男「明日がこなければ」 (36)


女「久しぶりですね。わざわざ来てくれるなんて」

男「告知、見たからな。……こんなことになるまで会いに来なかったくせに、何をいまさらとは思うけど」

女「いいんですよ。たぶん、仕方ないことだったから」

女「それにほら。わたし、会いに来ないでくださいって言っちゃいましたし」

男「あれは強がりだろ。わかってたのに、俺は……」

女「もう。いいじゃないですか、半年も前のことなんですし。年下のわがままは聞いてあげるものですよ?」

女「――――それに、ほら。一緒にいると、どうしても手を伸ばしたくなりますからね」

女「こうして会ってくれただけで、御の字です」

男「それだけで終わらせるつもりはない」

男「なあ。俺と一緒にいてくれないか?」


女「――――」

女「男くん。わたしの話、聞いてました?」

女「わかってくれると思ったんですけどね。一緒にいたら胸が苦しいって、そう言ってるんですよ?」

男「わかってる」

男「俺のわがままだってことも、わかってる」

女「だったら、」

男「それでも頼む。俺と一緒にいてほしい」

女「……、何かあってからじゃ、遅いんですよ?」

男「それくらいの覚悟はしてる」

女「わたしはそんな覚悟できません」

男「それでも、だ。最後まで、俺と一緒にいてほしい」


女「…………はあ」

女「後悔はしないんですね?」

男「ああ」

女「わたしを傷つけることも、わかってますよね?」

男「……ごめん」

女「ならいいです。申請出してみます……許可、出ました」

女「ちょっと待っててください。外出用の服をもらってきます」


男「派手だけど、似合うよ。これまで見たことない系統の服だから、なんか新鮮だな」

女「服飾規制がなければ、こんなの着る機会はありませんでしたよ……」

女「かなりどぎつい赤です。本当に似合ってます?」

男「誰よりも似合ってるよ。女はさ、その……美人だから、余計な」

女「へえ、男くんも成長しましたね。面と向かって女性を褒められるようになるなんて」

男「かなり無理してるだけだよ……女に言うのでさえ、歯が浮いちゃいそうだ」

女「そうですか。じゃあこれから、たくさん言ってくださいよ?」

女「今まで言えなかった分と、これから言いたかった分と」

男「はは、胃に穴が空くかも」

男「だが頑張ってみるよ。思ってることを口にするだけなんだ、難しいわけない」


女「外に出たはいいですけど、どこか行きたいところでもあるんですか?」

男「まずは地元に行こうと思ってたけど。帰るの、嫌か?」

女「んー。複雑なところですね」

女「とりあえず、人の多い場所は避けたいです。迷惑かかりますし」

男「確かにな。ここ、行きは混んでて大変だったのに、今は皆が道を譲ってくれるし」

男「モーゼが海を割ったあれを思い出す」

女「そりゃそうですよ。男くんだって、警告音が出てるんじゃありませんか?」

男「女と会う前に切ったよ。やかましくて仕方ないし」

女「それはそれで危なっかしいですけど……わたしは警告が出ますから、そんな離れないようにしてくださいね」

男「わかった」


男「今のうちに聞くけど、行きたいところはないのか? 要望があるなら行き先を変えるし」

女「んー、久々に実家まで行きたいとは思うんですけどね。ただ、知り合いにはあまり会いたくないというか」

男「なら補正しながら歩くか。俺としては、こんだけ美人な女を見せびらかしたくもあるけどな」

女「あ、そんなこと言っていいんですか? 他の男性がわたしを口説いちゃうかもしれませんよ?」

男「よし、誰もいないルートを探して歩くぞ」

女「男くん、相変わらず単純ですねー。扱いやすくて楽ちんです」

男「そろそろ付き合い長いのに、この関係だけは変えられなかったか……」

女「まあまあ。そう悪いものでもありませんよ?」

女「昨日と今日が等記号になることを、多くの人が求めてるって統計に出てましたからね」


AI「乱数を確認」

AI「運命修正開始」

AI「完了」


女「おおっ。もう半年が経ちますけど、まだ残ってるんですね」

男「再建計画は……まだ一〇〇日以上あるな。どうする、入るか?」

女「んー。でもここ、わたしの家じゃないってタグついてますし」

女「そういえば、家の中ってどうなってるんですか?」

男「家財関係なら女の親戚が引き取ったみたいだな。今はもうがらんどうになってるはずだけど」

女「ちぇ。男くんがくれた指輪くらい、しようかなと思ってたのに」

男「……うちにあるぞ、あの指輪」

女「え、どうしてです?」

男「頭を下げて、どうにか許してもらった。ほら、情報タグを見れば、俺が贈ったものだとはわかるし。……高いものじゃないぶん、何とかなった」

女「値段は重要じゃないんですよ。あの意気地と勇気のない男くんがくれたってことが大事なんです」

男「どうして俺、そこまでこき下ろされなきゃいけないんだよ」

女「自分の胸に聞いてください」

女「とりあえず、男くんの家に行きましょうよ。指輪、もう一度プレゼントしてほしいです」


男「お待たせ。ほら、指輪」

女「うふ」

男「うふって」

女「も、もう、いいじゃないですか! 私物の一切が持ち込み禁止だったので、この指輪、泣く泣く諦めたんですよっ?」

女「こうしてまたわたしの手に戻ってくるなんて……感激です」

男「良かったな。それじゃ手を出せよ」

女「はい?」

男「指輪、つけてやるから」

女「――――」

女「ダメです。そんなこと、絶対にしないでください」


男「そう嫌がるなよ。俺がやりたいだけなんだ」

女「男くん。箱だけ開けてください。自分で取りますし、自分で指にはめますから」

男「でも、これをプレゼントした時はさ」

女「男くん」

男「……悪い、わがまま言った。ほら」

女「ありがとうございます」

女「――――うふ」

男「そのうふって笑い、やめないか?」

女「細かいことは気にしちゃいけません」

女「……こうして指輪をはめてみたら、何というか、ちょっと自分を取り戻したって感じです」

男「そっか」


女「ところで男くん、わたしの好きなところに連れてってくれるんですよね?」

男「そのつもり」

女「ならわたし、真っ青な海と、満点の星空と、遠い地平線に沈む太陽が見たいです」

男「おお、ずいぶん要望があるな」

女「ダメでした?」

男「まさか。たださ、これまで自分のやりたいこととか、優先して来なかっただろ?」

女「そうですね」

女「……まあ、最後ですし」

男「ああ……そっか」

女「男くんこそ、覚悟してくださいよ?」

女「わたし、明日には死んじゃうんですから……それまで、たくさんワガママ言いますからね?」


    ◇海

女「季節外れですから、ほとんど人がいませんね」

男「静かな海ってのもいいもんだろ?」

女「ええ」

女「男くんはこんな話を知ってます?」

女「地球の気候を完全に掌握して、快適な世界を維持できるようになっても、日本人は夏の海に憧れるみたいです」

男「ああ、それか。でもそれは」

女「ええ。たった二〇年くらいで崩れ始める価値観だとか」

女「若い人ほど、いつでも入れるようになった海に順応してしまう」

女「夏といえば海、って考えは骨董品になるって聞きました」

男「特定経過予測、な。でも予測は予測だろ?」

女「外れたことがない予測でも、男くんはそう思います?」


男「夏の海に憧れるのってさ、うだるくらい照りつける日差しや、集まった人の熱気に影響されると思うんだよ」

男「だからいつでも入れるようになった海は、きっと何だか味気ない」

男「価値観が変わったっていうより、価値を失ったんじゃないかなって思うよ」

女「……うふ」

女「男くんって意外とロマンチストですよねー」

男「うっさい」

女「せっかくかっこいいこと言ったのに、それじゃ子供っぽいですよ?」

男「俺はまだ大人になりきれないから、こうして海まで来てるんだよ」

女「わたしが大人になれないから、海に連れてきてほしいと思ったみたいに?」

男「たぶん、な」


男「寒くないか?」

女「まだ大丈夫ですよ。もうちょっとしたらダメかもしれませんけど」

男「冬の海だしなあ」

女「普通の恋人同士だったら、ここでくっつきながら暖をとったりするんでしょうけどね」

男「やってみるか?」

女「やりませんー。わたしをそんな安い女と思われては困りますよ?」

男「ウチに宿題をやりに来てたころ、さんざん俺を枕にした女がそれを言うのか……」

女「やー。手を出してこないとわかってる相手なので、つい油断したと言いますか」

男「今からでも襲うぞこら」

女「そんな勇気もないくせにー」

女「……あ、本当に襲わないでくださいよ? わたし、泣いちゃいますから」


女「冗談はさておき、お腹がへりましたね」

男「海の家がやってたらいいのにな」

女「商売時期を間違いすぎて、どう考えても潰れちゃいますね」

男「かといってお店に入るわけにもいかないからな。お持ち帰りできそうな、ファーストフード以外の店がないもんかな」

女「ずいぶん贅沢な要求です」

男「ここまで来てハンバーガーというのもがっかりだろ?」

男「――ん、いや、あるみたいだな」

女「おお、調べてみるものですねー」

男「焼きそばだけ持ち帰れるみたいだ。海を見ながら食べようか」

女「やっぱり海といえば焼きそばですよね」

男「おおざっぱな味が魅力だよな」


女「安っぽい透明なパック、割り箸、ソースの香り……はわかりませんけど。うふ、あのお店はロマンがわかってますね」

男「けどそれにしたって寒いよな。いっそたき火でもしてやろうか」

女「おー、男くんってば悪い人ですね」

男「うぐ……っ」

女「? どうしました?」

男「な、なんでもない。ちょっと罰則の対象になったみたいで、痛覚刺激されただけ……」

女「え? まさか本当にたき火しようとしたんですか!?」

男「俺はいつだって本気だ」

女「何やってるんですか、もう……大丈夫ですか? 痛みは治まりました?」

男「一瞬だけだったから平気だよ。かなり痛かったけど」

女「ならいいです。でも心配させないでくださいよ」

女「だってほら。もしかして、って思っちゃいますし」


男「そのもしかしてが起こるようなら、外出許可なんて取れないだろ?」

女「わかりませんよ? 未来にはいつだって誤差が含まれる、って予測してる人工知能自体が言ってるんですし」

男「だったらいっそ、別のもしかしてでも起きてほしいもんだよ」

女「例えばなんです?」

男「明日が永遠にこない、とかな」

女「……ダメですねえ、男くんってば」

女「そういう、変なことばかり言って」

男「泣くなよ」

女「まさか、泣いてませんよ。わたしもきっと罰則に触れちゃって、涙腺を刺激されたんです」

男「そうだな」

男「……胸、貸せなくてごめんな」


女「もう平気です。体罰を乗り越えました」

男「確かに体罰ではあるがな……」

男「よし、じゃあそろそろ移動するか」

女「あれ? 夕焼けや星空もここで見るんじゃないんですか?」

男「地平線って言っただろ? 海で夕焼けを見たら水平線だし」

女「でもほら、思いつきで言ったことですし……わたしはここで構いませんよ?」

男「俺にも意地ってものがあるんだよ。車は手配してあるし、早く行こう」

女「もう、男くんってこんな時だけ強引なんですから」

男「強引じゃない時ってどんなだよ」

女「わたしと二人きりだった時じゃないですかねー」

男「……置いてくぞ」

女「短気な人は嫌われますよ?」


女「ところで、今度はどこまで連れて行ってくれるんですか?」

男「放棄特区だな。あそこなら地平線だし」

女「はい? いやいや、入れるわけないじゃないですか」

女「空気の汚染度合いが世界でもワースト二位とか三位らしいですよ?」

男「でも行き先に設定できたぞ」

女「そんなはず……男くん、一体どんなコネを手に入れたんですか?」

男「コネがあろうが、黙認されてなきゃ痛覚刺激どころじゃないだろ」

男「最後の計らいじゃないか」

女「そんな人情味ある判断、されますかねえ」

男「どっちにしろ、行けるんだから行くだろ。これがバグだろうが、計算された運命だろうがな」


    ◇放棄特区

女「うわー、見事に何もありませんね」

男「資源になりそうなものは、根こそぎ特区外に運んじゃったんだろうな」

女「……男くん、体は大丈夫ですか?」

男「中和剤を飲んだし、夕焼けを見る時間くらいはな」

男「そういう女こそ平気か?」

女「わたしはあれですよ、ほら。痛覚は取り除かれてますし」

女「感覚器はかなりぐちゃぐちゃに調整されてますからねー。ちょっと空気が悪いくらいじゃびくともしませんよ?」

女「それに明日には死んじゃいますし、心配する理由もないです」

男「心配するに決まってるだろ」

男「女は今、生きてるんだから」

女「……」

女「まったくもう。どうしてそういうこと、もっと早くに言えなかったんでしょうね」


男「それより、女。もう日が沈むぞ」

女「――――良かった。わたしの目でも、まだ夕焼けは綺麗なままですね」

女「わたし、夕焼けって好きなんです。一日の終わりだって思うと悲しいですけど、明日につながってるんだって思うとわくわくします」

女「わたしがいない明日だとしても、世界はこんなにも綺麗だから」

女「きっと男くんも幸せになれるって、思いたくなりますよ」

男「そうだな」

男「俺はさ、今この時の幸せを大事にして、のんびり生きてみるよ」

男「どんな時も……いや、時々でいいな、女のことを思い出しながら」

女「そうしてください。あんまりわたしの思い出にひたられても、恥ずかしくなっちゃいましす」




男「よし、最後は星空だな」

女「また移動するんですか?」

男「夕焼けはにじむくらいで何とかなったけど、空気が綺麗なところじゃなきゃ星空は厳しいだろ」

男「どこか、人がほとんど住んでない山奥にでも移動するよ」

女「今日だけでずいぶん遠くに行こうとしますね、わたしたち」


女「それじゃあ車に戻りましょうか」ガクッ

女「……あ、れ」

女「変、ですねえ。足、動かそうとしてるんですけど」

男「女!」

ガシッ

男「大丈夫か!? 体、他に異常は?」

女「……」

女「…………!」

女「触らないで! 離れてください!!」

男「っ」

女「そんな、どうして……なんで触っちゃうんですか……!」

女「ずっと我慢してたのに! 男くんまで感染したら、わたし……っ」


男「…………大丈夫だよ、きっと」

男「これくらいのこと、予測できなかったわけがない」

男「それかさ、今くらいの接触なら、きっと感染はしないんだよ」

男「だからこうして、ここまで連れてくる許可も出てる」

女「そんなの、何の保証にもならないじゃないですか……」

女「どうして……? だって、男くんまで同じことになったら、わたし……」

男「ほとんど服にしか触ってないから、大丈夫だって」

女「……男くん、帰りましょう」

女「今すぐ検査して、何か対処してもらえば、発症しないですむかもしれません」

女「だから」

男「星空を見に行くんだ。その後な」

女「そんなのどうだっていいんです!」

女「……ねえ、男くん、帰りましょうよ」

男「帰らない」


男「どうしてもっていうなら、俺は今この場で女にキスをする。抱きしめる。襲う」

男「もう手遅れになった後なら、急いで帰る理由もなくなるだろ?」

女「……」

女「……バカ」

女「帰ったら、すぐ検査を受けてください」

男「わかった。約束する」

男「……立てるか?」

女「何とか」

女「ちょっとはしゃぎすぎたんだと思います。自覚はないですけど、体はボロボロですしね」

男「ゆっくり立てよ。俺は手を貸せないんだから」

女「大丈夫です。わたし、同じ失敗はしない女ですよ?」


    ◇山奥

男「おお、よく見えるな」

女「ですね。ここまで連れてきてもらったかいがありました」

男「……昔はさ、もっと星の数が少なかったんだと。排気ガスで空気が汚れて、都内じゃ数えるほどの星しか輝いてなかったらしい」

女「どれだけ前の話なんですか?」

男「さあな。歴史の教科書でも見なきゃわからないけど、そこまで昔の話じゃない」

女「すごいですね」

女「過去の過ちを取り戻すって、とても大変なことだと思います」

男「だな。努力を口に出すのは簡単だが、実際にやるのは想像以上に難しいことばかりだ」

女「そんなことを語ってしまう男くんは、どんな努力をしたんですか?」

男「……ここだけの話な」

男「女を助けられるはずだって、うぬぼれてた」


女「そうでしたか」

女「……なら、わたしも似たようなものですね」

男「女も何かしてたのか?」

女「元気になって、男くんとまた会いたいなって」

男「そっか」

女「ええ」

男「――――けどさ。それって本当に間に合わないのか?」

女「え?」

男「女は明日、死ぬ。でもそれは病気じゃない、人間の手で殺されるんだろ」

男「逃げて、その間に何か解決策が見つかれば、さ」

女「……うふ。そうなったらいいですね」

男「女もそう思うか? だったら」

女「でもごめんなさい。わたし、叶わない夢を見るのは嫌なんです」


男「でも……いや、悪い。そうだよな」

女「いいんですよ。わたしはたぶん、納得してます」

女「わたしが生きてることで人類が滅ぶなら……男くんが死んじゃうなら、そこまでして生きる必要はないなって」

男「……特定経過予測」

女「信じないわけにはいきませんよね。だって、戦争と放棄特区のことまでぴったりと当てたんですし」

男「まぐれかもしれない、けどな」

女「まぐれだとしても、あの予測がなければ世界はもっとひどくなってましたよ?」

女「人間の住むところなんて、きっとなくなっていました」

男「……いっそ、その方が良かったよ」

女「どうしてですか?」

男「未来がどうなるかわからないなら、女が明日を生きてる可能性もあったんじゃないかなって」


女「でもわたし、これで良かったとも思いますよ」

男「どうしてだよ?」

女「男くんが、わたしをここまで連れてきてくれました」

女「寒いって言いながら、二人で海を見るのは楽しかったです」

女「夕焼けを見たあと、触っちゃ駄目なのに、男くんがわたしを助けようとしてくれて嬉しかったです」

女「星空の下で、わたしに逃げようって言う姿を見ると、やっぱり男くんが好きなんだなって笑顔になれるんです」

女「だから大丈夫です。わたしはもう、満足してますから」

男「それでも納得なんてできるかよ!」

男「人類がなんだ! 女を生かすためなら何度だって滅びればいいじゃねえか!」

女「……叫んだら、落ち着きました?」

男「うるさい」

女「もう、いい年してぼろぼろ泣いちゃだめですよ? 男の子なんですから」

男「わかってる……今だけは泣かせてくれよ」


……


女「そろそろ、行きましょうか」

男「ああ。もう泣き言なんてこぼさない」

男「女、行こ――うぐっ!?」

女「男くん?」

男「ぎっ……がっ!? くそ……なんなんだよ!」

女「男くんっ! そんな、感染したんですか!?」

男「ち、違……これ、は……」

女「ま、待っててください! すぐ連絡しますからね?」

男「やめろ!」

女「っ」

男「連絡は、するな……くっ、こんなの、どうってこと……」

女「――――男くん。まさか、逃げようとしてるんですか?」


男「んぎっ……くっ、はっ……そう、だよ」

女「そんなこと考えないでください! やめてっ。電気信号だけの痛みだって、人は死んじゃうんですよ!?」

男「こんなの……痛覚だけの、問題だろ?」

女「お願いだから、やめて……ねえ、やめましょう? わたしは大丈夫です。苦しくなんてないんですよ?」

女「まるで眠るみたいに、死ぬときはあっという間なんです。だから、自分を傷つけないで……? ね?」

男「いや、だっ」

女「男くん! わがままを言わないでください!」

男「だって、なら女は、どうして泣いてるんだよ……っ」

女「それは……」

男「俺は……女、を……」

男「……」

女「――――男くん。あなたはどうして、そんなにバカなんですか……!」


女「ねえ、わたしがここにいることはわかってるんですよね?」

女「ならすぐに来てください。逃げも隠れもしませんから」

女「だから……」

女「早く、わたしを殺して。男くんを助けて」


 目が覚めた時、俺はしゃべれなくなっていた。

 心因性のものらしい。痛覚を刺激される時間が長かったからで、一時的なものだという。

 ……日付を見ると、女を連れて逃げようとしたあの時から、二日が過ぎていた。

 女はもう、この世界のどこにもいないみたいだ。

 俺は結局、子供みたいなわがままを押し通そうとして、女を看取ることさえできなかった。

 あまりにもバカらしくて、笑えてしまう。

 そんな俺のところに、指輪が届けられた。

 女にプレゼントした安物だ。

 温もりがとっくに失われた指輪を握りしめながら、味気ない天井を見上げる。

 明日、俺は天井を見飽きたと思うことができるだろうか。

以上です。
みなさんの明日がよい一日になればいいですね。

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