藤岡「南、オレと付き合ってほしい!」夏奈「べ、別にいいけど」 (55)

中学校 教室

藤岡(オレは決めたんだ。もうこの関係を終わらせるって。南といつまでも友達のままなんてオレは耐えられないから)

夏奈「よー、藤岡。私に何か用か? 教室に来てくれって、机に手紙を入れてただろ。教科書を仕舞ったときに皺くちゃになっちゃったよ」

藤岡(オレは決めたんだ。元の関係に戻れなくてもいい。この想いを伝えたい。全てを失っても伝えたいんだ)

夏奈「おい、私の声が聞こえないのか?」

藤岡(オレは決めたんだ。だけど、少し怖いんだ。その気持ちは分かってほしい)

夏奈「用がないなら、帰るぞ。それとも今日は私の家に寄っていくか? チアキもお前と遊びたがってるし」

藤岡「……よしっ」

夏奈「そうか。来るのか。なら――」

藤岡「南、オレと付き合ってほしい!」

夏奈「べ、別にいいけど」

藤岡「え!? ホントに!?」

夏奈「う、うん。とりあえず、私の家にくるだろ?」

藤岡「い、いく!! 行くよ!! 絶対!! ヨッシャ!!」

夏奈「おかしな奴だな。今更だけど」

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通学路

藤岡「……」

夏奈「あー、今日のおやつはなんだろうな。ハルカは買っておくっていってたけど」

藤岡(オレは決めていたんだ。いつか南とこういう関係になれたら、手を繋ぐって。自然と繋げるはずだから)

夏奈「安心しろ。藤岡にも分けてやるからな。ただし、三人分しかなかったら、お前の分はない」

藤岡(オレは決めていたんだ。南と手を繋いで帰ることを。だから、オレは南の手を握るんだ)

夏奈「どうした、藤岡。手が不自然なぐらい私に伸びてきている気がするけど」

藤岡(オレは決めていたんだ。だけど、緊張はするんだ。その気持ちはわかってほしい)

夏奈「おい、寒いのか? もう六月だけど」

藤岡「み、南、その、手……手……を……」

夏奈「手がどうした? 痛いのか? 見せてみろ」ギュッ

藤岡「南……!!」

夏奈「別に怪我をしている感じはないな。筋肉的な問題なら湿布でも貼っておくか? うちに何枚かあるけど」

藤岡「ヨッシャ!! やったぞ!!」

夏奈「湿布でそこまで喜ぶのか? おかしなやつだな」

南家

夏奈「ただいまー」

藤岡「お邪魔します」

春香「あら、藤岡くん、いらっしゃい」

千秋「藤岡も一緒か」

夏奈「そうなんだよ。感想は?」

千秋「でかした。ほめてつかわす」

春香「藤岡くんの分のおやつも用意しないとね」

千秋「カナの分を藤岡に分けましょう、ハルカ姉様」

夏奈「なんでそうなるんだー!!!」

藤岡(オレは決めたんだ。南と恋人になれたら、真っ先にハルカさんとチアキちゃんにそのことを伝えるって)

春香「藤岡くん? どうしたの? 顔が強張ってるけど」

藤岡「オ、オレ……実は……!!」

夏奈「そうだった。おやつを藤岡に分ける前に、湿布を分けてやってくれ」

春香「捻挫でもしたの?」

千秋「救急箱を持ってきます」

春香「うん。ある場所はわかる?」

千秋「はい。任せてください」

藤岡「あ……え……」

夏奈「手の筋肉的な部分を痛めたらしくてさ、湿布をかなり欲しがってる」

春香「そうなの。サッカーで怪我をしたの?」

夏奈「それしかないだろうな。私が手を握ったときに更に痛めた可能性もあるけど」

春香「こら。藤岡くんに酷いことしないの」

藤岡(オレは決めていたんだ。だけど、この話は聞いていないんだ。どこで湿布の流れになったのか、オレは知らない)

春香「藤岡くん、そんなに痛いの?」

夏奈「手が痛いくらいで顔に出してどーする。番長の名が泣くぞ」

千秋「ハルカ姉様……」

春香「救急箱は?」

千秋「すみません。最後に見た場所になくて……」

春香「そう。わかった。私が探すわ」

千秋「待ってください。私に最後のチャンスをください。必ず救急箱を見つけてみせます」

春香「いいから、チアキはカナと一緒に藤岡くんを看てあげて」

千秋「いえ、私が救急箱を、湿布を見つけ出し、藤岡に渡すのです」

夏奈「救急箱のひとつもすぐに出てこないとは。ホストとしては0点だな!」

藤岡「あの、南……」

夏奈「まぁ、いい。ここから挽回する機会は腐るほどある。藤岡、リビングで待ってろ。南家流の接待というものをみせてやる」

藤岡「あ、ああ、うん」

藤岡(オレは決めたんだ。今はまだ言い出すタイミングじゃないと)

藤岡(それにオレと南は既に恋人同士じゃないか。言い出す機会なんて吐いて捨てるほどあるはずだ。だから、決めたんだ。今は言わないって)

夏奈「おまたせしました、お客様。これを手に当てるといい」

藤岡「これは?」

夏奈「カナちゃん特製のアイシングタオルだ。まぁ、氷嚢をタオルで包んだだけだが」ギュッ

藤岡(また南がオレの手を優しく包んでくれた……)

藤岡「ありがとう。ひんやりして気持ち良いよ」

夏奈「そうか。お前の体温はグングン上がってるみたいだけど」

夏奈「これで少しはマシになっただろう」

藤岡「そうだね」

夏奈「さーてと」

藤岡(オレは決めていたんだ。南と恋人同士になったら、まずは堂々と南のことをカナって呼ぶと)

藤岡「あの……カ……カ……」

夏奈「ん?」

藤岡(落ち着け……。ここにいるときはたまにだけど、名前で呼んだこともあったじゃないか。南と呼べばチアキちゃんまで反応するから)

藤岡(でも、意識すると呼びにくい。それは分かってほしい)

夏奈「呼んだか?」

藤岡「あ、えっと、と、ところで、南。これから、どうする?」

藤岡(オレは今、決めたんだ。急に呼ぶことはないって。時間をかけてもいいんだって)

夏奈「どうするって、つき合うんでしょ?」

藤岡「う、うん。それは、うん、うん!」

夏奈「何度も頷くなよ」

藤岡「付き合うんだよな、オレたちは、これから」

夏奈「それじゃあ、始めるか」

藤岡「な、何をですか!?」

夏奈「何ってつき合うんだろ? お前がそういったんだ」

藤岡「う、うん! うんうん!」

藤岡(南の中でも決めていたことがあったのかもしれない。オレは決めた。まずは南の夢を叶えあげようと)

夏奈「いくぞ」

藤岡「……いつでも、来てくれ。南のためなら、なんでもするから」

夏奈「えいっ」プニッ

藤岡「おぅ」

夏奈「ほれほれ」プニップニッ

藤岡「……」

藤岡(なんだ、これは。南が叶えたかったことって、カレシの頬を突くことだったのか?)

夏奈「ふふっ。変な顔だなぁ」

藤岡(南が幸せそうに笑っている。そうだ、それでいいじゃないか。オレは決めた。南が幸せなら、思う存分突かせてあげよう。穴が開くまで突かせてあげよう)

夏奈「えいっ、えいっ」プニップニッ

藤岡(これが南が決めていたことなんだ。とっても可愛いよ、南)

夏奈「……」プニップニッ

藤岡(好きなだけ突けばいい。南のためなら頬の一つや二つ、惜しくはない)

夏奈「うーん。ほっぺたは飽きてきたな。ここは突いていいの?」

藤岡「うんっ」

夏奈「そうか」プニッ

藤岡「あぁ!」ビクッ

夏奈「どうした?」

藤岡「わ、脇腹を突かれるとは思ってなかったから、ゆ、油断した……」

夏奈「ふぅん」

藤岡(しまった。南が冷たい目でオレを見ている。オレは決めたじゃないか、思う存分突かれようって。自分に課したことも守れないでどうするんだ)

藤岡「ごめん、南。もう大丈夫だから、突いてくれ」

夏奈「いいの? お前のここ、弱点っぽいけど」プニッ

藤岡「はぁん!」ビクッ

夏奈「お、おかしな声を出すなよ」

藤岡「ご、ごめん、南。脇腹はオレの弱点みたいだ」

夏奈「みたいだな。だらしのないやつだ。これからつきあおうっていうのに、そんなことで大丈夫なのか?」

藤岡「な、なんだって……」

藤岡(まさか、南は決めていたのか。カレシと脇腹を突きあうことを。それだと、オレの弱点が脇腹だと知った今、幻滅しているんじゃないか……)

夏奈「やはりほっぺたぐらいにしておくのが無難なのか」プニップニッ

藤岡(オレは決めた。これからは脇腹を鍛えるんだ。まだ付き合い始めて1時間じゃないか。これから挽回できるチャンスはいくらでもある)

夏奈「ところで、藤岡」

藤岡「な、なに?」

夏奈「お前はいつ、私のことをつつくんだ?」

藤岡「え?」

夏奈「これでも結構待っているんだけど」

藤岡「そうなのか?」

夏奈「これが楽しいのか楽しくないのかは、お前に突かれてから決める」

藤岡「そ、そうなんだ」

藤岡(これはオレに課せられた試練だ。ここで南を楽しませられないと、いくらでもある挽回の機会を一つ失うことになる!)

夏奈「さー、こい! ただいま出血大サービス中だー!」

藤岡「南……」

藤岡(今の南は無防備だ。サッカーに例えるなら全員がフォワードについているような状態だ。いや、今、そんな例えはどうでもいい)

夏奈「藤岡、こないのか!? こっちからいくぞ!」

藤岡(どこを突くのが正解なんだ。どこを突けば、南は楽しんでくれるんだ)

夏奈「とー!!」プニッ

藤岡「おぅ」

夏奈「お前の変な顔にも飽きてきたな」

藤岡(まずい! 南が飽きはじめている!! いつまでもディフェンスにいたら、得点は入らない!! ここで守りに入ったら、いけない!!)

夏奈「まだか?」

藤岡(突くんだ! 正確に!! 南が楽しんでくれるポイントを!!)

藤岡「ここに決めた!」プニッ

夏奈「ふみゅ」

藤岡(オレは決めた。南の頬を突くと)プニッ

夏奈「むぐぐ……」

藤岡(南はこれで楽しんでくれたんだろうか……)

藤岡「……」チラッ

夏奈「むぐぐ……。こにょー!! いつまで私のマシュマロほっぺを突くつもりだー!! 腐ったらどう責任をとるんだー!!」

藤岡「え!?」

藤岡(南が怒った!? どうして!! オレの決断は間違いだったのか!? だけど、他に突ける場所なんて……!! ダメだ!! 考えるな!! ソコだけは違う!! 絶対に!!)

夏奈「このヤロー!! くらえー」プニップニッ

藤岡「はぁん!」ビクッ

夏奈「ふはははー。お前の弱点はわかっているんだー。観念しろー。ふーじーおーかー」プニップニッ

藤岡「あっ、やめ、みなみぃ!」ビクッビクッ

夏奈「さぁ、藤岡。お前はこのままカナちゃんに突かれるだけなのか?」

藤岡「な、なんだって」

夏奈「反撃のチャンスは無数にあるというのに」

藤岡「反撃……」

藤岡(まさか南は恋人同士で突きあうことを決めていたのか。それなら、ここでオレが遠慮するのもおかしな話だし、南もそれを望んでいるのかもしれない)

夏奈「どーした、藤岡。こないなら、また私からいくぞ」

藤岡「くっ……」

藤岡(どうするんだ、オレ。南が望んでいる箇所は頬じゃなかった。どこなんだ。早く次に突く場所を決めないと……)

夏奈「……」

藤岡(南が期待を込めた目でオレを見ている!! 考えろ……! 南はどこを突いて欲しいんだ……!)

夏奈「遅いな」

藤岡(試合終了のホイッスルが鳴ろうとしている! この試合にロスタイムはないんだ!!)

夏奈「まだか。これ以上待たせると藤岡の手が凍ってしまうぞ。カナちゃんアイシングは特に有効な家庭の医学じゃないしな」

藤岡(頬じゃなかった……。他に突くのに適した箇所といえば……それは……それは……)

夏奈「おーい、はやくしろよー」

藤岡(南! どうしてオレに背を向けるんだ!? そんなのサッカーに例えるならゴールキーパーまで上がってしまってる状態じゃないか!!)

春香「もうすこしまってー」

夏奈「藤岡の手が腐ったら、責任取れよー」

藤岡(まさか……まさか……南……ソコを突いてほしいのか……!!)

夏奈「全く。ホストとしてマイナス100点だね!」

藤岡(覚悟を決めろ。南が望んでいるんだ。それにオレたちは今、恋人同士だ。南のアソコを突いたって、何もおかしくない!!)

夏奈「藤岡の手が使い物にならなくなったら、一生あーんとかさせて食べさせてあげないといけないっていうのに」

藤岡(覚悟は決めた! オレはやるんだ! 南がそれを望んでいるのなら!!)

夏奈「藤岡、もう少し待っ――」

藤岡「はぁ!」プニッ

夏奈「ひゃぁ!」ビクッ

藤岡(オレは決めた。この人差し指を。南の……アソコに……)

夏奈「お、お前……よくも私のふくらはぎを突いてくれたな……」

藤岡「そこが一番突きやすくて。南、後ろを向いてるし」

夏奈「私の弱点を的確についてくるとは、流石は私の見込んだ男だね」

藤岡(そ、そこまでオレのことを買ってくれていたなんて! 南、オレは今、とっても幸せだ!!)

夏奈「えーい! やられっぱなしで終わる、私じゃないぞー!!」

藤岡「うわっ」

夏奈「でやー」プニップニッ

藤岡「ふあぁ! そこはやめてぇ!」ビクッビクッ

夏奈「貴様の弱点は既に見切っている!!」

藤岡「あははは! く、くすぐったい! くすぐったいから!! みなみぃ!」

夏奈「うるさい! 私の受けた屈辱はこんなものじゃない!!」

藤岡「や、やめてくれ!」

夏奈「絶対にやめん! おりゃー」プニプニッ

藤岡「あはははは!! も、もう許して!!」

夏奈「許してやるもの――」グキッ

藤岡「え……?」

夏奈「う……ぐっ……」

藤岡「み、南、どうしたの?」

夏奈「痛い……」

藤岡「え?」

夏奈「つ、突き指した……」

藤岡「大丈夫?」

夏奈「こんなことなら、お前とつきあうんじゃなかった……」

藤岡「な……!?」

夏奈「ハルカー、つきゆびしたー」

春香「えー? なにして突き指したのー?」

夏奈「いたいよー」

千秋「相変わらずのバカ野郎だなー。ちょっと待ってろー」

藤岡(そんな……!! まだ付き合い始めて1時間と10分ぐらいじゃないか!! なのにどうしてもう……こんな危機的状況に陥っているんだ……!!)

藤岡(突き指をしたからなのか!? たったそれだけのことで南はオレと付き合ったことを後悔しているのか!?)

夏奈「あうー」

藤岡「はっ……!?」

藤岡(もう六月じゃないか。ジューンブライドでありながらマリッジブルーに陥る人は多いっていうし。やっぱり、南もそういうところがあるんだろうか)

藤岡(それなら仕方ない。南が後悔してしまっているのは六月が決めたことだから。仕方ないんだ)

夏奈「いてーよー」

藤岡(いや。怪我をさせてしまったのはオレの責任じゃないか。オレが南の人差し指を気にかけなかったから、この結果を招いたんじゃないのか……!!)

藤岡(六月の所為にするなんて!! オレは男として最低じゃないか!!)

藤岡(オレは嫌われて当然じゃないか……)

藤岡「はぁ……」

春香「救急箱、やっと見つかった」

夏奈「遅いよ。なにしてる」

千秋「お前の部屋にあったんだが、説明してくれないか?」

夏奈「……そういえば、昨日、熱っぽかったから学校を休めるかと思って体温計を引っ張り出したな。結局平熱だったけど」

千秋「お前の所為で大捜索になったんだ、バカ野郎」

春香「使ったならちゃんと元の場所に戻しなさい」

夏奈「はぁい」

千秋「ん?」

藤岡「……」

春香「藤岡くん?」

千秋「藤岡、どうして蹲っている?」

夏奈「手の痛みが増したんじゃないか? あいつ、私のことを突いてきたからな」

春香「もー、カナ? 藤岡くんは怪我をしているんだから、そんなことさせちゃだめでしょ」

夏奈「なんだよぉ。藤岡から突いてきたんだってぇ」

千秋「お前じゃあるまいし、藤岡はそんなバカなことしないだろ」

夏奈「そんなことより、湿布を出してくれ。私の人差し指が妙に熱っぽいから」

千秋「どうせ気のせいだろ」

夏奈「今度は本当だ! 骨折ならどうする!」

春香「はいはい。ちょっと待ってね」

夏奈「はやくーはるかぁー」

春香「あら……。湿布、切らしているみたい」

夏奈「えー!? このまま可愛い妹の指が熱を帯びていてもいいのか!」

春香「そうはいってないでしょ」

千秋「そもそもカナのために救急箱を探していたわけじゃないが」

夏奈「あぁ、治らないとわかってしまうと、益々痛みが人差し指を駆け巡るな」

千秋「ふ。指の一本や二本、惜しくはないだろ」

夏奈「めちゃくちゃ惜しいよ!!」

春香「藤岡くんも心配だし、ちょっと薬局まで買いに行ってくるわ」

千秋「私も行きます、ハルカ姉様」

藤岡(オレは決めていたんだ……。南と付き合うことができれば、南のことを大事にするって……決めてたんだ……決めてたのに……怪我をさせてしまった……最低だ……)

夏奈「しかし、これがマジの突き指なら危険だよな……。アイシング用のやつは藤岡に渡してしまったし」

藤岡(もうだめだ。短い春だったな。いや、今は地球温暖化で冬が終わればすぐに夏がくる。自然が決めた摂理には抗えない。いや、オレは何を言っているんだ)

藤岡(一緒に恋人として歩けた通学路。オレにとっては一生のほろ苦い思い出になるんだ)

夏奈「藤岡ー」

藤岡「悪い、南。オレ、そろそろ帰――」

夏奈「このアイシングタオル、私と一緒に使おうぜ」

藤岡「え……?」

夏奈「嫌とは言わせないぞ。お前の所為で私の人差し指は妙に火照っているんだからな」

藤岡「い、いいけど」

夏奈「それじゃあ、藤岡。そのカチカチに凍っている手を出せ」

藤岡「はい」

夏奈「これでよし」ギュッ

藤岡「南……これって……」

夏奈「お前の手を握るしかないだろう。嫌ならほかの方法を探すけど」

藤岡「いや! これでいいとおもう!! 南がそう決めたなら!!」

夏奈「はぁー、気持ち良いなぁ」

藤岡(南、どういうつもりなんだろう。もうオレとは付き合えないって……。いや、待て。南はただ『付き合うんじゃなかった』と言っただけで『別れよう』とは言っていないじゃないか)

藤岡(南はマリッジブルーを抜け出したのかもしれない)

夏奈「おや。人差し指の痛みが引いてきた気がする」

藤岡「南。確かめたいことがあるんだ」

夏奈「急になんだ」

藤岡「オレはこれからも南と付き合っていきたい」

夏奈「は? これからも?」

藤岡「ああ。約束する。これからは南を絶対に傷つけないから」

夏奈「……」

藤岡「信じてほしい」

夏奈「いや、これからもつきあうのはちょっと、アレだな」

藤岡「ちょっとアレ……」

夏奈「確かにちょっと楽しかったけど、所詮は遊びだ。その内、飽きるだろ」

藤岡「あ、遊び……。遊び、だったの?」

夏奈「遊びだろ」

藤岡「遊び……そうか……南にとっては遊びだったんだ……」

夏奈「お前は本気だったのか? あはは。なんで本気になるんだ」

藤岡「オレは……オレは……」

夏奈「藤岡?」

藤岡「オレは大好きなんだ!!」

夏奈「うお!?」

藤岡「オレは本気なんだ!! 南!! オレはずっと大好きだったし!! 本気なんだ!!」

夏奈「あ……うん……」

藤岡「ずっと前からオレの気持ちは決まっていたんだ!! なのに、なのに、遊びだなんて……!!」

夏奈「えと……」

藤岡「酷いじゃないか!! 南!!」

夏奈「ご、ごめんよ……あの、ちょっと、私も悪かったよぉ……」

藤岡「は!?」

藤岡(南が怯えた目をしている……。何をしているんだ、オレは。南を大切にするって決めていたのに……また……同じ過ちを……)

夏奈「……」

藤岡「……」

藤岡(完全に終わりじゃないか。オレがここにいる理由はない。南にとっては遊びだったんだ。それを受け入れよう)

藤岡(良い夢を見れたじゃないか。たとえたった1時間と20分ほどでも、オレと南は付き合っていた。それで十分だ)

夏奈「藤岡……?」

藤岡(過去を振り返るな。前だけを見るんだ)

藤岡「そろそろ帰るよ」

夏奈「帰るのか?」

藤岡「今まで、ありがとう。ハルカさんとチアキちゃんによろしく言っておいてほしい」

夏奈「ま、まて」

藤岡「お邪魔しました……」

夏奈「待てって!!」ギュゥゥ

藤岡「み、南……」

夏奈「悪かった。お前がそこまで真剣だったとは思わなかったんだ。私も心を入れ替える。もう一度、つきあわないか?」

藤岡「え……!?」

夏奈「私は遊ぶ約束をしたつもりだったんだが、お前はアレだったんだな。本気で向かってきていたんだな」

藤岡「あ、ああ。そうだ」

夏奈「なら、私も真剣にやる。このまま別れたら、学校で気まずいし」

藤岡「そ、それもそうだね」

夏奈「どうやら、私の突き指も杞憂だったみたいだし、いくらでもつきあえるぞ」

藤岡「ありがとう、南。オレ、とっても嬉しいよ」

夏奈「しかし、お前の手は大丈夫なのか? その状態で上手くつきあえるの?」

藤岡「オレの手はもう大丈夫。南の手を握れるはずだ」

夏奈「なーんだ。お前の手の筋肉的な問題もただの気のせいだったのか」

藤岡「南。改めて、よろしく」

夏奈「ああ。よろしくな」

藤岡(オレは決めた。南を生涯、愛し続けるって!!!)

夏奈「じゃ、行くぞー」プニッ

藤岡「おかえしだっ」プニッ

夏奈「むぐぐ……」

夏奈「このこのー」グリグリ

藤岡「むぐぐ……」

夏奈「あははは」

藤岡(南が笑っている。色々あったけど、これでよかった。本当に……)

夏奈「お前もつき返してこい。本気なんだろ?」

藤岡「いくよ、みな――」

藤岡(待て。俺は決めたはずじゃないか。南と恋人同士になったら、まずは堂々と南のことをカナって呼ぶと)

藤岡(大きな壁を乗り越えた今なら、きっと自然と呼べるはずだ)

夏奈「どうした? まさか、突き指か?」

藤岡「……いくぞ、カナ!」

夏奈「お、おう」

藤岡(言えた! ごく自然に、堂々と南のことを名前で呼べた!! やった!!)

夏奈「不自然に大声出さないでくれ、びっくりだ」

藤岡(次は、ごく自然に南の手を握る……)ギュッ

夏奈「なんで急に手を握る!?」

藤岡「あ、ごめん!」

夏奈「つきあってるんだろ。手は握るな」

藤岡「え……? 付き合っているのに、手は握ったらダメなの?」

夏奈「卑怯だろ。強引にするな」

藤岡(そうか。今のは強引すぎたんだ。もっと自然に手を握れるようにならないと、やっぱり南も驚くよな)

夏奈「お前は本当に私とつきあいたかったのか。手を握りたいだけだったとかはないだろうね」プニップニッ

藤岡「あるわけがない! オレは本当に、心の底から、南と付き合いたかったんだ!!」プニッ

夏奈「何がお前をそうさせているのかはわからないけど、お前が本気だというなら私はそれに付き合うまでだ」

藤岡「南……!!」

春香「ただいまー」

千秋「もどったぞー」

藤岡(ハルカさんとチアキちゃん……! そうだ、もう一つ、決めていたことがあるじゃないか)

夏奈「おかえりー」プニッ

藤岡「おかえりなさい」プニッ

千秋「二人で何をしている?」

藤岡(南と恋人になれたら、真っ先にハルカさんとチアキちゃんにそのことを伝えるって、オレは決めていたんだ。だから……)

藤岡「ハルカさん、チアキちゃん。オレたちは今、付き合っています!!」

春香「え……」

千秋「……」

夏奈「なんでお前はそう無駄に声を大にするんだ。恥ずかしくないの?」プニッ

藤岡「ごめん。恥ずかしいよね」

夏奈「お前がな」

藤岡「けど、こういうことは言っておかないとダメな気がするから」

夏奈「そうか?」

千秋「まぁ、確かにつき合っているな」

春香「いちいち言わなくても見たら分かるけど」

藤岡「え、そ、そうですか?」

藤岡(いつも通りにしていたつもりだけど、やっぱり態度とか表情に出てしまっているんだろうか。恥ずかしいな)

夏奈「だよな。どう見ても私と藤岡は突き合ってる」

千秋「そうだな」

藤岡「もういいじゃないか、南。ハルカさんとチアキちゃんも気が付いていたみたいだし」

夏奈「今の私と藤岡を見て、気が付かないほうがどうかしている」

藤岡「そ、そこまでだったのか」

春香「そんなことよりも、藤岡くん」

藤岡(そんなこと!? 結構勇気を振り絞った告白だったのに……。いや、ハルカさんは最初から気が付いていたのかもしれない)

藤岡(オレがここへお邪魔した段階で既に1時間と5分ぐらいは南と付き合っていたから)

春香「手のほうは大丈夫なの?」

藤岡「え? 手、ですか?」

千秋「カナが藤岡の繊細な手を握って骨折させたんだろう」

夏奈「おい。確かに手は握ったが、私はガラス細工を扱うように握っただけだ」

藤岡「特に問題は、ないんですが」

春香「あら、そうなの」

夏奈「どうやら、私の愛情がこもったアイシングが藤岡の手を癒しつくしたみたいだな」

春香「えー。折角、買ってきたのに」

藤岡(この冷たいタオルには南の温かい心が詰まっていたのか……)

春香「まぁ、湿布だから置いておけばいいけど」

千秋「ところでどうして藤岡はカナとつきあったんだ?」

藤岡「それは……あの……」

夏奈「なんて言えばいいか。簡単にまとめると、藤岡からつき合って欲しいといわれた」

春香「別につきあうのはいいけど、おかしなことはしてない?」

藤岡(ハルカさんはオレと南の交際を認めてくれた!! よかった!!)

夏奈「おかしなことってなぁーに? ハルカぁ、おしえてくれよぉ」

春香「そ、それは……だって、その、藤岡くんも男の子だし……」モジモジ

夏奈「えー? それじゃあ、わかんなーい」

春香「も、もう! カナ! からかわないで!! チアキもいるのよ!?」

藤岡(いや、待て。ハルカさんは認めてくれても、チアキちゃんはどうなんだろう。オレを南の恋人として認めてくれるんだろうか)

千秋「……カナ」

夏奈「おかしなことについて教えてほしいの?」

春香「や、やめなさい!!」

千秋「お前はどこでつきあってほしいといわれたんだ? ここか?」

夏奈「学校だ」

千秋「時間は?」

夏奈「放課後だけど」

千秋「他に誰かいたか?」

夏奈「いいや。藤岡が私の机の中にこの手紙を入れていたからな。私は指示通りに動いたまでさ」

千秋「ちょっと見せてくれ」

夏奈「どうぞ」

千秋「随分としわくちゃだな」

夏奈「教科書を入れたときに潰れてしまった」

千秋「なるほどな」ペラッ


二人きりで話したいことがある。放課後、誰もいなくなってから教室に来て欲しい。藤岡


千秋「……」

春香「こ、これって……!!」

夏奈「藤岡からの置き手紙だ」

藤岡(チアキちゃんとは普段、仲良くしているし、嫌われているとは思わないけど、南と付き合っているオレのことをどう思うかは別の問題のはず)

千秋「カナ。お前はこの手紙を見て、置手紙だと認識したわけだな?」

夏奈「それ以外のなにがある。私が藤岡から呼び出されただけだろ」

千秋「うーむ」

春香「こ、これ……やっぱり、アレ、よね……?」

千秋「この文面を見て、どのように解釈したんだ」

夏奈「以前も同じような果し状を貰ったことがあったが、もう私と藤岡は完全に和解しているからな。果し状の線はすぐに消えた」

千秋「それで?」

夏奈「まぁ、話したいことがあるんだろうと思って誰もいなくなった教室に足を運んでやった」

千秋「そこで付き合って欲しいといわれたんだな」

夏奈「正確には遊ぶ約束をした直後につきあってほしいっていわれた」

千秋「で?」

夏奈「見ての通りだ。私と藤岡は今まさにつき合っていただろ」

千秋「……」

春香「カナ……」

藤岡(オレは決めたんだ。たとえチアキちゃんに嫌われようとも、オレは一生涯南カナを好きでいることを。チアキちゃんには悪いけど、オレは本気なんだ!!)

夏奈「どうしたの、ハルカ。そんな悲しい目をしちゃって」

春香「藤岡くんが傍にいるから、何もいえないけど」

千秋「とにかくお前はバカ野郎だ」

夏奈「なんだよぉ! 理由もなくバカっていうなー!!」

春香「この事実を藤岡くんに伝えたほうがいいのかしら」

千秋「しかし、それだと藤岡が可哀相ですし、とても哀れです」

春香「だけど、このままだと……」

藤岡(オレは決めたんだ。だけど本心では、チアキちゃんにだって嫌われたくはないんだ。その微妙な感情は分かってほしい)

千秋「私に名案があります。藤岡を傷つけず、悲しませることなく、この誤解をとく案が」

春香「ほ、本当に!?」

千秋「はい」

春香「任せていいのね、チアキ」

千秋「任せてください、ハルカ姉様」

夏奈「二人してなんの相談してるの? 私も仲間にいれなさいよー」

千秋「おい」

藤岡「え? な、なにかな?」

藤岡(なんだろう。やっぱり、南と付き合っているオレのことは気に入らないのか)

千秋「私ともつきあってほしい」

藤岡「え……」

千秋「カナとつき合えたなら、私ともつきあえるだろ」

藤岡「チ、チアキちゃん、何をいって……」

千秋「私ともつきあえ」

藤岡(なんだ、この流れは……!! オレは決めていたんだ!! チアキちゃんには嫌われないようにしようって!!)

藤岡(でも、ここまで好かれるなんて予想外だ!!)

藤岡「ま、まって。今は……その……南……カナと……」

千秋「カナとは突き合えて、私とは無理なのか?」

藤岡「そ、そういうわけじゃないよ!! でも、オレは決めたから……ごめん……」

千秋「カナ。お前からもなにか言ってくれ」

夏奈「私から? 別にいいけど」

藤岡「南、別にいいってどういう……」

夏奈「私は言った筈だ。チアキもお前と遊びたがってるとな」

藤岡「それは……」

夏奈「となれば、チアキともつきあうべきじゃないのか?」

藤岡「ちょっと待って!! 南、自分が何を言っているのか分かってるのか!?」

夏奈「な、なんだよぉ」

藤岡「大事な妹に、それも小学生の女の子にそんなおかしなことを言って良いわけがないじゃないか!!」

夏奈「こ、これはおかしなことだったのか」

千秋「カナ、お前はどうしてそう頼りにならないんだ」

夏奈「お前がなにか言えっていったんだろ!?」

藤岡「とにかく、オレは南、いや、カナ以外とは付き合わないって決めているんだ」

夏奈「おいおい。チアキが可哀相だろ。つきあってやれよ」

藤岡「いくらカナのお願いでも、こればっかりは」

夏奈「もー。めんどくさいやつだな」

千秋「仕方ない。嫌でも私とつき合ってもらう」

藤岡「それだけはできないんだ! チアキちゃん!!」

千秋「いいや。できる。というか、もうつきあう」

藤岡「チアキちゃん、目を覚ま――」

千秋「とう」プニッ

藤岡「……」

千秋「……」プニプニッ

藤岡「ふぃふぁふぃふぁん……?」

千秋「どうした、藤岡。小学生女児に好き放題突かれて恥ずかしくないのか。将来はJリーガーなのに」

藤岡「……」

夏奈「あっはっはっは。まんまと突かれたな、藤岡。さぁ、チアキに突き返せ」

千秋「ハルカ姉様も藤岡とつきあいたいのでは?」

春香「あ、ええと、そ、そうね。私も藤岡くんとつきあってみたい、かなぁ。いいかしら?」

藤岡「……はい」

春香「ありがとう。えいっ」プニッ

夏奈「私ももう一回ついておくかー。えーいっ」プニッ

藤岡(そうか。そういうことだったんだ。カナ、いや、南は……)

夏奈「どうした、藤岡。南家の美人三姉妹と突き合える感想は。嬉しいだろ」

藤岡「……」

千秋「多分、藤岡は悔しいと思う」

夏奈「なぜだ」

千秋「そうだな。強いて言うなら、お前がバカだから」

夏奈「それとこれとどういう関係がある!」

藤岡「そっか……そういう……ことだったんだ……。道理で話がうまく行き過ぎていると思った……」

春香「ふ、藤岡くん……あの……」

藤岡「ハルカさん……」

春香「少なくとも、カナは藤岡くんに対して、好意はあると思うの。普通、二人きりで突きあったりしないし」

藤岡「そう、ですね。それが分かっただけでも、オレは嬉しいです」

春香「よかった……のかしら」

夏奈「どーしてお前はそう生意気なんだー!!!」

千秋「お前はどうしてそうバカ野郎なんだ」

夏奈「くそぉ。妹のくせにぃ。むかつくっ」プニッ

藤岡「おぅ」

夏奈「なー、藤岡。お前からもチアキになんとか言ってやってくれよぉ。どうしてかチアキはお前の言うことなら結構素直に聞くんだ」グリグリ

藤岡「うぐぐ……」

千秋「すぐに人を頼ろうとするのはお前の悪い癖だ」プニッ

藤岡「うぐっ」

千秋「そういうことをするから私はお前のいう事を素直に聞けないんだ」グリグリ

藤岡「おぉう」

春香「まぁまぁ、二人ともケンカはやめなさい」プニッ

藤岡「……」

春香「藤岡くんも困ってるし」グリグリ

藤岡「ふぁふふぁふぁん……」

夏奈「困っているのは別の要因な気もするよ」

春香「そんなことより、晩御飯を作りましょう。何がいい?」

夏奈・千秋「「ハンバーグっ!!」」

春香「藤岡くんは?」

藤岡「え? オレは別になんでも、というか、ご馳走になってもいいんですか?」

春香「もちろん。で、振舞うからには希望を聞かないとね」

藤岡「オレもハンバーグでいいです」

春香「わかった。それじゃあ、満場一致で今日の晩御飯はハンバーグに決定です」

夏奈・千秋「「わーいっ」」

藤岡「……」

夏奈「よかったな、藤岡! ハルカのハンバーグは絶品だ!」

藤岡「そうなんだ」

夏奈「本当なら金を取りたいぐらいだが、藤岡は特別にタダでいいぞ」

千秋「お前が作るわけでもないのに何を言っているんだ」

夏奈「ハルカは私の姉であり、私はハルカの妹だ。そのハルカが作るとなれば、私が作ったといっても過言じゃない」

千秋「大過言だよ。どれだけ過ぎていると思っている」

夏奈「いいだろ。結局のところ、藤岡にはタダで食べていいって言ったんだから」

藤岡(オレは自分で決めたことも遂行できない男だ。だけど、正直ほっとしている自分がいる。この気持ちはわかってほしい)

藤岡「ごちそうさまでした。ハルカさんの料理、とっても美味しかったです」

春香「ありがとう。藤岡くんにはよく差し入れをもらっているし、これぐらいのお返しはしないとね」

藤岡「いえ……オレなんて……」

千秋「懲りずに遊びにきてくれ」

藤岡「うん。またお邪魔するよ」

夏奈「藤岡!」

藤岡「なに?」

夏奈「今日は結構楽しかった。よかったら、またつき合おう」

藤岡「……うん。南が楽しんでくれるなら、オレはいつでもつき合うよ」

夏奈「そーか、そーか。相変わらず都合のいい奴だな、お前は。藤岡のところにお嫁にいけば、かなり楽できそうだな」

藤岡「あはは。そんなことないと思うけど」

夏奈「いや、お前ほど都合のいいやつはいないからな」

藤岡「そうかな。オレは普通にしてるだけなんだけど」

千秋「哀れな藤岡だ。本当に愛想をつかしてしまうかもしれない」

春香「藤岡くん……」

翌日 中学校 教室

夏奈「――とまぁ、昨日は藤岡とずっとつきあってた」

ケイコ「へー。そうなんだ」

夏奈「最終的には3人で藤岡を突いてやったよ」

ケイコ「ところで、カナ。藤岡くんと二人きりで留守番してたんだよね?」

夏奈「そーだけど?」

ケイコ「その間も二人でつきあっていたのよね?」

夏奈「そーだよ」

ケイコ「たとえばだけど、私と男子が二人きりで突きあっている場面を見たら、カナはどう思う?」

夏奈「仲がいいなーって思う」

ケイコ「そのあと、私になんて訊ねる?」

夏奈「それはもちろん、ケイコの旦那候補ですか?って野暮なことを訊く」

ケイコ「それじゃあ、私も訊いて良いよね」

夏奈「なにを?」

ケイコ「藤岡くんとカナって、付き合ってるの?」

廊下

藤岡「――っていうことが、昨日あったんだ」

アキラ「へー、そうなんですか」

藤岡「アキラ的には、どう思う? そんな関係の二人」

アキラ「藤岡さん! 例えば、オレと女の子が二人きりでほっぺたや脇腹を突き合っている場面をみたら、どう思います!?」

藤岡「仲がいいなって思う」

アキラ「それから!? ほかには何か思いませんか!?」

藤岡「二人は付き合ってるいるのかなって思うかもしれない」

アキラ「そうです! 藤岡さんは正解です!!」

藤岡「正解なのか!?」

アキラ「二人きりで突き合うなんて、付き合っていないとありえないじゃないですか!!」

藤岡「つまり何がいいたいんだ、アキラ!!」

アキラ「藤岡さんはその女性と既に付き合っているんですよ!!」

藤岡「な、なんだって!!」

アキラ「交際の申し込みとかしなくても、その女性の中では藤岡さんと既に付き合っているんです!!! 間違いなく!!!」

藤岡「そ、そうか……オレのほうが勘違いしていたということか……」

アキラ「藤岡さんがその女性にかけるべき言葉は「付き合ってください」ではなかったんです」

藤岡「なんて、言えばよかったんだ?」

アキラ「オレと二人きりでつつきあおう、だったんです」

藤岡「そうなのか……!! そうなのか……!!」

アキラ「藤岡さんはもう、付き合っているんです!! なら、次はその先に進まなければいけません!!」

藤岡「先に……!!」

アキラ「先に行ってください、藤岡さん。オレはまだ、その先に進む資格を持っていないんです」

藤岡「アキラ……」

アキラ「オレを見ないでください。あなたはもう、先を歩いているのだから」

藤岡「ありがとう、アキラ。オレ、これからもがんばるよ」

アキラ「はい」

藤岡「オレは決めたんだ。この足をとめることなく、進み続けるって」

アキラ「いつまでも応援してます!! さぁ、行って下さい!! オレのことなんて気にせず!!」

藤岡「ああ!! 行ってくる!!」

教室

夏奈「そうなっちゃうの?」

ケイコ「なると思うけど」

夏奈「私と藤岡が付き合ってる……ことになるのか……」

ケイコ「むしろなっていないとおかしいよ」

夏奈「だが、奴からそんな愛のメッセージはきいたことがないが」

ケイコ「相手からの告白がなくても自然と二人でいる関係って、私は素敵だとおもうけど」

夏奈「私はおもわん!!」

ケイコ「え?」

夏奈「そもそも奴とは敵対関係にあったんだ。藤岡が私に対してそんな甘ったるいものを抱いているとは到底おもえん」

ケイコ「どうすれば納得するの?」

夏奈「勿論、やつのほうから「付き合ってください」と頭を下げてきたらだ」

ケイコ「そうなったとき、本当にお付き合いするの?」

夏奈「まー、藤岡なら自慢できるし、いいかなぁ」

ケイコ「藤岡くん、がんばってっ」

藤岡「南!」

夏奈「おー、藤岡。どうした?」

ケイコ「きた……! まさか、ここで……!?」

藤岡「南……」

夏奈「な、なんだよ……」

藤岡「オレと二人きりでつつきあおう!」

夏奈「……」

ケイコ「藤岡くん! 『つ』が一つ多い!」

夏奈「だ、誰がお前とつつきあうかー!!!」

藤岡「えー!?」

夏奈「お前とは今後二人きりでつつきあうことはない!! 貴様から頭を下げてくるまではな!! ふんっ!!」

藤岡「そんなぁ、南……」ガクッ

リコ(あ! 藤岡くんのレア顔!!)

夏奈「あー、緊張して損したー。さーて、次の授業はなんだっけ」


おしまい。

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