撫子「ドラマティック・アクシデント」 (21)

「う……嘘……!?」

「どうしたの? 撫子おねえちゃん」

「い、いや……別になんでも……」


『昨日のドラマ、録画してるから帰ったら見るよ』―――その言葉に嘘は無かったのだが、まさかこんなことになるとは思わなかった。

昨今どんな話を描くにしても、現実の流行を取り入れることで話題を集めるのは確かに常套手段といえる。どんな国が舞台でも、仮に「壁ドン」なんて言葉が生まれる前の時代だったとしても、演出としてシーンに組み込むのは悪いことではない。


ただ、今の私にとっては少し複雑な状況を生んでしまう原因になった。

まさか、こんなことになるとは。


「最近壁ドン流行ってるね。学校でも未来とかがばんばん壁に追い詰めようとしてきて、困っちゃうし」

「そうなんだ……」


夜、妹の花子と一緒に録画したドラマを見ていると、劇中のいい所でその問題のシーンが挟まった。今話題を呼んでいる俳優が、最近急速に人気の出てきた女優を、壁と挟むように追い詰めて視線を交わすシーンだ。

俗に言う、壁ドン。

出所は不明だが、少し前から全国民の間で流行りだしている行為。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1424249200

(見てないよ……本当に見てなかったんだ……)


もはやドラマの内容なんて全然入ってこない。私の頭の中はある一人の女の子のことだけが頭を占めていた。

クラスメイトで、友だちで、私の彼女。名を三輪藍という。


このドラマを見始めたのも藍の誘いだった。話題の作家の推理小説を原作としたドラマで、多少改変が加えられえてはいるものの、内容と演出がなかなか面白いとのことで私の興味も存分に惹かれた。

ためしに見てみると、これが想像を超えて面白く、毎週の放送はすぐに私の楽しみに変わった。

ドラマの内容ももちろん楽しみであったが、何より楽しみなのは視聴した翌日に藍と感想を交わすことであった。

昨日も本当はリアルタイムで見たかったのだが、花子と違って我儘な方の妹・櫻子にチャンネルを譲って録画という形になり、一日見るタイミングがずれただけの話なのだが……その一日の間にとんでもないことが起こってしまった。


(壁ドン……私もやっちゃったよ……)

今日のいつ頃だったか。

ジュースを買いに行って教室に戻ろうとすると、たくさんのプリントを抱えた藍に偶然出会った。

藍も楽しみにしていたのだろう、すぐに昨日のドラマの話題を振ってきた。私は録画していたから帰ったら見るという旨を伝えると、ネタバレしそうになったと冗談まで言ってくれた。

……ここまでは別によかった。


この後、藍の手からプリントの束が滑り落ちる。それを避けようとした私はバランスを崩し、藍の方にもたれかかりそうになった。

ぶつかるわけにはいかない―――とっさの判断で奥の壁に手をつき、衝突を免れる。

……それが奇しくも「壁ドン」の様相を呈していたことに気づくのに時間はかからなかった。何より近くで見ていた友人のめぐみたちに、「これが俗に言う壁ドン……!」とまで冷やかされてしまったのだ。

この時の私はまだドラマの内容なんて知らない。つまり昨日放送されたドラマに壁ドンのシーンがあったことを知らない。

しかし藍にしてみれば、ちょうどそのドラマの話題を振ったところに、おそらく藍が話したかったであろうシーンを私が再現した形になる。偶然とはいえ、結果的にそうなってしまった。


―――私は、藍にどう思われた?


私はあのとき友人たちの冷やかしに恥を覚えていた。そして、藍と自分の関係が知られるきっかけになったらまずいと思い、必死に偶然であることを説明した。

めぐみたちはどうやらプリントが落ちる前から一部始終を見ていたので弁解に時間はかからなかったが、事がそれだけで終わらない事情になってきている。


藍からしてみればどうだろう。私が壁ドンを狙っていたと思われていても仕方がない。

昨日の放送に影響されて、仕掛けようとしてくれたのかなと思われても、何ら不自然ではない……

「あーっ、良いところで終わっちゃったし!」

「…………」


気づくともうエンディングの歌と共にスタッフロールが流れている。まだなんとなくしか内容はつかめていない。

時計を見ると、時刻は夜の9時。


あと一時間後に、間違いなく電話がかかってくることだろう。私は言い訳……もとい説明を考えるため、テレビを後にして部屋に戻った。




「撫子見た? 昨日のドラマ」

「……うん、見た。あのね、藍……私本当に今しがた見たばっかりで……!」

「あはははは……そのテンションってことは、やっぱりそういうことだったのね」


電話を睨んでいると、きっかり夜10時になったところに藍からの着信があった。すぐさま手に取り、一時間悩みに悩んだ弁明を始める。

しかしどうやら藍も事情を想像してくれていたようで、抱えていた大きな不安はすぐに掻き消えた。


「偶然って、恐ろしいよね……」

「ふふ、ほんと」

今日の藍はどことなくご機嫌だった。電話越しの明るく愛しい声は、いつもより少しうれしそうにしていた。


「私、撫子がわざとやったのかと思っちゃった」

「それだよ! そう思われてるんじゃないかって、すごい不安になっちゃってさ……でも本当にわざとじゃないからね?」

「わかってるわかってる。だってもしわざとだったら撫子、もっと恥ずかしそうにしてたと思うもん」


「あの時もめぐみたちに見られて恥ずかしかったけど……正直今の方が恥ずかしいかな。まさかこんな偶然起こるなんて」

「ドラマの内容入ってきた?」

「あー……実は、そんなに」

「あははは……でも大丈夫。推理シーンは次回に持ち越しだから、そっちを見れば今日の内容もだいたいわかるはずよ」

「そうなんだ、よかった」

徐々に私の心も落ち着きを取り戻してくる。藍が物わかりの早い子でとても助かった。

電話の向こうで笑顔になってくれているところを想像すると、私の頬も少し緩む。


「ちょっと前に二人でいるときも、壁ドンの話したことあったよね」

「うん、それも悩みのタネでさ」

「撫子はあのとき、恥ずかしいからやだって言ってたけど……考え直して、やってくれることにしたのかなって思っちゃったよ」

「偶然にかこつけて、そんなことしないよ……恥ずかしすぎる」

「でも私、うれしかったよ? あんなにドキドキしたの、久しぶり」

「私もいろんな意味でドキドキしたけど……心臓に悪いタイプのドキドキというか。もうごめんかな……」

「え、二回目は無いの?」

「無いでしょ……もし二回目までめぐみたちに見られたら、確信犯だって」




「……じゃあ、もし学校じゃなくて、二人きりのときだったら……もう一回してくれる?」

「!」


藍の声が少し変わった。

私にだけしか聞かせない、特別な声だ。

「んー……それでもやっぱり恥ずかしい、かな……」

「ふふ、やっぱそっか。二回目は無いか」


すぐにその声は残念そうな苦笑に変わる。

要望に応えてあげられなくて、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。


「あ、でも! 本当に偶然だったら……二回目もありえるんじゃない……?」

「そんな偶然起こるかな?」

「わかんないけど……偶然って恐ろしいからさ、起こるかもしれないよ」

「じゃあ私、明日からもいっぱいプリント持って歩き回ろうかなー♪」

「……え?」


「撫子プリント避けるの下手だもんね? だからちゃんと壁のあるところでやらないと」

「ちょ、ちょっと待って!? まさか藍がプリント落としたのって、わざとなの……!?」

「さあどうでしょう……? 推理してみて、探偵撫子さん」


中々聞けない、藍のいたずらっぽい笑い声。

あのとき、偶然プリントを落として、壁ドンを成立させた……?

「……いや、藍はそんなことしないよ。というか狙ってできることじゃないし……本当に狙ってやったなら、大したものだけどね」

「あはは……でももう一回くらい起きてくれても良いと思うなぁ。撫子かっこよかったし」

「…………」


私がかっこいいかはともかく、藍が私にやってくれる可能性はないのか? と少し思ってしまった。

藍のかっこいいところを想像しようとして、なかなかイメージは湧いてこなかったが……偶然にでも起きてくれたとしたら、どんなにうれしいか。

「プリントわざと落としたりはしないけど、それでもいつか二回目が起こってほしいとは思うわね。だから偶然に期待しておくわ」

「偶然はいいけど、めぐみたちにはまた一部始終から見てもらわないと、説明つかないね」

「あ、そういえば今度また皆で遊びに行くっていってたわよね。明日詳しい話みんなでしましょうか?」

「そうだね。楽しみにしてる」


「じゃあ今日はここまで……おやすみ、撫子」

「うん、おやすみ」


藍の方から電話を切るのを確認して、携帯を置いた。

二回目の行方は、偶然にゆだねられた。


でも藍はしてほしいって言ってるんだし、今後二人きりになるときがあったら……意を決してやってみるのも、ありかもしれない。


「…………」


それとも、偶然を巻き起こすか?

なにかにつまずいた拍子を利用して、せまってみようか?


(できるかな……そんなこと)

身体を起こして、今日のシーンを再現してみた。

わざとらしくないようにすれば、必然を偶然に変えることができれば、藍のあの顔がもう一度見れるかもしれない。


「よっ」


バランスを崩して、壁に手をついてみる。体勢こそあの時と同じはずなのだが、なかなかうまくいかない。

そうして夢中で何回かやっていると、勢いよくドアが開け放たれた。


「どんどんうるさいんですけど!」

「うわーっ!!」

「何やってんの? ねーちゃん」

壁をつく隣の部屋には櫻子がまだ起きていた。訝しげな目で睨まれる。


「夜なんだから静かにしてよ!」

「わ、わかってるよそんなの……っていうかあんたが昨日ワガママ言わなきゃ、こんなことにはならなかったかもしれないのに!」

「はあ? 何言ってんの?」


恥ずかしさからつい、ごまかすように櫻子を原因に仕立てあげ、責任を押し付けてしまった。

どうやら私は、探偵には向かないタチらしい。



~fin~

今日公開された大室家40のアレンジでした。

ありがとうございました。

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