ロック「お前その髪型なんだよォーー!」レヴィ「?」 (40)


ロック「ギャハハその前髪、20世紀末かよ? じゃなきゃポストバブル? 時代錯誤も大概にしろよダッセェーーーー! 葛城三佐とでも呼んでほしいの? え?」

レヴィ「かつら……ぎ?」

ロック「それによ、お前本当は  処  女  だろぉーーが!」

レヴィ「……」

ロック「いくら強がったって俺には分かるんだぞお前は処女だ、いつものクサイ台詞のわざとらしさも、荒唐無稽の戦闘能力も、NYPDホニャララとかの作り話も、ぜえぇーーんぶ自分が処女なのを隠すためのツール

なんだ俺には分かってる、で、心のどこかでいつか超美形の、100%あたし好みの王子様が現れるだなんて、誰にも知られちゃいけない願望を抱いてるんだろ? 気付いた奴は殺す? いいよ殺してみろよ、そ

んで、狂犬みたいな自分が、いつか必ず現れる優しい王子様ギャハハ自分で言ってても恥ずかしくなるけどよ、その  王  子  様プゲラ(死語)  にお姫様抱っこされてるとこ想像して、一人で顔を赤くし

てるんだよなぁぁぁぁーーーーーー?」

レヴィ「……」


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ロック「俺は血を見るのが嫌い、暴力はんたーいのオカマ野郎だけどよ、女を愛してやることはできるぜ! だから俺の胸に飛び込んで来いよ! 怖いのか? 怖いんだろ! 男の胸ん中に飛び込むことが! お前さぁ、いい加減、男の腕に抱き締められてみろよ! 素直になれよ! 男の胸板の厚さってものをよ、一度味わってみろよ!」

レヴィ「……」

ロック「怖がらなくたっていいんだ! 俺はタマナシ野郎だが優しいんだぜ! みんな通る道なんだ! 俺にすべてを預けてみろよ!」

レヴィ「ダッチ……」

ダッチ「ああ。つい15分前、こいつの雇い主からメールが来た。正式な解雇通知が」

レヴィ「不思議だ。切り刻んで魚の餌にしてやろうって気になンねぇ。それどころか心底哀れだって思ってる……」

ダッチ「だな。解雇通知をもう一通受け取らなきゃならんのだから」


ロック「来いよ! 来いって! レベッカ・リー! お前も女なら!」


・・・・・・・



俺はこうして、旭日重工とラグーン商会の両方をクビになった。

サラリーマンでも海賊でもなくなった俺、無職男の岡島緑郎が降り立った成田空港の日差しはロアナプラのそれと違い、肌の内側に沁み込んでくるようで気持ちが悪い。もう7月も半ばだってのに、寒気さえ覚える。

きっと南国の気候に体が馴染んでしまったせいなんだろう。

海賊の人質同然だった人間が生還したっていうのに、空港では一人の出迎えもない。まぁ当たり前か。「帰国します」なんて誰にも知らせていないし、マスコミに注目されるほどの人間でもなかったんだろう。

無職の俺は出張帰りのサラリーマン気分で空港ビルに入った。


旭日重工は長期間の無断欠勤に対する「諭旨免職」ということで、退職金200万円を支払った。これは日本に着いて空港のATMで真っ先に確認した。しばらくはこの金で生きていくしかない。

ラグーン商会も「退職金」を払ってくれた。15万円。こりゃ「餞別」と言う方が当たってる。



家に電話すると母親が出て、俺の声を聞いて驚いていた。海賊の所で働いてたと正直に言うと、「お前頭は大丈夫なの?」と言われた。


<母親の話>


お前、今までどこにいたの? 会社に聞いても、ある日突然行方知れずになったっていうだけで、警察に捜索願まで出したんだよ!

お父さんは気苦労のせいで体を壊してしまってね。お役所で仕事続けられなくなったから、所管の民間企業に受け入れてもらったんだけど、先月そこで倒れて……今は入院してるんだよ。

すぐ見舞いに行っておいで! だけど、あんまり神経に障るようなこと、言うんじゃないよ。子供じゃないんだから、それくらい分かるだろ?




自宅から歩いて15分ほどの総合病院に、父は入院していた。

父は7階の、広い窓から住宅街が見下ろせる個室にいた。来訪時刻を事前に伝えていたせいか、ベッドの背を起こしていつ俺が現れてもいいような姿勢で待っていた。


「おう」


ドアを開けた先の、久し振りに見る父の顔はすっかり肉が落ち、紫色がかっていて炙られた烏賊のように見える。パジャマの襟元に浮き出た鎖骨が陰影をつくっていた。



「すっかり日に焼けたな」

「南国で船に乗ってばかりいたから」

「ふん。海賊の一味に加わってたんだって?」

「父さんは信じるの?」

「まさか。ガキじゃあるまいし馬鹿馬鹿しい。お前はその方が聞こえがいいと思ったのか?」


父はICUに搬送されて2日間昏睡状態だったこと、10日前からベッドで起き上がれるようになったことなどを話した。
病室の外を歩けるのは5日ほど先になるという。


「心臓だからな。症状が安定してても我慢しろと言われてる」

「じゃあ、あんまり話もできないな」

「医者や看護師とは話をするから、それは構わんのだ」

「ふーん……」

「ちょっと冷蔵庫開けてくれ」


言われた通り、冷蔵庫を開けた。中には何も入ってない……と思ったが、缶ビールが4本入っていた。


「二つ取ってくれ」

「死ぬよ」

「構うもんか」

「いつから飲んでるの」

「お前が帰ったと聞いたその日に、看護師に買ってこさせた。連中も死ぬとは思ってないんだろう」


俺はベッドから動けない父と、缶ビールで乾杯した。



「お前な……海賊だか何だか知らんが、後ろ暗いことをしてたんなら自首しろ」

「俺が捕まるくらいなら部長も経営陣も全員手が後ろに回るよ」

「そうはならんことぐらい分かるだろう? まあいい。ゆっくり考えるんだな」


病人とは思えない勢いで父はビールを空にし、俺はまだ中身が残っている缶を持ったまま、それじゃまた来る、と言って背を向けた。


「お前には失望したよ」


父の声に返す言葉もなく、俺は病室を後にした。


父が言うように、自首すべきなのかもしれない。それにしては俺自身が犯罪者だっていう自覚が、どうも曖昧で、自首しなければいけない理由が分からない。

加えて、ラグーン商会の一員として数々の修羅場をくぐってきた俺だというのに、この日本ではまるで何も起こらない。

ヤクザやマフィアが俺をつけ狙っているような気配も感じられなかった。



時々外をぶらついても、誰一人として俺に関心を示す者はいない。

近くの公園のベンチに座って、缶ビールを開ける。空を雲が流れていく。砂場で遊ぶ幼児の歓声。車のクラクション。日が暮れる。


こうして毎日が過ぎていく。


10日ほど経ってから、すっかり重くなった腰を無理やり上げて仕事探しを始めた。

送りまくった履歴書は片っ端から「お祈り」された。


腐っても旭日重工元社員の俺が、どうして面接にさえ進めないのか。

考えた結果、ラグーン商会にいた間を「病気による欠勤」そして「自己都合退職」と偽っていたことに思い当たる。
案外、正直に書いてみたら食い付きがいいかもしれない。

というわけで、ほとんど冗談半分に空白期間のところを「ラグーン商会に出向」と書いて送ってみたら、面接の通知が来た。


俺はスーツに着替えて面接に臨んだ。


「この『ラグーン商会』というのは、旭日重工さんの関連企業ですか?」

「……いえ、関連はありません」

「そうですか、どのようなお仕事を?」

「つまりその……船舶から物資を随時受け取って、運搬する仕事を請け負っている、とでも言いますか……」

「何だか言いにくそうですね?」


面接担当者が微笑んでいる。その笑顔が妙に癪に障った。


「実は海賊だったんです!」

「ほう? 出向先で海賊をなさってたと!」

「ええ、そこでは裏の仕事として海賊をやってたんです! 実はそれが主な業務でして! 私も従業員として協力しないわけにはまいりませんでした!」

「それは大変な経験をなさいましたね! 今どき得難い人材ですな!」


それ以上の会話はなかった。この会社からは2日後に不採用の通知が来た。



終いには馬鹿馬鹿しくなって、意味のない就活はやめた。

どこかで旭日重工が手を回している可能性もある。いや、そう考えること自体、あの会社に対する未練なんだろう。

新卒でもない俺がどう足掻いても、あんな大企業に再就職できる見込みはない。

サラリーマンだけが人生じゃない、そう考えようとしても、心の中が寒々としてくるのをどうすることもできない。


レヴィやダッチとワルの世界を駆け回ってた時の、イキがってた俺はどこへ行ったんだ。


ロアナプラ。あれは現実にあった世界なのか。何もかもがただの幻だったように思えるのはどうしてだ。


友人を誘って飲みにでも出れば気が晴れるかもしれない。そうも思ったが、今の自分の境遇を考えると気が引けてしまう。

結局、とうとう一人で居酒屋をハシゴする羽目になった。


周囲はスーツにネクタイを締めたサラリーマンばかり。楽しげに歓談してる連中も、激しい口調で上司や会社の方針を批判している奴らも、みんな自分の居場所を得て活気づいている。
ポロシャツにジーパン姿でひとりぼっちの俺は、この上なくみじめな気分を味わいながら泥酔していった。


……翌朝、俺は家からそう離れていない公園のベンチで目覚めた。


大事そうに両手で何かを抱き締めていた。それはプラスチックのケースに入ったゲームソフトで、タイトルは「BLACK LAGOON」。

ずきずきする頭で前夜の行状を思い返してみる。


確か3軒目の居酒屋を出てから、ふと出来心でゲームソフト店に入ったのを思い出した。

そこで、このソフトを見つけたのだ。


表紙を見ると、アニメ絵のレヴィがいる。ダッチとベニーもいる。ロックは──いない。プレーヤーだからだろうが、主人公は当然俺だ。

俺は夢でも見てるのかと思って、このソフトを引っつかんでレジに走った。そしてまだ飲み足りない気がしていた俺は、どこかのバーに入った……

そこで妙に浮かれた気分に引きずられるまま、意識を失うまでウイスキーをあおった。イエロー・フラッグでレヴィと一気飲みの勝負でもしてるような錯覚に陥って。

どうやら、あれは夢ではないらしい。

尻ポケットの財布を確認する。無事だった。中身を抜き取られてもいない。


フッ。そうさ。しょせん俺はその程度の雑魚でしかない。


だが、自分を雑魚だと自覚すると不思議に元気が湧いた。
誰の目にも止まらないよりは、雑魚として認知された方が百倍もマシだということを、俺はこの時初めて知った。


そう、俺は元海賊ロックで今は雑魚の岡島緑郎だ。家に帰ってさっそく、無職ニートにふさわしく過去の自分をプレイするとしよう。


ベンチから立ち上がった瞬間、立ちくらみがした。もう日は高く、公園の外は車が盛んに往来し、急ぎ足の通行人が行きかっている。
俺は自分の足元を確かめながら家路についた。


自室の押し入れから、長らく触ったこともないゲーム機を引っ張り出して「BLACK LAGOON」をセットした。


ゲームの中の俺は、会社に見放されるまでの経過をすっ飛ばし、いきなりレヴィたちとロアナプラの薄汚い街並みへ直行する。
イエロー・フラッグではバオが待っていた。

そして気障ったらしい嫌味を言って俺に酒を出す。


何だかんだで戦闘が始まる。エクストラオーダーの戦闘ヘリに追われて入り江を遡行するブラック・ラグーン号。

絶体絶命のピンチに、俺の発案でヘリに一か八かの魚雷攻撃を仕掛けることになる。


……何てこった。全部現実に起きたことじゃないか。当事者がなんで今、ゲームでそれをなぞってるんだ。


現実に起きた通りなら、ここで魚雷は敵のヘリに命中する…… と思ったら、船をジャンプさせる前にあっさりロケット弾で仕留められてゲームオーバーになった。


そうだったな。あの時魚雷を発射したのは俺じゃなくてダッチだったんだから。銃さえ撃ったことのない俺が撃ったって当たるはずがない。


結局俺は、沈没船の船底に乗り上げるタイミングや角度を工夫しながら20回近くリプレイし、やっと魚雷を命中させて次のステージに進むことができた。


現実よりゲームの方がハードモードだったってわけかよ。


次のステージ。やはり俺の実体験通り、陳の仕掛けた罠でボートの群れに追い駆け回される場面に入った。

ムービー画面で始まる、レヴィ様のトゥーハンドの嵐。こうして眺めていても、よく敵の弾丸が当たらないとあきれ返る。





どうしたことだ。レヴィは悪党どもを殺しまくり、ボートを片っ端から破壊しているんだが、敵が一向に減らない。

後から後から湧いてくる。それが無限ループってわけではなく、一隻のボートを沈めると画面の隅から別のボートが現れるという展開だ。
操作画面は現れる気配もない。


そして疲れも見せず、薄笑いを浮かべながら殺人プレイをエンジョイし続けるレヴィ。



気がつくと、同じ戦闘シーンが20分近く続いていた。

いい加減うんざりして、セーブボタンを押した。だが反応しない。

画面上では延々とレヴィによる殺戮が続く。冷房の効いた自室で、背中に冷や汗が伝っていく。


突然、画面が真っ黒に変わった。











闇に浮かぶソファに静止絵のレヴィがくわえ煙草でふんぞり返って、俺を見ていた。











なぁお前。

まさか本気で、あたしらの仲間になったとか思ってんじゃねえだろうな?


だとしたら冗談も大概にしろよ。


だいたいお前に何の取り柄があるんだよ? あたしらだけで用は足りてんだよ。


お前な、あわよくばあたしとヤレるとか思ってたか? 事が済んだそのベッドで死体になる覚悟はできてたのか?

あたしとヤルってことはそういうことだ。寝呆けてんじゃねえぞ。


お前みたいな温室育ちのモヤシ野郎に、ドブの底で這いずり回る連中の何が分かるってんだ。

笑わせんな。



もうここでお前さんのやることはないよ。気の毒だがお役御免だ。

お前さんの会社から結構な報酬で身柄を預かってただけだ。随分と手のかかるお客さんだったがな。

さ、おとなしく日本に帰んな。



……ってわけだよ。

僕らと仕事をするには、ちょっとスキルが足りなかったんじゃないかな。


自分の限界ってのを知るのもいいことだよ。君には君の本分ってやつがあるだろうし。

とにかく、酒が強いことだけは分かった。随分無理してたみたいだけど、ジャパニーズ・スピリットってやつを感じたよ!


じゃあね、サヨナラ。


コントローラーを手に凍り付いている俺の目に、メニュー画面が映っている。ゲームは前回セーブしたところで止まっていた。


俺は戸棚からウイスキーの瓶を引っ張り出し、そのままラッパ飲みした。

アルコールが首筋を伝ってシャツの胸元に染みをつくる。


携帯をつかみ、酔った勢いで旭日重工の代表に電話する。受付の女性が出た。


「旭日重工本社です」

「以前そちらに勤めていた者で岡島緑郎といいます。景山資材部長をお願いします」

「常務取締役の景山でございますか?」


出世したもんだ。よりによって常務かよ。


「はい。その景山常務です」

「失礼ですがどのようなご用件で」

「私が勤務していた当時の業務について若干問い合わせたいことがありまして」

「はい…… では、役員室へお繋ぎいたしますか」

「お願いします」


回線を切り替える音。40秒ほどの沈黙の後、再び受付の声が聞こえてきた。


「申し訳ございません現在、景山は外出しております。お問い合わせでしたら直接の担当にお繋ぎしますが」

「……いえ。結構です」


見え透いた居留守使いやがって。お前さんの手元にある役員室の名前入りランプは点灯してるんだろうが!


俺はスーツに着替え、ネクタイを締めると家を飛び出した。
手には何も持たなかった。狂ったように駅に向かって疾走する俺の頭の中で受付の言葉が鳴り響く。


『お問い合わせでしたら直接の担当に』


元社員で今はただのゴロツキってわけかよ俺は。畜生!
涙が溢れてきた。ああ畜生!

何てことはない、最初から仕組まれてた、手の込んだリストラじゃないか! そんなに俺を会社から追い出したかったのか!


なぜ今まで気づかなかった。俺の乗る船を襲撃してからディスクを奪うまで、旭日重工とラグーン商会が示し合わせた上での狂言だったってことを。

自分の脳味噌のお花畑ぶりには、ただ泣くしかない。俺の身柄を預けて、くたばればそれでよし、生き残ったとしても欠勤期間満了で解雇すればよかったのだ。


エクストラオーダーの襲撃も、その後のディスク引き渡しも全部茶番。時代遅れの活劇じゃあるまいし、冷静に考えりゃこんな展開あるわけないだろ。

それを俺は、レヴィたちの仲間として認められたみたいに勘違いしてた。それでも、あいつらに殺されなかっただけマシと感謝しなけりゃいかんのか?


これは不当だ。俺は社員の地位を取り戻すだけの理由がある。こうなったら出るところへ出てやるまでだ!

狂言強盗でのディスク横領も切り札に……ならないか。あれには多分データなんか入ってない。
ただのピカピカ光る円盤だ。

ならば、そうまでして俺の首を切った理由は何だ。

何なんだ!?


電車に揺られて旭日重工本社に着いた時には、もう日が傾いていた。


玄関から入ろうとすると警備員に呼び止められた。社員証を首からぶら下げていない奴はここで弾かれる。
元社員で前の職場に用があると言ったら、受付まで警備員が付いてきた。


受付に近づくと、さっき電話で応対したらしい女性がこわばった表情で俺を見ている。俺がラグーン商会にいる間に採用されたらしく、見覚えのない顔だった。


「先ほど電話した岡島です。景山常務はお戻りではありませんか」

「は、はい……」


もう居留守は使えない。俺に気圧されたように、受付係があわてた素振りで役員室に内線を回す。はい、分かりましたと答え、受話器の通話口を手で押さえて俺に向き直った。


「申し訳ございません、今会議中だそうですが」

「では会議が終わるまで待ちますが」


受付係は少々お待ちを、と言って再び受話器を耳に当てた。


「かなり長引くそうで、本日はお引き取り願えないかと申しておりますが」

「……それじゃ、東南アジア課の藤原課長を」

「東南アジア課でよろしいのですね?」

「はい」


ほっとしたような表情が受付係の顔をよぎる。東南アジア課に内線を回した受付の女は、俺の来訪を伝えた後、「はい、それでは」と言って俺に受話器を差し出した。

女の口臭が残るその受話器を俺は取った。



「東南アジア課ですが」


藤原課長の声ではなかった。


「藤原は海外に転勤になりまして、私は後任の○○と申します。どのようなご用件でしょう」


俺が名前を知ってるだけのこの男は、俺を頭から外部者扱いした。こうまでされると、何だかマゾ的な快感に変わってくる。


「藤原さんはどちらへ赴任されたのですか」

「それは申し上げられません。ご用件は私が承ります」

「あなたじゃ分からないよ」

「では、弊社としてもお答えしようがありませんな」

「あなたが答えられないだけですって」

「そうですか。では、これで失礼させていただきます」


電話は一方的に切れた。おびえと軽蔑の混じった上目遣いの視線を向けていた受付の女に、俺は受話器を返して背を向けた。
そうやって俺は、かつて勤めていた会社を出た。



重くのしかかる絶望感とは裏腹に、口元には薄笑いが浮かび、腹の底から妙な笑いが噴き上げてくる。
これが開き直りってやつなのか。


いいさ。もう現実には何も期待しない。これからは引きこもり無職ニート岡島緑郎として生きていくんだ。
こうなったら親父やおふくろを徹底的に失望させてやろうじゃねえか!


まずはあのゲームをクリアしなければ! 畜生っ、レヴィやダッチにコケにされて引き下がってられるか!

あのゲームの中でなら俺は海賊ロック様になれる! やってやるぞ、海賊王ロック様の誕生だ!


海賊王に、俺は、なる!



う わ は は は は は は は !



俺は両手を滅茶苦茶に振り回し、奇声を上げながらオフィス街を走った。

スーツを着た若い「ビジネスパーソン」(pゲラ)たちが立ち止まって見てる。みんな思ってんだろ? 「あー、とうとう壊れちゃったねあの人」とか。

今さら「とうとう」もクソもねえよ! とっくの昔に終わってんだからよ!


走りながらネクタイをむしり取ってワイシャツを脱ぎ捨てたら、胸に大きく「S」の字を書いた青いシャツが現れてそのまま空を飛べそうな気がしてきた。
そりゃ違うだろって。俺は海賊王ロック様なんだからよ。

む? 赤信号だと? 面倒くせえなここで信号待ちなんかしてたら格好がつくかよ。華麗に走り抜けてこそ海賊王よ!


ハッ、やっぱりお約束通りトラックが突っ込んできやがった! ドーン!


・・・・・・・・



……目が覚めると、これまたお約束の見知らぬ天井。ひと抱えほどもある丸い照明の真下のベッドに、俺は寝ていた。

この流れなら必ず、横にいる美女がこう言うはずだ。「気付いたのn」


「気付いたかね」


女じゃなかった。おっさんの声。しかも聞き覚えのある声だった。


「君がやるべきことはすべて済んだよ。安心したまえ、どこも怪我はしていない」

「景山……常務?」

「常務ではない。今も資材部長だ。まぁ君も知ってる通り、次の株主総会で取締役に選任されるが」

「しかし……受付では常務と」

「手っ取り早く言うと全部君の夢だ。何から何まで」


ベッドから身を起こそうとしたが、体が動かない。細いシーツのようなもので固く縛り付けられていた。

俺はまた何か、騙されてるに違いない…… そう思っていると、ベッドの右側にハイヒールの音がした。遅ればせながら美女の登場か。顔をそっちの方向に向ける。


「申し訳ないわね。薬が完全に体から抜けるまで少し時間がかかるの」


え……レヴィ?


かつてタイの暗黒街で俺が「レヴィ」と呼んでいた女が、上品な英語で喋っている。顔かたちも背丈も髪型も変わらない。
ただ、日焼けの色は薄い。

女は白衣を着て眼鏡を掛け、石ころでも見るような冷えきった視線を俺に向けていた。


景山部長が、ベッドに横たわる俺の足元に回って言った。


「紹介しよう。米△□※大学のリー教授だ。そしてこちらは」


巨体の黒人と長髪の白人が景山の横に立つ。


「深層心理シンクタンク所長のダッチ博士。それからマスカット社のベニー研究員。わが社の情報戦研究プロジェクトに参画していただいてる」


「ダッチ」と「ベニー」が軽く頷く。「リー教授」がヒールの音を響かせて二人の横に移動し、促すように景山の顔を見る。景山が口を開いた。


「プロジェクトの一環として行った実験に君に協力してもらった。口頭で君の承諾を得たのは……覚えているかね?」

「いえ、記憶にありません。実験とはどのような」

「ある薬剤を服用した上で、君が3日間の昏睡中に見た夢を記録に取らせてもらったのだ」

「私の夢を…… ですか?」

「そう。この薬の影響下にある被験者は、眠ったまま自分の見ている夢を雄弁に語り続ける。目を見開き、身振り手振りを交えて、聴衆に訴えかける吟遊詩人のように。君の勇壮な冒険談も全部記録に取った」


何だ、全部夢か。どうりで魚雷がヘリに命中するわけだ。しかしこの実験うんぬんはさておき、一部始終が夢だったということは……


「では、ディスクの送達以降のことはすべて」

「そう。君が見た夢だ」

「それなら……! 私はまだ、旭日重工の社員なのですね!?」


俺は、景山が硬い表情を慈父のように和らげ頷いてくれるのを待った。1秒が5分ほどにも感じられた。


「もちろん」


景山の表情は変わらなかった。


「君はわが社の社員だ。現時点ではね」


闇に覆われた世界に太陽が昇り、俺の全身を暖かい光で照らし出したのかと思った。今までの苦悶が、絶望が、解けた氷のように流れ去っていくこの解放感!

旭日重工万歳! え? しかし「現時点」?


「は、はあ、あの…… 現時点とは……?」

「昨日の人事会議で決定した。君は、そう…… 5日後の×日付で懲戒解雇となる」


旭光はたちまち消え去り、再び暗黒が支配した。そして「懲戒」という2文字が煮えたぎる溶岩のように頭上に降り注いでくる。



「懲戒……? おっしゃってる意味が分かりません、眠っていただけの私がどうして!」

「不都合な事実は忘れたくなるものだよ」

「それでは、まるで私に責任能力がないような!」

「少なくとも」


嘲笑が景山の口元に浮かんだ。


「夢の中で私に暴言を吐いたのは覚えているだろう? 私は覚えているよ。『俺はロックだ!』」


「ラグーン商会」の面々が顔を見合わせて忍び笑いを漏らす。「リー教授」と紹介された女が景山に向かって言った。


「ミスター景山。まだ夢の記憶が彼を支配しています。現実に戻るには今日いっぱいはかかるでしょう」

「そうだったな。まぁ、いろんなことを思い出すにつれて納得がいくだろう」

「いえ、思い出すも何も、さっぱり事情が飲み込めてないんですが」

「そうか? 例えば君はこうも言った。『すべては私の一存です』。これは実験に入る前の君の言葉だ。だから我々も君の覚悟を尊重せねばならん」



全く要領を得ない俺を置き去りにして景山が背中を向け、入れ替わるように女が俺を見下ろす。


「世話になったわねミスター岡島。いろいろ乱暴な口を聞いてごめんなさいね。それにしても『トゥーハンド』の立ち回りには笑っちゃった。私は銃なんて触ったこともないのに」


肩をすくめ、両手のひらを上に向けた例のゼスチュアで首を横に振る「レヴィ」。

そう、目を丸くし口をへの字に曲げた表情とセットでやるあれ。俺の「知っている」レヴィなら、天地がひっくり返っても、いや、世界が滅んでも絶対にやらない仕草だ。


「あ、それから、終盤はかなり強めにコントロールさせてもらいました。だからいろいろ振り回されて大変だったでしょ?」


続いてサングラスをかけていない「ダッチ」が、気障な黒人がよくやる目配せをして言う。


「ストーリーは平凡だったが、断片としては幾つか興味深いサンプルが採取できた。感謝してるよ」


そして「ベニー」。軽くため息をついて肩をすくめて見せた。


「私としてはもう少々お付き合いしたかったんだがね。スケジュールの都合があった。次の被験者も控えてるし」

「俺はあんたらのオモチャじゃない!」


ベッドで身を捩る駄々っ子の俺に処置なしとでも言いたげに、景山が首を振る。「ラグーン商会」の面々は無言のまま、さらなる俺のたわ言を待っている様子。
俺は口をつぐんだ。


「この元気。すっかり回復してるようですわね」と言って、「レヴィ」が景山に意味ありげな視線を送る。
同時に、部屋のどこかで電話が鳴った。

視界から景山が消え、電話を取る。全身を耳にして景山の声を聞き取ろうとする俺。



「はい。はい。そうですか。では、お通ししてください」


それだけだった。受話器が置かれ、乾いた靴音とともに景山が俺の目の前に立つ。


「迎えが来たようだから、我々は失礼する。最後に言っておくが…… いいかね。気を強く持つんだぞ。自分が絶望というものを感じているとしてもだ…… 絶望の深さを測ってるのは自分だけだし、それを絶望という名で呼んでいるにすぎない。周囲の誰に共有できるわけでもない。そんなのは世界中で日々浮いては消える、泡沫(うたかた)と同じだ」


ベッドに縛られて景山資材部長の説諭を聞く俺の脳裏には、「現実」が少しずつ形を現し始めていた。

何だこれは。違う。嫌だ、こんなのは俺じゃない。消えていくロアナプラの青い海。マングローブの林。


俺の口から「言葉」が漏れた。助けてください。


「落ち着きたまえ。君はこれから、またひと踏ん張りしなけりゃならん。ただし必要以上に自分を追い詰めるのは得策ではないぞ。まあ、『人間到るところ青山あり』というからな」


ドアを開けて「ラグーン商会」の面々が退出した。続いてドア口に立った景山が足を止め、首を微かにねじって横顔を向けた。


「言い忘れてたが、『心づくし』を君の口座に振り込んでおいた。ただし200万円ではなく300万円だ」


景山は出て行き、ドアが閉じられた。外の廊下を遠ざかる足音。そして入れ違うように、性急に階段を上がる足音が近づいてくる。

相当な人数であるのはすぐに分かった。その足音がドアの前で止まる。


ドアが勢いよく開かれ、殺気立った男たちが靴音を響かせて踏み入ってきた。


「岡島緑郎さんですね? 本庁捜査二課です。ご同行願います」





テレビ「番組の途中ですが、ただ今入ってきたニュースです」

テレビ「3年にわたって架空の契約を繰り返し、経費の名目で4億円に上る会社の金を着服していたとして、旭日重工社員の岡島緑郎容疑者(※※)が警視庁に逮捕されました」

テレビ「調べに対し岡島容疑者は、横領した金はギャンブルなどの遊興費に使ったと供述しており、……」






このたびは息子が大変なことをしでかし、世間の皆様に対し何とお詫びを申し上げてよいのやら、言葉も見つからない次第でございます。

あれも小学校まではよくできた子でした。それが、中学校に入ってからちょっとしたいじめに遭って、性格にどこか歪んだところができてしまったのでございます。

本人も頑張って高校、大学と卒業し、一流と言われる企業に入って私どもはひと安心していたのですが、まさかこのようなことをしでかしているとは……


あれの父親はショックで寝込んでしまい、今は入院しております。どうか皆様、取材などはご勘弁いただきたいと存じます。

すっかり気が弱くなったあれの父は、ふた言目には「いっそ死んでしまいたい」と申します。それを私はただただ「それでは世間に申し訳が立つまい」となだめるしかないのです。


不届き者の倅がしでかしたこととは申せ、私どもは今このような有り様なのです。

この口で言えた義理ではないのですが、せめてお静かにして頂けたらなどと、皆様にはお願いするばかりでございます。





はい。


間違いなく、すべて自分の一存です。

自分は誰に指示されるでもそそのかされるでもなく、みずからの職掌を利用して社の金を不正にプールし、競馬競輪その他の賭け事、そして風俗などの遊興費に使い込みました。

意志が弱く、自分の欲望を抑えることができませんでした。


業務に日々全力を傾けている社僚の皆様には顔向けもできず、ただ消え入ってしまいたい思いで反省の日々を過ごしております。


自分はもう、生きるに値しない人間です。社に与えた損害はその一端なりとも、この身をもって償わせていただこう。そう覚悟を決めるに至りました。

お別れに当たりまして、本来であればこれ以上申すべきことは、あり得ようはずはございません。



ゆえに、これより申し上げること、これは血迷った不届き者の妄言とお受け取りくださって結構です。


自分は「ある方」のお名前を「殺されても口にせぬよう」厳命され、秘密を墓場まで持っていくことを、旭日重工取締役会の皆様の前で確約いたしました。

その方は次の組閣で、国防大臣としての入閣が確実視されておられるやに聞き及んでおります。


すぐに忘れてくださってよいのです。


このわたくしの名、「岡島緑郎」という男の名を、「岡島緑郎」という男がいたことを、せめて一度、その方のお耳に入れていただくことはできませんでしょうか!

もし…… そうしていただけるならば。自分はこの世に何も思い残すことはございません。





君のセンスというものは十分に分かった。


実験の終盤、君は半狂乱の状態でも「極秘事項」に言及しなかった。だが私に言わせればそれは全く評価に値しない。実際かなりきわどい場面もあった。

君は、自分の一存と認めるのが不本意だったのだろう? その鬱屈した思いが、意識下でああいう冒険物語に結晶した。違うかね?

事情を知る者には一目瞭然だからね。興醒めするばかりだったよ。あの一件と今回の実験は、全く、何の関係もないというのに。


我々はもう少し若者らしい斬新な発想を期待していたのだがな。正直言って失望した。



しかしどうだね。トゥーハンドだか何だか知らんが、何かと言えば銃を振り回すスタイルはもう古いとは思わんかね?

今どき古臭い西部劇を見るために、高い金を払って映画館に足を運ぶ者もおるまい?

ましてや社の業務なのだ。幼稚で自己中心的な妄想を延々と垂れ流すだけじゃ、いくら何でも芸がなさすぎるだろう?

せめて、我々年寄りには到底理解しがたい、魂の奥底で腐臭を放つ汚泥みたいなものを見せてくれなくては! 会社も無駄に給料を払ってるわけではないのだよ。 


いいかね君。戦争も、より一層洗練されたスタイルで行われる時代が到来しつつあるのだ。


味方の血を一滴も流すことなく、敵国を壊滅させられる方法。そんな方法があったら、飛びつかない国があるかね?


今や情報は兵器なのだ。化学兵器、生物兵器、いや核兵器にも勝る威力を持った、情報兵器が開発されつつある。


何しろ、二本足で歩く敵兵をすべて寝返らせてしまうことも可能だ。


敵の指導者は宮殿の中に一人閉じこもっておびえるしかない。彼の王国は彼の脳内にあるだけ。それも次第に侵食されていく。

我々が開発を目指しているのはこのようなものだ。


思うに、君には時代認識が欠けていたようだ。君の感覚は我々よりずっと切実に、この時代を捉えていると思ったのだが。


何度でも言う。


君には失望したよ。





BAD END


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