城ヶ崎美嘉「アタシが二十歳になったら」 (85)
――17歳JKアイドル、カリスマギャル城ヶ崎美嘉。
あれは、そう、アタシがそんな風にデビューして暫くの頃。
アイドルの仕事にも慣れ、レッスンとかも楽しくて仕方がなくて。
妹に遅れてではあったけど、念願のCDデビューもして、それから――。
……プロデューサーとも、すっかり仲良くなって。
強いて言うならば、きっとシチュエーションもあったのだろう。
小さいイベント会場だったけど、無事にデビュー曲のお披露目ライブを終えた後。
ライブを成功させた達成感と満足感。それからお客さんの前で歌った時の興奮感。
外の風に当たってそういう気持ちも落ち着いて、どこか穏やかな心の中。
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辺りはすっかり夜の帳が下りていて、空を見上げれば満天の星。
そんな星空の下を、二人きりで歩く時間。
周囲に人気は全くなくて、だからお互いの足音がはっきり聞こえたりして。
……まるで、世界に自分とプロデューサーの二人だけのような。
そんな風に感じてしまう時点で、きっと。
ロマンティックな雰囲気がそうさせた、なんていうのはただの言い訳でしかなくて。
シチュエーションはあくまで背中を押しただけに過ぎなかったのだろう。
――アタシの中に芽吹いていた想いの発露の瞬間を。
「……アタシ、プロデューサーのこと、好きかもしんない」
――告白なんて、別になんてことない。
そんな風に装ってはいたけれど、心臓はドキドキで、きっと顔も紅潮していた。
けれども、流石にそれは悟られていなかっただろう。
赤くなった顔をプロデューサーに感付かれるには、流石に辺りは少し暗かったと思うから。
すぐに返事はなくて、暫くの沈黙。
それから、プロデューサーの表情だとか雰囲気だとかを見て。
――ああ、アタシは振られちゃうんだ。
そう理解してしまった。
自慢じゃないけど、プロデューサーのことは見てきたから。
言葉にしなくても気持ちが読み取れるくらいに。
だから……。
「今は、答えてくれなくてもいいからねっ★」
アタシはプロデューサーが口を開くより先に、そんなことを言っていた。
ことさらに明るく振舞って。
それは一つの逃げだった。
振られることで今の関係性を壊したくない、そんな気持ちもある。
けれど、それ以前に……そもそも振られたくなかったのだ。
こちらを気遣ういつも通りの優しい声で。
或いは期待を持たせないような毅然とした態度で。
――そのどちらであっても。
アイドルとプロデューサーだから駄目。
そういう目で見たことはないから無理。
他に好きな子がいるから……。
――たとえ、どんな理由であったとしても。
「アタシが二十歳になったら――その時に、返事を聞かせてほしいな」
そう言って、アタシは真剣な目でプロデューサーを見つめた。
お互いの視線がぶつかり合う。
アタシは、瞬きも忘れたかのように目を逸らさなかった。
そうすることで、自分がどれくらい真剣なのかが伝わる気がして。
そして……。
ややあってから、プロデューサーが首肯した。
それを見て、アタシは小さく安堵の息を漏らした。
先延ばしにしても、貰える返事は変わらないかもしれない。
断られるのが少し先になっただけなのかもしれない。
いや、きっとそうなのだろう。
少なくとも、今のプロデューサーはそう考えているに違いない。
或いは、二十歳になる頃には心変わりしているだろう、とか。
――でも、少なくともアタシは違う。
アタシの気持ちは変わらない。そして……。
絶対にプロデューサーの返事は変わる。きっとアタシに振り向かせてみせる。
それは、城ヶ崎美嘉の一世一代の大勝負だった――――。
「それでは、CGプロダクション三周年お祝いパーティを始めたいと思います!」
マイクを持ったちひろさんが、そう言って高らかに宣言をする。
するとあちこちで歓声が上がった。
周りを見回してみる。
仲の良いアイドル、見知ったアイドル、余り会う機会が無いアイドル……。
所属アイドル全員が今みたいに揃うことなんて、滅多にあることじゃない。
そして一部を除いて、各々が華やかなドレス姿だったりするのだ。
もちろん、アタシも。
こういうのを、壮観って言うのだろうか。
有名ホテルの大ホールを貸し切って、ドレス姿のアイドルがたくさん。
まるでお城で開かれた舞踏会だ。
そんな風に思いながら、アタシは取りあえず飲み物を取りに行こうと歩き出す。
そこは、子供向けのコーナーなのだろう。
ジュース類やお菓子類が置かれたテーブルの方へと数歩歩いてから、ふと立ち止まる。
今日は、ちひろさんの言葉通り、事務所の三周年記念パーティ。
それはつまり、三年前から所属していた17歳のアイドルは、今や二十歳だということで……。
アタシは少し考えて、成人向けアイドルの為に用意されたコーナーへと歩き出す。
当然と言うべきだろうか。
アルコール類や大人が好みそうな食べ物が置いてあるその一角は、成人組のアイドルが多く集まっていた。
お酒を片手に談笑中のアイドル達の横を通り過ぎて、アタシはワイングラスへと手を伸ばす。
その瞬間――。
「こら」
軽い声の響きで咎めるような声。
振り向けば、そこにはかなり派手なドレスを身に纏った早苗さん。
もしかしたらパーティが始まる前から飲んでいたのだろうか、既に顔が赤かった。
「ダメだぞ、未成年がお酒を飲もうとしたら……お姉さんが逮捕しちゃうぞ、あはは」
元々ノリの良い人ではあったけど、このテンションは間違いなく既にお酒を飲んでいるだろう。
「もう、アタシは未成年じゃないってば……」
酔っ払っている相手に言っても仕方ないかもしれない、とは思いつつ、それでも訂正してみる。
アタシが二十歳になった、ということは、自分にとってはとても重要なことだったから。
……他の人にとっては、そうじゃなくても。
「あっ、酔っ払いだと思って、そういうこと言っちゃう? これは中々手ごわい非行少女っ」
そう言って陽気に笑う早苗さん。
これは思ったよりも相手にするのは大変だと思いつつ、もう一度ワイングラスに手を伸ばす。
すると――。
「こらっ、だから駄目だってば」
そう言って早苗さんの手がアタシの手首を掴む。
「いたっ」
その手には思ったよりも力が籠もっていて、アタシは小さく声を漏らした。
「あっ、だ、大丈夫だった? ごめん、美嘉ちゃん」
力加減を間違えたことに気付いたのだろう、早苗さんが謝ってくる。
「それは別にいいけど、それより……」
再度、アタシが年齢の間違いを訂正しようとするよりも早く。
「あのね、美嘉ちゃん。キミくらいの歳の子が、お酒に興味持つのは分からなくはないけど……」
そう言って、早苗さんがアタシに語り掛ける。
頬にこそアルコールの赤みが残りつつも、真面目な表情で。
未成年にとっていかにお酒が良くないか、法律を守ることの重要性。
そうした内容のことを、大人が子供を諭すような口調で。
それは、紛れもなく正論だった。
――相手が本当に未成年であるならば。
アタシは何とか誤解を解きたかった。けれども、お酒のせいなのだろう。
どうにも早苗さんには変なスイッチが入ってしまっているようだ。
アタシが訂正しても聞いてくれそうにない。
困り果てたアタシは、近くを見回す。
するとそこには、こちらの様子を窺っているあいさんの姿。
「あいさん、お願いっ★ あいさんの方から早苗さんの誤解を解いてっ!」
大人組の中でも特にしっかり者のあいさんから言ってくれたら、早苗さんも聞いてくれるだろう。
そう思って声を掛けてみれば、あいさんは困ったような表情で。
「……美嘉君、そんな風に大人をからかうのは余り感心しないぞ」
口調こそ優しさを感じさせるものだったけれど、その言葉は明確にアタシを窘めていた。
「あいさんまで……」
全くの想定外な事態に、アタシも困惑する。
それと同時に、少しムッとしてしまう。
早苗さんは酔っ払っている所為だとしても、あいさんはそうじゃないのだ。
本気で、まだアタシが未成年だと勘違いしている訳で。
アタシは一つ息を吐いて、二人を見る。
「アタシが二週間前に誕生日だったこと、二人は知ってる?」
そう問いかけてみれば、早苗さんは考え込むような態度の後、思い出したように頷く。
一方のあいさんはすぐに首を縦に振った。
「そっか、よかったっ。それも忘れられてたらどうしよーって思っちゃったよ★」
そう言って笑ってから、こほんと一つ。
「じゃあ、二人に質問タイム★ 先日誕生日を迎えたアタシは、何歳になったでしょう?」
これで二人は自分達の勘違いに気付くだろう。
そして謝ってきたら、アタシは「気にしないでいいよっ★」って言うのだ。
二十歳を迎えた、大人な笑みを浮かべて――。
「17歳でしょ。だからお酒は飲んじゃ駄目」
アタシは一瞬、早苗さんが何を言ってるのか理解できなかった。
「それって、アタシが今でもJKの制服着て違和感ないってこと? 照れるなー★」
アタシは早苗さんなりのジョークだと判断して、そんな風におどけてみる。
すると、早苗さんはあいさんと顔を見合わせて、お互いに首を傾げた。
まるで本気で意味が分からない、といった風に。
「あははっ! なんか面白いことやってるねー。
いやぁー、にしても美嘉ちゃんがあたしと同い年だったなんて知らなかったよー」
そんな時、明るい言葉と共にアタシ達の方へ近づいてきたのは、ビールが並々と注がれたジョッキを持った友紀さん。
言うまでもなく、歳の差が三つも離れている友紀さんとアタシが同い年のはずがない。
「友紀さんはもう二十歳じゃないっしょー★」
「えーっ、あたしほどピチピチの二十歳女子もそうはいないでしょー」
アタシのツッコミに対して、楽しそうに自分が二十歳だと言い張る友紀さん。
さらにビールを一口飲んでから。
「まあ流石に十代の美嘉ちゃんには負けるけどねー。サヨナラホームラン! ゲームセット! なんてねっ!」
お酒に酔った友紀さんがハイテンションにそんなことを言い出せば、ワインのおかわりを取りに来たらしい留美さんが頷く。
そして隣に居た川島さんが「わかるわ、アンチエイジングしても流石に現役女子高生には勝てないから」なんて悔しそうに言ったりした。
流石にここまでくれば、ただ皆が勘違いしている訳ではないことをアタシも理解する。
これは、間違いなく。みんなわざとやっているのだ。
ただその理由が分からない。ドッキリだろうか?
そう考えて、アタシは少しだけ嫌な気持ちになった。
せっかくの楽しい三周年記念のパーティで、自分をターゲットにドッキリ企画をされる。
早苗さんがアタシの手を強く掴んでお説教したのも、あいさんが苦言を呈するような言い方をしたのも。
勘違いからではなく、全てはわざとで。
みんなで困っているアタシの様子を見て、楽しんでいたのだろうか。
――その想像は、アタシの皆に対するイメージとは全然違って、自分でも違和感があったけれど。
「お姉ちゃん、こんなところに居たんだっ。もー、探したんだよー☆」
考え込んでいたアタシへと声を掛けてきたのは最愛の妹、莉嘉。
「あっちにお菓子とかジュースがいっぱいあるよー☆ 向こう行って一緒に食べよー♪」
莉嘉がアタシの手を取って引っ張っていこうとする。
けれどアタシは動かないまま。それが不満だったのだろう、莉嘉が振り向いて。
「もー、お姉ちゃんー? ここに居ても仕方ないじゃん☆ 莉嘉達は未成年なんだしー」
そんな言葉を聞いた瞬間――。
「莉嘉まで……やめてよ」
アタシは思わず絞り出すような声を出していた。
「お、お姉ちゃん……?」
戸惑うような表情を見せる莉嘉。
その表情は、何故そんな風に言われたのか分からないという様子だ。
まるで、自分はおかしいことなど一切言っていないのに、みたいな――。
「みんなして何なの? ドッキリか何か? でも、正直面白くないよ、こんなの……」
耳に届いた自分の声は、思ったより自分に余裕がないことを自覚させるものだった。
こんな風な言い方をしてしまったら、空気を壊してしまうだろう。
でも、それを言うならみんなの方が先に――。
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