夏目漱石「西住ちゃん」 (314)



 親譲りの頑固者で怒られてばかりいる。
 小学校に居る時分戦車の主砲から飛び降りて姉の腰を抜かさせたことがある。
 何故そんな無闇をしたと聞かれると大したことはない。
 真夏の日、砲塔から首を出していたら姉が、そこの池で水浴びでもどうだ。危ないから絶対に飛び降りるなよと云ったからである。
 泥まみれで帰って来た時、母がまなじりを吊り上げて主砲から飛び降りる奴があるかと云ったから、この次は綺麗に着地してみせますと答えた。

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 中学になると私と姉は西住流西住流とちやほやされるようになった。
 だがどうにもこの西住流というやり方が気に食わない。
 撃てば必中守りは固く進む姿は乱れ無しとお題目を掲げてはいるが闇雲に前進し殲滅しているようにしか思えぬ。
 母は家元で金に困っていないものだから質の良い戦車で引き潰していくこの流儀はそれなりに理が通る。
 では金がなく碌な戦車を揃えられない人はどうするのかと聞けば、そんな者に戦車を率いる資格はないと云う。
 その物言いに腹が立ったので貧乏人からは月謝が取れないから大変ですねと云って年上の門下生をぼこぼこにしてやった。
 母は大層怒ってお前のような者の顔は見たくないと云うから、門下の逸見という奴の部屋に押しかけて飯をたかっていた。

 そんな私も高校生になり迎えた全国大会決勝戦にて、チームメートが駆る戦車が落盤で水没した。
 戦車の中は安心安全であるとはいえ、水は漏るし空気も限られるのだから放っておいて良いはずがない。
 私以外の奴らはぼけらと見ているものだから仕方なく川に飛び込み救助活動に従事した。
 その隙を突いて卑怯なロシアンかぶれどもは私の降りたフラッグ車を撃破しやがった。

 積年の恨みを晴らすかのように逸見がねちねちと嫌味を云って来る。
 姉は怒っていないように見えたが何分寡黙で止めろとも云わないので逸見は増長する一方で、終いにはチームメートたちもお前のせいで負けたんだと喚き立てた。
 まあ云っているのは逸見を除けば最上級生で、最後の戦いで優勝を逃したのが悔しかったことは私にもわかるから言い訳はせず頭を下げた。
 問題は母で、門下生をぼこぼこにした時が霞むほどの勢いで怒ってお前に西住流を名乗る資格はない。どこへなりとも行ってしまえ。と云う。
 売り言葉に買い言葉でそうですかさようならと家を出たのがつい先日のことである。



 転校生というのは物珍しいからちやほやされるのだと思っていたが、誰も話しかけてこない。
 大洗女子学園の生徒は余程奥ゆかしい乙女なのか私が余程話しかけ難いのか考えていたら教科書を落とすわ筆箱を落とすわそれを拾おうとして机に頭をぶつけるわと醜態を披露してしまった。
 するときみ、昼食でもどうだいと話しかける者がある。見れば同級の武部沙織と五十鈴華である。
 武部さん五十鈴さんと応じれば何故名前を知っているのだと訝しがるのでクラス全員の誕生日まで把握しているぞと云ったら面白いやつだと笑われた。

 食堂の飯はなかなか口に合ったのだが武部の止まらないおしゃべりと五十鈴の大食いには閉口した。
 私は駆け落ちでも何でも無く実家が遠いから一人暮らしをしているに過ぎないと云っているのにそんなはずはないと適当な理由を並べ立てるその頭の速さにはいっそ感心した。
 五十鈴はというと適当に武部に突っ込みながら凄まじい勢いで飯をかっこんでいた。お嬢様然として居るのに人は見かけによらぬものとはよく云ったものだ。

 教室に戻るとチビと牛女と性悪そうな片眼鏡が西住みほと名指しで探しに来た。
 呼ばれる謂れは無いと云ってやったら戦車道の授業をとれと云う。
 私は人間として正しい行動が非難される戦車道と云うものに心底嫌気が差して居たのであるがチビの話術に押し切られてしまい反論すらできなかった。
 その日の午後は気分が乗らず上の空で、教師から保健室で休めと云うお言葉を頂いたのでありがたく休ませていただくことにした。
 何故か武部と五十鈴が付いて来たのでもう戦車道はやりたくないのだとぐちぐち柄にもなく語ってしまったのだが、武部と五十鈴はきみの味方をすると云ってくれたのが少しだけ嬉しかった。

 そんな折、生徒会が戦車道を勧めるプロパガンダ映像を上映した。
 何が淑やかな女子か。西住流を見てみれば母は小言ばかりだし姉は無口、同輩の逸見は歪んだ人格の持ち主だ。
 あのチビは生徒会長だったらしく戦車道を取れば学食が只になるだの遅刻を見逃すだのどう考えても生徒会の権限ではできないであろう嘘八百を並べ立てる。
 まさかとは思っていたが武部と五十鈴はあっさり騙され私に戦車道を一緒にやろうと云ってくる。武部よ、戦車道をやっても異性の目を引くことはないぞ。保健室での感動を返せ。

 翌日、色々考えたのだが私はやはり戦車道にほとほと嫌気が差しているのだと云った。
 すると武部と五十鈴は戦車道に付けていた印に訂正を入れ私と同じ科目を選択し直して居る。
 何故そんなことをする。きみ達の選択を変える必要等ないのだ。と云ったら友達とは一緒のほうがいいぜ。と武部。
 きみ、我々が戦車道を取ったら思い出したくないことまで思い出すのだろう。と五十鈴。

 どのような情報系統があるのかすぐさま生徒会に呼びだされ戦車道を取らないと退学にしてやるなどと脅されたが、考えが遅く言葉のない私に代わって武部と五十鈴がチビに反駁を続けてくれた。
 私は今まで姉以外の者と親しくすることがなく逸見を舎弟のように使っていただけであったから、武部と五十鈴の無償の行動にどこか感慨を覚えていた。
 しかし黙っていれば五十鈴と武部も学校から追い出すと云うので私は脅しに屈した。
 こうして大洗女子学園の戦車道が始まることとなる。

とりあえずここまで
総集編OVA抜きのアニメと同じ構成でやります

あ、ガルパンです



 校庭の端っこのうらびれた赤煉瓦のガレイジに集合せよと伝えられたからここに居る。
 武部と五十鈴は私を庇った殊勝さなどなかったかのように上機嫌である。
 そういえば半ば恫喝されて戦車道を取ることになったのは私だけだ。
 彼奴等は基より戦車に乗りたかったのだから楽しみで当然であった。

 一人二人と選択者が集い、終には十五を越したところにチビ達がやってきて二十一人となった。
 片眼鏡が本日より戦車道の授業を始めると云うのでまさか貴様らが教えるなどと寝言を抜かすのではないなと検めたところ否。
 では戦車はどこに在るのかと武部が聞くとガレイジの中に在ると牛女が答えた。
 果たしてガレイジの中にはぼろぼろの襤褸雑巾のような戦車が鎮座していたがよくよく見ると転輪もエンジンも無事で修理は可能と見える。
 これならやれるかもしれぬと呟いたのを武部が大げさに囃し立てるので騒ぐなと小突いてやったらやだもーとのたまう。

飯離脱
今晩中に三話までやれたらいいな
ネタバレ注意入れ忘れましたが序で映画版のネタバレ若干あります

 時に戦車はこの一両しか見当たらぬがこの人数に対して一両では些か、いや全く以て足りぬように思える。
 では残りの戦車をどうするのかと問えば学園艦の何処かに在るから探して来いと仰る。
 やい巫山戯るなこのちんちくりん、貴様は戦車を昆虫か何かと間違えて居るのではないかと怒鳴りつけたが無いものは無いから探せの一点張りである。
 存外この女は上背のなさに対して中身が大物と見えた。

細かいところをつついてすまないが
正確には「一輌」

>>33
ありがとう。知ってたんだけどうちのお馬鹿なIMEではその漢字が出てこなんだ…

 なんとはなく知りあい同士で固まり三々五々に散っていく。
 武部が腹案が在ると云うものだから着いて来てみれば学園の駐車場に戦車が在るわけがない。
 武部に期待したのが間違いだったと笑ったら武部武部と云わず沙織と呼べと云うので押し切られ、ついでに五十鈴のことも華と呼ばされることになった。
 ここで私達のことを付かず離れず追い回している不埒者の気配を捉えたので堂々とすれば良ろしいと云ってやったら、えらく髪がもっさりとした女であった。

 聞けば私のことを知っており一緒に戦車道ができて光栄ですなどと云うものだから、これは中々気分が良い。
 髪がもっさりした女は秋山優花里と名乗った。
 沙織と華はよくて彼奴だけ秋山と云うのも可哀想だから優花里と呼ぶことにする。

 優花里を仲間に加えて山間部、本当に何故船の上に山があるのか謎だが山間部を捜索していると華が鉄臭いと云い出す。
 華道の家元だという華の嗅覚を信じて下草をかき分けかき分けゆくと在った。戦車である。
 錆とビスだらけだし小さくてさっきのより弱そうだと身もふたもないことを沙織が云うと優花里が何を仰いますか武部殿と38tの良さについて語り出す。
 髪がもっさりしているだけではなく戦車がとても好きなようだ。
 私も戦車乗りとして最低限の知識は備えているが、優花里には負けそうだ。

 翌日。戦車を洗車すると片眼鏡が大真面目に云うので笑いを堪えるのが大変だった。
 チビ会長も座布団一枚。と上機嫌だ。
 もちろん私達も汚れを考慮して体操着で臨んだが副会長の牛女は白水着という斜め上をゆく発想を見せた。
 制服の上からでも牛女だと思っていたが布切れ一枚になると言葉が出ない。

 戦車を綺麗にして水抜きを終えると疲れ果ててしまった。
 それにしてもあれほど襤褸雑巾だったⅣ号がここまで綺麗になると、戦車道なんざくそくらえと思っていた私ですら良い心持ちである。
 沼に沈んでいた車体も在るというのだからそれらを一晩で直した連中はどこのどいつだと片眼鏡に聞いたら自動車部だという。
 自動車部とはなんだと聞けば倶楽部活動だというから驚きだ。

 その晩は沙織が私の部屋に来て飯を作ってくれた。
 確かに美味しい肉じゃがだったが味噌汁は逸見の家で食った物の方が美味かったように思う。九州とこちらでは味噌が違うのだろうか。
 なお、食材は折半であったが家主が全て負担した米を大量に食ったのは華である。いずれ借りは返してもらおう。
 借りといえば登校路で千鳥足の生徒を見かけたから肩を貸してやった。
 曰く低血圧で200日以上遅刻しているとのこと。それはもう病気ではないかと云うと体質だと一歩も譲らぬ。
 義理堅い性格な様で助けてもらった借りは必ず返してくれるらしいので期待せずに待つことにした。

 戦車も揃ってようやく授業が始まる。なんでも戦車道連盟から教官を呼んだそうだ。
 一体どんな奴が来るのかと思っていたら飛行機から戦車を落下傘で降ろし、その戦車で校長のフェラアリを丁寧に二度轢きしてご登場なすった。
 一度の接触は事故だとしてもわざわざ轢き直してきたのだからこの教官はやばい奴に違いない。
 教官は蝶野亜美と名乗った。母の弟子だそうで私によろしく伝えてと仰ったが西住流を名乗ることを許されぬこの身では不可能でありますと答えておいた。

 そもそも校長の車を破壊した教官をどうよろしくお伝えすればいいのか私には理解しかねる。
 私が不機嫌にしていると沙織が気を利かせて教官はモテるのかと質問した。
 教官はモテるというより百発百中だとよくわからん答えで茶を濁した。
 戦車をやる女がモテたという話は門下で聞いたことがないのでこの教官もモテないと思うと沙織に伝えるとあからさまに落胆していたが知ったことではない。
 教官はいきなり模擬戦をすると云うので初心者の面々は不安そうにしていた。
 曰く戦車なんてばーと動かしてだーと操作してどーんと撃てばいいとのことでいよいよもって不安そうである。

 それでも人間やればできるもので全ての車輌が所定の位置についた所で模擬戦が開始した。
 我々Ⅳ号は車長を沙織、砲手を優花里、運転手を華、そして装填と通信を私が行うが遭遇戦なので通信の仕事はほぼない。
 そんなわけで気楽に構えていたのだが教官のせいで私が戦車道の名家出身と知った面々は徒党を組んで襲いかかってきた。
 華が慌てて逃げる先には人影が横たわっている。危うく轢き殺すところだったが彼女が戦車によじ登ってきたため事なきを得た。

二話終了です
三話まで行かず申し訳ないですが今日はここまで

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