壁ドン粉砕(21)

「利奈……好きだ!」
 
「か、勝也君」

 狭い路地裏の壁に美男が美女に熱く迫る、見つめあう二人、あと十分もすれば下と下がドンする展開になるだろう、だが、この壁の裏には一人の男がいた。
 
「やれやれ、また、か」

黒ずくめの男は、これまた黒いグローブをはめると、壁を殴った。壁には傷の一つもつかない。

 凄まじい衝撃が、利奈の背中を襲う、背骨は砕かれ各種内蔵は破裂、口と鼻から血を流して利奈は倒れた。

「……利奈? 利奈ぁぁぁぁぁ!!!!」

 勝也の叫びに背を向けて、男は路地裏の闇に消えた。

あとはご自由にどうぞ


 満月だった。
 男は一度だけ振り換える。
 月明かりの下ぼんやりと浮かぶ石畳は、雑草に覆われていた。


男「…………」


 視線を戻せば、老朽化が原因だろう。放置され廃墟となった礼拝堂がある。

 あの頃は想像しない、思い付きすらしない未来だ。
 だが、これが現実。これが未来。


勝也(……利奈、)

勝也(これから、君の仇を取る) 


 扉を開け礼拝堂へと入る。
 扉は酷く鳴いたが、その人影は動かない。
 ステンドグラスの下、祈りを捧げるようひざまついていた。


黒ずくめ「…………」

勝也「殺人鬼が今更懺悔かよ」


黒ずくめ「…………」

勝也「なぁ、」

黒ずくめ「…………」

勝也「なんとか言えよクソ野郎が!!」


 苛立ちを吐き捨てるように地面を――床を踏みつける。

 ズドン!


黒ずくめ「!!」


 一直線に走る亀裂は黒ずくめがいたその場所で爆裂した。


黒ずくめ「……驚いたな」


 弾けた床の欠片が当たったらしい、黒ずくめの顔からは血が滲んでいる。


黒ずくめ「床ドンか」


勝也「ああ、そうだよ。お前を殺すために、何もかも捨てて修得した、俺の『ドン』だ」

勝也「三年、……利奈が死んで三年だ。短く聞こえるだろうが、俺には長かったよ」

勝也「なんせ、彼女がいない世界なんて俺にとっては地獄みたいなものだから……なっ!」


 ズドン!

 走る亀裂は、長椅子を弾き飛ばす。

 ズドン!ズドン!

 破壊された木製の長椅子は、次々と壁際へ積まれていく。


黒ずくめ「…………」

勝也「逃げてんじゃねぇよ!!」ズドン


 一般的に、床ドンは直線にしか進まないと言われている。
 だが、勝也の回し蹴りのように振り切った足での床ドンは――標的を追う。


黒ずくめ「……ここまでの使い手とは、」

勝也「くたばれぇえええ!!」

 執拗に追う床ドンをすんでの所で避け――黒ずくめの男は気付いた。
 怒りに任せたかのような床ドンが、この状況を作り出したことに。
 黒ずくめの視線に気付いたのだろう、勝也の口角が上がる。


勝也「利奈を殺した壁ドンを……俺が調べないとでも思ったかよ」

黒ずくめ(礼拝堂の長椅子を破壊し、弾き飛ばしていたのには理由があったか)

勝也「お前の壁ドンは壁を媒介にする」

黒ずくめ(壊れた長椅子を壁際に飛ばすことで、私の壁ドンを封じる…それが狙い)

勝也「もう、出来ねぇなぁ、壁ドンは」

黒ずくめ「……ああ、そうだな」

勝也「そして、お前が床を壁見立ててドンするより……俺が足でドンする方が早い」


 勝也はその場から動いていない。
 対して黒ずくめの男は、戻っていた。
 それは、男がひざまついていた場所。今は勝也の床ドンによって抉られ、土くれが剥き出しになっている、その場所だ。

 四方の壁は長椅子であった物で塞がれ、唯一残った扉は勝也の背にある。


黒ずくめ「…………」

勝也「終わりだ」


 勝也の足が振り上げられる。
 諦めたのか、黒ずくめは動かず――目を閉じた。

 ぎぃ、

 扉が鳴く、風が吹き込んだ。
 勝也は振り返らない。


 ドン


黒ずくめ「!!」

 その音は、黒ずくめの目を開かせた。


勝也「ぐ…………っ、」


 力無く下ろされたのは勝也の足だ。
 胸を抑え呻く勝也の口からは、血がこぼれる。
 空気を震せたその音は勝也の床ドンではない。黒ずくめの壁ドンでもない。


女「………………」


 そのドン主は、扉から入ってきた一人の女性。コツコツとヒールを鳴らし、二人に向かう。


黒ずくめ「何故、君が……」


勝也「…………ろす、」

勝也「まだ、だ……殺して……」


 勝也の目は死んでいなかった。直撃を受けたなんらかのドンは勝也の内臓を確かに破壊している。
 だが、倒れ伏しているのが当然の彼はまだ立ち、足を振り上げている。
 それほどまでの憎悪が、瀕死の彼を突き動かしていた。


勝也(殺す、殺す、必ず、利奈の……利奈の仇を)


女「もう、いいのよ」

黒ずくめ「やめっ……」


 ドン


勝也「あ、」


 背中から受けた、二度めの直撃。それは、完全に、勝也を破壊し尽くした。


 傾ぐ身体を抱き止める女性。血によって赤く淀んだ瞳が、女の顔を見る。


勝也「…………ん、で……」


女「もう、いいの。お休みなさい」


勝也「……………………」


 女は、生き絶えた勝也を床に横たわらせた。開いたままの両目も撫でるように閉じさせる。


黒ずくめ「何故、殺したんだ」

女「……あなたを殺そうとしたから」

黒ずくめ「俺は人殺しだ」

女「…………」


 勝也を悲しげに一瞥し、女は。
 悲しげな顔を変えず、ごく自然に、黒ずくめの男へと、その手を向けた。


 ドン


 響くそれは、空気を媒介にする。書物だけの存在とされているそのドンは、ドン界最強と言われていた。
 名を、空気ドンという。


黒ずくめ「…………」


 空気ドンを胸に受けた男は、呻きもせず、だが倒れず。
 膝をつき、ドンした彼女を見上げた。


女「私の死んだ妹……殺された妹……利奈には、彼氏くんがいてね」

女「彼氏くんの名前は、勝也。腹立つぐらいのバカップルで、ふふ……」

女「利奈は天国にいるけど、人を殺してしまったら、きっと、地獄に逝くから」

女「天国で会えないのは、可哀想でしょう?」

黒ずくめ「…………そう、だな……」


 男に歩み寄った女は、膝をつき、男と視線を合わせる。
 笑顔はなかった。復讐を達成した喜びはそこに無かった。


黒ずくめ「君が私に近付いたのは、復讐のためか?」

女「そうよ。でも、あなたがその仇だとは思わなかった。あなたを足掛かりに、仇を探そうとしたの」


女「でも、近付きすぎたのね」

女「仇があなたと知った時には……もう、手遅れだったの」

黒ずくめ「…………」

女「手遅れな程に、あなたを愛していた」

黒ずくめ「そうか……、はは、バカな人だ」

女「そうね……私は、大馬鹿よ」

女「勝也君がああなってしまったとわかるまで、余命の無いあなたと、一緒にいてあげようと思うぐらい」

黒ずくめ「…………バカだな」

女「……ふふ、わかってるわ。だから、ね?」


 女は、左腕を、男の背中に回し。
 右腕を、右手を、その手のひらを、礼拝堂の柱に向けた。


 ドン


男「…………!」
女「…………、」


 次は、上。天井。
 連続して放たれる空気ドン。

 崩壊の音が、男の耳にも届く。
 何をしようとしているのかはすぐに理解出来た。
 霞む視界、女はついに表情を変え――淡く、微笑むのが、わかった。

黒ずくめ「……本当に、君は……」

女「いいの。私達は……地獄で、会いましょう」














 数週間後

 崩壊した礼拝堂跡


黒ずくめ「…………」

美女「弟さんの、ここで死んじゃったのね」

黒ずくめ「ああ」 

黒ずくめ「双子で、俺と同じくただの人殺しのくせに、妙に割り切ることが出来ないの不器用な男だった」

黒ずくめ「だからこんな所ででくたばる」

美女「復讐、だったんでしょ?直接的な死因は『ドン』による内臓破壊みたいだし」

黒ずくめ「ああ。こんな職業をしてるからな、仇討ちにやってくる身の程知らず共は沢山いる」

美女「因果応報ってやつね。二人揃ってごく普通の一般人にまでドンする依頼、受けちゃうんだから。まったく、悪い人達」

黒ずくめ「……ふっ、くくくっ」

美女「?」

黒ずくめ「ははは!はははははははは!!!」

美女「あら、何がおかしいの?」

黒ずくめ「なんか、神っていないんだなって思ってよ」

黒ずくめ「顔が同じだからな、何度かあいつに押し付けてやったが、本当は」

黒ずくめ「あいつは、絶対に民間人をドンする依頼を受けなかった。どんなに金を積まれてもな、ははっ、」


美女「……えっ、じゃあ」

黒ずくめ「ああ。民間人をドンする依頼を受けていたのは俺だ。スリルは無いが金になる。おまけに、」

美女「…………」

黒ずくめ「バカップル共を殺すのは、悪くない」

美女「……そうか」

黒ずくめ「!!」
黒ずくめ(男の声!?……いったいどこから、)

美女「ようやく言質がとれた」ボロン

黒ずくめ「なっ、美女……お前……!」

美女「大変だったよ、貴様に近付くのも、この感情を隠すのも」

美女「やっと、本当の仇を見付けた」

黒ずくめ「……くそっ、」

美女「逃がさん」


黒ずくめ(なんて力だ!くそっ、腕を振りほどけない!)

美女「俺の使うドンは少々特殊でな」

 ビキビキッ!

黒ずくめ(なんだと、尻に……この感触、まさか、)

美女「名は………」

黒ずくめ「やめ――」


美女「『穴(ケツ)ドン』という」



 ズドンッ!!!



 おしまいだドン!
 もう乗っ取りは懲り懲りだドン!!

 ほんと、ごめん。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom