リヴァイ「抱かれたい男ナンバー1?」(192)
*童貞のリヴァイ(三十路過ぎ)×処女ハンジ(20代後半)の組み合わせで急に妄想話を書きたくなる発作が起きた。御免。自重出来なかった。
*浮気性で済みません。なんか衝動的に書きたくなってきたので新スレ立てます。
*「悔いなき選択」の後、調査兵団に残ったリヴァイがその後、ハンジと少しずつ仲良くなっていく話がメインです。
*世界観は原作基準で書いていますが、多少自分なりの「解釈」と「捏造」もあります。
*特に「ハンジ」が恐らく開発したと思われる「女型の巨人を捕えた罠」の構造については完全に「妄想」です。
*なのでそこは原作とは別に考えて下さい。すみません。
*展開によってはアダルト表現行きます。いつも通り思いきり行ってもいいかな? いいよね?
*という訳で、リヴァイ×ハンジメインの妄想話を投下します。OK?
調査兵団に正式に入団して、壁外遠征に出て、イザベルとファーランを亡くし、帰還したのち、俺はそのまま調査兵団に残る事になった。
エルヴィンの説得をとりあえずは一旦、受け入れて、俺は調査兵団の兵士として巨人との戦いを続ける決意を固めた。
壁の中に戻った後は事後処理に追われてあいつらの死をしっかりと悲しむ余裕もない日々が過ぎていった。
あいつらを形だけでも弔ってやれたのは、壁の中に戻ってきてから約三か月も経った後だった。
死を受け入れる事。当時の俺にとっては「初めて」の感情に悩まされた。
いや……「死」そのものは、地下街に居た時にも沢山、見てきた。
俺より先に、俺より「若い」人間が死んでいく様は、見慣れていた筈だった。
だけどあの「2人」を先に逝かせてしまった事は俺の落ち度でしかない。
驕り。油断。それ故に俺にとっては大事な人間を「殺して」しまったと。そう思った。
エルヴィンは「違う!」とすぐに否定したが、それは俺を「調査兵団」に残す為の「方便」に過ぎないと思っている。
奴なりの「優しさ」と言い換えてもいいかもしれない。だから俺は奴の「判断」に乗っかる事にした。
何故なら俺は「証明」しないといけないからだ。
エルヴィンが言った事を。「巨人」のせいで、この世界が狂っているのであれば。
俺は「巨人」を「絶滅」させる事でしか、あいつらを本当の意味で弔ってやれない。
20代の頃に経験した苦い「経験」は今でも昨日の事のように思い出せる。
そして現在。三十路を越えた今も、俺は巨人と戦い続けている。
幸い、俺の命は巨人に奪われる事なく今も生きている。
巨人と戦い続けているうちに、何故か「兵士長」の役職までついてきて、俺は次第に「人類最強」という二つ名で呼ばれるようになっていった。
壁の中と外を往復する生活をするようになってから、もう何匹の「巨人」を駆逐したのか数えるのも面倒になってきた。
それでも巨人は沸いてくる。一体、どこから現れてどうして「壁の中」の人間を「食らう」のか。謎は一向に解明しないままだ。それは壁内でもたまに現れる黒い空飛ぶ天敵と同じくらい、沸いて出てくる害虫のように思えた。
ため息が出る。出さないように普段は気をつけてはいるが。
それでも、出る時は出る。堪え切れない気持ちが零れる事くらい、俺にだってあるのだ。
調査兵団の兵舎の廊下の一角で、肩を落としていたら、俺の肩を叩いてきた奴がいた。
ハンジ「こらー! ため息つかない! 陰気を吐き出しちゃダメだよ!」
リヴァイ「………ハンジか」
茶色の髪をハーフアップにして太めの黒縁眼鏡をかけた女が俺に明るく話しかける。
こいつの名前は「ハンジ・ゾエ」と言った。一応、分隊長という役職についていて、女の兵士の中ではかなり優秀な身体能力を持っている。
巨人の討伐数の成績も上位組で、何よりこいつは俺より背が高い女なのでちょっとだけムカつく。
すぐ、スキンシップを取ろうとするし、こっちの気分なんかお構いなしだ。
ハンジ「人類最強のリヴァイがそんな顔しちゃダメでしょうが。ほら、笑って(ニー)」
リヴァイ「ムードメイカーはハンジだけで十分だろうが。ため息くらい、つかせろ」
ハンジ「いやいや、陰気は周りに散らかしたらダメだよ? その影響は意外と周りに伝わるものだからね?」
リヴァイ「………お前の自室の方が余程「陰気」な気がするが?」
ハンジ「ん? 何のことか分かりませんな? 私の自室は快適な空間ですけど?」
リヴァイ「………以前、足を踏み入れた瞬間、黒い空飛ぶ天敵が出迎えたのは記憶に新しいんだが?」
調査兵団の兵舎にはそれぞれの「個室」が分け与えられている。
特に分隊長クラスになるとその部屋の大きさは他の兵士より優遇されて広めの物を使用出来るのだが。
ハンジの「自室」は訪れる度に毎回、「混沌」の部屋と化している。
眠る為に必要な「ベッド上」しか綺麗にしていないんだ。
しかし巨人の「研究室」の方は毎日、綺麗にしているから、こいつの「性格」が伺える。興味のある分野に関しては自分の身を犠牲にしてでも没頭出来るが、そのせいで「自分」に構う時間を完全に捨てきっているようだ。
ハンジ「ああ……ゴキブリの事か。たまに出るね! まあでも死にはしないよ」
リヴァイ「死にはしないとは思うが、不衛生だろうが。伝染病にかかって死ぬぞ」
ハンジ「免疫ついているから大丈夫だよ! ………多分?」
リヴァイ「死んだら巨人の研究だって続けられないだろうが。たまには布団くらい干せ。自分で出来ないなら「家政婦」を雇ってやって貰う事も出来るだろ」
給料だって、一応貰ってはいる。役職の割には薄給だとは思うけどな。
ただ、一般の兵士もギリギリの賃金で雇っている以上、俺達幹部クラスも贅沢は出来ないが。
それでも、お手伝いをたまに雇う程度の事は出来ない筈はないんだが。
ハンジ「あー……私の給料は全て、巨人に関する事に費やしているし、たまに壁外遠征の費用、足りない時はポケットマネーからも出しているしねえ」
リヴァイ「何だって?」
それは初耳だった。
リヴァイ「自分の給料を戻しているのか?」
ハンジ「だってそうでもしないと、巨人を捕獲する時の道具にかかる費用が捻出出来ない時もあるんだよ。この間も、縄破られてしまったし。安物の縄じゃやっぱり危ないしさ? 値段が張っても、ちゃんとした「装備」をしないといけないって分かったし。そこはケチりたくないんだよね」
リヴァイ「……………」
そういう事なら、俺も協力するべきだと思った。
リヴァイ「エルヴィンに話せば、給料からピンハネしてくれるだろうか」
ハンジ「え?」
リヴァイ「お前だけ、負担を負う話じゃねえだろ。こういう話は。俺の給料も、引いて貰っていい。そういう事であれば、俺はギリギリの生活をやってやろう」
ハンジ「えええ? 悪いよ。リヴァイが一番、危険手当を貰うべき立場なのに?」
リヴァイ「なんだそれは。危険の度合いは皆、平等だろうが。それより、何故それをもっと早く俺にも話さなかった。そういう事であれば、俺も出せるだけの費用は戻してやったのに」
ハンジ「いやーでもーほら、そんな事をし始めると、他の兵士達も「そうしないといけない空気」になるじゃない。そうなったら、いろいろ弊害が出るし……」
リヴァイ「…………」
協調性の面から独自の判断でやっていた訳か。
ハンジ「特にリヴァイはある意味では「調査兵団のお手本」みたいな存在でしょ? リヴァイがそういう事をし始めると、そうしたくない兵士もそれに習わないといけない空気になるだろうし、それはちょっと違う気がするんだよね」
リヴァイ「うーん………」
そうか。集団行動というのは時に面倒臭い物なんだな。
リヴァイ「隠して給料を戻す事は出来ないのか?」
ハンジ「ダメダメ。あと多分、エルヴィンが了承しないと思うよ。私が給料を戻している件は「ああ、ハンジ分隊長のやりそうな事だな」で済むけどさ。リヴァイがそれやっちゃうと、影響力強いから」
リヴァイ「…………」
こういうところは本当に面倒臭い。組織の中で行動するという面では俺は不向きだとつくづく思う。
リヴァイ「分かった。だったら、俺がハンジに「貢ぐ」形なら大丈夫だろうか?」
ハンジ「え?」
リヴァイ「だから、俺が直接、エルヴィンに給料のピンハネを依頼出来ないのであれば、物品に変換してハンジに直接渡す方がいいだろ。そうすればハンジの負担も少しは減らせる筈だろ?」
ハンジ「それって、巨人の捕獲用の縄とか罠を作る材料費をリヴァイの給料からも出してくれるって事?」
リヴァイ「個人的なプレゼントなら問題ないだろ」
ハンジ「やっほおおおおおおお!!!! 嬉しい!!! 本当にいいの?!」
リヴァイ「今度、縄とか買いに行く時は一緒に行くぞ」
ハンジ「ありがとう! リヴァイって太っ腹だね! いや、腹筋は割れているんだけどさ!」
リヴァイ「言いたい事は分かるが、腹筋には触れなくていい」
何故かハンジに腹を服の上からポンポンされた。やれやれ。
まあいい。巨人の研究が進まない事には俺の目標も達成出来ないからな。
研究の分野では俺はハンジには協力は出来ない。
ならせめて、それ以外の面では出来るだけの事はしてやった方がいいだろう。
ハンジ「良かったあ……構想はあったけど、材料費の面で諦めた罠とかも結構あったんだよね。資金繰りが見込めるなら、もう少し「いい罠」が作れるかもしれない」
リヴァイ「そうだったのか」
ハンジ「うん……特にこの案とかね。ええっと、見せてあげるね」
と言いながらハンジが兵団の兵服の胸ポケットから小さなノートを取り出した。
ハンジ「これとか、これとか。あとこれも! 大がかりだけど、罠が決まれば絶対動けなくする自信があるよ!」
リヴァイ「ふむ……」
図案を見ただけでは俺の頭では完全には理解出来なかったが、ハンジの頭の中では明確な「形」が見えているようだった。
リヴァイ「だったら試作品を作る必要があるな。今度の休みはいつだったか?」
ハンジ「来週になるね。その日、空けてくれるの?」
リヴァイ「早い方がいいだろ。じゃあその日に2人で材料を下見に行くか」
ハンジ「ありがとう! リヴァイ、本当に大好きだよ!」
ぎゅーっと抱き付いてきたので、慌てて逃げた。こいつは髪が「臭い」からくっつかれると困る。
ハンジ「あー避けられた! この感謝の気持ちをどう表現すれば?!」
リヴァイ「今、『ありがとう』って言っただろ。それで十分だ」
ハンジ「いやいや、足りないよ! 何かこう、もっと大げさに表現したい!」
リヴァイ「必要ない。それに俺は、俺に「出来ない」事をやっているハンジにはいつも「感謝」しているからな」
ハンジ「え? そうだったの?」
リヴァイ「ああ。研究の分野では、俺はとてもじゃないが協力出来ないからな。出来るのは肉体労働の方だけだ」
頭を使う事は元々苦手ではある。政治的な駆け引きも含めてな。
そういう「分野」はエルヴィンやハンジに丸投げしている。
俺は俺に出来る事でしか、協力してやれないしな。
リヴァイ「毎回、食われそうになりながらも捕獲した巨人を観察したり、無茶やっているだろ。俺には真似出来ん。項を削ぎたくなる気持ちを押さえきれる自信がない」
ハンジは捕えた巨人を「被検体」として扱い、日々「記録」を取って研究する仕事も担っている。
本人から言い出した「仕事」ではあるんだが、好き好んで誰もこんな役割をやりたがらないから、ハンジがその役を担っている事は周りにとっても有難い話だ。
俺の場合は3日も持たないと思う。項を削いでしまう自信しかねえ。
ハンジ「ううーん。まあ、その気持ちは分からなくもないけど。途中で蒸発さえしなければ、私も解剖したいのは山々だけどね」
リヴァイ「だろ? だからいいんだよ。むしろさせてくれ。俺自身は必要最低限、生きられる金さえあればそれでいい」
ハンジ「おおお……相変わらずのイケメンだね。ありがとう。流石3年連続抱かれたい男ナンバー1に選ばれるだけはあるね」
リヴァイ「…………は?」
何だその話は。「抱かれたい男ナンバー1」って何の話だ?
ハンジ「あれ? 知らなかったの? 女性兵士、男性兵士の間で密かに流行っているアンケートの件だよ。リヴァイ、3年連続、抱かれたい男ナンバー1に輝いたんだよ。連覇おめでとう!」
リヴァイ「そんなアンケートは初めて聞いたぞ……」
何、訳分からん事をやっているんだ。そのアンケートを取る意味が分からん。
ハンジ「え? そうなの? 男性の方もアンケート取ってるって話だったんだけどなあ……リヴァイは票を入れてないの?」
リヴァイ「入れてないし、初耳だ。何だそれは? そんなアンケートを取って何の意味があるんだ」
ハンジ「さあ? 良く分かんない。ただの暇潰し? それとも、誰が1番人気あるかを調査しているだけとか?」
リヴァイ「ハンジもそのアンケートに票を入れたのか?」
ハンジ「いや~それが、該当する男の兵士が思い浮かばなくて入れなかったんだよねえ。ごめんね? リヴァイに1票入れておこうかなとも思ったけど、私が入れなくても勝てそうな雰囲気だったし、まあいいかと思って辞退したよ」
リヴァイ「入れなくていい。いや、ちょっと待ってくれ。それは俺が調査兵団の中で一番「人気」のある男性の兵士だと思っていい話なのか?」
ハンジ「3年連続だからね! ぶっちぎりの1位だったそうだよ!」
リヴァイ「はー………」
深いため息が零れた。アホか。
色恋沙汰で頭沸かせている場合じゃねえだろ。何考えてやがるんだ。
リヴァイ「そのアンケートは来年から中止にしろ。やる意味がねえ」
ハンジ「ええ? 兵士達が自主的に行っている物だからそれを中止させる権限なんてないよ。もしあるとすれば、エルヴィンだけじゃない?」
リヴァイ「なら俺から頼みに行く。あいつ、今、自室にいるよな?」
ハンジ「多分……」
リヴァイ「なら今から話してくる。じゃあな、ハンジ」
という訳で俺はその「妙なアンケート」の件についてエルヴィと話したくて奴の自室に足を運んだ。
するとエルヴィンは自分の部屋で書類仕事をやっていた。
エルヴィンは身長が高い。ハンジよりも更に大柄で、188cmもあるそうだ。
ハンジの奴が170cmで、俺が160cmだから、3人が揃うといろんな意味で嫌な気分にはなる。
エルヴィンは端正な顔立ちをしていると思う。落ち着いた雰囲気を持った男だ。
頭の良さは恐らく、調査兵団の中でも1番だろうな。
今日は壁外調査の事後処理に追われていたようだ。俺達の報告書を最後にまとめるのは「団長」であるエルヴィンの仕事だった。
エルヴィン「ん? ああ……リヴァイか。何か用?」
リヴァイ「ハンジから聞いたんだが」
と、一応、前置きしてから俺は言った。
リヴァイ「何やら「妙なアンケート」が横行しているらしいな? エルヴィンは知っているか?」
エルヴィン「ああ……『抱かれたい男』と『抱きたい女』のアンケートだね。勿論、知っているよ」
リヴァイ「来年からそのアンケートを中止しろ。意味のないアンケートなんかするな」
エルヴィン「意味がない訳はないと思うけど? ナンバー1、3年連続連覇おめでとう。リヴァイ」
リヴァイ「やめろ。色恋沙汰に構っている場合じゃねえだろ。俺達は」
そういう目線で女の兵士達を見たくはない。仕事中は意識を切り替えているというのに。
エルヴィン「まあまあ。戯れにやっているだけの物だから怒らない。そんなにピリピリするような事じゃないよ」
リヴァイ「お前は何位だったんだ?」
エルヴィン「残念ながら3位です。ちなみに2位はハンジだよ」
リヴァイ「は?」
待て。あいつ、一応「女」だよな?
リヴァイ「何で『抱かれたい男』部門で2位がハンジになるんだよ」
エルヴィン「しょうがないよ。女性の兵士の中でも「ハンジ分隊長になら」と言う女性の兵士もいるって事だよ」
リヴァイ「頭が痛くなってきたんだが……」
エルヴィン「性別を越えて愛されているって事じゃないかな? それだけの事を彼女はしてきているよ。ハンジは男装させたらイケメンだしね?」
リヴァイ「……………」
エルヴィン「まあ票数で言えばリヴァイがダントツではあるんだが。それだけの事を君もしてきているという事だよ」
リヴァイ「…………エルヴィンの権限で止めさせる事は出来ないのか?」
エルヴィン「無理だね。実害がある訳でもないし、別にいいんじゃないの? そこまで干渉する謂れはない。勝手に自主的にやっている「遊び」だから好きにさせてやっていいと思うけど。リヴァイにとっては何か不都合があるのかな?」
リヴァイ「不都合というか………」
こんな事、あまり言いたくはないんだが。いや、エルヴィンなら別に言ってもいいか。
というか、俺自身、どうでもいいと思っている事だしな。
リヴァイ「俺は、女を抱いた経験はねえぞ」
エルヴィン「……………ん?」
リヴァイ「だから、そういう色恋沙汰を経験した事がねえし、そういう「願望」を持たれても正直、困るんだが」
エルヴィン「……………んん? 待ってリヴァイ。それ、本当なのか?」
リヴァイ「ああ。本当だ。地下街に居た時は女を「買う」余裕なんてなかったし、調査兵団に入ってからは、毎日が忙しくてそういう「気」にもならなかった」
やらないといけない事は山程あるしな。
何より調査兵団の中は油断するとすぐ「汚れる」からな。
休日は殆ど、買い物と自分の部屋の掃除だけで消費してしまう。
それ以外だったら、たまにハンジに捕まって「巨人談義」を無理やり一晩中、聞かされてしまう事くらいだな。
エルヴィン「ええっと。聞いてもいいのかな? だったら、日々の処理はどうしていたんだ?」
リヴァイ「ああ? そんなもん、朝から勝手に出ているか、自分でやりゃいい話だろうが」
男の性欲処理は別に女がいないと「出来ない」訳じゃねえし。自慰行為だけで十分だろ。
エルヴィン「……………」
何か急にエルヴィンが頭を抱えだしたな。何だ一体?
エルヴィン「ちょっと待ってくれ。それはリヴァイ、ストイックにも程があるよ」
リヴァイ「は?」
エルヴィン「君は他の兵士に比べたら給料も多めに渡している筈だ。その金はどうしているんだ?」
リヴァイ「掃除用具や自分の私服を買うのに使っているが? 何か不都合があるか?」
エルヴィン「いやいや、その……何だ。娼館に通える程度の金は渡している筈だよな?」
リヴァイ「は? 何でそんな場所に行く必要がある。俺はそこまで女に執着がある訳じゃねえよ」
エルヴィン「………それとこれとは別問題じゃないのか?」
リヴァイ「どういう意味だ?」
エルヴィン「辛い時に、慰めてくれる女くらいは作ってもいいんだぞ。リヴァイ」
リヴァイ「まるでその言い方だと、エルヴィンには「そういう女」がいるように聞こえるが?」
エルヴィン「内緒にしておいてくれ。私も夜を独りで過ごしたくない日くらい、多々あったからな」
リヴァイ「…………そうか」
確かに、エルヴィンにもそういう「夜」くらいはあっただろうな。過去に沢山。
エルヴィン「リヴァイ。君はずっと「1人」で耐えてきたのか。今までの「孤独」を」
リヴァイ「俺は孤独じゃねえよ。今はお前らがいる。戦う「仲間」がいる。孤独というのは、誰も「仲間」がいない状態の事を言うんじゃねえのか?」
そういう意味では俺は調査兵団にある意味では「救われている」んだと思う。
自分の「居場所」を提供してくれたエルヴィンには感謝すらしている。
俺はここで「戦え」さえすればいい。巨人を絶滅させるその日まで。
でもエルヴィンはそこで目を伏せて言ったんだ。
エルヴィン「私もいつ、そちら側に逝くか分からないのにか?」
リヴァイ「……………」
エルヴィン「まあ、私も簡単に死ぬつもりは毛頭ないが。それでも、いろんな物を「溜め込む」のは身体には良くないと思うぞ」
リヴァイ「愛情もねえのに女を抱けって言うのか?」
エルヴィン「抱き枕にする程度でも構わないんだよ。その辺の事はプロの女の方が腕は確かだ。悪い事は言わない。リヴァイ、たまには憂さ晴らししていいから。女を買ってもいいから、童貞はさっさと卒業した方がいい」
リヴァイ「別にどうでもいい。一生女なんざ抱かないでも、生きてはいける」
エルヴィン「…………」
リヴァイ「それ以前の問題が解決してねえのに頭に花咲かしている場合じゃねえだろ。とにかく、その「妙なアンケート」を発案しやがった奴は誰だ? 俺から「忠告」する形で話つけてくるから、発案者を教えてくれ」
俺がそう頼み込むとエルヴィンはようやく諦めてくれたようだ。
エルヴィン「………ピクシス司令だけど」
リヴァイ「ぶふー!」
まさかのお偉いさんか。いや、まあ、あのじいさんならやりかねないが。
エルヴィン「ピクシス司令が始めた事だよ。調査兵団だけでなく、駐屯兵団の方も行っているそうだけど、そっちの部門でも3年連続ナンバー1だったそうだよ。リヴァイは」
リヴァイ「待て。駐屯兵団の女の兵士とはそこまで関わり合いがない筈だが?」
エルヴィン「評判が評判を重ねているんじゃないかな? いや、勝手な噂が一人歩きしているせいでもあるんだけど……」
リヴァイ「は? 待て。更に待て。どういう意味だ」
エルヴィン「聞かない方がいいと思うけどな……」
リヴァイ「そこまで話して引っ込めるな」
何なんだ一体。俺の「何が」噂されているって言うんだ。
眉間に皺を寄せていると、エルヴィンが何故か俺の「腹」を見た。
エルヴィン「……………リヴァイの「腹筋」のせいじゃない?」
リヴァイ「は?」
エルヴィン「リヴァイって着痩せするけど、脱ぐと筋肉凄いだろ? それが噂を呼んで「エッチも上手そう」みたいな噂をされているみたいだよ?」
………あ、頭が痛くなってきた。何なんだその勝手な憶測は。
エルヴィン「まあ、人間ってのは不思議な生き物でね。「死」に近づくにつれて「性欲」が増す生き物でもある。死を感じた時に「子孫」を後世に残そうとする「力」が働くのではないかという説もあるくらいでね。俗に言う「死亡フラグ」もそれにあたるんじゃないかって私自身、思っているけど」
リヴァイ「死ぬ前に女を抱いちまうっていうアレか」
なんかそういう「話」は時々、聞くよな。
エルヴィン「うん。だから私の場合は壁外遠征の「前」には絶対、女を抱かないよ。抱くのは必ず「帰還」した後だ。死亡フラグは折りたくないからね」
リヴァイ「まあ、エルヴィンがそういう「場所」に通っていたとは初耳だったが……」
エルヴィン「私はリヴァイが「通っていない」方にむしろ驚いたんだけど?」
リヴァイ「そういう物なのか?」
エルヴィン「男性兵士にも別にその辺は禁止していないしね。むしろ発散して貰わないと、女性兵士の方にムラムラして孕ませて有能な女性兵士を戦力から外してしまわないといけない事態になりかねない。こっちにとっても「痛手」にしかならないよ」
リヴァイ「……………」
エルヴィン「女の兵士に手出すくらいなら、娼館に行ってきて発散してきた方がまだマシだ。リヴァイ、くれぐれも「同僚」には手を出さないようにお願いするよ」
リヴァイ「だったらアンケートの件をどうにかしろ」
エルヴィン「その件は私はノータッチだ。ピクシス司令に直接抗議してくれ。私もそこまで暇じゃないから」
と、言って俺と話しながらも書類仕事をさっさと片付けるエルヴィンだった。
俺はまた深いため息をついて「分かった」とだけ答えてエルヴィンの部屋を出た。
すると、何故かハンジが心配そうに俺を待っていてくれたようで、エルヴィンの部屋の入り口の傍で足をパタパタさせていた。
ハンジ「やーリヴァイ。どうだった?」
リヴァイ「発案者はピクシス司令だそうだ。文句あるなら直接抗議して来いってさ」
ハンジ「あははは! ピクシス司令が発案なら納得だ! あの人、そういう「色恋沙汰」って凄く好きだよね!」
リヴァイ「全く…その調査が一体何の役に立つんだが分からん」
ハンジ「で? 抗議に行くの?」
リヴァイ「今日は流石にやめておく。いつか折を見て、機会があれば文句の一言くらいは言ってやる」
ハンジ「ん~じゃあ、中止を要請する訳じゃないんだ?」
リヴァイ「まあ、遊びでやっている事だから別にいいんじゃないか? ってのがエルヴィンの見解だったが」
遊びなのだとしても、俺としては余り気分のいい物ではなかった。
ハンジ「何だか嬉しそうじゃないね? ナンバー1に選ばれても嬉しくないんだ」
リヴァイ「当然だ。そんな色恋沙汰に頭を使っている場合じゃねえだろ。俺達調査兵団は、特に」
ハンジ「まあね。それは共感出来るけど。でも……選ばれた事くらいは素直に喜んでいいんじゃないの?」
リヴァイ「何でだ?」
ハンジ「つまり、リヴァイは色男って事でしょ? だったらそれは「喜ぶべき事」じゃないの?」
リヴァイ「ナンバー2の『色男』が何言ってやがるんだか」
ハンジ「あ、バレたの?! あちゃーリヴァイにバレちゃったか」
リヴァイ「お前は嬉しかったのか?」
ハンジ「勿論だよ! 女の子でも好かれるのは嬉しいに決まっているよ」
相変わらずの「変態」だな。ハンジは。
性別関係ねえのか。俺には理解出来ない感情だな。
リヴァイ「そうか。お前は女を「抱く」趣味があったのか。なるほど」
と、からかってやると、
ハンジ「ふーん。『抱きたい女』の方で5位だったリヴァイがそれ言うのー?」
リヴァイ「は?」
何だって?
リヴァイ「ちょっと待て。その情報は初耳だぞ」
ハンジ「正しくは『嫁にしたい女』に近いみたいだけどね? リヴァイに家事を丸投げしたい願望の男達がちらほらいるようですけど?」
リヴァイ「…………こうなったら再教育してやる必要性があるようだな(ボキボキ)」
男性兵士を全員、教育し直す必要性が出てきたようだ。
腕が鳴る。指をついつい鳴らしていると、
ハンジ「あはは! あんまり家事方面で優秀なところを人に見せない方がいいって! 余計に「ムラムラ」されちゃうかもしれないよ?」
リヴァイ「そ、そうか?」
ハンジ「うん。今回のアンケートって完全に「洒落」だからさ。皆、本気で投票している訳じゃないと思うよ? だからあんまり気にしちゃダメだよ」
リヴァイ「…………」
もうなんかいろいろ考えるのが面倒臭くなった。
リヴァイ「そうか。遊びならあまりツッコミを入れるのも野暮なのかもしれんな」
ハンジ「そうそう。大人なんだから、その辺は寛容にならないと。ね?」
リヴァイ「そうだな。もう三十路を過ぎてしまったしな。小さい事でカッカするのは止めよう」
ハンジ「あらそうだったの? いつの間に。三十路おめでとう!」
リヴァイ「この年になっても生きていられた事には感謝しねえとな」
先に逝った奴らの事を思うとつくづくそう思う。
ハンジ「そうだよね。うん。確かにその通りだよ。誕生日、いつだったけ?」
リヴァイ「12月25日だ」
ハンジ「じゃあ、誕生日プレゼント、大分遅れてしまったけど後であげるよ。巨人の絵とかどう?」
リヴァイ「破りたくなるから止めてくれ」
ハンジ「ええ……ダメかあ。じゃあ、巨人に関するレポートをまとめた本とか?」
リヴァイ「それはハンジが貰って嬉しい物だろうが」
ハンジ「てへ☆ そう言えばそうでしたね? じゃあ箒とかでいい? 小さい奴。机の上をはくタイプの」
リヴァイ「それで十分だ。ありがとう」
ハンジ「どういたしまして! じゃあ、今度の休みに一緒についでに買おうか」
リヴァイ「そうするか」
と、ハンジと来週の約束をつけて俺達はそこで別れたのだった。
休日にハンジと一緒にトロスト区で買い物をする事になった。
先に俺の「卓上用の小さい箒」を買った後、俺とハンジは材料の下見をしにいった。
罠を造る為に必要な材料を慎重に吟味しているようだ。この辺の事はハンジ自身が目で見て手で触って判断しないといけない部分だから代わりの奴が買い物にはいけない。
罠を造る作業は意外と「繊細」だからだ。その「一瞬の隙」を狙って罠を構築する以上、機動力は立体機動装置のそれよりも「繊細」な部分を要求されると言っても過言じゃない。
だからハンジは何度も部品を見ては「これは違う」とか「大きすぎる」とか「重すぎる」とか吟味を繰り返していた。
ハンジ「ん~~~~見つからないなあ。理想的な「部品」が見つからない!」
リヴァイ「どういう物が欲しいんだ?」
ハンジ「針のように刺せるけど、かつ食い込んで逃さないような「先端」が欲しい」
リヴァイ「アンカーの先みたいな感じか?」
ハンジ「アンカーの場合は「手動」でやる訳でしょ? これの場合は「刺した直後」に作動する機能を持たせたいんだけど」
リヴァイ「ふむ」
ハンジ「構想としては、今までの「捕獲」より更に「進化」させたいと思っているんだよね」
と、ハンジが部品を吟味しながら唸っている。
ハンジ「かゆいところがあっても掻けないような……傷を塞げば塞ぐほど、関節がより強固に固まっていくような仕組みを造れれば、もっと「楽」に巨人を捕獲出来そうな気がするんだけどなあ」
リヴァイ「ふむ。構想はあるが「部品」がないような状態か」
ハンジ「今のところはそうだね。出来れば「特注」したいけれど、それをする「予算」は流石にないし、まずは「それに近い」物を試作品で作ってみない事には先には進めないし……」
リヴァイ「難しい問題だな」
ハンジ「まあね。でも捕獲用の罠の精度が上がれば、今までよりもっと犠牲者を出さないで研究を進められる筈だよ」
と、今回は構想を煮詰めるだけにしたハンジだった。
ハンジ「私は絶対それを「造って」みせるよ。その為なら、私の給料を全額注ぎ込んでもいい」
リヴァイ「待て。それをやったら流石に餓死するから止めろ」
ハンジ「あ、それもそうか。ごめん……はあ。お金持ちのパパを騙して資金繰りしようかなって思った事もあったけど、私程度の貧乳の女じゃ無理だよね」
その台詞を聞いた瞬間、俺はハンジを後ろから蹴ってやった。
ハンジ「痛い! いきなり何するの?!」
倒れる事は流石にないが、尻を蹴られて少し痛そうにしていた。
リヴァイ「そんな真似してみろ。俺はお前の項を削いでやるぞ」
ハンジ「私、巨人じゃないよ?! 何で怒ってるの?!」
リヴァイ「お前は優秀な「兵士」だ。お前が欠けたら、それだけ調査兵団の「戦力」が失われるんだぞ」
ハンジ「え? え? え?」
リヴァイ「これだけ言ってもまだ分からんか。もし万が一、子供を腹に孕んで動けなくなったらその間、戦えなくなるだろうが」
ハンジ「あ………そう言えばそうでしたね」
リヴァイ「女を武器にする事を考えた癖に何でそっちを思い浮かばない。お前がもし、誰かと結婚して兵士を引退するっていうなら話は別だがな。そういう下らない理由で腹を膨らませたら承知しねえからな」
と、睨みつけてやるとハンジは深々と反省したようだった。
ハンジ「ごめん。冗談でも言っていい事じゃなかったね。うん……」
と、しっかり反省した様だ。
リヴァイ「分かればいい。それに資金繰りの件ならエルヴィンが何とか今のところ、やりくりはしているだろう。俺も出来る限りの事は協力してやるし、そう焦り過ぎるな」
ハンジ「そうだね。私、焦っていたのかもしれない」
と、言ってハンジは尻についた砂をパンパンはたいた。
ハンジ「うん。なんかこう、うまくいかない事が重なるとついつい、焦るよね」
リヴァイ「気持ちは分からなくはないがな」
ハンジ「ごめんね。リヴァイ、ありがとう」
と言いながら俺達は結局、その日は新しい部品を買うのを諦めて、違う店を見て回る事にした。
服を修理するための「糸」とか「針」とかを見て回る。俺達調査兵団は質素倹約が信条だから、自分の衣服の修繕も当然、自分でやる。
裁縫くらいは自分で出来ないと困る訳だが、その場合、布の切れ端が大活躍する。
つまり「ツギハギ」でどうにかするって事だ。自分の私服もそうやって自分で修理する。
だからその日、俺は手芸店で安売りの「布の切れ端」を見つけてつい興奮してしまった。
今のうちに買っておかないと。そう思い、ハンジと一緒に店の中を漁る。
ハンジは「針」を見つめていた。何か考え込んでいる。
ハンジ「多分、構想的にはコレだと思うんだけどねえ」
リヴァイ「どういう意味だ?」
ハンジ「いや、だから「針」を「巨人」に刺して捕獲したいんだけどね。傷が回復する筋肉の繊維に「針」を引っかけることが出来たらなあって思っているんだけど」
リヴァイ「ふむ………」
なんとなく「イメージ」は出来たかもしれない。
ハンジ「つまり巨人の「驚異的な回復力」を「逆手」にとって捕獲したい訳なのよ。でも、すっぽ抜けたらダメだしね。どう「発想」を「飛躍」したら「答え」に辿り着けるのか」
深く悩んでいるようだ。だが俺はそこで余り気を負わせたくなくて、
リヴァイ「恐らく、初めて「立体機動装置」を作った奴も今のハンジと同じようにいろいろ悩んだんじゃないのか?」
と、気休め程度の事を言ってみた。するとハンジも頷いたようだ。
ハンジ「そうだろうね。完成品に行き着くまでにどれだけの「失敗」を重ねて来たんだろうね。今の私達にとって、発明した人にはその努力に感謝しか出来ないよ」
と、ハンジは両目を閉じて過去の「偉人」に思いを馳せているようだった。
ハンジ「うん。きっと「必要」は「発明」の母っていうから、その時代にもそれを「必要」に迫られたに違いないよ。人類は巨人に屈しない。その意志を私達は引き継がないといけないよね」
リヴァイ「……そうだな」
ハンジの発明がいつか形になればいいんだが。
そうすれば、犠牲になる兵士の数もきっと少なくなる日も近いだろう。祈りを込めるような思いを抱えながら俺はその日、ツギハギ用の布と針と糸を新たに購入してその日の買い物を終わらせたのだった。
その日は立体機動の演習をする事になった。
次の壁外調査までにはまだ時間がある。その期間はたまに駐屯兵団の手伝いをしながら、各自の「技術」を錆びらせないように訓練を行ったりする。
特にこの「立体機動装置」という物は使わないとそれだけ「機能」が落ちるような感覚がある。
錆びている訳ではないんだろうが、それでも繊細な構造で出来ている「コレ」は使う者がいなくなれば、ただの「塊」に還るのかもしれない。
だから使わないといけない。巨人を倒さない時でも。
整備を兼ねた演習をしながら、俺はその日、自分の「立体機動装置」の状態を確認した。
不具合がないかどうかを確認して、埃などもつかないように綺麗に磨いてやる。
そして兵舎に戻ると、夕食をとって軽いシャワーだけ浴びて就寝の準備に入った。
寝る時は一応、寝る時に着る服に着替える。顔を洗って歯を磨いて、寝る前には必ず軽いストレッチをする。
明日も早い。夜更かしする必要がない時は早めに寝るようにしている。
だが自分のベッドに寝ようとした其の時、俺の部屋に来訪者が現れた。
ハンジ「今、ちょっといいー? リヴァイ、起きているかな?」
リヴァイ「今、寝るところだったんだが?」
ハンジ「10分でイイから付き合って欲しいんだけど」
リヴァイ「10分で済んだ試しがないから断る」
ハンジ「そう言わず。お願い。ちょっと真面目な話がしたいんだけど?」
と、ドア越しに言ってきたから仕方がない。そっとドアを開けて入り口で対応する。
リヴァイ「部屋には入るなよ」
ハンジ「立ち話するような事じゃないんだけど……」
リヴァイ「夜だ。休息を取るのも兵士の仕事のうちだろ。長い話なら明日に回せ」
ハンジ「ううーん……」
何だ? 煮え切らない態度だな。
リヴァイ「どうしたんだ? 何をまた悩んでいるんだ」
ハンジ「いやね? 自分でも無茶振りだとは思うんだけどさ」
リヴァイ「じゃあ断る」
ハンジ「いや、せめて聞いてから断って! その……リヴァイの体を1度、私に見せて欲しいんだけど」
リヴァイ「? 別に怪我とかはしていないが?」
何だ? ハンジに心配させるような事をした覚えはないが。
ハンジ「いや、怪我の具合を見たい訳じゃなくて。体の構造をね、ちょっと確認したいというか」
リヴァイ「自分の体じゃダメなのか?」
ハンジ「背中もみたいしね。自分じゃ自分の背中は見られないでしょ?」
リヴァイ「俺じゃないとダメなのか? モブリットは」
モブリットはハンジの「副官」だ。そういう「研究」に使用する物であれば俺よりもモブリットの方が協力してくれそうな気がするんだが。
ハンジ「モブリットだと筋力が足りないかも。筋肉ある男と言えばリヴァイでしょ? 1番いい筋肉を持っているから」
リヴァイ「ああ……そういう意味なのか。だったら仕方がないな」
筋肉の量の多い男で見てみたい「何か」なら俺が適任だろうな。
だったら仕方がないか。ただ、自分の部屋で自分の筋肉を見せてやるのは少々躊躇われたので、俺は提案した。
リヴァイ「医務室に行くぞ。流石に自室で俺の体を見せるのはちょっとな」
ハンジ「ん? 何で? 別にいいじゃない。面倒だよ。移動が」
リヴァイ「いや、少しは気を遣え。いらん噂でもされたら嫌だからな」
ハンジ「あはは! 私とリヴァイが噂になると思ったの? ないない!」
リヴァイ「……………」
あっけらかんと断言しやがったな。まあ、それは俺も同意ではあるんだが。
でも一応、こいつも「女」だしな。そういう部分は気遣ってやった方がいいだろ。多分。
リヴァイ「マナーの問題だ。夜、異性の部屋の中に入るのは非常識じゃねえのか?」
ハンジ「あらそう? 私は結構、エルヴィンとかモブリットやミケの部屋とかにも入った事あるけど?」
リヴァイ「………お前、女扱いされてないのか」
ハンジ「いや、今更でしょうが。何で? 昼間ならすぐ入れてくれるのに」
リヴァイ「昼間だからだろ」
ハンジ「何が違うわけ?」
と、ハンジはきょとんとしている。
リヴァイ「…………本当に「夜」に他の奴らも、自分の部屋に入れた事があるのか?」
ハンジ「うん。あるよ? え? 何でそんなに確認する訳?」
リヴァイ「……………」
まあ、他の奴らもそうしているなら、別にいいか。
そう思いなおして俺はハンジを自室に招き入れた。
夜、こいつが俺の部屋に入るのは流石に初めての事だったが、それだけ悩んでいるなら仕方がない。
リヴァイ「で? 裸になればばいいのか? パンツ1枚になれっていうのか?」
ハンジ「いや、それは面倒くさいからいい。とりあえず、服の上からでいいから「筋肉」の流れとか関節部分を実際に触らせて欲しい」
リヴァイ「分かった」
俺は部屋のドアを完全に閉めてからハンジと一緒にベッドに上に座った。
そして好きにさせる。ハンジの眼鏡はいつもの「黒縁」ではなく「普通」の眼鏡だった。
仕事中は「黒縁」の方が多いんだが、プライベートの時間の時は「普通」の眼鏡に変えるそうだ。
巨人を狩る時は遠くまで見えた方がいいから度のきつめの眼鏡にして、普段の生活では少し落としているそうだ。
まずは右腕を触られた。そして関節部分を稼働させて何かブツブツ言いながら確認しているようだ。
ハンジがブツブツ言うのは今に始まった事じゃねえが、何とも言えない気持ちにはなる。
何か「ヒント」のような物を探り出そうとしているのは分かるんだが……。
リヴァイ「何か、分かったか?」
ハンジ「ううーん。あともうちょっとで「閃き」そうではあるんだけど」
リヴァイ「話してみろ」
ハンジ「うん。可動域、つまり「関節」の部分を「固定」する方法はないかなって思って」
リヴァイ「針を刺してか?」
ハンジ「そうそう。動けば動くほど食い込む様な方法があればなって思って」
そう言いながらハンジは俺の筋肉を真剣に見ている。
筋肉のつき方を真剣に見ている。イメージしているんだろうな。頭の中で。
ハンジ「巨人も多分、人間と同じような「神経」に似た物はあると思うんだよね。人間のそれとは構造は違うかもしれないけど。でも、それがないなら、体を自分で動かそうとしても動かせない筈だし」
リヴァイ「そりゃそうだな」
ハンジ「だから、こう……人間の体にもあるじゃない? 叩くと何故か「コーン」とくる個所というか」
リヴァイ「叩くなよ。肘の裏側は叩くなよ」
思わず防御した。そこを叩かれると「コーン」と変な感覚がくるのは知っている。
ハンジ「あ、うん。ごめん。叩かないけどさ。つまり、そういう「繋ぐ」場所はある訳でしょ? だからそこに「針」を差し込んでしまえば動きを封じられないかなって思っているんだけどね」
リヴァイ「ふむ………」
ハンジ「巨人って、解体してもすぐ復活するでしょ? でもその復活する時に内側からこう……引っかけてしまえば」
ガッと、俺の腕を掴んで見せるハンジだった。
ハンジ「復活するのをあえて「利用」して捕獲すれば……って思うんだけど」
リヴァイ「流石に俺の体は巨人のようにすぐには「復活」しねえから、試したくても試してやれねえぞ」
ハンジ「だよねえ。ごめん………」
リヴァイ「背中、触らなくていいのか?」
ハンジ「ああ……触る触る。ちょっとアイデア煮詰めさせて」
今度は後ろを向いてみた。ハンジの手が服の上からゆっくり、丹念に触れていく。
まるで医者に診られているような気分になる。別にどこも怪我はしていないが。
リヴァイ「どうだ? 何か思いついたか?」
ハンジ「ううーん。何だろ。ここまで出かかっているんだけどね。何かが「足りない」ような気がする」
と言って、諦めてしまったようだ。
ハンジは俺の肩に顔を乗せて来た。そして後ろから俺におんぶするようにだらーんとしてくる。
ハンジ「あああ……発明の神様! 私に知恵を授けて下さい」
リヴァイ「あんまりそれの事ばっかり考えるのも良くねえんじゃねえか? 1回離れてみるのもいいと思うが」
探し物は探そうとすると見つからないのと同じだ。
探し物は1回「掃除」すると大抵出てくるから、こういう煮詰まった時は「違う事」をした方がいい気がする。
ハンジ「その方がいいのかなあ?」
リヴァイ「気分転換も大事だろ。最近、ちゃんと飯とか食ってるか?」
ハンジ「あ……今日の夕食は食べ忘れた」
リヴァイ「おい……」
言ってる傍からそれか。
ハンジ「あああだって、巨人が私の頭の中に住み着いているのがいけないんだ! もう、これはもはや「恋」のレベルだと自分でも思う! あの子達を自分の物にしたくてしょうがないんだよ!!」
リヴァイ「歪んだ独占欲だな」
ハンジ「自分でも分かってる! でも捕まえたくてしょうがないのよ! もっと効率よく! 的確に! こう、バシュッと手に入れたい訳でして」
リヴァイ「焦るなって、前にも言わなかったか?」
いや、この場合は言わない方がいいんだろうか?
あんまり言うと逆に「焦って」しまうようにも思えたのでこれ以上言うのは止めた。
仕方がない。こういう時は気分転換につきやってやるか。
ハンジ「ううう………」
リヴァイ「トランプでもしてちょっと遊ぶか?」
ハンジ「トランプ? あんたトランプなんか持っていたの?」
リヴァイ「あいつらが生きていた頃はたまに3人で遊んでいたよ。イザベルはババ抜きしかやらなかったが」
計算の必要な物とか、神経衰弱等の頭を使うゲームは苦手だった。
ファーランは逆に得意だったが、いつもイザベルに合わせてやっていた。
ハンジ「あらら……」
リヴァイ「2人でやるならポーカーでもやるか? あ、いやでも、ハンジにポーカーフェイスは無理か」
ハンジ「うふふふ? そう見える?」
と、何故か得意げなハンジだった。
リヴァイ「ん? ポーカーは得意なのか?」
ハンジ「嫌いじゃないよ? 意外とね」
リヴァイ「そうか。だったらただやるのは面白くないから何か「賭け」るか?」
ハンジ「いいよ~じゃあね、私が勝ったら………リヴァイ、私の分の夕食を今度から私のところまで運んできて?」
リヴァイ「メイドかよ。まあいいけどな。だったら、俺が勝ったら………ハンジの自室を掃除させろ」
ハンジ「はあ? 何それ。ちょちょちょ……それ「賭け」として成立しなくない?」
リヴァイ「いいや? そうでもないぞ。俺は以前からお前の「自室」に生息していると思われる「黒い空飛ぶ天敵」を駆逐したくて堪らなかった。勝手に触るなというから今まで放置してやっていたが、それを「触っていい」権利を貰えるならいくらでも掃除したいと思っていたが?」
ハンジ「潔癖症もそこまでいくと病気じゃないんですかね?」
リヴァイ「だろうな。だが別に「他人に迷惑」をかけた覚えはない」
ハンジ「ううう……私にとっては迷惑なんだけどな」
リヴァイ「何か言ったか?」
ハンジ「いや、何でもないけど。じゃあポーカーやろうか。チェンジはあり? なし?」
リヴァイ「1回でいい。あとコインは……まあ、俺が持っている小銭で代用するか。ハンジに10枚。俺も10枚からスタート。全額没収した方が勝ちでいいか?」
ハンジ「了解♪」
という訳で早速ポーカーをやってみる事にした。
親は俺からになった。早速いい役がきた。フルハウスだ。まあまあ調子がいいな。
俺はとりあえずコインを3枚出した。
リヴァイ「コールか、レイズかドロップか。どれだ?」
ハンジ「レイズで」
リヴァイ「何枚だ」
ハンジ「5枚で」
リヴァイ「了解」
賭け金を5枚まであげた。カードの交換をするか問うと、
ハンジ「カードはかえない。このままでいくよ」
リヴァイ「なんだって?」
ハンジ「リヴァイは? かえる? かえない?」
リヴァイ「………」
余程いい役が来たんだろうか? だとしたらこれはフルハウスごときでは勝てないか?
だったら変更するか。もっといい「役」を狙うべきか。
フォーカードまで狙ってみるか? カードを2枚交換してみた。
しかしダメだった。あえなく役がスリーカードに落ちてしまった。
リヴァイ「オープン。Aのスリーカードだ」
ハンジ「ふふ……ストレートだよ。2から6までの」
リヴァイ「何?! だったら、変更しなかったら俺が勝っていたのか!」
ハンジ「あらあら……勿体ないことしたねえ(ニヤニヤ)」
リヴァイ「というか、ストレートで押し切るのか。お前は」
ハンジ「うん。案外、フルハウスって迷うよねえ? 相手がもっといい役だったらって思ったでしょ?」
リヴァイ「読まれていたのか」
ハンジ「ちょっと嬉しそうだったもんね? リヴァイの顔が。あ、これは絶対「フルハウス付近の役がきた」って思った」
意外と人の事をよく見ているんだな。恐れ入ったぞ。
そんな感じで一進一退を繰り返し、結局、1時間くらい時間がかかって、ハンジに負けてしまった。
なんていうか、役の運気は俺の方が勝っていたのに、読みあいで負けてしまったような感じだった。
まあ、ハンジに夕食を運んでやる程度の事はしても別にいいんだが。
ハンジ「よっしゃああ! リヴァイをこき使える! 夕食、忘れずに私のところまで持って来てね」
リヴァイ「その都度探すのが面倒だな。前もって何時頃に自室か研究室か、どっちに持っていくのがいいか教えろ」
ハンジ「ああ、その点はちゃんとするよ。大丈夫。こっちが頼むわけだからね」
という訳で夜も更に更けてしまった。
もう流石にちょっと眠いのでハンジを自室に帰そうとしたんだが……。
ハンジ「なんか意外と楽しかったな」
リヴァイ「ん?」
ハンジ「いや、リヴァイとこうやって仕事以外で話したり、遊んだのって初めてじゃない? 何気に」
リヴァイ「そうだったか?」
ハンジ「私の記憶の限りではね。たまにはこうやって2人で気分転換、またしようよ」
リヴァイ「俺は出来れば早く眠れる時は早く寝たい方なんだが……」
ハンジ「あはは! それもそうか。じゃあ私が「煮詰まった」時だけでいいからさ。其の時は部屋に入れてよ」
リヴァイ「ああ。アイデアに煮詰まった時だけだな。それなら別にいいが」
ハンジ「やった! ありがとう! リヴァイ、流石! 3年連続は伊達じゃない! (親指ビシ!)」
リヴァイ「だからその話を出すのはやめろ。何かげんなりするんだが」
親指をびしっとされてもな。微妙な気持ちにしかならん。
ハンジ「一応、褒めているんだけどなあ。ううーん。他にどう言ったらいいんだろ?」
リヴァイ「素直に「ありがとう」だけで十分だ。それ以上の言葉は別に要らん」
ハンジ「そう? もっとこう、感謝とか感激の気持ちをぐはーっと伝えたらダメなの?」
リヴァイ「大げさ過ぎるのは好きじゃない。適当でいい」
ハンジ「それって気持ちが伝わってなくない?」
リヴァイ「ここでの「適当」はいい加減って意味じゃねえ。「適した」という意味だ」
ハンジ「ありがとう、だけでいいんだ? 本当に」
リヴァイ「それ以上、何を望むって言うんだ」
ハンジ「分かった。じゃあ、せめて心を込めて言うね。『ありがとう』って」
リヴァイ「…………ああ」
そう、言い捨ててハンジは部屋から出て自分の部屋に戻って行った。
リヴァイ「……………?」
何だろうな? この変な感じは。
ハンジの「ありがとう」を聞いて、何故か眉間に力を入れる自分がいた。
別に不快ではなかった。人から感謝されて、不快に思う奴なんていない。
だが俺は眉間に力を込めていた。自然と。何故か。
まあいいか。あんまり深く考えたくねえ。もう眠いしな。
そう思いながら、俺は自分のベッドの中に潜り込んだのだった。
そんな訳で、例のポーカーの件があってからは、たまに夜、ハンジが俺の部屋にやってくる事が増えた。
主に仕事の愚痴やらアイデアが煮詰まったら俺のところに来てはトランプで遊ぶだけなんだが。
今日はスピードで遊んでいた。このゲームは2人でやると割と盛り上がるゲームだ。
ハンジ「ちょちょちょ! 早すぎる! 手の動き、尋常じゃないんだけど?!」
リヴァイ「お前がちんたらしているからだろ。もっと早く手動かせよ」
ハンジ「いや、目にも止まらぬ早さですよね?! カード吹っ飛ぶ勢いだよね?!」
リヴァイ「瞬間的な判断能力を鍛えるのには適したゲームだろうが。動体視力を鍛えるのにも役に立つぞ」
ハンジ「流石人類最強と言われるだけって、この手の単純な手作業は早いよね」
リヴァイ「頭を使うゲームより、こういうのが得意だ」
スピードはとにかく早くカードを捌くのがゲームの肝になる。
その途中でハンジの手とぶつかってしまい、ハンジが悔しそうに手を自分の方に引っ込める。
ハンジ「もうギブアップ! 無理! スピードではリヴァイには勝てません!」
リヴァイ「じゃあ賭けは俺の勝ちだな。今回は」
ハンジ「そうですねー。もうゴキブリ退治したいならご自由にどうぞー」
と、やけくそ気味に言うハンジだったが、俺はニヤニヤしていた。
リヴァイ「よし。これでようやくハンジの自室を元の状態に戻せるな。明日は1日休みだからな。早速中に入らせて貰おうか」
ハンジ「明日から?! 気が早いよ!」
リヴァイ「いいや? 全く気は早くない。むしろ最初のポーカーで負けた時点で既に掃除道具は新調して待っていた」
ハンジ「ワクワクし過ぎだから! えええ……そんなに「退治」したいんだ?」
リヴァイ「俺の中では、巨人に次ぐ「駆逐」したい生物だからな」
ハンジ「マジか。いや、私は別にゴキブリが嫌いな訳じゃないんだけど」
リヴァイ「その神経もどうかしているな。一緒に共存するんじゃない」
ハンジ「巨人も人間さえ食べなければ立派に共存出来ると思うのに……(しくしく)」
リヴァイ「食うから天敵なんだろうが。いや、本当なんであいつら、人間を「食べよう」とするんだろうな?」
もし、その「行為」さえなければ、人類と巨人は「共存」していた筈だ。
もしくは共存出来なかったとしても、ここまで人類が巨人に追い詰められる事はなかった筈だし、何より「壁」の存在が歴史上に「いつ」出来たのかも未だに良く分かってないという「謎」がある。
俺達が生きる「世界」は恐らく「何かが」おかしい。其の漠然とした不安と共に生きるようになってから、俺もハンジではないが、たまにそれについて考え込む事が増えてきた気がする。
ハンジ「おおっと?! リヴァイが遂にこっち側の人間になってきたのかな? 私の見解を聞きたい?」
リヴァイ「いや、お前の意見を求めた訳じゃねえ。今のはただの独り言だ」
ハンジ「嘘だ! 絶対嘘だ! 私の見解を聞きたい癖に!」
リヴァイ「いや、ハンジの見解とか予想とか推測とか推理とかはもう過去に何度も聞いているからいい。新しい情報が入ってくればまた別だが、今分かっている事は「巨人は南方からやってくる事が多い」事とか、「たまに小さな巨人」と呼ばれる、巨人にしては小さい奴もいる事とか、そういう事くらいだろ?」
ハンジ「そうですね。最新情報が少ないのが一番の問題なんです(ズーン)」
リヴァイ「もっといろいろ分かれば、捕獲用の罠も精度があげられるんだろうけどな」
ハンジ「うん。そうだね……」
しまった。ハンジを落ち込ませてしまったか。
なかなかアイデアが纏まらなくて、煮詰まっているのにこういう話題をするべきじゃなかったな。
折角、トランプで遊んだのに、気分転換になってねえな。これじゃ。
リヴァイ「……………」
落ち込んでいる女を慰めるのって、どうすればいいんだろうな?
俺は言葉が上手くないし、そういうお世辞もうまくはねえし。
やれる事と言えば、たまにこうやって「気分転換」につきあうくらいか。
それでもダメな場合は、どうしたらいいんだろうな?
リヴァイ「もうすぐ、次の壁外遠征があるだろ」
ハンジ「そうだね」
リヴァイ「次の調査では、捕獲は無理そうなのか?」
ハンジ「間に合わないよ。旧式のやり方で続ける限り、費用がいくらあっても足りない。コストダウンと精度の向上を見込めない場合は、無理に強行突破は出来ない。だから私は。死んでも「新しいアイデア」を出すしかないんだ」
リヴァイ「…………」
何かが足りないと言っていた。だから、きっと「手前」までは来ているとは思うんだがな。
そのあと「一歩」が足りないのか。難しい問題だ。
リヴァイ「…………休みの時、一緒にまた、トロスト区を歩いてみるか? 俺と一緒に」
ハンジ「え?」
リヴァイ「ただの散歩だ。こうやって唸って部屋に籠るより、体を動かした方がかえっていいんじゃないか?」
ただの勘だが。部屋で腐るよりはいい気がする。
そう提案してみると、ハンジはまた「ありがとう!」と大げさに言った。
ハンジ「ありがとう! ただの散歩でも付き合ってくれるんだ? 優しいねリヴァイ!」
リヴァイ「別に。優しいとかじゃない。まあ俺も買い物したい物はあるしな。ついでだ」
裁縫用の糸はすぐストックが無くなる。それだけ衣服の摩耗が激しい訳だが。
本当は新調したいのもあるけどな。そろそろヤバい状態の服もあるにはある。
ハンジ「ついででも嬉しいよ。リヴァイ、本当にありがとう」
そう言って、抱き付こうとするので俺は寸前で避けた。
ハンジ「酷い! 抱擁すら、させてくれないの?」
リヴァイ「する必要がない。あと、お前、最近また風呂もシャワーも浴びてないだろ」
ハンジ「うん。実は全然……」
リヴァイ「2か月くらい入ってないっぽい気がするが」
ハンジ「何で分かったの?!」
リヴァイ「いや、俺の記憶の限りだが、2か月前のハンジはまだ髪の匂いがマシだった気がする」
ハンジ「実はそうです! いや、水だってタダじゃないし、そこもケチろうかと」
リヴァイ「だから不衛生にし過ぎて伝染病にでもかかったら元も子もないだろうが。せめて一週間に1度の頻度でシャワーだけでも浴びろ。お湯にタオルをつけてそれを絞って体を拭くだけでも全然、違うぞ」
ハンジ「ううう……」
リヴァイ「巨人に会いに行く前くらいは風呂入って綺麗にしておけよ」
ハンジ「それもそうだね! 遠征前には絶対入るよ! (キラーン)」
完全に恋する乙女のそれだな。それは。
と、思ったが言わないでおいた。今更だからな。
やれやれ。次の壁外遠征の前の最後の休みだが、ハンジとブラブラしてみるか。
浮気してすみません。
でもどうしても童貞バージョンのリヴァイも書きたくなったので書く。
とりあえず、今日はここまで投下。続きはまた次回ノシ
そして休みの日。ハンジと再びトロスト区を歩いてみた。
今回は手芸店での買い物を先に済ませて、後はハンジの好きにさせた。
とにかく街の中をウロウロ歩いてみる。物は以前に比べたら少しずつではあるが物資が増えている気がするし、人の活気もある気がする。
私服姿で街の中を歩いているおかげで変に声をかけられる事もない。兵服だったらまた違ったかもしれんが。俺の場合、調査兵団の恰好のまま街を歩くと「サイン下さい」と呼び止められる事もある。
俺のサインなんか、何の役にも立たないとは思うけどな。一応、其の時は社交辞令的に応えてはやるけど。
そんな訳で、私服姿だと意外とバレないので、自由に街の中を歩いた。
出店がいくつか出ていた。お菓子を売っている店もあった。
ハンジが匂いに釣られて店に近づいてしまった。
ハンジ「ああ………クッキーだ。美味しそう……」
リヴァイ「ああ。確かに美味そうだな」
ハンジ「は! でも高い! 我慢我慢……」
リヴァイ「アールグレイも売ってあるのか。相場より少し安いな」
ハンジ「本当だ。ちょっと安いね」
リヴァイ「……アールグレイのお供にクッキーもついでに買ってみるか」
ハンジ「ええええいいの?! マジで?!」
リヴァイ「頭に必要な『栄養素』もハンジの頭に送り込む必要があるだろ」
頭には「糖分」が必要だとか何とか何処かで聞いたことがある気がする。
ハンジ「そう言えばそうだった! そうか。私、栄養が足りてないから、アイデアもうまく浮かばないのかな?」
リヴァイ「その可能性は十分あるぞ。お前、最近、また少し痩せただろ。折角、夕食を運んでやっているのに、たまに残しているよな?」
ハンジ「あーなんか、小食になってきたかも? いろいろ考え過ぎて」
リヴァイ「体力が落ちる事の方が大問題だ。ハンジ、今日はお前を「食わせる」事に専念してもいいか?」
ハンジ「マジか! サービスしてくれるの? 奢ってくれるの?」
リヴァイ「エルヴィンの言い方じゃないが「チップ」を賭ける。俺は「ハンジ」に金を賭けるんだよ」
博打だな。それでもいい。とにかく今はハンジに金を賭けてやりたいと思った。
ハンジ「うわああああ……嬉しい。こりゃ絶対、結果出さないとダメだね私!」
リヴァイ「期待しているからな。ハンジ」
そう言いながら俺は自分用にアールグレイを、ハンジにはクッキーを買った。
そして昼前には兵舎に戻って、今度はハンジの部屋の中に入る。
さて。今日の目標は夜までにここを片付けてハンジの部屋で茶でも飲む事にする。
ハンジ「ええっと、本当にやるんだ? その……紅茶飲んでクッキー食べてからでも良くないかな?」
リヴァイ「ダメだ。掃除が先だ。ハンジ、今から部屋の中の物の「どれ」を捨てていいのか確認しながら掃除をするからちゃんと答えろよ」
ハンジ「ういー」
という、気のない返事だったが一応、部屋の隅っこに立たせて作業を進めた。
しかし遅々として進まない。ハンジが「それは捨てちゃダメ」を連発するから捨てられない。
リヴァイ「捨てないと片付かないだろうが」
ハンジ「いや、でも捨てたくない物は捨てないでよ」
リヴァイ「部屋の容量を考えろ。お前、分隊長何だから他の兵士よりは広い個室を与えられているだろうが。しかも研究室も自室のように使っているのに、何で「こっち」だけ片付けられないんだ。研究室はまともなのに」
ハンジは自分の事に関してはおざなり過ぎる。
そのうちハンジ自身に「カビ」が生えても驚かないぞ。俺は。
リヴァイ「さてと………何だこれは? (ビローン)」
なんかえらく伸びきった布がある。なんだこれ?
ハンジ「ん? ああああそれ、私のパンツだよ! 拾っちゃだめええええ!」
リヴァイ「えらく伸びきっているな。これはもう流石にはけないだろ」
ハンジ「そうですね。それは流石に処分します」
リヴァイ「他には……ああ、なんかこの辺一帯は衣服がごちゃごちゃしているな。しかも洗ってない」
ハンジ「すみません。洗濯物を溜め込み過ぎました」
リヴァイ「ふむ………だったらこれを先に「選別」するか。まだ着る服と捨てる服に分けていくぞ」
そして半分くらいが「捨てる衣服」だったので、少しだけ部屋の足場が出来た。
リヴァイ「洗ってないやつは今から洗ってくるか……」
ハンジ「待って待って! そこまで今日はしなくていいよ! 紅茶とクッキーを一緒に食べようよ!」
リヴァイ「ああ……紅茶は掃除が終わってからでいい。クッキー食いたきゃ先に食え」
ハンジ「折角、買ったのに。一緒にお茶しようよ」
リヴァイ「…………一緒にお茶したかったのか」
ハンジ「そりゃ奢って貰ったんだから当然でしょうが。もう、掃除は後回しにしていいから、小休止しよ? ね?」
リヴァイ「分かった。そこまで言うなら俺の部屋に戻るか」
という訳でハンジの部屋の片づけは一旦、中断して俺の部屋に戻る事にした。
丁度、昼の3時頃だった。お昼のおやつには丁度いいか。
紅茶を入れてクッキーを摘まむ。美味い。たまにはこういうのもいいか。
俺も頭は疲れる事はある。甘い物が欲しくなる時もたまにあるしな。
ハンジ「ん~クッキー食べたの、いつぶりか思い出せないよ」
リヴァイ「俺もだ。1年以上、食ってなかった気もする」
ハンジ「クッキーは贅沢だもんね。甘いし、美味しいし。本当は毎日食べたいよ」
リヴァイ「アイデアが出るまでは食ってみるか? 実験的に」
ハンジ「金が足りませんから毎日は無理だよ! まあ、気持ち的には有難いけどね」
と、俺の部屋ですっかり寛ぐハンジだった。
ハンジ「…………なんか食べたら眠くなってきた」
リヴァイ「は?」
おいおい待て。まだ掃除の途中なんだが。
リヴァイ「おい、こら寝るな。掃除がまだ終わってねえだろうが」
ハンジ「もうリヴァイに丸投げしちゃダメ?」
リヴァイ「その場合、間違えて必要な物まで捨てる可能性があるんだが?」
ハンジ「じゃあ、掃除はまた今度で……」
リヴァイ「壁外調査が始まったら暫くまたバタバタ忙しくなるだろうが。おい、ハンジ?」
クッキー食って紅茶飲んだら本当に寝やがった。
紅茶は元々、カフェイン入っているから元々は「目が覚める」飲み物なんだが。
疲れた体を「覚醒」させる効果があるから、リラックスするのは本来ならおかしい。
………いや、満腹感の方が勝ったのか? だとしたら頷けるが。
俺の部屋のベッドを背もたれにして本当に寝てしまった。
昼寝だな。完全に。まあ、今日はお互いに休みだから、別にいいんだが。
このまま放置しておくのも可哀想だな。
仕方がない。ベッドに寝かせておいてやるか。
そして俺は自室の鍵をかけてハンジをそこに置きっぱなしにして、ハンジの自室に戻った。
とりあえず、今日はハンジの溜め込んだ「洗濯物」までを処理するか。
ここの「混沌」とした部屋を全部、一気に片付けるのは物理的に不可能だ。
1個ずつ、片付けよう。そう思いなおして今日はそこまで処理する事にした。
幸い、外は晴れていたから洗濯物を夕方から干しても明日の朝には乾くだろう。
夜も干しっぱなしにはなるが、まあそこまで贅沢は言えない。
俺も自分の洗濯物を夜、干しておく事もあるしな。
そして夕方には全て終わらせて自分の部屋に戻ると……
リヴァイ「まだ爆睡中か……」
起きる気配がねえってどういう事だ。もう6時過ぎているんだぞ。
3時間近く寝てやがる。流石に昼寝にしては長過ぎるな。
あんまり体のリズムを崩すのも体に悪い気がしたが……
もしかしたら最近、こいつ、寝不足だったのか?
アイデアに悩み過ぎて食欲も睡眠もまともに取っていなかったのかもしれん。
でも長く寝かせてこのままここで寝られたら、今度は俺が寝る場所がねえ。
仕方がないのでもう起こす事にした。夕食の時間にも近いしな。
リヴァイ「おい、起きろ。ハンジ」
ハンジ「ZZZZ………」
リヴァイ「起きねえと、ベッドから無理やり落とすぞ」
ハンジ「ZZZZ………」
リヴァイ「……………」
鼻を摘まんでみた。ふがふが言い出して、やっと意識が覚醒した様だ。
ハンジ「んあ?! え? あ……寝てた?! 私!」
リヴァイ「3時間くらい爆睡していたな。そんなに疲れていたのか?」
ハンジ「いや、多分、クッキーの中に睡眠薬でも混入していたんじゃないかな?」
リヴァイ「俺も食ったが、別に眠くはならなかったが?」
ハンジ「じゃあリヴァイには薬が効かなかったとか? ………御免なさい。結構、疲れは溜まっていたかもしれないです。はい」
リヴァイ「やれやれ。自己管理も仕事の内だろ。悩むのは分からんでもないが、悩み過ぎるのも問題だろうが」
呆れて言い返すと、ハンジは身体を起こして「いやー」と照れくさそうにしていた。
ハンジ「なんか、こっちの部屋の方がよく寝れるみたいだね? リヴァイの部屋の方が快適だなあ」
リヴァイ「そりゃそうだろうな。あっちの部屋は既に「空気」が「どんより」しているからな」
ハンジ「やっぱり? やっぱりそうだよね。はあ……ついつい後回しにしていたらいつの間にか自分の部屋がおかしくなっていたんだよね」
リヴァイ「いつの間にかじゃねえな。割と常にだと思うが」
ハンジ「すみません。常にそうですね。はい。何だろうね? 自分でも良く分かんないんだけど」
と、ハンジは頭を掻いている。
おい、フケをベッドの上に落とすんじゃねえ。
そう思って、俺はハンジの手を反射的に止めた。
ハンジ「え?」
リヴァイ「俺のベッドの上で頭を掻くな。フケが落ちる」
ハンジ「そうだった! いや、御免。ついつい……」
リヴァイ「今夜は流石に風呂、入るんだよな?」
ハンジ「うん! 遠征前には入った方がいいかもしれないって、リヴァイの言葉で目覚めたからね!」
リヴァイ「それで入浴するんだったらもっと早くそれを言えば良かったな」
今までも壁外遠征は何度もあったからな。以前も同じように言ってやれば良かった。
ハンジ「いやいや? 気づいただけでも前進ですよ? あ、でも夕食が先か。今日は一緒に食堂に行こうかな」
リヴァイ「いいのか?」
ハンジ「うん。確かに最近ちょっと根を詰め過ぎだったかも? 壁外調査前だし、ちょっと考えるのを自重するよ」
と、ようやく頭を1回切り替えてくれたようだ。
そんな訳で久々に食堂でハンジと夕食を取る事にした。
先に2人で食べていると、エルヴィンとミケも後から合流してくれた。
エルヴィン「おや、珍しい。こっちで夕食を取るのは久々じゃないか? ハンジ」
ハンジ「うん。そうだね。最近は研究室で食べる事が多かったから。たまにはこっちで皆と食べようと思って」
リヴァイ「いろいろ煮詰まっているようだったしな。1回、気持ちを切り替えさせた方がいいと思ってな」
エルヴィン「もうすぐ次の遠征だしね。うん。体調管理はしっかりお願いするよ」
ハンジ「御免なさい」
と肩をすくめながらスープを飲み干すハンジだった。
エルヴィン「しかし、アレだな」
リヴァイ「何だ?」
エルヴィン「最近、よく2人で夜、一緒にいるんだって?」
と、突然話題が変わって「?」となった。
リヴァイ「何の話だ。いきなり。そんなに「よく」って程でもねえけど」
ハンジ「あー私がいろいろ煮詰まった時は私がリヴァイの部屋に遊びに行っているだけだよ」
リヴァイ「週一くらいか? そんなもんだろ。週末一緒にたまに夜、部屋で寝る前までハンジとしゃべっているだけだが」
エルヴィン「…………そうか」
エルヴィンが何故か目を細めてそう言う。
ミケ「ふん………」
ミケまで何故か鼻を鳴らして意味深に笑っている。何が言いたい?
ハンジ「リヴァイ、スピードがめっちゃ強すぎて勝負にならないんだよ! ポーカーだと私の方が強いけど!」
リヴァイ「お前がのろすぎるんだろ。あと4649とかも俺の得意分野だな」
所謂、4と6と9のカードが出た瞬間、取りに行って、手が遅かった方がカードを全部押し付けられるゲームだな。
数字は適当に変えてもいい。そういうトランプの遊びもある。
ハンジ「ふーん。チェスだったらまだ私が勝つもんね」
リヴァイ「最近、俺も前よりは腕はあげたつもりだが?」
エルヴィン「チェスもやるようになったのか」
リヴァイ「まあな。トランプだけだと、ネタが尽きて来たし。ハンジと2人で遊ぶのだったらボードゲームの方が盛り上がるのは否めない」
ハンジ「前に比べたら強くはなったけど。まだ私の方が強いからね!」
リヴァイ「そのうち、絶対負かしてやるからな」
頭脳戦ではややハンジの方が優勢だが、俺も全く出来ない訳じゃねえ。
エルヴィン「結構、意外と2人で遊んでいたんだね」
リヴァイ「いや、最近だけどな。前はそうでもなかった。切欠はいつだったか………ああ、ハンジが新しい罠を造りたいけど、アイデアが煮詰まっていて、その気分転換をさせる為に始めたんだが、いつの間にか遊びの方がメインになっていた」
ハンジ「あ、それもそうだったね。ごめんね。遊んでばっかりで」
リヴァイ「いやそういう事もある。それより次の遠征ではどの程度、外に出られそうなんだ?」
ついでだからエルヴィンにそう問い合わせてみると、渋い返事が来た。
エルヴィン「ううーん……また日帰りになりそうな気配だね。午前中に行って帰ってくるだけになりそうだ」
リヴァイ「そうか………」
壁外遠征と言っても、その規模はその都度、毎回変わる。
丸1日外に出られる時もあれば、早朝に出発して午前中だけ出てすぐ戻る時もある。
エルヴィン「まあ、近年は平均して月一ペースでとりあえず、外には出られるようになったからまだマシかな。以前はその間隔がバラバラ過ぎたしな」
一か月後だったり、三か月後だったり。確かに不安定な遠征計画だったな。初めの頃は。
リヴァイ「せめて三日、自由に外に出られたら、もっと効率よく巨人を殲滅させられるんだろうが」
エルヴィン「兵士の損害の方が大きくなるよ。今はヒット&ウェイ作戦でいかないと」
リヴァイ「まあそうなんだろうな」
エルヴィン「うん。まあ、焦ったらダメだよ。私もいろいろ変革の過渡期だと思っているし。索敵陣形の精度も初期の頃に比べたら断然、上がっているし。いい方向には向かってはいると思うが」
リヴァイ「………が?」
何だ? もっと渋い顔になったな。エルヴィンの奴。
エルヴィン「ううーん……実は、また女性の兵士が1人、「産休」に入っちゃって」
と、頭を抱えている。
リヴァイ「は? ちょっと待て。何で遠征前に急にそういう事を言いだす」
エルヴィン「いや、もしかしたら調査兵団を抜けざる負えないかもしれないけどね。彼女の場合は」
リヴァイ「………年はいくつの奴だよ」
エルヴィン「まだ若い。19歳だ。まあ、若い子はたまにあるけどね。そういう事も」
リヴァイ「……………」
兵士が1人減ればそれだけ他の兵士に負担が分配されていく。
その事を考えられなかったんだろうか? その女の兵士は。
エルヴィン「ただまあ、本人は産んだら戻ってくるとは言ってはいるが……恐らくご家族が大反対されるだろうね。流石に。育児を理由に兵士を引退させられる可能性が高い」
立体機動装置の扱いについては平均的に見れば女性の方がやや上だったりする。
恐らく下半身の負荷の力を骨盤で吸収しているからかもしれないが、女性の方が戦力としては「上」である場合もある。
だから出来る事なら女性の兵士の戦力の減少は避けたい反面、女としての幸せを優先したいそいつの気持ちを尊重してやりたい気持ちもあった。
ただ、時期が悪いとは思った。遠征前にそういう報告が来ると言う事は「逃げている」ように思えなくもない。
………いや、深く追求するのはよそう。生き方はそいつの「自由」だからな。
こっちは強制する力はない。それに成り行きでそうなっちまう事もあるんだろう。恐らく。
エルヴィン「資金繰りの件よりもむしろ「人材不足」の方が毎回頭を痛めるよ。人が減れば減るだけ、1人当たりの兵士の負担が増える訳だからね」
リヴァイ「俺が10人分くらいは働いてやるよ。エルヴィン。心配するな。その女の兵士の分の仕事も俺がやってやる」
この場合は仕方がねえな。
ハンジ「私もリヴァイと同じ意見だよ。大丈夫。人が減っても、私はずっと調査兵団に残るからね」
ミケ「ああ。俺もそうだな」
と、ハンジとミケも頷いている。
エルヴィン「君達にそう言って貰えるのは嬉しいが、次世代の兵士を育てるのも私達の仕事のうちだからね」
リヴァイ「そうだな。そういう意味ではその女の兵士も自分の子供に英才教育をしてやって欲しいが」
ハンジ「なるほど。幼少期から立体機動を教える訳ですね。案外いいアイデアじゃない?」
エルヴィン「親御さんに大反対されそうな計画だな。それは」
ミケ「いや、でも案外いいかもしれないぞ。今度、そういう「子供向け」の「指導」が出来る様な企画を出してみたらどうだ?」
エルヴィン「その場合はリヴァイが確実に客寄せ役をやってもらうからね?」
リヴァイ「………だったら無理だな」
とか何とか言いながら適当に話して夕食を食べ終えると、それぞれの部屋に戻った。
明後日はいよいよ、壁外に出る。その為に明日は丸一日、準備の時間にあてられる。
ハンジがいう「新しい罠」はまだまだ計画の途中だが、それがいつか完成したらもっと……。
そう未来に思いを馳せながら、そろそろ寝ようとベッドに横になっていたのに。
ハンジ「やーリヴァイ! ちゃんと風呂に入って来たよ? みてみてー」
と、意味不明な行動を起こしてきたハンジだった。
しまった。寝る前に鍵かけるのを忘れていた。だから勝手に俺の部屋に入って来たんだ。あいつは。
リヴァイ「おい。濡れた髪のしずくを床に散らかすな。ちゃんとタオルで頭を拭け!」
と、言いながらベッドに座らせて、髪をガシガシ拭いてやった。
ハンジ「あはは! ねえねえ? 久々に綺麗になったかな? これなら巨人に見られても見苦しくない?」
リヴァイ「ああ。美女になったな。ハンジの色気に騙されて巨人が近づいてくるかもな?」
ハンジ「おしゃああああ! 餌になってやるぜ! いや、釣り上げるのが目的だけどね?」
リヴァイ「当然だろうが。いい巨人を引っかけろ。俺が根こそぎ削いでやる」
ハンジ「よろしくね! あ………」
リヴァイ「ん?」
何だ? 急にしおらしくなって。
ハンジ「ごめんね。いつか、謝ろうとは思っていたけど」
リヴァイ「?」
ハンジ「いつだったか、あんたの部下、死なせかけたでしょ?」
リヴァイ「ああ……」
ハンジが暴走した件か。そう言えばあったな。昔、そういう事も。
こいつは今より「危なっかしい」時期があった。あの頃のハンジは今よりも「死に急ぎ野郎」だったからな。
昔、ハンジが単独行動を起こして俺の部下がそれに巻き込まれかけたと言うべきか。
とにかく「事故」になりかけた事がある。そういう事も昔はあった。
ハンジ「御免。謝り損ねていたけど。いつかはちゃんと謝ろうと思ってはいた。今、ふとその時の事を思い出してね」
リヴァイ「新しい罠を必死に考えているのもそのせいか」
ハンジ「うん。犠牲は最小限にしないといけないって、考えを改めたから。だから「新しい罠」は絶対、いつか必要になると思っている。今回の壁外調査でその「ヒント」が掴めたらいいんだけどな」
リヴァイ「………そうだな」
眼鏡にもしずくが少しかかっていた。それが気になったので、眼鏡を外してやる。
ハンジ「ん?」
リヴァイ「眼鏡に水がついている。拭いてやるから」
眼鏡拭きはここにはないが、綺麗で柔らかな布であれば問題ないだろ。
綺麗なハンカチを使って眼鏡を一度、拭いてやると、綺麗になった。そしてかけなおしてやる。
するとハンジが驚いて、
ハンジ「おお! 視界が急に綺麗になった! ありがとう!」
リヴァイ「普段からもっと眼鏡を磨いておけ。ますますクソ眼鏡になるだろうが」
ハンジ「今のは、どっちに対して「クソ」なんですかね?」
リヴァイ「両方だ。さてと。今日はもう帰れ。俺も寝る」
ハンジ「うん。ありがとう。おやすみなさーい」
そしてハンジを自分の部屋から追い出した。あー…。床に水が残っている。
仕方がないから雑巾ですぐ拭いて片付けたが。
リヴァイ「……………」
何だ? 何か、今、また眉間に皺が自然に寄っている。
いや、別にイライラしている訳じゃないんだが。汚れたら拭けばいい話だしな。
部屋の鏡で自分の顔を確認してみる。やっぱり皺が寄っているな。
表情が勝手に動いている感覚に妙な心地を覚えて俺は首を傾げた。
まあいいか。大した問題じゃないしな。もう寝よう。
考える事を放棄して、そして俺は眠りについたのだった。
今回の壁外調査では巨人の捕獲作戦は行っていない。
壁外に出る場合のもっとも優先すべき事は「補給ルート」の確立と「地理の把握」になってくる。
自然の変化は時間の経過とともに徐々に変わる。前はなかった木々がそこに生えていたり、記録のなかった場所に意外な物を見つけたり。そういう事もあるので、その都度、最新情報を記録していくのも仕事の内だ。
時間は限られているのでやるべき事はさくさくやっていく。
巨人と遭遇しないに越した事はねえが、遭遇したら遭遇したで、血が騒ぐ自分もいる。
エルヴィンの開発した「索敵陣形」のおかげで死亡率は一気に減ったが、それでも尚、犠牲者が「ゼロ」という事は今まで一度もない。
誰かが「死ぬ」のだ。遠征に出れば。それが調査兵団の宿命でもある。
今回の遠征は普段の物に比べれば大分ぬるくはあったが、それでも毎回、死者を弔うのには慣れない。
調査を終えてから事後処理を大体済ませて兵舎に戻ると、俺の部屋の前で見覚えのある女の兵士がいた。
黒い髪のおかっぱ頭の女兵士だ。ハンジのところの部下だ。
ニファ「あの……リヴァイ兵長」
リヴァイ「ニファか。ハンジなら多分、今頃自室で寝ていると思うが?」
ニファ「いえ、ハンジ分隊長ではなく、用があるのはリヴァイ兵長です」
リヴァイ「俺に何の用だ?」
ニファ「その………これを、お渡ししたくて」
と、言ってくれたものは「帽子」だった。
男物のしっかりした生地の黒い帽子だった。手触りは悪くない。
リヴァイ「ふむ。帽子か」
ニファ「これから日差しが少々強くなる時期ですし、その、フードだけでは大変かと思って」
リヴァイ「ありがとう。普段、外に出かける時にも使わせて貰うか」
ニファ「使って頂けるんですか?」
リヴァイ「当たり前だろうが。何でわざわざ確認する?」
ニファ「いえ、ありがとうございます!」
ニファはそう言って嬉しそうに去って行った。早速被ってみる。
ふむ。悪くない。いい感じだな。サイズもぴったりだ。
その様子を見ていたのか、ハンジが何故かニヤニヤしてこっちにやってきた。
ハンジ「おお? 室内なのに帽子かぶってる! ニファに貰ったね?」
リヴァイ「何で知ってる?」
ハンジ「いや、だって一緒に買い物に行ったし。リヴァイに何かプレゼントしたいって事だったから、私も一緒に選ぶのを手伝ったんだよ。サイズも大丈夫でしょ?」
リヴァイ「いつの間にサイズを知ったんだ?」
ハンジ「あんたの部屋の帽子のサイズをこっそり「調査」しました」
リヴァイ「やれやれ。情報がダダ漏れだな。ハンジには」
ハンジ「別にいいじゃん。頭の大きさくらい。私、人の体のサイズを知るの好きだし」
リヴァイ「人じゃなくて「巨人」の間違いだろ?」
ハンジ「人と巨人を比べたら、そりゃ巨人の方が上だけど」
リヴァイ「やっぱりな。まあいい。いい帽子だから使わせて貰おう。でも何で、急にくれたんだろうな?」
ハンジ「あー……壁外遠征であんたがニファを援護したからじゃない?」
リヴァイ「ん? 援護するのは当然だろうが。ニファはまだ、壁外に出るのは3回目くらいじゃなかったか?」
ハンジ「まあそうだけど。新人だから気をつけて見ていたんでしょ? その優しさがニファを動かしたんじゃない?」
リヴァイ「エルヴィンも言っていただろ。若い奴らを育成するのも仕事の内だと。だったら新人の兵士には出来るだけ、ベテラン組が目を光らせる必要があるだろ」
兵士の性格や技量を把握するのも仕事のうちだ。
巨人を狩る際には「連携」が重要になってくるから、相手の性格も知っておく必要がある。
俺の場合はエルヴィン程、他人に対して的確な判断は出来ないが、大体の感じを掴むのは不得意という訳でもない。
今、俺の部下としてついている奴らも、いい奴らだと思っている。
オルオなんか、俺のやり方を全部真似しようとしているしな。掃除のやり方も含めて。
まだまだ成長を見守ってやらんといかんとは思っているが。エルヴィンの言う通り、もう少し若い奴らにいろいろこっちから働きかけた方がいいかもしれんとは思っている。
ただ、時間は有限なので、自分の仕事を終えてからだ。今日はこの後は報告書などの細かい雑務が残っているので自室に戻ろうとすると、
ハンジ「あ、待ってリヴァイ」
リヴァイ「何だ?」
ハンジ「あのね。エルヴィンから頼まれていたんだけど、今度、結婚式に参加してくれない?」
リヴァイ「誰の」
ハンジ「例の産休中の女兵士だよ。本人は産んだら絶対、兵士として戻るって言っているけど、やっぱり家族の方が反対されているらしくてね。エルヴィンと私とで、一応、結婚式に顔を出してみる事になったんだよ。出来るなら、リヴァイも一緒に来てくれない?」
リヴァイ「…………」
人の家の事に首を突っ込んでいいんだろうか?
俺が行っても何も役に立たない気がするが……。
リヴァイ「俺が行って、何か役に立つのか?」
ハンジ「むしろ来てくれないと凄く困るってエルヴィンが言っていたよ。人類最強のリヴァイがいるから「大丈夫」だって思わせるしか、説得する方法がないんじゃないかな」
リヴァイ「俺は保険みたいな存在か」
ハンジ「リヴァイがいるのといないのじゃ、雲泥の差だよ。本人の意志を尊重させたい訳だし。ね? 式に出る為のスーツなら持っているでしょ?」
リヴァイ「むしろ、ハンジの方が着ていく服を持ってないように思うが?」
ハンジ「あーそれは今度の休みに貸衣装屋に借りに行くよ。1人で行ってくる」
リヴァイ「………………1人で行くのか」
ハンジ「うん。1人で行くけど………あ、もしかして、リヴァイも街に用事ある?」
リヴァイ「まあ、あるな」
自室のインクがなくなりかけていた。書類仕事をする上で必要な物だからな。
近いうちに買いに行かないといけないとは思っていたが。
ハンジ「じゃあ、ついでに一緒に行く?」
リヴァイ「ああ。いいぞ。別に」
ハンジ「じゃあ、そういう事で。私も報告書の件があるし。またね」
そう言ってハンジは自室へ戻って行った。
リヴァイ「…………」
今日の報告書を書く程度ならインクも足りるだろ。ギリギリ。
部屋に戻っていつもの仕事をこなした。そして普段通りに習慣をこなして寝る。
寝るのも「仕事」の内だ。そう自分に言い聞かせていたけれど。
リヴァイ「…………」
何故かその日はいつものように眠れなかった。結婚式の事が気になっていたからだ。
俺に、何が出来るというのか。
イザベルとファーランを殺してしまったような奴に。何が出来るんだろうか。
エルヴィン『違う!』
あの日のエルヴィンの声を思い出すと心臓が痛くなる。
奴が否定してくれたおかげで今の「俺」がいる。
だけど。それでも。
悔いを残した選択をしてしまったのは、今でも。
リヴァイ「……………」
エルヴィン『お前の能力は人類にとって必要だ!!』
そう、エルヴィンは「判断」した。
ならば俺は奴を信じるしかない。
必要とされるのであれば。そこに行くしかねえ。
例えそれが地獄だろうが。墓場だろうが。
リヴァイ「…………」
いや、この世界そのものが既に「地獄」で「墓場」なのかもしれないが。
俺は両目を強く閉じて無理やり息を吐き出した。
深呼吸を繰り返すうちに次第に心臓の痛みは落ち着いて来て眠気が来た。
誘われる眠気に身を委ねて、俺は暗闇の世界へ落ちていった。
花嫁姿のハンジがそこに居た。
え? 何かのドッキリか? あいつ、結婚するのか?
相手は誰だ? ………知らない奴だな。ハンジより若い男のようだ。
これ、夢だよな? 夢だな。絶対、夢だ。夢に決まっている。
ハンジが花嫁になるところは想像出来ないと思っていたが、白いドレスはそれなりに似合っていた。
誓いのキスをして、ブーケトスをして、幸せそうに語らって。
俺はハンジに話しかけずにそっとその様子を見守って酒を飲んでいるようだ。
エルヴィンが何故か泣いていた。余程悔しいようだ。
エルヴィン『まさか、ハンジが結婚するとは……これで調査兵団もまた人材不足になる』
リヴァイ『まあ、そうだな。ハンジはもう、調査兵団にはなくてはならない存在だったしな』
エルヴィン『結婚後に無理に復帰しろとは言えないしね』
リヴァイ『………ハンジなら復帰しそうじゃないか?』
エルヴィン『育児とか、その他の問題が出てくるよ。女性は男性とは違うんだ。リヴァイ…………くれぐれも、ハンジに手を出したらダメだよ』
リヴァイ『は? 俺は人の花嫁に手出すような鬼畜じゃねえ………』
と、言いかけたその直後、何故か俺は花嫁姿のハンジの隣にいた。
一瞬、ドキッとした。な、なんだ? あれ? さっきの花婿は何処に行ったんだ?
エルヴィンに睨まれている。遠くから。じっと。
な……花婿が消えて、俺が花婿になっている……?!
待ってくれ。何でハンジが俺の隣にいる? さっきの花婿は何処に消えた?!
というか、俺の恰好が変わっている。白いタキシードの姿になっていて、ハンジの隣にいて、腕を組んでいた。
ハンジが俺に耳元へこしょこしょしてきた。
ハンジ『………………』
その言葉を聞いて、心臓が跳ねて、頭の中が真っ白に染まって……。
リヴァイ「……………!?」
滝のような汗が出ていた。背中がぐっしょり濡れていた。
やっぱり、ゆ、夢か。何なんだ。今の夢は。意味が分からん。
何なんだ。さっきのエルヴィンの意味深な視線は。
あいつは何を言いたいんだ。いや、それ以前に、何で俺がハンジの「花婿」になった?
最後の言葉はうまく聞き取れなかった。はっきりとは思い出せない。
だがそれを聞いた直後、俺は心臓が跳ねたのは覚えている。
ハンジは何を言ったんだ?
気になってしまったが、夢の中のハンジに文句を言っても仕方がねえ。
朝起きて着替えて歯を磨いて顔を洗ったりして身支度を整えて、今日の仕事を行う。遠征が終わった後は、調査兵団全員が集まってエルヴィンからの報告を聞いたり、報告書を提出したり幹部で会議を行ったりする。
その後は暫く各自で自由行動だ。生死の報告やらなにやら、雑務が残っているからだ。
俺は大体の用事を終わらせてから自室に戻ってから紅茶を飲んだ。1人で今日の夢について考えてみた。
そう言えば、ハンジの奴は俺に2~3歳程度下の年齢だった筈だ。
つまりもう女の「盛り」は過ぎている。結婚適齢期は過ぎているから、結婚しないつもりなんだろうか。
男は別に独身でも構わんとは思うが、女のあいつはどうなんだろうか?
人類を「絶やさない」事は、女の「仕事」のようにも思うが、今の情勢を考えれば子供が「増えすぎる」のも問題ある。
つまり壁の中で生きていける程度の「人数」だけでしか人類は繁栄出来ないのだ。
子供すら、自由に作れなくなるだろう。今の「世界」のままでは。いずれ。
まあ、本人は毛ほども結婚なんて考えてはいなさそうだな。そう思い、俺は紅茶を全部飲み干した。
すると、そのタイミングを見計らったかのうように、ハンジが部屋にやってきた。
ハンジ「リヴァイ! 今、時間ある?」
リヴァイ「ああ。雑務は大体済ませてきたが……何か用事があるのか?」
ハンジ「あのね……貸衣装屋さん、今日まで安売り価格でやってるんだって! 明日は休みだし、今からトロスト区に行こう!」
リヴァイ「は? 今から? 待て。もう夕方だぞ。向こうに着くのはいいが、戻ってくる頃には夜にならないか?」
流石に夜の馬の走行は避けたいんだが。出来るだけ。
馬車でも夜の移動は余り良くない。いろいろ危険が伴うからだ。
ハンジ「ナナバがね、教えてくれたの! ギリギリセーフだよ! 安く借りられるなら安い方がいいでしょ? だから、行こう!」
リヴァイ「………」
そりゃ安いに越したことはねえが。慌ただしい出発だな。仕方がねえ。
そういう事ならエルヴィンに一口言ってから行かないといけねえな。
俺は出かける準備を済ませた後、エルヴィンの自室に足を運んだ。
エルヴィンはいつものように報告書をチェックしてまとめていた。その作業を邪魔しない程度に話しかける。
リヴァイ「すまん。今からトロスト区に行ってくる」
エルヴィン「え? 今から?」
リヴァイ「どうやら今日まで貸衣装屋が安売りをやっているらしい。ハンジの結婚式に着ていく服を休みの時に借りに行こうと思ったが、今日借りに行った方が安くつくとナナバが教えてくれたそうだ。今から滑り込みで店に行ってくる」
エルヴィン「ギリギリじゃないのかなあ? 無理しない方がいいんじゃないか?」
リヴァイ「ハンジは一度言い出したらきかない性格だろうが」
エルヴィン「それに律儀に付き合っちゃうのがリヴァイらしいね。だったらトロスト区の兵舎で一泊しておいで。無理に夜に走行してこっちに帰ってこなくていいよ。どうせ明日はやる事は演習だけだし。1日くらいなら特別休暇を与えよう」
リヴァイ「すまんな」
エルヴィン「まあ、結婚式の出席の件は私の方から無理を強いた訳だしね。来週の休みの時に行く予定だから」
リヴァイ「了解した」
そんな訳で慌ただしくハンジと共にトロスト区へ移動した。
貸衣装屋の営業時間ギリギリに店に滑り込んで、とにかく「着られる」衣装の中で「1番安い」物を即決して決めた。
黒いレースの入ったワンピースになった。
………スカートの丈、短くねえか?
というかこれ、サイズ合っているのか? 不安になってきたぞ。
リヴァイ「おい、ハンジ。試着しなくて良かったのか?」
ハンジ「え?」
リヴァイ「ちょっと体に当ててみるぞ。………やっぱりこれ、スカートが短過ぎないか?」
ハンジは背が高いから当然、太ももが長い。
このワンピースだと、ハンジの太ももが半分見えるような「ミニスカート」状態になってしまう。
恐らく俺の身長だと丁度いい感じだ。膝が隠れる程度になるだろう。
>>33
訂正
ハンジ「あのね……貸衣装屋さん、今日まで安売り価格でやっているんだって! 明日はお店が休みだし、今からトロスト区に行こう!」
店側が休みの間違いです。何故か焦ってます。ハンジでした。
ハンジ「あ………ごめん。安さに釣られて、あんまりデザイン考えてなかった」
リヴァイ「10代なら足見せてもいいかもしれんが、その年でその露出はどうかと思うぞ」
ハンジ「それもそうだね。やっぱり交換して貰おうかな……あ、でもそうなると、お金がかかっちゃうし……ううーん」
リヴァイ「……………もういっそ、男装して行った方が良かったかもな」
ハンジ「! それもそうだった! そっちがいいじゃん! それだったら、身長近い男性の兵士に服借りれたし! あちゃー……私の馬鹿あ!」
と、予想外の反応に俺もちょっとびびった。
リヴァイ「いや、今のは流石に冗談だったんが」
しまった。冗談が通じなかった。
ハンジ「え? そうだったの?」
リヴァイ「いや、何か和ませた方がいいかと思ってな」
慣れない事はするもんじゃねえな。
ハンジ「あらら……もういっそ、リヴァイがこれ着ちゃったら? 丁度いいんじゃない? スカート丈も」
リヴァイ「それは思ったが、それをやったらただの変態だからやめておく」
ハンジ「あはは! それもそうか! ううーん。ま、1回だけの事だし、ミニスカートでも妥協するよ。そんなにジロジロ見られるようなもんでもないでしょ?」
リヴァイ「さあな。それを俺に聞かれても分からん」
まあ、そういうのが好きな男はジロジロ見るかもしれないけどな。
もしくは足を隠す「タイツ」を履くとかで誤魔化す手もあるな。
タイツだったら、凡庸性もあるし、この際だから買ってもいいかもしれない。
リヴァイ「タイツを新しく買ったらどうだ? タイツを履けば、ミニスカートでも見苦しくはないだろ」
ハンジ「ううう………お金、貸してくれる?」
リヴァイ「は? え……まさか、残金ないのか?」
ハンジ「余分なお金は持って来てないです」
リヴァイ「まあ、タイツくらいなら別に俺が奢ってやってもいいんだが」
という訳で、今度は「靴下屋」に移動した。色は何色にするか。
営業時間ギリギリだったからさっさと決めて購入しよう。
リヴァイ「黒いワンピースだから、下も黒でいいか?」
ハンジ「何でもいいよ」
リヴァイ「いや、待て。あんまり真っ黒にしたら地味過ぎないか? 別の色にするべきか?」
ハンジ「リヴァイ~急いで~」
リヴァイ「まあ待て。赤色の方がいいかもしれんな。黒のワンピースに赤色のタイツで…」
いや、それは派手過ぎるか? 肌色の近いタイツの方がいいか?
いや、案外緑もいいかもしれない。他には何色がある?
と、ごそごそ店の商品を吟味していると、
ハンジ「もう何でもいいから早く決めて!」
と、ハンジの方が先にキレてしまった。なら仕方がない。
リヴァイ「ああ……分かった。なら赤色でいいな? サイズは合ってるよな?」
ハンジ「それでOKです!」
という訳で慌ただしい買い物が済んだ。と、思った直後……。
ハンジ「しまった! 私、靴も結婚式用のやつ、持ってないんだった!」
リヴァイ「はあ?!」
オイオイ。何も持ってねえなハンジの奴は。
ハンジ「あわわわ……どうしよう! ブーツ履いていくわけにもいかないかな? ぺったんこの女性用のやつか、ハイヒール履かないとまずいかな?」
リヴァイ「いや、ハイヒールは流石に履きなれていないと危ないから別に良くないか? 普通の女性用の靴でいいと思うが」
そう言えばハンジの私服の靴は男物の黒靴だった。
これを履いてワンピースは流石に合わせた時に違和感がある。
リヴァイ「あーだったら今度は靴屋だな。しかしもう営業時間が……」
ハンジ「タイムアップだねえ。しょうがない。諦めよう」
リヴァイ「今日はとりあえず、トロスト区に泊まって行っていいとエルヴィンに言われているから泊まるぞ」
ハンジ「あ、そうだったんだ。エルヴィンも太っ腹だね!」
リヴァイ「靴は明日の午前中に見て回るぞ。それでいいな」
ハンジ「うん。そうするよ」
という訳で2人でトロスト区内にある方の調査兵団の兵舎に足を運ぶ。
俺達が普段使っている兵舎はトロスト区より少し北側に離れた地点にある。
演習の関係で、平原寄りに別棟の兵舎があるんだ。何より持ち帰った「巨人」の「生態実験」などを街に近い場所でやる訳にもいかんだろ。
だから俺達は普段は必要な物資を買いに来る時だけはトロスト区に通う生活をしている。
ただ、調査兵団の宿舎自体はトロスト区の中にもある。エルヴィンとかが仕事の関係でトロスト区に滞在する時もあるし、俺達もそうだ。
本拠地は向こうになるが、こっちは感覚的には「別荘」のようなものだな。だからこうやってたまにこっちで泊まらせて貰う事もある。今回も宿に泊まる様な感覚で、トロスト区の方の兵舎に泊まる事にした。
部屋は当然、別々にして貰ったが、ハンジはやっぱり俺の部屋の方に来た。
着替えてみたようだ。黒いレースのワンピースに赤いタイツ姿になって見せびらかしている。
ハンジ「スカート久々過ぎる~あはははは!」
リヴァイ「妙にテンション高いな。お前」
ハンジ「いや~スカート履くと途端に「女」に戻った感覚があるよ。不思議だね!」
リヴァイ「そうか」
ハンジ「うん。やっぱり気持ちがちょっと変わるね。着た感じ、変なところはない?」
リヴァイ「まあ別に。それでいいんじゃないか?」
ハンジ「反応普通だねえ。ま、そんなもんか」
と言いながら、くるりと1回転して見せるハンジに、一瞬、俺は目をパチパチさせてしまった。
ハンジ「ん? どうかした?」
リヴァイ「いや………別に」
ハンジ「おお? 何かもしかして照れています? 照れています?」
いや、別に照れている訳じゃないんだが。何て言えばいいんだ?
まあいいや。もう一度確認してみよう。
リヴァイ「………もう1回、回ってくれないか?」
ハンジ「え? 何で?」
リヴァイ「確かめてみたい事がある」
ハンジ「あらそう? じゃあもう1回転! (くるり)」
リヴァイ「……………ぷっ」
分かった。なるほど。そういう事か。
ハンジ「何で笑っているの?」
リヴァイ「タグ、外し忘れているぞ。ワンピースの後ろ」
ハンジ「あ………本当だ! 背中の外すの忘れていた!」
所謂、サイズ等が書かれている商品案内用の紙だな。それは商品を借りる時は外していいものだ。
それが回転した時に一瞬、見えたせいで「違和感」を覚えた訳だな。
俺の動体視力の賜物だ。自分の「目の良さ」に感謝しよう。
リヴァイ「ベッドに座れ。外してやる。後ろ向け」
ハンジ「はいはい。お願いしますよ」
という訳でタグを外そうとした其の時……
リヴァイ「………………」
俺はハンジに纏わりついている「香り」に気づいた。
リヴァイ「なんか、いつもと匂いが違う気がするが」
ハンジ「あ? 気づいた? 気づいちゃった? 実はね。以前、エルヴィンから貰った「香水」をちょっとだけ試しにつけてみたんだ」
リヴァイ「エルヴィンから?」
ハンジ「そうそう。いい香りだから、あげるって。どうやらエルヴィンのも貰い物らしくて。それを更に小さな小瓶に分けて貰って貰ったの。おすそ分けのおすそ分けだね」
リヴァイ「……………少し、嗅いでもいいか?」
ハンジ「どうぞ。どうぞ。気に入ったなら、リヴァイもエルヴィンから貰っちゃえば?」
なんか、凄くいい香りだな。これは……。
目を閉じてずっと嗅いで居たい気持ちになるが。
特に肩や項の付近からいい匂いがする。普段のハンジの匂いとは全然違う。
普段はあまり匂いたくない「汗の溜まった匂い」がするからな。
普段と違う香りに俺は一瞬、酔いしれてしまって。
気が付いたら、自分の鼻をハンジの項の上に乗せていた自分がいた。
ハンジ「ちょっと?! 鼻くっつけて嗅ぐのは流石にえええっと……」
リヴァイ「!」
しまった。俺、今、何をした?
リヴァイ「すまん。鼻をつけるつもりはなかった。その、他意はない」
と、何故か少しだけ焦って慌てて少し距離を取った。
ハンジ「いや、まあいいんだけど……結婚式にも一応、これ、つけていこうかなって思って予行演習してみたんだけど。止めた方がいいかな?」
リヴァイ「別にいいと思うぞ。ちょっとくらいなら」
ハンジ「そう? でも、今、何か、凄く嗅いでなかった? ミケ並みに」
リヴァイ「すまん。珍しい匂いだと思ってしまって」
ハンジ「はは~ん。実はリヴァイ、香水好きだった?」
リヴァイ「………そもそも、香水なんて高価な物を嗅いだのは初めての経験かもしれん」
ハンジ「あらそうだったの?」
リヴァイ「俺は地下で育ったようなもんだからな。そういうのは「上流階級」の「一部の人間」が使う物としか認識していなかった。もしくはそういう「商売」をしている女が使う物としか」
ハンジ「そうだったんだ」
リヴァイ「だからその……すまん。珍しいと思ってしまって、ついつい、好奇心が疼いた」
恐らくそうだよな? 好奇心のせいだ。
ハンジ「好奇心のせいなら仕方がない! 許す!」
と、ハンジがこっちを振り向いて笑った。
リヴァイ「おい、待て。タグはまだ外してないぞ」
ハンジ「あら? そうだったの? じゃあもう1回(くるり)」
タグを外してやった。そしてハンジの綺麗な背中を見つめる。
少しだけ、背中が開いているワンピースだった。
髪はおだんごにするらしい。だから項から背中のラインがはっきり分かるスタイルだった。
それをじっと見つめている自分が居て、ハッと我に返った。
ハンジ「まだー?」
リヴァイ「ああ、取ったぞ」
ハンジ「ありがとう。じゃあもういいかな。元の恰好に戻ってくるね」
リヴァイ「ああ……」
そして普段の私服姿に戻ってハンジがもう1回こっちの部屋にやって来た。
なんだったんだ? さっきのアレは。
と、自分でも良く分からない気持ちになって首を傾げる。
ハンジ「ん? 何で首を傾げているの?」
リヴァイ「いや、何でもない」
ハンジ「何でもなくないでしょ。すっごい大げさに首が傾いているけど」
リヴァイ「そうか?」
ハンジ「リヴァイにしてはオーバーアクションだね。悩み事?」
リヴァイ「大した悩みじゃない」
ハンジ「でも、「悩み」だよね? 眉間に皺寄っていますよ?」
そうなのか? また、「眉間に力」が寄っていたのか。
リヴァイ「ああ。つまり、これが悩みの種だ」
と言って自分の眉間を指差してみる。
ハンジ「ん? どういう事?」
リヴァイ「自分でも良く分からない時に眉間に皺が寄っている。その理由が良く分からないんだ。自分では」
ハンジ「ええええ……眉間に皺を寄せるの、無意識だったの?」
リヴァイ「意識的に寄せる時もある。ただそういう時は「困惑」したり「疑問」に思ったり「イラッと」したり、何か理由がある筈なんだが、たまに自分の中で理由が見当たらないまま「眉間に皺が寄っている」時がある」
ハンジ「それは「謎」過ぎるね。面白いねえ」
と、ハンジが何故かこっちに身を乗り出して顔を近づけて来た。
ハンジ「今も眉間に皺が寄っているしね。戻せないの?」
リヴァイ「ああ……なんかハンジの顔を見ているとそういう時が多い気がする」
ハンジ「………それって私の事を『嫌っている』からとか?」
リヴァイ「別にハンジの事は嫌いじゃないが。………もう少し部屋さえ綺麗にしてくれりゃなとは思うが」
ハンジ「それを言ったら私も「もうちょっと潔癖症をどうにかして欲しいな」って思いますよ?」
リヴァイ「だったらお互い様だろ。だからそういう理由ではないような気がするんだが」
何なんだろうな? 自分でも良く分からん。
ハンジ「ん~困惑でも、疑問でも苛つきでもないなら、一体「どの感情」でそういう顔の動きが起きているんだろうね?」
リヴァイ「自分で自分の顔の動きの理由が分からないって謎過ぎるよな」
ハンジ「だね! 私も初めてのケースだよ。そういう話を聞くのは」
リヴァイ「まあ、別にそれで何か不都合がある訳じゃない。「大した悩み」じゃないと言った意味が分かっただろ?」
ハンジ「ちょっと気になる程度の悩みって事か。だったらそのうち「ふとした」時に理由が分かるかもね?」
リヴァイ「そうだといいけどな」
この程度の事は解決しようがしまいがどっちでもいい。
リヴァイ「まぁ……そういう訳だから俺の悩みはどうでもいいんだが。ハンジの方の悩みはまだ解決の糸口は見つからないか?」
ハンジ「ううう……残念ながらまだダメです。新しい捕獲作戦に移行出来そうにないです」
リヴァイ「あと一歩が出ない感じなんだな?」
ハンジ「そう。コストダウンに加えて精度を上げないといけないからね。発想の飛躍が必要だとは思うけど」
うーんと、また悩み始めるハンジだった。
ハンジ「頭の中では想像出来るんだけど。巨人をこんな風に拘束したいのよ!」
と、言ってまた同じ絵を俺に見せるハンジだった。
リヴァイ「いや、その絵は前にも見たからな?」
ハンジ「ううう……脳内の物を人に説明するのって本当、難しいよね」
胸ポケットにメモ帳をしまいながらハンジはがっくりしているようだ。
リヴァイ「それは俺も同意するが………まだまだ新しい罠の開発には時間がかかりそうだな」
ハンジ「うん……」
すっかりしょげているな。ハンジはベッドに座る俺の横に座って肩を落とした。
ハンジ「調査兵団の新兵の入団者数も年々、減っているしね。人数が少なくなればなるほど、兵団を維持していくのが大変になってくる。勿論、私は最後の一人になろうとも、この命が尽きるまでは巨人と向き合うつもりはあるけど」
リヴァイ「……………」
ハンジ「エルヴィンが頑張っているのも分かっている。だから私は何としてでも、頭の中の「構想」を「実現」させないといけないと思っている」
リヴァイ「まずはいくつか試作品を作ってみないか?」
俺がそう提案してみるが、
ハンジ「小さい物なら、いくつかやってみたよ。でも、やっぱり違うんだよね。肉に刺さってもすっぽ抜けるというか…」
と、ハンジに反論されてしまった。
リヴァイ「矢じりの先端が問題なんだよな」
ハンジ「そうそう。筋肉を「ひっかける」ような形で、かつ、飛び道具としても性能も兼ね備えた物じゃないと」
リヴァイ「ふむ………」
先端部分に空気抵抗の出来る部分が出来ると飛ばないよな。出来れば先端は「単純」な構造の方がいい筈だ。
しかしそれだと、すっぽ抜ける可能性があるから悩ましい訳だよな。
リヴァイ「技術班の人間とは相談してみたのか?」
ハンジ「そりゃあ勿論だよ! でも……もし実現できたとしてもコストがかかり過ぎるから実現は難しいだろうって言われたよ」
リヴァイ「それは金さえかければ実現出来るという意味だよな」
ハンジ「金さえあればね!」
リヴァイ「だったら、「担保」があれば調査兵団に出資させる事は出来なくはねえんじゃねえか?」
ハンジ「え?」
まあ、ある意味「博打」にはなるんだが。
ハンジ「た、担保って何? ま、まさか私の身体とか?」
リヴァイ「お前の身体じゃ一月の給料分も賄えないから無理だな」
ハンジ「はい、分かっていましたけどね! むしろ予想通りですけどね! ………で、本当の担保は何?」
と、急におふざけから真剣な表情に変わった。
リヴァイ「担保は『成果』だ」
と、俺は言いきった。
ハンジ「成果……」
リヴァイ「壁外調査での『成果』そのものを『担保』にして出資させれば、何とかならねえか?」
ハンジ「それって、失敗したら調査兵団、大打撃になるんじゃない?」
リヴァイ「壊滅の危機だな。解体する可能性もある」
ハンジ「さ、流石にそれは危険が大き過ぎないかな……」
と、ハンジは狼狽しているが、俺はハンジの手を取って言い切ってやった。
リヴァイ「お前は自分の給料を全部注ぎ込んでもいいとすら言っただろ。俺も出来るならそうしてやりたい。だが、恐らくお前の中の「構想」を「実現」するには、俺達の給料を全て捨て去っても、それでも「足りない」んじゃねえのか?」
ハンジ「うぐ……!」
ハンジが目を伏せた。やはりな。通りでハンジの様子がおかしいと思った。
恐らくハンジの「構想」はかなり「規模」のでかい物だ。
だからやたら慎重になっていたのか。うだうだ悩んで調子がおかしかったんだ。
リヴァイ「ハンジ。この場合はもう「コスト」の方を捨てるしかねえだろ」
ハンジ「えええ……でも、もし失敗したら」
リヴァイ「失敗しなきゃいいんだろ? 勝ちさえすればいいんだ」
ハンジ「なんか、危ないギャンブラーのような言い分に聞こえるけど」
リヴァイ「普段、巨人と命のやり取りをするのに比べたら可愛いもんだろうが」
ハンジ「いやいやいや!? 全然重みが違いますよ?! 調査兵団全部と罠開発、天秤にかけたら、調査兵団の方が重いから!」
リヴァイ「だがいつまでも「研究」の方が停滞状態になるのはお前にとっても悩ましい事だろ」
ハンジ「……………」
俺はハンジの手をもっと強く握りながら言ってやった。
リヴァイ「心配するな。成果ならきっと、俺達調査兵団全員であげてみせる。その程度の事が出来ねえなら、巨人の殲滅なんて夢の又夢だろうが」
ハンジ「リヴァイ………」
リヴァイ「お前は「新しい罠」を開発する事にもっと専念していい。コストダウンに関してはもう、諦めろ。多少の無理は押し通せ。エルヴィンならきっとやってくれる筈だ」
俺がそう言い切ると、ハンジが何故か俯いた。
ハンジ「はあ…………」
リヴァイ「何でため息をつくんだ」
ハンジ「いやね? そうしたいのは山々だけど。やっぱりダメ。私は決めた。イルゼの手帳を手に入れたあの時から」
と言って昔の事を思い出すハンジだった。
ハンジ「イルゼの手帳を手に入れたおかげで、エルヴィンも「巨人の捕獲」の重要性を認識してくれたけど。あの時の私は「間違っていた」からね。危うく自分と……リヴァイの大事な部下を亡くしかけた」
リヴァイ「…………」
確かにイルゼの手帳を手に入れる「以前」のハンジは俺も少々「苦手」だった。
あの頃のハンジは今以上に落ち着きがなく、視野が狭まり過ぎて危なっかしい事この上なかったからな。
だがあの「イルゼの手帳」を手に入れた後のハンジは確かに変わった。
自分の「希望」を通す事も考えた上で、周りを見る「余裕」のような物が生まれた気がする。
イルゼの手帳を手に入れた後の最初の巨人捕獲作戦では奇跡的にも、捕獲作戦時のみ、犠牲者が出なかったんだ。
ただ、移動途中での犠牲者は多少、出たが。それでも今までと比べたら雲泥の差がある。
あの時の「捕獲」は、それでも「かなりの費用」が捻出されたせいで、後でいろいろ周りからガチャガチャ言われて、今こうして「コストダウン」について悩まされている訳だが。
成功したら今度は「もっと安い方法で成功させろ」という無茶振りをしてきた訳だ。
そのせいでハンジがハンジらしく活動出来ない羽目になっている訳だが……。
それでも巨人を捕獲する為の「コストダウン」や「精度」を高める努力を日々している。
ハンジ「エルヴィンがね」
リヴァイ「ん?」
ハンジ「もしかしたらいずれ、もっと「大きな巨人」を捕獲しないといけない時が来るかもしれないって言っているんだ」
リヴァイ「大きな……」
ハンジ「うん。今まで捕獲してきた巨人は巨人の中でも「小さい部類」の巨人だった訳じゃない? でも、いずれはもっと大物を捕獲する必要性が出てくるって言っていたんだ」
リヴァイ「…………」
ハンジ「今、私が考えている「構想」はそれを「想定」した物なんだけど」
リヴァイ「だったら尚更、金をかける必要性があるじゃねえか」
ハンジ「ううーん。でも、やっぱり待って。ギリギリまで考えさせて」
と言ってハンジは抵抗する。
ハンジ「命は軽くないよ。私のも、リヴァイのも。調査兵団の全員の「命」がかかっている以上、私も昔のような「軽はずみ」な行動はしたくない。例え精根尽き果てても、少なくとも「今」よりは「いい案」が出ない事には、前に進むのはやめておきたいんだ」
リヴァイ「……そうか」
そこまで言うなら仕方がない。俺もこれ以上は言えない。
ただ、それでも俺はハンジには協力したいと思っている。
以前のような「無茶」ばかりするハンジであれば、俺も加勢はしないが。
今のハンジには、信頼出来る。
ハンジ「でもありがとう。リヴァイがそう言ってくれた事自体は、凄く嬉しかったよ」
リヴァイ「………」
ハンジ「いろいろ振り回してごめんね。でも、絶対期待に応えて見せるから。もう少し時間を頂戴」
リヴァイ「分かった」
俺はもっとぐっとハンジの手を握ってやった。
ハンジ「リヴァイ?」
リヴァイ「約束だ。必ず、新しい罠を完成させると。その為なら俺も出来る限りの事はしてやる。……夜中に叩き起こされるのは嫌だが、それ以外で」
ハンジ「あはは! 予防線を張ってる! まあ、でも大丈夫。そこはちゃんと守るよ」
リヴァイ「………あんまり寝不足になり過ぎるなよ」
ハンジ「それも分かってる。頑張ろうね」
ぐっと手を握り返してきて、そしてお互いに手を離した。
ハンジ「じゃあもうそろそろ、寝ようかな。じゃあまた明日」
リヴァイ「ああ。おやすみ」
そしてハンジは部屋から出て行って隣の部屋に戻って行った。
俺も寝る準備をしてベッドに入る。
リヴァイ「…………」
今までより「大きな巨人」を捕獲するつもりだったのか。
だとしたら、より大きな「危険」を抱える事になるだろう。でもそれでもいい。
其の時が来る事を心待ちにしながら、俺は静かに瞼を閉じて眠りについたのだった。
次の日。ハンジの女性用の靴を購入した後はいつもの兵舎に戻った。
靴も借りればいいのでは? とハンジは言っていたが、俺はさすがに靴は他人と共用しねえ方がいいだろ。もし「水虫」とかうつったらどうする? と言ったら「なるほど」と納得したので新しい靴を買ってやった。
今回はとりあえず、タイツと靴代だけは金は出してやったが、今回だけだ。
そして結婚式の当日。馬車に乗り継いで問題の調査兵団の女性兵士の結婚式に顔を出す事になった。
俺は彼女とはまだあまり直接話した事はない。
面識が薄い状態で結婚式に出るのも微妙だなと思っていたが、彼女が復帰出来るんだったらこっちとしては有難い。
調査兵団には一人でも多くの根性のある兵士が欲しい。心臓を捧げられる兵士が。
その覚悟のある人間であれば子持ちだろうがオカマだろうが構わんと思っている。
式場には何故かピクシス司令も来客の中に混ざっていたのでこっちから声をかけてみると、すっかり酒が入っていて出来上がっていた。
リヴァイ「ピクシス司令……」
ピクシス「おお……久しぶりじゃの。リヴァイ兵士長。ご無沙汰しておってすまんな」
リヴァイ「いえ、こちらこそ。その……もう酒が入っておられるようですが」
ピクシス「当然じゃろう。結婚式には酒を飲みに来ているようなもんじゃ」
リヴァイ「はあ……」
このじいさんはエルヴィンよりも更に斜め上の面倒臭い人物だと個人的には思っている。
エルヴィンもエルヴィンで曲者ではあるんだが。このじいさんも相当の「曲者」だろうな。
ピクシス「そういえば、連覇、おめでとう」
いきなりその話か。もう忘れたいんだが。
リヴァイ「その話ですか。やめてくれませんか」
ピクシス「何故じゃ? 人気者である証拠ではないか」
リヴァイ「どうでもいい。そんな無駄な時間を使う暇あったら、兵士達に別の仕事をさせてやって下さいよ」
ピクシス「むしろ進んで皆、楽しそうにアンケートに答えておったんだが」
リヴァイ「はいはい。そうですか」
まともに相手をするのが馬鹿らしい気がしてきた。
適当に皿に料理を盛って立食していると、ピクシス司令がふと視線を逸らした。
ピクシス「して………今日のハンジはどこにおるんじゃ?」
リヴァイ「? 何を言っている? そこに居ますよ。エルヴィンの隣に」
と、言ってやると、ピクシス司令がガタガタっと腰を落としそうになった。
ピクシス「待て。今、エルヴィンの横に立っているのがハンジなのか? なんていうおみ足……あやつ、今まであのおみ足を隠しておったな!? (ガン見)」
リヴァイ「? ハンジは手足が長い方ではありますが」
ピクシス「いや、そういう意味ではない。しかもあの赤いタイツ……良いの。色といい薄さといい、理想的なタイツではないか」
と、意味不明な事をさっきから言っている。
リヴァイ「あれは安物ですよ。安いから薄手のタイツですが」
ピクシス「何でそれをリヴァイが知っておる?」
リヴァイ「ああ……タイツを買う時に、ハンジの奴が金足りなくて俺が立て替えたからですが、何か?」
ピクシス「一緒に買いに行ったのか? 何故わざわざ?」
リヴァイ「話すと面倒なので」
ピクシス「……………」
何故か無言で睨まれてしまった。
ピクシス「なんじゃ。ハンジと付き合っておったのか。隅に置けんの」
リヴァイ「何の話ですか?」
ピクシス「惚けんでも良い。そうか……リヴァイは自分より背の高い女性が好みだった訳か」
リヴァイ「だからなんの話ですか?」
また意味不明な事を言いだしたな。このじいさんは。
この手の「煽り」は過去に何度も食らっている。ハンジだけではない。部下とか。いろいろ。
ピクシス「しかし男が女の衣服を買ってやるのは「脱がせたい」願望の表れというぞ?」
リヴァイ「そんな話は初耳ですね。どうせ嘘だろ」
敬語を使うのが面倒臭くなってきた。
ピクシス「いやいや、嘘ではないぞ。そう思うなら他の奴らにも聞いてみろ。立て替えたというがむしろ嘘じゃろ?」
リヴァイ「後で金は回収する。手持ちがなかったから、金を貸してやっただけだ」
ピクシス「ふふふ……まあ良い。そういう事にしておこうかの」
やれやれ。また陽気に笑ってやがる。もうどうでもいい。
それよりまだ花嫁と話す機会が持てないようだな。こっちは待機しているんだが。
時間がかかりそうだな。エルヴィンの奴、大丈夫なのか?
ああ……やっとこっちを見た。出番かな。
俺はピクシス司令を放置してエルヴィンの元へ移動した。
花嫁の家族の方の前に連れられて、家族全員に「リヴァイ」という男を吟味される。
こういう役目は一度や二度じゃない。過去にも似たような事があった。
「リヴァイ兵士長がいれば大丈夫」という「幻想」を持たせて「騙す」訳だ。
家族を。そこにあるのは罪悪感しかねえが。でももう慣れた。
俺がいたとしても全ての「犠牲」を防げる訳じゃねえ。
どんなに手を伸ばしても、防ぎきれない脅威もある。
巨人との戦いは、運次第だ。生き残れるか。死ぬか。それは俺も同じだ。
全ての兵士が平等に命の危険を晒す。それでも俺達は前に進むと決めた。
だから俺は仲間を「死なせない」とは言わない。
ただ、死なせないように「最善を尽くす」としか言えない。
約束なんか出来ねえからだ。必ず「生きて帰ってくる」なんて。
それでも家族は納得出来ないだろうな。でも、一応「リヴァイ兵士長」としての顔は見せたからか、相手の家族も少し落ちついたようだ。後は家族会議だな。復帰出来ない場合は諦めるしかねえが。
エルヴィン「ありがとう。お疲れ様」
リヴァイ「これで良かったのか?」
エルヴィン「十分だよ。実際、会ってみるのと会わないのじゃ全然、違うからね。彼女は今から「出産」という命がけの行為を乗り越える。精神的にも強くなってきっと戻ってきてくれると信じるよ」
リヴァイ「……………」
本当なら兵士としての道は、母親がなるもんじゃねえけどな。
でも、たまにいるんだ。そういう女も。自分の子供は親戚や他の兄弟に託して死地へ赴く馬鹿な女も。
恐らく薄々気づいているんだろうな。母親の勘かもしれないが。
このままではいつか「自分の子供が生きていられない世界」が来るのかもしれないと。
俺自身、この「均衡」がいつまでも続くとは思っていない。
きっといつか……それが俺が生きている間にそうなればいいが。
漠然とした「嫌な予感」は常に「背中」に貼りついている。
普段は考えないようにはしているが。壁外に出る時の、巨人の遭遇率が回数を重ねるごとに「増えている」ような感覚がある。
それは正確な数字じゃねえのかもしれないが、もし今までの討伐数と遭遇率と全て計算出来るのであれば、表にして数字化出来たら、きっと変化が分かりやすいと思うが。
いたちごっことはこの事を言うんだろうな。「巨人の絶滅まで残り何匹です」みたいな目安があればもっと頑張れるのにな。
と、ついついどうでもいい事を考えながら続けて立食していると、
ハンジの傍に何故かピクシス司令がくっついていた。って、おい。
今、さり気に尻、触りやがったな。ハンジが赤くなってやがる。
ハンジ「ちょっとおおおおお?! お酒入ってるの差し引いても触るのはやめて!!」
ピクシス「良いではないか。すっかりわしは騙されたぞ。ん? ハンジ、お前、まだまだ十分女としていけるではないか」
ハンジ「いやいや、もう枯れた花ですって。もーピクシス司令も物好きですね。触っても何も出ませんからね!」
ピクシス「むしろわしが出してやろうか? ん? (ニヤニヤ)」
ハンジ「ええ? 出してやるって、何をですか?」
ピクシス「勿論、ハンジの花から、甘い蜜を……」
おい、やめろ。こんなところで卑猥な会話をしているんじゃねえ。
ちょっとイラッとしてきたんで流石に俺が間に入って「やめろ」と言ってやると、
ピクシス「リヴァイか。ハンジを放っておくのが悪い。知らんぞ? わしのような悪い虫がどんどん近寄ってきても」
リヴァイ「先に帰ります。ハンジ、もう帰るぞ」
ピクシス「その方が賢明じゃ。あんまり長くハンジのおみ足を見せびらかさん方がいいぞ」
と、陽気にまだ笑っている。
俺はハンジを連れてエルヴィンのところに向かった。
リヴァイ「もう先に帰ってもいいか?」
エルヴィン「ああ。構わないよ。用事は済んだし。私も適当な時間になったら切り上げる。先に帰るならそれでもいい」
リヴァイ「だったら帰らせて貰う。ハンジ、帰るぞ」
ハンジ「はいはーい」
と言いながら素直についてきたハンジだった。
先に馬車に乗って兵舎に戻る。馬車に乗っているのは勿論、俺とハンジだけだったが。
リヴァイ「………………」
ハンジ「疲れちゃった? 大丈夫?」
リヴァイ「あんまりああいう席は得意ではないからな」
ハンジ「だろうね。でもまさか、ピクシス司令にお尻撫でられるとは思わなかったな。普段、全く見向きもしないのに」
リヴァイ「おみ足見せたからじゃねえのか? 生足だったらもっとヤバかったかもだな」
ハンジ「マジかー! いや、本当、びっくりしたわ。女らしい格好をすれば、私も一応、「女」扱いされるんだね」
リヴァイ「…………そうだな」
ピクシス司令、ゲスな顔していたもんな。酒が入っていたとはいえ。
ハンジ「あら? 意外だね。リヴァイが同意してくれるとは思わなかったな」
リヴァイ「ん?」
ハンジ「そんなのピクシス司令だけだろ? とか言うかと思った」
リヴァイ「……………ピクシス司令が物好きなだけだろ?」
ハンジ「もっと酷くなった! 酷い!」
リヴァイ「はっきり言った方がいいかと思ってな」
ハンジ「ふーん。じゃあリヴァイは、今の私の恰好を見ても何とも思わないの?」
と、ちょっとだけぶりっ子して言ってくる。顔が赤い。こいつ、酒入っているな? 恐らく。
リヴァイ「別にいつもと変わらないだろ。ハンジはハンジだ」
ハンジ「いつもよりはちょっとだけ可愛いとか思わないの?」
リヴァイ「別に」
すぐそう答えてやると、
ハンジ「そっかー………まあ、そりゃそうですよね。スカート履いた程度でそう変わる訳でもないか」
と、スカートを馬車の中で持ち上げて更に太ももを見せてくる。
その瞬間、また例の「アレ」の現象が起きて自分でも「?」となった。
眉間に皺が入って力が入るアレだ。また勝手に動いた。
動かそうと思ってそうした訳じゃないんだが……。はて?
ハンジ「ちょっと、なんで急に不機嫌になるの?」
リヴァイ「いや、別に」
不機嫌ではない。むしろ普通だ。
ハンジ「でも眉間の皺、酷いよ?」
リヴァイ「ああ、だからこれは前にも言っただろ? 自分でも良く分からんままこうなる時がたまにあるって」
ハンジ「……………そうなんだ」
リヴァイ「意識して動かした訳じゃねえんだが………何なんだろうな? 良く分からん」
自分で自分の表情の筋肉をうまく調整出来ないってのも変な話だが。最近、こういうのが増えてきた気がするな。
ハンジ「………………もしかして、スカートパタパタさせたせい?」
リヴァイ「さあな? まあ、タイミング的にはそこだったような気もするが」
ハンジ「もう1回、してあげようか?」
リヴァイ「いらねえ。というか、ちょっと眠い。寝てもいいか? 馬車の中で」
ハンジ「あらら……馬車に揺られている内に眠くなってきた?」
リヴァイ「まあな。多分、そうだろうな」
ハンジ「膝枕する?」
リヴァイ「いや、そこまではいい。座ったまま寝るから、倒れてきたら起こしてくれ」
という訳でハンジを放置してそのまま両目を閉じた。
馬車に揺られる気持ち良さに次第に瞼が落ちて来て、体が横に揺れる。
その辺の意識がだんだん薄れていって……気が付いたら本当に寝付いたようだった。
ハンジに揺り起こされて目を覚ます。すると、
リヴァイ「……………倒れたら、起こせって言ったよな?」
何故か俺はハンジの太ももを枕にして寝ていたようだ。
ハンジ「いやーしっかり寝ているから起こすの可哀想だし? もう兵舎に着いたよ」
リヴァイ「…………頭、重くなかったか?」
ハンジ「全然。むしろ寝顔観察出来て面白かったかも? ぷぷぷ」
リヴァイ「………忘れろ」
ハンジ「無理! 暫くはこのネタで遊ばせて貰うかもね? ぷぷ」
ちっ……。
何かムカつく。いや、まあ、寝かせて貰えたのは有難いが。
ハンジ「寝ている時は眉間の皺はなかったよ。凄く安らいだ顔をしていたから大丈夫じゃない?」
リヴァイ「そうか?」
ハンジ「うん。まあ、膝枕効果もあったかもだけど?」
リヴァイ「いや、それはないな。絶対」
ハンジ「分かんないでしょうが! 私の太もも、案外悪くない枕になったと思うけどなあ」
リヴァイ「…………自分の部屋の枕が1番だろ」
ハンジ「あ、いやそれ言ったらおしまいじゃない。もーノリ悪い!」
と、ハンジをからかいつつ、俺はハンジより先に降りた。
そして一応、手を取ってハンジを降ろすを手伝う。
ふわ………
リヴァイ「…………」
また、あの香りがした。そうか。今日は香水をつけているんだったな。
あの香りを嗅ぐとまた少しだけ妙な心地になった。
どう、言葉で表現したらいいのか良く分からないんだが。
気になる香りなんだ。一度、それを嗅いでしまうと、その。
何故か、両目を閉じたくなってくる。そういう香りだった。
深く鼻呼吸をしたくなる。いつまでも嗅いで居たい香りだった。
ハンジ「ちょっとリヴァイ? また鼻が近いよ? ミケの真似っこ?」
リヴァイ「!」
しまった。また何やらかした。
リヴァイ「いや、何でもない。気にするな」
ハンジ「いや、無理だってば。ん~そんなにこの香水気に入ったなら、あげようか? 残りの分は」
リヴァイ「え?」
ハンジ「いや、私はもう、結婚式に呼ばれるなんてそうないだろうし、好きならあげるよ? はい、どうぞ」
と、小瓶を貰ってしまった。
リヴァイ「男が香水をつけてもな……」
ハンジ「いや、嗅ぎたいんでしょ? 嗅いでみたら?」
リヴァイ「いいのか?」
ハンジ「どうぞどうぞ」
リヴァイ「ううーん」
まあいいか。とりあえず蓋を開けてみる。そして香りを堪能してみるが。
リヴァイ「あれ? なんか違うな」
ハンジ「そうなの?」
リヴァイ「ああ。ハンジから漂ってくる香りと微妙に違う」
ハンジ「ええ? でも、つけているのは同じ物だよ?」
リヴァイ「いや、違う。これ単体で嗅ごうとは思わんな。ハンジ、すまないが、ちょっと追加して自分につけてみてくれないか」
ハンジ「うーん。まあ、いいけど」
という訳で、ハンジの手首につけて貰った。そして手首を嗅いでみる。
リヴァイ「………やっぱりこっちだ。恐らく、体につけた「後」の香りの方が好きなんだと思う」
ハンジ「じゃあ、それだけ持ってても意味ないんだ」
リヴァイ「そうみたいだな。だったら俺が持っていても仕方がない。返す」
と言って小瓶を返却したが、
ハンジ「自分でつけちゃったら?」
リヴァイ「いや、それは流石に恥ずかしい。元々はハンジの物だしな」
ハンジ「そう? ん~でも、リヴァイがこういうのに食いつくとは思ってなかったしなあ」
と、ハンジがもう1回、香水をつけてくれた。今度は手首につけたそれを、耳の後ろにも持っていく。
その瞬間、俺はまた目を閉じてしまって、その香りの先を追った。
何だ? 何なんだ? この感覚は。
未知の感覚に戸惑い、俺は慌てて目を開けてハンジから離れた。
ハンジ「ん? どうした?」
リヴァイ「いや……何でもない」
そしてまた眉間に皺が寄ってしまう。謎だ。
まあいい。深く考える事でもねえか。放置しよう。
ハンジ「あはは! やっぱりこの香りが好きなんだね。じゃあたまにはつけてあげようか?」
リヴァイ「え?」
ハンジ「私としては、体臭を誤魔化すのにも使えるし、使うのは別に構わないよ」
リヴァイ「いや、しかし……高価な物なんだろ?」
ハンジ「元々は貰い物だからいいよ。むしろたまには使わないとダメなんじゃないかな」
リヴァイ「そうか?」
ハンジ「うん。リヴァイの部屋に遊びに行くときはつけてあげるよ。普段は使わないでおけばいいでしょ?」
リヴァイ「まぁ……そうして貰えるなら嬉しいが」
ハンジ「分かった。じゃあ次からそうするね」
と言ってハンジは小瓶を自分の鞄の中にしまい込んだ。
そしてそれぞれの部屋に戻って、俺は部屋着に着替えてからベッドに座り込んでもう一度、両目を閉じた。
ハンジの香りを思い出したら、何故か体がふわふわするような感覚になってきた。
あいつ、普段は臭いのに。何でだ?
何故、あの「香水」と「ハンジの体臭」が混ざり合った「香り」を嗅ぎたくなるんだ?
何か、悪い「麻薬」に犯されたような気分だ。もし本当にそういう類の物だったらまずいんじゃねえか?
そう一瞬、思い、いやでもエルヴィンから貰った物がそんな「危ない物」ではある筈がねえとも思う。
……………ねえよな? 流石に。
そう考え込んでいた其の時、俺の部屋に兵舎に帰って来たエルヴィンがやってきた。
エルヴィン「今帰ったよ。リヴァイ」
リヴァイ「ああ……おかえり。丁度良かった。エルヴィン。少し聞きたい事がある」
エルヴィン「ん? 何かな」
リヴァイ「お前以前、ハンジに香水をおすそ分けした事、あるんだよな」
エルヴィン「あるよ。今日の結婚式にもつけていたね」
リヴァイ「その香水って……なんかヤバい系の薬とか混ざってねえよな?」
エルヴィン「いや、そんな物を人に渡す訳ないだろ。流石に傷つくぞ。リヴァイ」
リヴァイ「………そうか」
だろうな。だとすれば、何でこう「嗅ぎたくなる」のか良く分からん。
エルヴィン「ははーん。もしかして、ハンジの「香り」にクラクラしちゃったとか?」
リヴァイ「え?」
と、驚くと、エルヴィンがニヤッと笑って言った。
エルヴィン「あの香水は、私の馴染みの女に頼んで分けて貰った香水だ。そういう商売をする女の中では割と有名な「香り」でもある。所謂、男を堕とす時に必ず使う「いい香り」なんだよ」
リヴァイ「!」
何だって? じゃあ、まさか、ピクシス司令がゲスな顔をしていたのもそのせいか。
エルヴィン「体温に反応して香りが少し変わるんだよね。加えて人の体臭と混ざり合って初めて真価を発揮する、まあ、所謂「フェロモン増強香水」みたいなもんだね」
リヴァイ「何でそんなもんをハンジに分け与えた?」
エルヴィン「ん~一応、ハンジには「特別な大事な日にはこれを使いなよ」って言っておいたんだけどね。その「大事な日」の意味合いがうまく伝わらなかったみたいだねえ」
と、ニヤニヤしてやがる。
くそ! そういう事だったのか。
だったらあの香水はハンジに「使わせたらダメ」じゃねえか。
なんて言って回収するか。やっぱり気が変わったとでも言って俺が貰ってくるべきか?
いや、でも1回「返した」から変に怪しまれそうだな。どうする?
……………いっそ盗むか。その方がいいな。うん。
そう気持ちを固めて、俺は自分の部屋を出た。
ハンジの部屋は……あいつ、鍵閉め忘れて部屋を出てやがる。
よし、今のうちに……。
エルヴィン「こらこら、リヴァイ。いくら君達の中でも流石に不法侵入は良くないぞ?」
と、エルヴィンが追いかけて来た。ちっ……。
エルヴィン「盗んで処分しようとしただろ? ダメだよ。そういう卑怯な真似したら」
リヴァイ「…………」
エルヴィン「あの香りにやられたって事は、つまりリヴァイは………」
リヴァイ「言うな。それ以上。香水のせいだったんなら、不可抗力だろうが」
つまりあの状態は、俺は「発情」しそうになっていたとも言える訳だ。
いや、下半身は別に反応していた訳じゃねえが。でも、続けていたらどうなっていたかは分からん。
そんな不可抗力でハンジにそういう真似をしたら、余りにゲス過ぎる。
リヴァイ「お前、前に「同僚には手出すな」って言っていただろうが。何でハンジにそういう変なもんを渡したんだ。俺以外の奴が、ハンジに手出していたらどうする気だったんだ」
エルヴィン「ん~………」
リヴァイ「くそ……そうと知っていればさっき、くれるって言われた時に素直に貰っておけば良かった。あいつにあの香水をこれ以上つけさせたらまずい」
エルヴィン「あのさ、リヴァイ」
リヴァイ「ああ? 何だ」
機嫌が悪い顔でエルヴィンを睨みつけると、
エルヴィン「私は「同僚に手出すな」とは言ってないよ。「同僚に手は出さないようにお願いする」と言ったんだけど」
リヴァイ「意味は同じだろうが」
エルヴィン「いや、全然違うけど」
リヴァイ「は?!」
何なんだ一体。イライラする。
リヴァイ「言いたい事ははっきり言え。どう違うんだ」
エルヴィン「だから……あくまで「お願い」だよ。私にはそれ以上の事は言えない。本人同士がどうしても「ヤリタイ」っていうなら、そこを止める権限は流石に持っていないよ」
リヴァイ「いや、持っているだろ。お前は調査兵団の団長で……」
エルヴィン「いやいや、そこはもう「神」の領域というか、そこまで強制する事じゃないよ。私はもし、リヴァイ自身が真剣にハンジとの交際を望むなら、別に止めないよ」
リヴァイ「何でだよ。ハンジが子供を身ごもってもいいっていうのか?」
エルヴィン「その時は其の時で対処を考えます。あのね、人間の「生きる理由」まで奪う程、私は鬼畜な人間じゃないぞ?」
エルヴィンの返事に俺は言葉を一瞬、詰まらせた。
リヴァイ「生きる……理由だと?」
エルヴィン「そうだろう? 皆、それぞれ、家族や愛する者の為に戦っているんだ。勿論、そこには「自分」の為という理由も含まれるけど。大抵の人間は自分と家族と愛する人の為に生きているようなものだ」
リヴァイ「……………」
そう言われて俺は言葉を返せなかった。
エルヴィン「まあ、リヴァイの場合は少々事情が違うのは知っているが……」
と、エルヴィンは言葉を重ねる。
エルヴィン「リヴァイの場合は逆に「死者」の為に「今」を「生きている」ような物だから」
そう言われて思い浮かべるのは、俺より先に逝ってしまった奴らの顔だ。
イザベルとファーランだけじゃねえ。調査兵団に入ってから、繋がった新しい「仲間」達の顔は決して忘れてはいない。
先に死んでいったあいつらの名前だって、諳んじて言える。
全員のフルネームを。決して俺は忘れてはいない。
エルヴィン「リヴァイ。私が「童貞はさっさと卒業した方がいい」と言った意味はそこにある。いつ、誰がどこで死ぬかなんて、分からない。だったら………」
リヴァイ「それ以上、今は言うな。エルヴィン」
頭の中がごちゃごちゃになっていた。ハンジの部屋の中より酷い有様だ。
リヴァイ「頼むから、言うんじゃねえ」
エルヴィン「…………ごめん。少し言い過ぎたね」
リヴァイ「……………」
俺はそれ以上、何も言わずにハンジの部屋を出て、自分の部屋に戻った。
そういうつもりじゃなかったのに。何で、一瞬でもそういう感覚に囚われた。俺は。
何でもいいから八つ当たりしたい気分だった。
だけど、部屋の中で暴れる訳にいかないし、酒を飲んだら、もしもの事があったら困る。
もう寝るしかないとも思ったが、馬車の中で眠ったせいで眠気がこねえ。
クソが! イライラする!
1人でもいいから壁外に出て巨人をぶっ殺したい気分だった。
勿論、それが出来ないのは分かってはいるが。
今はとにかく息を吐き出した。
こういう時は深い深呼吸をして呼吸を落ち着かせる以外、方法がねえ。
呼吸を整えるのは、精神を整える時に1番てっとり早い心の鎮痛剤になる。
今までずっとそうしてきた。戦闘中も、何度も。
酸素を取り入れると少し落ち着いてきた。エルヴィンには悪い事をしたな。
あいつもあいつなりに「良かれ」と思ってした事の筈だ。
それを素直に受け取れなかった。その事についても恥ずかしく思う。
エルヴィン『リヴァイ自身が真剣にハンジとの交際を望むなら、別に止めないよ』
ハンジと交際? ははは……何言ってやがるんだ。あいつは。
あんなクソ眼鏡がそういうの、考えた事ある訳ねえだろ。
巨人に会う為になら風呂には入れる癖に。
普段は完全に自分を忘れているし、頭の中は巨人の事しかねえし。
そもそも、俺自身も、あいつの事をそういう風にみて………。
そう、ハンジの事を思い出した瞬間、また、眉間に力が籠った。
とりあえずここまでです。続きはまた次回ノシ
そしてその直後、俺の部屋に来訪者が訪れる。
ハンジ「リヴァイー? いるー?」
リヴァイ「…………」
内鍵はかけている。だからあいつは中に入っては来れない。
黙る事にした。今はあいつと話したくない。
でもあいつは構わず話しかけてくる。
ハンジ「あのさー、お金、立て替えて貰ったでしょ? だからお金返そうと思ってきたんだけど。開けてくれる?」
リヴァイ「廊下に置いておけ。今は気分が悪い」
ハンジ「あれ? 何で? まさか馬車に酔った?!」
リヴァイ「ああ。そうだ。酔ったんだ。だから少し放っておいてくれ」
ハンジ「え……マジか。馬には乗れるのに馬車には酔うって珍しいね」
リヴァイ「いや、たまたまだろ。いつもはこうはならん」
ハンジ「ああ、そう? じゃあどうしようかな……でも廊下にお金置いたら、誰かが知らないで拾うかもしれないし、また後日でもいい?」
リヴァイ「というか、もう面倒だから返さなくていい。その程度の金なら別に奢ってやる」
ハンジ「いや、悪いよ。そこまでして貰うのは。………まあいいか。また今度で」
と言ってハンジの声が消えた。
その事にほっとして俺はベッドの中で笑った。
別にいいのにな。タイツと靴だぞ? そんな大した物じゃねえのにな。
貰っておけばいいのに。でも金を返しに来るのであれば、それでもいいと思っている自分がいる。
ピクシス『しかし男が女の衣服を買ってやるのは「脱がせたい」願望の表れというぞ?』
いや、やっぱり金は返して貰った方がいいか。奢ったらまたあのじいさんにいらん事を言われそうだ。
其の時、俺はピクシス司令の言葉を思い出して起き上った。
部屋を出てハンジの部屋を訪れてみた。するとすぐ出迎えてくれて、
ハンジ「あらら……起きてきちゃったの? 気遣わせちゃったかな。ごめんごめん」
と言いながら一度部屋に引っ込んで財布を持って来てくれた。
ハンジは髪を下していた。あとワンピースは既に着替え終えて自分の私服をラフに着ている。
前ボタンが2個も開いていた。化粧も完全に落として少し気合の抜けた格好だった。
さっき部屋に居なかったのは恐らく洗面台で化粧を落としていたせいだろう。
ハンジ「はい、どうぞ。これで計算は合っているよね?」
リヴァイ「ああ。間違いない。丁度だな」
ハンジ「ありがとうね。今回は本当に助かったよ。なんかこういう華やかな席って今まで縁がなかったからさ。無駄にわたわたしちゃった」
リヴァイ「だろうな」
ハンジ「うん。リヴァイが居てくれて助かった。彼女も現役復帰してくれるといいな。いろいろ辛い事はあるけど……やっぱり戦う仲間が減っちゃうのは寂しいしね」
リヴァイ「……………まあな」
俺は曖昧に濁して頷いた。
どちらかと言えば復帰しない方が、本人にとっては「幸せ」なのかもしれないが。
ただ、復帰してくれるのであれば、こちらとしては有難いとは思う。
リヴァイ「ハンジ」
ハンジ「ん? 何?」
リヴァイ「エルヴィンから貰った香水の件についてなんだが」
俺は先程知った例のアレについてハンジに素直に説明する事にした。
リヴァイ「あの香水は、その……その道のプロの女性から譲り受けた物だと言っていたぞ」
ハンジ「へ?」
リヴァイ「だから、娼館の女、つまりエルヴィンの馴染みの女が使っていた「プロ御用達」の香水らしいから、その……使わない方がいい」
はっきり言ってやると、ハンジの頬が真っ赤に染まった。
ハンジ「え? え? つまり、それって、それ用の香水って事? えええええ………」
両手で鼻まで顔を隠して目だけキョロキョロして動揺していた。
ハンジ「ちょっと……まさか、じゃあ、ピクシス司令がなんかいつもと様子が違ったのも、あんたが変に私の匂いを嗅ぎたがったのもそのせい?」
リヴァイ「そういう事だ」
ハンジ「マジか! ミケに会わなくて幸いだった。ミケにもし会っていたら、私、ミケに押し倒されていたかも?!」
と、一番鼻のいい男を思い浮かべて狼狽するハンジだった。
リヴァイ「だろうな。あいつ、犬並みに鼻が利くからな。ミケに会っていたらどうなっていたか…」
あんまり想像はしたくはないが、ミケも男だからな。
匂いに釣られてハンジを押し倒していたかもしれない。
ハンジ「ピクシス司令とリヴァイだけで幸いだった。もおおおおおエルヴィンの奴めええええ!」
と、拳をギリギリ握って怒りだしたハンジだ。
ハンジ「そういう事なら今から急いでシャワー浴びて匂いを落としてくる!」
ハンジはバタバタ部屋に戻って着替えを取ってシャワー室に駆け込んでいった。自分の部屋の鍵もかけ忘れて。
リヴァイ「おい、ハンジ……」
完全に俺を放置して廊下を走って行った。そのすれ違いざまにも「あの香り」が鼻を掠めていった。
リヴァイ「…………」
また、眉間に皺がよってしまった。当然だ。
この程度の事で「変な心地」になるのはちょっと自分でもおかしいとは思うが…。
リヴァイ「!」
其の時、俺は気づいてしまった。
今、眉間に皺が自然と寄った時に考えた事を。
リヴァイ「………待て」
その、なんだ。え………ちょっと待ってくれ。
俺は、まさか。その、アレだ。
眉間に皺が寄るのは、その……。
だが思い返せばそうなのかもしれないとも思った。
最初に「奇妙な動き」を自分で感じたのはハンジに「ありがとう」としっかりお礼を言われた時だった。
ポーカーで気分転換した後のアレだ。不快に思わなかったのに、何故か眉間に力が籠る自分が居たのを思い出す。
その次はハンジの濡れた髪のしずくを床に零してそれを拭いていた時だ。
あの時は「やれやれ」と思いながら「呆れた」せいで皺が寄ったのかとも思ったが。
よく考えれば違う。その………。
ハンジの濡れた髪を俺は「思い出していた」のを思い出した。
そうだ。ハンジの「濡髪」を思い出して、眉間に皺が寄ったんだ。
そして馬車の中でハンジがスカートをひょいっと持ち上げてパタパタさせた時。
あの時、瞬時に眉間に力が籠ったのを思い出す。
全てが繋がったような気がして、俺はその場で自分の額を壁にドン! と押し付けた。
いやいやいや、待て待て待て。そんな馬鹿な。
俺は女に「ムラッと」する時に「自分の眉間に皺を寄せる癖」があるという事なのか?
いや、でも、下半身が反応した訳ではない。別に勃起してねえしな。
違うよな。違うよな? これは違うよな?
否定する材料が欲しかった。でも、ハンジがシャワーを浴びて着替えて自分の部屋に戻って来たのを見つめた瞬間……
リヴァイ「?!」
俺は、自分の体が一気に変化するのを感じてしまい、身動きが取れなくなった。
ハンジ「いやーさっぱりしたわー。どうリヴァイ? もうあの香水の匂い、しないでしょ?」
と言いながら、衣服は適当に着た状態で俺に近づいてくる。
前ボタン、全開だ。下着は一応、タンクトップを着ているが、ハンジは胸当てをしていない。
だからその、乳首の位置も大体服の上から見れば分かる訳だが。
リヴァイ「!」
今、何を考えた。いかん、何処を見ている。俺は。
ハンジ「ん? どうしたの? 俯いて」
リヴァイ「いや、何でもない。匂いは消えている。大丈夫だ」
ハンジ「本当に? 大丈夫? こういうのって自分じゃ分かりにくいしね」
と言いながら俺にもう一歩近づいてくる。
まずい。今、こっちに来るな。何か、まずい気がする。
ハンジ「一応、鼻、近づけて確認してみてよ。ほら」
と、言って自分の首筋を指さしてくる。その仕草が妙に艶めかしく見えた。
リヴァイ「もうしないんだから、いいだろ。別に。確認はしなくても」
思わず拒否した。やめろ。
今すぐここから逃げ出したい気持ちと、そこに居たい気持ちが混ぜこぜになっていた。
……いや、居たいって思ったらダメだろ。しっかりしろ!
ハンジ「ちょっとでいいからさ。ほら、ほら」
と、ハンジが無防備に俺を誘惑する。
いや、ハンジにとってみれば別に誘惑でも何でもない。ただの確認作業だ。
そうだ。「確認作業」なんだ。だったら、少し嗅いでもいいよな。
シャワーを浴びている今なら、嗅いでも別に問題はない。
そう、自分に言い訳して、俺は少しだけハンジに近づいて………
リヴァイ「……………」
香水の匂いとはまた違った香りが鼻腔を擽った。
自分の顔が少し赤くなるのを感じる。何だ、これは。
酒を飲んだ時のような高揚感がきた。いやむしろ香水を嗅いだ時より酷くなってないか?
女の体の、洗い立ての香りなんて初めて嗅いだ。
普通はそんな機会、恵まれない。ましてやその相手が「ハンジ」だし。
こいつは滅多にシャワーも風呂も入らない。普段は凄く汗臭いのに。
その「差」に驚いて、俺は混乱していた。頭の中が、雑然としている。
自分の座右の銘は「整理整頓」だというのに。頭の中が整理出来なくなっている。
分かっているのは俺の体に「変化」が起きたという事だ。
香水の香りのせいじゃなくて「ハンジ自身の匂い」からきたという事は、つまり、その……。
俺はハンジを両手で押した。そして大きく一歩下がる。
リヴァイ「大丈夫だ。問題ない。もういいよな? 確認作業は」
ハンジ「大丈夫ならいいよ。良かった~リヴァイに教えて貰って。危うくエルヴィンに騙されるところだったよ」
と、冷や冷やしたのかハンジがほっと胸を撫で下ろしている。
俺はすぐにハンジに背を向けて、
リヴァイ「じゃあな。俺は部屋に戻る」
とだけ手早く言って廊下を歩いた。後ろから、
ハンジ「うん。ありがとう。リヴァイ。またね」
という声を聞きながら、俺は自分の両目をきつく閉じたのだった。
次の日の朝、目の下のクマが酷かった。
眠れなかった。一晩中、殆ど。こんな事じゃいけないと思うのに。
寝るのも兵士の「仕事」のうちなのに。体調管理が出来てない事が一発でバレそうだ。
エルヴィンに突っ込まれたらなんて返すべきか。頭が痛いな。
そう思いながら俺はいつものように身支度を整えて頭を徐々に「仕事」の時の自分に切り替えていった。
まあ、一晩くらい徹夜するのは別にいい。そういうのを「想定」した「訓練」だってたまにはやる。
壁外でも、いつか「夜間」での走行をする場合もあるかもしれないしな。
今のところは「昼間」しか外には出ていないが、いずれそういう時も来るかもしれんしな。
そう自分に言い聞かせて、食堂で朝飯を取っていたら、俺の横にしれっとハンジが座ってきた。
ハンジ「おはようリヴァイ! ………あれ? なんか元気ないね」
リヴァイ「気のせいだろ」
ハンジに悟られたくなかった。少しあいつとの距離を取る。
あんまり近づいて欲しくない。今の俺は少し「おかしい」からだ。
今の自分はまだ完全に自分の気持ちに「整理整頓」がついていない。
雑然としたままの自分の頭の中をハンジに悟られたくなかった。
しかしその気配を気づかれたのかハンジの表情が瞬時に変わった。
ハンジ「あれ? やっぱり不機嫌? 眉間の皺が……」
俺は思わず眉間の皺を手で隠してしまった。
ハンジ「何で隠す? ん? 意味分かんないんだけど」
リヴァイ「見るな。人の眉間の皺なんか」
ハンジ「いや、顔の表情を見ないと相手の考えている事を読み取れないでしょうが」
リヴァイ「別に機嫌が悪い訳じゃねえよ。たまに自然とこうなるだけだ」
何か急に恥ずかしくなった。視線を逸らすとハンジが急に吹き出した。
ハンジ「分かった! あんた、照れると眉間の皺が寄るんだね!」
リヴァイ「え?」
ハンジ「多分、そうだよ。今、ちょっとそんな感じだった。なるほど。スカートパタパタさせた時も実は照れていた訳だね?」
リヴァイ「…………」
クソ。勘がいい奴はこれだからムカつく。
リヴァイ「だったらどうした。照れて悪いのか」
ハンジ「否定しないんだ。やった! なんかちょっと嬉しいかもしれない」
リヴァイ「は? 何で」
ハンジ「いや~だって、リヴァイ、そういうの「ふーん」で済ませるタイプかと思っていたからさ。そっかそっか~」
と、ニヤニヤしている。何か気色悪いくらいに機嫌がいいな。
ハンジ「いやいや、良かった。女に全く興味ないから、もしやエルヴィンと出来ている? とか疑っていたよ。そっちの人じゃなくて良かったなあ」
リヴァイ「?!」
いきなり何言い出しているんだ。こいつは。
リヴァイ「おい待て。まさかとは思うが、そういう『噂』が流れているのか?」
ハンジ「勝手な憶測だけどね。リヴァイに「女の影」が全く見当たらないからまさかそっちの人? という嫌疑も巷では流れていましたよ?」
なんてこった。それはまずい。
リヴァイ「だったら完全否定しておいてくれ。俺は男に抱かれる趣味も抱く趣味もねえ」
ハンジ「じゃあ好みの女性のタイプとか教えてよ。そういう情報、一切公開してないから皆から「疑われる」んだよ?」
リヴァイ「………そういうお前はタイプがあるのか?」
ハンジ「私? ん~私は「一緒に居て楽しいって思える人」かな。会話が大事なタイプだと思うよ」
リヴァイ「見た目とか関係ないのか」
ハンジ「女の人は割とそういうもんだよ。見た目重視もいなくはないけど、中身から先に見るのが殆どじゃないかな?」
リヴァイ「……………」
俺との「会話」についてはどう思っているんだろうな。こいつは。
……いや、別にそれはどうでもいいんだが。
リヴァイ「好みのタイプか」
ハンジ「ねえねえ? どんな人が好き? ん?」
ハンジがいやらしい目でこっちを見てきたので俺は思わず、
リヴァイ「清潔な女だな」
と、言ってやった。
ハンジ「身だしなみが大事だって事? 顔とかはあんまりこだわりないんだ?」
リヴァイ「そうだな。綺麗にしている事が第一条件だ」
ハンジ「おしゃああああ! スクープゲットおおお! 皆に広めちゃお♪」
と言ってやっとハンジがどっかに消えた。やれやれ。これでやっと落ち着いて飯が食える。
そしてスープを飲みながら思った。
………………。
ハンジは真逆じゃねえのかな、と。
何でそんな女に一瞬でもムラッとしたのか自分でも良く分からない。
………いや、そうか。
あの時のハンジは一時的に「清潔」にしていたからだ。
普段の汚い方のハンジにはそういう気持ちにはならないし、とにかく、ハンジだからそうなった訳じゃなくて、あの時はたまたまそうなっただけだ。
恐らく「他の女」であっても、シャワーを浴びたての女に近づいたら、そういう「妙な心地」にくらいはなる筈だ。
そう結論づけて俺は朝飯を胃袋に詰め込んだ。
今日は午前には演習の予定と午後は駐屯兵団の手伝いの予定が入っている。
壁の定期的な点検作業とかも調査兵団の仕事のうちだ。
普段は駐屯兵団がやっているが、手が足りない時は調査兵団もそれに加わって手伝うのだ。
そしてその日の仕事をさっさと終わらせて夜、自分の部屋に戻って着替えると、
どっと眠気がきた。徹夜していたせいか、今頃になって眠くなってきた。
夕食を取る気力がなくて、着替え終わった後はすぐにベッドに潜り込んで寝た。
内側の鍵をかける余裕もなくてそのまま一気に眠りについて。
何時間寝たのか。良く分からなかったが、起きた時は窓の外は真っ暗だった。
まだ夜中の2時か。帰って来たのが夜の9時くらいだったから、5時間は一気に眠れたようだ。
眠ったら大分、体の調子が良くなってきた。
流石にこの時間帯にシャワーや風呂は無理だが、せめて着替えようと思って、自分の服を脱いでいると……
ドアのノック音がした。誰だ? こんな夜更けに。
ハンジ「ごめん~リヴァイ、起きているかな~流石に寝ている~?」
と、呑気な声が聞こえて来た。
オイオイ。流石に夜中の2時に男の部屋に来るなよ。
普段は12時までには部屋に帰してやるんだが、12時過ぎた来訪は初めての事だった。
リヴァイ「今、着替えの最中だ。少し待て」
ハンジ「お? ラッキー♪ まだ起きてたんだ」
リヴァイ「逆だ。今、起きたところだ。仕事が終わってから飯も食わずに寝ていた」
ハンジ「あ、だから今日は夕食持って来てくれなかったんだ。あれー? と思っていたけど」
リヴァイ「すまん。たまにはそういう事もある」
ハンジ「いや、いいよ。私も12時過ぎてから夕食食べ忘れた自分に気づいたし。それよりさ、ちょっと話を聞いて欲しいんだけど。今、いい?」
こんな夜更けに何なんだろうな。
リヴァイ「明日じゃダメなのか?」
ハンジ「今、話したいのよ。ちょっとだけ! お願い!」
まあ、俺も起きたばかりだから別にいいんだが。
リヴァイ「鍵は開いている。勝手に入れ」
ハンジ「ありがとう! ええっとね。小さいけど、模型を作ってみました」
と、ドン! と見せてくれたのは何とも凄い芸術作品だった。
ハンジ「この人形が巨人だと思ってね? んで、こっちがその捕獲用の道具になる。題して『特定目標拘束兵器』試作品1号ってところかな」
と言いながら説明用の模型を作っていたようだ。
ハンジ「イメージとしては、爆薬を使って大砲を飛ばすのと同じで火薬で矢じりを飛ばすんだけど」
リヴァイ「ふむ」
ハンジ「飛んだ矢じりに繋いだワイヤーが伸びて、こうなる」
と、小さいけれど、小さな矢じりとワイヤーが飛んで、模型の「木」と「巨人」の両方に刺さった。
ハンジ「この仕組みを無数に飛ばして、木と巨人を繋いでしまうの。どう?! すごいでしょ?!」
リヴァイ「いや、俺はこの小さい「模型」を造ったハンジの方が凄いと思うが」
器用だな。ハンジは技術班としてもやっていける腕前があるように思う。
しかしハンジは俺の褒め言葉はスルーして続ける。
ハンジ「ただね~今のままじゃ、これを「壁外」に運んで「設定」するのがまず大変なのよね」
と、ハンジは言う。
ハンジ「とりあえず今の形は「樽」が基本になっているけど。これ運ぶの大変だよね。どう考えても」
その辺の事まで考えてハンジは悩んでいるようだ。
リヴァイ「罠を設置するなら確かに「運びやすさ」も考慮しないといけないよな」
ハンジ「そうそう。だからその問題をどうするかだけど……なんかいい方法ないかな?」
リヴァイ「ふむ……」
運びやすさか。だったらいっそ合体させたらいいんじゃねえか?
リヴァイ「だったらいっそ、荷馬車と合体させたらどうだ?」
ハンジ「ん? どういう事?」
リヴァイ「荷馬車の「底」をくくり抜いて、樽を敷き詰めてしまえば……どうだ?」
と、俺は紙とインクを取り出そうとして……あ。
しまった。今、インクを切らしていたんだった。しまったな。
ハンジ「あ、インクないの? はい、万年筆貸してあげる」
と、胸ポケットの万年筆を借りて俺は自分のイメージをハンジに説明した。
リヴァイ「つまり、こういう感じにしたらどうかな? と思ったんだが」
俺の絵は下手くそだから余りうまくは「絵」では説明出来ない気もしたが、とりあえずこんなもんか。
自分のイメージを紙に描いてみると、ハンジはそれを見て「おおおおお!」と興奮した。
ハンジ「これはいいアイデアかもしれない! ちょっとこの形が出来るかどうか、明日早速試してみるね!」
リヴァイ「うまくいくといいけどな」
と、言ってやったその直後、
ハンジ「ふふ……ありがとう。リヴァイに話してみて良かった」
リヴァイ「!」
ハンジの方から緩い抱擁がきて、ドキッとした。
おい。待て。勝手に抱き付くな。
と、いつもなら引き離して逃げるのに。
其の時の俺は、何故か動けなくて。
自分の顔がハンジの「首筋」あたりに当たるのを感じて、一瞬、息が止まった。
抱擁はすぐになくなったが、離れたハンジが、笑顔で言う。
ハンジ「じゃあね。夜中に相談しに来てごめんね。じゃあまた明日」
と、言って模型を持って部屋をパタパタ出て行った。
その直後、俺はベッドの上に座り込んで、自分の顔を片方の手で押さえてしまった。
また、だ。
また、体が、その。なんだ。
今までと違う反応を示して俺の頭の中がまた、散らかっていった。
ドクドクドクドク………
心臓の音が激しい。思わず両目を瞑った。
不意打ちだったから驚いただけだ。そうだ。きっとそうだな。
ただ今度から余りハンジとの距離を近づけるのは良くないような気がした。
もう夜中に自室に来訪して来てもあいつを追い返そう。明日の朝でも別にいいんだしな。相談事は。
そう思いながら、俺は自分の部屋を注視して、部屋に置き忘れた「万年筆」がある事を思い出した。
しまった。返しそびれた。
仕方がない。追いかけるか。
夜中だったけど、俺は廊下に出た。ランプを持ってハンジを追いかける。
一応、廊下に小さな明かりはあるが、それだけだと目元が暗いので俺は小さなランプを持ってハンジを探した。
恐らく研究室の方にまだ籠って居そうだな。そっちを先に訪れると、
やっぱりこっちだった。俺が描いた「案」を元に唸っている。
ドアをノックして中に入った。ハンジは不思議そうに俺の方を見た。
ハンジ「ん? 何?」
リヴァイ「忘れ物だ。万年筆。返し忘れた」
ハンジ「あらら……ごめんごめん。貸しっぱなしだったね」
リヴァイ「いや、謝るのはこっちだ。すまん」
ハンジ「いいって。そういう事もある」
と、ハンジは万年筆を受け取って胸ポケットに戻した。
その様子を注視して、俺はまた視線を逸らした。
いかん。何で今、その動作を注視した。
見るな。ハンジの胸なんか。見たってどうにもならんだろ。
クソ……さっきから何なんだ。頭を片手で掻き毟ると、ハンジに「ん?」と言われた。
ハンジ「どうかした? なんかしんどそうだね?」
リヴァイ「何でもねえ」
ハンジ「いや、なんか泣きそうな顔になっているけど」
リヴァイ「……………」
俺はランプを研究室の机の上に置いた。
部屋の中の灯りは、机の上と、ハンジが使っていた机の周りにもう1個あるだけだ。
この部屋には巨人に関する資料等、調査兵団が今まで集めて来た物が保管されている。
ハンジがこの部屋の「主」みたいなものだから、ハンジに用事がある人間か、資料を読みたい人間しかここには殆ど来ない。
しかも今、夜中の2時過ぎだ。他の奴らは寝ている時間帯だ。
リヴァイ「気のせいだろ。目にゴミでも入ったのかもしれん」
ハンジ「そう? じゃあ目洗ってきなよ。それか目薬あげようか?」
リヴァイ「目薬?」
ハンジ「疲れ目等に効くよ。私のでよければ分けてあげようか?」
リヴァイ「………じゃあ頼む」
深く追及されたくなかったのでそれに乗っかる事にした。
ハンジ「ちょっと夜だから差しにくいけど……窓側に寄ろうか。月明かりも借りれば何とかいけるかな」
と言ってハンジは俺を窓際に連れて行って目薬を俺に差してくれる。
ハンジ「はい、ちょっと視線ずらしてねーはい、入ったー」
と、片方ずつ、一滴ずつ目薬を差して貰った。
目をパチパチさせる。これで誤魔化せたのなら良しとしよう。
そして、目線を上げた直後、
ドクン……
窓から入ってくる月明かりに照らされたハンジを目に入れて、また心臓の音が大きくなった。
時計の音が耳にこびりついて、息をするのを忘れてしまう。
ハンジ「まあこれで目の中のゴミも自然と涙で流れるでしょ。うん」
リヴァイ「……………」
ハンジ「ゴロゴロ、取れた?」
リヴァイ「ああ。大体とれたと思う」
ハンジ「そりゃ良かった」
胸の中が、変な感じだった。
ダメだ。堪えろ。今、ここで動いたらダメだ。
両目を閉じて息を吐き出した。そして机の上のランプを再び持って部屋を出る。
リヴァイ「じゃあな。俺は部屋に戻る。ハンジもあんまり根を詰め過ぎるなよ」
ハンジ「うん。大丈夫だよ。ありがとう!」
と、言ってお互いに別れた。
自分の部屋に戻ってからベッドの中に潜り込んでから、ぐったりする。
まずい。だんだん、まずい状態になっているような気がする。
何で「見惚れた」んだ。俺は。月明かりに照らされた「ハンジ」に。
これってもしかして、もしかして、そうなのか?
俺は、ハンジを「女」として見始めているという証拠なのか?
そういうつもりはなかったのに。どの辺で、こんな風になっちまったんだ?
リヴァイ「…………香水のせいだな」
俺は八つ当たりしたくなった。
その例の「香水」をエルヴィンに渡したという「商売女」を恨みたい気持ちになった。
だから決意した。今度、エルヴィンに頼んでその「商売女」に会ってみる。
そして直接文句を言ってやる。そう決意して、俺は無理やり両目を閉じてもう一度眠る事にしたのだった。
そしてエルヴィンがその「商売女」に会いに行くと言った日に俺の予定も合わせて、2人でその「娼館」とやらに足を踏み入れる事になった。
ただ、ここでは「偽名」でサインすると言っていたので、俺も適当な名前で入場した。
エルヴィンは「ヴィンセント」俺は「バイブル」という偽名を使った。
娼館の中は濃い「香水」の香りが充満していた。ちょっとここまでくると匂いがきつ過ぎる。
頭が重くなるようなその室内の中、俺はその「商売女」と対面した。
商売女「あれ? 今日はヴィンセント1人じゃないんだ?」
エルヴィン「すまない。どうしても君に会いたいと言い出した私の友人が居てね。バイブルだ。私の職場の同僚だよ」
リヴァイ「………」
俺はその女を注意深く観察した。
顔立ちは普通だ。化粧で大分誤魔化している感じだ。
胸は大きいが、詰め物で増量しているように見えた。不自然な曲線だったからだ。
大した女に見えないが、エルヴィンの馴染みの女らしいから一応、丁重には扱ってやる。
リヴァイ「あんたに尋ねたい事があって来た」
商売女「なに?」
リヴァイ「あんた、こいつに香水を分け与えたよな? 何でそんな真似をした」
商売女「ああ……香水? それはヴィンセントが「欲しい」って言い出したからだよ。……まあ、ちょっとしたサービスってやつかな」
と、言い出した。
その甘ったるい態度に少々イライラしながら俺は言った。
リヴァイ「そういう商売道具を一般人に分けていいのか? こいつ、他の女にもそれを分けてやっていたんだぞ」
商売女「ん? 別にいいよ? 好きに使えばいいんじゃない?」
リヴァイ「迷惑だからやめてくれ。その「香水」のせいでえらい迷惑を被った。お前のせいでこっちは酷い目に遭ったんだぞ」
商売女「そんな事を言われても……言いがかりにしか聞こえないけど?」
リヴァイ「言いがかりなのは百も承知だが、一言文句を言いたくて我慢出来なかった。てめえの面は覚えたぞ。一生、恨んでやるからな」
商売女「ぷぷぷ……何それ。やだ。変な口説き文句。一生覚えて貰えるなら、こっちは凄く嬉しいけど?」
と、熱っぽい視線でかわしてきて、思わず俺は目を細めた。
気持ち悪い。よくこんな女とエルヴィンは夜を過ごせるな。
エルヴィン「ふふふ……まあまあ、そうカッカしないで。過ぎた事だ。悪いのは私であって彼女ではない。もういいだろ? 文句を一言言ってやりたいっていう用事は済んだな?」
リヴァイ「まあ、そうだが」
エルヴィン「では、ここからは少々仕事の話をしよう。レイラ。何か新しい情報は入ってきたかな?」
レイラというのがこの商売女の名前らしい。するとその女は急に顔色を変えて、
レイラ「最近はむしろ、動きがないのが怪しいね」
と俺の時とは全然違う真面目な表情で答えた。
エルヴィン「というと?」
レイラ「うーん。平和過ぎるっていうのかな。嵐の前の静けさっていうか……最近、お偉いさんの娼館通いの頻度が「減ってる」ような印象を受けるよ」
エルヴィン「それはここだけ? それとも別の店も含めてかな」
レイラ「全体的にって感じだね。何だろ。こう……何かに感づいて「逃げた」ような? もしかしたら、誰かがそれに気づいて「自重」しているのかもしれないけど」
エルヴィン「ふむ……」
レイラ「なかなか尻尾が掴めないんだよね。相手も結構手ごわいよ。確実な情報は落としてくれない。でも、この間、ある「医者」を中央に呼ぶとか呼ばないって話はなんか「きな臭い」かなとは思った」
エルヴィン「ん? 中央に医者が呼び出された? 名前は分かるかな」
レイラ「グリシャ・イエーガーっていう、割と評判のいいお医者様らしいよ。シガンシナ区にいる医者だってさ。彼がどうのこうのって言っていた人がいて、その話が少し「ん?」って感じだった」
エルヴィン「その話、詳しく聞かせてくれるかな」
と、言ってその後は俺には良く分からない断片的な話になったが、エルヴィンは真剣に聞いていた。
エルヴィン「ありがとう。その情報は結構、重要かもしれない。代金はこれでいいかな?」
レイラ「信憑性も確実性もないけどいいの? 毎回」
エルヴィン「塵も積もれば山となると良く言うだろ。レイラの噂話は「感覚」で察知した物だからね。女の「勘」程信用出来る物はない」
レイラ「そう? いつもありがとうね。今夜はどうする? 寝る?」
エルヴィン「連れがいるからまた今度にするよ。じゃあね。お子さんにもよろしく」
レイラ「うん。ありがとう」
と、言ってその女とは別れた。
後半は逆に非常に「いい印象」の女に思えた。本当に同じ「女」なのか? って思う程に。
感じがいいというか。俺に向けた「顔」じゃなくて最初からエルヴィンに向けた「顔」だったら俺もあそこまで言わなかった。
何だか少々バツの悪い思いで娼館を出ると、俺はエルヴィンに尋ねた。
リヴァイ「お前……女と寝る為に娼館に通っている訳じゃなかったのか」
エルヴィン「いや? 寝る時もあるよ。たまにね。でも、そうだね。どちらかというと「情報収集」の方が本来の目的かな。ピクシス司令もたまに協力してくれているけど、そういう「噂」や「裏情報」を得たいなら花街に通うのが一番早いからね。人から人への情報の方が新聞なんかより余程信憑性がある」
リヴァイ「そうか……」
こんな細かい仕事までしていたとは。ご苦労な事だ。
リヴァイ「すまんな。そういう事だったのなら、俺も協力してやれば良かった」
エルヴィン「いやいや? 君の場合は調査兵団の本業に専念して貰った方がいい」
リヴァイ「しかしこの手の「裏町」についてなら、俺もそれなりに詳しいぞ。昔、地下街にいた訳だしな」
女と寝た訳じゃねえが、その手の「商売女」との繋がりが全くなかった訳じゃない。
たまに残飯のおこぼれを頂戴していた事もあった。優しい女もたまにはいる。
エルヴィン「いや、君の場合は知名度の問題があるからね。「遊ぶ」のはいいとしても「探っている」事がバレたら致命的だ。遊ぶ気が全くない人間がこういうところを出入りしたら怪しまれるだけだよ」
リヴァイ「という事は、たまには遊んでいるんだな? エルヴィンも」
エルヴィン「当然でしょ? 彼女たちの信頼を得るには「遊ぶ」事も必要だよ」
と言い切るエルヴィンだった。
エルヴィン「まあこういう部分は余り女性の兵士には見せられないけどね。知ってるのはハンジくらいかな。ハンジは「男装して私も娼館に行ってみたい!」って前に言っていたけど、流石に断ったからね」
リヴァイ「あいつ………」
あいつ、まさか本気で「そっち」の気でもあるんだろうか?
ちょっと不安になって来たな。いつか確かめた方がいいかもしれない。
エルヴィン「まあそういう訳で、気が済んだ? 香水のせいでいろいろムラムラした腹いせは出来た?」
リヴァイ「むしろなんか、割と後半は「イイ女」に見えたせいでこっちのバツが悪かった。俺の時の態度とエルヴィンとの態度で別人に見えたぞ」
エルヴィン「それが彼女らの「商売」だからね。男に合わせて「演技」するのが彼女たちの「仕事」だから。そうか。という事は、リヴァイは「媚びる」女より、「知的」な女の方が受け入れやすいって事なのかな」
リヴァイ「なんでそうなる?」
エルヴィン「だってそういう事でしょ? 彼女場合は私に見せる「顔」の方が限りなく「素」に近いっていうのもあるけど。媚びる女が苦手なら、娼館に通うのは余りお勧め出来ないか」
と、エルヴィンが苦笑いする。
エルヴィン「まあこればっかりは「好み」の問題だからね。金をもう少し出せば「高級娼婦」との一夜も楽しめるけど。そっちに行けばリヴァイ好みの女もいるかもね?」
リヴァイ「別にそこまでして女を欲しいとは思わんが」
エルヴィン「そういうストイックなところがモテる一因なのかねえ?」
と、エルヴィンが肩をすくめて見せる。
エルヴィン「でもリヴァイがまさか、一言、文句を言いたいなんて言い出すなんて思わなかった。ハンジと何かあったのか?」
ギクリ。
いきなり図星をさされて俺はつい、視線を逸らした。
リヴァイ「……………言いたくねえ」
エルヴィン「と、言われると気になるのが人間だよね。何? ハンジにキスでもしちゃったの?」
リヴァイ「んなことしてねよ。する訳ねえだろ」
エルヴィン「んー………つまりリヴァイは香水をつけたハンジを切欠にして、その気になりかけたって事でいいのかな?」
クソ。大体合っているのがムカつく。
リヴァイ「…………香水のせいだろ。不可抗力だ」
エルヴィン「いやどうだろ? そうとも言い切れないかもしれないよ。元々、多少なりとも「好意」がなければ、いくらその手の香水をつけても「堕ちる」事はないからね」
リヴァイ「つまり「好みの女」でなければ、香水も効き目がないって事か?」
エルヴィン「そんな「麻薬」じゃないんだから。100%、男を堕せる「香水」なんてこの世には存在しないよ。あくまで「香水」は女の「アクセサリー」だからね?」
リヴァイ「……………」
そう言い切られて俺は両目を閉じてしまった。
だとしたら、「香水」のせいというより、俺は元々、ハンジに「気があった」って事になるんだろうか?
もしそうだとしたら、物凄い重い罪悪感を抱える。
だってあの「ハンジ」だぞ。相手は。
男なのか女なのか曖昧な感じの、あのハンジに、俺は……。
いや、女の恰好をすればそれなりに「女」に見えなくもないんだが。
むしろ、足はすらっとしていて、スカートも似合っていたのは本当だしな。
………って、あの時の黒いレースのワンピースを思い出してどうする。
エルヴィン「あちゃー……これはもはや「手遅れ」みたいだね。リヴァイ」
リヴァイ「そうなんだろうか?」
エルヴィン「私にはそうとしか見えないよ。切欠はどうあれ、一度そういう「感情」に囚われてしまったらもう誤魔化せないよ」
リヴァイ「……………」
それは俺がハンジを「女」として認めているという事か。
>>70
原作を読み直したら、ちょっと矛盾点が出て来たので訂正します。
レイラ「なかなか尻尾が掴めないんだよね。相手も結構手ごわいよ。確実な情報は落としてくれない。でも、この間、ある「医者」について話していたのは「きな臭い」かなとは思った」
エルヴィン「ある医者?」
レイラ「グリシャ・イエーガーっていう、割と評判のいいお医者様だったらしいんだけど。元々はシガンシナ区にいた医者だってさ。彼がどうのこうのって言っていた人がいて、その話が少し「ん?」って感じだった」
時間軸をちょっと勘違いしていたので台詞を訂正します。
オルオ達はマリア陥落後に入団しているので、
台詞を変更します。すみません。原作の読み方が甘かったです。
頭を掻き毟りたい。というより掻き毟る。イライラする。
クソ……罠に嵌められたような気分だ。背後から襲われたのより性質が悪い。
だったらこれから先、どうしろっていうんだ。
俺はハンジを抱けない。あいつは調査兵団には必要な人材だ。
ある意味では俺よりも必要な人間だ。あいつを、そういう目で見ちゃいけない。
そう思うのに、一度その思考に囚われ始めると心臓が痛くなる瞬間が来る。
余り深く考えたくなかった。棚上げしよう。今はそれより、気になる事がある。
リヴァイ「エルヴィン。聞きたい事がある」
エルヴィン「ん? 何?」
リヴァイ「今、ハンジが開発しようとしている新しい罠についてだが、予算を増やす事は出来ねえのか?」
エルヴィン「ん~調査兵団は人材、資金共に不足気味だからね。そう何度も資金を費やす訳にもいかないのが現状だ」
リヴァイ「だが金さえあれば、何とかなりそうな気配だと、ハンジは言っていたようだぞ。あいつの頭の中にははっきりとした「構想」があるみたいだしな。どうにか出来ないのか?」
エルヴィン「罠にだけ、お金を割くわけにもいかないしね。それ以外の部分でも金は必要だ。馬とか維持費とかね」
リヴァイ「そうか……」
やはり今はその時ではないのか。
ハンジに思いっきり金をかけさせて研究させてやりたいんだが。本当は。
あいつの研究が進めば進むだけ、調査兵団の戦略の幅が広がる筈だ。
だから、何とかしてやりたい。そう思うんだが。
リヴァイ「担保を提供して金を引き出す訳にもいかないか?」
エルヴィン「その手は私も考えている。だが今は「其の時」ではないよ」
リヴァイ「まだ準備が整っていないのか」
エルヴィン「うん。ハンジが8……いや、9割、巨人を仕留める「構想」をプレゼンテーション出来る程度には「罠」を煮詰めて貰って初めて動き出せる。まだ今は「材料」が揃っていない状態だ」
リヴァイ「そうか……」
エルヴィン「焦る気持ちは分かるけどね。リヴァイ。今はとにかく「現状維持」だ。欲深く考えたら足元を掬われるよ」
リヴァイ「分かった」
エルヴィンがそう言い切るならそれを信じよう。
そう自分に言い聞かせて俺はエルヴィンと共に兵舎に帰る事にしたのだった。
そして数日の月日が流れて、またハンジが朝から勝手に食堂の隣の席に座って朝食を取り出した。
ハンジ「やあおはよう! リヴァイ! 元気?」
リヴァイ「全然。元気じゃねえな。今、この瞬間から」
と、言って少し離れる。
ハンジ「酷い! なんか最近、冷たくないかね? ん? 近づくと逃げるよね? 何か私、やらかした?」
リヴァイ「いつもやらかしているだろうが。胸に手当てて考えてみろ」
ハンジ「いや、だからその数が多すぎて「どれ」の事かが分かんないから、そこを教えて欲しいんだけど?」
リヴァイ「だったら全部反省しろ。あとついでに自分の部屋の布団は、晴れた日だけでも干せ」
ハンジ「えー急な雨が降ったら困るでしょ。休みの日は休みたいし、嫌だよ」
リヴァイ「虫に食われて病気になっても知らんぞ」
そういう種類の病気だって存在するのにな。
風呂には毎日入らなくても構わんが、せめて身の周りの事くらいはきちっとして欲しいが。
ハンジは忙しいから自分の事は完全に後回しにする。誰かタダで家政婦やってくれねえかな。
俺もずっとはハンジに構ってはいられない。自分の仕事だってあるしな。
そう思いながらスープを飲み干していると……
ハンジ「病気はリヴァイの方が心配だけどな」
リヴァイ「?」
何でだよ。
ハンジ「だって行ったんでしょ? ん? エルヴィンから聞いたよ?」
リヴァイ「何を」
もう一口スープを飲む。でもそれを直後、後悔した。
ハンジ「娼館だよ。娼館! 2人で行ってきたんだって? この間。ん?」
スープを吹き零しかけた。しまった。口止めしておくの忘れていた!
ハンジ「いいなあ。私も前に「行きたい!」って言ったんだけど止められてね? 連れて行って貰えなかったんだよ」
リヴァイ「女が女を買ってどうするんだよ。お前、本気でそっちの人間なのか?」
だとしたら少々ショックなんだが。
ハンジ「ええっと、おしゃべりしてみたいだけかな? どんな女性達がそこで働いているのかちょっと興味があるだけだよ。でも流石にそれをやったら「マナー違反だからダメ」ってエルヴィンに止められたんだ」
エルヴィン、ありがとう。流石エルヴィンだ。よくぞ止めた。
リヴァイ「本気で女を堕とすなよ。頼むから冗談の範囲内にしてくれ」
ハンジ「はいはい。分かっていますよ。で? どうだった訳ですか?」
リヴァイ「は?」
ハンジ「いや、感想を聞いて見たくて。にしし」
と、ニヤニヤしてやがる。
リヴァイ「何か勘違いしているようだが、俺は別に女を買いに行った訳じゃねえぞ」
ハンジ「え? じゃあ何しに行ったの」
リヴァイ「文句を言いに行っただけだ。例の香水の件だよ。エルヴィンに変な物を分け与えた女が元凶だろうが。ムカついたから、一言クレームしに行ったんだよ」
ハンジ「え………リヴァイ、そんな事、してくれたの? 別にいいのに」
リヴァイ「は?」
ハンジ「いや、私が文句言いに行くのは分かるんだけど、何でリヴァイが言いに行くのよ。私、そんな事、頼んでないのに」
リヴァイ「でも、ハンジは不快な思いをしただろ? 俺もそうだった」
ハンジ「…………………そうなんだ」
リヴァイ「ああ。なんか、変な気分になりかけて……すまん。あれは事故みたいなもんだ。忘れてくれ」
ハンジ「……………なりかけたんだ?」
ハンジが真剣な目つきで、こっちを見て来たから、つい、俺も見つめ返した。
リヴァイ「すまなかった。気分、悪かっただろ。あんな真似して」
ハンジ「いや、別にそこまでは……ピクシス司令に比べたら可愛いもんじゃない? 司令、お尻撫でくりまわしてきたからね? リヴァイは鼻を項につけたのと、クンクンしちゃっただけでしょ? クンクンするのはミケの癖で慣れているし、別にいいかなって思っていたんだけど。そんなにリヴァイの方が気にしているなんて思ってもみなかった」
リヴァイ「…………」
そうだったのか。それならそれでいいんだが。
ハンジ「いやーごめんねー。なんかかえって気遣わせちゃったみたいだね? 今度、お礼するよ。紅茶飲む?」
リヴァイ「いや、そこは別に要らない。金の無駄遣いはするな。アールグレイならまだ在庫もあるしな」
ハンジ「あらそう? ん~でも何かお礼をしてあげたいかな。何がいいかな?」
と、ハンジが腕を組んで悩んでいる。
ハンジ「あ、そうだ! お古でいいなら、私の万年筆をあげよう!」
リヴァイ「え?」
ハンジ「この万年筆、書きやすいんだよ? 私の愛用のやつ。携帯用の方を1本あげよう。はい、どうぞ」
と、言ってハンジは胸ポケットから万年筆を1本取り出して俺に無理やり渡してきた。
ハンジ「インクはまだ残っているから暫くは使えるよ。詰め替え用だからなくなったら自分で交換してね。私はペンを一杯持っているし、大丈夫だから」
リヴァイ「…………」
温もりが残っていたそのペンを受け取ると妙な気持ちになった。
この万年筆はハンジの「胸ポケット」に入れてあった物だから余計に。
それを考えた瞬間、また眉間に皺が寄ってしまって自分でも困った。
ハンジ「おや? 眉間に皺が寄っていますね? これは照れているのかな? ん?」
リヴァイ「違う。その………いや、違わないか」
と、俺はふいっと視線を逸らした。
ハンジ「おおおお? これは貴重なリヴァイ! 誰に見せびらかそう! ねーねーミケ! 見て見て!」
リヴァイ「馬鹿! やめろ! ミケを呼ぶな!」
ちょっと離れた席で別の奴と一緒に朝飯を食べていたミケがこっちを見た。
そして「ふん…」と鼻で笑いやがった。あ、あいつ……!
周りにもクスクス笑いが伝染していく。あああああ! 面倒だな!!
朝食をかきこんでさっさと退場する。恥ずかしい。
するとハンジが「ああもう、逃げちゃった。ちぇー」と言って笑っていたのが聞こえたが無視した。
そして貰った携帯用の万年筆は俺の胸ポケットに入れなおす。
その瞬間、自分の眉間の皺がもっと深くなるのを感じて自分でも「アホ」だとしか思えなかったのだった。
ハンジから万年筆のお古を貰ってからまた数日の月日が流れていった。
実際、ハンジのお古のペンは使い心地が良かった。インクは当然、途中で入れ換えたが、こっちを使い始めると前のペンを使うのに違和感を覚える程だった。
次の壁外に出るまでの間の時期は書類仕事と、駐屯兵団の手伝いと演習の繰り返しだ。
次の壁外調査まで待ち遠しい反面、憂欝でもある。混ぜこぜの感情がいつも心の中にあって、不安定な日常を過ごしている。
ハンジは相変わらず研究の日々だ。例の新しい罠を造りあげるには、多大な「資金」が必要である事が分かっている以上、失敗は許されない。何度も何度も調整を重ねては改良を加えて検査して、技術班との相談も何度も重ねて「特定目標拘束兵器」の完成を目指していた。
そのせいでハンジの顔色がかなり悪い状態だった。思うように作業が進んでいないんだろうか?
一度、火薬の量を間違えてモブリットに軽い火傷の負傷させてしまった事もあり、其の時ばかりはハンジも落ち込んでいたが、モブリット自身は「ハンジ分隊長に怪我がなくて良かった」と言っていた。
俺の見ていない部分でも沢山の「失敗」を重ねているんだろうな。
それを思うと胸が痛くなる自分もいる。頑張れといいたい反面、それを言ってしまったら、俺自身が何かやらかしてしまいそうな予感もあって、結局は何も出来なかった。
ハンジを「女」だと認識してから、別に何も進展もしていないし、普段通りの生活を過ごしていたが、たまに夜、煮詰まった時だけは俺の部屋にやってきていろいろ意見を尋ねてくるので、それだけがしんどかった。
出来るなら「朝」に相談事をして欲しいんだが、朝は時間がゆっくり取れないから無理だと断られて押し切られて今に至る。
その日も結局はハンジは夜、俺の部屋に入ってきて頭を悩ませていた。
ハンジ「火薬の量が多すぎると荷馬車が壊れるし、少ないと先端が思うように飛ばないのよね。どの量が「適量」なのか全然分かんない……(ズーン)」
リヴァイ「火薬の量をいくつも試したんだろ? だったら適当なところで妥協は……」
ハンジ「無理! 罠の「肝」にあたる部分に手抜きは絶対出来ないよ! 適切な量が分かるまでは何度も爆破させるしかない」
と、疲れた表情でそう言い切るハンジだった。
髪の毛がくたびれているのが分かる。艶がねえ。まともに寝てないんだろうな。
というか、かなり臭い。汗臭い。風呂に入るのも面倒臭くなっている状態だ。
俺達調査兵団の人間は風呂より「シャワー」を浴びる場合が多いが、風呂自体がない訳ではない。
ただ風呂に入る場合は「薪」を使用する事になるのでそれだけ「燃費」がかかる。
だからケチりたい気持ちは分からんでもないが、せめて一月に1回くらいは風呂に入った方がいい。「健康の面」から考えた場合、必要な事だと俺は思う。
俺はシャワーの方が多いが。風呂も好きだ。出来るなら毎日入りたいくらいに。
毎日入ると燃費がかかり過ぎるからそれは流石にしねえけど。
俺は頭を悩ませた。この状態でずっと居座られると、恐らく俺の部屋に「ハンジの匂い」が残ってしまう。
リヴァイ「ハンジ。もしかしたら「構造」自体に何か問題があるからうまくいかないんじゃねえか?」
ハンジ「うううやっぱり? リヴァイもそう思う?」
リヴァイ「何か見落としている部分はないか冷静になって考えろ。今日はもう遅い。遊ぶ時間もねえし……どこかで思考を「打ち切る」事をしないとまた眠れなくなるぞ」
ハンジ「…………」
ハンジがだんまりだ。俺もちょっと黙ってみる。
だが平行線になりそうだったから、もう一度口を開いてみる。
リヴァイ「明日考えろ。今日は「おわり」だ。そうしないと、ずっと悪い方にいってしまいそうな気がするが?」
ハンジ「そうだね……」
ハンジがそう言って立ち上がって部屋に戻ろうとした其の時、
ハンジ「あ……(クラッ)」
立ちくらみだ。ハンジがよろけてしまって慌てて支えた。
リヴァイ「おい、大丈夫か?」
ハンジ「うん……平気」
リヴァイ「いや、平気な顔じゃねえだろ。少し俺の部屋で休んでいくか?」
ハンジ「ベッド借りてもいいなら……」
リヴァイ「ほら、横になれ」
ハンジをとりあえず仰向けにして寝せてやった。俺はベッドに座る。
ハンジ「…………」
ハンジが天井を見上げている。虚ろな目だった。
でもブツブツ何か呟いている。いつもの事だが。
集中するといつもこうなる。「あっち」の世界へ脳内で旅立っているんだ。
そして一通り気が済んだのか、俺の方を見た。
ハンジ「リヴァイ、お願いがあるんだけど」
リヴァイ「なんだ」
ハンジ「もう1回、体を見せて欲しい。今度は上の服、脱いだ状態で」
リヴァイ「え………」
ハンジ「筋肉の流れをもう1回見たい。ごめん。我がまま言っているのは分かっているんだけど」
リヴァイ「……………」
夜中なのに、いいのか。もう12時近いんだぞ。
いや、ダメだ。流石にこの時間帯にそんな真似はしたくねえ。
リヴァイ「明日の昼間じゃダメなのか?」
ハンジ「今がいい。お願い。後で何でもするから」
リヴァイ「何でもする?」
その言葉にゾクッとする自分が居た。いや、ダメだ。ゾクッとするな。俺は。
ハンジ「とにかく、今すぐ確認したい事があるの。お願い」
リヴァイ「………分かった」
何を確認したいのかさっぱり分からないが仕方がない。
俺は自分の寝間着を静かに脱いで上の服を一度全部脱いだ。
ハンジに正面から触られる。ベッドの上で。
以前と比べると恥ずかしさが段違いに違うんだが……。
でも俺の「筋肉」の流れを見たいって言うなら仕方がねえ。
そうだ。これは仕方がない。ハンジの為だ。研究の為だ。
ハンジは真剣な目つきで俺の関節を中心に触って筋肉を撫でていた。
あんまり優しく触るな。つい、目を逸らして堪えていると、
ハンジ「リヴァイにも「乳酸」が溜まりやすい個所、あるんだね」
リヴァイ「は? 何だそれは」
ハンジ「所謂「疲れ」と言った方がいいかな。人間の体には「体液の流れが悪い」箇所がいくつかあって、そこには「疲れ」が溜まりやすいんだ」
リヴァイ「そうなのか」
ハンジ「この辺とか、ちょっと他の場所に比べたら筋肉が硬い」
と、言って急に二の腕付近を揉んできたので俺もドキッとした。
リヴァイ「揉むな。突然」
ハンジ「ああ、ごめん。痛かった?」
リヴァイ「ちょっとな。いや、そういう部分は誰にでもあるだろ」
ハンジ「まあそうだけど。巨人にもあるのかなって思って」
リヴァイ「俺は巨人じゃねえから分からん」
ハンジ「うん。そりゃそうだけど。でも、身体を動かす際に重要な箇所は巨人も人間も殆ど同じだと思うんだよね」
と言って俺の体を撫でまわす。いや、ちょっと待て。ハンジ。
なんか手つきが怪しくないか? いや、触られるのは、悪い気分じゃねえんだが。
でもハンジはこっちの戸惑いは気づかないで続ける。
ハンジ「奇行種の場合はまた別なのかもしれないけど。肩と骨盤と膝と足首。最低でもこの4つを一気に封じ込められるようにならないといけないんだけど」
といいつつ、俺の体の「肩と骨盤と膝と足首」も撫でてくれる。
もういい加減にしろ。いや、まだ撫でてもいいが。
……どっちだ。いかん。頭がおかしくなりそうだ。
止めさせよう。俺はハンジの手を取った。
リヴァイ「もういいか? 十分だよな?」
ハンジ「ああ、ごめん。もういいよ。うん」
リヴァイ「何かヒントは掴めたか?」
ハンジ「ん~どうだろう?」
リヴァイ「おい……」
撫でられ損か。損した気分だな。
いや、役得だな。ん? 待て。どっちだろうな? この場合は。
ああもう、訳が分からん。頭が少々フラフラしてきた。
ハンジの方を見れないで俯いていたら、ハンジが唸りだした。
ハンジ「もしかして、中に詰め込んでいる「筒」の方に問題があるのかな」
リヴァイ「筒?」
ハンジ「ううーん。ワイヤーをまとめておく方。たまにそっちが「切れる」事もあるんだよね」
リヴァイ「ワイヤーが切れる……まとめ方が間違っているんじゃねえか? どんな風にワイヤーを中に入れているんだ?」
ハンジ「ええっと、ワイヤーある?」
リヴァイ「あるぞ。部屋に工具はある。ちょっと待ってろ」
俺の部屋には立体機動装置の整備用の工具も一式置いている。ワイヤーの予備もある。
そのワイヤーを見本にしながら、
ハンジ「ええっと、こうかな。こうやって、束ねる感じで……」
と、ハンジはえらく面倒臭い方法でワイヤーを束ねていた。
なんていえばいいんだ? 効率が悪い感じだ。
リヴァイ「そんな束ね方するより「螺旋状」に巻いたらどうだ?」
ハンジ「え?」
リヴァイ「筒があるんだろ? 中に「芯」のような物を入れてそれに巻くとか? ダメなのか?」
そう言った食後、ハンジの目の色が急に変わって、震えだした。
ハンジ「やって見せて!」
リヴァイ「は? だから、こうやって収納すればいいだろ? 小さく纏めたいんだろ? 違うのか?」
と、棒みたいな物に仮にワイヤーを巻き付けてやると……
ハンジ「それだあああああああ!」
と、言い出して夜中なのに超ハイテンションで喜び出したのだ。
ハンジ「そっちなのかもしれない。いや、まだ分かんないけど。でも、その方法でワイヤーを纏めた方がいいのかもしれない! 何で私、気づかなかったんだろ?!」
リヴァイ「ハンジは収納が下手くそだからじゃねえか?」
思い当たる事はそれしかねえな。
ハンジ「うわああ……それ言われるときついけど。でもそうかも。これはリヴァイにしか出来ない発想かも」
リヴァイ「大げさだな。俺は荷物が嵩張るのが苦手だから出来るだけ常に「小さく」する事を心がけているが?」
服の畳み方とかもそうだな。小さく畳むのが好きだな。
ハンジ「いやーでも本当、リヴァイっていい男だね。私、抱かれてもいいって今、本気で思った」
リヴァイ「………は?」
ハンジ「超嬉しいよおおおおおお! まさか煮詰まっていた事がこんなにあっさり解けるなんて思わなかった」
と、いきなり正面から抱きしめられて俺は混乱した。
何だって? 今、何て言ったこいつ?
だ……抱かれてもいいとか、言ったか? 気のせいだよな?
聞き間違いだと思いたかった。もしくは冗談だよな? そうだよな?
ハンジ「リヴァイ、大好きー………」
ドクン………
心臓がまた跳ねた。今、俺の方はその、上半身が裸なんだぞ。
ハンジの体温が直接伝わってくる。臭い。匂いも強烈なのに。
クソ………! ふざけるな!!!!
何が「抱かれてもいい」だ!!!!
俺はハンジを振りほどいて、一発頭に拳骨を振り下ろした。
ハンジ「いったああああああ!!! 何で殴られた私?!」
リヴァイ「軽々しく言うな」
ハンジ「へ?」
リヴァイ「抱かれてもいいなんて、軽々しく言うんじゃねえ! もう出て行け! そしてもう夜は二度と、俺の部屋に来るな!!」
そう怒鳴り散らして俺はハンジを自分の部屋から無理やり追い出して自分の部屋の鍵をかけた。
ドアの向こうでは「ええええええ?!」と混乱したハンジの声が聞こえた。
ハンジ「何でそんなに怒っているわけ? え? 私、えっと……あくまで「例え」で言ったのに?」
だろうな。そうとしか聞こえなかった。俺にも。
だからと言って、そんな台詞を聞きたい訳じゃねえ。こっちは。
頼む。もう俺の前でそんなに「無防備」のまま近づくな。
立体機動装置もないまま巨人と戦うのと同じくらい無謀だぞ。ハンジ。
ハンジが去って行く気配がない。ドアの前で立ち尽くしているのは分かるが。
こっちも開けてはやらなかった。そして数分後、ようやく諦めてハンジの足音が遠のいていった。
それを確認したのち、俺は自分の衣服を着替え直してベッドに潜り込んだ。
もう知らん。今の今まで、夜、ホイホイ男の部屋に潜り込んできたハンジが悪い。
そう結論付けて、俺は無理やり両目を閉じたのだった。
今日はここまでにします。次回またノシ
ええっと、原作の時間軸だと、
マリアが陥落後のイルゼの手帳発見後、そしてトロスト区防衛戦の手前くらいを想定している感じです。
最初、オルオ組がマリア陥落前か後の入団がどっちか分かんなくなって、
ちょっと混乱していたようです。すみません。
そして商売女の名前は適当につけた捏造オリキャラです。
エルヴィン団長なら情報を得る為に娼館くらいしれっと通うんじゃないかなっていう
妄想も含まれています。すみません(笑)
ハンジが部屋に来なくなって数日経った。あいつとは殆ど会話をしていない。
朝も一人で飯を食べていた。あの日、次の日の朝になって「やり過ぎた」と気づいたが、どう謝るべきか分からず今に至る。
大人げない行動に出たのは自分でも分かっている。ハンジがあくまで「喜び」を表現したくて「例え話」でそう言ったのも理解していたのに。
でも「抱かれてもいい」なんて言われたら、俺もその、困るしかない。
特にあの時、俺は服を脱いでいた。せめて着衣の状態だったならまだ冷静で居られたかもしれんが。
あの時のハンジの体温とか匂いとかを思い出すといろいろ、困る自分がいる。
ダメだ。
思い出したらダメだ。
なんか頭の中がフラフラしてくる。ぼーっとして集中力が欠けてくる。
こんな調子じゃ、演習は良くても「本番」で命を落としかねない。
壁の外の世界は、こっちの都合なんかお構いなしだってのに。
深いため息が零れた。すると、今日は何故か別の人間が隣に座って来た。
ナナバ「やあリヴァイ。今日はハンジと飯食べないの?」
リヴァイ「あー………」
ナナバとハンジはまあまあ仲がいい。というか、ハンジは女性兵士の中では割と誰とでもすぐ打ち解ける。
皆のムードメイカー的存在なんだ。だからきっと、ナナバにも心配をかけているんだろうな。
リヴァイ「すまん。ハンジといろいろやらかした」
ナナバ「だろうね。見ていれば分かるよ。ハンジもハンジで反省中みたいだったし」
リヴァイ「あいつ、ちゃんと飯食っているんだろうか?」
ナナバ「それは何とか、モブリットが世話しているみたいだよ。今回ばかりは」
リヴァイ「ならいいんだが………」
責任を感じた。もし俺のせいでハンジが体調を壊したらやるせない。
ナナバ「そっちは大丈夫? ちゃんと飯食べて眠れているの?」
リヴァイ「微妙だな。飯は無理やり入れてはいるが、睡眠不足は否めない」
ナナバ「そっか………壁外調査までには間に合いそう?」
リヴァイ「分からん。だが間に合わせるしかない。でないと俺もあっさり死ぬだろうな」
精神の状態が立体機動に及ぼす影響は大きいからな。
ナナバ「リヴァイには死んで欲しくはないね。私でよければ手助けしてあげてもいいんだけど」
リヴァイ「この場合、俺はどうすればいいんだろうな」
と、一応前置きしてから俺はナナバに言った。
リヴァイ「あいつ、いろいろ悩み事や煮詰まった事があると、俺の部屋に夜、相談しに来るんだよ」
ナナバ「へえ……相談だったんだ。私は「逢引き」かと思っていたんだけど。違ったんだ?」
リヴァイ「何でそうなる」
ナナバ「部屋のドア、しっかり閉めていたじゃない。相談事なら、普通は「閉めない」でやらない? 夜、女が来た場合は」
リヴァイ「…………え?」
それを聞いて、俺は青ざめる自分がいた。
リヴァイ「そ、そういうものか? それが常識なのか?」
ナナバ「うん。普通はそうする。ドアは開けっ放しにしておくよ。完全には閉めない。「そういう意志」がないのであればね?」
と、ナナバがウインクをして言ってくる。
リヴァイ「……………まさかとは思うが、それをやっていたのは俺だけか?」
ナナバ「だと思うよ。ハンジは他の男の部屋にも夜、訪れていた事もあったけど、皆、ドアは「開けっ放し」だったねえ」
リヴァイ「…………」
滝汗が出て来た。いろんな意味で。
ナナバ「あーリヴァイはそういう「色恋沙汰」にまみれてないから、分からなかった訳だ。ハンジが初めてか」
リヴァイ「……………」
いろいろバレているらしい。恥ずかしいな。こういうのは。
ナナバ「だからもう、目撃した兵士の大半は「ああ、つきあっているのかな?」みたいな認識だったよ。何度も何度も、夜になるとハンジがリヴァイの部屋に入ってドア閉めるから。きっと「ヤッてる」と思われていたと思うけどな」
ガク………
なんて事だ。えらい事になっていた。
まだそういう関係ですらないのに。参ったな…。
いや、待て。今何考えた。
「まだ」も何も、そういう関係を望んだらダメだろ。
頭を振った。するとナナバはこうも言った。
ナナバ「まあいいや。事実は違った訳だ。で? 何が問題?」
リヴァイ「その………「もう夜は二度と、俺の部屋に来るな!!」ってハンジに言ってしまった」
ナナバ「別れ話が拗れたって事?」
リヴァイ「別れ話も何も、俺達は付き合っている関係じゃ……」
ナナバ「ふーん。まあいいけど。そこに至るまでの「経緯」を知りたいんだけど?」
リヴァイ「…………」
俺はどう説明するべきか迷った。ハンジとの会話の流れを。
全部話すべきか。そうだな。もう話さないと無理かもしれない。
リヴァイ「あいつが、やつれていたからな」
ナナバ「うん」
リヴァイ「俺の部屋で少し休ませていたら、俺の「筋肉」をもう一度確認したいと言い出して、上半身を脱いだ状態で見たいって言い出したから、協力してやって……」
ナナバ「ふむ」
リヴァイ「その後、体を触られて、いろいろ話している内に、あいつが何か「閃いた」みたいでな。いい「案」を」
ナナバ「へえ」
リヴァイ「その後、興奮し過ぎて「リヴァイっていい男だね。私、抱かれてもいいって今、本気で思った」って言い出して」
ナナバ「おお……」
リヴァイ「俺の事、『大好き』なんて言い出しやがって……」
ナナバ「いい雰囲気じゃない。じゃあ何で追い返したのよ」
リヴァイ「いや、それはあくまで「喜び」を「表現」する為の「例え話」だからな? 本気でそう言っている訳じゃないのは流石に分かったから、それについ、苛ついて………」
ナナバ「え? 「例え話?」ってどういう事?」
リヴァイ「ハンジ自身が、追い出した後にそう自分で言った。「あくまで例えで言ったのに」って」
ナナバ「ええええ……?」
リヴァイ「それは俺も分かっていたんだが。その、つい……何だ。もう、俺もどうしたらいいかさっぱり分からん」
うまく説明出来た自信はねえが、これ以上は無理だった。
するとナナバは呆れた顔になって言ったんだ。
ナナバ「何だか良く分からない状態だね。つまり、それってお互いの事を好きっていう自覚がない訳?」
リヴァイ「ん?」
ナナバ「両想いなんだよね? 違うの?」
リヴァイ「………思っているのは俺の方だけだろ。どうせ」
ハンジにその気はないんだろ。でないとあんなに無防備に近づいてくる筈が……。
ナナバ「え? でも、ハンジは「大好き」って言っているよね? それって告白しているんじゃない?」
リヴァイ「え………?」
何だって?
ナナバ「いや、なんかおかしくない? ハンジはかなり「好意」を見せているよね? どう見ても。だってすぐ、何かあるとリヴァイのところに転がり込んでいる訳でしょ?」
リヴァイ「何もなくても転がっている時もあったな」
クッキー食って爆睡したりな。
ナナバ「それって、ハンジの方から見たらリヴァイの事、好きって事だよね」
リヴァイ「……………え?」
そうなのか? そうだったのか?
いや、でも。待て。でも「あくまで例え話」って言ったよな?
リヴァイ「抱かれてもいいっていうのは「例え話」って言ったんだが?」
ナナバ「いや、そこは確かにそうだろうけど。でもハンジの中にリヴァイへの「好意」はあるよね?」
リヴァイ「……………あるのか?」
ナナバ「じゃないの? え? これ、私、何か間違った事言っているのかな?」
と、ナナバの方が不安げな表情になった。
ナナバ「いや、だって……リヴァイは途中加入の兵士だから、集団生活の「習わし」を知らない部分があっても不思議じゃないけど、ハンジはちゃんと訓練兵団を出ているんだよ? ドアの開け閉めの件とか、知らない筈ないんだけどな」
リヴァイ「え?」
ナナバ「だから、ハンジ自身に「NO」という意志があれば「ドア開けていていい?」って自分から言うと思うんだけど」
そう、言われた瞬間、俺の頭の中が真っ白になった。
待ってくれ。それじゃあ………まさか。
ハンジの奴、半分くらいは「本気」でそう、言っていたのか?
全部が本気じゃなかったとしても、その……。
もし、俺の方から、「抱きたい」という「意志」を見せたら、其の時は…。
ナナバ「ハンジは結構、他人に興味津々だし、その辺の「空気」を読むタイプだし……うん。知らない筈はない。だから、もしリヴァイの方にその気があったら、別に「してもいいかな」くらいは思っていたと思うんだけどなあ」
リヴァイ「……………」
そうナナバに言われて俺は朝っぱらからいろいろ困る羽目になった。
リヴァイ「すまん、ナナバ。食器を代わりに片付けてくれないか?」
ナナバ「ああ、いいよ。うん。後は察したから」
と、言ってナナバが後片付けをしてくれた。
1人席に座ってずるーっと顔を伏せる。
まず何からするべきだ。そうだ。ハンジと話し合わないと。
何を? いや、だから、その、追い出してすまんと。
夜、また来てもいい。いつでも来ていいと言っていいって事だよな。
いや、待て。それを言ったらまるで「ヤるぞ」って言っているようなもんだって、アレ?
いかん。頭が混乱してきた。ハンジとそういう関係になるつもりはなかったのに。
いや、ダメだ。なっちゃいかん。あいつは、調査兵団の幹部だ。
あいつを孕ませたら、あいつは兵士を引退せざる負えなくなるかもしれない。
エルヴィン『いつ、誰がどこで死ぬかなんて、分からない。だったら………』
そこまで思って、エルヴィンの言った事を思い出した。
そうだ。俺もハンジも、次の壁外調査で死ぬかもしれないってのに。
何、悠長な事を考えているんだ。俺は。
確かにやっちまえば、子供が出来ちまうかもしれないが。
ただ、ハンジの場合は絶対、出産した後も、復帰するだろうな。あいつはそういう奴だ。
その辺の事は俺が一人で考える事じゃねえな。
まずは、ハンジと会わないと。そう決意して、俺はハンジを探した。
今の時間帯なら、研究室だな。恐らく自室では寝てないんじゃねえかな。
ほらな。やっぱりここに居た。まだ朝食も取ってない顔だな。
一応、机の上に今日の朝食のトレーがのせてはあったが。
ハンジは手をつけていなかった。机の上に座って顔を伏せて眠っている。
いや、多分寝てはいねえな。これは。
俺が研究室のドアを開けたらぴくっと反応したからな。
リヴァイ「ハンジ………今、いいか?」
ハンジ「ん?」
一応、顔をあげてくれた。眠そうな顔だったけどな。
目が合った。俺はその目を真っ直ぐ見つめ返した。
リヴァイ「話したい事がある。その……まずはこの間の夜の事を謝りたい」
と言って俺はハンジの正面に移動して机を挟んで正面の椅子に座った。
向かい合った。ハンジもこっちを見ている。
リヴァイ「追い出してすまなかった。その……前言撤回する。お前はいつでも俺の部屋に入っていい」
ハンジ「何で?」
リヴァイ「お前はそうしていい女だからだ」
ハンジ「許可を貰えると思っていいの?」
リヴァイ「その通りだ。自由にしろ。俺がいない時でも、俺の部屋で寝たいなら寝ても構わん」
ハンジ「…………」
喉がカラカラになってきた。こういう話をするのは初めての経験だ。
巨人をぶっ殺すのより緊張する。変な話だが事実だ。
ハンジ「何で急に気が変わったの?」
リヴァイ「それは……その、アレだ。俺の勘違いだったと分かったからだ」
ハンジ「勘違い?」
リヴァイ「お前、俺に「抱かれてもいい」って言ったよな?」
一応、確認する。すると、ハンジはちょっと赤くなって、
ハンジ「いや、ごめん。何か勢いでうっかり言ったかも。その……あの時は私も嬉しくて、つい。その言葉の表現力が大げさになり過ぎた」
と、照れている。
リヴァイ「ああ。それは俺も分かっていたが………でも、その後に「大好き」って言ったよな」
ハンジ「うん。言ったね」
リヴァイ「嘘じゃねえんだよな?」
ハンジ「嘘じゃないよ。そこは真実だ。私、あの時、リヴァイの事、凄く「大好き」って思った」
リヴァイ「それは俺の事を異性として、好きだという意味だよな?」
ここを間違えたらとんでもない事になる。
だからはっきりさせたかった。友人としてと言い出したら、また違う答えをしないといけなくなるが。
どっちなんだ。答えてくれ。ハンジ。
すると、ハンジは少し目を伏せて、言った。
ハンジ「うん……まあ、その……えっと……」
リヴァイ「どっちだ。ハンジ」
ハンジ「ええっとね? その……た、たぶん、異性なんじゃないかなあっては思うんだけど。あははは」
リヴァイ「多分ってことは、今、ここで、押し倒しても文句言わねえって事か?」
ハンジ「ええええ? それはちょっと困るけど?!」
リヴァイ「じゃあ、どこまでなら許せる?」
駆け引きだ。ハンジ。俺は何処までならお前の「中」に踏み込んでいいんだ?
ハンジ「えっと………その………あの……」
視線が泳いでいる。すると、我に返って、
ハンジ「さっきから私にばっかり質問してない? 私もリヴァイに聞きたい事沢山あるんですけど?!」
リヴァイ「なんだ」
ハンジ「その、ドアの件、アレ、わざとだったの?」
リヴァイ「いや、俺は全くその件については知らなかった。そんな「習わし」があるなんて初耳だった」
ハンジ「えええええ?! そうだったの?! あっちゃーだったら、変に意識していたのは私だけだったんだあ」
と、今頃頭を抱えるハンジだった。
ハンジ「最初の夜の訪問の時、てっきりドア開けっ放しにしてくれると思っていたのに、リヴァイが閉めちゃったからさあ。「え?」ってちょっと思ったんだよね。でも、自分から「開けて欲しい」って言ったら、リヴァイ傷つくかも? と思っていたし、いや、そうか……ごめん。迷って確認しなかった私が悪いね。これは」
ブツブツ言っている。可愛いな。その様子が。
ハンジ「でも結局、初日はトランプして遊んだだけだったじゃない? だから、アレ? とも思ったけど。リヴァイはドア閉めてもそういう事を「しない」タイプの人なのかなって思ってしまってね。そしたらちょっとほっとして何か楽しくなって。その……すみません。調子に乗りました」
と、頭を机に擦りつけるハンジだった。
ハンジ「なるほど。これが「3年連続抱かれたい男」の技なのかなってあの時、思った。結構、キュンとしたんだよね。不覚にも。その……てへへ」
リヴァイ「オイオイ」
だからか。だからあの時、その話題を持ち出したんだな。
謎が解けたら急に脱力したくなった。やれやれ。
ハンジ「トロスト区で部品の下見に行った時もさあ。何か凄く私を「支援」してくれたじゃない? あと私の部屋の掃除もしてくれるわ、パンツ見ても淡々と作業をこなすしさー。リヴァイの部屋で眠っても、放置してくれたし。ええっと……他にはその、壁外調査の前には巨人に会う為に風呂入れ発言とか。いちいち私のツボに入ってきて、だんだん楽しくなってきちゃったんだ」
リヴァイ「そうだったのか」
ハンジ「うん。私、ついつい、楽しいとそっちに没頭する癖があるのよ。巨人と会う時の感覚に凄く似ていたんだよね」
俺も巨人扱いか。まあ、いいけどな。別に。
ハンジ「ただねー私の中に1個、疑念があって。リヴァイって全然、女の噂も影もなかったから、本当に異性好きなのか自信持てなかったんだよね。エルヴィンと実は出来てますって言われても「やっぱり?」くらいにしか思えないくらい、女性兵士との距離も感じたし」
リヴァイ「おい!」
ハンジ「いやだって、それくらい酷かったよ? 実際、女性兵士の間では「そっちなのかな?」説、結構出回ってたからね?」
リヴァイ「………」
エルヴィンと一緒に居る時間が多かったせいか? これは。
ハンジ「だからその、実験してみようかなって思ってさ」
リヴァイ「実験?」
ハンジ「ニファに協力して貰ってね? 女性からの突然のプレゼントをリヴァイは受け取るのか受け取らないかっていう」
リヴァイ「は? まさか、あの帽子、お前の策略か?!」
ハンジ「イエス! 発案は私! ごめんね☆ (てへぺろ)」
ズコー!
と、立ち話だったらずっこける場面だなここは。
リヴァイ「じゃあ、あの帽子を選んだのは……」
ハンジ「それも私! 代金はニファと折半したけどね。ニファもリヴァイの事、結構好きみたいな事を言っていたからノリノリで協力してくれたよ。あ、ここでの好きは「上司」としてね? ニファは彼氏いるからね」
それも初耳だった。皆、隠れてこそこそいろいろやっているんだな。
ハンジ「だから、問題ないって分かったからちょっと安心した。噂が独り歩きしているだけだったのかな? って感じになって……どんどん試したくなったの。ごめんね。この辺、完全に巨人の実験のノリと同じだけど。無茶振りして、どこまで私に「付き合ってくれるんだろう?」っていう好奇心がだんだん疼いて来て……トロスト区に突然、夕方から行ったらどうなるかな? みたいな」
リヴァイ「じゃあもしかして、あの安売り情報も「嘘」か?」
ハンジ「いや、そこは流石に本当だよ。ただ、そこは流石に「諦めてもいい」部分じゃない? 多少値段が変わる程度だし?」
リヴァイ「冷静に考えてみればその通りだな」
ハンジ「うん。おまけにタイツ、追加購入したから、あんまり値段的には差つかなくなちゃったしね?」
リヴァイ「それもそうだったな」
ハンジ「あの時、いろいろ吟味するリヴァイが可笑しくて……ごめんね。すっごく楽しかったの。あんまりやらせると、こっちの策略がバレそうな気がして急かしたけどさ」
リヴァイ「笑っていたのか。あの時」
ハンジ「内心ね。嬉しかったよ。そういう意味で笑っていたの」
と、ニコニコしてネタバレしてくる。
そのハンジの笑顔は凄く綺麗で、つい、俺も照れてしまった。
眉間の皺が刻まれる。なんだこのくすぐったさは。
リヴァイ「で? 他に聞きたい事はあるか?」
ハンジ「ああ、あるよ。スカートパタパタした時、どんな気持ちになった?」
リヴァイ「どんなって……」
ハンジ「あれ、私なりの「実験」だったんだけどなあ?」
と、人の悪い顔をして言ってくる。こいつ、確信犯だったのか。
リヴァイ「なんか、見ちゃいけない物をみたような気分だったな」
ハンジ「そうだったの?」
リヴァイ「だから面倒臭くなって寝ようって思ったんだろうな。多分」
瞬時の判断だったからな。あの時は。
深い事は考えず、ただ瞬間的な判断だったと今では思う。
ハンジ「それって、やっぱり、エッチな意味で?」
リヴァイ「だろうな。じゃねえと、寝るなんて言い出さない」
ハンジ「そっかあ……良かった。あと馬車に酔ったのは嘘だよね? あの時、何があったの?」
リヴァイ「あー嘘だってバレていたのか」
ハンジ「そりゃバレますよ。馬に乗りまくれるあんたが、馬車程度の「揺れ」で酔う訳ないのに」
リヴァイ「それぞれの部屋に戻った後、俺の部屋にエルヴィンが来た。そこで香水を「商売女」から譲り受けた話を聞いて、ハンジの部屋にこっそり侵入して香水を処分しようとしたらエルヴィンに止められた。そこで奴に『ハンジとの交際を望むなら別に止めないよ』と言われて動揺していたんだよ」
と、あの時の事を思い出して俺は答えた。
ハンジ「エルヴィンとそんな話をしていたんだ……意外」
リヴァイ「だろうな。俺もあの時は頭の中がごちゃごちゃしていたからな。その後、その……結婚式場でピクシス司令に『男が女の衣装を買ってやるのは「脱がせたい」願望の表れというぞ』って言われた事を思い出して慌てて代金を受け取りにハンジの部屋に行った」
ハンジ「あ、だから急に私の部屋に来たんだね」
リヴァイ「そうだ。ピクシス司令に突っ込まれると思ったら急に寒気がしたんでな」
ハンジ「ぷぷ……」
ハンジが何故か笑っている。ツボに嵌ったようだ。
ハンジ「あと、私が慌ててシャワー浴びて戻って来た時、なんか様子が変だったよね?」
リヴァイ「あー」
勃起した件か。言うべきか、言わざるべきか。
まあいい。言ってやろう。顔が赤くなるのは否めないが。
リヴァイ「シャワー浴びたてのハンジを見て、勃った」
ハンジ「へ?」
リヴァイ「だから、その、ムラムラしていた。悪い。正直、あの時のハンジの「体臭」は最高に心地良かったぞ」
ハンジ「?! 嘘、マジで?! そんな素振りじゃなかったよね?! 全然気づかなかった!」
リヴァイ「いろいろギリギリだったからな。その……すまん」
と、今度は俺の方から頭を下げた。
ハンジ「じゃああの後、なんか距離を感じたのは「堪えていた」だけだったの?」
リヴァイ「その通りだ。下手に近づいたら襲いかねない自分がいたからな」
ハンジ「ええええ……マジで。その時点でもう、その気になっていたと?」
リヴァイ「ああ。なんか自分がだんだん「おかしい」状態になってきたのは気づいていた」
ハンジ「じゃあなんで「好みの女」を「清潔な女」なんて言ったの? 軽く凹んだんですけど?」
リヴァイ「あれは、洗い立てのハンジを思い浮かべてつい、そう言っただけだ」
ハンジ「ああ……ムラムラした時の「私」をそう表現しただけだったのね」
リヴァイ「そういう事だ。あと、ちょっと誤魔化したのも否めない」
ハンジ「くそー! なんかそこは悔しいなあ!」
と、どんどん答え合わせをしていく。
楽しいな。この作業は。ハンジも楽しんでいるようだ。
リヴァイ「万年筆はわざと置き忘れたのか?」
ハンジ「いやいや? そこは流石に「本当」だよ。私、しょっちゅうあちこち、ペンを置き忘れたり人に預けっぱなしにするから。でも嬉しかったよ。あの時はすぐ持って来てくれたよね」
リヴァイ「そうだったのか。じゃああの時、思い切って言えば良かったな」
ハンジ「え? 何を?」
リヴァイ「月明かりに照らされたハンジが綺麗だって」
ハンジ「?!」
と、言ってやると、真っ赤になって悔しそうにそっぽ向くハンジだった。
ハンジ「何それ……ちょっと待て。今の不意打ち、酷い! 卑怯すぎる!!!!」
そんな事を言われてもどうにもならん。
リヴァイ「事実だ。もうだんだんハンジに嵌っている自分に気づいて、腹が立ってきたんだ。俺の中では「香水」の件のせいでハンジにムラムラするようになってきたと、思っていたから。だからつい、商売女のところに八つ当たりしに行ったんだ」
ハンジ「そんな経緯だった訳ね。なるほど。なんか悪い事しちゃったね。香水、つけない方が良かったかな?」
リヴァイ「いいや? 今となってはかえって有難い。こうやってハンジといろいろ話せている訳だから」
俺はハンジの手の上から自分の手を重ねた。
すると、その体温が伝わり合って、ドキドキしてきた。
リヴァイ「ただ、その結果、香水はあくまで「きっかけ」に過ぎないみたいな事をエルヴィンに言われてしまった。そのせいで、退路を断たれたような気持ちになった。だからまたハンジと距離を取るしかなくてな。「何かやらかした?」と問われた時はもう「全部だ」としか言えなくて……」
ハンジ「ごめんなさい。あの時点で私もいろいろ仕掛けたり遊んだりしていたので、どれの事を言っているのかさっぱりでした」
と、お互いに頭を下げ合った。
ハンジ「でも、香水の力を借りたとはいえ、ちょっと「その気になりかけた」って言われた時は、私もドキッとしたよ。リヴァイでも、そういう事あるんだって思って」
リヴァイ「一番きつかったのはシャワー浴びたてのハンジだったけどな」
ハンジ「そうなんだーうわーだったら、ちょっともうちょっとシャワー浴びないとまずいですかね?」
リヴァイ「そこはまあ、ハンジに任せるが……」
ハンジも忙しいのは分かっているしな。無理強いは出来ない。
そしてお互いに見つめ合って、何故か吹いた。
ハンジ「最後はもう、アレだね」
リヴァイ「ああ。まあ……その、アレだな」
ハンジ「うん。リヴァイの「螺旋状に巻いたらどうだ?」で完全に「堕ちました」」
リヴァイ「そうか」
ハンジ「うん。あれだけグダグダ開発に悩んだのに。あっさり「いい案」を出してきたリヴァイに「堕ちた」完全に。うん……」
リヴァイ「勢いって怖いな……」
ハンジ「うん。怖いね……本当に」
と、お互いに照れて笑ってしまった。
そしてしばしの静寂が訪れて、お互いに「どうする?」みたいな空気になった。
ハンジ「あーその、あのね。先に言っていいですか?」
リヴァイ「何を?」
ハンジ「ごめん。実は私、この年になっても「処女」でして」
と、いきなり大胆な発言を食らって俺もその、アレだ。ビビった。
ハンジ「経験値ないんで、本当、ごめん」
リヴァイ「すまん。それを言ったら俺も何だが」
ハンジ「はい?! え……嘘でしょ?」
リヴァイ「本当だ。そもそも、こんな風に浮かれる気分というか、こんなの俺も初めての経験なんだぞ……」
と、ついつい口を手で覆ってしまう。
ハンジ「わーお……それは凄いと言うか何というか。お互い様というか」
リヴァイ「すまん。その………こう言ってアレだが。「何でもする」って言ったよな?」
ハンジ「あ……」
思いだしたな? よし、一気に言おう。
リヴァイ「俺と付き合ってくれ。それで、いいか?」
ハンジ「え……それでいいの?」
リヴァイ「ああ。今日からだ。いいな?」
ハンジ「いや、勿論、いいけど。え? そんなんでいいの? もっと無茶振りくるかと思っていたけど」
リヴァイ「例えば?」
ハンジ「ん~なんかエッチな要求で難しそうな事とか?」
リヴァイ「ほほう? 言ったな? 要求していいのか?」
ハンジ「うぐ! しまった! 墓穴掘ったか?」
リヴァイ「掘ったな。じゃあ、とりあえず、するか」
ハンジ「な、何を………?」
そこで俺は身を乗り出して、ハンジの方に自分の顔を近づけた。
軽い、キスだ。唇を重ねるだけの。
今日はこれだけでいい。何故かって?
この後、仕事があるからだ。調査兵団の兵士だからな。俺達は。
軽いキスだけしたんだが、その直後、ハンジががくんと、力が抜けたようで。
ハンジは顔を両手で隠してしまった。おい? 何だその反応は。
ハンジ「なんか、ヤバい。どうしよう……凄くドキドキする」
と、座ったまま足をパタパタさせているようだ。
リヴァイ「続きはまた今度だ。時間がある時にするぞ」
ハンジ「す、するんですね?」
リヴァイ「当然だろ。俺ももう、腹括ったしな。まあ、当面は研究の方が忙しくて難しいかもしれんが」
と、ちょっと諦めつつも、ハンジの耳元に囁いてやる。
リヴァイ「朝飯、ちゃんと食えよ。もう少し脂肪をつけてくれた方が俺の好みだ」
ハンジ「?!」
ハンジが俺を殴って来ようとした。ひょいっと避けて逃げる。
ハンジ「どうせガリガリの貧乳ですけどね?! だったら何で私にしたのよ! 抱かれたい男3年連続連覇したくせに!」
リヴァイ「は? そんなの決まっている。綺麗にした時のハンジの「匂い」が最高だったからだ」
ハンジ「じゃあ汚い時の私は嫌いって事じゃないの」
リヴァイ「かもしれんな。まあでも、洗えば済むしな。汚くなるからこそ、綺麗にしたくなるんだろ?」
矛盾しているように聞こえるかもしれないが、潔癖症という人種はそういう生き物だと思ってくれ。
山があれば登る登山家と似たようなもんだ。
そこが汚れていれば、雑巾で拭く。それと同じだ。
ハンジ「うぐぐぐ……なんかムカつく! うーん。やっぱり早まったかな?!」
リヴァイ「今更言うなよ。時間、ないぞ。さっさと朝食、食ってしまえ」
ハンジ「分かっているけどさ。あーもう、リヴァイは先に演習にいけええええ!」
と、研究室を追い出されてしまった。やれやれ。
リヴァイ「…………」
何だろな? この変な感じは。
眉間に皺が寄っているのに。今度は口元がにやけている。
エルヴィンが言っていたな。「生きる理由」までは奪わないと。
ならばもう、このまま行こうと思った。ハンジが先に死ぬか俺が先に死ぬかは分からないが。
今、ここで生きている事を味わおう。どうせ死んだら、あいつらに会えるかもしれないしな。
俺は苦い紅茶の味をストレートを一気飲みするような贅沢を味わっていた。
苦いけれど。美味い。ハンジを見るとそう思う。
抱かれたい男ナンバー1として選ばれた俺は、今、ここで「抱きたい女ナンバー1」の女を見つけた。
初めての感覚だ。ゾクゾクする。だけど、ワクワクもする。
ハンジが研究中の「新しい罠」もそうだが。未来に少しだけ期待する自分がいた。
やってやる。いつになるか分からんが。巨人の殲滅を。
絶滅させて、もっと「生きる理由」を作りたい。
そう思いながら、俺は慣れた廊下を小走りに駆けだしたのだった。
リヴァイ「抱かれたい男ナンバー1?」(終わり)
という訳で、とりあえずここまで。
ここから先は需要次第です。リヴァイ×ハンジでエロス展開、
読みたい方がいれば続き書いて、なければここで終了です。
ではまたノシ
ここじゃないけれど、別のまとめサイトで需要あったみたいなので、
エロス展開、投下します(笑)。
(初夜編)
ハンジが開発に携わった例の「新しい罠」については沢山の試行錯誤を繰り返し、何とか形になった。
そしてその精度を見せつけて、支援者の協力も得る事が出来て、ついに「量産」の段階に入る事が出来た。
後はこれで「結果」を残すだけだ。それが出来れば、俺達はまた新しい一歩を踏み出す事が出来る。
とりあえずのひと段落がついてから、ハンジは俺の部屋のベッドの上で寝転がって天井を見上げていた。
目の下のクマは酷いけど、その表情は晴れやかになっていた。
ハンジ「やっとここまで来たね」
リヴァイ「ああ。そうだな」
ハンジ「あとは次の壁外調査で実際に「試験」を行って、結果を出すだけだ」
リヴァイ「そうだな」
ハンジの顔が本当に嬉しそうだった。
ここに来るまで全部でおよそ2年近くの月日がかかったのだ。無理もねえ。
それだけ大変な「大仕事」をハンジを中心にやってのけたのだ。
本当に、凄いと思う。こいつは、女にしておくのが勿体ない。
……いや、女でいるからこそ、いいのかもしれないが。
そう思いなおして俺はハンジの傍でベッドに座った。
頭を撫でてやる。今は久々に風呂に入って綺麗な状態だから大丈夫だ。
3か月ぶりくらいにやっとゆっくり風呂に入れたんだ。それだけ、忙し過ぎたんだ。
俺も既に体は洗い終わっている。だから、今日はやろうと思えば出来る。
明日は幸い休みだ。お互いに。さて、これから夜はどう過ごすか。
開発と研究で忙しい間は、俺はハンジには「キス」しかしていない。
しかも「触れるだけ」の挨拶のようなキスだけだ。頬とか、唇にだけ。
舌を入れるようなキスも出来ない。そんな毎日を過ごしていた。
俺はつい、ハンジの頬に触れた。洗い立てのハンジの「色気」は普段との差と相まって強烈になる。
もう既にその気になりかけている訳だが、ハンジの方がさっと視線を逸らしてしまった。
リヴァイ「何で目逸らす」
ハンジ「いや、今、なんか、やらしー顔、しているなって思って」
リヴァイ「馬鹿言え。俺は元々、やらしい男だ」
ハンジ「認めちゃったよ?! ええええ……」
リヴァイ「そういう機会に今まで恵まれなかっただけだ」
ハンジ「いや、それはないでしょ。3年連続抱かれたい男を連覇した経歴があるくせに」
その件については後でやっぱりピクシス司令に頼み込んでアンケートをやめて貰った。
その際、ハンジとの交際の件を暴露させられたが、その件を話したらあっさり手を引っ込めてきたので良しとする。
どうやらピクシス司令は俺に「その気にさせる」のが目的でああいうアンケートを取っていたらしい。
俺自身の「血」を絶やさない方が人類にとっては有利であると力説していたが。
確かに、俺のような人間がもう何人かいれば、それだけ「巨人との戦い」は楽にはなるかもしれんが。
そのせいで「女」に犠牲になって貰わないといけないと思うと少しだけ罪悪感が出てくる。
だから俺はハンジに確認しなければなからなかった。大事な事を。
リヴァイ「だが、そう言われる割には俺の周りには女が寄り付かなかったが? ハンジくらいだぞ。自分からホイホイ近寄ってきていたのは」
ハンジ「いやいや、そんな事はないでしょうが。ちょこちょこ女の兵士が接触を図っていた筈だよ?」
リヴァイ「そうだったか? うーん。記憶にない」
ハンジ「ひでえ……記憶が勝手に脳内で抹消されているだけじゃないの?」
リヴァイ「いや、とんと覚えがない。もしかしたら「会話」がまともに続かなくて離れていったんじゃないのか?」
ハンジ「え? そうなの?」
リヴァイ「一言、二言くらいなら話す事も出来るが。俺はハンジとの会話のようにポンポン、他の女とは続いた試しがない」
振り返るとそう思う。ハンジとの会話はあまり「途切れない」んだ。
リヴァイ「だから居た堪れない空気になって自分から離れて行ったんじゃないのか?」
ハンジ「そうなのかな? うーん。私はそう思った事は一度もないけどね」
リヴァイ「お前がおしゃべりだからな。俺はそこまでしゃべらなくていいから、気が楽だ」
ハンジ「いや、私はリヴァイにも「話して」欲しいよ? いろいろ」
リヴァイ「そうか?」
ハンジ「胸の内、あんまり話してくれない時があるでしょ? それは少し寂しいから」
リヴァイ「………」
では、思い切って言ってみるか。
リヴァイ「ハンジ、聞いてもいいか?」
ハンジ「どうぞ」
リヴァイ「お前、もし妊娠したら、どうする?」
ハンジ「えっと、リヴァイとの子供を、だよね」
リヴァイ「そうだ。兵士を辞めるのか。産休取って復帰するのか。どっちだ」
ハンジ「復帰したいねえ。でも、リヴァイは辞めて欲しいんでしょ?」
リヴァイ「本音を言えばそうなるな。でも、お前はもう調査兵団にはなくてはならん存在だ。止める事は出来ん」
ハンジ「そう言ってくれて嬉しいよ」
リヴァイ「だから、その…………俺とのそういう「行為」を、しても大丈夫なのか?」
ハンジ「うーん」
と、ハンジは困ったように考え込んでいる。
ハンジ「そりゃ女としてはやりたいに決まっているけれど。兵士としては、妊娠はまだしたくないのが本音だね」
リヴァイ「そうだろうな」
ハンジ「だから、妊娠さえしなければ、そういう「行為」そのものに抵抗感がある訳じゃないよ」
リヴァイ「…………それは、途中までならしてもいいって事か?」
ハンジ「途中で止められるならそれに越したことはないけれど。無理でしょ」
リヴァイ「無理だろうな。俺も、一度理性を飛ばしたら最後までいくと思う」
抱いちまうだろうな。その「境界線」はきっと「深いキス」だと思っている。
舌を入れる様なキスをしたら一気にそこまで持っていく自信しかねえ。
だからこそ、親愛のキスのようなものしか今までしてこなかったんだ。
ハンジ「うん。それは私もそうなると思っている。むしろ私の方がリヴァイよりエッチかもしれないし」
リヴァイ「そうなのか?」
ハンジ「うーん。だってリヴァイには結構、セクハラしてきているしね?」
リヴァイ「体を撫でていたアレの事か?」
ハンジ「うん。まあ、巨人の体のイメージを重ねていたのは本当だけど。やってる事はただの変態親父と同じだったからね?」
リヴァイ「…………俺は気持ち良かったけどな」
ハンジ「え?」
リヴァイ「悪くない気持ちだった。その、ハンジに撫でまわされるのは」
と、言いながら今度は俺の方がハンジの体に触れていく。服の上から。
ハンジの横に寄り添うような形でベッドの中に滑り込み、俺はハンジの体の上に覆い被さった。
ハンジ「そ、そうだったの?」
リヴァイ「ああ。そうだ。こうやって……服越しでも肌に触れるのは本当に気持ちいい」
ハンジ「あ……リヴァイ……」
腕とか肩を触るだけだが。私服の上から肌に触るとハンジはその直後、頬をあっさり染めた。
ハンジ「ダメ……待って。少し、考えさせて」
リヴァイ「……………」
ハンジ「その、抱かれたくない訳じゃない。でも妊娠のリスクについてはやっぱりその、年齢的な意味も含めて躊躇する部分でもあるんだ」
リヴァイ「産むのには遅すぎるのか?」
ハンジ「多少はね。だから出産にリスクを抱えるのは否めない。それも含めて、私が覚悟を決められないうちは、その………」
リヴァイ「…………そうか」
だったら無理強いは出来ないな。
だとしたら諦めるか。今は触れるだけの「キス」で。
いや、これから先もずっとそうかもしれないが。
巨人の件が片付かない内はハンジには手を出さない方がいいかもしれない。
それは下手すれば一生「童貞」かもしれないという意味もあるが。
今はそれをどうでもいいと思っている自分がいる。
やれるならやった方がいいが。やれないならそれでも構わない。
俺はハンジが好きだ。だから、ハンジの意志は尊重してやりたいと思っている。
リヴァイ「キスだけ、していいか?」
ハンジ「うん……」
触れるだけの、軽いキスだ。バードキスというらしい。
それを啄むように顔に降らせていると、ハンジの様子がいつもと違った。
ハンジ「あ………」
ゾクッとした。吐息が、色っぽくて。
え? いつもはそんな顔をしないよな? どうしたんだ? 一体。
ハンジ「ん………」
待て。待て。なんか、吐息がエロいんだが。どうしたハンジ?
ハンジ「はあ……はあ……」
舌は入れてないんだが。感じ方がいつもと全然違う。
その「差」に驚いて一旦、止めると、ハンジが困ったように俺を見た。
ハンジ「しんどいな……」
リヴァイ「え?」
ハンジ「生殺しだよね。これって。キスしか出来ないなんて、本当に酷い」
リヴァイ「……………」
ハンジ「自分でも矛盾していると思うんだけど。何かもう、全部ほっぽり出して、リヴァイと繋がりたい自分もいるんだ」
リヴァイ「抱かれてもいいって気分なのか?」
今度こそは、本当の意味でそうなのだろうか?
ハンジ「うん。抱かれて「も」じゃなくて、今は「抱いて欲しい」って気持ちだよ」
リヴァイ「………ッ」
唾を飲み込むしかなかった。待ってくれ。それ以上は、言うな。
思わずハンジの口を手で塞いでしまった。もがもがしているが、しばらくそのままにする。
そしてちょっと落ち着いてから手を離してやった。
リヴァイ「ふー……」
深いため息とともに眉間の皺が刻まれた。物凄く深く。
ハンジ「あはは……眉間の皺、相変わらず深いね」
リヴァイ「お前が突然、誘惑するからだろうが」
ハンジ「そうだけどさ。でも、したからといって、必ず妊娠する訳でもないし。案外大丈夫かも?」
リヴァイ「でも、30分の1の確率くらいだろ?」
一月に1回、生理がくるということは、一月に1回、妊娠出来る日があるという事だ。
その辺の知識は人伝えに聞きかじった程度の物だから正確じゃないかもしれないが。
ハンジ「そうともいうね。うん。でも、こうなったらリヴァイに任せちゃおうかな」
リヴァイ「え?」
ハンジ「もし万が一妊娠した場合は産むよ。でもその時は、私自身の「命」と引き換えになるかもしれない。それでもやる?」
リヴァイ「…………」
言葉に詰まった。だったら俺は手なんか出せない。
ハンジから少し離れてベッドに座りなおす。
リヴァイ「無理だ。ハンジの命と引き換えだったら、俺は一生、童貞でもいい」
ハンジ「………いいの?」
リヴァイ「お前の方が大事だ。調査兵団の一員としてだけでなく……その、俺の必要な人間として、だ」
俺はハンジの方を見れなかった。
リヴァイ「もう、大事な人間を亡くしたくない。調査兵団に身を置いているのは矛盾しているとは思うが。それでも、俺は俺の「過失」で大事な人間を失いたくねえ」
もううんざりだ。そういう「選択」はしたくねえ。
そう思うのに。俺はハンジを選んでしまった。
ハンジ「必要なの?」
リヴァイ「ああ。そうだ。その………ハンジは俺の女だろ」
と、まだ抱いてもいないのにそう言ってやる。
ハンジ「そう、思っているんだ?」
リヴァイ「でなきゃキスなんかしてねえよ。俺も」
ハンジ「そっか………」
ハンジは困ったように両目を閉じて言う。
ハンジ「ねえ、リヴァイ」
リヴァイ「なんだ」
ハンジ「私、今決めたよ」
リヴァイ「何を」
ハンジ「リヴァイを、襲うって」
リヴァイ「は?」
何をいきなり言っているんだ? ハンジ…………?!
待て。いきなり体を起こして、何をする。
ぐいっと胸元を引き寄せられてベッドに連れ込まれた。
そしてあいつに場所を交替させられて、俺の方が下になる。
あいつの口が俺の口と重なって、舌が入ってきた。
な……お前、何、矛盾した行動をとって……。
やめろ、と言えずに俺はその舌の動きに合わせて動いてしまった。
いかん。ダメだ。ハンジ。
唇を開いたら、俺はもう、後戻りは出来ない。
ハンジ「ん……ふ……は……ああ」
場所を更に交替した。ハンジを下に押し戻す。俺が上になってキスをする。
ずっと願っていた。ハンジの口の中に。いや、ハンジの「中」に入る事を。
その心地よさは段違いだった。熱い。体がどんどん熱を帯びてくる。
ハンジ「ふ……ん……あ……」
ぺちゃくちゃといやらしい水音が耳にこびりついた。
舌と唾液とが水音をたてて、ハンジの中を洗う。
歯茎とか、舌の付け根とか。もう、最高だった。
ああ……もう、何でこんな事をしているんだ? 俺は………。
抱いていいのか? いや、良くねえだろ。
子供孕ませないところで寸止め出来るか? 無理だ。こんなにハンジが愛おしいのに。
リヴァイ「はあ……はあ……はあ……」
目まぐるしく酸素を欲しがる自分がいる。
興奮して、目の充血が起きている気がする。
確認は出来ないが。自分が今、「キレ」かかっているのが自分でも分かる。
やめろ。ここでやめないと。なのに、手が止まらない。
ハンジの胸に触りたい。胸の突起を弄りたい。
ハンジを啼かせたい。喘がせて、乱れさせてみたい。
そう思う自分がどんどん「表」に出て来てダメだった。
服の上からハンジの胸を触った。胸の突起はもう既に隆起していて探しやすかった。
どう触ればいいかなんて知らない。ただ、触る事しか出来ない。
触りたい。触りたい。ただ、その思いが溢れて来て、俺はもう頭の中がおかしくなっていった。
リヴァイ「ハンジ……ッ」
留めていた理性が決壊した瞬間、俺は頭の中の整理が完全に出来なくなった。
ぐちゃぐちゃだった。嵐の後のような状態で。
何も出来ずに佇む少年のような気持ちで、俺はハンジに触れていたのだ。
なのに快楽は一丁前に湧き出ている。贅沢な感覚に酔いしれて、貪りたくて堪らなかった。
酒に酔う感覚より酷いと思った。この「快楽」に溺れたら俺はもう、その前には2度と戻れない。
そんな予感を覚えながら、それなのに、服のボタンを外している自分がいる。
ハンジが嫌がる様子はない。もう、いいのか? 本当に。
このままいくぞ? 俺はもう、お前を抱く。
そう決意して、俺はハンジの前ボタンを全て解いてそのまま自分の顔を埋めた。
エルヴィンは言った。女を抱くのも巨人を倒すのも似たような物だと。
弱点を「攻めろ」と。女が気持ち良くなる場所を探してそこに愛撫をし続ければ自然と出来ると。
そんな風に奴は言っていた。酷い論法だとは思うが。
そういう事なら、得意だ。ハンジの弱点を見つけ出してそこに愛を注ぎ込んでやる。
刹那的な感情に支配されて俺はハンジの服を脱がせていった。
自分の服も自分で全部脱いでいく。衣服を脱ぎ捨てて、布団を被りなおすと、ハンジの奴が嬉しそうにしていた。
ハンジ「恋の罠、ひっかかったね?」
リヴァイ「あ?」
ハンジ「もう、逃がしてあげないよ。リヴァイ」
リヴァイ「それは俺の台詞だろうが」
捕えられたのか、俺が捕えたのか。
最初はハンジが捕まえたのかもしれんが、今は違う。
俺がハンジを離したくないんだ。
ハンジ「そう?」
リヴァイ「痛がっても、逃がさねえぞ? 俺も初めての経験だ。手加減出来ねえ」
ハンジ「しなくていいよ」
リヴァイ「ちっ……」
だったらもう、本当にやっちまおう。
こいつの腹に子を宿す可能性はあるが。
ハンジがここまで煽るならもう俺も限界だ。
唇を思い切って乳首に寄せて食らいつく。吸い付いて、噛む。
手は太ももに触れて、撫でていく。裸と裸の熱が混ざり合って本当に気持ちいい。
ハンジ「ふっ……ん………」
腰が浮く。少しだけ。感じているのか?
下の方に手を触れてみる。濡れている。ドロドロに。
早いのか遅いのか分からんが。濡れ始めているなら、もっと続けていいよな。
口を使って乳首を責める。チロチロと舐める愛撫をしてみる。
俺は自分のやりたいようにハンジに触れた。
ハンジは眼鏡越しに俺を見ている。眼鏡、邪魔になるな。
外してやると、ちょっと残念そうな顔になった。
ハンジ「良く見えない……」
リヴァイ「この距離でもか?」
ハンジ「ド近眼なんだよね。私は。視力矯正したゴーグルつけないと、巨人を目で捕捉できないし」
リヴァイ「ゴーグル? クソ眼鏡の間違いだろ」
ハンジ「いや、これは『ゴーグル』だから。眼鏡は仕事以外にしか使ってないよ。今日はまだ、外し替えてないだけ」
リヴァイ「……………同じ眼鏡だと思っていた」
ハンジ「ぶふっ?!」
そうか。こっちの「黒縁」は「ゴーグル」という別名があるのか。
ハンジ「ええええ?! ゴーグルを眼鏡だと思ってたんだ? サングラスを「黒い眼鏡」だと思うのと似たような感じ?」
リヴァイ「黒い眼鏡?」
ハンジ「光に対して「弱い」人なんかがつける、レンズが黒い眼鏡の事だよ」
リヴァイ「そういう物もあるのか」
ハンジ「いろいろあるよ。そっか。リヴァイは目いいからそういうの、知る機会がなかったんだね」
リヴァイ「恐らくな」
ハンジ「いやーだったらこっちの場合は正式には「クソゴーグル」になるね。ゴロ悪いけど」
リヴァイ「統一してクソ眼鏡でいいだろ。別に」
ハンジ「いや、いいけれど。別に。ぶふっ……!」
リヴァイ「笑うんじゃない。全く……雰囲気が台無しだな」
折角盛り上がっていたというのに。なんでこうなった?
ああ、俺のせいか。やれやれ。
リヴァイ「ヤる時は外させてくれ。そっちの方が都合がいい」
ハンジ「私の方の都合は悪いけど? リヴァイの顔がぼんやりしているし」
リヴァイ「見えなくても出来るだろ。あと、顔近づけたら問題ねえ」
と言って至近距離になる。
ハンジ「うん……ゼロ距離なら、見えるね。流石に」
リヴァイ「だろ? ならいいよな」
ハンジ「………部屋の灯りは消さないの?」
リヴァイ「灯りをつけたままの方が俺の好みな気がする」
ハンジ「何でもタダじゃないんだから。消そうよ。灯りは」
リヴァイ「しょうがねえな」
部屋の灯りを完全に消して暗闇になった。
カーテンも閉めた。闇の中で目がまだ慣れない。
そしてベッドに中に入りなおす。裸のまま互いの距離をまた近づける。
触れるとまた熱が再発した。視界がおぼつかなくなると、今度は「触感」と「聴力」が鋭くなった。
ハンジ「ん………」
吐息が漏れてそれが耳にトロリ、と入って来た。
クる声だ。もっとハンジの声が聞きたい。
ハンジの体の線にそって手を動かしていく。
唇を沢山使って、ハンジの体に吸い付いて、食いついた。
舌を使って舐めて汗を食う。塩味が堪らん。うめえ。
ハンジ「あ……ちょっと、体舐めすぎじゃない?」
リヴァイ「文句は受け付けない」
ハンジ「あはは……ったくもう」
と、言ってハンジが苦笑しているのが伝わって来た。
少し目が慣れて来た。闇の中でもハンジの顔がうっすら分かる。
その穏やかな表情に吸い寄せられるように俺は深いキスをしてやった。
ハンジ「ん…あ……ああ」
リヴァイ「気持ちいいか?」
ハンジ「うん……気持ちいいよ。最高……ああ」
グチュグチュ……
キスをする間も手は休めていない。ハンジの股に手を伸ばしてそこを指の腹で撫でている。
絡みつくヌルヌルとしたものが俺の理性を溶かしていく。指を入れてみたり、出してみたりしても、ハンジは嫌がらない。
少し、痛そうな表情ではあったが。堪えていてくれるようだ。
ぺちゃ……ぬちゃ……ぬるり……ぴちゃ……
闇の中の部屋の中に卑猥な水音が響いた。
頭の中が音のせいでどんどん沸騰していく。いい音だ。ずっと聞いていたい。
ハンジ「ああ…………もう、いいんじゃないの?」
リヴァイ「入れろってか?」
ハンジ「繋がろうよ。リヴァイ。私、やっぱりあなたが欲しい」
普段は「あんた」と呼ぶ方が多いのに。こういう時だけ「あなた」か。
クソ……煽られる。俺ももう、我慢の限界だ。
先走った物を無理やり押し付けて、ハンジの股を開かせた。
愛撫が十分だとは言えないと思ったが、それでも俺は押し進めた。
痛がっている。ハンジが震えているけれど。
ベッドに貼りつけて、身動き取れないようにして、正面から俺はハンジを抱いた。
リヴァイ「はあ……はあ……はあ……はあ……」
ベッドのシーツが汗でぐちょぐちょになっていた。互いの汗が凄い。
髪の毛の先からも汗が出る。ハンジの中は狭くて、でも温かくて。
ああもう、このクソ眼鏡。今は眼鏡がないからクソ女だが。
最高だ。俺を甘い罠に嵌めやがって。
お前にこんな事をするつもりは毛の先程も思っていなかったのに。
ほんの些細なきっかけで転がり落ちた。落とし穴に落ちて脱出出来なくなった獲物のように。
捕まっちまったんだ。俺は。ハンジという女に。
だから今度は俺が「捕まえる」事にする。ハンジを。
逃げるなよ。ここからが本番だからな。
腰を動かす。前後に。痛みを伴う表情だな。
眉毛に力が籠っている。だけどそそられる顔だ。
ハンジ「いってえ……」
震えているが、俺は構わず前に進んだ。ハンジの胸の突起に触れながら。
ハンジ「う……ん……あ」
快楽と痛みが混ざり合っているようだな。
複雑な表情が見え隠れして、ハンジの顔がだんだん、虚ろになってきた。
酸素不足なのかもしれない。酸欠に近い状態かもしれないから、一度、腰の動きを止めて様子を見る。
ハンジ「ハアハア……ハアハア…ハアハア……」
激しい呼吸だった。心臓の鼓動が大きい。耳をあてると、その脈拍の早さに驚いた。
俺もそうだが。ハンジはもっと早い。ハンジは「しんどいなあ」と言いつつも俺を拒否はしていない。
ハンジ「痛いねえ。でも出産する時はこれの比じゃないんだろうね?」
リヴァイ「だろうな」
ハンジ「はー……股が焼け付くように熱いよ。リヴァイ、火傷していない?」
リヴァイ「溶けそうな感覚はあるが」
ハンジ「そうなんだ」
リヴァイ「ああ。このままずっと繋がれたらいいのにな。溶接みたいにして」
ハンジ「それだと生活するのに困るよ」
リヴァイ「だろうな」
と言いつつ、動きを再開する。
前へ前へ。たまには回転を加えて、ハンジの両足は俺の後ろに絡ませる。
たまに力が入り過ぎたせいか、ハンジの足が俺の腰辺りを押してくる。
そのせいで挿入が深くなって、もっと奥まで突ける。
ガンガンについてやった。奥の方に、届く位置まで。出来る限り。
ハンジ「ううう……うううう………」
やっぱり痛いのか。快楽は望めないのか。
こっちは最高に気持ちいいせいか、罪悪感が出て来た。
ハンジは乳首の方がお気に入りなんだろうか?
乳首への愛撫を再開すると、ハンジの体の変化が見えた。
ぎゅっと、包まれる感覚がくる。何だ?
う……まずい。なんか今、吸い込まれるような脈動が…。
ああ……気持ちいい。なんだこの動きは? ハンジが自分で自分の子宮を動かしているのか?
リヴァイ「ああっ………!」
出したい。だが、もっと突きたい。
矛盾する心に悩まされながら俺は、ハンジとの繋がりをもっと求めた。
するとハンジの声が急に変わって甲高くなってきた。
ハンジ「いや……ああ……なんか、急に、あああ……痛いのに、気持ちいい……!」
リヴァイ「?!」
痛いのに気持ちいいって何だ?
ハンジ「もっと、突いて……リヴァイ、滅茶苦茶に……ああああっ」
乱れていく。ハンジが、俺のそこで。
掻きまわすような動きと、前後の動きを続けた。
もうダメだ。俺の方が降参だ。
イク。ハンジの中で。全部、吐き出してしまおう。
ドピュ………ドクドク……ドクドク…ドクドク……
真白になっていく意識と、浮遊感に、力が抜けた。
出た。出してしまった。本当に。ハンジの「中」に白濁を。
俺の「もの」を出してしまった。
終わってから我に返った。本当にこれで良かったのか?
ハンジは、俺に合わせてくれただけじゃねえのか?
本当はやりたくなくて、でも俺の方にやりたい「本心」があるのを見抜いて。
ハンジは聡明な女だ。だから俺の心の動きを読み取れる。
だから、合わせただけじゃねえのか。そう思って、ハンジを見たら……
ハンジ「惜しい……」
リヴァイ「え?」
ハンジ「あとちょっとで私もイケそうだったのに。寸前でダメだった」
リヴァイ「ハンジはイケなかったのか」
ハンジ「うん。その手前まではいけたと思うけど。直前でダメだった」
リヴァイ「……………」
ハンジはイッてねえのか。それは由々しき問題だな。
俺は自分の気合を入れなおした。するとあっという間に「2回目」の準備に入れる自分が居て驚いた。
1回休憩します。続きは次回またノシ
リヴァイ「2回目、このまま続けていいか?」
ハンジ「え? もう1回出来そうなの?」
リヴァイ「もう戻っている。分かるだろ?」
ハンジ「う、うん……なんかそんな感じだけど。きつくないの? 汗だくだよ?」
リヴァイ「構わん。この程度の肉体労働は軽い運動に過ぎん」
ハンジ「頼もしいお言葉で……じゃあお願いしちゃおうかな」
2回戦に突入だ。繋がったまま、次はちょっと体勢を変えてみる。
ハンジを俺の上に乗せてみる。俺が馬になり、ハンジが馬に乗る時の「騎乗」するような形だ。
リヴァイ「ハンジ。今度はハンジが腰を振ってみろ」
ハンジ「えええ?」
リヴァイ「自分で自分の気持ちいい場所を探してみろ。お前のペースに合わせる」
ハンジ「分かった」
そして後はハンジに任せた。2回目でハンジもイケればいいが。
ハンジは自分でいろいろ試しながら腰を浮かせたり、前後に振っていた。
そして気持ちいい場所を見つけたのか、その場所を当てると、だんだんうっとりしてきて。
腰の動きが激しくなってきた。腰に手を添えて支えてあげながら、俺はハンジに任せた。
ハンジ「や…これ、結構、いいかも……しれない」
リヴァイ「どんどん、いけ。自由にしろ」
ハンジ「ああ……ああ……」
俺はついでに胸の愛撫もやってやった。両方の乳首を同時に弄ってやる。
ハンジ「いや……ああ…ああ……ん……あ……ああああああ!」
どんどん腰の動きがいやらしくなっていく。眺めが最高じゃねえか。
ハンジ「や…これ、いい。ああ……ああ…」
おっと、気持ち良くなりすぎて腰の揺れが激しくなった。支えてやる。
ハンジ「リヴァイも、2回目……イク……と……いい……ああああ」
リヴァイ「俺の方に気遣うな。自分の事に集中しろ」
ハンジ「リヴァイも、突いて……奥に……」
リヴァイ「こうか?」
多少、上下に波を作るとハンジが喘いだ。
ハンジ「そこ……! ああ………ああああ……ふーふー」
乳首の愛撫の力を強めた。ぐっと吸い込まれる感覚がきて俺もうっかり出しそうになったが、堪える。
ハンジ「むふ……あう…あふ……む……ん……んー!」
必死に快楽を追い続けるハンジの声が堪らんな。
まだイケないか。女の方が時間がかかるのかもしれねえな。
持久戦を覚悟して俺はゆらゆらと静かに腰を揺らした。
そしてその状態が続いて、10分ぐらい経ってからようやく……
ハンジ「ああ……あっ………あああああああ!」
弓なりにしなって、痙攣が起きた。よし、イケたな。
タイミングがズレたのは残念だったが、初めてだったのだから仕方がねえな。
とりあえずお互いに1回ずつ「イク」感覚を味わえた上にハンジの中にも出してしまった。
やっと俺達は本当の意味で「恋人」という関係になった。
我慢した甲斐があったな。最高の夜だったぞ。
倒れて来たハンジを抱き留めながら俺達は繋がったまま、ベッドの中でしばし寝た。
血が溢れている事に気づかないまま眠ってしまい、朝、それを確認して「しまった」と思った。
こういうのは「すぐ」に落とさないと落ちにくいんだ。
というか、ベッドのシーツが汗まみれで酷い。よくこんな状態で寝ていたな。俺達は。
汗臭い。お互いの汗の匂いが混ざり合っているのが良く分かる。
仕方がない。1回起こすか。ハンジを。
リヴァイ「おい、ハンジ。1回起きろ」
ハンジ「う…もう朝?」
リヴァイ「朝というか、早朝だな。シーツを洗わせてくれ。シーツを外してくる」
ハンジ「はあい」
素直で宜しい。
ハンジを1回どかして、俺はシーツを剥がして、自分も着替えて、そのシーツを持って洗い場に移動した。
血はすぐに洗わないと落ちねえんだよな。時間が経ってからだと、完全には落ちない。
しょうがねえ。落せるところまでで妥協するか。そう思い、洗濯を切り上げて干して部屋に戻った。
部屋に戻ると着替え終わったハンジがベッドの上に座って少々ぼーっとしていたようだ。
ハンジ「おかえりー」
リヴァイ「ただいま。すまん。昨日の疲れは残ってないか?」
ハンジ「大丈夫だよ。ちょっとお股がズキズキするのはあるけど」
リヴァイ「痛かったか?」
ハンジ「そりゃあね。でも、覚悟はしていたから大丈夫。最初は皆こんなもんだよって、聞いていたし」
と、ハンジが苦笑いを浮かべる。
俺の方に経験があればもっと楽にしてやれたかもしれんが。すまん。
リヴァイ「練習するしかねえだろうな」
ハンジ「おっと、やる気満々のようだね? リヴァイ」
リヴァイ「出来るんだったら、そりゃあ2回でも3回でもやりたいが」
でも、回数を重ねれば重ねるだけ危険が増す。
本当にこれで良かったのだろうか。そう思い、俺はハンジの隣に座ってあいつの肩を自分の方に引き寄せた。
ハンジ「ん?」
リヴァイ「これで本当に良かったのか?」
ハンジ「うん。後悔していないよ」
リヴァイ「そうか?」
ハンジ「だって、すっごい口説き文句、貰っちゃったから」
リヴァイ「?」
ハンジ「ハンジの命と引き換えだったら、俺は一生、童貞でもいい」
リヴァイ「?!」
ハンジ「………なんて、言って決まるのはリヴァイくらいなもんだよ? にしし」
リヴァイ「………忘れろ」
改めて言われると何か照れる。
ハンジ「嬉しかったよ。そこまで言って貰えるなんて思ってもみなかった。そんなに私を愛してくれる人になら、もしもの事があっても、いいやって思えたのよ」
リヴァイ「……そうか」
ハンジ「童貞卒業おめでとう。感想は?」
リヴァイ「最高だったな。処女を卒業した感想は?」
ハンジ「まだまだしんどいけど、やった! って感じ?」
リヴァイ「そうか」
そう言い合って、俺はまたハンジに触れるだけの軽いキスをした。
舌を入れたらまた熱が再発する。だからここまで。
………に、しようと思ったのに。
ハンジの方が先に口を開いて、俺の唇に舌を這わせてきた。
リヴァイ「おい、待て。シーツ、洗濯中だ。これ以上はやらんぞ。ここでは」
血を出したら、マットの方が汚れる。マットは流石に洗うのが大変だ。
ハンジ「じゃあ、別の場所ならいいの? 私の部屋で続ける?」
リヴァイ「お前の部屋は全体的に埃っぽいからな」
あまり気が進まないが。加えてハンジの体の方も気になるし。
ここまででいいと思っていたのに。
ハンジの唇がとがってしまうと、その、なんだ。
ああ……俺も元気だな。延長戦、いけそうな気配だな。
今日は休みだから、な。うん。だったら、いいか。
リヴァイ「今日は街に行くか?」
ハンジ「ん?」
リヴァイ「何もここでやる必要はない。街にいけば、そういう場所を貸し出してくれる場所はあるだろ」
ハンジ「いいの?」
リヴァイ「延長戦を申し込んできたのはそっちだろ。全く、いやらしい顔をしやがって」
と言いつつ、俺はハンジの頬を触った。
熱がまだ冷めない。続きは街に出てからしよう。
ハンジ「うん。じゃあ、行こうか」
そう言って、ハンジは頷いて一度、自分の部屋に戻った。
身支度をして外出許可を取りに行く。その途中で、エルヴィンに言われた。
エルヴィン「……………雰囲気が変わったな。リヴァイ」
リヴァイ「ん? そうか?」
エルヴィン「ああ。男の顔になったね?」
リヴァイ「…………そうかもな」
と、だけ答えて、俺はハンジと手を繋ぎ、トロスト区へ行く馬車に乗り込んだ。
普段は馬を使って移動するが、今日は馬車を頼んだ。
ハンジの体の負担を考えると帰りがきついだろうと思ったからだ。
馬車の中で俺は言った。
リヴァイ「続きをする前に、本屋に寄ろう」
ハンジ「え? 何で?」
リヴァイ「ハンジをもっと楽しませる為に俺も勉強しようと思う」
ハンジ「ぎゃああああ!? そこまで勉強熱心にならなくていいって!」
リヴァイ「そうか? いやでも、やはりこれから先の事を考えると……」
と、言って俺はハンジの太ももを見た。今日はズボンだが。
太ももに触ってみる。さわさわさわ。
ハンジ「あん……ちょっと、ダメだよ? 馬車の中だし……あ……ん……」
リヴァイ「スカートぴらぴらさせた時のお返しだ。あの時、眉間に皺を寄せただけの俺に感謝しろ」
ハンジ「今頃それ言う?! いや……まあ、無防備に誘惑仕掛けた私が悪いんだろうけど」
リヴァイ「全くだ。それ以外にも、シャワー浴びたての匂いを嗅げとか。人のベッドで爆睡するわ、酷かったな」
ハンジ「いやああ?! 思えばいろいろやっちゃってますね私!」
リヴァイ「自覚がなかったとはいえ、本当、よく耐えたよな。当時の俺は」
しみじみと思い返して自分でも自分がすげえと思った。
リヴァイ「買い物もついでにしていくか。ハンジの新しい服を買ってやろう」
ハンジ「おお? もしかして、アレですか? ピクシス司令の言っていた「脱がせたい衣装」を買ってくれるのかな?」
リヴァイ「その通りだ。何か不都合があるか?」
と、キリッとした顔で言い返してやると、ハンジが予想に反して赤面した。
ハンジ「え? あ? え? じょ、冗談のつもりで言ったのに本気だったんだ」
リヴァイ「ん? 何故冗談だと思う。もうピクシス司令には事がバレている。隠す必要はない」
ハンジ「ええええそうだったの?! いやだ…今度、会う時、絶対ひやかされる!」
と、顔を嫌々して照れるハンジが可愛い。
いかん。滾って来た。馬車の中なのに。まずいな。
でも俺は止められなくて、ハンジを自分の方に引き寄せた。
深いキスをして、馬車の中でどんどんその気になっていく。
ハンジ「あ……ダメ…リヴァイ、運転手さんに気づかれるかも……あ」
リヴァイ「声を堪えたら大丈夫だろ。多分」
ハンジ「多分じゃだめえ……ああ……」
移動途中だってのに。ハンジの反応が良すぎて滾る。
服のボタンを解いて胸の突起に触れた。もう乳首おったててやがるな。
反応がどんどん良くなっていく。やはり1回目より2回目だな。
馬車の中でイチャイチャ中。続きは次回ノシ
馬車の揺れを体で感じながら俺はハンジの体を弄った。
声、漏れるから自分のスカーフを解いてハンジの口に咬ませた。
自分の胸元を開けると、ハンジの顔がさっと赤みを増して俯いた。
リヴァイ「ん? どうした?」
優しく問いかけてやると、ハンジが両目を閉じた。
そして俺の鎖骨の辺りに顔を寄せて、鎖骨をトントンと、指さした。
リヴァイ「鎖骨がどうした? ん?」
何が言いたいか分からんが。まあいい。
俺はハンジの体にどんどん触れて、乳首を肌着の上から抓ってやった。
ハンジ「ん………」
馬車の中だってのに。反応がいいな。いや、馬車の中だから余計にいいのか。
ゾクゾクした。こんな風に悪戯を仕掛けるような気持ちでエロい事が出来るとは思わなかったな。
………いや、いかん。調子に乗り過ぎるといかん。
俺の中の先走った物が窮屈になって服を押し上げている。
勃起し過ぎて辛い。このままだと服を濡らして悲惨な事になるな。
それに気づいたのか、ハンジがじーっと、下を見て、俺の衣服のベルトに触り始めた。
え? 何だ? まさか、ここで脱がせる気か?
参ったな。本当にやるのか。ハンジもエロい女だな。
まあいい。好きにさせよう。ベルトを解いで貰ってファスナーを降ろして貰うと、そこにはやる気満々なもう一人の俺がいた。
下着を少しだけずらしてきて、ハンジの手が中に入ってきた。
ああ……手で触れられるだけで、こう、クル感じがある。
眉間に皺が寄ってしまう。俺はこういう時でさえ、そうなるようだ。
リヴァイ「ん………」
しばしハンジの好きにさせた。どんどん固さが出来てくる。
ダメだ。入れたい。またハンジと繋がりたい。
馬車の中だから、揺れる。ここでやるのは流石に危険だ。
だから堪えているのに、ハンジの手はどんどん、俺を追い詰めていく。
リヴァイ「ハンジ、その辺でやめろ。出ちまうだろうが」
ハンジ(ニヤニヤ)
リヴァイ「ニヤニヤしやがって。エロいなお前」
ハンジが頷いた。否定しないようだ。
リヴァイ「ふん……まあ、いい事だが。そんなに俺をその気にさせたいのか」
そう言って、俺はハンジの方のズボンのベルトに手をかけた。
ベルトを解いて手を忍ばせる。濡れている。下着も湿っていて、温かい。
そこに直接触れると俺の理性も一気に緩んだ。ハンジの首筋にキスを与えながら、下の愛撫も同時に行う。
ああ……最高だ。ハンジと触れられるこの時間が。
もうこのまま、馬車の中でもう1回、最後までやっちまおうか。
そう、心が動いた瞬間……
急停止がきて、俺は慌ててハンジを支えた。
何か馬車のトラブルが起きたらしい。
リヴァイ「………」
肝が冷えた。そして冷静になって、慌ててハンジの口の拘束を解いてやる。
リヴァイ「あぶねえから、続きは向こうについてからにするぞ」
ハンジ「そうだね……」
と、お互いに自分の衣服を整えて、以後は無言で馬車に乗った。
トロスト区に到着した後は、一度、便所に寄ってから、本屋に移動した。
とりあえず、その手の教本のような物はないかと思って探してみたら意外と種類が多くて選ぶのが大変だった。
ただまあ、基本的な事から学びたいと思ったので余り専門的な知識は今回は外して、その手の本を1冊だけ買ってみた。
所謂、恋人達の為の「休憩所」のような宿屋に泊ると、俺達はすぐにシャワーを浴びた。
そして裸のまますぐにベッドインする。2人でゴロゴロしながら購入した本を一緒に読んでみた。
リヴァイ「とりあえずこの『ANAN』とかいうシリーズの本を買ったがこれで良かったんだろうか?」
ハンジ「店員さんはお勧めだって言っていたからいいんじゃない?」
リヴァイ「まあとりあえず読んでみるか」
その本には最初の方のページにはこんな風に書かれていた。
■精神的な喜びを感じてこそ、快感に到達する。
■前後のストーリーも含めて、セックスは充実する。
■語り合い、2人で協力する。ときには彼へのサービスも大切。
■『イク』のではなく『感じる』感度の高い体を目指して。
タイトルは以上の4つだ。特に気になったのは、最初の項目だ。
リヴァイ「女性の脳は、恋をすると性欲、愛情、愛着を司る部分が活発に働くとあるな」
ハンジ「あー確かにそれはあるかも。なんかリヴァイの事を好きになっちゃってから、お肌の調子がいいよ」
リヴァイ「体がそういう風に「変化」するのか?」
ハンジ「多分、そうじゃないかな。体の内側から力が漲ってくる感じだね。滾り過ぎてたまに困る事もあるけど」
リヴァイ「初めての時に痛かったのは、まだ愛情が足りていなかった証拠じゃねえのか?」
ハンジ「いやいや? それはないって。多分、緊張していたせいもあると思うよ」
リヴァイ「緊張したのか」
ハンジ「そりゃ、緊張するよ。リヴァイもそうじゃなかったの?」
リヴァイ「緊張は当然したけどな。それ以上に、なんかこう……『欲しい』って気持ちが押さえられなくなった」
ハンジ「そうなんだ。せっかちになっちゃった?」
リヴァイ「そういう事だ。次からは少し落ち着いてしよう」
ハンジ「アレはアレで私、好きだけどね」
リヴァイ「そんな事言うと、どんどん愛撫の時間が減るぞ」
ハンジ「いや、まあそうなんだろうけど。続き読もうか」
次の項目で気になったのは「ムード作り」の点だった。
食事や会話などでセックスの前から心が満たされて初めて、いいセックスだと思えると書いてある。
リヴァイ「なるほど。男性側はムードを意識して作らないといけないのか」
ハンジ「その点はあんまり、意識しなくても大丈夫じゃない?」
リヴァイ「そうなのか?」
ハンジ「リヴァイは、空気を作るのが巧いと思うよ。あと会話も途切れる事も滅多にない。私達の相性はいい方じゃないかな?」
リヴァイ「だといいんだが………」
ハンジ「これにも書いてあるでしょ? 終わった後の男性のフォローが足りないと虚しさが残るって。その点は100点満点だったよ」
リヴァイ「そうだったか?」
ハンジ「『昨日の疲れは残ってないか?』と『痛かったか?』と『これで本当に良かったのか?』の3つも言ってくれたでしょ?」
リヴァイ「よくそんなに詳細に覚えているな」
ハンジは本当に記憶力がいい。才女と言っても過言じゃねえな。
ハンジ「うん。印象に残るよ。だってリヴァイ、すっごく心配そうに私を見てくれた。愛されているなあって思ったよ」
リヴァイ「そうか」
改めて言われると照れるな。これは。
リヴァイ「次の項目も読んでみるぞ」
そこには「女側」のサービスも時には必要と書いてあった。
リヴァイ「この点に関しては何も心配いらないな」
ハンジ「あらそう?」
リヴァイ「馬車の中でノリノリだった癖に」
ハンジ「いや、まあそうだけど……むしろ私の方がアレかもね?」
リヴァイ「ハンジの誘惑テクニックは相当な物だ。俺もいろいろ困る事が多い」
ハンジ「自重した方がいい?」
リヴァイ「いや、しなくていい。そこは変更しなくていい」
という訳で、最後の項目も読んでみよう。
セックスは毎回「イク」事を目的にしなくてもいいと書いてあった。
リヴァイ「ん? そういう物なのか?」
ハンジ「うん。女からしてみたら、別にそこは「おまけ」感覚かな」
リヴァイ「な……そうだったのか」
衝撃の事実を知ってしまった。
ハンジ「むしろそれより、じっと見つめられたり、優しくされる方が嬉しいね。だからリヴァイも無理に私を「イカせる」事に躍起にならなくてもいいよ?」
リヴァイ「それはそれでこっちとしては残念な心地になるんだが」
ハンジ「まあ、そこはケースバイケースでいいと思うよ。それより肌と肌を重ねる方が大事だよ」
と、言って手を握ってくれるハンジだった。
ハンジ「リヴァイに応援されて、こうやって力強く手を握られた時、本当に嬉しかったよ」
リヴァイ「そうだったのか?」
ハンジ「うん。思えばあの時、私はリヴァイに「恋の矢」を撃ち抜かれたのかも。その当時は気づいていなかったけどね」
リヴァイ「そうか……」
ハンジ「リヴァイに「応援」されているのを感じたら、なんかこうね? うん………」
ハンジがそう言って今更照れている。
ハンジ「胸の奥が暖かくなって、ふわふわしてくるんだ。それが「快感」に繋がっていくんだと思うよ」
リヴァイ「俺はハンジを満たしてやれているのか」
ハンジ「むしろいなくなった時が怖い。なくしたら、立ち直るのに凄く時間かかかりそうだよ」
リヴァイ「俺もだ。ハンジ。俺より先に死に急ぐなよ」
ハンジ「リヴァイもね」
俺達は手を強く握り合った。生まれた熱を互いに分け合っていく。
いかん。これだけでもう興奮してくる自分がいる。
身体を繋ぐ経験をした直後なのに、また同じ事をしたくなる。
もう少し本を読み終えてからしたいと思っていたのにな。どうするか。
ハンジ「………もうちょっと先を読んでみようか?」
ハンジの方が先に本に目線を動かした。照れているようだな。
いや、それは俺も同じだが。まあいい。あんまり焦ってもいけない。
そして体位の参考のページがあり、その生々しい絵にちょっとぎょっとした。
しかしその「図解」に食いついたのは俺よりもハンジの方だった。
ハンジ「おお……絵で解説してある。こういうのは分かり易くていいね」
リヴァイ「い、いろんなやり方があるんだな」
ハンジ「だねえ。あ、これは私達が最初にやったやつだね。「正常位」って書いてある」
リヴァイ「2回目は「騎乗位」だな。そうか。名称はそのまんまだな」
ハンジ「ねえねえ。後で他のもやってみようよ」
リヴァイ「後でな。どのやり方を試してみてえんだ?」
ハンジ「この「体面座位」っていうの良さそうじゃない? リヴァイと座り合ってやるの」
リヴァイ「顔が見えた方がいいのか?」
ハンジ「そりゃあね。でも、後ろからでもいいよ。それはそれで」
リヴァイ「ふっ……」
何だか妙な心地になった。
ハンジ「なんで笑うの?」
リヴァイ「いや、なんとなく、だ」
ハンジ「ええ? 意味が分からないよ。リヴァイ」
リヴァイ「いや、可愛いなと思ってな」
ハンジ「?! 何故?!」
リヴァイ「お前、これ、一通り読み終わったら「体位」の名称、全部覚えられるんじゃねえか?」
ハンジ「あーそれは、やろうと思えば出来ると思うけど。え? 何で?」
そうはっきり答えられた瞬間、ぷっと吹き出して笑ってしまった。
ハンジ「何で笑うの?!」
リヴァイ「すまん。なんかツボに入った」
ハンジ「だから何で?!」
リヴァイ「いや、なんか、そういうところが可愛いと思う」
ハンジは一旦「興味」が出てくると面白いくらいに「食いつく」からな。
巨人に対する事もそうだ。そういう「視点」に入ると、こいつの「興味」はずっとそっちに向かう。
その子供のような「無邪気」なところも込みで俺はハンジが好きなんだ。
ハンジ「う? 喜んでいいのか悲しんでいいのか分かんないんだけど」
リヴァイ「あんまり気にするな。続けて読んでいくぞ」
ページをめくっていく。
心理テストのページがあった。選択肢で自分がどのタイプか分かるようだ。
女性側と男性側で質問が違うようだ。とりあえずやってみるか。
ハンジ「私からしてもいい?」
リヴァイ「いいぞ」
ハンジに先を譲った。
ハンジ「Q1 上に行く? 下に行く? えらく抽象的な質問だね」
リヴァイ「直感で答えればいいんじゃねえか?」
ハンジ「じゃあ下にいってみよう。とりあえず」
ハンジ「Q3へ続くのか。ええっと、どちらかというと、思い出の品などは残しておかないタイプだ。NOだね!」
リヴァイ「物が多いもんな。ハンジの部屋は」
ハンジ「まあね。Q6へ飛ぶよ。カフェに入った。どっちのテーブルに座る? 四角と丸いの、か。丸い方だね」
リヴァイ「ふむ」
ハンジ「Q10に飛んだね。好きなものは最初に食べるか、後で食べるか。最初にだね!」
リヴァイ「確かにがっついているような気がするな」
ハンジ「Q14に飛んだね。カクテルは、どちらを選ぶ? 青いのと赤いのか。赤い方が美味しそうだね」
ハンジ「Q19に飛んだよ。人付き合いは広く浅くのタイプか。YESかな?」
リヴァイ「ハンジは皆と割と仲いいだろ」
ハンジ「じゃあYESだね。Cタイプになったよ」
Cタイプを読むと、こう書かれていた。
C……興趣型(きょうしゅがた)持ち前の探求心がSEXを左右するタイプ。
リヴァイ「ぶは!」
やっぱりか。ハンジはそういうタイプらしい。
ハンジ「だから何で笑うのよ」
リヴァイ「すまん。そのまんまだと思ってな」
ハンジ「もー」
ハンジ「ええっと、SEXの欲求は人並みですが、その奥深さが知的好奇心をかきたてるタイプ。支配的な性格ではないので、対等な関係が理想。落ち着いたSEXを好みます。また興味からアブノーマルなプレイに嵌る事もあるので注意」
リヴァイ「ほう? アブノーマルプレイが好きなのか。そっちも研究してみるか」
ハンジ「ええ? いや、それはないんじゃないかなあ……多分」
リヴァイ「分からんぞ? 物は試しだ。そういうのが好きなら俺も応えてやろうじゃないか」
ハンジ「やる気満々だね! いや、嬉しいけどさ。次はリヴァイの番だよ」
リヴァイ「どれどれ」
さて。俺も試しにやってみるか。
リヴァイ「Q1 財布や鞄の素材は? Aの皮や金属製が多い気がするな」
ハンジ「そうだね」
リヴァイ「これはハンジの問いと少し答え方が違うようだ。計算していくぞ」
と、万年筆を取り出して本に直接解答を書き込んだ。
全部、ABCの3択の心理テストだ。
リヴァイ「Q2 使っている雑貨でよく使っている色は? Cの黒とか白だな」
リヴァイ「Q3 体型はどれ? これは100%、C筋肉質だな」
リヴァイ「Q4 文章の書き方は? うーん」
ハンジ「短い文章を繋いでいく感じじゃない? リヴァイの報告書はいつもそんな書き方でしょ」
リヴァイ「じゃあ短くて簡潔だ。Bだな」
リヴァイ「Q5 彼女のどちら側に立ちことが多い? ええっと、ハンジから見たら左側になる事が多いような気がするが」
ハンジ「そうだね。多分、そうかも」
リヴァイ「ならここはBだな」
リヴァイ「Q6 話をする時、声の大きさは? ええっと、声は大きい方か?」
ハンジ「そうだと思うよ。たまに怒鳴る時もあるしね?」
リヴァイ「だったらAだな」
リヴァイ「Q7 待ち合わせをする時、時間はどの辺で来るか? 余裕を持っていくに決まっているだろ。Aだ」
リヴァイ「Q8 話す時、どのタイプか。聞く側が多いような気もするな」
ハンジ「リヴァイは聞き上手だよね! でも、エルヴィンと話したり別の人が相手だと自分から話している事もあるよ」
リヴァイ「そうか? だったらここはCその時によって違うでいいか」
リヴァイ「Q9 髪型は次のうち、どれか。A整髪料などで整える。Bサラサラ無造作ヘア、Cいつもバラバラ。髪型は気遣っているぞ。ただ整髪料は金の問題で使っていないから、無造作ヘアに近いかもしれんな」
ハンジ「金に余裕があれば迷いなくAの答えだよね」
リヴァイ「ここはちょっと微妙な感じだな。一応、Bにしておくか」
リヴァイ「Q10 話す時、どこを見るか。A目をじっと見る B視線が動く事が多い C適度に合わせて外す これは自分では余り意識してねえから分からんな」
ハンジ「Aじゃないかな。結構、真剣に人の顔を見ていることが多いと思うよ」
リヴァイ「じゃあAにしておくか。ABCの解答を合計して点数を出してタイプを判別するようだ」
リヴァイ「俺のタイプは……」
尊重タイプ……穏やかで誠実な人柄。付き合いが良く、女性に誠実。ベッドの中でもあくまで穏やかで真面目。内心は『欲求の発散なら1人Hで十分』と思っているかも。
リヴァイ「ああ、確かに昔はそう思っていたな。1人で十分だと思っていた」
ハンジ「童貞でいた訳だしね?」
リヴァイ「そうだな。でもこれ、Q9でAにしたら別のタイプになるようだぞ」
ハンジ「そっちも一応、見てみようよ」
独創タイプ……典型的なオタク体質。こだわり出したら止まらないタイプ。普段はSEXにクールで淡白なのに、変なところで拘りを持ち、それを追求します。過激でマニアックなSEXを提案する事もあるかも。
ハンジ「あはは! こっちだとどっちも似たような者同士のカップルだね!」
リヴァイ「ううーん。願望としては、Q9はAに近いからな。質素倹約でいないで済むなら間違いなくAだしな」
ハンジ「じゃあそっちでいいんじゃない? 相性は…94%?!」
リヴァイ「なんかびっくりする数字が出たな」
ハンジ「他人から見たら変に思われても本人達は大満足する関係だって」
リヴァイ「変なプレイを勧められてしまったな」
ハンジ「アブノーマルかあ。目隠ししてやってみる?」
リヴァイ「顔を見ながらやりたいんじゃなかったのか?」
ハンジ「まあそうなんだけど。あと『枕の下に制服を隠しておく等もお勧め』とも書いてあるよ」
リヴァイ「これはコスプレをしてエッチな事をするのがいいかもしれんな?」
ハンジ「貸してくれるかな? いや、でもお金勿体なくない? 流石に」
リヴァイ「まあ、維持費が大変だな。ここの宿代だってタダではないしな」
ハンジ「うん。工夫してくれるのは嬉しいけれど。必要以上にお金はかけなくていいよ」
ハンジ「こういう場所を借りるのも、今回限りでいいし、次からは兵舎の方でまたやっていいよ」
そんな風に言われたら、凄く申し訳なく思ってしまう。
だがハンジはそういう女だ。質素倹約が信条の調査兵団にとって、今回、ここを借りている事も本来なら後ろ指を差される事かもしれない。
エルヴィンのように「別の目的」もある場合なら仕方がないが。
ただ、自分達の為にこういう場所を利用するのは、他の兵士には余り知られない方がいいだろう。
リヴァイ「すまんな。いろいろと」
ハンジ「いいって。本は後で詳しく読もうか。この辺で………」
リヴァイ「ああ。もういいか。続きは後で」
と、パタンと本を音を立てて閉じてしまうと、自然と気持ちの「切り替え」が出来た。
アブノーマルなプレイという物がどういう事を指すのがイマイチ理解は出来ていないが。
94%という予想以上の相性を知って、心浮かれている自分がいた。
ハンジに近づいてまた手を取った。
唇に吸い付いて、舌を絡めてキスをする。
ハンジの舌の上側と下側を交互に舐めるように自分の舌を動かしたら、ハンジが急にしなってきた。
ハンジ「ん………んー」
中に入っていく。歯茎の内側とか、外側とか。
探る場所は沢山ある。とにかくいろんなところを試してみた。
唇自体を軽く噛んでやると、ちょっと痛い顔をしたが、その表情は色っぽかった。
ハンジ「や……」
リヴァイ「ん……」
乳首に触れて先端を摘まんで強く捩じると、痛がる素振りを見せたが。
やっぱり、艶めかしい表情になった。
其の時、ふと思った。
そう言えばハンジは最初のセックスで「痛いけど気持ちいい」みたいな事を言っていたな。
まさかとは思うが、ハンジは肉体的にМの素質を持っているんだろうか?
アブノーマルなプレイといえば最初に思いつくのはそっち方面のプレイだが。
いや、でもな。俺は別にハンジを殴ったり蹴ったりぶったりしたい訳じゃねえし。
たまに殴る時もあるが、ちゃんと手加減はしてやっているしな。
………乳首にかける力をちょっとだけ強めにやってみる。
ハンジ「やだ! 痛い!」
ほらな。やっぱり、そういう意味じゃねえよな。
リヴァイ「すまん。力が強過ぎたな」
ハンジ「ん……もうちょっと手加減して」
リヴァイ「これくらいなら大丈夫か? (コリコリ)」
ハンジ「うん……ちょい、強めくらいなら……ん…ああ……はあ」
ぎゅ……
ハンジ「ん! あ……それ、ちょっと、待って」
リヴァイ「ん?」
ハンジ「今、なんか……ああん!」
ぎゅ……
ただ、乳首の根元の方を摘まんでぎゅっとしているだけだが。
ハンジ「それ、まずいって……あああっ……!!」
ちょい強め位の刺激が好みのようだから応えただけなのにな。
ハンジ「ん………あ……はっ……あああっ……」
バウンドが酷くなってきた。そんなにこれが気持ちいいのか?
だったら少し休憩しよう。
ハンジ「はあ……はあ……はあ……はあ……」
呼吸が整うのを待ってみる。
ハンジの目はちょっと恨めしそうだった。
リヴァイ「ハンジ」
ハンジ「何?」
リヴァイ「アブノーマルの定義とは、なんだと思う?」
ハンジ「また突然な質問だね」
リヴァイ「いや、俺もそう詳しい訳じゃねえが、そういう種類のプレイとは、どこからを「定義」するものかとふと思った」
ハンジ「ん~」
リヴァイ「何を基準に「アブノーマル」を言えばいいのか? と思ったんだが」
ハンジ「まあ、ノーマルの反対が「アブノーマル」だから、普通の人がやらないようなセックスを「アブノーマル」と言っていいんじゃない?」
リヴァイ「だが、よく考えてみたら俺は他の奴らがどんなセックスを実際にやっているのかは知らん」
ハンジ「あ、それを言うと私もそうだわ」
リヴァイ「だろ? つまりはあくまで「本」などから入ってきた知識などから推測するしかねえ訳だが」
ハンジ「そうなるねえ」
リヴァイ「こういう『痛み』を伴うプレイは、どっちに入るんだろうな?」
と、言いながら俺はもうちょい強めにハンジの乳首を弄った。
ハンジ「いたっ……!」
ん? さっきより、反応が良くなったな。何故?
ハンジ「…………」
ハンジの視線が泳いでいる。
ハンジ「い………」
リヴァイ「ん?」
ハンジ「今のは痛気持ちいい感じ、かなあ?」
リヴァイ「え?」
ハンジ「痛いんだけど、気持ち良さもある、変な感じがくるんだよね。リヴァイがちょっと力を入れるとさ」
リヴァイ「……………」
ハンジ「いや、全部痛かったら私も嫌だけど。混ざり合う感じだと悪くないと思うんだよね」
リヴァイ「………………そうか」
ハンジ「これってどっちなんだろうね? 私も判断がつけられないけどさ」
リヴァイ「…………」
俺もちょっと判断に困る。
リヴァイ「SMは恐らくアブノーマルな方に入る様な気がするが」
なんとなく、そう思った。俺の中の勝手な「イメージ」ではあるが。
ハンジ「そうなるのかな。まあ、あんまりそれを「メイン」で実際にやっている人って私も聞いた事もないしね。フィクションの世界ではよく見かけるけど」
リヴァイ「フィクション?」
ハンジ「官能小説とか? そういうのだとSMチックなプレイを強要されて興奮する殿方が出てきたり?」
リヴァイ「お前、そんなの普段読んでいるのか?」
意外な趣味を発見してしまった。
ハンジ「本なら何でも読みますよ? 処分に困って私のところに流れてくる時もあるしね」
リヴァイ「ほほう? 流してきた奴は誰だ?」
ハンジ「守秘義務があるので言えません(キリッ)」
リヴァイ「……………まあいい」
今度、こっそり読ませて貰おう。と、勝手に思いつつ、ハンジの首筋に顔を寄せる。
リヴァイ「いい匂いだ」
ハンジ「ん?」
リヴァイ「汗が溜まり過ぎると悪臭になるのに。不思議だな。洗い立ての匂いは何度嗅いでも飽きない」
香水の匂いも悪くはないが。俺はだんぜんこっち派だ。
ハンジ「またリヴァイがミケ化してるね。ぷぷ……」
リヴァイ「ミケ程鼻がきく訳じゃねえが、俺もそれなりに鼻はいい方だと思う」
匂いが気になる方なんだ。だから潔癖症なのかもしれんが。
リヴァイ「甘い砂糖菓子のような匂いに近い。何でこんな風に変化するんだろうな?」
ハンジ「ええ?! そんなに差があるの?!」
リヴァイ「ギャップが酷い。いやだからこそいいという部分もあるが」
ハンジ「ん? 意味が分からないよ? リヴァイ」
リヴァイ「いや、その……なんだ。まあ、理解はしなくていい」
俺自身、少々説明しづらいからこれ以上は言わないでおこう。
ハンジ「えーずるいよ。気になる言い方して」
リヴァイ「んー……」
ハンジ「こらー言い淀んで。はっきり言ってよ」
リヴァイ「引かないか?」
ハンジ「ドン引きしないかって事? うん。大丈夫じゃない?」
リヴァイ「分かった。なら言うが……」
そして俺はハンジの肌に自分の鼻をつけた。
リヴァイ「普段からずっとこの香りを嗅いでしまっていたら、俺の理性が持たん」
ハンジ「へ?」
リヴァイ「ハンジが悪臭を放つ間は手を出せないという理性が働くからかえっていい。ずっと甘ったるい匂いが漂っていたら、その…アレだ。いろいろ困る」
と、本音を少しだけ言うとハンジが目を丸くしていた。
ハンジ「え……あんた、私が汚い時は嫌いだって言ったじゃないの」
リヴァイ「いやそこは『かもしれんな』と答えただけだろ? 嫌いだと明言はしていない筈だが?」
そう言い返すとハンジが何故かうるうるし始めた。
ハンジ「ずるい……」
リヴァイ「ん?」
ハンジ「もーリヴァイの言い方って、回りくどい! 分かりづらい!」
リヴァイ「すまん」
ハンジ「眉間の皺だってそうだよ。まさか照れている時もそうなっちゃうなんて最初は思わなかった」
リヴァイ「だろうな。俺自身、後で気づいて自分でもびっくりした」
ハンジ「本当、付き合いの長い私でも、時々分かんない時もあるから、他の人と話す時もいろいろ苦労しているんじゃないの?」
リヴァイ「うぐ……」
痛いところを突かれた。それは確かにそうかもしれない。
リヴァイ「まあ、確かにそれは、たまにあるな」
だからこそ、ハンジやエルヴィンのように俺の意図をくみ取ってくれる相手がいるのは非常に助かる。
ハンジ「たまに? 本当に?」
リヴァイ「………すまん。今のは盛った。しょっちゅうだな」
ハンジ「だよねえ。その面倒臭いところ、どうにかならない?」
リヴァイ「無理だな。これは俺の性分だ」
ハンジ「なんだろうねえ? リヴァイって面倒臭いところあるよねえ」
と何故かしみじみ言っている。
ハンジ「でもその面倒なところが逆にいいのかも。あ、今、リヴァイの気持ちが何となく理解出来たかも?」
リヴァイ「ん? どういう意味だ?」
ハンジ「だって、しっかり見ていないとリヴァイの言いたい事、こっちは理解出来ない。でもその難易度があるからこそ、リヴァイに燃えちゃうのかも」
リヴァイ「? もう少し分かりやすく言ってくれないか?」
ハンジの言いたい意味が半分も理解出来ずに眉間に皺を寄せてしまうと、
ハンジ「ぷぷっ……リヴァイが私の臭いところも含めて好きって意味と同じだよ」
リヴァイ「別に好きって訳じゃねえんだが?」
ハンジ「でも臭い時もないと困るんでしょ?」
リヴァイ「まあ、そうだが」
ハンジ「私もそうなんだよ。リヴァイの面倒臭いところも含めて好きなんだよ」
ん? ううーん。
これはどう受け取ったらいいのか反応に困るな。
ハンジ「その眉間の皺、すっごく可愛い♪」
リヴァイ「皺を愛されてもな……」
ハンジ「でもそう思っちゃうんだからしょうがないでしょ? ふふ……」
ううーん。これはどう捉えたらいいのか分からん。
リヴァイ「まあ、俺の皺も愛してくれるなら有難いとは思うが」
自分では眉間に皺を寄せる癖を、あまりいい癖だとは思ってはいないんだが。
ハンジ「でも、皺の形とか深さでリヴァイの気持ちを読み取る方が早いよ?」
リヴァイ「?! そんなに注意深く見ているのか? お前は」
ハンジ「うん。多分、リヴァイの表情の中で一番雄弁なのはここだねえ」
と、言いながらハンジが俺の眉間の皺を突っついてくる。何か恥ずかしい。
リヴァイ「お前なあ……」
ハンジ「2番目は口角。この動きでも分かる。3番目は目の動き、かな」
リヴァイ「なっ……」
意外といろいろ見られていたのか。顔に熱が籠ってしまう。
ハンジ「お? 赤くなったね? ふふ……」
リヴァイ「まさかそんなに事細かく観察されていたとはな」
ハンジ「いやまあ、人間観察は趣味みたいな物だからね。巨人を観察するのより簡単だよ?」
リヴァイ「巨人は表情の変化が薄いからな」
ハンジ「そうだよ! でも表情が全くない訳じゃないよ? 個体差によっては笑ったり泣いている表情に近い物を見せてくれたり、後は……」
しまった。ハンジにこっちの話題を振ると聞いている側は徹夜させられてしまう。
リヴァイ「ハンジ、ストップ。折角の2人の時間に巨人の話をしないでくれ」
ハンジ「うぐ……だ、ダメですか?」
リヴァイ「お前が巨人の話を始めるとこっちは徹夜になるからな。ハンジを巨人に取られるような気分になるから止めてくれ」
ハンジ「嫉妬するの?」
リヴァイ「まあ、そう捉えて貰っても構わん。だからこういう時間には巨人の話は持ち込むな」
と、言って俺はダダをこねてみた。
するとハンジは何故か口を尖らせてきた。
ハンジ「巨人の話をする私も愛して欲しいんだけどなあ?」
リヴァイ「無茶言うな。それは浮気をする私ごと、愛して欲しいと言っているのと同じ意味だ」
ハンジ「そうなっちゃう?」
リヴァイ「そうなるな」
ハンジ「ううーん。それもそうか。だったら諦める」
と、ちょっとだけしょんぼりするハンジにこっちもイラッとした。
イライラをぶつける為にハンジの乳首に強めに噛みついてみる。
ハンジ「いたっ……ちょっと、強いよ。リヴァイ……あっ」
抗議されたが知らん。こういう時間の時くらい、巨人の存在は忘れて欲しい。
愛情と憎悪は紙一重だと言う自覚はあるが。巨人がますます憎たらしく思えてしまう。
あいつら、本当に殲滅してえ。
ハンジ「あっ……あああっ……ん……はあ……はあ……」
ハンジの様子がだんだん色っぽくなってきた。動きも艶めかしい。
でもそのまま俺は強めに乳首を噛んだ。噛み千切るような真似はしないが、ちょっと痛い程度の刺激なら問題ない筈だ。
ハンジ「ああ…リヴァイ、ま……待って……ああっ……これ、なんか、変な感じなんだけど」
待ってやらん。知らん。
ハンジ「やあ……ああ……ああ……ああ……ん……」
ハンジの体から汗が噴き出始めている。俺の方はそこまで熱い訳ではないが。
やっぱりハンジはちょっと痛いくらいが気持ちいいのだろうか。
緩急をつけてやってみる。休憩を挟みながら乳首に長い間、刺激を与え続けていたら、
ハンジ「………も、もうやめて! リヴァイ、やめてってばあ!」
と、何故か本格的に抗議された。仕方がないので一度止めてやると、
ハンジ「ち、乳首が千切れたらどうすんのよ…」
リヴァイ「流石にそこまで力は入れてねえが?」
ハンジ「いや、千切れるかと思ったよ?! 腫れてない?! 大丈夫かなこれ?」
リヴァイ「あー……」
と、言いながら今度は指先で軽く触れてみる。少し熱っぽかった。
リヴァイ「すまん。弄り過ぎたか」
どうやら加減を間違えたようだ。やり過ぎたようだ。
ハンジ「いや、私の方こそ、ごめん」
リヴァイ「ん?」
ハンジ「いや、まあ……そうだね。確かにこういう時くらいは巨人の事は忘れた方がいいよね」
リヴァイ「……………」
ハンジ「どうせ兵舎に戻ったら嫌でも思い出さないといけないし。今は忘れた方がいいよね」
リヴァイ「……………」
ハンジ「ごめんね。折角の2人きりの時間なのに」
リヴァイ「いや、俺も悪かった」
素直に謝られるとこっちも調子が狂ってしまう。
ハンジの髪を優しく撫でながら俺は言った。
リヴァイ「俺達にとっては切っても切れない問題なのは分かってはいる。ハンジがそういう女なのは俺も知っている」
ハンジ「そらそうか」
リヴァイ「ああ。知っていてこういう関係になったんだから、ハンジが話したいと思う気持ちも分からんでもないんだが」
ハンジ「……………」
リヴァイ「ハンジ、ここは俺の我儘を通させてくれ」
ハンジ「…………うん。そうだね」
ハンジが頷いてくれた。
ハンジ「2人きりの時は2人の時間を楽しもうか」
ニコッと笑い返してくれた。それが凄く愛おしく思えた。
今だけは。今だけは忘れよう。
どうせこの時間が終わったら、また過酷な日々に身を投じる事になる。
胸の痛みが消えない日々が俺達を待っている。
だからせめて今だけは、今だけは。この幸せを味わっておこうと思う。
乳首は散々、弄り過ぎたからもう触らないようにする。
代わりに舌を使って全身を舐めた。隅々まで、汗を全て拭うように。
ハンジ「ん…………」
塩の味が微かに口の中に広がる。汗の中には塩分も多少、含まれているそうだが。
そういう豆知識を俺に教えてくれたのはハンジだ。
こいつは俺よりいろんな事を知っている。
俺の知らない世界を沢山、知っている。
俺とは違う視点から巨人を見つめて。
人とは違う視点から巨人の謎を解明したいと言っている。
ハンジ「はあ……」
睡眠を削って、体力を削って。自分の事をほったらかして。
飯を食う事すらたまに忘れて。それでも巨人の為にハンジは走り続ける。
こいつの地道な努力が報われる日が来る事を願う。
いや、願うだけじゃダメだ。俺達は全員の力を持ってしてその目標を達成しなければいけない。
過去の屍の山を無駄にしない為にも。
ハンジ「はあ……はあ………」
罪悪感はある。
こうしてハンジとの秘め事に投じている自分はきっと、あいつらを裏切っている事になるのだろう。
今ここで幸せを貪るのは、先に死んでいったあいつらに対する裏切り行為になるけれど。
謝る事しか出来ない。でも、俺は自分勝手な自分を抑えきれない。
すまない。胸の中で謝罪をしながら、それでも俺はハンジに愛撫を続けた。
そしたらハンジが急に俺を押しのけてきた。
そして悲しげな表情で俺を見つめ返してきたんだ。
ハンジ「ちょい、やめようか」
リヴァイ「ん? 何故だ」
ハンジ「あんたも私にばっかり言えないよ? 今、違う事考えたでしょ?」
リヴァイ「……………」
バレたのか。何で分かった?
ハンジ「最初の時のエッチと全然違った。馬車の中でのそれとも違った。今、心の中に別の誰かがいるね?」
リヴァイ「………………」
ハンジ「誰の事かは問わないよ。大体察しているからね。でも、やっぱり今は忘れようよ」
リヴァイ「………………」
ハンジ「私も同じ気持ちになる事はあるよ? リヴァイの気持ち、分かるから」
リヴァイ「そうなのか?」
ハンジ「うん。本当はこういう事、していいのかなって思う時、あるけどさ」
リヴァイ「………」
ハンジもハンジで仲間を過去に亡くしている訳だからな。
調査兵団の人間は全員、同じ経験を乗り越えてここに生きている。
ハンジ「そういう事を考えながらするのは、やっぱり良くないと思う。出来ないんだったら、今日はここまでにしてもいいよ?」
リヴァイ「生殺しにするんじゃねえよ」
ハンジ「じゃあ今は忘れよう。集中して。私を愛して」
リヴァイ「分かった」
ハンジに巨人の事を忘れろと言った以上、俺もあいつらの事を忘れる事にした。
今だけだ。ハンジに触れていいこの時間だけ、俺は自分勝手に生きる。
唇を使って手足をなぞる。指の先を使って脇腹を撫でる。
温かい。体温をお互いに分け合って熱くなっていく。
ハンジ「はあ……はあ……はあ……」
ハンジの手も俺の方に伸ばしてきた。
リヴァイ「あっ……」
すいてくれる。その長い指先で。丁寧に。俺の物を固くしてくれる。
リヴァイ「ハンジ……ああっ……」
されてしまうと、こっちも快楽に溺れそうになる。
主導権をハンジにバトンタッチする。ハンジの方が俺の上に乗ってくれるようだ。
あいつが潜って、俺の体に触れてくれる。
両目を閉じた。ハンジの吐息が俺のあそこに触れている。
息の熱を感じて自然と頬が赤らんだ。馬車の中でも思ったが、こいつ、やっぱりエロい。
リヴァイ「ハンジ……ああ……」
ハンジの髪を掴みながら快楽に耐えた。
自分の物を丁寧にすいてくれるハンジの器用な手つきに俺はつい、眉間に皺を寄せていた。
ハンジが一旦、手を止めて体を起こした。目を開けると、こっちをじっと見てきた。
何故かニヤニヤしていた。何がそんなに楽しい?
ハンジ「悩ましい表情の時もそうなるんだね」
リヴァイ「ん?」
ハンジ「リヴァイ、エロい顔になる時も眉間に皺が寄ってるよ?」
俺はついつい、眉間の皺を手で隠してしまった。
リヴァイ「見るんじゃない。こんなところを見ても楽しくねえだろ」
ハンジ「いや楽しいよ♪ うん。すっごく楽しいなあ」
と言いながら、俺のあそこをスリスリしてくる。あ……ちょ……。
一旦、止めさせる。変な気持ちになるからだ。
ハンジ「ちょっと……何で悩ましげな眉間の皺を見せてくれないの?」
リヴァイ「恥ずかしいからに決まっているだろ。お前、やっぱり観点がおかしいぞ」
ハンジ「いや、私がちょっとおかしいのは元からでしょうが」
リヴァイ「自分で言うな。いや、その………なんだ」
ハンジ「ん?」
リヴァイ「人にして貰うのは、変な感じだな」
ハンジ「ああ……これ?」
スリスリ……
と、また動きを再開しようとしたので止めさせる。
ハンジ「何で止めさせるのよ。気持ちいいんでしょ?」
リヴァイ「ああ。気持ちいいけどな。その……なんだ。ううーん」
また眉間に皺が寄る。ああもう、バレているとは思うが。
最高に気持ちいい。
ハンジ「素直になればいいのに」
リヴァイ「うるさい。その……いいから、こっちは見ないでくれ」
ハンジ「やだ。リヴァイの顔を見ながらここ触る方が楽しいし?」
リヴァイ「ん……あ……クソ……」
形勢逆転されてしまった。自分がされる側になると恥ずかしい。
ハンジ「ふふふ………私ってやっぱり変かなあ?」
リヴァイ「え?」
ハンジ「リヴァイに愛撫されているのも好きだけど、リヴァイにこうやって、触る方がもっと好きかも?」
リヴァイ「それは男役でも構わんという事か?」
ハンジ「だろうね。多分、そういう事だと思うよ」
リヴァイ「流石は抱かれたい男ナンバー2に選ばれた女なだけあるな」
俺がつい、そう言ってやると、ハンジが苦笑した。
ハンジ「いや、まあそうだけど。あれは妄想の投票だからね?」
リヴァイ「妄想?」
どういう意味だ?
ハンジ「あれ? 言ってなかったっけ?」
リヴァイ「何が?」
ハンジ「女性の場合はあくまで「もしも男性だったら」という妄想の投票だったんだよ。つまり私が「もしも男」だったら、2位だったって事だよ」
何だと? じゃあつまり…。
リヴァイ「……俺の5位も、もしも女だったら、という意味だったのか?」
ハンジ「そうそう。あくまで妄想の話だよ。男女が逆転した場合の妄想の票もOKだったの。だから洒落だって言ったのよ」
リヴァイ「そうだったのか」
言っている意味がようやく理解出来た。
リヴァイ「俺が女だったら……その、なんだ。男にモテたかもしれんのか」
ハンジ「男女が逆だった場合は私、絶対もっと早くリヴァイを捕まえたと思う。というか、ライバルが多過ぎてハラハラしたかもしれない」
リヴァイ「何だって?」
ハンジ「エルヴィンとか、ミケもリヴァイが女だったら嫁にするって言っていたよ。うん。リヴァイが女じゃなくて良かった。もしも女に産まれていたら仲間同士で戦争だったね」
リヴァイ「おいおい……」
冗談だろ? あいつらそういう意味で俺を愛でたいのか?
リヴァイ「そんな事を言い出したらハンジが男だったら、女にモテまくるだろ。背が高い上に兵士としても強いしな」
ハンジ「ええ? ううーん。まあ、女の子を大事にしたとは思うけど。私、根が変態だからねえ? 私自身は、私が男だったらきっと、女の子から見たらちょっと「アレ」な人間にしか映らない気がするんだけどなあ」
リヴァイ「アレってなんだ。アレとは」
ハンジ「いや、だからその……私がこういうオタクで変態気質なのを許されているのは女だからじゃないのかなって。男として産まれていて、同じ事していたら、洒落にならんくらい周りからドン引きされていたんじゃないかなって思うんだけど」
リヴァイ「…………」
普段のハンジの奇行種振りを男の姿で想像してみる。
あ、確かにちょっとアレな気がしてきた。言いたい意味が分かった。
ハンジ「あ、意味分かった? つまりそういう事なんだけど」
リヴァイ「ああ。分かった。つまりそういう事なんだな」
ハンジ「そうそう。だからまあ、女として産まれた事は受け入れているし、そこは特に拘りはないけど。貧乳なのがちょっと悲しいくらいで」
リヴァイ「ん? 胸が欲しかったのか?」
ハンジ「つまんなくない? リヴァイから見てさ」
リヴァイ「いや別に」
ハンジ「本当に?」
リヴァイ「何で疑う?」
ハンジ「ん~だって男の人って女の胸の話題でよく盛り上がるじゃない」
と、ハンジがベッドの上で正座して自分の胸を触った。
そのポーズがちょっと、その、なんだ。可愛らしかった。
ハンジ「そういう時に、私、必ず洗濯板の扱いを受けていたし、若い頃はそういう意味でからかわれる事も多かった訳ですよ」
リヴァイ「苛められていたのか?」
ハンジ「苛めというより、悪ノリ? 向こうも本気で言っている訳じゃないのは分かっていたけど。『お前、本当に女なのか? 胸確認させろやww』みたいなからかいは訓練兵の時代とかに多々あったねえ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中に火がついた。
苛ついた。過去の男に。そいつ、ぶん殴りてえ。
だからつい、拳を握ってベッドにそのまま八つ当たりした。
その音に驚いてハンジが目を丸くしているが、俺は構わず言った。
リヴァイ「その当時の野郎は今も生きているのか? 俺が殺してくる。名前を教えろ」
ハンジ「いやいや殺しちゃダメだよ! え? 何でそんなにキレて……」
リヴァイ「そいつ、ハンジに触りたかっただけだろ。ドスケベ野郎が。巨人に食わせてやろうか」
ハンジ「怖い事言っちゃダメだよ!! いや、女扱いされていないでしょこれはどう見ても!」
リヴァイ「されているからこそ、触ろうとしているんだろうが! 触らせたのか?!」
ハンジ「いや、触らせてないですよ?! 触らせるわけないでしょ! 『女ですよ一応!』って言い返したに決まっているでしょうが!」
リヴァイ「ならいいんだが……」
頭痛い。ハンジ、お前、女扱いされてないとか、言っていたが自分で気づいてないだけじゃねえか。
ハンジ「ええええ? そこ、そんなにキレるところなの?」
リヴァイ「他の男がハンジに触ろうとしていた過去があるって聞かされて平静で居られる訳ねえだろ」
ハンジ「……………ヤキモチ、妬いちゃう?」
リヴァイ「当たり前だろうが。クソ………」
そう言い返すとハンジの方が嬉しそうにしていた。
リヴァイ「ニヤニヤするんじゃねえよ。ムカつく……」
ハンジ「ごめん。でもちょっと嬉しいね。こういうのは」
リヴァイ「何で」
ハンジ「いや、貧乳でもいいんだって思えたから。あとヤキモチも妬いてくれたし?」
リヴァイ「………………」
ハンジ。今、お前、どれだけ可愛い顔をしているか気づいてねえのか?
頬を赤らめて、照れている。そんな顔を見せつけられて。
俺はため息をついた。もうなんだ。頭痛を通り越して頭がふらふらする。
ハンジ「ん? なんでため息?」
リヴァイ「ハンジ」
ハンジ「何?」
リヴァイ「股を広げろ」
ハンジ「はい?! いきなり何?!」
リヴァイ「いいから、広げろ」
ハンジ「???」
ハンジが混乱しているようだが、俺も説明する気にはなれなかった。
ハンジが困惑しながら両足をおずおずと広げたが、そこを一気に広げさせる。
あいつのあそこに顔を近づけた。ここで分からせるしかねえようだ。
ハンジ「な……何? 何したいの? リヴァイ……あっ」
ビクン……ビクン……
跳ねあがる体を押さえつけながら、舌の愛撫を再開する。
濡れているそこを更に濡れさせる為に。手と舌を一緒に使ってハンジを喘がせる。
ハンジ「いやああ……な、なに? リヴァイ、意味、分かんないんだけど…あ」
リヴァイ「いいから」
もういい。昔の事とか。思い出すな。
ハンジにちょっかい出そうとした奴もきっと、本当はこういう事がやりたかった筈だ。
貧乳がなんだ。でかけりゃいいってもんでもねえ。
女が感じるところが見たい。本能の部分がそうさせる。
勿論、外見が重要な男もいるだろう。だが、そこだけじゃねえんだよ。
ハンジ。胸なんかより、もっと大事な物をお前は持っているだろ。
そこを見せてくれ。もっと、俺にしっかりと。
ハンジ「ああ………リヴァイ? リヴァイ? 何か、変だよ?」
リヴァイ「とっくの昔に変になっている」
ハンジ「いや、そういう意味じゃなくて、どうして急に……」
リヴァイ「お前がくだらん事でウダウダ言うのが悪い」
ハンジ「えええ?」
リヴァイ「俺を楽しませたいんだったら、もっと喘いでみろ」
ハンジ「へ?」
ハンジの声がおかしかった。声が高い。
ハンジ「え? え? あっ……あああ?!」
ちゅるちゅる……蜜を吸うようにそこを舐めるとハンジのバウンドが酷くなった。
ハンジ「ん……ちょ…待って! そこ、舐めるの、ちょい待って!」
リヴァイ「嫌だ(レロ……)」
ハンジ「いや……だって…あああっ……?!」
痙攣が酷かった。でも、楽しい。
ハンジが全身で感じている。その様子を眺めるのが楽し過ぎる。
ハンジ「な、なんで? ああっ……!」
ビクンビクン……胸が反りあがる。
戸惑いが伝わってきて、俺の方のテンションもどんどん上がってきた。
ぬめりが酷い。だが溢れてくる液体の量が止まらない。
乾くのが追い付かないくらいハンジの中から汁が溢れている。
ハンジ「あああっ……リヴァイ、あの…その……いいの? だって、そこって……」
リヴァイ「さっきの本にも似たような体位があっただろ?」
ハンジ「そうだけど! でも何で急に……」
真っ赤になって戸惑っている。まだ分からねえのか?
リヴァイ「ハンジ、お前は女だろ」
ハンジ「はい、そうですね」
リヴァイ「だったら、こっちで俺を楽しませてくれりゃそれでいいんだよ」
ハンジ「!」
と、言い切ると何故か頭を強く叩かれた。
ハンジ「やっぱり体が目当てか!!」
リヴァイ「いや、お前が貧乳を気にしているようだったから、それは違うと言いたいだけで」
貧乳である事は大した問題じゃねえと言いたかっただけなんだが。
ハンジ「そこは「体が目当てじゃねえよ」くらいでいいでしょうが!」
リヴァイ「なんだ。そういう言葉を期待していたのか?」
ハンジ「そりゃそうだよ! 私も一応、女ですし?!」
リヴァイ「一応とか言うな。ちゃんと女だろ。ハンジは」
こんなに濡れ濡れになっている癖に。腹立つな。
謙遜もやり過ぎると嫌味に聞こえる。
ハンジ「そう思うならもうちょっと女扱いしてよおおおお!」
リヴァイ「今、しているだろ? (さわっ)」
ハンジ「そっちじゃなくて! あ、こら……」
太ももを指先でなぞる。何がいけない?
ハンジ「ずるいよ……リヴァイ…あん……」
リヴァイ「ん?」
ハンジ「私ばっかり、こんな………ああっ……やっ……」
リヴァイ「ん? 何がだ?」
ハンジ「本当に、私の事、好きなの?」
リヴァイ「好きじゃねえなら、こんな事はしねえよ」
ハンジ「でも、身体が目当てなら、私以外の女でも楽しめる筈じゃ……それこそ、もっと若い子の方が……」
リヴァイ「あー………」
何かどうも勘違いしているようだな。ハンジは。
リヴァイ「なるほど。貧乳を気にしているのはそこが原因か」
ハンジ「ううう……」
ハンジが顔を隠してしまった。不安にさせたのなら申し訳なかったな。
ハンジ「リヴァイが愛してくれるのは嬉しいけれど。私の何がそうさせているの?」
リヴァイ「うーん」
ハンジ「私の匂い? 体? 研究者としての私? 他にはないの?」
リヴァイ「……………」
ハンジ「ごめん。何だか急に不安になった。愛されているのに。リヴァイの事、大好きなのに」
リヴァイ「ハンジ」
ハンジがちょっと混乱しているようだ。落ち着かせねえと。
そう思って、俺は一度、あそこの愛撫を止めてハンジの体の上に覆い被さった。
ぎゅっと、ベッドの中で抱きしめて、とりあえず落ち着かせる。
リヴァイ「すまん。最初に付き合い始めた時にちゃんと言えば良かったな」
今、思うと照れくささもあって言葉でハンジに伝えていなかったような気がする。
ハンジ「うん………私も本当はちゃんと聞きたかったよ」
リヴァイ「でも聞けなかったのか」
ハンジ「うん………『綺麗にした時の匂いが最高だったから』とか言われたら、ねえ?」
リヴァイ「いや、それはその……悪い。嘘じゃねえけど、決してそれだけじゃないからな?」
思い出して恥ずかしくなる。あの時の俺はいろいろと浮かれ過ぎていた。
リヴァイ「その………ハンジ」
ハンジ「うん」
心臓が痛くなってきた。ああ。今頃、こういう言葉を伝えるのか。
順番が逆のような気もするが。そういう手順を踏んでしまった俺が悪いか。
リヴァイ「ハンジが言ってくれただろ。『ありがとう』って言葉を」
ハンジ「ん? いつ言った時の『ありがとう』の件? 私、結構沢山、リヴァイにありがとうって言っている気がするけど?」
リヴァイ「まあ、そうなんだが。一番、記憶に残っているのはあの時だ。ハンジが初めて、夜に俺の部屋にやってきた時の」
ハンジ「ああ! リヴァイが習わしを知らずにドア閉めて遊んだあの夜の時の事ね」
リヴァイ「そうだ。今思うと、俺はあの時、ハンジに堕ちたんだよ」
ハンジ「へ?」
ハンジが意外そうな顔をしている。だろうな。その反応は予想通りだ。
ハンジ「え? でもあの時、手、出して来なかったのに?」
リヴァイ「遊んでいる最中は別にそういう気持ちは全くなかった。俺があの時、ドアを閉めたのはハンジの相談事を外部に漏らしたらいけないんだろうと勝手に解釈したからだ」
ハンジ「おお……なんて細やかな気遣い屋さんだ」
リヴァイ「いや、その辺は当然だろうが。内密な話だろうと思っていたからな」
あの時のハンジは深刻な顔をしていたからな。
余程困った事態に陥っているんだとばかり俺は思っていた。
リヴァイ「実際、あの時のハンジは思いつめていただろ。だから何とかしてやりたくて……役に立てたかどうかは分からんが、それでもお前に感謝された時、胸が少しざわめいていた」
ハンジ「そうだったんだ」
リヴァイ「ああ。あんなに素直に感謝されるとは思わなかったし、その……あの時のハンジの笑顔は、凄く、可愛いと思った」
ハンジ「……………」
リヴァイ「当時はその感覚が何なのか自分でも良く分からなかった。ただ、深い眉間の皺を刻んでしまう自分が居て………そこからだ。ハンジの濡れた髪を見て、その……ハンジに関わる何かが起きる度に眉間の皺がどんどん寄っていって、自分でも良く分からない動作の発動条件に自分で気づいた直後に、シャワーを浴びたばかりのハンジが俺に近寄ってきて」
ハンジ「うん」
リヴァイ「あの時、体が勝手に反応した。その意味を自分で考えた時に俺はハンジを女として見ている自分に気づいた。今思うと、あの時のハンジは最高にエロかったぞ」
ハンジ「そ、そうだったの……?」
ハンジの顔が赤い。ああ。全くけしからん状態だった。
リヴァイ「ああ。全くけしからん女だった。だから最初は、そういう偶然が重なったせいでたまたま、欲情しただけだと自分に言い聞かせていたんだが……」
ハンジ「たまたま?」
リヴァイ「そうだ。別にハンジじゃなくても、例えば他の女であっても、シャワーを浴びたばかりの清潔な女が近寄ってくればそういう気分になる筈だと、当時の俺は思っていたんだが」
ハンジ「違ったの? 別の女でも試してみたの?」
リヴァイ「いや、そういう話じゃねえよ。それ以前に、ハンジとの距離がどんどん、近づいていっただろうが」
ハンジ「……………もしかして、抱き付いたり、夜中の訪問だったり?」
リヴァイ「そうだ。お前、喜ぶとすぐ抱き付いて、その……ニコニコしやがるだろうが」
ハンジ「ああ……まあ、そうですね。喜怒哀楽が激しいからね。私は」
リヴァイ「だからだろうな。ハンジを見ていると飽きない自分がいる。でも当時の俺はそういう自分になってしまったのは例の香水のせいだと思っていたからな。アレさえなければ、ハンジに欲情する事もなかったのにって、つい、思っちまったけど」
ハンジ「うん。確かにそうだろうね」
リヴァイ「でも、エルヴィンにそれを完全に否定されちまって。俺が元々、ハンジに気があったから、香水の罠に引っかかっただけで、その気もない女相手だったら、香水の効力もないと言われてしまった以上、もう逃げられなくなっちまった」
ハンジ「じゃあ、リヴァイは私のそういう部分が好きなのかな?」
リヴァイ「…………………だろうな」
と、言って俺は一度、両目を閉じた。
リヴァイ「ハンジの素直な部分が好きなんだろうな。悪く言えばそのままって事になるが。たまに感情的に行動し過ぎて暴走する時もあるが。普段は人の事を良く見ているし、周りにも気を遣える。辛い事があっても、それに耐えられる芯の強さも持っている。聡明で、努力家で、自分を犠牲にしてでも目標の為に頑張れる。だからこそ、お前の副官のモブリットもお前についてくるんだろうし、エルヴィンだってお前に一目置いている」
ハンジ「……………リヴァイもそうなの?」
目を開いて俺はハンジをじっと見つめた。
リヴァイ「そうだ。お前はよくやっている。女である事以上に、ハンジ・ゾエとして、よくやっている」
ハンジ「…………ッ」
俺がそう言ってやると、ハンジが急に泣き出してしまった。
リヴァイ「ハンジ?」
ハンジ「まだ、ダメだよ」
リヴァイ「ん?」
ハンジ「私はまだ、何も結果を残していない。今の段階でそんな優しい言葉を言わないで」
リヴァイ「ハンジ………」
ハンジ「そういう事は結果を残してからじゃないとダメ。努力なんて物は、結果が出て初めて認められる物なのに」
リヴァイ「まあ、それは確かにそうなんだが」
俺達は結果を求められる。そこはその通りだが。
リヴァイ「すまん。こういう言い方はかえって良くないか」
ハンジ「そうだね。努力なんて、結果が出ない場合は全部ドブに捨てる無駄な時間だよ」
と、苦々しく吐き捨てるハンジだった。
リヴァイ「……そうだな。確かにその通りだ」
この場合はハンジの言い分が正しいと思った。
リヴァイ「だがそれでも、それまでの時間を無駄にしない為にも俺達は戦うんだろ」
ハンジ「うん………」
リヴァイ「俺達は人材も時間も含めて、ここまで大量のチップをかけてきた。取り返すべき時がきたらきっと、エルヴィンの奴が全部取り返してくれる」
ハンジ「うん……」
リヴァイ「エルヴィンがダメだった場合は俺がいく。俺がダメだった場合はハンジがやれ。それでもダメな時は、部下に託すしかねえが」
ハンジ「うん……」
リヴァイ「いつか、きっと………このくせえ壁の中に、外の綺麗な空気を入れてみせる」
ハンジが無言で頷いた。涙はもう止まっていた。
これで伝わっただろうか? 俺の気持ちが。ハンジに。
言葉は本当に難しい。自分の気持ちを伝える道具としては不完全極まりない。
だからつい、言葉で伝える事を避けていた。それ以外の方法でしか今まで伝えていなかった。
だが、相手を不安にさせるのであれば、やはり言葉を使って伝えないといけないと思った。
リヴァイ「ハンジ………」
ハンジ「うん」
リヴァイ「好きだ」
ハンジ「うん。私も、好き。リヴァイの事、好きだよ」
リヴァイ「2回も言うな。恥ずかしい」
ハンジ「ええ? ああ…そっか。ごめん」
リヴァイ「嘘だ。何回言っても構わん」
ハンジ「どっちよ?!」
リヴァイ「ククク……」
どっちでもいいけどな。どっちでも伝わってくるからな。
そう思いながら俺は再び目を閉じてハンジにキスをした。
そこから先はもう、何も話さないでただ、愛撫に集中した。
ハンジの感じ方がより深まって、最初の時より痛がらないでくれた。
体面座位という体位や、後ろからの挿入も試してみたり。
ハンジをちょっと持ち上げてみたり。際どい角度で挿入をしてみたり。
本に描いてある絵を参考にしながら、いろんなやり方を試してみた。
だがどのやり方をやってみても、ハンジは感じて乱れて。
最後は足腰が立たない状態になったようで、ベッドの中で爆睡する羽目になったようだ。
そして夕方になった。そろそろ帰らねえといけない時間帯だ。
明日は明日で仕事がある。夢の時間はここで終わりだ。
そろそろ寝かせているハンジを起こさねえとな。
キスをして、起こしてみる。ちゅちゅ。
……………あ、起きた。
ハンジ「………?! 今、キスで起こした?!」
リヴァイ「そうだが。何か?」
ハンジ「いや、おとぎ話じゃないんだから、その……」
リヴァイ「気に入らなかったのか?」
ハンジ「いや、そういうんじゃないけど。恥ずかし!」
と、言いつつ顔を隠しているのが可愛い。
こいつ、女扱いされるのが嬉しいのか。そうかそうか。
だったらもっと甘やかしてやった方がいいのかもしれない。
リヴァイ「ハンジ、両手をあげろ」
ハンジ「ん? なんで?」
リヴァイ「脱いだ服、着せてやる」
ハンジ「ええええ?! え? ちょ……いいってば! 子供じゃないんだから」
リヴァイ「今日はもう、時間がねえから戻らないといけねえし、新しい服も買ってやれなかったからこれくらいさせろよ」
ハンジ「そう言えばそういう話をしていたような? ごめん。忘れていましたね」
リヴァイ「まあ、また今度でいいか?」
ハンジ「うん。別に急いで買う必要のある物じゃないからね」
リヴァイ「という訳でほら、やらせろ」
ハンジ「いやあああ?! ちょっと……えええ?!」
何故かハンジに抵抗された。ちょっとイラッとする。
リヴァイ「何で嫌がる?」
ハンジ「いや、その……ええっと……」
リヴァイ「ん?」
ハンジ「いやーこういうの、なんか慣れなくてねえ?」
リヴァイ「じゃあ慣れろよ」
ハンジ「いやいや? そこはほら、大人ですから、私は……」
と、遠慮されると何故か余計にしたくなる。
俺はつい、ハンジの脱いだ服を奪ってそれを自分の鼻に近づけた。
ハンジ「ぎゃあああ?! 何やってるのおおお?!」
リヴァイ「ん? 衣服の匂いを嗅いでいるだけだが?」
ハンジ「やだ、それ何か変態っぽいよ?」
リヴァイ「お前が俺にやらせないからだろ」
ハンジ「嫌がらせ?! え……そうまでして服着せたいの?!」
リヴァイ「甘やかされたいんじゃないのか? 違うのか?」
ハンジ「やー………」
ハンジの視線が泳いでいる。顔が赤い癖に。
ハンジ「甘ったるいのは苦手かも? うん。何でそんなに急に優しくなったの?」
リヴァイ「女扱いされたいんだろ? いいじゃねえか。たまにはこういうのも」
と、言って俺はハンジの体を自分の方に引き寄せる。
でもハンジはやっぱり俺との距離を少し取ってくる。
ハンジ「ええっと………その」
リヴァイ「なんだ」
ハンジ「いや、確かにそういう気持ちが全くない訳じゃないけど」
リヴァイ「だったらいいだろ?」
ハンジ「でも、もうすぐ兵舎に帰らないといけないよね。だったら、そろそろ気持ちを切り替えないといけないなーと思っていたんだけど」
リヴァイ「……………そうか」
タイミングが悪かったようだ。もっと早くしてやれば良かったな。
ハンジ「うん。もう十分楽しんだよ。夢の時間は終わり。私達の現実に帰らないと」
リヴァイ「………………」
ハンジ「兵士に戻ったらまたいつも通りにお願いね。仕事中はそういう空気は出さないように」
リヴァイ「まあ、そうだな」
ハンジ「仕事中は女である事は忘れているから。そうしないと、仕事にならないしね」
リヴァイ「…………………」
俺としては複雑な心境だった。
だがそれがハンジの選んだ人生だ。仕方がない。
リヴァイ「…………分かった」
ハンジに衣服を返して俺達はそれぞれ着替え終えると休憩所を出た。
馬車に乗って兵舎に戻る。帰りの馬車の中では流石にイチャイチャはしなかったが、俺はずっとハンジの手を握っていた。
お互いに何も言わないが、それで通じ合っている。
兵舎に戻ったら兵士の顔に戻るのだ。俺達はそれでいい。
トロスト区から帰還すると、エルヴィンに出迎えられた。ニヤニヤしてやがる。
エルヴィン「お帰り。早い帰還だったね。もっとギリギリの時間で帰ってくるかと思った」
リヴァイ「んな訳あるか。明日もあるのに」
ハンジ「いやー、まあでも楽しかったよ。うん」
と、ハンジの方はちょっと照れていたが。
エルヴィン「ふふ……そうか。だったら良かった」
エルヴィンの視線が生暖かいのがむず痒かった。
リヴァイ「おい、やめろ。その目つき」
エルヴィン「無理だよ。本当は2人の事を言いふらしたいくらいなのに」
リヴァイ「言いふらすなよ。やめろ」
エルヴィン「いや、もう周囲にはバレてはいるとは思うけど。ふふ……」
暫くはこの手のからかいは止みそうにねえな。
まあ、そこは仕方がねえけど。
気持ちを切り替えて俺はエルヴィンに尋ねた。
リヴァイ「留守中、何か問題は起きなかったか?」
エルヴィン「うん。特に問題はないよ。順調に次の壁外調査の準備も進んでいる。ハンジが開発に携わった例のアレの件も準備手続きは大方済んだし、後は其の時を待つだけだ」
ハンジ「あー完成が待ち遠しいような、怖いような……」
リヴァイ「怖い?」
ハンジ「だってもし、万が一、設計ミスが後で出てきたらと思うと……」
エルヴィン「その点は大丈夫だよ。私自身も念入りに検査に携わったし、もし問題が起きるとすれば、材料の不具合だけだろう。その点も何度も試験を試してクリアした。後は時を待つだけだよ」
と、エルヴィンは余裕の表情を浮かべている。
エルヴィン「むしろ捕獲装置その物よりも、それを使うべき時が来た時の事が心配だ」
リヴァイ「ん?」
エルヴィン「いや、何でもない。部屋に戻ってゆっくり休むといい。私はまだ少し仕事が残っているから」
エルヴィンが先に部屋に戻って行った。意味深な言葉が少しだけ気になったが……。
あいつが何か意味深な事を言うのは今に始まった事じゃないので、胸に留めて置くだけにする。
問い詰めても、其の時がこない事にはあいつは絶対しゃべらないからだ。
ハンジ「私も部屋に戻るね。じゃあね。リヴァイ」
リヴァイ「ああ。またな」
そう言い合って俺達は自分の部屋に戻った。
ここで完全に気持ちを切り替える。そう、思っていたのに。
ふと、後ろ髪を引かれるような思いに囚われて、つい立ち止まってしまう自分がいた。
廊下には足音が小さく響いている。ハンジの足音が徐々に遠ざかる。
そして、その音が突然止まって。
あいつがこっちを見た。少しだけ目を細めて。頷いて。
それを合図にするかのように、俺も同じように頷いた。
俺は再び歩いた。自分の部屋に戻って上着をクローゼットにしまい込む。
ベッドの上に座り込む。あ、シーツのカバーをまだ取り込んでいない。
一度部屋を出る。外の物干し竿に引っかけていたそれを、誰かが気を利かせて中に取り込んでくれていたようだ。
それを有難く頂いて部屋に戻って自室のベッドにシーツをかけなおす。
そしてその上に寝転んで、昨日の夜から今日までの記憶を整理する。
リヴァイ「…………」
なんだろうな。この感覚は。
ハンジと体を繋いだけれど、それで何か変わったかと言われたら、何も変わらない気がした。
変わる可能性があるのはハンジの方だ。もし腹に子供を宿したらあいつの人生は変わってしまう。
でも男の俺は自分の欲望を出しただけで、それ自体はいつもの自分と変わらない。
ただ、ハンジの温もりや匂いやそれらに付随する全てを思い出したら、涙が出そうになる自分がいた。
それを必死に堪えて俺は今日購入した本の続きを一人で読んでみる。
だけど本の内容がまるで頭の中に入ってこない。
むしろハンジと一緒に読んだページの方が気になってそっちを目に入れてしまった。
楽しそうに読んでいたハンジの顔を思い出すと、胸が締め付けられるような心地になる。
リヴァイ「はあ………」
ため息が零れた。あいつに怒られそうだが。
このため息は、憂鬱の方のため息ではない。甘い吐息の方だ。
微熱でも出ているんだろうか。身体の感じが妙な心地だ。落ち着かない。
原因は分かっている。ハンジとの時間が幸せ過ぎたせいだ。
胸が痛い。ズキズキする。この痛みから逃れる方法がない。
明日には兵士に戻らないといけないのに。こんな調子で本当に大丈夫なのか? 俺は。
開いた本を一度閉じて、本を本棚にしまい込んだ。
本に書かれていた内容は参考になった部分もあったし、ただの暇つぶしにもなった。
全部を読む必要はないが、また機会があればページを開く事もあるだろう。
時計を確認すると夕食の時間だった。トロスト区の方で夕飯は食べて来なかったから、兵舎で食べるつもりでいた。
食堂に行ってみると、先にミケやナナバ達が食べていた。声をかけられたので相席する。
ナナバ「やあリヴァイ。何だか色気が出ているね?」
リヴァイ「何の事だ?」
ナナバ「いや、珍しくスカーフしてないから。あと鎖骨見えているし」
リヴァイ「ああ………」
スカーフをするのを忘れていた。少しぼーっとしていたようだ。
スカーフを外したのは………行きの馬車の中と、休憩所だ。戻る時にスカーフをし忘れていたようだ。
ん? という事は、待てよ。俺はスカーフを休憩所に置き忘れて来てしまったのか?
なんていう失態だ。恥ずかしい。
思わず額を手で押さえて俯くと、ミケに「ふん」と笑われた。
ミケ「調子が狂っているようだな。大丈夫か?」
リヴァイ「余り大丈夫とは言えないが……もう仕方がねえと思っている」
ジタバタしてもどうにもならん。もう流されるしかねえと思っている。
ナナバ「そっちのリヴァイの方が色っぽいからいいんじゃない? 普段のスカーフ姿の私服だと、ちょっとお堅いし」
リヴァイ「そうか?」
ナナバ「鎖骨って結構、女から見たら萌える部分でもあるんだよね。あ、でもあんまりそこを見せちゃうとハンジが怒るかもね」
リヴァイ「何で」
ナナバ「妬いちゃうと思うよ? 他の女の視線をただでさえ集める男の癖に」
そう言えば行きの馬車の中でハンジが鎖骨を触っていたような気がする。
そうか。あいつ、この部位も好きなのか。ふむ。だったら尚更普段は隠しておくべきだな。
リヴァイ「今後気を付ける。ハンジはまだ食堂には来てないな」
ナナバ「見てないよ。食事、持って行ってあげたら?」
リヴァイ「後でそうする」
と、談笑をした後、俺はハンジの分の食事をハンジの部屋に持っていく事にした。
部屋のカギは開いていた。中に入ると、あいつは眼鏡を外して着替える気力もなかったのかそのままの姿でベッドに寝ていた。
相変わらずハンジの部屋は雑然としている。埃っぽい。
足元に注意しながら部屋の奥に入ると、ハンジが気配に気づいたのか目を覚ました。
ハンジ「あ、ごめん。夕食持って来てくれたんだ」
リヴァイ「まあな。俺は食堂で食べて来た。食うか?」
ハンジ「うん。後で食べる」
リヴァイ「………………無理、させ過ぎたか?」
俺も調子に乗った自覚はある。特に2回目の方はいろんな体位を試してみたからな。
体力を消耗させ過ぎたのかもしれない。
ハンジ「ううん。無理じゃないよ。でもそうだね。疲労感がまだ残っているかも」
リヴァイ「…………すまん」
ハンジ「謝る事じゃないよ。私も望んでやった事だから。リヴァイが気にする事じゃない」
リヴァイ「そうだとしても、すまん」
ハンジ「あはは……大丈夫だよ」
と言いつつハンジが苦笑を浮かべる。
ハンジ「むしろ心配なのは明日だよ」
リヴァイ「ん?」
ハンジ「いや、その………ねえ? 私もこういうの初めての経験だから。普段使わない筋肉を使っちゃったし、筋肉痛になるかも? なんてね」
リヴァイ「もしそうなったら普段の鍛え方が足りない証拠だな」
ハンジ「そうだね。あと年も取ったせいもあるよ。リヴァイはいつでも元気で羨ましいなあ」
リヴァイ「俺も若い頃に比べたら多少は体力が落ちてはいるぞ」
と、言いつつハンジのベッドの上に腰掛ける。
ハンジ「全然、そうは見えないね。肌だって艶々だし、皺もない。眉間以外は」
リヴァイ「ハンジだってそう顔に皺がある訳じゃねえだろ」
ハンジ「いやーよく見るとちょっとあるよ? 女性兵士の中では年齢上の方だし……」
リヴァイ「ふーん」
俺はそう言いながら寝転がっているハンジに顔を近づけてみた。
至近距離で顔を観察して見るが……別に気にならねえな。
ハンジ「………ッ……リヴァイ、顔、近づけ過ぎじゃない?」
リヴァイ「ん………」
だろうな。わざとだ。
俺はそのままハンジの耳から顎にかけて手を入れて優しく触れた。
するとハンジがさっと視線を逸らしてしまった。
ハンジ「や……待って。リヴァイ。もう夜だよ? 明日早いんだし、これ以上は」
リヴァイ「………………」
参ったな。本当に。
兵舎に戻ればすぐに切り替えが出来ると思っていたのに。
ハンジを目の前にしたらもう自重したくねえ自分が出て来た。
頭が沸いているな。今の俺は。ダメだと思うのに。これじゃ。
リヴァイ「ハンジ………」
今までこういう事をしてきて来なかった反動なのだろうか?
一度覚えた快楽をもう一度貪りたくて堪らねえ。
今夜も一緒にハンジと寝たい。いや、今夜だけじゃねえ。
明日も明後日も、その次の日も。
いっそ、俺の部屋にハンジを住まわせてしまおうか。
ハンジ「や……ダメだよ。リヴァイ。自重して。お願い。明日もし、足腰立たなくなったら困るし」
リヴァイ「いや、まあ……そこはそうだが。その件じゃなくて」
ハンジ「ん? 何?」
リヴァイ「その……こういう事を言うのはダメなのかもしれないが」
と、一応前置きをしておく。
リヴァイ「ハンジ、俺と同じ部屋に住む気はないか?」
ハンジ「へ?」
リヴァイ「いや………その、すまん。こういう感情になってしまった以上、出来るだけ一緒に居たい気持ちが出てきてしまって」
ハンジ「…………………」
ハンジの顔が強張っている。
しまった。言うべきじゃなかったのだろうか。こういう事は。
でも、俺も勢いで言ってしまって、後に引けなかった。
リヴァイ「自室に戻ってからハンジの事を思い出したら、泣きそうになる自分がいた。胸が痛い。この疼きを抑えられるのは、ハンジ。お前しかいないんだ」
ハンジ「……………」
リヴァイ「すまん。我儘を言っている自覚はあるが、俺と一緒に出来るだけ居てくれねえか」
ハンジ「それって、まるで…………」
ハンジがそこまで言って言い淀んでいる。
ハンジ「待って。待って。待って。ちょっと急展開過ぎて頭の整理が追い付かない」
リヴァイ「……………」
ハンジ「だってそんな事したら、その……調査兵団の兵士としての私が、その……」
リヴァイ「…………」
ハンジ「それにそんな事をしている人、誰もいないし、私達がそんな事をしたら他の兵士に示しがつかないし」
リヴァイ「…………」
ハンジ「ダメだよ。そこは通い妻で我慢してよ。部屋は分けよう。私、夜中まで起きている事も多いし、生活のリズムがリヴァイとは違う時あるし、迷惑かけるでしょ?」
リヴァイ「…………」
ハンジ「エルヴィンにもきっと反対されるって。そこはちょっと、ね? やめよう。うん」
リヴァイ「ハンジ」
ハンジ「な、なに?」
リヴァイ「何でさっきから俺の目を一切見ない?」
ハンジ「!」
ハンジの目の動きが激しくなった。
ハンジ「いや、だって……その、真っ直ぐこっちを見てくるからさ」
リヴァイ「見ちゃ悪いのか」
ハンジ「照れるんだってば。真っ直ぐに見つめられると。そんな熱っぽく見つめられたら困る」
リヴァイ「どう………困るんだ?」
俺がそう耳元で言ってやると、ハンジの体が反応した。
ハンジ「分かっている癖に、言わせるつもり?」
リヴァイ「大方予想は出来るが、当たっているかは分からねえだろ」
ハンジ「じゃあそれで合っています。ああもう………リヴァイ、何かちょっと、やばくない?」
リヴァイ「だろうな。自分でもそう思う。身体を繋いだら、余計にそうなった」
両目を瞑る。これは繋がった直後だからこうなるのだろうか?
もう少し時間が経てばこの熱も落ち着くのだろうか?
どうすればこの熱を抑える事が出来るんだろうか。
ハンジ。俺を男にしたお前の責任だ。どうにかしてくれ。
少々恨めしい気持ちでいたら、ハンジの方が俺の体をぎゅっと抱きしめてきた。
ハンジ「私も我慢していたのに……」
リヴァイ「え?」
ハンジ「自分の部屋に戻りたくないって、一瞬、思った自分が怖くなって、それを振り切って部屋に入ったのに」
リヴァイ「………………だったら」
ハンジ「でも、一緒にいる時間を増やしたら、もっと離れがたくなるよ? いいの? それでも」
リヴァイ「ああ。構わん」
俺は即答したが、ハンジは首を左右に振った。
ハンジ「私は怖いよ。リヴァイ。お願いだから、今、そう言う事を言わないで」
ハンジの声が震えていた。でも俺はその隙を逃さなかった。
リヴァイ「今、言わずにいつ言うんだ。ハンジ」
ハンジ「で、でも……」
リヴァイ「週末だけの関係はもう嫌だ。ハンジ、お前も覚悟を決めろ」
ハンジ「………………」
リヴァイ「こういうのは、自然とそうなっちまうもんだろ。どうしようもねえんだ」
俺はハンジの髪をすきながら言った。
リヴァイ「抗えねえんだよ。自分の気持ちには。エルヴィンには俺から話をつけてやるから」
ハンジ「うん……」
リヴァイ「大体、子供を産む覚悟はあるって言った癖に、何で一緒に生活するのは拒むんだ」
ハンジ「だって、リヴァイに迷惑が……」
リヴァイ「今まで散々、夜中に訪問してきた奴が今更何で遠慮する?」
ハンジ「いや、まあ、それを言っちゃあそうだけど」
と、ハンジが照れ始めた。そっちの顔の方がいい。
ハンジ「なんか、自分ばかり幸せになっていいのかな。本当に」
リヴァイ「……………」
ハンジ「この幸せが消えた時に、どうなるか自分でも怖いんだけど」
リヴァイ「俺もそうだな。そう思うなら、生きろよ」
死と隣り合わせの生き方を選んでいるけれど。それでも。
そういう時が来たとしても、其の時に後悔しない為にも。
俺はこれからの時間を出来るだけ、ハンジと一緒に居たいんだ。
リヴァイ「その為にお前は今まで睡眠やら食事の時間も惜しんでやってきたんだろうが」
ハンジ「うん………」
リヴァイ「今夜はこのままここに居ていいか? 体がきついなら抱く事はしない」
ハンジ「うん。明日がある時は、ちょっと自重しようか」
リヴァイ「分かった」
それでもいい。ハンジの顔が見られるなら。
独りで自分の部屋に籠るより、一緒に居られる方がいい。
リヴァイ「夕飯、食わなくていいのか?」
ハンジ「あ、食べる食べる」
と、言ってハンジが机の方に移動した。
ハンジ「…………何? 食べている様子を見て何か楽しいの?」
ベッドに座ってじっと食事の様子を観察していたら、そう言われてしまった。
リヴァイ「ああ。楽しいな」
ハンジ「え? 何で?」
リヴァイ「さあな? そういう気分だから仕方がねえだろ」
ハンジ「か、観察されちゃうと食べにくいんだけど」
リヴァイ「普段、観察する方が得意だからか?」
ハンジ「かもしれないけど。ちょっと、本当に顔がにやけているんだけど」
リヴァイ「ああ、そうか」
ハンジ「やだもー! 食べにくい! リヴァイは先に寝ていていいよ?」
リヴァイ(じーっ)
ハンジ「寝る気無しか! 全くもう……(モグモグ)」
と、こっちを見ないようにして食事を続けるハンジだったが……。
チラリ、チラリとこっちを気にしている様子が何だかおかしかった。
だからか、出来るだけ急いで夕食をかきこんで、ハンジは食事を終わらせてしまった。
ハンジ「ご馳走様でした。ふう……」
リヴァイ(じーっ)
ハンジ「まだ見ているの?! もう食事終わりましたけど?!」
リヴァイ「ああ、すまんすまん」
普段、ハンジがよく人を観察する癖がある理由が分かった気がした。
ただの食事なのに、それだけでも人はその食べ方に性格が滲み出るようだ。
ハンジは好きな物からガツガツいく。そこは遠慮しない。
つまり悪く言えば我慢が効かない。でも、そういう素直な部分を持っているのがハンジだ。
リヴァイ「ハンジが俺の眉間の皺ごと愛してくれる理由が分かった気がする」
ハンジ「え? 何で?」
リヴァイ「見ていると結構、楽しいもんだな。こういうのは」
と、言ってやるとハンジが真っ赤になった。
ハンジ「いやあああ?! リヴァイが視姦に目覚めちゃった?! 変態!」
リヴァイ「しかん? なんだその言葉は」
初めて聞く言葉だな。意味が良く分からない。
ハンジ「あ、いや、知らないならいいです。うん。知らないままの清らかなリヴァイでいて」
リヴァイ「オイオイ……童貞を卒業した男に向かってその言葉はないだろ」
ハンジ「いや、その……すみません。知らないなら知らなくていいから」
リヴァイ「説明しろ」
ハンジ「いやあああ?! これなんのプレイなの?!」
ハンジがさっきから妙な事を言いだしている。こっちは疑問符が浮かぶばかりだ。
リヴァイ「プレイって何だ? 一体さっきから何の話をしている」
ハンジ「ううーん。自分がどれだけ書物に毒されているかを今、自覚した」
と、何故か項垂れるハンジだった。
リヴァイ「書物ねえ……」
俺は立ち上がってハンジの本棚を漁ってみる事にした。
こいつ、本の虫だから本棚はいつも綺麗にしているからな。
丁寧にそれに関係していそうな怪しげな本を探していると、何故かハンジに止められた。
ハンジ「止めて。乙女の本を見たらダメだよ」
リヴァイ「乙女? 処女を卒業した女が何を言いだす」
ハンジ「いや、心は乙女のままだから! 一応! えっと、その………」
ハンジが凄く焦っている。何が問題なのか。
ああ、そうか。これは例の官能小説に関係することかもしれんな。
リヴァイ「どの本にそれについて詳しく載っているんだろうな? 片っ端から読んでみるか」
ハンジ「明日も早いんだから読んだらダメだよ!! 眠れなくなるよ!!」
リヴァイ「まあ、そうだろうな。だったらハンジの口から説明して欲しいんだが?」
ハンジ「ううう………」
何だか楽しくなってきた。真っ赤になって視線を逸らすハンジの様子が面白すぎる。
ハンジ「あ……」
リヴァイ「あ?」
ハンジ「相手を見つめることで、相手を辱めて性的興奮を煽る行為の事です。隠れて覗き見する窃視(せっし)とは異なり、相手が見られる自覚がある事を前提としての行為で、「視姦」する人間自体は相手に直接手は出さず、言葉などで命令して相手を辱めて性的興奮を煽る事……です」
ハンジが照れ臭そうにやっと説明してくれた。
リヴァイ「ほほう? つまり、ハンジはさっきの俺の観察を視姦だと思った訳か」
ハンジ「いや、だって、食事しているだけなのに、変にじっと見つめてくるからさ」
リヴァイ「こっちは全くその気はなかったんだが」
ハンジ「嘘だあ! 何かいやらしい目つきだった癖に」
リヴァイ「だとしたら、普段からそういう目つきなのかもしれんな。俺は」
ハンジ「あーだから周りの女の子がリヴァイにドキドキしちゃうのか。納得だ」
と、ハンジが何故か自己完結をしている。
リヴァイ「ん? いきなり何の話だ」
ハンジ「え? いや、だから……まあ、リヴァイはエロい男だなって話ですよ」
リヴァイ「まあ、否定はしない。という訳で官能小説とやらを読ませてくれ(スッ)」
ハンジ「いや、今夜はダメだから! 一度開いたら一気に読み更けて絶対徹夜するからね!」
リヴァイ「まるでそういう経験があるような口ぶりだな」
ハンジ「いや、そら、ありますよ。だから、ね? ね? 今夜はもう寝よ? ね?」
ハンジが邪魔してくる。邪魔されると余計に燃えてくるんだよな。こっちは。
リヴァイ「背表紙のタイトルだけでも見せろ。『あいつの大本命』『激情ロマンチカ』……」
ハンジ「その辺は絶対読まない方がいいってばああああ!!!」
ハンジの焦り方が酷いな。そんなにやばい代物なのか?
リヴァイ「ハンジ、お前、今、相当顔が赤いぞ?」
ハンジ「だろうね! いや、その辺はリーネとか、ナナバが回してくる物だから男の人が読む書物じゃないよ。どうしても読みたいって言うなら、こっちの『電撃少女』とか『トラブル』とか『偽コイ』とかの方が男の人は楽しめると思うよ?」
リヴァイ「ふむ。男性向けと女性向けに分かれているのか」
ハンジ「そうそう」
リヴァイ「何で両方持っているんだ? ハンジは」
ハンジ「いや、私は何でも読む方だからね? 預かっているだけの物もあるしね?」
リヴァイ「やれやれ。皆意外と娯楽に興じているんだな」
ハンジ「一人の時は書物くらいしかまともな娯楽がないというのもあるけどね」
リヴァイ「まあ、確かにな」
と言いつつ俺はしれっと『あいつの大本命』とかいう本を抜いた。
ハンジ「ああああ?! なんでそっちに行っちゃうの?! ダメだってば!!」
リヴァイ「ハンジが隠そうとするから余計に興味が出て来た…………?!」
挿絵に何故か男同士の絡みの絵が載っていた。え?
何だこれは? お前、そういう趣味があったのか? え?
そう言えば、最初ハンジは「俺とエルヴィンが出来ている」と勘違いしていたな。
そういう趣味に抵抗感がないのか? ちょっとショックだぞ。
リヴァイ(じと目)
ハンジ「だから言ったのに! リヴァイ、そっちの趣味はないって言ったじゃないの!」
リヴァイ「いや、確かにそう言ったが、ええっと、俺はこれをどう捉えたらいいんだ?」
少々頭の中が混乱している。するとハンジがバツの悪そうな顔で言った。
ハンジ「あー世の中にはそういう、男同士の絡みに非常に「萌える」人種の女性がいましてね?」
リヴァイ「ほう」
ハンジ「そういう人達に向けた物語も多数存在する訳ですよ。本当の同性愛者に向けての本とはまた違って、完全に別物です。女性向けと呼ばれる種類の本になります」
リヴァイ「その感覚が良く分からないんだが……」
ハンジ「だから分からないままの清らかなリヴァイでいて! 無理に理解しようとしなくていいからさ!」
リヴァイ「いやしかし、その……なんだ。そう言われると、逆に興味が出てくるんだが」
と言って更にページをパラパラめくるともっとキラキラした場面が出て来た。
いや、男から見たら正直言えば、男同士の絡みは鳥肌が立つだけだが。
ハンジはこういう物を見て興奮してしまうのだろうか?
リヴァイ「お前、こういうのが好きなのか?」
ハンジ「いや、それはナナバが「とにかく面白いから読め」と押し付けてきたから読んだだけで、私自身は腐っている訳じゃないんだけど、その、それに出てくる主人公の男の子が三白眼で可愛いなあとか思って愛でていました。御免なさい」
何故かハンジがその場で土下座し始めた。意味が分からん。
リヴァイ「は? 三白眼が可愛い? お前、趣味悪いな」
ハンジ「いや、あんた自分の顔、見てないの? あんたも十分、三白眼だからね?」
リヴァイ「…………それはまあ、そうだが」
ちょっと照れながらそう答えて他のページもパラパラ見ようとしたらハンジに後ろから、
ハンジ「いやあああ?! 御免なさい御免なさい御免なさい! もうこれ、本人に返すから! リヴァイは見ちゃダメ!」
と、本を奪い返されてしまった。
ハンジが本を元の位置に戻した後、頭を掻いていた。
ハンジ「おかしいなあ。何で女の私がこういうのに焦る羽目になっているんだか」
リヴァイ「ん?」
ハンジ「普通、こういうのって女の私が男の部屋で「なんでこんないやらしい本を持っているの?」と問い詰めるべきなんじゃないのかなあ?」
リヴァイ「逆になってしまったな。確かに」
ハンジ「リヴァイはそういうの、持ってないの?」
リヴァイ「…………………」
ハンジ「あ、その顔は持っているね? 実は隠し持っているね?」
ツンツンされてしまった。いや、その、なんだ。
これ、言ったらドン引きされるんじゃないか? と思うんだが。
知らない方がいい事もあるような気がするんだが。さて、どうするか。
ハンジ「よし、今からリヴァイの部屋に移動して探してみよう。にしし」
リヴァイ「待て。今、部屋に戻っても意味がないぞ」
ハンジ「え? 何で?」
リヴァイ「…………」
しまった。何で引き留めた。俺は。
ああもう、言わせたのはハンジの方だからな。後悔するなよ。
リヴァイ「ハンジはよく、俺の部屋に自分の物を置き忘れたりするだろ」
ハンジ「ああ、そうだね。ペンとかタオルとかしょっちゅう置き忘れますね」
リヴァイ「その…………すまん」
ハンジ「ん?」
ここまで言ってもまだ分からないのか。クソ……。
リヴァイ「だから、すまんと言っている」
ハンジ「え? 何を謝っているの?」
リヴァイ「たまに使っている。そういう忘れ物を、利用している」
ハンジ「…………………」
やっと意味が通じただろうか? ハンジが絶句していた。
そして一発軽く殴られた。まあ、当然だなこれは。
ハンジ「し、信じられない………これは斜め上の発想だった」
と言いながらも顔を半分隠して動揺していた。
ハンジ「それって、その………ええっと、リヴァイ、エロい本、今度買ってあげるからそっちで発散して。お願いだから」
リヴァイ「いや、別に要らない。それよりも洗い立てのハンジを拭ったタオルを………」
ハンジ「それ以上言っちゃだめえええええ!!」
あ、すまん。流石に自重する。
ハンジ「やだもう……リヴァイ、ちょっとやっぱりあんた、変だよ」
リヴァイ「だろうな」
ハンジ「悪びれもしない?! 重症だねこれは」
リヴァイ「とっくの昔にそうなっている。治療は不可能だ」
ハンジ「開き直られてもねえ……変態なのは変わらないよ? リヴァイ」
リヴァイ「そもそも、それに気づいたのはハンジが俺にお古の万年筆をくれたからだ」
と、言って俺は携帯用の万年筆を手に取ってくるくる手の上で遊ばせた。
リヴァイ「お前の胸ポケットにずっと入れていたこの万年筆を触ると、妙に興奮する自分がいた。だからそういう意味では、ハンジが傍に居てくれたらいくらでも……」
ハンジ「えええええ……じゃあそっちの方向に目覚めさせたのは私のせいなの?」
リヴァイ「かもしれんな。いや、すまん。ハンジが気持ち悪いって言うなら自重するが」
と、言いながら万年筆を胸ポケットに戻すと、ハンジが困った顔をした。
ハンジ「正直言えば鳥肌は立ちましたけどね。でも、そうだね。私のせいでそうなったなら、責任取らないといけないような気もするし……」
リヴァイ「ふむ」
ハンジ「まあ、目の前でやらないでくれるなら片目を瞑るよ。しょうがないよね」
と、妥協してくれたようだ。
ハンジのこういうところは有難い面、申し訳なくも思えた。
ハンジ「そうか………あーだから部屋を一緒にしたいって気持ちが出て来たんだね」
リヴァイ「ん?」
ハンジ「いや、だってそうなると、私の部屋その物がリヴァイのエロ本みたいな物じゃない」
リヴァイ「酷い言い方になるが、大体合っている。だからこそ、お前の部屋も自分の好みにしたくなる意味で、掃除したくなるのかもしれん」
ハンジ「独占欲が強いと見ていいのかな? リヴァイは」
リヴァイ「だろうな。欲深い人間だとは思うぞ。俺自身」
と、言い返すとハンジがちょっと視線を外して言った。
ハンジ「もし浮気なんかしちゃったら、私、リヴァイに殺されそうだなあ」
その言い分にちょっとだけイラッとした。
リヴァイ「殺して欲しいのか? その場合は相手の男の方を先に殺すと思うが」
ハンジ自身は殺さないでいてやってもいいが、その場合は鎖にでも繋いで閉じ込めてしまいたくなるかもしれん。
ハンジ「え? やだな。冗談だってば。怖い顔しないでよ」
と、ハンジが青ざめている。
リヴァイ「……………」
ハンジ「いや、その………御免なさい」
ハンジが頭を下げて謝ってきた。そしてベッドの上に座って、
ハンジ「そっかあ。いや、そうか。うん」
と、一人でブツブツ何か言っている。
ハンジ「なんかもう、部屋を別にする意味がないのかもしれないね。私達は」
リヴァイ「理解して貰えたか?」
ハンジ「うん。何か急に、すとんと腑に落ちた。提案された瞬間は「ええ?」と思ったけど。話を聞いていくうちにだんだん、リヴァイの言う意味が理解出来た」
俺はハンジの隣に座った。ハンジはこっちを見て続ける。
ハンジ「一線を越えるって言うのはこういう事なのかもしれないね。リヴァイ」
リヴァイ「ああ……そうだな」
ハンジ「ごめん。卑怯なのは私の方だった。もう私も覚悟を決めるよ」
頷いてくれた。これでようやく俺達は本当の意味で恋人同士になれたのだと思う。
リヴァイ「ハンジを説得する場合は、順序立ててその理由を話す方が早いのかもしれないな」
ハンジ「ああ……それはあるかもしれないね。うん。感情より、理論立てて説明してくれた方が早いかも」
リヴァイ「今後は気を付ける。さてと……今何時だ? ああ、もうこんな時間か」
2人で話し込むうちに、眠るのに丁度いい時間帯になっていた。
ハンジ「明日は早いし、そろそろ寝ようか」
リヴァイ「そうだな。明日、エルヴィンに今後の事を相談しよう」
ハンジ「うん。じゃあ、明かりを消すね」
寝る準備を済ませて、部屋の中の灯りを全部消して、俺達は狭いシングルベッドの中で互いの体を近づけ合った。
ハンジの体温と匂いに包まれて幸せな気分に浸っていると、眼鏡を外したハンジがこっちをじっと見つめてきた。
髪の毛は当然、おろしているので、気合の抜けた格好だが。
リヴァイ「ん? どうした?」
ハンジ「ううん。何でもない。おやすみ。リヴァイ」
リヴァイ「ああ……おやすみ」
そして俺達はお互いに目を静かに閉じて、深い眠りについたのだった。
翌日、早速エルヴィンに部屋の事を相談すると何故か歓迎されて、ハンジの部屋は書庫として改造するという事になった。
どうやらエルヴィン自身、書庫が欲しかったけど、増築する訳にもいかないし、妥協して我慢していたそうだ。
ハンジ自身も本を増やす事は大歓迎だったようなので、この件に関しては怪我の功名だったとも言える。
ハンジの私物を俺の部屋に引っ越しさせたのち、自分達で本棚を作って運び入れて、数日かけて本格的な書庫として改造する事になった。
エルヴィン「まあ、元々ハンジの部屋は調査兵団全員の書庫のような扱いになっていたけれどね」
と、エルヴィンが部屋を改造するのを手伝いながら言う。
エルヴィン「私もそうだし、他の皆もハンジに本を預ける事が多かった。ハンジは調査兵団の図書係みたいな感じだったね」
リヴァイ「まあ、あいつ、本にだけは愛情があるよな」
エルヴィン「不思議だよね。それ以外は割と適当なのに。ハンジの本に対する気遣いは凄い」
リヴァイ「まあ昔の巨人に関する情報は残された本にしか記されていないし、知識欲は元々ある方だからな」
エルヴィン「……………」
リヴァイ「ん? どうしたエルヴィン」
エルヴィン「いや、何でもないよ。さて、本を入れていこうか」
と、唐突な間が少々気になったが、俺も手は休めなかった。
この部屋は調査兵団の兵士の私物の本を一時的に保管出来るようにする、兵士の為の憩いの図書館のような扱いにするそうだ。
娯楽は羽目を外し過ぎない程度にはあった方がいい。本を通じてお互いの事を知る事も出来るし、一人で気分転換をしたい時も有効だろう。
とりあえずハンジが預かっていた本等を新しく作った本棚に大体詰め込み終えると、エルヴィンと小休止する事にした。
エルヴィン「ふう。こんなもんかな」
エルヴィンは出来上がった書庫を見つめて満足そうにしていた。
リヴァイ「しかしエルヴィン、お前自らが手伝ってくれるとはな」
エルヴィン「ん? だって上の方は背のある私じゃないと本を入れられないでしょ?」
リヴァイ「おい、それは嫌味か?」
エルヴィン「いや、冗談だけど。そんなに睨まないで」
身長を10センチくらい寄越せ。この野郎。
エルヴィン「それにこの部屋を一番使用しそうなのは私だしね」
リヴァイ「そうなのか?」
エルヴィン「元々、私はハンジと負けないくらい本が好きだよ。思い出す。子供の頃、本棚に囲まれた部屋で育った。いろんな本が自宅には沢山あったんだよ」
リヴァイ「ほほう」
エルヴィンのそういう話を聞くのは初めての事だった。
エルヴィン「まあ、いろいろあって、その頃持っていた本は全て処分する羽目になったんだが」
リヴァイ「…………………」
エルヴィン「だから素直に嬉しいよ。書庫を持てた事は。リヴァイもたまには利用してね」
リヴァイ「まあ、それはそのつもりでいる」
と、答えておく。
エルヴィン「ありがとう。さてと、早速何か読もうかな」
と、エルヴィンが少し嬉しそうに本を吟味し始めた。
今日はエルヴィンの奴も休日だからゆっくり出来るようだな。
まあ、休日だからこそエルヴィンにも部屋の改造を手伝って貰ったんだが。
エルヴィン「………あれ? あいつの大本命の続きが抜けている。誰か持って行っているのかな?」
その本はハンジが俺に見せるのを嫌がった本だな。
リヴァイ「ああ、本当だな。ナナバが自分の部屋に持って帰ったのかもしれんぞ」
エルヴィン「この本のシリーズはナナバの私物だったのか」
リヴァイ「ハンジがそう言っていた。え? おい、エルヴィン。お前まさか、その本を読むのか?」
エルヴィン「私も割と雑食だからね。女性向けの物でも面白ければ読むよ」
リヴァイ「しかしその……男同士の絡みもあったぞ? その本は」
エルヴィン「ん~そこまでどぎつい描写がある訳じゃないからサラリと読む事は出来るよ」
リヴァイ「………」
ちょっと意外な側面を見てしまった。
エルヴィン「ああ、リヴァイはそういうのが苦手なんだ?」
リヴァイ「得意な奴はあんまりいねえだろ」
エルヴィン「そうかもしれないが。私の場合は百合でもやおいでもロリコンでもショタでも何でもいいけど。面白ければ」
リヴァイ「え? ショタ? は?」
エルヴィン「ああ……ごめん。リヴァイはそういう知識に疎いのか」
リヴァイ「すまん。良く分からん」
ロリコンは分かるが、ショタって何だ?
幼女趣味の奴をロリコンと言うから、その逆になるのか? 恐らく。
エルヴィン「その辺は専門用語みたいな物だから別に知らなくてもいいよ」
リヴァイ「そうか」
エルヴィン「それより続きが読みたいな。ナナバに後で聞いてみるか」
リヴァイ「………なあ、エルヴィン」
エルヴィン「ん?」
リヴァイ「大体でいいんだが、その、物語の粗筋を教えてくれないか?」
読む事には抵抗感があるが、ハンジが興味を示している物語ならちょっとだけ興味がある。
エルヴィン「ん? ああ……いいけど」
エルヴィンがちょっとだけニヤッとして説明し始めた。
エルヴィン「この物語に出てくるのは2人の男の子だね。一人は三白眼の不細工で小柄な少年だ」
そう言えばハンジが言っていたな。三白眼の主人公がいると。
エルヴィン「もう一人はまさに「抱かれたい男ナンバー1」に女性から選ばれそうな程のイケメンの長身の男だ」
ここでもまさか「抱かれたい男」というフレーズを聞く事になるとは思わなかったな。
エルヴィン「そんな彼が唯一心を開いているのが、その不細工な三白眼の少年だ。初めはイケメンの彼に好かれている事に戸惑う三白眼の少年だったが、徐々に彼の強引なアプローチに絆されていくお話だよ」
リヴァイ「同性なのにか?」
エルヴィン「そこはその手のシリーズのお約束みたいな物だからね。あんまり深く考えたらダメだよ」
リヴァイ「ふむ………」
エルヴィン「最近流行っている系統のフィクションのお話だよ。紙媒体の娯楽なら1冊買ってしまえば皆で回して楽しめるしね」
リヴァイ「ここにある本の殆どがそういう類の物なのか?」
エルヴィン「だと思うよ。殆どフィクションの娯楽小説ばかりだけど」
リヴァイ「これだけの沢山の本があるのに、外の世界について書かれた本は1冊もないのか」
エルヴィン「………………」
リヴァイ「俺達の残した報告書についても本にして一般に出版する事は禁止されている。どうしてそこまで規制が入るのか俺には理解出来ないが」
エルヴィン「リヴァイ、その件に関してはあまり口外しない方がいいよ」
リヴァイ「…………」
エルヴィン「リヴァイが不思議に思うのも無理はないが。今はその時ではない」
リヴァイ「そうか」
エルヴィン「うん。外の世界の有りのままの事を壁の中の人達に全て伝える訳にはいかない。今は……まだ」
リヴァイ「だがいつかは、そういう『書物』も後世に伝えたいよな」
エルヴィン「まあ、そうだね。其の時は私が筆を取って、リヴァイの事を中心に執筆して本にするよ」
リヴァイ「何? 俺を主人公にする気か?」
ちょっと待ってくれ。それは恥ずかしいぞ。
エルヴィン「面白いと思わない? きっと売れると思うなあ」
リヴァイ「…………」
俺の事よりも、もっと書くべき事は沢山あるんじゃねえか?
リヴァイ「やめておけ。もう三十路を過ぎたおっさんを主人公にしてどうする。若い奴を主役にしろ。その方が売れる」
エルヴィン「ふふ……謙遜しちゃって可愛いね。リヴァイは」
リヴァイ「謙遜じゃねえよ。事実だ。そういう本は若い奴らが一番読むだろ。だったら若い奴を主役にした方がいい」
エルヴィン「ふふふ……じゃあリヴァイはその若い兵士を導く上司の位置で登場させよう」
リヴァイ「おいおい、本気で俺を出演させる気か?」
エルヴィン「まあ、いつかね。この世界の問題が全て解決出来たら……の話だが」
リヴァイ「そうしてくれ。今はまだ、そういう時じゃねえしな」
感慨深い思いで本棚を見つめていたら、ハンジが部屋にやって来た。
ハンジ「やっほー! 完成したかなー? おお……大体出来ている! スゴイ!」
と、早速はしゃぎ始めるハンジだった。
ハンジ「ごめんね! 私もこっちを手伝いたかったけど。ちょっと野暮用があって、すぐにこっちに来られなくてさ」
エルヴィン「大丈夫だよ。リヴァイと2人で大体片付いたからね」
ハンジ「みたいだね。いやー素晴らしい書庫になりましたね! 本当に!」
と、ハンジが興奮して本棚を見つめている。
ハンジ「皆の休憩時間に利用して貰えるといいなあ」
エルヴィン「勿論、そうさせて貰うよ。ところでハンジ。あいつの大本命の続きはナナバに返したのかな?」
ハンジ「え? ああ……ええっと」
ん? 何か様子がおかしいな?
ハンジ「あーごめん。実は新刊はまだ私が読んでいる途中です。はい」
エルヴィン「なんだ。そうだったんだ。じゃあ読み終わったら私にも回してね」
ハンジ「エルヴィンも女性向けの物語を読んでいたんだ? ちょっと意外かも」
エルヴィン「物によるけどね。あのシリーズは男性でも読めなくはない話だから割と嫌いじゃないよ」
ハンジ「あはは! エルヴィンは凄いね! でもそういうのあるよね。私も男性向けのもたまに読むし……」
何だか2人だけで盛り上がってちょっと面白くない。
なのでその隙に俺はそのシリーズの初刊を手に取ってやっぱり読んでみようと思った。
しかしその時、ハンジがそれを邪魔して、
ハンジ「だからリヴァイはその手のシリーズは読んだらダメだってば!!!」
リヴァイ「お前らだけずるいだろ。2人だけで盛り上がりやがって」
エルヴィン「あらら。ヤキモチ? 可愛いね。リヴァイは」
リヴァイ「うるせえよ。なんとでも言え。その「抱かれたい男」と「三白眼」の少年の何が面白いのか見極めてやる」
ハンジ「うわああああ?! これ何の羞恥プレイ?! 超恥ずかしいんだけどおおおお?!」
エルヴィン「ふふふ……」
エルヴィンが笑っていやがるが、ハンジは真っ赤になっている。
ハンジ「ちょっと、あの、リヴァイ! そ、それよりほら、これ! 受け取って!」
リヴァイ「あ? 何だ?」
ハンジが急にスカーフを渡してきた。ん? これは……。
ハンジ「あの時の、スカーフだよ。ごめんね。あの時、私、その……歯でちょっと食いちぎっていたみたいでね? リヴァイは気づいてなかったみたいだったから、こっそり回収して修理していたの。自分で誤魔化してみたけど。これでいいかな?」
リヴァイ「え………」
あ、そうか。通りで何か変だと思った。
あの時の俺はスカーフをし忘れていたんじゃなくて、ハンジにこっそり回収されていたのか。
当時は少々、ぼーっとしていたからそれに気づく事が出来なかった。
穴の開いた部分には……何故か可愛くなった2投身の巨人のマスコットのような絵柄が縫い付けられていた。
リヴァイ「おい、ちょっと待てハンジ。これはなんだ?」
ハンジ「穴を巨人の絵で誤魔化してみました。てへ☆」
リヴァイ「よりによって何で巨人の絵柄にした!! これじゃもうスカーフとして使用出来ねえだろ?!」
ハンジ「そんな事ないよ。可愛いじゃん」
リヴァイ「そう思うのはお前だけだ!!」
せめて花柄とか、幾何学模様とかにしろよ!
エルヴィン「いや、意外と似合うかもしれないよ? つけてみたら? 今」
リヴァイ「断る。こんな趣味の悪い柄の入ったスカーフなんて出来るか!」
ハンジ「曲がりなりにも恋人の作った物を趣味悪いとか言わないでよー」
リヴァイ「いいや、悪い物は悪い。そこは関係ない」
ハンジ「酷い! 丹精込めて修理したのに! 慣れない針仕事、頑張ったのに!」
リヴァイ「頑張るところが違うだろうが!! そんな暇あるなら少しでも多くの睡眠を取って肌を艶々させろ! そっちの方が余程いいだろうが!」
ハンジ「じゃあもういい。そのスカーフ、自分でつけるから返して」
リヴァイ「ああ?! ちょっと待て。自分でつけるって……やめろ。それはそれで何かアレだ」
ハンジ「じゃあどうすればいいのよ?! 使わないなら、それこそ無駄な時間の使い方になっちゃうでしょうが!」
リヴァイ「雑巾にでもすればいいだろ」
ハンジ「それ、相当酷くない?! 私の努力の結晶なのに?!」
と、ハンジと言い争っていると、エルヴィンが腹を抱えて笑い出した。
リヴァイ「何で笑う。エルヴィン」
エルヴィン「いや、何かもう、夫婦漫才のようにしか見えないから」
リヴァイ「う……そ、そうか?」
エルヴィン「もう、2人は結婚しちゃいなよ。ご祝儀はずむよ?」
リヴァイ「いや、その…………それは、その」
ハンジ「ダメだよ。順番が違うから」
エルヴィン「順番?」
リヴァイ「団長のお前が結婚してねえのに、俺達だけそういうのする訳にはいかねえだろ」
と、ハンジと共に言い返すとエルヴィンが困った顔になった。
エルヴィン「遠慮する事はないのに」
リヴァイ「そうだとしても、だ。俺達はこのままでいい」
ハンジ「うん。そこはリヴァイとも話し合って同意しているし、そこまで自分勝手な事は出来ないよ」
エルヴィン「気遣い屋だね。2人とも」
リヴァイ「俺達の事は気にするな。それよりも、いよいよだな」
来月、遂に俺達は少し規模の大きい壁外調査に出る事になる。
今までの規模より長い道のりの兵站になる予定だ。今回は、いけるところまで行くのが目的だ。
エルヴィン「そうだね。だからこそ、精神的な負荷を和らげる為にもこの書庫が出来た事は有難い」
リヴァイ「緊張するのか? お前でも」
エルヴィン「まあね。道のりの規模が大きくなればなるだけ、犠牲者の数は増えるから」
リヴァイ「……………」
エルヴィン「精神的なケアも調査兵団の団長の務めだと思っている。書物がその役目をかってくれるといいが」
ハンジ「むしろ、それしか手がないんじゃない?」
エルヴィン「かもしれないね。すまない。不甲斐ない団長で」
リヴァイ「お前はよくやっている方だろ。むしろエルヴィン自身が一番、ケアが必要じゃねえのか?」
ハンジ「そうだよ! むしろこの部屋はエルヴィンの為に使用していいよ?」
エルヴィン「優しいね。2人とも」
と、何故かエルヴィンが目頭を押さえている。
エルヴィン「ありがとう。今日は残りの時間をここでゆっくりさせて貰うよ」
リヴァイ「俺もそうさせて貰うか。茶が必要ならこっちに持ってくる」
ハンジ「なら私も何かつまめる物を持ってくる。3人で休憩しようか」
と言いながら俺達は午後の自由時間を3人で過ごす事にした。
そしてそれぞれの好きな物を読みふけっていると、
エルヴィン「この本、激情ロマンチカは誰が持ち込んだ物かな?」
ハンジ「あーその本はリーネのだね」
エルヴィン「リーネは乙女チックな趣味を持っているようだね。ふふ……こっちのいやらしいのは、ゲルガーの本かな?」
ハンジ「電撃少女はゲルガーの趣味だよ。あとピクシス司令が寄付してくれた本もいくつか混ざっているけど、そっちも読む?」
エルヴィン「いや、司令の趣味は後回しでいい。今は調査兵団のメンバーの趣味を把握したい」
どうやらエルヴィンは本を楽しむ為に読むと言うより、兵士の事を知る為に本を読んでいるようだ。
こいつのこういうマメなところは頭が下がる。
出来る限りの兵士の情報をいろんな角度から吸収しようとするんだ。エルヴィンは。
エルヴィン「こっちの官能小説系は誰の?」
ハンジ「あーごめん。それは言えない。そっちは口止めされているから」
エルヴィン「んー……もしかして、ミケのかな?」
ハンジ「何で分かった?! え……どこで分かったの?!」
エルヴィン「いや、内容がそれっぽかったから。ミケはこういうの好きそうだよね」
おいおい、エルヴィン。お前の把握能力の凄まじさに肝が冷えるぞ。
ハンジ「エルヴィン、凄過ぎる……」
エルヴィン「まあ、出来る限り皆の事は常に気をつけているからね。付き合いの長い奴は特に」
ハンジ「こうなってくると、リヴァイの好きそうな本も当てられそうだよね」
リヴァイ「おい、やめろ。クソ眼鏡。余計な事は言うな」
エルヴィン「んー? この中にリヴァイの私物もあるのかな?」
リヴァイ「いや、ねえけど」
俺はこういう娯楽小説の本は買わない。
ハンジ「そういう意味じゃなくて、こういう内容だったらリヴァイも楽しんで読めそうな物とかをエルヴィンなら紹介出来るんじゃないかなって思って」
エルヴィン「ああ、そういう意味か。分かった。だったらちょっとこの中から探してみるよ」
リヴァイ「別に要らねえんだが。それより俺はハンジが好む娯楽小説を読んでみたい……」
ハンジ「だからダメだってば!! それなら巨人に関するレポートを読んで!!」
リヴァイ「いや、そっちはもう何度も繰り返し読んでいる」
現に今も読んでいるしな。と、ハンジと話しているとエルヴィンは1冊の本を選んできた。
リヴァイ「ベイビー☆ステップ? これもエロい本なのか?」
エルヴィン「いやいや? 何もエロ系ばっかりが娯楽じゃないよ。これは私の好きな本だ」
リヴァイ「ほう? エルヴィンの愛読書か」
エルヴィン「うん。主人公が几帳面過ぎて面白い。リヴァイの性格に似た物を感じるよ」
リヴァイ「ふむ……」
俺に似ているのか。性格が。外見は違うようだが……。
おお、主人公が弁当をきっちり食べている。黄金比率で食っている。気持ちは良く分かるぞ。
…………汁物は確かにやめて欲しいな。うん。
あああ、ノートがぐしゃぐしゃになりやがった?! これは酷いな。
ヒロインの女の行動がハンジに似ているような。
いや、でも、テニスとかいうスポーツをやっている様子は俺に近い物を感じる。
擬音で動きを説明しているしな。ふむ。このテニスとか言うスポーツはこの物語の中の独自の物か。
俺達はそういう球遊びはしない。でも面白そうな遊びだな。これは。
主人公の少年がデータを採る様子はハンジに近い物を感じるが、これはその、なんだ。
なるほど。なかなか面白い。
エルヴィン「ふふふ……リヴァイが娯楽に興じている様子を見るのは初めてかもしれないね」
ハンジ「本当だね! そのお話、面白い?」
リヴァイ「ああ。面白いぞ。コーダン社から出ている本か。なるほど。たまには読書も悪くねえな」
エルヴィン「その本によると、筋肉を鍛えるにはそれを休ませる時間も必要だと言っているからね」
リヴァイ「そうなのか? 鍛えれば鍛えるだけ強くなる訳じゃねえのか」
エルヴィン「そうだよ。私はこの本に出会ってから、兵士達をどうやって効率良く鍛え上げるかを考えるようになった」
リヴァイ「効率よく、か」
エルヴィン「時間は有限だからね。出来る事は限られる。その中で最大限に発揮するには目的意識をしっかり絞って進まないと」
リヴァイ「なるほど」
エルヴィンのこういう勉強熱心なところは本当に凄いと思う。俺には真似出来ん。
エルヴィン「それに加えてこの本で私は大事な事を教わったよ」
リヴァイ「大事な事…?」
エルヴィン「うん。戦う為に必要なのは肉体的な部分だけじゃないって事だよ」
エルヴィンはそう言って紅茶を一口飲んだ。
エルヴィン「特にこの8巻目のコーチの件は私にとっても興味深かった」
と言ってエルヴィンは先の巻のページをパラパラめくって説明する。
エルヴィン「主人公を鍛える為に、コーチがある日突然、休日を与えて、好きな事をやらせるんだよ。でも主人公は少しでも早く強くなりたいから、無理をして身体を鍛えようとする。でもその時、主人公の友人がそれを止めて、やめさせようとする。そこに偶然、ヒロインの女の子と遭遇するんだけど。そこで彼は「本能」の声を聞いて彼女とデートしちゃうんだよ」
リヴァイ「先にネタバレするなよ」
エルヴィン「まあいいじゃない。少しくらい。そこで主人公の彼は「本能」と「理性」の声のバランスこそが、体を鍛える為にもっとも大事だと言う事を学ぶんだ」
リヴァイ「本能と理性……」
エルヴィン「どちらか片方だけを鍛え上げても効率が悪いって事だよ。普段、訓練や演習で体を酷使するのも大事だけど、こうやって仲間と語らって会話をしてリラックスする時間も同じくらい大事だよ」
ハンジ「息抜きって大事だよね。それは凄く良く分かるよ」
そう言えばハンジも煮詰まって俺のところに逃げて来たんだっけな。
エルヴィン「そういう意味じゃ、ピクシス司令は早くからそういう部分を重視して、いろいろな方面から兵士を鍛えていたようだった。リヴァイが怒っていた例のアンケートに関しても、何もリヴァイを焚き付ける事だけが目的じゃなかったんだよ」
リヴァイ「つまり、皆の会話の「ネタ」みたいなものだったのか?」
エルヴィン「そうそう。話題を提供するっていう意味でね。別にあのアンケートじゃなくても、それこそ……ただのミスコンとかでも良かったけど。まあ、たまたま「抱かれたい男」と「抱きたい女」になっただけって話」
リヴァイ「その件に関してはピクシス司令に頼んでアンケートをやめて貰ったが……再開させた方がいいんだろうか?」
エルヴィン「ん~もう同じネタを何度も続けるのは飽きるから、今度は別のアンケートでいいんじゃないかな? 「好きな下着の色は?」とかでもいいと思うけど」
ハンジ「いや、それは男性から見たら楽しいだろうけど。女から見たら別にって感じだなあ」
エルヴィン「じゃあ「好きな娯楽小説は?」とかにしてみる?」
ハンジ「そういうのもいいけど、心理テストとか占いも面白いんじゃない?」
リヴァイ「ああ、そう言えばあの手の本にも書いてあったな」
ハンジ「でしょ? そういうのをもっと沢山、皆と共有出来たら楽しいよね」
エルヴィン「そうだね。古本とかだったらタダで貰える物もあるし、今後はここに入れて増やしていこうか」
リヴァイ「そうだな」
そんな風に3人で語らって、俺達はその穏やかな時間を過ごしたのだが。
その一月後の壁外調査の後に、そんな事には構ってはいられない大事件が起きる。
当時の俺達はまだ、その事に当然気づかずにいた。
思えばこの時の時間が、俺達にとっての最後の平和だったのだ。
嵐の前の静けさに気づかないまま、俺達は語らっていた。少しだけの幸せを噛みしめて。
ハンジ「あなたがこの本を読むなら私も読んでみようかな」
リヴァイ「そうか? じゃあお前が先に読め。俺より読むのが早いだろ」
ハンジ「いや、いいよ。私は別の本を読んで待っているから」
エルヴィン「…………」
リヴァイ「ん? どうした? エルヴィン。目を丸くして」
エルヴィンが珍しく驚いていた。何だ?
エルヴィン「いや、今、自然だったなあと思って」
リヴァイ「何が?」
エルヴィン「昔は『あんた』か『君』って呼ぶ事の方が多かったのに、今、ハンジがリヴァイを『あなた』って呼んだから」
ハンジ「!」
するとハンジが急に真っ赤になって目をキョロキョロさせ始めた。
ハンジ「え? そう? あんたって言ったような気がするけど?」
エルヴィン「いいや? 今のは絶対聞き間違いじゃない。『あなた』と言っていたよ。まるで奥さんのような……」
ハンジ「うわあああああ?! いや、待って。今の、意識して言った訳じゃないよ?! 多分!」
エルヴィン「だったら尚更いいじゃないか。ふふ……」
ハンジ「やだもー! そんな細かいところまで気づかないで! 恥ずかしい!!」
リヴァイ「? 一体何を恥ずかしがっているんだ?」
意味が分からず、困っていると、エルヴィンが言った。
エルヴィン「まるでハンジがリヴァイの奥さんのように見えたよって話だよ」
リヴァイ「ああ、なんだ。そういう事か」
ハンジ「リヴァイもあっさり納得しない!! もう、何でそういうところに気づくかなあエルヴィンは!」
と、何故か本を開いて顔を隠すハンジだった。
リヴァイ「何が問題だ? 別に呼び方が変わっただけだろ?」
ハンジ「そうだけど……いや、その、何でだろうね? あんたより「あなた」という方がしっくりくる自分がいた」
リヴァイ「じゃあそれでいいじゃねえか。別に」
ハンジ「そうだけど、そっちで呼ぶと、奥さんみたいに見えるんでしょ?」
エルヴィン「見えても別にいいんじゃない?」
ハンジ「いや、待って。元に戻す。頑張って戻す」
リヴァイ「別に無理する必要はねえだろ。言いやすい方でいいんじゃねえか?」
ハンジ「そ、そうなのかな?」
リヴァイ「もう皆、俺達の事は大体察しているだろ。深く突っ込まないだけで」
ハンジ「いや、まあそうだけど………」
ハンジが照れている。まあ、照れるハンジは可愛いからいいんだが。
ハンジ「はー……分かった。うん。じゃあ、今後は「あなた」って呼んでもいいんだね?」
リヴァイ「構わん。それでハンジがいいなら」
ハンジ「じゃあ、今後はそうする。うん………」
エルヴィン「ふふふ……」
エルヴィンがニヤニヤしてやがる。気持ちの悪い奴だな。
リヴァイ「ニヤニヤし過ぎだぞ。エルヴィン」
エルヴィン「すまない。ついつい」
リヴァイ「他に俺が読めそうな本はあるか?」
エルヴィン「うん。いろいろあるよ。こっちの………これとか」
エルヴィンにいくつかお勧めの本を紹介して貰って読みふけってみる。
娯楽小説以外にも、筋肉の鍛え方の本とか心理についての研究などの本もあった。
やる気を出す方法とか。恐怖に打ち勝つ方法の精神的な部分の研究の本も興味深いと思った。
他には女性にモテる方法などの研究の本もあった。その手の本はかなり読み回した形跡があり、ボロボロになっていた。
意外と皆、そういう事には興味があるようだ。一読されている。
リヴァイ「ん…?」
そういう関連の本の中に「抱かれたい男の条件」というタイトルの本もあった。
その本を手に取ると、大まかに書かれていた条件は……。
・女性の話をよく聞く
・自信のある
・悩ましげな表情のある
・程よく引き締まった体を持つ
・引き締まった腕に浮き出る血管がセクシー
・落ち着きがあり、ゆったりと動く
・ミステリアスな部分も持っている
・優しいけれど、誰にでも同じようには優しくない
・名前の呼び方を変えてくる
・何を考えているのか分からない
・ギャップがある
・褒め上手
・セクシーな香り
等が例として挙げられていた。
リヴァイ「俺はあまり条件に当てはまっているように思えないが……」
書かれている項目を見るとそう思えたが、ハンジには「そうでもない」と否定された。
ハンジ「この『悩ましげな表情のある』とか『程よく引き締まった体を持つ』とかはリヴァイに当てはまっていると思うよ」
リヴァイ「悩ましげ? 眉間に皺が寄るだけだろ?」
ハンジ「いや、その顔がいいんじゃない」
リヴァイ「そう思っているのはハンジだけじゃねえのか?」
ハンジ「いやー分かんないよ? 案外、リヴァイの眉間の皺が人気の秘訣かも?」
リヴァイ「ええ……」
と、反応に困っていると、エルヴィンがクスクス笑い出した。
エルヴィン「その本に書かれているのはあくまで一般論だよ。リヴァイ」
リヴァイ「じゃあ、これに当てはまっているから、俺は人気がある訳じゃねえのか」
エルヴィン「だろうね。リヴァイの場合は……」
と、エルヴィンが言いかけた其の時、ハンジの部屋(現在書庫)にナナバがバタバタ入って来た。
ナナバ「ハンジ! こっちに居るって聞いて来たけど……いた!」
ハンジ「ん? どうしたの? ナナバ」
ナナバ「遂に見つけたよ!! 現在入手困難な、あの伝説の古本! 『悠々白書』が手に入った!」
ハンジ「マジか! よく見つけて来たね!」
ナナバ「しかも全巻、乱丁も落丁もないやつだよ! これは絶対皆で回して読まないと!」
ハンジ「ありがとう~ナナバ! 超嬉しい!」
と、ハンジがナナバに抱き付いてお礼を言っている。
リヴァイ「そんなに貴重な古本なのか」
ナナバ「ああ……絶対、この本はハンジが気に入ると思って長い間、探し回っていたんだ」
リヴァイ「ほぅ…」
ナナバ「だって、『三白眼』で『チビ』で『最強』の男が出てくるんだよ? もうハンジが気に入らない訳……」
ハンジ「うわああああああ?! ナナバ!!! それ以上、言っちゃだめえええええ!!!!」
リヴァイ「え?」
ナナバを窒息させる勢いで口封じをしているハンジに俺は怪訝な思いを抱いた。
何でそんなに焦る? ハンジ?
よく見るとエルヴィンも笑いを堪えている。何なんだ? 一体。
リヴァイ「おい、どういう事だ。説明しろ」
エルヴィン「まだ分からないんだ? リヴァイ」
リヴァイ「え?」
エルヴィン「ハンジは、リヴァイに少しでも似ているキャラが出てくる物語ならジャンルを問わず何でも読むんだよ」
ハンジ「ああああああ?! エルヴィン、ばらしたらだめえええええ!!!!」
リヴァイ「え? え?」
何だって? どういう意味だ。それは。
ハンジは顔を隠してその場で座り込んでしまった。
口が自由になったナナバがニヤニヤしている。
ナナバ「だってしょうがないじゃない。そういうもんでしょ?」
リヴァイ「え?」
ナナバ「それがハンジにとっての好みの条件になっちゃったって事だよ」
リヴァイ「………………………」
それはなんだ。その……アレか。
俺が基準なのか。ハンジにとっては。
消え入りたいのか、ハンジはどんどん小さくなって部屋の隅っこに逃げていた。
リヴァイ「自分が読む娯楽小説を俺に読ませたがらなかった理由はそこか?」
ハンジ「はい、そうです。ああもう………エルヴィンもナナバも馬鹿あ……」
エルヴィン「いや、いずれはバレる事だっただろう? ハンジ」
ナナバ「だよね」
ハンジ「そうだとしても、ここでバラさらなくてもいいじゃーん」
と、床に字を書いて拗ねるハンジだった。
リヴァイ「なるほど」
納得した。つまり、
リヴァイ「ハンジにとって、俺は抱かれたい男ナンバー1の男だという事か」
ハンジ「いや、何を今更」
リヴァイ「でもお前、当時はアンケートの票を俺に入れなかったんだろう?」
ハンジ「まあ、そうだけど……それは別に私が入れなくても勝てそうだったからで」
リヴァイ「………………じゃあ、今なら入れてくれるんだな?」
ハンジ「うぐ………!」
ハンジが嫌そうな顔で、赤くなった。
ハンジ「酷い! 今更それを言わせる? 普通?」
リヴァイ「どうなんだ? ハンジ」
ハンジ「いや、それは……その……もう言わなくてもいいでしょうが!」
リヴァイ「何故?」
ハンジ「分かっているでしょ?」
リヴァイ「いいや? 分からんな」
ハンジ「嘘ばっかり! 分かっているくせに!!」
リヴァイ「はっきり言え。今、ここで」
ハンジ「ええええ?! ねえ、これ何のプレイ? 本当、何のプレイなの?」
と、ハンジが嫌そうにしているけれど、こっちは凄く楽しかった。
エルヴィンもナナバもニヤニヤしている。俺もだが。
そして観念したように、ハンジが大きく息を吸い込んで、言ったのだった。
ハンジ「分かった! 言います! 今、言います!」
リヴァイ「…………」
ハンジ「あなたは………私にとって…………」
リヴァイ「…………」
ハンジ「………やっぱり無理! 無し! ここで言うのは無し!!」
と、言ってハンジが部屋から出て逃げ出してしまった。
リヴァイ「ちっ……」
あと少しだったのに。舌打ちすると、エルヴィンとナナバが肩を震わせて笑っていた。
エルヴィン「流石はナンバー1に選ばれるだけあって責めるのが上手だね。リヴァイ」
リヴァイ「ああ?」
ナナバ「確かに。そこは同意する」
リヴァイ「そうか?」
逃げられたのだから、失敗したような気もするが。
まあでも、ハンジがそういう意味で娯楽小説を選んでいたのは素直に嬉しかった。
リヴァイ「まあいい。エルヴィン、他にハンジが好きそうな娯楽小説本はあるか?」
エルヴィン「ん? もう理由は分かったのに、それでも読むのかい?」
リヴァイ「ああ。そのつもりだ」
エルヴィン「え? 何で」
リヴァイ「あいつにとっての、抱かれたい男ナンバー1の座に居続ける為だ」
と、言ってやると、エルヴィンもナナバも目を丸くしていた。
リヴァイ「ん? どうした? 2人とも」
エルヴィン「いや……なんていうか」
ナナバ「なるほど。なんか納得した」
リヴァイ「何がだ?」
ナナバ「リヴァイが三年連続抱かれたい男に選ばれ続けた理由だよ。今、はっきり理解が出来た」
リヴァイ「ん? どういう意味だ。それは」
エルヴィン「つまり、そういう部分だよね。ナナバ」
ナナバ「うん。そうですね」
リヴァイ「2人だけで分かる会話をするんじゃない」
と、言ってやると、2人は殆ど同じ顔をした。
なんて言えばいいんだ? この場合「やれやれ」って感じなのか?
エルヴィン「恐らく、私は今、ナナバと殆ど同じ事を思っていると思う」
ナナバ「気が合いますね。私も同じだと思いますが」
エルヴィン「じゃあ、一緒に言ってみる?」
ナナバ「いいですよ。せーのでいきますか」
エルヴィン「せーの」
エルヴィン&ナナバ「「天然か……」」
リヴァイ「え?」
エルヴィン「最強の筈だね」
ナナバ「自覚がないのが一番、恐ろしいですよね」
エルヴィン「全くだ。これは勝てない。リヴァイには一生勝てない気がする」
ナナバ「ハンジが堕ちる筈だ。うん……あー良かった。私はリヴァイに堕ちなくて」
リヴァイ「おい、お前ら。酷い言いようじゃねえか?」
こっちは何か悪い事をしてしまったような心地になるが、2人は全く意に介さない。
エルヴィン「あ、うん。気にしないでイイよ。スルーしてくれていい」
リヴァイ「余計に気になるだろうが。説明しろ」
ナナバ「いや、説明しても意味ないし」
リヴァイ「はあ?」
ナナバ「自分が選ばれる理由を自覚出来ないからこそ、リヴァイはナンバー1なんだよ」
リヴァイ「?」
ますます訳が分からなくなった。
眉間の皺が自然に寄ってしまう。今の皺は怪訝な表情に入る。
ナナバ「これ以上の説明は私には無理だね。団長も同じだと思う」
エルヴィン「右に同じく」
リヴァイ「おいおい……」
エルヴィン「まあ、いいんじゃない? それで。という訳で、ハンジの好きそうな娯楽小説を引っ張り出してみたよ」
と、言いながらエルヴィンがいくつかテーブルの上に出して山積みしてくれた。
数が多くて読むのが大変そうだが、まあ少しずつ消化していけばいいだろう。
そう思いながら、俺はその日の残りの自由時間を書庫の中でエルヴィン達と共にゆっくりと過ごしたのだった。
夜になり、部屋に戻ると、ハンジは部屋の中で先にベッドの中でごろ寝していた。
眼鏡をかけっぱなしだったので、外してやるとびくっと反応がきた。
ハンジ「ひゃん! な、なに?」
リヴァイ「可愛い声、出してんじゃねえよ」
ハンジ「あなたがいきなり眼鏡を抜き取るからでしょうが」
リヴァイ「眼鏡をかけたまま寝るな。フレームが歪むだろうが」
ハンジ「いや、頑丈だから別に大丈夫じゃない?」
リヴァイ「眼鏡が歪んだら不細工になるからやめろ」
ハンジ「あ、そうなの? 分かった分かった」
そしてゆっくり体を起こして素顔のままこっちを見た。
ハンジが目を細めている。こいつは本当にド近眼らしい。
リヴァイ「眼鏡を外した時の、目を細める顔は不細工だな」
ハンジ「さっきから不細工を連呼しないでよ。だったら眼鏡かけなおす」
リヴァイ「いや、かけなおさなくていいが」
ハンジ「不細工ならいつもの私の方がいいんじゃないの?」
リヴァイ「眼鏡ない方がキスしやすいんだよ」
ハンジ「!?」
そう宣言してキスを仕掛けると、ハンジの顔が赤くなった。
ハンジ「何なんのよおお! どう反応したらいいか分からなくなるじゃないか」
リヴァイ「ん? 好きなように受け取れ」
ハンジ「な、なんかリヴァイがテクニックを身につけた?」
リヴァイ「お前が好きな本を今日一日、読みふけって勉強したおかげかもな」
ハンジ「いやあああ! 結局読みふけったのか!」
リヴァイ「久々に本を読みふけったから少々肩が凝ったけどな」
ハンジ「そんなに無理しなくても良かったのに」
リヴァイ「抱かれたい男で居続ける為には努力が必要だろ」
ハンジ「!」
リヴァイ「俺が好かれる理由は『三白眼』と『チビ』と『最強』が当てはまっているかららしいが……」
ハンジ「いや、それだけじゃないからね! 勘違いしちゃダメだよ?!」
リヴァイ「そこは分かっているが。ただまあ、なんとなく傾向は分かって来た気がするぞ」
ハンジ「え……?」
リヴァイ「さあハンジ。俺に詳しく説明してくれ。お前の中の抱かれたい男の条件を」
ハンジ「えええ?!」
リヴァイ「答え合わせをしたい。俺の思うそれと、ハンジの思うそれが同じかどうかを」
ハンジ「うううう………」
リヴァイ「ここで言うのは無しって言っただろ? だったらベッドの中ならいいだろ?」
ハンジ「うがあああ! リヴァイが変な方向に勉強してきたあああ!」
リヴァイ「お前の愛読書のせいだろ」
そして俺はハンジを押し倒して、その日の夜は、
ハンジの望むと思われるその世界を再現することになり、
俺にとっても初めて経験するその方法で、新しい世界を知った。
事が終わると、俺は言ってやった。
リヴァイ「なるほど。こういうのも案外悪くねえな」
ハンジ「………もう馬鹿っ!」
ハンジにアブノーマルな性癖がちょっとあるっていうのは、どうやら嘘ではなかったようだ。
ハンジ「本当にやる事ないじゃないか」
リヴァイ「ん? んー……濡れまくった女に言われてもな」
ハンジ「リヴァイの馬鹿あ!」
リヴァイ「ああ。俺は馬鹿だな」
そう思いながら、俺はハンジと繋がった鎖をぎゅっと握り込んだ。
リヴァイ「だが、そんな自分を悪くないと思っている」
ハンジ「ううう………」
リヴァイ「さあハンジ、もう一度言ってみろ」
ハンジ「………これで最後にして」
そしてハンジは答えた。
ハンジ「あなたは私にとって………」
その言葉を言わせないでまた口を塞いで、邪魔をした。
ハンジ「ぷは! 言わせたり塞いだり、どっちよ?!」
リヴァイ「ククク………」
ハンジ「もうやだあ。変な方向にリヴァイが目覚めたあ」
リヴァイ「目覚めたんじゃねえよ。俺は元々こういう人間だ」
ハンジ「そ、そうなの?」
リヴァイ「ああ。だからこそ、抱かれたい男に選ばれたんだろ?」
そう答えながら俺は笑った。するとハンジは視線を逸らして悩ましげに眼を伏せた。
ハンジ「もう、好きにして下さい。ナンバー1のあなたに委ねます」
その言葉を有難く頂いて、俺はその夜を食い尽くしていったのだった。
(初夜編 終わり)
このSSまとめへのコメント
需要はここに!!
素晴らしいリヴァハン
このリヴァハンはすごくいい(^ ^)
リヴァイかっこよすぎるやろ・・・(°_°)