【艦これ】大鳳「衣食住に娯楽の揃った鎮守府」浦風「深海棲艦も居るんじゃ」 (873)

・先のスレ同様、リクエストを受け付けながら勝手気ままに書いていきます

・スレの設定から著しく逸脱する場合パラレルとして書きます

・Rー18は一回のリクエスト受付の中で一番先に該当したものを採用し、それ以降のものは繰り下げて採用します

前スレは以下の5つです

【艦これ】大鳳「一度入ったら抜け出せない鎮守府?」

【艦これ】大鳳「一度入ったら抜け出せない鎮守府?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399761014/-20)

【艦これ】大鳳「出入り自由な鎮守府」

【艦これ】大鳳「出入り自由な鎮守府」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1401844632/l20)

【艦これ】提督「鎮守府として色々不味いことになった」

【艦これ】提督「鎮守府として色々不味いことになった」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1406746107/l20)

【艦これ】大鳳「浦風が可愛い鎮守府」提督「多分一応は鎮守府」

【艦これ】大鳳「浦風が可愛い鎮守府」提督「多分一応は鎮守府」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1416478239/l20)

【艦これ】浦風「姉さんが拗ねとる鎮守府」大鳳「最近私の影が薄い鎮守府」

【艦これ】浦風「姉さんが拗ねとる鎮守府」大鳳「最近私の影が薄い鎮守府」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1423975394/l20)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1439108390

では前スレで書いた通り、今スレ最初のリクエストを受け付けます

18時より三つ、21時より三つ受け付けます

朝霜と高波は未実装です

大鯨ケッコンカッコカリ済みになりました

春雨次にリクあればケッコンカッコカリするかもです

雲龍次で確定

他も徐々に進展中

・秋月『節電です!』

・葛城&瑞鶴『アウトレンジ』

・大和『夏の夜に』

・川内『笑わなくてもいいじゃん!』

・クー『言ッタコトニハ責任持テ』

・早霜『少し、楽しくなってきました』

以上六本でお送りします

・秋月『節電です!』 、投下します

駅前のスーパーで猫と熊と卯印の野菜が販売中

「こりゃまた凄いな……」

「ゴーヤさんに頼んでやっていただきました」

「頑張ったでち」

 各寮でグリーンカーテンを作る、という計画を秋月が言い出したのはつい先日のことで、それが実現するまでの時間の短さに提督は素直に感心する。
 明石には各艦娘用の冷却マット作成、各部屋の室長にはエアコンの掃除、冷蔵庫の綺麗な収納術講義を間宮と鳳翔へ依頼、他にも様々な節電・節約の為に秋月は行動を起こしていた。

「最初は協力して頂けるか不安でしたが、皆さん快く協力して下さいました」

「今までは正直余裕があったからあまり気にしていなかっただけで、面倒だから嫌だとは誰も言わんさ」

「多少、そういう声もあるにはあったのですが……」

「あー……大体どうなったかは予想がつく」

 苦笑いする彼女を見て、恐らく姉妹艦辺りに全員一喝されたのだろうと提督も苦笑いで返す。

「それにしても、塵も積もればなんとやらで、霧島がざっと計算したらこのぐらい浮くらしい」

「す、凄いですね……」

 向けられた電卓に表示された数字を見て、秋月は目を丸くする。
 鎮守府の規模が大きい分、全体で節電・節約を心掛ければそれだけ成果は大きくなる。

「――さて、この功績を踏まえて秋月、何か望むものがあれば言っていいぞ。常識の範囲内なら叶えてやる」

「いえ、私はただ自分のわがままに皆さんを付き合わせただけですので」

「なら、付き合った俺のわがままも聞いてもらう」

「提督、その返しはズルいと思います……では、こういうのはどうでしょうか?」

「――提督、その料理の山は……」

「各屋台から差し入れが届いたんだよ。秋月、どれか食うか? アイツ等コスト無視して作ってるからどれも美味いぞ」

「じゃあ、たこ焼きとチョコバナナをいただきます」

「一舟百円、一本五十円、原価は大体五百円ってとこか」

(逆にどうしたらそこまで高く出来るんだろ……)

「それにしても大きな祭がしたいってのは面白いお願いだな」

「去年のクリスマスが楽しかったので、出来ればまたやって欲しいと思っていたんです」

「元々前から計画はあったんだが、各自やりたいことを出し合ったらバカみたいに必要な予算が膨らんでな……」

「私の質素倹約の精神は、必要な時の為に備えるというのが目的ですから」

「何かで読んだな、“本物のドケチは金の使い方を知っている”、だったか」

「提督も、無駄遣いはなるべくしないで下さいね?」

「……善処はする」




――――秋月、コンビニじゃダメか?

 ――――ダメです。駅前のスーパーの方が十八円も安いです。

・葛城&瑞鶴『アウトレンジ』、投下します

自分もされて初めて知る苦労

「瑞鶴先輩!」

「葛城か、私に何か用?」

「私に空母としての戦い方を教えて下さい!」

「教わるなら私じゃなくて、もっと他に適任がここにはいっぱい居るんじゃない?」

「私は瑞鶴先輩に教わりたいんです!」

「そ、そこまで言うならいいけど……私も人に教えるのはあんまり慣れてないから、分かりづらくても文句言わないでね」

「はい! よろしくお願いします!」

(慕ってくれるのは嬉しいんだけど、何か調子狂うなー……)

 落ち着きを持ってしまった瑞鶴からすると、今の葛城は昔の自分を見ているような気分になり、少し気恥ずかしくもあった。
 しかし、一度引き受けた以上、自分を鍛えてくれた未だに越えられない壁に笑われない様にしなければと、すぐに気を引き締めるのだった。




「とりあえず発艦と着艦、百回ぐらいやってみて」

「百回!?」

「うん、どうかした?」

「い、いえ、やります!」

 飛ばす、戻す、飛ばす、戻す、ただそれだけとはいえ、百回となるとそれなりに時間がかかる。
 更に言えば、艦載機を飛ばす際には集中力も必要な為、地味に疲れる訓練でもあった。

(五十八、五十九……)

「――はい、そこまで」

「へ? きゃっ!? せ、先輩!?」

「集中し過ぎて周りが見えてないとそうなっちゃうから、次は私の動きにも注意しながら飛ばしてみて」

「は、はい!」

 背中へ訪れた冷たい感触に振り返った葛城の目には、水鉄砲を構えた瑞鶴の姿。
 使っているものは水鉄砲と遊びにも見えるが、空母が戦う上で重要なことを彼女は教えていた。

(コレ、かなり文句を加賀さんに言いながらやったっけ……私の時は水鉄砲じゃなくてハリセンだったけど)

 懐かしき日々に思いを馳せながら、瑞鶴は再び背後に回り込んでカウントをゼロに戻す。
 葛城がようやく百を数えられるようになったのは、この翌日のことだった。

「よし、じゃあ次は簡単よ」

「あの、艤装はいらないんですか?」

「あってもいいけど、多分邪魔にしかならないんじゃない?」

(艤装無しで何をするんだろ……早く先輩に艦載機を使った戦い方を教えて欲しいな)

 若干艦載機に執着や拘りの強い雲龍型らしく、葛城も艦載機を飛ばすことに喜びを感じていた。
 それを知った上で、瑞鶴は次の特訓に協力してくれる艦娘の名を呼んだ。

「じゃあ頼んだわよ、島風」

「一日追いかけっこに付き合ってくれるってホント!?」

「えっ? いや、えーっと、瑞鶴先輩……?」

「今日一日、島風をずっと追いかけること。とっても簡単でしょ? じゃあ頑張ってね」

「私には誰も追い付けないよ! じゃあよーい、ドン!」

(先輩が言うことに間違いは無いはず……よね? よ、よーし頑張るぞー)




 翌日、筋肉痛と極度の疲労により葛城ダウン。
 なお、島風がキラキラしたことにより天津風がスタミナ料理を差し入れに向かった模様。

 その後も特訓は続き、大和・武蔵の道場で稽古、祥鳳の弓道教室に参加、ほっぽのお守り、那珂の艦娘アイドルレッスンを経て、ようやく瑞鶴は艤装を葛城に着けるよう指示した。
 当然、瑞鶴も艤装を着けている。

「瑞鶴先輩、今日こそは艦載機を使って訓練ですよね?」

「ねぇ、葛城。貴女は艦載機を上手に操れるようになって、空母として強くなって、どうしたいの?」

「瑞鶴先輩みたいになりたいです!」

「ふーん、私みたいに、か。じゃあ葛城は――私には一生勝てないわね」

「っ!?」

 知っていた。知っていたはずだった。
 しかし、その迫力に葛城の背筋に悪寒が走る。

(まるで、別人みたい……)

「後は自分で必要なことを覚えて、学んで、私を倒せば晴れて一人前よ。遠慮なんていらないから、全力でかかってきなさい」

「はい!」




――――瑞鶴、葛城はどうだ?

 ――――いざ自分がされるとこんなに神経がすり減っていくとは思わなかったわ……。

――――(射程外から延々観察……ストーカーとは違うが確かに神経はすり減りそうだな)

 ――――(いいなぁ、瑞鶴先輩とお茶……違う! ちゃんと観察しないと!)

 ちょっと海に出てくるよ、そう言った彼女を誰も止めなかった。
 少し沖まで出た後、穏やかで静かな夜の海に一人佇み、目を閉じる。
 雪風と並び幸運艦と称されるだけの経歴を持つ彼女が、雪風の持つ願いを共に願っていたとして何らおかしいことはなく、暗い海の底まで届くように祈りを捧げる。

(僕はここだよ、皆もおいでよ。きっと、楽しいから)

 手を前へ出し、ただ祈りながら待つ。
 握り返す感触が本当に来るとは、彼女も思っていない。
 しかし、そうなれば嬉しいとは心の底から思っていた。

(……今日は、もう帰ろうかな)

 目を開き、手を下げて踵を返そうとした。
 だが、彼女にはそれが出来なかった。
 何故なら――。

「ン。久しぶり、時雨の姉貴」

「っ……うん、久しぶり、だね」

 確かにその手は、妹の手を掴んでいたのだから。




――――江風を時雨が連れて帰ってきました。

・大和『夏の夜に』、投下します

夏は姉妹共々実は苦手

 ――私はお札を部屋中に貼りました。それこそ扉が開かないぐらいに。

(後が大変そうだな)

(大和は幽霊なんて主砲で追い払ってみせます)

 ――また夜が来て、あの音がし始めました。でも、その日は前日までとは違う点が一つだけありました。

(なんとなくオチは読めた)

(ち、違う点……?)

 ――……その音、部屋の外じゃなくて中から聞こえてきたんです。私、見えない何かと一緒に部屋に閉じ籠ってしまっちゃってたんですよ。……結局その部屋、翌日に引き払いました。

「素人が札なんかベタベタ貼ったって意味なんて無いだろうに、なぁ大和……大和?」

「や、大和は幽霊なんて怖くありません。へっちゃらです。大和の主砲ならきっと幽霊だってたちまち逃げ出してしまいます。だから提督、ちょっと工廠へ行ってきますね?」

「待て、お前の主砲は俺も逃げるぞ。ちょっと落ち着け大和」

「大和は至って冷静です」

「冷静な奴が部屋で、しかも真夜中に主砲ぶっぱなそうとするわけがあるか!」

「……提督が悪いんです」

「おい、何でそうなる」

「どうして恐怖番組なんて見たんですか!」

「夏だし他にろくな番組が無かったんだよ」

「恐怖番組を見るぐらいならニュースの方がまだ楽しめます!」

「わざわざ二人でニュースなんか見たくないわ!」

「もういいです。大和、本日は部屋に戻らせていただきます」

「あぁ、勝手にしろ」

「失礼しま……? っ!?」

「ん? 戻るんじゃなかうおっ!?」

「て、提督、音、ガリガリ、扉……」

「お、おちづけやまど、ぐるじ……」

 ――ガリガリ……ガリガリ……。

「ひっ!?」

(や、やばい、背骨が……胸で息も……い、意識が、遠、退いて――)

「て、提督は大和がお、おお守りします……提督? 提督、しっかりして下さい、提督、提督ー!」




――――どうやら逃げ出した雪風のペットが、あの音の正体らしい。

 ――――申し訳ありません提督、大和、一生の不覚です……。

――――まぁちょっと死にかけはしたが、大和の貴重な怯える姿も見れたし、次はホラーDVDでも見るか?

 ――――ず、ずっと提督に抱き着いていてもいいなら、構いませんよ?

――――(ある意味その死と隣り合わせな状況はかなりホラーだな)

・川内『笑わなくてもいいじゃん!』、投下します

任務とライブ以外は地味に露出が少なかったり

 執務室に響くノックの音。大抵はノックなどせず入る者がほとんどであり、誰かとは問わずにただ入れと言うのが提督の常である。
 書類に目を落としたまま扉の開く音を聞き、キリのいいところまで書いてから、彼は顔を上げた。
 そこに居た相手が予想外であったことに驚くと同時に、珍しいものを目の当たりにして思わず提督は笑ってしまう。

「何も笑うことないじゃん!」

「いや、すまん。そんな顔してるお前を見るのは初めてだったんで思わずな」

 本当にそれだけの理由かと疑いの眼差しを彼に向けるのは、最近また新しい忍者の漫画を読み始めた川内である。
 しかし、今彼女が身に着けているのは、忍者とはかけ離れたものだった。

「それにしてもどうしたんだよ、そのタキシード」

「次の那珂のライブでの衣装」

「他の二人は?」

「那珂は天使、神通はウェディングドレスだよ」

「那珂が恋のキューピッドで、二人を結婚まで導く、みたいな感じか」

「大体それで合ってるよ」

「それで? わざわざここへ来た理由は何だ?」

「うん……別にさ、男装するのが嫌って訳じゃないんだけどね、神通のウェディングドレス見てたら何かこう、モヤモヤしちゃうっていうか……」

「お前も着たいってことか?」

「うーん……提督はさ、私のウェディングドレス姿って……見たいの、かな?」

 川内は顔を横に逸らしながら、横目で提督の反応を窺う。
 普段ははっきりとした物言いをするものの、こういうところでたまに女の子らしい素振りを見せるのが、彼女の魅力の一つだと提督は思っていた。

「それを口にすると俺はまた暫く小遣いゼロになるからコメントは控えさせて頂く」

「へー、見たいんだ。ふーん、そっかそっか」

「今日はまた随分とコロコロと表情が変わるな、入ってきた時のちょっと恥じらった様な顔が一番珍しかったが」

「私だって女の子だし、変な恰好してるとか思われるの嫌じゃん」

「変どころか似合ってるぞ、タキシード。立派に神通をエスコートしてこい」

「何か釈然としないなぁ……あっそうだ、良いこと思い付いちゃった。提督、ちょっと待ってて」

(何かは分からないが、嫌な予感がする……)

「あははははははっ!」

「笑うな! やらせたのはお前だろ!」

「ごめんごめん、想像以上におかしくって」

「全く、こんな恰好するハメになるとは提督になった時は考えもしなかったぞ」

「いいじゃん、貴重な経験が出来たって思えば」

「女装なんぞ一生経験したくなかったんだが?」

「提督もそれでライブ出演してみる?」

「人前になんぞ出れるか!」

「……じゃあさ、逆なら人前に出てくれたり、する?」

「……考えておく」




――――提督、早く早くー!

 ――――(良く考えたら川内の普段着ってボーイッシュなのが多い気がするな……今度那珂に頼んでみるか)

――――提督ってばー!

 ――――分かった、分かったからそんな大声で呼ぶな! 急がなくてもドレスは逃げん!

 執務室にその報せが飛び込んだのは、ヒトヨンマルマルを過ぎた頃だった。

「――熱中症で所属不明の艦娘が遊技場で倒れただと?」

『はい、今明石にこちらに来てもらえるよう連絡したところです』

「分かった、俺もすぐに向かう。大鳳、周囲の人払いを頼む」

『了解です』

(はぁ……ここはどうしてこう次から次へと……)




「あっ提督、こっちです!」

「倒れた艦娘の様子はどうだ? 大丈夫なのか?」

「それが、その……説明するより見て貰った方が早いわね」

「?」




「ハヤスィー?」

「あ、いえ、速吸です、はい」

「グラーチェハヤスィー! リベ、まだこっちの暑さに慣れてなくって」

「えっと、あの、こちらの艦娘の方ですよね?」

「ううん、リベはどこにも所属してないよ? 何か楽しそうな場所だったから来てみただけー」

「えっ、えぇっ!?」

(まずい、どちらの話を聞いても面倒なことになりそうな予感しかしない……)

(あのジャージ良いわね、私も一着欲しいわ)




――――職(着任先)探し中のジャージ娘と放浪中の駆逐艦が鎮守府に現れました。

 ――秋雲は餓えていた。
 当然、食欲的な意味合いではなく、最古参の吹雪から新規着任した艦娘、果ては猫から深海棲艦に至るまで描き尽くしてしまった今、新しいイラストのモデルに餓えているのだ。
 彼女は願った、まだ描いていない艦娘がここへ現れることを。
 それは、若干不純な動機から願ったことかもしれない。
 しかし、雪風達の絵を何度も満足のいく出来になるまで描き直した彼女の心の奥底には、確かに純粋に願う思いが存在した。
 そして――。




「いやぁー!?」

「待って、一枚、一枚だけだから!」

「……秋雲のバカ」

「うふふ、来て早々あの子も大変ね」




――――秋雲の新しい餌食(モデル)が着任しました。

「秋月、ちょっといいか」

「提督? こんな時間にどうされましたか?」

「お前の長十センチ砲ちゃん、逃げ出したりしてないよな?」

「長十センチ砲ちゃんならちゃんとここに居ますけど、どうしてそんなことを?」

「そうか……だったらコイツはやっぱり迷子砲ってことになるのか」

「迷子砲って――えっ、なっ、何?」

 提督の陰から現れた、秋月の長十センチ砲ちゃんに良く似た迷子砲。
 それは秋月を見付けると走り寄り、手を引いて何処かへ連れていこうとする。

「あなた、ひょっとして……」

「とりあえずついて行ってやれ、誰か後から向かわせる」

「はい、お願いします!」




 柔らかな風が吹き抜ける海、水面に映った丸い月の中心、そこに彼女は浮かんでいた。
 近付けば近付く程、秋月の推測は確信へと変わっていく。
 僅かな距離がもどかしく、最初は手を引かれていた長十センチ砲ちゃんを脇に抱え速度を上げる。

(ようやく、ようやく会えた!)

「――照月!」




――――助けた長十センチ砲ちゃんに連れられて月に照らされた艦娘を発見しました。

・クー『言ッタコトニハ責任持テ』、投下します

てんで性根は優しいキューピッド

何があったかはまたの話

「オイ」

「何だクー、珍しいな、一人か?」

「今日ハオ前に話ガアッテキタ」

「お前がわざわざ一人で来たってことは、春雨絡みか?」

「分カッテイルナラ話ガ早イ。春雨トケッコンカッコカリシロ」

「ケッコンカッコカリは言われてはいそうですねってするもんじゃない」

「春雨ノ何ガ不満ナンダ。胸カ、春雨ヲ入レタ料理シカ作ラナイトコロカ、ピンク色ノ髪カ、村雨ノブラヲ着ケタママ村雨ノマネヲシテ恥ズカシサデ暫ク動ケナカッタトコロカ」

「最後さらっと春雨の秘密の暴露になってるからやめてやれ、誰だってそういう時はある」

「サァ、春雨ノ秘密ヲ聞イタカラニハ答エテモラウゾ」

「無茶苦茶だなおい……別に、春雨に不満なんぞ無いさ」

「ソレナラ」

「不満が無いのと、するかどうかは別の話だ。第一、春雨に関してはそこまで好かれるようなことをした覚えが全く無い」

「多分、切ッ掛ケハアレダ」

「アレ?」

「春雨ガ変ニナッタ時、オ前ガ言ッタ台詞ダ」

「当たり前のことをして、当たり前のことを言った記憶しか無いんだが」

「呆レタ奴ダナ……。トリアエズ、言ッタコトニハ責任ヲ持テ」

「責任を果たしてるから俺はこうして毎日毎日働いてるんだろ」

「年ノ半分ハ艦娘達ト仲睦マジク遊ンデイル癖ニ、ソノ中ニ春雨ガ増エルダケノコトヲ何故ソンナニ拒否スル」

「逆に聞くが、お前はどうしてそこまで春雨の為に行動するんだ? 似ているから、だけじゃないんだろ?」

「……半身ノ幸セヲ願ウノハ、普通ノ話ダ」

「……そうか」

「マズハ、“ココニズット居タイ”トイウ願イグライハ叶エテヤレ。ケッコンカッコカリシタカラスグニベッドデ仲良クトイウ訳デモナインダロ?」

「当たり前だ」

「泣カセタラ、承知シナイヨ。モシ泣カセタラ春雨ノ海ニ溺レサセテヤル」

「貴重な体験が出来そうだが、遠慮願おう」

「クーちゃん、どこ行ってたの?」

「タダノ散歩ダ」

「春雨スープあるけど、飲む?」

「飲ム」

「クーちゃん、帽子に乗るならスープ飲んでからにしてくれないかな……」

「イイカラ早クシロ、慣レナイ事ヲシテ疲レタ」

「もう、叩かないでよぉ」




――――し、司令官から呼び出し? 何だろう……。

 ――――村雨ニ貰ッタ下着ヲ着ケル時ガ来タノカモナ。

――――クーちゃん!?

予定外の仕事が入ったので結晶破壊作戦と更新は少しお待ちください、すいません…

途中ですが一旦投下

 ――第一即席艦隊。

「単装砲の力、見せられるといいな」

「阿賀野はお姉ちゃんらしいところ見せなきゃ」

「ボクと同じ航空巡洋艦もいるのかな?」

「あちらにも空母が一隻居ればいいんですけど……」

 現れた鬼級への対処として編成された即席艦隊。由良・阿賀野・最上・祥鳳の四人は、他地点を防衛している艦隊から同様に送り出された四人と合流するべく移動していた。
 その場の判断で動かなければならず、他鎮守府の艦娘との連携に一抹の不安が残るものの、協力に即座に応じて貰えただけでも儲けモノである。

「――あっ、あれかな?」

 先頭を進んでいた由良の視界に四つの人影が映る。
 すぐにその姿は大きくなっていき、誰であるかが四人全員に判別出来るようになるまで、そう時間はかからなかった。

「あたしがこっち側の、旗艦……の……ぐぅ」

「おーい加古、寝たらダメだって」

「んぁ? あー、どこまで話したっけ?」

「まだ、何も言ってない」

「そっか、まぁお互い説明とか無くても大丈夫だよな。ひとまずよろしくぅっ!」

「うぃーヒック! よろしくなぁ~」

 どの鎮守府でもそうなのか眠そうな加古、その頭をペシペシ叩く望月に寄りかかる初雪、顔が赤く上半身が揺れている隼鷹。
 普通に考えればふざけているとしか思えない光景だが、この場に居合わせてる以上、実力は折り紙つきということだ。

「集中砲火で一体ずつ、中破したら即後退、でいい?」

「オッケー、さっさと済ませて戻んないと古鷹に小言言われそうだし、いっちょやってやりますか!」

 シンプルイズベスト。さっさと倒して、とっとと戻るという大雑把な作戦が、今の切迫した状況では最も的確といえた。
 敵前衛主力への強襲作戦。今後この地点の防衛にどれだけ余裕を生むことが出来るかは、八人の艦娘の手に委ねられたのだった。

 重巡一隻、航巡一隻、軽巡二隻、駆逐艦二隻、軽空母二隻。
 バランスとしては申し分無く、合流地点からすぐに鬼退治へと一行は向かう。
 元々そう遠くない距離まで接近していたこともあって、彼女達が臨戦態勢を取るまでそう時間はかからなかった。

「私と隼鷹さんで射線を開きます」

「後はジャンジャン撃っちゃって~」

 言うや否や数十機の艦載機が二人から発艦し、先陣を切る。
 その様は少し特殊で、祥鳳の艦載機の動きをトレースしたかのように隼鷹の艦載機が動きを合わせていた。

「凄いでしょうちの飲んだくれ、酒が抜けると逆にてんでダメなんだけどね」

「凄いのならボク達の仲間だって負けてないよ、ね?」

「――射線、開いた」

「うおぉっ!? い、今の何さ」

「あー!? 阿賀野が一番に撃ちたかったのにー!」

 突然の轟音に慌てる望月。それとは違った意味で慌てる阿賀野は、由良の単装砲の餌食となった相手を確認する。
 幸いと言っていいのか近くのヘ級が庇い、南方棲戦鬼は黒煙を上げてはいるが動きを止めていなかった。

「キラリーン、阿賀野が止め刺しちゃうよー」

「緊張感、ゼロ」

 間髪入れぬ阿賀野の追撃が決まり、一隻目の鬼級が沈む。
 それを後ろから冷静に眺めていた初雪は、全く鬼級が居る方向とは見当違いの方向へと視線を這わせた。

「――そこ」

 無造作に放たれた数発の爆雷。しかし、放たれた数だけ大きく水柱が上がり、潜水艦がそこに居たことを示す。

「そっちの初雪はこっちの五十鈴みたいなポジションなんだ。じゃあそろそろボクも、行くよ!」

 最上は試製晴嵐を飛ばし、鬼級二隻へと同時に攻撃を仕掛ける。
 対空砲火が祥鳳と隼鷹の艦載機へと向いていたこともあり、撃沈とまではいかなかったが一隻を中破、一隻を小破へと追い込んだ。

「望月、あたし達も負けてらんないぜ」

「あいよー」

 出遅れた加古と望月も、砲雷撃を開始する。
 二人は特別な何かをしている訳ではないが、その一撃一撃が次の行動を妨げ、相手の動きを封じていた。
 ものぐさならではの“回避せずに済む戦い方”であり、ものぐさらしからぬ積み重ねた練度がそれを可能にしていた。

「よっしゃ、このまま――」

「敵増援です! 更に後方より二隻接近中!」

「やっぱり、そう簡単には終わらせてくれないみたいだね……」

 延長戦の笛が鳴り、八人は再び体勢を整え備える。
 このロスタイムがいつまで続くかは、他の艦隊の働き次第である。

 ――第二艦隊。

「あーもうキリが無いったら!」

「ゴーヤ達ももうそろそろいっぱいいっぱいでち……」

「瑞鶴さん、一度睦月達も補給しないと弾が空っぽになりそうなのね」

(もう少し粘りたかったけど、ここが限界みたいね……)

「第二艦隊各員に通達! 砲火を後方一点に集中、一時補給を兼ねて後退よ!」

『了解!』

 数の暴力というのは凄まじく、一撃一墜でも追い付かない程に後から後から無尽蔵に深海棲艦は湧き出てきていた。
 下がっている間はその数の暴力が最終防衛ラインまで雪崩れ込むことになるが、轟沈しては元も子もない。
 瑞鶴の一時後退という判断は、この状況下では最善と言えた。

『私達は雪風と島風を回収しながら戻る、そちらは先に睦月型と潜水艦達を連れて後退してくれ』

『そういう訳だから、また後で会いましょ』

『瑞鶴、くれぐれも気を付けてね』

「分かりました、伊勢さん達も気を付けて。翔鶴姉ぇ、心配しなくても大丈夫よ。何たって私は幸運の空母なんだから」

 二手に分かれて後退を始める第二艦隊。
 当然、簡単に逃がしてくれるはずもなく、容赦無く砲火が後方より追いかけてくるのだった。

「なるべく敵の薄いところを突っ切って! 左右への警戒も忘れないで!」

「うわっ!? あっぶねー……」

「弥生、しっかりするぴょん! 傷は浅いぴょん!」

「ずぶ濡れになっただけ。弥生は大丈夫、だから」

 至近弾が何度も身体を揺さぶり、足元を掬おうとする。
 それに負けじと文字通り阻むモノを砲と魚雷と艦載機で蹴散らしながら、瑞鶴達は着実に防衛ラインを目指して後退していた。

「ねぇ、アイツ等やっちゃっていい?」

「通り道なら構わないだろう」

「ここは戦場だ、立ちはだかるならば容赦はしない!」

「この長良を仕留めるには遅い、全然遅い!」

 ここまで比較的温存していた長良は先頭を進み、他の艦を引っ張っていく。
 その後ろから長月、菊月、文月の三人が、鎌鼬の傷薬を止めに変えたコンビネーションで援護していた。
 そして、通り道に居たデカイ獲物も勢いに任せて一匹葬り去るのだった。

続きは近いうちにまた定期的に投下します

・早霜『少し、楽しくなってきました』 、投下します

床下収納に眠っていたりするかも

 夜も少し更け、鎮守府が僅かに静かになった頃、そこはひっそりと営業を開始していた。
 カウンターには常連の那智、姉の夕雲、酒を飲み始めたばかりの大鯨、店の前でドアをにらみ付けていた不知火の四人が座っている。
 それぞれ既に一杯目は注文しており、全員グラスは空に近くなっていた。

「早霜、ここに梅酒はあるのか?」

「えぇ、ホワイトリカーで漬けたモノで良ければあります」

「じゃあ次はそれをもらおう」

「あのぉ、梅酒って飲みやすい方なんでしょうか」

「口に合うかどうかなどを抜きにすれば、ホワイトリカーで漬けたモノなら一番梅酒の中では飲みやすいかもしれないな」

「そんなんですかあ。だったら私も一杯飲んでみようかな」

「早霜、私にも一杯いれてちょうだい」

「夕雲姉さん、度数が低いという訳ではないけれど、大丈夫なの?」

「大丈夫よ、自分がどの程度なら飲めるかぐらい弁えているもの」

「そう、ならいいんですけど」

「では、不知火もいただきます」

「……四人分、ですね」

 一つはストレートで、二つはロック、一つを梅サイダーで早霜は準備する。
 幸いなことに不知火からは死角であり、他の者も彼女が飲めるとは到底思っていないので黙っていた。

「――どうぞ」

 出された梅酒はまだ年季が入っているはずもなく、正に作りたてという色をしていた。
 口に含んだ各々は、それぞれ違った反応を示す。

「ふむ……深みがこれから増していき、来年にはもっと良い味になっていそうだな」

「う~ん……やっぱりちょっと私にはキツかったかも」

(体が熱くなってきちゃったわね……)

「不知火は気に入りました、梅酒」

「気に入って貰えたなら何よりです。大鯨さんは口に合わなかったご様子ですので、サングリアをお入れしますね」

「ありがとうございまあす」

「梅酒、もう一杯お願いします」

「はい、すぐに」

(私もこっそり梅サイダー頼もうかしら)




「――十五年物、味がまろやかで癖になりそう」

「飲みやすい分、酔いも回りやすいですから飲むときは注意して下さいね」




 サングリアに続き鳳翔の十五年物の梅酒が早霜のお気に入りに加わった模様。

次のリクエスト受付は明日の8時から三つ、20時より三つ受け付けます

朝霜、高波、瑞穂、海風は未着任です

・加賀&飛鷹『立ち話』

・木曾『お前等の指揮官は無能だな』

・陸奥&蒼龍『お化粧直し』

・磯風&長月&江風『ここをこうすると』

・Bep&潮&雪風『常識に囚われないこと』

・武蔵『涼しいな』

以上六本でお送りします

・加賀&飛鷹『立ち話』 、投下します

タイプは違えど

「加賀、ちょっといい?」

 普通のトーン、普通の調子で呼び止められた加賀。
 鎮守府内、ましてや仲間を相手に警戒するはずもなく、彼女は足を止めて振り返った。

「何?」

「用っていうか、貴女に前からちょっと聞きたいことがあったのよ」

「今答えられることなら構わないけれど」

 急ぎの案件も無く、休憩しようと思っていた加賀からすれば、多少の立ち話程度なら何の問題もあるはずがない。
 それに、普段はそこまで話さない相手ということもあり、何を聞きたいのか加賀自身気になりもしていた。

「じゃあ聞くけど、加賀って提督の昔の話って聞いたことない? あっ、内容は言わなくていいから」

「昔の話……いえ、ないわ」

「気になったことはないの?」

「あの提督業に関係ない雑学はどこから得たものか、趣味の広さ、髪と足を好む様になった原因程度しか気になっていません」

「地味に多いわね、気になってること」

「自分のことをあまり語ろうとしない人ですから」

「……加賀は、どう思うの?」

「その時が来るのを待つわ」

「踏み込まないのね、やっぱり」

「そう、して頂きましたから」

「……思い出したら何か無性に気恥ずかしくなってきたわ色々、絶対いつかは聞かせてもらわないと不公平じゃない」

「その役目は譲りません」

「いい加減色々私達に譲ってもいいと思うけど?」

「譲りません」

「……今からご飯でも、行かない?」

「和食なら付き合います」

 このまま続けると立ち話だけでは終わりそうも無いと判断し、二人は移動を開始する。
 形は違えど思いを同じくする相手との会話は弾み、赤城行きつけの店で閉店まで話し込むのだった。




――――(俺的にこの組み合わせは意外だな……)

 ――――加賀、次はパスタ付き合ってよ。

――――和風パスタのある店なら構わないけれど。

 ――――パスタなんてどう足掻いても洋風じゃない。

――――醤油を使えば和食です。

・木曾『お前等の指揮官は無能だな』、投下します

マントは昼寝場所

 たまたま見付けた資料、それをアイツに見せて聞けた話は俺を動かすには十分だった。
 笑いながら協力すると言われたのには多少ムカついたが、そこで止めないからこそ、俺はアイツを気に入っていた。
 必要だったのは通信一本、野暮用への切符はそれで事足りた。




「――こんなものか」

 熱を帯びた砲身とは対称的に、口から溢れたのは酷く冷めた言葉。

「練度も兵装も動きも悪くない。だが、一つだけ足りないものがあるから俺一人に簡単に負けるんだ」

 戦った艦娘達は理解している。ただ一人この場で理解していないのは、状況を呑み込めず馬鹿みたいに口を開けて突っ立ってる奴だけだ。

「俺より強い姉貴を手放した、お前等の指揮官は無能だな」

 野暮用を済ませ、また部屋でだらけているだろう姉貴達が待つ部屋へと戻る支度を始める。
 バレたらまた何をされるか分からないが、それも悪くはないと思った。

「……だが、大井姉にだけは何もされたくねぇな」




(見たクマ)

(聞いたにゃ)

「お前等の指揮官は無能だクマー」

「お前等の指揮官は無能だにゃ」

「やめろそこのアニマルズ」

「お姉ちゃんに向かってその口の利き方はなんだクマー」

「そうにゃそうにゃ」

「いいねぇ、痺れる台詞だねぇ」

「ちょっと馬鹿だとは思ってたけど、予想以上にうちの妹は馬鹿だったみたいね」

「別にいいだろ、姉貴達に迷惑はかけてない」

「そういう問題じゃないのよ、全く」

「まぁまぁ大井っちー、木曾も私達の為にやったことなんだし大目に見てあげようよ」

「まぁ、北上さんがそう言うならいいですけど……」

「俺は俺の為にやっただけだ。姉貴達の為にやったわけじゃ――」

「姉貴を手放したお前等の指揮官は無能だクマー」

「姉貴を手放したお前等の指揮官は無能だにゃ」

「うるさい黙れそこのアニマルズ!」

「お姉ちゃんに向かって黙れとは何だクマー」

「そうにゃそうにゃ」

「まぁ何ていうの、もう完全にあの時のことなんて忘れてたけど――ありがとね」

「……あぁ」

「じゃあ今から勝手なことをしたお仕置きタイム、いってみよー」

「なっ!? さっきと言ってることが――」

「そうね、お仕置きは必要よね」

(いつの間に背後に!?)

「じゃあ、行くよー」




――――も、もういいだろ。

 ――――お姉ちゃん達からのハグを嫌がる妹にはこうしてやるクマ。

――――っ……くふっ……んっ……。

 ――――(木曾をこそばすのは反応が楽しいクマー)

 海での戦いは終わり、彼女達は深海棲艦に対抗する為の存在から無用な争いの抑止力へとその存在理由を変えていた。
 つまりそれは、陸の上で行われる戦いにおいての強さも要求されるということだ。
 ある者は拳で壁を砕き、ある者は銃弾を弾き落とし、そして彼女は――。




「珍しいな、お前が道場に居るなんて」

「そういう提督だって、ここには滅多に来ないんじゃない?」

「普段は一般女性が多いだろ、自然と足も遠退くさ」

「……ひょっとして提督って、艦娘以外に興奮しないから提督になったとか?」

「人聞き悪いこと言うな、至って俺はノーマルだ」

「ふふっ、冗談よ。それで、ここへ何しに来たの?」

「軽く運動しに来た、暇なら付き合え」

「別にいいけど、提督って剣道とかの経験あったっけ?」

「仮にも提督だぞ、一応基礎的な武道は粗方やってる。腕前はともかくとして、だが」

「そこで実は剣の腕前は凄いんだ、とかにならない辺りが提督っぽいなぁ……じゃあ、やりましょうか」

 少し距離を空け、二人は木刀を構えて立つ。
 構えると言っても、伊勢は木刀を片手で持っているだけだ。

「――ふんっ!」

 馬鹿正直な踏み込みからの真正面への振り下ろし、下手な小手先の技など使うことすら出来ない提督からすれば、これが出来うる最良の行動だった。
 それを伊勢は木刀を上に構え直しただけで受け止め、頬を掻く。

「あー……うん、やっぱり本当に弱いんだ」

「だから俺は頭脳労働専門なんだ、よっ!」

「守るこっちとしてはもう少し提督が強いと楽出来るから頑張ってよ」

「その為にこうして悪足掻きしてるんだ、ろっ!」

 とにかく打ち込む提督と、軽々受け流す伊勢。
 提督の息が既に乱れてきているのを見ながら、伊勢は溜め息を溢す。

「まずはもっと体力を付けるところから、かな」

「歳も……はぁ……取ってきたからな……ぜぇ……」

「まだまだ若いじゃん、元帥と比べたら」

「あんな……妖怪と一緒にするな……ふぅ」

 打ち込む手を休め、額から流れる汗を提督は拭う。
 その頭をコツコツと叩いた後、伊勢は木刀を流れるように振るう。

「提督、最低でもこれぐらいは出来るようになってよ?」

「……走るだけじゃなくて、腕立てもやるか」

 提督の去った後、伊勢は一人になった道場で真剣を抜き放ち、構える。

(提督にはあぁ言ったけど、どんなに提督が強くなったって守ることには変わんないんだけどね)

 戦艦の中でもあまり突出した強さは持たず、どちらかといえば目立たない立ち位置に居た伊勢。
 しかし、それは彼女の真価が別のところにあったというだけの話だ。
 “伊勢の姉御”と天龍が呼ぶのは、その真価に彼女が敬意を表してのことである。

(砲も捨てて、艤装も捨てて、ただの人になっちゃったとしても、やることは一つ)

「――皆と明日を斬り開く、なんちゃって」




(伊勢さん、カッコイイ!)

 超弩級駆逐艦(仮)が次の目標に狙いを定めました。

・陸奥&蒼龍『お化粧直し』、投下します

妖怪化粧いらず

 ――化粧、それは女の武装であり、解除するのは難しいものである。
 弱い部分を守り、相手にその部分を悟られないようにする技術を、彼女達は日々研究しているのだ。
 例え気付かれなかったとしても、彼女達が水面下での努力を怠ることは無い。




「陸奥さんっていつもバッチリメイクしてますよね」

「部屋で長門によく“そんなに時間をかけてまでやることなのか?”って言われるわ」

「長門さん、全く化粧品使わないもんなぁ」

「蒼龍は比較的薄めな化粧って感じよね」

「バッチリすると、子供がした化粧みたいになっちゃうから……」

「あらあら……チークとアイシャドウはどこのを使ってるの?」

「色々試してみたんですけど、今はケイトかブルジョワです」

「少し前までは私もその辺りを使ってたんだけど……歳を取るって残酷ね」

「陸奥さんが言うと多分世間一般の女性に怒られちゃいますよ?」

「だって私が比較するのは艦娘だもの」

「まぁ確かに鈴谷とか熊野を見てると羨ましいなーってなる時はありますけど……」

「逆に秋津洲ちゃんは見てて微笑ましくなるわね、おめかしって感じで」

「分かります分かります。厚化粧っていうのとはちょっと違いますよね」

「そういえば、蒼龍は鳳翔さんの話は知ってるの?」

「鳳翔さん? いえ、知りませんけど……どんな話ですか?」

「――石鹸しか使わないらしいわ」

「えーっと、それは化粧水とかも全く使わないっていう意味ですか?」

「髪は提督があぁいう人だから手入れしているみたいだけど、肌に関してはそうらしいのよ」

「……加賀さんもですけど、私達と違って歳取らないままなんじゃ……」

「最近は少し疲れやすくなったらしいわ」

「全くそんな風には見えないなー。二人ともいつ寝てるのって感じだし」

「まぁお互いこれからもお化粧の力を借りて頑張りましょ」

「はい、頑張りましょう!」




 ――今の人達、どう見てもすっぴんで大丈夫でしょ。

 ――世の中って不公平ね……私も彼氏欲しー!

・磯風&長月&江風『ここをこうすると』、投下します

睦月型は当番制、陽炎型は気分次第、白露型は五月雨を見張りながら皆で

 呼吸をするように、歩くように、拳を突き出し、氷を打つ。
 ただ力に任せるでなく、自然な体捌きの中に組み込まれた一撃は、氷柱を砕かず、割った。

「――どうした二人とも、かき氷にするんじゃないのか?」

「何度見ても目を疑う技だ」

「へー、種も仕掛けもホントにねぇんだな」

「艦娘としては駆逐艦の枠に入るが、駆逐艦の枠にただ収まっている必要もあるまい」

 長月も伊勢同様、ただの艦娘として見ればこの鎮守府に居る者の中で特に秀でた部分があるわけではない。
 しかし、彼女の言う通りその枠での強さだけで全てを語るのは愚かというものだ。

「姉貴達も大概なもんだったけど、他の連中もこんなんばっかなのか」

「普通の範疇にある者も私を含め少なからず居るぞ」

「どの口で言っている磯風、貴様も大概だ」

「何っ!?」

(変な奴も多いけど、皆良い奴ばっかで過ごしやすいってのは有り難いもんだな)

「話を戻すがかき氷だ。削らねばわざわざこうして割った意味も無い」

「そうだ、この磯風ともあろう者が任務を忘れるところだった」

「任務ってか罰ゲームだけどな」

 恒例となりつつある休憩スペースでのトランプ遊びに負けた罰ゲームとして、二人は氷を取りに来ていた。
 長月の氷柱割りは単なるサービスのようなものであり、ここへ来た目的はあくまでかき氷を作ることにある。

「モノはついでだ、私の分も作ってくれ」

「味は?」

「いちご練乳で頼む」

「了解だ、この磯風に任せてもらおうか」

(ンっ、こりゃまた意外なチョイス)

「何だ江風、私がいちご練乳で食べるのに不服でもあるのか」

「ねぇよンなもん。ただ、そういうとこはしっかり女の子やってんだなって思っただけだよ」

「当たり前だ。拳を解けば私とて料理もすれば洗濯もする」

「じゃあ今度何か作ってくれ」

「あぁ、考えておこう」




――――うっ!?

 ――――どうした長月!?

――――こ……これは練乳じゃなくウェイパーだ! どうやったら間違えれる!

 ――――(ある意味磯風もすげぇな、ホントにここに居りゃ退屈はしそうにねぇぜ)

タイトル変更

・Bep&潮&雪風『昔辿った道、今から辿る道』、投下します

「ハラショー、これはいいクッキーだ」

「あひはほうほはいはふ!」

「ヲーちゃんに作ってあげたら作りすぎちゃって」

 潮の作ったクッキーを食べながら、ヴェールヌイの淹れたロシアンティーを飲む三人。
 一人頬がパンパンになっているが、いつものことなので二人はスルーする。
 この組み合わせになったのは偶然であり、基本的に誰が誰と仲が悪いということの無いここにおいては、廊下で偶々会ってというのは珍しい話ではない。
 クッキーのサクサクという音が暫く三人の間を包み、一息ついたところでヴェールヌイが最初に口を開いた。

「二人は、この先どうするか決めているのかい?」

「雪風はしれぇと大淀さんが作ろうとしてる施設のお手伝いがしたいです!」

「私は、その、ヲーちゃんみたいな子達がまだ他にもいるなら探して保護してあげたいかなって……」

 雪風の言う施設とは、艦娘の為の駆け込み寺のようなものだ。
 自分達の力で明日の生活費を捻出していかねばならない現状で、新たに生まれてきた艦娘を受け入れられない鎮守府も少なくない。
 潮の言っているのは言葉通りの意味であり、非公式に深海棲艦達を保護したいということである。
 ただ優しいだけでなく、その意志を貫く覚悟と強さがあるからこそ、やりたいといえる話だ。
 それに賛同するであろう者もこの鎮守府には少なくとも二名はおり、一人で全くのゼロから始めなくていいのは彼女にとって救いだった。

「二人とも、もう決めていたんだね」

「ヴェールヌイはどうするんですか?」

「そうだな……帽子でも作ってみようかな」

「ヴェールヌイちゃん、ずっと帽子被ってるもんね」

「どれも私の帽子には皆の思いが込められてているから、被っていると落ち着くんだよ」

 一度は失ってしまったが、新たに皆から貰った帽子達はヴェールヌイには宝物になっていた。
 そんな彼女だからこそ、いざ作るとなれば気持ちのこもった帽子が出来上がるのは容易に想像できる。

「――今度は、違う意味でバラバラだね」

「でも、気持ちはひふはっへひっほへふ!」

「言い終わるまで食べるのを待てなかったのかい?」

「慌てなくてもまだあるから大丈夫だよ、雪風ちゃん」




 それぞれの歩む別々の道、然れどそれは幾度も交差し、繋がっている。

・武蔵『涼しいな』 、投下します

妹が苦手なのは夏の暑さ、でも……

 人気のほとんど無い深夜の駅前、コンビニが少し先に行けばあるが、今居る辺りはあまり人が通らず街灯の光しか届かない。
 見渡す限り田んぼという程に田舎ではないものの、遊興施設や宿泊施設などは皆無で民家が視界の大半を占めていた。

「提督よ、こういう場合は廃墟や人里離れた場所に行くものじゃないのかい?」

「そういう場所は別の意味で面倒な場合が少なからずあるからな、今回はこういう場所を狙って選んだんだよ」

 実は私有地、裏の住人が出入りしている場所、安全面に難あり、等という問題がある場所が心霊スポットには多く存在する。
 武蔵が同行している以上提督の身に危険が及ぶことは限りなくゼロに近いものの、問題を避けられるのなら避けておくべきだという判断に基づいて行き先を彼は選択していた。
 最も、最初から行かなければいい話ではあるのだが、そこには大和と武蔵のいつもの他愛ない姉妹喧嘩が絡んでいた。

「本当にお前はこっち系は大丈夫なのか?」

「深海棲艦は大丈夫で幽霊はダメって大和の方が珍しいと思うぜ?」

「まぁ、お前の言いたいことは分からんでもない」

「それで、ここにはどういう話があるんだい?」

「この先の家に住んでた主婦がそこの駐輪場で刺し殺されてな、それ以来その主婦が化けて出るって話だ。――刺し殺した犯人の居る方向を睨みながら」

「察するに、犯人は旦那というところか」

「そう世間では噂されてたんだが、結局未解決のまま旦那も引っ越して幽霊話だけが残ったそうだ」

「ふむ、ではあそこに立っている女の旦那は相棒ってことになるな」

「質の悪い冗談はやめろ、第一俺はその事件の頃はまだ子供だ。ほら、次行くぞ」

(――死者の念は生者の念に劣ると聞くが、アレは相当強いな)

「お前にとっては、こういう場所は過ごしやすいんじゃないか?」

「この時間ともなると幾分暑さも和らいで過ごしやすくはあるが、まぁ、それだけだ」

「そりゃ残念だな」

「寒気を感じたら腕にでも抱き着くとしよう」

「折らないなら好きにしろ」

 川沿いの堤防にあるベンチに座り、二人はのんびりしていた。
 正面の川から背後に目を向けてみると、眼下には公園があり、真の目的地はその公園だった。

「夜な夜な子供が遊んでいる。トイレに自殺者の霊が現れる。話は色々あるみたいだな」

「無邪気に子供が遊んでいるのを怖がる必要もあるまい」

「人ってのは大抵自分の常識の及ばない事柄に対して怯えるものなんだよ」

「常識とは面倒な――相棒」

「どうした武蔵、急に手なんか握って」

「休息は十分だ。次の場所へ移動するぞ」

「別に構わんが、まだ公園に入ってないぞ?」

「わざわざ中まで行く必要もあるまい……それに、忠告は有り難く聞くものだからな」

(忠告? 何の話だ?)




――――おおきいおねぇちゃん、あぶないよ。

「提督よ」

「何だ?」

「深海棲艦の泊地なんかは空気が澱んでいるように感じたものだ。ここは、それと同じモノを感じるぜ?」

「知る限り、少なくとも五人は死んでる踏切だ。そう感じるのもおかしくはないかもしれん」

「成る程、確かにコレは少し涼しいな。霊気と冷気、読みは一緒か」

「一人で納得してないで俺にも分かるように説明しろ。お前、最初の場所から全部何か見えてるだろ」

「説明しろと言われると難しいが……そうだな、比叡の玉子焼きが一番近いか」

「アレか、そりゃ見えなくて正解だな」

「――なぁ、相棒」

「どうした?」

 次の言葉を口にはせず、武蔵は提督の腕を取る。
 その顔に浮かぶのは恐怖や怯えではなく、哀れみだった。

「さて、姉同様に妹も怖がったところで、帰るか」

「おい、別に私は怖がってなど……しかしまぁ、帰るのに異論は無い」




 もうすぐ空が白み始めそうな頃、二人は並んで帰路に着く。
 真に怖いのは後悔や無念を残したまま、その瞬間を迎えることだと再認識しながら。

次のリクエストを本日21時より三つ、明日9時より三つ受け付けます

朝霜、高波、瑞穂、海風は未着任です

・春雨『約束』

・秋月&照月『対空射撃演習』

・『空と海』

・望月『物は試し』

・矢矧&霞『取材』

・五月雨『夕張さんと遊ぼう』

以上六本でお送りします

後、球磨多摩も

・春雨『約束』 、投下します

計画通り

「司令官、お呼びでしょうか?」

「あぁ、まぁそこに座れ」

「はい」

 帽子の上にクーが居ないのを確認した後、提督は紙を一枚取り出し春雨の前に出す。
 それは艦娘にとって一生に一度の書類であり、一生ここに繋ぎ止める錨でもあった。

「読んで、考えて、分からないところは聞いて、それでもいいなら名前を書け」

「――質問を、させて下さい

「いいぞ、何でも聞け」

「司令官は、春雨にずっと居て欲しいですか?」

「……この前も言われたんだが、どうやら俺は誰が欠けても駄目だそうだ。全員が深海棲艦になって世界が敵になったとしても、俺はお前等の側を離れるつもりはない。その質問にちゃんと答えるなら、“手放す気は微塵もない”、だ」

「また変になりそうになったら、頭を撫でてくれますか?」

「帽子がグシャグシャになるまで撫でてやる」

「春雨、必ず入れても文句言わないですか?」

「不味くない限りは言わん」

「その……村雨姉さんみたいに色気なんて無いけど……いい、ですか?」

「そこについては保留する」

「……」

 春雨の質問はそれで最後であり、視線を書類に下ろして彼女は深呼吸をする。
 そして、ゆっくりと書類に名前を書いた。

「――司令官」

「何だ?」

「ゆ……指……」

(ここで指切りと言ってしこたま殴られたのは確か曙だったな……)

 文字通り痛い記憶を思い出しながら、提督は引き出しから指輪を取り出す。
 それが視界に入ると、春雨は頬を染めながら目を輝かせた。

「書類持ってこっち来い」

 手招きされ、春雨は机にぶつかりそうな勢いで提督の元へと向かう。
 普段は見せないような積極的な態度に、その気持ちの強さがはっきりと彼にも伝わっていた。

「これは、俺とお前を一生繋ぐ。ある意味では結婚指輪より重い指輪だ。それに見合うだけのモノを、春雨、お前にやる」

「……はい」

 そっと、指に填められた絆の証。
 急に恥ずかしさが込み上げて来たのか、春雨は帽子を目深に被り顔を隠そうとする。
 しかし、それは思いもよらぬ相手に妨害されるのだった。




――――サッサトキスデモシタラドウダ?

 ――――お前、帽子の中に居やがったのか……。

――――(いつの間に入ったんだろ……)

 ――数時間後。

「一番先に、突撃インタビュー! 春雨ケッコンカッコカリおめでとー!」

「おめでとう春雨、お祝いをしないといけないね」

「はいはーい、村雨はいつでもスタンバイOKよ」

「夕立も準備万端っぽい!」

「涼風、私は何したらいいかな?」

「江風と一緒に春雨の話し相手だね」

「ンっ、そのぐらいなら任せときな」

「ん―? 春雨? おーい」

「返事がない、ただの春雨のようだ」

「あらら、心ここに在らずって感じね」

「でも、幸せそうっぽい?」

「やっぱり私も料理を――」

「江風、五月雨確保。激辛と激甘が嫌なら絶対離すんじゃないかんね?」

「激甘は願い下げだけど激辛ならいいかもしんないねぇ」

「春雨ー? おっ、もちもちほっぺだ」

「良い伸び方だね」

「ズルいわよ二人とも、村雨にも触らせて」

「夕立も触るっぽい!」




――――今頃姉妹ニカラカワレテイルダロウナ。

 ――――(勢いってヤツはどうにも恐ろしい……)




 この日、提督は二度唇を奪われた。

艦これの起動が二週間程出来ていないので更新は明日までお待ちください

限定絵は全員書きます

・秋月&照月『対空射撃演習』 、投下します

長十センチ砲ちゃんは知っている

 空を見上げる。

 そこには青と白が広がっていて、時折鳥が横切っていく。

 彼女達が守り、他の何色にも染めさせないと決めた場所。

 それは、この平和を勝ち取った世界でも変わりはしない。

 今日も、守りたい人達の為に彼女達は空を見上げる。

 そして――。




「わあっ!? 長十センチ砲ちゃん暴れないでー!?」

(何だか照月の長十センチ砲ちゃん、言うこと聞いてないような……)

 照月を交えての対空射撃演習。しかし、肝心要の彼女の相棒は命令を聞かず勝手に動いていた。
 動けなかった主人の為に秋月を探しに来た義理堅い子と同じとは信じられない自由奔放さだ。

「照月、何か機嫌を損ねるようなことでもしたの?」

「実は昨日、磨いてあげる時にちょっと失敗しちゃってー……」

 言われてよく見てみると、側面に軽く傷があるのが分かった。
 しかし、それだけが理由では無いと秋月は何となく直感で理解する。

「ドシタノ? 遊バナイノ?」

「ごめんねほっぽちゃん、少し待っててもらえる?」

「ウン!」

 トテトテと近付いてきて、またトテトテと去っていくほっぽ。
 その背中を見つめているように見える長十センチ砲ちゃんの顔が、どこか寂しげに秋月には思えた。

「照月が悪かったから機嫌治してよ~長十センチ砲ちゃ~ん」

「これは先が思いやられるかな……ねぇ、長十センチ砲ちゃ――あら?」

 横に居るはずの相棒に問いかけるも、そこに姿はない。
 辺りを見回してみると、鳥を追いかけてあらぬ方向に走っていく後ろ姿が彼女の目に飛び込んでくる。

「これじゃ私も照月のこと言えないか、はぁ……長十センチ砲ちゃーん! 戻ってきなさーい!」

 結局妹と同じく長十センチ砲ちゃんと追いかけっこを始める秋月。
 それを見て痺れを切らしたのかほっぽも混ざり、対空射撃演習は鬼ごっこへと形を変えることとなる。
 しかし、これはこれで有意義だなと感じるようになった辺り、秋月もしっかりここに馴染んでいるのだった。




――――加賀、この対空射撃演習で全員大破って何だ。

 ――――ほっぽが鬼で艦載機を飛ばしたようです。

――――(本物でやったら鬼ごっこにならんだろ……)

「浜風、そりゃちぃと欲張り過ぎじゃ」

「はむ?」

 焼きとうもろこしにイカ焼き、綿あめ、たこ焼きを抱えた妹をジト目で見る浦風。
 普段は生真面目な浜風も最近は気を緩ませる機会が増えたのか、祭を目一杯楽しんでいた。

「まぁうちも祭は好きじゃけぇ、気持ちは分からんでもないよ?」

「その景品の山を見れば分かります」

 口の中に入れた物をきちんと飲み込んだ後、今度は浜風が浦風をジト目で見る。
 サンタの様に袋を肩から担いだ彼女もまた、目一杯祭を楽しんでいた。

「姉さんも来れたら良かったんじゃけど」

「祭の警備の任務がありますから、仕方ありません」

「魂抜けとったけど、大丈夫かねぇ……」

「その程度で手を抜くような方ではないのを、浦風が一番知っていると思いますが」

「うちが心配しとるんはそうと違うんよ、むしろ逆――」

 ――ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?

「……予想、的中したみたいですね」

「うち、ちょっと様子見てくるけぇ浜風は祭を楽しんどってえぇよ」

「私も行きます」

 カランコロンと下駄の音を鳴らしながら、二人は悲鳴の聞こえた場所を目指す。
 その手にはフランクフルトと焼きそば、それとデジカメを持っていた。




――――姉さん、やり過ぎはいけんよ?

 ――――コレ、陣中見舞いです。

――――アレ、私の顔を見ただけで悲鳴上げたのよ? 酷いと思わない?

「……おい」

「何だクマー?」

「何にゃ」

「仕舞うな」

「着ない服は当然仕舞うクマ」

「こんな動きにくそうな服一生着ないにゃ」

「だったら何で欲しいって言ったんだ」

「妹だけは不公平だクマ」

「貰えるものは貰っておくにゃ」

「ほー、そうか。祭に誘うつもりだったが着る気がないなら違う奴を――」

「五分で支度するクマ」

「さっさと部屋から出ていくにゃ」

「言われんでも出ていくから安心しろ」

(やれやれ、これで無駄にならずに済んだか……)




「わたがし美味いクマー」

「イカ焼き美味いにゃ」

(色気より食い気……いや、これはこれで良いか)

「クマ? そんなに見つめても球磨のわたがしはやらないクマー」

「多摩もあげないにゃ」

「別に取る気は無いから安心しろ、食いたくなったら俺も買って食う」

「だったら焼きとうもろこしが良いと思うクマ」

「お前が食いたいだけだろ」

「多摩はたこ焼きがいいと思うにゃ」

「どっちも普通に買ってやるから食え」

「全部食べてると浴衣じゃ苦しいクマ」

「半分ぐらいでちょうどいいにゃ」

「全部食うつもりなのがそもそも間違ってると気付け」

「いいから焼きとうもろこし買うクマー」

「たこ焼きもにゃ」

「分かった、分かったから引っ張るな。屋台は逃げん」

 球磨と多摩に両側から引っ張られる提督。
 下駄は歩きにくいからという口実で腕に掴まる二人の浴衣姿を間近で楽しみながら、祭が終わる時間まで続くであろう屋台巡りに付き合うのだった。




――――不覚クマ……。

 ――――気持ち悪いにゃ……。

――――水風船ではしゃぐからだアホ。

 ――――下着まで濡れてるクマ。

――――下着だけ脱ぐにゃ。

 ――――脱ぐな、鎮守府まで我慢しろ。

「姉さん、浴衣で走らないで~……」

「これってわざと動きにくくしてトレーニングしてるんじゃないの?」

「そんな風に考えるの長良さんだけだと思う、多分」

「着崩れしますから、あまり派手に動かない方がいいですよ」

(那珂と姉さん、どこ行ったんだろ……)

「あっ、あのぬいぐるみ可愛い……」

「名取欲しいの? ここは長良に任せて!」

「朧もやります」

(固定、重し、その他細工は無いみたいですね)

(あのお面は、私と姉さん? 那珂のはどこに……)

「ラムネとこけし」

「蟹ぐるみとキャラメル」

「C敗北ですね」

「――やっぱり、欲しいものは自分で取らないと」

(メール? “ゲリラライブそろそろ決行するよ、神通も至急浴衣のまま指定の場所に集合”……私、何も聞いてません)

「アレ? 何か帯が弛くなってきたかも……大淀さん、ちょっと帯が――うわっ!?」

「きゃっ! そ、そこを引っ張らないで下さい!」

(下手に近付くと巻き込まれるかも、そっとしておこう)

「や、やったー! 姉さん、取れ――ど、どうしたの二人とも!?」

「名取、ちょっと手伝って!」

「うん、今行くから、ってきゃあっ!?」



 この後、ギリギリセフトな格好で近くの物陰に駆け込んだ艦娘三名を再び祭の喧騒の中で見ることは無かった。

「電、次はどれにする?」

「りんご飴かチョコバナナで悩んでいるのです」

「だったら半分こしましょ」

「なのです!」

「雷、電」

「あら、江風も来てたの?」

「こんばんはなのです」

「いやー姉貴達が来ないと損するって言うから来てみたが、祭ってなぁ美味いしいいもンだな」

「(す、凄い量なのです……)」

「(あんなに食べてお腹壊さないのかしら?)」

「おっ、あそこのも良い匂いしてンなぁ。次はアレにすっか」

「ま、まだ食べるのですか?」

「あんまり買うと手に持ちきれないわよ?」

「それもそうか。んぐっんぐっんぐ――よっし、これで手が空いたぜ。じゃあまたなー」

「……あんなに細いのにどこに入るのか不思議なのです」

「浴衣で帯も締めてるのに、苦しくないのかしら」

「赤城さんは苦しくならないコツがあると言っていたのです」

「赤城さんのは多分参考にならないから真似したってダメよ」

「――あっ、ちょ、ちょっと待って欲しいのです!」

「どうしたの?」

「下駄の鼻緒が切れそうなのです」

「ホントだわ、雷に任せなさい」

「このぐらいなら……ううん、やっぱり何でもないのです」

「ここをこうして、っと。はい、出来たわよ」

「ありがとう雷、助かったのです」

「お礼はチョコバナナでいいわ」

「ふふっ、はいなのです」




――――ンっ、ちょうど良かった。時雨の姉貴、屋台回ってたら足りなくなっちまったから金貸してくンねぇ?

 ――――いいよ、その代わり何でも言うことを一つ聞いてもらうよ。

――――いいぜ。じゃあ有り難く借りとくな。

 ――――(あららー、見たこと無いような悪い顔を時雨がしてるわね。まっ、江風には良い社会勉強になるかしら~?)

「千歳お姉、このぐらいあれば十分かな?」

「そうね、十分じゃないかしら」

 やっていることは落ち葉の掃除。しかし、その目的は掃除に非ず。
 古今東西九割の女性に愛される甘いもの。その中でも秋から冬にかけて主に食べられ、トラックで売り回る者も居る人気の品。
 そう、何を隠そうそれは――。

「焼き芋楽しみだね」

「えぇ、お酒もあれば最高なんでしょうけど」

「ダメだよ千歳お姉、後片付けもあるんだから」

「はいはい、分かってます――あら?」

 視界の端にチラリと見えた春の色。
 消えた方に視線を向ければ、物陰からこっそり様子を窺おうとしてまた隠れる艦娘の姿があった。

「別に隠れなくても大丈夫だから、こっちで一緒に待たない?」

「……い、いいんですか?」

「何だ、春雨ちゃんだったのね」

「私モ居ルゾ」

「えーっと……リスの着ぐるみ、なの?」

「鳳翔さんが作ってくれたんです。クーちゃんも気に入ったみたいで」

「アァ、悪クナイ」

「こうしてみるとホント、あんなに苦労させられた相手とは思えないよね」

「今は頼りになる……マスコット、かしら?」

「マスコットナラ春雨ニコノ着グルミヲ着セテオケ」

「そういう扱いはされたくないなぁ……」

「――そろそろ焼けそうじゃない?」

「あっ、ホントだ。千歳お姉、新聞紙出して」

「はいはい」

「私も手伝います」

「じゃあ春雨ちゃんも焼き芋を取り出していって」

 落ち葉の中から回収されていくアルミホイルに包まれた芋達。
 それは相当な量であり、とても三人で食べきれる量ではなかった。

「さてと、じゃあ焼いた者の特権で一番は千代田達でいいよね?」

「どうせもう嗅ぎ付けてる人達も居るでしょうし、いいんじゃない?」

「私も、貰ってもいいんですか?」

「いいのいいの、どうせ皆で食べようと思ってたんだもの」

「じゃあ、改めて――」

「「「いただきます」」」




――――はぁ~……やっぱり秋は焼き芋よね~。

 ――――芋焼酎、まだあったかしら?

――――ち~と~せ~お~ね~え~?

 ――――ふふっ、冗談です。

――――(甘くて美味しい~)

 ――――(焼キ春雨……無イカ)

 片手で水風船をポンポンと弾ませながら特徴的なアホ毛を揺らして歩く浴衣姿の美女と、イカ焼きにかぶり付きながら次の獲物を探すこれまた浴衣姿の美女。
 その二人の間で袋の中を泳ぐ金魚を眺める小さな女の子は、イカ焼きを食べる美女に瓜二つだった。
 浴衣はそれぞれ白に椿、藍に猫の手と猫じゃらし、ピンクに猫という柄で、普段の印象を完全に覆い隠しているのは一人だけである。
 その三人の少し後方で歩く男と少女もまた、浴衣を着ていた。
 紺一色の浴衣を着た男は荷持ち兼財布役、淡い紫にウサギの絵の柄が入っている浴衣を着た少女は電話で誰かと連絡を取り合っている様子だ。

「多摩、どう考えてもこの並びおかしいクマ」

「問題ないにゃ、むしろ球磨と漣で歩かせた方が面倒にゃ」

「漣が子供っぽく振る舞ってくれたら大丈夫だクマ」

「100パー無理な話にゃ」

「? 何の話してるのにゃ?」

「綺麗な女は罪作りって話クマ」

「馬鹿は死んでも治らないって話にゃ」

「姉に向かって馬鹿とは何だクマー」

「その下り飽きたにゃ」

「そりゃ奇遇だクマ」

 半分食べたイカ焼きを娘に渡し、多摩は後ろへ視線を向ける。
 その視線は簡単に目的の人物と交わり、それだけで意志疎通は完了した。
 一瞬で行われた一連の流れを横目に見ていた球磨は、やっぱり二人は夫婦なのだと改めて認識する。

「――はい、わたがし」

「ありがとにゃ」

「子多摩と球磨君も、はい」

「わたがしにゃー」

「金魚は球磨が預かるクマ」

「いいよ、僕が持げふっ!?」

「ご主人様ー? 私のが見当たらないんですがー?」

「さ、漣君電話してたから後の方がいいかと思って……」

「今すぐ、ナウ、ハリー、買って来やがって下さい」

「はい……」

「――さて、球磨と子多摩はあっちで面白い催しやるそうなんで付き合って下さいね」

「成る程、その為の電話してたクマね」

「何やるのにゃ?」

「それは行ってからのお楽しみってことで。じゃあ多摩、行ってきますねー」

「別にそんな気を遣ってくれなくても良かったにゃ。……でも、ありがとにゃ」




――――浴衣姿、いくら見ても飽きないや。

 ――――花火上がってる時ぐらいは花火見るにゃ。

――――何見るかなんて僕の勝手でしょ?

 ――――……バカ。

・『空と海』 、投下します

表と、もうひとつの表

 少し肌寒さを感じるようになった秋の夜に、ゆらり、ゆらりと鎮守府を歩く影。
 その行く手を遮るように、一人の艦娘が現れる。

「照月、部屋へ戻りましょう」

「……」

 ピタリと足を止め身体を前に傾けた後、小刻みに肩を震わせ始めた照月。
 心配して近付こうとした秋月をその場に縫い付けたのは、次の瞬間に聞こえた声だった。

「ヘー、来タンダ」

「……貴女、誰?」

「何言ッテルノ? 照月ニ決マッテルジャナイ」

「っ……そん、な……」

 そう言いながら身体を起こし、にこやかに微笑んでいる彼女の目は、片方が紫に染まっていた。
 この異常事態に一瞬膝から崩れ落ちかけた秋月を支えたのは、いつの間にか背後に立っていた飲み屋帰りの軽空母だった。

「何やよぅ分からんけど、妹の一大事に腰抜けとったら格好悪いで?」

「サッキカラ変ダヨ秋月姉、照月ガドウカシタノ?」

「キミ、ちょっとそれは悪趣味なんとちゃう? いくらなんでもイタズラが過ぎるで」

「今ハ秋月姉ト話シテルノ。邪魔ヲ――スルナ!」

 何処かから現れ砲身を龍驤へと向ける長十センチ砲ちゃん。その目の様に見える部分は、今の照月同様紫色の光を灯している。

(秋月庇いながらこの子黙らせなアカンのか。こりゃほろ酔いではちょっとばかしキッツいなぁ……)

 下手に応援を呼べば刺激しかねず、かといって艦載機も無しに場を収められる状況でもない。
 久々に冷や汗が背中をつたうのを感じた龍驤は、とにかく口を動かした。

「キミ、何で今更こんなことしたん? 他の子等は普通にここで生活しとるよ? 一体何が不満なんや」

「マタ私ヲ暗クテ冷タイ場所ニ一人デ置イテ行クツモリナンデショ? 今度ハ秋月姉モズット、ズーット一緒ニ居マショ。フフッ、ハハハ、アハハハハッ!」

(アカン、こらホンマにマズイで)

 徐々に強くなる感じ慣れた気配、幾度と無く向けられた強い憎悪の念。
 それは紛うことなく、彼女達の敵だった頃の深海棲艦のものだった。

 自分を抱える龍驤の声と、照月ではないと認識した誰かの声。
 その二つが、秋月の耳の中をすり抜けていく。
 彼女は敵としての深海棲艦を知らず、この様な事態が起こることなど微塵も考えてはいなかった。
 それだけに、受けたショックの大きさは相手が妹であることも加えてかなりのものだ。

(照月……どうして、どうしてこんなことに……)

 解体、処分、嫌な言葉が頭をよぎる。
 そんな結末を黙って認める提督ではないと知っていても、一度思考を支配したものはそう簡単に払拭出来ない。
 軋む心を守る為、目の前の現実から目を逸らそうとした秋月を引き留めたのは、小さい無機質な手だった。

「長十センチ砲、ちゃん……?」

 いつの間にか腰にしがみついていた長十センチ砲ちゃん。
 その手が指し示したのは、今龍驤へ向けて高笑いしながら砲撃している妹の顔。
 恐る恐る向けた視線の先には、逸らしてしまっていたら後悔していたかもしれない真実が待っていた。

「ドウシタノ? 抵抗シナイノ? ソレトモ出来ナイノォ?」

「うちは生憎ここの化け物共と違って至極普通な艦娘なんや。艤装も無しに戦えるわけないやろ」

「ジャアサッサト秋月姉ヲ置イテ消エナサイ」

「残念なことにここやと鳳翔とうちが歳で言うたら一番上なんよ。そんな真似死んでもよう出来んわ」

「アッハハ、ダッタラ――死ニナサイ!」

(こりゃ何か特別手当てでももらわな割に合わんなぁ……)

 照月の長十センチ砲ちゃんから放たれる黒く濁った砲弾。
 全弾回避は難しいと判断した龍驤は、秋月を庇うように背中を向け、気付いた誰かが到着するまで待つことを選択する。




 ――しかし、待つまでもなく対抗する手は最初からそこにあるのだった。

「お願い、長十センチ砲ちゃん!」

「……何デ? 何デ邪魔スルノ、秋月姉」

「妹が悪いことをしたなら、叱ってやめさせるのが姉の勤めだもの」

「フーン、ソウナンダ。ヤッパリ照月ヲ一人ニ――」

「馬鹿なこと言わないで! やっと……やっとまた会えたのに、一人になんてする訳無いじゃない!」

「嘘……ソンナノ嘘……嘘、嘘、ウソダウソダウソダウソダウソダッ! 一人ハ嫌……モウアノ暗イ海ニ一人ハ嫌……嫌ァァァァァッ!」

「アカン、完全に記憶がごっちゃになっとる。どないかして正気取り戻させへんと壊れて――って何してんねや!?」

「あの子は、ただ寂しかっただけなんです。だから、側に行ってあげないと」

 後ろから聞こえる一度止まれの言葉も聞かず、秋月は照月の元へと駆け出す。
 錯乱状態が功を奏して砲撃はあらぬ方向を狙っており、当たる可能性は低いものの、危険なことに変わりはない。
 至近弾の影響で飛来した小石や木片による傷などは気にも留めず、秋月はただ真っ直ぐに妹の居る場所を目指した。

「照月!」

「ア……秋月、姉? ソッカ、来テ、クレたんダ……」

「私はここに居るよ。だから大丈夫、もう泣かないで」

「うン……あぁ、星空ガ、綺麗……」

 照月の目から流れ落ちる雫と共に、紫色の水晶が地面へと落ちる。
 それと同時に辺りに漂っていた悪い気配は消え去り、脅威が去ったことを後ろでひやひやしながら見守っていた龍驤も理解した。
 新たに観測された謎の現象と、破壊してなお何かしらの力を持つ結晶、そして――。

「……増えたのか」

「みたいやね」

「秋月姉ハ私ト居ルノヨ、ネェ?」

「照月とだもん! ねっ、秋月姉?」

「え、えーっと……」

「助け求めてんで、昨日は影でコソコソ眺めるだけやってんから助けたったら?」

「アレは先を見据えてあえてだな……」

「私ト!」

「照月と!」

(長十センチ砲ちゃん、こういう時には何で居ないのかなぁ……)




――――防空棲姫のルキが秋月を照月と取り合うようになりました。

 ――第三艦隊。

「バァァァァァニング・ラアァァァァブ!!」

「あらあら、そんなに私と火遊びしたいの?」

「フォイヤー!」

「私達より不幸になりたくなければ退いてちょうだい」

 前方に向けて多数の戦艦により生み出される砲火の豪雨。その勢いは凄まじく、戦艦棲姫十隻を相手に優勢を保っていた。
 一つ問題があるとすれば、相手は一発当てればそれだけで簡単に戦況を一変させられるという点だ。

「今回ばかりは、データも役に立たないわね」

「まだまだ先は長いなんて、不幸だわ……」

「気合いで! まだまだ! いけます!」

「榛名もまだまだ大丈夫です!」

 後ろに控える主力艦隊を是が非でも最深部まで導く為、その戦意は極限まで高揚していた。
 それは戦艦のみに限った話ではなく、他の者も出し惜しむことなく全力で眼前の敵を撃ち倒していく。

「ふふっ、昔に戻ったみたいですね、龍驤」

「アンタに昔の感じに戻られたら何人かチビってまうよ?」

「そんな柔な子はここには居ないはずですよ」

「まぁウチはえぇけど……程々にしぃや」

「はい。では――元・元帥艦隊空母教導艦鳳翔、推して参ります」

 ――犠牲となったのは、レ級の艦載機。
 それまではその圧倒的性能差で翻弄されていたかに見えた鳳翔の艦載機が、まるで最初から全てルートを計算していたかの様に次々と機銃の射線に入った艦載機を撃ち落としていく。
 追う側から追われる側へ変わっていたなど、レ級には全く分からなかった。
 そして、気付いた時には彼女の身体を爆撃が捉えていたのだった。

「ふぅ……やはり現役の頃と比べると、少し動きが悪いでしょうか」

(横の千代田と千歳が目を必死に逸らしとんの、気付いとるんやろなぁコイツ)




 前方の敵艦、大半が沈黙。同時に一部艦娘の鳳翔への畏怖の念が強まった。

連絡三点

・本日帰宅後更新します

・追加期間限定グラもやります

・Q、それはサンマですか? Aいいえ、それは炭です

「――揃ったみたいだな」

 普段ならば一人、多くても三人程度しか集まらない執務室に集まった十を越える艦娘達。
 その顔触れは待機艦隊に加え、裏で動いている者達が大半だ。
 いつもならば緩い雰囲気を出している者も、今は真剣な面持ちで提督の言葉に耳を傾けていた。

「明石、大淀、盗聴の類いはどうだ?」

「バッチリ対策済みです」

「念のために周囲の警戒もお願いしてあります。問題ありません」

「そうか、なら本題に入るぞ。お前達には既に通達済みだが、今回の照月の一件でネズミが罠にかかった」

「ネズミか、それにしては大層な面子を集めたものだ」

「窮鼠猫を噛むって言うだろ? ネズミ相手でも手は抜けん」

 自分一人で事足りると言いたげな武蔵をやんわりと制止し、提督は話を続ける。

「今回はあえて丁重にネズミを招き入れる。出迎えは大和、赤城、伊勢」

「承りました」

「了解です」

「試し切り出来るかなー」

「分かってるとは思うが当然生け捕りだぞー伊勢ー。次、武蔵、電、吹雪、木曾、ネズミの護衛を相手しろ」

「隠れて動くというのは苦手なのだが……」

「了解なのです」

「任せて下さい、司令官」

「ネズミ相手か、張り合いねぇなぁ……」

「籠は島風、利根、大鳳、龍驤」

「はーい」

「うむ、吾輩に任せるのじゃ」

「私達、やることあるのかしら……」

「楽でえぇやん」

「そこ空母二人、ヘマしたら六ヶ月減給だぞー。加賀、大淀は指揮を任せる」

「了解」

「最善を尽くします」

「後は……言うまでもないな」

 省かれたのはこの場に居ない面子。
 普段ならば武蔵達の担当する役割はその者達の仕事なのだが、別の仕事が彼女達には任されていた。

「今や絶滅寸前のネズミだが、一片の躊躇無く絶滅させてやれ。この鎮守府はクリーンで安心安全がモットーだ」

「提督ー、雪風のアレは?」

「あー……ペットは可だ。以上! 解散!」




――――ネズミ捕り、準備開始。

・望月『物は試し』 、投下します

乙女もっちー

 眼鏡は目を守り、目から守り、目によって成り立っている。
 コンタクトは目を守り、目によって成り立つが、目から守りはしない。
 望月にとってそれは今と昔では違う理由から重要な意味を持つものの、必須であることに変わりはなかった。




「――物は試しだ、変えてみてもいいんじゃないか?」

「別に困ってないし」

「コンタクトの何が不満なんだよ」

「寝落ちしたらヤバイし、着けるの面倒だし、何か落ち着かないし……」

「別にずっとコンタクトで居ろとは言ってない。一回着けてみるだけでも嫌か?」

「何でそんなにコンタクト推すのさ」

「最後にお前の眼鏡を外した姿を見たのが何年前か分からんからだ」

「それ、何か問題あんの?」

「特に無い」

「じゃあいいじゃん別に」

 提督の私室で提督を背もたれにして寛ぐ望月。
 やんわりと想い人からの要求を無視し、彼女はスマホの画面を流れていくリズムアイコンを目で追っている。
 両手の塞がっている今なら眼鏡を外すことは可能だが、確実に腹部を抉る肘鉄が待っていた。

「なぁ望月」

「んぁー?」

「コンタクトにしたら旅行に連れてってやる」

「めんどいからパス」

「甘味」

「間宮さんのより美味いやつとかあんの?」

 大抵の艦娘を落とす連撃は虚しく外れ、大きく提督はため息を吐いた。
 幸か不幸か彼の頼みを断る艦娘などほぼ皆無な中で、望月はその例外に入る。

「……相変わらずそういうところだけは譲らんな」

「面倒なことと嫌なことはしなくていいって言ったじゃんか」

「ならせめて俺の前でだけ外すのを頑なに拒み続ける理由を教えろ」

「面倒」

「一言で片付けられて納得するわけないだろ」

「逆に何でそこまで拘んのさ……」

「今のお前の眼鏡を外した顔を見たい、それだけだ」

「別に前と変わってないって」

「そんなもの見なきゃ分からんだろ」

「あーもうその話いいから、夕飯作ってくんない?」

「……パスタかドリア」

「ボロネーゼ」

「また手間のかかるものを……作ってくるから待ってろ」

「あーい」

(……眼鏡無いと、話すの面倒になるじゃん)

~明くる日~

「明石さん、コンタクト」

「はーい、使い心地はどんな感じですか?」

「まぁ、悪く無いよ」

「それは良かったです。今度また詳しく聞かせて下さいねー」

「んぁーい」




「望月、今日はコンタクトなのね」

「如月姉は伊達眼鏡なんかしてどうしたのさ」

「たまにはこういうのも新鮮で司令官も喜ぶんじゃないかと思ったの」

「あたしは普段通りで良いと思うけど」

「じゃあ望月もそのコンタクト姿で司令官に会ってあげたら?」

「……知ってて言うのやめてくんない?」

「うふふ、そういう貴女の可愛いところ、好きよ。じゃあ行ってくるわね」

「あい、行ってらっしゃい」

(……それが出来たら苦労しないんだっての)




 目は口ほどに物を言い、眼鏡はそれを遮るフィルターである。 

――――もっちー? コンタクト持ってるよ?

 ――――コンタクトってアレだぞ? 目に入れるやつ。

――――それぐらい知ってるもん。司令官、今あたしのことバカにしたでしょー。

 ――――してない、してないからつねるな文月、肩車しにくくなる。

・矢矧&霞『取材』、投下します

有能(まともとは言っていない)

「――はぁ? 意味分かんない」

「雑誌の取材と撮影、疑問が生まれる部分は無いと思うが」

「霞が言いたいのはそういうことじゃないんじゃない?」

 やや不機嫌な霞と、特に異論は無いが自分達が選ばれた理由は気になっている矢矧。
 二人の視線を受け、提督は明後日の方向を見ながらその点について口を開く。

「読者アンケートの結果、だそうだ」

「私の目を見て言いなさいな」

「……アンケートの結果だ」

「何の、アンケート結果なのかしら?」

「……罵られたい艦娘と、調教されたい艦娘」

「アンケート考えた奴も答えた奴も死ねばいいのに」

「提督、艤装の使用許可を申請するわ」

 前者はより冷ややかな声音で、後者は満面の笑みで、怒気を放つ。
 当然の反応ではあるが、提督も断られる訳にもいかず二人を宥める。

「まぁ落ち着け二人とも。悪ふざけが過ぎるとは俺も確かに思うが、そんなアンケートが取れる程度には司令部内部も平和になったってことだ」

「それとこれとは話が別」

「平和ボケした司令部の気を引き締めてあげないと、ね?」

「内容は至ってまともな取材と撮影だから大目に見てやってくれないか?」

「何でよ」

「それは取材を受ければ分かる」

「――あの盃に誓って、その取材は受けるべきって言える?」

「あぁ、言える」

「そう……だったら私は受けるわ」

 宝物である盃に誓うと言われ、矢矧は先に折れる。
 しかし、霞は以前不機嫌な表情を崩さぬままだ。

「霞、お前にも取材を受ける義務がある。お前のこれまでの行動の結果を見届けてこい」

「……分かったわ」

「よし、じゃあ取材は明日だ。しっかりやってこい」

~翌々日~

「ほー、よく撮れてるな」

「普通よ、普通」

「まさか、手袋をはめ直す仕草をお願いされるとは思わなかったわ」

「それで、取材はどうだった?」

「……ふんっ、ちょっとは成長してたんじゃない?」

「うちの阿賀野もあれぐらいしっかりしてくれてたら能代も楽なんだけど」

「はははっ、また機会があれば会ってやれ。こういう繋がりも大事だからな」

「まぁ、気が向いたらね」

「今度はうちの阿賀野も連れていこうかしら」

(ふぅ……取材中は二人とも平常心は保てたか、今頃すごそうだな)




――――あー、やっぱりあの霞さんの目、ゾクゾクするなぁ~。

 ――――司令部にも矢矧が居れば、阿賀野をダメな子ってお仕置きしてもらうのに……。

木曜に休みが取れるので更新します

最近間隔が開くことが多くなり申し訳ありません

・五月雨『夕張さんと遊ぼう』 、投下します

川内+長月=危険

 夕張は考えた。五月雨が遊んでも被害が一切出ないモノならば絶対に安全なのではないかと。
 五月雨は思った。最近毎日夕張が呼んでくれて凄く嬉しいと。
 そして、鎮守府の他の者全員が思った。
 ――何かの拍子に鎮守府が吹き飛びはしないか、と。




「夕張さん、今日はどんなので遊ばせてくれるんですか?」

「今日はコレよ」

 夕張が取り出したのは小型の液晶と幾つかのボタンが付いた機械。
 電源を入れたその機械にはまず、“かんむすずかん”という文字が浮かび上がった。

「コレ、どうやって遊ぶんですか?」

「ここの部分にセンサーが付いてるから、調べたい艦娘にここを向けてこのボタンを押すの」

「えーっと、こう、かな?」

『夕張。試したがり艦娘。何でも試したがる。通販番組を見せると大変なことになるかもしれない』

「へー、そうなんだー」

「五月雨ちゃん? 一応断っとくけど、私は通販番組見ても大変なことにはならないわよ?」

 機械音声が読み上げる本当の夕張とは少し違う説明文。
 それを真に受ける五月雨に苦笑しながら、夕張は説明を続ける。

「これはね、今度作る皆で出来るゲームの図鑑みたいなものなの」

「図鑑?」

「えぇ、ちゃーんと五月雨ちゃんや他の皆のデ―タも入ってるわ」

 試しに自分へ向けて五月雨がボタンを押すと、画面にはデフォルメされた彼女の姿が浮かび上がり、また自動音声が流れる。

『五月雨。ドジっ娘艦娘。そのドジはいつか世界を滅ぼすかもしれない』

「私、そこまでドジっ娘じゃないです!」

「それはゲーム上の設定だから怒らないで、五月雨ちゃん」

(現実でもそのぐらい危ないのはホントだけど……)

「それでね五月雨ちゃん、出来れば不具合が無いか皆に使って確かめてきてくれない?」

「いつも夕張さんは私と遊んでくれるし、そのぐらいなら喜んで」

「じゃあ、お願いね」

『涼風。てやんでぃ艦娘。てやんでぃてやんでぃと言いながら敵と戦う』

「そんなにあたいっててやんでぃって言ってるかな……」

「大丈夫だよ涼風、これはゲームの中の設定だから」

「でも五月雨のはまんまじゃないのさ」

「違うもん!」




『比叡。ヒェー艦娘。居眠りしては飛び起きヒェーと鳴く』

「気合い! 入れて! 鳴きません!」

 ――比叡! どこでサボってやがる! 資料一枚持ってくんのにいつまでかかってんだ!

「ヒェー!?」

「比叡さん、大変そうだなぁ……」




『白露。一番艦娘。ひたすら一番になれるものを探し続けている。二番になると一日どんよりするが、またすぐ一番を探し始める』

「いっちばーん!」

「図鑑番号は七十九だよ?」

「……白露型では一番最初ー!」

(図鑑のまんまだなぁ)




「えーっと、後誰に会ってなかったっけかなぁ――きゃっ!?」

「五月雨、歩きながらそんなものを触っていると危ないわよ」

「あっ、加賀さん」

(そうだ! 加賀さんのがまだだった!)

「えいっ」

 ――五月雨は気付いていなかった。転んだ拍子に図鑑が少し壊れてしまったことに。
 五月雨は気付かなかった。世界ではないが一つの鎮守府が崩壊の危機に頻していることに。

『かガ。夜戦かんムす。や戦ヲこよなく愛シ、一日に最低十回ハこなしてイル』

「……五月雨、その機械は夕張が作ったもの?」

「はい、そうですよ。皆のデ―タが入ってるからおかしいところが無いか確かめて来てって頼まれたんです」

「そう。次からはちゃんと前を見て歩きなさいね」

「はい、気を付けます」

「――この窓、閉めておいて」

「へっ? あの、加賀さ……飛び降りてっちゃった……ここ、四階だよね? 凄いなぁ、私にも出来るかな?」




――――い、色々誤解だと思うんですけど!?

 ――――そう、逝ってらっしゃい。

――――置いていかれるのも嫌だけど先に逝くのはもっと嫌ー!




 一方、五月雨はその頃白露と仲良く頭にたんこぶを作りながら入渠していた。

次のリクエストは7時より三つ、21時より三つ受け付けます

海風、瑞穂、かも波、朝霜は未着任です

期間限定終わったけど書く予定

次のイベント艦の着任は絶望的なので期待しないで下さい

・磯風『提督、何をしている』

・飛鷹『その手を取って』

・雲龍『握りたいもの』

・天城『見初められて』

・村雨『Girl or Lady?』

・速吸『時給850円』

以上六本でお送りします

・磯風『提督、何をしている』 、投下します

コーディネートby陽炎型

 額に触れる手。想像していたよりも少し男らしく、普通に返すつもりが声が上擦る。
 今まで感じたことの無かった気恥ずかしさに距離を取ろうとするも、着なれない服に足を取られた。

「おい、大丈夫か?」

「……」

 抱き止める腕の優しさに胸が熱くなり、何も言えないまま提督の顔を見上げる。
 誰かがこう言っていた、“気付いた時にはもう手遅れ”と。

(……あぁ、確かに手遅れだ)

 そろそろ体勢が辛いと情けない言葉を吐く目の前の男が、私は堪らなく――。

「暫くこのままで居させてくれ、今とても気分が良い」

 他の誰かがこうも言っていた、“あの男を困らせるのは楽しい”と。
 確かにこれは少し楽しい。

「――提督、この服は、その……」

 また、言葉に詰まる。
 これは私も知っている、“提督はお世辞を言わない”。
 この磯風をここまで臆病にさせるとは、やはり提督はただ者ではない。
 夜の散歩は充実した時間だった。
 記憶はあやふやだが二人で酒を飲んだ日もとても気分が良かった。
 もっと、もっと私は――。




「今頃磯風、うまくやってんのかしら?」

「心配なら執務室に聞き耳たててきたらえぇやん」

「絶対やらないわよ」




 規則正しい寝息と、幸せそうな寝顔。
 ギュッと服を握って放さないのが愛らしく、そういえば磯風の姉妹艦にはこの癖がある者が多いなと思い至る。
 自分に似合う可愛い服とは何か、自分に似合う髪型とは何かを悩み、姉妹や仲間の力を借りて精一杯着飾った彼女は普通の女の子であり、素直に可愛いと思った。

「にしても寝不足で寝落ちとは、この落ち度は不知火のがうつったか?」

 頬を軽くつつき、暇を潰す。
 時折身をよじるが、起きる気配はない。

「ん……笑って……な?」


「寝言、か」

 つつく、つつく、つつく、つつ――突く。

「寝相は……時津風……だ、な……」




 その日、磯風は提督の指揮の元で戦い、最後は敵をアッパーで沈める夢を見た。

・飛鷹『その手を取って』、投下します

自然体で周りに気を配るのは難しい

 私が不覚にも惚れてしまった相手は口が悪い。
 口喧嘩してしまうことも多々あり、デ―ト中に一切会話が無い時間が出来ることも少なくない。
 切っ掛けはほんの些細なことで、次の日には忘れている様なレベル。
 ――そんな関係が、私にはちょうどいいらしい。




「……」

「……」

 無言で劇場までの道を歩く二人。これからオペラを見に行くところなのだが、どちらからも楽しみにしているという様な雰囲気は見受けられない。
 互いに視線を合わそうともせず、ひたすらに歩を進めていく。

(はぁ……何時もより気合い入れたっていうのに、無反応とか冗談じゃないっての)

 イブニングドレスに身を包み、暁がなりたいと願う一人前のレディーそのものといって差し支えない気品を纏(まと)っている飛鷹。
 髪や化粧、その他諸々の準備を含めると、彼女はこのデ―トの為に実に六時間も費やしていた。
 それ故に、鎮守府の入口で合流してからタクシーに乗り、渋滞を避け近場で降りて歩き、劇場が視界に入った今に至るまで、およそ一時間半もの間無反応というのは飛鷹には色々な意味で耐え難かった。

(……何時もなら、馬子にも衣装ぐらいは言ってくれるのに)

 拗ねた様な、寂しげな視線を隣を歩く男の横顔に向ける。
 想いが通じ合っていればいついかなる時でも相手の考えが全て分かるなどというのは幻想であり、そこから何を考えているかは彼女には読み取れなかった。

「――手」

「きゅ、急に何よ」

「いいから手出せ」

 訳も分からぬまま言う通りにした飛鷹の手を取り、提督は再び歩き始める。
 そして少し歩くと、すぐに彼女にも何故彼が今そんなことを言い出したのかが理解できた。

「落ちそうになったらちゃんと支えてよ?」

「いいから前見てしっかり歩けアホ」

 何てことはない普段通りのやり取り。しかし、だからこそ彼女には嬉しくあり、繋いだ手をギュッと握りながら自然と笑みを浮かべるのだった。




――――気の利いた言葉は出てこんし慣れない靴と服のせいかお前の歩くスピードは遅いし変なのが居ないか周りは気になるしお前は人の顔見て前見てないし大変だったんだよこっちは。

 ――――だったら階段以外でも手を握るなり腕を組むなりすれば良かったじゃない。

――――……うるさい、察しろ。

 ――――んー? 何々?

――――マジでやめろ、踏み外して二人で転げ落ちかねん。

「大鳳」

「どうしたの提督、眉間に皺なんて寄せて」

「……手続きが面倒って理由で着任了承の書類がうちだけ免除になったって通知が来たんだが、これまた来るってことだよな?」

「……寮、増築した方が良いわね」

「……だな」




――――近日新規艦娘数名着任予定。

・雲龍『握りたいもの』 、投下します

ニギニギ

 握る。手綱を握る。把握する。握り潰す。人心掌握。
 “握る”という言葉にも多様性が存在する。
 ――では、彼女が真に願う、待ち望む、“握る”とは何なのだろうか。




「俺が悪かった。悪かったからこの方向性は勘弁してくれ」

「美味しくなかったの?」

「不味いとは言わない。が、好みじゃない」

 イチゴ、キウイ、オレンジ、桃、メロン。
 フルーツの盛り合わせの様なラインナップが盛り付けられているのは器ではなくシャリの上であり、皿の上には色鮮やかな寿司が並んでいた。

(ちょっと珍しいのが食いたいとか言うんじゃなかったな)

「出来れば、どういうものが食べたいか言って」

「そうだな……炙りとか漬けとかそういうタイプの寿司にしてくれ」

「うん、分かった」

「それにしても、本当に寿司まで覚えてくるとは思わなかったぞ」

「握るの、好きだから」

(赤城が連れてきた時は多少心配もあったが、もう大丈夫だな。別の意味で心配はあるが……)

 最初は無機質でどこか儚い表情を浮かべていた雲龍。良くも悪くも刺激的な毎日に、柔らかな笑みを浮かべるちょっと天然な優しい艦娘となっていた。

「――提督」

「何だ?」

「お願いを、聞いて欲しいの」

「艦載機か? それとも包丁か?」

 今までは大抵その二つだったのだが、雲龍は首を横に振り違うと伝える。
 思えばその二つしかねだられたことが無かった為、提督は何を望んでいるのか見当が付かず、首を傾げた。

「――手」

「手?」

「手を、出して」

 提督は言われるがままに手を前に出し、彼女が動くのを待つ。
 ジッとその手を見つめた後、雲龍はただ静かに彼の手を握った。

「ずっと……ずっとこうして握っていられたらいいのに」

「……なぁ、雲龍。改めて聞くが、俺はただの節操無しの強欲でワガママな人間だ。それでもいいのか?」

「私は、もう多くを貴方に貰ったもの。他の誰でもない、貴方の艦娘で居させて欲しい。嫌だと言っても、もう握って放さないから」

「その頑固さは、誰に似たんだろうな」

「さぁ、誰かしらね」




 彼女の“握る”は、思いを伝える手段であり、願いそのもの。
 彼女の手から伝わった思いはとても暖かく、大切なモノを守りたいという強さで溢れていた。




――――ここを握ればいいの?

 ――――そこは握らんでいい!






 ――――最後に見たあの子の顔は、笑顔でした。



 深海棲艦との戦いは終局を迎え、新たな戦火の種火も種火のまま消えてゆき、歪だった艦娘と人の在り方は正しくなり始めようとしている。
 しかし、その正しさを万人が受け入れられる訳ではない。
 そもそも“正しいこと”や“正義”の基準など曖昧で、立場と思想と価値観の違いで簡単にひっくり返るものだ。
 清濁合わせ飲み、自分を貫き通す覚悟があれば、その行いが誰からも正しくないと思われたとしても、間違いだと断ずることは出来ない。
 ――つまり、これから繰り広げられる全ての出来事にも何一つ問題は存在しないのである。




「……生憎と、俺にこっちの趣味は無いんだが?」

「これを機会に目覚めてみませんか?」

「遠慮させてくれ」

 執務室の床に組み伏せられた提督と、笑顔の香取。
 あまり緊迫した雰囲気に感じられないように思えるが、このまま彼を殺すことなど、彼女には容易いことだった。

「それで? そちらさんの要求は何なんだ?」

「綺麗すぎる池には住めないモノも存在すると知って欲しいそうです」

「別に今だって苔ぐらい生えてるだろ」

「濁ってうっすらと泳ぐ魚が見える程度が理想でしょうか」

「今だって十分濁っているのを特殊なフィルターで誤魔化しているだけだってのに……まぁ、そっちは今回は関係無いんだろうがな」

「ともかく、こちらを着けて頂けますか?」

「何だよ、それ」

「ふふっ、周囲に被害が出ない安全な爆弾です」

「周囲には、か。そりゃ安心だな」

「あら、もう少し情けない反応を期待したのですが」

「残念ながら俺が怖いのはアイツ等が居なくなることだ、俺が死ぬ分には別に怖くない。恨まれるのは若干怖いが」

「……本当に、羨ましい限り」

「羨ましがる必要なんて無いさ。お前ももう――」

「ね、子日、今日は布団に籠る日~……」

「初春、アレをどうにかしなくていいのか?」

「放っておけばよいわ。明日には落ち着いておる」

(提督のバカ提督のバカ提督のバカ提督のバカ提督のバカ提督のバカ提督のバカ……)

 風切り音が絶え間無く聞こえる初春型私室。
 本日初霜は待機の日。

 ――鎮守府正面海域。

「出迎えがあの大和とはな、相手にとって不足は無い!」

「あらあら、長門ったらはしゃいじゃって」

「油断するな二人とも、あの元帥艦隊に退けを取らぬと言われる鎮守府の艦娘達だ」

「そんなこと言って、那智姉さんだって憧れの艦娘に会えて興奮してるくせに」

「う、うるさい!」

 大和、赤城、伊勢の三人はその会話を聞きながら、少し予想していた雰囲気と違うことに顔を見合わせる。
 しかし、そこで気を緩める程彼女達も甘くはない。

「大和型一番艦大和、推して参ります!」

「私の認知度ってどのぐらいなんでしょうか?」

「まっ、適当にやりますかー」




 ――出迎え艦隊、戦闘開始。

 ――鎮守府内某所。

「目的は鬼の確保、ないし匿っている証拠の入手。各隊一・三のフォーマンセルにて作戦に当たれ。以上、状況開始」

 闇に紛れる数十もの影。今までここへ潜入した部隊とはその手際が一線を画していた。
 潜入される前に察知出来ず、潜入されてからその事態を察知したのは今回が初めてのことだ。
 ――しかし、それはあくまで防衛機能が察知出来たかという話でしかない。

「っ! 散れ!」

「ふむ……やはりこういう役回りは性に合わん」

 堂々と道の中央に構えていた武蔵。遭遇した部隊は彼女を囲むように散開し、各々特殊な形状をした武具を取り出す。

「ほぅ、艦娘と人の混合部隊とは珍しいな」

「――シッ!」

「むっ?」

 左後方から放たれ、腕に絡み付く鎖。そんなもので拘束されはしないと言わんばかりに武蔵は腕に力を込めるが、キツく食い込むだけでほどけはしなかった。

(対艦娘用装備、といったところか。これは流石に他の者達も手を焼くかもしれんな)

「ふっ……ふふふっ……面白い、戦艦武蔵、久々に本気で暴れさせてもらう!」




 鎮守府内防衛隊、戦闘開始。

 ――???

「あっちはうまくやってるかなー」

「うまくやってるに決まってんじゃん。だって私達の鎮守府だよ?」

「青葉が心配なのは“スクープ! 一夜でまたも半壊した鎮守府!”とかになってないかなーっと」

「きっと大丈夫だって、今回は加賀さんとか大淀さんとかストッパーが――そこに隠れてる奴、出てきなよ」

 差し掛かった廊下の曲がり角、そこからゆらりと現れた艦娘。
 右手には小型連装砲、左手には何やら文字の書かれた小刀の様な物を手に持ち、完全に話し合いなど通じない雰囲気を醸し出していた。

「うわぁ……よりによって一番やりにくい相手じゃん」

「青葉もあんまり戦いたくありませんねー……」

「――誰であろうと、この先は通しません」




 隠密部隊、戦闘開始。

「総員、作戦行動に入りました」

「そう、後は報告を待つだけね」

「ここは私一人でも問題ありませんし、提督のところへ向かっても大丈夫ですよ?」

「総指揮を一任された以上、ここを離れる訳にはいかないわ」

「そうですか。作戦が終了したら、また執務室が賑やかになりそうですね」

「……提督の隣は譲れません」

「私も、少し本気を出します」

 ――ちょっとー、お守り組のこと忘れないでくれない?

 ――間宮さんと伊良湖ちゃんのお菓子で今は皆大人しいです。

 ――長引きそうなら蒼龍と瑞鶴の裸踊りでどうにかします。

 ――ちょっと飛龍!?

 ――何で私まで!?

「……異常無し」

「はい」




 作戦、今のところ順調に進行中。

「薙ぎ払え!!」

「ってぇー!!」

「あら、あらあら」

 轟音が唸り、空気が震え、衝撃が絶え間無く海を揺らす。
 一人で二人を相手取っている大和の砲は、以前霧島と戦った時とは性能がまた向上しており、安定性と速射性が増していた。
 対する長門と陸奥は、真っ直ぐ敵だけを見据える姉とそれを柔軟に補佐する妹という連携の取れた動きを武器に対抗していた。
 一対一であれば大和が十割勝てる勝負だが、現状は七・三。不確定要素次第では一気に形勢を逆転されるかもしれないという状況だ。

(負い目が無い、真っ直ぐな戦い方……どういう形であれ、彼女達にも信念があって今この場に居るということですね)

「――なればこそ、ここで大和が負ける訳にはいきません」

「……陸奥」

「えぇ、分かってる」

 長門と陸奥の装甲を震わす“戦艦大和”の静かながら圧倒する様な気迫。
 砲撃にはより重みが増し、攻撃に転じる隙を与えない苛烈な攻めを見せ始める。

「くっ……だが、私達とて死地を潜り抜けて来たのだ!」

「この程度で退いてちゃ、ビッグセブンの名折れよね?」

 至近弾には目もくれず、多少の被弾をモノともせず、主砲と副砲、機銃が撃てる限り戦うという不退転の意思を二人は見せる。
 止めるには轟沈寸前まで追い詰めなければならない現状――だからこそ、彼女は闇に紛れてその隙を窺っていた。

「っ!? 陸奥!」

「えっ――」




 彼女達が最後に見たのは、一切脅威も恐怖も敵意も感じさせない、気にも留めていなかった三人目の敵だった。

「最初から降参は、してくれませんよね?」

「そんなことは出来ん」

「当然! こんな機会滅多に無いもの!」

「……仕方ありません。一航戦赤城、参ります」

 実のところ、艦娘とこうして真っ向から戦うことになるのがかなり久しぶりな赤城。故に、一つだけ心配があった。
 それは――。

(どのぐらい手加減すればいいのかしら?)

 ――ん゛にゃー!?

 ――真上だと!?

(この後お夜食とか出るんでしょうか……)

 ――那智姉さん! 対空! 対空射撃!

 ――くっ、動きが早すぎる……。

(お茶漬けとかいいですね)

 ――最初からこれだけの数を飛ばしてたっていうの? こんな暗い中で!?

 ――秘書艦加賀以外も空母は全員艦載機という名の魔物を飼っているとは聞いていたが、これ程とは……。

(あっ……そういえば今日は間宮さん達もう寝てましたね……残念です)

 ――カツカレー……足りなかった……かな……。

 ――むしろ……食べ過ぎ……だ……。

(電ちゃんなら作ってくれるでしょうか……)

「――? 第二次攻撃隊は……いりませんよね?」




 赤城、夜食はおにぎりに決めた模様。

続きは年内に、新規艦加入はもうしばらくお待ちください

大変申し訳ありません…年始は書きます、墨塗ります、凧あげます、餅突きます、電回ります、大鳳脱ぎます、嵐が来ます

「提督、明けましておめでとう」

「あぁ、明けましておめでとう大鳳」

「……それだけ?」

 新年らしく着物を着て、普段より大人びた雰囲気の大鳳。
 小首を傾げる仕種も子供っぽさは無く、どこか女性らしさを秘めていた。

「それだけって、何のことだ」

「……お年玉」

「子供かお前は。それより大鳳、若干顔が赤いが大丈――ぶっ!?」

「おーとーしーだーまー」

「浦風! 浦風ぇっ! ちょっとこの酔っ払い引き取りに来い!」

「ふふっ、つかまえた~」

 ていとく は ひっしにもがいている!

 しかし、ぬけだせなかった。

 たいほう の きくずれる!

 たいほう の いろけ が あがった。

 ていとく は さらにひっしにもがいている!

 しかし、たいほうにしっかりとおさえこまれてしまった!

「んー……あつい」

 たいほう の ゆうわく!

 たいほう の いろけ が グーンとあがった!

「浦風ー!」

 ていとく の たすけをよぶ!

 しかし あたりにおおごえがむなしくこだまするだけだった……。

「……わたしのこと、きらい?」

 たいほう の なみだめ!

 こうかはばつぐんだ!

(……最近相手してやれてなかったし、今日ぐらいはいい――)
「――提督さん?」

 押し倒し返した体勢、着崩れて涙目の大鳳、半分脱ぎかけの提督、若干頬が赤らんでいる浦風、導き出される結論は――。

(どう転んでも俺にはハードそうだな……)

 ていとく は めのまえがまっくらになった……。




――――提督、新年早々やつれてるけどどうしたの?(記憶無し)

 ――――……伏兵が居た。

――――う、うちが栄養あるもの作るけぇしっかり食べて元気出すんじゃ!(記憶あり)

甘酒で酔った大鳳、酔わせて酔ったフリの浦風、年始はスッポン鍋の提督でした

「タコアゲ、ヤリタイ」

「オレ、上ガリタイ」

「子供ネ二人トモ……マ、マァ私モ付キ合ッテアゲテモイイケド」

「リトは素直じゃないですネー」

「済マナイガ、頼ム」

「別に気にしなくていいわ、暇してたし」

「先輩先輩、蛸って上がるものなの?」

「ヒィッ!?」

(そういえば昔蛸に絡み付かれて蛸嫌いになってたわね、瑞鶴……)

「レキちゃん、どんな凧にしたの?」

「磯波」

「……え?」

「磯波ガ鏡ノ前デ――」

「ひやぁぁぁぁぁっ!?!?!?」

「ほっぽちゃん、楽しい?」

「ウン、楽シイ!」

「リト、もっと風をうまく掴むデース」

「言ワレ、ナクテモ……分カッテルワヨ!」

(これは暫く見てるだけで楽しめそうネー)




 尚、スイカクがこっそり上げた凧は烏が何故か群がった模様。

「おっそーい!」

「羽子板で土煙上がるような動きするアンタの方がおかしいのよ……」

「はいはーい、曙ちゃんも罰ゲームね」

「く・そ・提・督・ラ・ブっと。うん、良い感じに書けたかな」

「ちょっと時雨! 何てこと書いてんのよ!?」

「何って、本当のことを書いたまでさ。そのまま提督のところに行ってみたらどうかな?」

「しぃぃぃぐぅぅぅれぇぇぇ……」

「シャッターチャンスktkr!」

「っ!? 何勝手に写真撮ってんのよこのバカなみー!」

「朧的には、力作」

「すっごーい、本物の蟹っぽい!」

「筆、くすぐったかったよぉ……」

(いやー新年早々良いもの見せてもらったなー新作は潮ちゃんのちょっとえっちぃのにしよっかねー)



 後日、秋雲をフル装備で追いかける潮の姿が鎮守府で見かけられたそうな……。

・天城『見初められて』 、投下します

天城越えの手順、まず学ランを着て前を開けます、そしておもむろに眼鏡を装着し、テ・イ・ト・クと唱えましょう

きっと明石が修理してくれることでしょう

「――お見合い、ですか?」

「……あぁ」

 執務室に呼ばれた天城に告げられたのは、自分への見合い話だった。
 艦娘に見合い話を持ち込むなど普通ならばあり得ないことだが、相手が相手である為、提督も眉間に深く皺を刻みながら彼女に話すことを決めたのだ。

「当然ながら一般人じゃなくて相手は提督だ。たまたまここへ訪れた時にお前を見かけたらしくてな、その時に……まぁ……一目惚れ、したらしい」

「は、はぁ……」

 突拍子も無い話に天城は困惑した表情を浮かべながら、提督の次の言葉を待つ。

「一応念のために言っておくが、断りたいなら断っていい。それと、相手のことは俺もよく知ってる。生真面目を絵に描いたような奴でな、話を聞いた時は耳を疑ったぐらいだ」

「そんな方が、どうして私を?」

「お前、たまにその辺の建物の裏とかで歌ってるだろ。そこに出くわしたらしくてな、そのまま彼の言葉を伝えるなら、“女神だと思った”そうだ」

「め、女神ですか!?」

 女神と言われ、天城は目を白黒させる。
 言った提督も複雑な心境なのか、そこで一度話すのを止めた。

「えーっと……私はどうすればいいんでしょうか?」

「お前が会ってもいいと思うなら、会ってみるといい。気に入らないなら断ればいい話だ。そもそもそんな気が無いなら見合い自体を断っても構わん」

(お見合い、かぁ……)

「――会うだけ、なら」

「……そうか」

 提督としては断って欲しかったところだが、艦娘の意思を最大限尊重するのが信条である以上、天城が行くと言うなら止めるという選択は彼には無かった。
 ――こうして、前代未聞の艦娘と提督の見合いというものが実現することとなったのだった。

「あ、ああああ天城さん! こうしてお話出来て光栄です! 自分は奥手提督といいます!」

「あ、あはは、ありがとうございます」

(悪い奴ではないんだが……)

(おぉおぉ顔に出とるのぅ、愉快愉快)

(卯月ちゃんにバレたらお説教されちゃうだろうなぁ)

 見合いの席に同席することになったのは、当事者二人に提督、元帥、潮の五人。
 艦娘と提督の色恋沙汰が大好きな老人とそのお付きと被害者達という組み合わせだ。
 奥手提督は見るからに体育会系で、その勢いと体格に天城は若干引き気味になっていた。

「天城さん!」

「は、はい」

「す、す……」

「す?」

「す――好きな歌は何ですか!?」

「えーっと、『ヒカリ』、『空のリフレイン』、『翼』などでしょうか」

「り、りふ? 残念ながらどれも存じ上げませんが、さ、さぞ良い歌なんでしょう!」

 必死な奥手提督、終始苦笑いの天城、こめかみを抱える提督、肩を震わせる元帥、LINEで実況中の潮。
 見合いの席に選ばれた少しお高めな料亭の雰囲気とはかけ離れた空気に、最初に動いたのは元帥だった。

「さて、儂としてはこの縁談がうまくいってくれることを期待しておるのだが、どうじゃお二人さん?」

「お会いして確信しました、やはり天城さんは私の理想の女性です!」

(うーん……悪い人には見えませんけど、そういう風にはちょっと……)

 どう断ろうかと悩む天城、その表情から提督が口を挟もうとした次の瞬間、襖が急に開き一人の艦娘が乱入する。
 その表情はいつも通りそのものだが、手には包丁が握られており一瞬場に緊張が走ったのを誰もが感じ取った。
 そして、いつも通りの口調で一言言い放った。




「天城は私の妹だから、ダメ」

「雲龍姉様」

「何?」

「お見合い、正式にお断りしてきました」

「そう」

「あの方には、少し悪いことをしてしまいました」

「どうして?」

「最初からお断りすることになるだろうとは思ってましたから」

「なら、気にしなくていいと思う」

「でも、包丁持って脅すのはやり過ぎですよ、雲龍姉様」

「脅してない、たまたま手に持ってただけ」

「もう、姉様ったら……でも、何だか少し嬉しかったです。ありがとうございます、雲龍姉様」

「――するなら、提督とすればいい」

「へ?」

「お見合い」

(提督とって……姉様的にそれはありなんでしょうか……)

 つい先日ケッコンカッコカリをして心なしか幸せオーラを漂わせている姉の単純な様で複雑怪奇な思考に悩まされつつも、炬燵で三人で過ごす時間は確かに失いたくないものだと再認識するのだった。




――――……ずいかくしぇんぱ~い……むにゃむにゃ……。

 ――――この子の面倒を見るのも、一人だと大変。

――――ふふっ、確かに心配ですね。

~奥手鎮守府~

「今回は残念じゃったのぅ、まぁお前さんなら良い相手が必ず見つかるはずじゃて」

「爺さんの言う通りだ、お前はもう少し視野を拡げて周りを見てみろ」

「周り……ですか……?」

 断られて意気消沈している奥手提督の元を訪れた二人。
 その二人に言われ、彼は自分の周囲に居る女性の顔を思い浮かべる。
 未だに面と向かって会話が出来ない秘書艦羽黒、常に一定距離を保ち決して近付いて来ない不知火、話し掛けると十歩飛び退く名取。

「……魅力的だと思える者は居ますが、自分に縁があるように思えません」

「ほぅほぅ、魅力的だと感じる艦娘はここに居るんじゃな?」

「……わざとらしいぞ、爺さん」

 執務室のドアの向こうに聞こえるように声を強めた元帥に呆れた声を漏らしつつも、提督自身も心の中で頑張れよと三人の艦娘にエールを送るのだった。




――――艦娘は提督に似るなんて迷信があるが、強ち間違ってないのかもしれんな。

 ――――雲龍姉様が自由過ぎるのは提督に似たのでしょうか?

――――俺はあそこまで自由人になった覚えはない。

「とおぉぉぉ~」

「熊野、その掛け声気が抜けてタイミングズレそうなんですけどー」

「し、自然に出てしまうのですから仕方ありませんわ」

「集中しないとホントに手を突かれるよ鈴谷」

「これがホントのお手突き、ですわ」

「ちょっと三隈~笑わせないで――」

「とおぉぉぉ~」

「~~っ!? いっったいし~!」

「ご、ごめんなさい鈴谷。大丈夫ですの?」

「ボク、明石さんに高速修復軟膏貰ってくるよ」

「三隈ももがみんについていきます」

「正月早々こんなのマジであり得ないんですけどぉ……」

「よ、よそ見をした鈴谷もいけませんのよ?」

「変な声出す熊野が悪いに決まってんじゃん。うっわ、腫れてきたし」

「……本当に、ごめんなさい」

「――ぷっ」

「す、鈴谷?」

「この程度で腫れる訳無いじゃん。鈴谷の演技力も大したもんでしょ?」

「演技……そうでしたの。大したことなくて、本当に良かったですわ」

「へっ? いや、そ、そうだし、杵で百発殴られたって鈴谷は平気だよ」

「――じゃあ、試してみてもよろしくって?」

「・・・え?」




「軟膏貰ってきた……よ?」

 ――とおぉぉぉ~!

(三隈ももがみんとあんな風にもっと仲良くなりたいですわ……)

 ――ちょっ、うわっ!? 頭にフルスイングはマジでヤバイんですけどぉ!?




 実は本当に腫れてて箸が握れずあーんされる鈴谷は、また、別のお話。

「ハラショー、これはいいな」

「だかりゃあ、あかちゅきが一番ってこちょよね?」

「いかずちだもん……かみなりじゃないもん……」

 平気なヴェールヌイ、完全に呂律の回らない暁、涙目で普段は見せないような弱気な姿を見せる雷。
 駆逐艦娘に甘酒を振る舞っていた間宮が気付いた時には遅く、食堂は大惨事になっていた。
 実は厨房もこの時甘酒を味見した伊良湖の暴走で大変なことになっていたのだが、間宮は知る由も無い。

「あっ、陽炎ちゃんに吹雪ちゃん! 二人は平気――」

「なーにー? あたしとーヒック、おはなししたいのー?」

「はい! 吹雪は平気れす!」

(じゃ、ないみたいね……他に大丈夫そうな子は……)

「んふふっ、酔うと皆こんな風になるのね、んふ、んふふ」

「ビスマルク、重いよ、起きてってば……」

(早霜ちゃんは大丈夫……大丈夫なのよね、アレ。レーベちゃんは何故かビスマルクさんに押し潰されかけてるし助けないと)

 あたふたする間宮さんの死角、そこで今行われようとしているある遊び。
 それは――。

「ぐへへーよいではないかよいではないかー」

「や、やめてよぉ漣ちゃん……」

「ほんのり上気した肌、嗜虐心をそそる涙をうっすらと溜めた目、着物の緩んだ胸元から見える豊かな双丘、これを放置する手があるか? 否、否ですよ潮!」

(ダメだ……漣ちゃん完全に酔っちゃってる……)

 ※平常運転です。

「秋雲ちゃん、目が怖いのです……」

「はぁ……はぁ……ちょこっとだけ、ちょこっとだけスケッチのネタにする為に回すだけだから……」

「はにゃー!?」

 甘酒が苦手で飲まなかった為酔わずに済んだ電。しかし、それが却って彼女に不幸を招いた。
 ある種のリミッターを外す作用が例の物には入っているらしく、今の秋雲から逃げるには戦艦クラスの力が必要だったのだ。
 そして、後日イラストを描こうとした彼女は当然以下略である。




 主犯卯月:背中に辛子を塗られ、六十度の熱湯で軽く茹で兎にされる。尚、全然懲りていない模様。
 共犯時雨&谷風:節分の豆を艦娘全員分(提督から見た)年齢だけ小袋に分けていく作業の手伝い。尚、金剛の袋に百以上入れてあげた模様。
 潮&電本:検閲により販売差し止め。

一月は正月です

タイトル変更

・村雨『彼女の見付けたもの』、投下します

事務員は五月雨

 それは明確にそうだと思わせる決定的な要因が存在するものではない。
 ふとした時に、何となく、個人の価値観に基づいて、その人物はそうであると判断されるものだ。
 故に、彼女がそうなったと提督が判断したことに、全ての人間が納得するような答えは存在しないのである。




「――“村雨の、ちょっと良いとこ、見せたげる”、だったか?」

「ちょっ、やめて、思い出すと恥ずかしくなっちゃうからー」

「まぁ確かに見せてはもらったが」

「……今思うと、提督って結構変態だったり?」

「誰が変態だ、艦隊戦の話に決まってるだろ」

「ふふっ、ちゃんと分かってるってば」

「どうだかな」

「――ねぇ、提督」

「何だ?」

「艦娘に関する法律が出来るかもしれないって、ホント?」

「……そういう動きがあるのは、確かだ。艦娘を人間と変わらない存在として認識している人間が増加している一方で、やはり違う存在だと主張する人間もいる。戦時化とは違って今や街中を艦娘が好きに出歩くのが黙認された現状で、国としては何か大きな問題が無い今のうちに作ってしまいたいんだろう」

「提督は……どう考えてるの?」

「悪いことすりゃ裁かれる、何もしてなけりゃ裁かれない、例えそうなったとしても何の問題もない。――表向きは、だろうけどな」

「……」

「それで? こんな話を俺にしたのはどうしてだ?」

「ふふ~ん、ヒ・ミ・ツ」

「ほぅ、俺に隠し事か」

「乙女に秘密は付き物よ?」

「乙女って程ウブでもな――痛っ!?」

「ん~?」

「ムラサメハオトメダナー」

「よろしい!」

(はぁ……やりたいことを見付けたのを喜んでやるべきなのか、わざわざそんな地雷源みたいな場所に飛び込むのはやめろと言うべきなのか……まぁ、後者を俺が言うわけにはいかんか)

「提督」

「ん? 何だ?」

「――村雨の、ちょっと良いとこ、また見せたげる!」




 ――はいはーい、こちら村雨艦娘相談所よ。今日はお姉さんにどんな相談かしら~?

・速吸『時給850円』 、投下します

バイト艦速吸

「提督さん、仕事を下さい!」

「アイドルマッサージ屋喫茶店メイド喫茶パン屋服飾万屋夜警監視員イベント運営委員その他好きなものを選べ」

「一番時給の良い場所でお願いします!」

「いや、うちに時給制度は無いんだが……」

「じゃあ、賄いのあるところで」

(一体どういう生活してきたんだコイツ……)

「とにかくまずは喫茶店に行ってこい、責任者の金剛には俺から話を通しておく」

「ありがとうございます! ところで提督さん、段ボールと新聞紙ってどこでもらえますか? ジャージ一枚だと流石に寒くって……」

「・・・ちょっと待ってろ。荒潮、至急執務室まで来い。繰り返す、荒潮は至急執務室まで」

「あっ、後この辺で食べられる野草がいっぱい生えてるところとか知りませんか? それと、寮って家賃はどのぐらいなんでしょう?」

「野草については詳しい奴が――ってそうじゃない。お前にはまず一般的な生活ってのを教えてやる」

「は、はぁ……」




 仕事の前に衣食住の問題が無いことや施設は自由に使用出来ること、補給用燃料は誰も狙っていない等の説明に小一時間かかりました。

「よろしくお願いします!」

「よろしくデース」

「カレー担当の比叡です! カレーの事なら任せて!」

「フロア担当の榛名です。分からないことがあれば榛名に聞いてくれれば大丈夫です」

「経理と会計担当の霧島です」

「それで、私は何をすればいいんでしょうか?」

「榛名と一緒にフロアをお願いしマース」

「了解です!」

「後、一つ聞いておきたいのですが、貴女は何か特技は持っているかしら?」

「特技ですか? 特技なのかはちょっと分かりませんけど――」




「三百八十七グラム」

「こっちはどう?」

「二百四十五ミリリットル」

「……えぇ、どちらも量ってみたけど正しいわ」

「ひぇー……」

「面白い特技デスネー」

「元々は給油して減った分をすぐに確認出来るようになればいいなって思ったのがきっかけなんです。量り売りしてたので」

「は、量り売り? 燃料の、ですか?」

「結構需要はあったんです。戦争が終わって廃業になっちゃいましたけど……」

「ちょっと地味ですけど、これはこれでありかと」

「グラムでしっかり管理出来るのは良いデスネー」

「お客様に合わせて量を調節しやすいです」

「あのー……」

「どうしたデース?」

「この特技で賄いが豪華になったりしますか?」




 速吸の賄いはカレーにトッピング三品まで自由となりました。

今回は8時から三つ、19時から三つリクエストを受け付けます

未着任は瑞穂、高波、朝霜、グラーフ、海風です

・春雨『始めてのお出かけ』

・五月雨『雨』R-18

・陸奥『本気の遊び』R-18

・鳳翔&葛城『二日灸』

・間宮『ご飯を食べてくれるということ』

・赤城『ある冬の日のこと』

以上六本でお送りします

R-18って一番先のみが採用でそれ以降は繰り下げじゃなかったっけ?

>>276
自分で書いてて自分で忘れてました…

今回は前回ほど遅れないと思うので朝潮『いぬのきもち』を追加します

次回からは繰り下げで対応します

ご指摘ありがとうございました、以後気を付けます

・春雨『始めてのお出かけ』 、投下します

春雨ノ…海ニ…沈ンデ…イキナサイ(グルグル目)

 トレードマークの白い帽子を片手でおさえながら、彼女は彼の元へと駆けていく。
 待ち合わせはヒトヒトマルマル、鎮守府を出たのがヒトヒトマルマル。
 どこでもドアでも持っていない限り、鎮守府の前が待ち合わせ場所でもなければ確実に遅刻である。

「――し、司令官! 遅れてごめんなさい!」

「別に急ぐ用も無いし構わんさ。どっかの古鷹型みたいに三時間寝坊されたら流石に怒るがな」

「服がなかなか、決まらなくって……」

「とりあえず一回息を整えろ、通行人が思わず振り返る走りっぷりだったぞ」

「だって、楽しみに、して、たから……ふぅ~……」

 深呼吸をしてようやく落ち着いたのか、春雨は乱れた髪を手で軽く整え、にこりと微笑む。
 そこにある真っ直ぐな好意は誰から何度向けられても気恥ずかしくなるもので、提督は視線を逸らし、代わりに手を差し出した。

「行くか」

「はい!」

 飛び付くように握られた手。“白露型は犬だ”と誰かが言っていたのは強ち間違いでもないと思いながら、白い帽子に視線を落とす。
 今日はその中に住人は居らず、完全に二人っきりだ。

「――? 司令官、どうしたんですか?」

「いや、なんでもない。それより今日はどこへ行きたいんだ?」

「あの、実は前から気になっていたのになかなか行く機会が無かったお店があって……」

「そうか、じゃあとりあえずそこから行ってみるか」

 淡い桃色のセーター、赤のチェックスカート、可愛らしいショルダーポーチ。
 きっとそれらのどれか一つには二人で選んだものが含まれており、お気に入りなのだろうと提督は考える。
 ここには居ないその子の“ドウダ、可愛イダロ?”という声が聞こえた気がして、彼はなんとなく帽子をぴょこぴょこさせながら横をついてきている春雨の頭を繋いだ反対側の手で撫でた。

「ひゃうっ!? 急にどうしたんですか?」

「いつもは撫でようにもアイツが居るから今撫でてみた」

「びっくりしちゃいますからいきなりはやめてください」

「その割には嬉しそうだが?」

「それは……そうですけど……」

 帽子を少し下に引っ張り、目を隠す春雨。
 そんな仕種も可愛らしいなと思いつつ、目的地への道中そんな他愛もないやり取りを彼は繰り返すのだった。

「――なぁ、春雨。ここか? 本当にここか?」

「はい、ここです」

「そ、そうか……」

 思わず念入りに確認をしたくなる店構え、内装、メニューの数々。
 おおよそデートには似つかわしくないその店で、春雨は目を輝かせていた。

(春雨丼? 春雨巻き? メニューから料理の想像が出来ん……)

「司令官はどれにしますか?」

「えっ、あぁ、うん、春雨はどうするんだ?」

「悩みましたけど、やっぱり春雨丼と麻婆春雨に決めました」

(何をどう悩んだか具体的に教えてくれれば参考になりそうなんだが、さっぱり分からん……)

 こういった場面で同じものを頼むのがタブーであることぐらい提督も重々承知している。
 しかしながら、挑戦し尚且つ春雨も喜びそうなメニューがどれかなど彼には見当も付きそうになかった。

(えぇい、こうなったら適当に指して決めてやる!)

「じゃあ――これで」




「お待たせしましたー春雨丼に麻婆春雨、春雨焼きでございまーす」

 注文した料理がテーブルに並び、春雨は姉妹に見せるのだとスマホを構える。
 その撮影の間に提督は料理の材料などを推察する。

(春雨丼は春雨を中華餡と絡めてご飯の方にも調理が施されてる感じか。春雨焼きは……何だこれ、モチーフはたこ焼きか? 周りは春雨なんだろうが焼いてるから中身が見えん……)

「司令官、もう大丈夫です。早く食べないと冷めちゃいますよ?」

「あ、あぁ」

 言うや否や春雨丼に箸をつけ始める春雨。その様子をジッと見つめながら、彼女の反応を待つ。
 一口、二口と口の中に消えていく春雨丼。その度に溢れる笑みが、味を雄弁に語っていた。

(美味いのか、アレ。ならこれもきっと大丈夫なんだろうな……多分)

 恐る恐る、一口大の丸い物体を口許へと運ぶ。そして、意を決して口の中へ放り込んだ。

「司令官、どうですか?」

「カリカリの春雨の層とプチプチとした春雨らしい食感の層、最後にトロリとしたピリ辛のあんが口の中に広がって、面白いな」

「美味しそう……春雨も一つ食べたいです」

「あぁ、ほら」

 皿を春雨の方に近付ける提督。しかし、何かを考えるような素振りを見せた後、もじもじとしながら彼女は箸を置いた。

「……あ、あーん」

「……」

 ――この時、提督の頭を過ったのは朝潮に待てをした時の反応だった。

――――デートハドウダッタ?

 ――――……司令官が意地悪だった。

――――フーン? ソレハ良カッタナ。

 ――――良くないよぉクーちゃん……。

リアルシュラバヤ沖海戦中なのでまた遅れます、本当に申し訳無いです…

日曜日には確実に更新します




加賀さんが艦これ改で初正規空母でした

「大淀、五十鈴は?」

「イオナ級の潜水艦が出たら行くそうです」

「アイツは良い勝負しそうだからな……」

「ちょっと待って、いくらなんでも積みすぎじゃない!?」

「マスター、爆雷とソナーガン積みはロマンです」

「身体にくくりつけられても発射出来ないんだけど!?」

「ヴェールヌイ、出撃する」

「やめてヴェールヌイちゃん、この艦隊ツッコミが少ないからウォッカ置いて早く爆雷持ってきてー!」

「吹雪、そういう君も寝巻きだよ? 良いボケだね」

「皆準備おっそーい!」




一時間後、こんな艦隊に海域は攻略された

「日向ー対抗して瑞雲ガン積みしなくていいからねー」

「タービンガン積みのお前には言われたくないな」

「ご飯を回収しに行くっぽい?」

「ご飯を回収したらお茶ですねー」

「何で北上さんと一緒じゃないのかしら、編成が悪いのよ……」

「艦戦ガン積み? いいけれど」




鎮守府にガン積みブーム到来中

 泣くことを忘れ、怒ることを忘れ、悲しいを忘れ、楽しいを忘れた。

 消耗品に感情はいらない、そう司令官は言った。

 だから、ただ毎日深海棲艦と戦った。

 ある日、司令官は捕まった。

 次はどこの海域へ行けばいいか捕まえに来た人に尋ねたら、暫く戦わなくていいんだよと言われた。

 その後、連れて来られた鎮守府で言われた通り部屋で次の戦いを待った。

 ――それは、雪の降る寒い冬の日の事だった。



「弥生、あの時凄く寒かったよ」

「部屋にずーっと引きこもってたらキノコが生えちゃうぴょん。だから換気してあげただけぴょん」

「雪玉、投げられた」

「手が滑っただけでぇーっす!」

「……怒ってないから、ちょっとそこに座って」

「うーちゃんは賢いから騙されないぴょん、弥生のその顔は怒ってる時の顔だぴょん!」

「怒って、ないよ?」

「絶対絶対ぜーったい怒ってるぴょん!」



 弥生には特別な思い入れのある曲がある。
 泣き顔でもなく、鉄パイプも持っていなかったけれど、彼女にとっては、卯月こそが笑顔を再び取り戻すきっかけを与えてくれた存在だった。



――――トラブルメイカーの方が合ってそうだがな、アイツの場合。

 ――――卯月は誰かの笑顔が無いと死んじゃうって言ってたよ?

――――やれやれ……本当に厄介な兎だな、お前の妹は。

 ――――睦月にとってはただちょっとイタズラが好きな可愛い妹なのですよー。

むっちゃんはもう少しお待ちください、長くなりそうです

・陸奥『本気の遊び』R-18 、一部投下します

ときめきの導火線に火が点いた

 艦娘として生まれた宿命の一つに、人から向けられる様々な視線に晒されるというものがある。それは一般人からに限らず、提督も例外ではない。
 下心を秘めた下卑た目、人ならざるモノに怯えた目、一線を引いた無機物を見るような目、その強大な力を自分のモノにしたいという目。
 当然、優しく暖かい視線を向ける人間も中には存在した。
 ――だが、本当に彼女が求めていたモノはそれだけでは足りなかったのだ。




「本日付で着任した戦艦陸奥よ、よろしくね」

「あぁ、よろしく頼む。加賀―……は瑞鶴に付き合って買い物だったか。吹雪も今日は遠征に出てたな……。ちょっと待っててくれ、鎮守府の案内に今呼んで大丈夫そうな奴が居ない」

「それはいいんだけど、大丈夫ってどういう意味?」

「干からびるまで遊びに付き合わされるか、潰れるまで酒に付き合わされる」

「あ、あらあら……」

「――よし、じゃあ行くか」

「もしかして、提督が案内してくれるの?」

「あぁ、書類が一向に減らないんでな、気分転換ついでだ」

(確かに凄い山ね……どうしてこんなにあるのかしら)

「――回ってれば分かる」

「っ!?」

「じゃあ行くぞ、どこか優先的に見たいところはあるか?」

「そ、そうね……これから住む寮を先に見たいわ」

「分かった、お前が望むなら長門も居るから同室にもしてやれるぞ」

「あら、そうなの? でも、その辺はまず会ってみてから決めたいわね」

「多少変わり者だが、悪い奴ではないから安心しろ」

(……噂には聞いていたけど、本当に問題を起こした艦娘の墓場みたいなところなのかしら。もしここから二度と出られないのなら、長門とは仲良く過ごせるといいんだけど……)




 部屋で島風の抱き枕を抱き締めながら昼寝をしていた長門を見て、変わり者だが一緒に暮らして問題は無いとこの時の陸奥は何故か判断した。

「――そういえば、私の話は聞いてるんでしょ?」

「ん? あぁ、原因不明の第三砲塔爆発の話か。勿論聞いているが、それがどうした」

「こんな風に私が自由に歩き回っても大丈夫なの?」

「おかしなことを言う奴だな、ここはお前の鎮守府だぞ。一々鎮守府内で移動に許可申請なんぞ必要だったら面倒で仕方がない」

「……もし、急に爆発して貴方が巻き込まれたらどうするの?」

「俺がベッドで転がってても加賀と吹雪が居れば大抵問題ない」

「死ぬかもしれないわよ」

「死んでる暇なんぞない、まだやることが山程残ってるんでな」

「……変わってるのね、貴方って」

「俺は至って普通だ」

「ふふっ。――ねぇ私と火遊び、してみない?」

「……遠慮しておく」




 ただただ普通の扱いをされたことに、ただただ普通の反応が返ってきたことに、胸の奥で今にも消えかけていた火が再び勢いを取り戻すのを彼女はその時感じた。
 その火は戦いが終わってからも消えることはなく、遂に提督の導火線にも火を点けたのだった。

「うっひゃーやっぱすっげー」

「こんな格好をするだけでいいの?」

「うんうん、いやー雲龍さんスタイル的にもバッチリだし捗るわー」

「何だかよく分からないけど、新しい包丁お願いね」

「秋雲さんにまっかっせなさーい。で、それどんな包丁?」

「これ」

「……ん?」

『最高級包丁、百年研がなくても大丈夫! 二百九十八万円』

「はっは~いやそんなまさか」

『二 百 九 十 八 万 円』

「……う、雲龍さ――」

「包丁、お願いね」

「アッハイ」




 一ヶ月後、満足そうな雲龍の前で真っ白に燃え尽きた秋雲の姿があったそうな。

更新する時間ががが…

雲龍さんは某シリーズの先生(抜剣状態)コス

木曜日更新予定

・朝潮『いぬのきもち』、投下します

 誰からも許された訳ではない一人の散歩。
 宛もなく、ただ足の赴くままに街を歩く。
 その足がとある店の前で止まったのは、見慣れた顔を見付けたからだった。

「――朝潮、何してるんだ?」

「っ!? し、司令官?」

「何をそんなに驚いてるんだよ。見てたのは、コイツか?」

 ――わんっ!

「犬、好きなのか?」

「別に好きかと聞かれるとそこまでではないのですが、この子は何故か気になってしまって……」

 ――わふぅ……わふっ!。

(そう言われると確かにどこか気になるな、この犬)

 少し眠気が来たのかあくびをして一度頭を下げるが、気合いを入れるように吠えてしっかりこちらを見つめてくる雑種らしきもふもふの犬。
 朝潮に話を聞くと、誰かが近寄ってくると去ってゆくまでこうしてジッとこちらを見つめてくるそうだ。

「まだまだ遊び盛りでそんな訓練も受けてそうには見えないんだがなぁ……」

「この子自身の性格なのかもしれません」

 誰に言われた訳でも教えられた訳でもなく、自然とそうしてしまう。
 その姿が誰かと重なって見え、気になった原因が何であるか理解する。

(待てって言われたら餓死するとしても食わなそうだな……)

「――司令官? 私の顔に何かついていますか?」

「目と鼻と口がついてる」

「?」

 真剣に考え込もうとし始めた朝潮の頭を撫でつつ、値札を見た。
 小言が何方向かから飛んでくる程度で済むゼロの数がそこには並んでおり、財布の中の諭吉で足りるかを頭の中で確認した後、念のために確認をする。

「――コイツ、飼いたいか?」

「あら~」

「もふもふ尻尾に小さい身体、可愛いです」

「……んちゃ」

「一言の相談も無しに買ってきたの?……まぁ、いいけど」

「可愛いわねー朝雲姉ー」

「か、噛んだりしないわよね……?」

「名前は綿雲です。皆、出来る範囲でいいので飼うのを協力してもらえないでしょうか」

 それぞれ肯定的な返事を口にし、朝潮はほっと胸を撫で下ろす。
 当の本人(犬)はというと、誰の方を向けばいいのか判断がつかず、グルグルと部屋の中心で回っていた。

「綿雲、今日からここがあなたの家です。明石さんが外に犬小屋も作って下さるそうなので、楽しみにしてて下さい」

 ――わんっ!

 雰囲気からようやく自分の主人を朝潮と判断し、綿雲は彼女の方を向いて一度鳴く。
 そして、抱き上げられると糸が切れたように静かに寝息を立て始めるのだった。




――――全く、何でこんなところに来たのかしら……。

 ――――わふ?

――――っ……す、少しだけだからね。




 世話の頻度は意外にも満潮が高い模様。

・鳳翔&葛城『二日灸』、投下します

鳳翔さんだって女の子…子?

更新遅れていて申し訳ない

「鳳翔さん、あの……初めてなので、優しくして下さい」

「えぇ、最初は少し戸惑うかもしれませんけど、すぐに気持ち良くなりますから」

(……何かいかがわしく聞こえるのは青葉がおかしいんでしょうか?)

「んっ……ちょっと、ムズムズします」

「あまり動くと危ないですよ」

「うんうん、動くと危ないから我慢して下さいね天城さん」

(主に撮影的な意味で)

「お灸を据えるのなんていつ以来かしら。懐かしいわ……」

「こんなことも出来るなんて、やはり鳳翔さんは皆さんが言うように凄い方なのですね」

「ふふ、ちょっと皆より長生きなだけよ」

(そういえば、鳳翔さんって艦娘になって何年になるんだろ……)

「それじゃ火を点けますね」

「何だか、緊張してきました……」

「大丈夫です、私達の肌ならそうそう火傷にはなりませんし」

「そもそも艦娘にお灸を据えて意味があるんですかねー」

「桃の節句や端午の節句、そういったものと同じですよ。私達が艦娘だからこそ、こういったことを疎かにしてはいけません」

「艦娘だから、か。青葉、ちょっと目から鱗が落ちた気分です」

「やっぱり、鳳翔さんは凄い方です」

「あらまぁ、二人ともおだてても何も出ませんよ?」

「――そういえば、司令官には二日灸してあげないんですか?」

「……提督に、ですか」

(あら? 鳳翔さんの様子が急に……)

「ここのところ店に顔をお出しになりませんから、便りが無いのは良い便りと言いますし、あの人には必要ありません」

「ソ、ソウデシタカー」

(こ、心なしかお灸から感じる熱が増したような……それに、背中になんともいえない重い空気を感じます……)

「新らしく着任する子も次々と増えていますし、仕方ありません。私の店で憩う暇も無いのでしょう」

「あ、あの~非常に恐縮ですが青葉はこれから取材の記事をまとめないといけないので失礼しまーす!」

「青葉さん、まだ途中――で、出ていってしまいました……」

「そういえば、加賀も最近めっきり顔を見せなくなりましたね。龍驤も忙しそうでしたし、時折誰も来ない日も……」

(……私、お灸が終わるまでこの話を聞かなければならないのでしょうか?)




 健全な精神は健全な肉体に宿るというが、病は気からともいう。
 天城の話を聞いた鎮守府の面々が鳳翔の店へ通う頻度を増やしたのは、言うまでもない。

今見直して気付いた、葛城と天城間違えてた…後日別で一つ書きます…遅れた挙げ句に間違えていて申し訳ありませんでした

・間宮『ご飯を食べてくれるということ』 、投下します

待つことも戦いである

「――間宮さんは、どうしてここへ?」

 不意に伊良湖ちゃんにそう聞かれた私は、少し昔を思い出しました。
 私、給糧艦『間宮』もご多分に漏れず、他の鎮守府からここへ流れてきた、いわゆる訳あり艦娘でした。
 以前、お世話になっていた鎮守府でも私の料理や甘味は皆さんに喜ばれていました。
 戦いの疲れを少しでも癒せるよう、自分に作れる最高のモノを作り続ける日々でした。
 でも、いつしか私は――。

「本日付でこちらの鎮守府にお世話になることになりました間宮です。よろしくお願いします」

「あぁ、よろしく頼む」

「あの、こちらの鎮守府では食事は……」

「今うちに居る艦娘の六割程度は料理が出来る。その中で一週間の当番を決めて回してる形だ」

「そう、ですか」

「お前に関しての話は聞いている。――が、働かざる者食うべからず、だ。洗濯や掃除、食料の調達なんかはしっかりやってもらうぞ?」

「調達、ですか? 配給されるんじゃ……」

「“働かざる者食うべからず”、まだまだここは戦果もろくに挙げていない鎮守府だ。それ相応の量しか配給されないんでな、食い扶持だけは多いし足りないんだよ」

(そこまで逼迫した状況で、どうして私を受け入れてくれたんでしょうか……)

「とにかく、家庭菜園もどきやその辺に生えてる野草なんかも立派な生命線だ。しっかり頼むぞ」

「は、はい!」

「吹雪ちゃんは秘書艦、なのよね?」

「はい、そうですけど」

「秘書艦も当番に組み込まれてていいの?」

「はい! 少しでも皆が過ごしやすくするのも秘書艦の務めですから!」




「白雪ちゃん、今日は掃除当番の日なの?」

「いえ、少しここが汚れていたので拭いていたんです」




「よい、しょ……ふぅ」

「初雪ちゃん、せめて部屋まで布団運んでから寝ましょ? ね?」




「深雪スペシャルカレー、一丁上がり!」

「も、もう少し具材を小さく切った方がいいんじゃないかしら……」




「ひゃあぁぁぁぁぁっ!?」

(農薬、使ってないものね)

「どうだ? ここでの暮らしは」

「大変、という言葉しか浮かびません……」

「ははは、まぁ間宮が着任する鎮守府なんて基本的にはどこも戦いに集中出来る環境が整ったところだろうからな。料理以外の家事をやらされる経験なんぞ今まで無かっただろ」

「“『給糧艦』の作る食事は艦娘にとって他の艦娘や人間の作るそれに無い何らかの疲労回復と高揚効果がある”。だからこそ私達は戦えないながらも重用されています」

「大半の艦娘はそれを知らん。美味しい料理や甘味を作ってくれる非戦闘用員艦娘、その程度の認識だ」

「……何故、ですか?」

「何故、とは?」

「何故、私をここへ?」

「評判の良い間宮が居て、どこも受け入れない。そりゃ喜んで受け入れるだろ」

「今は料理が作れなくても、ですか?」

「それのどこに問題がある」

「どこに、って……」

「“調理”という工程に関わる作業をすると強烈な吐き気に襲われる、そこにどんな理由があるかは今の俺には分からん。だが、また作りたくなるかもしれないだろ」

「……めて」

「ん?」

「やめて、下さい……私には、もう無理なんです……」

「そうか。なら、この話はこれで終わりだ」

「そう、ですか……では、荷物を――」

「じゃあ、明日からも頼んだぞ」

「……え?」

「最初に言っただろ、働かざる者食うべからず、だ」

「どう、して?」

「どうしてって、タダ飯ぐらいを置くほどうちに余裕が無いのは見れば分かるだろ。それに――そこの当番表、また組み直したら遠征やら何やらの予定まで変えなきゃならんから面倒だ」

(包丁……最後に握ったのは、いつだったかしら)

「――アレ、間宮さん?」

「あぁ、吹雪ちゃん。料理当番?」

「はい、今日はきのこカレーです!」

「……ねぇ、吹雪ちゃん」

「はい?」

「提督は、どうして私をここへ呼んだんだと思う?」

「ん―……私達の司令官がお人好しだから、じゃないでしょうか」

「お人好し?」

「那珂さんはアイドルになりたいそうです」

「・・・・・・え?」

「加古さんは一日十二時間以上寝たい、北上さんは改装したくない、由良さんは単装砲しか積みたくないそうです」

「それは、許されることなの……?」

「普通は絶対に許されないと思います。でも、司令官ですから――あっ、そこのマイタケ取ってもらえますか?」

「上からは何も言われないの?」

「そういう艦娘達を受け入れる場として黙認されてる、って司令官が言ってました。叢雲が“艦娘は捨て猫じゃないんだからほいほい拾ってくるんじゃないわよ!”ってこの前怒ってましたけど。戸棚からカレールウ、お願いします」

「カレールウ……あった、これね。でも、那珂ちゃんや他の皆も普通に出撃してるのよね?」

「そうですね、何か特別な事情が無い限りは全員持ち回りで出撃してますよ。――うん、こんな感じかな」

「やりたいことがあったり、嫌なことがあってここへ来たのなら、皆はどうしてあんな平気な顔で出撃しているの?」

「それは……私達が艦娘だから、だと思います。守りたいものがあって、帰りたい場所があって、戦う力を持ってる。“アイドルになったって、ファンが居ないと意味無いよ!”って那珂さんは言ってました」

「……ねぇ、吹雪ちゃん。いつもの食事に知らないうちに戦うための薬が入っていたとしたら、食べたくなくなる?」

「そんなの、私だって料理を作る時は毎回入れてますよ?」

「入れてるって、何を……?」

「薬とはちょっと違うかもしれませんけど、とっておきの隠し味です。ほら、よく言うじゃないですか。――“料理は愛情”って」

「間宮さーん、オムライスお願いします」

「あら吹雪ちゃん、いらっしゃい。ちょっと待ってね、すぐ作るから」

「食べたくなって自分で作ろうかと思ったら、冷蔵庫に玉子が無くて……」

「ふふ、たまにでいいからこうして食べに来てね。最近皆料理出来る子ばかりになっちゃったから赤城さん以外あんまり来なくなっちゃって……」

「間宮さんの料理だとついつい食べ過ぎて体重計に乗るのが怖くなるから、って皆言ってますよ」

「当然です。だって私の料理には隠し味がたくさん入ってますから」




――――愛が重い女とはまた言い得て妙だな。

 ――――提督、給糧艦に練度が無くて良かったですね。

――――……最近、昔ほど食えなくなってきてるんだが。

 ――――お残しは許しません。

そう言えばみんな何かしらの問題があったからここに来たんだろうけどその理由は安価取らないと語られないのかな?

>>354
安価+気分でたまに書きます


内容的に夜戦シーン抜きでも引っ掛かるから移転も已む無しですね

 ――背中に、暖かい感覚が広がる。冷えた身体に染み渡るようなその暖かさは、とても気持ち良い。
 全身から滴る水で床が濡れるのも構わず、タオル片手に迎え入れてくれた鳳翔さん。
 何かあるとここへ何故か足が向くという人が多いのも、分かる気がする。

「……ねぇ、鳳翔さん」

「何?」

「瑞鶴先輩に、私じゃ近付けないのかな」

「どうしてそう思うの?」

「演習の相手をしてもらえばしてもらうほど、先輩の凄さがはっきり分かったの……」

 ただ憧れるだけじゃなく、必死に近付こうとしてはみたけれど、あまりに道は遠く険しく、果てしなかった。
 掠りもしない攻撃、その反対に回避を許さぬ的確な爆撃、何度となく繰り返される同じ結末。
 いずれは憧れの先輩に届くかもしれないというのは甘い考えだった、そう口にする私を見て、鳳翔さんは何かを思い返すような素振りを見せた後、微笑んだ。

「私が知っている子も、今の葛城みたいに一人の艦娘に認めて欲しくて何十回、何百回と挑んだの。相手した子も頑固で、挑まれたからには手は抜かないって全力で相手をしていたわ」

「その人は、結局どうしたの? 挑むの、諦めちゃったの?」

「諦める、なんて言葉はその子の辞書には無かったみたい。何度敗北を重ねても、天と地ほどの差があっても、いつかは追い付いて認めてもらえるようにって頑張っていました」

「……追い付けたの?」

「追い付いた、と私が判断することは出来ないですけど、少なくとも認めてはもらえたんじゃないかしら」

「ふーん……そうなんだ」

 お風呂で暖まるのとはまた違った熱が身体を巡り、その心地好さに澱んでいた気持ちもスーっと晴れていく。
 きっと私が憧れている人に少しでも近付くには、ここで立ち止まっている場合じゃない。

「――ん~よしっ! ありがとっ鳳翔さん。すっごく元気になった」

「ふふっ、頑張ってね」

 優しいその笑顔に見送られながら、いつの間にか晴れ間を覗かせている空の下に出ていく。
 きっとまだまだ先輩には届かないけれど、何度だって挑み続けよう。鳳翔さんの話してくれた人のように、認めてもらえる日がくるその時まで。

「良い教え子が出来ましたね」

「慕ってくれるのは嬉しいけど、教えるなら私より適任が居ると思うんだけどなぁ……」

「あの子の理想はあくまで貴女であって、他の誰でもありません。それを否定してはいけませんよ」

「それは分かってるんですけど……何かこう、背中がむず痒くて」

「あら、背中に蜘蛛が」

「くっ、蜘蛛!? 鳳翔さん、早く取って、取ってー!」

「あらあら、あんまり動くと灸の火が燃え移ってしまうからジッとして」

「本当に足がいっぱいあるのは無理なんですってばー!」

・赤城『ある冬の日のこと』、投下します

何事にも全力

 一つ、また一つと籠から消えていく炬燵のお供。
 その消えていく先をぼんやりと眺めていると、目が合った。

「あの、何でしょうか?」

「いや、別に」

 こちらとみかんの間で暫し視線をさ迷わせた後、再び食べ始める赤城。
 皮を剥き大きく四つに割った後、一つ一つに分けて口に運んでいく。
 白い筋と袋は剥かないまま食べている為、みかん一個が目の前から消えるまでそう時間はかからなかった。

「それ、剥かずに食べるんだな」

「勿論です。栄養価も高いですし、捨てるなんてあり得ません。皮もちゃんと後で間宮さんにお渡ししてきます」

「そ、そうか……」

 これだけの大所帯になってからも食品廃棄量を最小限に保てているのは、それぞれの意識の高さもあるが赤城や秋月の様な存在が大きいのも確かだ。
 消費量も凄まじくはあるものの、赤城が居ることで様々な面で鎮守府が豊かになっているのも事実として全員に認識されている。

「提督は、みかんはお好きですか?」

「果物の中で特別好きって訳じゃないが、好きだぞ」

「そうですか……」

 何かを考え込むような素振りを見せる赤城を再び眺めていると、徐に彼女は立ち上がって座る位置を対面から向かって左へと変えた。
 一体どうしたのかと身構えていると、赤城はみかんを先程と同じ様に剥き始める。
 そして、剥き終えると一呼吸置いてからその一つをつまんで、こちらへ差し出した。

「あ……」

「あ?」

「あーん……」

(――これ、食べずに暫く眺めるのもありだな)

 急に大胆な行動を取ることもあれば、些細なことに緊張を見せる赤城。
 その何ともいえないギャップに可愛らしさを感じ、イタズラ心が沸き上がる。

「もっと近付け、遠い」

 言われるがまま距離を詰め、炬燵の角を挟んだほぼ真横に移動してくる。
 手を伸ばせば届く距離、気付けば無意識に左手が彼女の頬に触れていた。

「あの、提督? みかんはいらないのでしょうか?」

「……気にするところを間違えてるぞ」

「……あまり気にしてしまうと、恥ずかしいところをお見せしてしまいそうなので」

 そう言ってから、みかんを直接俺の口に押し当てる赤城。
 流石にこれ以上放置するのはみかんにも赤城にも失礼なので素直に口を開いた。

「美味しいですか?」

「ん、うまい」

「そうですか」

 赤城の手に既にみかんは無いが、その差し出された手はまだ宙をさ迷っていた。
 一方俺の左手は、今も赤城の頬に添えられている。

「もっと、求めていいんだぞ」

「……よい、のでしょうか」

「炬燵は人間をダメにする文明の利器の一つだ、お前もそれにあやかればいい」

 全てを炬燵のせいにして、今日ぐらいはと自分を甘やかして、ただただしたいようにするだけの時間を過ごしたって、ここにそれを責めるような奴は居ない。
 ――だというのに、相変わらず目の前で手は時間が止まったかのように静止している。

「はぁ……航空母艦、赤城」

「は、はい!」

「――命令だ、今日は俺に甘えろ」

(いや、甘えろとは言った、甘えろとは言ったが……何だこの状況……)

「提督、次はそこのお造りが食べたいです」

「あぁ、うん、はい」

 幸せそうに差し出された鯛の造りを頬張る赤城。
 本当に幸せなのだろう、俺の両腕は休む暇が無い。

「赤城、そろそろ自分で食べないか? なかなかこれだと満腹にならないだろ」

「提督、食後はみかんを剥いて下さい」

「赤城? 話聞いてるか?」

「みかんです」

「……了解」

 白旗を掲げ、要求を呑む。自分で言ったからには責任は持たねばならない。

(明日、腕が動くといいな……)

 炬燵と俺の間で小さい子供のように飯を待つちょっと大食いな空母。
 左手をしっかりと握り締めた彼女の笑顔を腹一杯になるまで満喫しながら、いつ終わるともしれない夕食を俺は続けるのだった。




――――提督……。

 ――――ん? どうした加賀、珍しく疲れてるな。

――――昨日、赤城さんに一日捕まりました……。

 ――――……アイツ、ひょっとして……。

――――反動、ではないかと。

 ――――(だとすると、次に狙われるのは……)




 明くる日、霞が脱け殻のような状態で発見された。

次のリクエストは20時から3つ受け付けます

未着任艦娘はいっぱいです

・春雨『二人分の大好きを貴方に』(R18)

・ヴェールヌイ『私の姉妹達』

・朝潮『無自覚』

以上三本でお送りします

秋雲と長月の着任話とか途中のアレとかアレとか一応進行中です

 私の艦娘としての明確な記憶があるのは、海から陸に上がってここの皆に見付けて貰えた時からのもの。
 それ以前の記憶は艦の頃まで遡る。
 正確には、その二つの間の朧気で夢のような曖昧な記憶が私の中にはあるけれど、深く思い出すことがどうしても出来なかった。
 変化が現れたのは、クーちゃんがここに来てすぐの頃。
 時折悪夢を見るようになり、姉さん達の顔を見ると急な頭痛に襲われることもあった。
 次第に夢と現実の境界があやふやになってきて、私は酷く取り乱すことが頻繁にあったと、後から皆に聞かされて知った。
 原因は薄々分かっていた。でも、だからといってどうこうしようとは思わなかったし、思えなかった。
 そして何より、耳にはっきりと残る司令官の声。
 例え自分が過去に何であっても、これから別の何かになってしまったとしても、全てを受け入れてくれる人が居る。
 だから今、私はこうして普通の日々を過ごせている。
 全てを受け入れてくれる人が居るなら、私も全てを受け入れようと思えたから。




「ねぇクーちゃん」

「何ダ?」

「今度はクーちゃんの番だよ」

「……何?」

「クーちゃんが私に幸せになれって言うなら、クーちゃんも幸せにならなきゃダメ」

「急ニ何、頭ノ中身マデ春雨ニナッタ?」

「もうここには“駆逐棲姫”なんて居ないよ。居るのは“クーちゃん”だけ」

「……私ニ光ハ必要ナイ」

「私に逃げるなって言ったのはクーちゃんだよ。だから、逃げないで」

「逃ゲテナンカ――」

「逃げてるよ。わざと乱暴な口調で距離を置いたり、姉さん達とももっと話したい癖に全然話しかけずにすぐ引っ込んじゃうし」

「……」

「分かっちゃうよ。だって、私(あなた)は私だもん。だから、私は“二人”で幸せになりたい」

「……頑固物」

「うん、誰かさんに似てね」

「ハァ……分カッタ、降参。デモ、別ニ春雨ガ好キニナッタカラトイッテ私マデアノ男ヲ――」

「じゃあ早速今から司令官のところに行くよクーちゃん」

「オイ、脳味噌春雨娘、人ノ話ハ最後マデ聞ケ、聞ケト言ッテイルダロ!」




 春雨に『脳味噌春雨娘』の称号が与えられました。
 クーに『恋する深海棲艦』の称号が与えられました。
 提督に『節操無し(甲)』の称号が与えられました。

導入、本編はもうしばらくお待ちください

「どこへ行く気?」

「……執務室」

「その体調で?」

「最近前より面倒な外来関連の案件が多い、任せて休んでられるか」

「そう」

「……どけ」

「お断りします」

「多少の無理で死にはしない」

「そうね」

「………………重い」

「頭に来ました」

「痛い重い苦しい!」

「私は重くありません」

「撤回する……撤回するから早く上から退いてくれ……」

「いいでしょう。では、大人しくしていることね」

「はぁ……で、誰に対応させる気だ?」

「球磨姉妹にさせます」

「その人選穏便に済ませる気無いだろお前」

「お粥でいいですか?」

「人の話をっ……卵とじうどんにしてくれ、粥は飽きた」




 熊と猫が鎮守府で暴れているとお昼の鎮守府放送で流れたが、提督は卵とじうどんと加賀のうなじに集中していた。

ウイルス性胃腸炎でぶっ倒れてました、途中までですが一度春雨投下しておきます

 ゆらゆら、ゆらゆら、漂う身体。
 ぷかりと浮かぶ、山二つ。
 帰る場所を失って、行くべき場所も分からずに、日がな一日ただただ大好きだった人の居た海をさ迷う。

(ニム、何処へ行けばいいのかな? ねぇ、おじいちゃん)

 ぷかぷか、ぷかぷか、ぷかぷか、ぷかぷか、がしり。

(――ん?)

 救いの手か、はたまた悪魔の誘いか、今分かっているのは――彼女は狙った潜水艦(えもの)は逃がさない、ということだけだ。





「提督、この子この鎮守府で引き取ってちょうだい」

「……五十鈴、誘拐は犯罪だぞ?」

「は・な・し・て・よー!」



 潜水艦娘伊26が五十鈴に勧誘(らち)されました。

・ヴェールヌイ『私の姉妹達』 、投下します

暁が一番

 ――朝、目が覚めると時折自分のことが分からなくなる。
 けれど、お腹を出して寝る姉と、洗濯をしている妹と、猫に餌をやる末妹の居る部屋が、私の居場所はここなのだといつも教えてくれた。

「――おはよう、雷、電。暁は……まぁ、このままでいいか」

「あかつきがぁ……いちばん……むにゃ」

「おはようなのです」

「おはよう響。朝御飯にするからついでに暁起こしてくれる?」

「頼まれたなら仕方無いな……。朝だ暁、起きないとその恥ずかしい姿をポスターにするよ」

「んにゅ……ぽるたぁがいしゅと……?」

「多分人間でいう思春期に当てはまるとは思うけど、暁は違うから顔を洗って目を覚ましてくるといい」

「ふあぁ~い……はうっ!? いったぁーいっ!」

 週一程度で洗面所のドアにぶつかるのは、暁だからの一言に尽きる。
 さて、もう完全に起きただろうから雷の手伝いをしようか。

「手伝うよ」

「じゃあそこのお味噌汁よそってくれる?」

「了解」

 今日は純和風、日替わりで国が変わる四人の朝食は飽きないし、少し楽しみにしている。
 ただ、たまに地獄が待っているのはどうにか避けたいものだ。

「明日は何にするか、雷は聞いてるかい?」

「トルテが嫌な人が食べるのかしらとか言ってたから、小麦粉が少なくなってたし昨日買ってきたわ。電ー暁ーもう出来るわよー」

 明日は朝から台所の掃除が必要らしい。
 暁なら必ずぶちまける、信頼の名は伊達じゃない。




「電は今日はどうするんだい?」

「今日は伊勢さんと刀のお稽古なのです」

「じゃあその子は私が見ておこう」

「ありがとうなのです。それじゃあ行ってきます」

「あぁ、行ってらっしゃい」

 司令官に相応しいお嫁さんになるためだと言っていたが、最近は鎮守府最強を目指しているんじゃないかと錯覚してしまう。
 まぁ、強ちそれも間違いではないな。

「――うん、うん、分かったわ。じゃあまたそっちに向かう時に連絡するわね、それじゃ」

「仕事の電話?」

「おばあちゃんからお買い物の依頼よ。実際はそれを口実に小一時間話がしたいってことなんだけどね」

「協力出来ることがあれば、いつでも協力するよ」

「うん、ありがとう響。その時はお願いするわ。それじゃ行ってくるから後はお願いね」

「了解、暁と猫の世話は任せてくれ」

 ――ちょっと響! 何でそこで暁の名前が出てくるのよー!?

 後ろから猫と戯れていた長女の抗議が聞こえるが、事実なので問題ない。
 妹二人が生き生きとしているのが見られるなら、このぐらいの任務は軽くこなしてみせるさ。

 ――あっ、こらてーとく、それは暁の牛乳とクッキーよ!

 四人で大きな風呂に入り、お互いを洗いあって一日の疲れを癒す。
 その日の出来事を話したり、どこかへ遊びに行く計画を建てたり、とても有意義で心地よい時間だ。

「――ねぇ、響」

「何だい?」

「きょ、今日は暁が一緒に寝てあげるわ」

「……怖い映画でも見たのか?」

「こここ怖い映画なんか一人前のレディーにはへっちゃらだし! いいから、今日は暁と一緒に寝ること! いいわね!?」

 普段は抜けていて、背伸びし過ぎて転んで、四人の中では一番小さくなってしまったけれど、それでもやっぱり暁は私達の姉のようだ。
 朝の目覚めが少し悪かっただけで、その時暁はまだ寝ていたはずなのに、一日を共に過ごしている間に些細な私の表情の翳りに気付かれたらしい。
 決して一人前のレディーではないけど、暁は自慢の姉だ。

「……スパシーバ」

「ん? 何か言った?」

「ハラショー、見事な幼児体型だ」

「ぶ、ブラは必要だし!」




――――これは流石に狭いな……。

 ――――雷、もう少しつめて欲しいのです。

――――……電、またちょっと大きくなってない?

 ――――あ、暁が一番お姉さんなんだから!

・朝潮『無自覚』 、投下します

天敵、現れる

「綿雲、お座り」

 ――わん!

「よし、良い子ですね綿雲」

 ――わふ~……。

「最初からそんな感じだったが、本当にお前に似てるな」

「そうでしょうか?」

 ――わふ?

(犬が二匹居るようにしか見えん)

「それで、今日はどのようなご用件でしょうか」

「世間話に呼んだだけだ、綿雲のことも気になったからな」

「気にかけていただきありがとうございます。やはり司令官はお優しいですね」

「俺が言い出したことだし、気にもなるさ。何か不都合があればいつでも――」

 ――わんっ!

「・・・・・・漫画で見たことはあったが、本当に噛んだままぶら下がるんだな」

「綿雲!? す、すいません司令官! 綿雲、司令官は敵じゃないからすぐに放しなさい!」

「主人を守ろうとしたんだな。俺は朝潮に酷いことなんてしないから大丈夫だぞー綿雲」

「そうよ綿雲、良い子だから放しなさい、ね?」

 ――くぅぅぅん……。

(ようやく離れたか……こりゃ暫く包帯巻かんといかんな)

「す、すぐに手当てを!」

「慌てなくても大丈夫だ、それより興奮してるから落ち着かせてやれ」

「そ、それはそうなんですが……」

(慌ててるところもそっくりだな。――ってそれどころじゃねぇ)

「綿雲、司令官は私の大切な人で、一生をかけてお守りすべき方なの。二度と噛み付いたりしてはダメ、分かった?」

 ――わん!

「きっと俺の下心を見抜いたんだろ。忠実で本当に良い犬だな」

「下心……あの、今は綿雲も居ますので、その……」

 ――ぐるるるる……。

(唸ってやがる……)

「ですが、私もやぶさかではないので綿雲を荒潮か霰に預けてからでしたら大丈夫です!」

「と、とりあえず、今日のところはこの手のこともあるしまた今度な?」

「そ、そうですか……。ですがこの朝潮、いつでも受けてたつ覚悟です!」

「あぁ、お前が望むなら俺も応え――」

 ――わんっ!

「……とりあえず、今日は綿雲を部屋に置いてきてくれ」




――――何であんなに綿雲には嫌われてるんだ、俺……。

 ――――良くも悪くも朝潮に絶対忠誠だからじゃないかしらぁ。

――――つまり、朝潮には相応しくないって思われてるってことか……。

 ――――うふふ、頑張って~。

次のリクエストは明日マルナナマルマルより三つ受け付けます

溜まっている書けてないのも徐々に進行中…

・鳥海『乙女の願い』

・漣『ご主人様! 漣改装しちゃいました!』

・秋月『これ一着で約十年は…』

・鳥海『乙女の願い』 、投下します

真の艦娘は目で殺す

 ――きっと、その願いは叶わない。





「司令官さん、どうぞ」

「ん」

 書類に真剣に目を通しながら湯飲みを受け取り、飲み干していく姿を眺める。
 秘書艦業務の内容が以前と様変わりはしていても、そこにある恩恵は変わらない。

「鳥海、休憩にするからもう一杯くれ。後、そこに茶菓子が入ってるから頼む」

「分かりました」

 休むという行為を思い出した司令官さんとの午後の一時。
 恐らく誰かからの貰い物の羊羹を取り出し、小皿に取り分ける。

「今度はどなたから頂いたんですか?」

「雷の仲良くなった婆さん、色々あってお礼で鎮守府に贈られてきた」

「これ、結構有名なお店のです」

「みたいだな、前に赤城が小腹が空いたからって食ってたのを見た」

 交わす会話に緊張感はなく、ありふれた日常会話が繰り返される。
 それが当たり前であることは幸せで、だからこそこの胸に抱えた小さなモヤモヤは消えることはない。

「――なぁ、鳥海」

「はい、何ですか?」

「お前は頭がいい、物事を正しく判断できる力も持ってる。だからって全部割りきっちまうのは俺の鎮守府じゃ失格だぞ?」

「……どうしようもないことは、願えないですから」

「世界制服でもしたいのか?」

「――物語のヒロインに、なってみたかったんです」

 平和な世界、訪れた日常、艦娘と人が手を取り合い共に歩み始めた歴史。
 そこに、誰かの悲劇を生むような物語が生まれてはいけない。

「物語……物語か……よし」

「? 司令官さん、何を――」

『俺が一番鳥海を愛してる! 意外に乙女で恋愛小説が好きなところが可愛い! 時々天然気味なところも魅力的だ! 誰にも鳥海は渡さん!』

「・・・・・・」

 緊急放送で鎮守府全体に響き渡る司令官さんの声。
 頭が状況を判断処理出来ず、暫く思考が停止する。

「――ふっ、ふふふ」

 ようやく正常に思考が出来るようになった時には、胸にあったモヤモヤはほとんどなくなっていた。
 囚われのお姫様でなくても、恋に悩む女子高生でなくても、私も私だけの物語のヒロインなのだと思えるようになったから。




――――ヤバい、勢いでやったが執務室から一生出たくなくなってきた……。

 ――――腕を組んで今から散歩しましょう。

――――視線で死ぬからマジでやめてくれ。

今日の夜に漣投下します

毎度遅くなって申し訳無い…

・漣『ご主人様! 漣改装しちゃいました!』、投下します

その振る舞いは何かを隠す為に

「御主人様! 漣改装しちゃいました!」

 今見えている姿が、全てではない。

「あのー、御主人様ー?」

 その内に秘める何かに気付けなければ、艦娘相手でなくともいつかは誰かを傷付ける。

「目開けたまま眠るとか御主人様も面白い特技を身に付けましたね。とりあえず……」

 この勝手に改装した服と艤装を着けた漣だって例外では――。

「覇王断空拳!」

「死ぬわ!」

「あっ、起きてた」

「今踏み込みがマジだったろ……」

「御主人様なら避けれるかなって、テヘペロ」

「お前の御主人は金も権力も特殊能力も無い一般人だ」

「俺TUEE提督目指してまずは目からビーム出しましょ?」

「嫌な夢を思い出すからやめろ……」

 無邪気に笑う鎮守府のお騒がせ娘の一角。主な被害は曙と潮、苦手なのは弥生。

「そんなことより御主人様! どうですコレ」

「いいんじゃないか、それぐらいなら足は隠れん」

「御主人様ー今更ですけどもう色々隠す気ありませんよねー」

「本当に今更だな。まぁ、お前には本当に似合ってると思うぞ、それ」

「御主人様のデレktkr!」

 勢いとノリで行動するように見えて、その実、周囲を注意深く観察して動く慎重派。
 今も俺が本当に似合ってると口にするまで、内心は不安でいっぱいだったはずだ。

「ツンが欲しいかそらやるぞ」

「あっ、ぼのぼので間に合ってます」

「一日一回は怒らせてるだろ」

「ぼのぼのの怒声を聞かないと落ち着かない体質に……」

「傍迷惑だから明石に治してもらえ、ついでに頭も」

「それは置いといて、御主人様さっきから何見てるんです?」

「コレか? 通りすがりの記者が撮影した写真だ」

「青葉さんがどうし――ちょっ待っ!?」

「おっと、珍しく焦ってどうした?」

「御主人様ー? 今すぐ、なう、その写真を漣に渡してください。でないとぶっ飛ばしますよ」

「断る。それより艤装置いてこい、ゆっくり座れんだろそのままじゃ」

「黒歴史を葬るために、今この艤装はあるんです」

「――ちゃんとお話、するんだろ?」

「……御主人様って意外にSですよね」




――――こんな漣はもう二度と見れないな。

 ――――……見たいの?

――――いや? 今はじっくり改装した姿を見たい。

 ――――……変態。

~おまけ~

「陽炎、聞きたいことって何?」

「曙は分かりきってるからいいとして、潮は警戒心が解けて徐々に、朧は絆創膏、漣だけ経緯を誰に聞いても知らないんだけど」

「私が分かりきってるってどういうことよ……それで、漣だっけ?」

「そう、あの子ってそういう雰囲気を私達に一切見せないじゃない」

「まぁ、そうね。ただ、私達の中で一番デレッデレなのは間違いなく漣ね」

「曙より?」

「私は別にデレてないわよ」

「それで、結局どういう経緯なの?」

「他人ばっか気にしてる癖にあんな風に振る舞って色々抱えて自滅しかけてたのをクソ提督が救った、ここじゃ珍しくもないパターンでしょ」

「まぁ、確かに珍しくもないわね……でも、それにしてはあんまり普段積極的じゃないじゃない」

「あの子、超絶照れ屋だし」

「・・・・・・え?」

「たまに暴走して後悔して布団から出てこなかったり、秘書艦日は朝から緊張して普段やらかさないようなボケいっぱいやらかしてるわよ」

「随分私達の印象と違うわね……」

「潮は聞かれても答えないし、朧はスルー、私も基本は誰にも言わないもの」

「それ、私が聞いて良かったの?」

「陽炎なら言い触らさないでしょ」

「……アンタも大概甘いわね」

「うっさいシスコン」

「シスコン言うな。デレッデレの漣、ちょっと見てみたい気もするけど」

「やめときなさい。朝潮と初霜の時みたいになるわよ」

「……そうね、やめとくわ」




「また服に鼻水と涙擦り付けるなよ」

「……」

「つねるな、痛い。そんなにキツく掴まなくてもどこにも行かんから安心しろ」

「……うん」

(これはまた一日離れんっぽいな……まぁ、いいか)

・秋月『これ一着で約十年は…』、投下します

 秋月に贈り物をすると必ず、私に高価なモノは必要ないと一度は受け取るのを遠慮していた。
 受け取ってくれなければ捨てるという言葉を添えるのが今では当たり前になっていたが、今回は予想を超えた反応が待ち構えていた。

(まさか、拝むとは思わなかった……)

 浴衣に手を合わせる艦娘、という世にも珍しい光景を目の当たりにして、提督はこの後着てくれないのではないかと若干の不安を募らせる。

「その、だな、秋月。今からそれを着て一緒に祭に行かないか?」

「お祭り……これを着て……はい、ご一緒させていただきます!」

「お、おぅ」

 目を輝かせて浴衣を抱き締めながら、大きく一歩こちらに寄ってきた彼女に一瞬気圧されるも、誘いを受けてくれたことにひとまず胸を撫で下ろす。
 着替えや準備の時間も考慮し、現地で一時間後待ち合わせという話でその場は別れた。
 別れた直後、とある艦娘に拉致され着替えさせられたのは記憶の底に深く深く沈めるのだった。

 鎮守府の近くで行われている、毎年恒例の秋祭。
 先に待ち合わせ場所に到着し、すれ違う顔見知りに会釈をしながら秋月を待つ。

(なんだかんだ、俺の顔も広くなったな……)

 極力イベントなどでは表に出ないようにしていたものの、時間の経過に伴い“あの鎮守府の艦娘さん達の提督さん”という認識は近隣住民に浸透していた。
 あまり本意ではないが、それを補ってあまりある恩恵もあり、その一つがこちらへ駆けてくるのが見えた。

「提督、お待たせしました!」

「――荒潮に感謝しとくか」

「はい?」

「似合ってるぞ、その浴衣」

「あ……ありがとう、ございます」

 白と黒で落ち着いた雰囲気を出しつつも、赤で歳相応の可愛らしさも引き出す。
 正に今の秋月に相応しい浴衣だ。

「さて、何から回る?」

「そうですね……とりあえず、歩きながら考えましょう」

「じゃあそうするか」

 特に宛もなく、そこそこの人混みの中を歩き出す。
 屋台の中には明らかに鎮守府内に関係者がいるであろうものもチラホラとあり、見て回るだけでも退屈はしそうになかった。

(とりあえず、軽く食べられるものでも――?)

 何か気になっていそうなものはないかと横をふと見てみると、隣に秋月が居ないことに気付く。
 振り返ってみれば、ある屋台をジッと見つめて数歩後ろで立ち止まっていた。

「あの屋台が気になるのか?」

「ちょっとだけ、見てもいいですか?」

「俺に遠慮せず、好きに見ていいぞ。気付いたら居ないってのは勘弁だが」

「ふふ、気を付けます」

 そっと差し出された手に手を重ね、気になっているという屋台へ歩み寄る。
 その屋台で扱っているのは手頃な値段の装飾品らしく、値札の付いた籠が数個並べられていた。

(屋台、というより露店みたいな感じだな)

「少し変わったものが多いですね。どこか、こう……懐かしい、みたいな感じです」

「懐かしい、か。欲しいのがあれば遠慮なく言えよ」

 少し迷うような素振りを見せはしたが、素直に秋月は商品を選び始める。
 手持ちぶさたになり、選んでいる後ろから浴衣姿を眺めたりうなじを眺めたりしていてると、ふと店主と目が合った。
 椅子に座ってぬいぐるみを抱えている年齢不詳の女。店番をしているだけなのか選んでいる秋月に目もくれず、こちらを見つめている。

(何だ、コイツ……)

「――提督?」

「ん? 決まった、の、か?」

 はっとして横に顔を向けてみれば、少し怒気をはらんだ笑顔が出迎える。
 “独占欲”をしっかりと持ってくれた証拠であり嬉しくはあるものの、今はどうそれを処理するかで頭を働かせなければならない。

「決まったなら買うぞ。幾らだ?」

「大丈夫です。これぐらいなら自分で払います」

 巾着から財布が取り出され、止める間もなく硬貨が一枚店主へと手渡される。
 そのまま俺を置いて歩き去ろうとする秋月。その背を急いで追う俺の耳に、店主が呟いた言葉は届きはしなかった。



「――そんなに結んで、よく刺されないね」

 ただ、提督が他の女の人を見ていただけ。それだけで胸がざわついた。
 隣に居て貰えるだけで、私をあの鎮守府に置いてくれるだけで、それだけで満足だった。
 きっと、慣れない浴衣と慣れない履物のせいで疲れていただけ、そうに違いない。
 ――でも、追いかけてきてくれた貴方の顔がとても必死で嬉しいと感じてしまった私は、もう手遅れみたいです。

「秋月、待てって!」

「……何ですか?」

「あー……二人で一緒に回らないと勿体無い、だろ?」

 差し出された右手。すぐに掴むのは何だか恥ずかしくて、少し迷うような素振りを見せつつ、掴む。

「……確かに、勿体無いです」

「じゃあ、次の屋台行くか」

「――リンゴ飴」

「ん?」

「リンゴ飴、食べたいです」

「了解」

 勿体無い、便利な私の口癖。
 今の私にとって一番勿体無いのは、この時間を無為に過ごすこと。
 だから、祭でいつもよりはしゃいだということにして、今日は目一杯振り回してみよう。
 ――防空駆逐艦秋月、推して参ります!




「で、はしゃぎすぎて屋台を片っ端から覗いてたらお腹が痛くなった、と」

「うぅ……はい」

(秋月ちゃんもまだまだ可愛いお年頃ですねー。……私もそろそろ提督とデート行きたいなー)

次のリクエストは明日の夜20時から三つ受け付けます

休みが全くなくてイベント出来なかったので新艦は全滅です

・雷『全部任せて、ね?』(R18)

・球磨型『球磨型全員でハイキングだクマー』

・磯風『奪い取れ』

以上3つでお送りします

さっき六連勤14時間拘束終了したので年始は更新します

「新年明けましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願いします」

「ヒャッハー! 新年だー!」

「熱燗、もう一本ね」

「着物で新年から日本酒て、ホンマにうちは呑兵衛ばっかやなぁ」

「明けましてきゅーきゅーかんばくー」

「瑞鳳、九九艦爆はお祝いの言葉じゃないわよ」

「千歳お姉ぇ、着物の帯弛んでるよ」

「ふふふ、このまま提督のところにでも行こうかしら」

 居酒屋鳳翔、今年も賑やかな一年になりそうです。

「器用ナモノネ」

「窮屈ダゼ」

「ホッポ、アマリ走ルト危ナイ」

「大丈夫大丈――ホポォ!?」

「ヲ―、トッテモ綺麗」

「オ揃イ、カ……マァ、悪クナイワネ」




 深海棲艦組も今年は着物でお祝いするそうです。

・雷『全部任せて、ね?』(R18) 、投下します

プッツン(理性)

 どこで覚えてきたのか、何が彼女をそうさせるのか、大胆に胸元を見せながら耳元で甘く囁く声は、提督の理性をガリガリと削っていく。
 駆逐艦の成長は喜ばしくもあり、怖いものだと彼は今も考えていた。
 見た目通りに幼かった彼女達も年相応に成長し、広く世界を知れば自分に背を向けて去っていくかもしれない、と。
 しかし、それはいつも杞憂に終わる。

「ねぇ司令官、どうしたの?」

 お前のせいでどうにかなりそうだ、と返しそうになるのを提督は飲み込む。
 その代わりに、彼女を強く抱き締めた。

「ふふっ、なぁに司令官。言わなきゃ分からないわ」

「……そんな性悪娘に育てた覚えはない」

「なにそれひどーい」

 余裕が無いのは完全に見透かされていて、全く気に留めた様子もなく雷は提督を抱き締め返す。
 それはとても安らぎを与えてくれる暖かなもので、彼の心の奥底にある不安を少し和らげると同時に、理性のたがをじわりじわりと弛めていった。

「――本当に、任せていいんだな?」

 一人の力など、たかが知れている。
 駆逐艦一隻の力など、たかが知れている。
 だからといって、一人の力を軽んじていいはずがない。

「――長月だ。駆逐艦と侮るなよ、役に立つはずだ」

 最初に着任した鎮守府で開口一番そう啖呵を切った私に待っていたのは、全てを諦めたような司令官の疲れきった顔だった。
 その理由はすぐにそこに所属する艦娘達から聞くことが出来た。
 着任より少し前、大規模な作戦に参加したこの鎮守府の艦娘が半数以上海に還り、それだけの犠牲を払ってなお一向に減らない深海棲艦の数に、心が折れたようだ。
 それは司令官に限ったことではなく、話を聞かせてくれた艦娘もまた、目に力が全く宿ってはいなかった。
 結局、数ヵ月もしないうちに問題が起こり私はその鎮守府を後にした。

 次に着任した鎮守府で、私は深海棲艦との戦いを初めて経験した。
 身を守る為ではなく敵を葬る為の回避、身を削いでも完全に沈むまでは決して止まらない攻撃。
 死を恐れないのか、そもそも死ぬという概念すらありはしないのか、その様に僅かばかりとはいえ恐怖で身がすくんだ。

(“役に立つはずだ”、か……この様では説得力もないな)

 駆逐艦だから侮られているのではなく、私が弱いから侮られている。

(――ならば、今より強くなればいい。)

 私は鍛えた。来る日も来る日も己を磨いた。許された範囲の中でやれることは全てやった。
 だが、道は果てしなく、一歩前へ進めているのかすら認識できない日々が焦らせる。
 強く、もっと強く、今より強く――それだけを追い求めた結果、私は大切な何かを見失っていたことに気付けなかった。

「……長月だ」

「よろしく頼む。ここにも何人か睦月型が居るから分からないことがあればそいつ等に聞くか、吹雪か加賀にでも聞くと良い」

「……」

 一礼だけして去っていく長月。その背中に自信や力強さは感じられず、手元の書類に書かれた内容の重みが提督の眉間にシワを作った。

(望月がうちに居るのを幸運と取るか不運と取るか……いや、悩むまでもないか)

 面倒事を何より嫌い、彼女が本当に面倒だと感じることを何一つやらせないことを条件にこの鎮守府で共に戦うと誓った言葉の真の意味を思えば、そこに悩む必要などは無かった。
 今の長月を見て、彼女が何と言うかなど提督には分かりきっていたから。

「邪魔するぞ」

「んー……?」

「今日からここで世話になる長……望月、か?」

「そうだけど、何さ?」

「……いや、何でもない」

「ふーん。まぁよろしく。他の睦月型は今遠征行ったり出掛けてるから、適当に空いてる場所使っていーよ」

「あぁ、分かった」

(あー……何でこう次から次へと面倒そうなの連れてくんのさ司令官は……)

 殆ど無いに等しい荷物を下ろし、壁に背中を預け、ただジッと虚空を見つめる姉妹艦の姿に頭をかきむしる望月。
 きっと文句を言っても返される言葉は決まっていて、イラッとするだけなのが分かりきっている為、ズレた眼鏡を直して新たな同居人を正面から見据える。
 そこには、普段の気だるさを微塵も感じさせない彼女の本当の姿があった。

 一人の力で出来ることなどたかが知れている。
 理解していた、そのはずだった。
 どれだけの突出した力があっても、力が合わさらなければ一は一を越えることはない。




 “もっとさ、肩の力抜きなって”




 失った一を取り戻す術が、決してありはしないのと同じ様に。




――――

―――

――




(……最悪な寝覚めだ)

 額に汗で張り付いた髪を払いのけ、身体を起こす。
 見慣れない部屋がまだ覚醒していない意識に飛び込んでくるが、すぐに自分が鎮守府を異動になったことを思い出した。
 まずは顔を洗おうと洗面所に向かおうとすると、足元に膨らんだ毛布が無造作に転がっており、踏まないように跨いで通り過ぎる。

(そうか、ここにも“望月”が居るんだったな)

 “同型艦の望月でーす。よろしくー”

「っ……」

 洗面台の鏡に映った、彼女に似た自分の顔。目を背けるように視線を外せば、コップに立てられた歯ブラシに目が止まった。

(四……五……六……六人か)

 出撃と遠征に他の同型艦は出掛けていると望月が言っていたのを思い出す。

(……私は、ここに居てもいいのか?)

 その問いに返事があるわけもなく、手早く身支度を済ませて部屋を後にする。
 行く宛などないものの、少なくとも望月と一緒の空間で一日を過ごすのだけは避けたかった。

(さて、どこに行くとしよう)

 来たばかりで何がどこにあるかなど分かるはずもなく、本当に行き当たりばったりに右へ左へと進んでいく。
 時折艦娘とすれ違うこともあったが、特に呼び止められることもなくただただ歩を進める。
 ――そして、行き着いた先は不思議な場所だった。

(ここは、何だ?)

 無数に並ぶ石、石、石。
 表面には文字が刻まれており、それが艦娘の名前と日付であることは近付くとすぐに分かった。

「――何してんの?」

「っ……歩いていたら、偶然ここへ来た」

「ふーん」

 いつからそこに居たのか、数メートル後ろに立っていた望月。
 どうしていいか分からずに居ると、彼女はその石に歩み寄りながら話を始めた。

「艦娘ってさ、基本何にも残んないんだよ。戦歴は司令官の功績として残るけど、アタシ達は何を為そうが消えればそれでおしまい。身体は泡みたいに消えて、死んだって事実すら残らない。だから、一秒でも長く誰かの記憶に残せるように、アタシ達が関わった誰かじゃないそいつの生きた証を、こうやって残してるって訳」

 刻まれた文字を優しく指でなぞる望月の後ろ姿に、もう一人の彼女の姿が重なり、締め付けられるように痛む胸を押さえる。

「――そんなに面倒なら捨てちまえばいいんじゃねーの?」

「……?」

「思い出す度に湿気た面されるとかアタシだったらヤダよ、マジで」

「っ! 出会ったばかりのお前に、何が分かる」

「分かる訳ないじゃん。来たばっかで出会ったばっかの艦娘のことなんて」

「……すまん」

 つい感情的になったものの、少し冷たくなった望月の声音に頭を冷やす。
 視線は自然に下へと向き、気持ちも同時に沈んでいく。

「あー……とりあえず飯にしない? そろそろ皆も帰ってくるしさ」

「……あぁ」

 このまま二人で居ることに何か意味があるとも思えず、出された提案を受け入れる。
 他の姉妹艦ならば、普通に接することも出来るはずだ。

「あのさ」

「っ……何だ?」

「心構え、しときなよ?」

「……心構え?」

 怪訝な顔をする私に何ともいえない表情を向けてきた望月の気持ちが、数分後には嫌というほど思い知らされることになるとは、この時の私には想像もつかなかったのだった。

「――よぅ長月、かくれんぼでもしてんのか?」

 眼帯が特徴的な軽巡、天龍に声をかけられる。
 誰も通りそうに無い道の脇にある茂みの陰に居たというのに、何故見つかったのかと考えていると、横にどっかりと彼女は座り込んだ。

「見たところ騒がしい姉妹艦から逃げてきた、って感じだな」

「……」

「アイツ等、力が有り余ってるからな。また暫く遠征もねぇし、新しく姉妹が来て余計にはしゃいでんだよ」

 はしゃぐ、という可愛げのある度合いを越えていたと告げると、大きく声をあげて笑われ、頭を乱暴に撫でられる。
 抵抗するより早くその手は離れていき、代わりに今度は見た目からは想像出来ない優しい視線が向けられた。

「他人の生き方に口を挟むつもりはねぇけどよ、笑えない生き方は辛いだけだと思うぜ?」

 余計なお世話だ、そう返すのを躊躇ったのはきっとあの一言を思い出したからだ。

(私に、笑って生きる資格が本当にあるのか……?)




 “ずっとしかめっ面してて疲れねーの? ほら、たまには笑いなって”

 この鎮守府に来て、三日目の夜。私はふと目が覚め、少し散歩をすることにした。
 姉妹は全員優しく、暖かく迎え入れてくれたが、やはり自分には相応しくない扱いだという考えが何度も頭を過り、落ち着くということはなかった。

(私は、どうするべきなのだろうか)

 自問自答を繰り返すうち、気付けば以前訪れたあの場所に来ていた。
 そして、今度は彼女が先にそこへと立っているのを見付ける。

「――ここが気に入りでもしたの?」

「……邪魔なら他へ行こう」

「あのさー、アタシを避けるのはいいけどそのしかめっ面どうにかなんない?」

「……」

「作戦中に無茶した挙げ句に味方が自分を庇って轟沈。自業自得じゃん」

「……さい」

「沈む覚悟も仲間の死を受け止める覚悟も無いなら、最初から戦わなきゃ良い話だし」

「……黙れ」

「そうすれば――その望月も無駄死にせずに済んだんじゃね?」

「っ! 貴様あぁぁぁぁっ!」

「っ……今の長月に怒る資格あんの? 戦いから逃げ出して、折角助けられた命を粗末にしてるくせに」

「黙れ、黙れ黙れ黙れっ!」

「笑いたきゃ笑えばいいじゃん。泣きたきゃ泣けばいいじゃん。もがいて、苦しんで、あがいて、必死に生きる。それが生かされた者のやるべき事なんじゃねーの?」

「それが……それが簡単に出来れば苦労はしない!」

「だったら周りを頼ればいいじゃん。まぁすぐには無理かもしんないけどさ、ここの連中は馬鹿で面倒だけど悪い奴等じゃねーよ」

「っ……わた、しは……」

「んー?」

「最後に感謝すら、伝えられなかったんだ……ありがとうの、一言すら、だから、だか……」

「――きっと、届いてたんじゃねーかな、言わなくってもさ」

「あ……あぁ……うあぁぁぁぁぁっ!」

(あー……泣き止むまでこうしてなきゃいけないとか、マジめんどくさ……)




 “長月……そんな顔すんなって……アタシ、アンタの笑ってる顔が……”

「へー、今の長月からは全く想像も出来ない話ね」

「がむしゃらに鍛えてるのはもう誰も失いたくないって気持ちからだ。最近はとにかく鍛えるのが主目的になってるような気もするがな」

「そういえば、望月についても色々気になったんだけれど」

「アイツについては……まぁ、本人から聞いてくれ。多分一切教えちゃくれないだろうがな」

「そうなの? 睦月や吹雪辺りにそれとなく聞いてみようかしら……」

(望月、か……次の秘書艦日は久しぶりにちょっとからかって遊んでやるかな)




――――長月、みかん取って。

 ――――自分で取れナマケモノ。

――――泣き疲れてアタシの上で寝たの誰だっけ?

 ――――そんな昔の話は覚えていない。

なんとなくシリーズ長月編、もっちーを添えて

明日球磨型投下します

映画ネタも投下予定

・球磨型『球磨型全員でハイキングだクマー』 、投下します

ある日森の中

「行かないにゃ」

「ごめんパス」

「北上さんが行かないなら私もパスで」

「俺もパス」

「行ーくークーマー」

「大体、何で急にハイキングなのにゃ」

「紹介したい相手がいるんだクマ」

「ありゃ、球磨姉浮気?」

「北上さん、こんな猛獣が提督以外になつくわけありません」

「誰が猛獣だクマ。愛らしくて可愛いって皆言ってくれるクマ」

(そいつ等の目は節穴じゃないがフィルターが凄そうだな)

「とにかく全員準備するクマー。行かないとスペシャル球磨コースを久しぶりにやらせるクマー」

「行くのも行かないのも罰ゲームにゃ……」

「いやいや、今のなまった体で流石にアレは無理っしょ」

「未だにアレをこなせる人達の方がおかしいのよ……」

「俺は別に問題ない」

「出発は明日のマルナナマルマルだクマー」

「多摩は布団で一日転がりたかったのに……」

「大井っちー寝てたらよろしくー」

「分かったわ、北上さんを背負って連れて行けばいいのね」

「普通に起こせよ」




 スペシャル球磨コース。それは神通もにっこりな強化メニューである。

「――それで、会わせたい相手ってのは誰なんだ?」

「ちょっとシャイで人前に出たがらない奥ゆかしい子だクマ」

「人前に出たがらないってレベルじゃないよねー。だってここ、山だよ?」

「そんな相手にどうして私達を会わせたいわけ?」

「人に馴れて欲しいクマ」

「……なぁ球磨姉、もしかしてそいつ――」

「あっ、居たクマ。おーい、会いに来たクマー」

 ――グルル……。

「・・・・・・多摩の目には人に馴れちゃいけない奴が映ってるにゃ」

「うん、まぁ、そうねぇ……熊だね」

「人前に出たがらないんじゃなくて人前に出れないだけじゃない……」

(球磨姉が熊と意思疎通してることには誰も突っ込まないんだな)

「よしよし、怯えなくていいクマ。皆球磨の自慢の妹だクマ」

「木曾、紹介されてるから挨拶してくるにゃ」

「俺だけじゃないだろ」

「多摩に姉なんて居なかったみたいにゃ」

「何さらっとお姉ちゃんの存在を抹消してるクマ」

「死んだフリってダメなんだっけ?」

「目を合わせながらゆっくり後ずさるのがいいらしいです」

「大井、北上、球磨から後ずさるのやめるクマ」

「でも確かにソイツ、少し怯えてるみたいだな」

「そもそも冬眠してないのがおかしいにゃ」

「住んでた山が工事で無くなってここに逃げてきたらしいクマ」

「ありゃりゃ、そりゃ大変だったねぇ」

「それで? その人嫌いの冬眠してない熊をどうするつもりなの?」

「連れて帰りたいクマ」

「ペットにも限度があるだろ」

「裏山ならきっと大丈夫だクマ」

「提督は知ってるのにゃ?」

「“ちゃんと姉妹で面倒見て俺が襲われないならいい”って言ってたクマ」

「うわ、丸投げだ」

「いっぺん沈めてやろうかしら……」

「基本餌は自分で確保出来るし、山からは下りてこないよう言い聞かせるクマ。だから、協力して欲しいクマ」

「……はぁ、仕方ないにゃあ」

「時折様子見る程度だよね? まぁ、それぐらいならいいよー」

「北上さんがいいなら問題ありません」

「暴れたら止めればいいだけだろ?」

「ありがとだクマー。じゃあ今日はこのまま親睦会だクマ」

「――それで、例の熊は結局どうしたんだ?」

「あきつ丸さんが協力してくれて裏山まで連れて来てくれたクマ」

「なるほど、昔のツテか……ここに来てからの様子はどうだ?」

「川内が気に入って夜警のお供にしたり、木曾にモフられてるクマ」

「そうか、ひとまず問題は無いってことだな」

(艦娘、深海棲艦、クマ……次は何を拾ってくるのやら)




――――コイツすっごく暖かいにゃ。

 ――――おー、これはなかなか。

――――何で私と目を合わせたがらないのよ……。

 ――――(この触り心地、悪くないな……)

※映画ネタを含みます




「提督、私がヲ級になった時はお願いします」

「今度は私が加賀を迎えにいかないといけませんね」

「瑞鶴は私が何度でも迎えに行くわ」

「翔鶴姉、それ私沈む前提なんだけど……」

(加賀がヲ級になったら勝てる気がしないんだけど……っていうか私と浦風の出番は!?)

「夕立、結構頑張ったっぽい?」

「大井っちと私の良いとこ持ってかれちゃったねー」

「また暴走するかとヒヤヒヤさせられたわ……」

「ワレアオバ、ワレアオバ」

「青葉、自虐やめなさい」

「妖精さん、協力ありがとうございます」

「川内姉さんが被弾するのは、お芝居でもあまり気持ちのいいものではありませんでした」

(言えない、被弾よりその後の訓練メニューが増やされる方が怖かったなんて……)

「私はあまり指揮が得意ではないんだが……」

「連合艦隊旗艦経験者が何言ってるの」

「はい……はい……来場者特典はその方向で、水着プロマイドを案に含めた元帥は潮からお灸を据えておいてください」

「ブッキー、映画では大活躍だったネー」

「はい、謎の声に導かれたり希望だったり自分と向き合ったり、すっごく主役でした!」

「暁が一番頑張ったんだから!」

(錆びる艤装開発した私が一番頑張った……五徹……死ぬ……)

「私、あんな優柔不断じゃないんだけどなぁ……」

「艦隊の頭脳としてはあまり活躍出来ませんでしたね」

「如月ちゃん、その特殊メイク似合ってるよ」

「睦月ちゃんにあんなに泣かれたら、何度でも戻って来ちゃうわね」




暫く深海棲艦メイクが鎮守符で流行りました

・磯風『奪い取れ』、投下します

朝食を作る手伝いをしてもらおうと

 喪失も、無念も、残して逝く痛みも、残される痛みも知っている。
 であればこそ、この命は簡単に預けることも出来ず、手の届く範囲などほんの数メートルだ。
 だから、私は――。




「司令、ケッコンカッコカリだ」

「……おはよう磯風、とりあえず上から退いてくれるか?」

「大丈夫だ、このままでいい」

「何が大丈夫か分からないんだが?」

「明石から指輪と書類は預かってきている。手続きは後ですればいい」

「ちょっと待て、とにかく一度降りろ」

「金剛達から聞いている、司令を相手にする時は徹底的に退路を絶てばいいと」

「そんな教えは受けんでいい!」

「無駄な抵抗はやめて観念しろ」

「……理由を言え」

「司令を護りたい、失いたくない、離れたくない」

(ほんのりと顔が赤いし、緊張が隠せてない。本気で言ってるらしいな)

「――こうすれば、信じてくれるか?」

「っ!? おまっ、何して」

「司令に触れられているというだけで、鼓動がこんなに激しい。この磯風にここまでさせたんだ、まさか断ったりしないよな?」

「……あぁ、降参だ」

「そうか……なぁ、司令」

「何だ?」

「その、だな……私から仕掛けたことだが、そろそろ手を――」

「断る」

「何!?」

「やられっぱなしでいるのは卒業したんだ。お前から仕掛けたんだから文句は無いよな?」

「は、浜風から聞いて知識として知ってはいるがそこまでの心の準備はできていない!」

「磯風程の武勲艦が敵前逃亡なんてしないよな?」

「っ……本気で司令がそう望むなら、それに応えよう。……だが、その……」

「その?」




「――部屋の外に浜風を待たせている」

「提督と磯風の問題ですので私としてはあまり口を挟みたくないのですが、いきなりはないと思います」

 ――私は、司令に全てを預けたい。

「成り行きだ、成り行き!」

 ――この磯風という全てをもって、司令を護りたい。

「……陽炎と黒潮には無理矢理襲おうとしていたと報告しておきます」

 ――今度は、この手でしっかりと掴んで離しはしない。

「合意の上だ! 断じて強要はしてないぞ!――ん?」

「司令、この磯風が身も心も預けるんだ、覚悟しような?」




――――朝から廊下でディープキスを見せつけられました……。

 ――――磯風も結構大胆やなぁ。

――――(このままだと妹にどんどん先を越されてくかもしんないわね……)

たまには突発で、今から三つリクエストを受け付けます

・三日月『月光』

・大鳳『思い出』

・陸奥『姉妹』

以上3本でお送りします

 笑いは大事や。笑えんようになったらおしまいや。
 財布無くしたみたいな顔して生きてたって、良いことなんか一つもあらへん。
 司令はんはそれがよう分かってるんやろなぁ。ここは笑顔に溢れとる。
 おもしろない鎮守府やったら出ていこかな思ってたけど、そんな気全然起きんかった。
 不知火なんて見てるだけでおもろいし、陽炎はなんだかんだお節介やきやし、司令はん自身もおもろい人や。
 からかうのは、うちなりの親愛表現。だって、嫌いなんにわざわざ絡んでいくとかめんどいだけやん。
 世界が危機やとか、うちらがそれを救う要やとか、そんなん正直どうでもえぇんよ。
 うちらにしか出来ひんからはい気張ってやーって言われても、知らんがなってなるに決まってるやん。
 こんなん言うたら怒られるんやろけど、世界を救った今でもうちの気持ちは変わってへん。
 ――そう、世界そのものはどうでもえぇねん。

「司令はん、飴食べへん?」

「まともな飴はあるんだろうな?」

「もちろんあるで、とびっきり美味しいのや」

「ホントだろうな?」

「ほら司令はん、口開けてぇな」

「変なのだったら後で覚えとけよ……」

「そんな警戒せんでも大丈夫やって」

(司令はんにだけやで、このとびっきり甘いのあげるんは)




――――黒潮はどうしてケッコンカッコカリしたの?

 ――――司令はんの隣に居ったらいつでもおもろいことが起こりそうやん?

――――アンタの愛情表現ってかなり歪んでるわよね。

 ――――嫌やわ陽炎、うちは陽炎も大好きやで。

――――(嘘じゃないから始末に悪いのよ、ホント)

敵に回すと割と本気で恐ろしい黒潮でした

三日月のリクエストに伴い書く書く詐欺になっていた香取編を近々投下+三日月のを投下します

月光仮面は正義の味方

>>168
>>217
の続きです

後半+三日月は後日投下します

「そらそら、左手を封じたぐらいでこの戦艦武蔵を無力化出来たと思うなよ」

「……っ」

 最近は加賀同様平和を謳歌している武蔵ではあるが、長月や磯風、清霜達の稽古の相手を務める彼女が弱くなっていようはずもない。
 艦娘の力を封じられようが、その鍛え方は常人のそれを遥かに凌駕していた。

「まともにやりあうな、動きを封じるだけでいい」

「封じるだけ、か。舐められたものだ――な!」

「何!?」

 鎖で封じられた左手を強引に振り回し、前方の二人を薙ぎ払う。
 後方の二人が即座に反応するが、既に勝敗は決していた。

「私を止めたければ、私より強い奴を連れてこい!」




『吹雪、そっちはどうだ?』

『全員眠ってもらいました』

『こっちも片付いた』

『電は?』

『――――』

『電? どうした電、応答しろ!』

『何だ木曾、騒がしい』

『電から応答がない、アイツもその辺の奴にやられるほど柔じゃないはずなんだが……』

『とにかく、引き続き私達は鎮守府内に侵入した賊を無力化しましょう。電ならきっと大丈夫です』

『……そうだな、じゃあもう一仕事やるとするか! そこに隠れてるのは見え見えなんだよ!』

『それじゃ私も行ってきます』

『あぁ、気を付けてな』

(……あまり気は進まんが、そうも言ってられんか)

「――おい、少しこの戦艦武蔵と話をしようじゃないか。別に無理にとは言わんが……今の私は少々気が立っているぞ?」

「はぁ……はぁ……」

 壁に背を預け、肩で息をする艦娘。見るからにその身体はボロボロで、かなり疲弊している。
 それは通信に応じなかった電であり、彼女は現在も戦闘の真っ只中にあった。

(あの二人、物凄く艦娘と戦い慣れているのです……)

 元々、艦娘が戦うべき相手は深海棲艦達であり、艦娘同士が戦うのは大抵水上での演習がほとんどだ。
 しかし、明らかに今電が相手をしている二人組は陸上で艦娘と戦うことに長けていた。

「隠れても無駄だぜ、出てきな」

「油断しないで、あの子も相当戦い慣れてる」

(油断してくれると助かるのです。大ピンチ、なのです……)

 二対一、相手の強さは同レベル。圧倒的不利な現状をどうやって逆転するか、電は必死に考える。
 しかし、既にほとんどの手は試しており、半ばお手上げ状況だった。

(後はとにかく時間を稼いで他の皆と合流を――)

「おっと、逃がさねぇぜ」

「っ!?」

 絶体絶命、夜の闇の中、電を見守っていたのは月だけだった。
 今宵は三日月。その光は、優しく仲間を守るために天より舞い降りる。




「あまりこの鎮守府で勝手なことはしないで下さい」

「うわっ!? 刃物は危ないって!」

「逃がしません」

「青葉、逃げ足には自信がってひゃあッ!?」

 川内と青葉の行く手を阻んだのは隻眼の艦娘。それは皮肉にも川内型二番艦、神通だった。
 手に持っている小刀は本能的に危ないと二人共が察知しており、回避に専念せざるを得なくなっていた。

「青葉、ちょっとアレどうにかしてよ!?」

「妹なんですから川内がどうにかして下さいよ!」

「うちの神通と同じくらいおっかないから無理!」

 自身の妹への酷い評価を口にしながら、川内は今相対している神通の行動を観察する。
 動きは明らかに対人・艦娘用。姉である川内に対しても一切動揺や迷いなく攻撃を仕掛けており、気絶させるのは至難の技だ。

(分かっちゃいたけど、神通から殺気を向けられるって結構くるね)

「……川内」

「大丈夫、ここで腑抜けてたら帰った後が怖いし」

「前門の神通、後門の神通、なかなかスリリングですね」

「後で神通に言っていい?」

「全力で遠慮します」

「敵を前にお喋りとは、余裕ですね」

「――じゃあそろそろ」

「――反撃です!」

 今三人が居るのは、神通が現れた曲がり角より少し後退した廊下のど真ん中。
 左右に分かれ、二人は全速力で距離を詰める。

(どちらかが脇をすり抜け、片方が足止めをする気でしょうが、そうはさせません)

 彼女の持つ小刀には秘密があり、掠りさえすれば動きを封じる力を持っていた。
 どちらか一方に一撃を与えるだけで優位に立てるこの状況で接近してくれるのは、むしろ神通には好都合でさえある。
 獲物を狩る獣のように、ジッと構えてその瞬間を待つ。

(――ここです)

 狙われたのは青葉。その首筋目掛けて小刀が振るわれる――はずだった。

「やらせないよっ!」

「っ!?」

 甲高い金属音が響き、神通の手元が僅かに狂う。髪の毛が数本宙を舞うが、青葉の身体にその刃は届かぬまま空を切った。

(まだです、まだ!)

 身を屈めて避けた分、青葉は一度止まらざるをえず、その身体目掛けて再び神通は狙いを定める。
 しかし、彼女の目に飛び込んできたのはイタズラを仕掛ける子供の様な青葉の笑みだった。

「必殺青葉フラーッシュ!」

「な、何だお前!?」

「何かの仮装……?」

「別にこの格好に意味はありません。たまたまです」

 全身を白い衣装で覆い、額には大きな三日月のマーク。それはどこからどう見ても、月光仮面のコスプレだった。

「あの、みか――」

「違います。今の私は通りすがりの月光仮面です」

(み、三日月がおかしくなっちゃったのです……)

「月光仮面だか何だか知らないが、邪魔をするならお前も容赦しねぇ!」

「嵐、ちょっと待って。その子から変な感じが……」

「その変なマスクを剥いでどんな面か見せてもらうぜ!」

「三日月、危な――」

 この鎮守府において、三日月は目立った功績があるわけでもなく、睦月型の中では速力に秀でていたという程度だった。
 少し生真面目で、ぐうたらな望月を叱りつつも仲良く遊んでいる姿がよく見かけられる艦娘。
 それが彼女のこの鎮守府での正しい姿であり、今の彼女は三日月ではなく――。




「元大本営特務零番隊旗艦、コードネーム月光、いきます」

「手裏剣とか初めて見ました」

「必殺青葉フラッシュも初めて見た」

「あ、アレはちょっとしたノリですから忘れて下さいよー」

「やーだねー」

「それにしても、あのまま放置してきて良かったんですか?」

「別にあの子に恨みはないし、用事が済むまで寝ててもらえばいいだけだから」

「……そーいうことにしときます」

「さてさて、それじゃあ」

「いざ――」




――――囚われのお姫様とご対面ー。

 組み伏せられたまま、提督はただただ待っていた。
 自分が自由になる瞬間ではなく、鳥籠の中の鳥が自由になる瞬間をひたすらに待っていた。
 彼とて聖人ではない。首に爆弾をつけられ、自身の大切な艦娘を危険に晒されれば怒りもする。
 しかし、それでも彼はこういう形で彼女と向き合うことを選んだ。
 何故なら彼にとっては――。

「なぁ、香取」

「何でしょう、今更怖じ気づきましたか?」

「長い間、俺のせいで辛い思いをさせてすまなかった。ようやく俺は、あの時の礼をあの人にすることが出来そうだ」

「え……? 一体、貴方は何を言って……」




「――“鹿島姉ちゃん”は、俺が絶対に助ける」

 ようやく訪れた、償いの場なのだから。

 大本営は一枚岩では無い。それは、“大本営”という深海棲艦へと対抗する軍が作られた時から今に至るまで変わっていない。
 元帥の様に艦娘と人間の共存を強く推し進めていく者。艦娘を危険視し、利用するだけの道具としてしか見なかった者。艦娘を次代の戦争の手段として考えた者。
 その中で、特務部隊は道具を制御・監視、そして廃棄する為に作られた部隊だった。紆余曲折あり少しその存在理由が変わったものの、汚れ役であることに変わりはない。
 人も、艦娘も、全ての者が同じ方を向いて生きていける訳がない。だから大淀はそれに疲れ大本営を去り、香取はこの鎮守府へと送り込まれた。
 中にはただ誰かに従い考えることを放棄した者も居る。しかし、それもまた生きるためには致し方の無いことだ。
 深海棲艦という脅威が去ったところで、元々ありとあらゆる者が手に手を取り合っていた世界ではない。
 誰もが信じる正義などなく、誰かの正義が無数に存在するのがこの世界であり、特務部隊もその誰かの正義の一つに過ぎない。
 ――であれば、“正義の味方”とはどういう存在を指すのだろうか。

「な……何なんだ! 何なんだよお前は!?」

「月光仮面です」

「防がれたの……? だって、これを普通の艦娘が防げる訳が……」

 電が苦戦した最大の理由は、彼女達の持っている武器にある。それは艤装ではなく、人間にも扱える武器だった。

「――特務兵装・輪廻。見た目や威力は普通の拳銃だけど、艦娘や艤装に対して特別な効力を持つ武器。だから、知らないと回避ではなく防御してしまう」

 丁寧にその武器を解説する月光仮面の腕には、似つかわしくない鉄爪がいつの間にかはめられていた。
 先程放たれた二人の弾丸は、その爪によって弾かれたのだ。

「みかづ――」

「月光仮面です」

「……月光仮面は、あの二人をどうするつもりなのですか?」

「……こんな時でも優しいのね、電は」

 鉄爪へと手を触れながら、電は問う。その武器は、相手の命を奪う為のモノではないのか、と。
 だが、三日月は優しくもう片方の手を上から重ね、優しく首を横に振る。

「大丈夫、私は――“正義の味方”です」

 話している間だから攻撃しない。そんなお約束は現実に存在せず、三日月と電へと放たれた銃弾を彼女は再び弾く。

「チッ……アレ、どう考えてもコレと同じじゃねぇか!」

「落ち着いて、向こうは庇いながらしか動けない」

「三日月!」

「うんうん、後輩はちゃんと育ってるみたいで安心しました。――でも、まだまだ甘いわね」

 特務を遂行する為には手段を選んではならない。迷ってはならない。情けをかけてはならない。
 そうしなければ、守れないものがある。
 そうでなければ、貫けないものがある。

「そんな余裕ぶっこいてっと痛い目――はぎっ!」

「えっ?」

 だが、“正義の味方”は更にその先を歩いていた。




『狙撃の腕は落ちてないみたいね』

『銃だけ狙うとかマジめんどくせ……』

「何故、貴方が鹿島のことを……」

 初めて、香取の表情から貼り付けたような笑みが消える。
 そして、次の瞬間には彼女の感情が剥き出しとなって提督に襲いかかった。

「答えなさい、何故貴方の口からあの子の名前が出てくるの!」

「っ……調べたからに、決まってるだろ」

「そうじゃないわ。どうして……どうしてあの子を“お姉ちゃん”と呼んだんですか!」

「あの人が本当にそうなら、姉であるお前には言うまでもないんじゃないか?」

「まさか、貴方が……“少年A”……?」

 予想外の事が多すぎたのか、香取は頭の中で情報が処理しきれず、周囲への警戒も散漫になっていた。
 それを、彼女達は見逃さなかった。

「その話、私達も聞かせてもらっていいかしら」

「っ!?」

「それ以上はやめておいた方がいいですよ。色々な意味で今の彼女は機嫌が悪いですから」

(油断、しましたね……)

 爆弾の起爆装置を取り出そうとした体勢のまま、香取は身動きを封じられる。
 本来ならば全てが終わるまで待機と命令されていたのだが、現状と会話の内容が加賀達を以前提督を悩ませた秘密の抜け穴からの突入へと踏み切らせた。

「お前等、待機って言っといただろ」

「提督、そんなことはどうでもいいので話の続きをお願いします」

「……とりあえず、全員揃えてからな」

 加賀達がここへ来たということは、作戦が全て終了したということだ。
 しかし、色々なことが鎮守府のあちこちで起こっており、それら全部をバラバラに処理するよりも一度に処理しようと提督は考えた。

「それでいいよな、香取」

「……えぇ」

 二人の乱入によって逆に少し冷静さを取り戻したのか、香取は素直に降伏を受け入れる。
 そして、少し慌ただしかった鎮守府の夜は、静かに明けていった。




「よくありません。今すぐ話して下さい」

「お前人の話聞いてたか?」

「先に聞いておいて秘匿すべき情報かどうか判断します」

「大淀、お前までそっち側に回ると収拾がつかんからやめてくれ……」

 海岸沿いの小さな街に、一人の少年が住んでいた。
 あまり活発な方ではなく、浜辺で波の音を聞きながら本を読むのが好きな子だった。
 ある日、少年は一人の綺麗なお姉さんと出会った。彼女はどうやら近くに仕事で来ているらしく、ここに居るのも仕事の一環とのことだった。
 少年はその女性が何をしているのかは分からなかったが、なんとなく気になって毎日彼女に会いに浜辺へと足を伸ばした。
 毎日会える訳ではなかったが、会えた日は必ずおしゃべりをした。
 少年が話をした次の時にはお姉さんが話をする。お姉さんが話をした次の時には少年が話をする。
 そのやり取りが数ヶ月程続いたある日のこと、少年はいつものように浜辺へと出掛けた。
 そこにお姉さんの姿はなく、少し残念な気持ちを抱えながら少年は本を開く。
 聞こえてくるのは波の音、鳥の囀り。そして、狂ったように鳴り響く警報の音。
 本から顔を上げた少年の目に飛び込んできたのは、会いたかったお姉さんの姿。
 きっとお姉さんなら何が起こっているのか分かるはず、そんな風に思い彼女に駆け寄ろうとした少年の耳に飛び込んできたのは、逃げてと叫ぶ彼女の声と――それを呑み込む、砲火の轟音だった。

 ――夢。長い長い夢。

 ――繰り返される同じ記憶。

 ――私は、守れたのでしょうか。

 ――私は、役目を果たせたのでしょうか。

 ――世界は、どうなったのでしょうか。

 ――香取姉ぇは、無事でしょうか。

 ――叶うなら、またあの何気ない静かな語らいをもう一度だけ。




「――とりゃあ!」

「はうっ!? えっ!? 何、何なの?」

「はいはーい、寝起き突撃取材班の青葉です。一言お願いします!」

「一言? えーっと……」




 ――ショタこそ正義です。

「来なーい……来なーい……」

「ふあぁ~……暇じゃのぅ」

「浦風に抱き着きたい……浦風が足りない……」

「アンタらなぁ……まぁ、アレを見る限りこりゃこのまま何事もなく帰投することになりそうやね」

 鎮守府近海で何事もなく一夜を過ごすこととなってしまった四人。その任務の終わりを報せる二つの影が見えたことで、ようやく彼女達は警戒を解くことが出来た。
 だが、別の意味で彼女達には再び警戒しなければならない脅威が発生していたことに気付いていないのだ、今は、まだ。

「――大和」

「長門・陸奥・足柄・那智の四名を迎撃、拘束致しました」

「武蔵」

「人間三名と艦娘一名の混合小隊が八。無論、全員丁重にもてなしてやったぞ?」

「電」

「敵主力級二隻と交戦。その……色々あって拘束したのです」

「あぁ、ちゃんと聞いてるから問題ない。次、川内」

「向こうで神通と交戦、帰りに若干追われたけどトリモチ弾で撒いてきたよ」

「そうか。全員、ご苦労だったな」

「……キミ、うちらのこと忘れてへん?」

「冗談だ。お前達もずっと夜通し警戒任務で疲れただろ、ゆっくり休め。さて――」

 形式的な報告を済ませ、話は本題へと移っていく。
 まず、視線が集まったのは両腕を拘束された香取である。それを受けて、彼女はゆっくりと口を開いた。

「私はこの鎮守府を監視する為に来ました。貴方達が深海棲艦を匿っているという情報を、大本営に報告したのは私です。そして、今回彼等を鎮守府に手引きしたのも私です。提督に爆弾をつけ、傀儡にしようとしたのも私です」

 淡々と、全ては私が招いたことだと香取は説明する。そこに、嘘偽りはない。

「それはもう終わった話だ、そうじゃなくて理由を聞かせてくれるか?」

 呆れた視線が多数提督に突き刺さるが、無視して彼は香取に他に話すことがあるだろうと促す。

「……貴方達は良い意味でも悪い意味でも有名です。それをうまく使えば、あらゆる面で大本営はこの国においてより強大な立場を得られます。いずれは、政治にも関与出来るほどに」

「政治ときたか……まぁそれも置いといて、だ。香取、お前はどうして“そこ”に居る? それは、お前の本当にやりたいことか?」

 誰かの傍迷惑な戯言にも興味はなく、提督が聞きたいのは香取の願い。例えそれが間者であったとしても、彼の鎮守府におけるルールに例外はない。

「私、は……私はただ、あの子を守りたいだけ。私が従順で居る限り、あの子は解体されない……あの子の為なら、私は何だってします」

「そうか。じゃあもうこの話は終わりだな、後は好きにするといい」

 提督の言葉が途切れると同時に、彼等が集まっていた部屋の扉が開かれる。
 そこから姿を現したのは、連れてきた艦娘に肩を貸す青葉と――。

「あっ……あぁ……嘘……そんな」




「――久し振り、香取姉ぇ」

 まだ足取りの覚束ない、香取の大切な妹だった。

「なぁクソジジイ、用件は分かってるよな?」

『声に感情が出過ぎとる。冷静さを欠いとる奴とする話なんぞ無いわ』

「……やっぱり、全部知っててわざと止めなかったんだな。それに、“あの人”についてもはなから知ってやがったんだろ」

『儂が言って止めたところで解決する話でも無いのは、お前も分かっとるはずだ。……後者については儂を買い被り過ぎとる。知っておったら、今の多少は成長したお前に黙っとる訳なかろう』

「……悪い、頭に血が昇ってた」

『構わん。確かに今回の一件、儂達側に落ち度があったのは事実じゃ。それについてはきっちりとカタをつけておく』

「あぁ、頼む」

『暴走した上の命令で動いた子達については、こちらで引き取りに伺います。後の処理は任せて下さい』

「そうしてもらえると非常に助かる」

『無論、今回の件について儂が交渉材料としてそっちにちょーっと押し付けるかもしれんが、構わんよな? じゃまたの、クソガキ』

「はぁ!? おいちょっと待てジジ――切りやがった……」

(押し付けるだと……? もう嫌な予感しかしねぇぞ……)

「うふふ、練習巡洋艦鹿島、着任しました」

「改めまして、練習巡洋艦香取、よろしくお願いしますね?」

「……陽炎型十六番艦、嵐」

「陽炎型十七番艦、萩風。現時刻をもって、この鎮守府の監視任務を開始します」

「もう、好きにしてくれ……」



――――鹿島、嵐、萩風が着任しました。

艦娘が増えたよ、練度も最初からMAXだよ、やったね提督

数日中には三日月投下します

・三日月『月光』 、投下します

月の光にも影は出来る

 三日月です。今日は一日もっちーとデートの日、面倒だとは言いつつ付き合ってくれるからもっちーは大好きです。
 横で“昔の得物で脅すとかマジあり得ねーし……”とか言ってるけど、ただの照れ隠しです。
 甘いものを食べたり、もっちーに普段着ないような服を着せてみたり、姉妹へのお土産を買ったり、とても充実した一日を過ごせました。




 三日月です。今日は嵐という新規着任艦に誰かと間違われてあらぬ疑いをかけられました。
 私が過去に艦娘も人も闇に葬ってきた特務艦だったなんて、勘違いにも程があります。
 葬ってきた数は百を越えるって言ってましたけど、正確には八十四人ですし、そういう情報はちゃんと事実確認をしっかりとして欲しいです。
 横でもっちーが“腹パンは酷くね?”って言ってるけど、皆の前で月光月光言われたら私だって少し不快にもなります。




 三日月です。今日は司令官と二人で――。

「司令官」

「んー?」

「書類、片付けないんですか?」

「今日やるやつは終わった」

「そうですか……」

「なぁ、三日月」

「はい?」

「ツインテールとサイドテール、どっちがいい?」

「……サイドテールで」

「分かった。それとな三日月」

「何です?」

「――“葬爪”、封印してたよな?」

「ア、アレハゲッコウカメンガヤッタコトデス」

「みーかーづーきー?」

「……すいません。でも、緊急事態だったんです」

「それは電から聞いて知ってる。だが、提督として罰は与えないとな」

「……はい」

「よし。じゃあ後輩の面倒を二人でしっかりと見るように。鎮守府内でも浮いちまっててどうしたもんかと困ってるんだよ。まるで、ここへ来たばかりの頃のお前みたいだ」

「……はい! 三日月、精一杯頑張ります!」

「アイツには何も言ってないが、まぁ問題ないだろ」

「もっちーなら大丈夫です。私がちゃんと引きずっていきます」

「ははは、お前等本当に仲良いよな」

「今も昔も二人は仲良しですよ?」




 ――ちょっと一回、本気で殺し合っただけで。

――――もっちー。

 ――――だからもっちーはやめてくんね?

――――……もっち、か。

 ――――(うふふ、長月と三日月が望月を巡っての三角関係、なーんちゃって)

クーと春雨は合体分離自由な状態です、感覚共有したい場合のみ一緒になってます

「ねぇ、エラー。次は誰に話を聞こうか」

「あの、鎮守府最強って言われてる空母がいいかな?」

「それとも、最初の艦娘かな」

「おっきな闇を心に抱えたままの戦艦かな」

「迷子の道しるべになりたかった重巡かな」

「身体の疼きを抑えきれなくなりそうな軽巡かな」

「ねぇ、エラー」




――――誰の心を揺さぶるのがいいと思う?

・大鳳『思い出』 、投下します

スポブラ

 ――今、私はすることがない。
 仕方無く、暫くぼんやりと膝の上で寝ている彼の顔を見下ろした。
 こうしていると、落ち着くと同時に色々なことを思い出す。

(出会った時も、こうして寝てたわねこの人)

 頬をつついてみると、眉をひそめてうなった。きっと、加賀も一度はしたに違いない。
 そういえば終戦と同時に普通の生活サイクルに戻っていたけど、今もずっと私達のことしか考えてないし過保護だし戻れたのが不思議だ。

(まぁ確かに命の危険は減ったし、常に張り詰めてるような雰囲気は無くなったかしら)

 頬を引っ張る。あまり伸びないけど、変な顔が面白いし良い暇潰しを発見した。
 ただ、ちょっと無精髭がチクチクするし起きたらちゃんと剃らせよう。

(最近は結構適当だし、だらしなく見える時もあるし、凄く弱いけど)

 片手を頬に添えて、目を閉じて、上半身をゆっくり傾けていく。
 これは報酬。これは褒美。そういうことにしておこう。

(……ホント、どうしてこんな人に惚れちゃったんだか)

 それもこれも全部加賀が悪い。あんな状況で託されて、放っておける訳がない。

(それにしても起きないわね……)

 規則正しい寝息。ここの何人かはこんな状況だとこのまま襲いかねない。
 そういえば、最近は浦風と提督と三人で過ごすことが多くて、夜戦はご無沙汰だ。
 でも、私は乗るより乗られ――ってそうじゃない。

(……夕飯、とろろご飯とか良さそうね。他意は無いけど、うん)

 そういう系の食事が出ると一瞬表情が引きつるようになったらしいけど、偶々それが食べたい気分になったんだからしょうがない。
 明日から一週間は龍驤に遊技場の監視は頼んで、浦風の膝の上で映画でも見て過ごそう。

(ちょっと悔しいけど、膝に乗るとちょうど頭が柔らかいクッションに包まれて気持ち良いのよね……)

 最近苦しくなったから新しいのが欲しいと言われて、成長を喜ぶと同時に何とも言えない虚しさが胸に込み上げたものだ。
 十センチ差って、何よ。そういえば――。




――――私、今日誘えるような下着だったかしら……。

・陸奥『姉妹』 、投下します

ポンコツでも姉は姉

 金剛は妹を毎日何だかんだと構ってる。
 扶桑は山城を優しく見守ってる。
 伊勢は少し鬱陶しがられながらでも日向を構い続けてる。
 大和は武蔵の姉である為に、いつ挑戦されても絶対に逃げない。
 ビスマルクはドイツ組の面倒を常に見てる。
 ――じゃあ、私は長門に妹としてどう扱われているんだろう。

「長門、今日は何処かへ出掛けるの?」

「文月に動物園に連れていって欲しいと頼まれている」

「そう、なの……」

 また、胸の奥に小さな棘が刺さる。戦艦としての装甲がどれだけ厚くても、心の装甲はこんなにも脆い。
 長門は私に優しいし、買い物に誘えばついてきてくれる。でも、それは特別なことじゃない。
 長門の中での優先順位の上位に、私は居ないように思えてしまう。

「帰りは夕方になる予定だ」

「えぇ、分かったわ。行ってらっしゃい、長門」

「あぁ、行ってくる」

 笑顔で見送る。大丈夫、ちゃんと造れている。私には、ここで行かないでなんて言えない。
 素直な文月が、羨ましい。

(……私だって、甘えたい時もあるのよ?)

 こっそりと鳳翔さんに作ってもらった長門の縫いぐるみを取り出して、抱き締める。
 鳳翔さんには“やっぱり姉妹ね”って言われたけれど、お互いがお互いの縫いぐるみを持っている訳じゃない。
 今だけは、この成長しきった身体が恨めしく感じる。

「でも、小さくなっても長門は特に何も言ってくれなかったのよね……」

 いつも通りに出迎えられて、普段通りに過ごして、抱き締められたり膝に乗せてもらったりもない。
 こんなことを思っているのは私だけなのかもしれないと思うと、誰に話すことも出来ない。

(……長門のバカ)

 キツく、キツく縫いぐるみを抱き締める。
 夕方までには、いつもの私に戻らないといけない。今の私を長門に見せるのが、どうしようもなく、怖い。




「陸奥」

 ――なのにどうして、貴女はここに居るの?

「長門、文月、動物園……」

 単語しか出てこない。思考が現実を受け入れるのを拒否したがっている。
 蛇に睨まれた蛙のように、身体はベッドで長門ぐるみを抱き締めたまま固まっている。
 いっそ、このまま石化したい。

「行こうとはしたんだが、文月に追い返されてしまった」

 追い返された。また何かしたのだろうか。

「上の空で返事をしたら脳天を割られそうになってな、そんなに心配なら何で来たのと説教されたよ」

 心配、誰が、誰を。

「――陸奥、何か悩みがあるなら私で良ければ聞くぞ? これでも、私はお前の姉だからな」

「あ……」

 ポン、と頭に置かれた手。それが無性に嬉しくて、目の前が滲んでいく。
 私も、ちゃんと長門の目には映っていた。

「陸奥? どうした? 何故泣いているんだ? そ、そうだ! 私の駆逐艦ぐるみコレクションも抱き締めると安心するぞ! だ、誰がいい?」

 やっぱり、少し抜けているけれど、私の大切な姉は、この長門しかいない。

「――本物、貰うわね?」

 今だけは、私だけの姉で居て欲しい。
 きっと明日からはいつもの私に戻れるから、今だけ、妹のわがままを許して――姉さん。

「隠れシスコンだよな、アイツ」

「鳳翔さんに陸奥さんの縫いぐるみ作って貰ってたわよ?」

「小さくなった陸奥に色々しようとしたけど嫌われたくなくて身体に爪たてて堪えたせいで、太股から血が出たって入渠申請持ってきやがったからな」

「せめて陸奥さんの前では良い姉で居ようとしてるらしいけど、絶対無駄な努力になってるわね」

「まぁ長門なりに考えてのことだからそう言ってやるなよ。それに、取り合う相手は少ない方が良いだろ?」

「……司令官がそれ言う?」

「……もう増えないはずだ、多分」

次のリクエストは11日十九時より三つ受け付けます

鹿島文月磯波辺り気まぐれに書く予定

・舞風『踊らせて』(R18)

・嵐『夜を越えて』

・飛鷹『大体餅のせい』

以上三つでお送りします

 それは、彼のとても大切な思い出。
 それは、彼の“これまで”と“今”と“これから”の全てを決めた思い出。
 救われた命、救われている世界、腕が千切れそうな程手を伸ばさねば掴めない自分にも出来る何か。
 身体は病弱ではないが運動は出来ない部類、頭は知識の偏りが顕著。
 持っていたものは、人並みの青春も普通の生活も全てなげうってでもそこへたどり着くという決意。
 何度も倒れ、血ヘドを吐き、最低と最高の評価を受けてようやく掴んだ地獄への片道切符を、彼は笑顔で改札に通した。
 いつかのあの素敵な笑顔に、報いる為に。

「――提督? どうかされました?」

「……いや、何でもない」

 変わらない、変わっていない。
 昔のままの姿で、昔聞いた声で、今ここに彼女は居る。
 それだけで、提督には十分だった。

(変に気負わせたくないし、知っている奴等には口止めもしておいた。あれからもう二十年近く経ってるし、鹿島姉ちゃんだって俺が誰かは分からんだろ)

 正体を明かすことはせず、ただの提督と艦娘という関係を彼は望んだ。
 思い出は思い出のまま、それが一番だから、と。

「それにしても、随分と私が眠っちゃってる間に色々あったんですね」

「深海棲艦との戦いは終わって、鎮守府は未知の存在への防衛機構として存続。経費削減の影響でうちみたいに一般人相手に商売してるようなところも少なくない。まぁ暫くは困惑するだろうが、香取も居るし分からないことは教えてもらえ」

「はい、そうします」

 物珍しそうに色々と執務室の物を手に取り眺める鹿島。何にでも興味津々なその姿も昔を思い出させ、提督は自然と笑みを溢す。

「提督は、どうして提督に?」

 とある艦娘の手土産である木彫りの熊を見つめながら、鹿島は問う。


「不意に誰かが目の前から居なくなる様な世界を作った奴に喧嘩を売るためだ」

 ぼかしてはいるが、そこに一片の嘘もない。
 ちゃんとした別れの形でなければ、彼はこの鎮守府から誰か一人居なくなるだけで壊れてしまいかねない。

「寂しがり屋なのですね」

「はは、そうかもしれん」

「ふふ、可愛い人」

「可愛いはやめてくれ、背筋に悪寒が走った」

「可愛いですよ、提督は」

「だから――はぁ……」

 どうしてかは分からないが、提督は自分に視線を合わせて再び可愛いと言った彼女に否定の言葉を返すことが出来なかった。
 それは、無意識の肯定だったのかもしれない。




――――提督は可愛いですよ、今も、昔も。

練習巡洋艦鹿島

バーサーカー

“始まりの艦娘”の一人

 舞う風の様に、自由に、軽やかに、逃れるように、踊り続ける。
 誰かが言った、踊るなと。
 誰かが言った、戦えと。
 誰かが言った、ここに天岩戸はないと。




 彼は言った、うちのアイドルにダンスを教えてやってくれないかと。

「いててててて!?」

「ダメだぞー提督ー柔軟体操はちゃんとしないとー」

「ギブ! ギブ!!」

 背中から体重をかけている自分より一回りも体格の小さな少女に、ギブアップ宣言をする提督。
 床をバンバンと叩いているが、舞風はそれを無視して背中に抱き着く。

「ほらほら頑張れー床にペターンって出来たらご褒美あげちゃうよ?」

「ペタンの前にベキッといくわ! このペタンコ!」

「ほほぉ? そういうこと言う? 言っちゃう?」

「いでででで!?」

 本人的には別に気にしていない小振りな胸を更に押し付けるように、背中を押す力を強める。
 これ以上は本当にマズイというところは理解しているので、限界一杯のところをキープする。

「そりゃ浜風とかに比べたらちっちゃいけど、当たるぐらいはちゃんとあるでしょ?」

「ある! 当たってる! だからギブ!!」

「じゃあ、私と踊ってくれる?」

「分かった、踊る、踊るから!」

 それを口にした瞬間、今度は後ろへと彼の身体は引っ張られていく。
 視線も自然と床から部屋の天井を向き、頭はそこそこ柔らかい感触に迎えられる。

「……ちゃんと、リードしてね?」

「また痛いって泣かないでくれよ?」

「うっ……だって痛かったんだもん……」

「無理、しなくていいぞ」

「……痛かったけど、その……提督が凄く近く感じられて、嬉しかったから」

「……今、真っ赤だろ」

「そういうこと言わなくていいの!」




 夜の舞風が舞う相手は、この世界に一人だけ。

R-18部分は近日投下します

「――うーちゃんローリングうさうさアターック!!」

「え? うわあっ!?」

「ふっふーん、弥生も遂にうーちゃんの奇襲に……アレ?」

「痛たた……急にぶつかってくるなんて、水無月に恨みでもあるの?」

「ごめんだぴょん、艦娘間違いだぴょん。っていうか水無月はいつからここの子になったんだぴょん?」

「おっかない卯月にここに行けって言われたんだけど……司令官、どこに居るか分かる?」

「うーちゃんに任せるぴょん! 着任艦娘の案内任務開始しまーっす、ビシッ!」

「ありがと――ってえぇっ!?」

「よっ、はっ、ぴょん。水無月も早く昇ってくるぴょん」

「……壁じゃなくて普通に階段上るから、ちょっと待ってて」

「とうちゃーっく! ここが司令官の執務室でぇーっす」

「案内ありがと卯月。これからよろしく」

「うーちゃんでいいぴょん。どうせ部屋も一緒になるだろうし、ここで待ってるぴょん」

「うん、分かった」

 恐い卯月とハイテンション卯月に導かれ、たどり着いたは天国か地獄か、扉の先に待ち受けるは――。

「失礼します。今日からここでお世話になる水無月――」

「これはー困ったわーねー」

「見てないで止めろ山雲ー!」

「ずっと、ずっとお慕いしておりました。どうか瑞穂の気持ちをお受け取り下さい」

「気持ちだけで結構! というか気持ちもいらんから帰れ! 不法侵入で大本営に突き出すぞ!」

「あら、これは挨拶もせずに大変失礼を。――水上機母艦瑞穂、推参致しました。どうぞよろしくお願いします」

「なん……だと?」

「……ねぇ、異動願いって今すぐ出せる?」




――――水無月とストーカーが着任しました。

(ここから、長波姉さまの匂いがするかも……です)

(あの潮、深海棲艦とかいう奴等よりよっぽど危なそうだな……さて、ここに来ればそのうち姉貴達が来るらしいけど、どんな司令官が居るのやら)

 一人はフラフラと誰かを探すように、一人は今から会う人物への期待を胸に、鎮守府の前へとたどり着く。
 そして、そこからこの鎮守府の現状を目の当たりにする。

「提督、どうして瑞穂のことを避けるのですか?」

「悪い、艦娘にこんなことを言うのは信条に反するから言いたくないが言わせてもらう。お前マジで恐い!」

「はっはっは、あの男にあそこまで言わせるとは、アレはアレで貴重な仲間になりそうだ」

「これで色々自粛してくれると嬉しいのだけど……」

「無理だろう。我等が提督様がこの程度で変わるならこんな鎮守府が存在するはずもあるまい」

「武蔵! 加賀! お前等見てる暇があったら助けろ」

「だ、そうだが?」

「周囲の警戒は万全です。何も問題はありません」

「この裏切り者がー!!」




「……長波姉さま、ちょっと心配かも……です」

「おいおい何だこの鎮守府は……面白そうじゃないか!」

――――かも波が長波の匂いに吸い寄せられました。

――――松風が着任しました。

申し訳ありません、イベ復帰したのと決算期で更新遅れます

3月2日には更新予定です

遅れて申し訳無い、陽炎型はM寄り

・嵐『夜を越えて』、投下します





 ――――夜の先に待つ光を、追い求めていた。



 彼女はその任務の性質上、活動の主は夜だった。それは、過去の記憶を想起させる。
 しかし、そこ以外に居場所は最初から与えられていなかった。
 “外”から守る術は多くあれど、“内”から守る術は少ない。その身勝手とも言える理由の為に、多少の不満や葛藤はあれど、生きる為に萩風と嵐は任務をこなしてきた。
 ただ、それは存外悪い生活ではなく、彼女等は彼女等なりの正義を持って組織をまとめていた。
 ――だからこそ、彼女はこの鎮守府を認められずにいる。




(夜、か……最初はあんなに嫌だったんだけどな)

 時刻は、時計の短針が右から右下を指す頃。毎夜の様に、彼女はこうして空を見上げている。
 萩風は徐々にここでの生活に馴染み始めているが、嵐はどうしてもその気にはなれなかったからだ。
 実際に生活してみて、ここに居る艦娘がただ静かに平和に暮らすことだけを願っているのは、彼女も肌で感じ取っている。しかし、それはいつどう転ぶか分からない不確定要素の上に成り立っているのも、また事実だった。

(一寸先は闇。簡単に道なんて踏み外すし、何度もそれをこの目で見てきた。だから、俺は――)

「夜はいいよねぇ」

「っ!?」

 突如木ノ上から声をかけられ、嵐は身構える。降りてきた顔を見て警戒は解けたものの、彼女の顔は青ざめた。

「せ、川内さん……」

「人の顔見るなりその顔はヒドいなー」

「すいません……」

 隻眼の呪刃使い神通、葬送歌しか歌わない那珂という異色な二人を見てきた為、過去の記憶も相まって川内にも多少の苦手意識を嵐は持っていた。
 それを感じ取ったのか、川内はなるべく優しく微笑みかける。

「怖がらなくても別にとって食べたりしないって、熊じゃないんだし」

「……川内さんは、どうしてここに居るんですか?」

「んー……妹の為、だった」

「だった?」

「今は私の意思で、私の為に、皆の為にここに居る。ここの裏山から鎮守府を見下ろすのが、一番落ち着くんだよね」

 とても穏やかな目。平和を、今のこの日常を心から大切にしているのが、誰の目にも明らかだ。
 それが分からないほど、嵐も馬鹿ではない。

「じゃあ……何で、深海棲艦なんか匿ったりしてるんですか」

「可愛いじゃん、あの子達」

「そういう問題じゃ――」

「あの子達はこの鎮守府の仲間として受け入れられた。だから守る。傷付けるなら、誰であれ容赦しないよ」

 穏やかな雰囲気を崩すことのないまま、川内はそう言い放った。それは、ここで暮らす上で侵してはならないタブーの様なものなのだと、嵐は認識する。

「嵐もさ、もっと気楽にのびのびしたらいいと思うよ。別に今までの自分を捨てろとまでは言わないけど、そんな顔してたらお節介が次から次へと現れて落ち着かないよ? 私みたいに、ね」

「……」

 ウィンクする川内、ポーズ付き。数秒の静寂の後、無言の嵐にジッと見つめられていることに耐えきれず、川内は大きく咳払いをする。

「え、えっと、那珂のステージでたまにやるからつい癖でやっちゃっただけで――」

「……くっ」

「?」

「はは、あはははっ!」

「ちょっ、笑わなくてもいいじゃん!」

「すんません、何か色々小難しく考えてたのが馬鹿らしくなっちゃって」

「……また、何かあればここにおいでよ。いつでも話ぐらい付き合うから」

「はい、ありがとうございます」

 少し、スッキリした表情を浮かべる嵐。それに満足したのか、川内はまた何処かへと姿を消していった。

(……俺は、俺の正義を信じたまま、ここに居ればいいってことだよな)

 ずっと闇の中に居たせいで、光に当たるのを気付かぬうちに恐れていた少女。
 しかし、同時に光を求めてもいた少女は、白み始めた空を綺麗だと感じていた。




――――川内お姉ちゃん、恥ずかしがっちゃダメなんだよ―?

 ――――し、仕方ないじゃん!

――――(カメラで撮りたかったです……)

・飛鷹『大体餅のせい』 、投下します

実は提督のケッコンカッコカリお断り回数上位

 常に対等でありたい、飛鷹はそう思っている。
 言いたいことは言うし、遠慮は一切しない。それを提督も受け入れており、秘書艦日に一回は口喧嘩をするのが彼等の恒例行事のようになっていた。
 この日も、それは不意に発生した。

「――今日はあべかわ餅の気分だったのよ」

「砂糖醤油も分けて作れば良かった話だろ」

「別にいいじゃない、美味しいし」

「美味いけど俺は砂糖醤油の気分だったんだよ」

「うるさいわね……そんなに食べたいなら間宮さんにお餅貰ってきて自分で作れば?」

「……あべかわでいい」

「だったら最初から文句言わないで」

「文句なんて言ってないだろ」

「文句以外の何物でもなかったと思うけど?」

「……茶」

「自分で淹れなさいよ」

「……」

「――最近、あんまり外出てないんじゃない?」

「新規着任艦娘が多すぎる。手続きと事後処理やらでそんな暇ない」

「加賀と吹雪に少しは任せたら?」

「なるべく“こっち”は俺で済ませたい。アイツ等には鎮守府の運営に専念してもらいたいしな――ん、ほうじ茶」

「ありがと」

「……まさか、それでか?」

「何の話?」

「年寄り扱いするな、多少塩分取りすぎたところで死なんわ」

「健康診断、血圧で引っ掛かってた癖に」

「アレは別の理由だ」

「へー、どんな?」

「……寝不足」

「ふーん、バカなの?」

「タイミングが悪かったんだから仕方無いだろ」

「……今日はこれ食べたら仕事禁止ね」

「断る」

「加賀と吹雪にはもう言ってあるから」

「お前、何勝手むぐっ!?」

「今日は私に付き合いなさい。まさか艦娘のお願いを断ったりしないわよね、提督?」

「……何が望みだ?」

「服、春物が足りないの」

「ひょっとしてお前、また――」

「その先言ったら海に沈めるわよ……」

「はぁ……全く、相変わらず強引な奴だ」

「誰かさんがもう少ししっかりして逞しくなったら、しおらしい私が見れるかもね」

「そんな気持ち悪いもん飯の時にいてっ!?」

「つい手が滑ったわ、ごめんあそばせ」

「お前なぁ……食ったら行くぞ」

「えぇ」

――――どっちがいい?

 ――――餅色。

――――白って言いなさいよ。

次のリクエストは今夜22時より三つ受け付けます

未着任はいっぱいです

・秋月『妹のしつけ』

・萩風『雑誌』

・イムヤ『溺れるほどに』(R-18)

以上三本でお送りします

仮面ライダー嵐VS月光仮面

・秋月『妹のしつけ』 、投下します

E:缶詰

「照月、また電気付けっぱなしにしてたでしょ!」

「ごめんなさい……」

「キヒヒ、怒ラレテル怒ラレテル」

「ルキはお菓子こぼさない!」

「後デ掃除スレバイイジャン」

「じゃあ明日からルキはおやつ無しね」

「……ゴメンナサイ」

「ルキも怒られてるじゃん」

「ウルサイバーカ」

「何ですってー!?」

「……二人とも、全く反省してないでしょ」

 来た頃は一人だけで静かだった秋月の部屋も、今は毎日のように怒声が聞こえるようになっていた。
 質素倹約の精神で生活している彼女と比べると、照月はとにかく元気で細かいことは気にしないタイプだ。
 ルキも照月と同じ様なもので、彼女が現れてからは秋月の怒鳴る回数も単純に二倍に増えている。
 今日もまた、廊下に彼女の怒鳴り声は響き渡るのだった。

「毎日毎日気が休まりません……」

「元気で姉に退屈させない良い妹じゃないか」

「提督、秘書艦日は二人セットでどうですか?」

「遠慮する」

「この調子だと、他の妹達が来たらもっと大変そう……」

「大変か。じゃあ秋月型の新規着任は断りを入れた方が良さそうだな」

「……」

「痛い。無言で長十センチ砲ちゃんで人をつつくのはやめろ」

「提督は、たまに意地悪です」

「真面目な奴を見るとついからかいたくって痛い!」

「長十センチ砲ちゃんも怒ってます」

「そいつ単純に俺のこと嫌いなだけだろ……で、どうする?」

「はい?」

「新規着任」

「誰の、ですか?」

「お前の妹」

「……本当?」

「照月に負けず劣らず元気な奴らしい。うちで引き取って欲しいそうだ」

「是非、お願いします」

「もっと賑やかで落ち着かなくなるが?」

「――妹をしつけるのは、姉の務めですから」

「秋月型の四番艦、初月だ。お前が提督か? そっちは姉さんだな、よろしく」

「よろしくな、初月。で……何で缶詰食ってんだ?」

「期限が近かったんだ。姉さんも食べる?」

「初月、ちょっとこっち来て」

「ん? どうかした?」

「いいから、こっち来て」

(照月とは違った意味で、これはまた賑やかにしてくれそうだな)




――――どうして鯖缶食べながら着任の挨拶に来たの!?

 ――――さっきも言ったよ、期限が近かったんだ。

――――ちゃんと食べようとする気持ちは偉いと思う。でも、後で良かったでしょ?

 ――――だって、お腹空いたから。

 平凡な日常、平凡な生活、普通の女の子に憧れた。時折目にする、鞄を手に学校に向かう女の子達が羨ましかった。
 少女漫画の主役じゃなくて、その背後を通り過ぎるだけの名も無い女の子になりたかった。
 特別なんていらない。山も谷もない緩やかな生を送りたい。
 その願いだけは、結局叶えてもらえなかった。




「磯波、オ前処女ナノカ?」

「・・・・・・カモミールティーでも飲もうかな」

「オイ、無視スンナ」

「ヒャアァァァァ!? 首、舐めるのやめてって言ってるのに……」

「早ク抱イテ貰エヨ、ソノ為ニ下着買ッタンダロ?」

「あ、あれは叢雲がたまにはこういうのも買いなさいって無理矢理……」

「折角サイズモデカクナッタンダ、モット大キクシテモラッテコイヨ」

「レキ、誰からそういう話聞いてくるの?」

「漣」

「漣ちゃんか……じゃあやっぱり私はいいかな」

(今サラット失礼ナ事考エタナコイツ)

「私はただ普通に司令官とお話して、たまにお出かけして、時々一緒に寝られたら満足だし」

「ソウイウ事言ッテルト、アットイウ間ニアイツ爺サンダゼ?」

「……うん、そうだろうね」

「ケッ、ツマンネー。ジャアイッソ俺ガコノ尻尾デ磯波ノ――プギュ!?」

「レキ? そういう冗談私好きじゃないから、やめてね?」

(普段オドオドシテル癖ニ、コウイウ時ハ怖インダヨナ、コイツ……)

「――でも、いつかは司令官とそういうことするのも、普通と言えば普通なのかな」

「プハッ! ソリャソウダロ。年中盛ッテル奴モ居ルグライダ」

「アレは普通じゃないと思う」

「愛サレタイッテノハ普通ジャネ?」

「……レキって、意外とお節介なんだね」

「ソーカ? 磯波ハ悪戯ノシ甲斐ガアルカラ、カラカウネタガ増エタラ良イナッテ思ッタダケダゼ」

「うん、そういうことにしとく」

「……アーン」

「ヒャアァァァァ!?」




 私の新しい友達は、ちょっと色白で尻尾にもう一つ口がある手乗りサイズの女の子。
 口は悪いし、人の身体を舐めたり噛んだりするのが好きないたずらっ子だけど、優しい子。
 普通からはまた遠ざかってしまったけど、今はこの生活が、私の大切な日常。

・萩風『雑誌』、投下します

信じて送り出した萩風から左手の薬指に光るモノをつけた写真が送られてきた

「……」

「……」

 カリカリと書類にペンが走る音だけが、執務室に響く。この日の秘書艦は、着任してまだ日も浅い萩風だ。
 経緯が経緯であり、嵐程ではないものの彼女も提督や鎮守府自体に不信感を持っていた。
 それを重々承知している為、提督もこの機会を活かそうと事前にリサーチをして、とある萩風に関する情報を彼は入手していた。

「――萩風」

「何でしょうか」

「今日の昼、少し付き合え」

「……そういうことは他の子に言って下さい」

「パンケーキ食べ放題の店なんだが」

「そ、そんなもので釣られると――」

「今だけの限定メニューがあるらしいぞ」

「行きます!」

「お、おぉ」

 舞風と野分から雑誌に折り目が付いていて赤ペンで店に丸がしてあったと聞いており、それなりの反応は期待していた提督だが、予想以上の食い付きの良さに逆に不安にさせられていた。

(意外と簡単に騙されるんじゃないか、コイツ……)

 提督に対しては一度も見せたことのない上機嫌な顔で、萩風は着替えてきますと自室へ戻る。
 これが世間一般に言うデートになるという認識は、すっかり彼女の頭の中からパンケーキに弾き飛ばされていたのだった。

 目的の店は鎮守府から一時間以上かかる距離にあり、それなりの時間を要する。
 その間、終始無言というのも苦痛でしかなく、道中で鼻歌でも歌いそうな彼女の機嫌の良さに乗じて、提督は少しずつ会話を振っていく。

「あっちに居た頃は、嵐とずっと一緒だったのか?」

「そうですね、ずっと嵐と一緒でした」

「他に居た奴等とも仲は良かったのか? 長門とか足柄とかそれなりの数が居た様だが」

「昔はあまりそういう風でも無かったそうですけど、私達が所属した頃には制限はあれどかなり自由な雰囲気で、隊の仲間も全員良い人達でした」

「そうか……」

 提督が三日月から昔聞いた話と比べていくと、かなり特務部隊の内情が変わったことが窺い知れる。
 そのこと自体は既に分かっていた部分も多かったものの、実際に当人から聞くのとではまた違った印象を彼は受けた。

(うーん……一応検閲ってことであっちから来た手紙とか確認してたが、どう見ても萩風に好意持ってる奴のとかあったし、流石にやめてやった方が良さそうだな)

 ラブレター一歩手前の内容を検閲するのが苦痛でしか無かったという理由では断じて無いと心の中で呟きながら、提督は自由にあちらとのやり取りを許可する方向で加賀や霧島達に話を通そうと考える。
 そんなことを彼が考えているとは露知らず、萩風は今まで自由に出歩いたことが無かったのもあって、色々な店を興味深そうに眺めていた。

(あっ、あの喫茶店この前雑誌に載ってたところ。あっちの女の子キャラクターのポスターが一杯貼ってある店は何のお店なんだろ?)

 視線が一定の位置に定まることはなく、次から次へと何かを探して彼女は辺りを見回す。
 そして、気付かぬ内に今までならば絶対にやらなかったであろう行動を彼女は無意識に行なった。

「――ねぇ、あのお店に少し寄ってもいい?」

「ん?」

「あっ……い、いえ、その、あの、ごめんなさい。いつも隣に嵐が居たから、つい……」

「あそこか? いいぞ、パンケーキ食って帰るだけじゃ味気無いしな」

「えっ? あの、ありがとう、ございます……」

 つい引っ張った腕の感触に、今まで意識していなかった隣を歩くのが男性であるということを認識した萩風は、急な緊張感に襲われるのだった。

「……」

「……」

「……?」

「っ……」

 既にあちこち付き合わされて慣れきってしまっているが、提督のようなパッと見金を持っているとは思えない男性が居るのは違和感のある、ちょっとお高めなアンティークショップに彼等は居た。
 しかし、行きたいと口にした当の萩風の方が落ち着きがなく、商品よりも提督の方を気にしている。
 それに気付かないほど彼も馬鹿ではなく、何かあるのかと彼女を見ると、明らかに不自然に手近な商品を見るフリをして視線を避けた。

(さっきまでは普通に話が出来てたってのに、一体何だってんだ?)

(冷静に考えたら、こ、これってデート……? でも相手は司令だし、私と嵐は彼等を監視するのが任務で、だから――)

 目をグルグルさせながら、萩風は落ち着こうと必死になる。
 特務部隊時代にも男性の隊員と会話をすることはあっても、そこには必ず嵐や他の仲間が居た。こうして男性と二人きりという場面は今までに無かったのだ。
 それを言うなら執務室でも二人きりだったのだが、常に執務室が誰かによって監視されているのは彼女も知っており、鎮守府の外に居る今とは違うと認識していた。

「――萩風」

「ひゃいっ!?」

「おいっ!?」

 いつもの彼女ならばそんな醜態は見せないだろうが、手に持っていたティーカップを宙に舞わせた。
 それをキャッチしようと提督は手を伸ばすが、彼の反射神経では指一本届かず、店内にカップが割れる音が響く。

「お客様、どうされました?」

「あっ、あの、私――」

「お騒がせしてすいません、手を滑らせてしまって。割れてしまったこれと、こちらのセットを頂けますか?」

「あらあら、お二人ともお怪我はございませんか? すぐに片付けますので、あちらで少々お待ちください」

 店員に片付けを任せて、二人は客用のソファーに移動する。何かを言いたそうにしている萩風に先んじて、提督は口を開いた。

「気にするな。急に声をかけたのは俺だ、お前のせいじゃない」

「司令……」

「それより、本当に怪我とかないか?」

「はい、大丈夫です」

「そうか、じゃあ会計が終わったらそろそろパンケーキ食いに行くとするか」

「……はい」

「萩風! アイツと出掛けたってホントか!?」

「……うん」

「大丈夫か、何かされたりしなかったか!?」

「……うん」

「……そのティーカップとポット、何だ?」

「……ねぇ、嵐」

「?」

「私、ずっとここに居ようかな」

「・・・・・・はぁ!?」




――――提督、この買い物は何ですか?

 ――――……必要だったんだ。

――――そうですか。では今度私にもプレゼントして下さいね?

 ――――(大淀の持ってるのがゼクシィに見えるのは気のせいだと思いたい……思わせてくれ!)

「――お久しぶりですね」

「あら、貴女もここに?」

「えぇ」

「他の皆はどうしているのか、知ってます?」

「長門はどこかの鎮守府でひっそりと暮らしているそうですよ。卯月は相変わらず、です」

「ふふふ、そう……信濃と川内は、還ったんですね」

「二人とも、私達より人間に最初から好意的でしたから」

「文字通り血路を開いて、ですか……」

「海に囲まれた日本が戦える環境を維持できたのは、彼女達の様な存在のお陰です」

「やっぱり、あの時の誓いは果たせませんでしたね」

「四人も生き残っていただけでも、奇跡じゃないでしょうか」

「……変わったわね、貴女」

「子供を庇って二十年も寝ていた貴女に言われたくないわ」

「これも運命、みたいなものかしら」

「……それを真に望むなら、私は口を挟みません。ですが――」

「その表情、衰えていても“鉄血”の風格は健在みたいですね」

「“狂笑”と呼ばれていた貴女に言われたくありません」

「安心して。あの子は私にとっても特別な存在なんですから」

「……その言葉に偽りが無いと、今は信じておきます」

「そういえば、あの軽空母は元気にしているの?」

「えぇ、龍驤もここに居ますよ」

「あらあら、ふふふ、ちょっと挨拶してきます」

「……程々にしてあげてね?」




――――ふふふ、久しぶりね?

 ――――げえっ……。

――――ふふふ、ふふふふふ。

 ――――ちょっ、こっち来んな鹿島!? うちはもうあの頃みたいにアンタのオモチャには……ぎゃあぁぁぁっ!?

本日帰宅後満潮と足柄の話を各一本と、イムヤR18導入投下します

イムヤはC

 初めの仲間は腕が飛んだ、足が千切れた、頭が半分になった、上と下に分かれた、食われた、焼けた、裂かれた、皆、皆沈んだ、私は見てただけ。
 次の仲間は次々に狂っていった、最初に司令官を巡って秘書艦が壊れていった、その後姉妹艦が壊れていった、それから他の仲間も壊れていった、最後は数人残して皆解体された、私は見てただけ。
 次の仲間は無茶な作戦で皆沈んだ、私は入渠してただけ。
 次の仲間は、何だっけ、そうそう、司令官が首を吊って皆バラバラになった、私は発見しただけ。
 次の仲間は、姉妹が大半揃ってて、皆そこそこ仲良くやってて、でも、一人欠けて、それから陰で“疫病神”って呼ばれて、もう何もかも嫌になって、私は逃げただけ。
 最後の仲間は――。




「――満潮」

「何?」

「少しの間、綿雲の面倒をお願い出来る? 荒潮に呼ばれてるんだけど、流石に店には連れていけないから……」

「いいわよ、早く行ってきなさいな」

「ありがとう満潮、じゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃい。……さて、と」

 ――わふ?

「散歩でも、しましょうか」

 ――わんっ!




 ――私に優しい居場所をくれただけ。

 独断専行、撤退命令無視、無許可開発、無断外出等々、数々の命令違反を犯したその艦娘はとある鎮守府に引き取られた。
 てっきり解体されるものだと思っていた彼女は、恐らく何か良からぬ理由で取引材料にでも使われたのだろうと推測していた。

(演習の的とかそういうのはちょっと勘弁して欲しいわね……)

 出来れば無茶な作戦でもいいから出撃して、とにかく深海棲艦を一隻でも多く沈めたい。それが勝利に誰より執着している、足柄の願う処罰だった。
 とりあえず、入口で突っ立って居ても仕方無いと鎮守府の中へ歩を進めた彼女を待っていたのは――道のど真ん中で寝ている駆逐艦の姿であった。

「ははははは、いや助かった。まさか荷物を取りに行かせたらそのまま道で寝てて、あまつさえ着任艦に荷物ごと運ばれてくるとはな」

「だって、重かったし……」

(一体どんなブラック鎮守府かと思ったら……なかなか良さそうね)

 本能的に、足柄はこの鎮守府を良い場所だと思った。何よりも直感を信じてきた彼女には、それだけで十分だった。

「挨拶が遅れてごめんなさい。重巡洋艦足柄、今日からここでお世話になるわね。――それで、どうして私を呼んだのかしら?」

「ん? 練度が高くて実戦経験豊富な重巡が問題ばっか起こして解体されそうって聞いたからだ」

「ここでも問題を起こすかもしれないわよ?」

「――お前の戦う理由は?」

「勝ちたいから」

「どうして勝ちたい」

「だって、勝てばそれだけ平和に近付くじゃない」

「なら、俺はお前の勝利の為に最善を尽くすことを約束しよう」

「えぇ、お願いするわね。変わり者の提督さん」

「それでな足柄、早速頼みがあるんだが」

「何かしら」

「……そこでもう一回寝ちまった初雪、部屋に連れていってくれ」

「ふふ、初任務、了解よ」

「――で、あの頃のお前はどこ行ったんだ」

「ちょっと今話しかけないで提督!」

(何でうちの鎮守府こんなにゲーマーばっかなんだ……)

「んにゃー!? 負けたー!?」

「綺麗にヘッドショット喰らったな。もう少し隠れることを覚えろ」

「だって、そういうの苦手なんだもの」

「お前よくそれでそのゲームやろうと思ったな」

「……提督、指揮して」

「はぁ……相手は?」

「子多摩のところの球磨」

「だったら――」




 昔の足柄の願いは、平和。
 今の足柄の願いは、日常。
 それを奪おうとでもしない限り、彼女が再び牙を剥くことはない。




「妙高、お前の妹どうにかならないか?」

「どうにか?」

「ゲームに深夜まで付き合わされた挙げ句、今タンクトップにパンツ一丁で俺のベッドで寝てやがる……」

(……足柄も少しはそういう方面に成長したんですね)

「妙高、どうして今の流れで涙浮かべてんだ」

 その日、イムヤに鎮守府内にあるプールへと連れて来られた提督は、潜水艦娘も順調に成長しているなと彼女が水面に浮かぶ姿を見ながらぼんやりとしていた。
 盛り上がる二つの山は、イク程ではないが来た頃に比べればワンサイズは大きくなっていると彼は推測する。

「――司令官」

「んー?」

「あんまりジーって見られると、流石に恥ずかしいんだけど……」

「気にするな、お前達の成長の観察も俺のやらなきゃならんことの一つだ」

「だったら胸ばっか見ないでよね」

「前は見ろと怒られて、今は見るなと怒られる。何とも理不尽なもんだな」

「それは司令官が昔は誘っても逃げてたからでしょ。それよりほら、一緒に泳ご?」

(……たまにはこういう日があってもいいよな)

 プールサイドまで近寄ってきて、手を提督へと伸ばすイムヤ。この日は珍しくそういう気分だったのか、彼は逆に彼女を引っ張りあげようとする。
 抵抗さえ無ければ、提督でも潜水艦娘一人持ち上げるぐらいは可能だった。

「……浮上させてどうするつもりなの?」

「ここにあるお前のスマホで撮影でもするか」

「自撮り写真とか私のスマホにはいらないからやめて」

 普段は彼女が絶対に手放さないスマホも、提督と居る間だけは電源が切られていた。それだけ、イムヤにとってこの時間は大切なものということだ。
 今も提督の胸に顔を埋めながら、幸せそうな表情を浮かべている。

「お前、最近だとどこ行ったんだ?」

「イギリス」

「何でイギリスなんぞに」

「ちょっとSNSで知り合ったエリザベスさんに会いに行ってたの」

「……エリザベス、か」

「何? 今一瞬男と会ってたとか思った?」

「外出禁止、食らいたいんだな?」

「そんなことしたら司令官の部屋の中を毎日ムービーで撮影するから」

「それは……互いの為にならんだろ」

 割と本気で言っていそうなイムヤに冷や汗をかきつつ、提督は彼女の水を滴らせている髪を指で遊ぶ。
 鎮守府内でも五本の指に入る長さの髪は、水を吸って相当重い。

「……他の皆にも聞いたけど、司令官ってホント髪と足ばっか触るわよね」

「何だ、悪いか」

「悪い」

「何がだよ」

「――今、水着なんだけど」




 押し付けられている胸は、やはり以前より成長していた。

続き、投下します

 いつものスク水ではなく、オレンジ色のフリルビキニ。見上げる彼女を見下ろせば、谷間が見える。押し付けられていることでそれは更に強調されていて、彼女が狙ってやっているのは明らかだ。
 そんなイムヤの誘惑に、提督はひねくれた形で応じた。

「っ……お尻?」

「一番手近にあった」

「何か、手つきがいやらしい」

「逆にそうじゃなかったらおかしいだろ」

 最初は撫でるように、徐々に揉むように刺激していく。その間、終始提督をイムヤは見上げていたが、表情に変化は無かった。
 何か気に障ったのかと思い提督が手を止めると、彼女の手がそっと彼の頬に添えられた。

「――司令官の目って、少し青いのね」

「そうなのか?」

「自分で気付いてなかったの?」

「昔は普通だったんでな」

「そうなんだ」

 見つめる。見つめ合う。互いの心の奥まで覗くように、視線を絡め合う。
 瞳の中に溺れていくような、沈んでいくような、それでいて心地好い感覚。包み隠さず全てをさらけ出しても構わないと互いに思えなければ、それは味わえない。

「ねぇ、司令官」

「何だ?」

「……溺れさせて」

 望まれたなら、彼は叶える。唇を塞ぎ、舌を絡め、息継ぎの間を与えぬ程、深く貪る。

「ん……ちゅ……んぅ……」

 身体という境界を越えて、一つに解け合うように互いを求める。まるで深海に潜っているかのように、今の二人には唇を重ねている相手の情報しか入ってこない。

「――っ……んはぁ……」

「……」

 潤んだ瞳、未だに唇と唇を繋ぐ透明の糸、火照ったように上気した頬。
 最初から止める気もなかったが、もう止まるはずがなかった。

「しれ――んむっ!?」

 唇を奪い、ビキニの中へ手を入れて胸をまさぐり、秘部をなぞる。
 布に包まれた柔らかな丘は手に吸い付く様にフィットし、中心が割れている丘からはプールの水ではない湿り気が感じられた。

「ふむぅ、んふぅっ!……んっ……」

 強張ったり、脱力したり、忙しなくイムヤは身体をくねらせる。初めて提督から積極的に攻められたこともあり、普段より彼女も興奮していた。

(溺れたい、か……俺だって、溺れそうだ)

 舌を絡め、息つく暇を与えぬまま、快楽へ誘う為に指を這わせる。
 下から掬い上げるように胸を揉みしだき、突起を指で弾く。秘部にもビキニ越しではなく直接触れ、中から溢れ始めた愛液を塗り込むように入り口をなぞる。

「はむ……んふぅ……んぅっ!」

 次第に布の感触がもどかしくなり、提督は乱暴に上をめくりあげる。綺麗な桜色の乳首が大気に晒され、自然とそこへ指が動く。

「んっ!? んふっ! んぅっ!?」

 つまみ、弾き、転がす。普段ならば少し痛みを感じていたかもしれないが、今の彼女には快感だけが突き抜けていった。
 秘部から溢れる愛液も多くなり、一度もプールにすら浸けていない彼の指はふやけていく。

(……このままだと気付かれそうだが、もう無理だな)

 気を遣って誰も近付かないとはいえ、流石に喘ぎ声が響けば屋外である以上響く。しかし、彼も彼女も既に撤退できるラインはとうに越えていた。

「――あっ……はぁ……やっダメ、待って、声――んぅぅぅぅぅっ!?」

 声を抑える心構えをしようとする間もなく、水着の横から一気に奥へと貫かれる。
 どうにか手で口元を塞ぎはしたものの、それも徐々に意味を成さなくなっていく。

「んむっ、ふあっ!? しれいか、ダメ、気付かれちゃうっ……あんっ! 奥、奥まで来るぅっ!」

 子宮口に叩き付けるように、提督は腰を突き上げる。その度に、もう我慢どころではなくなった彼女の声と、結合部から響く卑猥な水音がプールに響いた。
 そして、その耳からの刺激が更に行為を激しくさせていく。

「っ……イムヤ、出すぞ」

「ダメっ、あっ……来る、来ちゃうぅっ!?」

 吐き出される白濁液。力尽きて提督に倒れかかった彼女の身体は小刻みに痙攣し、その度に少し隙間の出来た秘部から二人の混ざり合った体液が溢れて伝い落ちていく。

「っ…………バカ」

「俺は悪くない」

「……でも、嬉しかった」

「……俺は悪くないからな」

「へっ? ちょっ、嘘!?」




――――鎮守府共用施設での夜戦はやめてください。

 ――――善処はする。

――――……外の方がいいの?

 ――――……そんな趣味はない、多分。

次のリクエストはヒトキュウマルマルより三つ受け付けます

瑞加賀、鈴熊、近日投下予定

・赤城『この一瞬を』

・羽黒『姉さんとの休日』

・由良『艦娘であるということ』

以上、三本でお送りします






 ――その日、初めて私は加賀さんと殺し合った。




 加賀さんに、私は挑み続けている。勝ちたい。勝って、あの人の後ろじゃなくて隣に立ちたい。
 これだけは、提督さんにだって叶えて貰うわけにはいかない。私が、私だけの力で、成し遂げなきゃならない。
 誰の力も借りない、誰にも邪魔されたくない。
 今日もまた、デートの待ち合わせ場所に向かうように演習場へ走る。絶対に先に行って待ったりしない、先に準備して静かに佇むあの人を見るのが好きだから。

「加賀さ――?」

「……」

 ゆっくりと振り返った、憎たらしい程憧れている先輩は、見慣れない、見慣れた紫の目をしていた。

 ――最強である必要は、もうない。

「本当に?」

 ――討ち果たすべき相手は、もういない。

「最強でない貴女に、皆は納得するの?」

 ――だから、私はここに居る。

「守れなくてもいいの?」

 ――私の仲間は、強いわ。

「だからといって、貴女が強くなくていい理由にはならないんじゃないかな?」

 ――今が、幸せなの。

「そっか。じゃあ――こうすれば貴女は強さを求めてくれるのかな?」

 ――っ!? 何、これは……あっ、やめ……やめてっ……提督、赤城さん、瑞鶴!……こんなの、嘘っ……!

「あれ? 貴女達が今生きていられるのは未知の驚異への対抗策としてなんだよね? だったら、大切な人達が死ぬ可能性はまだあるよね?」

 ――わたし、私、はっ!

「うん、今の貴女じゃ絶対に守れないよ? だって、こうして私にいいように遊ばれてるもの」

 ――あっ、ああ、ああアアアアアアッ!!




「――あら、ごめんなさい。失敗しちゃった」

「加賀さん……?」

「……瑞鶴」

「ねぇ、それ、冗談のつもり? 笑えないから、やめてよ」

「私ハ、貴女達を……」

「っ……前々から思ってたけど、加賀さんって意外とバカだよね」

「ず、イカクゥ!」

「――第一次航空隊発艦、目標バカな一航戦!」

 分かってる。きっと下らないことを考えてて、一人で悩んで、またあの時みたいに私達の気持ちなんて分かってくれてないんだ。

「っ……そんな状態でも、やっぱり加賀さんは加賀さんね!」

「鎧袖一触、蹴散ラシマス」

「出来るもんならしてみなさいよおっ!!」

 動きについていくだけで、神経が磨り減っていく。やっぱり、強い。まだ届かないかもしれない。

「――第二次航空隊、敵艦載機を殲滅して!」

「火ノ塊トナッテ、沈ミナサイ」

「くっ……まだよ、まだ終わってない!」

 バカ。バカバカバカ。どうして頼ってくれないのよ、どうして何も話してくれないの。そんなにまだ頼りないの、私。
 貴女だから、皆提督を安心して任せてたんだよ。別に弱音も愚痴も言っていいじゃない。完璧だから、ただ最強だから貴女に託してたんじゃない。

「私がっ! 私の憧れた貴女はっ!! そんな弱い人じゃないでしょっ!?」

「アアァァァァァッ!」

「これで最後よ! 目標、バカで、意地っ張りで、優しくて、お人好しで、笑うと可愛くて、戦う姿がカッコ良い、私の大好きな先輩! いっけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 玉砕覚悟、練度も経験も劣ってるのは分かってる。だから、気持ちで勝るしかない。
 負けない。絶対に負けない。今だけは負けたりしない。貴女が私を思うより、私が貴女を思う心の方が、絶対に、強い。

(届け、届け、届け届け届け届け届けぇぇぇぇっ!!)

「っ!?」

 自分の爆撃と機銃の雨の中を、ただ真っ直ぐに進んだ。身体中痛い、多分、終わったら指一本動かせない。
 でも、それでも今、この手をあの遠かった背中に精一杯伸ばして、伝えなきゃいけない。

「――全く、手間かけさせないでよ」

「グッ……ウゥ……」

「そんな姿、提督さんに見せたら怒られるよ。だから、いつもの加賀さんに戻ってよ。私の、大好きな……貴女、に……」

 泣かないで、そんな顔しないでよ。私まで泣きたくなるの。ホント、バカなんだから。

「――瑞、鶴……?」




「あら、もう終わり?」

「……貴女は、何?」

 まだ覚醒しきっていない意識で、理解できたことは二つ。瑞鶴が私の為に無茶をしたことと、目の前で水の上に立つセーラー服の少女が自分に何かをしたこと。

「貴女を最強の艦娘に戻してあげようと思ったんだけど、失敗しちゃった」

「そんなこと、望んでないのだけれど」

「でも、そうじゃなきゃ守れないでしょ?」

「……」

 声だけが、聞こえていた。私を呼ぶ声。ずっと、真っ直ぐに、ひたすらに、全力でぶつかってきたこの子の声が。
 とうに認めて、一人前として扱っているというのに、それでも私を目標だと言ってはばからないバカな子。

(こんな傷だらけになって、綺麗な肌も髪も台無しね……ごめんなさい、瑞鶴)

 優しく、優しく頬を撫でる。幸い、入渠でどうにかなる範囲の負傷で済んでいる。

「誰か助けを呼べばいいのに、一人で挑むなんてその子もバカだよね。貴女に今まで一度も勝てなかったのに」

「――しないで」

「?」




「私の誇りを、バカにしないで」

「加賀さーん」

「何?」

「林檎剥いて」

「……私は貴女の召し使いではないのだけど」

「あー痛いなー傷が痛むなー」

「……」

「瑞鶴、あまり加賀さんを困らせてはダメよ?」

「えー? だって加賀さんのせいで私大変だったんだからー」

「……瑞か――」

「明日から、また挑むからね」

「……えぇ」

「それより林檎まだー?」

「――はい」

「・・・・・・へ?」

「食べないの?」

「……食べる」

「なら、早く口を開いてくれないかしら」

「……あーん」

「全く、手間のかかる子だわ」

「むぐぐぐぐむぐぅ!」

「駄々をこねて口を開けて食べ物を待つのは子供です」

「むぐぐぅ……」

(私、お邪魔かしら……)




(煙の様に消えたあの得体の知れない少女……大鳳が会ったのも、恐らく同じ。アレは、確かに妖精達と気配が似ていた。一体、何が目的で動いているの……?)

・赤城『この一瞬を』 、投下します

 ――ヒャッハー!

 ――那珂ちゃん、歌いまーす!

 ――はいはい並んで並んでー撮りますよー?

「まだ始まったばかりでこれか。相変わらずだな、うちの連中は」

「ふふ、提督もたまには一緒にはしゃがれてはどうですか?」

「あんなのに付き合ってたら身体がいくつあっても足りん」

「適度な運動は大事です」

「適度ってのはあそこでフリスビーを綿雲と一緒に追いかけてる奴等と遊ぶことか?」

 ――キャッヒっぴょい!

 ――夕立姉マジで口で取りやがった……。

 ――あの、綿雲に取らせてあげて下さい。

「……休息も大事ですね」

(見なかったことにしやがったなコイツ……)

「――ありがとうございます」

「礼を言われる覚えがない」

「じゃあ得したと思って下さい」

「後で目が飛び出るような食費が請求されたりしないよな?」

「最近は鎮守府にずっと居ますから」

「そういえばそうだったな」

「――提督は、桜はお好きですか?」

「毛虫が多いところを除けば、まぁ好きだぞ」

「私は、実はどちらかというと嫌いだったんです」

「なら、何で皆で花見なんぞと言い出したんだ」

「物の見方が変わったから、でしょうか」

「……こうして見るとまた増えたな、うちの艦娘も」

「はい、提督が居ますから」

「こないだ“艦娘ホイホイ”って誰かに言われたぞ」

「艦娘だけ、ですか?」

 ――ヲッ!

 ――金剛、紅茶ハマダナノ?

 ――桜餅、オイテケ!

「アレは無関係だ、誰が何と言おうと無関係だ」

「本当ですか?」

 ――春雨弁当美味しいね。

 ――間宮グッジョブ。

「……ちょっとはあるかもしれん」

「ふふふ」

「――綺麗だな」

「えぇ、そうですね」

「咲かせるのに栄養が大量に必要なのが玉に瑕だが」

「桜に肥料……いりませんよね?」

「そうだな」

「?……っ!?」

「青葉ー珍しい花が咲いてるぞー」

 ――珍しい花? どこどこ?

「――提督」

「ん――っ!?」

 ――おー……青葉、見せつけられちゃいました……。




 いずれは散る運命と分かっているからこそ、今を精一杯に生きられる。
 だから、私は一瞬一瞬を思い出として重ねよう。その時を、笑って迎えられるように。

 ――迷ったなら、その光が目印。彼女は必ずそこに居て、彼女を待っている。




「マジあり得ないんですけどー……」

 ちょっと気に入ったバンドのライブに誘い、最高に盛り上がった帰り道。人混みに揉まれ、気付けば隣に居たはずの同行者は姿を消していた。
 いつものこととはいえ、この状況下であの庶民派お嬢様を探すのは困難だ。

(どっちもスマホの充電切れてるとかホントあり得ないし……)

 お互いスマホの充電は切れていて、一人で熊野が最寄りの駅に辿り着くことすら出来ないのはもう分かりきってる。だから、駅で合流というのも難しい。

(ちゃんと終電までに帰らないと提督達に怒られるよね、絶対)

 褒められるのは好きだけど、怒られるのは大嫌い。それに何より、一人にしておきたくない。

「――目立つけど、あれっきゃないかー」

 もう随分と長い間、必要なかったもの。コントロールもある程度出来るようになって、提督と、その、アレの時にたまになっちゃったりするぐらい。

(ったくもー、世話の焼けるお嬢様なんだから)

 思い浮かべる。自分が迷った癖に、さも鈴谷がはぐれたみたいにやれやれって顔してる熊野。
 うん、ちょっとイラッとする。ちょっとイラッとするけど、それでいい。

(誰かの帰る場所、か……提督も良いこと言うよねー)

 人混みに逆らうように、少しでも遮るものの少ない場所を目指す。街中では路地を一本隔てば気付かれないかもしれない。

(ううん、気付くよね。だって、鈴谷と熊野は――)

「あり得ませんわ……」

「それは鈴谷のセリフなんですけどー」

「いくら私でもあの人混みの中に入っていくの、相当勇気がいりましたのよ?」

「だから手繋ごって言ったじゃん」

「そ、そんな恥ずかしいこと出来ませんわ!」

「ライブ中変な奇声あげるより恥ずかしくないっしょ」

「奇声!?」

「相当目立ってたよ、熊野」

「そんなに、ですの……?」

「ツイッターでチラホラ熊野のこと書いてるの見かけるぐらいには」

「あ、あり得ませんわぁ……」

「にひひ~有名になれて良かったじゃーん」

「そういう鈴谷こそ、さっきの一件で相当有名になったのではなくて?」

「うぐっ……そ、それより、ほら」

「? 何ですの?」

「手」

「……仕方ありませんわね、また鈴谷が迷ったら大変ですし」

「あーはいはい、終電間に合わなくなるから行くよー」

「途中でコンビニに寄りたいのですけど」

「ココアならさっき買ったし」

「あら、気が利きますのね」

「鈴谷は出来る子ですから」




 何度だって、何時だって、必ず眩い光で導こう。その笑顔を、曇らせたくはないから。

・羽黒『姉さんとの休日』、投下します

 微かに聞こえてくる包丁の音。目覚めを誘うお味噌汁の匂い。今日も、また姉さんは早起きだ。
 言うと怒られそうだけど、私のお母さんのイメージは妙高姉さん。

「――あら、おはよう羽黒」

「おはよう姉さん。手伝うね」

「こっちは大丈夫だから、二人を起こしてきてもらえる?」

「うん、分かった」

 最近は秘書艦日ぐらいしか早起きしなくなった二人の姉さん。前より残念になったとたまに言われるけど、今の二人の方が私は好き。

「那智姉さん、足柄姉さん、朝御飯だよ、起きて」

「……ん……あぁ、朝か……おはよう、羽黒」

「んー……後五分……」

「おはよう那智姉さん。足柄姉さん、起きないと妙高姉さんにまた怒られちゃうよ?」

「ほら、起きろ足柄。顔を洗ってシャキっとしてこい」

「ん~……んにゃーい……」

 寝起きの二人は大体こんな感じ。那智姉さんは比較的早く起きてくれるけど、長い髪で顔が隠れて見えない。足柄姉さんはなかなか起きなくて、寝ぼけている姿は可愛い。

「すまない羽黒、髪をまとめるのを手伝ってくれないか?」

「うん、いいよ」

 那智姉さんの髪をまとめるのも、最近は日課のようになっている。たまに子供に引っ張られて少し涙目の姉さんはとても可愛かった。

「姉さんみたいに、私も伸ばそうかな」

「大変だぞ、洗うのにも乾かすのにも時間がかかる」

「じゃあ姉さんも一度短くする?」

「いや、それは……」

 知ってる。姉さんは絶対に整えるだけで短くしない。
 元々司令官さんのこともあって髪は気にしてたけど、ある一件があってから今はより一層気にしているらしい。

「姉さんももうちょっとオシャレしてみたらいいのに」

「最低限人前に出れる服があれば十分だ」

 よし、今度那智姉さんを買い物に連れていこう。足柄姉さんと妙高姉さん、初風ちゃんも誘ったら、きっと楽しい。

「足柄姉さん」

「んー?」

「今日は部屋に居るの?」

「居るわよ、どうかしたの?」

「最近駆逐艦の子達のところへいつも遊びに行ってたから、たまには私も姉さんと遊びたいなー、なんて」

 最近自覚したことの一つ、私は結構甘えっ子らしい。ほんの少しだけど、駆逐艦の子達が羨ましいと思っていたりする。
 逆に甘やかしてみたいと思ったりもするけど、それはそれ、これはこれ。

「そうね、今日は那智姉さんも妙高姉さんも居るし、四人で何かしましょうか」

「うん。じゃあ私お茶淹れてくるね」




「――ロン、一盃口タンヤオドラドラ」

「それ、私もロン、リーチ一発一通」

「ん゛にゃー!?」

「そんな地雷をよく踏みにいけるな……」

 ずっとニコニコしている妙高姉さん、堅実な那智姉さん、ガンガン攻める足柄姉さん。
 今日の夕飯担当は足柄姉さんに決まりそう。カレーはこの前食べたから、カツとじがいいな。

「もう半荘! もう半荘しましょ!」

「何だ足柄、デザートまで作るつもりか?」

「次は絶対に負けないわ!」




 カツとじとフルーツ白玉はとっても美味しかった。

「羽黒」

「何?」

「提督とはうまくいっているの?」

「何でそんなこと急に聞くの?」

「足柄はともかく、貴女もそういう気配が見えないから少し心配になってしまって……」

「そ、それは流石に姉さんでもあまり気にしないで欲しいな……後、足柄姉さんももうちょっと気にしてあげて」

「ごめんなさい。ちゃんとうまくいっているのならいいの」

「大丈夫、昔の私じゃないから」

「そう……もう書類と指輪を握り締めて気絶していた貴女じゃないものね」

「その話はやめて、思い出すと今でも恥ずかしいの!」

「ふふふ、最初はあんなに私の陰で震えていたのに」

 ダメだ、こうなったら妙高姉さんの話は長いし、色々恥ずかしい。何かで気を逸らさないと。

「――そういえば、足柄姉さんがこの前“勝負下着を買った”って言ってたよ」

「勝負下着……? 足柄、足柄!」

 よし、これでもう大丈夫。お風呂入ってこよ。




 今までは、背中にずっと隠れていた。だから、これからはちょっと前に出て姉さん達を振り回してみよう。
 それが私の精一杯の、姉孝行です。

・由良『艦娘であるということ』、投下します

 単装砲が好き。ゆらゆらと揺れる水面が好き。綿菓子みたいな雲が好き。皆が好き。ここには私の好きなものがいっぱいある。
 提督さんはいつだって私の好きを馬鹿にしなかった。ただ、笑って受け入れてくれた。
 でも、ふと最近思うことがある。




「提督さんは、艦娘じゃない私でも好き?」

「何だ急に」

「好き?」

「そうだな……お前は俺が提督じゃなかったとしても、好きか?」

「質問に質問で返すのは良くない」

「ちゃんと俺は答えたぞ」

「……提督じゃなかったら、まず出会えてないと思う」

「あぁ、そういうことだ」

「……えい」

「由良、今度はな……ぐ……お……折れ……」

「提督さんと会えないとか、嫌」

「だい……じょぶ……だから……力……抜け……」

「……うん」

「っはぁ……悪い、不安にさせたか?」

「うん」

「俺が言いたかったのはな、そんなものはただのきっかけに過ぎないってことだ」

「艦娘なのが、きっかけ?」

「学校が同じ、家が近所、趣味が一緒、共通の友人がいる、そういうのと一緒だ。それが無かったら出会わないかもしれんが、それで好きになったわけじゃない」

「提督さんは、私が私だから好きになってくれたの?」

「まぁ、そうなるな」

「瑞雲は別に好きじゃない」

「ボケにマジで返すな」

「だって、好きって聞きたい」

「……お前はどこか掴み所が無いように見えて、真っ直ぐだな」

「難しいの、疲れるから」

「そういうところに、やられたのかもしれん」

「私は、握手してくれたあの時からずっと好き」

「……もうそろそろ許してくれないか?」

「好き」

「……あぁ、俺も好きだ」

「うん。ずっと好きでいてね、ね?」




 艦娘で良かった。
 だって、こんなに大好きな人と出会えたから。

次のリクエストは明朝マルハチマルマルより三つ受け付けます

五隻着任確定、後数隻未定

・響『悪くない』

・松風『ハイカラさん』

・漣『スカウト』

以上三つでお送りします

「司令官、お願いがあるんだ」

「何だ?」

「友人が訪ねてきたんだが、部屋に泊めてもいいかい?」

「悪いが流石にそれは許可出来ん。寮は一般人の立ち入りしていい範囲じゃない」

「そうか。なら、問題ない」

「……待て、嫌な予感がしてきた」

「紹介するよ、ロシアに行った時の友人で――」

「Гангут級一番艦、Гангутだ。よろしく頼む」

(落ち着け、泊まるだけだ、泊まるだけでコイツは帰るんだ)

「……分かった、泊まるだけなら許可する。一応そっちの国に連絡は入れるが、問題ないな?」

「あぁ、当然許可は得ている。こちらにも事前に連絡があったはずだが?」

「そんなものは……いや、なんとなく察した。どうせいつものだ」

「? とりあえず、少しの間だが世話になる。こちらに迷惑はかけないと約束しよう」

「じゃあ部屋に案内するよ、こっちだ」

「確か四姉妹だったな、会うのが楽しみだ」

(……まともに見えたが、何にせよちゃんと帰国するなら問題はないか)




 この時のことを提督は後にこう語っている。“長門だって、最初は普通だったな”と。




――――Гангутが鎮守府に遊びに来ました。





 これは、まだ私が物だった頃のお話。




 “人には心がある。だが、お前達兵器には心がない。だから何をしても許される”、それが、艦娘になって初めて貰った言葉。
 酷い話よね、そういうことにしてしまえば罪悪感から逃れて自分を正当化出来るんだもの。
 殴っても、蹴っても、叩いても、絞めても、焼いても、刺しても、切っても、突いても、犯しても、血を流しても、泣き叫ばれても、罵倒されても、許してと懇願されても、いっそ殺してと哀願されても、物相手なら心は痛まない。
 心の中でこう思ったわ、一体どっちが物なのかしら、って。
 朝も、昼も、夜も、ただただ物として扱われる日々。薄めて使われているのか分からないけれど、一日一回頭から被せられる修復材でも消えなくなっていく傷。
 次第に本当に物みたいになり始めて、考えることも放棄し始めた頃、見慣れない人と艦娘が部屋に入ってきた。

(かんむすをみるのはいつぶりかしら……あのこもものなのかしらね)

 どうでもいい、どうせ何かが変わる訳じゃない。そう思って目を閉じようとした瞬間、暗い海の底のような部屋の中に光るものが見えた気がした。
 ――涙って、綺麗なのね。

「はい、採寸終わったわ」

「ありがとう、荒潮」

「それにしても、吹雪は胸が小さいままね~」

「気にしてるんだからそれ言わないでよー」

「ふふふ、下着も用意しましょうか?」

「……考えとく」

「じゃあ服は出来たら部屋まで届けるから、待っていてちょうだい」

「ありがとう、また今度お礼するね」

「えぇ、楽しみにしているわ~」

 プラス1センチ。微かでも、差はあっても、私達は人と同じ様に成長している。
 身体に刻まれた傷はそのままだけれど、それも含めて私。心の傷は司令官と皆が癒してくれたし、“手”に怯えることもなくなった。
 ヤンデレなんて言われることもあるけど、どうしようもなく火照っているのに相手してくれない司令官が悪いんじゃないかしら。
 最初は触れられそうになるだけで吐き気がしていたのに、今では軽く触られるだけですぐ達してしまいそうになる。

(……服を作り始めたの、欲求不満を解消するのが本当の理由なんて言えないわね~)

 夜通し作業する時は、絶対に誰も作業場には入れない。
 ――だって、そういう趣味はないもの。

・響『悪くない』 、投下します

その頃部屋で冷房ガンガンにされて暁はくしゃみをしていた

「響だよ」

「……突っ込まんぞ」

「不死鳥の通り名もあるよ」

「わざわざその達筆な偽ラベル作って貰ったのかお前」

「信頼の名は伊達じゃない」

「そういうところで信頼得てどうしたいんだよ……」

「司令官が気を良くして一緒に飲んでくれるかもしれないだろ?」

「水に一滴垂らす程度なら飲んでやる」

「酔った司令官が見たいんだよ」

「何度か醜態を晒したからもう絶対酔う程は飲まん」

「どうしてもダメかい?」

「ダメだ」

「……分かった、今日のところは諦めるよ」

「悪いな、付き合ってやれなくて」

「いいさ、その代わり別のお願いを聞いてもらうよ」

「出来る範囲でなら聞いてやる」

「……欲しい」

「ん?」

「お姫様抱っこというのを、して欲しいんだ」

「……酔ってるのか?」

「私だって、そういうものに憧れたりもするんだよ」

「お姫様抱っこか……長くは無理だぞ」

「して貰えるなら文句はないさ」

「じゃあこっち来い」

「……うん」

「――よし、いくぞ」

「あぁ、いつでもいいよ」

「せーの、っと!」

(これが、お姫様抱っこ……流石に人前でされるのは恥ずかしいな)

「ど、どうだ? ご期待にはそえたか?」

「悪くない」

「そうか、もう下ろしていいか?」

「後五分」

「無理だ」

「三分」

「落とすぞ」

「――じゃあ、これでもう少し頑張ってくれ」




――――頭がクラクラする……。

 ――――そんなに刺激的だったかい?

――――刺激的で酒の味がするキスをどうも……。

 ――――次はウォッカ味にしよう。

――――マジでやめろ。

「司令官、居る?」

「何だ?」

「友達が遊びに来てるんだけど、泊めちゃダメ?」

「……さっきもこの流れだったんだが、もしかして艦娘か?」

「うん、イギリスの艦娘さんなの」

「泊めてもいいがちゃんと国に帰らせろよ」

「すっごく綺麗よ?」

「ここは艦娘の駆け込み寺でも保健所でもない」

「とにかく泊めるわ、また後で本人にも会ってあげてね。ここまで来るのは大変そうだから」

「あぁ、分かった」

(……来るのに大変ってどういう意味だ?)




――――イムヤの友達のエリザベスが遊びに来ました。

「ボク、大きくなったらお姉ちゃんとけっこんするー」

「ほわー、文月と結婚したいのー?」

「うん!」

「ありがとー。でも文月ねー、もう結婚してるんだー」

「えっ、やだやだーボクもお姉ちゃんとけっこんしたい!」

「ごめんねー」




「小さい子にモテるな、文月は」

「長月とは違ってな」

「餌付けされているのもどうかと思うぞ」

「アレは好意を無下にしない為に受け取っているだけだ」

 ――よーし、当て鬼するよー。

 ――文月姉ちゃん手加減してよ?

 ――大丈夫大丈夫ー。

「ちゃんとお姉ちゃんしてる文月、か」

「姉だぞ、私達の」

「そんなことは分かっている」

「……文月は、アレでいいんだ」

「そうだな」

 ――あーやったなーお返しするよー?

 ――ちょっ、タンマ!さっき手加減するって言ったじゃん!

 ――大丈夫だよー。

「……無邪鬼だな」

「鬼級ぐらいなら御しやすいんだが」

「違いない」

「気付いたら三年経ってた、時の流れって恐ろしいな……」

「こっち見ながら言わないで、老けたって言われてるみたいだから」

「姉さんはまだまだ老けとらんよ、大丈夫じゃ」

「何はともあれ更新がなかなか出来てないのに未だに付き合ってくれてる読者には感謝している、ありがとう」

「最近少し書いては寝落ちの繰り返しで全然進まないものね」

「ネタはあるのに文章にする気力がなくてな……」

「ストックは二桁あるのに勿体無いのぅ……」

「明日は久々に身体が動ける半日休みだから更新する」

「優しい心を振り撒きながら通る松風の話ね」

「映画化見てビックリしたわ、タイムリー過ぎて」

「脱線しとるよ、それじゃあこれからも続けられる限り続けるけぇ、見たってね」

・松風『ハイカラさん』 、投下します

いずれ誰かの顔に草履の跡をくっきりと残すかもしれない

「あーハイカラさんだー」

「ハイカラさん、って僕のこと?」

「そうだよー前にアニメで見たの」

(何だか少し間違えてるみたいだけど、まぁいいか)

「それで、僕に何か用?」

「うん、文月と一緒に遊ぼ」

「姉貴が来るのをただ待つってのも暇だし、いいぜ」

「じゃあ真似っこしよー」

「真似っこ?」

「んとねー、ここにいる皆の真似っこするんだよ」

「まだあんまりここの艦娘がどんな奴等か知らないぞ」

「だったらあたしが教えたげるね」

「うん、頼む」

「まずは天ちゃん!」

「天ちゃん?」

「ふふ、怖いかー?」

(あぁ……天龍さんか)

「次、ハイカラさん」

「僕にもやれって?」

「うん!」

「……ふふ、怖いか?」

「うん、上手上手ー」

(上手なのか……)

「次はねー夜戦さん」

「それで誰か分かるのも凄いよな」

「木をねーこうやって登るの」

「……まず僕はそんなクナイ型魚雷持ってないし、垂直に3メートルも飛べない」

「ほわーそうなのー? じゃあ文月と特訓だねー」

「特訓?」

「キミ、ちょっと聞きたいことがある」

「松風か、どうした?」

「ここの艦娘はアレが普通なのか?」

「何を以て普通とするか知らんが、ちょっと特殊な奴等が多いのは確かだな」

「それを聞いて少し安心したぜ。海の上なら僕もそれなりだと自負してるけど、陸の上であんな動き出来るのが普通ってんなら自信を無くしてたところだ」

「誰を見てそう思ったんだ?」

「文月」

「あぁ、じゃあ“真似っこ”したのか」

「アレはどういう理屈なんだ」

「理屈で説明しろってんならそういう才だ。見たものをそのまま吸収する。本人は遊びの延長程度にしか思ってないが」

「それはつまり、ここの艦娘の誰かが出来るってことか」

「見てないものは真似っこ出来ないからな、まぁそうなる」

「そうか……くっ……ふふ、あーはっはっは!」

「急に笑いだしてどうした」

「やっぱりここへ来て良かったよ、姉貴達が来るまで退屈することはなさそうだ。引き留めて悪かった、文月を探してくる」

「文月と遊ぶのはいいが、変なこと教えるなよ?」

「大丈夫だよ、じゃあね」

(……昔の記憶とは関係無さそうだし、問題ないな)




「えへへー待て待てー」

「そう簡単に捕まらないよ!」

「文月、楽しそうなのね」

「新しい遊び相手が増えると、いつもはしゃいでたもの」

「ほわー文月、ちょっと本気出しちゃうよー」

「本気? はっ、そうこなくっちゃ面白くない!」

「あら、風通しが良くなっちゃったわね」

「えっと、明石さんへ、駆逐艦寮の壁が壊れたので、修繕お願いします、と……」

「今日は風が気持ち良いわ~」

 ――やったーハイカラさん捕まえたー。

 ――まさか三階の窓から飛び降りてくるとは思わなかったよ、やられたな。

 ――ねぇねぇ次は何して遊ぶー?

 ――そうだな……じゃあ的当てでリベンジだ。

 ――うん、いいよー。




 まつかぜ の れんど が 8 あがった!

・漣『スカウト』、投下します

赤疲労だって怖くない

「ちょっとそこ行くお嬢さん、うちの店で働かない?」

「……漣、何やってんだ?」

「スカウト、お給料弾むから頼むよ長波ちゃ~ん」

「嫌だね、他を当たれよ」

「一回だけ、一回だけだから!」

「お前絶対そのままなし崩しで働かせるつもりだろ、い・や・だ!」

「チッ……かくなる上はっ!」

「ちょっ、何やってんだ!?」

「お願いしますお願いします人手がマジで足りないんですレギュラー後一人居ないとキツいんです」

「分かった、分かったから土下座はやめろ!」

「貴女が神か!」

「……私、接客とかしたことないぞ?」

「大丈夫だ、問題ない」

「いや、あるだろ」

「じゃ、明日からよろしくー!」

「おい漣! ちゃんと色々説明しろー!」

「――で、言い残すことは?」

「ヘイ長波様、この頭を鷲掴みしているハンドを外して一旦落ち着こ、ね?」

「大丈夫、私はお前(の丈夫さ)を信じてるぜ」

「ノー! ミシミシいってる、ミシミシいってるから! 脳しょうぶちまけちゃらめぇー!?」

「どこぞの怪力達みたいに素手で頭砕く程握力無いっつーの。……で?」

「漣のちょっと本気は凄いでしょ、ね?」

「……」

「いだだだだだだ!?」

「こんな背中丸出しで谷間強調されてて屈んだら見えそうな服着れる訳ないだろ!」

「それでも長波様ならきっと着てくれるって、私信じてるかひゃぎゃあー!?」

「その頭の中にはプリンでも詰まってるのか? ん?」

「その笑顔、マジ怖い」

「ほら、さっさとまともなの出せ」

「……露出低くて屈んだりしても大丈夫なら着る?」

「それならまぁ、衣装も楽しんで貰う店ってのは理解してるし」

「じゃあ更衣室にあるんで、ちゃちゃっと着替えてきてくーださい」

「おい、準備してあるなら最初からそっち出せよ」

「ワンチャン着てくれるかなって」

「断じて無いから!」

「……おい」

「流石長波様! 着こなしもパーフェクト! じゃあ早速ホールで――」

「ちょっと待てバカなみ、このオマケは何だ」

「何って、肉球グローブと尻尾と猫耳ですが、何か?」

「何で私だけ着けなきゃいけないんだよ!」

「アレ? 言ってなかったっけ? 今日はそういうイベントの日なんで」

「そんなのちっとも聞いてないぞ!」

「露出は低くて屈んだりしても大丈夫、注文はクリアーしてるし問題ナッシッング、でしょ?」

「うっ……それは、そうだけど」

「あれれー長波ともあろう者が言ったことを曲げちゃうのかにゃー?」

「うぐっ……分かった、分かったよ! これ着けてやればいいんだろやれば!」

「オッケーではではよろしくお願いしまーす」




 翌日、秋雲のアシしてる方がマシだと魂の抜けた表情で口にする長波の姿があったそうな。

「長波落とすとかやるじゃん漣」

「どこぞの漫画家が出す無茶苦茶な注文をこなす万能アシが居るって聞いたら、即スカウトしかないでしょ」

「最近色々あって忙しそうだもんな、どこの店も」

「働いてる鎮守府がブラック過ぎて私はもうダメかもしれない」

「それ、ネタって分からないと袋叩きされかねなくね?」

「相手選んでるからへーきへーき」

「――鎮守府イベントの収入とかってどうなってんの?」

「今んところプラマイゼロ、宣伝費って割りきってるからモーマンタイ」

「月トータルでのプラスは?」

「微増傾向、ビスマルクさんのところみたいにオープンテラスも追加しないとキャパ上限でそろそろ頭打ち」

「それで長波投入って訳か」

「何人か他に候補は居たけど、うちの面子と組むなら長波かなって」

「こっちも忙しい時期は貸さないかんね?」

「大丈夫、秋雲の制服も用意したから」

「それなら安心安心……はぁ!?」

「たまには観察する側から観察される側に立ってみるのも、ありだと思うの」

「……でジマ?」

「でジマ」

「……際どいのは勘弁して」

「どの口で言ってんの?」




 月月火水木金金、疲労がなんだ、忙しいのがなんだ。
 三百六十五日、恋する乙女の本気は凄いんだから。

次のリクエストはヒトナナマルマルより三つ受け付けます

・伊8『積み本の山』

・五月雨『私を集めたら最上さんになるんですか!?』

・鈴熊『資格給』

以上三本でお送りします

・伊8『積み本の山』、投下します

メガネ×スク水×白衣?

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とりあえず買う。そして積む。買う。積む。買う。積む。積む。積む。
 つむつむと書くと繋げれば消えそうだが、実際は溜まる一方で減りはしない。
 片っ端から色々な場所に寄贈しているものの、それすら追い付かない。
 挙げ句の果てには他鎮守府のハチとネットワークを作り本を交換し始め、更に収拾がつかなくなっていた。 
 流石にこれはマズイとイムヤ達が提督に相談した結果、彼女は今とある場所に連れてこられていた。

「提督、ここは?」
 
「どっかの兎がコツコツ貯めた金を使って建てた施設だ。歳を取ると、こういうことがしたくなるらしい」

「それ、聞かれたら首刈られますよ」

 自分達の住む場所で聞きなれた、元気な子供の声。その施設の敷地に二人が足を踏み入れると、声はピタリと止んだ。
 
「……どちら様ですか?」
 
「警戒しなくていい、兎のお姉ちゃんの知り合いだよ。今日はアイツに頼まれてな、コイツを連れてきた」

 周囲の子供より少し年上と判断できる少女が、恐る恐る二人の素性を尋ねる。明らかにその後ろで怯えている子供達の警戒も解こうと、提督はしゃがんでから笑顔でここの事実上の責任者と知り合いだと告げる。
 その態度よりも寧ろ、横に立つハチの似合わないことをしているなという顔を見て少女は警戒を解いた。

「話は聞いてます。こちらへどうぞ」
 
 広い庭の奥に見える建物へと歩いていく栗色の髪の少女。その背を追いながら、ハチは提督に問うような視線を送るが、頭を振って答えるだけだった。

「よく来たね、あの嬢ちゃんから話は聞いてるよ。そっちの子がそうかい?」
 
「えぇ、期待に添えると思いますよ」

 通された部屋で待っていたのは、絵本に出てくる魔女のような老婆だった。ニタリと笑うその魔女にハチを差し出す提督。
 どういうことか説明してくれと今度は涙目で訴えるように見てくるハチに、彼は先程案内してくれた少女を視線で示した。

「お前の得た知識、どうせなら役立ててみないか?」
 
「その子の先生になれ、ということですか?」
 
「その子だけじゃないよ、ここの子全員さね」
 
「人に教えた経験なんて無いです」
 
「別に教師になれとはいってない、ただお前が知っていることを話してやればいいんだ」

 言葉にしての会話と、言葉にしない会話。鋭い眼で二人の会話を聞く老婆は、昔から知っているひねくれものの人を見る目は濁っちゃいないと再認識していた。

(この子達の事情を真っ先に聞こうとしたらすぐに叩き出そうと思ったんだけどねぇ、一応頭は使えるみたいじゃないか)

「――連れてこられた理由は分かりました。でも、それは私じゃなくてその子達が決めることじゃないでしょうか」

「だそうだよ。アンタはどうだい?」

「……私は――」

「まず、自己紹介からしましょう。私はハチ、はっちゃん、アハト先生と呼んでください」

「ハチさん、何でスクール水着の上に白衣を着てるんですか?」

「先生気分を出すためです」

「……この人に頼んで良かったのかな」

「次は貴方の番ですよ?」

「まいな、十四歳、趣味は創作料理です」

「まいな、ですね。ではまいなの知りたいことを教えてください。どんな話が聞きたいですか?」

「ハチさんの、ハチさんの話を聞かせてください」

「いいですよ。私の話、私の仲間、鎮守府のことを話しましょう」

 一から、最初から、物語を読むように、ハチは話し始める。大鳳が子供達に聞かせたよりも、少し深いことも含めて、少女に語る。
 楽しかったこと、苦しかったこと、辛かったこと、一つ一つ伝えていく。
 昔は少しおバカな面も見せていたハチも、今では幅広い知識を手に入れている。だからこそ、これが少女にとってとても大切なことだと理解出来た。

「――こうして、はっちゃんは提督に恋しました」

「のろけ話が大半だった気がするんですけど……」

「学校とかじゃ教えてくれないことです」

「いや、そういう問題じゃねーだろ」

「なるほど、そっちが素なんですね」

「あっ……乱暴な言葉遣いしたのバレたらお小遣い減らされるんで、シスターには黙ってて下さい」
 
「ふふっ、女の子同士の秘密、です」

「ハチさんって、何歳になるんですか?」

「……永遠のアハツェーンです」




 本は相変わらず積まれている。だが、今まで読まれるだけだったそれは、教科書という別の役割を持つようになった。
 ――さて、今日はどれを話の種にしようかしら。

スマホ変えてエラー猫に襲われただけなので失敗した書き込み二つは気にしないでください


・五月雨『私を集めたら最上さんになるんですか!?』、投下します

「そんなことになったらスーパー超絶ドジっ子な最上の出来上がりだな」

「何人集まったらなっちゃうんですか? 教えてください提督!」

「そもそもドジって合体出来ないってオチしか見えないから心配しなくていい」

「最近は一日に二回しか白露姉さんにぶつかってませんし調味料も一つしか入れ間違えなくなったんだからそんなにドジって言わないでください!」

「あーはいはい、悪かったから怒るな怒るな」

「もう……でも、今はドジで良かったかもって思っちゃうときもあるんです」

「そう思えるなら、それでいいんだろうさ」

「はい、これからもたくさん迷惑かけるかもしれませんけど、宜しくお願いします、提督」

「あぁ――早速で悪いが、とりあえず秘書艦業務出来る服に着替えてこい」

「?……あっ!? すぐに着替えてわきゃあっ!?」

「……寝巻きで駆け込んできたのと、書類にコーヒーぶちまけたのは、その捲れて見えてるパンツではチャラにならんぞ?」

「うぅ……ごめんなさーい……」

「白」

「……興奮、しちゃった?」

「いや、朝早くから書いててようやく終わった書類がコーヒーまみれになった俺の頭の中と一緒の色だと思っただけだ」

「……えへ」

「可愛いな、だが許さん」

「わーん、ごめんなさーい!」

「五月雨がいっぱいとか、日本吹き飛んじまうね」

「国が吹き飛ぶほどじゃないもん」

「ドイツって過ごしやすいかな……」

「白露、長女が逃げちゃダメだよ」

「一蓮托生っぽい?」

「そもそも一ヶ所に集めることすら難しいんじゃないかしら?」

「五月雨、方向音痴だもんね」

「ンなことより夕飯まだ?」

「ちゃんともうおかずは作ってあるから、ご飯が炊ければ――」

「炊飯器、動イテナイゾ?」

「えっ!? 嘘!?」

「やっぱり、五月雨は一人で十分だわ」

「とりあえず、江風が我慢できそうにないから夕飯にしようよ」

「ねぇねぇ五月雨、因みに今日の献立は?」

「明太子、明日葉と卵の炒め物、豚肉の味噌漬け、大根のお味噌汁です!」

「……米、必須じゃん」

「私、どこかで余ってないか聞いてきます」

「春雨食エバ解決ダロ」

「それは貴女と春雨だけね」

「……ごめんね」

「謝る暇があったら料理暖めてきなって、今日のは今までで一番の出来って言ってたろ?」

「へー、それは僕も楽しみだな」

「夕立も早く食べたいっぽい!」

「……はい!」



 五月雨を、集めてはやし、最上川。
 激流になっている間はとても危険で近寄りたくないかもしれないが、いずれ穏やかな姿を見せる。

 風雨に晒され、時の流れのなかで、朽ちていく。それが自然の理で、誰であっても、何であっても、逆らえはしない。
 歴戦の艦娘であればあるほど、何かしらの不調をその身に抱えて生きている。
 ――彼女も、そんな艦娘の一人である。




「初めまして、Admiral。私がElizabethです」

「イムヤから話は聞いてる。滞在中は好きに鎮守府の施設は使ってくれて構わない。ただ、外部の者には立ち入りを許可していない区域もあるというのを理解してもらえると助かる」

「えぇ、心得ているわ。Don't worry、イムヤに迷惑がかかるようなことはしたくないもの」

「あぁ、そう言ってもらえると有難い。――因みにこれは確認だが、手を貸すのは無礼にあたるのか?」

「純粋な好意や善意を無下にするようなことはしないわ」

「そうか、うちにはお節介焼きが多いんで念のために確認させてもらったが、問題無さそうだな」

「ふふ、Dinnerぐらいは私のペースで食べさせてもらえるのかしら?」

「そこまでじゃ……ない、多分」

「――イムヤから聞いてはいたけれど、本当に不思議な人ね」

「普通だぞ、ただのどこにでもいる軍人だ」

「普通のAdmiralは国を越えて名前が知れ渡ったりしないわ」

「普通の艦娘も国を越えてその武勇が伝わったりしないけどな」

「……Sorry」

「こちらこそ悪かった。ここではエリザベスとしてもてなすから、安心してくれ」

「Queenとして?」

「跪いて手の甲に口付けでもすればいいのか?」

「面白そうだけれど、イムヤに怒られそうだからやめておくわ」

「そりゃ残念だ。じゃあゆっくりしていってくれ、お姫様」

「えぇ、そうさせてもらうわ」




(あの作戦で無理をし過ぎて解体されたと聞いていたが、生きてたのか……イムヤの奴、どうやってイギリスの神器なんかと知り合ったんだ?)


・鈴熊『資格給』?、投下します

インテリア家具

「あり得ませんわ!」

「いや、仕方ないじゃん? お給料も上げてくれるっぽいしさ」

「仕方なくありませんことよ!」

「……話を続けてもいいか?」

「あーはいはい、続けてー」

「改二で軽空母になれば、偵察機よりも監視の精度は上がる。今までとは艦装がだいぶ変わるが、警備員の仕事には差し支えないだろう」

「提督的にはそれで問題ない感じ?」

「お前らが航巡だろうが軽空母だろうが、有事の際にはそれに合わせるだけだ。鈴谷と熊野が望んだことなら、何も問題はない」

「だから、私は納得出来ませんわ!」

「ドラム缶部屋に持っていっていいからちょっと落ち着け」

「部屋に……それは素敵ですわね」

「ちょっ、鈴谷も相部屋なんだからやめてって! 部屋にドラム缶とかちょー邪魔なんですけどー?」

「インテリアとして見ればよろしくってよ」

「話を戻すぞー。今までも陸奥や長門では即座に察知できない案件に対応して貰ってきたが、軽空母なら更にカバー出来る範囲も増えてくる。それに応じて若干支給額に色を付けていいと大淀達も認めている。後はお前達がどうありたいかなんだが、どうする?」

「鈴谷はなるよ、軽空母」

「熊野は?」

「……ドラム缶、約束でしてよ?」

「……本当に置くのか?」

「鈴谷はんたーい!」

「先に勝手に決めたのは鈴谷ですわ。私も勝手に決めます」

「別に鈴谷だけなってもいいし」

「そんなの絶対許しませんことよ」

「続きは部屋でやれ、明石と夕張には伝えておく」

「熊野はドラム缶と仲良くしてればいいじゃん」

「この前の賞味期限ギリギリのプリンのことまだ根に持ってますの?」

「べっつにー」

「……いいから部屋に帰れ!」

「熊野ー」

「何ですの?」

「嫌なら別にいいよ、無理してなんなくて」

「別に嫌じゃありませんわ」

「大好きなドラム缶、標準装備出来なくなるよ」

「無理矢理載せます」

「いやいや、流石に無理……ってここじゃ言い切れないのが怖いわー」

「鈴谷にも載せてあげてもよろしくってよ?」

「あっ、うん、大丈夫」

「……どうして、今更新しい改装の話など出たのか不思議ではなくて?」

「そりゃーアレよ、もしものためってやつ?」

「もしも、なんて考えたくもありませんわ」

「そう難しく考えなくてもお給料弾んで貰えてラッキー、でいいじゃん」

「……鈴谷はいいですわね、悩みが無さそうで」

「これでも鈴谷ちょー悩み事あるんですけどー?」

「明日のランチや次に遊びに行くのはどこがいいか、とかではなくって?」

「そういうのも大事じゃん」

「はぁ……呆れてものも言えませんわ」

「じゃあ鈴谷が勝手に決めて良いよねー」

「ちょっとお待ちなさい! 私は次こそロイヤルホストがよろしくってよ!」

「えー、それならサイゼでいいじゃん」

「今回ばかりは譲りませんわ!」

「鈴谷今月あんまりお金使いたくないんですけどー……」





 知っていましてよ、今の仕事にやりがいを感じていること、軽空母になれば万が一の時も直ぐに探せると考えていること。
 ずっと隣に居て気付かないとかあり得ませんわ。お調子者に見えて実は真面目で、嘘が下手なんですから。
 心配されて悪い気はしないけれど、私だって同じ様に大切に思っていることを忘れないで欲しいですわ。
 ――それにしても、ドラム缶、どこに置くのが一番ベストか悩みますわね。

次のリクエストは今日のヒトフタマルマルより三つ受け付けます

・天津風『真夏の秘め事(R-18)』

・秋月『妹が個性的すぎて私の影が薄い気がする』

・衣笠『衣笠丼』

以上三本でお送りします

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 私の主人は足が速い。急に走り出して、追いかけるのが大変なこともよくある。
 昔は寂しげな表情を浮かべて全てを振り切るように海を航行していたが、今はもっぱら陸を縦横無尽に笑顔で駆け回っている。本当に、とても楽しそうに。
 きっと、私の体が彼女達に近ければ、言葉が話せたなら、主人も孤独感をあんなに感じずに済んだのだろう。ただただ、その後ろをついていくことしか出来なかったことが、とても歯痒かった。
 兵器ではなく、ただの友人として彼女と過ごせたなら、それはとても幸せなことだっただろう。
 いずれ、この身は主人より早く役目を終えてしまう。だけど、同時に主人がいつまでも笑って暮らせる世界が訪れたということだ。
 その隣にいれないのは凄く寂しいけれど、あの笑顔が永遠に曇らないなら、私に悔いはない。
 ――だから、それまでは精一杯隣に居よう、同じ物言わぬ仲間と共に。



「何たそがれてるの連装砲ちゃん、行くよ!」

(行くってどこに――ちょっと待ってってばー島風ちゃん!)

 一日の始まりは大抵、日の出前後。老人はどうしてこう朝が早いのか。
 寝癖を軽く整えて、寝間着のまま台所へ直行すると、夕べのうちにタイマーセットしておいた炊飯器の米をかき混ぜる。
 釜で炊けとか言っていたボケ老人には釜を全力で投げつけたが受け止められた、まだまだしぶとそうだ。
 朝食の献立は焼き鯖、大根の味噌汁、筑前煮、茄子のおひたし。昨日の残り物もあるから調理にそう時間はかからない。
 味が薄いと最近うるさいが、歳を考えろと言うとおとなしくなる。念のために言っておくが、健康診断で引っ掛かられると面倒なだけで心配など微塵もしていない。
 食事の準備を済ませ、着替えてから庭に回り、手近な小石を木刀の素振りをしている背後から投げ付ける。
 ――残念ながら、今日も弾かれた。



 食事を終えて暫くすると、迎えの車が到着する。基本的に、完全にスイッチを入れるのはここからだ。
 二人が家に居る間は、朧・曙・潮の三人が交代制で周囲を警戒している。水入らずの時間を少しは取って欲しいという配慮らしいが、別にどっちでもいい。ただ、多少気を抜けるのは有り難いのでお言葉に甘えている。
 最近でこそ平和になったが、闇討ちや狙撃、爆弾などのトラップは飽きるほど経験してきた。後処理が非常に面倒なので、本当にやめて欲しい。
 どうせ老い先短いくたばりぞこないなんだから、放っておけばいいのに。

機密って何だっけというレベルで露出している艦娘の今後についての議論。予算、情報規制、必要性のアピール方法、安全性のアピール方法、各国との連携、野良艦娘の保護等、議題は尽きない。勢いを失ったとはいえ、艦娘否定派が完全に消えたわけではない。愛人だろうという下卑た視線も、恐ろしいものを見るような視線も、未だに感じる場面は無くならない。
 それでも私は、この場に立つことを苦痛とは全く思わない。




「とうとう気でも触れたんですか?」

「冗談で娘をくれなどとぬかすから脅したまでじゃ」

「本気だったら?」

「三枚におろしてやるわい」

「嫁にすらいかせてもらえないんですね」

「儂の目の黒いうちはやらん」

「さっさとくたばるぴょん」

「いーやーじゃー」

「……じゃあ、しょうがないですね」




 他の誰かにこんな面倒な老人任せられない。仕方ない。しょうがない。
 ――だから、これ以上面倒を増やす奴は首置いてけぴょん。

ヴォーパルバニー卯月です

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「いててて……そりゃこっちの台詞だ、今にも泣きそうな顔でフラフラと歩いていきやがって。この辺道路の反対側に渡る場所少ないから苦労したぞ」

「あー、アレね、目にゴミが入っちゃってさー」

「目にゴミが入った程度で弱るような奴だったか?」

「うるさいなー、北上様だってそういう日もあるんだよー」

 泣いていた顔を見られたくなくて、咄嗟に北上は顔を背けた。しかし、気になることもあるのでそれを確認する。

「さっきの女の人、置いてきて良かったの?」

「あぁ、下らない用事ならもう終わったから問題ない。今頃結婚記念日ドッキリの準備に取りかかってるだろうよ」

「結婚記念日、ドッキリ?」

「さっきのアイツ、海軍学校の同期でな、同期同士で結婚して退役したんだが、旦那にドッキリ仕掛けるから付き合えと無理矢理呼び出されたんだよ……それで、浮気ドッキリ用の腕組んだ写真は提供してやったから後は知らんと逃げてきた」

「……鼻の下、伸びてたじゃん」

「……根掘り葉掘り聞かれてたんだよ、色々と」

「色々って、何を?」

「色々は色々だ、ほら、さっさと帰るぞ!」

「ちょっ、気になるじゃんかさー教えてよ」

「うるさい、勘違いして泣いてた奴は黙って歩け」

「教えないと大井っちにチクるよ?」

「おいコラ、冤罪で海に沈めようとするな」

「はいはい、分かりましたよーだ」

「――バーカ」

「ん? 何か言った?」

「何でもねぇよ。ついでだからラーメンでも食って帰るか」

「おっいいねぇ、じゃあゴッテゴテのギットギトのにしましょっかね」

「断固拒否する!」

「元気そうだったよ、アイツ」

「何で来てねぇんだよ、あのバカ」

「私の色仕掛けなんてサラッと流して、自分のところの艦娘見つけて血相変えてすっ飛んでっちゃったのよ」

「はっはっは、話には聞いてたけどあんな偏屈で頑固な奴を落とした艦娘達にゃ一度会ってみてぇなぁ」

「一度会いに行ってみる? まだいっぱい話聞きたいし」

「そうだな、会いに行ってやるとするか。我等が英雄様の鎮守府にな」

「今から目に浮かぶわ、物凄く嫌そうな顔が」




――提督、海に沈めるって言いましたよね?

 ――俺はやましいことは何もしとらん。

――北上さんを泣かせた時点でギルティです。

 ――北上、お前からも何か言え。

――そういえばあの時、息を荒げて変態みたいに襲おうともしてきたよねー。

 ――北上ー!?

 近場のコンビニに出掛けるときは、上下ジャージ、サンダル、勿論ノーメイク。戦いが終わってからは以前にも増して緩い雰囲気で、マイペースが歩いているようだとどこかのあぶなんとかが言っていた。
 何故か駆逐艦になつかれるようで、ウザいウザいと言いながらお菓子をあげていたりもする。常に渡す為に多めに買っているのではと指摘すると、にへらーと笑うだけだった。
 ――だから、彼女のその表情はとても貴重なものだろう。

(提督と、露出の高い、うちの艦娘じゃない、女)

 コンビニに出掛けた北上と道路をはさんで、女性と歩く提督の姿。それを見る彼女の顔には、表情がなかった。
 自然とその足が二人の方へ向かい始めたのも、唯一の装飾品である指環を右手で固く覆うように握っているのも、無意識だ。

(母親、にしては若すぎるよねー。姉妹、一人っ子って言ってたじゃん。誰なんだろうねー、あの女)

 鎮守府の誰と歩いていようが、それは普通のことだ。だが、一般人とおぼしき女性と提督が歩いているのは異常――そこに思考がたどり着いた時、北上は足を止めた。

(……まぁ、現状の方が異常なんだよねー)

 提督は人だ、普通に一般人として生活する選択肢も存在する。彼がそれを万が一にも望んだとしたら、否定する権利は自分にはないと北上は来た道を戻ろうとした。
 しかし、何故か徐々にぼやけていく視界がおかしくて、立ち止まって目を擦る。擦っても擦っても一向に視界は鮮明にならず、脇道の壁に寄りかかって蹲る。

(おっかしいね、整備不良かな、全然止まんないや)

 あり得ないと頭で分かっていても、心はそれを受け入れない。結婚式の時、ケッコンカッコカリした時、自分を迎え入れてくれた時、想い出が、胸を締め付ける。

(いやーまいったね、意外に乙女だ、私)

 この程度でここまで取り乱していることに驚きつつも、徐々に冷静さを取り戻してきた彼女は、目の前に息を荒げて自分を見下ろす男の存在に気づく。こんな時に変態か何かか、とより冷静になった北上は立ち上がるのと同時に拳を振り抜き、顎を打ち抜いた。

「弱ってる女の子の前で息を荒げてたんだから、今のは正当防え――ありゃ?」

「おはへ、おへひはんはふらひへほはるのは?」

「……提督、何やってんの?」

「いててて……そりゃこっちの台詞だ、今にも泣きそうな顔でフラフラと歩いていきやがって。この辺道路の反対側に渡る場所少ないから苦労したぞ」

「あー、アレね、目にゴミが入っちゃってさー」

「目にゴミが入った程度で弱るような奴だったか?」

「うるさいなー、北上様だってそういう日もあるんだよー」

 泣いていた顔を見られたくなくて、咄嗟に北上は顔を背けた。しかし、気になることもあるのでそれを確認する。

「さっきの女の人、置いてきて良かったの?」

「あぁ、下らない用事ならもう終わったから問題ない。今頃結婚記念日ドッキリの準備に取りかかってるだろうよ」

「結婚記念日、ドッキリ?」

「さっきのアイツ、海軍学校の同期でな、同期同士で結婚して退役したんだが、旦那にドッキリ仕掛けるから付き合えと無理矢理呼び出されたんだよ……それで、浮気ドッキリ用の腕組んだ写真は提供してやったから後は知らんと逃げてきた」

「……鼻の下、伸びてたじゃん」

「……根掘り葉掘り聞かれてたんだよ、色々と」

「色々って、何を?」

「色々は色々だ、ほら、さっさと帰るぞ!」

「ちょっ、気になるじゃんかさー教えてよ」

「うるさい、勘違いして泣いてた奴は黙って歩け」

「教えないと大井っちにチクるよ?」

「おいコラ、冤罪で海に沈めようとするな」

「はいはい、分かりましたよーだ」

「――バーカ」

「ん? 何か言った?」

「何でもねぇよ。ついでだからラーメンでも食って帰るか」

「おっいいねぇ、じゃあゴッテゴテのギットギトのにしましょっかね」

「断固拒否する!」

「元気そうだったよ、アイツ」

「何で来てねぇんだよ、あのバカ」

「私の色仕掛けなんてサラッと流して、自分のところの艦娘見つけて血相変えてすっ飛んでっちゃったのよ」

「はっはっは、話には聞いてたけどあんな偏屈で頑固な奴を落とした艦娘達にゃ一度会ってみてぇなぁ」

「一度会いに行ってみる? まだいっぱい話聞きたいし」

「そうだな、会いに行ってやるとするか。我等が英雄様の鎮守府にな」

「今から目に浮かぶわ、物凄く嫌そうな顔が」




――提督、海に沈めるって言いましたよね?

 ――俺はやましいことは何もしとらん。

――北上さんを泣かせた時点でギルティです。

 ――北上、お前からも何か言え。

――そういえばあの時、息を荒げて変態みたいに襲おうともしてきたよねー。

 ――北上ー!?

また失敗した…

・連装砲ちゃん物思いに耽る

・首狩りウサギの日常

・魚雷乙女

でした

リクエストはもうちょっと待ってください……

・天津風『真夏の秘め事』投下します

 ニュースで流れる現在の気温は三十六度、人間の体温とあまり変わらない。日本の夏は湿度の高さのせいで不快指数が高く、クーラーの効いた部屋から出たくないと思う人間は少なくない。
 だから、こんな暑い中でくっついてる二人が居るとすれば、夏で浮かれているか頭が暑さでおかしくなっているかの二択である。
 彼等が前者であるか、後者であるか、それは見る人の主観次第だ。




「暑い」

「暑いわね」

「一つ提案があるんだが」

「嫌よ」

「……頭の匂い嗅いでやろうか?」

「この炎天下の中、島風と追いかけっこしたいならどうぞ?」

「熱中症には気を付けないとな、だから少し――」

「嫌よ」

「汗でブラのライン浮いてるぞ」

「だから?」

「ホック外しちまうぞ」

「フロントだから難しいんじゃない」

「……離れないと揉むぞ」

「そんなに離れて欲しいの?」

「離れたいんじゃなくて暑いんだよ、この和室に扇風機しかないのはお前も知ってただろ」

「たまにはこういうのもいいじゃない」

「普通汗だくになるのって嫌がらないか?」

「何だか背徳的な感じでいいと思うけど」

「お前も大概変わってるな」

「アナタにだけは言われたくないし」

「……少し大きくなってるよな」

「それが分かるぐらい揉まれたもの」

「ちょっとは色のある反応をしてくれ」

「……わざわざ汗で透ける服選んだんだから察してくれない?」

「変態だな」

「アナタの髪と足フェチも大概よ」


・秋月『妹が個性的すぎて私の影が薄い気がする』、投下します

「秋月姉、一緒に遊ぼー」

「私ト遊ブンダヨネ、秋月姉」

「姉さん、缶詰のストックが足りないから買い足してきた」

「今洗濯物畳んでるんだから引っ張らないで、初月は備蓄食料って言葉の意味を辞書で調べてきて」

「じゃあ終わったら一緒に遊ぼ」

「何スル? 的当テ? 潜水艦ゲーム?」

「馬鹿にしないでくれ姉さん。備蓄食料は腹が減っては戦ができぬからすぐに食べられるよう確保しておく食料のことだろう?――この鯖缶もなかなか美味いな」

(……贅沢かもしれないけど、長十センチ砲ちゃんと二人の頃の静かな生活が恋しい)

「秋月姉」

「秋月姉ッテバ」

「間宮さんにシュールストレミングを仕入れて欲しいとお願いしたら断られたんだが、買っても構わないか?」

(……きっとお母さんってこんな感じなんだろうなぁ)

 深海棲艦と双子みたいになっている妹、気付けば缶詰を食べている妹、二人に比べれば普通という自己認識をしている秋月からすれば、少し羨ましいと思う面もあった。
 しかし、長女であるからしっかりせねばと自由奔放な妹達の面倒を見るので精一杯で、最近は秋月自身の自由な時間が無く、何か趣味の一つでも持とうにも余裕がない日々である。
 そんな彼女に、いつものように悩んだ様子もなく彼はこう言った。



「クレー射撃でもやってみるか?」

 妖精さんの仕事は早い。提督から言われた翌日には、新たな娯楽施設がそこには誕生していた。

「ここに弾を込めて、こうやって撃つ」

「若葉、やったことあるの?」

「ゲームセンターだけでは満足できなくなって、色々とやってる」

(初霜が部屋に色々物騒なものが増えたって言ってた気がするけど、若葉のだったんだ……)

「艦載機程不規則には飛ばないが、風の影響を受けやすいし射撃時に微妙な調整が必要だ。艤装とは多少勝手が違うのに注意した方がいい」

「うん、教えてくれてありがとう」

 とんでも兵器を量産している妖精さん達からすれば、クレー射撃用の銃を作ったり安全に加工したりは至極簡単で、今秋月が持っているものも彼女に合わせて調整されていた。
 試しに構えてみると、驚くほど手に馴染み、早く撃ってみたいという気持ちが秋月に沸き上がってきた。

「的一つにつき二射まで、最初だから的は十個にしておく」

「分かった。じゃあお願い」

 横で応援するように長十センチ砲ちゃんがぴょこぴょこと動いているのを撫でてから、構えて集中する。
 最初は色々と戸惑いもあったが、今の彼女には目の前に飛んでくる的のことしか頭になかった。

(――来た。軌道を読んで……今!)

 一射目、命中。

(次は……ここ)

 二射目、命中。

(よし、次も――あっ)

 三射目、失敗。

(今度は風もちゃんと計算して……ここ!)

 四射目、命中。

(このまま最後も絶対、当てる!)

 五射目、命中。

「――――ふぅ」

「どうだった?」

「思っていた以上に楽しかったかも」

「そうか、それは良かった」

「……もう一回やってもいい?」

「気が済むまでやっていくといい」

「うん!」




「流石は防空駆逐艦だな」

「いいストレス解消になっている」

「不要なガラクタとかを再利用してるからエコにもなる」

「外すと勿体ないと言っていたぞ」

「勿体ないって、アイツらしいな……」

「提督、お前もどうだ?」

「遠慮しとく」 

「秋月姉、最近ちょっとおかしくない?」

「クレー射撃ノイメトレダッテ」

「よし、今日は大和煮の缶詰にしよう」

(急な風が吹いても対応できるようにこうして……でもこれだと低空に合わせづらいかな……)


・衣笠『衣笠丼』?、投下します

「衣笠さん食べられちゃうの!?」
 
「食わん、最近胃もたれが酷い」

「そういう問題なの……?」

「それより、自分の名前の食い物だ、しっかり共食いしろ」

「言い方!」

「油揚げと玉葱、シンプルだが美味いぞ」

「提督、衣笠さんの扱い雑じゃない?」

「俺の扱いが雑になってる奴が多すぎるせいだろ」

「それだけ信頼してるってことだと思うよ。提督だって、今更気を遣われたら居心地悪くない?」

「一理ある。ただな、忘れてると思うが、俺、お前らの提督な」

「ねぇねぇ提督、このゆずシャーベット後で頼んでもいい?」

「……衣笠茸のシャーベットを作らせて食わせてやる」

「うん、絶対食べないからゆずシャーベット頼むね」

「青葉もお前も段々からかいがいがなくなってきてつまらん」

「慣れもするってば、青葉なんて大体秘書艦日の次の日はベッドで悶えてたし」

「じゃあ今度心霊ツ――」

「そういうのは青葉の担当だから普通にデートしよ?」

「今してるだろ」

「次は水族館行きたい!」

「寿司か?」

「食べることから離れてよ」

「気付かないうちに営業再開してたんだな、水族館」

「生態系の異常な変化がないかとか、深海棲艦が潜んでないかとかで、結構時間がかかったみたい」

「流石に青葉のアシか、そういう情報には詳しいよな」

「あの子の嗅覚にはまだまだ敵わないけどね、どっから仕入れてくるのか分かんないネタの山でいっつも整理が大変なの」

「……危ないネタにはあまり深く触れないように釘刺しといてくれ」

「心配しなくても大丈夫だって、ちゃんと手綱は握ってるから」

「そうか、ソロモンの狼もリードがついてりゃ問題ないな」

「――何より、提督を悲しませるようなことをあの子がするはずないし」

「そりゃ助かる」

「じゃあそろそろ行こうよ提督」

「あぁ、そうだな」



――――何かあの魚、イ級っぽいね。

 ――――(イ級は流石にうちの奴等みたいになってないはず……だよな?)

今から3つ受け付けます

・マックス『ふーん』(R-18)

・神風『陸』

・舞風『野分が野分を呼んできた』

以上三つでお送りします

・マックス『ふーん』(R-18)?、投下します

「――いや、これは、その、待て」

「ふーん……朝からインスタントのズッペ……ふーん」

(ヤバい、だいぶ怒ってる)

「それを飲んでいるなら私のズッペはいらないわね」

「飲む、飲むからとりあえずその寸胴を置け」

「ふーん……飲むのね」

「その良い匂い嗅いで飲まないって選択はないだろ」

「じゃあ、全部飲んで」

「・・・寸胴鍋いっぱいのそれをか?」

「嫌なの? ふーん……そう、別にいいけど」

(どうしてうちの艦娘はたまにフードファイトさせようとするんだ、俺は赤城じゃないんだぞ)

「あー……とにかく、それはそこのコンロの上に置け。流石に冷める前には飲みきれん」

「――ふふっ、冗談よ。一緒にブロートもどう?」

「ビスマルクのやつか?」

「今日は私が作ったの」

「ほー、そりゃ楽しみだ」

「ビスマルク程上手には作れなかったけど、このズッペには合うと思うわ」

「マックスのズッペも評判がいいのは聞いてるぞ、何故かプリンツが自慢してたが」

「プリンツが来てから集客はいいのよ、心底不思議だけど」

「ははは、割とドジだが憎めん奴だからだろ」

「――私は、どうなの?」

「隠れファンが居て、店の客の一割はお前目当てだって青葉が調べてたぞ」

「ファン、私に……?」

「レーベやプリンツのファンとは違ってふれあいとかを求めてるわけじゃなくてな、ズッペを綺麗に飲んで会計の時に今日もありがとうって帰っていくそうだ。レーベが嬉しそうに話してたよ、マックスも裏方ばっかりやってないでホールもたまにやってくれたらもっとお客さんが増えるのに、ってな」

「ふーん……そう」

「お前ももうちょっと自分に自信を持て、少なくとも俺は今嬉しいぞ」

「――なら、そうしてみるわ」

「えへへー」

「こら、重いからやめろ」

「あたし、そんな重くないよー」

「昔に比べたら重い」

「女性に向かって重い重いって言うのはいけないことだってむっちゃん言ってたよ?」

「いいから降りろ、今から新しく迎える子供と初顔合わせだってのに何で寝間着のままなんだ」

「司令官、選んでー」

「お前なぁ……普通にセーターとスカートでいいだろ。長門が頭から湯気出しながら選んだヤツ」

「じゃあそうするー」

「早く着替え――ってここで着替えるやつがあるか!」

「だって、司令官に見られてもあたし恥ずかしくないよ?」

「……見られて恥ずかしくない身体だから隠せ」

「えへへー司令官のエッチー」

「いいからとっとと着替えて行ってこい!」

「はーい」

(……全く、成長ってのは恐ろしいな)




「身寄りのない子供を引き取りたい、だと?」

「うん、あたしね、皆と楽しく遊んでるのが一番好き。でもね、一度だけ急に来なくなっちゃった子が居たの。お父さんもお母さんも事故で死んじゃって、遠くの施設に引き取られたって他の子が教えてくれたんだ。その子、ずっと泣いてたんだって……あたしね、司令官やむー姉達が文月をここに連れてきてくれて本当に嬉しかったんだ。だから、あたしも何か出来ないかなって、思って……」

「……」

「やっぱり、無理、だよね……」

「――手続きや申請、艦娘という立場、色々と問題を挙げればキリがない。何かあればここの存続にも大きく関わりかねない。正直言って、鎮守府にとってはデメリットしかない」

「うん……」

「だが、俺はお前達のやりたいことをやらせてやる為にいる。本気でそう思ったなら、ちゃんと責任を持って全力で行動しろ」

「っ……はい!」

(あれから地獄のような書類と話し合いの末に、安全面を押しに押して“特別保護施設”として国に認めさせるまで五年……今じゃ四人もチビの面倒を見るお母さん、か)

「嬉しくもあり、寂しくもあるな」

「何を黄昏てんだよ。あのチビ達が危なくないように、しっかり頼むぞ警備長」

「当たり前だ、この長門が居る限り、不審者など一歩たりとも近付けさせん」

(こいつもあの頃と比べれば変わったな、未だに部屋は凄い有り様だが……)



 
「おかあさんは、どうしておとうさんとけっこんしたの?」

「えへへー司令官はねー、あたしのヒーローだったの」

「おとうさん、おかあさんよりつよいの?」

「おとうさんはねー、すっごく弱いよ。でも――」




 ――テメェ何考えてやがんだ! たかだか一作戦の功労者争いの為に何人も犠牲を出すつもりか!

 ――分かった。うちの戦果はそっくりテメェにくれてやる。だから今からその文月はうちの艦娘だ! それで文句ねぇな!?

 ――その、なんだ……成り行きでこうなっちまったが、嫌じゃなければうちに来るか?




「――すっごく、優しいの」

なんとなく文月

もっちーと鳳翔もそのうち書いてるの気まぐれ投下予定

・神風『陸』?、投下します

「――最近の艦娘は普通に着任しちゃいけない決まりでもあるのか?」

「流石僕の姉貴、意表をついてくれる」

「神風、推参しました。司令官、これからよろしくお願いします」

「あぁ、よろしく頼む。――で?」

「その水槽、何?」

 提督と松風と着任したての神風は今、執務室にいる。提督は椅子に、松風はその横で立っていて、神風はというと――カート台車の上の水槽で水に浮かんでいる。

「これは、その、やむにやまれぬ事情があって」

「まぁそういうのには慣れてるからいいが、普通にここで生活するには不便そうだな」

「この際だから全面バリアフリーにでもするかい?」

「それもありかもしれん」

(何この司令官、松風も平然とし過ぎじゃない……? だって水槽よ? このレベルのおかしさに慣れてるって、どれだけこの鎮守府変わり者だらけなの?)

 ――かみかぜは こんらん している。

「提督、遊ビニ来テアゲタワヨ」

「リト、ちょっと今忙しいから金剛のところにでも行ってろ」

「アラ、ワザワザ来テアゲタ私ヲ無視――ッテコラてーとく、私ハ金剛ノトコロニ行クナンテ一言モ言ッテナァァァァ……」

「相変わらず面白いね、あの子達」

「あんな奴等に負けかけてたかと思うとたまに虚しくなる」

(今のって大きさはだいぶ縮んでるけど深海棲艦、よね? ここに住んでるの? 普通に暮らしてるの?)

 ――かみかぜは ますます こんらんしている。

「それで神風、部屋なんだが――」

「提督、ヒトゴマルマル、午後の甘味はいかがですか?」

「帰れ!」

「今のはほっぽの真似なのか? 全然似てなかったよ」

「そういうのいいから早くソイツ追い出せ!」

「かしこまりました。すぐにこの二人を追い出して瑞穂と二人っきりになりましょうね」

「お前に言ったんじゃない!」

「瑞穂は今日も平常運転のようだ」

(……この鎮守府、まともな人居ないのかも)

 ――かみかぜは かんがえるのを やめた。

 ――数日後。

「どうだ神風、不自由なことはあるか?」

「お陰様で大丈夫です。強いて言うなら……」

「何だ、何かあるなら遠慮なく言ってみろ」

「普通に対応され過ぎて逆に怖いです」

「そのうち嫌でも慣れるから安心しろ、ここの半数以上が歩んできた道だ。水槽に入ってる程度なら気にもならなくなる」

「……どうしてこうしてるかは、書類で知っているんですよね?」

「書類にあったことだけはな」

「私、陸に上がると動けないほど気持ち悪くなるんです。最初は目眩程度だったのがどんどん悪化して、今ではこうして海水の入った水槽がないと海から上がることすら出来ないんです」

「艤装を常時着用は弾薬とかを込めなきゃ問題ない。別に邪魔になるわけでもない。後はその不便さの解消と、特にこれをこうしてほしいとかはあるか?」

「……ここから出ろとは言わないのね」

「出たいなら出ればいい、それを決めるのはお前だ。俺じゃない」

(本当に自由なのね、ここって。じゃあ少しお言葉に甘えても、いいかな)

「――このまま自力で動けるようにって、出来る?」




「まずはありとあらゆる施設のバリアフリー、それからオートバランサーの付いた手動自動切り替え型の歩行水槽。勿論強度は最高クラスだ、頼めるか?」

「メカ夕張、推定作業時間は?」

「二百時間もあれば可能です」

「よし、じゃあまずは榛名さんと武蔵さん、大和さんに協力要請。それから明石に神風ちゃんの個人データ送って発注。着工スケジュールは霧島さんに出来次第送って施設の解放時間の打ち合わせ。手が足りないようなら日向さん、利根さん辺りに頼んで」

「オッケーです、マスター」

(……予想の遥か上過ぎて怖い)

 ――かみかぜの りくにたいするきょうふが ご あがった。

鎮守府を猛スピードで駆け抜ける水槽

舞風『12時に切れる魔法』に変更します

投下は来週までには出来る予定です

舞風『12時に切れる魔法』、投下します

 ――踊る、踊る、優雅に踊る。

「ダンス、覚えてくれたんだ」

 ――踊る、踊る、少女は踊る。

「足、踏まない程度にはな」

 ――踊る、踊る、心は踊る。

「ドレス、変じゃない……?」

 ――踊る、踊る、胸が踊る。

「あぁ、よく似合ってる」

 ――踊る、踊る、夜空に踊る。

「何か、全部夢みたい」

 ――踊る、踊る、月が踊る。

「夢で、いいのか?」

 ――踊る、踊る、世界が踊る。

「うん、だから――これでおしまい」

「もういいのか?」

「いいの、もう十分」

「あれだけ踊りたがってたくせに、えらくあっさりしてるな」

「だって、幸せすぎて夢から覚められなくなりそうだから」

「――ガラスの靴を、置いていけばいいだろ」

「私にお姫様なんて似合わないって」

「それなら俺だって王子って柄じゃない」

「ほらね? だから、終わりでいいの。私は艦娘で、提督は提督。ここはお城じゃなくて鎮守府で、皆と暮らす今を守るのが私のやりたいこと」

「……魔法が解けるには、まだもう少しあるな」

「提督……?」

「お前がそんなに夢から覚めたいっていうなら、望む通りにしてやるよ」

「それって――」




――――舞風、舞風ー?……ダメね、全然聞こえてないわ。

 ――――(昨日の提督、カッコ良かったなぁ……またあんなキスして欲しいな……)

次のリクエストは3月6日マルマルマルマルより3つ受け付けます

 戦った。戦い続けた。腕が折れたこともあった。足の骨が見えたこともあった。それでも私は戦った。ただただ敵を葬り続けた。
 ある時、急に体にガタがきた。既に前線で戦っている最初の仲間は私一人になっていた。その仲間の一人に頼まれ、後進を育成することになった。
 どうすれば艦載機は意のままに動き、敵の攻撃を掻い潜り、仕留められるかを毎日毎日骨の髄まで叩き込んだ。
 鬼、悪魔、血の通っていない鉄の女、そう陰で呼ばれていたこともあった。ただ生き残り、ただ敵を倒す術を教えていただけだというのに、彼女達には仲間の血と肉で作られた航路の上を歩いている自覚が無いのだろうと、私は思った。
 こうしている間にも、前線では仲間が一人、また一人と散っている。無為に命を散らせての現状維持など、何の意味もない。

(あの二人が残してくれた活路、絶対に守らないと)

「――その顔、どうにかならないの?」

「……笑い方なんて、忘れてしまいました」

「そんなんじゃお嫁の貰い手がなくなるぴょん」

「貴女は別の意味で無さそうですね」

「大きなお世話でぇーっす」
 
「――ねぇ、卯月」

「何だぴょん?」

「ここで私がこうしていることが、本当に終戦への手助けになっているんでしょうか」

「少なくとも、あのまま前線で戦い続けて沈まれるよりはなってるぴょん」

「まだ、普通になら戦えます」

「――貴女は敵を倒したいの? それとも仲間を守りたいの?」

「……さぁ、もう分からなくなってしまいました」

「だったら、一度思い切って戦いから離れてみたらどう?」

「そんなこと出来るわけ――」

「卯月を、誰の秘書艦だと思ってるぴょん」

「……貴女が羨ましいわ」

「結構大変よ、老人の介護って」

「いつかは、貴女みたいに見つけられるのかしら」

「“手を伸ばさぬ者は願うなかれ”、まずは自分で色々やってみるぴょん」

「あの御方の言いそうなことですね。――それにしても、いつの間にか似てきたわね、貴女」

「それ、全然嬉しくない」



(私の、私だけの為すべきこと……本当にそんなもの、あるのかしら)

・イムヤ『忘れられない』R-18

・朝風『三分の一』

・秋月『病気』

以上三本でお送りします

 宛もなく、目的もなく、ただ逃げていた。野草を食み、海で魚を獲り、その日をただ生きていた。
 理由なんて無かった。ただ色々なことがどうでも良くなって、フラリと散歩でもするように逃げ出した。
 逃げてから数十回目の日没と日の出を見た頃、どこかの鎮守府の裏手の山で野宿していたら、楽しそうな声に目が覚めた。

(一……二……三……艦娘三人と人間が一人か)

 スコープ越しに覗いた先には、夜空を見上げてはしゃぐ駆逐艦と、その保護者のような男が一人。ラフでそんな雰囲気は一切無いが、艦娘と一緒に居る以上司令官と見て間違いない。

(……アタシもあんな風になれる可能性があったんかねぇ)

 自分には与えられなかった、信頼と信用が生まれるかもしれない日常。気付けば、スコープの先へと右手を伸ばしていた。

(――もう遅い、か)

 伸ばした手を引っ込め、スコープから顔を背ける。そこにある幸せは、自分には眩しすぎたから。
 ただ、暫くここに居るぐらいはいいかもしれないと、そう思った。

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「――そんな話はなかったが、拾ったのなら面倒を見ろ。着任申請は出しておく」

 翌日提督執務室に連れていかれたアタシを待っていたのは、尋問や睦月への叱責でもなく、まるで捨て猫を拾った子供への対応だった。
 この鎮守府、大丈夫なのかと悩むアタシの横では、ぴょんぴょん跳ねながら嬉しそうに腕を引っ張る姉の姿。うん、やっぱりダメかもしれない。っていうか眼鏡がずれるからやめて欲しい。

「あのさ、ちょっといい?」

「何だ? 分からないことは睦月に聞けば問題ないぞ」

「食料庫に忍び込んでた素性の知れない艦娘に何も聞かないの?」

「言いたいなら言えば良い。結果は変わらずここで面倒を見るだけだ。腹を空かせてボロボロの服で鎮守府に忍び込むしかないようなお前を放り出しなんぞしたら、俺はお前の姉に一生恨まれる。帰りたい場所があるなら話は別だが」

「それは……」

 迷う。その言葉を信用していいのか、ここに居ていいのか、そもコミュニケーションというものがほぼ皆無な環境だったのだから、より一層頭の中で思考が縺れていく。
 答えが出ず、急に渇いてきた喉が更に言葉をつまらせる。そんな時、不意に体が横へ引っ張られた。

「えと、何……?」

「大丈夫、大丈夫だよ」

 心臓の音が、聞こえてくる。素性がバレていないかとか、ここに居たら迷惑をかけるんじゃないかとか、そんな考えが頭に浮かんでは、スーっと消えていった。優しく、温かい体温に包まれていると、自然と複雑に絡んでいた思考がほどけて、一つだけが残った。

「――アタシ、ここに居たい」




 ――目標を確認、これより特務を開始します。

 ここに今居る睦月型は睦月・如月の二人。気を遣われたり、昔の話を聞かれたりもせず、ただ妹として迎え入れられ、逆に落ち着かないのが数日鎮守府で過ごした感想だ。
 牽制の為に司令官へ面倒事は一切引き受けないと言ったが、自分のことを自分でするならそれで構わないと返され、本当に普通の生活というものが送れていた。
 幾つかの鎮守府を見てきたけれど、ここ以上に“日常”というものを感じさせるところはなかったように思う。
 ――だからこそ、それは由々しき事態だった。



「砲撃も魚雷も対空も赤点、ある意味すごいなお前」

「しゃーないじゃん、戦ったことほとんどないし」

(海の上では、だけど)
 
「んー……まぁ慣れれば問題ないだろう。とりあえず、睦月達と暫く海の上で鬼ごっこでもしてろ」

「鬼ごっこって、普通演習とかじゃねーの?」

「まずは海上での動きに慣れろ、陸上と一緒の感覚で動くから反動で照準がブレるんだ」

「……りょーかい」

 今までほとんど任務は陸の上。海はほぼ移動経路でしかなく、反動のキツイ装備は固定して使用が基本だった為、単装砲すら撃てばブレてしまう。
 こんなことなら、多少なりともアイツみたいに海上での戦闘も経験しておくべきだったかもしれない。




「あっ、鬼は神通な」

「それごっこじゃなくね?」

 徐々に鎮守府での生活も慣れてきて、ただの艦娘としてこのまま過ごしていけるかと思った、秋の夜。姉二人より先に風呂から上がり部屋へ戻ると、昔のように音もなく、彼女は窓辺に立っていた。

「――久しぶり、“月光”」

「……」

「とりあえず、表出てからでいい? 今は風呂入ってるけど、十分もしたら二人とも戻ってくるし」

「十分もいりません。このまま――特務を遂行します」

「相変わらず融通きかねぇなー全くもうっ!」

 接近主体の元相棒の力量はよく知っている。正直言って、本気で来られたら一分ももたない。
 それでも、せめて僅かの間楽しい時間を過ごせたこの部屋を自分の血で汚したくはなかった。

(なんとか気を逸らして外へ――)

「随分、甘くなりましたね!」

「ぐぅっ!?」

 脇をすり抜けようとした途端、横っ腹に強烈な一撃をもらい壁まで吹き飛ばされる。なんとか受け身はとれたものの、状況は絶望的だった。

「……殺らないの?」

「……」

 目の前で鈍く光っている鉄の爪。彼女がその気になれば、一瞬で自分の首は宙を舞うだろう。
 しかし、いつまで経ってもその瞬間は訪れなかった。

「……て」

「?」

「どうして?」

 消え入りそうなか細い声と、頬を伝い落ちた雫。それを見たとき、ようやく気付いた。
 ――私は、逃げ出した理由を置いてきてしまっていたんだ。

「……三日月ってさ、シャンプーとか使ったことある?」

「シャンプー……? いったい何を言って――っ!?」

 咄嗟に手元に隠したトラベル用のシャンプーを顔に向かって投げつけ、同時に突進して押し倒す。長い付き合いで反射的に爪で防御することはわかっていたからこそ、出来たことだ。
 物騒なものが床に当たって忙しなく音を立てているが、気にしている余裕はない。

「こっの、ちょっ、暴れんなってば!?」

「私は、零番隊旗艦として特務放棄を許すわけにはいかないのっ!」

「そんなめんどくさいもんに縛られて生きてて楽しいのかよっ!」

「だって、私も貴女もそれしか生き方を知らないじゃない!」

「ずっと見てたなら分かんじゃん!」

「分かりません!」




「――おりょ? 喧嘩?」

「……」

「やばっ、むー姉逃げて!」

 出会ったときと同じように、何の敵意も、警戒も見せず、ただ部屋の入り口からこちらを眺める姉。見られた以上、三日月が彼女を放置するはずがない。
 それだというのに、いつもと変わらず満開の花のような笑顔で、とてとてと歩み寄ってくる。正直、ここまで頭の中がお花畑だとは思っていなかった。

「――月影、これが貴女の選択の代償です」

「待て三日月!」

 動揺で緩んでいた拘束を振りほどき、三日月が姉へと迫る。
 ――ダメだ、間に合わない。

「っ……え?」

「喧嘩するのはいいけど、ちゃんと仲直りしないとダメだよ? こんなのつけてたら邪魔だから外すにゃしぃ」

「な、何するの、放してっ」

「ん~、また妹が増えて睦月、感激ー」

「むぐぅぅぅっ!?」

(……マジで?)

 向かってくる爪を押し退けた左手から血を流しながら、力一杯姉は三日月を抱き締めている。アレは普通に怪我を負うより痛いはずなのに、そんなことはお構いなしだ。
 あまりの事態に混乱してもがいている三日月を見ていると、どういうわけだか笑いが込み上げてきて、大声で笑ってしまった。
 その後、髪を乾かして戻ってきた如月姉にお願いして司令官を連れてきてもらって彼女の処遇を決めてもらったり、ケガしてることすら忘れてはしゃぐむー姉を如月姉と手当てしたり、どうしていいか分からず戸惑う三日月に色々な話を聞かせたり、一晩中その日は賑やかに過ごした。
 結局、この話で何が伝えたかったかって言うと――私達姉妹は、皆むー姉には頭が上がらないってこと。




――――今もその時の傷、残ってるよ?

 ――――どうしてそれをそんな嬉しそうに見せられるのさ……。

――――だって、三日月がここに来た記念にゃしぃ。

 ――――(やっぱむー姉もいい意味でだけどぶっ飛んでるわ)

むつきがたはいいこばっかりです

「うーちゃん、人間とか正直どうなろうが知ったこっちゃないぴょん」

「はっはっは、そりゃ困ったな」

 私達の出会いは、こんな風だった。今よりもひねくれていた私と、今よりも能天気な当時は少将だった元帥。
 協力的な艦娘達に対してですら、何か化物を見るような視線が大半だというのに、非協力的な私にしつこく話しかけてきたのが、あの人だった。
 不自由はないか、飯はどうだ、好きなものはあるか、気になるものはあるか、とにかくついてきて話しかけてくるので凄く鬱陶しいと何度も思った。
 どうせ戦わせる為のご機嫌取りだろう、そう思って意地悪なことも何度も言った。しかし、予想に反してある程度は要望に応え、出来ないときは“今は無理だ”と頭を下げてきた。
 それでも当時の私は意地が悪く、酷いことを言ったり、変わらず非協力的な姿勢を貫いていた。今にして思えば、見た目通り子供だったのだと思う。
 やがて、少しずつ深海棲艦との戦いに艦娘が投入され、私にも出撃命令が出された。
 行かない、と口にした私を、あの人は叱責した。行け、責務を果たせ、と。結局他の人間と変わらない、所詮はコイツもただ戦わせたいだけだったんだと思った。何故か胸が苦しくなったのを無理矢理誤魔化すように、私は海に出た。
 あまり語られてはいないが、私を含めた“始まりの艦娘”は最初からそこそこの強さと僅かながら特異な能力を持っていた。それでも苦戦するほどに、最初期の戦況は壮絶だった。
 ――だから、そこへ送り込むという選択しかなかったあの人の心中など、あの時の私はこれっぽっちも知りはしなかった。

「卯月!」

「うるさいぴょん」

「どうして撤退命令を無視した!」

「勝ったんだから文句言われる筋合いないでぇーっす」

「馬鹿者っ! 大局を見て動けっ! たかだかあの程度の作戦で轟沈などしてみろ! いい笑い者だ!」

「っ……別に人間にどう思われようがどうでもいいぴょん」

「お前という奴は……次に命令に背いた時は厳重処罰も覚悟しておけっ!」

「――大丈夫だったかぐらい、言ったらどうなんだぴょん」




 今にして思えば、この時もあの人は色々な事を考えてくれていたのだろう。艦娘が命令に背けば反対派の攻撃材料になりかねず、艦娘の立場も危ぶまれる。取るに足らない作戦で轟沈が出れば、所詮はその程度と評価される。
 そんな危うい行為をした後も私達が普通に過ごせていたのは、きっとあの人が身を粉にして艦娘という存在を守ってくれていたからだ。
 ――あの厳しい言葉の一つ一つに込められた想いに私が気付けたのは、もう私達が半分に減ってしまった後の事だった。

「……何でだぴょん」

「……」

「何で……何であの二人を見殺しにした!」

「お前達の、私達の、未来の為だ」

「ふざけるなっ! 神通はお前を慕ってた! 信濃はいつか皆で平和な世界を旅しようって、それなのに何で……何で二人が沈まなきゃいけなかったのっ!?」

「そうしなければ、作戦は失敗していた」

「……そっか、そうだ。所詮は、ただの道具だもんね、私達。沈もうが、体が吹き飛ばされようが、敵に食われようが、胸が痛むはずないもんね」

「……必要だった」

「黙れ」

「あぁするしか、なかった」

「黙って」

「尊い、犠牲だった」

「いいから黙れっ!」

「黙ってなどいられるかあっ!!」

「っ!?」

「あの犠牲を誇らねば、あの二人は名すら残せない! あの犠牲を乗り越えて進まねば、あの二人は無駄死にでしかない! あんな犠牲を出さねば戦況を覆せなかった現状を、世に知らしめることができない! もうあんなことはたくさんだ! 決死の覚悟で戦場を駆けるお前達を、安穏と遠くから眺める奴に笑われてなるものか! 俺の頼もしき戦友を、優秀な部下を、愛すべき娘達を、誇れぬ世などあっていいはずがない!」

「……ただの夢想を叫んで、どうしたいの?」

「夢想で終わらせる気など毛頭ない。俺は人と艦娘が共に歩める世界を作る。それが、俺に出来る唯一の手向けだ」

(――あぁ、そっか。だから二人とも最期は笑って……)

「……やるぴょん」

「む?」

「お前一人じゃ出来そうにないから、手伝ってやるぴょん」

「人間は嫌いなんじゃなかったのか?」

「今も嫌いだぴょん。でも――」




 ――――不細工なその泣き顔は、嫌いじゃないぴょん。

 ――聞こえるか?

「聞こえないぴょん」

 ――よし、聞こえとるな。

「どうして出撃中までその声を聞かなきゃいけないぴょん」

 ――まぁそう言うな。交戦中は通信を切っておくし、邪魔はせんさ。

「それで? 用件は何だぴょん」

 ――いや何、ようやくお前を俺の秘書艦とする手筈が整ったのを知らせておこうと思ってな。

「勝手にうーちゃんを秘書艦にするんじゃねーぴょん」

 ――ふむ、では武骨大将がお前を気に入っとるようだからあちらに行ってみるか?

「……帰ったら覚えてろぴょん」

 ――かっかっか、おぉ怖い怖い。

「そろそろ、交戦開始するぴょん」

 ――うむ、待っとるぞ。

「…………」

 水平線の彼方に、揺らめく敵が見える。数は四十と少し。
 対してこっちはたったの一人。先の大規模作戦で主力を半数も失い、まともに敵の主力級と戦えるのはたったの三人。後進育成なんてとてもじゃないけど間に合わない。比較的安全になったのは近海付近のみで、沖に出れば相変わらず深海棲艦は掃いて捨てるほどいる。前線の戦況は最初期に比べれば多少マシといったところでしかない。
 それでも、不思議とこの身は戦意に高揚している。

「ふふっ、くふふっ、あはははははっ!」

 清々しい。本当に清々しい。これでようやく、下らない大義名分を放り投げて自分の為だけに戦える。どうしようもなくバカな夢想の為だけに、この命を賭けられる。
 ――さぁ、さっさとその首を置いてくぴょん。

「そういえば、結局卯月ってどのぐらい戦果上げたの?」

「そんなの覚えてないぴょん」

「元帥は“バカな夢想を実現できる数じゃ”って言ってたけど」

「朧、あのクソジジイの言うこと真に受けちゃダメだぴょん」

「ふーん、じゃあ毎年カレンダーにこっそり丸してるあの日は何の日なの?」

「あっ、うーちゃん用事思い出したぴょん。その話はまた――」

「それ、私も気になってました」

「ちょっ、何鍵かけてるぴょん」

「卯月ちゃんはもうちょっと素直に色々と私達に話してくれてもいいと思う。ね、曙ちゃん」

「うえっ!? べ、別に私はどっちでも……」

「ほら、曙ちゃんも気になってるみたいだし」

「一言もそんなこと言ってないぴょん!」

「それで、何の記念日?」

「……娘に、された日」

「じゃあその日は二人でどこかにお出かけだね」

「うん、そうだね」

「スケジュール、ちょっと調整しとくわ」

「別に気を遣わなくていいぴょん」

「逆だよ卯月ちゃん。私達に気を遣いすぎ、少しぐらいわがまま言ってくれていいんだよ」

「二人が喜ぶなら、私達も嬉しい」

「あんた達二人とも働きすぎなんだから、ちょっとは休めば?」

「余計なお世話だぴょん。……でも、今回はお言葉に甘えます。ありがとう」




――――あー、いい湯じゃ。

 ――――……。

――――何じゃ卯月、珍しく静かじゃの。

 ――――……せ。

――――む?

 ――――背中、流しましょうか、お父さん。

「Admiral」

「エリザベスか、どうした?」

「先ほど廊下で不思議なものを見かけたのですが、あれは何ですか?」

「あぁ、多分神風の水槽だろ。訳あって作らせたんだ」

「Japanの技術力は流石ね。私の国にあそこまでのtechnologyはありませんでした」

「日本というか、妖精と暇人達の暇潰しの結果だ。時折オーパーツが出来てるから目を離せんのが玉に瑕だが」

「例えば、アレは正式に依頼をすれば私のこれも作ってもらえるのですか?」

「――艤装一体型の車椅子は、悪いが作ってやれん」

「Sorry、少し考えれば分かることでした」

「すまんな。その代わり、整備や調整ならいくらでも言ってくれて構わん。大事なイムヤの客人に変わりはない」

「それだけでもとても嬉しいわ」

「……こっちへは休養みたいなものか?」

「えぇ。勿論、イムヤに会いに来たついでですけど」

「護衛の必要性は無いにしても、よく許可が下りたな」

「私はもう浮き砲台にも等しいただの一隻の艦娘です。着の身着のまま旅をしても別に不思議なことはないわ」

「――質の悪い浮き砲台も居たものだ」

「うおっ!? 何だ、武蔵か」

「初めまして、武蔵。貴女達の活躍はよく知っています」

「それは光栄だな、英国最強のオールドレディーに知ってもらえているとは」

「今の私は、ただの旅行中のElizabethです」

「……ふっ。それはすまなかったな。ここはとても居心地がいい、帰る気がなくならないように精々気を付けることだ」

「おい、縁起でもないことを言うな」

「Don't worry.その時は貴女に迷惑はかけません」

「あぁ、そう願っているぞ」

「言うだけ言って行きやがったなアイツ……もう国に帰りたくないとか言い出さないよな?」

「それは絶対にあり得ないわ。でも……sorry、admiralに言っても仕方ないことね。私もこれで失礼します、Bye.」

「あぁ、またな」



(私だけの幸せ、本当に私に見つけられるのでしょうか、Queen)

・朝風『三分の一』?、投下します

「……何なのかしら、この既視感」

「朝……朝はまだなの……」

「あっもしもし浦風? 散歩の途中でいつもの光景に出くわしたんだけど、ちょっと神風か松風探してもらえない? 多分、この服だと同型艦だと思うの。――特徴? えっと、朝ってずっと言ってるからもしかしたら川内と真逆なんじゃないかしら」

「朝日……朝日を……」

「とりあえず、このままにしておけないから連れて帰るわ。提督にも連絡しておいて貰える? えぇ、えぇ、ありがとう。それじゃあ切るわね――ふぅ、これでよし、と」

「夜なんて……無くなればいいのに……」

(川内とは仲良くなれそうにないわね……)

 行き倒れ艦娘を拾い、夜の散歩から帰る大鳳。通りすぎた警官が会釈だけで何も聞かない辺り、この町での彼女たちへの信頼が窺い知れる。
 最も、色々と騒動を起こして顔が広い、というのが大鳳の場合は主な理由である。

(終戦後も次々に増えてるけど、やっぱり提督から艦娘を引き寄せるフェロモンでも出てるのかしら)

 まだ正式に所属していない艦娘や提督とケッコンカッコカリしていない艦娘も、いずれはどうせ出られなくなっていくんだろうなと、大鳳は自分の昔を思い返しながらゆっくりと帰路を歩くのだった。



「えーこちら鈴谷ー大鳳がお姫様だっこで艦娘を連れ帰る事案が発生ー」

「仕方ないでしょ、背負うよりこっちのが楽だったんだから」

 ――翌朝。

「朝日! 朝日よ!」

「お、おぅ……」

「うちの妹がすみません……」

(こうして見ると、ボクだけ普通だな)

「それで、何で行き倒れてたんだ?」

「昼にはここへ着くはずだったんですけど、ちょっと道に迷ってしまったの」

「半日で行き倒れって……お前の妹は燃費がとんでもなく悪かったりするのか?」

「いえ、単純にこの子の場合は……」

「どうせ姉貴のことだから、朝以外に動くのがてんでダメなんだよ」

「松風、そんな昔の夜戦大好きなアイツみたいな奴が――」

「昼と夜なんて無くなってしまえばいいのよ」

(居たのか……)

「朝! 朝! 朝! でいいの。東から朝日が昇った後に西からも朝日が昇って、順番に四方から太陽が昇ればずっと朝だわ」

「地球が終わって朝どころじゃなくなるがな」

「長女は水槽の中、次女は朝日大好きっ子、ホントボクの姉妹は面白いな」

「ちょっと松風、私は別に好きで水槽の中にずっと居るわけじゃないからね?」

「ここって凄い物が作れる艦娘が居るんでしょ? ここだけずっと朝に出来る機械とか作れたりしないの?」

「仮に作れても絶対に作らせねぇよ、そんな危険物」

「何よ、ここって艦娘の願いを何でも叶えてくれる魔法の鎮守府じゃないの?」

「どんな噂が広まってるか知らんが、ここは普通の鎮守府だ」

「え?」

「ははっ、その冗談はちょっと無理があるよ司令官」

「とにかく、別にここへの着任は拒みはしないが、その願いは却下だ!」

「……いいわ。ここに居れば、幾らでも機会はあるもの」

(最近は瑞穂で手を焼いてるってのに、また手のかかりそうなのが増えたな……はぁ)



――太陽を増やそうとする艦娘、朝風が着任しました。

 馬鹿にされるのは慣れている。でも、本気でそうなりたいと願った気持ちに偽りはない。
 ブレず、めげず、曲げず、路線変更なんて絶対にしない。
 いつだって笑顔で、苦しい顔なんて見せず、誰かの希望になれる存在でありたい。
 この歌は誰かの為に、この踊りは明日の為に、絶望なんて笑顔で吹き飛ばしてしまいたい。
 ――艦隊のアイドル、そう名乗り続ける限り、私は何だって出来る。



「今日もレッスンか?」

「うん、今日も那珂ちゃんゼッコーチョー」

「よくあの神通のメニューこなしてそれだけ動けるな」

「これぐらい出来なきゃ、艦隊のアイドルなんてなれないもん」

「あぁ、そうだな。初ライブを成功させるためにも、とっとと戦況を引っくり返すぞ」

「――提督は、あの時どうして笑わなかったの?」

 初めて会ったあの日、提督はアイドルになりたいと言った私に真剣に応えてくれた。正直言って、まともな神経なら真剣に応えてくれるはずがないのは理解してる。
 だから、その理由がどうしても気になった。

「“那珂ちゃん”を認めたのは、どうして?」

「お前の目は本気だった。あの時も、そして今も。ここはそういう奴等を否定しない場所にしたい。だから――お前が思うように、全力でやってみろ」

 この時だけだった。あの大戦中に“那珂ちゃん”からただの“那珂”に戻ったのは。
 そして、決意したのもこの時だった。いずれはこの人の為だけのアイドルになろうと決めたのは。
 絶対に、絶対に夢中にさせてみせる。那珂ちゃんスマイルはいつだって無敵なんだから。

「よくよく考えると、神通と川内にいつも合わせてきた那珂が一番体力あるんじゃないのか?」

「那珂ちゃんはアイドルだから皆の声援があればいつだって元気だよー?」

「ある意味、軽巡で一番底が知れんのはお前だったりしてな」

「んー、アイドルだから熊と素手で殴り合うのはちょっとNGかな」

「……球磨型も大概だったな、確かに」

「――それとも、アイドル辞めた“私”が見たくなった?」

「ファン第一号としてそりゃ許可出来んな」

「……なーんて那珂ちゃんジョークだよ、次のライブ早く考えてね?」

「あぁ、考えとく」



 きっと、私はこのままずっとアイドルを続ける。例え提督と二人きりでも、私は“那珂ちゃん”であり続ける。
 だって、“那珂ちゃん”こそが提督と私の絆そのものだから。




――――小さくなっても歌って踊れるんだな、アイツ。

 ――――あの……三人小さくなった状態でライブをしたいと那珂が……。

――――色々な意味でそれだけはやめてくれ。

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 春の穏やかな昼下がり、山城は縁側で寛いでいた。彼女が愛してやまない姉の扶桑は現在秘書艦日を満喫中でここには居ない。
 特に予定もなく、時雨達も出掛けていて訪ねてくる人物などいるはずもない――はずだった。

「――私に何の用?」

「お姉さん、今幸せ?」

「見て分からない、縁側でお茶飲んでるのよ」

「へー、幸せなんだ。あんなに不幸だったのに、良かったね」

「……大鳳と加賀が会ったって言ってたの、貴女ね」

 猫を抱いた謎の少女、二人から聞いた特徴と服装も一致しており、山城は警戒を強める。話だけでは分からなかった不気味という印象も、実際に相対してみて彼女も同じものを感じていた。

「凄いよね、絆の力って。だいぶ堕ちてたのに、あんな簡単に引き戻しちゃうなんて」

「……」

「ねぇ、お姉さんはどうかな? 戻ってこれる?」

「――ふふっ」

「?」

「あー、不幸だわ。ホントに不幸。舐められたものね、今更トラウマを抉られても絶望を突き付けられても苦でも何でもないわ。ゼロどころかマイナスから始まった第二の生がまたゼロに戻ったって、上を向いて歩ける今の私に、精神攻撃なんて無駄なの。分かったら出てって、今日は暴れる気分じゃないんだから」

「そっか、お姉さん“を”攻撃するのは無駄なんだ。じゃあ時雨って娘? それとも満潮? ねぇ、誰がいい?」

「勝手にすれば? 加賀が戻れたならあの子達も必ず戻れるんでしょうし、無駄だと思うけど」

「へー、本当に揺らぎもしないなんて、これはちょっと予想外だったかな」

 楽しそうに、心底楽しそうに少女は笑っている。山城は何故この少女に不気味という印象を受けたのか、理解した。
 どう足掻いても得たいの知れないモノの掌の上にいる、そんな感覚がずっと拭えないのだ。

「……貴女、何が目的なの?」

「人生には適度な刺激が必要って言うでしょ? そんな感じ」

「もう人間の一生分ぐらいの刺激があったからいらないわよ」

「――ねじれたものが元に戻るとき、元通りになるとは限らないから」

「ちょっと、それってどういう意味?」

「そろそろ怖いお姉さんが二人来そうだから行くね、バイバイお姉さん」

「待ちなさい、まだ話は――何だったのよ、アイツ……」

 最初から存在しなかったかのように少女は消える。それと同時に、少女以外の存在が消えていたかのように静かだった周囲の音が、山城の耳へと戻ってきた。
 すっかり冷めたお茶を飲み干し、彼女が今のことを報告しに行こうと部屋を出ると、扉の前には意外な二人が立っていた。

「鳳翔さんと、鹿島?」

「……逃げられてしまったようですね」

「そうみたいね」

「二人とも、もしかして――」

「ごめんなさい、詳しくは聞かないで頂けますか?」

「あんなモノに関わらない方が、貴女のためにもなりますよ」




 ――まだもう少しこのまま、もう少しだけ見ていようかな。人と人ならざるあの子達の選択の行く末を。

・秋月『病気』、投下します

 妹のご飯を作ってから行きます、朝にそう秋月から連絡があり提督は執務室で一人書類を整理していた。朝食を作っているだけにしてはやけに遅いなと提督が思っていると、早いリズムのノックから返事も待たずに扉が開く。

「提督」

「初月か、急にどうした」

「秋月姉さんの様子がおかしい」

「おかしいって、何かあったのか?」




「味噌汁に味噌が入ってなかった」

 どうしても自分でなければ片付けられない書類の処理を終え、提督は廊下をフラフラと歩いてきた秋月を私室へと連れていく。
 彼女が執務室とは違う方向に引っ張られていることに気付き、色々と何か言おうとしているのを完全に無視し、部屋へ着くと早々に提督は秋月はベッドへと放り投げる。

「い、いきなり何するんですか」

「病人はおとなしくそこで寝てろ」

「別に私は病気なんて――」

「斬新な節約だな、味噌無しの味噌汁とは」

「アレは、おすましにするつもりで」

「とにかく今日は休め。初月から“提督が見ておかないと秋月姉さんは絶対に何かしようとするから見張っててくれ”って言われたんでな、諦めて俺にここで見張られてろ」

「……執務はどうするんですか?」

「悲しいことにはい分かりましたで引き継ぎ完了だ。とっとと行けのオマケ付きでな」

「私の体調管理が不十分だったせいでご迷惑をおかけする訳には――」

「仲間が熱を出してんだ、誰が迷惑がるってんだよ」

 優しく頭を撫でながら、提督は起き上がろうとする秋月を制する。大人びていても、まだ少女と呼んで差し支えない彼女を気遣ってやれなかったのは自分に責任があると、提督は悔いる。

「今日は一切気を遣わず俺に甘えろ、妹の目もないから心配するな」

「……はい」

 観念してベッドに顔を埋めた秋月。その頭上から提督は優しく語りかける。
 長十センチ砲ちゃんも今は空気を呼んで照月のところだ。

「ルキはどうだ? 照月と相変わらず喧嘩してるのか?」

「はい、毎日朝から晩まで喧嘩です。片方だけ構うともう片方が拗ねちゃいますし……」

「たまにはほっといて趣味に没頭してもいいんだぞ」

「没頭し過ぎると今度は初月が買い置きの缶詰を食べ尽くしちゃうので……」

 赤城とまではいかないが、大体何かを食べている場面にしか遭遇しないのが初月だ。秋月の言う通り、本当に部屋の備蓄を全部駆逐されていても不思議ではない。

「今も、少し心配です」

「大丈夫だ、流石にアイツもそこまで大喰らいじゃないだろ」

 心の中で提督が多分、と付け加えたのは朝の去り際も何かを食べていたのを思い出したからだ。自分の目でも確認しているので、秋月の不安にも納得せざるを得なかった。

「――でも」

「?」

「やっぱり、あの子達が来てくれて、本当に……」

「……寝たか」

 腰かけている提督の服を掴んだまま、秋月は規則正しい寝息を立て始める。その寝顔を見ながら、今度姉妹全員を何処かへ連れていく計画を彼は立てるのだった。




――――(秋月姉ぇ、早く良くなって……)

 ――――どうした、食べないのか?

――――鯖ノ味噌煮ト鯖ノ水煮ト、シーチキンノ缶詰……全部缶詰ジャン!

次のリクエストは二十三時より3つ受け付けます

・弥生『まぐろって、なんですか』(R18)

・舞風『取り扱い注意』

・不知火『伝えきれない』

以上三本でお送りします

地震の影響で更新が遅れます、申し訳ないです

・弥生『まぐろって、なんですか』(R18)?、夜戦前まで投下します

夜戦部分はなるべく近いうちに

 個人差、人それぞれ、比べるだけが人生ではない。酒を飲んで大声で笑いながらドンチャン騒ぎする艦娘も居れば、その光景を嬉しそうに微笑みながら眺める艦娘も居る。
 要は、何を良しとするかは当人次第でしかないのだ。



「……司令官」

「弥生、どうした?」

「子供に、泣かれました。お姉ちゃんは、無表情で怖い、って」

「それで、弥生はどうしたいんだ」

「弥生も、みんなに好かれるお姉ちゃんになりたい、です」

「だったら、何も問題はないはずだ。どうしたいか分かってるなら、後はどうするかを考えてみろ。お前を引っ張り出すために色々とやらかしまくったアイツみたいにな」

「……ん」

「――で、色々とやった結果が文月と同じく子供達の保護施設で働く道にたどり着いた訳か」

「やよ姉、物静かで怒ると怖いけど、急に突拍子もないことしたり構って欲しそうな子をすぐ察知するから子供にも好かれてるんだー」

「経験を活かしてってヤツだな、どこぞの万年悪戯卯もちょっとは役に立ってるらしい」

「あのねあのね司令官、これ見てー」

「――ほぅ、こりゃいいな」

「でしょー。やよ姉、子供達と居るとホントよく笑うんだー」



 心を閉ざした子達を、心に傷を負った子達を、卯月が弥生を連れ出してくれたように、弥生もあの子達を救いたい。
 だから、怖がらないで、弥生はずっと側に居るよ。

「――で、何だって?」

「司令官、ここ数回弥生と夜戦してくれない、です」

「いや、子供の世話で疲れてたり次の日の準備で忙しそうにしてるのに夜戦しようって言うのは無神経すぎるだろ」

「弥生はいつでも大丈夫、です」

「天井を凝視しながら一切無反応は俺の心が大丈夫じゃないから勘弁してくれ」

「アレは、次の日の子供達の昼の献立に悩んでて……」

「だったらそういうときは無理しなくても――」

「今日は、大丈夫、です」

(感情表現というか、意思表示が年々力強くなりすぎてきた感が凄い)

「司令官は、弥生と夜戦するの好きじゃない、ですか?」

「いや、そんなことは――」

「じゃあ問題ない、です」

「弥生、待て、まだ昼だ。もう少しゆっくりと……」

「待たない、です」

(抵抗は――無理だな、軽々子供二人抱えてるだけあって引きずられる。コイツにぶっ飛ばされて懲りずに突っ込んでいく辺り、アイツも大概だな)

・舞風『取り扱い注意』?、投下します

「駆逐とブランデーケーキって何でだよ」

「えー? だって見た目と実年齢って関係無いし、洋酒ケーキって強烈なのじゃなきゃ子供でも食べたりするよ?」

「それにしたって、どうしてお前なんだ」

「ダンススクールのレッスンに来てたんだって、三越の会長のお孫さん」

「うちとまた変な繋がりが増えたか……まぁ、悪い縁ではないな」

「因みにこれ、私がプロデュースして実際に作ったやつだけど、提督も味見……する?」

「そうだな、三時のおやつの時間だしな」

「もー、子供扱いしないでよー」

 頬を膨らませる仕草は幼く、可愛らしい。舞風は成長が緩やかな方で、終戦後も見た目はそのままだ。
 暗い雰囲気や寂しい雰囲気は今も苦手で、騒がしいといつの間にかしれっと混ざっていたりする。
 そんな彼女の“素”を垣間見るのは、酒を飲んだときである。

「なぁ舞風、これかなり酒キツくないか?」

「そう? ちゃんと適量入れたよ?」

「俺が弱いからそう感じるだけか……?」

「提督はホントお酒弱いねー」

「体質の問題なんだから仕方ないだろ。お前や早霜達と一緒にするな」

「そうそう、偶々その早霜とお酒の話になって、レッスンに来てたお孫さんが好きなら是非にって話になって、気付いたら決まってたんだよね」

「どうせ大本営はイメージの為に許可するだろうし、お前が満更でもないなら俺としては止める理由もなかったしな」

「――ねぇ、提督」

「ん?」

「こういうのに選ばれる私は、ちゃんと魅力があるってことかな?」

「そりゃいくら何でもダンススクールの生徒だからって理由だけで、お前を推薦しようとはしないだろ」

「じゃあ、提督もそう思ってる?」

「少なくとも魅力が無い艦娘はここには一人も居ないと思ってる」

「……そっか。じゃあ提督、もっと甘いおやつあげるね」

「あまり甘過ぎるのは――」



「ヤバい……アレはヤバい……」

「戻ってきてからずっとあんな感じだけど、舞風どうかしたの?」

「ブランデー濃い目のケーキ食べながらブランデー飲んで、提督にディープキスして襲ったらしくて……」

「あぁ……なるほどね」

(私もやっちゃったけど、提督も酔うとヤバい……二度とやらないようにしなきゃ……)

・不知火『伝えきれない』?、投下します

色々あって遅くなり申し訳ありません

 戦いは終わった。嬉しい。もう陽炎も、黒潮も、他の姉妹も、司令も、傷付かない。
 でも、だとしたら、戦いの終わった今、ここで不知火に出来ることなんてあるのだろうか。
 この眼以外に何も持たない不知火は、これからどうすべきなのだろうか。
 ――その答えは、不意な知らせと共に訪れた。



「改二になってどうだ? どこか変わったところはないか?」

「……」

「どうした、執務室なんて見慣れてるだろ?」

「――不知火は、ずっと思っていました。不知火がもっとうまく立ち回れたら、陽炎達はもっと苦労せずにいられたのでは、と。鎮守府でも、作戦中でも、気苦労をかけずに済んだのに、と」

 呟くように、零すように、不知火は言葉を紡ぐ。いつかの彼女もそうだったように、自分の出来の悪さを悔いていた。
 ただ、今の不知火に以前のような翳りはない。ずっと全てを取り零さないように足掻いていたその“眼”で、提督を正面から見据える。

「司令、不知火は今まで落ち度だらけでした。だから、これからは不知火でもしっかり出来ることを頑張ろうと思います」

「一応聞いておくが、答えるかはお前に任せる。何があった、もしくは、何を知った?」

「ほんの些細な、今となってはどうでもいいことです。強いて言うなら――不知火は、司令や、陽炎や、黒潮や、この鎮守府の仲間が、大好きだと再認識しました」

「……そうか。じゃあ、陽炎達にもその改二姿をお披露目してやってこい」

「はい、失礼しま゛っ!?……しつれい、します」

(……落ち着いたように見えたが、落ち度は健在のようだな)

「で、たんこぶのお披露目だっけ?」

「違います。改二です。陽炎がまだだからあうっ!」

「んー? いつからそういう小生意気なことが言えるようになったの、不知火ー?」

「やめ、痛っ、陽炎、デコピンは、痛いっ」

「そのへんにしといたげ。はしゃぎたいんは分かるけど、あんまりやると不知火の落ち度が酷なるかもしれんやろ?」

「黒潮、地味にそれも失礼です」

「はいはい、それで改二の調子はどうなの? どこか変わった感じは?」

「特にはこれといって、こんな風に――」

「んっ!?」

「ある程度この“眼”がどういうものか知ったぐらいです」

(動けない!? 何で!?)

「深海棲艦だけじゃなく、艦娘にも制限はありますが有効のようです」

「ちょっと、本気で動けないんだけど!?」

「暫くそのままで居てください」

「不知火、何するつもり? さっきのを怒ってるなら謝るってば、ねぇ、聞いてる? ちょっ、待っ――」

「……陽炎と出会えたから、今の不知火があります。これからも、不知火と居てください」

「へ? あぁ、うん、言われなくてもそのつもりよ。だからそろそろ解放してくれない?」

「嫌です」

「嫌って、アンタねぇ……」

「皆ー、今なら陽炎に抱きつき放題みたいやでー?」

「こら、黒潮何余計なこと言ってんのよ!?」




 ――改二化により、不知火の“処理落ち”が軽減されました。

「湯飲みは飛んでこないけど、茶葉入れすぎ。料理も辛すぎたり甘過ぎたりが大半。完成しない、爆発する、ってのは無くなったんだけどね……」

「前よりは並行して出来るんやけど、どっか抜けるんは相変わらずやわ」

「つまり?」

「不知火は不知火ね」

「せやなぁ」

「だよなぁ……」



 ――不知火に、何か落ち度でも?

次のリクエストは6時より3つ受け付けます

・山風『名は体を表す』

・羽黒『明石印の医薬品』

・羽黒Rー18『副作用』

以上、3つでお送りします

テステス

・山風『儚いモノ』、タイトル変更で途中まで書いてたとこまで投下しときます。

 希薄、希薄、何もかもが希薄。ここで、ただ消え去る時を待とう。
 どうせ、きっと、誰にも--。



「艦娘の幽霊?」

「幽霊クマ」

「艦娘の幽霊が、なんだって?」

「裏山に出るらしいクマ。木曾が様子を見に行ったっきり帰ってこないクマ」

「幽霊は俺の担当外だ、他を当たれ」

「つべこべ言わずに来るクマ」

「ちょっ、待て、絞まる、襟首掴んで引きずぐぇっ!?」

「何人か助っ人も呼んでるクマ、急ぐクマー」

「わがっだ、わがっだがら、じぬ」

 それは、いつものように舞い込んだトラブル。もう日常と化していて、何だいつものことかとすれ違う艦娘達は気にもとめない。
 --そこに、確かに何かが起きていることに変わりはないというのに。

 大木の虚(うろ)、その中に大柄な影と、それに覆われるような影が一つ。
 先にここへ来ているはずの数名が見当たらないのは、これを見たからだ。

「帰りが遅いから心配して来てみれば、何やってんだクマ」

「添い寝」

「いや、そういうこと聞いてんじゃないと思うぞ」

 クマにしがみつかれながら寝転がっている妹に溜め息を吐きつつも、球磨は近付いていって臆病なペットと妹の頭を乱暴に撫でる。
 幽霊とやらは真っ昼間でも現れるらしく、木曾も一度は遭遇したものの見失い、ここで再度出現するのを待っていたとのことだった。

「先に来た奴等はどうしてるクマ?」

「周辺の見廻りに行ったぜ。一人はそこだ」

「うあー……だりー……」

「人選ミスだろ、アレ」

 近くの木の上の方でだれきって、なまけものよりなまけている睦月型の脱力系。一応、一緒になって寝転がっていないだけマシなのだが、やる気は皆無といっていい。

「相方はどうした?」

「あっち、さくてきちゅー」

「そうか。で、他には誰が来てるんだ?」

「はいはーい、私だよ!」

「……で、他は?」

「時雨と龍驤に声かけたクマ」

「ちょっ、無視はひどくない!?」

「山で何か起きてお前が動いてないわけないだろ。現状報告」

 木々の枝を飛び移りながら現れた川内曰く、目標はやはり艦娘であり、発見しても追跡は困難。そして何より、誰の目にも彼女は艦娘であることしか分からなかった。

(厄介だな。どの“目”にも引っ掛からないってことは相当特殊な艦娘か個体ってことか)

 認識阻害、存在の希薄性、他にも原因は考えられるが、一々確認していてはキリがない。ざわざわと木々が騒ぐのを聞きながら、提督は幽霊のような艦娘をどうすれば捕捉出来るかと考えに耽るのだった。

 楽しそう。きっとあの艦娘達は優しさに包まれている。
 私からは全てが抜け落ちていくだけ、もうほとんど“私”は残ってない。
 だから、もう放っておいて、探さないで、希望なんて、何処にもありはしない。





 提督達のたった数十メートル先、そこに立っていた艦娘は、音もなくその場から去っていった。

「やっぱり空からやと木が多くて、ちと難しいわ」

「そもそも広範囲索敵だと難しいかもね、視認してて見失うぐらいだから」

「時雨呼んだんは“運”頼み、って訳でもなさそうやな。それなら雪風呼ぶやろし」

「どちらかというと“勘”かな。今日はなんとなく、僕が行かないといけない気がしたんだよ」

「私ともっちーは何で呼ばれたのかしら」

「嵐に追われてるから、かもね……」

「時雨? 何か言った?」

「いや、なんでもないよ。次はあっちを探してみようか」

(うち、今回いらんのと違うかコレ。まぁ暇やしえぇけど)

 どこか察した龍驤は、頭をガシガシと掻いてから艦載機をくるくると旋回させて遊ぶ。彼女が空に描いた文字は、少し間が長く開いている“嵐”という漢字だった。

 少しして、提督と合流した時雨達。結局件の艦娘は見付からず、当事者ならぬ当クマは相変わらず木曾にベッタリとくっついている。

「さて、三日月、望月、お前らから見てどうだ?」

「確かに何かが居るような雰囲気はするんですけど……」

「そこ止まりだね、スコープで覗いた瞬間気配が霧散するって感じ」

「龍驤は?」

「さっぱりやわ、うちら以外の反応は艦載機からやとなーんもあらへん」

「球磨」

「毛が逆立つ感じはないし、少なくとも敵意とかはないと思うクマ」

「時雨」

「そうだね……そこ、かな?」

 そう言うと、時雨は誰も見ていない方向を急に指差す。それは、ほんの数メートル先で、今まで誰もそこには存在していない、はずだった。

「誰!?」

「川内、大丈夫だよ。アレは--僕の妹だと思うから」

 淡く消えてしまいそうな程存在が希薄なその艦娘は、ただボーっとそこに立っていた。感情の読み取れない表情、辛うじて白露型の艦娘と同じ出で立ちをしていることは認識できたので、他の面々も時雨の言葉に納得する。

「ねぇ、どうしてこんなところに一人で?」

「……」

「聞こえてないのか?」

「違う、と思う。あの表情は、僕もよく知ってるから。だから多分、必要なのは……“見付けたよ、山風”」

「……!」

 名前を呼んだ声に呼応するように、山に風が吹き荒れる。落ち葉が舞い、全員が目を閉じた。
 そして、風が止み目を開けた者達の目に映ったのは、新しい鎮守府の仲間が時雨を押し倒して頬擦りしているシーンだった。

「時雨姉時雨姉時雨姉時雨姉」

「僕も会えて嬉し--いや、山風? そこに頭突っ込んじゃ、だ、誰か止めて!?」

(こりゃまた凄そうなのが来たクマ)

(あー……姉妹の再会だ、そっとしておこう)

(球磨姉も抱き着いたらこんな風に落ち着くのかな……)

「ホントにダメ、助けて、助けてってば!?」



 ----山風が着任(?)しました。

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「提督、あなた様の瑞穂です」

「断じて違う」

 こんなやり取りが繰り返されて何度目か分からないが、提督は瑞穂に対しての苦手意識がどうしても拭えずにいた。好意を向けられることには馴れてきたものの、鎮守府に来た当初から彼女の態度はストーカーレベルであった為、恐怖が先に立つのだ。

「俺はお前にそうまでさせるようなことを何かしたのか? 全く身に覚えがないんだが」

「ふふふ、提督にはそうだと思います。ただ、瑞穂は知っているのです。五十鈴さんや龍驤さん達のように、私はあなた様のことを知った上で此方へやってきました」

 五十鈴と龍驤、その名前が出たことに少し提督は驚きを見せる。確かに二人とも流れ着いてきたのではなく、自らの意思でこの鎮守府へ志願してやってきた変わり種の一角だ。
 ただ、対外的には明確にその二人だけがそうであると分かるような噂は当時流れてはいなかった。にも拘わらず、瑞穂は明らかにそれを事実として知っている体で話していた。

「……どこから仕入れた」

「提督は自分が思っていらっしゃる以上に有名人ですよ。元帥の教え子であり、西の軍神と朱姫の同輩」

 嫌な名前の羅列に露骨に顔をしかめたくなったものの、それよりも完全に一部の人間しか知り得ない情報が出てきて更に提督は語気を強める。

「お前、本当に何者だ?」

「あなた様の瑞穂です」

「以前に居た鎮守府はどこだ、何の作戦に参加した」

「過去は捨てました」

「これは命令だ、答えろ」

「……蛇大将筆頭秘書艦、よく知っておられるであろう呼び名でしたら--」

「お前があの“拷問姫”、だと……? いや待て、今も蛇大将は瑞穂を秘書艦としていたはずだ」

「影武者です」

「影武者って、お前……」

「立場的にこちらへ来るのに少々問題がありまして」

 人相手なら明らかに非人道的だと非難される作戦や実験を数々と実行してきた大将。人相手にも一切容赦なく大将の障害を排除してきた秘書艦。
 敵も多く、機密情報もそこそこ抱えた艦娘、更には大将の秘書艦娘ともなれば簡単に転属など出来ようはずもない。

「蛇大将も影武者の方もよく納得したな」

「元々お互いのことには口を挟まないという条件で秘書艦娘になっておりましたし、影武者の子も喜んで引き受けてくれました」

 それが真にせよ嘘にせよ、今までの中でも上位に入る厄介な存在だと分かり、提督は頭を抱える。その姿を見て、瑞穂はうっとりとした表情を浮かべた。

「うふふ、提督はやはりその何かに困っている状態のお顔が一番素敵です」

(よし、コイツとだけは絶対にケッコンカッコカリしない)



 翌日、提督の半径二メートルに近づくことを禁止された瑞穂が距離を保って常に追いかける微笑ましい光景が鎮守府にはあったそうな。

・羽黒『明石印の医薬品』、投下します

「司令官さん、どうですか?」

「とりあえずこっちに来て後ろ向いて動くな」

 秘書艦日に軽いサプライズを用意していた羽黒。早速反応があり、ドキドキしながら言われた通りにする。

「この感じ、エクステとかじゃないな。この短期間に伸ばせる訳がないし……明石にでも頼んだか?」

「出来ませんかってお願いしたら、需要がありそうって作ってくれました」

 一口飲めばあら不思議、短髪だったあの子がものの数分でロングヘアーに大変身。明石印の艦娘長毛剤、近日発売予定。

「いつもの羽黒ぐらいの長さも好きだが、こうしてロングになるとまたイメージが変わるな」

「えへへ、司令官さんが喜んでくれて嬉しいです」

 色々と後ろから髪を弄りながら楽しそうにしている提督を見て、羽黒は穏やかな笑みを浮かべる。特別何かをしている訳でも、何かを出来るわけでもない今の彼女からすれば、こういった日常の中のほんの些細なサプライズを考えるのが羽黒なりの提督へのアピールだった。

「那智も色々と弄らせてもらったが、羽黒だとまた違った印象になるな」

 編んだり括ったりと子供のようにはしゃぐ提督の手を、羽黒はとてもいい笑顔で、掴む。

「? どうした? やりすぎたか?」

「司令官さん。実はこの薬、とっても嬉しい副作用もあったみたいなんです」

「副作用、だと? それ、大丈夫なのか?」

「大丈夫です。ねぇ、司令官さん……」

 気付く。羽黒の息が荒い。顔は紅潮し、手から伝わる体温も高い。

「昔は見られたら恥ずかしくて恥ずかしくて耐えられなかったんです。でも、今は--見ても、触っても、いいんですよ?」



 注、副作用として多少媚薬のような効果が出てしまう場合があるので、ご注意ください。

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