万里花を愛でるニセコイSS「ヒナダン」 (17)
「楽様、明日はお暇ですか?」
「え? ああ、まあ暇っちゃ暇だけど……」
3月2日の放課後。
橘万里花の問い掛けに一条楽は面食らいつつも、明日は特に予定がなかったことを思い出してそう答えた。
「それはよかったです! 実は楽様にお願いがあるのですが……」
いつもの押し出しの強さはどこへやら、もじもじとした様子の万里花。
言い出しにくいことをえいやと思いきるように、ぐっと拳を握り、一歩踏み出してその「お願い」を口にした。
「わ、私と一緒に雛祭りをお祝いしていただけませんでしょうか!?」
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3月3日。
桃の節句と呼ばれるその日、楽は万里花とともに万里花の自宅マンションの前に立っていた。
「雛祭りなんていつぶりだっけな……」
楽が呟く。
男所帯にも程がある集英組において、女の子のお祭りである雛祭りを祝うようなイベントが開催されるはずもない。
思い出せる限り、羽姉の家に雛人形が飾られていたような記憶はあるものの、一体全体何をどう祝っていものやらさっぱりだった。
「橘の家では毎年やるのか、雛祭り?」
「はい、そうなのです。我が家のしきたりでして……」
「しきたり?」
なんとなくカジュアルな印象のある雛祭りというイベントにしきたりという言葉はそぐわないような気はしたものの、万里花の家が世間一般から見ると並外れた良家であることを思い出し、楽はそういうこともあるかもしれないと納得することにした。
「もう準備はできておりますので。ささ、どうぞ」
促されるまま、万里花の家へ足を踏み入れた楽の目の前に鎮座していたのは、はたして巨大なーーそんなものがあるとすればだけれど、等身大のーー雛壇だった。
「な、なんだこれ……」
三段重ねと一般的な雛飾りの尺度で言えばそこまで豪華とは言えない構成だったが、何しろ雛壇の一段一段がでかい。
高さは2メートルを越え、幅に至っては10メートルほどはありそうだった。
赤い毛氈で覆われた下段と中段には梅の花や巨大なぼんぼりが飾り付けられ、最上段には豪華絢爛な金屏風が設えられている。
「何って……もちろん、雛飾りですわ」
とてもいい笑顔で万里花が答える。
「いや、それにしてはでかすぎないか?」
「そんなことはありません。何しろ、私たちがお雛様になるのですから」
「……今、なんて?」
よくわからない話を聞いてしまった。恐る恐る聞き返す楽。
「ですから、私たちがお雛様になるんです」
「すまん、橘。急用ができた」
踵を返した楽に素早く飛び付き引き止める万里花。
「お、お待ちください、楽様!」
「いやいや、雛祭りをやるって聞いたから来たのに、お雛様になるってどういうことだよ!?」
「ま、まずは事情を! 事情を聞いてくださいまし!」
「うっ……」
引き止める万里花の様子があまりに必死だったので、楽はひとまず話だけは聞いてみることにした。
「実は我が家には、雛祭りの日ーーつまり桃の節句に、お雛様のような格好をしてお祝いをする、というしきたりがあるのです。謂れはわかりませんが、随分と古くから続いている風習のようで……。無碍にするわけにもいかず、こうして毎年お祝いをしているのです」
楽に帰られそうになったせいか、いくぶんしょげた様子で万里花が説明を始める。
「ですが、お雛様ですから、飾りを完成させるには男雛と女雛が必要で……。私一人ではダメなので、楽様にお願いをさせてもらったのです」
「そ、それじゃ毎年やってたのか、この行事……」
こくりと頷く万里花。顔の両側に垂らした髪の毛が揺れる。
「ん、でもそれなら……去年はどうしたんだ? 毎年やってるなら去年だって男雛役が必要だったんじゃ……」
「はい、それでしたら……」
そう言うと万里花は立ち上がり、部屋の奥から大きな袋包を引っ張り出してきた。人一人分ぐらいはありそうなその大きな包を開けてみると……まさしく、人が一人出てきた。
「うわぁ! な、なんだこれ……!?」
包の中にあったのは、楽にそっくりな等身大の人形だった。
「もちろん、楽様人形ですわ」
何故かドヤ顔で万里花が答える。
「去年までは、この楽様人形を男雛に扮装させて、雛祭りを祝っていたのです。でも、今年は飾り付けを取り出そうとした時にうっかりしてしまいまして……」
言いながら、万里花が楽様人形の頭部に手をやる。と、コロリと首がもげた。
「うおお!?」
「雛壇にぶつけた拍子に、首が取れてしまったのです……」
悲しげな表情の可憐な少女の掌の上には、やけにリアルな生首。なかなか猟奇的な絵面だったが、それが自分の顔にそっくりとなるとなおさらだった。
「それで止むを得ず、楽様にご協力いただけないかと相談した次第で……」
申し訳なさそうに目を伏せる万里花。普段の様子が様子なだけに、まるでひまわりの花が萎れてしまったかのようだった。
「でもたかだか雛祭りで……」
言いかけたその時、楽はふと心に引っかかるものを感じた。
雛祭り。3月3日。
その日には何か別の意味合いもあったような……。
考えながら目の前でしゅんとしている少女に目を落とした時、楽はようやく思い出した。
3月3日。それは橘万里花、目の前の少女の誕生日だった。
自分の誕生日にも関わらず、等身大で雛祭りを祝うという謎の行事をやろうとしていたのか。
楽の表情を勘違いしたのか、万理花はさらに申し訳なさそうな視線を向けてくる。
誕生日なのだから普通に声をかければくれればいいものを。何でもない時は周囲を顧みずに文字通り体当たりのアタックをかけてくるくせに、こと肝心なことになると妙に遠慮がちになるのが万里花だった。
「去年はこの人形を飾って……?」
「はい……」
様子を想像するだけで不憫だった。
「わかったわかった。雛祭り、やろうぜ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、本当だ。で、一体なにをーー」
「らっくん大好きばい!」
さっきまでの様子は何処へやら。万里花は楽に飛びつくと、首に腕を回してぶら下がりながら期待一杯の輝く瞳を全開にして、楽の顔を見つめていた。
「で、一体何をすればいいんだ?」
普通の雛祭りですら心当たりがないのに、等身大となると想像すら及ばない。
「はい、準備ならバッチリ整えておりますので。本田!」
「では一条さん、お着替えを」
いつの間に現れたのか、万里花のボディーガードであるという本田忍が楽の背後に立っていた。
「き、着替え?」
「はい、男雛の衣装に着替えていただきませんと」
「あ、ああ、そっか、雛人形になりきるんだったな」
「ご安心ください楽様、着替えは私と本田が手伝いますので」
うきうきとした様子で万里花が言う。
「い、いやいや、手伝いなんかいらないって。こう見えても和服の着替えぐらい一人で……」
「男雛の衣装は「束帯」という平安時代の衣装なのですが、楽様は着方をご存知なのですか?」
「うっ……!」
休日は和装で過ごすことの多い楽だったが、せいぜいが浴衣か長着。平安時代の装束など見たこともない。
「大丈夫です、私がしっかりと着せて差し上げますから」
「ちょ、まっ……!」
じたばたともがく楽だったが、万里花と本田は二人がかりでそれを物ともせずに服を脱がせていく。
上着、ジーンズ、Tシャツ、そして……。
「まぁ……」
万理花はほのかに頬を染めながら呟いた。
「うう、もうお嫁に行けない……」
すっかり男雛の束帯姿に身を包んだ楽は、雛壇の最上段にうずくまりながら一人さめざめと泣いていた。
雛祭りのお祝いに招かれて、あんな辱めを受けるなんて。
「楽様ー、お待たせしましたですわー!」
心を閉じかけていた楽だったが、あまりに明るい万里花の声に思わず振り向いてしまう。
雛壇の麓で手にお盆を抱えながら立っている万里花は、まさしく花のようにあまねく色に彩られた豪華絢爛な平安装束に身を包まれていた。
「あの、楽様。申し訳ありませんが、上に登るお手伝いをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、もちろん」
あんぐり開けていた口を慌てて閉じて、腰の高さほどもある段差を登る万里花に手を貸す。
女雛の衣装は見た目の通りずっしりと重たいようで、楽が上から引っ張り上げるようにしてどうにか万里花は最上段へとたどり着いた。
「はぁ……はぁ……すみません、楽様……。この衣装……、ホントに……大変で……」
息を切らしながら、汗を拭う万里花。
あらためて楽はその姿を眺め直した。
十二単とはよく言ったもので、赤、黄、緑、様々な色彩と紋様が何重にも折り重なりながら着物の形状を為している。
一番上に羽織っている唐衣は桃色の生地に金糸銀糸で目にも綾なる刺繍がほどこされていた。
結われた橙色の髪が背中に一刷けのアクセントを加えていなければ、雅やかなる平安絵巻から抜け出してきたお姫様だと言われても信じたかもしれない。
楽の目線に気づいて、万里花が首を傾げながら顔を上げる。
「どうかなさいましたか、楽様?」
「あ、いや……その、お姫様みたいで可愛いな、と思って」
その言葉に万里花の顔が真っ赤に染まった。
火照る頬を両手で押さえながら、万里花は恥ずかしげに笑みを浮かべている。
「ら、楽様にそう言ってもらえると、着替えた甲斐があります……」
そんな万里花の様子に、言った楽の顔も赤い。
「あまりこの衣装は好きではありませんでしたけど……褒めていただけて嬉しいですわ」
「そ、そっか。でも意外だな、女の子ならみんなこういう衣装に憧れるもんじゃねえのか?」
「私もウエディングドレスとかでしたら憧れはしますけど……この衣装はどうしても嫌な人を思い出してしまうので」
「嫌な人? ってか、今時こんな服を着た人がいるとは思えねえけど……」
「ふふ、それがいるのです。まぁ、何を考えているのかはサッパリわかりませんけれど」
そう言うと、万里花は話題を変えるようにパチンと手を叩いた。
「さぁ、そんなことより、雛祭りを始めましょうか」
万里花が運んできたお盆の他に、いつの間にか雛壇には所狭しと食べ物が並べられていた。
錦糸卵の上に海鮮がたっぷり盛り付けられたちらし寿司、華やかな色合いの菱餅、美味しそうな湯気を上げるはまぐりのお吸い物に、器に山盛りになったひなあられ。
乏しい楽の知識でも、これが雛祭りのおなじみのメニューであることが見て取れる。
「もしかしてこれ、橘が作ったのか?」
「はい、腕によりをかけて! このひなあられも手作りですよ」
「ひ、ひなあられまで!?」
「あとこれ、地元から取り寄せた白酒です。食事のあとに飲みましょう」
「白酒?」
「はい、もち米に麹を混ぜて発酵させたあとの醪をすりつぶした甘いお酒で……」
「酒はダメ」
鋭く言うと、楽は万里花の手から屠蘇器をもぎ取った。
「ええっ! ど、どうしてですか!?」
甘酒やウイスキーボンボン程度で大変な目にあった記憶が蘇る。本物の酒を飲ませようものならどんな事態になるかわかったものではなかった。これは一人で飲みきるしかない、と楽は決意した。
「むう……仕方ありませんね。料理はおかわりもたっぷりありますから、ささ、召し上がれ」
楽は万里花によそわれた皿を受け取ると、ちらし寿司を口に運ぶ。酢飯の酸味と錦糸卵の甘みが見事に調和し、そこに刻まれた具材の歯ごたえが絶妙のアクセントになっていた。
「うおお、なんだこれ、うめえ……!」
「ふふ、よかったですわ」
次に受け取ったはまぐりのお吸い物も、出汁とはまぐりの旨みが渾然一体となって味覚を刺激してくる。
菱餅は甘すぎず上品な風味で、ひなあられは歯ごたえと香ばしさが格別の出来だった。
ひとしきり料理を平らげてちょうどよいタイミングで差し出されてきたお茶を受け取った時、楽は万理花がにこにこと微笑みながらも料理を取り分けたりお茶を注いだりと、何くれとなく世話を焼いてくれていることに気がついた。
あまりに自然すぎたので意識していなかったけれど、男雛と女雛の衣装に身を包み、こうしてご飯を食べながらお茶などを注がれていると、それはまるで新婚の夫婦のようでーー。
あらぬ妄想に慌てて頭を振る。
「楽様、どうかされたのですか?」
「い、いや、なんでもない。そうだ橘、お前も食べろよ、ひなあられ。美味しいぞ」
どうにか話題を変えて、近くにあったひなあられに手を伸ばす。
その様子を見ていた万里花は妖しく微笑むと、ずいと上半身を乗り出して楽に囁いた。
「じゃあ楽様、食べさせてくださいませ。はい、あーん」
「うっ!」
話を逸らすつもりが、余計に危険なところに追い込まれてしまった。
焦る楽を尻目に、万里花は楽しげに目を閉じて口を開けている。
仕方なく楽はひなあられを一粒つまむと、恐る恐る万里花の口の中に放り込んだ。勢い余って指が万里花の唇に触れる。
万里花は驚いたように目を見開くと、またしても頬を真っ赤に染める。
「な、なんでお前が照れるんだよ!」
「だ、だってまさか本当にされるなんて思ってなくて……!」
照れるんならそんなことするな! という楽のツッコミに、もじもじ言い訳をする万里花だったが、やがて意を決したようにひなあられを手に取って言った。
「で、では次は私がーー!」
ひなあられの食べさせあいっこをしているうちに日は暮れて、すっかり夜も更けていた。
「お嬢様、そろそろ……」
時計の針が9時を回った頃、本田がお開きの時間を告げにやってきた。
「いやですわ! まだまだ雛祭りは終わりません!」
一時間前にも同じことを聞かされた本田はどうしようもないとばかりに頭を振りながら下がっていく。
隣の部屋に引っ込む間際、半ば前髪に隠れた鋭い眼でギロリと楽を睨みつけた。
お前がなんとかしろ、と言わんばかりの眼光に楽は背筋が凍る思いだった。
「なあ、橘、明日も学校だしそろそろ後片付けをしねえと……」
「うう、でも……」
よほど楽しかったのか、それでも駄々をこねる万里花。楽に対して珍しく我儘を言う万里花の上目遣いに、思わず負けそうになる自分を叱咤する。
オールナイトで雛祭りはさすがに洒落にならない。
それに夜更かしは万里花の体調にも悪影響があるだろう。心苦しくはあるが、祭りというのはいつかは終わるものなのだ。
わずかながらの知識を振り絞ると、楽は万里花の頭にポンと手を置いた。
驚いて楽の顔を見上げる万里花。
自分の一挙手一投足で、あんなにも笑顔を作ってくれる女の子。
それが何だか嬉しくて、もっと笑わせたい、いつでも笑顔でいてほしい、いつしかそんな気持ちが自分の中に生まれていたことに、楽はようやく思い至った。
それならば、最後も笑顔で締めくくりたい。何しろ今日は、たのしい雛祭りなのだ。
「でもさ、橘……」
楽は万里花の耳に顔を寄せて、そっと囁いた。
「雛飾りは早く仕舞わないと、お嫁に行きそびれるんじゃないのか?」
「!」
万里花の体がビクリと跳ねる。
「許嫁としては、そうなったら……その、困るしな」
「え? あ、あの、楽様、それはどういう……」
思わぬ言葉にうろたえる万里花。あわあわする姿が可愛らしい。
「それに……」
照れ隠しに目を逸らしながら楽が言う。
「早く雛祭りを終わらせないと、お前の誕生日が祝えないだろ」
「あ……」
驚いた表情の万里花の瞳に、じわりと涙が浮かぶ。
それを隠すように、万里花は楽の胸に顔を埋めた。
「万里花……誕生日、おめでとう」
「らっくん……」
楽を見上げる万里花の顔は、ぼんぼりに照られた桃の花よりも色づいていて。
とても嬉しそうな笑顔だった。
「ありがとう、らっくん……。嬉しか……」
楽は万里花の肩に手を回すと、ちらりと部屋の片隅に目をやった。
やれやれといった様子で、本田が等身大の楽様人形を引きずりながら片付け始めている。
どうやらあの人形の出番は来年以降は無さそうだ。
そんなことを思いながら、楽は万里花を抱きしめる腕に、ほんの少しだけ力を込めた。
おしまい
誕生日だったので久しぶりに。
マリーに幸あれ。
信者の方に「新スレあったの気づかなかったけど荒らしてくれたから気がつけたわ」と感謝されたので今回も宣伝します!
荒らしその1「ターキーは鶏肉の丸焼きじゃなくて七面鳥の肉なんだが・・・・」
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信者(荒らしその2)「じゃあターキーは鳥じゃ無いのか?
ターキーは鳥なんだから鶏肉でいいんだよ
いちいちターキー肉って言うのか?
鳥なんだから鶏肉だろ?自分が世界共通のルールだとかでも勘違いしてんのかよ」
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鶏肉(とりにく、けいにく)とは、キジ科のニワトリの食肉のこと。
Wikipedia「鶏肉」より一部抜粋
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信者「 慌ててウィキペディア先生に頼る知的障害者ちゃんマジワンパターンw
んな明確な区別はねえよご苦労様。
とりあえず鏡見てから自分の書き込み声に出して読んでみな、それでも自分の言動の異常性と矛盾が分からないならママに聞いて来いよw」
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>>1「 ターキー話についてはただ一言
どーーでもいいよ」
※このスレは料理上手なキャラが料理の解説をしながら作った料理を美味しくみんなで食べるssです
こんなバ可愛い信者と>>1が見れるのはこのスレだけ!
ハート「チェイス、そこの福神漬けを取ってくれ」 【仮面ライダードライブSS】
ハート「チェイス、そこの福神漬けを取ってくれ」 【仮面ライダードライブSS】 - SSまとめ速報
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