ドラえもん のび太の時間逆説 (31)

長編ドラえもんSSです。

静ちゃん視点で進みます


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1974年。日本にセブンイレブンがやってきた年。高校一年の夏休み。私はまたここに帰ってきた。

私はA4判のすすけた封筒から300まいにも及ぶ手紙を取り出し、眺めるように読んだ。もとはキャンパスノートに書かれたものを、野比さんに頼んで複写してもらったものだ。

何十何百と読み返したそれは、汗でにじみ、ふやけ、ボロボロになっている。

私はそれをパラパラと俯瞰するように眺める。字面をぼうっと追っていると、ふと文字が文字に見えなくなり、一枚の幾何学な絵画のように見えた。

テレビでは連日、米大統領辞任のニュースが躍る。くだらない。

私は胡座をかきながら、頬杖をつき、感傷に浸りながら、すうっと、紅茶を一口あおった。

あれから、4年。みんなとは疎遠になってしまったが、必ず彼の命日には、墓参りのあと、決まって剛田商店で集まって乱痴気騒ぎを起こすのは恒例行事となっている。

忘れるな。8月31日を。

彼は自ら命を絶つような弱い人間ではない。他ならぬ私が信じている。

他の誰の中で、あなたが思い出となろうとも、必ず私だけは、生きているあなたの意思に向き合おう。

あの日、ドラえもんはタイムパトロールに回収された。

おかしい。何かがおかしい。

なぜ、誰も気がつかないの。

絶対に何かがおかしいのに。

出木杉さんは言う。死人にどうして拘るのかと。スネ夫さんも言う。彼の死におかしいところはないと。剛田さんも、パパもママも分かってくれない。

おかしい。彼が、あの馬鹿なのび太さんが、こんな綺麗に死ねるはずがないじゃない。

自分と結ばれる私の将来を憂いて、変な薬を飲んだり。ドラちゃんのために、武さんと闘ったあなたはどこに行ったの。

そういえば、お風呂を覗かれたりもしたっけ。巧言令色に欺かれて全裸で外に連れ出されたこともあったっけ。本当にいやらしい人。

死んでも私を苦しめる。

なんだかんだ言って彼が好きだったのかもしれない。私ってダメな人がタイプなんだわ、きっと。

でが震え、思わずカップを取り零す。

一瞬、景色がスローになり、二分の一倍速で加速する。落ちていくカップと彼が重なって見えた。

無情にも、紅茶のシミが血痕のように彼の遺書を汚し、蝕んでいく。慌てて、着ていたシャツを脱ぎ、紙を拭う。

表層の数枚で澄んだことに安堵した。

私はその紙を摘んで、階下に下りる。脱衣場でパパが絵葉書用の筆を乾かしている、ハンガーを見つけ代わりに吊るした。

ふと、紅茶のシミの世界地図を見ると、ふと汽水湖のような内陸の白い部分に目が止まる。

手紙は縦書きだが、横読み、それも右から読んでだが、確かに「暗号」と書いてある。

私はハンガーを放り出し、二階に走った。

ママがまた注意していたが知らない。

自室に入ると、小学生の時の縄跳びで部屋のドアノブをベッドの脚に括り付ける。

それから何度か、ママが戸を叩き、無理やり開けようとしたがすぐに諦めて階下へ消えていった。

「ごめんなさい。夕食には戻ります。」

渋々といった様子で、ママは諦めてくれた。

19:20

ラジオでは、またニクソン大統領がうんたらと、さして興味もないくせに報道している。ここ何日かで、何百回聞かせれば気がすむと言うのだろう。

うんざりした私は、カセットをオンにして、ナウい洋楽を聴き始める。ビートルズ、最、高。

ガタガタとふいに窓から音がする。あれから妙に擦れてしまった私は、この非常時に驚きもしない。窓の外に誰か居る。

私の部屋の窓は、ベランダから屋根続きになっていて、歩いてくることができる。しかし、道幅は狭く、少しつまづいたら真っ逆さま。

家の柵のトゲトゲに刺さって死ぬだろう。

私は落ち着いて、本棚から漬物石、もといジャポニカ百科事典を取り出し、何者かに向けて振り被る。

突き落とす前に顔でも見てやろうと、カーテンを開けると、ーー窓に張り付いていたのはパパだった。

「パパのラジカセ、ここにあったのか。」

「危うくパパを殺すところだったのよ。冗談じゃない。何をしているの。」

「年頃の娘が、部屋に鍵かけて閉じ籠るんだ。心配しないはずがないよ。」

ごめんなさい。が出てこなかった。なんとなく後ろめたかったのだ。また、こうだ。

すぐに周りが見えなくなる。自分だって心配させられたら怒るくせに、人には心配をかける。私って本当にグズだな。

「何をしていたんだい。話してごらん。無理にとは言わないけれど。」

「いつも通りよ。ただ思い出に浸っていただけ。」

「そうだね。静、君は若い。友達、それもあれだけ仲のいい友達がなくなったんだ。受け入れるのには時間がいるさ。ゆっくりでいい。時間が癒してくれる。」

まただ、ここぞと言うところで良い事を言う。キレイゴトじゃあないんだ!!

「時間が癒してくれる!?何を言ってるの?もういい。出て行って。学校にも行ってるし、成績も出してる。手伝いだってするし、バイオリンの賞だってとった!充分、自慢の娘をしてあげてるでしょ!これ以上!私に何をしろって言うのよ!!」

「ご……ママが待っているよ。ご飯の時間だ。…僕は仕事で疲れているんだ。夕飯…待たせてくれるなよ。じゃあ。」

パパ、泣きそうな顔をしていた。ごめんなさいごめんなさい。


もう少しだけ、私の勝手を許して下さい。

夕飯は地獄だった。よくよく考えれば。私は大したことをしていない。陰気な空気を垂れ流していること以外は。

私は気に食わない。両親の教育が。

違う。本当は大好きなんだ。ただ、のび太さんのことで意見が食い違っているだけ。それだけなのに。

普通に進学し、普通に就職し、普通にエリートな旦那さんと結婚する。

そのプランに、亡霊が邪魔なのだ。

両親は何か勘違いをしている。ただ分かってはくれない。だから話さない。私は別に、のび太さんに操をたてているわけではないのに。

結局、1:00ころまでかけて、300ページの遺書から「暗号」もしくは「安剛」、とにかく「あんごう」と読める部分を16箇所見つけた。

偶然と言えばそれまでだが、暗号だというメッセージを偶然という蓑に隠すためのギリギリの個数だと考えれば、辻褄は会う。

これは希望的観測に違いない。でも、偶然など認めない。運命も、それは人の意思に違いないのだから、神になど功績を奪わせてなるものか。

一番頭がいいのは出木杉さんだ。だけど、彼はこんなメルヘンな話には乗らないだろう。

彼は女性をたてる立派な紳士だが、女性をたてるというのは女性を見下していることに相違ない。

夢見る少女の妄言だと一蹴するだろう。それも、協力するふりをしているところが抜け目がない。残念だが私の方が一枚上手だ。彼の方が頭は良いのに、否、勉強できるのに、利巧ではないのだから。私を過小評価している。

最終的には彼の能力も必要だ。でも、味方を先に集めないと。
取り敢えず、剛田さんね。彼は一番、純粋だから。

取り敢えず。朝までの時間を使って。この寝ぼけた動かない頭で、解読してみよう。

所詮は小学生。それものび太さんが考えた暗号だ。わからないはずはない。

結局、朝までかけても何もわからなかった。のび太さんの字は汚いことを再確認しただけだった。

彼は勉強しないだけで、やればできる子なのだ。実は地アタマが良かったようだ。

天才バカボンみたいなものか。彼ならバカ田大学主席も目じゃないだろう。

よくよく考えると、伝記の中の偉人も勉強しない、できなくて落ちこぼれていた天才も多い。

テストや学業といった、近代教育の物差しで測れなかっただけなのかもしれない。

丁度、15センチの定規で木の直径が測れない様に。

トースト片手に家を出ようとしたら、ママに怒られた。漫画みたいでカッコいいのに。

じゃあ要らないよと、朝食を食べずに家を出る。勿論、出発後5分で後悔する。

取り敢えず、血糖値をボンタンアメで補い、午前の補修(夏期講習)に備え………

補修をストレートで寝過ごした。「源さん、徹夜はお肌に悪いですよ。」じゃあない。起こしてくれればいいじゃない。起こさない優しさをありがとう。ノートがヨダレで……


公衆電話で剛田さんとこにかける。キャンディーズのテレカに二つ目の穴をあけた。

剛田さんは病気の母さんを養うために毎日店頭に立っている。健気だな。6時以降は暇らしい。ジャイ子ちゃんの原稿でも読みながら、一杯飲むのも悪くない。

剛田商店は東京都内にある。住宅街にあり、往来もあり、競争力もあるため、一部地方で問題視されてる過疎化の影響はなく繁盛している。

一人で母と妹を養い、妹の学費を賄い、お釣りがくるらしい。儲けるのはいいことだ。方法さえ正しければ。

6時まで、図書室で勉強してるフリをする。

無論勉強しているのだが、文系に生物って……

実学の観点からもやる意味がわからない……と愚痴を言っている間に夕暮れだ。

黄昏の空が美しく広がる。空を自由に飛びたいな。のび太さんたちともう一度。

私はノスタルジックな気分に酔いながら、帰路につく、電車に乗り、乗り換え、乗り換え。

やっと街に帰ってくる。時計を見やれば7時丁度。剛田さんも片付けがおわった頃かしら。

ピンポーン…………ピンポンピンポンピンポンピンポーン!!

ムクがゼェゼェいいながら裏から出てきた。

「こんばんはムクちゃん。まだ尻尾が別れないのね?」

「尻尾が裂けるのは猫だぜ?静ちゃん。」

「あ、たけしさん。」

「インターホンは一回で頼むよ、ジャイ子の奴逆上しちまう。」

「ただの呼び鈴じゃない。」

「インターホンて呼ぶのがナウいんじゃないのか?俺学がないからわからねえ。」

「ま、通じるし、問題ないわね。言葉に絶対は無いし。相対的に変わるもの。」

疲れたのでここまで。

また来週、お会いしましょう。

台本型でなく、文章タイプのSSは初めて書きます。拙い文章ですが、ご指導下さい。改善努力いたします。

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