【ニセコイ】鶫「貴様がお嬢の恋人でなければよかったのにな」 (138)

千棘「カツ丼が食べたい」

鶫「はい?」

千棘「この間親子丼ラーメン作ってくれたじゃない? 今度はカツ丼が食べてみたいなって」

鶫「また唐突ですね。まあ親子丼は作りましたし作れないことはないとは思いますが……」

千棘「今度はちゃんとご飯のほうがいいかなー。というわけで鶫!」

鶫「……またあいつに頼むんですね?」

千棘「まああんなやつでも私の恋人だし、あんたたちの仲を良くするためにもよ」

鶫「……わかりました」

鶫(少しだけ、嫌ではないと感じているから問題なんです、などとは……さすがに言えないな)ハァ

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鶫「というわけでよろしく頼む」

楽「あいつはまた……お前もたまには断れよ」

鶫「断る? なぜだ?」

楽「そういう発想すらねーのな」

鶫「当たり前だ。お嬢の頼みを断るなどありえん」

楽「ほんと千棘には甘いな」ハァ

鶫「お嬢から受けた恩を思えば、このくらい甘いうちにも入らん」

楽「重く考えずぎじゃねえか? ……まあいいか。早速やろうぜ」

鶫「ああ、頼りにしてるぞ」

楽「……」

鶫「なんだ?」

楽「いや、まさかお前からそんな言葉を聞くことになるとは思わなかったからさ」ハハハ

鶫「う、うるさい! 早く始めるぞ!」

楽「……下準備はこんなもんか。まあ教えるっていっても、前に教えた親子丼と同じ丼ものだから、基本的にはあんまり変わらないんだけどな」

鶫「そうなのか?」

楽「ああ、気をつけるのはカツの揚げ方と割り下くらいだと思うぜ」

鶫「ふむ」

楽「まず豚肉に小麦粉と卵とパン粉で衣をつけて、油に入れる」ジュージュー

鶫「下味はつけなくていいのか?」

楽「ウチではつけてねえな。タレがカツに染み込むからなくて大丈夫だ」ジュージュー

鶫「なるほど」

楽「……そろそろいいか」ジュージュー

鶫「もういいのか? まだ揚がりきってないように見えるが」

楽「このあと煮込むから、キツネ色になるまで揚げると肉が固くなるんだよ」

鶫「カツの揚げ方ひとつとっても色々と考えることが多いのだな。普通に揚げるのと同じように作るのかと思っていた」

楽「まあカツ丼のメインだし気を使わねえとな」

楽「割り下はだいたい親子丼と同じで大丈夫だけど、かつおだしを使うのはやめたほうがいいぜ」

鶫「なぜだ?」

楽「トンカツと相性が悪くて旨味を消しちまうから入れないほうがいい」

鶫「ほう。料理に関してはさすが詳しいな」

楽「なんか引っかかる言い方だな……まあこれはよく作ってるから。鶫のほうが詳しい料理だって色々あるだろ?」

鶫「正直そこまで自信はないが……」

楽「なに言ってんだよ。この間の肉じゃがなんか絶品だったじゃねえか。それにこんなに綺麗に台所使ってる奴に料理の知識がないわけねえって」

鶫「そ、そうか?」

楽「ああ、少なくとも台所の使い方なら俺の完敗だ。俺も結構自信あったけど、これ見ちゃうとな」

鶫「……ふん、褒めてもなにも出んぞ」

楽「そんなんじゃねえって」

楽「ああでも、今度は鶫に料理を教えてもらいてえな」

鶫「私が貴様に?」

楽「まあ嫌じゃなければだけど、鶫がどんな料理が得意なのか知りてえしさ」

鶫「……考えといてやる。それよりカツ丼のほうはいいのか?」

楽「あーもういいか。あとはといた卵を入れて、蓋をして30秒待てば……」

楽「……よし、完成だ」

楽「どうぞ」

鶫「いただきます」パクッ

鶫「……」モグモグ

楽「どうだ?」

鶫「ああ、おいしい。私もこの前試しに作ってみたのだが、比べ物にならんな」モグモグ

楽「なんだ、作ってたのか」

鶫「まあ本当にただ作ったというだけだったがな。まずくはなかったが、お嬢に出すには普通すぎた」

鶫「だがこれならお嬢も喜んでくださるだろう」

楽「鶫にお墨付きもらえたんなら大丈夫だな」

鶫「そんなに大層なものではないが……まあおいしいからな。本当に」モグモグ

楽「そ、そっか」

楽(鶫にこんなまっすぐ褒められるとなんか照れるな……)ポリポリ

鶫「ごちそうさま」

楽「お粗末さまでした」

鶫「次は私の番だな」

楽「隣で教えながらのがいいか?」

鶫「いや、大丈夫だ。座って待っていてくれ」

楽「いいのか?」

鶫「お嬢に作るときはどうせ私一人で作るから、今のうちにそうしたほうがいいだろう」

楽「そうか、わかった」

鶫「まずはカツから……」

楽(……そこに鶫がいるっつっても、女子の部屋で待ってるってのは落ち着かねえな)ソワソワ
<ジュージュー
楽(あの雑誌はポーラのか? 鶫が読んでるイメージねえし)
<ジュージュー
楽(ぬいぐるみも前からあったっけか? まあ鶫が持ってても別に違和感ねえけど)キョロキョロ

鶫「……おい、さっきから部屋の中をジロジロ見るな! 貴様この前も見ていなかったか!?」

楽「わ、わりい」

楽(つっても手持ち無沙汰なんだよなあ。こういうときっていっつもなにして……)
<コトコト
楽(……よく考えたら普段料理作るの俺だから、こんなふうに待ってる経験なんてほとんどねえな)
<コトコト
楽(結婚して嫁さんに料理作ってもらうのってこんな気分なのかもしれねえな)

鶫「できたぞ、一条楽」コトン

楽「お、おう」ドキッ

鶫「? なんだ?」

楽「な、何でもねえよ。いやーうまそうだな! いただきます!」

楽(結婚したらみたいなこと考えてときにちょうど鶫が来たから驚いちまった)ドキドキ

鶫「それなりによく出来たとは思うが、まあ食べてみてくれ」

楽「おう」モグモグ

楽「……あれ、俺が作ったのより甘みが強いな」

鶫「ああ、お嬢は甘みが強いほうが好みだから変えてみた」

楽「こっちのがうまいかもなー。あと卵もなんか違うか?」

鶫「うむ、ふわふわした感じを残すため、とくのを控えめにしてみた」

楽「へー」モグモグ

鶫「……あ、味の感想はどうだ?」

楽「…………」モグモグ

鶫「な、なにか言ってくれ」ドキドキ

楽「……うまい! なんだこれ! 俺が作ったのよりうまいんだけど!?」

鶫「ほ、本当か? お世辞はいらんぞ?」

楽「本当だって。カツはちょっと固いかなって思うけど、タレの相性とか卵の感じとか、こっちのがうまい」

鶫「本当だな? ……よかった」ホッ

楽「正直悔しいくらいだ。教えたばっかなのになあ」ハァ

鶫「そう言われて悪い気はせんが、たまたまアレンジが上手くいっただけだろう」

楽「アレンジなんて大抵上手くいかねえもんだって。やっぱお前料理うまいよなー」モグモグ

鶫「あ、あまりそういうことを言うな。恥ずかしいではないか」カアァァ

楽「ああ、わりい。でも千棘も喜ぶと思うぜ」

鶫「き、貴様の舌にはあったかもしれんが、お嬢の繊細な舌に合うかはわからんがな!!」

楽(分かりやすい照れ隠しだな)ハハハ

楽「ごちそうさま。ほんとうまかったよ」

鶫「そうか。その……」

楽「ん?」

鶫「……きょ、今日はありがとう、一条楽」

楽「おう、気にすんな。今日の夜出すんだろ? 千棘の感想は明日聞かせてくれよ」

鶫「ああ、わかった」

――翌日――

鶫「一条楽!」

楽「お、鶇。どうだった?」

鶫「ああ、とても喜んでくださった。貴様のおかげだ」

楽「大したことしてねえって。結局お前の作ったカツ丼のほうがうまかったしな」

鶫「それも貴様に教わったからだ。改めて感謝する。それでその……」

楽「ん、どうした?」

鶫「またお嬢から何か頼まれたら頼ってもいいだろうか。もう2度も頼んでしまっているし迷惑かも知れんが……」

楽「ああ、んなことか。いつでもいいぜ」

鶫「そうか。……まあ貴様はお嬢の恋人なのだから、お嬢のために協力するのは当然ではあるのだがな」

楽「お前の基準を俺にも当てはめるなよ……あ、そうだ。今度お前んち行くの明後日でいいか?」

鶫「…………はぁ!?」

楽「な、なんだよ」ビクッ

鶫「なななななんで貴様がまた私の家に来るのだ!!?? 何が目的だ!!」アワアワ

楽「なんでってこの間料理教えてくれって言ったことだよ。それともウチに来たほうがいいか?」

鶫「りょ、料理だと……? ……あれは単なる社交辞令じゃなかったのか!?」

楽「社交辞令なんかじゃねえって。カツ丼のアレンジもすげーうまかったし。あ、いや、考えてみて嫌だったってんならしょうがねえけど」

鶫「べ、別に嫌なわけでは……」

楽「なら明後日で大丈夫か?」

鶫「……まあ、特に予定はないから……来ても、別に……」

楽「おう、じゃあよろしくな」

鶫「ああ」

鶫「…………」

鶫「……し、仕方ないな。あいつには2度も世話になっているのだし、1回教えるくらい!」

鶫「断じて嬉しいなどとは思っておらんぞ。そう、断じて!」

鶫「そ、それよりまたポーラに家にはいないように言っておかなければな。今度はなんと言って……」

ポーラ「私がなによ?」

鶫「ぽぽぽ、ポーラ!? なぜここに!?」

ポーラ「夕飯どうしても食べたいのができたから、黒虎に伝えようと思って」

鶫「そうか。なにがいいんだ?」

ポーラ「オムライス。春がこの間お店で食べたふわふわのオムライスが美味しかったって言ってて……って違う!」

鶫(誤魔化されなかったか……)

ポーラ「私がどうしたのよ? 黒虎」

鶫「い、いやその……じ、実は敵組織が私を狙っているようでな。危険な相手で潜伏先が襲撃されるかもしれんから、明後日まで貴様もどこか別のところに泊まってはどうかと」

ポーラ「敵組織ねえ。なんで明後日までなのよ?」

鶫「あ、相手のアジトは分かっているから、それまでには壊滅させるつもりだからだ」ダラダラ

ポーラ「クロード様に聞いてみよう」スッ

鶫「わーっ!! こ、これはビーハイブとは関係なく私一人の問題だからクロード様には言っていないのだ」

ポーラ「へーえ」

鶫「わ、分かってくれたか?」

ポーラ「ええ。それで明後日は自宅で一条楽と料理デートするのね?」

鶫「そう、明後日は一条楽が来て……きき、貴様なぜそれを!?」

ポーラ「最初から見てたし」

鶫「ならさっさとそう言え!!」

ポーラ「黒虎の慌てる姿、楽しませてもらったわ」フフン

鶫「貴様……!」ワナワナ

ポーラ(あ、やばい)

ポーラ「ま、まあそういうことなら明後日は外にいてあげるから、2人きりでいなさいよ」

鶫「……一条楽が帰るまで戻るんじゃないぞ」

ポーラ「わかってるわよ」

鶫「ただ9時を過ぎるようなら戻って構わん、というか戻るように」

ポーラ「私はあなたのなんなのよ。……それよりあいつはそんな時間までいる予定なの?」

鶫「そ、そういうわけではないが、念のためにだな」カアァァ

ポーラ「……まあともかく邪魔はしないから、ゆっくり楽しんでなさい」

鶫「ああ……」ハッ

鶫「こ、これは別に頼まれたからやるだけであって全然楽しみとかまして楽しもうなどとは思っていないぞ!!」

ポーラ「はいはい」

鶫「くっ、なげやりな態度を……」

鶫「……そうだ。盗聴器などを仕掛けていたら許さんからそのつもりで」

ポーラ「わ、わかってるわよ」ビクッ

ポーラ(弱みを握ろうと思ったけど無理そうね……)

続きはまた今度

鶫「うぅ……落ち着かん」ソワソワ

ポーラ「3度目なんだから慣れなさいよ」

鶫「教えるのは今回が初めてだ」

ポーラ「黒虎の作り方を教えるだけだし、別にそんなに味を気にするようなものでもないじゃない」

ポーラ「そもそももう食べさせたことがあるんだから、まずいわけないんだし」

鶫「理屈で言えばそうなのだが……」ソワソワ

ポーラ(好きな相手ってのができるとこんなにめんどくさくなるものなのかしら)イラッ

ポーラ「……というか頼まれたからやるだけなんでしょ? それならそんなに緊張しなくていいんじゃない?」

鶫「べべべ、別に緊張などしておらん!!」

ポーラ「落ち着かないって言ってたのはどこの誰よ」

鶫「き、緊張しているのと落ち着かないのは別なんだ!」

ポーラ「はぁ。まあいいわ。とりあえずせっかく2人きりなんだから少しくらい攻めなさいよ」

鶫「な、なにを攻めるというのだ!」

ポーラ「好きなタイプを聞くとかー」

鶫(……前に聞いたな。あいつの好みは黒髪ショートで気が強くて腕っぷしが良くてとまさに私のような――って違う!!!)ブンブン

ポーラ「……何してるのよ? まあそれが嫌ならせめて遠回しに黒虎のことどう思ってるか確かめるとか……」

鶫(そのくらいなら……)ウン

ポーラ「……あとはそうね」

鶫「まだあるのか?」

ポーラ「いっそ実力行使に出ちゃいなさいよ。押し倒してキスとか」フフフ

鶫「キッ……!? ばばば、バカか貴様は!!」カアァァ

ポーラ「黒虎は押しが足りないの。そのくらいの気持ちでいなさいよ。それじゃ私は出かけるわね」ガチャ

鶫「も、もう行くのか?」

ポーラ「出てけって言ってたのはあんたじゃない。適当に様子見て帰るわ」バタン

鶫「あ、ああ」

鶫(本当に出て行くとは……確かにそろそろ一条楽と約束した時間ではあるのだが)

鶫(……とりあえず部屋に座って待っていようか)

鶫「……」ソワソワ

鶫「……」ソワソワ

鶫(だ、台所でも片付けよう)

ピンポーン

鶫(き、来た!)ガタッ

鶫「一条楽か。よく来たな」ガチャ

楽「ド、ドア開けるのはええな」ビクッ

鶫「た、たまたまドアの近くにいただけだ!」

楽「そっか。今日はよろしくな。考えてみりゃ料理教わるのは初めてだ」

鶫「そうなのか?」

楽「教わる相手もいねえからなあ。料理の本とか見たくらいだな」

鶫「あれだけおいしくできるのだから、誰かに教わっているものだと思っていた」

楽「そんなうまくねえって。鶫は誰かに教わってたのか?」

鶫「私は基本的な部分はビーハイブの専属コックに教わったな。無論ヒットマンとしての仕事があるからつきっきりというわけではないが」

楽「ヒットマンだけでも大変だろうにすげえな」

鶫「前にも言ったが私は1人で生きてきたのだ。大変だなどと言えるような身分ではないし、そもそも別に大変とも思っておらん」

鶫「私の作った料理を食べてお嬢が喜んでくださるのだ。仕事の片手間に料理の練習をするくらい、大したことはない」

楽「……お前ってほんと千棘のこと好きだよな」

鶫「そんなもの当たり前だろう」

楽「今さらだったな」ハハ

鶫「なぜ笑っているんだ? いいから始めるぞ」

楽「おう」

楽「何教えてくれるんだ?」

鶫「肉じゃがにしようと思っている」

楽「おお! すげーうまかったよな。楽しみだ」

鶫(そこまで喜んでくれるのか)フフ

鶫「まあ作るのは貴様だがな」

楽「わかってるって」

鶫「それではまずはじゃがいもからだ」

楽「皮を剥いてと」クルクル

鶫「切るときの大きさだが、だいたいひとくち大くらいで切りそろえるように」

楽「割と小さめなんだな。前に作ってたときもそうだったっけか」

鶫「小さくしたほうが味が染み込みやすいからな。大きいとなかなか中まで染み込まんのだ」

楽「へー。だから小さくしてたんだな。人参と玉葱も同じくらいの大きさでいいのか?」

鶫「ああ」

楽「よし、炒め終わった。次は醤油を……」

鶫「なにをしているかバカもの!」

楽「うわっ! な、なんだよ大声出して」

鶫「貴様が醤油から入れようするからだ」

楽「なんかまずいのか?」

鶫「まずいに決まっているだろう。だしを入れて煮込むのが先だ」

楽「そっちが先なのか?」

鶫「そうだ。だしを入れて強火で一気に煮込む。そうするとじゃがいもが崩れる前に火を通せるのだ」

楽「じゃがいもが崩れてねえとは思ってたけど、強火で煮込んでたんだな」

鶫「ああ、そうだ。ちなみに味付けも砂糖やみりんのような甘みのあるものが先だ」

鶫「醤油を先に入れると甘みがつきにくくなってしまうからな」

楽「さっき大声出されたのはそれでか」

鶫「うむ。醤油を入れるのは豚肉としらたきを入れたあとでいい」

楽「そんなあとなんだな」

鶫「そうだな。最後の最後でいい。ほら、やってみろ」

楽「おう」

楽「砂糖とみりんと酒を入れて……あれ、豚肉がねえ」

鶫「ああ、すまん。出し忘れていた。冷蔵庫から出してくれ」

楽「はいよ」ガチャ

楽「豚肉は……あったあった」

楽「……ん? これ……」

鶫「なんだ。何かあったのか?」

楽「いや、この容器に入ってるのって麦茶か?」バタン

鶫「そうだがどうかしたか? 別に珍しいものでもあるまい」

楽「女子高生がわざわざ作ってるってのは十分珍しいんじゃねえか? 母親とかが作ってるイメージはあるけど」

鶫「……そういうものなのか? 何か用意しておかないとポーラがジュースばかり飲むから、健康のことを考えて作りおきしているのだが」

楽「ポーラの母親みたいだな」ハハ

鶫「誰が母親だ!」

楽「べ、別にからかってるわけじゃねえって」

鶫「ならばせめて姉と言え」

楽(姉ちゃんってあんまり麦茶作るイメージねえしなあ)

鶫「まったく。余計なことを言っていないで早く続きを作るぞ」

楽「わかったよ」

鶫「豚肉は野菜の上に覆うような感じで置いていく」

楽「野菜の上に置くのか?」

鶫「そうだ。豚肉と落とし蓋で二重で覆うことで、煮崩れをより少なくすることができる」

楽「へーそうなのか」

鶫「あとはしらたきと醤油を入れて、ホイルで落とし蓋をしたら4分ほど煮込んで完成だ」

楽「ここでやっと醤油入れんのか」トポトポ

鶫「うむ。このくらいで入れたほうがちょうどいい味になる。まあ、好みもあるだろうが」

楽「好みはあるかもしれねえけど、前に鶫の食べたときうまかったし、言われた通りやるよ」

鶫「そうか。……そんなに気に入ってくれていたのか?」

楽「まあそりゃ今まで食べた中で一番ってくらいうまかったしな」

鶫「……こういうときは口が上手くなるな」プイッ

楽「素直に受け取れっての」

鶫「ふん。……それよりそろそろ時間だ。火を止めろ」

楽「おう。これで完成だな」

鶫「ああ、調理は終わりだな。あとは冷ますだけだ」

楽「どのくらい冷ますんだ?」

鶫「本当なら1時間以上は冷ますのだが、まあ冷ますだけなら教えることもないし、10分ほどでいいだろう。多少は変わるはずだ」

楽「しっかり出来てんのかな」

鶫「味見した限りでは大丈夫だろう。横で見ていても問題はなさそうだったしな」

鶫「それより冷ましている間は休むといい。お茶を入れたぞ」

楽「……麦茶?」

鶫「文句があるのか?」

楽「いや別に」ハハ

鶫「笑うなっ!」

――10分後――

楽「この温めなおすのが面倒だよな」

鶫「肉じゃがを冷めたまま食べるわけにもいかんだろう」

楽「まあそうなんだけどさ。ん、こんなもんか」

鶫「ふむ。見た目は中々だな」

楽「味もうまいといいんだけどな。じゃあ座って食べようぜ」

鶫「ああ」

楽「いただきます」モグモグ

楽「……おお、なかなかじゃねえか?」

鶫「ふむ。悪くはないな。よく出来ているではないか」モグモグ

楽「今まで作ってたのよりずっとうまい。まあ隣で教わりながら作ったってのもあるけどさ」

鶫「それでも上出来だと思うぞ? 煮崩れもほとんどしていないし。味はまあもう少し醤油が薄いほうが私の好みだが」

楽「だよなー。俺もそこは少し気になった。いつもと違ってあとから入れたから、分量が多くなったみてえだ」モグモグ

鶫「……ところでこれは誰に振る舞うのだ?」

楽「誰に?」

鶫「誰かに食べさせるために教わったのではないのか?」

楽「あーまあ誰かにって言うならウチの奴らにかな。誰かに食べてもらうとかそこまで考えてねえよ」

鶫「……そうか」ホッ

鶫(……なぜ私はホッとしているのだ!)ブンブン

楽「?」

鶫「ごちそうさま。おいしかった」

楽「おう。今日はありがとな」

鶫「……その、話したいことがあるのだが、いいか?」

楽「ああ、別に構わねえけど」

鶫「そ、そのだな……」

鶫(少しくらい攻めて見る、か。……べ、別にこいつのことなんてどうでもよいのだが、ああ言われて何もしないというのも)グヌヌ

楽「鶫?」

鶫「……少し相談があるのだ」

楽「俺でよけりゃ聞くけど俺でいいのか?」

鶫「構わん。私の友人の話なのだが」

楽「ますます聞いて大丈夫かそれ」

鶫「貴様が喋らなければ大丈夫だろう。私が誰かに相談するのは気にしないそうだから」

楽「ならいいけどさ。それでなんの相談なんだよ?」

鶫「なんと表現すればいいか…………その友人に気になる相手が出来たらしいのだ」

楽「気になる?」

鶫「ああ。そいつのことをいつの間にか目で追ってしまったり、そいつの言葉や行動でドキドキしたりイライラしたりするそうだ」

楽「……これ恋愛相談か?」

鶫「違う!!」

楽「そういうふうにしか聞こえねえんだけど……」

鶫「気のせいだ! ……詳しい理由はわからんが、その相手とは恋人関係にはなれないそうだからな」

楽「なんだそれ?」

鶫「わ、私も知らん!!」

楽「ど、怒鳴らなくてもいいだろ? まあいいか。それで恋愛相談じゃないならどういう相談なんだよ」

鶫「うむ。私の友人は、その相手に……」

鶫「…………この表現が正確なのかわからないのだが」

楽「とりあえず言ってみろって」

鶫「……す、好かれたい、らしい」

楽「は?」

鶫「べ、別に恋人になりたいとかそういう話ではないぞ! そもそも無理なわけだし!」

鶫「ただ、おそらく私の友人は、その相手にキツくあたってしまって嫌われているだろうから、せめて普通に好意を持ってもらいたいと言っているのだ」

楽「好かれたいねえ……」

楽(鶫はこう言ってるけど、どう考えても恋愛相談だよなあ)ウーン

楽(……友人って誰なんだ? 千棘は俺の恋人って設定だから鶫に話すわけねえし、小野寺も相談するなら宮本だよな)

楽(橘とか羽姉がするとは思えねえし、クラスの他の奴らも、恋愛相談なら鶫にしねえだろうから……消去法でポーラか!)

楽(ポーラは鶫と仲いいし、鶫は姉ちゃんみたいなもんなんだろうから鶫に相談するよな。それにあいつなら学年も違うから鶫が友達に話しても気にしないだろうし)

楽(鶫も頼られたら経験無くても断れねえよな。それに好かれたいって相談だと女子には聞きにくそうだし、だから男の俺に聞いたのか)ウンウン

楽(っていうかポーラもそういうことに興味持ってんだな。……鶫は初恋まだって言ってたし、そりゃ悩むよなあ)

鶫「一条楽。何かいいアイデアはないだろうか」

楽「そうだなー。好かれたいっていうと……」

楽(ポーラは……あいつ見た目は人形みたいに綺麗なのに、喋るとほんとお子様だからなあ。男子と喧嘩しても不思議じゃねえな)

楽(好かれたいならそいつに対する態度を直せばいいんだろうけど、出来なさそうだし……)

楽「……そいつが誰でどういうやつなのかわかんねえから、いいアドバイスかどうかわかんねえけど」

鶫「構わん。言ってくれ」

楽「笑った女の子が嫌いな男はいねえから、その相手に笑って見せればいいんじゃねえかな。ありがとうって感謝するときとかさ」

楽(ポーラなら多分笑顔なんて見せたことねえだろうし、見た目も可愛いから効きそうだ)

鶫「笑って見せる……こうか?」ヒキツリ

楽「いや、ぎこちないにもほどがあるぞ」

鶫「くっ」

楽「ていうかなんでお前が笑ってんだ?」

鶫「う、うるさい! 伝えるときには私が実践してみせたほうがいいだろう!?」

楽「そうか?」

鶫「そうなんだ! ……その、笑った女の子が嫌いな男がいないというのは、貴様もそうなのか?」

楽「そうじゃなかったらそんなこと言わねえよ」

鶫「……そうか。ありがとう。助かった」

楽「別に感謝されるほどのことは言ってねえって」

鶫「そんなことはない。私じゃそんなことは言えなかった」

楽「まあ喜んでもらえるなら良かったよ」

鶫「引き止めてしまって悪かったな」

楽「いや、俺も少し話があったし」

鶫「話?」

楽「ああ、これからも今日みたいに料理を教えあわねえか?」

鶫「え? な、なぜだ!?」ドキッ

楽「ほら、また千棘からなにか作ってって言われるかもしれねえしさ。最初からいろいろ知っておいたほうがいいだろ?」

鶫「そそ、それはそうだが、別に普段から教えあう必要はないだろう。なにを希望されるかもわからんし」アワアワ

楽「……まあ正直言うと、俺が教えてもらいてえんだ」ポリポリ

鶫「は?」

楽「最近料理に凝ってるんだけど、自分一人じゃ限界があってさ。かといってウチじゃ料理できるやついねえし」

鶫「そんなもの、橘万里花にでも教わればいいだろう」

鶫(そんな理由なら慌てる必要などなかったな……べ、別に理由がなんであれそもそも慌てる理由がないのだが!)

楽「橘だと楽様にそんなことさせられませんとか言われそうでさ」

鶫(……まあ想像がつくな)

楽「それにほら、いつもの調子で好きですなんて言われたら料理教わるどころじゃねえから」

鶫「……貴様にはお嬢がいるのだから、なにを言われようと動揺する必要はないだろう?」ピクッ

楽「……いやまあ、そりゃそうなんだけど、男としてしょうがないっつーか」アハハ…

鶫「っ」イラッ

楽「な? ダメか?」

鶫「……本当に貴様は、人の神経を逆なでするのが上手いな」ボソッ

楽「え? 今なんて?」

鶫「別に」

鶫(橘万里花だとダメで、私ならいいのか? 私なら料理に集中できると? 私もこんな奴どうでもいいとはいえ、言い方というものがあるだろう!)

鶫(私ひとり慌てているのがバカみたいではないか。……ああ、断ってやりたいが、断ったら自意識過剰になってしまうな。こいつはなんとも思っていないのだから!)ギロッ

楽(な、なんか睨まれてる?)ビクビク

鶫「……まあお嬢のためにもなることだし、私は構わん」

楽「お、おう。いいのか?」

鶫「言い出したのは貴様だろう。なぜそんなことを聞く」ギロッ

楽(そうやって睨んでるからだよ!)ビクビク

楽「い、いや。来ていいならいいんだけどさ」

鶫「……ふん」

楽「そ、それじゃあ今日はこれで。またな」

鶫「ああ」

鶫(……つい熱くなってしまったが、よく考えてみたらあいつはお嬢の恋人だぞ!? なぜ私は来てもいいなどと言ってしまったのだ!!)アワアワ

鶫(定期的に私の家に来るなどと、ポーラになんと言われるか……)

鶫(というかあいつは私の、女子の家に来ることをなんとも思わないのか!? 仮にも恋人がいるのだぞ! しかもお嬢だ!)

鶫(そう、お嬢がいるのだ! お嬢が……)

鶫(……そうか。あいつにはお嬢がいるのだ)

鶫「お嬢のような恋人がいるのだから、私ごとき、あいつにとって女と意識するような存在ではないのだな」

鶫(考えてみれば当然だ。あいつがあんなに気軽に言っているのも当たり前)

鶫(……さっき言っていたではないか。橘万里花が相手では料理どころではないが、私ではそんなことないと)

鶫(……一条楽に女として見られていないのはなんとなくわかっていたし、恋人のお嬢に負けるのもそれは当然だ)

鶫(けれど、橘万里花にも……まあ、女性らしさや可憐さで優っているとはさすがに思わないが、それでもこうはっきりと女として劣っていると言われるのは)

鶫「――少し、つらいな」

ポーラ「ただいまー。どう、キスのひとつくらいし――なに落ち込んでんのよ?」

鶫「落ち込んでなどおらん」

ポーラ「どう見たら落ち込んでないように見えるのよ」

鶫「……」

ポーラ「はぁ。ま、大方あいつに全然女として見られなくて落ち込んでるんでしょ」

鶫「……それだけじゃない」

ポーラ「ふぅん? じゃあなに?」

鶫「……お嬢だけでなく、他の者と比べても女として劣っていると思われているというのが――」

鶫「まあそもそも別に一条楽のことなどなんとも思っていないしどうでもよいのだが!?」

ポーラ「まだ言う気なのそれ。別にいいけど」

ポーラ「ていうかね、お嬢様と比べようというのがまずおこがましいわよね」

鶫「べ、別にお嬢と比べようなどとは思っていない!」

ポーラ「嘘つき。ま、お嬢様は恋人だしそもそも別格としても、春のお姉さんと警視総監の娘だって当然じゃない。自分だってあの2人より女らしいとは思ってないでしょ?」

鶫「うっ……べ、別に小野寺様の話はしていない」

ポーラ「そうなの? でもまあしてなくても一緒でしょ。あの人が一条楽に女として見られてないと思うの?」

鶫「……思わん」

ポーラ「でしょ? それに春のお姉さんとは中学校が一緒だし、警視総監の娘は黒虎と違って素直に好きだって言ってるし。何かお嬢様たちに勝ってるものあるの?」

鶫「うう……」

ポーラ「……そこで胸って言いなさいよ」

鶫「い、言えるかバカもの!!」

ポーラ「人に全く胸がないなんて言っておいて自分では胸があると言えないと……?」イラッ

鶫(まだ根に持っているのか……)

ポーラ「まあとにかく、落ち込む前にまず自分の身を振り返りなさいよ」

鶫「……考えておく」シュン

ポーラ(ついになんとも思ってないとか言わなくなったわね。……言い過ぎたかしら)

ポーラ「……まあ落ち込んでる黒虎なんて見たくないし、私も何か考えておいてあげるわ」

鶫「ポーラ……」

ポーラ「それで次はなんて口実つけて会うの? 他の人がいる前じゃどうせ何もできないんだから早めに2人きりで会う約束しなさいよ」

鶫「あ、それなら大丈夫だ」

ポーラ「へえ。また料理でも作るの?」

鶫「ああ。これから週に何回か料理を教えあうことになった」

ポーラ「……ずっと?」

鶫「まあ1,2回ではないと思うが」

ポーラ「……やるじゃない」

鶫「…………ありがとう?」

今日はここまで
続きはまた

――3ヶ月後――

鶫「~~♪」プルルル

鶫(電話だ。……一条楽から)ドキ

鶫「もしもし?」ピッ

楽『あ、鶫か?』

鶫「ああ、そうだ。……まさか来られなくなったのか?」

楽『いや、ちょっと遅れるけどそれは大丈夫』

鶫「そうか」ホッ

鶫(……なにをほっとしているのだ私は)

楽『実はウチの醤油が切れちまったんだ』

鶫「醤油?」

楽『セールのときに買おうと思ってたんだけど、思ったより早くなくなっちまって』

鶫「はあ」

楽『それで何軒か店回ったんだけど今日に限って売り切れてて……悪いんだけど今日行ったとき醤油分けてもらえねえか?』

鶫「なんだ。改まって言うから何かと思えばそんなことか。別に構わん、というか電話などせずとも来たときに言えばそれでよかったのだが」

楽『急に行って鶫のとこにも醤油無かったら困るだろ?』

鶫「貴様と違って醤油を切らすようなことはせん」

楽『だ、だからうっかりしてたんだって』

鶫「本当か? まあ醤油がなければ困るだろうし、用意しておく」クスッ

楽『ありがとな。これから行くから』

鶫「ああ、待ってるぞ」ピッ

鶫(とりあえず醤油を分けておこう。このペットボトルでいいか)トポトポ

ポーラ「ただいまー」

鶫「おかえり」

ポーラ「今日も一条楽は来るのよね?」

鶫「ああ、そうだな。心配しなくても3人分用意しているぞ」

ポーラ「……私が2人が料理してるとき、出て行かないで家にいるようになったのいつからだったかしら」

鶫「だいたい2ヶ月前くらいからじゃないか?」

ポーラ「そうよね。あんたと一条楽が料理を教え合い始めたのが3ヶ月前くらいだからそのくらいよね」

鶫「それがどうかしたのか?」

ポーラ「それで何回くらい教えあったっけ?」

鶫「週に1,2回くらいだから……だいたい15~20回くらいだと思う」

鶫「お吸い物とかカレイの煮付けを教わったり、私がミートローフやパエリアを教えたり……」

ポーラ「中身はどうでもいいのよ!!」

鶫「な、なんだ急に」

ポーラ「なんで3ヶ月もあってなにも進展がないのよ! ただおいしい料理食べてるだけじゃない!!」

鶫「お、教えあうことが目的なのだからそれでよいではないかっ」

ポーラ「んな建前はいいって言ってるのよ! たまに私がアシストしようとしてもすぐヘタレて……」

鶫「べ、別にそんなもの望んでおらん! というか貴様の言うアシストとは包丁で切ってるときにぶつかったり髪に芋けんぴをつけたりすることのことを言っているのか!?」

ポーラ「そうよ。怪我した指の血を吸うのも芋けんぴ取ってあげるのもどっちも定番じゃない」

鶫「少女漫画の定番を持ちだしてどうする。というか芋けんぴを取るのは絶対に定番じゃないだろう!?」

ポーラ「ネットで流行になるくらいの定番よ」

鶫「流行の意味が違うだろう」

ポーラ「まあともかく、問題なのはそれを全然活かそうとしないところよ!」

ポーラ「なんなの指切ったら絆創膏を渡したり、芋けんぴをつけたら自分で取ったり! なにがしたいんだっての!」

鶫「当然のことしかしていないだろう!?」

ポーラ「色気がないのよ色気が。もっと指を咥えて舐めてあげたり、あいつに取ってもらったりしないとダメじゃない」

鶫「できるかそんなこと!」

ポーラ「このくらいのこともしないならなんで一条楽を呼んでるのよ!」

鶫「そ、それは、だから言っているだろう。料理を教えあうためで……」

ポーラ「……まあ別にあいつと今の関係のままでいいっていうならそれでいいけど」

ポーラ「ただ、私たちはいつまでもここにいられるわけじゃないのわかってる? この間みたいにいつアメリカに帰るって話が出るかわからないのよ?」

ポーラ「お嬢様の護衛だからまだまだ一緒にいられるって思ってるのかもしれないけど、それだって急に別の役目になることだってあるんだし」

ポーラ「そのときになってから後悔したって遅いんだから」

鶫「……そろそろ料理の下準備をしなければ」クルッ

ポーラ「まったく、こういう話だと本当ダメね」

鶫「……」

ポーラ「叫んでたら喉乾いちゃった。黒虎、飲み物ちょうだい」

鶫「麦茶でも飲んでいろ」

ポーラ「たまにはジュース買いなさいよー。まあこれしかないし、仕方ないから飲んであげるけど」

鶫「放っておくとジュースばかり飲むだろう」

ポーラ「おいしいんだからいいじゃない。にしても小さいペットボトルに入れてるなんて、珍しく気が利くわね」ゴクゴク

鶫「小さいペットボトル?」クルッ

鶫「!? お、おいポーラ! それは醤油――」

ポーラ「しょっぱーーーー!!」ブーッ!

鶫「うわぁっ!?」ビシャッ!

ポーラ「あ、あんた何考えてペットボトルに醤油なんて入れてんのよ!」ゲホゲホ

鶫「一条楽が醤油を切らして分けて欲しいと言っていたからペットボトルに入れておいたんだ!」

ポーラ「だからってペットボトルに入れて台所に置くことないでしょ!?」

鶫「入れたところに貴様が帰ってきたんだ! ……こんなことを言っている場合ではないな。醤油を飲んでそのままはまずい。早く吐くんだ」

ポーラ「お、乙女がそんなことできるわけ……気持ち悪い……」

鶫「ほら、意地を貼らずに。その間に掃除して水を用意しておくから」

ポーラ「分かったわよ……」ヨロヨロ

鶫「どうだ? ほら水だ」

ポーラ「……ありがと。出せるだけ出したけど、まだ気持ち悪い」ウー

鶫「病院に行くか?」

ポーラ「……そこまでじゃないと思うからクロード様にビーハイブの薬でも貰ってくるわ」

鶫「いや、でも結構飲んでいたしちゃんと見てもらったほうが」

ポーラ「だ、大丈夫! 水も飲んだし!」ビクッ

鶫「……点滴が怖いのか?」

ポーラ「そ、そんなわけないじゃない!」ギクッ

鶫「こんなときにも貴様は……」ハァ

ポーラ「べ、別に注射がどうとかじゃなくて、病院よりビーハイブのほうがいいと思っただけなんだから!」

鶫「まあ、ビーハイブの薬なら病院より効き目があるものもあるしな。私も付いていこうか?」

ポーラ「歩けないわけじゃないしいいわよ。それに黒虎だってそれじゃシャワーを浴びてからじゃないと外に出られないでしょ?」

鶫「む……」ベタベタ

ポーラ「待ってると時間かかっちゃうし1人で行くわ」

鶫「……そうか。気をつけるんだぞ」

ポーラ「わかってるわよ。鍵は私が閉めておくから、あんたはシャワー浴びてなさい」

鶫「ああ、ありがとう。実はベタベタして気持ち悪かったんだ」

ポーラ「いいわよ。それじゃ」

ポーラ「うえー気持ち悪ぅ……」テクテク

楽「あれ、ポーラ?」

ポーラ「あ、一条楽」

ポーラ(醤油飲んだせいで来るの忘れてた)

楽「今日は家で食わねえのか?」

ポーラ「ちょっと気持ち悪くて。これからクロード様に薬を貰いに行くのよ」

楽「気持ち悪いって大丈夫か? どうしたんだよ」

ポーラ「……とりあえずあんたのせいね」

楽「はぁ!? なんで!?」

ポーラ「私からは言いたくないから黒虎に聞きなさい」

楽「鶫に?」

ポーラ「そう。私が――」ハッ

ポーラ(この状況は使えるわね)ニヤッ

ポーラ「私が気持ち悪くなった理由はちょっと自分で言いたくないから。今は鍵がかかってるから、この合鍵で入りなさい」チャラ

楽「なんだよその気になる言い方……ていうか鍵かかってるのに入っていいのか?」

ポーラ「今までに何回もうちに来てるんだから今さら気にすることないでしょ?」

楽「……まあそれもそうか。じゃあ借りるな」

ポーラ「ええ、それじゃ私はクロード様のところに行くから、黒虎によろしく」

楽「おう!」

ポーラ(これで着替えてるところにでも出くわしたら面白くなるわね。まあ、そんなに上手く行かないでしょうけど)

-------------------------------------

鶫(……体中に醤油の匂いが付いてしまったな。ポーラのやつめ……)ゴシゴシ

鶫(まあ醤油をあんなところに置いていた私も確かに悪いのだが、ああも盛大に吹き出されるとは)ゴシゴシ

鶫(服についたシミは取れただろうか。一応すぐに洗剤で洗ってだいたいは落とせたと思うが、残った部分があるかもしれんし……)ゴシゴシ

鶫(……一応一条楽が来るわけだからそれなりに気を使った服だったから、綺麗になってくれるといいのだが)ゴシゴシ

鶫(そ、そうだ。今日はこれから一条楽が来るのだ。早く上がって着替えて髪を乾かさなければ!)

鶫(……醤油の匂いは……取れているな。髪についた分は流石にわからんが)

鶫(泡を落としてもう上がろう)シャー

鶫「ふぅ。さっぱりした」バタン

鶫(体を拭いて、とりあえず着替えて髪を乾かそう)ゴシゴシ

ガチャガチャバタン

鶫(鍵が開けられている……ポーラしか持っていないはずだし開けたのはポーラか?)

鶫(だがなぜ戻って……まさか体調が悪くなって戻ってきたのか!?)ハッ

鶫「ポーラ!?」ガチャッ
 
-------------------------------------

楽(ほんとに鍵かかってるな。鶫なにしてんだろ)ガチャガチャ

楽「お邪魔しまーす」

楽(……返事ねえなぁ)バタン

楽(なんか醤油の匂いがするな。こぼしたのか? 鶫にしちゃ珍しい――)

鶫「ポーラ!?」ガチャッ

楽「へ?」ビクッ

鶫「え?」

楽「……」ボウゼン

鶫「……」ボウゼン

楽(えっ、な、ええ!? ははは裸!? え、ええ!?)

鶫「え、ちょ、ま、えあう。な、ななななな!?」カアァァ

楽「つ、鶫、と、とりあえず服を着――」

鶫「しし、死ねえええええええ!!」バキィッ!!

楽「ぐほっ!!」

鶫「」フーッフーッ

楽「」チーン

鶫(見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた!!!!!!!)ペタン

鶫(全然、なにも隠してなかった!!! な、なんで一条楽が!? 鍵は!? ポーラは!?)

鶫(ど、どうしようどうしよう! ……くしゅんっ!)

鶫(……ともかくまずは服を着よう。一条楽が目を覚ますかもしれんし)

鶫(とりあえず一条楽は居間に寝かせたが、よく考えたらポーラが合鍵を渡したに決まっているではないか!!)ピピピ

鶫(ポーラめ、一体何を考えているんだ!!)プルルル

ポーラ『もしもし?』ピッ

鶫「ポーラ貴様ぁ!!」

ポーラ『な、何よ急に』

鶫「なぜ一条楽に合鍵を渡したのだ!!」

ポーラ『なぜって鍵を閉めてたら入れないじゃない』

鶫「入られたくないから鍵を閉めているのに、開けられたら意味がないだろう!?」

ポーラ『それは他人の場合でしょ? 知り合いなんだし一条楽なら別に今さら』

鶫「そういう話じゃない! 私がシャワーを使っていると言わなかったのか!?」

ポーラ『なんでそんなこと聞くのよ?』

鶫「っ!」

ポーラ『黒虎?』

鶫「…………た」ボソッ

ポーラ『え?』

鶫「見られたんだ」

ポーラ『着替えてるところでも見られたの?』

ポーラ(作戦は上手く行ったみたいね。これでお互い意識し合えば……)

鶫「……なにも着ていなかった」

ポーラ『え』

鶫「扉、開いたから、ポーラが帰ってきたのだと思って。体調悪くなったのかと思ったから、急いで、なにも隠さず、そのまま出たら、一条楽が」グスッ

ポーラ(そ、そこまで狙ったつもりじゃ……)ダラダラ

鶫「……それで、ポーラ? 貴様は一条楽に私がシャワーを浴びているかもしれないとは言わなかったのか?」

ポーラ(あ、これわざと言わなかったって言ったら殺される)ヒクッ

ポーラ『ご、ごめんなさい。てっきりもう上がってるものと思ってたのよ』

ポーラ『ほら、一条楽が来るのはわかっていたわけだし、ささっと流すくらいで終わらせてるのかと』

鶫「それは、まあ確かに一条楽が来るのを少し忘れはしていたが……」

ポーラ(よし、怯んだ!!)グッ

ポーラ『それにまあ、ある意味良かったんじゃない』

鶫「どういう意味だ?」

ポーラ『あんた、前に女としてみてもらえないって悩んでたでしょ? そのあと何ヶ月も一緒に料理してるのに、全然女として見られてそうでもないし』

鶫「うるさい。それに別に悩んでなどおらん」

ポーラ『お嬢様とも春のお姉さんとも警視総監の娘ともスタートラインが違いすぎるんだから。前向きに考えなさい』

ポーラ『これくらいのことがあれば、さすがのあいつもあんたのことを少なからず意識するようになるわよ』

鶫「……そういう問題だろうか」

ポーラ『そういう問題なの。……うぷ。話してたらまた気持ち悪くなってきたわ』

鶫「あ、ああ。すまん。……とりあえず今後合鍵を渡すときは、部屋の様子も伝えるように」

ポーラ『了解。それじゃ』ピッ

ポーラ(……よし、誤魔化せたー!)グッ

楽「……」クー

鶫(こいつはいつまで寝ているのだ。わ、私の裸を見ておいて)ツン

鶫(まあ、確かに手加減無しで殴ってしまったのだが……死んでないだろうな?)スッ

鶫(……うん、鼓動は安定しているし息もしているし、まあ大丈夫だろう)フゥ

鶫(……思いっきり本気で殴ったのだし、見たことを忘れていないだろうか)

鶫(事故にあったときに直前の記憶がなくなるというのはよくあることだし、期待しても良いのではないか!?)グッ

鶫(……いや、なにを都合のいいことを考えているんだ私は)ハァ

鶫(そういえば、こいつはお嬢の裸は見たことがあるのだろうか。いや、あったら許さないのだが、恋人同士なのだし)

鶫(もしないのなら、こいつが初めて見た女性の裸が私ということに……)

鶫(い、いや。だからどうということはないのだが! 本とかで見たことはあるのだろうし!)

鶫(……ひとりでいると取り留めのないことばかり考えてしまうな)ハァ

鶫「早く起きろ、バカもの」ツン

楽「ん……」

鶫「っ!?」ドキッ

楽「ん、ふあぁ」

鶫「お、起きたか。一条楽」

楽「あ、ああ。あれ、俺なんで寝てたんだ?」

鶫(これは本当に忘れているのではないか?)ドキドキ

楽(ドア開いて、家の中入ったら急に鶫が……)ハッ

楽「え、あ、つ、鶫!? さ、さっきのあれはそのっ」カアァァ

鶫「……忘れてなかったか」

楽「え?」

鶫「別に、何でもない」

楽「お、おう」

鶫「……覚えているのだろう? 私が、その、浴室から出てきたところを」

楽「い、いやその……な?」

鶫「はっきりと言え」

楽「う……ああ、見たし覚えてる」

鶫(ああ、ダメだ。落ち着いていたつもりだったのに、話していたら感情が溢れてきて)

鶫「……なんで、貴様が合鍵を持っていたのだ」

楽「ポーラに借りたんだ」

鶫「あ、合鍵を持っているのはポーラ以外にいないから、勘違いしてしまったではないかぁ」グスン

楽「本当に悪かった」

鶫「普通はインターホンを鳴らすだろう。なんで黙って開けるんだ」グスッ

楽「いつも来てるからつい……ごめん」

鶫「黙って開けたからてっきりポーラが体調を悪くして帰ってきたものだと私は思って……」

楽「全部俺が悪かった」

鶫「このバカ、バカもの。変態!」

楽「なんとでも言ってくれ」

鶫「うぅ……」グスン

楽(黙って泣かれるのが一番つらいな……)ズキン

――5分後――

鶫「……言い訳くらいしたらどうだ」

楽「え?」

鶫「ポーラに聞いた。あいつに鍵を渡されたのだろう」

鶫「あいつはシャワー浴びてると言っていなかったようだから、知らなかったとか聞いていなかったとか言えばいいだろう」

楽「言ったってしょうがねえだろそんなこと。……その、何言ったって見ちまったもんは見ちまったんだし」

楽「ていうか先に聞いてたんなら合鍵持ってた理由とか聞かなくてよかったんじゃねえか?」

鶫「念の為だ。ポーラが気を配って、本当はシャワーをあびていると言っていたのに言っていないことにしたのかもしれんしな」

楽「そうだったらどうするつもりだったんだよ?」

鶫「殺すつもりだった」

楽(本気の目だこれ……)ゾクッ

鶫「だが貴様を見る限りポーラの言ったことで間違いはなさそうだ」

楽「こんなことで嘘なんかつかねえって」

鶫「……しかし、インターホンを鳴らさなかったのは完全に貴様が悪い」

楽「……謝って済むもんじゃねえけど、ごめん。気が緩んでた」

鶫「だからまあ、貴様を殴った件はこれでチャラということにして、後はもうお互いにこのことは忘れることにしようと思うのだがいいか?」

楽「え?」

鶫「なんだ。不満か」

楽「不満じゃねえけど……いいのかよ? あんな一発殴ったくらいで」

鶫「いい。貴様にとっても不可抗力のようなものだろう」

楽「そりゃまあそうだけど、見たもんは見たんだし……」

鶫「……だから! そういう話をもうぶり返したくないと言っているのだ! 察しろバカもの!!」カアァァ

楽「わ、わかった悪かった」

鶫「本当に貴様は……! あ、あと今後インターホンは必ず鳴らすように。いいな」

楽「さすがにもう忘れねえって」

楽「じゃあ、とりあえず今日は帰るわ」

鶫「帰るのか?」

楽「いや、このまま料理すんのも……」

鶫「下準備はもうしてあるんだ。ひとりでは食べきれないしもったいないだろう」

楽「いやまあそりゃそうだけど……」

鶫「それにお互い忘れようと言っただろう?」

楽「言ったけどさ……まあいいか。わかった。教わってくよ」

鶫「うむ」

楽「今日はコロッケだっけか」

鶫「ああ、既に蒸してあるから、すぐにでも取り掛かれるぞ」

楽「へー。茹でるんじゃなくて蒸してるのか」

鶫「ああ。茹でずに皮のまま蒸すのがコツといえばコツだな」

楽「へー」

鶫「みじん切りにした玉ねぎを炒めてアメ色になったら、牛肉を入れる」ジュージュー

楽「ふむふむ」ジー

楽(……はっ。つい鶫の胸元に視線が!)バッ

楽(あんなことあった後だからなあ。意識しないようにしてるけど、そう考えると余計に意識が)

楽(……分かってたつもりだけどほんとでけえな……服の上からでもはっきりと)チラッ

楽(ってだからやめろ俺!)ブンブン

鶫「……」

鶫「次に小麦粉と卵とパン粉をつけていく」

楽「お、おう!」

鶫「それでつける卵だが、卵そのままではなく、小麦粉と卵を混ぜたものを使う。そうすると卵が剥がれにくくなるのだ」

楽「なるほど」

鶫「……む、泡立て器を出し忘れた。流しの下に……」ゴソゴソ

楽(! しゃ、しゃがんだせいで胸が強調されてる!)チラ

楽(……じゃない、見るなっての俺!)ブンブン

鶫「……」

鶫「よし、じゃあこれで小麦粉と卵を混ぜていく」

楽「あ、ああ」

鶫「よし、できたぞ」

楽「おー、うまそうだ」

鶫「まあまずくはないだろう」

楽「謙遜するなって」モグモグ

楽「うまい! やっぱさすがだな」

鶫「ふん、世辞を言っても何も出んぞ」モグモグ

鶫「……うん、まあなかなか上手く出来たな」

楽「だろ?」

鶫「ふん」

楽(……にしても真正面から見ると、胸が嫌でも目に入って来るな)チラッ

楽(い、いや。いくらなんでも気付かれるって。顔を見るように……)

鶫「……」

鶫「一条楽。……その、言おうか少し迷ったのだが」

楽「ん?」

鶫「…………視線、気づいているから、あまり見るな」カアァァ

楽「…………え? え、あ、え?」

鶫「胸。私が料理しているときからずっと。今も」

楽「いや、あの…………」ダラダラ

鶫「……全然、忘れていないではないか。バカ」ムゥ

楽「……ごめんなさい」ドゲザ

鶫「……そんなに気になるものなのか? 今まではここまで見てはいなかっただろう」ギュッ

楽「ほんと勘弁して下さい……」

鶫「気になるものなのかと聞いているだけではないか」

楽「聞かれてるだけで拷問みたいなもんなんだよ……」

鶫「見られているのは私の方なのだが」

楽「見られたくないだろうってのはわかってるけど」

鶫「けど?」

楽「……あんなことがあったから、目がどうしてもそっち見ちまうんだよ」

鶫「……!」カアァァ

鶫(わ、私の裸を想像していたりするのか? お嬢がいるというのに……)

鶫「……変態」

楽「ごめんなさい!」

楽「じゃあな」

鶫「ああ。今度はいつにする?」

楽「……いや、もうやめねえか?」

鶫「……え?」

楽「ほら、女子の部屋に入り浸ってると、さっきみてえに、その……まずい場面に出くわすこともあるかもしれねえし」

鶫「き、貴様が気をつければいいだけだろう」

楽「まあそりゃそうなんだけど……鶫だって嫌だろ? 自分の……見た相手が部屋に入ってくるとか」

鶫「そ、それはさっき忘れると言ったではないか」

楽「言ったけど、それとこれとは別だろ?」

鶫「……少し待っていろ」

楽「へ?」

鶫「いいか。まだ帰るなよ」ダッ

楽「つ、鶫?」

鶫「これを持って行け」チャラ

楽「なんだこの鍵?」

鶫「この家の合鍵だ」

楽「……え、ええ!? あ、合鍵!? ちょ、ちょっと待て。意味わかんねえ!」

鶫「……貴様が合鍵をポーラから預かれば、鍵を開けたときもまたポーラかと思ってしまうが、元々貴様に渡しておけば、貴様である可能性が頭にある分、今日のようなことは起こらんだろう」

楽「いや、だからって合鍵渡すこと……」

鶫「……一条楽。貴様が将来お嬢と結婚したとしても、私はあくまでビーハイブのヒットマンだ。いつまでもそばにいられるわけじゃない」

楽「な、なんだよ急に」

鶫「……いつまでも一緒にはいられないんだ。お嬢とも、貴様とも」

楽「お、おう?」

鶫「だから、せめて高校にいる間……いや、そこまででなくとももうしばらくは、こんな風に私の知っている料理を教えたい」

鶫「そばにいられなくても、せめて私の料理を食べることで、私のことを思って欲しい」

鶫「それにはお嬢と一緒にいるだろう、貴様に教えるのが一番のはずだ」

楽「……」

鶫「……一条楽。合鍵を、受け取ってもらえないか?」

楽「……分かった。貰うよ」チャリ

鶫「ありがとう」

楽「でも鍵かかってても使わねえからな。持ってれば鶫が気をつけるって言ったから貰うだけだ」

鶫「わかった。まあ使いたくなったら使うといい」

楽「だから使わねえって。……じゃあまたな。次は土曜日に」

鶫「……ああ。これからもよろしく」

楽「おう」バタン

鶫(……我ながら強引というか、支離滅裂というか。情に訴えてむちゃくちゃを言ってしまった気がする)

鶫(でもまあ、このくらいしないと本当にお終いになりかねなかったし、嫌なわけではないと分からせるにはこうするしかなかったのだ)ウン

鶫(……お嬢と一緒にいられなくなることが寂しいのも、せめて私の料理を食べてもらいたいと思っているのも本当だ)

鶫(でも、私が寂しいと感じていたのはきっとそれだけじゃなくて……)

鶫(いや、気のせいだ。気の迷いだ。今日あんなことがあったから、精神が不安定になっているんだろう)フッ

鶫(私がどう思ったところで、あいつがお嬢の恋人だという事実は変わらないのだから)

今日はここまで
続きはまた今度

今日明日中には投稿します

1
鶫「さて、今日は……あ」

楽「どうした?」クルッ

鶫「……食材を買い忘れていた。すまんが2人で待っていてくれ」フイッ

ポーラ「はーい」

楽「俺も行こうか?」

鶫「い、いらん! いいから待っていろ!」カアァァ

鶫(ふ、2人で食材の買い物なんてまるで夫婦みたいではないか!!)

楽「わ、わかったよ」

鶫「い、行ってくる!」ダッ

楽「お、おう」

楽「……なあポーラ」

ポーラ「なによ?」

楽「俺鶫に嫌われてんのかなあ」

ポーラ「はぁ?」

楽「いや、最近全然目合わせてくれねえし、さっきも露骨に避けられてるし……」

ポーラ「黒虎の裸見たんでしょ? そのくらい当然じゃない」

楽「うっ……いや、それ言われるとそりゃそうなんだけどさあ」

ポーラ「それに別に嫌われてるってわけでもないと思うけど」

楽「そうか?」

ポーラ「そうかもなにも、嫌な相手に合鍵渡すわけ無いでしょ」

楽「これは勢いで渡しちまっただけじゃねえの?」チャリ

ポーラ「それなら返せって言ってるわよ」

楽「引っ込みつかなくなってるだけじゃねえか?」

ポーラ(……違うけど、黒虎の性格からしてあり得ないとは言い切れないのが)

楽「まあともかく、せっかく料理を教えあってるわけだし、普通に話してえんだよ」

ポーラ「ふうん。……ねえ、あんたは黒虎と仲良くなりたいの? それとも仲直りしたいの?」

楽「……なんか違うのかそれ?」

ポーラ「全然違うわよ。前以上になりたいのか、前と同じになりたいのか。どっちなの?」

楽「……まあ、どっちかといえば仲良くなりたいのほうか? 元々好かれちゃいねえし」

楽(言ってて悲しくなるな……)ハハ…

ポーラ「そう。それなら、黒虎を遊びにでも誘えばいいんじゃない?」

楽「遊びに? そんなの誘ったってあいつ来ねえだろ。そもそも嫌いな相手に誘われるのは逆に嫌なんじゃねえか?」

ポーラ「黒虎は嫌がったりしないわよ。保証するわ」

楽「……イマイチ信用が」

ポーラ「じゃあ好きにしたらー?」ゴロン

楽「ああっ! わ、悪い、冗談だ!」

ポーラ「ふんっ」

楽「でもなあ。正直、鶫が俺に誘われて遊びに行くってイメージが沸かねえんだけど」

楽(あの調子だとむしろ気まずくなりそうな気が……)

ポーラ「……まあどうしても心配なら、お嬢様のデートの下見って口実つけたら?」

楽「デートの下見?」

ポーラ「そう。お嬢様のためって言えば黒虎は断らないわよ」

楽「騙されたと知られたら殺されねえかな」ガクブル

ポーラ「騙された?」

楽「いや、本当は千棘とデートになんて行かねえのに、嘘ついて鶫を誘ったら騙したことになるだろ?」

ポーラ「……恋人なんだし本当に行けばいいんじゃないの?」

楽「は? ……あ、ああ! そうだな! 何言ってんだろ俺!」ハハハ

楽(あぶねーあぶねー。秘密にしてるの忘れてたぜ)フー

ポーラ「なんか怪しいわね……」ジー

楽「と、ところで俺が仲直りしたいって言ってたらなんて言うつもりだったんだよ?」アセアセ

ポーラ「今までどおりの生活続けなさいってだけ。別に喧嘩したわけじゃないんだから」

楽「……それで済むのか?」

ポーラ「済むわよ。黒虎も別に怒ってるわけじゃないもの」

楽「へー……」

楽(それなら無理して誘わなくていいんじゃ……)

ポーラ「あんたが話があるって言ってるってメールはもうしといたから。おとなしく誘いなさいよ」

楽「いつの間に!?」

ポーラ「ついさっき」

楽「はええな……」

ポーラ「まあ、このくらいのサービスはね」

楽「いや、全然サービスになってねえんだけど」

ポーラ「あんたにじゃないわよ」ボソッ

楽「え? なんか言ったか?」

ポーラ「何でもない。黒虎は最初は断るかもしれないけど、ちゃんと誘いなさいよ。仲良くなりたいんでしょ」

楽「わかったよ」

ポーラ「……ねえ、ところで仲良くなりたいってどんな風に仲良くなりたいの?」

楽「どんな風に?」

ポーラ「そう。あるでしょ? 友達とか、お嬢様を支える仲間としてとか」

楽「支える仲間としてってなんだよ?」

ポーラ「2人ともお嬢様を支える立場でしょ? 後はそうね。恋人とか」

楽「こ、恋人ぉ!? お、お前なに言ってんだよ! 俺にはハニーがいるだろ!」

楽(ま、まさか俺と千棘が偽物の恋人だってバレてんのか!? それかカマかけられてる!?)

ポーラ「恋人はひとりってタイプなの? ヤクザの組長の息子のくせに」

楽「ヤクザの組長の息子とか関係ねえから! 恋人はひとりに決まってんだろ!?」

ポーラ「そう。なら愛人でもいいけど」

楽「愛人ってそっちのほうが問題あんだろ」

ポーラ「まあなんでもいいわよ。それで黒虎とはどうなりたいの?」

楽「どうなりたいかって……」

楽(料理を教えあうときに普通に話せるような感じでいられれば……ってだけでいいのか?)

楽(もっと仲良くなりたいと思ったからそう言ったわけだし……ああもう、よくわかんねえな)ガシガシ

ポーラ「?」

楽「……まあとりあえず、愛人はねえな」

ポーラ「ないの?」

楽「あるわけねえだろ!!」

ポーラ(いきなり黒虎の第一希望が潰されちゃってるわね。まあ直接聞いたわけじゃないけど)

ポーラ(お嬢様から奪うなんてこと出来そうにないし……これは望み薄かしら)フーム

鶫「ただいま」ガチャ

楽「お、おう」ビクッ

鶫「い、一条楽」ビクッ

鶫「そ、それでポーラからのメールにあった話したいことというのはなんだ?」

楽「いやその……あ、後にしようぜ」

鶫「……気になるではないか」

楽「あ、あはは……」

ポーラ「このヘタレ」ボソッ

楽「元はといえばお前が勝手にメール送るからだろ!?」ヒソヒソ

鶫「なにを話しているんだ?」

楽「べ、別になんでもねえって。……と、とりあえず先に料理作ろうぜ。今日はハンバーグだっけ?」

鶫「ああ。今日はポーラもいるからな」

ポーラ「わーいハンバーグだ! ……じゃない! 人を子供扱いしないでよ!」

鶫「好きじゃなかったか?」

ポーラ「……好きだけど」

鶫「ならいいだろう。一条楽、貴様は見ているといい」

楽「お、おう」

………

……

楽・鶫・ポーラ「いただきます」

ポーラ「おいしい! ……い、いや、まあそこそこね」

楽「素直にうまいって言えっての。でもうまいなこれ。やっぱ弱火で焼くのがいいのか?」

鶫「ああ。そっちのほうがジューシーに焼けるらしい」

楽「へー。今度ウチで作るときもやってみるか」

鶫「うむ。……それで話というのはなんなんだ?」

楽「えっ」ギクッ

鶫「料理を作った後に話すと言っただろう。何の話なんだ?」

楽「い、いやその……」ダラダラ

ポーラ(早く言いなさいよ)ケリッ

楽「痛っ! あ、あのさ」

鶫「だからなんだ」

楽「その……こ、今度出かけねえか?」

鶫「……うん? 今なんと言った?」

楽「だから、今度出かけねえかって」

鶫「誰がだ?」

楽「俺とお前で」

鶫「…………な」

鶫「ななななな、なにを言っているのだ貴様は!!」アワアワ

楽「お、落ち着けって」

鶫「き、貴様がおかしなことを言うからだろう!? なぜ私が貴様と2人で出かけなければならんのだ!?」カアァァ

鶫「貴様にはお嬢がいるというのに……! 返答によってはただでは済まさんぞ!!」

楽「し、下見だよ!」

鶫「……下見?」

楽「そ、そう。下見だって。今度ハニーとデートに行ってみたいところがあるから、その下見」

鶫「……そうか。下見か」

鶫(要するに、お嬢と行くときに失敗しないための練習台か)ズキッ

楽「それで……一緒に来てもらえるか?」

鶫「わかった」

楽「そう言わずに少し考えて……ってえっ!?」

鶫「わかったと言ったんだ。不満か?」

楽「い、いや、んなことねえけど、まさかすぐオーケーもらえるとは思わなかった」

鶫「いいだろう別に」

ポーラ(どうでもいいって顔してるわね。……お嬢様と行く下見ってのが気に障ったのかしら)

ポーラ(考えてみれば上げて落とすようなものだし……まあ、後のフォローは一条楽がやればいいわよね)

楽「えっと……じゃあとりあえず土曜日で。場所とかはまた連絡する」

鶫「ああ、それでいい」

楽(……なんかすげえそっけないな。本当に喜んでくれるのかこれ……?)

-------------------------------------

<水族館>

鶫「ここが水族館か」

楽「おう」

鶫「……カップルが多いな」

楽「……まあそういう場所だしな」

鶫「……なぜ私は貴様とここにいるんだ」ギロッ

楽「だ、だから千棘とのデートの下見だって。お前もわかったって言ったじゃねえか」

楽(本当に嫌がってねえんだよな!?)ドキドキ

鶫「それはそうだが……よく考えたら何も私と来なくてもひとりで来ればよかっただろう」

楽「い、いやほら。男ひとりで来るの結構きついし、それに男女で来たら受けられるサービスもあるみたいだし、それも体験しておきてえだろ?」

鶫「確かにお嬢のためにはそのくらいするべきだが……」

楽「てかあのときはすぐわかったって言ったのに、態度変わりすぎじゃねえか?」

鶫「……あのときはヤケになっていたんだ」

楽「ヤケに?」

鶫「ああ」

楽「ヤケにってなんかヤケになるようなことあったっけか?」

鶫「それは……べ、別になんでもない!」

鶫(お嬢の練習台と言われたからなんて言えるか!)

楽「なんでもないって言われてもなあ」

鶫「う、うるさい! いいから中に入るぞ!」スタスタスタ

楽「お、おい。待てって!」タタタッ

楽「アクアリウムにアシカにペンギンに……色々あるみてえだな」

鶫「クラゲ専用のコーナーなんてものもあるとは……それに水族館にはサンゴまであるのだな」

楽「サンゴまであるのか? さすがにサンゴは珍しい気がする」

鶫「そうなのか?」

楽「飼育しづらいから高値で売れるんだろうしさ。でも近くで見れるのは楽しみだな」

楽「他にも海中トンネルなんてのもあるみたいだし面白そうだ」

鶫「うむ。……い、いや。お嬢とのデートの下見なのだから、もっと真面目に見て回れ」

楽「そんな気を張って回ったって良さを感じられねえと思うんだけど」

鶫「む……要はあまり浮ついた気分になるなと言っているんだ」

楽「はいはい」

鶫「本当に分かっているのか?」

楽「わかってるって。でもよ」

鶫「うん?」

楽「下見は俺がするんであって、お前がするんじゃねえんだから、鶫はしっかり楽しめよ」

鶫「……!」

鶫「……き、貴様とでは楽しめるかわからんがな」プイッ

楽「お前相変わらずきついな……」

鶫「……すまない。言い過ぎた」

楽「い、いや別に」

鶫「……」

楽「……」

楽(き、気まずい!! 本当に大丈夫なのかこれ……)

楽「と、とりあえず回ろうぜ」

鶫「ああ」

楽「すげえもんだな。水槽の中にアマゾンを表現するみたいなことやってたり、山と森で風景画みたいにしてたり」

鶫「確かに綺麗だが、これでは魚と水槽のどちらがメインかわからんな」

楽「こういうのは魚と水槽合わせてひとつの作品みたいな感じなんじゃねえか?」

鶫「そういうものなのか」

楽「まあ俺もよく知らねえんだけど」

鶫「……適当すぎないか貴様。お嬢とのデートでもそんな調子でいるつもりなのか?」

楽「わ、わりい。でもこんな風に、適当にこうじゃないかって話すのも楽しいもんなんだって」

鶫「本当か?」

楽「本当だ。千棘ともよく適当な感じで話してるし」

鶫「……私がデートの経験がないからといって、適当なことを言っていないか?」ジー

楽「んなことねえよ。まあ、鶫が楽しくないんならやめるけど」

鶫「楽しいかなんて、私は……」

鶫「……お嬢が楽しんでいると言っているものを、私がどうこう言う権利はないだろう。これはお嬢とのデートの下見なのだから」

楽「下見は下見だけど、鶫がどう思ってるかくらい言ってもいいんじゃねえか?」

鶫「……貴様とこんな場所で2人きりで話すなど、以前の私は想像もしていなかった」

楽「それは俺もだな」

鶫「……それだけだ。ほら、次に行くぞ」

楽「え、ええ?」

鶫「思ったことは喋っただろう」

楽「そういう意味じゃ……まあいいか。次はクラゲコーナーだってよ」

鶫(……こいつと2人で、下見とはいえデートの真似事をするなど想像もしていなかった。どうでもいい雑談をしているだけなのに、なぜか胸が高鳴る)

鶫(この胸の高鳴りは、きっと嬉しいと思っているということなのだろう。でもそれは幸せな恋人の片割れに言うことではない)

鶫(お嬢と私などでは比べるべくもないが、万が一変な波風を立てることもあるかもしれん)

鶫(こんな気持ちを味わえただけで満足だ。伝えるなんてそんな贅沢、望むべきではない)

楽「おお、こんな大量のクラゲ初めて見たぜ」

鶫「透明なものだけじゃなく、色の付いているのも結構多いのだな」

楽「ああ。模様があったり傘の形が面白かったり、見てると結構楽しいな」

鶫「うむ。ライトアップもされているし、これだけの数が揃うと、なんというか幻想的だな」

楽「綺麗だよなー」

鶫「……そのせいか、カップルが他と比べて多いな」

楽「お、おう」

鶫「正直居づらいのだが……まあ、お嬢はきっと喜ぶだろう」

楽「そりゃよかった。鶫はどうなんだ?」

鶫「私?」

楽「ああ。喜んでんのかどうなのか」

鶫「私が喜ぶかどうかなんてどうでもいいだろう」プイッ

楽「せっかく来てるんだしいいじゃねえか。それに女子の感想も聞いてみてえし」

鶫「……まあ、そうだな。こんなことでもなければ一生見ることのない景色だったろうから、そういう意味で感謝はしている」

楽「そりゃよかったけど、そうじゃねえって」

鶫「わかってる。綺麗だと思うぞ。一緒に見る相手が貴様というのが残念だが」

楽「ならよかった」

鶫(今度はきついとか言わないのだな。……つい言ってしまったが、一条楽がなにも言わないのに私から謝るのもおかしいし……)ムゥ

楽(やっぱまだ機嫌直ってねえみたいだな。直してくれればいいんだけど)ハァ

楽「アシカコーナーだ。へー、ここはアシカとハイタッチ出来るみたいだ」

鶫「ほう。動物園で触れ合えるところがあるというのは聞いたことがあるが、水族館にもそのようなものがあるのだな」

楽「ショーとかだとイルカにボール投げたり餌やったりあるけど、こんな感じのは珍しいな。よし、やってみるか」

鶫「大丈夫なのか?」

楽「大丈夫かって、ハイタッチするだけだろ? 動物好きとしてやらねえわけにはいかねえって」

鶫「いや、動物に嫌われてる貴様がやっても大丈夫なのかと」

楽「普段からハイタッチするくらい人に慣れてるアシカだろ? 流石に大丈夫だって。ほら、行くぞー」

アシカ「オウッ!」バシャーン

楽「うわ、つめてー!!」

鶫「やっぱりダメだったじゃないか」

楽「くそ、ここでもダメか……そういう鶫はどうなんだよ?」

鶫「私か? ほら、来い」

アシカ「オウッ」タッチ

鶫「よーし、いい子だ」ヨシヨシ

楽(こいつ、動物と触れ合うときはこんな顔するんだな)ヘー

鶫「まあこんなところだな」

楽「理不尽だ……こんなに動物が好きだってのに」

鶫「私もそれなら負ける気が――い、いや、別に動物など好きなわけではないぞ!?」アセアセ

楽「別に好きでいいじゃねえか。隠す理由がわかんねえよ」

鶫「好きではないものを好きではないと言っているだけだ!」

楽「はいはい」

鶫「くっ……まあともかく、ここもお嬢は気に入りそうだな」

楽「海中トンネルってすげえなこれ」

鶫「周りじゅう海の中という体験は初めてだ……」

楽「魚を見上げるって面白い感覚だな」

鶫「ああ。これは凄いな。魚の視点とはこういうものなのだな」

楽「ダイビングとか行けばもっと感動するんだろうけど、海ガメとかサメとか近くで見られるのはトンネルのいいとこだなー」

鶫「結構な迫力があるな。まあダイビング中に海の中で出会ったところで負けるつもりはないが」

楽「変なとこで張り合わなくていいって。ていうか流石に無理だろ」

鶫「私が水の中の訓練を受けていないとでも思っているのか?」

楽「いや、訓練とかって問題なのか……?」

鶫「鍛えればたいていのことはどうにかなる。貴様もお嬢の恋人なのだし、一度体験してみるか?」

楽「お、俺はいいよ。それより素直に水族館を楽しめって」

鶫「素直にか……」

鶫(色とりどりの魚に周りを囲まれた、非日常的な空間に、一条楽と一緒にいる)

鶫(普通なら絶対できない経験で、正直に言えば心が躍る。……ただまあ、どうせなら)

鶫「……周りに人がいなければよかったのにな」ボソッ

楽「え?」

鶫「な、なんでもない。ほら、もう出口だ。外に出るぞ!」

楽「お、おう」

楽(周りに人がいなければって……1人で来たかったってことか?)ウーン

楽(まあ、つまらなくはないみてえだしいいか)

楽「下見に付き合ってくれてありがとな。どうだった? 楽しかったか?」

鶫「水族館には初めて来たが、想像以上だった。……まあ一応、楽しめたと言ってもいいだろう」

楽「ならよかった」

鶫「べ、別に貴様が何かをやったわけではないのだからな。水族館が素晴らしいというだけの話だからな」

楽「いや、俺のおかげみたいなこと言ってねえんだけど……?」

鶫「と、ともかく。お嬢なら水族館に行ったこともあるのだろうが、きっとここも楽しまれるだろう」

楽「そっか。鶫がそういうなら安心だ」

鶫「……そう信頼されても困るのだがな。貴様はお嬢の恋人なのだから、私よりお嬢に詳しくなっていなければならんのだぞ」

楽「さすがに小さい頃からずっといたお前より詳しくってのは厳しいと思うんだけど……」

鶫「そんな怠慢が許されるとでも? ……まあ、今すぐとは言わんが、将来的にはそうなれということだ」

楽「まあそのうちな」

鶫「本当にわかっているのか? ……さて、それじゃあ私はこれで――」

楽「ん、じゃあ次のとこ行くか」

鶫「ま、まだあるのか!?」ドキッ

楽「いや、楽しかったけど、この水族館で一日は潰せねえだろ?」

鶫「それはそうだが……」

楽「次は近くで映画見ようと思ってんだけどいいか?」

鶫「お嬢とのデートの下見なのだから、別に私がどうこういうことではないだろう」

楽「いや、嫌だっていうなら無理に行くわけにもいかねえし」

鶫「だからこれは下見だ。嫌も何もない」

楽「……そっか。じゃあ行こうぜ」

鶫「ああ」

楽(機嫌良くして欲しいんだけどなあ)ハァ

鶫(次があると聞いたとき、嬉しいと思ってしまった。私は……)

――映画館――

鶫「それでなにを見るんだ?」

楽「そうだな……鶫はどういうのが好きなんだ?」

鶫「私の好みを聞いてどうする。お嬢と見るのだろう」

楽「あー……千棘と見るなら、お互い初めての見たほうが感想も話しやすいだろ?」

鶫「……それはそうかもしれんが、それなら私と映画を見る必要もないのではないか?」

楽「ほ、ほら、映画館の雰囲気とかあるしさ」

鶫「そこまで気にするものなのか?」

楽「俺もそんなに気にしねえけど、千棘とのデートで手を抜くなってのはお前がよく言うじゃねえか」

鶫「ま、まあそれはそうだが……」

楽「それより鶫はどういうのが好きなんだよ。やっぱアクションものとかか?」

鶫「いや、アクションものはあまり好きではないな」

楽「へー、意外だな」

鶫「ああいうものはリアリティのなさが気になってしまって、どうにも楽しめないのだ」

楽「ああ、うん……プロだもんな、お前」

鶫「映画として派手さが必要なのは分かるが、だからといって1人で敵のど真ん中に飛び込んで行ったり無駄に爆発させたりするのは……」

楽「普通は盛り上がるシーンなんだけどなそれ……。じゃあ好きなのはどういう映画なんだ?」

鶫「……しいて言えば、動物の出る映画が。アクションシーンなどは無いほうがいいな」

楽「そういう系か。俺も好きだしちょうどいいな」

鶫「そ、そうなのか?」ドキッ

楽「ああ。日常が殺伐としてっから、感動系とか癒し系がいいんだよ」

鶫「私も似たようなものだ」

楽「それなら……このHACHIって映画でいいか? 忠犬ハチ公のアメリカ版だってよ」

鶫「ハチ公か! 私の大好きなエピソードだ。まさか映画になっていたとは……」

楽「ハチ公が好きなのか。そりゃ良かった。これにしようぜ」

鶫「うむ! ……!」ハッ

鶫「べ、別に貴様と見るのが楽しみというわけではないからな!」

楽「だからわかってるって」

鶫「……」ムゥ

楽(なんで不満そうなんだ……?)

鶫「ハチ……!」グスッ

楽(鶫って映画にこんな感情移入する奴だったのか)ヘー

楽「いい映画だったな。泣けるストーリーだった」

鶫「ああ……あんなに愛らしいのにあんなに篤い忠誠心を持っているなんて。私も見習いたいものだ」

楽「犬を見習うってのはどうなんだそれ? いや、確かに感動したけどさ」

鶫「なにをいう。私はお嬢のお付きなのだから、動物であろうと見習うべきものは見習わねば」

楽「それでいいならいいんだけどさ」

鶫「それにしてもハチが駅で主人を待つシーンはよかったな」

楽「ああ、俺もそこは好きだ」

鶫「なかなか来ない主人を待つ愛らしい姿。あれこそ忠犬というのだろうな」

楽「可愛いいのに頑固なところがまたいいんだよなあ」

鶫「分かっているではないか。貴様とここまで意見が合うとはな」

楽「料理するし動物好きだし、意外と趣味があってるのかもしれねえな」

鶫「……そうかもしれんな。まあ貴様と2人で遊ぶなど、今日のような例外を除けばもうないだろうから、どうでもいいことだが」

楽「じゃあ今度鶫の家に行くときは動物もののDVDでも持っていくか」

鶫「それは楽し……違う! それは違うだろう!? 今もう遊ぶことはないという話をしていたではないか!」

楽「そんな話だったのかよ。回りくどくてわかんねえって」

鶫「じゃあそういう話だ。だいたい、今日は下見だからしょうがないが、恋人がいるのに女子と2人で出かけるというのも本来おかしいだろう」

楽「でも鶫の家にはよく行くじゃねえか」

鶫「それは料理を教え合っているだけであって、別に遊ぶためではない!」

楽「まあそりゃそうだけどさ」

鶫「……わかればいい」

楽(やっぱ嫌がられてんのかなあ。楽しんでくれてるように見えてんだけど)

鶫(つい映画の話が弾んでしまったが、こいつにはお嬢がいるのだから自省しなければ)

鶫(……ここまで話が合うのは初めてだったし、少しもったいない……というか残念だとは思うが)

鶫「今度こそここで終わりか?」

楽「そうだな。これ以上遊ぶ時間もねえし」

鶫「そうか……」

楽「鶫?」

鶫「なんでもない。帰るぞ」

楽「お、おう」

鶫「……」

楽「……」

鶫(……我ながら少しそっけなさ過ぎた。自分で終わりかと聞いたのに)

鶫「……そういえば、結局行かなかったが水族館で男女で行くと受けられるサービスとはなんだったのだ?」

楽「あ、ああ。あれはカップル向けだったみたいだからやめといた。なんかハグとかあったみてえだし」

鶫「そ、それは賢明だな」

鶫(そ、想像しただけで顔が熱く……!)カアァァ

楽「また鶫に殴られそうだしな」

鶫「そういう問題では無いだろう! 私たちは恋人ではないのだから、は、ハグなどそんなこと出来るか!」

楽「わ、わかってるって。俺もやる気はなかったよ」

鶫「そ、それならいいのだが……」

楽「動物ものの映画が好きって言ってたけど、今日の以外だとどんなのが好きなんだ?」

鶫「そうだな。定番だが南極物語は好きな作品だ」

鶫「過酷な自然の中で主人に尽くす姿や、1年後戻ってきた隊員を見て駆け寄る姿などは涙をこらえきれん」

楽「あれは良いシーンだよなあ」

鶫「うむ。映画の犬は主人に忠実なことが多いから、なんとなく親近感を覚えてしまう」

楽「千棘もそこまでは望んでねえと思うけどなあ」

鶫「お嬢が望んでいなくともそうなる必要があるのだ。クロード様を見るといい。お嬢と組織に忠実だろう。あれこそ理想だ」

楽「忠実なわりに千棘の恋人の俺は酷い目に合わされてんだけど……」

鶫「それも望まないことであっても、やる必要があるものだな」

楽「やられる側は堪まったもんじゃねえからな……」

鶫「なんといってもお嬢の恋人だからな。多少厳しくなるのは仕方あるまい」

楽「多少の使い方がおかしくねえか」

鶫「我々の訓練に比べれば多少もいいところだ……あ」

楽「どうかしたか?」

鶫「い、いや。なんでもない」

楽「いきなりあ、なんて声出して何でもないってことないだろ? ……クレープ屋?」

鶫「い、いや。クラスの方々がおいしくて有名な店があると言っていたのを聞いていて、それでつい声が出てしまっただけだ!」

楽「……食べたいのか?」

鶫「そ、そういうわけでは……」

楽「また変な意地張るな……。ほら、行くぞ」

鶫「ちょ、ちょっと」

鶫「おいしい! おいしいとは聞いていたが、こんなにおいしいものがあったとは!」キラキラ

楽(こういうところは普通の女の子っぽいな)

鶫「生地とクリームの組み合わせもおいしいが、色んなフルーツの味も楽しめるのが素晴らしいな」モグモグ

楽「無理矢理引っ張った甲斐があったぜ」モグモグ

鶫「もっと早く食べていればよかったな。貴様のは何味なんだ?」

楽「ブルーベリーだよ。食べてみるか? ……なんて、食べるわけね――」

鶫「いいのか?」

楽「へ?」

鶫「一口」

楽「え? い、いやまあ」

鶫「それじゃあ……」パクッ

楽「!?」

鶫「うん、ブルーベリーもおいしいな! 別の味も食べてみたくなったぞ」

楽「……」ボーゼン

鶫「一条楽?」

楽「お、お前、今の……か」

鶫「?」

楽「……い、いや。何でもねえ」

鶫「なんなんだ貴様は。……おいしい♪」モグモグ

楽(い、今の間接キスだよな!? 気にする俺がおかしいのか!?)ドキドキ

鶫「食べないのか? こんなにおいしい物を残すなど許さんぞ」

楽「あ、ああ。食べるよ」

楽(こ、これも間接キスだよな……? 食べないわけにもいかねえし……)

楽「…………」パクッ

鶫「それでいい」モグモグ

楽(あ、味がわからねえ……)ドキドキ

鶫「貴様はここで右に曲がるのだったか」

楽「ああ」

鶫「そうか。ここでお別れだな」

楽「そうだな」

鶫「……貴様は」

楽「ん?」

鶫「……いや、なんでもない」

楽「なんだよそこまで言って」

鶫「気にするな。たいしたことじゃない」

鶫(楽しかったか、などと聞いてどうするつもりなのだ。私は)

鶫(こんなふうに遊びに行くことはもうないと、さっき言ったばかりだというのに)

楽(気にするなって、気にしろって言ってるようなもんじゃねえか)

鶫「とりあえず、今日の下見はお嬢とのデートの役には立ったか?」

楽「あ、ああ。これでバッチリだ」

鶫「そうか。それならよかった」

鶫「……それと、もう一つ」

楽「ん?」

鶫「……今日は楽しかった。ありがとう。……一条楽」ニコッ

楽「お、おう」ドキッ

楽(つ、鶫の笑顔なんて、船のとき以来だけど、あのときと違って心臓が……)ドキドキ

楽(……もしかして、俺こいつのこと気になってんのか?)

楽(水族館でアシカと楽しそうにしてるところとか、映画で感動して泣いたところとか、クレープをおいしそうに食べるところとか。結構長く友達やってるのに、全然見たことなかった)

楽(今日は色んな鶫を見たけど、もっと違うとこ見たいと思った。……ポーラの言ってた仲良くなるって、こういうことなんだろうな)

楽(でもこれ、友達としてっていうよりむしろ――)

楽(……そっか、俺、料理作りあったり、色んな鶫を見たりするうちに、いつの間にか鶫のことが)

鶫「なんだ。急に黙りこんで」

楽「い、いや、なんでもねえよ。ただ前に女は笑顔って言ったけど、あれほんとだなって思っただけで」

鶫「突然何の話だ」

楽「あー……その、今の笑った顔がすげえ良かったって話だよ」カアァァ

楽(この間笑った女子が嫌いな男はいねえとも言ったしとは流石に言わねえし、気付かねえだろうけど)

鶫「そ、そうか。……なら、まあ。今後も努力してみよう」

楽「……え? てっきり殴られるもんだと……」

鶫「殴るかバカもの! 一体人のことをなんだと思っているんだ!」

鶫(笑顔が良かったと言ってくれた。勇気を出して笑ってみた効果が、少しはあったのだろうか)

鶫(友達のことと言って聞いていてよかったな)

鶫「それじゃあそろそろ。一条楽。お嬢とのデートではもっと楽しめるといいな」

楽「……そうだな。でも帰るのもう少しだけ待ってくれ」

鶫「どうした?」

楽「鶫。映画の後もう2人で遊ばないって言ってたよな」

鶫「当然だ。貴様にはお嬢がいるだろう」

楽「でも今日みたいな下見なら付き合ってくれるよな?」

鶫「……まあ、お嬢のためだからな。相手が必要なのであれば、付き合ってやらんでもない」

楽「そっか。わかった。じゃあまた今度頼むからよろしくな」

鶫「……え?」

楽「それじゃあまた」

鶫「……」ポカーン

鶫(下見とはいえ、また一条楽と2人でか……。あれほどこれで終わりだと言ったのに、また誘ってくれるなんて)キュン

鶫(喜んではいけないと分かっているのに、嬉しいと感じてしまう。最初は嫌だと思っていたのに、我ながら現金なものだな)フゥ

鶫(……お嬢、申し訳ございません。やっぱり私は、一条楽のことが、好きになってしまっていたようです)

鶫(……認めてしまうと気が楽になるものだな。だからといってまあ、どうするわけでもないのだが)

鶫(それでもまあ、あいつから誘われたのだし……下見に行くくらいは)

鶫(お嬢のためでもあるのだし。どうせ、その先の望みはないのだし)

鶫(だから、まあ。絶対に直接お嬢には言えませんが)

鶫(一条楽とデートの下見に行くことを、許してください。お嬢)

今日はここまで
続きはまた

時間はかかると思いますがエタりはしないので気長にお待ちいただければ

楽「鶫。今度釣りに行かねえか」

鶫「釣り? な、なぜ私が貴様と行かなければならないんだ」ドキッ

楽「いや、最近ハマってるから千棘とのデートでどうかと思ったんだけど、女子が行っても楽しいのかわかんねえからさ」

鶫「……要は下見か。女子がというが、私が楽しいと思ってもお嬢が楽しいと思うかわからんだろう」

楽「まあそりゃそうだけど、男の俺よりはいいだろ」

鶫「そうか?」

楽「どっちかといえば?」

鶫「それはまあ……私の方だろうが」

楽「だろ? 今週の土曜日で大丈夫か?」

鶫「予定は……空いてるな」

楽「じゃあよろしく」

鶫「あ、ああ」

鶫(半ば強引に誘われてしまった……別に嫌ではないのだが)

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楽「鶫ー。今度は買い物行かねえか?」

鶫「今回も下見か?」

楽「おう。ショッピングは定番だろ」

鶫「今さら私と行く必要はないのではないか」

楽「お前あんまり服持ってねえだろ? 下見のついでに探してもいいんじゃねえかと思って」

鶫「なるほど、そういうことなら……」ハッ

鶫(これは普通にデートなのではないか……?)ウウム

楽「それじゃよろしくな」

鶫「あ、ああ」

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楽「ゲーセン行こうぜ」

鶫「……また下見か?」

楽「ああ。面白いゲームがあるかわかんねえから先に探しといたほうがいいだろ」

鶫「よくわからんが、それは1人では出来ないものなのか?」

楽「2人用のゲームを1人でやるのはちょっとなあ……」

鶫「それはまあ……だが舞子集とか男友達でもいいのではないか」

楽「女子と男子じゃ感性違うだろうし……」

楽「……べ、別に一緒にいくのが鶫でもいいだろ? ま、まあ嫌だっていうなら仕方ねえけど……」

鶫「い、嫌なわけではない。お嬢のためにすることなのだから、嫌がるわけがないだろう」

楽「その……お前自身はどうなんだよ?」

鶫「わ、私は……ど、どうしても行きたくない、というわけではないが」

楽「行きたいってことでいいのか?」

鶫「い、行きたくないわけではないということだ」

楽「……なら明日の放課後でいいか?」

鶫「……わかった」コクン

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楽「鶫」

鶫「またか?」

楽「ああ。今度動物園行こうかと思うんだけど、行かねえか?」

鶫「動物園なんて、わざわざ下見に行かなくてもお嬢は楽しむだろう」

楽「い、いやまあそうかもしれねえけどよ。もしかしたら酷いところだったりするかもしれねえし」

鶫「そんなところだったら私と行かなくても分かるだろう」

楽「で、でも女子の目から見たほうがいいだろ?」

鶫「……本当に下見が目的なのか?」

楽「え!?」ドキッ

鶫「どうもお嬢とのデートより下見のほうが多い気がするのだが」ジー

楽「そ、そりゃ下見したところはこれから行くんだから、下見のほうが多いのは当然だろ?」

鶫「それはそうだが……」

楽「それに下見以外で鶫と行く目的ってなんなんだよ」

鶫「それは……」

鶫(私を愛人にするために籠絡しようとしているとか……)カアァァ

鶫「い、言えるかバカもの!!」

楽「ええ!?」

鶫(しかしまあ、恋人にはどうせなれないのだからそれならそれで……ええい、私はなにを考えているのだ!)ブンブン

楽「あー……それで動物園は一緒に行ってくれるのか?」

鶫「……目的はお嬢とのデートの下見なんだな?」

楽「……だからそうだって。他になにがあるんだよ」

鶫「それならまあ、どうしてもというなら行ってやらんでもない」

楽「ああ、どうしても一緒に行って欲しい」

鶫「!」ドキッ

楽「日曜日よろしくな」

鶫「あ、ああ」ドキドキ

--------------------------------------------------

鶫(……最近、いくらなんでも下見に誘われる回数が多すぎる気がする)

鶫(そもそも下見は必ず行かなければならないものではないのだから、お嬢とのデート回数より多いのはどう考えてもおかしい)

鶫(一条楽はこれから行くからと言っているが、下見に行く頻度は変わらない……というかむしろ増えている気がするし)

鶫(嫌なわけではない……というかまあ、どちらかと言えば嬉しいし、お嬢のデートのためならばむしろやるべきことではあるのだが)

鶫(しかしお嬢とのデートより多いというのはやり過ぎな気がする。お嬢が知ったら余計な心配をさせてしまうのではないか?)

鶫(私とお嬢では女性としての魅力が段違いとはいえ、仮に私がお嬢と同じ立場だったらいい気持ちはしないだろうし……)

ポーラ「なに難しい顔してんのよ?」

鶫「うわっ! い、いきなり声をかけるな!」

ポーラ「ごく普通に声をかけたつもりなんだけど……?」

鶫「考えごとをしているときに話しかけるなっ」

ポーラ「どうやって判断しろってのよ。それでまた一条楽のことでも考えてたの?」

鶫「な、なぜそれを!?」ビクッ

ポーラ「なぜもなにも、一条楽かお嬢様くらいしかないじゃない。本当に分かりやすいわね」

鶫「うっ……」

ポーラ「それでなに悩んでるのよ。これから一条楽が来るんだから、その前に私に話してその顔どうにかしなさいよ」

鶫「……一条楽がお嬢とのデートの下見に私を誘っているのは知っていると思うが」

ポーラ「ええ」

鶫「それが少し多いのではないかと思うんだ」

ポーラ「……喜んだら?」

鶫「ちょっと多くなったくらいならともかく、一条楽とお嬢とのデートより明らかに多いんだぞ? そのデートのための下見だというのに」

ポーラ「ふーん……」

ポーラ(どう考えても黒虎狙いよねそれ。黒虎にはそういう発想がないみたいだけど)

ポーラ(愛人とかあり得ないって言ってたからどうかと思ったけど、意外と上手くやってるみたいじゃない)

鶫「お嬢とのデートを良くするために必要だとは思うのだが、これほど多いとお嬢に余計な心配をかけてしまうのではないかと不安で……」

ポーラ「……バカね、あんたがお嬢と同じくらい魅力があるとでも思ってるの?」

鶫「いや、別にそんなことは思っていないが」

ポーラ「でしょ。あんたと一条楽が一緒にいるくらいで、お嬢様が心配するわけないじゃない。お嬢様と付き合ってる一条楽が、あんたのこと好きになるわけないんだから」

ポーラ(まあ、心配するわけないなんて嘘だけど。せっかく上手く行ってそうなのに水を差すこともないわよね)

鶫「……そう、だな。そのとおりだ」

鶫「お前の言うとおり、私が考えすぎていたようだ」

鶫(それはそれで、少し寂しいことではあるのだが)

ポーラ「そうそう。気にしすぎ気にしすぎ」

ポーラ(自分の魅力をわかってないって、時には罪ね)

ポーラ「それよりもうすぐ一条楽が来る時間だし、その沈んだ顔なんとかしなさいよ」

鶫「ああ。今日はなにが食べたい?」

ポーラ「考えてなかったの?」

鶫「え?」

ポーラ「いや、一条楽じゃなくて黒虎がメニューを決めるなら、教えるの今回はあんたの番なんでしょ?」

鶫「あ、ああ。そうか。そうだったな」

鶫(教えるというのを完全に忘れていた。しかし考えてみると、最近はあまり教えあってはいない気がする。ただ料理をしあっているというか)

鶫(聞かれたことには答えるし、私から聞くこともあるのだが……最初の頃のような感じではなくなっている)

ポーラ「まあこれから決めるんなら、唐揚げとか食べたいわね」

鶫「ぶれないなお前は」

ポーラ「なにが言いたいのよ!」

鶫「いや別に」ピンポーン

鶫「おっと、一条楽が来たようだな」

ポーラ「逃げるなー!」

……

鶫「……貴様が来る直前に決めたのだが、やはり下味が十分ではなかったな」モグモグ

楽「そうか? 十分うまいけどなあ」モグモグ

鶫「数十分しか漬け込んでいないのだが、少し味が薄い気がしないか?」

楽「……言われればまあ確かにそんな気もするけど、言われなきゃ気付かねえよ」モグモグ

鶫「言われて気付くようではいかんのだ。お嬢に出すかもしれないと考えると、やはり下味は十分つけないといかんな」モグモグ

楽「千棘もそんな細かく気にしねえと思うけどなあ」

鶫「お嬢の優しさに甘えていてどうする。……まさか貴様はそんな風に甘えているのか?」

楽「い、いやまあそんなつもりはねえけど」

鶫「本当か?」ジー

楽「に、睨むなよ」ハハ…

ポーラ「まあ下味はちゃんとつけるってことでいいじゃない。確かにまあまあってとこだし」モグモグ

鶫「料理を作らないお前に言われると腹が立つな」

ポーラ「うるさいわねー」モグモグ

楽「……お前らって姉と妹どころか母親と子供みたいだよな」ハハ

鶫・ポーラ「なっ!?」

ポーラ「誰が子供よ!!」

鶫「誰が母親だ!」

楽「そ、そんなに怒んなよ」

ポーラ「レディを捕まえて子供だなんて……」

鶫(母親などと失礼な。……私が母親、ポーラが子供とすると、父親は一条楽だろうか)チラッ

楽「レディ……?」

ポーラ「文句でもあるのかしら」

楽「文句っつーか……なあ?」

鶫「ん? ……ああ、まあレディとはお嬢のような方をいうのだから、ポーラではレディというにはまだまだだ」

楽「千棘みたいなってのもどうなんだ?」

鶫「何だと? お嬢以上のレディがどこにいるというんだ」ギロッ

楽「あ、あはは……」

鶫(まったく、恋人だというのにお嬢の素晴らしさを理解していないとは)

鶫(……ただまあ、こいつとこんな風に話すのは、正直楽しい)

鶫(一条楽と夫婦になることができたら、こんな感じなのだろうか。まあ、考えてもしょうがないことだが)

ポーラ「2人して失礼な……」ブルル

ポーラ「ん、メール。何かしら……」

ポーラ「はぁ。ビーハイブから呼び出されたわ」

鶫「ビーハイブからか。私も行ったほうがいい内容か?」

ポーラ「ううん。別に荒事じゃないから。次の仕事の打ち合わせよ」

鶫「そうか。それなら行かないほうがいいな」

楽「何の仕事か……ってのは聞かないほうがいいんだよな」

ポーラ「ええ。その方が賢明ね。まったく、食事中だっていうのに」パクパク

ポーラ「ふぉれひゃあいっふぇふるわ」モグモグ

鶫「口に物を入れていくな!」

鶫「あいつは行儀の悪いことを……」

楽「まあ急な呼び出しだったししょうがねえだろ?」

鶫「それとこれとは別だ」

楽「……ほんと母親みてえだな」ハハ

鶫「まだ言うか貴様」

楽「はは。とりあえず食事の続きしようぜ」

鶫「話を逸らしおって……」

鶫(ポーラが出て行ってしまって二人きり。思えば久しぶりだな。最初の頃はむしろポーラを出て行かせていたというのに)

鶫(……いかん。意識したら緊張してきた)ドキドキ

楽「そういえば家で2人になるのって久しぶりだな。外には結構行ってるけどさ」

鶫「そ、そうだな」

楽「……あのさ。千棘とのデートの下見によく行ってるけどさ。あれどう思ってる?」

鶫「……漠然としすぎていてなにがいいたいのかわからん」

楽「誘ってるときいっつもあんまりノリ気じゃねえだろ?」

鶫「貴様はそれが分かっているのに誘っていたのか?」

楽「それは……まあともかく」

鶫「ともかくで済ませるな!」

楽「うっ……。べ、別に理由がないわけじゃねえよ。……他のやつには頼めなかったからさ」

鶫「そうなのか? 小野寺様なら断らなさそうだし、首領羽も頼めば聞いてくれそうだが。何なら橘万里花なら絶対に断らないだろう」

楽「他の2人はともかく、橘に頼んだのお前にバレたらひでえ事になりそうなんだけど」

鶫「私かクロード様か。どちらが手を下すかわからんが、生かしてはおかんだろうな」

楽「駄目じゃねえか!」

鶫「まあ橘万里花はともかく、他の2人にも断られたのか?」

楽「……2人には、っていうかお前以外の誰にも頼んでねえよ」

鶫「そ、それなら頼めなかったというのはどういう意味なんだ」ドキッ

鶫(お嬢の好みを知っていて都合がいいと思われていたからか、それとも……)

楽「……相手がどうとかじゃなくて、純粋に俺の問題なんだよ」

鶫「どういう意味かの答えになっていないぞ」

楽「……ノリ気じゃないってわかってても、鶫と行きたかったんだ」

鶫「そ、それは――」

楽「で、千棘のためとかそういうことは別にして、下見に行ってることを鶫はどう思ってんのか聞きてえんだ」

鶫「は、話の途中で遮るな!」

楽「頼めなかったの意味は言ったろ。最初に聞いたのは俺なんだし、次は鶫が答えろよ」

鶫「ど、どう思っているかとは……」

楽「ノリ気じゃねえってのはわかってるけどさ。それは千棘のことで遠慮してたのか。それともただ俺と行くのが嫌だったのか」

楽「もし、千棘のことで遠慮してたなら、鶫自身の気持ちはどうなのか。……聞かせてくれねえか?」

鶫「……そんなに真剣な顔で言われたら、誤魔化せないではないか」ボソッ

楽「え?」

鶫「なんでもない!」

鶫「……前から言っているように、お嬢のためにやることに私の気持ちなど入る余地はない」

鶫「…………」

鶫(……あとは嫌だったと言うのが一番だと分かっているのに)チラッ

楽「……」ジッ

鶫(……ダメだ。こんな顔で言われたら嘘なんてつけない。言ったらきっと、そこで一条楽との関係は終わってしまう)

鶫「………………ただ、まあ。それは別にして」

鶫「……貴様と一緒にお嬢のデートコースを回ることは、不快ではなかった……と思う」

鶫(……申し訳ありません、お嬢。私は、自分の恋を自分で終わらせてしまうことが、どうしても出来ませんでした)クッ

楽「そっか。それならよかった」ホッ

鶫(なんだ。その安心したような顔は。貴様はお嬢の恋人ではないか。なぜ私が嫌がっていたかどうかをそんなに気にするんだ)

楽「じゃあこれからも一緒に行ってもらえるか?」

鶫「ああ。……お嬢のためにな」

楽「……おう」

鶫(……なぜお嬢の恋人がよりにもよってこいつなのだ)

鶫(お嬢の恋人が他の誰であってもきっと私は心から祝福できたのに、こんなに胸を痛めることもなかったのに)

鶫(こいつがお嬢と出会っていなければ……などと考えてもしかたがないか。一条楽とお嬢が出会っていなければ、私がこいつと会うこともなかったのだから)

鶫(もっと別の出会い方はなかったものか。お嬢と一条楽が単なる友人同士で、私がこいつに対して気兼ねなく接することが出来るような)

鶫(……まあ、今も十分お嬢に言えないような関係を持ってしまってはいるのだが。自分でやっていることとはいえ心苦しい)

鶫(……ああ、本当にどれもこれも――)

鶫「……貴様がお嬢の恋人でなければよかったのにな」ボソッ

楽「…………え?」

鶫「!?」ビクッ

楽「今のどういう意味だよ?」

鶫「べ、別になんでもない!」

鶫(し、しまった! い、今のは声に出してしまっていたのか!?)

楽「なんでもなくて言うことじゃねえだろ」

鶫「だ、だからその……」

鶫「べ、別に深い意味など無い。貴様のようにいちいちそんなことで悩むやつにお嬢は任せられないというだけだ」

鶫(……これでごまかせるとは思わないが、空気を読んで気付かないふりをしてくれるだろうか)

鶫(まあ、こいつのことだから本当に気付かなくても驚きはしないが)

楽「そうかよ」

楽「……これから言うこと、クロードとかポーラとかには言わないでもらえるか?」

鶫「何の話だ?」

楽「言うか言わないか先に言ってくれ」

鶫「そんなもの、話を聞くまで決められるわけないだろう」

鶫(……話がズレそうだ。誤魔化せたのだろうか)ドキドキ

楽「まあそりゃそうだよな。……しかたねえか」ハァ

楽「……俺と千棘は本当は付き合ってない。付き合ってるふりをしてるんだ」

鶫「……は?」

楽「集英組とビーハイブが抗争を始めないように、子供同士で付き合ってることにしてんだよ。本当は恋人でも何でもない」

鶫「ちょ、ちょっと待て! 貴様いきなりなにを言い出しているんだ!?」

楽「俺と千棘は本物の恋人じゃねえって話だよ」

鶫「そうじゃなくって、なんでそんなことをいきなり言い出したんだ!」

楽「言いたかったからだよ」

鶫「なんだそれは……」

楽「……」

鶫「今言ったこと、本当なのか?」

楽「ああ」

鶫「……そうか」

楽「疑わねえのか?」

鶫「そんな嘘をつく理由はないだろう。お嬢に聞けば分かることだし」

楽「千棘に聞かなくていいのか?」

鶫「聞く必要はない。嘘だとするなら、言ってはいけない相手の1人が私だろうからな」

楽「……まあ信じてくれたんならいいよ」

鶫「……何のために言ったんだ?」

楽「何のために?」

鶫「何のために、お嬢と貴様が本当の恋人じゃないと言ったんだ」

楽「それは……別に深い意味なんてねえよ。さっき言ったろ。言いたかったから言っただけだ」

鶫(……私が言ったことの意趣返しか)

楽「……それより、その……」

楽「……さっき言った恋人じゃなければよかったのにって言葉。本当に深い意味はねえのかよ」

鶫「!」ビクッ

鶫「…………」ドキドキ

鶫「……ああ、ない」

楽「…………そっか」

鶫(察して……ないなこれは。ああもう!)

鶫「……あれ以上言わなくても、わかるだろう?」カアァァ

楽「えっ?」

鶫「だから、まあ、深いというほどの意味はないが、浅い意味ならあるかもしれんな」カアァァ

楽「鶫……」

鶫「き、貴様こそ! さっきのは本当に言いたかったから言っただけなのか!?」

楽「さ、さっきのは……俺も、鶫と似たようなもんだよ」

鶫「……嘘じゃないんだな?」

楽「嘘じゃねえよ」

楽「……俺は、お前のことが好きだ。俺と本物の恋人になってくれ」

鶫「……私も、貴様のことが好きだ」

鶫「……私を選んでくれてありがとう。一条楽」グスッ

楽「な、泣くなよ。大袈裟だって」

鶫「お、大袈裟なものか。初めて恋をして、でもその相手がお嬢の恋人で」

鶫「絶対に叶うはずがないと思っていた恋なのに、それが叶ったんだぞ。う、嬉しくて……」グスッ

楽「……叶わねえって思ってたのは俺も一緒だよ」

鶫「え?」

楽「絶対嫌われてるって思ってたから、鶫が恋人じゃなければよかったのにって言ったときはすげえドキッとした」

楽「千棘とのデートの下見を口実に2人で遊びに行ったり、料理作りあったりするので満足してたけど、それ聞いたら我慢できなくて」

楽「思わず千棘と偽物の恋人してるってことバラしちまった。下手したら2人で会うことも出来なくなってたかもしれねえのにな」

鶫「……ありがとう、本当のことを言ってくれて」

楽「まあ、鶫が言ってくれたからなんだけどな。……こっちこそ、信じてくれてありがとな」

鶫「こんなことで嘘を言う男ではないだろう?」

楽「もしかしたら嘘かもしれねえぞ」ハハッ

鶫「なんだと? ……それなら、そうだな。嘘ではないということを証明してくれ」

楽「証明?」

鶫「……」スッ

楽「!」ドキッ

楽(め、目をつぶったってことは……そ、そういうことでいいんだよな?)ドキドキ

楽「い、行くぞ」ドキドキ

鶫「……」コクリ

楽「……」ソー

鶫「……」ドキドキ

楽「……」チュッ

鶫「んっ……」チュッ

楽「こ、これで証明になったか?」カアァァ

鶫「あ、ああ。もし偽物の恋人だというのが嘘だったら、命はないと思え」カアァァ

楽「ファーストキス奪っといて嘘だったなんて言わねえって」

鶫「……ああ、わかってる」ニコッ

楽(いつもより可愛く見えんな……)ドキッ

鶫「私たちの関係だが、しばらくお嬢には黙っておこうと思っている」

楽「千棘にもか?」

鶫「ああ。お嬢と貴様の関係がぎこちなくなってしまう可能性がある。偽物の恋人だというのがクロード様にバレて抗争が始まってしまっては困るからな」

楽「確かにそうだな」

鶫「逆に、何かあったときのフォローをお願いするために貴様の父親には話しておいたほうが良いと思うのだが、大丈夫だろうか」

楽「ああ、抗争を起こさないための協力ならしてくれるはずだ」

鶫「それはそうなのだが、そもそも私たちが付き合うということを認めてくれるかどうか……」

楽「その辺は大丈夫だと思うぜ。そんなに口出す方じゃねえし、周りにバレなきゃ何も言わねえって」

鶫「そうか……信じるぞ?」

楽「ああ。それよりそっちのボスはいいのか?」

鶫「私が直接話せる身分ではないからな……」

楽「そっか。部下だし気軽には話せねえか」

鶫「うむ。……これも貴様の父親から話してもらって、話す場を用意してもらえればと思うのだが」

楽「そうだな。偽物の恋人なんてことやらせてんだし、そのくらいはやってくれるだろ」

鶫「付き合って早々頼りっぱなしになってしまうな」ハァ

楽「別に気にすんなよ。元はといえば親父たちの頼みでこんな面倒なことになってるわけだし」

鶫「……だがその頼みがなければ私と貴様がこ、恋人になることもなかっただろう?」

楽「……まあ確かに。ある意味感謝したほうがいいのか?」

鶫「少なくとも私は感謝しているぞ。こんなことがなければ、きっと恋を知らずに過ごしていただろうからな」キュッ

楽(……ずっと迷惑だと思ってたけど、俺も感謝しとくか)

鶫「それと、私たちの関係は今までと変えないからな。学校でもそれ以外でもいつもどおり振る舞うように」

楽「千棘に言わねえんならそうなるよなあ」ハァ

鶫「た、溜息をつくな。わ、私だって……」シュン

楽「わ、わりい。誰かに見られたらマズイししかたねえよな」

鶫「……お嬢とのデートも続けるのだぞ」シュン

楽「大丈夫。わかってる」

鶫「……」

楽「でも、デートの下見に行くのはいいだろ? 今までどおりだし」

鶫「……ああ!」パアァァ

楽(笑顔になってくれてよかった。……でも、これじゃあ付き合う前と変わらねえな)ハハ

鶫「……そ、それでだな。家の中でのことなのだが」

楽「家の中?」

鶫「あ、ああ。ポーラは私が貴様のことを好きだということを知っているようだし、家の中であれば誰から見られることもない」

鶫「だから他で出来ない分、家の中ではこ、恋人らしいことをしたいのだが……」モジモジ

鶫「ど、どうだろうか。……ら、楽」カアァァ

楽(名前で呼ばれた!)ドキッ

楽「い、いいんじゃねえか。俺も、その……そうしてえし」

鶫「そうか……それじゃあ楽」

楽「お、おう」ドキドキ

鶫「……恋人らしいこととはどういうことをすればよいのだろう」

楽「……は?」

鶫「い、いやその。とりあえず名前で呼び合うというのは分かるのだが、他にどういうことをするのかさっぱりわからんのだ」アセアセ

楽「……あはははは!」

鶫「わ、笑うな!」

楽「悪い悪い。でもまあ、そんなのはこれからゆっくり考えればいいんじゃねえか」

楽「時間はこれから、十分あるんだからさ」

鶫「……そうだな」

鶫「これからはずっと一緒だぞ。楽」ニコッ

終わり

おまけ

楽「――だから、俺は鶫と付き合いてえんだ」

鶫「ど、どうか認めてください!」

楽父「……うん、いいんじゃねえか。別に俺が反対することじゃねえよ」

鶫「ほ、本当ですか!?」

楽「な、大丈夫だって言ったろ」

楽父「お前と千棘の嬢ちゃんが恋人ってのが嘘とバレたら少し面倒だが、そっちはバラすつもりはねえんだろ?」

楽「おう」

楽父「なら構わねえよ。自分で決めたことだ。好きにしな」

鶫「あ、ありがとうございます! ……それで、差し出がましいのですが、もう一つお願いが」

楽父「なんだい? 言ってみな」

鶫「その、ボスにもこのことを報告する場を作っていただけないかと」

楽父「ボスってのは嬢ちゃんのところのかい?」

鶫「は、はい。私ではとても直接話せるような方ではなく……」

楽父「まあ話さないってわけにもいかねえよな……よし、わかった」

鶫「あ、ありがとうございます!」

楽父「ああ。ただ、ひとつだけやってもらいてえことがあるんだが、構わねえか?」

楽「何やらせる気なんだよ?」

楽父「別に大したことじゃねえよ。ウチの奴らに夕飯を作ってやってもらいてえんだ」

楽「……なんだそりゃ?」

楽父「別に普通に作ってくれりゃあいいんだ。いいかい?」

鶫「は、はい!」

若衆「坊っちゃん! 料理のお手伝いすることはありやすか!」

楽「ねえよ! 黙って待ってろ!」

竜「そうだぞてめえら、坊っちゃんの手を煩わすんじゃねえ!」

若衆「す、すいやせんでした!」ダダダッ

竜「で、坊っちゃん。本当に手伝うことはねえんですかい?」

楽「だからねえっての! お前も待ってろ!」

竜「つれねえですぜ! 坊っちゃんの愛人の方がせっかく料理を作ってくれてるんですから、見せてくれてもいいじゃねえですか!」

楽「だから、愛人じゃねえっての! いいから待ってろ!」

竜「へい、わかりやした……」トボトボ

楽「ったく、あいつらは。悪かったな鶫」

鶫「いや、気にしてない。さすが二代目は人気者だな」ジュージュー

楽「二代目じゃねえっての。それに目当てはお前だろ?」

鶫「私ではなく、お前が1人で連れてきたお嬢以外の女ということで見に来ただけだろう」

鶫「ただまあ、あ、愛人と言われるのは、少し複雑だが」

楽「違うって言ってんだけど、全然聞かねえんだよ……」

鶫「まあ、恋人とは言えないのだから仕方がない。ただの友達が家族の夕食まで作りに来ることはあまりないだろう」

楽「悪かったな。親父が無理言って」

鶫「別に無理ではない。むしろ私たちのことを認めてくれたようで嬉しかった」

鶫「しかし、量が多いと大変だな。貴様は毎日こんなに料理を作っているのか……」

楽「慣れれば気にならねえよ。少人数のとじゃ少し違いはあるけどな。あ、そうだ。味付けのときは気をつけろよ」

鶫「味付けか?」

楽「ああ。野菜を炒めると水分が出るだろ? だから調味料は単純な人数分より多めに入れないといけねえんだ」

鶫「なるほど、そういうものなのか」

鶫「……というか、それなら先に言ってくれ。危うく味の薄いものを出すところだったではないか」ジトー

楽「わ、わりい。いつもやってるから当然だと思ってたけど、普通知らねえよな」

鶫「そうだぞ。せっかく、初めて貴様の家族に料理を出すのだから、おいしいものを出したいんだ」

鶫「……変なものを出して嫌われでもしたら、困る」

楽「あ、ああ」

楽(鶫、緊張してんだな。……当たり前か)

楽父「おお、仲良くやってるみたいじゃねえか」

楽「お、親父!?」

鶫「く、組長!」

楽父「今作ってんのは野菜炒めか?」

鶫「は、はい!」

楽「こんな大人数作ったことねえだろうから、大量に作りやすいのにしたんだよ」

鶫「く、組長たちのお口に合うかわかりませんが……」

楽父「なに、楽と料理教えあってるんだろ? なら大丈夫だ。それより、その呼び方どうにかなんねえか?」

鶫「呼び方……ですか?」

楽父「ああ、組長はちょっと堅苦しかあねえか?」

鶫「ではどのようにお呼びすれば……」

楽父「そうだな。……お父さんとか、お父様ってのはどうだい?」ニヤッ

鶫「おと……!」カアァァ

楽「親父! からかうのはやめろって!」

楽父「軽い冗談じゃねえか。それに将来はそう呼ぶようになるんだろ?」カカカ

楽「そ、それは……」カアァァ

楽父「お前まで黙っちまってどうすんだ」

楽「うるせー。ったく、ウチの奴らの夕飯作れとか言ったり、ちょっかい出してきたり、からかうのも大概にしとけよな」

鶫「……別にからかっているわけではないと思うぞ」

楽「え?」

鶫「貴様の友人と言っても、私は敵組織の人間だからな。受け入れられやすいように料理を振る舞うように言われたのだろう」

楽父「……察せられちゃ世話ねえな」ポリポリ

楽「……なんだよ。それならそうと言えって」

楽父「爺の気まぐれなんざ言うようなことじゃねえだろ」

楽「それじゃお父様ってのは?」

鶫「私の緊張をほぐそうとしてくれたのではないか?」

楽「ほぐれるのかそれ?」

楽父「……まあ、それもなくはねえんだが」

楽「ねえんだが?」

楽父「……ウチには娘がいねえからなあ」

楽「自分のためじゃねえか!」

楽父「ま、まあそういう面もないわけじゃあねえな」

楽「いい年して何言ってんだよ……とりあえずまだ料理の途中なんだから、そろそろ出てけよ」

楽父「はいよ。出来上がり楽しみにしてるぜ」

鶫「はい、頑張ります……お父様」ニコッ

楽・楽父「……!」ポカーン

鶫「……」ニコニコ

楽父「……いい娘捕まえたじゃねえか」ポン

楽「ちょっとマジ黙れ」

楽父「将来は案外尻に敷かれるんじゃねえか?」カラカラ

楽「さっさと出てけ!」

楽「あんなことしなくてよかったんだぞ?」

鶫「まあ本気ではなかったのだろうが、せっかくああ言ってくれたのだからな」

楽「自分のためにやってんだからああ言ったも何もねえって。嫌だったら言えよ?」

鶫「別に嫌ではない。こんなことが嫌なら将来どうするんだ」

楽「将来……そ、それもそうだよな」

鶫「……でもまあ、直接話して緊張したのは事実だな。……す、少し労ってもらいたいのだが、いいか?」

楽「労うって……こ、こうか?」ナデナデ

鶫「!?」ビクンッ

鶫「そ、それも悪くはないが……こっちで」スッ

楽「っ! こ、ここでか?」

鶫「い、今なら誰も来ないだろう? だから……」

楽「……わかったよ」ソーッ

鶫「……んっ」チュ

鶫「ふふっ。これで疲れが取れた。おいしい料理が作れそうだ」クスッ

楽「そ、そっか」ドキドキ

鶫「……料理をおいしく作りたいと思っているのは、貴様の家族においしく食べてもらいたいというのもそうだが」

鶫「なにより貴様に喜んでもらいたいんだ。わかっているか?」

楽「あ、ああ」ドキドキ

鶫「ならいいんだ。もう少し待っていてくれ。楽」

楽(……将来、本当に尻に敷かれるかもしれねえな。こいつに何か頼まれたら断れる気がしねえや)ハハ…

鶫「~♪」ジュージュー

楽(……まあこいつが楽しそうだしいいか)

楽「鶫、少し手伝おうか?」

鶫「ああ。じゃあ味噌汁の具材を切っておいてくれ」

楽「わかった」

鶫「……」ジュージュー

楽「……」トントン

鶫「……やっぱり、楽と料理するのは楽しいな」

楽「ああ、俺もだよ」

鶫「これからも一緒に料理しような、楽」

終わり

なんとか原作の完結前に終わりました
本当はおまけは後で投下したほうがいいんでしょうが、明日には原作が終わってしまうので

文量の割に時間かかりましたが、読んでくださった方はありがとうございました

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年03月24日 (木) 22:03:40   ID: 7G2b9tEt

放置かよ、ちくしょう…

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