男「それはコスプレか何か?」悪魔「……え?」 (37)



……静まった森のなか、木々の間を縫うように出来た小さな広場にぽつんと薪の火が見え

ました。
ゆっくりと明かりに誘われるように近付いていくと、そこにはボロボロの赤茶色のマント

を羽織った男性が一人、じっと火を見つめていました。

旅人、それとも盗賊の類でしょうか。
男が何者であれ、普段ならば相手にすることは万にひとつもありません。

ですが、いま現在は違います。
高位な悪魔であり、人間という種族を侮っていた彼女は傷を負っておりました。

悪魔「……おい、お前」

掠れた小さな声で、彼女は言葉を投げかけました。

男「おや、こんばんは」

突然暗闇から声をかけられたというのに、男は動じることなくそう応えます。
思えばこの反応からして、男は変だったのです。

しかし、疲労も相まってか、彼女は思考能力も大幅に低下しておりました。

悪魔「私は悪魔だ。今からお前の魂を頂くぞ」

薪の明かりに姿を現し、彼女は自らの異形を恐怖の感情へ変えようと目論見ました。
ねじれ曲がった角、青紫色の肌に刻まれた鱗のような紋様、人間のものとは異なる獣のよ

うな眼光。

ひとつひとつが人間にとっては恐怖の対象であり、それを併せ持つ彼女はまさに悪魔と呼

ぶに相応しい姿でした。

男「それはコスプレか何か?」

悪魔「……え?」



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思わず彼女は声を漏らしてしまいました。

男「僕もそういうの好きなんですよ。エルフとか、魔物娘とか。最近は悪魔っ娘もブーム

ですよねぇ」

悪魔「な、何を言っている? 私は悪魔だ! 今からお前の魂を頂くぞ!」

男「?」

男「あ、そういう設定なんですか? それはいいんですけど、ちょっと僕困ってまして…

…」

悪魔(どういうことだ!? 何故、私に恐怖しない!?)

男「ここ何処なんですかね? 気がついたら森のなかにいたもので……。近所じゃないと

は思うんですけど」

悪魔「き、貴様、私が怖くないのか!?」

男「怖い? ……いえ、むしろあなたほどの美人なら、怖いって思う人いないんじゃない

かなぁ」

悪魔「!?」


悪魔「わ、私を怖いと思うものがいないだと!?」

男「ええ。あ、もしかして外国の方ですか? 顔立ちとかそれっぽいし」

悪魔「が、いこく? それよりも詳しく話せ! 悪魔が怖くないとはどういうことだ!」

男「え? えーと、日本には魔物娘っていうジャンルがあるんですよ。僕が知る限りじゃ

、ケンタウルスとかゾンビとか、そういう女の子たちに愛を向ける文化がありまして」

悪魔「なっ!? け、ケンタウルスはともかくとして、ゾンビにもか!?」

男「はい。最近は特にブームですからね、悪魔っ娘は僕も大好きです」

悪魔「世界はそこまで変わっていたのか……」

男「……何か不都合でもあるんですか? あ、嫌われもの設定とかですかね」

男「確かに迫害されて輝く魔物キャラがやりにくいかもです」

悪魔「……悪魔にも掟がある。いや、なかば強引に結ばされた誓約のようなものか」

悪魔「誓約は悪魔によって異なるが、全ての悪魔が三つずつ持っている」

男(凝った設定だなぁ)

悪魔「私の誓約のひとつが、"魂を奪うときは恐怖を与えていなければならない"だ」

男「つまり僕に恐怖を与えないといけなかったわけですか……」

悪魔「これまで魂を奪った人間たちは私を見ただけで恐怖し、気絶や失禁は当たり前だっ

たのだが」

男(海外では悪魔っ娘は評判悪いのかなぁ)

男「ところで残り二つの誓約は何なんですか?」

悪魔「教えるわけがないだろう! 忌々しいが、この三つは私の唯一の弱点なんだぞ!」

男(ひとつ教えちゃってるんだよなぁ……)


男「それで、魂が奪えないとどうなるんですか?」

悪魔「……生命活動の危機だ」

男「それは大変ですねぇ」

男はのん気に呟きながら、木の棒で薪をつつきます。
ぱちんっ、という音をたてて、小さく火花が散りました。

悪魔「……もう一度聞くぞ」

男「はぁ」

悪魔「もう……私を怖がる人間はいないのか?」

男「……少なくとも僕の周りにはいないと思いますねぇ」

悪魔「そうか……」

悪魔(この者は旅人だ。……旅をしている者の知り合いに私を恐れるものがいないとなる

といよいよ絶望的ということか)

男「あの、気を落とさないでください。悪魔って魂以外に何か食べないんですか? 例え

ばほら――」

木の棒を薪から取り出すと、先端に丸いイモが刺さっておりました。

男「向こうに生えていたものですけど、これジャガイモっぽいですよね」

男「ちゃんと芽も取りましたし、よろしければどうぞ」

無骨なジャガイモでしたが、薪から取り出されたばかりのそれは湯気を立ち上らせており

、思わず喉を鳴らしてしまいそうです。

悪魔「い、いかんいかん! 悪魔は人間から施しを受けないのだ!」

男「いいじゃないですか」

悪魔「絶対にダメだ! 私の誓約に"人間から物を貰ってはいけない"というのがあるのだ

!」

男「お母さんの教えみたいな誓約ですね……」


悪魔「とにかくダメだ! 貰えない!」

男「でも、先ほどからお腹の虫が……」

悪魔「くっ……! これほどまで空腹を感じたのは生まれて初めてだ……!」

悪魔「貴様は私の初めてをことごとく奪っていくな……!」

男「語弊がありますね……」

男「でも、その心意気や良しです。立派です」

男「ですから、僕の正体も明かしましょう。僕、実は悪魔なんです」

悪魔「なっ!?」

男「すみません、悪魔だから同属を見ても怖がらなかったんです」

悪魔「……う、嘘をつくな! お前の肌の色は私と違うし、角もない!」

男「人間に紛れ込むために隠しているんですよ。僕の誓約に"同属に悪魔時の姿を見られ

てはいけない"っていうのがあるんです」

悪魔「な、なんと……」

男「でも、これであなたの二つめの誓約には違反しませんね。僕は悪魔ですから」

悪魔「確かに、そうだが」

男「どうぞ。味は素材そのままですが、お腹が減っているときは何でも美味しいものです

よ」

悪魔「……」

男「ささ、温かいですよ」

男に差し出されたジャガイモへ、手を伸ばしては引っ込め、手を伸ばしては引っ込め……

実に五回。
ようやく彼女は迷いを断ち切り、ジャガイモを口へと押し込みました。

悪魔「お、美味しい!」

ですが、その時のことです。
彼女の額に光り輝く紋様が浮かび上がり、また、それと同じ紋様が男の額にも刻まれまし

た。

二人は互いの額を見つめたまま、数秒間、動きを止めてしまいます。
やがて、彼女は男を指差し、小さな声で言いました。

悪魔「……う、嘘ついた」

男「え?」

悪魔「私の三つ目の誓約"人の嘘に騙されたら、その人を一生愛しなさい"が発動してるじ

ゃないか! お前嘘をついたなッ!」

男「ど、どういうことですか?」

悪魔「それに"人間から物を貰ってはいけない"も発動した……! お、お前、人間だな!

 悪魔じゃないな!」

男(もしや僕、大変なことをしてしまったのでは……?)

悪魔「せ、誓約を破ると私は死んでしまうんだぞ! どうしてくれる!」

悪魔「こ、こうなったら……」

悪魔「お前に養ってもらうからな!!」

申し訳ない、改行が変な感じになってしまった
気をつけます


男「や、養うって言っても……」

悪魔「とりあえず腹が減った! 飯をよこせ!」

男「いま食べたじゃないですか」

悪魔「イモじゃ腹は満たされん! 私は高位な悪魔なんだぞ!」

男「一応、もうひとつありますけど」

悪魔「……い、今はそれで勘弁してやる」

男(いいんだ……)

悪魔「それで……お前はどこへ行く途中だったんだ」

男「それがですね、どうやら僕、ファンタジーな世界に来ちゃったみたいですね」

悪魔「ふぁん、……なんだって?」

男「えーと、他の世界と言いますか……。すごく遠くから来たっぽいんですよ」

男「その額の文字が浮かび上がるまで、何かのコスプレかと思ってたんですけどね」

悪魔「ふん……。よくわからんが、何処に行くかは決まっていないということか」

男「そうなりますね」

悪魔「奇遇だな。私もだ」

男「はぁ……」

悪魔「私は高位な悪魔ゆえ、五百年ほど封印されていたのだ」

悪魔「だから今の世界がどうなっているのか、皆目検討もつかん」

男「そうなると僕ら、どうすればいいんですかね。もしかして、この世界魔物とかいます?」

悪魔「魔物? 魔獣ならいるぞ。今も私たちを窺っているな」

男「えっ」


男「窺ってるって……どういうことですか」

悪魔「ははは、お前は面白いことを言うな。魔獣が人間にすることなんて、襲う以外にないだろう」

男「そ、それはマズイのでは?」

悪魔「そうだなぁ、人間であるお前は、マズイな」

悪魔「悪魔である私は魔獣なんぞ、ひと睨みだがな!」

男「あれ? ……僕が死んだ場合って、誓約はどうなるんですか?」

悪魔「……」

悪魔「しまった! 誓約の証で繋がっているから私も死ぬんだったッ!」

男(この人、馬鹿なのかな)

男「とりあえずあなたがいる限り、魔獣はひと睨みということでいいんですか?」

悪魔「う、うむ。不本意だが、そういうことだ」

男(よくわからないけど、誓約ってやつのこと聞いておいた方がいいかな)

男「その、誓約について詳しく教えてくれますか? またこういうことありそうですし……」

悪魔「そ、そうだな。もう一応、お前を愛するわけだし……」

悪魔「よし、教えてやる」

悪魔「"魂を奪うときは恐怖を与えていなければならない"……まったく忌々しい誓約だ。これは悪魔の品格を問うものだ。無抵抗の魂を奪っても矜持に欠けるというものだからな」

悪魔「ちなみにこれを破ると四肢が弾け飛ぶ」

男「怖いっ!」

悪魔「……お前が恐怖を感じても、もう魂を奪えないんだがな」


悪魔「次は"人間から物を貰ってはいけない"だ。これは高位の悪魔である私が、人間などという下等生物から施しを受けないという高潔な誓いだな」

男「ジャガイモ二個食べましたよね」

悪魔「……お、お前はもう我が夫……みたいなものだからな! いいのだ」

悪魔「これを破ると誓約の証が繋がる。つまり、これだな」

彼女は自分の額を指差し、次に男の額を小突きました。

悪魔「これが繋がると命を共有してしまう。私が死ねばお前も死ぬ。お前が死ねば私も死ぬ」

男「運命共同体ってやつですかね」

悪魔「きょ……? よくわからんが、そういうことだ」

悪魔「最後に……"人の嘘に騙されたら、その人を一生愛しなさい"だ。これだけはしっかりと見極めなさいとお母様に言われていたというのに! 貴様のせいでこうなってしまったぞ!」

男「も、申し訳ないです……」

悪魔「……まぁ、イモに釣られた私もほんの少しだけ、すっごく少しだけ悪かったかもしれん」

悪魔「これを破ると私は悪魔でなくなってしまう……らしい」

男「らしい?」

悪魔「悪いが、これに関して私は実際に見たことがないのだ」

男「そうなんですか」

男(意外と一生愛してくれる悪魔が多いのかな)

悪魔「で、だ。そろそろ魔獣たちの腹も限界らしいぞ?」

彼女の言葉に、男は視線を彷徨わせます。
薪の明かりの向こう側に三つ、男の背後に四つ、煌々と光る双眸がありました。

男「ど、どうしよう?」

悪魔「言っただろう? 私ほどの高位の悪魔ならば、あの程度の魔獣、ひと睨みだ!」

勢いよく立ち上がり、彼女は周囲を睨みつけました。
しかし、どう見ても暗闇に光る獣の瞳は微動だにしておりません。

男「……あの」

悪魔「け、けけ獣風情にはわからんようだな! わ、私ほどの高位な悪魔になると……」

男(ダメそうだ)


悪魔「いつもならばこの程度……余裕なはずなのに……」

男「魔獣と言うからには火は怖いはずです。火を絶やさないようにしましょう」

悪魔「う、うむ。いや、ホント、いつもは一発なのだぞ? 指先ひとつでノックアウトなのだぞ?」

男「わかってますよ。……僕が誓約を破らせてしまったからでしょうね」

悪魔「む? ……いや、それは関係ないと思うぞ?」

男「……まぁ、そういう日もありますね。今は生き残る方法を考えましょう。僕らは一蓮托生ですから」

悪魔「いちれ……? お前は小難しい言葉を使うな」

男「そ、そうですかね?」

悪魔「ところで火が小さくなっていっているが、お前は火の魔法を使えるのか?」

男「ああっ! な、何か燃やさないと火が消えてしまいますよ!」

悪魔「……? あ! そ、そうか! 一瞬、何で火が消えてはいけないんだ? とか考えてしまったぞ!」

悪魔「火が消えてしまえば魔獣がよってくる……私はひと睨みだが、もしお前が襲われ、食べられてしまえば私の命も潰えてしまうではないか!」

男「さっきから何度もそう言っているのですが……」

悪魔「冷静に言ってる場合か! お前、まだ焼け残っている棒を持て!」

彼女の指示通り、男は薪を構成していた棒を一本を持ち上げると、松明のように辺りを照らしました。

突然広がった明かりの範囲に驚き、魔獣たちが一歩後退します。
男は明かりの先に、一瞬だけ狼のような生物の姿を見ました。


男「あれは……狼、ですか?」

悪魔「何を言っている狼はただの獣だ。あれの尻尾を見ろ、蛇がついているだろう」

男「すみません、夜目は利かないもので……」

悪魔「なんだと? 全く人間というやつは! それでよくここで一晩を明かそうなどと考えられたな!」

男「面目ないです」

男「ここで颯爽と剣を持って戦えたりすればかっこいいんですけどね」

男「この通り、丸腰なんですよ」

悪魔「お前の故郷は旅に出る若者に剣ひとつ持たせてくれない辺境ということか」

男「う、うーん。そう、ですね」

悪魔「まったく! まったく気に食わんな!」

悪魔「この高位な悪魔である私が愛すべきものが、剣ひとつ持たぬ脆弱な存在とは!」

悪魔「これでは……」

悪魔「これでは良き妻として夫を守ることが出来てしまうな!」


悪魔「欲を言えば世間の騎士と姫の悲恋、みたいなのも体験してみたかったが、まぁよい!」

悪魔「良き妻として、まずは魔獣を消し炭にしてやろう!」

男「わりとノリノリなんですね……」

悪魔「ふん! 考えても見ろ」

悪魔「私の寿命はそれこそお前程度には数えられない年月となる」

悪魔「だがお前ら人間はどうだ? たかが五十年か六十年そこら」

悪魔「その期間だけお前を守り、愛せばいいだけなのだ」

男「……寿命はセーフなんですか?」

悪魔「誓約の証の解除には厳しい条件があるのだ」

悪魔「それこそが"幸せなる死"だ!」

男「というと」

悪魔「つまりお前はこれから一生私に付きまとわれ、愛を育み、子を為し、歳を重ねる」

悪魔「そうして死の床につくとき、お前は思うのだ。妻に愛され、子は育ち、世界を満喫した、と」

悪魔「これがお前の死の瞬間だ! どうだ、ぞっとしたか!」

男「至れり尽くせりですね」

悪魔「ゆえに、魔獣なんぞに殺させるわけにはいかん! まだ私を愛するように籠絡しておらんからな」

男(本人を目の前にして言う事じゃないと思うけど……)


悪魔「見ておれ! 一捻りにしてやるわ!」

意気揚々と松明の明かりから、彼女は出て行きます。
複数の低いうなり声が聞こえ、大地を蹴る音が辺りに響きわたります。

悪魔「あーっ! いたいいたい!」

悪魔「待った待った! 私は高位な悪魔だぞ! ひれ伏せ! お手! お座りしろ!」

悪魔「噛むな噛むな! クソ! 知性の欠片もないのか獣風情め!」

男の見えないところで、そんな声があがります。
ですが、次の瞬間には半泣きの女性が明かりのもとへと帰って来ておりました。

悪魔「殴ってやったら逃げていった」

悪魔「が、噛まれたぞ! 見ろ、お前のせいで噛まれた!」

男「そ、それは果たして僕のせいなんですかね……?」

悪魔「うるさい! 夫として妻を慰めろ!」

男「え、えー……」

悪魔「早く!」

男「わ、わかりました」

こほん、と咳払いをひとつ。

男「い、痛いの痛いの、飛んでけー……」

悪魔「なんだそれは」

男「い、一応、呪文みたいな」

悪魔「まだ痛いぞ」

男「……ですよね」

悪魔「もしやお前、人間のなかでも落ちこぼれなのではないか」

悪魔「私は最近の人間には詳しくないが、五百年前の人間たちは剣を使えるのは当たり前であったし、なかには魔法を使うものもいた」

悪魔「お前は身を守る術を、生き抜く術を持っていないのではないか?」

男「……そう、ですね。持っていません」

悪魔「そうか。うむ、うむ」

悪魔「主導権を握る、というのも悪くない」

悪魔「我がお……、夫よ! 私は高位なる悪魔の末裔!」

悪魔「貴様を愛し、幸せな死をくれてやることをここに、第四の誓約としよう!」

悪魔「私を愛せ! さすればこの力、お前を守る盾となろうぞ!」

男「こういうのって、普通立場逆ですよね」

悪魔「仕方あるまい。貴様は騎士ではないし、ましてや私は姫でもない」

男「そう、ですね。では……情けないですが」

男「よろしくお願いしますね、騎士様」

悪魔「うーむ! 万事任せておけ!」


空は白み、夜が開け始めておりました。
ここに、悪魔と人間の奇妙な関係が始まりを告げておりました。

男「それで、どうしますか」

男「異世界ですからね、楽しまないと」

悪魔「ふむ、よくわからんが夫をたてるのも妻の役目ぞ!」

悪魔「ついて行くから先導するがよい」

男「ノープランなんですね」

男「でも、そうだな。向こうに川がありますから、それに沿って歩きましょう」

男「まだこの世界について何も知りませんからね」

男「村でも探すことにしましょう」

悪魔「うむ!」


薪の処理をした二人は予定通り、川に沿って歩いておりました。

男「いえ、ですからこのマントもそこで拾ったものなんですよ」

悪魔「お前の故郷はマントすらないのか」

男「否定はしませんけど……」

悪魔「よし、わかったぞ!」

悪魔「良き妻として、私が剣と鎧を用意してやろう!」

男「……ええ、と。まず、どう用意するのですか?」

悪魔「?」

悪魔「無論、そこらの人間から奪い取るのだ!」

男「ダメです」

悪魔「何故だ!?」

男「何故って……いけないことですから」

悪魔「いけないこと、とは何だ」

悪魔「物を奪うのは当たり前だろう」

悪魔「五百年前は人間が人間のものを奪っていたぞ」

男「そ、そうかもしれませんが……」

男「とにかくダメです」

男「それに僕は剣なんて使えませんし、鎧なんて着たら動けません」

悪魔「む……しかし、夫を守る妻としては貴様の脆弱さが心配なのだが」

男「う、うーん……」

男「心配してくれるのはありがたいのですが……」

男「どちらにせよ、魔獣から逃げられるくらいの力は学んだ方がいいですかねぇ」

悪魔「獣なんぞは問題ない。私が心配しているのは貴様と同じ"人間"だ」

男「人間ですか?」

男「しかし、人間が人間を襲っていた、というのは五百年も前のことでしょう?」

男「五百年もあれば人間は進歩するものですよ」

男は彼女の面持ちを見て、動きを止めてしまいます。
先ほどまでとうって変わって、彼女の眼差しが行く道を睨んでいたからです。

男「……どうしました?」

人間の視界には映らない何かを、悪魔は見ているようでした。

悪魔「五百年もあれば人間は進歩するといったな、我が夫よ」

男「は、はい」

悪魔「そうでもないらしいぞ」


男「どういうことですか」

悪魔「ここから少し歩いて、林を抜けた場所に野原がある」

悪魔「そこで人間同士の争いが起きているぞ」

男「争い……?」

悪魔「ああ。身なりの良い男女と、数十人の男が戦っている」

悪魔「おっ、なかなかやるじゃないか。男女は剣の使い手のようだな」

男「そ、それは危険なのでは?」

悪魔「まぁ、男女は二人だけだし、勝てないだろう」

悪魔「あぁ、言っている間に男が死んだ」

男「助けましょう!」

悪魔「?」

悪魔「何を言っているのだ我が夫よ」

悪魔「貴様は剣を使えないんだろう? それに夫が一人助けに向かっても戦況は変わらないだろうよ」

男「……」

悪魔「ゆっくり行けば巻き込まれることもないぞ」

悪魔「その先には村もあるようだ。夫よ、あの村を襲って少し休むことにしよう」

男「……いえ、僕は先に行きます」

悪魔「?」

悪魔「村に用があるのか?」

男「僕らの命は繋がっている、そうですね?」

悪魔「そうだ」

男「僕は今から戦場に向かいます」

男「こういう言い方は卑怯ですが、僕を守らないと僕は死にます」

悪魔「……」

男「だから僕に力を貸してください」


悪魔「夫よ、それに何の意味があるのだ?」

悪魔「私は貴様の妻だ。お前を守ることは約束しよう」

悪魔「だが、私があの剣士を守る義務はない」

男「……それでも構いません」

男「一緒に来てくれれば、何とかします」

悪魔「……人間とは五百年経ってもわからぬものだ」

悪魔「とはいえ、少々遅かったようだぞ、我が夫よ」

男「……え?」

悪魔「女が死んだ。どうやら、奴らはこれから村を襲うつもりのようだ」

男「!」

男は間髪をいれずに走り出しておりました。
その様子を見て、彼女は溜め息をつきます。

悪魔「走ることもないだろうに」

悪魔「私は歩いていかせてもらうぞ」


悪魔が言った通り、少し行った先には林がありました。
その林を、枝を掻き分けながら走りぬけ、男は野原へと到着します。

野原には七つの死体がありました。

ひとつは身なりの良かったであろう男性の遺体。
そこからはすでに武具が剥ぎ取られ、打ち捨てられています。

そのすぐ近くに倒れているのが女性の遺体。
こちらは鎧を着たままですが、頭の半分がありません。

男「……」

男は思わず、後ろへと下がっていました。
喉にせり上がってくるものを必死に抑え込み、何も食べていなかったことに感謝しました。

男「……む、村は」

視線を彷徨わせ、男は煙の上がる村を発見しました。

悪魔「おい、大丈夫か。我が夫よ」

男「村を助けなくては……」

悪魔「今にも倒れそうな顔をしながら言われてもな」

悪魔「それに奴らが村を荒らしてくれた方が襲いやすくなるぞ」

男「はっきりしておきましょう」

悪魔「?」

男「僕は村を襲うつもりはありません」

悪魔「!?」

男「僕はこの世界の情報が欲しいんです」

男「それに目の前で殺されそうな人間がいたら、助けたいと思うのが人間です」

悪魔「……それは夫も同じ、ということか」

男「はい」

悪魔「夫を支えるのも妻の役目、夫の願いを叶えるのも妻の役目か」

男「そ、それはどうでしょうか……」

悪魔「まぁ、よい。奴らを村から追い出せばいいのだな?」

男「……! はい!」

悪魔「高位な悪魔である私に任せておけ」


悪魔「とはいえ、私自らが手を下す必要もあるまい」

悪魔「そこに転がっている死体に手伝わせるとしよう」

悪魔が乱雑に転がっている死体に手をやり、呪文のようなものを呟きました。
するとどうでしょう。倒れていた死体が痙攣したように飛び跳ね、やがてゆっくりと立ち上がったのです。

ゾンビ兵「……」

男「こ、これは」

悪魔「どうだ? 高位な悪魔のみに許された高度な精神支配魔法だぞ!」

悪魔「天に昇る寸前の魂を捕まえて、仮初めの命を与えたのだ!」

そう言って胸を張る悪魔。
ですが、男の心中は複雑なものでした。

男「こ、この人の意識はどうなってるんですか?」

悪魔「意識? 精神を支配しているからな、命令に従う人形みたいなものだ」

悪魔「要するにそんなものはない」

男「……」

悪魔「さて、こんな賊の死体では私の高度な魔法が勿体無い」

悪魔「我が夫よ、そっちにある女の死体を持ってきてくれ」

男「!」

悪魔「見たところ、男の鎧兜は奪われているようだからな」

悪魔「その女ならゾンビにすれば、多少の戦力になるだろうよ」

男「……いえ、その必要はないです」

悪魔「?」

悪魔「どういうことだ?」

男「いいことを思いついたんです」

男「この女の子と男性の精神を、支配しないで生き返らせてもらえますか?」

男は小さく微笑みました。


男が向かおうとしている村、その名をルーチェといいました。
二百年ほど前、その地を収める領主の命で開拓され、国と国の境に作られた村です。

村が作られてから二十年ほどは比較的平和であり、ルーチェ村を訪れるものも多く存在しておりました。
ですが、国境に作ったことで争いの火種となり、現在ではめっきり訪れる人も減り、寂れていく一方です。

それゆえ、村人たちに財産などほとんどなく、日々を生き抜くのに必死なのでした。

盗賊長「全員を広場に集めろ! 金目のものは全て持って来い!」

盗賊長「お前ら! 頭への土産を探せ! 探し終えた家は焼き払っていいって見せしめにしろ!」

逃げ惑う村人を盗賊たちが囲い、村の中心へと集めていきます。
馴れた手付きで松明に火を灯すと、それを木製の家へと投げ込みます。

盗賊「隊長、連れてきました」

ひとりの盗賊が白ひげの老人を引きずってきました。

盗賊長「村長、馬鹿なことをしたな」

盗賊長「我らの言うとおりにしておけばいいものを。貴様らがあの剣士たちをけしかけたせいで、部下が五人死んだぞ」

村長「そ、そのようなことは……」

村長「私どもは見ていただけでございます……彼らが勝手に」

盗賊長「ほう、そうか。まぁ、いいだろう」

盗賊長「やつの鎧と剣は高く売れる。死んではいるが女もいるしな」

盗賊長「いや、女は生きているのがこの村にいるか」

盗賊長が笑うと、それに呼応するように周囲の手下たちが声をあげて笑いました。

盗賊長「村長。我らが頭は慈悲深い。だからこそ、この村とは良好な関係を結んでいたのだ」

盗賊長「だというのに、この仕打ちはあまりにも酷いものだよなぁ」

村長「……」

盗賊長「家は焼く。女は貰う。その他は殺せ」

村長「お、お待ちください!」

盗賊長「待ったさ村長。私はすぐにでもお前らを殺して奪いたかったのだ」

盗賊長「だが、頭の命令でそれが出来なかった。今回の件は良い口実を与えてくれたよ」

それを聞いて、村長は言葉を失ってしまいました。

盗賊「隊長」

盗賊長「どうした?」

盗賊「変な連中がこちらに向かって来ています」


手下の言葉を受け、盗賊長は野原へと視線を向けます。
そこには二人の人影があり、こちらへと向かって来ておりました。

盗賊長「なんだ、あいつらは」

人影が遠く、よく姿が確認出来ないのですが、どうやら二人とも鎧を着ている様です。

盗賊長「何にしてもたった二人だ」

盗賊長「お前ら! 相手してやれ!」

手下五人が野原へと向かいます。
どのような剣の使い手でも、二人の兵士に囲まれれば絶望的。
それはつい先ほど、野原で殺した剣士たちで証明されておりました。

ですが、手下たちが敵二人と向き合った瞬間、悲鳴を上げて後退してきたのです。

盗賊長「お、おい! どうした!」

盗賊「ば、化け物!」

盗賊長「化け物だと?」

逃げていく手下を後目に、盗賊長は怪訝な面持ちで野原を見つめます。
幾分かはっきりとした敵の姿に、手下たちが息をのむ音が聞こえました。

盗賊「た、隊長……あれは」

盗賊長「あぁ……」

全身から血が流れ出ている男剣士と、頭の半分がない女剣士。
その姿は紛れも無く化け物でした。

盗賊長「ありゃ、なんだ? なんで生きて、動いている?」

盗賊「ま、まさか我らへの恨みでアンデットになったのでは!?」

手下たちに恐怖が伝染していきます。

盗賊長「馬鹿共が! アンデットならば、ただの動く人形だ!」

盗賊長「剣を構えろ! 相手は"二体"だ!」

盗賊長の一喝で数人の手下たちが前に出ます。
盗賊とは思えない早さで防衛線を作り上げ、一列に手下たちが並びました。


男剣士「よくも、我らを殺したな……」

盗賊「……お、おい。いま、こいつら喋ったぞ……」

盗賊長「馬鹿な! アンデットは喋らん!」

女剣士「恨む……っす……」

盗賊「に、逃げろ!」

ひとりの盗賊が恐怖を露わにすると、それに続くように防衛線が瓦解していきます。

盗賊長「お、おい! お前ら戻れ!」

すでに恐怖に支配された盗賊たちに盗賊長の声は届かず、どんどん森へと逃げ込んでいってしまいました。
ですが、すぐに森へと逃げ込んだものたちの悲鳴が辺りに響き渡ります。

盗賊長「どういうことだ、どうしたというのだ……」

悪魔「お前の手下どもは皆死んだ」

盗賊長が声のする方を向くと、そこには悪魔がおりました。

悪魔「見てみろ」

声も出せないまま、盗賊長は悪魔の指差す方、森へと視線を戻します。
森からは剣に突き刺さ絶命した手下たちと、それを抱える"元手下たち"の姿がありました。

悪魔「お前の手下は皆死に、ゾンビ兵として我が配下とした」

悪魔「そこの二人はお前らに恨みがあったようだからな」

悪魔「精神は支配せず、そのままゾンビにしてやったぞ」

盗賊長「ば、馬鹿をいうな!」

盗賊長「"精神支配をせずに死者を蘇らせる"など、出来てたまるか!」

男「出来ますよ」

盗賊長の背後から、そんな言葉が聞こえました。

男「高位な悪魔なら、出来ます」

いつの間にか村人たちは消え、そこには男がひとり立っておりました。

盗賊長「高位な悪魔……? 何を言っている、そんな、そんなことが出来る存在など」

盗賊長「で、伝説級だぞ!」

悪魔「だから最初からそう言っている」

悪魔「私は高位な悪魔だと」


盗賊長「ひっ、た、助け……」

悪魔「残念だったな。我が夫の願いは虐殺……」

男「違います」

悪魔「……」

悪魔「逃がすわけにはいかんな!」

男「いえ、もう十分です」

悪魔「……」

悪魔「さっさと失せろ下等生物ッ!」

盗賊長「ヒェッ……」

悪魔の怒号をうけて、盗賊長は持っていた物を全て捨て、一目散に逃げていきました。
盗賊長の姿が見えなくなったことを確認すると、男は安堵の溜め息をついてしまいます。

男「何とかなりましたね……」

悪魔「あれでいいのか? ああいう輩は殺しておいた方が世のためだぞ」

男「彼の部下を僕らも殺しました」

男「これ以上奪う必要はないです」

盗賊たちがいなくなると、少しずつ村人たちが集まってきました。
男が彼らの拘束を解き、ゾンビ兵たちの合間を縫って森へ逃がしていたのです。

ですが、彼らが全員集まる前に男たちのもとへ男剣士と女剣士が近付いてきました。

男剣士「申し訳ないが、我らは少し離れておりましょう……」

悪魔「?」

悪魔「何故だ? 仮にもお前らが救った村人だぞ」

男剣士「……この身はすでに一度死んだもの」

男剣士「無用な感情を引き起こす必要はありません」

悪魔「?」

女剣士「兄さん、どういうことっすか?」

男剣士「……我らは勝手に戦い、勝手に死んだ」

男剣士「それを……負い目としてほしくはない」

男「わかりました、お二人はとりあえず離れていてください」

男剣士「はい」

女剣士「了解っす!」


しばらくすると、男と悪魔のもとに初老の男性が近付いてきました。

村長「あなた方が村を救ってくださったという人たちですな……?」

悪魔「いかにもそうだ、下等生物よ!」

男「ちょっと黙っててください……」

最初の一言から喧嘩腰の悪魔を遮るように、男が前に出ました。

男「救った、といっても家は燃えてしまいました……」

村長「いえ……こうなる運命だったのでしょう」

村長「ところで、失礼なことを承知でお聞きしますが」

村長「なぜ悪魔をお連れになっているのですか?」

男「……成り行きです」

男「彼女は僕を守ってくれているだけなので、安心してください」

村長「……そうですか」

村長「ゾンビ兵を使役しているあなた方は、一体何者なのでしょうか」

男「何者……」

ふと、男は悩んでしまいます。

男(そういえば僕たちは何者と名乗ればいいんだろう……)

旅人、それとも異世界人でしょうか。
男が答えに悩んでいると、それを察した悪魔が前に出ました。

悪魔「夫と妻だ!」


男「……」

村長「あ、悪魔を娶るとは……」

村長「もしやあなたも悪魔なのでしょうか」

悪魔「いや、我が夫は人間だ!」

悪魔「この誓約の証を見よ! これぞ夫婦の証!」

男「……です」

村長「おぉ……何と言うことだ……」

男「えーと、少しこの辺りのことについてお話を聞かせてもらえないでしょうか?」

男「僕らは遠くから来たばかりでして」

村長「……構いません。ですが、我らは急いで荷物をまとめ、この村を去ります」

男「この地を去るのですか?」

村長「……盗賊の隊長が逃げ帰ったと聞きました」

村長「奴は盗賊のお頭をつれて復讐に来るでしょう」

村長「我らの足では逃げ切れないでしょうけど……出来る限り逃げてみせます」

男「……」

村長「それで何が聞きたいのですか?」

男「ええと、まずはこの辺りの大きな国の場所を」

村長「一番近いのはここより北のラゴン国です」

村長「周辺諸国との貿易で栄えた国ですな」

村長「ですが、いま現在、ラゴン国へ行くのはオススメしません」

村長「というのも、この辺りはアスティリア国の領土でして……。ラゴン国とアスティリア国は戦争状態にあるのです」

男「……こちら側からラゴン国に侵入するのは危険だということですか?」

村長「はっきりいいまして、双方の国から攻撃される可能性があります」

村長「それに加えて先ほどの賊たちのように、敗残兵が野盗へと身を窶しております」

村長「……遅かれ早かれ、村はこうなっていたでしょう」

男「ここらの地図はありませんか? 出来れば譲り受けたいのですが」

村長「お渡し出来るものはお渡ししましょう」

村長がひとりの村人に地図を持ってくるように伝えると、すぐに地図は用意されました。

男「ありがとうございます」

村長「西の砂漠がカフカサス、東の草原がスージャン帝国です」

村長「南に行けばアスティリアの首都があります」

村長「我らはここから少し南に下った場所にあるエレナ村へと向かおうと思います」

そういうと村長は礼をし、慌しく荷物を纏め出したのでした。

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