新田美波「時の蝕み」 (19)

・シンデレラガールズSS
・新田美波の2年後の『卒業』の話です
・準拠は特にありません。独自設定、独自解釈を含みます
・三人称地の文メイン
よろしくお願いします。


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『まだ2年』ではない。
『もう2年』である。

新田美波は考える。
大学2年生の4月にアイドルになり、そこから2年が経過した。
周りはすでに就活や卒論に取りかかっている中、美波はアイドル活動を続けていた。

出すCDはすべてランキングに名を連ね、夏には清涼飲料のCM、冬は成人式の振袖のCMと何かと話題が尽きない。
芸能人としての結果は出している。
それでも、進路について、これからのことについて考えなければならない時期に差し掛かっていた。

世はアイドル戦国時代。
テレビにアイドルが出て来ない日はなく、街を歩けば右も左もアイドルが化粧品や英会話教室の広告塔になっている。
アイドルから芸能界に入り、個性に合わせて俳優、モデル、アーティストへとシフトチェンジしていくのが今の主流だ。

そんな世界に、19歳の新たな挑戦として足を踏み入れた。
知らないことだらけだった。

青いサイリウムの海。
割れんばかりの歓声。
ライブ会場の熱気。
張り裂けそうな胸の高鳴り。

見える世界の色が変わった。

仕事はアイドルとしての歌やライブの活動だけではない。
2年間を通して環境に変化が見られていた。
特に成人を迎えたのが大きく、セクシーさを前面に出したモデル撮影、カクテルのCM依頼など、仕事の幅は増えていた。

それでも、不安は尽きない。
今のアイドルブームは、これからも続くのか。
もうすでに供給過剰ではないのか。
そもそも、新田美波はいつまでアイドルを続けられるのか。
果たして、今のままでいいのだろうか。

新田美波は考える。

アイドルとは身も蓋もない言い方をすれば『性』を売る職業である。
新田美波の、アイドルとしての、あるいは女性としての消費期限はいつなのか。

川島瑞希など、美波より遥かに年を重ねてからアイドルデビューし、大成した人だっている。
しかし、そんなケースはごく稀だ。

2年という月日は、女性にとって、アイドルにとってあまりにも大きい。
流行り廃りも、アイドルとしての商品価値も変わる。

21歳となり、「より大人っぽくなった」「色っぽくなった」と言われるが、美波からしてみれば十代の頃と比べて肌の瑞々しさも髪の艶も落ちている。
芸能生活での不規則な食事や睡眠のせいか、成人して居酒屋に連れ回されることが増えたせいかはわからない。

19年間規則正しい生活をしてきた美波にとって、芸能界での2年という年月は着実に体と精神を蝕んでいた。
仕事に慣れてきた、というより、感覚が麻痺してきたような状態。

それでも綺麗に見られているのは日々の努力と金の力であり、肌のケアと化粧で美しさをキープしている。
若さを売って稼いだお金で、若さを買うという、皮肉めいた商売をしていた。

今後はもう、アイドルを卒業して、普通に就職して、普通の人生を送るのも選択肢の一つだろう。

新田美波は考える。

※  ※  ※

高層ビルの窓からは、都会の光が忙しそうに蠢いているのが見える。
薄暗い照明にぼんやりと照らされた、居酒屋の個室。

美波は御猪口を傾ける。
楓に教えてもらった、日本酒の味。鼻に抜ける芳醇な香り。

「楓さんは不安じゃなかったですか? モデルからアイドルに転向したとき」

「あまり感じなかった、ですね。アイドル部門の面接も、なんとなく受けに行って、そこでプロデューサーに出会って」

「なんとなく、ですか。それで採用する、楓さんのプロデューサーさんも面白い人ですね」

「美波ちゃんだって、具体的な理由でアイドルを始めたの?」

「そうでは、ないですけど」

少しの沈黙の後、楓は銀杏を追加で注文した。
手元の徳利を傾けて、浦霞の最後の一滴を注ぐ。

「何のためにアイドルをしているのか、とか、不安になることはいっぱいあると思います。でも、美波ちゃんには、いつだってファンがいますよ。一番最初で、とっておきのファンが」

「それは……プロデューサーさんですか?」

楓はゆっくりと首を横に振り、年齢を感じさせないようないたずらっぽい笑顔で、美波を指さした。

「いますよ。そこに。美波ちゃんにはいつだって『新田美波』というファンがいますよ」

美波の瞳は動かない。
楓は続ける。

「自分を信じて進んだ方向が、自分自身が応援してくれる方向が、目指すところなんじゃないかしら」

「目標……私の、目標……」

手帳にスケジュールを分刻みで書き込んでも。
どれだけ資格を取っても。
生徒会に入っても。
ミスコンに出ても。
アイドルデビューをしても。

経験の実感はあれど、実績を積み上げている感じがしなかった。
満たされなかった。
それは欠けている何かを埋めようと必死だっただけ。
がむしゃらに詰め込んでも、穴は歪んで、また新たな綻びが出る。
目標を目指すのではなく、マイナスをゼロに引き戻そうとするだけで、プラスを重ねていったわけではなかった。

「正直、よくわからなくなってきました。たくさん新しいことに挑戦して、経験して、今日まで全力でやってきただけです」

「だったら、それでいいんじゃない? 焦らなくても、私みたいに25までふらふら生きてきた人間だっているんだから」

※  ※  ※

「プロデューサーさん、おはようございます」

「おう。おはよう、美波」

「あの、先日のライブ、反響はどうでしたか?」

「上々じゃないかな。物販も完売だ。この手ごたえならライブDVDの売上も見込めると思う」

「そうですか!」

結果に嬉々とする美波に、プロデューサーは少し困ったような顔を見せた。

「プロデューサーさん、どうかしましたか?」

「いや。そのライブ後にファンレターがたくさん届いてな。読むか?」

「でも、5分後から打ち合わせですよね?」

「それは俺がなんとかしてある。いいから読もう」

少しの問答のあと、空いている会議室に押し込まれた。

美波はプロデューサーと共に、段ボール箱いっぱいのファンレターと対峙する。
ここ最近、読む余裕も、時間もなかった。
無いように予定を組んでいた。

たとえ事務所に所属していようと、人々からアイドルと認められなければ、それは居ないも同然である。
美波はたしかに資格は多く持っている。
では、アイドルの資格は?
そんなものは誰も保証してくれない。

綺麗ではない、千切るようになってしまった封筒の切り口。
綺麗に折りたたまっている手紙を開く手が震える。
呼吸が早くなる。

一度プロデューサーに目配せをすると、無言の頷きが返ってきた。
美波は一息吐いて、文面に向き合う。

『いつも応援してます』

『大好きです』

『ライブ楽しかった!』

『最高!』

『ありがとう!』

なかなか内容が頭に入って来なかった。
何度も読み返した。
そこには手書きの文字で綴られた、肯定の言葉の数々。
読んで、咀嚼して、飲み込んで、すとんと胸に収まった。

そうだった。
わかったつもりで、わかっていなかった。
ステージを応援してくれているのは、サイリウムの海ではない。
一人一人の、人間なんだ。

CDの売り上げとか、視聴率とか、年収とか、結果は大事だろう。
でも、それだけじゃなかった。

本当は何がしたいのか分からない不安を、焦りを。
満たされない想いを原動力に、ぶつけて、表現して、新田美波はここにいる。

それで、いいんだ。
あるのは『新田美波』という資格だけ。
何のためにアイドルをしているのか。
『新田美波』を証明するひとつに、アイドルがあったというだけ。

目の奥が、鋭い痛みを伴って熱くなった。
熱の雫は垂れ目の端を伝い、溢れ、手紙に水滴の跡をつけた。
涙は止められず、停滞していた時が、欲望が動き出す。

しばし見守っていたプロデューサーは、美波にハンカチを差し出した。

「なあ、美波」

「はい」

「アイドルは、楽しいか?」

「……大変、です」

「……そうか」

※  ※  ※  

季節は巡る。
3月には桜が散る歌を。
4月にはまた咲き誇る歌が歌われるのに。
桜の都合なんて考えず。
今日も誰かが、自分自身のために歌っている。

青いサイリウムの海。
たくさんの笑顔。
たくさんの泣き顔。
割れんばかりの歓声。
ライブ会場の熱気。
ファンのすすり泣く声。
マイクが床に置かれ、ハウリングが波紋となって会場に響いた。

※  ※  ※  

『8時15分となりました! 芸能ニュースのお時間です!』

『本日のコメンテーターはこの方』

『著書「だから、私はアイドルを卒業する」がベストセラー。現在はメンタルトレーナー、エッセイストとして活動中の新田美波さんです。よろしくお願いします!』

おわり


読んでいただきありがとうございました。

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