」


 少し、目線を上げた。

 微笑みながら涙を流す彼女と、目が合う。

 器用な女(ヒト)だ。

 直視しきれず、瞼を閉じる。

 どうあっても離すつもりがないのは分かっていたので、無駄な努力を止め、脱力する。

 抱き寄せる力はすぐに強まり、胸元へと寄りかかるように、上体が傾いていくのが分かった。




絹江「……グラハム」

絹江「貴方が、貴方の歓びを抑え込んでまで飛んだことは、無駄じゃなかった」

グラハム「だが、敗北した……」

絹江「だからこそ、折れちゃ駄目なの……!」

グラハム「! ……」


絹江「貴方は負けた……でも」



絹江「貴方はまだ、勝ってない!!」

 思わず、眼を開く。

 彼女が、それを言うのか。

 戦うべきではない、意味がないと、この派兵を嫌った彼女が。

 【まだこの戦いは終わっていない】と、私に言うのか。


絹江「っ……阿漕、よね……自覚してる……」

絹江「でも、此処まで来た……貴方が、無理して選んで、ここまで来れたのよ……?」

絹江「私だって思うわよ……っ」


絹江「この国を救うのは、自分を曲げて戦ってくれた貴方であって欲しいって……!!」


グラハム「……」


絹江「確かに、貴方は負けた」

絹江「でも通用しなかったわけじゃない……ユニオンのグラハム・エーカーが通用しない筈がない!」

絹江「みんな思ってる、私だって……!」

絹江「貴方は、一番強いフラッグファイターだから……!!」


 言葉の一つ一つは、偽りなき真実。

 だが、根底にあるのは紛いの叱責に過ぎない。

 ――これは【戦ってほしくない】という彼女自身の想いを殺して願う、私を奮い立たせるためだけのジャーナルだ。


 震えた言葉が繰り返される。

 どうか折れないでほしいと、雫とともに降り注ぐ。

 いつもの理路整然とした見地からは程遠い、祈りのような剥き出しの感情。

 私のためだけに紡がれる、歪なエール。


 幾人もの他者へ、勝利を願われここに立っている。

 MSWADのエース、ユニオンのトップガン、フラッグファイター。

 勲章と地位を重ねる度に、重圧もまた層を成していった。

 だが、どうだ。

 今、彼女が願ってくれる勝利。

 彼女自身の真実さえ曲げて望まれる【グラハム・エーカーの勝利】に比べれば。

 その何と軽く、薄い責に過ぎぬことか。



グラハム(参ったな)

グラハム(弱音を吐いている暇もない)

グラハム(強がりで茶を濁すにももう手遅れだ)

グラハム(これ以上、彼女に嘘をつかせるつもりは無い)

グラハム(証明してみせるさ)


絹江「貴方は……ッ!」

グラハム「私は……」


「「強い!」」


絹江「……え?」

テスト


 もし、このまま負けたままで終わったなら。

 今、自分を曲げてまで私に寄り添った彼女は、自責の念を永遠に抱え続けることになるだろう。

 もし、ここで勝てなくば。

 一人の女の人生に、消えない傷が残る。

 そう気付いた瞬間、湧き上がってくるものがあった。

 
 怒りだ。



グラハム(ユニオンは恥を晒すだろう。ガンダムに誘い出されて鉄火場に踏み込んだ、当然この上ないことだ)

グラハム(私は無能の誹りを免れまい。ガンダムと対峙さえしなかった阿呆の末路だ、自業自得甚だしい)

グラハム(だが、彼女は違う)

グラハム(この国を知ろうとし、世界の変革を克明に追っていた)

グラハム(遠い異国の地で憂うだけに留まらず、自ら世界を体感しようと己を懸けた、ただ一人のジャーナリストだ)



 ――巫山戯るな。

 そこまで許した覚えは無い。

 自身の不始末の責任を問われるならいざ知らず。

 無関係の【盟友】一人、巻き込んで自爆とは容認し得ない悪逆であろう。

 私は……グラハム・エーカーは、そこまで語るに落ちた男であったのか。

 
 自身への怒りが、一度は屈した膝に檄を飛ばす。

 彼女の腕がそれを制するも、構わず立ち上がる。

 見下ろしながらでは比例に値するだろうが、寛容な彼女に甘えて、黙ったまま手を差し伸べた。



グラハム「……そうだな、あぁ、そうだ」

グラハム「幾ら強く、高く飛んだところで、己を信じ赦せぬのであれば」

グラハム「今は、君の言葉を信じて、ただ飛ぼう」

絹江「…………」

グラハム「勝とう。他ならない、勝利を願った君の為に」

グラハム「そして……もう、この国にユニオンがしてやれることは、それくらいしか無いだろうから」


 彼女は、見上げながら力強く涙を拭い去ると。

 満面の作り笑みで以て、手のひらを掴み立ち上がった。


グラハム「! ……」

絹江「? どうしたの、痛かった……?」

グラハム「いや、大したことじゃない」


グラハム「抜けなかった棘に、抜けた後で気付いただけのことさ」

絹江「……?」



 言えるはずもない。
 
 あのとき、手を取ってもらえなかったことを。

 あんな些細なことを、気付かぬ内に今まで引きずったままでいたなどと。

 言えるものか、女々しいこと甚だしい。



絹江(サボテンでもどっかで触ってたかな……?)

空き缶「この人自分のことになるとこれやからな……」



グラハム「……さて、行こうか」

グラハム「もう軍部の発表は始まっているはずだ。第三勢力の介入はアザディスタン全域に知らされる」

絹江「世界にもね。これで国内外の不穏な空気が一掃されてくれればいいけれど……」

グラハム「そう簡単には行くまいが……祈りたくなるな、せめて時間さえ稼げれば……?」



 ――その時だった

 入り口のドアが、粉砕せんほどの勢いで開け放たれた。

 驚き、とっさに彼女を庇うように……無意識だった……腕を広げた。

 姿を見せたのは、息も絶え絶えの部下二人。

 その表情を見て、己の不覚を大いに恥じた。


 猶予など、もはやこの国に残されてはいなかったのだと。



――――





 「我々、アザディスタン国防軍ゼイール基地は、独自の判断を以て、現時点より派遣ユニオン軍との連携を拒絶」

 「この国で生き、この国で死ぬ愛国の民の判断による、正当な治安維持及び、ラサ―の捜索を行うこととする!!」

 「神の意志を理解しない異国の蛮族が、この国にもたらしたものは何か!」

 「それは混乱と破壊、民族融和を阻害する、厄災に他ならない」

 「何が第三勢力か!何がテロリストか! 仮にそれが事実であるとして……!」

 「ユニオン軍が、我らにとって招かれざる客であるということもまた、厳然たる事実であろう!!」

 「繰り返す! 現時点を以て、我らアザディスタン国防軍はユニオン軍との連携を拒絶する!」


 「以降、我らの管轄する地を踏むユニオン軍は、敵機とみなし撃墜する!!!」


――――




サーシェス「はーはっはっはっは!!! さいっっこうの喜劇だなあ、おい!」


サーシェス「くはは……一回蜂起した基地に補充要員を送ったのはいいものの、その補充要員がクーデター起こしてりゃ世話ねえわなあ!!」


サーシェス「あの基地司令は改革派だ。蜂起した超保守派の間抜けとは考え方が違う」


サーシェス「そんな改革派がユニオン公式発表に耐えかねてこんなことしてんだ、アンテナぶっ壊した甲斐があったってことだなあ?」


サーシェス「……改革派の急進派閥はやりすぎた……その不信感は繋がってるユニオンへ増幅されてそのままぶつけられていく」


サーシェス「この国が、あの爺がくたばるまでにどう変わっていくか……楽しみでならねえぜ!」


サーシェス「ははははははははは……!!」




――――



 ゼイール他、四箇所の基地の一斉蜂起。

 その矛先は国ではなく、同じ地を護るはずの友軍に向けられた。

 ユニオンの発表が、よりにも寄ってアザディスタンに対して全く信用されないまま火種としてさえ機能した事実。

 本国の困惑は、戦慄に変わった。


 このままでは、アザディスタンはユニオンを巻き込んでの内戦に突入する。



――――



「哨戒中のリアルド全機、帰投は確認できているか!」

「ヘンリーク1とマサリク7の帰投がまだ……! 北西方面、及び南東M27ポイント!」

「ヘンリークの方はカズナ基地に近い!万が一を考慮し小隊を!」

「アルトランド隊が補給済ませています! 」

「急がせろ!!」


「陸戦フラッグ隊は北東部に展開、ゼイール基地からの出撃を警戒する」

『言っても補充機体全部アンフなんだろ? 弱い者いじめじゃねえか』

『撃っていいんですかね? 勝負にすらなりませんよ……』

「言わなきゃわからんか? ガンダム対策だよ、現れたら速攻で抑えろ」

『はあ……この期に及んでまだガンダムですか』

『呆れたね。上の連中も太陽光受信アンテナ頭に刺しといたほうがいいんじゃねえの?』

「俺の心を読むのは止めろ、聞かれて降格したら一人じゃ逝かんからな」

『へっ……出撃する!』

「死ぬなよ」



――予備会議室――



イケダ「こちらユニオン基地のイケダです! 窓から……見えますでしょうか!基地は突然の報道に騒然となっております!」

『アザディスタン軍とユニオン軍の衝突は確認されましたでしょうか?!』

イケダ「ユニオン側の発表では確認されておりませんが、総力を上げてこの危機的状況を回避しようと部隊を動かしている模様です」

『ガンダムの出現の可能性はあるのでしょうか?』

イケダ「まだ情報は入っておりませんが、ユニオン軍もその可能性を考慮して対策を講じるものと思われます」


「……では、アザディスタン基地が襲撃された場合、ユニオン側はどのように対応するものと思われますか?」


イケダ(あっ、このバカ野郎キラーパスを……!)

(やべ、ちょっと方向ミスった!)


絹江(イケダさん、イケダさん!)サッ

イケダ(!)


イケダ「まだ……声明は発表されておりませんが、ユニオン側はアザディスタン防衛の目的で派兵されています」

イケダ「アンテナが破壊されたとはいえ、その名目がある以上ユニオン側が強硬策に出る可能性は低いものと思われます」

「では、出来る範囲でのアザディスタン支援を継続するということで宜しいでしょうか?」

イケダ「詳しいことは公式発表を待つしか無いのが現状です」

「ありがとうございました。では一度スタジオに戻します……」


イケダ「悪い絹江、ナイスサポ」

絹江「いえ、あの人すぐ口を滑らせますから。予測撃ちですよ」

イケダ「しかし……まずいことになったな」

イケダ「公式発表がまさか裏目に出るとは……」

絹江「……はい」




――――


アレハンドロ「本来【彼】が【奴】を見つけたのは最悪手だった」

アレハンドロ「第三勢力の存在の露見は、アザディスタン内戦を挫いてしまう可能性があったからだ」

『だが、事態を【好転】させたのはその【奴】のアンテナ破壊工作だった……か』

アレハンドロ「そうだ。改革派唯一のよすが、国を救う蜘蛛の糸であった太陽光発電受信アンテナの喪失だ」

アレハンドロ「薄々感づいてはいたが、これがある意味で彼らの不信を確信に変える決定打になった」


『ユニオンは、ガンダム鹵獲さえ出来ればアザディスタンの情勢や未来に寄与しない行動も平然と取る、と?』


アレハンドロ「事実だろう? 誰も今回の派兵には反対しなかったそうじゃないか」

『あそこまで根回しされて断れる人材は軍にはおらん。シビリアン・コントロールなどと聞こえはいいが、体面の為に死にに往かせるこっちの身にもなれ』

アレハンドロ「ふふ、鹵獲などさせる気も無い御仁がよくもまあ……」


『作戦上、いつ事態が崩れても構わないのは確かだが……偏ったパワーバランスは内部に齟齬を生みかねん』

アレハンドロ「悠長な……その足踏みの間に、大事な【彼】がガンダムに討ち取られるやも知れんというのに」

『かつてのエースからの警告かな?』

アレハンドロ「かつての上官殿に意見するつもりはありませんが、ね」

『ふん……同じエースでもアレとお前では格が違う。無用の心配だ』

アレハンドロ「……言ってくれる。その調子では新時代の担い手の座も【彼】にすげ替えられてしまいそうですな」

『拗ねるな、拗ねるな。アレにそういうことは出来んさ、顔色伺いが主軸の政治パズルなど最も不得手な部類だろうよ』

アレハンドロ「さて、一応ですが……ソレスタルビーイングはどう動きますかな。そして、【彼】も」


『それなら、例の老人が動き出した。恐らく――』




リボンズ「――決着はもうすぐ、か」

――――


ビリー「やあ、グラハム。どうだった?」

グラハム「先の会議の空元気は何処へやら、だよ。カタギリ」

グラハム「【指示あるまで待機】の一点張り。ガンダムに対する作戦行動も、ラサー捜索の手立ても、これで完全に途絶えたことになるな」


 無意識の言葉であったが、その一言に対策室の面々の表情は沈痛さを隠すことも出来なくなった。
 
 当然、前者が叶わなければ我らの目的は達成できず。

 後者が叶わなければ、我らの目的どころの話ではなくなるのだから。

 安物の椅子に腰を据えれば、悲鳴のような軋みを上げる。

 ダリルが察して椅子を代わろうと立ち上がったが、それを掌で制した。


グラハム「先の敗北がここまでの大事になるとはな、我ながら言葉も無い」

ビリー「仮にガンダムを追っていたら、結果は変わらなかった。勝っていても、殺していたら結局居場所は見つからない」 

グラハム「物証は得られただろう、イナクトという物証をな」

ビリー「……グラハム? 連中には【第三勢力がいた】という確かな映像証拠を提出しているんだよ?」

ビリー「それが引き金になってこうなっている以上、理屈じゃない。彼らは自分たちの苦しい立場のはけ口を僕らに定めただけなんだ」


カタギリの言葉に、自然と眉をひそめた。

 間違ってはいない。だが欠けている。

 そもそも起きた事態に対し、本腰を入れる部分を意図して偏らせたのはユニオン側だ。

 断言出来る。

 もしユニオンほどの国家が「ガンダム鹵獲」を過剰に意識せず事態の収拾に当たっていれば、こうはならなかった。

 街中を大量のオートマトンが闊歩することになろうとも、ラサーが発見されるまで良いようにはされなかったはずだ。


グラハム(逆に言うなら、ユニオンの動向と目的まで勘定に入れられた作戦を相手には取られていたわけだ)

グラハム(始まった時点で敗北していたというわけだ、三大国が一柱ともあろうものが……情けない)


ビリー「……もっとも、招かれざる客としての態度が正しかったかと言われれば、僕らも到底正しかったとは言えないわけだけれど」

ビリー「それでもこうなっているのは【太陽光発電紛争】以来続く中東と三大国の因縁の延長だ」

ビリー「……君には、奮起をしてもらいたい。後悔はさっき済ませてきただろう?」

グラハム「! ……そう、だな」

グラハム「済まないカタギリ、年甲斐もなくまた同じような過ちを…………」

グラハム「……カタギリ……」

ビリー「ん? 何だい盟ゆ「何処から見ていた」…………ナンノハナシカナ、チョットワカンナイナー」


PPPPPP

ダリル「む、これは……はい、此方対ガンダム調査隊」


グラハム「カタギリ……!」

ビリー「チョット待った、浮いてる、足元浮いてるから……いや君いつのまにそんな怪力……ぐええ……!!」


ダリル「隊長!」

グラハム「!」

ダリル「プロフェッサー・エイフマンからお電話です、先の案件に重要なことであると……!」


ビリー「グラハム!!! あの爺も出歯亀の犯人だよ!!!!」

『あ、てめえ!! 師匠を売りおったな?!!』

復活してましたね。
とりあえず今週水曜日から続きを載せさせていただきます。

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『諸君、もはや事態は一刻を争う』

『アザディスタンの軍部と民衆の不安と不満は、もはや許容範囲を超過しつつある』

『私は、諸君らとは違い本国に腰を据えたままではあるが……』

『敢えて言おう、我に勝機あり!』

『今、集めた情報とこの老骨の全てを以て、この苦難の打倒を目指すものである!』


「「「おぉぉ……!!」」」



ハワード「つい先刻中尉殿にガチ切れされて【まじゴメン反省してます】って正座していたご老人とは思えない覇気ですね……!」

『おい止めろ空気嫁早くも汚名挽回は完了ですね』

ビリー「グラハム、もうそろそろ立っていい?」

グラハム「却下だカタギリ、猛省が足らん」

ビリー「とほほ」


『あー、それはさておいて、だ』

『皆、よくぞ耐えてくれた。本当に、礼と謝罪を今この場で為すことを許して欲しい』

「「「…………」」」

『そして、明確に我らの作戦、戦術目標を提示させてもらう』


『――敵第三勢力の打破、及びラサ―の救出、これが我々の目標である』


グラハム「……!」

ダリル「っ、ではガンダムは諦めると……?!」

『そのガンダムが! ……あのソレスタルビーイングが、今、即座に行動を起こしていない』

『それが答えじゃ。奴らは、【ガンダムによる示威行動】を早々に転換していると見て間違いないじゃろう』

グラハム「!」

――ソレスタルビーイングは本気よ。今回の一件、ガンダムは完全な添え物なの――

グラハム「ふ……君という人は……」


『そして、じゃが』

『あー、うむ、説明が面倒じゃな……とりあえず、単刀直入に言うと』


『既に、そのラサ―及び武装勢力の潜伏場所と見られる場所の目星は付けておる』


グラハム「なんと?!」

ハワード「は?」

ダリル「な……!」


「「「なんだってー!?」」」

『説明だけするとな、まあこう』


『本局が捜索範囲に定めていた場所から、【市街地】【統廃合の廃村】【過去に使われていた基地や拠点のうち判明している場所】を排除』

『更に【MS小隊級の潜伏が可能な場所】【例のMSの行動範囲から大雑把に近い場所】【儂の勘】で、だいたい領内248箇所から12箇所に削減できて』

『そこから旧アザディスタン領内を排除して……』


『三ヶ所』

『この三ヶ所の何処かに、ラサ―、マスード・ラフマディーは監禁されている、と儂は判断している』


ビリー「て、展開が早すぎやしませんか教授……」

『まあ安全な場所でぬくぬく考えておるのじゃ、それなりに成果は挙げてみせねばなあ?』

「せ、精度とかは……大丈夫なんでしょう、か?」

『ふむ、まず市街地は当然無しじゃな。人が多すぎる上にテロの中心地じゃ、万が一にも彼を生かさねばならない以上最初からありえない』

『加えて例のMS、恐らくアレが連中唯一の機動戦力じゃ。であれば小規模部隊が隠れられる場所はかえって目を引きやすい、意表を突く上でもMS運用面は判断から排除していいはずじゃ』

『そして、奇襲や誘拐の手口から見ても、恐らくは相当手慣れた上で【知っている】奴が相手』

『と、なれば、数撃ちゃ当たるで探索してくる、地図の有無や衛星の探知で不利になりがちな使い古しの地域はまず使うまい』

『で、あるならば』

『旧クルジス領内で、衛星写真で判別されたここ一ヶ月内の移動の痕跡の最も少ない、この三ヶ所』

『この三つの何処かに、必ずラサ―はいる。断言しよう』


「「「…………!!」」」

グラハム「プロフェッサー……!」


『正直言っておらん情報源や判断材料がざっと50ほどあるが勘弁しとくれ、説明だけで時間を消費したくない』


ビリー「……アンビリーバブル、流石ですね、プロフェッサー・エイフマン」

『ふふふ、そう褒めるな』


ダリル「と、言うことは……奴ら、ずっと引きこもってたんですか……!」


『そうなるな。儂らは勝手に潰し合い、勝手に疲弊しておったということだ。馬鹿馬鹿しいことこの上ない』



グラハム「恐らくは、【時勢と環境を見極め独自に動く別働隊】でも市街地にいたのだろうよ」

グラハム「ユニオン軍がガンダムを狙って来ているのは間違いない、であるならば手薄な市街地でそれを行うのは容易く、数度も繰り返せば便乗犯が勝手に被害を増やしてくれる」

ビリー「その上で統一された思考で動いていない犯行だからその追跡は難しい……酷いもんだな、不測の事態さえ完全に味方につけてるよ」


『左様。我らの対峙する敵は、ラ・イデンラなぞ比べ物にならない【テロ犯罪の天才】といえる存在じゃ』

『奴らの次の行動は読めている、が、それは今だからこそ停滞、もしくは様子見をしていると判断できる』

『まだチェックには一手遠い、それも間違いあるまいて』


ハワード「奴らの目的……とは?」


『ラサ―の惨殺じゃ。最後の着火剤としてな』

ダリル「ざ……?!」

ハワード「なんですって……?!」


『それも、条件がある。【誰がそうしたか分からないこと】じゃ』

『それは手口などではなく時期的な問題……【既に死んでいた】では発生し得ない起爆剤の添加であろうな』


ビリー「……成る程、ついさっき死亡したということは、ついさっきまで生きていたってこと」

ビリー「アレだけ探して見つからない対象が、疑心暗鬼状態の市民の前にいきなり死体で現れたら……!」


『全勢力ことごとく、敵対勢力に対しその疑念を容赦なく向けるであろうな』


ビリー「人間一人運んで殺して市街地に捨て置く程度なら、移動を一切止めずとも可能です」

ビリー「ましてここまで拗れた状況でされれば、矛先は我々……いえ、【全ての外国】へと向けられる……!」


『疲弊しきった小国の精神的支柱を利用し尽くした、アザディスタンの完全な分裂と崩壊』

『ガンダムの台頭したこの世界情勢下、たった一人の人間を以て国家一つを完全に粉砕するつもりじゃ、我らの敵は』

ハワード「し、しかし……何故最初にそれをやらなかったのでしょうか?」

ハワード「ラサ―が最初に死んでしまえば、この案件は一切元には戻りません、何故わざわざ最後に……」


グラハム「当然だ、あくまでラサ―の死を民衆が【都合のいい敵対相手に憎悪する】ように仕向ける必要があるのだから」

グラハム「事態を好転させず疲労とストレスを蓄積させていけば、人は浮足立ち他者と衝突しやすくなる。日常をテロに脅かされ続ければ誰だってそうなる」

グラハム「人は因果を求めるものだ。【こうなっているのには自分が不幸になって喜ぶものがいるからだ】……とな」

グラハム「そうやって誰もが矛を持って誰かを探し始めた頃合いで、特大のストレスを与えれば……それらはもう穂先を止められはすまいさ……」


ダリル「何もかも計算づくってことですか……」

ビリー「この国は改革派のマリナ・イスマイール王女と、保守派のマスード・ラフマディーで【対立】していたからねえ」

ビリー「運良くラフマディー氏が静観を決めていたことから安定した改革路線が整っていたのに、こうなるとはどちらも思っちゃいなかったろうに……」

今夜改めて。


『よし、では我らのこれからの行動じゃ』

『まずはこの三ヶ所。軍の偵察と衛星写真による徹底的な隠密索敵を行い、気取られぬようラサーの居場所を突き止める』

『そして!陸戦部隊による急襲奪還作戦を敢行し、然る後、ラサーの奪還を支援する!』


ビリー「あのイナクトも間違いなくその場に待機していることだろう。奴に狙われたら並のMS部隊は三個小隊いたって返り討ちだ」

ビリー「リベンジの機会は、その時になるだろうね。グラハム?」

グラハム「…………」

ビリー「……グラハム?」


グラハム「……その前に、各員、スクランブルの準備をしておいてほしい」

グラハム「ゼイール他四基地の蜂起。明確に管理機構への叛逆を謳ってはおらずとも、国家常備軍の権限を逸脱したのは事実だ」


グラハム「ガンダムが来るぞ。迎撃は避けられまい」




 ・
 ・
 ・
 ・


 事態は動いた。

 ある者は己の成すべきことを。

 またある者は、人として為すべきことを。

 全ての勢力、全ての人々が自分のために出来ることをしていた。


 だが、後にこの紛争【未遂】事変に際し記事を執筆した者たちは、口をそろえてこう言った。


「この事件で最も苛烈に動き、皆の度肝を抜いた人物は、彼女である」

「いやマジで何考えてんだあの皇女……って正直思った」

……と。



 ・
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 ・
 ・



『ロックオン・ストラトス。準備はよろしくて?』

ロックオン「あぁ、気は乗らねえがな」

『仕方ありませんわ。彼らは自分から蜂起し、紛争幇助対象になってしまった』

『我々はいかなる事由、背景、要素に拘わらず、一切の紛争を武力で排除する組織』

『むしろ【メインミッション】から全勢力の目を逸らす、良い囮が出来たと喜ぶべきでは?』

ロックオン「王留美、そういう言い方をすると頭の上の猫がズレるぜ」

『……あら、失言でしたかしら』

ロックオン「正論ではあったよ。はあ……やるしかねえよな、あぁ!」

ロックオン「ロックオン・ストラトス、ガンダムデュナメス! 目標を狙い撃……」


『お待ち下さい、状況が変わりました!!』

『きゃ……!』


ロックオン「おぉ?!」


 紅龍のスクロールでモニターに別の画面がポップアップされる。

 思わず目を凝らす二人。

 要人用のリムジンが長蛇の列を為して、荒野を横断していく光景が其処にはあった。


ロックオン「この国でこんだけの数出せる集団……?」

ロックオン「……おいおいおいおい、マジか! マジなのか?!【そこまでやる】のか、あの皇女様!!」

『監視カメラの映像を確認しました、間違いありません』


『マリナ・イスマイール第一皇女が、改革派、保守派双方の議員の一部を引き連れザイール基地に乗り込みました……!』


 全員、唖然。

 その表情の見守る中、リムジンの大名行列はザイールのゲートをくぐる。

 車内のマリナ・イスマイールはただ前を向いていた。

 毅然、堂々。

 それは執政者としての彼女の姿であった。


――ザイール基地――


基地司令「ッ……何という愚行、シーリン殿!」

シーリン「……」

基地司令「貴女ほどの識者がお側におられながら、何故このような場所にマリナ皇女をお連れしたのです?!」

シーリン「あら、この情勢下、独自判断で離反する以上の愚行があるのかしら?」

基地司令「我々は国民感情を反映した行動を取ったまでのこと! 執務室に尻を据えた方々に前線の兵士の無念は分かりますまい!」

シーリン「では今此処にいる私達は何処の誰? これ以上口を開いて無能の証明をするのはあまりお勧めしないと言っておきましょうか」

基地司令「ぬう……」

シーリン「それと勘違いしないでほしいわね。私が彼女を連れてきたわけじゃない」

シーリン「彼女が自ら、ここに出向くと言い出したのよ。皇女としての権限の全てを以て、有無を言わさずね」

基地司令「は……??!」

シーリン「本当に……いざとなれば人が変わるんだから、あの子」


《マリナ皇女をお連れいたしました!》


マリナ「シーリン」

シーリン「マリナ皇女、準備は出来ております」

マリナ「ありがとう」

マリナ「ユニオン側の動向は?」

シーリン「ふふ、鬼電よ。コールもひっきりなし。そろそろ誤魔化してらんないわね」

マリナ「ありがとう、でも大丈夫よ」


マリナ「――この放送で、決めるから」


シーリン「っ……!」ゾクッ

 ・
 ・
 ・
 ・

『――皆さん、私はアザディスタン王国第一皇女、マリナ・イスマイールです』

『現在、このザイール基地とその主張に賛同した他基地は、私自らが直接ザイール基地に赴き、指揮をしています』

『……その上で、今、私の背後にいる……いえ、この基地にいるすべての兵士には武装を許可し』

『【己の成すべきと思ったことを為せ】と命じてあります』

『今、不動のままに皆様の前に立つ彼らの姿が、この一連の騒動の結末です』

『異国の地より我らを支えに降り立った友人達よ。どうか、怯えないでください』

『彼らは自らの責務を真っ当すべく、在るべき場所へ戻りつつあります。危機は過ぎました』

――――

イケダ「本当かよ……!」

絹江「でも本当に武力で抑え込んでいない……つまり基地司令は指揮権を彼女に預けた? じゃあそもそもこの騒ぎは……」

絹江「……………………あ」

絹江「あぁぁぁぁ!! そっか、そうなんだ!!」

絹江「彼女からの離反じゃないから! だから最初から、そうなんだ!!」

イケダ「おぉ?!」


絹江「彼女は軍部を止めに来たんじゃない、守りに来たんだわ!」

絹江「【ガンダム】の襲撃を止めさせるために来た! 自ら囮になった彼らの、盾になりに!」


イケダ「……はぁ?!」


――――

『一連の騒動、立て続けの混乱、この責は偏に第一皇女たる私にあります』

『その上で、どうか皆さんに謝罪の前に一つ、宣誓させてください』

『この身、この生命。その全てを、アザディスタン王国の繁栄と安寧のために尽くすと玉座で誓ったこと』

『その想いに偽りのないこと、今皆さんの前で改めて、宣言いたします』

――――

基地司令「……本当に、何故ですか、シーリン殿」

シーリン「彼女はあなた達の蜂起の意図を考えていた。そして、結論を出した」

シーリン「アンフではユニオンと対峙して戦えるはずもない」

シーリン「そもそもあなたと派遣した将校は改革派。今ここでマリナ皇女から離反し蜂起する意味さえ薄い」

シーリン「だがあなた達が動けば、必ず動かざるを得ない者たちがいる」

シーリン「ソレスタルビーイング……そう、【ガンダム】」


シーリン「あなた達は自分たちを餌に、おびき寄せたガンダムをユニオン軍に鹵獲させ、その行為の見返りにアンテナ施設の再建をユニオンの主導で実行させようと画策した」

シーリン「皇女は全てお見通しよ。そして、憤慨したわ」

シーリン「それがこの結果。甘く見たわね、マリナ・イスマイールという女性の底力を」

基地司令「……暗殺未遂で、怯えてらっしゃると思ったのですが。流石はマリナ様、と言うべきか」

シーリン「馬鹿な人達。予め向こうに話を通さなければ、こんなことは言いくるめられた上で逃げられるに決まっているというのに」

シーリン「タリビアの真似事がしたいなら軍人を辞めて政治家を目指すべきだったわね。彼女に感謝なさい」


シーリン「あの子は今、あなた達を護るために、世界最強の武力の前に立っているのよ」


 ――――

『今、我が国は混迷を極めております』

『ラサーのお身柄は依然として捜索の渦中、そして国連支援の太陽光発電受信アンテナも、心なきテロによって破壊されました』

『そして今また、我が国を護る愛すべき兵士たちの必死の叫びの頭上に、無責任な鉄槌を振り下ろさんとする者たちが近づいております』

『――私は、逃げません』

『彼らの行いを裁くのも、彼らの想いを受け止めるのも、我々アザディスタンの民の責務』

『あなた方、招かれざる民の一存にあるものではありません』

『彼らの叫びを、言葉を無視し、暴力を唯一つの法として振るうというのなら、構いません』

『今ここに向かう悪鬼よ、私ごと彼らを撃ち抜くがいい!』

――――

ロックオン「はっは……言いやがった!!」

『対立、糾弾、挑発、静観……ソレスタルビーイングの国家の対応は多種多様ではありましたが』


『ふふ、【自分自身を盾にしてからの挑発】というのはまた、初めてのことですわね』


ロックオン「聞くまでもねえだろうけど、どうする? MSだけ狙い撃つか?」


『スメラギさんからは作戦中止と以降の活動に関する指令がつい先程届きましたわ』


ロックオン「流石ミス・スメラギ、動きにそつがない。そりゃそうか、クーデターは国家元首が自分から【解決】しちまったんだからな」

ロックオン「悪鬼羅刹の武力介入組織は、喜んで尻尾を巻いて逃げてやるさ」

『し、しかし……テロリスト側に狙われる可能性は……』


ロックオン「いや、無いね」

ロックオン「テロリストどもは彼女を撃てないんだ。残念なことに」


――――

サーシェス「ッッッ……ションベン臭えクソ皇女が!! やってくれやがる!!」

「緊急連絡で市内の奴等を動かしますか……!?」

サーシェス「馬鹿野郎!! 今のうのうとしてられんのは、徹底して連絡を取らねえで引きこもってたからだろうが!」

サーシェス「最後の詰めで尻尾出すバカが何処に居るってんだ! ボケが!」

「ぐ……!」

サーシェス「第一、もう改革派の詰まった基地内に入り込まれた時点でこっちの手駒じゃ何も出来ねえ……ッ」

サーシェス(あのアマ、何が悪鬼だ!)


サーシェス(これでソレスタルなんたらもユニオンも手が空いちまう! こっちに来るかも知れねえってこった!)


サーシェス「チッ……おい! 作戦時間を繰り上げるぞ、ジジイ連れてこい」

サーシェス「今すぐ移動するぞ! あの皇女に前に、ボロ雑巾みてえにしたラサーのザマを見せつけてやらあ……!!」


――――

『議会の日程は滞りなく、議員とそれに参画する有識者全ての能力を以て解決を目指すことを期待します』

『我らに必要なのは反目と停滞ではなく、融和と解決の道筋であるはずです』

『私は今しばらく此処に残り、兵士たちの声を聞き、成すべきことを為します』

『アザディスタン王国の下に集う全ての民が、神の教えとともに、かつての平穏を取り戻さんことを』

『そして――皆様、神の祝福のあらんことを』



 アザディスタンをほんの一瞬だけ騒がせた、夏の夕立にも似たこの事件。

 皮肉なことに、この気まぐれな風を最も活かし飛ぶことに成功したのは、他でもない。

 唯一、何も出来ず、何も成せぬまま敗北しようとしていた、一人の男の回り。

 反撃を誓った空の男達であった。



「見つけましたァッ!!北東7エリアの端ッ!!光学探知、映像出します!!」

「ッシャオラァッ!! ユニオンのエアロフラッグ偵察部隊なめんな!!」

『っ、目標ロスト……!』

「おぉい?!」
 
『此方モンターク1、粒子異常の反応で追跡しますか?』

「司令」

「……この映像は……盾付きだな」

「狙撃の恐れがあるが、プロフェッサー曰く移動中及び電波妨害が広域の場合威力と精度が下がっているらしい」

『……本当でしょうか?』

「メイン動力炉の粒子を集めて圧縮でどうのとか仮説らしいか……俺が言ったことじゃない、だが博士が言ってるんだから確かなんだろ」

「距離を保ちつつ粒子妨害濃度を囲むように追え。国外に出ることはあるまい、警戒は厳に」

『了解。殉職の際は保険金にイロを付けといてほしいものですな』

「馬鹿言え、このぼやけ写真一枚でボーナス検討ものだ。勝手に天国に逃げるな、仕事しろ」



――――


ビリー「本部から伝達」

ビリー「確認できたガンダムはザイールに近い北東エリア、盾付きだったらしいね」

ビリー「現在ロストしたものの、粒子の妨害範囲から広域散布?でいいんですかね、その状態で離れているらしいです」


ビリー「ご懸念が当たりましたね、プロフェッサー」


『えらいこっちゃ……最悪じゃ……!』

グラハム「【この時点でもう一機のガンダムが広域の索敵範囲にいない】……ソレスタルビーイングがこのような展開の愚を犯すわけがない」

グラハム「撤退開始がずれた可能性もない、北東エリアの反対側は最初から我らの索敵範囲だ」

グラハム「つまり……!」

『奴らめ、既にラサーの居場所を掴んでおる可能性が高い!』

ダリル「既に一手出遅れた……ってことですか……?!」

ハワード「では、どのように次の一手を?」

グラハム「決まっている。今すぐにでも打って出るぞ」

ダリル「候補は三ヶ所ですが……選択基準は?」

グラハム「無論、勘だ」

ハワード「それしか、無いですか……」

ビリー「ナンセンスだねえ、ここに来て運を天に任せるか」

『済まんな。儂がもっと吟味しきれていれば良かったのじゃが』

グラハム「滅相もありません。軍の諜報部ですらここまで絞れはしなかった」

グラハム「むしろプロフェッサーの頭脳なくして、この極限での三択には辿り着けなかったと言うべきです。感謝の言葉もありません」

『しかし……可能性の話とは言え、この戦局で早くも敵の本拠地を突き止めるとは』

『ソレスタル・ビーイングの参謀はよほどの戦巧者と見える、悔しいが、感服せざるを得んよ』

ビリー「……それで? どうするんだい、グラハム」

ビリー「勘はいいけど、違ったときは僕らは赤っ恥だ」

ビリー「何もないところを漁って、ラサーはソレスタル・ビーイングに救出され、リベンジも果たせず」

ビリー「ガンダムを追うことも無いまま、この国を去ることになるだろう」


グラハム「……」


ビリー「だけど、今、発見されたガンダムを追うという手もある」

ビリー「むしろソッチのほうが僕らの面目は果たされる。そうじゃないかい?だって」

ビリー「僕らは【対ガンダム調査隊】なんだから。ガンダムを追うのが仕事……違うかい?」


グラハム「……カタギリ……」


グラハム「……ふっ」

ビリー「!」

グラハム「ハワード、ドックへ早馬を。私のフラッグのエンジンを暖めておいてくれ(無論、比喩である)」

ハワード「はっ!」

グラハム「ダリル、ハワードと共に盾付きを追えるか。万が一に際しお前たちとチームだけは【証明】が要るはずだ」

ダリル「隊長お一人で、賭けに出ると……?!」

グラハム「カタギリの言う通りだ。我々の任務はガンダムの鹵獲と対処にある」

グラハム「まだ尻尾が見えた方に戦力を回すほうが、言い訳も利くということだ」

ダリル「……了解致しました、準備でき次第、すぐに出撃いたします」

グラハム「武運を祈る、フラッグファイター」

ダリル「隊長こそ、お気をつけて」




ビリー「っ……」

グラハム「分かっている、カタギリ。我らの存在意義を、我らが否定しては元も子もない」

グラハム「だが、まだフォールドには早すぎる。この国にとっても、我らにとっても、な」

グラハム「――足掻かせてもらうさ。せめて私だけでも、来訪者としての職務を全うさせてもらうとしよう」

ビリー「……そういうと思ってたよ、君ならね」

グラハム「諫言、痛み入る。辛い役目を負わせた」

ビリー「いや、分かりきったことを言ったまでだよ。後は任せたよ、僕らの切り札(ワイルドカード)」

グラハム「任せろ盟友。奴らに釣り上げすぎた賭金のツケを払わせてやる」


ビリー「……で?何処にするんだい、三ヶ所の方は?」

グラハム「……コインでは駄目だな。ダイスにするか?」

ビリー「弱ったね、僕はこう言ったものに縁がないんだよ。カジノヴァージンなんだ」

グラハム「私もだ、これ以上人生にギャンブルを追加する余裕など無い」

ビリー「君は日常的に命をベットする悪癖があるからねえ、いい心がけだよ」

グラハム「お褒めいただき光栄だ、さて……」


PPPP

グラハム「む」


PPPP


ビリー「……僕じゃない」

グラハム「……私だ」

ビリー「誰だい?」

グラハム「当ててみろ。お前もよく知る人物だ」


PPPP

ビリー「あぁ、どうしよう……すごく嫌な予感がしてきた」

グラハム「そうか?私はむしろ天啓と受け取った」

ビリー「……本気かい? グラハム」

グラハム「あいにくジョークのセンスは皆無でね。後は……」

グラハム「彼女に、幸運の女神の資格があるかどうかだ」

PPPP PPPP



――――

サーシェス「そうだよなあ……【お前】なら、此処が何処か分かってもおかしくはねえなあ!!」

サーシェス「えぇ?! そうだろ、クルジスのガキィ!!」


 蒼白のリニア弾が、滅びた村の上空を鋭角に打ち上がっていった。

 それが狙いを捉えることはなかったものの、勢いを殺された獲物は蛇行落下と共に距離を詰め、改めてイナクトと対峙した。

 ガンダムエクシア。

 右腕の刃を展開し、かつての因縁に切っ先を向ける。

 サーシェスは鼻で笑い、強化アンテナによる部下たちへの特殊無線を開いた。


サーシェス「ポイント8、今は待て。何とか誘導する、焦んじゃねえぞ」

サーシェス「それと回収班……プランC、分かってんな? ――やれ」


 冷たく言い放たれた言葉に、部下は笑みとともに銃器を構える仕草をして、モニターを切った。

 サーシェスの語ったプランC。

 それ即ち「ラサーの即時殺害」を意味するものであった。


サーシェス(こんだけ荒らして派閥の対立も煽ったんだ、このままラサーが帰らぬ人となれば結果としてアザディスタンの改善はほぼ不可能)

サーシェス(改革派にまでクーデターまがいを始めるやつも居るんだ、まあ潮時だろ)

サーシェス(決めていた【使い方】が出来ねえのは心残りだが……十分だ、後はユニオンごと泥沼に沈んでもらうぜ、ソレスタルなんたら!)


 この男はギリギリまで勝算を見極めていた。

 ユニオンに対する国軍の不信。

 証拠映像に対する芳しくない反応(これはイナクトがフラッグに似ているせいで勘違いされたんだろうと彼は思っている)。

 好転する要素は多かったが、やはり王女の実力行使が何よりも痛手であった。

 ユニオンがもし小利口に事態を収拾しようとしてきたなら、サーシェスの部隊は双方からの挟撃を受けることになる。

 それだけはまずい。彼であっても、大国相手のまともな交戦は避けるべきことであった。

サーシェス「つうわけだ、案件のバッティングになっちまうが……」

刹那「ガンダムエクシア、対象をアザディスタンにおける紛争幇助対象と断定」


サーシェス「その機体、俺に寄越せよ! ガキィ!!」

刹那「武力介入に移行、目標を――駆逐する!」


 黒と白、二振りの暴力が交差する。

 直後、火柱が上がった。

 乾いた風を巻き上げ踊る、真っ赤な爆炎。


 驚いたのは、サーシェス。

 そして、すぐに気づいた。


 やられた、と。





――――

「」

「フェーズ1はクリア、フェーズ2に移行……頼むぜ、刹那」

ラサー「ぐっ、う……!」

「とりあえず当たってはいないか……案の定殺す気満々だな、うちのボスの予測は怖いくらい当たる」

ラサー「ユニオンの者、ではないな……まさか……?」


ラッセ「ソレスタル・ビーイングです。御身の奪還のため、参上致しました」

ラッセ「失礼、抱えます。しばしのご辛抱を!」

ラサー「おぉっ……!!」



――――


――トレミー――


アレルヤ「ティエリア、まだ拗ねているのかい?」

ティエリア「言葉遣いに気をつけてもらいたい、まるで俺がへそを曲げていると言いたいように聞こえる」

アレルヤ「ご、ごめん……」

フェルト「違うの……?」ヒソ

クリス「フェルト、シッ!」


ティエリア「……確かに、今回の作戦で最もスメラギ・李・ノリエガが懸念していた【対象の奪還拒否の殺害】は、ガンダムでは難しい」

ティエリア「まして我々マイスターが降りて作戦行動するなど論外だ、それは分かる」

ティエリア「だがわざわざラッセ・アイオンを地球に、しかも早期の段階で準備させている。その思慮に懸念があると言いたいだけだ」


リヒティ「……つまり?」

クリス「最初から失敗とか事態の悪化を前提に次善策を用意するのが負けてるみたいで嫌ってことじゃないの……?」

ティエリア「…………」ジロッ

リヒティ「ヒェッ……」

クリス「ひーん! どうしろってのよう」


アレルヤ「ロックオンは現在ユニオン部隊に対し陽動作戦を展開している」

アレルヤ「粒子撹乱用のいろんな装備を手当たり次第試しているみたいだけど、危険なのには変わりない」

アレルヤ「王留美たちエージェントをロックオンのサポートから外さないことを考えると、信頼できる実力者を直接派遣するのが一番だと言うスメラギさんのプランには賛成だけど」

アレルヤ「確かに、そこまでしなくてはいけない相手であるというのは興味深いね……僕たち、何だかんだ圧倒する側だったから」

ティエリア「ユニオン側が余計な動きをしたのも想定外だった。どうせ解決もできない愚鈍な軍隊、じっとしていてくれればよかったものを」

アレルヤ「スメラギさんはまだ懸念がある様子だけれどね……【自分が20まで絞れたなら、あの人は3まで絞ってくる】だったかな」

ティエリア「……どうあれ賽は投げられた。ソレスタル・ビーイングとして相応しい結末を望む」


――――


 GNソードが深蒼の装甲めがけ閃き、唸る。

 先の爆発から明らかに動きの精彩を欠いたイナクト。

 それでも絶妙な距離を保ちつつ、右へ左へと回避運動を取っていた。


刹那(――やはり、読まれている)

刹那(速度を乗せるため振る必要があるGNソードでは、捉えきれないか)


 百も承知だ。

 あの男から戦い方を学んだ。

 誰かを殺す術は、目の前の男が叩き込んだものだ。

 予測、推測の材料には困ることはあるまい。

 かといってここまで完璧に躱されるのは、流石に超越が過ぎるとは思うが。


 そのための備えは準備してきた。

 ガンダムエクシア・セブンソード。

 今日こそ決着をつける、この男を、過ち(じぶん)の生まれたこの場所で討ち取って。


ラッセ『刹那! 目標地点に到達した、機を見て回収を頼む!』


刹那「! 了解、警戒を怠らないでくれ」


ラッセ『連中、数は少ないが予測どおりガチで来てる。急いでくれ』


 直後の、ラッセの言葉。

 余裕が無いので一言で切り上げたが、やはり頼もしい。

 予定より75カウントも早く、即席で構えたポイントで防戦体勢を取っている。

 再度燃え上がる爆炎。廃屋が残骸に生まれ変わる。

 使い捨てのロケットランチャーのものだが、派手にやるものだ。

 オートマトン用のハッキング機も効いているのか、ところどころで銃撃戦が始まる。

 ……当然、イナクトの動きも怪しくなる。

 ラッセの言う通り、もはやラサーを生かしたままにする気はないらしい。

 させるかよ。

 踏み込んだ勢いのまま、ソードを盾代わりに迂回するように機体を捻った。


サーシェス「がっ……!?」

刹那「お前の相手は……俺だ!」


 進行方向を予測し、遮りつつ、ぶつかる。

 直撃こそしなかったが、掠めてよろけた機体が大きく浮き上がって立て直していく。

 こちらもソードを収めつつ、遠心力を生かして機体を持ち直させた。

 展開、右腰部ホルダー。

 構えるはGNブレイド、切断力特化の対MS兵装。

 これならば、捉えてみせる。

 睨み合いもそこそこに、機体を傾ける。

 GN粒子を用いた高速飛翔接近。

 先ほどよりも遥かに細かく、内から踏み込んだ一閃。

 確かに反応が遅れた。離脱を間に合わせはしない。

 高く響くような音とともに、横合いから切りつけられへし折れるブレイドライフル。

 爆煙でカメラアイの尾を引く光がすれ違う。


サーシェス「バカなッ……!」

刹那「まだまだッ!!」



 続け、今しかない。

 引き戻しと振り返りを重ねて、追いすがる一撃。

 受け止められる。速度を下げての、振りの前に腕を抑えられて。

 追い詰めてやる。胴部を殴りつけ離しつつ、拘束を解かせた。


サーシェス「俺が……ッ?!」

刹那「おおおおおぉぉぉッ!!!」



 三度、袈裟、薙ぎ、突きを繰り出す。

 ソニックナイフを抜かせる隙さえ与えるものか。

 詰まる距離。大きな広場で、相手の機体が体勢を建て直さんと前傾に揺れた。

 ――ここだ。今しかない。

 地面を蹴り上げ、バーニアと重ねた、急速突進。

 ブレイドの切っ先を真っ直ぐに向け、勝負に出る。

 
刹那「ここで、仕留める!!」

サーシェス「負け、る……!?」



サーシェス「……なぁんてなぁッ!! ポイント8、ヤれ!!!」
 


 ―― 一瞬のことだった。

 まず、機体が沈んだ。

 蹴り上げんとした地面が、一瞬で抜け落ちたからだ。

 そして、機体は更に垂直に跳ね上がった。

 突き上げられた、巨大で威圧的な、褐色の影に。


刹那「ぐ、ぁ……!!」


 それが何なのかはしばらく分からなかった。

 砂煙が晴れつつある中で、ようやく全容を見せたそれ。

 信じ難かった。まさか、こんなものまであるとは、と。


『ハッハァ!! どうだよ、ティエレン捕縛用のフロント・ジョーの威力は!!』


 ――アグリッサ。こいつは、タイプ10か。

 接触回線のがなるような声の通り、機体前面に四対からなる【顎】を取り付けた、特別仕様。

 六本の足が広がり接地し、通常の倍以上の長さの捕縛アームが下部から伸びる。

 左腕ごと胴体に食いつかれたエクシアは身動きが取れない。

 右手のブレイドを振るう前に、右腕が払われ、弾き飛ばされた挙げ句拘束された。


刹那(しまった……!!)


サーシェス「あー、あー、聞こえるかあ? クルジスのガ・キ(はぁと」

刹那「ッ……」

『ボス、コイツを』

サーシェス「おう」

サーシェス「――あぁ、やるじゃあねえか。前もってこいつを運び込むのは賭けだったが……もし何もなきゃ俺は今頃バラされてたぜ」

サーシェス「お前の上司はかなり際どく俺の動きを読んでたようだが……忘れたか?」

サーシェス「お前の動きを一番知ってんのが俺だ。謀らせてもらったぜ、ソレスタルなんたら」


 ブレイドライフルの換えをアグリッサ上部のヘリオンに投げ渡されるイナクト。

 アグリッサは掘られた地面に隠された上で、奴の指令まで黙っていたということか。

 最初から仕組まれていた? いや。そうではない。

 この男の性質を忘れていた。

 【少ない勝算に賭ける】ことはしなくとも、【変えうる勝算は最大限に拡充する】のがこの男。

 この男は、この期に及んで出来ると確信してきたのだ。国とガンダム、総取りを狙えると。

 それが、アリー・アル・サーシェス。この国をかつて凋落させ、今再び毒牙を向く男だ。


サーシェス「さて、気になるのは俺が全く読めてねえ方の……あっちだ」

サーシェス「俺はジジイとザコを消す。壊せるところ全部ぶち壊せ、胴体さえ残ってりゃそれでいい」

『アイアイサーッ!!』

サーシェス「じゃあな、ガキ」

サーシェス「この国の滅びってやつを、その特等席で堪能してくれや! ギャハハハハッ!!」

刹那「させ……るかッ!!」


 まだだ。

 まだ、終わっていない。

 俺はガンダムにならなくてはならない。

 今度こそ、止めなくてはならない。

 機体のシステムのロックを解除。

 虎の子を見せることになる、だが、やるしか無い。

 ソレスタル・ビーイングに、敗北は許されない。


ラッセ『刹那、大丈夫か?!』

刹那「ラッセ、伏せていろ!!」


 スラスター展開、粒子効率最大。

 決めるしか無い。奴が動く前に、どちらか腕を失ったとしても。

 エクシアの全身が淡くライトグリーンに照らされる。

 アグリッサの狼狽がはっきり見えた。

 やるしか、ない!



サーシェス「……あ?」

『え?』


刹那「……何?」




 ――その時だった。

 それは、いつの間にか接近し、いつの間にか、センサーにけたたましく存在感を示していた。

 漆黒の機影。

 投げ出されるように展開する、細いEカーボンの四肢。

 流星の如き速度で、直角に下降してくる、そのシルエット。

 
 それは、見紛うハズもない……


グラハム「人呼んで――グラハム・スペシャル&リバースッ!!!」


……最悪の敵の、御姿そのままであった。

【注釈】
一期作中のアグリッサは【13】
外伝P登場の軌道エレベーター防衛用先行量産型は【7】
どちらも【プラズマフィールド】に関しては標準装備。
よってこの【タイプ10】も装備しているが、フロント・ジョーによる捕縛では有効範囲外であまり意味を持たない。
上部のヘリオンはサーシェスのイナクト以前の搭乗機という設定。
戦力差十倍を跳ね除けたこともある愛機だったが、イナクトのあるサーシェスにとってはもはや不要の存在で部下へお下がりとなった。
思い入れも何も全く無い。




――少し、時間は遡る――


絹江「――ここよ、間違いない」

グラハム「敢えて聞こう。根拠は」

絹江「ジャーナリストとしての勘よ」

グラハム「よし。フラッグを出す、出撃だ!」


ビリー「ちょっ、ちょっと待ったグラハムッッ!!!」


 電話から呼ばれて五分、到着と同時に問われ、一瞬。

 グラハムと絹江の邂逅は、その場に居合わせた人物総ての予想を裏切り、すれ違いにも等しい時間で行われた。

 ポイントF3987。

 軍用の共通コードで呼ばれたそこは、旧クルジス領の廃墟が立ち並ぶ地域。

 レイフ・エイフマンが三つに絞った潜伏地域の一つであり、彼女が今、見せられた瞬間指し示した場所であった。


グラハム「……」

ビリー「良いんだね? 君の性格だ、もし違ったとして彼女に責任は問わないだろうけど……」

グラハム「いるさ、必ず。ガンダムも、あのイナクトもな」

ビリー「あぁもう……! なんでそう言えるんだい? 彼女の勘に全額賭ける理由は!?」

グラハム「彼女は言った。ジャーナリストの勘、と」

グラハム「彼女は憶測や天運に任せてジャーナリズムを語りはしない。つまりこの勘とは、ダイスの目の話ではないということだ」

ビリー「……なるほど……?」

グラハム「そして彼女は日本人女性だ」

ビリー「……つまり……?」

グラハム「奥ゆかしい、という意味さ」

ビリー「のろけかい?」

グラハム「時間的猶予に配慮し結論のみを告げたのだよ。機体の準備は!」

整備士「万全です、ご武運を!」

グラハム「重畳! ……では、行ってくる」

ビリー「はは……OK、蹴散らしてこい、グラハム!」


 

 盟友はお互いの拳を突き合わせ、エースはコクピットの中へと滑り込む。

 一瞬、ざわつくような寒気を背筋に覚えた。

 彼はそれをよく知っている。

 死の感覚だ。

 だが、不思議と恐れはなかった。

 ほんの数時間前、剥ぎ取られた虚構の誇りの代わりに。

 ただ一人の女の願いと、ただ一人の友の激励が、篝火となって燃え盛るのを感じていたからだ。


「グラハム・エーカー、カスタムフラッグ! 出撃する!!」



 急かすような発進が、やや強引に彼を大地から引き離した。

 もはや迷うまい。

 あの細く嫋やかな指の指し示した場所へ、今は一刻も早く……!
 


 ・
 ・
 ・
 ・


 そして、着いた。見た。

 深蒼の機影に、青白の装甲。

 彼女の名誉と自身の雪辱の機会、二つが同時に守られたことに、彼はただ小さく息を吐く。

 そして蘇ってくる、痛烈な敗戦の記憶。

 怖気に怯む身体に、まずは鞭打ってやろうではないか。

 グラハムの顔に浮かぶ笑みは、己への嗜虐に危なく歪んで見えた。


「人呼んで……!」


 まずは牽制。

 連射される小口径弾頭で狙える目標総てに順次掃射。

 イナクト、回避運動、微小。防御ロッドを交え無傷。

 アグリッサ、初動は大きく回避し、以降は不動。牽制への過剰反応など、練度は高いが判断は甘い。

 ガンダム……捕縛状態。あれしきで止まる機体ではないが、対処には時間を要するであろう。

 三秒無い程度の思考を介し、ならばと変形、同時に構え。

 空気抵抗の乗った多大なGの中、一点を見据える。

 チャージ完了。最大火力。

 狙いは、イナクト。現状最大の脅威対象。


 ――発射よりわずかに速い回避運動。

 追随させる砲口、やや重く。

 それでもねじ込むように定めた砲身は、正確無比に目標へ追い縋った。

 放たれた一撃は確かに狙い通りに蒼を捉える。

 しかし、敵影は異常なほど上体を仰け反らせ、ほぼ地面と平行に跳躍飛翔。

 避けられた。

 砲弾が地面を砕き、砂煙を吹き上げる中、その有様を確認するまでもなくフラッグは更に巡航形態へと再度の変形。

 一気に加速し上昇旋回しつつ距離を取った後、内蔵された高感度センサーによって地表を探知した。


グラハム(ガンダムの交戦以前に、爆風が離れた場所で確認できた)

グラハム(恐らく別動部隊による奪還作戦、それも使用された火力から推測して既に成功していると判断できる)

グラハム(ならばラサーは敵の手を離れている。今私が請け負うべきは、最大の脅威の排除!)


グラハム「ガンダムを前に口惜しさもある……だが、私も人の子だ!」

サーシェス「ガンダムのお次はキチガイフラッグかよ……まるでテーマパークだなァ、おい?」



グラハム「まずは、お礼参りと行こうか! イナクトのパイロット!!」


サーシェス「ハハハハハハッ!! アガってきたぜ、えぇ?! そうだろ! てめえもッッ!!」


グラハム「応ッッ!!」
 


 グラハムは己を叩くように声を上げた。

 後方確認モニタに映る臨戦態勢のイナクト。

 明らかに漲っている闘志の有り様に、奮い立つ必要があった。

 機体を大きく迂回させる。

 加速の乗ったコクピットが重圧に支配される。

 その軋む感覚に、逆に冷静になっていく自分が、彼は少しおかしかった。

 ――無線は【戦闘状況が確認できた瞬間に封鎖されていた】。

 あそこまであの蒼のガンダムの粒子が届いていたとは思い難いが、今は目の前の事態が全て。


グラハム(想定外、予想外、大いに結構)

グラハム(罠なら全てねじ伏せて魅せよう!)


 仕掛けるならば、やはりあの技しかあるまい、と。

 迎撃の蒼弾飛び交う中へ、彼は一気に機首を沈めた。


サーシェス「馬鹿の一つ覚えが!!」

グラハム「それはどうかな……!」


 狙い定めるブレイドライフルの銃口。

 迷いない構え。間違いなく空中変形の微細な変化を確実に貫いてくるだろう。

 想定の挙動変化程度では確実に胴に風穴が空く、グラハムをして確信めいた予感があった。

 急降下のGに端正な顔が歪む。無論、それ以外の要素も込めて。


グラハム(なれば、その機体動作にさえ滲む嘲笑と自信、悉くを押し返す!)


グラハム「グラハム・スペシャル……!!」

サーシェス「ッ……?!」


 牽制の連射の後、機体が再び四肢を広げる。

 鈍化する感覚。時間は細分化され、脳が摂取を遅らせる。

 牽制など意にも介さぬくそ度胸、あまりに正確に動く砲口。

 あまりの堂々たる様、まともに動けば防御ロッドさえ抜いてくるであろう。

 だが、機体は突如沈み込むように傾き、機体はあらぬ角度で転げたように体勢を崩した。

 その動きに、サーシェスは虚を突かれた。

 正確な予測であったがこその、僅かな指の遅れ。その一瞬は隙を狙うには半歩を遅らせ……


グラハム「い・ま・だッッ!!」


サーシェス「チィッ!!」


 僅か、残り半歩を追いつき撃たれた砲弾は、回るように体勢を整えたフラッグの防御ロッドに弾かれ宙に散った。

 明確に詰まった距離。

 加速を損なうも前進を止めないグラハム機の右手には、鮮やかに迸るプラズマの刃。

 一直線に奔る砂煙。

 二つの機影は今や同時に一本の線となって廃村を両断した。

――ジェットの姿勢制御噴射で吹き飛ぶ砂塵。

 二振りの光刃が二機の間を交錯し留めている。

 コクピットのサーシェス、とっさのエアバッグ展開で衝撃回避。

 置くように展開したプラズマソードで抑えつつ後ろに脚部と連動した噴射の後方跳躍で衝突のダメージを最小限に留めていた。

 まともに受けていればガンダムすら無事には済むまい質量攻撃。

 バッグを収納し顔を上げた男の顔。狂気的な笑みは、もはや獣と言って差し支えぬものに変わっていた。


サーシェス(馬鹿か、こいつ。今、確かに【墜落】してやがった)

サーシェス(止めてやがった、メインエンジンを! その隙を馬鹿みたいな推力で無理やり補って、無理やりこっちとの距離を縮めてきやがった!!)

サーシェス(馬鹿か、こいつ。手足の挙動だけで姿勢制御して再加速と安定を同時に……!)

サーシェス(ウルトラCか、何処で学ぶんだ、そんなもん! 一歩ミスれば落ちて死ぬだけの曲芸じゃねえか、あんなもん!)


サーシェス「クレイジーだぜ、何だ? 自殺志願か? 英雄願望かぁ?!」

サーシェス「あぁ、畜生! その気にさせてくれるじゃあねえか、ユニオンの飼い犬がよ!!」


グラハム「即興ながら、案外やってみるとうまく行くものだな……!」

グラハム「だが、好都合……この距離、逃がさ……!」

サーシェス「シィヤァッ!!」

グラハム「ッ!!」


 にらみ合いの埒を開けたのは、イナクト。

 右腕のブレイドライフルを掲げて、縦振り一直。

 フラッグは腕側にライフルを差し込むように受ける。

 しかし、直後、ゆらぎと衝撃。

 受け止めた瞬間にイナクトが浮いてわずかに下がり、機体を振って前膝蹴りを入れてきたのだ。


グラハム「ぐ、ぬ!」

サーシェス「そぉらあ!!」


 揺らぐ機体、空戦のGとは別種の震えに揺さぶられる身体。

 そのまま飛び上がるように二本の刃がフラッグに襲いかかる。

 踏み込みの急後退……間に合わない!

 グラハムは右半身に機体を傾け対応しソードをかち合わせる。


グラハム「ッが……!」


 だが、やはり衝撃は直後。

 振りは仕込みだった。受けた衝撃は軽く、イナクトは釘付けになったように空で止まり、回し蹴りを放つ。

 腕全体で受け止め、機体の損壊は免れたが、逆に衝撃は直に胴体に響く。

 火花散らす刃をそのまま内に押し込んで、肩をぶつけて距離と体勢崩しを仕掛ける。


グラハム「ッ!」

サーシェス「はっはぁ!!」


 やはり、また、軽い!

 スラスターを半秒切ったクッション動作、スムーズに着地したサーシェスが踏み込みと同時に機体を一気に噴射前進。

 速度の乗った状態で回転動作、右腕のブレイドライフルが、水平に遠心を乗せ、一文字を描いた!


サーシェス「ちょいさぁッッ!!」

 再び、砂塵が滅びた町を彩った。

 重厚なEカーボンの一刀は漆黒を断ち切るに能わず。

 奔った機体の背後には、屈むように膝をつくフラッグ。

 サーシェスは確かに見ていた。

 体勢崩しに失敗したフラッグの機影が、大きく仰け反ってブレイドライフルの下をくぐり抜けたのを、だ。

 機体をアラート完全無視で投げ出し倒し、スラスターの角度と姿勢で半円を描いてすれ違い、全体をひねりつつ速度を緩め、着地。

 一瞬で数度の動作、泥臭くもおぞましい異常難度の重ね合わせ、超常ムーブであった。


サーシェス「ウルトラCかの次は猿マネかよ……芸達者は良いね。見てて飽きない」

グラハム(あ、危なかった。後退、交錯、突貫、迎撃、どの対処でも殺られていた……!)

グラハム(何という芸術的な機体制御、何という精緻なペダルムーブ……!)

グラハム(恐怖より感嘆が先走る! これが最高峰か……つくづくテロリストであることが不思議で仕方ない!)


 先程見ていた動きを分析したわけでもない、ぶっつけ本番の回避動作に全身の汗腺が絶叫する。

 明確な死の予感に、グラハムの表情は今や限界まで釣り上がっていた。

 ――奇しくも目の前の凶獣に等しき、死闘に愉悦する狂気の笑みに。

 楽しいのだろう。確かに、楽しいのだ。

 自分でも驚くほどのマニューバをお互いが繰り出し、繰り返す。

 寸前逡巡皆無のクロスレンジコンバット。

 自分より遥か高みにいる敵との戦闘。

 ガンダムと比肩しうる脅威との全力の闘争、面白くないわけがなく。

 だが、勝たねばならない。

 その理由を忘れ果てるまでのめり込むことだけは、この男自身の誇りが許しはしなかった。


サーシェス「!」

 
 先手はグラハム。

 リニアライフルを構えつつ、機体を前進させた。

 後手、サーシェス。

 動作を確認した瞬間、ほぼ同時に近く前進と照準。

 両者の意図は等しかった。

 【ガンダム】だ。

 あのアグリッサがどれほど優位に立っていようとも、フラッグ乱入後の状況で長く拘束できるはずはない(勝てる可能性など皆無だ)。

 そうなれば、逃げるにも戦うにも【目の前の相手にかまけてはいられない】という現実があった。

 最高峰のエース同士で共有していた認識、そしてそれは――


グラハム「ハァァッッ!!」

サーシェス「リャアアッッ!!」


 次の衝突をより苛烈にする燃料めいて、お互いの殺意に注がれていくのだ。

帰宅してから書こうと思ったらもうこんな時間……申し訳ない、休暇の火曜日に必ず



――――

「ずぇりゃあああッッ!!」


 巨体が跳躍する。

 中空で翻ったそれは、大顎を下に真っ逆さまに重力に引かれていった。

 轟音。突風。吹き荒ぶはエメラルドグリーンの粒子光。

 合わせて数百トンものEカーボンの塊が、褐色の大地を強かに殴りつける。


ラッセ「ッおぉ……!!」

ラサー「っっ……!」


テロリスト「うぉっ?!」

テロリスト「滅茶苦茶やりやがる……ひひっ」


 震える大地に脅かされ、頼りない足場に手探りで支えを探す人々。

 それは所属、年齢、一切を問わない等しい脅威。

 安定を確認し次第、再び鉛玉の応酬が始まるのは、悲しき人のさがか。

 そして。


「何でだ……ッ」


「なんでぶっ壊れねえんだよぉッ!!」



――アグリッサのコクピット内。獲物に向かって、悲痛に叫ぶ大の男が一人。

 今まさに顎に咥えて離さぬガンダムめがけ、甲高い泣き言で狼狽を露わにしていた。

 アグリッサの昆虫めいたフロント・ジョーに食い止められたエクシアが、砂煙の中からシルエットを浮かび上がらせる。

 先程、機体もろともアグリッサの下敷きにされたばかりのボディ。

 象徴とも言えるV字アンテナ、白い双眸。

 白磁の肢体と形容して差し支えぬ蒼白の装甲、四肢。

 いずれも全て健在。

 この二分足らずの間、都合四度。打ち据えられた機体は、一切が無事のままであった。



刹那「……エクシア……まだ、行けるな……!!」



 MS、その区分の上にガンダムも成り立っている。

 その法則に従っている以上、如何な天上人の操機とて、絶対の弱点というものは存在するものだ。

 関節……カメラ……精密機器、これらは粒子の防護を受けられないか、以てしても砲弾の衝撃に耐えきれない場合があった。

 無論、その一点で言うならアグリッサの圧殺攻撃は全てが最悪。

 エクシアは胴体のみを残して無惨に散らばっていて然るべきである。


「ッッだらぁぁぁぁ!!」


刹那「ッ、またか!」


 五度目の跳躍。ジェット噴射と脚部の跳ね上げを活かした、高速の浮上行動。

 刹那はこれを知っていた。サーシェスがよく扱う、緊急浮上と即時高度確保のためのオリジナルの戦術操作だったからだ。

 そして機首が落ち、再び地面へ向けて降下を始める巨体。

 刹那はその瞬間、落ち行く感触の中で高速でコンソールを叩き……五度目の【それ】を再現してみせた。

 エクシアのスラスターに存在する展開機能を【半展開】させ、GNソードの慣性を最大限軽く設定。

 即席モーション操作で腕を縮め、跳ね上げる動作に連動し、スラスターからの放出粒子にペダルを三段階、わざと籠もるように。

 潰されないよう足もサブモニターから確認し安全圏に開いて逃し、食いつかれた左腕が干渉と摩擦で折れないよう、角度も最終微調整。

 クラビカルアンテナによる放出粒子への干渉、最大出力。

 五度目ともなればもはや精度は言うに及ばず。刹那は最後に見据える余裕さえ残し、モニターを睨んだ。



「あぁ……?!」


刹那「ッ……!!」



 その全てがほんの五秒足らずの間に行われた結果、爆発的加速を生むはずのスラスター粒子はクッションのような【圧縮粒子】を生成。

 更に重量変化をしつつ投げ出されたGNソードが地面を切りつつ衝撃を適度に逃し、柔術の受け身のような状態を生み。

 調整された脚もまた同様に、関節へのダメージも最小限に押さえ込み、当該の攻撃行動を的確に無力化、矮小化に成功していた。

 無論、こんなものはガンダムを使用する上で予めにレクチャーなどされない。

 完全な刹那・F・セイエイのアドリブ回避。

 敢えて言おう。神業である、と。



「畜生、畜生、畜生……!!」

「何かやってんのは間違いねえのに……何をされてんのか全く分からねえ……!!」


刹那「ラッセ、聞こえるか!」

ラッセ『!? 大丈夫か、刹那……!』

刹那「後にしろ! 付近のEセンサースキャンデータを端末に送る! ラサーを連れて予測退避ポイントを目指せ!」

ラッセ『お、お前……その状態でそんなことやってたのか!』

刹那「ラサーは!」

ラッセ『無事だ、マフ付けて隣りにいる。傷一つつけさせやしねえよ』

刹那「だが機動兵器の処理が終わらなければラサーは回収できない」

ラッセ『万事任せた! こっちは【置き土産】も仕込み終わったんでな……!』


刹那「分かった……頼らせてもらう」

ラッセ『おー、何よりの言葉だ! そんじゃ、ちと張り切っちまうかねえ……!』


刹那「……さて……!」


「だったら、機体がぶっ壊れるまで何度でも……!」

「……?!」


刹那「諦めろ、もうそいつは……跳べない」


 アグリッサの機体がエクシアを持ち上げて、立ち上がろうとする。

 しかし、機体の節々から散る火花がアラートに先駆けて異常を伝えた。

 五度の暴挙、一度目は完璧だったと刹那も驚いたものだが、健在のエクシアに動揺して、以降明らかに精彩を欠いたモーションを繰り返していた末路。

 アグリッサは重みに耐えきれず、機首を地に下ろしてしまった。

 
刹那(飛び上がる瞬間とスラスターの上昇ブーストを合わせなければ、関節に多大な負担がかかる危険な運用術)

刹那(仮にあの男が使っていたなら、二十回繰り出そうがこうはなるまいが、付け焼き刃などその程度の切れ味ということだ)

刹那(……あのフラッグ、まさかと思うがあの勢い……)

刹那(雑念、だな。今は集中を――!)

なんとも情けなや二ヶ月の速さよ……火曜日に必ず。いいかげんアザディスタンを抜けたい
前作といいアザディスタンは私の鬼門なのでしょうか


 不意に機体を影が覆う。

 エクシアがソードで視界を払うように薙げば、僅かな衝撃と、押し返される感触。

 それは、悪あがきのように延長された爪の如き拡張腕。

 とにかく攻撃をさせまいと、致命打にならない一撃でも繰り出し続けるしか無く。

 そしてそれがいつまでも続きはしないことは、この場の双方がよく理解していることでもあった。


刹那「無駄なあがきを……!」

「ぬう、ぐ……くううううう……!」

「ボス! まだかよ、ボス……!」


 サブモニターに映るラッセとラサー。

 ルート上に敵の存在はなく、このまま自身が解決さえすれば回収、即時離脱の目処さえ立つ。

 だが、まだ敵は残っている

 かつての師と、正体不明の狂人。

 どちらが残ったとしても、大きな障害であることには変わりないはずだから。


刹那「……!?」


 そんなときであった。

 相手の動きが……変わったのは。


――――

グラハム「はぁッ!!」

 ――交錯。

サーシェス「るぁぁッ!!」

 ――反転。

グラハム「ッ……!!」

 ――衝突。

サーシェス「チィッ……!!」

 ――相克。

 
 それは、イナクトとフラッグ、機動力を武器とするMSが行うにはあまりに危険な戦闘行動であった。

 機体三つ分からほぼ距離は離れず、互いの装備と正面装甲、Dロッドの激突を以てぶつかり合う、もはや【ドつき合い】。

 ブレイドライフルの振りを、試作ライフルが刃に噛まないよう逸して弾き。

 ソニックナイフの刺突をスウェーで避けきり、脚のせめぎでまた距離を離す。

 サーシェスの舞うような機体挙動に、グラハムは逃すまいと強引に追随させ。

 グラハムの豪快極まる一撃を、サーシェスは辛うじて受けきり、凌いで魅せる。

 致命打を避け続けた装甲は双方曲がり、ひしゃげ、ひび割れて。

 それでもお互い、狙うは全て致命傷。

 もはや小手先の布石は打つに能わず。

 今……二機の刃が同時に蒼熱を失い、刃が溶け落ち喪われるのを合図に。

 朱と黒の距離、ようやく八つ分は離れ、睨み合いにまで戻るのだった。


グラハム「はぁっ……はぁっ……しぶ、とい……!」


サーシェス「ぜぇっ……ぜぇっ……さっさと、死ねや……このっ!」


 どちらにも焦りはあった。それは間違いない。

 ガンダムを相手取る以上、万全でなくてはいけないのだから。

 しかしどちらにとっても放置できる相手ではなく、そしてどちらも……読めつつあった故に。

 お互いの動き、思考、癖、戦術……決死の攻防の中でそれは意図せずとも自然と染みてくるものでもあれば。

 把握、予測、対応……一流同士の攻防は、運悪く【千日手】の方向にシフトしつつあった。

 だから、決めきれない。

 そして今も、二本目のソードを出すことをお互いが躊躇っていた。

 相手も出し難いと分かってしまい、己も出しにくいからだ。

 ガンダム相手に向けた、温存か。

 目の前の猛者相手への出し惜しみ無い全力か。


グラハム「ッ……」


 あるものは矜持。

 今度こそという決意と、背負うもののため。


サーシェス「……」


 あるものは利益。

 他者の慟哭の流血に喉潤す生き方のために。


 さながら、ガンマンの早抜きのような睨み合い。

 恐らく五秒と無い時間であった。

 

『ボス!! 済まねえボス! そっちは終わんねえのか?!』

サーシェス「! ッッ、あぁ!?」


 サーシェスの機体が、下がった。

 愚かしいとっさの無線に体が動いたがため。

 そして、その隙を逃すフラッグファイターではない。


グラハム「ッッ!」


 グラハムもまた、自然に体が動いていた。

 膠着を切った挙動に追撃を。

 即座に引いた引き金、蒼弾が一直線に二人の距離を繋げた。


サーシェス「ばっかやろ……ッ!!」



 まともに受けていい一撃ではない、それは鉄人の主砲と同等以上の脅威だ。

 半身に身体を引きながら、やはり機の上体を仰け反らせつつの、ディフェンスロッドでの回避行動。

 もはや怖気などという曖昧なものではない、死ぬ、死んだ、そういう類の感覚に赤毛がざわつく。

 はっきり見えた……そう彼は思った。

 リニアシェルの一撃にロッドがたわみ、めり込み……へし折れ、鋭角に弾ける碧い軌跡。

 いや違う、そっちじゃない!

 彼が見たのは……その向こう側。

 態勢が崩れたイナクトめがけ、牙を剥くケダモノのように飛びかかってくる黒い影……フラッグをだ!


サーシェス「ごぁっ……!!」


 ライフルが間に合わない。ロッドを構えた腕が、掴まれる。

 衝撃、揺さぶられた機体。

 地面との接触すら待たずにねじ込まれ、突きつけられる砲口。


グラハム「終わりだ……ッ!」


 ゼロ距離の最大チャージリニアライフルが、ロッドの稼働すら出来ない至近でサーシェスを狙った。



サーシェス「ッッだらぁぁッ!!!」

グラハム「ッッ?!」


 だが、突然の揺れがフラッグを揺るがした。

 それはフラッグだけが揺れたのではない。

 イナクトが【急減速】し、結果フラッグが前のめったために起きた態勢のぶれだった。

 サーシェスは、間に合わないと判断したブレイドライフルを【逆】に使った。

 逆手持ちにして地面と接触させ、物理的なブレーキとして使いグラハムの至近拘束砲撃への対処と変えたのだ。

 そして狙いの修正を待つわけもなく、そのまま最大ブーストによる宙返り……そう。

 【巴投げ】の要領で足をかけ、マニュアルの強引な回転投擲で引き剥がし、投げ飛ばした!


グラハム「ヌゥーッ!!」


 グラハムはそれでも狙おうとした、そして、出来なかった。

 後数瞬早ければと言う後悔は、そもそも火力と引き換えのリスクである。

 機体を翻し着地したときには、先程と位置が変わっただけの、全く同じ硬直状態に戻っていた。

 ロッドの損傷がどれほど勝利に寄れるものか。

 グラハムは無意識に唇を噛み締めていた。


サーシェス「単刀直入に言え、次やったら殺す」

『ッ、機体がもう動かねえ、ガンダムはまだピンピンしてる! 何とかしてくれ!』

サーシェス「あぁ、やっぱダメか……」

サーシェス「曲がりなりにもガンダムもらってんだもんな、そりゃ、【ヤる】わな」


サーシェス「ッ…………ふーっ……はは」

サーシェス「きっつ……笑えてくるなぁ、マジでよ」



 サーシェスは嗤っていた。

 嘲笑、全てを嘲ってこその人生と、彼は何処かで、本気で考えている節のある男だった。

 そう、まだ諦めていなかった。

 この期に及んでまだ、勝ち筋が見えていた。この男には、まだ勝つ気概が存在しているのだ。


サーシェス「こっちはもうすぐ終わる。だから、合わせて動け」

サーシェス「遅れて動くなよ、そして離すな」

『指定ポイント座標……流石だぜボス、最初からもう準備してたんだな!!』

サーシェス「当たり前だろうが。いいか、しくじるんじゃねえぞ」

サーシェス「これが終わったらゆっくり休めるんだ、死ぬ気でやれ、いいな!?」

『アイサーッ!!』


サーシェス「あぁ、ゆっくり……休め」


グラハム(まずいな、今の千載一遇、逃したのがあまりに痛い……!)

サーシェス(危ねえ危ねえ、まじで逝ったかと思ったぜ。どういう反射神経視点だこの野郎)

グラハム(狙いは完璧だった……だが、足りぬとすれば……読みか)

サーシェス(だがこいつ、まだ俺の動きを読み切れるとこまで理解が追いつけてねえ)


サーシェス(次だ、次のタイミングで、確実にコイツを殺れる)

サーシェス(今この瞬間は、俺のほうがやつを理解(ワカ)っている!)


サーシェス「……さあ、最後の賭けと行こうじゃねえか! アザディスタンよぉ!!」



「だあぁぁらぁぁぁ!!!」


刹那「くッ!!」


 最初に動いたのは、アグリッサ。

 足止めにしかならない腕部攻撃を止め、エクシアを引きずって移動を開始する。

 足を折りたたんだ飛行、着地も出来なかろう、速度も出なかろう、だのにそれは迷いなく動き出す。


刹那「何かの策か……なら!!」


 カメラを守る意味がなくなれば反撃に転じるのは容易い。

 腕部GNバルカンを押し当てるようにフロントジョーの付け根に射撃。

 Eカーボンを溶断し、左腕を解放し、両方のバルカンを以てアグリッサ本体を撃ち抜かんと構えた。


「っ、させっかよぉ!!」

刹那「つっ……?!」


 しかし、それはアグリッサ本体の回転行動で振り回され、阻止される。

 結局は僅かな時間稼ぎ。

 だが、あまりに直情的な行動に、刹那の直感が警鐘を鳴らした。

 これがあの男の策だとすれば、その結末はろくなものではないはずだ、間違いなく……と。

今夜お待ち下さい



 ふらついた巨躯が、最早限界と地面へとキスをする。

 振動に揺さぶられる機体を、両手で踏ん張り支えた。

 粒子制御のエクシアでこれだけ揺さぶられる衝撃、機体上部のヘリオンは無事なはずもなく。

 己の所業にすら耐えられぬ様が、かつての己がフラッシュバックする。


刹那「ッ……!」



 終わらせてやる。せめて、一息に。

 振動の弱まった一瞬を突いて、ビーム・サーベル、同時展開。

 逆手に持ったそれを、アグリッサの中心めがけ、構えた。

 
――――


サーシェス「――ところがぎっちょんッッ!!!」


グラハム「何……ッ?!」


――――



刹那「な……!」

「え……?」


 それと、【事】は同時に起きた。

 まず、家屋の屋根が一つ吹き飛び、明々とした照明弾が打ち上がって。

 それからほんの数秒。

 廃村の三方から、いくつもの白い軌跡が高々と打ち上がっていった。

 白い軌跡……そう、それにグラハムは、見覚えがあった。


 イナクトが発電施設を吹き飛ばした、あの多弾頭ミサイル、そのものであった――!


サーシェス「はっはぁ!! 襲撃用の予備弾倉、出血大サービスってなあ!!」


グラハム「馬鹿なッ!!」


刹那「……!」



 大仰に両手を広げるイナクト。

 その隙だらけの姿を狙うことさえ、グラハムは忘れていた。

 それもそのはず。ただでさえ広範囲を焼き払うあのミサイルがこの数だ。

 計算するまでもない。目視で判断できた。

 廃村全域がその拡散の射程範囲に含まれている。

 つまり、ガンダムも、グラハムも、アグリッサも、サーシェス本人すら。

 そして……ラサー!

 アザディスタンを救う唯一の手立てが、打ち上がった凶雨の下に晒されている――!


「あ、ボス、なん、で……ッ?」


サーシェス「何でもクソもねえだろ、俺を誰だと思ってんだ」


サーシェス「考えうる最悪に常にお出しするのが、デキる男の甲斐性だぜ?」


グラハム「貴様ッ……!!」


サーシェス「さぁ踊ろうやユニオンの走狗(フラッグファイター)! どうする! どうする!! どうするッ!!!」


サーシェス「命か! 任務か!! 好きに選べよ、あと数秒ッッ!!」


グラハム「待ッ……!」


 イナクトは巡航状態になって空に舞い上がる。

 ミサイルの嵐を真っ向から避けて逃げるつもりらしい。

 いや、出来るだろう。あのパイロットならば、確実に無傷でやってのける。

 だが……グラハムは、動かない。

 否、動けないのだ。

 迷っていた、決断を。無限にも思えるほんの瞬きの時間、ひたすら考えを巡らせていた。


グラハム「ッ……………………………!!!!!」


 打ち上がったミサイルが交錯し、落下軌道を取る。

 あれがばらまかれれば、数百の爆弾が廃村を舐め尽くし、全てを砂塵の中に還すことだろう。

 止めようはない。

 撃ち落とせたものでもない。

 そもそも、グラハムに返せる答えなどそう多くはなかった。

 言葉にするまでもない。

 サーシェスの言う通り(もちろん聞こえてはいない)、答えは二つ。



 自分が助かるか、盾になって死ぬか。

 それだけのことであった。


グラハム(ラサーの位置は分かっている! 高度を上げず戦っていたのは幸い、駆けつければ頭上を守ることは出来る!)

グラハム(だがリスクが高すぎる! 拡散は恐らく均等、しかしそれでも十数発は間違いなく彼の致死圏内に到達しうる!)

グラハム(ロッドと機体の装甲で受けきれる範囲では彼を守るには十全足り得ない、しかし万全に守れば間違いなく機体は吹き飛ぶ!)

グラハム(そもそも受けきれる範囲で神頼みをしても、この機体の装甲では到底無事に済むはずもなし……ッ)

グラハム(損壊した機体では、奴には到底及ばない……!)


グラハム(……見捨てる……か……?)


 人生の中で、最も長い一秒。

 爆弾の動きが静止して見える。

 走馬灯すら浮かぶ猶予がない、思考の直列、一方通行。


グラハム(救うことに最善を尽くしても、うまくいく可能性は限りなく0に近い)

グラハム(我が身で為すべきを尽くそうと、結果が伴うかは分からない)

グラハム(ガンダム調査隊の任を負って此処に来た)

グラハム(成果はない、事態は悪化する一方だ)

グラハム(もう何年も此処にいるような心地がする)

グラハム(…………)


 ――言語化出来る思考は、ここまで。

 きっと、グラハムは言葉にする前にもう決めていた。


 この国の為に、最善と、全力を尽くす。

 己と、友に誓って、今此処にいる。

 如何に考えを重ねようと、今、この場のグラハムは、ラサーを護る以外の選択を取り得ないのだ。


グラハム「嗤え、姦賊(テロリスト)……恐らくは、貴様の思うがままだろう」

グラハム「――だが、負けるつもりは毛頭ない!!」


 全力で、踏み込む。

 大出力フライトユニットが、唸りを上げ機体を持ち上げた。

 ミサイルの拡散は始まっている。

 間に合わせてやる、仕組まれた先であろうが、何であろうが――!



 前傾のまま加速する漆黒のボディ。

 覚悟を決め、一直線にラサーの下へと馳せ参じんとした。


グラハム「な……」


 しかし、その視界に、予期せぬものが映った。

 コンマ数秒、グラハムの瞳を白と蒼が染め上げる。

 黒を追い抜く白。


 ガンダムエクシアである。

 彼が心奪われた意中の背が、同じ場所を目指し駆け抜けていった。

 失意のアグリッサは粒子の双刃で完全に解体されている。

 その凶悪な顎から解き放たれた天上の機体は、爆発的な速度を保ち、突き進む。

 視界が、多量の光子に瞬く。



グラハム「――!」


 時間の流れが、戻る。


 分裂した多量の爆弾が、枯れ果てた営みの跡を舐め尽くす。

 次々に突き立てられていく鉄の殺意が、何もかもを赤く染め上げた。

 爆風。轟音。

 震える、燃える、砕ける。

 サーシェスの準備していた三回分のミサイルは、軌道エレベーターの監視網からもはっきり見える破壊の痕跡を生み出した。

 上空からそれを眺める、朱のイナクト。

 サーシェスは、スーパーボウルの会場でホイッスルを待ちわびる少年のような顔で、モニターを見つめていた。


――ユニオン司令部――


「! ポイントF3987に反応!」

「エーカー中尉の向かった場所か!」

ビリー「グラハム、賭けには勝ったようだね……!」

「で、状況は?!」

「そ、それが……町が……爆発しています!」

「何だと?!」

ビリー「大丈夫だ……そうに決まってる」

ビリー「だって、そこにいるのはグラハム・エーカーなんだから……そうだろう? 僕のフラッグファイター……!」


――ガンダムデュナメス・コクピット――

ロックオン「ち……どんどん距離を詰めてやがる、やる気すぎんだろ、あいつら!」


『デコイポッドの粒子放出、AからH、残量0』

『順次回収と隠蔽に入ります』


ロックオン「いい時間稼ぎだったぜエージェント、助かった!」


『ですが、これ以上の遅延にも限度がありますわね』


『付近の交戦に適した地形をピックアップしますわ、お気をつけて』


ロックオン「あぁ、出来ればこのまま様子見と囮役で終わらせたいもんだがな……」


ロックオン「刹那の方は?」


『ユニオンの軌道衛星写真によれば、プランAのまま推移が確認されているそうです』


ロックオン「なるほど……本当に怖いくらい、だな」


ロックオン「ま、そういうことなら任せるさ……気張れよ刹那、なっちまえよ、ガンダムに!」



――アザディスタン市街――

イケダ「おい絹江……本当に来るんだな!?」

絹江「はい!」

イケダ「ほんっっっっっとうに来るんだな?!!」

絹江「ぜっっっっっっっっったいに!!来ます!!!」


絹江「あの人は、約束を破ったことなんかないんだから……!」

絹江「グラハムは、ラサーを助けて、ここに来ます!!」

絹江「絶対に、生きて帰ってくるんだから――!!」


イケダ(あーあ……とんでもねえのに惚れちまいやがって……)

イケダ「……しーらねっ」


――ザイール基地――


マリナ「…………」


――俺のコードネームは、刹那・F・セイエイ。

――ソレスタル・ビーイングの、ガンダムマイスターだ!


マリナ(あんな言葉を信じるわけではない、けれど)

マリナ(何故なのだろう、胸騒ぎがする)

マリナ「ソラン……いえ、刹那・F・セイエイ……」

マリナ「この空の下の何処かで、あなたは戦っているの……?」



――そして――

――旧クルジス領・ポイントF3987――


サーシェス「そうか、そうかい」

サーシェス「お前が選んだのはそっちか……」

サーシェス「予想とは違ったが、あぁ、そうだな…………」


サーシェス「ようこそ! こちら側へ!」


 燃え盛る廃村を見下ろす、二つの機影。

 一つは、朱。イナクト・カスタム。パイロットは、アリー・アル・サーシェス。

 一つは、黒。ユニオンフラッグ・カスタム。

 パイロットは、グラハム・エーカー。


 蒼穹の中心で、MS形態のまま睨み合う二機。

 遠いようで近い距離。双方の機動力ならば一瞬で詰められる位置。

 だが、イナクトは挑発するように、肩を竦めるジェスチャーをした。

 フラッグは動かない。

 言葉を交えぬ会話が、そこにはあった。


サーシェス「使命から解き放たれて、己の本分を取り戻した気分はどうだ?」

サーシェス「バカバカしい【おしごと】をほっぽり出して、我が身可愛さに逃げ出した気分はどうだ?」

サーシェス「くはは……なあ? 見ろよ! ほら!!」


サーシェス「このザマだよ! この国の未来なんざなあ!!」


 彼らの足元には、紅蓮の海が広がっている。

 廃村は完全に瓦礫と化し、ところどころ深くえぐれて彼らの位置からでは状況が分からないほど荒れている。

 アグリッサの残骸は言われなければわからない鉄の骸を晒し、サーシェスの部下たちは尽く巻き込まれ吹き飛ばされた様子。

 ラサーのいた場所は爆炎と黒煙に晒され、そこにあるはずの機影さえ見えはしない。

 何より、先ほどまであったはずの通信障害が、消えた。


 イナクトの、無言の勝利宣言だった。


サーシェス「さあ、そろそろ終わりにしようや」

サーシェス「護るものも吹き飛んだ、得るべきものも燃え尽きた」

サーシェス「土壇場でてめえの保身を優先したお前にはもう、何もない」

サーシェス「――引導を渡してやるよ、役立たずの飼い犬(フラッグファイター)!!」

 

 フラッグ、微動だにせず。

 イナクトは、ブレイドライフルを仰々しく構え、攻める姿勢を取った。

 ……もちろん、ブラフだ。


サーシェス(なんだ? こっちがわざと仕掛ける隙を見せてるってのに、全く動こうともしねえ)

サーシェス(ガチで戦意喪失してんのか、それとも俺と同じくこっちが仕掛けるのを待ってんのか?)

サーシェス(気味悪い野郎だぜ……)


 サーシェスは、ガンダムが完全に終わったとは思っておらず。

 ラサーの死も確認されてない以上、まだ疑いの眼差しを向けていた。

 だが、何もなく耐え切られたとも思っていない。

 確かに、自分の最後の策は通用したという確信を持っていた。


サーシェス(元々ユニオン軍が雪崩込んできたら、あいつらのやらかしに見せかけて殺すつもりの一手だ)

サーシェス(あのデブみてえにバリアが張れるならまだしも、ガキの機体は見たところ接近戦調整の機体)

サーシェス(近づく前提の機体ってのは総じて脆いのが通例よ)

サーシェス「だから……!」

サーシェス「てめえにかまけてる時間は! もうねえんだよ!!」


 前進、フルスロットル……そして、【投げた】。

 イナクトは空いた左手で脇を通すように、ソニックナイフの投擲を同時に仕掛けたのだ。

 その軌道は惚れ惚れするような見事な角度と速度。

 それこそ、エクシアのダガーのそれに匹敵する一投を、イナクトの指でこなしてみせた。


サーシェス(弾いてみろ、避けてみろ、それとも受けて死ぬか!)

サーシェス(どっちでもいいぜ、もうお前の動きは見えてっからなあ!!)


 ライフルすら構えない、ただそこに浮いているだけのフラッグ。

 サーシェスの頭の中では、今までの敵機の挙動のイメージがありありと浮かんでいた。

 さあ、動け!

 足掻け! 惑え! 竦め!

 どう動こうが、そのまま纏めてバッサリだ!

 幾重にも広がるフラッグの朧気なイメージ。

 ひとつひとつ丁寧に、どう殺してやるかが決まっている。

 朱が迫る。

 その前に、布石の刃が飛来する。

 どうだ?

 どう来る!


 そして、ナイフは遂に、漆黒の機体に到達した――!



 否、【止まった】


サーシェス「は……?」


 そして、フラッグの軌跡は全て、軒並み、吹き飛び消えた。

 サーシェスの見ていた風景が、一瞬で変わってしまった。

 目の前の敵の動きが、分からなくなってしまった。


 そんな困惑に、フラッグが動く。

 投げつけられ、【指の間に挟んで止めた】、そのソニックナイフを、軽く放って投げ返す。

 咄嗟のことで、過剰に反応したイナクト。

 振りかぶったライフルの腹で受ける。

 大きくのけぞった朱に、フラッグは。


グラハム「ッッッ!!!」

サーシェス「ガッ……?!」


 まるでヤンキーのやる喧嘩のような、前蹴りを以て、返答とした――!!



――――

 
 あの瞬間、グラハムが見たもの。

 それは眩いばかりの光の粒ではなく。

 手痛く傷ついた、白の装甲でもなく。


 エクシアが、フラッグを制するように突き出していた、掌の黒だったのだ。


グラハム「おぉぉぉぉぉッッ!!」

サーシェス「てめえぇぇ!!!」



 解き放つ、二本目のプラズマソード。

 袈裟に切りかかった一撃を、即座に体勢を整えイナクトが受け止める。

 銃刃が反撃の軌跡を薙ぐ。

 ナイフの刀身が逸らして受けた。

 直後、イナクトの空いた腕が掌底を打ち込む。

 リニアガンで横から払い除け、機体正面装甲を前進とともにイナクトの胴に当てる。

 揺らぐ朱の機影。

 黒は追わない、だが。

 形勢は確かに傾いていた。


サーシェス「何だってんだこいつ……!」

サーシェス「動きが、さっきとはまるでちげえ……?!」


グラハム「ッ……!」


 翠眼が、モニターに映る朱を睨む。

 だが、網膜には確かに、違う黒が焼き付いていた。

 通信はなかった。

 だが、かの機体は、動きに感情が乗っていた。

 かつてそう語ったことのあるグラハムだからこそ、その秒にも及ばぬ一瞬を、読み取ることが出来ていた。


 まさかのことだった。

 その掌が示すのは、ラサー庇護の優先順位ではなく。

 己こそが国を救うのだという自負でもなく。


グラハム「はぁぁッ!!」



 ――あいつは、お前が倒せ。

 投げ渡された、役割を意味していた。




サーシェス「くそ……がぁッ!!」



 繰り出す斬撃。

 イナクトもまた確かな技量でそれを流し、返してみせる。

 五合、プラズマとカーボンの交錯が火花を散らす。

 三合、イナクトが攻めた。全て刃ではない、四肢と動きで凌ぎ切る。

 一合、機体を大きく回しながらの、フラッグの一閃。

 距離が空いた。しかし受けきれずにブレイドライフルの銃口が、焼けて落ちた。


 グラハムは、考えていた。

 それは、ともすれば屈辱なのかも知れないと。

 捕らえるべき相手に、明確な敵に対し、与えられたものなのだから。


 それでもグラハムは、かつて無いほど燃えていた。

 彼が、ガンダムが、残すべき敵として、己を選んだ。

 このグラハム・エーカーが残るべきだと、あの天上の存在が判断したのだ。


 負けるわけにはいかない。使命感に重ねて焚べられた、戦士としての矜持。


 【ガンダムの仇敵】の立場、よもやこの姦賊に奪われるわけにはいかぬ!

 それは、【フラッグファイター】のものであるべきなのだ!

 何故なら――!


『聞いて、グラハム』


『貴方は――!!』


グラハム「私はッ!!」

サーシェス「!!」

グラハム「強くなければならないのだからッ!!」



 強く振りかぶった、渾身の一撃。

 上を取られ受けるしか無いイナクト。

 ブレイドライフルの刀身が、赤熱しひび割れた。

 しかし、プラズマソードの勢いが失せていく。

 限界を超えた発振に、刀身が耐えきれなくなったのだ。


サーシェス「しィッ!!」


 好機、イナクトがナイフの刀身にあてがってライフルを圧した。

 へし折れる刃。遮るものを失った凶刃が迫る。

 咄嗟にリニアライフルを割り入れる。

 何度も酷使された試作銃の砲身であったが、確かな盾代わりとなって侵攻を食い止めてみせた。



グラハム「……!」

サーシェス「あ……?!」


 そして、砲身が光った。

 いや……炸裂した。


グラハム「くッ……!」

サーシェス「つぁ……!」


 グラハムが、引き金を引いたのだ。

 チャンバー内まで食い込んでいたブレイドライフルにそれは命中。

 逃げ場のない圧となって、双方の銃を粉々に吹き飛ばしてしまった。

 中空にばら撒かれる破片、砲弾、刃片……

 アラートを鳴らす双方のコクピット。

 同時に二機は動く。

 無手のまま掲げた腕。

 武器を持たずとも見据えた先は奇しくも同じ。


グラハム「おおおおおぉォォッッ!!!」

サーシェス「らあああぁァァッッ!!!」


 拳で潰せる、MSの急所の一つ。

 相手の首、唯一つ!



 ――雌雄は、決した。

 ユニオンフラッグの拳は、イナクトの頭を僅かに掠ってすり抜けていた。

 対して、確かにフラッグの頭部を捉えて打ち込まれたイナクトの拳。

 クリアオレンジのセンサーカバーが、砕けて散った。


サーシェス「ッッ……?!」


サーシェス(感覚が、違う……!)


 サーシェスは分かってしまった。

 いや、サーシェスだからこそ分かったと言うべきだろう。

 つい先日、イナクトの翼で以てフラッグの首を奪った男であるからこそ。

 その強度が、明らかに違うという体感に。


グラハム「そして……!」


 それだけではない。

 センサー類もまた、粉砕したカバーの奥で生きていた。

 通常のフラッグの頭部であったなら、打ち砕かれもがれていたであろう、渾身のクロスカウンター。

 それを完全に受け止め、耐えきった、新たなる頭部!


グラハム「これぞ我が盟友の極致……!」

サーシェス「このッ……!!」

グラハム「【こんなこともあろうかと】ッッ!!!」


サーシェス「ち、くしょうがァァァァァァァァ!!!!」




 接続部以外の強度向上を踏まえた、肉を切らせる偽装被弾。

 サーシェスは、まんまとグラハムの間合いに飛び込んだのだ。

 離れんと引いたイナクトに追いつく、ジェットの如きひねり込みからの一撃。

 瞬きを撃ち抜き、飛行機雲を軌跡に描く、フライトユニットと機体の捻りを込めた砲弾が如き拳が。

 寸分違わずサーシェスのイナクトの頭を居抜き、高々と打ち上げた。


 敢えて言おう。


 雌雄は、決した。


 グラハム・エーカーの勝利である!

今日は此処まで、また明日!

――――


 黒が、朱を制した。

 空を突き上げる拳。

 吹き飛んだイナクトの頭部が、回りながらゆっくり重力に惹かれて落ちていった。

 それを、見上げる白が一つ。

 
刹那「…………」



 ガンダムエクシア。

 爆煙と瓦礫を淡い緑の光が払い、変わりないその御姿を燃える大地に顕現させた。

 朱が、飛び退くように離れて後、ゆっくり落下して行くのが見える。

 地面の影に隠れて、一瞬。

 飛蝗めいて飛び上がったそれは、機首こそなかったが変形し、何処かに飛び去っていった。


刹那(……勝ったのか、あいつは)

刹那(まさか本当にあの男を退けるとは……)


ラッセ『刹那、もう大丈夫そうか?』

刹那「安全は確認した」

ラッセ『よし……【全機】、離れろ』


 エクシアの足元で、もぞり、もぞりとうごめく影。

 それはオートマトン。

 いくつも重なってドーム状になったそれが、順序よく陣形を解いていく。

 これは……二十四世紀においては人革連特殊部隊の一つが用いたとされる対爆防御の手法。

 地面を掘った上で現地徴収した非戦闘用オートマトンを盾にし、対人兵器から部隊員を防護するというものだ。



――作戦前日――

スメラギ『いい? ラッセ、相手はギリギリまで出し惜しみをしてくるはず。まだラサーは無事である可能性が高いわ』

スメラギ『でもいざ奪還されるとなれば、相手は間違いなくラサーを始末しようとする。爆弾首輪、時限式毒物、可能性は幾つもあるけど』

スメラギ『一番有り得るのは【ユニオンの奪還作戦へのカウンター】、リソースを流用した大規模爆発で纏めてドカン!ね』

ラッセ『リソース……アンフ・IED(即席爆発装置)か?』

スメラギ『過去の紛争地ならあり得るでしょうけれど……私なら、受信施設攻撃用のミサイルの予備を使うわね』

スメラギ『防ぎにくく派手で広範囲……あれなら盛大にユニオン側の誤爆に見せかけることができるもの。正式な調査なんて状況の悪化には追いつけやしないわ』

ラッセ『ゾッとしねえ。あんたがテロリスト側じゃなくて良かった』

スメラギ『こちらの手札も限られてる。ハッキングによるドローンの現地調達は奪還と並行して必ず早期に』

ラッセ『VR訓練の成功率は7/7で100%だ、大船に乗った気でいてくれ』

スメラギ『えぇ、トレミーで待ってるわ』


――――


ラッセ(結果、全予測が的中ときたもんだ)

ラッセ(ほんと味方で良かったよ、戦術予報士どの)

ラサー「ガンダム……だったか」

刹那『これより御身をお届け致します、此方へ』

ラッセ「!」

 視線を感じたか、ジェットの音が届いたか。

 ラッセが見上げた先で、漆黒のフラッグがエクシアの方を見つめていた。

 センサーカバーの左は粉々に砕け散り、先鋭的な装甲はところどころ損壊し割れ落ちていた。

 左拳は殴り抜いた衝撃でマニピュレーターが折れ曲がって、武器はもう握れまい。

 もっとも、握る武器など一つもないという様子。

 ただ、何をするでもなく此方を見据えていた。


ラッセ「……どうする?」

刹那『宮殿へ向かう』

ラッセ「そうか」


 イヤーマフを外したラサーの前で交わされた、最小限の会話。

 ラッセは、どっちだ?と、そう問いかけたつもりだった。

 刹那はそれに関する返答を避けた。

 追及するわけではないが、と己の中で断りを入れつつ、ラッセは思った。

 あのとき、刹那が制した意味を、あのフラッグは分かっててああしたんだろうかと。

 もしそうなら、いつかまた。

 目の前の傷つき佇む兵士と、違う形で逢えるんじゃないか、なんて考えながら。

 朱を退けた英傑に、心中からの小さな敬礼を贈り、コクピットの中へ聖者を匿うのだった。

――――

リボンズ「アレハンドロ様、時代が収束したようです」


アレハンドロ「ふむ……そうか」


リボンズ「アリー・アル・サーシェスはマスード・ラフマディの殺害に失敗、ソレスタル・ビーイングは彼の作戦を読んでいたようです」


『ふん、所詮は野良犬か』


アレハンドロ「それで? 彼はどうなった?」


リボンズ「彼のフラッグはサーシェスのイナクトと交戦、撃退に成功したようですが機体も中破相当のダメージ」


リボンズ「……現在……」


『私だ……何?』


アレハンドロ「軍の方でなにか?」


『……アザディスタン政府に向け、ソレスタル・ビーイングから通信が入ったそうだ』


『ガンダムが、ラサーを乗せて宮殿に向かっていると』


アレハンドロ「……なるほど、パフォーマンス、ですか」

リボンズ「彼も同行状態のようです、一応は追跡という形でしょうが」


アレハンドロ「ふふ!情けない絵面だな、想像したくもない」


『ふん……』


『だが、あれに勝ってみせたか……クク、そうでなくては』


『あの男の後継など、とてもとても……』



 ――マスード・ラフマディ氏を保護、王宮へ向かう。皇女には早期停戦へ向けての会議を望む。

 最小限の、だがアザディスタンを揺るがすに足るメッセージであった。

 その情報は全土、全関係者に即座に伝えられ、、王宮前にはラサーの帰還を望む民衆が大挙して集まり、騒然となっていた。

 警備隊とMSが並び立ち、一触即発の空気の中で皇女が帰還する。

 予定の時間すれすれ、飛び込むリムジンから飛び出し駆けるマリナ。

 アザディスタン激動の一日は、夕日の紅に染まりながら、今、決着されようとしていた。


マリナ「はぁっ……はぁっ……っ!」

側近「マリナ様、こちらです!」

マリナ「ありがとう……まさか、直接ここに来るなんて……!」

側近「シーリン殿は……?」

マリナ「ゼイール基地で見張らせています。ガンダムは!」

側近「もう目視で光が確認できます。まっすぐ王宮に向かっているものと思われます」

マリナ「分かりました。会談の準備を進めつつ、王宮護衛のMSへ通達をしてください」

マリナ「【いかなる場合においてもガンダムへの一切の攻撃行為を禁ずる、これはアザディスタン王国第一皇女マリナ・イスマイールからの厳命である】と」

側近「マ、マリナ様!それでは御身の無事が……!」

マリナ「アザディスタンは、我らを脅かす一切の存在を容認しません」

マリナ「そして……我らに歩み寄る友もまた、一切を拒むこと無く、受け入れられる身でありたい」

側近「……!」

マリナ「……信じたいのです、この国にまだ、未来は残されているはずだから」


『見ろ、下りてきたぞ!』

『ガンダムだー!!』


マリナ「――!」



――――

イケダ「こちら、アザディスタン王宮前です。マスード・ラフマディ氏が保護され、王宮に向かっているという噂を聞きつけた市民達が、続々とこの場所に集まっています」

イケダ「ラフマディ氏を保護したガンダムですが……」チラッ

絹江「~~~~~~ッッ」

イケダ「……現在、ユニオン軍の航空戦力の監視のもと、こちら、アザディスタン王宮にまもなく到着する予定とのことです」

イケダ「えー、ユニオン軍はラフマディ氏を誘拐したテロリストの機動兵器群を撃破したと、発表していますが」

イケダ「何故ラフマディ氏をソレスタル・ビーイングのガンダムが保護しているのか、詳しい情報開示が求められて……」


『ガンダムだー!!』


イケダ「! カメラ! 」


絹江「――!」


絹江「……え?」

イケダ「あ……?」


 フラッグにつかず離れず囲まれたまま、ゆっくりと王宮前に降り立つエクシア。

 その傷つき汚れた蒼白の装甲には、あるべきものが何一つなかった。

 かの機体を象徴する七つの刃、それらは一振りさえも見受けられず。

 完全な非武装状態で、王宮警護のアンフの前にその身を据え置いてみせた。

 廃村を発つ直前、全ての武装をその場で解除し、放置して飛び立っていたエクシア。

 グラハムのフラッグ、そして合流したフラッグに囲まれたまま、一切の要請を無視して今、ここにいる。


『保護した人質を解放せよ!繰り返す!保護した人質を……』


刹那「……」


『あ、こら……!』


側近「マリナ様……!」


マリナ「……っ」


 ゆっくり、ゆっくりと歩を進めるエクシア。

 もし、ここで見下ろしているユニオン軍がなりふり構わず仕掛けたなら。

 いや、アンフでさえも武装解除している今のガンダムにとっては危険な存在であろう。

 対して、ただ歩む、というガンダムの行為。

 それだけではない、その有様もまた、カメラは克明に映し出していた。

 戦闘によって傷ついた装甲。汚れた白は、武装を外した地の色に比較されはっきり判別ができた。

 彼らが戦い、勝ち取り……そして今、全て擲ってここにいるという証明を、ジャーナリズムが全世界に向けて為していた。


絹江「……私達」

絹江「今、時代の変革をこの目で見ているんだわ……」

マリナ「! ラサー!」

刹那『どうぞ』

ラサー「……あまり良い乗り心地では、なかったな」

刹那『ご容赦を』

ラサー「だが、礼を言おう。そこの男にもな」

ラサー「ありがとう」

ラッセ『……』ペコリ

刹那『お早く』


 バルコニーにマスード・ラフマディが降り立った瞬間、民衆から歓声が湧き上がった。

 ラサーの生還を称える声。和平への望みが繋がった感嘆の嗚咽。

 閉塞の今を打ち破る希望が差し込むかのように、皆が手を天にかざし叫んでいた。


マリナ「っ……刹那! 刹那・F・セイエイっ!」


刹那『!』


マリナ「本当に、本当に貴方なの? 貴方が……」


刹那『……これから次第だ』

刹那『俺たち【悪鬼】が再びこの地を訪れるかどうかは、これからに懸かっている』

マリナ「刹那……!」


刹那「戦い続けろ、お前の信じる神のために」



 交わした言葉は誰にも聞かれること無く。

 しかし、後にこの瞬間を側近が一枚の絵に仕上げ、以後アザディスタンの王宮の片隅で飾り続けられることとなる。

 題名は、【聖者の帰還】。

 アザディスタンの長い夜が明けた日。

 日は沈み、労るような満月が、優しく町を包み込んでいった。



『こちらエアロフラッグ隊、目標地点に到達』

『エーカー中尉の報告にあったガンダムの装備は……発見できず』

『既に回収されたものと推測されます、どうぞ!』


ビリー「やはり張り込んでましたね、連中」


エイフマン『当然であろうなあ、そうでもなければわざわざグラハムの前で武装解除などするまいよ』


ビリー「……その場に残っていたら、殺されていた、でしょうね」


エイフマン『無論。奴らもそこまで優しくはあるまい』


エイフマン『機体の方はどうじゃ?』


ビリー「限界ギリギリ、装甲なんかパンくずみたいになってますよ」


ビリー「現場判断で改修した頭部センサー類及び接続部分は上手く機能したようで良かったんですけれど」


ビリー「グラハムは報告中です。もっとも、上が今てんやわんやで、いつ帰ってくるやら」


エイフマン『ふふふっ、してやられたのう。まさか非武装状態でのパフォーマンスとは……』


ビリー「一見突拍子もありませんが、我々とアザディスタンの関係、ラフマディ氏を擁した状況を考えたら、あながち荒唐無稽なものではなかったと言えます」


ビリー「あの状況でガンダムを捕縛などすれば世間からのバッシングは相当なものになったことでしょう」


ビリー「世界の警察が世界に向けて醜態を晒しに行くなんて、とてもではないが出来ませんからね」


エイフマン『それを読んだ上ででも賭けなのは間違いあるまいよ。相手の指揮官はよほどの大馬鹿者か、肝っ玉がEカーボン製なのか』


エイフマン『いやはや……本当に空恐ろしい相手じゃ。今回、ユニオンは明確に敗北を喫したと言ってよかろう』


エイフマン『我らの、気持ちいいまでの完敗じゃよ』


ビリー「……お顔が綻んでおりますよ、教授」


エイフマン『クックッ、見逃せ!』

うん、駄目だ集中しきれん
また明日。

藤原啓治さんのご冥福をお祈り致します



ビリー「……教授、これからの動きですが」

エイフマン『あぁ、ユニオンは動きづらくなるだろうよ』

エイフマン『なにせアザディスタンのこの始末、世界の警察としての役割を果たしきれなかったばかりでなく』

エイフマン『目の前でガンダムに手柄を奪われた……大国としての権威失墜以上に、小国の及び腰が加速する方こそが今回の致命的な痛手じゃよ』


ビリー「ユニオンはもとよりソレスタル・ビーイングへの直接介入をしないと宣言してしまっていますからね……」

ビリー「今回のような狂言回しに近い派兵も、結局ガンダムにお株を奪われてしまうのであれば小国側がユニオンを引き込む意味がない」

エイフマン『今回アザディスタンが落ち着けたのは、ユニオン軍があくまで改革派の一部と結託していたからに過ぎぬ』

エイフマン『もしこれが国家の中枢、マリナ王女との密談の結果であった場合、彼女の政権は最悪倒れていたやもしれん』

ビリー「もはやユニオンとの連携はタリビアの二匹目のドジョウではなく、アザディスタンの二の舞という泥を塗られたわけですか」

エイフマン『こうなることは読めておった。仮にガンダムを無視し、アザディスタンの治安維持に尽力しておれば』

エイフマン『数少ないガンダムへの単独干渉の可能性を維持しつつ、世界警察の面目も躍如出来ておったろうにな……』

ビリー「ソレスタル・ビーイングの指揮官は、これを予期していたのでしょうか?」

エイフマン『いや……たまたま噛み合った結果、最後に賭けを上乗せしてきただけだと儂は思う』

エイフマン『今回、ガンダム以外の構成員が表立って動いたのがその証拠であろう。奴らからしてもアザディスタンは最初から賭けだったのじゃ』

エイフマン『本来ならもっと示威的に動くはずのところを、人命救助で救う形に方向転換してきたのが奇妙ではあるがな』

ビリー「確かに、モラリアは徹底的に叩いた彼らが、アザディスタンは救う形に舵を切ったのは不思議ですね」

エイフマン『後ろ盾のない中東諸国だったからともとれるが、どちらにせよ救い方を都合よく定義しているあたり傲慢な話よ』


エイフマン『……しかし、天柱の一件といい、明らかにガンダムを私物化したような動きが目立つのう、奴ら』

ビリー「そう、ですね……以前話しましたが、ガンダムが4機しかいないことがあの特殊粒子の生成の秘密と繋がっているとするなら」

ビリー「もっと大事に使っていて然るべきと、技術畑の人間は思ってしまいますが……」

エイフマン『動きは一貫しておる。しかしそれにしてはガンダムがあまりにも徹底して手段の域を出ておらん』

エイフマン『ガンダムが重要ならこのような作戦は組織の上部から止められるはず……特に今回の最後の運用は明らかに思想的な思惑が強い』

エイフマン『あんなもの、やってる側は気持ち良いかもしれんが、視点を変えれば世を変えるための二百年の計を無に帰すかも知れぬ愚行に他ならん』

ビリー『人革連なら間違いなくヤッちまってた……というやつでしょうねえ』

エイフマン『どれほどの組織規模なのかもまだ到底分からんが、あれを即断即決出来る指揮系統、一体どうなっているのやら……?』

エイフマン(やはり、紛争根絶とガンダム自体にソレスタル・ビーイング、いや、イオリアの目的は無いのではあるまいか?)

エイフマン(それを知らされぬまま実働部隊にあたる者たちが動いているうちに、本来の目的が進行しているとするならば)

エイフマン(……最初から、彼らはガンダムごと切り捨てられる前提で動いている可能性もあるのではないか?)

ビリー「教授? お疲れなら、ここらで切り上げても……」

エイフマン『もしそうなら……』

ビリー「? はい」

エイフマン『儂はイオリアを……ソレスタル・ビーイングを、決して許すことは出来んなあ……』

ビリー「……???」

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年02月02日 (木) 00:37:42   ID: We4yXm2O

期待大

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