仗助「艦隊これくしょんンンン~~~~?」 (1000)



(……俺の事を、誰か呼んだような気が)


 刈上げ頭の男子高校生と、古式めかしいリーゼントの男子高校生。

 学校帰りと思しき二人は、いつも通りの習慣で通りに面するカフェで時間を潰す。

 その一方のリーゼント頭が、周囲を見回した。

 だがそこにあるのは雑踏。忙しそうに道を行く人々は、誰一人として彼らを顧みない。

 それとも、不良連中に絡まれたら面倒だと思っているのか。

 小さく息を漏らした少年は、連れ合いがスマートフォンの画面に呼びかけているのに、そこで漸く首を捻った。


「何やってるんだよ、億泰よォ~」

「艦これだよ、艦これ! 『艦隊これくしょん』」


 最近公式から携帯アプリが出てよーと、大げさに振舞う億泰。

 カフェ・ドゥ・マゴのエスプレッソを口に運ぶリーゼント――仗助は、一息ついて訊き返した。


「艦隊……沈黙の艦隊とかか?」

「そんなムサいおっさん集めて何が楽しいんだよ!」

「でも最近エクスペンタブルズとか流行ってるじゃあねーかよ」

「客層が違うんだよ、客層が! マヌケ!」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1433666608


 青筋を立てて怒鳴る億泰が突き出したスマートフォン。

 見せつけるように得意げに、画面を揺らして強調する。

 促されるまま眺めた仗助は、


「……これ」

「おお、どうだ? どうだ仗助?」


 とても喜色めいた億泰の、その顔を一瞥。それから視線がもう一度スマートフォンへ。

 再度、億泰。また、スマートフォン。

 マジマジと、信じられないものを見た風に振舞う仗助は、


「これはいわゆるオタクって奴じゃねーか、億泰おめーよォ~~~~~~~~~」


 えんがちょだと、大げさに仰け反った。


「ちげーっつうの!」

「でもその女の子の服を脱がしたり着せたりして喜ぶんだろ? そーゆーゲームは俺ちょっと……」

「間田じゃあねぇんだから、ンな事するか!」

「似たようなモンじゃねーか」



「いいや、全然違う! いいか仗助、よく聞けよ!」

「んだよ、億泰」

「まず艦隊これくしょん……これは船を集めるゲームなんだよ」

「船ェ? 漁師にでもなりてーのかよ……船ならあの東海岸あたりに色々……」

「ちげーよスカタン! 軍艦をコレクションするんだよ!」

「軍艦っつーと……原子力潜水艦とか護衛艦とかか?」

「そんなモンあるか! 解りやすく言うと……戦艦なんだよ、せ・ん・か・ん!」

「戦艦っつーと……」


 仗助が知っている戦艦と言えば、大和や武蔵。

 つい最近になって発見されたのはニュースになっていたし、知り合いの漫画家が取材の為にダイビングを行うべきかと思案していた。

 なるほど、軍艦。それは良い。

 だが、だとすると……画面は酷く不釣り合いに見えた。


「じゃあなんで軍艦なのに女の子がいるんだよ?」


 しからば、そんな疑問が生まれるのは必然と言えよう。


「よくぞ聞いてくれました! あれは艦娘っつってな、軍艦の記憶を持った女の子なんだよ」

「……」

「ちゃんとその辺りの話とかキッチリ考えてあって……マジにそんじょそこらのゲームとは違うんだぜ」

「……」


 仗助との距離が遠くなった事に、億泰は気付かない。

 あまつさえ。

 そのまま、選挙前に必死こいて票を集める政治家の如く――拳を握りしめて、熱弁を振るう。


「すげーのがよォ~~~~~~~~、自分だって辛い過去があるのにそれでも人を守ろうとしてるんだぜ!」

「お、おお」

「なんつーか健気で……泣けるよなぁ、尊いっつーか……ぐすっ」

「そ、そうだな」

「中には……敵でも助けてーとかいう子もいて……優しすぎるんだよこいつら。良い子だよなァ……!」

「お、おう」


 背後に薄ら寒いものを感じる仗助であったが――。

 どうやら億泰の言葉は、彼の中で必然足るものなのだろう。挙句に本気で涙を流していた。

 違う世界の夜明けを見ている風な気分の仗助を置き去りに、それでも億泰は続けるのだ。


「何度も俺がこの場に居たら【ザ・ハンド】で助けられるのにって思うのに……助けてやりてーよなぁ」

「まぁ……【ザ・ハンド】は強力なスタンドだもんな」


 とりあえずは話を合わせると決めた仗助は、神妙そうに頷いた。

 【ザ・ハンド】――スタンドと呼ばれる、力ある精神の像。立体化した超能力。立ち向かう意思の象徴。

 彼ら二人は、そんな特殊能力を有していた。

 そして街に潜む凶悪な殺人鬼と対決を果たした――それは今は昔。


「でもそれだったらおめーの【クレイジー・ダイヤモンド】とか【パール・ジャム】の方が役に立てるって気がするぜ……海の上じゃあなぁ」

「……ゲームの話だろ?」

「だから、『もしも』の話だよ。『もしも』の! 例えば『ウルトラマンと仮面ライダーって二大ヒーローが共闘したら』みてーなよぉ~~~~~~~~!」


 なお、ウルトラマン対仮面ライダーという映画は実在する。仮面ライダーが巨大化するのである。


「兎に角おめーも始めてみろよ、今なら携帯からでも出来るしよォ!」

「おー」

「あ、ただ扶桑は駄目だ! 扶桑は使うなよ! 扶桑ねーさまとは俺がケッコンするつもりだからな!」

「結婚って……おい億泰、おめーマジに大丈夫か?」


 



 ◇ ◆ ◇


 帰宅した仗助はベッドの中。

 その手には、最近買い換えたスマートフォン。

 今時そんなものも持ってないとは、と億泰に熱弁された為に購入したが……殆ど電話としてしか使っていない。


「確か億泰の奴、今日登録できるとか言ってたけどよォ~~~~」


 明らかに媚びを売るように描かれた、デフォルメされたキャラクター。

 イヤホンを用いて熱狂していた億泰の事を考えるのならば、おそらくは声も似たように媚びるつくりなのか。

 決してアウトドアな人間とは言い切れぬ仗助であったが。

 かといってそのようなインドア趣味には明るくはない。


「なんつーか気が進まねーけどよォ……」


 頭を掻いて、溜息を一つ。

 そうは言ってもあれだけ億泰から進められてはやらない訳にはいかないだろう。

 何とか四苦八苦して、スマートフォンのブラウザでアプリを検索。目的の物を手に入れるまで十五分。

 それから、新規着任のボタンを押して――。


「読み込み中ばっかりじゃあねーか……」


 一向に進まぬ着任に欠伸を漏らす仗助の意識は朦朧と、ただタップを繰り返すだけのものに。

 そのままいつの間にか、遠くなる視界。落ちる瞼。

 歯は磨いたし宿題も済ませた。このまま微睡みに落ちても仕方がないだろうと考えた彼は――



 布団の感触がしない。

 しっかりと布団をかけなければ、風邪を引いてしまうだろう。

 そう伸ばした指先が――何か固いものにぶつかり、音を立てた。

 それから。バサバサと、本が床に落ちる音。

 流石に違和感を覚えた仗助は瞼を上げるが――


「……あ?」


 ベッドで寝ていた筈なのに。

 気が付けば、椅子に座っていた。

 何を言っているか判らないと思うが……何をされたのか彼にも判らなかった。

 頭がどうにかなりそうだった。

 どう考えても、どう見ても――熟睡とは程遠い椅子の上。

 最近買い直したスプリングが利いたベッドなどはそこにはなく、周囲には見た事も無い本棚と海図。

 床に敷かれた赤じゅうたんには覚えがない。

 言ってみるなら、学校の校長室の雰囲気に近い。


「夢じゃあ、ねーよな」


 呟く声に、返答はない。


 となるなら、しからば彼の常識から推測するに――


(スタンド攻撃って奴か、人の寝入りばなを狙って……!)


 即座に身構える。

 背後に存在していた窓から、体を逸らして。

 壁に背を当ててその外を覗き込む――――港のような場所。開けたドッグにはクレーンが並び、その先には海。

 冗談が過ぎる。

 少なくとも、仗助の住む杜王町の風景ではない。


「こいつぁ……承太郎さんが言ってたように、夢の中に入るスタンド使いって奴ッスか~~~~~~?」


 かつてエジプトを目指した道中で遭遇したスタンド使い。

 とは言っても承太郎自身は体験した事がなく、あくまでも仲間がそう言っていたとされるだけ。

 それも結局はうやむやになり、そんな事かという話で片付いている。

 だが、承太郎曰く――


「『夢の中だとしたら闘争心はない無力な状態』『スタンドが出せないかもな』……か」


 呟いて念じてみる――だが、承太郎の意見は異なっていたらしい。

 少なくとも応戦は出来る。

 溜飲を下げた仗助は、再度部屋へと視線をやった。


(敵が入ってくるとしたらあのドア……それとも部屋自体が敵の罠かも知れねーけど)


 どちらにしても――と、拳を握りしめる。

 相手が悪意を以って仗助に挑みかかるのであれば、彼に出来るのはそれを振り払う事だけ。

 細かな事情や何やらは、ブチのめしてから改めて訊きだせば良い。


「どこにいるのかは知らねーッスけどよォ~~~~~~~~~~、『やる気』があるならさっさと出てきたらどうっすかね!」


 まさしく彼自身の言葉通りどこにいるか判らない、スタンド本体を呼びつける。

 これで顔を出すのなら、相手のスタンドはそう遠くへ離れられないか、見ている場所でしか通用しないスタンド。

 顔を出さぬなら、相当な広範囲を持つパワーが弱いスタンドか、それとも自動操縦的なそれだ。

 そして果たして、


「……眼が醒めましたか」


 扉が開かれた。

 そこに居たのは、白衣を青い着物風のスカートに収めた女性。

 胸当てと、その右手から察するに……弓道のようなものを思わせる。

 仗助として意外だった。

 まさかこんな大がかりな――仗助をどこかへと拉致する――能力の持ち主でありながらも、顔を出すとは。


(顔を出すとはいい度胸だぜ……)


 仗助の闘志に呼応して現れる、人型のヴィジョン。

 近未来のSFめいた甲冑を纏った、たくましい戦士の像。所々には、彼を象徴するようなハートの意匠。

 その名は、【クレイジー・ダイヤモンド】。

 ビスケットの様に岩を砕き散らすパワーと、至近距離から発射された弾丸を掴みとるスピードと精密さ。

 東方仗助を、東方仗助足らしめる精神の表れであるが……。


(スタンドを出したのに……無反応、だと!?)


 対する女性は眉一つ動かさない。

 不審に思って拳を握って振りかぶってみるも――【クレイジー・ダイヤモンド】に視線をやらない。

 どこまで訓練したとしても、平然を保とうとしても限度がある。

 フェンスがあると判っているのに飛んできたファウルボールを避けるように、人は対応してしまう。

 そして、スタンドはスタンド使いにしか認知できない。

 と言う事はつまり、


(この女……スタンド使いじゃあ、ねーって事か)


 入室した女は、本体にあらじ。

 寧ろ、仗助と同じく――この空間に囚われた犠牲者なのかもしれない。それにしても落ち着き払っているが。



(……承太郎さんなら、多分やれやれっつーだろうなァ~~~)


 自分一人を対象にした訳ではなく、かなりの広範囲を対象とするスタンド使い。

 そして、姿を見せない。

 つまりは、探し回らなければならない訳だ。この施設のてっぺんから隅っこまで、くまなく。

 それにしても。

 ここがどこであるのかが、判らない。少なくとも感覚はある以上、夢でないとしたら――どこかの施設。

 となれば、暮らしていた住人が居るはずだ。

 或いは目の前の女がそうかもしれないが――、と。


「あの、すみませんけどここの人っすか? ちょっと聞きてーんスけど」


 仗助に声を掛けられて、女は漸く口を開いた。

 彼がそうしなければ、いつまでも無言で佇んでいたであろう。


「正規空母加賀です。貴方が提督?」


 提督、という言葉には仗助も聞き覚えがある。

 確か軍事的に指揮を執る人間であったはずだ。提督の英断とか。そんな。

 確かに仗助は学生服で、そういう制服は軍人を意識して作られたと聞くが――生憎は高校生だ。


「あ、どーも。生憎、違うみてーっスけどね。ほら、どっからどう見ても」

「……個性的ね」


 どこが、とは言わないが。



「ここには俺以外人が居なくて……探してるンすけど、『予め取り立ての事を知ってて夜逃げした』みてーにもぬけの殻でよぉ……」

「そう」

「加賀さん、でしたっけ。一緒に探してくんねーっすか?」


 このまま取り残すよりは、二人で行動した方が安全だろう。

 仗助のそんな判断であったが――。

 目の前の女は実に冷静そのもの。「その必要はありません」、と言葉を区切って。


「それじゃあ、提督。指令を」

「……オレェ?」

「他に誰か?」

「確かにいないけど……提督っつーのは司令官の事ッスよね? 俺、高校生なんで……」

「……」


 また、無言。

 ただ何か言いたげに仗助の目を正面から見据えている。どことなく『スゴ味』を感じる、不機嫌そうな目。

 しかし、己は間違った事を言ってはいないという力強い意志を感じる。

 仗助からしてみれば全く以って間違えているとしか言いようがない主張であっても、女からは別らしい。


(参ったな……こういう時に承太郎さんでも居たらよかったんだけどよォ……)


 しかし、その承太郎――最強のスタンド使い空条丈太郎は、既に日本にはいない。

 仮に居たとしても、この空間にはいないだろう。そんな気がする。


「……私の顔に何か?」

「あ、い、いや……」


 (顔に何かっつーか目がヤベーんだよ、目がッ!)――仗助はそう叫びたくなった。

 あくまでも冷静そうな顔立ちではあるが、その瞳の奥には刃向かう者はブチ壊し抜けるという激情が潜んでいるのだ。

 氷のような美貌の美人だが――それ以上に、本能的に『ヤバイ』という凄味があった。

 本当に承太郎が居てくれたら、と仗助は考えつつも、


(そういやこの人、どことなく承太郎さんに似てるな。雰囲気っつーのが)


 怒らせたら不味い類の人間だと、再認識する。

 そして、怒りそうである。

 話が食い違っているのにも関わらず、仗助にある振る舞いを求めているのだ。そんな無言の圧力があった。

 だから、当初の予定を取りやめて


「とりあえず適当にしといてくださいよ。俺、他の他人を探してくるんで……」


 とりあえず、そうお茶を濁した。

 しかし、一言。


「貴方以外に人間はいないのね」

「……そーっすけど」

「なら、貴方が提督です。指示を」


 あくまでも頑なに、頑として譲らぬ態度。

 流石に温厚な仗助も、この不可思議を通り越した状況には苛立った。

 加えて、話が通じない人間。彼をしても、思わず声を荒らげる。


「だから俺は軍人じゃあねーっつってるだろうが!」

「……」

「アンタの親父や上司じゃないんスよ! てめーで考えて下さいよてめーで!」


 「それともスカート脱いで陸上部みてーにランニングでもしろって言えばいいのかよ」と、続けそうになったのを打ち切る。

 そこまでは流石に、やり過ぎだ。

 しかし、仗助の怒りを受けても――やはりどこ吹く風。

 逆に、スーパーのお菓子売り場で駄々を捏ねる子供に言い含めるかの如く、加賀は続ける。


「私は艦娘だから、司令官からの命令がなければ動けないわ」

「は?」

「正規空母加賀。そう言いました。……何か?」



 額を押さえて。

 確かめるように、少しずつ。


「艦娘っつーとあの、深海棲艦と戦う」

「そう」

「軍艦の記憶を持った」

「ええ」


 尤も――と。


「駆逐艦は軍艦に含まれないから、正確に言うと船舶です」

「ンなこたぁどーでもいいんすよ! で、確か扶桑とか電とか大和とか……」

「ここにはいないけど」

「そんで、敵でも助けたいとか言う……」

「私は違います」


 憮然と告げる正規空母、加賀。

 頬を抓ってみる――――痛みはある。そして、【クレイジー・ダイヤモンド】も思い通り動く。

 夢ではない。

 夢だけど、夢じゃない。


(げ、ゲームの中の世界ィィィィィ~~~~~~~!?)


 ファンタジーやメルヘンじゃああるまいが……。

 実にどうやら、どうしてマジらしい。



 もう一度寝なおしたのなら、冷めるかも知れない。

 そんな風に淡い期待を抱く仗助であったが、


「提督、早く決断を」

「け、決断っすか……?」

「深海棲艦が迫っています。この鎮守府を襲撃しようと――」


 そこで――けたたましく鳴る、サイレン音。

 当たりを見回す仗助と、拳を握りしめる加賀。

 恐る恐る窺えば、先ほどよりも温度が下がった瞳で睨み付ける、加賀。


「このままでは突破されて、鎮守府が襲撃されるわ。判断を」


 ナイフめいた視線に突き動かされるように。

 仗助に出来るのは、一言漏らす事だけだった。


「……それじゃあ加賀さん、出撃って奴で」

「判りました」


 もっと早く決断しろ――どことなく、そんな怒りが込められるような半眼に。

 仗助はただ、


(なんなんスかこいつぁ……マジにヘヴィすぎる)


 深く溜め息を漏らした。



「一航戦、出撃します」


 28ノット――秒速にすればおおよそ14メートル。

 あっという間に見えなくなるというには遅いが、それでも世界記録の全力疾走よりも遥かに早い。

 鎮守府正面、コンクリートで作られた船着き場を乗り越え着水した加賀が、猛烈な勢いで水上を駆ける。

 しかし海。

 距離感が恐ろしく狂う。彼女はその行き先は余りに果てなく広がる。


「億泰の兄貴のスタンドみてーだなぁ……」


 中々暢気に構える仗助は、実に素直に感想を漏らす。

 かつて戦ったスタンド――【極悪中隊(バッド・カンパニー)】――人形の兵士とそれらが搭乗や操作を行う兵器の群れ。

 加賀が放つ矢が次々にレシプロ機に姿を変えるのを見ていれば、どうにもそれが思い出されてくる。

 夢見心地というよりは、街中でピエロが行うパフォーマンスを眺めるカップルのような他人事めいた気持ちで、事の成り行きを見守った。


(これは一体、どーいう事だ? 本気でゲームの中に入っちまったってんなら……どうすれば?)


 船着き場に降りて、水平線を眺める。

 人の目では、余り遠くまでは黙視できない。如何に視力に優れるスタンドを使おうとも、それは変わらない。

 ただ、視界の先――蠅のように小さな艦上機が飛びあがり、また消える。

 煙が上がる。時折、派手な水柱も上がる。

 仗助では介入できない、海の上での戦いだ。ボートでもあるなら別だろうが。



 司令官ならば、事の推移を真剣な面持ちで見守るべきだろう。

 だが仗助には、余りにも遠い。未だに現実感が感じられないのだ。

 ただ呆然と、何の事か――と海の方を眺めるにとどまる。


(こんな事なら……億泰の奴からもっとちゃんと聞いとくべきだったぜ)


 そこまで真剣味も持たずの流し聞き。

 どちらかと言えば、軽くヒいていた方が強い。

 そうすれば、このスタンド能力――としか思えない――の攻略の糸口にもなったろうが。


(でも確か……なんつってたかな……大破がどうとか、轟沈がどうとか……)


 記憶を反芻する仗助。その手に持った通信機が震えた。

 加賀だ。


「なんスか、加賀さん」

『……すみません、しくじりました。甲板がやられたわ』

「甲板が……」


 深刻だと言うのは口ぶりから分かる。

 だとしても、未だイマイチ飲み込めぬ仗助に、


『……まだ戦えます。鎮守府には一隻も向かわせない』


 長い沈黙の後、そうとだけ告げる加賀。

 聞いた瞬間。

 仗助は決断していた。ぼんやりとしていた彼の瞳に――火が灯る。


「……加賀さん、そっから逃げられますか? 戦いはいいから、撤退してくれ」

『……退いたら、鎮守府に敵が向かいます』

「いいから、逃げるンだよォ~~~~~~~~~~~~~~ッ! 提督の指示に従うんじゃあねーのかよッ」



 有無を言わさぬ仗助の口調に、加賀からの返答は沈黙。

 だが、彼女の――まだ会って間もない彼女の性格を考えるのであれば――従う筈だ。

 あとは、無事に辿り着く事を祈るしかない。

 そして仗助がやる事は――


(億泰の野郎じゃあねーけど、四の五考えてるヒマはねーぜ)


 彼がすべき事は――状況に戸惑う事でも、訳が分からずに流される事でもない。

 加賀の声から分かった。

 彼女はのっぴきならない、抜き差しならぬ状況に居るという事が。

 そして同じく――それでも彼女は決断したのだ。大して付き合いがない仗助が居る鎮守府に、敵を向かわせないと。

 或いは、仗助はどうでもよく。

 ただ、鎮守府を守ろうとしているだけかも知れないが……。


(それでも構わねー。加賀さん……あんたの声は、『覚悟』している声だった)


 取り出した櫛で、髪を整える。


(理屈も何も判らねーし何を考えてるのかイマイチ判らねーけどよォ~~~~~~)


 すうと、息を吸い――そして吐き出す。


(あんたは、『この鎮守府に敵を向かわせない事』に必死だった。最初から……そこんとこだけは確かだ)


 ならば――



 そして――見えた。

 乱れた髪と、煤けた顔。所々肌を剥き出しにした衣装は、年頃の女性としては痛ましい。

 桟橋の、海面ギリギリに立つ仗助を視界に収めて――加賀が目を見開いた。


「こんな場所は、危険です……!」

「うるせえ、いいからさっさとこっちに来るんだよッ! 『ゴールテープを間近にした陸上選手』みてーに必死こいてよォ~~~~ッ!」


 時が、恨めしい。

 加賀より離れた後方――仗助は目にした。

 両生類の様にぬめりけを帯びた体表。昆虫めいた装甲と、機械の合成。更には人の手足が生えた怪物。

 これまで見た、どんなスタンドよりも悍ましい怪物。

 人間の精神だけでは再現できない――明らかなる異形。

 ホラー映画が苦手な小学生でなくとも、あんなものと出会ったらブルっちまう。それは確かだ。


(それとアンタは……たった一人で戦ってた、っつーことっすか)


 恨めしげに仗助を睨み付け、全速で飛沫を巻き上げる加賀。

 何を考えているか判らないし、ただ強情な女と言う事は分かったが――。

 単身あんな怪物と戦ってたとあっては、仗助の心に訪れるものはたった一つ。

 だからこそ、彼は覚悟を決めた。

 加賀の行動に『敬意』を表する――――そして彼女を死なせない、『覚悟』を。


「掴まれ、加賀さん!」


 加賀を掴み上げたそこに。

 空気を裂いて――音を置き去りに。一直線に。真向いから。

 仗助と加賀を滅ぼさんと、砲弾が迫る――。


「――【クレイジー・ダイヤモンド】ッ!」


 呼びかけに呼応したスタンド――仗助の闘志が発現。

 迫りくる砲弾へと一撃。強烈な破砕音。猛烈な勢いで、砲弾を逸らした。


「え……?」

「クソッタレ……流石は砲弾っつーか、中々のパワーっすね」


 己の命が失われると目を閉じた加賀とは対照的に、水平を睨む仗助。

 その顔は、渋い。

 如何にスタンドはスタンドでしか倒せないとしても――スタンドからぶつかりに行くなら、話は別だ。

 例えば仗助が預かり知らぬ過去に於いて、己の精神を幼児に戻されてしまったスタンド使いが弾丸を逸らそうと試みた際のように。

 パワーで負ければ――


「何とか一発は逸らせるけどよォ~~~~」


 仗助の手の甲から、血しぶきが上がる。


「提督、これは……!」


 己が死ぬはずであったのに生きており。

 しかしながら、提督に突如として傷が出来た。

 ――――そうとしか思えぬ加賀は、ただ眼を白黒させるだけ。

 対する仗助は、冷や汗を浮かべる。説明する気はない――と言うより余裕がなかった。

 ただ彼は、驚愕していた。

 本当に、水の上を航行する化け物が居て……それが兵器めいた攻撃を行う、と言う事に。


「どういう理屈かしらねーけどよォォォォ~~~~~~~~~~~~~~」


 目で制するように、遥か彼方の深海棲艦を睨みつけて。

 仗助は改めて、加賀の体を抱き起しにかかる。

 右手の装甲がほんのちょっぴり破損した【クレイジー・ダイヤモンド】は、傍らで拳を構えた。


「とりあえずそれ以上撃つんじゃあねーぞ? いいか、撃つなっつーの」

「……提督、下がって!」

「アンタも動くんじゃあねーッ」


 牽制しつつ、再び海に戻ろうとする加賀を引き起こす。

 彼の頭の中では最悪が繰り広げられる。

 巨大な口と、巨大な腕。トラックじみた怪物が引き起こすだろう、最悪の光景が。

 そして無論――、


「提督っ!」


 仗助の言葉など、聞くはずもない。

 照準を修正した主砲が、二人目掛けて火を噴いた。



(おかしな髪型で、とぼけた人だとしても――)


 加賀の、世界が加速する――。

 加速と言うより、減速だろうか。

 プロ野球選手が、ボールを止まったように感じるかの如く、全てがスローに感じた。

 その中で、彼女がしたのは後悔。

 自軍がたった一隻だとしても、破れて良い理由にはならない。

 彼女は、艦娘として行うべき事を行えなかった。


(提督を、護れなかった――――――いいえ、まだ……!)


 何とか、己を盾にしよう。

 そう、提督へと回した腕を強く抱きしめて、衝撃に備える。

 ひょっとしたら、彼女が盾にさえなれば……提督は生き残れるかもしれない。

 彼女が死んでも変わりはいる。新たな戦力を作れるだろうし、なんとか提督は逃げ延びて再起を図ればいい。

 だが、提督に変わりはいない。

 そう、祈るように力を籠めて、目を強く瞑って――


「……撃つな、っつったのによォ」


 聞こえたのは、そんな呟き。

 そして――衝撃が来ない。


 そう。


「【クレイジー・ダイヤモンド】……火薬と砲身を『直した』」


 先ほど仗助は触れていたのだ。

 二人目掛けて、指令部目掛けて撃ち出された砲弾に。そしてその砲弾に付着していたある物体に。

 それは――


「これは承太郎さんからの聞きかじりだがよォ……銃ってのは、『撃つたびに銃身が磨り減って』『火薬がこびり付く』らしいな」


 爆風により乱れてしまった髪を整えつつ、やおら仗助は体を起こした。

 日本人離れした長身と、堀の深い顔。これはある意味当然であった。彼には半分、日本人以外の血が入っているのだから。

 学生服を押し上げる筋肉質の肉体はどこまでにしなやかに、緊張を解いて構えを解いた。

 そして……指さす。さながら番えた弓矢を――銃口を相手に照準するかの如く。


「次弾を装填したな……そこには『新品になった火薬』と『鉄粉』が詰まってるぜ」


 弾薬庫と砲身――薬室へと繋がるその扉の傍に、積もり重なる鉄粉と火薬。

 必然、扉が開閉するという事はその鉄粉と火薬は――



「当然……そんな状態で開いたり閉じたりは、危ねえよなぁ……。『灯油が入ったバケツの近くでキャンプファイヤーする』みてーによォォォォォオ~~~~~!」


 零れ落ちるのだ、弾薬庫に。

 そして、扉は閉じ切らない。僅かな異物が噛み合って、ホンのちょっぴり――ホンの少しだけ生まれてしまった空洞。

 その空洞には、さながら砂糖菓子を運ぶ蟻のように火薬が列を為しており、その列の両端に繋がるのは弾薬庫と砲身。

 そんな状況で、砲塔に納まった砲弾を撃ち出そうと撃発したのならば――


「やれやれ、実にグレートな花火ですよ……コイツぁ」


 ――砲塔ごと、吹き飛ぶッ!


 火薬が見事に導火線の役割を果たし、撃針された雷管の生み出す小爆発のパワーが引火を起こす。

 結果肉体の中腹に砲塔を位置させた軽巡洋艦級深海棲艦は、コナゴナに吹き飛んだ。


 そのまま、呆然と眺める加賀の腕を振りほどく仗助。


「大丈夫っスか、加賀さん」

「ええ……こんなの大した事な、い――!?」


 ほんの強がりであった筈なのに。

 まさしく――本当に大したことがない。

 いや、傷が――ないのだッ! 文字通り、完全にッ!


「傷が……一体、どんな原理で……」

「打ち所が良かったんじゃあないっスか?」

「そんな筈は……、……、……まあいいでしょう」



←To be continued...

と言う訳でジョジョ×艦これ

これからは基本ギャグ時々シリアスで行きます。それぞれの作品を尊重できたらベネだと思ってます



 スタンドとは――。


 一つ――スタンドとは生命力あるヴィジョン。


 一つ――スタンドは一人一体、特殊能力を持つ。


 一つ――スタンドを感じる事が出来るのはスタンド使いだけ。


 一つ――スタンドが傷付くと本体も傷付く。


 一つ――スタンドはスタンド使い本人の精神の現れである。



 執務室、二人。

 巨躯を装飾過多な学ランに収めた、特徴的なリーゼントの少年と。

 丁度彼の胸ほどに位置する頭の左側で髪を括った、弓道着めいた和装の女性。

 それぞれを、スタンド使い東方仗助――――航空母艦娘・加賀と言った。


「――という事です。判った?」

「加賀さんは、航路を荒らす『深海棲艦』って化け物と戦う艦娘」

「はい」

「このままだと資源が干上がって日本はマジにやべー」

「残念ながら」

「で、そんな艦娘の指揮を行うのが提督――この場合は俺――で」

「そうなります」

「俺が命じるのは、『建造』『開発』『出撃』『遠征』『演習』の5つって事っすね」

「ええ」


 軽く顎を動かし、首肯する加賀。

 右手に包帯を巻いた仗助と対照的に無傷な彼女は、極めて沈着冷静然としている。


 そんな彼女に目をやる仗助は、心の中で溜め息を漏らした。


(とりあえず、俺はどーにも艦これっつーゲームの中にいるみてーなのと……これが夢の中じゃあねーって事)


 砲弾を逸らした反動を受け罅割れた右手には、痛みがある。

 ひょっとすると痛みがある夢なのかも知れないが――なら現実と変わらない。

 その夢の中で死ぬという事は、現実で死に等しいダメージを負うのと同じである。


(不味いのは……これがどんなスタンドでどんな本体なのか、何を考えてるのか全く判らねー事――)


 そこでちらりと、加賀を一瞥。


(――『よりも』、この人との沈黙は恐ろしいって事だぜ)


 むっつりと黙り混む加賀。何を考えているのか判らぬ、氷めいた美貌。実際怖い。

 何度も言うが、空条承太郎と近しいものを感じる。

 だが、空条承太郎とは共通の話題があるが――加賀は別だ。



(この沈黙がマジにこえーんだよなぁ~~~……)


 不機嫌なのか、それともそれが平常なのか。

 怒っているのか、疑っているのか、憂いているのかが読めない表情。

 これで帽子でも被って目許を覆っていたら――もう完全に判らない。


(スタンドはともかく……一体どう説明すりゃあいいんだっつーんだよォ)


 ――『貴女はゲームの中の登場人物で』。

 ――『私は違う世界から来ました』。

 ――『元に戻る方法を探しています』。


 そんな事実、告げろと言う方が無体だ。信じられぬ、戯言を言う人間と思われるだろう。

 だが、仗助の懸念はそこではない。


(ショックに決まってるぜ……誰かが作ったゲームの登場人物、なんて言われたら)


 そう、仗助は加賀を気遣っていたのだ。


 もしも貴方が『君は物語の一員だ』と言われたら許せるだろうか?

 信じられぬ、というのは置いておこう。

 そこで信じるに足る理由や証拠を用意されてしまったら――。

 貴方が行ったこれまでの苦労や努力、或いは不幸や迷惑……ともすれば貴方の思考や性格すら誰かの筋書きなのだ。

 そんな事を言われて、衝撃を受けない人間はいない。ひょっとすれば、侮辱とも思えるだろう。

 そう。

 例え加賀に正直に話してしまえば、何かしら己の状況を打破する手懸かりが見付かる可能性があるとしても――


(良く判らねえ人だが……何となくこの人の『本気』や『覚悟』に、泥を塗りたくねーぜ)


 ――己自身の為にそれを行えないのが、東方仗助という男であった。

 
 彼がそんな風に内心苦悶を浮かべるのを、見つめ続ける加賀。

 そんな一方の、彼女の懸念は……。


(出撃すると……お腹が空くわね)


 ――誇りや覚悟の事ではなく、食事ッ!

 腹が減っては戦は出来ぬというのは本気。

 兵站がない事が何を意味するかなどは、軍務に関わるものなら誰でも知っているのだ!



(でもよォ~~~~、絶対さっきのあれは不審がられてるよなぁ~~~~)

(今日のお昼は何かしら。気分としてはカレー……いや、蕎麦ね)

(深海棲艦のアレは『火薬庫の誤作動』だと思われても……自分の身体の事なら一番良く解るだろうし)

(蕎麦……鯖もアリです。納豆もいい。私自身のお腹の事だけど、食べたいものは判らないわね)

(そーなったら【クレイジー・ダイヤモンド】の説明も必要だろうが……間違いなくモノホンの提督はきっとそんなモン持っちゃあいねーよな)

(いえ……気持ちの説明は不要ね。食べたいものを食べる。私はそれでいい)

(そーなると、俺の素性も明かさねーとならねーだろうし……どうするっスかねー)

(ソーメンと、酢醤油の餃子は外さないとならない……食べ合わせになる)

(グレートな問題だぜ……こいつァ)

(クレープも問題ない……これはいい)


 神妙そうな澄まし顔の加賀と、両手で顔を挟み込んで百面相の仗助。

 互いに互いが見えていない。


 一先ず仗助は――彼なりに結論を出した。これがゲームならば、その筋道に従うのがいいだろうと。

「とりあえず加賀さん、これから何をどーしたらいいんスか?」

「食事」

「え?」

「いえ……出撃が終わったら補給を欠かさずに。ルールです」

「はあ」

「このルールは絶対……いいですね?」

「あ、はい」

「それから、開発でもしましょう」




(……普通そうな顔して、空母ってのはスゲー食欲だな)


 資源の各種補給を済ませて。

 そのついでに食事を終わらせた加賀を思い返して、仗助は冷や汗を流す。

 もしもあれが彼のポケットマネーから支払われていたら――どうしようもない。

 なお、覗き込んだ食堂には誰もいなかった。それなのに食事が置いてあるのは不思議だ。


「……私の顔に、何か?」

「いや…………開発って、装備とかを作る奴なんすよね?」

「ええ。主砲や艦載機……偵察機や攻撃機など」

「で、作るのに失敗したりもする」

「そう」

「んで……誰が作るっつーんすか? 見たところ人はいないし……加賀さんが?」

「妖精です」

「……は?」

「……妖精よ。何か?」


 仗助の問い返しに、加賀の眉間の皺が若干深くなった。

 加賀のようなクールビューティーが、真顔で妖精を口にしたのには面喰らったが――。

 深海棲艦や艦娘がいるのだ。

 妖精という、特殊な存在が居ても不思議がない。


「資源を置いて、後は任せます。何が出来るかは妖精次第」

「マジっすか? 中々運の要素が高いっつーか、実は俺あんまりギャンブルって得意じゃないんだよなァ~~~」


 今まであまりいい思い出はない、と――暫く恨まれ続ける事になった事があると仗助は顔に手をやった。


 だが、どこ吹く風の加賀は、


「なら……初心者なら艦載機を勧めます」

「そーなんすか?」

「ええ。在って困る事はない。艦載機が強力なほど、一度に敵を焼き払える」

「へー。じゃあ、加賀さん一人でもなんとかなるっつーんすかね……さっきみたいな状況でも」

「……装備を言い訳にはしないけど。強いものの方が良いのは事実です」

「ふーん」


 念押しするように、仗助は改めて加賀を眺める。


「初心者は艦載機?」

「ええ」

「あると強い?」

「勿論」

「絶対に艦載機がお奨め?」

「そうなります」

「なら……艦載機レシピってのを回して見るか」

「はい」

「……ただ加賀さんが艦載機欲しい、って訳じゃあねーっすよね?」

「……まさか」



(ここが工廠か……工場みてーなとこに行った事がねーから、ここが本物っぽいのかそーじゃねーのかは良く判らねーっスけど)


 クレーンや鋼鉄の梁。

 海水を引き込むプールめいた設備や、バーナーなどが安置された倉庫……のような場所。

 物珍しげに見回す仗助を、


「提督……こっちです」


 無愛想な加賀が引率する。

 和風の着物姿の女性と、学生服の不良然とした長身の少年が並び歩くには奇妙過ぎる背景であろう。


(さて……開発か……)


 する事は他にもあるのだろうが――。

 この世にはルールがある。

 太陽が東から昇って西に沈むように、物体同士には引き付け合う力が存在するように……。

 同じようにこの不可解な状況にもルールがあるとするならば――。

 『ゲーム』という最もルールが明確な存在に乗っ取っている以上は、そのルールに従うのが何よりもの近道であった。


(ただし……開発しに来たのはいいけどよぉ、しょ~~~~~じき自信ないぜ)


 頬を掻く仗助。

 開発の説明を加賀から受けた――。

 即ち妖精任せであり、“どんな系統の装備を作ろうか”資源の量を決める事が出来ても、何を作るかまでは決められないという事まで。


(賭け事にはいい思い出がねーんだよなぁ……こないだ億泰の野郎とやったポーカーでも大負けしたしよぉ~~~~)


 特に邪念――俗に言う物欲センサーのような物が絡むかも知れない。そうなると碌な事がない。

 事実、それで今まで仗助は知人の漫画家の家を全焼させてしまっている。事故だが。

 ……と、何か動き回る影。

 梁の影や柱の裏。工具や機材の隙間に――何かいるッ!


「虫……じゃあねーっすよね?」

「言葉には気を付けて。機嫌を損なわせてもいい事はないわ」

「って言うと……こいつらが……」

「……ええ。尤も、機嫌を損なわせたから何かが起きるとは限らないけど」


 ただ、願掛けのような物だろう。勝利の女神と同じだ。

 最善を尽くして駄目ならばそーゆーものだと思えるし、だからこそ祈れるかもしれない。

 しかし、万が一そこで“妖精の機嫌を損なわせてしまっていた”としたら……。

 そこには『後悔』が生まれるだろう。そういう事だ。


「はー」


 とりあえず仗助は、(特に逆らう理由もないし)頷いた。

 ちらりと覗いた影は、二頭身ほどのデフォルメされたファンシーキャラクターめいた人間。

 それが、工事用のヘルメットのようなものを被って動き回っている。

 なるほど、妖精という呼び方も頷ける。


(重ちーの【ハーヴェスト】みてーっスね。『ひこにゃん』と『せんとくん』ぐらい可愛さに差はあるとしても)


 いざ始めようか。

 意気込んで見たもののの、内心のプレッシャーに手が落ち着かない仗助。

 そんな彼へと、加賀が出し抜けに言った。全くの不意討ち気味に。


「提督……さっきはああ言ったけど、初心者は開発に失敗しても何もおかしくはないわ」

「え?」

「だから、提督が失敗しても残念がらないで。別に提督が未熟だからという訳ではないです。仕方ないわ」


 焚き付けてみたはいいものの、という奴なのだろう。

 なるほど仗助の事を気遣っている風であり、事実でもある事は間違いない。

 だけれども、と仗助は思う。


「……その言い方、なんか引っかかるっスよねぇ~~~~。まるで俺が初めから失敗するみてーじゃないっすか。やってもないのに」

「そう、なら期待しているわ」


 ちょっと一言言ってみようとしただけだったが……。


(げ~~~~~~~ッ)


 余計に己を追い詰める事になってしまったらしい。


 両頬に手を当てるが、もう遅い。

 やるならやるで構わない、というスタンスなのだろう。加賀は。


(頼むぜ……これで失敗とか赤っ恥はよォ~~~~~~~~~)


 加賀に言われた通りに――資源を並べる。

 何を並べるかは、彼の自由だ。大まかにこうしたらどういう風になる……という目安は聞いたが。


 そして、三つルールを告げられた。

 一つ――『妖精を脅して作るものを決めさせてはならない』。

 一つ――『妖精が装備を作っているところを細かく覗いてはならない』。

 一つ――『どれかの資材を全くゼロにしてはならない』。

 これが“ルール”。

 そう言われたら、従うしかない。


(なんだかグレムリンって映画を思い出すぜ……あれのモグワイもルールが多い妖精みてーなモンだったよなぁ)


 ぽりぽりと鼻の頭を掻いて、天井を見上げる。

 今は加賀と二人、資材を置いて妖精達に背を向けている。完了待ちだ。

 加賀の視線は相変わらずで、詰まらなそうでもなければ面白そうでもない。

 ただ、“ある”ものを“ある”として見ている――そんな目。


「あのー、加賀さん?」


 その間に雑談でもするか、と加賀の方に身を乗り出してみれば、


「……終わりました」

「え、もうっスか? 回収になったカップ焼きそばよりもはえーぜ」


 言いつつ――釣られて背後を振り替える。

 そこに置いてあったのは、『紫電改』と下手くそな手書きのメモが残されたプロペラ機。

 心なしか……だが。

 心なしか機体が輝いている風でもあるし、“特別だ”と言わんばかりにメモ帳には花の落書きが添えられている。


「どぉ~~~~っスか? これ自分で言うのもどーかと思うんスけど、中々の出来映えっすよ」

「ええ……手持ちの艦載機よりも上です」

「ひょっとしたらオレって才能あるんじゃないっスかねぇ~~~~? いや、一度だけど幸先ズイブンいい感じだしよォ――――」

「そうね」


 静かに加賀が首肯。

 とりあえずここまでで仗助に判っている限り、加賀は正直者。

 彼女がそう言うという事は、そのままその通りなのだと拳を握り締めようとし――


「では提督、次も期待しています」

「へ」


 追撃を叩き込まれた。


(次ィィィ~~~~~~~~~!?)


「……」

「……仕方ないわ」

「……そ、そ~~~っスよね。流石に二回連続は期待しすぎっつーか」

「……ええ、残念ですが」

「そーっスよ。残念だけど仕方ないっスよ」

「そうね。提督が素人という事を差し引いて……一回でも成功しただけ上出来と言えます」


 ――ぴくり。

 仗助の、眉が動く。


「…………。まぁ、次があったらって感じっスけどね……まだ一勝一敗な訳だし……」

「なら」

「へ」

「もう一度どうぞ」


 ――建造枠が広いではないか、行け。

 有無を言わさぬ加賀の口調。

 おどけるように仗助が笑おうとも、何百年も前にスデに彫り上げられてしまったヴィーナス像のように揺らがない。

 鉄の女、とはこの人の為にある言葉なのか――なんて余計な事を考えつつも仗助は、


(お、おいおい……マジに言ってるんスか~~~~~~!?)


 ヤバイ冷や汗がOUTしていた。


 その後……。


「……」

「失敗ね」


 資源のお供えを繰り返し、背を向けてはまたすぐに振り替える二名。


「……」

「失敗です」


 何処と無くシュールな光景だが、当の本人――東方仗助には全く笑えない状況だ。


「……」

「……失敗」


 振り替える度に資材が消えて、代わりに良く判らないぬいぐるみのようなものが安置されているのだから。

 どうして鉄や弾薬からぬいぐるみが生まれるのかは全くの不明だ。

 よっぽどぬいぐるみが好きすぎたスタンド使いが死んで、その能力が暴走しているというのか。


「……」

「……」


 たまにぬいぐるみ以外の形のものが出来れば、


「おっと、こいつぁ――」

「既に持っている装備と同じです」

「……」

「……」


 しかしそれも成功とは言い難い。

 終わりがないのが終わり。それが開発レクイエム!――なんて声が仗助の脳内で反響した。

 クレーンゲームで調子に乗った常連客よりも、二人の両脇にはぬいぐるみが積み重なる。


(いくら何でも、こんなに失敗すんのかよ! 駄菓子屋の紐付き飴でももーちょっと当たりが出るぜッ)


 再び、資源を乗せようとする仗助だが……そこで“待った”。

 正直最初はその気でもなかったし、彼としてはもっと早くそれが起こって欲しかったが……。

 遣り始めて熱中してしまっている間に忘れていたのだ。そもそも己が乗り気でなかった事を。


「提督、これ以上は……資源の無駄です」

「う……」


 言い方もキツいが、それよりもまして……。

 何も考えずにスロットをブン回し続ける駄目人間というレッテルを貼られたような対応の方が、辛いのだ。この場合。

 ただし、と加賀は付け加えた。


「妖精の開発が成功するかしないかは提督のレベルによります」

「……は?」

「理屈は判らないけど……提督として戦果が多いほど……実力があるほど成功する」

「……」

「繰り返しますが……あの一度で上出来です」



(……ふふふ、ふふふ)


 取り出した櫛で、髪をセット。

 不適な笑みを浮かべる仗助にあるのは怒りでもなければ、哀しみでもない。

 加賀が事実を隠していた事に憤っている? ――否ッ!

 これまで成功しない自分自身を蔑んでいる? ――否ッ!

 積み重なったぬいぐるみの置き場所に困っている? ――否ッ!

 仗助にあるのは今、たった一つのシンプルな事。


(『提督の実力があるなら開発に成功する』っつー事は……相手を見てちゃんとやるか決めてるっつー風にも思われても仕方ねーぜ)


 事実がどうあるとしても――だ。

 そしてそうなら一つ、仗助の内での呵責が無くなる。

 暗い笑いを零しつつ、ぬいぐるみの山に近付く仗助。


(『イカサマ』するみてーで気が進まねーけどよォ――――……『油の一滴は血の一滴』って言うし)


 その内の一つに手を伸ばす。

 ――重なった、雄々しい【クレイジー・ダイヤモンド】のヴィジョン。


(本当にこのぬいぐるみに資源が使われてるか確かめるッ! 【クレイジー・ダイヤモンド】!)


 そして思いっきり、ぬいぐるみの山を殴り付けたッ!


 宙を舞うぬいぐるみが、拳の衝撃にひび割れるよりも早く――。

 まるで逆再生のように。

 使用された燃料のドラム缶が、弾薬の包装が、鋼材のインゴットが、ボーキサイトの塊が!

 千切り落ちながら膨れ上がり、空中に現れた。


「【クレイジー・ダイヤモンド】……材料の時点まで『直した』」


 落下するそれらがぬいぐるみの山をクッションにするのを眺めつつ、仗助は肩息を吐く。


「失敗したのはやれやれっスけど、まぁ……不正はされてないって判っただけで良しとするぜ」


 疑って悪かった、と振り返ろうとして――。

 加賀。

 無言の加賀が、仗助を眺める。

 いや、眺めるというよりは睨み付けるというか――――なんというか。


「い、いやあ……加賀さん?」

「……」

「殴ったら元に戻るとか……テレビみてーっすよね。ははは。ははは……」


 とりあえず、言い逃れができないのは確定である。


(やっべぇ~~~~~~、つい熱くなりすぎちまった――――)


 今さら、どう答えようと全てが遅い。

 これだから賭け事ってのは嫌なんだとか、なんだかさっきから俺マヌケみてーじゃねーっすか?と漏らしそうになる仗助と。

 仗助に目をやって、今度は生まれた資材に目線を向ける加賀。

 処刑台に乗せられた気分だ。

 次に何が出てくるかは判らないが――とりあえず碌な事ではないだろう、と肩に力を籠めた仗助に、


「……やっぱり、あれは偶然ではなかったのね」

「う……」

「確かめる為と言っても、騙してすみませんでした」


 頭も下げずに、至って平素な表情のまま、加賀は瞳を落とした。

 床に向いた視線と、無言。

 どうしたものかと窺おうとする仗助へと紡がれる二の句。


「提督が、何故隠そうとしているのか判りませんが」

「……」

「いえ……、その…………どんな力を持っていても、貴方は私の提督です」


 それを伝えたかったと、加賀は口を結ぶ。

 そこで漸く、仗助の中で合点が行った。

 なるほど――――つまりは。

 加賀は仗助が、“人とは違う異能を持ち”“他人に打ち明けても理解が得られず”“それが故に自らを偽っている”――。

 そんな風に感じたのだろう。

 であるからこそ、こうも回りくどい方法で仗助を刺激して能力の使用するよう仕向けた。

 それも全て、『言い逃れが出来ない状況で能力を使わせ』『使った上で「仗助を差別した目で見ない」と伝える為』に。


 とりあえず、未だに仗助には判らない事が多い。

 この世界についても。

 自分が置かれた状況についても。

 提督のすべき事についても。

 ただ――


「その……直す力。そのおかげで、助かりました」

「……」

「貴方が居なければ死んでいたわ。きっと……多分……」

「……」

「そんな力があったとしても……『自分の身も顧みずに』『私を庇って深海棲艦と戦った』……」

「……」

「危ないので今後は控えて貰いたいものだけど……、いえ、そうじゃなくて……」


 この、加賀という艦娘は存外に不器用であり、


「……ありがとうございます。提督、貴方は優しい人ね。それを伝えたかった」


 それ以上に――優しい艦娘である。その事は確かだった。

 


「いや……」


 仗助は幸いにして、他人とは解り合えないとは思っていなかった。

 だが、世の中には――世の中のスタンド使いには。

 己にしか見えず、他の誰にも気付かれない、普通では出来ない事ができる精神の半身を抱えて。

 ひょっとしてその事で他人との交友を、理解を、交流を諦めている人間もいるかも知れない。

 そんな人間の為に手を伸ばそうとした加賀の方こそ、


「加賀さん、あんたの方がよっぽど優しいっスよ」


 そうであると、仗助は認めざるを得なかった。



 ……。

 ここで終わったの、ならば。



「それでは提督」

「なんスか? 折角だし親睦会とか――」

「いえ、その力……有効に使います」

「え?」

「『失敗したら直す』『成功しても目当ての艦載機以外は直す』……両方やるのが貴方の仕事」

「ちょ、加賀さん……?」

「覚悟はいい? 私は出来ています。作られた最新鋭の艦上機を使いこなして見せる覚悟が」

「はァァァ~~~~~~~~~~~~!?」




東方仗助『クレイジー・ダイヤモンド』――→『この後「烈風」「彗星一二甲」を引くまで直し続ける』

加賀『加賀型正規空母一番艦』――→『最新鋭の艦上機に早く慣れようと訓練する』『内心ウキウキ』

妖精さん『工廠の妖精さん』――→『成功しても失敗しても直され続けるのでそのうち考える事をやめる』






「あ、提督さん……ここに居たんだ」

「……」

「執務もあるし何やってるのよ! 勝手に居なくなられたら秘書艦の私が困るんだから!」

「……」

「ねえ、ちょっと聞いてる!? ちょっと! ねえ!」

「……」

「いっつもそーやって黙ってて、ちゃんと会話をしようよ!」

「……」

「そーゆー態度ばっかりとってる人知ってるけど、そいつは碌でもない奴で……顔を合わせる度に嫌味を言うし人の事を見下して――」

「やかましい! うっとおしいぞ、このアマッ!」

「――――っ、な、何よ! そんなに凄んで黙らせようとするなんて……爆撃されたいの!?」

「……」

「や、やるなら負けないわよ! あんたみたいなタイプにはうんざりなの!」

「……やれやれだぜ」



←To be continued...

ここまで。基本ギャグ

これを免罪符にされても困るが……ある程度の展開予想もまぁ大丈夫です
予想された展開を超えるか、予想できなくすればいい。ジョジョってのはそーゆーもんですから

>>84

気に入ったッ!!
これから先の『予想』レスは読者の予想じゃない…
読者が>>1に『予想させられた』レスだッ!!



 東方仗助のスタンド、【クレイジー・ダイヤモンド】。


 彼が学生服に身に付ける象徴的なハートの意匠の如く、各部位にハートを思わせる造型を見せる屈強な人型のヴィジョン。


 近未来のSFの鎧めいたその身体から繰り出される拳は岩やコンクリートを容易く破壊するが、反面遠くへは行けない。


 それが触れる物体なら、ありとあらゆる物体を『なおす』。


 傷を治し、新品に直し、材料に直し――――壊したもの二つを混ぜて、組み立て『なおす』事もできる。


 ただし病気は治せず、また、死んでしまったものや自分自身の怪我も治せない。そんな能力。


 破壊力―A(超スゴイ) スピード―A(超スゴイ) 射程距離―D(ニガテ)

 持続力―B(スゴイ) 精密動作性―B(スゴイ) 成長性―C(人間並み)


「……で、今度は建造をやってみよーと思うんスけど」

「ドラゴンズドリーム」

「え?」

「なんでもないわ」

「……まあ、とにかく建造っつーのをやってみようとは思うんスよね~」

「いい考えね。流石に私一人では、出来る事と出来ない事があります」


 例えば遠征――。

 これは大本営から送られてくる司令書に基づいて、必要だと思われる民間船の護衛を行い……その見返りに資源を貰うものなのだが。

 空母に出来るものも多くはないし、何より護衛というのは一人では足りない。

 行っている最中に鎮守府が襲撃されてしまってはどうにもならないというのがあるのだ。


「一応聞いておきたいんスけど、どんな艦娘が必要だとか……そーゆーのってあるんスか?」

「そうね……。私たちでは潜水艦の相手が出来ない。駆逐艦か軽巡洋艦は必要です」

「潜水艦……」

「直接戦えば大した事がないと言っても、隠れるのと奇襲には長けている……補給線もズタズタにされるし、鎮守府への帰り道にも狙われる危険がある」

「なるほど……ある意味戦艦よりも恐ろしーんスね」



 よし解った、と椅子から立ち上がる仗助。

 あれから、時刻は既に夜になっていた。海上戦闘や提督業などのレクチャーを加賀からみっちりと仕込まれていたのだ。

 言葉少なげに解説する加賀から教わるのには苦労したが――一応一通りの理解が出来る程度に、仗助の地頭も良いものだったと言っておこう。


「ところで加賀さん、一応言っときてーんだけどよォ……」

「何かしら?」

「目当ての艦娘が出ないから、【クレイジー・ダイヤモンド】で作り直しとか――」

「――やりません」


 ぴしゃり、と断じて。

 加賀の目が細まる。普段よりも二割増し程度に。

 いつもの、どこかぼうっとした半眼ではない。明確に――しかもそれなりに怒っている。付き合いの短い仗助にも、十二分に理解可能。

 表情に出辛いと言っても、そこはやはり目は口ほどに何とやらと言う奴だ。流石の仗助もこれには泡食った。



(ちょ、ちょっとしたジョーダンじゃあねーッスか……)


 先ほどまでのあの妖精への無理難題というか、ブラックな態度というか、そういえば戦隊ものなら加賀はブラックっぽいなというか――。

 そんなものはさておき、一応言っておこうと思っただけだったが。

 これはどうにも失言だったらしい。仗助は、己の顔を押さえて視線を落とした。

 艦娘になる前からの――いわば戦友を、悪戯にも解体するなどというのは侮辱が過ぎるだろう。改めて考えると後悔ばかり浮かぶ。

 軽口が過ぎる、という奴だ。

 そんな風にすごすごと肩を落として部屋を出る仗助には、


(そう、そんな事をする風に思われているの……。提督には私がそういう風に見えている……)


 己の頬の辺りを指で撫でる加賀の表情は見えない。

 実際のところ――加賀が眉を寄せているのは怒りではないとは、気付けないのであった。



【ヤバイ片割れがIN!】


 


 建造、というのもまたある一定の資材を用意して妖精に任せる。

 どんな艦娘ができるかは妖精次第、というものである。

 ある程度何が出るか方向付ける事は出来ても、完全に何が生まれるかは誰にも判らない。

 例えるなら、料理のレシピだ。

 卵とバターを使って作れるものは――当然卵とバターを利用した料理。

 だとしてもケーキやクッキーであったり、マヨネーズであったり、ムニエルであったりする。

 つまりは建造というのも、同じである。


(……どー見ても人間の材料はねーから。まさか、加賀さんたちはロボットなんじゃあ)


 資源を積み上げながらチラリと背後を振り返る仗助。

 考えてみれば、どことなく映画に出てきた未来からの殺人機械のように加賀は揺らがない。

 だが、こんな想像は失礼じゃないか?――反面仗助はそうも考えた。デリケートな問題だ。

 加賀が人間かどうか、まさか人形よろしくスカートをずり下ろして彼処が本物と同じと確かめる訳には行かない。そもそも人形相手にも仗助はやるまい。

 つまりは――『謎』である。


「提督……これは……」

「駆逐艦のレシピと、一応は戦艦のレシピっすね」

「駆逐艦……戦艦というのは?」

「やっぱ、火力がねーと困る事もあるかもなーって思ったんスよ」


 射程距離が長い――というのもそうである。

 射程距離が長い分、戦闘のスタートで有利を取れるのが戦艦。

 余りにも遠い状況で当たるのか当たらないのかはともかく、相手から一方的に殴られないというのは重要である。

 高火力、重装甲、超射程と三拍子揃っているのは魅力だ。


(スタンドはパワーがある分は遠くにいけねーってのに、艦娘っつーのはスゲーっすね)


 至近距離での殴り合いともなれば、全速力で向かってくる巨大なトラックを殴り飛ばせるのが近距離パワー型のスタンドであるが……。

 その一方で、力の及ぶ距離というのは実に短い。

 仗助の【クレイジー・ダイヤモンド】なんかは、彼の身体を起点に一メートルほどである。


 そして……。


「軽巡洋艦、大井です。貴方が提督なの? よろしくお願い致しますね?」


 仗助と加賀の前に現れたのは、深緑色のセーラー服に身を包んだ少女。

 加賀が二十歳を過ぎているとしたら、十代半ばほど。

 茶髪の長髪を垂らして、柔和に微笑んだ。


「あ、東方仗助……見ての通りっス」


 右手を差し出す仗助に若干目を見開いて、それから気を取り直した笑顔。

 何となく、違和感を覚えつつも握手を酌み交わした二人と、それを傍で眺める加賀。

 さてどうしたものか。

 ここから、深海棲艦や鎮守府の説明が必要なのか。その辺りの知識はどうなっているのか――と。

 チラと、仗助が可香を振り替えれば――


「……チッ。なによコイツ、恍けた感じね。早く北上さんに会いたいわ」


 ぼそりと、大井が吐き捨てた。

 軽巡洋艦大井――成長したその先は、重雷装巡洋艦大井。

 圧倒的な夜戦火力と、本体から切り離されて自律する子機が可能とする強烈な先制攻撃が売りである超高性能な船にして。

 これは仗助が知るよしもないが――。

 またの名を――。


 ――“クレイジーサイコバイ”大井であるッ!


 それから直ぐに、もう一つの建造所から歓声が上がった。

 もう一隻の艦娘が生まれたのである。

 バーナーとやらを使えば何故そうも早く艦娘が生まれるかは不明だが――やはりこれも“ルール”なのだ。

 コーラを勢いよく投げつけたら泡が吹き出るように、バーナーを使うと艦娘の建造というのは瞬く間に出来上がるようになっていた。


「じゃあ、大井さん……だっけ? 詳しい事は加賀さんから……」

「はい、判りました! 失礼しますね!」


 歯切れよく頷いて、加賀へと駆け寄る大井。

 それと同時に開いたカーテンからは――大井のそんな明るさを帳消しにするような陰りが覗いていた。

 いや、別にその外見が梅雨の時期に水を吸った乾燥ワカメのように鬱陶しい憂鬱さを持っている訳ではない。

 白を貴重とした振り袖めいた上衣に、花の如く赤いフレアを持ったミニスカート。

 それでいて和風――巫女衣装を改造したかのごとき服装からは陰気さの欠片もない。

 また、顔が暗いかと言われたら違う。肩にかかるかまでで揃えられた黒髪と、赤い瞳は整っている美人の風情。

 だとしても――どことなく。

 何となく雰囲気が、暗いのだ。十人居れば十二人が部屋の電灯を見返すような。

 彼女の名は――


「……扶桑型戦艦姉妹、妹の方の山城です。よろしくお願いします」


 古い日本語で日本を意味する――扶桑型、その戦艦の二番艦“山城”!


 影が似合う美人、というのだろうか。

 幸の薄そうなその山城を見つつ、仗助はある事を思い出した。

 元はと言えば、彼が今こうなっている事に繋がるかも知れない人物。

 虹村億泰の口にしていた――


「扶桑、って……あの戦艦の?」


 挨拶も忘れて呟いた直後。

 その直後に――影が変貌した。揺らぐ暗い影から、炎の激情への唐突な転化。

 目を見開き、今にも仗助に掴みかからんばかりに詰め寄った。


「姉様を知ってるの!? どこ!? 扶桑姉さまはどこ!?」

「ど、どこっつーか……知り合いが扶桑と結婚するとかなんとか……」

「ケッコンンンン~~~~~~~~~~!?」

「うおっ」

「そんな……ねーさまぁ……」


 くわっと目を見開いたかと思えば、今度は突如として肩を落とした山城。

 肩を落とす――本当に胸から上、首から先が地面に落っことすかのような勢い。

 例えるなら映画か何かの、悪霊に取りつかれた少女のその瞬間だ。棒が倒れる風な唐突さ。


(そりゃあ……ショックだよなぁ~~~~~、俺には妹とか姉とかいないから判らねーけどよぉ)


 たった二人の姉妹が、自分に知らせずに結婚――というと衝撃も大きいだろう。

 とは言っても、この世界が――虹村億泰が行っている艦これのゲームと同じではない以上、本当に扶桑が結婚するかも不明であるし。

 そもそも仗助には、艦娘と結婚する事の意味がよく判らない。

 海域の攻略を進めていくうちに、自然とそのように互いの絆が強まって話が進んでいくのだろうか。

 イマイチ釈然としないが、虹村億泰とこの山城の姉はそんなところまで話が行っているのだ。とにかく本人たちはおそらく合意している。

 となったら、何とかフォローするしかないと……。


「そんな……嘘ですよね、扶桑ねーさま……。そうよ……きっと騙されているに違いない……きっと悪い男が『君の主砲の性能に感激してるんだ』って……」


 手を伸ばしたそこ、仗助はビビって身を引いた。

 頭を垂らしたまま紡がれる山城の呪詛。黒髪のセミロングの、その下の瞳は覗けない。

 もしも人間に暗黒面というのがあるのであれば、それが形となって害を及ぼすだろうと言うほどの漆黒のオーラ。

 これは不幸だ。

 ただし彼女自身が――というだけでなく、彼女に関わった(というかその姉に関わった)人間が不幸になるという意味で!



(おいおいおいおい……これ、ヤバイときの山岸由花子みてーじゃねーかよぉ~~~~~)


 こういう女に、仗助は覚えがあった。

 彼自身ではなく彼の友人へと向けられた病めいた異常な執着とその愛。

 結局その二人は恋人関係になったのだが――それにしたってあれはその少年の努力がありすぎた。

 一度は自分を拉致し、あまつさえは教育と称して無理難題を与えて監禁し――最後には戦いになった。

 そんな女を改めて「好きになった」と受け入れるには物凄いものがある。

 そして、東方仗助は――というかその彼も――初対面で、己以外にそんな感情を向ける女の相手は荷が重い。

 ここは一つ、艦娘となる前から知り合いである筈の、


(か、加賀さん……!)


 あんたの無敵の表情筋で何とかして下さいよォォォオ――――――ッ、と背後を勢いよく振り返る。

 縋るように視線をさ迷わせるその先には――先程までいた筈の位置には、加賀はいない。

 何という緊急回避か。狙っているのか、それとも偶然なのか。

 同じく建造されたばかりの大井を連れて、スデに鎮守府の案内を開始しているではないか。



「ねーさまに近付く奴は……きっと私たちを陥れようとしているに違いないわ…………そうやって姉様に貢がせて……捨てようと……」


 取り残された仗助と、譫言めいて床に向けて呪いを発し続ける山城。

 背筋を凍った鉄パイプが撫で上げるような、尻の穴に氷柱を叩き込まれたかのような怖気。

 他には誰もいない。

 ――いや、いる! 妖精がいるッ!


 だが……


(こ、この間よりも……この間よりも避けられてるだとォ~~~~~~!?)


 前回柱の裏にいた筈の妖精たちは、今度はその影さえも現さない。

 これが仗助による酷使の影響(命令は加賀だな)なのか、それとも思わず妖精も震え上がって便所の隅に隠れてしまうほどヤバイのかは不明だが――。


(お、俺が案内するっつーんスか……? この……明らかに……ヤベー状態の、この女を……)


 「まずはこの男から聞き出して」「提督への危害は厳禁……いや、ただ聞くだけ」「そう、すぐに教えてくれる」――。

 明らかにただならぬ事が起きるだろう暗黒の言霊――。

 そう呟く山城を前に、仗助は心底逃げ出したい気分になるのだった。



【空母加賀は兎が好き】


 



「……加賀さん、なにやってるんすか?」

「……」

「いや、ウサギってのは見りゃあ判るっスけど……」


 黙々と、おしぼりタオルを使って兎を編み込む加賀。

 頬を掻いた仗助の視線の先には、タブレットPCのようなものに浮かぶ艦隊の現在位置と、司令部から割り当てられた作戦海域。

 建造によって人数が増えた鎮守府にあっても、今現在執務室には二人。

 提督であるが故に前線に出られぬ仗助と――念の為に備えての加賀。

 山城と大井は現在進行形で出撃中だ。

 大井は「魚雷を撃ちたくてうずうずしているんです♪」という言葉に仗助が気圧されて。

 山城は――話すと長くなるが――つまりは、案内の時の一悶着だ。



『提督……知り合いと言うなら、今すぐその扶桑姉様に手を出そうとしている不届き者のところに……』

『い、いや……それは……なんつーか……』

『……まさか、グルなの?』

『ち、ちげーっスよ! ただ事情があるっつーか、すぐには会わせらんねーっつーか……』

『すぐには……? どういう事なんですか……?』

『そ、それは……そのー、こう、向こうの基地が遠くて難しいって感じで……』

『……』

『えー……っと、なんつえばいいのか……』

『……』

『……』

『……本土から離れた基地に所属されてるから、深海棲艦の影響で直ぐには向かえません』

『そ、そう! 加賀さんの言う通りで……ムズかしいってヤツで――』

『――なら、深海棲艦を倒すから……出撃の許可を』


 ドス黒いオーラを全開にした山城を前には、頷く他なかった。

 そして残念な事であるが、提督として初心者も初心者な仗助には資源の備蓄がない。

 弾薬は――正確に言うならその火薬は――【クレイジー・D】の力で砲身や薬莢にこびりついた火薬から回収できる。

 破損も問題なく修理できる。……が。

 スデに艦載機として打ち出されて撃墜されてしまったものはどうにもならない。

 だからこそ、加賀は留守番となった。



(承太郎さんみてーな感じでウサギを作られてるのはシュール以外の何者でもねーっスけど……)


 そんな訳で、陣形の伝達をする仗助の近くに待機する加賀は、無聊を慰めようと一心不乱にタオルのウサギを建造するのだ。

 どことなく内職めいている。作った兎が崩されずに隊列を組んでいくだけ、余計に。

 時折手を止めては、無表情――仗助からはそうとしか見えない――で、兎の横列を眺める加賀。


(でも意外にも可愛いもの好きなのか、この人)


 今度、あの開発失敗のぬいぐるみを一つ取っておくか。

 そんな風に考える彼の思考を裂いたアラームと、タブレットに浮かぶ文字。

 これは……、


「艦隊が帰投したようです」

「とりあえず傷一つ負ってないみてーっスね」

「あとは……」

「あとは?」

「どうやら、海域で艦娘を保護したようです」


 艦娘の保護。

 建造以外に艦娘をどこで艦隊に加えるのかと言われたら、もう一つの答えがそれ。

 建造を行うか。作戦を遂行した艦隊へと大本営から配属されるか。それとも――というものだ。

 そんな訳で、提督の椅子に腰かけて。

 隣には社長室の美人秘書の如く、無言で立つ加賀。

 赤絨毯に目をやって、(どーにも尻の辺りが据わらねーぜ)と頭を掻く仗助の視線の先――茶色いドアが勢いよく開いた。

 紺色のセーラー服とは対照的に、燃え上がるような赤髪が棚引き炎の河を形成する。

 速度はあるが、どことなく詰めの甘い敬礼と小さな背丈。

 満面の笑みを浮かべる少女は、駆逐艦だろうか。


「よろしくでっす、しーれーいかーん! うーちゃんは卯月だっぴょん!」

「お、おう……なんか個性的な艦娘だな」


 別に今に始まった事ではない、が。

 そもそも第三者からしては艦娘だけでなく提督まで個性的である。

 胸元が大きく開いてハート型に加工された学生服など、その最たる例であろう。


「流石に気分が高揚するわ」

「……加賀さん?」

「なんでもありません」


 伺う仗助の瞳から目を反らして。

 小首を傾げる風に明後日を向いた加賀に、やれやれと仗助は息を漏らす。

 承太郎に似ていると言ったが――もしも承太郎が、この駆逐艦相手に同じ事を呟いたら問題だ。

 スタンドを使ってないのに、時が止まる。

 仮に妻や娘がいるなら、養豚場に並んだ豚の餌を見るよりも凄まじい軽蔑の目線を向けられるだろう。間違いなく。


(……そういう意味では、億泰の野郎が駆逐艦と結婚するとか言わなくて一安心ってヤツですよ。いや、マジに)


 加賀から、何となくの解説は受けていた。

 駆逐艦というのは、生前――と言って正しいのか――の排水量を反映してか、得てして幼い。

 その反面、排水量の大きい空母や戦艦などは十分に育った外見をするらしい。

 ならば、巡洋艦や軽空母などはどうなるかと聞けば、加賀は居心地が悪そうに(得に軽空母の時に)目を背けて言った。

 何事にも、例外というのはある――らしい。


 などと、二人の間で顔を向けあっていれば。

 彼らの前に立った卯月が、実に楽しそうに幼い声を上げた。

 親愛の証、なのであろうか。


「個性的って言ったら司令官の方だけどー、うーちゃん司令官とは仲良くなれそうだっぴょん」

「そうか? まあ、俺としても艦娘とは仲良くやりてーと思ってるからちょーどいいけど――」

「うーちゃん、人参もハンバーグも大好きだっぴょん!」

「……? メニューが決められるならそれを選ぶのも良いかもしんねーけど、ここの食堂のメニューはおまかせだからよぉ~」


 残念ながら、食堂のメニューというのは日替わり時間変わりで好きには選べない。

 仮にこの施設内に他に艦娘が居たのならば食事処などが開かれて好きに食事ができるかも知れないが、今のところそんな話はない。

 テーブルに並んだ一ヶ月単位のメニューを前に、それぞれ三食が好みかどうか見比べるしかないのだ。

 などと、首を捻る仗助目掛けて。


「その潰れたハンバーグとか人参みたいな髪型、うーちゃん好みだっぴょん!」

「――」


 その爆弾は、投下された。


「……ッ」


 それにいち早く気付いたのは、やはり加賀だった。

 明らかに――明らかに雰囲気が変わった。

 先ほどまでの居心地が良さそうな空気を、健康ランドの温泉とするならここからは煮えたぎるマグマ。

 その源は――普段は惚けた風におおらかな気配を纏っている、東方仗助。

 静かな威圧感が、さながら空間そのものに文字となり刻み込まれているかの如く執務室に充満するのだが……。


「司令官のその髪型みてるとハンバーグ食べたくなるっぴょん!」

「……俺のヘアスタイルがなんだって?」

「えへへ、怒ったっぴょん? 面白すぎる髪型してる司令官が悪いと思いまっす! なんちゃっ――」


 当の卯月は気付かず、そして――。




(……こういうのは最初が肝心だからなー。艦娘としてナメられちゃなんねーぜ)


 腕を組んで歩く眼帯の少女――艦娘、天龍。

 彼女を案内するのは、海域で彼女を保護した大井と山城。

 本当はもう一人駆逐艦が居たのだが、そこ小型故の身の軽さを活かして早々に何処かへと行ってしまった。

 何とか探そうかと試みたものの、結局は見付からず――――あまり提督を待たせてはならぬかと、三人で肩を並べて執務室を目指す事にした。

 そんな彼女――天龍が考えるのは、実にシンプルな事だ。


(それに……どんな指揮官だか判らねーからな。無謀で艦娘突っ込ませる奴は『論外』だとしても……腰抜けじゃ話にもなんねー)


 だから一発、どれほどのものか確かめさせて貰おう。

 お眼鏡にかなわない奴なら艦娘から働きかけて矯正すればいいし、見極めってのは命に関わる以上、なあなあには出来ない。

 などと考えながら、天龍は颯爽と扉を開いた。

 口の端をニヒルに攣り上げて、顔に角度を付けて、歴戦っぽく眼帯を強調して。


「オレの名は天龍。フフ、怖――――」

「てめーどこに隠れやがったァァァァ――――――ッ! 出てこいオラァァァァ――――ッ! こんなもんじゃあ済まさねーッ!」

(――――怖ええええええええええええええ!?)



 だが――なんという事だろう。

 執務室は、台風でも喰らったように大荒れ。というか現在進行形で荒されている。

 しかも他ならない提督によって。

 彼が大地を踏みしめるその一歩と共にテーブルが舞い、床が砕け、本のページがバラバラに千切れ跳び、窓ガラスが変形する。

 どんな理屈でそうなるのだろうか。砕けた家具が、趣味の悪い現代芸術家が作る美術作品のごとき奇妙なオブジェと化す。

 その部屋には、腕をだらりと垂らしたまま、まるで何事も無いように――それでいて目をしばたたかせる空母加賀。

 そして――、


「う、うーちゃん……違っ、違っ、ごめっ、ごめんなさっ……ひいいいぃっ」


 何とかどうにか提督の視界に隠れようとしながら、頭を抱えて震える駆逐艦。

 と、目が合った。

 天龍の姿を認めた途端、救世主が現れたかの如く縋り付こうとしたその駆逐艦の目線は――


「――それじゃあ、鎮守府を案内しますね?」


 閉じられたドアの向こうに消えた。

 何事もない。ここでは何も起きていない。起きていたとしても自分の耳には入っていない。

 ただ張り付いた笑顔を浮かべる、大井。

 踵を返して廊下を逆戻りしようとする彼女に――やはり捨て置けず、天龍は何とか一言ひり出した。それが限界だったが。


「……な、なぁ、今のって」

「…………提督と、ここの歓迎の儀式ですよ?」

「お、おう……マジかよ気合はいってんなー……」



 ……いや、やっぱり流石に。


「なあ、その……」

「なんですか?」

「歓迎って言うんなら、オレも――」

「……チッ」

「え?」

「いやあ、鎮守府の案内が済んでからなんです~。ね?」

「……ええ、はい、そうです。そう、そうです」


 油の切れたように首を振る山城と、あくまでも案内が先と主張する大井。

 釈然としないものを抱えつつ、天龍は……仕方がないかと頷いた。

 というより彼女も整理がついて居なかった。混乱しているのだ。

 本当ならもう少し正義感から間に割り込んだかも知れない。

 だが――目の前でビックリイリュージョンのようなものを繰り広げられては、そんなものかもと思わざるを得ない。

 そう、遠ざかる彼女らには残りの喧騒は聞こえなかった。


『てめー、そんなとこに隠れてやがったかァ――――――ッ!!』

『提督、落ち着いて下さい……ウサギです』

『う、ウサギじゃなくて卯月だっぴょ――ひいいいいっ!』

『何モンだろうが俺の髪型にケチつけるヤツは許しちゃあおかねえ――――――ッ!』

『ひ、ひぃぃぃぃぃい!?』

『仕方ない…………ここは二階だから、何とかなるわね』

『……え?』


 ◇ ◆ ◇



 親睦会も兼ねて――というか。

 単純に人数が少ないので、皆が一緒に食卓を囲む。

 空のテーブルばかりが並ぶだだっ広い食堂の一つのテーブルに肩を寄せ合って、これまた皆が同じメニューを。

 卯月は加賀と仗助から最も距離を取ったテーブルの隅に。

 彼女の正面と真横を大井と山城が囲み、加賀は卯月の斜め向かい、仗助の隣。

 仗助の正面に位置するのは天龍であるが。


「ところでよー、提督のそのヘアスタイルってよー」

「……!」


 そんな夕食のひと時、天龍がふと思いついた様に言った。

 手にはフォーク。口の端に、ミートソースを付けて。


『……ッ!?』


 これに泡食ったのは残りの全員だ。

 加賀はお盆を仗助から遠ざけ、大井は無言で笑顔のまま身をズラして、山城は眉間を押さえる。

 卯月は――卯月、彼女が一番気の毒だろう。

 冷や汗を浮かべて、歯の根が噛み合わない。

 訳も判らないままポルターガイストのような現象に襲われたのだ。ブチ切れて追い詰めて来る提督とセットで。更には窓から紐なしバンジー。

 その悲劇がもう一度繰り返されようと言うのか。

 全員が全員、無言でアイコンタクトをするが――悲しきかな、片目しかない天龍の視線はすっかり仗助の頭である。


(……暴れられる前に片付けましょう)


 加賀のフォークが加速――。


(馬鹿なのかしら、この軽巡。……北上さんが恋しいわ)


 顎に手を当てて長息の大井――。


(ねーさま……私、また不幸に巻き込まれます……)


 物憂げな吐息と共に視線を彷徨わせる山城と――。


(う、うーちゃん知らないっぴょんっ。今度はうーちゃんの所為じゃないっぴょん! ううう……怖いよぉ……やだよぉ……)


 決壊寸前の腹を押さえて公衆便所を探す中学生も同情するぐらい、己の肘を抱きしめる卯月。

 そして――


「――それ、マジにばっちりキマってるよなー? 自分でセットしてるのか?」

「お、おめー……この髪型の良さが判るんスか……?」

「……? どう見たって世界水準軽く超えてちゃってるだろ?」


 「なに言ってんだ?」と、小首を傾げる天龍。


 どう見ても。

 どう見ても、嘘を言っていない。

 天龍の瞳は輝いてるし、何故だかと得意げに腕を組んで頷いているし、聞いても無いのにどう凄いかを遠慮なく陳列する。

 あの。

 時代遅れの、どう考えても古臭い、明らかに異様な様相を醸し出すリーゼント相手に。


「いやー、イカすぜそれ。軍人としちゃあナシかも判んねーけど……オレとしちゃあ『覚悟』がバシバシ伝わってきていいねえ」

「お……」

「どうにもなよっちい野郎に提督業なんてやらすくらいならな、お前みたいにこう『ガッ』と来てる方がヤベーっつうか」

「おめー……」

「うんうん、オレには分かるぜ。その髪型……間違いなくこう……生き様ってのが出てる。いいねぇいいねぇ」

「天龍……おめー、グレートだぜッ。流石は世界水準超えって言うだけあるよな~~~~~~~~ッ」

「おいおいなんだよ急に……褒めるなよ。ま、当然だけどなー」


 「オレって世界水準超えてるし?」と得意げに胸を張る天龍と、「グレートだぜ」を連呼して拳を合わせる仗助。

 どうやらこの二人は精神構造が近いというか、同じ枠組みだと言うか――要するに不良系だ。

 恐らく、最も意気投合してやっていくはずだ。

 そう気付いた加賀は、


「……やれやれね」


 ただ一言、そう漏らした。








東方仗助『クレイジー・ダイヤモンド』――→『すっかり天龍と意気投合した』

加賀『加賀型正規空母一番艦』――→『卯月に避けられてちょっとショック』

大井『球磨型軽巡洋艦四番艦』――→『最初に髪型に言及しなくて心底よかったと安堵した』

山城『扶桑型戦艦二番艦』――→『扶桑ねーさまに早く会いたい』『提督を怒らせるのだけは止めようと思った』

卯月『睦月型駆逐艦四番艦』――→『加賀に窓から落とされても艦娘だから怪我はない』『でもショーツ替えた』

天龍『天龍型軽巡洋艦一番艦』――→『普通よりよっぽど気合い入っている仗助を気に入った』




「おううっ!? あ、危ないっ――」

「ん?」

「ぶつかる――――――って、え、あ、あれ?」

「……次からは前をちゃんと見て歩くんだな」

「う……ぅ、うぅぅ」

「……? どうした、島風?」

「も、もしかして……!」

「……?」

「もしかして、提督って物凄く速いの!?」

「……」

「駆けっこしない!? ねえ、提督ー!」

「……」

「だって速いんでしょ!? ねえねえ!」

「……駆けっこはまた今度だ」

「本当!? へへっ、約束だよ! 約束なんだから!」


ここまで
基本ギャグなので駆逐艦ブチのめすのはちょっと


【幕間】


「ねえキミキミ、ちょっとウチギャグ考えたんやけど見る~?」

「……」

「言っとくけど一度しかやらんからな? どう?」

「いや……」

「見るか見ないんか、どっちなん!」

「……見ようかな」

「じゃあ……いくで?」

「……」

「『まな板の上の鯖』」

「……」

「どう?」

「スゴくいい! 気に入ったッ!」

「へへ」

「得にその『鯉』を『鯖』にしたところがいい! たった今釣り上げた鯖にしたところが!」

「やろ? せやろ?」

「そこがクセになる! 海で手頃に手にはいるものを使うのがいい……まな板も身近で忘れようがない!」

「ウチのミラクルボディ大活躍や! ――――って誰が甲板胸や!」

「コンビ組む?」

今夜あります。4部アニメ化して欲しいですね



「それでよ、龍田の奴が『あはは、貴方はこれから潜水艦になるんだよ? ……「なすすべもなく狩られる」「二度と浮上しない」って意味で』って」

「グレート! おいおいおいおい、マジにブッ飛んでやがるぜ、そいつぁ!」

「だよなぁ……流石のオレも、こう……」

「こう?」

「『フフ、……これ流石に怖くないか?』って」

「それをおめーが言っちまうのかよぉ~~~~~~! 味方なのに!?」


 ぎゃはは、と響く歓談の声。

 その源は実に判りやすい。

 黒と紫を基調とした眼帯の少女:天龍と、一昔前の不良そのものである風情の東方仗助。

 二人で提督の執務机を挟んで他愛ない話に花を咲かせていた。

 どちらとも自分なりの美学に従って格好を決めている性質故か、相性が良いらしい。

 性別の垣根を越えた友人というのはこういうものか。

 などと考えつつ、暫し口を噤んだ後、加賀は徐に仗助に顎を向ける。



「……提督」

「ん、なんスか加賀さん?」

「秘書艦は私です」

「ご苦労様っス。間宮券いります?」

「いただきます。…………、ではなくて」


 と、言ったそこでまたもや盛り上がる二人の声に続きを掻き消されて、加賀は溜息。

 手元の甘味処のチケット――間宮券を眺め(彼女をよく知る人なら睨みと表現するだろう)、無言。

 何を食べたいか思案する瞳ではなく、どちらかと言えば不満を感じている目――とやはり彼女を知る人なら言うだろうが……。

 残念ながらここにはいない。

 ここにいるのは、戦友や知人の話題で笑い合う二人と加賀。

 黙りこくる加賀は――これも彼女を知る人なら驚愕するだろう――間宮券を机に叩き付けんばかりに睨み付けて(加賀基準)。

 思い止まり、懐に仕舞った。

 なおやはり、全て彼女を知るところの人間にしか事情は判らず、果たしてただ何の甘味を食べようか考えながら半券を大切そうに確保した風にしか見えない。

 ただの食いしん坊万歳だった。


「任務の確認に行きます」



 白いモルタル塗りの壁。その下に被さる木目が目立つ茶色の板壁。

 どことなく――仗助の言葉通り、任務受領場所といつよりは西部劇のバーを思わせものだ。

 或いは確かに、ギルドなどで仕事を受注するのに似ているかもしれない。


「ここが任務の確認場所っスか……もっとこー、レーダー画面とか置いてあって如何にもな指揮所を連想してたんスけど」


 物珍しげに辺りを見回す仗助を連れて前を歩く加賀は平静そのものといった顔。

 ただし歩数を調整して、後ろの仗助の速度に合わせていた。

 複数の靴音が床を鳴らす。途中で合流して、結果としては艦隊全員が揃っていた。


「……どうして私まで」

「怒らせちゃ駄目よ。あいつは危ない奴だから……」

「おめーよぉー、どうしてそんな後ろにいるんだ?」

「ひっ……な、なんでもないっぴょん」


 陰気そうな顔の山城。警戒気味の大井。距離を取る卯月を訝しむ天龍と、明らかに震える卯月。

 一同はちょっとした集団である。

 一見したところでは……お笑い集団、のようであると付け加えておこう。

 仗助のリーゼントですら、逆に典型的だからこそ仮装に見えなくもない。


「それで加賀さん、任務の確認っつーのはどーするんすか? 整理券を持って窓口とか……」

「あちらです」


 加賀が指差すその先――仗助が辿り見れば、黒髪長髪の女性。

 眼鏡をちょこんと耳に掛けた、如何にも出来る女という風情。

 例えるなら、クラスに一人はいる典型的な委員長か、それとも数学あたりの女教師かだ。

 あまり、仗助のようなツッパっていると思われる(少なくとも相手からは)とは、相性がよろしくないタイプにも見える。


「どうも、提督。任務の調整を行っています軽巡洋艦娘、大淀です」

「どーも、大淀さん。東方仗助ッス。大淀さんは深海棲艦と戦わないんすか?」

「私は……今は大本営との連絡係なので」


 そんなものか、と仗助は頷いた。

 思えばこの鎮守府には、仗助と加賀らを除けば妖精しかいない。

 妖精に事務仕事をさせるのかはともかくとして、確かにそんな風に任務の管理を行う人間が必要だろう。


(……そーいやぁ、ここの外はどーなってんだ?)


 未だ、仗助は鎮守府の外には出ていない。

 確かめるという意味では是非とも街に出てみたいところであるが、これをスタンド攻撃と考えるならあまり離れるのは得策には思えなかった。

 というのも二つ。

 一つは、相手のスタンドが“街まで到達できるほどのパワーを持っているのか”と言う事。

 もう一つは、最初の物と関連しており、これが夢や空間を作り出すスタンドなら、その射程が及ばない場所には危険があるかも知れないからだ。

 故に今のところ、ゲームの筋に添う事しかできない。

 うっかりと舞台裏や袖の方まで出演者が向かったら、セットが崩れてくる……なんて事故のような事が起きる可能性もあるから。


「で、大淀さん……任務って?」

「大本営から送られてくる……戦略的な指標だけでなく、ノルマのようなものですね」

「へー」


 感心した風に顎を動かしつつ、仗助は大淀の両隣に並ぶ書類の山を眺めた。

 片方には赤く『達成』と書かれた判子が押され、もう片方には『未達成』の判子が。

 そして、どうやら『未達成』のものと同じとおぼしきまっさらの書類の山もある。

 一日ごとに達成と未達成を選り分けているのだろうか。


 未達成の書類は破棄され、達成の書類は――


(書類が勝手に……!? ……って、ああ、下に妖精がいんのか。ホラーかと思ってビビったぜ)


 スタンドそのものもホラーやオカルトであるし、今仗助が置かれた状況こそがまるっきりそうであるが……。

 そんな事を他所に、彼は頬を押さえた。

 視線の先では、下から某かが持ち上げたであろう高さで浮いた『達成』の書類が、カウンターを滑っていく。

 ちょっとしたファンタジーな光景だ。


「……で、大淀さん。任務ってどーゆーのが残ってるんスかね?」


 なるべく簡単なものが望ましいが――。

 そんな仗助の内心に呼応したのか、テキパキとした手順で大淀が取り出し手渡す。

 第何号指令書とか、発信者とか、受信者などと――如何にも軍隊らしく格式高い風を装われた書類。

 だが、内容自体は非常に簡素。

 ほんの三行こっきりの文章だ。

 指令の表題と、何をしたらいいのか。やればどれぐらいの資源が貰えるのか書かれた紙。

 白地に踊る黒字が、裸電球に照らされて……


「解体ィィィ~~~~~~!?」


 東方仗助は声を上げた。


「『一隻』……一隻でいいです」


 大淀が、仗助のかたごしの向こう、並び立つ艦娘を捉えた。

 眼鏡が、電灯を反射して白く輝く。

 狙撃手の望遠レンズめいた光に、仗助の頬を汗が伝う。


「……マジな話かよ」

「ええ。達成しなくても結構ですが……その先の任務には進めません」


 事務的な大淀の言葉。

 解体とは要するに……艦娘である事を殺す事、に近い。

 仗助を含め、全員が意味を理解している。そして同時に、大淀が伊達や酔狂ではなくその事を口にしている、とも。

 丸くなった仗助の目と、平然そのものの大淀の目。

 その二つ――計四つの眼に照準される艦娘らは、


(……オレは多分ねーよな?)

(……しまった。もっと媚を売っておけばよかった、かも)

(不幸だわ……きっとこういうイヤな事は私に……)


 それぞれ思い思いに、考えを巡らせる。


 中でも、一際狼狽が目立つのは、


(う、う、う……これ、これきっと……きっと……)


 卯月であった。

 彼女は駆逐艦だ。遠征や護衛には欠かせないが戦力としては他の艦娘から明らかに目劣りする。

 戦艦の主砲は言わずもがな。

 それどころか、軽巡洋艦や、同じ駆逐艦からの攻撃で大破する装甲。

 速力(あし)の早さだって、巡洋艦の方が基本的には上。

 射程距離も短いし、夜戦は巡洋艦に踊る。優れているのは燃費だけ。

 そして、駆逐艦というのは実に種類が豊富だ。

 ここで卯月が失われても、他の駆逐艦が建造や海域からの保護で現れるだろう。

 何より、


(う、うーちゃん……あいつを怒らせちゃったから……き、きっと恨まれてる)


 当の提督の逆鱗に触れて、追い回されているのだ。

 戦力として痛みはなく、心情的に庇う必要もない――――そんな船を解体しない理由があるだろうか?

 卯月は身を固くした。

 次の瞬間には、提督の口から死刑宣告に等しい言葉が飛び出す事を想定しながら。


(ひっ)


 仗助の目線が、卯月を捉えた。

 思わず目をぎゅっと閉じて――しかしその時は訪れない。

 恐る恐る開いてみれば、仗助は彼女を一瞥しただけでカウンターの大淀に向き合っていた。


「解体って、あの『解体』だよな?」

「ええ。……説明の必要は?」

「いや、必要ねーっスよ」


 仗助も……既に加賀から説明を受けていた。

 解体というのは、艦娘をその任から解く事。

 彼女たちが背負い、時に装着する――船やその機関をを模した装具――艤装をバラバラにする事。

 これを失えば、艦娘として海に出る力を失ってしまう。戦う事が出来なくなるのだ。

 それについて、加賀はかつて仗助に言った。


『私たちは、人を守れる事を誇りとしています。勝つ事を……今度こそ守れる事を』


 解体と言っても、まさか肉屋に並ぶ夕飯のおかずの材料みたいにその肉体を細切れにされる訳ではない。

 だが、戦いを志す艦艇の生まれ変わりにとっては、心情的には殺される事に近いらしい。

 少なくとも、戦える自分を失うのだ。



「……なんで、自分から戦力を削るような真似をさせるんスか?」


 努めて平静を保った仗助の声。

 カウンターに置かれた書類を眺めるその目許は、髪型が影となり窺えない。

 天龍は知らずに息を飲んだ。いつの間にか、場を緊張感が覆っていた。

 しかし、大淀は至って平静に首を振った。

 ただの事務作業めいている。

 ……そういう意味なら、仗助が先ほど比喩したように、整理券を貰って窓口に向かう施設の職員のようである。


「大本営なりの戦略や指針があるのだと……」


 だが、


「なるほど……なら会わせて貰えないっスか? その大本営の人に」


 負けじと食い下がる仗助。

 必死さを感じさせこそはしないし、脅しめいてもない。

 ただ、その言葉はどことなく重い響き。

 それでも返されたのはやはり、


「不可能です」


「不可能って……例えばこちらの任務の達成の確認に来たときとかそーゆーときに呼んで貰えばいいんスけど」

「こちらからの書類の送付だけで、出向かれたりはしません」


 にべもない大淀の言葉。

 一刀両断、というほど切れ味の良いものではないが――だが取りつく島もないとはこの事か。

 慇懃であるが、そこに敬意や親しさはなかった。


「なら……あんたが協力してくれりゃあいいって話じゃあないっスか。書類の方を達成って感じで出して……」

「……やりません」

「は?」

「買収でも脅迫でも、私は絶対に協力しません! ここは軍隊……上官の命令は絶対なんです!」


 はっきりと言い放つ大淀。

 東方仗助も上官であるが、それよりももっと上から伝えられている――そう譲らない瞳。

 口を結んだ彼女からは、万人がただ頑なさしか感じないだろう。

 加賀のそれとは、また意味合いが違う強情さだ。


「じゃあ……上官が死ねって言ったら死ぬっつーのか、あんたは」

「……そういうものです。それが『ルール』」


 皮肉じみた印象を受ける内容の言葉。

 言い放った仗助の瞳は細まり、普段の彼とはうってかわった強い眼光。そんな真剣そのものの眼差しであったが。

 大淀は、それでも首を振った。

 ここで激昂した仗助に胸ぐらを掴み上げられる可能性もあるし、或いはそれが最後の起爆剤になるかも知れない。

 それでもやはり彼女は、覆さなかった。

 二人の視線が交錯。


 端から眺める天龍たちには、それが酷く長い時間に感じられ――そして、


「……抗議の意思だけは伝えたいっスね、俺としても。少なくとも気に食わない、ってアピールぐらいは」

「……余計な手紙は受け付けませんよ?」

「余計じゃあねーっスよ。それに手紙も要らない」



 なら、どうするのか。

 大淀が問い返すよりも早く、仗助が彼女の隣を指差した。

 その先には――書類。

 赤い印字がなされた、破棄予定の書類である。


「その『未達成』の判子が押された書類を送って欲しい。そんだけだぜ、俺が要求すんのはよぉ~~~~」

「そんなこと……!」

「常識で考えたら送らないかもしれないが、別に送るなとは言われてもねーよな?」


 屁理屈かもしれない。

 だけれどもそれは少なくとも、明確なルール違反ではない。


「もしも送り返されたり、処分のお小言があるならそんときゃあそんときっスけど……そうじゃあないなら……送る事は認められてる」

「……どうなっても知りませんよ」

「構わねーっすよ。もっとも、案外どーにもならないと思いますけどね」


 それから六人が連れ立って、舗装された道路を歩く。

 皆が皆、無言だった。

 山城は俯きがちに。大井は、また面倒な事になった、と。

 卯月は胸を撫で下ろしつつ落ち着かない様子で。加賀はいつも通り。

 そんな中、天龍が足を止めた。

 丁度燃料などを貯蔵する蒲鉾型の倉庫の前。両開きの鋼鉄の扉が、重々しく鎮座する。


「なあ、提督……大丈夫なのか?」


 任務をあんな風に蹴り飛ばして上官に反抗的な態度をとった。

 それはかつての帝国海軍なら考えられない事である。命令により、したくもないのに捕虜を処分した船もあったのだ。

 だからこそ、天龍の懸念は尤もだが……


「ああ、別に何も問題はねーっスよ……何も」


 仗助は平然と、そう答えた。


(相手が腹ァ立てて、こっちに直接出向いてくるっつーんならヒントになって好都合だしよォ……)


 そこに、この現象の解決案があるかも知れない――仗助の瞳が鋭くなる。


(ただし……)


 だからと言って――。

 何もそのまま相手にただ抗議をするほど仗助は殊勝な人間ではない。

 当然、仕掛けている。

 その抜け目のなさこそが、スタンドという特殊能力以上に――東方仗助のこれまでの戦闘に貢献した。

 一見したら回復だけを行う能力を、武器に変えたのだ。身を守り、悪を追い詰める武器に。


(【クレイジー・ダイヤモンド】……インクを一部だけ『直した』。スデにな)


 大淀が封筒に任務書を仕舞うその瞬間、既に【クレイジー・ダイヤモンド】は書類に触れていた。

 誰にも見えない。誰にも判らない。スタンド使いしか認知できないスタンドヴィジョンを使って。

 ホンの一瞬、書類に拳を当てた。

 大淀が押した判子の文字――【未達成】の、“未”のインクが付いた部分だけを元に戻したのだ。

 達成した任務の書類も見た。

 その判子の文字は、仗助が工作を行ったそれと寸分違いない代物。


 そう、仗助は大淀を騙した。だがこれは、大淀が憎かった為だろうか?


(あれが任務係の口先だけの頑固さなら別に考えたけどよォ……)


 答えは――否ッ!


(そうじゃあなくて……ご丁寧に上から命令として受け入れさせているって事ならよォ~~~~)


 彼女の態度は、自分自身のプライドや無理解から来るものではない。

 仕事に対する勤勉さも勿論あるだろうが、それ以上に彼女は命令を重んじた。

 彼女に対して、“従わなくてはならない”と――彼女一個人の身の可愛さや嗜好からではなく、そうと思わせる存在がいたのだ。

 ならば。


(その分、せしめちまっても何にも心は痛まねーぜ。まっっったく!)


 その相手から分捕る。

 文句があるならば、そいつが直接東方仗助のところに来ればいいのだ。

 そうして、艦娘である大淀に『仲間の艦娘を解体するような任務を伝えろ』と渡した相手と対面する。

 自分自身で直接姿を現してから、命令すればいい。仗助に――従えと言えばいいのである。艦娘の口など借りずに。

 安全圏から、大淀や艦隊に押し付ける。その事が何よりも仗助には引っかかったのだ。


 そんな中、唐突な声が仗助の思考を割く。

 主は、


「提督……聞きたい事があります」

「どうしたんスか、加賀さん」

「貴方は優しい人だと……そう思っています。先程も、その前も」


 スタンドは見えない加賀であるが。

 確実に――確実に仗助があの言葉通りのスッとろい抗議ではなく、“何か”を仕掛けたのだと認識していた。

 それも自分の意地や利益の為ではなく、誰かの為に。

 彼女の考える東方仗助というのはそういう少年だった。


「先ほどもきっと……」

「……【クレイジー・ダイヤモンド】で直しましたよ。ええ、文字を『未達成』から『達成』に」


 得意気にやった手品の種明かしをされたマジシャンが如く決まりの悪そうに呟いた仗助に、加賀は僅かに口の端を歪めて吐息。

 そのまま静かに微笑を向ける。


 やはり――、というかなんというか。どうにも加賀が期待している人間性と同じようで。

 多少は溜飲が下がる。

 きっと、大淀か――それともこの艦隊の為に。

 彼と共にいる事で白の中にいると確信できるものではないが、並んでいると優しげな気持ちになれる男だった。


「な、なんスか? そんな、『目の前で一つしかない個室に入ろうとしている奴』を見るような目ぇして……」

「……」

「確かに……こう、『ズル』とか『イカサマ』の類いかも知れねーっスけど……」

「……」


 頬と目尻を触ってみる。別におかしなところはない。

 そのまま恐る恐ると加賀を伺う仗助を前に彼女は口から嘆息。

 若干のトーンを落とし、話を続けた。本題はここからなのだ。



「だからこそ、この間の彼女への態度が不思議だわ」


 向けた顎の先には卯月。

 急に照準を向けられた事に肩を震わせた。髪が零れる。

 そこから仗助に視線を戻し、加賀は彼を見詰めた。

 先ほどよりもバツが悪そうに頭を掻いて、目線をさ迷わせる仗助。

 そのまま熱心に――というよりは受け入れる心持ちで、気持ち優しげな目で彼を見続ける加賀。

 どれほど向かい合っただろうか。

 一分か、十分か、それとも十秒か。少なくとも一秒ではあるまい。それは確かだ。

 根負けしたのか……やおら、仗助が口を開く。

 何故だか彼は、超一流の殺し屋に四六時中狙われたかのように、頬に冷や汗を伝えているのが加賀には気になったが、黙殺。


「……あんまりおもしれー話でもないっスよ? 話してもあんまり真面目に受け取られたりしねーし……まぁ、俺も別にそれで構わねーたは思ってるんすけど」

「聞かせて下さい……貴方の事が知りたいわ」

「そこまで言われると、そーっスね」


 そして、仗助は語り出した。



 十年以上前の話だ。

 ある雪の晩、四歳の子供だった東方仗助は生死の淵をさ迷うほどの高熱に魘されていた。大人ですらも耐えられない熱。

 彼の母は息子の命を危ぶんで、車を出したが、しかし仙台の豪雪に――しかもその年の記録的な豪雪を前にタイヤを取られてしまった。

 雪に埋まったタイヤ。

 助けを呼ぼうにも運悪くそこは、開発されていない――コンビニどころか公衆電話もない田舎道だ。

 東方仗助には、父親がいない。そして運転できるのは彼の母親しかいない。

 止まってしまったタイヤをどうするのか。息子が、今も高熱に魘されているというのに。

 そう――仗助が熱に苛まれるその時に現れたのは、一人のリーゼントヘアーの少年だった。

 喧嘩後のような、青アザや切り傷が浮かぶ不良少年。

 怪我を負っている彼を不信に思う東方仗助の母だったが……それを前にその少年は、ただ一言言った。


『その子……病気なんだろ?』


 それから彼は躊躇いもなく己の勲章足る学生服をタイヤの下に強いて、車を押した。

 雪道を走る為にチェーンが巻かれたタイヤは、容赦なく彼の上着を傷付けるだろう。

 だと言うのに、その少年は構わず仗助たちを助けたのだ。雪の降る最中に。


 そう。己も怪我をしているというのに! 雪が降り冷える冬の晩なのに!

 それなのに、彼は己の学生服を躊躇いなく差し出したのだ! 見ず知らずの他人の為に!

 その精神的『尊さ』と『勇気』――その少年の中にあった『黄金の精神』は、髪型と共に強い印象として仗助に刻み込まれた。

 それは仗助の指標となった。

 その優しさは、それから一ヶ月半以上熱に魘される彼の精神の支えとなったのだ。

 その記憶が、仗助には根強く残っている。

 昨日食べた夕飯の事でもなければ、警察官をしていた祖父でもなく――何よりも一番の支えとして。

 自分が傷付きながらもなお、見ず知らずの他人の為に行動できる。

 そんな少年の優しさが。


「……とにかく、この髪型を馬鹿にされるのだけは我慢ならねーんスよ。たとえ何モンだろうと容赦はしねー」


 本能のように。

 彼を真似た――彼と同じ髪型を馬鹿にされるというのは、彼の生き方を馬鹿にされ、彼を馬鹿にされる事である。

 だからこそ東方仗助は、己自身でも手がつけられないほどに怒りを顕にするのだ。


「……そう」


 加賀は内心えらく感動しながら、頷いた。

 受け継がれていく尊さがある。その少年の優しさは東方仗助を通じ、巡り廻って加賀の命を救う事にもなったのだから。

 ただ、彼女は深く――それこそ目を潤ませるほど感心していたが、残念ながらやはり顔色は変わらなかった。

 残る艦娘は、無言。

 仗助も特に付け加えない。

 だから卯月に謝れと言う事もなければ、だから暴力を許してくれとも言わなかった。

 ただ、そういう話なのだ。東方仗助に関する、それだけの話だ。

 そんな中、


「その……それはそうと、さっきからどーにも判らねー話されてて聞きたいんだけどな?」


 腕を組んで首を捻った天龍が、手を上げた。

 眼帯の上の眉根は寄り、目尻にも力が籠る。見れば他の艦娘も皆一様に、そんな表情をしていた。

 何かと、加賀と顔を見合わせた仗助が続きを促す。天龍は粗暴そうに髪を掻きむしりつつ、一言。


「その……よぉ……。あの……『なおす』とか【クレイジー・ダイヤモンド】とか……何だ?」



「それは……」

「ん、実際見せた方がはえーか。はえーよなぁ……」


 呟いた仗助が、手で面々を払う。

 何事かと首を捻りつつ従う皆の前で、“それ”は起こった。


「――【クレイジー・ダイヤモンド】ッ!」


 仗助が叫ぶとともに、鋼鉄の扉が轟音を立てた。蝶番が揺れ、扉が軋む。

 よく見れば、冗談の如く彫刻された拳型の凹み。人間のそれよりも一回りか二回りほど大きな代物に、思わず息を飲む天龍たち。

 だが、それでは終わらない。彼女たちが真に驚いたのはここからだ。

 そう、ここまでは前座。

 見えない人型が、ただ一発鋼鉄の扉を殴りつけただけ。


「ドララララララララララララララララァァァァァ――――――――――――――ッ!」


 弾丸の如く紡がれる仗助の言葉。並行して、矢継ぎ早に数多刻まれていく拳の痕跡。

 ラッシュ。

 機関銃の連射よりも早く、大砲の弾よりも強烈に撃ち出され続ける拳の暴風。

 夏祭りの型抜きが如く、拳と拳の破壊痕の間に亀裂が入る。


「多分、戦車をも正面から跡形もなくブッ壊すっつー戦艦の主砲ほどじゃあねーにしろよォ~~~~~~~~~」


 そして、ついに。

 蝶番が限界を迎えるよりも早く――その扉を支える鋼鉄の軸が歪み――。

 だがそれが曲がりきるよりも先に、圧し折れるよりも前に――――鋼鉄の扉が、コナゴナに吹き飛んだ。


「こんぐらいの壁だったら、ブッ壊せるぜ。問題なく、な」


 踵を返し、破壊された扉に背を向け――唖然とする面々を捉える仗助の瞳。

 だが、驚愕はまだ終わらないと仗助は目許を緩めない。

 そう、


「――そして、問題なく『直す』ッ!」


 逆再生の如く、猛烈な速度で破片が逆流。

 何事もなかったかのように、元居た位置に鋼鉄の扉が出来上がる。騙しの手品映像でも見ているかの如く。

 たった今起きたはずの出来事が、あたかも夢の中の現象とでも言わんばかりに元通りに。



『……』


 眺める面々は、きょとんとしつつも、


(おおー、マジかよ……提督として世界水準軽く超えてんなー)

(すっとぼけた頭をしてると思ったけど、能力は便利そうね)

(これで……出撃するたびに壊れて資材を喰うとか……だから不幸の戦艦とか……言われない……?)


 一様に皆、その有用性を認めていた。

 ただ一人、卯月だけは、


(い、いくら元通りになるって言っても御免っぴょん!)


 恐ろしさを背筋に伝えて、全身を総毛立たせていた。

 戦艦の主砲ほどではないというのも真実。

 駆逐艦として闘っていたときの卯月も、これほどの厚さの鋼鉄の扉を粉々にできずとも吹き飛ばす事は出来る。

 ただし、自分に向けられるとしたら別だ。しかも至近距離から連続で。

 痛いなんてものじゃあ済まされない。文字通り遺体になってしまう。


 ……と、彼女の恐怖はそれだけでは終わらなかった。

 ふと思いついたように天龍が扉を指さし、言った。


「……ところで必ずこれって元通りになんのか? 失敗とかは?」

「そーなんだよなー……俺がブチ切れてたりするとそーもいかねーんだよなぁー」


 実際、執務室の机とか、窓枠とか……未だに歪んだままだ。そのまま直ってしまっている。

 仗助が怒っているならば、必ずしも元の形に戻るという保証はないのだ。

 それを聞いた卯月は、


(ひ、ひい~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ)


 二度と、絶対に、この男だけは怒らせまいと――身を固く強張らせるのだった。



 執務室に屯する、天龍と仗助。

 加賀は若干(どころではなく)不機嫌そう。彼女としても、秘書艦――つまり補佐は自分だという自負がある。

 にも関わらず、まるでコンビニの前のように二人は駄弁っていた。


「にしてもよぉー、提督ー」

「あん? たまたま売店で見付けたピンクダークの少年なら向こうだぜ」


 俺の趣味じゃねーけど、と書棚を指差す仗助と首を振る天龍。


「あれ、どーにも絵柄が生理的になー」

「そーなのかぁー? 億泰の野郎も最初はそんな事言ってたけどなぁ……」

「しかも山城が八部から買い出したからついてけなくてよー」

「そーゆーのどーにも敷居が高いよなぁ」


 閑話休題。


「……で、何なんだよ天龍」

「ん、いや……【クレイジー・ダイヤモンド】ってのに心当たりって言うか、うーん」

「?」

「ダイヤモンドって、日本語で言うと金剛石だろ? だから――」



 金剛型、という船がある。

 天龍が言ったのは、簡単に纏めるならそういう事だ。

 そして、この艦隊にはまだ空きがあるという事は、


「まさか金剛が来るかもな。提督の言う、スタンド使いは惹かれ合うみてーに」

「それこそ、『まさか』だぜ。名前が一緒ぐれーで出てきはしねーだろ」

「まぁなぁ……丁度一隻分、まだ余裕あるけどなー」


 ははは、と笑い合う二人の前に突き出された書類。

 その先には、相変わらずのむっつり顔の加賀。

 何かのリスト、のようだ。


「なんスか、これ」

「もう一隻が揃ってからの方がよかったけど……演習の申し込みです」

「演習……?」

「要するに別の艦隊同士、模擬試合をやろう……って事だぜ」

「天龍、さすがだぜおめーよォ~~~~! 判りやすさも世界水準超えてるな!」

「フフ、まあな!」

「……」


 ノリよく笑い合う二人の不良を前に、加賀は沈黙。

 じっと、書類の続きを促した。

 演習のその書類には、相手方の提督名とその秘書艦の写真が掲載されている。

 緑――深い黒髪をそう称することがあるが、文字通り深緑の髪。

 それを頭の両脇で括った勝ち気そうな少女。胸当てから見るに、空母だろうか。

 ひょっとしたら加賀の知り合いか、とチラリと提督の名前に目を写した仗助は、


「――――空条Q太郎ゥゥゥ~~~~~~~~~!?」


 その異様さに、声を上げるのだった。



←To be continued...



「提督ー、夕御飯にカレー作りました!」

「……」

「自分で言うのもアレだけど、今回は自信作です!」

「……」

「さ、食べて食べて!」

「……おい、味見はしたのか?」

「あっ」

「……」

「むぐ……、……、………………ちょっと思ってたのとイメージが」

「……」

「ひえー……作り直しかぁ……」

「……」

「ごめんなさい。今日の夕飯は、適当に……」

「……待ちな」

「えっ」

「待たされて随分と腹が減っちまってるんだ。早く持ってきな」

「そ、それって……!」

「……」

「気合い! 入れて! よそってきます! 待ってて!」

「……やれやれだぜ」

ここまで。大井っちと山城はそれなりにデレるんじゃないでしょうか

一度中断しますが


(……未だに信じらんねー状況なんだよなぁ、こいつぁ)


 鎮守府に着任してから二日目の晩。

 執務室の床に布団を敷いて寝転ぶ仗助は、月明かりに透かすように右手を挙げた。

 身体の感覚はある。スタンドも現れる。

 それなのにゲームの中としか思えない場所におり、自分はそこでゲームそのものの流れに沿うような事を行っている。

 スタンド能力でなければ信じられないが……。


(でも、夢の中じゃあねえ)


 そう。

 この世界で、“二日目”の晩なのだ。既に二日経過している。

 その間に仗助は、既に一度睡眠していた。


 夢の中がいくら自由が利くと言っても、流石に夢の中で寝る事はできまい。起きたと思ったらまだ夢だった、という話は聞くが。

 だが、眠る事ができた。

 ただ――寝る、と言ってもとても奇妙だ。

 布団に入って瞼を閉じて、波に揺蕩うようにしていれば朝になっている。

 夢は見ない。

 覚醒と睡眠の中間を漂う微睡みが如く、長いとも短いとも言えぬ時間が過ぎているのだ。

 その他には、何もない。一応疲労は回復している。


(なんだっつーんだ、マジにこの現象は……スタンドにしてもチと長すぎるんじゃあねーかぁ……?)


 二日間。

 丸々仗助を押し込め続ける持続力。そして、少なくとも基地一つ分以上を覆うほどの射程距離。

 さらには仗助の他に六人――それもどう見たって人間に感じられるほど、完璧に再現するあの精密さ。

 加えて言うなら、深海棲艦の主砲のパワー。

 ここまで来ると、これはスタンドではないのではないかと言う疑問が頭を過り――



(いや……音石の野郎の【レッド・ホット・チリ・ペッパー】みてーなスタンドもいる。別の何かから力を得ている……と思ったら)


 例えば、かつて仗助が戦ったスタンド使いに特殊なスタンドがいた。

 電気をスタンドのエネルギーとして使用するスタンド。

 力が弱い代わりに遠くまで進める遠隔操作タイプのスタンドながら、電気から力を得て一時は【クレイジー・ダイヤモンド】すら上回った。

 また、仗助自身が戦った訳ではないが、かつては死人を生前の如く操りつつ、町一つ覆ったスタンドもいる。

 そう考えるなら……何か別のものを核に動いているとすれば、その能力のパワーの強さも頷ける。


(俺はやった事ねーからイマイチわからねーんだがよぉ~、『ゲームの通り』になってるなら……案外そこら辺がパワーの源かも知れねーぜ)


 虹村億泰がこの場にいるなら、その推察の助けになったかも知れないが……生憎と見当たらない。

 それとも彼も、仗助同様どこかに着任しているのだろうか。

 そうだとしたら、


(……案外あのヤローは満喫してっかもなぁ~、『扶桑ねーさまと結婚するんだ』とか言っちまって)



 ひょっとしたら彼にとっては、居心地のいい世界なのかも知れない。

 とは言ってもスタンド攻撃だと判れば、億泰も動き出すだろう。

 ……動き出す筈だ。そうでないと困る。


(これでここで暮らすとか言い出しちまったらマジにオタクじゃあねーかよ、億泰おめーよォ~)


 ……そうでない事を祈ろう。

 仗助にはそれしか出来ない。流石にそれぐらいは信用している。

 多分、これでもかというぐらいに億泰は泣き叫び、残念がり、怒り狂い本体を叩きのめす筈だ。純情を玩んだとか言って。

 とりあえずは。

 こうして仲間も友人も居らずに完全に一人っきりというのは、実に久しい状況だった。

 だからこそ、そんな意味でも『空条Q太郎』という人物は心強い。

 沈着冷静で、用心深い空条承太郎の事だ。きっと、このスタンドに巻き込まれる前の知人か、敵の罠かを確認する為に偽名を用いているのだろう。

 そうでなければ、――しかもそれで――お化けのQ太郎みたいな髪型の空条承太郎のニセモノが出てきたら、色々な意味で困る。


(ま、案外承太郎さんの事だ。もうこのスタンドの攻略法とか思いついちまってるかもなぁ~!)


 そうなるとありがたいし、彼なら強ち不可能ではないと思える。

 そうなったら彼と共にこの状況を打開し、ここから脱出を――


 ――『私たちは、人を守れる事を誇りとしています。勝つ事を……今度こそ守れる事を』


(……)


 ……仗助の、口だけでなく心も黙る。

 そう、この能力には不明な部分も多すぎるのだ。

 例えば現在、明確に東方仗助は危機に至っていない。

 巻き込まれこそすれ、敵のスタンド攻撃に襲われてはいないのだ。

 だからこれが、仗助への害意を現したスタンド攻撃とは――


(……って、ちげーだろうがッ。あの深海棲艦はマジに生半可なスタンドじゃあ対抗できねーし……されちまってるじゃねーか、拉致ってのを)


 ひょっとしたら、既に。

 敵が息咳切って仗助を殺しにこない状況こそが、罠かも知れない。

 このように幻覚の中に仗助を出来るだけ捕らえて、その間に同時に、既に能力が進行してしまっているとしたら……。

 その時は……。


(……どちらにしても、ゲームに従って攻略ってのを続けるしかねーみてーだぜ。今のところは)


 ヒントが少ない。

 ストーリーが――敵の能力の構造が、筋書きが、論理が判らない。

 そんな中で、目の前に出てくる課題を一つ一つ潰していくしか仗助に取れる手段はない。

 そう。

 別に彼女たちを中途半端に捨てて脱出する事が心残りという意味では――


「――深夜零時ね」

「どぉぉおわぁぁぁぁぁぁあ!?」


 ごく至近距離から放たれた声色に、東方仗助は思わず飛び上がった。布団はもっと飛び上がった。

 咄嗟に【クレイジー・ダイヤモンド】と共に右腕を振りかぶり、止まる。

 何気ない顔を――いつも通りの――した加賀が、暗闇たる執務室に立ち尽くしているのだ。

 あわや加賀の顔面を昨夜のミートソースめいた代物に変える前に、仗助は止まった。


「……」

「……」

「……加賀さん」

「何か?」

「どーしてこの部屋にいるんスか……?」

「昨晩と違って、ドアが空いていたので」


 言いつつ、そちらに顎を向ける加賀。

 そう、確か前日――東方仗助は、スタンド使い本体からの襲撃に備えて施錠を行っていたのだ。

 無論の事、初めは気が高ぶって中々眠る事など出来なかった。

 ……あの現象を、眠りと言うなら。


「……」

「……」

「……提督」

「なんスか?」

「……どうして下着姿なの?」

「こっから寝るつもりだったんすよ! 見て判んねーんスか、あんたぁ!」


 流石に学生服のまま眠る事は出来ない。寝相で着いた皺といつのは中々取れず、気になる事間違いなし。

 そんな訳で今、仗助はTシャツにトランクス一丁。クールビズである。

 そのまま外に出たら職務質問間違いなしで、冷や汗を掻くという意味で。


「……」


 と、無言で加賀の視線が辿る。

 下へ、下へと。


「提督」

「……なんスか?」

「そうやって、女性に見せ付けるのは大概にして欲しいものだわ」


(見せ付けてねーだろうがッ! 俺が見ろっつったのは布団の方だぜ! 布団のよォ~~~~!)


 むしろ見られた側である。男女が逆転していたら裁判沙汰は必死なほどに、仗助は被害者だ。

 何故、睡眠の邪魔をされた挙げ句に、夜道で会社帰りのOLにちょっかいをかける中年男性のごとき扱いを受けなければならないのか。

 思わず浮かび上がる青筋を宥めて、仗助は【クレイジー・ダイヤモンド】で掛け布団を腰まで引き上げた。

 超能力の無駄遣いな気がしなくもない。


「……で」

「……」

「加賀さんは、なんでこの部屋に?」

「秘書艦です」


 そんな事は判っている。

 仗助は声を荒らげそうになったが、むしろ加賀の“当然だが何故判らない?”とでも言いたげな目に黙る。

 無論の事そんな意思は、加賀にはない――彼女の名誉の為に弁明しておこう。


 そして、仗助は考えた。

 これはゲームを下敷きにしている。それならば――そう考えるならば。

 初心者である仗助には知り得ず、依然として存在するルールがきっとあるのだ。

 なら、加賀が悪いとかそーゆー話ではない。伝達の齟齬の、悲しいヒューマンエラーだ。

 パンツ姿は犠牲になったのだ。古くから続くラブコメの伝統の、犠牲の犠牲に……。


「ひょっとして……なんか仕事とかあるんスか?」

「不寝番です。一時間ごとに、時間を知らせる事になっています」


 夜、深海棲艦が現れないとは限らない――むしろ奇襲を行うのであれば夜間が向いている。

 そんな中、全員が全員平和に眠りについてしまったら対処が出来ない。そのまま、永久の微睡みに沈む事になる。

 だからこそ、不寝番がたてられる。

 それが秘書艦の役目だ――――という事らしい。


「……つーことは」

「何か?」

「ひょっとして、昨日も……」

「……鍵を閉められていましたが」


 それでも不寝番を行った――と、加賀の咎めるような目線が告げる。

 むしろ、仗助が閉め出してくれたお陰で厄介だった、と。

 そんな意図はないのだろうが、表情が余り変化しない加賀から睨まれ……いや、見詰められるとそうも思ってしまう。


「……加賀さん」

「なんでしょうか?」

「それじゃあ、早速提督として命令だけどよォ~~~~」

「……夜戦ならお断りします」

「空母に夜戦させてもしょーがねーじゃねえっスか」

一旦中断します

再開します


 夜、艦上機を飛ばす事は出来ない。

 艦上機に乗り込む妖精さんは余り夜目が利く方ではなく、機体に搭載されている電探の性能も優れているとは言えない。

 よほどの緊急時以外は、出撃させても航空機の損害が大きくなりすぎてしまうのだ。

 それならそもそも、空母である加賀が不寝番をするのもどうか……と仗助は思いつつ、


「寝て下さい」

「……、……だから夜戦は」

「だからぁ……何度も言ってるんスけど……夜戦じゃなくて布団で寝てくれって言ってるんスよ」

「……」

「艦娘も、寝ないと辛いんスよね?」

「……ああ、そういう」


 「え?」と返す仗助に、何でもないと首を振る加賀。

 それ以上踏み込む事は死を意味する――そう判る強い表情だ。

 または……加賀、イケナイ人ッ!――とも言える。

 何故だか判らんが、荒野のコヨーテさえもブルっちまってゲロを吐きながら一目散に尻尾を巻くほどの瞳に睨まれた仗助は……。

 それでも何とか気を取り直して咳払い。

 当初の予定通り、飄々とした表情で続ける。


「寝なくても、人間のように死にはしないけど?」

「死にはしないけど、辛い事は辛いんスね?」

「……」



「……なんかちょーし狂うぜぇ~~~~~~~、ホントよぉ~」


 ――能率が下がる。

 寝不足の弊害である。気持ち、目付きもいつもの三割増しで怖い。

 そんな事を考えたらその瞬間、人を殺しそうな目を「何か?」と向けられた事に脂汗を垂らしつつ――。

 布団を指さし眠るように言いつけた仗助は、執務室の外に出ていた。

 なお、残された加賀は憮然とした表情――ただし一見――内心、この体温の残る布団に寝ろと言うのかと呆然としていた。


(なんつーか、本当やりにくい人だぜ……多分悪い人じゃあねーんだけどよぉ~)


 それにしたって、こう……。

 少なくとも表面的な反応の似たタイプの――空条承太郎と過ごすその時、何だか気持ち仗助は間抜けさを強調されてしまう。

 そう、似たタイプ。

 そんな加賀と一緒に居て間抜けさが強調されると、相手が女性である分……こう……被害が酷い。


(それにしたって……こーゆー『トラブル』ってのは億泰の役回りじゃあねーのかよぉ~)





 女性の前でハート柄のパンツを丸見えにするなんて辱めは、自分のキャラじゃない。

 もうちょっとこう、『頼りがい』とか『理知的』とか『優しさ』が仗助くんのイメージだと、頬に手を当てて嘆く。

 じっと見られたが、センスがないとか思われてねーだろうな――とか。

 それにしたってもーちょっと見栄えがいいパンツを履いておけばよかった――とか。

 何よりもピンチなのは、ここで服の替えが手に入るかどうかって事だぜ――とか。

 なんでこんな乙女ちっくな事ばっかり考えちまってるんスかぁ~――――とか。

 額を押さえつつ廊下を歩く仗助と、窓の外から覗く月。

 夜空は――


(もぉーちょっと普段から……空とか星とか熱心に見てたっつーなら違和感とか分かるのかもしれねーっスけど)


 少なくとも、東方仗助が見知ったものに見える。確信はないが。

 やっぱり早く帰りたいと、仗助は溜め息を漏らした。

 色々と、こう、辛い。

 マヌケな場面ばっかり見せる事になってしまって、これをどこかで敵のスタンド使いがほくそ笑んで見ていると思うと――。


(……それだけでもう、ムカッ腹って奴だぜ)


 ――なんとしてもブチのめす。

 心に固く誓って、拳を握りしめる。アルコール中毒患者めいてワナワナと震えるところまで、ある。


 とりあえず、明日になってしまえば――。

 何かしらの進展は見えるかも知れない。

 相手が空条承太郎その人でなくとも、他に仗助のように人が居るというのなら。

 それがここからの脱出経路に繋がっている。少なくともヒントにはなるだろう。


(こっから帰ったらなんとしても一箱、鎌倉カスターとごま蜜団子で豪遊してやるぜ……チクショー)


 まだ見ぬスタンド使いへの怒りを秘めてほの暗い笑みを浮かべる仗助の目に、


「……はぁ、姉様」


 映るは開いた非常扉の向こう、夜の海を前に物憂げに溜め息を漏らす山城。

 横たわるような闇と、月明かりを反射して僅かに動きを知らせる水面。

 憂鬱そうで儚げな、潤んだ山城の赤い瞳。

 それだけ見たら絵になるし、男なら放っておかない光景だろうが……。


(マジかよ、ここで山城さんっスかぁ~……)


 しかし仗助は、壁に張り付いて身を隠す。

 あの姉への熱狂具合は、彼の良く知る危険人物を足して二で割らなかったぐらいの濃さがある。

 ここでまた妙に絡まれたら、色々と堪ったものではないのだ。


 何しろ――だ。

 あの、億泰が山城の姉妹艦、扶桑と結婚しようとしているとうっかり漏らしてしまってから。

 「姉様……そんなぁ……」と嘆き――それだけならまだ可愛げがある――。

 「騙されてる……そうよ……きっと」と呻き――それだけならまだ、一応辛うじて守りたいと思えなくもなくもなくもない――。

 「なんとしても見つけ出して……手を打たないと……」と呟く――流石にこれはヤバイ――。

 そこから、丑三つ時に神社で出くわす女の様に静かな熱狂を湛えて仗助に話しかけてくるのである。

 姉を誑かした男を直々に叩きのめす――。

 そんな理由をモチベーションに海域の突破を図っているのだから末恐ろしい。


(こいつも多分悪い奴じゃあねーとしても……それでもなんだかよぉ~、あんま絡まれたくないって思っちまうよなぁ~)


 負のオーラに、スタンドのエネルギーが搾り取られていく――そんな気がする。

 加賀を沈黙が恐ろしいとするなら……。

 山城は、彼女と喋っている事が恐ろしい。そんなタイプの艦娘だ。

 無論、決してまるで人格的に褒められたものではないという意味ではない。

 ただ、姉絡みの執念は恐ろしいというだけだ。

 話してみればきっと普通だろう。……残念ながらちょっとそれをやる勇気が出ないが。


(つーわけで、仗助くんはクールに去るぜ――――って、な、何ィィィィィィィィ!?)


 どんなベタな話だろうか。

 たまたま足元に転がっていた縫ぐるみを、思いっきり蹴飛ばしてしまった。あの、開発に失敗した時に生まれる奴だ。


 というか、そんなベタな話がある筈がない。

 明らかに――明らかに誰かが仕掛けた。誰かというか、何かが。


(よ、妖精さんの野郎ぉ~~~~~~~~!?)


 柱のかげ、こそこそと走り去る妖精さんが見える。

 何故だかダンボールを被っている。小さい、妖精さんの体躯に合ったミニチュアの。

 その裾からひらひらとバンダナのようなものが覗いているのが、偉くシュールだ。


「……だ、誰?」


 そして、言い逃れができる筈がない。

 恐る恐る窺う山城の声と、ジャキィィィイという金属が擦れあう音。

 このまま出なければ、不審者として処理されるだろう。

 ……おそらくは【クレイジー・ダイヤモンド】のパワーすらも上回る、戦艦の主砲によって。


(ぐ、グレート……!)



 それから――逃れられる筈がなく。

 アメリカのドラマの如く両手を翳した仗助と、唖然と見つめる山城。

 そのままの流れでなんとなく、二人して夜の海を眺める事になった。手すりに凭れて。


「……」

「……」


 しかし、それにしても。


「……」

「……」


 こう……無言だ。

 扶桑の事について、或いは億泰の事について尋問めいた問い詰めを受けなくていい。

 それはいい。確かにいい。

 だが、沈黙は沈黙で苦しいものがあるのだ。というか加賀に続いて沈黙が重苦しい艦娘二人目だ。

 せめてここに天龍や卯月が居てくれたら――。

 そう考える仗助であったが、何とか辛うじて話題を絞り出す。から揚げに乗せられたレモンのように。

 なお、ある昼飯でそれをやったら大井が盛大に舌打ちをしていた。

 閑話休題。


「つ、月がこう……き、綺麗っスね……なんつーか」

「……ッ!?」


 「この男、ねーさまだけでなく私を……」――とか。

 「わ、私にはねーさまというものが……」――とか。

 「きっと騙そうとしている……そうよ」――とか。

 「不幸だわ……本当に……」――とか。

 顔を伏せて、聞き取れないほどの小さな声で高速で呪詛じみた事を呟く山城を前に仗助は口元に手。

 失敗した。

 というか、どんな話題を振っても碌な事にならない気がする。


「……」

「……」


 そんな訳で、また沈黙に戻った。

 古池や、蛙飛び込む、蝉の声――とか色々混ざった思考が巡る。仗助も混乱している。

 一難去ってまた一難というか、泣きっ面に蜂と言うか、虻蜂とらず――は多分関係ない――兎に角『立て続け』だ。

 大井と天龍は兎も角、とっつきにくい艦娘ばかり来ている。

 何かのスタンド攻撃かも知れないと、仗助は思う。

 いや、そもそもこの状況がスタンド攻撃真っ最中なのだが。そこんところはまー、目を瞑ろう。


 しかし、ここでめげない。めげないのが東方仗助だ。

 確かに風変りだが、風変わりな奴は周りに色々居た。最初から身構えてしまっているから、なんとなく苦手に感じるだけ。

 気を取り直して、山城に語りかけ――


「あの――」

「あの――」


 被った。

 同じタイプのスタンドというか、同じタイプのタイミングである。


「……」

「……」


 そして黙った。

 何とか話題を探して切り込もうとしていた仗助は出足を潰されて。

 どうにか会話を試みて踏み出そうとしていた山城は出鼻を挫かれて。

 兎にも角にも、いわゆる沈黙である。


 しかし、気を取り直して――


「あ、あのよぉ~――」

「あ、あの――」

「……」

「……」

「……山城さん、どーぞ」

「いえ、私のは大した話じゃないから……」

「……」

「……」

「……」

「……提督、どうぞ」

「俺のも別に大した話じゃあねーからよぉ~」

「……」

「……」


 夜空の満天の星空と、横須賀海軍工廠で期待一杯に作られた扶桑型戦艦を添えて~そして沈黙が訪れる~。

 まるで時でも巻き戻されているかの如く、再びである。



(グレート、こいつには覚えがあるぜ……道端でよく見る『自転車と歩行者が正面切って譲り合い通せんぼ』みてーなよぉ~)

(廊下で擦れ違おうとしてお見合いしてしまったみたい、な――――――――お、お見合い!? ち、違いますから……!)


 お互いの顔も見ようとしないで、眉間に皺。


(こーなると、どーやって抜け出すかが問題だぜ……マジな話よぉぉぉ~~~~~~~~~~~)

(お見合いじゃない、お見合いじゃない、お見合いじゃない、お見合い違いますお見合い違いますから――ひゃっ!?)


 たまたまなんとなくチラと見たとき目線が交錯し、山城が思いっきり逸らす。

 それを見た仗助は何とも形容しがたい悲しい気持ちとなり、再び彼も空へ。


(なんつーか、こーゆーのって第三者がないといつまでも睨み合ってるのが離れねーっつーか)

(私にはねーさまがいる、私にはねーさまがいる、私にはねーさまがいる、私にはねーさまがいる……『四回』言ったわ)

(ここで天龍辺りがびしっと駆けつけて決めてくれね~ッスかねー)

(四はそれ自体が不幸な数……そして私も第四號戦艦……四は安心を与えてくれる数…………不幸だわ)

(加賀さん……には『俺が代わりにやるから仮眠でもしててください』っつっちまったしよぉ~~~~~~~~~~~)

(そう、不幸……たまたまタイミングがおかしなせいでこんな変な頭の男に…………そう、変な頭よ変な頭)

(……あ? なんか今馬鹿にされたよーな気が……)

(別に馬鹿にする訳じゃないし、それを他人にされるのは嫌だって……十分知っているから口には出しませんけど……)



 しばらく、無言の睨み合いが続いた。

 睨み合いと言うか――偶に二人して何かを言おうとして、また口を噤む。

 そこまで来たら意地の張り合いめいている。

 抜きな、どっちが早いか勝負しようぜ――と言う奴だ。

 そして結局、それに勝ったのは、


「――【クレイジー・ダイヤモンド】ッ!」


 ――仗助である。

 流石、特にちゃんと図った事はないが時速三百キロを超えるぐらいのパンチを放てるスタンドだ。

 ノットに直せば百五十ノット超え。

 弾丸を掴みとれるのは伊達じゃあない。

 ……なお、だから別に切り出すのが早かったかというのとは、実のところあまり関係ない。


「すごい……本当に直るのね……」

「直せないもんもあるけど、たいてーの事ならどーにかなるぜ」


 その袖口みたいに――と、たった今新品が如くなった振袖めいた白衣の袖を指さす。

 何度目か仗助と目を合わせてしまった山城が慌てて、手すりの継ぎ目にひっかけて破ってしまったのだ。



 一先ず、話題を切り出す事は出来た。

 だが、ここから話を繋げられないのが山城であった。

 空を眺めて儚げに息を漏らすのが得意なのは彼女の姉だが、彼女もあまり大差ない。

 人と和気あいあい、仲良く話し合うというのは得意ではなかった。


「不思議だよなぁ~~~~~、だって戦艦っつーのは『固い』んだろ?」


 だから、仗助が助け船を出す。別に船でも艦娘でもないけど。艦娘相手に助け船を。


「……艦娘の装甲は、常に固い訳じゃないですから」

「そぉーなんすか?」

「私たちが昔の力を出せるのは、海に居るときと……深海棲艦を相手にしているときだけ……」

「へー」

「主砲も……だから、昔ほどの力はないんです。昔みたいに……」


 それこそ平時では、【クレイジー・ダイヤモンド】にも負けると――山城は言う。

 殺傷能力と言うのに、欠けるのだと。


「精々、見た目と同じ……同じ口径の銃ぐらいしか……」

「……殺傷能力あるじゃあねーかよぉ~~~~~~!」

「あんな風に扉は壊せませんから……」



 だから、艦娘とスタンド使いがやりあったのなら――。

 銃弾を弾き飛ばせるスタンドなら、そちらに利があるのだ。


「それで深海棲艦の相手とか大丈夫なんスか?」

「あれを撃つ時は……撃った時の結果は、昔みたいに……」

「そーゆー『概念』って奴っスかね」


 例えば、広瀬康一――『エコーズ』の能力の如く。

 彼の、擬音を模した文字を作り出し――触れた相手にその効果を与えるスタンドのような。

 対深海棲艦としての時だけ、以前同様の破壊力を持つのが艦娘の弾丸。

 それを理解して、同時に仗助に疑問が浮かんだ。


「……でも、あの深海棲艦の砲弾は俺にもかなりのパワーだったけどよぉ~」

「それは……あいつらが『害』だからよ」

「『害』、っスか……?」

「人間に対する『害』、船に対する『害』……だから破壊力がある」


 そういうものだと、山城は視線を落とす。

 悪霊のようなものである――と。


 つまり結局は、艦娘以外が深海棲艦と戦うのは無理があるのだ。

 実際のところ、いくら高速で岩石を叩きつけるかの如き【クレイジー・ダイヤモンド】のパワーでも――。

 仮になら、駆逐艦程度の装甲なら貫けるだろう。数ミリ程度の鋼板なら破壊できる。

 だが軽巡洋艦ともなると、破壊できない箇所も増え、重巡洋艦以降だと破壊できる箇所の方が少ない。

 戦艦の相手は、無謀に近い。

 つまりこの山城は、事実上、破壊力としてはこの艦隊の頂点に立つ――というほどなのだ。

 だが、


「それに……私は戦艦としても……『固い』とは言えないのよ……」


 恨めしそうに、山城は漏らした。

 彼女の前世では――無論仗助は知る由もないが――彼女は忌み子のように扱われた。

 自らの主砲の爆風が艦橋に直撃する、艦の形に対して舵の取り付けが悪く操舵が難しい、速力が遅い、装甲が強いとは言えない……。

 挙げれば限りがない。

 それらの問題を解決する為に、建造以上の莫大な時間が費やされる。


「艦隊に居る方が珍しいとか……そんな風に言われて……」


 つまり山城はそういう船だった。


「……つまり、戦艦として装甲が薄くて壊れやすいって事っすよね」

「……くやしいけど、そう」

「でも、駆逐艦とか軽巡洋艦とかよりは『固い』んスよね~~~~~?」


 すっとぼけた仗助の言葉に、山城がキッと目を開く。

 力の抜けた言葉。覇気のない疑問。どことなく馬鹿にされている風にも感じられた。

 流石にそこまで、侮られるほどの能力ではない。

 彼女にもプライドがあった。――というよりは、ある種逆に誇りを求めているところがある。


「……馬鹿にしてるの?」


 だからこそ、仗助の恍けた態度に彼女は静かに怒りを燃やしたのだ。

 侮られる事にも嘲られる事にも慣れてはいるが――。

 それを何度も去れて、いや、幾度されようとも嬉しくもないし――腹立たしいと。

 先ほどまでのどことない気安さは消えて、山城の内では煮えたぎる劣等感の沼が膨れ上がった。

 いや、多少なりとも気を許していたのが災いした。だからこそ余計に、怒りを煽る事がある。

 だというのに。


「いいや? なら、やっぱりあんたが一番じゃあねーっすか。少なくともうちの艦隊だったら……一番だよなぁ」


 それでもやはり、『なんでもない』――と恍けた調子の仗助。

 本当にそれこそが真実であり――。

 それ以外は別に構う事もないし、気にする事でもないという口調の。


「……それは他の戦艦を知らないから言えるのよ」


 知ったらどうせ、その性能の方が眩しくなる。

 そうなれば余計に惨めな思いをするのは山城だ。

 今はこんな風に頼りにされていても、後ではお払い箱になる。

 それじゃあ、前世の焼き増しにしかならない。作るときだけは――最初だけは、期待されていた。


「そー言われても、俺は山城さんしか知らねーしよぉ~」

「……」

「億泰から言われても、船とかイマイチ詳しくねーからピンとこねーもんがあったし……」


 まあ、つまりは――と。


「俺が戦艦って言われて一番最初にイメージするのはあんたっスよ。多分そればっかりは変わらねーだろうなぁ~」


 この先どんな船が来たとしても。

 東方仗助が一番初めに目にして、一番初めに間近にしたのは山城――そればかりは変わりようがないのだ。

 彼と彼女が、一番初めに出会った以上は。


「……慰めなんて」


 ただ、それでも。

 そんな事はただの慰めでしかない、と山城は後ろ向きに零す。

 欲しいのは、そんな綺麗なお題目ではないのだ。

 東方仗助の知る戦艦の像が山城――だなんて、彼女の実力や能力とは関係ない。

 『たまたま』出会ったから、『たまたま』そうなったに過ぎない。

 それは彼女自身とは、無関係なところの話だ。


「……別にどー考えてくれてもいいけどよぉ、それでもこれからあんたに戦って貰うって事には変わりねーっすよ?」

「今はまだ上手く行ったかもしれないけど……戦えば戦うだけ壊れて、余計に惨めに……」

「だ・か・ら、それがわからねーって言ってるんスよ」


 そろそろ言い飽きたと、仗助が手を伸ばした。


 その先にあるのは、山城の袖。

 先ほど【クレイジー・ダイヤモンド】が直したばかりの、袖。


「壊れるのがいいって訳じゃねーっすけど……モチロン壊れないのが一番っつーのだとしてもよぉ~」

「……」

「俺のところに居る以上は、別にそんなのは心配する必要なんざねーぜ」


 何故ならば――。

 東方仗助と、壊れるという言葉は――。失われるという言葉は――。

 この世で最も、遠い位置にある。

 ダイヤモンドは砕けやすいかもしれない。固い分だけ、衝撃で飛び散ってしまうかも知れない。

 だが、【クレイジー・ダイヤモンド】は砕けない。


「あんたが百遍ブッ壊れたら……その代わりに俺が何度でも直しますよ。百だろうが、二百だろうが」


 その能力は、砕けない。

 砕かせないのだ。生きている限り。命がある限り。

 彼とその相手が、この世に留まり――そして戦おうとしている限りは。

 【クレイジー・ダイヤモンド】は、砕けない。


「……」


 それでもまだ、釈然としない顔の山城。

 それを見て、仗助はやれやれ――と吐息を漏らした。


「まー、兎に角そーゆーのはまた明日からの話だとして」

「……」

「敵艦をブッ倒して、扶桑に会うんじゃねーんすか?」


 仗助のそんな言葉に、ようやく山城の瞳に光が戻る。

 そう――。

 いや、実際のところ勝ちぬけた先に扶桑に会える保証はないし。

 あれは、加賀と仗助がとりあえず言ってみた出任せのようなものだったが。

 ひょっとすれば、空条承太郎が居るように虹村億泰もこの場に居て。

 巡り合う事だって、不可能じゃないかもしれない。


「んじゃ、また明日からお願いしますよ……山城さん」

「……」

「俺もそろそろ戻らねーと」


 口から欠伸を漏らした仗助。

 やはり、というかなんというか……。

 あんな風に、睡眠とは呼べないものであっても……この世界では一応、アレが睡眠なのだろう。

 美容や健康を気にする仗助ではないが。

 それでも寝不足のあとは、髪のセットが上手く行かないと踵を返す。


「……」


 山城は、やはりまだ――釈然としない思いながら。

 仗助が放った言葉が、ただの励ましや慰めにも感じられると思いつつも。

 それでも、一応は。


「その……ありがとう、ございます」


 一先ずはその背に、礼を投げかけた。


 ……こうして、鎮守府の夜は更けていく。

 天龍は夢の中で自分にもスタンドが目覚めた空想をしながら布団を殴った。

 加賀は、結局煩悶と考えつつ椅子に座って船を漕いだ。

 大井は、まだ見ぬ北上の事を想って枕を握りしめる。

 卯月は、潰れたハンバーグと人参に押し潰される夢を見た。

 ――夜が明ければ、演習の時間だ。






←To be continued....


「……か、解体任務ってまさか、那珂ちゃんを」

「……」

「……て、てーとく? 那珂ちゃんの事、うるさいから解体とかしないよね?」

「……」

(あ、あの目……養豚場のブタさんをどう料理するか考えている目だ! 可哀想だけどもう『生姜焼きになってしまうしかないよな』って!)

「……」

(ひ、ひとでなし……! 那珂ちゃん、アイドルだから解体されない設定じゃ……!)

「……ふぅー」

(た、溜息まで……そんな……! て、てーとく……嘘だよね……?)

「やれやれ……確かに任務が達成できないのは困るな」

(え、ええ……やっぱり……)

「だがまあ、解体の必要はねえ……」

「……へ?」

「何やってるんだ……置いてかれてーのか」

「う、ううん! ついてく、ついてく! 那珂ちゃん、てーとくのお供します! だから解体はしないで欲しいかなって! きゃは☆」

「……うっとーしい女だぜ」



「……良いんですか? しなくて」

「……」

「『任務を達成する』んじゃ……」

「手元を見るんだな。てめーの手元にある、書類を……」

「手元? 別にこれが――――はっ!?」

「……」

「そんな……達成した事になってる!? どうして!? まさか、何か仕掛けて……!」

「……さあな。俺はここから一歩たりとも動いちゃあいねえ」

「だ、だけど……私は判子を押した憶えなんて……!」

「そこらの妖精が勝手に押したんじゃあないのか……任務を達成した事を知ってな」

「任務を達成だなんて……そんな、いつ……!」

「たまたま工廠に残った瑞鶴が、たまたま生まれた艦娘を解体したのかも知れねー」

「そんな偶然に……」

「その判子は『お前と妖精にしか押せない』……『たとえ力づくでブンどろーが変わらねえ』……」

「……」

「そう言ったのはお前の筈だぜ、大淀」

「何が……どうやって……」

「さあな」

という訳でここまで

それなりに艦娘皆に出番を与えていきたいスタイル

始めます


 燦々とした日差しと、磯風(艦娘ではない)。

 コンクリートの堤防の向こうに望む海と、湾曲した対岸の半島。

 照り返しに目を細めつつ、自慢のリーゼントから伝った汗を拭きとり仗助が振り返る。


「いちおーもう一度言っときてーんスけどよぉ~」


 視線の先には、直射日光の元でも汗一つ掻かない加賀。

 まさしく氷の女か。そこだけ温度が違っているのではないか――などと錯覚させるほど。三度ほど涼しそうだ。

 なお実際のところ、加賀の体温は高い。

 前世の因縁か――彼女とその相棒の赤城は、殺人長屋や人間焼き鳥製造機などと称されるほどの高温を艦内に充満させていたのだ。


「……なにかしら?」

「くれぐれも、くれぐれもっスよ? 承太郎さんと、承太郎さんとこの艦娘を馬鹿にしないで下さいよ!」

「……今回の相手はQ太郎では」

「空条、なんて名前使ってて……太郎っつったら承太郎さんぐらいしかいねーっスよ」


 まさか赤の他人が、そうもシンクロするような名前を使う筈があるまい。

 いや、承太郎――彼自身が名乗るとしても、どんな顔をしてQ太郎と言う名を名乗ったのか、少々気になるところである。


(瑞鶴……さんだっけ~? どーにも加賀さんと折り合いが悪いっぽいんだよなぁ~)


 それとなく――ではなく普通に加賀に聞いてみた。

 演習の申し込みに添付していた画像。空母らしい胸当てをしていた少女に、見覚えはないかと。

 返ってきたのは――『瑞鶴。……未熟な子です』――それだけの評価。

 言葉少ないというか、あまり会話を弾ませようとしないのはいつもの事であるが。

 それにしたって同じ空母相手にその言い草とは、流石に何かあるなと仗助にも判る。

 おそらく、顔を合わせたら一悶着ある。

 瑞鶴は写真だけでもずいぶんと快濶とした、勝気な印象を受ける艦娘だ。

 うっかり加賀が何かを言ったら、九割型反発して喧騒が巻き起こるに違いない。


「と・に・か・く! 絶対に挑発とか侮辱とかそーゆーのは『ナシ』にしてくださいよ! マジな話!」

「……挑発した覚えはないけれど」

「ん?」

「あの子たちが未熟なのは事実です」

「だーかーらー、そーゆーのを挑発っつーんスよ! 挑発って~!」



 未だに釈然としない、不満げな表情で黙り込む加賀。

 実際にそう思っているのかはともかく……いくら仗助にも、伝わっているのか疑問視しかできない。

 この分では、判ってないで何か言いそうだ。非常に。確実に。


(加賀さんはその辺どーにも不器用な感じだからよぉ~、本人的には悪気がないんだろうけど困ったもんだぜ)


 一貫していると言えば聞こえがいいが、無神経とも言える。

 子供を持ったらいつの間にか折り合いが非常に悪くなってそうなタイプだ。多分、子供はグレる。勘だが。

 頼りにはなるが、しかし親しみとは別なので余計に敵愾心を抱かれかねないという奴だ。

 言葉少ないのもきっと、災いするだろう。


(そーなったら俺が止めるしかねーよなぁ~)


 どうにか中を取り持とう、と決意する仗助に投げ掛けられたのは天龍の言葉。

 頭の後ろで腕を組み、海風に心地よさそうに、髪を靡かせている。


「なー、提督……その承太郎さんってのは凄いのか?」

「すげーなんてモンじゃあねーっスよ。スタンドも強いけど、なによりも使いこなしてる本人がマジにグレートなタイプで」

「へー、オレとしちゃあ【クレイジー・ダイヤモンド】も十分すげーと思うけどな」



 治せるってのはかなりのもんだぜ、と天龍が拳を宙に振るう。

 彼女は仗助のスタンドに、かなり好意的なタイプだった。

 見えない人型が拳で鉄の扉を殴り壊すというのに、何か琴線に触れるものがあったらしい。


「そりゃあ俺のスタンドも中々だけどよぉ~、承太郎さんの【スタープラチナ】はマジに最強のスタンドって奴だぜ~?」

「最強……? おいおい、いーねぇ、いーねぇ」

「マジにありゃあ世界水準って奴超えてるぜ。『スタンド使いオリンピック』が在ったらブッチギリで一位確定なくらいによぉ~」

「フフ、そいつは楽しみだな」


 ニヒルに笑う天龍。

 だが、口元がどことなく綻んでおり、イマイチ完全には決めきれてない。

 まだ見ぬおもちゃを心待ちにする子供のような、幼さの残る笑みだ。


「……提督?」

「どーしたんスか、大井さん」


 彼女から話しかけてくるのは、なかなかに珍しい。まだ出会って二日目だが。


 他に卯月は、やはり仗助を避けがちだ。

 当然ながら、髪型を馬鹿にされた仗助が殴りかかってしまったのがさもありなん。

 未だに溝がある。

 山城はちらと仗助の顔を眺めたり、かと思えば目を逸らしたり落ち着かない。


「相手もスタンド使いというんなら、一応その能力についても聞いておきたいんですが……」

「能力……能力ッスかぁ~?」


 スタンドは基本的に――一人一つ、特殊な能力を発現させる。

 例えば東方仗助の【クレイジー・ダイヤモンド】なら、あらゆる物体を『なおす』能力。

 友人の虹村億泰の【ザ・ハンド】は掴み取った空間を削り取る能力。

 同じく友人の広瀬康一は、成長するスタンド能力――それぞれ【音を張り付ける】【音の効果を再現する】【物体を重くする】だ。

 とは言っても、


「本人が言ってもねーの、俺が説明するっつーのも……どーにも気が引けるっつーかよぉ~」

「……」

「多分承太郎さんから、必要あれば言ってくるしなぁ~」

「……チッ。使えないわね、この男」

「え?」

「どうしました、提督?」

「……? 気のせい、ッスか……?」


 ぽりぽりと頬を掻く仗助を余所に、大井は嘆息。

 東方仗助のスタンドが――【クレイジー・ダイヤモンド】がアドバンテージとなるように。

 また、相手のスタンドも静かなるアドバンテージにならぬとは限らない。

 仗助の知りだか何だかは知らないが、演習として戦う以上は完全に勝利する――それが大井の目的。


(北上さんに会うまで、負けてはならないのよ……ええ!)


 姉と出会う事に血道を注ぐ山城と同じく、また、大井も姉妹艦への愛情深い船であった。

 一人明後日の方向を向いて――明後日というか海の方向というか――瞳を燃やす大井を置き去りに。

 残りの皆は、指定されたランデブーポイントへと歩を進めた。

 鎮守府近海の演習海域。

 いくつかの島々が並ぶそこで、たとえば島を基地に見立てた防衛戦であったり、攻略戦を行うのだ。

 それが面する湾内。

 そこを、東方仗助とその演習相手の合流場所と決めていた。


(承太郎さんならまずこの手の『ゲーム』はやらねえだろうし……アドバンテージってのがありますよ、こいつぁ)


 たまには自分が承太郎に教える番だと、仗助は静かにほくそ笑んだ。


 そして――。


「おっ」


 仗助の目線の先――。

 日本人離れした長身と体躯。身長百八十センチの仗助よりも尚高い位置にある頭。

 それに、髪型と一体化するような唾付き某を乗せた男。掘りが深く、整った知性を感じさせる顔立ち。

 そんな彼の周りに並ぶのは、あちら側の艦娘か。

 奇しくも――その数は五人。


「ねー、てーとくてーとく! まだ来ないんなら那珂ちゃん歌っちゃってもいいかな?」


 橙色の、花弁が如く裾の垂れさがった上衣。頭の両方に団子を作った能天気そうな少女。


「あ、今日お弁当作ってきたんですよ! カレーです、カレー! 今度は大丈夫! 気合入れて作ったから!」


 巫女を思わせる衣装と、セミロングの明朗そうな女性。


「あーつーいーのーじゃー……のー、じょーたろー! 吾輩はあーつーいーのーじゃー」


 風に棚引く黒髪を、白のリボンで括ったツインテール。


「もぉー、おーそーいー! おそいよねー! ねー!」


 セーラー服の上に縞々ハイソックス。兎めいて黒いリボンを天に向けた少女。


(なんつー騒がしい集団なんスかぁ~~~~~~~~~!?)


 その姿を収めた仗助は、両手で頬を挟み込んだ。

 空条承太郎は――大樹や鋼のような男だ。

 沈着冷静。寡黙で思慮深く、口数が少ない筋金入りの硬派。

 そんな彼の艦隊――いわば取り巻きとしての女性たちがこうも賑やかというのは――。

 正直、悪い予感しかしない。


「ちょっと、しっかりしてよ! こんなとこ、加賀の奴にでも観られたら何言われるか……!」


 そして――件の少女。深緑の髪と、弓道じみた胸当て。張り上げられた勝気そうな声。

 あれが、承太郎の秘書艦の瑞鶴。

 なるほど、イメージ通りだ。気が強そうで、実際秘書艦という立場もあるだろうがまとめ役を買って出ている。

 思い思いに黄色い声を上げる集団を何とか往なそうと声を張り上げ、


「やかましい! 静かにしやがれッ!」


 承太郎に、怒鳴りつけられていた。無論、全員。


 しかし怒鳴られたというのに、どことなく楽しそう。

 うんざりしたのか、言っても効果がないと思ったのか……承太郎は再び口を噤んでしまった。

 瑞鶴だけが、不満げにぶつぶつと漏らしながら目線で堤防をなぞり――


「あ」


 仗助たちの姿を、認めた。

 目を見開いて。意外そうに。そしてどことなく後悔もトッピング。

 まさしく今の彼女は、見られたくない相手に見られたくない状況を、見せつけてしまったのである。

 なんとなく、仗助としても気の毒な気分になった。


「……やはり貴女は、みじゅ――むぐっ」


 開口一番に悪態を着こうとした加賀をホールド。

 後ろから抱きかかえるように、その口元を手で押さえる。仗助の頬を伝う冷や汗。

 まさかこうも早いとは。流石の仗助も驚きである。


(だから、承太郎さんを怒らせるようにあっちに喧嘩を売らないでくださいよぉ~~~~~~!)


 耳元で囁く仗助と、無表情で手の甲を叩く加賀。

 それらを視界に収めた瑞鶴は、またしてもきょとんとして言葉を失っていた。


(だから、いいっすか? 承太郎さんは怒らせたらやべー類の人なんだから、喧嘩とか売るのは――)

(……喧嘩は売ってません)


 心外だと呟く加賀。

 彼女は彼女なりに仗助の言葉を守っているだろう。加賀の中では、挑発も軽蔑もしていない。

 後輩を思っての指導なのかもしれない。

 だが、どっからどう見てもあれは――傍から見れば喧嘩を売っているのと同じだ。

 その証拠に――。

 硬直から解除された瑞鶴が、加賀が言わんとしていた事の先を想像して眦を吊り上げた。

 明らかに嫌いとか、苦手とか、そういう様々な感情が覗いている。

 二人の関係は思った通りだったと、仗助は溜め息を漏らす。

 となればここは、先手を打って仗助が間を取り持つべきであろう。

 そうすれば加賀は兎も角、瑞鶴は判ってくれるかもしれない。提督同士が知人である、と。


「す、すんません承太郎さん! どーも、お待たせしました!」


 そのまま、頭を下げる。加賀が不満そうに手の甲を叩く。

 時間通り――どころか五分前には来ている。そう言いたいのだろう。謝る必要はない、と。


 だがそういう話ではない。

 加賀にも加賀の面子があるだろう。間違っても無いのに、後輩の前で頭を下げるのがどうかという。

 それに、先輩後輩関係なら後輩を待たせたのは問題にはならない。むしろ当然の話だ。

 それどころか、きっちり五分前に来るのは加賀の方が随分先輩としてしっかりしている。

 早く来たのはあちらの勝手、こちらに不備はないというのは事実だが――。


(そーゆーのが人間関係を複雑にするんスよぉ~~~~!)


 下げられる頭は素直に下げておいた方がいい。それが優しさだ。

 仗助は見た目こそは厳ついが、余り争いを好むものでもない。

 先輩から理不尽に絡まれようが、不満を漏らさぬどころか嫌な顔をしない。そんなタイプだ。

 実際のところ、瑞鶴にも伝わったのか。

 とりあえず仗助が頭を下げた事で、溜飲を下げたらしい。逆に、おずおずと窺うように頭を下げ返していた。

 そういう頑なさを失くす事が、円満な人間関係である。

 これにて一件落着――――


(あれ? にしても承太郎さん、なんか若く――――)


「――おい、誰だてめえは。てめーみてえなおかしな髪型は、一度見たら忘れねえぜ」


 ――――しないッ!


 怪訝そうに窺う、空条承太郎。

 改造された黒い学生帽の下から覗いた切れ長の瞳が、仗助を見定めるかの如く照準を合わせる。

 不審な態度。承太郎にはそう映ったのだろう。

 改造された学生服をはためかせて、瑞鶴たちを庇うように前に進んだ。


「俺はQ太郎と書いたはずだが……お前、なんで俺の名前を知ってやがる。DIOの残党か?」


 そのまま、あたかも銃口が如く揺るがない眼差し。

 異常を感じさせる一点があれば、容赦なく叩き込むといった凄味のある眼光。

 刃物を突きつけられているのと、同じか。

 耐性がないものなら、それだけで震えあがって声も発せなくなるほどの様。

 事実、仗助の周りに位置する艦娘たちも驚愕の表情を浮かべていたが――


『あ』


 その意味は、また違う。

 加賀の口元を押さえていた手が離される。

 そのまま、ズイと進む仗助の躰。


「あんた、今俺のこの髪型の事を……なんつった?」


 承太郎に負けず劣らず――。

 いや、その身体から出る強烈な気配が、目に映っていないのか。

 表面的には穏やかな様子で――しかし津波の前に海が凪ぐように――重みがある声色で言い放った仗助は。

 そのまま意にも介さず、承太郎目掛けて進んでいく。


「……チッ。瑞鶴、下がってな」

「え、あれ、あんたの事知ってるんじゃ……」

「不良って連中からはいくらか話しかけられる事もあるが……あんなイカレた髪型は知らねえぜ」

「え、で、でも……」

「二度も言わせるんじゃあねえ」


 食い下がろうとする瑞鶴を手で押しのけ、前に進む承太郎。

 だが、そのやりとりの分遅い。

 既に仗助は、承太郎の眼前――彼の射程距離に納まっている。


「おい、てめえ……もう一度聞くぜ。DIOの野郎の復讐にきやがったのか?」


 いつでも抜き打ちが可能なガンマンが如く、両手をポケットにしまったままの承太郎。

 しかし、これは最終警告。

 後にも先にもこれっきり。残ったら、ブチのめしてから聞きだす――再起不能にするという強い意思。


 しかし、仗助はどこ吹く風。

 承太郎の警告が分からぬほど間抜けなのか、質問には応えない。

 そのまま更に一歩。無遠慮に踏み込みつつ、小首を傾げた。


「……一度でもよォ~」

「……?」

「一度貶すっつー時点でてめーは許せねえが、よりにもよって二度も……俺のこの髪型が、潰れたヒトデみてーだと!?」


 承太郎を氷とすれば、仗助は炎。

 鍛え上げられた鋼と、未だ煮えたぎるマグマ。

 強烈にお互いの視線を交える。

 最早どちらも止めようとは思ってはおらぬし、誰が止めても止まらない剣幕。

 傍から見れば、まさしく不良同士の抗争。


「潰れたヒトデなんて言った覚えはねえ……」


 睨み付けつつ――承太郎の目に宿った不遜の光。

 冷静さに見えて、彼にもまた激情が秘められているのだ。

 氷ではない。火力と火勢を増した、蒼い炎さながら。

 承太郎も、仗助の殺気を前に一歩も譲らない。


「挽肉になったナマコでも、まだ趣味がいい方だぜ……てめーの髪型よりはな」


 そしてそれは、最後の起爆剤だった。

 空条承太郎が、自分の知る空条承太郎ではなかった。――それはいい。

 そこまでなら仗助は落ち着いて行動が出来ただろうし、承太郎の態度に立腹もしなかっただろう。

 だが、一度ならず二度も三度もその髪型を貶められたとあっては――。

 相手がいくら己の親類であり、尊敬する戦友であり、頼りになる先輩だとしても。


「あんたが承太郎さんで、無敵の【スタープラチナ】で時を止めようがもう関係ねえ……」


 最後の一歩。

 射程距離一メートルに収めるとともに、仗助の右肩から浮かんだ像。

 そのまま実体化する、ハート型の円柱の頭部。空色の装甲と、桃色の肉体。

 筋骨隆々とした【クレイジー・ダイヤモンド】の上半身が、臨戦態勢に移る。


「ドラァ!」


 そして即座に放たれる右の剛腕。強烈な拳。

 時速三百キロなどという、悠長な速度ではない。

 度重なる怒りによって煽られたその素早さは、弾丸すらも後方に置き去りにする――




「――――【スタープラチナ・ザ・ワールド】!」



 しかし――だ。

 万物には速度がある。そしてこの宇宙には法則がある。

 『あらゆる物体は光より早く動く事はできない』――――そんな法則が。

 だが、しかし。

 それが物体ではなく、一部にのみ理解される姿を持ったヴィジョンならば。

 そんな『無から有』を生み出す、可能性のある存在ならば。

 それが光の速度よりも――時が流れる速度よりも素早く動いたなら、どうなるか。


(……能力の割にスタンドが素早い野郎だ)


 その答えが、これ。

 ――五秒。

 五秒と言う表現はおかしいかもしれない。不自然かも知れない。

 だが、きっかり五秒。

 光速を凌駕した彼の【スタープラチナ】は――――


(だが、関係ねえな。てめえをブチのめすのは、その拳が進むよりも早く終わる)


 体感にして実に五秒! 時が止まった世界で行動が出来るのである!


 繰り出される【クレイジー・ダイヤモンド】の拳は静止している。

 それもその筈だ。

 この時の止まった世界に入門できるのは、頑ななる時の鋼鉄の扉を開く事が出来るのは。

 この世にもう、空条承太郎ただ一人。

 そのスタンド――古代ローマの剣闘士が如くたくましい人型の像、【スタープラチナ】が拳を握る。

 目指すは目の前の、奇妙な髪型の不良。

 趣味の悪い現代美術品でも裸足で逃げ出す、間違いだらけのリーゼント。

 手の甲だけを覆ったグローブが、仗助の肉体目掛けて吸い込まれ――


(……いや、こいつのスタンドの射程距離)


 止まる。

 承太郎の中の疑念が、彼を踏みとどまらせた。

 近寄らなければならないほどの射程距離とパワー。彼が巻き込まれた現象と合致しない。

 となれば、本体は別にいる可能性。

 かつて戦った事があるスタンド使いと同じく、コンビである危険性。

 本来の空条承太郎ならば――ここでこうも、躊躇わなかったかもしれない。

 だが、彼は失いすぎた。血脈の宿敵を打倒する為の戦いで、共に血を流した仲間を失いすぎたのである。

 それが、僅かに拳を鈍らせる――そして直後、承太郎の顔から血の気が引いた。



 一手目は疑念。

 洞察力が良過ぎるが故に――そして慎重になる余り、周囲を観察しようとした事。

 そして――二手目。


(……瑞鶴ッ)


 寸前まで承太郎の身を案じていた瑞鶴が、巻き込まれる位置に居てしまった事。

 もしも――だ。

 もしも仮に、【スタープラチナ】の一撃で目の前の男が止まらなかった場合。

 その場合、空条承太郎も相打ちになる。それはあり得る。

 だがそこに、余計なものが混ざるとしたら。


(……チッ、このアマ)


 冷静に、瑞鶴の身を躱す。

 時の止まったその中でも、彼と彼が触れている者はその影響を受ける。

 意識を取り戻して動き出す事こそないが、触れている僅かな時間、その力の影響を受けるのだ。

 そして、彼女の移動が完了したその時に。

 まさしく――――時は、動き出す。


「えっ……!?」


 二人の男が向かい合ってガンを飛ばし合っていると思ったら――『突如として己が抱き抱えられている』。

 何を言っているが、なにをされたのか全く分からない。

 理解や認識が追いつかない。

 冷や汗を流す空条承太郎を見上げる瑞鶴は――ややあって頬を染めて、その胸元を押し返した。

 承太郎の視線の先に立つのは、リーゼントの男。


「……抜け目がねえ野郎だ」


 忌々しげに呟く承太郎。

 その視線をたどると――承太郎と少年の間のコンクリートタイル。

 そこが、液体になっていた。


「そのまま一歩でも時を止めて踏み込んだなら、ブチのめしてやれたんだがよぉ~」


 いつの間にか――と言えばいいのか。

 瑞鶴にはスタンドが見えぬが、その存在自体は理解していた。承太郎の実力も。

 彼が見誤ったのか、それとも少年が上手なのかは知らないが。

 承太郎に仕掛けると同時に、罠も仕掛けていたのだろう。

 つまりは――――承太郎の予測を上回る爆発力を持っている敵、と言う事になる。


(思った以上に素早い野郎だ)


 そう、承太郎は振り返る。

 承太郎に仕掛けるその時に既に、仕込みを終わらせていた。スタンドを顕在させたその時に、完了させたのだろう。

 それが無意識なのか意識なのかは判らないが――変色した地面。

 おそらく、一部が液状化している。

 何も考えずに飛び込んだのならば餌食になるトラップ。

 瑞鶴が居ようがいまいが、承太郎は一手で相手を叩きのめす事が出来なかった――そういう事だ。


(こいつ……どことなく、じじいに似てやがるな)


 抜け目がない――――己の祖父と重ね合わせて、承太郎は溜め息を漏らす。

 時を止めるスタンド相手に、最後の最後まで食い下がれたのは己の祖父ぐらいだろう。

 少なくとも射程距離や時間の限界ではなく、厳然と己の策で『時を止める事』を回避しようとしたのだ。

 評価を改める必要がると、静かに頷いた。


「どうやら……髪型ほどすっとぼけた野郎じゃないらしいな」

「てめえ、もういっぺん言いやが――」

「あてみ」

「――うおおおおおおおおおおおおおお!?」




 


 突如の空爆。

 何事か、と睨む承太郎と後頭部を焦げさせて視線を送る仗助。

 その二人の頭上をフライパスする、プロペラの航空機。


「な、なにするんすか……加賀さん~!」

「この方が早いわ」


 何か文句でも、と覗き返す加賀と彼女の周囲を回る航空機。

 その爆撃に、流石の仗助の怒りも空の彼方にぶっ飛んでいた。

 頭を冷やすどころか、頭を熱して正気に戻すとは何とも奇妙であるが――まあ、それで上手く行ったならそういう事なのだろう。


「『喧嘩を売るのは』……なんだったかしら」

「……」

「いえ、構いませんが」


 構いませんけど、と加賀が繰り返す。若干軽蔑するような目で。

 仗助を覆っていた怒気は霧散した。すっかり跡形もなく、申し訳なさそうに加賀に頭を下げる。

 この二人は、どっちもどっちというコンビである。


「【クレイジー・ダイヤモンド】……本当にクレイジーなダイヤモンドね」

「……」

「いえ、別に。間宮が食べたいなんて思ってないわ」


 すごすごと引き下がる仗助に代わり、前に出る加賀。

 それから遅れて残りの艦娘たちも、仗助の元に走り寄った。

 それを目の当たりにした瑞鶴は――


「あ」


 とりあえず、承太郎に抱きかかえられた姿勢から降りて。

 一応は不本意ながら、不本意ながら――不本意だけど。

 助けてはくれたようだし。なら殊更空気を悪くする必要もないし。話し合いの余地もあるし。

 おずおずと口を開く瑞鶴に。


「艦娘が未熟なら、提督も未熟ね」


 もう一撃爆撃が開始された。

 別に艦上機はもう発現していないのに。矢に戻っているというのに。


「はあああああああああ!?」

「演習の相手を挑発する……信じられないわ」

「はあああああああああああああああああああああああ!?」


「さ、先に仕掛けてきたのは……あんたの提督の方じゃない!」

「仕掛けられる方に問題がある……それから繰り返すなんて猶更」


 特に、他人の身体的特徴を侮蔑するなど――と続ける加賀。

 その目線の先は、瑞鶴の胸部。

 奥ゆかしい胸部である。控えめである。実際平坦である。

 対する加賀の胸部装甲は豊満であった。

 何を言わんとしているかは、瑞鶴にも理解できた。言葉でなく、目線でッ!


「ちょっと待ってよ! 被害を受けそうだったのはこっちで――」

「被害……」

「な、なに?」

「それは、提督に庇われて抱きかかえられる事?」

「はぁあああああああああああああああああああああああああああ!?」


 そしてもう一つ。


「あ、あの……加賀さん?」

「……何か?」

「ひょっとして……なんすけど、もしかして……」

「頭にきました」


 加賀もまた怒っていた! 相手がした、仗助への対応に。


 そして、それだけには留まらない。


「そうだよなぁ~、世界水準超えてる提督の髪型が分からねーとかセンスがねーよなー」

「それはともかく……うちの提督の事を馬鹿にするなんて、許せませんよね♪」

「高速戦艦……!」

「う、うーちゃんもここにいるっぴょん! そのリボン、ウサミミみたいで被ってるっぴょん!」


 剣を担いだ天龍が。

 魚雷を片手に笑顔の大井が。

 ギリギリと歯を食い縛る山城が。

 とりあえず難癖を付けてみた卯月が――揃い踏み。

 また、対して。


「あれ、おかしいのは提督じゃなくて艦隊全部だったりする? きゃは☆」

「承太郎、吾輩に任せておれ! あと、後でアイス!」

「クレイジー……ダイヤモンド……クレイジー……金剛……イカレた…………お姉さまを馬鹿にするなんて!」

「早くやろうよ、ねー!」


 同じく笑顔で煽り返す那珂。

 頼りになるんだかならないんだかの利根。

 まるで見当違いに怒りを発する比叡。

 とりあえず待ちくたびれた島風。



「……」


 盛り上がる艦娘たちを眺める仗助は、自分が怒ってしまった事がこの険悪な雰囲気の引き金になった事を。



「……」


 瑞鶴と加賀が繰り返す舌戦を眺めた承太郎は、先ほどまでの己の行動を省みさせられているようで。


「……」

「……」


 それぞれ何とも言えない気持ちで眺めて。


「……グレート」

「……やれやれだぜ」


 他人が怒っていると、逆にその頭は冷えると言うが――。

 互いのすっかりと霧散した殺気を払うように、深く溜め息を漏らした。

 ここから、演習の始まりである。





←To be continued...

ここまで


出てきたときに嫌な奴ってのは少年漫画王道パターンなんで、大井っちに関しても少々お待ちください

単行本まとめ読みぐらいなら気にもならないんでしょうが……なるべく早く次も書きます

世の中にはね…『レベルを上げる』だけで幸福感を得られる人種がいるんですよ…
『ゲームの中でレベルを上げたって無駄さ』とお思いでしょうか?
確かに、無駄なのでしょう。『貴方の人生においては』…ね
人間とは奇妙な生き物です。個体によって嗜好が違うのですから…
それが争いのタネになったり、逆に仲良くなるためのヒントだったりすることを…忘れないでくださいね

このスレのテーマは――実にありふれたこと、『人間讃歌』です


言い忘れてたけど、一応ね



 正規空母瑞鶴は回想する――。


 この、空条承太郎という提督について。

 彼は学生だ。高校生だ。

 瑞鶴の居た時間に相当させるなら、中等学校生だが――そうとは信じられないほどの冷静さと判断力を併せ持つ。

 そして、スタンド――【スタープラチナ】。

 強烈なパワーとスピード。そしてそれと対照的なまでの精密さを併せ持つ特異な能力。瑞鶴には見る事も聞く事もできないが。

 それでも十二分にそれが凄まじいというのは理解しており、同じだけ、そんな力を使いこなす承太郎こそが強力なのだとも。


『瑞鶴……おめー、野球は好きか?』

『え、いきなり……何!?』

『俺には覚えがねえが……どうにも野球ってのは送球ってのが大事なようだな』


 鎮守府への襲撃を受け満身創痍の瑞鶴と、それを庇う承太郎。

 実に何でもなさそうに見当違いの事を呟きながら、彼は遠方の深海棲艦を睨み付ける。

 そよ風でも薙いでいるかの様に。問題ではないと帽子を直して。



『やれやれ……確実にトドメを刺そうと、砲身をこちらに向けたな』


 そして空条承太郎は、深海棲艦を撃破した。

 目標物と銃口――その点と点が合わさり、一直線に並んだそこに。

 丁度、その砲口と同じだけの直径。嵌めればすっぽりと嵌る、砲身の旋条痕に合わせた溝まで作り上げたコンクリート片を。

 いつの間にか、一瞬で作成したそれを――深海棲艦の砲塔目掛けて、投げつけた。

 投げ付けた、というか……瑞鶴に見えたのは――それが唐突に出現して宙に浮かんだと思ったら、猛烈な勢いで突っ込んでいった事だが。

 敵が照準して、発射するまでの僅かな隙に。次弾を装填するまでの些細な間に。

 彼は銃口をすっぽり覆う蓋を叩きつけて、そして発射せんと着火し――逃げ場をなくした火薬の暴発を誘発させたのだ。


『ただ一つてめーの思い違いは……確実に止めを刺すのはこっちだった、って事だ』


 爆裂する軽巡洋艦型深海棲艦を余所に、涼しい顔で一言。

 これだけで――空条承太郎の場数と能力というのは、瑞鶴にも知る事ができた。

 だが、それと彼に対して好感を抱くというのは別の話。凄まじいと感じこそはすれ、そこに身近さや親しみはない。

 彼女の記憶に残っているのはそんな戦闘よりも、むしろ後の事。



『なるほどな……正規空母瑞鶴か』


 瑞鶴は思った。

 ここからきっと聞かれるとしたら、深海棲艦や艦娘、或いは提督としての仕事についてだろうと。

 隙のないこの男なら、まずはそんな風に現状の把握と情報を最優先させるだろう――と。

 だが、違った。ふとした疑問をそのまま口に出した、そんな口調で、


『おい、翔鶴や葛城ってのはいねえのか?』

『……わ、判るの!?』

『少し齧っただけだがな』


 空条承太郎は、瑞鶴の姉妹艦や戦友の名を口にしたのである。

 その後、何度か……空条承太郎が執務の合間に図書室から飛行機や船の本を引っ張り出して読んでいるのを、瑞鶴は目撃している。

 どうやら以前から、その手の本を読むのは彼の趣味であったらしい。

 瑞鶴の事にも、帝国海軍の事にも言及した。彼は歴史を知っていたし、戦争を覚えていた。

 少し――少しだけ好きになれそうだった。

 自分たちの事を忘れずにとどめている/自分たちの戦いが忘れられていない――そんな事が。



 とは言っても、


(やっぱコイツ本当腹立つぅぅぅぅ~~~~~~~~~)


 先ほどの加賀の一件を思い返し、瑞鶴は拳を握った。

 加賀も承太郎も、本当に良く似ている。二人で放っておけば無言のまま着実な行動をし続けるだろうに。

 だから、加賀への怒りは承太郎への怒りに近似している。

 というかそもそも。

 そもそも承太郎がもっとちゃんと艦娘を言い含めておいたのなら、加賀にあんな醜態や付け入る隙を見せる事もなかったし。

 承太郎がむやみやたらに――しかも向こうは知り合い風で気がよさそうな奴(髪型もちょっとかわいい。好み)――挑発するから、ああも喧嘩になったし。

 それを受けて、加賀が憤怒を露わに口撃してきた。

 元はと言えば――という奴だ。かなり大方、空条承太郎と正規空母加賀が原因になっている。


「……」


 それなのに本人は澄ました顔で、空を見上げている。


 今二人は、出島のような場所の桟橋に居た。

 拠点防護演習や対地爆撃を行う島の一つで、加賀のグループはその向かい側。最初に遭遇した堤防辺りを右手に、対角線の島に陣取っている。

 とりあえず敵味方、離れた場所に陣を構え、それぞれの艦隊の損傷率で競おうというのだ。

 艦娘の弾薬は、それぞれが被害や威力が少ない模擬演習弾。東方仗助が爆撃を受けても平然としていたのはこれが理由。

 ただし例外として瑞鶴と加賀の航空機の機銃だけが、実弾になっていた。

 そう、今は二人っきり。

 他の四隻は艦娘としての能力を十全に発揮する為に、もう水上に陣取っているというのに。
 瑞鶴だけは、承太郎の隣に居た。


(……何考えてるのよ)


 全てに先制して行われるのは、空母の意に動き空中を飛びまわる航空機。

 船よりも余程素早いそれらが、海戦に置いての先駆けとなり敵と接触する。そのまま空域を自由に駆け、随時爆撃や雷撃を行う仕組み。

 制空権というのは重要だ。

 航空機――本来なら水平方向の敵だけを気にしておけば済むものを、頭上にも気を払わなければなってしまう。

 だからこそ、如何にして敵の航空機の数を減らすかが肝要なのだ。



(むー)


 むすりとして、空条承太郎をまじまじと眺める瑞鶴。

 やはりと言うかなんというか、加賀同様表情から内心を推し量るのが難しい。

 苦手なタイプだ。


 それにしても――。

 それにしてもさっきは、何だか判らないが助けてもらった。

 そう。多分瑞鶴には見えないが、スタンドから攻撃を受けたという事なのだろう。危なかったという奴だ。

 なんというか。

 なんというかそこらへんは、承太郎と加賀は似ている。普段は省みない癖に、その場になったら人を庇おうとするであろうところとか。

 先ほども――。

 先ほども何が起きたのか判らぬままに、承太郎に庇われ抱きかかえられていた。

 そう、いつの間にか。

 承太郎の腕の中に収まっていた。



(提督さん……胸板、やっぱりガッシリして――――――って違う違う違う違う違う違う違う違う違う! 違う! ちがう! ち! が! う! ち・が・う・の!)


 近くで見たらやっぱり顔が整っているな――とか。

 あの、敵を睨む真剣な目には吸い込まれそうだった――とか。

 何というか苛烈な力強さと冷静な判断力がありそう――とか。

 いくつもいくつも勝手に浮かび上がるモノローグを、何とか手で振って掻き消す瑞鶴。

 仲間は怪訝そうな眼差しを向け首を捻り、当の承太郎は、


「おい、瑞鶴」

「ひぇっ!? なっ……!? ちか、ちか、ちか、ちかいっ、提督さん近いよお~~~っ」

「……何を訳が分からねー事を言ってやがる」


 「ちょっと耳を貸しな」、と身を屈めて突き出される承太郎の顔。

 そのまま彼の口元が近づくその先――――瑞鶴の両肩は縮こまり、彼女の耳は真っ赤に染まっていた。

中断

このスレのテーマは実にありふれたこと、人間讃歌(ラブコメ)です

仗助側の人間賛歌(ラブコメ)の難易度高すぎやしませんか

お待たせしました


   ◇ ◆ ◇



「……それで加賀さん、どーするんスか?」

「艦上機の性能、練度ともに負ける気はしません」

「いや、ひこーきの話じゃあなくってッスねぇ~」


 逆側の島に配置された仗助と加賀たちは、顔を突き合わせる。


「ど~~~~にも俺、船とかそーゆーの詳しくないから……相手の性能とか教えて欲しいんスけど」

「五航戦は未熟です」

「だからぁ~~~~~~~~」


 怒り心頭なのだろう。何度も動作を確認しながら、無手で空を射っている。

 当の本人である仗助がすっかりクールダウンしているというのに、逆にクールな加賀が未だ冷めやらぬというのは何とも言い難い。

 どうしたものか、と頬を掻く。

 他に頼りになりそうなのは……



「山城さ――」

「高速戦艦……高速戦艦よ……大丈夫、ねーさま……山城はやります……一時期金剛型よりも装甲が薄いとか好き勝手言われて……その分も……」

「……グレート」


 山城は呪詛を漏らすのに忙しいようだ。

 視線を地面に戻して、釘の刺さった人形でもいじくるかの如く指を動かしている。

 そこだけ見るとホラーだ。余計に頭が冷める。

 卯月は――頼りにならないだろう。仗助が顔を向ければ、その途端にさっと顔を逸らした。そこから口笛。

 見た目相応というか、余り作戦だのなんだのと難しい事には向かないらしい。

 となるとどうしたものかと首を捻る。

 流石に、あの空条承太郎を前に無策で突撃するというのは無謀極まってる。だが、仗助も丘の事ならともかく海には明るくない。

 と、そこへ。


「提督ー、さっさと作戦決めちまおうぜー」


 天龍と大井が、仗助を手招き。

 沈着そうに見えて激情に飲まれた加賀や、呪いに勤しむ山城は兎も角として打ち合わせを済ませようという訳だ。


 半ば意外であった。

 大井はともかく、天龍はそういう風な企み事というのは不得手である――と仗助は考えていたから。

 だが、


「オレたち巡洋艦はよー、駆逐艦の御守りもしつつ船団も護らなきゃいけねーんだよ」

「ああ、なるほど」

「ってなわけで、戦う前には十分に相手の事を知っとかなきゃな。昔みてーに敵に好いようにはされねえぜ」

「マジかよ……おめー本当に頼りになる奴だよなぁ~!」

「フフ、当然だろ? なんたって……」

「世界水準軽く超えてるからなぁ!」

「そーゆーことだ!」


 しゃがみ込んだ体勢のまま互いを指さし合う仗助と天龍。

 これからの演習なんてなんのその。緊張感を感じさせない打ち解けた朗笑を交わし合う彼女らと、その他の艦の光景はちょっとしたシュールな絵だ。

 ――こほん、と。

 笑いを零し合い盛り上がろうとする二人を諌める大井。

 いつものような穏やかな――おっとりとした雰囲気は消えて、どことなく冷たさが臨む顔立ち。

 そのまま馬鹿話に興じそうだった二人は我を取り戻し、千切った棒きれを手に砂浜を眺める。



「それじゃあ提督、作戦を考えましょう」

「あ、お願いします……大井さん」

「大井でいいですよ~?」


 朗らかな笑み。親しげな笑い。

 余程今まで仗助に向けられたそれよりも、自然な笑顔だというのに。

 何故だろうか。

 仗助は、背筋が寒くなる気持ちを覚えた。


「まず提督、うちの艦隊の利点って……何かしら」

「利点……」


 言って、仗助は面々を見回す。

 正規空母――加賀、戦艦――山城と二枚看板が来て。

 それに軽巡洋艦――天龍、重雷装巡洋艦――大井、駆逐艦――卯月と来る。


「バランスがいいとこ、っスか?」


「……装備が潤沢なところですよ?」


 言って、手元の砲を翳す大井。

 仗助と【クレイジー・ダイヤモンド】のその力のおかげで、資源の消費なく最強の装備を開発済み。

 順風満帆のリセットマラソン。極悪非道のブラック開発である。妖精さんたちは血涙の海に沈んだ。

 鎮守府の海域攻略度合いと比べ物にならないほどに整った装備。開発出来る最高の装備は、全て手にしている最強仕様。


「砲弾、砲塔、艦上機、魚雷、電探……何から何まで最強装備、という事は――」

「正面からやりあっても勝てる、っつー事っスか?」

「……ハァ」

「い、いや……あくまでも『もののたとえ』ッスよ! ものの!」

「どうだか」


 溜め息と共に、枯れ木で砂浜をなぞる大井。
 周辺の海図が、記されていく。

 そこに適宜天龍が、島や岩礁を追加していった。どうにも仗助と承太郎が向かい合っていたその間に、把握を完了していたらしい。



「要するに、間違いなく索敵性能はオレたちが上って事だぜ。そんで、航空戦力もな」

「っていうと……」

「一撃一撃での着弾の精密さは察知能力や範囲は、こちらが上位です。いい?」


 つまりは、遠距離から殴り付ける分には仗助達の方が有利。

 そのまま敵の探知領域ギリギリから殴り付ける事こそが、判りやすい勝ち筋だ。

 後は、視界不純か。レーダーの差が大きく現れる。


「その辺も昔と一緒だな。結局電探の強さっめのが大切になるぜ」

「ただ、雨などには注意が必要なんです。電波が上手く伝わらなくなるし、雨雲がレーダー画面に映っちゃいますから」

「はぁ~」


 感心した風に頷く仗助。

 やはり出自が軍艦そのものという事もあり、そういう科学技術はお手の物であった。

 一介の高校生が太刀打ち出来る知識ではない。


「でもよぉ~、その利点は承太郎さんにはバレてるって思っても良さそうだぜ」

「さっき、見せちまったからな……彗星の甲」

「装備の質がいい、くらいには思われてるかも」


 うんうん、と一同は頷く。

 天龍・大井共に承太郎の人となりは判らぬ(とりあえず不良だという事ぐらい)が、仗助をして最強のスタンド使い。

 その能力も高水準にあるだろう、とは想定していた。


「じゃあ……利点ってわざわざ言うからには、こっちには欠点があるって事だよなぁ~?」

「ええ、そうです。よく判りましたね」

「そりゃあ……、……、……なんかさっきから大井さん違くね~ッスか?」

「ぎくっ」


 ナンノコトデスカー、と目を逸らす大井に天龍が破顔。

 くつくつと笑いながら、大井を指差した。


「こっちが素なんだよな、素」

「素ゥ~?」

「……チッ、この軽巡」

「きっとよー、いきなり提督の前だったから緊張してたんだぜ、緊張」


 にやにやと指差し笑う天龍を尻目に、大井は嘆息。

 この軽巡が馬鹿でよかったと呟きつつ――なんでもなかったかのような笑顔。

 しかしそこでもう一発、天龍がかました。


「本当はそーとー気性が荒くて、戦艦どついたり学生ブン泣かせたりしてんだよ」

「ちょっと!? あれは事故――」

「……事故って事は、噛ましたのはマジになんスね」

「はっ!? ち、違うんですよ提督!?」

「多分キレたら髪型貶された提督並にやべーぜ? フフ、怖――」

「怖え~~~~っスね~!」

「こいつら……!」


 顔を渋くし、こめかみをひくつかせる大井。

 既に、この艦隊に来てから行った大井の顔パターンを超えるほどの表情変化。

 もしも厚塗りした面の皮や、被りに被った猫のマスクがあるなら顔面表情筋の動きに剥がされ落ちているだろうそれ。

 しかし盛り上がる二人は、絶好調にまだ続ける。


「じゃあよぉ~、うっかり大井さんを怒らせちまったら……」

「スタンドも月までブッ飛ぶくらいに魚雷喰らわせられっかも……なんつってなー!」


 そのまま、手を叩いて二人笑い合う。

 二人とも初めはこれを機に大井も壁を無くして輪に入ってくれたらいいな――程度だったが。

 いつの間にか本気で、片腹大激痛なレベルで笑みを浮かべ合う。

 不良二人、恐るべし。

 加賀がその場に居たなら(居るがシャドーボクシングならぬシャドーアーチェリング中だ)、思わず目を逸らしてぷるぷるするほど。

 卯月は仲間に入りたそうに見ていたが、駆逐艦の彼女からすると軽巡は直属で本気で怖い人たち。

 なお、仗助は駆逐艦としての彼女からしなくても怖い人なので遠巻き止まり。

 そのまま更に二人は言葉を続けようとし――


「……魚雷、撃っていいですか? 急に撃ちたく……そういえば重雷装巡洋艦になってからまだなので、試し撃ちを」

「は、はい……っス」

「フフフフフフフ、フフ、怖い」


 やれ、お前が煽り過ぎだ。

 やれ、お前がバラし過ぎだ。

 魚雷片手に氷の微笑を浮かべた大井を尻目に二人で小突きあえば――


「……何か?」

「い、いやー……向こうに大きな鯨がいたって……そうだよなぁ~、天龍?」

「お、おう。大井く…………いやー、大きくて怖いな、って」

「……」

「……」

「……」

「……まあいいわ」


 (よしっ!)(あぶねえ!)と胸を撫で下ろす二人。

 流石に模擬弾とはいえ、船の装甲の薄い箇所を狙う――といっても一撃で船を沈めうる魚雷である。

 連続して叩き込まれたら艦娘の天龍と言えどもただでは済まされないし、生身の仗助なら尚更だ。

 これ以上は洒落にならないと、二人は沈黙の協定を結んだ。


「ところで、なんスけど……」

「どうしました、提督?」

「そっちが素なのはいーとして……どーしてそっちを見せてくれるようになったんスか?」


 ポリポリと、頬を掻く仗助。

 何となく――本当に何となくだが、大井には何かあるな……とは仗助とて思っていた。

 だが、本人が伏せようとしているなら特に踏み込む必要はないか……とも考えていたのだ。

 それがどうしてこの段階になって、というのは自然な疑問だ。

 ……天龍の言っていた事は鵜呑みにしないにしても。


「う……」

「いや、言いたくないなら別に構わねーっすよ。ちょっとした疑問なだけなんで」

「……」

「……」

「……対した事じゃないですけど、昔練習艦――提督みたいに何も判らない人たちに教えてたんで、その」

「あー、昔の血が騒いだ……つー事っスかね」

「まあ……」


 複雑な想いがあるのか。

 歯切れ悪く視線を外にやった大井に、仗助もまたはっきりと答えられずに口を閉ざした。

 だが、この場にいるのは仗助だけだろうか。

 答えは否ッ! この艦隊に着任してから間違いなく新密度が最高の軽巡洋艦がこの場にはいた!


「つまり……大井先生だよなー」

「は……?」

「お、それいいぜ天龍! 丁度俺、素人だもんなぁ~!」

「へ……?」

「こりゃあ大井先生に頼るべきなんじゃねーか、提督よー」

「おう、やっぱりここは大井先生に――」


 何となく、冷たくなった場の空気をどうにかしよう――。

 二人はそんな考えから、またお互い言葉を交わし合ったのだが。

 どうやら、


「……撃ちますね? 撃っていいですよね? そうですよね?」


 ひょっとしたら冷たくなるのは、場ではなく彼ら二人の身体になるかも知れないのだった。


 一方……。


「……そう、五航戦はまだ未熟。だから私たちがしっかりしないと。そう……強くならないと。よく食べて強くなる……気分が高揚します」


 未だに加賀は空中に浮かんだ五航戦のヴィジョンに対して呟きを漏らし、


「大丈夫です、ねーさま……山城はやればできる子……大丈夫、大丈夫です…………この口癖高速戦艦じゃない……不幸だわ」


 山城は周囲の植物も平穏な心を失うほどに呪詛とも愚痴ともつかぬものを垂れ流し、


「……うさぎは寂しいと死んじゃうっぴょん」


 卯月は体育座りで、いじいじと砂浜を指で弄んでいた。

 そして、


「ちょ、大井さん……魚雷はマジに反則っスよ流石にそいつぁ――――!」

「フフ……、って、お、おい! 提督! おい! オレまで巻き込むなよ!」

「演習の前に……教育が必要ね♪」

「巻き込むも何も元はと言えば『そっち』じゃねーかよ、天龍おめーよぉ~~~~~~ッ」

「提督がノってくるから――お、おい!?」

「『死』と『恐怖』の教育……いえ、間違えました。これはダメージコントロールの教育です♪」

「に……」

「逃げるんだよぉぉお――――――ッ!」


←To be continued...

ここまで

承太郎との温度差は一体



「いちおー、念のため聞いときてーんすけどぉ~」


 桟橋に腰掛ける仗助が、タブレットに話しかける。

 完全に海域に出撃してしまえば(鎮守府から離れてしまえば)、通信に用いる電波の波長の関係で、

 それなりに通信料の多く正確ささが求められるリアルタイムな会話というのが困難となり、

 それのおかげか予め定められたサインによって陣形を選択するか、戦闘続行か撤退かの判断程度しか行えない。

 だが、近場なら超短波による無線通信が問題なく可能だ。

 そして、仗助の相手は大井。

 いつの間にかすっかり(主に天龍によって)打ち解けた、重雷装巡洋艦である。


「ほんとーにこの演習って……危険はねーんスか? 不発弾とかそーゆー感じの」

『……不発弾は火薬があるのに何故か爆発しない弾よ』

「そーなんスか? なんか危ねーイコール不発弾みたいな印象があってよぉ~」

『……はぁ』


 聞こえさせる風な、露骨な溜め息。

 大井も随分打ち解けたというか、遠慮がなくなった。手加減なく辛辣さをぶつけてくる。

 或いはそれは仗助の温厚さを見込んでの事なのかも知れないが、それは当の大井本人にしか判らぬだろう。

 首を傾げる仗助を無線越しに察した大井が、冷たく漏らす。



『火薬や爆薬を制限した武装を使っているから問題ありません』

「積み間違いとかそーゆーのはどーなんスか?」

『妖精さんが間違えたらそうなるけど……あると思いますか?』

「いや、そこらへんはキッチリしてるだろうし……」

『だから安心なのよ。いい?』

「安心なんすね」

『……至近距離で撃たれでもしない限りは』

「うおおおおおい!?」

『そこまで近寄られたら、どちらにしても負けよ。負け』


 「確かにそーっスけど……」と仗助は回想する。

 艦種による特徴のレクチャーは受けていた。

 それなりの速度と小回りの良さを持つ駆逐艦。ただし、火力は弱く装甲も貧弱。

 速度と駆逐艦より強力な主砲の持ち主の軽巡洋艦。それの主砲の口径と装甲が増したのが重巡洋艦。

 言うまでもなく圧倒的な火力と装甲を持ち合わせる反面、回避性能が頭打ちな戦艦。

 そして、航空戦力を運用でき、攻撃や索敵に使用できる空母。

 他には隠密性の高い潜水艦や、航空戦力が運用可能な戦艦などがいるが……。


「島風……でしたっけ?」

『ええ。私は重雷装巡洋艦だけれど……あれは言うなれば、重雷装駆逐艦』


 確かに駆逐艦は火力に乏しいが――しかし戦艦その他を倒せないかと言えば、そうではない。

 それが魚雷。

 どんな船も、上方向から着弾する攻撃には耐えられるが……海中の装甲というのは然程強力ではない。

 そこに突き刺さり、その後爆裂するのが魚雷――当たってしまえば一撃必殺にほど近い武器。

 それを多数運用するというコンセプトで大日本帝国海軍が生み出したのが、重雷装巡洋艦。

 そして――島風である。


(確か……最強の速力と、駆逐艦最大の雷撃能力だったよなぁ)


 大井が言った。天龍と仗助を交えたそこでの、仗助らの艦隊の弱点。

 それは――性能。

 組み合わせるなら、山城と――比叡。加賀と――瑞鶴。卯月と――島風。天龍と――那珂。大井と――利根。

 高速戦艦・比叡、正規空母・瑞鶴、駆逐艦・島風、軽巡洋艦・那珂、重巡洋艦・利根。

 それが空条承太郎の艦隊を構成する艦娘。


 火力が勝る山城に対し、速力が上の比叡。

 加賀と瑞鶴でも、瑞鶴の方が速さは上。しかし艦上機搭載能力なら加賀。

 島風は最新型なのに対し、卯月は初期の駆逐艦。全性能は島風に軍配。

 天龍も――また、古い型の軽巡洋艦。那珂に勝てるのは燃費のみ。

 大井と利根は比べるのも不思議であるが……敢えて比べるとすれば、


「頼みますよ大井さん……あんたの雷撃に掛かってるんスからね」


 雷撃の性能は大井が上。

 しかしながら装甲、火力ともに利根に優が。

 船としての基本性能では、仗助たちが些かに不利である。

 そして――ここで諸氏に説明しよう。

 船には戦闘速度というものがある。第一から第五、そして最大戦速というものが用意されている。

 この最大戦闘速度というのは――その艦隊で、全ての船が出せる機関に必要以上の負担をかけない最高速度である。

 つまりッ!

 その艦隊で『最も遅い船』の最大の速力が、最大戦速なのである。

 これは――速力がニガテな山城を有する仗助らの方が、圧倒的に不利。


『私が作戦を考えたんだから、言われなくても……』


 速力を合わせなければ、艦隊の隊としての動きはできなくなる。

 突出したどこかだけが狙われたり、或いは置いてきぼりになった誰かに攻撃が集中。

 船と名がついているが、実態としては洋上を進む歩兵のような彼女たちにとって、部隊行動というのは重要である。

 とは言っても。

 個々人が狙われたのなら、それぞれの持つ限界――速力一杯などで回避するだろうが……。

 ――空条承太郎は、そこを狙ってくるのではないか。

 大井はそう提案した。

 全体への攻撃を行い回避行動を取らせる。そして分断させる。

 あとは各個撃破を狙ってもいいし、集団で一隻を叩いてもいい。

 艦娘の個体の性能が上であり、そして足並みを仗助のそれよりも揃えられる承太郎には選ぶ余地があるのだ。


「それにしても……」

『なに?』

「やっぱそっちの話し方の方が、『らしい』感じがしていいよなぁ~」

『……言われなくても』


 対する仗助たちの持つ利点は装備の性能が上。

 いかにして空条承太郎の艦娘を、彼らの有効射程距離まで近づけず――。

 そして、装備の性能を活かせぬ乱戦に持ち込まれずに倒しきるか――にかかっている。

 加賀の初撃での制空権の確保。

 そして、大井の持つ特殊船艇での開幕雷撃。

 その二つの成否によって、その後の戦闘の難易度というのは大きく変わる。


(つっても承太郎さんだから……こっちが『アッ』っと驚くような何かをしてくる可能性も否定できねーけどよぉ~)


 搭載火器の性能が上と言っても、長距離で百発百中という意味ではない。

 火線を集中して、なるべく命中率を高めて近寄られるまでに敵の数を減らす。

 仗助たちに求められている行動は、それである。


(何をされても、マヌケに『アッ』と驚くのだけはする訳がね~~~~~ぜ!)


 タブレット上に表示される、加賀たちのアイコン。

 前面には卯月。そして中核には主砲である加賀と山城。左右を大井と天龍が固める。

 まだ、承太郎の艦隊の発見報告は届かないが――


「加賀さん、一発『バシッ』っと決めちまってくださいよ」

『……ええ』


 既に、航空戦の射程距離だ。

 きっとあちらも飛ばしてきているであろう。

 艦載機は、矢として射る事で速力と揚力を得て、実体化して飛来する。

 基本的な操作は、それぞれに搭乗する妖精さん任せであるが……目の届く範囲なら本体である艦娘にも操作が可能。

 そんな、スタンドに直すなら遠隔操作型なのが『艦上機』。

 まずは一太刀浴びせんと、加賀が番えた矢を引き絞り――


『……そう言えば、提督』

「ど~したんスか? なんかトラブルとか……そーゆーのがあったり――」

『……いえ』

「?」

『私たちの戦闘を間近で見せるのは、これが初めてだと……そう思っただけよ』


 そうとだけ呟いて。

 風上目掛けて、髪を棚引かせた向こう――加賀は親指を放した。


 その直後に。


『電探ニ感アリ……左右から艦載機!』


 大井が叫ぶ。

 丁度加賀が放った正面を避けて、回り込むかの如き機動で押し寄せた航空機の群れ。

 その全てが、プロペラ翼のその胴体に魚雷を携えた――攻撃機。

 制空権を確保しないうちに、空戦能力の低い攻撃機や爆撃機を出す事はそれらの破壊を意味するが。

 そんなものを捨てて――しかも、加賀の航空機が左右に翼を翻すよりも先に。

 放たれる雷撃。無数に着水する魚雷の群体。


『こんな距離でブッ放しても……命中率なんて――!』

『まずは分断、ですか。いいでしょう』


 僅かながらに口角を吊り上げる加賀。

 本人は至って動じず、正面――母艦たる瑞鶴へと向けた艦上戦闘機と艦上爆撃機の編隊を。

 そして左右には、放った戦闘機が機種を翻す。

 水面に直角になる翼と、引き上げられて左右を目掛けて旋回を開始する機首。


 艤装として、衣服に一体化した対空機銃が天に照準。

 しかし攻撃機は、その射程に収まらない。

 あくまでもギリギリの圏内から大量の魚雷を投下し、牽制するのが狙いなのか。

 さりとて放置など出来ない。

 一発でもいいのが入ってしまえば、それだけで戦闘不能に追い込まれる代物なのだ。


『主砲……よく狙って……!』


 仗助(と妖精)が開発した対空弾を主砲に収めた山城が、逃げ去ろうとする攻撃機に照準。

 その間加賀は、考えていた。

 これだけ攻撃機に割合を裂いているということは、制空権を得るための戦闘機が少ないという事。

 それならば制空権を収められるだろう、という事。

 そして――何を思って瑞鶴が、そんな行為に打って出たのかという事。

 制空権を捨てるのは博打だ。

 それから先――戦闘の最中、常に上空への警戒の必要が生まれる。水上以外からも敵の攻撃が来る。

 それでも、自分の艦隊の速力なら回避できると判断したのか。


 そして、航空機からの観測情報を元にすれば長大砲撃の照準の精密さも増す。

 言うなれば、加賀たちに理がある行為。

 近付かれる前に撃つ弾の命中精度が上がるのである。

 そうまでして分断を行い――――行えば勝てると思っているのか。

 碌に戦闘機を出さぬなら、初邂逅でそのまま空母が沈められかねない。艦隊が被害を蒙りかねない。

 そんな使い捨てのような手法で。


(五航戦……)


 何が何でも、分断に掛かった。

 命中率が碌にない――されど全く対処を行わずという訳にもいかない、魚雷を放って。

 母艦から切り離されたら、あとは発射時に打ちこんだ諸元を元に進む魚雷。

 切り放し投下さえすれば、攻撃機がどうなろうと一撃だけは放てる。

 しかしそれは、空母が取る手法ではない。

 いくら演習と言っても。いくら人間が搭乗しないと言っても。

 『一発打ち切りの鉄砲玉として使って』『後は鴨撃ちを受けろ』――などというのは、空母のすべき事ではない。


(……叩きのめしてから事情を聞きます。頭にきました)


 心中で吊り上がる加賀の眦。

 彼女の怒りに呼応するように、烈風が主翼後部のフラップを降ろす。

 途端に得た空気抵抗で速度を落とした機体が、急速旋回。

 早ければ早いだけ、旋回には半径を要する。それを防ぐためには速度を落とす必要性。

 低速でも揚力を得るための仕組みがフラップ。この場合のそれは、空気抵抗を生み出すための装置。

 猛烈な憤怒に呼応し機首を返した戦闘機が、母艦への帰投を目指す攻撃機の尻を猛追する。

 そして並んで、正面から瑞鶴を目指した爆撃機と戦闘機。

 その場を押さえてしまえば、母艦へ戻ろうとする攻撃機を挟み撃ちにする手立て。

 視界の端で空戦を見やりつつ、すぐさま報じられる筈の制空権確保の報を待つ加賀は――


『……そんな』


 呆然と、呟く。

 制空権の奪取が出来ぬ訳ではない。ただそれだけに驚いた訳ではない。

 少なくない数の爆撃機が姿を消した事に、加賀は驚いていた。


「どうしたんスか、加賀さんッ!」

『どういう理屈か判らないけど……やられました』


 淡々と――されど震えた声で漏らす加賀に、仗助は駆けだした。

 彼が位置する島の、高台であれば。

 遠く、水平線の外で起きている事態の認識も出来る。高さに応じて、視野が増すからだ。

 そして、


「アッ」

『……どうしました、提督』


 飲まれた息と、思わず口から洩れた言葉。

 無線越しの加賀たちが異変を感じ取るには、あまりにも十分すぎるほどの仗助の驚愕。


「ま、まさか……あの人……ッ」

『どうしたの、提督――?』

「まさか……ま、マジかよ……! マジでそーゆー事やるのかよォォォ――――ッ」

『提督……!』


 仗助の顔から、血の気が引く。

 高台に上り、【クレイジー・ダイヤモンド】に双眼鏡を預けて限界ギリギリを睨むその目に映ったのは。

 加賀の戦闘機と比べたら、型落ちもいいところのゼロ戦。

 そして――


「そ、操縦してるのが……【スタープラチナ】だとぉ~~~~~~~~~~~~~~ッ」


 ふう、と帽子を押さえる男――空条承太郎。

 目の前で繰り広げられる空戦を、静かに瞳に映す。

 その先では、まるで来ると判っているかのように、ホンの僅かに翼を捻っただけで機銃を躱すゼロ戦。

 余りにも精密すぎる動き。

 敵の攻撃を見切るのも、機体の操作にしても――そのどちらも。


「スタンドはこーゆー使い方も出来る」


 コックピットに乗り込んだのは、妖精ではなく――同じほどにサイズの縮まった【スタープラチナ】。

 ミニチュアの兵士の如く操縦桿を握り、時にはラダーを踏み込み空戦に興じる。

 爆撃機が大量に姿を消したのも、簡単な理屈。

 機銃で爆弾を撃ちぬいて、その爆発に巻き込んだのだ。周囲を。


「実際自分で試してみるのはこれが初めてだが……どーにかなるもんだな」


 更に一機、烈風を喰う。

 流石に数の差が故に優勢とは行かぬが、それでも何とか辛うじて劣勢にならぬ程度に留めていた。


 余計に能力を持たぬ、単純明快シンプルであるスタンドならば。

 複雑さを持たぬなら。

 その精神を反映して――精神そのものの現れであるヴィジョンそれ自体を変貌させられる。

 時にはスタンドの像の一部を伸ばして刃物が如く使う。或いはその甲冑を脱ぎ捨てる。

 能力がシンプル故に――承太郎やその仲間には、そのような芸当が出来た。

 これを利用して、体内に立てこもりその主を人質にしたスタンドと戦った事もある。


(……遠くに行けないのが、難点だがな)


 故に、彼の隣に立つ瑞鶴という母艦の周囲までしか制御できない。

 そしてその瑞鶴は、不満顔。

 確かに――確かに航空機の性能が違った。明らかに加賀に水を開けられた。

 その実力にだって、開きがあるだろう。

 だが、戦うのは自分だ。自分でありたかった。そうあって欲しかった。


「……こんな風なイカサマで勝って、提督さんは嬉しいの?」


 故に口を尖らせる。それは道理である。


「バレなければ、イカサマじゃあねえ」


 静かに呟く承太郎に、瑞鶴の顔が朱に染まる。

 自分の腕が信頼されていない事。そして、艦娘の戦いに割りこまれた事。

 承太郎は気に喰わない言動の持ち主ではあるが――そこまで無礼だとは思ってはいなかったから。

 怒りと驚きと、失望。裏切られたという気持ちになる。

 ひょっとして、あの少年に一杯喰わされたから――それが許せずに一泡吹かせようとしているのか。

 その為に、瑞鶴から航空機の支配を奪ったのか。

 そんな己の苛立ちや鬱憤を、ただ晴らすために――その為に。

 しかしそんな瑞鶴には構わず、小さく一言。


「……それに、ただ勝つつもりでやってる訳じゃあないぜ」

「え?」


 承太郎としても、余り乗り気ではない――そう感じさせる声。

 思わず問い返す瑞鶴だったが、承太郎は構わずに顎を向ける。

 観ろ、という視線のその向こう。水上戦が開始されていた。

 上がる砲火。煙と爆音が、遠雷の如く響く――。


 水上。

 左右から挟み込むかの如く、格子状にせんと放たれた魚雷。

 その場に止まれば無論攻撃を受け、かといって前進すればそこも餌食となる。

 魚雷が着水してから着弾までにかかる時間に、加賀たちがどれだけ移動するかを考えた雷撃。

 それだけでやはり、瑞鶴もかなりの腕前の持ち主と推して知るべきであるが――。


「そ、それでこれ……どうするっぴょん!?」


 顔を青くしたのは、卯月。

 同じく忌々しげに眉を寄せた山城と、迫りくる魚雷の群れを睨む天龍。

 しかし、残る二人は違った。


「提督……【クレイジー・ダイヤモンド】は、この戦いで使える?」

『こう離れてちゃあ難しいし……落ちちまった艦載機には直接触れないと……』

「そう」


 逆に満足げに頷く加賀と、目くばせする大井。

 二人にあったのは、驚愕でもなければましてや恐怖でもない。

 寧ろ獰猛に、頬を吊り上げた。


「重雷装艦の私の前で……こんなお粗末な雷撃なんて」

「なら、提督にお見せします。空母の実力を」


 寧ろ好都合であると、嗤った。

 スタンドという特殊能力の陰に隠れがちだが――海上を自在に航行して、深海棲艦と戦える艦娘もまた超常の神秘。

 海域に出撃して無傷で勝利して返るという事が如何に凄まじいか。

 素人である仗助にはイマイチ通じぬが……。

 ここで、逆に彼の視界で間近に行えるのである。そんな自分たちのお披露目を。


(別に北上さん以外に興味はない。興味はないけど……ちゃんと評価して貰わないと。ええ、そう。それだけ)

(最初に助けられただけ……なら、見せる必要があるわ)


 大井は握り拳で。

 加賀は不敵な微笑。

 一瞬だけ視線を交わし合い、すぐさま二人のそれは別々の方向へ。

 加賀は空を見た。大井は海を見た。


「そこの駆逐艦」

「うーちゃんには卯月って名前があるっぴょ――」

「魚雷に魚雷を当てなさい。いい?」

「――ひぇ?」

「海原は広いわ。問題ない」

「いやいやいやいや、無理無理無理無理。無理だっぴょん!」


 魚雷攻撃が、艦隊に与える影響は線だ。

 その延長線上にいると雷撃を喰らってしまう為、線の攻撃として対処が迫られる。

 だが、魚雷に魚雷を当てるというのは――点と点の攻撃になる。

 最早、無謀を通り越した神業だ。

 まだ、主砲を海に撃って魚雷を破壊する方が現実的だ。それにこれは、現実として行った船がいる。

 そんな神業を出来る訳がないと、卯月は首を振った。


「冗談です、冗談」

「なんだぁ……うーちゃんてっきり、本気かなーって」

「私がやるわ」

「なっ!?」

「オレもやるぜ」

「ひぇぇっ!?」


 事も無げに言う天龍と大井。

 いつの間に二人はそんな神業に目覚めたというのか。新手のスタンド使いか。

 目を白黒させる卯月を前に、天龍が言い聞かせるように腰を落とした。


「横からよぉー、こっち狙ってくるんなら……向こう目掛けて撃ちゃいいだけだろ」

「そ、そんな簡単に……」

「だってよー、……というかお前忘れてないか?」

「忘れる……? 何を……?」

「オレら、今は軍艦の大きさじゃないんだぜ」

「あっ」


 軍艦ほど長大なら、その面積のどこかに当たれば死を免れぬが。

 人間大になった今なら、カバーに必要な面積は最小限になる。

 実に簡単でシンプルな理屈だと、天龍は嗤う。

 尤もこれは、敵が余りに遥か遠くで魚雷を放ち対処までに余裕があればこその芸当だ。

 敵の目的が分かっているのも大きい。

 即ち命中を主としている訳ではなく、分断を目的としているのだと。


「片側二十門……酸素魚雷が火を噴くわ……!」


 そして、それをカバーできるだけの魚雷の数。何よりもそれが一番大きい。

 また、互いが砲撃戦となっていないというのもあるだろう。


「甲標的からの観測も加えて……と。うん、いけるわね」


 自信に満ちた大井の声。

 その一方での加賀は、もう既に水面に目を向けようとはしなかった。

 興味を失ったのではない。ただ、仲間に任せていいのだと思っただけだ。


(さて……一つ思いついた事があるけど)


 言いつつ加賀は、仗助を回想した。

 相手が提督の力を利用するのなら、加賀もまたそれに合わせればいいだけ。

 この出会いに意味はあるのだ。提督との出会いには。

 意識を、瑞鶴へと差し向けた艦載機に集中する。次弾を放つ余裕はない。

 また艦載機を生み出していたら、時間を喰ってしまう。ひょっとすればあの奇策は、時間稼ぎかもしれない。

 ならば――


(見せてあげるわ。空母……一航戦の力を)


 そう、静かに牙を剥く。

 相手はきっと素人ではあるまい。予め、航空機に対しての知識を持つものだ。

 即ち、生前の加賀や瑞鶴を知っている。

 なればこそ、艦娘としての戦い方をすればいい。


 そんなときに、起きる反応。

 内心で一つ舌打ち。それから切り替える。ついでに、並んで航行する仲間に一言。


「左右、艦載機がやられました。……対空砲火ね」

「つまり……」

「魚雷に紛れて、艦娘も来ます」


 攻撃機を叩き潰さんと向かったはずの戦闘機が、飲まれた。

 つまりこれも初めから罠。

 魚雷攻撃を行った側から――一度攻撃した側から二度攻める筈はない。

 そんな、ミステリーでの死体トリック……一度死んだと思わせて容疑者から外すトリックにも似た手法。


(分散して左右からの挟撃……面白いわ)


 なるほど油断ならないと頷きつつ、やはり集中するのは正面だ。

 加賀は空母である。

 ならまず第一は、この空中戦に勝つ事だ。


←To be continued...


「なにしてるのよ、このクズ!」

「オメー、提督に向かってクズってなんだクズって!」

「執務」

「ぐ……」

「任務」

「ぐぐ……」

「開発」

「うぐぐ……」

「クズはクズだからよ。何か文句あるの?」

「やかましい! それ以上どーこー言うなら舌を突っ込んだキスすんぞッ」

「ふん! 口では敵わないからセクハラ? あんた本当にクズね!」

「にゃにぃ~~~~~~~~~~~~~~~~!?」

「そんな事してる暇があったら、もっと勉強しなさい!」

「うるせーッ! おれは努力とか頑張るって言葉が嫌いなんだよぉー!」

「このッ……クズ提督!」

「へっ、クズ駆逐艦!」


「後で後悔して貰うぜ……おめーなんか他の艦娘が来たら解体だ、解体!」

「後にするから後悔よ」

「あぁん?」

「二度も被せる必要はないわ。もっとちゃんと考えて物を言いなさいな」

「やかましい――ッ! 国語の教師かおめーはよぉぉぉ~~~~~!」

「それに解体? したいならすれば。言い返せないから暴力を振るう……この負け犬ッ」

(こ、このガキぃぃぃ~~~~~~~~~~~ッ)

「悔しかったらもっとちゃんと仕事したら? 言葉や暴力で見返そうなんて考えずに……ね」

「フッフッフッ……」

「……?」

「確かに聞いたぜ……!」

「なによ」

「『解体をしたいならしても構わねー』ってな! これで他の艦娘が来てから泣いて謝っても遅いって事よぉーッ」

「あっそ」

「……」

「……さ、執務にしなさい。このクズ」

(うぐぐ……スカートずりおろしたろーか、このちんちくりん……!)

ここまで

なるべく皆に見せ場を与えたいスタイル

「クズ提督」じゃあなくて……「クズ司令官」の間違いだった

大人はうそつきではないのです。ただ、誤植されてしまうだけなのです

少し……だけです。少し……


(まさかスタンドで空中戦するとは……マジにブッ飛んでやがるぜ、承太郎さんンンン~~~~~~~~~~~~~~ッ)


 【クレイジー・ダイヤモンド】を傍らに携え、その双眼鏡で戦闘を見やる。

 仗助も……戦闘に介入していいとしたら、実に簡単だ。

 このままそこらの物を破壊して投げつける。話はそれで終わってしまう。

 無論、遠すぎて届かないというのもあるし、届いたところで破壊など出来ない……とは言っておこう。

 それこそ同様の事を、【スタープラチナ】なら苦も無く行えるだろう。

 岩石を投げつけて、駆逐艦程度の装甲ならば突き破りそうだ。

 しかしそんな風に、直接介入しないのが……承太郎なりのイカサマなのかも知れないが……。


(だったら俺は俺で、『提督』としてやらせて貰いますよ。この場にいる、加賀さんたちの『提督』としてな!)


 双眼鏡を片手に首を回し、辺りを見回す。

 航空機ほどの高度ではないが、仗助もそこそこの高台だ。

 高ければ高いだけ、見通し距離というのは変わる。だからこそ、船には相当な高さの艦橋が作られる。


 まず――承太郎は、左右に大回りに飛行機を飛ばした。そのまま挟み込むように、加賀たち目掛けて魚雷を打ち込む。

 目的は雷撃。そして加賀たちの分断。その為に攻撃機は使い捨て――。

 そう思わせて置いて、攻撃機を狩ろうと追いすがった戦闘機を撃ちぬく罠がある。そこに、対空砲火を用意してある。

 まず、遥か向こうの承太郎の傍に瑞鶴――これで一。

 そして、左右の雷撃と同方向に二隻=利根と那珂――これで三。

 残るのは、巫女めいた衣装の高速戦艦比叡と、赤白ニーソックスの重雷装駆逐艦の島風。

 承太郎ならば、間違いなくこの機に仕掛けてくる。いや、承太郎でなくともそうだ。

 相手の隙に、立て続けに連続して叩き込むからこその戦闘。

 ならば。

 もう一度裏を掻こうと思ったのならば――。


(……見付けたぜ。回り込んでやがったな……当然ながら、ってとこっスけどよぉ~~~ッ!)


 やはり、だ。

 船は――『二隻』いた。


 左右それぞれに一隻ずつ、と思わせおいて――――それを裏切ってこその奇襲。

 仗助が見咎めるその先――群青の海原に刻まれた白い航跡。

 飛沫を巻き上げ、水面に泡の轍を残し、大輪の弧を描いて周り込む船影。

 駆逐艦の小回りと、更には最高の速力。それを利用した、背面からの奇襲。

 通常ならば、まずあり得る筈もない攻撃だ。

 四方が敵の領域の海域ならいざ知らず、自らが出港した港の方から攻撃を受けるなど、あり得まい。

 故にその姿を確認した仗助は、タブレット目掛けて叫んだ。


「加賀さん、後ろから島風が回り込んでやるがるぜ――――ッ!」


 高台に上り、双眼鏡を構える仗助からは丸見えだった。

 回り込むように――高速で回頭する影。兎の耳が如く黒いリボンを立てた少女。

 赤白ニーソックスが巻き上がる飛沫を跳ね退け、肌の殆どを露わにした扇情的な服装が海風を裂く。

 そんな彼女と同様に、頭部の砲身を二本兎が如く立てた鋼鉄の砲台が、主と連なり並走。

 その様は宛ら、群体型のスタンドを伴うスタンド使い。



(グレートッ! こいつぁヤバイぜ……中々に!)


 重雷装駆逐艦というのなら、大井よろしく大量の魚雷を発射するだろう。

 普通なら一度攻撃した側からの二度目はないというのが奇襲のセオリーであるが――。

 だからこそ逆に、敢えてそちらにも艦娘を配備し。

 そしてそれすらも捨石に、本命はその高速力を活かして背後に回り込んだ駆逐艦。

 ここに来て仗助は思った。

 あの、左右からの航空機の攻撃というのは――。

 同時に電探の、探知限界距離を見抜くために行ったものであったのだ。

 加賀たちが反応するその様を見て、電探の限界を知り、そしてそれから魚雷を切り離した。

 艦娘の数は同数ながら、一対一になってもほぼ確実に性能が上というアドバンテージを活かし――それを大胆にも戦法に取り入れた空条承太郎。

 まさか同数の相手で、敵を取り囲もうなどとは普通は考えない。

 そんな豪胆な発想。そしてそれを奇襲として成り立たせる精緻さ――――両立する二面性。

 人の『ある筈がない』という無意識を突くからこその奇襲である。

 だが、ここには仗助がいる。

 完全に海に出てしまっているなら兎も角、現在はこうして加賀たちを監視できるし……。

 何より空条承太郎が【スタープラチナ】を用いるなら、こうして声で指示を出すのは何も反則には当たらないのだ。


「加賀さん、後ろからが『本命』だ! 承太郎さんはこれを狙ってたんスよ! 初めから!」


 なるほど、側面を突くというのは実に真っ当な奇襲方法だろうが、艦娘の艤装――砲台は問題なく左右を照準する。

 特に背面に艤装が備えられているものは、自分自身の肉体によって正面への射線が宣言される。

 なら、横腹を叩くというのは思ったほどの効果はない。

 ましてや今は縦に長い船の形ではなく、人型。面積から言っても、横からの攻撃がそれほどまでに有効にはならない。

 ならばこその、順当な背面打撃。

 後ろに目は付いていない。喩え電探の力で四周の警戒は行えこそすれ、碌に照準は付けられない。

 駆逐艦という装甲が問題な船に狙わせるのであるなら、背後こそが理想。

 おまけに左右からの魚雷で、急速な回頭ができない。してしまったなら、弧を描く軌跡の分だけ魚雷に直撃する可能性が増える。

 また、今は動きが単純であるから大井たちも左右から迫る魚雷への対処が出来る。

 動きながらでは、流石の彼女たちも不可能だろう。

 そんな、彼の予想と送信に対して――


『いいえ、違います』


 しかし、断ずるような加賀の返答。


 これは、彼女の思い込みから来る頑なさではない。

 列記とした――たった今、自分が目の当たりにしているからこそ「否」と首を振れる言葉。

 問い返そうとする仗助に、しかしそれを待たずに告げられる二の句。


『――敵は前に居た。当たり前のように……前に』

「え」

『そして……どうにも、罠にかけられたようです』


 直後。

 仗助の目の前で、十五門の魚雷が一斉に火を噴いた。

 背中から突き刺すかの如き、航跡を碌に残さぬ酸素魚雷の槍襖。

 しかし、警告しようにも――それは不可能。


「どーゆー事だ!? どーいう事なんスか、加賀さんッ!」


 爆音と共に、無線への応答は消えてしまっていた。



 ◇ ◆ ◇



「それじゃあよー、ギリギリまでひきつけてからブッ飛ばすって事でいいのか?」

「遠くで狙っても、碌に当たらないし……そもそも『当たる魚雷』なのか、『当たらない魚雷』なのか見分けないと無駄撃ちよ」


 左右を、扇状に拡散する魚雷に狙われているというのに――身振り手振りを交えて語る両翼の二隻。

 中央に位置する加賀は矢を新たに番えたまま引き絞らず目を閉じて、山城は何を考えているのか判らない。

 卯月には、今現在何が起きているのか判らなかった。

 こうしている間にも、魚雷は迫ってくる。

 それならばいくらか当たりを付けて、各自が回頭した方が被害が少なく済むのではないかと思う。

 何より、左右から――たとえ威力の殆どない模擬演習弾だとして――一撃必殺の武器が迫りくる。

 それなのに、どうしてこうも落ち着いていられるのだ。


「あの……」


 そこに山城が、口を挟んだ。

 無謀だ、と言うのか。それとも……不可能だ、とか。或いは馬鹿馬鹿しいと言うのか。

 言うなら言うで一向に構わない。むしろ言ってやってくれ、と卯月は目線を送る。


 だが、


「ここから主砲で……魚雷を壊したり、そういうのは……駄目なの?」

「あー、それは……どうすんだ、大井」

「出来るかはともかく……」


 出来るに決まっている――嘘か本当か、プライドを覗かせて睨み付ける山城。

 構わず、大井は決断。


「貴方の主砲はこの艦隊の武器ですから……余計な事に使わないで、前に集中しててくださいね」

「……そう。判りました」


 不承不承、山城は鉾を収めた。

 きっと――と、卯月は考える。

 山城と程近くに開発された戦艦が、そんな芸当を過去に行ったから。

 その手の対抗意識に由来するのだろう。今度こそは、という奴だ。

 生まれ変わったのだから。

 だからこそ、前世の無念を清算する――――山城はきっとそう考えているだろう。


 などと、卯月が思索に耽ろうとしたその時、思考を裂いたのは加賀の声。

 目を閉じて、艦上機の操作に集中していた筈の彼女。柳眉を寄せて、してやられたと臍を噛む。


「ど、どうしたっぴょん!?」

「やられました……これは、罠」

「……えと、初めからそのつもりじゃ……?」

「違います」


 ぴしゃりと、加賀が跳ね退ける。

 その視線は前方。卯月の頭を跨いでその向こう――相手の提督と、そして空母がいる方向。

 放たれた航空機が撃墜されたのかと思えば、違う。

 その全てはいったん散開して、敵の頭上――卯月たちからも見える高度に飛びあがり、再集結を行っている。

 ならば、何故。


「……関係ない処刑法、という事ね」


 一人、納得した風に頷く加賀。

 それから彼女は、ここで再び水面を見た。遠方から迫りくる魚雷の航跡。

 身が震えるが、しかしそれに対する解法を加賀たちは用意している筈だ。

 だが、この分では――。


「大井さん。作戦の変更を頼めるかしら」

「変更……いいですけど、どうしました?」


 しかし、それよりも早く――提督=東方仗助から入った通信。

 敵が大回りで背後に向かって、そこから雷撃を仕掛けてくるという情報。

 卯月は身を震わせた。そうなったら真実、分断して回避するしかない。留まっていたら、誰かしらが喰われる。

 まさしく敵の当初の作戦通りとなってしまう――そういう事だが。

 それでも加賀は、前を見る。後ろなどは本気で問題ではない、と言いたげに。


「可能な限り、近づく魚雷を迎撃してください。敵は――」


 指示を飛ばす加賀の声を掻き消す爆音。

 卯月たちの後方で上がる飛沫。強烈な水柱。


 巻き起こる波に体が突き動かされ、マイナスの重力を僅かに感じる。内臓が吃驚し、思わず口から吐息。

 これは――


「戦艦の、長距離砲撃……っ!」

「まだです。相手の狙いは、これから……!」


 何が何だかわからぬ卯月に対して、残りの皆は既に覚悟を決めていた。

 今まさに、己たちは死中にある。まんまと敵の罠に一杯喰わされたのだ、と。

 そう。

 これは――


「まさか砲撃で、魚雷を誘爆させる気なの……!?」

「それなら……精密さはいらない。夾叉も不必要。ただ、近くに着弾さえさせれば……」

「おいおい、こんな魚雷の使い方……ッ! 世界水準超えてやがるぜ……!」


 彼らなりの長距離砲撃。

 精密さが必要なのに、それが用意できないというのであれば。

 ならば四方八方からの魚雷で網を作り込み、主砲着弾の衝撃によって起爆させるだけ。


 細かい修正はいらない。精密な照準もいらない。

 ただ近くに落としさえすれば、直撃しなくても魚雷の網に掛かり――その爆撃に巻き込まれる。

 装備の差を埋めるための戦術。それを作り上げた、恐るべき空条承太郎。

 所謂これは、チェスで言うところの詰み。

 時を自在に操れぬ中、半径二十メートルをスタンドに覆われるように――。

 或いは時の止まった世界で、四方八方から刃物を投げ付けるように――。


「……やれやれ、ね」


 そして、爆発が巻き起こる。

 呼び掛ける仗助の声が、波の海練に飲み込まれていった――。




「気合いッ、入れてッ……比叡、ドンドン撃つよー!」


 比叡の膝が曲がる。落とされる腰。

 その後――その言葉通り、爆音を奏でる主砲。

 比叡の背後に装着された艤装――傾いた十字架を思わせる連結脚とその先に繋がる四基の砲塔:計八門の主砲。

 それらが一斉に撃発すれば――。


(……間近で見ると、中々の迫力ってやつだぜ。スタンドでもこれほどまでのはいねえ)


 火竜の吐息よろしく――砲口から吹き出す深紅の轟炎。尾を引き赤熱する綿雲。

 一面が硝煙と、巻き起こす烈風に覆われる――帽子を抑える承太郎と、腕で傘を作る瑞鶴。

 比叡は仁王立ち。

 誇らしげに腰に手を当て、胸を張る。棚引く巫女服の袖を振りかざして、承太郎に振り返った。


「どうですっ、提督? これが! 戦艦の……いえ、比叡の! 主砲です!」


 承太郎に向けられた輝く青い瞳。外向きの癖っ毛が、頭に合わせてぴょんぴょん揺れる。

 対する承太郎は吐息を一つ。

 帽子を人指しで持ち上げて――充満する煙の向こうではなく、上空を見やる。

 そこにいるのは、急降下を仕掛ける加賀の彗星一二型甲。

 プロペラの奥、胴体下の吸気口がぽっかりと開かれた様は――回游する鮫の一種。

 一直線に迫り来るその様は、どこからどう見ても――――誰が見ても、自由落下ではない。


「どうやら、少なくとも……加賀ってのは生き残ったらしいな」


 瑞鶴に伝える風に漏らして――上空を照準する空条承太郎。

 呼応するかの如く、零戦内の【スタープラチナ】が操縦桿を倒す。応じて持ち上がる左翼。

 操縦桿にカウンターを当て、ニュートラル。直後に引き上げられる操縦桿――持ち上がる機首/斜め宙返り。

 このままヘッドオン――向かい合っての撃ち合いは不可能。

 低空という、十分な位置を持たず――――そして決して高速戦闘向きの機体ではない零戦では、現状真上を向けば失速は必然。

 瑞鶴は、他に護衛を用意してはいない。

 強いて言うなら彼女自身の持つ対空砲火と、側に控える――先ほどまで物陰に隠れていた比叡のみ。


 宙返りを行いつつ、機体がロール。

 前後軸、百八十度の回転を行った機体。海を頭上としていた【スタープラチナ】の視界が目まぐるしく流れる。

 海の深青が、空色の景色に。流れに合わせた僅かな重力も、しかし【スタープラチナ】を揺るがせず。

 万力が如く姿勢を固定し、ピッチに対して減る揚力に引き下げられる筈の機首も、されど操縦桿の姿勢に従う。

 四十五度――物体を射出する為の最大角で空を翔け登る零式艦上戦闘機。

 また、翼を翻しての宙返り――直後に再びの百八十度ロール。

 的確にラダーを踏み込み、カウンターを当てつつ見えない螺旋階段を登り詰める深緑の機体。

 承太郎の狙いは、実に単純。

 敵艦に機体そのものを叩き付ける訳でもなければ、爆雷を投下した後に爆撃機は機首を引き上げ降下姿勢を直す。

 その瞬間を、【スタープラチナ】の駆る零戦で叩くのである。


「比叡……おめーは向こうに集中してな」


 己の【スタープラチナ】の齎す視界を臨みつつ、承太郎は一瞥もせずに指示を飛ばす。


 一つ、承太郎の予想と異なっていた事――。

 彼としても知識としては持っていたが、実際に体験するのはこれが初めて。

 この、彗星という爆撃機であるが……。


(思ったより――突入が速い……!)


 その最高速度は、零戦を上回るのだ。爆撃機だと言うのに。

 承太郎の狙いは、高度を稼ぎ、あるところで水平にレベルオフ。

 そこから、突撃を試みる彗星目掛けて位置を速度に変えての猛追を図り、撃破する事。

 擦れ違うその一瞬を――【スタープラチナ】と零戦で逃さず、叩き潰す。そんなシンプルな方法。

 ある程度の接敵をしなければ敵母艦に回避される為に、適当な場所で爆弾を捨てる事なぞできない。

 しかし近付き過ぎたなら、瑞鶴からの対空砲火の餌食になる。

 そんな絶妙の場所――極めて微妙な薄氷のタイミングを加賀という船は突くと確信し。

 そしてだからこそ、その領域で承太郎の零戦が爆弾投下前の彗星を撃ち抜くのか、それとも爆弾を投下されてしまうのか。

 そんな、荒野のガンマンのごとき戦いになるものだと――彼は見込んでいた。

 だからこそ。


「えっ」


 瑞鶴が、驚愕を漏らす。

 彗星が爆弾を切り離し、機首を引き上げたのである。それも有効圏内前に。

 このまま、慣性に従い爆弾は落下を続けるだろう。瑞鶴目掛けて、その爆薬を叩き付けんと迫る。

 しかし、まだ回避は十分に可能。

 それどころか、近代兵器の対空機銃のタングステン弾がそうするように――――爆弾そのものを撃ち抜く事すらできる。

 果たしてやはり、空中に黒と橙の華が咲く。明らかなる爆発雲。

 だが、それをなしたのは承太郎でも――瑞鶴でもない。

 加賀の、彼女の持つ別の艦上機がそれを為したのだ。

 その目的は、即ち――


「あれ、機体は……!?」


 ――目眩まし。


 これを引き換えに、左右からの雷撃を行うためか?

 これを残して、己の艦上機を引き上げさせる為か?

 これに並んで、空中から破片を降り注がせる為か?

 ――――答えは、全てが否。


(ドッグファイトか)


 目隠しをし、身軽になったその機体で、備え付けられた機銃で、承太郎の零戦と空中戦を行う為である。

 承太郎への意趣返しか、正面からの奇襲であろう。

 空中での爆発なぞ、広すぎる大空に比べたらあまりにもちっぽけ。

 本当にただ、一瞬気を引く役目しかない。

 だが、達人同士の死合に於いて生死の明暗を分けるのがその一瞬。僅かな死線。針の穴ほどのキルゾーン。

 とはいえ、心臓を貫き殺す針であるが……。

 しかし――それを許さないのが【スタープラチナ】と空条承太郎。

 爆発からの最中の須臾の時に、彗星の進行方向を見切った。

 己より、未だ高く位置エネルギーを持つ機体。

 そちら目掛けて、零戦が機首を向け――


「――『直しました』」


 そんな声が、聞こえた気がする。

 承太郎が照準を合わせると同時に、彗星一二甲は矢に姿を戻す。

 爆風に煽られ、そして極端に的が小さくなったそれを前には流石の【スタープラチナ】も一撃必殺には射抜けない。

 だが、まだ照準の範疇。

 加賀が再び能力を使う前に、彗星が顕在し機銃を放つよりも前に、【スタープラチナ】と零戦が――


「そして……年期が違うわ」


 ――ブレた。

 これは……航空機の性能や諸元を知り、人知を離れた精密さで機体を操る承太郎も知り得ぬ事。

 どれだけ彼が優れていても、航空機に素人であるが故に知り得ぬ事。

 プロペラ航空機には――特にその上昇時に、四つの力学が働く。

 一つが、上に機首を傾ける事によるプロペラブレードでの左右揚力の違い。

 一つが、プロペラの右回転に対する機体への反作用である逆回転。

 一つが、その回転するプロペラが一方だけに片寄って産み出すプロペラ後流とそれによる機体の変動。

 一つが、恰も回転する独楽が他の独楽を弾き飛ばすが如く、力が弾かれて起こるジャイロ効果。


 【スタープラチナ】は今までの空戦機動でも、無意識にそれを行っていた。

 だが、加賀が。

 加賀が空中で爆発を起こし――そして新たに吹き荒ぶ気流を起こしたから。

 ホンの、一瞬。

 いや、一瞬にも満たぬほど僅かな時間だけ――。

 零戦は、【スタープラチナ】の支配に反抗した。


「――――」


 そしてその一瞬でいい。

 再び航空機へと姿を戻した彗星一二型甲の機銃が、零戦の機体を撃ち抜き擦れ違った。

 爆裂する機体を背後に、瑞鶴目掛けて降下する機体は――――しかし何をする訳でもなく。

 実に得意気とも取れる運動で、海面手前で反転を行い母艦へと帰投していく。


「艦娘(わたしたち)が勝って……提督さんが……負けた……?」


 呆然と呟く瑞鶴を前に、時を止めて【スタープラチナ】を待避させた承太郎は帽子を目深に。

 フライングバイをする加賀の戦闘機を、見上げていた。


「……」


 直接勝負には、加賀が勝利した。

 だが、忘れてはならない。

 圧倒的な戦力差を用意しつつも――その空戦の結果は、拮抗である。

ここまで

ジョジョなのに何故かドッグファイト


「……やられました」

「……」

「……」


 一同、無言。

 一矢報いたのは――文字通り艦載機に変化する一矢を報いたのは、加賀だけ。

 それ以外は、まんまと敵の大胆不敵な作戦に喰い取られてしまった。

 それも相手が操縦士として不馴れな型落ちの航空機に対して、最新鋭の艦載機で、だ。

 天龍ですらも悔しそうに拳を掌に打ち鳴らし、山城と大井は揃って俯き加減。

 加賀は「航空戦なら勝って当たり前」――慢心ではなく戒めとして――という態度。

 卯月が最も悲惨だろうか。

 良いとこなしどころか、敵の策略や味方の意図にすら気付けていなかったのだから。

 そんな中、


『なんつーか、完全にお通夜ムードって奴だけどよぉ~』


 無線機越しの、仗助の声。


『この場合……完全にしてやられたのは俺の方じゃあねーっスか? 結局作戦見抜けなかったしよぉ~……マジに』


 どうやら、彼なりに励ますつもりらしい。


 これに乗るべきだ。卯月はそう感じた。

 やっぱり変な頭であるが、極めて奇妙な髪型ではあるが、提督は提督だ。

 こういう時こそ艦隊の雰囲気を保てる。それが提督として一番大事な才能ではないか。


『いや、本当……結局マヌケに「アッ」と驚くし……本命は後ろだとか言って外しちまってるし……承太郎さんには殴りかかるし……』


 良いとこねーぜ、と項垂れた気配が伝わってくる。

 まさか、冗談ではなく。

 その、励ましとか慰めとか……或いは傷の舐め合いとかではなく。

 本気で凹んでいるのだろうか。

 この、東方仗助は。

 だとしたらそれは不味い。それは良くない。非常によろしくない。

 ここは一つ、ドカーンと大爆笑するような話題を降ってみて。

 なんとか、艦隊の空気を入れ換えなければ――


「……え?」


 正しくその時唐突に。

 爆発が、巻き起こった。卯月のごく至近距離で。


「な……」

「あ……」

「こ、これは……」


 立ち上る煙と蒸気。鼻を衝く、火薬の爆ぜる臭い。

 装甲の依代として現れた衣服が千々に飛び散り、その肌には無数の裂傷。

 無意識に腹を抑えて、海面目掛けて倒れ込んだのは――


『て、天龍ゥゥゥ~~~~~~~~~~ッ』


 着水と共に、飛び散る飛沫。眼帯に被われた半分だけの瞳。煤けた頬。

 直ぐ様卯月が駆け寄ろうとするも――当の彼女からその動きを、手で制される。

 平和な演習な筈だった。

 負けてしまったのは純粋に悔しい以外の何者でもないが――しかしきっとこれから皆で愚痴を漏らして、次への反省会にする筈だった。

 だが、それなのにどうして、


「な、何……が……?」


 ――――どうしてここで天龍が、血塗れに倒れるのだ?


「潜水艦!?」


 山城が、周囲を見回した。

 だが、大井は首を振る。かつては軽巡洋艦で、艦種が変わってもその基本自体は変わらぬ大井には潜水艦の探知ができる。

 ならば。


「航空機――」

「――あり得ません」


 弓に矢をかけた加賀が、即座に否定。

 油断なく辺りに目をやる彼女は、そのセナかを大井と山城に預けた。

 一瞬の判断で、彼女たちは身構えたのだ。

 そしてそのまま、再度仗助目掛けて大井が通信。


「提督……近くに重巡とか軽巡、雷巡……いませんか?」

『それが……深海棲艦は見えねえ……というか、そっちの電探はどーなんスか?』

「いえ……その、感は……」


 まるで、見えない攻撃。

 ひょっとするなら、既に電探に映っているから見落としてしまう――演習相手の艦娘か。

 倒れた天龍が沈まぬように抱える卯月を尻目に、残りの皆は様々な可能性を考えた。

 演習相手の艦娘は――有り得ない。

 何かの間違えで残弾があり、そしてそれが偶然にも紛れ込んだ実弾であったとしよう。

 だが、それでも有り得ない。

 既に決着はついているし――何より。

 砲撃ならまだ判るが……雷撃は。しかも、天龍だけがやられる方向というのは。

 そんな方向には、艦娘は居ない。

 空条承太郎の艦娘は、皆が皆、彼の待つ小島に戻っていた。

 ならば。


「……提督? とりあえずこの駆逐艦に、連れて戻らせ――」


 大井が、口を開いた。負傷者をまず戦線離脱させるべきである、と。

 空気が、重圧により揺れ動くほどの音。或いは視覚的に浮かび上がり、空間に張り付くほどに。

 そんな気配を――恐怖や不審、威圧を感じているような彼女の耳に、


『一つ……一つだけ、人影が見えるんスけど……』


「ッ……提督、どんな影なんですか!? 早くッ!」


 口角を泡立てんばかりで、捲し立てる大井。

 彼女に促されるように――――【クレイジー・ダイヤモンド】と共に双眼鏡を構える仗助は、改めてその影を見やった。

 決してそれが、見間違いでありはしないか。

 そう、確かめるように。

 電探の明らかなる射程外、波間に立った二本足の影。

 一本伸びた骨色の尻尾の、その先端に機械的な獣の頭部。一体化した砲塔と魚雷。牙を剥き出す横裂けの口。

 かつて仗助が目の当たりにした、深海棲艦よりも遥かに小さい。そう――完全に人間大。

 格好も大きさも人間であるのに、何かが違う。

 実体化したスタンドを見たときよりも猛烈な違和感。余りにも違いすぎる拒絶感。

 そいつは――


『フードを、被っちゃいるが……笑ってる風に見えるぜ……』


 ――キヒ、と。

 三日月に横たわる嗤いを共に、己を見咎めた仗助目掛けて敬礼を一つ。

 威力を持たぬ、模擬演習弾。

 そのタイミングで――









「戦艦……レ級……!」









←To be continued...

中途半端じゃなくてちゃんとTobeさせるべきだったな

一つ言いますが、このスレのテーマは実にありふれた事――人間讃歌です
いつものジョジョで、艦これです。素数を数えて天国をお待ちください

2200辺りから……
実に一週間ぶりでお待たせって奴だが……そんなに多くはない……スマンな


(いきなり爆発っつーから、てっきり何かの間違いで吉良の野郎が紛れ込んだのかと思ったぜ……いや、マジに)


 予想が外れてよかった――と、一息。

 しかし、依然として状況が予断を許さぬ事には変わりがない。演習用の弾丸で深海棲艦と遭遇するなど、所謂確実な危機という奴だ。

 仗助の眺めるその先、天龍は肩息を吐く。口元を拭う彼女は――少なく見積もっても戦闘不能だろう。

 だが、彼には疑問が一つ。

 大井はあれを戦艦レ級と言った。そう……“戦艦”だと。

 何故、戦艦が魚雷攻撃を行うのだろうか。それは仗助の知る常識からは離れすぎている。

 あくまで雷撃を行えるのは、駆逐艦・巡洋艦・潜水艦に限った話。

 そう、無線の向こうの彼のそんな困惑とは無関係に――


『大井さん、野郎は――』

「――――ッ、来ます! 航空攻撃!」

『航空攻撃だとォ!?』


 大井たちの目に映ったのは、戦艦レ級から飛び立った航空隊。

 紡錘形の塗らりとした機影は、両生類か昆虫か。飛ぶ事それ自体が航空力学への冒涜めいた飛翔物体。

 その腹に抱えた爆弾。機種はまぎれもなく爆撃機であるが……。


「……ッ」


 異様なのはその数二百機近く。舌打ちをしたのは加賀。

 如何な加賀が、最新鋭の戦闘機を導入したとしても――互角に持ち込むのが精々と言うほどの、異常機体。異常搭載。

 性能それ自体は烈風の方が上。問題なのは、その数だ。


「加賀さん、間に合いますか!?」

「……対空砲火、よろしくお願いします」


 大井の問いかけにはやはり冷静な表情で、次々に矢を番えて放つ加賀。

 しかし彼女は見た。加賀の頬を伝う汗を。

 既に【スタープラチナ】との戦闘で、相当数の艦載機を撃破されてしまっている。その事がここに来て、枷となる。

 幸いとするなら……敵はもう一方の、小島で帰還報告を行う空条承太郎らに半数を差し向けた事。

 それを差し引いても、互角に持ち込めるか否かであり――何よりも。


(……間に合うの、これ)


 既に臨戦態勢となり、未確認飛行物体よろしくフードを纏ったコートの裾から次々に航空機を生み出すレ級に比べて。

 一度戦いが終わり、鉾を収めてしまった加賀からの発進が間に合うか、というその問題。


 継続して放ち続ければ、いずれは敵に並べるだろう。

 しかしそれを行うその頃には大井らは爆撃の雨に晒され、かといって順次敵に送り込もうものなら次々に食われて海の藻屑。

 殆どを模擬演習弾に換装している彼女たちの有する唯一の実弾が、加賀の艦載機の機銃。

 尤も――駆逐艦ならいざ知らず、戦艦の装甲を貫くには機銃では心もとなさすぎるが……。

 実弾がまだ残っているというのと、実弾を持つものが一つもないというのには単なる火薬の量以上に、大きな隔たりがあるのだ。

 時速五百キロを超える速度で迫る航空機。

 上空を覆うその姿は――宛らイナゴの大群。


「……ごめんなさい。もう遅いようね」

「えっ」

「もう対空砲火の用意は……必要ありません」


 次々と生み出した航空機を上空に待機させての、加賀。

 その視線の先――――益々距離を詰める敵艦載機。鏃めいた二等辺を形成して、空を覆う航空機の一団。そこから先行した、菱形の編隊。

 先導役か。それとも牽制か。或いは加賀の生み出した航空機を、まず抑えようとしているのかも知れない。

 距離はいよいよ詰まった。あと十秒と待たず、初撃が襲いかかる――確かに対空砲火は間に合わない。

 倒れた天龍を引き起こそうとする卯月と、卯月を庇う山城。加賀の隣に立つ大井では陣形として不十分。


 だが――。

 その真下当たりに、突如水柱が立った。

 あまりにも小さなそれ。爆撃とか雷撃とか、潜水艦の潜行にも思えない拳大ほどの白い柱。

 ふと――加賀の頬が綻んだ。大井には、そんな気がした。


「頼りになるのね。あの人は」

「えっ」


 そして――直後、無線から漏れた間延びした声。


『確かによぉ~~~~~~、いくら【クレイジー・ダイヤモンド】でその辺の岩を掴んで投げても……サスガに戦艦は壊せねーがよぉ~~~~~~~~~~』


 すっ呆けた、いつも通りの声。緊張感のない声色。

 だが――彼の待つ小島を見れば。


「ハッ……」

「これで気にせず、直掩を出せます」


 ふう、と鼻から息を漏らして。

 実に当たり前のように、加賀は続けた。この先を考えずとも、目の前の問題は片付いた――と言わんばかりに。

 それは、信頼なのか。

 果たして――


『ブッ壊したその石目掛けて「直せば」よぉ~~~~~~、ひこーきぐらいなら訳ねーって事っスよ。依然変わりなく……ね』


 一方に為される磁力の如く――。

 翼を貫かれ、爆弾を巻き込まれ、レンズを撃ちぬかれて爆砕する敵艦載機。

 巻き起こった水柱目掛けて高速で接近する数多の石の雨が、敵の先陣を飲み込んだ。


「提督」

『加賀さん……多分おんなじ事考えてると思うんスけどよぉ~』

「……」

『本当に……それでいーんスか? 俺としちゃあ、そう考えてくれる事が嬉しいんだがよぉ~』

「――ええ。あなたと一緒ならば」


 ◇ ◆ ◇


「……ッ」


 一方で桟橋。

 そこに位置する空条承太郎と五人の艦娘。

 こちらの状況は、仗助たちよりもなお苛烈であった。そう――勝利してしまったという点に於いて。

 彼らは、戦いも一段落して引き上げた。島に皆が登っている。

 そう、かつて山城が東方仗助に伝えたように――。

 陸に居てしまっては、流石の艦娘もその力を十全に発揮ができないのだ。いくら深海棲艦相手だと言っても。

 走るのも人間並み。本来なら十秒かからぬその距離も、倍以上の時間を要する。

 息咳切って、我先にと駆け出そうとする艦娘を前に――。


「待ちな」


 空条承太郎が、その歩みを止めさせた。

 一斉に振り替える面々――――きょとんとした目から、疑惑の眼差し。不満や憤りを抱くものさえ居る。

 ただ、一言。


「瑞鶴……おめーの艦載機なら、海に行かなくても出せるんじゃあねえのか?」

「あっ」

>>565
壊した岩の破片敵の飛行群の真下辺りにぶん投げる→クレD発動→他の破片がそこに集まってきてそれに敵飛行機群がぶつかって破壊される
じゃねえの?



 フゥ、と一息。

 その間に、瑞鶴は矢を番えて上空に向ける――しかし、他の面々には理由はやはり不明。

 特に戸惑いの大きかったのは、島風。

 艤装を用いずとも、彼女は俊足。それこそ未だにその世界記録を破らせない女子陸上選手のジョイナー以上。

 確かに彼女ならば、海を目指せただろう。

 だが……


「提督さん、来たよ!」

「……ああ」


 それよりも――宙を進む航空機は尚も早い。

 瑞鶴の艦上機は間に合わない。というよりも、わざと撃ち出そうとしていないのだ。航空機は、飛び立つ瞬間が最も無防備であるから。

 その対処を任せたのは――他ならぬ彼女の提督である、空条承太郎。


「……おい、瑞鶴。おめー」

「――判ってる! 提督さんを信じたんだから私の事も信じてよ!」


 瑞鶴の手元。前方から迫り来る敵航空機を睨むそこ、一瞥した承太郎は眉を吊り上げた。

 しかし応じたのは――ひたすらに前方を注視し、生まれるであろう隙を見逃さぬように努める瑞鶴の一喝。

 押さえられた帽子の鍔。

 残響を孕んだ瑞鶴の一声も、コンクリートと木製の桟橋の上げた悲鳴に飲み込まれた。

 飛び石が如く、土煙と共に迫る機銃掃射。

 人を害せんと生まれた深海棲艦のそれは、まさに実在する航空機の持つ機関砲に等しい威力。

 爪先に掠れば血管を伝わる衝撃だけで、心臓を致死に至らせるほどの死神の刃。

 しかし、


「うるさい通り演奏だが……聞いた以上はチップってヤツが必要だな」


 対するのは死神の暗示すらも打ち砕いてきた星屑十字軍の一員。


 承太郎、瑞鶴、比叡、島風、那珂、利根――五人の手前まで猛烈に駆け寄る土煙の華。砕け散る石の破片と、巻き起こる火花の渦。

 地中を進む生命体が小刻みに顔を出すかの如く、地を弾いて突き進む銃撃。

 ついに、半瞬後には彼らに達するだろう。それが必然の運命。

 瑞鶴を除く誰もが、半ば反射的に目を閉じる中――――それは起こった。

 目を閉じたから認識できぬのではない。

 目を細めこそすれ開き続ける瑞鶴にすら、その光景は映らない。

 何故なら、光などが伝達をするには遅すぎるほどの行動であるから――。


「釣りはいらねえぜ……その演奏も二度と、な」


 「纏めて返した」と、両手を学生服のズボンに突き入れたままの空条承太郎。

 彼以外の者に見えたのは、至ってシンプル単純な事。

 『敵を撃ち抜いたと思ったらその弾で自分自身のボディを貫いていた』――――たったそれだけ、弾丸を撃ち出した本人すらもそうとしか理解できぬ現象だ。

 最強最速の【スタープラチナ】が、静止されたその時の中、卓越した精密さを元に全弾打ち返した。

 さながらプロ野球選手が、将棋部の投げたボールにそうするように。


 しかし、流石の空条承太郎でも。

 敵機から投下されてしまった爆弾については対処の仕様が限定される。

 ホンのいくつかなら、掴みとって投げ返せばいいだろう。

 だけれども、それがあまりに数多きじゅうたん爆撃ならば――。或いは【スタープラチナ】の射程ギリギリで炸裂するならば――。

 生まれてしまった猛烈な爆風は、如何に朱鷺を止めても防ぎきれるものではない。


(そうなると……この女が頼りって事になるが)


 目深に被った帽子の下、頭一つ以上下の少女を収める承太郎。

 当の瑞鶴は、既に艦上機を発艦させていた。承太郎が作り出した隙を、決して殺さぬ絶妙の連携。

 そこはいい。

 だが、一つだけ腑に落ちない事がある。承太郎にはどうにも気になって、思わず質問したくなるほどに。

 それは、瑞鶴の使った航空機が――何故か戦闘機ではなく――、


「どう! 見たか! これが五航戦の本当の力よ!」

「……」

「空対空爆撃よ! 瑞鶴だって、やるときはやるんだから!」


 釣られて空を仰ぎ見る、承太郎。

 彼の目に映るのは――なるほど確かに空中に華開く数々の黒煙。炎を纏って失墜する紡錘型の敵艦上機。

 勝ち誇る瑞鶴は、嬉しそうに拳を握り、満面の笑み。


(……確かに昔のこいつには、後の空対空爆撃の神様みたいなパイロットが所属していたと何かの本で読んだが)


 それにしたって、それは敵の大型航空機目掛けての炸裂して無数に別れる小型爆弾の投下に寄るもの。

 いくら深海棲艦の航空機が集中していたとしても。

 模擬演習弾の爆弾で叩き落とすとは、驚嘆に値するほどの偉業。


「……やれやれだぜ」

「……? どうしたの、提督さん?」

「前を見てな」


 心なしか綻んだ口許――。

 そんな笑みを割いたのは、彼に取っては対戦相手の提督――東方仗助からの、タブレットへの呼び出し音。



←To be continued...


「へっへっへっ」

「……」

「へっへっへっへっ」

「……」

「へっへっへっ、へっへっへっ、へっへっへっ」

「……フグの肝でも食べた? イカスミより気持ち悪いわよ、あんた」

「だぁーれの顔がタコさんに絡まれたみてーな面だって~~~~~~!?」

「……あんたみたいなクズ以外に誰がいるの?」

「……ッ」

「ふん。執務でもしなさい。見ててあげるから」


(こ、このガキィィィ~~~~~~~! 相変わらず人の事を見下したこまっしゃくれた態度だぜ~~~~~~~ッ)

「……?」

(この場合復讐するのは果たしてイケないことでしょ~~~かぁ~~~~~? ――いいや、全然悪くないねッ! むしろスッキリした『幸福』ってもんよ)

「……何、クズ司令官」

(何とかその顔を泣きっ面に歪めて……たぁ~~~~~っぷり『ゴメンナサイ』させてやるぜェ――――――ッ、『今』ッ!)


「確かに執務はするぜ……執務をよぉ~~~~~」

「なに? 落ちてるナマコでも拾って食べた? ボーキサイトは人体には有害よ?」

「やかましいィ――――ッ。ここは素直に『司令官、真面目に執務してくれるなんて嬉しい!』とか言えねーのか、おめーは!」

「……、……はぁ」

(ぐぐ……『程度の低いお猿さんの相手をするのは面倒ね』『でも構ってあげないと癇癪起こすから』みてーな顔しやがってよぉ~~~ッ)

「……」

(でも待ちな、もう遅いぜ! まだ可愛いげがあるならここで我慢して仲良く握手でもやったかもしれねーがもう手遅れよォ~~~~~ッ!)

「……で、それが?」

「へっへっへ、なーんと執務をしちまうぜぇ――――ボクちん!」

「……で?」

「……グ。(このガキ……)聞いて驚くなよ……へっへっへ、へっへっへっ」

「どうせ次には『建造をやってお前を解体してやるぜ!』とでも言うんでしょ?」

「『建造をやってお前を解体してやるぜ!』――――ハッ!?」

「クズの考えはお見通しなのよ。程度が低いわね」

(……グ、ぐぐ。なんて可愛いげのねークチクカンだぜ~~~~~ッ! 艦娘ってのは皆そうなのか!?)

ここまで

投石は>>567の通り。「あらかじめ、ブッ壊した岩を」っていれた方が解りやすかったかもな。スマン

>>571(訂正)
× 何故なら、光などが伝達をするには遅すぎるほどの行動であるから――。

○ 何故なら、光などでは伝達をするには遅すぎるほどの、素早い行動であるから――。



>>572(訂正)
× だけれども、それがあまりに数多きじゅうたん爆撃ならば――。或いは【スタープラチナ】の射程ギリギリで炸裂するならば――。

○ だけれども、それがあまりに数多き絨毯爆撃ならば――。或いは【スタープラチナ】の射程ギリギリで炸裂するならば――。


× 生まれてしまった猛烈な爆風は、如何に朱鷺を止めても防ぎきれるものではない。

○ 生まれてしまった猛烈な爆風は、如何に時を止めても防ぎきれるものではない。


誤植。文庫版では修正されます

中断しますが



『なんかこー、バットも握った事ねー茶道部出身の監督が甲子園常連選手を代打に指定するみてーで気が進まないっつ~~~かぁ~~~』

「……」

『なんつ~~~か、ホントーにこう……申し訳ねーんスけどぉ……』

「……」

『承太郎さん、引き返しちゃあくんないっスか? あんたのとこの鎮守府庁舎まで』

「……なんのつもりだ、てめえ」


 目が細くなる承太郎。ドスの利いた声。

 対する無線の主の東方仗助は、そんな彼の言葉に怯える事なく飄々と続ける。


『承太郎さん、アンタの艦隊じゃあねーと早く引き返す事はできねー。うちの艦隊じゃあ「タクシー拾わずに隣駅まで歩く」みてーに時間がかかり過ぎるんスよ』

「……」

『しかも、さっきの演習で随分と魚雷を打ち尽くした……そうじゃあねーんスか?』


 『この場合、魚雷が通用するかはともかくとしてよォ~~~』と続ける、仗助。

 つまり、彼が言いたいのは――こうだ。

 『自分たちが足止めをするから』『その間に実弾に換装して』『さっさと戻ってこい』。

 実にシンプルな言葉であるし、実際のところ――――空条承太郎もそのつもりであった。

 尤も、その場合引き付けるのは彼の側で提案するものであったのは、言うまでもないだろう。


『確かにさっきの演習じゃあ、承太郎さんが勝ったかもしれね~っスけどよぉ~~~』


 そう。

 承太郎のそれもシンプルな理論。

 強い方が残れば、その分足止め時間も稼げる。相手の艦隊が遅くても関係ない。

 弱い側が残ったら、最悪全滅してから――補給を済ませるそこに襲いかかられる可能性もある。


『弾も残ってて、それ以外の装備も強い俺たちが残るのが……ここは「正解」っつーモンじゃあないんスか? この場合だと、特によぉ~~~』


 そんな風な、仗助から承太郎への提案。

 それに彼は答えず、代わりに傍に立つ瑞鶴へと目線を一つ。


「艦載機はまだ、残ってるな?」

「それは……【スタープラチナ】が代わりをやった分、残ってるけど……」


 航空戦での消耗は、最初に雷撃を敢行して追撃を受けた攻撃機にとどまる。戦闘機は殆ど、無事のままだ。

 「まさか」と瑞鶴は息を飲んだ。

 初めから承太郎は、これを見越して【スタープラチナ】で航空戦を行ったのか。


「……さあな」


 だが――深海棲艦の襲撃を初めから念頭に置いているならここまで深入りもされないかとも、思える。

 どちらにしたって真相は、承太郎一人しか知り得ぬ事だ。

 瑞鶴の胸中を知ってか知らずか、至って冷静に無線に告げる承太郎。彼の視線は鋭い。

 即ちここが勝負どころで鉄火場だと、強く認識している証左。


「こっちからも……艦上機を出せるだけ出しておくぜ」

『マジっスか!? そいつぁ~~~~マジに百人力って奴っスよ~~~~!』


 という訳で、と目で促す承太郎。

 頷いた瑞鶴は、矢筒から一本取り出し番え――――思い付いたように一言。


「五航戦、正規空母瑞鶴――その、一応、よろしくね!」

『――』

「絶対、間に合わせるから!」

『東方仗助っス……なんつ~かよろしく頼みますよ! マジな話よォ――――』


 彼女の言葉に呆気に取られた仗助も、明朗に応じるのであった。


 その他、細かい打ち合わせは要らない。

 承太郎たちは全力で彼らの鎮守府を目指し、仗助たちは死力を尽くしてレ級を足止めする。

 もしも――もしも、どちらかが及ばなかった場合の結末は単純。

 残る片方もレ級によって甚大なる被害を被り、そして戦艦の主砲と容赦のない航空爆撃により街を焼き付くされる。

 それだけの――実に単純で、何よりも救いがない出来事。

 島の影に隠れるよう、離岸を始める瑞鶴ら。
 岩礁を避けつつも、レ級の主砲に直接射撃を受けぬよう、五つの影が波を裂く。

 それを見送りつつ、臨戦態勢を取る加賀が一言呟いた。

 静かなる闘志が秘められた声色。以前として航空機に指令を下して制空権争いに興じつつも、それを滲ませない沈着さ。


「提督」

『どーしたンすか、加賀さん?』

「足止めはいいけど……別に倒してしまっても構わないでしょう?」


 さらりと。訳もないとばかりに。

 嘯く加賀の声からは、恐怖も焦燥も誰一人として感じられない。

 そこに五航戦の出番をなくす――などという感情があるかは不明であるが、加賀がこと完全な危機にすら私情を持ち込む人格の持ち主かと論ぜれば、答えは出よう。


『……やっぱりそーゆー事言っちゃうんスかぁ~~~~~~~~?』

「ええ。……何か問題でも?」

『……問題しかねー気がするけど、加賀さんなら案外そう言うっつー感じもしてたしなぁ~』


 電波に混じった、頬を掻く気配。

 されど、そこには心底呆れるでも、咎めるでもそんな口調はない。むしろどこか、喜ばしげなそれ。

 緊張せぬ訳でもなければ、捨て鉢になって現実が見えていない訳でもない。

 彼にしても、加賀の返答は予想通りであったという事だし――。

 そもそも足止めを申し出る、という運びに至る時点で……きっと二人とも隠された“それ”を了承していたのだ。


『さっきは試してる余裕がなかったが……思いついたモンを試させて貰いますよ。テートクとして、ね』


 即ちは――雪辱戦。

 そして何よりも、深海棲艦による被害を己たちで押さえ込むという強い意思。


『ま、そーは言ってもキッチリやるとしたらっスけど……』

「はい、そこは至近距離から私の魚雷を目一杯叩き込むか――」

「私の主砲……ね。判ってますから……」


 主力は――大井と山城。

 彼が空条承太郎に語ったように、東方仗助の艦隊は弾薬をさほど消費していない。

 何れにしても対象の至近距離で破裂するという特性上、破壊効果を持たぬ加賀の艦載機は論外。

 であるならば、頼みの綱はその二人。

 相手装甲を貫いてなお、その内部で爆発する鉄鋼弾は演習の為に装着は不可能であったが――。

 至近距離射撃での、運動エネルギーはさほど損なわれてはおらぬ。

 【クレイジー・ダイヤモンド】が如くの距離まで至ったのならば――――数十キロ先の鋼の強化複合装甲を貫く弾を撃ち出す戦艦である。演習弾と言えども、破壊は不可避だ。


『それじゃあ……「準備」ってのはいいっスか? あのフード野郎をブチのめしてから、なに食わぬ顔で補給する「準備」はよォ~~~~』

「間宮も付けてくれるのね。……そう」

『は?』

「提督、野郎じゃなくて……アマ、ですよ?」

『……そこ、重要っスかぁ~~~? 今ここでェ?』

「姉様……山城の活躍……見てて下さい」


 三者三様に答える艦娘と、無線越しに作戦を伝える仗助。

 そんな三人を見やりつつ、卯月の肩を借りる天龍。

 容赦なくひしゃげた艤装と、露になった柔肌。数多の裂傷に、肩を震わせつつ吐息を溢す。

 脂汗が浮かんだ口許に、皺が寄る。

 重傷なのはどう見ても天龍――しかし、端から見るなら追い詰められているのは、下から覗き上げる卯月の顔。

 そんな彼女に、囁く。――天龍の声には苦悶は浮かばず。


「……卯月。ちょっと頼みがあるんだけどよォー……」

「え」


 半ば、輪から自然と外されていると感じた卯月にとっては予想外。


「な、なに……何だっぴょん?」

「こんな事を駆逐艦に頼むのも、俺としちゃあ『あんまり』だって感じもするが……」

「な、なに? うーちゃんに出来る事なら、だけど……」

「ちょっくらオレの刀で……刺しちゃあくんねーか? オレの事を……」

中断で。三時間後に新月の時を待て

再開します



 ◇  ◆  ◇


「ドンドン撃って! もっと、連続して!」

「言われなくても……!」


 模擬演習弾が百発当たろうとも、レ級の体表を傷付ける事はない。

 相手から決して撃たれぬという事は、回避行動を取る必要がないという事。レ級は攻撃に専念が出来る。攻撃を欠いては防御すらままならぬのだ。

 白飛沫を巻き上げて、スケーターめいた動きで海を滑る大井と山城が、身体を左右に傾ける。

 二人が左右に分かれるその真ん中、直後に着弾の水飛沫が生まれた。

 間欠泉よりも膨大な波濤の柱と、小雨の如く降り注ぐ水煙。鼻を突いた、独特の潮の香り。

 彼女たちに今できる事は、只管に相手の足元目掛けて叩き込む事だけ。起きる波が、大井らを照準するレ級の主砲を死線から逸らす。

 大小、凹凸めいて浮かんだ青い丘陵。

 刻一刻と常に形を変える足場――――その上を滑りながらも主砲を斉射し、そして回避を行う。

 妖精観測手の助けがあると言っても常人の処理能力を超えた行動量こそが、彼女たちが艦娘であるという何よりの証左となる。

 大井の右手に握られた如雨露を思わせる主砲が生み出す爆炎も、しかし次の瞬間には彼女の豊満な胸を撫でて後方に追いやられる。

 一方の山城が生み出す爆炎と轟音は大したものだ。

 彼女の背部の艤装から左右に突き出た砲塔が射出する砲弾は、その反力で山城の体を沈める。視界一面を塗り潰すほどの黒と赤が棚引く。


 撃ち続けなければ、レ級は正確な狙いで二人を撃ち抜くだろう。

 しかし、相手に有効打にもならない攻撃をただ出すだけでは、いずれその反動と応力、噴煙で直撃を奪われる。

 その匙加減の脅威足るや――流石の大戦経験の、軍船の記憶を持つ二人とてままならない。何しろ、敵を撃ち滅ぼせぬ弾で戦う経験などないのだから。

 そして幾合かの砲火の咆哮を交わしたところで、ついにその瞬間が訪れた。

 山城の砲撃に合わせての、レ級の砲撃。吊り上がった三日月型の嘲笑。

 巧に、撃ち終わると同時にレ級のその尾部は稼働されていた。これでは、撃たれた後から相手がどこを狙ったのか確認する手段がない。

 大井が舌打ち。山城は苦渋顔。

 既に射撃は開始されている――――逃げなくてはならない。だが、その回避方向を織り込んでの射撃なのか? そうではないのか?

 迷う時間すら惜しい。コンマ数秒に至らぬその間とて、超音速の砲弾が彼我を埋めるには十分すぎる導火線の間だ。

 だが、そこで――


『――左にそれぞれ十五度だぜ。あいつの攻撃を喰らいてえっつーんなら話は別だけどよぉ~~~~~~~』


 無線から流れた東方仗助の声。

 二人は、考える間もなく回頭を果たしていた。その後に、右舷で巻き起こる着弾の泡沫。


『無敵の【スタープラチナ】ほどじゃあねーにしてもよォォォ~~~~~、「精密さ」には自信があるぜ。俺の【クレイジー・ダイヤモンド】もよぉ――――――』


 唖然とした其処に、再度仗助からの通信。

 自信ありげなその声。大井は知らず、納得の頷きをしていた。


「なるほど……着弾点予測ね?」

『至近弾ってのも危ねーらしいっスけど、これなら少なくとも直撃せずに近付けるってもんだぜ』


 つまりは――東方仗助がレ級の砲口を見切り、観測し、予測して通報した――――ただそれだけ。

 これまで行われなかったのは、レ級の射撃の姿勢とその齎す結果を十分に蓄える為であったのだろう。

 あとはその指示に乗っ取って、距離を詰めるだけ。

 懸念があるとすれば、一つ。

 ここで発想を四次元的に――――囚われぬものとしたならば。

 もしも、レ級の立場ならば。

 もしも、相手側から攻撃を受けぬ状況で。

 もしも、己に長距離砲撃の力があるなら。

 その、狙う先は――


『……とーぜん、動けねーヤツを狙うよなあ~~~~』


 標的は――動けぬ天龍。

 寡兵で大軍を相手にする狙撃手が如く、負傷者を敢えて作り、そこに救助の仲間を呼び寄せ殺害する。

 前方に赴いたのは大井と山城。残るは、天龍の護衛。

 それらを纏めて葬り去らんと狙うレ級の主砲であるが――


(マジにグレートだぜ……天龍、おめーよォー)


 そこにあるのは一つの幕。

 金の稲穂が如く風に揺らぐ、赤色の地走り。その上に歪み、崩れた歪な磨りガラスを通したかのごとき風景。

 海原を黒に染める、数多の色が混じった斑点がごとき油脂を浮かべた液体と、天を覆わんと立ち上る気体。

 火を放たれた燃料が海面に広がり、レ級と天龍との間に壁として立ちはだかっていた。

 天龍は――こればかりは模擬演習用とはならない、彼女の艦首を象った片手剣を所持していた。

 その剣で、己自身の燃料貯蔵庫を突き破り油を広げたのだ。自身が標的とされ、仲間の枷となる事を避ける為に。

 旧型の巡洋艦で、石油の他に石炭でも航行が可能な天龍だからこそ出来る芸当。


(どーなる事かと思ったが……なんとかなりそうだぜ)


 無論の事仗助は、【クレイジー・ダイヤモンド】による救出を試みた。手近な木を折り採って投擲。

 そのまま天龍を呼び戻そう、としたところで――障害が起きた。

 宙に浮かぶと同時に天龍が吐血。より正確に言うのであれば、海面から一定以上離れたその時であろうか。

 つまり、天龍の傷は常人なら死に至る重傷――だという事。

 艤装を装着しているから、海の上で船としての能力を使用しているからこそ辛うじて耐えられる大怪我なのだ。

 直すには――些か距離が在りすぎた。近距離ならばともかく、余りにも水面から離れている時間が長すぎる。

 ならば、仗助から出向こう――と、


『あのレ級のところまでは届かねーが、そこまでなら石ころ投げりゃあ――』

「――やめてください。提督を危険には晒せないわ」


 そう言い出したところで、即断。加賀に切り捨てられる。

 仗助の投擲の及ばぬように、レ級の砲撃も仗助には及ばぬ。

 それが天龍たちの位置まで向かったなら――間違いなく撃ち抜かれる。加賀の警戒の理由はそこだった。


 島の高台に位置する仗助の――彼の眼下には、巻き起こる“海火事”の黒煙と大火。それより離れての大井と山城、その先の向こうのフード姿のレ級。

 空が、動いた。

 意地でも天龍を攻撃しようとしてか――広域に分散する航空機。

 レ級と天龍を繋ぐ直線が炎により分断されている以上、天龍に対して行える攻撃は航空機攻撃のみ。

 多角的に、とにかく数で攻める為なのか。

 編隊という概念を失い、海域の上空に疎らに散った艦載機。

 天龍を目指しつつも――また同時に、山城と大井にも向かう。しかし、航空機の網を広げるというのは即ち、航空機同士の連携を困難とするという事。

 加賀と、そして瑞鶴が残した艦載機に喰われて散る紡錘型の爆撃機。哀れ空中で、爆発四散する。

 単純な数なら、レ級の方が上だとしても――加賀には“守り抜かなければならない目標”が明らかになっている。

 悪戯に追撃に興じて返り討ちになる事も、彼女からはあり得ぬという行動である以上、この攻撃に意義は薄い。


(……)


 しかし、何か――。

 何かそれが、余りにも不気味過ぎた。

 単調になったレ級の砲撃には、山城も大井ももう仗助からの指示を必要ともしなくなった。

 それまで齎された情報と総合して、己の肉眼で回避を試みて――――それで事が足りる。

 後は二隻ともが思うがままに、レ級との距離を詰める。やがて近付くであろう死線だけを目標に。


「このまま……近付いて……!」


 右足で踏み込みと共に、山城の足元から弾ける飛沫。反動で左に向かう体。

 合わせて大井も左足を踏み込み。水を跳ね上げ、山城の逆に向かう。逆ハの字に開かれた空間――――そこが着弾予想点。

 奇しくも計測する仗助と【クレイジー・ダイヤモンド】も、その領域を被弾領域と定めるが。

 だが、


『……ッ、マズイぜ! 山城さん、そこは――――!』

「え……きゃああああッ!?」


 上がった爆音が三つ。

 山城の右肩で弾けた砲火と、そして残る二つとは――。

 一体――――なんと馬鹿げた射撃であろうか。

 放物線を描く砲弾は、レ級から撃ち出された後の運命が決定していた。正しく山城の予想通り、何一つない海面を叩く筈であった。

 そう、何一つない海面――それは正解だ。

 ただし、それは海面。海面には確かに何も存在していないし、事実現在も何もない。

 だが、空中には。

 二人が砲撃を回避せんと別ったその空間に――――レ級の持つ爆撃機が二機、舞い込んだのだ。


 そのまま、砲弾は容易く航空機を貫き――そして誘爆。

 空中で弾ける、艦載機とその胴体に取り付けられた爆弾。そんな力を持って、“無理矢理に砲弾を曲げた”。

 山城と大井がどう回避するか。

 それすらも見越して――――逆に数多の砲撃により情報を収集していた。『どう撃てば』『どう逃げるのか』を。


「まだ……動けます……!」


 幸いと言うならば、その物理的な強制による弾道変更は砲弾の持つ力を損なわせてしまった事だろうか。

 故に山城は、致死には至らぬ。

 砕けた背部の艤装。破ける、装甲を意味する白絹の振り袖。

 彼女自身の戦艦としての強度そのものにも由来して、一撃での致命とはならぬ砲撃。だからこそ未だ、山城には敵を睨み付けるだけの気勢が残る。


「ここで引き付けるから……私を置いて、先に進んでください……!」

すまない……これが『レクイエム』の能力……

2200から開始します
今日明日でレ級戦終わって、またほのぼのに戻ります


 肩を揺らしてなんとか喉を震わせた山城に、応じるかの如く――レ級の主砲が稼動。

 黒いフードのレインコートのその裾を盛り上げる、骨色の尾。その先端に備えるは機械獣としか表現出来ぬ、鋼鉄の恐竜の頭部。

 船の船首宜しき黒色武骨な上顎と、その額に備え付けられた三連砲。

 天龍を“狙撃”した、魚雷を生やした下顎――――しかしそれはいい。

 真に恐ろしきは。

 その食い縛られた剥き出しの歯茎が正に、人間のそれと酷似しているという事。

 生物と非生物の融合。人体と非人体の合一――――生理的嫌悪感を生ませて、余りある。

 ぬちゃ、と粘液が引いた。

 上下に延びる水滴の糸。吐き出された暗黒色の瘴気。勿体つけて開いたその、竜にして人の口が――舌を舐めずったのだ。


「――ッ、加賀さん! 撃破出来ないの!?」


 波を掻き分け前方へとひた進む大井の、逼迫した悲痛な叫び。

 彼女は知っている。

 奴は“それ”を本当に実行する。間違いなく実行するつもりだ。


 この場合は、即死せぬからこそ恐ろしい。

 軌道を無理に変化させる代償として本来の威力を削られた弾丸だからこそ恐ろしいのだ。

 奴は、山城を嬲り殺しにするつもりだ。

 本当に山城の言うように、攻撃を彼女へと惹き付けて――そして、嬲って殺す気だ。

 その間、大井は前に進むしかない。なんとかなんとか一杯の速力で、ひたすら前進するしかない。

 もしも山城の為に反転したなら、ここぞとばかりにその背中を撃ち抜かれる。

 弾道を変化させる必要などない通常の砲撃で、ただの血煙に伏される。

 だから進むしかない。前を目指すしかない。

 たとえ訓練弾だとしても、片側二〇門の、この腿と脛に外接された魚雷を至近距離で全弾撃ち込めば――レ級を倒せると信じて行くしかない。

 レ級をどうにかできるかもしれないのは大井だけで。

 レ級の艦上機をなんとかできるのは、加賀だけ。

 だが――。


「……数が多すぎるわ。それに広がりすぎている。進路上のものの撃破は不可能です」


 依然として、演習を行って消費した加賀の艦載機よりも、レ級の艦載機の方が数的に有利。

 また、加賀の言葉のその通りに――レ級の艦上機はその光沢を放つ機体を翻し、空域を疎らに飛び交っている。

 仮に加賀が山城直近の艦上機を撃破しても、それが本当に着弾を誘導する飛び石とは限らぬし――――また、別の艦上機がフォローを行う。

 加えるなら、或いはそんなレ級の艦上爆撃機を破壊に赴いた加賀の航空機を、代わりの
足場にするかも知れない。

 本当に――。

 本当に彼女の言う通り――。

 航空母艦加賀の断言する通り、山城へと砲弾を蹴り付ける敵航空機の撃墜は不可能。


「……ッ、空母の癖に!」

「……それより、無駄にしない為にも前に進んでくれないかしら」

「無駄!? 無駄って――」


 後方を振り返る大井。

 山城は未だ、速力が低下すれど――生存はしている。天龍が如く重症でもない。

 禿鷹か、或いは加賀の屍肉を狙う鴉の如く。

 入れ替わり立ち替わりその頭上を飛び抜ける航空機へと、対空砲を放っている。



「山城の、死を無駄にしない……って事なの!?」

「……いえ」

「ああ、なら数が多い艦載機を撃破出来ない貴女に替わって母艦を早く潰せ、って……!?」

「……そう」


 「数が多く」「撃墜出来ない」――加賀が呟く。

 続けて――。


「そう。それが『いい』。それだから『いい』」


 唖然と、声を漏らす暇も大井にはない。

 顎を傾け、見上げるその先――――大空を裂くプロペラ機の編隊。

 鏃の如く一直線に、大井の後方から来たそれらは、レ級の元を目指す。


「網の目のような、とは良く言うけど……この場合は随分と破りやすい網の目ね」


 そう。

 数が多く、広がりすぎていて迎撃は不可能。撃墜は無理難題。

 ならばそんな広がった敵の包囲網を、固めた航空機で貫けばよい。貫けるのだ。

 防御なら手数は足りないが――大きく分散した敵陣を集中した編隊で突破するなら――そう難しい事ではない。

 それが、加賀の結論。


「進んで」


 加賀の端的な通信。

 新たに後方から飛び来るプロペラ機の編隊。上空を仰ぎ見る大井は、そこにあるものを見つけた。

 胴体下部に取り付けられた筒型流線型のオブジェ。これは――


「……増槽!?」


 爆弾ではない。

 長距離を航行する航空機が、その燃料を詰め込むための外付けのタンク。空戦を行うためには、ただの余分な障害。

 それらが一斉に切り離されて、着水を目指す。その空中のまま、更なる背後から飛び来る航空機の機銃掃射。

 着弾で爆破させる事なく、その弁を撃ちぬく手腕。

 増槽上部が弾け飛び、夏の風物詩の鼠花火めいた回転で燃料を撒き散らしながら落下する。

 大井の行く手に撒かれた、数多の航空燃料。

 そこへ目掛けて――爆弾が投下された。


「……そう、これを煙幕にって事」


 これほどの至近距離なら、最早着弾点予測など必要ない。殆んど水平に射撃するだけで、瞬く間に大井の体を爆裂させるだろう。

 もう、東方仗助と【クレイジー・ダイヤモンド】による攻撃の予測も、言われてからの回避も間に合わぬ。

 ならばいっそこうして、彼我の船影を隠す方が余程清々しい。

 同時に、銀色の紙片が舞う。電波を最大に反射して、電探を使用不可能にする電子欺瞞紙である。

 ふと背後を振り返れば、やはり燃え盛る火の手。どうやら、もう碌に回避も行えぬだろう山城にも同様の手法で隠蔽を図ったらしい。


「提督!」

『なんスか、大井さん!?』

「そこから――レ級が、どう動いたかだけ報告を下さい」


 大井、レ級とて互いが見えない。

 しかしながら大井には、目がある。東方仗助という目がある。

 なら彼から齎せるレ級の情報を元に――――最後に脳裏に刻まれた敵の姿を、その動きと現在位置を推測すればいい。

 大井はそう考えた。


(今の私は……!)


 そして、大井は更に考える。

 電探も通じず、視界も利かないそんな地獄の暗幕に飛び込みつつ――。

 大井は、強く考えた。


(今の私の怒りは、この炎よりも強く――機関部のボイラーの温水よりも……地獄の釜の中身よりもグツグツと煮えたぎっているのよ……!)


 心が、焦燥感にも程近い血潮の呻きと共に叫びを上げる。

 何としても天龍を撃ち、山城を嬲ろうとしたあの深海棲艦を叩きのめす――――一杯に速力を振り絞るボイラー釜の炎めいて、瞳に殺意が灯る。

 大井は向こう見ずではない。

 むしろ誰よりも、仲間に対する情の深さを持ち合わせた艦娘であった。

 最上なのは、己と同じ艦種であり――同じく、“ある思想の元に改装されたがついぞその設計通りの有用性を戦場で発揮できなかった”姉妹艦であるが。

 しかし、あの時代の――。

 煽り立てる新聞社、担ぎ上げる自国民、騒ぎ立てる司令部に――翻弄されて。

 有用性を証明できず、或いは無作為で無計画な消耗戦で死んでいった自分の、仲間の無念を晴らすべく。

 それを心に置いた艦娘である。

 故に彼女は訝しむ。常に疑問し、常に評価する。

 自分達に命令を下すものが――――それがかつてのごとき地獄を引き起こさぬかと。無意味な死地に己たちを向かわせぬか、と。

 その時は無意味ではないと、意味があるとは考えていた。

 いや、正しくは考えてはいなかった。なぜなら彼女は一介の船であり、兵器であった。言葉も意思も持たぬ鋼鉄であった。

 だが、石が本来の姿を含有すると言う芸術家の言葉めいて――魂があるとしたら――。


 大井は。

 己の乗員を、兵員を、仲間を。

 彼らこそを何よりも大切に想っていたし、彼らこその持つ理想を誇っていた。

 軍人は夢を見ない。

 でも皆、己の国に尽くす事に――正確には家族と、家族を取り巻く環境と、家族を育てたその国を愛する。

 己の血族を守るのは、どんな動物も行うだろう。

 だが血族のみならず、その集合体を――――その先を、外を守る為に命を懸けられるのはきっと人間だけだ。

 だからこそ尊い。

 己の家族を、己の故郷を、己の国土を、己の育ってきた歴史を愛し――その為に戦えるのは、“勇気”と“愛”――貫く為の覚悟だ。

 そんな乗員を誇らしく思う。気持ちを共にする仲間を大事に思う。

 あの結果を間違いと言われようが、あの戦闘を卑しいと言われようが――想いは“真”だったのだ、と。

 だからこそ彼女は見極めなくてはならなかった。己たちのかつての信条を、真にできる司令官なのか――と。

 裏表があるとか、性格に難があると神めいた誰かに言われようと構わぬ。

 ただ、仲間を大切に考える情の深い船。

 故に、


(後悔させてやるわ……! あんな風に、横合いから殴り付けて……何よりも、仲間を嘲笑った『行為』を……!)


 しかし、そんな怒りとは裏腹に――大井の頭はどこまでも静かに沈降していく。

 自分が敵ならば、どうする?――そんな自問自答。

 視界が利かない。レーダーも使えない。しかし圧倒的に有利。

 対する艦娘――大井ら――は、接近して攻撃を加える事だけに一縷の望みを託す。

 ならばきっと。

 奴は天龍にしたように。加賀にしたように、嘲笑いに来る。

 顔を見せぬまま、絶望に歪む相手の表情を拝まぬままに殺す事はしない。一撃で手足をもいだり致命傷を与えたとしても、必ず大井を笑いに来る。

 煙に紛れたままの、辺りを薙ぎ払う盲撃ちはない。

 必ずや大井を突き止め、そして吹き飛ばし、それから止めを刺す。


(その顔を見せた時に……吹き飛ばしてやる……!)


 ならば――敢えて。

 敢えて位置を知らせて、撃たせる。

 そこから、不可避の一撃を叩き込む――――それしかない。


 この至近距離。

 位置を知る方法はもう、音しかない。

 ならば、機関音や航行音を頼りに襲い来る筈のレ級を――――その動きを誘発する。


「提督……」

『なんスか、大井さん? まだ動きは……』

「これから作ります。見逃さないで」

『……なんか仕掛ける気ッスか?』

「……」


 未だに――東方仗助へ、大井は信頼を寄せてはいない。

 本当に優秀な提督ならば、あの演習で敗れはしないだろう。勝利する筈だ。

 それが大井の求める提督。

 だからむしろ、あの空条承太郎という男の方が、よほど大井が理想としている提督像に近い。彼ならきっと間違えない。

 ただ彼の力の有効さは知っている。期待しているのは、そこだけ。故に最低限の事――しかし必要な事しか伝えなかった。


(……覚悟を、決めるのよ。覚悟を……!)

ちょっと中断。具体的にはハイフォンレイシャ今帰ったよ

再開します


 そして――大井の大腿、大井の長脛。そして左腕。

 それぞれに一つずつ、計五つが備えられた魚雷管が鎌首を擡げた。

 そのまま、回頭――一つに付き四連装。それが五つで二十門。

 その全てが、大井の意に沿って連動。

 彼女の前方には黒煙。視界は煤に埋め尽くされ、煽り上がる熱気に電子欺瞞紙が靡いて上空へ。


『大井さん、まだ何の動きも見えねーけどよぉ――――』

「ならいいです。……少なくとも、動いていたせいで避けられる事はないという事だから」


 海上火災。

 暗黒色のカーテンめいて、彼女の内と外とを区別する。火勢に付かれて、もうもうと秩序なく蠢くその様の先に望むのは、果たして何か。

 視界いっぱい。多少仰いだところで、空など見えぬ。

 噴き出したかと思えば渦を巻き、揺らいだかと思えば気にせず蒼天を覆い尽くさんと立ち上る煤けた積雲。

 互いにもう、射程圏内。

 訓練用の大井の弾頭とて、直撃被弾すれば損傷は免れぬ距離。

 そして――



『……ンだと、野郎ッ! 人の形だけじゃなく、戦術までも猿真似ッスか――――!?』

「……向こうも燃料を燃したのね」


 東方仗助からの、レ級の観測情報が途絶える。

 同じくレ級も、航空燃料を撒いて己の動きの秘匿を始めたのである。

 それは即ち――大井へと攻撃を仕掛ける、そんな意思。

 やはり、だ。

 やはり敵は、大井と同じ土俵に上がろうとした。

 主砲であたりを薙ぎ払おうなどとはせずに、“火災に紛れて攻撃する手段”を選んだ。

 その理由など――決まっている。

 大井を、嘲笑うために。

 同じ場面で戦いを行い、そして大井を出し抜いて、その悔しがり絶望する様を眺める為に――行動を重ねてきた。

 ならば彼女の行う事はただ一つ。

 依然変わりなく、当初と同じ行動を行う――ただそれだけ。


(乗った時点で……そこは既に、危険海域よ)




 大井の作った音目掛けて、そちらにレ級が主砲を動かしたなら――それを東方仗助が察知したなら。

 そこで仗助が伝えるレ級の砲塔の方向は、大井を撃ちぬかんとしたものであるから。

 大井とレ級を結ぶ直線の角度となる。

 即ち大井は、その角度に対して百八十度を加えた方向目掛けて魚雷を全弾撃ち放てばいい。

 それで確実に、命中する。

 しかし――だ。しかし、レ級は己の姿を隠した。仗助から観測されぬよう、炎を壁に身を隠した。

 だがこれを悔やむまい。

 何故なら、その手段では良くても相打ちにしかならないから。

 大井が狙うのはただ一つ。レ級への意趣返し。

 得意げになったそこを、ブッ飛ばす。だからこそ、相手が策に打って出たというのは好都合。

 そして、


「どこに居ようと、この距離なら……!」


 軽快な発射音の後、上がる着水音。その数実に二十一――前方に対して扇状に、圧縮空気により撃ち出された酸素魚雷。

 宛ら散弾銃。

 大井を中心に、前方に弧を取りその範囲を薙ぎ払うかの如き魚雷の発射。

 着水と共に、波間を潜り、その上の炎を潜る。白銀の筒が、海のそれと混じり蒼く染まり――やがて黒に飲まれた。


 航跡を探らせぬ酸素魚雷は、命中のその瞬間まで静かに海中を進むだろう。

 底の遠い、群青色の海原を。

 いくつが、そのままどこかへ流されるか。二十のうち、いくつが命中するだろう。いくつが、無駄になるだろう。

 そんな事は――大井にはどうでもよかった。


「――――」


 視界が突如として、白色に染まった。

 無声映画の如く――――しかもそれが緩やかに上映するかの如く。

 第三者が銀幕に映し出す映像を眺める風に、大井は、己の目に映る光景を眺めていた。

 がくん、と上に揺れた。

 視野の中、黒煙の領域が減る。コマ送りにした画像めいて、下へ下へと追いやられる。

 代わりに広がる、空色の空間――その先に浮かんだ強烈な円形の光源。

 かと思えば、そんな画面が止まる。

 次に映し出されたのは、光を吸収して徐々に黒色へと向かっていく青一面。その内に一つ、余計に黒いもの。

 気が付くと、その黒しか眼前にはなくて――もう一度、画面が跳ねた。

 撃たれたのだ。そして、宙を舞ったのだ、大井は。


 かふ、と息が漏れる。

 大井は――彼女は不思議と痛みを感じては居なかった。ただ、体が偉く動かしがたいという事実がある。

 やがて、音が戻る。ぱちぱちと、火が弾ける音。

 完全なる航行不能。

 強烈に足を削られたサッカプレイヤーか、或いはゲレンデを転がり落ちたスキーヤーの様に、海原に倒れ伏す。

 それでも浮いていられるのは、彼女が艦娘であるから。

 至近弾。

 直撃には至らぬも、しかし強烈な衝撃で大井の装甲服を破壊し、そして装備の殆どを破壊した。


(痛っ……なんて、ざまなの……)


 俯せに倒れる大井が、力なく前方を見る。やはり火の手――好き勝手に隆起して変形する、黒煙と大火のコントラスト。

 その膜が、不自然に揺らめいた。

 煙の奥、そちらに吸い寄せられるかの如く。しかし何かに弾かれ渦を産み、また噴き出してくる。

 そして一か所異なる黒色――光沢のあるそれは、始めに確認したレ級のフードの淵。

 やはり、予想通り――倒れた大井を眺めに来た。

 レ級が、顔を覗かせた。戦闘不能に追い込んだ大井を弄ばんと、顔を見せようとしたのだ。

 それこそが――



(視界を封じた時点で…………この結末になるのよ……!)


 そのフード目掛けて――海中から、静かに撃ち出された酸素魚雷。


(『甲標的』……すでに……仕掛けたわ……!)


 本体から切り離されて自律する子機――それが即ち、甲標的。

 重雷装巡洋艦へと転身した大井が搭載できる、遠隔操縦的な小型の潜水魚雷艇。妖精が動かす、魚雷を打つ為の潜水艦のような者。

 重雷装巡洋艦となった彼女は既にそれを手に入れている。

 空条承太郎との戦いで観測役として使用したように、その小型艇を放った。魚雷に紛れて。

 『方向が分からぬから』――『無差別大量に攻撃をばら撒いた』。

 レ級にそう思わせる事が大井の狙い。実際のところ、視界が封じられているなら正解である攻撃だが……。

 今回ばかりは、意味が違う。

 その、無差別攻撃。

 一斉に上がった、投じられた魚雷の音の中心に大井は居る。海中を進み来る複数の魚雷を辿ったその先に、大井がいる。

  『方向が分からぬから』――『無差別大量に攻撃をばら撒いた』――『相打ち覚悟で』。

 そう思わせると同時に、大井の位置を知らせるのが目的であったのだ。レ級に対して。


 そうすればレ級は、音を頼りに大井を撃つ。

 即死させるのではなく、傷を負わせて戦闘不能にするために大井を撃つ。

 必ず嘲笑を向けに訪れる。

 それこそが、大井の唯一の活路。

 加賀や瑞鶴の艦載機の如く、その持ち主が死亡せぬ限りはまだ甲標的の稼働は可能。

 上がった水音二十一の内の一の甲標的。

 したり顔で姿を現したレ級目掛けて、本体はもう再起不能だと思わせて、その調子に乗った面を叩き壊す――――。

 相打ちでは駄目だ。

 これなら致命傷だが、死ぬ事はない。止めを刺しに来るその時こそ、レ級の最期になるのだ。

 そう、たった今まさに撃ち出された魚雷が、もう数瞬もしないうちにレ級に着弾して――


「……え」


 想像した爆音が、上がらない。

 装備の不良かと――ここに来てそんな結末なのかと、大井は冷や汗を垂らした。ここまで策に嵌めながら。

 しかし。

 だがしかし、そんな不測事態ではなかった。


「そんな……囮……!?」


 更に煙を掻き分け現れたのは、レ級のフード。

 ただそれだけで、肝心の肉体は見つからない。

 コートを、艦載機に被せて…………そして移動させていた、それだけだった。

 出来の悪い照る照る坊主が如く、頭部を為す艦載機に釣られて揺らめくコートの裾。

 しかし、違う。晴れを祈願する布人形とは違う。

 雨を払い快晴を望むのではなく――――それが告げるのは絶望。


(……ぁ)


 ――アキャキャキャ、という笑い声が聞こえた。

 大井の視界の端、鋼鉄で出来た恐竜の頭部が如き先端を持つレ級が照準。

 既に対処は間に合わない。

 大井はもう、倒れ伏している。動きようなんてものはない。

 そしてこれほどの至近距離で、戦艦の主砲などを受けたなら――そんな巡洋艦の末路など決まっている。

 粉みじんに吹き飛ぶ。跡形も残らず、血煙と化す。


「――ッ」


 固く目を閉じる大井。

 脳内を巡る、走馬灯。

 きっと同じく人としてこの世界に生まれ変わるだろう、姉妹艦の北上に会いたいと願いながら――それも叶わず。

 そして、海域を進めるうちに手にした重雷装巡洋艦としての力を敵に撃つ事なく――。

 大見得を切っておきながら、提督に何も見せずに終わる。

 尊厳を穢された仲間の仇を討つ事もできない。

 それが――――人としての現身を得てまで、彼女が成し遂げたかった事なのか。

 しかし、彼女の想いなど関係ない。

 無情にも照準した戦艦レ級の主砲は、本来の意味での零距離射撃――つまりは水平射を敢行。

 竜の頭部、その側頭部に位置する砲身――四門が、容赦なく爆炎を撒き散らし、


「このぉ……っ」


 大井を庇って飛び出した山城に、命中した。

 派手に装甲が吹き飛ぶ。

 砲撃のその衝撃、着弾と共に生まれる爆炎が彼女の衣服を吹き飛ばし、背部の艤装を撃滅する。

 折れ、曲がり、先端が粉々に吹き飛んだ砲身。砲塔は稼働を諦めるほどの黒煙を漏らし、飛び散る衣が花吹雪が如く舞う。

 明らかなる大破。後一撃でも貰えば、致死するほどの損害。

 しかしそれでも山城は、歯を食い縛り脚部の艤装に力を流す。生まれる波紋と、前方へと加速するその肉体。



 これほどの距離ならば、いくら模擬演習弾と言っても戦艦レ級に損害を与えられるだろう。

 だが、肝心のその砲口は最早どこを向く事もない。既に破砕し、無残を晒すだけ。

 ならば、なにをするか。

 決まっている――――白兵戦だ。


「必ず、直すって……何度でも直すって……提督は言ったのよ……!」


 喩え砲身が破壊されても、艤装を失っても、装甲が砕かれても――前に進む事が出来るのであれば。

 山城はまだ戦える。

 戦艦のその出力で組み合えば、殴り合えば、衝突し合えば――如何な戦艦レ級とて、無事では済まない。

 応じたのは――喜色めいたレ級の笑み。妖艶さすらも孕んだ、酷薄な嘲笑。

 両手を広げたレ級の背後の背嚢から飛び出す、二機の航空機。

 背中の組織が剥がれ落ち、空中で成形され、やがてあの独特の滑り気ある紡錘形の機影を構成し――疾走。

 咄嗟に腕で頭を庇い、目を閉じる山城。

 殆ど存在しない装甲を叩く鋼の弾丸がけたたましい音を鳴らし、そのまま飛び去る――直後。



「なっ――」


 右手を鉤状に、飛びかかるレ級。

 目指す先は山城の顎部。白く細い首に続いた、頭部の下辺部。

 そう――このままきっと、掴むと同時に彼女の顔面を引き千切るだろう。

 その右手で顔を皮を剥ぎ、一笑に伏して彼女の遺体を蹂躙するだろう。

 まさに絶体絶命。


(ああ……ねえさま…………提督…………)



 しかしそれでも負けてやらぬと――――赤い瞳を細めて睨み付ける山城の。

 その目に、映ったのは。


「うわあああああああああああああああ――――――――――――ッ!」


 燃料が生み出した黒煙と業火を裂いて、レ級の背後から飛びかかる一つの影。

 天龍が手にした、艦首を模した刀を携えて――――両手で腰だめに握って、飛びかかる卯月だった。


←To be continued...

次で戦闘終わります。明日

お待たせ。終わります


「なあ……オレたち水雷屋って、何が仕事だと思う?」

「……船団の護衛とか? 空母の護衛とか?」

「いいや、違うぜ。オレたち水雷戦隊は――誰よりも果敢に、誰よりも素早く、肉薄して……敵艦に魚雷を叩き込むのが仕事だ」


 だからこそ、夜戦は水雷戦隊の華だと――天龍は笑う。

 水雷戦隊は切り込み屋だ。

 誰よりも苛烈に、その装甲と引き換えの快速と敏捷性を元に敵陣を切り開くのである。

 昼間の、お互いの距離が判りやすい砲撃戦とは違う。

 月明かりと星明かりしかない、時には雲によってそれすらも隠されて――相手との距離が判らぬ夜の海で。

 誰もが忌避し、誰もが慎重になるそんな海で――だからこそ肉薄して攻撃を叩き込むのだ。


「『暗殺』だ。『暗殺』しかない」

「え……?」

「正面から『暗殺』するんだよ、卯月。今おめーには誰も注目してない。侮ってんだよ……ただでさえ貧弱な駆逐艦で、武器なんて持ってないって」

「でもそれ……本当だっぴょん」

「そう、『本当』だよな。だから――だがそれがいいんだぜ。本当だから、いい」


 目の前、血だらけで笑う天龍の言葉が理解できない。

 天龍から近未来的な刀の艤装を預かった卯月は、しばし呆然と天龍を眺めた。

 何がおかしいのか細かく笑う天龍の口元から吹き出る血が、彼女が冗談を口にしてはいない――と卯月に告げる。


「オレの刀を貸すし……オレが舞台も整えてやる……」

「……」


 「ただし――」と、頭を振って瞳を閉じた。


「やるのはおめーだぜ、卯月。お前が……お前じゃなきゃできない。お前が奴を『暗殺』するんだ」

「……うーちゃんに、そんな事本当にできると思ってるっぴょん?」

「ああ、できるね。今はナリが――心もか?――もガキになっちゃあいるが……おめーは歴戦の駆逐艦、卯月だろ?」


 奴に目にものを見せてやれ。

 そう笑った天龍は、親指で戦場を指差すのだった――。


 卯月という駆逐艦の話だ――。

 彼女は睦月型駆逐艦四番艦として生まれたが、後に卯月型一番艦ネームシップに名を変える。

 理由は単純。

 彼女の姉たちが、戦の中次々に沈没していったから。

 だからその等級を、卯月型と変える事になった。

 その時卯月は考えた。

 ――――これからは自分が一番お姉ちゃんだ。だから、死んだ姉たちの分も活躍しなければならない。

 その誓いの通り。卯月は確かに活躍した。

 上海事変から始まる古参艦として、護衛任務に攻略任務――八面六臂に飛び回ったし、沈んだ船の生存者の救助も行った。

 しかし、皮肉ながら。そんな風に活躍する卯月とは対照的に。

 今度は、妹たちが敵の刃にかかって命を落としていった。

 最後に残ったのは、卯月ともう一隻。

 睦月型の最終番艦十二番艦にして、最後の生き残り、夕月。

 そんな彼女を最後に――一番下の妹を残して死ぬ。それも、同じ任務の最中に。


 或いは姉として妹を守れたらなら良かったろう。若しくは姉たちのように順番に消えていったのなら良かったろう。

 だが、卯月は妹たちを失いつつも生き永らえ、そして最後の最後で一番下の妹を遺してしまった。

 そんな妹も、翌日に砲撃処分を受けて沈没――――睦月型はそうして全てが海の藻屑となった。

 乗組員が思った事は別だろう。

 だが、駆逐艦として、船として卯月が感じたのは悔しさである。

 いや、駆逐艦という存在に思考や魂があるのかは判らない。

 ただ、それを人間の言葉に直すとするなら彼女が死に際に強く望んだのは――『守る事』だった。それが彼女の願いだった。

 だからこそ、だからこそ卯月は――。


(うーちゃんが……皆を守る……! やらせない、っぴょん!)


 悪魔の化身に等しい深海棲艦に、身一つで正対せんと――黒煙に紛れて接近を図る。

 その手に携えたのは、天龍から預かったサイバーめいた片刃の剣。

 艦首を模し作られた艤装そのものは、弾薬とは無関係――模擬演習弾に関わらず本物。

 即ち、攻撃を打ち込む事が可能であるのだ。

 やるのはもう、卯月しかない。



「うわあああああああああああああああ――――――――――――ッ!」


 吶喊。

 革靴めいた脚部艤装。踏み込むたび、噴き出す海水。

 宙に浮いたレ級を背後から捉えんと、迫る卯月の小さな肉体。

 映し出されるのは、山城目掛けて突撃するレ級の背中。骨色の、女性の肉体。――されどどことなく人と異なる印象のそれ。

 その背中へと。

 空中では制御が取れぬそこを目標に。

 刀――炎を刀身に映して怪しく光る、その切っ先を突き刺さんと、


「――!?」


 瞬間、振り返り、剥き出しにされた牙。レ級の冷笑。

 にやけた瞳。

 これは、今まさに刺殺されんと――暗殺されようとしているものの眼差しではない。

 肩越しに歯を剥いたそいつは、卯月を嘲た。


 空中で、放たれる主砲。レ級の三連装砲。

 無論の事、狙いなどある筈ない。最早暴挙と呼ぶのもおこがましいほど、空中で爆炎を広げただけ。

 しかしながら、戦艦の主砲はその威力と相当するほどの反動を持つ。

 人間の仮の身をもつ以前の巨大な船体を、放つ瞬間沈みこませるほど。

 必然――レ級は虚空で姿勢を転換し、体勢を変換し、軌道を変化させて卯月の攻撃を躱した。

 飛び越えたその先は、山城の背後。


「きゃっ!?」


 一閃――尻尾の横薙ぎで跳ね飛ばされる山城の肉体。

 目標は――右手一本、刀を構えた卯月。

 息を飲んだ。同時に踏み込み。

 駆逐艦特有の機敏さで山城を回避――本音を言うなら仲間を受け止めたい――した卯月の。

 視界いっぱいを覆っていた山城の躰が外れてからの、その先。

 その眼前で、両手を広げるレ級。

 掌で暴れ回る小動物を観察するかの如き――嗜虐的で、悦楽的な双眸。



「……っ、うーちゃんを――舐めるなっぴょん!」


 奥歯を噛み締め、戦速を最大に。

 明らかにレ級は油断している。所詮、取るに足らない駆逐艦だと慢心している。

 それこそが、卯月の付け入る隙である。

 そう――再度、片手剣での刺突を敢行し、


「あ」


 だが悲しきかな、既に防がれた時点で暗殺は暗殺として機能しない。

 繰り出した卯月の突きは――「二度は見飽きた」とばかりに、尻尾の頭部によって防がれた。

 刀身を蝕む、歯茎。食い縛られた歯に挟まれた、近未来的な片手剣。

 そのまま、その頭部の額に位置する三連装砲が照準――剣を握る卯月の頭部に、砲口を突きつけた。


「ッ」


 だが、まだ。

 尻尾で受け止めていると言う事は――その先にレ級の躰があるという何よりの証左。

 熟練者特有の――思考よりも/感情よりも/恐怖よりも尚速く、反射的に卯月は魚雷を発射に掛かった。


 しかし――それこそ嘲笑だ。

 レ級の尻尾はまさに文字通り、尻尾――つまり体の一部だ。

 鋼鉄の船体の、決まりきった動きしか出来ぬ箇所ではない。装置ではない。

 容易くその首を傾けて、噛み締めた剣ごと卯月の射線を変更させた。

 哀れ――無情にも、レ級の隣を過ぎ去る魚雷筒。


(……うーちゃんは駆逐艦だから、戦艦には敵わない)


 暗殺を防がれ、攻撃も逸らされた卯月。

 その瞳にあるのは、絶望――――――ではない。


(だったら……自分に出来る事を、やるだけっぴょん……!)


 刀を咥えるレ級の攻撃区間、恐竜の頭部――その額に備え付けられた三連装砲が照準。

 万力の如く揺るがぬ白歯に受け止められた剣は揺るがぬ。

 そのまま、その剣の先の卯月を撃ちぬかんとし――意趣返し。卯月は刀を手放し、射線から逃れた。

 着水。

 その衝撃で円形に揺らぐ海面を受けつつ、両舷の出力を一杯に――最接近。
 


 唯一の武器すら手放した卯月に何が出来るか。

 逃げる事か?

 震える事か?

 命乞いをする事か?

 答えは全て――――――否だ。

 闘う事。そして護る事――それこそが、戦闘艦艇として、艦娘として、駆逐艦として為す事。

 
(うーちゃんは駆逐艦だから、こんな戦艦を倒せる力なんてない……)


 右腿と左腿に装着された、魚雷発射装置。三連装の酸素魚雷。

 その残り――左手側のそれを引き抜いて、レ級目掛けて投げつける――――即座に。

 己の手にした単装砲から轟音。

 煙幕の如く、空中で破裂する魚雷。


(でも、時間を稼げば……稼げばきっと……!)


 それを尻目に――また魚雷。左手に握りしめて、前進突撃。

 撃って通じぬなら、直接叩き付ける――。



 模擬演習弾。加えて、相手は戦艦の装甲。

 最早当然、貫く事など不可能であるが――――しかし牽制にはなる。

 右手の単装砲を発射/発射/発射――牽制。

 可能な限りのダブル/トリプルタップで、レ級の顔面に着弾。


「うわあああああああああああ――――――――ッ」


 そのままついに接近。

 ごくごく至近距離。無論の事、船体下部=船底に叩き付けねば魚雷は意味はない。

 このままレ級に叩きつけても、一発での轟沈など不可能。

 しかしそれでも、打撃にはなる。何かしらの一撃にはなる。

 そうすれば、後につなげる事が叶うと――――疾走する卯月のその、小さな肉体が。

 その、余りにも矮躯の、年若い少女の腹部が。

 その腹部目掛けて。


「――ぁ」


 ここぞとばかりに微笑を浮かべたレ級の表情を、その瞳一杯に映し出して――――卯月の目が見開かれる。

 笑い一つ。

 レ級の右手が、卯月の腹部を貫通していた。


「う……」

「あ……」

『卯月ィィィィィ――――――――――ッ!』


 山城と、大井の叫びが重なる=二人とも重傷/それ以上の損害を負った卯月。

 人間としても、船としても致命傷。

 その土手っ腹を貫かれて――――生存など時間の問題。


「……け、ない」


 だが、卯月は。

 腹部を穿孔されてなおも――未だ諦めない。


「うー、ちゃん……負けないっぴょん」


 寧ろ目標が固定されたと。これでこそ、己の行動に意味があるのだと。

 単装砲を手放して、その右手。己の腹部へと埋まったレ級の腕を押さえて。

 その顔面へと――――鼻っ柱へと、左の魚雷を叩き付けた。



 ここで、仮に――。

 ここで仮に言い表すとしたのならば。この状況を表すとしたのならば、一体何が適当だろうか。

 数多の言葉を重ねる事が出来る。幾多の比喩を用意する事が出来る。

 しかしきっと適当なのは――――この場合尤も適当なのは。


「そんな……そこまで……して……」

「ねえ……さま……」


 端的に言って――――“絶望”。その二文字のみ。

 確かに卯月は接近した。接触した。肉薄し、魚雷を叩き込んだ。

 その腹部を貫かれてまで、レ級へと一撃を打ち込む事に成功した。

 だが――――所詮はただの模擬演習弾だという事か。

 それともやはり魚雷というのは、装甲の覆われていない船体下部に撃ちこんでこそ意味があるという事か。

 それともレ級の装甲が並はずれて強力なのか。

 いずれにしても、卯月の特攻めいた一撃ですらも――――レ級は無傷。

 煙が晴れたその先、至近距離の爆発にて己の指先を傷付けた卯月とは全く対照的に。

 傷跡一つ、煤一つすらなく――まるで損害がないのだ。


「か……ぁ……」


 貫かれた腹部。

 裂けるチーズの如き、破断した筋繊維。人差し指にかかる肉の糸。

 皮膚を分断し、筋膜を破断し、臓器を撹拌し、脊椎を両断したレ級の右手。

 弄ぶようにその五指に付着した卯月の体液を捏ね回し、ついでとばかりに人差し指で機関部の艤装を弾く。

 キンッと鳴る音と、その衝撃に呻く卯月が奏でる二重奏。人間楽器。

 右腕一本、臓物を揺り動かし潰し抜けたレ級が嗤う。

 ぱくぱくと、酸素を求めるのか――それとも苦痛を漏らすのか。喘ぐ卯月。無情にただ開閉する小さな口。


「……ぃ、つ」


 卯月の末期の声を――おそらくは真実絶望と恐怖に歪んで放たれるそれを、味わわんと。

 喉を喘鳴させて脂汗を浮かべる卯月の肉体を、耳元まで引き寄せるレ級。

 山城も大井も、なすすべなく見守るしかない。

 これから仲間の一人の尊厳が――――更に損なわれる事を。


「ぁ……ぃ、の……」


 ごぷりと、卯月は口から血を吹き出して。


「あい……つの……ちか、ら……なら……」


 それでもその譫言めいた呟きに、恐怖はない。

 吹き出る血潮と口腔を満たす唾液が交じり合って、口角から泡となって飛沫を撒く。

 そんな中でも――――。

 それは、単純に為された。


「これ、で…………わら、う……のは……おまえじゃ……な、くて……うー……ちゃん、の方……だ……っぴょん」


 祈るように。

 嘲るように。

 縋るように。

 宥めるように。

 勝ち誇るように。


「あい、つの……能力……を……いち……ばん……目の当たりにしたのは……うーちゃんだから」


 卯月は目に苦痛の涙を浮かべて、しかし何よりも気高い瞳のまま笑う。

 レ級の零す醜悪な嘲笑とは、質が違う。

 例えそこが暗闇の広野であっても。鉄格子に囲われた泥の中であっても。

 星を見て、空を見上げてまた前に進めるからこその人間。

 その気高き宝石のような覚悟と意思こそが、人を人足らしめる勇気の讃歌。 


「だからきっと……来る、って……きて、くれる…………って、信じてる……っ……ぴょ、ん……」


 そして、その言葉の通りに、


「ドラァァァ――――――――ッ!!!」


 東方仗助と【クレイジー・ダイヤモンド】の一撃が、その間に割り込んだ。

 空中で、側面から戦艦レ級を殴り付ける。

 されど強力な戦艦の装甲を貫く事は、如何な【クレイジー・ダイヤモンド】と言えども不可能。

 だとしても、打ち据える拳に籠められた力は、卯月とレ級を引き剥がすには十分過ぎるものだった。

 反動を受けた仗助は空中を舞い、腹部を貫かれた卯月を抱えて着水する。盛大に上がる飛沫。



「気合い入ってるじゃねーか、卯月おめーよぉ~」


 彼の手に握られたのは、一部が破損した魚雷。缶ジュースほどの直径・ペットボトルほどの長さ。

 それを卯月に翳すと共に、彼女の懐から小さな破片が飛び出し合致する。

 そう、卯月の放った魚雷は初めからレ級に直撃させる目的ではない。

 東方仗助の待つ島に目掛けて撃ち込み――そして彼が修復して、駆け付けてくれる事を期待してのもの。

 東方仗助はスタンド使いとは言え生身である。泳いで移動するには距離がありすぎる。

 だが――スタンド【クレイジー・ダイヤモンド】の修復する力ならば、艦娘よりも早く到着出来るのだ。

 これは、最も近くでその驚異に曝された卯月だからこそ出来る芸当だ。


「うー……ちゃ、ん……信じて、たっ……ぴょん」

「……」

「しれー、かん……優し……い……から、きて……くれ、る……って……」

「……ああ」

「しれい……かん、うーちゃんじゃ……ここ、まで……だから……」

「判ってるぜ。後は任せな」


「あり……が、とう…………これ……は、嘘じゃない……っ……ぴょ……ん」

「静かにしてな」


 抱き抱えた卯月の傷を治して、波間に横たえる仗助。

 彼の瞳には闘志。

 生身である。海上を航行できない。たった今判ったように、戦艦の装甲を貫けない。

 それでも彼は、レ級を睨み付けた。視線の先五メートル。


「うちの艦娘に、ズイブンな事をしてくれるじゃねえか……オメーよぉ~~~」


 構える【クレイジー・ダイヤモンド】の上半身が波間から浮き上がり、当人は胸まで浸かった東方仗助。

 相対するレ級は酷薄な冷笑。

 この世全ての希望を嘲り、願望を踏みにじり、勇気を見下すそんな三日月の口許。

 事実として、戦艦の主砲一撃で東方仗助は爆散する。

 そんな砲塔を稼働し、仗助の頭部に照準。発射と共に、たとえ腕で受け止めようが衝撃で東方仗助は致死する。

 それは何よりも雄弁であり、何よりも絶対な真理。天の自明にして、地の理。


 だが、


「遅せえッ! ドラァッ!」


 振りかぶった【クレイジー・ダイヤモンド】が殴り付けたのは海面。

 巻き起こる波が――海上に立つレ級の足場そのものを変質させ、照準が逸れる。

 無意味に空を睨む砲口と、吐き出された硝煙を帯びた爆風。

 二の拳、【クレイジー・ダイヤモンド】の左が宙を薙ぐ。

 途端に巻き起こる――砲身目掛けて逆流する砂の雨。黒い粒。


「火薬と海水を直した――錆び付くんだなッ、塩でも巻き込んでよォォォ――――――ッ」


 無論、仮にも海を征く船だ。その程度では錆び付きもしない。

 だが、海水に含まれた塩が宙に散り、爆風に混じった硝煙が修復と共に塩を引き込み砲塔にこびりつく。

 言わずもがな、発射すれば暴発する。

 必然的に、レ級に取れるのは【クレイジー・ダイヤモンド】に対しての近接戦闘――――――――否ッ!


「提督っ!」


 傷だらけの大井が叫んだ。

 水面からも視認できる白煙の尾を引いた二本の魚雷が、一直線に仗助を目指す。

 魚雷に長ける大井だからこそ、その威力の恐ろしさは知っている。

 爆発すれば、戦艦ですらただでは済まされない――それが魚雷。一撃必倒の海の長槍。

 況してや東方仗助は人間であるため、海では自在に動けず魚雷への唯一の生還法、回避が使えない。


 しかし、


「爆発してーッつーんなら、させてやるぜ……それもたっぷり」


 【クレイジー・ダイヤモンド】は、敢えて魚雷を殴り付け叩き折った。

 へし折れ、飛沫と共に海面を飛び出す魚雷。

 衝撃に信管が作動し、爆裂するよりも――しかし早く。


「ただし……てめーんとこで、だけどよぉ――――――」


 【クレイジー・ダイヤモンド】により修復された魚雷は、壊され直された勢いのまま真反対に、その主目掛けて殺到する。

 己を害さんとする己の武装に、しかしレ級は笑みを零し続ける。

 強烈な衝撃と水柱、吹き上がる水煙。

 生まれた波に仗助の体が揺り動かされ、その背後の卯月が揺らいだ。

 ふと、背後に意識を取られそうになる仗助だが――気は緩めない。未だに、奴の重圧はある。

 その凄味を、肌で感じるのだ。

 生半可なスタンド使いでは餌にしかならず、東方仗助と【クレイジー・ダイヤモンド】をしても一手間違えれば詰みに追い込まれる強敵だ……と。

 そして、水煙の一部が黒ずんだ。浮かび上がる影――敵の接近。


「ドラドラドラァ!」


 右の三連打。

 確かな手応え。破砕する音と感触――――違うッ!

 戦艦の装甲は簡単には砕けない。つまりこれは……。


(――囮だとォ!?)


 そして、仗助の目尻――尻尾を振り上げ左から回り込んだレ級。

 叩き潰されて無事に済む筈がない。きっと防御の上からでも、骨を破砕するだろう。

 何より――今は防御がない。

 右の打撃を繰り出した【クレイジー・ダイヤモンド】。仗助の左半身は開いたまま。

 レ級は見事に隙をついた。ここから防御に向かおうとも、仗助は間に合わない。そのまま生身に尾撃を浴びて、見事に圧殺されるだろう。

 ――しかし、空を切るレ級の降り下ろし。

 咄嗟に仗助は、破砕した囮を『直して』いた。

 レ級に使える囮など、何かを投擲したのでもなければ残るは奴が搭載した航空機のみ。

 果たして――仗助の予想は的中した。

 再生され、飛翔を再開する航空機をそのまま掴んだ【クレイジー・ダイヤモンド】。見事仗助は、尻尾の殺害範囲を脱していた。

 ただし――。


「なんとか……咄嗟に防御だけはしたものの……」


 仗助の頬を伝う出血。

 空を切るレ級の尾撃は、そのまま海水を打った。だが、そのあまりのパワーに噴き上げられた飛沫が破壊力を持ったのだ。

 強力な圧力を用いて水を撃ち出し研磨する機械があるように、レ級の一撃は海水を刃物に変えていた。

 何とか無理矢理スタンドで庇ったものの、しかし不意を打たれた形の仗助には初撃の回避が精一杯。

 余裕を以て防御とはいかず、防ぎきれぬ海水の刃がその体を苛んだ。

 派手に着水。仗助を振り払ったレ級の艦載機が、周囲の旋回体勢に移行した。


「マジにこいつぁ……戦艦ってのはデタラメなパワーだぜ……。当たるかどうかはともかくとしてよぉ~」


 至近距離で爆撃を受けたように、激しく上半身から出血する東方仗助。

 傷口に染みる海水に顔を歪めつつ、【クレイジー・ダイヤモンド】を保つ仗助。

 確かにレ級の破壊力は驚異であるし、そのハングリーさも、強度もすべからく驚異的。

 しかしながら、決して【クレイジー・ダイヤモンド】はそれに劣らない。速度なら確実に上。

 だが――そこで仗助は驚愕した。

 レ級の狙いは、海水を跳ね上げて攻撃する事ではない。


「……おめー」


 緊張感がそのまま音となり、文字となり、虚空に貼り付いたかと錯覚するほどの気配。

 例えば風呂場の浴槽、湯面に思い切り腕を叩きつければ判るだろうが……腕の力に押しのけられ作られた空間へと、周囲から水が雪崩れ込む。

 それと同じように。

 レ級の攻撃は、仗助を打ち砕く為ではなく……意識を失い、海面を漂う卯月の体を呼び寄せ引き上げる事が目的。

 尾に生えた頭部。その牙が卯月のセーラー服の襟を食み、レ級へと引き寄せる。

 手中に堕ちるとは、この事か。

 ふにふにと、意識のない卯月の唇を押さえるレ級の人指し指。

 弄ぶような蠱惑的な動き。娼婦が誘惑するかの如く、海水に濡れた人指し指を口紅とばかりに撫で付ける。

 これは卯月に対する侮辱であり、仗助に対する挑発。

 そのまま許すなら、少女に更なる辱しめを与えるであろうと連想させる婀娜っぽい動き。


「動くんじゃあねえッ!」


 睨み付ける仗助の烈火の視線も、然れど微風同然だと応じるレ級。


 逆に向けたるは嘲笑。

 警告するかの如く、二人を囲んでその場を旋回する航空機。意味深にエンジンを空吹かし音を強める。さながら雀蜂の羽音。

 そのまま無抵抗となった仗助を撃ち殺さんべく、威圧の飛行を続けた――嘲る瞳。

 どちらが優位か判らせようと行われる、示威行為。


「……」


 レ級の右手が、卯月の首に滑り込んだ。

 愛おしげな、恋人との逢瀬めいた愛撫の動き――――だが実態は人質。

 仗助が余計な行動をとれば、その瞬間に卯月の首を掻き切る準備は完了している……と。


「俺の方こそ動くな、って面だよなぁ~……おめーのそれ」


 そんな脅迫と、海上を自在に航行出来ない東方仗助。【クレイジー・ダイヤモンド】の射程からも遠い。

 大井が静かにレ級の背後に回り込もうとするが、応じて音を強めた艦載機。

 敢えての低空飛行で、その脅威を再認識させんと機動を行っていた。大井の舌打ち。


(『イチかバチか』をしようとしたら卯月は確実に殺されるわ……)


 唇を噛み締める大井。

 このまま仗助が無抵抗なら、喜んでレ級は仗助を殺すだろう。それから大井たちを血祭りに上げる。

 ただ、仗助が如何なる抵抗を行ったとしても……きっとレ級は喜んで卯月の身体を盾に使う。

 それから攻撃するだろう。或いは卯月の身体を投げ付けたり、囮に使って攻撃するかも知れない。

 このまま時間を稼げるならそれがいいが――しかしそれを許すレ級のでもあるまい。

 事実、卯月の喉に爪を立てた。

 ぷつりと血が、滲む。


「『動くな』」


 仗助が、一言呟いた。

 静かな――やけに落ち着き払った声。


「いや、まったくほんとーにそんな感じだぜ……なるほどその通りっつーかよぉ~~~~~」


 そんな仗助の上を押さえた艦上爆撃機。

 彼目掛けて、降下を開始する。加賀が瑞鶴に仕掛けたそれの再現がごとき、急降下爆撃。

 背面を向けて大空に腹を晒しての反転。一直線のその動きに、大井は思わず息を飲む。

 如何なる東方仗助とその【クレイジー・ダイヤモンド】だとしても、無抵抗で爆撃を受けて無傷に遣り過ごせる筈がない。

 跡形もなく吹き飛び、爆風の中で絶命する。それは確実だ。

 当の本人は両手をだらりと下げて、海面に突っ込んだまま。恰も、もう応戦をしない――と。

 そのまま、だが彼は、


「そして、こんなときに言うのも……なんつー悪いんスけど……山城さん」


 チラリと仗助は首を傾け、背後の山城を見た。

 煤けた頬。艤装から立ち上る黒煙と、痛々しい裂傷を負った白く極め細やかな肌。

 弾け飛んでしまった衣装に代わって、その豊満な胸元を腕に隠す。

 首を傾けながら振り返る仗助は、飄々と続けた。


「言いましたよね、あんたが壊れたら……『百篇でも二百篇でも直す』って」


「はい。……信じてたわ。信じて、ました……!」


 だから山城は、前方に出て戦った。

 東方仗助の【クレイジー・ダイヤモンド】なら直してくれると――。

 きっと彼なら山城を直してくれると信じていたから――だなら彼女は踏み留まって敵と相対した。

 そして、


「確かに弾ばっかりは演習用だけどよォ――――」


 波間から上体を浮かべる仗助と、逞しい【クレイジー・ダイヤモンド】のヴィジョン。

 歪めた目許で彼目掛けて照準する戦艦レ級を前に、不敵を崩さぬ東方仗助。

 その右手が、海面に引き上げられる。飛沫の尾を引いて、深海棲艦を照準する右手人差し指。


「キッチリてめーをブチ壊すためには……それでも何にも問題はねーよなぁ~~~~~~~~」


 その指が握り込まれた。

 ぐっ、と力を籠めて生まれた握り拳が引き絞られる。

 それと共に、深海棲艦の体が浮き上がった。卯月の喉から手が離れる。


 仗助目掛けて、迫り来るその肉体。

 仗助は警告を破った。不動を強要するレ級の要求を蹴り飛ばし、右手を持ち上げたのだ。

 静止状態からの急加速には、誰もが瞠目するだろう。


「同じく戦艦の装甲なら……それも【クレイジー・ダイヤモンド】の力で、『戻ろうとし続ける』装甲ならよォォォ――――――――ッ」


 しかし――違う。

 驚愕に目を見開いたのはレ級であり、東方仗助は塩水に濡れた髪を掻き上げただけ。

 それもそうだろう。

 まさに仗助の言葉通り、卯月の魚雷にて戦闘海域を目指す彼は――既に触れていたのだ。

 砕け散った、山城の装甲に。

 またしても言葉通りに。彼女自身がそう告げたように、山城は仗助を信じた。

 仗助がきっと山城の装甲を直してくれると信じて、その装甲が砕け散った場所と己を結ぶ直線に深海棲艦が割り入るように――。

 二度目撃した【クレイジー・ダイヤモンド】の能力を信頼して、そこ射線に深海棲艦が含まれるように立ち回った。

 この作戦は、誰が欠けても立ち居かない。


「殺させない……提督を、絶対に……!」


 山城が、壊れかけの砲身を照準。艤装で巻き起こる爆発。

 しかし代わりに吐き出される対空散弾が、爆撃を行わんとする敵爆撃機をその破片で飲み込んだ。

 同時――。


「提督!」


 レ級の後方。

 大井の叫びと共に放たれる、酸素魚雷。

 意識を喪った卯月を確保。その艤装を外部から稼働させ発射させたのだ。

 勿論、模擬演習弾。直接的に深海棲艦を破壊するほどの力はないが――


「グレートっスよ、大井さん」


 しかし不意に山城の装甲の破片を受けつつ、何とか体勢を立て直し、尚も踏み留まろうとするレ級を押し出すには十分。


 尾を海面に突き立て水への抵抗を増やし、動くまいと力を込めたその身体が、連続する爆発に押し負けた。

 その足が離れ――ついに、レ級の抵抗の術はなくなる。

 これはつまり――


「射程距離に『入った』ぜ。おめーのその、悪趣味な笑いが……ようやくよォォォー……!」


 ――三度目の邂逅。

 そして――三度目の正直。

 既に仗助の身体に被さる形で発現した【クレイジー・ダイヤモンド】は、完了している。

 このままレ級の身体をブチ壊し――この困難を殴り抜ける覚悟を。正しい今日に直す覚悟を。

 果たして――動く。

 ゆらりと、陽炎めいた動作の【クレイジー・ダイヤモンド】。確と握り締められたその拳。

 巌がごとき彫刻めいた体躯。

 血潮漲る桃色の、筋骨嵩張る武骨な腕に――表面を覆う空色の装甲。

 ハートを象り底面とした円筒の頭部甲冑。その仮面の奥には、熱気を無理矢理円に押し込めた眼差し。

 今にも溢れ出さんばかりの烈気が収まりきらずについに解き放たれる――――食い縛った歯が開かれる。


 そして――。


「ドラララララララララララララララララララララララララララ――――――」


 山城と仗助のコンビプレイによって生まれた傷へと、拳を叩き込む【クレイジー・ダイヤモンド】。

 合わせて起こる大井の魚雷の爆発が、背後からレ級を突き上げその威力を後押しする。

 装甲がどれほど強力だろうが、既に損壊しているなら関係ない。

 既に罅割れてしまえばあとは圧力を加えただけ――その分、亀裂が広がっていく。


「ドララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ」


 憤怒の連撃。激情の連打。

 容赦のない【クレイジー・ダイヤモンド】が生み出す拳の雨が、深海棲艦を打ち据える。

 その部品の最後の一つまでをも掃滅せんばかりの猛打。

 次々繰り出される破砕の攻撃。

 難攻不落の装甲を撃滅せんと、矢継ぎ早に打ち込まれる【クレイジー・ダイヤモンド】の撃砕の拳。

 反動で海面に刻まれる波紋が奇妙な形を生む。恒星の周りを自転する惑星が如く――或いは蓮の花が如く。


「ドラッ! ドラッ! ドラァッ! ド――――――――ラララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ」


 悲鳴を上げるレ級の甲皮と、軋みを上げる【クレイジー・ダイヤモンド】の拳骨。

 しかしそれでも叩き付けられ続ける、数多の拳撃。

 最早拳の雨を超えた。

 これは壁であり、嵐であり、明確な質量を持った一個の破壊の概念。粉砕の渦。

 勇気を嘲り、覚悟を笑い、尊厳を踏みにじる悪魔に叩き付けられる――正当なる怒りの拳。

 これこそが【クレイジー・ダイヤモンド】であり、そして――これこそが東方仗助。

 スタンドという――――その傍に立ち、理不尽へと立ち向かう輝ける意思/黄金の精神。


「ドララァァァァァァァァァァァァァァァア――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!」


 止めの一発。振りかぶり叩き付けた右拳。

 強力な破壊力を伴った精神のヴィジョンが、軽く数十メートルの向こうへと深海棲艦を弾き飛ばす。

 地面ならば衝撃でクレーターが形成されるだろうパワー。

 海面を抉り混むかの如く海水を押し退け、派手な瀑布と共に背中を打ち付け転がるレ級。


 そして、


「頭でも冷やすんスね……海水に浸かって、たっぷりよぉ~」


 仗助は、殴り飛ばした敵に背を向けた。海面から抱き上げられる、卯月の身体。

 天に捧げるかの如く、【クレイジー・ダイヤモンド】の両手が持ち上げた。

 深海棲艦戦艦レ級には、まだ息がある。

 事実、よろよろと身を起こして、仗助らに主砲を照準した。

 それだと言うのに仗助は振り返らない。

 ただ、山城本人の傷を直すだけ。

 何故なら――――既に、攻撃は完了しているから。


「海水に浸かって頭を冷やせ、つったよなぁ~~~~」


 ぐん、と深海棲艦の腕が、上半身がつんのめる。

 踏み止まろうとするもその場で横転して、立ち上がろうとしてもまた倒れる。

 何が起きたか判らない――そうあたりを見回す彼女の身体に傷一つない。


 そう、治っている。何もかもが元通りに、直されている。

 ただ一つ違うのは――


「【クレイジー・ダイヤモンド】……二つ纏めて『直した』ぜ」


 同時に破壊された大井の放った魚雷までが、その肉体と共に修復されている事。

 二つが混ざり合って――『組み立て直されて』いるッ!

 だから、意図せずレ級の肉体は推進力を得ていた。自ら海水を掻き分け進もうとする魚雷が混ぜ合わされていたのだ。

 そして最後に引かれる、言葉の引き金。


「魚雷になってクルージングでもしてるんだな……ヒトデさんと一緒に、『海の底で仲良く』オリョール海あたりまでよぉ~~~~~ッ!」


 その言葉と共に――海中に没した深海棲艦は、抵抗むなしく遥か彼方まで追いやられていった。

 もう誰も手出しは出来ない。

 深海棲艦そのものの持つ機関と燃料を使って魚雷は推進を続け、やがて彼女の含有する弾薬ほど爆発するだろう。

 その時まで、止まる事のない航行を続けるのだ。

 レ級は――――正しく、再起不能ッ!



 ◇ ◆ ◇



「これで元通りっすね」


 仗助の手に重なった【クレイジー・ダイヤモンド】による修復。

 まさしく文字通り、新品同然に――破損していた筈の大井の装甲は全て快復した。

 山城も勿論、天龍も既にここに至る道中で抜け目なく回復させていた。流石は彼――東方仗助、と言ったところか。

 信じられないものを見たようにまじまじと己の手を眺める大井を尻目に、仗助は頬を掻いた。


「なんつーか……言い出しにくいんスけどよぉー」

「……なんですか?」

「そろそろ、引き揚げちゃあくれねーっスか? 正直、傷に海水がズイブン沁みるっつーか……マジに傷口に塩を塗り込むそのものみてーでよぉ~」

「あ、ご、ごめんなさい……気付かなくて」


 すっかりと戦艦レ級と海上戦を繰り広げた為に失念していたが……。

 東方仗助は、生身である。生身の人間である。

 まさか大井らの様に海上を滑り移動する事も出来まい。そして人間の泳ぎで岸に戻りつくのには、距離があり過ぎる。


「……」

「……大井さん? どーしたんスか?」


 そして――大井は逡巡。雷巡が逡巡。

 珍しく顎に手を当てて、仗助の前で黙り込んだ。彼からの言葉も届かぬほどに。

 無視するとか、企み事をするとしても……このように完全に声が聞こえなくなるのは別だ。(ただし北上の事について捲くし立てる事を除く)

 近付いて覗き上げて確認すべきか。

 いや、構造的に完全に下からスカートの中身を覗き込む動作となってしまう。年頃の婦女子相手には厳禁である。仗助は止まった。

 そして何やら考えがまとまったのか――突如として普段通りの明るい笑みで、(それも花が咲き誇るように満開で)、仗助へと詰め寄った。


「提督、私考えました」

「ちょ、大井さん……近すぎるんじゃあねーっすか……? こう、あんまり近いと色々とマズイもんが見えるっつーかぁー……」

「ええ、提督にも傷があるから海水は……駄目ですよね」

「そーっスけど……」

「だからこのまま、岸まで! というか治療施設まで! そしてその看びょ――」


 なんたる様だろうか。鬼めいて怖い。

 笑顔だというのに。思い切り話しかけているというのに、まるで会話が成り立たないような雰囲気さえ醸し出す。

 というか気遣いも省みぬぐらいに接近を試みようとする大井に、仗助は大いに仰け反った。

 だがここで、なんたることだろうか。


「提督……?」


 執着者のエントリーだ!

 とっくのとうに傷を治されていた山城が、そこに割り込んだのだ。

 丁度大井と山城で、仗助を挟み撃ちする形になるではないか。


「山城さん? 傷は……治したっすけど、大丈夫ッスか?」

「ええ。……本当に言った通り、私の事を治してくれるなんて」


 伏し目がちに――されど、幸福そうに。

 己の肌を撫でて、柔らかな笑みを浮かべる山城。そこだけ見れば――非常に絵になるだろう。

 十人いれば、十三人ほど振り向く美しさである。(三人がどこから来たのか。きっと野次馬だろう)


「本当に、感謝しても足りないくらい……」

「別に気にするほどの物でもねーとは思うっスけどね。しょーじき、山城さんの装甲がなければどーなってたかだよなぁ~~」

「なので」

「ん?」

「ここから向こうまでは……その、私が提督を連れて……」


 またしても近い。顔が近い。

 正確に言うなら、体が近くなるというか……要するによろしくない。多分下から色々見える。

 「げ」と顔を歪める仗助の背後で、巻き起こる水音。


「あ、いけない……装備を落としちゃいました~♪」


 無論、大井である。

 彼女の手から偶然――おそらく――滑り落ちた甲標的が、水面で回転する。

 哀れ潜行の用意をしていなかった妖精は大慌てである。何たる惨状か。

 必死に溺れぬよう、甲標的を這い上がろうとするが、プールに浮かべたスイカのビーチボールめいて回転する。

 ハムスターが回し車でそうするように、ただただ動く甲標的と妖精。

 尤も必死こいてる分、何とも哀れすぎる光景だが……。


 大井は、笑顔。

 山城は、明らかに眉間に皺を寄せて。

 仗助の頭部を挟んだその両極で……視線を交わし合う。


「提督なら、私が連れて行くから大丈夫ですよ? ほら、私の方が早いから……」

「提督は傷を負ってるの……早いと提督の傷に障るんじゃないの……?」

「でも……なら、なおさら早く手当しないといけないんじゃないですかー?」


 笑顔。渋面。

 どちらも声色が穏やかな分――――だからこそ余計に、背筋が凍る響き。


「私の方が戦艦で出力が上だから……連れて行くなら、私よ……多分その方が向いてますから……」

「……あら、休んでいてください。私を庇って撃たれたんだから……ね?」

「その傷なら、最初に提督に治して貰ったわ。『最初に』。だから大丈夫……」

「……」

「……」


 ちなみに、順番的に一番初めなのはもっとも近場であった天龍であると言っておこう。


 静かに白熱する議論を余所に――と言うか。

 白熱するからこそ、彼女たちは気付かない。

 仗助がさっさと泳いで、二人の間から抜け出してしまっている事に。


「おい、卯月……さっさと向こう岸に連れてってくんねーか? これでもグラウンドで転げるサッカー選手より大怪我って奴でよぉ~」

「……」

「卯月……?」


 返答が、ない。

 仗助の首筋から、一気に血の気が引いた。背筋が凍り付き、怖気が這い上がる。

 彼は確かに傷は治した。治した、その筈だ。

 だが――いくら外傷を治したとしても。たとえ【クレイジー・ダイヤモンド】の力で修復したとしても。

 もし、それよりも前に完全に息絶えてしまっていたなら。


(う、嘘だろ~~~~~~? 嘘だよなぁ――……だってコイツ、物を言うぐらいの元気はあった筈だぜッ)


 手を伸ばし、卯月の腹に触れる。

 動いて――――いない。

 それはつまり、息をしていないという事を――――。


「――――なーんて、うっそぴょん!」

「どわああああああああああああああああああああああああああ――――!?」

「えへへ、やりぃ! しれーかん、まんまと引っ掻かってまっす!」


 しゅたっと、海上に飛び起きて。

 二足で直立。そのまま満面の笑みで、敬礼を一つ――完全回復した卯月。


「へへへ、今までのお返しだっぴょん! しれーかんには随分とうーちゃん怖がらせられちゃったしー」

「……お」

「かわいいうーちゃんが無事だったから、これぐらいは許して欲しいでっす!」

「おめーよぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」



 それから、天龍を連れて仗助の元に向かう加賀が目撃したのは。

 花のような満面の笑みと、瘴気が零れるほどの鬱屈とした顔で冷戦を続ける大井と山城。

 拳を握った仗助の周囲を、艦娘と言うアドバンテージに許して回りながら挑発する卯月。

 何とも――先ほどまでの戦闘はどこへやら、という光景で。


「……やれやれね」


 静かに顔を綻ばせて、そう嘆息した。


←To be continued...


       次 回 予 告


「デートってヤツっスかぁ~~~~~~~? これはいわゆる……」


「……酸素魚雷、撃ってもいいですか? 撃ってもいいですよね?」


「……甲板吹き飛ばすのに必要な炸薬は、どれぐらいでしたっけ? ねえ、ねーさまぁ……」


「その……ちょっと色々、聞いておきたいかな……って」


「……五航戦。許せません」


「なんスか、あんた一体――――」



 【五航戦とデートしよう その1】

 

元々、承太郎戦→レ級戦で繋げて一本でしたが予想以上に長くなった
戦闘の起伏が激しくて読んでて疲れたかと思います

次からはまた左に戻りますのでごあんしんください


【幕間】


「フッフッフッフッフッ……」

「何よ? 落ちてる海老フライの尻尾でも拾って食べた?」

「もっとマシな例えは思い付かねーのか、てめ――――ッ!」

「……ハァ」

(『どうせしょうもない事考えてるんでしょ』『阿呆は暇で良いわね。自分の尻尾でも追いかけ回してればいいから』みてーな面しやがってよぉぉぉぉお~~~~~~ッ)

「……」

(だが、それも今日までッ! へっへっへ、元はと言えば悪いのはおめーのその取り澄ました面の方だぜ!)

「……で?」

「建造するってんだよ! け・ん・ぞ・う!」

「すればいいでしょ」

(うぐぐ……だがそのスカした面もこれまでだぜ! これからたっぷりと『司令官ごめんなさい私が悪かったです』ってジャパニーズドゲザの時間よォォ~~~~!)

「……もっと普通にやる気は出せないの、このクズ」

「やかましいッ、聞こえてンだよぉぉぉ~~~~~~~~~~!」

「……ハァ」

(解体はしねーが……本気で泣き叫んで『ゴメンナサイ』するまでビビらせてやるぜッ!)


「……」

「へっへっへ、どーよォ~~~~ン? ンン~~~?」

「……」

「バシッと二隻、建造してやったぜ~~~? ルンルン♪」

「……」

(まさかほんとーに『やる』とは思ってなくて、声も出ないってとこかなぁ~~~~~ン?)

「……」

(そこら辺キッチリ守るぜ……特にやられた事をやり返すなんつー事は余計にキッチリよぉ~~~~~ッ)

「……ああ」

(フフン、これが実力って奴よ! 『大人げない』? 問答無用で解体しないだけ大人ってモンじゃあねえの~~~~~~ン?)



「……あ、あの」

(そうそう、これこれ! この奥ゆかしく儚げな感じがベリーグーよ! グー! このこまっしゃくれとは大違いだぜ!)

「提督……? あの……?」

「……」

「どーもォ~~~ン! うちの艦隊に……その分じゃあ、『軽巡洋艦娘』ってとこ?」

「あ、は、はい……軽巡洋艦です」

「グッド! これでお前もお払い箱だなッ、ヘヘッ今頃謝っても遅いけど……どぉ~~~~するぅ~~~~~~?」

「……」

「まだ間に合う……か、も――」

「……多分今頃あんたは『気弱そうだ』『この駆逐艦とは大違いだぜ』『口うるさいのはお払い箱よぉ~~ッ』とか思ってるんでしょうけど」

「ん?」

「……大きな間違いよ。同情するわ、一応」

「はぁ~~~~~~? ど・う・じ・ょ・う~~~~~~?」


「あの、提督……お払い箱って……その……どういう……」

「文字通りの意味って奴でね。別に海に浮かぶのは俺でも出来るし、それ以外に口うるさいしか能がないから解体よ! 解体!」

「……」

「……バカね、このクズ」

「ああン?」

「……先に立たないから後悔よ。覚えて起きなさい、クズ司令官」

「だからてめーはなんでそうやって上から目線で――」

「――へぇ……提督も、水の上を?」

「そーそー、そーなのね~ン。できちゃうのよぉ~、それも簡単に」

「なら、見せていただいても……いいですか?」

「ん?」


(……で)

「どうしました? お昼に食べたイカスミを海に戻してあげる慈善事業は終わりましたか?」

「う……ぐ……」

「そんなボランティアをしてるなんて、余裕がありますね。じゃあ……また艦隊運動を始めましょうか?」

(ゲェェ~~~~~~~~~~!?)

「……一応、教えてあげるけど」

「……一応、聞いといてやるけど。何よ?」

「あの人……軍艦時代は、鬼教官なのよ……。本当に……なんていうか……」

「おい、そいつをもっと早く――」

「――――喋るなんて、二人とも余裕ですね。メニューを増やしましょうか」

(オーノー! なんだってんだこいつ――――――!?)

幕間。某型軽巡洋艦二番艦

興味をもった人、今なら無抽選着任をしてる。重点な

明日更新します

ギリギリ、今日


「……はい? ああ、そーっすけど……はい、はい」


 昼下がりの執務室。

 すっかり馴染みとなった学生服にリーゼントで、格調高い机に向かう東方仗助と。

 その傍で、書類を抱えて佇む加賀。

 天龍は両手をこれでもかと広げて退屈そうにソファーに腰掛け、卯月は床の赤絨毯にうつ伏せに漫画を眺める。

 山城と大井は、どちらが飲み物を用意するかで鼻を付き合わせて火花を散らす。

 なお、緑茶と麦茶でどちらも茶である事には変わりない。コーヒー派や紅茶党には残念な事実だろうが。

 しかし、やたらと装飾された黒電話を手に取る仗助の視界から外れて繰り広げるあたり、二人して妙な一体感がある。


「そーっすかぁ~~~? 俺としちゃあ構わねーけどよぉ~~~~……」


 気の抜けた仗助の応答のその内に、差し出されたのはコーヒー。

 この暑さなのに何故ホットのブラックなのかはさておき、実に瀟洒な秘書然とした態度の加賀。

 そのまま、天龍の座すソファーの前の応接テーブルに三つ。睨み合う山城たちの肩を叩いて、涼しい顔。

 なお、卯月にはオレンジジュースである。


 が、


「……苦ッ、うっ……苦ッ」

「……」

「判ってるけど……うっ、ニガッ……にげーよな……うっ」

「……」

「いや、でも癖になる苦さ…………ニガッ、んなわけねー……ウエッ、なんだってんだこれよぉー……ニガッ」

「……替えてあげるっぴょん」

「お、サンキューな。ど~~~~にもオレ、ブラックコーヒーってのは苦手でよー」


 「龍田は美味いって言うんだけどな」と、天龍。さっぱり判らんと頬を掻く。

 内心で溜め息を一つ、スッと立って然り気無く山城と大井の砂糖とミルクを手中にする卯月。

 大井と山城は、今度は今度でまた相争っていた。

 どちらが原因で、仗助への飲み物の用意に失敗したか……という話らしい。


「それじゃあ、また……。ふぅ~~~~~~」

「なあ、どこから電話だったんだ?」


 「大本営か?」と天龍。仗助はそんなものではない、と首で返した。

 どことなく釈然としないというか、浮かぬ表情の仗助。彼自身、余り理解が出来て居ない話題らしい。

 他方、卯月は足を投げ出したまま知らん顔でページを捲る。

 パタパタと宙を漕ぐ足と、その度に裾が震えるセーラー服ののスカート――紫色のレース/個性を表す改造。

 カーペット近く、手にした漫画の表紙=湾曲。

 ――上衣が破けてやたらと粗い網目の服が露になった赤黒と、エンターテイメント向けデザインの戦国甲冑のような衣装に身を包んだ青黒。なぜか顔が近い。

 なお、山城と大井はやはりというかなんというか現在進行形で鞘当て真っ最中だ。何故かこちらも顔が近い。

 ただ、なんというか逆にそうなると親しげにも見えなくもない。

 事実天龍など、仗助の回答を待ちつつも――(こいつらいつの間に仲良くなったんだ?)――と小首を傾げて、また仗助へと向き直る。


「実は承太郎さんとっから電話だったんだけどよぉ~」

「……ああ、この間は結局碌に話せてなかったよな。それか?」

「それならまだ判るんだけど……何なのか承太郎さんからじゃあ無かったっつーか」

「ふーん?」


 「あんま喋ってねーし、余所の艦娘ってのはやけにキンチョーするぜ」と、仗助。

 仗助らがレ級を撃破した後、遅れて援軍――空条承太郎の艦隊は訪れた。武装を満載にして。

 息咳切って、という様子であったが……既に戦闘は終了した。

 その後、再度襲撃の危険もあるので――と、(それと仗助の治療の為に)別れてそれっきり。

 故に後から電話が来る、というのは実に理屈としては不自然でも何でもない、当然の流れであるが……。


「俺は別に構わねー、っつってんのに『こないだ間に合わなかった詫び』とか何とかよぉ~」

「ん? なら貰っとけばいいんじゃあねーの? 病気以外は何でも貰った方が、お得だぜ?」

「何でもって……それ、魚雷とかもッスか~~~~~~?」

「おう、ま、だからこの間も一番に貰ったろ? ……って何言わせんだよ!」

「言ったのおめーの方じゃあねーか、天龍よぉ~~~~~~」


「ま、それもそうか」

「『それもそう』っつーか……『それはそれ』しかねーじゃあねーか」

「フフ……ま、こういう風に何でも貰うし……何でも拾うぜ?」

「まさかそれが帝国海軍流ゥゥゥ~~~~~~?」

「物資がねーから仕方ねーってモンだよな」

「マジっすか~~~!? 物資がないと『笑いポイント』まで拾っちまうのかよォォォ~~~~~~」

「かなり世界水準超えてるだろ?」


 それから、ギャハハとお互いを指差しあって笑い合う二人。

 学生服にリーゼントと、ワイシャツの上にカーディガンを羽織ったような黒色二名は、どこからどう見ても休み時間の不良である。


(……え? 今のの、どこがおかしかったっぴょん?)


 笑いのポイントがイマイチ判らん、と描き込まれたコマから顔を上げた卯月。なおやはり登場人物の顔が近い。

 山城と大井も以前として顔が近い。喧騒続行中、絶賛牽制中。

 加賀は口許を押さえて、顔を本棚に反らしていた。震える肩。


(……。この艦隊、大丈夫っぴょん……?)


 ひょっとしたら自分しか常識人(艦娘だが)は居ないんじゃないか――卯月は訝しんだ。

 ついでに、とにかく話を進めろと軽く睨む。この不良二名ではいつまでも駄弁っているだけ、と彼女も知っているのだ。

 兎に角放っておくと、二人で雑談に興じているのだ。

 その度に前に出て割り込もうとしてはお互いをどつき合う山城・大井を、努めて視界に入れないようにする自分の身にもなってくれ――卯月は嘆息した。

 そもそも卯月は悪戯っ子なキャラなのに。なでツッコミ役にされてるんだろう…………という思いも追加だ。


「……で。だけどよー、提督」

「ん、なんスか?」

「結局その電話って何だったんだ? 演習二回目か?」


 それならそれで構わない、と拳を手のひらに打ち合わせる天龍。

 大袈裟な動作――余程彼女の中で、この間の敗北というのは引っ掛かっているらしい。

 尤もそれは、誰もが多かれ少なかれ抱えているものである……が。


「いや……こないだの『お詫びに街を案内する』とか『何か奢らせて欲しい』とか……そこまで気にするほどのモンでもねーと思うんだけどよぉ~~~」

「ふーん? ……ま、気にするならさせときゃいいんじゃあねーの?」


 『奢らせて欲しい』――加賀の目がピクリと反応。


「んで、別に承太郎さんと話したいから『ちょーどいいかもな』たぁ思ったんだけど……」

「うんうん……確かに、一度ちゃんとツラ逢わせも必要だよな」

「それなんだけどよぉ~……あくまで『承太郎さんは抜き』ってあっちが言い出してきてるのが判らねーっつーか」

「……向こうの提督抜き?」

「『承太郎さんナシ』ってハッキリ断言されたぜ。そぉ~~~~なるとあんまり必要も……」


 だからこそ、余り乗り気ではない――と仗助。

 確かに間に合いはしなかったが、結果として問題なく撃破できたのでそれは済んだ話であるし……。

 逆に相手に無駄足を踏ませた、という事の方が気にはなっていたのだ。彼中では。


 何とかして断る口実を探そうとしている風な仗助。

 そんな彼の思案顔を眺めて――――天龍は、ニヒルに口の端を歪めた。

 ……正確に言うなら、悪い事を思い付いた子供のように、だ。


「あのよー、提督」

「なんだよ、天龍」

「それって所謂……デートのお誘いって奴じゃあねーの?」

「デートってヤツっスかぁ~~~~~~~? これはいわゆる……」


 唐突過ぎないか、と首を傾げた仗助。

 超スピードや催眠術などチャチなもんじゃあ談じてないほどに展開が早すぎる。

 顔を合わせてこそは居ても、まともに会話の一つすらもした覚えがないのだ。

 だが、いいや――と天龍は首を振った。


「一目惚れかも知れねーだろ? その髪型とか、顔立ちとか、提督って地位とか色々あるぜ?」

「最後のはちげーだろ、おめーよぉー」


 適当言いやがって、と仗助。


「……ま、兎に角何か用事があるなら行ったらいいんじゃねーの? 提督、街に行ったこともないだろ?」

「そりゃあ……確かにそーっスね」


 やれやれ、と仗助が腰を上げる。

 そのまま後頭部を掻きつつも絨毯を踏み締め部屋を後にするのを眺めた天龍は、感慨深そうに一言。


「いやあ、提督の奴も隅に置けねーな。まさか他の鎮守府の艦娘から逢い引き申し込まれるなんて…………ん、どうした卯月?」

「……うーちゃん知らないっぴょん」

「んだよ……オレがどうかしたのか? おいおい……なんで離れてくんだよ、なあ」

「『どうかした』……って言うか、『どうかしてる』か『どうにかなる』が正しいっぴょん」

「あン……?」

「……俳句を読む事をオススメしまっす」

「俳句……? 何訳判んねー事……………………ん、どうした大井? 山城さん? オレに何か――――」


 ――例えるなら、槍使いに自害を申し付けるような。

 そんな、余りに悲痛すぎる悲鳴が……鎮守府に木霊した。



←To be continued...

ここまで

削り入手の瑞穂とRomaで終わりです。悲しい夏だった


 (これまでのあらすじ)チンジフのテイトクとなった、ヒガシカタ・ジョウスケはソウカイヤ(掃海屋)の恐ろしいグレーター級深海棲艦レ級を辛くも撃破し、引き換えに日常を謳歌していた。

 ミーンミーンミミーンミーンミーンミミーンミーン……ノイズめいたチャントを繰り出す蝉の声、アイスチャ……チンジフは実際平和!

 しかし別のテイトクを持つカンムスからの連絡が入る。ジョウスケを呼び出したそれは……マッポーの世における一輪の希望か、それとも死神めいた罠なのか。

 そして同時に動き出す、二隻のカンムス……物影にアンブッシュする彼女らの目的は? 走れテイトク! 走れ! カラダニキヲツケテネ!



「……ってところっぴょん」

「どうしたの!? 敵が来たの!?」

「……敵なんていないでっす」


 げんなりとした顔で告げる卯月に、大井は舌打ちで返す。

 なんだかなー、と言葉を飲み込み辺りを見回す卯月――――空を割く歩道橋、街路樹に見間違う街灯、舗装されたアスファルト道路……。

 そこから視線を右手に戻せば、一角だけ色調の違う公園。

 シンメトリーの区画は日本のそれというよりもむしろ西洋の庭園。敷き詰められたレンガ道に、飛び出さぬように刈り揃えられた植え込み。

 薔薇が囲いを作る花壇のその向こうには――桟橋の柵を通して、水面が覗く。港に臨めるのだ。

 出撃する艦娘も収められるだろうし、ともすれば――あるなら――軍艦なども見る事ができるだろう。

 そんな鎮守府横の公園。

 そこが、東方仗助と相手の待ち合わせ場所だ。

 なお、今のところいつもの学ラン姿で、欄干に背を預けてすっとぼけて立つ仗助しかいない。

 平和である。


 ……。

 だがそれはあくまで仗助の周辺だけだ。

 距離にしておよそ十メートル。その植え込みの影に、四人――というか四隻というか――は居た。


「じゃあ……来たら先制雷撃を……」

「いえ……この距離なら提督を巻き込む心配もあるから、戦艦の主砲の方が……」

「それこそ巻き込む危険の方が多いわよ……」

「なら、副砲で……」


 真剣な面持ちで顔を寄せ会う山城と大井。

 普段――というかあの戦闘を契機に――やたらと衝突が増えた二隻には見られない団結だ。

 ……というかお前ら実は仲いいだろ。卯月は訝しんだ。


「というかぁー、陸上で艤装は使えないんじゃないかなー……ってうーちゃんは思うんですけどー」


 陸の上では艦娘の艤装というのはあくまでも、見た目相応の破壊力しか有しなくなる。

 ましてや魚雷など、手榴弾より悲しい投擲武器止まりだ。進むべき水がないのであるから当然だろう。

 卯月のそんな心配(というよりは苦言)を前に、しかし胸を張る大井。


「つまり、向こうも防御ができないって事ね! そうよね、北上さん!」

「……とうとう居ない艦娘の幻影まで見えてるだぴょん」

「大丈夫ですねーさま……陸の上なら早さも固さも関係ない……」

「だいじょーぶな要素、これっぽっちもないっぴょん」


 片や朗らかな笑いで、片や凄みのある暗黒の気配でいない船に話しかける二隻。

 恋すると乙女は綺麗になるというが、その綺麗と言うのはひょっとしたらヘンダーソン飛行場的な意味ではないだろうか。

 つまり、海上からしこたま砲弾を浴びせられたような綺麗さだ。

 更地。何もないから綺麗。

 恋路の邪魔をする奴は馬に蹴られる――――どころか、「末期の句を詠め。解釈してやる」とでも言いたげな二隻を前に卯月は頭を抱えた。


(こんな……こんなツッコミ…………うーちゃんのキャラじゃないっぴょん! うーちゃんはもっと……もっと……!)


 天真爛漫、朗らか純粋小悪魔悪戯っ子。

 それが己のパーソナリティの筈なのに、どうしていつのまにか唯一の常識人枠になってしまったのか。

× 恋路の邪魔をする奴は馬に蹴られる――――どころか、「末期の句を詠め。解釈してやる」とでも言いたげな二隻を前に卯月は頭を抱えた。
○ 恋路の邪魔をする奴は馬に蹴られる――――どころか、「末期の句を詠め。介錯してやる」とでも言いたげな二隻を前に卯月は頭を抱えた。

 解釈→介錯


「……はあ」


 と、溜め息が一つ。

 いつもの弓道着姿の、加賀である。

 ……なお天龍は鎮守府での留守番となる。いざというとき鎮守府が空では仕方ないからだ。決して気絶したそのまま放置された訳ではない。


「大概にして欲しいものね」


 ジロリ、と冷たい目を二隻に向ける加賀。

 ――よし、もっと言ってやれと卯月は拳を握り締めてスカッと笑い。ちゃんと二隻に背は向けて。


「大概って……?」

「こんな事をしているなら、演習でもしていた方がいいわ」

「こんな事って……!」

「私たちは海を護る艦娘であって、出歯亀ではないのだけど?」


 ぐうの根も出ない正論だ。

 流石は正規空母・加賀。ボーキ喰うぼ加賀さんとは別人。やはり頼りになるときは頼りになる。

 卯月は大いに頷きたい気分であった。

 そりゃあ仗助が他所の艦娘とデート――――というのは気にならなくはないが、あの髪型だ。

 モテる筈がない。

 もしあれで女にモテると言うのであれば、けじめとしてスカートを首の辺りで巻き付けながら尻を叩きつつ「うーちゃんバカでっす!」と兎跳びをしてやる――と卯月は思う。罷り間違ってもあり得ない。

 つまりはまあ、デートなんて面白…………いや、興味深………………心配な事ではない。

 それよりも鎮守府でゴロゴロしていたいのが本音だ。暑いし。読みかけの漫画もあるし。

 そして大井と山城も腐っても艦娘――。

 つまりは加賀の正論に対して、否定はできない筈だ。ましてや色恋とかいう私情では。元・滅私奉公の軍属である。


「で、でも……これは……」

「これは?」

「その……」


 しどろもどろになりながら、悔しげに目を伏せる山城。

 勝った――――卯月は確信した。反論は不可能に違いない。


「いえ……」


 だが大井は諦めていなかった。というか反論しやがった。


「これはそう……鎮守府の安全! 安全の為なんです!」

「……安全?」

「そう、他の指揮官の艦娘が提督に接触を図ってくる…………つまりはこれは!」

「これは……?」

「間諜……スパイの可能性があるわ!」


 なんという飛躍論理。

 飛びすぎている。艦載機もびっくりの上昇だ。

 (というかさっき、思いっきり自分自身で出歯亀って認めてたよーなぁー……)流石卯月としても呆れ返るしかない。


「なるほど……間諜の可能性が……」

「そうよ! そうなの! そうなんです!」

「確かに…………有り得なくもないわね」

「そう、有り得る! 有り得るのよ……そうよね、ねーさま!?」

「だから――――監視は必要。人数も必要。……私も一緒に監視したらいいのね?」

「そうッ!」





「――――だが断ります」




 『ええ~~~~~~~~~!?』と、声を揃える二隻。

 最早憐れすぎて何も言えない……卯月は額を押さえつつ、加賀を見る。

 揺るがない瞳…………なるほど確かにこれが一航戦だ。

 やたらと若い女の子(五航戦)を目の敵にしているお局様なんて口が裂けても言えない。というか言ったら裂かれる。そして裂けた口では食べれないご飯も奪われる。


「……そんな話、信じると思うの?」

「で、でも……」

「これは……」

「……はぁ」


 それでも食い下がろうとする二隻に、加賀からトドメの一撃が投下された。

 一航戦、容赦せん――――そう言いたげに、二人の主張を灰燼に帰す決定打。


「提督には『クレイジー・ダイヤモンド』もあります。……まだ何か?」


 要するに、下手な護衛なんて必要ないのである。

 何せ、海上でも見事あのレ級を仕留める東方仗助と彼のスタンド【クレイジー・ダイヤモンド】だ。陸上では言うに及ばず。

 これにて二人の主張は愛でたく論破。加賀の弾丸が叩き付けられた。


「どうしても、と言うなら……」

「え?」

「止めないわ。私は帰るけど」

「そんなッ! 地上で艤装を使って覗き見できるのは貴女だけじゃない……!」

「今、覗き見って言ったっぴょん!?」

「そうよ! そうなったら提督を付け狙うメス猫をこの一帯ごと消し飛ばせるのは……!」

「ちょっとぉ!? うーちゃんたち、平和を護る艦娘っぴょん!? 街を吹き飛ばしちゃ駄目っぴょん!」

「私は帰ります。……今日のお昼は肉じゃがです」

「理由それェ!?」


 正直バレるんじゃあないか――。

 なんて冷や汗を垂らしつつ、卯月も輪の中心に巻き込まれて議論はヒートアップ。

 議題は昼飯と提督のどちらが大事か、に変遷しようとしているあたり何とも奇妙だが――――まあ提督の髪型に比べればマシか、と彼女も納得。


「……そもそも、肉じゃがはともかくとして」

「何……?」

「陸上で、戦いとは関係ない目的で艤装を使うなんて反対よ。艦娘なら、その辺りの誇りも持って欲しいわね」

「……」

「……あ、相手来たっぴょん」


 ――瞬間。

 皆が一斉に動きを止める。

 視線の先には、仗助と――――


「ごめん、遅くなっちゃって! ごめん!」

「別に構わねーっすよ、瑞鶴さん」


「……頭に来ました」

「止めてぇ! 止めてっぴょん! この人目がマジだっぴょん!」

「ふふ…………そうよ…………消し飛ばさないと…………」

「そんな……『ごめん待った?』『今来たとこ』をやるなんて…………。吹き飛ばしてもいいですよね、北上さん?」

「ひぃぃぃぃい~~~~~~~~~~~~!?」


 矢を番えて今にも放たんとする加賀の腰の辺りにしがみつく卯月の悲鳴が響く。

 それでも……一向に気付く様子はなく。


「それで、何の用事なんスか?」

「えーっと……うん、とりあえずどこかのお店にでも行こっ!」

「それは構わねーッスけど、俺……この辺りに来るのは初めてだし……」

「へえ、だったらエスコートしがいがあるじゃない! へへっ!」


 火に重油が、次々に投下されていっていた。



「う……」

「……酸素魚雷、撃ってもいいですか? 撃ってもいいですよね?」

「……甲板吹き飛ばすのに必要な炸薬は、どれぐらいでしたっけ? ねえ、ねーさまぁ……」

「……五航戦。許せません」

「う、うーちゃん一人じゃあムリだっぴょ~~~~~~~~ん!」


 なお天龍は、その頃一人鏡の前で『どの角度が一番怖そうに見えるか』のポーズを取っていた。





←To be continued...

という訳で日常回

解釈を誤字したアオバ=サンはケジメされます

まさか過ぎる

『今夜』だ……

新月の時を待て……

フタフタフタマル状況開始


 早速顔を合わせた二人は和やかな雰囲気。

 初夏を思わせる緑の髪を二つに結んだ瑞鶴は、勝ち気そうな顔で快活さと明朗さを露にした艦娘。

 一方、派手で奇抜なリーゼントヘアーとは裏腹に柔和で人の良い東方仗助。普段から、女性とは和気藹々と会話する程度に交流がある。

 髪型からは想像ができない性格の良さで交流の我が広い彼と、物怖じしない彼女の雰囲気が悪くなる理由はなかった。

 二人で連れ立って歩き出すそこ――「あ、その前に」と一言。


「どうしようかな……」

「どぉーしたんスか?」

「えっと、なんて呼べばいいかな……と思って。ほら、確かに提督さんだけど……うちとは違う艦隊だし」

「そーッスよね。あくまで瑞鶴さんとこの提督は承太郎さんッスから」


 承太郎さん――空条承太郎。

 何故だか己同様の年齢ほどまで若返っている彼を前に、仗助も果たして何と呼ぶべきかと迷っていたが……。

 結局は「承太郎さん」と、これまで通りの呼び方で決定した。今さら変える理由も特には思い当たらなかったのだ。凄味は以前以上であるし。


「まぁ、好きに呼んでくれていーっすよ? 気にはしねーしよぉ~」

「そっか……ふんふん、好きに呼んでいい、と」


 それから顎に指を当てて逡巡した瑞鶴は、何か思い付いたとばかりに手を打ち鳴らしてそのまま右手を一つ。


「それじゃあ――よろしくね、仗助♪」


 ごく自然に同年代の友人にそうするように、闊達に笑って見せた。

 応じて仗助も、差し出された手を握る。

 あの戦場で直接肩を並べた訳ではないが、瑞鶴の援護――――そして深海棲艦という共通の敵。二人は戦友同然だ。

 何よりも、年の頃が近いというのがあるのかも知れない。


「それじゃ、行こっ! ほら、早く早く!」

「ちょ、引っ張らなくても大丈夫ッスよ!」

「いいからいいから! ほらほら」


 花が咲き誇るように瑞鶴は笑うと、何の気なしにそのまま仗助の手を握って駆けだした。

 余程早く、自分たちの街を案内しよう――そんなつもりなのだろう。仗助も、彼女の思いのほかの馬力に引きずられるようにまた、小走に。


 そこで――――。


『――――――』


 ――ぶつん。

 切れた……決定的な何かが…………切れた。

 無論それは、この場で歩きながら歓談する二人ではない。二人は気付かない。

 ただ、おおよそ二十メートルほどの後方――仗助のスタンドの射程距離の遙か外での話だ。

 そう、だから彼らの位置からでは映らない景色。

 ……あまりにも凄惨過ぎて映すには支障があるので、音声のみに纏めるとしたらこうなる。


『……ねーさま。判りました。「ブッ殺す」と心の中で思ったその時には、スデに夾叉は完了しているのですね……』

『そんな話、聞いた事も無いっぴょん!? どんな凄腕の射撃ぃぃぃ!?』

『北上さん……今日の私は、阿修羅をも凌駕する存在になっても……いいですよね?』

『よくないよくないよくないよくないっぴょん! ちょっとぉ!?』

『……頭にきました』

『さっきから頭以外の場所に来てないっぴょぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~ん!?』


 ――艦娘殺すべし慈悲はない。

 とばかりに血気盛んな三隻と、巻き込まれた一隻の悲鳴。

 なお天龍はその頃鎮守府で、刀を片手に“スタンドを出せるときになったらする決めポーズ”の練習をしていた。



 通りをそのまま西に進む二人。半島と半島の間に流れた内湾に沿った海岸線。

 鎮守府の港湾が覗き、それに伝ったコンクリートの岸壁。

 視線を遠く――遥か半島の向こうには煙突が数本、海面から顔を出す。

 いつの間にか走る事をやめ、なんの気なしに繋いでいた手を離した二人は海を眺めつつ談笑する。


「――それで結局、あのレ級は海の底にでも行ってるんじゃあねーッスか?」

「あの後、そんな事があったんだ……」

「卯月の野郎が気転利かさなきゃあって話だし、山城さんがいなかったらどーなるかってとこだし…………天龍も、加賀さんも、大井さんも」

「いい艦隊なんだ?」

「まぁ、控え目に言ってグレートな艦隊ッスよ。演習ばっかりは負けちまったッスけどよォ~~~~~~~」

「あはは」


 なおその頃――現在、卯月は駆逐艦の矮躯に見会わぬほどの奮戦を見せていた。

 具体的には重機関車の如く敵選手を幾人も体に引き付けて進むラガーマンめいて。体に気を付けて欲しいものだ。


「ところでそっちはどーなんすか? 言っちゃあ悪いけど承太郎さんは言葉が少ないタイプだから――」

「――そうなのよアイツ! 口数少ないし! いつも怒ってるみたいに黙ってるし! 話しかけても無視するし! 怒鳴るし! 本当にもう……!」


 怒り心頭、と眦を攣り上げて身振り手振りで表現する瑞鶴。

 「島風とか比叡には怒らないのに私には――!」「利根には甘いし――!」「那珂の執務室ライブの所為で機嫌悪くなるし――!」「やれ、うっとおしいだ――!」。

 ……矢継ぎ早に飛び出す承太郎への文句。

 正直、仗助と出会ってからの年相応に落ち着きや深みを見せ始めた空条承太郎とは違って――謂わば全盛期の彼は――。

 相当にハードな男らしい。少なくとも、瑞鶴と何度も衝突する程度には。


「まぁ、そーゆーところが承太郎さんだと思って上手く付き合ってくしかねーぜ……こればっかりはよぉ~~~」

「……はあ。自信なくなりそう。船にも詳しいし……戦法にも詳しいし……ずっと冷静だし……」

「愚痴ぐらいなら、俺で良かったら聞ける範囲は聞くけどよぉ」

「……ありがとね。どうしようもなくなったらお願いしちゃうかも」

「構わねーっすよ、俺ぁよぉ~」


 等と雑談を交えて、海岸線を北上する二人は喫茶店に入った。

 オープンカフェテラス。

 大きなガラス窓の向こう、店内には客の影がないが――二人はそれでもオープン席を選択した。

 通りに面した広場には、木製のテーブルと椅子のセット。そのどれにも日除けのパラソルが。

 その、白い円形のテーブルに向かうと……やおら仗助は、空を――抜けるような青空を仰いで、それから漸く確信めいた思いとなった疑問を一つ。


「……ところで瑞鶴さん、聞いてもいいッスか?」

「何? どうかした?」

「さっきからどぉ~~~~~~~~~にも変な感じがしてた、っつーか……違和感がバリバリあったっつーかよぉ~~~~~~」


 建物は整っている。街並みも揃えられている。決して獣道が続く荒野でもなければ、氷に閉ざされた極圏でもない。

 だが。

 だが、ここには……。


「……なんで今まで、俺たち以外の人間が居ねーんスか? どこにもよぉ……」


 人の姿や気配というものが、ただの一つとして存在していなかった。

 あたかも、入念に手入れがされた映画のセットの如く――――舗装されたその道路などとは裏腹に。

 この喫茶店に来るまで、ただの一人として見かける事はなかったのだ。自転車も、バスも、タクシーさえも通ってはいない。


 ――ゴーストタウン。

 仗助の頭をよぎったのは、そんな言葉だ。

 生物だけを死滅させる爆弾が爆発したのならば、こんな光景にでもなろうか。


「……」


 問いかけられた瑞鶴は、沈痛な面持ち。

 余りに悲嘆にくれるその眼差しに仗助も身を引きかけたが、心を取り直して彼女を見やる。

 白いテーブルに肘をついて。瑞鶴は、その深緑の瞳を車道――その向こうの街並みへと向けた。


「……昔、って言ってもそれほど前じゃないけどね。ここの辺りも、攻撃されたんだ」

「深海棲艦に……っすか?」

「……うん。鎮守府が――――軍事施設が近いし、海岸沿いだから……真っ先に狙われた」


 物憂げなその瞳の奥に、何が映っているのか――。

 或いはそれは燃え盛る街並みかも知れないし――、或いはそれは、人々で賑わう往来なのかも知れない。

 彼の目からすれば何の変哲もない(そして人気のない)街角でしかないが、その下には様々な“記憶”が刻まれているのだろう。


「それから、何とか再建できたけど……当然だよね。そんな危ない場所に、住みたがる人なんて……さ」


「……じゃあ、建物の管理とかはどーしてるんスか?」


 頬を掻きつつ、瑞鶴の視線に合わせて通りのあちらに目を向ける仗助。

 彼の見たところでは――なるほど、再建されたというだけあって建物は新しい。目立って汚れても居なければ、壊れてもいない。


(にしても、“綺麗過ぎる”っつーかよぉ~~~~~~~~~~~~)


 これは然る漫画家からの聞きかじりでしかないが――。

 家というのにも、人と同じように恒常性というものが存在する。つまりは周りの影響に関わらず、自分を一定の状態に保とうとする力。

 人間は、暑くなれば汗を掻く。寒さを覚えれば震えて体温を生み出す。

 そんな風に、家にも恒常性というものがあり――――そして。

 家に於けるそんなシステムを司るのは、人間なのだ。

 中に住む人間が、外の寒暖に応じて暖房器具などで“快適である空間”を作り出す。それを行うから、昼間・夜間の寒暖の差が激しくならず家も保守される。

 また、人が住むなら動物などは寄りつきにくい。たとえば家の柱を壊そうとするネズミなども避けられる。

 だからこそ人の住まぬ家というのは思った以上に簡単に崩壊し、そして、長持ちする家屋というのは人が住んでいるという証拠なのだ。

 ……ちなみに。

 そう言った漫画家の彼は、“長年人が住んでいないにも関わらず全く変化がない家屋群”という都市伝説を調べて、その過程で一悶着あったらしい。

 ただ、これは別の話だ。ここで語るものでもないだろう。


「それは……仗助も知ってる通りだと思う」

「俺ェ?」


 己を指さして首を傾げる仗助の眼前、テーブルに踊り出す影。

 飛行帽と呼ばれる――長い犬の耳が如く両脇が垂れ下がった帽子。額に付けられたゴーグル。そして身に纏った軍服。

 瑞鶴の肩を伝ってテーブルに降り立ったその影は、着地の衝撃で足でも挫いたのか冷や汗を流しつつ、見事な敬礼を見舞った。

 つまりは――


「まさか……」

「そう」

「まさか……まさかッ」

「その、まさか!」

「まさかッ! 妖精さんたちがここの住人って奴ッスかぁ~~~~~~~~~~~~!? マジな話にかよぉ~~~~~!?」


 大げさに飛び退く仗助を前に、腕を組んで首肯する瑞鶴。

 確かに――――改めてよく目を凝らしてみれば。建物の窓の陰に、小さく蠢く存在が見える。

 二階建ての赤い煉瓦のビルも。灰色の雑居ビルも。トタン屋根の車の整備工場も。何の変哲もない民家にも――――。

 そのどれもに、家屋の大きさとは不釣り合いな住人が住んでいるという事だ。

 等身大ドールハウス――なんて言葉が過るほど、あまりにもファンタジーやメルヘンの溢れる光景。


「まあ……普通の人もいる事はいるけど、前に比べたら……やっぱりあんまりいないかな」

「ハァ~~~~~~~~~~。ある意味、提督になってから……一番驚いたぜ~~~~~~! こいつぁよぉぉぉ~~~~~~~!」

「そう? なら、連れてきたかいもあったかもね!」


 へへへ、と笑う瑞鶴。

 しかし、それにも――どことなく力がない。少なくとも彼には、東方仗助にはそう思えた。

 寸暇の後、仗助は口を開く。至って普通の、一切の気負いのない響き。


「それじゃあ、俺たちのやる事はシンプルに一つだよなぁ」

「え?」


 さりげなく――足を挫いた妖精に【クレイジー・ダイヤモンド】で触れつつ。


「ここの人たちが安心して戻って来れるように、平和な海ってのをさっさと取り戻してやらねーとよぉ~~~~~~~」

「――うん! そうよね!」



 なお……。


『やる事はシンプル……目標を中央に納めて零距離水平射……目標を中央に納めて零距離水平射……』

『もーちょっとシンプルじゃあなくて複雑に考えるべきでっす! 本当の本当にぃ! ねえ!?』

『安心して安眠できるのよ……フフ、この酸素魚雷なら』

『安心もできないし、それ安眠じゃなくて永眠じゃないかなってうーちゃんは!』

『……追い風ね。風力が足りないわ』

『足りたらどぉーするつもりだったっぴょん!? ねえ、ちょっとぉ!?』


 物陰では……。


『提督、退いて下さい……その空母撃てません……』

『逃げてぇぇぇえ!? でもしれーかんは逃げないでぇぇぇえ!』

『大丈夫です……痛みは感じないわ。地獄に行ってから苦しむ事になるだろうけど……ね?』

『大丈夫さ、どこにも何にもないっぴょん! というか仲間思いだったのは!? ねえ!?』

『……お腹にきました。そろそろお昼です』

『戻ろ? 戻るっぴょん! ね? 肉じゃがだよぉ……ね?』


 水上を進む白鳥の水面下のようなやり取りが、繰り広げられていた。



 注文をしてくる――と、瑞鶴は店の中に向かって行った。

 なんでもやはり、艦娘にはある程度心を開いているが、人間に対してはそれほどでもないらしい。

 仗助が注文を頼みに行ったら、居留守を決め込まれるだろう――――との事。

 それは、『店屋としてどうなんだ?』という気がしなくもないが……昔話に出てくる妖精からしてそうなのだ。そういう『ルール』なのだろう。


「……ここ、いいかい?」


 呼びかけられ、顔を上げる仗助。

 眼前に居たのは――星のマークを散りばめた、頭蓋骨の形にぴったりと嵌ったタイトな帽子。そして、馬の蹄鉄と思しきアクセサリーを額に飾った青年。

 寒色系の衣装から、どことなく青年の冷徹さが強調される。

 外国人……だろう。顔立ちは日本人のそれと異なる。

 見覚えがない人間だ。当然ながらこちらの世界に来てから、空条承太郎を除けば、艦娘としか触れ合っていないのだから。

 しかし、それなのに――。

 どこか――――どこかで会ったような、まるで他人ではない雰囲気を覚える。そんな奇妙な感覚に首を捻りつつ、仗助は応答した。


「あ、悪いっスっけどそこ……連れがいるんスよ。だから別の席にしちゃあ貰えないっすかぁ~~~~~?」


「連れ……」


 言われた青年が、首を伸ばした。周囲を見回す彼の目線を代弁するなら――『どこにそんな奴がいるんだ?』と言ったところだろうか。


「……」


 ある意味無礼ともいえる青年のそんな動きを、仗助は軽く口を開いて見守った。

 確かに引っかかる。だが別に、それぐらいで因縁を付けたり口論に発展させるほど、彼は反発的な男ではない。

 それよりも――やはり。

 どことなく、奇妙な感覚だ。瑞鶴とも、加賀とも違う。

 言うとしたら――承太郎には、近いものがある。まるで外見も違うというのに。(承太郎は偉丈夫だが、青年はそこまで筋骨隆々としていない)

 この、金髪碧眼の青年……。


「まだ……来ていないようだけど」

「それは……まぁ、そうっすけど……席を外してるっつーか……」

「なら、待たせて貰えないか? ほんの少しでいい……僕も待ち合わせをしているんだ」

「はぁ……?」


 外国人特有の強引さであろうか――。

 結局有無を言わさずに腰掛けた青年と、瑞鶴が来たら退いて貰えばいいかと言葉を飲み込んだ仗助。

 奇妙な沈黙が訪れる。


 仗助は頬を掻いて、手持ち無沙汰で街並みを見やった。やはり人影がない景色。

 それから、青年を一瞥。


(さっき瑞鶴さんが言ってた……『数少ない住んでる人』って奴っすかぁ~~~~~?)


 同じく、数少ない住人――それも見慣れない――仗助を見つけたから、だからこそこうして他にも席は空いているのにわざわざ腰掛けた。

 そんな経緯があるのかもしれない。

 だが、それにしたって不自然に無言だ。

 あれほど遠慮なく席を取ろうとしたのに、その癖、妙な気まずさから仗助に質問しないのか?――――なんだか不思議だ。


「あの……」

「……僕の事なら、ジョニィでいいよ」

「あ、俺は東方仗助ッス」

「……」


 「ヒガシカタ……」――青年が、飲み含むように小さく呟く。



「ジョニィさんはここらの人ッスか? 待ち合わせ相手も――」


 仗助には視線を合わせず。

 ジョニィと名乗ったその青年は、酷く遠い目をした。

 ここではないどこかを。街並みから外れてしまった荒野の道を振り返るように。


「――そうだな。大切な……大切な友人と待ち合わせをしてる。大切な……」


 それ以上、聞けやしない。

 そんな雰囲気が、今の青年の言葉にはあった。亡くしてしまった大切なものを、思い返すほど郷愁に満ちた。

 仗助は無意識に、店内へと目線をやった。

 日光の関係か、今度は反射で窺えないが――――いるであろう瑞鶴に助けを求める。

 少なくとも、初めての外出であり、久し振りの息抜きだ。仗助はそのつもりだった。デートというのが真実かはともかくとして。

 それがいつの間にか、陰気な外国人に絡まれてる。これは一体どんなスタンド能力だ?


(やっぱり席を移った方がいいよなぁ~~~~~~~~、こーゆー『陰気』なタイプはいきなり何を仕出かすか判ったもんじゃあねーぜ……)


 ――徐に、テーブルに手をついたその時だった。


「――ジョースケ。君は、『賭け事』なんかやったりするか?」


「賭けェ? 賭けってあの賭け事ッスかぁ?」


 言われて、仗助は戸惑った。

 それは、逃げ出すのが間に合わずに青年に絡まれてしまったからでもなければ――。

 或いは唐突に、あまりいい思い出のない言葉を突き付けられたからでもない。

 青年が――ジョニィがあまりに自然だったから。

 先程までの、煤けて落ち着いた雰囲気は何処へやら。

 ごく普通の、年相応の青年のような声色になったからだ。


「そう。ポーカーでもいいし、ルーレットでもいい。ブラックジャックでも、レースでも」

「……トランプならともかく、それ以外のこーしょーなのとは付き合いはねーッスね」


 どこからどう見ても、東方仗助は学生だ。

 パチンコですら止めがかかるし、ましてやカジノなどという娯楽施設には到底縁がない。あるという方が問題だろう。

 手に入りやすいトランプを使った賭け事なら、仲間内で嗜んだりする程度。


「でも、あんまりいい思い出はないんスよね~~~……どーにも『邪念』が入るって言うかよぉー」

「僕もだ。来て欲しくないときに限って来たり、裏目を引いたり……いい思い出はあまりない」


 その言葉に――ちょっとばかりの親近感を覚えた。

 この外国人なりに、世間話の話題を探していたのだろう――とか。

 それにしたって、世間話がいきなり賭け事ってのはどうなんだ?――とか。

 或いは、失敗談ってのは受け入れやすいというし、その辺りが関係しているのかも知れない――とか。

 そんな風に心を綻ばせた仗助に、


「――僕とちょっとした『賭け』でもしないか? 待ち合わせの間だけでいいんだ」


 その警戒の鎧の隙間を縫うように、青年の言葉が突き付けられた。

 敵意や害意は感じない笑み。

 だが、だからこそ――――突飛な物言いなのにあまりにも自然体だからこそ、うすら寒い。


(おいおいおいおい……やっぱりこのガイジン危ねえやつじゃあねーかよぉ~~~~~~!)


 (こうして近付いて来たのは、お気に召したカモを釣り上げる為かよ)――仗助はそこまで、内心顔を顰めた。

 そんな彼の変化に気付かぬか、それとも見ぬふりを決め込んだのか――更に続ける青年。


「別に大した賭けじゃあない……ちょっとした暇潰しだ」

「でも、やっぱりその……金とか賭けるのはちょっとなんつ~~~~かッスねぇ~~~~……」

「『大金を毟りとる』……? ここで、この状況で?」


 誰も保証人がいないのに?――と、青年は辺りを見回す。

 そして何より、お互いの体だ。

 青年もかなり鍛えている風ではあるが、それは重さを増すというよりは、絞り上げて無駄を削ぎ落とし限界のせめぎ合いをした競技者の風情。

 対する仗助は、空条承太郎ほどではないがやはり筋骨隆々とした偉丈夫。

 腕っぷしがどちらかが上など、見えている。踏み倒そうとすれば、仗助にはそれができるのだ。


「別に取って喰おうってワケじゃあないし……僕はそこまで金に困ってもいない」

「じゃあ、なんで賭け事なんて……」

「『時間潰し』。それに――君、この辺の人じゃあないだろ?」

「……」

「ゲームついでに、賭けに勝ったらこの辺の聞きたい事を教えてもいい……そう思っただけだ」


 ――別に、嫌なら嫌で構わないが。

 ジョニィはそんな風に顔を逸らした。興味がなさげな態度。本当の本当に、単なる暇潰しだと。

 確かに――別に仗助には損はない。

 大金を賭けないというなら、本当にただ、奇妙な外国人に付き合うだけの話だ。


「……本当の本当に、大金とかは賭けないんスよねぇ~~~~~?」

「保証する」

「『百万は僕に取って大金じゃあない』とか、そーゆーセコい話は抜きッスよ?」

「疑り深いな……精々コーヒー二杯分奢って貰うだけでいい」

「身ぐるみ全部剥がすとか、恥ずかしい写真を取って売るとか――」

「それ、需要はあるのかい? ……ちょっとした疑問なんだけど」


 淡々と返答する、ジョニィという青年。


「本当の本当に、おかしな話は『ナシ』っすね?」

「ああ。……別に無理に暇潰しに付き合って貰う必要はないし、君にこの辺の事を教える必要もない」


 だから、ただのゲームだ――と青年は首を振る。


「ただ、やるからには本気でやって貰う。ある程度のスリルは必要だ」


 だから――。


「――始める前に、宣言して貰おうかな。『魂か』『それに近いものを賭ける』……って」










←To be continued...


       次 回 予 告


「カラオケ……流石に気分が高揚します」


「……なんだか判らねーが、こいつは仕掛けてやがるぜッ! 『イカサマ』って奴を……!」


「ドーモ、カンムススレイヤーです。……流石のうーちゃんも我慢の限界っぴょん! そこに直れッ、ぴょん!」


「浜風、浦風が探しとったよ? ……あと潮と照月にも土産買ってかんと」


「グッド! 気に入った!」


「……新しい船、ッスか?」



 【五航戦とデートしよう その2】

 

いつものジョジョ

この話のオチは決めてるがこのスレに収まりそうにないですね
次スレに行く可能性は十分にあり得ます

0000から……始めよう……

開始


「魂ィィィ~~~~~~?」


 何とも見過ごせないキーワードだ。

 それがハッタリだとしても――――それに近いものを賭けろ、という言葉。

 やはり金目のものを巻き上げる。そういう意図なのかと……仗助は反射的に左腕の時計を押さえた。


「それってどーゆー事っすか? やっぱりあんた、カモを見付けて『してやったり』って面なんじゃあ……」

「別に、そのままの意味だよ。それぐらい本気でやって貰おうってだけで……」


 そこで、時計を一瞥。小さく鼻から吐息を漏らすジョニィ。


「君から大金を『取り立てよう』……なんて気はない。何度も繰り返すけど」


 「まぁ」と言葉を区切って。


「別に無理に付き合わなくてもいいさ。自信がないって言うなら……仕方がないからな」


 ジョニィから時間潰しをしよう、と持ちかけてきた割にこの態度――。

 これも盤外戦術のつもりなのか。それとも外国人特有の空気の読めなさなのだろうか。或いは――判らないが。

 「付き合おう」としているところにこの態度だ。流石に温厚な仗助にしても、カチンと来るものがある。


(そぉ~~~やって、『怒らせてこれを乱せ』っつー算段なのかもしれねーけどよォ~~~~~~~。生憎、孫子なんて時代遅れに引っかかるほどマヌケ頭じゃあねえぜ……!)


 呼気を一つ。

 努めて平静を保った仗助は、そのまま首を傾げてジョニィに問いかける。


「ところで、『賭け事』っつっても何する気なんスか? 見たところあんた、トランプも花札も持って無さそーだし……都合よく『ナンバー当て』しようにも車は来そうにねーけどよぉ~」


 そもそも外国人に花札が理解できるのかは兎も角――これほど日本語が達者なのだから知っていそうではある――。

 彼がそのどちらも所持している風には、仗助からは到底見えなかった。

 普段の仕事がマジシャンか、それともトランプを武器にする風変わりな存在でもなければ常備される筈もない。

 そんな仗助の懸念を尤もに、軽く顎を下げたジョニィは懐からコインを取り出す。

 金色――まさか本当に純金製ではないだろうが、その独特の金属光沢から“貴重である”とは判る程度。

 片面に刻まれた「C」の文字――こちらが表なのだろうか。


「これを渡すと妖精は喜ぶ……机を作ってくれたり、どこからか床にカーペットを敷いてくれたり」


 本当は銀色なんだけど、特別製だ――とジョニィ。


「はぁ」


 光り物が好きだなんて、確かにメルヘンの妖精らしいな……と、頷く仗助。


「ゲームは簡単だ。コインを弾いて決めよう……『裏か』『表か』……シンプルに判りやすい」


 ジョニィが、指でコインを弾き上げる。

 掴み取って開かれたそこ――――コインは裏を示していた。


「コイントスねぇ……確かにシンプルかもしれねーが、ちょ~~~~~~っとシンプルすぎやしねーっすか?」


 「ま、別にだからどーのこーの言う訳じゃあないッスけどね~~~~~」と、場外戦じみて蟀谷に指を当てて挑発するふりをしながら――仗助は胸を撫で下ろしていた。

 余計に煩雑なルール、読み合いの行われる競技でなくて助かったというところではあるのだ。

 そんな仗助からの物言いに、されど顔色一つ変えずに再び口を開くジョニィ。


「だから……」

「え」


 言いつつ、ジョニィがテーブルに備え付けられた紙ナプキンが詰められたコップを裏返す。

 そこから――小分けに封のされたミルクとガムシロップがテーブルに散乱した。

 そのまま逆向きに蓋で着地するものも居れば、回転の勢いのままテーブルの端を目指すものもいる。

 その数、実に十一。突然の賑わいを見せるテーブル上。


「……これじゃあ半端だな」


 言いつつ――ジョニィが隣のテーブルのカップを取り、やはり同様にひっくり返す。

 シロップとミルクが丁度、並ぶは――それぞれ十三。

 飛び出た勢いそのままに、シルシルと回転を纏うそれはぶつかりあい……何たる偶然か、仗助の側には全てガムシロップ。ジョニィの側にはミルクと――より分けられた。


「これがチップ。それで――」


 ジョニィが一つまみ、ミルクを持ち上げナプキンの上に。


「こうやって……チップを賭けるときは乗せて積み上げる。崩したらそもそも賭けにならない……その時は崩してない側の『総取り』だ」

「デカく乗せるってのはそれなりにリスクが必要って事かよ……なるほどなぁ~」

「勿論……相手が乗せてる間、テーブルに触るのは『ナシ』……力技で崩されたら賭けも何もなくなる。当然だけど」


 ルール――①:親がコインをトスする。

 ルール――②:トスしたコインはテーブルに落とし、その上に素早くナプキンをかけて触れなくする。

 ルール――③:参加料チップ一つを払い、『賭ける』『応じる』『降りる』を選択する。

 ルール――④:「表」か「裏」かを宣言できるのは子の方。ナプキンをかけるのが遅くても自己責任。

 ルール――⑤:賭けを上乗せできるのは、常にチップが少ない側。

 ルール――⑥:お互いが応じてそれ以上賭けないときだけ『勝負する』。『降りた』ならそれまで賭けた分の支払いだけでいい。

 ルール――⑦:『賭けられる』のは三回まで。ただし一度に賭ける量に制限はない。

 ルール――⑧:ジョニィの待ち人か仗助の連れが来たらゲームは終わる。それまでのチップが多い人間の勝ち。

 ルール――⑨:チップはナプキンの上に積み上げる。崩したら逆側の総取り。


「……確かめるかい? コイン」


 言って、ジョニィが弾いて寄越す。

 掴み取ったそれを――何となく太陽に翳してみるが、特段判別は付かない。そもそも、コインの見分け方など知らない。

 何度か指で弾いて飛ばしてみるが……表、裏、表、裏、裏と偏りは見えない。どちらかに重心を止せた、という訳ではなさそうだ。そんなコインがあるのかはともかく。


「噛んでもいいよ。……舐め回したり汚い事をしなきゃあ、な」

「それ、バッチイのはどっちの方なんスか~~~~~? この場合……」


 人の手から人の手に渡るものを口に含めるのは、どうなのか。

 テーブルの角にぶつけたり、爪を立ててみたりするが『コイン』からリアクションはない。……何者かがコインに擬態している可能性はなさそうだ。念のため。


「それじゃあ、宣言して貰おうか」

「賭けてやるぜ……『魂』でもなんでもよぉ~~~~~」

「グッド。判断が早くていい。……練習する?」


 その後数回、相手にコインが見られるよりも先にテーブルに落ちたコインにナプキンを被せる――。

 そんな練習を行った仗助は、一先ず頷いた。

 シンプルなルールだが……その分、緊張して手元が狂ったなら相手に有利になりかねない。そんな精神力のゲームだ。


「それじゃあ……親は……」

「決めるのはコイントスでどぉーっスか? どうせこれから弾くんだし、練習も込めて」


 首肯するジョニィ。

 彼を前に……コインを持つ仗助は、改めて震える手を見た。

 親がどちらから先になるかで有利不利が揺らぐかは判らないが、これから賭け事が始まるのだという緊張感だ。

 ……いや、武者振るいだろう。彼はそう思う事にした。

 そして仗助の指がコインを弾く。陽光を受け、青空の元の静謐な空気に光を乱反射する金色のメダル。

 テーブルに着地すると同時に――仗助は、淀みなくナプキンをかけた。

 彼自身、ほれぼれするような流れる動き。

 ……一先ず。これなら、多少の緊張程度では手元が狂う心配はなさそうだ。仗助は胸を撫で下ろした。


「さ、どっちにする。好きに決めて下さいよ……『マシンを選ぶ画面に入る前』みてーに、まだゲームは始まっちゃあいねーんだから」

「……それなんだが、一ついいか?」

「?」


「僕も弾いて……その絵柄が同じか、それとも違うか当てるというのは?」

「……別に構わねーけど」


 眉を片方上げたが、特に拒むものでもない……仗助は提案を受けた。

 ナプキンを上げようとするそこで――。


「……ついでに言うとしたら、裏だ。……関係はないが」

「なら、俺は表っすかね。……関係ねーとしてもッスけど」


 ナプキンを持ち上げたそこで――結果は表。

 関係がないとしても――――思わず仗助は喜色満面。思うままに照りつける太陽よりも爽やかな笑顔を零す。


「いやあ、幸先がイイっつー奴だよなぁ~! これなら賭けにしといても良かったかもしれねーッスねぇ~!」

「そうかい? 逆に、運をこんなところで使い果たした……とも言えなくもないけどな」

「いやあ、これは『来てる波』って奴だぜ。このままストレートに『勝ち』とかも……あり得る、かも」

「……じゃあ、『同じ面を出す』方に賭けておくよ。予め」


 そして、表――持ち上げられる茶褐色の紙ナプキンの下、主張するCの文字が、ジョニィの親を決めた。


(さて……どうするかって話なんだが、この状況で考えるっつーことはあるのか……?)


 ジョニィの親――東方仗助は思考する。

 これがゲームである以上、ルールがある以上は……何かしらの『単純な運』ではない『勝ち筋』がある。

 例えばじゃんけんにしても、心理戦の要素を加えられるのだ。

 なら、このゲームに於ける――――そんな要素はどこか。

 コインを弾いた結果そのものに、人の手を加える事は難しい。それこそ、手から離れた物体を操作するスタンドでもない限りは。

 となると――問題はチップを乗せる事。

 ガムシロップも、ミルクも……どちらも安定性があるとは言えない。重さが十分とは。

 ならば、ここぞというタイミングで『大きく上乗せ』し、相手の緊張を利用した崩壊からの総取りを目指す事であったり――。

 或いは、乗せ方を工夫する事で崩れやすくする事だったり――。

 そんな限度を見極める事が、このゲームに於ける『運をものにする』勝ち筋なのかもしれない。


(となると……積み上げる方の練習もしとくべきだったか?)


 今更、という話になるが――。大事なのはコインを飛ばす事でも、ナプキンをかける事でもなかったという訳だ。


「さて……」


 ジョニィが、右手を構える。

 親指の上に乗ったコイン。星形に見える奇妙な痣。銃でも抜き放つような手慣れた動作。

 思わず、本当に拳銃を突きつけられたかの如く――仗助は息を飲んだ。

 西部劇から抜け出してきたような、銃を頼りに漆黒の命の遣り取りを風な風情がそこにはあったのだ。

 そして、激発。

 金属を軽快に跳ね飛ばす音と共に、コインが宙を舞う。天高く、舞う。

 無意識に釣られて見たその先――蒼穹を背景にした金のコインが、太陽と合わさる。さながら皆既日食めいた動き。

 そして、外れた。

 巨大な宝石をその身に収めた指輪めいた太陽の輪郭を残して、コインが自由落下を開始。――目が眩む。

 白く染まったその視界で、仗助が辛うじて確認できたのは左手でナプキンを被せるジョニィのみ。

 初めから、落下するコインのそれを見切れるとは思ってはいないが……。


(このまま、チップを乗せるのもムズかしーぜッ。いきなり、やってきやがったってのか……!)


 果たしてこれは、ジョニィの策略か。


「どうした? 賭けてもいいよ。……一戦目から悩みたいなら、構わないけど」

「悩むのは、あんたに勝った後に『何を注文するか』って事ぐれーッスよ……この場合は」


 お互いの、鞘当て。傷にもならない挑発の応酬。

 まずは一つ――互いに『参加料』をナプキンの上に置いた。

 先に置く事になったジョニィは、ミルクの口が下になるように――――つまり仗助がチップを並べる際の『床』を小さくしたのだ。

 仗助は、震える手で応じる……。

 視界はまだぼやけており、テーブルも、ジョニィも、チップも……すべてが輪郭でしか掴めない。

 瞳の中心には、太陽の残響である緑の水滴が残る。

 目を細めて……震える両手。風に遮られる中、蝋燭の燈火を抱える風に――左手を盾に、なんとかチップを積み上げた。


「この場合、賭けるのは……」

「君からでいい。僕が『親』だからな」

「……そーっすか」


 つまり、この視界のままの連続。

 譲歩したつもりで、仗助に対して明確に『仕掛けて』来ている。


(まずは……乗せる事に馴れるところから。初戦はあまり賭けないでいい……『見』っつーヤツっすかね)


 何度か目を擦るが、余り緑点が収まる気配はない。

 ご丁寧に仗助に話しかけてから賭け事を持ちかけ、ルールを設定する間に日除けのパラソルをさりげなく畳んでいた。

 戦闘巧者だ――。

 値踏みの為か、つまらなそうに仗助を見つめるジョニィのその涼しげな仮面の奥の、これまでの経験を察して口を噤む。

 荒事かはともかく、勝負事には慣れている。かなり柔軟な――相応の経験を積んだ青年。

 仗助は改めて、ジョニィという男をここで理解した。


「それじゃあチップは一つ……」

「さっき『波が来た』って言う割には……随分弱気なんだな」


 「別にだからどーだこーだ言うつもりはないが」=ジョニィの煽動。

 しかしそれが却って心を落ち着けた――――震える手で、チップを乗せる。意趣返しとばかりに、蓋を下にした裏向きで。

 ナプキンの上、積み上がった三つのガムシロップとミルクのタワー。

 透明な液体を向こうにしたプラスチックと、白い漣型の円錐形めいて先が細まる円柱。


「それで……」

「――賭けるのは『裏』」


 ここまで、おおよそ確率は同じだか……先ほどの遣り取りでは『表』が二連続。

 となれば、次は裏が出る確率の方が高いだろう――それが仗助の判断。


「それじゃあ、一つか」


 応じて積み上げるジョニィ。並んだ四つの目チップ。

 その事は対してプレッシャーでもないと、平然とした様子で乗ったチップ。やはり、動作に詰まりやつっかえはない。

 そして――互いがそれ以上「上乗せ」しない以上、ナプキンは開かれる。

 公正を表すかの如く、五指を開いて仗助に向けられたジョニィの両手。

 積み上げられたチップを脇にどかすと、勿体ぶった動作でナプキンの縁を摘まみ上げ――そして。


「なっ」

「どうやら……やっぱりさっきので『運を使い切った』んじゃあないか……?」


 ――開かれた先にあるのは、『裏』。

 


「使い切ったァ? どっからどう見ても――」

「そう、どこからどう見ても……」


 ――――否ッ、そこにあったのは『表』だ!


「な……今、『裏』だったじゃあねーか!」


 テーブルに手を付き身を乗り出す仗助だが……やはり、どう見ても表でしかない。

 ジョニィは、呆れたようにナプキンの端を摘まんだまま静止する。


「見間違いじゃあないの? 本気で?」

「うるせえ――――ッ! そのナプキンから手を退けるんだよォォォォ――――ッ!」


 つまらなそうな息を一つ。

 ジョニィが落としたナプキン。そして、翳されたままの手のひら……隠し持ったコインが落ちる音はしない。

 乱暴に掴み取ったナプキンも、それを放り捨て手に取ったコインにも……どちらにも異常はまるでないのだ。


「な……」

「どーゆー訳かは知らないが、見ての通りなんにもない……余計な物言いだな」

「グ……!」


 拳を握りしめ――爪が食い込むほど――しかし、仗助に出来る事はない。

 まさしくジョニィの言うとおり、ただ『アヤ』を付けた……その程度の事実しか残されないのだ。

 或いは本当に、光の加減で見間違えただけなのかもしれないし……ジョニィが“何か”仕掛けたのかも知れない。

 ただ、二つ――確実な事がある。

 今後、仗助は――――彼は容易く『イカサマだ』と言い出せぬように心理的な封がされてしまった事。

 そして、余計な精神の乱れが手元に現れる……という事だ。


「とりあえず……チップがこれで二つ増えた訳だ。君風に言うなら、『流れが来た』って事になるのか?」


 笑いもしない真顔で、ジョニィがチップをこそぎ取った。

 掌で作った壁が、不完全な円であるそれを巻き込みながら彼のチッププールに運ぶ。

 その数――十五。

 対する仗助は、チップが十一。……既にリードを許してしまった。それだけでない、心理的な数馬身も。


「次は君が親の番だ」


 そして、投げ渡されるコイン――――二戦目は。


「な……ッ」


 仗助が持ち上げたナプキンの横――倒れたチップは六つ。つまり、二つを上乗せした賭け。

 紙の端を摘まんだ彼の手。滲み出た脂汗。

 驚愕に目を見開いた仗助の、その視線の先にあるのは――表向きのコイン!


「どうやら……本当に流れが来てるみたいだな。レースの追い風みたいに……」


 その割に、涼しげな口調。

 見事更に追加のチップを『三つ』手にしたジョニィは――動揺する仗助を余所に、汗一つ掻かない。

 『そうなる事が決定されている』とでも言いたげなほどに、落ち着いた挙動。冷めた眼差し。

 今度は仗助も確かに見た。

 コインは初めから表であり、そして仗助自身が触ったコインにも奇妙な点は見られなかった。

 だとしても――――だというのに、既に四連続で『表』ッ!


(こ、こんな偶然っつーのがあるって言うのか……? 確かに烈風や流星改を引く確率よりは『あり得る』だろうけどよぉ~~~~~~~~!?)


 何度も目をしばたたかせつつ、見つめてもコインが変わる事はない。

 そうするその内に、ジョニィがひょいと摘み上げてしまった。同時に回収される、チップとナプキン。

 仗助のチップは八。対するジョニィのチップは、十八――その数は倍を超えた。

 まだ、全てを賭けて勝利すれば逆転の目はある。だが……。


「次は……ここまで来たら『裏』か? それとも、そう思わせて『裏の裏』で『表』かもな」


 トラッシュトークか。

 至って冷静そのもののジョニィに対して、仗助の心理的な振れ幅はひた隠せぬほど顕著すぎる。

 こんな状態で、八つも……計十六ものチップを積み上げられるのか?

 そう問われては――彼としても、素直に頷けないものがあった。


(ま、マズイ……! 『たかが賭け事』かもしれねえが……だからこそ余計に、簡単には納まっちゃあくれね~~~~~~ッ)


 それが戦闘なら、否応なく頭が平常を取り戻す――――というのはある。文字通りの命懸けだから。

 だが、たかが賭け事であるから……だからこそ、そんなセーフティというのは働かない。

 ルールがあり、打開策が限られるが故に……脳と言う天秤は揺らいだその均衡を取り戻すのに苦労する。

 負けて失うものが何か。その重さだけには、留まらない。むしろそれとは無関係に働く。


 このままの続行――。

 仗助に取れる、失っても良い最後の限度は『七』。

 それを超えたら、もう一撃での逆転の目が無くなる。

 負けたとしても――――ジョニィの言葉通りなら、痛むのは精々の小金とプライドだけ。それ以上の損害はない。

 だとしても、ここまでコケにされて。それで“おさまり”が付くのか――そんな重さが天秤の片皿に乗る。


(ろ……露伴の野郎もあの時こんな気分だったっつー事ッスか? 金額とかそーゆー話じゃあなくてよぉ~~~~~~ッ)


 己がかつて行った『イカサマ』の『賭け事』を思い返しつつ――仗助は歯を食い縛り、拳を握った。

 金銭の大小ではなく、『相手に完全にしてやられる』――――その事が、勝負への……勝利への滾りとなるのだと。

 だからこそ。

 だからこそここで、負けに近くなる選択を仗助は出来ない。

 この震える手のまま、逆転を狙って全てのチップを積み上げる事も難しいし……。

 逆転のチャンスを手放す事もまた、耐えがたい。

 故に――――次に仗助が取れる選択肢は、コイントスよりも先に“決定”していた。


「それじゃあ……僕が『親』か。『次は何が出るか』……五回目の正直の『裏』かも……それとも、五回も続く事はまた続く『表』かもな」


 与えられるプレッシャー。

 思わず唇を噛み締めそうになる仗助のそこ――彼を尻目に、再び、三度目ともなろう。コインが弾かれ、火蓋が落とされた。

 緩やかな放物線。

 一度目のように――――高く、余りにも高くコインは舞わない。ジョニィの頭を過ぎたところで頂点に達し、それから自由落下。

 合わせる風にナプキンを乗せたジョニィの左手が、コインをテーブルに挟み込む=不自然な動きは“なし”。

 ……いや。不自然であろうが、なかろうが、仗助に出来る事は一つしかない。


「参加料を乗せて……どっちにする? 今度は……」

「……『降り』」

「ん……?」

「今度は『降り』だぜ……。参加料だけで」


 積み上げるまでもないが――しかし儀式だと、ジョニィの置いたそれに被さったチップ=ガムシロップのケース。

 悔しげに拳を震わせる仗助の前、軽く首を傾げたジョニィが持ち上げる其処に示されたのは――


「……これは『波』か? それとも『流れ』か?」


 ――また再びの、『表』のコイン。横たわった、Cの文字。


(おかしい……いくらなんでも『異常』すぎる……)


 苦虫を噛み潰したかの如く、顔を歪めた仗助。

 テーブルの下で作られた握り拳が力強く己から湧き出た汗を掴むそこ、しかし彼にはそれほどまでの強さの確信は得られない。


(……なんだか判らねーが、こいつは仕掛けてやがるぜッ! 『イカサマ』って奴を……!)


 そう。

 なんだか判らない。

 きっとおそらく、相手は仗助に何かを仕掛けて居よう。或いはコインに仕組みがあるのかもしれないし、ナプキンがそうなのかも知れない。

 だが全て――決定打ではない。決断には至らない。決心は出来ない。

 ただの偶然と吐き捨てられたら、それでお終いの事態ばかり。


(最初にコインを弾いたあの時に……俺の視線は上に行った…………やるとしたらそこか?)


 あれは目晦ましではなく――何かしらの仕掛けを実行する為の、視線誘導。

 そして、そんな短時間で仕掛けを行えるものなど……仗助が知る限りでは、ただ一つ。

 つまりは――


(こいつは……新手のスタンド使いなんスか……!)


 だとしたら――――だとしても――能力は“何”で、その目的は“何”だ?

 かつてないまでに眉間に皺を寄せる仗助に対し、その言葉はぽつりと呟かれた。


「ところで……時間が判るなら教えて欲しいんだが」

「あン?」

「君の連れってのはいつ来るんだ? ……いや、だから別にどーだって話じゃあないけどな」

「……ッ」


 辺りに目をやるジョニィに、仗助は勢いよく背後を振り返る――視線の先は大きなガラス窓を嵌め込んだ先の店内。

 日光の反射故に、その内情を知る事は出来ないが――。

 そう。それにしても、遅すぎる。

 何かをただ注文に向かったというそんな行為だけで――ここまで時間がかかるというのは、不自然極まりない。


「おめー……!」


 睨み付ける仗助と――涼しい顔のジョニィ。

 仗助の頬を伝う冷や汗が増え、余計に手のひらに滲む脂汗。


(野郎……まさか、仕掛けて来てやがるっつーのか? 『初めから』……ッ)


 握る拳に力が満ちて、思わず唇が強張る。

 この世界の住人である――仗助はそう考えていたが、どうやら、空条承太郎や東方仗助自身のようにスタンド使いであり――。

 そして仗助らに害意を以って攻撃を仕掛けてきている。その可能性が高い。

 何を目的に艦娘を巻き込んだのかは知らないが――しかしこちらの住人ならば、余計にその理由はない。深海棲艦への唯一の切り札へ、敵意を抱く必要がない。

 ここに来て――俄かに意味を持ち始める、あの宣言。


「それで……どうするんだ? 僕としては、ここで終わりでも構わないけど……まったく一向に」


 呟くジョニィの手元――並んだ十九個のチップ=十三個のミルク/六つのガムシロップ。

 ジョニィの言葉に従うなら。そして彼がスタンド使いであるなら――意味を持つかもしれない、あの宣言。それを表す差。


「ふ、ふふふ、ふふふふ……」


 圧倒的なチップ差を前に――しかし仗助が零したのは、笑み。


「“ここで”……じゃあなくて、“ここから”の間違いだぜ」

「……?」

「初めから宣言しといてやるぜ。次は『オールベット』……加賀さんのお盆に乗ったおかずよりも散々なぐらいに、むしり取ってやるからよォ~~~~~!」

「グッド……気に入った。かなり気に入ったよ、ヒガシカタ・ジョースケ」

「そーっすかぁ? なら気兼ねなく……気持ちよく賭けさせて貰うぜ! 『おめーが吠え面掻く』って方に、チップ全てをよぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~~~ッ!」







←To be continued...


ここまで

ジョジョ4部、アニメ化ですって!とっても楽しみ、ですって!

仕事、忙し、いっぽい
新年前には更新するっぽい

なんとか年内


(確かにここまで追い込まれたのは実に不味いが……おかげで俺にも思い付いたぜ。『必勝法』っつー奴がよォー)


 次の親は東方仗助。

 握り締めたナプキンと、その右手の内に残った『C』を刻んだコイン――ジョニィの言葉に従うなら妖精が言う事を聞いてくれるコインが、彼の親を証明する。

 つまり、出目の――「表」か「裏」かを宣言できるのはジョニィ。

 原理は一切不明だが、先程から連続して表が出続けている。

 全く理解がおっつかぬが……最早明らかに偶然を超越したレベルで、コインは特定の面だけに吸い寄せられる風に姿を晒す。

 となれば――。


(この野郎が賭けるとしたら、『表』の方だぜ……自分の能力への、まるで神様や仏様に向けるみてーな『無限』の確信をしてやがる)


 仗助が仕掛けるとしたらそこ。

 仗助側が賭けるなら――ひょっとしたらいい加減に「絶対に表が出る」と、仗助から表に賭ける可能性もあるだろう。

 となったら、ジョニィはそれを見込んで、その原理不明なスタンド能力を解除するかも知れない。己の手にコインがある内に。

 或いは逆の逆で、そう仗助が推論付けてくるとして解除しないかもしれない。

 更に、それの裏を掻いて――。

 そう、そんな可能性がお互いにある。


 それは読み合いだ。

 単純な、『蹴り上げた下駄がどんな天気を指し示すのか』のような運への伺いではない。

 人間同士が、『知性』と『魂の尊厳』を懸けた手札の睨み合い。

 運よりもよほど確実に――そして、何よりも絶対的に『決着』を付ける手段!


(今のこの……『敵の攻撃も判らず』『まんまと状況に押し込められた』……そんな状態で精神力の勝負ってのは明らか分が悪いもんだけどよぉー)


 故に――――仗助は必然にしなければならない。

 何よりも己自身の手で。己が主体で。己からの攻撃で。

 ジョニィの確信めいた心理の隙に一太刀を浴びせねばならない。それこそが、『必然』ッ!


(将棋には『詰めろ』っつー……『詰みの連続攻撃』が途切れた時こそ逆に敗北に繋がるやり取りがあるが――)


 コインが手の内にあるここで! そして、賭けを行うのがジョニィというここでッ!

 『賭けそのもの』の土台を蹴り飛ばして、『賭け』に来たジョニィの足許を崩さねば――勝ちは/価値はないのだ。



(ここで俺が仕掛けるのはそれだ……。覚悟っつーのはもう十分出来てるぜ……! この場合なら、なおさらの事そーなるッスよ……!)


 今一――――今一東方仗助は、彼は、己が賭け事でコケにされるというのに戸惑いや苛立ち以上のものは覚えなかった。

 だが、ここで。ここにきて。

 瑞鶴という――例え所在は違っても、共に敵に相対した艦娘の身への危険が降りかかっていると確信したその時には。

 だからこそ。

 却って、腹が据わった。


(加賀さんはあーゆー人だが、自分の後輩が人質に取られても無表情決め込む性格じゃあねえ……)


 今はこの場にいないとしても、己の秘書艦ならば――――彼は目を閉じた。


(この場にいないあんたの為にも、俺が変わってここはキチっと決めさせて貰いますよ……勝利って奴をよォォォ――――――!)


 そう、運賦天賦ではない。

 『確信』を以て。

 ――――仕掛けられた敵の罠を叩き潰すのみ。


 そして、テーブルの下で東方仗助は拳を握り、その内にあるコインを弄ぶ。

 裏を出す。

 それこそが、敵の鼻を明かす唯一の手段である。


(コインを少し削って……裏が上にくるような風に破片を置いて直せば……)


 拳に力を籠める。

 彼の生身の、人間の力ではビクともしないが……スタンドの力に持ちこたえられるほど強靭ではない。

 つまり、どうにかして【クレイジー・ダイヤモンド】を用いて壊す――そんな過程が必要となる。


(もしも仮に『絶対に表が出続ける運命』にでもなってない限りは……どーにかできる……。グレート、必勝法ってやつっすね、こいつぁ!)


 ちらりと、ジョニィの平静然とした顔を見る。仗助とは対照的に、汗一つ掻いていない。

 まぎれもなく、己の能力の優位を確信しているという表情だ。

 だからこそ――だからこそ、だ。


(その綺麗な面をぶっ飛ばしてやるぜ……そんなスカした態度と一緒に)


 そんな、伺うような視線を向ける仗助めがけて、頬杖を突いたジョニィから溜息一つ。


「どうしたんだい、ヒガシカタ・ジョースケ。やっぱり不安になったとか……」

「うるせーっすよ! 集中してるだけだぜ! 大勝負の前って奴だからよォーッ!」

「そうかい?」


 何気ない動作で振り返って、周囲を見渡すジョニィ。

 「まぁ、僕は構わないけど」――――このまま時間切れになったら不利なのは仗助の方だ、という態度=心理的プレッシャー。

 仗助も、彼としても理解している。

 悪戯に時間を費やしたとしても、テーブルの向こう、目の前で眺めるジョニィへ余計な不信感を与えるだけ。

 決断は済ませた。覚悟は決めた。必勝法だというのならば、どうにかして行うだけ。

 だが――手の内に滲む脂汗が、仗助の頬を伝う冷汗が、最後の一歩を躊躇わせた。


(ぐ……)


 数瞬。眉根を寄せて逡巡。

 しかし歯を食いしばって――仗助の、震える右手がテーブルの上に現れる。


「もう少し、時間が必要だったりはしないのか? 僕としてはどっちでも構わないんだけど」

「どっちでも構わねーっつーんなら黙って口でも閉じてるんスね。『表か』『裏か』以外のセリフはよぉ~!」

「……つまり、覚悟は」

「出来てるぜ、『とっくのとう』に……あとは『あんたが賭ける方じゃあねーのが出るように頼む』だけで」


 互いに拳銃を突き付けあったかのごとき緊張感。

 テーブルに両肘をついたジョニィと、右手だけを堂々とテーブルの上に表した東方仗助。

 今にも落ちてきそうな青空の下、二人はにらみ合う――――ジョニィは静かな面持ちで/仗助は闘志を顔に表して。

 そして――仗助の親指が動いた。


「ドラァッ!」


 甲高い金属の弾ける音。強烈な弾指。

 身の金色を振りまいて、風景の中躍り出るコイン。強烈な直線で、己に降り注ぐ陽光を引き連れての逃避行。

 ただし、その先はテーブルの上ではない。

 まるで完全に――――道の向こうに目掛けられている。何故!


「こいつぁー、『予想外』ッスね」


 先ほどまでの緊張した瞳はどこへやら。


「失敗したときの事は決めてはなかったし、拾いにいかねーとなんねーかも……『時間がかかっちまう』としても、コインがなくなったら賭けにもなんねーからよぉー」


 たった今ミスをしてしまったなどと――そんな気負いすらない口調で、東方仗助は両手をテーブルに付いた。

 背もたれが軋んだ椅子。路上のタイルと擦れ合い、鳴る擦過音。

 目元に笑みが浮かびそうになるその時……しかし、中腰の仗助目掛け、


「――それは違うんじゃあないか、ジョースケ」

「へ」


 上半身を持ち上げかけたそのまま、東方仗助は停止。

 そこへと続けられる、仗助以上に焦りのないジョニィの声――――ジッと据えられた双眸。


「あん? それは、どーいう意味だ?」

「そのままの意味――――そう、『拾いに行かないとならない』というのも『失敗した時の事を決めていない』のも……『違う』」

 


 何を――――と仗助が口を開こうとした、そこで。

 バサバサと、音がした。

 どこにでもいる――――そう、人っ子一人いないこの街でも、どこにでもいる鳩の羽音。

 それが、仗助たちのテーブルと他のテーブルとの間のスペースに、降り立った。

 それはいい。

 だが…………彼の心のうちに、妙な焦燥感が広がった。


「ッ!?」


 道の向こう……猫の喧嘩声が聞こえた。

 そう、それだけも特に驚くべきに値しないもの。赤ん坊が泣きだす声に似た、猫の唸り声と喧騒。

 しかし、仗助の頬に汗が滲む。


「『ルール――②:トスしたコインはテーブルに落とす』……つまり落とさないとルール違反になるけど」


 平然としたジョニィの声。その一方で、高まる猫の威嚇声。


「まあ、座りなよ。落ち着いて賭けをしよう」


 ドドド、と心臓の鼓動が車のエンジンめいて唸り上げるような気分の仗助。

 彼を尻目に――いよいよ、猫の喧騒は最大限に達した。


(こ、こいつのスタンド能力……まさか……ッ!)


 猫が唸り合って、道路の向こうの建物の陰から飛び出した。

 追われる猫は黒猫。追う猫は白猫。もつれる馬身めいて、大通りへと駆け出す二匹。

 その先――通りを、ゆるりと歩くカラス。

 ホッピングと呼ばれる独特の、両足での跳躍移動は平和そのものだが……己の方へと転がり走る猫を目にしたカラスは、大慌てで羽を広げた。


「な……ッ!?」


 力が入る仗助の両膝。力強く浮き出る膝裏の筋が、椅子を追いやった。

 その音に――のんきに集っていた鳩が驚き、我先にと翼を開く。

 猫を避けるために飛行するカラスの経路は、道の向こうから仗助たち目掛けて。

 その一方で、飛び上がる鳩は仗助たちから離れようと――――つまり、


「な、なんだとぉ――――――ッ!?」


 ちゃりんと、テーブルの上に落下したコイン。

 丁度その真ん中、綺麗にジョニィと仗助のその間に。何事もなく、真上目掛けて指で弾き飛ばしたかの如く。

 仗助が弾いたそれは――。

 『たまたまカラスが拾っていて』、『たまたま猫が喧嘩して』、『たまたまカラスの方向目掛けて飛び出して』――。

 『たまたまカラスが仗助たちの方へと逃げあがり』、『たまたま同じく鳩が飛び上がって』、『たまたまテーブルの真上で邂逅し』――。

 『たまたま鳩に驚いたカラスの口から落下した』――――そう、偶然が重なって。

 まるで『そこへ押し上げられる運命があるように』。

 巡る運命の輪が、その輪の回転が制御されている――無限の回転への『必然』がある風に。


「掛けなくていいのか、そのナプキン」

「ハッ――」


 ジョニィが指さすそこに、大慌てで仗助はナプキンを掛ける。コインは覆われた。

 だが、仗助は一瞬――だが確かに、確実に目にした。

 コインは――――『表』だったッ!

一旦中断

長さ的に次スレに行くが、この後かそれとも翌日に続きを書くのでお待ちください

22:00より

始めます。途中でスレ立てます


「さてと……それじゃあ僕が賭けるのは『表』だ」


 ナプキンは掛けられた。賽は既に投げられた。

 素知らぬ顔で、ミルクケースを裏返しに並べるジョニィの顔には何の動揺も見られない。

 そう、依然変わりなく。予定通りに。運命に従って――――そう話が進んでいるとでも言いたげな態度。

 相変わらず周囲に、人の動きはない。

 先ほど賑わいを見せたのも鳩だけで、あらゆる人間も、艦娘も、仗助とジョニィ以外はこの世界に存在していないかの如く――。


「それで……どうするんだ。いくつ賭ける?」


 ジョニィに応じてチップを――ガムシロップのケースを積み重ねる仗助に、たやすい口調で向けられたジョニィの言葉。

 それは挑発か。侮蔑の響きを含まないからこそ、余計に相手の名誉を陥れるというそれなのか。

 対する仗助は――


「――オールベットっすよ。当初の予定通り……依然変わりなくよぉー」


 両手でリーゼントを掻き上げる態度で、断固として応じる。


 自棄になったか。それとも捨て鉢なのか。この期に及んで、何かしらの幸運が舞い降りる事を期待しているというのか。

 無論――


(ここで……やはりどうにかするしかねーみてーッスね……『予定通り』『依然変わりなく』)


 ――そのどれでもない。東方仗助は、そのような男ではない。

 震える手で、彼の持つ残りすべてのチップ――すなわち『七つ』。参加料として提出した一つを除いた、テーブルに散乱する六つを掴み上げる。

 あらかじめ、手元で六つの塔を作り……そして、既に築かれた二つの並んだ山を目指す。そんな手法。


「それ、却って危ないんじゃあないか?」

「うるせーんスよッ、あんたは黙ってみてるんだよ、黙ってッ!」


 バランスが肝心。僅かに角度が〇.一度ですら傾いただけで崩壊するプラスチック製の頼りない塔。

 当然ながら、それを運ぶ仗助の手つきというのは牛歩が如く遅々としたものであり――頬に冷汗を垂らしながらも。

 営業を行うサラリーマンが何度も何度も頭を下げる風に、角度を変えて塔の具合を伺いながらも、蝸牛がごとき速度で末端の震えを噛み殺す仗助。

 心臓の鼓動を伝える血管。関節の稼働につっかえる軟骨。筋肉の動きに揺れる腱――――それらが齎す指先の強張り。

 尖らせた口先から、細く、長く、仗助の吐息が宙に歩み出す。


「……ふぅ」


「この数、中々な数だ……いや、改めてそー見るとたまげるな」


 外国人らしく両手でリアクションを取るジョニィを尻目に――仗助はテーブルの下、握った拳の親指を開閉する。

 禁煙を試みる苛立った喫煙者がライターの蓋を弄ぶが如く。或いは、起爆スイッチに力を籠めるが如く。

 そして――。

 その親指には一滴、水滴が付いている。


「それじゃあ、僕も『コール』だ。ただし――」

「じゅーぶんに分かってますよ。テーブルを揺らすとか、そーゆー妨害行為はやらねーぜ。この先俺にできるのは、『あんたが賭けを外すように頼む事だけ』だからよぉ~~~」


 警告に対する仗助も、普段通りの飄々とした態度。

 ジョニィが、ミルクのチップを持ち上げ――そしてこちらも、ガムシロップが構成する都合九つの積みあがった、土偶や電波アンテナめいていびつな塔の土台に注意。

 ゆっくりと、震える指先で、つまんだミルクケースを頂点に運ぶ。

 底に向かって細まっていく円柱の小分けのミルク。

 その底面が、ガムシロップの上面に触れる。

 瞬間――


(――【クレイジー・ダイヤモンド】)


 細まった仗助の瞳。

 左手だけ、かぶさる風に発現する雄々しい【クレイジー・ダイヤモンド】の左腕。ジョニィの視線はミルクとガムシロップの塔――。

 親指。

 粘度のある、透明の水滴。にちゃりと触れるそれを、【クレイジー・ダイヤモンド】の親指が押さえた。


(ガムシロップの、中身も『治す』)


 既に、仕掛けていた。

 コインを道の向こうに弾き飛ばしたその間に――ジョニィの視線を誘導したそこで、テーブルに置かれたガムシロップを破壊。

 ナプキンに中身を染み込ませたその上で、ケースの外見だけを修復していたのだ。

 後々のために、一滴だけを己の手元に残して。


(ナプキンに染み込んだそいつも乾ききってねーしよぉ~~~~)


 丁度、コインの真上に被さって触れる――つまり、ジョニィからも仗助からも、上からは見れない位置にある染み。ナプキンに吸われた液体。

 そして、仗助の親指にあるそれが、【クレイジー・ダイヤモンド】の力によって、独りでに動き出す。


(一緒に戻るんだな……。塔の基礎の基礎に置かれたケースの中目掛けて、『外野コースにふっ飛ばした野球選手が塁を目指す』みてーに全力でよぉー)


 そうなったなら。

 見事に、戻ろうとするそれらが塔を揺らすのだ。

 ジョニィが積み上げようとしたこのタイミングで。彼だけが、チップに触れたというこの条件で。

 仗助自身は決してテーブルに触れてはいないと潔白を証明したその上で。

 何よりも――絶対的な明示として、仕掛けられた【ルール】――――『⑨:チップはナプキンの上に積み上げる。崩したら逆側の総取り。』――――に従って。


「――――ヒガシカタ・ジョースケ」


 塔が揺らぐ――――しかしその中でも、己の能力の成果をしっかりと認識する仗助の視覚よりも優先されて、聴覚が彼に届けたジョニィの声。

 落ち着いた。

 どこまでも平然とした声。


「何か勘違いしてるかもしれないから、僕からも一つだけ言っておくが……念のため」


 塔は確かに揺れた。バランスを崩した。

 ジョニィが置こうと、指先をかろうじて触れさせたままのミルクの――その下の土台は歪に歪んだ。

 転覆するタイタニック号がそうなったように、明らかにテーブルに対して蓋が平行でないというのに。


「――――これは『技術』だ。人間には未知の可能性がある」


 崩れようとしたそれらは回転して――ピエロが玉乗りをするように、回転しながらも上下を貫く見えない回転軸自体は一切揺らがず。

 そんな揺らがぬ点同士をお互いに触れ合わせて――曲芸めいて出来上がった、回転の塔ッ!


(ぐ、グレート……!)


 これは――錯覚ではない。

 そして特有の、幽霊がごとき『スタンドヴィジョン』も現れてはいない。

 つまり。

 つまりまさしくこれは――ジョニィの言う通り――――


(これが……『技術』だとォーッ!?)


 ――『技術』ッ!


(なんだっつーんだ、このイカサマすれすれの『技術』って奴はよぉー……!)


 積み上げて仕掛けた東方仗助の策を、叩き潰した『回転の技術』。

 あとは、回転が収まるまでを待って……そして積み上げるのみ。

 そこから先にドラマはない。

 ただ、『ルール⑨』は――――決してジョニィの敵にはなりえず、そして仗助の味方にもなりえない……それだけの話だった。

次スレ立ててきますのでお待ちください

次スレ

加賀「提督……あなたのスタンドは……この世の何よりも優しいスタンド」
加賀「提督……あなたのスタンドは……この世の何よりも優しいスタンド」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1451654290/)

こちらは埋めてしまってください

>>1000なら青葉が悲しい友情運を発揮する

うめつ

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年06月25日 (木) 23:16:41   ID: 9yB1Z-vf

面白いな。期待してます

2 :  SS好きの774さん   2015年06月28日 (日) 15:53:56   ID: Rk1svvWr

おもしろいです

3 :  SS好きの774さん   2015年07月16日 (木) 23:31:44   ID: aK9tlafr

本スレがだんだん荒れだしてきてウンザリ

4 :  SS好きの774さん   2015年08月15日 (土) 01:34:43   ID: Zt8n-Hu1

※3
ほんとそれ。
好き嫌いはあるのは仕方ないがいちいち荒らす連中の気がしれん

5 :  SS好きの774さん   2015年08月15日 (土) 09:56:09   ID: 6rX8Jy_8

※4
嫌いな奴は見なければいいのにね

6 :  SS好きの774さん   2015年10月14日 (水) 20:31:46   ID: iqJr0Xk-

完全にジョジョだこれ

良くも悪くも

7 :  SS好きの774さん   2015年10月28日 (水) 23:59:16   ID: DQ-OakY4

艦娘の演習に提督が介入してる時点でアウトだと思うのですがそれは……
そら荒れるわ

8 :  SS好きの774さん   2015年11月22日 (日) 23:24:01   ID: a2jnPxIo

荒らしてるのは完全にジョジョファンだろうな。
なんというか、まさか尖兵クラスとクレDが同格扱いとか。
アニメ化したデメリット、まさかジョジョが艦娘の踏台扱いとは、そりゃ荒らしたくもなる。

9 :  SS好きの774さん   2015年12月06日 (日) 23:31:15   ID: wT0Mw0oM

この人アニメ化以前からのジョジョ勢だしアニメ化は関係ないだろ

それはそうと各艦隊のラス1誰になんのかね?

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom