魔法使い「勇者愛してる」魔王「魔法使い愛してる」 (228)

※残酷な描写が含まれます。
※地の文がたまに入ります。

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【北の王国・最北の街】

勇者「おいおい戦士、酒は程々にしとけよ。明日に支障が出たらどうする。」

戦士「へっ。ここまで割と余裕を持って辿り着けたんだ。俺達なら大丈夫だろーよ。」グビッ

戦士「それに…」

魔法使い「それに?」

戦士「…もしも魔王の力が想像以上に強大だったなら、これが俺達の最後の晩餐になるかもしれねーんだからさ。」

僧侶「戦士さん…。」

決戦前夜…まさにこの日の為にある言葉だろう。
魔王城攻略を目前に控えた勇者一行は、最後の街で宿を取っていた。

戦士「なんつってな!負ける気なんてサラサラねーけどよ!」

勇者「…絶対に魔王を倒して帰ろう。4人で、誰も欠けずに、だ。」

魔法使い「ええ!私達に不可能はない…そうでしょ?」

僧侶「はい!怖くないと言えば正直嘘になります…でも、皆さんと一緒なら魔王にだって打ち勝つ事ができる…」

僧侶「私はそう信じています。」

戦士「僧侶は俺が守ってやるから、大船に乗ったつもりでいればいい。」

僧侶「えへへ。頼りにしてます。」

魔法使い「ひっどーい!私の事はー?」

戦士「お前は俺なんかが守らなくたって、こちらの勇者様が命懸けでも守ってくれるだろ。」ガハハ

勇者「…」///

僧侶「勇者さん、顔が赤いですよ?」ニヤニヤ

勇者「そ、そんな事ないから!」

魔法使い「もう、勇者ってば強いしハンサムなのに、なんでこう肝心な時に女々しいかなぁ…。」

勇者「め、女々しいってなんだよ?!」

魔法使い「『魔法使いは絶対に俺が守るぜ!』とかビシッと言えない訳?」

勇者「だ、大体なぁ…お前、このパーティで俺に次いで強いだろ?3属性の最強魔法に加えて、物理攻撃力だって魔力を変換する杖のお陰で戦士に近い。団体相手なら勇者の俺すら凌ぐ殲滅力のくせに…」

魔法使い「そういう問題じゃないの!バーカ!」

勇者「そういう問題だ!俺が女々しいって言うなら、お前は男勝りだ!」

魔法使い「はぁ?!強さと性格は関係ないでしょーが!」

僧侶「け、喧嘩はやめて下さい2人共!」

戦士「はいはい、ストーップ!喧嘩するなら魔王を倒してからな。」

勇者「…うん、ごめん。」

魔法使い「…ふん。」

戦士「ま、俺は空気読んでそろそろ寝るわ。お前らも仲直りしたらとっとと寝ちまえよ。」ガタッ

僧侶「それでは私も失礼しますね、おやすみなさい。」ガタッ

僧侶「…って、きゃっ?、」ビターン

戦士「おいおい、怪我はないか?」

僧侶「うぅ…はい。」

戦士「はは、本当にお前はよく転ぶな。いっそ俺みたいに鎧でも装備した方がいいんじゃねーか?」

僧侶「わ、笑わないで下さいっ!それに、そんな重い鎧着れませんよぉ…。」

戦士「冗談だよ、冗談。怪我がなくてよかった。」

僧侶「なんで私ばっかり…気を付けてるのになぁ…。」ブツブツ

2人は食堂から去ると、2階に続く階段へと消えていった。

勇者「その…さっきはごめん。」

魔法使い「…ううん、私も言い過ぎちゃった。」

勇者「…魔法使いの事は俺が守るよ。」

魔法使い「勇者…」

勇者「それだけじゃない。戦士も僧侶も、世界中の人達も…守りたい。」

勇者「だから、必ず魔王を倒さなきゃならない。その為に…今一度お願いするよ。」

勇者「魔法使い、お前の力を貸してほしい。」

魔法使い「…ふふっ、お安いご用よ。」

魔法使い「あんたの旅に付いていくって決めた時から、とっくに覚悟はできてるっての!」

勇者「魔法使い…」

魔法使い「…女々しいなんて言ってごめんなさい、撤回させて。」

魔法使い「あんたは強い…力もそうだけど、何よりも心が。」

魔法使い「迷いの森で丸1日彷徨った時も、回復アイテム一式を袋ごと燃やされた時も、最後の四天王に街全体を人質に取られた時も…あんたは決して諦めなかった。」

魔法使い「あんたがいたから、ここまでこれた。あんたは世界中の希望を背負ってるの。街の人だけじゃない、私の希望も。」

魔法使い「その隣で共に戦える事…誇りに思ってる。」

勇者「な、なんだか照れくさいな…。でも嬉しいよ、ありがとう。」

魔法使い「お礼を言うのはこっちよ。私を仲間に受け入れてくれて、私をここまで導いてくれて…本当にありがとう。」

魔法使い「…勇者、愛してる。」

勇者「!!」///

勇者「お、俺も…その…あ 」

勇者「あ、ああああい…あい…アイスクリームだよな、やっぱり食後は!」

魔法使い「やっぱり女々しい!最低!」

---

男「おい、見ろよ勇者様だ!」

女「え、どれどれ?!」

男「本当だ!東の王国から旅立った勇者様が、ついに海を越え山を越え…ここまで辿り着いたんだ!」

女「きゃー!素敵ー!」

宿屋から出た勇者達は、街の人々に囲まれ次々に握手を求められた。
昨日は夜遅くに街に到着した為あまり目立たなかったが、一晩の間に街は勇者達が滞在しているらしいという噂でもちきりになっていたようだ。

勇者「いやぁ…いつまで経っても慣れないなぁ。」

戦士「そうか?気分は悪くねーだろ。俺達は魔王に立ち向かう、世界の英雄様なんだぜ。」

僧侶「私もちょっと恥ずかしいです…皆さんが応援して下さっているのは嬉しいのですが。」

魔法使い「ふふふ。魔王を倒して王国に帰ったらもっとヒーロー扱いされるんだから、今の内に慣れとかなきゃね。」

男「お、お願いします勇者様!」バッ

勇者「どうしました?」

男「昨日うちの娘が魔物に攫われ、南の鉱山で奴隷として働かされているんです…どうか助け出してはいただけないでしょうか?」

勇者「はい、喜んで。」

男「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」

勇者「ですが…狭い鉱山内での戦闘は危険です。奴隷にされている方たちが人質に取られる可能性も大きいですし、何より落石が起きれば皆無事ではいられません。」

勇者「魔王さえ倒せば、魔族達が人間に強いている奴隷制度もなくなります。なのでまずは魔王を倒し、魔王軍を無力化してから娘さんの救出に向かう事になります。」

男「わ、わかりました…。」

勇者「安心して下さい。俺達は必ずや魔王を倒してみせます。そして娘さんも…この街も救ってみせます。」

男「はい!力なき私には何もできませんが…陰ながら皆様のご武運をお祈りしております!」

男は深く腰を折り、頭髪の抜け落ちたみすぼらしい頭を勇者達に見せつけると、角にある民家へと消えていった。

僧侶「可哀想に…娘さんの心配であんなに髪が…。許せません、魔王!」

魔法使い「いやいやいや。そんな1日でハゲないでしょ。娘さんが攫われたの昨日って言ってたじゃない。」

僧侶「!!」

僧侶「わ、私とした事が…そ、それではうっかり先程の方を冒涜してしまったのでは…!!」

僧侶「ち、違います!私そんなつもりじゃ…!!ツ、ツルツルの頭だって触り心地がよさそうですし、それはそれで美しいという見方も…!!」

魔法使い「…僧侶って結構天然よね。」

戦士「はははっ。ま、どっちにしたって魔王が許せねーのに変わりはないけどよ。人間を散々いいようにこき使いやがって。全人口の約20%が奴隷にされてるんだっけか?」

勇者「うん…だけど、そんな奴隷制度も今日で終わりだ。魔王さえ倒してしまえば、後はどうにでもなる。」

魔法使い「魔族の中には、魔王を恐れて仕方なく従ってる者も多いしね。」

僧侶「恐怖政治ですか…。」

戦士「港湾都市を仕切ってた蛇女なんて、船から降りてきた俺達の顔を見るや否や、あっさり降伏して街人を解放したもんな。」

勇者「魔王が全ての元凶なんだ。奴を倒して、全ての悲しみを終わらせよう。」

勇者「…よし、行くぞ皆っ!!」

魔法使い&戦士&僧侶「「「おうっ!!」」」

士気は高かった。
道中や魔王城内に現れる魔物は当然上級魔族が過半数だったが、今や最高級の装備に身を包み、最強クラスの魔法や特技を使いこなす勇者達の敵ではなかった。

---

【魔王城】

勇者「…やっと最上階か。いよいよここまで来たんだな。」

僧侶「この扉の向こうから、凄まじく邪悪な気配を感じます…!!」

戦士「それにこの無駄に豪華な扉…どう考えたって、この奥に魔王がいるだろーな。」

魔法使い「わからないわよ?もしかしたらトラップかもしれないし。」

勇者「油断しないに越した事はないが…とは言っても、他に進む道はないし。」

勇者「…皆、覚悟はいいか?」

魔法使い「ええっ!!」

戦士「あいよっ!!」

僧侶「はいっ!!」

ズシン

重く鈍い音を立て、装飾の施された扉が開かれる。
そして、その奥の玉座に角を生やした1人の男が座っていた。

魔王「来たな…勇者共よ。」

勇者「お前が魔王かっ?!」

魔王「いかにも。この私こそが、魔族を…そして愚かな人間共をも束ねる闇の始祖、魔王だ。」

魔法使い「ふん!何が人間共をも束ねる、よ!力で無理矢理ねじ伏せてるだけじゃない!」

魔王「力による支配の何が悪い?弱きは罪だ。脆弱な人間共が私に跪くのは当然の事であろう。」

僧侶「人間だけではありません!魔族の中にも、あなたに怯え従わされている方が大勢いました!仲間すら道具のように扱うなんて…!!」

魔王「ククク…だからこそ意味があるのではないか。」

僧侶「え?」

魔王「お喋りが過ぎたな。始めるとするか。」

戦士「余裕かましやがって…今にその余裕面を壊してやるぜ!」

魔王「…それはこちらの台詞だ。」

魔王「知るがいい。貴様らが私を屠り…泰平を謳歌する未来など、万に一つの幻想であったと。」シュバッ

僧侶「!!」

戦士「僧侶、危ねぇっ!!」バッ

魔王の掌から作り出された暗黒の槍は、一瞬にして正確に僧侶を狙い…そして、それを庇った戦士を頑強な鎧ごと貫いた。

僧侶「え…」

ポタ…ポタ…

勇者「戦士っ!!」

戦士「ぐぁ…あ…」

魔王「ほう、まだ息があるか。」

僧侶「そんな…そんな…」

あまりの咄嗟の出来事に、僧侶は青ざめた顔でわなわなと震えている。

魔法使い「僧侶!早く回復魔法を!」

僧侶「は、はいっ!!」ポワァン

戦士「ぐ…」

しかし戦士の体には槍が突き刺さったままだ。
この状態で回復魔法を掛けても効果は薄い。

魔王「残酷な人間だ。そんな事をした所で、余計にこやつの苦しみを長引かせる事になるだけだろうに。さっさと逝かせてやったらどうだ?」

僧侶「…はぁぁぁぁぁぁっ!!」ダッ

ガンッ!

逆上した僧侶は全速力で駆けると、魔王に殴りかかった。
僧侶自体は非力だが、彼女の所持しているメイスは神の加護を受けた聖銀製のもの。
悪しき力に対する浄化力が強く、中級程度の魔物ならその一振りで灰になってしまう。

魔王「…このような玩具が私に通じると?」

バキッ

…しかし、それも魔王の前では無力であったようだ。
殴りつけた部位からヒビが入り、メイスは折れてしまった。

僧侶「あ…あ…」

怒り。
悲しみ。
憎しみ。
恐怖。
絶対的な力の差を前に、濁流のように荒ぶる様々な激情を言葉にできず…僧侶はその場に立ち尽くした。

魔王「死ぬのが怖いか?貴様は聖職者だろう。死後極楽に行けると信じているなら、そう怯える必要もなかろうに。」グイッ

魔王はすっかり戦意を喪失した僧侶の頭を鷲掴みにした。

戦士「に、逃げ…ろ、僧…侶…」

魔王「…うるさい蝿だ。」パチッ

バァン!

魔王が指を鳴らした刹那。
戦士の体を貫通していた暗黒の槍は、雷鳴の如く劈く音を立てて爆発した。

僧侶「ああぁぁぁああああぁっ!!」

勇者「う、嘘だ…」

魔法使い「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!」

飛び散る肉片。
立ち込める血の臭い。
響き渡る悲鳴。
地獄絵図…そんな言葉をがぴったりと当てはまる惨状だった。

勇者「…喰らえぇぇぇっ!!」ザンッ

勇者は雷の魔法を纏った斬撃を繰り出すも、魔王に指1本で止められてしまう。

魔王「やれやれ、回復魔法の厄介な女から殺してやろうと思ったが…そのような策を弄す意味もなかったな。どうやら貴様らを葬る事など、赤子の手を捻る程に容易いようだ。」

勇者「くそっ…」

魔王「私にも情けはある。貴様ら3人には好きな順番で死なせてやろう。」

魔法使い「…」

魔王「さぁ、答えろ。声も出ないのか?情けない。」

僧侶「む、無理だ…勝てない…。私達の今までは、全部無駄だった…。無駄だった無駄だった無駄だった…あぁ、神様…戦士さん…。」

魔法使い「…ふざけんじゃないわよぉっ!!」ブオオッ

魔法使いは持てる限りの全ての魔力を放った。
炎、水、雷…3属性が重なり虹色にも見える煌きを放つ巨大な波動は、反動で彼女を後方に吹き飛ばしながら魔王へと直進した。

ドォォォォォン!!

魔法使い「はぁっ…はぁっ…」

勇者「ど、どうだ?!」

シュウウウ…

深い煙の中から現れたのは、無傷の魔王と…
腰から臓物をぶら下げ血を垂れ流す僧侶だった。

僧侶「ひゅー…ひゅー…」

魔法使い「!!」

勇者「僧侶っ?!」

魔王「…おいおい、そんな怖い目で睨まないでくれ。この女を殺したのは貴様らだぞ?」

魔法使い「ま、まさか…」

魔王「なぁに、貴様の放った魔法を受け止めてやっただけだ。この女の体を使ってな。」

勇者「げ、外道め…!!」

魔王「もっとも、あの程度の攻撃ならば直撃を受けたとしてもダメージはないに等しいが。この女も私に殺されるより、仲間の手にかかる方が幸せだろう…私なりの気遣いだ。」

魔法使い「…」

魔王「そうだ、その顔だ。絶望に満ちたその顔…何よりも美しい。思わず凍らせてオブジェにしたくなる。」

勇者「…殺せ。」

魔王「勇者よ、まだ貴様は魔力が残っているだろう?戦わぬのか?」

勇者「俺達は…お前に勝てない。戦士も僧侶も死んだ…魔法使いは魔力を使い果たした。俺の渾身の一撃だって、指1本で受け止められた。」

勇者「力不足…なんて次元じゃない。」

勇者「…どうして?!なんでお前はそこまで強いんだっ?!」

魔王「魔王に強さを問うか…愚かしい。」

勇者「魔王が強いのはわかるさ!でも…それでもおかしいだろ!いくらなんでも桁が違い過ぎる…俺達は上級魔族だって一撃で倒せた!各地を支配していた四天王や、この城にいたお前の1番の部下である側近にさえ大きな怪我もなく勝てた!」

勇者「その俺達が完全に手も足も出ないなんて…想定外すぎるよ、こんなの…」

魔王「文字通り桁が違うからだ。例え四天王や側近を1000人集めたとしても、私にかすり傷すら負わせられるかどうか…」

魔法使い「そ、そんな…!!」

魔王「ここまで辿り着いた褒美に教えてやろう。私の力の秘訣は、貴様らの負の感情だ。」

勇者「…どういう事だ?」

魔王「怒り、悲しみ、憎しみ、恐怖、恨み、絶望…それらが私に力を与えているというだけの事。」

魔王「仕組みは単純だ、我々魔族は負の感情を魔力に転換する事ができる。そうだな…例えば人間を何人か襲ったとしよう。死にゆく当人達から受ける憎しみ、更にはその仲間や遺族などから受ける恨み、また更には事件を知った隣街の者から受ける恐れ…それらにより、我々は更に力を得る事ができる。」

魔法使い「精神エネルギーって事…?」

魔王「そう。生まれ持った本来の力とは別に、無限の伸び代として力を増幅していく事が可能なのだ。そして私は魔王…後はわかるな?」

勇者「…お前は悪の象徴であり、世界中の敵だ…その名を知らない人はいないだろう。子供を魔物に殺された親の憎しみも、実際に子供を殺したその魔物だけではなく、根源であるお前へと自然に向く…。」

魔王「いかにも。私も魔王の座に就いた頃は、四天王や側近に徒党を組まれては下剋上を許してしまうやもしれぬ程度の強さだった。だが、魔王として私の名が世界に知れ渡れば知れ渡る程、私の力は圧倒的なものとなっていった。」

魔王「私が魔王に君臨して早10年…侵略、破壊、奴隷制度…数々の暴虐により、今やほぼ全ての人間が心の底から私を忌み嫌っているだろうからな。」

勇者「同族内でも恐怖政治を執り行っていたのはその為か…!!」

魔王「ククク、その通り。皮肉だな…私を討ちたいと願う人間共の悲痛な叫びこそが、私を更なる高みへと押し上げるのだ。」

魔法使い「この卑怯者っ!!」

魔王「摂理に卑怯と申すか?貴様ら人間は肉を喰らい己が体を形作るだろう。我々魔族は負のエネルギーを喰らい輝きを増すというだけの事。」

魔法使い「…」

魔王「まぁ、負のエネルギーがなくとも死に絶える訳ではないのだかな。」

勇者「…理屈はわかった。もういいだろ…仕組みを理解した所で、今ここで俺達にはどうしようもない。」

勇者「殺るならさっさと殺れ。」

魔王「…いや、1つ面白い事を思いついた。」

魔法使い「な、何…?」

魔王「貴様らは見逃してやろう。せっかく命拾いしたのだ、せいぜい無様に帰るがいい。」

勇者「?!」

魔法使い「…あんた、とことん計算高くてずる賢いのね。」

魔王「ククク。世界の為に意気揚々と旅立った英雄4人は、その半分を失った挙句に魔王には全く歯が立たず、その顔に絶望を張り付けて故郷の国へと逃げ帰りましたとさ…めでたしめでたし。」

魔王「それを知った王は、民は、世界は…果たして如何な想いを抱くかな?」

勇者「…深く絶望し、今以上にお前を憎むだろう。」

魔王「そうだ。」

魔法使い「それがあんたの狙い…。」

魔王「もっとも…私がこれ以上強くなっても、その力を振るう機会はなさそうではあるがな。世を支配する事にも飽きた…いっそ全て滅ぼして終わりにしてしまおうか?」

勇者「なっ…!!」

魔王「あるいは、ひたすら意味もなく強さを追究してみるのもまた一興かもしれん。果たして私はどこまで登り詰める事ができるのか…ククク、それも悪くはないな。」

魔王「とにかく、私は貴様らを見逃す事に決めた。それが嫌なら自害でもするのだな。」

魔法使い「そんな…!!」

勇者「腐ってやがる…!!」

魔王「それではお別れの時間だ。」

魔法使い「ま、まっ…」

バシュンッ!

---

見上げれば果てしない青空。
いやに晴れた、雲一つない蒼天。
足元を見れば、風に靡く緑の草花。
希望を摘まれた2人にはおよそ似つかわしくない、あまりにも爽やかな風景。
魔王の力により飛ばされたそこは、旅立ちの日の夜に初めて野営をした場所だった。

【東の王国・緑の草原】

魔法使い「う、うう…」

勇者「魔法使い…」

魔法使い「…もう、やだよ。死にたいよ…なのに死ぬのが怖いよ…。」

魔法使い「僧侶も…戦士もいない…。帰ってもどうしようもない…。」

魔法使い「どうすれば…どうすればいいのっ?!もう、こんなの…どうしようもないじゃない…!!」

勇者「…帰ろう。」

魔法使い「勇者…」

勇者「まだできる事はある。2人の仇を討つんだ…俺達を見逃した事を魔王に後悔させてやろう!」

魔法使い「今更何をするって言うのよ…」

勇者「魔王の力の原理を、皆に伝える。時間はかかるかもしれないけど、世界中の皆が力を合わせてくれたら…感情を抑えてくれたら…」.

勇者「魔王を弱体化できる。」

魔法使い「…そんなの無理よ。理屈ではわかっても、感情なんて意図的に操れるものじゃない…魔法を使ったとしても不可能よ。」

勇者「…」

魔法使い「だってね…私、今この瞬間も…魔王への憎しみが止まらないんだもん…!!」

魔法使い「ううっ…うぁぁぁぁ…!!」

魔法使いは、泣いた。
大きな大きな声を上げて泣いた。
それは、日頃の気丈な振る舞いからは想像もつかない程みっともなく、まるで赤子のように。

勇者も泣いた。
魔法使いを抱き抱えるように、あるいは覆いかぶさるように倒れ込んで泣いた。
泣き叫ぶ魔法使いをなだめる余裕など、微塵も残っていなかった。

魔法使いと僧侶は幼馴染みだった。
2人は幼い頃より才能を見出され、魔王軍への抑止力となるべく、同じ施設で共に訓練を受け育った。
黒魔法と白魔法…専攻する分野こそ違えど、実戦訓練では力を合わせて試練を乗り越えてきた。

時には恋敵となった事もあった。
喧嘩だってした。
それすらも、2人の友情を深めた。

時は流れ…勇者の旅立ちが決定した日、各地では勇者の力となる者を選定する、最終試験が行われた。
旅の同行者…その枠は3人。
狭い洞窟などに大勢で突入する事は愚策であるし、中途半端な力では逆に勇者の足を引っ張りかねないと王が判断したからだ。

そうして訪れた旅立ちの日、選ばれし者達は勇者の暮らす都…東の王都へといざ集った。
それが魔法使い、戦士、僧侶だった。

優しく、それでいて挫けぬ心を持つ勇者。
気が強く、おてんばな魔法使い。
面倒見がよく、豪快で酒好きの戦士。
おっとりしていて、少しうっかり屋の僧侶。
バラバラな故に上手く噛み合ったのかもしれない。
仲良くなるのに時間はかからなかった。
互いに短所を補い合い、手を取り合って旅をしてきた。
そこには深い絆と…愛情までもが芽生えた。

勇者と魔法使い、戦士と僧侶は、それぞれ互いに将来を誓い合うまでの関係になった。
愛する者と共に生きたい…その想いは、彼らの力となり武器となった。
平和な未来、幸せな暮らし…ついに魔王城まで辿り着いた一行は、その夢がもうすぐ現実になる事を確信していた。

そして待っていたのが…この結末である。

魔法使い「僧侶は…僧侶は私が殺したんだ…」

勇者「…違う」

魔法使い「でも私の魔法で…」

勇者「…だったら戦士を殺したのは俺だ。戦士は僧侶を守ると言っていた…そんな戦士を、いや皆を…俺が全てを守ると誓ったのに…」

魔法使い「…」

勇者「…もうやめよう。」

魔法使い「うん…」

勇者「帰って…皆に魔王のカラクリを話すんだ。俺達が立ち止まってたんじゃ、戦士や僧侶に顔向けできない。」

魔法使い「…そうね。」

勇者「…」

魔法使い「…ねぇ、勇者。」

勇者「…なんだ?」

魔法使い「もし…もし、だよ?作戦が上手くいったとして、どうにか魔王を倒せたとして…」

魔法使い「私達だけ、幸せになってもいいのかな…?」

勇者「それは…」

魔法使い「…」

魔法使いは勇者の手を握った。
勇者は、目を合わせずに唇を開いた。

勇者「…落ち着いたら2人の墓を作ろう。そして、鬱陶しいぐらい顔見せにいってやろう。」

魔法使い「そしたら…僧侶達も寂しくないかな?」

勇者「ああ…きっとそうだ。そして、今のこの平和があるのはお前らのお陰だぞって。お前らもそっちで仲良くやってんのかって。俺達はたまに喧嘩するけど、お前らは喧嘩しちゃ駄目だぞって言ってやろう。」

魔法使い「ええ…僧侶には甘い物お供えしてあげなきゃね。あの子、お菓子ばっかり食べてご飯残しちゃうような馬鹿な子だから…。」

勇者「じゃあ戦士には酒だな。いつか俺に絡み酒してきた罰だ、酔い潰れるまで飲ませてやる。」

魔法使い「…うふふ。」

勇者「…ははは。」

2人は笑いながら王国までの街道を歩いた。
頬を伝う涙も無視して笑い続けた。
それは散っていった友の為に。
それはこの歩みを止めない為に。

---
【東の王都】

勇者「…空が赤い。まるで俺達を怒ってるみたいだ。」

魔法使い「ただの…夕焼けよ。」

勇者「ああ…いつもだったら、夕日に染まる街並みに情緒なんて感じていたのかもしれない。」

魔法使い「…やめてよ。そんなキャラじゃないくせに。花が綺麗とか虹が綺麗とか、いつもそういう事言うのは…」

魔法使い「…ううん、なんでもないわ。」

勇者「僧侶…」

紅く照らされる、うなだれた2つの背中。
地平線の向こうに日が沈みかけた頃、勇者と魔法使いは東の王都へと辿り着いていた。

女「ゆ、勇者様?!」

男「帰られたのですか?!」

勇者「あ、ああ…」

女「魔王を討伐されたのですね!!」

魔法使い「…それは」

男「おや?そう言えば戦士様と僧侶様のお姿が見えませんが…」

勇者「…」

魔法使い「2人は…死んじゃったわ。」

女「そ、そんな…!!」

ザワザワ…

男「あの屈強な戦士様が…!!」

女「僧侶様は次期大司祭を担われる方だったのに…!!」

男「…し、しかし!こうして勇者様と魔法使い様だけでも無事に帰られたんだ!喜ぶべきじゃないか!」

女「え、ええ…」

男「なんにせよ、偉大なる我らが英雄のご帰還に変わりはない!」

女「勇者様バンザーイ!憎き魔王は死んだのよ!」

男「ついに平和な時代が訪れたんだ!今夜は凱旋パレードだな!」

ワァァァ…!!

魔法使い「…」

勇者「…すまない、王の元へと通してくれ。急いで謁見がしたい。」

女「は、はい!」

男「お前らどけどけ!勇者様のお通りだぞ!」

旅立った勇者が故郷へと帰還する…それは、魔王を討ち倒した事とは必ずしも同義ではない。
しかし、勇者達を信頼し強く平和を望んでいた民達の頭の中では、そこには勝手に等式が結ばれていた。

魔王は倒せなかった…その一言を発する事が、ひどく憚られた。
事実を正しく伝える…時にそれは勇気を伴う。
単純な事だ、その勇気が勇者にはなかった…それだけの話。
何が勇者だ、自分にはこれっぽっちも勇気なんてないじゃないか。
勇者は激しい自責の念に因われていた。

---

【東の王城】

王「…そうか、魔王を倒す事は叶わなかったか。」

勇者「申し訳ございません…。」

魔法使い「私達が不甲斐ないばかりに…。」

王「顔を上げるがよい。2人は…いや、4人はよくやってくれた。各地で村や街を救い、あの四天王をも討ち倒したそうではないか。その活躍は私の耳にまで届いておるぞ。」

王「残る強敵は魔王のみ…その魔王城に張られていた結界も、そなたらが解いてくれたのだろう?後は兵団の投入による物量作戦でどうにかしてみせよう。」

王「そなたらは十分に役目を果たしたのだ…自らの偉業に胸を張り、未来永劫その功績を誇るがよい。最上級の褒美と名誉を贈ろう。」

勇者「…無理です、このままでは世界は終わってしまいます。それに兵団の投入など…」

王「何をそうも案ずる事がある?確かに個々の力は勇者達には及ばぬが、1級兵団は強者揃いだ。そなたらと共に旅をする者を選定する最終試験に残った者もいる、いわば精鋭中の精鋭達…いくら魔王といえど1人では太刀打ちできまい。」

魔法使い「…皆死んじゃう。」

王「ん?」

魔法使い「精鋭とか…そういう次元じゃないんです!私が100人いても…1000人いても魔王に触れる事すらできないかもしれない…。」

王「な、なんと…?!」

勇者「物量作戦では勝ち目はありません。大量の犠牲を生むだけです。」

王「よ、よもやそれ程までとは…。何ゆえ魔王はそうも狂気じみた強さを誇るというのか…」

勇者「…魔王の圧倒的魔力にはカラクリがあるのです。そこを上手く突く事ができれば、あるいは…」

魔法使い「私達は、そのお話をする為に戻って参りました。」

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王「…なるほど。奴は負の感情を精神エネルギーとして糧にすると…」

勇者「はい。魔王に限らず、魔族という種族はそういう生態をしているようです。」

魔法使い「魔王は言わずと知れた魔族の代表であり、私達人間にとっては脅威のシンボルです。彼自身が悪の根源である限り、おのずと負の感情は彼へと集中する…。」

王「我らが士気を高める事すら逆効果だという事か…なんと不条理な…」

勇者「俺達は世界にこの真実を広め、全人類が一丸となって魔王に対抗する事を画策しています。」

王「しかし…感情というのは自在にコントロールできるものではない。『魔王を憎めば憎む程、魔王は強くなる。だから魔王への憎しみは捨てるべきである。』…そう頭では理解しても、果たしてそう上手くいくものなのか…」

魔法使い「私もその疑問は拭えません…。ですが、だからと言ってこのまま滅びを待つつもりはありません。」

魔法使い「魔王は言っていました。『世界の支配にも飽きたから、全て滅ぼすのもいいかもしれない』…そして、『あるいはひたすら強くなる事を目標にするのも面白い』とも。」

魔法使い「どちらにせよ、私達にとっては絶望的な未来です。だったらせめて、やれる事はやってみたい…そう考えています。」

王「…そうだな。私とて一国の王。国の民を…そして世界を愛している。魔王なぞにみすみす蹂躙されてなるものか!」

勇者「王様…!!」

王「明日、緊急集会を開こう。王都中の民をそこに集め、先程の話をしてやってほしい。私が演説をしてもよいのだが、実際に魔族と戦い魔王と対面したおぬしらの言葉の方が説得力があるだろう。」

勇者「わかりました。俺達は何が何でも魔王を倒したいんです。この街は俺が生まれ育った街…そして旅をする中で、各地に親しい方もできました。だから、そんな世界を守りたいんです。」

勇者「それに何より…友の死を無駄にはしたくない。」

魔法使い「私達はできる限りの事をするつもりです。だから…どうか王様もご助力下さい。」

王「当然だ。この国は私が治め守るべき国…そして、この都から勇者を選出したのも私だ。例え我が命に代えてもその責は果たそう。」

勇者「ありがとうございます!」

王「ところで、これは提案なのだが…負の感情というのは、人の意識から来るものであるはずだ。それならば、魔法で人々を一斉に気絶させるという術はないのか?」

魔法使い「お言葉ですが…対象者を無意識へと導入する、つまり状態を操る魔法というのは極めてデリケートなものです。風邪を引きやすい人とそうでない人がいるように、人の免疫や耐性は十人十色…」

魔法使い「とある人を気絶させるに値する魔力量は、また別のとある方を死に至らしめる魔力量でもあるのです。その微調整の難度はただ強力な魔法の扱いとは比にならない…」

魔法使い「私は畏れ多くもこの世界で最高位の魔道士であると自負しておりますが、その私の技術を以てしても、せいぜい1つの村の住人達の意識を奪う事が精一杯です。」

王「そうか…愚問だったな。だが、それとて可能性はゼロではないはずだ。全世界の魔導機関に取り合い、総力を上げて研究するよう伝えよう。多数の人間を同時に気絶させる魔法…もしも完成すれば光明が差し込むだろう。」

勇者「ですね…ではお願いします。」

王「こちらこそ、明日の集会は頼んだぞ。今日はもうよい、帰って旅の疲れを癒したまえ。」

勇者「はい。」

魔法使い「それではまた明日。」

王は逞しかった。
絶大な力を誇る魔王に決して屈せず、そして逃げ帰った勇者達を責める事もしなかった。
国の長たる王の堂々とした姿勢…それは、勇者達に少なからず希望を与えた。

いくつかレス返します。

勇者は人質見捨てた訳じゃないよー。
鉱山での戦闘が危険云々は本編に書いてた通りで
しかももう魔王城目前なんだから先に魔王倒した方が早いって話。
書いてないだけで道中今までたくさんの人とか街は救ってきてる。
見殺しにするような勇者ならこんなに慕われてないw
まぁすまん描写不足だったかも。

んでもって、人々の絶望を希望で塗り替えるとかは無理。
希望=勇者が魔王を倒してくれる!勇者に魔王を倒してほしい!
結局これは人々の魔王への怒りが根本にあるからで、
余計魔王パワーアップしちゃう。
魔王に立ち向かう勇者を応援する事自体、魔王への敵意の表れなんだし。

皆が頭狂って魔王大好き!ってなるか
一斉に記憶喪失にでもなって魔王の事忘れるぐらいのレベルじゃないと弱体化できない。


続きはまた後で投下します。


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【東の王都・勇者の家】

母「…ゆ、勇者!」

勇者「…ただいま。」

母「お帰りなさい…お腹、減ってるでしょう?」

勇者「う、うん…。」

母「何がいいかしら?オムライス?それともシチューにしましょうか。」

勇者「じゃあ…シチュー。」

母「ふふ、相変わらずね。すぐに用意するわ、座って待ってて。」

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母「さぁ、たんと召し上がれ。」

勇者「…うん、やっぱり美味しい。」もぐもぐ

母「ならよかったわ。」

勇者「…何も聞かないんだな。」

母「疲れてるでしょうし、積もる話は明日にでも、と思ったけど…」

母「…浮かない顔ね。母さんの味が恋しくて帰ってきた…って訳じゃないんでしょ?」

勇者「俺ね…魔王を倒せなかったよ。」

母「…そう。」

勇者「歯が立たなかった…仲間も殺されて…。だけど…だけどまだ終わりじゃない。魔王に立ち向かえる手段が残されているかもしれないんだ。」

母「…ふふ、それはすごいわね。よく頑張ったじゃない。」

勇者「そ、それだけ…?」

母「私はね…勇者の母になった時点で、ある程度の覚悟はしてたつもり。だけど、やっぱり不安で仕方なかった…あなたが旅先で死んでしまうんじゃないかって、もう2度と会えないんじゃないかって…」

母「それでも、こうしてあなたは生きて帰ってきてくれた…。私にはね、もうそれだけで十分なのよ。」

勇者「母…さん…。」

母「ねぇ…抱きしめさせて?」

勇者「…うん。」

母の腕は、優しく…そして力強く勇者を包み込んだ。
そこに恥ずかしさなんてなかった。
人類最強の勇者が?
19歳にもなった男が?
そんなの関係ない。
息子が母に抱きしめられる事に、何か理由がいるだろうか。
勇者はただ、母の腕にその体重を委ねた。
そして子供のように甘えた。
まるで、2年という歳月を埋めるかのように。
まるで、全ての悲しみを忘れるかのように。

母「魔王の強さを…私は知らない。剣を握った事すらない私には、聞いたってきっと理解できない。」

母「でも、巨大な悪とあなたは戦おうとしてる。そして、光を見出そうとしてる。もちろん応援だってしたいし…そんな無理なんかしないで逃げ出しちゃいなさい、とも言いたい。」

勇者「母さん…」

母「私がどんなに止めたって、あなたは最後まで戦うんでしょう?あなたは昔から正義感の強い子だったものね。」

母「だったら…私にできる事はひとつ。母として、あなたの行く末を見守り…あなたがどんな道を進んだとしても、それを信じる事。」

勇者「…うん。俺、頑張るよ。母さんに話したい事、いっぱいあるんだ。南の国が焼けるように暑かった事、西の国の湖が綺麗だった事、北の国の山が険しかった事、戦士はいつも酒ばっか飲んでて、酔ったら面倒くさいしいびきがうるさい事、僧侶はドジですぐに転ぶくせに、他人の心配ばっかりしてお節介焼きな事…」

勇者「…そして」

勇者「生意気で男勝りで、だけど本当は優しくて可愛くて努力家で…世界でたった1人の愛する人を見つけた事。そんなたくさんの想い出を笑って話せるように、俺は平和な世界を作りたいんだ。もう怯えなくていい…魔王のいない世界を。」

母「…本当に、立派になったわね。」

勇者「まだまだ…これからだよ。その言葉は、魔王を倒せた時にもう1回言ってほしい。」

母「ふふ、わかったわ。」

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【東の王都・光の広場】

ガヤガヤ…

女「勇者様の演説って何かしら?」

男「魔王を倒した事を公の場でご報告されるのでは?」

女「戦士様と僧侶様のご追悼かもしれないわね…魔王との戦いで亡くなられたそうじゃない。」

広場はかつてない程の人で溢れかえっていた。
王都民はもちろん近隣の街からも人が集まっており、所狭しと肩を寄せ合うその集合体は、巨大な1つの生き物のようにさえ見える。

男「うぅ…酔ってきた…」

女「ちょっと、足踏まないでよ!」

男「静かに!始まるぞ!」

王「…静粛に。既に知っている者も多いと思うが、2年前世界を魔王の支配から救うべくこの都を発った我らが勇者が、昨日帰還した。」

オォォォ!

王「その勇者と、共に帰還した魔法使いから皆へ話がある。両名、前へ。」

勇者「…」

魔法使い「…」

男「勇者様ー!」

女「魔法使い様ー!」

勇者「…まず先に、謝っておかねばなりません。戦士と僧侶は…魔王との戦いで命を落としました。」

男「や、やっぱり亡くなられてたんだな…。」

女「まだお2人共若かったのに…。」

魔法使い「そして…もう1つ。私達は、魔王討伐に失敗しました。」

男「なっ…?!」

女「嘘…!!」

ザワザワ…

男「仲間を見捨てて逃げ帰ってきたって事かよ?!」

女「やめなさい!1番心を痛めているのは、他ならぬ勇者様達のはずよ!」

男「人の身で魔王に挑む事自体が間違いだったのか…」

女「たった4人に世界の命運を託したんだもの…私達にも責任はあるわ…。」

王「静粛に!本題はここからだ!」

シーン…

勇者「魔王の力は想像を遥かに上回るものでした…。正直、全くの別次元と言ってもいい。恥ずかしながら、俺達は魔王に傷1つ付ける事すら叶わず敗れました。」

魔法使い「私達の力不足は否めませんが、それでも四天王をはじめとした他の魔族達は圧倒する事ができました。魔王の側近にもそれ程苦戦はしませんでした。魔王だけが…あまりにも桁外れで途方もない力を有していたのです。」

勇者「そして、俺達は戦いに敗れた後、魔王本人からその力の秘密を聞かされました。魔王は…いえ、魔族は自分に向けられた負の感情を糧としているのです。」

魔法使い「負の感情…わかりやすく言うと、怒りや憎しみ…悔しさや悲しさなどです。本日お集まりいただいた方々の中にも、魔族による何らかの被害に遭われた方がいらっしゃるかと思います。」

魔法使い「当の魔物を憎むのはもちろんですが、その魔物を従え支配している魔王にも同じく恨みは向けられるはずです。」

勇者「全ての元凶が魔王である限り、結局は魔族への負の感情は総じて魔王へと集約するのです。それは魔王が魔族の長としてその名が広く知られている現状では当然の原理…」

勇者「その結果、魔王だけが頭1つ抜けた強さになってしまった…いえ、頭1つどころではない、雲の上の存在として君臨しているという訳です。」

男「なんだと…俺達が魔王を強くしてしまっていたというのか…」

女「し、仕方ないわよ…そんな仕組み、誰も知りやしなかったもの。」

魔法使い「…考え得る策は2つ。1つは、世界規模の精神魔法で一時的に人々の意識を遮断し、魔王への負の感情の流入を止めるというものです。極めて難度が高いこの魔法を完成させるべく、王は世界中の魔導機関に連絡を取り研究を要請して下さるそうです。」

女「意識を遮断…そのまま死んじゃったりしないかしら?」

男「だから難しいんだろう。でも、魔王に殺されるぐらいなら俺はその魔法の犠牲になった方がいい。」

勇者「そして…もう1つの策。」

勇者「それは、皆さんに負の感情を抑えていただくというものです。」

女「感情を抑えるって…そんなのどうやってやればいいの?!」

男「む、無理だ…魔王が憎いなんて、腹が減るのと同じぐらい自然な事なのに…」

魔法使い「…正直、どちらの作戦も成功率が高いとは言えません。ですが、他の打開策は恐らく存在しません。一握りでも希望があるならば、私はそれに賭けたいと思います。」

勇者「俺は…この世界が好きです。この世界に生きる、皆さんが好きです。そんな世界が…滅んでしまうなんて耐えられない。仲間の死だって、無駄にはしたくない。」

勇者「だから…皆さん、どうか諦めないで下さい。希望を捨てないで下さい。それがきっと…魔王を倒す事へと繋がるはずです。」

魔法使い「…私達からは以上です。」

ザワザワ…

集会が終わり王が解散を告げた後も、人だかりは消えず喧騒が止む事はなかった。
ある者は不安を口にし、またある者は嘆く友を励まし、そしてある者は勇者達の姿が見えなくなるまで声援を送り続けた。
そのどれもが、懸命に生きようともがく人の意思だった。

---

…それから1年。
勇者と魔法使いはかつての旅をなぞるかのように各地を巡り、そこに住まう民を集めては演説をして回った。

そして、務めを終えた2人はとある目的の為に再び東の王都へと帰ってきていた。

【東の王都・平和の丘】

勇者「…やれる事はやったな。」

魔法使い「そうね…後は祈るのみ、か…。」

勇者「世界規模の精神魔法…あっちの研究は進んでるのか?」

魔法使い「それがねぇ…さっぱりみたい。さっきそこの魔法協会に寄ってきたけど、全くと言っていい程成果は出てないんですって。」

勇者「そうか…。」

魔法使い「まぁそりゃそうよね…現存する全ての黒魔法を習得した私ですら、小さな村1つの住人達を気絶させるのが限界だもの。それを世界中だなんて…そんな魔法が扱える程の魔力があるなら、正攻法でも魔王と渡り合えるかもってレベルよ。」

勇者「うーん…俺は魔法の事はよくわからないけど、話を聞いてるだけでも難しそうだしな。」

魔法使い「何言ってんのよ。あんただって、そこいらの魔道士よりは魔法使えるじゃない。」

勇者「まぁそれはそうなんだが、どうにも性に合わなくてさ…ほら、殆ど剣で戦ってばっかりだったし。」

魔法使い「ふふ、あんたって結構不器用だもんね。精神の集中とか苦手そう。」

勇者「いやいや、不器用はそっちだろ。ロクに料理もできないくせに。」

魔法使い「塩とそっくりな砂糖が悪いのよ!別にいいもん、魔道士に料理の才能なんていらないし!」

勇者「塩と砂糖を間違えるのも立派な才能だよ?」

魔法使い「むっかー!もう怒ったわ!完全に怒った!」

勇者「ははははっ。」

魔法使い「もう、何が面白いのよ…ふふっ!」

勇者「…久しぶりに笑った気がする。」

魔法使い「ええ…本当に。」

勇者「…俺達って、皆で旅してる時はいつもこうだったよな。」

魔法使い「くだらない事でいがみ合って、その度に笑って…よく僧侶や戦士になだめてもらったっけ。」

勇者「ああ。今でも…きっと向こうから俺達を見守ってくれてるよ。」

バシャバシャバシャ

勇者「なぁ?」

勇者は目の墓に持ってきた酒を浴びせ終わると、空を見上げて笑った。
その墓には、かつてのかけがえのない友…戦士の名が刻まれている。
そしてその隣の墓には僧侶の名前が。
そう、2人は亡き友の墓参りをしにきたのだった。

魔法使い「それにしても立派な墓よねー。もっとお菓子たくさん持ってくればよかったかしら?ドーナッツだけじゃ不釣り合いじゃない?」

勇者「お前が僧侶の為に用意した物なら、きっと何だって喜んでくれるさ。」

魔法使い「えへへ、まぁあの子お人好しだからねー。でも、流石に1年も待たせた事は怒ってたりして?」

勇者達は墓の建造を王に依頼した後、その足で王都を発った為、実際に戦士達の墓を拝むのはこれが初めてだった。

勇者「戦士…俺は諦めないよ。どんな手を尽くしても、いつかこの世界を平和に導いてみせる…お前の遺志は俺が継いでやるからな。」

勇者「だから、ちょっとだけ待っててくれよ。その内俺達もそっちに行くからさ。」

魔法使い「ねぇ僧侶…あんたがイヤリングと間違えて買ったからってくれたピアス、今でも付けてるのよ。正直デザインはあんまり気に入ってないんだけどね。あんたが遺した物って、これぐらいしかないからさ。」

魔法使い「これを付けてる限り、あんたがいつもそばにいてくれているような気がするの。だから…私の目を通して見せてあげるわ、あんたの望んだ争いのない世界を。」

2人は目を瞑り、しばらくの間手を合わせた。

---

【東の王都・宿屋】

魔法使い「…ねぇ。」

勇者「なんだ?」

魔法使い「私は魔王を倒すつもりだし、もちろん死ぬつもりもない…昼に僧侶と戦士に誓った通りよ。」

勇者「当たり前だろ、俺もだよ。」

魔法使い「それでも…こんな事、皆の前では言えやしないけど。この世に100%なんてない。もしかしたら、魔王が気まぐれで明日この都を襲いにくるかもしれない。」

勇者「それは流石にない…と思いたいけど。」

魔法使い「例え話よ。つまりは、いつ死んだっておかしくはないって事。それが明日かもしれないし、1年後かも10年後かもわからないけどね。」

勇者「…何が言いたいんだ?」

魔法使い「…何か起きた時、後悔したくないのよ。その為に、やれる事は全部やっておきたいと言うか…」

勇者「だからやっただろ?各地を回って散々演説もしたし、墓参りだってやっと今日できた。」

魔法使い「…違うの、そういう事じゃなくて…」

勇者「???」

魔法使い「…なんとなくわかってほしいなぁ。私の口から言うのは流石に恥ずかしいんだけど。」

魔法使いは座っていた自らのベッドから立ち上がると、隣のベッドの上の勇者にそっと肩を寄せ、わざとらしく視線を伏せた。

勇者「恥ずかしい事…?」

勇者「!!」

勇者「お、お前それって…」///

ぼんやりとコーヒーを飲んでいた勇者は、思わずそれを落としかけた。
その頬はいつになく赤い。

魔法使い「…好き。私は勇者が好き。」

勇者「お、俺だって…!!」

魔法使い「もっと…もっと近くにいきたい。」

勇者「ちち、近いよ!十分近いよ!」

魔法使い「…意地悪。意味、わかってるくせに。」

勇者「…意地悪じゃない。俺はいつかお前に言われた通り、女々しい奴なのかもしれない。」

魔法使い「勇者…」

勇者「だけど…俺だって男だ。それに、気持ちは同じだから…」

勇者「だからっ…!!」

魔法使い「んっ…!!」

勇者は魔法使いの唇を奪うと、そのまま押し倒した。
1度動き出した衝動は静止する事なく、朝が来るまで2人は愛し合った。
まるでそれは、生きる意味を確かめ合うかのように。
やらしい気持ちなんてなかった。
そこにあるのは、ただただ溢れんばかりの愛。
ひたすらに真っ直ぐな愛。
世界が危険に曝されている今、こんな事をしている場合ではないのかもしれない。
それでも、そうせずにはいられなかった。
友を失い、戦いに敗れ、絶望に暮れ…それでもなお立ち上がり、歩き続けようとする2人。
幼い頃より修行に励み、世界の為に全てを投げ売った…そんな彼らが、初めて自身の欲望に身を任せ、幸せに溺れた夜。
果たして誰が彼らを責められるというのだろうか。
やがて寄り添い眠る2人の顔には、幸せだけが満ちていた。

---

そして…更に1年の歳月が流れた。

【北の王国・工業都市】

勇者「くそっ…いつまで経っても状況は好転しないな…」ズバッ

魔物A「ギャッ!」

魔法使い「あれだけ減らした魔族の数も、だいぶ元に戻ってるみたいだしね…」シャキーンッ

魔物B「グェッ!」

勇者達は、再び各地を巡り世界中の人々の状況を確認しながら、魔物を退治して回っていた。

勇者「…これだけたくさん魔王が新しく魔族を生んでいるって事は、魔王の力は未だ健在という事になる…」

勇者「弱体化作戦はやっぱり不可能なのか…。」ザンッ

魔物C「ギィッ!」

魔法使い「精神魔法の研究も、成果が出なさすぎて南と北は資金援助を打ち切ったって話だし…はぁ。」ドドドッ

魔物D「ガァッ!」

魔法使い「ふぅ…これで全部かしら?」

男「勇者様に魔法使い様!私共を悪しき傀儡より救っていただき、ありがとうございます!」

女「街に侵入した魔物は、勇者様達が全て倒してくれたわよー!」

子供「やったやったぁ!父ちゃんに怪我をさせた魔物め、ざまーみろ!お前らなんか、勇者様にかかればあっという間なんだからな!」

勇者「…うん、どう考えても無理だ。人々が
魔族を忌み嫌わないなんて不可能だよ。」

魔法使い「魔王を倒す為の策が、その魔王を憎まない事だなんてね…ふざけてるにも程があるっての。」

勇者「何か他に策はないだろうか…俺達だっていずれは歳老いて戦えなくなる。それに、この瞬間にもどこかで苦しんでいる人達がいるんだ。早くしないと…!!」

魔法使い「他の策…そうね。これも不可能に近いけど…いっそ魔王を悪者でなくしてしまうっていうのはどう?」

勇者「魔王を悪者でなくす?」

魔法使い「そうよ。『魔王は悪い、だけど憎むな。』…これは無理がありすぎるわ。だったら、根本から人々が持つ魔王のイメージを塗り替える…」

魔法使い「そう、例えば誰かに操られていたとか。」

勇者「誰かって…誰だよ。魔王を操れる奴なんて思い浮かばないぞ。」

魔法使い「問題はそこなのよね…この策は以前にも思い浮かんだ事があったんだけど、結局そこがネックになって諦めたの。」

勇者「…」

魔法使い「まぁ忘れて。それか、魔王を倒す事ができないなら、いっそ魔王をどこか違う時空にでも隔離して閉じ込めてしまうとか…駄目か。そんな魔法聞いた事もないし。例の大規模精神魔法よりも難しそうだわ。」

勇者「…いや、待てよ。」

魔法使い「ん?」

勇者「…いけるかもしれない。心当たりがあるぞ、魔王すら操れそうな奴が!」

魔法使い「本当?!」

勇者の思いつきはとんでもないものだった。
だがしかし、とんでもないものだからこそ可能性もあった。
そしてこの勇者の閃きが、大きく状況を動かす事になる…。

---

1ヶ月後。

【東の王都・光の広場】

ガヤガヤ…

王「勇者よ、おぬしの望み通り集会を開いたが…今度は民に何を話そうと言うのだ?」

勇者「もうすぐわかりますよ。」

魔法使い「王様にも是非とも聞いていただきたい話です。」

王「ふむ…」

勇者「えー…皆さん。本日はお集まりいただき、ありがとうございます。」

魔法使い「私達は新たな事実を発見しました。この場を借りて、皆さんにそのご報告をさせていただきたいと思います。」

男「なんだなんだ?」

女「前回みたいに魔王の事についてじゃない?」

男「もしかして魔王の弱点がわかったとか?!」

女「でも、それなら私達に話すより先に魔王を倒しに行きそうだけど…」

勇者「俺達は少し前に、再び魔王城を訪れました。魔王の力が弱っていないかを調査する為でしたが…その時気付いてしまったのです。」

勇者「遥かな高みより、魔王を操っている者がいる事を…!!」

男「ま、魔王が操られているだって?!」

女「一体誰がそんな事を…?!」

魔法使い「皆さん…その者の正体を聞いて驚かないで下さい。いえ…驚くなと言う方が無理なのは百も承知ですが。実際私達もすぐには信じられず、しばらく苦悩しました。しかし…これからお伝えする事は真実です。」

勇者「魔王を操りし者…その正体は…」

勇者「なんと神だったのです!!」

男「神様がっ?!」

女「ど、どういう事っ?!」

王「なんとっ?!」

ザワザワ…

魔法使い「神は人々の信仰によって力を得ているのです。憎しみから力を得る魔王とは正反対…いえ、似ているとも言えるでしょう。それもそのはず…なぜなら神が魔王を創造したのですから。」

勇者「平和な世界では神など必要とされません。人々が神に祈りを捧げ縋るのは、いつも何かの不安や恐怖に駆られている時です。」

勇者「つまり、神は自らの力の源…信仰を得る為に、人々の不安を煽る魔王という立役者を用意したのです。いわば魔王とは哀れな操り人形…彼自身には自我はおろか、魂すら存在していなかったようです。」

魔法使い「当然、他の魔族達の生みの親も神という事になります。あれだけの力を持つ魔王がなかなか人類を皆殺しにしない理由も、これで明確になりました。なぜなら全ては計算高き神による、信仰を集める為だけの謀略だったのですから。」

男「嘘…だろ…」

女「神様が…悪…?」

ザワザワ…

戸惑う民衆を前に、勇者と魔法使いは自らのスピーチの完成度に胸を昂らせ、その顔はいつになく得意気だった。
またそれと同時に、自分達の意外な才能に辟易もしていた。
それもそのはず、この話は全くのデタラメなのである。

人々を騙す事や、神を冒涜する事に罪悪感がない訳ではない。
しかし、何よりも優先すべきは人の命や世界の平和だ。
この日の為に2人は幾度も話し合い、綿密に設定を練り上げてきた。
矛盾のないように。
信憑性のあるように。
そうしてできあがった壮大な大ボラを、彼らは真剣に大胆に、力強く声高に叫んだ。

負の感情を魔王ではなく神に集め、魔王をただの滑稽なピエロに仕立てあげる…それが勇者達の作戦だった。
この策が功を成せば、魔王を大幅に弱体化できるかも可能性は高い。
神などという存在は恐らく実在しないだろうし、そんな架空の偶像に負の感情が集まったところで特に実害はないはず。
魔王さえ倒してしまえば、後は頃合いを見て『黒幕である神を倒したら魔王も消滅した。神自身は弱かった。』などという都合の良いエピローグで辻褄を合わせれば完璧だ。

勇者「ですから…」

バァァァァン!!

勇者&魔法使い「「っ?!」」

…そう、完璧のはずだった。

女「きゃあああああ!!」

子供「痛いよぉぉぉ!!ママぁぁぁぁぁ!!」

男「魔法?!一体どこから…」

女「お兄ちゃん、お兄ちゃん!!返事をして、死んじゃ嫌だよ!!」

ザワザワ…

王「しゅ、集会は中止だ!至急、衛生兵に連絡を!」

兵士「はっ!」

一瞬、何が起きたか勇者達にはわからなかった。
いや…その場の誰もが理解できていないようだった。
遥か後方より放たれた魔弾が、勇者達の立つステージ付近に着弾。
2人は殆ど無傷だが、ステージは崩れ、その周囲にいた民間人が複数名巻き込まれたようだ。

勇者「な、何が起きたっ?!魔物か?!」

魔法使い「で、でも今のは白魔法…!!」

???「例えそれが勇者様であろうと、神への冒涜は聞き捨てなりませんな…!!」

勇者「お、お前は…聖堂の大司祭!!」

大司祭「許せぬ、断じて許し難い…!!勇者様…いや、勇者よ!貴様のその罪、命を以て償わなければならない!!」

魔法使い「ちょっと!!あんたちゃんと話聞いてたの?!どれだけ神に酔狂してるか知らないけど、無関係の人まで巻き込んで…」

大司祭「背教者の分散でぇ…神の名を口にするなぁぁぁぁっ!!」バシュッバシュッバシュッ

ドォォォォォン!!
ドォォォォォン!!
ドォォォォォン!!

狂ったように高等攻撃魔法を連射する大司祭。
勇者達の近くにいた犬を連れた女性の半身が吹き飛び、犬はその痕跡すら残さず消滅した。
建物は壊れ、地面は抉れ…死傷者の数も計り知れない。

勇者「まずい、あいつ街への被害が完全に頭から抜け落ちてる!」

魔法使い「ど、どうする?!大司祭と言えば白魔法の達人…流石に私達は大丈夫だけど、普通の人はあんなのまともに食らっちゃ大怪我じゃ済まないわよ!」

勇者「…とにかくここから離れよう!!あいつの標的は俺達だ!街の外まで走るぞ!」

魔法使い「う、うん!」

怪我人を運ぶ衛生兵や、鎮圧に駆け付けた兵士などの隙間を掻い潜り、阿鼻叫喚の街中を勇者達は全速力で走り抜けた。

男「ひぃぃぃぃ!!死にたくない、死にたくないぃぃぃぃぃ!!」

女「広場で一体何が起きているの?!」

男「ゆ、勇者?!逃げんのかよ、あんたの集会のせいで街はメチャクチャなんだぞ!」

女「う、腕がぁぁぁぁぁ!!」

---

【東の王国・緑の草原】

ようやく王都を抜け出した勇者と魔法使い。
…こんなはずではなかった。
上手くいくはずだった。
作り話を信じてもらえない可能性は考えていたが、大司祭の暴走など予想外にも程がある。

魔法使い「どうしよう…どうしよう…!!私のせいで…たくさんの人が…!!」

勇者「…俺のせいだ。黒幕を神にしようと提案したのは俺だった。そこを神にしなければ、こんな事態にはならなかった…。」

魔法使い「と、とにかく街の人を助けなきゃ!逃げて来たはいいけど、やっぱり戻るべきなんじゃ…」

勇者「…いや、俺達が戻ると余計に混乱するだけだ。大司祭は確かに強いが、せいぜい兵団の将軍クラス1人と互角程度のはず。今頃はとっくに鎮圧されてるだろう。」

魔法使い「…確かに街の方からもう戦闘音は聞こえないわね…」

勇者「くそっ…浅はかだった…!!俺の考えが足りなかったばかりに…!!」

魔法使い「勇者…」

勇者「…でもっ!!でも、じゃあどうすればよかったんだよっ?!神ぐらいしかいないだろ、魔王を操れそうな奴なんてっ!!」

勇者「上手くいくと思った…今度こそ現状を打破できるチャンスだと思った…。俺だって好きで神様を愚弄した訳じゃないんだよ…どうしてこんな…」

勇者「ちくしょう…」ガンッガンッ

勇者は目に涙を浮かべ、岩を拳で何度も殴りつけた。

魔法使い「…ここにいたってどうしようもないわ。王都に戻るのが危険なら、一旦他の街に場所を移しましょ。そして今後の方針を考えないと…」

勇者「.…ああ。」

2人は、青ざめた顔で再び歩を進めた。
その表情はいつしかの、魔王に敗れ帰った時のそれにも似ていた。

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【西の王国・湖畔の街】

大司祭が暴れた日から、3ヶ月が経った。

おばさん「勇者さん、魔法使いちゃん。お食事の時間ですよ。」

勇者「…ありがとうございます。」

魔法使い「…ありがとう。」

おばさん「よかった。魔法使いちゃん、人参嫌いは治ったみたいね。」

魔法使い「…」

おばさん「…勇者さん。いつまでもここにいるという訳にはいかないのでしょうけど、好きなだけいらっしゃって下さいね。何があっても、私はお2人の味方ですので。」

勇者「…お心遣い、感謝します。何か俺達にできる事があれば言って下さい。」

おばさん「ふふ、どうかお気になさらずに。勇者さんと魔法使いちゃんは世界の英雄なんですよ?たくさんの人の命を助けてきた…もう一生分の仕事はしたはずです。」

おばさん「今でこそお2人の事を悪く言う人もいますが…皆きっと精一杯なのでしょう。行き場のない怒りや悲しみを、勇者さん達にぶつける事で誤魔化している…私にはそう思えます。」

魔法使い「おばちゃん…。」

おばさん「私の旧友に、数年前まで神父をされていた方がいらっしゃるのですが…祈れど祈れど一向に泰平の訪れぬ世に、ある日彼は嘆きにも等しい愚痴を吐きました。『ああ神よ、どうして我らを救って下さらないのか…あなたは天上から我らをただ見ておられるだけなのか…?』と。独り言のつもりが礼拝に来ていた方に聞かれてしまい、激昂したその方に殴りかかられたそうです。」

魔法使い「…神の教えを説くはずの神父がそんな事言ってるのを聞いちゃったら、そりゃ信者は怒るでしょうね…。」

勇者「その方は無事だったんですか?」

おばさん「怪我をされたらしいですが、今ではすっかり元気に南の王国で農業に勤しまれています。その一件を機に、教会に仕えるのはお辞めになったんだと。」

おばさん「…私が思うに、人というのは何かに縋りたい生き物なのですよ。それが神であったり、勇者であったり…自分よりも尊く偉大な存在に、心の拠り所を求めるのです。そしてその対象に、理想を当てはめる…身勝手な話かもしれませんが、実際そうする事で平静を保っている人は少なくない。」

魔法使い「心の拠り所…か。」

おばさん「だからきっとその信者の方も、神父自体が許せなかったと言うよりは、自らの思い描く神の姿を否定された事が耐えられなかったのでしょう。」

勇者「…自分で言うのはあれだが、それは神を俺に置き換えても起こり得る話だよな…。勇者擁護派と勇者反対派で争いが起きる可能性だって…」

魔法使い「勇者、考え過ぎよ。それに…もしそうなったとしても、そこまでの責任を勇者が背負う必要はないわ。別にあんたは今まで1度も、誰かに自分を崇めろとか敬えなんて言った事ないじゃない。全部周りが勝手にした事よ。」

勇者「そう…なのかな…。」

おばさん「…あらいけない、お飲み物を忘れていましたわ。すぐにお水を持ってきますね。」

おばさんはそう言うとにっこりと微笑んで部屋から去った。
彼女はかつて、魔法使いの訓練生時代に訓練所で調理師をしていた女性だ。

幼くして素質を見出され、孤児院から訓練所に引き取られた魔法使い。
そんな魔法使いにとって、毎日ご飯を作ってくれるおばさんは親代わりにも近い存在だった。
また、おばさんも死んだ娘に似ている魔法使いを特別に可愛がっていた。

勇者「おばちゃん、いい人だな。」

魔法使い「いい人じゃなきゃ、こんな事になってる私達を泊めてくれないでしょ。」

魔法使い「…こんな事、か。本当…なんでこんな事になっちゃったんだろう。」

勇者「…改めて言わせてくれ。魔法使い…ありがとう。こうしてベッドで寝られて、まともな飯が食えるのもお前のお陰だ。」

魔法使い「大袈裟よ…私は何もしてないわ。おはちゃんが優しかっただけ。」

そう、2人はここ…西の王国の湖畔の街にある、おばさんの家に隠れているのだ。
東の王国を活動の本拠地としていた勇者達が、どうしてこんな海の向こうでひっそりと暮らす必要があるのか…。
その経緯はあの、思い出す事さえ躊躇われる悪夢の3ヶ月前へと遡る。

東の王都での大司祭の暴挙による犠牲者は、民間人・兵士を合わせて83名。
内、死者37名。
光の広場、及び市街地の破損による被害総額は620万ゴールド。
そこから派生する経済的損失は最終的に1000万ゴールドをも上回るとも言われている。
大司祭は兵団により鎮圧された後に投獄され、その身に余る罪を犯したとして1週間の幽閉を経て絞首刑に処された。

そして、その騒動のきっかけとなった勇者達はと言うと…数々の過去の功績が評価され、公式な指名手配扱いは免れたものの、件の被害者や遺族には大司祭と並んで勇者を強く恨む者も多い。
大司祭と懇意にしていた者達に至っては、『勇者が変な事さえ言わなければ、あんな悲劇は怒らなかった。』と口を揃えて言う。

また、神を批判したあのスピーチ内容は騒動もあってか風に運ばれる勢いで噂となり、各地の熱心な教徒は勇者達を敵視するようになった。
事実、何者かの手によって勇者の家に火が放たれ、家屋もろとも母は焼き殺されたらしい。

単刀直入に言うと、東の王国での活動は到底不可能になってしまったのだ。

勇者「…さっきおばさんと話してて思ったんだけど、スピーチの内容自体と言うよりは、それを言ったのが俺達だっていうのが問題だったんだろうな。」

勇者「神を信じていない人なんてたくさんいる、そんな人をいちいち敵視していたらキリがないだろう…しかし仮にも俺達は人類の代表みたいなものだ。あの神父の話だって、彼が神父でなければ殴られまではしなかったはず。」

魔法使い「神と勇者をどちらも信じていた人は、一気に2つとも失っちゃったのかもね…。」

魔法使い「…それが何よ。私達なんて全部失っちゃったのにさ。」

勇者「全部…じゃない。俺にはまだお前がいる。」

魔法使い「…当たり前でしょ。」

勇者「死ぬ時も一緒かな?」

魔法使い「やめてよ、縁起悪い。ねぇ…それより、おばちゃん遅くない?」

勇者「そうだな…もしもの事があったら心配だ、見に行ってみようか。」

2人は部屋を出た。
廊下の角を曲がり、1階に続く階段を降りる途中…野蛮そうな男達の声が聞こえた。

盗賊A「…やっぱりこのババァが背教者の勇者達を匿ってやがるっていう噂は本当だったみたいだな。馬鹿な女だ…かまかけて勇者達はいるかって聞いたら、『今はいません』だとよ。」

盗賊B「でかしたな!この情報は熱心なバカ信者の野郎共に高く売れるはずだ!そしたらとびきり美味い肉を食おうぜ!」

盗賊A「おい、声がでけーよ。外出中の勇者達がいつ帰ってくるかわからない、見つからねー内にとっととズラかるぞ。」

盗賊B「そうだな…でもこの死体はどうするんだ?勢い余って殺っちまったが…勇者達がこれを見たら、情報を売るより先に逃げちまうんじゃねぇか?」

盗賊A「そ、それは…」

スタスタスタスタ…

魔法使い「…」

覆面を被った2人組の男の足下で、おばさんは腹から血を流し倒れていた。

勇者「なんて…事を…」

盗賊B「…うぉあっ?!」

盗賊A「ゆ、勇者と魔法使いが…どどどうして中にいるんだよ…?!」

盗賊B「まずい…やべぇ逃げろっ!!」

盗賊A「ひぃぃぃぃ!!」

魔法使い「…あは、あははははっ。」

---

魔法使い「もう…やだよ。何も考えたくない…。」

勇者「…」

3つの死体を眺めながら、宙を泳ぐような目で魔法使いは呟いた。

魔法使い「私、初めて人を殺しちゃった。」

勇者「魔法使い…」

魔法使い「…何もかも魔王のせいよ。」

魔法使い「私達は魔王を倒して、世界を平和にして、そして国に帰って…幸せに暮らすはずだった…。それを…あいつがぶち壊したのよ!全部全部全部全部っ!!」

魔法使い「僧侶も戦士も…おばちゃんも死んじゃった…」

魔法使い「今じゃ街すら普通に歩けない…隠れてたって探される…こんなの犯罪者も同然じゃない!…ねぇなんでっ?!どうしてっ?!」

魔法使い「神様を悪者扱いしたのは確かに愚かだったかもしれない…だけど!!たった1回の演説、それだけじゃない…。今まで何万人、何十万人助けたかなんて数え切れない…魔王は倒せなかったけど、他のどんな魔物だって倒してきた!四天王も側近も倒した!」

魔法使い「子供の時からずっと頑張って勉強して訓練して…そりゃ才能もあっただろうけど、努力だってめちゃくちゃした!大きくなったら今度は旅に出て…色んなもの殆ど犠牲にして、世界の為に今までこの身を捧げてきたつもりよ…。」

魔法使い「私は皆に幸せになってほしかった…自分だって幸せになりたかった…。なのに…こんなの、こんなのってあんまりだよぉ…!!」

体中の水分を全て放出するかの如く、魔法使いはとめどなく涙を流した。
彼女がこんなに大声を上げて泣いたのはいつぶりだろうか。
ずっと我慢してきた。
ずっと堪えてきた。
もう限界だった。

どれくらいの時間が流れただろう。
10分だったかもしれないし、1時間だったかもしれない。
その間、勇者は喚く魔法使いをただ静かに見ていた。
やがてひとしきり泣き終えた彼女はうずくまるように膝を抱え、一言も言葉を発さなくなった。

勇者「…神様はやっぱり悪者だ。」

そんな魔法使いを優しく抱きしめ、勇者は彼女の耳元でそう呟いた。

魔法使い「…え?」

勇者「もし神様が本当にいるとしたら…神様がこんな筋書きを用意したんだとしたら…どんな悪人より魔族より、神様は残酷でタチが悪いよ。」

魔法使い「…そうね。」

勇者「なぁ…魔法使い。」

魔法使い「今度は何?」

勇者「魔王と世界…どっちが憎い?」

魔法使い「…ふふっ。おかしな事を聞くのね。とても勇者の言葉とは思えない。」

勇者「何なんだろうな、勇者の定義って。皆から愛され、世界に希望をもたらすのが勇者ならば…俺は勇者なんかじゃない。」

魔法使い「…魔王。」

勇者「ん?」

魔法使い「さっきの…質問の答え。世界にどんなに否定されたって、結局私が1番憎いのはやっぱり魔王かなぁ…」

勇者「…そうか。」

魔法使い「でも魔王は倒せないもんね…だったらいっそ、その次に憎い世界をぶっ壊しちゃおっか。それなら私達にだってできそうじゃない?」

勇者「…」

魔法使い「…なんちゃって。」

魔法使いは笑った。
その笑顔は自身を奮い立たせる為のものでもなければ、誰かを励ます為のものでもなく…ただ空虚で壊れていた。

魔法使い「けど…勇者だって憎いでしょ?顔も知らない奴にお母さん殺されたんだよ?」

勇者「…」

魔法使い「…ごめん。」

勇者「…今日はもう寝よう。」

魔法使い「…ええ。」

勇者「…やっぱり場所を変えようか。さっきの盗賊に仲間がいたとしたら、ここは危ないかも知れない。」

魔法使い「ううん…もうなんでもいいや。それにもし襲われたってどうにでもなるよ、そんな雑魚。」

勇者「そうか。」

勇者と魔法使いは2階へと踵を返すと、死んだようにベッドに倒れ込んだ。

次の日、勇者は姿を消した。

---

【魔王城】

魔王「…久しいな。」

???「…」

魔王「想い出を懐かしみに来た…という訳ではないのだろう?」

???「…」

魔王「何か答えよ…なぁ、勇者よ。」

勇者「…失望した。」

魔王「?」

勇者「人間は…クズばっかりだ。あんな奴ら、守る価値もない…。」

魔王「…ほう。」

勇者「感情の制御もできず、精神魔法の開発もできやしない。それどころか、この俺に掌を返しやがった。」

魔王「…」

勇者「今思えば馬鹿げた話さ。そもそも俺達がお前に勝てなかったのは、人間達がお前を憎んだからだ。あいつらは俺の力を頼るばかりで自分では何もできない…挙句、俺に魔王を倒せと使命を課したくせに、その倒すべき魔王を強くするんだ。これ程ふざけた事はない。」

勇者「あんな奴らの為に命を懸けて戦ってきたなんて、自分を呪いそうだよ俺は。」

魔王「まぁ、貴様の言い分は最もだな。それで…貴様は何をしに再びここへやってきたのだ?」

勇者「…」

勇者「…仲間にしてくれないか。」

魔王「何?勇者が魔王の仲間にだと…?ククク、こいつはとんだ笑い話だな!」

勇者「笑われたっていい…俺は人間でいたくないんだ。あんな奴らと同じ血が通っていると思うだけで吐き気がする。」

魔王「…本気で申しておるのか?」

勇者「俺を魔族にしてくれ…お前の力なら、それも可能だろう。」

魔王「…面白い。天地程の力の開きがあるとは言え、一応貴様はこの世で私に次いで強いしな…。確かに貴様を魔族に変える事は可能だ、私の血を飲むだけでいい。」

勇者「だったら…!!」

魔王「…だが、その前に1つ。やってもらわねばならん事がある。」

勇者「…一体なんだ?」

---

魔王に命じられた部下が、1人の女を勇者の前へと連れてきた。
ひどく衰弱しているようで、怯えきった表情をしている。
いやむしろ、生きている事すら不思議であった。
なぜならその女には下半身がない。

そして…勇者は、その女の名前を知っている。

勇者「…僧侶っ?!」

僧侶「ゆ、ゆ…しゃさん…!!」

魔王「ククク、信じられんといった顔だな…まぁ無理はなかろう。」

魔王「我らが雌雄を決したあの日…貴様と魔法使いを空間転移させた後、私はこの女の心臓がまだ動いているのを確認した。すっかり息絶えたものと思っていたが、どうやら意外と生命力が強かったらしい…とは言っても、死んでいるのと何ら違わぬ状態であったがな。」

魔王「魂が離れる前の段階なら、私の魔力を以てすれば蘇生も容易い。この女は我々には決して扱う事のできない白魔法の使い手…それも最高峰のな。何かに使えるやもと思い、傷を癒やしてやったという訳だ。逃げられぬよう、足だけはあえて再生を施さなかったが。」

僧侶「…」

僧侶は得意気に語る魔王をひとしきり睨んだ後、勇者の方へと向き直った。

僧侶「長かった…」

勇者「え…?」

僧侶「私は…待ち続けていました…。勇者さんなら、必ずいつかまたこの場所に魔王を討ちにやってくるはずだと信じて…。」

勇者「…」

僧侶「自害しようかと何度も悩みましたが…私は見てみたかったんです。勇者さんがどんな秘策を引っさげて魔王を倒しにやってくるのか…そして、どのようにして戦士さんの仇を取ってくれるのか…。それだけが、私を生へと執着させました。」

僧侶「だから…魔王の機嫌を損ねぬよう、どんなに屈辱的な扱いにも耐えてきた…。私、人の肉を食べさせられたんですよ?それだけじゃない…魔族達に囲まれ、見られる中で排泄させられたりもしました。ふふふ、信じられませんよね…聖職者であるはずの私が。」

僧侶「でも…いいんです。今の私はもう聖職者どころか、人としてのプライドや尊厳すら捨ててしまいましたから。いつからかそんなものはどうでもよくなりました…それも全てはこの日の為…!!」

僧侶「さぁ、勇者さん!!魔王は目の前です!この化け物をぐちゃぐちゃにしてやって下さい!!すぐには殺さず、苦しめて苦しめて苦しめて…さぁ早くっ!!」

勇者「…お、俺は…」

両腕で必死に上体を起こし、勇者を見上げる僧侶。
まさか生きていたなんて…いや、生かされていたと言うべきか。
あろう事か、彼女は想像を絶する苦悶に耐え忍びながらも、この数年間勇者を待ち続けていたのだ。
鬼のような形相で涙を流す彼女に、勇者は紡ぐ言葉がとても見当たらなかった。

魔王「感動の再会だと言うのに…ロクに返事もしてやらんとは、なかなかに冷血な勇者だ。それにしてもこの女はよく生きた…その根性だけは私も評価している。実際はまぁ特に何の役立つ訳でもなく、今日まで私の暇潰しの玩具として生き長らえてきただけの存在だが。」

魔王「しかし…こうして役に立つ日が来た。」

勇者「?」

魔王「勇者よ…この女の首を刎ねろ。」

僧侶「?!」

勇者「なっ…!!」

魔王「貴様の覚悟が本物かどうか、試してやると言っているのだ。人間共の怨敵となり、我が軍勢に下ろうと言うのだろう?だったら…女1人殺せなくてどうする。」

魔王は不敵な笑みを浮かべ、まるでサーカスのショーを心待ちにする観客のように玉座から身を乗り出す。
彼はただひたすらにこの状況を愉しんでいるようだった。

僧侶「…ゆ、勇者さんが魔王の仲間に…?」

僧侶「あはははははっ!」

僧侶「あはっ、ははははっ!そんな事あるはずないじゃありませんか!全く、何を言ってるんですか?笑いが止まりませんね。」

勇者「…」

僧侶「…ねぇ、そうですよね?勇者さん?」

勇者「…」

僧侶「何か…言って下さい。」

魔王「…勇者よ、さぁ英断の時だ。」

勇者は依然として押し黙ったまま目を閉じ…数秒の後、僧侶の近くへと1歩踏み込んだ。

僧侶「…嘘、ですよね…?」

僧侶「ねぇ!ねぇねぇねぇ!なんで剣を構えてるんですか?!悪い冗談はよして下さいよ…ほら…」

僧侶「あ、ああっ!!わかった!!隙を突いて魔王を攻撃するつもりなんですね?!流石勇者さんです!!でも魔王はこっちじゃ…」

勇者「…」

僧侶「…い、嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないでぇっ!!死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくな」

ザンッ

僧侶の首が、床へと転がった。

勇者の目は、虚ろだった。

僧侶おおおおおおおおお

ミスorz

---

【東の王都】

勇者「…」バサバサッ…

勇者は翼を羽ばたかせ、空を飛んでいた。

勇者「この辺りにしようか。」

ズシュウッ!!

闇の力を纏った柱の如く巨大な斬撃は、空を人を…そして大地までもを切り裂いた。

男「ぐああぁぁぁぁぁっ!!」

女「きゃあああぁぁっ!!」

女「な、なに…あの空に浮いてるの…?」

男「あいつがやったんだよ…な…?」

女「…ま、魔族よぉぉぉぉぉっ!!」

男「逃げろぉぉぉぉぉっ!!」

勇者「ああ…よく聞くがいい。俺は誇り高き魔族、お前達愚かな人間共の敵だ。そして…」

勇者「…またの名を勇者というっ!!」ギュィィイン…

ドォォォォン!!

勇者が放った漆黒の衝撃波は、複数の民家を消滅させた。

男「ゆ、勇者だって?!そんな馬鹿な…!!」

勇者「ははは…この剣を見てもわからないか?」ヌポッ…

勇者は胸に手を当てると、体内から剣を取り出した。

女「あれは…王様が旅立ちの日に勇者に託した、王族に伝わる伝説の剣…!!」

男「嘘…だろ…?」

勇者「俺は魔王の仲間となり、奴の血を飲んで魔族となった…お前達への復讐の為になっ!!」

女「い、嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!」

男「こ…殺される…!!」

勇者「魔王は城から出ない怠け者だ。自ら人間を手にかける事は少ないが、その点俺は違う。」

勇者「…俺はなぁ、純粋にお前らを殺すのが!殺して殺して殺し回るのが!何よりも楽しいんだっ!!」

女「ひぃぃぃぃぃぃっ!!」

勇者「…って、お前ら雑魚共に構ってる場合じゃなかった。俺にクソみたいな運命を歩ませた張本人を殺してやらないとなぁ!」

ビュウンッ

勇者は一直線に宙を翔け、そのまま城へと突撃した。

---

【東の王城】

王「じ…自分が何をしているかわかっているのか?!」

勇者「わかってるさ。自分が選んだ勇者に、自分が託した剣で殺される気分はどうだ?」

兵団長「王!前に出られては危険です!」

勇者「あぁ?前も後ろもないだろ…どこに隠れたって、必ず見つけ出して殺してやるよ。このクソジジィだけは絶対にな。」

王「…私がおぬしを勇者に任命した。それを恨んでいるのだな?」

勇者「…」

王「確かに辛い宿命を背負わせた責は私にもある…それでも、おぬしは魔王に敗れてからも懸命に救世の道を模索していたではないか!なぜ今になって…」

勇者「もういい、黙れ。」

王「…私はどうなっても構わん。」

兵団長「いけません、王!何を仰るのですか!」

王「だが、1つだけ約束してほしい。これ以上、民を犠牲にする事はやめてくれ…頼む。命の尊さを1番知っているのは、他ならぬおぬしであろう…?」

勇者「…いいだろう。」

グサッ

勇者はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、わざと急所を外し、王の体を貫いた。

王「んぐぅっ…!!」

兵団長「お、王っ!!」

俺「俺のいい所を1つ教えてやる…こう見えて約束は守る主義なんだ。」

王「そう…か…」ホッ

勇者「そしてもう1つ…今度は俺の悪い所を教えてやる。」

王「な、何…?」

勇者「俺は、嘘つきだ。」

ザンッ

王「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

勇者の一振りで、王の体は真っ二つに裂けた。

勇者「…馬鹿が。お前の治めるこの大陸、完膚無きまでにズタボロにしてやるよ。あの世でゆっくり見てやがれ。」

兵団長「き…貴様ぁぁぁぁぁぁああっ!!」バッ

勇者「おっと、お前は殺さない。兵団長とは名ばかりの、王を守れなかった無能としてせいぜい無様に生き恥を晒し続けるがいい。」

兵団長「!!」

勇者「じゃあな、あばよっ。」

兵団長「待てぇぇぇぇぇぇぇっ!!王の仇ぃぃぃぃぃっ!!」ズバッ

ベキョッ

兵団長の剣は折れ曲がった。

勇者「待て、じゃねぇよ。黙れゴミが。お前に仇が取れる訳ないだろ、もしそんなに強いんだったら俺の代わりに勇者になるか?今なら勇者の席は空いてるぜ!」

兵団長「う、裏切り者め…!!」

勇者「やっぱりお前むかつくな。」ズボッ

兵団長「ぎゃあああああああああっ?!」

勇者「殺さないとは言ったが、目を潰さないとは言ってない。じゃあよ、今度こそ本当にさよならさせてもらう。」バサッ

兵団長「…うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

バサッバサッ…

再び天高く舞い上がった勇者は、遥かな空から王都を見下ろす。
勇者の残した爪痕は、大司祭のそれとは比較にならなかった。
街全域とまではいかないものの、その1/4程度が壊滅し…犠牲者の数や被害総額などは、もはや正確な算出が不可能なレベルだった。
そこはかつて彼が生まれ育った街であり、彼を送り出した街…彼を称え、そして彼を呪った街。
今や自らの手により惨禍に包まれたその街を見て、彼は何を思うのか。
喜びか、悲しみか…あるいは、無か。

---

勇者が魔族に身を堕とし、故郷である東の王都を襲い…そして王を惨殺した。
かつてない程の大ニュースは、当然かつてない程のスピードで広まった。
それは瞬く間に海を超え…ここ西の王国に届くまで、そう時間はかからなかった。
そしてその頃には勇者は既に、東の王国で王都を含め3つもの街を襲っていた。

【西の王国・山奥の村】

魔法使い「…」

魔法使いはやつれきった顔で1人、寂れた村を当てもなく歩いていた。
行く当てどころか、今の彼女は生きる意味すらも見失いかけていた。
自分を残し、忽然と行方をくらませた勇者。
勇者だけは何があっても味方だと…そう思っていた。
だが、急にいなくなった。
何故…?
どうして…?
彼女の頭には、疑問と不安と悲しみが渦巻いていた。

生きている意味はあるのか?
生きて何になるのか?
だからと言って、人はそう簡単に死ねるようにはできていない。
泣いた分だけお腹は空くし…空腹が満たされた後は眠くなる。
食事と睡眠さえあれば、その生命活動は停止しないのだ。
もっとも、それが『人として生きている』と言えるかは定かではないが。

女「聞いた?勇者が魔族になったって話…」

女「それって本当なのぉ?神を侮辱したとかどうとかで、勇者様を批判してる人達がいるじゃん?その人達が流したデマなんじゃ…」

魔法使い「っ?!」

女「それがね…事実、東の王様は勇者を自称する魔族に殺されているらしいのよ。今朝東からの船で来た人が言っていたから間違いないわ。」

女「えーでもでもぉ。全然関係ない魔族が勝手に勇者様って名乗ってるとかは?」

女「そう思うじゃない?ところが、その魔族が持ってたらしいのよ…勇者の剣を!」

女「きゃー!!」

魔法使い「っ!!」

女「もし本当だったら超怖くない?」

女「それで、その勇者様の剣ってどんな剣なのぉ?」

女「…いや、そこまでは知らないわ。」

女「なーんだ。だって普通に売ってる剣なら、誰でも手に入るじゃん?」

女「うーん…」

女「まぁいいや、それより早く行かないとお店閉まっちゃうよぉ。隣街って言っても結構遠いし。」

女「それもそうね、急ぎましょ。」

何やら買い物に向かう途中らしい女2人の会話を聞いて、魔法使いは耳を疑った。

魔法使い「…じょ、冗談よね。」

魔法使い「誰かの見間違いか聞き間違いか…あるいはさっきの子達が嘘話で遊んでただけ、とか…」

魔法使い「…いくら勇者が世界を恨んでいたとしても、魔王に魂を売るなんて空から槍が降ったってありえない。」

魔法使いがそう思うのは、至極当然の事である。
彼女は魔王から連なる連鎖にて、全てを失ったと言っても過言ではない。
そして…それは勇者も同じなのだから。
王殺しはともかく、最大の宿敵である魔王に肩入れする道理などどこにもない。

ズシン

ズシン

魔法使い「?」

魔物「グルル…」

魔法使い「ま、魔物?!」

男「た…助けてくれー!!」

どこからか村に入り込んでいたのであろう魔物と、それに怯える1人の男。
男は足がすくんで逃げられないようだった。

魔法使い「はぁぁぁぁっ!」ボウッ

魔物「アギャッ?!」

魔法使いの手から放たれた火の球により、一瞬にして魔物は跡形もなく燃え尽きた。

男「あ、ありがとう…って、魔法使い様?!」

魔法使い「…そうよ。」

男「ど、どうしてこんな所にいらっしゃって…いや、そんな事はいい。せめて何かお礼をさせて下さい。」

魔法使い「結構よ、家に帰りなさい。」

男「そんな…」

魔法使い「それと、外に出る時はなるべく何か武器になる物を持ち歩くように。」

男「…はい。助けていただき、本当にありがとうました!」

男は一礼すると、持っていた袋を投げ捨てて村の奥へと消えていった。
魔法使いが拾い上げると、中には何枚かの金貨が入っていた。

魔法使い「…世界が憎いなんて言ったけど、それは一部に過ぎないのよね…。この世界には優しい人もたくさんいる…それを私は知ってる。」

魔法使い「神を信仰していない人にとっては、別に背教者とかどうだっていいだろうし…大司祭が暴れた王都以外には、何の被害も与えてない。探せば穏やかに暮らせる場所もあるんじゃないかしら…」

魔法使い「今だから言える事だけど、魔王を倒すのはもう諦めて、残された人生を自由に生きたかったな…」

魔法使い「…勇者、あなたと。」

ヒュウウウ…

吹き抜ける風の優しい音が、魔法使いには慰めの声に聞こえた。

魔法使い「ねぇ勇者…あなたは今どこにいるの…?何を思っているの…?」

---

【魔王城】

魔王「調子はどうだ?」

勇者「お陰様で絶好調さ。いくつか街を襲ってやったが…いやぁ、空を飛べるってのは便利なもんだな。」

魔王「ならよかった。部下から聞いたぞ、東の王を葬ったそうじゃないか。」

勇者「ああ、あいつから貰った剣で殺してやった。あの時の顔と言ったら…お前にも見せてやりたかったぜ。」

魔王「ククク…まぁせいぜい頑張ってくれ。」

勇者「頑張る?何をだよ。俺にはもう目標もなければ使命もない…後はただひたすら気の向くままに腐った人間を殺し、それに飽きたら…死ぬだけさ。」

魔王「そうか。」

勇者「んじゃまた、テキトーにブラブラしてくるわ。せっかく魔族になったんだし、1回人間でも食ってみるか。前からどんな味か気になってたんだよなー。」バサバサッ

魔王「…」

---

【西の王国・山奥の村】

ザーザー…

魔法使い「雨もたまには悪くないわね。晴ればかりじゃ飽きちゃうし。」

魔法使い「…それよりどうしよう。」

魔法使い「この村には私を目の敵にするような人はいないから、居心地は悪くないんだけど…いつまでもここにいたってどうしようもないし…かと言って行く当てもない。」

魔法使いはこの村にもう半月程滞在している。
正直、寂れた村での生活はあまりに退屈だった。
別に刺激や娯楽が欲しい訳ではない…おばさんの家に泊めてもらっている間は、何の変化もない生活にも耐えられた。
ただ…勇者のいない寂しさを紛らわすには、この村はあまりに静か過ぎた。

魔法使い「…もう少し大きな街に行ってもいいよね。人間に襲われたら、逃げるか殺さずに撃退するか…いくらでも手はある。」

魔法使い「…大きな街に移ったところで、何かする事がある訳でもないんだけど。結局どこへ行っても、そこで魔物から人を守って…同じ事の繰り返し。うんざりしちゃう。」

魔法使い「…ま、それでも目の前で困ってる人がいたら助けちゃうんだけど。」

田舎で暮らす魔法使いは知る由もなかったが、世間では最近は背教者…というか、魔法使いへの糾弾の声は段々と小さくなっていた。
それもそのはず…勇者が人間に反旗を翻したという話題ですっかり巷は混乱しており、それどころではないのだろう。
魔法使いへの注目は確実に薄れている。

魔法使い「…」

魔法使い「…決めた。勇者を探しに行こう…探し回れば、どこかで出会えるかもしれない。」

魔法使い「私はやっぱり、あなたのいない生活なんて考えられないよ…。私の元から消えた理由は何だったの…?」

魔法使い「それに、噂が本当かどうか確かめなきゃ…。もしも…もしもよ。噂が本当だったとしたら…」

魔法使い「本当だったとしたら…」

私はどうするんだろう。
勇者を説得する?
それとも、一緒に魔族として生きる?
あるいは…。

殺そうと思えば殺せるかもしれない。
総合力では勇者に分があるが、距離を取りつつ魔法合戦に持ち込めば魔法使いにも勝機はある。
もっともそれは…魔法使いの知る勇者と、魔族と化した今の勇者の戦闘力が変わっていなかったら…という仮定での話だが。

魔法使い「…ふふっ。」

魔法使いは、自分が考えている事のおかしさに思わず笑ってしまった。
勇者と戦うつもりなのか、私は。
あんなに愛し合った勇者と?
そもそも、勇者が魔族に堕ちたという噂など信じてもいないのに。

魔法使い「…会ったらとりあえず1発ビンタね。私をこんなに心配させた罰にしちゃ軽いもんでしょ、感謝しなさいよ。」

魔法使い「そして…その後に思いっきり抱きしめて。」

---

ザーザー…

勇者「…ん?こんな山奥に村なんかあったか?」バサッ

勇者「…ああ、ここね。武器屋も防具屋もないどころか、人が少なくてまともな情報収集さえできなくて、一瞬立ち寄っただけですぐに引き返したんだっけ。」

勇者「こんな田舎襲ってもなぁ…いや、どこでも一緒か?」

男「ま、魔物が来たぞー!!」

勇者「あら、もう見つかっちまったか。」

女「きゃあああああっ!!」

勇者「まだ何もしてねぇってのに…まぁ、魔物を見つけた人間の当然の反応か。」

---

子供「お、お姉ちゃぁぁぁぁん!」ダッ

魔法使い「…どうしたのよ、そんなに慌てて…また魔物?」

子供「う、うん!村の入口の方に…!!お、お姉ちゃんがやっつけてくれるよね?」

魔法使い「任せて。いつも通りパパッと終わらせてあげるわよ。」

子供「ありがとう!」

魔法使い「さて、行きますか。」

タッタッタッ

女「あ、魔法使いさん!敵は空を飛ぶタイプの人型魔族です!気を付けて下さい!」

魔法使い「はいはい、ありがと!」

タッタッタッ

魔法使い「…やれやれ。すっかり私、この村の英雄みたいになってるじゃない。」

魔法使い「…あーあ。数年前は世界の英雄だったのに、落ちぶれたものね。」

タッタッタッ

村の入口近くに、それはいた。

勇者「…っ?!」

魔法使い「え…?」

勇者「…」

魔法使い「…そん、な…」

勇者の外見は、人間だった頃とは大きく変わっていた。
その目は真紅に染まり、肌は黒く変色し…その背からは禍々しい翼が突き出ている。
普通の人間ならば、近くで見てもそれが勇者だとはまず気付かない。
…普通の人間ならば。

だが、彼と長い時を共に過ごし…身も心も通じ合った魔法使いには本能的にわかってしまった。

魔法使い「嘘…嘘よ…」

勇者「…」

魔法使い「…ゆ、勇者じゃない…わよね?違う…そうでしょ?違うって言って…」

勇者「…」

せっかく楽しく読んでたのに作者の自演失敗で台無しじゃないか……

魔法使い「黙ってないで何か言いなさいっ!!人型の魔族なら言葉を話せるでしょうっ?!」

勇者「…お前には関係ない。」

魔法使い「…か、関係ありまくりよっ!!いいから私の質問に答えてっ!!」

勇者「…」

魔法使い「どうして…?人間が憎い気持ちは私だってわからない訳じゃない…でも、だけど…!!だからってなんで魔族になんか…!!」

勇者「…俺の事は忘れろ、いいな。」

魔法使い「なっ…!!」

バサバサッ

魔法使い「…忘れられるはずないでしょ、待ちなさいよっ!!」

勇者「…」バサッ

魔法使い「待てって…言ってるでしょうがああああああっ!!」バチバチッ

魔法使いの撃ち出した雷の上級魔法は、遠ざかる勇者に背面から直撃し…僅かにダメージを与えただけで消滅した。
それは魔法使いの本気の一撃だった。

魔法使い「う、あぁ…」

魔法使い「待ってよ…置いていかないで…待ってぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

魔法使い「聞きたい事、いっぱいあるのよ…!!わからない事、だらけなのよ…!!」

魔法使い「私、これからどうすればいいの?!もう私の事はどうでもいいの?!本当に人を殺して回ってるの?!全部教えてよ、今すぐ教えてよっ!!」

勇者「…」

魔法使い「うああぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!」

ザーザー…

魔法使いはその場にへたり込んだ。
雨水でぬかるんだ地面が気持ち悪かったが、どうでもよかった。
もう雨の音は聞こえない。
自分の泣き声の方が遥かに勝っているからだ。

ふと彼女の脳裏に、昔孤児院で習った歌が浮かんだ。

あーめーあーめーざーざー

きょうーはすーてきなーひ

かえーるさんはおーどーり

くーさきはうーたうー

なーいたってーへっちゃーら

ぜーんぶぜんぶなーがしてくれるー

あめあがーりのーそら

なないろーのにーじが

みーんなをそーらかーら

わーらってーるー

あしーたもーきっーとー

すーてきなーひ

ボウッ

魔法使いは魔法を唱えた。
灼熱の業火が、彼女の体を包んだ。

>>120
???

---

空が…白い。
不自然なぐらいの真っ白。
そしてそこに、黒い…線?
ここは…一体…

魔法使い「…ん。」

白服の女「お目覚めになられたのですね、魔法使い様!」

魔法使い「え…」

全身が痛い…それに頭に何やら違和感もある。
ゆっくりと起き上がり、とにかく辺りを見回してみた。

先程話しかけてきた白服の女と、椅子に腰掛けた白衣の男。
壁…そして自分が寝かされているベッド。
空と思ったものは天井だった。
どうやら自分はどこかの部屋の中にいるらしい。

>>92

【西の王都・王立医術院】

魔法使い「ここは…?」

院長「おはようございます。ここは西の王国最大の医療施設…王立医術院。僕は院長を務めさせてもらっている者です。記憶はございますか?ご自分がどうなっていたか覚えていらっしゃいますか?」

魔法使い「…」

記憶は…ある。
私は魔法使い、かつて世界を救う為に勇者達と旅をしていた魔道士だ。
そして魔王に敗れて…
そうだ、色んな事があった。
色んな事が、ありすぎた。
文字通り全てを失った私は、山奥の村でひっそりと暮らして…魔族と成り果てた勇者に遭遇して…

自殺をした。
正確には、自殺未遂をした。
こうして今なお息をしているという事は、私は死ねなかったという事だ。
同時に頭の違和感の正体もはっきりとした。
気を遣ってくれたのだろう、カツラを被せられているようだ。
ここに運ばれた時、恐らく髪は全て燃えてしまっていたはずだから。

白服の女「驚きましたよ、全身見た事もないぐらい本当にひどい火傷で…。私達西が世界に誇る、大先生の治癒魔法を以てしても治療に1ヶ月も要するなんて…」

院長「こらこら、大袈裟な紹介はやめてくれたまえ。僕はそんな偉人ではないよ。ただ治癒魔法の扱いに少し長けているというだけだ、他に取り柄もない。」

白服の女「またまたー。いつも先生は謙遜ばっかり…」

魔法使い「私…ここで1ヶ月も…?」

白服の女「はい。山奥の村の方々が、あなたをここまで運んで下さったのですよ。」

魔法使い「あの村の皆が…。」

院長「それにしても…大変失礼ですが、魔法使い様ともあろうお方があんな瀕死状態にまで追いやられるとは…敵は一体どのような魔物だったのですか?」

魔法使い「…」

自殺しようとした…とは言えなかった。
山奥の村の人達は、どうやら魔法使いが例の人型の魔族…勇者にやられたのだと勘違いしたようだ。

魔法使い「…いえ、ちょっと失敗をしたと言うか…ドジを踏んだと言うか…」

院長「…勇者、ですか。」

魔法使い「!!」

院長「あなたにこうも致命傷を負わせられる者など、彼か魔王ぐらいしか思い浮かびません。」

魔法使い「…はい。」

院長「…さぞお辛いでしょう、心中お察しいたします。」

魔法使い「勇者が世界を暴れ回っているというのは本当なのですか…?恥ずかしながら、私は彼が魔族に堕ちてからは、あの村で対峙した時以外には面識がないのです。その時だって、彼は村への攻撃は行っていませんでしたし…」

白服の女「勇者はまず東の王国で王を殺し…そのまま5つの街を襲いました。そして、次にこの西の王国で3つの街を…。詳しい数はわかりませんが、北と南でも被害が出ているそうです。」

魔法使い「っ!!」

勇者は完全にその身を悪へと染めてしまったのか…魔法使いはこの時初めて被害規模の大きさを知り、戦慄を覚えた。

白服の女「…お願いです、魔法使い様!!どうか勇者を…あの悪魔のような男を倒して下さいませ!!かつてのお仲間だというのは十分に理解しております…でも、それでも!!今の勇者はもうかつての面影もない…冷酷で残忍で、凶悪な魔族です!!人類が頼れるのはもはや魔法使い様しかいないのです!!」

魔法使い「ご、ごめんなさい…。私じゃ、無理なんです…。」

白服の女「どうして…!!魔法使い様の力は、勇者様に勝るとも劣らないと耳にした事があります!情をかけずに油断もしなければ、あるいは…!!」

魔法使い「いえ…私は彼に向かって全力の魔法をぶつけました。彼は防御の姿勢も取らず、背面から魔法は直撃…しかし、殆どダメージを与える事ができなかったのです。」

白服の女「そんな…!!」

院長「…魔族の身となった事で、力を大きく増したのかもしれませんね。部下が大変不躾がましい事を…申し訳ございません。彼女は勇者に家族を殺されたのです、どうか無礼を許してやって下さい。」

白服の女「う、ううっ…!!」

魔法使い「…謝らなければならないのは私の方です。私が勇者を止める事ができていれば、こんな事には…」

院長「…頭を上げて下さい。あなたを責めるつもりは元よりありません…それに、責めたところで今更どうしようもない…。」

院長「誰が悪いとか、もうそんな事はいいじゃありませんか。我々はもっと建設的な話をするべきなのです…残された時間をどう使うか、どこで誰と死を迎えるか…。考えなければならない時が来ているのです。」

魔法使い「残された時間…ですか。」

院長「…3年。」

魔法使い「え?」

院長「このおよそ2ヶ月の間に、勇者の手によって世界人口の約5%が殺されました。今のペースのままで虐殺が続けられると、3年程でこの星から人類は絶滅します。」

魔法使い「なっ…!!」

院長「はっきり言って、彼の殺戮ペースは魔王のそれと比べても異常です。魔王は確かに多くの魔物を従え街を丸まま制圧したり、奴隷制度を強いたりと狡猾かつ残虐でしたが、ここまでの勢いで無差別大量虐殺を犯すような真似はしなかった…。もちろんこれまでのトータルで言えば、魔王による被害の方が大きいですがね。」

魔法使い「勇者…どうしてそこまで…。あんなに平和を望んでいたあなたが…。」

院長「最近では、まだ魔王の方がマシだったという声すら耳にします。まぁ勇者は形式的には魔王軍の一員という扱いですから、魔王の方がマシというのもおかしな話ですが。」

院長「きっと…元が勇者だったからでしょう。魔王はその頭角を表した当初から今まで変わらず、一貫して悪であり続けている…彼を恨む者は多くとも、彼に裏切りや失望を感じている者はいないはず。ところが勇者は違う…彼は世界に差し込む光だった。それまで希望の象徴であった彼が、一転して悪の権化へと変貌を遂げた…その落差こそが強い憤りを民へと与えているのです。」

魔法使い「…うっ!!」

魔法使い「おぇ、ええええぇぇっ!!」ビチャビチャビチャ

白服の女「だ、大丈夫ですかっ?!すぐにお着替えを用意いたしますね!」ダッ

魔法使い「はぁっ、はぁっ…」

魔法使いは着せられていた服や床に胃液を撒き散らした。
口の中がひどく酸っぱい。
喉が焼き切れるような不快感に襲われる。

正義感の強かった勇者…魔王と倒すと燃えていた勇者。
そして、突如魔法使いの元を去り…魔族となって現れた勇者。
彼が数え切れない程の人々を無情にも殺める光景を想像すると、急に気分が悪くなった。

魔法使いは魔族の姿になった勇者を見はしたが、実際に彼が悪行を働いてる所を見た訳ではない。
心のどこかで…まだ1%でも信じていた。
何か訳があって、あのような姿に擬態していたのかもしれない。
変な呪いにかかって、魔物のような外見になってしまったのかもしれない。
かもしれない、かもしれない、かもしれない…
それらが全て完全に否定された。
勇者は自らの意思で世界中の人を殺し回っている。
勇者は自らの意思で魔法使いと捨てた。

…押し寄せる吐き気と頭痛の中、魔法使いはある1つの決意をした。

>>125
ああw
それを自演と思われてるのかw
その前に書いてた文章をカットで消したのを誤送信しただけなんだが…自演やるならもうちょい意味のある事書くわいw
勇者が僧侶殺る時に叫びながら殺るって没案があってね、まぁどっちでもいいや。
続きは多分夜か…もしかすると日をまたぐかも?

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【北の王国・最北の街】

女「ま、魔法使い様…本当に行かれるのですか?」

魔法使い「うん、決めたから。」

女「…失礼ですが、いくらあなた様と言えどあまりに無謀です。おやめになられた方が…」

魔法使い「ごめん、様付けなんてしないでほしい。私はもう英雄と呼ばれるべき人間じゃないから。」

女「いえ、そんな事…!!」

魔法使い「…私はもう世界の為や誰かの為に戦ってるんじゃないのよ。無謀なのも嫌と言う程わかってるつもり。」

魔法使い「それでも、私の答えは変わらないわ。今の私の原動力…それは、ただのエゴ。私は私の為だけに、この選択をした…。」

女「…」

魔法使い「あなたに恨みはないし、八つ当たりをするつもりもない。だけど…もう放っておいて。」

女「そう…ですか…。」

魔法使い「あなたはあなたの人生を生きなさい。あなたにも家族や友達、恋人…何らかの大切なものがあるでしょう。私なんかに構う暇があるなら、もっと有意義に時間を使った方がいいわ。」

女「…わかりました。だったらこれは…私の独り言です。私は自己満足の為に、この言葉を口にしようと思います。」

女「…せめて未来が、どうか魔法使い様にとって悔いのないものでありますように。」

魔法使い「ありがとう。最後に話せた人間が、あなたでよかった。」

女「…さようなら。」

魔法使いは退院後、西の王国を発ち…魔王城に最も近いこの街へと来ていた。

魔法使い「…もうすぐね。」

魔法使い「この街で、4人揃って食事をした夜の事…今でも覚えてる。」

魔法使いは昔を思い返していた。

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勇者「おいおい戦士、酒は程々にしとけよ。明日に支障が出たらどうする。」

戦士「へっ。ここまで割と余裕を持って辿り着けたんだ。俺達なら大丈夫だろーよ。」グビッ

戦士「それに…」

魔法使い「それに?」

戦士「…もしも魔王の力が想像以上に強大だったなら、これが俺達の最後の晩餐になるかもしれねーんだからさ。」

僧侶「戦士さん…。」

戦士「なんつってな!負ける気なんてサラサラねーけどよ!」

勇者「…絶対に魔王を倒して帰ろう。4人で、誰も欠けずに、だ。」

魔法使い「ええ!私達に不可能はない…そうでしょ?」

僧侶「はい!怖くないと言えば正直嘘になります…でも、皆さんと一緒なら魔王にだって打ち勝つ事ができる…」

僧侶「私はそう信じています。」

戦士「僧侶は俺が守ってやるから、大船に乗ったつもりでいればいい。」

僧侶「えへへ。頼りにしてます。」

魔法使い「ひっどーい!私の事はー?」

戦士「お前は俺なんかが守らなくたって、こちらの勇者様が命懸けでも守ってくれるだろ。」ガハハ

勇者「…」///

僧侶「勇者さん、顔が赤いですよ?」ニヤニヤ

勇者「そ、そんな事ないから!」

魔法使い「もう、勇者ってば強いしハンサムなのに、なんでこう肝心な時に女々しいかなぁ…。」

勇者「め、女々しいってなんだよ?!」

魔法使い「『魔法使いは絶対に俺が守るぜ!』とかビシッと言えない訳?」

勇者「だ、大体なぁ…お前、このパーティで俺に次いで強いだろ?3属性の最強魔法に加えて、物理攻撃力だって魔力を変換する杖のお陰で戦士に近い。団体相手なら勇者の俺すら凌ぐ殲滅力のくせに…」

魔法使い「そういう問題じゃないの!バーカ!」

勇者「そういう問題だ!俺が女々しいって言うなら、お前は男勝りだ!」

魔法使い「はぁ?!強さと性格は関係ないでしょーが!」

僧侶「け、喧嘩はやめて下さい2人共!」

戦士「はいはい、ストーップ!喧嘩するなら魔王を倒してからな。」

勇者「…うん、ごめん。」

魔法使い「…ふん。」

戦士「ま、俺は空気読んでそろそろ寝るわ。お前らも仲直りしたらとっとと寝ちまえよ。」ガタッ

僧侶「それでは私も失礼しますね、おやすみなさい。」ガタッ

僧侶「…って、きゃっ?、」ビターン

戦士「おいおい、怪我はないか?」

僧侶「うぅ…はい。」

戦士「はは、本当にお前はよく転ぶな。いっそ俺みたいに鎧でも装備した方がいいんじゃねーか?」

僧侶「わ、笑わないで下さいっ!それに、そんな重い鎧着れませんよぉ…。」

戦士「冗談だよ、冗談。怪我がなくてよかった。」

僧侶「なんで私ばっかり…気を付けてるのになぁ…。」ブツブツ

勇者「その…さっきはごめん。」

魔法使い「…ううん、私も言い過ぎちゃった。」

勇者「…魔法使いの事は俺が守るよ。」

魔法使い「勇者…」

勇者「それだけじゃない。戦士も僧侶も、世界中の人達も…守りたい。」

勇者「だから、必ず魔王を倒さなきゃならない。その為に…今一度お願いするよ。」

勇者「魔法使い、お前の力を貸してほしい。」

魔法使い「…ふふっ、お安いご用よ。」

魔法使い「あんたの旅に付いていくって決めた時から、とっくに覚悟はできてるっての!」

勇者「魔法使い…」

魔法使い「…女々しいなんて言ってごめんなさい、撤回させて。」

魔法使い「あんたは強い…力もそうだけど、何よりも心が。」

魔法使い「迷いの森で丸1日彷徨った時も、回復アイテム一式を袋ごと燃やされた時も、最後の四天王に街全体を人質に取られた時も…あんたは決して諦めなかった。」

魔法使い「あんたがいたから、ここまでこれた。あんたは世界中の希望を背負ってるの。街の人だけじゃない、私の希望も。」

魔法使い「その隣で共に戦える事…誇りに思ってる。」

勇者「な、なんだか照れくさいな…。でも嬉しいよ、ありがとう。」

魔法使い「お礼を言うのはこっちよ。私を仲間に受け入れてくれて、私をここまで導いてくれて…本当にありがとう。」

魔法使い「…勇者、愛してる。」

勇者「!!」///

勇者「お、俺も…その…あ 」

勇者「あ、ああああい…あい…アイスクリームだよな、やっぱり食後は!」

魔法使い「やっぱり女々しい!最低!」

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魔法使い「…時を巻き戻せる魔法があればいいのにね。そんなものが存在するなら、私は10年でも20年でも研究に没頭してやるわ。」

魔法使い「…」

魔法使い「戻せない、救えない、生き返らない、変えれない、取り戻せない。」

魔法使い「…そんなの、知ってる。」

感傷に浸る事など、とうに飽きてしまっていたはずなのに。
それでも、この地に立つと思い出さずにはいられなかった。
そして…これから向かう場所は、きっと更にそうであろう。

魔法使い「…何年ぶりかしらね。覚悟はできてるつもりよ。」

魔法使い「終わらせましょう…全ての物語を。」

魔法使い「あなたと、私と、世界の物語を。」

魔法使いは最北の街を後にした。
その目にはもう迷いも戸惑いもなかった。

---

【魔王城】

勇者「ははは…」

勇者「はーっはっはっはっはっ!!」

魔王「どうした?貴様に高笑いは似合わんぞ。」

勇者「うるせぇ。これが笑わずにいられるかってんだ。ついに…ついにこの時が来たって言うんだからよ!!」

魔王「ほう?」

勇者「憎しみ、恨み、失望、憤り…確かに感じるぞ!!世界中の負の力をっ!!」

勇者「滾るぜ…滾り過ぎて、今にも抑えきれずに爆発しちまいそうだ…!!」

勇者の体からは赤黒い瘴気が立ち込め、周囲の空気がビリビリと震えている。
並の人間ならば、近づくだけでたちまみ蝕まれてしまうだろう。

魔王「…闇の力に溺れたか、勇者よ。」

勇者「溺れた?ははは、違うね…俺はこうなる事を望んだんだ!!望んで望んで望んで…数え切れない罪を重ねてきた!!人の身を捨て、俺を待ち続けた僧侶を殺し、たった1人の理解者だった魔法使いをも裏切った…」

勇者「そして王を殺し!!民を苦しめ!!街を壊した!!世界を絶望の底へと叩き落とした!!」

勇者「積み上げられた屍の上、ついに俺は目指す高みへと至った…!!」

勇者の殺気立った真紅の瞳が、魔王を睨みつける。

魔王「…」

勇者「なぁ…お前ももう気付いてんだろ?」

ヌポッ…

勇者は体内から剣を取り出し、闇の魔力でそれを強化…いや、禍々しく巨大な邪剣へと変質させた。

勇者「今から俺はお前を殺す。」ジャキッ

魔王「…ククク。」

魔王「ククククク!!」

勇者「な、何がおかしい?!」

魔王「よくやった…いやはや、貴様は本当によくやった。この世の如何な言葉を以てしても、貴様への賞賛には値せぬだろう。」

魔王「期待通り…いや、期待以上か。」

勇者「期待だと…?!」

魔王「気付くも何も、貴様の目論見など最初からお見通しだ。何せ、貴様の私に対する激しい憎しみは、消えるどころか昂り続ける一方だったからな。」

勇者「…」

魔王「貴様が我が城を訪れ、魔族になりたいと…私の仲間になりたいと言ったあの日。私は貴様を嘲笑ってやるつもりだった。その程度の覚悟だったのか、とな。」

魔王「しかし貴様は、憐れにも命乞いする仲間の首を刎ねた。その瞬間、私はかつてない興奮を覚えたよ…正義の為に、人はこうまでも容赦なき悪に染まれるのかと。」

勇者「…正義だと?ふざけろ。俺は正義の味方なんかじゃない…ただお前を殺す為に、全てを捨てた復讐者だ。」

魔王「だが私を倒せば、結果的に世界は救われる…貴様は確かに大勢の人間を殺めたが、それも長い目で見れば私を野放しにするよりはいい。私の気まぐれでいつ世界が滅ぶとも限らんしな。」

魔王「何より、貴様の愛する女を守る事ができる。…違うか?」

勇者「…」

魔王「ともかく、私は貴様の覚悟とやらを見てみたくなった。私に立ち向かうには、私と同等の負のエネルギーをその身に受ける必要がある…つまり、世界から恨まれねばならん。」

魔王「その為には、想像を絶する非道を犯すより道はない。果たして貴様にそんな事ができるのか…私はそこに深く関心を持った。」

勇者「けっ。お前を倒す術なんてもうこれ以外になさそうだからな。」

魔王「…そして、見事貴様はやり遂げた!!数多の人間共を虫ケラのように惨殺し、今や私と並び立つ世界の悪の象徴と成り果てた!素晴らしい…素晴らしいぞ勇者よ!!」

勇者「…相変わらず悪趣味な野郎だ。お前は自分が死ぬ事は怖くないのか?褒めちぎってる場合じゃないだろ。」

魔王「いいや、私はこれから始まる戦いが愉しみで仕方ならん。私の目的は途中から変わった…着々と力をつける貴様を見て、私はかつての願いを思い出したのだ。」

魔王「全力で戦ってみたい…その思いが叶う事は今までなかった。生まれつき強かった私は、それまで烏合の衆だった魔族共を纏めあげ、魔王という自らの地位を確立した。」

魔王「私の次に強い者を側近として仕えさせ、その下に四天王、またその下に上級魔族…階級制度を作り、差別を生むと同時に互いに互いを見張らせた。縦型組織の枠組みの完成だ。そうする事で反乱を防ぎ、また魔族共からも憎しみを得られるという仕組みだ。」

魔王「人間と魔族…双方からの負の感情を一身に背負う私が、圧倒的な強さに到達するのに時間はかからなかった。魔王の座に就く過程こそ多少の苦労はしたものの…それっきりだ。」

魔王「今の貴様なら少しはわかるだろう?使い道のない絶大な力を持て余した故の悩みが。」

勇者「そいつぁ残念、悪いがちっとも共感してやれねーな。俺のこの力には使い道がある…お前を殺す。」

魔王「…ククク、そうであったな。あぁ、武者震いなどいつぶりか…今日という日を私は永遠に忘れぬ事だろう。」

勇者「…もう御託はいいだろ、俺はお前を殺したくてウズウズしてるんだ。とっととおっ始めようぜ。」

魔王「よかろう…さぁ、見せてみろ!羅刹となった貴様のその忌むべき力をっ!!」

勇者「俺を泳がせた事、後悔すんなよ…いや、させてやるっ!!己が愚かさを嘆き、奈落の底で血の涙を流すがいいっ!!」ズォウッ

---

【魔王城・城門】

魔法使い「…ついにここまで来た。もう、後戻りはできないわね。」

魔法使い「ま、今更引き返すつもりなんてないけど。」

魔法使い「今の勇者が魔王の仲間なら、ここで待っていればいつかはやってくるはず…」

魔法使い「外から来るにしても、中から来るにしてもね。」

魔法使い「…勇者、私はあなたが嫌いよ。」

魔法使い「憎んでも憎みきれないぐらい…大っ嫌い。」

魔法使い「…それでも。」

魔法使い「残された時間を誰と過ごすか、どこでどんな死を迎えるか…」

魔法使い「私にはこれ以外の答えなんてない。当たり前でしょ。」

---

【魔王城】

魔王「…なるほど、魔王であるこの私と互角に渡り合うか。想像以上だ…貴様、果たしていか程の呪いをその身に宿した?」シャキーンッ

勇者「さぁな、殺した奴の数なんていちいち覚えてねぇさ。お前こそ10年も魔王を名乗っておいて、魔族歴2ヶ月の俺と同レベルでしか恐れられてないなんて恥に思えよ?」バンッ

魔王「ククク…言ってくれるではないか。私の魔力と同調したこの城の壁が、こうも派手に抉られる日が来るとはな…流石と言うべきか、やはりと言うべきか。」ゴウッ

勇者「じゃあ、お前を殺したらこの城は崩れる訳か。だったらそのまま潰れて死ぬのも悪くねぇかもな…どの道俺には帰る場所もない。」キンッ

魔王「貴様が瓦礫程度で死ぬとは思えんが…死を覚悟してまで私を倒したいか?魔族になどならなければ、まだ普通に生きる事もできただろうに。」ガガッ

勇者「…ははははっ、面白い事を言うんだな!俺はもうとっくに死んでるさ…お前の血を飲んだ、あの日にな。今の俺は名もなき一介の魔族さ!」ザンッ

魔王「ほう?一介の魔族風情が魔王を討つとのたまうか…実に愚かしい。」

魔王「だが…私はそんな貴様の愚かさが何よりも愛おしいっ!!」バシュンッ

勇者「…ほざけぇぇぇぇぇぇっ!!」バリバリィッ

力と力の真っ向からのぶつかり合い。
そのどちらもが、絶対的な…などという冠詞でさえ形容できない程の途方もない力。
ここが魔王の魔力と同調した魔王城の中でなければ、世界が丸ごと滅んでいたかもかもしれない。

互いの力は均衡し…戦いは熾烈を極めた。
無尽蔵にも近い魔力も、同等の力を持つ相手との戦闘においてはやがては底が見えてくる。

…そして、その時は来た。

勇者「ぜぇっ、ぜぇっ…」

魔王「はぁっ…息が、荒いぞ勇者…はぁっ」

勇者「…へへっ、お前もだろ…」

魔王「…」

勇者「…」

魔王「…次で決まる。」

勇者「ああ…。」

魔王「次の一撃で…恐らく私か貴様か、どちらかが死ぬ。」

勇者「お前だ。」

魔王「…どうかな。」

勇者「俺は負けられない…お前を殺す為だけに、色んなもの捨てた。いや…犠牲にした。」

勇者「より強く、より激しく憎まれるように…できる限り残酷な殺し方をして回った。泣き叫ぶ子供を母親の前で真っ二つにした…愛し合う夫婦に武器を持たせ、どちらかを殺せば片方は許すと言って両方殺した…王がくれた剣でその王を殺した…」

勇者「…俺を待ち続けた僧侶をっ!!こんな俺なんかを信じて、お前の拷問にも耐えて、ずっとずっと待ち続けて…すっかり壊れてしまった僧侶をっ!!命乞いも聞かずに俺は殺したっ!!」

勇者「全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部っ!!気が狂いそうだった!!もう嫌だった!!殺してほしかった!!なかった事にしたかった!!本当は誰かに許してほしかった!!」

それは勇者の心の叫びであり…
彼が魔族になって初めて流した涙でもあった。

勇者「…きっと俺の罪は、俺が死んだぐらいじゃ消えやしない…それでいい。どんな地獄が待っていたって、俺はそれを甘んじて受け入れよう。だから、その前に…」

勇者「お前をこの世から消す。」ギリッ

魔王「…いい瞳だ。強い憎悪と殺意、そして何より固い決意を内包した…氷のように冷たく炎のように猛々しい瞳。」

勇者「…はっ。相変わらずお前の賛辞には反吐が出るぜ。」

魔王「ククク、よもや語りも尽きた…いざ決しようではないか。我らの命運をっ!!」ダッ

勇者「魔王ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」ダッ

繰り出されるのは、その命を懸けた両雄最後の一撃。
勇者と魔王は飛び出すと同時に交差し…

ガキィィィィィィィン!

音速を超えた2人は響き渡る轟音と共に着地した。

魔王「…」

勇者「…」

魔王「…見事だ。」ヨロ…

勇者「最後に…言い残す事はあるか?」

魔王「…ククク、本当に…この私を、倒してしまう…とはな…。貴様の、そのおもげぇっ?!」ザクッ

ドサッ

勇者「…聞いてやるとは言ってねーよ。馬鹿。」

グチャ

絶命し、その場に倒れた魔王の頭部を勇者の右足が踏み潰す。
飛び散る鮮血は人のそれと同じ朱色だ。

勇者は魔王を討った。
ついに悲願を達成した瞬間だった。
それはとてもとても感慨深いような…そうでもないような気がした。

勇者「僧侶…魔王を殺してほしかったんだよな?俺の秘策を楽しみにしてたんだよな?戦士の仇を討ってほしかったんだよな?これが…その答えだ。」

勇者「戦士も見てるか?これがあの、お前を殺した魔王だぜ。無様な最期だよなぁ…汚ねぇ脳みそ撒き散らしてさ。」

勇者「俺は地獄に行くからお前らには会えないが…安心してくれ。地獄の果てでも、魔王を嬲って嬲って嬲り尽くしてやるからよ。」

ガラガラガラ…

崩れゆく城の中、勇者はただ立ち尽くした。
その瞳はもう光を失っていた。
もう何も考える必要はない。
もう誰を殺める必要もない。
全ては、終わったのだ。

---

ガラガラガラ…

魔法使い「…ま、魔王城が崩れてるっ?!」

ガラガラガラ…

魔法使い「一体何が…?!」

ガラガラガラ…

慌てる1人の女。
重力に身を任す1人の男。

目が、合った。

勇者「っ?!」

魔法使い「勇、者…?!」

勇者「…な、なんでお前がここに?!」

魔法使い「そ、それはこっちの台詞よっ!!私は、魔王城の入口にいればあんたに会えると思って…」

勇者「俺に…会いに来たって言うのか?」

魔法使い「そうよ!!あんたを殺しに来た…ううん、あんたに殺されに来たのっ!!」

魔法使い「私はあんたが嫌いで…でも好きで、やっぱり嫌いで、まだ好きで…もうわかんないのよっ!!だけど、魔王の手先になったあんたを放っておくなんて…私にはできなかった!!あんたが人を殺し回ってる姿なんて、想像しただけで気分が悪くなった!!」

勇者「…」

魔法使い「だから、勝てないってわかってても…ここへ来たの。どうせ死ぬなら、せめて一矢報いたかった。どこかでいつの間にか死ぬより、あんたに殺されたかった。」

魔法使い「なのに、来てみたら魔王城は崩壊…しかもその中からあんたが出てくるってどういう事よ?!あんたが城を壊したの?!魔王は一体どこに行ったの?!」

勇者「…」

勇者「ははは…はははははっ!!」

魔法使い「っ?!」

勇者「魔王ならここにいるじゃないか。」

魔法使い「ど、どこよっ!!」

勇者「俺は魔王を殺して、その座を奪い取った。つまり今は…」

魔王「…この俺が魔王だ。」

魔法使い「なん…ですって…」

魔王「ふはは、何がおかしい?人類最強だった俺が魔族になったんだぞ?あの魔王の力を上回ったとしても不思議ではあるまい!」

魔王「奴はぬるかった…ちまちまと街を襲ったり、奴隷にして飼い殺すだけで人間を根絶やしにする訳でもない。」

魔王「俺は違う…愚かな人間共を地上から1人残らず消し去り、完全なる暗黒の世界を築き上げる真の魔王だっ!!」

魔法使い「…」

魔法使い「…それが…それが、今のあんたなのね?」

魔王「そうだ。」

魔法使い「どうして…?そりゃ確かに理不尽な目に遭ったりもしたけど…この世界にはいい人だってたくさるいる!!勇者だって知ってるじゃない!!なんでそこまでする必要があるのっ?!」

魔王「…ぬるいな。」

魔法使い「え?」

魔王「そんなぬるい考えだったから、俺達はあの日敗れた。そして、その魔王さえも俺に討たれた。まだ気付かないのか?この世界には正義も悪もない…あるとすれば、勝った者こそが正義だ。」

魔王「つまり…俺だけが正しい。俺以外は等しく愚かで、俺に殺される為だけに生きているちっぽけな存在だ。」

魔法使い「…そう。」

魔法使い「わかったわ…もうあんたは私の知ってるあんたじゃない。勝てなくたっていい…私はあんたに最後まで抗うっ!!」

魔王「来いよ、無能。」

魔法使い「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」ドビュウッ

魔法使いはその全魔力を収束させ、最善の一撃を魔王に向けて放った。
炎、水、雷…3つの属性を融合させたこの魔法はそう、いつかの決戦の時と同じものだ。
違いがあるとすれば、当時より僅かに威力が高まっている事ぐらいか。

バァァァァァン!!

虹色の波動は魔王を正面から捉え、耳を劈くような爆音を奏でた。

シュウウウ…

眩い閃光の後、立ち込める煙の中から現れたのは…
その身を焦がし、全身から血を垂れ流す魔王だった。

魔王「ぐぅ…あ…」

魔法使い「え…こんな一撃で…?!」

魔王「…くっ、前魔王との戦いで力を消耗し過ぎたらしい…」

魔法使い「…」

魔王「この俺とした事が…不覚だった。せっかく新たな魔王の座に就いたってのに…暗黒の世界を築く野望もここまでか…」

魔法使い「…嘘っ!!ありえない…あの魔王を倒せた勇者が、いくら消耗していたからって私の攻撃程度でここまでダメージを受けるはずなんて…!!」

魔王「…」

魔王「…ふっ。」

魔王「やっぱり…お前には敵わないな…。」

魔法使い「え…?」

魔王「ああ…その通りだよ。俺は攻撃を食らう瞬間、自分の魔力を限界まで落とした…その結果がこの有り様さ。」

魔法使い「なんで…なんでそんな事っ?!」

魔王「俺は…魔王を倒したら自害するつもりだった。だが、偶然か必然か…崩れた城の傍らには、お前がいた。」

魔王「その姿を目にした時…俺は思ってしまったんだ。『魔法使いの手で終わりを迎えたい』…ってさ。」

魔法使い「…その為に私をわざと挑発したの?!」

魔王「はは、最後まで悪を演じきるつもりだったんだけどな…いや、悪だな。俺は紛れもない悪だ。」

魔法使い「…も、もしかして…魔族になったのも、最初から魔王を倒す為に…」

魔王「…ああ。あいつを倒すのは人間じゃ無理…と言うか、正攻法ではまず不可能だ。そこで俺は覚悟を決めた…」

魔法使い「世界中を荒らしたのも、憎しみの対象を魔王から自分へと変えさせる為…。」

魔王「…今更善人ぶる気はないが、魔王を野放しにしておいたら何が起こるかわからない…奴ががその気になれば、人類を絶滅させる事すら容易かっただろう…。」

魔王「そうじゃなくても、奴隷なんて死んだ方がマシなぐらい酷い扱いを受けてるんだ。俺とお前で救って回るのにも限度がある…こうするしか俺には思いつかなかった…」

魔法使い「…だったら!!だったら勇者は世界の為に悪を騙ったって事じゃない!!そして、その結果見事に魔王を倒した…死ぬ必要なんてないっ!!今からでも間に合うわ、回復魔法を使って!!黒魔法専門の私じゃ使えないから…!!」

魔王「はは…駄目だ、俺は死ぬべきなんだよ。俺には帰る場所もない、もう人の姿にも戻れやしない…何より罪を犯し過ぎた。とても許される事じゃない…」

魔法使い「住む場所なんてどうにでもなるっ!!勇者は世界を救ったのよ?!西の王都で聞いたわ、あなたは世界中の5%の人を殺したって…でも、それって言い方を変えれば95%を救ったって事じゃない!!魔王が永遠に存在し続けるより全然マシだわ!奴隷達もこれで解放される…本当の事を話せば、きっとわかってくれる人だっているはず…!!」

魔王「…例え誰かに許してもらえたとしても…俺が自分を許せないんだ、ごめん…。」

魔法使い「勇者…」

魔王「それに…確かに俺は世界の為にも魔王を倒したかもしれない。でも、もう半分は個人的な理由だ。俺はただ魔王が憎かった…許せなかった。仲間を殺し、俺達から全てを奪ったあいつが。」

魔王「そして…」

魔王は力を振り絞り…小刻みに震える右手を魔法使いの頬に当てた。

魔王「…お前に魔王のいない、平和な世界で生きてほしかった。」

魔法使い「っ!!」

その瞬間、一筋の涙が魔法使いの頬を伝った。
零れ落ちた雫が魔王の額を濡らす。

魔王「だから俺は…正義の味方でも英雄でもない。ただ自分の欲の為に力を奮っただけの…傲慢な男だ。」

魔法使い「そんな事…ない…っ!!」

魔王「あぁ…もう、駄目らしい。視界が…霞む…」

魔法使い「嫌っ!!嫌よ、死なないでっ!!また私を置いていくのっ?!」

魔王「ごめん…な…。だけど…俺にそんな権利があるかわからないが…俺は、幸せだ。」

魔王「お前の手で…終わりを迎える事ができる。こうしてお前に触れながら…」

魔法使い「やめて…そんな事言わないでっ!!」

魔王「俺にこんな死に方…許される、だろうか…?」

魔法使い「約束したじゃないっ!!ずっと一緒にいようって!!魔王がいなくなったら、2人で暮らそうって!!」

魔法使い「子供ができたら、たくさん昔話してやろうって…おじいちゃんおばあちゃんになっても、こうして喧嘩して仲直りして笑おうねって…!!」

魔王「…なぁ、もう見えないけど…お前がどんな顔してるかわかるよ。ひどい顔して泣いて…せっかくの美人が、台無しだぞ…。」

魔法使い「うるさいうるさいうるさいっ!!誰のせいだと思ってんのよっ!!いつも照れて、私の事そんな風に褒めた事もなかったくせにっ!!まだまだ言ってほしい台詞、いっぱいあるんだからっ!!こんな所で死ぬなんて…っ!!」

魔王「ああ…いつも言ってやれなくて…肝心な時に駄目な男で、ごめんな…。ははは…よく女めしいって怒られてたっけ…。最後ぐらいさ、ビシッと決めるよ…」

魔王「…魔法使い、愛し、て…る…。」

魔法使い「…勇、者…?」

魔王「」

魔法使い「ねぇったら!!ねぇ勇者っ!!」

魔王「」

魔法使い「起きなさいよっ!!もう女々しいなんて言わないから…だから、お願い…っ!!」

魔王「」

魔法使い「勇者ぁ!!勇者勇者勇者勇者勇者勇者ぁぁぁっ!!」

魔法使い「あああぁぁああああぁぁぁああぁぁぁぁあああぁぁああああぁぁぁああぁぁぁぁあああ!!」

…魔法使いの腕の中で静かな眠りについた、魔王を名乗る男の顔は、とてもとても幸せそうなものだった。

---

20年後。

【西の王都・王立魔導学院】

女生徒「先生ー。この魔法難しいよー。」

先生「大丈夫、焦らずゆっくりと覚えればいいのよ。あなたにはその時間があるんだから。」

女生徒「うーん…でも昔は魔王っていう悪い奴がいたらしいけど、今は平和なんでしょー?じゃあ別にこんなの覚えなくたって…」

先生「確かに魔王は滅び、それに伴って悪さをする魔物の数も大幅に減ったわ。けれど…未だに人に危害を及ぼす魔物もいるし、中には悪い人だっている。それに…もしかしたらいつか新たな魔王が現れるかもしれない。」

先生「もしもの時の為に、自分の身…そして、自分の大切なものを守れる力は身に付けておかないと。あなた達のお母さんも、それを願ってこの学院にあなた達を通わせているはずよ。」

女生徒「うん…わかった!」

男生徒「それにしても、その魔王って奴マヌケだよなー。部下に裏切られて相討ちなんてさー。」

女生徒「しかもその部下って元は世界を救うはずの勇者だったんでしょ?先生の事を裏切って魔王の側について、今度はその魔王まで裏切るなんて怖い人だよー。」

男生徒「最初から本当は敵で、味方のフリしてただけだったりしてー?」

先生「さぁ…今となっては先生にも彼の真意を確かめる方法はないわ。」

男生徒「ま、俺は何があっても先生の味方だからな!いつか先生より強くなって、何かあったら先生を守ってやるんだ!」

先生「ふふっ、それは頼もしいわね。」

女生徒「私も頑張るもん!私は先生みたいに、魔法を教える人になりたいなぁ!」

先生「じゃあ明日からもっと頑張らなきゃね。大丈夫、2人ならきっとできるわ。」

先生「さてと、今日の授業は終わりよ。気を付けて家に帰りなさい。」

女生徒&男生徒「「はーい!」」

---

先生「…これで、よかったのよね。」

先生「真実を知ったところで、悲しむ人や戸惑う人が増えるだけ…。そしてそれは、新たな争いの火種にも繋がりかねない。」

先生「いつかあなたが言っていたわよね、勇者擁護派と勇者反対派で戦争が起きるかもしれないって…」

先生「そんな未来は…この私が止めてみせる。あなたがくれた平和を、そう簡単に壊させやしないわ。」

先生「皆が知らなくても、私だけは知ってる…あなたはこの世界の救世主。」

先生「だからどうか…この空の向こうから見守っていて。」

先生「…この世界で生きる事が、あなたと生きる事だと思うから。」

小高い丘の上で彼女はぐっと背伸びをすると、その手を空へと伸ばす。
空は橙に染まり…陽は落ちかけていた。
復興が進み、かつての景観を取り戻しつつある王都の街並が紅く照らされる。

先生「夕陽が綺麗ね…そうでしょ?僧侶。」

-Fin-

これにて完結です。
最後までお付き合い下さった方、途中でコメントを下さった方、ありがとうございました!

用意したものの、本編では使い切る事ができなかった詳細設定を最後に晩に投下したいと思います。

こんばんは。
では主要人物と各国の設定を書いていきます。

『勇者』
東の王都出身。
物語開始時点で19歳。
17歳の時に魔王討伐の旅へと出発。
好物は母のシチュー。
優しさと芯の強さを両立させた性格。
正義感は誰よりも強いが、かと言ってその正義のままに飛び出すようなタイプではなく、常に1歩先を見据えて行動する知的派。
剣と魔法の才に恵まれ、その英雄にも相応しい実力と人間性を買った東の国王の推薦により勇者に任命された。
救世の旅を通して魔法使いに好意を抱くようになる。
世界中の人々の希望を背負う存在だが、全てを失い復讐者と化した時からは、目的の為に手段を選ばなくなった。
魔族に身を堕として凶行の末に絶大な力を手にし、ついには念願の魔王打倒を果たす。
最後は愛する魔法使いの手により討たれ、その腕の中で静かに息を引き取った。
史実では魔王と相討ちになって死亡したとされている。
享年22歳。

『魔法使い』
西の孤児院出身。
物語開始時点で18歳。
16歳の時に魔王討伐の旅へと出発。
好物は辛いもの全般。
僧侶とは同じ訓練所で育った幼馴染み。
勝気でプライドが高いような振る舞いをするが、実は乙女で繊細。
ペースを崩されるとパニックに陥るなど、逆境に弱い。
類稀なる黒魔法の素質の持ち主で、また勤勉な努力家でもあるが、他人にそれを知られる事を嫌う節がある。
自他共に認める人類最強の魔道士。
救世の旅を通して勇者に好意を抱くようになる。
数々の苦難に絶望し、1度は自殺を試みるものの、どうにか一命を取り留める。
勇者パーティ唯一の生き残りであると同時に、勇者の真意を知る世界でたった1人の人物でもある。
現在は勇者に託された平和な世界で、王立魔導学院の主任教官を務める。

『戦士』
南の王国の農村出身。
物語開始時点で22歳。
20歳の時に魔王討伐の旅へと出発。
好物は酒だが強くはない模様。
明朗快活かつ大雑把で、何にでも首を突っ込みたがる節がある。
故にデリカシーに欠ける所もあるが、いつも逞しい勇者パーティのムードメーカー的存在。
貧しい家で育った為、出世願望が強い。
南の大陸の武闘大会で若くして3連覇を成し遂げた程の腕っ節の持ち主。
救世の旅を通して僧侶に好意を抱くようになる。
魔王との戦いで僧侶を庇い、その命を落とした。
享年22歳。

『僧侶』
西の王国の聖風の都出身。
物語開始時点で17歳。
15歳の時に魔王討伐の旅へと出発。
好物はお菓子類。
魔法使いとは同じ訓練所で育った幼馴染み。
おっとりしており、目立つ事を好まない性格。
天然ボケ気味でかなりのドジだが、白魔法に関しては誰よりも深い知識を持つ。
無事魔王を討伐した暁には、次期大司祭の座を約束されていた。
救世の旅を通して戦士に好意を抱くようになる。
魔王との戦いで重傷を負い死亡したかと思われていたが、実は魔王により生かされ長らく囚われていた。
繰り返される拷問に精神を病みながらも、いつか来る勇者を信じて待ち続けていた。
最後は魔王が勇者に与えた試練により首を刎ねられ、その一生に幕を閉じる。
享年20歳。

『魔王』
出身、年齢共に不詳。
言わずと知れた魔族を統べる闇の王。
他の魔族と同じく自らに向けられた負のエネルギーを魔力へと変換し、糧とする事ができる。
元より強い力を持って誕生し、烏合の衆であった魔族達の頂点に君臨すると同時に魔王を名乗るようになる。
更なる力を効率的に得る為に、人間達に奴隷制度を敷き、そして同族をも力で支配する恐怖政治を執り行っていた。
彼が魔王に就任してからは魔族は階級によって差別されるようになり、また10年間で世界人口のおよそ20%が魔族に仕える奴隷と化した。
その結果、目論見通り負のエネルギーを自らに集約させる事に成功し、他の魔族や勇者達とは一線を画す驚異的な戦闘力を有する事に至る。
ひどく狡猾で残忍な性格だが、独裁者としてのカリスマ性も併せ持っていた故、一部の魔族からは死後もなお崇められている。
人類を死滅させるつもりはなく、あくまでも適度な殺戮と支配により現状維持を続ける方針を取る。
勇者の計画に気付きながらも、その覚悟に関心を示し魔族として受け入れ、ついにはかつてからの願いであった全力での死闘を実現する。
最後は勇者との一騎打ちに敗れ、死に際に吐こうとした台詞の途中で殺された。

『東の王国』
人口約8500万人。
世界最大の面積を誇る東の大陸を国土に持つ大国。
豊かな緑と朗らかで人望の厚い王の政治、そして魔王城から最も遠い場所に位置する事もあり、世界の公園と例えられる程に乱世の中でも比較的平和を保っている。
気候も穏やかで非常に住みやすく、他国からの移住者も多い為、多種多様な文化がひしめき合う。

『西の王国』
人口約7000万人。
西の大陸を国土に持ち、世界の頭脳の異名を取る魔道国家。
東の国に次ぐ大国であり、魔術産業を中心に栄える。
全国に点在する魔法協会も西の王国に本部が置かれており、王都には王立医術院や王立魔導学院などの施設も充実している。
徴兵令ならぬ徴学令の実施により、国民は世界最高の知能水準と識字率を誇る。
また、世界で唯一の女王が治める国でもある。

『南の王国』
人口約5000万人。
南の熱帯諸島を国土に持ち、先住民と開拓民が共存する連邦国家。
若く陽気な王が治める。
畜産や農業が盛んで、漁業も生活に根付いている。
その食料生産量は全体の過半数を占め、世界の食料庫とも呼ばれる程。
文明水準は低めだが、武闘大会を毎年開催するなど武道大国としても有名。
国民は情に厚い反面、血の気の多い気質の者が多く、祭り事を好む傾向がある。

『北の王国』
人口約4000万人。
北の大陸を国土に持ち、鎧に身を包んだ厳格な王が治める極寒の国。
鉱山資源に恵まれるが農作物などは育ちにくく、軍事産業を中心とする輸出により国益を得ている。
通称世界の工場。
年間を通して雪が降り、また魔王城が大陸の最北端に建造された事もあり、およそ人間にとって住みやすい環境とは言い難い。
その為近年では他国への移住者が多く、辺境のいくつかの村では過疎化が問題視されている。
しかしながら城塞都市の機能も併せ持つ首都の守りは非常に堅固で、機械兵士と防壁によって二重に囲まれている事から難攻不落の都と称される。
世界一の軍隊を持ち、軍最高責任者が王を襲名する風習がある。

以上です。
今思うと国設定は無駄なのが多かったなぁ…特に南と北w
まぁ巻末に載ってるオマケのような物と思っていただければ。

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