コバヤシ「人間椅子」 (62)

「コバヤシ、」

「コバヤシ、元気か?突然こんな手紙を送り付けて、申し訳ない。やっと手紙を満足に書ける暇が出来たんだ、許してくれ」

「あれからもう、2カ月経つな。アケチ先輩は相変わらず忙しいか?捜査を手伝うのはいいが、お前も無理するなよ。」

「俺は今、コバヤシに会う時のために頑張ってる。厳しいけど、成長を感じるよ。」

「今度、来ないか?久々にコバヤシの姿も見たいし、近況も聞きたい。」

「しかしもう、あれからこんなに経つなんて驚きだ。今でもふとした時にあの頃を思い出す。夏だったな…」
 

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ハシバ「コバヤシ、今日もテストさぼったのか?」

コバヤシ「だって、つまらないんだもん。それより、今日はアケチ先輩が面白い事件の捜査に行くんだって。だから5時間目は早退するつもりだよ。ハシバくんも来る?」

ハシバ「コバヤシ、お前な…。もうそろそろ進路の事とか見えて来る時期なんだぞ、そんな生活送ってちゃ…」

コバヤシ「だから、僕はアケチ先輩の助手を務めてくつもりだって」

ハシバ「冗談じゃないぞ、そんないつどうなるかも分からない職なんかよりもコバヤシに適した進路はあるはずだ」

コバヤシ「…どうしてハシバ君は、そんなにボクの将来を気にするの?ボクはボクのやりたい道に進みたいだけだよ」

ハシバ「それは…僕はコバヤシのと、友達として心配してるだけで…」

コバヤシ「友達なら、僕のやりたいコトを応援してほしいんだけどな」

ハシバ「いやいやだからコバヤシ、やりたい事をやってるだけじゃ世の中…」


ハナビシ「みなっさーん!授業をはじめますよー!」

コバヤシ「それじゃ、またねハシバくん」

ハシバ「あ、ああ…」
 

ハシバ(…最近、コバヤシの態度がどこかそっけなくなってきてる気がする)

ハシバ(無理もないだろうな…でも、俺は…ハシバコンツェルンの跡取りとして、コバヤシのゆ、友人として…あいつをほうっておけない)

ハシバ(それに、コバヤシと…………………………)

ハシバ(……ああ、俺がもし男じゃなかったら…)

ハシバ(…って!何を考えてるんだ俺は…!とにかく、事務所に向かおう…)




アケチ「コバヤシ?ああ、先に警察のほうに行かせた。ちょっとしたお使いでな」トンットンットンッ

ハシバ「アケチ先輩は行かなくていいんですか?」

アケチ「いや、大した事件じゃないしな…それに、ちょっと疲れてる」サラサラ

ハシバ「二十面相が死んだ今も、まだまだ事件は減ってないですからね…」

アケチ「それもあるんだが…、とにかく、座れ」グビッグビッ

ハシバ「ああ…、失礼します………って、こんな椅子、ありましたっけ」

アケチ「無かった。ついさっき、あいつの使いが勝手に置いていってな」
 

ハシバ「あいつ…?」

アケチ「黒蜥蜴だ。なんでも自分の逮捕記念日だとか何とかでな…追い払おうとしたんだが面倒なことになって、結局俺が折れた」

ハシバ「面倒な事…ていうと、もしかしてコバヤシが欲しがった、とかですか」

アケチ「…お前、コバヤシを知り尽くしてるな」

ハシバ「そっそそ、そんなんじゃありません!」

アケチ「あいつ、家具なんか興味もないくせに、彫刻がキレイとか座り心地がいいとかしけた事務所に華が必要だとか駄々こね始めて……」

ハシバ(想像つくな…)
 

ハシバ「でもこれ、本当に綺麗ですよ。木材も皮も質のいいのを使ってるみたいだし、彫刻も相当腕のいい職人の業みたいです」

アケチ「お前、こういうの詳しいのか?」

ハシバ「ええ、父がアンティークのコレクターなもので…」

アケチ「さすがは御曹司ってとこだな…」

ハシバ「別にそういうんじゃないですよ。にしても、どうして黒蜥蜴さんがプレゼントに椅子を?」

アケチ「あいつの事だ、疲れてるだろうから椅子にでも座って休め、なんて気を遣ったつもりなんだろ」

アケチ「お陰で疲労が3割増、いや5割増だがな。久々に重いもの運ばされて、膝がいった…今度会ったらただじゃおかん」ギリッ

ハシバ「お疲れ様です…」
 

ハシバ「たしかにこの椅子、すごく大きいですね…装飾といい、事務所の雰囲気とも浮いてる気が」

アケチ「なんでも、もともとは外人向けの高級ホテルのラウンジにあった椅子だったそうだ。それから政府高官の邸宅だったかで使われてたのが、売りに出されたのを買い取ったらしい」

ハシバ「いくらしたんですか…」

アケチ「さあな。あいつはあれでも腐るほどカネはあるし、どうせ大した出費じゃないだろう」

アケチ「…そろそろ、眠くなってきた。俺はしばらく寝る、コバヤシが帰ったら起こせ」

ハシバ「わかりました」




アケチ「………………」スースー

ハシバ(でも、この椅子はすごいな…なんていうか、ただ細工が綺麗なだけじゃなくて、全体に…作り手の執念、みたいなものを感じるというか)

ハシバ(特に、この足回りの彫刻なんか…)

ハシバ(…あれ?なんだ、この溝?)

ハシバ(よく見ないとわからないほど巧妙に隠されてるけど…座面を囲うように、溝がある。古い木材が伸縮して隙間が出来た、ってふうでもないし)

ハシバ(…まさか)グイッ



パカッ


ハシバ「!」

ハシバ(座面が…あ、開いた…)
 

ハシバ「……この椅子、やけに大きいとは思ってたけど…」

ハシバ「…背凭れも、脚も。肘掛けも…内部にぽっかり、空洞がしつらえてある」

ハシバ(……まさか、まさかだけど…)

ハシバ「ん…うーん、と…」ズルズル


ハシバ(本当に這入れた…)

ハシバ(上に人間を載せるだけじゃなく…内部に、人間を収納することを目的に作られた椅子)

ハシバ(……人間椅子…!)


ガチャッ


ハシバ「!!」
 

コバヤシ「アケチ先輩、警視庁の捜査情報を…って、寝てるんですか、アケチ先輩?」

アケチ「…いや、起きた。お前の足音はうるさい、静かに歩け」

コバヤシ「すいません、アケチ先輩。警視庁で受け取ってきた資料と、先輩の指示した質問への解答メモです」

アケチ「ご苦労だったな…そういえば、ハシバは?」

コバヤシ「ハシバくん、ですか?見てませんけど…」

アケチ「ひとりで帰ったか…まあいい、コバヤシ、俺が資料を読んでる間にコピーをそこにファイルしておいてくれ」

コバヤシ「はい、アケチ先輩…あれ?」

アケチ「…ん、どうした?その椅子がどうかしたか」

コバヤシ「……………」

コバヤシ「いや、なんでもありません。気のせいでした」

アケチ「はあ…とにかく、すぐに終わらせておけ。その後は…」



ハシバ(………まずい…)

ハシバ(とっさに椅子の中に隠れちゃったけど…まずい、この状況は……!)
 


アケチ「はーい、アケチ先輩」ボスッ

ハシバ(うおああああああああああああああああああ)



アケチ「えーと、このファイルは…」グネグネ

ハシバ(うおあああああああああああああああああああああああ)



アケチ「…これ、かあ」

ハシバ(うおあああああああああああああああああああああああああああああ)
 

ハシバ(何も見えない闇の中で…皮一枚隔てて…コバヤシの重みが…コバヤシの身体の、体温を伴った肉感的な重みが……俺の胸の、腰の、腿の上に、、、、、、、)

ハシバ(コバヤシの華奢な背中の肉のうごめきが、、薄い肉の層に包まれた小さな心臓の鼓動が、、、肩胛骨のうねりが、、、、弾力ある尻の肉が、、、、、程よくしまった太ももが、、、、、、)

ハシバ(俺の、俺の肉体を直に蹂躙する…!!)

ハシバ(ああ、しししかも…コバヤシの匂いが…香水の匂いでもなんでもないのに、どこか道端のお花を思わせるような、コバヤシの生の匂いが…直に…直に!)


アケチ「なるほどな、またこいつの事件か」

コバヤシ「ナカムラ刑事も話してましたよ、手口がおんなじだって」


ハシバ(そのうえ…コバヤシの鈴を転がすような生声が、その細い喉元の肉の震えが、俺の胸元の上で………直に、直に、…直に!!)

ハシバ(一体…!俺と、コバヤシの肉体が、もはや一個体……!ある意味これ、肉体的接吻…………!!)

ハシバ(世界…ここはもはや、コバヤシという…世界……コバヤシという空間に圧迫されている……!)

ハシバ(まずい、鼓動が……は、鼻血も……い、息切れ…する…………)ハァッハァーハァー



コバヤシ「…あれ?ハシバくん?」


ハシバ「!!!」
 


アケチ「なんだ?」

コバヤシ「今、ハシバくんの声が聞こえたような気が…」



ハシバ(まずいまずいまずい…!)ハァハァ

ハシバ(俺は変態じゃないのに、俺は断じて変態なんかじゃなくて断じてそういうのと違って違うのにこんな変態的状況にあるのがバレたらまるで変態なんかじゃなくて俺は違うのであるけどコバヤシにあたかも俺が変質者のような印象を与えるようなことがあっても俺は変態じゃないのに俺はああああああああああああ)ドキドキドキドキ

ハシバ(あああ、汗が…まずいまずい汗の臭いがしたらバレる、し、しかも今気づいたけどこここ股間がコバヤシの尻に……!違う落ち着け落ち着け俺は変態じゃないしコバヤシもわかってくれる俺は変態じゃないからだいじょうぶだだいじょうぶ落ち着けおっっ、落ちっつ、ぉ落ち着けおち)ドキドキドキドキ



コバヤシ「…気のせい、だったのかな…?」

アケチ「俺には聞こえなかった。気のせいだろう」


ハシバ「……………………………」ダラダラダラ
 


コバヤシ「それじゃあアケチ先輩は、犯人は他にいると考えてるんですね!」

アケチ「憶測だがな。あとは実際に聞いてみればはっきりするだろう」

コバヤシ「なるほど、さすがアケチ先輩です!」



ハシバ(………………………………)ダラダラ



アケチ「後は明日だな。コバヤシ、今日はもう帰っていいぞ」

コバヤシ「はい、アケチ先輩」



ハシバ(……………………………………)ダラダラダラ

ハシバ(…………………やっと、終わる…この、状況から…解放される……)ドキドキドキドキ



コバヤシ「あ、それから、アケチ先輩」

アケチ「なんだ」

コバヤシ「この椅子なんですけど…」



ハシバ「っ!!」

ハシバ(バババババババレた!?いや大丈夫だほとんど微動だにしなかったし万が一バレたとしてもこんな状況にならざるをえなかったのは偶然という確固たる事実の前には何人たりとも寄せ付けない事実があることをコバヤシに説明することであるからして)ガクガクガクガク
 

コバヤシ「勝手に捨てたりしないでくださいね、ボク、気に入りましたから」


ハシバ「!?」


アケチ「そんなに良かったのか?その椅子」

コバヤシ「はい、最高の座り心地でした。これまでの人生で座った椅子の中でもベストです」

アケチ「…どうせ、動かすのも一苦労だ。買い取りたいと言い出す酔狂でも出ない限りは、置いておく」

コバヤシ「ありがとうございます!アケチ先輩にも慈悲の心があったんですね」

アケチ「人をなんだと思ってる。邪魔になったら容赦なく売っぱらうからな」



ハシバ(…………………………………………………………………………)ビュクッビュクッ
 

ハシバ(その日から、俺の椅子としての生活は始まった)

ハシバ(学校が終わった後、使いの車でコバヤシより先に急いで事務所に向かう)

ハシバ(アケチ先輩は最近二十面相関係で忙しいらしく、午後4時頃まで事務所を空けてるみたいだ。アケチ先輩が帰る前に事務所に着いたら、こっそり作っておいた合鍵で侵入)

ハシバ(鞄は『椅子』に隠し、すばやく『椅子』になってコバヤシを待つ)

ハシバ(…………足音が聞こえてから……3、2、1…)


ガチャッ


コバヤシ「アケチ先輩、コバヤシです」

コバヤシ「…今日もいないのかあ。待たせてもらいますね」コツコツ


ハシバ(そして、俺の出番だ)


コバヤシ「よいしょっと」ボスッ


ハシバ(ここが最初の大事な役割…自分の体をサスペンサーにして、コバヤシのダイブを精一杯やさしく受け止める!)

ハシバ(たくみな腕使い、そしてまごころが重要だ)
 

 
コバヤシ「……」ペラッペラッ


ハシバ(コバヤシはアケチ先輩が帰るまでの10~20分程度を主に読書に費やす)

ハシバ(読書という行為は最も身体のリラックスを要求する行為…俺には椅子としての最高のパフォーマンスが要求されるわけだ)

ハシバ(まず、この椅子はもともと外人用にあつらえられた椅子、そのうえ内部の空間のために相当大きなものとなっている)

ハシバ(身体に合わない椅子で生活するのは健康にもよくない。そこでまずは股を開き、俺の股間にコバヤシの尻をフィットさせることで対応する)

ハシバ(一応言っておくが、やましい気持ちは一切ない)

ハシバ(腰も気持ち前に置き、コバヤシのほっそりとした下半身にベストな環境を構築する)

ハシバ(コバヤシの未発達で小柄な上半身もだ。コバヤシはこの椅子の高めの肘掛けはあまり使わない)

ハシバ(おかげで俺の両腕はフリーとなり、コバヤシの健康的な背中をしっかり背面にフィットさせることができる)

ハシバ(一応言っておくが、やましい気持ちは一切ない)
 

コバヤシ「ふあーあ…」

ハシバ「眠そうだな」

コバヤシ「この頃二十面相の事件が増えてきて、忙しくって」

ハシバ「まったく、いい加減にしろよ…」

ハシバ(……こうして見ると…俺は、コバヤシの友人なんて言っておきながら…コバヤシのことをまるで知らなかったな)

ハシバ(コバヤシの制服の下に隠れた小柄なボディ…張りがちな小さい肩が動くたびに、俺の胸板の上を這う肩胛骨の出っ張り)

ハシバ(刺繍の縫糸のようにそのスマートな背中を貫いてクネクネ踊る背骨のライン、陶器のように美しい曲面を描いて張り出す骨盤、控えめな尾骶骨の突起…そして、弾力に富みつつも程よく肉の締まったお尻の双丘)

ハシバ(腋や腿まわりの動脈に感じるあたたかな血の流れ、呼吸に合わせてしずかに上下する肋骨、分100くらいの小動物みたいな鼓動、コバヤシがひとりで退屈な時に口ずさむ演歌、そよ風のような溜息、8分の1拍子で刻む貧乏ゆすりのリズム、へんな寝言、コバヤシの髪の…)



コバヤシ「…?ハシバくん?僕の顔になにかついてる?」

ハシバ「…ああ、いや、顔じゃなくて…、いや、何でもない。とにかく、睡眠はちゃんととれよ」



ハシバ(…ああ、こうして顔を合わせてるときとは、コバヤシがまるで違う生物みたく思える)

ハシバ(俺が『椅子』なら…コバヤシの肉体を、飾らない一挙動一投足を、直に、野性的に受け止めてあげることができる)

ハシバ(きっと、これがスキンシップ…ってやつなんだろうな)

ハシバ(くっ、座られたい…今すぐここでコバヤシに圧迫されたい……でも、今の俺はコバヤシの友達、ハシバコンツェルンの御曹司、優等生…)
 

 



コバヤシ「~♪」ペラッペラッ



ハシバ(…ん、きょうのコバヤシ、右肩胛骨の周りがちょっと凝ってるな……4時間目の国語で変な姿勢で居眠りしてたみたいだし、それで肉が張ったのか?指をかませて、ほどよく刺激しておくか)

ハシバ(もちろん、姿勢の固着は血行を妨げる。コバヤシには悟られないほどのスピードでソロリソロリと身体を動かしてやるのも大事だ)

ハシバ(コバヤシ、気付いてないんだな…自分の身体を包んでるクッションが、血の通った人間の肉…まして、俺の肉体だってことには)



コバヤシ「ん…んあー―…あ…」

コバヤシ「………すー…すー……」



ハシバ(コバヤシが眠りに落ちたら、揺りかごのように太ももを揺らして快適な睡眠をサポートするのも俺の役目)

ハシバ(ああ、コバヤシの寝息…もし出来ることなら、左右に設けたスリットから腕を出してコバヤシの愛らしい身体をやさしく抱き締めてあげたいけど…)

ハシバ(コバヤシが俺のことを知ったら、きっと軽蔑されるし…最悪、お縄だ)
 

 
 
コバヤシ「……すー……すー………たかあしがに…ですか…?……」




ハシバ(でも、いいんだ。椅子のなかは窮屈だし、息苦しいし、蒸し暑いけど…ずっと、自由だ)

ハシバ(こうしてコバヤシに接することができるし…何より、コバヤシが俺を…いつも口うるさくて融通の利かない『優等生』の俺を、初めて認めてくれた)

ハシバ(俺は俺に出来る方法で、コバヤシに尽くす。そう決めたんだ…たとえ、人間としてじゃなくても……)

ハシバ「コバヤシ…俺、がんばるよ……」

コバヤシ「……すー……すー……」
 

ハシバ「きょうのテストも白紙で出したのか…追試が溜まってどうしようもなくなるぞ」

コバヤシ「大丈夫だよ、すっぽかせばいいだけだから」

ハシバ「大丈夫じゃないぞ、それは…コバヤシ、本気出せばいいだけなのにどうしてお前は…」

コバヤシ「僕より、ハシバくんのほうが大丈夫なの?」

ハシバ「えっ?」

コバヤシ「ハシバくん、最近アケチ先輩のところに来てないよね。それになんだか疲れてるみたいだよ」

ハシバ「それは…、ちょっと家のほうで忙しくてな…、とにかく、俺は大丈夫だから。コバヤシは自分の心配をしろ」

コバヤシ「はーい」タッタッタッ

ハシバ「ちょっ、どこ行くんだコバヤシ!」

コバヤシ「アケチ先輩のとこー」タッタッタッ

ハシバ「勉強もしろよー!!」

ハシバ「はあ…」

ハシバ「………」



ハシバ「」シュバッ…タッタッタッ

部下「ぼっちゃま、お車はあちらに」

ハシバ「きょうは遅れてる、急いでいつものとこまで回せ!」タッタッタッ
  

 
 
ブロロロロ

 

部下「ぼっちゃま、近頃あそこに通い詰められておりますが…そんなに、大事なのですか」

ハシバ「…」

部下「お父様も心配しておられます。学業の方に差し支えてはいらっしゃらないかと」

ハシバ「…」

部下「失礼ながら、ぼっちゃま自身も疲れが溜まっているように見受けられます。わたくしとしては、お父様に従って……」

ハシバ「ここでいい。ご苦労だった」バダン

部下「………」



ハシバ「はぁ、はぁ…間に合った」

ハシバ(汗が乾いてないけど…大丈夫だろ)

ハシバ(椅子の中に芳香剤を入れておいた。コバヤシのためでもあるけど、一番は俺の臭いを隠すため)

ハシバ(それに、皮にもスリットを増やして風通しもいいし、もう、椅子の中の方が快適に思えてくるな…このままここに棲もうか、なんて…)


 
ガチャッ


アケチ「…つまり、思い当たる犯人はいない、と」コツコツ

中年男「ええ、そうです。ま、なにぶん職業柄、恨みを買う相手は多いですからな」カツンカツン


ハシバ(…アケチ先輩と…、知らない男……何かの聴取、か。コバヤシはまだみたいだな、あいつの事だしおおかたどっかに寄り道でもしてるのか…)
 


アケチ「…では、事件について話してもらおうか」

中年男「はいはい、そうですなあ…まずは脅迫状が届いた日の事から…」ドッカリ

ハシバ(うぅっ…このおっさん、重い……)

ハシバ(くっ、俺はコバヤシを載せるために急いで来たっていうのに…こんな煙草臭いおっさんの尻肉を載せなきゃならないなんて…!)




中年男「…んまあ、そんなとこですかな。ま、ともかく大した話じゃありませんわ」コツコツ

アケチ「なるほどな…気になる点はだいたい聞かせてもらった」

中年男「それじゃ、私はそろそろいいですかな……ところで、話は変わるのですが」

アケチ「?」

中年男「この椅子…どこで手に入れられたものです?」

アケチ「ああ、それか…知人に、プレゼントされたものだ。詳しくは知らない」

中年男「ほう…この椅子、もしよろしければ…わたくしにお売りいただけませんでしょうか?」

ハシバ「!?」
 

アケチ「…そんなに良いのか、その椅子」

中年男「ええ、この細やかな彫刻、上質な皮、ゆったりしたサイズ、そして座り心地。全てがいたく気に入りまして…これでもわたくし、結構な古家具蒐集家でしてね」

アケチ「……その椅子、見た目どおり相当な重量だが…、この屋上から運び出せるのか?」

中年男「心配は要りませんよ、知り合いの業者に依頼しますんで。んーそうだな、30万…てなとこでしょかね、見たところ」

アケチ「……」

ハシバ(……まさか、アケチ先輩…)

アケチ「…いいだろう。図体ばかり大きくて邪魔に思ってたところだ」

ハシバ(…………………そん、な)
 

中年男「おほぉー、ありがたい!そんじゃさっそく、今日運ばせてもいいでしょうかね」

アケチ「いきなりだな」

中年男「邪魔だちうなら、早めに片付けさせちまったほうがいいでしょう。んじゃーそうだな、どこに頼もか…」ボスッ



ハシバ(……………こんな、こんなあっさり…)

ハシバ(終わる、のか……?)

ハシバ(俺と、コバヤシの繋がりが……)

ハシバ(椅子としての俺が………)

ハシバ(…………………………………………………)
 

 
PC『ピコーン』


アケチ「…こんな時に…メールか。送信者はハシバ……」

アケチ「………………!?」

中年男「?…大丈夫ですか?」

アケチ「…すまん、急用ができた。すぐ戻る。椅子は勝手に運び出してくれ」ダッ

中年男「えっ、ああ、わかりましたわ」

アケチ「くそっ…」ガチャッ



中年男「………何事、でしょか」

中年男「まあ、いいわ。とにかく業者に…」


ズボッ


中年男「あ、あぁああ!?」

中年男「あがっ、な、あ゛あっ、がっっ…………」バタバタ

中年男「…か…っ………………………」バタッ


 
 

 
 
 ガチャコン!



ハシバ「犯行計画は咄嗟に思いついたものだった」

ハシバ「まず、椅子の中から携帯でアケチ先輩のPCに緊急メールを送る」ピッピッ…ピロリロリン


PC『【緊急】ハシバより:××二丁目の交差点で、二十面相と思しき人影を発見。急ぎ追います』

アケチ人形『なにっ、二十面相!急ぎ向かわねば!』ピュー


ハシバ「『二十面相と思しき人影』なんて、咄嗟のアイデアにしても適当すぎるけど…アケチ先輩を近所の交差点に誘い出すには十分だった」


男人形『よっしゃー、椅子をもらいますんで!まずは業者に連絡だわ!』

ハシバ「安心して椅子に腰掛けてる被害者を…」

男人形『うわーっ、椅子から腕がぁーっ!どうなってんだ、うがーっ』バタンキュー

ハシバ「椅子のスリットから腕を突き出して絞め[ピーーー]」


椅子『そして…』カパッ

ハシバ人形『被害者の屍体から邪魔な服や靴を脱がせ…』ズルズル

男人形『椅子の中に』チーン
 

ハシバ「それから、俺は被害者の服に着替え、被害者の帽子を深めに被って事務所を脱出。鞄は腹の肉に見えるように整えて懐に隠した」キセカエ

ハシバ人形『被害者も比較的小柄だったから、万が一途中で誰かとすれ違ったとしてもパッと見は気付かれないはずだ』テケテケ

ハシバ「ビルの裏口から出たら、いったん適当な公衆トイレなんかに避難。服や鞄の証拠品はとりあえず俺の鞄に詰め込んで…」ヌガセヌガセ

ハシバ「急いでアケチ先輩のもとへ」


ハシバ人形『あっ、アケチ先輩!すみません、逃がしました…』ハァハァ

アケチ人形『そうか、仕方ないな!ところでハシバ君、『二十面相と思しき人影』ってのはどんなんだったんだ?』

ハシバ人形『えっと、あの手にこう…凶器的なものを持ってて、あの仮面的なあれで、こういかにも二十面相だなって』

アケチ人形『ほう、それは二十面相だったかもな!とにかく事務所に戻ろう!』

ハシバ「ここが一番汗をかいたな…」


コバヤシ人形『あっ、アケチ先輩にハシバくん。どうしたんですか?』

アケチ人形『いやあ、ちょっとな!ところでここにいたはずの中年の男性は?』

コバヤシ人形『見てないですよ?』

アケチ人形『挨拶もなしに帰るとは無礼だな!まあいい、休もうか!』
 

ハシバ「コバヤシがあと少し早く来てたら危なかったかもしれないけど…なんとか無事、被害者の殺害には成功した。あとは…」


ハシバ人形『うんしょ、うんしょ』ズルズル

男人形『なんだい、無理矢理引っ張り出さないでくれよ痛いなあ』

ハシバ人形『それっ』ギコギコ

男人形『うがあああああ』ブシャアアア


ハシバ「アケチ先輩が事務所を空けている間に、アケチ先輩のシャワールームを拝借して屍体を4パーツに解体。もちろん、血痕が残らないよう細心の注意を払った」

ハシバ人形『そしてミニサイズになった屍体に止血処理を施してから、一日1パーツずつ荷物に隠して運搬。ハシバ家の所有する広大な庭園の適当なところに埋める。金持ちっていいね!』ホリホリ

ハシバ「コバヤシを4日もおっさんの屍体の上に座らせるなんて気味悪いけど…、まさかコバヤシも椅子の『中身』が替わってるなんて想像もしないよな」

ハシバ「こうして男は失踪、遺体は永遠に見つかることは無い。そして、コバヤシの愛する椅子は守られた」

ハシバ人形『めでたしめでたし!』ハッピーエンド

 
ババン!

 

 



ギコギコギコ



ハシバ「はぁ…はぁ、はぁ、………はぁっ…………」



ギコギコギコ



ハシバ(もう、引き返せない)

ハシバ(ヒトを、殺してしまった)

ハシバ(なんで、こんなことに…俺は、俺は……)



ギゴギゴ…ゴリッ



ハシバ(…いや、今の俺は…ハシバコンツェルンの跡取りでも、クラスの優等生でもない。コバヤシの友人でさえない)

ハシバ(椅子だ。コバヤシに愛用されるための、それだけの存在でしかないんだ)



ゴギッ………ゴギョッ…グチグチッ……ポキン



ハシバ(人が人を[ピーーー]のは許されないけど…椅子が人を殺しちゃいけない、なんて法は無い)

ハシバ「椅子が過去を悔やんだり、自分を見失うなんておかしな話だよな…椅子はただ、人を快適にするためだけにあるべきだ」



ボトッ



ハシバ「…よし、切り終わった。あとは断面を塞ぐだけ……」



 

アケチ「『失踪人の名はマツムラ タケシ。建設会社の社長。例の二十面相の脅迫状の件について、ここアケチ探偵事務所で話を聞いた後、目を離した20分間のうちに失踪。車にも戻らず、以降足取りを掴めていない』」

コバヤシ「『付近にて怪しい人物の目撃情報があるも、事件との関連は不明。事件・事故の両面から捜査を進める』…ですか」

アケチ「結局、二十面相が関わってるのかは不明、か」

ナカムラ「そそ。なにしろハシバくんの証言も曖昧でね~。彼自身、仕事関係のほか愛人関係なんかも面倒臭くて、恨んでる人は多いみたいだからねえ」

ハシバ「すいません…僕の早とちりだったかもしれないみたいです」

アケチ「確かに、二十面相だったらとっくに殺害の映像が流れてるはずだ。が、現状…犯人は沈黙を守ってる」

コバヤシ「でも、犯人はわざわざアケチ先輩の事務所で被害者を攫ったってことですよね。二十面相じゃなかったら、そんな危険なこと、しないんじゃないですか?」

アケチ「俺への挑発、ってわけか…。」

ハシバ「けど、最後に目撃されたのがここってだけで、被害者がここで誘拐されたとは限らないだろ」

アケチ「いや、被害者の車はこのビルの入口のそばに駐めてあった。ビルから出たなら、お付きの運転手が気付かないとは思えない」

コバヤシ「アケチ先輩、このビルの出入口はひとつじゃありません。何かの理由で裏口から出たのかも」

アケチ「そうだな…、見たところ、確かに一件、被害者と思しき人物の目撃証言がある。2階のテナント、だな。もっともそいつはスタスタ歩いていったようだから、本当に被害者だったかは怪しいが」

ハシバ「うーん、裏口への理由、って言ってもなあ…」

コバヤシ「被害者は恨みを買うことが多かったんですよね?だったら、弱みを握っている人物がいても」

ナカムラ「まあま、それは後で考えるとして。とりあえず簡単に現場検証、させてもらうよ。アケチ君もいちおう容疑者だからね」
 

ハシバ(…警察の現場検証…といっても、犯行現場が確定してない現状、可能性の薄い探偵事務所は大した捜査もされなかった)

ハシバ(大した捜査じゃない、といっても、それなりに綿密なものではあったけど…普通の人間にとって、椅子は椅子、座るための家具でしかない)

ハシバ(大きな椅子の『内部』がどうなっているか…なんて、思考の外…完全な盲点だ)

ハシバ(結局、血痕も検出されることは無く、椅子が容疑者に含まれることは無かった)

ハシバ(こんなにも簡単に、ひとりの人間を殺害することが出来る…これじゃ、世の中の目に見えないところじゃ何が起こってるか分かったものじゃないな)

ハシバ(何はともあれ、こうして俺は…)



コバヤシ「アケチ先輩、まだ調べてるんですか?」

アケチ「ああ、ちょっとな…」

コバヤシ「それじゃボクは、失踪事件の資料をまとめてから帰りますね」モゾモゾ



ハシバ(…コバヤシ、ちょっとももの肉が張ってるな……腰を動かして刺激しとこう)

ハシバ(コバヤシ……椅子は、守ったぞ………)

ハシバ(何があっても…、俺は椅子の務めを果たす……!たとえ気付かれることがないとしても、ただ、コバヤシのために………)

 

ナカムラ「ん~…アケチ君、キミどう思う?」

アケチ「ビルのテナントにいた連中の調書か。ずいぶん多いな」

ナカムラ「平日の夕方だったからねぇ。もう足が棒だよ」

コバヤシ「アケチ先輩は、このビルに犯人がいると考えてるんですか?」

アケチ「それが一番可能性が高い。考えてみろ、犯人が外部の人間として…どうやって被害者を誘拐する」

コバヤシ「そうですね…ここで被害者を気絶させて、スーツケースか何かに隠して運ぶ、とか」

アケチ「無理だ。肥え太った親父を持ち運んで、ビルの屋上から裏口まで行くなんてのは、いくらなんでも怪しすぎる。目撃者も出るはずだ」

ナカムラ「エレベーターもないオンボロビルだからねえ、ここ。こんなとこに被害者を呼ぶなんてアケチ君、たまげたよ」

アケチ「あいつから希望してきたんだ。事務所のアンティークが見たいとかなんとか言ってな」

コバヤシ「それなら…、被害者を何かの口実でビルの適当な場所に呼び出して殺害、屍体を後で回収、とかどうですか?」

アケチ「それも可能性は薄い。よけいに怪しい…二十面相のことでただでさえ警戒してる被害者が、のこのこ付いてゆくはずがない」

アケチ「仮に犯人が被害者の知人なり被害者の弱みを握ってるなり何なりで、被害者を動かせる理由があったとしても…ここでやる理由が無いんだ」

ナカムラ「そだね~、わざわざ天下のアケチ探偵事務所で犯行に及ぶなんて、大胆だもんねえ」
 

コバヤシ「でも、アケチ先輩も言ってたじゃないですか。二十面相はアケチ先輩を特別視してるって」

アケチ「ああ、そうだ。だが、リスキー過ぎる…被害者が電話一本、いや書置き一枚だって残した時点でアウトだ」

アケチ「第一、このビルにはテナントを除いた、自由に行き来できるスペースは廊下と階段くらいしかない。裏口を出ればもう裏通りだ…人目につかない空間はほぼ無い」

アケチ「俺を嘲笑うためだけに、そんな危険を冒すのは考えられない」

コバヤシ「なるほど。それでビル内部の人間が一番怪しいというわけですね」

アケチ「…もっと言えば……」

コバヤシ「?」

アケチ「……いや、いい。とりあえずは、調書をみて内部の人間を洗おう」



ナカムラ「んじゃ、そろそろ戻らないと。ま、ほどほどに頑張ってねアケチ君、コバヤシ君も」

アケチ「ああ」


バダン



アケチ「…………………ふー…」

コバヤシ「容疑者は絞れませんでしたね」

アケチ「……ああ、そうだな………」

コバヤシ「…………」


コバヤシ「アケチ先輩、ハシバくんを疑ってるんですよね」

アケチ「……お前、気付いてたのか」
 

コバヤシ「そもそも、この事件はハシバくんの不審者目撃情報が元になって起きた事件です。疑うのも当然じゃないですか?」

アケチ「…そうだな、お前がそう言うなら…隠すのはやめだ」

アケチ「……そう、ハシバだ。あいつ、ここしばらくここに来る頻度が減っていた」

コバヤシ「僕なんか、学校の外じゃハシバくんを見てませんからね」

アケチ「それが…一週間前のあの日、突然うちの近所で、二十面相を見たとかメールをよこした」

アケチ「あいつはあそこで何をしてた…あいつの家の方向とは正反対のはずだ」

コバヤシ「警察にはたまたま寄った、って言ってましたけど」

アケチ「たまたま…か。まあいい」

アケチ「俺があいつと合流するまでに、5分から10分の時間を費やした…その時間、あいつのアリバイは無い」

コバヤシ「つまり、ハシバくんが被害者を適当な場所に呼び出して殺害した、ということですね」

アケチ「ああ。だが、その『適当な場所』が存在しない」

コバヤシ「ハシバくんの小柄な体だと、被害者の屍体を運ぶのも一苦労ですからね」

アケチ「ハシバには現状、被害者との接点も見つからない。ハシバコンツェルンのヘリを呼んで屍体を持ち去ったとでも考えない限り、あいつには犯行は不可能だ」

コバヤシ「でも、アケチ先輩はまだハシバくんを疑ってるんですよね」

アケチ「…………」

アケチ「…あとは、本人に訊いてみるくらいだ。明日、ここに来られないかあいつに聞いてくれ」

コバヤシ「はい、わかりました」

 

ハシバ「……………」
 

アケチ「ハシバ、あの時お前は何をしてた?」

ハシバ「あの時、というと…事件のあった時刻ですよね」

ハシバ「僕はときどき、あの辺の繁華街に寄るんです。変な話ですけど、ああいう所にあまり行ったことがなくて、憧れがあったんです」

アケチ「………」

ハシバ「両親の圧力もあってアケチ先輩のところには寄る機会が減ってたんですけど、あの辺りの街は勉強の息抜きに軽く道草食ってくことが多くて」

アケチ「…それで、怪しい人影を見た、と」

ハシバ「はい。結局、事件に関係があったか分かりませんけど」


アケチ「…なぜ、電話じゃなくてメールだった」

ハシバ「そうですね、自分でもよく思い出せないですけど…自信が無かったからかもしれません」

ハシバ「もしアケチ先輩が取り込み中の時に、つまらない僕の勘違いに巻き込んでしまったら申し訳ない、って思いが働いたのかも」

アケチ「………」

アケチ「…ところでハシバ、その変な両腕の構えはなんだ」

ハシバ「え?ああっ、えっといつもの癖で…あいや、何でもありません!」

アケチ「………」
 

アケチ「わからん」

コバヤシ「結局、ハシバくんの疑いは晴れなかったんですか?」

アケチ「ああ、怪しくないと言ったら嘘になるが…疑う余地もほとんどない回答だった」

アケチ「据え置きだ。疑わしさは変わってない」

コバヤシ「アケチ先輩は、ハシバくんが犯人だとしたら、動機は何だと考えてるんですか?」

アケチ「動機…なんてのは、どうとでもなる。ハシバも被害者も金持ちだ…何かの利害関係があっても不思議じゃない」

アケチ「問題は可能かどうか、それだけだ」

コバヤシ「なんだか、外面的な考え方ですね。アケチ先輩らしいです」

アケチ「…馬鹿にしてるのか?」

コバヤシ「そんなことないですよ。やり方の一つです」

アケチ「やっぱりお前、馬鹿にしてるだろ」

コバヤシ「してないですって」

アケチ「………とにかく、ハシバの不審人物目撃は事件に関係があるか分からない、ってことだ」

アケチ「犯人はハシバを利用して俺をおびき寄せたのかもしれないし、偶然の機会を利用したのかもしれない…まだ、わからん」

コバヤシ「………」
 

ハシバ(疑いを掛けられるのも、無理もない事だよな…突発的な犯行だったから、穴は多い)

ハシバ(でも、だ…『椅子』のからくりがバレない限りは、俺に捜査が及ぶことは絶対にありえない…)

ハシバ(答えはすぐ目の前にあるのに、いや目の前にどうどうと鎮座しているからこそ分からない…アケチ先輩も大変だな)

ハシバ(二十面相の事件はまだまだ減りそうにない。いずれはアケチ先輩もこっちに構ってる暇はなくなるだろう)

ハシバ(…………………)

ハシバ(いよいよ…コバヤシには明かせない状況になっちまったな)

ハシバ(ま、いいか。コバヤシに認められなくても、俺は椅子を守る、それだけ…それだけなんだよな)
 

アケチ「『茶色がかったハットにカーキ色みたいな背広、小柄、小太り。午後5時頃、ビル2階、喫茶白梅軒の前の通路を下り階段側へ歩いて行った』…」

コバヤシ「被害者の特徴と一致しますね」

アケチ「おおむね、な。だが、捜査を攪乱するための犯人の変装とみて間違いない。その場合、犯人は3階以上のテナントに被害者を隠したってことだ」

コバヤシ「そうだとしても、結局のところ被害者の隠し場所は特定できません。それに、あえて変装だと見抜かせて裏をかいた可能性もありますよ」

アケチ「それを言い出したらきりがない、が…確かに、あからさま過ぎる。そういう可能性もある…か」

アケチ「コバヤシ、お前はこいつを見てないんだな?」

コバヤシ「はい。ちょっと遅かったみたいですね」

アケチ「そうか………………」

アケチ「…………………………はぁ……」

コバヤシ「どうしたんですか?」

アケチ「いや…あまりの不毛さに嫌気が差しただけだ」

コバヤシ「不毛、ですか」

アケチ「…ちょっと、散歩する。お前は留守番してろ」

コバヤシ「アケチ先輩って、安楽椅子探偵じゃなかったんですか?」

アケチ「探偵がいつも椅子の上にいるわけ無いだろ…気分転換に歩くときくらい、ある」

コバヤシ「驚きです。付いて行っていいですか?」

アケチ「駄目だ」

コバヤシ「わかりました!」

アケチ「わかってないだろ、お前」



ハシバ「…………」
 

コバヤシ「寒くなってきましたね」

アケチ「結局、付いてきたのか」

コバヤシ「はい。ボクはアケチ先輩の助手ですから」

アケチ「……はー…、わかった、静かにしてろ」



アケチ「…………………」テクテク

コバヤシ「…………………」テクテク

アケチ「…………………………」テクテク

コバヤシ「…………………………」テクテク



コバヤシ「……どうですか?アケチ先輩」

アケチ「黙ってろと言った」

コバヤシ「せっかくの散歩なんですから、アケチ先輩の推理を聞きたいです」

アケチ「どういう理屈だ」

アケチ「それに、推理も何も、……前提が、違う」

コバヤシ「…?」

アケチ「そもそも、大元の前提が間違ってる…間違った前提から、あさっての方向へ向かってる」

アケチ「なんとなしにそんな気がする…、だから不毛を感じるんだ」

コバヤシ「探偵の勘、ってやつですね」

アケチ「経験に基づく感覚だ」

アケチ「とにかく、シンプルな答えを無駄に複雑にしてる…そんな感覚がして仕方ない。推理なんて段階じゃない」

コバヤシ「………」
 

 

テクテク


アケチ「…ここは……」

コバヤシ「学校です。意外と近いんですよね」

アケチ「校庭に誰もいないが」

コバヤシ「授業中ですからね」

アケチ「…サボったにしては、随分堂々とした態度だな」

コバヤシ「こそこそしててもしょうがないじゃないですか」

アケチ「…そういえば、こんなボロ校舎だったか。最後に来たのは、確か…『人間椅子』の時の……」

アケチ「……………人間椅子」

コバヤシ「………」
 

アケチ「…コバヤシ。あの椅子が事務所に置かれたのは、いつだったか?」

コバヤシ「半年前ですね」

アケチ「ハシバが来なくなったのは」

コバヤシ「それも、半年前あたりだったと思います」

アケチ「………椅子。椅子か…確かに、『見えない』………何故、気付かなかった?いや、無理もない、か…」

コバヤシ「もしかして、犯人がわかったんですか?アケチ先輩!」

アケチ「…コバヤシ、お前」

コバヤシ「?」

アケチ「わざと学校に連れてきたのか?」

コバヤシ「そんなわけないじゃないですか。偶然です」

アケチ「…そうか。まあ、いい」

アケチ「……たしかにお前は、そういう発想には馴れ親しんでる。気付くわけだ」

コバヤシ「褒めてるんですか?」

アケチ「ほめてない。………………ん、あれは…」



部下「今日は何時だ?」

部下「ああ、そうか…わかった。もう坊ちゃまを迎える準備は出来てる」



コバヤシ「ハシバくんの送迎の車ですね」

アケチ「ちょうどいい」コンコン


ウィーン


部下「…どちら様、ですか」

アケチ「ハシバ家の人間だな?」

コバヤシ「アケチ探偵事務所です。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
 

ナカムラ「や~アケチ君、ごめんごめん。ちょーっと仕事があってね~。それで、何の用だい」

アケチ「…もう、時間も遅い。手短に話す」

アケチ「失踪事件の犯人についてだ」

ナカムラ「…って言うと、もしかしてアケチ君…犯人がわかっちゃったのかい?」

アケチ「ああ。だが、結論だけ言っても理解できないだろう…面倒だが、流れを追って説明する」



アケチ「そもそも、まず最初に引っかかったのは、被害者に似た人影の目撃証言だ」

ナカムラ「ああ、あれ。確かに半端だったよねえ」

コバヤシ「半端、ですか?」

アケチ「お前には言ってなかったな…」

ナカムラ「…杖、が無いんだよ。被害者は若い頃の事故で足を悪くしててね。歩くときは杖が必須なんだよねえ」

コバヤシ「なるほど!それでナカムラ刑事は被害者をこの事務所に呼んだことに驚いてたんですね」

アケチ「足が悪い、と言っても歩くスピードは常人と大して変わらんからな。ただ、杖は絶対だ」

男人形『アケチ先生の事務所ちうの、ぜひ見てみたいですわ!階段?大丈夫大丈夫、だてに二十年歩いてないですわ先生!』カツンカツン

アケチ「だが、例の目撃証言には杖が無い。この時点で、被害者じゃないことは確定する」

アケチ人形『…そいつはスタスタ歩いていったようだから、本当に被害者だったかは怪しいが』
 

コバヤシ「とすると、変装の目的は捜査の攪乱じゃなく、見られずに現場から逃走することだった、ってわけですか?」

犯人人形『顔、見られたらあかんわ…せや、被害者の帽子と背広着て隠すしかないわ!』コソコソ

アケチ「その可能性もある。が、被害者の服装は珍しいものだった」

ナカムラ「背広に帽子なんて、今どき見ないもんねえ」

男人形『帽子は紳士の必携具ですわ、帽子ナシの生活たあ考えられませんわあ』

アケチ「必ず人目をひかざるを得ない…それなら、杖を使って完璧に変装しておいた方が合理的だ」

コバヤシ「でも、あえて変装をバラすことで変装の目的を誤魔化し、外部犯の犯行に見せかけた可能性はないんですか?」

犯人人形『被害者はテナントに隠したんやけど、不安やな…せやな、外のヤツの仕業に見せかけたるために、半端な変装で適当に歩いとこ』

アケチ「いや、可能性は低い。被害者の目立つ服を着て歩き回るなんて、無闇にリスクを増やす行為でしかないからな」

ナカムラ「…とすると、犯人は何でそんな事を?」

アケチ「そこで、もうひとつの可能性を考えた。知らなかった…つまり、犯人は被害者とは赤の他人で、あの日初めて被害者と会って突発的に凶行に及んだ。そういうパターンだ」

アケチ「被害者は座ってるとき、伸縮する杖を縮めて鞄に仕舞っていた。その時に初めて被害者と会ったら、杖の存在には気づかなかっただろう」

男人形『便利なんですわ、この杖が~。ユビキタスってやつですかな、これ』
 

ナカムラ「…?どういうことだい、アケチ君?」

コバヤシ「つまり、被害者がどこかの椅子に座っている時にたまたま犯人と遭遇し、たまたま何かの理由で突発的に殺した、ってことですね!」

男人形『ふ~疲れたわ~、一旦ここで休んどくか、どっこらしょ』ドッカリ

犯人人形『ああおっさん、何してくれとんねや、なんか知らへんけどムカつくから[ピーーー]で』グサッ

男人形『ぐああ』ドサッ

犯人人形『あかんヒト殺してもたわ、せや隠そ隠そ』

アケチ「そうだ、かなりあり得ない仮定だ。だから、深くは考えないでいたが…『犯人が杖を持たなかった』事実には、何か意味があると踏んでた」

アケチ「それで、気付いた…、『椅子』だ。シンプルな話だったんだ」

アケチ「…そろそろ、いいだろう。本人に出てきてもらおう」

ナカムラ「本人…?」
 

アケチ「ナカムラ。お前の座ってるその椅子、何か気付かないか?」

ナカムラ「んん、椅子…?フツーの椅子、だけどなあ…?」

アケチ「…分からないか。その椅子の座面と背凭れの間に手を入れてみろ」

ナカムラ「こうかい?んん…こいつは…取っ手?」モゾモゾ

アケチ「手前に引け」

ナカムラ「…?おいしょ、と」ギィィ


パカッ


ナカムラ「………えっ?」



「……………!」



アケチ「早く出て来い、ハシバ」



「………………」ゴソゴソ

  


ナカムラ「…ハ、ハシバ、君……?」

コバヤシ「………」

ハシバ「……………ああ、あのいやコバヤシ、そのこれは…」キョロキョロ



ハシバ「あ、そう、つつつついさっき。この椅子を調べてたらたまたまこの仕掛けを発見して好奇心から潜ってたらアケチ先輩が来て出るに出られなくなったといいますかそのつまり」

アケチ「そうか。ハシバ、その椅子についてナカムラに説明してやれ」

ハシバ「えっ、あ椅子ですねなんか俺もよく分からないんですけど中に空洞みたいなのがあるんですさっき偶然発見したんですけどちょっと俺にはまだよく分かってないんですけど中に空洞みたいなのがありましていやちょっと分かってないんですけども」

ナカムラ「ごめん、速くて聞き取れないんだけども…ハシバ君、どうしたんだい…?」

アケチ「…もういいハシバ。ナカムラ、中を見てみろ」

ナカムラ「どれ、よいしょ……ほー………」

ハシバ「あっそう、そうナカムラ警部、なんかこの椅子中にどうも空洞が出来ちゃってるみたいなんですよ古い椅子だからかもしれませんねよく分からないんですけど」

アケチ「ハシバ、静かにしろ」

ハシバ「あっはい」
 

ナカムラ「なるほどねー…『人間椅子』。そういや、こんな事件あったねえ…おいしょ、っと」モゾモゾ

ナカムラ「ほー、こりゃ不思議な感覚だ…椅子に変身した気分そのものだ」

アケチ「…とにかく。この椅子の存在を考えれば…すべてが解決する」

ナカムラ「つまり…犯人が椅子の中に被害者を隠した、ってことかい」

アケチ「ああ。犯人が座ってる被害者しか知らないのも当然だ、犯人は『椅子』だったんだからな…そうだな、ハシバ」

ナカムラ「…うん?」

ハシバ「………あーっと、どどどういうことでしょうか、アケチ先輩」

アケチ「お前…、毎日のように通ってたそうだな、ここに」

ハシバ「………えーと、どどどういうことでしょうかアケチ先輩」

アケチ「……………、はぁ」

アケチ「お前の部下に訊いてきた。最初は口を濁してたが、事件のことを告げたら口を開いてくれた」

ハシバ「…………………えええーと、どどどういうことでしょうかアケ」

アケチ「くどい」

ハシバ「あっはい」
 

ナカムラ「…えっ、ハシバ君は説明のためにここに入ってたんじゃなかったの?」モゾモゾ

アケチ「違う。こいつは今日、俺たちがここに来る前からこの中にいた」

アケチ「もちろん、これまでも。違うか」

ハシバ「………………………」

アケチ「理由はわからんが…おおかた、盗みでも働こうと思ったのか?」

アケチ「お前はこの半年、この椅子の中で潜伏生活を行ってた」

アケチ「そしてあの日、お前は椅子の中で、この椅子の売買の話を聞いていた」

コバヤシ「ヒトの椅子を売ろうとするなんて、信じられません、アケチ先輩」

アケチ「勝手にお前の椅子にするな。とにかくハシバ、驚いたお前は俺をメールでおびき出し、その間に被害者を椅子の中から扼殺、屍体は椅子に隠した」

アケチ「それから被害者に変装してビルを脱け出し、俺と合流。屍体はおそらく、シャワー室辺りで分解でもしたんだろう。微かだがルミノール反応があった」

アケチ「被害者の遺体は今頃、ハシバコンツェルンの広い敷地のどこか、てところか。ハシバ、違うところがあったら言ってくれ」

ハシバ「………………………………………………………」

ハシバ「………ち、違う……そんな証拠、無いじゃないですか」

アケチ「…ハシバ」

ハシバ「おおお、俺はさっき。この椅子を調べてたらたまたまこの仕掛けを発見して好奇心から潜ってたらアケチ先輩が来て出るに出られなくな」






コバヤシ「もう、無理だよ。ハシバくん」


ハシバ「コバ…ヤシ……」
 

コバヤシ「ハシバくん、毎日ボクのために頑張ってたんだよね。ボクが快適に過ごせるように」

ハシバ「!!コ、コバヤシ、まさか…」

コバヤシ「最初は気付かなかったよ。でも、だんだん分かってきたんだ」

コバヤシ「この椅子とハシバくん、おんなじ感じがしたから。やさしくて思いやりのある感覚」

ハシバ「……知ってて、座ってたのか…?」

コバヤシ「うん。人間の入る椅子っていうのは前にも見たことがあったからね」

コバヤシ「ヒト殺しも、ボクのため、だったんだよね?ありがとう、ハシバくん」

ハシバ「あ…ああ、ああああ………」



ハシバ「…………………うああああああああああああああああああ、ぐすっ…ああ、あああ…………」ドサッ

 

アケチ「…どういう、ことだ……?」

コバヤシ「ハシバくんの目的は、盗みなんかじゃありません。『椅子』です。ボクの椅子を務めることそのものが、ハシバくんの目的だったんですよ」

ナカムラ「はー…椅子、ねえ……じゃハシバ君は、コバヤシ君の椅子を守るために殺しをやったってのかい……」

コバヤシ「はい。ハシバくんは、ボクに好意を寄せてたみたいですから」

アケチ「………」

 

ハシバ「あああああ、ああ、ひっく、うっ……うああ、ああああああああああああ………」


 

 
 

 
 
 
 
 
 
―――――――――――…

 
 
 
 
係官「こっちだ。手荷物はここに」


コバヤシ「2カ月ぶり、ですね」

アケチ「…ああ」

コバヤシ「ここに来るのも、久々です。わくわくしますね」

アケチ「別に、わくわくする場所じゃないが」

 
 

 
 

係官「………」カツカツ

アケチ「………ところで。ずっと気になっていた」

コバヤシ「?」

アケチ「お前…なぜ、ハシバを庇った?」

コバヤシ「庇ったわけじゃありません。友達を断罪するなんてコト、したくないのは当たり前じゃないですか」

アケチ「だが、お前は俺を誘導した」

コバヤシ「誘導、なんてとんでもありません。偶然ですよ」

アケチ「………」




 
係官「25号室、面会だ」ガチャッ
 

黒蜥蜴「あぁら、アケチくん来てくれたのね!2カ月ぶり、いや57日と3時間26分ぶりくらいだったかしら?嬉しいわぁぁぁ」ジャラジャラジャラ

アケチ「いきなりうるさい、黙れ」

黒蜥蜴「あぁん♡…久々の再開だってのに冷たいじゃないのアケチくぅん、きょうは何の用かしらぁ?」

コバヤシ「きょう、用があるのは黒蜥蜴さんじゃなくて、あっちのほうです」

黒蜥蜴「あぁ、あの新しい椅子役の子ね!彼いいわよぉ、ポテンシャルが存分に開花しちゃってるわ」

アケチ「…すっかり板についてるな」

コバヤシ「わあ、すごい!あれ、空気椅子ですか?」

黒蜥蜴「そうよ、彼もともと足腰は鍛えられてたから。もうビクともしないのよ、ああアケチくんにも座ってほしかったわぁ」

アケチ「断る。悪趣味だ、ヘドが出るな」

黒蜥蜴「あひぃん♡♡」ビクンビクン
 

コバヤシ「動かないですけど、こっちの声は聞こえてないんですか?」

黒蜥蜴「もちろん聞こえてるわよぉ。でも、もう椅子をやり過ぎてうまく歩けなくなってるみたいなのよね彼」

コバヤシ「すごい!椅子人間ですね!」キャッキャッ

コバヤシ「わああ、しかも筋肉の付き方も椅子の形みたいになってますね!これって、もう人間としての生活はできないんじゃないですか?」キャッキャッ

アケチ「………」


黒蜥蜴「それにしても、まさか自分から椅子役を志願してくるなんて。驚いちゃったわぁわたし、今の若い子も捨てたもんじゃないわね」

アケチ「お前、こうなるのを見計らってたのか?」

黒蜥蜴「何のこと?」

アケチ「とぼけるなクズ。全部だ」

黒蜥蜴「あん♡無理に決まってるじゃない。ラプラスの悪魔じゃないのよ、予測できるはずないでしょ?」

黒蜥蜴「むしろ、彼をこうした直接の原因がいるとしたら…」

アケチ「………」チラッ


コバヤシ「歩いた!すごい、人間ってあんな姿勢で歩けるんですね!ハシバくん、すごい!」キャッキャッ


アケチ「…どうだか、な」

アケチ「とにかく、二度とウチに変なものを送り付けるな。もっと言えば干渉するな行動するな出来るなら速やかに[ピーーー]雌豚」

黒蜥蜴「んぁっっっっ、あぁっっ!!!!!♡♡♡♡♡」ビグンビグンビグンジョボジョボジョボ
 

 
「コバヤシに救われた小学校時代から、僕はずっとコバヤシに恩返ししたいと思ってきたけど…今度こそ、コバヤシに心から尽くせるようになるはずだ」
 


 
カガミ「…ハシバ君が、そんなことを」

ナカムラ「まさか、彼がねぇ…。事件の報道はハシバ家の力で火消ししたみたいだけど、ハシバ君は二度とあの家の土は踏めないってさ」

カガミ「人生を賭けた恋、ですか」

ナカムラ「恋、ねえ…。ぼくには分かんないよ、あんな形の恋愛沙汰は」

カガミ「罪深すぎます…誰もかも」

ナカムラ「ま、これが人間、ってことなのかね…あのハシバ君でさえ堕ちるし、君も堕ちた。僕らはこんなどうしょうもない生き物を愛してくしかないってこった」
 

「家柄とか、良識とか、つまらない事で僕の視界は曇らされていた。今こそはっきり、コバヤシの全てをありのまま感じ取ることが出来るんだ」



影男「おかしいな…」

影男「あるルートで調達した、この椅子。公園のベンチの横にセットして、僕が中に入って待ち構えていれば、僕の可愛い天使たちとの濃密なスキンシップが楽しめるはずだと思ったんだが…」

影男「なぜ誰も座ってこないんだ…?」

影男「そうか…!座られることばかり考えて、彼女たちへの思いやり、彼女たちの身体を受け容れようというおもてなしの精神が欠けていたのかもしれない」

影男「みんな~、こわくない…僕はやましい気持なんか一切ないんだ、ただみんなと遊びたいだけで…」


ガタッ


影男「!やはり、僕の慈愛と寛容の精神が彼女たちに…」



警官「これが、中から怪しい声のようなものが聞こえたという椅子ですね?」

警官「確かにあやしいですね」

警官「お前、とりあえず運び出すぞ」

警官「うす」


影男「や…やめろ!せめて運ぶにしても椅子を揺らさないでくれ、僕は船酔いするタチなんだ…うっぷ、おぼろろろろろろ」

警官「うわあ、先輩この椅子ゲロみたいな臭いがします!!」

警官「知るか、いいから運べ…うわなんか手にゲロっぽい液体が!!!」
 

 
 
「コバヤシ、またいつかここを出て会うときまでに、僕は最高の椅子になる」


「コバヤシのためだけの、最高の椅子に」

「いつになるか分からないけど…どうか、そのときまで、待っていてくれないか」

「                               ハシバ」


 
 

黒蜥蜴「ほら椅子、床に零れた尿を舐め取って綺麗にするのも椅子の仕事よ。10秒で片付けなさい」

ハシバ「ハフ、ハフハフ、ハフッ」ペチャペチャ

コバヤシ「すごーい、舌捌きが妖怪みたいだよハシバくん!」キャッキャッ


ハシバ「ハッハッ、ハフハフハフハァハァハァハァ、ハフハフッ!!!」ペチャペチャペチャ





 

   おわり
 

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