男「え、何だって?」 (153)


友「おいおい、ちゃんと聞いてなかったのかよ?」


男「悪い」

男「それで、何の話だったっけ?」


友「最近そういうの多いけど」

友「難聴にでもなったか?」


男「違うわ、俺の耳は正常だ」

男「聴力検査だって引っかかったことはない」


友「バカ、ああいうのは引っかからないのが普通のなんだよ」

友「アレで問題なんかあったら、補聴器なしじゃ暮らしていけないレベルだぜ」


男「そういうもんなのか」


友「そうだって」

友「どこぞの難聴系主人公でもないんだから、人の話はしっかり聞いてくれよ」


男「ナンチョウケイシュジンコウ?」


友「ああ……分からない感じ?」


男「まぁ、初めて聞いた単語ではあるな」


友「……説明してほしいか?」


男「出来るなら」


友「小っ恥ずかしいけど、仕方ねぇ」


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男「へぇー、難聴系ねぇ……」

男「言いえて妙だな」


友「納得してくれたみたいで嬉しいね」


男「でも、俺とその主人公には決定的な違いがあるぞ」


友「分かってるよ」

友「どうせ彼女は居ないとか言いだすんだろ?」


男「まぁな」

男「けど、難聴になるぐらいでモテるなら」

男「俺なんか結構いい線いくんじゃないか?」


友「良く言うよ、さっき難聴じゃないって否定してくせに」

友「まぁ……でも、難聴も難儀なモンだと思うね」

友「だって、肝心な場面で耳が聞こえなくなるんだぜ?」

友「着かづ離れずなんてやってられないね」


男「待て待て、逆転の発想だ」

男「難聴で着かづ離れずでも、全ろうならどうだ?」

男「結婚まで行けるんじゃないか」


友「……お前さ、たまに変なこと言いだすよね」

友「それじゃあ、結婚までこぎつけても日常生活に困るだろ」


男「いいや、主人公らしく彼女の前だけでだな」


友「それもでも変わらねぇよ」

友「会話ができない夫婦生活なんて嫌じゃないのか?」


男「愛があれば言葉なんていらない」

男「昔の人はそういってるぞ?」


友「そんなに言うなら、まじないでもかけてやろうか?」

友「モテる代わりに難聴になるやつ」


男「そんなこと出来んのか? お前」


友「遊びみたいなモンだ」

友「成功したら儲けもんだろ?」


男「面白そうだな、やってみろ」


友「じゃあ行くぜ」

友「チンカラホイ!」


男「……?」

男「何も変わった気がしないけど」


友「言っただろ? 成功したら儲けモンって」


男「なんだよ、期待させやがって」


友「ほら、お前も教室に戻れよ」

友「もう昼休みも終わるぞ」


<朝 通学路>


   タッタッタッタッ


男(マズイ! 遅れる)

男(寝ぼけて家を出るのが5分遅れた)

男(やっぱり、遅刻ギリギリまで寝てるのはダメだ!)


  ピヨピヨ  ピヨピヨ


男「!」

男(やべッ……横断歩道の音が鳴ってる)

男(ここで聞こえるってことは、青信号に間に合わない)


  ピヨピヨ  ピヨピヨ


男(いや……全力疾走だ!)

男(うぉぉおおおお!!!)


  ピヨピヨ  ピ


男(間に合わなかったか!?)

男(いや、まだだ!)

男(まだ、車の信号は赤だ!)

男(突っ切ってやる!!)


  ブッブー   ビービー


男(おっしゃあ! 渡り切ったぜ)

男(後はこの路地に入って、あの交差点で曲がれば学校だ)



   タッタッタッタッ


男「ぐっ……はぁ」

男(クソッ……息が上がってきた)

男(だが、ここで倒れるわけにはいかない)

男(皆勤賞が待っているんだ)


   キキィィイイーー


男「!」

男(何だ? ブレーキの音?)

男(いや、そんなの気にしてるヒマはない)

男(誰だか知らんが事故……)


    ドンッ


男「うげっ……!?」


男「うっ……」

男(俺は……轢かれたのか?)


  「……! ……………!?」


男(女子生徒……? アイツに轢かれたのか)

男(頭がクラクラする……何言ってるのか分からねぇ)


  「………!? ……!!」


男(自転車……出会い頭にぶつかったのか)

男(……飛び出したのが悪かった)


  「………!! ……?」


男「…っ」ガサっ

男(……後5分だ、走っても間に合わない)

男(これじゃあ……)


  「……! ……………!!」


男(いや、待てよ……アレを使えば)

男(そうと決まれば……)

男「おりゃあ!!」スタッ


  「!?」


男「自転車、借りるぞ!」サッ


  「!」


男「校門においておくぞ!」

男「じゃあな!」キコキコキコキコ


<朝 教室>


教師「よし、ホームルームを始めるぞ」

教師「いない奴はいるか?」


  「それなら……」

  
  ガラガラガラ バァン


男「おはようございます!」


教師「なんだ……遅刻か?」


男「いや、待ってくださいよ」

男「まだ時間前じゃないですか」


教師「ん? そうか」


男「そうですよ!」

男「ギリギリセーフなんです」


教師「まぁ、いいか」

教師「早く席に着け」


男「はい、分かりました」

男(……なんとかなった)

男(自転車も校門前に置いたし、大丈夫だよな?)


教師「それで、今日はホームルームとは別に大事な知らせがある」

教師「お前達も知っているかもしれないが」

教師「今日からこのクラスに編入生が入る」



男(転校生……?)

男(そういえば、そんな噂あったけ)


   ゴォォォオオオオオ


男(……空自の戦闘機だ)

男(最近多いけど、演習でもしてるのか?)



教師「入ってきなさい」


   ガラガラガラ


転校生「…」



男(あれが転校生か)

男(確かに顔は整ってるが……って!?)


教師「彼女は親御さんの都合で、転校することになった」

教師「デリケートな問題だから余計な詮索はするなよ」

教師「それじゃあ……」


男「…」ガタッ


教師「どうした?」


男「あ、いや……その」

男「何でもないです」


教師「そうか、なら……」


転校生「…

    ゴォォォォオオオオオ


教師「何? 知り合い」


男「あ、いや……それは」

男「朝に! 朝に少しだけ見かけまして」

男「そうだよな!?」


教師「そうなのか?」


転校生「…

    ゴォォォォオオオオオ


男(クソッ……何て言ってるんだ)

男(聞きとれねぇ……)


教師「そうか……それなら丁度いい」

教師「よし、お前」


男「は、はい!」


教師「放課後にでも、彼女に学校を案内しろ」

教師「どうせ暇してるんだろう」


男「い、いや……でも」

男「ここは異性の俺より、女子の方が……」


教師「そう言ってるがどうする?」


転校生「…

    パラ パラ パラ パラ パラ


男(ヘリコプター……)

男(勘弁してくれよ)


教師「なら、決まりだな」

教師「しっかり案内するんだぞ」


男「はい……」

男(……案内することになったのね)


<放課後 教室>


友「で、案内することになったんだろ?」

友「何で隣のクラスの俺のところへ来てんだよ」


男「いや、な」

男「ちょっと色々と思うところがあって」


友「なんだよ、珍しいな」

友「いつもなら冗談の1つも言いそうなのに」


男「それが……今朝、ちょっとした交通事故があって」


友「交通事故?」

友「学園ドラマよろしく転校生とでもぶつかったのか?」


男「…」


友「あれ? 図星」

友「でも、それならどうして逃げる必要があるんだよ」

友「別に悪いことをしたわけでもないんだろ?」


男「……いや」

男「自転車を拝借したんだ、無断で」


友「はい?」


男「悪かったとは思ってる」

男「つい、出来心で……」


友「…」


男「見ない顔だから、違う学年かクラスだと思ったら」

男「まさかの転校生だしさ」

男「どの面下げて校内案内なんかしろと」


友「要するに……」

友「自転車を借りパクした相手と一緒に居たくないってワケだな」


男「パクっては……ない」

男「ちゃんと校門の目立つところに置いてきた」


友「……変わらねぇだろ」


男「やっぱり?」


友「はぁ……」

友「お前ってさ、後先考えないで行動するとこあるよな」

友「その癖直しておかないと、そのうち痛い目にあうぞ」


男「うぐっ……」


友「まぁ、今回は反省してるみたいだし」

友「ちゃんと謝っておくんだぞ」


男「あ、ああ」


  コン コン
  

友「誰だ? 教室のドアなんかノックして」


男「まさか……」


  ガラ ガラ


転校生「…」


男「あ……」


友「アレが噂の転校生か」

友「噂通り、かなりレベルが高いな」


転校生「…

   カキンッ 『ライト! 走れぇ!!』


男「…」

男(……野球部の練習)

男(これで聞こえないって、アイツの声……相当小さいんじゃないか?)


友「おい、お前のこと呼んでるぞ」


男「え?」


友「何だよ、面くらった顔して」

友「聞こえないフリなんかしてもムダだからな」


男「あ、ああ……」

男(聞こえてる?)

男(コイツの耳って、そんなに良かったっけ?)


友「ほら、行くぞ」

友「逃げ回っても仕方ねぇだろ」


男「ん? お前も来るのか」


友「そのつもりでここに来たんじゃねぇのか?」


男「いや、まぁ……いいや」

男「俺1人じゃ、気まずいだけだったし」


友「全く……世話のかかる奴だ」

友「ほら、一緒に行ってやるからちゃんと謝ってこい」


男「悪いな」

男「でも、本当にそれだけか?」


友「……やっぱりバレたか」

友「いやー、折角かわいい転校生とお近づきになれるチャンスだぜ」

友「見逃す手はないだろ?」


男「良く言うよ、俺の気も知らないで」


友「自業自得だ」

友「ほら、行こうぜ」


<夕方 自宅>


男「はぁー……疲れた」

男(とりあえず、あの転校生には許してもらえたみたいだけどさ)

男(何だったんだ? アイツは)

男(結局、最後まで何言ってるか分からなかったし)

男(でも、俺以外のヤツには聞こえてるみたいだし……訳わかんねぇ)

男(もしかして、俺の耳がバカになっちまったのか?)

男(それとも……)


男「あー、もう!」

男(考えるだけ無駄だ!)

男(今日は飯食って、早く寝よ)

男(明日になったら聞こえてるかもしれないし)

男(そもそも、無理してあの転校生と話す必要は無いんだ)


 「ご飯出来たわよ」


男「ああ、今行く」


<朝 教室>


男「ふぁーあ……」

男(昨日の一件のせいで、今日は早く来過ぎた)

男(どうやって時間を潰すか……)

男(クラスにそんなに仲が良い奴が居るわけでもないし)

男(予習をするってガラでもないし)

男(本でも読んでるか)


  『おらぁ! 何やってる!!』


男(また野球部か……朝から精が出るねぇ、って!?)


転校生「…」


男「のわッ!? 急に後ろに立つなよ!」


転校生「…

  『そこ! 右行ったぞ!!』


男(うるせぇ……聞こえねぇんだよ)

男「……あー、えっと」

男「怒鳴って悪かったな」


転校生「…」


男(な、何だ? 今日は悪いことしてないぞ、俺)

男「それで……何の用だよ?」


転校生「…

  『相田!! しっかりボールを見ろ!』


男(何だ? 聞こえないぞ)

男(でも、何かを頼んでるみたいだな……)

男(どうすりゃいいんだよ)

男「お、俺じゃないとダメなのか?」


転校生「…」


男(……気まずい)

男(さすがに昨日のことがあるから断るのは良くない、よな?)

男「わ、分かった……何とかしてみる」


転校生「…

  『山本! 寝てるんじゃない!!』


男(安請け合いしたはいいけど……どうするよ)

男(俺への頼みごとなんて、皆目見当がつかないぞ)


転校生「…」ガサゴソ


男(……ん? アイツ、鞄から何かを取り出してるな)

男(ノート、英語……?)

男(確か、今日の1限目は……英語)

男「そうか!」


転校生「!?」


男「あ、ああ……ゴメン」

男「教科書だろ?」ガサゴソ

男「ほら、今日はこのレッスン5の2段落目からだ」

男「俺は教科書使わない派だから、持って行って良いぞ」


転校生「…

  『起きろ! 山本』


男「気にするなって、ほら」

男「難なら、持ち帰ってもいいからさ!」


転校生「…

  『おい、誰かアイツを連れてこい!』


男「じ、じゃあ……俺、トイレ行ってくるから」

男(乗り切った ……のか)

男(合ってるよな? これで)


<放課後 校門>


男「俺、本当に難聴かもしれない」


友「何言い出すんだよ、藪から棒に」


男「転校生がさ……いるだろ?」

男「俺、アイツの声が聞こえないんだ」


友「あ? 何言ってんだ」

友「意味が分からないぞ」


男「それがな……」

男「あの転校生が何かを喋ろうとすると、急に周りの雑音が大きくなって」

男「何喋ってたのか分からないんだ」


友「まだ、引きずってんのか? 自転車の事」

友「あの子だって許してくれたじゃねぇか」


男「それはそうだけど、実際に起こってるから困ってるんだよ」

男「なぁ……病院に行ったほうがいいのか? コレ」


友「俺は行かなくてもいいと思うけど……」

友「気になるなら、行って損はないんじゃないか?」

友「案外、ただ単に耳が詰まってただけかもしれないしな」


男「そうか……」

男「でも、耳が詰まってるのに雑音が大きくなるもんなのか?」


友「そんなこと俺に聞かれても困る」

友「それとも、アレか?」

友「彼女の前では緊張して音が聞こえなくなるとか」


男「まさか、そんなこと……」


友「ん? おい、見てみろ」


転校生「…」


男「げっ……どうしてあんなところに」


友「噂をすれば何とやらだな」

友「校門のところで待ってるなんて……誰か待ってるのか?」


男「友達かなんかじゃないか?」


友「そうか、なら丁度いいや」

友「行って来いよ」ドンッ


男「のわっ…!」ヨロヨロ


転校生「!」


友「同じクラスメイト同士だろ?」

友「だったら、さっさと仲直りしちまえ」

友「俺は帰るから、仲良くするんだぞ」


男「おい、待て!」


転校生「…

  『イッチ、ニッ、サン、シ!』


男「えっと……その」

男「どうしたんだよ、こんなところで」

男(あの野郎……変なところで気を使いやがって)

男(本気で聞こえないってのに)


転校生「…

  『ニッ、ニッ、サン、シ!』


男「?」

男(鞄なんかあさって……どうしたんだ?)


転校生「…

  『もう1回!』


男「これは……」

男(俺の貸した教科書!?)


転校生「…

  『イッチ、ニッ、サン、シ!』


男「わ、わざわざありがとうな」

男(……そういえば、貸したっきりだった)

男(休み時間は関わらないようにしてきたし、放課後は隣のクラスに逃げてたからな)


転校生「…

  『ニッ、ニッ、サン、シ!』


男「じゃ、じゃあ! 俺はこれで……」

男「アンタも気を付けるんだぞ」


転校生「…

  『はい、逆!』


男「あ! あと、家が近いなら自転車は止めておいた方が良いぜ」

男「俺が言うの何だけど」

男「ここの駐輪場、盗難が多いからさ」


転校生「…

  『イッチ、ニッ、サン、シ!』


男「じゃあ、また明日!」

<昼 隣の教室>


友「で、あれから1週間たったけど」

友「首尾はどうだ?」


男「何の話だよ?」


友「ほら、あの子との仲だよ」

友「中々うまくいってるらしいじゃねぇか」


男「はぁ……お前には話しただろ?」

男「声が聞こえてないって」


友「そう言う割にはよく話してるみたいじゃないか」

友「なんだかんだ彼女との仲も良さそうに見えるし」


男「それはな、俺が全力で話を合わせてるからだよ」

男「アイツの仕草、行動、状況」

男「そこからアイツが話であろう話の内容を予測する」

男「ギャンブル漫画も顔負けの心理戦が俺の中で行われてるんだよ」

男「正直、日常会話だけでも心労で倒れそうだよ」


友「へぇ……イマイチ嘘くさいけど」

友「そんなに嫌なら関わらなきゃいいじゃないか?」


男「それが出来たら苦労しない」

男「どこをどう間違えたか、あの転校生に気に入られたらしい」

男「割とよく話しかけてくるんだ」

男「さすがに面と向かって声が聞こえないなんて言う度胸はないし」

男「そもそも、話しかけられてるのに無視するのは無理だ」


友「そうかい」

友「でも、ホントに聞こえないのか?」

友「だったら、耳鼻科にでも行った方がいいって」


男「いや、耳鼻科には行った」

男「でも、聴力には異常なしだってさ」

男「そんで今度は神経科を勧められたんだ」


友「そ、そうか……」

友「まぁ、頑張れよ」


男「ああ、でも今日は気楽だな」

男「当の転校生は休んでるから」


友「どうして?」


男「さぁ? 家庭の事情だとさ」


<放課後 教室>


男(あー、終わった)

男(隣のクラスはもう解散してるだろうし)

男(今日は1人で帰ろうかね)


 「ねぇ、ちょっといい?」


男「ん? 何」

男(学級委員? 俺に何の用だよ)


学級委員「頼みたいことがあるんだけど……ダメかな?」


男「まぁ……いいけど」

男「何するのさ」


学級委員「今日、欠席した子がいるでしょ?」


男「あ……ああ、あの転校生ね」

男(アイツが? どうしたんだ)


学級委員「その子にプリントを渡したいんだけど」

学級委員「届けてくれないかな?」


男「……明日じゃダメなのか?」

男「今日じゃなくても、明日学校へ来たときに渡せばいいだろ」


学級委員「その……ほら、先生が言ってたでしょ」

学級委員「配り忘れてたから期限が3日後だって」

学級委員「だから、少しでも早い方が良いと思って」


男「まぁ……確かに」

男(忘れるのも分かるけど……何で、よりによって今日なんだよ)


学級委員「君ってあの子と帰る方向が一緒だからさ」


男「でも、アイツの家なんて知らないぞ?」


学級委員「大丈夫、地図も貰ってきたら」

学級委員「これの通りに行けばすぐ着くよ」


男「…」

男(地図とか大丈夫なのかよ……)

男(個人情報とかうるさいぞ、最近)


学級委員「それで……どう?」

学級委員「やってくれるかな?」


男(もういいや、逃がしくれなそうだし)

男(最初から俺に遣らせるつもりだったんだろ……どうせ)


学級委員「やっぱり、ダメ?」


男「いや……やるよ」

男「これをポストに入れるだけでいいんだろ?」


学級委員「うん! ありがとう」

学級委員「じゃあ、委員会があるから私はこれで」


男「はぁ……」


<夕方 街路>


男(転校生の家は……あそこか)

男(何だかボロい一軒家だけど大丈夫なのか?)

男(ま、手紙を出すだけだし)

男(俺には関係ないか)


男「さて、郵便受けは……」

男「ん? どこにあるんだ」

男(門のところにそれらしいモノはないし……)

男(ひょっとして……玄関のところか?)


男「はぁ……」

男(面倒くさい造りしてんなぁ)

男(犬とか居なきゃいいんだけど)


男「……お邪魔しまーす」

男(郵便受けは……あった、玄関の脇だ)

男(全く、どうして昔の家はこんな造りなんだよ)

男(郵便配達員の苦労が良く分かるわ)

男(じゃ、鞄からプリントを取り出して……ここに)


    カン カン


男「あれ? 入らない」


男「おかしいな」


   カン カン カン カン


男「どうなってんだ?」


  「ああ、そこの郵便受は壊れてるの」

  「ごめんなさいね、古い家だから」


男(お、おばあさん?)

男「えっと……この家の人ですか?」


おばあさん「そうだけど、何かのご用かしら」


男「いえ、お宅のお嬢さんに……」


おばあさん「あら? その恰好」

おばあさん「もしかしてあの子の友達?」


男「ええ……はい」

男「今日休んでたので、プリントを届けに」


おばあさん「よかった、あの子にもちゃんと友達ができたのね」

おばあさん「息子と色々あったって聞いたから不安だったのよ」


男「ええっと……」

男「それは……よかったです」

男「じゃあ、俺はこれで」


おばあさん「待って、お茶を出すわ」

おばあさん「上がって行って」


男「いや、でも」


おばあさん「すぐに終わるから」

おばあさん「せっかく届けてきてくれたんだし」


男「は、はぁ……」


<夕方 転校生宅>


おばあさん「ごめんなさい、私ひとりで」

おばあさん「丁度、今さっき出て行ったところなの」


男「いえ、お構いなく」


おばあさん「大したものはないけど」

おばあさん「紅茶でいいかしら?」


男「はい、何でも」


おばあさん「そこで座って待ってて」

おばあさん「今、準備するわ」


男「ありがとうございます」

男(断り切れずについてきたけど……)

男(まぁ、なっちまったもんは仕方ないか)


男「…」キョロキョロ

男(……それにしても古い家だな)

男(おまけに少し埃っぽいし)

男(アイツの家、結構裕福だって聞いたけど……)

男(違ったのか?)


男「ん?」

男(あの戸棚の上の写真……)

男(アレだけ妙に埃を被ってないな)

男(見た感じ、ただの家族写真だけど)

男(女の子と、おばあさん……それに男の人と女の人が写ってる)


おばあさん「その写真が気になるの?」


男「!」


おばあさん「ごめんなさい、脅かせるつもりはなかったの」

おばあさん「でも、興味あるように見えたから」


男「この写真って……アイツの」


おばあさん「ええ……私とあの子の両親で一緒に撮った写真よ」

おばあさん「もう10年は前になるかしらね」


男「……10年前」

男(でも、どうしてそんな写真が)


おばあさん「聞きたい?」

おばあさん「どうしてそんな写真が飾ってあるのか」


男「いや、でも……俺は」


おばあさん「いいのよ」

おばあさん「歳を取ると誰かに話を聞いてもらいたくなるの」

おばあさん「それに、私に出来るのは昔話ぐらいだし」


男「…」

男(ああ、クソッ……気になってきた)

男(絶対面倒くさいことになるけど、もう知らねぇ)

男(ここまできたら、聞かないで帰れるかよ)


おばあさん「それで、聞いてくれるかしら?」


男「…」コクリ


おばあさん「あれはもう10年前の事ね」

おばあさん「小学生だったあの子と一緒に、私達3人はこの家に住んでたの」


男「3人?」

男「でも、写真には4人……」


おばあさん「ああ、ゴメンなさい」

おばあさん「あの頃は息子が単身赴任でね、海外にいたの」

おばあさん「だから私とあの子、そしてあの子の母親の3人で暮らしてたのよ」

おばあさん「写真はたまたま息子が帰ってきたときに撮ったものみたい」


男「そうだったんですか」


おばあさん「今思えば、あの時のあの子が一番幸せだったのかもしれないわね」

おばあさん「夕方まで外で遊んで泥だらけで帰ってくる」

おばあさん「信じられないでしょ? 今のあの子がそんなことしてたなんて」


男「ま、まぁ……」

男(話ができないから、何とも言えないだけどなぁ)


おばあさん「それで私達がこの家で暮らしてたんだけど」

おばあさん「ある日、お母さんが倒れちゃってね」

おばあさん「元々病弱な人だったけど、無理が祟ったみたい」

おばあさん「ここに居る間はそんな素振り見せなかったから、倒れるまで気づいてあげられなかったの」


男「…」


おばあさん「そのまま病院に入院することになったんだけど」

おばあさん「どうも、具合が良くなくてね」

おばあさん「このあたりの病院じゃ手に負えないって言われちゃったの」

おばあさん「あの子は『お母さんはすぐによくなる』って元気にしてたけど」

おばあさん「その日から外で遊ばなくなって……」

おばあさん「きっと、あの子なりに事情を察してたのね」


男「それで、どうなったんですか?」

男「アイツの母親は」


おばあさん「5年前に亡くなったわ」


男「…!」

男(マジかよ……)


おばあさん「あの人が倒れた後、そのことを聞いた息子が帰国してね」

おばあさん「すぐに東京へ異動願いを出したの」

おばあさん「東京へ行けば腕の良い医者が居るからって」

おばあさん「その時にあの子も連れて行って、そのまま東京の学校へ進学したの」

おばあさん「私はここに残ったけど、便りもくれて3人で仲良く過ごしていたみたい」


男「それじゃあ……どうして転校なんて」


おばあさん「詳しいことは私にも分からないの」

おばあさん「あの子の方から、いきなり転校したいって言いだしたみたいだし」

おばあさん「あの子も訳を話そうとしないから……」

おばあさん「ただ、どこかのアルバムらかあの写真をひっぱり出して来て」

おばあさん「ときどき1人で眺めてるの」


男「…」

男(そうか……どうりで埃を被ってないわけだ)


おばあさん「……ごめんなさい、しんみりした話になっちゃたわね」

おばあさん「ありがとう、年寄りの長話に付き合ってくれて」

おばあさん「あなたも退屈だったでしょ?」


男「いえ……でも、どうして俺なんかに」


おばあさん「あの子……学校のこと何も話さないの」

おばあさん「何度聞いても『上手くやってる』って言うだけで」

おばあさん「東京にいたときも手紙で教えてくれたのに、こっちにきてからはさっぱり」

おばあさん「こっちの学校で上手く行ってないんじゃないかって、心配になって」

おばあさん「そしたら、同じクラスの男の子が来てくれたから……」


男「……そうだったんですか」


おばあさん「ああ、気にしないで」

おばあさん「全く……嫌ね、歳を取ると心配性になって」

おばあさん「あの子が大丈夫だって言ってるのに、余計な心配して」


男「…」


おばあさん「今日はありがとうね、年寄りの長話に付き合ってもらって」

おばあさん「もう日も暮れるし、早く帰った方が良いわ」

おばあさん「あの子には私から言っておくから」


男「あ……待ってください、これを」ペラッ


おばあさん「これは?」


男「今日、届けるように言われたプリントです」


おばあさん「分かったわ、あの子にも見せておくわね」

おばあさん「それじゃあ玄関まで案内するわ」


男「はい、ありがとうございます」


<昼 隣の教室>


男「はぁ……」


友「どうしたんだよ? ため息なんかついて」

友「昨日は元気だったじゃねぇか」


男「色々と思うところがあってな」


友「何だ? またあの子のことか」


男「まぁ……そんなとこだ」

男「昨日、あの転校生の家へ行くことになってな」

男「幸か不幸か身の上話を聞くハメになったのよ」


友「身の上話? 彼女の?」


男「いや、彼女のおばあさんの」


友「ふぅん……で、その話を聞いた感想は?」

友「そいつのせいで元気が出ないんだろ」


男「なんとも言えないね」

男「ただ……」


友「ただ?」


男「ここにいる間ぐらい楽しく過ごしてほしいな」

男「アイツ、いまいちクラスに馴染めてないみたいだしさ」

男「学級委員の奴も、自分で渡せばいいプリントを俺に回すし」


男「仲が悪いって言うより、他人に興味がない奴が多いんじゃないか?」

男「じゃなきゃ、俺もわざわざ隣のクラスまでやってこないし」


友「確かに、言われてみれば……」

友「でも、お前はどうするんだ」

友「このまま放って置いちゃ、楽しい学園生活なんて送れそうにないぜ?」


男「そんなこと、分かってる」

男「けど、いかんせん声が聞こえなきゃどうしようもないだろ?」

男「せめて筆談でも出来たらいいんだが」

男「そんなこと言いだしてもマトモに取り合ってくれないよ、普通の人間は」


友「…」


男「……まだ信じてないのか、俺の耳が聞こえないってこと」

男「確かに信じにくい話だけどな」

男「俺としても……」


友「そうじゃねぇよ」

友「ただ、いい考えが浮かんだぜ」

友「怪しまれずに筆談をする方法がよ」


男「あ? 何言ってんだ」


友「携帯だよ、ケータイ」

友「お前だって持ってるだろ? 携帯の1台や2台」

友「メール機能を使えば一発解決だ」


男「確かに……」

男「でも、どうやってメールのやり取りなんかするんだよ?」

男「アイツのメールアドレスなんて知らないぞ」


友「そんなの簡単だ」

友「教えてもらえばいいんだよ」


男「そんなこと言ってもな」

男「そもそも携帯の話題にするのだって大変なんだぞ」


友「いいから、いいから」

友「俺の言う通りにしろって」

友「いい考えがあるんだ」


男「いい考え?」

男「まぁ……期待しないで聞いておくよ」


<放課後 教室>


教師「えー、他に連絡があるのはいないか?」



男「…」ガサガサ

男(携帯を……ここらへんにセットして)

男(後はホームルームが終わるのを待つだけ)



教師「じゃあ、今日はこれで終わりにするぞ」



男(あの野郎、調子の良い事言ってやがったが)

男(こんな作戦……本当に成功するのか?)



教師「号令」


学級委員「起立!」


    ガタガタガタ


学級委員「礼」


  「ありがとうございました」



男(ま、考えても仕方ないか)

男(後はなるようになれだ)


転校生「…」ガタッ


男(よし、転校生が席を立った)

男(席順からして、教室を出るには俺の近くを通るはず)

男(仕掛けるなら……今だ!)


転校生「…」テクテク


男「あれ~、おかしいなぁ?」

男「ここにしまったはずなのに~」ゴソゴソ


転校生「?」


男(よし、かかった)

男(先手必勝、一気に決めるぞ!)

男「どこやったかな~?」ガサゴソ

男「失くすはずないんだけどなぁ」ガサゴソ


転校生「…

  『レフトだ! 山本!』


男「ああっ!? 君は」

男「丁度いいところに!」

男「ちょっと困っていてね、助けてほしんだ!」


転校生「…

  『相田! 余所見してるんじゃない!!』


男(クソッ……何を言ってるんだ)

男(いや、聞こえなくても関係ない!)

男「ちょっと今、携帯失くしちゃって」

男「お願いだ! 助けてくれ」

男「ここはひとつ、人助けだと思って」

男「嫌なら首振ってくれればいいから」


転校生「…

  『オラ! それくらいの球が取れなくてどうする!?』


男「おお! そうか」

男「やってくれるのか!?」

男「それじゃあ、これを」ペラ


転校生「…

  『泣き言を言うんじゃない!』


男「そこに俺の携帯の番号が書いてあるから」

男「君の携帯で電話をかけてくれ!」


転校生「…」pi po pa


  prrrrr prrrrr


男&転校生「…」


男「あ、あれー……僕の鞄から聞こえるなぁ」

男「いや~、ありがとう」

男「入れっぱなしにして忘れちゃったみたいだった」

男「あは、あははは……」


転校生「…

  『倒れこむんじゃない! 取るんだよ、球を!』


男「……ああっ!? もうこんな時間だ!」

男「ありがとう! 本当に助かったよ」


転校生「…

  『おい、誰かアイツをたたき起こせ』


男「そ、それじゃあ……」

男「また明日!」


<夕方 家>


男「なぁ、本当にあんなんで転校生のメールアドレスが分かるのか?」


友『ちゃんとアドレスと番号入りの紙を渡したんだろ?』


男「ああ、だいぶムリのある方法だったけどな」


友『なら、大丈夫』

友『後は彼女がメールを送ってくるのを待つだけだ』

友『クラスでマトモに話してるのはお前ぐらいなんだろ?』

友『だったら、心配いらないぜ』


男「なんか……お前が言うといまいち説得力に欠ける」

男「大体、1回や2回会った程度でそんなこと分かるのかよ」


友『ああ、分かるね』

友『なんたって俺には……』


  buー buー buー


男「ああ、悪い。メールだ」


友『メール!? メールが来たのか!』


男「確認してみる」

男「一回切るぞ」


友『分かった』

友『確認したら連絡よこせよ』


男「おう」pi

男(さて……結果は)pi

男(お? 知らないアドレスだ)

男(‌これは、もしや……)pi


男「…」

男「こう来たか……」

男(とりあえず、アイツに電話だ)pi po pa


turrrr turrr


友『どうだった?』

友『あの子からだったか?』


男「ああ、多分」


友『で、何て書いてあったんだ?』


男「分からない」


友「分からない? どういうことだよ」


男「本文がことごとく文字化けしててな」

男「解読できない」


友『マジか……』


男「そうだ、作戦失敗」

男「済まないな、協力してもらって」


友『いや、待て』

友『そのメールを俺に転送してくれ』

友『お前に読めなくても俺なら読めるかも』


男「無駄だと思うけどな」


友『そんなもん、やってみないと分からないだろ』

友『いいから、さっさとやるんだよ』pi


男(ホントに上手く行くのか?)

男(まぁ、考えても仕方ないか)pi

男(それじゃ……)pi

男「転送っと」pi


<昼 隣の教室>


男「で、なんで昨日はあのまま何の音沙汰もなかったんだよ」

男「電話かけても出ないし、何かあったのか?」


友「別に……」


男「どうしたんだよ、あんなに張り切ってたのに」

男「俺が何かしたか?」


友「当たらずとも遠からず」


男「?」


友「あのメール……俺の心に致命的なダメージを与えたんだよ」


男「はい?」


友「あの転校生の子が予想外にお前と親しげだったからな」


男「……やきもちを妬いたと?」


友「…」


男「図星か……」


友「悪いかよ」

友「俺にだって、春の1つや2つぐらい来てもいいはずだ」

友「グレずに友人の恋路を手助けしてるだけでも、偉いと思うね」


男(別に、恋って訳じゃないんだが……)

男「いいだろ? お前の時は俺も協力してやるから」

男「それより、メールの内容を教えてくれ」

男「せっかく返してくれたのに無視はマズイだろ」

男「今朝だって、若干気まずかったし」


友「分かったよ」

友「要約するとだな……」

友「妙な演技はバレバレだ、メルアド欲しいなら直接言え、私のことは気に掛けるな」

友「以上だ」


男「……本当にそう書いてあったのか?」


友「ああ」

友「だが、最後のはフェイクだ」

友「そんなようなことは書いてあったが」

友「俺としては、もっと気にかけてもいいと思うね」


男「どういうことだ?」


友「つまり、彼女は」

友「お前に気を遣って自分に関わるんじゃないって言っているんだ」

友「だから、お前はもっとあの子に構う」

友「そうすれば君にも目出度く春が来る、簡単だろ?」


男「いや、付き合おうとかそういうことじゃなくて」

男「俺はあの転校生に楽しく日常生活を送ってもらいたいんだよ」


友「だったら、尚の事だ」

友「恋は人を幸せにするんだぜ?」


男「……もう、何も言わん」

男「好きにやってくれ」


友「任せとけ、俺の言うとおりにしていれば間違いない」


男(昨日、失敗しかけたじゃねぇか)


友「何か文句でも?」


男「いや、なんでも」


<放課後 校門>


男(で、次は『一緒に帰れ』だ?)

男(あの野郎、俺の話を信じちゃいないな)

男(ま、信じろってのが無理な話だけどな……)


転校生「…」テクテク


男(……ターゲット発見だ)

男(上手くいってくれよ)

男「よう、帰りか?」


転校生「!」


男「あ、ああ……悪い」

男「驚かせるつもりはなかったんだ」

男「ちょっと用事があって」


転校生「…

  『その程度で根を上げるじゃない!!』


男(相変わらず熱心だな、運動部は)


男「ええっと……お前の家って向こうの方だったろ?」

男「俺の家もあっちの方だからさ」

男「つまり、その……」

男「一緒に帰らないか?」


転校生「…

  『そこッ! へこたれるんじゃない』


男(目線を逸らした……嫌そうにしてはいないみたいだ)

男(謝まられて無さそうだし、一応成功か?)

男「嫌ならいいんだけど……どう?」


転校生「…

  『モタモタしてると、回数増やすぞ!』


男(良い……のか?)

男(コイツの表情は分かりにくいんだよなぁ)

男「じゃ、じゃあ……行こうか」


<放課後 街路>


男「…」


転校生「…」


男(弱ったな……何を話せばいいんだ?)

男(いつもは頼みごとばっかりだったからな、雑談なんてどうすりゃいんだ)

男(何か話題を見つけなければ……)

男「な、なぁ……」


転校生「…

  『わらびーモチ、わらびモチ』


男「……メ、メールの返信」

男「出来なくて、ゴメン」

男「色々と立て込んでて」


転校生「…

  『おいしいお餅、わらびモチ』


男「それと、アレ……」

男「バレバレだったみたいだな」

男「今振り返っても変な演技だったし、バレない方がおかしいよな」

男「でも、どうしても連絡先が欲しかったんだよ」


転校生「…

  『早くしないと、行っちゃーうよ』


男「はは……これだけ言うとストーカーみたいだな」

男「まぁ、そう思われても仕方ないんだけど……」

男「でも、これだけはハッキリさせときたいんだ」


転校生「…

  『わらびーモチ、わらびモチ』


男「聞いたかもしれないけどさ」

男「おととい、お前の家へ行ったんだ。学校のプリントを渡しに」

男「そこでおばあさんから話を聞いてさ……」


転校生「…」



男「ほら、ウチのクラスって妙によそよそしいだろ?」

男「俺だって良く抜け出して隣のクラスに行ってるし」

男「お前がよく1人でいるのが気になってさ」

男「いや、高校生活なんてそう何年もあるわけじゃないだろ?」

男「転校してきて、学校生活が楽しくありませんでしたってのも悲しいし」

男「だから、その……余計なお世話かもしれないけど」

男「とにかく、楽しくしててほしい」

男「俺は君に、楽しそうに学校へ来てほしいんだ」


転校生「…

  『おいしいお餅、わらびモチ』


男「あっ、その……悪い」

男「何言ってんだろ、俺」

男「今のはナシ! 忘れてくれ、頼む」


転校生「…

  『早くしないと、行っちゃーうよ』


男「あっと……用事があったの忘れてた!」

男「もう、帰らなきゃ」

男「俺の都合で連れ出したのに、ゴメン」

男「それじゃあ、また明日!」


<夜 自宅>


友『それで、ノコノコ逃げ出してきたわけね』


男「アレ以上は無理だ、間が持たない」

男「それに用事は本当にあったんだよ」

男「前に言ったろ? 神経科を勧められたって」


友『分かったって』

友『でも、フォローぐらいしておいたらどうだ?』

友『折角アドレスが分かったのに使わない手はないだろ』


男「それなら、大丈夫だ」

男「もうメールをして返事も貰ってる」

男「今から鑑定してもらうから切るぞ」pi


   pi pi pi


男「どうだ? 送れたか」


友『ああ、バッチリ』


男「で、何て書いてあった?」


友『ええっと、なになに……』

友『心配してくれてありがとう、でも大丈夫です、誘ってくれて嬉しかった』

友『だとさ』


男「……良く分からないな」

男「今の生活に満足してるってことか?」


友『俺にも分からん』

友『ちょっくら、アドバイザーに聞いてみるわ』

友『女同士、何か分かるかも』


男「アドバイザー?」

男「なんだ、それは」


友『ああ、妹だよ』

友『女子のメールなんて俺が見ても分かるわけないだろ』

友『だから、妹に助言を貰ってんだ』


男「じゃあ、今までもアドバイスも全部……」


友『ああ、作戦内容はともかく』

友『目的はほとんど妹の受け売りだな』

友『じゃ、聞いてくるわ』pi


男「あ、おい!」

男(全く……そういう事は初めから言えっての)

男(でも、妹か……アイツにそんなのが居たなんてな)

男(当たり前だけど、他人なんて知らないことの方が多いんだな)



  prrrr prrrr


男(来たか)pi

男「どうだった?」


友『とりあえず、あのメールはお前を安心させるためのモノらしい』


男「俺を安心させる?」


友『ほら、お前ってあの子の家に行ったことあるんだろ』

友『そこでおばあさんに話を聞いて彼女に興味を持った、違うか?』


男「いや、あってる」


友『でも、彼女としてはクラスメイトにあまり迷惑をかけたくないと思っているらしい』

友『だから、自分は大丈夫だってメールを送ったんだとよ』


男「……そうなのか」


友『だが、ウチの妹いわく』

友『本当はクラスメイトとも上手く行ってなくて、寂しいんじゃないかだって』

友『だから、お前の厚意も満更じゃないらしい』


男「そうなら、嬉しい限りだが」

男「これから俺はどうすればいいんだ」

男「今まで通り、転校生に積極的に話しかければいいのか?」


友『それがちょっと微妙なんだよな』

友『彼女と恋人同士になりたいってだけなら、それでいいんだけど』

友『お前の目的はそうじゃないんだろ?』


男「まぁ、そうだな」

男「俺はアイツに楽しい学校生活を送ってほしい」


友『と、なると……彼女とクラスメイトを仲良くさせる必要があるんだな』

友『そんで、妹が言うには』

友『一旦距離を置いて、クラスメイトとの懸け橋になればいいらしい』


男「懸け橋か、簡単に言うけどなぁ」

男「何か大きなイベントでもあれば……」


友「でも、もう体育祭も終わっちまったからな


男「いや……まて、あるぞ! 1ヶ月後に」


友『1ヶ月後? 何かあったか』


男「文化祭だよ、文化祭」

男「あれなら嫌でもクラスの奴らと関わるはずだ」


友『待てよ、文化祭なんて夏休み明けだろ?』

友『1ヶ月どころか2ヶ月後じゃないか』

友『そんな後になったら、余計に馴染みにくくなるんじゃないか?』


男「忘れたのか?」

男「校舎の耐震補強工事だとかで、今年は夏休み前だ」

男「委員になったときに説明されたのにすっかり忘れてた」


友「委員って、まさかお前……」


男「そう、俺は文化祭対策委員だ」

男「打って付けの機会だろ?」


友『なら、今度は突っ走るんじゃないぞ』

友『折角の機会が台無しになっちまうからな』


男「分かってる」

男「今度は入念に作戦を練って行動するさ」

男「失敗するわけにはいかないからな」


友『じゃ、健闘を祈ってるぜ』


男(それから、俺は何時になく頑張った)


  「なぁ……一緒に委員やらないか?」

  「いや、ちょっと人手が足りなくてな……」


男(まずは、アイツを文化祭の委員に誘って)


  「あのー、済みません」

  「ちょっと、お願いがあるんですが……」


男(そうなるように、教師に頼み込んだ)


  「あー、悪い……ちょっと、用事が」

  「悪いけど、先行っててくれないか?」


男(一緒に行動するときはのらりくらりと会話をかわして)


  「うーん、俺にはちょっと分からないなぁ」

  「アイツに聞いてみなよ」


男(仕事は適度に押し付ける)


  「えーっと、これは……」

  「いいや、俺がやっておく」


男(でも、重要そうな仕事はそれなりにやっておく)


  「じゃあ、ウチの出し物はコレで」

  「シフトは後ろの黒板に作っておくから」


男(そんなこんなで激動の1ヶ月が過ぎて行った……)


<昼 隣の教室>


友「そういえば、後1週間だけどさ」

友「どうなってんだよ、アレ」


男「なんだ? いきなり」


友「いや、作戦がどうなってるか知りたくてね」

友「委員会だなんだとか忙しそうにしてたから、話す機会がなかっただろ?」


男「それなら、今のところ順調だな」

男「出し物の企画も決まったし、当日の役割も割振りしたし」

男「転校生も委員になったし」

男「万事、問題なしだ」


友「おい、待て」

友「委員になったってどういうことだ?」


男「どうしたもこうしたも、そのまんまの意味だ」

男「俺が担任に頼んで委員にしてもらったんだよ」

男「他のところはともかく、文化祭の委員は数が増えたところでどうにでもなるからな」


友「でも、どうして?」


男「いや……委員自体は俺以外にもう1人いたんだけどな」

男「そいつはハナっからやる気なんない奴で、集会にも来ないような奴なんだ」

男「だから、もとからウチのクラスの文化祭対策委員は実質1人だったわけ」

男「まぁ、その辺もアイツを委員に引き入れようとした理由ではあったんだけど……」

男「もっと大きな狙いがあったんだ」


友「なんだ? その、狙いって」


男「簡単なことだ」

男「新しく委員が入った段階で俺が適度にサボると、どうなると思う?」


友「そりゃあ、もう1人に仕事が……って、まさか」


男「そうさ、必然的にアイツに仕事が行く」

男「そうなると、クラスの奴らも頼りない俺じゃ無くてアイツを頼るってわけよ」


友「でも、お前がサボるとヤバいんじゃないのか?」

友「文化祭がコケたら作戦どころじゃないだろ」


男「いや、そりゃ本気でサボってたわけじゃない」

男「クラスメイトにはサボってるように見せかけて裏ではそれなりに働いてたんだ」

男「その証拠に、ずっと前に企画はできあがってる」


友「おお、凄いぜ」

友「やるときはやる男だとは思ってたけど、ここまでとは思ってなかった」

友「俺のアドバイスなしでよくやったもんだ」


男「お前のアドバイスって……ほとんど妹さんの受け売りだろ」

男「でも、まぁ……」

男「お前が居なかったらこんなこと思いつかなかった」

男「その点では感謝してるぜ」


友「止せよ、気色悪い」

友「そういうのは全部終わってからにしろって」


男「じゃ、そろそろ行くわ」

男「本当は昼に集会があったからな」

男「そろそろ顔を出さなきゃ、話が分からなくなっちまう」


友「偽装工作に抜かりなしだな」

友「それじゃあ、いい知らせを待ってるぜ」


<文化祭当日 教室>


教師「じゃあ、無理してケガのない様にな」

教師「これでホームルームは終わりだ」

教師「話がある奴は?」


転校生「…

   ゴォォォオオオオ


教師「いいぞ」


転校生「…

   ゴォォォオオオオ


教師「だ、そうだ」

教師「他には?」

教師「……無いみたいだな、よし」

教師「号令」


学級委員「起立!」


    ガタガタガタ


学級委員「礼」


  「ありがとうございました」


男(俺のシフトは午前中だけか……)

男(特に予定もないし、午後は隣のクラスに冷やかしにでも行くか)


  「おい、何してんだよ? 仕事だろ」


男「ああ、悪い。今行く」



  「ねぇ、一緒に行こうよ」

転校生「…

  「おーい、この張り紙ズレてるぞ」



男(よし、女子に誘われてるな)

男(ひとまず安心だ)


  「ほら、どこ見てんだよ」

  「他の奴らは持ち場についたぞ」


男「ああ、ゴメン」

 
  「今までサボってきたんだから、当日ぐらいは仕事しろよな」


男「分かってるって」

男(それじゃあ、始めるか)


<文化祭当日 隣の教室>


男「よう、調子はどうだ? メイドさん」


友「…」


男「どうした? 顔色が悪いぞ」


友「どうしたもこうしたもあるか!」

友「どうして俺がこんなことを……」


男「さぁ?」

男「でも、お前のクラスも随分とおかしなことをするんだな」

男「『女装喫茶』なんて頭の悪い中学生でも思いつかないぞ」


友「俺だって聞きたいね」

友「俺は反対したんだ」

友「でも、悪ノリしたバカ軍団がなぁ……」


男「ムダに数を増やして、多数決で負けたと」


男「まぁ、そう気を落とすなよ」

男「似合ってるぜ、女装」


友「やめろ……俺に優しくするな」

友「余計に心のキズが深くなる」


男「だったら、仕事をやるよ」

男「オレンジジュースをくれ」


友「あいよ、他には?」


男「いらん」


友「了解」


男「…」

男(一応、このクラスが何をやってるかは知ってたが……)

男(アイツが汚れ役だとは思わなかったな)

男(文化祭の準備期間中にアイツから俺に会いに来なかった理由はこれだったのか)

男(まぁ、俺的には面白かったからいいか)


友「はいよ、オレンジジュース」


男「どうも」

男「で、会計は?」


友「そんなもんいらねぇよ」


男「いいのか?」


友「どうせ赤字だ」

友「だったら、友人から金を取ろうなんて思わないね」

友「それに……見てみろよ、この教室の惨状を」

友「客はおろか店員だって俺しかいねぇんだ」

友「これでどうやって黒字になる」


男「まぁ、当然ちゃ当然か」

男「変な趣味でもない限り、こんなところに入ろうとは思わないからな」


友「女装の餌食にされかけた男子はともかく」

友「ノリノリで俺に化粧をした女子どももさっさと消えちまうし」

友「損するのは俺だけじゃねぇか」


男「なんというか……」

男「苦労してるな、お前も」


友「ああ、全くだ」

友「やってられないね」


男「ほら、座れよ」

男「お前の愚痴に付き合ってやる」


友「おお、心の友よ!」ガシッ


男「抱き着くな! 気色悪い!!」

男「恰好が格好だ!」

男「誰かに見られたら変な誤解をされるだろうが!?」


友「ハッ、少しは俺の苦労も知りやがれ!」

友「自分ばっかり良い思いしやがって」


男「バカ! 逆恨みもいいとこだ!!」

男「ホントに誰か来たらどうすんだよ!?」


友「ヘッ、いっそのこと誰かに来てほしいぐらいだぜ」

友「じゃなきゃ、女装した意味がねぇだろ?」


男「んなこと知るか!」

男「いいから……」


   ガラ ガラ


転校生「!?」


友&男「あっ……」


 ガラガラ  バッシャーン


友「今のって……」

友「マズイ! 早く追いかけろ」


男「分かってる!」

男「いいから早く離れろ!!」


友「あ、ああ……悪い」


男(クソ、マジかよ……)スクッ

男(何で! よりによってアイツに!?)


   タッタッタッタッタッ


<夜 自宅>


友『それで……どうだった』

友『誤解は解けたか?』


男「いや……あの後探し回ったけど、見つからなかった」

男「多分、あのまま帰ったと思う」


友『そうか……悪かったな、俺のせいで』

友『まさか、本当に誰かが入ってくるなんて思わなかった』

友『それもあの子が来るなんて』


男「気にするな、俺もこんなことになるなんて思わなかった」

男「まぁ、アイツは人に言いふらすような奴じゃない」

男「最悪、俺達2人がそういう関係だとアイツに思われるだけだ」


友『お前はそれでいいのかよ』

友『変な風に勘違いされて、なんとも思わないのかよ?』


男「……じゃなかったら、こんなしちめんどくさい事なんかしない」

男「でも、幾らアイツの表情が読み取れるようになったからといって、ちゃんと説明できる気がしない」

男「一応メールでフォローしたし、あとはどうにかなるさ」


友『メール? メール送ったのか』


男「ああ、一応な」

男「お前が俺でもそうするだろ」


友『何て送った?』


男「そうだな……」

男「アイツはタダの友達だ。そういう関係じゃない」

男「って、感じだな」


友『……そうか』

友『それは、ちょっと……』

友『マズイかもしれないな』


男「マズイ? 何が」


友『妹の奴にも聞いてみたんだが』

友『アイツ、下手にフォローはするなって言ってったんだ』


男「どうしてだ?」


友『さぁな、そこまでは聞いてない』

友『ただ、返答によっては面倒くさい事になるかもだとさ』


男「面倒くさい事?」


友『悪い、俺にも分からない』

友『じゃあ、今日はこれで切るわ』

友『ちょっと妹と相談してくる』

友『結果は明日の片付け時間で、どうだ?』


男「ああ、分かった」

男「じゃあな」


友『おう』pi


<夕方 隣の教室>


男「悪い、遅くなった」

男「教室の片付けやら、委員会の後始末やら」

男「抜けられない用事があってな」


友「……おう」


男「どうした? クラスの奴に何か言われたか」


友「いや……そうじゃない」

友「彼女はどうだった? 来てたか」


男「いや、今日は姿が見えなかった」

男「担任にも聞いてみたけど、体調不良で休みだとさ」


友「そうか、体調不良か……」


男「どうしたんだよ」

男「確かに、直接弁明ができないのは痛いけど」

男「もうチャンスが無いってわけでもない」

男「そのうち誤解も解けるだろう」


友「いや、下手したら二度とチャンスは無い……」

友「あったとしても、聞いてくれないかもしれない」


男「どういうことだ?」


友「今日休んだとなると、アイツの推理が高確率で当たってることになるからな」


男「推理? 妹さんのか」


友「ああ」


男「で、なんて言ってたんだ」

男「俺のフォローに問題があったのか?」


友「ああ……多分、それが決定打だ」

友「あの子、俺とお前が付き合ってると勘違いしてるらしい」


男「本気で言ってるのか?」

男「まさか、アイツ……」


友「いや、そういう意味じゃない」

友「あの子が勘違いしたのは、お前に彼女がいるってことだ」


男「俺に彼女? 何言ってるんだ」

男「見られたのは、お前が俺に抱き着いてるところだろ?」

男「それをどう見間違えたら……」


友「思い出してみろ。あの時の俺の格好を」


男「あの時のお前の格好……って」

男「!」


友「……そういう事だ」

友「彼女は俺を女だと勘違いして、お前と抱き合ってるところを見た」

友「文化祭の夕方に男と女らしき奴が抱き合ってたら、勘違いしても無理はない」

友「大方、お前を探しにうちのクラスへ来て、碌に看板も見てなかったんだろ」

友「いくら文化祭の委員でも、関係ないクラスの出し物まではチェックしてないだろうからな」


男「確かに……筋は通ってる」

男「でも、それとこれとがどう関係するんだ?」

男「俺に彼女がいると勘違いされても、あの転校生が欠席する理由にはならない」

男「本当に体調が悪かったって線はないのか」


友「お前……今まで自分がやってきたことを忘れたか?」

友「面白半分で協力した俺も悪いが、ここまで言っても分からないお前はもっと悪い」


男「あの恋人作戦のことか?」

男「それなら、お前が勝手に言ってたことだろ」

男「俺はそれに付き合ってただけだ」

男「言ったはずだぞ、俺の目的は恋人になることじゃないって」


友「違う、そういうことを言いたいんじゃない」

友「あの子の気持ちの話だ」


男「アイツの気持ち?」


友「あの子の中でのお前はもう無視でないほど大きな存在なんだ」

友「それこそ、他のクラスメイト全員よりも」


男「俺が?」

男「そんな、バカなこと……」


友「遠回しに言っても分からなそうだから、ハッキリ言ってやる」

友「いいか? あの子はお前に惚れてんだよ」


男「なっ……」


友「確かに、俺達からしたら遊びだったかもしれない」

友「でも、彼女にとっては違った」

友「お前は慣れないクラスでよくしてくれて、クラスとの仲も取り持ってくれた男なんだ」


男「…」


友「それがどうだ? 実は彼女持ちで、文化祭でよろしくやってる」

友「彼女が休んだ理由は簡単だ」

友「お前に会うのが辛いからだよ」

友「今頃、お前のことを忘れようとしてるに違いない」


男「……妹の受け売りか?」


友「そうだ」

友「俺もバカだった、そう言われるまで気づかないなんてな」

友「でも、こう考えれば説明がつく」

友「お前も分かったろ? 自分の置かれている状況が」


男「ああ……分かったよ、ハッキリと」

男「とんでもなく面倒くさいことになっているってことがな」


友「で、どうする?」

友「彼女の家に行って、直接話してくるか」


男「いや……どうもしない」

男「俺はもう関わらない」


友「なっ?!」

友「どういうことだよ! それ」


男「……いい機会だ」

男「アイツには友達が出来て、俺には近づかなくなる」

男「もうアイツのことで頭を悩ませる必要は無くなる」


友「だからって、お前!」


男「もし、仮にお前の話が本当だったとしても」

男「アイツが俺を好きだったとしても」

男「俺にはアイツの声は聞こえない」

男「このまま一緒にいても2人とも不幸になるだけだ」

男「だったら……」


友「ちょっと待てよ!」

友「それでいいのかよ」

友「そんなことしたって、彼女は……」


男「分かってる」

男「分かってるさ……そんなのは何の解決にもならないって事ぐらいはな」

男「でも、俺にも分からないんだ」

男「自分がどうなりたいのかも、アイツをどうしたいのかも」


友「お前……」


男「少し……考える時間をくれ」

男「もう一度、考え直してみたい」

男「じっくり考えて、どうしたいかを決めたいんだ」


友「……そうか」

友「でも、おれに出来ることがあればなんでも言えよな」

友「こうなっちまった責任は俺にもあるからさ」


男「ああ、済まないな」

男「じゃあ……俺はこれで」


友「ああ」


<朝 教室>


教師「ホームルーム始めるぞ」

教師「号令」


学級委員「起立!」


    ガタガタガタ


学級委員「礼」


  「おはようございます」


教師「それで、今日いない奴は……」

教師「アイツ1人か」


男(あれから3日……)

男(結局、どうしたらいいか分からないまま)

男(時間だけが経っていく)


教師「えーっと、欠席理由は……」

教師「今日も家庭の都合だそうだ」


  「先生、ホントに大丈夫なんですか?」

  「もう4日も休んでますけど」


教師「あー……心配するな」

教師「親御さんから連絡があったんだ」

教師「たぶん大丈夫だろ」


男(アイツは文化祭以来、学校へ来ていない)

男(初めは体調不良だったが、それ以外は家庭の事情らしい)


教師「じゃあ、今日は欠席1、遅刻0な」

教師「号令」


学級委員「起立!」


    ガタガタガタ


学級委員「礼」


  「ありがとうございました」


男(……俺はどうしたらいいんだ)


<放課後 教室>


男「はぁ……」

男(いつの間にかに授業が終わってた)

男(こんな日はさっさと帰って……あっ)

男(そういえば、今日は心療内科の予約が入ってたな)

男(今更行ってもしょうがない気もするが……一応行っておくか)



  「ねぇ、聞いた? あの噂」


  「なに? 噂って」

  
  

男(噂話……女子って好きだよな、ホントに)



  「アレだよ。今休んでる」

  
  「ああ……アレね」



男(ん? あれは……)

男(何を話してんだ)


  「でも、また転校ってことはないんじゃないの?」

  「春先に転校してきたばっかじゃん」


  「そんなことないって」
 
  「親と一緒に職員室に来たのを見たって人もいるし」

  「大体……」


男「なぁ、何の話をしてるんだ」


  「えっ? えーと、それは……」


  「ねぇ、彼に聞いてみたら?」

  「ホントの事知ってるんじゃない?」


  「えー、でも……」


男「聞いちゃ、いけなかったか?」


  「そんなんじゃないけど」

  「それより、ちょっと質問していい?」


男「別にいいけど、何?」


  「ほら、最近休んでて君と一緒に文化祭の委員やった子がいるでしょ」

  「その子が転校するって噂が流れてるんだけど、何か知らない?」


男「転校!?」


  「なんだ、知らないんだ」

  「君ってあの子と仲良かったから、何か知ってると思ったんだけど」


男「本当なのか? それ」


  「あくまでも噂だよ」

  「親と一緒に学校来てるのを見たって言ってる人がいるから、そうじゃないかって噂してるだけ」

  「だって、文化祭終わった直後で夏休み前って怪しいでしょ?」


男「…」

  
  「どうしたの? なにか悪いこと言った?」


男「あ、いや……なんでもない」

男「じゃあ、俺は用事があるからもう帰るわ」

男「悪かったな、邪魔して」


  「うん、じゃあね」


  「バイバイ、また明日」


<夕方 街路>


  タッタッタッタッ


男(一体どうなってんだよ!?)

男(転校って、何なんだよ!)

男(アイツが? そんなの信じられるか!)

男(こっちに越してきて、まだ2ヶ月だぞ! 2ヶ月!!)

男(そんなのアリかよ!?)

男(でも、クラスの女子たちは……)


   ガッ 

男「なっ!?」

  
  ドサッ


男「くっ……いてぇ」

男(クソっ! ふざけるなよ!!)


<夕方 転校生宅>


男(結局……ここまで来ちまったな)

男(表には見慣れない車が止めてあるし)

男(……本当に転校するのか?)

男(いや、こうなったら自分で確かめてやる)

男(よし! 行くぞ!!)


   ピンポーン


男(……居ない?)

男(いや、もう一度だ)


   ピンポーン


男「……おかしいな」

男(留守なのか? だったら表の車は……)


  ガンッ ウワッ!? ドサッ ゲッ…

 
     バキッ イタッ! ガンッ  


男「!?」


  「あー、済みませんね」

  「今ちょーっと立て込んでまして……」


男(な、何だ?! 誰だコイツ!)


  「郵便なら……ん? 配達じゃない」


男(……あいつの親父?)

男(いや、さすがに若すぎる)


  「お、その制服! 見覚えがあるぞ」

  「君、アイツの友達だろ?」


男「まぁ、そうですけど……」


  「悪いけど、今みんな出払ってるんだ」

  「伯父さんが合わせたい人がいるからって出かけててさ」

  「そのうち返ってくると思うから、上がって待ってなよ」


男「いや、でも」


  「遠慮しなくていいぞ」

  「朝からずっと荷造りしてたから、飽きちまってさ」

  「丁度、話し相手が欲しかったとこなんだ」

  「さぁ、入った入った」


男「は、はぁ……」


男「これは……」

男(家の中にはダンボールの束があるけど……)

男(あの噂、嘘じゃなかったのか?)


  「そこらへんに適当に座ってて」

  「今、なんか探すから」


男「いえ、お構いなく」


  「あー、いいよいいよ。気にしなくて」

  「どうせ後で片付けるんだから」


男「いえ、それより……」

 
  「悪い、紅茶しかなかった」


男「大丈夫です」

男「それで……」

  
  「砂糖とかいる?」

  「場所が分からないから、出すのに時間がかかるけど」


男「いや……」


男「いや……」


  「そうだ、牛乳もあるぜ」

  「確か、この辺に……」


男「…」


  「うーん、こりゃダメだ。消費期限が切れてる」

  「そういえば……」


男「あの!」
   
男「いい加減に俺の話を聞いてください」


  「あー、悪かった。俺の悪い癖だ」

  「良く言われるんだよな、お前は人の話を聞かない奴だって」

  「それで、話って?」 
 

男「まず、それよりあなたは?」

男「ここにはアイツとおばあさんしか居ないはずなのに」


  「ああ、俺はこのウチのばあちゃんの孫だよ」

  「ばあちゃんの娘の子供で君の友達の従兄ってわけ」


男「従兄? アイツに」


従兄「知らなかったのか?」

従兄「まぁ、同級生に従兄の話なんてするわけないか」


男「それで、なんでそんな人がここに? おばあさんは達は?」


従兄「伯父さん達は用事があって出かけてて、ばあちゃんは俺んちに避難してるよ」

従兄「引っ越しの準備の邪魔になるだろうからってさ」

従兄「代わりに俺が来て引っ越しの荷造りを手伝ってるんだ」

従兄「こんなもん、気乗りしない上に俺1人じゃどうしようもないのに」

従兄「何が『大学生は暇なんだから手伝ってきなさい』だ」

従兄「俺だって……」


男(やっぱり、噂は本当だったのか……)


従兄「どうしたんだ? いきなり黙りこくって」

従兄「学校で聞いてなかったのか?」


男「それは……」


従兄「まぁ、それはいいや」

従兄「それより、どうしてこんなとこに来たんだ?」

従兄「言っちゃ悪いが、何もないぞここ」


男「いや、俺は……」


従兄「分かった」

従兄「お前、アイツの事が好きなんだ」

従兄「それで、最後に告白し来た……違うか?」


男「なっ!?」

男「い、いきなり何を言い出すんですか」


従兄「何だ……違ったか」

従兄「だったら、まだアイツを止められたんだけどな」

従兄「まぁ、いいや」

従兄「で、本当は何しに来たんだ?」


男「それは……」

男「本当のところ、俺にも良くわかないんです」


従兄「分からない?」


男「最初は、全部忘れて終わらせるつもりだったんです」

男「でも、いきなり転校なんて……そんな話は聞いてなかった」

男「このまま何もしなかったら、俺はきっと後悔する」

男「だから、ここへ来たんです」

男「ここへ来て、アイツと話して……」

男「伝わないかもしてないけど、それでも会って、話しておきたいんです」


従兄「へぇ……そうかい」

従兄「何となく分かったぜ」

従兄「何をしに来たのはともかく」

従兄「お前がこの引っ越しを良く思ってないってことはな」


男「いや、そういうことじゃ……」


従兄「じゃあ、賛成なのか?」


男「それは……」


従兄「俺もアイツの転校には賛成じゃないんだ」

従兄「最近は伯父さんとも上手く行ってないらしいし」

従兄「折角、友達ができたのに転校させるのは可哀そうだろ?」


男「…」コクリ


従兄「じゃあ、行くぞ」


男「えっ、行く?」


従兄「伯父さんたちのところだ」

従兄「そこで話を付ける」


男「話って……何を!?」


従兄「そんなの決まってる」

従兄「引っ越しを止めさせるように直談判するんだ」

従兄「2人なら、意外と何とかなるかもしれないぜ」


男「でも……」


従兄「今日を逃したら、伯父さんは東京に帰る」

従兄「やるなら、最後のチャンスだぜ」


男「……分かりました」

男「俺、行きます」

男「でも、呼びたい奴がいるんです」

男「行くならそいつと一緒に」


従兄「分かった、俺は外の車で待ってる」

従兄「連絡が終わったらすぐに来い」

従兄「早くしないと終わっちまう」


<夕暮れ 車内>


友「それで、何か当てはあるんですか?」

友「いきなり家族会議に乗り込んでも上手く行くなんて思わないんですけど」


従兄「大丈夫だ」

従兄「急な話だったし、まだ準備も全然できてない」

従兄「伯父さんに話をして、アイツが首を横に振れば引っ越しは無かったことにできる」

従兄「問題はアイツが乗り気ってことだが……」

従兄「本心からそうは思ってないだろ。ま、これは俺の勝手な意見だけどな」

従兄「でも、嬉しそうにしてないのは確かだ」

従兄「後は……そいつの頑張り次第でどうなるかってところだな」


友「だってさ、責任重大だな」


男「……ああ」


友「なんだ? ハッキリしないな」

友「ひょっとして、緊張してるのか?」


男「まぁ……色々と急展開過ぎてな」

男「考えが追いつかないんだ」


友「認めてる割には冷静だな」

友「でも、本番になって怖気づくなよ?」


男「お前こそどうなんだ?」

男「女装の事を話さなきゃいけないんだぞ」


友「へっ、あんな恰好どうってことないね」

友「それに、親友の一大事だ」

友「女装の1つや2つ、何でもないぜ」


従兄「お、良く言った!」

従兄「最近の高校生にしてはイケてるぞ」


友「えっ、俺ってイケてますか?」


従兄「ああ、俺が女だったら放って置かないね」


友「いやー、モテる男は辛いですね」

友「でも、そっちのケはないですよ。俺」


従兄「ははっ! 面白いヤツだなお前」

従兄「気に入ったぜ、今度どっかに遊びに連れてってやるよ」


友「なら俺、東京に行きたいです」


従兄「そうか、東京か……」


友「……やっぱりムリですよね」


従兄「いや、いいぜ」

従兄「ドンと来い」


友「おおっ、マジっすか!?」


友「こんな良い人に会えるなんて」

友「お前、あの転校生を好きになって正解だったぜ」


男「……そうだな」


友「俺、シティーボーイになって帰ってくるから」

友「可愛い彼女を見つけて帰ってくるから」

友「全部終わったらダブルデートだぜ」


男「ああ」


友「いいか? 約束だぞ」

友「お前がしくじったらそれでおしまいだからな」

友「絶対に成功させろよ」


従兄「おい、そろそろ着くぞ」

従兄「2人とも準備しろ」


<夜 ホテル入り口>


友「……こんなところ始めてきた」

友「ウチの家族じゃまず来ないや」


男「まぁ、県内じゃ一番大きなホテルだからな」

男「俺達には縁はないのも当然だ」


従兄「8時か……」

従兄「伯父さんたちは中で話し合ってる最中だ」

従兄「そろそろ出てくるだろうから、出てきたところを捕まえるぞ」


男「分かりました」

男「でも、こんなところで何を話してるんですか?」


従兄「ああ、伯父さんの再婚相手との顔合わせだ」


男&友「!?」


従兄「ま、再婚相手っていってもまだ籍は入れてないみたいだけどな」


友「ちょ、ちょっと待ってください!」

友「そんなところへ乗り込むんすか!?」


男「いくらなんでもそれは……」


従兄「何も直接、話し合いに乗り込むわけじゃない」

従兄「終わったところに押しかけるだけだ」

従兄「それに、ちゃんと勝機もある」

従兄「アイツだって心の底から転校なんて望んじゃいないんだ」

従兄「そこを揺さぶればいけるはず」


友「でも、あの子の家族の人なんて初対面ですよ」

友「話なんて聞いてくれるかどうか」


従兄「そこは俺が話を付ける」


男「でも……!」


従兄「お前は、アイツの引っ越しに反対なんだよな?」


男「当たり前です!」

男「たった2ヶ月で転校なんて早すぎる」


従兄「そうだな、早すぎる」

従兄「……早すぎるんだ」

従兄「せっかく友達もできたのに」

従兄「これじゃあ、あんまりにもアイツがかわいそうだ」


男「…」


従兄「でも、俺だけじゃ伯父さんに何も言えなくてな」

従兄「だから、お前達を連れてきたんだ」


友「それは一体……」


従兄「アイツ、再婚相手の人の事を良く思ってないみたいさ」

従兄「こっちへ越してきた理由もあの人がらみらしいんだ」

従兄「そりゃそうだ。誰だってそう簡単に新しい母親は受け入れられない」

従兄「でも、いきなり『再婚相手の人と話し合う』って言いだしたみたいでな」

従兄「そこからはトントン拍子で話が進んで」

従兄「俺の耳に入ったときには東京で一緒に暮らすことになってた」


友「それじゃあ、俺達が止める理由なんか……」


従兄「いや……昔っからアイツはお母さんっ子だったんだ」

従兄「今だってそうだ。本気で新しい母親を受け入れようなんて考えてない」

従兄「アイツにとっての母親は伯母さんだけだからな」

従兄「このままじゃ、転校して新しい家族を作ってもきっと上手くいかない」

従兄「もう、俺が話したところでアイツの心はなびかない」

従兄「けど、アイツが自分で作った友達ならどうにかなるかもしれない」

従兄「だから、頼む。お前らが引き止めてやってくれ」


男&友「…」


従兄「……悪かったな」

従兄「強引に連れてきて、こんなこと言うなんて」


男「いえ、いいんです」

男「俺だって転校なんて嫌ですから」


友「お前……」


男「俺、行きます」

男「ここで行かなきゃ後悔します」

男「覚悟を決めました」

男「やっぱり俺には逃げるなんてことは出来ない」

男「アイツとちゃんと向き合う、それが俺の答えだ」


従兄「そうか、済まないな」


男「お前も来てくれるか?」


友「ヘッ……こうなりゃ、最後まで付き合ってやる」

友「まさか、今更帰れなんて言わないよな?」


男「ああ、もちろんだ」


<夜 ホテルロビー>


男「…」

男(あれから10分……さすがに緊張してきた)

男(そもそも俺、何話せば良いんだろう?)

男(第一、会話なんて出来るのか)


友「おい」


男(アイツの声聞こえないんだぞ、俺)

男(じゃあ、ここに来た意味は……)


友「おい!」


男「!」

男「何だよ……脅かすなよ」


友「やっぱし緊張してんじゃねぇか」

友「まぁ、こんな状況じゃ無理もないけど」

友「何も言えなきゃ、それこそ中途半端で終わるぞ」

友「男ならビシッと一発決めてこい、ケツは俺が拭いてやる」


男「ああ……分かってるよ」


友「なら、良いんだけどな」


従兄「おい、お前ら」

従兄「来たぞ」


友「さっ、行こうぜ」


男「…」コクリ


  「ん? 君は」


従兄「伯父さん、どうも」


転校生父「どうしたんだ? こんなところに」


  「ねぇ、この子は?」


転校生父「ああ、甥っ子だよ」

転校生父「今、実家の片づけしに来てくれているんだ」   

転校生父「でも、どうしたんだ?」

転校生父「わざわざ迎えに来てくれたのか」


従兄「いや、ちょっと……」

従兄「それより、アイツは?」

従兄「一緒じゃないんですか」

転校生父「ああ、トイレに行ってるだけだ」

転校生父「すぐに戻ってくると思うけど、あの子に何か用か?」


従兄「そうですけど、俺じゃなくて……」

従兄「コイツらの用事です」


男&友「…」ペコリ


転校生父「この子たちは?」


従兄「アイツ通ってる高校の生徒で……」


男「ク、クラスメイトです!」 友「友達です!」


転校生父「おお! そうなのか」

転校生父「学校の事を話したがらないから心配だったが」

転校生父「ちゃんと友達もいたんだな」


男「それで、その……」


転校生父「ああ、紹介が遅れた」

転校生父「私はあの子の父親で、こちらは……」


従兄「伯父さんの婚約者だよ」


婚約者「どうも、よろしくね」


友「は、はい!」


転校生父「それで、用事とは?」

転校生父「私で良いなら話を聞くが」


男「それは……」

男(いいのか? 言って)

男(言ったら、もう後戻りはできないぞ)


転校生父「どうした?」


男「いえ……」


友(おい、しっかりしろ!)

友(ビシッと決めるんだろ?)


男(そうだ……そうだった)

男(ここまで来て引くわけには行かない!)

男(行くぞ!)


転校生父「何も何ないなら……」


男「いえ、アイツの転校ことです」


転校生父「それは……」

転校生父「まだ、生徒には伏せるようにと担任に頼んだはずだが」


男「噂になってるんです」

男「文化祭直後で休みが続くのはおかしい、父親と学校に来ていたのを見た、もしかしたら転校するんじゃないかって」


転校生父「……確かに、その噂は本当だ」

転校生父「あの子は夏休み前に転校する予定だ」


男「……やっぱりそうでしたか」


転校生父「それで、君の用事は?」

転校生父「それを確かめに来ただけなのか」


男「それもあります」

男「でも、俺の目的はそうじゃない」

男「アイツの転校を止めることです!」


転校生父「な、何を言って……」


男「お願いします! アイツの転校をやめてください!!」


婚約者「ちょ、ちょっと待ってよ」

婚約者「今回の転校はあの子の方から言ってきて」

婚約者「だから、私達は新しい家族になって……」


従兄「それを本人が望んでなくてもですか?」


転校生父「そんなはずはない」

転校生父「あの子だって賛成してくれた」

転校生父「だから、今日……」


従兄「伯父さんだって分かってるんでしょ?」

従兄「アイツがそんなことを本気で望んでないって」


転校生父「…」


婚約者「で、でも!」

婚約者「あの子、そんな素振りは……」


男「見せなかった」

男「いや……ただ単に分からなかったんでしょう」

男「俺だって苦労しましたから、アイツの素振りから感情を読み取るのは」


転校生父「君は、一体……」


男「俺は、俺はただ……アイツが転校するのが納得いかないんですよ」

男「単なる身勝手なのは分かってます」

男「でも、たった2ヶ月で転校させられる身にもなってください!」


転校生父「それは……」


男「親の都合ので振り回されて……」

男「やっと友達ができたと思ったら、また直ぐ転校する」

男「そんなのいくらなんでも、かわいそすぎる!」


転校生父「…」


男「信じられますか?」

男「転校初日なんか、事故を起こして自転車をパクった相手を頼るんですよ!」

男「しかも、そんな俺が貸した教科書もちゃんと返してくれるし」

男「強引な方法で連絡先を渡してもちゃんと返信してくれた!」

男「優しすぎるんですよ! アイツは」


友「お、おい!」

友「ちょっと待て、今……」


男「うるさい! 俺を止めるな!」


男「文化祭のときだってそうだ!」

男「俺は適当にサボって、アイツとクラスメイトを仲良くさせようなんて考えてた」

男「けど、アイツはそんな俺にいちいち会議の内容を教えてくれたんだ!」

男「そんな……そんな健気で優しいヤツを俺は傷つけた」

男「アイツの声が聞こえないからって煙たがって、しまいには無視しようとした」

男「俺は、自分で自分が許せないんです!」

男「最初から逃げて、何事も無かったかのように過ごそうとした」

男「でも、その癖、いざ転校するってことが分かった途端に意見を翻して」

男「そして、ここまで来たのに怖気づきそうになった」

男「そんな自分が許せないんです!」

男「転校の噂を聞いて、飛び出したときにはもう答えなんか決まってたんだ!」

男「だから、俺はアイツに会って、謝らなきゃいけないんです!」

男「謝って……伝えなきゃならないんです!」


転校生父「つ、伝えるって……何を?」  


男「そんなの決まってます!」

男「俺にはアイツが必要だってことを!」

男「だから、何処へも行かないで欲しいってことを!」

男「そして……」


男「俺はアイツが好きだってことを!!」


転校生「!?」


男「!? !!!」

男「い、いつから……」


友「……俺が止めたあたりから」


男「今の……」


転校生「…」コクリ


男「あが、あがががが……」


友「おい、大丈……」


男「ぬぅぉぉおおおおおおおお!!!」


   ダダダダダダダ


<朝 通学路>


男「はぁ……」

男(寝不足だ……眠い)

男(昨日はあのまま逃げ出しちまったけど)

男(あの後どうなったんだよ……)


  「おはよう」


男「ああ……おはよう」

男(カッコつけて啖呵切った割に)

男(何だよ、あのザマは……)


  「どうしたの?」


男「……聞かないでくれ」

男(勝手に熱くなって暴走するわ)

男(勢いで告白じみたことを口走るわ)

男(ざまあねぇとはこのことだ)


  「もしかして、昨日の事?」


男「他に何があるってんだよ……」

男(アイツにも迷惑かけたな)

男(置いてきちまったけど、大丈夫だよな)

男(あの人もいたし)


  「でも……嬉しかったよ、私は」


男「ああ、そりゃどうも」

男(あーあ、憂鬱だ)

男(……学校行きたくねぇ)


  「だからさ……」


男「何?」

男(学校、休みなんなねぇかな)

男(今日は誰にも会いたくない、マジで)


  「一緒に行こうよ、学校」


男「えっ……」 


<夕方 友宅>


友「で、何?」

友「俺に聞いても、そんなこと知らないぞ」


友「上手く行ったんだろ?」

友「だったらいいじゃねぇか」


友「納得いかない?」

友「しょうがねぇなぁ……」

友「じゃあ、こうしよう」

友「お前の気持ちがあの子に伝わって、2人は結ばれた」

友「見事2人の間の障壁は取り除かれました」


友「そんな安っぽいメロドラマみたいなことがあるか、だって?」

友「注文の多い奴だな」

友「だったら、勝手に悩んでろ」

友「こちとらお前に構っていてやれるほどヒマじゃないんだよ」

友「じゃあな!」pi


友「……はぁ」

友(遂にアイツも彼女持ちか……)

友(俺にも欲しいぜ、声が聞こえなくてもいいからさぁ)

友(……一時期ハマってた、おまじないでもかけてみるか)


友「チンカラホイ!」


友「…」

友「……何やってんだろ、俺」


  buuuu buuuu


友「おっと! メールだ」

友(そういえば、アイツと話し込んでてメールの確認してなかった)


友(えっと……なになに)

友(メールマガジンと……)

友(お? 妹の奴からメールが来てるな)


友「ん?」

友(文字化けしてやがる)

友(こりゃ、電話した方が良いな)


友「…」pi po pa


  prrrr prrrrr


友「えー、もしもし」

友「メールあったけど、どうした?」

友「ん、何?」

友「もっとハッキリ喋ってくれよ」

友「雑音がひどくて聞こえないぞ」

友「はい?」

友「いや、だから……」

友「え、何だって?」


おしまい

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