老P「事務所の喫煙所」(14)

ここを使うのは俺と、社長くらいのものだ。
パイプ椅子が二脚置かれ、換気扇の音が響くだけの部屋。

灰皿は俺も社長も携帯灰皿を使っている。たった二人しか使わない喫煙所に、備え付けの灰皿を置いても仕方ないという判断だ。
本当なら、若い新人のプロデューサーにも使って欲しいのだが、残念なことに非喫煙者らしい。

まぁ、あの金勘定に喧しいお嬢ちゃんが、3人に増えた喫煙者の為に灰皿を置いてくれるかは、甚だ疑問だが。

事務作業が煮詰まった時、気分転換がしたい時、ここに駆け込むのだが…

がちゃり、とドアが開く音。

「ちょっといいかな」

「凛か」

渋谷凛。うちのプロダクションの中で一番の古株で、一番の稼ぎ頭だ。
稼ぎ頭と言うと、まるで俺がアイドルを商品か何かのように扱っているように聞こえるが、そんなことはない。

「ここにいたんだ。探しちゃったよ」

空いているパイプ椅子に腰掛けるのを見て、俺は煙草を灰皿に放り込む。きちんと火を消してから、灰皿も内ポケットに仕舞い込む。

「別に吸っててもいいのに」

「そういうわけにもいかんさ」

アイドルの前で煙草を吸わない為の喫煙所なのに、そのアイドルがここに来てしまっては、喫煙所として活用出来ない。
ここにアイドルが来た時、ここは喫煙所ではなくなる。

「ここって、こんな感じになってたんだね。結構快適かも」

「おいおい、ここに居着かれると俺と社長が困る」

「うん、居着くのはやめとく」

「それで?何か用があったんじゃないのか」

「……」

換気扇の空気をかき混ぜる音と、左手に持ったライターのカチリ、キン、という音が響く。

「…いい音だね」

「この良さが分かるか」

「うん。澄んだ金属の音。良いと思うよ」

カチリ、キン、カチリ、キン。

ライターも内ポケットに仕舞い、椅子に座り直す。

「…凛」

「うん、話すから」

一呼吸置いて、凛は話し出す。

「…加蓮と、喧嘩しちゃった」

「……そうか」

加蓮と喧嘩、か。
北条加蓮と、神谷奈緒。そして渋谷凛の三人のユニット、トライアドプリムス。
歳も近く、感性も近い三人は仲が良かったと思ったのだが…

「加蓮がね。レッスン中に体調悪そうだったんだ。それで、今日は休んだ方が良いって言ったんだけど…」

加蓮は、今でこそ元気なものだが、少し前まで病弱だった。それが周りの過干渉を招き、本人はそれを嫌っていた。

「加蓮は大丈夫だって言ったけど、顔色だって悪かったし、それにステップとか歌だって覚束なくなってて…なのに」

「それで、言い過ぎたか?」

「……うん」

「……ふーん」

「ふーんって…」

「仲直りしたいんだろ?だったら、言い過ぎて悪かったって謝りゃ終わりだろ。んで、ちなみに加蓮はどうだったんだ」

「風邪だって。今はプロデューサーが家に送ってる」

「じゃあ両成敗だ。謝って、謝られろ」

「謝られろって…日本語おかしくない?」

「伝わりゃいいんだ伝わりゃ。俺は仕事に戻るぞ」

「うん…ありがと、聞いてくれて」

「話聞く位は役立たんとな」

そう。この喫煙者にアイドルがいる時、それはこの部屋がアイドルと1対1のお悩み相談所となる。

誤字訂正
喫煙者に→喫煙所に

今日はここまで

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