谷間の百合 (オリジナル百合) (51)
※大雑把な設定のまま展開される百合だよ!
全身が燃えるように熱かった。大人達の声が耳をかすめる。その音でさえ苦痛だった。
最後に見た母親の顔を思い出そうとしたけれど、それさえも疲れ果てできそうもない。
どうして、そんなに自分は疲れているのだろう。分からない。目の前は真っ暗だ。光はどこへ消えた?
私はどこにいるのか。なぜこんなにも気だるいんだろう。
何が起きたのか、思い出さないと。きっと、思い出したくないことに違いないのだけど。
少しでも考えないと、戻れないような気がする。それに、だんだんと眠くなってきた。
こんなにも体は熱く寝てなんていられないのに。ゆっくりと脳が溶けていくようだ。
これは、自分にはどうしようもないことなのかもしれない。
そう考えると、急に、怖くなった。
怖くて助けを求めた。
腕は動いてくたのか。足は動いてくれたのか。
分からない。
助けて。
助けて。
――――ここは日淀村(ひよどむら)。中国地方にある小さな集落だ。数える程しかいない人口のこの村で、悲劇は起きた。
この村にいた子どもたちは、次々と病で死んでしまったのである。
生き残った大人たちは、この村にもともとあった風土病のせいだとみな口をそろえて言った。
過去にも、江戸から明治時代にかけて夏場の気温が異常に高くなった時期にもこの病が村の子ども達を襲ったらしい。
私は、黒い紐で束ねられた古い資料を枕の下に差し込んだ。
今まで、その病気で生き残った子どもはいない。
死に様はみなようようだったが、その奇病は幼い命を等しく奪っていった。
資料には最後にそう記されていた。
扉がノックされた。
「ミソラ、起きてる?」
「うん」
母が今日何度目かの見舞いに来てくれた。
もういいと言うのに、この間、私が目覚めてから気が気じゃないと言うくらい顔を見に来てくれる。
以前より痩せこけた母の頬は、ここ数週間食べ物をろくに口にしていなかったことを物語っていた。
私がその間ずっと意識不明の状態だったから、冗談ではなく、本当に食べ物が喉を通らなかったと言っていた。
「今日先生が、外出を許可してくださったの」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
私が治療を受けたのは、村の唯一の診療所だった。
大きな病院に搬送しなかったのは、誰もが死を覚悟していたからだ。
この病気で生き残れるわけがないと。
診療所の若先生も驚いた顔をしていた。
「車いす持ってきたから、これに乗りましょうか」
「ありがとう」
母の手を借りて、覚束ない足どりで座った。
診療所に一つしかない病室の窓から見ていた風景に飽きてきたところだったので、嬉しかった。
母を仰ぎ見ると、笑いかけてくれた。
「陽の光を浴びたら、すぐに元気になるからね」
「うん、早くみんなのお参りもしたいから」
「ミソラ……」
周りにいた子ども達は、もうお墓の中にいると聞かされた時からその実感はない。
気丈に振舞っているように大人たちからは見えるかもしれない。
けれど、それは、ただただ実感が無いせいで。
なにせ、自分はこうして生き残っているのだ。
だから、他の子どもも本当は生きているんじゃないかと疑っている。
母と若先生以外は病室を訪れなかったけれど。
それでも、信じられない。
診療所を出ると、空は病室よりも眩しく感じた。
目を細めて、鼻で息を吸った。
肺が少し痛かった。
蒸し暑かった季節が過ぎた。
夏がもうすぐ終わろうとしていた。
病が流行るのは猛暑の時だけで、秋口には完全にその気配はなりを潜める。
聞きなれた車のエンジン音。
父の車だ。
「ミソラ、あのね……」
母がゆっくりと言葉を紡ぐ。
車が目の前で止まり、助手席から子どもが降りてきた。
線の細い印象の女の子だった。
表情はどこか冷たい印象を与えた。
短く切りそろえた髪が風に揺れた。
こちらと目が合った。
「今日から、家族になるナツだ」
父が笑みを浮かべる。
「ナツの方が、2つ年上だからお姉さんになるのよ……ミソラ?」
「ナツ……?」
聞かされた名前を無意識に呟いた。
状況が飲み込めない。
ナツと呼ばれても全く反応を示さない少女。
「しばらく、ナツがミソラのお世話をしてくれる」
父はナツの手を引き、私の目の前に連れてくる。
ナツは視線だけは、私の方を向けていた。
二つ上ということなら、17歳ということか。
それにしても、細い。女性らしい丸みがない。
「よろしくお願いします」
いつ口を開いたのか分からないくらいにひっそりと挨拶された。
「よ、よろしくね。ナツ」
「はい」
なぜ、両親は彼女を連れてきたのか。
漸く悟る。
子どもがいなくなってしまったから。
寂しくないように連れてきたのだ。
ここで取るべき態度は、
「お母さん、お父さん……ありがとう」
これで合ってるのだろうか。
でも、二人が望んでいる言葉のような気がした。
「母さん」
父が母に何か合図する。
母は頷いて、私から離れた。
「ナツもミソラも仲良くするのよ」
「ちょっと、二人で自己紹介しててくれないか」
父が言った。
そして、二人で診療所に戻っていく。
「あ、えっと」
取り残された私は、ナツを見た。動かない視線は、少し怖い。
身寄りがないということだったので、あまり笑ったり気を遣ったりすることがなかったのかもしれない。
「ナツは、どこから来たの?」
「北の方から来ました」
年上に敬語で話されるのは緊張する。
「敬語じゃなくていいよ」
ナツは首を振った。
もともとこういう話し方だったから、これが普通だと言った。
「ナツ、身長高いね」
私は立ち上がろうと、車いすから足を降ろした。
「よっと」
太ももに力が入らずに、崩れ落ちそうになる。
ナツが無言で体を支えてくれた。
「ありがとう」
「いいえ」
私が笑いかけても、彼女は全く表情を変えてくれない。
どうしたら笑ってくれるのだろうか。
「車いすがなくても歩けるかも。ナツ、ちょっと手伝ってくれる?」
「危ないのでは?」
ナツは言ったけれど、私は自分の足で早く歩きたかった。
「大丈夫、ナツが手を握ってくれたら」
「……初対面の人間に、ずいぶんと好意的なんですね」
少し、呆れを含んでいたのがわかった。
ナツにもちゃんと感情があることが分かって、そんなことでもほっとした。
「これから、家族になるなら早く仲良くなりたいなと思って」
色々なことが起きて、その一つ一つに頭を悩ませている余裕がないだけかもしれないけど。
「そうですか」
ナツが呟くかたわらで、私は先ほど読んでいた資料を思い出す。
あれは、診療所の倉庫にあったもので、ヒマだったのでこっそりと拝借したものだ。
子どものいなくなった村に、よそから身寄りのない子どもを引き取って村を存続させたとも書いてあった。
ナツは、村のために連れて来られたんだろう。
そのうちに、ナツのような子どもが増えて、彼らが大人になって子どもを作る頃には、
また何事もなかったように日々が繰り返されているに違いない。
ナツの両手を掴み、恐る恐る歩く。
「あ、歩けたっ」
このまま外に行ってみようか。
「ちょっと、そこの桟橋まで行きたい」
「いいんですか」
「すぐそこだから平気だよ」
「わかりました」
診療所の前の道路は、太い木の根がアスファルトを突き破っていた。
生い茂る大木の木の葉が、二人の上に影をつくる。
なんとかまたいで、ナツにしがみつくように歩いた。
目覚めてからすぐにリハビリをしたおかげか、支えがあれば歩くのにそこまで支障はない。
桟橋にはすぐに着いた。大きな池に設置されたそれは、今や誰も使っていないのが一目で分かる程古びてボロボロになっていた。
板の下から草木が伸びて葉先が少し褐色に染まっていた。
萎れかかった白い花がくたびれていた。
ナツがそれをじっと見ていた。
「あれは、ユリの花だよ。夏に咲くんだけど、今年は暑かったからすぐにやられちゃったのかもしれないね」
と、説明してあげた。
そうですか、とナツは興味があるのかないのかやはりよく分からない返事をした。
もともと、ここに公園を作る予定だったみたいだけれど、
途中で計画がとんざしてしまったらしい。
だから、たくさんの花が四季折々で咲くはずだったのに、今は生命力の強い花だけが生き残っていた。
近所の子ども達とよく遊びに来ていたことを思い出す。
「ナツは、どうして一人になったの?」
そんなことを聞いていいのか。
でも、彼女を構成する根本的な部分が知りたかった。
反応が無かったので、返答に困っているのかと思ったので、
「あ、言い難かったらいいからねっ」
と慌ててつけ加えた。
子どもが次々に死んでしまう奇病がついこの間まで流行っていたのに、どうして村に来れたのだろう。
もともといた所から離れて寂しくないのか。
一人は寂しくないのか。
私は、もしかしたら、一人でも大丈夫だという確信をナツに見出そうとしているのかもしれない。
「最初は、私にも両親がいました」
ぽつぽつとナツが語る。
「暴力的な言動が多かったこともあり、気が付いた時には祖父母の下に引き取られていました。保護されたと言った方が正しいでしょうが。祖父母が亡くなって、生活ができなくなって一人になりました。それが、私が一人になった経緯です。こんなことを聞いても面白くないでしょう」
「……あ、ううん」
思ったより、可哀想な生い立ちだった。
「参考に……なった」
「参考?」
変な事を口走ってしまって、私は慌てて口を塞ぐ。
「あ、なんでもないっ」
「こんなことを聞いても、なんの慰めにもならないでしょうに」
ナツは鼻で笑った。
「それとも、自分よりも可哀相な人間を見ると落ち着きますか?」
機械みたいな顔で、ひどい皮肉が飛び出たものだから、私は驚いてしまった。
「そんな風に思うために聞いたんじゃないよっ。あなたのこと知りたいと思って」
「知った所で、何か変わるんですか? 同情で家族になれるなんて思ってるなら、ミソラ、あなたも父親と同じですね」
「そんなすぐに家族になれるなんて思ってないけど、知ろうとすることが大事だと思う」
「あなたの父親もそんなことを言っていました。私は、生きるためにここに来ました。ただ、生きるために。家族になるためなんかじゃないんですよ」
そして、今度は皮肉も何もない微笑みを見せた。
「だから、あなたも私を家族と思わないでいいんです。あなたの気持ちや気遣いは、無駄です」
と、きっぱりと言い放ったのだった。
その後、何も言い返すことができず、また診療所に戻った。
そもそも、自分の常識が通じない相手なのかもしれない。
傷つくというか、カルチャーショックに近い。
「ナツ、家を案内しよう。ミソラは、しばらくは診療所生活が続くから、ナツはそれまでに家のことを覚えていこう」
ナツは頷いた。父がナツを車に乗せる。母も一緒に帰るのかと思ったが、
「果物持ってきたから、一緒に食べようと思ってたの」
と、父とナツに手を振っていた。
遠ざかっていく車を見送りながら、どっと疲れを思い出した。
やっぱりちょっと歩くとまだしんどいみたい。
でも、ナツに弱音を吐くのは嫌だった。
私とナツは当たり前だけど、考え方が違いすぎるのだ。
「ミソラ、大丈夫?」
「うん。お母さんも、無理しないで。もう大丈夫だからね」
母をぎゅっと抱きしめる。
「ええ」
しばらく、二人抱きしめ合った。
それから、1週間程が過ぎた。
私は漸く自分の足で走れるくらいにまで回復していた。
ガリガリだった体も肉付いてきて、逆に太りすぎていないかと気になるくらいだった。
「今日まで、リハビリをさぼらずに頑張った成果ですね。頑張りましたね」
若先生が頭を撫でて、褒めてくれた。
「先生のおかげです。ありがとうございます」
深くお辞儀をする。
診療所を出ると、迎えに来ていたのはナツ一人だった。
運転席にいるナツを見て、私は言った。
「ナツ、運転できるの」
「はい」
「いいんだ」
「この村には法律なんてないとお父さんが仰ってましたよ」
まあ、確かに。
「ミソラ、歩けるようになったんですね」
「そうなの、それに、もう走れるんだよ」
と、車の周りを2周くらいして、運転席の横で足がからんでしまいずっこける。
思い切り鼻を打った。近くで見ていた若先生が小さく悲鳴をあげた。
私自身は恥ずかしかったので、声も出さずに立ち上がって砂を払った。
運転席のナツを見ると全く笑っていなかった。
「何か、言ってよ」
と私は眉根をひそめる。
「大丈夫ですか?」
「おそい……」
ナツは、ちょっとおかしい。
家に戻って、夜は退院のお祝いということで豪勢な夕飯だった。
半分はナツが作ったというから驚きだ。
ナツは、両親の前では普通に笑って普通に会話していた。
1週間前に話したナツとはまるで別人で、もしかして何か心変わりしたのかと思った。
それが勘違いだと気付くのに時間は要さなかったけれど。
食器を片づける終えて、久しぶりに自分の部屋に戻った。
布団が二組になっていた。
「あれ」
「相部屋です」
「わぁッ」
いつの間に後ろに。
「部屋って、確か余ってたような」
「寂しくないように二人で寝なさいと」
「寂しいって」
「あなたのためですよ」
「大丈夫なのになあ」
何より、ナツと二人で寝るということがちょっと怖い。
別に何もされないと思うけど。
ナツは気にしてなどいないだろうから、こちらが気にするだけ損ではある。
「廊下で寝ましょうか」
「え、いいよ」
「私が怖いんでしょう」
なんで分かったんだろう。
私は、急いで首を振った。
「なんで嘘を吐くんですか。なんのために? 私を傷つけないため? 私を傷つけたと思いたくないため?」
矢継ぎ早にナツが言った。
やはり、私の両親の前では猫を被っていたんだ。
「そうやって、質問攻めにされるのは……嫌い。ナツこそ、私のこと嫌いでしょ」
「いいえ」
「え、そうなの」
「ただ、能天気で馬鹿そうだなとは思いました」
「こ、このおぅ」
ナツとはきっと分かり合えない。
今後も分かり合わなくてもいいと思った。
「そうやって、優しくない言葉ばっかり喋ってると、いつか自分に不幸として返ってくるんだからね」
人差し指を彼女の鼻先に突き立てる。
ナツはそれを手で払いのけた。
「優しい言葉をかけたとしても、不幸は降りかかるものでしょう。まあ、自分のためにこれからも人に優しくしてあげてください、ミソラ」
背を向けて、彼女は布団を敷き始める。
ナツはどうしてなんでもかんでも捻くれて解釈してくれちゃうんだろうか。
一回ハンマーで頭をかちわって、中身がどうなってるのか見てやりたい。
仮にも病人だったのだから、もう少し優しくして欲しい。
と、これではナツの言う通り、自分が優しくして欲しいからみたいだ。
彼女の言葉に振り回されている。
「そう言えばさ、ナツはさ、前にここに来たのは生きるためって言ってたけど、ナツの生きるってどういうことなの」
今度はこちらが質問してやる。
「ご飯を食べることと、温かい布団で寝ること」
「う、うん」
「それと、キス」
「き、キス?」
「ええ」
「それが、生きるってことなの?」
ナツは布団を敷き終え、カーテンを閉めた。
「はい、そうです」
ナツは、私より2歳年上で、北の方から来た。
私より複雑な環境で育った。
だから、こんなことを言ってるんだということは頭では理解できた。
「じゃあ、キスしてくれるなら誰でもいいの?」
「それは、分かりません。それだけは、その時になってみないと分かりません」
もっとものような良くわからないような。
「それが生きることだと教えてくれた人はもうこの世にはいないので、それが真実なのかは不明です」
「それって、おばあちゃんとかおじいちゃんとか?」
「いいえ、生きることを教えてくれたのは、両親です。彼らからキスをもらったことなんてありませんでしたけれど。聞く前に、私が殺してしまいました」
「え」
「生きることを知る前に、死を教えてもらいました」
聞き間違いではない。
「どうかしてる……ホントなの?」
「生きるために必要なことでしたが、常識では犯罪ですよね?」
尋ねられて、私は小さく頷いた。
「でも、私は許された。何に許されたのか分かりません。私を許してくれたのは一体なんだったのでしょうか。法律だったのでしょうか」
なんで、両親はこんな危険な思想の人をこの家に、しかも家族として招き入れたんだろうか。
「ミソラ」
ナツが私の方に手を伸ばした。
私は身動きが取れず、喉の奥でひゅっと息を吸った。
「私はこの村で生きることに決めましたから、どうぞよろしくお願いします」
握手を求めているのが分かったけれど、私はその手を握り返すことはできなかった。
次の日、もうすぐ夏休みが終わるということをカレンダーを見て知った。
ただ、子どものいなくなったこの村に、再度学校を開くかどうかという所で大人たちがもめているようだった。
暫くは休校になるかもしれない、と父が言った。
家の庭で草引きをするナツを眺めながら、
私はこの家しか実は人なんていないんじゃないかとさえ思い始めていた。
みんなで私を騙して、この家から出さないようにしていて、
実はナツはその監視役で、それで変な事を言うように言われていて。
と、そこまで考えてソファーの上にひっくり返る。
そんなまさかね。
「……ナツ」
網戸越しに、外にいたナツに話しかける。
「なんですか」
「ちょっと、外に行きたいんだけど、良かったら一緒にいかない?」
「いいですよ。あなたが、外に行く時は必ずついていくように言われてますから」
「ボディーガード?」
「歩いて、何も無い所で転ばないようにするためです」
「あ、はい」
日差しは落ち着いていた。
一度は断ったのに、ナツが日傘を差してくれた。
「なんだか、お嬢様になったみたい」
「実際、メイドのようなものですから」
「そんな」
お姉ちゃんでしょ、と言いかけ相手はそう思ってないのだと言葉を飲み込んだ。
掴みにくい距離感。親しくなれない、なりたくないけど、ならずにいたらそれはそれで大変だと思う。
昨日の話は実際に確認できることじゃないから、嘘か本当か分からない。
グレーゾーン。
グレーゾーンなら悩んでいても仕方ない。
家から10分くらいの所に、一つ下の女の子が住んでいるこれまた古い木造建築の家がある。
いや、住んでいたというのが正しいのかも。
家の前を通り過ぎる時、玄関が開いて奥が見えた。
何度も入ったことがある。
暗がりに誰か動いたのが分かった。
中にいた、おばさんと目が合った。
それで、やっぱりあの子はいるんじゃないかと思って、笑いかけてしまった。
瞬間、おばさんがどたどたとこちらに走ってきた。
暗闇から陽の下へ一気に飛び出した獣のようだとさえ思った。
そして、私の身体を掴んで思いっきり左右に揺さぶった。
「ふっー!! ふっー!!」
見たことのないくらい恐ろしい形相で、歯をむき出して、鼻息を吹きかけられた。
「お、おばさんっ!?」
頭をゆすられ、目の前がくらくらと回る。
それだけで、私は地から足が浮いたような感覚になり平衡感覚を失った。
どちらが上か下か分からずに、おばさんと一緒に道路になだれ込む。
遠くから男の人の声。たぶん、おじさんだ。
「どうして、この子だけ……ッどうして……」
おばさんが言っているのか。
うっすらと見えてきた視界に、おばさんを取り押さえるおじさんとナツの姿があった。
こちらを睨んでいる。
「おば……さん」
ナツがおばさんからゆっくりと身を離す。
おばさんは、しだいに泣き始めてしまい、出た時と同じような勢いでまた家に戻っていった。
私はナツに手を引かれて、そこから逃げるように去った。
息を荒げながら、近くの小川のそばに腰を降ろした。
「びっくりした……」
私は言った。
殺されるかと思った。
あんなに大好きだったおばさんに。
いつも、笑って、手を振ってくれていたのに。
私は、体が震えていたのに気づいて、膝を抱えた。
「あんなに、優しい人だったのに……」
「状況が変わったんでしょう。あなたは、娘の友だちではなくなった。娘の死を受け入れられないあのおばさんの良い標的になった」
「なんで、そんなこと言うの」
「本当のことでしょう」
他の家にも回ろうと思っていたのに、これでは行けない。
怖い。
「生き残ったあなたは、何も悪くはない。生きる力のなかった者が死んでしまった。それだけです」
淡々と語るナツ。
顔を上げた。
ナツが私の瞼に手を伸ばす。
びっくりして目を閉じた。
「泣いてますよ」
涙をぬぐわれたのだ。
「ッ……」
すぐにポケットからハンカチを取り出して、目元を抑えた。
私以外の子どもは、本当にいなくなってしまったのだ。
この場所でいつもサッカーをしていた少年たちも。
夏場になると、いつも一生懸命にセミを追いかけていた兄妹も。
山の上にある墓地にみんな入ってしまっている。
「ほんとなんだ。ほんとだったんだ」
私は言い聞かせるように呟いた。
「みんな死んじゃったんだ」
死は哀しみ。
涙を誘うもの。
そういうものだと思っていた。
けれど、今、自分が感じているのは、
自分だけが生きているという後ろめたさだった。
人の期待を裏切った時に感じる苦しみが、重くのしかかっている。
それは、つまり、私も死ねば良かったのにということなんだろうか。
嫌だ、またあの闇をさまようのは。
ナツはその後何も言わなかった。
立ち上がることもしなかった。
でも私は、ナツの冷めた言葉を、すがるように待っていた。
そのまま、私は眠ってしまった。
起きたら、ナツの身体にもたれかかっていた。
陽も傾いていて、私は慌ててナツから離れた。
「ごめんね、しんどかったよね」
「ええ」
相変わらず正直。
「帰ろっか」
ナツは頷いた。
夜。
ナツの隣に布団を敷いて、横並びに寝た。
昨日まであれだけ一緒に寝るのが嫌だったのに、
今日はなぜか嫌だと感じだから、いるだけで安堵している自分がいた。
ナツはこちらに背を向けて、癖なのか体を小さく丸めてダンゴムシみたいに眠る。
まるで、ずっと狭い場所に閉じ込められていた人のように。
「ナツ、起きてる」
「寝てます」
「ねえ、どうして、両親を殺したの」
ナツは振り向かなかった。
「キスをくれないと思ったからです。キスが欲しかったのは、たぶん彼らだったのです。それに気が付くまで、私はビンで殴られても、お腹を蹴られても、ライターで瞳を焼かれそうになっても、我慢していました。最終的に、包丁で刺されそうになったので、突き飛ばしましたが打ちどころが悪かったみたいでそのまま死んでしまいました。それが、母。父は帰ってきて、何か意味不明ことを言って襲いかかってきたので、包丁で刺しました」
台本でもあるのか、今までも何度も聞かれたのか、詰まることなくすらすらと言った。
「法律は私に優しかったです。そう、両親よりも。帰る場所が無くなってしまったので、私は祖父母の下に行きました」
「そこでの暮らしは、良かった?」
ナツの話は聞けば聞くほど恐ろしいのに、
どうして私は彼女の話を聞きたいと思ってしまうのだろう。
「ええ。彼らは、美味しいご飯と温かい布団をくれました。そして、キスの話を笑わずに聞いてくれました。私が彼らのために何か一つするたびに、彼らは私にをキスをくれました」
ナツはそこで、上半身を片腕で持ち上げて、
私の方に覆いかぶさってきた。
「ちょ、なに?」
顔が近づいてくる。
「こんな風に」
ぎゅうと目を閉じた。
頬にキスをされた。
ゆっくりと、体を離していく。
ナツが豆電球の下で、私を見下ろしていた。
「ありがとう。ありがとう。えらい、えらい。嬉しい。嬉しい。そう言って、祖父母はいつもキスをくれました」
ナツは、思い出すように目を閉じた。
「親を殺しても、私は感謝されるんだなと思いました。褒めてくれるんだ、喜んでくれるんだそう思いました。ただ、生きているだけで私はキスをもらえるのだと思いもしました。そう、生きているだけでね」
ナツは、もう一度私に唇を近づけた。
今度は額にそれを軽く押し当てる。
「ふとした時に、それはもらえるのです」
「ナツ、もしかして私を元気づけてくれてるの?」
「いいえ。ただ、私の祖父母ならどうしていただろうかと考えて、それで……」
言葉尻を濁して、元の場所に戻っていく。
「相応しいことをしてみたのです」
ナツは家族を知らないんだ。
生きることを教えられても、与えられなかった。
教えられたのに、奪われる所だった。
だから、家族になる必要を感じない。
でも、美味しいご飯と、温かい寝床と、キスだけは知っている。
それが生きるために必要なことだと。
身をもって知っている。
「ナツ」
ナツの背中に向かって、名前を呼んだ。
「お姉ちゃんになってよ」
「なるのとならないのとで、何か変わるんですか」
「うん、ご飯も寝床もキスも全部楽しくなるはずだよ」
「そうでしょうか」
「そうだよ」
「なれるかわかりませんよ」
「いいよ、それで。だって、私達はどう転んでも血は繋がってないし、似ていないし、姉妹にはなれっこないもの」
「では、なれないのでは」
「違うよ、なれるとかなれないとかじゃなくてね、それに向かっていくだけなの」
「そう……」
ナツが呟いた。
呟いた言葉には、人の色があった。
数日が経って、私は漸くみんなのお墓参りに行くことができた。
おばさんに襲われたことは両親に言わなかったので、外出を咎められることはなかった。
ナツは相変わらず紳士みたいに日傘を差してくれた。
「ナツ、それ自分で持つよ」
ナツは無言で首を振る。
「お姉ちゃんはそんなことしないって」
「妹を気遣うなら、するでしょう」
「うーん、そうかなそうかも?」
責任感が強いのか、任されたことは曲げれないようだった。
墓地に着くとさすがに息切れしていた。
「つ、疲れた」
「お疲れ様です、ミソラ」
持ってきていたお茶を二人で分け合って飲んだ。
それから、バケツに水を汲んで柄杓で水をすくった。
墓石に水をかけて、いくつもあるので数十分くらい要した。
墓石に彫ってある子どもたちの名前を指でなぞる。
みな、私より年下だった。
この村の子どもの中でも最年長だった私は、みんなよりも免疫力が高かったため生き残ったのではないかと若先生は言っていた。
子ども達の賑やかな声が消えたこの山間の村は、今はどこもうっそうと茂る森のような不気味さがあった。
小さなお堂の前に座った。そこから、村が見渡せるのだ。
遠い山々は緑がかすんで青く見えた。
あの向こうには、都会が広がっている。
この村からは何も分からない。
「ナツ、北の方は寒いの?」
「まあ、ここよりは。でも、この時期は暑いですよ」
「暑いんだ、知らなかった」
「村から出たことがないんですか?」
「そうだよ。大人になったら出ようと思うんだけどね」
「今は?」
「今? 子どもは危ないから出してくれないよ」
大人たちが昔から口を酸っぱくして言う。
子どものうちは村から絶対に出てはいけないと。
今思えば、それはこの風土病が蔓延しないためだったんだろう。
「ミソラは、大人になればこの村を出て行くのですね」
「え、ナツは?」
「わかりません」
「ナツも一緒に行こうよ」
「私は」
「来たばかりだし、いきなり言ってもあれかな」
私は笑ってなんでもないよと言った。
ガサガサと、後ろ側で草のこすれる音がした。
「ふごッ」
「あ、うりぼー」
「ふごごッ」
この辺に下りてくるうりぼーはみんな人懐っこい。
私の足元に近づいてきたので拾い上げて、頬ずりする。
「ミソラそれは…」
「え、うりぼーだよ。知らないの?」
ナツは日傘をこちらに突き立てた。
警戒しているようだ。
「何してるの、怖くないよ。ほら、日傘置いて」
「ですが」
「いいから。うりぼーがびっくりするじゃんか」
「噛まないのですか」
「噛まないよ」
「引っ掻いたりもしないのですか?」
「引っ掻かない」
そう言っても、一向に日傘を下に置かない所、信用していない。
「ほら、ちょっと抱っこしてみたら」
私は立ち上がって、ナツの胸にうりぼーを無理やり抱かせた。
と、不安定な座り心地になってしまって、うりぼーが慌てたようにふごふごと暴れる。
「わ、み、み、ミソラ、どうしたら」
「あー、もう貸してみ」
うりぼーの抱き方が全くなってない。
初めてだし、仕方ないか。
「ナツお姉ちゃんじゃ、怖かったねー、ごめんねー」
うりぼーは暴れるのを止めて、私の腕の中に納まった。
「ミソラ、私は苦手です。そういうのは」
「よーし、じゃあ、遊ぼうか」
「ミソラ、聞いてますか」
「こいつ賢いから、言ってること分かるんだよ。ねー」
「ふごッ」
「よーし、まずは宝探しね。はい、これキノコね」
私はその辺りに生えていたキノコを引きちぎって、ナツのズボンのポケットにねじ込んだ。
「さ、ミソラ走らないと、うりぼーに噛みつかれるよー」
「ふごごッ」
「なんてことをするんですか」
ナツは慌てて立ち上がって、後ろ向きに走り始めた。
うりぼーが意外と早かったのか、くるりと向きを変えて今度は全力で手を振って墓地を駆けだした。
これくらい賑やかな方が、みんなも喜んでくれるかな。
ナツの初めて見せる表情に、私は笑ってしまった。
「これのどこが宝探しですかッ」
走り回って、ナツは漸くキノコをポケットから出せばいいと思い当たったのか、うりぼーに向けて放り投げた。
「はあッ……はあッ」
「もう、終わり?」
「勘弁してください」
うりぼーは数秒でキノコを平らげて、ナツの方にもう一度突っ込んできた。
その間に、ナツはお堂の前で私の注いだお茶を飲んでいたので避けれずに、ナツとウリボーの顔面がぶつかった。
かなり痛そうだ。
「ナツ、大丈夫?」
「あまり」
ひっくり返ったナツを起こすため、背中に手を添えた。
うりぼーはあれだけ走り回ったのに、疲れた様子もない。
「キスされたんだよ」
「まさか」
「ほんとだよ。ありがとうのキス」
ナツはうりぼーを見た。
「うりぼーも、知ってるんだね」
私は笑って言った。
「まだ、遊んで欲しそうだよ」
「ミソラ、あなたは走らないからって」
私は隠し持っていたキノコをまたポケットに忍ばせた。
「またッ」
そして、一人と一匹がまた走り出す。
ナツは意外と走るのが早い。
私はいつもうりぼーに捕まって、お尻ごとかじられそうになるのに。
1時間くらいそうやって遊んでいた。
途中から二人が奥の方まで行ってしまって、なかなか戻って来なくなったので、そこで眠ってしまった。
起きた時、目の前に人影が見えた。
「ナツ……?」
目をこする。
ナツではなかった。
おばさんだった。
「よく、ここで寝れるなあ」
「おばさん……」
鋭い目が、私を射止める。
にゅっと太い腕が、私の首に伸びた。
「みんなしにゃーいいッ。みんなみんな同じようにしにゃーいいッ」
彼女の手首に手をかける前に、私の首は折れるのではないかと言うくらいに絞められていた。
「がッ……ぁ」
「寂しいだろぉ? みんな一緒にいた方が楽しかろぉ?」
力が入らない。
「ナ……ッツ」
「あの子か、あの子なあ、うりぼーと気持ちよさそうに眠りよったけえの。起こしたげるのも可哀相やろう?」
「や……ッ」
呼吸ができなくて、しだいに胸の辺りの苦しさが増していく。
焦って必死に空気を取り入れようとしてもどんどん抜けていった。
おばさんの死神のような形相をただ目に焼き付ける。
ただ、生きているだけで恨まれることがあるんだ。
でも、私はそれに屈したくない。
美味しいご飯を食べて、温かい布団で寝て、キスをしたりされたり。
そんな普通のことを大事にする人に出会ったから。
それを一緒に感じていたい。
バシンッとおばさんの横っ面が先の尖ったもので叩かれた。
「ひあッ!?」
おばさんがぐしゃりと倒れた。
ナツだった。
「ナッ……ごほッ……げほッ」
声は上手く出ず、代わりに咳き込んでしまった。
ナツは再度日傘を振り上げて、何度も何度もおばさんに叩きつけた。
日傘を反転させ、鋭利な先端を足に突き刺す。
おばさんは大きく悲鳴を上げて、転げ回った。
日傘は衝撃で折れてしまった。
にもかかわらず、ナツはその後もおばさんを殴り続けた。
「ナツ、もう、いい! 止めて! おばさんが死んじゃうっ!!」
ナツは私を睨む。
びくりと肩が震えた。
その目は、生きる価値があるのかと、私に問うていた。
ナツを無理やり引き離して、私たちは山を下りた。
おばさんは唸っていたけれど、あまり大きな外傷はなさそうだったので、そのまま放っておいた。
心配ではあったけど、さらに逆上して襲いかかられたらたまったものではない。
家に帰って、泥だらけになった体を母が見てぎょっとしていた。
「お風呂入れるからね、二人ともちょっと待ってるのよ。全く、何してきたらこうなるのかしら」
母が普段通りなのを見て、私はほっとする。
ナツは相変わらず険しい顔つきだった。
まるで、そこの冷蔵庫の影からおばさんがいつ飛び出してくるか分からないといった具合に。
「ナツ、ナツ」
「なんですか」
「もう、大丈夫だよ」
「そうですね」
口ではそう言うものの、彼女は納得していなかった。
「ミソラ、おばさんのことはご両親に相談した方がいいですよ」
「うん……」
「なぜ、濁すんです」
「だって、おばさんは今ショックでああなってしまってるから」
「じゃあ、それで自分が死んでもいいんですか」
「よくないよ」
「時間が解決することだと思うし、言った所で……」
「……」
そう、言った所でおばさんを拘束することができるかと言うと難しい。
おばさんがおかしくなってるのはみんな薄々気づいてる。
でも、おばさんが狂ってることを認めたくない人だっている。
私だって、そう。
私にとって、おばさんは大切な村の人間なのだ。
私の友だちのお母さんなのだ。
何もできない。
私には、何も。
お風呂が沸いて、母が言うので、二人一緒に入った。
言葉は交わさなかった。
「ナツ」
ナツはベランダにいた。
カーテンが踊っている。
今夜は風が強い。
「寝ないの?」
いつもなら、私より先に布団に入るのに。
村は夜になると街灯が指で数える程灯るだけ。
上を向けば満天の星空が広がるけれど、彼女はそれに目もくれず、下を向いている。
スリッパが一つしかないので、ベランダの入り口からナツを再度呼ぶ。
「無視しないでよ」
「ミソラは、怒らないんですか」
「怒る?」
「母はよく怒りました。物を壊したり、動物や人を殴ったりすると。それは、やってはいけないことです。当たり前のことですが」
「もしかして、怒られると思って、外にいるの?」
ナツは小さく頷いた。
「怒らないよ」
裸足のままベランダに出て、ナツの背中側から腕を回した。
ナツの肌は湯冷めして少しひやっとした。
「だって、私はあなたのお母さんじゃない。妹だもの。それに、まだ、本当の妹じゃないし。でも、借りに私があなたの本当の妹だとしたら……」
私は強く抱きしめた。
それから、彼女をできる限り優しく振り向かせる。
頬にキスをした。
「こうするかな」
「ありがとう? えらい? 嬉しい?」
その三つを口にする彼女は、まるで言葉とその意味を覚えたばかりの子どもだった。
「どれも違うよ」
「違うんですか」
「うん」
「じゃあ、なんですか」
「大丈夫、愛してる」
そうして、私は彼女の反対側の頬にもキスをした。
「愛してる……?」
「うん、他人にはそのキスはできないよ。大切な人にしかできない。だから、姉妹ごっこのままじゃあんまり意味ないね」
「もっと、して欲しいです」
ナツは私の腰に手を回した。
「わ」
「だめですか」
ナツがせがむので、私は今度は彼女の両頬を手で挟んで、ちゃんと目を見て、おでことおでこもくっつけて、
「ナツを愛してる」
そう言ってキスをしようとした。
けれど、こちらがする前に、ナツに、それも唇にされてしまった。
「ナ、ナツ!?」
ナツが腰をしっかりと抱いていたので、逃げることができない。
「唇は、その、姉妹ではしないよ?」
「ミソラ、それくらい分かってますよ」
「じゃあ、今の何のキス」
「なにって……さあ、私にもなんでか」
きょとんとしている。
しだいに眉間にしわを寄せていく。
「よりにもよってさあって」
ナツは腕を緩めた。
私はその隙に距離をとった。
ナツは腕の形を変えずに、どこか置いていかれた子どものように私を見た。
「も、もう遅いから寝ようよ」
「……わかりました」
生きるためのキス。
そう言ったのは彼女だ。
なのに、あれじゃあ、まるで。
私は布団に入ってから、なかなか寝付けなかった。
軽い動悸さえしていたのだった。
次の日の夜、子どもたちの魂を供養する行事があった。
子どもたちが大事にしていたおもちゃや道具などを燃やして、その灰を紙の船に乗せて川に流すのだ。
私が行くのも不謹慎かと思い、その夜はナツと外で線香花火をした。
「ミソラ」
「え」
「もう、終わりましたよ、それ」
手元を見ると、先端部分が落ちてしまっていた。
「ほんとだ、あはは」
「キス、そんなに動揺することでした?」
「ははは……ナツっ!?」
「もうしませんよ」
「そ、そう、なら、うん」
しないのか。
なんで、残念な気持ちになってるの。
次の花火を探りながら、去年の夏に思いを馳せる。
いつもなら、近所の子ども達と一緒に賑やかに打ち上げ花火をしたり、
ねずみ花火で笑い転げたり、大人たちに叱られたりしていたのに。
もう、夏も終わろうしている。
もう、みんなですることができないなんて。
私も、船を見送りたいと本当は思っていた。
不謹慎だなんて、自分で決めつけて。
私だって悼みたいのに。
ナツのことで一喜一憂する前に、やっぱり行こうか。
今から行っても、間に合わないから、池の方に回れば見られるはず。
そわそわとしていると、ナツが言った。
「行きたいんですか」
なんで分かるんだろう。
「うん。お願い」
隠してもしょうがない。
行くとしても、ナツに送ってもらわないといけないのだ。
「見たら、すぐに帰るんですよ?」
「分かってる」
「車を出しましょう」
「ありがとう、ナツ」
なんだか、ナツが甘くなったような気がしたけど、気のせいではないと思う。
懐中電灯をポケットに詰めて、助手席に乗った。
両親が帰ってきたら何か言われると思うけど、池に行くことだけはメモに書いておいた。
ヘッドライトが照らす道を、車が走る。
時折、大きな虫がいてガラスにバンっと叩きつけるような音がした。
「田舎は虫が多いですね」
ナツがぼそりとこぼした。
多いなとは感じていたけど、
よそ様から見てもやっぱり多いのか。
「苦手もしかして」
「まあ」
動物や昆虫が苦手なんて。
「ナツって、案外女の子だよね」
診療所を通り過ぎて、木の根っこを車踏んづけて車内を揺らした。
「大丈夫ですか、ミソラ」
「お尻痛い」
「大丈夫そうですね」
「えー、まあ」
ちょっと前だったら、すぐに心配なんてしなかったのに。
心配しても表面だけで、まるで心がなかった。
キスを与えるだけで、彼女はこんなにも輝けるんだ。
分かってる。
本当は私も、それが欲しいんだ。
私も、言われたい。
大丈夫、愛してる、
生きているだけ良かったと、言われたい。
誰かを犠牲にして生きているんじゃないなんて思わないから。
それでも生きているだけで、愛されたいのだ。
池について、足元を懐中電灯で照らした。虫の声が凄い。夜はあまり近づいたことがなかった。
先が見えないので、昼間よりも不気味に感じる。
桟橋の歩ける所まで行くと、川と池が交差する地点で何かゆらゆらと動いていた。
びくびくしつつも、懐中電灯の光を当てる。
「船だ、あったあった」
くるくると回りながら、流されていく。
「ミソラ、古くなってるので気をつけて」
「分かってるよ」
一隻、また一隻と船がたどり着く。
「ナツ、手」
「手?」
「手、握って」
「……ミソラ?」
彼らには、もう愛してるなんて伝えられない。
抱きしめてあげることもできないのだ。
見送る時には、後悔しかできないのかな。
和紙に透けて蝋燭が揺れる。遠ざかっていく。
生きている者の心に、たくさんの傷を残して。
ナツの手が触れた。
指の隙間から、強く握ってくれた。
「ミソラ……」
「ナツ、私、今酷い顔してるから見ないで」
ナツの服にすがるようにして、私はしゃがみ込んだ。
懐中電灯がことんと桟橋に転がって、しおれたユリの花を照らしていた。
「ミソラ、大丈夫。愛してる」
一番言われたがっている人が、その言葉を口にする。
「ナツ……」
互いの吐息を吸うように、私たちはキスをした。
おわり
以上です。
お付き合いドウモ。
いいプロローグだった
本編はよ
わかるよ
これにもおまけがあるんだろう?
>>45
本編も
>>46
おまけも
力尽きたのでみんな大好きダイジェスト↓
村への子どもの受け入れが本格的に始まる。
同い年くらいの男女が10名ほど。
みな、身寄りのない子ども。
学校が再開される。
子どもを亡くした世帯は全員子どもを受け入れる。
ミソラとナツは学校や村の案内をすることに。
人と会話が上手くできなかったり、集団行動が苦手だったり、すぐに発作を起こしたり、躁鬱の気があったり、色々な子どもがいた。
普段は大人しいけれど、急に切れる子なども。
ミソラは人当たりがいいため、懐いてくる子も出てくる。
ナツの嫉妬。
ミソラ、ナツが妬かないように夜はたくさんキスをしてあげる。
村のやり方にしだいにミソラは疑問に思い始める。
すぐに受け入れることができる大人たちもどうかしてると感じ始める。
ある日、子ども一人につき、国から莫大な補助金が出ていると発覚。
そして、風土病は人為的に感染させられていることも分かってきた。
一方、あのおばさんだけは子どもを受け入れることができなかった。
ミソラの母とおばさんが口論になる。かっとなったおばさんがミソラの母を病院送りにしてしまう。
ミソラはおばさんが自分の子どもを忘れることができないこと、子どもを受け入れられないことに共感してしまう。
疑問を感じたミソラは、村を出る。
追いかけてきたのは、ナツだった。
ナツに村に戻ろうと諭される。
ミソラはナツもお金のために動いているのではないのかと反発する。
ナツの言葉に耳を貸さないミソラに、ナツは祖父母と過ごした家にミソラを連れて行く。
そこでの祖父母との思い出を話し、それをミソラの父親がしっかりと聞いてくれて、村へ来ないかと言ってくれたことを語る。
ナツの言葉はいつも嘘はなかったことをミソラは思い出す。
村に帰る前に泊まっていったホテルで結ばれる。
戻ってきたら、おばさんは自殺してしまったと母に聞いた。
ミソラは、この村をナツと共により良い方向へと変えていきたいと強く思うのだった。
ていう所まで考えたのですが、
なにぶんおつむが弱いのでここまで書けませぬ。
なそ
にん
考えてあるのに書かないとか、もったいないお化けが出るぜ…
乙
そろそろあっちの方の更新をだね…
オリジナルって書いてるのにもかかわらずウェディングピーチ要素を期待してしまったのは俺だけだろう
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません