八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「またね」 (510)

俺ガイルとモバマスのクロスSSです。

モバマス勢がメインなので俺ガイル側の出番は少ないです。

ヒッキーのこれじゃない感はご容赦を。

ホントのホントに今度こそ、ヒッキーと凛ちゃんのこれからを願って!



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八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」
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輝子、誕生日おめでとうー!

>>2 間に合ってねぇ……

前回手違いでスレが落ちてしまいましたので、改めてスレを立てました。自分の更新速度が遅いのもあったので、本当に今度こそ落とさないよう、出来るだけ早く完結まで行けるよう頑張りたいと思います。

とりあえず更新するよ!











人には得手不得手というものがある。


得意であることと、そうでないこと。その内容や数に差はあれど、誰しもが等しく持ち得ているもの。

勉強は出来るが、運動が苦手。歌は下手だが、絵が描ける。
なんだっていい。挙げればキリが無い程に、人にはそれぞれ得手不得手がある。幅広く言ってしまえば、ルックスや性格だってその内に入れてしまって良いだろう。

そんな誰もが当たり前のように受け入れているそれは、しかし実際の所は不条理な事この上ない。
この世の中には、得手よりも不得手の方が多いと嘆く者の方が、圧倒的に多いのだから。



八幡「…………」



そして例によってこの俺もその一人。

勉強も出来るし、運動も苦手ではない。手先も割と器用だし、顔だってそこそこ良い。
だが悲しきかな、そんな基本ハイスペックな俺でも、友達と恋人だけはいない。とある冷酷非道才色兼備女子から言わせれば、もうそれだけで補って余りある程マイナスらしい。……あくまでも言われた当時の話だが。


どうやら机や手元に向き合う事は得意でも、他人と向き合う才は与えられなかったようだ。





八幡「……………」



本当に嫌になるよな。何が嫌になるって、得手不得手がある事を良しとせず、欠点がある事を許せない輩が多い事だ。
そりゃ、誰だって苦手を無くせるものならそうしたい。努力や反省で直す事が出来るのなら、それは本当に素晴らしいと、俺だって思う。

だが、現実はそんな簡単にはいかないのだ。



八幡「…………」 きょろ



人にはどうしたって変えられないものがある。出来ない事がある。払拭できないコンプレックスや、癒えない古傷があるんだ。

出来ない事を出来るようになる。乗り越えられない壁を、乗り越えられるようになる。なるほど。それは素晴らしい。

しかしそれは、一部の人間のみだ。誰もが、そう易々と叶えられると思うな。
自分が出来る事を、他人も出来ると思う等、なんと傲慢なことか。



八幡「…………」 きょろきょろ



世界はそこまで等しくはない。
誰しもが等しく悩みを抱えていても、その内にある全容は、不平等と言える程に格差がある。

他人でも、自分でも、そんな暗い部分を認めずしてどうする。どうして、出来ない事を肯定してやれない。

得手があるなら良いじゃないか。不得手があったって、それを補って余りあれば良い話じゃないか。

弱い所に劣等感を感じるのは仕方がない。恥るのも分かる。だが、悪とする必要は無い。



得手も不得手も、等しく、己の一部なのだから。





八幡「…………ふぅー……っし」



ーーだから、俺がたった今困難に立ち塞がって、足が生まれたての子鹿みたいになっちゃってるのもどうしようもない事なんだ。うん。きっとそうなんだ。


情けない両足を必死に動かし、目標へと近づいて行く。

狙うは、あのコンビニ前で談笑する女子高生二人組だ。俺としてはボブカットの子の方を推したい。……いや、狙うって何だよ。別にあれですよ? 声かけ事案とか、そういうつもりではなくてですね、会社から頼まれた仕事で仕方なく…



「ねぇ、ちょっと」

八幡「は、はい……?」



後ろからの呼びかけに、恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは、怪訝な顔をした警察官。……警察官?



「スーツ姿の不審な男がうろついてるって近隣住宅から通報があったんだが……署までご同行お願い出来るかな?」

八幡「…………」



あ、マジで事案になったね。
気付けば周りの人たちからの視線が痛い。目標のJK二人も蔑むような視線をこちらに向けていた。



八幡「……………………はい」



なんとかかんとか、声を絞り出して返事をする。
なんか警官が「随分若いねー」とか言ってるけど、ショックがデカ過ぎて頭に入ってこない。

はぁ……これ、あれか。会社に連絡されるパターンか。ちひろさんとアイドルたちに笑われちゃう奴か。頼むから凛だけにはバレたくないな。



だから俺には無理だって言ったんだよ、スカウトなんて。















“新たな企画の為に、アイドルのスカウトをして貰いたい”。


社長がそう言ったのは、三日程前のこと。
最初にその発言を聞いた時は、それはもう耳を疑ったものだ。というより脳が理解する事を拒否していた。


俺が?

知らない人間を?

スカウト?


無理だ。普通に考えて無理だ。案件になること間違い無しだ。ってかホントになった。
知り合いの人間ですら上手くコミュニケーションを取れないというのに、何故そんな暴挙が出来ると思うのか。小一時間問い詰めたい。ってか問い詰めたよかなりの焦りをもってね!

しかし社長は心配は無いと言うばかり。

なんでも今回のその企画というのは、既にデビュー済みの現役アイドルと、初々しい新人のアイドル候補生たちによる合同バラエティ番組らしい。

つまりは蘭子の時と似たようなパターンだ。
光る原石をスカウトし、そしてそのまま番組出演。その後にデビューが確定するわけではないが、候補生たちにとってはまたと無いチャンスと言える。


「新人枠の方には既に何人か候補がいるから、無理にスカウトしてくる必要はない。だが、プロデューサーとして経験しておくのは大切な事だよ」と、社長は言っていた。


なのでダメで元々。当たって砕けてもいいし、めぼしい子が見つからないのであれば諦めてもいい。そう気楽に当たってほしいと社長は思ってるんだろうが……実際、そういうわけにもいかない。





正直、無理しなくてもいいのであれば俺は投げ出す気満々でいた。不審者扱いされる可能性だって否定出来ないからな。ってか実際された。

けど、そう簡単に割り切れなかった。割り切れないんだよぉ……!
俺にスカウトの話をした時、最後に社長はこう言っていたのだ。



社長『そうだ。もしも上手くスカウト出来たなら、番組の現役枠の方に渋谷くんを抜擢しようか。それくらいの見返りは考えないとね』



現役枠への、抜擢。

それはつまり、テレビ出演……!


凛の名が売れて来たと言っても、テレビでの仕事はやはり貴重だ。こんなチャンスをみすみす逃す理由は無い。

だから、だから俺は、何としてもスカウトを成功させないと……!
凛の為にも、スカウトしなきゃ…………って思ってたけどやっぱキツい! SAN値がガリガリ削られる! こんな挙動不審じゃお縄になっても文句言えねぇぞ! ってかなった!!









八幡「……と、まぁそんな紆余曲折を経て、現在に至るというわけだ」


「なるほどー。それは大変でございましたねー」








とある公園のベンチ。


派出所でお巡りさんに必死こいて説明して、会社に電話してやっと分かって貰えて、なんとか解放されたのがついさっき。

近くにあったこの場所で、俺は見事に項垂れていた。
それも、見ず知らずの人間に吐露する程に。



「プロデューサーというお仕事も、簡単には行かないものでございますねー」

八幡「本当にな……」



手に持っているアイスを一口齧る。
あぁ…甘い……

この真ん中でパキッと割って二本になるアイス、久しぶりに食ったな。このチープな味が懐かしくてなんとも美味い。

このアイスは隣に座る少女から分けて貰ったもので、もう一本はその少女が食べている。


美味しそうに顔を綻ばせている少女。
褐色の肌に奇麗な金髪がよく映える。瞳を見てみれば、深い海を想像させるかのように青く澄んでいる。

日の光に照らされた少女の姿は、幼さを垣間見せながらも、どこか神秘的な美しさを感じさせた。



八幡「…………」

「美味しいでございますねー」

八幡「…………なぁ」

「なんでございますですか?」

八幡「……………………どなたでございますか?」





凛がいたら「今更!?」と突っ込まれること請け合いな質問。

いや、本当に今更で申し訳ないんだけど、本当に誰? アイスを貰って、身の上話まで聞いて貰って、しかし名前も知らない。分かる事と言えば、異国の方だという事くらいか。見れば誰だって分かる。



「わたくしはライラさんですよー」



俺の失礼とも言える質問に、しかし彼女は怒ること無く、むしろ感情を感じさせないくらいの表情で返事をしてくれた。

ライラ……って確かアラビア系の名前だったか? あまり詳しくはないが、そっち方面の国出身なのかもしれない。なんだか冒険にでも行けそうな名前だ。



八幡「そうか。……アイス、ありがとな」

ライラ「いえいえ。困った時はお互い様、という言葉が日本にはありますです。日本は良い国ですねー」



ぽけーっというか、にぱーっというか、そんなのほほんとした笑顔で言うライラ。
なんつーか、毒気を抜かれる思いだな。こいつには邪な気持ちなんて存在するのかと疑いたくなるほど純粋そうな顔だ。



ライラ「貴方様は、なんというお名前でございますですか?」

八幡「比企谷八幡だ」

ライラ「では、八幡殿でございますね。よろしくお願いしますですー」



そして、また笑顔。
人懐っこいというか何というか、壷とか買わされないか心配になる奴だな。

でも、良い奴だ。間違いなくそう言える。



八幡「……まてよ」





これはもしかして、絶好のチャンスではなかろうか?

何でかは知らんが、こいつは今俺の事を怪しもうともせず、話を聞いてくれている。ちょっと抜けている感はあるが、見た所美少女と言って差し支えない容姿だ。制服を来ている事から恐らくは華の女子高生だという事が連想できる。外国人という点も、上手くすれば他の新人たちに差を付けるアドバンテージになるかもしれない。

……いける! これは、もしかしなくてもいけるじゃないか!


今こそ、スカウトのチャンス――ッ!



八幡「…………なぁ、ライラ」

ライラ「なんでございます?」

八幡「これ」



俺はスーツの内ポケットから名刺ケースを取り出し、一枚だけ抜き取って、それをライラに差し出す。



ライラ「……おー」

八幡「改めて、シンデレラプロダクションの比企谷八幡だ」



鼓動が高鳴る。

通報される心配が無いと分かっていても、緊張感はどうしたって拭えない。

さぁ、躊躇わず、言うんだ。


今こそ――



八幡「お、お前こそ良ければ、アイドルに…」

ライラ「ライラさんと同じ事務所でございますですねー」

八幡「そう、同じ事務所に…………え?」






え? なんて?










ライラ「ライラさんもデレプロのアイドルでございますよ。奇遇ですねー」


八幡「……………」






一瞬、思考が固まった。



ええええええぇぇぇぇぇぇぇ……

デレプロの、アイドル……? こんなん流石に予想外だ。奇遇どころの騒ぎではない。



ライラ「八幡殿がデレプロのプロデューサー殿とは、驚きなのでございますよ」



驚きなのはこっちでございますよ。ってかそう言うライラのが全然驚いてるようには見えない。本当に君感情とかあるのけ?



八幡「……じゃあ、何。もう既にアイドル活動してるわけなのか」

ライラ「あー…あまりやってないですねー。とても黒い社長さんにスカウトされたのが、先月くらいでございますからねー」



とても黒い社長という面白い言い回しはともかくとして、そうか、既にスカウト済みだったか……。いや、あの社長貪欲過ぎでしょ。なんでスカウトしようとした子が既にスカウトされてるの? これがアイドル事務所社長の慧眼か……

しかしスカウトされたばかりというのを聞いて少し納得した。見覚えが無かったのも、まだあまり目立った活動をしていなかった為か。



八幡「まぁ、断られるよりは良かった……のか?」



とりあえず、スカウトが失敗したという事は分かった。
またこれで振り出しかぁ……

がくっと、自然と肩をおりる。これ以上ないチャンスだと思ったんだけどなぁ。


だが、そこで隣に座るライラから以外な言葉を聞く。





ライラ「……でももしかしたら、アイドルじゃなくなるかもしれないですねー」

八幡「は?」



アイドルじゃ、なくなる?

一体どういう意味かとライラの方を見てみれば、その表情は先程よりも少しばかり暗い……ような気がする。



ライラ「ライラさん、お金に困ってるでございますよ。今はアパート暮らしで……それは幸せでございますけど、難しいです」

八幡「……さっき、あまり活動できてないって言ってたな」

ライラ「はい。レッスンは楽しいですけど、アルバイトもあるので大変でございますです」



アイドル業とバイトの両立。

それはまだあまり売れてないアイドルにしてみれば、酷く切実な問題であった。仕事を貰えないんじゃ他にバイトでもしないと生活できない。だが、それだけキツいスケジュールじゃ身が保たない。学校にも通わないといけないし、外国から日本に来てそんな酷な生活じゃ確かに堪える。

こんな飄々としてはいるが、心労は半端じゃないだろう。



八幡「それじゃあ……アイドル、辞めるつもりなのか?」



恐る恐る聞いてみる。先程の言い回しじゃあ、続けるのが困難なように聴こえたからな。

しかし、ライラの返答は思いの外希望に満ちていた。



ライラ「できれば、続けたいでございます。アイドルは、楽しくて、幸せでございますから」



その顔は、先程よりも少しばかり明るい……ように思えた。





ライラ「今度、初めてテレビ出演するかもしれないのでございますよ」

八幡「っ! そうなのか?」

ライラ「はい。それがダメだったら、辞めるかもしれません」

八幡「…………」

ライラ「だから、お仕事を頑張って、アイドルをやりたいのです」



頑張って、アイドルに。

そんなライラの姿を見ていると、とても懐かしい気持ちを覚える。


まだCDデビューも、テレビ出演も無く、ただただ上を目指していた時期が、俺の担当アイドルにもあった。
彼女は成功する事が出来た。だが、そこに辿り着けるのはほんの一握り。誰もが夢見るそのステージは、あまりにも狭き門。


この異国の少女が目指している頂きはそういう場所で、だが、だからこそ夢に見る。

そんな彼女だからこそ、眩い程に輝かしく、美しい。


……社長も俺も、スカウトしたくなるわけだよ。



八幡「そうか。……頑張れよ」



だから、俺は彼女の行く末を祈ろう。



ライラ「頑張りますです。お家賃とアイスの為にも」

八幡「お家賃とアイス」



このアイス好きで節約家なちょっと変わった異国の少女。

同じ事務所なら、いつか臨時プロデュースをする機会もくるかもしれない。
もしそうなれば、仕方が無い。甘んじて依頼を引き受けるとしよう。


だってきっとその時は、彼女は立派なアイドルになっているはずなのだから。















ライラと分かれた後、もう少しだけスカウトが出来ないかと奮闘はしたものの、結局成功する事は無かった。

さすがにもう通報はされちゃいかんと気を付けていたので、行動が制限されてたしな。仕方ないね。うん、仕方ない。
仕事を手に入れる事が出来ず凛には申し訳ないが、こうなれば他の仕事を取ってきて挽回するしかないな。凛も無理しなくて良いと言っていたし、分かってくれるだろ。情けないプロデューサーであった。

とりあえずは、社長に謝罪と報告だな。
事務所へ戻り、そのまま社長室へと向かう。こういう時は社長のあのフランクさがとても有り難い。

扉の前に立つと、何やら中から話し声が聴こえてきた。
ちひろさんか? まぁ、もし間が悪いなら後で良いと言われるだろうし、とりあえず顔は出しとくか。

数回ノックをすると、中から入って良いと返事が来る。

失礼しますと言いつつ扉を開くと、そこに居たのは社長と、ある意味じゃ予想外の人物であった。



社長「比企谷くんか。どうかしたかね?」

「…………」



社長の前に立つ、険しい表情をした40代程の男性。
その眼光は鋭く、スーツ姿から一瞬ヤーさんかと見紛うくらいだ。正直めっちゃ怖いです。

一応、彼とは俺も面識はある。彼はこのシンデレラプロダクションの常務。


まぁ、言ってしまえば上司ってやつだ。



八幡「スカウトの件の報告に来たんですが…」

社長「ああ。やっぱり、難しかったかい?」

八幡「……ええ。すいません」





苦笑する社長に対し、頭を下げる。

申し訳ないが、やはり俺には荷が思い。



社長「大丈夫だよ。他のプロデューサーくんたちにも頼んではいるし、期待できそうなアイドル候補生も何人かはいる。ご苦労だったね」



本当にこの社長は人が良いな。企画で参加した一般Pとはいえ、ここまで良くしてくれると申し訳なさでいっぱいだ。こりゃ社畜にもなる。ならんけど。



社長「そういう訳だから、候補生から決まり次第君に連絡しよう」

常務「……分かりました」



返事をしたのは静観していた常務。あれ、この人も今回の番組に関わってるのか?



社長「ああ、今回の企画は彼がメインで担当してくれていてね。今も丁度その打ち合わせをしていたんだ」



俺が不思議に思っているのを察したのか、そう説明してくれる社長。なるほどな。
……って事は、あれか。一応常務にも謝っといた方が良いよな? 担当であるわけだし、思いっきり関係してるもんな。……うん、謝っとこう。怖い。



八幡「あの、常務。すいません……」

常務「…………」



無視だった。割り易いくらいの無視。スルーと言っても良い。あれ、俺のこと見えてない?

とりあえず、常務はクールで寡黙な方なんだなぁ……と自分に言い聞かせる事にする。じゃなきゃ怖過ぎるよぉ!


そんな俺の葛藤を尚無視するかのように、常務はさっさと別の話へ移る。本当に仕事人って感じの人だな。





常務「番組へ出演するアイドルですが、現役組の方を新しくリストアップしておきました。こちらが資料になります」

社長「ありがとう」

常務「基本的には社長の告げたメンバー構成ですが、こちらで調整してリストから外したアイドルもいますので確認しておいてください」



なんか、これ以上は俺がいても関係無い話になりそうだな。
邪魔になるのも悪いので、一礼して部屋を後にする事にする。



常務「除外したのは…」



しかし、踵を返した所で、俺は思わず足を止める事になる。

というのも……









常務「ライラ、というドバイ出身のアイドルです」









聞き捨てならない名前を、聞いたから。






社長「ライラくんを外したのかね? 一体どうして?」

常務「彼女は未だ経験が浅い。テレビ出演するには、今回の企画はまだ早いと判断致しました」

社長「ふむ……」





常務の言い分に理解出来る事もあったのか、考え込む社長。

ちょっと待て。ライラを、今回の企画から降ろすだと?


あいつは、初めてテレビに出演出来ると言っていた。それが、今回俺がスカウトを任されていた番組の事だった……?

そして、もしもそれが上手くいかなければ、あいつはアイドルを辞めるかもしれないと、そう言っていた。


それなのに、出演すら、出来ない……?

そんなのは、そんなのはあまりにも酷じゃないのか。彼女の折角のチャンスを、奪い取っていいのか?




良いわけが、無いだろ。






八幡「……待ってください」






思わず、声を出す。

二人の視線が俺に向けられる。ここで黙って見過ごすわけには、いかなかった。



八幡「ライラを今回仕事から外すって……その、考え直してくれないっすか?」

社長「比企谷くん……?」

常務「…………」



社長は怪訝そうな表情を浮かべるが、常務は変わらず無表情なまま。だが、その目は俺に向けられたままだ。彼はまだ、俺の言葉を待っている。



八幡「あいつとは知り合い……って程でもないんすけど、聞いたんです。今回の企画にかけてるって」

常務「…………」

八幡「生活が苦しいみたいで、もしも企画がダメだったら、アイドルを辞めるかもしれないって。だから、せめて出演だけでも…」

常務「甘えだな」

八幡「っ!」





ずん、と。その言葉がのしかかる。

元々低い彼の声が、更に重く、俺へと投げかけられた。



常務「そんな個人の私情を仕事に持ち込むわけにはいかない。降板は変わらん」

八幡「なっ……」



俺が思わず絶句すると、そこで社長が見咎めたのか割って入る。



社長「待ちたまえ。もう少し詳しく話を聞いてからでも…」

常務「彼女を現役アイドルとして出すには技量不足と言わざるを得ません。リスクも高い。既に企画会議で取り決めた内容を変更するのは難しいかと思います」

八幡「いや、だからって……!



俺が抗議しようとするも、常務は更に鋭い眼光で俺を射抜く。



常務「所詮は企画で雇われている半人前のプロデューサーが、口を挟むんじゃない」

八幡「――ッ」



それを、今言うか?

自分で言うのは良いが、人に言われと、思わずカチンとくる。



八幡「……関係ねぇだろ」

常務「なに?」

八幡「あんたがふざけた事ぬかすから、それはおかしいって言ってんだ。俺の事は関係ねぇだろ」




ギロリと、思わず俺も睨み返す。

上司とはいえ、そんな横暴を認めるわけにはいかない。
あいつの事をよく知りもしない奴が、そんな勝手な判断をして良い筈がねぇだろ。

しばしの間、無言の膠着状態が続く。


その沈黙を破ったのは社長だった。





社長「その辺にしておきたまえ。もう少し頭を冷やすんだ」

八幡「……すんません。口が過ぎました」



一呼吸置いて、一応謝罪する。

別に常務の判断を許したわけじゃないが、社長の顔もあるからな。



社長「君もだよ。いくらなんでも、言って良い事と悪い事がある」

常務「……申し訳ありません」



頭を下げる常務。
いや、それ社長に謝ってるよね。俺に対してじゃないよね。

だが、それでも常務の言い分は変わらないようだ。



常務「ですが決定は変わりません。もう一度会議で話すにしても、可能性は限りなく低いという事だけは確かですので、そのつもりで」



言うや否や、さっさとこの場を後にする常務。
俺とすれ違う瞬間も、彼は俺に一瞥もくれる事は無かった。


俺が言うのもなんだが、あれだ。



いけ好かねぇ。















社長「彼は元々、君と同じプロデューサーだったんだよ。それはもう敏腕のね」



事務所の休憩スペース。

昔を懐かしむように、ソファに座った社長はどこか遠くを見つめていた。



社長「別の事務所ではあったんだが、この会社が出来た時に私が声をかけてね。それから常務として働いてくれている」

八幡「そうだったんすか」

社長「気難しい所もあるが、優秀な社員だよ」



確かにその仕事ぶりは一般Pの俺でも聞き及んでいる。

だが、それにしたってちょっと非情過ぎやしないか。仕事の為とはいえ、アイドルを切り捨てるなんて。



ちひろ「元プロデューサーだからこそ、公平に徹したいというのもあるかもしれませんね。……コーヒー、お持ちしましたよ♪」



どこからともなく現れる事務員ちひろさん。テーブルの上にコーヒーを置いてくれる。
ちなみに俺のとこには砂糖とミルク付き。分かってるじゃないか。



社長「確かに、仕事がほしいのはアイドル皆が思っている事だ。贔屓にしてはいけないという彼の言い分も、間違いじゃない」

八幡「…………」





甘え、と彼は言っていた。


確かに甘いんだろうな。社長の言うように、仕事がほしいのは皆一緒だ。続けられないからアイドルを辞めるというのは、何も不自然な事ではない。競争率の高いこの業界では尚更の事。

もしも俺がライラという少女と知り合わなければ、きっと気にも留めなかっただろうし、情が移ったんだろうと言われれば、何も否定できない。

だからきっと、常務の言う事は正しい。


だから。


だから俺は、このまま見過ごせば良いんだろうか。



八幡「…………」



ふと、隣に誰かが座る気配を感じる。

座った拍子に少しだけ舞う長い髪から、ふわりと花の香りがした。






凛「それで?」






彼女は、俺の担当アイドル、渋谷凛は、






凛「プロデューサーは、どうしたいの?」






俺の目を真っ直ぐに見て、問いかける。



八幡「……一応、策、みたいなものはある」

凛「あるんだ。……まぁ、どうせいつもみたいな感じなんだろうけど」

八幡「否定できんな」





俺の答えに苦笑する凛。

だが呆れながらも、彼女は絶対に俺を見限ろうとはしないんだから、物好きな奴だ。
そして、物好きは何もこいつに限った話ではない。






輝子「フヒ……そこは、否定してほしいところ……」

八幡「……お前、さすがにテーブルはキツくないのか」



休憩スペースに置いてある平たいテーブル。の、下から頭を出すのは元ぼっち系アイドル星輝子。
いつもは仕事用デスクの下に潜んでいるが、今回はテーブルか。ほとんど四つん這いだよ君?



輝子「フヒヒ……いつか、挑戦したいと思ってた」

八幡「ちひろさん。自腹切りますんで、ここのテーブル買い替えません? ガラスの透けてるやつとかに」

ちひろ「あら、オシャレで良いですね♪」

輝子「お、鬼……悪魔…………八幡」



忌々しいと言わんばかりに呻く輝子。どうやら日の光にはやはり弱いようだ。
ってかその位は俺には早いって! ポストちひろだって!



輝子「……それで、八幡。策とは……?」

八幡「…………」



やっぱり、お前も訊いてくるんだな。


凛は、俺がどうしたいかと問うてきた。

そして輝子は、話を聞かせてほしいと言ってきた。


こいつら、そして、今まで担当してきた臨時アイドルは、俺なんかの事を見てくれるし、聞いてくれる。

本当に物好きで、お人好しな奴らだよ。自分が嫌になるくらいな。





八幡「……凛の言うように、どうせいつもみたいな感じのやり方なんだが……お前らはどう思う?」



逆に俺が問いかけてみれば、凛は一度溜め息を吐いて、輝子は小さく笑って、愚問だとばかりに言う。



凛「いいんじゃない? それがプロデューサーのやりたい事なら、別にさ」

輝子「フヒヒ……上に同じ」

八幡「そうかい」



その言葉が、何よりも助かる。

こんな俺のどうしようもないやり方も、救いがあるように思えるから。


だから俺は、正しい事に対して、真っ向から間違えてやれるんだ。



八幡「社長」

社長「何かね?」



今まで静観していた社長は、まるで期待するかのような眼差しで、俺の言葉を待つ。






八幡「俺がスカウトした子を番組に出して貰えるって話、まだ通りますかね?」















翌日、準備を整えた俺は再び社長室へ向かう。

既に社長には話を通してある。であれば、彼もきっと部屋にいるはずだ。


……あー、なんか、無駄に緊張すんな。正直かなり怖い。
大丈夫だよね? さすがに暴力沙汰とかにはならないよね? 大人しそうな感じだし、手を出すにしてもどっちかってーとチャカとか取り出しそうだ。そっちのがヤバイ。


しかし、もう後には引けない。

歩きながらも、俺は事が上手く運ぶように頭の中でシミュレーションしつつ、真っ直ぐに目的地へと向かう。

この程度の修羅場、今までも乗り越えて来たからな。
だから、きっと大丈夫だ。


予定通りの時間に到着すると、俺は扉をノックし、返事を待った後に入室する。



八幡「失礼します」



入れば、昨日と同じ面子が揃っていた。

椅子に座る社長と、その前に立つ常務。
相変わらず、常務のその表情は険しい。ってか前よりも不機嫌そうに見える。



常務「……呼び出された理由は、昨日の件ですか?」

社長「そうだ。比企谷くん、報告を頼めるかい」

八幡「はい」



社長の言葉に応じ、俺は常務の隣に立って報告を始める。





八幡「シンデレラプロダクションの所属アイドルであるライラですが、今回の降板に伴い退社する事になりました」

常務「…………」

社長「……そうか」



ライラが、事務所を辞める。

報告を聞いても、常務は特に表情を変える事は無い。その様子に少々嫌な気分になるが、しかしとりあえずは置いておく。

彼は、本当に何も思う所が無いのか、それとも……



常務「…………」

八幡「それと候補生枠での出演の為のスカウトですが、何とか出てくれる子を見つけられましたので、その報告も」



俺の発言のに、ぴくりと、常務の視線がこちらに向けられたのを感じた。

ま、仕事に関係あるし、これには反応するよな。そうでなくては始まらない。



八幡「入ってくれ」



俺は扉の外で待機してるであろう彼女に、声をかけた。






常務「……っ!」






入室してきた彼女を見て、予想通り、常務は驚愕の表情を浮かべてくれる。


そうだ、その反応で当然。



なんせ入ってきたのは、常務もよく知る少女なのだから。














ライラ「失礼しますです。わたくしスカウトされました、新人アイドルのライラさんでございます」









何てことのないように、出会った時のような飄々とした様子で自己紹介するライラ。

ある意味じゃ、大物の対応だなこれは。



ライラ「好きな食べ物はアイス。趣味は公園で知らない人とおしゃべりでー…」

八幡「ライラ、とりあえず自己紹介はいい」



ってか、それ趣味なの? 公園で知らない人とお喋りって……あれ、俺の事?

しかし今はそんな話をしている場合ではない。能天気なやり取り等どうでもいいとばかりに、常務がドスの効いた声を出す。



常務「……ふざけてるのか? どういうつもりだこれは」

八幡「言ったでしょう。彼女がスカウトしてきたアイドルなんですよ」

常務「馬鹿を言うな。先程お前は退社したと…」

八幡「だから、“辞めた後のアイドルでも何でもないライラを、改めてスカウトした”んですよ」

常務「ッ!?」



今回の企画は現役アイドルとアイドル候補生による合同番組。そしてライラは現役アイドルとしての出演が不可能になった。だから俺は、“アイドル候補生として出演出来るように、一度辞めて改めてスカウトし直した”のである。





八幡「俺がスカウトした子は番組へ出演させてくれる……そういう約束でしたから。ですよね社長?」

社長「うむ。確かにそう言った」



苦笑しつつ頷く社長。

まぁ、昨日の時点で社長には確認して了承は得てあるけどな。元々ライラが出れない事は良く思っていなかったようだし(そもそも社長がスカウトしてきたし)、何とか引き受けてくれた。



常務「そんな屁理屈で……!」

八幡「実際、問題なんてありますか? 現役組と違って、候補生組には経験なんていらないですし。むしろ無い方が良いまである」



アイドルとしての活動があまり出来ていなかったからこそのこの手段。まぁ、実際は別に辞める手続きも特にしてないし、候補生側として出演する事になったってだけなんだがな。

だが、これでライラが出演するのに弊害は無くなった。



八幡「これでも、まだ反対するつもりですか?」



俺は常務へそう問いかける。

彼は重苦しい表情ではあったが、しかし、やがて熟考するかのように一度目を閉じる。



常務「……番組へ出演する資格があるのであれば、私は異を唱えるつもりはない」

八幡「…………」

常務「話は以上でしょうか?」





常務の質問に社長が首肯すると、常務は「では」と言って踵を返す。
もう用は無いとばかりに、扉へ向かっていった。






ライラ「……あの」






しかし、以外な事にライラが彼を呼び止める。その行動は俺もさすがに予想外だった。

常務はドアノブへ手をかけた所で動きを止め、振り返らないまま彼女の言葉を待った。






ライラ「ライラさん、アイドルを頑張ります。だから……よろしくお願いしますです」






いつもより、少しだけの早口。

言って、ライラはぺこっと頭を下げた。



常務は少しの間何も言わず黙っていたが、やがて小さく「ああ」と答えると、扉を開けて部屋を後にした。















あれから数日。何とか出演権を勝ち取ったライラは、無事に番組へ出演する事が出来た。


対談型の、候補生が現役アイドルに話を聞いたり、一緒に歌って踊ってみたりするありがちなバラエティ番組。当初とは違う候補生側の出演ではあったが、それでも、彼女は嬉しそうにしていた。

お家賃もちゃんと払えたようで、俺としても何よりだ。



八幡「よっこらせっと」



誰もいない休憩スペース。備え付けのテレビを点け、DVDプレーヤーへディスクを入れ、ソファへとどかっと座る。こんだけ堂々と使ってりゃ誰も寄り付かんだろ。何もしなくても寄り付かんけど。



八幡「…………」



これからも、きっとあいつは、ライラは苦労するんだろうな。


今回俺がやった事は、所詮はただの繋ぎでしかない。次の仕事が成功出来なければアイドルを辞める、そんな事情を抱えた彼女を、何とか番組へ出演させて一時的に繋ぎ止めただけ。
番組へ出演した事でこれからチャンスは来やすくなるかもしれないが、それでも現状がさほど変わっていないのは事実。

だからこれからも、ライラは頑張り続けなければならない。


アイドルを、続けるため。



八幡「…………」

凛「あれ。プロデューサー、何見てるの?」



ふと、偶然通りかかったのか、後ろから凛の声が投げかけられる。





八幡「ああ。この間の番組」

凛「ふーん。この間の…………え」

八幡「録画しといたからな。折角だから見返してた」



テレビ画面の向こうには、候補生たちの色んな質問に困惑しながらも頑張って返答する凛の姿。その下手をすれば候補生たちよりも必死な姿は、見ていて何とも和む。可愛い。



八幡「また候補生の奴らも中々エグい質問するよな。ライラとか無自覚なのが何とも…」

凛「ちょ、ちょっとプロデューサー。もうやめない? 一回実際に見てるんだから、また見返さなくてもいいでしょ?」

八幡「いやでも、この後に振られる『同じ事務所のアイドルのモノマネ』が…」

凛「い、いいから! もう見なくていいから!」



顔を真っ赤にしてリモコンを奪い取る凛。

結局、続きは見られずDVDも没収されてしまった。ちぇー、蘭子のモノマネ結構良かったと思ったけどなー。赤面してるとこが面白可愛くて。

こりゃ、俺が今まで出演してる番組全部録画してDVDに焼いてるって知ったら、めちゃくちゃ怒りそうだな。大原部長ばりに家まで乗り込んでくるかもしれん。



とぼとぼと休憩スペースを後にして、仕方なく事務所外の自販機へと向かう。
こういう時はMAXコーヒーでも飲んで癒されよう。……けど今考えたら事務所の中であれ流すって結構鬼畜だな。反省反省。


そんな事を考えながら階段を下り、自販機へと目を向けた所で一人の人物を捉えた。

うげっ、あの人は……






常務「…………」






相変わらず険しい表情の常務と、ばっちりと目が合う。
その手にはブラック缶コーヒー。イメージ通り過ぎるだろ。





八幡「……うっす」



とりあえず何も挨拶しないのもあれなので、軽く会釈する。

だが、常務は相変わらずの無視。やっぱりこの人俺の事見えてないんちゃう? 名前すら呼ばれた事無いし。もしかして覚えてないのか……
しかしそのくせ常務は自販機の前を空けると、すぐ側で缶を開けて飲み始めてしまう。いや、事務所戻れよ。買いづれーだろ。

俺は外に出た手前引き返すわけにもいかず、仕方なく自販機まで歩いてMAXコーヒーを買う。


そしてさっさと戻ろうと踵を返した所で、まさかの声がそこでかかった。



常務「……先日の合同番組の報告書、まだ出ていなかったようだが?」

八幡「………………」



あーやっべーー完全に忘れてたぁーー!!?

足が止まり、ダラダラと嫌な汗が流れる。しまった、マジでしまった。普通にガチで忘れてた。いやでも、期限とか特に無いですし、催促もされないし、はい。すぐに出すのが当たり前ですよねすんません!!



八幡「す、すぐに出します」

常務「そうしてくれ」



常務はそう言うと、コーヒーをまた一口飲んで黙ってしまう。俺は何となく動けず、その場に立ちすくむ。

あー…これ完全に立ち去るタイミング失った奴だ。あのまま勢いで走り去れば良かった。もう俺もMAXコーヒー飲んじまうかな。

そんな事を考えていると、また常務が話し始める。



常務「……ひとつ、訊いてもいいか」

八幡「は、はい?」

常務「どうしてお前は、あんなに彼女の肩を持ったんだ」





話されたのは、意外な言葉。
常務の言う彼女とは、もしかしなくてもライラの事だろう。

どうして、彼女の肩を持ったのか。

そんな事を訊かれるとは思っていなかったので、思わず面食らってしまった。



八幡「どうして、と言われても……」

常務「知り合いだと言っていたな。やはり、情が移ったのか」



別に知り合いと呼べる程会った事があるわけじゃない。情が移った? そう言われれば、それも間違いではないな。彼女がアイドルを辞めてしまう事に思う所があった。それは事実だ。

だが、たぶんそれだけではない。


敢えて言うのであれば……



八幡「……笑顔、ですかね」

常務「笑顔?」



思わず怪訝な表情になる常務。
さすがに良く分からなかったか。でも、これが一番しっくりくる。



八幡「あいつ、良い顔で笑うんすよ」



あの能天気そうな、邪気の無さそうな、こっちの気が抜けるような、そんな幸せそうな笑顔。

彼女の笑顔を見ているだけで、嫌な事も、抱えてる物も、どうでもよくなってしまう。そんな不思議な魅力がある。



八幡「あんな良い笑顔が出来る女の子がアイドルを辞めるなんて、それは惜しいなって、そう思ったんす」

常務「……それだけか?」

八幡「それだけです。けど、そんなもんじゃないんすか。アイドルをスカウトする理由なんて」





社長のように、ティンときた! ってわけじゃない。

けど、確かにあいつと初めて会った時。話をした時。何か感じるものが、光るものが、あったような気がしたのだ。






『どうかしたのでございますか?』



『これ、ライラさんのアイスを半分あげますです。パキッと割れるですよー』



『本当は節約しないといけないのでございますが……頑張った貴女様には、ご褒美でございますですよ』






差し出してくれたその手は、俺にはとても眩しく見えた。



八幡「本当、惜しいですよ。あいつの事を知らない奴がいるなんて」

常務「…………」



常務は目を伏せ、しばしの間口を鎖す。

やがて缶コーヒーを飲み終えた頃、彼は小さい声で呟いた。



常務「……お前を見ていると、酷く懐かしい気持ちになる」

八幡「はい?」

常務「何故だろうな。自分でも不思議だよ」



珍しく、本当に珍しく、苦笑しながらそう言う常務。

良くは分からんが、俺を見て懐かしいというのであれば、それはきっとあれだろう。





八幡「そりゃ、俺はプロデューサーですから。かつて、あなたがそうだったように」

常務「っ!」

八幡「…………」 ドヤァ

常務「…………」

八幡「…………」

常務「…………映画の見過ぎだ」



あ、バレました?

いや、この元ネタの台詞めっちゃ好きなんよね。個人的にはフォースと共にあれ、よりも好きだ。マジ名作。


そして常務はまた苦笑すると、重く、それでもどこか優しい声音で俺に言う。



常務「なら、プロデューサーとして責任を果たせよ。中にいる私に出来ない事を、お前がやれ」



その言葉は、初めてちゃんと俺へと向けられたように感じた。

……いやでも、常務に出来ない事を俺がやるとか、ちょっと責任重過ぎません? 俺ちょっと名台詞パロっただけよ?

だが、ここまで言われては断る事も出来ない。
自信は無い。だがそれでも、意志はある。



八幡「……うっす」



情けない話だが、これが今の俺に出来る最大限の返事だ。

まぁ、それでも常務は満足してくれたようだったがな。
これが、上司ってやつか。



と、そこで階段をパタパタと下りてくる音がした。

事務所の誰かが来たのかと思って視線と向けると、そこには以外な人物。





ライラ「あ、こんな所にいたのでございますねー」



相変わらずのほほんとした金髪碧眼褐色の少女。件のライラである。



ライラ「おや、八幡殿も。プロデューサー殿とお話中でございましたか?」

八幡「まぁそんな所……って………………え?」



話しかけて、一瞬、思考が止まる。

ん? え、何。今、こいつは何て言った? プロデューサー? 誰がプロデューサーだって?



常務「そういえば言ってなかったな。今度から、私がライラの担当プロデューサーをする事になった」

ライラ「でございます」

八幡「…………………………」



なん…だと……

いや、マジでか。なんで、何で!?



常務「アイドルの人数に対し、プロデューサーの数が足りていないのはお前も知っているな」

八幡「え、ええ」

常務「その対策として、私を始めとする他の社員もプロデューサーとして活動する事になった。一時的ではあるがな」



そ、そういう事か……


いやでも、それはまだ分かるとして、何故よりによって常務がライラの担当? 選考理由は分からないが、何かあるんじゃないかと勘繰ってしまう。

そして俺のそんな心中が伝わったのか、常務は少しばかり所在無さそうに目を逸らす。



常務「……私が自ら志願した。特に他意は無い」

八幡「…………」

常務「……っ……先に戻る。ライラ、この後の時間には遅れるなよ」

ライラ「はいです。頑張りますですよー」





言うや否や、足早に去る常務。

照れてる。あれ、完全に照れてるな。
常務のそのらしくもない様子に、思わず破顔してしまった。



常務「比企谷」

八幡「っ」

常務「……報告書、忘れるなよ」



そして今度こそ、常務はその場を後にした。最後に余計な一言を残して。

……なんだ、ちゃんと覚えてんじゃねーか。名前。



ライラ「プロデューサー殿と八幡殿は、仲が良いのでございますねー」

八幡「そう見えるなら眼科へ行く事をオススメするな」



そりゃ、前に比べればマシな関係にはなったかもしれないが、それでも良くはないだろ。ってか別になりたくもない。



ライラ「ライラさんは、お二人には感謝してますですよ」



嬉しそうに、幸せそうに、笑うライラ。



ライラ「八幡殿のおかげで、ライラさんはアイドルを続けられるですよ。そして、プロデューサー殿と一緒に、これからどんどん頑張りますです」

八幡「…………」





番組へ出演する為に策を講じた時、ライラには常務の考えを話してあった。けれどそれでも、彼女はその常務と手を取り合い、歩んでいくと言っている。

気がかりだった。俺のやった事は、最適であっても、最善ではなかったんじゃないかと。

けれど、それでも彼女は俺に感謝してくれる。
俺が取った手段に救われたと、そう言ってくれる。


ならきっと、良かったんだよな。



八幡「……ホント、いつもながらまともな手が使えないな」

ライラ「何の話でございますか?」

八幡「人には、得手不得手があるって話だよ」



俺の言葉に、しかしライラは首を傾げるばかり。これだけ日本語が達者でも、さすがに外国人には伝わらないか。



八幡「人には得意な事と、得意じゃない事があるだろ? それを手段、つまり手で現してんだ。得手、不得手ってな」

ライラ「おぉ……なるほどでございますねー」



お、今ので理解したのか。我ながらテキトーな説明だったんだが……もしかして結構頭良い?



八幡「人と話したり、誰かの相談に乗ったり、スカウトしたり……そういうのは、俺は不得手なんだよ」



今回のライラのスカウトだって身内に対してやったも同然だからな。やっぱり俺には荷が重い。まぁ、それでもちゃっかり報酬である凛の番組出演権は獲得してるのだが。



ライラ「んー…でも、ライラさんは嬉しかったですよ?」

八幡「あ?」

ライラ「……八幡殿の差し出してくれた手は、フエテでも、とても暖かかったでございますよ」



にこりと、またあの幸せそうな柔らかい笑顔。

その言葉は、俺の意表を突くには、充分過ぎた。





八幡「…………」

ライラ「八幡殿?」

八幡「……なんでもない」



あぁ、本当に、こいつは天然だ。
天然でこんな事が出来るなら、きっと凄いアイドルになれるだろうよ。

オマケにあの堅物常務もついてる。こりゃ、強力なライバルになるかもな。



八幡「……アイスでも食いに行くか。奢ってやるよ」

ライラ「本当でございますか? おー…楽しみでございますです」



結局、得手も不得手も、俺から見た一面でしかない。
それが他の角度から見る事で、全く違う側面を見せる事もある。

たぶんそれは自分じゃ気付けなくて、捻くれた奴にも見えなくて……



八幡「この辺でってなると……サーティワンでいいか」

ライラ「サーティワン……ライラさん、31個も食べれないでございますよ」

八幡「いや種類ね。種類。個数じゃないから」



こんなお人好しの素敵な女の子だから、見ていてくれて、気付かせてくれるんだろう。

……やっぱ、こいつがアイドルを辞めるなんて勿体ないな。



鉄面皮のプロデューサーと、どこか抜けた異国の少女。

どうにも面白いこの二人の行く末を、俺も同士として祈るとしよう。



願わくば、彼女のその手が目指す場所へと届きますように。









おわり


というわけで、短めではありますがライラさん編でした。前々スレの>>244の方、遅くなって申し訳ないです。結局書きました。

新しくスレも立ててしまったので、もう楓さん編の続きも書き切ろうと思います。順番めちゃくちゃで本当申し訳ないんですが、ここまできたら全部ね。
なんとか3周年までには完結させるつもりなので、どうかよろしくお願いします!

所詮は二次創作のSSだし、多少の気持ち悪さと展開に無理あるくらいは大目に見てくださいな。ガハハ!
あ、でも好みや趣味は人それぞれなので、SSや1へはともかく読んでくださる方への批判はやめてくださいね。

今夜更新します! いつも通り日付は変わると思うけど!

投下します!











女将さんへと連れられ、懐中電灯と防寒着を取りにいく事になった一同。正確には俺と楓さんに凛という面子だが、正直やっぱり多い気もする。

というか、俺としては一人の方が何かと都合が良かったんだけどな。荷物を取りに行くだけとはいえ、あんましアイドルに危険を負ってほしくもない。それに……


と、そこで背後から突然肩をちょんちょんされた。少し驚きはしたが、別に幽霊とかではない……はず。恐らく。
今の俺たちの配置はライトを持った女将さんが先行し、その後を俺、更にその後ろに楓さんと凛が続くといった形。なので、自ずとアイドル二人のどちらかになるだろう。
振り返ってみれば、案の定顔を寄せてくる楓さんの姿があった。……あの、暗いとはいえそんなに近づかれると色々と困るんですが……なにこの良い匂い。

しかしそんな俺の思いを知ってか知らずか、楓さんは妙に楽しげな様子で話しかけてくる。



楓「ねぇ、比企谷くん」

八幡「なんすか」



何故か小声の楓さんに対し、俺も何となく同じ声量で返す。



楓「……こうしてると、何だか肝試しているみたいじゃない?」



うふふ、っと小さく笑いを零す楓さん。

あーまぁ確かにな。ライトは女将さんが持ってる一つだけだし、こうして縦に並んで進む様はそう見えなくもない。何より、この真っ暗な旅館内を少人数で歩くってのがな。正直さっきから怖くて仕方ないです。





八幡「確かにちょっとそんな気分にもなりますね。一人だったらキツかったかもしれません」

凛「へー。あのプロデューサーが一人は嫌だなんて、そんな台詞を言うなんてね」

八幡「はん、別に怖くなんてないぞ? ないけど、たぶん一人だったら常にわーわー声を上げて平常心を保とうとするってだけだ」

凛「それ怖がってるよね」



凛が突っ込み楓さんが笑うと、つられたように前方からも笑い声が漏れる。



「……暗いので、足下に気をつけてくださいね」



女将さんが取り繕うようにそう言ったが、何となく声音からその表情を察する。……なんか恥ずかしい所を見られたな。



そのまま廊下を歩いていくこと数分。特に急いではいなかったが、それ程かからずに目的の倉庫へと辿り着くことが出来た。女将さんが鍵を開け扉を開いてみれば、その中には様々な備品がしまってある。

しかし思ったよりも大きい部屋だ。毛布やシーツがある所を見るに、恐らくはリネン室も兼ねているのだろう。



「今探しますので、少々お待ちください」



そう言って、倉庫の奥の方へと進んでいく女将さん。
勝手に漁るわけにもいかないし、ここは大人しく待機だな。



八幡「……凛。あまり中に入り過ぎるなよ」

凛「? なんで?」

八幡「いや。こういう時に全員倉庫の中に入ると、大体扉が勝手に閉まるのがお約束だからな」

凛「さすがに無いと思うけど……」





と言いつつ、しっかり中へは入らない凛。まぁこう暗いし、さしもの凛も多少の恐怖感は感じているのだろう。それに比べて……



楓「早苗さんたち、もう先にお酒開けていたりしないかしら……」



不安そうな表情で言う25歳児楓さん。

能天気なもんだな……いや、ある意味じゃ恐怖を感じているとも言えるけど。正直こっちからしてみれば割りとどうでもいい。



「お待たせしました。コチラが懐中電灯と、防寒着になります」



女将さんが持ってきたのは懐中電灯が詰められた段ボールが一箱に、沢山の上着……これは、なんて言えば良いんだ。ダウンジャケット? 似たようなのを前にジャンパーって言ったら美嘉に引かれた事があるからな。気を付けねば。



八幡「んじゃ俺が段ボール持つから、上着は頼みます」

楓「良いんですか?」

八幡「まぁ、こういう時の為の男手ですし」



というかむしろ、ここで重い物持たなかったら情けないにも程がある。何しに来たか分からん。

そんな思いを汲み取ってくれたのか、楓さんと凛は上着を手分けして持ち、申し訳なさそうにしていた女将さんもそれに習った。

しかし、やっぱ人数分ともなるとさすがに多いな。……三人付いてきたのは正解だったかもしれん。



「それでは、鍵を閉めますので……」

八幡「ええ」



全員が倉庫から出て、女将さんが扉の鍵を閉める。

と、その時だった。









凛「あ」


楓「電気、つきましたね」








声をあげる凛と、キョロキョロと辺りを見回して言う楓さん。

先程まで暗く何も見えなかった廊下が、パッと昼光色の光で明るくなったのである。どうやら無事に予備電源に切り替わったらしい。

ホッ、と。女将さんが安堵したのが分かった。やっぱ旅館側の人間としては気が気じゃなかっただろうな。



八幡「良かったですね」

「ええ。ご心配をおかけしました」

楓「これで飲み会に戻れますね♪」



そっち?



八幡「そんじゃ戻るか」

凛「そうだね。……でも、これはどうするの?」



手に抱える防寒着を見て言う凛。



八幡「まぁこの後も何があるか分からんから、念のため持ってった方が良いかもな」



と、言ってから女将さんに視線を向ける。
よく考えれば、俺が決めていい事ではない。ホテルの備品だし。



「そうですね。お手数ではありますが、格部屋へお持ち帰りして頂く方が宜しいかと思います」

八幡「だ、そうだ」

楓「それじゃ、すぐに戻りましょうか」



凛も頷き、一同は荷物を抱えたまま夕食会場の和室へと戻る事にする。
今頃はあっちも安心している事だろう。

戻る途中、ふと楓さんが思いついたように話し始める。





楓「けれど、案外あっさり解決してしまったわね」



けれど、という言い回しが本当に雪ノ下そっくりだったのだが、それはひとまず置いておく。



八幡「と、言うと?」

楓「ほら。こういう時って電気が回復するまでの間に、何か事件が起きたりするじゃない?」



悪戯っぽい笑顔で言う楓さん。
何か事件とは、また物騒な事を言い始める。まぁ言いたい事は分かるけど。



楓「暗がりに生じて、か弱い少女を……ぐわぁっと!」

凛「ひゃっ……! ちょっ、楓さん!?」



凛のらしくも無い悲鳴に、思わずバッと振り返る。え、今なに。何されたの!?



凛「ど、どこ触ってるんですか」

楓「ごめんなさい。後ろ姿が無防備だったから、つい」



顔を赤くしてジト目で抗議する凛。対する楓さんはにこやかである。完全に親父キャラやないですか。……で? 一体どこを? 凛のどこをどう触ったんですかねぇ!? プロデューサー気になります!

どうやら明るくなった事で気が緩んでいるらしい。こうやって遊ぶ余裕も出て来た(一人に関しては元々な気もするが)。


しかし楓さんが言った、こういう時は何かしらの事件が起きるものだという台詞。
冗談めかして言ったであろうが、実は案外的を射ていたりする。



というのも……





凛「あれ?」



元の和室へと戻り、襖を開けた凛が声をあげる。



文香「……お帰りなさい」

凛「ただいま。……文香だけ?」



凛の後を追って中を除いてみれば、確かにそこには鷺沢さんしかいない。



凛「他のみんなは?」

文香「それが、電気がついた途端、部屋から飛び出していきまして……」



部屋から飛び出してった? 鷺沢さん以外?
なんでまた……と思っていると、そこに上機嫌に鼻歌を歌いながら一人戻ってくる。



早苗「いや~危なかったわ。あ、比企谷くんたちお帰りなさい。電気戻って良かったわね!」

八幡「早苗さん。どこ行ってたんすか?」

早苗「もう、そんなの女性に訊く事じゃないわよ? トイレよトイレ。それよりも武蔵を……」



と、どうでもいいとばかりにそそくさとお酒の元へと行ってしまう。あの、一応さっきまで非情事態だったんですが……

まぁ、平気そうなら別に良いか。他のメンバーも同じ理由かもしれないしな。それならば確かに早苗さんが言うように野暮な詮索だ。



八幡「懐中電灯と防寒着は各々で部屋に持ち帰るとして、とりあえずは部屋に置いておきますか」

「ありがとうございます。……こちらの和室のご利用時間は当初の予定通りに?」

八幡「いえ。さすがに申し訳ないんで、飯だけ食べてすぐに各自部屋へ戻ることにします」





なんか点検とか、問題が無いかチェックとかやりそうだしな。迷惑にならないよう早く寝てしまった方が良いだろう。

女将さんにそう言った所で、チラと楓さんを伺ってみる。
何か異を唱えるかとも思ったが、特段そんな様子は見えない。



楓「事態が事態ですし、仕方ありませんね……」



お、おお……ちょっと感動した。

いや、そりゃ楓さんだって大人だし、そうだよな。こんな時くらいは自重するよな。



楓「改めてお部屋で飲みましょう」

八幡「そう来るか」



期待を裏切らない人だった。



「それでは私は戻りますが、何かあればお声がけ下さい」

八幡「ええ。ありがとうございました」



一度深く礼をして、女将さんはその場を後にする。

しかしこんな不足の事態になってもお客さん第一に行動しなきゃならんとか、本当に大変そうな仕事だ。それこそミステリーなんか起きよう日には堪ったもんじゃないだろうな。……これまであったりしたんだろうか。



八幡「そんじゃ、さっさと飯食って…」

早苗「ぎいぃえぇぇーーーーーーーーーーーっ!!?」

八幡「……………」





早苗さんの、悲鳴。

だが何故だろう。とてつもなくギャグ臭がハンパないのは。全然危機感が襲わない。



八幡「今度はどうしたんすか早苗さん。そんなアイドルらしからぬ声出して。凛との歳の差が干支一回り以上って事実に恐怖でもしたんすか?」

早苗「え? 嘘だぁ……ひい、ふう、……で、だから……うん。あ、マジだ。…………って違うわよ! 殴るわよ!?」



しっかり殴られた。グーで。



早苗「そんな事より、これよこれ! 見てよ!」



ずい、と早苗さんが差し出してきたのは、俺が持ち寄った例の桐箱。開かれたその箱の中には、しかしお酒の瓶は入っていない。

そう、空であった。









早苗「無いのよ! 剣聖武蔵がっ!!」









部屋の中へと木霊する、早苗さんの叫び。






八幡「あ。そうすか」

早苗「反応薄っ!? そんだけ!?」

八幡「いやそう言われても……」



正直どうでもいい……という反応の俺と凛(鷺沢さんはよく分からん)。しかし、過敏に反応する人物が一人。言わなくても分かるな。



楓「……早苗さん。それは本当ですか?」





静かに、だがしっかりと、焦りの色を浮かべている。
下手をすれば、彼女がこんなに感情を露にしているのを見るのは初めてかもしれない。それで良いのか現役アイドル。



早苗「ホントよホント! ほら!」

楓「確かに空ですね……この中に入っていたんですか?」

早苗「ええ。確かに中……に…………?」



記憶を辿るように思い出していた早苗さんは、そこではたと気づく。そして、そのまま視線はゆっくりと俺へ。あ、これまずいやつだ。



早苗「……比企谷くん! 確か、最後に持ってたのあなただったわよね!?」

八幡「最後に箱にしまったのは俺ですけど…」

早苗「その時本当はどこか別の所に置いたんじゃないの!? どうなの!?」

八幡「あがががががががが」



強引に掴まれ、がっくんがっくんと肩を揺すられる。いやちょっと落ちついて痛い痛い痛い!



八幡「ちゃ、ちゃんと箱に入れましたよ。見てなかったんすか?」

早苗「あんな暗い中で見えるわけないでしょ!」

楓「まぁあぁ。とりあえず、部屋の中を探してみましょうか」



楓さんが早苗さんを宥め、仕方なく部屋の中でのお酒捜索が始まる。と言ってもただの広い和室だからな。探せる所など殆ど無い。5分とかからず終えてしまった。



早苗「やっぱり無いわねー」

凛「仲居さんが持ってったとか?」

文香「待っている間、他の方が入ってくる事は無かったので、それはないかと……」



鷺沢さんの証言通りならば、俺たちが部屋を出てからは誰もここへ立ち寄ってはいない。つまり誰かが持ち出す事は不可能という事だ。……いや、





八幡「……明かりついて出ていった人たちなら、一応持ち出す事は出来るな」

凛「!?」

早苗「っちょ、あなた、みんなを疑う気!?」

八幡「別にそこまでは言ってないですよ。あくまで可能性の話です」



と、そこで襖が再び開けられる。
皆が視線を向けてみれば、そこにはいなかったメンバー全員が戻って来ていた。



レナ「ど、どうしたの。みんなしてそんなに見て」

幸子「はぁー……一時はどうなる事かと思いましたよ……」

莉嘉「あれ? みんなまだご飯食べてなかったの?」



見た感じ、特に怪しい所は無い。

俺が早苗さんを見ると、彼女はとても真剣な表情で、本当に仕事の時にしてくれと言いたくなる程に真剣な表情で、呟いた。






早苗「これは、事情聴取の必要があるわね……!」






そこまでの事か。


その後戻ってきたメンバーに事のあらましを説明。お酒の行方を知らないか訊いてはみたが、残念ながら誰も知らないようだった。



レナ「なるほど……これは確かに事件ね」

早苗「そうでしょう!? 誰か、無意識に持ってったりしてない?」



一体どれだけお酒が好きなら無意識にそんな行動に出るのか。むしろあなたの方があり得そうじゃありません?





八幡「ってか、早苗さんも部屋からすぐに出てったんですよね。それこそ酒に目が眩んで持ち出したんじゃ…」

早苗「なんですってぇ!」



再び、がっくんがっくん揺らされる。今度は胸ぐらだ。段々余裕無くなってきてるぞこの人……!



早苗「さっきも言ったけど、あたしはトイレに行ってただけよ! そりゃ、アリバイは無いけど……とにかく元婦警のあたしがそんな事しないっての!」



力説する早苗さん。
正直、こんなしょうもない事でアリバイうんぬんとか言わんでほしい。なんか嫌だ。



レナ「私は部屋に携帯電話を取りに行ったけど、それも特に証明は出来ないわね」

莉嘉「アタシも、部屋に戻って電話してたよ? お姉ちゃんに報告しておこうと思って」

幸子「ぼ、ボクは、えぇっとー……そう、トイレ! トイレに行ってました!」



約一名焦り過ぎな気もするが、一応は全員が知らないと言っている。しかし、証明は出来ない。



八幡「…………」

早苗「あれ? でもあたし幸子ちゃんとトイレで会ってないわよ?」

幸子「うぇっ!? いや、あの、えっと……そう、ボクは一人じゃないと集中出来ないんですよ! だから部屋まで戻ったんです! ええ!」



そんな情報は別にいらん。っていうか君アイドルだよ? もうちょっと言い方ない?



凛「そもそも、明かりがついた後に持ってったらさすがにバレるんじゃない?」

八幡「どうなんですか?」

文香「……正直、皆あっという間に出て行ったので、何とも」

早苗「あー……確かに、そこまで気に留めてなかったわね」



じゃあ、どさくさに紛れて持ち出した可能性は否定できないわけだ。
まぁ俺以外は全員浴衣だし、瓶はデカイが隠そうと思えば隠せるか。……なんかエロいな(小並感)。



八幡「……とりあえず、ちゃっちゃと飯にしちゃいましょう。片付けられないんで」

早苗「うう……折角良いお酒で晩酌出来ると思ったのに……」

八幡「ちなみに飯食ったらすぐ部屋に戻ってくださいね。二次会も無しで」

早苗「嘘でしょぉッ!?」





そんなこんなで、喚く早苗さんを宥めつつ、夕食をなんとか終える。
ちなみに撮影が遅れる事はこの時に伝えた。危ねぇ……普通に忘れる所だった。



レナ「嵐で来れない……いよいよサスペンスじみてきたわね」

文香「三日も何もしないでいて、大丈夫なのでしょうか……?」

八幡「予備日があるのでその点は心配いらないそうです」

早苗「うう…武蔵……」



まだ言ってんのかこのアラサーは。



凛「その間って、私たちは何してればいいのかな」

莉嘉「ヒマになっちゃいそうだよねー」

八幡「まぁ、台本とか読んで……ゆっくり休んどきゃいいんじゃないか」



正直俺も特に指示する事は無いし、する事も無い。休んでくれとしか言いようが無かった。

しかし、さっきから一つ気になる事が。



楓「…………」



飯食う前あたりから黙りこくってる楓さんである。

珍しく、その表情は思い詰めてると言える。……まぁ、何となく想像はつくけどな。



レナ「それじゃあ、そろそろお開きにしましょうか」

八幡「ええ。お酒を飲むのも良いっすけど、各自自己責任でお願いします」

早苗「くっ……子供のくせにまともな事言っちゃって……!」



大人のくせにまともじゃない人が多いんです。とは言えない。また鉄拳制裁くらっちゃう。

そして自分の部屋へ戻る間際、件の楓さんがそっと耳打ちしてきた。思わず、バッと後ずさる。






楓「――後で部屋に行きますね」






そう、彼女は言っていた。

これが何も無い場合の台詞なら何と心くすぐられた事だろうか。しかし、実際はそんな色気づいたものではない。


……一体何を言い出す事やら。





相変わらず短いですが、今回はこの辺で。ミステリーだと思った? 残念、ギャグだよ!
楓さん編はこのままずぅーっとこんな感じなんで、期待していた方には正直申し訳ないと思っている。

微妙な時間帯だけど投下しますー











“後で部屋へ言く”。

そう俺に告げた楓さんは夕食を終え別れた後、30分程で宣言通り俺の部屋を尋ねてきた。


……二人のお供を連れて。



楓「こんばんは」

八幡「どもっす。……で、どうしたんすか。凛と鷺沢さんまで連れて」



楓さんの後ろには、何とも複雑そうな表情をした凛と相変わらず感情を読み取り辛い鷺沢さんが控えている。何と言うか、巻き込まれました感がハンパない。俺含めて。



楓「まぁまぁ。とりあえず、中に入れさせれ貰ってもいいかしら?」

八幡「そりゃ、まぁ……どうぞ」



特に断る理由も無いので、入室を許可する。……いやーでもこれなんか長くなりそうだなぁ。だって手になんかビニール袋持ってるもん。あれ缶的なもの入ってるよシルエットで分かる!

しかし気付いた所で時既に遅し。仕方ないので、残りの二人も中へ招く。ツインルームの洋室を一人で使うという贅沢な状態のため座る所には困らない。

ちなみにアイドルたちもそれぞれ一人一部屋あてがわれているが、莉嘉と輿水のみ同室である。まぁ、あいつらまだ中学生だしね。子供扱いは嫌だろうが、実際子供なので我慢してもらうほかない。ってか、よく考えれば高校生は俺と凛だけだな。……いやだから何だって話なんだけど。



八幡「ほら」

凛「ありがと」

文香「……失礼します」



二人を椅子へ促し(楓さんは既にベッドに腰掛けていた)、全員が座ると、自然と部屋の中央を見る囲ったような位置になった。そして、何が始まるのかと楓さんへと視線を向ける。他の二人も同様だ。この分じゃ、二人にもまだ話してないんだろうな。





楓「それじゃあ早速だけど、ここへ来た理由を話すわね」

八幡「ええ」



俺が返事をすると、楓さんは持って来ていたビニール袋を少し持ち上げ、とても良い笑顔をつくる。



楓「まず一つは、比企谷くんたちと飲み明かしたいなぁ……と思って来たのと」

八幡「………………」

文香「(……比企谷さんが、頭を抱えています…)」

楓「あ。もちろん、比企谷くんたちの分のソフトドリンクも持ってきてるから、安心してね」

八幡「…………………………」

凛「(楓さん、たぶんそういう事じゃないと思うよ……)」



いや、うん。これは予想通り。予想通りだけど、出来れば外れてほしかったなーって。



八幡「……早苗さんと、あと兵藤さんは?」

楓「今は早苗さんの部屋で飲んでるんじゃないかしら。私は用事があると言って抜けてきたけれど」



そうか、そこだけは運が良かったな。あんだけ不貞腐れてたし、部屋に押し掛けてきて更に絡み酒とか目も当てられない。まぁまだ来ないとは限らないのだが。



楓「でも、とりあえずは本題の後ね。二つ目が重要なの」

八幡「……二つで全部ですか」

楓「全部です。……あ、でも三つあるかも…」

八幡「二つでお願いします」



絶対今この人思いつきで言っただろ。ほら、だって舌出したよ今! 
何とも良いように弄ばれてるものだ。この大人の余裕はどことなく陽乃さんを思い出す。全く違うタイプなのにな。不思議だ。



八幡「……それで、その二つ目ってのは?」

楓「ええ。みんな薄々気付いてるかもしれないけれど……」

凛「……もしかして」

楓「剣聖武蔵を、見付けましょう」






表情を一転、キリッとした顔つきで言う楓さん。だがあまり締まらないのは何故だろうか。
まぁ、これも予想通りだな。



楓「正確には、武蔵を隠し持っている人を暴く、と言った方が良いかしら」

八幡「……やっぱ、そうなりますよね」

凛「ちょっと待って」



そこで介入してくる凛。
どうやら楓さんの言い方に気になる点があった様子。



凛「その言い方だと、誰かが持ってるって確信してるように聞こえるけど」

楓「確信、ではないけれど、私はその可能性が高いと思っているわ」



顎に手を当て、考えるように言う楓さん。何とも絵になるな。探偵役でもいけそうだ。



八幡「確かに、あの状況じゃ自然に無くなるなんてまずあり得ないからな。第三者が介入する術も無いようなもんだし、あの部屋から出た誰かってのが有力だろ」

文香「…それで、このメンバーが集められたんですね……」



納得したように呟く鷺沢さん。
まぁ、この面子って時点で何となく想像はついたけどな。



楓「あの時私と比企谷くんと凛ちゃんは部屋を出ていて、文香ちゃんはずっと部屋にいました。なので協力を仰ぐならこのメンバーだと思ったの」

文香「ですが、皆さんが出て行った後……私にも一人の時間がありました。そこは良いのですか……?」



何故か自らアリバイが無い事を告げる鷺沢さん。それを言う時点で犯人では無さそうだが、その発言に対する楓さんの返答はこれだ。



楓「ふむ……」

文香「…………」

楓「……その発想は無かったわね」



無かったのかよ。

思わずガクッとなる。どうやら探偵役は無理そうだな。ってか本当に探す気ある?





八幡「……まぁ、どっちにしろ、鷺沢さんには無理だと思いますよ」

凛「何か理由があるの?」

八幡「単純に、電気が付いてから全員が居なくなるなんて分からないからだよ。突発的に行動した可能性もあるにはあるがな」



全員が部屋を出て行って、今がチャンス! とお酒を隠す行動に出る等どんな状況だろうか。いや、それを言ったらお酒を持ってく奴の動機も良く分からんって話になるんだが。



八幡「それに、俺らがいつ戻って来るかも分からんのに行動するのはリスクが高い」

凛「なるほどね。確かにそんな短い時間で隠すのは難しいかも」

文香「一応、窓から放り投げるという手も……」

楓「文香ちゃん、そんな事をしてはダメよ。絶対にダメ」



とても迫真の表情でおっしゃる楓さん。だから、そう言う時点でまずやってないって。



凛「私たち三人はいいの? 一緒にいたし、難しいとは思うけど」

楓「そうね……」



楓さんは少しだけ考え込む素振りをするが、すぐに顔を上げて告げる。



楓「そこまで考え出したら切りが無いし、私たちの中に犯人がいるとは考えないようにしましょうか」

八幡「……ノックスの十戒、とはまた違うか」

凛「ノックス……って、何?」



俺の呟きに首を傾げる凛。
それに答えてくれたのは鷺沢さんだった。





文香「ロナルド・ノックスが提唱した、推理小説における十個のルールのようなものです……」



さすがは鷺沢さん。色々読むとは聞いていたが、どうやら推理小説にも精通しているらしい。



凛「十個のルール……」

文香「はい。その内の一つに、“登場人物が変装している場合を除いて、探偵役が犯人であってはならない”……というものがあります。それが今回で言う、私たちのこと……ですね、比企谷さん」

八幡「ええ」



まぁ、あくまで推理小説を作る上での基本指針みたいなもんだし、現実に当てはめるのは無理があるがな。しかし可能性を絞るという意味においては、身内の可能性を排除するのは悪い手ではない。それこそ考え出したら切りが無いからだ。

すると、そこで鷺沢さんが俺に視線を向けているのに気付く。



文香「十戒をご存知という事は…比企谷さんも、推理小説をお読みになるんですね……」

八幡「まぁ、割と」

文香「そう…ですか」



何とも口数の少ない会話。

だが、初めて面と向かって彼女の笑顔を見た。僅かに微笑むその表情は、普段とのギャップも相俟って色々やばい。いや可愛過ぎないかこの人。思わず、目を逸らす。そして逸らした先には、ややジトッとした目の凛。バッチリ見ラレテター。

取りあえず、意味も無く一度咳払い。



八幡「……えー、で、何の話でしたっけ」

楓「ひとまず私たちは抜いて、残った四人の中から考えましょう。という所です」





そうだった。となると、残りは兵藤さん、輿水、莉嘉、そして早苗さんか。……元婦警が一番動機としては怪しいってこれどうなの。



凛「……けど、疑うのってあまり良い気がしないね」

文香「確かに、そうですね。……同じ事務所の仲間…ですから」



ばつが悪そうに言う凛に、同調する鷺沢さん。
まぁ、言いたい事は分かる。たかだか酒が無くなっただけだが、それでも誰かが盗んだじゃないかと疑うのは良い気分じゃないだろう。

しかしそこで、発起人である楓さんは言う。



楓「そうね。……でも、以前私の先生が言っていたわ」

八幡「先生……?」

楓「“信じる事と思考の放棄は別物だ。だから、信じたい奴ほど疑わないといけない時がある”」



うえっ!?

思わず、変な声が出そうになった。いやいやいや、その台詞は……



楓「確かに大切な仲間を疑うのは良くないと思うけれど……信じたいから、やっていないと証明したいから調査する。そういうのもありなんじゃないかしら」

文香「やっていない事を…証明する為に……」



反芻する鷺沢さん。表情を見るに、目から鱗といった感じだ。
しかし、それに対して凛はどこか踏ん切りがつかないように見える。まだ、納得し切れていないという様子。



凛「それも分かるけど、でも……」

楓「でも?」

凛「……それでも私は、どうしたって信じたい人はいると思う。何の根拠も無く、それこそ、思考を放棄しても良いくらいに」



とてもとても真っ直ぐに、凛はそう言い切った。


今度は、俺が目から鱗が落ちるかと思ったよ。
……本当、こいつはハッキリ言ってくれるよな。そこが良いとこなんだが。

そして楓さんはと言うと、こちらも特に否定する事は無く…





楓「そうね。それも間違ってないわね」

凛「へ?」

楓「そう言える凛ちゃんの考えは、とても素敵だと思う」



まさかの切り返しに、逆に拍子抜けの凛。
楓さんも、恐らくはこれで本心なんだろうから敵わないよな。とらえ所の無い人だ。



楓「でも、今回はそこまで真剣に考えなくてもいいんじゃないかしら。私も、残り三日をどう過ごそうか考えて、時間もあるし、折角だから調査してみようかなって、そんな思いつきだったから」

凛「……それってつまり」



ヒマ潰し……とまではさすがに言わないが、まぁ、概ねそんな所だろう。
だが実際、そんな大した事じゃないからなぁ……正直事件とすら呼べない。物が物だけに大騒ぎしてる人はいたけど。



楓「だからそんなに重く考えないで、気楽にやってみましょう?」

凛「は、はぁ」



楓さんは楽しげだが、凛は困惑するばかり。

たぶんここで楽しめるかどうかで人柄が分かるな。本田とかはノリノリで加担しそうだし、島村は……あいつも以外と楽しみそうだな。



鷺沢「それでは…残りの三日で、お酒の行方を私たちで辿る……という事で良いでしょうか」

楓「そうね。見事探し出した暁には、皆で祝杯を上げましょう。武蔵で」

八幡「飲めるの楓さんだけですよ」



まぁ、どうせその時は兵藤さんと早苗さんも一緒だろうがな。仮に二人のどっちかが犯人でも一緒に飲むんだろう。想像つく。



凛「あの四人の内の誰か、か……」

八幡「……けど、確かに気になる事はある」

凛「気になる事?」



凛が疑問符を浮かべ、そして楓さんと、鷺沢さんも俺へと視線を向ける。








八幡「あの時早苗さん以外の三人は、嘘をついていた」






自分たちが何をしていたかを説明した、あの時。彼女たちは確かに嘘をついていた。

俺がハッキリそう告げると、凛たちが少なからず驚いたのが分かった。



凛「嘘をついてた……?」

八幡「ああ。輿水が出任せを言ってたのは気付いてただろうが、兵藤さんと莉嘉の証言も怪しかった」



輿水はあんだけ動揺してたからな。犯人かどうかは置いといて、何かしら隠してるのは間違いない。あれで全部演技だったらマジで女優だ。



八幡「まず兵藤さんだが、部屋に携帯電話を取りに行ったって言ってたよな。けど実際、元々持ってたんだよ。実際確認した」

凛「確認したって、どうやって?」

八幡「電気が消えた時、隣にいた兵藤さんが持ってた巾着に間違って手が触れたんだよ。あの形は携帯電話で間違いないはずだ」



恐らくは形状からしてスマートフォン。さすがにiPodなんて持って来るはずないし、そうすると何故わざわざ部屋に取りに行ったなどと嘘をついたのか。



楓「それじゃあ、莉嘉ちゃんは?」

八幡「莉嘉は部屋に電話しに行ったって言いましたけど、それもおかしい。この旅館は“三階の談話室まで行かないと電波が届かない”はずですからね」



これも俺は実際に確かめたし、何より莉嘉自身が言っていた事でもある。自分の部屋じゃ、電話をする事は不可能。





八幡「早苗さんがトイレに行ったって言ってたのは恐らく本当だろうな。幸子がいなかったのを知っていたし、本人も認めていた。まぁ、別の理由で行った、という可能性もあるが」

鷺沢「……洗面所に…流した、とか」

楓「ダメよ文香ちゃん。そんな事をしては絶対にダメ」



だから物の例えでしょーに。



八幡「とにかく、嘘をついてる以上、何かを隠してるのは事実でしょうね」

楓「そう。……では、やる事は一つね」



あ、今の言い方も雪ノ下っぽい。






楓「これから私たちは、剣聖武蔵の行方、及び犯人の捜索を開始します」






またもキリッとした表情の楓さん。だがやはり何故だろう、全然シリアス感が無い。ってか絶対楽しんでますよね?



楓「凛ちゃん。あなたには、これから私の助手としてサポートしてもらうわね。ワトソン君」

凛「ワトソン君!?」

楓「……ミス・ワトソン」

凛「いやそこじゃなくて!」



だから助手でもクリスティーナでもないと……



楓「文香ちゃん。文香ちゃんはあまり足で捜査という感じはしないから……情報を聞いて思考する役目をお願い」

八幡「ミス・マープルみたいだな」

文香「いわゆる…安楽椅子探偵……というやつですね」



そこでまた、目が合う。いやその微笑は本当にやばいですって……



楓「そして、比企谷くん」

八幡「…………」

楓「比企谷くんは……特に、無いわね」



無いんかい。

なんかこう、ちょっと期待しちゃった自分が恥ずかしいよ!





八幡「……そんじゃ、事件が解決した時は語り部でもやりますよ」

凛「誰に語るの?」

八幡「そりゃもちろん、温泉饅頭待ってる蘭子あたりに」



美味しい土産に楽しげな土産話。羨ましそうにする姿を見るのが楽しみである。
まぁ、語るに値するかはこれから次第だがな。



楓「では早速……」

八幡「…………」

楓「今夜は飲みましょうか♪」



え。

袋から缶ビールを取り出し始める楓さん。
あれれー? この流れは早速捜査を開始するんじゃないの~?(コナンくん並感)



楓「まだ三日あるし、今日はもう遅いわ。本格的な捜査は明日からという事で」

凛「まぁ、確かにね」

文香「今夜も、長くなりそうです……」

八幡「これ明日になったら面倒くさくなってるパターンじゃないか?」



こうして、夜は更けていく。
明日から始まるは、行方をくらました高級酒・剣聖武蔵の捜索。探偵(役)が来るまでの三日がタイムリミットとは、何とも皮肉なものだ。

正直俺としては、捜査よりも毎晩行われるであろう宴会の方が厄介なのだが……


……まぁ、これもプロデューサーの役目…………じゃないよね、絶対。


今回はここまで。次回から本格的に捜査開始!

更新できず申し訳ありません。もう少しお待たせする事になりそうなので、その報告です…

本当は3年丁度か凛ちゃんとヒッキーの誕生日に会わせて終わらせたかったんですが、それも恐らく無理そうです。
出来るだけ早く更新するように頑張りますので、何卒よろしくお願いします!

>>140
すいません酉つけ忘れてました。1です!

ヒッキー、凛ちゃん、誕生日おめでとう! 更新無くてごめんね!
お盆には、お盆中には更新します。マジで。

ごめんなさいね、明日を予定してますんでお待ちを。

ごめんよ……今急いでるから!

ごめん! 遅くなった! 更新します!











カタカタと、耳障りな音に目が覚める。


薄らと目を開けてみれば、薄暗い部屋の天井が目に入った。音の出所を確認すると、軋むように揺れているのはどうやら窓。相変わらず風は強く、雨がガラスへと打ち付けているのが見えた。

ベッドから身体を起こし、枕元に置いてある携帯電話を確認する。



八幡「6時……」



撮影二日目。朝の六時。

……いや、撮影してないからこの言い方は間違ってるな。現場入りして二日目だ。


ドラマ撮影の為に現場入りしたその夜、嵐のせいで撮影延期、停電騒ぎに消えた高級酒、そして捜索する事に決まってしまうという、何とも濃い初日を終え、一夜明けた翌日。

なんというか、あまりいい目覚めではないな……



八幡「……とりあえず、シャワー浴びるか」



確か昨日聞いた話じゃ、朝7時から9時までの間は朝食が用意されてるとか。場所は夕食の時と同じ一階の和室。食わなくても問題無いんだろうが、俺は食いたい。折角の上手い飯を食い逃すのも勿体ないしな。

着替えを用意して、部屋に備え付けの浴室へ向かう。
そういえば、結局昨日は大浴場へは行かなかった。なんか楓さん主催の飲み会がスタートしたらそのままタイミングを失ったのだ。あの人やっぱ酒強ぇな……俺は飲んでいないとはいえ結構付き合わされたぞ。


さらっとシャワーを浴びて、身支度を整える。今日こそは広い大浴場へ行こうと気持ちを昂らせ、何とか気持ちを自ら鼓舞する。そうでもないとやってられん。

今日から、剣聖武蔵の捜索開始だ。





最低限の貴重品と部屋の鍵を持ち、部屋を出る。向かう先はもちろん朝食会場。

しかし、特に時間指定は無かったが何時頃から捜査を始める気だろうか。やっぱ朝飯食った後か? というか、あの人はちゃんと起きてるのか? 強いとはいえ翌日に持ち越すタイプの人もいるからな。楓さんがどうかは俺は知らないが、二日酔いで延期なんて笑い話にもならない。いやなるか。むしろ語る事が増える。


どうでもいい事をボーッと考えながら歩き、やがて一階の和室へと辿り着いた。
中を除いてみれば……おお、なんつーか分かり易いな。

昨日と全く同じ配置に座っているのは4人。入り口から向かって右側にある食膳の列、そこに鷺沢さん、莉嘉、凛、輿水の未成年組4が揃って座っていた。ってかもう食べてた。

そして向かい側の大人組は……悲しいかな、誰も座っていない。兵藤さんくらいは期待したんだがな。

いや、うん。まだ朝食の時間は終わってないしね。きっとこれから来るよ。うん。
と、謎のフォローを心中で送っていると、一番手前に座っていた輿水が俺に気付く。



幸子「あ、比企谷さん。おはようございます」



特にボケる事のない(普段から本人はボケてるつもりはないだろうが)、ごく普通の挨拶。
しかし俺はちゃんと見ていた。


俺に気付いた後、輿水は口に手を当て、口に含んでいたものを咀嚼し、きちんと飲み込んでから声を発した。


なんというか、品があった。当たり前の事だと思うか? 違うね。そんな当たり前の事を出来る奴が案外少ないんだ。その辺の飲食店で見てみろ。女子中高生なんて平然と口に物入れながらくっちゃべってるぞ。

別にそれが下品だとまでは言わない。俺は別にマナーにうるさい方でもないし、ぶっちゃけ俺もやったりする。俺はそこまで女子に理想を抱いたりはしない。現実を注視してしまう所はあるが。

しかしだからこそ、行儀良く食べる輿水のそんな所が目についた。なんつーか、こいつはこういう素の所で時たま魅力をみせるよな。本人に自覚が無いのが残念極まりない。……いや、そこも含めて魅力なのか?



幸子「比企谷さん?」

八幡「……いや、なんでもない。おはようさん」



返事もせず突っ立ってた俺を不審に思ったのか、怪訝な表情になる輿水。
しかし、朝っぱらからたったあれだけのワンシーンを見てここまで考えるとは、俺もいよいよ気持ち悪いな。これも一週の職業病か?





幸子「フフーン、もしかして見蕩れてたんですか? 朝からこんなにカワイイボクを見れるなんて、比企谷さんは幸せ者ですね」

八幡「……まぁ、そうな」

幸子「ええ、そうでしょう!」

八幡「輿水」

幸子「はい?」

八幡「食べカスついてんぞ」

幸子「えぇッ!? 嘘!?」

八幡「ああ。嘘だ」



超・ドヤ顔☆ から一転、アイドルらしからぬ面白顔で焦りまくる輿水。
本当にからかい甲斐があんなコイツ。プロデューサー壷でも買わされないか心配だよ?


「もーう何ですかー!」とプンスコ怒る輿水を放っておいて、俺は誰もいない向かって右側の食膳の列へと向かう。一応昨日と同じ席に座っておくか。

残りの数人とも挨拶を交わし、俺も食べ始める。



八幡「…………美味いな」



ポツリと、思わず声に出た。
白いご飯にみそ汁、焼き魚に漬け物、おひたしに卵焼きと、絵に描いたような朝食メニュー。特段豪勢というわけでもないのに、とても美味しく感じられた。


……というか、最近朝飯が美味いんだよな。
ここの旅館が単純に料理が上手いというのもあるだろうが、働き始めてからというもの、妙に朝飯が美味しく感じる。前は抜いてもさほど気にしないくらいだったのに。

やはり、これも働く事によって生まれたストレスを食で発散してるのだろうか。なんか聞いた事あるからな、食事を摂ると幸せ成分みたいなもんが脳で出るんだっけ? かなりうろ覚えだが。

17からこんなに食に対してありがたみを感じるのもどうなんだと複雑な所だが、まぁ、無頓着よりは良いだろう。





凛「そういえばプロデューサー、昨日は大丈夫だった?」

八幡「ん? ああ……まぁ、な」



向かい側に座る凛からの質問、大丈夫だったかとは、もしかしなくてもあの後の飲み会の事だろう。
日付けが変わる前くらいには凛と鷺沢さんは部屋へ戻ったのだが、楓さんはその後もしばらくは残ったのだ。必然部屋の主である俺は付き合わされる。そうか、だから俺の部屋で飲んだんだな……確かにあれじゃ逃げられん。

程なくして楓さんも部屋へは戻ったのだが、かなりいい感じに酔っていた。っていうか部屋まで送ったかんね俺! 



八幡「あの分じゃ、今日は起きるの遅いんじゃないか」

凛「確かに来てないね……そっち側の人が主に」



大方早苗さんと兵藤さんも大分飲んだんだろう。武蔵が無くなってヤケ酒でもしたのかもしれない。酒無くなって酒飲むってもうすげぇな。


と、そこで鷺沢さんが「あ……」と小さく声を漏らしたのに気付く。

その視線を追ってみれば、その先はこの和室の入り口。そしてそこに立つのは……






楓「――待たせたわね」






ニヒルに微笑む、楓さんであった。顔色最悪だ。






凛「なんで無駄にそんなカッコいい登場を……」

楓「探偵は、遅れてやってくるもの、でしょう……?」



いやなんかハァハァいってますけど。完全に具合悪そうですけど。二日酔いですよね?



八幡「ほら、とりあえずこっち座ってください。そんな襖に寄りかかってたら倒しますよ」

楓「え、ええ……」

八幡「……………」

楓「………ふぅー…」

八幡「……………」

楓「……お水、貰えるかしら」



二日酔いですよね?






グロッキー状態でも微笑みを絶やさないその淑女の精神は立派だが、青白いし逆に怖い。ほら、未成年組も若干引いてるし。つーか本来は俺も未成年組なんですけどね!


話を聞くと、どうやら部屋へ戻った後に結局早苗さんたちに合流したらしい。あ、あれれー? 俺が送った意味……



八幡「よくもまぁ、そんだけ飲めますね」

楓「うふふ、好きですから。それに……」



そこで、少し声のトーンを小さくする楓さん。どうやら、向こう側の彼女たちに聞こえないようにという配慮らしい。
正確に言えば、莉嘉と輿水に、だろうが。



楓「どのみち、何か理由を付けて部屋へはお邪魔するつもりでしたから」

八幡「……なるほど」



それならば仕方がないな。……いや仕方なくない。飲む必要なんて無いし、やっぱそっちメインですよね!

それから体調が落ち着いたのか、少量ながら朝食を食べ始める楓さん。ちなみに兵藤さんはもう少しで来るらしい。早苗さんは多分ダメだと言っていた。あの人も相当強いはずなんだけどな……どんだけショックだったんだ。



莉嘉「ねーねー八幡くん」

八幡「ん、なんだ」

莉嘉「朝ごはん食べ終わったらさ、アタシたちは自由って事でいいの?」



莉嘉のその質問に、部屋にいる全員が俺の方を見る。視線痛い。



八幡「そうだな……まぁ、ハメを外し過ぎないようにな」



我ながら歯切れ悪くそう言うと、隣に座っていた楓さんがフッと笑みを零す。そういやそこ兵藤さんの席なんだが……まぁいいか。

俺が視線を向けると、楓さんは口に手を当て、可笑しそうに言う。



楓「比企谷くん、何だか担任の先生みたいね」

八幡「先生?」





また何とも、突拍子も無い事を言う。
しかし、楓さんのその発言は思いの外共感を得るものだったようで…



文香「確かに…そんな雰囲気を感じましたね……」

莉嘉「八幡くんが先生だったらすっごい楽しそう!」

凛「反面教師には向いてるかもね」

八幡「オイ」



クスクスと、面白可笑しく談笑してくれる彼女ら。
いやいや、普通に考えていないでしょこんな先公。



八幡「プロデュースするだけでも大変なのに、教師なんて絶対無理だ。輿水みたいな生徒」

幸子「なんでボクだけ名指しなんですか!」



しかし中学生、高校生、大学生に25歳児と、よくよく見てみればかなり多岐に渡る面子だよな。あと二人程いるってんだからヤバみを感じる。というかバブみを感じる。



八幡「とにかく、だ。基本的には自由行動だが、台本の読み合わせとか、他の仕事を抱えてる奴もいるだろうし、あー……そこは、各々に任せる」

凛「つまり、自由行動ね」

八幡「そういう事だ」



仕方がない。だってする事が無いんだもん!
窓の外では未だに暴風雨が吹き荒れている。予報を信じて、あと三日耐え忍ぶしかないな。……まぁ、俺たちはまた別だが。


隣の楓さんを見る。


考えていた事は一緒なのか、彼女も俺へと視線を向けていた。
その不適な笑みは、この先の珍道中を物語るようだった。



……まだちょっと顔色悪いな。















楓「それじゃ……せーのっ」



楓さんのかけ声で、バッと、4人が一斉に手を差し出した。
その手の平の上にあるのは、瓶ビールの王冠。



文香「アサヒ……です」

凛「私もアサヒ」

八幡「……キリンっすね」

楓「決まりね。私もキリンなので、このペアで行きましょう」



ニコッと笑う楓さん。

同じメーカーの王冠が二個ずつで、それをランダムに四人で引く。まぁつまり、ペア決めのくじ引きだ。他の何か無かったの? とか言ってはならない。
つーか楓さんとペアか……凛のが気が楽だったんだが、仕方ないか。



楓「……ごめんね、凛ちゃん」

凛「な、なんで私に謝るの……?」



そうそう。むしろ俺が楓さんに謝りたいくらいだ。俺なんかがペアですみませんね……ペア決めっていう単語がもう既に心の暗い部分を刺激する……



楓「それじゃあ、張り切って剣聖武蔵の捜索を始めましょうか♪」

凛・文香「「お、おー……」」



俺は言わない。





とりあえず最初の捜査として、旅館内をくまなく探すという基本から始める事にした。


誰かが持ち出さないと無くならないような状況ではあったが、それでも本当に何かの偶然という事はある。探し物をしていたら「なんでここに……?」みたいな所で見つかるなんて珍しい事じゃないからな。ホント何なんだろうねあの現象。

そしてその捜索に当たって、一応は二人編成の方が都合が良いという話になり、ペア決めをしたのが先程の事。こうすればお互いをお互いが見張る事も出来るしな。4人の中では疑わない方針にしたとはいえ、一応の処置だ。用心に越した事はない。

午前と午後でペアを変え、今日一日は捜索に費やす予定。どうせ時間はある。


……なんか、唐突にハルヒを思い出したぞ俺は。



凛「探してる時に他の人たちに会ったら、何て説明すればいいの?」

八幡「あー……そうだな…」

楓「……変に誤摩化すよりは、正直に言った方が良いかもしれないわね」



確かに、コソコソと調査されていたなんて知ったらあまり気持ちの良いものじゃないだろう。それならば言ってしまった方がまだマシかもしれない。



楓「時間があってヒマだったから、探検がてらお酒を探してました、くらいで良いと思うわ」

文香「あくまで……誰かが持ち出した線で捜査しているとは言わずに……ですね」

楓「ええ」



昼食は11時から1時の予定となっている。

とりあえずはそれまでを午前の部として、俺たちは捜査の為別れた。最初は一階だ。



楓「それじゃあ比企谷くん、頑張りましょうか」

八幡「ええ」

楓「お酒の為に」

八幡「……ええ」





いちいち言ってくれるな。逆にやる気が減る。
さっきまであんだけやられていたのに、もうこんな元気なんだもんな。こりゃ今日も飲むな……

俺たちは表玄関、エントランス側とは逆の、奥側の方の捜索となる。昨日毛布や懐中電灯を持ってきた倉庫もこっち側だな。



八幡「倉庫は……今は鍵がかかってますね。後で借りに行きますか?」

楓「そうね。……でも、全部見て回ってからの方が良いかもしれないわね。旅館の方に迷惑をかけてしまうし、先に見つかる事に期待しましょう」



俺は首肯し、倉庫はひとまず置いておく事にする。この辺はロッカーとか物置は多いが、勝手に漁ると悪そうだな。何とも探し辛い。



八幡「………」

楓「~~♪」

八幡「………楓さん」

楓「? どうかした? 比企谷くん」



キョトンと、楓さんは声をかけた俺の方へと顔を向けてくる。



八幡「さっきの、見つかる事に期待するって台詞ですけど」

楓「ええ」

八幡「……本当に、見つかると思ってますか」



俺は楓さんの方を見ずに、目は辺りを見回しながら、声だけを彼女に向ける。
楓さん「うーん…」と小さく唸ると、同じように探しながら会話を続けた。



楓「……正直、厳しいかな、とは思ってます」

八幡「まぁ、そうですよね…」



あんな状況で、偶然こんな所にお酒が転がり込むわけがない。
どっちかってーとオカルト系だ。安斎より白坂を呼んだ方が良いかもしれない。





楓「一応、凛ちゃんたちが旅館の方に持っていってないか確認をしてくれるそうだけど、それも可能性として低いわね」

八幡「この辺に落ちてるよりは高いとは思いますけどね」

楓「ふふ、それは確かに」



少しの間、沈黙がその場を満たす。
さっきまで聞こえていた楓さんの鼻歌も、今は聞こえない。

やがて、今度は楓さんから質問が飛んできた。



楓「比企谷くんは…」

八幡「はい?」

楓「比企谷くんは、誰かが持ち出したと思う?」



チラッと、楓さんに視線を向ける。
彼女はこちらを見ていない。何故か少しだけ安堵して、俺は一つ間をあけて答えた。



八幡「どうですかね。正直、よく分かりません」

楓「そう」

八幡「……ただ」



そこで、ようやく楓さんと目が合う。



八幡「俺としては、動機が気になりますかね」

楓「動機?」

八幡「ええ。だって、莉嘉や輿水からしたら興味なんてきっと無いでしょう?」



あの二人は中学生。もちろんお酒なんて飲めないし、飲みたいとすら思ってないだろう。ってかカクテルとかならまだしも、日本酒に興味を持つ女子中学生なんて嫌だ。





八幡「早苗さんと兵藤さんだって、お酒好きとはいえ独り占めしようなんて思う人たちじゃない。疑うだけの動機が無いんです」

楓「なるほど……」

八幡「…………」

楓「…………」

八幡「……いやでも、早苗さんならもしかしたら…」

楓「そこは信じてあげて比企谷くん」



まぁ、一応あの人元婦警だからな。普段の行いのせいで忘れそうになるけど。

……けど、それを抜きにしたってあの人はそんな事は絶対しないだろうな。



八幡「何にせよ、もし持ち去った奴がいたとして、それが悪意によるものだとは思い辛いですね」

楓「不可抗力によるもの、という可能性ね」



本人に意志は無くとも、“持ち去らなくてはならない”理由が出来た。そう考えれば、いくつか考えは思い浮かんでくる。



楓「……少し、何となくだけど、見えてきたような気がするわ」



いつになくシリアスな表情を作る楓さん。
その横顔が無性に様になっていて、俺は思わず笑ってしまった。



八幡「本当に、どこぞの探偵みたいですよ」



俺の戯言に、楓さんは目を丸くした後、薄らと微笑む。



楓「あら。今の私は探偵ですよ、語り部さん」

八幡「また、素敵な言い回しで…」

楓「私たちは高垣探偵団」

八幡「急に児童書感が……」



その後もしらみ潰しに探しはしたものの、剣聖武蔵は見つからなかった。
凛と鷺沢さんに期待はするが、望みは薄い。

午後の部に何とか期待しよう。



……しかし、なんでだろうな。

事件も、やってる捜査も子供じみたものなのに。
不思議と、ちょっとだけ楽しいのだから、本当に困る。



……池袋に探偵バッジでも作ってくれるよう頼もうかしら。





短くて申し訳ないが今夜はここまで!

それと一つ訂正とお詫びを…
前回描写するのを忘れてたんですが、夕食後全員で各自の部屋をチェックしてます。もちろんお酒は見つかりませんでした。
あまり良くはありませんが、渋にまとめて投降する際は加筆修正しておこうと思いますので、何卒よろしくお願いします。


次回予告!(今回の担当はシド!)

やぁ皆。
当分出ないからという理由で駆り出されちまった。

次回!
それぞれが抱いた思いが入り乱れ、彼等の運命は激しく絡み合う。
彼等はその時何を思うのか。

そして動き出した時は何処へ向かうのか!
次回
番外編『それぞれの思い、それぞれの後悔』

観てくれよな。



あとがき

八幡の噂が粗方片付きました。
由比ヶ浜への復讐はまだ続き、葉山は死ぬほうが楽だと思う程に地獄へたたき落とすつもりです。

今回も読んで下さってありがとうございました!




次回予告!(今回の担当は…え、誰ですかアンタは!( ^o^)<うわぁぁあ!)

ゴラムゴラム、このコーナーは我が占拠した!崇めたてよ!
ジークジ…。あ、はいすいません。

ちょっ待って我も出番欲しいのだ!
我にも我にも出番を…ぴぎゃあ!?
※作者権限により抹殺

八幡「材木座ェ…。」

八幡「そんな事より次回予告しろよ!」

※時間ですよ八幡さん!
次回!
八幡の噂は全て誤解だと知れ渡る。

※材木座?知らない人ですねぇ(笑)


あとがき

次回予告ェ…。
マジで材木座ェ…。

ツイッター見てる方は知ってるかもしれませんが、ハーメルンの方にもこのSSを投降いたしました。念のため報告を。
続きは近日中には…何とか……すいません……

あそこはタグに台本形式って入れる必要があるのだぜ

>>182 マジっすか……ありがとうございます!

あれ、台詞の前に名前があれば台本形式になるんですかね? 地の文ありならセーフ??

>>184
地の文があっても台詞前に名前が付く作品は台本扱い
今からキャラ名を削るのはきついと思うので

>>185 ありがとうございます。了解しました!

次回予告(今回の担当は八幡!) 

はぁー。いきなり目立っちまった。 
まぁ、ステルスヒッキーがきちんと仕事しそうだからいいか。 

初仕事に行くことにした俺。 
現れた巨大な…? 
そして、突如現れたクリスとその友人。 
俺は無事生きていられるのか? 
あ、俺一回死んでるじゃねぇか…。

次回『俺とクリスと変態クルセイダー』 

あぁぁぁぁ…疲れたぁぁぁぁ…寝よう。 


あとがき 

お待たせ致しました! 

短編の方も修正してこのシリーズに変更します。 

原作は全巻(1から9まで)持ってるんですが、まだ4の途中までしか読んでないので、全体像がまだ見えてません。 

ゆんゆん可愛ええんじゃぁぁぁ。 

読んで下さりありがとうございました! 

こんな時間ですが更新しますー









場所は変わって一階昼食会場。

朝とは違い、今は全員がその場に揃っている。
そしてその唯一いなかった一人だが……見るからに思いっきり具合が悪そうだ。



早苗「う~……頭痛いわ……」



頭を抑えつつ、それでもしっかりと昼食は摂る早苗さん。どうやらちゃんと腹はすくタイプらしい。いるよな、たまに体調悪くてもしっかり食べられる人。



早苗「なんとか夜になるまでに回復しないと」

八幡「今日も飲む気っすか……」



思わず呟いてしまった。なに、一日に必要な摂取量とかあるの?
どうせ飲むんだろうとは思っていたが、ここまでハッキリ言われると呆れを通り越してしまう。

しかし早苗さんは当たり前だと言わんばかりに胸を張る。おしげもなく自己主張するその部位は何とも目のやり場に困る。



早苗「そりゃそーよ。折角三日もお暇を頂いたんだもの、しっかり楽しまなきゃ」

八幡「別にいいっすけどね……仕事に支障が無ければ」



とはいえ早苗さんも大人だ。28だ。アダルティーなのだ。その辺は弁えているだろう。そう信じたい……そう信じることにした。



レナ「そういえば、比企谷くんさっきは何してたの?」



隣に座る兵藤さんからの質問。
さっき……楓さんと共に探していた時の事だろうか。一応しらばっくれとこう。





八幡「さっき、と言うと?」

レナ「ほら、一階でキョロキョロ歩き回っていたじゃない。探し物してるみたいに」



やっぱ見られてたか。まぁそりゃ、隠しとくにも限界があるよな。
ここは平静に、特に取り繕わずに説明して…



レナ「そういえば、楓さんも一緒だったわね。逢引でもしてたの?」

八幡「ブフォッ」



思わずみそ汁を盛大に吹き出した。
いやいやいや、突然何言い始めるんだこの人は……!



莉嘉「ねーねー、アイビキ? って、何?」

文香「男女が密かに会う……今で言う、デートと言った所でしょうか…」



莉嘉の質問に、とてもとても丁寧に説明してくれる鷺沢さん。でも今は余計な事は言わないでほしかったかなー。ってかあなた逢引なんかじゃないって知ってますよね?



凛「…………」

幸子「ひっ!?」



そして何故だろう。今は凛の方を見れない。なんか幸子の悲鳴みたいな声が少し聞こえたけど絶対見てはいけない。ってかあなたも真相知ってますよね!?




莉嘉「デート!? 八幡くんデートしてたの? ズルーい! 莉嘉もしたーい!」

八幡「違う、違うんだ……」



なんかあまりに気が動転してか、浮気現場を見られた時の言い訳みたいな声を出してしまった。だって本当に違うんですよ!



早苗「ちょっ、ダメよ楓ちゃん! 未成年に手を出すのは犯罪よ?」

レナ「注意するのはそっちになのね……」



やはり元婦警としては見過ごせないんだろうか。でもプロデューサーとアイドルって点でもいけませんからね?





八幡「いい加減にしてくださいよ、そんなわけないじゃないっすか」

楓「そうですよ。そんな不純なことはしません」

八幡「楓さん…」

楓「私たちは清く正しい交際をしていますから」

八幡「楓さん?」



だから悪ノリするなっつーの。



八幡「……俺たちはただ、ヒマだったんで探索がてら散歩してたんですよ。お酒も見つかるかもしれませんし」

レナ「なるほどね」



特に怪しむ事も無く納得する兵藤さん。まぁ、別に怪しむような発言じゃないしな。変に食い下がってこないのは助かる。

だが、もう一人のアラサーアイドルは気になったようで…



早苗「お酒…………そうね、その通りだわ……」

八幡「……………」



何だか嫌な予感しかしない。ぼそぼそと呟く早苗さんってこれもう怖い以外の何物でもない。



早苗「……決めたわ。あたしも捜索活動に参加する!」



やがて宣言したのは、ある意味では予想通りのもの。



八幡「まぁ、それは良いんすけど……午後から一緒に探します?」

早苗「いいえ、あたしはあたしで調査させて貰うわ。折角なんだし、人数が多いのを有効活用しないとね」



心無しかイキイキとして言う早苗さん。
やっぱ元婦警だけあって、こういう調査事には積極的になるのだろうか。それともお酒を見つけたいのか。……後者かな。



楓「残念ですね。高垣探偵団に仲間が増えると思ったんですが……」

レナ「(た、高垣探偵団……?)」

文香「(児童書感がありますね……)」





そのネタまだ引っ張るんですね。
しかし早苗はと言うと、楓さんの発言に何故か「ハンッ」と顔をしかめる。



早苗「探偵? そんな胡散臭いものには頼らないわ!」

楓「しかし…」

早苗「刑事に口出ししないで! 事件はあたしが解決してみせるわ!」

八幡「ドラマの見過ぎですよ」



ぺろっと舌を出して笑う早苗さん。そもそもあなた刑事じゃないしね?



レナ「申し訳ないけど、私は遠慮させて貰うわね。別の仕事の準備もあるし、部屋にいるわ」

幸子「あ、それでしたらボクも。他のお芝居の予習をしておきたいので」



兵藤さんと輿水は部屋で待機、か。確かに、限られた時間を仕事の為に使うのも大切だ。というかお酒を探すよりは絶対に健全である。プロデューサーとして付く側を間違えたか…



八幡「莉嘉はどうする?」

莉嘉「え? あーアタシは……」



少しだけ眉をひそめ、悩んだ様子を見せる莉嘉。だがそれも短い間だけ。



莉嘉「うん。アタシも部屋にいるよ。台本読んでおきたいし」

八幡「……そうか。分かった」



別に無理に誘う必要は無い。
となると、結局は午前と同じメンバーでの捜索だな。



早苗「よーし、それじゃさっさと食べて捜査開始するわよー!」



言うや否や、ご飯をかっこむ早苗さん。その姿はさっきまで頭痛を訴えていた人物と同じだとは思えない。
ちょっと元気出るの早過ぎやしませんかね……













楓「せ~のっ」



またもや楓さんのかけ声と共に、バッと四人が一斉に手を差し出す。その手にあるのはもちろん王冠。



文香「キリン…です……」

凛「アサヒだね」

八幡「……キリン」

楓「私はアサヒね。というわけで、午後はこのペアで行きましょう」



なんというか、なんかこうなるような気はしてた。鷺沢さんとペアか……



文香「……申し訳ありません、凛さん」

凛「だ、だから、どうして私に謝るの……?」



そうそう。むしろ誤りたいのはry



楓「そういえば、旅館の方に話は聞いてみた?」

凛「あ、うん。……だけど、やっぱり知らないみたいだったよ。持ち出す余裕も理由も無いってさ」



まぁ、そりゃそうだろうな。
あんな停電騒ぎの中で片付けなんてするわけがないし、そもそも酒以外に持ち出された様子も無かった。故意でもない限り、剣聖武蔵だけ持っていくなんて事はさすがにあり得ない。





文香「一応、見て回れる所は全てチェックしましたが……収穫と言えるものはありませんでした」

楓「そう。……とりあえず、午後の部を始めましょうか。終わったら夕食の後、また比企谷くんの部屋で打ち合わせをしましょう」

八幡「今何かサラッととんでもないこと言いませんでした?」



聞こえていないのか、楓さんは俺の問いを完全スルー。いや聞こえてないわけねーだろ!
マジか……また今日も飲み会が繰り広げられるのか……いよいよ他の大人組も参加してきそうで怖い。



楓「それじゃ、午後も張り切っていきましょう♪」

凛・文香「「お、お~……」



やっぱり俺は言わない。


午後の捜査の分け方としては、俺と鷺沢さんペアが二階の調査。凛と楓さんペアが三階の調査といった感じ。午前と同じく二人一組でのお互い監視しつつの捜索だ。

……まぁ、早苗さんが単独で調査してる時点であまり必要も無い気もするがな。



文香「では、捜索を始めましょうか……」

八幡「ええ」



廊下を進み、201と書かれた扉の前に立つ。

撮影の為に旅館を貸し切るにあたって、基本的に全ての部屋の鍵は空いている。午前の時点で凛と鷺沢さんが事情を話して許可を貰っていたので、各部屋の捜索も問題は無い。あるとすればそれはかなり面倒くさいという事ぐらいである。しゃーなしだな。


扉を開け、部屋の中へ入る。
クローゼットを開け、風呂場も確認し、冷蔵庫、引き出し、ベッドの下までくまなく探した。



八幡「……無さそうですね」

文香「はい……」

八幡「次の部屋へ行きますか」



201の部屋を出て、今度は202の部屋へ。
同じように、そこも捜索。



文香「……ありませんね」

八幡「……次へ行きましょうか」

文香「ええ……」



202の部屋も出る。そして203へ。
繰り返し、ただただ黙々と探すのみ。





八幡「…………」

文香「…………」



しかし、アレだな。気まずい。全く会話が無い。

別に無理に話す必要は無いんだろうが、それにしたって会話が無い。お互い積極的に話かけるタイプでも無いので、まーー静かな事。段々俺の事嫌いなんじゃないかと不安になってきた。

だが、それでも俺は別に頑張って話そうとはしない。気まずいのは落ち着かないが、それでも沈黙が嫌いなわけではないからな。



八幡「次の部屋へ行きますか」

文香「はい」



そんなこんなで、無駄に手間取る事も無く実にスピーディに俺たちは捜索を終わらせた。まさかこんなに早く終わるとは思ってなかったので手持ち無沙汰になるくらいだ。ってか時間が余った。



八幡「……凛たちはもう少しかかるそうなんで、待っててほしいとの事です」



凛からの返信メールを見つつ、鷺沢さんにそう伝える。
場所は二階の最奥にある談話室。アンティーク調のソファに、三つ程自販機が並んでいる。もちろんここも含めてチェックしたが、やはりというか二階にも武蔵は無かった。



文香「では、ここで少しの間……一休み致しましょうか」

八幡「そうですね」



同意はしたものの、鷺沢さんが座ろうとしないので何となく座り辛い。これはアレだな、俺が先に座らないとこの人も座らない感じのアレだな。たまにいる。こういう凄く気を遣ってくれる人。

お先にどうぞと譲ろうかとも思ったが、どうせお互い譲り合う未来が見えるので先に座らせて貰う。程なくして、鷺沢さんも一人分くらい空けて隣に座った。良かった。真っ正面にでも座られたら色々困る所だ。





文香「……あの」

八幡「はい?」

文香「つかぬ事を、お聞きしますが……比企谷さんは、本をよくお読みになられるのでしょうか……?」



遠慮がちな、ある意味予想外な鷺沢さんからの質問。本をよく読むかとな。



八幡「……そう、ですね。よく読むかは分かりませんが、人並みには」

文香「そうですか……昨日、推理小説にお詳しいようだったので、もしかしたらと……思ったんです」



あぁ、そう言えばそんな話もしたな。
鷺沢さんも本を読むのが好きなようだし、やっぱ共通の趣味を持ってそうだと気になるのだろうか。



八幡「そこまで多くはないっすけど、有名所は読んだ事ありますよ。ホームズとか」

文香「推理ものが……お好きなんですか?」

八幡「いえ、色々です。特にこれっていうジャンルは無いですね」



更に言えば別に小説じゃなくっても読む。ラノベも漫画も。ポアロとかコロンボはドラマのが正直よく見てたな。



八幡「鷺沢さんはあるんですか?」

文香「え……?」

八幡「好きなジャンルとかです」



俺が質問すると鷺沢さんは少しの間沈黙し、やがて困ったように微笑を浮かべる。



文香「……私も、特に決まったジャンルはありませんね。……しいて言うなら、ファンタジーが一番よく読むでしょうか」

八幡「ファンタジー……」


それは少しだけ以外な答えだった。
こだわり無く色々読むというのは想像出来たが、何と言うかもう少し難しいものを読んでいるイメージがあったから。





文香「おかしい……でしょうか……?」



ちょっど不安げに聞いてくる鷺沢さん。どうやら俺が特に反応しなかったのが気になったらしい。



八幡「ああいえ、そんな事はないです。俺も好きですよ」



これは本音。
なんだかんだ言って、幼い頃から一番読んでるのは確かにファンタジーものな気がする。
小学校の頃は図書室で夢中になって読んだもんだ。ハリー・ポッターとか、ダレン・シャンとか、デルトラ・クエストとか、決まってあったもんな。あと、俺的には宮沢賢治は外せない。



八幡「分かり易く面白いですからね。冒険活劇からのハッピーエンド。よく読んでました」



と、そこまで言って、鷺沢さんが意外そうにしてるのに気付く。え、俺なんか変な事言った?



八幡「さ、鷺沢さん?」

文香「あ……いえ、すみません。……こう言っては何ですが、その……少々、意外だったもので」



あ、やっぱそう思えってたのね。



文香「凛さんや、ちひろさんから比企谷さんの事を聞いていたので……てっきり、そういったお話は好まないのかと……」

八幡「そりゃまた、何を聞いたのか気になるお話で……」



いや、あいつら一体全体どういう紹介したの? 俺だってハッピーエンド好きよ?



文香「申し訳ありません……先入観で、人の事を見てしまうなんて……」

八幡「あ、いやいや、いいですよ別に謝らなくて」



正直そのイメージも間違っちゃいない気もするしな。あんだけ青春とかケッ、みたいなこと言ってりゃ、そらそんな印象も持つ。

しかし、ふむ……





八幡「……でも、確かにそうですね」

文香「え……?」

八幡「あまり深く考えた事は無かったですけど、創作に限って言えば、俺はそういう奇麗事並べた物語が好きかもしれません」



現実では信じられないような関係も、苛立ちしか覚えないキャラクターも、創作の中でなら別だ。


根っからのお人好しの主人公。可愛い上に優しいヒロイン。決して裏切らない仲間。友情、努力、勝利。そしてお涙頂戴のハッピーエンド。

創作の中でありふれたそれは、しかし現実で見れば何と嘘くさい事か。
きっと俺は信じれない。そんなものが目の前に現れたところで、似通ったものが存在した所で、俺はそれを受け入れられる気がしない。

だって、俺がいるのは現実だから。
現実だから、そんなものは無いと、嫌になるくらい俺は知っている。


……けど、創作の中では別だ。

例えそれが誰かの空想から作られたものでも、誰かの願望から生まれた偽物だったとしても、だからこそ、そこに嘘は決して無い。

創作の中に生きる彼らは、そこで言ったものが本心で、そこに映っているものが、全てだから。


だからきっと、そんな彼らを見て、俺たちは思いを馳せるんだ。



八幡「創作だからこそ、その中にあるものは本物……なんて言ったら大袈裟ですけど、俺はそう思ってます。現実逃避って言われたら何も言い返せませんけどね」

文香「……そんな事は、言いませんよ。とても、素敵だと思います」



微笑む鷺沢さんに、何だか無性に恥ずかしくなってくる。何で俺はこんなこと言ってんだ? もしかして共通の趣味を持っているのにテンション上がってたのは俺だったか……



文香「私も、たまに物語の中に入り込むような、そんな不思議な気持ちになる事があります……」

八幡「………」

文香「だから、それを逃避だなんて……そんな風に言うつもりはありませんよ」



また、そうして笑う。
揺れる前髪から除く蒼い瞳は、まるで吸い込まれるかのような魅力があった。





八幡「……あっと…」



「プロデューサーっ!」



俺が何か言おうとした所で、遠くの方から呼び声が聞こえてきた。
見れば、逆側の廊下の奥で凛が手を振っている。



文香「どうやら、楓さんたちも終わったようですね……」

八幡「ですね。俺たちも行きましょう」



ソファから立ち上がり、歩き出そうとする。
が、そこで今度は、鷺沢さんから呼びかける声。



文香「比企谷さん」

八幡「っと……はい?」

文香「また……機会があれば、本についてお話しませんか?」



今度は遠慮がちではない、とてもとても、魅力的なお誘い。
いや、ズルいだろ、そんなの。



八幡「……そうですね。機会があれば」



相変わらず、歯切れの悪い返答。
だが鷺沢さんは嬉しそうにまた微笑むと、「はい」と小さく返事をして先に歩いていってしまった。

……大人しそうにしても、やっぱアイドルなんだな。
破壊力抜群だぜ。

一応、頬の辺りを少し抓り、夢はなない事を確認する。
やっぱ夢でも創作の中でもなく、現実なんだよな。


これもある種のファンタジーだな等と考えながら、俺も追って歩き出した。





短いですが申し訳ない。次はもっと早く来れるよう頑張ります!

setuna.GNT-00002016年9月1日 18:50
> ガゼルさん
こちらケルディム、了解!狙い撃つぜ!!(。-ω・)『+』┳-━┴ ∝ ドギュ――—–…‥ ン
返信する

ガゼル2016年9月1日 18:35
> setuna.GNT-0000さん
こちらデュナメス。目標、狙い撃つぜぇ!__(⌒(_'ω')_┳━──ーーーーーーーー・
返信する

ゲーマーダイソン2016年9月1日 18:33
八幡に酷い事を言った奴を○す準備は出来てるぜ……
(;一_一)ヤレ(`・ω-)ウィッス『 』▄︻┻┳═一
返信する

setuna.GNT-00002016年9月1日 18:18
> ガゼルさん
こちら○ルディム、同じくターゲットを捕捉した。いつでもいけるぜ!(、´・ω・)▄︻┻┳═一
返信する

setuna.GNT-00002016年9月1日 18:15
> 八レイpさん
泣いてでも殴り続けます( ・ω・)っ≡つ ババババc(`・ω´・ c)っ≡つ ババババ|_↑ ∩( ゚Д゚)⊂ヽ おらっしゃあぁぁ!!! ∀`)=⊃)`Д゚);、;'.・ゴルァ!!(10コンボだドン!)
返信する

ガゼル2016年9月1日 18:11
> setuna.GNT-0000さん
こちら○ュナメス。ターゲット捕捉したぜ!__(⌒(_'ω')_┳━──
返信する

八レイp2016年9月1日 18:10
> setuna.GNT-0000さん
君がッ 泣くまで 殴るのをやめないッ!
返信する

setuna.GNT-00002016年9月1日 18:02
(現在八幡に酷い事を言った奴らを○す練習中)( ・ω・)っ≡つ ババババ c(`・ω´・ c)っ≡つ ババババ

最終章予告

葉山「やったか?」

八幡(?)「GYAAAAAAAAAAA!!!!!!」

八幡「あぁ、俺は…好きなのか…。」

闇八幡「俺はお前だ!」

闇八幡「黒幕はお前をりようしている。」

八幡「俺、比企谷八幡は…を愛し続けます。これから先ずっと一緒にいてくれないか?」

そしてすべての交錯した世界は加速して行く

多重人格者の俺の復讐するのは間違っていない

最終章

『闇夜を切り裂き未来を手に掴む。』

10 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします sage 2016/09/09(金) 13:41:39.03 ID:ij/k8YcBO
魔王様「HA☆YA☆TO☆(笑)の分際で…身の程を再理解させる必要があるみたいね?」

薄化粧マッチョメン×100に囲われたHA☆YA☆TO☆(笑)「ア゛ッ゛----!!!!」ズブッ… ズブッ… ズブッ… ズブッ……

何故かいるE.H(姓.名)女史「愚腐腐腐腐腐……」

ちょっとやばくなってきたので生存報告を……すいません。書いてはいます。

保守

生存報告と、今週末くらいに更新しようと思います。遅くなり申し訳ありません!

本当に申し訳ありません! やっぱり更新は明日になります! ごめんなさい!!

遅くなりましたが更新します!

あと久々なのでリハビリがてら番外編です。




八幡「プロデューサーの休日」













とある日のとある朝。


いつものように目覚まし時計に起きる時間を告げられ、いつものように眠い目を擦り起き上がる。
日に日に段々と、この音が不快になっていくのが自分でも分かる。冬とか特に。布団の魔力ったらよ。

これはあれだなー、録音式の目覚まし時計とかを買って、好きな曲でも流そうか。そうすりゃ少しは気分の良い朝を迎えられるかもしれん。

そんな風にぼんやりと考え事をしながら、顔を洗い、歯を磨き、着替えを済ませる。リビングからはかすかに朝食の良い匂いが漂ってきていた。

しかし学生の頃ですらあんなに朝はキツいと思っていたのに、仕事を始めたら更にキツく感じるようになったな。世の社畜ちゃんたちへ本当に労いの言葉を送りたい。そして俺も送られたい。

だがまぁ、自分の境遇に関して言えば、俺が好きでやってる事だしな。
自業自得、って言うとあれだな。何か悪い意味に聞こえる。因果応報……身から出た錆? どんどん遠ざかってんな。



八幡「ん?」



ふと、朝食にありつこうとリビングを横切った時、テレビ画面が目に入る。

映っているのは毎朝やっている星座占い。この手の朝の情報番組じゃ定番とも言える。俺も昔は毎朝かかさず見ては一喜一憂したもんだ。いつからか憂しかない現実に嫌になって見なくなったが。





『今日の第一位は、獅子座のあなた!』



お、なんだ。俺じゃないか。よっしゃラッキー! ……別に信じているわけではないが、一位だと言われれば何となく興味を引かれる。我ながら単純だ。

席に着き、いただきますと手を合わせてからみそ汁に手を伸ばす。



『まさかのあの人と会えるかも! 憧れの人へアタックするチャーンス☆』



なんかイラッとする言い方だな。まさかのあの人って、俺からしたらそのワードは会いたくない人にしか使わないぞ。



『そして、なんだか新しいスタートの予感! その瞬間を見逃さないで!』



やけにぼんやりしてんなオイ。……まぁ占いのマジレスするのもどうかと思うが。でもたまにそんなラッキーアイテムどうすんの? ってチョイスがあるよな。あれ誰決めてんだ。



『最後に、今日のラッキーカラーは~……』

八幡「…………」 もぐもぐ

『カラーは~~………』



長ぇな。



『……すばり! 蒼です!!』

八幡「……」 もぐ…



……青?



『青じゃなくて、蒼です!!』



何故か念を押すように告げ、占いコーナーは終了した。そんなに大事なことだったのか。



八幡「蒼……ねぇ」



なんだかもう、その単語じゃあいつの事しか思い浮かばない。ラッキーカラーって言うかイメージカラーだ。そう言う意味じゃ俺は今日に限らず常にラッキーカラーと行動を共にしてる事になる。ご利益感ねぇなオイ。





八幡「ごちそうさん」



朝食を平らげ、食後の茶をすする。

まぁ、占いなんて結局は気休めみたいなもんだ。良い運勢ならそれだけで人は安心し、悪ければご利益があるものを身につけ、大丈夫だとまた安心する。要は気持ちの問題。結局はそんなもん。

藤居あたりが聞いたら怒るかもしれんが、今の俺はさすがにそこまで純粋にはなれん。やるとしても精々Twitterの診断くらい。あれなんでついやっちゃうんだろうな。くやしいけどちょっと楽しい。



「あれ?」



と、そこでリビングの扉が開いたかと思うと、素っ頓狂な声が上がる。

目線を向ければ、そこにいたのは相変わらず兄のシャツを勝手に着ている我が妹小町。
小町は俺の姿を捉えたまま、不思議そうな面持ちで呟いた。



小町「お兄ちゃん、どしたの? その格好」

八幡「は?」



どう、と言われても……

視線を下げ、自分の姿を見やる。
白いYシャツに、鮮やかな色のネクタイ、黒いスラックス。片手にはジャケットを持っている。紛う事無きスーツ姿であった。



八幡「…………」

小町「明日はデレプロのお仕事お休みだから、学校行くーって昨日言ってなかったっけ?」

八幡「……あ」



慣れ、とは本当に恐ろしいものだと思う。意識がはっきりしていない朝なんかは特に。

とりあえずは静かに席を立ち、静かにその場を後にする。小町の視線は無視。
とにかく急いで制服に着替えてクラスチェンジ! やっべーそうだった! だ、大丈夫だ。幸いまだ時間には余裕がある。

でもそうかー、今日は学校かー、仕事無しかー良かった良かった。



八幡「…………」



学校、かぁ……

なんか、それはそれでやっぱりめんどくせぇわ。



そんなどうしようもない事を考えながら、俺はまたのそのそと着替えをするのであった。……やっぱ占いなんて当てになんねぇな。















家を出てチャリンコに乗り、学校へと向かう。
そんな前なら当たり前な通学が、今では何とも新鮮だ。

こうしてると、電車乗るより全然気持ちいいな。あの通勤ラッシュはマジでヤバい。痴漢保険とか入っといた方が良いかもとマジで考える。

そうして軽快に走っていると、ふと胸ポケットに入れていた携帯電話が震えだす。
なんだなんだとチャリを止めてチェックしてみると、おお、画面には我が担当アイドルの名前が表示されていた。



八幡「もしもし」

凛『もしもしプロデューサー? おはよう』



電話に出ると、聞こえてきたのは相変わらず奇麗に澄んだ声。担当アイドル渋谷凛だ。



八幡「おはようさん。ラッキーカラー」

凛「え? 今何か言った?」

八幡「何でもない。こっちの話だ。……んで? 何か用か?」



適当に話を濁し、用件を尋ねる。



凛『用っていうか、今日は随分遅いから電話かけてみたんだ。もしかして寝坊?」



ちょっとからかうかのような凛のその問いかけ。あら、これはもしや……



八幡「あー……もしかして、俺言ってなかったか?」

凛「え? 何を?」



言ってないようだった。





思い返してみれば、確かに最近は忙しくて中々休日が中々取れず、あまりそういった話をしていなかった。この休みも、凛の仕事と重なっていなかったから急遽ちひろさんがねじ込んでくれたものだしな。

とはいえ担当アイドルへ連絡していないのは完全に俺のミス。凛に説明をし、素直に謝る。



八幡「ーーと、いうわけで今日は休み貰ってたんだ。悪かったな、ちゃんと伝えてなくて」

凛『いいよ、謝らないで。昨日はお互い直帰だったし、別に私も今日はレッスンだけだったからさ』

八幡「そう言って貰えると助かる」



別に相手が目の前にいるというわけでもないのに、軽く頭を下げる。なんでこれついやっちゃうんだろうな。仕事の電話とか特に。



凛『じゃあ折角の休みなんだから、プロデューサーもたまにはゆっくり休んでね』

八幡「ああ。……と言っても、今日は学校行くんだがな」



本当であれば家でゴロゴロしようかとは思っていたのだが、最近はあまり顔を出していなかったし、ちょっとした野暮用もある。ってか、もう平塚先生に行くと言ってしまったのが大きい。なんであの時の俺はあんなこと言っちゃったかなぁ……そしてなんで当日の朝になるとあんな嫌になんのかなぁ……



凛『学校……』



と、そこで何故か凛の声のトーンが若干下がる。



凛『プロデューサー、大丈夫?』

八幡「大丈夫って、何がだ?」



もしかして、折角の休日なのに休まなくても大丈夫なのか? という心配だろうか。まさか担当アイドルにそこまで心配されるとはな。まぁ、これもプロデューサー冥利に尽きるという奴か……



凛『いや、学園ライブの事もあるし、回りから変態プロデューサーとか蔑まれないのかなって』



全然違う心配だった。ドロップキックした奴が言う台詞じゃないよね!





八幡「えらく真剣な声音で訊くと思ったらそんな事かよ……」

凛『あははは。……まぁ、プロデューサーからしたら今更かな』

八幡「おう」

凛『そこは否定してよ』



と、また凛は小さく笑う。
あまり本気で心配しているようではなさそうだ。



八幡「まぁ、奉仕部にも一応顔出しときたいしな。……一人、挨拶しとかないとうるさそうなのもいるし」

凛『誰の事だかすぐわかるね。……じゃあ、雪乃と結衣によろしく言っといて』

八幡「ああ」

凛『そういえば今日は奈……え? ああ、うん。今行く』



話してる途中で誰かに呼びかけられたのか、若干声が遠さかる。



凛『ごめんプロデューサー、そろそろ移動だから切るね』

八幡「大丈夫だ。レッスンしっかりな」

凛『うん。それじゃ』



そこで通話は切れる。
かけてきた方から電話を切る、というマナーもしっかりしていてプロデューサーは嬉しいです。



八幡「さて……」



時間を確認。予想はしていたが、ちょっとこれは怪しくなってきたぞ。
まぁでも、ほら、担当アイドルとの電話を無下にするのもね? 電話しながらチャリとか、危ないし。やっぱ電話したくらいじゃラッキーカラーとは認められないのかしら……


そんな言い訳もほどほどに、俺は全力でペダルを漕ぎ出した。坂道くぅーん!















八幡「……………………はぁー……」



つ、疲れた……
まさか、ここまで精神的にやられるとはな……俺もさすがに予想外だった。

机につっぷしていると、横から怪訝な声が聞こえてくる。



雪ノ下「そんなに干物みたいになって、どうかしたの比企谷くん。まさか本当に干されたわけじゃないでしょうね」

八幡「安心しろ。俺が言うのもなんだが、うちの担当アイドルは絶賛活躍中だ」

雪ノ下「ええ。もちろん知っているわ」



つっぷしたまま顔だけ向けてみると、雪ノ下雪乃は涼やかに笑みを浮かべていた。

ほう。冗談だとは思ったが、まさか知っていると返されるとはな。もしかして凛のことチェックしていらっしゃる?



由比ヶ浜「最近テレビでよく見るようになったよねー。録画忘れないようにするの大変だよ」



そう困った風には言うが、由比ヶ浜結衣の表情は笑顔だ。お母さんかお前は。……確かに気持ちはわかるけど。最近録画超大変。



八幡「……けどまさか、その余波を俺が食らうことになるとはな」

雪ノ下「余波?」



俺の発言に首を傾げる雪ノ下。由比ヶ浜は事情を知っているため複雑そうに苦笑している。



由比ヶ浜「確かに、今日は凄かったね。休み時間とかは特に」

八幡「別のクラスからわざわざ見に来るとはヒマなこった」



そこまで言った所で合点がいったのか、雪ノ下は納得したように頷く。





雪ノ下「成る程。……つまりは野次馬ね」



その言葉で、自然と眉をよせてしまう。

確かに変態発言と共に俺がプロデューサーである事は公表したが、まさか凛が有名になった事でここまで俺に興味が注がれるとは思ってみなかった。

クラスの奴らの視線や囁きなんてまだ良い。休み時間になれば更に多くの喧騒が廊下から聞こえてくる。調子に乗ってどうでもいい話をふっかけてくる奴も中にはいた。まぁガン無視したんだが。



八幡「もううるせぇこと。あんなに始業のチャイムが嬉しく感じた事はねぇよ」



寄ってたかって、何が楽しいんだか。しかも一目見たら勝手にあんなもんかと鼻で笑って去るんだからそういう奴が一番腹立つ。凛の前でやったら小指折るからな?



八幡「しかも、最後の休み時間とかあいつも来たからな……」

由比ヶ浜「ああ、なおちんね」



そう、奈緒だ奈緒。なんであいつ来るかなー。しかも特に用事も無くダベりに来ただけって……君アイドルの自覚ある? いや、なんか休み時間にダベるって普通の友達っぽくて、ほんのちょっと、ほーーんのちょっとだけ嬉しかったけど、アイドルよ君?

……あれ、もしかして占いの“まさかの出会い”ってこの事か? 憧れの人どころか割と普段会う人なんですが。やっぱラッキーじゃねぇ。



由比ヶ浜「でも凄かったねー。なおちんが来たら途端にざわつきが増えたもん」

八幡「そら増えるわな」

由比ヶ浜「それでいて普通にヒッキーに話しかけるんだもん」

八幡「……そら気も遣うわな」



あまりに気にしてなかったもんだから思わず小声で注意したけど、あいつは何の気無しに「ん? ああ、もう慣れたよ」って言うんだもんよ。そらお前はアイドルだからそうかもしれんけど、俺は慣れてねーんだっつーの!



雪ノ下「流石に同情に値するわね。半分くらいは」

八幡「残りの半分は何なんだよ」

雪ノ下「三割は変態発言による自業自得。二割は因果応報ね」

八幡「それ殆ど同じ意味なんですが」



あるいは、身から出た錆とも言う。





雪ノ下「でも良かったじゃない。いつもよりは短く済んで」

由比ヶ浜「そうだよ。今日来れてヒッキー運が良かったね」



そう言って、雪ノ下と由比ヶ浜はそれぞれ“弁当”へと手をかける。

そう。今は昼だ。だが決して昼休みではない。放課後だ。放課後ティータイムだ。いや違う違う言いたいのはそんな事じゃなくて……


つまり、今日は午前授業だったのである。いわゆる半ドン。


……今日び半ドンとか言わないか。平塚先生くらい?



八幡「……メシ食ったら、お前らはどうするんだ?」



自分のパンを齧りつつ、二人に尋ねる。
しかしまさか部室で三人で昼飯を食うことになるとはな。ある意味じゃとても珍しい。



由比ヶ浜「あたしはこの後優美子たちと予定あるから、食べたら行くよ」

雪ノ下「私も予定があるわ。だから部活は今日は休み。……それとも、あなただけでもやっていく?」



意地の悪いような笑みで尋ねてくる雪ノ下。俺がどう答えるか分かってて聞いてるだろお前。



八幡「遠慮しとく」

由比ヶ浜「うんうん。折角の休みなんだから、ヒッキーもたまにはゆっくりしなよ」



笑顔でそう言う由比ヶ浜。
ゆっくり、ねぇ。



八幡「…………」

由比ヶ浜「ヒッキー? どうかしたの?」

八幡「ん。いや、何でもない。食い終わったし、俺はそろそろ行くわ」



由比ヶ浜は早っ! と驚いていたが、特に気にせずゴミを片付ける。





八幡「んじゃあ、また」

由比ヶ浜「うん。たまには顔出してよー!」

雪ノ下「さようなら」



軽く手を挙げ、部室を後にした。



八幡「ふう……」



廊下は静けさに包まれており、何故だか少しだけもの寂しさを感じた。

ゆっくりしなよ、か。



八幡「……そう思って来たんだがな」



小さく呟いて、自分で自分の発言に気恥ずかしくなる。
何を言ってんだか、俺は。


これからどうしようかと考えながら、歩を進める。



とりあえず、運は良くねぇわ。やっぱ。















ちひろ「なるほど。それで寂しくなって、休みの日に事務所へ来たと」

八幡「誰も言ってません」



場所は打って変わってシンデレラプロダクションは休憩スペース。
向き合うようにソファに座るは、事務員千川ちひろさん。今は休憩中なのか珍しく寛いでいる。



八幡「俺はただ、休日だし家にいるのも勿体ないなーと思って都内に出て、近く寄ったし折角だからーって顔を出しただけですよ」

ちひろ「まず比企谷くんが家にいるのを勿体ないと思う時点でおかしいです」



そ、そんな事ないよ? 思うよ? ……いややっぱ思わねぇわ。何時間でも潰せる自信ある。



ちひろ「あと、どうせ明日また来るのにわざわざ寄る意味が分かりません」

八幡「そこまで言います?」



まぁその通りなんだけどさ。



八幡「……別に、ただの気まぐれですよ。他意はありません」



実際嘘はついていない。どうしようかと彷徨っていたら、自然と事務所へ足が向かっていたのだ。……あれ、これもしかして社畜化の予兆始まってない?



ちひろ「もう、そこは素直に寂しかったから遊び来たで良いんですよ♪」

八幡「死んでも言わねぇ」



大体、本当に寂しいなら家に帰るわ。だって家には小町がいるんだよ? これ以上の癒しがあるだろうか。いや無い! 妹最高! こっちの方が気持ち悪かった。



ちひろ「あと、それはそうと……」



ジーっと、ちひろさんの視線を一身に感じる。
しげしげと見やるちひろさんはまるで審査員のようだ。いやどっちかって言えば鑑定士?





八幡「どうしたんすか」

ちひろ「いえ。……制服姿の比企谷くんが、新鮮だなーと」



ちひろさんのその言葉に最初は何をと思ったが、言われてみれば確かにな。
よく考えてみれば、制服を着て事務所へ来たのは初めてかもしれない。



ちひろ「そうですよね、比企谷くんも学生なんですよね。変に大人びてるから時々忘れちゃいそうになりますね」

八幡「変には余計です」

ちひろ「無駄に大人びてるから」

八幡「悪化してます」



なんかこの人どんどん俺に遠慮無くなってない? いやこの人に限んないんだけどさ。最近事務所のカーストでもどんどん下へ向かっているように感じる……アイドル怖い……



「コーヒーはいかがですか?」

八幡「え? あ、どうも」



そこで割って入る甘ったるい声。急な申し出に、思わず背筋を伸ばす。これがプロデューサー経験によって培われた脊髄反射である。

コーヒーを淹れてくれたのは、何故かメイド服を着用しているポニーテールの女……の子。

ご存知我らがウサミン星のアイドル、安部菜々……さんである。



菜々「ちひろさんもどうぞ♪」

ちひろ「あ、すいません菜々さん! 私が淹れて貰ってしまって……」

菜々「良いんですよ! ちひろさんも休憩中くらいはゆっくりしてください」



なんとも和やかなやりとり。
……ちひろさんの呼び方はセーフなんだな。



菜々「砂糖とミルクはいりますか?」

八幡「すいません。頂きます」



軽く会釈して、少し多めに貰う。やっぱコーヒーは甘くないとね。うん。
しかし菜々さんは俺の言い方が気に入らなかったのか、眉をムッとつり上げ(かわいい)、抗議するかのように言ってくる。



菜々「もう、比企谷くんったら。同い年なんだから、敬語じゃなくたって良いんですよ?」

八幡「は、ははは」





やべぇ、こういう時って何て返したら正解なんだ……

しかし俺が困っていると、菜々さんの視線がやや下に向いている事に気付く。これはもしかしなくても…



菜々「わー! それ、総武高校の制服ですよね!」

八幡「え、ええ」



やはりというか、予想通り俺の格好を見ていた。



菜々「そっかぁ、比企谷くんは総武校の生徒でしたもんね。女子の制服は奈緒ちゃんがたまに着てくるけど、男子の制服は久しぶりに見たなぁ…」



まじまじと見てくる菜々さん。なんだか酷くこそばゆい。
……しかし、久しぶりとな。



八幡「あ、安部さん?」

菜々「可愛いデザインですよね~。懐かしいなぁ……」

八幡「安部さーん…」

菜々「……ハッ!?」



と、ようやく我に返る菜々さんじゅうななさい。ちょっと遅過ぎる気もする。いや婚期がとかじゃなく。



菜々「あ、あーいやー違うんですよ? 懐かしいっていうのは、その、昔よく知ってたとかそういうんじゃなくてですね、ま、前々から、知ってたという意味で、と、とととにかく違いますからね!?」



言うや否や、ぴゅーっとあっという間に去って行ってしまった。
なんとも心配になる。あれで隠せてると……いや、皆まで言うまい。あれも魅力の一つ。



ちひろ「世の中には、知らなくても良い事がありますからね……」

八幡「このタイミングでその台詞は悪意を感じますよ」



まぁ、言ってる事には概ね同意だが。



ちひろ「それじゃあ、私もそろそろ仕事に戻ります。比企谷くんはゆっくりしていってくださいね」

八幡「ええ」

ちひろ「あ。あと知っているとは思いますけど、凛ちゃんは遅くまでレッスンなので直帰するそうですよ」

八幡「…………」



知ってると思うなら何故わざわざ言うんですかね。

悪戯っぽい笑顔を残し、敏腕事務員はデスクへと戻っていった。





八幡「さて……」



それからというもの、特にする事も無いので事務所をぷらぷら。
だがこれがまた、色んな奴に声をかけられる。


サボってる杏とダベったり。

白坂から借りたDVDをもう勘弁して下さいと頼みながら返したり。

上田の着ぐるみの修復を手伝ったり。

前川にカマクラの写真を見せて自慢したり。

蘭子に黒魔術教えたり。

城ヶ崎姉妹に制服姿でプリクラ撮ろうとごねられたり。

……なんだか不意に視線を感じたり。


いつのまにやら色々とやっていた。
こうしてみると、仕事中とはまた違った面が見えてくるな。

……最後の視線はほんと謎だが。なんかバレンタインがどうのって呟いてたような気もする。


そしてそろそろけーるかなー、と考えていた時。



「八幡P!」



背後から、またもや声をかけられる。この呼び方は…



光「制服だなんて珍しいね。今日はお休みなのか?」

八幡「光か。まぁな」



相も変わらず、やけにキラキラした瞳を覗かせる黒髪の少女、南条光。
年端もいかないように見えるが、こう見えて中学二年生である。



光「あ、そうだ! 八幡P、昨日は見た? もちろん見たよね!」

八幡「昨日?」



はて。昨日は何かやっていただろうか。もしかして占い? んなわきゃないか。



光「え。もしかして見てないの?」

八幡「悪い。何を…だ……?」



と、そこで尋ねる途中でようやく思い至る。

そうだ、話を振ってきたのは何を隠そう光だぞ? となれば、確認する番組などその手のものに決まっている……!





八幡「あ…ああ……!」

光「そうか……見逃したか」

八幡「……し、しまったぁぁぁ!!」

光「キュウレンジャー……あとエグゼイドも…」



プリキュアもなぁ!!



八幡「い、いや待て。大丈夫だ。毎週録画設定にしてあるから、ちゃんと録画されてるはず! よっしゃラッキー!」

光「本当に見てないの? ……あれ、でもさ、エグゼイドとプリキュアはともかく、キュウレンジャーは新番組だからそのまま録画されないんじゃ……いやでも、どうなんだろう。テレビによるのかな」

八幡「」

光「……ダメなんだね」



“新しいスタートを見逃さないで”って、そういう事ぉ!? ってか昨日の朝の放送なんだから既にもう見逃してんじゃねぇか!!



八幡「畜生……俺の、一週間の楽しみが……」

光「八幡P……」



がっくりと膝をつく俺に、光はそっと手を差し伸べる。



光「アタシん家のテレビ、録画してあるからさ。今度一緒見ようよ。ね?」

八幡「光……」

光「アタシは人を笑顔にする為にアイドルになったんだ……だったら、プロデューサーを笑顔にしたっていい!」

八幡「さすがにその台詞のねじ込みは無理があると思う」



とりあえず、どうにか2話から視聴という事態は免れそうだった。
これも持つべきは臨時担当アイドルという奴か……

よっしゃラッキー!



光「やっぱり本当は見てるだろ」















ゆっくりと歩みを進める。


もうすっかり夕暮れ時だ。遠くの空を見れば、微かに星空が見える。今日は天気が良かったからきっと奇麗だろうな。



八幡「……はぁ」



なんだか、どっと疲れた。

たまの休日だし、今日はゆっくりするはずだったんだがな。なんだかんだで下手したら仕事よりも活動したかもしれない。自業自得……で片付けるのはさすがにもう嫌だ。

だがまぁ、次でたぶん最後だ。
最後の最後に、もうひとイベント。



八幡「……どうしたんだ。急に呼び出して」



歩みを止め、少し先に立つ少女へと問いかける。

店の前で待っていた少女は、俺の担当アイドル。そして傍らには、その愛犬。



凛「ん。何となく、ね。迷惑だった?」



ハナコを抱え上げ、こちらへ笑顔を見せる凛。



八幡「……若干」

凛「もう。そこは少しくらい見栄を張ったら?」





呆れながらも、凛に別に怒る様子はない。



八幡「お前は知らんかもしれんが、これでも色々あったんだよ。ちょいと疲れた」

凛「ふーん。まぁ、これは歩きながら聞くよ」

八幡「歩くのは確定なんですね……」



そりゃまぁ、メールには『ハナコの散歩に付き合ってくれる?』とは書いてあったけども。



八幡「お前、レッスン終わりだろ。平気なのか?」

凛「うん、大丈夫。レッスンも思ったより早く終わったからさ。だから、久しぶりにハナコの散歩に行こうかと思って」

八幡「そりゃ、殊勝な心がけなことで」



歩きつつ、凛の隣に並ぶ。



凛「プロデューサーこそ、疲れてたなら断っても良かったのに」

八幡「生憎と帰る途中でな。家についてたら断ってた。良いタイミングだよほんと」



これはマジ。あともうちょっと遅かったら愛しの千葉へ帰ってたね。そしたらもう俺に成す術はない。家路一直線だ。



凛「そっか。じゃあ運が良かったんだね。……占いもバカにならないかも」

八幡「ん? 何か言ったか今」

凛「ううん。何でもないよ!」

八幡「あ、おい!」





ダッと、凛が駆け、ハナコもそれに続く。

俺は、それに遅れないようにと、追いつく為に走り出す。



凛「ほらほら、新しいライブも近いんだから、プロデューサーも気合い入れないと!」

八幡「俺が…走る……意味、が……っ……あんのかよ……!」



散歩だと聞いていたのに、これじゃあマラソンだ。明日筋肉痛になっていない事を祈るばかり。

本当、忙しない休日だったな。断言するが、絶対運は良くはない。こんだけ疲労困憊なんだから間違いない。


……けど、非情に不本意なことに、運が良いかと楽しいかどうかは別だしな。






凛「ほら早く、プロデューサー!」


八幡「分かってるよ! ったく……」






だからこの胸中に広がる気持ちは誰にも言わないし、言葉になんて絶対しない。



楽しかった、なんて。死んでも言ってやらねぇよ。






終わり


今回はここまで! 凛ちゃんも獅子座でしたというオチ。

前に番外編もう書かない的なことを言いましたけど、すいません。たぶんまた書きます。

週末に更新予定です。恐らくは日曜になるかと……いつも遅れてすみません。

本当に申し訳ない……今日もちょっと無理そう…

生存報告です。もうしばしお待ちを…

大変永らくお待たせしました。10時頃、更新開始します!











午前午後と探索を続け、時刻は既に夕方7時過ぎ。
あれから部屋を全て探索し、通路も含めてあらゆる場所を探し尽くした。だが……



楓「……やはり無いですね、どこにも」



一つ溜め息を吐き、少しだけ残念そうな表情でご飯を食べる楓さん。
あまり落胆した様子じゃないのは、恐らく見つかるとは思っていなかったからだろう。楓さんに限らず、凛や鷺沢さんも。

ちなみに夕食会場には既に全員が揃っている。さすがに昼から酒というのは自重したのか、大人組には酔っぱらった様子はまだ無い。いや、もう日本酒あけてるから時間の問題なんだけども。



早苗「ったく、これだから探偵は頼りにならないわね。やれやれだわ」

八幡「それじゃ、刑事さんは何か手がかりでも掴んだんすか」

早苗「いや全くこれっぽっちも」



ですよねー! むしろ清々しいくらいの開き直りであった。



凛「これから、どうしようか」

文香「そう、ですね……ここまで手がかりも無いと、さすがに…」



うーんと、一同がメシを突きながらも頭を悩ませる。

だが悲しいかな、その温度差が違うのが微妙に分かる。向こうの未成年側はそんなでもないけど、こっちとかトーンがガチである。マジで重要案件なんですね……





早苗「まぁ仕方ないわ。一応リミット的にはまだ二日ある事だし、今夜はとりあえず……」

八幡「……とりあえず?」

早苗「飲むわよっ!!!」



ですよねぇー!! 分かってた、八幡分かってた……


その後2時間程だろうか。やんややんやと騒ぎつつ(主に大人組が)、姦しい戯れも程々に、前乗り二日目の夕食は終了した。……なんでああいう宴会場ってカラオケ常備してあるんですかね。いや、多くは語らないけども。

宴会場から出た時点で、未成年組は各々が部屋へ。案の定俺は大人組の二次会へと誘われたが、何とかかんとか頼み倒して遠慮した。単純に嫌だったという理由もあるが、うちの探偵さんの言う作戦会議があるからな。ここで連行されるわけにもいかない。単純に嫌だっていう理由がデカいが。

しかし楓さんは付いて行っていたようだったが、大丈夫なのか? まさか言った本人が忘れていたりはしないだろうな……


多少不安になりながらも自室で待機していると、先に凛と鷺沢さんが尋ねてきた。この2人も何と言うか律儀だな。



凛「楓さんはまだ来てないんだ」

八幡「ああ。忘れて飲んだくれてなきゃいいが」

凛「さすがにそれは……」



無い。とは言い切らない辺り凛にも不安が見て取れる。ってか表情に出てる。



文香「二次会に少しだけ顔を出して…その後に来るつもり、なのでしょうか……?」

八幡「まぁ、もう少し待って……ん」



と、そこで携帯が振動している事に気付く。恐らくメール。楓さんか?



八幡「………………………………」

凛「ど、どうしたの?」



携帯を見て動かなくなってしまった俺に、凛は心配するかのように尋ねてくる。俺は無言で携帯の画面を2人へと向けてやった。





凛「……『申し訳ありませんが、早苗刑事に逮捕されてしまったので、あと30分程待っていて貰えますか?』……ね」

文香「……文章に反して、随分と楽しそうに乾杯する写真が添付されていますね…」



ミイラ取りがミイラに……じゃねぇな。確実に確信犯だろこれ!



八幡「本当に30分で来るのかも怪しいな……」

凛「さすがに、それは……」



無い。とはやっぱり言えないようだった。
楓さんの信頼度ェ……



八幡「……」

凛「……」

文香「……」



そして、沈黙。

え、何、このまま30分待機?



八幡「……とりあえず、トランプでもやるか?」

凛「なんで持ってるの……」



ツッコミつつ、特に反対意見は出さない凛。まぁ、ヒマだしね……
あと別に、これは俺が用意したわけではないぞ。泊まりで撮影だっつーから、小町が勝手に押し付けてきただけで。べ、別にお前らとトランプがしたかったんじゃないんだからねっ!


とまぁその後三人で何故かトランプに興じるという意味不明な時間を過ごし、楓さんがやって来たのはババ抜き3回七並べ2回を終えもう飽きつつある時であった。一時間近くかかったぞオイ……





楓「ごめんなさい、最初は怪しまれない為に顔だけ出すつもりだったんだけど……ね?」



いや、ね? じゃない。そんなに可愛くウインクしてもダメ。ってか大丈夫? もう大分お酔いになられてますよね??



八幡「そんなんで作戦会議できます?」

楓「大丈夫。それよりも、比企谷くんこそ大丈夫? いつもより顔が白いけれど。まるで女の子みたい」

八幡「そっちは鷺沢さんです」



まるでっていうか女の子である。完全に出来上がってるじゃねぇか!

水を飲ませ、落ち着かせ、何とか人物の判別が出来るようになった所で、ようやく本題へと入る。ただ面子のテンションが大分どうでもよくなってきているのは秘密だ。



楓「……ふぅ。それで、今後の方針なんですけれど、私に一つ考えがあるの」

八幡「考え?」



今更そんなキリッとした表情になっても遅いですよとか、余計な雑念は頭から追い払い、探偵さんの言葉を待つ。



楓「とりあえず整理しましょうか。昨日今日と、武蔵の詮索をずっと続けていたわけですけど、結局見つからないまま……つまり、可能性としては大きくわけて二つ考えられます」



ピースを作るように、二本の指を立てる楓さん。



文香「二つ……ですか?」

楓「ええ。誰かが武蔵を持ち出したと仮定した上で、の二つですけど」



今日は二人一組による各部屋の捜索(+早苗さんの個人捜査)。そして昨日の事件発覚後にも、各自の自室を念のため軽く調査した。勿論、そこにも剣聖武蔵の姿は無かった。

旅館の方にも確認し、考えられる所は全て探した。その上で、楓さんが上げる二つの可能性……





楓「まず一つは、あまり考えたくない事ですが……」

八幡「……」

楓「……あまり、考えたくはない事なんですが…………」

八幡「分かりましたから進めてください」



あくまで仮定の話だってのに、自分の考えにそんなに落ち込まないで頂きたい。



楓「……既に無い、つまり飲んでしまったか、処分してしまったという可能性、ですね」



どんより、本当に、そんな事実を認めたくないという風に言う楓さん。



楓「ただあの暗闇の間だけで全て飲み干すというのは難しいと思うので、何かに移し替えたか……」

文香「水道に、流したとか……」

楓「……」

凛「ま、まぁ確かに、それなら中身の処分は楽かもね」



また楓さんの表情が哀しげになってきたので、凛が取り繕うように話を進める。



楓「……瓶の方も、ラベルさえ剥がしてしまえば恐らく分からないと思うわ。一階の厨房の近くの廊下に空瓶置き場があったから、あそこに置かれたら気付かないでしょうね」

文香「なるほど……確かに大広間からもそう遠くありませんね…」



ふむふむと、思案するように頷く鷺沢さん。まさにその姿はさながら安楽椅子探偵のようにも見える。



八幡「ただそうなってくると……」

楓「ええ。やっぱり、動機が分からないのよね」



そう、動機。これが一番の謎だと言ってもいいだろう。
移し替えたならまだしも、処分したとすれば本当に意味が分からない。もはやただの嫌がらせだ。普通に考えれば、そんな事をしたがる奴がいるとは思えないだろう。





楓「一応、動機についての予想は無いことは無いんですが……」

凛「そうなの?」

楓「…………」



視線を下げ、考え込むようにする楓さん。だが、すぐに顔を上げ笑みを浮かべる。



楓「まぁ、とりあえずそれは置いておいて、もう一つの可能性の話をしましょうか」

文香「……」 こくっ



神妙な顔つきで頷く鷺沢さん。

なんだかいつも以上に食い気味に話を聞いてるな。もしかして思った以上に推理している楓さんにミステリーを嗜む者として何か揺り動かされたのだろうか。その瞳には、心なし期待が見て取れる。



楓「もう一つは……隠し持っている、という可能性です」

凛「隠し持っている……?」



楓さんのそのシンプルな言葉に、少し拍子抜けしたように反芻する凛。



凛「それは、そうかもしれないけど……でも、殆どの場所は探したよね?」



凛の言い分は最も。さっきも言った通り、昨日、今日と、俺たちは探せる場所は粗方探し尽くした。



楓「ええ。でも、まだ探してない所もあるわよね? 例えば……」



そこで、ジッと楓さんの視線がある一点へと注がれる。
皆がそこへ同じく視線を向けてみれば、あるのは一つの旅行鞄。

つまりは、俺の荷物。



楓「……それそれ個人の荷物までは、調査はしていないでしょう?」



不適に笑う楓さん。

そう、その通りだ。確かに俺たちは各部屋の捜索はしたが、さすがに鞄などの荷物の中までは見ていない。というより、あえてしなかったと言った方が正しいか。



楓「そこまではしたくない、という気持ちが全員にありましたからね。私もそこまでするべきではないと思っています」





もしも荷物の調査を、なんて言い出せば、それは疑っている事に他ならない。そこまでする必要な無いと、暗に全員が思っていた。無闇に人間関係を乱すのは得策ではない。……まぁ、その発想自体無い奴らも数名いそうではあるが。



楓「だから、これは最初に言ったようにただの可能性。実際に私物のチェックをしようなんて言いませんよ」

凛「楓さん……」

楓「しようがないですからね……ふふ」

凛「…………」



頼むからセルフで上げて落とすスタイルをやめて頂きたい。



文香「それでは、先程言っていた方針というのは……?」

楓「ええ」



楓さんの推理によってまとめた情報。可能性は二つ。
誰かが既に処分してしまったか、隠し持っているか。

だが、捜査としては私物のチェックをしない以上、これ以上手を付けようがない。

そこで楓さんが提案したのが……



楓「直接勝負と行きましょう」

凛「…………え?」



素っ頓狂な声、というのが正しいだろう。凛だけではない、鷺沢さんも、さすがに予想外だったの目を丸くしている。



凛「直接、っていうのは……」

楓「アリバイ確認をした時に嘘をついていた方たちへ、何故嘘を付いたのか訊くんです。分かりやすいでしょう?」

凛「分かりやすいっていうか……」



むしろドストレート過ぎるくらいである。それ私物のチェックさせてくださいってのと殆ど変わらない所が、むしろ酷くなってる気がするんですが……





楓「そうかしら?」



だが、楓さんはどこ吹く風。



楓「私なら、遠回しに疑われるより、面と向かって話を訊かれた方が嬉しいです」



笑顔でそんな事を言うんだから、ああ、何でか知らんが、とても探偵っぽいと思ってしまった。安楽椅子とは程遠い調査だけどな……



文香「それでは、やるんですね……」

楓「ええ。この事件、明日で決着をつけましょう」

凛「あ、明日中に終わらせるの?」

楓「だって、最後の一日は気持ちよくお休みしたいじゃない?」




まぁ、それについては同意。
なんだかんだ、探偵ごっこも面白いと言えば面白いが、やっぱ折角の温泉旅館だ。ゆっくりしたいという気持ちもある。むしろそっちのが俺はデカい。それしか無いまである。




楓「それじゃあ、明日へ備えて……」

八幡「…………」

楓「今日はもう寝ましょう♪」

八幡「はいはい、分かってまs…………え?」



ん? あれ、今、なんてった?



八幡「今日は飲まないんすか……?」



恐る恐るの確認。まさか、楓さんがそんな事を言うなんて……!





楓「たまには身体を労うのも大事かと思ったんですが……あら、もしかして、比企谷くんは飲みたかったのかしら?」

八幡「ま、まさか。どうせ俺はソフトドリンクですし、むしろ良かっ…」

楓「そう、飲みたかったのね。じゃあしょうがないですね♪」

八幡「は?」



と、どこからともなくビニール袋を取り出す楓さん。中には飲み物たっくさん!?



楓「そうですかー比企谷くんが飲みたいのならしょうがないですねー♪」 ぷしゅっ

八幡「いや言ってない一言も言ってないってか何もう開けてんですかあなたはってあーーもうやっぱこうなるのか!」

凛「……もう諦めなよ」

文香「……今夜も、長くなりそうです」



こうして、二日目の夜も更けてゆく。

なんでだろうね。全然全く一滴たりとも飲んでないのに、お酒が嫌いになりそうだ。



なんだか、無償に暖かいMAXコーヒが恋しくなった。















日付は変わり、三日目の朝。
相変わらず天気は悪い。こういう時ばかりは天気予報の正確さが嫌になるな。

なんだかんだで撮影開始まで今日を合わせあと二日となった。高垣探偵団の団長こと迷探偵(誤字に非ず)楓さんは、今日で決着をつけると言う。果たして、そう上手くいくのだろうか。



楓「さて、それじゃあまずはレナさんから行きましょうか」



朝飯を終え、二階の談話室にて密談を交わす探偵団の面々。
なんでも、楓さんは既に容疑者……って言うとアレだが、兵藤さん、幸子、莉嘉たち三人へと声をかけていたそうだ。いつの間に……



凛「全員まとめて、ではないんだね」

楓「もちろん。全員集まるのは、犯人が発覚した時と決まってますからね」

文香「……」 こくっこくっ



また鷺沢さんが大きく頷いている。まぁ、推理ものとしちゃ鉄板だもんな。
それにしても鷺沢さんはどこかイキイキとしているように見える。心なし、気持ち、というレベルだが。

もしかしたら、この人が一番この捜査を楽しんでるんじゃないだろうか……



八幡「それじゃ、これからレナさんの部屋へ行くんすか」

楓「いいえ、他の場所で落ち合う事になっているわ」





他の場所?
誰か別の部屋へ呼び出したのか、まさか俺の部屋じゃないだろうな……と、少し不安に駆られていると、楓さんは天井、というより、上を指出し意味深に笑う。



楓「行けば分かりますよ♪」



……ちょいと不安が増したが、まぁ、それもいつもの事か。

先を行く楓さんの後へ付いて行き、凛と鷺沢もそれに習う。
一同は階段を上り三階へ。マジで俺の部屋かとビクビクしたが、そこは普通にスルー。そのまま楓さんは更に奥へと歩みを進めて行く。

まさか、三階の談話室ってオチか? それとも、この先にあるとすれば……

と、俺の思考が予測をつけた辺りで、丁度楓さんが歩みを止める。そこはアイドルたちの誰かの部屋の前でもなければ、談話室でもない。



レナ「あら。来たみたいね」



兵藤さんが待っていたのは、ある意味では俺が一番楽しみにしていた場所。

つまりは、ゲームコーナーだった。



八幡「なんでまた、こんな所で……」



俺が訝しげな視線を向けると、しかし楓さん本人も首をかしげ、はて? という表情を造る。



楓「さぁ? この場所を指定したのはレナさんですから、私にも分からないわね」

八幡「兵藤さんがここを?」



それが本当なら、いよいよマジで分からんな。なんでゲームコーナー??
選んだのが楓さんなら、まだ何となくとか、お遊び気分でとか、とりあえずよく分からん感性で納得できそうなものだが(普通に失礼)。

こちらの疑問が伝わったのか、苦笑する兵藤さん。





レナ「ああ、この場所に呼んだのはちょっと理由があってね」

八幡「理由」

レナ「ええ。……率直に言って、あなた達は私を疑っているんでしょう?」

楓「!」



その言葉で、高垣探偵団に動揺が走る。いや、まぁ面子で呼び出してる時点でそりゃ予測もつくだろうけども……



楓「疑っている、という程ではないんです。ただ……」

レナ「ただ?」

八幡「アリバイを確認した時、携帯を取りに行くとおっしゃいましたよね。本当は持っていたのに」



遠回しに言うような事でもないので、はっきりと告げる。
しかし、兵藤さんの表情に特に変化は見られない。まるでやましい事は無いと、そう言わんばかりの余裕だ。



八幡「暗闇の中で間違って兵藤さんの巾着に触れてしまいまして。恐らくあれは携帯電話でしょう?」

レナ「…………」

八幡「なんで嘘をついたんです?」



俺の核心を突くかのような質問に、兵藤さんはフッと小さく笑みを零し「なるほどね……」と呟いた。



レナ「……確かに、あの時は嘘をついた。それは認めるわ」

凛「!」

文香「それでは……」

レナ「でも、それとこれとは話は別よ? 武蔵を持ち出したのは私じゃない。その主張は変わらないわ」



肩をすくめるようにし、あくまで自分ではないと言う兵藤さん。
まぁ、確かに嘘をついた事でそれが持ち出した証拠には繋がらないわな。



楓「では、何故あんな嘘を?」

レナ「言う必要がある? 黙秘権を主張するわ」

楓「……理由を教えて貰えないのであれば、はいそうですかとは引き下がれないわね」





ジッと、それからお互いを見つめながら黙ってしまう二人。
なんというか、まるでドラマのワンシーンのようだ。さすがは現役アイドル、絵になる。……実際はただの酒を取っただ取らないだの残念なやり取りなのだが。

そしてどれくらいの間があっただろう。先に口を開いたのは兵藤さんだった。



レナ「……そうね、それじゃあ、一つ勝負をしましょうか」



その表情は、まさに不適な笑みと言ったところ。挑発的とも言える。



楓「勝負?」

レナ「ええ。こうなるんじゃないかと思って、この場所へ呼んだの」



そう言って、兵藤さんはゲームコーナーの奥へと進んで行ってしまう。
慌てて後を追う俺たちだったが、その先にあったのは……なるほど、そういうことか。



レナ「もしも私に勝つことができたら、潔く理由を説明するわ」



キラキラと光輝く筐体に、ジャラジャラと音を鳴らす無数のメダル。
回転するルーレット、弾かれる銀色の玉……

所謂メダルコーナー。そうだった。兵藤レナさん、この人は”元ディーラー”。

であれば、この場所にいるのはむしろ自然だとも言える。



レナ「簡単なゲームコーナーではあるけど、それでも、勝負をつけるには充分ね」



そう言って銀色に輝くメダルを弾き玩ぶ姿は、なんとも様になる。

……しかし、まさかの展開。よもや勝負をする流れになるとは思わなんだ。
何と言うか、コナン君で言う所のシリアス回じゃなくて少年探偵団の回だった、みたいな。……いやこの例えも大分謎だな。



楓「ふむ……なるほど」



そして隣を見れば、腕を組み思案する楓さん。一応忠告しておくか。



八幡「楓さん。相手はあの兵藤さんです。そこの所をよく考えてくださいよ」

楓「受けて立ちます」

八幡「楓さん今の俺の話聞いてましたか何で即答なんですか話聞いてませんでしたかよく考えてくださいって言いましたよね俺」





いやどうせ受けるとは思ったけどさぁ! もうちょっと聞く耳持とう!?



楓「大丈夫ですよ。きっと何とかなります」



何故か余裕たっぷりにウインクまでしてみせる楓さん。
相変わらず楽観的というか飄々としているというか、一体その自身はどこからやってくるのやら。



八幡「けど、何も相手の得意分野で勝負を受けなくても……」

レナ「安心して。そこはちゃんとハンデをつけるから」



ハンデとな……それを聞いて少し安心する。
賭け事に関しちゃ、恐らく高垣探偵団に勝てそうな団員はいない。中でも一番団長が頼りなさそうってどうなのこれ。声だけは賭け事にめっちゃ強そうだけども。



レナ「それじゃあ、とりあえずルール説明を始めるわね」



そう言うと兵藤さんは、あらかじめ用意していたのかメダルの入ったカップをどこからともなく取り出し、近くの格ゲーの筐体へと並べ始める。

置かれたカップは五つ。



レナ「ルールは単純。一人百枚ずつメダルを持ち寄って、それを最終的にどれだけ増やせるかで勝負。一番多かった者が優勝よ。制限時間は……一時間もあればいいかしら」

楓「……? 一人百枚ずつ、ですか?」

レナ「ええ。だから、厳密には一対四という事になるわね」

八幡「!」





それは、また何とも分かりやすいハンデだな。
要はこちらの四人の内の誰かが一人でも兵藤さんのメダル数を上回ればいいわけだ。ハンデとしてはかなり大きい。

……けど、何故だろう。それでも不思議と勝てる気がしない。こっちのメンバーの実力が未知数すぎるのも理由ではあるが。



レナ「どう? 何か異論はあるかしら」



念のため振り返り、凛と鷺沢さんを見るが、二人も特に異論は無いようで無言で頷く。俺も特には無いが……どのみち最終決定権はこの人にある。



八幡「どうですか。高垣探偵」

楓「大丈夫です。それでいきましょう。…………今の呼び方でもう一回呼んでもらえるかしら?」



呼ばねーっつの。

かくして火蓋は切って落とされた。GAME START!!






× × ×






八幡「凛。メダルくれ」

凛「早っ!?」



ゲーム開始から15分経過。俺は既に無一文であった。世知辛い世の中だぜ……





凛「一体何したらそんなにすぐに無くなるの……」

八幡「ポーカー。最初は調子良かったんだがな。気付いたらカップが空だった」

凛「……最初は『はなから使わない方が勝てる可能性あんじゃねーか?』とか言ってたのに」



おっかしーよなー、グラブルだったら結構稼げるのによ。やっぱダブルアップが無かったのが痛かったか。

しかしこうしていると、いつだったか奉仕部+その他と行ったゲームセンターを思い出す。あの時も小町にせびてたなぁ……あれ、もしかして俺ギャンブル駄目系男子?



凛「私は良いけど、でもルール的にどうなの?」



と、チラリと兵藤さんを見やる凛。
確かにそう言われてみると微妙なとこか。こっちは四人だし、始まった時点で一人に全部あげてしまえば四百枚になる。そう考えるとかなりズルい。

しかしレナさんもここまで早く脱落するとは思ってなかったのか、苦笑しつつ救済処置を与えてくれた。



レナ「それじゃあ、十枚だけなら分けていい事にするわ。一人一回までね」

八幡「なんかすいません……」



何とも情けない挑戦者であった。
しかし十枚であと何ができるだろう……



凛「はい、十枚」

八幡「おう。サンキュ」



アイドルに養われるプロデューサーの図がそこにあった。悪い気はせん。むしろ理想だ。
この現場を小町に見られたら、兄を甘やかさないでください、とかまた言われんだろうな。ま、今日はいないもんねー!

ちなみに凛はと言うと、定番のメダル落としをずっとやっているようだ。タイミングを見計らってメダルを落とし、押し出すやつ。見た所、少し増えているようなのでまずまずと言ったところか。我ながらすかんぴんのくせに謎の上から目線。





凛「あんまりゲームセンターとか来たこと無いし、初めてやったんだけど……結構難しいものだね」



と、そうは言いつつ下手ではない。もう少しでジャックポットのチャンスだ。こういう妙に要領が良い所は凛らしいな……性格はどちらかと言えば不器用な方なのに。



八幡「そういや、楓さんは何してるんだ」

凛「さっき、あっちのパチンコ台の方で見かけたけど……」

八幡「その台詞だけだとかなり嫌なパワーワードだな」



でも楓さんだったらパチ屋にいてもそんなに驚かない気もする……いやでもやっぱり嫌だわ。



凛「あ、戻ってきたよ」



凛の視線の先を見ると、こちらへ歩いてくる楓さんがいた。持ってるカップの中身は見えないが、その表情は妙に上機嫌に見える。

もしや、これは良い結果が……?



楓「……私の戦いは、ここまでのようです」

凛「こっちも早い!?」



やっぱりだった……こんなに分かりやすい展開があっただろうか。いや、全く全然人のことは言えないんだけどな。



楓「おかしいわね。最初は調子が良かったんだけれど、いつの間にか空になっていたの」

凛「……どこかで聞いたような台詞だね」



凛の視線が痛い。と、とりあえず口笛を吹いて誤摩化しとこう。

そして例によって凛から楓さんへ十枚譲渡。今度は助手のお世話になる探偵の姿がそこにはあった。





楓「ありがとう、ミス・ワトソン」

凛「それまだ続いてたんだ……」



と言いつつ嫌そうではないんだから素直じゃない奴である。
というか、凛はどこか楓さんを尊敬してる節があるからな。その奔放さに呆れてはいても、同時に憧れのようなものも持っているのだろう。

それも、分からない話ではない。



楓「えい」

凛「か、楓さん! そこじゃなくて、もっとメダルが密集した所を狙って…」



……たぶん。

その後は俺も楓さんも凛の隣で同じメダル落としをプレイすること30分。10枚でどうにか粘りに粘ったが、制限時間を残し再び0枚になってしまった。ちなみに楓さんはもっと早い段階で見るだけになっていた。

そして、期待の凛もあまり振るわない様子。



凛「うーん……中々増えないね」

八幡「まぁ、この手のゲームは元々辛い調整になってるしな」



基本的に時間を潰して遊ぶゲームみたいなもんだから、たまに当たってメダルが増えても、結局ジリジリと少しずつ減って行く。その繰り返しだ。



楓「なんともいじらしいわね……こう、台を少し揺らしたら落ちないかしら」

八幡「思いっきりイカサマですからやめてください……」



賭け狂うどころか普通に迷惑行為です。

そしてその後も凛は奮闘するも、特に大当たりがあるわけでもなくゲーム終了。
ここからは集計タイムだ。





凛「えっと、六十四枚……かな」



凛の最終結果、六十四枚。何ともリアルな数字だ。
むしろ、初めてやったにしては上出来な記録と言える。



八幡「俺は0です」

楓「私もです♪」



凛が数えてる間は何とも言えない緊張感があったのに、俺たちは一言で結果報告が終わってしまった。なんとも虚しいものである。そしてなんで楓さんは無駄にそんなに自身たっぷりなんだ。



レナ「それじゃあ、次は私ね」 ドンッ! ←カップを置く音

八幡「終了。解散」

凛「諦め早っ!?」



いや無理でしょ。何よ今の音。何枚あったらそんなワンピースの効果音みたいな音出るの?



楓「ダメよ比企谷くん。最後まで希望を持たないと」

八幡「あんな漫画盛りのご飯みたいにカップからメダルが見えててもですか」



やべぇよ、元ディーラーなめてたよ……まさかこんなお遊びみたいなゲームまで上手いとは。さっき見た感じだとスロットやってたし、やっぱその手のが得意なんか。

負けは見えつつあるが、一応兵藤さんがメダルを数えるのを待つ。枚数は多いが、手際はかなり良いので思いの外早く終わった。



レナ「六百八十二枚ね」

八幡「…………」



完敗。そらもー清々しい程の完敗であった。





八幡「……楓さん。負けちゃいましたけど」

楓「ええ。……良い勝負でしたね」

八幡「俺が言うのも何ですけど貴女が一番勝負できてなかったです」



っていうか、そういうこっちゃない。



レナ「あら。でももう一人挑戦者がいるんじゃなくて?」



と、そこで兵藤さんの台詞で思い出す。
そうだった。あまりの影の薄さで忘れていたが、高垣探偵団にはもう一人、安楽椅子探偵がいたではないか。



文香「おまたせ、致しました」

八幡「鷺沢さん……?」



ヒーローは遅れてやってくるものとばかりに、妙に格好良く登場する鷺沢さん。正直制限時間ちょっと超えてたんじゃないかとかちょっと思う所はあるがそこは置いておくことにする。

それよりも気になるのは、その両手に抱えたメダルいっぱいのカップだ。



凛「す、凄いメダルの数」

文香「先程数えましたら……千と五十九枚、ありました」

凛「千!?」



まさかのダークホース。鷺沢さんにこんな特技があったとは……!」



八幡「ちなみに、何のゲームやったんすか」

文香「入り口の方にあった、ジャンケンマンというゲームを……」



まさかのジャンケンゲームだったーー!

いや、確かにあれもダブルアップがあるから上手くいけば稼げるけども……それにしたって豪運
である。撮影出発前に鷹富士さんか依田と握手でもしてきました?





レナ「……やるわね。私の完敗だわ」



苦笑する兵藤さん。この展開はさすがに予想外だっただろうな……



レナ「結構本気でやったんだけどね……でも、負けは負け。約束通り話すわ」

楓「!」

レナ「何故、携帯電話を取りに行ったなんて嘘をついたか……」



兵藤さんのその言葉で、場に緊張が走る。

そうだ。なんかゲームに夢中になってたおかげで忘れそうだったが、元々これはそういう理由で始めた勝負だった。別にただ遊んでいたわけではない。わけではないんだ。



レナ「本当はあの時、急いで部屋に戻らないといけない用事があったのよ」

楓「用事、と言いますと?」

レナ「…………」

八幡「……?」



兵藤さんは何故かチラッと俺の方を見ると、とても言いにくそうに言い淀む。
その表情は何と言うか、恥ずかしそう……?



レナ「楓さん。ちょっと……」

楓「?」



ちょいちょいと手招きし、楓さんを近くに呼ぶ。
他の者へ聴こえないようにと、耳元で口を隠しながら囁くそれは、いわゆる耳打ち。



レナ「……………」

楓「はい?」

レナ「だ、だから………………ったのよ……」

楓「……ああ!」





ぽん、と手を打ち、納得したかのように笑顔を浮かべる楓さん。



楓「なるほど。ブラj…」

レナ「ちょーーっとぉ!!? 耳打ちした意味ないでしょ!!」



何かを言いかけた楓さんの口を、瞬時に塞ぎにかかる兵藤さん。その顔は真っ赤っかで、非情に何と言うか、普段の大人な雰囲気とのギャップがあって素晴らしいですね。



レナ「だから、すぐにでも部屋に戻りたくて……」

凛「それは……確かに飛び出て行っても仕方ないかも」

文香「他の方にも、言い辛いというのも、わかります……」

レナ「そうでしょう?」



と、今度は何故か女子勢そろってこしょこしょと何やら話し始める。俺、完全に蚊帳の外。
そして密会が終わったのか、兵藤さんは一度咳払いをすると俺の方へ向き直る。その顔はまだ少し赤い。



レナ「……というわけで女の子たちへは理由を説明したけど、納得して貰えるかしら」

八幡「あー……まぁ、男の俺には言いにくい話だってことは理解しました」



うんうんと頷く高垣探偵団女子s。
であれば、俺が問い質すのも野暮というものだろう。正直めちゃくちゃ聞きたいが。



レナ「なんなら、私物のチェックをしても構わないわよ?」

八幡「いえ。楓さんたちも納得してるようですし、元々そこまでするつもりは無かったんで大丈夫です。……って言って良いですよね団長」



楓「ええ。捜査へのご協力、ありがとうございました」



まぁ捜査っつっても、ほぼ遊んでたようなもんだが。



レナ「この後は、他のメンバーの所へ行くの?」

楓「そうですね。時間は決めてあるので、次の方はお昼の後です」

レナ「ふーん……」





と、そこで何故か笑みを浮かべる兵藤さん。
一瞬捜査に同行したいとでも言うのかと思ったが、どうやら違うようだ。



レナ「……お昼の時間まで、まだ一時間以上はあるわね」



携帯電話で時間を確認しつつ、不適に笑う兵藤さん。その眼光は妙に鋭い。おっと、これはもしや……?



レナ「どう? 捜査とは何の関係も無いけど、もう一勝負いかないかしら?」

楓「受けて経ちます」

八幡「いやだからなんで即答?」



なんなの? 勝負を仕掛けられたら必ず受けなきゃいけない性分なの? ポケモントレーナーなの?
……たぶん、何となく楽しそうだからって理由だけなんだろうな、この人は……



レナ「それじゃああっちの方にビリヤードがあるから、今度はそれで勝負しましょうか。……今度は負けないわよ」



ニヤリと、とても楽しそうに笑顔を浮かべる兵藤さん。
この人もこの人で、かなりの負けず嫌いのようだった。そりゃ、ギャンブルも強いわけだわな。



文香「ビリヤードも初めての経験なのですが、大丈夫でしょうか……」

凛「私も。プロデューサーはやったことある?」

八幡「……まぁ、ナインボールくらいなら」



その後は5人でただただ普通にビリヤードをやって遊んだが、まー兵藤さんは強かった。本当、相当悔しかったんだろうね……

さて。昼飯を済ませたら、再び捜査開始だ。



お次のターゲットは、あの自称・シロである。





今夜はここまでです! 予定ではあと2~3回の更新で楓さん編は終了です。
もう久しぶり過ぎて話も忘れちゃってるかもしれませんが、まとまったら渋の方にも投下しますんで、よろしくお願いします。

そしてお知らせですが、楓さん編が終了後、渋谷凛のその後(+ラストエピローグ)を更新、8月9日に完全に完結予定です。
最後の最後に駆け足ではありますが、何卒最後までお付き合いください。

10時頃更新します。
あと2~3回で楓さん編終了と言いましたが、今日で一気に終わりまでいきます。

すいません遅くなりました。更新します!











幸子「う、ううううう嘘なんてついてません! ボクは無実ですよ!!!」



部屋中に響く輿水の叫び。
ここまで分かりやすく狼狽されると、いっそ清々しいな。自称・女優を語るならもうちょい取り繕ってくれ……

昼飯を終え、輿水の部屋へ来て既に10分程。だが、兵藤さんの時と同様に事情聴取を行ったところこの有様。



楓「幸子ちゃん? 別に私たちは、貴女を疑っているわけじゃないの。ただ何で部屋へ行ったか、本当の理由を聞きたくて……」

幸子「だ、だから、お手洗いに行っただけだって言ったじゃないですか! 嘘なんかじゃありませんよぉ!」



と、ずっとこの調子である。

……まぁ、確かに嘘ついてるって証拠は無いんだよな。あからさまに怪しいだけで。



楓「比企谷くん。ちょっと…」

八幡「はい?」



すると楓さん、俺の耳元に顔を近づけ、耳打ちをしてくる。いや、だからそういう行動をさ、あんまり気軽に青少年に対してやらないでくれますかね……!

微妙に身体を傾け、少しでも距離を取る。断じてヘタレではない。





楓「どうにか、聞き出す方法は無いかしら?」

八幡「いや、それを俺に訊くんすか」

楓「だって、幸子ちゃんなら比企谷くんの方が対応が上手いと思って」



一体どういう意味だそれは。おちょくるのは好きだが、果たしてそれは対応が上手いのに繋がるのか……?



楓「ね? お願い」

八幡「……まぁ、やれるだけやってみます」

楓「その間に、私はちょっと……」



と言って、楓さんはスッと引き下がる。
なんか面倒毎を押し付けられた感があるが、これもプロデューサー……じゃなくて、高垣探偵団の仕事か。



幸子「なんですか? さっきからコソコソと……」

八幡「あー……輿水よ。お前はわざわざ部屋までトイレまで行ったと話したな?」

幸子「え、ええ。それが?」



相変わらずいちいち返答がしどろもどろである。ってかこれ大丈夫か? 俺セクハラで訴えられたりしない?



八幡「だとすると、少し妙なんだよな」

幸子「みょ、妙とは?」

八幡「兵藤さんが言ってたんだよ。兵藤さんと莉嘉はお前と同じように部屋へ戻ったらしいが、行く時も戻る時もお前とは会わなかったってな」

幸子「ぶぇっ!?」



理由が違ったにしろ兵藤さんが部屋へ戻ったのは本当だった。そしてその兵藤さん曰く、部屋へ向かう時は莉嘉と一緒だったが、輿水はいなかったらしい。



八幡「お前らの部屋は同じ階にあるのに、なんで道中一緒じゃなかったんだ?」

幸子「そそそそそそ、それは……!」


あ、すいません。訂正なんですが、幸子と莉嘉は同室じゃありません。別室です。直すの忘れたまま前に投下してしまったので、脳内補完でお願いします……




明後日の方向を見ながら更に狼狽しまくる輿水。その目は泳ぎに泳いでいた。自分で問い詰めといてなんだがもう少し頑張れ自称・女優。



幸子「……く、暗闇で気付かなかったんじゃ!」

八幡「その時はもう既に明かりついてたよな」

幸子「…………べ、別のルートを通って……!」

八幡「この旅館は上の階に行く階段は一つしかないだろ」

幸子「………………ちょ、ちょっとトイレに寄って…て……」

八幡「そもそもトイレの為に部屋へ行ったんじゃないのか」



発言の旅に縮こまっていく輿水。ここまで語るに落ちまくる奴も珍しい……
ここまでくると、もはや嘘をついてるって言っているようなものだ。



幸子「う、ううう……ボクじゃない、ボクじゃないんです!」

八幡「いや、そう言われてもな……」



せめて宴会場から抜け出した本当の理由を説明してくれれば助かるんだが、それも言いたくないようだし、困ったもんだ。
そんなに苦渋の表情をされると、なんだかこっちが悪い事をしてるような気分になってくる。



凛「……プロデューサー、その辺にしといてあげたら?」

文香「少し、不憫に思えてきました……」



見かねたのか、小さな声で告げてくる凛と鷺沢さん。まさかの高垣探偵団からの助け舟であった。まぁ、気持ちは分からんでもない。さっきまでうろちょろしていた楓さんも若干申し訳なさそうだ。



幸子「う、うう……」

楓「……ごめんなさい、幸子ちゃん」

幸子「楓さん……?」

楓「確かに私たちはあなたの証言を疑ってはいるけれど、それでも、貴女の事を犯人だとは思っていないわ。そこだけは信じて」





輿水へ歩み寄り、まるで子供を諭すかのように優しい声音で話しかける楓さん。
……まぁ、14歳と25歳だし実際大人と子供なんだが。



楓「責め立てるつもりもないの。だから安心して頂戴」

幸子「楓さん……」



その言葉に、少しだけ気持ちが揺らいだような表情になる輿水。
しかしすぐに思い直したのか、キュッと口を結び、眉を寄せ、珍しく決意するかのような強ばった顔になる。



幸子「……すいません。嘘をついたことは認めます。……でもやっぱり、本当のことは言えないんです」

八幡「…………」



そこまでか。
一体どんな理由があれば、ここまで口をつぐむというのか。



楓「……そう。どうしても、教えてくれないわけね」

幸子「はい。こればっかりは」

楓「分かりました。…………それじゃあ、勝負をしましょう♪」

幸子「はい。…………はい?」



一転、ポカーンと間抜けな表情になる輿水。正直その反応は正しい。



幸子「へ? え、勝負って……勝負というのはつまり、どういうことですか……?」



輿水幸子は混乱している。頭上にはてなマークが見えるようである。
それに対し、楓さんはとても楽しそうだ。さっきまでの優しい笑顔は何処へ……



楓「さきほど兵藤さんともやってきたんです。私たち高垣探偵団が勝てば、ちゃんと事情を説明して貰う。幸子ちゃんが勝てば、私たちはもう何も訊かない。そういうことです」

幸子「はぁ…………いやどういうことですか!?」





一瞬納得しかけたように見えたがすぐに我に返る。
まぁ、普通に考えてよく分からん展開だよな……俺もよく分からん。さっきは勝負事好きな兵藤さんが相手だったし。そもそも言い出したのはあっちだし。



楓「まぁ良いじゃないですか。要は、幸子ちゃんが勝てば良いんです」

幸子「え、ええー……」

八幡「諦めろ輿水。じゃないと話が進まない」



普通に考えれば輿水がこの勝負を受ける義理は一切無いのだが、そこはそれ、さすがは輿水。盛大な溜め息と共に流れを受け入れたのか、陰鬱な表情で問うてくる。



幸子「……それじゃあちなみに訊きますけど、勝負というのは何をするんですか?」

楓「そうね……例えば」

幸子「例えば?」

楓「甘いもので早食い、とか?」

幸子「そういうのはかな子さん辺りとやってくださいよ!」



完全に今考えたなこの人。白くまでも買ってくる?



楓「そういえば、肝心の勝負内容を考えてなかったわね……」

八幡「さっきは向こうが用意しましたしね」



その結果メダルゲームという相手の得意そうな種目で勝負する事になったのだが……まぁ、勝ったから結果オーライだな。

と、そこで輿水がピーンと何か思いついたようにし、次第にその表情は笑みへと変わっていく。これはまた碌でもないことを考えてるな。



幸子「分かりました。勝負は受けます」

楓「!」

幸子「ただし、勝負内容はボクが考えるというのが条件ですが」



ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべながら言い放つ輿水。やはりそうくるか。





楓「……その勝負内容というのは?」

幸子「ふふーん、よくぞ訊いてくれました。ズバリ……」



そこで輿水は言葉を切る。大仰に勿体ぶったかと思うと、右手を大きく頭上に掲げ、その後俺たちへと人差し指をさし、犯人はお前だ! と言わんばかりに突き出す。むしろそれはお前がやられそうなポーズなのだが。

そして輿水は、妙に自信満々に言い放った。



幸子「……題して! 『本当にカワイイのは誰か選手権』ですっ!」

八幡「……………」

凛「(プロデューサーが『割と真剣にこいつバカなんじゃないか?』みたいな目で見てる……)」



こいつバカなんじゃないか?



幸子「ルールは簡単です。貴女たち……えー……少年? 探偵団?」

楓「高垣探偵団です」

幸子「失礼。高垣探偵団が一人一人何か『カワイイ行動』をして、それをボクにカワイイと認めさせることが出来れば、貴女たちの勝ちとしましょう!」

八幡「お前のさじ加減ひとつじゃねぇか」

楓「受けて立ちます」

八幡「楓さーーーん!?」



もはや様式美と言っていいかもしれない。



八幡「輿水が絡むとどうしてもバラエティ色が強くなるな……」

幸子「どういう意味ですか!」



ぷんすこと怒っているが言ったままの意味である。っていうか君、絶対自覚あるよね?



幸子「ボクたちはアイドルなんですから、むしろこれ程おあつらえ向きな勝負も無いと思いますけどねぇ」

八幡「……そんなら、もちろんお前もやるんだよな」

幸子「へ?」





ここで主導権を握られるのは癪にs……じゃなくて、得策ではないので、俺も言わせてもらう。



八幡「アイドルとして誰が一番カワイイ行動を取れるか、俺が見極めるとしよう」

楓「なるほど。プロデューサーである比企谷くんは、確かに審査員には最適ね」

幸子「ちょ、ちょっと! ボクはやるなんて一言も……」

八幡「まさか、できないのか?」

幸子「!?」



大きく大きく、わざとらしーく溜め息を吐き、心底がっかりしたような目で輿水を見る。目つきは元々死んだようなもんだが。



八幡「そうか、いつもあんだけ自分をカワイイと言っておきながら、勝つ自信は無いんだな」

幸子「なっ、べ、別に、そういうわけじゃ……!」

八幡「なら、やるんだな? そのカワイイ選手権とやらを」

幸子「……や、やってやりますとも! フフーン! ボクが一番カワイイということを、証明してあげましょう!」



チョロい。もの凄いチョロさである。プロデューサーちょっと心配よ?
そもそも、いつの間にか勝負の判定権が俺にあるんだがそれは良いのだろうか……



凛「……っていうか、これ私たちもやるの?」

文香「…………」



約2名ほどとばっちりを食らい死んだような表情を浮かべているが、まぁ、こういう流れだ。諦めてくれ。



楓「ふふ……やるからには、全力でいきましょう」



そして何であんたはそんなにやる気まんまんなんだ。

とにもかくにも、勝負開始!








× × ×






女将「えー、今回司会を努めさせて頂きます。当旅館の女将でございます。そして審査員兼解説の……」

八幡「比企谷です。よろしくお願いします」



ちょうど掃除で近くに来ていた女将さんに協力を仰ぎ、全然全くもって必要は無いとは思うが、こういう形で勝負が行われる事になった。場所は談話室。

前乗りの際、念のためデジカムを持ってきていたので、折角だから回すことにした。輿水曰く雰囲気は大事とのこと。凛は最後まで抗議を申し立てていたがスルーされた。哀れなり。



女将「今回公平を期すため、順番はくじ引きにで事前に決めております。持ち時間は5分ですが、短い分には特に問題はありません。あくまで『カワイイ』といかに思わせられるか、自由に表現して頂ければと思います」

八幡「……慣れてますね」

女将「宴会では司会は付き物ですので」



にっこりとした笑顔で応える女将さん。面倒事に巻き込んで申し訳ないと思っていたが、もしかしなくても結構楽しんでらっしゃいます?



女将「それでは早速参りましょう。エントリーナンバー1番。”お酒は飲んでも飲まれるな。それでもやっぱり飲まれちゃう”高垣楓さんです。どうぞ!」

八幡「なんですか今の」



恋する女は奇麗さ~♪ とどこからか曲が流れ、ソファに座っている我々の向かいに楓さんが現れる。ちなみに横で待機していただけで普通に全員同じ部屋にいる。カメラに映らなきゃいいんだよ映らなきゃ!





楓「えっと、それじゃ始めたいと思うのだけれど……」



ちらっと、何故か俺の方を見る楓さん。



楓「比企谷くん。ちょっとこっちへ来て貰ってもいいかしら?」

八幡「はい?」

楓「今からするのは、相手がいないと出来ないことだから…」

八幡「…………」



不安だ。めっちゃ不安。一体何をするつもりなんだこの人は……俺解説なんだけどなぁ……
まぁ、ここで渋っても仕方が無いので協力はするが。

横で待機している輿水に念のため視線で許可を求めると、グッと何故かサムズアップ。返答としては非情に分かりやすいが可愛さで言えばマイナスだぞそれ。

ソファから立ち上がり、楓さんの近くへ歩み寄る。



楓「それじゃあ、こちらの方へ」



ふわっと、一瞬とても良い香りがした。

楓さんは近くに来た俺の肩を引き寄せるように手を添え、壁の方へと誘う。いや、自然なエスコート過ぎて焦るっていうか壁……!?

気付いた時に既に遅かった。そのまま導かれるように俺は背を壁に預け、そしてすぐに顔の横を、楓さんの細くも流麗な手が過る。これ……は…………!?



ドンっ



幸子「か、かかか、壁ドンですってぇ!!?」

凛「ていうか顔近くない!?」

女将「お静かにお願いします」



そう、これぞまさに壁ドン。女子の憧れ。ただしイケメンに限る。その筋で有名な、あの壁ドンである。八幡は動揺している。……ってかいやマジで顔近ぇな!





八幡「か、楓さん。ちょっと、顔が近いというか…」

楓「それはそうです。……近づけているんですから(イケボ)」



ひぃぃいいいいい!!!

な、なんだこれは! 妖艶な笑み、息遣いが分かりそうな程の距離、そして再び漂ってくる形容し難い良い香り……ど、ドキドキが止まらないよぉ! もしかして恋ですか? 八幡は動揺しt…



凛「す、ストーっプ! 終わり! もう5分経ったでしょ? 経ったよね!?」

女将「いえ、まだ2…」

凛「経った! 経ったって!」



珍しく張り上げるような凛の声で我に帰り、遮られてない方から慌てて抜け出す。た、助かった。あれ以上あの空間にいたら、危なく青春ラブコメが始まる所だった……始まっても一方通行で即終了するだろうけど。



女将「さて、実際にやられてみてどうでしたか? 解説の比企谷さん」

八幡「え? え、ええ、そうですね……」



よれよれの疲労困憊になりながら、なんとか解説席に戻る。ダメージでか過ぎ……



八幡「……とりあえず楓さんに訊きたいんですが、一体どういう意図であの行動を?」

楓「えーっと、以前何かで見たんですが、男性はギャップ萌え、というものに弱いと聞きまして」



思い出すように説明を始める楓さん。ギャップ萌え……まぁ間違ってはいないが、誰か入れ知恵でもしたんじゃないかと勘繰ってしまうな。



楓「お恥ずかしい話ですが、私は普段あまり真面目とかクールな印象を持たれる事が少なく、どうしようもない人扱いされることが多いようで……何かカッコいい事をすれば、ギャップ萌え? になるかと思ったんです」

八幡「……それはただ単にカッコいいと思われるだけなのでは」



そして恥ずかしいと言う割にはなんだか嬉しそうなんだが、まぁそこは置いておく事にする。



八幡「正直主旨とはちょっと違いますが……かなりのアピール力だったことは認めます」



というか結構な破壊力である。正直まだ心臓が痛いし、もうやめて頂きたい。これで面白がって色んな人にやり始めたら被害者が続出するのが目に見えて想像できる。罪な女だ。





楓「でも私が普通に可愛らしいことをするよりは、与える印象は強かったんじゃないかしら」

八幡「まぁ、確かに楓さんが可愛いことしてても『ふざけてるのかな?』とはなりますね」

楓「中々辛辣なことをおっしゃいますね」



そう思うならカッコいい行動がギャップにならないよう、普段からきちんとして頂きたいものである。

次だ次!



女将「高垣楓さん、ありがとうございました。……それでは次はエントリーナンバー2番。”叔父の書店でお手伝いをしていたらいつの間にかアイドルになっていた件”鷺沢文香さんです。どうぞ!」

八幡「だから何なんですそれ」



恋する女は奇麗さ~♪ とまたもどこからか曲が流れ、今度は鷺沢さんが現れる。この人がある意味一番想像できないな。一体何をやってくれるのやら。



文香「よろしく…お願い致します……」



ぺこりと、ご丁寧にも深くお辞儀をする。その時ふわっと前髪が一瞬舞い、少し緊張した様子の可愛らしい顔が垣間見えた。この時点で既に可愛い。



文香「えっと、比企谷さん」

八幡「はい?」

文香「私も、協力してほしい事があるのですが……よろしいでしょうか……?」

八幡「…………」



またか。またこのパターンなのか……
まぁ、楓さんを手伝った以上断ることも出来ないんだが。一応また輿水に視線で尋ねると、今度は両手で頭上に大きく丸を作。真顔で。だから、お前はもう少し可愛くできないんか。

しぶしぶ再びソファから立ち上がり、鷺沢さんの元へと向かう。さすがに楓さん程のインパクトは無いと思うが、この人の場合何をするか未知数過ぎてな……やはり怖い。



八幡「それで、俺はどうすれば?」

文香「少々、お待ちください……」



すると鷺沢さん、解説席とは別のソファにおもむろに腰掛ける。



文香「……はい、こちらにどうぞ」

八幡「は?」





ぽんぽん、と。まるで誘うように自らの膝を優しく叩く鷺沢さん。



八幡「えっと……」



え。いや、どうぞってのは、その……いやいや、まさかそんな、そんなはずは……

ない。とは思うが、恐る恐る、俺は確認する。



八幡「…………あの、どうぞ、っていうのは……?」

文香「はい。……所謂、膝まくら、というものをしようかと」



やっぱりだったーー!!!



幸子「ひ、ひひひ、膝枕ですとぉ!!?」

凛「そ、そういうのもありなの!?」

女将「お静かにお願いします」



いやいやいや、いかんでしょ、これは。マジで。本当に。



文香「本当は、耳かきがあればそちらもしようかと思ったのですが……生憎と、持ち合わせていなかったもので……」

八幡「なっ……」



膝まくらに、耳かきまでしようとしてたのかこの人は!?
楓さんのギャップ萌えとは逆の、盛りに盛った方向性での破壊力だ。鬼に金棒。鷺沢文香に膝まくらに耳かき……恐ろしい程のバフ盛り合わせである。孔明さんもビックリやで。



文香「それでは改めて……こちらに、頭をどうぞ」



またも、ぽんぽんと自らの膝へ誘う鷺沢さん。
え、っていうか何、自らあそこに頭を置きに行けっていうの!? いやいやいや普通に考えて厳しいでしょう! 色んな意味で!

だが、ふと考える。冷静になってよくよく考えてみれば、これは人生に一度あるか無いかのチャンスではないだろうか? あの、あの鷺沢文香に、合法的に膝まくらをして貰えるんだぞ? 違法な膝まくらってなんだよ。いや今はそんなんことはいい。そりゃ周囲に見られまくってる上に自分から頭を差し出しに行くというこの上ない羞恥はあるが、それを補ってあまりある幸福が、そこに待っているんだぞ? 鷺さんが、ほんのり頬を赤らめながら、膝まくらを良しとしてしているんだぞ? これは、これはこれは、行かなければ男が廃るってもんじゃあないのか!?(ここまでの思考約0.5秒)





気付けば、足はゆっくりと動き出そうとしていた。


ゆっくりと、その柔らかそうな膝へ向かい、進もうとーー









凛「……………………」









ーー進もうと、した所で、凛と目が合った。

ガン見だった。



文香「比企谷さん……?」

八幡「あ、いえ。…………遠慮しておきます」



頭は一瞬で冷えきり、つとめて冷静に、丁重にお断りさせてもらった。

超怖かった……



女将「えー、では席に戻って頂いたところで、いかがでしたか比企谷さん」

八幡「そうですね。色んな意味でドキドキが止まりませんでした」

女将「高垣楓さんに続き、相当なアピール力であったと」

八幡「ええ。男のロマンを突くという点においては中々の作戦だったと思います。可愛い行動かどうかは微妙な所ですが」



壁ドンもそうだが可愛さアピールとはちょっと違う。ってかかなり違う。やってる人たちが可愛いのは認めるが、たぶんそこじゃない。求めているのはカワイイ行動だ。企画発案者の幸子が「何か思ってたのと違う……」と呟いている辺り、俺の認識は間違ってないんだろうな。俺を驚かせる企画か何かと勘違いしてない?





楓「やるわね文香ちゃん……」



というか、トップバッターがこの人だった時点で色々ダメだったのかもしれない。

次だ次!



女将「鷺沢文香さんありがとうございました。では続きまして、エントリーナンバー3番。”最近胃薬を飲むようになりました”渋谷凛さんです。どうぞ!」

八幡「責任を感じる」



恋する女は奇麗さ~♪ ともはやお決まりの曲の後、我らが担当アイドル渋谷凛が躍り出る。……いやごめん盛った。かなり嫌々出て来た。



凛「えーっと……」



前に出たはいいが、視線を彷徨わせかなり躊躇った様子の凛。どうにも踏ん切りがつかないようだ。

しかしまた協力してほしいと言われたらどうしようかと思ったが、この様子じゃそれはなさそうだな。一体何をするつもりなのか。

……正直、担当プロデューサーとして凛の思う”カワイイ”がなんなのかは興味がある。



凛「……よし。いくよ」



どうやら決心がついた様子。ともすれば睨むかのようなその決意の眼光は、これからカワイイことをしようとしているアイドルとはとても思えない。ちゃんとカワイイの意味を理解しているのかかなり心配になるな。

さて、我が担当アイドルは一体何をーー






凛「渋谷凛。諸星きらりのモノマネをやります」

八幡「は」

凛「すぅーー……うっk







 ※ しばらくお待ちください。 ※











カメラの映像はそこで途絶えている。

きっと、思わず担当プロデューサーがカメラに残すことを躊躇うほど、劇的な何かがあったのだろう。もっと言うとシン劇的な何かが。


撮影が再開した時、そこには羞恥に打ち震える担当アイドルの姿があった。



凛「~~~~っ!」

八幡「もういい……よくやった……お前はよくやった……!」



凛の決死のカワイイ行動……俺はよっぽどタオルを投げようかと思ったが、それでも担当アイドルのステージを邪魔してはいけないと、最後まで見届けた。凛は最後までやり切った。ラジオからまた腕を上げたな……



女将「どうでしょう、解説の比企谷さん」

八幡「凛が優勝で良いんじゃないでしょうか」

幸子「ボクまだやってませんよ!?」

女将「お静かにお願いします」



さすが輿水。隙がない。お前もうそっちの道で行ったら?



八幡「まぁ冗談はその辺にして。可愛さをアピールにするにあたって諸星をチョイスするというのは中々良かったんじゃないですかね。……若干一発芸感は否めませんが」

女将「確かにあれだけ可愛いことに余念の無いアイドルもいませんからね」



女将さん諸星のこと知ってるんだという素朴な疑問は置いといて、輿水もそこは同意なのかうんうんと頷いていた。輿水の思う可愛いアイドルっていうのもちょっと興味あるな。



八幡「あとこれはあくまでファン目線での話ですが、恥ずかしさに悶えながらも可愛くあろうとする姿はアイドルとしてかなり可愛く映ったのではないでしょうか。……あくまでファン目線での話ですが」

女将「とても主観の入ったご意見ありがとうございます」

八幡「やっぱり凛が優勝で良いんじゃないですかね」

輿水「だからボクまだやってませんよ!?」

女将「お静かにお願いします」





なんか凛が「私もプロデューサーに手伝ってもうようなのにすれば良かった……」とか呟いているが、こっちの体力が保たないのでノーサンキューです。



女将「少々解説から担当贔屓のあるような発言も見られましたが、渋谷凛さんありがとうございました。……それでは、次で最後になります」



いよいよ、ラストのあいつが登場か。何の因果か、トリを飾ることになろうとは。



女将「エントリーナンバー4番。”自称・カワイイ”輿水幸子さんです。どうぞ!」

八幡「初期の肩書きを踏襲していくスタイルは嫌いじゃないです」



恋する女は奇麗さ~♪ とこれで最後になる曲が流れ、輿水幸子はそこに現れた。認めるのは癪だが、妙にオーラを出すじゃねぇか。



幸子「フフーン。さぁ、世界で一番カワイイボクの、最高にカワイイところをとくとご覧あれ!」



言い放ち、自身たっぷりの笑顔。

さぁ、自称世界一カワイイアイドル輿水幸子はどう出る……?



幸子「…………」

八幡「…………」

幸子「…………」

八幡「…………?」

幸子「…………」

八幡「……おい、どうした?」



宣言し、笑顔をつくったっきり微動だにしない輿水。特に話すこともしない。その余裕の表情から、緊張して何も出来ずにいるというわけでもなさそうだ。





八幡「何かしないのか?」

幸子「ええ。何もしませんよ」

八幡「は?」



意味が分からず変な声が出る。何もしない??






幸子「だって、こんなにカワイイボクですから、こうして笑顔で立っているだけで、最高にカワイイでしょう?」


八幡「…………」






………………。






幸子「フフーン、どうしました比企谷さん? ボクのあまりの可愛さに、声も出せn…」

八幡「優勝、渋谷凛」

女将「以上、『本当にカワイイのは誰か選手権』でした」

幸子「あれぇ!!?」



こうして何ともあっけなく勝負は幕を閉じた。

ちなみに、準優勝は鷺沢さん。








× × ×






八幡「さて、女将さんにもお帰り頂いたし、真実を聞かせて貰おうか」



とんだ茶番に付き合わせてしまって、ちょっとご迷惑だったかな。……普通に考えて迷惑か。でも楽しそうにはしていたし、合意の上だしな。後でちひろさんに頼んで菓子折りでも送らせて貰おう。

しかし、企画発案者で最下位になった当の輿水は拗ねてるご様子。



幸子「ボクとしては、勝負の判定に不満があるんですが……」

八幡「まだ文句垂れてんのか。もう一回戦いっとくか?」

凛「絶対嫌っ!」



違う方向からの瞬時の即答だった。優勝者が一番嫌がってるってこれどうなの。まぁ、そうは言っても俺だってやりたくないが。



幸子「……分かりました。ちゃんと話しますよ」



渋々ではあるが、ようやく折れてくれた輿水。こいつも約束は守る辺り、根は真面目だよな。



幸子「あの時、トイレに行ったのは本当なんですよ。ただちょっと事情があって……」

楓「? トイレというのは、お部屋のトイレですか?」

幸子「いえ、一階にあるレストルームです。そこで、その……」



またごにょり始める幸子。なんだ、一体何がそんなに言いにくいというのか。





楓「一階のレストルームということは、確か早苗さんも行ったとおっしゃってましたね」

凛「でも、幸子とは会わなかったって……」

幸子「いやその、本当は会ったというか、見たと言いますか…」

凛「見た?」



見た……って言うのは、その、つまり……



八幡「……まさか」

文香「霊的な何か……ですか?」

幸子「違いますよ!! そういうのは小梅さんにおまじないをお願いしてるんで大丈夫です!」



なんだ良かった。もし本当にそういうアレを見たとか言い始めたら夜出歩けなくなる所だったぜ。場合によっては帰らせてもらう。帰れないんだけど。

ってか、白坂のおまじないってそれ大丈夫? 逆に寄り憑かれる系のやつじゃない?



幸子「見たというのは、早苗さんを見たという意味です!」

八幡「……あー」



会ったのではなく、見た。そして、あまり言いたくはない事実。
その輿水の言い回しで、何となくは察した。



八幡「それは要するに、あまり人に言えないような現場を目撃した、ってことか。……早苗さんの」

幸子「……そういうことに、なりますね」



目を逸らし、ばつが悪そうに言う幸子。なるほどな。

ああも理由を説明したがらないから、一体どんな醜態を晒したのかと思えば……他の誰かの秘密を守ろうとしていただけだったとは。



幸子「……? なんで笑ってるんですか?」

八幡「いや、なんでもねぇよ」



うちの事務所って、こういう奴しかいないのかね。





楓「ふむ……その現場というのは、一体?」

幸子「あれ!? それ普通に訊いちゃうんですか!?」

楓「探偵ですから」



にっこりと、非常に良い笑顔で言う楓さん。非情にと言った方が正しいか。
まぁ、野暮な詮索であることは既に重々承知。でも気になるからね! 仕方ないね。



幸子「ええと……さすがにこれ以上は、アイドルの矜持に関わると言いますか…」

「いいのよ幸子ちゃん。もう、喋ってしまっても」



と、どこからか突然謎の声。

楓さんが「何奴!」とか言って振り向いているが、声ですごい分かるしもう既に何だか残念な感じが漂っている。



早苗「あたしよ」

幸子「さ、早苗さん!」

早苗「ごめんなさい幸子ちゃん。辛い思いをさせたわね……」



ひしっと、何やらお涙頂戴な抱擁をしているが、こっちはさっさと進めて頂きたいんじゃが。



八幡「そういうのいいんで、早く話してもらえます?」

早苗「もう! 雰囲気が無いわね!」



ならもうちょっと演技を頑張ってくれ。撮影が今からちょっと不安になってきたよ?



早苗「言っておくけど、武蔵とは無関係よ? あたしがちょっと、その、粗相をしちゃって、それにたまたま幸子ちゃんが居合わせただけの話だから」

八幡「…………」



あれ? これ、俺聞いて大丈夫なやつ?

思わず俺が変な汗をかき始めると、それに気付いたのか早苗さんは慌てて訂正をする。



早苗「あっ、粗相っていうのは別に、間に合わなかったとかそういう意味じゃないわよ!? 言葉の綾だってば!」


その台詞でホッとする。なんだ、そうか。別にこっちはそんなつもりもないのに、セクハラでもしたかのような錯覚になって焦ったぜ。





早苗「アイドルとしてそんな醜態は晒さないわよ~アッハッハ」

八幡「ですよね。安心しました」

早苗「ええ。ちょっとゲロっちゃっただけだから」

八幡「おいッ!!!」



いや言ったね! 今アイドルとして充分な醜態をハッキリと!!



早苗「停電の間も暇だからって飲んだのがいけなかったのかしらね~思いっきりやっちゃったわ」

八幡「いいです。そんな説明はいいです……」



問い詰めたのは確かにこちらだが、それでも中々に聞きたくない話だった。そりゃアイドルとして隠したくもなるわ……



楓「なんだ、そんなことですか。私たちなら別に珍しい話じゃないのでは?」

早苗「うーん、普通に吐いただけならそうなんだけどねー」

八幡「そういう会話をしれっとしないでくれます?」



あの、貴女たちアイドルなんですよ? 分かってます?
しかし俺のツッコミも早苗さんは完全スルー。



早苗「……言っちゃってもいいわよね? 幸子ちゃん」

幸子「うぐっ……」



あからさまに顔をしかめる輿水。なに、まだ何かあんの?
というか、この口ぶりだと早苗さんじゃなくて、輿水絡みで……?



早苗「ーー彼女、もらっちゃったのよ」






アイドル 輿水幸子!  も ら う !






八幡「あー……」

輿水「だから言いたくなかったんですよー!!」





俺を含め一同、なんとも言えない顔になる。
なるほどな……早苗さんだけじゃなく、しっかり自分の醜態も含まれてたわけだ。

なんちゅーか、ちょっと申し訳なくなってきた。



早苗「トイレでゲーゲーいってる所に彼女が来てね。最初は背中をさすってくれてたんだけど、いつの間にかいなくなってどうしたのかなーと思ったら、隣で見事に、ね……」

輿水「フギャー! やめてくださいよ! そんなに事細かに説明しなくていいですから!」



もはや半泣きの輿水。これは確かにアイドルとして隠したいわな。……早苗さんはともかく。



幸子「……アリバイを確認された時、急にトイレで会ってないなんて嘘を振られるから、誤摩化すのが大変でしたよ」

早苗「いやーごめんなさいね。でもそういう意味じゃ、あたしと幸子ちゃんは共犯者だったってわけ。ああ、あと着替えの浴衣を貸してくれた仲居さんも」

八幡「そんな言い方だけカッコよくされても」



沈んだ様子の輿水に対して、快活に笑ってのける早苗さん。この人の場合本当に隠すようなことじゃなかったんだろうな。大方輿水に隠してほしいと言われ付き合ったのだろう。



幸子「うう……ボク、アイドルなのに…」

楓「大丈夫よ幸子ちゃん。あなたが思ってるよりも、うちの事務所のアイドルは吐いてるわ」

幸子「なんですかその嫌なフォロー……」



プロデューサーとしても本当にやめてほしい。頼むからそういうこと他所で言うなよマジで!



楓「でも、嫌な思いをさせてしまったのは事実ね。謝るわ」

幸子「……もういいですよ。ボクも、話したら少しスッキリしましたから」

早苗「文字通り、吐いたら楽になったってやつね!」

楓「ぶふっ」

幸子「もーうっ! 本当に悪いと思ってるんですかー!?」



そうして、部屋の中には笑い声が木霊する。

何とも微妙な真実ではあったが……とにもかくにも、こうして輿水(ついでに早苗さん)の身の潔白は証明された。……ある意味じゃ潔白とは言えないかもしれないが、とにかく武蔵を持ち出した犯人ではなかったことはハッキリしたと言っていい。

なんだか明かさなくていい謎を解き明かしてしまった感はあるが、まぁ、仕方ないな。





楓「ーーさて、それじゃあ次で最後ということになるわね」



早苗さんと輿水と別れた後、再び談話室にて打ち合わせが行われる。

最後の容疑者は、城ヶ崎莉嘉。
本人は電波が繋がらないにも関わらず、部屋へ電話をしに行ったと証言していた。



凛「でも正直、莉嘉もお酒を持ち出すとは考えられないんだけど」

文香「確かに、そうですね……」



既に何度も言われていることだが、莉嘉はまだ中学生。酒を欲しがることまず無いだろうし、他の理由も考えにくい。



凛「そう言えば、楓さんは動機について考えが無いわけじゃないって言ってたけど、それはどうなの?」

楓「ああ、それですか」



ふむ、と。腕を組み、考え込むようにする楓さん。



楓「……あるにはあるんですが、とりあえずは莉嘉ちゃんの部屋へ行きましょうか」

凛「という事はつまり、また勝負するんだね……」

楓「ええ。場合によっては♪」



はぐらかすかのように微笑み、一人先に歩いて行ってしまう楓さん。
こういう勿体ぶる所は探偵っぽく振る舞ってるのか、はたまた素でやっているのか。

後をついて行き、程なくして莉嘉の部屋へと辿り着く。



八幡「………っ! 楓さん」

楓「? どうしたの比企谷くん」

八幡「これ」





俺は楓さんへ一つの欠片を手渡す。



八幡「扉の前に落ちてました」

楓「これは……」



眉を寄せ、”それ”をジッと見つめる楓さん。



凛「なに? 何かあったの?」

文香「見た所、ガラスの欠片のように見えますが」



そう、ガラスの欠片だ。

更に言えば、恐らくこれはーー破片。



楓「……どうやら、莉嘉ちゃんとは勝負をする必要な無さそうね」

凛「それってつまり……」

楓「ええ。私の推測……探偵らしく言うなら、私の推理が正しかったみたい」



楓さんは不適に、そして少し楽しそうに、微笑んでみせる。






楓「それじゃあ、事件の幕を降ろしましょうか」






言い放ち、扉をノック。
次第に近づいてくる足音。


固唾を飲む一同を前に、その扉は開かれた。















部屋には、5人の人間がいる。


探偵、高垣楓を筆頭とした高垣探偵団4人。
そして、城ヶ崎莉嘉。

莉嘉のその表情は、部屋の中へ通されてから以前変わらない。
いつもの莉嘉だ。



莉嘉「それで、お話ってどうかしたの?」

楓「莉嘉ちゃん……」



が、楓さんの顔は真剣そのもの。

かつてこれ程までに真面目な時があっただろうか。そう思わせる程の雰囲気を醸し出している。……やはり、お酒が絡んでいるからだろうか。そんな思いはそっと内に秘めておいた

そして少しの間の後、その言葉は紡がれた。



楓「……単刀直入に言いますね」

莉嘉「うん?」

楓「あなたが、剣聖武蔵を持ち出したのよね」



楓さんのその言葉に、しんと部屋が静まり返る。

だがそれも一瞬のことで、すぐに莉嘉は取り繕うかのように笑って話し出した。





莉嘉「な、なに言ってるの? アタシじゃないよー」

楓「それじゃあ、どうして部屋へ電話をしに行った、と嘘をついたの?」

莉嘉「嘘?」

楓「ええ。この階はどの部屋も電波が届かないから、談話室か一階へ行かなければ電話は出来ないはずでしょう?」



自分の携帯電話を取り出し、画面を見せるように掲げる楓さん。確かに、画面上部の方には圏外の文字が表示されている。
これは俺たち全員の携帯もそう。確認したので、間違いは無い。



莉嘉「そりゃあの時はそう言ったけど、部屋へ戻った後に電話できないのを思い出して、談話室まで行っただけだってば。説明が面倒だったからそう言ったの」

楓「それじゃあ、実際は談話室で電話をしたの?」

莉嘉「うん。だからそう言ってるじゃん」



あっけらかんとそう言う莉嘉。まぁ、そりゃそうくるわな。
別に莉嘉が言っている事におかしな店は無い。あの時はああ説明しただけで、実際は別の所で電話してましたーと言われればそれまでだ。何の疑いようもない。



楓「ふむ。そう言われると、こちらも納得するしかありませんね。特に証拠もありませんし」

凛「えっ」



楓さんの発言に、素っ頓狂な声が上がった。
上げたのは、誰でもない隣に座る助手。



凛「証拠……無いの?」

文香「……………」



しかし凛もそうだが、どちらかと言うと隣の鷺沢さんの方が「ガーン……」とややショックを受けているご様子。もしかして劇的な謎解きを期待していたりしたんだろうか……



莉嘉「えー証拠も無いのに疑ってたのー?」

楓「ふふ、ごめんなさい。でも証拠は無くても、莉嘉ちゃんが持ち出したんじゃないかと思った理由はあるの」

莉嘉「理由?」

楓「ええ。順に説明してもいいかしら?」



楓さんの犯人を追いつめる気のまるで無さそうなゆったりとしたトーンに、莉嘉も少々ぽかんとした様子だったが、すぐに顔を引き締め迎え撃つかのように笑う。



莉嘉「うん。いいよ! 聞かせて」





この探偵と容疑者、実に楽しそうである。
楓さんが小声で「これもある意味じゃ勝負ね」とこっちを見て笑ったが、確かにそうかもな。探偵と容疑者の直接対決。

さて、我らが探偵はどう出るか。



楓「まずみんな分かっているとは思うけれど、あの時夕食会場からお酒を持ち出すことが出来たのは、電気が回復してすぐに部屋を出た3人しか恐らくいない……そうよねミス・ワトソン?」

凛「えっ、あ、ああ。うん、そうだと思う」



突然の呼びかけに驚く凛。莉嘉は「ワトソン?」と何のこっちゃと首をかしげているが、今は面倒だから触れないでくれ。



凛「プロデューサーと楓さんと私が懐中電灯を取りに行って、その間部屋から誰も出てないらしいから、その間に持ち出すのは無理だと思う。私たちもお互いが何も持ってなかったのは分かってるし」

楓「そうね。部屋へ残った文香ちゃんも、あの誰がいつ戻ってくるか分からない状況でお酒を隠すのはまず不可能でしょう」



くまなく探した結果夕食会場のどこにもお酒は無く、そして外へ出そうと窓を開ければ嵐のせいで必ず痕跡が残る。なので、お酒は部屋を出て行った誰かが持っていった……そう考えるのが普通だろう。



楓「つまり考えられるのは早苗さん、レナさん、幸子ちゃん、そして、莉嘉ちゃん……ここまではいいかしら?」



楓さんの確認に、莉嘉も探偵団も、全員が頷く。



楓「それじゃあここからが重要なのだけど……実はさっきまで、莉嘉ちゃん意外の人たちに確認しに行ってたのよ」

莉嘉「確認?」

楓「ええ。なんでアリバイを聞いた時に、嘘をついたのか、とね」



その発言に、さしもの莉嘉も目をパチくりさせ驚いた様子。そりゃ、こんな強引な捜査もそう無いわな。



莉嘉「っていうか、みんな嘘ついてたんだ」

楓「けれど聞いてみたら、どれも剣聖武蔵とは関係のない理由からだったわ。……あまり声を大にして言えないものだけど」

莉嘉「えっ。何それ」



そこで楓さんはチラと俺を見る。言っていいものかというなぞらしい。いや、それを俺に委ねますか。





八幡「……まぁ、後で本人たちに訊いてくれ」



莉嘉はぶーぶー言っていたが、こう言うほかあるまい。兵藤さんの件は俺も知らないが、早苗さん……というより輿水案件はさすがに説明するのが憚られる。

しかしそこで莉嘉はやや不満気な顔をつくる。



莉嘉「えー。っていうか、もしかして最終的にアタシが残ったから疑ってるの? 理由ってそれだけ?」

楓「まぁ、正直に言えばそれもあるにはあるけれど……でもそれだけじゃないわ。なにも金田一的推理だけで判断したわけじゃないの」

八幡「あまりそういう敵を作りそうな発言はやめて頂けますか」



ただちょっと鷺沢さんにはウケたらしい。笑ってる。というか、俺と鷺沢さんにしか意味が伝わっていなかった。



楓「ずっと考えていたんです。今回の事件で、一番の謎を」

莉嘉「一番の謎?」

楓「そう。……それは、”動機”です」



動機。

何故、酒を持ち出すなんてことをしたのか。何故、隠すようなことをしているのか。
それは事件が起きてずっと全員が不思議に思っていたことだ。



楓「4人の内2人は未成年でお酒に興味は無さそうですし、残りの2人だってわざわざ独り占めしようなんて考える方たちじゃない……なら、一体何故持ち出したのか」

莉嘉「…………」

楓「最初はイタズラで隠しているのかとも思ったんです。ですがそれにしては長く引っぱり過ぎだし、これだけ探しているのに見つからないのもおかしい……」



そこで、何故か楓さんは俺の方をチラッと見る。



楓「でも、前に比企谷くんと話していて気付いたんです」

八幡「俺と?」

楓「ええ。”不可抗力による行動”……つまり、何か”隠さなければいけない理由”があったんじゃないかって」



楓さん言っているのは、ペアを作って捜索した時のことだろう。

悪意によった行動ではなく、そうせざるをえない状況。その可能性。



楓「それを考えれば、お酒が探しても見つからない理由も見えてきますよね」

凛「……文香、分かる?」

文香「……いえ、残念ながら…」





ヒソヒソ会話を交わす助手と安楽椅子探偵。ここまで言えば気付きそうなもんだがな。



楓「比企谷くんは、もう察しがついているんじゃないかしら」



にこっと、期待の眼差しを向けてくる楓さん。
いやー俺ただの語り部なんだけどなー……



八幡「……見つからないんじゃなくて、もう”無い”ってことですか」



俺の言葉で、二人も合点がいったのかハッとなる。



楓「そう。つまり剣聖武蔵をーー”割ってしまった”。これが真実じゃないかしら」

莉嘉「…………」



いつの間にか、莉嘉は言葉をつぐんでいる。
ジッと、楓さんをただ見つめたままだ。



楓「夕食会場から持ち出した後……最初はさっき言った通りイタズラだったのかしら? そこは分からないけれど、ただその途中で何らかのトラブルにより、割ってしまった」

莉嘉「…………」

楓「処理は自分でやったか仲居さんに頼んだか……恐らく後者かしらね。早苗さんたちの件もあるし、黙っていて貰えるよう頼むのも不可能じゃないでしょう」

莉嘉「…………」

楓「これならいくら探してもお酒が見つからない理由になりますし、特におかしい所は…」

莉嘉「……でも、やっぱり証拠は無いよね」



やっと、莉嘉は口を開いた。
その目は、未だ退く様子はない。



莉嘉「その推理なら、別にアタシじゃなくても通用するよね? 他のみんなが説明したことも嘘だったかもしんないじゃん」

楓「……ええ。確かにその通り」

莉嘉「だったら……!」

楓「けどそれでも、莉嘉ちゃんじゃないかと思う理由があったんです」





楓さんは、ゆっくりとその手を莉嘉へと差し出す。
その手の平の上には、ガラスの欠片があった。

黒く、まるで何かの瓶の欠片のような。



莉嘉「っ!」

楓「これが、莉嘉ちゃんの扉の前に落ちていたそうです」



先程俺が楓さんに渡した、たった一つの欠片。
だが、それが名案を分けた。



凛「もしかして、それが割れた酒瓶の欠片ってことなの?」

楓「ええ。おそらく」



楓さんが勝負の場所をわざわざ相手の部屋を指定したのは、たぶんこれが本来の目的。
別に欠片に限った話ではなく、何か部屋に痕跡が無いか、それを確かめるべく各部屋へ来たのだろう。



文香「さきほど幸子さんの部屋で何やら探していたのは、そういう理由だったんですね……」



確かにウロチョロしていた。もう少し上手く探せよと思ったのが正直なところ。

ちなみに兵藤さんの時は相手に場所を指定されてしまったが、そこはそれ。あらかじめ予期していたのか既に楓さんは早苗さんと兵藤さんどちらの部屋にも行っていた。宅飲みをするという名目で。……まぁ、半分以上はそっちのが目的だろうけどな。



莉嘉「…………」

楓「もちろん、これが武蔵のものであるという確証もありません。もしかしたら本当に何の関係も無い破片かもしれませんし、扉の前にあったからと言って、莉嘉ちゃんが酒瓶を割ったとも限りません」

莉嘉「…………」

楓「これはただの私の推理……いえ、推測です。証拠も何もありませんから、もし違ったなら、謝ります」

莉嘉「…………」

楓「だから、聞かせて莉嘉ちゃん。……あなたがやったの?」



優しく、諭すように、探偵は尋ねた。

問い詰めるのではなく、解き明かすのでもなく、ただ単純に、彼女は尋ねたのだ。





莉嘉「…………その、前に…」

楓「はい?」



莉嘉の表情は、俯いているせで伺い知れない。
聞こえてくるのはか細い声だけだ。



莉嘉「…………一個だけ…訊いていい……?」

楓「ええ。どうぞ」

莉嘉「……………………アタシがやったって言ったら……怒る……?」



その最早降伏したも同然のような質問に、楓さんは目を丸くする。

丸くして、そして、本当に優しげないつもの笑みで、こう応えた。



楓「まさか。そんなはずありませんよ」



その言葉で、どうやらもう決着はついたようだ。






莉嘉「……うっ…………ごめんなさぁ~~~いぃぃっ!!!!!」


楓「あらあら」






ひしぃ、っと。楓さんに抱擁……というより、しがみつく莉嘉。なんだか既視感のある光景だ。

もっとも、さっきより目の保養にはなるがな。……すげぇな、こいつ。



莉嘉「本当は、ちょっと隠すだけの、ドッキリとか、そういう出来心だったの! でも、まさか転んで割っちゃうなんて……」

楓「いいのよ。莉嘉ちゃんに怪我な無くて良かったわ」



頭を撫で、まるでお母s……お姉さんのように慰める楓さん。さっきまで探偵と容疑者だったのに、今はそんな雰囲気はどこへやら。美嘉が見たら羨ましがりそうだ。





文香「これで、事件は解決……ですね」



まるで良いものを見届けたかのように、満足げに微笑む鷺沢さん。やっぱりこの人が一番楽しんでんな。



凛「でも良かったね」

八幡「ん?」

凛「誰も、悪い人はいなかったんだからさ」



凛のその何気なく言った台詞に、今度は俺が目を丸くしてしまった。
そして、その後思わず吹き出す。



凛「な、なんで笑うの?」

八幡「いーや、なんでもねぇよ」



悪い人はいなかった、ね。確かにそうだ。
いたのは、ただ隠し事をしていた子供が一人。酒を盗ろうなんて奴は、いなかった。

こいつは、本当に最後まで誰も疑わなかったな。変な奴。



凛「……なんか、すっごい失礼なこと考えてない?」



さて、なんのことやら。



こうして、事件は幕を閉じた。

蓋を開けてみれば、真実は単純。誰も盗みをしようなんて奴のいない、ただのちょっとした一騒動。

その後莉嘉と高垣探偵団で、他のみんなに謝りに行ったが、当然ながら怒る奴なんているわけもなく。
お酒を楽しみにしていた早苗さんも兵藤さんも、ただ、笑って許すのだった。


やっぱこの面子じゃ、事件なんて早々起きないらしい。















かに、思われた。



だが事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもので、今現在俺は、事件に巻き込まれている。それも、超かなり弩級の。

身体が熱く、上手く思考がまとまらない。いや、身体が熱いのは別に異常でもなんでもなく……

そう。今俺は、温泉に入っている。入っているんだ!
更に言えば、露天風呂。

嵐も大分弱まってきているおかげで、夕方くらいには何とか屋根付きの露天風呂へは入れるようになった。なったから、折角だし夕飯前に入っちまおうと意気込んでルンルン気分でやってきたのが、それが間違いだった。


と、言うのも。






楓「ふ~」


八幡「…………」


楓「良い湯加減ね、比企谷くん」






この人のおかげである。なにこのベタな展開ぃーー!!



遡ることは数分前。俺が鼻歌を歌いながら湯に浸かっていた時のことだ。

なにやら脱衣場の方から物音が聞こえ、掃除のおばちゃんとかかなーなんて呑気に考えていたら、現れてたのは想像の斜め遥か上空。タオル一枚で登場した高垣楓さんその人である。い、一応言っておくが、何も見ちゃいないからな! 残念ながら!

瞬時に俺は背中を向け、何故か俺が悲鳴をちょっとあげるという謎のシチュエーションだったのだが、さすがは楓さん。折角だからと湯に浸かり始めてしまった。その胆力なんなの……





楓「最初は男湯の暖簾がかかっていたんですけど、間違えたのか仲居さんが入れ替えてたんです。まさか、既に比企谷くんが入っているなんてね」

八幡「そ、それは不運でしたねー(棒)」



笑って流す楓さんだが、俺にはそんな余裕は毛頭ない。ちょっと、お願いですからあまり近くに来ないでくれます!?

あまりの展開に頭がおかしくなりそうだ。これが世に言うラッキースケベなの? トラブって何パーセントなの?
っていうか、これどうやって出たら良いんだ。できれば先に出てってほしい。見ないから。……見ないって。


そしてまたやってくる沈黙。だがたまに鼻歌が聴こえてくるし、やっぱこの人余裕だ……

もしかして俺は男として見られてないんじゃないかと不安になり始めた頃、不意に楓さんが話し始めた。



楓「……比企谷くん」

八幡「は、はい?」

楓「比企谷くんは、どのタイミングで莉嘉ちゃんだって気付いたのかしら」

八幡「へ?」



突然の問いに、一瞬何のことかと混乱する。



八幡「あ、ああ。捜査の話ですか。……それはやっぱり、欠片を見つけた時ですかね」

楓「莉嘉ちゃんと話をしに行った、その直前?」

八幡「そうなりますね」



背中を向けているため、楓さんの表情は分からない。
そして楓さんも、何故かそれ以降口を開かない。

……つーか、俺そろそろ限界なんだが。なんとか楓さんの方を見ないようにして、タオルで前を隠しつつ行けば……



八幡「すんません、俺は先に……」

楓「比企谷くん」



遮るような楓さんのその呼びかけ。

その次に投げかけられる言葉に、俺は、射抜かれるように足を止めることになった。











楓「本当は、武蔵は割れていないんでしょう?」


八幡「ーーーっ」






一瞬、頭の中が真っ白になる。


思わず、目を見開くのが自分でも分かった。
動かそうとしていた足は止まり、さっきまで熱を帯びていた思考が、すっと冷めていくのを感じる。

……マジか。



八幡「…………それを俺に訊くってことは、もう気付いてるんですか」

楓「そうね。どちらかと言えば、思いつきに近いですけれど」



ふふ、っと。楽しそうに笑っているのが分かった。……敵わねぇな。
去ろうとしていた足を戻し、座り直す。

依然背中は向けたままだが、話す分には困らない。



八幡「……いつから、俺が一枚噛んでるって気付いたんですか?」

楓「そうね。思い至ったのはそれこそ莉嘉ちゃんと会う直前だったけど、実は違和感はかなり前から感じてたんです」



違和感、とな。それもかなり前からときたか。



八幡「後学のために聞いても?」

楓「ええ。もちろん」



顔は見えないが、どこか楽しげな雰囲気を声音から感じ取る。





楓「……簡単に言えば、やけに捜査に協力的だなって、そう思ったんです」



思わず、がっくりと肩を落とす自分がいた。
……協力的な所に違和感を持たれるって、俺の人間性どうなのそれ。



楓「まぁ、これは正確には凛ちゃんが言っていたんですけど」

八幡「え」

楓「ペアを組んで捜査した時があったでしょう? その時に『今回のプロデューサー、珍しく文句も言わずに手伝ってるよね』って、そう言ってたんです」



まさかの担当アイドルからの疑惑。
あいつ、よく見てるなぁ……これはプロデューサーとして喜ぶところなのだろうか。



楓「まぁそうは言っても、結局は違和感止まりだったんですけどね。それよりも、不思議に思っていたことがあって」

八幡「それは?」

楓「莉嘉ちゃんが、どうやって瓶を持ち出したかです」



その言葉で、俺は本当にこの人に感心してしまった。
本当、よく観察してるな。



楓「前に話した時は、急な事態だったから着物に隠すなりして出てけば分からない、という話でしたけど……普通に考えれば、それでもやっぱり難しいですよね。莉嘉ちゃんは小柄ですから、着物に隠すのだって限度があります」



まぁ、確かに難しいだろうな。抱くようにして隠して出ればバレない可能性はあるかもしれないが、それでも賭けと言わざるを得ない。



楓「ただあの時部屋から出て行った人たちの中で、莉嘉ちゃんだけは、特に違和感なく酒瓶を持ち出せる方法があるんですよね」

八幡「……それは?」



俺の問いに、少しだけ笑いを零す楓さん。何となく、分かっているくせにというニュアンスを感じた。





楓「鞄ですよ。あの時、莉嘉ちゃんに鞄を預けた人がいましたよね」

八幡「…………」

楓「それも、その預けた人は直前まで武蔵を持っていた」

八幡「……いったい誰のことやら」



俺の言葉に、また笑う楓さん。



楓「もし比企谷くんが莉嘉ちゃんに手を貸してるなら、って考えたら、なんとなく辻褄が合ってしまったんですよね」



何となく、とは簡単に言ってくれる。
一応、これでもバレないよう気を付けたんだがな。



楓「あとは、そうですね……電気が復旧した時、莉嘉ちゃん以外にも夕食会場から何人か出て行ったから良かったですけど、もし出て行くのが莉嘉ちゃんだけだったらどうしたんだろう? とも考えました」

八幡「正直、あれは俺も予想外でした」

楓「ふふ……たぶん、本当はあの時懐中電灯を取りに行った私たち三人を容疑者に据えるつもりだったんでしょう?」



俺が懐中電灯を取りに行くと言えば、何人か、少なくとも凛は付いて来ると予想していた。そして、そこに加え莉嘉。それだけでも3人は容疑者ができる。



楓「あの時も、比企谷くんは積極的に手伝いに行ってましたね」

八幡「本当、俺の信用度の低さなんとかしたいです」



そういや、その時も凛は俺の行動に違和感もってたな。さすがは担当アイドルだ。



八幡「っていうか、容疑者を据えるとか、まるで俺が事件を起こしたがってる風に言いますね」

楓「あら。だって、実際その通りなんじゃないかしら。”事件を起こす”こと。お酒云々じゃなく、そっちに注力していたように感じるけれど」

八幡「うぐ……」



全くもって、その通り。
いやはや、何もかもお見通しで何か怖くなってきた。これが名探偵に追いつめられる犯人の心境か……





楓「ここからは想像だけど……恐らく、比企谷くんと莉嘉ちゃんは元々何か余興ないし、イタズラとかドッキリを仕掛けるつもりだった。そこへ、あの停電が起きた」

八幡「あの停電は、本当に偶然の産物でしたよ」



全ては、夕食会場へ向かう前。莉嘉にされた”お願い”が事の発端。



『折角時間があるんだから、何か面白いことをしたい!』



そんな莉嘉のお茶目な頼み。それを叶えるため、あの停電の際に俺は咄嗟に行動に出た。
本当なら、夕食を食べた後に莉嘉と二人で余興を考える予定だったのだがな。丁度良くトラブルが起きてくれた。



楓「お酒を隠すドッキリを思いつき、鞄に武蔵を隠し、それを莉嘉ちゃんに渡した。この時、メモか何かで莉嘉ちゃんに指示を出したのかしら?」

八幡「イエス。暗闇の中で字を書くのは苦労しましたけど、そのおかげで気付かれることなく伝えることが出来ましたよ」



その後は予定通り容疑者が何人か浮上。そこから捜査は始まり、探偵ごっこが行われる。……まさか、自分が探偵側に付くとは思っていなかったがな。



八幡「そんで、極めつけがあの欠片ですか」

楓「ええ。だって、前日にあんなに捜索したのに、丁度良くあのタイミングで見つかるんだもの」

八幡「しかも、見つけて渡したのが俺でしたしね……」



今思えば、確かに怪しさ満点である。いや唐突過ぎるかなとも思ったが、捜査を進めるにはああするしかなかったんだって!

ちなみに、あの欠片は女将さんに頼んで貰っておいた瓶の破片である。



楓「そして莉嘉ちゃんと協力していたはずの比企谷くんが、何故捜査を助長するような真似をするのか……そう考えたら、自ずと答えは見えてきました」

八幡「ふむ……」

楓「”莉嘉ちゃんが武蔵を割ってしまった”……その結果へ導こうとしていたという事は、本当は逆。つまり、武蔵は割れてない。そう思ったんです」





つまりは、二重のドッキリ。
あえて分かりやすい真実へ導き、その後に更にネタ晴らし。……上手くいったと思ってたんだがな。

ここまでバレちゃあ、いっそ清々しい。



楓「……まぁ、それでもやはり推測だったんですけどね。何も証拠はありませんし、間違っていたら謝れば良いと思って、思わず訊いてみちゃいました」

八幡「じゃあ、莉嘉との勝負の時も確信は無かったわけですね」

楓「半信半疑、くらいですかね。何より、莉嘉ちゃんが演技しているように見えなくて」

八幡「正直そこは俺も驚きました」



莉嘉のあの演技力。真実を知ってる俺からすれば本当に感心してしまった。

ありゃ、将来はマジで女優の道もあるかもな。



八幡「……けど、俺と莉嘉が本当に瓶を割ったことを隠そうとしてるだけだった、とは思わなかったんですか」



何となく、気になっただけの俺の問い。

結果的には楓さんの推理が正しかったわけだが、それでも俺の言った可能性も低くはないと感じたはずだ。
いくら俺の行動が捜査を手伝ってるように見えても、それでも楓さんの言ったように違和感止まり。単純に考えれば、莉嘉が割ってしまったから俺も協力して隠蔽した、そう考えた方が自然だろう。


しかし、楓さんはその問いに、何ともあっけらかんと応える。






楓「思いません。……だって、莉嘉ちゃんも比企谷くんも良い子ですから」






それこそ、思考を放棄するかのように。



楓「ドッキリとかイタズラで隠すならまだしも、割ってしまったことを黙ってるとは思えなかったんです。それに……」

八幡「…………」

楓「比企谷くんなら隠すのを手伝うよりも、一緒に謝るのを手伝いそうですし」

八幡「……どうですかね」



楓さんのその評価が褒めているのかは分からないが、俺がそんな殊勝な行動をとるだろうか。俺、結構普通に悪いことは隠すぞ。

……信じたい奴ほど疑わないといけない時がある、なんて言っておきながら、これだもんな。

まぁ、あの台詞も元々は前に俺が楓さんに言ったものなんだが。今にして思えば何をドヤ顔で俺はそんなこっ恥ずかしいことを言ってたんだ……





楓「それに聞きましたよ?」

八幡「?」

楓「中学生の時、迷子のワンちゃんの為に学校をサボってでも探してたこと♪」

八幡「なっ!?」



思わず、驚愕で振り返りそうになる。いやそれだけはダメだ危ない危ない……ってかそうじゃなくて!



八幡「……もしかしなくても、早苗さんですか?」

楓「ええ。部屋で飲んだ時に、色々と」



やっぱりかー!
ってか、色々ってなに? 一体何から何まで話したんだあの人!?



楓「『あんだけ捻くれて斜に構えて性根が曲がりまくってるくせに、変なとこはビックリする程まっすぐなのよね』って、早苗さんが」

八幡「……それ、果たして褒めてるんですかね」



プラマイゼロどころか、マイナス要素の方が遥かに多そうだ。
……本当、昔から余計なことしか言わねぇな、あの人。



当時、たまたま飼い犬が迷子になって泣いている小学生の女の子に出くわした。
可哀想だねと言って慰める大人がいた。保健所に連絡を入れる大人もいた。

けど、自分で探そうとする大人はいなかった。

俺はその時登校途中だったが、何だか急に学校をサボりたくなり、家に帰るわけにもいかないので、何となく一緒に探した。ただそれだけ。


その時だ。あの、おせっかいで面倒な絡みをする婦警さんに会ったのは。






『なに、犬を探してる? だからって学校をサボっていいわけないでしょ!』


『仕方ないわね、もう。ほら、あたしはそっちの方見てくるから』


『え、なに? 一人で探すからいい? ……そういう時は、大人に甘えなさいっつーの!』






誰も頼んでもいないのに、自分がしたいからって余計なお節介を焼く。

本当に、変わらない。





八幡「……やっぱ、気付いた時にちゃんと挨拶しとくべきだったかな」

楓「比企谷くん?」

八幡「なんでもないっす」



こんな恥ずかしくて誰にも言えないような独白、そして思い出なんて、語る必要も無いだろう。秘めてる内が華だ。……まぁ、この人はもう既に色々聞いちゃってるらしいが。

もう言い触らしたりしないよう、口止めしとかないとな。
その為なら、少しくらいお酒の席に付き合うのも我慢しよう。真に遺憾ながら、な。

そして、口止めをしておくのは何も早苗さんだけではない。



八幡「楓さん。お願いですから、その過去の話とか言い触らさないでくださいね?」

楓「……え?」

八幡「いや、え? じゃなく」



なんなのその意外や意外みたいな反応。まさか、もう話しちゃってるわけじゃないよね!? そうだよね!?



楓「うーん、どうしましょう」

八幡「いやどうしましょうじゃなくて…」

楓「……あ、そうだ。それなら、これはどうかしら?」

八幡「はい?」



その時、浸かっているお湯が動く気配を感じる。

気付いた時には、すぐ背後に楓さんが寄り添っていた。








楓「私のプロデューサーになってくれたら……考えますよ」


八幡「はっ!?」






吐息がかかるんじゃないかという耳元のその呟きに、思わず飛び跳ねるようにして避ける。
いやいやいやいやいや、なななななな何してんの!!???

しかし俺の焦りをあざ笑うかのように、楓さんは「なーんて♪」と言って立ち去ってしまった。つーか、ちょっ、少しは隠せぇ!!


瞬時に視線を逸らした為、俺は何も見ていない。ここ大事。俺は、何も、見ていない。


そして露天風呂に残されたのは、やたらと体中が熱くなった俺一人。






八幡「……………はぁ~~~っ…」






本当、勘弁してほしい。

……やっぱあの人、苦手だわ。



その後、この露天風呂が今女湯になってる事を思い出し、慌てて上がって着替えたのだが、丁度脱衣所を出た所で凛たちと出くわし、白い目で見られたのは言うまでもない。というか、かなりの怖い目にあった。

素っ裸じゃなかったとポジティブに思うことにしよう。じゃないとやってられん。



しっかりしてくれよ、青春ラブコメの神様。















三日続いた嵐が過ぎ去った後、撮影は無事開始された。
まぁ、予定を押している時点で無事とは言えないかもしれないがな。その後は特にトラブルも無かったし良いだろう。

順調に滞りなく進んで行き、およそ2週間程で撮影は終了した。

凛も、良い経験になっただろうな。
……演技力については、これからステップアップしていけばいいと言っておこう。



ちなみに剣聖武蔵のネタばらしだったが、あの対決の日の夜、夕食時に行われた。
どうせなら撮影の始まる前の日よりも、更に前日の方が心おきなく飲めるだろうとの配慮だったが……まぁえらい騒ぎだったな。

つーか、俺と莉嘉でドッキリでしたーごめんなさーいとバラしたのに、俺だけ即ヘッドロックはどうなのだろうか。ちょっと八幡意義を唱えたい。ちなみに言わなくても分かると思うがロックしてきたのは早苗さんだ。何回目だよ!

だが、それでも楽しそうだったな。
最後の宴会もそうだが、それまでやった探偵ごっこも。本人たちがそう言ってたのだから間違いない。莉嘉も満足そうだった。

……まぁ、一番楽しんでたのはやっぱ鷺沢さんだったと思うがな。気付かなかったことに対してめっちゃ悔しそうにしてたし。


あとこれは本当についでに言うが、楓さんの今回の役は”犯人”であった。

何とも、皮肉なオチである。






八幡「…………こんなもんか」





ぐっと伸びをし、一息入れる。


場所はいつものシンデレラプロダクション、その事務スペース。お決まりのデスクだ。
本来であれば今回の撮影の報告書を作っていたのだが、ちょっと飽きてきたので今は息抜きがてら別の作業をしている。



八幡「どれどれ」



書類を手に取り、目の前の文字の羅列に目を通す。

……読み辛いな。



光「ん? 何してるんだ八幡P」

八幡「お、光いい所に」



たまたま事務所にいたのか、俺を見つけて光るが近くに寄ってくる。
というより、机の上にある”こいつ”が気になったのだろう。



八幡「お前なら、これが何か分かるよな」

光「こ、これって!」

蘭子「む、ひっふぁいふぉうひたのふぁ?」 もぐもぐ



今度は温泉饅頭を食べている蘭子も寄ってくる。こいつもこういうの好きそうだなー



八幡「こいつは、所謂”タイプライター”ってやつだな」

光「翔太郎が使ってたやつだ!」



目をキラキラと輝かせる光。
まぁ、実際はあんなに古いタイプじゃないけどな。一応欧文用ではある。



蘭子「むぐっ……タイプライター?」

八幡「このキーボードみたいなのを叩いて、紙に字を打ち込むんだよ。そうすれば……ほら」



実際にその場で打ち、せり出てきた紙をちぎり渡してやった。
ちなみに、紙には『Ranko Kanzaki』と印字されている。





蘭子「何これカッコいい!」

八幡「……まぁ、やっぱ好きだよな」



実際俺も打つのがなんか楽しくなっちゃって、ちょっとカッコつけちゃったりしている。翔太郎の気持ちが分かるな……



光「でもやっぱり英文じゃなくてローマ字打ちなんだな」

八幡「ほっとけ」



そこも、翔太郎リスペクトさ……



光「でも、これどうしたの?」

八幡「この間の撮影の小道具に使ったんだよ。なんでも事務所の倉庫に元々あったやつらしい」



それを片付ける前に、こうして拝借しているわけだ。大丈夫、ちゃんとひちろさんに許可は取っている。
しかしタイプライターを置いているとは、ますます謎の会社だな。……社長の趣味か?



蘭子「何かいっぱい打ってるみたいだけど、何を印字してたんですか?」



興味津々とばかりに視線を注ぐ蘭子。興奮してさっきから熊本弁が抜けているんだが、分かりやすいからほっとく。



八幡「撮影とは別に、報告書を作ってたんだよ。……撮影前の、とある一つの事件のな」

光・蘭子「「じ、事件!?」」



何とも良い反応をしてくれる中二コンビだ。ちょっと勿体ぶって言った甲斐がある。
まぁ、実際は事件と呼んでいいかかなり微妙な出来事だったんだが、そこはどうせだから盛っておく。



八幡「ほら、ちょっと読んでみるか」





最初の冒頭部分の一枚を渡す。
受け取ったのは、目をキラキラさせている蘭子。


 
蘭子「うむ!」 わくわく

八幡「…………」

蘭子「ふむ……」

八幡「…………」

蘭子「…………」

八幡「…………」

蘭子「……読み辛い」

八幡「言うと思った」



ローマ字書きって結構見にくいよね。
黙ってパソコンで打てよという話だが、それもハードボイルドなのさ。



光「ねぇねぇ、アタシにもちょっと打たせてよ!」

蘭子「あっ! わ、私も!」

八幡「分かった分かった、ちょっと待ってろ。今最後の所だから…」



わーわーと寄ってくる中坊を制し、ちゃっちゃと終わらせにかかる。

さて、この小さな物語の最後をどう締めようか。



八幡「……ま、こんな所が妥当だろう」






今回の主人公は、あくまであの探偵さん。

俺は狂言回しであり、語り部であり、そしてその実共犯者。
ノックスの十戒なんて守る気のない、酷い配役。



でも、たまには良いだろう?

こんな、”誰も悪い人のいない”、そんな事件があったって。


だから、最後はこう締めるのが相応しい。






Yahari ore no aidoru purodhu-su ha machigatteiru.






Fin



というわけで、楓さん編でした! ありがとうございました! 長かったー!

ちょっと駆け足な感じで申し訳ない。辻褄は合ってる……はず。

次の更新は明日の夜の予定です。ただ、もしかしたら8月9日に間に合わないかもしれません……いつもすいません……
いずれにせよ今週中には全て終わると思いますんで、よろしくお願いします。

あと、ヒッキー誕生日おめでとうー!

かなり遅い時間ですが、更新します。





アイドル。

それは人々の憧れであり、遠い存在。



そう言ったのは、濁ったような、淀んだような、どこかに斜に構えて物事を捉える、そんな目をした男の子だった。

ーーそう、男の子。

自分とそう歳の変わらない、どこにでもいるような普通の男の子。
……いや、どこにでもいるって言うのは、少し言い過ぎかな。あの人みたいなのがいっぱいいたら、正直色々と大変だと思う。

捻くれていて、素直じゃなくて、卑屈で不遜で、でも、本当は優しい男の子。

その在り方は不器用そのものではあったけど、きっと醜いものではなかった。一見しただけでは、表面だけを見るのであれば、それは歪で、とても完璧とは程遠いものではあったけど……



ーーそれでもきっと、それは美しいものだったんだ。






凛「……ねぇ、奈緒」



私は窓の外を流れる雲を見ながら、ぽつりと、言葉を零す。



凛「奈緒にとって、アイドルって何?」



それは、いつかあの少年から問われたこと。
自分に自信が持てず、憧れから目を背けていた、私への問い。

結局その時は答える事が出来なかったけれど、”それ”を探し続け、私は今も歩み続けている。





奈緒「あん?」

凛「だから、奈緒にとってアイドルは何なのかって、そう訊いてるの」

奈緒「それは……」



言葉を淀む奈緒。その表情は曇っていて……というより、訝しんでいた。



奈緒「……それは、今答えないといけないことか?」



私が押さえる椅子の上で、雑巾を持ちながら。



奈緒「急に真面目なトーンで話かけてくるかと思ったら、まさかそんなどこぞのインタビューみたいな質問をされるとは…」

凛「ごめんごめん、なんか窓の外を見てたら、ふと考えちゃって」

奈緒「そっから連想する時点で謎だよ。……うーん、そうだなぁ」



棚の上を拭きつつ、それでも奈緒は考えてくれている。
なんだかんだ言いつつ、こういう所は素直だよね。



奈緒「私にとっての、アイドルね……」



どこか虚空を見つめるようにしていた奈緒は、そこで腕組みをしたかと思うと、静かに、そして何故だかとても恥ずかしそうに呟いた。



奈緒「……か、可愛さの頂点、かな」

凛「可愛さの、頂点……」





うん、なるほどね。確かにその言い方は分からなくもない。
女の子の夢、とも言われるくらいだし、間違ってはいないと思う。どこか可愛さに対して憧れのようなものを抱いている奈緒にはピッタリな表現かもしれない。

と、納得している人物がもう一人。



加蓮「ふんふん、なるほどなるほど。つまり奈緒は、可愛さの頂点に立てた、と」

奈緒「なっ、いや別に、アタシがそうって言うわけじゃなくてだな……!」



茶化すように言うのは、いつの間にか側で聞いていた加蓮。壁に寄りかかり、その手にはモップを携えている。



加蓮「いやいや、謙遜することないって~。奈緒は立派なアイドルだし、可愛さの頂点に立ってるとアタシも思うよ♪」

奈緒「~~っ! だ、だから、別にアタシのことじゃ……あーもう、だから言いたくなかったんだよ!」



顔を真っ赤にして、ぷいっとそっぽを向く奈緒。慌てて椅子を押さえ直す。そんなに動くと危ないんだけど……



凛「……それじゃあ、加蓮は?」

加蓮「ん? アタシ?」



ニマニマと楽しそうにしている加蓮に、今度は話を振る。なんとなく始めた話題ではあったけど、聞いていたら何だか興味が湧いてきた。



加蓮「そうだなぁ、アタシにとってのアイドルは……うーん……夢、かな?」

凛「夢、か」

加蓮「あ、今なんか普通だなって思ったでしょ?」

凛「えっ、いや、そんなことは……」



ない、とは言い切れない。正直思った。というよりは、ポピュラーな言い回しだな、という感じだけど。



加蓮「アタシにとっては、ちょっと意味合いが違うんだよね。二つあるっていうか」

凛「二つ?」

加蓮「うん。アタシにとっての夢っていうのは、良い意味じゃなかったから」



そう言う加蓮の顔は、先程までと比べ少し儚げなものになる。
どこか哀愁を感じさせるその表情には、私も、そして奈緒も、覚えがあった。





加蓮「夢は叶えるもの、なーんてよく言うけど……アタシにとっては、夢は見るだけのものだったからさ」

奈緒「…………」

加蓮「でも、今は違うよ?」



一転、加蓮の表情は明るくなる。そこにいたのは、私たちが知る、いつもの加蓮。



加蓮「今のアタシにとっては、夢は叶ったもの。そして、これからも更に見続けるものだから」

凛「……そうだね」



思わず、自然と笑みがこぼれる。見てみれば、奈緒も同じ様子だった。

そう。ただ見ているだけだったのは昔の話。
今は夢を叶え、そしてずっと見続けている。加蓮だけじゃなく、私も、奈緒も。


アイドルは、可愛さの頂点であり、夢、か。



凛「…………」

ちひろ「こらこら。三人ともお喋りは良いですけど、掃除もちゃんとしてくださいね」



振り向くと、何やら段ボールを抱えたちひろさんが立っていた。その中身は、やたらに多い白封筒……あ、閉じられた。



ちひろ「午後からは合同レッスンがありますから、午前の内に終わらせちゃいましょう」

奈緒・加蓮「「は~い」」

凛「……ふふ」





まるで先生と生徒のようなそのやり取りに、思わず笑ってしまう。

辺りを見てみると、アイドルたちが皆一様に掃除へと勤しんでいる。雑巾がけしている子もいれば、掃除機をかける子に、棚の整理をしている子も。
普段であれば、業者の人たちがやっている仕事ではあるけど、今日は別。それも……



社長『この会社も設立して随分と経つ……たまには、社員皆で奇麗にして労おうじゃないか』



という社長の発言から、こういう事になってるというわけ。確かに、この事務所にはいつもお世話になってるし、良いことだよね。



きらり「こらー! 杏ちゃん! サボってないで、ちゃんとお掃除しないとダメだにぃ!」

杏「うぇー充分きれいじゃーん、もう終わりでよくなーい?」



……まぁ、一部めんどくさがってる子もいるけど。



凛「……けど、そっか」



ふと、事務所の一角へと視線を向ける。

事務スペースにある一つの机。今は誰も使っていない、何の道具も資料も置いていない、どこか空虚さすら感じる、何の変哲もない机。
今は丁度ちひろさんが掃除をしている所だ。その今は使われていない机を、丁寧に拭いている。

けど、なんでだろう。こうして皆で掃除をする時じゃなくても、ああしてちひろさんがあの机を掃除している光景を、よく目にするような気がするのは。

……たぶん、気のせいなんかじゃないんだろうな。



凛「ん……」



不意に、緩やかな風が頬をなでた。

視線を向けてみると、誰かが開けたんだろう。カーテンを揺らしながら、窓が開けている。
その切り取られた青い空を眺めていると、どうしても、あの約束を思い出してしまう。


いつも隣にいてくれた、あの少年との約束。



凛「……あれから、もうそんなに経つんだね」



いつもいた筈の彼は、今はいない。そしてそれが当たり前になってしまった。
そんな風景が、”いつも通り”になってしまった。



これは、






彼がプロデューサーを辞めて、一年程たったある日の出来事。















社長の発案による掃除はその後も進み、ある程度片付いたのはお昼前くらいの時間だった。思ったよりも早い。

まぁ、アイドルも含めてこの会社には相当な人数の社員がいるからね。全員で取りかかれば、そりゃあ早く終わるはず。
あまり広いとは言えない事務所だけど、今では思い入れも強い。それだけの時間を、ここで過ごしてきた。

社長だけじゃなくアイドルもそう思ってるんだから、しばらくは移転も無さそうだね。


掃除が終わった後に昼休憩を挟んで、予定通り私たちはレッスンルームへと向かった。既に着替えは済ませている。



未央「私にとってのアイドル……すばり、星だね!」



壁によりかかり、レッスンが始まるまでの待ち時間。
キラン、と。それこそ星のように目を光らせて言う未央。

別に訊いて回るつもりもなかったんだけど、さっきの話をしたら何となく話題が続いてしまった。ちなみに、その奈緒と加蓮は少し離れた所でストレッチをしていた。……加蓮容赦無いなぁ。



凛「星って例えは、また未央らしいね」

未央「でしょ? 遥か高みにある、輝く星。それぞれ違うし、どれも奇麗。まさに、夢は星の数ほどあるって感じ?」

卯月「なるほど~」



こっちは、座ってスポーツドリンクを飲んでいた卯月。



卯月「素敵ですね。さすがは未央ちゃん」

未央「そ、そう?」





本人的にはちょっとカッコつけて言ったのかもしれないけど、卯月が屈託のない笑顔でそう言うもんだから、ちょっと気恥ずかしそうにしている。本当に純真だよね。



未央「それじゃあ、しまむーはどうなの?」

卯月「私ですか? 私は、そうだなぁ……」



むーっと、眉を寄せて考え始める卯月。



卯月「えーっとですね……」

未央「うんうん」

卯月「え、えーっと……」

未「……うん」

卯月「う、うぅー……ん~……?」

未央「……し、しまむー? そんなに真剣に考え込まなくても…」



頭から煙が出てくるんじゃないかと、そう思うくらい目をぐるぐるさせている。その様子はちょっと可愛らしいけど、何もそこまで悩まなくても。思わず苦笑する。



卯月「ダメです……何も良い例えが思い浮かびません……」

未央「別に良いって。大喜利やってるんじゃないんだからさ」

凛「そうだよ。卯月は、どうしてアイドルになりたいと思ったの?」



私がそう訊くと、卯月は思い出すかのように、虚空を見つめる。
その瞳、未央に負けないくらい光を灯していた。



卯月「憧れ……だったんです。キラキラしてて、あんな風に、なりたいなって」

未央「良いじゃん、憧れ! 私も分かるよ。っていうか、全世界の女の子の憧れだよね。アイドルって」



確かに、それはその通り。
女の子が一度は思い描く、理想の存在。正に憧れと言うに相応しいね。





卯月「えへへ……でも、良いんでしょうか? そんなに普通の答えで」

凛「悪いことなんてないよ。というか、別に私は普通だとは思わないけど」

卯月「え?」

凛「素敵なことだよ。……それに、アイドルを目指すくらい憧れを抱き続けるって、簡単なことじゃないと思うし」



私の台詞に、うんうんと未央も頷いている。
こうして憧れの存在になれた私たちだから分かるんだ。ここまでの道のりは決して簡単なものじゃなかったし、そしてこれからも、きっともっと大変なことが待ち受けてる。



凛「だから憧れを持ち続けている卯月は、凄いよ」

卯月「凛ちゃん……」



嬉しそうに、顔を綻ばせる卯月。ちょ、ちょっとくさかったかな。
そんな顔をされちゃうと、何だか非情に照れくさくなってくる。



未央「っていうか前から思ってたけど、しまむーってある意味普通じゃないよね」

凛「ああ、それは分かるかも。……普通じゃないね」

卯月「え、ええ!? どういう意味ですか!?」



卯月を普通だなんて言ったら、たぶん世の女の子たちに怒られそうだ。


そうして雑談をしていると、レッスンルームの扉が不意に開いた。
今ここにいるデレプロのアイドルたちは大体揃っているから、恐らく入ってきたのは……



千早「失礼します」



落ち着いた声音で、礼儀正しく入ってるくるその人は、私も良く見知った人。
765プロ所属アイドル、如月千早さんだ。

千早さんはこちらに気付くと、近くまで来て挨拶をする。



千早「こんにちは。渋谷さん」

凛「お久しぶりです。千早さん」





ぺこっと、思わず深くお辞儀をする。

……初めて会った時から随分経つけど、やっぱり今でも緊張しちゃうな。もちろん、話しかけてきてくれるのは凄い嬉しいんだけど。



千早「今日はよろしくお願いするわね」

凛「はい。こちらこそ」



そう。今日は765プロとデレプロの合同レッスン。

約三ヶ月後に控えている、合同ライブに向けてのレッスンである。

最初話を聞いた時は、本当に信じられないくらい驚いた。
どちらかと言えば、今まではライバルとしてイメージが強かったからかな。まさかこうして肩を並べてライブに挑む日が来るなんて、思いもしなかったよ。



凛「今日は765プロの皆さんは全員参加ですか?」

千早「いえ、私を含めて5人かしら。みんな忙しいから、時間を見つけて来れる時に来るという感じね」

凛「なるほど。確かに、こっちもそんな感じですね」



デレプロの場合、今日来ているのは私と卯月と未央、あとは奈緒に加蓮、もう少ししたら愛梨や蘭子も来るはずだ。だから今日は7人。

……今回765プロとの合同ライブということで、当然ながらデレプロでは出演の選考があった。765プロに比べて、こっちはさすがに人数が多過ぎるからね。

最初は希望を募って、その先は完全に事務所側の抽選。最終的には、デレプロからは15人での参加となった。一応同じくらいの人数に合わせたみたい。

正直、選ばれないことも覚悟してたけど、選ばれて良かったな。こんな貴重な機会もそうそう無いだろうし……

何より、あの765プロと共演できるんだ。
出たくないわけがない。



千早「……元気そうね」

凛「? はい」



何故か、含みのあるように笑う千早さん。
確かに元気ではあるけど、どうして今そんな風に確認したのだろう?



千早「それじゃあ、ああ言って間違いはなかったようね」

凛「何がです?」

千早「何でもないわ」





そう言って、また笑う。どういう意味?

首を傾げていると、再びレッスンルームの扉が開かれたのに気付く。



千早「他のみんなも来たみたいね」



入ってきたのは、今日来る765プロアイドルの他の4人。

高槻やよいさん、四条貴音さん、水瀬伊織さん。そして、最後にあくびをしながら星井美希さんが入ってくる。

千早さんが入ってきた時もそうだったけど、765プロのアイドルたちがこうして目の前に現れると、やっぱり凄いね。他のみんなも、少し緊張してるのが伝わってくる。



未央「うわー……凄いねしまむー! 本物だよ本物!」

卯月「はい! やっぱり、オーラってあるんですね!」



ヒソヒソと、何やら興奮して話し込んでる二人。まぁ、気持ちは凄い分かるけど。

とりあえず、今いるメンバーだけでも挨拶をすることに。
各々が挨拶を交わしてる中、高槻さんたちが私に気付いて歩いてくる。



やよい「うっうー! お疲れ様です、凛さん!」

凛「高槻さん、お久しぶりです。四条さんも」

貴音「ええ。お元気そうで……心配はいらなかったようですね」

凛「心配……?」



はて? とまた首を傾げていると、四条さんは千早さんと目を合わせて笑い出す。
どうしたんだろう……なんか視線がやけに生暖かいというか、優しげに感じる。


そう言えば、この3人とは初めてテレビに出演する時に共演した縁があった。因縁の相手、ってわけじゃないけど、私からすれば特別な印象を持っている。今日はいないけど、たぶん美嘉も。

……それに、高槻さんに関してはちょっとしたライバル心みたいなのも。個人的にね。



やよい「? どうしたんですか?」

凛「な、なんでもないよ……です」



危ない、またちょっと敬語が崩れた。どうも苦手なんだよね……
前に千早さんたちに同年代なんだしいらないとは言われたけど、他所の事務所の、その上大先輩だからね。さすがにそれは遠慮した。

早く慣れるよう頑張ろう。





あと挨拶していないのは……と、視線を彷徨わせると、やがて一人と目が合った。

相変わらずどこか眠たげな、金髪の少女。



凛「渋谷凛です。よろしくお願いします、星井さん」



いたって普通の挨拶。
けど、星井さんはジッと私の顔を覗き込むように見て、何も言おうとしない。



凛「……?」



不思議に思っていると、しかしすぐに星井さんは笑顔になる。



美希「うん。よろしくなの。凛」



テレビでよく見る、あの無邪気そうな笑顔。

でも、さっきの表情はなんだったんだろう。
まるで、見定めるかのような……



美希「ねぇ、凛」

凛「はい?」

美希「これからストレッチしようと思うんだけど、相手をしてくれないかな?」

凛「えっ」



その申し出に驚く。
いや、別に嫌というわけじゃないんだけど、ちょっと予想外というか。

それにしても、いきなり名前呼びとは凄いフレンドリーだ。



美希「ほらほら、早くやるの」

凛「ちょ、ちょっと…」



手を引っ張られ、比較的空いたスペースに連れてかれる。ほ、星井さんって、こんなに積極的なタイプなの?
確かに765プロの人たちは奇数だし、ペアを作ったら一人溢れるけど……

と、何だか分からない内にストレッチが始まってしまった。

先に開脚をしている星井さんの背中を、ゆっくりと押してやる。
……さすが、柔らかいね。





美希「……ねぇ、凛」

凛「なんですか?」



ぐっ、ぐっ、と。
背中を押しつつ、言葉を返す。


その時は、他愛のない話だろうと思って特に身構えてなかった。だからだろう。



星井さんの言った次の言葉に、思わず身体が固まってしまったのは。









美希「プロデューサーのこと、本当に大切に思ってたの?」









その、さっきまでと何ら変わらない声。


それなのに、その言葉はまるで刃物のように、鋭く渡しの胸に刺さった。






凛「…………えっ……」






言葉が、出てこない。

というより、上手く頭が働いていなかった。
突然すぎるその質問を、すぐに理解することが出来なかった。

それでも、星井さんは私の返答を待たずに話し続ける。



美希「はちまん、だっけ? 凛のプロデューサー。この前、少し会ったの」

凛「どうして……」

美希「んーそれは言わない方がいいのかな。まぁ、その内分かるの」



あっけらかんとした物言い。
その内分かるって……彼が、765プロの星井美希と? 一体どんな理由があれば会うことになるのだろう。考えても全然分からない。

けどそれよりも、さっきの質問。





凛「……大切に思ってたのかって、どういう意味?」

美希「そのままの意味だよ。詳しくは知らないけど、事情があって辞めちゃったんだよね?」

凛「…………」

美希「それでも、普通にアイドルをやれてるみたいだから。ちょっと気になったの」



何でもない事のように、変わらないトーンで喋る星井さん。
背中をこちらに向けているため、今、彼女がどんな顔をしているのかは分からない。

……それでも、中々踏み込みにくいことを訊いてくるものだ。



凛「…………大切だったよ。凄く」



だから、だからこそ私も、真摯に応えることにした。

きっと彼女も、自分が何を訊いてるか、分かった上で話してると思うから。



凛「もちろん、今でも大切に思ってる。だから約束を守る為に、私はアイドルをやってるんだ」

美希「約束?」

凛「うん。必ずトップアイドルになるって。そうしたら、必ず迎えに行くって約束」



もう一年くらい前にもなる、あの日交わした約束。
思えば、このことを人に話すのは初めてだ。そりゃ、話して回るようなことでもないしね。

そしてそれを聞いた星井さんは、少し面白そうにして声を上げる。



美希「あはっ。迎えに行くって、王子様みたいだね凛」

凛「そ、そんなカッコいいものじゃないと思うけど…」

美希「……まぁ、どっちが先かは分からないけど」

凛「え?」

美希「なーんでもないの!」



すると星井さんは立ち上がり、今度は交代と私を座らせて背中を押す。

そう言えば、今はストレッチの最中だった。





美希「さっき、凛は約束の為にアイドルをやってるって言ったよね」

凛「ん、うん」



背中を押しながら、星井さんは再び会話を続ける。



美希「じゃあ、その約束が無かったら、凛はアイドルやらないの?」

凛「え?」



またも、一瞬身体が止まる。
約束が無かったらって……



美希「もしプロデューサーが元々いなかったら、アイドルやってなかったの?」

凛「いや、それは……」

美希「それとも……プロデューサーが『アイドル辞めて結婚してくれー』って言ったら、辞めてた?」

凛「け、結婚!?」



思わず、上ずった声が出る。
け、結婚って、そんなの考えたことも……いや、確かに迎えに行くとは言ったけど。

狼狽する私を見て、星井さんは「大袈裟なの」とおかしそうに笑う。
けど、その後すぐに静かになって言ってくる。



美希「……ごめんね、急に色々訊いちゃって。ただ、ちょっと気になったの」



振り返ると、彼女はジッと私の目を見る。

さっき見せた、あの覗き込むような目。



美希「あんな奇麗な歌を唄う凛が、どんな思いで唄ってるのか」



奇麗な、歌。

どこかで、私の歌を聴いてくれていたのだろうか。だとすれば、その評価を含めてとても光栄なことだ。素直にそう思う。



美希「それに千早さんや、あの春香も気にかけてるみたいだしね」

凛「え?」





千早さんはともかくとして、ハルカというのは、あの天海春香さんでいいのだろうか。私は直接会ったことは無いはずだけど……どういうこと?
しかし、星井さんは特に説明はしたりしない。こうい所は本当にマイペースだ。

そして星井さんは、改めて問うてくる。






美希「だから、聞かせてくれないかな。あなたが、どんな思いでアイドルしているのか」






悪意なんて感じない。

冷やかしとか、皮肉とか、そんなものは一切感じない。


ただ純粋に、彼女は”アイドルとして”私に尋ねたいんだろう。


その気持ちに応えるべく、私はーー






凛「……私は」






と、そこで私の声は遮られる。


音の方を見てみれば、今日最後のアイドル、愛梨と蘭子が丁度来たところのようだった。



伊織「アンタたち、いつまで話してんのよ。みんな集まったみたいだからレッスン始めるわよ」

美希「むー、まだ話してるのに。でこちゃんってば厳しいの」

伊織「今日はレッスンしに来たんでしょうが!」



ぴしゃり、と叱ってのける水瀬さん。
こうして星井さんにはっきり言える人は案外珍しいように思う。



伊織「ほらアンタも」

凛「あ、はい」



言われ、慌てて立ち上がる。
すると何故か、水瀬さんは私の近くに寄ってきて小声で話し出した。



伊織「……ごめんなさいね。あの子も、悪気があるわけじゃないの」



言いながら見る視線の先には、ドリンクを取りに行った星井さんの背中。





凛「き、聞いてたんですか」

伊織「そりゃ、あれだけ普通に喋ってれば聞こえるわよ」



そこまで言われて気付いたが、他のアイドルたちも少し気まずげにこっちを見ている。そうじゃないのは今来た愛梨と蘭子だけだ。



凛「……まぁ、いいですよ。隠すようなことじゃないし、それに…」

伊織「それに?」

凛「星井さんが言ってたことは、私もずっと思っていたことでもあるから」



苦笑しつつそう言うと、水瀬さんは少し驚いたように目を丸くする。
そしてその後、同じように苦笑い。



伊織「アンタも大概面倒そうな性格ね。……プロデューサーとアイドルって似るのかしら」

凛「え?」

伊織「なんでもないわよ」



最後の方が聞こえなかったので聞き返すも、水瀬さんはさっさと行ってしまう。

……765プロのアイドルって、みんな何か含みのある言い方するよね。高槻さん以外。
あの人がファンになる理由が、ちょっと分かった気がする。



その後合同レッスンはつつがなく進み、予定より少し早めに終了した。
今日は顔合わせも兼ねていたので、内容としては軽いものだ。


そして着替えも終わって各々が帰り支度をしてる中、星井さんは「また明日ね」と去り際に言い残し、他の765プロのアイドルたちと一緒に帰っていった。確かに明日もレッスンはある。

……あの言い分じゃ、明日また訊かれるのかな。


デレプロのアイドルたちもそれぞれ帰宅。レッスン前の会話について誰も触れてこなかったのは、私に気を遣ってくれたんだろう。



未央「しぶりーん、早く帰ろー!」

凛「うん。……あ、ごめん。私ちょっと忘れ物しちゃったみたいだから、先行ってて」





出口の方で待っててくれていた未央と卯月にそう告げ、レッスンルームに戻る。
着替えの入った手提げを忘れちゃ、さすがにまずいよね。

暗い部屋の中、目当ての物を見つけてすぐに戻る。


出口へ向かう途中、しかしそこで思わぬ遭遇をすることになった。






「失礼しまーす……」






扉を開け、キャスケット帽を被った女の子が入ってきたのだ。






「あれ、もう終わっちゃったのかな……顔だけでも出しておこうかと思ったんだけど…」






キョロキョロと辺りを見渡し、そこで、ようやく私と目が合う。

眼鏡をかけ、帽子から少しだけ赤いリボンが見え隠れしてる、この人はーー









凛「……天海、春香さん?」


春香「あなたは……」









お互い目を丸くして、見つめ合う。

こうして、私は彼女と初めて出会った。



恐らく、今一番トップアイドルに近いであろう、彼女と。





今回はここまで。明日で渋谷凛のその後は終わりです。
最後のエピローグだけは予定をちょっと過ぎそうですが、8月10日には更新できればと思っています。

最後まで、どうかよろしくお願いします。

申し訳ありません、今日の更新は中止します。
明日は恐らく大丈夫だと思うので、なるべく急ぎで頑張ります。

それと、凛ちゃん誕生日おめでとう!

遅くなりましたが、今から投下していきます!











前にも言ったけど、765プロというアイドルプロダクションは、この業界においてトップの知名度を誇る。

所属人数も、事務所の規模も、そこまで大きくはないと聞いたことがあるけど、それでも765プロは間違いなくトップアイドルへの座へと足を踏み入れている。それだけは確か。


それぞれのアイドルがそれぞれの分野で輝き、様々なことに常に挑戦し、時には、一致団結し最高のライブを届ける。

その輝く姿は、誰をも魅了してやまない。

もちろん、私もその一人。


そして、そんな765プロにおいて一人中心的アイドルがいる。
全員のライブではセンターを張り、765プロのアイドルたちを引っ張っていってる、そんなアイドル。



天海春香さん。



その人が、今、すぐ隣に座っている。

合同レッスンでいつか会う日が来るとは思っていたけど、まさか、こんな二人っきりの状況で偶然会うことになるなんてね。






春香「はい、これ」



レッスン場の廊下にある、備え付けのベンチ。

そこに腰掛けながら、天海さんはこちらに缶コーヒーを手渡してくる。
先程、側の自販機で買っていたものだ。



春香「コーヒーで良かった?」

凛「あ、うん。じゃなくて、すいません……っ」





受け取った後、慌てて鞄から財布を取り出す。



春香「あっ、いいよいいよ! これくらい!」

凛「でも……」

春香「お近づきの印ってことで、ご馳走させて?」



ニコッ、と。屈託のない笑顔でそう言う天海さん。

なんとなく、卯月を思い出した。
何と言えば良いんだろう。安心感、というか、素直に可愛らしいと心から思える、そんな笑顔。



凛「ありがとう……ございます」



お礼を言うと、彼女はまた笑ってくれた。


たまたま忘れ物を取りに戻ったことで偶然会った天海さん。
折角会えたのだから、という理由で、彼女はお話をしようと言ってくれた。もちろん私としても嬉しいんだけど……さっきの星井さんの件があるから、ちょっと怖い。

でも、この感じだと大丈夫そうかな。
卯月と未央には先に帰っていてほしいとお詫びのメールを送っておく。



春香「そっか。予定より早く終わってたんだね」

凛「はい。私は、ちょっと忘れものをしちゃったから」

春香「本当、偶然だったんだね~」



何でも、天海さんも重なっていた仕事が早く終わったので顔だけでも出そうと、レッスン場へ足を運んだらしい。
残念ながら入れ違いになってしまったけど、本当に偶然、私とは会うことができた。



春香「合同レッスンはどうだった? 上手くいった?」

凛「ええと……」



その質問に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

レッスン自体は良かったと思う。初日ということもあって軽めではあったし、765プロアイドルの動きを間近で見れたのも貴重な体験だった。





……ただ、星井さんとのアレがあったから、ね。
それをわざわざ説明するのもどうかと思うし、なんと言えばいいのか…



凛「レッスンは上手くいったと思います。ただ、その……」

春館「うん?」



な、なんて純真な目で見てくるんだろう。なんだか既視感を覚える。……たぶん卯月だろうけど。
まぁ、どうせその内聞くかもしれないとも思うし、言ってしまっても問題ないかな。



凛「ちょっと、星井さんとお話したんです」

春香「美希と?」

凛「はい。その、私のプロデューサーの件で。……元ですけど」

春香「えっ!?」



声を上げ、思った以上に大きなリアクションを取る天海さん。内容をまだ言っていあいのに、この驚きよう…



凛「もしかして、天海さんも会ったことあるんですか?」

春香「え、ええーっと、そう……だね」



私の質問に、天海さんは何とも答え辛そうに言う。ただ、その返答内容にも驚いた。



凛「美希さんといい、どうして……?」

春香「う、うーん……どこまで話していいのかな……」



聞き取れないくらいの小さな声で、ぶつぶつと何やら呟いている天海さん。
少しの間があった後、彼女は思い至ったように、思いもよらない発言をする。









春香「えっと、そう! 比企谷くんとは、友達なの!」


凛「……………………」








なの……なの………なの…………



と、天海さんの言葉が木霊していくのを感じる。

静寂が、辺りを包んだ。



凛「…………天海さん」

春香「な、なに?」

凛「いいんですよ、別にあの人に気を遣わなくても」

春香「どういう意味!?」



いや、だってね……

友達って、そりゃ、最初に会った頃に比べればそういう関係も増えたみたいだけど。



春香「いや、本当だよ? ちょっと詳しくは話せないっていうか、言い辛いんだけど…」



言葉を選ぶように、ゆっくりと話す天海さん。



春香「……友達っていうのは、間違いじゃないよ。もしかしたら、私がそう思ってるだけかもしれないけど」



そう言って、苦笑する。

あの天海さんにこんなことを言わせるなんて。本人はちゃんと自覚してるのかな……してないだろうね。あの人のことだし。



春香「それにほら、LINEのIDも交換してるし」

凛「えっ!?」



今度は私が思わず大きな声を出す。
ま、まさか本当に友達なの……? いや、天海さんは最初からそう言ってるんだけどさ…





と、今はそんな話をしてるんじゃなく。



凛「その、星井さんに言われたんです」

春香「言われた?」

凛「はい。……『プロデューサーのこと、本当に大切に思ってたの?』って」



その後の会話も含めて、大体のあらましを説明する。
話してる途中、天海さんはずっと申し訳なさそうな顔をしていた。



春香「ご、ごめんね! 美希がそんなこと話してたなんて…」

凛「いえ、良いんです。別に嫌なわけじゃなかったんで」



これは本当。
確かに凄い驚きはしたけど、言っていたことは、やっぱり向き合うべきことだから。



凛「なんていうか、再確認した気分です。私の気持ちを」



あの人と約束していなかったら、私はアイドルを続けなかったのか。

あの人がいなかったら、私はアイドルになっていなかったのか。

あの人が、結婚しよう、なんて事をもしも言っていたなら、私はアイドルを辞めていたのか。



そんな、誰に訊かれるでもない、誰に答えるでもない、自分への問い掛け。

それを、改めて訊かれただけの話なんだ。



凛「凄い人ですね、星井さん」



苦笑しつつ、素直に思ったことを口にする。
あんなことを面と向かって訊ける人は、中々いない。もちろん、良い意味で。

そんな私の様子を天海さんは少し意外そうな顔で見ていたかと思うと、不意に、安堵したかのように笑みをつくる。



春香「……なんだ」

凛「え?」

春香「もう、凛ちゃんの気持ちは決まってるんだね」





その台詞で、今度は逆に私が意表を突かれた。
私が驚いているのが伝わったのか、天海さんは少しおかしそうに笑って言う。



春香「だって凛ちゃん、そういう顔してるから」

凛「……なに、そういう顔って」



私も、つられて笑ってしまった。

そうだよ。
私の気持ちなんて、もうとっくに決まってる。


一頻り笑ったあと、天海さんはやけに嬉しそうに話す。



春香「凛ちゃん、やっと敬語とってくれたね」

凛「えっ……あ、すいません!」

春香「ううん、いいの。私はそっちの方が嬉しいな」



また、あの屈託のない笑顔。



凛「でも、先輩に向かってってのは……」

春香「それ以前に、もう友達でしょ?」



そんなことを言う天海さんに一瞬呆気にとられた後、思わず吹き出してしまう。
今日初めて会った後輩に、それ以前に友達だから、とはね。

何となく、あの人と友達と言うのも頷けてしまった。
この何とも言えない押しの強さに翻弄される姿が、目に浮かぶ。



凛「ふふ……」

春香「な、なんで笑うの? 私、変なこと言ったかな?」

凛「……ううん。全然?」



なんだが、無理をするのがバカらしくなった。
本人が良いと言うのであれば、良いのだろう。そう思うことにした。





その後結局レッスン場が閉められるまで話し込んでしまい、すっかり暗くなった頃に別れることとなった。
私はそこまで人見知りってほどじゃないけど、それでも、初めて会った人とこれだけ話せるんだから、天海さんは凄い。



春香「明日は私もレッスンに参加できそうだけど、凛ちゃんは?」

凛「私も明日はいるよ。……どうやら、星井さんもいるみたいだし」

春香「あはは、それは大変そうだね」



苦笑した後、天海さんはふと遠くの街の方を眺める。
つられて見れば、仄かに青さが残った暗い空の向こうに、ついさっき太陽が沈んだであろう微かな灯火が見えた。

その光へ辿っていくように、ぽつぽつと、まるで星のように街の明かりが灯り始めている。

なんだか、いつかの帰り道を思い出してしまう。



春香「……前も、こんな時間だったな」

凛「え?」

春香「ううん。こっちの話」



誤摩化すように笑う天海さんは、改めて私の方へ向き合う。



春香「頑張ってね。……って、私が言わなくても、凛ちゃんはもう頑張ってるよね。あはは」

凛「どうかな。必死ではあるけど、それが頑張ってることになるかは分からないし」

春香「あ、今の言い方比企谷くんっぽい」

凛「……それは、あまり嬉しくないかな」



まさか反面教師じゃなくて、真っ当に似てきているなんてね。そりゃ、見習いたい所もあるにはあるけどさ。



春香「……凛ちゃんも比企谷くんと同じくらい、悩んで考えて、必死に進もうとしてきたんだね」

凛「……それこそ、どうなんだろうね」





あの時、私は何もできなかった。

考えることもできず、悩むことすら放棄して、ただただ流れに身を任せてただけ。
そんな私の背中を押してくれたのは、やっぱり彼だった。

あれから一年。彼がいなくても、私なりになんとか頑張ろうともがいてきた。
悩んで、考えて、少しでも前へ、前へと。

でも、それも結局は自分の為なんだ。

そうして足掻いていないと、苦しいから。何もしない方が、じっとしている方が、苦痛になってしまったから。
だからこうして駆け抜けている間だけは、楽でいられる。ただ、それだけ。


そんな私の自分よがりな思いが、本当に、彼と一緒と言えるんだろうか。






春香「大丈夫だよ」






でも、彼女は笑って言ってくれる。

なんてことのないように、背中を、押すように。






春香「だって、二人ともそっくりだもん。私が保証するよ」






たったそれだけの言葉で、ただ笑顔でそう言ってくれるだけで、

何故だか、自分でも信じられないくらい安心することができた。



凛「……ありがとう、天海さん」



しかし私がお礼を言うと、彼女は少しむくれてしまう。
というより、呼び方が気に入らなかったようだ。



春香「もう。春香でいいよ、凛ちゃん」

凛「え? い、いいのかなぁ」

春香「いいの!」



ウインクし、まるでお願いするかのように、力強く言い放つ。
……なら、ここで渋るのも失礼な話か。





凛「……ありがとう、春香」



少々照れくさいけど、でも、他でもない彼女の頼みだから。



春香「うん。どういたしまして」



そうして、春香は満足げに微笑んだ。
やっぱり、トップアイドルって凄いんだね。



春香「それじゃあ、また明日ね」

凛「うん。また明日」



手を振り、春香と別れる。
逆方向へと向かって歩き出し、今日は色んなことがあったな……なんて考え出した時、






春香「凛ちゃん!」






突然の呼びかけ。
驚きすぐに振り返る。

5メートルほど離れた所にいる春香。彼女はバレることなどお構い無しに、よく通る大きな声で、私にエールを送ってくれた。






春香「昔の偉い人は言ったよ。……『乙女よ、大志を抱けっ!』」






そう良い残し、彼女は去っていった。


最初は呆気にとられていたが、遅れて笑いが起きてくる。
本当、強敵だなぁ。

あれがいずれ超えなきゃいけない存在なんだから、アイドルは大変だし、面白い。



たぶんその偉い人っていうのは、リボンを付けた笑顔のとてもよく似合う、可愛らしい女の子なんだろうね。















765プロアイドルとの予想外の出来事があった、その翌日。


私は少し早めに目が覚めた。昨日あんなことがあったせいかな。なんだか、とても懐かしい夢を見たような気がする。
今日は朝一から合同レッスンがあるし、折角だから早く家を出ることにしよう。もしかしたら、彼女も早く来てるかもしれないし。

……いや、あの人だったらギリギリまで寝てるかな。どうだろ?


手際良く準備を済ませ、両親とハナコに行ってきますとちゃんと挨拶をし、家を出る。
今日は気持ちがいいくらいの快晴だ。


きっと、良いことがある。


レッスン場へ着くと、何故だかほとんどのアイドルたちが揃っている。結構早めに着いたと思ったんだけど、もしかしたら765プロとの合同レッスンだってことで、みんな先に来ていようと気をつけたのかな。

でも、その765プロの人たちも既に全員来ているとは、さすがに予想外。
もちろん、その中には春香もいる。



春香「おはよう、凛ちゃん」

凛「おはよう、春香」



他に人がいる中で呼び捨てにするのは少し勇気が必要だったけど、思ったより周りの反応は小さい。……もしかして、私敬語とか使わないのが普通だと思われてる?


そしてレッスンルームの奥の方。壁に寄り掛かるようにしてる星井さんを見つけた。

星井さんは私に気付くと、いつもと変わらない笑顔で軽く手を振ってくる。
それに私も笑い返し、近くまで歩いて行った。

隣に立ち、寄り掛かるように私も壁へ背中を預ける。





美希「おはよ、凛」

凛「うん。おはよう……ございます」



私が取り繕うように後から付け足すと、星井さんはおかしそうに笑い出す。



美希「あはっ、もう敬語なんて使わなくていいの」

凛「そ、そう……かな」

美希「うん。それに昨日もほとんど使ってなかったよ?」

凛「えっ」



そう言われて思い返す。
確かにそう言われれば、そうかもしれない……あれ、なんか会話に集中してたせいで良く思い出せない。たぶん本当に使ってなかったんだろう。



美希「呼び方もミキでいいよ。今更、他人行儀なの」

凛「……なら、遠慮なく」



既に春香に対してそうだし、星井さん…じゃなくて、美希は同い年だ。
これも本人が良いと言うのであれば、遠慮なく呼ばせて貰おう。正直、私としても助かる。

……こんなんだから、敬語が使えないと思われてるのかもしれないけど。ほ、本人が良いって言ってるから良いの!



凛「朝は弱いのかと思ってたけど、随分早く来てたんだね」

美希「むー、レッスンは別なの! っていうか凛、はっきり言い過ぎじゃない?」

凛「あはは、ごめんごめん」



ぷんぷんと怒った風に言うが、全然怖くない。むしろ可愛らしいくらい。



美希「そう言う凛は、来てすぐにミキに会いにきたよね」

凛「ん。まぁ、昨日のこともあったしね」

美希「……じゃあ、聞かせてくれるんだ」





期待するかのような、それでいて、穏やかな目で私を見る美希。

どうしてそんなにも私のことが気になるのか、そこが少し不思議に思う。あの星井美希に興味を持たれるなんて光栄だけど、やっぱりちょっと信じられないからね。

私の歌にそこまでの魅力を感じてくれたなら、こんなに嬉しいことはないけど。



凛「私がどんな思いでアイドルをやっているのか……だったよね」



色んなことがあった。



アイドルになっていいのかと悩んだこともあった。

アイドルを続けていいのかと苦悩したことがあった。

私にとってアイドルとはなんなのか。そう、今でもずっと考え続けている。



正直、今でも気持ちが揺らいだり、どうしていいか分からなくなることもある。

でも一つだけ、たった一つだけ、はっきりと言えることがある。



胸を張って、確信を持って、堂々と言えることがある。









凛「楽しいから」









それは、とても簡単なこと。






凛「私は楽しいから、アイドルをやってるんだ」





至極単純で、シンプルすぎるその答え。

でも、だからこそ心からそう言える。



凛「歌を唄ってる時は気持ちがいいし、ライブが上手くいけば凄く嬉しい」



美希は、私の言葉に頷いてみせる。



凛「新しい仕事を貰えればやる気が溢れてくるし、ファンから応援されれば思わず舞い上がっちゃう」

美希「うん」

凛「辛いことも、苦しいことも沢山あるけど、でもそれ以上に、アイドルが楽しい」

美希「うん……分かるの」



毎日たくさんレッスンをして、仕事をこなして、くたくたになって眠りにつく。

起きれば、またレッスンや仕事をして、その繰り返し。

非難や中傷もある。応援や賞賛もある。

数え切れない、私もまだ見たことのない景色が、ここにある。






凛「こんな楽しいことを辞めちゃうのは、私は勿体無いなって、そう思うんだ」






それを教えてくれたのは、今は隣にいないあの人だけど。

でも、だからと言って私が手放す理由にはならない。





あの人と約束していなかったら、私はアイドルを続けなかったのか。

あの人がいなかったら、私はアイドルになっていなかったのか。

あの人が、結婚しよう、なんて事をもしも言っていたなら、私はアイドルを辞めていたのか。



その問いに対する答えは……否だ。



あの人との約束を叶えたい。

あの人が残した思いを無駄にしたくない。

あの人が背中を押してくれたことを無かったことにしたくない。



でも、それ以上に。



私は、私がやりたいから、アイドルをやるんだ。

それが、私の答え。






美希「……そっか」






じっと聞いていてくれた美希は、目を閉じて満足そうに微笑む。

彼女がほしい答えを、私は返すことができたのかな。



美希「それが、凛の思いなんだね」

凛「ただの我が侭だよ。誰の為でもない自分の為。そんな立派なものなんかじゃないんだ」

美希「そんなことないの。ミキだって、キラキラしたいからアイドルをやってるし」



キラキラしたい……

その例えは、何だかとても美希らしい。会って間もないけど、そんな風に思えた。



美希「もちろん、ハニーに喜んで貰いたいっていうのもあるけどね。あはっ」

凛「は、ハニー?」





もしかして、それは765プロのプロデューサーのことを言っているのかな。凄い呼び方だ。



美希「あ。あとこれは本当に興味があるから訊くんだけど…」

凛「な、なに?」

美希「凛は、ハチマンのことを好きだったの?」



また、なんともどストレートなその質問。
でも、正直予想はついてたかな。だから私は、特に言い淀むこともなく言う。



凛「……うん。好きだよ」



思いのほか、簡単にその言葉は出て来てくれた。
気恥ずかしくはあったけど、でも、相手が美希だからかな。こうしてちゃんと口にできたのは。

その答えが何やら嬉しかったのか、美希は「そっか」と言って、また微笑んだ。


そこで、なんとなく気付いた。

たぶん。美希もそうなんだろう。
自分のプロデューサーのことをハニーと呼ぶ彼女も、きっと私と同じで、同じように色んな思いを抱えてるのかもしれない。

だから、こうして歩み寄ってきてくれたのかな。



美希「なんだか甘酸っぱいね」

凛「甘酸っぱい?」

美希「うん。楽しいことや辛いことがあって、好きな人と出会ったり別れたりもして、なんていうか…」

凛「……青春してる?」

美希「そう! まさにそれなの」



青春、ときたか。
美希のその例えに、思わず苦笑してしまう。

それは、またなんとも皮肉が効いてるね。まさか、あの人が嘘であり悪であると言った青春を私が謳歌しているとは。

……うん。でも、確かにそうかも。

その言葉は、なんだか私にはとても素敵に聞こえた。



凛「……私にとってのアイドルは、青春なんだ」





他の人には笑われてしまうかもしれない。あの人が聞いても、たぶん苦い顔をするだろう。

でも、私は好きだな。

少なくとも、今隣にいる彼女もそう感じてくれている。



美希「ありがとね、凛。色々聞かせてくれて」

凛「ううん、こっちこそ。良い経験? になったよ」

美希「……ちょっと疑問系なの」



思わずジト目で見られる。
でもこっちだって結構驚いたんだから、これくらいは許してほしいかな。



美希「これからは、ライバルだね」

凛「……美希にそう言って貰えるなら、光栄だよ」

美希「あと、恋バナ友達?」

凛「それは、あまり大っぴらには言えないかな……」



でも、美希が私をライバルと言ってくれたように、私だって負けたくないとずっと思っていた。必ずあの頂きへ行くと、思い続けてきたんだ。



凛「……美希や千早さんや、春香にも。いつか追いついてみせるから」



私のその言葉に、美希はやや挑戦的に、不適に笑う。





美希「ふーん? 追いつくだけでいいの?」



その返しには思わずぽかんとしてしまったが、こっちも、負けじと笑い返してやる。



凛「まさか。追い抜いて……トップアイドルを目指すよ」



アイドル。

それは人々の憧れであり、遠い存在。


誰をも笑顔にして、勇気を与えて、元気をくれる。
キラキラしていて、懸命で、美しく、真っ直ぐで。

人々に希望を与え、輝きを見せる、そんな存在。

そんなまるでお伽噺のような、偶像と言われても仕方が無いような存在を、私は目指す。


きっと、それは難しいのだろう。
辛いし、苦しいし、数え切れない程の困難がきっと待っている。道は険しいなんてものじゃない。

もしかしたら、最初から辿り着けるような場所じゃないのかもしれない。
そもそも、そんなものは存在しなくて、ただの幻想なのかもしれない。


けど、私は諦めたくないんだ。



たとえ私が抱いているのが叶わぬ夢で、ありもしないものへの憧れだったとしてもーー






それでも、私は本物になりたい。






本物のアイドルに、なりたいんだ。








凛「……全力で、駆け抜けてみせるから」



いつか、彼と約束した時のように。

私は、私へと言い聞かせた。



と、そこでレッスンルームにトレーナーさんが入ってくるのに気付く。

もうそんな時間かと思って準備にかかろうとすると、何やら他のアイドルたちも慌てて動き始めている。
……この様子は、またみんな聞いてたな。

私も美希も、なんだかおかしくて笑ってしまった。



美希「凛、ストレッチしよっか」

凛「うん。よろしく」






その後はレッスンを順調にこなし、お昼頃まで取り組んだ。

昨日も集中してやっていたとは思うけど、でも、それでも頭の片隅には美希との件があったからね。どこか少なからず気持ちが入り切っていなかったかもしれない。

だからその分、今日はちゃんとやれたと思う。
……こうして見ると、やっぱり765プロのみんなは凄いね。



合同ライブまで、あと三ヶ月。

時間はまだ結構あるように感じるけど、きっとあっという間だ。


だから今のこの気持ちも、貴重な経験も、忘れないよう胸に刻んでおこう。















月日の流れは、本当に早い。


美希や春香、765プロのアイドルたちと出会ったあの日から、もう三ヶ月。
あれから何度もレッスンを重ね、打ち合わせし、時にはご飯へ一緒にいったり、親睦も深めたりもした。

……美希や春香、千早さんが家まで遊びに来た時は本当に驚いたよ。

どうやら他のアイドルのみんなも、それぞれ交流しているみたい。
春香と連絡先を交換できたと、卯月がとても嬉しそうにしていたのを思い出す。

765プロが憧れなのは、みんな一緒だからね。



そしてそんな日が続いて、今日は遂に、765プロとシンデレラプロダクションの合同ライブ。その当日だ。


きっと上手くいく。そう信じられる。

だって、デレプロも765プロも、みんなどうしようもないくらい素敵で、輝いているって、私が誰よりも知ってるから。


だから、きっと今日は大丈夫。


開場前の待機時間、各々は準備に取りかかったり、気持ちを落ち着かせたりしている。
もちろん私もその一人で、ステージの様子を確かめたり、他のみんなと話したりしてから、控え室に戻った。






凛「……あれ」






しかしデレプロの控え室に戻っても、そこには誰もいなかった。
いや、正確にはスタイリストさんやマネージャーさんが何人か出入りしているけど、アイドルは一人も見当たらない。

たぶん、まだ他の所にいるのかな。もしかしたら765プロの方へ挨拶へ行ったりしてるのかも。





ただ少し出歩いて疲れたので、私は座って待つことにする。その内誰か来るだろう。



凛「ふぅ……」

「ステージ、どうだった……?」

凛「ひぁっ!?」



どこからかの突然の声に、椅子ごと倒れそうになるくらい驚く。び、びっくりした……



凛「……輝子。またそんな所にいたの?」

輝子「フヒヒ……落ち着くから」



控え室の机の下、そこを覗けば、思った通り輝子がいた。アイドル衣装で。
っていうか、他にほとんど人がいないのに入る意味はあるのかな……落ち着くんなら良いけどね。



凛「ステージならもう準備万端だったよ。そろそろ開場じゃないかな」

輝子「そ、そうか……いよいよ、だな……」



ぷるぷると、緊張しているのか肩を振るわせる輝子。
でも、不思議と表情に陰りは見えない。むしろ、目をギラつかせているようにすら見える。



凛「……楽しみ?」

輝子「うん。……こんな大きなステージ、立てるとは、思わなかったから……」

凛「ふふ、そっか」



そうやって笑えるなら、きっと大丈夫だね。

なんだか、輝子がとても頼もしく思えた。



輝子「……凛ちゃんは、やっぱり平気そう、だな…」

凛「そんなことないよ。これでも緊張してる」





こういうライブは何度経験しても慣れるなんてことはない。しかも今日は756プロとの合同ライブ。平気なんてことはなく、強がっているだけだよ。



輝子「でもその割には、最初のレッスンの時、啖呵切ってたよな……」

凛「あ、あれは啖呵とかじゃないから!」



思わず反論してしまう。
いや、確かに追いつくとか追い抜くとか、そんなことを美希(と765プロアイドル)の前で言ったけど、あれは別にそういうつもりじゃなくてね?

しかし輝子は、分かった分かった、みたいなしたり顔で頷くのみ。絶対分かってないでしょ。



凛「……そう言えば、レッスン二日目の時は輝子もいたんだったね。みんなしてばっちり聞いてるんだから…」

輝子「フフ……私、存在感が薄いから……」

凛「ああいや、そういう意味で言ったんじゃなくてね?」



というか、ある意味じゃとてつもない存在感を放ってる気がするけど。
特にライブなんかはそう。その誰もの目を引く存在感に、私も負けてられないと常に思っている。……まぁ、気恥ずかしくて本人には言えてないけど。



凛「……別にあの時の話を聞かれたのは良いんだけどさ。でも、やっぱりちょっと恥ずかしいね」

輝子「なんでだ……?」

凛「だって、結局は私の独りよがりな思いだからね。アイドルの答えとして良いとは言えないでしょ?」



私がそう言うと、輝子は「ふむ……」と頷くようにする。



輝子「……確かに、”アイドルとして”は良くないかもな」

凛「うっ……思ったよりハッキリ言うね…」

輝子「ただ……」

凛「?」





輝子はそこで言葉を切ると、ニッっと笑みを見せ、真っ直ぐな目で私を見つめる。






輝子「私はそれ以前に……凛ちゃんの親友だから、な……」


凛「っ!」


輝子「あの時の凛ちゃん……かっこ良かったぜ」






フヒヒ……と、何故だか嬉しそうに笑う輝子。

……嬉しいのは、こっちの方だってば。






凛「……ありがとう、輝子」






私もニッと笑みを返し、お互い笑い合う。

全く……こんな台詞を当然のように言えるんだから、本当にニクい。
私には、勿体無いくらいの親友だ。



そうしていると、スタッフさんの一人が開場の始まりを教えてくれる。

ステージ裏に招集とのことで、たぶん他のみんなも直接向かっている頃だろう。



凛「それじゃあ、私たちも行こっか」

輝子「おう……フヒヒ……」





机の下から出てきた輝子(まだいた)と共に、ステージ裏へと向かう。途中、他のアイドルたち何人かとも合流した。

ステージ裏には、もうほとんどのメンバーが集まっている。
そこには、いつもお世話になっている事務員さんの姿も。



凛「ちひろさん。お疲れ様です」

ちひろ「あ、凛ちゃん。お疲れ様です」



ぺこっとお辞儀。手には、何やら色々な資料を持っている。



凛「もしかして、アナウンスの準備ですか?」

ちひろ「ええ。デレプロのライブでも毎回やらせて頂いてますけど、今回は765プロの事務員さんの音無さんと一緒にやることになりまして…」



ちらっ、と。ちひろさんの視線を辿ってみれば、ショートヘアーのこれまたアイドルのような容姿をした女性がスタッフさんと話をしている。ちひろさんに負けず劣らずの美人だ。

というか、事務員さんがアナウンスをするのは伝統か何かなのかな……?



ちひろ「アイドルのみなさんには敵いませんが、やっぱり緊張しますね」

凛「ふふ……いつもありがとうございます。ちひろさんも、頑張ってくださいね」

ちひろ「はい。凛ちゃんも」



と、そこでちひろさんは何かを思い出したように耳打ちをしてくる。
内容はそこまで秘密にしたいことではなかったけど、一応気を遣ってくれたらしい。



ちひろ「今日のチケット、ちゃんと彼に送っておきましたよ」





彼……というのは、もう言うまでもないね。

来てくれるかどうかは分からなかったけど、それでも、この晴れ舞台を見てほしいという思いはあった。
無理強いはしたくないし、連絡も特にしていない。チケットが送られても、向こうからも何か返事が来ることは今日まで無かった。



ちひろ「……彼のことです。きっと、どこかで見てますよ」



微笑みながら、ちひろさんはそう言う。



凛「大丈夫だよ」

ちひろ「え?」



たとえあの人が来ていなくても、それでも私がすることは変わらない。
今は隣にいなくても、全力で私は駆け抜けるだけだから。



凛「あの人がどこにいたって、私は歌うし……全力でアイドルをやるよ」



どこかで、今日も私を信じて待ってくれていると、そう信じてるから。



ちひろ「……そうですか」



ちひろさんは最初目を丸くしていたが、その後微笑んで言ってくれる。



ちひろ「彼が残したものは……こうして、今も輝いているんですね」

凛「……まぁ、良くないものも色々と残していった気もするけどね」

ちひろ「それは確かに」



言って、お互い声を出して笑う。

……本当、ただでいなくならないんだから、あの人は。





ちひろ「それじゃあ、そろそろ準備をお願いしますね」

凛「はい。行ってきます」

ちひろ「行ってらっしゃい!」



踵を返し、集まっているアイドルたちの方へ歩き出す。

しかし向かう途中で、「凛ちゃん!」とちひろさんに再び呼ばれてしまい慌てて足を止めた。
振り返ってみれば、ちひろさんは小さなフラワーバスケットを抱えている。



ちひろ「はい、これ。凛ちゃんにです」

凛「私に? 誰から……」



と、そこでメッセージカードに気付く。
バスケットをちひろさんに預け、開封し、中のカードを取り出す。

カードには、ただ一言。






『 しっかりな。 』






とだけ、書かれていた。






凛「…………」

ちひろ「凛ちゃん?」

凛「……ふふ」



思わず、笑いが零れてくる。

その、不器用さを隠そうともしないたった一言。
何を書くかと悩んで、考え込んで、何とか絞り出したのがこれだと思うと、なんだか無償におかしかった。





凛「……アザレア、か」



フラワーバスケットの花を見て、私の好きな歌を覚えてたんだなと、少し嬉しくなった。
とりあえず、次会った時にはうちの花屋を差し置いてどこでこれを買ったのか、問い詰めなくちゃね。

そんな私の様子を見て、ちひろさんも何だかおかしそうにしている。



ちひろ「……さっきより良い顔してますよ?」



それは、何とも複雑な台詞だ。少し顔が熱くなる。
どうやら、私もまだまだらしい。

隣にいなくたって、こうしてあなたの一押しが、私の力になるんだからね。






凛「ーー行ってくるね」






だから、もう一度私は告げる。

この会場のどこかにいる、あの人に向かって、そう言ってやる。



誰も見たことのないような景色を、キラキラとした最高の光景を。

あの人と、会場にいる全員に見せてあげよう。



今はまだ至らない、未熟なアイドルだけど。

情熱と憧れを手に、ずっと走り続ける。



ステージの、その輝きの向こう側。

そこを目指し、私は駆け出す。






いつか違った道が交わるようにと、思いを込めて。












というわけで、渋谷凛のその後でした!

そして明日のエピローグをもって、本当の本当に終わりです。
ここまで随分とかかってしまいましたが、どうか最後までよろしくお願いします!

お待たせしました。これより、最後のエピローグを更新します!


~エピローグ~






青春とは嘘であり、悪である。



青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺く。

自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。

何か致命的な失敗をしても、それすら青春の証とし、思い出の1ページに刻むのだ。


例を挙げーー






八幡「なんだ、こりゃ」






随分と、懐かしいものが出てきた。

確か、平塚先生へ最初に提出したレポート用紙だよな。再提出を言い渡されて、奉仕部やりながら書いたっけ。


たまには片付けをしようと机を漁っていたら、くしゃくしゃのレポート用紙。内容はリア充への犯行声明。
ふむ……



八幡「我ながら、なんと的を射た文面だろうか。とっとこ」



ぴしっと、レポート用紙のシワを伸ばし、改めて引き出しにしまう。

もしかすれば、こいつが日の目を見る時が来るやもしれん。万が一俺が自伝を書く時が来たら冒頭に載せることにしよう。





小町「なーにやってんの。お兄ちゃん」



声に振り返ると、そこには廊下から部屋の中を覗き込んでいる小町。
その格好は寝間着のままで、眠たげに目を擦っている。もしかして起こしちまったか。



八幡「おう。ちょっとヒマだったんで、部屋の片付けをとでも思ってな」

小町「……朝の5時に?」

八幡「朝の5時に」



外からはチュンチュンと鳥のさえずりが聞こえ、窓を見れば空は未だ薄ら暗い。ようやく白んできたと言ったところだ。



小町「……緊張して早く起きちゃったんだね」

八幡「別にそういうわけじゃない。ただ……」

小町「ただ?」

八幡「なんだか寝付けなくて色々してたら、いつの間にか朝だっただけだ」

小町「めっちゃ緊張してるよそれ」



ですよねー
いや、だって、仕方が無いだろ? 今日ばっかりは。

俺が口を尖らせていると、そんな様子を見て小町は呆れたように笑う。



小町「……それじゃ、朝ご飯用意するから」

八幡「いやいいぞ、そんな俺に合わせなくても」

小町「もう起きちゃったし。それに、何かしてないと落ち着かないんでしょ?」



どこまでも見透かされたかのようなその台詞。さすが、長年俺の妹をやっているだけある。
ここは、お言葉に甘えておこう。





八幡「悪いな」

小町「いえいえ。……っていうか、やっぱりそのスーツなんだ」



小町が言っているのは、今の俺の格好。
ワイシャツにスラックス。ネクタイをピンでしっかりと留め、ジャケットは既に椅子にかけてスタンバイ。もういつでも出れる格好だ。



小町「新しいのもう一着あるんでしょ? ネクタイも。そっち着てけばいいのに」

八幡「いいんだよ」



小町の提案も、今日くらいは断らせてもらう。



八幡「今日は、これでいい」

小町「……そっか」



小町は微笑むと、それ以上は何も言ってこない。

ホント、出来た妹だ。



小町が用意してくれた朝食をいただき、出かける準備をする。
と言っても、もう既にほとんど終わっているんだが。

両親はまだ寝ているようだが、もう出ることにする。なんだか気恥ずかしいしな。



小町「初日なんだから、しっかりね」

八幡「おう。任せとけ」

小町「言ってるのがお兄ちゃんだからなぁ。小町は不安です」

八幡「どういう意味だそりゃ」



言って、二人して笑う。





八幡「……見送り、ありがとな」

小町「お、お兄ちゃんがそんな素直な言葉を……! ちょっと気持ち悪い……」

八幡「うるせぇよ」



ちょっと素直にお礼を言ったらこれである。
……まぁ、日頃の行いがあれだからなんだろうけども。



小町「……今日くらいはね。私も見送りたかったんだよ」

八幡「小町……」

小町「なんだっけ? 門松はおめでたい、みたいな感じ」

八幡「……もしかして、門出を祝う、か?」

小町「そう、それ!」



いや全然似てねぇよ。お前ホントに高二?
よく総武高に受かったなと、今更ながら呆れてしまう。

本番に強いってのは、何とも小町らしいが。



八幡「そんじゃ、行ってくる」

小町「うん。行ってらっしゃい」



玄関の前で手を振る小町を背に、俺は歩き出す。


さて、気合い入れて行きますか。






× × ×






八幡「し、失礼しまーす……」



恐る恐る、中を覗き見る。

既に入り口は開いていたので、誰か人はいると思うんだが……



八幡「……変わってねぇな」



相変わらず受け付けらしい物も無く、広いとは言えないオフィス。
ちょこちょこ物の配置は変わっているが、基本的には俺がいた時と一緒だ。

しかし、人の気配は無い。さすがにちょっと早過ぎたか。



八幡「…………ちょっとその辺で時間潰してk…」

ちひろ「おはようございます♪」

八幡「おぁっ!?」



突然の背後からの挨拶に、思わず飛び退くほど驚く。
いや、今気配も音も無かったんだが……

振り返れば、そこには事務員の千川ちひろさんが笑顔で立っていた。

……この人も、まるで変わらない。



八幡「ち、ちひろさん。えっと……お、おはよう、ございます……」

ちひろ「ええ。今日は早いですね、比企谷くん」

八幡「そう言うちひろさんこそ」





俺がそう言うと、ちひろさんはやけに嬉しそうにする。



ちひろ「待っていたかったんですよ。……おかえりなさい、比企谷くん」

八幡「……別に、この間も面接の時会ったじゃないですか」

ちひろ「もう! こういう時くらいは素直に、ただいま、って言ったらどうなんです?」



ぷんぷんと、全く怒ったように見えない怒り方をするちひろさん。

……まぁ確かに、今の言い方は我ながら捻くれていた。ただ気恥ずかしいのは勘弁してほしい。



八幡「あー……」

ちひろ「……………」



待ってる。ちひろさんめっちゃ待ってる。

……仕方ねぇなぁ、ホント。



八幡「…………ただいまです。ちひろさん」



俺がそっぽを向きつつ、何とかそうひねり出すと、ちひろさんは満足げに微笑んだ。

こういう所も、相変わらずだな。



社長「おー比企谷くん! 来てたのかね!」



と、そこで奥の方から社長もやって来る。こっちはこっちで相変わらず黒い。



社長「今日からよろしく頼むよ。……よく戻ってきてくれた」

八幡「……はい。こちらこそ、本当にありがとうございます」





深く礼をして、感謝を告げる。
本当に、礼を言っても言い足りない。こんな俺を、また引き受けてくれたんだからな。

そしてなんかちひろさんが「私の時より素直……」みたいな非難めいた顔をしているが、スルーしておく。



社長「これからは、きっと前以上に大変な事が待っている。やれるかね」

八幡「ええ。承知の上です。……それに、やり残した事も沢山ありますから」



思えば以前の俺も、ここへ戻ってくるまでの俺も、支えられて、与えられたからやってこれた。
なら、少しずつでも、それを返していこう。

正社員として、ここから俺は再出発するんだ。



八幡「……飲みに行く約束も、忘れてませんしね」

社長「っ! ……それは、嬉しいことを言ってくれるね」



そう言って社長は快活に笑う。
飲める年齢まではもう少しかかるが、それでもその時は必ず付き合おう。これも約束だ。



ちひろ「え、なんですか飲みに行くって。それ、私も入ってます?」



私聞いてないとばかりにちひろさんがしゃしゃり出てくる。いや、あなたはちょっと……
この人も誘うと、なんだか他の酒豪アイドルたちも寄ってきそうでなぁ……それは勘弁してほしい。

社長は一つ咳払いをすると、仕切り直すように改めて話し始める。この人も流したな……



社長「それじゃあ、比企谷くんに今日一日の仕事を今ここで命じよう」

ちひろ「あれ、今私スルーされました?」

社長「それはズバリ……」



勿体ぶる社長に、俺も何となく身構える。

俺の、初仕事。



社長「手始めとして、今日一日アイドルとの交流をするんだ!」

八幡「……ん?」





アイドルとの、交流?



社長「もうしばらくすれば、アイドルたちもどんどんと事務所へやってくる。積もる話もあるだろう。よろしくやってくれたまえ」



社長はそう言うが、それはつまり、ほとんど自由にしていいってことだよな?
初日にいきなり、そんな事をしてて良いのだろうか……?

俺の不安が通じたのか、社長は不適に笑う。



社長「安心したまえ。明日からはビシバシ働いてもらう。期待してるよ、君」



そりゃまた、何とも安心できない言葉だ。
しかし社長がそう言うのであれば、謹んで受けよう。

俺の、初仕事。



ちひろ「……あの子も、すぐに来ますよ」



そう言って微笑むちひろさん。

……それじゃあ、情けない姿は見せられないな。



今日から、俺はプロデューサーなんだから。






× × ×






未央「ヒッキ~~! 待ってたよー!!」



会うや否や、ぐわーっと、しがみつきにかかって来る元気娘。
思わず相手がアイドルということも忘れてアイアンクロー。しかしそれでもなお向かってくる。くっ……こ、こいつ……!



八幡「こ、この、そんな寄るんじゃない……!」

未央「そんなこと言わずに~」

卯月「わ、私も……」



一緒にいた卯月まで手をもじもじさせているので、絶対に来るんじゃないと目で制す。そんな可愛くしょぼんとしたってダメ! つーか、お前は無駄に力強ぇな!

なんとかかんとか、ひっぺがす。



八幡「ったく、お前らも変わんねぇな」



その遠慮が無いとことか。



卯月「八幡くんも、お元気そうで何よりです」

八幡「お前らと会ったら体力が減ったけどな」

未央「またまた~目の保養になったからプラスの方が多いでしょ?」





それ自分で言う?

……まぁ、見た目が良いのは間違いないから何も言えん。っていうか、口が避けても言ってやらん。



八幡「まぁ、なんだ……」

卯月・未央「「?」」



そんなキョトンとしやがって……
言わなくもいいと思ったが、初日だからな。面倒な上に気が乗らないことこの上ないが、一応言っといてやる。



八幡「……改めて、これからよろしくな」



そう俺が気恥ずかしさMAXで言うと、二人は目を丸くし、お互いを見て、盛大に吹き出した。舐めてんのか。
こんだけの覚悟を持って言ってやってんのに、酷い奴らだよ。

けどま、



未央「うん! これからもよろしく!」

卯月「よろしくお願いしますね♪」



と、本当に良い笑顔を見れたんだから、チャラにしといてやろう。

……むしろ、プラスの方が多いくらいだよ。






× × ×






瑞樹「そうね。わかるわ」



どこか遠い所を見つめ、何とも哀愁漂うオーラの川島さん。



瑞樹「月日の流れっていうのは、本当に早いわよね。……残酷なくらい」

レナ「本当、その通りね」



なんで兵藤さんまで……と思ったが、そうか。そういう事か。

つまり、この人も……



早苗「年齢なんて、アイドルには関係ない、関係ないのよーー!!」



思った通り、荒れに荒れている。
何年ぶりにお会いしましたね~なんて、そんな話題を振ったのがいけなかったらしい。俺のせい?



八幡「そうか。三人とももう、さn…」

楓「ストップよ比企谷くん。それ以上はいけないわ」



無駄に切なげな顔で諭すように言う楓さん。

しかし止めるのが遅かったのか、早苗さんは素早く俺の首をホールド。というかロック。技の衰えを感じさせない。ってか絞まってるぅーー!



早苗「女性に、年齢の話を、するなって、言ったでしょうがー! おかえり比企谷くん!!」

八幡「だ、だから、言い出したのはそっち……!」



つーか、最後のは締めながら言うことじゃねぇ! ギブギブギブギブ!



楓「……これで、また飲みに行けますね。ふふっ」



何やら楓さんは嬉しそうに笑っているが、そんな事より助けてほしい。この人なんとかしてー!



瑞樹「若いって、良いわね……」

レナ「あれ止めなくてもいいの?」






× × ×






パシャリ、と。スマホから音が鳴る。



莉嘉「もっかいもっかい! 次はアタシのケータイね!」

美嘉「オッケー、それじゃ別の角度でー…」



イエーイとばかりに、もう一枚。

忙しなくスマホを弄りつつ、さっきからあっちへこっちへ色んな角度で写真を撮りまくっている。つーか、いちいちケータイ変えんでも後で送ればいいだろ。



八幡「なぁ、もういいか?」



いい加減うんざりしてきたので、鬱陶しさを隠そうともせずにそう言う。

しかし姉はともかく妹の方は未だ満足できていないようで…



莉嘉「えー! 好きなだけ撮ってやるって言ったじゃん。まだダメだよ!」

美嘉「だってさ」

八幡「さいですか……」





久々に会ったからと言って、何をそんなに撮る必要があるのか。八幡、誰かと写真を撮るなんて経験が無いので分かりません。……ここ、笑うとこだぞ。



莉嘉「……だって、八幡くんがまたいなくなっちゃったら、撮れないかもしれないじゃん」

八幡「……っ」



俯き、そんなことを言う莉嘉に思わず口を噤んでしまう。

……ったく、んなこと言うなよな。自惚れちまうぞ、俺。



八幡「……別に、今日じゃなくたって大丈夫だろ。そんな心配する必要ねぇ」

莉嘉「え?」

八幡「ここに来れば、いつでも俺なんて会える。見たくなくたって顔見ることになんだから、覚悟しとけ」



我ながら捻くれたもの言い。
だが、それでも莉嘉には充分だったようだ。



莉嘉「……えへへ。ダメだよ、今日もいっぱい撮るし、これからも嫌になるくらい撮るんだから!」

美嘉「……だってさ」

八幡「そうかよ」



正直それは本当にマジで勘弁してほしいが……まぁ、千葉のお兄ちゃんはみんなシスコンだからな。
たとえ妹っぽいってだけの女の子でも、その力を遺憾なく発揮してやろう。仕方なくな。

と、そこで不意に袖を引かれる。





美嘉「ねぇ、さっきの台詞……」

八幡「あん?」

美嘉「アタシも、信用していいんだよね?」



小悪魔的な笑みで、ジッと俺を見てくる美嘉。そ、その訊き方はちょっと卑怯じゃないですかね。
まぁ、俺の返す答えなんて決まりきってはいるんだが。



八幡「ああ、骨を埋める覚悟だよ」



あんだけ働きたくないと言っていた俺が、まさかこんな台詞を吐くことになろうとは。
昔の俺に聞かせてやりたいぜ。



美嘉「……そっか」



うんうんと、何そんなに満足しているのか頷いている美嘉。



莉嘉「ほらほら二人とも、次撮るよー?」

美嘉「オッケー! ほら、もっと笑って。……は、八幡」



言って、みるみる顔を赤くしていく美嘉。



美嘉「あ、つ、次はアタシが撮るから、二人で並びなよ、ほら!」

莉嘉「お姉ちゃん、照れるくらいなら言わなきゃいいのに」

八幡「本当にな……」



こっちまで恥ずかしくて、そっち見れねぇよ。畜生め。






× × ×







光「やっぱり、Wの世界観と繋がってるんじゃないかと思うんだよね」

八幡「まぁ、確かに見た目もそれっぽいし、財団Xあたりが絡んできそうな気もするな」

光「でしょ? ……あ~でもビルドも楽しみだけど、エグゼイド終わっちゃうのか~」

八幡「最初は正直ゲームと医者ってどうなんだと思ったが、予想に反した面白さだったな。正直俺の中では、平成二期だとかなり上位に入る」

光「アタシもだ。くぅ~……最後どうなんのかなぁ」

麗奈「……アンタたち、何の話してんの?」



呆れたように言う小関。いたのか。



光「あ、今度映画一緒に行こうよ! 麗奈も一緒に!」

麗奈「いや、アタシは別にそういうの興味ないし」

八幡「つーか、お前まだ見に行ってなかったんだな。意外だ」

光「ううん、行ったよ! 2回!」



まさかの3回目。好きだなホント……俺も特典目当てで何回か行くことはあるけどさ。主にアニメ映画。



光「じゃあ約束な!」

麗奈「いや、アタシ行くって言ってn…」

八幡「本当はあんま良くないんだがな。変装はしっかりな」

光「おう!」

麗奈「聞けぇ!」



諦めろ。こうなると光は折れない。


ヒーローは諦めないのが常だからな。






× × ×






李衣菜「だーかーらー、こっちの衣装の方が絶対ロックだってば!」

みく「別にロックである必要もないでしょー!? もっと可愛い方が絶対良いにゃ!」



ぎゃーぎゃーわーわーと、姦しく何やら言い争っている二人。

まぁ、意見をぶつけ合うのは良いことだ。少なくとも、ろくろを回すような手つきで延々と話し合いしてるよりかはな。……だが、もうちょい静かにやってほしい。



八幡「……いっつもこんな感じなんすか」

夏樹「まぁな。ユニット組んでからはよく目にする光景だよ」



苦笑しつつ、その様子を眺めている木村先輩。
特に仲裁したりもしない所を見るに、もう慣れたもんなんだろうな。



菜々「はいはい、コーヒーをお持ちしましたよ~」



と、そこへ安部さんの差し入れ。この人も相変わらず変わらんなぁ……今いくつなんだろうか。



夏樹「二人とも、コーヒー飲まないか」


みく「ネコミミはアイデンティティーなの! これは絶対なの!」

李衣菜「そんな取り外し出来るアイデンティティーなんていらないよ!」

みく「にゃっ!? と、とってつけたようなロックよりはマシでしょー!?」

李衣菜「なんだとー!?」


夏樹「……ダメだこりゃ」

菜々「あ、あはは」



まぁ、変わらないようで安心したよ。……したのか?






× × ×






廊下を歩いていた時に急に声をかけられたのは驚いたが、その顔を見てもっと驚いた。まさか、向こうから話しかけられるなんてな。



モバP「就職おめでとうございます、比企谷さん」

八幡「ありがとうございます」



そう祝ってくれたのは、十時愛梨のプロデューサーだ。

廊下に備え付けてあるベンチに座り、話を聞く。



モバP「今日からもう仕事に?」

八幡「ええ。……と言っても、社長の計らいで今日は見学みたいなもんですけど」



自分で言って苦笑する。本当、こんなダベっているだけで良いんだろうか。



八幡「十時、相変わらず色んな所で見ますよ。さすがですね」

モバP「そう言って貰えると、嬉しいです」



お世辞でもなんでもなく、これは本当に思っていること。

かつれ俺が参加した、『プロデューサー大作戦』という企画。そしてその優勝者、総選挙を行い見事一位となったシンデレラガール……


それが、十時愛梨だ。


十時自身もそうだが、その手伝いをしたこの人も、さすがと言うほかない。



モバP「……でも、凄いのはあなたもですよ」

八幡「え?」

モバP「あなたが担当していた彼女も、あなたがいなくなってからも、ずっと頑張っている。ずっと輝き続けている」





そう言う十時のプロデューサーは、笑っていた。



モバP「彼女が活躍するのを目にする度に、あなたに負けられないと僕はずっと思っていました」



その言葉に、素直に驚く。

まさか、この俺なんかのことをそんな風に思っていたとは。



モバP「これからよろしくお願いします」

八幡「ええ。こちらこそ」



同僚としてだけではなく、ライバルとして。

告げなくても分かる。お互いがお互い、負けたくないと思っている。
きっと、これも悪い関係じゃない。



愛梨「プロデューサーさーん、そろそろ出る時間ですよー?」



見ると、遠くの方で十時が手を振って呼んでいる。俺に気付くと、彼女はぺこっとお辞儀をした。



モバP「ああ! ……それじゃ、僕はもう行きます」

八幡「ええ」



この二人が、俺とあいつがいずれ超えなきゃならない相手。
そして、更にその先にも、超えるべき奴ら沢山いる。

一筋縄では、いかなそうだ。



愛梨「プロデューサーさん、なんだか今日は熱いですね~」

モバP「ちょっ、こら愛梨! こんなとこで脱ぐな!?」



……たぶん。






× × ×






鷺沢「比企谷さん……これを、どうぞ」



そう言って渡されたのは、何やらリボンの巻かれた包み。
形状と重さからして、恐らく中身は本だろうな。それもハードカバーの。くれたのが鷺沢さんなら尚更だ。



八幡「あの、これは……?」



本というのは分かるが、それを何故くれたのかが分からない。
困惑しつつ尋ねると、鷺沢さんは微笑みながら説明してくれる。



鷺沢「所謂……就職祝い、というものです。私のおすすめの本ですので、是非」



就職、祝い……?

一瞬、脳が理解しなかった。そうか、世の中にはそんなものが存在するのか。都市伝説だと思ってた。



美波「ごめんね、私は用意してなくて…」



一緒にいた新田さんが何やら申し訳なさそうにしているが、別に全く気にしていない。というか、わざわざ用意していた鷺沢さんに驚いたわ。





八幡「その、ありがとうございます。新田さんも、お気持ちだけで嬉しいです」



ここは素直にそう言っておく。デレプロきっての常識人二人だ。さすがの俺も皮肉の一つも言えやしない。



新田「ううん。今度、ごはんでもご馳走するよ。プロデューサーさんも一緒に♪」

八幡「それは、なんというか、できれば遠慮したいですね……」



あの金髪眼鏡の美人プロデューサー、苦手なんだよな……
まぁ、いつかお礼を言いたいとは思ってたけどさ。



鷺沢「読み終わったら、是非、感想を聞かせてくださいね……」

八幡「ええ。……そういう約束でしたからね」

鷺沢「っ! ……はい」



笑顔で頷く鷺沢さん。
この人がおすすめする本だ。きっと、面白いんだろうな。

また、楽しみが一つ増えた。






× × ×






まゆ「どうやら、リボンがまた結ばれたようですね」






驚いた。そりゃもう驚いた。

不意に、なんてもんじゃない。音も気配もなく、どこからともなく現れた。



八幡「…………頼むから、もうちょい普通に話しかけてくれ」



一息つこうとしていた所だったから、余計に驚いた。こいつも相変わらずどこか人間離れしてんな。



八幡「ところで、お前が今持ってるそれはなんだ?」

まゆ「これですか? これは今営業に出てるプロデューサーさんに付いてる発信器を探知する端末で…」

八幡「もういい分かった。もう充分だ」



あれ、おかしいな? 前に会った時はコイツ恋愛アンチじゃなかったっけ?
恋は盲目、とは言うが、ここまで人が変わるとちょっと怖い。

あまり踏み込みたくはない話題なので、話を変えよう。





八幡「……それで、最初なんて言ったんだ?」

まゆ「リボンですよぉ。……今度は、解けないようにもっと固結びをしてくださいね」

八幡「あー……」



そういや、そんな話をしたこともあったな。よく覚えてる奴だ。



八幡「分かんねぇぞ。どれだけ解けないくらい固く結んでも、切れちまえば終わりだ」



もちろん、そんなつもりはない。
けど、なんとなく照れくさいので、いつものように捻くれたもの言いをしてしまった。

だが、それでも彼女は不適に笑う。



まゆ「ふふふ……なんだ。知らないんですか?」

八幡「あん?」



小指を立てて、まるで恋する乙女のように、歌うように彼女は言う。



まゆ「リボンがある限り、何度だって結び直せるんですよ?」






× × ×







蘭子「フゥーーーハッハッハァーー!!!」

八幡「絶好調だなお前……」



会うや否や、キレッキレの動きでポーズを決める蘭子。

しかし、その距離は何故だか遠い。



八幡「なぁ、なんでそんな離れて……」

蘭子「ちょっ、少々待て眷属よ! それ以上は、その、とにかく寄るなっ!」

八幡「…………」



ズザザーっと、すかさずポーズを取りながら後ずさる蘭子。
え、なに、どゆこと?



八幡「……そんなに俺と近寄りたくないか」

蘭子「えっ!? あ、いや、そういう意味じゃ、なくて…」

八幡「じゃあどうしたってんだ」



何か納得のいく理由を教えてくれないと、俺体臭キツいのかな? とか、もしかして近いだけで不快なの? とか、普通に傷ついて今夜枕を濡らすことになる。久々だな……昔はよくあった。あったのかよ。



蘭子「え、えっと、その…」

八幡「…………」

蘭子「いざ久しぶりに会うと……何を話せばいいのか、分からなくて……」



恥ずかしそうに、震える声でそう言う蘭子。
よくよく見てみれば、その大仰なポーズは顔を隠すようにしているだけにも見える。耳赤いし。

どうやら、絶好調に見えたのは俺の勘違いだったらしい。


だから、俺はこう言ってやったのさ。





八幡「アホかお前」

蘭子「えぇっ!?」



ガーン! と、ショックを受けたように思わずポーズを解除する蘭子。やっと顔が見れたが、ちょっと涙目になっている。



八幡「そんなの、俺だってそうだっつの」

蘭子「え……?」

八幡「会わせる顔が無いってのに、こうして色んな奴に会って回ってんだ。ちったー見習えよ」



なんとも情けないその台詞。だが、そう言いたくもなる。

これでも、結構な勇気をもって歩き回ってるんだぜ?



蘭子「……ふふ」

八幡「なに笑ってんだ」

蘭子「だって、変わってないから」



安堵するかのように笑う蘭子。

変わってないのはお前も一緒だよ。どいつもこいつもな。



八幡「つーか、お前はもう少し大人っぽくならんのか。もう高校生だろ?」

蘭子「なっ、わ、我とて、以前よりも更に魔力が増大し、深淵なる闇の業火を…」

八幡「あー分かった分かった」



こいつは、当分中二病を卒業する気は無さそうだな。

つーか、卒業したらただの可愛いアイドルになっちまうんだが。



八幡「……そろそろメシの時間だが、なんか食いに行くか? 二代目シンデレラガール」

蘭子「っ! うん!」



そんな雑な誘いでも、蘭子は嬉しそうに頷いてみせる。思わず熊本弁を忘れるくらい。
……どうやら、相当頑張ったみたいなだから。少しくらい褒めてやっても、あいつも怒らないだろ。


しかしこうして女の子をメシに誘えるくらいには成長したんだから、誰か一人くらいは変わったね~とか言ってほしいぜ、本当。






× × ×






思わず、身体が固まった。

食後にコーヒーでも飲もうと、自販機まで来たのはいいのだが……




常務「…………」

八幡「お、お久しぶりです」



まさかの、あの強面常務のお出ましだ。
いや、この人は元々いたから、お出まししたのは俺なんだが……



常務「……挨拶に来ないと思えば、まさか昼休みに出くわすとはな。比企谷」



いちいちトゲのある言い方をする人だ。いや、確かに上司に真っ先に挨拶しなきゃならんのはその通りなんだが……
とりあえず、大人しく謝罪しておこう。



八幡「す、すいません。常務」

常務「違うな」

八幡「へ?」



違う、とはどういう意味だろう。そう思っていると、常務は仏頂面のまま、表情も変えずに言ってのける。



専務「今は専務だ」





まさかの昇格だったー!
ま、まさか俺のいない間に、専務になっているとは……いや、無い話じゃないんだろうが、さすがに予想外だ。



八幡「……すいません、専務」

専務「以後気をつけろ」



そう言ってブラックコーヒーを飲む専務。

しかし相変わらず寡黙ではあるが、なんだか以前よりも印象が柔らかくなった気がするな。本当に気持ち、ってレベルだが。もしかしたら、あいつの影響か?

そんな風に思っていると、その噂のあいつがやってきた。なんだかデジャヴを感じる。



ライラ「おや、八幡殿。お久しぶりございますー」



何とも言えない間延びした話し方。こいつはこいつで変わらんな。



八幡「おう。……その分じゃ、アイドルは順調そうだな」



あれから、ちょこちょことライラの姿を目にすることも増えてきた。今じゃ、結構な知名度を誇るんじゃないか? 無事にアイドルを続けられているようで、俺としても何よりだ。








ライラ「はい。これも、プロデューサー殿のおかげでございますですねー」

八幡「ほう」

専務「…………」

八幡「……企画が終わっても、まだ担当プロデューサーなんですね」

専務「……それが何か?」



ギロッと、いつも以上の眼光で睨まれた。怖い……

けど確か、あの時は企画の一般プロデューサーが足りないから、臨時的にライラの担当になったんだったよな。それが、今もこうしてプロデューサーとしてやってるんだ。



専務「……何を笑ってるんだ」

八幡「いえ、なんでもないっす」



そりゃ、頬を緩むだろ。

しかしそんな俺の態度が面白くないのか、専務はコーヒーを飲み終わるとさっさと行ってしまう。
去り際、こんな言葉を残して。



専務「もうヘマはするなよ。……人手が足りなくなるのは、私も困る」

ライラ「また、一緒にアイス食べるでございますよー」



専務を追うように、ライラも手を振りながら去っていく。

……期待に応えられるよう、頑張りますよ。


自分に出来ないことをやれって、あなたに頼まれましたしね。






× × ×






奈緒「な、な、なんでアタシには教えてくれなかったんだよぉーーー!!!」



つんざくような非難めいた叫び。というか非難。

あまりの声の大きさに、俺も加蓮も耳を塞ぐ。



加蓮「あれ、言ってなかったっけ? おっかしいなー」

八幡「ちひろさんに聞いてたんじゃないのか?」

奈緒「き、聞いてないぞ!?」

加蓮「んー何人かに直接教えてたみたいだったけど…………あ、そっか。そういえばあの日奈緒いなかったから、アタシが伝えておくって言ったんだった」

奈緒「かれぇーーーーんっ!!」



アハハーごめんごめん、と頭をかきながら笑う加蓮。全然悪びれる様子ねぇなオイ。



奈緒「ったく、普通にお前がスーツ着て事務所にいるもんだから、こっちはめちゃくちゃビックリしたんだからな」

八幡「いや、俺に言われても…」



伝え損なったちひろさんと加蓮に言ってくれ。

そしてそこで奈緒は一旦静かになったかと思うと、こっちをジッと見て、睨むようにする。一体どうした。



奈緒「……………んん、……あー……」



チラチラと、俺の方を見て、俯いての繰り返し。
そして意を決したかのようにもう一度睨み、やっとこさ口を開いた。



奈緒「……………………おかえり」

八幡「おう」

奈緒「だぁー! なんでアタシがこんな恥ずかしい思いをしなくちゃならないんだよ!」

八幡「だから、俺に言われても…」



見事な逆ギレである。そんなに恥ずかしいなら言わなきゃ良いのによ。
それでも言わないと気が済まないってんだから、生きにくい性格だな。





加蓮「それじゃあ、アタシからも」



と、便乗するように加蓮もこっちに向き直り、満面の笑顔で告げる。



加蓮「おかえり、八幡さん」

八幡「お、おう」



こいつはさすがだな……言われたこっちが恥ずかしくなる。

そんな様子を奈緒が「そのメンタルが羨ましい……」とジト目で見ている。気持ちは分かる。



加蓮「……でもホント、戻って来てくれて良かったよ」



さっきまでのイタズラっぽい笑みとは違い、安堵したかのような顔になる加蓮。



加蓮「あなたが育てたアイドルなんだから、最後まで面倒みてよね?」



期待するかのような、その眼差し。
直視するのもこっぱずかしく、目を逸らす。つーか、育てたつもりも特に無いんだが……



奈緒「まぁ、確かに中途半端に逃げるのは良くないよな」



習うように、奈緒も勝ち気な笑みを浮かべて言う。



奈緒「責任はちゃんと取れよ、比企谷」



……本当、遠慮の無い友達だよ。

こんなんだから、俺もほだされるんだ。
だから、仕方なく返事をしてやる。



八幡「……へいへい」



なんともやる気の無さそうな、照れ隠し満載の返事。
けど、これが俺の精一杯だ。


それでも奈緒も加蓮も、満足そうにしてるんだから、許してくれ。






× × ×






休憩スペースでちょっと一休み……と言っても、元々今日は仕事らしい仕事はしてないんだが。

自販機でMAXコーヒーを買い、ソファに座ってゆっくりする。なんだが、こうしているのも懐かしい。
そういや今は炬燵は無いんだな。あれも季節感ゼロだったし大分謎だったが。



杏「うー……疲れたー」



そこにやって来るは、仕事終わりなのかやたらとぐったりした杏。
まぁ、こいつの場合レッスンとか何やってもその後ぐったりしてたけど。



八幡「お疲れさん」

杏「お疲れー。もう、杏はダメだよ……ぐはっ…」



わざとらしいうめき声を上げ、反対のソファへと倒れ込む。



八幡「なんか飲むか」

杏「甘いものを……」

八幡「あいよ」



確か炭酸は平気だったはず、と。テキトーにコーラを買って、渡してやる。



杏「サンキュー」





起き上がり、ごくごくと良い音を立てて飲む杏。
その後ふぃ~と何ともオッサンみたいな仕草で口元を拭う。そして、目が合い一言。



杏「え、なんでいんの」



今更かい。



きらり「杏ちゃん? ここにいたの……って、あー! はっちゃーん!」



そこへ諸星登場。駆け寄り、手を握ってぶんぶんと振ってくる。いや、ちょっ、そんなに軽々しく手を握るとか青少年の心を玩ばないで!



きらり「今日からだったもんね! やっと会えたにぃ~」

八幡「お、おう。お疲れさん」



俺がたじろいでいると、杏が納得したように頷いていた。



杏「あーそう言えば正社員として入るって言ってたもんね。今日からだったんだ」



何ともあっけらかんとしたその言い方。だが、その気持ちは俺も少し分かる。



杏「……たまにオンラインで会うし、ソシャゲでログインしてるの確認できるから、あんまり久しぶりな感じしないなぁ」

八幡「俺が心に留めたことをあっさり言うんじゃない」



まぁ、そこがお前の良い所だけどよ。






× × ×






八幡「……やっぱ、懐かしいな」



丁度人が少ないのを見計らって、事務スペースへとやってくる。
目の前にあるのは、かつて俺が使っていたデスク。

正式にここの社員になったとは言え、またここを使っていいかは分からないからな。今はこうして眺めているだけ。

何も物が無いのを見る限り、特に誰も使ってはいないようだ。……その割には、何故か奇麗にしてあるが。



八幡「ちょっとくらいなら……」



ちひろさんや社長なら構わないと言いそうなもんだが、念のため周りに人がいないことを確認し、座ってみようと椅子を引く。



輝子「フヒヒ……」



キノコの精が、そこにいた。



八幡「…………」

輝子「だ、黙って椅子を戻さないで……」

八幡「冗談だ」



改めて椅子を引いて、そこへ座る。
……こうしてると、本当に懐かしいな。

正直に言えば、輝子ならここにいるんじゃないと思ってやって来た。





八幡「どうだ、元気にやってるか?」

輝子「フフ……ちひろさんに許可を貰って、ここを正式にキノコの栽培場所として使わせて貰ってる。……見よ、この新たなフレンドを」

八幡「聞きたいのはそういうことじゃないんだが」



まぁ、たまにLINEとかで連絡は取ったりするから、上手くやってることは知ってるけどよ。



八幡「あんまり俺が戻ってきても驚かないんだな」

輝子「フヒヒ……まぁ、ね」



俺の質問に、いつもとなんら変わりなく、さも当然のように、輝子は言う。



輝子「八幡のことだから……帰ってくると、思ってた」

八幡「そんなん分かるのか」

輝子「分かる。……親友、だからな」



そうして、また笑う。

……そうか。



八幡「……親友なら、分かっても仕方ないな」





そんなことを言われてしまえば、俺も納得するしかない。
やれやれ。何かもお見通しだぜ。


俺がそう言って笑うと、輝子も嬉しそうに微笑んだ。



輝子「……あ、そろそろ、来るな」



不意に、輝子がケータイを見ながらそう呟く。



八幡「来る?」

輝子「八幡。外に、行くんだ……」



真剣な目でそう告げる輝子。

まさか、来るってのは……



八幡「……ああ。分かった」



椅子から立ち上がり、すぐに出口へと向かう。
チラッと背後を見てみれば、机の下から掲げるように腕を突き出す輝子の姿。

その手は、健闘を祈るように親指を立てていた。
ターミネーターかよ、お前は。



……けど、サンキューな。






× × ×






事務所の外へ出てみれば、気持ちの言い風が吹いていた。


朝出た時は早過ぎて気付かなかったが、今日はどうやら快晴みたいだな。気温も丁度良いし、仕事初日としては最高と言える。

まぁ、もう既に半日以上は終わってしまったんだが。



事務所の前に立ち、ぼーっと空を眺めながら待つ。

輝子はそろそろ来るとか言ってたが、辺りに人影は無いし、特に誰か来る様子も無い。
っていうか今更だが、来るのってのはあいつのことで良いんだよな? 宅配便とかじゃないよね?



八幡「…………」



……しかし、こうして事務所の前に立っていると思い出すな。

あれは最初の最初、初めてここへやって来た時。
今もしてるこのネクタイを見てニヤついてる時に、あいつに見られたんだっけ。あん時は、まさかその女の子が俺の担当アイドルになるなんて思いもしなかったな。

思わず、笑みが零れる。

本当に、懐かしいーー













「なに、ニヤニヤしてるの?」









よく通る、済んだその声。



不意を突かれてかなり驚いたが、それでも、動揺はない。

今日は、いつ会えるのかとずっと考えてたからな。


振り向けば、そこには思った通りの人物。


容姿は特に変わらない……と思ったが、ちょっと大人っぽくなったか?
もしかしたら、少し背が伸びたのかもしれない。元々高い方なのにな。


……相変わらず、まっすぐな目をしてやがる。



凛「もしかして、アイドルのプロデューサーになれるのが嬉しかったの?」



イタズラっぽく笑って言うその台詞は、いつかの真似事か。
なら、俺も返す答えは決まってる。



八幡「ちげぇよ。……このネクタイ、妹に選んで貰ったんだ」

凛「知ってる」



そうして、俺たちは笑い出した。

……ああ、本当に、俺は戻ってきたんだな。





八幡「昼過ぎから出社とは、随分と社長出勤だな。うちの社長なんて6時前にはいたぞ」

凛「午前は直行で収録があったんだよ。っていうか、それはうちの社長が特殊なんでしょ?」

八幡「どうしても俺より早く会社にいたかったらしい」

凛「社長らしいね」

八幡「あと、ちひろさんもな」



久しぶりに会ったってのに、話すことはこんなことばかり。



凛「あ、そう言えば春香がまた会いたいって言ってたよ? みんなでお茶でもしようって」

八幡「……そういや、LINEでそんなことも言ってたな。っていうか”春香”?」

凛「それもだよ、そもそもなんでLINEのIDを交換してるんだか」

八幡「ま、まぁ、おいおい説明してやるよ」

凛「どうだか」



笑って、他愛のない話をする。



凛「あのフラワーバスケット、どこで買ったの?」

八幡「どこって、普通に近所の花屋だが」

凛「ふーん。……うちじゃなくて、他所の花屋で買ったんだ?」

八幡「いや、さすがにお前んとこは無理だろ……ちょっと考えたけど」

凛「考えたんだ……」



もっと、話さなきゃならないことがあったと思ったのに。



凛「そのスーツ、久しぶりに見たよ」

八幡「社会人は最低二着はあった方が良いって聞いたから、もう一着買ったけどな」

凛「でも、今日はそっちを着てきたんだ」

八幡「……まぁ、な」

凛「……そのネクタイピンも」

八幡「…………まぁ、な」



話したいだけ話して、いつの間にやら、もう事務所の前で随分と話し込んでいた。





凛「…………ねぇ」



向かいに立っていた凛は俺の近くまで歩いてくると、隣に立ち、ふと事務所を見上げた。

俺も、それに習う。



凛「もう、いなくなったりしないんだよね」



こっちを見ずに、そう問いかけてくる凛。



八幡「なんだ、俺がいなくてもトップアイドルを目指すんじゃなかったのか?」

凛「もう、またそうやってひねた言い方をする…」



拗ねたようなその物言い。

自分でも悪いと思うが、これが俺なんでね。諦めてくれ。



凛「これはただの確認だよ」



そう言って、凛は強気に笑ってみせる。



凛「私は私がなりたいから、トップアイドルを目指す。一人でも、走り続ける覚悟はある。……けど」

八幡「…………」

凛「……あなたが隣にいてくれれば、きっともっともっと、遠くまで行けると思うんだ」



そう言う凛の瞳は、キラキラと輝いている。

まだ見ぬ景色を見通すように、輝きの向こう側を、見定めるように。








凛「私の、隣にいてくれる?」






俺を見て、凛は再び尋ねてきた。






八幡「……そんな今更な質問、すんなよな」





だから、俺は決まりきった、ずっと思い続けていた答えを返す。






八幡「当たり前だろ。……俺が、隣にいたいと思ってるからな」





約束のために。

凛のために。

そして何より、俺のために。



俺は、ここへ戻ってきたんだ。



そんな俺の答えに、凛は「そっか」と言って、満足したよう微笑んだ。



凛「……本当に、先に迎えに来て貰っちゃったな」

八幡「あ?」

凛「なんでもないよ」





上手く聞き取れず聞き返すが、凛は笑って流すのみ。

いや、なんかすげぇ気になるんですけど……



凛「それより、そろそろ事務所入ろうか。ちひろさんとか探してるかもよ」

八幡「あ、おい!」



俺を放って、さっさと行こうとする凛。

……本当、決めたらどこまでも行こうとする奴だ。



一度は辞めて、それでもこの場所に焦がれ、俺はまた戻ってきた。

隣にいたいと、凛を、トップアイドルにしたいと、またやってきたんだ。


どうやら人生ってのは、簡単には終わらないらしい。



好きになった女の子はアイドルで。

だからこそ辞めたプロデューサーに、俺は、再びなった。



……本当に、おかしな話だよな。

もしも自伝を書くんなら、最後の〆はこうしようと思う。



いつかの再提出の、更にやり直し。









凛「ほら、早く。プロデューサー!」



八幡「……ああ」









やはり俺の青春ラブコメは、まちがっている。















というわけで、これにてシリーズ完結です! ありがとうございましたっ!!

本当に、四年間もありがとうございました。長いこと待たせてしまって申し訳ない……

これまで読んでくれて、本当に感謝しかないです……!
依頼は明日あたりに出しますので、ご感想や質問等頂けると嬉しいです。

繰り返しになりますが、本当にありがとうございます!

たった今HTML化依頼出してきました。

沢山の感想、本当に嬉しいです! ありがとうございます!
これだけ長い間待たせてしまったのに読んで頂けるなんて、自分は本当に幸せ者だと思います。

またどこかでお会いしたその時は、どうかよろしくお願いします。ありがとうございました!

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年06月18日 (土) 00:25:40   ID: rGpY3-C5

相変わらず展開がテンプレートの塊だな。

2 :  SS好きの774さん   2016年08月11日 (木) 18:01:51   ID: xMhtlWH-

見てて面白けりゃなんでもいい。頑張ってくれ

まぁ、時系列が飛び飛びで一瞬わからなくなることがあるが

3 :  SS好きの774さん   2016年09月14日 (水) 10:38:31   ID: cW7BH956

このSSすきです続きが出るたびにうれしいです。ずーっと永遠によんでたいです!笑
ゆったりと更新おまちしてます!

4 :  SS好きの774さん   2017年06月08日 (木) 17:20:17   ID: OlHq6bkG

⇔>>

5 :  SS好きの774さん   2017年06月08日 (木) 17:21:56   ID: OlHq6bkG

↑誤報ですすみません…。

続き待ってます!お体に気をつけて頑張ってください!

6 :  SS好きの774さん   2017年08月14日 (月) 22:51:53   ID: xtf4olyM

完結おめでとうございます!

7 :  SS好きの774さん   2018年02月14日 (水) 16:26:30   ID: 4_whxSnx

完結してたんですね!お疲れ様です!

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