まどか「魔法少女、冬にて」(74)
凍るような冷たい感覚を足先に感じ、少女──暁美ほむらは目を覚ました。
「……………」
ぼんやりとした視界で辺りを見回しつつ、華奢な身体を起こす。
身震いさせるほどの冷風が少女を襲う。ふと視線を下に向けると、素足が布団から洩れ出ていた。
触ってみると、自分の身体とは思えないくらいに冷たかい。
なるほど、これは想像を絶する寒さだ。今日は外に出るべきではないだろう。
そう納得し、布団の誘惑に負けたほむらは再度布団に潜り込む。
暖かい感触がほむらを包み込み、そのまま夢の世界へと誘う。
そして、
「ほむらちゃん、雪積もってるよ雪! 折角のホワイトクリスマスだし、お出掛けしようよ!」
微睡みに呑まれ、意識を手放す寸前。部屋の扉が勢いよく開かれた。ついでにそのまま冷たい風も流れ込んできた。
「………………」
もぞもぞと布団をうまく移動し、やってきた人物の顔を確認する。
そこにあったのは、満面の笑顔。
私が布団から出てくるのを今か今かと心待ちにする、鹿目まどかの姿がそこにはあった。
外は目眩むような、一面の銀世界。
ワルプルギスの夜を倒し、初めてのクリスマスがやってきた。
外に出ると、暁美ほむらは失神しそうな感覚に襲われた。
まどか「わあ……歩いてくる時にたくさん見たけど、上から眺める景色も凄いなあ……!」
ほむら「……ええ、そうね。本当に。帰りたいほどに」
目の前の光景に、それぞれは真逆の感想を漏らす。
道路も、街灯も、駐車してある車も、何もかもが白く染まっていた。
おまけに吐く息も白ければ、空も無数の広大雲に覆われており、白い。
まさに白づくめのこの空間を改めて認識したほむらは、改めて大きなため息を吐く。
無論、感動してのものではなく、落胆からである。
まどか「もう、ほむらちゃんったら、そんなに寒いのダメだったの? 何となくイメージ的には平気そうだったんだけど」
ほむらの横で、白いコートを羽織ったまどかが楽しそうな口調で話す。
見滝原が地元であるまどかにとっても、ここまでの大積もりは久々の出来事だったのだろう。心なしかいつもに増して表情が明るい。
ほむら「ええ。昔はそこまででも無かったけど、今はもう全然ね。
見滝原が寒いのか、元いた場所が温暖だったのかはわからないけど。だからとにかく、家以外には極力いたくないの」
まどか「へえ、そうなんだー」
ほむら「…………」
なんだか意外、と付け加え、まどかは視線を景色に戻した。
ここまで必死に家に戻りたいという意思を伝えていたほむらだったが、今のところ全スルーされている。
そしてまどかはひとしきり景色を堪能し、それから提案した。
まどか「それじゃあ、とりあえず公園まで行こっか。ここじゃ遊びにくいし、公園のほうがたくさん雪積もってるだろうしね!」
ほむら「……まどか。今からでも遅くはないわ。早く家に帰って、一緒に────」
まどか「ほら、ほむらちゃん置いてくよー」
ほむら「…………なにかしらね。最近、可愛かったまどかが強引になっていく気がする」
手を引っ張られ、そんな感想を抱くほむら。
まどかの強引さに多少の狼狽えを覚えながら、輝かしい雪道の第一歩をほむらは踏み出した。
それから約30分後、幾つかの寄り道を経て二人はようやく公園の入り口に足を踏み入れた。
遊具やベンチ等は相変わらず雪に覆われ、色を変えている。まどかは公園に入るや否や、表情を一層輝かせ広場に向かい走っていく。
対してほむらはそれを微笑みながら見守る。どうやら少しずつ寒いのには慣れてきているようだ。
まどか「見て見てほむらちゃん、足跡一番乗りだよ。この公園は私たちが侵略したよ!」
ほむら「ふふ、そうね。……ところで公園に来たはいいけど、何をしようかしら。雪合戦でもする?」
まどか「うーん、それもいいんだけど。でもやっぱりこんなに降ってるし、何か雪で作ってみたいかな。雪だるまとか」
ほむら「雪だるま……。作ったことはないけど、なんだか面白そうね。
ならお互い一つの雪だるまを作って、それを見せ合うというのはどうかしら」
まどか「あ、それいいね。よーし、雪だるま初心者のほむらちゃんには負けないからね!」
ほむら「ええ、お手柔らかにお願いします。まどか先輩」
それだけのやりとりを交わし、互いに離れた位置へ移動する。
端から見れば微笑ましい光景。
だが───それは、この瞬間までのことだった。
数時間後、それぞれの作品が完成した時点で二人は集合した。
まずはほむらの作品から見るということで、彼女の作品がある場所にまで移動する。
そして、目の前の「それ」に、まどかは驚愕を通り越して戦慄した。
まどか「──ナニコレ」
ほむら「見ての通り、まどかよ。25種に及ぶリボンの種類と表情に迷ったけど、本物の3%くらいなら再現出来ているかしら」
まどか「いやもうこれ雪だるまじゃないよね!? もはや雪像の域だよ! ていうか似すぎてていっそ怖いよ!」
ほむら「……そう。難しいのね、雪だるま作りって」
まどか「ほむらちゃんの場合、何か決定的なものがずれてるだけだと思うんだけどね!」
何だか噛み合わない会話をする二人。目の前には、どうして数時間で作れたのか不思議に思えるくらいの出来映えをした雪像。
まどかを模倣したとされるそれは、やや顔や容姿がデフォルメされている点を除けば、本人と見間違うほどの代物だった。
そのまま公園のシンボルにでもなりそうな存在感である。
流石魔法少女。どうしてこうなった。
そして次はまどかの番ということで、二人はまどか像を離れ、移動を開始する。
ほむら「さて、次はまどかの雪だるまね。どうなったか楽しみだわ」
まどか「うう、私のから見せるべきだったよ……。あんなの見せられた後で、重すぎる……」
目にみえて肩を落とすまどか。
確かにあんな詐欺まがいの実力を見せられれば、誰だって落ち込むだろう。そんなまどかを見て、ほむらは居たたまれない気持ちになり、励ましの言葉を送る。
ほむら「まどか、自信を持ちなさい。貴女はやれば出来る子、明日から本気出せる子なのよ。
もし貴女を笑う奴がいたらこの私が許さないわ。いえ、むしろ殺すわ」
まどか「……ありがとう、ほむらちゃん。でもそれ今となっては素直に受け取れないかな。あと殺しちゃ駄目だからね」
ほむら「むう……」
乙女心とは、往々にして難しいものである。
そして、
ほむら「こ、これは……」
まどかの作った作品の前に辿り着き、ほむらは先程のまどか以上に驚いた表情を浮かべた。
そこにあったのは、ごくごく普通の雪だるま。
目には自分で持参したのかビー玉が埋め込まれ、首には同じように赤いリボンが結ばれている。
ほむらの氷像に比べややこじんまりしたサイズのそれは、可愛らしいと表現するのが適切な物だった。
常識的に考えれば、二人の雪だるまに優劣をつけるなら勝敗は歴然だった。
しかし、ほむらは膝に地面につき、がっくりと項垂れる。
ほむら「ま、負けた……。作品は見た目よりも、その作品にかけた想いで勝負をする……。
この節々にある不恰好さや不出来具合、とても私には真似できない……!」
まどか「それ褒めてるの? 貶してるの?」
どちらともつかない感想だが、少なくともほむらは敗北を悟ったようだった。
こうして、第一回チキチキ雪だるま大会は幕を閉じた。
……余談だが、その後公園を訪れた子ども達の間で「幸せの女神像」としてまどか像がしばらく崇拝される事になるのだが、それはまた別の話である。
その後、適当に雪を掴み二人が遊んでいると、中央に設置された時計が軽快な音を鳴らした。
時間を忘れ没頭していた二人がそちらに振り返ると、既に時刻は正午を告げていた。
それに呼応するように、腹の虫も騒ぎ出す。
まどか「あ、もうお昼なんだね。ほむらちゃん、お昼は」
ほむら「勿論、考えてなかったわ」
まどか「……だよね。それじゃあそろそろご飯食べよっか。実は私、お弁当作ってきたんだ」
ほむら「……ごめんなさい、手間をかけさせたみたいね。事前に知っていれば私も用意できたのだけど」
まどか「ううん、今日は私が突然押し掛けたんだから気にしないで。
それじゃあベンチに座ろっか」
ほむら「ええ、ありがとう」
お礼を言い、ベンチに積もった雪を払うほむら。
白が消え、まるで元の色のほうが異物かのように茶色が露になる。二人はそこに座った。
そして、持ってきた鞄の中から小ぶりな弁当箱が出され、まどかの膝に置かれる。
まどか「じゃじゃん! 今日はクリスマスということで、若干料理のグレードをあげてみました!
どうかな、お口に合うといいんだけど……」
ほむら「こ、これは……!」
再度驚くほむら。
しかし今回は無理もない。
何故なら、目の前の弁当箱に乗せられたおかずはロース、パスタ、カプレーゼ、果てはケーキ二切れ分という、ちょっと中学生には身に余るレベルの高級な品々だったからだ。
並の中学生にはこんな代物は作れないどころか、仮に一人暮らしであるほむらがこれを再現しようとしたら三日で食費が破産することになるだろう。
それくらい、目の前の光景は不自然極まるものだった。
それとなく、ほむらは料理についてまどかに訪ねる。
すると返ってきた答えは、意外にあっさりとしたものだった。
まどか「え、これ? 昨日パパが作ってたものをちょっとだけお裾分けしてもらったんだけど」
ほむら「……まどかの、父親?」
まどか「う、うん。余ってたみたいだし、折角だからお言葉に甘えちゃおうかなって。……ひょっとして、嫌だった?」
ほむら「い、いえ。嫌ということはないけど……。でも、そうね。少しだけまどかの料理が恋しいっていうのはあるわ。あの不器用な味付けは、中々クセになるものがあるし」
まどか「も、もう、ほむらちゃんったら……」
ほむら「ふふ、まあ今日のところはこっちを頂くことにするわ。
……白状すると、こういう料理はあんまり食べ慣れてないけれど」
まどか「えへへ、たくさんあるからいっぱい食べてね!」
フォークを手渡され、まずはどれから手をつけようか見定めるほむら。
こういった姿は年相応で可愛らしいなと秘かに感じ、まどかも同じように弁当箱と睨めっこをする。
そして午前は終わりを告げ、午後に移る。
まどかとほむらの弾むような時間は、まだもうちょっとだけ続くのだった。
食事の後も、まどか達は公園で遊び続けた。
雪合戦、かまくら作りに始まり、思い付く限りのことを試し、最後にはまどか像を上回るような巨大雪だるまを作成しようという話になり、大いに盛り上がった。
そして時間は過ぎ去り、夕方。
夕日が雪を照らし、鮮やかな光を演出させる。
がむしゃらに動き回った時間はこれで一旦終わりを告げ、時間のことなどとうに忘れていた二人はふと我に帰った。
まどか「あ……もうこんな時間なんだ。そろそろマミさんの家に向かわないと間に合わないなあ。巨大雪だるま完成まで、後一歩なのに……」
ほむら「そうね……せめてもう一人、人手がいたらなんとかなったんでしょうけど。こればかりは仕方ないわ」
名残を惜しむように、未完成の雪だるまを見上げる。
出来ればいつまでもここで遊んでいたい。それが二人の本音だった。
しかし、楽しい時間とはそういうものだということも二人は理解しており、それ故に迷いはなかった。
それぞれ言いたい事はあったのだろうが、それを押し殺し片付け作業に入ろうとする。
しかし、
ほむら「まどか……少し、いいかしら」
集めた雪を片付けようと歩き出したまどかを、ほむらは呼び止めた。
まどかは振り向かず、背を向けたまま応える。
まどか「ん? なに?」
その姿を、ほむらはどう受け止めたのか。
数秒の間の後、ほむらは口を開いた。本日、最大の疑問を問うために。
ほむら「どうして今日、私を遊びに誘ってくれたのかしら? 今日のまどか、なんだかいつもと様子違った」
まどか「………………」
そう。
一番最初のまどかの行動に、ほむらはずっと疑問を感じていた。
背を向けたまま、まどかは立ち止まる。
そもそも、暁美ほむらの知る限りの鹿目まどかという人間は、強引に事を進めるのがもっとも苦手な人種だった。
不満は持つが、強いては来ない。そんな感じの印象。
だから、ほむらはずっと不思議に思っていた。
鹿目まどかは、寒さを嫌う自分を強引に連れ出すような子だったろうか。
違ったとして、何故この子はこんな行動に出たのだろうか。
違和感は次第に疑問へ変わり、やがて質問に変化する。
そして、
まどか「……言わなきゃ、駄目かな?」
今、背を向けて話す少女を前に、その思いは確信に変わった。
ああ、何か理由があってこの子は自分を外に連れ出したのだと。
改めて、ほむらはまどかを見据える。今度は、ちゃんとこの子の言葉を、気持ちを聞いてあげたい。そんな想いを抱いて。
ほむら「……言いたくないのなら、いいけど。でも、今日のまどかは何だか妙というか、強引だったから少し気になったの」
まどか「あはは、細かい所まで私を見ていてくれてるんだね、ほむらちゃんは」
冷たい風が吹き、二人の髪をさらう。
実際、いつものまどからしくない行動は思い返せば他にも幾つもあった。
普段から彼女といなければわからない、些細な変化。
それをほむらは見破ったのだ。
まどかの口が開く。
まどか「……うん、大した事ではないんだけどね。今日は、ほむらちゃんにどうしても雪を見せたかったの」
ほむら「雪を……?」
まどか「うん、どうしても」
ほむら「…………?」
言いたいことがいまいち掴めず、ほむらは首を傾げた。
ぽつぽつと、まどかは語り始めた。
まどか「前に聞いた話だとさ、ほむらちゃんはずっと同じ時間を繰り返して、頑張ってきたんだよね? 私を、助けるために」
ほむら「……ええ、そうよ。貴女を救いたい、それが私の最初の気持ち」
それだけは、嘘偽りのない本当の気持ち。
強い瞳はそう訴えている。
まどか「うん……。でもさ、だったらほむらちゃんは長い間、同じ時間、同じ日付に閉じ込められていたんだよね? 冬もクリスマスも、ずっと迎えられずに」
ほむら「あ……」
その言葉で、まどかの言わんとする言葉をほむらはようやく悟った。
雪を見せたいと言った、彼女の言葉。それは、長い間クリスマスを迎えられなかったほむらに、せめて今年は楽しい思い出を作ってあげたいという意味に他ならなかった。
気付き、ほむらの表情に優しい笑顔が浮かぶ。
まどか「だからね、ずっと頑張ってきたほむらちゃんに、今日は楽しい1日を過ごしてもらおうと思ったんだ」
ほむら「──まどか」
まどか「こんなの、自分勝手な願いかもしれないけど……え? ほむらちゃ、わっ!」
驚くまどかの声。
ほむらは、気付けばまどかを抱き締めていた。
ほむら「……ありがとう。貴女の気持ち、充分に伝わったわ。今日は、最高の1日だった」
まどか「えへへ、まだマミさんの家で、クリスマスパーティがあるけどね」
ほむら「もう、茶化さないで。……本当に、ありがとう。鹿目さん……まどか」
まどか「ほむらちゃん……うん」
知らず、まどかの手も自然とほむらを抱き締める。
かつて、一人の少女を救いたいと、戦いに身を委ねた少女がいた。
一度は挫けそうになったことも、絶望しそうになったこともあっただろう。しかしそれでも彼女は戦い続け、そして勝利した。
全ては、この瞬間のために──
「あー、お姉ちゃん達が抱き合ってるー!」
『!?』
声が聞こえ、瞬間的に二人は身体を離した。
声の主を探れば、そこにはいつの間にかいた小さな少女の姿。少し後ろにはそんな少女の暴走に言葉を無くす母親の姿もある。
そういえば、ここは公共の場、公園だったりしたのだ。
少女「ねえねえ、ラブラブ? ラブラブなの?」
母親「こ、コラ! 失礼なこと聞いちゃいけません!」
まどか「い、いやあ、あはは……」
ほむら「ふ、不覚だわ。人が入ってこないよう、人避けの魔法を張っておけばよかった……」
まどか「それはそれで徹底しすぎだよ……」
少女「ねえねえーどうなのー?」
母親「ほ、ほら、行くわよ! すみません、うちの子がとんだ失礼を……」
まどか「い、いえ。あはは……」
少女は母親に引きずられ、手を振り去っていく。
それを笑って見送りながらも、やや顔を赤くするまどか。ほむらに至っては何故か悔しがる始末だ。
なんとも格好のつかないオチ。
けど、これくらいが今の二人には丁度いいのかもしれない。
やがて日は沈み、周りが暗くなる。
まどかはほむらと手を重ね、そして言った。
まどか「それじゃあ片付けも終わったし、今度こそマミさんの家にいこっか。……って、どうしたの?」
ほむら「……いえ、大したことではないのだけど……」
まどか「?」
やや勿体ぶった言い方に、まどかは首を傾げる。
そして、
ありがとう。これからもよろしく。
強い風が吹いた。ほむらの方を見ると、顔を赤くし、俯いていた。表情が髪に隠れてよく見えない。
まどかは、今日一番の笑顔をほむらに向け、そして言った。
まどか「うん──こちらこそ、よろしく!」
これからも、来年も、そのずっと先も。
二人は笑いあい、歩き出した。
これからの未来を、二人で描いていくために──
例えどれだけ自分が苦労をしても、
例えどれだけ自分が献身をしても、
思い通りにいかない時はどうしてもある。そんなのわかってる。
それを承知で私は祈りを捧げた筈なのに。
どうしてこんなに胸が痛むんだろう。
答えなんて無いって知っていても、それでも私は、あの日願った奇跡を胸に進み続ける。
そんな私の最期は、自滅するのがお似合いでしょう──
視界に入る街の風景は、全て白色に染まっていた。
さやか「…………………」
現在の時刻、午前10時ちょっと過ぎ。
一般の人間ならとっくに活動しているはずのこの時間。
つかつかと通過していく商店街に、何故か人の姿はあまり見られなかった。
さやか「…………………」
原因は昨夜の大雪か、はたまたどこかに集まって季節外れのお祭りでもしているのか。
どちらにせよ、今閑散とした街並みをやや小走り気味に歩く少女には関係のないことだ。いや、どちらかといえば、彼女にそんな余分な思考を割く余裕なんてものはそもそもない。
何故なら、
杏子「おーーい、さやかーー! 待てったらーー! そんな早く歩くと転ぶぞーーー! ……あいたっ!」
さやか「………………………はあ」
現在、何故か自分の後をしつこく追ってくる赤髪の少女を追い払うのに必死だからだ。
さやか「……ったく、何やってんのよ。雪の上で転ぶとか、ベタもいいところでしょ」
杏子「いったた……なんだよ、お前があたしを置いて、さっさとどっかに行っちまうからだろーが」
さやか「…………別に。そんなの、私の勝手でしょ」
そんな杏子の批難めいた言葉も、さやかは視線を反らす事でスルーする。
12月25日。
昨日の大雪により、見事ホワイトクリスマスになった今日。
美樹さやかは、これまでかつてない程のもやもやした気持ちを抱えていた。
その理由は単純明快。しかし解決は至極困難。
そんなどうしようもないくらいの高い壁を前にして、さやかの頭痛は更に募るばかりだ。
そして、そんな悩みの種と言えばもう一つ。
杏子「あん? なにさ、逃げていったかと思えば睨んだりして。ひょっとして情緒不安定だったり?」
さやか「────いや。無神経な分、むしろこっちの方が悪質かもしれない……」
杏子「?」
何の事かわからず、首を傾げる杏子。
この目の前にいる紅い少女の存在もまた、さやかをどうしようもなく悩ませる原因の一端を担っていた。
佐倉杏子。
さやかと同じ魔法少女。しかしその実力とキャリアはさやかの数歩先を行く、言わば先輩に当たる存在である。
さやかとは今から約2ヶ月ほど前に起こった出来事の際、さやかと幾度も衝突し、そして最後には共に肩を並べ戦った経緯がある。
目的であったワルプルギスの夜が消滅した現在も、何故か元々の縄張りであった風見野には帰らず、こうして魔女探索等を行いながら見滝原に根を降ろしていた。
見滝原は魔女が出現しやすく、グリーフシードが手に入りやすいから此処にいる──というのは、杏子の言い分である。
しかし、杏子を除いても既に魔法少女が三人もいるこの街にわざわざ残る理由ついては誰もが察しているが、しかし口には出さないのが魔法少女間での暗黙のルールだった。
勝ち気で、口は悪いけど誰よりも自身の祈りに裏切られる痛みを知っている少女。
それが先の戦いを通してさやかが感じた、佐倉杏子という人間の性質だった。
さやか自身も以前彼女に救われ、そして似たような在り方を経験してきたため、彼女にはなるべく優しく接したいというのが実のところだったりする。しかし、
さやか「……別に、見滝原に残るのはいいんだけどね。
けど、登下校とか、ちょっとした買い物にすら偶然を装ってやってくるのは勘弁してほしいというか……」
誰に言うでもなく、さやかは一人愚痴を溢す。
この通り、魔女を探索する時以外は、もっぱらさやかに会いにくるのが、杏子の習慣となっていた。
一度や二度ならともかく、ほぼ毎日やってくるのだから少し考え物である
さやかはチラリと、尻目に杏子を見る。思ったより華奢な身体に似合わない、むすっとした仏教面。
先ほどまでは見るだけで頭のどこかでカチンと音が鳴ったものだが、なんだかそれも馬鹿らしくなってくる。
さやかは呆れたように頭をガリガリを掻き、そして言った。
さやか「まあ……その事に関してはまた今度考えるとして。とりあえず杏子、行こっか。魔女探索するのに、当の魔法少女が仲間割れするなんて馬鹿らしいもんね」
ほら、と尻餅をついたまま動かない相棒に手を貸すさやか。
杏子は伸ばされた手をしばらく見つめた後、ニヤリと笑ってその手を掴み、そして立ち上がる。
杏子「はは、ようやく機嫌直したか。それじゃあ正義の魔法少女コンビ、改めて再出発だな」
さやか「そ……その呼び名はやめろって何度も言ってるでしょ!?」
そんな軽々しい姿勢の杏子に、つい怒鳴ってしまう
そして再度、彼女たちは歩き出した。周りを支配する空気は、寒冷の候が示す通り肌寒かった。
それから、二人は魔女を探索すべく、街を歩き回った。
魔女を探索する方法は、大きく分けて二つある。
一つは、魔女と戦う魔法少女の魔力を探知し、そこに向かう事である。
この方法は一つの街に魔法少女が一人しかいない一般的な縄張りでは活用できないが、魔法少女が四人も根ざしている此処、見滝原では割と便利な探索法となっていた。
そしてもう一つが、
杏子「……ソウルジェムの反応だけを頼りに闇雲に歩くだけ、か。
毎回思うけど、これって地味だよな」
さやか「……なんだろう。デジャヴを感じる」
しかし心内では不本意ながら同意するさやか。
以前さやかが巴マミに言った台詞がまさに今杏子の言った事なのだが、どうやらそう思っていたのはさやかだけではなかったようだ。
さやか「まあ確かに、面倒なところはあるかもね。風見野にいた時はどうしてたの?」
素朴な疑問を口にするさやか。
杏子「んー? まあ風見野はあたしの庭みたいなもんだからな。あらかじめ魔女の出そうな陰気臭い場所を幾つか見つけて、出たらぶっ叩いてた」
さやか「なるほど、杏子らしいね。見滝原は土地が広いからなあ……」
さやかは天を仰ぎ、そう呟いた。
実際見滝原は回る場所も多く、魔女一体見つけるのにも相応の労力がかかる。
しかし、ふとさやかは考えた。そういえば自分や杏子、そしてほむらが来る前に見滝原は巴マミが一人で管理していたはず。
彼女は私達がここに来る前、1年に渡って単身でこの場所を守っていたのだろうか。
杏子「あーそれは違う。まあ確かに一人で守ってた時期もあったろうけどな。あたしも魔法少女になってから直ぐの間は、しばらくこの街でマミの世話になってたんだ」
さやか「え……アンタが、マミさんと? そんな話マミさんから聞いたことないけどなあ」
杏子「まあ、あたしもマミの奴にとってもあんまりいい思い出じゃないだろうからね。だからお互い暗黙の了解で無闇に話さないことにしてんのさ」
さやか「へえー。杏子とマミさんがねえ……今度詳しく聞いてみたいかも」
意外そうにさやか、そんな感想を口にした。
実際、過去を知らない人物にとっては意外な話だったろう。
ごく一部、幾重もの時間軸を越えて様々な出来事に遭遇した暁美ほむらという例外がいたりするが。
そしてそんな話をしていると、やがて二人は町外れの、今は使われていない工場に辿り着いた。
入り口の扉が変形し、入れなくなっていたため杏子はこれを蹴り飛ばして中に入る。
杏子「なあ、そういえばさ」
埃の漂う広い空間の中、杏子が思い出したようにポツリと呟いた。
じゃり、と瓦礫を踏んださやかはソウルジェムを掌に乗せながらそれに返事をする。
さやか「んー? どうしたの、まさか魔女でも見つけた?」
杏子「いや、魔女は全然。それよりも、さやかに聞きたいことがあったんだった」
さやか「へ、あたしに? 何よ」
杏子「いや、まあ大した事じゃないんだけどさ。──さやかは、さっきまで何に苛ついてたんだ?」
さやか「……! ……別に。つまらない話よ」
言いづらそうにさやかは顔を附せる。街が笑顔で溢れ返るはずのクリスマス。ただ一人だけ不機嫌な顔をしていた原因は、本当につまらないものだった。
さやか「……恭介と仁美が付き合ったっていうのは、杏子も知ってるよね?」
杏子「ああ、仁美やらまどかから、それとなく聞いてる」
さやか「そっか。なら白状するとね、私はここのところ、ずっと自分自身にイラついてるんだ」
杏子「自分、自身に……?」
さやか「うん。仁美に気まずくて話しかけられず、恭介への気持ちに未だ
折り合いがつけられない、自分自身の馬鹿さ加減に」
杏子「…………………」
本当、馬鹿みたいだよね。とさやかは翳りを帯びながら話す。
そんな様子を、杏子は黙って受け入れていた。
魔法少女となり、そしてワルプルギスの夜を倒すという、新人にしては重すぎる出来事を成し遂げて2ヶ月が経とうとしている。
以来、美樹さやかはずっと心に言い様のない気持ちを抱え込んでいた。
付き合ってしまった志筑仁美と上条恭介に、どうしても気持ちの折り合いがつかない──
学校で顔を合わしても、俯いてしまう。
気を遣ってまどかが話しかけてきても、どこかよそよそしい態度であしらってしまう。
そんな繰り返し。
そんなことを積み重ねている内に、さやかは次第に思うようになってしまった。
──ああ。私は、本当に魔法少女になるべきだったのか。
それが正しかったのか、また原因でこうなってしまったのかはさやかを始め、誰にもわからない。わかるはずもない。
けれど、そう考えずにはいられなかった。そうでもしなければ、また自分が壊れそうだったから。
何かを責めずにはいられなくなるくらい、さやかは追い詰められていたのだ。
そんな旨の話をじっと聞いていた杏子だったが、やがて口を開く。
杏子「なあ、さやか。さやかは──」
何かを言いかけた杏子。
しかし、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
理由は一つ、ここに至るまで全く反応の無かった二人のソウルジェムが、強い光を帯びたからだ。
さやか「────杏子!」
瞬時に切り替え、杏子に呼び掛けるさやか。
そこにはもう、今しがたまであった迷いのようなものは微塵も見られなかった。
今はやるべきことをやろう、話をするのはそれからだと訴えるように。
杏子「ああ、この反応……かなり近いな。とりあえず変身しとけ、そしたら速攻で叩くぞ!」
さやか「うん、了解!」
ソウルジェムを掲げ、変身を済ませる二人。
ここから先は魔の領域。たった1ミリの余分が、死を招く世界。
故にさやかも杏子も、この時だけは感情を捨て、魔女に挑む。
魔女結界の入り口は、工場を出てすぐ裏の、雑木林の前にあった。
杏子「それじゃあ、いいな。入るぞ」
さやか「こっちはいつでもオーケー。ちゃっちゃと終わらせよ」
その言葉に、互いに頷く。
剣と槍、それぞれの武器を手に、二人は結界の入り口に立つ。
そして杏子は槍を構え、目の前の空間に弧を描く。すると空間が開き、そこに魔女結界に続く扉が現れた。
杏子「────さやか、行くぞッ!」
さやか「────うん!」
間髪入れず、結界に突入する二人。
その後結界の入り口は、まるで飲み込むかのように二人が入った後、跡形もなくその姿を消した。
結界内部は、ちょっとした宇宙空間と化していた。
暗闇の中、星と惑星が縦横に動き、時にさやか達を襲う。
星と惑星の造形がやや幼稚な染みているのは、魔女本体の趣向か、はたまた表現不足か。
魔女結界の構造、様式は魔女の性質、生前の願いや環境に強く左右されたものが多い。
影の魔女なら暗黒の世界、お菓子の魔女なら周りにお菓子が散らかされた状態の世界であるように、その有り様は様々である。
ならば今回の魔女は、天──というよりも、宇宙に由来した存在か。
一本道を走りながら、さやかは頭の隅でそんな事を考えていた。
一見すれば、これも余分な事に含まれるかもしれない。
だが、意外とこういった細かい洞察が魔女を打倒する上でのヒントになると師匠である巴マミから教わっているさやかは、こうして結界に入った時点から注意深く周りの様子を観察していたのだ。
それから一本道を抜けたさやかと杏子は、少し小さめのドーム状の空間で立ち止まった。
立ち止まった理由は語るまでもない。結界に立ち入る者を排除しようと現れた無数の使い魔が、続く一本道を立ち塞いでいたからだ。
その数はおよそ10。
さやかと杏子は各々の武器を構え、そして、
杏子「この、────邪魔すんじゃねえ!」
一瞬で敵の間合いに入り、そして横凪ぎに一閃。
リーチが最大の武器である槍が、狂気染みた顔、そして歪な体格をした使い魔を文字通り凪ぎ払う。
「ギギギ、ギ────!」
しかし大打撃は与えたものの、それで全滅というわけにはいかなかった。
運良く範囲を逃れた使い魔は、奇声と共に硬直した杏子を葬らんと、その凶爪を振るい上げる。
だが、その爪が降ろされる事はなく。
さやか「はっ、せえぇい!!」
杏子の背後から現れた蒼い剣士がそれを受け止め、すぐさま使い魔の顔と胴体を二度に渡り、切り刻んだ。
片方の攻撃の隙を、もう片方の攻撃でカバーする。
これこそが現時点でのさやかと杏子のコンビネーションだった。
攻撃は最大の防御を地で貫くこの二人の突破力は、今や相当なものになっている。
そうして、これ以上敵が現れない事を確認したさやかと杏子は互いに顔を見合わせる。
さやか「……ふう、使い魔は今のだけみたいだね。それにしても杏子、ナイスファイト。相変わらず豪快な攻撃だったよ」
杏子「さやかもな。剣捌きの精度、また上達したんじゃないか? 出会った時とは大違いだ」
さやか「は、はは……そりゃあ毎日のようにマミさんや杏子、ついでにほむらにボコボコにされてたら、こうもなるって……」
思い出したくない記憶を脳裏によぎらせ、さやかは苦い顔をした。
名目上はさやかを鍛えるため、として行われている各魔法少女による特訓だが、もはやストレス発散としか思えないほど訓練は過酷なものになっていたりする。
しかしその甲斐あってか──ここ最近のさやかの上達ぶりは目覚ましく、マミやほむらも一目置くレベルにまで達していた。
先程の鋭い剣技もその成果の一部なのだが、どうしても素直に喜べないさやかだった。
その後、似たような一本道と幾つかのドームを突破し、二人は今までとは違う模様の扉の前にまでやってくる。
二人は経験上、ここが最深部だと確信した。
杏子「よし、じゃあ慎重にな──。毎度の事だけど、どんな攻撃をしてくるかわかんねえし」
さやか「わかってるってば。……それじゃ、開けるね」
そんなやりとりを交わしながら、扉のドアノブに手をかけるさやか。
ここまで両者とも大した魔力の消費はない。
使い魔でこのレベルなら、本体もそこまでの驚異ではないのだろう。油断をしているわけではないが、そんな事をまた頭の隅で考え、さやかはそっと扉を開けた。
それが、大いなる過ちだということに気付かずに。
最深部は、これまでの道と比べても更に濃い黒に覆われていた。
魔力で視力強化しようにも、この状態で視界慣れするのには時間が掛かりそうだ。
さやかは杏子の服を引っ張り、注意するべしと訴える。
今のまま魔女に遭遇したら、あまりにも危険だからだ。
杏子もそれは同意見のようで、さやかを二回叩き返事をする。
その時だった。
さやか「────!? う、あ、目が……!」
杏子「さやか、大丈夫か! くっそ、目が開けられねえ……!」
突然の事態に、混乱する二人。
完全な暗闇だと思っていたその部屋の天井から、突如光が発せられたのだ。それまで暗い場所に目が慣れてしまっていたさやかと杏子は、視界を潰されてしまう。
そして、これで終わりではなかった。
杏子「! さやか、避けろ! 正面から来てるぞ!」
さやか「──────!」
声を掛けられ、ようやく外部に意識が向けられる。
声の通り、さやかの目の前には命を刈り取らんと接近する存在が──というよりも、飛来物が接近していく。
速度にしておよそ100kmオーバー。小ぶりではあるが、くらえば重傷確実の一撃が、さやかを襲う……!
さやか「こ、の……! 舐めんじゃないっての!」
しかし、それをさやかは紙一重でかわしてみせた。
視界がなくとも、飛んでくる音と直感でなんとか身体を反らし、回避したのだ。
飛来物はそのままさやかを通り過ぎ、後ろにある壁に激突し、爆散する。
はずだったのだが、
杏子「音が、しない……?」
傍からその様子を感覚のみで窺っていた杏子は、その不気味さに思わず呟いた。
あれだけの速度で飛んできた物体だ。通常なら曲がることも勢いを殺すことも出来ずに壁に衝突するはずである。しかし、それがない。
ならば今飛んでいった物体は、一体どこに消えてしまったのだろうか。
次第に二人の視界が戻る。
魔法のおかげもあり、回復はそう難しいことではなかった。
そして、少女達が目にしたものとは。
「くきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!」
魔の叫び声が室内に木霊する。
声の主は上から、天井には無数の星が燦然と輝く。
この魔女には、最初から決まった姿など持ちえなかった。
あるとすれば、それはこの部屋そのもの。
星の魔女。その性質は瞞着。
天に憧れ、自分すらも欺き続けた魔女。この魔女を倒したければ、猜疑心を胸に抱え進む必要があるだろう。
それが、この魔女の正体だった。
杏子「くっそ……! 部屋そのものが魔女だなんて、そんな奴もいるのかよ!」
危険を感じ、とっさに攻撃に備える杏子。
先ほどの飛来物による攻撃。あれは、天井に張り付いた星の、いや魔女によるものだろう。
幾ら攻撃を回避されても、再び壁に取り込まれ、装填される。
わかってしまえば単純、そういう仕組みだったのだ。
それはさやかも理解したらしい。
杏子が伝えるまでもなく、さやかもまた天井からの襲来に備え、剣を構える。
数秒に渡る沈黙。そして、
「きゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!!」
杏子「────な」
そのあまりに絶望的な規模を前に、杏子だけではなく、さやかもその場に立ち尽くした。
頭上に広がるのは、無限の散弾。
天井に張り付いていた星々が、一つの意思の下に侵入者を排除しようと襲いかかる!
杏子「こ、のおおおお────!」
こうなればもはやヤケだ、と言わんばかりに杏子は槍を背後に捨て、両手を合わせる。
すると、どこからともなく二人と凄まじい速度で迫る流星群の間に、隔てるように紅い鎖が現れた。
まるで鉄格子のような形をしたそれは、杏子の魔法によるものである。
鎖縛結界──そう名付けられた魔力による障壁は、杏子とさやかを直撃から防ぐ形で星々の前に立ち塞がる。
直後、無数の星が結界と真っ向から衝突した。
杏子「ぐっ……あぁ……! でも、これくらいなら……!」
魔力を維持する腕が悲鳴をあげる。
一つ一つに大した威力はなくとも、集まればそれはまさしく暴風だった。
さやか「杏子……」
杏子「さやかは、そこにいろ……。ここはあたしが……があ!」
さやか「杏子!」
後ろで一部始終を見守っていたさやかが、耐えきれず駆け寄る。
しかし、自分が向かったところで何ができるのだろうか。
そんな考えが思考に混じり、さやかは再び立ち止まった。
己の無力さに、歯痒さを覚えるさやか。
不意に、2ヶ月前の事を思い出す。
あの時も自分は無力さに溺れ、結局はこの少女に救われたのではなかったか。
また自分は、同じことを繰り返すのか……!
さやか「……ううん、違う」
そうじゃない、とさやかは静かに首を振った。
違う。絶対に違う。何度も頭の中でそう唱える。
確かに自分には力がない。そんなことわかっている。
けど、それは何もしない言い訳にはならないし、第一自分はもうあの時とは違うはずだ。
だから、こんな自分でもきっと出来ることがある。
そう考え、眼前の状況を睨み付けるさやかに、もう迷いはなかった。
……これこそが、さやかが先ほどまで抱えていた問題の答えだということに気付かないまま。
さやか「何か、何かあるはず……!」
そう思い、周りを見回すさやか。
この瞬間にも杏子は魔女と戦い、苦痛に顔を歪めている。
例え結界が張れなくても、例え防戦に参加できなかったとしても、それでも何か出来ることはあるはずだと、さやかはもう迷わなかった。
天井を隈無く見渡し、壁に注意を払い、地面を睨む。
敵はこの全体を身体として扱う、異例の魔女。ならばそれだけ巨大な分、どこかに必ず弱点があるはずだ。
そう考え、全てに細心の注意を払う。
さやか「──────あ」
そうして、さやかは見つけた。
星の無くなった天井に、僅かに見える動く物体。
あれこそが、この魔女の本体だと本能的に直感した。
さやか「く────!」
しかし何も出来ず、たださやかは魔女を睨み付けるに留まった。
現時点では、奴を仕留めるだけの決定打がない。
一応剣を投擲することも可能だが──しかし、あの魔女は部屋全体を使い、自らの姿を隠すほどの存在。恐らく戦闘能力はない分、逃げ足には長けているだろう。
折角見つけた本体も、逃してしまっては意味がない。
ならば、せめて自分に出来るのはこの事を杏子に知らせることくらいだろう──そう思い、さやかは鎖縛結界を維持する杏子のもとへ近付こうとした。しかし、
さやか「え────?」
瞬間、視界が消し飛んだ。
「────! ……!」
声が聞こえた。
何かを必死に訴える声。自分の事を呼ぶ声が。
何だろうと目を覚まそうとするが、身体は一向に起きてくれない。
それどころか、どれだけ力を込めようとうんともすんとも反応してくない身体に、少し憤りを覚える。
「 ! ────!」
それでも尚、声は聞こえ続けた。
そんなに懸命に、何を伝えようとしているんだろうと疑問に思うが、やっぱり言葉までは聞き取れず。
しょうがないから、伝わってくる暖かさに身を委ね、そのまま意識を断つことに────
……できるはずもなく。
杏子「起きろってんだよ、馬鹿さやか!! 起きて、お前にはやることがあるだろうが!!!」
聞こえてきた怒声に驚き、そのままさやかは目を覚ました。
さやか「…………ん」
杏子「……よう。目、覚ましたか」
さやかが目を覚ますと、そこにはやはり杏子の姿があった。
さやか「……お陰様でね。それより杏子、私、一体……」
杏子「腹が裂けたんだから黙ってろ。もうすぐで治療完了だ」
さやか「……さらっと凄い事を言われた気がする」
この時ばかりは、身体を満足に動かせない事にさやかは感謝をした。
少しの静寂が訪れる。
黙っておいた方が無難ではあるが、もとよりさやかは沈黙が苦手だった。
さやか「…………ねえ」
杏子「なんだよ。静かにしてろって言ったはずだぞ。治癒魔法、結構神経使うんだから」
さやか「杏子がさっき言ってた、私がやらなくちゃいけないことって、何?」
杏子「…………聞いてたのか」
さやか「うん。それまでは寝てたけどね」
さやかの言葉に、杏子は僅かにバツの悪そうな顔をする。
まさか聞かれてるとは思わなかったのだろう。杏子は、少し間を置いてからやがて言った。
杏子「さやかはさ……この魔女倒して、やることが残ってるだろ。
仁美と仲直りをして、坊やへの気持ちにケジメをつけるっていう、やらなくちゃいけないことが」
さやか「…………!」
目を見開き、驚くさやか。
さやか「……はは、そっか。杏子には全部お見通しなんだね」
杏子「当たり前だ。さやかがどう思ってるのか、これからどうしたいかなんてとっくにわかってるっての。
……このままじゃいけないって、そう思ったんだよな?」
さやか「……うん。契約したことに、きっと私は後悔していない。けどずっとモヤモヤしている。きっと、そういうことなんだと思う」
まるで他人事のようにさやかは話し、そして笑った。
それにつられて、杏子もくすりと笑う。
……ああ、やっぱり、この少女はあたしの持ってないもの、全部持ってるんだな。
そう、改めて実感するように。
杏子「それじゃあ、さっさと怪我治して魔女の奴をぶっ飛ばそうぜ。
帰ったらマミの家でクリスマスパーティだ。それが終わったら、幾らでも頑張りな」
さやか「杏子……うん、そうだね。絶対に魔女を倒そう!」
改めて、互いに笑顔を交わす。
気持ち新たに前を見据えるさやかの姿には、もう迷いはなかった。
それから15分後、さやかの傷は杏子の治療により完治した。
さやか「んっ……よし、これでもう完璧かな。ありがとね杏子。治癒魔法、前より上手くなったんじゃない?」
杏子「そうだな。毎度怪我を負ってあたしに回復させようとする誰かさんのおかげでな」
さやか「私だって好き好んで怪我してるわけじゃないっての……」
不満気な顔で呟く。
実際、さやかの傷は杏子の半端な治癒魔法でどうにかなるものではなかった。それでも完治にまで持っていけたのは、さやか自身の回復力あってこそだろう。
さやかは立ち上がり、辺りを見回す。どうやらここは最深部手前のドームのようだ。
入り口と出口には使い魔が入ってこないよう結界が張られており、安全が約束されていた。
これなら万が一にも使い魔から話が漏れることはないだろう、とさやかは確信し、杏子に向き合う。
そしてさやかは、杏子が魔女の攻撃を防御している間に起こった事を話した。
しばしの沈黙。
杏子「……成る程な。あれだけ大袈裟な攻撃や仕掛けを施してるのも、すべては本体を隠すためだったってか」
さやか「うん。おまけに本体は天井に張り付いてて、大きさも掌サイズだった。だからアイツを仕留めるには一撃必殺じゃないと、相当不利になるだろうね……」
杏子「……ち、想像以上に厄介な奴だな。こうなったら、あたしが飛んで直接槍を──」
さやか「待って。……あたしに、考えがある」
杏子「────!? ……いいよ、聞くさ。本体の存在を見つけたのはさやかだ。
ならさやかには、それを試すだけの権利がある」
さやか「杏子……うん、ありがと」
笑みを浮かべ、さやかはこの局面で信頼を寄せてくれた杏子に礼を言う。
そして耳打ち。
作戦内容は、至極簡単に説明された。
そして、場所は再び魔女結界の最深部にまで移る。
天井に尚も張り付いていた星の魔女は、先の出来事を思い出し、そして笑っていた。
"この程度。この程度。ワタシタチの敵ではない"
そう、言いたげに。
それに合わせて周りの星々も、呼応するようにさざめく。
我らが主の勝利を讃えるように。
星の魔女。その性質は瞞着。
その本領は相手を騙し、欺き、隙を突くところにある。
なのでそれを踏まえて先刻の戦いを見てみても、あれは魔女側の大勝利だった。
こぼれ出る笑みが止まらない。
特に敵の本拠地で呆けて立っていたあの少女を、背後から攻撃したときは最高だったと魔女は震える。
この空間の恐ろしさは、四方八方、魔女の視野が届く限りの場所はどこからでも攻撃するころが出来るところにあった。それが例え、結界に守られた少女の背後の壁からであったとしても。
魔女は高らかに笑い、語る。
先ほどは惜しくも逃げられたが、ここは泣く子も朽ちる魔女結界。
己の世界に居る限り決して逃しはしないと。
それは、この上ない勝利の宣言だった。しかし、
杏子「……ふん、本当だ。性格悪そうな顔してやがる。あれがさやかの言う本体だな」
「──────!?」
その勝利の唄は、二人の少女の挑戦状によって打ち崩されることになる。
杏子「………………」
部屋に入るなり、杏子は天井を睨み、そして悪態をついた。
理由は語るまでもない。
"確かにこの間合い、アイツから出てる魔力反応なら作戦は一応上手くいくだろうが……我ながら、無茶な役回りを与えられたもんだな"
心の中でそう呟き、溜め息を吐く杏子。横にさやかの姿はない。作戦のため、別行動が必要な以上やむを得ないが、それにしたって心配すぎる。
そんな事を思い、改めて溜め息を吐きかける杏子。
やがて、
「くきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!」
杏子「────! 早速かよ!」
下卑た奇声と共に自身に狙いを定める星の軍勢に、杏子は両手を合わせ結界を練ることで対抗しようとする。
"また同じ戦法! それじゃあいつまでたっても意味がない!"
そんな感じに向けられた視線を、杏子は完全無視。そして防御体制に入る。──言ってしまえば、杏子はこの作戦から不安しか汲み取れなかった。
話は、つい10分前に遡る。
杏子「…………囮?」
目の前の少女から出た不吉な単語を、つい杏子は繰り返してしまう。
さやか「そう。あの魔女はさっきの様子を見る限りじゃ、敵の排除に全霊を注ぐタイプみたい。だからどっちかが囮として魔女の攻撃を防いで、どっちかが一瞬で相手を倒すのよ」
杏子「…………」
今度こそ、杏子は絶句してしまう。
なんという強引策。もう少しスマートな方法はないものだろうか。
そう口を挟みたくなる衝動に駆られる杏子だったが、先ほどの台詞の手前、言うに言えず結局押し黙る。
しかし、杏子にも聞かずにはいられない譲れない一線はあった。
杏子「……まあ、作戦はわかった。どれだけ無茶っていうのかも。
それはわかったけど、結局どっちが囮役をやるんだ?」
さやか「そりゃあ杏子でしょ。能力的に考えて、結界が張れない私はそっちには向かないし、杏子よりスピードには自信ある私が撃墜役をするべきだしね」
杏子「──────」
継ぎ目のない返答に、杏子は今度こそ逃げ出したくなった。
頼むから速度だけじゃなく、正確さも上げてくれと言わんばかりに。
これが話の顛末。作戦通りなら、今結界を張った段階でどこからかさやかが魔女の首を狙っている筈なのだが──
杏子「……不安だな。不安しかない」
作戦には従うが、やっぱり今すぐ逃げ出したい杏子なのだった。
しかし状況はそれを許さず、およそ100を越える星が杏子を今度こそ逃がすまいとその身体を震わせている。
杏子「……ま、でもしゃあないか。コレが出来るのは現時点じゃあたしだけだし、そう思えばこれはこれで良い作戦なのかもな」
深呼吸を一度だけ行い、そして天井を睨み付ける。
こうなっては仕方ない。後は、凄惨に爆死するか完全勝利を築くかのみである。
杏子はそう決意し、やがて────
「kuyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
杏子「──────!」
とりあえず今は目の前の仕事をこなそうと、降り注ぎ始めた流星群を睨み、両手を強く、強く握り合わせた。
一方、
さやか「うは、始まったかあ。傍目から見ると凄い光景だよね、アレ」
さやかは入口手前で姿勢を落とし、杏子と魔女の攻防を見ながら感想を溢していた。
強大な数の暴力を与える魔女の攻撃もさながら、それを一つ一つ丁寧に防ぎ結界のラインからはみ出させない杏子の姿は、見るものに感銘を与える。
さやか「……っと、いけないいけない。魔女に集中しないと」
見とれかけた視線を本命に戻し、さやかは強く敵を睨み付けた。
魔女は星に指示を与えるためなのか、その場を全く動かない。
が、それでも未だ現れないもう一人の姿を警戒してか、時折視線を違うところに配らせていた。
現時点では、近付くことすらままならない。
さやか「くっそー……どうする。このままじゃ」
魔女を倒すより先に、杏子のほうがダウンしてしまう。
そう思い焦るが、今のまま接近したところで杏子への攻撃は止まるだろうが、代わりに逃げられるだけである。
だが、
さやか「……まあ、もう作戦は始まってるんだし、どうもこうもないよね。しっかりしろ私。気合いと度胸だけが取り柄だろう」
ぱしぱしっと自らの頬を叩き、さやかは気を入れ直した。
こうなっては突撃あるのみ、元より自分にはそれしかないと、マントの部分から三本の剣を取り出す。
そして、
さやか「加速魔法<アレグロ>よし、武器よし、気合い概ねよし。……それじゃちょっと早いけど、魔法少女さやかちゃん。突撃ーーーッッ!」
掛け声と共に、さやかは剣をやけくそ気味に向かって正面の壁まで全力で投げつけた。
そしてその光景を、確かに杏子は見た。
杏子「──────!?」
一瞬己の目を疑う杏子。
いや、錯覚ではない。
確かにさやかの物らしき剣が、派手な爆音と共に壁に突き刺さり、そして破壊を招いたのだ。
杏子「さやか……! アイツ、馬鹿と思ってはいたが、ここまで……!」
もはや失神しそうになる衝動を堪え、杏子は再度撤退をするか否かを視野に入れる。
先ほどの爆音により魔女の警戒心は高まり、不意打ちをくらわせるどころの話では無くなると踏んだからだ。
現に魔女は剣が刺さった方向に視線を向け、動揺を────!?
さやか「これで、どうだああああああああああ!!」
その矢先、入口から魔女目掛けて飛んでいく蒼い流星が現れた。
「──────!?」
そして魔女は己の過ちに気付き、意識を急いで下から突撃する存在に向ける。
これこそが、さやかの狙い。
剣を投擲し、ほんの一瞬意識をそちらに向けさせることで、相手の隙を突く即席の奇襲作戦──!
杏子「いや、ただの子供騙しじゃねえか」
極めて冷静に杏子はそう言い放った。
しかし、どうして馬鹿にできようか。魔女は確かに投擲により、上昇するさやかに反応する速度をほんの0.2秒遅らせた。
0.2秒、それがどれほどのアドバンテージとなるのか。
少なくともさやかにとっては、フルパワーで相手の間合いに入り、そして一閃を浴びせる充分な時間稼ぎだった。
────果たして、
「────!」
さやか「って、え! 嘘でしょおおおお!?」
結果としてその奇襲は、惜しくも空振りに終わった。
この上ない速度で魔女に近付いたさやかだったが、後数ミリのところで魔女が天井から手を離し、落ちることにより剣を回避してしまったのだ。
これにより星の制御は中断。
維持していなければならない絶対のポジションも失ってしまった魔女だったが、それでも地上に降りた後、再び部屋を伝って元の場所に戻れば問題ないと、驚愕に顔を染めるさやかに惜しみ無い侮蔑の笑みを────
杏子「そこから離れた時点で、お前の負けだよ」
「──────!? ぎ、ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」
することは叶わず。
そのまま魔女は星から身を守る必要が無くなった杏子の槍に貫かれ、絶命した。
杏子「はあ……手間、かけさせやがって」
今しがた敵を貫いた槍を横凪ぎにし、魔女だったものを振り払う。
幾つかの紆余曲折はあったが、これでとにかく一件落着────
さやか「……あいたぁっ!?」
したいところだったが、そんな思考は目の前で盛大な空振りを決めてくれた、今回最大の功労者を前に消し飛んだ。
足取りは軽く、そのままさやかに近づいていく。
さやか「ん? あぁ杏子、ナイスアシスト! いやーこれも私の絶妙なパスが決まったからこそでって痛い! 痛い! 頭グリグリとか懐かしすぎる!」
杏子「こんなもんで済むだけありがたいと思えこの大馬鹿野郎! 危うく作戦失敗、両者お陀仏だったんだぞ!」
さやか「でも勝ったからいいじゃんか! あいでででで! 頭蓋が割れる!」
杏子「………ああ、こんなのに命預けた数分前のあたしをぶん殴りてえ……」
手を離し、ようやく訪れた疲労感をどっと身に浴びる杏子。
とにかく終わりはこんなもの、次第に消えていく魔女結界を眺め、二人は元居た場所へ戻るのだった。
マミ「…………で、そんなにボロボロになって家まで来たのね」
さやか「い、いやあ、私も杏子も、もう魔力すっからかんで……」
杏子「……グリーフシード使ってまた治癒するのも勿体ないしな。
まあたいした怪我もしてないし、とりあえずこのままってことで」
マミ「どうみても大した怪我なんだけど……。まあとにかく上がって、居間で治療するから」
その後まるまる一時間かけて、二人はパーティ会場であるマミの家までやってきた。
靴を脱ぎ、ひんやりとした廊下を歩く。
怪我だけではなく疲労まで残っているのか、さやかも杏子も覚束ない足取りでマミに促されるまま居間へ向かう。そして、
さやか「お邪魔しまーす……ってぎゃああ!! く、クラッカー!?」
まどか「いらっしゃーいさやかちゃんに杏子ちゃん……ってどうしたのその傷!? 野犬にでも襲われたの!?」
ほむら「……とても女子中学生が付けていい傷ではないわね」
杏子「お前だって、時々こうなってるじゃねえか……」
入ってみると、そこには既に鹿目まどかと暁美ほむらが居座っていた。
マミ「はいはい、騒ぐのは後にしてとりあえず治癒だけしちゃいましょう。それじゃあ二人とも、こっち来て」
さやか「はーい。マミさんの魔法、暖かくて気持ちいいんだよねー誰かのと違って」
杏子「う、うっせーぞ! こっち来たら急に元気になりやがって……。
まあでも、そっちのほうがさやからしくはあるか」
さやか「でしょ? やっぱさやかちゃんはこうじゃないとね!」
杏子「調子に乗りやがって……」
その後マミのゲンコツにより、強制的に黙らされる二人。
結局この二人は、何があろうとこの形が普通なのだ。
さやか「……ね、杏子」
マミに治癒魔法をかけてもらっている最中、さやかは小声で杏子に話しかける。
杏子「なんだよ。無駄話してるとマミにどやされるし、手短にしろよ」
さやか「うん、あのね……」
言われた通り、さやかは手短に言葉を伝える。
苛立ちの街並みから始まった、今回の騒動に対しての最大限のお礼を。
さやか「────ありがとう。私は、これからも頑張っていくから」
マミ「……さて、それじゃあ全員揃ったわね」
マミの一声に、全員は頷く。
テーブルには既に山のような料理の皿。冷蔵庫にはとっておきのケーキもある。
マミ「皆、今日は来てくれてありがとう。クリスマスにこれだけの人が来てくれたのは初めてなの。だから、まずはお礼を言わせて」
さやか「な、何かいきなり話が重いような……。とにかくよかったね、マミさん!」
マミ「ええ。本当、魔法少女の友達なんて出来ると思ってなかったから、この光景は夢みたいだわ」
杏子「まあ、それには同意しなくもないな。本当、変な仲だよあたし達は」
マミの言葉に杏子が笑う。
それは、失ってしまったものを想う笑いだった。
そして────
まどか「あはは、ちょっと暗くなってきちゃったね。折角のクリスマスなんだし、ここは……」
ほむら「ええ、賑やかな雰囲気で乾杯するべきね。そのほうが私たちらしいでしょうし」
さやか「オーケー。それじゃあ……」
杏子「グラス持って……と」
マミ「行くわよ!」
『メリークリスマス!』
聖なる夜に、鐘が響く。
それは大切な人を、平穏を、仲間を、かつて失った自分自身を、未来を手にした少女のこれまでと、そしてこれからを祝う福音の鐘。
鐘はいつまでも、どこまでも遠く、永遠に鳴り止むことはなかった。
おわり
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