東雲荘一郎
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卯月巻緒
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街の光。人いきれ。流れるクリスマスソングが満ちて、視界に入る人々もどこか浮き立っているように感じられる。
「うわぁぁっ! ケーキって見てるだけで幸せになりますよねっ!」
ショーケースには煌びやかなケーキが絢爛として並んでいる。
菓子細工のサンタが乗ったチョコレートケーキ、ビュッシュ・ド・ノエル、6種のアソート、苺の赤と生クリームの白が冴えるミルフィーユ。
冷えた舞台で、その存在と、想像の甘さを振り撒くそれは……アイドルにも似て。
――……
『あんこじゃないのもつくれるんですか』
『そうだ。冷蔵用のショーケースが来たら、生菓子も売りだしてみようと考えてる。
今までは常温でしか置けなかったから、三笠もあんこと果物を飴衣で包んだものぐらいしか出せへんかったけど、クリームやカスタードも素材として使えるようになる』
『カスタード……』
『ああ。実はもう試作したのがあってな。食べてみるか?』
『は、はい!』
『お前も、これやったら食べられるやろ……?』
――……
巻緒「ねっ! そう思いますよね! 東雲さん!」
荘一郎「ええ……。ほんまにきれいで……おいしそうです」
遠い日のやりとりが胸に去来したのはなぜだろう。
遥かな憧れと希望が――あの、甘い香りに潜んでいたのか。
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巻緒「あっと、いけない! 事務所のお茶菓子買わなくちゃいけなかったんだった! すいません東雲さん、ケーキの下見は後でします!」
荘一郎「下見……ああ、巻緒さんもうすぐ誕生日でしたね」
巻緒「そうです! バースデーケーキを食べる日です!」
荘一郎「ほんまにケーキ中心ですね、あなたは」
巻緒「えへへへ」
荘一郎「作ってあげますよ、ケーキぐらい」
巻緒「ええっ!? いいんですか!?」
荘一郎「今更遠慮なんかしないでください。そうですね……ビュッシュ・ド・ノエル、こしらえましょうか」
巻緒「わーわー……! 感激ですっ!」
荘一郎「では行きましょうか……手助けお願いしますね。菓子の目利きはやれますが……アレだけは……」
巻緒「餡子ですよね? 任せてください! 俺ちゃんと東雲さんの視界に入れないようガードします!」
荘一郎「ええ、お願いします。清澄さん、もうショッピングモールに着いてるようですので、合流してから店、巡りましょう」
清澄九郎
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【ショッピングモール】
九郎「どうも。東雲さん、卯月さん」
荘一郎「お待たせしました。行きましょうか」
事務所に備蓄されていたお茶菓子が、旺盛な食欲を持つ男子達にあらかた食ベ尽くされていたことに気付いたのは今日の朝の事。
師走は忙しく、プロデューサーも事務員も買いに行ける時間が取れない中、『彩』の清澄九郎が買い出しに立候補した。
卯月巻緒と東雲荘一郎の二人はそれの手伝いだ。
……
巻緒「――へぇ~! 時節に合わせて和菓子って変わるんですね! 清澄さん、お菓子の事詳しいですね!」
九郎「お茶と菓子は切っても切れませんから。八朔では、葛や寒天などを使用した見た目も涼しい和菓子が出たことがありましたね」
巻緒「和菓子屋さんって12月は忙しいんでしたっけ?」
荘一郎「ええ、新年の準備がありますからね」
巻緒「新年って紅白まんじゅうとか作らなきゃいけないからですか?」
荘一郎「それもありますが……初釜に向けて新作を出さなければいけませんからね。少しでもいいものを出すためには工夫が必要ですから」
巻緒「『初釜』ってなんです?」
九郎「新年を祝う茶会のことです。『点て初め』とも言います。そこで和菓子屋は新作を披露するんです」
荘一郎「“こなし”一つとっても新しい意味を込めようと努力して……新鮮な、されどしっかりとおいしい菓子を供する。和菓子屋は想を練り、研鑽し続けなければいけません」
九郎「感謝しています」
荘一郎「まぁ、初釜は和菓子屋にとってもビジネスチャンスですから。新作が評判になればずっと贔屓にしてくれることもありますし、力も入ります。少しでも目に止まる様に展示したりして」
九郎「その展示も目を楽しませて頂いております。迎春の上生菓子の詰め合わせは色取り取りで。茶室で食籠(じきろう)に入っている時とはまた違う風情を感じます」
荘一郎「それは……選ぶ、楽しさのせいかもしれませんね。新しい味への期待とか」
巻緒「見てるだけで楽しい……ケーキに似てますね!」
九郎「実際、新作は楽しみですからね。店ごとにどんなものを出してくるのかそれぞれ違っていて。でも似ているものもあったりと飽きません」
荘一郎「新作づくりのために和菓子屋の中で交流する時もあるので。うちの実家も京都や松江の店と長い付き合いがありました」
巻緒「そうなんですかー。それを聞くとどれもすごく努力されて作られてるって思って気が引き締まりますね! 上生菓子っていうの買っていきましょうか!?」
荘一郎「生菓子は保存に向きませんよ」
巻緒「あ、そうなんですか…………」
荘一郎「餡子は、足が早いですし――来客用に取っておくうちに、またお腹をすかせた人たちに食べられてしまいますよ」
九郎「そうですね。では事務所の人には勝手に食べないように言い聞かせておくとして、常温保存で置いておけるおまんじゅうでも買っていきましょうか」
荘一郎「ええ。……おっと、あれが目当ての和菓子屋ですね。繁盛しているようです」
目当ての和菓子屋を見つけ、入口に歩を進める。
そしてその時。
賑々しさをかき分けて、一つの声が届いてきた。
――「あれっ、荘一郎さんじゃん!」
荘一郎「おや……」
振り向いた先には一人の少女。
付けていた眼鏡を外し、こちらを見据えている。
そして、マフラーから覗く口元を悪戯っぽくゆがめて、はしゃいだような声をあげるのだった。
「ひっさしぶり! こんなとこで会うなんて奇遇だね~っ!」
荘一郎「周子さんやないですか。お久しぶりです。息災ですか?」
周子「元気元気。いやー本当におひさしゅうだよー」
塩見周子
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巻緒「お知り合いですか? ……あれ、どこかで見たような」
荘一郎「ええ、京都の和菓子屋の娘さんです。今はアイドルの塩見周子さんですが」
九郎「アイドル……なんと」
周子「ちょっとー、荘一郎さんだって今じゃ同業者でしょー? ビックリしたんだからね。なんでアイドルなんかになってんのよー」
荘一郎「なりゆきですよ。……と、こんな所で話すのはまずいでしょう」
九郎「店に入りましょうか」
周子「あれ、荘一郎さん達もソコの和菓子屋が目当て?」
荘一郎「そうですが。周子さんもですか」
周子「ん、事務所のコと来たんだ」
荘一郎「その方はどこです? 姿が見えませんがはぐれました? あきませんよそんな適当に人を連れ回しては」
周子「ちっがうよー。ひどいなー! もう流石にもう人を置き去りにすることなんてないって」
巻緒(昔はあったのかな?)
周子「ここ、苺大福がゼッピンでね、その子が興味持っちゃって行列に並んででも買いますって言われたから待ってんの」
荘一郎「ほう、そうだったんですか」
周子「そうなの。まったくもう。謝罪を請求しちゃうよ?」
荘一郎「罪状は?」
周子「んー、乙女をアナドった罪? あ、侮辱罪かな、これ」
荘一郎「侮辱ですか。……ふぅむ、言われてみればそうですね。すいませんあやまります。つい子ども扱いしてしまいました」
周子「そうだよ、ロリシューコからレディシューコに認識を改めてよ?」
――「なんだよ、買えなかったからって絡むなよ! この苺大福はオレのだぞ!?」
――「それにしても取り過ぎです! 少しは他の人の事を考えて――――」
周子「ありゃ、この声、ありすちゃんだ。店で何か揉めてる?」
荘一郎「おや、……この声、聞きおぼえがありますね」
巻緒「というか男の子の方の声、志狼くんじゃないですか!?」
橘志狼
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橘ありす
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―…
志狼「なんだよ、オレが悪いのかよ! 用意してなかった店が悪いんだろ。後、えーっと……90分待てば買えるんだからまた並べばいいじゃん」
ありす「それでも43個も買うなんて……マナー違反ではないですか」
志狼「いっぱい買ってる人、他にも大勢いたぜ? ギリギリ買えなくてガックリしてんのは分かるけど、オレに文句付けんなよっ!」
ありす「でも43個も食べられないでしょう!」
志狼「さ、流石にオレ一人で食わねーよ!」
ありす「え?」
周子「はーい、ありすちゃんクールダウンね」
ありす「あ、周子さん……」
荘一郎「なにやってるんですか、あなたは」
志狼「ああっ!? なんでにーちゃん達がここにいるんだ!?」
九郎「お茶菓子が無くなったことは知ってますね? 私たちはそれを買いに来たのです。君こそ、なぜここに」
志狼「もー、隠しとくつもりだったのによー……」
九郎「なんですか?」
巻緒「もしかして、志狼くんもお菓子補充のために来たの?」
志狼「う、うん……そうだよ」
志狼「にーちゃんたちが、いつもの戸棚にお菓子が無いってショック受けてたからさー。あそこのお菓子オレ結構食っちゃったし……」
巻緒「ああ……、悪いなって思って買いに来たんだ」
九郎「というか、そもそも戸棚の菓子は来客用なんですが……」
荘一郎「それで苺大福を戸棚に入れようと?」
志狼「みんなで食えるもんの方がいいと思って。でもなに買ったらいいかわかんなかったから、ここで一番有名な苺大福、人数分買うことにしたんだ」
荘一郎「あぁ……、だから43個なんですね。アイドル40人と、山村さんと社長、そしてプロデューサー……」
巻緒「偉いねっ志狼くん! 俺見直しちゃったよ!」
九郎「ですが、そもそもあそこのお菓子は許可もなく食べてはいけないものなんですよ?」
志狼「え、そうだったのか? 知らなかった……そういえば、なおがダメだよダメだよって言ってたような……」
ありす「頭に入ってなかったんですね」
志狼「うっ」
九郎「まぁ、いいでしょう。これから気をつけて下されば。みんなに振舞うためにお菓子を買いに来たのは良いことですし」
志狼「だろ! オレのおカネの使い方カッコいーだろ!?」
巻緒「うん、かっこいいよ。俺達のためにありがとう」
志狼「へっへ~ん、ま、いいってことだぜ!」
荘一郎「では、早速一つ頂けますか?」
志狼「え、いいけど……今食うのか? あ、わかった! ハラ減ってんだ!」
周子「え、荘一郎さん」
荘一郎「さて……。せっかくですから、あなたもお菓子選びに付き合いますか?」
志狼「しょうがねーなー、付き合ってやるかっ! なに買うんだー!?」
荘一郎「清澄さん、巻緒さん、いっしょに見て回ってあげてください」
九郎「は……、東雲さんはどうするんです?」
荘一郎「すぐに行きます」
巻緒「じゃ、行こっか、志狼くん! 清澄さんもほら!」
九郎「え、ええ……」
荘一郎「はい、一つですが……差し上げます」
ありす「え、この苺大福あなたのでは……? いいんですか?」
荘一郎「私、餡子はダメなんですよ。あなたに食べていただいた方がきっとその苺大福も本望でしょう」
周子「あ……」
ありす「でも……」
荘一郎「うちの子がすいませんでしたね。良かったらこれからも仲良うしてあげてくださいね?」
ありす「志狼くんとは、な、仲良くなんかないんです! 収録の終わりとかで会うたびにいつもケンカになるような関係で……!」
荘一郎「おや、そうでしたか。すいません勘違いをしました。……では、その苺大福は勘違いのお詫びとして受け取ってください」
ありす「え……あ、ま、まぁ……そういうことなら」
周子「……なかなか手慣れてるじゃん荘一郎さん。ちょっとうちのプロデューサーに似てたよ」
荘一郎「手のかかる知人や同僚に囲まれていればこれぐらいできるようになりますよ」
周子「へー。あのさ、今でもやっぱり餡子食べられへんの?」
荘一郎「…………ええ。そうです。苺大福を食べられないのは本当です。恥ずかしながら」
周子「そうなんだ、ふぅーん」
荘一郎「お連れの方があんな女の子だとは思いませんでした」
周子「んー、ありすちゃんね。ちょっと仕事どっちが入るかで競い合ったりしちゃってたからさー、後に尾を引かないために、お菓子買うのに誘ったの。お姉さんらしいっしょ?」
荘一郎「そうですね、お姉さんです。……大きゅうなられましたね」
周子「あ、セクハラ~! どこ見て言ってるのさー」
荘一郎「……すぐに人をからかうところは変わってませんね」
周子「むぅー……でもそこ変えたらシューコじゃないんだな、これが」
荘一郎「なにを誇ってますか」
志狼「ほらこれ! 苺がまるごと入ったどら焼きあるじゃん!」
ありす「う……カステラの生地に蜂蜜を垂らしていておいしそう……」
志狼「ありすこっち買えよ! 見つけてやったんだからカンシャしろよー?」
ありす「なにを……! 私だってすでにこのどら焼きは見つけていましたが、苺大福の方が評判だったのでその味を確かめようとしていただけなんですっ。いばらないでください」
志狼「なに~!?」
巻緒「もう。志狼くん、ありすちゃんのために苺入りのお菓子探してたのまではカッコ良かったのに……どうしてケンカになる言い方しかできないのかな」
九郎「不器用なんでしょう」
芳乃「苺もよろしいですがー、『みかどら』もよいのでしてー。そちらも捨てがたくー」ヒョコ
志狼「わっ!?」
ありす「よ、芳乃さん……!?」
周子「あ、もう一人の同行者。芳乃ちゃん、おせんべ買えた?」
芳乃「つつがなくー」
巻緒「『みかどら』。蜜柑入りのどら焼き……あ、ホントだ、こっちも美味しそう。かじりついたら餡子の甘味と……蜜柑の酸味で絶妙な味になるんだろうなぁ……」
芳乃「でしてー。このどら焼きは、ひとえにこれ名人芸と呼べるのでしてー」
ありす「名人芸、ですか」
周子「荘一郎さん、これどーやって作るの?」
荘一郎「な、私に聞きますか」
志狼「え、にーちゃん、これ作れんのか!?」
荘一郎「……作り方が分かるというだけです。これは常温販売ですね? 常温販売するためには果物の下処理がまず必要になります。干したり、加熱したり……これは蜜柑ではなくいよかんの一房を皮を剥いた上で飴の衣で包んで、小豆餡に挟んでいるんです」
九郎「飴の衣ですか」
荘一郎「そうです。恐らく食感はふっくらした皮と、柔らかな餡と、パリッとした飴衣。そしてそれは一瞬のうちに溶けて果汁が弾け、餡とカステラの味を引き立て合うんでしょう」
周子「そこまでわかるんだー」
荘一郎「私だったらそう作るので。まぁ、餡子を使用するので私では……絶対に作ることはできないんですが」
周子「……」
ありす「ふむふむ……飴の衣。そういうのもあるんですね。料理の参考になります」
荘一郎「ですが、これは作るのに骨が折れたと思いますよ。飴衣が薄いと食べる前に果汁が漏れ出てしまいますし、厚く作りすぎたら飴が他の3つの味を壊してしまいますから」
巻緒「なんかそう聞いちゃったら、食べてみたくなりますね。買っていきましょうか」
荘一郎「そうですね。日持ちするのがあるようですし……これにするのもいいかもしれません」
周子「芳乃ちゃん、どう? 荘一郎さんの判断合ってる?」
芳乃「ええー、良き決断をなさっておいでですー。迷われたのなら原点に還られるのがよろしいでしょうー」
荘一郎「原点……ああ、なるほど。最初の菓子ですからね、これは」
周子「『みかどら』がサイショ? なんで?」
荘一郎「いえ、中身の話です。いよかん……蜜柑ですから」
巻緒「蜜柑がお菓子の最初なんですか?」
芳乃「“ときじくのかくのこのみ”でございましてー」
志狼「あん、なんだそれ」
ありす「ときじく……?」
芳乃「うふふ、そなたらことでございますよー」
志狼「え?」
ありす「私と……志狼くんですか?」
九郎「なぜ……あ。ふふ、……そういうことですか」
周子「ちょっとちょっと、さっきから灰色会話やめてよね。わかるように喋ってよー」
荘一郎「“ときじくのかくのこのみ”は古に、田道間守(たじまもり)という方が仙境から持ち帰った果物のことです。これは古事記で『今の橘なり』と書かれているんです」
周子「あーあー、橘! だからなのね」
ありす「たちばな……」
志狼「あ、俺らの名字だ」
九郎「田道間守公が持ち帰られた橘は、改良を重ねた結果、現在のミカンになりました」
荘一郎「昔は現在のようなお菓子がなく、橘の実を加工してお菓子として食べていたと言われています。昔は菓子は字の如く果物を指していたんです。日本における菓子の起こりですね」
周子「橘ちゃん、橘くん。キミ達あま~いお菓子の原型なんだってさ。よかったねー」
ありす「お菓子の源流。へぇ、そうなんだ……ふふっ…………あ、でもこの男子といっしょというのが少し気にいりませんね」
志狼「なんだと、ありす! オレだってそうだっつの! ――でも、“橘”ってミカンの仲間だったのか、知らなかったぜ」
荘一郎「柑“橘”系と書くでしょう? 『きつ』が橘です」
巻緒「小学生ではなじみがないかな?」
志狼「もうちょっと年取ってればわかったよ!」
ありす「私は知っていましたよ。今漢字も書けますっ。志狼くんとは違います」
志狼「あ、お前、オレをばかにしてくるなよな! まだ怒ってんのか? この、キツありす」
ありす「知ったばかりの知識をすぐに敵意を持ったあだ名に応用しますか……! 私がキツくなるのは、あなたが怒らせる様なことをした時だけですっ」
芳乃「矛を収めませー。みなみな、仲良くなさいー」
周子「しっかし、みんな物知りだねー」
荘一郎「想を練るためには有職故実に長けている方がいいと、教えられたんです」
周子「それ、和菓子のために?」
荘一郎「そうです……周子さんも、お父上が表現に悩んでいらっしゃるのを見てこられたでしょう?」
周子「まーね、タイヘンそうだなって思ってたよ」
荘一郎「ええ。ですが……それゆえにとても楽しい仕事です。和菓子作りというのは」
周子「あぁ……」
荘一郎「どないしました?」
周子「………………えっと、あのさ」
荘一郎「なんです? 顔に何か付いていますか」
周子「――ついてるよっ! ほらここっ!」チョーン
荘一郎「なにするんです」
周子「あははは、相変わらずマジメやね、荘一郎さん。おでこ押されたんだからスイッチオーンとかいってロボットダンスでも踊ってよー」
荘一郎「無茶なこといわはりますね」
周子「でもダンスも練習してるんでしょ?」
荘一郎「ロボットダンスは今のところやる予定ないです」
芳乃「…………」
巻緒「東雲さん! 『みかどら』とお饅頭と、羊羹買っていくことにしますねー!」
荘一郎「え、ええ……あの、あまり掲げて見せないでください……餡子が……」
巻緒「あ、すいません!」
周子「あたし達も事務所のみんなに何か買っていく?」
芳乃「そうしましょうー」
志狼「お前さー甘いもんばっか食ってたらフトるぞ」
ありす「なっ! ……大丈夫なんですよ、カロリー計算してますからっ。あなたの方はもっとたくさん食べないといけませんね」
志狼「なに?」
ありす「大きくならないとジェットコースターに乗れませんものね。139cmさんは」
志狼「あ、あー! それどっから聞いたんだオマエ!?」
九郎(仲がいいのか悪いのか……)
――
――――
荘一郎「すいませんがよろしくお願いしますね」
巻緒「いえいえ!」
志狼「またなー!」
荘一郎「では……」スタスタ
周子(あれ? 一人だけ、どこに行くんだろ)
ありす「どうしました? 買い物はすみましたし帰りましょう」
周子「ああ。ごめん、ちょーっとだけ待っててくれる?」
ありす「え?」
芳乃「お待ちしますー。どうぞ、行かれるとよろしいでしょうー」
ありす「行く? どこにですか?」
周子「スグに戻ってくるよー」
荘一郎「…………」
周子(なんであたし追ってるんだろ)
周子(まぁ、古い知り合いだからね。気になるのもトーゼンか)
荘一郎「……」
追った先はスーパー部門の青果売り場。
彼はリンゴを一つ手にとって、その細い眼の眼差しを注ぐ。
周子(フルーツ買いに来たの?)
そう、思ったけれど。
薄く見開かれた目が帯びる色は、見覚えがあった。
周子(あの目は)
――菓子作りに集中している時の父の目だ。
こなしに練りこむものを考えている時の。
生地に包丁している時の。
蒸し器の調節をしている時の。
職人の、瞳。
周子(変わってないのかな…………)
周子「ほんま、キツいなぁ……あんな顔されたら……」
書き溜めの分の投下は終わりです。
巻緒と周子の誕生日の12日までに書ききりたいけどどうなるかな
――……
周子(声、かけらんなかったな)
ありす「あの、周子さん」
周子「ん?」
ありす「今日はありがとうございました。楽しかったです」
周子「いいっていいって、お礼なんて。あたしらトモダチでしょー?」
ありす「友達……」
周子「ふたり揃って、ありしゅーこ、でしょ?」
ありす「は、初めて聞きましたが。――でも、そうですね。私たちは友達、ですか」
周子「また遊んでよー? 今度は、あのもう一人の橘くんとやってたみたいなケンカでもしてみよっか♪」
ありす「……っ! すいません、さっきの言葉訂正させてもらいます。あの男子に出会ってしまったことを除けば、今日は楽しかったです」
周子「おー、念の入ったキラいようだねー」
ありす「本当に失礼な人です、あれは」
周子「でもさっき幸せマンテンで食べてた苺大福、間接的に橘くんからのプレゼントじゃない?」
ありす「……本質を履き違えるのはいけませんよ周子さん。直接的には東雲さんからのプレゼントです」
周子「まぁ、そだけど。――いやーでも若いっていーよね!」
ありす「な、なんです?」
周子「言いたいこと言えるっていーよ。京都人はダメよ、ダメ。はんなりぼんやり、まだるっこしいたらありゃしない」
ありす「は、はぁ」
周子「あー、カラッとスパッとダラッとがあたしのシンジョーだったのになー。カンセンしてんのかなー。寄生してたツケかね、コレは」
ありす「なにが言いたいのかよく……?」
周子「うん、ごめん。ワケ分からないってのね。あ、紗枝はんとか京都出身の人をダメだって言ってるわけじゃないかんね」
芳乃「そなたー」
周子「おっとっと、なーに芳乃ちゃん?」
芳乃「悩み事があればいつでもわたくしがお聞きいたしますー」
周子「……そぉ? やったね! ガンガンお悩み相談しちゃうよー」
ありす(……周子さんどうしたんでしょう? 何かヘンです)
――
――――
――――――
『店番ってタイクツー』
『これはセイシュンの浪費と言うヤツだね、ウン』
『どっか遊べるとこに居場所つくろっと』
・・・
『もーうっさいなー! 友達と旅行だったんだからしょうがないじゃん! 一回ぐらい新年に旅行したっていいでしょ』
『そうだ、心配なら頼りになる男の人に守ってもらおっか? ……そんな人いるのかって? ふふふっいるかなーいないかなー?』
『だいじょーぶだって! ダーツバーはそんなイカガワしいトコじゃないから! もー親父何度言ったらわかんのかなー』
・・・・
『きんつばもーらいっ。――ふぅん。親戚のあいさつ回りの他に、東雲さんとこにも行ってきたの』
『荘一郎さん、ショージンしてた? もうすぐ店継げんじゃないの?』
『へっ、継がないってなんで? イガイ、だね』
『やりたいことでも新しくできたの』
――無理だからだ
『ムリ? そんなコトないよ荘一郎さん、マジメに勉強してはったやんか』
――どうしても、餡子を食べられないんだ。しょうがない
『え……っ!? なにそれっ! 初耳なんだけど』
――隠していたらしいな。荘一郎くんはな、今お前が持ってるきんつばだって食べられないんだ。
三笠も汁粉も饅頭も。 松露も最中も牡丹餅も …………
――――――
――――
――
周子「…………なんよ、それ」
――トン
ブリッスルボードにダーツが刺さる。
寮の自室にある室内用のダーツボードに向けた投擲は、もはや習慣の領域だ。
――トン。 シングルブル
――トン。 シングル
――トン。 シングル
周子「あー、チョーシ出ないなー」
好きなダーツなのに、もうやり続ける気がなくなっていた。
周子「プロデューサーとのショーブとかだったらヤル気出るかなー」
周子(遊んでいるうちに、上手くなって、楽しくなって。ダーツバーに通うのがやめられなかった)
退屈な和菓子屋にいるだけじゃイヤだったし。
……でも、あたしが遊んでいたあの時も。
親父は、……荘一郎さんは、腕をあげようと努力してたんだろな。
――――
315プロ
神谷幸広
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荘一郎「神谷、店の鍵貸してくれますか?」
幸広「ああ、いいよ」
荘一郎「軽いです。もう少し用途とか時間とか聞くべきでしょう」
幸広「あはは、今更確かめ合う必要ないだろ。パティシエが店に入りたいと言う。なら、そんなのお菓子を創り出すために決まってるだろ?」
荘一郎「まぁ、そうなんですが」
幸広「巻緒のバースデーケーキだろ? 期待してるよ、東雲」
荘一郎「ええ。予定は11日の午後からしか空きませんが間に合わせます」
幸広「大変だな。手伝おうか? アスランや咲にも声かけて」
荘一郎「いえ。結構です……一人でやりたいことも他にあるんで」
幸広「お、他にもケーキを贈る人がいるのかい?」
荘一郎「…………神谷はぼうっとしているようで鋭くて、今でもようわかりませんね」
幸広「なに、長い付き合いだろ? 隠すなよ親友」
荘一郎「実家と付き合いがあった和菓子屋のお嬢さんと再会しましてね」
――
――――
周子「ふぅ~ん、『Green Parade』盛況だったんだー……ちょい行きたかったかも」
周子「どんなスイーツ作って出したんだろ。荘一郎さん」
周子「…………」
周子「お腹すいたーん、なんかないかなー」
………
ありす「……つまり、この『橘』がお菓子の元になったんです」
千枝「へぇ~! ありすちゃん物知りー!」
ありす「ふふっ自分の名字ですからね。これぐらいは」
光「トキジクノカクノコノミアームズ……おおっ! なんか強そうだ!」
ありす「あーむず? な、なんの話ですか……?」
周子(お、ありすちゃん知ったばっかの知識を披露してるねぃ。わかるわかる、子どもの時はなんか黙ってんのムズいんだよね)
周子(……ってことは、やだ、今あたしオトナの女~? なんか照れる)
周子「…………」
芳乃「話す勇気を無くされましてー?」ヒョコ
周子「おぉう、芳乃ちゃん! びっくりしたー」
芳乃「どうぞー、なにか食べるものをお探しでしょうー?」
周子「あ、ミカン。くれるの? ありがとー」
芳乃「ええー、冬はミカンが最上でありますー」
周子「あはは、お菓子の原型だもんね」
芳乃「ええー。そして、滅することない輝きを放っておいでですゆえー」
周子「あ……」
芳乃「そなたはー、どうやらその輝きに自身の影を濃くしてしまっているようでしてー」
周子「なんの話かな」
芳乃「心当たりがあるのではー?」
周子「………………まぁ、実は、あったりなかったりする、かな」
芳乃「その届かぬ末路までなぞられぬようにわたくしは祈っておりますー」
周子「届かないって……なにが」
芳乃「ミカンの元の橘はー、仙境にあったのを取ってこられたものだとは覚えておられましてー?」
周子「なに、前のジュギョウのおさらい? 忘れてないよ。ときじくのかくのこのみって言う名前だったんでしょ。覚えてんのよね、あたしこーゆーのは」
芳乃「では、どう書くかは知っておられますかー?」
周子「しんないよー。先生教えてくんなかったもん」
芳乃「ときじくのかくのこのみはですねー、このように書くのですー」
『非時香果』
周子「ん、なにコレ。漢字四つだけ? フリガナの量とバランス悪くない?」
芳乃「これで合っておりますー。時を選ばずいつまでも香る果物ゆえー」
周子「時間に非ずってなってんのね。そっか、カンキツ系の果物ってずっと香りあるから……」
芳乃「そして、艶やかな緑がいつでもご覧になれますのでー、このような字が当てられてー、霊妙なる力が宿ると信じられたのでございますー」
周子「レイミョー?」
芳乃「『不老不死』……永遠の力でございましてー」
周子「え」
芳乃「そもそも田道間守様がなぜ常世の国に出向いて、この果物を求めたかと言うと、垂仁天皇の命だったからなのでしてー」
周子「不老不死に、なりたかったん?」
芳乃「でしてー。しかし田道間守様が10年掛けて橘を探しあて、持ち帰られた時には、すでに垂仁天皇は崩御されておりましたー」
周子「うわっ、ヒニク。ま、そりゃそうか、垂仁天皇今でも生きてないってことはそーゆーコトだよね」
芳乃「そのことを悲しんだ田道間守様は帝の陵に橘を捧げて哭死なさってしまわれました。お菓子の源流たる『非時香果(ときじくのかぐのみ)』にあるのは――」
芳乃「届かぬ想いの、間に合わなかった贈り物の物語だったのでございますー」
周子「……」
芳乃「ですからー……」
周子「…………いーよ、芳乃ちゃん」
周子「もう、なんとなく言ーたいコト、分かったから。……まったくもー、ナンデわかったのよー」
芳乃「ふふ、それは長年のカンでございましてー」
周子「……『蜜柑』、アリガトね」
芳乃「ええー。では、いってらっしゃいませー」
周子「ん、ちょっくら行ってくるよ。――サイショからこうすればいいってわかったのに、なんか頭の中でイミが整わないと動けないもんだねー」
芳乃「その納得こそ、菓子の見立ての力なのでございましてー」
周子「…………あぁ、そっか。親父こーゆーの、目指してたんだ」
芳乃「新しい自分になる前にー、心の曇らせる過去の影を断っておくのがよろしいでしょうー」
周子「そ、だよね。スッキリしとくよ。――明日の誕生日が来る前に」
アイドルとして、がんばってきたって思う。
アイドルの仕事は面白くて、今まで歩いてきた道に後悔したことはない。
自分でも軽い気持ちで始めたって思うし、その軽さがシューコの魅力だってプロデューサーも仲間も言ってくれるけれど。
……たまに、自分がしでかした間違いだって思いだすし。それに悩むコトもある。
――――迷ったなら原点に。
でも。こんな軽いあたしに帰るべき原点なんてあんのかな。
周子(それでも、このフットワークの軽さで、ぶつかってなんとかしていくしかないよね)
315プロダクションが見えてくる。
周子「いてよねー、いろよー……そういちろー…………」
荘一郎「そんな急いでどこ行かれはるんです?」
周子「わぉ!?」
周子「お、おー! 荘一郎さんじゃん! やっほー」
荘一郎「はい。こんにちは。眼鏡、どうしました」
周子「メガネ?」
荘一郎「変装用の。前掛けてらしたでしょう?」
周子「あー、今日はつけたくないキブンだったのよ」
荘一郎「気分……ですか」
周子「荘一郎さんこそ、そんな荷物いっぱい持ってちゃ目立つよー? それなに」
荘一郎「菓子作りの材料ですよ」
周子「菓子作り? あ! もしかしてケーキ作ったりすんの? あたしのために」
荘一郎「ええ。そのつもりでした」
周子「……マジですか」
荘一郎「まずかったですかね。アイドルに。一応そちらのプロデューサーと私たちのプロデューサーが懇意にしているようなんで、届けてもらうことはできるんですが」
周子「あー、そんなコトないよ? うん、うれしいよ! あはは、パティシエに直々に作ってもらえるなんてあたしも偉くなったねっ」
荘一郎「そうですか。よかったです。楽しみにしていてください」
周子「あ、ちょっと待ってよ!」
荘一郎「なんですか?」
周子「これから作るんでしょ」
荘一郎「そうです」
周子「――ならシューコちゃんが助手やったげる!」
――
――――
――――――
周子「ありゃ、上手くできない……こんにゃろー!」
荘一郎「落ち着きなさい」
チョコレートクリームをホイップする音が広いキッチンに響く。
こなしを練るのを手伝ったことはあるけど、それとはだいぶ勝手が違う。
周子「和菓子よりも洋菓子の方が難しいかな?」
荘一郎「そんなことありませんが」
周子「……そっか」
周子(やっぱ慣れてんね。話しながら生地を方に流し込んで、オーブンに入れて。今も飴細工を作ってる手が止まってない)
周子「カッコいいよ、荘一郎さん」
荘一郎「そうですか。どうも。褒めても何も出ませんよ?」
周子「もー、これはスナオに褒めたヤツだよ」
努力した時間を積み重ねて。この人はここまでの腕になった。
周子(ずっと、続けてきたんだね)
周子「でもブッシュドノエルってさー、クリスマスに食べんじゃないのー?」
荘一郎「巻緒さんはそんなこと気にしない人なので……まぁ、クリスマスに食べるものが一番おいしいと言ってはいましたが」
周子「ま、おいしーもんはいつでもおいしーもんね」
荘一郎「周子さんは、なにかリクエストありますか?」
周子「えー、なんでもイイの? やたっ、どーしよーかなー」
荘一郎「遠慮なく言っていいですよ」
周子「…………あー、いいや。あれかな、荘一郎さんのオマカセで頼む」
荘一郎「……どうしました? 周子さんらしくないですね」
周子「ふっふっふ、レディーシューコはツツシミってのを覚えたのよ」
荘一郎「慎み深い人は、直接調理場まで乗り込んだりせぇへんと思いますが。クリーム、つまみ食いしてなめるのほどほどに」
周子「はいは~い」
周子「飴細工、うまいね。レベル上げ続けてたんだ」
荘一郎「ええ。実家の和菓子屋にいるときからずっと」
周子「……見てていーかな?」
荘一郎「ええですよ」
……
荘一郎「デコレーションは、和菓子の本質と似るところがあるんです」
周子「へー。和菓子のホンシツってなに」
荘一郎「時季おりおりの光景を、有職故実にからめて切りだす。想いを馳せるように、現実の縁をなぞる様に、侘びの心を持って。しかし企みの遊び心も忘れずに。……そこですよ」
周子「アートなんだね」
荘一郎「まさしく。想を練る芸術です。というか……周子さんは聞くまでもなく知っておられるでしょう」
周子「親父に聞かされても、あんまリカイできなかったからね」
荘一郎「いまはどうなんです? アイドルとしての活動からなにかええ影響を受けてるのでは?」
周子「まーね。……いや、どうだろ。やっぱあたし、ゼンゼンわかってなかったかもしんない」
荘一郎「そうなんですか?」
周子「あのさ、ソレやってみてイイかなー?」
荘一郎「飴細工ですか? ええですが……」
――
――――
周子「あー……ダメだね。またグニャった。人の形に中々なんないなー」
荘一郎「あの、もう帰られたらどうですか、周子さん。日が暮れてしまいましたよ」
周子「いーの、いーの、明日もオフにしてもらってるもん」
荘一郎「誕生日のアイドルはファンと交流するものではないんですか?」
周子「いやー、それは決まってるワケじゃないよ。ここんとこCMに出たりして忙しかったから、ノンビリすんの」
荘一郎「ノンビリって……いつまでおられはるつもりです? ケーキはちゃんと持っていきますから心配せんでええですよ」
周子「できるの見届けたいなー……ダメ?」
荘一郎「そりゃ、見ていっても構いませんが。あなたまだ未成年でしょう。若い娘さんがいつまでもこんなとこにおるのはあきませんよ」
周子「あ、襲うツモリー? きゃーっ、このムッツリさんめ!」
荘一郎「そうです。遅い時間に一人で出歩いて、襲われたりするのが心配なんです。誰かに迎えに来てもらうのがよろしいです」
周子「……マジメ」
荘一郎「元警察官の方が同僚におられますので、連絡して来てもらいますか。それともタクシーを呼びましょうか」
周子「ちょっとー。まってよねー……」
荘一郎「ダメです。塩見さんとこに顔向けできないようになりたないです。電話貸しましょうか」
周子「おねがい、待ってぇな」
荘一郎「……なんです」
周子「あ、でーきた」
酸素が混ざった飴は煌めきを帯びて。
光の具合で白い透明な鳥が、手の中で羽ばたいたようにも見えた。
荘一郎「鳥、作りはったんですね。……ええやないですか」
周子「そう、アタシはコレだよ。『飴細工』」
荘一郎「…………」
周子「イミ、知らないワケないよね」
周子「飴細工って見かけだけきれいで内容がないってイミがあるんでしょ?」
周子「最近思うんだけど、あたし、ソレかもしんない」
荘一郎「……そんな事ありません。飴細工に“中身が空っぽ”の意味がつけられたのは、中国の吹き飴細工からです。息を吹き込んで膨らませるから中が空洞になるんです」
荘一郎「今のこの国では……そんな事を感じません」
周子「でもさ、アタシは、荘一郎さんみたいに何かをコツコツ積み重ねてきたコトがないんよ」
荘一郎「アイドルとしての成功を重ねてらっしゃるじゃないですか」
周子「うん……でもね。それは昔のことをほったらかしにしたまま、手に入れてきたものだから」
荘一郎「…………昔のこと?」
周子「…………」
荘一郎「疲れているみたいですね」
周子「ううん。コレは違う……緊張だよ、多分」
荘一郎「……?」
周子「はぁー……」
周子「あのさ、……ごめん、ね。荘一郎さん」
荘一郎「なんです?」
周子「ほら、昔、荘一郎さんの和菓子屋に親といっしょに顔出してたでしょ? 覚えてるよね?」
荘一郎「あんなほたえる子ども、忘れる方が難しいと思いますよ?」
周子「あはは、ロリシューコはテンイムホウだったからねぇ。そっか、覚えてたか、よし。……でさ、いつの時だったかあたしもはっきり覚えてないんだけど……」
周子「……どら焼き、荘一郎さんが食べてるとこにあたしつっこんだんだよね」
荘一郎「……あぁ」
周子「そのどら焼きはカスタードクリーム入りでさ、ソレ見てあたし、『あんこじゃないの!?』って驚いて」
周子「それで和菓子屋の息子なのに邪道なもの食べてるなぁって思ってからかいたくなっちゃって……」
――――『餡子を食べない異端主義者めーっ! あははははっ♪』
周子「……ってさ、そう言ったんだよ。東雲さんに」
荘一郎「そんなこともありましたね」
周子「……知らなかったんだ、あんこ食べらんないなんて」
荘一郎「私が隠していましたからね。あの頃はいずれ餡子を克服できると信じていましたし」
周子「異端主義者って小難しい言葉を使ってみたかったんだろうけど……ひどいこと、言ったよ」
荘一郎「気にしていませんよ」
周子「あんこ食べれない東雲さんにあんな言葉ぶつけちゃって悪かったなってずっと思ってはいたんだけど、なんか今さら昔のことひっぱりだしてわざわざ謝るのもヘンかなって思って」
周子「しかも、悪かったってコトだんだん思い出さなくなってたしさ」
荘一郎「じゃあ、なぜ今謝りはったんです?」
周子「だって…………荘一郎さん今でも真剣にお菓子のこと考えてるんだもん。今もずーっと真面目な顔でお菓子作ってさ」
周子「アイドルになった今でも世界一美味しいお菓子作るんだってキモチ全然変わってないなら……アタシのあの時の暴言もまだ溶けて消えてないってことじゃん」
荘一郎「…………」
周子「ぶれないってすごいコトだよ。努力し続けることってすごくすごく偉いよ。あたしじゃそういうのムリ」
荘一郎「そんなことないと言ってるでしょう」
周子「……あたし、さ」
周子「羽をね、手に入れたと思ったことがあるんだ。ステージで。鳥みたいに羽ばたけるって……でも、それは『飴細工の鳥』の羽なんじゃないかって思ったの」
周子「重いことを考えないから、飛べたんだよね。……でも、謝んなきゃいけないコトはあるから」
荘一郎「…………」
周子「ごめんなさい。無神経でした」
荘一郎「……塩見さんのお父さん、喜びますね」
周子「え、親父がなんででてくんの?」
荘一郎「いえ。ちゃあんと菓子作りの重さと価値を分かってへんかったら、そもそも謝るって発想できませんでしょう? でも周子さんは謝ってくれはった。嬉しいですよ。きっと塩見のご店主も喜びます」
周子「親父は関係ないでしょ」
荘一郎「そうですね。では……はい、許しました。これでおしまいです」
周子「……アッサリだね」
荘一郎「気にしてないと言ったしょう」
周子「これじゃ、アタシちょっと間抜けやん」
荘一郎「周子さん。ええやないですか。昔がどんなでも。それがいい味になることもあるんですから。私は周子さんのそういう軽やかなトコ好きですよ。軽かったことを後悔することないです」
周子「んー……でも、和菓子屋目指してはったやん。いっぱい勉強してはったやん。それがムリやったってだけでも理不尽やのに、あんな言葉ぶつけられて……荘一郎さんかわいそうや」
荘一郎「心配してくれてたんですね。確かに一時期は思い悩んだこともありましたが……和菓子屋の夢を諦めてパティシエの道を進んだことは後悔してませんよ。アイドルになったことはなりゆきですが、それも今はわるないと思ってます」
荘一郎「和菓子の流儀はパティシエになってからも忘れてはいません」
周子「そう、なん?」
荘一郎「分かったら、帰りましょう。タクシーを呼びますから」
周子「え……っ」
荘一郎「いいですね?」
周子「……もー、わかったよー」
――……
タクシーの窓から寮が見える。
着いて運転手さんにお代を払おうとしたら、もう東雲さんが払っていたらしい。
周子(甘いよ……パティシエだからって)
そう、甘い。
あんなにアッサリ許せるものなんだろうか。
…………ちゃんと本心から許してくれたんだろうか。
周子(もうすぐ、あたしの誕生日だ)
周子(ケーキ、どんなのくれるんだろ……)
――――
想を練る。
荘一郎「――――よし、固まりました」
荘一郎「さて……やりますか」
荘一郎「……下は、寒天でこしらえましょう」
荘一郎「桃のムースも作らなければ」
荘一郎「蜜柑が、要りますね」
『荘一郎さんのオマカセで頼む』
荘一郎「私は、大丈夫ですよ。周子さん」
東雲荘一郎は腕を振るう。
親友のように口がうまくない自分は…………きっと菓子に想いを託した方がいい。
――
――――
――――――
――Happy brithday to you~!
水嶋咲
http://i.imgur.com/KtvIC9L.jpg
アスラン=BBⅡ世
http://i.imgur.com/lSadfri.jpg
咲「ロール誕生日オメデト~っ!! パピっと祝福しちゃう!」
巻緒「ありがとう、サキちゃん」
アスラン「アーハッハッハッ! マキオよ! 今宵は存分に降臨祭を堪能せよ!」
巻緒「うわぁぁっ、おいしそうな料理! ありがとうございます、アスランさん!」
幸広「諸君! ケーキが届いたぞ」
巻緒「やったぁぁあああああっっ!!! ビュッシュドノエルだーっ!!! 楽しみにしてたんです! このシフォンの膨らみ具合! たっぷりとしたチョコクリーム!! やったやったぁぁ……!」
幸広「ふふ、感激しているな」
巻緒「はい! ありがとうございます!」
幸広「礼なら東雲に言うといい。昨日ずいぶんと凝って作ってくれたみたいだから」
巻緒「俺、東雲さんのケーキ大好きなんです!! ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」
荘一郎「おおげさですって」
幸広「……もう一つのケーキも作れたのか?」
荘一郎「ええ。中々骨が折れましたが……自分を出すのは存外、うまくいったと思います。……表現力特訓の成果ですかね?」
幸広「ふふ、そうならアイドルになったことが東雲にもいい影響を与えているということだな」
荘一郎「ええ、そうかもしれません」
荘一郎(周子さんも、誕生日おめでとうさんです)
――……
ありす「うわぁ……! すごいきれいなケーキですね……」
周子「……荘一郎さん」
モバP「ああ、ここまで本格的だなんて思わなかったよ。うまそうだな」
プロデューサーを介して届けられたのは金色に近いオレンジと、桃色が映える煌びやかなゼリーケーキ。
周子「これが、あの人の……」
読み解けるか。
周子(大丈夫。これでも和菓子屋の娘よ。果物にかかる意味だって、芳乃ちゃんと紗枝はんといっしょに復習してんだから)
――蜜柑を混ぜた寒天をゼリーケーキの土台部分に挟ませている。
届かなかった想いを表す蜜柑に、『未完』を掛けて、その上にさらなる階層を重ねている。
上段に在るのはゼラチンを使った桃色のムース……その桃色は本当の桃によるものだ。
周子(蜜柑を未完に掛けて。その上に在る桃が意味してんのは……『兆し』)
桃。
生命力の象徴であり、新たなものの誕生を表す。
その桃色の上面に踊る様に映えているのは。
――『☆』
星型のスターフルーツの鮮やかなオレンジ色。
それは――下層の蜜柑が桃色の層を越え、星へと昇華したようにも見えて。
寒天からゼリーへ。和菓子から洋菓子へ。
新たなものへの期待を表す桃色のステージには星が燦然と輝いて……
ああ、そうだ。
あの蜜柑の、橘の黄金色は――『永遠』なのだ。
意志は、最初から。曲がらずに、変わらずに。
不可思議な変遷を辿りながら、星になっている。
周子「東雲荘一郎のストーリーなんだね、これが。和菓子の流儀……か」
それと、これ。とプロデューサーが小さな包みを渡してきた。
包みを解くと小さな鳥が露わになった。
梨が鳥を象って、そこに飴衣が包まれている。
照明に薄く照り映えて。その衣が、キラキラと光った。
甘き白の中身を伴った飴細工の鳥――――
芳乃「中身は白なのであって、空っぽではないのでしてー」
周子「…………ぁ」
芳乃「人を想い、自らを省みるそなたはー、空っぽであるはずがないのですよー」
周子(もう……本当に、気を遣いすぎだって)
周子「ありがと………………そーいちにーちゃん」
芳乃「うふふ、それにしても東雲様はなんとも鮮やかに想いを伝える方ですのねー?」
周子「そだよ、まったく…………こんなの、分かるようになれば、清々しいほどそのまんまじゃん……」
芳乃「泣いてはなりませぬー、笑いませー。今日はそなたの生まれためでたき日でしょうー?」
周子「……ん、ありがと、芳乃ちゃん」
――――…………
――――――………………
冬の空に雪が散った。
曇天の空を見上げるうちに視界に入る雪は、くすんだ灰色に見えた。
でも、自らが立つ足場に降り落ちていく雪の色は紛れもなく白で。
微かな冷気ともに見える景色を覆っていく。
周子「こっちこっち! 荘一郎さんっ」
荘一郎「早いですね、周子さん。……おや、雪が降ってきましたね。これじゃ今日のロケやむまで待たなあきませんね」
周子「えー、それじゃ、ちょいティータイムでも取って待っとこ! お腹すいたーん♪ 今日のお菓子はなになにー」
荘一郎「ちょっ、ダメですよ勝手に開けては! スタッフの人に配る分もあるんですからね」
周子「えー、今食べたいよん」
荘一郎「はぁ……じゃあ、一個だけならええですよ」
周子「それじゃ……んーなにしよっかなー。今日もバリエーション豊富だねー」
荘一郎「なんにするんです?」
周子「待って、悩ませてよー。色々考えながら選ぶのも、楽しいもんね」
荘一郎「……はよ選びなはれ」
周子「わかってるわかってるー♪」
雪を通りぬけた一筋の風が、二人の間を巡っていった。
完
これにて終しまいでございます。一日前からじゃちょっと間に合わなかったね
色々粗がありますが御容赦いただきたい
過ぎてしまったけどしゅーこと巻緒くん誕生日おめでとうございました!
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