向日葵「私に宿る思いの種が、育って姿を現わす時」 (22)


「うわああーん……、どこにも――ひっく、ないよぅ……」

「こんにちは――って、ひまちゃん……?どうしたの?」

「うえええん……、あ、うっ、あのね……」

「……??」

「わたしのかみどめが、うっ……、どこかにいっちゃったんだ……」

「そうなの……?」

「うえええん……」

「わかった!ひまちゃん、なかないで!」

「さ、さーちゃん……」

「わたしもいっしょにさがしたげる!」

「うう、でもぉ……。うううっ……。もしみつからなかったら……」

「えっ!?」

「わたし、そんなのいやだぁ……」

「えーと……」

「ううう……うえええん……!」



(ゆるゆりSS、ひまさく)



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「じゃ、じゃあひまちゃん!これつけて!」

「うぇ……?」

「よいしょっと……。うん、ひまちゃんにもにあってる!」

「さーちゃんの、さくらのかみどめ……」

「もしみつからなかったら、それあげる!」

「えっ……?そ、そんなのわるいよ……」

「だいじょうぶだって、ちゃんとみつかるから!さ、さがそ?」

「ううっ……。わ、わかった……!」



年少の頃、私が今でもよく覚えているあの時に、櫻子がつけてくれた、桜の髪留め。
それが私に齎したものは、単なる心強さだけではありませんでした。


「――つまがいいー!つーまー!」

「つまがいいー」

朧げな記憶の途中に見たような気がする、こんな光景。
確かそのあとは2人でじゃんけんをしたんだったかしら。



「――う……、うわああーーん……」

そして私はそれに負けて、泣いてしまって。でも。


「――ひまちゃん、つまのところかいていいよ」

「え、でも……」

「だいじょうぶ。こうすれば、ふたりともつま!」

「……さーちゃん、ありがとー」

「へへー」

あなたのアイデアで、すぐに私もまた笑顔になってしまって。



「――けっこんしたら、まいにちおかしつくってあげるね」

「ほんと!?――じゃあ、おかしまいにちたべるー!」

「えへへ」



あなたへの思いが私の頭の中で芽を出した時があったとすれば、それはおそらくこの時でした。


(お菓子が、作りたい)

(とっても素敵なお菓子が作りたい)

(世界で一番美味しいお菓子が作りたい)

(さーちゃんが喜んで食べてくれるようなお菓子が作りたい)

(そして、もっと笑顔になってくれるようなお菓子が作りたい)

なんて、そんなことを考えていたことも、あったかしら。

でも。



(本に書いてあったとおりにやってみたけど……)

(黒コゲ……)

(見るからに、おいしくなさそう……)

(とりあえず、一口味見して……)

(……)

(……)

「うえっ」

小学2年生のあの時に初めて作ってみたクッキーは、大失敗で。



「こんにちはー。ひまちゃん、あそびに来たよ――って、なあにこれ……??」

「さーちゃん……!おねがい、見ないで……!!」

「えー?かくさなくてもいいじゃん――えーっと、これは?」

「あっ……!?」

「お料理の、本?」

「ううっ……」

「ふんふん、ということは……もしかしてこれって、クッキー??」

「そ、そうなの……」

「そっかー。食べてもいい?」

「いいけど――」

「わーい!じゃあ、いただきまーす!」

「――まってさーちゃん、だいじょうぶなの……!?」

「うーん……、とってもおいしいよ!」

「ほ、本当に……??」

「うん!――ちょっとだけ、苦いけど……」

「やっぱり……」

「で、でも!ひまちゃんの心がこもってるよ!とってもおいしい!」

「そっか……。よかった……」

そんな風に、失敗したと私が思っていたクッキーを、あなたはとっても嬉しそうに食べてくれて。


「あっ!もしかしてひまちゃん、わたしのために作ってくれたの……?」

「う、うん……」

「そうだったんだね!ありがと、ひまちゃん!」

「そう言ってもらえると、わたしもうれしい……!どういたしましてさーちゃん!」



あの時の約束の通り、私がお菓子を作って、あなたがそれを食べるようになった時。
私の頭に根付いたあなたは、着々と生長してきていました。
そして同時に私の頭の中を侵食し、離れなくなってきていました。


――櫻子ちゃん、またねー!

「うん!また明日ー!」

小学5年生くらいの時には、もうたくさんのお友達ができるようになっていたかしら。
私の知らないうちに仲良くなった人も、多くいました。
思い返せばその頃には既に、あなたが私の中の大部分を占めるようになっていたかもしれません。



「櫻子、そろそろ帰りましょう」

「はいはい、分かってるってば」

「あら?どうしたの、それ……?」

「ああ、このマフィン?さっきのあの子が作ってくれたんだー」

「えっ……」

初めてあなたが私のクッキーを食べてくれた日から、いつも当たり前のように渡すことができていた手作りのお菓子。
その日の私の鞄の中にも、それはありました。ですが……。




「お腹減っちゃった……。えーい、もう食べちゃおー!」

「ちょっと櫻子――」

「んー、向日葵のやつとまた違って美味しー♪」

「っ……」



あろうことか帰り道の途中、私の目の前で、あなたはそのお菓子を食べてしまったのです。
それに対して生まれた感情はきっと、その時私が初めて知ったものだったのでしょう。
しかし、そのもやもやしたものの正体を知らなかった私にとっては、とてもツラいものでもありました。
私の思いをよそに、お菓子をあっさりと食べ終わり、更に続けるあなた。


「――ところで、今日は向日葵のお菓子はあるのー?」

「……そんなもの」

「どしたの、向日葵?」



「そんなもの、あるワケっ……!!!」



「ちょ、ちょっと……!!?」

もやもやを振り払えなかった私は、その問いかけを軽くあしらってしまいました。
そのまま感情に任せて歩幅を伸ばし、あっという間に家に着いてしまった私。
何も考えずに自室に戻り、布団に潜り込んでしまいました。


気づけば私の中には、いつもあなたがいました。
自分の髪留めを私に付けてくれた時のあなた。
大切な約束を交わした時のあなた。
私の作った初めてのお菓子を、美味しそうに食べてくれた時のあなた。
あなたは私とは違うのだと初めて認識した時、私に種を植え付けていきました。
そしてその種は芽を出して、
双葉と本葉を広げて、
どんどん伸びて絡みつき、
深く深くに根を張り続け、
私の中の思いを乗っ取っていきました。
なのに。
あなたの中には、私はいないのかもしれない。
私の元を離れたあなたは、いつしか私のことなんて見えなくなるのかもしれない。
あるいはひょっとすると、もう既に眼中にないのかもしれない。
私にとってとても大切な人が、実はたくさんの人に目を向けているという事実に、私の頬は濡れていきました。


「向日葵」

真っ暗な布団の中でそんな思いを渦巻かせていた私。

「ねえ、向日葵ってば!」

その目を覚まさせてくれたのも、やはりあなたでした。



あなたが来てくれた時にはいつの間にか、真夜中になっていました。

「な、何なんですの?こんな時間に」

「あのさ、ごめん」

「べ、別に……」

「私が何か、向日葵の困るようなことをしちゃったんでしょ?」

「……」

「そう思ったから、謝りに来た」

「……本当のことを言うとね――」

「うん」


「――その通りよ。あなたは私の気に障るようなことをした」

「やっぱり……」

「だから、……私の機嫌がどうして悪くなったのか、考えてみなさい」

「……え、ええ!?」



「それができないなら、あなたのことは許したくないのっ……」

私はあなたに、意地悪なことを言ってしまいました。
自分が初めて持った感情に、上手く収拾がつけられないゆえのことでした。



「そんなこと言われても、さすがに……。って、向日葵!?何で泣いてるの……!?」

「それはっ、どうでもいいからっ……」

「――分かった」



「さあ」




「でもその前に、お菓子作ってくれない?」

「……へっ?」

「お腹減っちゃったから」

「私のお菓子、食べたいんですの……?」

「うん。それ食べながら考えていい?」

あなたのサプライズな言葉に、私は拍子抜けしてしまいました。


「……分かりましたわ」

「あれ?向日葵、今笑った?」

「っ!?わ、笑ってなんか……!」

「だってさっきまで、すっごい悲しそうな顔して……。目だって泣いてるし……。それがとっても嬉しそうに……」

「そんな顔もしてないですわ……!」

「嘘だあ、櫻子ちゃんは見たぞ!?」

「も、もう……!その話はおしまい!」

「えー?」

「言う通り私のクッキーを上げますから、静かに下に降りますわよ!」

「わーい、やったあ!クッキークッキー♪」

いじけた私を元気にしてくれる。
無意識にでも、そんな言葉を口にしてくれる。
あなたへの思いはそこでまた一段と大きな生長を遂げ、私の頭の奥深くにまで根を張ったのでした。






「もうやだ!」

「……櫻子?」

「なんで!?なんでなの!?なんでちなつちゃんとばっか遊ぶの!私の宿題を見る役目を忘れたのか!!」



「やきもち……?」

「今モチの話してない!」

あの時の私と同じ気持ちをあなたが初めて持ってくれた時。
実は私は、とても強い嬉しさを感じていました。



「これ、あげますわ」



ひょっとしたら、あなたに渡したマフラーに咲いていた桜は、
あの時の私に残ったあなたへの思いの種が、
私の中であなたのことしか考えられなくなるくらいに生長して、
素直になれない私自身の代わりに、その表れとして咲いたのかもしれません。
きっとあなたはそこまで気づかないでしょうね。
けれど、いいのです。
そういう種を周囲に与えるくらい思いやりのあることを無意識にやってしまうほど、裏表のないところ。
それが、私にとってもあなたの魅力です。





――「ひまちゃん!かみどめ、みつかったよ!」

――「ほんと!?ありがとう……!」

――「えへへ、どういたしまして。ほんとうによかったあ」







……でも。




「このマフラー首かゆいんだけど」



やっぱり私の心もちょっとだけチクチク。
そのマフラーがチクチクするのと、同じように。
私の思いに気づいてほしいと、本当はどこかで思っているのかもしれません。
あの時髪留めを見つけてくれた、目ざとくて頼もしいところもあるあなたなのだから。



終わり

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