【女の子と魔法と】魔導機人戦姫Ⅱ 第14話~【ロボットもの】 (642)

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夏休みの暇つぶしに、仕事サボりの合間に、眠れない夜のお供に
そんな時間潰しの一助になれば幸いです

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第14話~それは、忘れ得ぬ『哀しみの記憶』~

―1―

 メインフロート第一層、外郭自然エリア――


 アルマジロ型イマジンを追い詰め、ロイヤルガードとの連携でこれを撃滅した空達は、
 コントロールスフィアのハッチを開き跪かせたエール・Sの掌に乗り、
 同じように機体の外に出ていた茜を見上げるのと同様に、茜もまた、空達を見下ろしていた。

茜「彼女が……朝霧空、か」

 茜は見上げてくる二人に向けて微かな笑顔を浮かべながら、消え入りそうな声で呟く。

 だが、誰にも聞こえないと思っていたその声は、彼女の相棒には聞こえていたらしい。

クレースト『どうされました、茜様?』

茜「……いや、何でもない。気にしないでくれ、クレースト」

 首に下げている銀十字のネックレス……クレーストのギア本体からの問いかけに、
 茜は空達に軽く手を振るような仕草をしてからスフィア内に戻った。

 再び機体を起動し、ハッチを閉じる。

茜「撤収準備だ、アルベルト、東雲、徳倉」

アルベルト『ウィっス、お嬢』

東雲『了解です、隊長』

徳倉『了解、撤収準備に入ります』

 通信機に向けて部下達に指示を出すと、彼らは口々に応えた。

茜「……だからお嬢はやめてくれ」

 だが、作戦中からずっと注意しているのにも拘わらず、
 未だに自分の事を“お嬢”と呼ぶ部下に、茜は肩を竦めながら呆れたように呟く。

 しかし、茜はすぐに気を取り直すと、機体に踵を返させ、
 後方に待機させているリニアキャリアへと向かった。

茜(まったく、アイツは子供の頃からずっとからかってくれて……)

 心中で溜息を漏らしながら、茜は歩を進める。

 アルベルト――レオン・アルベルト――とは旧い付き合いだ。

 元を辿れば祖父母の世代……彼に限れば曾祖父母にまで遡る。

 旧魔法倫理研究院の対テロ特務部隊の第二世代、
 その第三副隊長のセシリア・アルベルトが彼の祖母だ。

 つまる所、彼の曾祖父母はクライブ・ニューマンとキャスリン・ブルーノの二人である。

 茜の祖母・結の従姉であり、愛器の先々代ドライバーである奏・ユーリエフとは深い関係があり、
 またセシリアの養母であるレギーナともまた浅からぬ間柄だ。

 セシリアが結や奏を慕っていた事もあって、
 フィッツジェラルド・譲羽家とアルベルト家も家族ぐるみで付き合いがある。

 自分とレオンの付き合いも、その延長だ。

 曾祖父母に倣ってなのか、単なる悪ふざけなのか、
 彼は幼い頃から自分の事を“お嬢”と呼び慣らしていた。

茜(腕は確かなんだがな……)

 そんな事を考えながら、茜は小さく溜息を漏らす。

 遺伝か才能か、彼の航空戦と狙撃の技術は確かだ。

 その才覚はオリジナルギガンティックに選ばれなかった事が惜しまれる程で、
 だからこそ202……クレーストの護衛である第二十六独立機動小隊の
 実質的隊長とも言える副隊長に二十三歳と言う若さで任じられていた。

 二機以上での運用が暗黙のルールとなっているオリジナルギガンティックだが、
 クルセイダーが皇居正門から動けない事もあってクレーストの運用は基本単機となってしまう。

 それを避けるための護衛部隊が生え抜きのエースドライバーで固められた、
 第二十六独立機動小隊と言う事だ。

 通常のギガンティックでは決して倒せないイマジンに、たった三機で立ち向かい、
 クレーストを援護するためだけのチームと言う事だけあって、
 他の二人……東雲紗樹【しののめ さき】と徳倉遼【とくら りょう】の腕も確かな物である。

茜(まったく……もう少し、副隊長らしくしてくれていると、
  私も肩の力が抜けるんだが……)

 茜はどこか遠くを見るような目をしながら、肩を竦めた。

クレースト『茜様、輸送部隊との合流まで残り三千。
      もしお疲れでしたら自動操縦で移動します』

茜「疲れてはいないよ。
  ……だが、そうしてくれ、これからの事も考えたい」

 クレーストの申し出に、茜はそう応えてから主導権を彼女に譲る。

 愛機が歩き続けている事を確認すると、
 茜は小さく息を吐いてコントロールスフィアの壁面に寄りかかった。

 茜は目を細め、床とも壁面に映る外の光景とも取れない微妙な高さに視線を向ける。

 クレーストにはこれからの事を考えたいと言ったが、
 彼女が考えているのは昔の……幼い頃の事だった。

茜(あの日が半月後に迫っているせいで、少しナーバスになっているのか……私は?)

 茜は幼い頃の事を思い浮かべながら、心の片隅で自嘲気味に独りごちる。

 その声ならぬ独り言を皮切りに、茜の意識は回想とも白昼夢とも取れぬ過去の記憶に沈んで行った。

―2―

 本條茜と言う少女は、有り体に言って“お嬢様”だった。

 父方を遡ればどこまでも……
 それこそ日本と言う国家の開闢まで遡れてしまう程の、旧い旧い魔導の家。

 母方は華族でも貴族でも武家の出でも無いが、無名と言うには憚れる程の英雄の家柄。

 世界有数の魔導の家である本條と、魔導の杖の技師の中でも名門たるフィッツジェラルド家と、
 救世の英雄と謳われた閃虹の譲羽の血を継ぐ、魔導の家柄の中でも比肩する物の無い血統。

 父は名家の当主らしい厳しさと父親らしい優しさを併せ持ち、
 母はおっとりとしていながらも強く芯のある女性だった。

 八つ歳の離れた兄や、兄と同い年の従兄や、その妹である優しい従姉、
 その両親である父の妹夫婦、生ける現代の英雄と呼ばれる伯母、
 祖父母の代から付き合いのある様々な人々に囲まれて、二歳の茜は幸せの絶頂にいた。

 特に、父・勇一郎は彼女の誇りだった。


 2060年、晩春――

明日華「さあ、茜、お父様にいってらしゃいませは?」

茜「いってらっしゃいませ、おとーさま」

 茜は母・明日華の腕に抱かれたまま舌足らずな口調で言って、父に手を振る。

 まだ二歳になったばかりの、物心つくかどうかと言う頃の、茜の記憶に鮮明に残る姿。

 庭一面に植えられた桜はもう散って、青々とした葉を茂らせるソレを背に振り返る、
 優しい笑みを浮かべた父・勇一郎。

 ロイヤルガード長官の纏う、黒の中に僅かな装飾だけが施された
 簡素だが威厳に満ちた制服を纏ったその姿は、今も瞼に焼き付いている。

勇一郎「ああ、いってきます」

 勇一郎は手を振り返そうとして、だが少し逡巡してから、
 その手を愛娘の頭に優しく乗せて軽く撫でた。

勇一郎「良い子にしているんだぞ、茜」

茜「はーいっ!」

 大きくて暖かい手に頭を撫でられ、茜は父の言いつけに元気よく返事をする。

勇一郎「臣一郎も、今日は夕方までに勉強を終わりにしておきなさい。
    帰ってから稽古を付けてやろう」

臣一郎「はい、父上!」

 母の傍らに立っていた兄・臣一郎も、父の言葉に力強く応えた。

 勇一郎は本條本家の奥義である剣術だけでなく、分家の格闘術や槍術などにも精通し、
 当主となってからはそれらの統合と、分家にも剣術の教えを施し、広く伝えて行こうと励んでいた。

 まだ魔力覚醒を迎えていない茜は、当然の事ながら父に稽古を付けて貰えるハズもなく、
 自分よりも長く父と一緒にいられる兄を、彼女は少しだけ羨んだ。

 そして、笑みを浮かべて踵を返し、門を潜って行く勇一郎の背中を、茜は憧憬の視線で見つめる。

 広く、強い背中だったのを、今でも覚えている。

 最強と謳われるオリジナルギガンティックの中でも、特に最強の呼び声の高い210のドライバー。

 武芸百般に秀で、多くのテロリストやイマジンを、皇居の門に触れさせる事なく屠って来た最強の衛士。

 そんな父を、討ち倒せる者などいない。

 ずっと、そう、信じていた。

 2060年、7月9日――

 その日は、ずっと以前から予定されていたパレードの日だった。

 このNASEANメガフロートに皇居が移設されて三十年の節目の日。

 各国の皇族や王族を載せた数百台のオープンカーと、百を越す軍と警察の最新鋭ギガンティック、
 パワーローダー、さらにGWF-210Xクルセイダーを加えた大規模な一団からなるパレードだ。

 正門を出立し、第一街区の市街地を回って、また正門へと帰って行く、
 都合十キロの道程を巡る二時間ほどの長丁場。

 その日の勇一郎の配置は、クルセイダーをパレード専用のキャリアトレーラーで膝立ちにさせ、
 その前を行くオープンカーにロイヤルガードの代表として乗る事だった。

 直前には皇族縁の人々が乗るオープンカー。

 いざと言う時には即座に護衛に入れる位置である。

 まあ、勇一郎の手を患わせるような“いざと言う時”など来ないだろう。

 それは警備関係者が口を揃えて言っていた事だった。

 クルセイダーはドライバーが降りているが、
 他のギガンティックやパワーローダーにはドライバーが搭乗済みだ。

 パレードの隊列以外の警備も、人もドローンもギガンティックもパワーローダーも万全。

 ルート上の観客の中にテロリストが紛れ込もうとも、一気呵成に制圧できるだけの準備がされていたのだ。

 慢心ではなかったのかもしれない。

 細心の注意を払って、最大規模のパレードを守るべく考え得る限り最高の警備を施したハズだった。

 だが、最高の警備と言う事実に作り上げられたその安心感が、大きな慢心に結実したと言って良い。

 その慢心が世界最大規模のテロを生み出す事に繋がったのである。


 そして、テロが起きようとしていたその時、茜は母や兄と共に、
 パレードのルート上に据えられた特別観客席であと数分後に通るパレードの車列を心待ちにしていた。

 特別観客席はルートに面した病院の第三駐車場の道路に面した側を間借りするカタチで作られ、
 一般の観客達のいる歩道よりも幾分か高い。

 茜達は特別観客席の右端で、兄妹が母を挟むように並んで座っていた。

明日華「もうすぐ、お父様がいらっしゃいますからね」

茜「はい!」

 優しく語りかけてくれた母に、茜は目を輝かせ、ソワソワとした様子で応える。

 あと少しで、父がやって来る。

 祭にも似た熱気が、そんな彼女の高揚感を後押ししていた。

 そして、車列が訪れる。

 軍用と警察用の当時最新鋭だった377改・エクスカリバーが並び立つキャリアトレーラーを先頭に、
 左右を小型パワーローダーと警備用ドローンに守られた皇族や王族の人々を載せたオープンカーが続く。

 次々に現れる高貴な人々や最新鋭の機体の姿に盛大な歓声が上がる中、
 遂に父を乗せたオープンカーが特別観客席の前に姿を現した。

 普段よりも幾分か煌びやかな礼服に身を包み、
 腰には本條家に古くから伝わる家宝の大小夫婦太刀の鬼百合・夜叉と鬼百合・般若。

 休めの姿勢で不動を貫く父の姿は、その後ろに傅くように続くクルセイダーの姿もあって、
 普段以上に凛々しく見えた。

茜「おとぉさまぁっ!」

 茜は思わず観客席の手すりにまで身を乗り出し、大きく両手を振って父に呼び掛ける。

 しかし、少女の目一杯の声も、盛大な歓声の前には呆気なく掻き消されてしまう。

茜「おとぉさまぁ! おとぉぅさまぁぁっ!」

 それでも、茜は目一杯に父に呼び掛け続けた。

 それが通じたのかは分からない。

 だが、父を乗せたオープンカーが通り過ぎようとしたその時、父の視線が茜を捉えた。

茜「っ! おとおぉさまあぁっ!!」

 その瞬間、茜は嬉しそうに目を見開くと、その日一番の歓声を張り上げ、父を呼んだ。

 この時、父が視線を向けたのは何故だったのか?

 偶然か、盛大な歓声の中、愛娘の声を聞き分けたのか。

 それを確かめる術は無い。

 何故なら、直後に響いた歓声を掻き消すような爆音と共に、
 父の乗ったオープンカーは消し飛んだからだ。

 それも――

茜「……………………おとう……さま?」

 茜は、呆然と父を呼ぶ。

 ――茜の見ている、目の前で。

 それは、警備のために交差点毎に立てられているギガンティックからの砲撃だった。

 市街地中心地区。

 交差点が連続し、警備用ギガンティックが集中する最も安全と思われていた区画での出来事だ。

 外部からのハッキングを受けた五機のギガンティックが、一斉にパレードの車列に向けて発砲。

 ただ無差別に、真正面の地面に向けての発砲は、幸いにも皇族や王族への被害は免れた。

 しかし、運悪くその正面にいた父の乗るオープンカーは、その直撃を受ける事となった。

 最初から皇族や王族の命よりも、警備関係者の混乱を狙うのが目的の初撃だったのだろう。

 ハッキングを受けたギガンティックが、パレードの隊列にいたギガンティックやパワーローダー、
 他の警備用ギガンティックからの一斉攻撃で沈黙する中、上空に数十機のギガンティックが飛来。

 そして、周辺に向けて魔力弾による一斉爆撃が行われた。

明日華「臣一郎、茜!」

 混乱から無理矢理に立ち直った明日華は、汎用魔導装甲を展開し、
 我が子二人をその腕で掻き抱く。

 この頃の明日華は、二度の妊娠と出産を経て魔力波長が大きく変容し、
 クレーストのドライバーとしての資格を失っていた。

 だが、母・結から引き継いだ大魔力は健在であり、
 汎用魔導装甲が耐えきれるだけのギリギリの魔力で障壁を作り出し、
 ギガンティックによる一斉爆撃から我が子達を守る。

 三十分にも及ぶ執拗な爆撃が終わると、辺りには濛々と粉塵や煙が立ちこめ、
 何かが焼ける焦げ臭い匂いと、噎せ返るほどの血の匂いが立ちこめていた。

明日華「臣一郎……茜……無事?」

 障壁に全魔力を傾けていた明日華が、絶え絶えの声で呟く。

 その時に名前を呼ばれていた事を、茜も覚えていた。

 だが、その声はとても遠く、別の世界の事のように聞こえたのも確かだった。

 ただ、爆撃の恐怖が止んだ。

 それだけは何となく理解できた。

 そして、理解と共に甦って来たのは、三十分前の光景。

 警備用ギガンティックの攻撃を受け、爆散するオープンカーに巻き込まれて飛び散る、父の姿。

 爆発に呑まれる中、唯一つ、道に転がった右腕。

 茜はガタガタと震えながら、父の腕が転がっていた道路に、反射的に目を向けていた。

 特別観客席は崩れ、倒れ伏す大勢の人々や遺体の向こうにある道路は舗装が剥げて焼け焦げ、
 先ほどの母のようにしてVIP達を守っていた警備の関係者が、混乱しながらも走り回っている姿が見える。

 そして、人々が行き交う中、瓦礫然とした道路の中央に、
 父が腰に差していた二刀の夫婦太刀だけが偶然にも突き刺さっていた。

 儀礼用の装飾鞘は砕け散り、剥き出しになった太刀は柄も鍔も焼け焦げ、
 だが、刀身だけは健在なまま。

 対して、父の姿は……転がっていたハズの右腕すら、無い。

茜「……ッ! …………ッ!」

 その光景に……父の墓標にすら見える夫婦太刀の姿に、
 茜は口を悲鳴のカタチに開けて、声ならぬ叫びを上げる。

明日華「あかね……? 茜!? どうしたの、茜!?」

 愕然としていた明日華も、娘の様子がおかしい事に気付き、必死に娘の身体を揺り動かす。

茜「……ッ、…………ッ!」

 だが、茜は目から一杯の涙を流しながら、声ならぬ叫びを上げ続ける。

 茜が声を失っていた事が分かったのは、全ての混乱が治まりを見せ、
 勇一郎の葬儀が終わった後の事だった。

 2062年、初冬――
 茜が父と声を失ってから、二年と少しが経過した。


 あの日を境に、幸せの絶頂にいた彼女の全てが変わってしまった。

 優しく朗らかだった母は笑顔を見せる事が減り、
 兄は本條家の当主としてオリジナルギガンティックを駆る訓練に明け暮れている。

 幼い兄を当主に据える事に反対する分家の者達を押し留めるため、
 本家直系である叔母の藤枝百合華を当主名代に置く事となった。

 あの日、焼け焦げた二刀の鬼百合の拵えは直され、二年前から仏間に飾られている。

茜「………」

 四歳になった茜は、仏壇の前で膝を抱えて座ったまま、
 二刀の鬼百合と共に飾られている父の遺影を眺めていた。

 それは、茜の日課だった。

 読み書きの勉強を始めたばかりの茜は、それが終わると、
 食事や風呂、トイレの時間を除いて、仏間で父の遺影を眺め続ける。

 幼い少女の、その痛ましい姿に回りの大人達……特に母は胸を痛めたが、
 まだたった四歳の少女に他人を気遣う余裕など無い。

 その事を咎めようとする大人達も、敬愛する父だけでなく声ですら失った少女に、
 苦言を呈する事が憚られ、結局はその日課もずっと続いていた。

茜「………」

 茜は、父の遺影に向けて、無言で手を伸ばす。

 これも、最近の茜の日課だった。

 座ったままでは、決して遺影までは届かない手。

 もし、この手が届いたら?

 父の遺影をこの手に取る事が出来たら……、
 あの日の父に手を伸ばす事が出来たら、自分は父を救えただろうか?

 子供が考える“もしも”や“たら、れば”の話など、荒唐無稽な物だ。

 根拠のない万能感と、夢見がちな妄想に端を発する、本当に荒唐無稽な仮の話。

 まだ四歳半の少女なら、当然のように抱く可能性の話。

 だが、求める可能性は限りなく苦しく、それが叶うハズも無い事と、
 茜は幼いながらにして既に諦めの境地に達しようとしていた。

 それもその筈。

 あの爆撃の中、母の腕の中で震えているだけだった自分に、
 父を助けられる筈が無いのだから。

 ただ、それでも手を伸ばし続けるのは、まだ彼女自身が諦め切れていないからだ。

茜「………ッ」

 どんなに伸ばしても届かない手に、彼女は次第に目の端に涙を溜めていた。

 涙で霞む視界の中、茜は必死で手を伸ばし続ける。

茜(届かない……届かないよ……お父様に……手が、届かない、よ……)

 泣きながら、諦めながらも、少女は手を伸ばし続けた。

 それだけしか、今の彼女には残されていなかった。

 魔法に……いや、マギアリヒトに溢れた現代社会において、動かずに物を取る方法は二つ。

 魔力でマギアリヒトに作用し、魔力そのもので対象を掴んで手元に引き寄せる方法。

 取りたい物を物体として捉え、対物操作の魔法で浮かせ、手元まで飛ばす方法。

 似ているようで違うこの二つの方法を、詳しく語るのはまたの機会としよう。

 何故なら、この時の茜には、まだ魔力が目覚めていなかったのだから。

 結・フィッツジェラルド・譲羽の血に連なる者に相応しく、
 茜の体内には多量のマギアリヒトが巡っている。

 覚醒さえすれば、それだけで一角の魔導師と言えるだけの魔力が約束された身体だ。

 そう考えれば、彼女が抱く“たら、れば”の万能感も、
 あながち荒唐無稽な物では無いのかもしれない。

 この手が父に届けば……父の手を掴めるだけの魔力さえあれば、
 父を助ける事が出来たかもしれない。

 だが、それは所詮、“かもしれない”の域を出ない“もしも”でしか無いのだ。

 あの頃の、そして、今の彼女も、未だ魔力には目覚めていない。

 だから彼女は、こうして大粒の涙を流しながら、諦めの中で、
 決して届かない手を伸ばし続けるしかなかった。

 いつしか泣き疲れて、眠ってしまう。

 それがこの日課の顛末だ。

 だが、今日は違った。

?????<――――――>

茜「ッ!?」

 不意に響いた音に、茜は手を伸ばしたままビクリと身体を震わせる。

 そして、思わず辺りを見渡す。

 しかし、この辺りで音を立てるような物は、
 目の前にある仏壇に置かれた、仏具の鈴くらいしか無い。

 だが、それも人知れず鳴るような物ではなかった。

(何……今の音……?)

 茜は辺りを見渡しながら、身を縮こまらせる。

 すると――

?????<――――っ>

茜「……ッ!?」

 再び、その音が聞こえ、茜はまた身体を震わせた。

 だが、そこで気付く。

 音は耳に響いたのではなく、まるで頭の中で直接意識に……
 幼い少女の感覚にして見れば、心に響いたのだ、と。

 そして、それは単なる音ではなく、どこか声のようにも感じられた。

茜(……誰?)

 茜は見渡しながら音の出所……いや、声の主を捜して辺りを見渡す。

 しかし、いくら見渡しても声の主らしき者はいない。

 だが、不意に一点、仏間と隣の部屋を繋ぐ襖に視線を奪われる。

 その先は明日華と茜の寝室だ。

 そして、かつては勇一郎も使っていた寝室である。

 父がいなくなって広くなった寝室を、茜はまだ受け入れ切れず、
 眠る時以外は好んで入ろうとは思わなかった。

 茜は襖に吸い寄せられるように、だが怖ず怖ずと四つん這いで近付き、
 膝立ちになって襖を開ける。

 誰か、いるのだろうか?

 今の時間は母も出払っており、寝室に入る者などいない。

茜(誰か……いるの?)

 茜は言葉に出来ぬ疑問を、小首を傾げるような仕草と共に投げ掛け、
 それと共に室内を見渡す。

 すると――

?????<―か――で――さい>

 襖を閉じていた時よりもハッキリと、その“声”は聞こえた。

茜(……誰……?)

 茜は驚いて身体を震わせながらも、立ち上がり、
 声の聞こえて来た方向に向けて歩き出す。

 そこには、母が亡き祖母・紗百合と大伯母の美百合から譲り受けた大きな鏡台があった。

?????<な―ない―くだ――>

 鏡台に歩み寄ると、さらに声はクリアに聞こえる。

 開けてはいけない。

 そう言われてきた鏡台の引き出しを、茜は躊躇わずに開けた。

 そして、すぐに目についた一つの黒いケース。

 宝石箱でも小物入れでもない、革製の質素な物だ。

茜(これ……)

?????<なかないで……ください……>

 茜がそれを手に取ると、ようやく声の内容を聞き取る事が出来た。

茜(なかないで………泣かないで?)

 茜はその言葉を心の中で反芻する。

 ケースの蓋は呆気なく開き、中から出て来たのは銀色の十字架だった。

 茜は僅かに躊躇いながら、その十字架を手に取る。

 すると――

?????<泣かないで下さい……お嬢様……>

 懇願するかのような、哀しげな少女の声が十字架から響いた。

 それと同時に、茜は自らの身体から暖かい力が湧き上がるのを感じる。

 その力が自身の魔力だと気付いたのは、
 十字架の回りに赤みの強い橙色の……茜色の輝きが満ちているのが分かったからだった。

茜(クレぇ……スト?)

 茜はそこで、自分が手にしている十字架が、かつての母の、
 そして、亡き母方の祖母の親友である奏の愛器・クレーストだと気付く。

 まだ思念通話すら分からない茜の声は、クレーストに届ける事は出来なかった。

 つまり、声の出せない茜に、クレーストとの意志疎通の手段は無い。

 だが、クレーストは違った。

クレースト<申し訳ありません、お嬢様……。
      勝手ながら、魔力を使わせていただきます>

 彼女は哀しげな声で申し訳なさそう呟くと、茜の身体から僅かな魔力を吸い上げる。

 そして、茜から吸い上げた魔力はクレーストの導きによって寝室を抜け出し、
 仏壇に飾られた勇一郎の遺影を掴んだ。

 純粋な魔力だけで物体を掴むにはそれ相応の高い魔力量が要求されるが、
 茜には苦にもならない僅かな量に過ぎない。

 そして、クレーストが魔力で掴んだ遺影は、漂うように茜の目の前へと引き寄せられた。

クレースト<どうか、手を伸ばして下さい……。
      お嬢様ご自身の力で引き寄せた物です>

 クレーストに促されるように、茜はゆっくりと遺影に向けて手を伸ばす。

 これは後から知った事だったが、茜が件の日課を始めた頃から、
 明日華の残留魔力によって起動し続けていたクレーストは、
 ずっと以前から彼女の事とその意図に気付いていたらしい。

 そんなクレーストの協力もあって、決して届かなかった筈の手が、
 伸ばし続けた父の遺影に届いた。

茜「………ッ!」

 手が触れた瞬間、茜は声ならぬ叫びを上げてその遺影を、クレーストごと胸にかき抱く。

 やっと、やっと手が届いた。

 だが、それと同時に突き付けられる現実。

 今更届いても遅い。

 あの時に、手が届いていなければならかったのに。

 その事実に、いつの間にか止まり掛けていた涙が、堰を切って溢れ出す。

 泣き声は上がらない。
 上げられない。

 筈だった。

茜「ぉ……ぉ……ぅ……ぁ……ぁ……っ!」

 二年以上、呼吸を吐き出すような音しか出せなかった口から、
 絞り出すような微かな音が響く。

クレースト<お嬢様!?>

 その音が茜の声である事に気付いたクレーストが、喜びとも驚きとも取れる声を上げた。

茜「おぉ……とぉ……ぅ……さぁ……まぁ……っ!」

 父の遺影を胸に抱いて泣きじゃくりながら、茜は一音一音、絞り出すように叫ぶ。

茜「ぅぁ……ぁぁぁ………っ!」

 茜はその場にへたり込み、絞り出すような声で泣いた。

『誰か! 誰か! お嬢様が……茜様が声を!』

 クレーストは共有回線を開き、屋敷中に向けて声を上げる。

 主と主の家族を見守って来たクレーストは、茜が声を失っていた事も知っていた。

 だからこそ、彼女は自分らしからぬほどに慌てた声で人を呼んだのだ。

 そして、クレーストの声に気付いた小間使いや、
 その頃は同居していた風華が駆け付けたのは、そのすぐ後だった。

 茜の声が戻った理由は、医師の診断でも定かではない。

 届かなかった手が届いた事による精神的な物とも、
 魔力覚醒によって自律神経が刺激された故の身体的な物とも……。

 ただ、茜は彼女が求めた力によって見出され、父と共に失った声を取り戻し、
 ようやく一つのスタートラインに立てたのだ。

 それは――

クレースト『……ね様、茜様』

茜「ん……?」

 白昼夢にも似た回想に意識を委ねていた茜の意識は、
 クレーストの声によって呼び戻される。

 コントロールスフィアの壁に身体を預けていた茜は、目を開いて辺りを見渡す。

 そこはメインフロート第一層の外郭自然エリアから少し離れた位置にある、広い幹線道路だった。

 その端には自分達第二十六独立機動小隊の使うリニアキャリアが停留しており、
 クレーストも今まさに専用ハンガーの前に到着しようかと言う頃合いだ。

茜「すまない……少し呆けていた」

クレースト『いえ、問題ありません』

 嘆息混じりで申し訳なさそうに呟いた茜に、クレーストは淡々と返す。

 茜は機体の主導権を愛器から返して貰うと、機体をハンガーに固定し、動力を切る。

茜「ふぅ……」

 ゆっくりと寝かされて行くハンガーに合わせ、水平状態を保つように傾いて行く通路上で
 茜は手渡されたジャケットを羽織りながら小さく溜息を漏らす。

レオン「お疲れさん、お嬢」

 すると、既に自身の乗機をハンガーに固定し、
 外に出ていたレオンが気さくそうな仕草で手を振って来る。

 レオンは02ハンガーを牽引しているキャリアの下で、
 ドライバー向け汎用魔導防護服の上にジャケットを羽織っていた。

茜「だから出撃中はお嬢はやめてくれないか、アルベルト」

 茜はハンガーから降りると、呆れたような声音で漏らしながら彼の元に歩み寄る。

 すると、その場に遅れて紗樹と遼が現れた。

 二人とも何処か慌てた、と言うか困った様子が表情から窺える。

紗樹「いいんですか、隊長? 機関への出頭予定時刻は午後二時。
   あと二時間もありませんよ?」

遼「稼働時間も少なく、躯体へのダメージも一切ありませんが、
  一旦戻って整備と補給を受ける事を考えると、三時を回ってしまうと思われます」

 困惑する紗樹に続いて、遼も思案気味な様子で言った。

 確かに、お役所仕事は時間に煩い。

 しかし、そんな部下達の様子を見かねて、レオンが口を開く。

レオン「いや、それは向こうさんも一緒だって」

 レオンはハンガーのフレームにもたれかかり、飄々とした様子で言った。

 全員の視線が集まると、レオンはさらに続ける。

レオン「これから何時間かは整備や何やらでゴタゴタして、
    俺らを受け入れる体勢どころじゃないだろ?

    体の良い言い訳作りさ。だろ、お嬢?」

茜「ハァ……その通りだ」

 まだ“お嬢”呼ばわりしてくるレオンに諦めの溜息を漏らしてから、
 茜は紗樹と遼に向き直って言った。

茜「既に本條隊長か藤枝副司令あたりが、
  遅延の書類を先方や政府に回して下さっている頃だろう」

 さらにそう付け加えながら、兄の臣一郎や叔父の尋也【ひろや】の事を思い浮かべる。

 二人ともそつなく事をこなす性格だ。

 今回も、きっと上手く事を運んでくれているだろう。

 そして、その事を聞いた紗樹と遼は顔を見合わせて安堵の表情を浮かべる。

茜「気遣いの範疇とは言え、
  今回は“こちら側の勝手な都合で”遅れる事になるだろう。

  それだけに繰り下げた予定よりも遅れるワケにはいかないからな、
  手空きなら整備班の手伝いをして時間短縮に努めるぞ」

 茜は安堵しかけた部下二人に喝を入れるように、
 だが少しだけ悪戯っ子のような笑みを浮かべて指示を出すと、
 自らも整備班を手伝うために再びハンガー上へと向かった。

 茜が動き出した事で、一度は安堵しかけた紗樹と遼も慌てた様子で動き出す。

紗樹「りょ、了解しました!」

遼「直ちに撤収作業の補助に入ります!」

レオン「んじゃ、俺もちょっくら手伝って来ますかね、っと」

 三人の様子を見届けたレオンも、そう言って愛機の乗せられたキャリアに向けて、
 少し気怠そうな様子で歩き出した。

―3―

 イマジン殲滅からおよそ三時間後、ギガンティック機関隊舎――


 中央――皇居方面――からやって来たリニアキャリアの一団が、
 隊舎前でゆっくりと停車する。

 ロイヤルガードのロゴが刻印されたそれらは、
 先ほども空達の援護をしてくれた第二十六独立機動小隊の物だ。

 そして、その中の一輌……人員輸送車と思しき車輌のハッチが開き、
 中から詰め襟の黒い制服を着た四人の男女が降りる。

 茜達、第二十六小隊のドライバー達だ。

茜「では、我々はこれから譲羽司令に挨拶に行って来ます。
  後から私も行きますが、整備責任者への挨拶はお任せします、班長」

班長「ええ、任されましたよ、小隊長」

 振り返った茜の言葉に、彼女に班長と呼ばれた男性――小隊の整備責任者――が力強く応えた。

 四人が見送る中、人員輸送車のハッチは閉じられ、
 リニアキャリアの一団はそのまま隊舎裏へと回り、そこから隊舎地下へと入って行く。

 茜はその様子を見届けると部下達に振り返る。

茜「よし。我々も着任の挨拶に行くぞ」

レオン「ウィっス、お嬢」

 茜の指示にレオンが代表して応えた。

 またもやの“お嬢”呼ばわりに茜は肩を竦めたが、さすがに作戦行動中では無いので注意はしない。

 それに、この後は“お嬢”呼ばわり程度は可愛いレベルの洗礼が待っているのだから。

 そんな思いと共に部下達と隊舎内へと入って行くと、すぐにロビー正面の受付に迎えられる。

美波「あかにゃん、おい~ッス」

茜「市条さん、あかにゃんは辞めて下さい」

 二人並んだ受付職員の一人――市条美波に渾名で呼ばれ、茜はガックリと肩を竦めて疲れたように漏らした。

 機関きっての名物職員の頓狂なニックネームに比べれば、“お嬢”くらいは何でもない。

??「お待ちしておりました、本條小隊長。それに隊員の方々も」

 そんな様子を見かねてか、美波の隣に座るもう一人の受付職員……
 村居優子【むらい ゆうこ】が落ち着き払った様子で言った。

 ちなみに彼女は先日、臣一郎が来訪した際に受付にいた木場順子の先輩に当たる、
 美波のもう一人の後輩である。

優子「今、司令に確認を取りましたので、あちらの執務室へどうぞ」

 優子は隣の美波を気に掛けた様子もなく、丁寧に左手で司令執務室を指し示した。

茜「助かります、村居さん」

優子「いえ、業務ですので」

 軽く会釈した茜に、優子は微笑を浮かべながらも事も無げな声音で返す。

美波「ちぇ~ッ、久しぶりのお客さんだって言うのに、ゆっちょんが真面目すぎてつまんな~い」

 美波は口を尖らせ、不満げに漏らした。

優子「御崎先輩から、先輩のフォローをするように言付かっていますので」

美波「チッ、園子め……遊び心の分からないヤツ」

 淡々と語る優子に、美波は先ほどのようなわざとらしい物ではない本気の舌打ちを交えて呟く。

 ちなみに御崎園子【みさき そのこ】は、美波がニックネームで呼ばない数少ない同僚の一人であり、
 美波と彼女、そして現オペレーターチーフ陣は同期である。

 閑話休題。

 茜達は優子に案内された通り、司令執務室に向かう。

紗樹「何だか、凄く独特な方ですね……受付の、その……背の低い方の女性は……」

 紗樹はチラリと横目で受付を振り返りながら、躊躇いがちに小声で漏らす。

 背後から“誰の背がちっちゃいんだー!?”と聞こえ、思わず肩を竦める。

 中々の地獄耳だ。

レオン「まあ、キャラがキョーレツなのはあの御仁に、
    オペレーターのクララと出張中のちびっ子主任さん、
    それにこっちも出張中のメリッサの姐さんくらいだ。

    すぐに慣れるさ」

 レオンはギガンティック機関に初めて顔を出して萎縮している部下に、
 指折り数えるように言ってから、軽く振り返り、
 受付で手を広げてバタバタとしている美波に、謝意を込めて軽く手を振り返した。

レオン「美波の姐さん、あのナリで子持ちだってんだからビックリだよな」

 レオンは向き直ると、噴き出しそうになりながら呟く。

紗樹「えっ!?」

遼「そんなっ!?」

 紗樹に続いて、努めて平静を装っていた遼も、さすがにこれには驚きの声を上げる。

 後ろから“二児の母で悪いかー!?”と叫び声が聞こえた気がするが、
 四人はさすがに無視をした。

茜「市条さんが結婚されたのは、私がここに研修で入る前の年だったそうだからな……。
  結婚六年目ともなれば、二人目の子供がいてもおかしくないだろう」

 茜は思案気味に当時の事を思い出しながら漏らす。

 茜が正ドライバーとしてロイヤルガード入りしたのは五年前の十二歳の頃だ。

 そして、ロイヤルガードに入隊する以前は、
 クァンやマリアの同期として機関で研修を受けていたのである。

紗樹「いや、年数よりも……」

遼「犯罪の匂いがするんですが……」

 しかし、そんな茜の言葉に、紗樹と遼は口を揃えて呟く。

レオン「ま、今でも小学生って言っても通用しそうだしな、姐さんは」

 レオンの言葉に、やはり“誰が美少女小学生だー!?”と言う叫び声が聞こえる。

 さりげなく“美少女”部分が見栄による恣意的改竄を受けている気がしないでもないが、
 確かに、美波の見た目は小学生と言って通じてしまいそうだ。

 十二歳以下の少女との姦通は、同意があっても犯罪なのは今の世も同じである。

 成る程、犯罪の匂いがしそうとの遼の言葉も分からないでもない。

茜「滅多なことを言うな。
  出向中とは言え、我々は警察の一組織だぞ」

 茜は溜息がちに言ってから、司令室の扉の前に立った。

 素早くノックしてから中に向かって呼び掛ける。

茜「皇居防衛警察ロイヤルガード、
  ギガンティック部隊第二十六独立機動小隊隊長、本條茜です」

明日美「どうぞ」

 茜の呼び掛けに応えたのは明日美だった。

 扉越しにくぐもった明日美の声に応え、茜は“失礼します”とだけ言って扉を開く。

 一礼して室内に入ると、茜達は明日美とアーネストに迎えられた。

茜「本條茜、レオン・アルベルト、東雲紗樹、徳倉遼、着任いたしました」

 敬礼した茜に続き、レオン達三人も茜の後ろに横並びになって敬礼する。

明日美「はい、ご苦労様」

 しっかりと敬礼する茜に、明日美は笑顔で頷く。

茜「こちらの勝手な都合で着任の時間が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません」

明日美「気にしなくていいわ。
    こちらとしても消耗が最低限で済んだのだから」

 申し訳なさそうに頭を下げる茜に、明日美は笑顔のまま応え、
 “もう、そちらの司令と副司令の連名で謝罪も受けている事だし”と付け加えた。

アーネスト「三時間前に出撃があったばかりで、そう畏まっているのも疲れるだろう。
      楽にしたまえ」

 アーネストもそう言って、茜達に敬礼の姿勢を崩すように促す。

レオン「そう言って貰えるとありがたいッス」

 アーネストに促され、休めの姿勢になったレオンは笑顔で漏らす。

明日美「久しぶりね、レオン。
    ご両親やお祖母様は元気かしら?」

レオン「まあまあッスね。
    さすがに藤枝の所のバーサマほど元気じゃないッスけど」

 明日美の問いかけに、レオンは苦笑い混じりに応えた。

 フィッツジェラルド・譲羽家とアルベルト家は家族ぐるみの付き合いで、
 その付き合いも長い。

 明日美もレオンの祖母・セシリアとは、
 旧研究院時代から年の離れた先輩後輩としても旧い付き合いだ。

茜「司令」

 明日美とレオンの世間話が途切れたタイミングを見計らい、
 茜は携帯端末を取り出して前に進み出ると、
 それを明日美の執務机の上にある卓上型端末に近づけた。

 すぐに通信回線が開き、書類が転送される。

明日美「はい、着任辞令、確かに受け取ったわ」

 明日美は横目で壁掛け時計の時間を確認しながら言う。

 時刻は三時五分前。

 遅延予定の午後三時に間に合っている。

明日美「今日はレベル1注意報にまで下がっているし、
    一度出撃もあったから今日はもう休んでも構わないわ」

 明日美は書類にサインをしながらそう言った。

アーネスト「事前申請のあった必要人数分の部屋は寮に確保されている。
      荷物もそちらに運び入れるといいだろう」

茜「ありがとうございます、ベンパー副司令」

 アーネストの言葉に、茜は深々と頭を垂れると、部下達に向けて振り返る。

茜「お前達は先に荷物を持って隊員寮に向かっていてくれ。
  私はもう少しお二方に話がある」

レオン「ウィっス、お嬢。
    じゃあ、そう言うワケですんで、俺らは先に失礼させてもらいます」

 レオンは茜の指示に頷くと、明日美とアーネストに軽く会釈してから、
 丁寧にお辞儀をした紗樹と遼を引き連れて司令室を後にした。

 そして、三人が退室したのを見届けて、茜は肩を竦めて小さく溜息を漏らす。

茜「……申し訳ありません、伯母上、ベンパーさん……。
  部下がお見苦しい所を……」

 茜は溜息がちに申し訳なさそうに呟く。

アーネスト「そこまで気にしなくても良いよ。
      まあ、あれも彼の持ち味と言う事で」

明日美「政府直轄とは言え、ここはそこまで堅苦しい組織ではないわ。
    あなたも少しは肩の力を抜くと良いわ」

 笑みを浮かべながら言ったアーネストに続き、明日美も思案げに漏らす。

 そして、僅かな間を置いてから、明日美は改めて口を開く。

明日美「直接会うのは正月以来ね。
    ……誕生日プレゼントは気に入って貰えたかしら?」

茜「ええ、メールにも書きましたが、その節は本当にありがとうございました。
  大事に使わせていただいています。

  ……と言っても、あまり袖を通す機会に恵まれませんが……」

 嬉しそうに漏らす明日美に、茜は深々とお辞儀をして返してから、
 申し訳なさそうな苦笑いを浮かべる。

 明日美は先月に誕生日を迎えた茜のために、社交の場に顔を出すためにも良い頃合いだと、
 一着のイブニングドレスを贈っていた。

 だが、茜は普段から忙しくしている事もあり、また、社交の場にも礼服で赴くのが基本だった事もあり、
 試着を除けばまだ一度だけしか袖を通せていない事を心苦しく思っていたのだ。

明日美「次に機会があれば、その時に見せてくれるかしら?」

茜「ええ、喜んで」

 伯母からの提案に、茜は少しはにかんだような笑みを浮かべて頷く。

アーネスト「しかし、本当に君がこちらに出向してくれるとは思わなかったよ。
      こちらとしては予備戦力でも構わなかったのだが……」

 二人の様子を見守っていたアーネストが、不意にそんな事を呟いた。

 ギガンティック機関側としては、空達三人には二班に分かれて貰い、
 出撃時の援護用に一小隊派遣して貰えればそれで良かったのだが、
 まさか大本命のオリジナルギガンティックが配属されている第二十六小隊が来るとは思ってもいなかったのだ。

 第二十六独立機動小隊の任務は皇居護衛よりも、遠隔地に出撃してのテロリスト対策が主任務だ。

 昨今はテロリストの使うギガンティックやパワーローダーも性能が上がって来ており、
 軍に比べて強力なギガンティックの配備数の少ない警察関連の組織にして見れば、
 より圧倒的な性能を誇るオリジナルギガンティックが必要とされるのは当然と言えた。

 強力な大型ギガンティックを持ち出したテロリストに対して迅速に出動し、
 これを鎮圧するのが第二十六独立機動小隊の任務なのである。

 そして、その足回りの良さを活かし、
 機関の手が足りない時はイマジン殲滅に協力する副次的な任務もあった。

 イマジン殲滅が主任務のギガンティック機関の任務とは基本的に逆なのである。

 茜はイマジン殲滅にも協力的だし、それは今日の態度からもよく分かっていた。

 だが、主任務はテロへの対処だ。

明日美「悪いわね……。
    こちらの仕事にかかり切りになってしまうかもしれないのに」

茜「いえ、構いません。
  連中が大規模攻勢を仕掛けるような事があれば、
  機関の手を借りなければならないのは、むしろこちらなのですから」

 少しだけ申し訳なさそうな様子の明日美に、茜は表情を引き締めて応える。

 現在のテロリストの中で最も厄介で大規模な戦力を有しているのは、
 第七フロート第三層を占拠し、反皇族を掲げている、
 件の60年事件の首謀者達とその流れを汲む者達だ。

 彼らの狙いは基本的に皇族や王族達のいる皇居や、
 皇族や王族に縁の深い者がいる場所であり、そう言った所の防備は固い。

 だが、一度テロリストに大攻勢を仕掛けられた場合、
 平時からイマジンへの警戒を厳としなければならない軍は多くの戦力を割けないのである。

 そうなれば、警察組織は少数精鋭であるギガンティック機関に頼る事になるのだ。

 無論、機関としてもイマジン出現時にはそちらへの対処が優先されるが、
 形式的にはそう言った取り決めで互恵関係が成り立っている。

 尤も、ここ数年間は機関側がテロ対策に駆り出される事は無かったのだが……。

明日美「今年は十五年の節目、ですものね……」

 明日美はその事を思い出して呟く。

 今年は2075年、あと半月もすれば7月9日……
 あの忌まわしい60年事件から丁度十五年となる。

 明日美にしてみれば、義弟が死んだ事件だ。

 色々と思うところもあるのだろう。

アーネスト「こちらとしても、諜報部に警戒させてはいるが……」

茜「……その件なのですが」

 アーネストが思案げに漏らしかけたその時、茜が意を決したようにその言葉を遮った。

 茜は“ご無礼、失礼します”と言って、言葉を遮った事を謝罪すると、さらに続ける。

茜「こちらの諜報部に保管されている調査書類……
  月島レポートの閲覧を許可してはいただけないでしょうか?」

アーネスト「月島レポート……!?」

 どこか思い詰めた様子の茜の言葉……いや、
 “月島レポート”と言う名前に、アーネストは驚きの声を上げた。

 亡くなった勇一郎の事を考えて寂しげな表情を浮かべていた明日美も、途端に表情を険しくする。

明日美「……随分と、調べたようね?」

茜「……辿り着くのに四年かかりましたが……」

 責めるような、それでいて心配したような明日美の問いかけに、茜は感慨深く漏らした。

茜「私が知りたいのは、統合労働力生産計画の責任者であった頃の月島勇悟ではなく、
  あくまでギガンティック機関前々技術開発部主任の月島勇悟です」

 その名が茜の口から漏れた瞬間、明日美は不意に目を伏せてしまう。

 アーネストも、明日美の様子に何か思う所があるのか、視線を逸らす。

明日美「……月島……勇悟、ね」

 明日美は複雑な声音で、その名前を反芻する。

 月島勇悟【つきしま ゆうご】。

 茜の言葉通り、瑠璃華の二代前となる技術開発部主任だった男性だ。

 それ以前は山路重工の技術開発研究所――
 通称・山路技研――で副所長を務めた天才科学者。

 メカトロニクス、バイオテクノロジーなど様々な分野に精通し、
 その頭脳は明日美の父、アレクセイにも匹敵すると言われた。

 ギガンティック機関結成から暫くして山路技研から機関に出向し、
 ハートビートエンジンのブラックボックスの解析に努めていた。

 だが、解析は遅々として進まず、後に彼は政府に引き抜かれて、
 そこで禁忌とも言われた統合労働力生産計画に着手したのだ。

 つまり、レミィ、フェイ、そして瑠璃華達の創造主……生みの親である。

 政府の一部の者達の間で極秘裏に進められていた計画が発覚したのは七年前の事。

 そして、その責任を取らされる形で逮捕された月島勇悟は投獄された末、
 獄中で道半ばとも言える六十年足らずの生涯を自ら閉じた。

 死因は、左眼球から脳を抉るほど深い、フォークによる一突き。

 独居房での食事中、刑務官が目を離した一瞬の隙を突いての、
 鮮やかと言えば鮮やかな手際の自殺だった。

 それも鋭いが脆いプラスチック製の先端ではなく、それなりに強度のあった柄の側を使って、
 倒れる勢いを利用しての突きだったと、明日美達も聞かされていた。

 倒れた反動で脳を抉っていた部分が捩れて、そして、そのまま手遅れにと言うワケだ。

 ともあれ、茜が求めているのはそんな月島の素行調査書類である。

 ギガンティック機関はその性質上、隊員達にも潔白が求められるため、
 諜報部による素行調査が定期的に行われている。

 月島勇悟に関する素行調査も勿論行われており、ある理由――統合労働力生産計画ではない――により、
 その重要度が上がった事で、重要調査報告書として機関内で管理されていた。

 つまり、それこそが茜の求めている“月島レポート”なのだ。

明日美「…………分かったわ。
    諜報部主任には私から話を通しておきます」

 暫く考え込んでいた様子だった明日美は、小さな溜息を一つ吐くと、
 そう言って執務机の引き出しから一枚のカードキーを取り出した。

 魔力認証が当たり前となったご時世に、カードキーと言うのも中々アナクロだ。

 だが、それ故に破りにくいと言う側面もある。

 旧世代の電子錠を破るためのクラッキング装備では、巨大な物理錠は壊せない。

 それと同じ理屈だ。

 明日美はそのカードキーと、カードキーを読み込ませるための端末を取り出す。

明日美「それを持って受付に行きなさい。
    彼女ならそれで分かってくれるわ。

    但し、キーと端末は今から二十分以内に必ず返却しなさい。
    ………いいわね?」

茜「…………はい」

 どことなく思い詰めた伯母の様子に怪訝そうな表情を浮かべた茜だったが、
 すぐに気を取り直し、神妙な様子で差し出されたキーと端末を受け取る。

明日美「会った諜報部の職員に関しては忘れなさい。
    誰かに口外した場合はあなたでも二十四時間監視を申請するわ」

茜「……分かりました」

 いつになく厳しい調子で言った明日美に、茜は緊張した面持ちで応えた。

 そして、深々と一礼してその場を辞す。

明日美「…………ハァ……」

 茜が立ち去った――魔力が遠のく――のを確認してから、明日美は深いため息を吐く。

 アーネストも僅かに目を伏せ、何かを考え込んでいる様子だったが、
 すぐに明日美に向き直って口を開いた。

アーネスト「茜君がこの任務を受けた理由は、月島レポートが目当てでしたか……」

明日美「母親に……明日華に悟られたくなかったのでしょうね……」

 明日美はアーネストの言葉に頷くと、天井を振り仰いで呟き、さらに続ける。

明日美「特一級の権限で60年事件の事を詳しく調べていれば、
    彼に当たりを付ける可能性はあるとは思っていたけれど……」

アーネスト「しかし、亡くなっている人間まで調べると言うのは……些か……」

明日美「あの子にしてみれば、少しでも事件の真相に繋がる情報を知りたいのでしょう……」

 言葉を濁したアーネストに、明日美は遠くを見るような目をしながら呟いた。

 事件の真実。

 それこそが、月島レポートが重要調査報告書として位置づけられる原因だった。

 生前の月島勇悟には、60年事件の首謀者と思われるテロリストとの繋がりがあったとされている。

 それが判明したのは彼が逮捕されてすぐの事。

 用意周到に抹消されていた痕跡の中に残った、僅かな数のアクセス記録。

 それは、当時は既にテロリストの手に落ちていた、
 第七フロート第三層にあったかつての山路技研へのアクセス記録だった。

 詳細なアクセス先はと言えば、厳重にブロックされ、
 現在もアクセス不可能となっている、技研のメインフレーム……中枢コンピューター。

 最終の日付は逮捕される直前の物。

 改めて尋問と言う、その直前になっての自決。

 確定情報ではないが、確定的と言っても間違いない繋がりだ。

明日美「因果な物ね……。
    まさか、姪に昔の恋人の事を聞かれるなんて……」

 明日美が自嘲気味に呟くと、アーネストは複雑な表情を浮かべて目を伏せた。

 そう、昔の恋人。

 明日美は月島勇悟と関係を持っていた時期があった。

 終戦間近の頃から、父が亡くなってしばらくの間は、
 明日美にも恋人と呼べるだけの関係の男性がいたのだ。

 その頃の月島勇悟と言えば、まあ分かり易い技術屋と言った印象の男性で、
 どこか父に似た雰囲気を持った男性だったと、明日美は記憶している。

 父に似ていたから惹かれたのか、今となっては定かでない。

 ともあれ、父の死を境に明日美は勇悟とは疎遠になり、
 彼が亡き父の後釜として技術開発部の主任になった頃には、
 もう既に二人の関係は冷め切って終わっていた。

 明日美はそれ以後、新たな恋人を作るような事はなく、
 未婚のまま現在に至るワケである。

アーネスト「未練が……お有りですか?」

明日美「……っ」

 躊躇いがちなアーネストの質問に、明日美は驚いたように少し目を見開いた。

 そして、沈思する事、およそ十秒足らず。

明日美「……分からないわね……正直」

 自嘲の笑みと共に漏れたその言葉は、嘘偽り無く、明日美の本音だった。

 かつての恋人であった月島勇悟がテロに荷担していたとすれば、
 どこかであの真っ正直な技術屋がテロに傾倒するような事があったのだろう。

 関係が終わっていなければ、彼を止められたのかもしれない。

 そんな思いは確かにあった。

 だが、その頃に男性として彼を愛していたかと聞かれれば、
 テロや統合労働力生産計画の件を除いても、答はノーだ。

 公的機関の司令としての責任感と、かつての恋人への拒絶の思い。

 そんな複雑な感情が混ざり合った故の答だった。

アーネスト「……申し訳ありません、妙な事を聞きました」

 明日美の返答と、その言葉の裏にあるであろう思いを感じてか、
 アーネストは目を伏せたまま謝罪の言葉を口にする。

明日美「構わないわ……。
    ただ、少し驚いただけよ」

 そんなアーネストの様子に、明日美は笑みを浮かべ、
 気にするなと言いたげにそう告げた。

 一方、司令執務室を辞した茜は、
 明日美の指示通り、カードキーと端末を持って受付へと向かった。

 そこで普段は一般職員として振る舞っている諜報部職員と合流し、
 受付右手にある階段を登り、踊り場の折り返しにあった隠し扉を抜けて、その先に向かう。

美波「いや、まさかアッカネーンからコレを見せられるとは思ってなかったよ」

 茜の先を行く諜報部職員――美波――は、
 そう言ってカードキーと端末を肩の高さに掲げ、“にゃはは”と珍妙な笑い声を上げた。

茜「アッカネーンもやめて下さい……」

 対する茜は、新たな素っ頓狂な渾名に溜息を漏らす。

 そして、“むぅ、コレも駄目か……”と次なる珍妙ネームを考え始めた美波の背を見る。

 昔からおかしな人だとは思っていたが、まさか諜報部職員だったとは思いも寄らなかった。

 そう言えば、大叔母の明風からは、
 “身体が小さい方が諜報任務に向く”と幼い頃から聞かされていた事を思い出す。

 茜は背の高い方だったが、自分より頭一つは低いだろう背の女性は、
 確かに遮蔽物の陰に隠れるには適した体型だろう。

美波「にゃはは、驚いてるでしょ?

   生活課広報二係受付職員市条美波とは仮の姿。
   実は私こそがギガンティック機関司令部直属、
   諜報部職員市条美波さんなのでした~」

 振り返る事なく、戯けて自慢げに言った美波だったが、
 茜は思考を見透かされたような気がして、思わず身構えかけた。

美波「あ~、そんなに固くなんなくたって良いって。

   アタシのコッチでの仕事は基本的に他の職員の監査と事務処理だし、
   万が一アッカーネンに本気で襲い掛かられたら五分も保たずに負けちゃうから」

茜「アッカーネンもやめて下さい……アッカネーンのと違いが分かりません」

 笑い声混じりの美波に溜息がちに返しながら、茜は内心で舌を巻く。

 五分も保たずに、と言う事は、その時間よりも短ければ保たせる事が出来ると言う事だ。

 彼女が言う“監査”とは、監査は監査でも、もしかしたら内偵の部類に入る監査では無いだろうか?

 この人が地獄耳なのも、案外、常に肉体強化で聴力を強化しているのかもしれない。

茜(……本当に、人は見かけに依らないな……)

 茜はそんな事を考えながら、美波の後に続いて、通路奥の扉を抜けて狭い部屋に入った。

茜(ここは随分と寒いな……)

 部屋に入った瞬間、室温が五度は下がった感覚に、茜は思わず身震いした。

 空気も乾燥しており、高温を発する精密機器が置かれている場所だと推察できる。

美波「寒いでしょ? ここ司令室の真下ね。
   メインフレームの冷却パイプが剥き出しで通ってるから、
   特にその辺りの配管は触らない方が良いよ」

 美波はそう言って、壁にビッシリと通っている配管の一部を指差した。

 茜がそちらを見遣ると、確かに数本の配管に微かな霜が付着しているのが分かった。

 美波は部屋の奥にあるコンソール前に座ると、
 コンソールに端末を接続し、カードキーを読み込ませた。

美波「月島レポートでいいんだよね?
   かねかねの端末にダウンロードするから端末貸して」

茜「かねかねもやめて下さい。
  ……いいんですか、秘匿ファイルの類だと思いますけど?」

 後ろ手に手を差し出して来た美波に、茜は盛大な溜息を吐いてから、
 怪訝そうに端末を手渡す。

美波「うん、ここからのアクセスだと司令室にはアクセスログ残らないから。
   ファイルも時限式で十時間以内に消えるようになっているから安心して」

 美波は手慣れた様子でコンソールを操作すると、
 携帯端末に何某かのファイルがダウンロードされたようだ。

美波「はい、これが月島レポート。

   第三者への開示、提示は原則禁止。
   ここの端末以外からの複製は如何なる理由があろうとも厳禁。

   司令か副司令、若しくは三人以上の各部署主任の許可を得た上でなら、
   許可された人への開示は許されているわ。

   無許可の開示・提示と複製は査問と三年以上の監視だから注意してね」

茜「了解です……」

 口調はともかく、普段と違い、どこか落ち着き払った様子の美波から端末を返して貰い、
 茜は緊張した面持ちで頷く。

 似たようなやり取りを政府の公安局の職員ともしたが、
 普段が素っ頓狂な美波が相手と言う事もあって、それ以上の緊張感がある。

美波「今からだと今夜の一時半頃には消えちゃうから注意してね。
   まあ、あまり長くないレポートだから小一時間もあれば読み終わると思うけど」

茜「……はい」

 また“にゃはは”と笑った美波の言葉に、茜は僅かに緊張を解いて頷いた。

 二人はその場を辞し、気配を見計らって階段の踊り場に出ると、
 アリバイ工作と言う事で司令室への挨拶に付き合って貰ってから受付に戻って別れ、
 キーと端末の返却を自ら買って出た美波に任せた茜は、荷物を取りにハンガーへと向かった。

―4―

 ハンガーに赴き、ギガンティック機関側の整備責任者への挨拶を終えた茜は、
 人員輸送車両に預けていた当面の着替えの入ったスーツケースと私物を入れたバックパックを回収し、
 一旦隊舎の外に出てから隊舎隣の寮へと向かう。

 明日美達や司令室への挨拶とレポートの回収をした事もあって、
 ロイヤルガードからの出向メンバーの手空きの人員で寮に向かうのは茜が最後だ。

茜「………」

クレースト<考え事ですか、茜様?>

 神妙な様子の主に、クレーストはどこか心配そうに尋ねる。

茜<ああ……。
  レポートを閲覧できるのは良いが、
  捜査の上でこれにどれほどの価値があるのかと思ってな……>

 茜は愛器に思念通話で返しながら、小さく溜息を漏らす。

 正直な話、月島レポートに60年事件に関してどれだけの関連性があるかなど分からない。

茜(それでも……少しでも事件の真相に辿り着けるなら……)

 茜はそんな強い気持ちを込めて、肩に提げたバックパックの紐を強く握り締めた。

 だが、寮に入った所で茜は驚いて目を見開く。

 茜が五年前に研修でギガンティック機関にいたのは、先に説明した通りだ。

 無論、その研修期間中はこの寮を使わせて貰っていたし、その頃の構造も覚えている。

 だが、以前なら男女共同のスペースを抜けて先に行けた筈の通路に、
 今は大量のパーテーションが置かれて仕切られており、先に進む事が出来ない。

茜(改装でもしたのか?)

 最初は驚いた様子の茜だったが、すぐに冷静にそう判断し、
 パーテーションの前で曲がってその先……食堂に入って行く。

 と、今度こそ驚きで目を見開いた。

 パンッ、パンッ、パンッと甲高い音が三度も響き渡り、茜は身を竦ませる。

茜「ひゃっ!?」

 身を竦ませて、驚いたような短い悲鳴を上げた茜は、だがすぐに立ち直って辺りを見渡す。

 どうやら甲高い音の正体はクラッカーだったらしく、細かな色紙や紙テープが宙を舞っている。

 そして、食堂内にはロイヤルガードの仲間達や、
 ギガンティック機関の職員達が入り乱れて談笑したいた。

 手作りの飾りで所狭しと飾られた広い食堂は、さながら立食パーティの会場となっている。

 先ほどの通路のパーテーションも、この会場に誘導するための仕掛けだったようだ。

 そして、両サイドと正面で固まっている三人の少女。

?「ご、ごめんなさい……。
  その……凄く、驚かしちゃいました?」

 特に正面にいる少女は、どこか申し訳なさそうな雰囲気で怖ず怖ずと尋ねて来る。

茜「あ、いや……いきなりだったから、つい。
  だ、大丈夫だ」

 目の前の少女が余りにも申し訳なさそうな雰囲気だったので、
 茜も恐縮気味に彼女をフォローした。

 そして、すぐに少女が誰だか気付く。

茜「ああ、君はさっきの……朝霧空さんだね」

 目の前にいた少女とは、空だった。

空「はい!
  現在、前線部隊で副隊長を任せられている朝霧空です。

  ……って、三時間前にも自己紹介しましたよね」

 姿勢を正して丁寧にお辞儀をしながらの自己紹介をした空だったが、
 三時間前にも通信機越しに名乗っていたのを思い出して、照れ隠しの笑みを浮かべた。

茜「いや、しっかりとした自己紹介は必要だよ。

  今日から出向となった本條茜だ。
  よろしく頼む」

 茜がそう言って手を伸ばすと、空は破顔する。

空「はい、よろしくお願いします、本條小隊長」

茜「三ヶ月とは言え、寝食を共にするんだ。
  そんな堅苦しい呼び方はやめてくれ。

  ……茜で構わないよ」

空「はい、茜さん! 私の事も空で構いません」

 手を握り替えした空は、茜がそう言うと大きく頷いて微笑む。

茜「ああ、よろしく頼むよ空」

 そう言って笑みを返した茜は、改めて両サイドに視線を向ける。

茜「で、お前達は何か言う事は無いのか?
  レミィ、フェイ……」

 呆れ半分と言った風に呟いて、
 茜は両サイドの二人……レミィとフェイを交互に見遣った。

 フェイは普段通りに無表情無感情を装っているが、
 レミィは初対面の人間が多いせいか、頭には大きなベレー帽を被っており、
 普段は伸ばしている尻尾もスカートの中に隠していた。

レミィ「いや、思わぬ可愛らしい悲鳴が上がって、ちょっと思考停止が、な?」

フェイ「お久しぶりです、本條小隊長。三時間と十八分ぶりですね」

 対して、二人はやや視線を泳がせつつ、
 レミィは少し困ったように、フェイは淡々と返す。

茜「二人ともこっちを見ろ。
  そして、レミィは忘れろ、フェイは誤魔化すな」

 茜は先ほど、思わず上げてしまった悲鳴の事を思い出して頬を染めると、
 少し怒ったように言ってから、辺りを見渡した。

 幸い、他にこちらに気付いた様子もなく、部下達にも聞かれなかったようだ。

茜(全く……レオン辺りに聞かれた日には、
  後で何を言われたか分かった物じゃないからな……)

 レオンが離れた場所で談笑しているのを確認した茜は、安堵の溜息を漏らしてから口を開く。

茜「ふぅ………久しぶりだな、レミィ、フェイ。
  変わらない様子で何よりだ」

レミィ「お前もな。さっきは助かったよ、礼を言う」

フェイ「本條小隊長もご健勝のようで何よりです」

 正面に出揃った二人は、茜にそう返す。

 レミィも嬉しそうだが、フェイも淡々としながら心なしか嬉しそうに見える。

茜「コレはうちの連中への歓迎会か?」

空「はい、クララさんが企画して下さって、
  一昨日から少しずつ準備をしていたんですけど……」

 茜の問いかけに答えていた空だったが、最後は苦笑い混じりに言葉を濁す。

茜「クララさん?
  ……ああ、そう言えば、彼女は司令室にいたようだが……」

 怪訝そうに首を傾げた茜は、思い出したように呟く。

 確かに、つい先ほど司令室に出向いた時は、クララは他のメンバーと共に、
 特に退屈そうな顔をして自分の席に座っていた。

レミィ「歓迎会も良いが、注意報レベル1発令中に司令室を空っぽにするワケにはいかないからな……。
    各部署、最低一人は留守番を残す事になったらしいんだが……」

フェイ「技術開発部で留守番役に選ばれたのがサイラスオペレーターだったそうです」

 どこか遠い目をして語り出したレミィに、フェイが淡々と続く。

 成る程、プランナー不在なのはそう言う事らしい。

茜「それは、まあ……ご愁傷様だな」

 ようやく司令室でぶーたれていたクララの真相を知って、茜は少し噴き出しそうになって呟く。

レミィ「まあ、折角クララさんが企画してくれたんだ、お前も楽しんで行ってくれ」

 レミィはそう言って、半ば強引に茜の荷物を預かった。

フェイ「本條小隊長、是非こちらへ」

 そして、荷物を預かられて身軽になった茜の背を、
 フェイがらしからぬほどの強引さで押して行く。

茜「なっ、お前ら、何だそのコンビネーションの良さは!?」

レミィ「最近はモードHのお陰でお互いの呼吸も分かるようになって来たからな」

フェイ「何ら問題を生じる事案では無いと思われます」

 レミィとフェイは、慌てふためく茜を半ば無視して会場の中央へと誘い、
 空も小走りでその後を追う。

 四人が会場の中央へと辿り着くと、軽食の載せられた皿やコップで埋められたテーブルのど真ん中に、
 縦横高さ三十センチほどのラッピングされた箱が置かれていた。

茜「コレは……何かのプレゼントか?」

 途中から半ば諦めて歩いていた茜は、その箱を眺めながら小首を傾げる。

空「はい、瑠璃華ちゃんからのプレゼントです」

茜「瑠璃華から?」

空「開けてみて下さい」

 空の言葉にまた首を傾げると、開けるように促され、
 茜は箱のリボンを解き、その蓋を開いた。

 すると――

茜「ひゃう!?」

 ――箱の中から小さな手が伸びて、茜は思わず悲鳴を上げてしまう。

 さすがにコレには周囲の人間達も気付いたらしく、何事かと視線を向けて来る。

茜「!? ……ん、コホンッ」

 茜は頬を染めながらも、大慌てでその場を取り繕うが、
 少し離れた場所ではレオンが腹を抱えて笑うのを堪えていた。

?????「大丈夫ですか、茜様?」

 そして、そんな茜に、箱の中から伸びた手の主が声を掛ける。

 それはよく聞き慣れた声だった。

茜「まさか、クレーストか?」

 茜は驚いて箱の中を覗き込むと、そこには二十センチほどのサイズで
 二頭身にデフォルメされた姿のクレーストがいた。

 そう、空達のドローンと同じ仕様のデフォルメクレースト型クローンだ。

 クレーストは短い手足を器用に使って箱の外に飛び出すと、
 そのまま飛行魔法で浮遊して茜の元に行く。

空「瑠璃華ちゃんが作ったドローンです。
  勿論、私達の分もあります」

 空がそう言うと、いつの間にか彼女の肩にエール型ドローンが腰掛けていた。

 フェイの差し出した腕の上にはアルバトロス型ドローンがちょこんと止まり、
 レミィの頭の上……ベレー帽の上にはヴィクセン型ドローンが寝そべっている。

茜「ああ、コレが噂の瑠璃華謹製ドローンか……。
  ふーちゃんから聞かされてはいたが、これは確かに良いな」

空「ふーちゃん?」

 クレーストを抱き上げた茜が感心したように漏らすと、
 その中に聞き慣れない人名を聞きつけた空が首を傾げた。

レミィ「ああ、ウチの隊長の事だ。
    風華さんとコイツは親戚同士で幼馴染みだしな」

 そんな空の疑問に答えたのは、噴き出しそうになっているレミィだ。

フェイ「素が出てらっしゃいます、本條小隊長」

茜「あ……!?」

 フェイからの指摘を受けて、茜はまた顔を真っ赤に染める。

茜「んっ、コホンッ!

  ………ふ、藤枝隊長から何度か話を聞いていたが、見るのは初めてだ。
  いや、中々可愛らしい物だな」

 茜は顔を真っ赤にしたまま咳払いすると、やや棒読み加減の早口でまくし立てる。

 だが、その声も肩も羞恥で震えており、ただでさえ誤魔化しきれる状況ではないと言うのに、
 その様子がさらに拍車を掛けていた。

 この場に英雄・閃虹の譲羽ではなく、
 普段の結と言う人物をよく知る者がいたら、おそらく口を揃えて言うだろう。

 “嗚呼、この娘……間違いなくあのオトボケ一級の孫だ”と。

レオン「お、お嬢、む、無理……すんな……ぶはっ」

 レオンは声を震わせて絶え絶えにフォローするが、耐えきれなくなったのか盛大に吹き出す。

茜「お、お嬢って言うにゃー!」

空(あ、噛んだ……)

 羞恥で顔を真っ赤にして叫んだ茜を見ながら、
 空はどうして良いか分からず、困ったような笑顔のままそんな事を思う。

 とても数時間前に颯爽とイマジンを倒して見せた人物とは思えない。

 だが、それが逆に“初対面”と言う僅かな距離感を感じさせる壁を打ち砕いて、
 親しみ深さのような物を感じさせた。

 口調も固く、颯爽としていた姿も凛々しく見えたせいか、
 今のギャップはとても新鮮だ。

レミィ「アハハッ、災難だな、茜」

 その光景に、レミィも声を上げて笑っている。

 しかし、それが悪かった。

茜「うぅぅ……! お前も隠し事するなーっ!」

 茜は既に正常な判断を失っているのか、
 頭から湯気が出るのではないかと言うほどに顔を真っ赤に染めて叫び、
 レミィの被っている大きなベレー帽をヴィクセンごと取り去る。

 無論、茜に悪意は無い。

 彼女自身、レミィの秘密――人とキツネの混合クローンである事――は知っていた。

 これは、羞恥のあまりの暴走だ。

空「あ!?」

 空は慌てて茜の暴走を止めようとしたが、時既に遅く、
 レミィの頭頂に生えたキツネ耳は白日の元にさらけ出され、
 突然の事に驚いたせいか、スカートの中に隠していた尻尾も飛び出してしまう。

レミィ「うわぁぁっ!? み、見るなぁ!?」

 レミィは慌てた様子で尻尾と耳を押さえてその場に蹲るが、
 事情を知らぬロイヤルガードの隊員達は驚きに目を見開いている。

 片手ずつでは両耳を隠す事も、フサフサの尻尾を覆い隠す事も出来ず、
 手の隙間から溢れ出していた。

 特に耳はビクビクと震えている。

 そこでようやく茜は我に返った。

 レミィが初対面の人間には、打ち明けられるまでこの事を隠したがっている事を思い出したのだ。

茜「あ、す、スマ……」

 慌てて謝り、彼女を衆目から遮らんとする茜だったが――

??「か、カワイイ!」

 彼女の謝罪の言葉を遮って、歓声を上げたのは、誰あろう茜の部下の紗樹である。

 少し離れた場所にいた紗樹は、殆ど一足飛びの勢いで蹲るレミィに駆け寄ってしゃがみ込んだ。

紗樹「ね、ねぇ、コレ本物よね? 本物の耳よね!?
   それに、こっちの尻尾も……。

   触っていい? ねぇ、触ってもいい!?」

レミィ「え? あ……は、はい?」

 異様な勢いで紗樹に迫られたレミィは、思わず頷いてしまう。

 紗樹はしゃがんだ体勢のまま“ッしゃぁっ!”と叫んでガッツポーズを取ると、
 改めてレミィに向き直る。

紗樹「じゃ、じゃあ……さ、触るわね?」

レミィ「ひぅ……は、はぃ……」

 目の色を変えて昂奮しきりと言った風の紗樹に、レミィは思わず後ずさりかけたが、
 有無を言わさぬ迫力の前に再び頷いてしまった。

 そして、期待と昂奮でワナワナと震える紗樹の手が、
 遂にレミィの頭頂……そこで怯えたように震える耳に触れる。

 その瞬間、紗樹は電撃が走ったかのようにビクリと身体を震わせ、レミィも全身を震わせた。

 僅かな……体感にして十数秒、現実にして二秒足らずの時間が経過する。

紗樹「や、やわらかぁい……モフモフしてる、モフモフしてるわ!

   あぁぁん、ぬいぐるみなんて目じゃないわ!
   嗚呼、これが夢にまで見たリアルモフモフ!」

 随喜の感激――と表現する以外の方法が思いつかない悦びよう――
 から立ち直った紗樹は、レミィを抱き寄せると、
 けたたましい歓声とは裏腹に、片耳に優しく頬ずりしながらもう片方の耳を撫でた。

 その光景に、歓迎会の会場は静止する。

レミィ「あぅ……ふぅ……」

 撫で慣れているとでも言えば良いのか、あまりの技巧派ぶりに、
 レミィも思わず安らいだ吐息を漏らしてしまい、
 尻尾もそれに倣うかのようにふにゃりと力なく垂れた。

紗樹「もう何なのこれ……!
   堪らないわ、あぁ……一生モフモフしていたい……」

 栄光ある皇居護衛警察の、それもオリジナルギガンティックを擁する小隊の
 隊員とは思えない言葉を吐きながら、紗樹は歓喜のあまり涙ぐんでしまう。

レミィ「はぅ……あ……んん……」

 最初は紗樹の異様さに警戒の色を浮かべていたレミィも、
 最早陥落寸前と言いたげな甘い声を漏らしている。

 その光景を遠目に見守っている面々も、ある者は唖然呆然とし、ある者は生唾を飲み込み、
 ある者は赤面して顔を覆いながら、指の隙間からその光景に見入っていた。

 ちなみに、空は三者目であり、茜は一者目、
 フェイは何れにも属さず、異様な光景を無表情で見遣っている。

 しかし、その光景も長続きはしない。

紗樹「嗚呼! カワイイ……ワンちゃんみたい……!」

 歓喜の叫びを上げた紗樹が、その禁忌の言葉を呟いてしまった。

 撫でられるに任せられていたレミィが、一瞬、ビクンッと痙攣したように身体を震わせる。

レミィ「ワンちゃん……だと……?」

 蕩けたような甘い声を漏らしていたレミィの口から、不意に怒気に満ちた声が響く。

紗樹「へ?」

 我を失っていた紗樹も、思わぬ怒声に首を傾げた。

 その瞬間、紗樹の拘束が弱まり――と言っても、殆ど力など入れていなかったが――、
 レミィは立ち上がって、紗樹を見下ろす。

レミィ「私はキツネだぁっ!」

紗樹「き、キツネ!?」

 怒声で断言するレミィに、紗樹は愕然と叫ぶ。

 そう、レミィにとって、犬扱いは禁句である。

 どのくらい禁句かと言えば、彼女が普段から気にしている、
 年齢にそぐわないスレンダーな体型よりも優先度に勝る禁句だ。

 しかし――

紗樹「つまり、ワンちゃんの尻尾よりもモフモフ!」

 ――対して堪えた様子もなく、フサフサのレミィの尻尾を見遣って、
 また目の色を変えて輝かせた。

 だが、紗樹がふさふさの尻尾に飛び掛かろうとした瞬間、
 彼女は背後から遼によって羽交い締めにされてしまう。

遼「東雲先輩、これ以上、恥を上塗りしないで下さい!」

紗樹「は、離して徳倉君!?

   そ、そこに、そこにモフモフの尻尾があるのよっ!
   自然保護官の適性無しの私がモフモフの尻尾に触る機会なんて、
   この先、一生無いかもしれないのよ!?」

 羽交い締めした遼を必死に振り払おうとする紗樹だが、
 頭一つ違う身長差の前には、足が持ち上がってしまい、ジタバタと藻掻く事しか出来ない。

レミィ「うぅぅ~……っ!」

 対するレミィも羞恥と怒りで顔を真っ赤にして紗樹を睨み付けているが、
 紗樹の目はレミィの頭頂……そこで怒りに震えているキツネ耳に釘付けだ。

紗樹「嗚呼……モフモフぅ……」

 転んでもただでは起きないとは、こう言う時にでも使える言葉だろう。

 そして、周囲が唖然呆然とする中、レオンは腹を抱えて笑っている。

空(何だか、もう……しっちゃかめっちゃかだ……)

 空はその光景を見遣りながら、心の中で呆然と呟いた。


 しかし、そんな騒ぎがあったにも拘わらず、歓迎会は再開され、
 機体の搬入作業を行っていた整備班や手空きの職員達も合流し、
 時折、レミィと紗樹が奇妙なおいかけっこを披露する一面を見せながら、賑やかに終わった。

―5―

 三時間後、食堂――


 歓迎会は無事?、お開きとなり、今は生活課や有志による後片付けの最中である。

レミィ「もう今後は耳と尻尾は隠さない……隠すのが馬鹿らしくなって来た」

 歓迎会の間、終始、紗樹に追い回されていたレミィは、
 食器を運びながらげっそりとした表情で譫言のように呟いた。

 どうやら、追い掛けられ過ぎて、逆に吹っ切れてしまったらしい。

空「あ、アハハハ……」

 その傍らで、同じく食器を運んでいた空が乾いた苦笑いを浮かべる。

 追い回されていたレミィには気の毒だが、吹っ切れたのは何よりだ。

 二人は抱えていた大量の食器をカウンターに預けると、次の食器の回収に向かおうとする。

茜「すまない、ウチの東雲が迷惑をかけた……。
  ……あ、いや、元はと言えば私が原因か……すまなかった、レミィ」

 だが、そこに駆け寄って来た茜が、レミィの前で申し訳なさそうに頭を下げた。

 自分の事もだが、流石に部下の自制の無さに落胆している所もあるのだろう。

 実際、紗樹に大量のぬいぐるみコレクションの話をされた事はあったが、
 まさかあれほどとは思いも寄らなかったのだ。

レミィ「いや、隠していたのは私の責任だからな……。
    次から気を付けてくれたら、それでいいさ」

 レミィは一瞬驚いたように目を丸くしたが、小さな溜息を一つ吐いて気を取り直すと、
 やや疲れたような笑みを浮かべて言った。

茜「そう言って貰えると助かるよ……」

 茜も顔を上げると安堵の表情を浮かべる。

 その様子を見て、空も安堵した。

 最初はどうなる事かと思ったが、どうやら事なきを得たようだ。

空「何だか、茜さんって最初の印象と全然違いますね」

茜「あぅ……」

 空が微笑ましげに漏らすと、茜はがっくりと項垂れてしまう。

 まあ、先ほどが失態の連続だっただけに、印象が違うと言われたら、
 それはまあ幻滅したと言う意味に取れない事もないだろう。

 うっかりオトボケ同士が巻き起こす負の連鎖である。

空「あ、違います!」

 空も自分の言い様が言葉足らずであんまりだった事に気付いたのか、
 慌てた様子で言うと、さらに続けた。

空「その……最初に見た時は、颯爽として格好良くて……何だか近寄りがたい印象で、
  勝手に完璧超人みたいに思っていたんですけど、でも……うん、ほっとしたんです」

茜「……ほっとした?」

 言いながら自分で納得したような空の言葉に、茜は気を取り直して首を傾げる。

空「はい……。
  “ああ、この人は御伽噺に出てくるような完璧超人なんかじゃなくて、
  私達と同じで、格好良い所も情けない所もある普通の人間なんだ”って……。

  ……私も、あんまり褒められたような性格じゃありませんし」

 最初は感慨深く語っていた空だったが、最後は苦笑いを浮かべて呟くと、
 “なんで副隊長任せてもらえたのか、自分でも不思議なくらいで”と付け加えた。

 確かに、空自身、今は仲間達からの信頼も篤いが、入隊初日にレミィと悶着を起こした事もあり、
 挙げ句、半年前にはPTSDの果てに失踪するなどトラブルには事欠かない。

茜「ああ、そう言う事か……」

レミィ「まあ、コイツは見た目のギャップがもの凄いからな」

 胸を撫で下ろした茜に、レミィが噴き出しそうになりながら言いうと、
 茜は呆れた調子で“そっくりそのまま返してやる”と呟いた。

 方や見た目お嬢様のうっかりオトボケ娘、方やキツネ耳の子犬系少女。

 どっちもどっちである。

 ともあれ、片付けには茜も加わり、
 三人は生活課を手伝って会場の粗方の片付けを終えた。

??「お客さんやドライバーの子にまで手伝わせて申し訳ないね。
   後はもうこっちで出来るから上がって貰っていいよ」

 任された範囲の作業を終えた頃、食堂を預かっている生活課食堂班の班長、
 潮田【うしおだ】が調理場の奥から顔を覗かせる。

 要はこの食堂のコック長だ。

 好々爺然とした、正に“おじいさん”と行った風の初老の男性だが、
 以前は一流ホテルに勤めていたとか噂されている。

空「いつも美味しい食事を作ってもらってるお礼ですよ」

潮田「そうかい? 嬉しい事を言ってくれるね」

 微笑み混じりの空に、潮田は嬉しそうに目を細めて返した。

茜「さて、と……」

 そんなやり取りを後目に、茜は元の食堂の姿を取り戻した歓迎会場を見渡す。

 既に他の出向メンバーも三々五々と寮の空き部屋を求めて散って行き、
 自分達が撤収すればお開きと行った具合だ。

茜<クレースト、レポート閲覧のタイムリミットは?>

クレースト<残り七時間二十分です>

 思念通話での質問に対するクレーストの返答に、茜は“ふむ……”と沈思する。

 今は午後六時を少し回った所だ。

 さすがに真夜中まで起きているつもりは無いが、十時前には読み終えたい。

 ただ、それでも八時頃から読み始めても十分に間に合う計算だ。

茜(それにしても、軽食とは言え、少し摘み過ぎたか……。

  夕食は抜きにして夜食に携帯食でも摘めば良いとして、
  その前に軽く腹ごなしでもするべきだな)

 茜はそう思い立つと、壁際に置かれている荷物の元へと向かう。

 予定を先送りにするのも気が引けるが、
 腹の皮が突っ張ったままでは考え事には向かない。

茜「私はこれからトレーニングセンターで一汗流して来るが、君達はどうする?」

 茜は振り返りながら空とレミィに尋ねる。

 空はレミィと顔を見合わせて頷き合うと、
 “ちょっと待ってて下さいね”と茜に断ってから、
 少し離れた場所で作業を手伝い続けているフェイに向けて声を掛けた。

空「フェイさーん!
  私とレミィちゃん、これから茜さんと一緒にトレーニングするんですけど、
  フェイさんも一緒にどうですか?」

フェイ「申し訳ありません、朝霧副隊長。
    私はもう少しこちらの片付けを手伝ってから、
    本日分の調整を受けに技術開発部に出頭する予定です」

 空の呼び掛けに、フェイは淡々としながらも申し訳なさそうな雰囲気で返す。

空「分かりました。じゃあ、片付けの手伝い、お任せしますね」

 しかし、空は気にするなと言いたげな雰囲気でそう言った。

 そして、改めて茜に振り返る。

空「じゃあ、私とレミィちゃんだけですけど、ご一緒しますね」

レミィ「お前と一緒にトレーニングなんて何年ぶりだろうな」

 “よろしくお願いします”と頭を垂れた空に続き、レミィもどこか楽しげに漏らす。

茜「ああ、私も楽しませて貰うよ」

 茜も嬉しそう返し、二人と共に寮内のトレーニングセンターに向かった。

―6―

 それからおよそ二時間後、八時半過ぎ。
 ギガンティック機関隊員寮、茜の私室――


 結局、乗って腹ごなしとは言えないほど熱の入った本格的な組み手を始めてしまった茜達三人は、
 たっぷりかいた汗をシャワー室で流し、シフト明けのデイシフト職員達と共に食事を摂ってから別れた。

茜「ふぅ……何だかんだで羽目を外してしまったな……」

 茜は小さく溜息を漏らすと、荷物をベッドサイドに置いてから、ベッドに腰を下ろす。

クレースト「茜様。ファイルの消滅期限まで、残り五時間を切りました」

 同じく、ベッドの上に乗ったクレーストに言われて、茜は端末の時計を確認する。

 確かに、期限の一時半まではもう五時間もない。

茜「そうだな、もう用事も無い事だし、今の内に確認しておこう。
  ありがとう、クレースト」

 茜はそう言ってクレーストの頭を撫でてから、端末に保存されたファイルを起動した。

 月島レポート。
 前述の通り、元技術開発部主任だった頃の月島勇悟に関するレポートだ。

茜(西暦2009年9月2日生まれ……2069年5月12日、享年は59歳。

  旧日本国立国際魔法学院在学期間中にアメリカに留学、
  飛び級で工科大学に入学、在学期間中に博士号を取得。

  大学卒業後に帰国し2029年、二十歳で山路重工に就職、
  旧魔法倫理研究院と山路重工の合同研究プロジェクトに所属……)

 茜は淡々と読み上げながら、月島の経歴を頭の中で反芻する。

茜(亡くなったアレックスお祖父様の研究チームにいたのは、やはり確定か……)

 それまでに読み漁って来た調査資料と同じ記述に、
 茜はそれまでに抱いて来た推測を確信に固めた。

 明記されている記述は見た事が無いが、
 旧研究院と山路重工の合同プロジェクトと言えば、
 ギガンティックウィザードの研究開発くらいしか無い。

 2029年頃と言うと、終戦前後でハートビートエンジンの研究が始まった頃だろう。

 それとどうやら、この頃の監査記録はギガンティック機関と言うより、
 旧魔法倫理研究院の物らしい。

 その証拠に、記録者の署名に諜報エージェントと言う記述があった。

 茜はさらにレポートを読み進める。

茜(イマジン事変後は技術者の腕を買われて整備班の陣頭指揮を任せられチームを異動、
  メガフロート籠城後は整備修繕の傍らに研究チームに復帰。

  ギガンティック機関結成後は同時期に結成された山路技研に配属、副所長に抜擢)

 頭の中で記述を読み上げながら、
 “なるほど、エリートらしい出世街道だ……”などと、頭の片隅で考えていた。

 留学して飛び級で大学を卒業、就職しては重要チームに配属され、
 一見して左遷先に思える異動先も当時は重要部署だ。

 そして、技研の副所長から――

茜(アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の死後、
  2035年から2049年までギガンティック機関技術開発部で主任を務める……と)

 ――人類防衛の最前線で、技術者の長を務める。

 本人が研究開発に没頭したいだけなら話は別だが、
 傍目には華々しいまでの出世街道だろう。

 そして、茜はレポートの全てを読み終える。

 その事で彼女は満足げにしていると言う事はなく、
 どこか疲れた様子でベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。

茜「結局、書いてある事は粗方知っていたな……ハァ……」

 茜は溜息がちに呟き、最後に盛大な溜息を漏らす。

 月島が亡き祖父の研究チームに所属していたかもしれない、
 と言う推測を補強してくれた以外は、査問や監視の危険まで冒して読む程の物では無かった。

 骨折り損の草臥れ儲け、とはこう言う事だろう。

 茜は殆ど無駄に終わった一時間余りを後悔しつつも、気を取り直して考える。

 捜査の基本は情報収集と、得た情報を使って次の情報の手がかりを推測する事だ。

 月島勇悟と言う人物に辿り着いたのも、そう言った情報収集と推測の繰り返しなのだ。

茜(山路にいた頃も、機関で主任をしていた頃も、
  テロに傾倒していたような記述は無かった……。

  だとすると、テロとの繋がりが出来たのは、
  やはり政府に……統合労働力生産計画に移ってからなのか……?)

 茜は今までに得て来た情報を繋ぎながら、思案する。

 茜にとって見れば、テロリストと言うのは過度の愛国や売国のなれの果てだ。

 根底にあるのはどちらも不満。

 こんな国は自分の愛した国ではない。
 こんな国は自分の望んだ国ではない。

 或いは国家を宗教や経済に置き換えても良い。

 自分の愛した信仰を守るために他の信仰を冒し、
 自身の経済的安寧を守るために他の経済的安寧を崩す。

 暴力、弾圧、買収。

 それらが法によって正当化される範疇、
 つまり倫理の枠を越えた時に、忌むべきテロとなる。

茜(月島勇悟が60年事件のテロリストに関わっていた事……
  最低でも何らかの繋がりがあった事は、通信記録からも疑いようも無い……。

  だが、何が月島をそうさせた……?
  不満か、不安か……?)

 茜はさらに思考を続けた。

 不安など、現代の人々は大小あれど抱いている。

 その際たる物はイマジンだ。

 オリジナルギガンティック以外、何者も対抗し得ない絶対の暴力。

 だからこそ、人々はオリジナルギガンティックを擁する政府に信頼を置く。

 生活に階級による較差こそあれど、
 旧世界ではあり得ないほどの安定した衣食住を確約してくれる政府は、
 多くの無辜の市民にとって無くてはならない存在である。

 四級市民からして見ればそうでは無いかもしれないが、
 犯罪者に医療や就業が保証されているだけ有り難いと思って貰わなくてはならない。

 加えて、皇族と王族による人心掌握も、政府に対する信頼を補強するためのエッセンスだ。

 政府は全ての責任を負いながらも、
 権威や権力の一部を皇族や王族に任せる事で一歩引いた立場を演出している。

茜(あの馬鹿げた主張を掲げる連中に同調するような節が、コイツには見当たらない……。
  と言うよりも、同調するほど愚かとは思えない)

 行政の構造について考えていた茜は、不意に件のテロリスト達の主張を思い出し、
 その推察と共に盛大な溜息を漏らす。

 思い出しても頭の痛くなる主張を頭の片隅の、さらに最奥に押しやってから、思案を再開した。

茜(だとすれば……月島と連中の関連は何だ?
  単に、あの階層……山路技研を占拠するためだけの協力者だったと言うのか?)

 第七フロートは元来、山路重工がテスト用に使っていた海上実験場を改装して作った物だ。

 それ故に大規模食料生産プラントも無ければ、丸ごと一層を使った自然保護区も存在しない。

 いや、存在しないと言うより、実験場だった構造の名残で、それらを後付け出来なかったのだ。

 元はNASEANメガフロートとは別のメガフロートであったため、
 専用の小規模な食料生産プラントはあるが、他のフロートに比べて大規模ではない。

 最低限の自給自足能力を持ち、
 十五年前の当時で最先端の技術を誇った山路技研を擁する第七フロート第三層の占拠。

 それには内部構造に詳しい者の協力が不可欠であり、
 かつて技研の副所長を務めていた事もある月島はその候補としては有力だろう。

 加えて、空襲直前のハッキングの手際も、月島クラスの技術者なら可能である。

 だが、繰り言のようになってしまうが、月島とテロリストの繋がりが已然として見えて来ない。

 テロリスト側が月島勇悟を協力者に選ぶ理由は分かる。

 だが、逆に月島勇悟がテロリスト側に協力する理由は何だと言うのだろう?

 同調するような思想的節も無く、社会に不満を感じるほど外様に追い遣られていたワケでもない。

 むしろ、彼がテロに傾倒するならば、
 七年前に統合労働力生産計画の責を押しつけられて逮捕された後の方が説明が付く。

クレースト「……月島勇悟自身の事は一旦、捜査から切り離した方が良いのでは無いでしょうか?」

 天井を睨んだまま考え続ける主を思ってか、クレーストが躊躇いがちに提案して来る。

茜「………………だろうな。
  捜査が混乱するばかりだ」

 しばらく考え込んでいた茜だったが、小さく息を吐くと吹っ切れたように呟いた。

茜(月島に辿り着いて以来、一年近く追って来たが、無駄骨だったな……)

 茜は目を瞑り、また一つ溜息を漏らす。

 パレード襲撃から第七フロート第三層の占拠までの手際の良さ。

 それを実行するに当たって協力者であったと考えられる、
 天才技術者である月島勇悟をテロリストと繋ぐ事が出来ない。

 60年事件の真相に迫ろうとする捜査も、これでまた振り出しだ。

茜(月島の端末に残されていたアクセス記録は、
  捜査を混乱させるための偽装だった、と言う線から洗った方が良いのか……?

  もしそうなら、それをやったのは誰だ……?
  そうする事で一番得をしたのは……?)

 茜は現状、手元にある情報を駆使して推測を続ける。

 だが、やはり有力な手がかり繋がりそうな推測には至らない。

 茜は苛立ちを感じながら、閉じた瞼の上に左手を乗せ、さらにその上に右腕を重ねる。

 苛立ちを抑えようと、真っ暗な瞼の裏に、敬愛する父の姿を思い描く。

 葉桜を背に振り返る、力強く、優しい父の姿を……。

茜(お父様………茜は、きっと見付けて見せます………。
  お父様を殺した犯人を……。
  それを裏から操っていた者を……必ず………)

 色褪せない記憶の中の父の姿に、その決意を再確認する。

 いつか必ず、事件の真相に辿り着く。

 そして、首謀者を――――

 茜は、そんな決意を抱きながら、
 不意に押し寄せた疲労感に身を任せるまま、眠りに落ちて行った。

―7―

 茜が60年事件の真相解決への決意を新たにしていた頃。
 件の第七フロート第三層、旧山路技研――


 高台のようになった広大な敷地に林立する、煌々と照らし出されるビルと倉庫の群。

 その中でも一際巨大な倉庫の二階。

 吹き抜け構造の倉庫内壁に這うように作り付けられた、広く頑丈な通路は、
 それに沿うように大きな窓が並んでいる。

 その窓から、一人の男が遠くに臨む街を眺めていた。

 半年前の皇居襲撃の際、臣一郎とテロリストの一団の戦闘を観察していた、
 “博士”と呼ばれていた人物だ。

博士「全ての用意が十五年と言う節目に間に合ったのは、
   因果と言うべきか……何と言うべきか……」

 博士は消え入りそうな声で呟く。

男「どうされました?」

 偶然に近くを通りかかった男性が、博士の声を聞きつけて尋ねる。

博士「ん?
   いや、贅沢と言うのはこう言う事だろう、と感慨に耽っていただけさ。
   街を見ながらね」

 対して、博士は怪しい素振りを見せる事なく、
 先ほど呟いた言葉とはまるで違う言葉を返した。

 旧技研の一帯は、天蓋からの照明が無いと言うのに、
 真夜中でも昼間のように明るく、正に不夜城と言った雰囲気だ。

 それに引き換え、やや高くなった技研から見下ろす街は暗闇に閉ざされ、
 目を凝らしても点々と灯る微かな光が見えるか見えないかと言う有様である。

男「お言葉ですが贅沢などではありません。

  城に住む我らは管理する側、街に住む者は管理される側。
  管理される側が管理する側よりも劣るのは当然の事でしょう。

  現状は我々が享受するべき当然の権利であり、贅沢とはほど遠い物です」

博士「まあ、そうだろうね……」

 さも当然と言いたげな男の言に、博士は小さな溜息を交えて呟く。

 その心の中で“君達の考えならば、ね”と嘲るように付け加えられたのは、
 男には悟られていないだろう。

 城……彼らは十五年前に占拠した山路技研を、そう呼んでいた。

 かき集めた魔力を技研と周辺施設の運用に注ぎ込み、
 街にはその恩恵を預かる事を許可していない。

 食料生産プラントから作り出される合成食品も、
 殆どが城の中で消費され、街に出回るのは僅かばかり。

 街の人々は結託してこの構造を崩そうにも、
 魔力の搾り取られてその余力は無く、逆に城には多数のギガンティック。

 力で不満と不平を押し潰す、正に恐怖政治の在り方そのものだ。

 だが、時世が非常時と言うならば、効率的な手段の一つとも言える。

 城と街と言う表現は、その効率的手段を体現した象徴だった。

博士(虚栄心の権化……)

 博士は、城と言う表現をそう評していた。

 王が人々から吸い上げた力を、
 吸い上げられた人々に自らの力として誇示、行使する。

 旧世紀……いや、それ以前ならば国の一つの在り方としてはあり得るモデルケースだが、
 現代においては実に非文明的で未開人のような考え方だ。

 しかし、傲慢にも彼らはその未開人のような有り様を受け入れてしまっている。

 まあ、虐げられる側と虐げる側に別れるに当たって、
 虐げる側にいられるならば、そうなってしまうのもやむを得ない。

博士(だからこそ、御し易い……)

 博士はそんな事を考えながら、
 どこか呆れたような視線を、城と街とを隔てる境界線の辺りに向ける。

 先程の男は、もう既に何処かへと立ち去ってしまったらしかった。

 と、その時である。

軍人「ユエ博士!」

 少し離れた場所から、先ほどの男とは違う男――軍人のような格好だ
 ――から声を掛けられ、博士は振り返った。

 ユエ。

 それが博士の名だった。

ユエ「何かね?」

軍人「皇帝陛下がお呼びです。謁見の間においで下さい」

 博士……ユエが振り返り様に尋ねると、軍人のような男は敬礼しつつ報告する。

ユエ「……そうか、陛下がお呼びか。
   では、謁見の間に行くとしよう」

 ユエは一瞬の逡巡の後、普段からそうしているように、
 芝居がかったような大仰な仕草で言って、足早に歩き出した。

 カツカツ、と甲高い足音が倉庫内に谺する。

 向かうのは、この倉庫の一階奥。

 玉座の置かれた、“謁見の間”と呼ばれる場所。

 内心でその名を小馬鹿にしながら、ユエは通路の眼下に広がる倉庫を見遣った。

 そこには、三十メートルから四十メートルの巨大な鋼の巨人――
 ギガンティックウィザードの大群が並ぶ光景が広がっていた。

 五十機を越える機体の各部には鈍色の輝きが灯り、
 主が乗り込む時を今か今かと待っている。

ユエ「さあ……コンペディションの、開幕だ……」

 また消え入りそうな声で漏らしたユエの呟きは、
 彼自身の足音に掻き消され、今度こそ誰の耳に届く事も無かった。


第14話~それは、忘れ得ぬ『哀しみの記憶』~・了

今回はここまでとなります。
前スレはエタらせてしまい、申し訳ありませんでしたorz
今スレはエタらないように注意しながら投下して行きたいものです……。

乙ですたー!
ようやく見つけましたよ~。と言うか、見つかって安心しました。
アッカネーンの”おとぼけ一級”振りも見れましたし、奏とはまた別の意味での背負ったものの重さも分かった事ですし。
さて、テロリストとその存在理由。
不安、不満は確かに大きな理由です。現実世界でも日本以外の国、特に未だ発展途上にあったり、経済、宗教などの理由で社会が不安定な国では殊に。
が、日本や一部の国ではまた別の理由に拠るテロも存在していますね。即ち”レジャー目的”および”金目当て”。
後者はともかく、前者は安保反対の学生運動華やかなりし頃から、学生がいわゆる活動家と化す大きな理由だったようです。
今の様々な”反対運動”や”反日活動”も何らその頃と変わりはありません。明確な思想、意思があるように見せかけた"反対のための反対”。
その為に、無用な不安を煽り、真面目だからこそ現状に不安、不満を持つ人々を巻き込んでいく…成田闘争でもそうですが、そうした連中はそんなやり方で、他人の戦いを自分たちの”思想を弄ぶ為の遊び”に変えていくわけです。
その状況に、真摯に戦っていた人々は嫌気が指し、真面目に自分たちの権利を守ろうとした人は唖然とし…まあ、嫌な話ではありますね。
物語上の社会構造からすると、フロートでの生活には理由ある不安や不満もあるわけですから、いかにテロとは言えそうした不真面目な輩は少ないのでしょうが…それでもテロの犠牲となった人には、いかなる理由があってもその行為は正当化できません。
アッカネーンの捜査が実を結ぶ時、どんな”絵”が浮かび上がるのか、それはどんな"色”で描かれたものなのか…次回も楽しみにさせて頂きます!

お読み下さり、ありがとうございます。

>ようやく
エタってから二ヶ月音信不通でしたからねorz
ともあれ、お手数、ご心配をおかけしました。

>アッカネーン
迂闊さは母方譲り、気性の強さは父方譲りです。
イメージとしては紗百合ベースに結の信条って感じなので、基本、容赦と言う物がありませんw
背負っている物に関しては、そう言う輩が許せないと言うのも祖母譲りですね。

>レジャー目的、金目当て
反対のための反対運動と言えば、先日、北海道でのオスプレイ反対の集会で16人も集まったそうですね。
プラカードを掲げたり提げたり、夏の炎天下の中、さぞ愉快なレジャーだったでしょうなw

冗談はさておき、テロも反対運動もビジネスになりますからね。
兵器の売り買い、情報の売り買い、人員の売り買い。
一回のテロでどれだけ私腹が肥える連中がいるのかと思うと、呆れと恐れを抱かずにはいられません。
そう言う輩の私腹が肥えると、また新しいテロの準備が始まっているような物だけに……。
あと、あまり言いたくない事実ですが、テロがあるからこそ軍に必要性があると言うのが、また……。

>不安と不満
人類最強のギガンティックの稼働率が90%、しかもその内一機は皇居前の置物ですからねぇ……。
市民の間に不安が無いと言えば嘘になりますが、撃退率100%なのが救いです。
また、不満の殆どが階級制に関する物でしょうね。
社会貢献度で生活のグレードが変わるのは、出来る人間にとっては有り難いですが、出来ない人間にとっては不平等にしかなりませんから。
特に魔力で決まる初期階級は、殆ど血統で決まっているような物ですし……。
まあ、それでも四級……犯罪者にでもならない限り、最低限の生活が保障されている点で表出する不満も少ないワケですが……。
正直、豪華過ぎる社会保障制度だとは思いましたが、閉鎖環境で不満を爆発される恐ろしさに比べたら、と……。
この社会保障制度を保てるんですから、文字通りに“魔法”ですよねぇ。

>アッカネーンの捜査
茜も既に辿り着いている点ではありますが、黒幕を示唆していますからね。
因みに月島勇悟は嘘偽り無く死んでおります。
結編第一部のグンナーのように偽物が死んだと言う事はありませんので、悪しからず。

次回からは、また一続きのお話がスタートとなります。

ほ・しゅ・

>>43
保守、ありがとうございます。


先日、念のために今の酉が被ってないか検索かけたら、某まとめの酉検索がヒットして、
検索結果でこのスレのカテゴリが“バカとテストと召喚獣”になっていて変な笑いが出ました

ともあれ、最新話を投下します

第15話~それは、開かれる『災厄の扉』~

―1―

 第七フロート第三層、旧山路技研……通称“城”――

 反皇族を掲げるテロリスト達によって占拠され、
 彼らの根拠地となった高台で市街地と区分けされた工業施設は、
 微かな灯りだけがぽつぽつとだけ点在する麓の市街地に比べ、
 眩いほどに煌々と照らし出された、正に不夜城の如き様を見せていた。


 そして、その城の中枢……元々は研究室や開発室の集中していた一角、
 その外縁にある倉庫区画の廊下を歩く痩躯の中年男性が一人。

 以前、臣一郎とクルセイダーを観察していた男――ユエ――だ。

ユエ「………」

 ユエは僅かに気怠そうな視線を行く先に向けながら、無言のまま歩を進めていた。

 侵入者対策に広狭の道が交差して曲がりくねり、
 長短様々な階段で上下を繰り返させられる通路を、ユエは迷う事なく歩く。

 占拠後に改築を行ったワケではなく、以前からこの構造である。

 ギガンティック、パワーローダーからドローンのような小型の工作・作業機械まで、
 現在の種々の基幹的重工系産業を牛耳る山路重工の技術開発研究所は、
 侵入者対策と構造の複合化で迷路然とした構造になってしまったのだ。

 そして、ユエは数枚の防護隔壁を越え、最重要区画に足を踏み入れる。

 二十年ほど前までは、試作型ハートビートエンジンも置かれていたが、
 今はユエの研究室と彼の開発した物が置かれている区画だ。

 そのさらに最奥。

 行き止まりに作られた両開きの扉を、ユエはゆっくりと押し開いた。

 そこは重要資材用倉庫で、広大な倉庫に積み上げられた無数のコンテナと、
 そのコンテナ群の左右を守るように片膝を付いて鎮座する四機の大型ギガンティック。

 高く積み上げられたコンテナには長い長い階段が据え付けられ、上に登る事が出来た。

 ユエは僅かに肩を竦めて小さな溜息を漏らすと、
 楽にしていた姿勢も気怠そうにしていた視線も正し、その階段を登って行く。

ユエ(五日見なかった間に、また一段、コンテナを高く積んだか……)

 階段を登りながら、ユエは心中で深く長い溜息を漏らす。

 この数年、五、六ヶ月に一度、以前よりも高く積み上げられるコンテナは、
 この部屋の主の性質そのものだと、ユエは感じていた。

 どんなに高く積み上げても、分厚い天井に遮られ、彼のいる場所は決して天には届きはしない。

 そんな内心の呆れを隠しながら一番上のコンテナまで上り詰めると、
 そこには反射素材で作られた他よりも一回り小さなコンテナがあった。

 反射素材は所謂マジックミラーのようになっており、
 外部からは鏡にしか見えないが、内部からは外部の様子が窺えるようになっている。

 内部は探り難く、外部は窺い易く。

 それだけでも実に慎重だが、それだけではない。

 反射素材は防弾防魔力仕様になっており、
 さらに周囲には反射術式と属性変換無効化術式の多重結界が張り巡らされ、
 並の魔力砲ではビクともしない防備で固められている。

 さらに四方のギガンティックは高性能のGWF378・エクスカリバー改で、
 コックピットブロックを完全に排除した無人のリモートコントロール仕様。

 何かあれば、この内部からの操作で襲撃者を撃退可能である。

 主の臆病さを顕在化したかのような防備を誇るこの倉庫。

 この場……いや、このコンテナの内部が、ユエの呼び出された謁見の間であった。

 因みに、この倉庫内の防備を設えたのはユエだ。

 無論、謁見の間の主の要望に添った物ではあったが……。

 ともあれ、百段近くはあろう階段を上り詰めたユエは、
 しかし、息一つ乱した様子も無く、反射素材で出来たコンテナに手を触れる。

 すると、触れた部分が開かれ、壁面から迫り出すように認証用の端末が現れた。

 ユエがその端末に自身の魔力を読み込ませると、コンテナ外壁の一角がスライドし、内部への道が開く。

 彼がコンテナ内部に入り込むと、即座にコンテナの外壁は再びスライドし、固く閉ざされる。

 最早、ここまで来ると過剰を通り越して異常とも言える程の臆病ぶりだ。

 しかも、傍目には魔力認証だけにしか見えなかった端末は、
 網膜認証と指紋認証に加えて、内部では手動認証も行っている。

 マジックミラー構造を活かした、この四段階もの認証は実に効果的だ。

 仮に魔力、指紋、網膜の三種全てを用意できても、内側にいる人間が許可を出さなければ入れないのである。

 そして、仮にそうして侵入しようとした者は、四方から378改の斉射を受ける事となるのだ。

 襲撃の対策は万全と言えた。

ユエ(注文通りに作ったとは言え、毎回毎回やるとなると驚きの面倒臭さだな……)

 ユエは内心で深いため息を漏らす。

 このコンテナの設計者、結界の施術者はユエ本人だ。

 どれもギガンティックのセキュリティやマンマシンインターフェース――操縦系統――技術の応用で、
 別段、難しい機構や新開発のシステムを搭載しているワケではない。

ユエ(まあ、こんな無駄な物に労力をかけるつもりはなかったが……)

 ユエはそんな考えと共に気を取り直すと、
 目の前にある階段を使って階下――コンテナ内に埋め込まれている――に向かった。

 階段を降りると、奥から噎せ返るような体臭……
 いや、性臭と言い換えた方が良いような匂いが漂って来る。

ユエ(また、か……)

 ユエは心中で呟きながら、
 “この部屋の主は、たった一度の謁見が始まるまでに、何度呆れさせてくれれば気が済むのか”
 と言いたげに肩を竦めた。

 そして、コンテナの最奥……謁見の間へと足を踏み入れる。

 巨大コンテナを活かした広く高い謁見の間は、金刺繍の施された真っ赤な絨毯が敷き詰められ、
 壁にも洒落た紋様の描かれた天幕が下げられており、飾られた豪華な調度品の数々は、
 成る程、謁見の間と呼ぶのに相応しい内装だ。

 そして、その最奥に、座椅子を何十倍も豪華にしたような玉座と、
 そこにふんぞり返る二十代そこそこの、半裸の若い男がいた。

 彼の周囲には十代から三十代ほどの見目麗しい女性達が傅き、
 その内の数人が彼にしなだれかかるようにして、彼の肌に浮いた汗を拭っている。

 女性達の服装は裸同然で、局部を布で纏って隠すだけと言う、実に淫靡な格好だった。

 彼女達は、この若い男の身の回りの世話――
 それこそ、家事全般から性欲の処理に至るまで――を行う世話係だ。

ユエ「皇帝陛下。
   ユエ・ハクチャ、お呼びにより参上仕りました」

 謁見の間の中ほどまで進み出たユエは、恭しく跪いて深く頭を垂れた。

 ユエ・ハクチャ。

 それがユエのフルネームのようだ。

??「そう畏まるな、ユエ。
   俺とお前の仲だ、もっと楽にしていいぞ」

 一方、ユエに皇帝陛下と呼ばれた男は、
 自分の汗を拭っている女性を少し気怠げに押しやってから、ニヤリとほくそ笑む。

 そう、この男こそがこのコンテナの主。

 反皇族派のテロリストを纏める首魁であった。

 名をホン・チョンスと言う。

 しかし、60年事件のテロリストの首魁にしては若い。

 事件当時の年齢はまだローティーンにも届かないのではないかと言う程の若さだ。

 それもその筈、彼は若くして逝去した先代の首魁である父の跡を継いだ、謂わば二代目だった。

 ともあれ、ユエはホンに言われた通りに楽にすべく、その場に腰を下ろして胡座をかく。

ユエ「………少々、着くのが早かったようですね?」

 ユエは傅く女性達を見渡して呟く。

 ほぼ全員が肌を紅潮させ、数人は乱れた息を整えようと必死だ。

 それは、ほんの少し前まで情事が……それも、
 酒池肉林とでも言うような爛れた行為が行われていた事を示していた。

ホン「いや、呼んだのは俺の方だ、気にする事はない」

 一人、既に十分に休んだと言いたげな様子でホンは言い切ると、さらに続ける。

ホン「で、例の物の進捗はどうなっている?」

ユエ「400シリーズは滞りなく……。
   現在は戦闘運用に向けた最終テストの段階です」

 ホンの質問にユエは淡々と返す。

ホン「半月以内に仕上がるか?」

ユエ「十分に……。
   ただ、陛下の404に関しては今暫くの時間を戴きたく……」

 ユエはホンの質問に答えてから、
 どことなく申し訳なさを漂わせる声音で言って再度、深々と頭を垂れた。

 他人から見れば慇懃に見えるその態度も、彼の内心の呆れ様や、
 京都での物言いを知っていれば、そこに欠片の忠誠心も無い事は明白だ。

ホン「ああ、構わんぞ。
   404は俺の乗機……俺専用のギガンティックだ、
   下手に完成を急いで不完全な物を作らせる気は無い。

   資材と時間、そして、お前の才能を存分に使い、世界最強の究極のギガンティックを作れ」

ユエ「仰せのままに」

 期待の籠もった視線と声音で言ったホンに、ユエは姿勢を正して深々と頭を垂れる。

ホン「それと……謁見の間の護衛に使っている無人ギガンティックだが、
   アレは401か402に交換できんのか?」

 ホンはそう言いながら手元の端末を操作し、壁面の天幕を上げさせた。

 すると、四方の壁面に外の光景――反射素材のコンテナから見える光景が映し出される。

 GW378は、エクスカリバーシリーズでは三機種目となる大型ギガンティックの中でも、
 特に高性能でコストのかかるハイエンドモデルだ。

 以前、ユエ達がクルセイダーの当て馬に使った377よりも僅かに高性能の機体である。

 本来ならば、こんな場所の護衛に四機もの数を割くのは愚の骨頂と言えた。

 それに400シリーズ……もう隠し立てする理由も無かろう、
 ユエが中心となって開発中の新型ギガンティックも、この一角だけを護衛するには過剰すぎる戦力だ。

ユエ「申し訳ありません。
   現状のエナジーブラッドエンジンは有人が前提ですので、
   陛下の望まれるような無人機としては使い難く……。

   お望みならば、ヒューマノイドウィザードギアの人格層を停止させた物を乗せて使う事は可能です」

 ユエが顔を上げて説明すると、ホンは満足そうに頷き、口を開く。

ホン「ならそれで構わん。
   人形の操作は全て俺の端末にリンクするように設計しろ」

ユエ「畏まりました」

 ホンの指示にユエは三度、深々と頭を垂れる。

 技術の結晶とも言えるヒューマノイドウィザードギアを人形呼ばわりされるのは、
 さすがに技術屋としての彼のプライドに障るのか、ホンからは見えないユエの顔は、
 どこか冷め切った……能面のような無表情に変わっていた。

 しかし、ユエはすぐに温厚そうな表情を浮かべると、顔を上げる。

ユエ「それでは、402と403、それにミッドナイト1用の378改の最終調整が残っていますので、
   私はこれで失礼させていただきます」

ホン「む、そうか……?
   まあ、貴様のお陰で我が国の戦力拡充が進んでいるのだからな……。

   良ければ一人、貴様にくれてやろうか?
   欲しいなら、好みのを選ぶといい」

 退室の旨を告げて立ち上がったユエに、ホンはそう言って、傅く女性達を見渡した。

 その瞬間、傅く女性達に緊張が走る。

 しかし、緊張の内容は人それぞれだ。

 世話係とは名ばかりの性の奴隷とも言える、この環境から解放されるかもしれないと言う希望。

 性欲の処理にさえ目を瞑れば、衣食住の不安を抱かずに済む場所から引き離されるかもしれないと言う絶望。

 しかし、彼女達は瞬間、ピクリと肩を震わせる程度以外の変化を生まない。

 主の不興を買った仲間が、どのような目に合わされるかは知っている。

 今は自分が選ばれる事、或いは選ばれない事だけを必死に願い、
 ホンの思い付きで始まったこの嵐のような運命のルーレットが止まるのを待つ。

 一方、そんな女性達の気持ちを知ってか知らずか、ユエは傅く彼女達を見渡す。

 彼女達にとって、ユエの視線は正に前述の運命のルーレットの針だった。

 そして――

ユエ「……慎んで辞退させていただきます」

 ユエは僅かな溜息と共に、そう漏らす。

 ――ルーレットの針は、誰を選ぶ事も無く折れた。

ホン「つまらんな……まあいい」

 ホンは残念そうに言って肩を竦める。

 女性達の間に失意と安堵の気配が漂うが、ホンはそれに気付いた様子は無いようだ。

 だからこそ、このように女性の尊厳を無視した享楽に講じていられるのだろうが……。

ユエ「陛下のお心遣いを無碍にしてしまい、申し訳ありません。
   ですが、何故、技術屋な物でして……今は陛下のための駒を完成させる事を優先したく思います」

ホン「そうか……クククッ、親父の代から世話になっていたお前だ。
   親父もきっと、お前のそう言う欲の無い所を気に入って重用していたのだろうな」

 慇懃に謝意と謝罪を告げるユエに、ホンは思い出すように言って笑う。

 そのホンの表情には、誰の目に見ても明らかな嘲りが浮かんでいる。

 事実、彼は内心でユエを“自分の欲すらさらけ出せない臆病者”と嘲笑っていた。

 自らは、完全防備のシェルターで肉欲を貪るだけの、怠惰な臆病者である事を棚に上げて……。

 いや、或いは自身が臆病者と言う自覚すら無いのかもしれない。

ユエ「では、私はこれで失礼します」

ホン「ああ、404の完成を待っているぞ」

 ユエは立ち上がって四度、深々と頭を垂れると、ホンの返事を聞いてから踵を返した。

 再び面倒な手順を踏んでシェルター然とした倉庫から外に出ると、ユエは溜息混じりに肩を竦める。

 が、すぐに気を引き締め直し、姿勢を正した。

ユエ(意外なほど、400シリーズにご執心だな……。
   カタログスペックとは言え、211や212に匹敵し、390型を上回るからか……)

 ユエは研究室に向けて歩きながら、そんな事を考えていた。

 実を言えば、一年半前までのホンは400シリーズの開発に、それほど乗り気では無かった。

 新型機など作らなくとも、数を揃えれば戦争には勝てる。

 物量に頼るのは、戦争の真理だ。

 何せ、地続きのメガフロートの話、十対十よりも百対十や千対十の方が戦争をする上では有利になる。

 ユエは一部のエース用の機体として400シリーズの開発を続けていたが、
 試作機が完成した頃になってホンの態度も大きく変化を迎えた。

 それは、ユエの開発していたGWF400Xの性能が、
 当時の最新鋭機であったGWF387・フルンティングを大きく上回ったのだ。

 豊富な研究資料、市民から搾り取った潤沢な魔力、誰に制限される事も無い研究環境、
 そして、ユエ・ハクチャと言う希代の天才がいて完成を見た400シリーズは、
 確かに傑作機と言って良い名機だった。

 そう、憚る事なく言えば、ユエは自身が天才であると自負していた。

 おそらく、今、世界で最もハートビートエンジンの秘密を解き明かし、
 その構造の究明に辿り着こうとしているのが誰あろう、このユエなのだ。

ユエ(参拾九号……今は天道瑠璃華か。
   アレがギガンティックの開発だけに注力していれば、こうはならなかっただろうが……。
   アレを機関に押し込めてくれた無能共に感謝だな)

 ユエは内心でほくそ笑みながら、また同時に冷や汗を流していた。

 放置されていた試作型エンジンと、幾らかのオプションを寄せ集めて
 驚異的性能の支援機を作り上げるだけの技術を持っている天才、瑠璃華。

 彼女がギガンティック機関に閉じこもってハートビートエンジンの構造究明と、
 オリジナルギガンティックの整備にかかり切りになっていなければ、
 おそらくは最新鋭の390・アメノハバキリシリーズももっと高性能な物になっていただろう。

 行政府としてはギガンティックの平均的な強化よりも、対イマジンに比重を置くべきと判断したのだろうが、
 テロリスト相手とは言え戦時下にその判断は誤りだったと言う他ない。

 お陰で、今年になって山路重工が満を持して発表した最新ギガンティックですら、
 ユエの作り出した400シリーズの敵では無いのだから。

 そして、それがだめ押しになった。

 従来機では相手にすらならないオリジナルギガンティックに加え、物量でも圧倒的に勝る軍と警察。

 勝つためには、質で勝る機体を数多く生産する事。

 そんな事情に合致したのが、ユエの開発していた400シリーズだったのだ。

ユエ「……まあ、都合良く事態が進行している事は、望ましいがね」

 ユエは消え入りそうな声で呟いて、謁見の間のある倉庫と同区画に存在する、自身の研究室の前に立つ。

 スライド式シャッターを開き室内に入ると、そこは整然と整えられた空間だった。

 必要な物が最適な距離に集められた、研究者の城。

 ユエは椅子に腰を下ろすと、据え付けられた端末の電源を入れた。

 すると、研究室内の全てのディスプレイに様々な図面や数値が映し出される。

 ユエはその中の一つ、自身の正面にあるディスプレイに一つの図面を映し出した。

ユエ「………美しい機体だ……」

 それは一つの図面だ。

 GWF001XXXと銘打たれた、大型ギガンティックの内部図面。

 その図面を見ながら、溜息がちに漏らすユエの言葉には、ある種の情念めいた物が宿っていた。

 そして、ディスプレイに手を触れ、指を滑らせると別の内部図面が顔を出す。

 折り重なる二つの図面。

 部分々々ではかなり異なるようだが、そのフレームの全体像はどことなく同じ物を感じさせる。

 その様を見て、ユエの目に狂気じみた執念が宿って行く。

ユエ「もっとだ……もっと強いギガンティックを……。
   トリプルエックスを超える、最強のギガンティックを……」

 ユエは冷静さも、普段の芝居がかった雰囲気すらかなぐり捨てて、どこか熱に魘されたような声音で呟いた。

―2―

 茜達の着任から十日後、7月4日木曜日の正午前。
 ギガンティック機関隊舎、ドライバー用トレーニングルーム――


 トレーニングルームでは魔導防護服を身に纏った空と茜が向かい合っており、
 時折、手に持った長杖と双刀がぶつかり合う、カンッ、カンッと言う乾いた音が室内に響き渡っていた。

 使っている装備は魔導ギアの物で、武器に魔力は込めていないため、
 魔導防護服を貫いてダメージを与える事は無い。

 いわゆる組み手だ。

茜(技術も筋力も申し分ないな……本当に鍛え始めてから一年強なのか疑いたくなるくらいだ)

 もう十何合と空と切っ先を交えた茜は、不意にそんな事を考えていた。

 交互に相手の攻撃に切っ先を合わせるだけの単純なトレーニングだったが、
 目つぶしや喉への突き等の急所狙い以外は特に禁じ手を設定していない。

 それだけに丁寧な実力と言うべきか、地力の高さが出るのだが、魔力覚醒から十三年を経て、
 五年前からはドライバーとしても訓練や実戦に明け暮れて来た茜から見ても、
 朝霧空と言う少女の実力は確かな物だった。

 人並み以上に体幹が整っているのか天性のバランス感覚があり、
 前後左右、どの方向に跳んでも一瞬で体勢を立て直してしまう。

 アルフの下で訓練していた頃は、様々な武器を使っていただけあって、
 腕回りの筋力も相当な物で、長杖のリーチも自由自在だ。

 それだけに、どんな体勢、どんな距離からでもあの長杖の切っ先が飛んでくる恐ろしさがある。

 足を絡め取りでもしなければ、空のバランスを崩すのは難しい。

茜(成る程、あのゴチャゴチャとしたモードHを使いこなせる筈だ……)

 茜は空の大上段からの一撃を受け止めながら、舌を巻く。

 モードHは空専用にチューニングされているが、
 上半身に殆どの大型パーツが集中したトップヘビー仕様だ。

 しかも、二機のパーツ中、最大重量を誇るパーツは背面と腰の二箇所と言うバックヘビー仕様でもある。

 シールドスタビライザーの浮遊魔法でかなりバランスは矯正されているが、
 それでも重心位置の悪さが解決されるワケでもない。

 それを空は事も無げに使いこなし、むしろ使い易いとまで言っているのだ。

 機体との相性と言ってしまえば簡単な事かもしれないが、
 その状態の機体を扱える相性――繰り言だが、体幹の良さだ――の持ち主と言う部分が大きいだろう。

茜(ふーちゃんが本気を出しかけた、って言うのも、あながち冗談ではないみたいだ……)

 茜はそんな事を考えながら気を引き締め直すと、自身の手番で両手に構えた双刀を握り直す。

 これが最後の一合だ。

茜「空、最後は二刀で掛かるが大丈夫か?」

空「大丈夫です! お願いします!」

 茜の質問に空は即答した。

 空としては、問題なく受けられると言うより、受けてみたいと言う気持ちが強かったのだろう。

茜「なら……驚いてくれるなよ」

 茜はそう言うと、両腰の鞘にそれぞれの太刀を収める。

 さすがに伝家の宝刀・鬼百合では無いが、それでも扱いやすいサイズの太刀と小太刀だ。

 本條流魔導剣術を使うのに、何ら無理を生じる物ではない。

茜「行くぞっ!」

 茜は合図の一声を放つと、一足飛びに空に向かって跳んだ。

 逆手で抜き放たれた二刀の太刀が、両側から袈裟懸けに空に向かって放たれる。

 逆手袈裟懸け……つまり、二之型だ。

 天の型の“轟天”と舞の型の“旋舞”からなる奥義、天舞・轟旋に至る二段袈裟斬りの型である。

 しかし、ただの訓練で本気を出すワケでもなく、威力も速度も奥義に比べれば格段に劣っていた。

 それでも、初太刀の小太刀と二の太刀の太刀のタイミングが微妙に異なるため、初見では見切るのが難しい。

茜(これなら、少しはバランスを崩せるか……!?)

 茜は心中でそんな予想を立てていた。

 受け止めるなら、小太刀と太刀の時間差攻撃を受けて多少は仰け反らざるを得ない。

 回避ならば出来るかもしれないが、受ける事が前提のルールで避けると言う選択肢は無いだろう。

 だが、次の瞬間、茜は目を見開く事となった。

空「ッ、せいっ!」

 一瞬、息を飲んだ空は、迷うことなく長杖の柄で振り下ろされる小太刀を受け止め、
 それを一気に滑らせて小太刀を大きく横に弾き、長杖のエッジで太刀を受け止める。

 茜にして見れば、受け止められた小太刀を大きく外に逃がされ、そのまま太刀を切り結ばれた格好だ。

茜「ッ!?」

 茜は愕然と目を見開いたまま、大きく飛び退いた。

 そして、そのまま構えを解く。

 訓練のワンセット終了だ。

茜「凄いな……本気を出していないとは言え、抜刀からの二之型を止められるとは思っていなかったよ」

 茜は小さな溜息混じりに呟くと、“いや、参った……”と漏らしながら二刀を鞘に収める。

茜「二之型は初見だったと思うが、よく止められたな?」

空「いえ……実は初見じゃないんですよ」

 感心したように漏らした茜に、空は苦笑いを浮かべて返すと、さらに続けた。

空「サンダース教官の所にあった教導VTRで、
  フィリーネ・ウェルナーさんと茜さんのお祖母さん達の試合を見た事があって、
  そこでフィリーネさんがやっていたのを真似ただけです」

茜「フィリーネ・ウェルナーさんと私のお祖母様達?
  ………ああ、六十年くらい前にやったらしいタッグ戦の戦技披露試合か……」

 照れたような苦笑いで申し訳なさそうに語る空に、茜は一瞬、首を傾げたが、思い出したように納得する。

 今から五十八年前……第三次世界大戦の前年に行われた、
 結とリーネ、美百合と紗百合のタッグによる魔導戦技披露試合だ。

 確かに、フィリーネ・ウェルナーと茜の祖母達と言って問題ない組み合わせだろう。

 若い魔導師向けに空戦対陸戦のタッグ戦の何たるかを見せるための戦技披露試合だったらしいのだが、
 あまりに高度過ぎて若年者向け教導VTRとしては使い物にならず、お蔵入りになったと言う曰く品である。

 方や救世の英雄と千年に一度の天才魔導師、方やタッグならば並ぶ物無しの本條姉妹と言う好カード。

 戦技教導隊としては適度に手を抜いてくれる算段だったのだが、
 四人の興が乗るに連れて、次第に試合どころでは無い大熱戦となってしまったのである。

 お蔵入りになってしまったため、教導隊で保存される事になったのだが、
 それが回り回って今はアルフの手元にあると言うワケだ。

茜「…………君は末恐ろしいな」

 茜はどこか戯けた様子で、だが、内心で冷や汗を流しながら呟く。

 彼女も件の教導VTRはアルフに見せて貰った事があったが、
 空が見せた技も、そこで集中攻撃を受けたリーネが見せた起死回生の一手である。

 リーネはリーチの短い双杖でやった技だが、
 空は“長杖ならばどうすれば良いか?”と思案を凝らしてアレンジしていたのだ。

茜「………本当に海晴さんと血が繋がっていないのか、疑わしいとさえ思えるよ……」

空「そうですか?」

 何処か言いづらそうに漏らした茜に、空はどこか嬉しそうに返す。

 茜にしてみれば、空の育て親である朝霧海晴も天才と言われる側に属する人種だ。

 茜が海晴と初めて手合わせしたのは研修時代の五年前。

 キャリア四年と言えば聞こえが良いが、それ以前は三級市民だった海晴はまともな魔導の訓練を受けていなかったため、
 魔導師として訓練を始めてまだ四年目に過ぎず、その時点で十年近く訓練して来た茜に比べてみれば素人だったが、
 結局、彼女は生前の海晴を相手に一太刀も浴びせる事が出来なかった。

 風華とクァンと言う、御三家に連なる次代候補がいる中で隊長を張っていたのは伊達ではないと言う事だ。

 既に茜自身、空の身の上に関しては彼女の口から聞かされていた。

 希代の魔導師としての才を持っていた海晴と、ここまでの才覚を持ち合わせた空の血が繋がっていないと言う事は、
 瓜二つの顔立ちや声を除いても信じられなかった。

 彼女達の父母や祖父母の世代は、戦中戦後、さらにイマジン事変と世界中が大混乱だった時期の生まれも多い。

 無論、戸籍は全て再発行されているが、再発行時に手違いが起きている可能性も否めないのだ。

茜「案外、本当に親戚か何かかもしれないな……」

空「そうだったら……ちょっと嬉しいです」

 思わず漏らした茜の呟きに、空は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 と、その時だ。

『PiPiッ、PiPiッ』

 不意に小刻みな電子音が鳴り響く。

空「緊急招集みたいですね」

茜「イマジン出現、と言うワケではないようだが……。
  仕方ない、訓練はここで一旦切り上げだな」

 驚いたように漏らした空に、茜はそう返して軽く肩を竦めた。

 流石に、今からではシャワーを浴びている余裕は無さそうだ。

 二人はそれぞれの制服に姿を転じると、トレーニングルームを後にした。

 廊下でレミィとフェイ、第二十六小隊の面々と合流した二人は、
 駆け足気味にブリーフィングルームへと向かった。

 七人がブリーフィングルームに入ると、既にオペレーター達も待機していた。

 オペレーターチーフのタチアナと、部門チーフの春樹とメリッサが不在のため、
 現在はそれぞれの代行としてほのか、雪菜、セリーヌの三人がおり、
 さらにチーフ代行となったほのかの代行としてサクラがいる。

 そして、全員が揃った事を確認し、ブリーフィングルームの片隅で何事かを話し合っていた明日美とアーネストが、
 会議用スクリーンの前に進み出た。

 空達も椅子に腰を下ろし、そちらに向き直る。

 明日美とアーネストの表情は曇っており、何かが起きた事は明白だった。

明日美「派遣任務を計画した時点で想定はしていたけど、最悪の部類の事態が発生したわ」

 そして、明日美自身の言葉とその声音が、どれ程の事態が起きたかを物語っている。

 イマジン出現の警報は鳴っていないので、
 派遣されたメンバーの負傷や何かの悲報で無い事は分かるが、それだけに不安が募った。

アーネスト「現在、第三フロート第一層を警戒巡回中の二班から連絡で、
      外郭通路付近にイマジンの卵嚢の群生が確認された。

      数は大凡で百前後。
      孵化の兆候こそ見られないが、群生は広範囲に及んでおり一斉除去は不可能との事だ」

 明日美の言葉を引き継いで、アーネストが努めて淡々と説明する。

 だが、そのあまりの状況にブリーフィングルームは一斉にザワめく。

 百。
 あの連続出現の際に現れたイマジンの総数を上回る数だ。

 孵化前の卵嚢――平たく言えば卵の塊だ――の状態とは言え、さすがに戦慄が走る数と言えよう。

セリーヌ「あ、あの卵嚢と言うと………」

フェイ「クモやカマキリなどが作る卵の群体ですね。
    多量の卵が糸などで作られた強靱な袋に包まれた状態を言います」

 怖ず怖ずと手を挙げたセリーヌの質問に、フェイが淡々と答える。

 ちなみに、巻き貝なども卵嚢を作る事では有名だが、分かり易いのはやはりカマキリの卵だろう。

レミィ「うぇ……」

 間近でフェイの説明を聞いていたレミィは、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 大方、想像してしまったのだろう。

 レミィの真後ろにいる紗樹は顔面蒼白になって、
 “モフモフちゃんが一匹、モフモフちゃんが二匹……”と譫言のように呟いてる。

 虫が苦手な人間にはおぞましい図だろう。

 しかし、アーネストの説明はさらに続く。

アーネスト「二班の調査によれば、調査のために解体した卵嚢にくるまれていた卵の数は十個。
      大きさに差違が見られない事から、他の卵嚢も内部に十個程度の卵が存在していると見られる」

遼「つまり、最低でも千、か……」

レオン「一斉に孵化したら人類終わるな、さすがに……」

 震える声で漏らした遼に続き、レオンはどこか他人事のように言って乾いた笑いを漏らす。

 件の連続出現で現れたイマジンの数の十倍以上である。

 例の四種のイマジンがオリジナルギガンティックより遥かに劣るとは言え、戦力比は九対一〇〇〇。

 最大戦力を発揮するために合体してしまえば六対一〇〇〇……戦力差一六〇倍以上だ。

 数十体は押し留められるかもしれないが、小揺るぎもしない桁違いの数で一瞬にして押し切られてしまうだろう。

 なるほど、明日美が“最悪の部類に属する事態”と言ったのも納得だ。

 そして、そんな明日美が口を開く。

明日美「現在、一班を二班と合流させ、第三フロート方面軍の全面協力の下、
    該当ブロックを完全隔離し、卵嚢の除去と処分が行われていますが、
    作業には最低でも一週間以上かかると思われています」

 卵を不用意に刺激して一斉孵化を避けるためだろうが、それでも卵嚢一つを除去するのにかかる時間は長い。

 慎重な作業で一日に十五個も除去できれば、それはそれで早いと言うべきだ。

明日美「状況次第では一、二班と早期に交代する事態もあり得ます。
    各員はいつでも交代できるよう準備を怠らないように」

 明日美はどこか重苦しい雰囲気でそう伝える。

アーネスト「質問が無ければ解散とする」

 どうやら伝達事項はこれで全てのようで、アーネストが全員を見渡しながら質問を促す。

 だが、不安はあっても質問は無いのか、ブリーフィングはその場でお開きとなった。

 オペレーター達が先に退室し、他のドライバー達が出て行ったのを見計らい、
 空と茜は最後に残った沈痛な面持ちの明日美とアーネストに“お先に失礼します”とだけ伝えて退出した。

茜「………大変な事になったな」

空「まあ、今の所は大丈夫みたいですけど……。風華さん達が心配ですね」

 溜息がちに漏らした茜をフォローするべく、空も努めて楽観的に言おうとしたが、
 現地の風華達の事を考えると気が気ではない。

 思い出してみれば、エール型イマジンは海晴の声を使って、軟体生物型イマジンは貪欲だと語っていた。

 恐らく、千を超えるイマジンは一斉に人類を食い尽くすための尖兵だったのだろう。

 オリジナルギガンティックを殲滅後に孵化させれば、
 人類は対抗する間も無くあっと言う間に平らげられてしまっていたかもしれない。

 そう考えると、オリジナルギガンティックを狙う事を優先してくれたのは、
 不幸中の幸いだったと言うべきだ。

 手段と目的と、それらの優先度がまだ上手く判断できない、発展途上のイマジンだったとも言える。

茜「何にせよ、動ける準備は進めていた方が良いだろうな……」

空「今日に明日に、って事は無いと思いますけど、
  今晩中に派遣任務に行けるような準備は整えるべきかもしれませんね」

 気を取り直して思案気味に漏らした茜に、空も頷きながら応えた。

 明日美達の様子は緊迫していたが、事態はそこまで切迫している様子ではなかった。

 空の言葉通り、今日に明日に交代しろと言われる状況ではないと言う事だろう。

 大問題である事には変わりないが、立場上、明日美達は自分達よりも考えなければならない事が多い。

 要は心労だ。

 そして、その心労を軽くするのが、彼女達のような中間管理職……隊長格の仕事と言うワケである。

茜「いや、早いに越した事は無いだろう。
  私達はいつでも荷造り出来るからな、昼休みの間は私達が待機室に詰めているから、
  簡単な準備だけでも昼休みにしておくと良い」

 茜自身にもそんな自覚はあるのか、そう言って頼もしげな笑みを浮かべた。

空「……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」

 空も茜の配慮を慮って、僅かな思案の後に頭を垂れる。

 最初――風華不在の間の隊長代理を任せられると知った時――はどうなる事かと思ったが、
 茜がフォロー上手なお陰で、空も随分と助けられていた。

 書類仕事は慣れの問題もあるし、やはり勝手を知っている人がいると言うのは助かる物だ。

空「とりあえず、一旦、汗を流して来ましょう」

茜「ん……そう、だな」

 空の提案に、茜は襟元の匂いを嗅いでから頷く。


 ブリーフィングで伝えられた余りにも緊迫した情報に、
 一時は不安に包まれたギガンティック機関だったが、その後は滞りなく一日は進んだ。

―3―

 卵嚢群の発見から四日後。

 ギガンティック機関が卵嚢群を発見したと言う情報は、発見の翌日には政府を通じて市民にも報じられた。

 パニックが起きるかと思われていたが、そこは少々の印象操作が加えられる事となり、
 市民の混乱は最小限に抑えられていた。

 要は、卵嚢内のイマジンが中型で、それほど強力でないと言う内容で報じられたのだ。

 その事は、確かに事実だった。

 実際に孵化実験を行って誕生したイマジンは、連続出現時に現れた四種のイマジン達と同種で、
 しかもその能力はそれらよりも若干劣っていた。

 恐らく、一度に多量の卵を産み出した弊害だろう、と言うのが、
 その筋の専門家が報道時に加えた推測であり、蓄積されたデータから出された結論でもある。

 一体一体ならば対処が容易でそれほど強力ではない、と言うのは、
 市民を安堵させる上で大きなウェイトを占める。

 要は、何かの拍子に二、三体のイマジンが孵化してしまったとしても、
 現場にいる四機のオリジナルギガンティックで対処可能だからだ。

 ともあれ、それらの情報が速やかに発表された事と、
 軍とギガンティック機関が連携して対処中と言う事もあって、市民の混乱を最小限に収める事が出来た。

 現在は第三フロート全域と、隣接する各フロートの外周街区に避難準備警報が発令されており、
 市民は緊急時にいつでもシェルター内に避難できる態勢が整えられている。

 まあ、それも殆ど気休め程度の物でしかない。

 軍と機関の連携で、今の所、除去できた卵嚢の数は半分超の七十七個。

 残り二十八個の卵嚢が一斉孵化すれば三百に迫る数のイマジンが一斉に動き出すのだ。

 状況はかなり好転しているように見えるが、
 それでもギガンティック機関総出で押し留められるのは四十体ほどが限度である。

 残り二百以上のイマジンは押し留める術も無く第三フロートを、
 そしてメガフロート全域を食い尽くすだろう。

 未だ、人類は剣が峰の如き危うい状況に立たされている事に変わりない。

 そして、今の所、空達も緊急でそちらに出向く、と言う事もなく、待機室で過ごしていた。


 午後。
 ギガンティック機関隊舎、ドライバー待機室――

紗樹「待つだけ、って言うのも、意外と大変なのね……」

 フェイの煎れたコーヒーを飲み終えた紗樹が、小さな溜息混じりに漏らす。

レミィ「慣れですよ、慣れ。
    それに、訓練をしたりシミュレーターでデータを取ったりと、
    他に何もしていないワケでもありませんから」

 そんな紗樹に、レミィが丁寧に返した。

 確かに、ギガンティック機関のドライバーは基本的に待機室に詰めているのが基本的な業務だ。

 イマジンの出現に際して、いつでも迅速に出撃できる体勢を整えるためだが、
 まあ基本的に隊舎内か隊舎の敷地内にいれば十分である。

 でなければ、日がな一日中こんな狭い待機室にいては身体も鈍ってしまう。

 訓練でベストなコンディションを維持するのもまた、ドライバーに欠かせない義務の一つだ。

紗樹「それもそっか……まあ、私達の場合はあっちのシミュレーターが使えないんだけどね」

 納得したように漏らした紗樹だったが、最後は苦笑い混じりに付け加える。

 しかし、レミィはそんな紗樹の様子……と言うか視線の位置に、ジト目気味な不満顔を浮かべ、口を開く。

レミィ「………出来たら耳じゃなくて目を見て会話してくれませんか?」

紗樹「え~……ちゃんと目も見てるよ?」

 不満げなレミィの言に、紗樹は彼女の耳と目をウズウズとした様子で交互に見ながら答える。

 確かに目も見ているが、割合にして八対二程度で耳の方を多く見ているようでは、その言葉に説得力など欠片も無い。

レオン「ったく、そろそろ慣れてやれよ……お互いにな」

 その二人の様子に呆れたような言葉を漏らすレオンだが、笑いを堪えているようではこちらも説得力は無かった。

 ここ数日のお決まりのパターンだ。

 ちなみに、お馴染みのコの字型に配置されたソファーの並びは、
 左端から順にフェイ、レミィ、空、茜、紗樹、遼、レオンとなっており、
 フェイがいつでも立ち上がり易く、かつ紗樹がレミィに飛びかかれないように配慮されていた。

 紗樹曰く“目の前にモフモフちゃんがいるのに我慢できるワケがない”との事らしく、
 この並びはそれも考慮した配置なのだ。

空「ほら……レミィちゃんは可愛いから?」

レミィ「むぅ……釈然としない」

 空のフォローの言葉に、レミィはどこか釈然としない様子で応えた。

 だが、満更でも無さそうなのは、尻尾が忙しなくパタパタと動いている様子で丸わかりである。

紗樹「嗚呼、尻尾がパタパタ……嗚呼……」

 紗樹も、その様子にもどかしげに手を伸ばそうとしていた。

茜「……徳倉、東雲を抑えておけ」

遼「りょ、了解です……」

 だが、溜息がちな茜の指示で、紗樹は遼によって羽交い締めにされてしまう。

紗樹「あぁうぅぅ~、しっぽぉ~」

 座った体勢のまま大柄な体格の遼に羽交い締めにされた紗樹は、
 その場でジタバタと藻掻きながら手を伸ばすが、その手は虚しく空を掴むばかりだ。

ヴィクセン「尻尾だったらアタシの尻尾もあるんだけど、こっちじゃダメなのかしら?」

 と、不意にドローンのヴィクセンがテーブルの上に飛び乗り、
 羽交い締めにされた紗樹の目の前で、柔らかそうな素材で出来た尻尾を振って見せた。

紗樹「あ……うん、しばらく前の私なら、これでも満足できたんだろうけど……。
   何というか、ヴィクセンちゃんの尻尾はぬいぐるみっぽいのよねぇ」

 途端、冷静に返った紗樹は、思案げな様子で呟く。

 当のヴィクセンにしてみれば失礼な態度かもしれないが、紗樹の考えも分からなくも無い。

 実際、瑠璃華がヴィクセンの尻尾に使ったのは、市販のキツネのぬいぐるみの尻尾だ。

 内部に魔力で自在に稼働する針金のような物を仕込み、リアルな動きを生み出しているが、
 それはやはり“リアルな動きをするぬいぐるみの尻尾”であって、レミィのような本物の尻尾とは違うのである。

ヴィクセン「う~ん、申し訳ないけど、アタシじゃ身代わりになれないみたいねぇ」

 ヴィクセンは申し訳なさ半分と言った感じで、戯けたように漏らすと、
 “生殺しも可哀相だし、たまには触らせてあげたら?”と付け加えた。

 その提案に紗樹は目を爛々と輝かせ、レミィは全身をビクリと震わせ“ご免被る!”と叫んで、
 紗樹から身を隠すように、座ったまま空の背に回る。

 そんなレミィの様子に、人間の盾と化した空は“アハハハ……”と困ったような苦笑いを漏らした。

茜「……まったく、それだとどちらが年上か分からないな」

 呆れながらその様子を見守っていた茜は、噴き出しそうになりながら微笑ましそうに呟く。

空「明日から九月末までは、私とレミィちゃんは同い年ですから」

 空もよく分からない理屈のフォローを入れる。

 確かに、空の誕生日は明日の7月9日、レミィの誕生日は9月30日だ。

 だから何だ、と言う、本当によく分からない理屈の話である。

 だが、茜はそんな理屈とは別の部分に食いついた。

茜「そうか……君の誕生日は、明日なのか」

空「……はい」

 驚いた様子の茜に、空は僅かな逡巡の後に頷く。

 十五年前の7月9日。

 それは、空が今は亡き海晴によって拾われた日だ。

 そして、それは同時に、
 かつては七月九日事件とも呼ばれていた事もある60年事件が起きた当日の日付でもある。

 お互いに色々と思う所のある日だろう。

 空にとっては掛け替えのない家族と出会った日だが、それと同時に家族が両親を喪った日でもあるのだ。

 そして、茜にとっては父親と、一時期ではあるが言葉を失った日である。

茜「アルベルト……。
  すまないが、東雲と徳倉を連れて、少し席を外してくれないか?」

レオン「……ウィっス、隊長。行くぞ、紗樹、遼」

 茜の指示を受け、珍しく彼女の事を“隊長”と呼んだレオンに目を丸くしながら、
 紗樹と遼は彼に続いてハンガー側出入り口から待機室を後にした。

 茜は部下達の背を、少し申し訳なさそうに見送る。

レミィ「私とフェイも席を外した方が良いか?」

フェイ「…………」

 レミィがそう漏らすと、それまで省魔力モードで黙り込んでいたフェイが、無言のまま目を開く。

茜「……いや、いい……。
  ただ、部下がいる場では話し辛かっただけなんだ」

 茜がレミィの気遣いに、どこか弱々しさを感じる笑みを浮かべて答えた。

 茜も幼馴染みの兄貴分のようなレオンはともかくとして、紗樹や遼にも仲間意識は感じている。

 だが、彼女達はあくまで部下なのだ。

 ギガンティック機関も大きな組織だが、ロイヤルガードのように組織図は煩雑ではなく、
 上下の関係も比較的緩やかな物である。

 しかし、そうでないロイヤルガード所属の茜にしてみれば、
 部下に対する示しには気を配らなくてはならないのだろう。

 まだ十七才になったばかりの少女には難儀な話である。

茜「それで……空。
  君は、テロと言う物をどう見る?」

空「テロ、ですか……?」

 意を決したような茜の質問に、空は怪訝そうな表情を浮かべた。

 テロ……つまり、テロリズムやテロリストなどを総じてどう思うか、と言う事だろうか?

 一瞬考え込んだ空は、不意に口を開く。

空「……何でだろう、って思います」

茜「何でだろう?」

 空の感覚的な返答に、茜は要領を得ずに首を傾げた。

 空は“はい”と頷いてから、改めて茜に身体ごと向き直る。

空「今、人類が戦わなきゃいけない相手はイマジンです。
  でも、イマジンと正面から戦えるのはエール達に乗れる私達だけで、
  とても人間同士で戦っている余裕なんて無いじゃないですか?

  それなのに、何で自分達の主張のために力を使おうとするのか、
  私にはよく分かりません。

  ……私がテロリストの人達と同じ立場なら、
  何か見えて来る物もあるかもしれませんけど……」

茜「つまり、連中のやりようが正しくない事は分かるが、
  連中がそんな手段を講じようとする理由を知りたい、と言った所か?」

 空の説明に、茜は思案気味に返した。

空「……はい、自分でもあまり考えた事は無いんですけどね」

 空はそう言って、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。

 そんな空の様子に、茜は小さく肩を竦めて息を漏らす。

 そして――

茜「君は……優しいんだな」

 と、感慨深げに呟いた。

空「優しい、ですか? ……そんな事、初めて言われました」

 茜の言葉に驚いた空だったが、すぐに照れ隠しに困ったような笑みを浮かべる。

茜「相手の立場に立とうとする事……先ずは相手を理解しようと努める事は、
  優しいって事だよ……きっと」

 茜は寂しげな笑みを浮べて呟くと、さらに続けた。

茜「私は……連中を許せないからな」

 どこか自嘲気味にも聞こえる言葉を、消え入りそうな声音で呟く。

空「……」

 茜の様子に戸惑いながらも、空は心の中でどこか納得していた。

 茜自身の口から詳しく語られてはいないが、
 彼の兄・本條臣一郎を新たな英雄に仕立てようとする一部の報道のお陰で、
 60年事件のあらましくらいは、空も改めて調べるでもなく知る事が出来た。

 明日美から自身の生い立ちの事を聞かされて詳しく調べた事もあって、
 茜と臣一郎の父、本條勇一郎が二人の目の前で亡くなっている事も知っている。

 その様子は、何処か自分の体験と被るのだ。

 そう、目の前で、イマジンに姉を食い殺された自分と……。

空「……私も、そうですよ」

 空は目を伏せ、僅かに躊躇った後でそう呟いた。

 全員の視線が空に集まり、いつの間にかエールも目の前……テーブルの上に立っている。

空「来て、エール……」

 空はエールを抱き上げると、彼の身体をぎゅっと抱きしめ、改めて口を開く。

空「今の私の戦う理由は、誰かの力になる事です……」

 どこか感慨深く、その事を再確認するように空は漏らす。

 大切な人を守りたいと思う人の盾。
 大切な人のために戦いたいと思う人の矛。
 力なき人々の力。

空「でも、根っこの所は、まだイマジンへの憎しみがあるんだと思います……。

  イマジンから誰かを守る盾に、
  誰かのためにイマジンを倒す矛に、
  誰かの代わりにイマジンと戦う力になりたい……。

  多分、建前を無くしたら本音はそんな感じです」

 空はそう言うと、どこか力ない苦笑いを浮かべる。

 空は少しオーバーに言ったつもりだったが、改めて思い返せばその通りだと、自ら納得していた。

 気持ちを偽るつもりは毛頭無いし、自分が誰かの力になれれば良いと思っているのは、嘘偽り無き本音だ。

 だが、やはりイマジンに対する憎しみや恐れの全てを捨て切れるとは、空自身も思っていなかった。

 言ってみれば、空の戦う理由は彼女の望みであり、願いだ。

 そして、イマジンに対する憎しみは、最初の動機と言う事になるだろう。

 だが、それと同時に“イマジンを放っておけば、また誰かが犠牲になるかもしれない”と言う思いがあり、
 自分の事を深く愛してくれた姉への恩返しもあって、それが今の戦う理由にも繋がっている。

 イマジンに対する憎しみと、名も知らない誰かを守る事。

 相容れない個別の思想に見えて、空の中でこの二つは不可分なのだ。

 ただ、まとめて“憎く恐ろしいイマジンから、名も知らない誰かを守る”と言い切ってしまうのも、
 また違う気がするのも確かだった。

 イマジンに対する憎悪と恐怖と、姉への恩返しの思い。

 こちらは相容れないのだ。

 いや、相容れるべきではないと、空は考えていた。

 話の最初に立ち返れば、そこが空の建前の部分なのだろう。

 長々と語ってみたが、要は複雑なのだ。

空「結さん……茜さんのお祖母さんや、私のお姉ちゃんから受け継いだエールですから。
  もっと正しく使うべきだとは思うんですけど……」

 そう呟く空は、どこか申し訳なさそうな雰囲気を漂わせている。

茜「君は……清濁併せ呑む度量があるのか清廉潔癖たらんとしているのか、
  今一つ分からない所が凄いな」

 だが、茜はそんな空の様子に噴き出しそうになりながら言った。

空「それって、褒めてます?」

 一方、空は、噴き出してしまった茜に釈然としない様子で問いかける。

 まあ、前半を聞くだけなら褒められている気がしないでもないが、後半を付け加えると些か判断に困る所だ。

 それにしても、“清濁併せ呑む”と“清廉潔白”では並び立たない。

 辞書通りならば、善人――善性――も悪人――悪性――も受け入れる度量と、
 心清らかで後ろ暗い所が無いと言う意味だ。

 確かに、この二つはそのままでは並び立たない。

 しかし、茜の言う通りに“清廉潔白たらんとする”のならば、
 “清濁併せ呑む”とも並び立とう。

 悪人までも受け入れておきながら後ろ暗い事が無いと言うのは、
 開き直っているようにも聞こえるが、要は堂々としていれば良いのである。

茜「褒めている……と言うよりは、尊敬に値すると思うよ、君は。
  ……そうだな、天空海闊の方が正しいかな?」

空「てんくうかいかつ?」

 感慨深く語る茜の口から漏れた聞き慣れぬ言葉に、空は小首を傾げた。

フェイ「空や海のように度量が広いと言う意味の言葉です」

 そんな空に、フェイが助け船を出す。

 成る程と、空は頷き、茜はさらに続ける。

茜「話を振り出しに戻すようだが、私は自分の中の悪性と向き合えるほど強くは無いんだ……。
  だから、君のように強い人間は尊敬に値するよ」

空「私が……強い、ですか?」

 悔しさと尊敬と、そして憧れにも似た物が入り交じった複雑な表情を浮かべた茜の言に、
 空は怪訝そうに首を傾げた。

 力が強い、などと分かり易い天然ボケを宣うほど、空も間抜けではない。

 茜の言う“強さ”が、心の強さだと言う事は彼女も分かっている。

空「そんな……強くなんて、ないですよ」

 空は恐縮した様子で慌てて否定するが、言いながら自身を省みて言葉を濁してしまう。

 自身を省みれば、やはり自分が胸を張れるような人間でない事を思い知らされるばかりだ。

レミィ「ああ、コイツは強いとかそう言うのじゃないからな」

 しかし、そんな空を慮ってか、レミィが戯けた調子で言って、空の両肩に後ろから手を置く。

レミィ「単に、何でもかんでも背負い込み過ぎなだけだ。
    ……まあ、私も人の事をとやかく言えた物じゃないが、コイツと比べるとさすがに、な」

 レミィは途中までは心配そうに言っていたが、次第に呆れ半分恥ずかしさ半分と言った風に漏らす。

 レミィも一旦背負い込んでしまうと背負い込み続ける質だが、
 何でもかんでも背負い込んでしまう空ほどではない。

フェイ「朝霧副隊長は責任感が強いため、自身で受け止め切れる以上の物を背負い込み、
    張り詰めた緊張の糸が切れると、途端に全ての重みに押し潰されてしまう傾向があります」

空「あぅ……」

 続くフェイの言葉にも思い当たる節が多く、
 空は反論する事も出来ずにガックリと肩を落として項垂れる。

茜「………そこまでと分かっていながら、よく副隊長に推薦したな。
  ふぅ……んっ、藤枝隊長からは、殆ど満場一致だったと聞かされていたが……」

 茜は思わず素を出してしまいそうなほど呆れながら、
 以前に風華から聞かされていた、空を副隊長に推した時の経緯を思い出しながら呟く。

レミィ「ん~……こう言うとコイツが気にするんだが……。
    海晴さんとそっくりなんだよ、叱り方とか、諭し方とか、な……」

 茜の言葉を受けて、レミィは僅かに戸惑った後、感慨深げな視線を空に向けながら言った。

 そこに、さらにフェイが続く。

フェイ「朝霧副隊長の責任感の強さ、何でも背負い込んでしまう気概は、
    それだけ誰かを気遣ってくれている事の裏返しでもあります。

    我々は、そう言った朝霧副隊長の在り方を信頼しているのです」

レミィ「背負い込み過ぎるのは頂けないが、仲間思いなのはコイツの良いところだ。
    基本的にはいいヤツなんだよ……空は」

空「あぁ、うぅ……」

 先程は図星を突かれて落ち込んでいた空だが、二人から素直に褒められて、
 嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 普段からこう言った事を口にされる事は稀にあった事だが、
 さすがにまだ知り合ってから間もない茜の前で言われると、いつになく気恥ずかしい物だ。

 その様子に、茜は少し面食らったように目を見開いてから、優しそうな笑みを浮かべる。

茜「……愛されているな、君は……」

空「ぁうぅぅぅ~」

 茜の言葉に、空は耳まで真っ赤にしてさらに俯いてしまう。

空「は、話が脱線しちゃいましたねっ!」

 そして、すぐに真っ赤に染まったままの顔を上げ、無理に話題を元に戻そうとする。

茜「……ああ」

 茜は優しげな笑みを浮かべたまま、軽く頷いた。

 レミィも空の様子に満足げな笑みを浮かべ、
 フェイも淡々としながらもどこかすましたような表情を浮かべている。

空「むぅ~」

 空は、どこか一杯食わされたような釈然としない思いに苛まれつつも、何とか気を取り直す。

レミィ「それで、テロをどう思うか、だったか? ……私やフェイも答えた方がいいのか?」

茜「ああ、頼む」

 茜が質問に頷くと、レミィは僅かに思案した後に口を開いた。

レミィ「……まあ、さすがに犯罪者だからな。
    連中なりの言い分もあるだろうが、その辺は捕まえてから聞けば良いだろう。
    それを受け入れるかどうかは別問題としてな」

 レミィは思案げに呟くと、テロリスト達への僅かな呆れを込めて溜息を漏らす。

 タカ派ともハト派とも取れない、公職に就く者として実に妥当な意見だ。

茜「………普通だな」

レミィ「悪かったな」

 拍子抜けした様子で感想を呟いた茜に、レミィは不満そうに返す。

フェイ「この場合、公人として回答するべきでしょうか?
    それとも、個人として回答するべきでしょうか?」

 そして、そんなレミィを後目に、フェイが思案げ漏らした。

茜「どちらでも構わないが……出来たらフェイ個人の意見が聞かせてもらいたい」

フェイ「私、個人の……」

 一瞬だけ思案してからの茜の言に、フェイは珍しく戸惑ったような声音で呟く。

 そして、僅かな逡巡の後、ゆっくりと口を開いた。

フェイ「………テロリズムとは、大多数の意見によって棄却された少数意見による歪みだと、私は考えます」

茜「それは……大多数側にも責任があると言う意味か?」

 フェイの出した意見に、茜は少しだけ表情を険しくする。

 テロを憎んでいると公言している茜に取って見れば、フェイの冷静な意見は相容れない物なのだろう。

フェイ「そう捉えていただいても構いません」

 フェイは敢えて首肯した。

 それが返って茜に冷静さを取り戻させる。

 むしろ、フェイの堂々とした様子に呆気に取られてしまったのだろう。

 茜が落ち着いたのを感じ取り、フェイはさらに続ける。

フェイ「……ですが、少数派が多数派に対し暴力によって意見を受け入れされ、
    目的を達成しようとした時点で、意見の大義や正当性は失われています。

    政略的目的達成のためと綺麗事を並べ立てても、
    その過程から大義が失われてはならないと考えます」

 いつになく饒舌な様子のフェイの言葉を、空達は無言のまま何度も頷きながら聞き続けた。

 他の仲間達も静聴を続ける中、フェイはさらに続ける。

フェイ「多数派は少数派の意見全てをくみ取る必要はありません。
    それでは行動が定まらず、多くは迷走を招く要因となります。

    ですが、少数派の意見を聞き入れ、十分な議論と検討、検証をする必要は有ると考えます。
    無論、それによって行動の停滞を招く事も十分にあり得るでしょう。

    しかし、迷走と停滞を最低限に抑える仕組みを整える努力を怠り、
    少数派の意見を棄却するばかりだった結果がテロリズムに繋がった、と考える事は出来ます」

 フェイはそこまで少し早口で言ってから、呼吸を整えるように一拍の休みを置き、再び口を開く。

フェイ「多数派にも少数派にテロを起こさせない努力は必要と考えます。
    ですが、それでもテロが起きてしまった場合は、素早く鎮圧すべきである。

    それが私のテロに対する考えです」

 語り終えたフェイは、最後に“ご清聴、ありがとうございます”と付け加えた。

茜「テロを起こさせない環境の整備か……考えても見なかったな」

 全てを聞き終えた茜は、目から鱗が落ちたと言わんばかりに感心した様子で呟く。

 テロリズムを擁護しているとも取れる言い方だったが、
 大半のテロが少数派の意見を通すための行動であるのは、フェイの言葉の通りだ。

 そして、彼女の言葉通り、意見を通すために暴力を振るってしまったのでは、
 その意見の正当性すら失われる。

 要はそう言った悲劇を起こさないための社会的構造再編は必要だが、
 それでも尚起こってしまうテロに対しては反撃も辞さない。

 それがフェイの意見の要旨であった。

茜「けれど……」

 感心していた様子の茜だったが、ある事に気付いて、すぐにその表情を曇らせる。

 フェイも茜の気付いた事に察しが付いているのか、浅く頷いて口を開く。

フェイ「はい、これはあくまで理想論でしかありません。

    社会の構造を再編した程度でテロが減少する確証も、
    そうする事で世の中が上手く行く確証もありません」

空「あ……」

 黙って聞いていた空も、フェイの言葉でその事実を突き付けられ、
 どこか残念そうな吐息を漏らした。

 空にも、フェイの意見は正しい物だと感じる事が出来た。

 それは傍らで神妙な表情を浮かべているレミィも同様だ。

 だが、正しい事、正論が常に正解とは限らない。

 社会の構造を変革するとなれば、それは長い時間と多くの労力を強いられる。

 それが正しい事であっても、その正論は“理想論”だと切り捨てられるのだ。

 フェイが最初に見せた戸惑いは、自分の意見が理想論に過ぎないと分かっていたからなのだろう。

 しかし、無表情で淡々としながらも、フェイ自身から諦めは感じられない。

 それは、彼女が自身の言葉を理想論と断じながらも、
 その理想を切り捨ていない……諦めていない事の現れだった。

 言葉だけに気を取られていた空は、フェイの表情の機微に気付いて気を取り直す。

空「フェイさんは、諦めていないんですね」

フェイ「勿論です。
    確証が無いとは言え、実証を踏まえずに棄却すべき案ではないと確信しています」

 改めて空がその事を尋ねると、フェイは無表情ながらにどこか自信ありげに頷いた。

 普段ならば“判断”と言っていたであろう部分を、
 敢えて“確信”と言っているだけあって、その自信は文字通りに確かな物だ。

 確信とは伝播する物なのか、それとも単なる仲間への共感なのか、
 空にもフェイの確信は理解できた。

 元より、相手の立場を鑑みようとしていた事もあるだろう。

空「そう、ですよね……。
  何事も試してみないと、変えられる物も変えられませんよね」

 空は最初は怖ず怖ずと、だが自分の中にあった考えがハッキリとして行くにつれて、
 僅かずつ声を弾ませて行く。

 そして、自身を顧みる。

 姉を殺された事に対する復讐だけで戦いを決意した自分も、
 いつしか仲間のため、そして、名も知らぬ誰かのために戦えるようになった。

 個人と社会を比べるのは間違っているだろう。

 だが、社会も多くの個人が作り上げている物だ。

 個人が……一人一人が変わって行く事で、ゆっくりと、だが確実に社会は変えて行けるかもしれない。

 そんな思いが、空の中で大きくなる。

レミィ「まあ、そう言う小難しい事をやるのは政治家だからな。
    同じような考えを持っている政治家を見付けて応援する以外無いな」

 レミィはどことなく空が昂奮しているのを感じ取ったのか、頭を冷やせと言わんばかりにそう言った。

空「あ、そっか……」

 一方、頭から冷や水をかけられた空は、残念そうに肩を竦めて顔を俯けてしまう。

茜「あまり気落ちする物でも無いぞ。
  実際、そう言う活動をしている真っ当な政治家も少なくは無い。

  テロのせいで情勢不安定な今は無理でも、
  将来的に彼らがの意見が採用されるような世論が形成される日が来るかもしれない」

 そんな空に、茜はフォローするように言った。

 が、内心では半信半疑で、その言葉には空とフェイのフォロー以上の意味は無かった。

 空やフェイの気持ちも分かるし、それが良い事だと理解する事は出来るが、
 気持ちの上で納得できない部分も多いのだろう。

空「じゃあ、いつか世界が良い方向に変えられる時が来るまで、頑張らないといけませんね」

 しかし、そんな茜の内心を知ってか知らずか、気を取り直した空は微かな決意を声音に込めて呟く。

 すると、その言葉に反応するかのように、空の膝の上で抱きしめられていたエールがピクリと反応した。

空「エール?」

 不意に動いたエールに、空は怪訝そうな表情を浮かべる。

 そんな空の傍ら……彼女と茜の間にクレーストが立つ。

クレースト「明日美様から聞き及んでいましたが……今日の事で得心が行きました。
      エールは確かに、あなたの全てを見越してあなたを選んだようですね、朝霧空」

空「私の全て?」

 どこか懐しい者を思うような口調で呟くクレーストに、空は小首を傾げた。

 クレーストは僅かに俯いてから、意を決したように顔を上げる。

クレースト「エールは、かつての主を思わせる人を探していたのですよ……。

      名前も知らない誰かのために戦う事の出来る、
      世界がより良く変わる日を信じて戦い続けられる、
      そんな強く、清らかな心の持ち主を……」

 そして、小首を傾げたままの空に、かつての主の親友であり、
 当代と先代の主の血縁である女性を思い出しながら語った。

 しかし、それだけでは要領を得ないのか、空はさらに首を傾げる。

 だが、褒められた事は分かったので、さすがに恐縮してしまう。

空「え、えっと……その、流石に清らかって事は無いと思います」

 空は恐縮気味に漏らす。

 散々と繰り返して来たが、志を新たにした空だが、彼女の根底にはまだイマジンへの憎悪が渦巻いている。

 それをしっかりと理解しているからこそ、
 “強く、清らかなな心の持ち主”などと評されるのは烏滸がましいとさえ感じてしまう。

クレースト「人の心とは複雑な物です。
      一面だけで語る物ではありませんが、
      あまり多くを一纏めにして語る物でもありません……」

 そう感慨深く呟くクレーストに、
 空はどう返して良いか分からず困ったような表情を浮かべ、押し黙ってしまった。

 クレーストの言は彼女の体験に基づいた、実に彼女らしい言葉と言える。

 自身の予備として娘を作り出し、後に改心した祈・ユーリエフの願いにより、
 その娘……奏を守る刃として生を受け、様々な者達と相対した。

 世界と人間の善性を愛しながら人間の悪性に絶望し、
 人間に対する憎悪に塗れたグンナー・フォーゲルクロウ。

 創造主のもう一人の予備であり、長らく生き別れていた主の妹であり、
 母と姉への愛故に二人を恨んだ湊・ユーリエフ。

 レオノーラ・ヴェルナーの記憶を植え付けられ、優しさ故に彼女のため暴走してしまった、
 主の愛娘たるクリスティーナ・ユーリエフ。

 罪と悪を憎悪しながらも、それでも誰かのために真っ直ぐに戦い続けた、
 主の親友たる結・フィッツジェラルド・譲羽。

 そんな人々と触れ合って来た故の言葉だろう。

 ある一面があれば、その人間の全てを否定する材料と成り得る事も、
 だが、それとは逆に軽んじて全否定すべきでは無い事を、彼女は自身の経験として悟っていた。

 空の在り方を、彼女の憎悪の心を知るが故に否定する者もいるだろう。

 しかし、それと同時に、その憎悪を押し殺して誰かのために戦う空の姿勢を、
 クレーストは尊い物と思っていた。

 そして、そんな空の在り方は、結を彷彿とさせるのだ。

クレースト「あなたはまだ若い……。
      そう性急に理解しようとする事も無いと思います。

      ただ、あなたの在り方を清い物と感じている者がいる事を、
      どうか心に留め置いて下さい」

空「は、はい!」

 相手はギガンティック……それも、そのAIだと言うのに、
 優しくも強い語り口に、空は思わず姿勢を正して返事を返していた。

 さすがに八十年以上を生きた年の功だろう。

 見た目はデフォルメされた二頭身ロボットだが、
 中身は空にとっては曾祖母か曾々祖母と言った年齢のAIだ。

 そんな相手から丁寧に諭されたら、空の反応も納得である。

茜「……ん、そろそろ三人を呼び戻すか」

 このままでは話にキリが着かないと思ったのか、茜はそう言って時計を見遣った。

 時間はレオン達に席を外させてから小一時間ほど経過している。

 話題を振って置きながら、と内心で思ってもいたが、
 自分の我が儘で他所に追い遣っていた部下達をそのままにしておくのも忍びないと思ったのだろう。

 そして、丁寧に答えてくれた三人に向き直って、感謝の言葉を述べようと口を開く。

茜「今日は色々な意見が聞けて良かった……。本当に――」

 ――ありがとう。

 茜がそう言いかけた、その時だった。

『PiPiPi――ッ!』

ルーシィ『メインフロート第二層にイマジン出現を確認!
     待機要員、整備班は出撃準備されたし!

     繰り返す、メインフロート第二層にイマジン出現を確認!
     待機要員、整備班は出撃準備されたし!』

雪菜『01、11、12ハンガーのリニアキャリア一号への連結作業開始。
   二次出撃に備え、第二十六小隊各機ハンガーの専用リニアキャリアへの連結作業開始』

 イマジン出現を告げる電子音に続いて、ルーシィと雪菜のアナウンスが響き渡る。

空「前回からまだ二週間しか経ってないのに!?」

 空は驚きの声を上げながらも立ち上がり、
 膝の上で抱きかかえていたエールをテーブルの上に下ろすと、三人と共に走り出す。

フェイ「正確には前回から十三日……。
    通常のイマジンならば、出現スパンとしては最短でもありません」

レミィ「状況が状況だけに、記録更新してくれなくて良かったと言うべきか、
    それならそれで、もっと遅く出ろと言うべきか……」

 淡々と日数をカウントしたフェイの言葉に、レミィはゲンナリとしつつ呟く。

 ちなみに連続出現を勘定に入れなければ、最短記録は十日である。

茜「緊急時には我々もすぐ動けるように待機している。安心して出撃してくれ」

空「はい、よろしくお願いします!」

 併走する茜の頼もしい言に、空は深々と頷く。

 先日は急遽、一足早い共同戦線となったが、出向後の正式な出撃は今日が初めてだ。

 多数のイマジンや強敵の登場はご免被りたいが、茜やクレーストと肩を並べて戦う事を思わず期待してしまう。

空(……不謹慎過ぎるかな……)

 空は高鳴る胸の鼓動を押し留めるように、脳裏にそんな考えを巡らせる。

 まあ、議論の余地も無く不謹慎だろう。

 しかし、空は自責から必要以上に落ち込まぬようにと、前を見据えて走る速度を上げた。

 通路の終端に置かれたロッカーに脱いだ制服を放り込み、各々の愛機に向かって走る。

 先にハンガーにいたレオン達も早々にパイロットスーツに着替え、
 それぞれの乗機に乗り込もうとしている最中だ。

 そんな光景を横目に、空もエールに乗り込む。

サクラ『01、11、12、261、262、263、264。各機搭乗確認。
    戦況確認に入りますが宜しいですか、朝霧副隊長?』

 空がコントロールスフィアに入った途端、そんな風に堅苦しい口調で聞いて来たのは、
 ほのかがオペレーターチーフを務める中、代役でタクティカルオペレーターチーフを務める事となったサクラだ。

 先日の出撃の際には、緊急でそのままほのかがチーフだったので、今回が初のチーフ業務と言う事になる。

 訓練はしていたが、初のチーフ業務で緊張しているのと、彼女らしい生真面目さ故だろう。

空「お願いします、マクフィールドオペレーター」

 空も彼女に習って返すと、サクラは一呼吸置いてから説明を始めた。

サクラ『確認されたイマジンはクモ型……虫の方のクモね。
    前に現れたアルマジロ型とは丁度反対側に当たる外郭自然エリアと
    居住区の間にある運河で巣を展開しつつ、軍のギガンティック部隊と交戦中よ』

 一呼吸置いた事で緊張が解れたのか、サクラは普段通りの口調で戦況を説明する。

空「巣、ですか?」

??『はい、クモの巣です。

   戦闘フィールドを形成しているのか、それとも本来のクモと同様、餌を捕獲するためのネットなのかは、
   ライブラリに照合して似たような行動を取ったイマジンがいないか検索中です』

 怪訝そうに尋ねた空に、サクラの補佐で司令室入りしたタクティカルオペレーターの加賀彩花【かが あやか】が、
 少しだけ強張った声で返した。

 ロイヤルガードからの出向組である彩花は、サクラ以上に緊張しているようだ。

 そうこうしている間に、リニアキャリアは戦場に向けて走り出していた。

―4―

 メインフロート第二層、外郭自然エリア――


 軍のギガンティック部隊が展開している干渉地帯の後方に到着した機関のリニアキャリアから、
 空達は愛機を発進させた。

サクラ『01、12はモードDに合体後、上空からイマジンへ攻撃を。
    11は地上で撹乱、及び01の支援を』

空「了解です。フェイさん!」

 サクラの指示を受けた空はフェイに合図を送る。

フェイ『了解しました、朝霧副隊長』

 フェイの返答と共にシステムを切り替えてモードDへと合体すると、運河を見渡せる高度まで上昇した。

 軍のギガンティック部隊は、外郭自然エリアと運河を半円を描くような陣形で取り囲んでいるようだ。

 その半円の中心には、サクラから説明を受けたクモの巣が見える。

 どうやらクモ型イマジンは今も巣を拡大中らしい。

 軍のギガンティック部隊も威嚇射撃を続けているが、
 低火力の魔力弾による射撃は脅威でも無いと言いたげに、クモ型イマジンは悠然と巣作りに集中していた。

 しかし、それ以上に空の目を引いたのは、イマジンのサイズだ。

空「かなり、大きいですね……」

フェイ「以前に戦闘したバッタ型と同等のサイズでしょうか」

 愕然と漏らした空に、フェイが淡々と応える。

 市民街区と外郭自然エリアを隔てる運河は、決して狭くはない。

 大型の貨物船が最大で三隻まで余裕を持ってすれ違えるように、三百メートルの広さがある。

 イマジンの全長は目測でも運河の幅の二割強……七十メートルはあるようだ。

空「こんな大型イマジンにここまで侵入されるまで気付かないなんて……」

 空はそんな当然の疑問を口にする。

 これだけ大型のイマジンだ。

 メガフロート内に侵入できるルートはかなり少ない。

 四十年以上前に閉ざされたままの空港の大型隔壁か、
 こちらも閉ざされたままになっている外部の港湾施設の隔壁を破壊しなければならないだろう。

 だが、そんな情報は入って来ていない。

フェイ「排水口や排気口から出入り出来るサイズではありませんね。
    以前の軟体生物型のように隠密性の高いイマジンか、或いは……」

空「それって……」

 どこか思案気味な様子で漏らしたフェイに、空も思い当たる節があるのか何かに気付いたように口を開く。

 だが、その瞬間――

レミィ『イマジンが動くぞ!』

 地上で河岸に達しようとしていたレミィが、その気配を察して叫んだ。

空「ッ!?」

 空は息を飲んで驚きながらも長杖を構え、両腰の魔導ランチャーを展開する。

 それとほぼ同時に、巨大なクモ型イマジンの頭部が飛んだ。

 胴体と泣き別れになった頭部は、そのまま溶けるように変態して十五メートルほどのクモ型となる。

空「分離した!? それならっ!」

 しかし、空はそれに一瞬だけ驚きながらも、すぐに立て直し、長杖から魔力砲を放つ。

 狙ったのは分離した頭部ではなく、そのまま残っていた胴体……中でも一際大きな腹だ。

 空の魔力砲は呆気なくイマジンの腹を貫通し、川面に当たって乱拡散して巣を一気に散り散りにした。

フェイ「初弾命中確認」

 フェイが冷静に状況を伝えるが、その声音には僅かな歓喜すらない。

 まだ状況が好転していない事を、彼女は察知していたのだ。

 その証拠に、腹に巨大な貫通痕を穿たれたクモ型イマジンは、
 僅かに貫通痕の周辺が霧散を始めたものの、残る部位は健在だ。

 だが、すぐに変化が訪れる。

 残った身体の部位が細かく千切れ飛び、
 頭よりも小さな十メートル程度のクモ型となって外郭自然エリアへと散って行く。

空「やっぱり! 該当イマジンは集合型です!」

 空は予感的中と言わんばかりに、通信機越しに司令室に向けて叫んだ。

 集合型イマジン。

 ごく稀に出現するイマジンで、その構造は見ての通り、
 無数の同型イマジンの群が寄り集まって出来た大型イマジンだ。

 司令塔となるイマジンが頭部や心臓部などに位置し、
 身体を形成した群の他個体を先導する形で行動する。

 個体としては弱いが集合体となった場合は、
 個体全ての魔力が積算されるため相応に強力なイマジンとなるのが特徴だ。

 集合型がこのような行動を取るのは、自分達がより大型のイマジンに捕食されないためとも、
 小型イマジンへの威嚇行動とも言われているが、本当の理由は定かではない。

 今回の場合、一回り大きな頭部が司令塔で、それ意外が群と言う事だろう。

 集合型ならば、分離してしまえば排水口や小さな隔壁を破って侵入する事も可能だ。

 膨大な魔力を放つオリジナルギガンティックの接近を察知して、
 いち早く司令塔が分離した事と、的が大き過ぎた事もあって大した被害は与えられていない。

 だが、それなりの数を減らす事が出来た。

 また、司令塔が残っているためか、群の統率も失われていないようだ。

 そのお陰で、てんでバラバラに動かれて包囲網を突破される事も無くなった。

 そして、その戦況は司令室にも伝わっていた。

彩花「集合型イマジン、全体総数の約八十パーセントまで減少。
   魔力平均十二万。最大は司令塔と思われる個体の四十五万です!」

 リズ達からの観測情報を受けた彩花が、まくし立てるように情報を読み上げる。

 その報告を受けて、明日美は僅かに考え込んでから口を開く。

明日美「第二十六小隊は現場に急行。

    朝霧班は第二十六小隊到着までイマジンを牽制、再集合を防ぎなさい。
    増援が到着次第、司令塔を撃破してから各個撃破へ!」

ほのか「司令、副司令。
    01用に追加の大推力ブースターと予備のシールドスタビライザーの使用を進言します」

 明日美の指示で各オペレーターが動き出す中、
 オペレーターチーフのシートに座っていたほのかがそんな案を持ち掛ける。

 その提案にに応えたのはアーネストだった。

アーネスト「許可する。

      柊チーフ代行、整備班に指示を。
      リニアキャリアは予備の四号を使いたまえ」

雪菜「了解です。
   リニアキャリア四号に整備用パワーローダー、
   及び、01用高機動空戦コンテナを積載開始。
   積載完了次第、発進体勢へ!」

 アーネストの指示を受けて、雪菜が整備班に通達を行う。

 その状況を見ながら、明日美は深く息を吐く。

明日美「ハァ……まさか、この状況で九年ぶりの集合型とは……」

アーネスト「例の軟体生物型の時ほど危急ではありませんが、あまり歓迎したくは無い状況ですね……」

 溜息混じりの明日美の言に、アーネストも小声で応えてから肩を竦めた。

 ドライバー達には十分にシミュレーターで訓練させているが、
 現在のドライバーの中で集合型イマジンとの実戦を行った者はいない。

 加えて、件の卵嚢騒ぎで頭数も少ないと言う苦境である。

明日美「これ以上の面同事は………あ、いえ、言うべきでは無いわね」

アーネスト「噂をすると、ですからね」

 言いかけて口を噤んだ明日美に、アーネストも微かな苦笑いを浮かべて呟く。

 そうこうしている間に、リニアキャリアへの積載が完了したようだ。

クララ「第二十六小隊専用リニアキャリア発進に続けて、四号発進どうぞ!」

 クララが指示を出すと、司令室側面のモニターに二編成のリニアキャリアが発進して行く様が見えた。

 リニアキャリア発進から五分ほど経過した頃。
 再び、メインフロート第二層、外郭自然エリア――


 空達は三機が分離状態で三方向から魔力弾を放ちつつ、
 集合型イマジンを一つ所に留まらせないように牽制を続けていた。

 隙を見せればまた合体されるので、それを避けるためだ。

レミィ『まったく……ちょこまかと跳ね回るな!』

 レミィが苛ついたように叫び、ヴィクセンの口腔部から魔力弾を放つ。

 胴体に魔力弾を掠めた兵隊クモは、のたうち回りながら霧散して行く。

イマジン『KaTiッ! KaTiKaTiッ!!』

 だが、司令塔イマジンは牙を鳴らして部下達に指示を送り、すぐに隊列を整えさせる。

 その指示の下、兵隊クモ達は仲間を失った事に動揺する素振りも見せず、
 整然と機械のように動き続けるのだ。

 空達が隙を窺いつつ兵隊の数を減らしても、正に“焼け石に水”と言うレベルだった。

茜『待たせたな!』

 背後から茜の声が響き、長杖を構えて砲撃を続けるエール……空の隣に、クレーストが降り立つ。

 さらに、レミィの元にはレオン、フェイの元には紗樹と遼の機体が後方支援に付いている。

空「茜さん! レオンさん達も!」

 予想以上に素早い仲間達の到着に空は驚きの声を上げつつ、
 不謹慎とは思ったものの、早くも叶ってしまった茜との共闘に、内心で歓喜する。

茜『空、君は後方に下がって装備の換装を!』

空「ハイッ!」

 空は声を弾ませ、茜の言葉通りに後方に下がる。

 止まって砲台になっている分にはあまり不便を感じる事は無いが、
 こうやって動くと相変わらず挙動が重い機体だ。

 空は十分な距離を取ってから機体を反転させると、
 ブースターを噴かしてリニアキャリアとの合流地点へと向かう。

 空が合流地点へとたどり着いた時には換装準備は既に始まっており、
 リニアキャリアから発進した三台の大型作業用パワーローダーが、
 展開したコンテナから装備を取り出している途中だった。

 整備班も気付いたのか、誘導灯を装備した小型パワーローダーが
 空の到着に合わせて着地地点へと誘導を開始する。

 空が誘導通りに広い交差点へと降り立つと、
 背後と左右から装備を保持したパワーローダーが滑り込むように進み出た。

空「お願いします!」

整備班1『あいよ、副隊長さん! 超特急で済ませまさぁ!』

 空の声に景気よく応えたパワーローダーのドライバーは、
 手早く背面の小型ブースターを取り外し、大型の大推力ブースターへと換装させる。

 左右のパワーローダーも、既に取り外されている肩のドッキングコネクターに合わせ、
 シールドスタビライザーを装着させた。

空「システムリンク確認……簡易OSS接続……完了!
  換装作業、ありがとうございます!」

 空はディスプレイを見ながら換装が完了した事を確認すると、感謝の言葉を残して飛び立つ。

整備班2『どう致しまして!』

整備班3『大暴れしておいでよ!』

 先程とは別の整備班達の言葉に背を押されるようにして、空は戦場へと舞い戻る。

空(ブースターの推力もさっきよりは高いし、
  シールドスタビライザーの浮遊魔法のお陰で機体も軽い……。

  シミュレーション通りモードDほどじゃないけど、
  これなら合体しなくても、いつもぐらいには戦える!)

 空がそんな感想を抱いた頃には、彼女は戦闘空域に到達していた。

空「お待たせしました!」

 空は上空で静止すると、長杖をカノンモードに切り替えて牽制弾を敵のただ中へと向けて放つ。

イマジン『Kaッ! TiTiTiTiTiッ!』

 対する司令塔イマジンは兵隊クモに指示を飛ばし、十数体で防壁を作り上げた。

 砲撃の射線上に合わせてみっちりと敷き詰められたタイルのようになったイマジン達は、
 空の放った砲撃を相殺するのと引き換えに霧散して消えて行く。

 これで二割方の兵隊を消し飛ばしたが、まだ司令塔は無傷だ。

 最初に兵隊から自身を切り離して逃げる算段を立てたり、
 今のように防壁を作り出したりと、かなり慎重な動きを見せる司令塔だった。

 だが――

?『そこぉっ!』

 空の砲撃が掻き消され、防壁となった兵隊イマジンが消え去ろうとする瞬間、
 濃霧のようなマギアリヒトの空間を切り裂いて、茜色の魔力を纏った黒騎士が突進する。

 茜とクレーストだ。

 右手に構えた大太刀に、身に纏う魔力と同じ茜色をした電撃が走る。

茜『天ノ型が参・改! 破天・雷刃ッ!!』

 雷電変換された魔力を纏った、全体重をかけた超高速の突き。

 本来ならば左の小太刀による陣舞と合わせた、高速二段突きの天舞・破陣がその真骨頂だが、
 敵の防御を突き崩す陣舞の役割は空の砲撃が果たしてくれた。

 部下の犠牲で自身の身を守れたと思い、次なる指示のために動き出そうとしていた司令塔イマジンは、
 目隠しのマギアリヒトの霧の向こうから突進して来るクレーストの姿に驚愕する。

イマジン『Kaッ――』

 慌てて指示を出そうと顎を鳴らした瞬間には、クレーストの突きは口から腹までを正確に刺し貫いていた。

茜『空、止めだっ!』

 茜は振り返る事なく、太刀の切っ先を後方上空に振り払うようにして放り投げる。

 一方、空も油断無く次弾を放つ手筈を整えていた事もあり、驚きながらも茜とのコンビネーションに応える事が出来た。

空「了解ッ! 出力ハーフマキシマム……ファイヤッ!!」

 カノンモードのままの長杖から、巨大な魔力砲弾が放たれる。

 フルチャージでは無いが、魔力の弱い個体相手ならばこれで十二分だ。

 空の放った一撃は、上空高くで藻掻く司令塔イマジンを瞬く間に消し飛ばした。

レオン『おっ、急拵えの割にいい感じに合わせて来るな』

 後方で間断なく牽制射撃を続けていたレオンが、その様子に歓声を上げる。

 シミュレーターや組み手で少しはお互いの呼吸を掴んではいたが、
 レオンの言葉通り、急造とは思えないほど整ったコンビネーションだ。

空(凄い……レミィちゃんやフェイさんとのコンビネーションとも違う……。
  身体に馴染むような、不思議な感覚だ……!)

 急造コンビネーションの成功には、空自身も驚いていた。

 打ち合わせなど一切無く、茜が自分に合わせ、その茜に自分が合わせると言う、
 実に行き当たりばったりのコンビネーションだったにも拘わらず、この結果だ。

 オリジナルドライバー同士が幼馴染みであり親友同士でもあり、連携能力も高かったが故に、
 二機に選ばれた現在のドライバー同士でも通じ合う部分があるのだろう。

 阿吽の呼吸と言っても過言では無い能力だ。

空(これで……エールが完全だったら……)

 空は昂奮と同時に、そんな思いを抱く。

 もしも、エールが完璧な状態だったら……。

 せめて、AIが完全に起動していたら……。

 自分と茜は、どこまでのコンビネーションを見せる事が出来るのだろうか?

 そんな思いを抱かずにはいられなかった。

フェイ『隊列の瓦解を確認。各個撃破に移行します』

 だが、そんな空の思考の翳りを、フェイの冷静な声が振り払う。

空(戦闘中に何を考えてるんだろう、私……!)

 空は慌てて頭を振ると、副隊長としての任を果たすべく、仲間達に向けて回線を開く。

空「レミィちゃん、フェイさん!
  二十六小隊の皆さんと連携して一体一体、確実に倒して下さい!
  前衛は私と本條小隊長が務めます!」

サクラ『朝霧副隊長の現場判断に任せます。

    敵を残したら、その個体が司令塔になって増殖する危険があるわ。
    一体でも逃がさないように十分注意して!』

 空が指示を出すと、司令室のサクラからも注意の声が飛ぶ。

 集合型イマジンの一番厄介な所は、サクラの注意の通りである。

 一体でも残しておくと、周囲のマギアリヒトを吸収して司令塔と化し、新たな兵隊を作り出す。

 これまたサクラの言葉通り、一体残らず倒さなければならないのだ。

 そして、サクラの言葉を皮切りに、空の指示で全員が一斉に動き出す。

茜『アルベルト、私と01の援護に着け!
  東雲、徳倉はそれぞれ12、11の後方支援だ!』

レオン『ウィっす、お嬢!』

紗樹『……東雲、了解しました』

遼『徳倉、了解』

 茜が指示を出すと、第二十六小隊の面々は返答と共にそれぞれの配置に回った。

 紗樹の返答が僅かに鈍かったのは、おそらくレミィの援護に付けなかったためだろう。

 そんな部下の様子に、茜は情けないやら微笑ましいやらで複雑な表情を浮かべて肩を竦めた。

 一方、イマジンにも動きがあった。

 いや、それは“動き”などと言える整然とした物ではなかった。

 司令塔を失ってバラバラに逃げ惑う、正に潰走だ。

 空達はそれらを追い掛け、一体一体、確実に処理して行く。

 中には錯乱して向かって来る者もいたが、それらも慌てずに撃破する。

 こうなってしまえば、後は作業だ。

 逃げ惑う兵隊イマジン達を追い掛けて、徐々に戦域も拡大しつつあるが、
 軍のギガンティック部隊が作る防衛ラインからの牽制射撃で追い返される。

空「何て言うか……こうなって来ると害虫駆除みたいだね……」

レミィ『相手も蜘蛛だしな……っと、少し離れた場所に動いたヤツがいる。
    私は徳倉さんとそっちを叩きに行く』

 苦笑い気味に漏らした空の言葉に応えたレミィは、そう言って戦列を離れて行く。

 空は横目でレミィのヴィクセンを見送りながら、
 正面から向かって来た兵隊イマジンを長杖のエッジで大上段から叩き斬る。

 確かに、戦況は空の言葉通り、害虫駆除の様相を呈していた。

空(嫌なタイミングで出現されたけれど、これなら何とかなりそう……)

 戦闘を続けながら、空は胸を撫で下ろす。

 この調子ならば、あと数分で全てのカタが付くだろう。

 そんな戦場の雰囲気は司令室にも伝わっていた。

ほのか「今回は無事に終わりそうですね……。
    発見が早かった事と、イマジンが巣作りに注力していたお陰で、
    現状、人的被害も伝えられていませんし……」

 オペレーターチーフのシートに座っていたほのかは、
 ディスプレイに次々と映し出されるデータを確認しながら呟いた。

明日美「ええ……。
    朝霧副隊長と本條小隊長の連携の練度も確認できたし、戦果としても十分ね」

 明日美も頷いてから、感慨深げに返す。

 実際、明日美の目から見ても空と茜の連携は見事だった。

明日美(流石に母さんと奏さん程ではないけれど……、
    それでもここまでの連携を見せてくれるとは思わなかったわ……)

 砲撃直後の突撃、ほぼ間隔を開けず上空への投擲に砲撃を合わせる。

 急造でここまでのコンビネーションを見せられたら、納得せざるを得ない。

明日美(派遣期間が終わってロイヤルガードに返すのが惜しいくらいね……)

 明日美は不意にそんな事を思う。

 あの二人を同じチームに所属させる事が出来たら……。

明日美(………出来れば、クライノートの適格者がいてくれたら、
    さらに良かったのだけれど……。まあ、無理ね……どちらも)

 と、そこまで考えて、明日美は溜息と共にその考えを否定した。

 これでも一組織の長だ。

 無茶を承知で通さなければならない事もあるが、コレはさすがに無茶をしてまで通すべき事ではない。

 ロイヤルガード上層部が納得し、軍部が黙認しようとも、茜自身が異動に納得しないだろう。

 彼女の目的は、あくまで警察の構成員としてオリジナルギガンティックのドライバーを務める事だ。

 ギガンティック機関に所属していてもテロと戦う事は出来るが、優先度は低くなってしまう。

 それは彼女にとって都合の良い事ではない。

明日美(あの子の頑なさは、どう考えても母さん譲りね……隔世遺伝かしら?)

 明日美がそんな事を考えていると、不意に傍らのアーネストが口を開く。

アーネスト「何かお悩みですか?」

明日美「ええ……あの子達の連携を見ていて、ふと、ね」

 小声で話しかけて来たアーネストに、明日美はどこか自嘲気味に呟く。

アーネスト「ああ……それは確かに」

 明日美の口調から察したのか、アーネストも納得したように頷き、さらに続ける。

アーネスト「……茜君が、納得しないでしょうね」

明日美「ええ……」

 思わず噴き出しそうになるのを堪えて、明日美は溜息混じりに頷いた。

 どうやら、彼の考えも行き着く先は同じようだ。

明日美「それに、仮に逆の場合は朝霧君も……。理由は茜君とは正反対でしょうが」

明日美「ああ……そう言うパターンもあり得るのね」

 アーネストの意見に、明日美は思い出したように漏らす。

 空がロイヤルガードに出向すると言う選択肢も、有るには有った。

 空は副隊長として部隊に欠かす事の出来ない人材になりつつあるので、
 無意識の内にその選択肢を除外していたようだ。

明日美「まあ、しばらくはこの編成でしょうし、束の間の夢みたいな物よ……」

 明日美は小さく頷いてから、感慨深く漏らす。

明日美「………」

 無言のまま軽く握った拳を、胸元に翳す。

 四十四年前、人類がイマジンに敗北し、
 地球外に脱出した人々の護衛として師や師の母達が去って行ったその日以来、
 あの二機が連携して戦う様を再び見られるようになるとは明日美自身も思っていなかった。

 ほんの数ヶ月の間とは言え、甦ったその姿は、
 明日美にとっては正に束の間の夢のような光景なのだろう。

 若かりし日に、その背を追って強くなろうと邁進し続けた、
 瞼の裏に焼き付いた残光のような記憶が、目を見開いた先で繰り広げられている。

 これ程、嬉しい事は無い。

アーネスト「明日美さん?」

 一方、黙り込んでしまった明日美を心配してか、アーネストが不安げに呼ぶ。

明日美「ん、ああ……ごめんなさい。
    年甲斐も無くドキドキしてしまったわ……」

 明日美は照れ隠しに笑みを浮かべて、しっかりとメインスクリーンを見据えた。

 戦闘も佳境で、残りの兵隊イマジンも十数体と言った所だ。

 しかし、その時である。

リズ「? ……戦闘区域のセンサーが魔力異常増大を察知!
   該当識別コードありません!」

 不意に入って来た情報に、リズが驚いたような声で報告する。

ほのか「サクラ、リズと連携して状況確認、戦況マップ構築急いで!
    加賀さんはそれを各ドライバーに逐次転送!」

 ほのかは慌てた様子で指示を出し、背後の明日美とアーネストに視線で確認を取る。

アーネスト「コンタクトペレーター各員、魔力の異常増大が起きているポイントの特定を急げ」

 アーネストは足りない部分の指示を出し、明日美と目を合わせる。

アーネスト「状況は、また芳しいとは言い切れなくなって来ましたね……」

明日美「ええ……。ただ、第三フロートと正反対だったのが不幸中の幸いかしら……」

 苦々しげなアーネストの言に、明日美は思案気味に呟く。

 第三フロートにはまだ四十個近い卵嚢が未処理のまま残っている。

 魔力の異常増大のような刺激が卵嚢群の付近で起きたとしたら、それこそ大惨事に直結しかねない。

 そして、こちらは丁度、正反対の第七フロート側だ。

 状況の確認は未だ正確ではないが、現時点では不幸中の幸いであった。

 そう、“現時点”では。

エミリー「メイン・第七フロート連絡通路隔壁が異常を検知しました!
     周辺カメラの映像から大量の魔力による爆発と思われます!」

ルーシィ「兵隊イマジン、魔力反応に向けて移動開始!」

 エミリーとルーシィの報告を聞きながら、明日美は沈思する。

 イマジンが引き寄せられていると言う事は、純粋な魔力による爆発の可能性が高い。

明日美(つまり……魔導弾のような魔力爆弾による爆発?
    イマジンでは無いと言う事……第七フロートとの連絡通路で?

    …………まさか!?)

 頭の中で情報を整理しながら、明日美はある推測に行き当たり、驚きで目を見開いた。

明日美「至急、隔壁付近の映像をメインスクリーンに!」

 明日美が慌てた様子で指示を出すと、すぐにメインスクリーンに現場の映像が映る。

 どうやら、情報収集の間に準備がされていたようだ。

 確かに、エミリーの報告通りに魔力爆発が起きたようで、隔壁周辺が円形に消し飛んでいる。

 砕け散ったマギアリヒトが粉塵のように舞って輝いている様は、通常の爆発や火災とは違う事を現していた。

 しかし、事態はそれだけでは終わらない。

 マギアリヒトの粉塵の向こうから、巨大な影が幾つも姿を現す。

 ギガンティックだ。

ほのか「機種と所属の特定急いで! 警察庁と行政庁に緊急通達!」

 ほのかは愕然としながらも仲間達に指示を飛ばす。

 機種はともかく、状況証拠だけでも所属は一目瞭然だ。

 そう、第七フロートから現れる所属不明の機体など、60年事件の実行犯達以外にあり得ない。

アーネスト「………こんなタイミングで、連中が動くとは」

 アーネストは自分たちの見通しが甘かった事を思い知らされ、歯噛みするように呟く。

明日美「っ………!」

 明日美も両手を額の前で組み、顔を俯けさせて苦悶の表情を浮かべた。

 しかし、いつまでも俯いていられない。

 同じ戦闘区域にイマジンとテロリストが現れるなど、前代未聞の状況だ。

 早急に対処出来る者が、これに対処しなければならない。

明日美「各機に伝達! これよりイマジン、テロリストの両面殲滅作戦に移行します!」

 明日美は決断と共に顔を上げ、そう宣言する。

 明日美からの指示に、司令室にかつてない緊張が走った。


 西暦2075年7月8日。
 十五年前に閉ざされた第七フロート第三層と繋がる扉の一つが、今、再び開かれたのだった。


第15話~それは、開かれる『災厄の扉』~・了

今回はここまでとなります。
次回からはようやくテロリスト編本番……

蒸し暑さの中、乙ですた!
テロに対するそれぞれの考え、読むうちに自然に背筋が伸びる思いでした。
中でもフェイさんのそれは、今の色々な状況を踏まえて読むと考えさせられます。
ここ数日の間にも、色々とありすぎましたからねぇ……
そのテロリスト……うん、名前と言い、警備から垣間見える性質といい、多くは口にしませんが”アレ”ですなww
ユエさん謹製の新型専用ギガンティックは、きっとマンホールが弱点ではないかとゲスパーしてしまいましたww
そしてクモ型イマジン。
いやぁ……クモではありませんが、卵からワラワラと……は一度体験していまして……カマキリでしたけどね。
アレは、別段昆虫もクモも嫌いではない身からしても、キモいですわぁ……反面、クモイマジンが司令塔を潰されてからの
群体が逃げ惑う様は正に「クモの子を散らす」で、ちょっと笑いと共に可哀相、という気もしましたがww
そんな騒然とした場へのテロ襲来。確実に狙ってた動きですね……いかにも、と言う動きではありますが、どうなる事か……
次回も楽しみにさせて頂きます!

お読み下さり、ありがとうございます。

>蒸し暑さ
37~9℃の酷暑を味わうよりマシと思っていますが、それで耐えられたらクーラーとかいらないですorz

>テロに対するそれぞれの考え
一人、“テロは死すべし、慈悲はない”の極右ッ娘がいますが、
概ね、みんな中道右派から中道左派です。
ただ、フェイの場合は理想論より過ぎるきらいもあるのですが……。
それでも、単なるお花畑にならないよう、中道左派程度に収められるよう、
ならどうすべきか、と言う、改革的よりも改善的な流れにしてみました。
余談ですが、個人的な意見はレミィが一番近いです。

>“アレ”
結編のヨハンといい、今回のホンといい、イメージを一定方向に煮詰めるとこんな感じですよね(目逸らし
ちなみに、ホン・チョンスの漢字表記は洪・天守となります。
この偽名臭さと中二臭さが漂う名前ですが……天守【チョンス】氏は普通に実在します。
何の事件かは忘れましたが、国内の事件で捕まった人の“本名”がコレだったかと。

>マンホールが弱点
あと、湾内に漂流している木材や急な雨天、
兵士に聞かせるBGMに「ジングルベル」を選ばない辺りにも注意すべきかと思いますw

冗談はさておき、その発想はありませんでしたw

>卵からワラワラ
なんで一個の卵からあんな数がうじゃうじゃとわいて来るのかと……TKG信者がしばらく卵食えませんでしたよ。
それでも、貴重な体験をしたと思えば、多少は良い記憶に………………………………………なりませんなorz

この展開を考えた途端に自宅の庭にクモの卵嚢(孵化済み)を十数年ぶり見付けました。
卵嚢と無関係に出現したイマジンがクモ型になったのはこのせいですw

>クモの子を散らす
“わ~おやびんやられた~”“にげろ~”ですからねぇw
空がPTSDの完治に向かっている事に合わせて、前回のアルマジロも含め、
多少、イマジンの行動パターンが可愛くなっているかもしれませんw

>テロ襲来
騒ぎに便乗 さっさと登場 そしたら早くも惨状(日本語ラップ
はい、センスの欠片もありませんねorz
やはり騒ぎに託けて暴れるのが一番楽で、一番目立ちますからねぇ……。
ただ、犯行声明はもうちょっと後になるかと思います。

>次回
現状、決まっているサブタイトルは、変更が無ければ、
“それは、守るべき『正義の在処』”
となっております。
どんな展開になるかは、ご想像にお任せします。

保守るよ

>>84
保守ありがとうございます。

では、最新話を投下します。

第16話~それは、守るべき『正義の在処』~

―1―

 西暦2075年7月8日月曜日、夕刻前。
 第三フロート第一層、外郭通路――


 内壁と外壁の間に存在する無数の作業溝の中でも一際広い空間は、
 かつては航空機の格納庫に使われていた場所……駐機場だった。

 近隣にはかつて空港として使われていた施設もあり、三十機以上の大型航空機を格納できる広さを誇るその場所。

 かつての人類の繁栄を思わせるその空間は、イマジンの卵嚢が群生する魔境と化していた。

 駐機場から三方向に伸びる出入り口の内、
 内部に通じる二つは巨大なシールドを構えた軍のギガンティック部隊が封鎖しており、
 卵嚢の除去作業はその半ば閉鎖された空間の内側で行われていた。

 マギアリヒトで構成されていない旧世代の重機を用い、
 そのクレーンで直径二十メートルほどの卵嚢を引っかけ、解体作業場まで牽引した後、
 オリジナルギガンティックが卵嚢の外郭を解体、内部にある十個前後の卵を一つずつ破壊すると言う地道な作業だ。

 今も丁度、ゆっくりとした動きで一つの卵嚢が、
 膝立ちの姿勢で待つプレリー……マリアの元へと運ばれて来た所だ。

マリア「これで、えっと……丁度、八十個目か。
    残り三十個を切ったって言っても、先は長いわ……」

 目の前に運ばれて来た卵嚢を見下ろしながら、マリアは辟易とした様子で漏らす。

 口を動かしながらも、彼女の手は休むことなく動き続けていた。

 固定された卵嚢をオプション装備のナイフで切り裂き、内部から卵を一つ一つ取りだしては、
 掌にだけ魔力を込めて押し潰し、ゆっくりと霧散させる。

 最早、手慣れた物だ。

 但し――

マリア「………っふぅぅぁぁ………」

 十個の卵を潰し終えたマリアは、長く深いため息を漏らす。

 ――その十分足らずの作業で、マリアは神経をかなりすり減らしていた。

 それもその筈。

 動かぬ卵嚢とは言え、イマジン十体を同時に相手にしているような物なのだ。

 しかも、魔力を込めて結界装甲を展開せねばならないのに、
 卵嚢には強い魔力的な影響を及ぼす事は厳禁と来ている。

 最小限度の魔力と結界装甲で卵嚢を切り裂き、掌にだけ集中した魔力で卵を握りつぶす。

 他に影響を及ぼさないようにするだけでも大変だと言うのに、
 そんな細かな作業を要求されるのでは神経がすり減るのも無理は無い。

マリア「っと……お……!?」

 膝立ちの体勢から立ち上がろうとしたマリアは、
 立ちくらみを起こしたかのようにその場でフラついてしまう。

クァン『お疲れ、マリア……』

 だが、そのマリア……プレリーの背を、カーネル……クァンが支えた。

マリア「ん……サンキュ……悪いね」

クァン『気にするな。
    ………今日はお前の分も終わったし、先に上がって休むといい』

 照れくささ半分と言った風な感謝の言葉を述べるマリアに、
 クァンはそう言って入れ替わるように、先程までマリアの使っていた解体作業場に入った。

マリア「ったく……心配性なんだからさ……。
    警戒態勢は続けておくよ」

 そんなクァン……カーネルの背中を見送りながら、
 マリアは少しだけ不満そうに言い残して後方へと下がる。

 マリアがプレリーと共に作業場から離れると、
 軍のギガンティックによって閉ざされていた巨大シールドのバリケードが開かれた。

風華『お疲れ様、マリアちゃん』

マリア「ただいま、隊長」

 そこで、ローテーションの休憩を終えた風華と入れ替わる。

 先に休んでいたメンバーが、現在作業中のメンバーのサポート――
 要は、万が一に孵化した際の援護要員だ――に就く。

 作業を終了したばかりのメンバーは休息と機体のメンテを行い、次の作業に備えるのだ。

 ちなみに、ローテーションは風華、瑠璃華、マリア、クァンの順となっていた。

 つまり現在は、解体作業中のクァンの援護を風華が務める番、と言うワケだ。

 マリアは愛機を専用ハンガー車輌まで移動させて固定すると、ハッチを開いて外に出た。

プレリー「お疲れ様でした、お嬢様」

 すると、ハッチ近くのコンソールの上に待機していたプレリー型ドローンが、そんな彼女を迎える。

マリア「おう、プレリーもお疲れ!」

 マリアはプレリーを抱えながらそう応えると、ハンガーの下に降りて、横付けされている宿舎車輌に向かう。

 早速整備を始めてくれた整備員達に礼を言いながら、途中で受け取ったジャケットに袖を通す。

 ふと目を向けると、既にチェーロの整備は終わっているのか、ハンガーは倒されている。

マリア(そっか……今の時間じゃ瑠璃華も上がりか……)

 その様子を見て、ふとそんな事を思う。

プレリー「今は五時を回った所ですから、風華さんと突風さんの番は回って来ませんね」

マリア「みたいだね……」

 自分の考えを察してくれたようなプレリーの言に、マリアも思案気味に返す。

 一日も早く処理したいのは山々だが、文字通りの二十四時間作業と言うワケにもいかない。

 作業の時間帯は早朝の四時から夕刻の十八時まで。

 クァンの作業が終わるのは、どんなに短く見積もっても四十分程度。

 卵嚢の処理自体は個体差はあっても十分前後だが、
 解体作業場まで牽引して来るクレーンの性能に問題があるのだ。

 クレーン自体が旧式で卵嚢をアームに固定するのに手間が掛かってしまう事と、
 卵嚢を刺激しないよう慎重に移動させるには長時間を要するため、
 どうしても準備の時間が長くなってしまうのである。

 そんな理由もあって、これからクァンの行う卵嚢の解体作業が終われば、今日の所は作業終了が妥当だ。

 おそらく、指揮車輌にいるタチアナも同じ判断を下すだろう。

 初日の頃よりは作業スピードも上がり、想定していた日程よりも早く作業が終わりそうな事も手伝っての事だ。

 事実、これまでに解体した卵嚢群は八十個……クァンがこれから解体する物を含めれば八十一個。

 最初の三日間は日に十五個が限界だったが、この二日間は十八個は解体できている。

 そして、残る卵嚢は二十五個。

 この調子ならば明後日の午前中には全て解体できるだろう。 

 マリアがそんな事を考えながらレストスペースに入ると、その片隅で瑠璃華が何事か作業をしているようだった。

マリア「瑠璃華、休まなくていいのか?」

瑠璃華「ん? マリアか……。

    もう少しで213の細かい詰めが終わるからな、
    今日中に最後の設計データを山路の技研に送っておきたいんだ」

 驚いたように尋ねたマリアに、瑠璃華は作業を続けながら応えた。

マリア「213……新型のレミィ用の方か」

瑠璃華「ああ、ただまあ、仮称213と言う所だな」

 思い出すように呟いたマリアの言に小さく頷いて応えてから、瑠璃華はさらに続ける。

瑠璃華「……結局は211に使ってるヴィクセンの試作型ハートビートエンジンを使うからな。
    あくまでフレームの開発コードが213ってだけで、扱いは211のままだぞ。

    ついでにアルバトロスもフレームは214だが、基本的に212のままだな」

マリア「……何だか面倒だな」

瑠璃華「曲がりなりにも区分はオリジナルギガンティックだからな。
    誤解を生まないようにエンジンの数以上に増えるのはアウトなんだ」

 自分の説明にガックリと肩を落としたマリアに、
 瑠璃華は苦笑い混じりに応えて、作業を続けながら再び口を開く。

瑠璃華「正直、所在不明の5号エンジンの204と6号エンジンの205の番号を使わせて貰いたいぞ……」

マリア「204と205か……。
    アレってどうなってるんだっけか?」

 瑠璃華が愚痴っぽく漏らすと、マリアは不意に思い浮かんだ疑問に首を傾げた。

瑠璃華「205は改装開始以前……イマジン事変の初期にドライバー死亡と一緒に機体が大破して欠番だ。

    204はばーちゃん本来の機体を改装する予定だったが、
    ばーちゃんが改装試作前から改装試作機の200を使えたから他を優先してお蔵入り。

    資材的には十一個作った形跡があるが、ばーちゃんのお父さん……
    フィッツジェラルド・譲羽博士が亡くなった38年当時に確認できたのは、
    200から210までの内、204と205を除いた九つだけだったそうだ」

マリア「ああ、そうだ、そうそう」

 淡々と語る瑠璃華に、マリアはアルフの訓練所で教えて貰った事を思い出しながら頷く。

 だが、不意に納得がいかない、と言いたげな表情を浮かべる。

マリア「って言うか、十一個分の資材使ったなら十一個無けりゃおかしいだろう?
    どうなってんだ?」

瑠璃華「私に言うな。

    ……まあ、設計製作全部一人で、作った本人の頭の中にしか
    設計図が存在しないんじゃないかってオーパーツだからな。
    ………それで、どうしても見付からない204と205のエンジンが、
    今も所在不明扱いと言うワケだ」

 マリアの言に、瑠璃華は溜息がちに応えてから作業を終えた。

マリア「もう終わったのか?」

瑠璃華「基本設計は他の機体を叩き台にして七割型は完成していたし、
    さっきも言ったが細かい詰めだけだったからな。

    空達が本部でやってくれていたシミュレーターのデータに合わせて微調整しただけだぞ」

 驚いた様子のマリアに、瑠璃華は広げていた各種の端末や資料を整頓しつつ応える。

瑠璃華「あとはコレを山路の技研に転送すれば、まあ遅くとも二週間程度で完成品が届くな」

マリア「そんなに早く作れる物なのか?」

 思案気味に漏らした瑠璃華に、マリアはさらに驚く。

 ギガンティックを一から作るのにどれだけの時間がかかるかは知らないが、
 それでもそんなに短い時間で作れる物なのだろうか?

瑠璃華「ん? ああ、ヴィクセンのエンジンも乗せ換える必要があるから、
    最終的な組み立てや微調整はウチの技術開発部でやるんだ。

    それに、パーツの作成に関しては技研にも高速成型システムがあるからな」

 マリアの疑問に応えた瑠璃華は、どこか得意げである。

 それもその筈、山路技研――
 無論、テロリストが根城にしいている旧技研ではなく、メインフロートに存在する新たな技研だ
 ――にある高速成型システムとは、瑠璃華の発明品だからだ。

 ちなみに、その高速成型システムと言うのが、瑠璃華が春樹の実家である
 現M.J.CRAFTに譲渡した特許を使用した発明品でもある。

 簡単に言えば、マギアリヒトを設計図通りに分子単位から固着・成型する装置で、
 その気になれば複雑な構造物や機構すらシステム内部で組み上げてしまえる程だ。

瑠璃華「やる気になれば半日で組み上げられるだろうが、
    向こうも390シリーズの量産中だからな。

    空いたラインを間借りしてボチボチとなると、やっぱり一週間から二週間だぞ」

マリア「へぇ……ギガンティックって、そんな早く作れる物だったんだ」

 瑠璃華の説明が終わると、マリアは感心しきりと言った風に漏らす。

瑠璃華「まあ、私の発明のお陰だな」

 マリアの様子を受け、瑠璃華はさらに得意げに胸を張る。

 実際、瑠璃華の高速成型システムが開発される以前は、どれだけ急いで製作しても、
 パーツから製作した場合の工期は半月から一ヶ月ほどかかるのが常だった。

 それだけマギアリヒトをギガンティック用に成型するのは時間と人手、
 そして高い技術を要する分野だったのだ。

 工程の簡略化に加えて、精度とコストパフォーマンスの向上を同時に成し遂げた瑠璃華の発明は、
 正に革新的な物だった、と言う事である。

 瑠璃華が鼻高々なのも無理からぬ事だ。

 だが――

マリア「けど、一から作るのがそんなに早いのに、何でプレリー達の修理は時間がかかるんだ?」

瑠璃華「ああ……」

 マリアのふとした疑問に、先程まで胸を張っていた瑠璃華も、
 何処からか“ずぅん”と言う音が聞こえて来そうなほど気落ちして肩を落とす。

瑠璃華「成型システムで一気に直せないのは、エンジンの解析が不完全なせいだぞ……。

    解析困難なエンジンと密接に絡むパーツがどこに使われているか分からないから、
    とりあえず、破損したり滑落した部位からまだ使えそうな純正パーツを回収して、
    それに合わせて必要なパーツを成型し直すんだ……」

マリア「うわぁ……」

 半ばどころか完全に愚痴気味な瑠璃華の様子に、
 マリアは“やべぇ、地雷踏み抜いた!?”と言いたげな表情で漏らした。

 そして、瑠璃華の愚痴はさらに続く。

瑠璃華「いつぞ、チェーロの手足やカーネルの下半身が丸々ダメになった時は、
    三日三晩かけて無事なパーツを探り当てて、残ったフレームに歪みが無いか確認して、
    それからようやく山路の本社にパーツを発注してな……」

 朗々と愚痴を呟き続ける瑠璃華の瞳は、次第に遥か彼方を見るように遠くなって行った。

 瑠璃華が言っているのは、半年ほど前のイマジン連続出現事件の最後、
 エール型イマジンから受けた損傷を修理した時の事だろう。

 カーネルは合体状態で両腕……下半身を斬り飛ばされ、
 チェーロも合体状態で背面を吹き飛ばされて、本体の手足を失う事となった。

 カーネルの場合は斬り飛ばされた下半身そのものがある程度原型を留めていたが、
 手足を吹き飛ばされて黒こげになったチェーロは大破同然の状態。

 それこそ、燃えた立体ジグソーパズルから無事なピースを探すような不毛な作業を強いられたのだ。

 凄まじいダメージを受けた事もあって、最早、トラウマである。

マリア「む、無理するな? な?」

 さすがに自分の失言が原因で始まった発作と言う事もあって、マリアは慌てた様子でフォローした。

 そのフォローが効いたのか、瑠璃華はすぐに立ち直る。

瑠璃華「だが、213と214が完成したら、そんな悩みとも縁を切れるかもしれんぞ」

 そう言って、瑠璃華はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

瑠璃華「211や212のフレームはオプションを寄せ集めて作った物だったが、
    213と214は私の完全オリジナルだ。

    フレームを換えても性能が落ちない、或いは性能が以前よりも上がるようならば、
    これまでのような修理方法ではなくパーツを一から作り直したり、
    或いは機体の一部を改修する事だって出来るようになるぞ!」

 遥か彼方を望んでいた瑠璃華の瞳には、次第に覇気と輝きが宿る。

マリア「お、おぅ」

 一方、マイナスからプラスに振り切れた瑠璃華のテンションに置き去りにされたマリアは、
 何と言って良いか分からずに適当な相槌を返す。

 その相槌で、瑠璃華の独白はさらに続く。

瑠璃華「手始めにOSSの改良と強化だぞ。
    ギガンティック本体は手を付けにくい部分が多いからな、外付けの外装から強化だ。

    いや、それならいっそ長期プランで新型OSSを開発するのも良いな……。

    現ドライバーの特性に合わせて作った新OSSが機能するなら、
    戦力と一緒に運用性強化も見込めて一石二鳥だ」

マリア(それだと、プレリーとカーネルの強化はどうなるんだ?)

 瑠璃華の独白を聞きながら、ふと生まれた疑問をマリアは飲み込んだ。

 そんな事を言ったら最後、この場で新しい図面を引きながら長時間の説明をされかねない。

 まあ、互いをOSSの代わりとして上下を入れ替えて合体する自分とクァンの愛機がどのように強化されるのかは、
 少々ならずとも気になる物だが……。

 ともあれ、マリアのそんな複雑な心の内を知ってか知らずか、瑠璃華の独白はさらに続く。

瑠璃華「そうだな……飛行出来ない機体を飛行可能にするのも面白そうだぞ。
    ついでに――」

 興奮しきりの瑠璃華がそこまで言いかけた時だった。

オペレーター『待機中のドライバー各員に緊急通達します!
       直ちに機体に搭乗後、別命あるまでコントロールスフィア内で待機して下さい!

       繰り返します、待機中のドライバー各員は直ちに機体へ搭乗、
       別命あるまでコントロールスフィア内で待機して下さい!』

 どこか慌てた様子の緊急放送が辺りに響き渡る。

 アナウンスを行っているのはナイトシフトのコンタクトオペレーターだ。

瑠璃華「ん? またぞろ新しいイマジンか?」

 乗っていた興を削がれた瑠璃華が怪訝そうに首を傾げた。

 イマジン――空達が戦っている集合型イマジンだ――出現の報せは聞いていたが、
 新たなイマジンが出現したのだろうか?

マリア「それにしてはウチの警報が鳴らなかったな」

 マリアも疑問半分呆れ半分と言った風に呟く。

 慌て過ぎて警報を鳴らし忘れたのだろうか?

瑠璃華「まあ、とにかく向こうに戻るか」

 瑠璃華はそう言って立ち上がる。

 白衣を纏っていて気付かなかったが、彼女もまだインナースーツのままだったようだ。

マリア「ったく、シャワー浴びる前で助かったよ……」

 マリアは厭味混じりに呟くが、自分たちの仕事の重要性は理解している。

 口ではそう言いながらも、瑠璃華と共にハンガーへと向かった。

 駆け足気味にハンガーに戻ると、チェーロもプレリーも寝かされたまま、まだ整備は続いていた。

 どうやら、今すぐに出撃と言うワケでも無いようだ。

 マリアは手近なコンソールの上にプレリー型ドローンを置くと愛機へと乗り込む。

 すると、すぐに指揮車輌との通信回線が開いた。

マリア「警報無しで呼び出しとか、何があったの、アリスさん?」

 マリアは早速、通信相手であるアリスに尋ねる。

アリス『マリアちゃん、それに天童主任も揃ってますね。
    クァン君と風華さんも作業を一旦中断して下さい。
    パブロヴァチーフから通達があります』

クァン『ふぅぅぅ……大丈夫です、作業開始直前でした』

 アリスからの指示に、クァンは長い溜息を漏らしながら呟く。

 どうやら、今からナイフで卵嚢の解体をしようとしていたのだろう。

 一旦集中してしまった意識と身体を、溜息で緊張ごと解きほぐしたのだ。

タチアナ『では、作業中の二人は警戒を続けながら聞いて下さい』

 と、そこでタチアナとの通信回線が開いた。

 マリアが姿勢を正すと、他の三人も通信に意識を集中させる。

 その気配を察し、タチアナはごく短い深呼吸の後で口を開く。

タチアナ『本日一七〇五、メインフロート第二層と第七フロート第三層を繋ぐ
     連絡通路の隔壁が爆破されたとの情報が、本部からもたらされました』

 緊張した様子のタチアナの言葉に、ドライバー達の間にも彼女と同等以上の緊張と、そして動揺が走る。

風華『隔壁の爆破……つまり、テロリストに占拠された階層と繋がったって言う事ですか!?』

 風華が慌てた様子で叫ぶ。

タチアナ『今は本部からの情報を待っている状態ですが、
     状況証拠だけで十中八九間違いなく、爆破もテロリストによる物と推測されます』

 タチアナの言葉は、風華の質問に対して暗に肯定の意を含んでいた。

 つまり、十五年も小競り合いだけで長い沈黙を保って来たテロリスト達が、
 何の因果か十五年目の節目を明日に控えた今日、ついに攻勢に出たと言う事だ。

タチアナ『現在、朝霧副隊長達とロイヤルガードの第二十六小隊が、
     イマジンとテロリストの二面殲滅作戦に当たっています。

     我々は緊急時に備えて現場に急行できるよう、待機に移ります。

     作業場にいる06と08はすぐに作業を切り上げ、
     機体をハンガーに固定後、待機任務に移行して下さい』

 タチアナからの指示はそこで終わった。

 全員が短い溜息と共に、全身の力を抜く。

クァン『……嫌な風向きになって来たな』

 不意に、クァンがぽつりと、そんな事を漏らす。

マリア「十五年ぶりってのがまた嫌な感じだね……」

 マリアも同意するように呟く。

 イマジンの出現と同時なのはともかく、自分たちが派遣任務で遠征に出払っている時期を見計らった攻勢。

 これは、ギガンティック機関が手薄なタイミングを狙っていたと考えて間違いないだろう。

 加えて、何らかの準備を調えているとも考えられる。

 クァンの言葉通り、確かに嫌な風向きだ。

風華『空ちゃん達に茜ちゃん達もいるからもしもの事態は無いでしょうけれど、
   万が一に備えて、いつでも動けるよう身体を休めておきましょう』

 話を聞かされた時は慌てた様子だった風華も、落ち着きを取り戻したのか冷静にそう言った。

瑠璃華『そうだな……作業を中断してまでの待機命令だ。
    今は出来る限り身体を休める事に集中するべきだぞ』

 瑠璃華も風華に同意して続ける。

 そう言うと、瑠璃華は早々に回線を切ってしまった。

 言葉通りに身体を休める事に集中するのだろう。

 彼女の場合、休憩中もヴィクセンとアルバトロスの新フレームの設計をしていた事もあって、
 疲労も限界だったのだ。

マリア「んじゃ、アタシも仮眠取りますかね」

 マリアはそう呟いて、回線を切る。

 そうは言ったものの、妙な胸騒ぎがして気は休まらない。

マリア「…………」

 無言のまま薄暗いコントロールスフィアの内壁を眺めていると、
 不意に小さな電子音が“Piッ”と鳴り響き、プライベート回線が開く。

クァン『……大丈夫か?』

 相手はクァンだった。

マリア「何だよ……?」

 マリアは驚き半分と言った風に応える。

クァン『いや……回線を切る直前、普段と声の調子が違ったのが気になったんだ。
    ………俺の思い過ごしだったら、すまなかった』

 微かな憂いと申し訳なさの入り交じった声で呟くクァンに、
 マリアは“ったく、だから過保護過ぎだっての”と消え入りそうな声で漏らす。

 だが、すぐに気を取り直し、安心したような笑みを浮かべて続ける。

マリア「……ああ、お前の思い過ごしだよ、安心しろ」

 マリアは笑みを浮かべて、どこか嬉しそうに応えた。

 別に無理をしていたワケではなく、自然とこうなってしまっただけだ。

クァン『いや、そこまで急にテンションを上げられると、逆に心配になるんだが……』

マリア「てっ、テンションとか上がってないからな!」

 今度は呆れ半分心配半分と言った様子のクァンに、マリアは慌てた様子で返す。

 殆ど無意識の事だったので、指摘されたマリアは頬を紅潮させてしまう。

 早い話、クァンが声音だけで自分の不安を察してくれた事が、嬉しくて堪らないのである。

 しかも、声音など疲れで元から違っていたにも拘わらず、だ。

マリア「お前こそ、さっきまで作業まっただ中で緊張してたんだから、さっさと休め!」

 マリアは照れ隠しに早口に言うと、乱暴に回線を切り、プライベート回線を閉鎖する。

 一応、通常回線は受け付けているから問題は無いだろう。

マリア「ったく……アイツは……。
    ストーカーか何かかよ……」

 マリアは唇を尖らせて不満を漏らすが、
 頬を紅潮させて唇を嬉しそうに緩めていては説得の欠片もあった物ではない。

 だが、しばらくする内に落ち着きを取り戻すと、それと同時に件の胸騒ぎも鎌首をもたげる。

マリア「………何も無けりゃいいけど……」

 胸の奥で次第に膨らむ胸騒ぎに押し出されるように、マリアはぽつりと、消え入りそうな声で呟いた。

―2―

 その頃、メインフロート第二層、第七フロート連絡通路隔壁前――

 テロリストの仕業と思われる……いや、間違いなくテロリストの仕業で破壊された隔壁の周辺では、
 ロイヤルガードの支援を受けたギガンティック機関、潰走中の集合型イマジン、
 そして、その二勢力と鉢合わせしたテロリストが入り交じり、混沌としていた。


テロリストA『何でイマジンがこんなにいるんだよ!?』

テロリストB『ぎ、ギガンティック機関やロイヤルガードもいるぞ!?
       な、何だ、これ……何だってんだ!?』

テロリストC『聞いてない、聞いてないぞ、こんなの!?』

 テロリスト達は外部スピーカーを起動しているのか、口々に悲鳴じみた声で叫ぶ。

 おそらく、隔壁破壊後に犯行声明でも出そうとしていたのだろう。

空「……テロリストの人達、混乱しているみたい」

 その様子を観察しながら、空はふと思案げに呟いた。

 見紛う事もなく、テロリスト達は混乱している。

 テロリスト達の編成は七機。

 377改大型エクスカリバーが二機、352改バルムンクが四機、
 残る一機は特殊装備が可能な338改デュランダルだ。

 338改は数十年前に作られた、
 戦術魔導弾を装填できるバズーカを装備可能な特化型ギガンティックウィザードである。

 対イマジンを想定して開発されたものの、
 やはり結界装甲以上の効果は望めずに少数生産に留まったカスタム機だ。

 バズーカは発射後らしく、足もとにうち捨てられていた。

 どうやら、この338改が放った魔導弾で隔壁は破壊されたようだ。

茜『混乱しているなら丁度いい!
  イマジンもテロリストも、一気に押し潰すぞ!』

 茜はそう言うと、両手に太刀と小太刀を構えて突進する。

 茜色の電撃を伴った太刀が、真っ向からイマジンごと一機の352改を両断した。

 イマジンは真っ二つに叩き斬られて霧散し、
 352改は頭部の左付け根から右脇までを切り裂かれて沈黙し、その場に崩れ落ちる。

空「す、凄い……イマジンごとギガンティックを切り裂くなんて……!?」

 空も、自分達とテロリスト達に挟まれて困惑しているイマジンの一体をエッジで切り倒しながら、
 茜の神業的太刀筋に愕然と呟く。

 イマジンを切り裂きながらも、コックピットへの直撃を避けてギガンティックを無力化する。

 空も二つの目標を同時に撃破しろと言われたら、長杖のエッジを使って何とかする事は出来るだろう。

 だが、茜のように意図的に一方だけを倒し、もう一方を無力化までに止めると言うのは難しい。

テロリストD『戻るぞ! 後退しろ!』

テロリストE『も、戻ったら処刑されるんだぞ!?』

テロリストF『投降した方が……』

テロリストC『イマジンがいる中で暢気に投降なんて出来るかよ!
       どっかに隠れちまえばいいんだよ! もう、あんなクズ野郎にこき使われて堪るか!』

テロリストG『俺は……俺は任務を遂行しないと家族が……うわあぁぁぁっ!?』

 混乱しながら口々に叫ぶ中で、338改が数匹のイマジンに群がられて全身を食い破られて行く。

 イマジン達は338改のパイロットの絶叫をBGMに、
 338改を構成していたマギアリヒトを吸収して一回りも大きくなる。

テロリストC『うわあぁぁっ!?』

 テロリスト達の中では最大戦力だった377改の一機――最も消極的だったパイロットの乗機だ――が、
 悲鳴と共にシールドとライフルをイマジンに投げつけ、背を向けて逃げ出した。

 仲間がイマジンに機体ごと食われている様を見せつけられては、さすがに平静ではいられない。

テロリストB『し、死にたくねぇよぉっ!?』

テロリストE『逃げろ……逃げろぉぉ!?』

 他のパイロット達もイマジンに向けて武器を投げ捨て、潰走を始める。

 連絡通路を引き返し、第七フロート第三層へと逃げ帰るつもりなのだろう。

 クモ型の集合型イマジン達も武器に含まれるマギアリヒトや魔力を吸収し、
 僅かに大型化すると、さらなる餌を求め、テロリスト達の後を追って駆け出した。

レミィ『あのまま放っておけば、連中を食って新しい司令塔が生まれるぞ!?』

 レミィが驚きを込めて叫ぶ。

 フロートの壁は力任せに破壊する事は出来たり、同化して内部を進む事が出来るイマジンはいても、
 結界の施術によって吸収する事は難しいのだ。

 だが、結界施術が出来ていないギガンティックならば、
 イマジンは先程の338改やテロリスト達の武装のように吸収する事が出来る。

 高密度のマギアリヒトを取り込めば、イマジンはさらに大型になって行く。

 そうなれば、先程は圧勝できた集合型イマジンも、より強力なイマジンとなってしまう可能性があった。

茜『空、この場は任せる! 我々はテロリストとイマジンを追撃する!』

 言うが早いか、茜はそう言い残すと前方のイマジンを切り捨て、開いた隔壁から連絡通路へと飛び込んで行く。

レオン『ちょ、お嬢!? ったく、支援する身にもなれっての……!』

 我先に駆け出した隊長に、レオンは苛立ちと呆れに心配の入り交じった複雑な声音で漏らし、その後を追った。

レオン『紗樹、遼! お前らは後方警戒しながら俺の後から着いて来い!
    朝霧の嬢ちゃん、悪いがこっちに残ったイマジンは任せたぜ!』

空「はい! 皆さんも気を付けて下さい!」

 紗樹と遼を引き連れて行くレオンに返事をしながら、
 空は残ったイマジン達と連絡通路の間に入り、足止めをしながら殲滅を続ける。

 レミィとフェイも空の左右前方に陣取り、
 三方向から挟み撃ちするようにしてイマジンをその場に釘付けにした。

明日美『第七フロートに向かったイマジンの数は少なくとも、彼方はテロリストの本拠地です。
    その場のイマジンの殲滅を確認次第、すぐに増援に向かいなさい』

空「了解です!」

 通信機越しの明日美の指示に応え、空は深々と頷く。

 残るイマジンは八体。

 どれも先程の騒ぎで獲物を食いっぱぐれた小物ばかりだ。

空「みんな、油断せずに一気に片付けよう!」

フェイ『了解しました、朝霧副隊長』

レミィ『一体一体、確実にな!』

 フェイとレミィは空の指示に深く頷くと言葉通りに一体一体、砲撃や格闘で確実にイマジンを倒し、霧散させて行く。

 それから五分と掛からずに残ったイマジンの掃討を終えた空達は、すぐに周辺の警戒を行う。

フェイ『イマジン、反応ゼロ……。このエリアの掃討完了です』

 フェイの淡々とした声が、掃討が完了した事を告げる。

クララ『はいはい、機体コンディションのチェックも完了しましたよ、っと。

    ブラッドの損耗率はエールが十八パーセント、
    ヴィクセンが四十二パーセント、アルバトロスが四十四パーセントね。

    機体ダメージはほぼ無し、全機ハーフグリーンって所ね。

    戦闘が長時間になるなら、レミィちゃんとフェイはブラッドを半分だけでも交換をしたいけれど……』

 直後、クララは機体コンディションを伝えた後に、そんな提案をして来た。

 確かに、あちらの状況が判然としない以上、万全な準備を整えるべきだ。

 だが、茜を始めとする第二十六小隊の面々が先行している以上、早急に援護に向かうべきでもある。

空「………私が先行します! 二人は後方でブラッドを交換してから合流して!」

 空は短い思案の後にそんな指示を出す。

レミィ『一人で大丈夫か?』

空「うん、ハイペリオンほどじゃないけれど、この状態なら少しは戦えるから」

 心配そうに尋ねるレミィに空はそう返して、視線だけを背中に回す。

 自分自身の背中には無いが、今のエールの背と肩には大型ブースターとシールドスタビライザーがある。

 モードS、D、Hのどれにも敵わないかもしれないが、それでも鈍重なエールを必要な分だけ動かせる装備だ。

 不安は無いと言えば嘘になるが、それでも第二十六小隊の面々と合流できれば、
 何が起こってもレミィ達が合流するまでは耐え切れるだろう。

明日美『その作戦を許可します。
    整備班は予備ブラッドと通信アンテナの準備を!』

 すぐに納得した様子の明日美の指示が聞こえて来る。

 通信アンテナは、おそらく現状、内部の様子が判然としない第七フロート内での用心だ。

 彼方に出た途端に通信途絶では堪った物ではない。

雪菜『11、12の予備ブラッド交換作業に入ります。回収地点にまで移動して下さい』

レミィ『了解です。……空、少しの間、待っていてくれ!』

フェイ『ブラッド交換が終了次第、早急に合流します』

 雪菜の指示に応え、レミィとフェイは愛機を後退させた。

 先程、空がエールの装備を交換した地点まで戻るためだ。

 空は仲間達の後ろ姿を見送ると、破壊されて開かれたままの隔壁に向き直る。

クララ『さっきも言ったけど、機体コンディションに問題は無いよ。
    空ちゃんの平均戦闘時間なら、全力でもあと五十分は戦える計算だよ』

空「なら、上手にセーブしながら戦えば二時間は行けますね」

 クララからの通信に、空は思案げに返した。

 最悪、撤退戦になった場合の殿は十分に務められるだろう。

リズ『第二十六小隊はまだ第七フロートに突入していないけれど、
   一時的に通信精度が格段に下がるか、最悪、通信が途絶する可能性もあり得るわ。
   十分に注意して』

空「了解です、ブランシェチーフ」

 リズからのアドバイスに空は頷いて応えると、ブースターを噴かして連絡通路内部へと突入する。

 元より主幹道路として機能していた連絡通路は広く、
 シールドスタビライザーを広げたままでも十分に飛行する事が出来た。

 古い瓦礫に交じって真新しい戦闘痕があるのは、
 おそらく、追撃して行った茜達とイマジンの戦闘の影響だろう。

 幸いにも構内リニア用のレールは生きているようで、リニアキャリアで乗り入れる事も可能なようだ。

 途中でイマジンに捕まったのか、ボロボロの穴だらけにされた377改の残骸も転がっている。

 これで鉢合わせしたテロリスト達の機体も、残すところ377改が一機と352改が三機だ。

 と、そんな事を考えていると、352改の残骸が見えた。

空「……?」

 だが、先程の377改と違う残骸の状態に、空は怪訝そうな表情を浮かべる。

 転がっている352改は、鋭利な刃物によって切り裂かれていた。

 右脚と右腕が離れた場所に転がり、残る本体は胴体で上下真っ二つに両断されている。

 こんな芸当が出来るのは茜に他ならないと、空は直感した。

空(やっぱり、イマジンごと斬ったのかな?)

 先程の光景を思い出し、ごく自然にそんな事を考えた空だったが、
 不意に奇妙な違和感を覚え、思わず頭を振る。

空(何だろう……胸が、ざわざわする……)

 妙な感覚だ。

 不安とも不快感とも取れない、胸騒ぎにも似た何か。


――私は自分の中の悪性と向き合えるほど強くは無いんだ……――


 その胸騒ぎにも似た何かと共に、出撃前、待機室で茜から聞かされた言葉が脳裏を過ぎった。

空「茜さん……!」

 空は不安と、僅かな恐れにも似た声音で、彼女の名を呼んだ。

 そして、五分ほどかけて、長い長い連絡通路を抜け、上空へと舞い上がる。

 するとそこは、真っ暗な夜の世界だった。

 現在時刻は十七時四十分。

 夏の予定時間では、天蓋の照明が落とされるまでにはまだ一時間近い猶予がある筈だ。

 そろそろ段階的に照明が暗くなる頃ではあるが、こんな急激に暗くなる筈がない。

空(照明が落とされている?
  でも、照明は中央で管理されている各フロートから独立したシステムの筈だから……)

 空は困惑しながらも、学生時代の頃に教わった照明の仕組みについて思い出す。

 制御系は中央――メインフロートの管理センター――に集中しているが、
 エネルギーの供給元は各フロートに蓄えられた魔力だ。

 つまり、この第七フロート第三層の照明にはエネルギーが供給されていない事になる。

空(魔力切れ? それとも……)

サクラ『…らちゃん、照明だ…を使…て!』

 空が思案を続けていると、ノイズ混じりの通信が聞こえた。

 サクラの声だ。

空「サクラさん? 照明弾ですね?」

 微かなノイズだったが、空は念のため指示を復唱してから長杖を構え、
 その先端から閃光変換された魔力弾を放つ。

 天蓋近くまで打ち上げられた魔力弾は、天蓋に衝突する瞬間に拡散して発光体へと転じた。

 拡散魔力弾を応用した照明魔力弾である。

 広大なメガフロート内では照らし出される範囲も微々たる物だったが、
 それでも周囲一キロほどは問題なく見渡せる程度になった。

 待ち伏せの敵もイマジンの姿も無かったが、空は周囲の光景に思わず息を飲む。

 第七フロートは、古くは山路重工が所有していた実験場をフロートとした物であるため、
 他のフロートと構造上、異なる点も多い。

 それ故に外郭エリアに自然エリアは存在せず、
 内壁の内側はすぐに街や実験場となっている場合が殆どだった。

 だが、今、目の前に広がっているのは、見渡す限りの廃墟と瓦礫の山だ。

 市民街区のある階層は、基本的に外郭に行くほど田舎になるのが常だが、
 連絡通路周辺は流通や交通の拠点としてそれなりに栄えている。

 だが、照らし出された一帯は殆どの建造物が崩れ落ち、完全な廃墟と化していた。

空「ひ、酷い……」

 イマジンの襲撃があった様子は無い。

 公式で、この第七フロート第三層にイマジンが出現した記録も無かったが、その理由はすぐに分かった。

空(空気中のマギアリヒトの濃度が低い……これじゃあ、イマジンは近寄らない……)

 センサーの感知した情報を確認し、空は心中で独りごちる。

 魔法文明全盛の現代において、マギアリヒトと生活は切っても切れない関係だ。

 外部に魔力を作用させるためにはマギアリヒトを媒介にしなければならず、
 現代文明はその利便性と万能性故にマギアリヒトを捨てる事が出来ない。

 だが、同時にイマジンの身体を構成している物質もマギアリヒトなのだ。

 生物化した魔法現象がイマジンは、マギアリヒトの濃い空間や豊富な魔力を好む傾向にある。

 だからこそ、イマジンの活動圏は大量の魔力によって汚染されたメガフロート外部だが、
 マギアリヒトで構成される物質や人間の発する魔力に溢れるメガフロート内にも及ぶのだ。

 だが、この周辺のマギアリヒト濃度はグンナーショック以前――七十年近く前の濃度を下回っている。

 これではイマジンも寄りつくまい。

 だが、それ以前の問題として、
 こんな低濃度マギアリヒトでは、人々は十全に魔法を扱う事も出来ないだろう。

 照明に回す魔力どころか、
 階層内のマギアリヒト濃度を保つための魔力も供給されていない事は一目瞭然だ。

 通信に乱れが生じるのも、回線の中継地点が無い事に加えて、
 魔力的通信網を媒介するマギアリヒトが薄いためだろう。

 荒れ果てた市街地と不便な環境、そして、真っ暗な空間。

 視認範囲は、エールのセンサーと合わせても十五キロほどだろうか?

 そこまで見渡しても街の灯りは見えない。

 天蓋の照明さえ点かない程の魔力不足では、街灯さえ点ける余裕も無いハズだ。

空(いつから、こんな状態だったんだろう……?)

 空はふと湧いた自らの疑問に、ぞくり、と背筋が震えるのを感じた。

 しかし、すぐに頭を振って、その考えを意識の隅に追い遣る。

 自分が交戦中でなくとも今は作戦中だ。

 先行して敵を追っていた茜達と早く合流すべきだろう。

 空はそう思い直し、辺りを見渡し直す。

空(近くに戦闘の反応は無い……離れた位置で戦ってるのかな?)

 空は反応の乱れたセンサーを確認しながら思案する。

 出来れば当てずっぽうで動きたくは無い。

 そんな事を考えた瞬間、前方に茜色の光が立ち上り、直後に轟音が轟いた。

空「あれは……茜さん!?」

 間違いない。

 電撃を……雷電変換された魔力を帯びた茜の攻撃だ。

 照明弾の範囲外だったが、電撃の放つ光量と大音響のお陰で気付く事が出来た。

空「261の物と思われる攻撃を視認しました。確認のため該当地点まで移動します!」

彩花『了か…! ちゅ…いしながら、低空…行で進んで下さい!』

 応えてくれたのは彩花だろうか?

空(多分、“注意しながら、低空飛行で進んで下さい”、だよね?)

 まだノイズ混じりの彩花の指示の内容を僅かに考えた後、
 空は高度を落として戦場と思しき地点へと向かった。

―3―

 空が茜達のいると思われる地点まで近付くと、確かにそこには茜達第二十六小隊の姿があった。

 レオン達の駆る三機のアメノハバキリの援護射撃を受けながら、
 茜のクレーストがテロリスト達の駆る352改を切り捨てる。

 残るテロリストのギガンティックは477改が一機だけだ。

 テロリスト達よりも先に撃破したのか、イマジンの反応はもう何処にも無い。

空(あれ……あの人達、確か、武器なんか持って無いんじゃあ……?)

 空は違和感にも似た感覚に胸をザワつかせながら、先程の光景を思い出す。

 そう、テロリスト達は武器を投げ捨て、我先へと逃げ出したハズだ。

空(テロリストは残す事になっちゃうけど、これだけ優勢なら一旦、
  フロートの外郭まで後退してから体勢を立て直した方がいいかな?

  あのテロリストも逃げようとしているみたいだし……)

 空がそんな事を考えている内に、レオン達の援護射撃も止む。

 残り一機ならば必要無いと言う事だろう。

空「茜さん! 一旦、後方に下がってレミィちゃん達と合流しましょう!
  レオンさん達も……」

 射撃が止んだ間隙を縫って、空は茜達に呼び掛けた。

レオン『わりぃ、朝霧の嬢ちゃん。もうちょっと待ってくれや』

 さすがに近距離通信ではノイズも入らないのか、そう返すレオンの声はクリアだ。

 だが、彼の声音はクリアな通信音声に比べて、どこか曇っているように感じられた。

 直後――

茜『貴様で最後だっ!』

 まるで激昂したかのような怒りの籠もった茜の一声と共に、
 クレーストは二振りの太刀で477改の手足を斬り裂く。

 雷撃を纏った太刀で切り裂かれた左手足の付け根は高熱で溶け落ち、
 凍気を纏った小太刀で切り裂かれた右手足の付け根は凍り付いて砕け散る。

 そして、手足を失った477改はその場に崩れ落ち、クレーストの足もとへ轟音と共に転がった。

 最後の一機だったのだ。

 茜は、後退するにも後顧の憂いを断った方が良いと判断したのだろう。

 空もそう思っていた――

空「茜さん、後退を……」

 空がそう言いかけた瞬間、ガンッと言う大きな音と共に、クレーストが477改の胴体を踏み付けにした。

 ――その瞬間までは……。

空「茜……さん?」

 空は愕然としながらも、再度、茜に呼び掛ける。

 だが、茜の耳には空の声は届いていないようだ。

茜『分かるか……踏みにじられる恐怖が……?
  貴様らが十五年前にやった事がどれだけの物か!』

 絞り出すような怨嗟の声に合わせて、茜は何度も何度も477改の胴体を踏み付けた。

 そして、最後はぞんざいに蹴り飛ばし、廃墟の中に叩き付ける。

 だが、茜の動きは止まらない。

 同じように手足を切り裂かれて動きを封じた352改に歩み寄ると、渾身の力を込めて蹴り上げる。

 金属同士がぶつかり合う甲高い音と立てて蹴り上げられた352改は、
 そのまま弧を描いて遠くの廃墟の中に没した。

 悲鳴は一言も上がらない。

 既に外部スピーカーのスイッチが切られているのか、それとも中のパイロットが気絶しているのか。

 どちらにせよ――

空(あんな状態で、衝撃吸収装置って働くのかな……?)

 ――そんな想像を抱いた空は、結論を思い浮かべると、さあっ、と血の気が引くのを感じた。

空「茜さ――」

茜『恐ろしいか!? 恐ろしいだろうな……!
  それが、貴様らが奪った数多の命が感じながら死んでいった……恐怖だっ!』

 呼び止めようとする空の声を遮って、茜は残る一機の352改の頭を踏み潰す。

 すると、軽い爆発が起こり、コックピットハッチ周辺からも煙が上がる。

空「あ、茜さん、止めて下さいっ!」

 空は慌てた様子で地上に降り立ち、エールでクレーストを押しやるようにしてその機体から遠ざけた。

 そして、その場で片膝立ちになって352改のコックピットハッチを引き剥がす。

 そのまま内部の様子を確認しようとすると、
 途端に内部から這々の体でテロリストらしき中年の男性が飛び出して来る。

テロリストB「ひ、ひぇ、ひゃぁ……!?」

 幸いにも防護服を纏っていたらしく、声ならぬ悲鳴を上げながら、
 転がるように足をもつれさせて廃墟の中に消えて行った。

 どうやら、頭部を破壊された衝撃でハッチ周辺のシステムに負荷が生じ、
 それによって煙を噴いていただけのようだ。

空「良かった……コックピットの中が火事になっていなくて……」

 空は一瞬だけ過ぎった最悪の事態を呟きながら、胸を撫で下ろす。

 結果的にテロリストを逃がしてしまったが、さすがにあのまま放置してはいられなかった。

 他の機体の搭乗者の安否も確認したいが、あんな状態になった茜も放ってはおけない。

 空は僅かに逡巡した後、意を決して立ち上がり、先程、自分が押しやったクレースト――茜に向き直る。

空「……テロリストに対しても殲滅指示は出てしましたけど、さすがにアレはやり過ぎです……!」

 空は努めて平静に言おうとしたが、その声音には僅かばかりの険が交じっていた。

 いくら犯罪者が相手とは言え、無抵抗の相手にあれだけ執拗な攻撃は褒められた物ではない。

 だが――

茜『君は……邪魔するのか……?』

 通信機から、消え入りそうな茜の声が響き、彼女はさらに続ける。

茜『分かるだろう……?
  アイツらは……仇なんだ……お父様の……大勢の人の命を奪った……!
  君のお姉さんの家族も殺した、憎い仇なんだよ!』

 次第に大きく、怒りで震えて行く茜の声に、空は息を飲む。

 そして、連絡通路から感じていた胸騒ぎのような物に、空はようやく合点が行った。

 無抵抗な相手を背中からであろうと、戦う力が無かろうと斬る。

 それは、正に復讐者の所行だと。

 そして、気付く。

空(嗚呼……そう、だったんだ……)

 空は胸中で独りごちながら、奇妙な眩暈を覚える。

 久しく忘れていた……忘れようと努めていた、あの感覚。


――コロシテヤル………オマエエェェェェェッ!!――


 憤怒と憎悪に身を任せ、怨嗟の叫びを上げながら凶行に走った自分。

 今、目の前にいるのはかつての自分自身だった。

 似ているのだ、自分達は。

 空は直感でそれを感じた。

 目の前で憎い仇に大切な家族の命を奪われ、それに蓋をして澄ましたフリをして過ごし、
 いざ仇を目の前にすれば怒りと憎しみを抑える事が出来ない。

 自分は義憤と、仲間達を思う心でそれを乗り越えた。

 だが、目の前の年上の少女は……茜は、まだそれを乗り越えられていないのだ。

 十五年かけてドロドロに煮詰められた暗い感情が、心の底にべったりと張り付き、
 今も怨嗟の炎を伴って真っ黒に心を焦がしている。

茜『君なら分かってくれるだろう……?
  殺したいほど憎い相手が目の前にいたら、正気でなんていられる筈がない!』

空「………それは……!」

 言葉通りに正気を失ったような茜の声に、空は僅かな間を置いてから答えようとした。

 それは、自らの思いを再確認するための時間だった。

 だが、その僅かな間は、茜には迷いと取られたようで、彼女は空の声を遮って続ける。

茜『こんな光景を作り出しておきながら、
  あんな破廉恥な要求をいけしゃあしゃあと宣い続ける連中を……、
  自らを正義と騙る悪を野放しにして良い筈がない!』

 それだけを聞けば憎しみを正当化する建前にも思える言葉は、
 だが、茜の怨嗟に火を点けた物の正体だった。

 一面に広がる廃墟。

 それは正に、彼女の憎しみの原風景……目の前で殺された父を思い出さずにはいられない光景だ。

空「……気持ちは分かります……分かるつもりです」

 その事を理解した上で、空は遮られた言葉を改めて紡ぐ。

 同じ思いを味わった者同士、気持ちは理解できる。

 だが――

空「でも……それだからって、
  茜さんがそんな事をしている所を見過ごすワケにはいきません!」

 空は毅然とした態度で言い切った。

レオン「こりゃ、まぁ……耳の痛いこって……」

 一方、アメノハバキリ一番機のコックピットでは、
 レオンが苦虫を噛み潰したような表情で、軽口のように漏らしていた。

 レオンの本音は、言葉よりも表情の方から窺った方が良いだろう。

 実際、空が言った事を茜に言うべきは自分であった。

 だが、四つ年下の妹分でもあり、また自分の直属の上司でもある少女の気持ちを、
 レオンは慮ろうとしていた。

 彼女の気が済むなら、一時の激情に身を任せてでも、
 彼女が彼女らしくあれるなら、彼女の思うとおりにさせるべき。

 そう、レオン・アルベルトと言う男は考えていたのだ。

 両親が健在で、誰かを激しく憎悪をすると言う事を知らないレオンには、
 所詮、茜の本当の気持ちなど理解できる筈もなく、
 また、彼女の兄がそう言った素振りを見せない事もあり、
 その問題を無意識の内に先送りにしていた。

 それは紗樹や遼も似たような物で、二人も心苦しそうな表情を浮かべている。

茜『正論だな……けれど正論だけで……耳障りの良い言葉だけで、
  感情まで納得できるワケが無いだろう!』

空「……っ!」

 怒声にも似た茜の言葉を、空は真っ向から受け止めていた。

 息を飲んだのは、茜の迫力に対してであり、彼女の言葉に驚きは無かった。

 当たり前だ。

 逆の立場なら、自分もそう返していた。

 そんな思いがあった。

茜『……そうだな……君は相手がイマジンだからな!
  どんなに残虐な手段を使おうとも、どれだけ残酷な仕返しをしようとも、
  褒められこそすれ、誰も止めはしないだろうさ……!

  だがな、私が憎んでいるのはテロリストだ、同じ人間だ!
  バケモノ相手の君とは違うんだ!』

 だからこそ、そう続いた茜の言葉は、空の胸に刺さる。

 これも、まあ多少は予想していた。

 正気を失えば、自分がどんな事を言ってしまっていたか、
 自分が言った事と同じ言葉を叩き付けられたら、どう相手を罵っていたか……。

 実際に突き付けられた言葉は想像以上の痛みを伴う、
 切れ味の鋭さに比べて錆びたノコギリに斬られたようだった。

 だが――

空「ええ……そうですね……」

 空は必死に、その言葉を受け止める。

 そして、本音を絞り出す。

空「でも……だからなんです!
  バケモノ相手でも……そんな暗い物に身も心も任せたら、後が苦しいんです!

  自分が悪人みたいで……悪人になってでも復讐してしまいたいなんて、
  苦しくて、苦しくて、どうしようもない事なんです!」

 それは、とても直感的な言葉で、理路整然と正論を述べているのとは違った。

 有り体に言えば、考えた事を整理もせずに口から吐いているだけの感情論だ。

 実際、空は感情論をぶつけていた。

 自分が憎しみと恐れに塗れていた頃を思い出してしまう。

 それだけで頭の中をグチャグチャに掻き回されてしまったようだ。

 だが、想いを告げなければ、茜を止める事は出来ない。

空「そんな事をすれば、自分の心が傷付くんですよ!?
  そんな事を続けていたら、バケモノと同じになっちゃうんですよ!?」

 復讐心だけの戦いは、いつか自分の身を滅ぼす事を、空は痛いほど分かっていた。

空「無抵抗の人間をいたぶるなんて、
  それじゃあ、茜さんが一番憎んでいるテロリストと一緒じゃないですか!」

 そして、ようやく、一番言いたかった言葉を……一番言わなければならなかった言葉を吐き出す。

 一方、その言葉を聞かされた茜は、鈍器で後頭部を殴られたような衝撃を覚える。

茜「私が……テロリスト共と……同……じ……?」

 目を見開き、絶え絶えに絞り出すように空の言葉を反芻する茜。

 ワナワナと震える手を、焦点の定まらない目で見遣る。

 先程、テロリストの機体を蹴り上げた、踏み付けた足を見遣る。

茜(私は……無抵抗の……抵抗できなくなった相手を……)

 そして、先程の行為が……その時に胸の奥から沸き立った感情が、脳裏を過ぎった。

 どろりとした質感を伴う、そんな快楽を、自分は感じていたのではないか?

 憎い相手を粉砕し、嬲る快感に、身も心も任せていたのではないか?

茜「違う……私は……!」

 必死に頭を振って、その感情を……抱いてしまった快楽と快感を否定する。

 だが、いくら茜が否定しても、空にはお見通しだった。

空『一緒なんですよ! あんな暗くて恐ろしい物に身も心も任せてしまったら!』

茜「っ……!?」

 空の言葉が、茜を押し黙らせる。

 目の前で姉を食い散らかすように貪った軟体生物型イマジン。

 あの仇敵を、憎悪と憤怒に任せるままにいたぶった。

 あの時の自分とイマジンに、どれだけの差があっただろうか?

 強いから弱い者をいたぶるのでは、復讐心に任せて獣のように振る舞うのでは、バケモノを一緒なのだ。

空「自分で自分の憎い相手と同じ事をするなんて……一番やっちゃいけない事なんですよ!」

 空は目の端に涙を浮かべながら必死に語りかける。

 経験者は語る、と言うが、正にその通りだった。

 道を誤った者にしか分からない事がある。
 道を誤った者にしか伝えられない言葉がある。

 空の言葉でしか、茜を止められない。

 そのために、空は苦しい記憶を掘り起こし、茜にぶつける。

 茜を……まだ知り合って日も浅い、新たな仲間を救うために。

 誰かを守りたいと願う人の盾。
 誰かのために戦いたいと願う人の矛。
 力なき誰かの力。

 言い聞かせるように胸中で繰り返す、己が信念。

 なればこそ、今は新たな仲間のために己が心を削ろう。

 茜が思い描く正義を、これ以上、彼女自身の手で汚させぬために。

 茜が守らんとする正義のために、彼女の中心にある物を守るために。

空「冷静になれ、なんて無責任な事は言いません……。

  ただ、思い出して下さい……!
  茜さんが、何でテロリストを憎むのか!」

 それはもう、説得などでは無かった。

 感情に走った時点で、既に説得と呼べる物では無かったかもしれない。

 だが、何も飾らない言葉ほど……相手を思って真摯に語りかける言葉ほど、相手の心に届く物だ。

茜「………何で、テロを憎むのか……お父様を殺した……彼奴らが憎くて……」

 茜はワナワナと震える両掌を見つめながら、自らの原点を口にする。

 そうだ。

 憎かった。

 父を殺したテロリストが、尊敬する父を目の前で殺したテロリストが。

 幼心に、連中を一人残らず皆殺しにしてやりたいと思った。

 だが、それでは空の言う通り、憎いテロリストと変わらない。

茜「っ、ぅぅ……ぁ……っ!」

 その事を思い知らされ、茜は声を押し殺して泣く。

 クレーストが直前に回線をカットしたのか、その泣き声は誰の耳にも届かなかった。

クレースト『ありがとうございます、朝霧空……』

 しかし、そのクレースト自身が空だけに回線を開き、感謝の言葉を贈って来る。

 だが、茜の嗚咽は聞こえない。

 おそらく、クレーストのAIとの直接回線なのだろう。

空「クレースト……ごめんなさい、茜さんに酷い事ばかり言っちゃって……」

 空は恐縮した様子で返し、項垂れる。

 茜を止めるためとは言え、随分とズケズケと物を言ってしまった。

 彼女を傷つける言葉を選んでしまった部分も少なからずある。

クレースト『いえ、それでも感謝します。
      ……私では、あのようには言えませんでした』

 クレーストは頭を振る様が見えるような声音で返す。

 彼女の言う“あのように”とは、経験則を踏まえた言葉だ。

 如何に人間的な要素を含んでいても、クレーストもAIに過ぎず、
 また彼女自身が茜の臣下として接しているため一線を引いている所があった。

 つまり、“言えない”とは言葉通りで、窘める事が出来なかったのだ。

 幼い奏に仕えていた頃から、彼女が主のためにして来た事は、主の為さんとしている事を支える事。

 譬え、それが間違いだとしても、だ。

 主自身が気付かぬ限り、それは道を曲げただけに他ならない。

 主の選んだ道が茨の道であろうが、修羅の道であろうが主の望むままに切り開く、祈りの十字架。

 そして、道を違えた主を止めるべきは、主が友と認め主を友として認めてくれた者に任せる。

 だからこそ、主に正しい道を示すキッカケを与えてくれた主の友には、最大限の礼を払う。

 それがクレーストのかつての主と友……奏と結がそうであった頃からの、今も変わらぬ在り方なのだ。

空「そんなに大層な事じゃないと思うんですけど……」

 しかし、その事を知らない空は恐縮するばかりである。

 と、そこへ今度はレオンからの回線が開いた。

レオン『お嬢の事で手間かけさせちまったな、朝霧の嬢ちゃん』

空「いえ……そんな」

 申し訳なさそうなレオンの言葉に、既に恐縮し切っている空は、最早、苦笑いを浮かべる他無かった。

 ともあれ、茜の凶行が止まった事を確認すると、空達は周囲のギガンティックの残骸を調べ、
 テロリスト達が既に逃げ出している事を確認してから、まだ落ち着かない様子の茜を守るように陣形を組み直す。

サクラ『空ちゃん、大丈夫?』

空「あ、はい……大丈夫です、サクラさん」

 司令室のサクラからの通信に、空は頷いて応えた。

 通信はクリアだ。

 おそらく、連絡通路の出入り口周辺に通信を中継するアンテナが設置されたのだろう。

 となれば、そろそろレミィとフェイも合流する頃合いだ。

サクラ『十五年前のマップだと、その辺りは第二十五街区の外れね……。

    そこから一キロ東に行くと、連絡通路と第一街区……
    旧山路技研とを繋ぐ大きな幹線道路があるわ。

    そこでレミィちゃん達と合流して』

空「了解です」

 サクラの指示に応え、空は茜達と連れ立って件の幹線道路へと向かう。

 辺り一面廃墟には変わらないが、空達の進む道も幹線道路と
 街区の中心部を結ぶ主幹道路の一つなのか、比較的、瓦礫は少ない。

紗樹『それにしても、本当に瓦礫だらけ……よくもまぁ、これだけ壊したわねぇ』

 通信機を介して、呆れ返ったような紗樹の声が聞こえる。

遼『焼け焦げた痕がある……。
  イマジンの襲撃と言うよりも、空襲のようなやり方で破壊された感じだ』

 そこに遼が続けた。

 確かに、執拗なまでに破壊し尽くされた街区は、まるで空襲にでも遭ったかのようだ。

レオン『第七フロート第三層の人口は、十五年前当時で五千八百万人。

    その内、四千万人が軍と警察の合同作戦で救出されたが、
    その際に起きた戦闘での死者は推定二万人……推定なんで、詳しい数字は出ちゃいないが、
    まあ五倍の十万が死んだとしてもおかしくない激戦だったって話だがな』

 レオンは軽口混じりに呟いているが、その声音は真剣そのものだ。

 ともあれ、無事ならば今も千八百万人もの人々が、この階層では生活していると言う事になる。

 人口増加を踏まえれば二千万人以上だろうか?

レオン『まあ、階層のど真ん中の五個程度の街区にギリギリ収まる数だな……。
    田舎がこの調子じゃ、街の連中は逃げるのも覚束ないだろうな』

 レオンの付け加えた言葉に、全員が息を飲む。

 つまり、そこ以外は焼き払ったと言う事だろう。

 中央から外郭までは二五〇キロ。

 レオンの予想通り、五つの街区を占拠する形でも、それらの街区の端から外郭まで二〇〇キロは下らない。

 子供であっても十日ほどあれば歩いて踏破できる距離だが、それも休める場所があれば、だ。

 瓦礫だらけの道を二〇〇キロも進むのは、決して楽な道のりではない。

 十分な食料と休める手立てがあって、初めて踏破できる苦難の道だろう。

 つまり、この廃墟と瓦礫の町並みそのものが、取り残された人々を閉じ込める牢獄なのだ。

空「本当に……酷い……」

 レオンの言葉を聞きながらその事に思い至った空は、消え入りそうな声で呟いた。

 茜もその事には思い至ったのだろう。

 そう考えれば、普段からテロリストを憎んでいる彼女が冷静でいられなかったのも、
 無理からぬ事だったのだ。

 姉の両親の事もあって、テロリスト達を好ましく思っていない空も、
 ふつふつと怒りがこみ上げて来るのを感じた。

 と、その時だ。

茜『すまなかった……空……』

 消え入りそうな声が、通信機から聞こえて来る。

 茜の声だ。

 どうやらプライベート回線を用いた限定通信のようだった。

空「茜さん……いえ、私の方こそ、偉そうに酷い事ばかり……」

 空もその回線に向けて申し訳なそうに返す。

茜『いや……お陰で少し頭が冷えた……。
  礼を言わせて欲しい……』

空「そんな……いいですよ」

 感極まった様子の茜に、空は再び恐縮してしまう。

 これでは逆に針の筵だ。

 早々に話題を変えるべきだろう。

空「それよりも、機体コンディションは大丈夫ですか?」

茜『ん? ああ……、ブラッド損耗率は四十八パーセント。
  万が一に戦闘になっても、あと二十分はフル稼働で行ける』

 唐突に話題を変えられて面食らったのか、茜は戸惑いながら空の質問に答えた。

 結の血を引いているだけあって、茜の魔力は五万六千超。

 無限の魔力を持つワケではないが、それでも並外れた大魔力の持ち主だ。

 それだけの魔力があれば、ブラッドの劣化も低く抑える事が出来る。

 二十分もフル可動できるなら、テロリストの扱うギガンティックくらいは軽く撃退できるだろう。

空「でも、レミィちゃん達と合流したら、
  補給のためにメインフロートまで一時後退した方が良いかもしれませんね」

茜『……ああ、私も、少し考えを整理する時間が欲しい……』

 空の提案に、茜は少し思い詰めた様子で応えた。

 と、そこで幹線道路に到着したらしく、左右の見通しが一気に開ける。

???『空!』

 名前を呼ばれた空が連絡通路のある右手方向を見遣ると、
 そこには低空を飛ぶアルバトロスと、瓦礫を避けて走って来るヴィクセンの姿が見えた。

 どうやら、レミィに名前を呼ばれたらしい。

空『レミィちゃん、フェイさん!』

フェイ『補給完了しました、朝霧副隊長』

 驚きの入り交じった歓喜の声を上げた空に、フェイが淡々とした様子で返す。

 空達はようやく合流を果たした。

 ……そう、正にその瞬間、事態は起きたのだ。

―4―

アルバトロス『上方から高密度魔力反応、急速接近です!』

 不意に検知した魔力反応に、アルバトロスが悲鳴じみた声を上げた。

空「え!?」

 空は驚きながらも、シールドスタビライザーをシールドモードに変形させ、結界を展開する。

 咄嗟の行動だった。

 直後、無数の魔力砲撃が空達の元に降り注ぐ。

空「っ、ぐっ!?」

 連続して降り注ぐ魔力砲撃を受けて、空は苦悶の声を漏らす。

 慌てたために広範囲に展開してしまった結界は、
 かなりの量のブラッドを劣化させながらも、何とか空の大魔力で以て防ぎ切る事が出来た。

空「じゅ、十六発……かな……?」

 律儀に受けた砲撃の回数を数えていた空は、苦しそうな声で呟く。

 大威力砲撃四発と、それよりやや劣るものの強力な砲撃が十二発の、計十六発だ。

 フェイやアルバトロスが調整してくれた集束結界なら、もう少しスマートに受け切れたかもしれないが、
 集束する余裕も無い広範囲結界を展開した事で、逆にそれが功を奏し、仲間達も守る事が出来た。

茜『このタイミングで強襲……テロリスト共か!?』

 茜は空の作ってくれた結界の傘から飛び出し、二振りの太刀を構え、
 砲撃の降り注いで来た上空を見上げる。

 すると、微かな光点が見えた。

 それが上空から砲撃を行ったギガンティックが放つ、魔力の余剰光だと言うのは明らかだった。

空(薄桃色の光……?)

 空も上空を見上げ、胸中で怪訝そうに独りごちる。

 余剰光を発するほどの魔力量となるとかなりの物だが、今はそんな感慨に浸っている場合ではない。

 空はシールドモードを解除し、長杖をカノンモードに切り替えて迎撃体勢を……取ろうとした。

空「あ、あれ……? エールが動かない!?」

 一瞬、キョトンとしかけた空は、その事実に気付いて愕然とする。

 本来ならば魔力リンクによって感覚をギガンティックと共有している筈なのに、
 空の感覚は完全に自分自身だけの物に戻ってしまっていた。

 その状況は司令室でも観測できていた。

雪菜「201、魔力リンク強制切断!?」

ほのか「こんな時にエラー!? 復旧は!?」

 愕然とする雪菜に、ほのかは驚きの声を上げながら確認する。

雪菜「それが、切断は機体側で行われたらしく、
   本体との間に噛ませてある補助ギアも本体とのリンクが切断されているみたいです!」

 雪菜は自身のコンソールを確認しながら報告した。

 確かに、彼女のコンソール上のディスプレイには、
 201――エール――のコンディションを示す箇所に“LinkError”と表示されている。

リズ「そ、そんな……先程の砲撃の魔力反応、ライブラリ上のドライバーと一件該当!?」

 他のオペレーターから送られて来る情報を確認していたリズが、驚きの声を上げた。

アーネスト「っ!? 報告を!」

 アーネストは驚きながらも、リズに報告を促す。

 敵……テロリスト側に、ギガンティック機関のライブラリで
 ドライバーとして登録されている魔力と一致する者がいるのは驚きである。

 だが、それだけだ。

 それだけの筈なのに、何故、リズはあれ程までに驚いたのか?

 その理由は、すぐに彼女の口から語られる事となる。

リズ「一致率百パーセント……登録ナンバー001!」

 リズは躊躇いがちに、だが意を決してその結果を報告した。

 その瞬間、司令室に……いや、明日美に戦慄が走る。

明日美「登録ナンバー……001!?」

 明日美は目を見開き、驚愕の声で反芻する。

 登録ナンバー……即ち、コールサイン001は、
 第二世代へと改修される前のオリジナルギガンティックの型式番号そのまま。

 001とはつまり、エールのオリジナルドライバー、
 結・フィッツジェラルド・譲羽……明日美の母の物だ。

明日美「っ、朝霧副隊長を下がらせなさい! 早く!」

 愕然としていた明日美だったが、すぐに気を取り直し、慌てて指示を飛ばす。

サクラ「空ちゃん、連絡通路出入り口付近にキャリアが来ているわ!
    何とかそこまで後退して!」

 指示を受けるなり、サクラも通信機越しに空に向けて叫んだ。

 そのサクラの指示は、確かに空の耳にも届いていた。

空「何とかって、言っても……!」

 指示に従い、空はエールを歩かせようと足踏みを続けるが、エールの足は微動だにしない。

 それどころか、外付けのOSSの数々も反応せず、
 シールドスタビライザーも大型ブースターも沈黙してしまっている。

 せめてこの二つが動けば、無理矢理に方向転換して撤退する事も出来たのだが……。

空「エール、動いて! どうしたの!? エール!」

 空は仮想ディスプレイだけでも展開しようと操作を続けるが、それすらも応答しない。

 やはり雪菜の言う通り、本体と補助用ギアのリンクも途絶えているようだ。

???『……い……』

 焦る空の耳に聞こえる、聞き慣れぬ声。

 絞り出すような、掠れた声。

 そして、その声と共に、微動だにしなかった愛機の腕が、上に向けてゆっくりと伸ばされる。

 伸びた先は上空……先程の砲撃の主と思われる、薄桃色の魔力を放つギガンティック。

空「え、エール……! どうしたの、エール!?」

 空は愛機の腕を下ろさせようとするが、やはりそれも徒労に終わる。

 それどころか、事態はさらに悪化して行く。

レオン『おいおい!? 回り囲まれてるぞ!?』

 レオンの慌てた声が通信機越しに聞こえた。

 辺りを見渡すと、瓦礫の山の中から十体以上のギガンティックが姿を現す。

 どれも同じ形状の、だが、全身各部に色とりどりの輝くラインを纏ったその姿は――

紗樹『嘘!? オリジナルギガンティック!?』

 ――愕然とする紗樹の言葉通り、オリジナルギガンティックを思わせた。

 空達は知る由も無かったが、これこそが反皇族派テロリストが誇る最新型ギガンティック。

 旧山路技研の格納庫を埋め尽くす400シリーズの一部……GWF401・ダインスレフである。

 それらが四方八方から空達を取り囲み、包囲網を形成していた。

茜『各員! 01の周囲を固めろ! 応戦しつつ後退だ!』

 茜は愛機に二刀の太刀を構え直させながら、全員に指示を飛ばす。

 上空の一機と合わせて、敵との戦力差は倍以上だ。

 性能の程はまだ分からないが、ブラッドラインを持つ以上、
 多少なりとも結界装甲を持つ可能性もあり得る。

 自由に動けない空とエールを守りながら応戦するのは難しいだろう。

レミィ『フェイ! エールを運べ! アルバトロスなら行けるだろう!』

フェイ『了解しました、ヴォルピ隊員』

 レミィの咄嗟の指示で、フェイはアルバトロスにエールの肩を掴ませた。

 アルバトロスの翼はシールドスタビライザーだ。

 出力はエールとの合体時よりは落ちるかもしれないが、
 それでもギガンティック二機分の重量を支えて飛ぶ事は出来る。

 茜達に護衛されながら、エールを掴んだアルバトロスが移動を始めると、
 それを合図に周囲のギガンティックからの一斉攻撃が始まった。

 四方八方からの銃撃が、取り囲まれた茜達に殺到する。

 レオン達のアメノハバキリはシールドを使ってそれを防ぎ、
 茜も太刀に大量の魔力を込めて障壁を展開した。

 だが――

遼『シールドが……保たない!?』

 敵の攻撃開始から数秒と経たずに鳴り響き始めた警報音に、遼は驚愕の声を上げる。

 高密度マギアリヒトと金属のコンポジット構造で出来たシールドは、見る見る内にひび割れて行く。

 敵の火力が圧倒的にコチラの防御を上回っているのだ。

レオン『守りに入るな! 応戦するんだよ!』

 レオンはそう叫びながら、魔導ライフルを構えて敵ギガンティックを狙い撃つ。

 頭部や関節、武装などの脆い部分を狙った正確な射撃は全弾命中するも、
 多少のバランスを崩したり後ずさりさせるのが精一杯で、大したダメージは与えられていない。

紗樹『た、隊長! こいつら通常魔導兵器じゃ効きませんよ!?』

 そう叫ぶ紗樹も連射式魔導ライフルで応戦を続けるが、
 数をばらまくだけのソレが最も効果を削がれていた。

 よく見れば、連射式ライフルから放たれる小型魔力弾は、
 敵ギガンティックの表面で霧散して消えてしまっている。

 紗樹の機体と同じ装備の遼の機体も同様だ。

レオン『クソッ、これが結界装甲かよ……敵に回すとイマジン相手と変わりやしねぇ!?』

 何年も茜の支援役としてイマジンと相対して来たレオンは愕然としつつ叫ぶ。

 部下達の悲鳴じみた声を聞きながら、茜は思案する。

 敵のギガンティックが持つブラッドラインは、どうやら虚仮威しの類では無いらしい。

 同じ結界装甲を持つクレーストや他のオリジナルギガンティックは敵の攻撃に耐える事が出来ているが、
 最新鋭とは言え結界装甲を持たないアメノハバキリでは劣勢を強いられるばかりだ。

茜『……撤退を優先する! 総員、全力で退避だ!

  アルベルト、東雲、徳倉は01の周囲を固めろ!
  レミィ、フェイ! お前達は部下達の面倒を頼む!

  殿は……私が務める!』

 思案の末に茜の出した指示に、全員が驚き、息を飲む。

レオン『お嬢、いくら何でもそりゃ無茶ってモンだぜ!?』

茜『無茶でもやらなければ全員死ぬぞ!
  動けない空やお前達を庇って戦う方が不利になる!』

 レオンの抗議を、茜は敢えて辛辣な言葉で切り捨てた。

 確かに、十機を超える敵ギガンティックが結界装甲を備えている以上、
 動けない寮機を庇って戦うのは至難の業だ。

 しかも、動ける寮機も内三機は結界装甲に対抗する手段が無く、
 さらに他の一機が動けない寮機を輸送中と言う状況である。

 自身の撤退も念頭に置いた殿であるなら、身軽に動けるクレーストには単機の方が生存率は高い。

空「茜さん……すいません」

 空は悔しそうに声を吐き出す。

 現状、一番のお荷物は、文字通り自分だ。

茜『さっきの借りを返すだけだ……気にするな』

 一方の茜は少しぶっきらぼうに返す。

空「いえ、恩に着ます」

 空はそう返しながらも、床面のコンソールを開き、何とかエールの操作を取り戻そうとするが、
 一切の操作を受け付けようとしない。

 通信などのコントロールスフィアに依存した基本システムは生きているが、
 AIや魔力リンクに依存する類のシステムは全てダウンしてしまっていた。

空「どうしたって言うの……エール……?」

 空は不安げな声を上げながら、原因を探る。

 いや、何とか“別の原因”を探ろうとしていた。

 原因は分かっている。

 司令室のやり取りは全て聞こえていたのだ。

空(司令のお母さん……結・フィッツジェラルド・譲羽さんの魔力……)

 心中で独りごちた、それが答え。

エール『ゆ、い……ゆ、い……』

 あれだけ呼び掛けても、一度も声を発しなかったエールが、
 上空のギガンティックに向けて手を伸ばしながら、声を絞り出す。

 結、結、と……。

空(私じゃ……私じゃダメなの……エール!?)

 その疑問を、叫びを、空は飲み込む。

 答えが返って来るのが怖かったのだ。

 そして、空が苦悩し、足掻き続けている間にも撤退は始まる。

レミィ『敵の一角を切り崩す!』

 レミィはヴィクセンを後方に向けると、敵の射撃の合間を縫って肉迫し、
 狼狽える一機のダインスレフに飛び掛かって押し倒した。

 如何に相手が結界装甲を備えたギガンティックでも、
 支援型とは言えオリジナルギガンティックの方が性能は上のようだ。

フェイ『突破します!』

 フェイはレミィが作り出してくれた包囲網の死角から、
 アルバトロスにエールを掴ませたまま飛び出した。

 さらに、その後をレオン達のアメノハバキリが続く。

 茜も一旦、包囲網の外に飛び出すとすぐに方向転換し、
 撤退する仲間達と追いすがろうとする敵との間に立ち塞がる。

 敵の数は十二機。

 ロイヤルガードなら四小隊……一中隊分に匹敵する数だ。

クレースト『茜様、ブラッド損耗率が六割を超えました。
      残り戦闘時間は二十分程度とお考え下さい』

茜「防御に魔力を割き過ぎたか……」

 クレーストの声を聞きながら、茜は苦々しく呟く。

 回避に専念しつつ一撃離脱を繰り返すしか、この場を切り抜ける術は無いだろう。

 だが、十二機ものギガンティックを相手にその戦法を続けるのは難しい。

 と、そんな茜の悩みを知ってか知らずか、
 上空に留まっていた件のギガンティックが空達を後を追い始めた。

 どうやら、上空の機体の狙いは最初からエールのようだ。

茜「ッ、さすがに上まで相手をしている余裕は無いか!?」

 茜は舌打ち混じりに言いながら、敵の攻撃を回避する。

 何機かのギガンティックも、その寮機を追い掛けようとするが、
 茜は素早くその前に先回りすると、電撃と凍気を込めた刃でその手足を切り裂く。

茜「これ以上、この先に行かせてなる物か!」

 回避の一瞬の隙を突いて空達を追撃しようとするダインスレフの背中を狙い、
 茜は凍気の刃を叩き込む。

 凍気の刃は敵の背中を抉る。

 すると、抉られた背面から大量のエーテルブラッドが噴き出した。

 数秒は藻掻くように動いていた機体は、だがすぐに停止してしまう。

茜「背中にブラッドのタンクがあるのか!?」

クレースト『どうやらそのようです。優先目標を背部のタンクに絞りますか?』

茜「頼む!」

 驚きの声を上げた茜は、クレーストの提案に頷きながら、再び回避と追撃の警戒に入った。

 茜自身は回避に専念し、攻撃目標の選択と警戒をクレーストに委ね、
 可能なタイミングで攻撃、或いは迎撃するだけと言う命がけの単純作業だ。

茜(機体の性能に比べてドライバーの練度は高くないが、数が厄介だな……!)

 そんな事を思いつつ、茜は心中で舌打ちした。

 敵の機体は基本性能の時点で370シリーズに匹敵する上、
 結界装甲と言う破格の攻防一体魔法を常時発動している。

 ドライバー達の操縦技術や連携と言った練度がおしなべて低いのが幸いし、
 何とか戦闘を継続する事が出来たが、それも時間の問題だ。

 敵の数が多いため、どうしても残り制限時間内に全てを倒すのは難しい。

茜(ギリギリで切り上げるしかないか……?
  向こうは今、どうなってる……!?)

 茜はただ一機だけ逃した上空のギガンティックの事を思い出し、
 焦燥感に駆られながらも、また一機、敵を撃破していた。

 一方、全速力で撤退を続ける空達は、連絡通路の出入り口まで
 ようやく半分の所――十キロの距離――まで来ていた。

レミィ『一機だけだが、例のピンク色が追って来ているな……!
    フェイ、もっと速度を上げられないか!?』

 後方を警戒していたレミィが、前方を飛ぶフェイに呼び掛ける。

フェイ『現状、このスピードが精一杯です。
    合体できればもう少し速度を上げられるのですが』

 フェイは淡々とした中に、僅かばかりの悔しさを滲ませて返す。

 エールを掴んだ状態での移動は、やはりアルバトロスには負担が大きいようだ。

 直前の戦闘のダメージもあって、速度は通常時の五割強と言った所だろうか?

紗樹『機影見えた! ベースは378! 背中に大きな背負い物!』

 遼と共に上空に向けて牽制弾を撃っていた紗樹が、上空のギガンティックを確認しつつ叫ぶ。

 378……つまり、大型エクスカリバータイプだ。

レオン『東雲、マジで378なんだな?』

紗樹『はい!』

レオン『ならさっ!』

 紗樹が自分の質問に答えるが早いか、レオンは機体を反転させ、
 スナイパーライフルを構えると、上空の機体に向けて狙いを付ける。

 移動速度をギリギリまで落とす事なく、スナイパーライフルから集束魔導弾を放つ。

レオン『よし、ドンピシャ! 風穴空きやがれっ!』

 レオンは直撃を確信して歓喜の声を上げた。

 あの機体がエールに影響を及ぼしているなら、撃墜してしまえばエールは自由になる。

 そうなれば、空達は引き返して茜の援護に回れる筈だ。

 だが、そんなレオンの目論見は直後に砕かれた。

 378の背面から幾つかのパーツが分離し、機体の正面に分厚い魔力障壁を展開する。

 対イマジン用に開発された強化型集束魔導ライフルの集束魔導弾は、
 その障壁によって阻まれてしまったのだ。

レオン『なっ!? フローティングウェポンかよ!?』

 レオンは愕然としつつも、二度、三度と集束魔導弾を放つが、
 全て障壁に阻まれ、掻き消されてしまう。

 それどころか、別のパーツから放たれた砲撃がレオンの機体を掠め、弾き飛ばす。

レオン『うおぁっ!?』

空「レオンさん!?」

 レオンの短い悲鳴と共に倒れ込んだ彼のアメノハバキリの姿に、空は悲鳴じみた声で彼の名を叫ぶ。

 一行の移動速度が急激に低下した、その瞬間。

???『Grrrrrrッ!!』

 廃墟の物陰から、低いうなり声を上げて巨大な影が飛び出した。

遼『な、何だコイ……うわあぁっ!?』

 巨大な影は驚愕する遼のアメノハバキリに飛び掛かり、
 連射式魔導ライフルを構えていた右腕をもぎ取る。

 遼の悲鳴と共にアメノハバキリはその場に倒れ込み、巨大な影はすぐさま跳躍した。

紗樹『徳倉君!? このぉっ!』

 小刻みに素早い跳躍を続ける巨大な影に向けて、紗樹は魔導ライフルの弾丸をばら撒く。

 凄まじい弾幕にさすがに“敵”も避ける事もままならないのか、数発の魔力弾が命中する。

 だがしかし、命中した魔力弾は一瞬で掻き消されてしまう。

紗樹『コイツも結界装甲!?』

 その事実に気付き、紗樹は愕然と叫ぶ。

 巨大な影の速度にもようやく目が慣れて来ると、その全身に若草色のラインが走っているのが見えた。

 間違いなく、オリジナルギガンティックと同じブラッドラインだ。

 その姿は巨大な狼を思わせる、ヴィクセンと同じく獣型で、
 彼女よりも一回りは大きなギガンティックであった。

レミィ『二人とも退いていて下さい! ここは私がっ!』

 その姿を確認したレミィは、倒れた遼の機体を庇うように躍り出る。

 既に空を守れるのはレミィ、フェイ、紗樹の三人だけ。

 その内、フェイは満足に動けず、
 新たな獣型ギガンティックにはアメノハバキリの武装は通用しない。

 必然的に陸戦をレミィが引き受けるしか無かったのだ。

レミィ「フェイ! 徳倉さん達と一緒にヤツから逃げろ!」

フェイ『了解です、ヴォルピ隊員!』

 レミィはフェイに指示を出すと、彼女の返事を聞く間も無く新たな狼型ギガンティックに飛び掛かる。

 補助兵装として前脚に取り付けられた小型スラッシュクローに魔力を込めた一撃だ。

 如何に結界装甲で守られていても、同じ結界装甲ならば貫く事が出来る。

 それを分かっているのだろう、狼型ギガンティックは横に跳んでヴィクセンの一撃を避けた。

 だが、レミィも回避される事を予測していたのか、
 着地と同時に横に跳んで、まだ着地前の敵に向けて追撃を加える。

狼型G『Ggaaaaッ!?』

 結界装甲同士が干渉して相殺されると、狼型ギガンティックはうなり声を上げて弾き飛ばされた。

ヴィクセン『キツネとオオカミ……、
      体格は向こうの方が上だけど、小回りはこっちが上みたいね』

 瓦礫に叩き付けられた狼型ギガンティックの様子に、ヴィクセンは確かな手応えを感じる。

 人型ギガンティックに比べれば凄まじい機動性と俊敏性を誇った狼型も、
 さらに機動性と俊敏性に特化して設計されたヴィクセンよりは劣るようだ。

 問題は体格差だが、当たらなければ問題は無い。

 そして、フェイ達もこの場を離れたようだ。

 まだ改造エクスカリバーの追撃は続いているようだが、レオンも攻撃のショックから立ち直ったのか、
 紗樹の機体と共に遼の機体を支えながら、後方に向けて牽制射撃を続けている。

レミィ「よしっ! こっちを片付けて後を追うぞ!」

ヴィクセン『了解よ、レミィ!』

 レミィの声にヴィクセンが応えた。

狼型G『Grrr……ッ』

 すると、ようやく衝撃から立ち直ったのか、
 狼型ギガンティックは瓦礫のベッドからヨロヨロと立ち上がる。

 レミィはすぐさまその真上を跳び越し、狼型の後方に回った。

 狼型は狼狽えながらも方向転換し、ヴィクセンに向けて低いうなり声を上げて威嚇して来る。

 その時だ――

????<痛い……怖い……痛い……怖い……>

レミィ「ッ!?」

 脳裏に響いた声に、レミィは息を飲む。

レミィ(脳に直接……思念通話? この距離だと、コイツのパイロットか!?)

 レミィは驚きながらも、撹乱するように左右に跳び回る。

 敵からの思念通話など考えもしなかった。

 大昔は通信や秘匿回線の代わりに使われた事もあったらしいが、
 まさかコレは敵からの呼び掛けなのだろうか?

????<怖いよぉ……痛いよぉ……>

 しかし、思念通話の主は恐れと痛みを訴えるばかりで、会話が成立する様子は無い。

 だが、レミィはその声に不思議と懐かしさを感じていた。

レミィ(誰だ……この声……聞き覚えがある……?)

 レミィは敵を険しく睨め付けながらも、自らの記憶に思いを馳せる。

 声の主は少女のようだ。

 ドライバーの仲間達ではない。

 ギガンティック機関の職員でもない。

 いや、もっと以前……アルフの元にいた保護官の誰かだろうか?

 いや、それよりももっと昔の――

レミィ「うおぉっ!」

 思考が纏まりきらない内に、レミィは自ら攻撃を仕掛ける。

 さすがに呆けている場合では無い。

 真後ろから跳び上がり、死角から狼型の首もとを狙っての攻撃だ。

 余程大きく避けられない限り、外すことの無い一撃だ。

 背中に乗り上げ、渾身の力を込めた前脚の一撃を叩き込む。

 だが――

????<怖いよ……お姉ぇちゃぁん!?>

 命中まで、あとほんの数メートルと言う距離でその声を聞いた瞬間、
 レミィの……ヴィクセンの動きが止まった。

レミィ「おねえ……ちゃん?」

 聞き覚えのある声、聞き覚えのあるフレーズ。

 その二つが合わさった時、探り当てようとしていた記憶が一気に甦った。

レミィ「弐拾……参号!?」

 レミィは目を見開き、愕然として、その名を漏らす。

 自分が明日美と海晴に助けられる四年も前に、最後の姉と共に死んだ筈の、最後の妹。

レミィ(生きていた!? 何でここに!? いや、どうして、そんな所に!?)

 レミィは困惑しながらも、理由を探る。

 月島レポートの存在は、レミィも知っていた。

 無論、その内容に目を通した事もある。

 月島とテロリストの関係が発覚する四年も前ならば、
 死亡と偽って彼女を移送する事も出来たかもしれない。

 その可能性に辿り着いた後のレミィの判断は速かった。

レミィ「無理矢理に戦わされているのか、弐拾参号!?」

 レミィは驚きと怒りの入り交じった声を上げる。

 統合労働力生産計画で作り出された人工生命は、一万以上の魔力量を誇る者ばかりだ。

 戦う意志がなくても、自動操縦の機体に魔力を供給する“電池”として扱われている事だってあり得る。

弐拾参号?<助けて……助けて……お姉ちゃん!>

狼型G『Grrrrッ!!』

 必死に助けを呼ぶ少女……弐拾参号の声に応えるかのように、
 狼型ギガンティックは背中のヴィクセンを振り落とそうと全身を大きく振った。

レミィ「ッ!? 弐拾参号! 私だ! 拾弐号だ!」

 振り落とされた体勢から、何とか着地しながら、
 レミィは狼型ギガンティックに……その中にいる妹に語りかける。

ヴィクセン『ちょ、ちょっとレミィ!? 今、戦闘中よ!?』

 主の突然の行動に、ヴィクセンは驚きの声を上げた。

 この戦闘で如何に有利な状況にあるとは言え、全体の戦況は著しく不利である。

 今も、この敵にばかり関わっているヒマすら無い状況なのだ。

 それはレミィにも分かっていた。

 だが――

レミィ「お願いだ……ヴィクセン! ほんの……ほんの少しだけ、私に時間をくれ!
    妹がいるんだ……私の妹なんだ! あの機体に乗っているのは!」

 レミィは涙混じりの声で懇願する。

 ――諦められない。

 妹が、いるのだ。

 死んだと思っていた。

 そうとばかり思って十年以上過ごしていた、離れ離れに過ごした妹が、今、目の前にいるのだ。

ヴィクセン『時間をくれ、とか……あんまり遠慮するんじゃないわよ!
      助けるなら助けるで、速攻で片付けろって話よ!』

レミィ「ヴィクセン!」

 照れ隠しなのか、ぶっきらぼうに言い放ったヴィクセンに、レミィは歓声を上げる。

 思念通話は、最初からヴィクセンにも届いていた。

弐拾参号?<怖いよぉ……暗いよぉ……>

ヴィクセン『こんな寂しそうな声聞かされて、黙ってられるかって言う話よ……!』

 泣き声と言っても過言でも無い声で訴えかけて来る弐拾参号の声に、
 ヴィクセンも震える声で漏らす。

 その震えは、主の妹にこんな仕打ちをしたテロリストへの怒りに満ちていた。

 作戦や仲間達の事も重要だが、ここで主を窘めて任務に集中させるのは、
 彼女の矜持が許さなかったのだ。

ヴィクセン『速攻で助けて、速攻で空達に追い付くわよ!』

レミィ「おうっ!」

 義憤に震えるヴィクセンの声に応えて、レミィは滲み始めた涙を拭って力強く応えた。

 レミィ達が決意を新たにしている間も、378改による追撃は続いていた。

サクラ『残り九キロ! 急いで!』

 通信機からは慌てた様子のサクラの声が聞こえているが、
 そう簡単には逃げられないのが現状だ。

 あと一分足らずでゴールできる距離が、遥かに遠く感じる。

 378改のパイロットはかなりの手練れのようで、
 こちらの牽制射撃を防ぎながら、砲撃でこちらの退路を巧みに変えて来るのだ。

レオン『完全に手玉に取ってやがるぜ……チクショウめっ!』

 レオンは悪態を吐きながらもライフルの連射を止めない。

 が、全て魔力障壁に防がれている。

 その魔力障壁も全体に張り巡らせるのではなく、
 着弾点を見極めて最小限の障壁だけで防いでいるのだ。

 それもレオンの放つライフルの弾丸だけでなく、
 ほぼランダムにばら撒かれている紗樹の放つ弾丸も、
 自身への直撃弾を見抜いてそれだけを無力化している。

 加えて、こちらの進路を変えさせるような砲撃を間断なく撃ち続けているのだ。

 針に糸を通し続けるような正確さを要求されるだろう操作を、休むことなく続ける。

 378改のドライバーは正に手練れと呼ぶべきドライバーだった。

空「どんどん出入り口から離されちゃう……」

 空は焦燥感に煽られるようにして呟く。

 空達が第七フロート第三層に突入したのは、逃亡したイマジンを追撃する事情があったからだ。

 だが、突入後は完全にテロリストの掌で踊らされている気分である。

 合流地点で強襲され、敵に取り囲まれ、撤退中に新手の妨害を受け、今やこの有様だ。

空(ダメ……パスワードも全パターン試したけど、操作を奪い返せない)

 そんな焦りの中、空の焦りもさらに加速する。

 システムの再起動、AIとシステムの切り離し、
 全てを試したがエールの操作を奪い返す事が出来ない。

 そして――

遼『左右から来ます!?』

 悲鳴じみた遼の声に、空は視線を走らせる。

 すると401・ダインスレフが二機、
 左右からエールとアルバトロスを挟撃して来る光景が目に入った。

 また新たな伏兵だ。

空(誘い込まれた!?)

 左右から迫るダインスレフは、咄嗟の紗樹の牽制射撃を物ともせずにアルバトロスに斬り掛かり、
 その巨大な翼を叩き斬る。

フェイ『ッ………ァァッ……!?』

 フェイの口から押し殺した悲鳴が漏れた。

 鳥型とは言え、魔力リンクでフェイとアルバトロスの感覚は繋がっている。

 両の翼を斬られる痛みは、それこそ両腕を切り裂かれるに等しい痛みだろう。

空「フェイさ……っ、きゃあぁっ!?」

 空はフェイの名を叫ぶが、直後に愛機ごと振り落とされ、
 地上に叩き付けられる衝撃に悲鳴を上げる。

 どうやら、コントロールスフィアの慣性制御も満足に働いていないようだ。

レオン『嬢ちゃん!? フェイ!? っ、うぉっ!?』

 レオンがフォローに入ろうとするが、彼のアメノハバキリはダインスレフの体当たりを受け、
 大きく弾き飛ばされて、瓦礫の山に叩き付けられてしまう。

紗樹「副隊長!? それ以上、空ちゃん達に近付くんじゃないわよ!」

 紗樹も遼の機体を支えながら、必死に二機のダインスレフに攻撃を続けるが、
 やはり結界装甲の前には通常の魔力弾では牽制にすらならない。

 二機のダインスレフは紗樹の攻撃を平然と受けながら、
 悠々と地上に降り立った378改への攻撃を遮る。

紗樹「ッ、ちょっとは堪えなさいよ、このぉぉっ!」

 その様は、完全なる侮辱のカタチ。

 紗樹が憤りの叫びを上げるのも無理からぬ光景だった。

 一方、空の焦りも限界に達していた。

空(フェイさんにレオンさんも……! このままじゃ、どうして、エール……!?)

 胸中で独りごちながら、とにかくコンソールを遮二無二操作する。

 主導権を取り返せるなら、いっそ誤作動でもいい。

 だが、そんな空の思いを無視し、エールはゆらりと立ち上がる。

エール『ゆい……ゆい……結……』

 地上に降り立った378改に向けて向き直り、
 譫言のように結の名を呼びながら、その手を必死に伸ばしている。

 その光景に空は我知らず、涙を流す。

 応えてくれていたと、自分の志に、想いに応えてくれていたと、信じていた。

 それは、自分の思い込みだったのか?

 彼は、自分にかつての主の幻影を抱いていただけなのか?

 そんなネガティブな想像に、次第に空は項垂れてしまう。

 そして――

空「エールッ! 止まって! お願ぁいっ!」

 ――空は泣き叫ぶように呼び掛けた。

エール『ッ!?』

 その瞬間、息を飲むような音と共に、エールの動きが止まった。

空「エール!?」

 応えてくれた愛器に、空は歓喜の声を上げる。

 だが――

??『捕まえた……』

 ――エールは378改に掴まれ、その動きを封じられただけだった。

 接触回線を通じて、378改のドライバーと思しき声が聞こえる。

 それは、幼い少女の声。

 378改のコックピットハッチが開かれ、コックピットから姿を現したのは、
 幼い……瑠璃華よりも幼い、一人の少女だった。

少女「エール……貰って行く……」

 短く切り揃えられた黒い髪と、黒く沈んだ瞳をした少女は、淡々と呟く。

 その姿はどこか、エールと出会った頃の結に似ていた。


第16話~それは、守るべき『正義の在処』~・了

今回はここまでとなります。
エールシャベッタァァァァァッ

あと、久しぶりに安価置いて行きます。

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121

生卵多杉問題!!!
卵かけごはんには、納豆が必需品と力説します。

と言うわけで乙ですた!
ちまちました、しかし緊張を強いられる任務からの乱戦、そして怒涛の展開でしたね。
まずは右往左往するテロリストの皆さん……うん、完全に捨て駒としてかき集められてブン投げられた人達ですな。
しかし、中には家族を人質にされている人もいたようで……兵隊に雇われた人には高給が付いて、家族にも保障があるギャラクター@ガッチャマン1作目の方が親切じゃないですかーっ!
そして茜さん……気持ちが分かるだけに、辛い物があります。肉親を奪われる、と言うほどの経験は無くとも、どうしても許せない、譲れない、という怒りは誰にでもあるものですから。
仕事だから、任務だから、はたまた目の前の事ではないから、と割り切るだけでは処理できない感情は、誰にでもあるんですよね。
空の言葉はあかねさんの言うとおり莉総論かもしれませんが、一度は自身の感情と向かい合った末の言葉と思うと、重みも苦味も違ってきます。
あれですよ、「本当は綺麗事が一番いいんだもの」ってヤツです。
そして、エール……!しゃべったーっ!!ら、もってかれたーっっ!?いや、もってかれちゃう!?!?
次回も楽しみにさせて頂きます。

お読み下さり、ありがとうございます。

>生卵多杉問題!!!
卵太郎の卵が旨いのがいかんのですヽ(^p^)ノ
黄身が濃厚でめんつゆ多めに入れないとめんつゆの味が負けるほど卵卵している絶品濃厚卵がいかんのです(ステマ感)

ちなみに自分のTKGのお供は、醤油やめんつゆなどのタレを少なめにした際の塩鮭か煮物です。

>緊張を強いられる任務
失敗したら真っ先に死にますからね、あの作業場。
多分、あの四人の中で一番楽してるのは魔力も多くて運用もそこそこ高い瑠璃華か風華のどちらかで、
一番苦労しているのは、あの繊細な作業中もマリアの波長に合わせなければならないクァンです。
不幸具合で言うと空、レミィ、茜の三強かもしれませんが、苦労人度はクァンが常にトップです。
ただでさえ小学生なら「女の中に男が一人」と囃し立てられ兼ねない裏山環境ですが、
クァンといいアルフといい、カーネルのドライバーが苦労人なのはザックからの伝統ですねw

>ブン投げられた人達
チート量産機のダインスレフがいるにも関わらず、従来機のみの編成ですからねぇ……。
338一機で隔壁ブチ破ればいいだけなので、残りの六機は完全なお飾りです。
しかも、ブチ破る場所が機関とロイヤルガードの本拠地があるメインフロートって時点で詰んでいる気もします。
空達とイマジンが戦闘をしていたのはまるっきりの偶然です。

>家族を人質にされている人
G氏は『俺は……俺は任務を遂行しないと家族が……うわあぁぁぁっ!?』としか言っていませんから、
きっと、任務を失敗して戻ったら家族に「パパ、かっこわる~い」と言われてしまうんですよ、
父としての威厳がかかっているので負けられません勝つまではw

冗談はともかく、自分の主義を掲げた結果、同じ主義の旗を掲げたのが行き過ぎた人間と知らずに集まってしまっただけで、
どんな組織も思想的に完全な一枚岩と言うワケではありませんからね。
完全なトップダウンの組織でトップの不興を買えばどうなるか、と考えたら当然の成り行きかもしれません。
ただ、彼もテロ側の兵士である以上、あの城で十五年も裕福な暮らしをしていたと考えると……。

>茜の気持ち
茜はまだ十七歳の女の子ですからね。
十五年前で止まったまま割り切れない感情の方が多いと思います。
今回は空に説得される形で矛を収めましたが、最終的に彼女なりの決着を彼女本人に着けさせようと考えています。

>空の言葉は茜の言う通り理想論
仰る通り、綺麗事だけで済む世界が一番良い世界ですね。
そうならない所が社会の悪い所であり、そうでなくても回る所が社会の良い所かもしれませんが。
加えて、理想論は一度でも間違った結果があるから生まれる物だと思っています。
愚者は行動に、賢者は歴史に学ぶと言いますが、賢者が学ぶ歴史は愚者が作り上げた物ですからね……。
十代の若者にとって二歳の年齢差は大きい物ですが、一度大きな過ちを犯して答を得た空の経験は茜に勝る物だと思います。

半ば、Gレコ放送前に富野風舌戦がしたかっただけですが、
もうちょっと感情に走った理性的でワケの分からん言い回しで良かったかもしれません。
初見では言ってる事がワケ分からんのに耳と心にこびり付く、あの絶妙な感じが御禿の凄い所だと思います。

>エール
ヒキコモリの息子が久しぶりに喋ったと思ったら悪い人の仲間(幼女)に誑かされる……きっと草場の陰でおかーさん(結)も泣いていますw

次回は遂にあの機体が! ………出せるといいなぁ(何

保酒

保守ありがとうございます

明日の投下を予定していたのですが、昨晩、腰に魔女の一撃を食らってしまったので少し遅れるかもしれません……今から病院行って来ます

>>126

つ膏薬

掛かり付けの鍼灸師さんに電気鍼で治療してもらって軟膏塗って湿布貼って寝たら一晩で動ける所まで治りましたw
先生曰く「軽めで良かったね」との事……いや、ホントです。

では、予告通り、最新話を投下します。

第17話~それは、正義を騙る『悪意の在処』~


―1―

 西暦2075年7月8日月曜日、午後6時過ぎ。
 第七フロート第三層、連絡通路から九キロ地点――


紗樹『このっ! このぉっ!』

 紗樹のアメノハバキリが遮二無二、撃ち続ける連射式魔導ライフルの魔導弾を、
 二機の401・ダインスレフが事も無げに受け続ける。

 結界装甲によって守られたテロリストのギガンティックは、その背に寮機――378・エクスカリバー改――と、
 空の操作を受け付けなくなってしまったエールを庇っていた。

 そして、コントロールスフィアの中で愕然とする空の目の前で、
 エクスカリバー改のコックピットハッチが開かれ、一人の幼い少女が顔を出す。

少女「エール……貰って行く……」

 少女はぽつり、と呟くような声で漏らす。

 すると、自機のコックピットハッチから、エールのコックピットハッチへと飛び移った。

 そして、ハッチ横の操作パネルを開き、素早くパスワードを入力する。

 それが当てずっぽうでは無いのは、開いて行くエールのコックピットハッチが証明していた。

 そして、開かれたハッチからゆっくりと侵入して来る。

空「う、うそ……!?」

 空は愕然としながらも、緊急コードで少女の侵入を阻止しようした。

 ハッチはエール側のシステムが優先されるが、
 その奥にある緊急シャッターはコントロールスフィア側が優先される構造だ。

 だが、シャッターは閉じる事なく、コンソールにはエラー表示が浮かぶだけだった。

空「な、何で!? 何で閉じないの!?」

 空は困惑しながらも、再度、パスワードを入力するが受け付けられない。

 それは、少女の入力したパスワードが緊急コードを無視できるレベル……
 正ドライバーである筈の空よりも遥か上位の権限を持っている事を現していた。

 コントロールスフィアの床にへたり込んでいた空は、無言のまま侵入して来た少女を見上げる。

空(お、応戦……応戦しないと!?)

 空はようやく、そこに考えが至った。

 如何に幼い少女とは言え、相手はテロリストだ。

 このままエールを奪われるワケにはいかない。

 これでも茜を唸らせるほどには腕を上げているのだ。

 そんな自信が空にはあった。

 だが――

少女「エール……魔導装甲、起動」

 少女がそう呟くと、空の指にあった筈のエールのギア本体が、薄桃色の輝きと共に少女の指に収まる。

 そして、空の目の前で少女は白い魔導装甲を纏う。

空「………え?」

 一瞬、何が起きたのか、空には理解できなかった。

 あの日、姉から託されたギアが……指輪が手から消え、それを付けた少女が、自分の魔導装甲を纏っている。

空「それ……私の、だよ……? 何で……?」

 その事実を受け入れるのが遅れ、それはそのまま対応の遅れへと繋がった。

少女「……退いて」

 故に、少女がそう言って自分を掴んで外に放り出されるまで、現状を把握できなかった。

空「っ!? し、身体強化!?」

 エールのコックピットハッチから地上までは二十八メートル。

 一応、魔導防護服となるインナースーツは着ているが、受け身も取れずに落ちれば軽傷では済まない高さ。

 我に返った空は、普通に受け身を取っても間に合わないと判断し、咄嗟に身体強化魔法を発動したのだ。

空「ッ、ぃたぁぁ……」

 何とか身体強化が間に合い、瓦礫の上で最低限の受け身を取る事に成功した空は、
 それでも相殺しきれなかった衝撃に目を白黒させながらも、奪われた愛機を見上げる。

 背中を強かに打ったせいか、呼吸の度に背中に鈍い痛みが走った。

 だが、空はすぐに体勢を立て直し、愛機を見上げる。

空「え、エール……!」

 空は愛機に呼び掛けるが、ギアも奪われた今、何の反応も示さない。

 いや、そうではない。

 ギアを奪われる前から、彼は何の反応も示さなかった。

 だが、それだけで事は終わらない。

 エールの肩と背から、シールドスタビライザーと大型スラスターが外れ、
 轟音と共に空の間近に落ちて濛々とした土煙を上げた。

空「キャ……ッ、ごほっごほっ!?」

 痛みに喘いでいた空は、短い悲鳴と共に思わず土煙を吸ってしまい咳き込む。

 そんな彼女を無視し、事態はさらに進行する。

 378改の背中に取り付けられていたパーツ――フローティングウェポン――が外れ、エールの背中に装着された。

 よく見ればソレは、大きな物が三日月を、小さな物が五芒星を摸したようなデザインをしている。

 それらが一塊となって光背のような形状になり、彼の背を飾った。

 そう、これこそが長らく失われていた……テロリスト達の手に落ちていた、エール本来の武装。

 GXI-002・プティエトワールととGXI-003・グランリュヌであった。

 加えて、エッジワンド型魔導砲であるGXI-001・ブランソレイユを加えた、
 これこそが真なるエールの姿だ。

 そして、本来の武装を取り戻した直後、空色に輝いていたエールのブラッドラインが、薄桃色に輝き出す。

空「え……エール……? そんな……嘘……だよね?」

 その光景を見遣りながら、空は愕然と呟く。

 愛機の色が、自分以外の誰かの色に染まって行く様は、大切な物を奪われる以上に、
 胸に、心に、大穴を穿たれるような感覚を覚えさせられた。

 だが、これこそが本来のあるべき……多くの人々が待ち望み、もう決して宿らないと思われた色。

 白亜の騎士が、薄桃色の輝きを宿す。

 その事実が、より深く、空の魂を抉った。

空「エール……エール……エール!」

 空は必死に手を伸ばし、譫言のように愛機の名を呼ぶ。

 それは先程、彼がかつての主を求めていたのと同じ姿。

 だが、無情にもその呼び掛けは彼には届かなかった。

 エールはプティエトワールとグランリュヌの光背から魔力を放出し、ゆっくりと浮かび上がる。

 ブースターの推力で無理矢理に飛ぶでなく、
 シールドスタビライザーで浮かび上がらせるでなく、文字通りの自然な浮遊魔法だ。

 ある程度の高さまで浮かび上がったエールは、
 薄桃色の光跡を残して、第一街区方面へと飛び去って行く。

空「エール……エェェルゥッ!?」

 空は目を見開き、愛機の名を叫んだ。

 声は瓦礫だらけの廃墟に響き渡るが、その声に応える者は、もう視界の果て……、
 暗闇の向こうまで飛び去った後だった。

 その直後――

紗樹『空ちゃん! そこから今すぐ逃げて! 早く!』

 悲鳴じみた紗樹の声が響く。

空「……?」

 エールを失った空は、茫然自失のまま紗樹の声がした方向を振り返る。

 すると、そこには、足もとにいる自分に向き直った二機のダインスレフの姿があった。

 その手に構えられた魔導ライフルの銃口は、自分に向けられていた。

 自分の身体がすっぽりと収まってしまうほど巨大な銃口を向けられている現実に、空は戦慄を覚える。

空(逃げなきゃ……!?)

 逃げる、などと考えたのは、実に半年ぶりの事だ。

 流石に生身とギガンティック――それも結界装甲を持つ――では、そもそも戦闘にすらならない。

 それは当然の選択だった。

 だが、恐怖が足を……全身を竦ませる。

空(動け……ない!?)

 空は微動だにしない身体に愕然としつつ、恐怖で見開いたままの目を敵に向けた。

 銃口に集束する魔力が増えるほど、銃口に圧縮された魔力の輝きと、放たれる甲高い音が強くなる。

 防げない。

 如何に無限の魔力を持つ自分でも、この薄いマギアリヒトの中では魔力供給もままならない。

 いや、それ以前に、結界装甲によって攻防共に強化されたギガンティックの射砲撃を受け止める術など……。

 そんな思考が空の脳裏に過ぎる。

空(ああ、そっか……死ぬんだ……私……)

 恐怖の向こう側から、そんな絶望とも諦めとも取れない感情が首をもたげた。

 思い出したのは一年と三ヶ月前、振り下ろされるイマジンの触手で背中を抉られた姉の姿。

 その光景。

 ゆっくりだ。
 全てが、驚くほど、ゆっくりだ。

 敵の気を引こうと懸命に威嚇射撃を続けてくれる紗樹のアメノハバキリの、耳を割るような大音響も。

 集束される魔力が放つ、甲高い音と発光現象も。

 視界の外から飛び込んで来る、主翼を失ったアルバトロスの姿も。

空(あ、れ……?)

 最後に気付いた違和感に、空は不意に焦点をソレに合わせた。

 アルバトロスだ。

 主翼であるシールドスタビライザーを叩き斬られ、もう満足に飛べない筈のアルバトロスが、
 飛行魔法で無理矢理に空とダインスレフの銃口の間に割って入った。

空「……ふぇ、フェイさん!?」

 臨死の恐怖で茫然としていた空は、その光景で我に返る。

フェイ『この身で、最後にお役に立てて、光栄でした……朝霧副隊長』

 外部スピーカーを通したと思しきフェイの声が空の耳に届いた直後、
 翼を失った鳥の向こうで、眩しい閃光が煌めいた。

空「ッ!?」

 その光景に、空は目を見開き、息を飲む。

 射撃の直前にアルバトロスが割り込んだ事で、彼女の背にほぼゼロ距離でその一撃が見舞われたのだ。

 頭ではそれを理解はした。

 だが、心が受け入れる事を拒む。

 しかし、そんな空の目前で、事態はさらに悪化の一途を辿った。

 アルバトロスは飛行の勢いのまま通り過ぎ、離れた場所に墜落する。

 その背には、ゼロ距離射撃で受けた大穴が穿たれていた。

 深く、深く穿たれた大穴。

 それは胴体の、コントロールスフィア付近。

空「フェイさ――ッ!?」

 悲鳴のような声でフェイの名を呼ばんとした空の声は、直後のアルバトロスの大爆発に遮られた。

 コントロールスフィア付近と言う事は、そもそもエンジン直撃だ。

 溜め込まれていた魔力とエーテルブラッドが誘爆し、アルバトロスは爆発四散する。

 そして、その爆発が巻き起こした爆風が、空を大きく吹き飛ばす。

 不幸中の幸いか、空は遼の機体を支えたままの紗樹の機体の元へと飛ばされた。

紗樹『空ちゃん!?』

 片腕にライフル、片腕に寮機で両腕の塞がっていた紗樹は、咄嗟にライフルを放り捨てて空の身体を受け止める。

 紗樹の腕の良さか、それとも最新鋭機らしい機体性能のお陰か、 空は然したる衝撃も無く緩やかに受け止められた。

紗樹『空ちゃん、しっかりして!?』

 紗樹は必死に空に呼び掛ける。

 だが、爆風に煽られたショックか、それとも目の前でアルバトロスが……フェイが爆散したショックからか、
 空は気を失っており、アメノハバキリの手の中で仰向けのままグッタリと倒れ、返事は無い。

 空はエールを奪われ、彼女を庇ったフェイは愛機と諸共に爆散。

 だが、最悪な状況はより最悪な方にばかり転がり、一つとして好転する兆しを見せない。

紗樹(ヤバイ……判断間違った!?)

 空の気絶を確認した紗樹は、コックピットの中で顔面蒼白になっていた。

 そう、紗樹は放すべき手を間違えたのだ。

 いくら機能停止中と言えど、遼は機体の中にいる限りは多少なりとも安全だった。

 対して、結界装甲相手に役に多立たないとは言え、ライフルは最後の威嚇手段。

 ここは遼の機体を手放してでも、ライフルを堅持すべき状況だったのだ。

 即座にライフルを拾おうと周辺状況をモニターで確認するが、
 咄嗟の事でかなり離れた位置まで投げ捨てており、すぐさま拾いには行けない。

 必死に動揺を押し殺していた紗樹だったが、知り合って日も浅いとは言え、
 目の前で仲間を殺された事にかなり動揺していたようだ。

 紗樹は状況を好転させる何かが無いかと、モニター越しに必死に辺りを見渡す。

 武装と片腕を失って倒れたレオンの機体と、先程の爆風で倒れたのか、主を失った478改が一機。

 レオンの機体はすぐには動けないだろうし、478改は背負い物以外の武装は無く、
 どちらも状況を好転させる術には成り得ない。

 機体に睨み合いを続けさせながら、紗樹はゆっくりと後ずさる。

 しかし、二機のダインスレフは紗樹達を挟み込むようにゆっくりと移動を始めた。

紗樹「挟み撃ちにしようっての……!? どこまで……!」

 紗樹は愕然としつつもその場から逃げようとするが、空を庇い、寮機を担いだままでは満足に動く事は出来ない。

 そして、挟み撃ちの陣形を完成させた二機のダインスレフは、先程、フェイに止めを刺したライフルを構えた。

紗樹「この……畜生……!」

 絶体絶命の中、紗樹は項垂れながら悔しそうに漏らす。

 直後、爆音が辺りに轟いた。

 それは、砲撃音。

 紗樹は直撃を覚悟し、身を強張らせたが、いつまで経っても衝撃は訪れない。

紗樹「な、何……?」

 紗樹は呆然としつつ、顔を上げて状況を確認する。

 すると、一機のダインスレフが吹き飛び、瑠璃色に輝く魔力の爆発に包まれていた。

???『スマン、遅れた!』

 通信機から聞こえる、どこか可愛らしい少女の声は、
 先程から続く絶体絶命の恐怖の中で、酷く現実離れした物に聞こえる。

 紗樹が後方のカメラを確認すると、そこには紅の巨躯に瑠璃色の輝きを宿したギガンティックの姿があった。

 腰に携えた二門の巨大砲身を残ったもう一機のダインスレフに向け、紗樹達との間に割り込む。

 そう、瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノだ。

紗樹「援軍!?」

瑠璃華『挨拶は後だぞ! すぐに連絡通路まで退避するんだ!』

 瑠璃華は驚く紗樹にそう告げると、両腰のジガンテジャベロットの砲身を展開し、
 そこから発生する結界装甲で分厚い魔力の障壁を作り出す。

 残る一機のダインスレフはライフルを連射して来るが、
 より高密度・高出力の結界装甲の障壁を前には、その攻撃も無力であった。

紗樹「連中の強さを見た後でも、やっぱりオリジナルは凄いわね……」

 その光景に紗樹は身震いしながら呟く。

 機体そのものの性能にそう大きな差は無い筈だが、結界装甲と言う要素が加わるだけで、
 まるで別次元の戦いを目の当たりにしているようにさえ感じる。

 チェーロ・アルコバレーノが重装甲と言う事もあるが、
 ダインスレフの攻撃に晒されてもまるでビクともしていない様子だ。

 ワンオフモデルの専用機と、量産前提のマスプロダクトモデルの差は大きいのだろう。

 だが、紗樹はすぐに頭を振って、そんな暢気な考察を思考から追い出す。

 今は撤退を最優先しなければならない。

紗樹「空ちゃん!」

 紗樹は空をコックピット内に迎え入れようと、ハッチを開く。

 シートから立ち上がり、気絶している様子の空をコックピット内に運び入れると、
 緊急用のサブシートを引っ張り出し、ぐったりとしている空の身体をシートベルトで固定する。

 さらに遼の機体をしっかりと抱え直すと、倒れ伏したままのレオンの機体の元へと急ぐ。

 瑠璃華の援護のお陰で、敵の攻撃に晒される危険を最小限に抑えたまま、
 空いたもう一方の腕でレオンの機体を抱える事が出来た。

紗樹「って、うわ……一発で膝にレッドアラートって!? 副長、すぐに動けます?」

レオン『ワリィ……システムが殆どダウンしちまって、動けやしねぇ……』

 驚きで目を見開いた紗樹の質問に、レオンは接触回線を通して申し訳なさそうに返す。

 さすがに二機を抱えたままの移動は膝への負荷が大き過ぎる。

紗樹「リミッターカットして、膝と脚部ダンパーの出力を大きめに調整して……
   えっと、うぁ、腰までレッドアラート出てる!?

   えっと……出力配分をもうちょっと変えないと!」

 紗樹はぶつぶつと呟きつつ、手元のパネルで出力調整を始めた。

 関節や構造の簡略化されている運搬用パワーローダーならば、これほどの手間は要らないが、
 さすがに汎用型の戦闘用ギガンティックに寮機を二機も抱えて移動する能力は無い。

 乗機の出力調整を終えてようやく動けるようになった紗樹は、
 それでも未だにフラフラとした機動の愛機に振り回されながらも、その場を何とか離脱する。

瑠璃華「よし、離脱したな!」

 その様子を確認した瑠璃華は砲撃で目の前の機体の手足を破壊し、殆ど一瞬で行動不能に追い遣った。

 こんな一息で片付けられるなら、早く撃破してしまった方が紗樹の退避も楽だったろうが、
 背後からの狙撃で不意打ちできた一機目はともかく、速射に向かないチェーロ・アルコバレーノでは、
 捨て身になられた敵に紗樹を攻撃される事の無いよう、二機目の注意を引きつけ続けるしかやりようが無かったのだ。

 ともあれ、敵を撃退した瑠璃華は足もとに転がる敵ギガンティックの残骸を見下ろすが、
 すぐに現状を思い返して頭を振った。

瑠璃華「サンプルとして回収したいが、それどころじゃないな……!
    他の連中の反応は何処だ!?」

サクラ『11はここから一キロ離れた幹線道路沿いでオオカミ型と思われる敵ギガンティックと戦闘中、
    261はさらに十キロ離れた地点で量産型ギガンティック部隊と戦闘中です』

 焦ったような瑠璃華の声に、サクラが努めて平静を装った風に返す。

 そこで、瑠璃華も気付く。

瑠璃華「レミィと茜だけか……?
    空はさっきロイヤルガードが連れて逃げたが……、フェイはどうしたんだ?」

 そう、フェイは何処で戦っているのか?

雪菜『12……フェイは……撃墜されました』

 そんな瑠璃華の疑問に答えたのは、雪菜だった。

雪菜『アルバトロスのコアごと、反応ロスト……。
   サーチは継続していますが、現状、見付かっていません』

 気丈に状況説明する雪菜だが、その声は震えている。

 その報告を聞いた瑠璃華は、息を飲んで目を見開く。

 数秒、瑠璃華は俯き、下唇を噛んで、何かに耐えるように肩をぷるぷると震わせた。

 だが――

瑠璃華「………………………そうか……」

 ――数秒後、何かを悟ったような声音で、短く、そんな言葉を吐き出した。

チェーロ『マスター……』

 そんな主を心配したかのように、チェーロがぽつりと漏らす。

瑠璃華「……心配するな……すぐにレミィの援護に入って、それから茜の救援だぞ」

 瑠璃華は消沈した声音で、だが努めて冷静に返した。

 膝から崩れ落ちて泣きじゃくりたいが、今は感傷に浸っていられる状況ではない。

 半年前に海晴を騙ったエール型イマジンに翻弄された時のように、
 感情に流されてやるべき事を見失っている場合ではないのだ。

 瑠璃華は自分にそう言い聞かせて、顔を上げた。

 滲んだ涙を無意識に拭って、レミィの戦っている地点に向けて愛機を走らせる。

 時間は僅かに前後するが、空がエールを奪われる直前――
 幹線道路沿いの廃墟では、レミィとオオカミ型ギガンティックの戦いが続いていた。


レミィ「うぉっ!?」

 レミィは驚きの声を上げながら、突進して来るオオカミ型ギガンティックの体当たりをすんでの所で回避する。

狼型G『Grrrrrッ!』

 一方、ヴィクセンを見失ったオオカミ型ギガンティックは、廃墟のビル群に突っ込む。

 脆くなった廃墟を打ち壊しながらの突進は、オオカミ型と言うより、むしろイノシシ型と言った方がしっくりと来る。

 瓦礫の山から抜け出したオオカミ型ギガンティックは、低いうなり声を上げながら、再びヴィクセンへと向き直った。

ヴィクセン『分かっちゃいたけど、パワーも装甲も、明らかに向こうの方が上ね……。
      あんなの食らったら吹っ飛ばされる程度じゃ済まないわよ』

 瓦礫の中から無傷で現れた敵に、ヴィクセンは焦ったように呟く。

レミィ「避けながら相手が弱るを待つのは得策じゃないな……」

 速攻で倒す約束をしてしまった手前、レミィも悔しそうに漏らす。

 最初に虚を突いた時のように下に叩き付ければそれなりのダメージは見込めるが、
 結界装甲とマギアリヒトの結合が弱まった瓦礫とでは、その頑丈さは比べるべくも無い。

 その分を差し引いてもあそこまで被害が少ないのは、やはりヴィクセンの言葉通り、
 パワーや装甲の面でこちらよりも優れている証拠だろう。

 だが、問題なのはそれだけではない。

弐拾参号?<痛い……痛いよぅ……ひっく……ぅぅ……>

 しゃくり上げるような少女の声。

 レミィの妹……弐拾参号と思しき少女からの思念通話だ。

レミィ(弐拾参号……!)

 苦しそうな声を上げる妹の声を聞く度、レミィは胸中で妹の名を呼びながら悔しさで歯噛みする。

 既に何度か思念通話を送ってみたが、結果は応答無し。

 こちらの思念通話に気付いていないのか、
 そうでなければ一方的な思念通話ジャミングを受けているかのどちらだろう。

 恐らくは……いや、確実に後者だ。

 そのせいか、仲間達と離れてからは通信ノイズが酷く、まともに連絡も取れていなかった。

 ともあれ、弐拾参号の声はこちらの戦意を挫く目的なのか、
 それとも単に人質がいる事をアピールしてるのかは分からない。

 だが、レミィの攻撃の手が鈍っているのは事実だった。

 弐拾参号は魔力リンクによってエンジンに魔力を供給している。

 つまり、あのオオカミ型ギガンティックに攻撃を仕掛ければ、弐拾参号にまで痛み与える事になるのだ。

 それがレミィの攻撃を鈍らせている理由だった。

 助けてはやりたいが、そのためにはオオカミ型ギガンティックを行動不能にしなければならない。

 だが、そうすれば妹に激しい苦痛を強いる事になる。

 ジレンマだ。

ヴィクセン『コントロールスフィアを丸ごと抉り出せればすぐに終わると思ったけど、
      それらしいハッチも見当たらないわね……。

      私と近いカタチだから首辺りだと思ったけど……』

 ヴィクセンは思案げに呟く。

 確かに、痛みを最小限にするのはそれが手っ取り早い。

 余談だが、ヴィクセンのコントロールスフィアはのど元に埋め込まれている。

レミィ「見えないハッチ……腹か!?」

ヴィクセン『多分ね……』

 自分の言葉からハッチの在処に気付いたレミィに、
 ヴィクセンも同じ推測を立てていたのか、頷くような声音で返した。

 回避する度に背面や側面はよく見えるが、そこにハッチらしき物は存在していない。

 となれば、中々見せない腹にあると考えるのは妥当だった。

ヴィクセン『ただ、一度しっかりと確認してみないと何とも言えないわね……』

レミィ「……それならっ!」

 困った様子の相棒の声に、数瞬、思案したレミィは何事かを思いついたように愛機を走らせる。

 廃墟の隙間に潜り込み、身を隠すように走り回って敵の撹乱を始めた。

狼型G『Grrrrrッ!!』

 すると、そのヴィクセンの動きを挑発と取ったのか、
 オオカミ型ギガンティックは大きく跳躍してヴィクセンに向かって飛び掛かる。

レミィ「見えた……ッ!」

 その時、レミィは歓喜の声を上げた。

 跳び上がった瞬間にオオカミ型ギガンティックの腹……そこにあるハッチらしき物がさらけ出されたのだ。

ヴィクセン『前に飛び掛かられた瞬間の画像と合わせて解析……胴体部中央ね!』

 ヴィクセンの解析が終わると、レミィはすぐにその場から退避し、
 オオカミ型ギガンティックと距離を取るため、大きく飛び退いた。

狼型G『Grrr……!』

 攻撃を避けられたオオカミ型ギガンティックは不機嫌そうな唸り声を上げ、
 距離を取ったヴィクセンを睨め付けて来る。

レミィ「同じ手……通じると思うか?」

ヴィクセン『良いところ、フィフティフィフティって所かしら……?
      思いの外、単調な攻撃しかして来ないし』

 レミィの質問にヴィクセンは思案気味に答えた。

 回避に関しては数パターンあったようだが、攻撃は単調だ。

 オオカミ型ギガンティックの攻撃は突進か跳躍の二択で、基本“突撃あるのみ”の単純思考。

 裏をかくのは決して難しくは無いだろう。

レミィ「次に跳んだ時に、腹の下に潜り込むぞ!」

ヴィクセン『了解!』

 自分の言葉に相棒が応えると同時に、レミィは愛機を走らせようとする。

 その時だった。

 視界にエールの機影が映り込んだ。

レミィ「空…………いや、違う!?」

 仲間が戻って来たのかと思い、歓喜の声を上げかけたレミィは、
 だが、白亜の機体に走る薄桃色の輝きに気付き、愕然とする。

 ブラッドラインの色が違うとなれば、奪われたと見て間違いない。

 エールは……いや、もしかしたらエールだけでなく、空も敵に捕らわれた?

レミィ(エールを奪い返す!? いや、だけどまだ……!?)

 レミィは一瞬、判断を迷う。

 空と弐拾参号……仲間と妹。

 救うべきは……、優先すべきは……。

ヴィクセン『レミィ、戦闘に集中して!』

 ヴィクセンは迷う主に激を飛ばす。

 その迷いは、レミィの思考とほぼ直結した動作しか出来ないヴィクセンの動きを、
 僅か二秒足らずの短い時間、完全に止めさせる。

 そして、その迷いの最中――

狼型G『Ggaaaaaaaッ!!』

 ――オオカミ型ギガンティックが砲声を上げた。

 直後、オオカミ型ギガンティックに変化が現れる。

 巨大な身体の各部が展開し、無数のブースターが口を開けたのだ。

狼型G『Grrrrraaaaッ!!』

 オオカミ型ギガンティックは今までに無い程、大きな唸り声を響かせ、
 後方に向けられたブースターから魔力を噴射して、真っ直ぐに走り出す。

レミィ「ッ!? いくら早くても、そんな直線的な攻撃なんかで!」

 その頃にはレミィも何とか気を取り直す事が出来ていた。

 スピードは確かに目を見張る程の物がある。

 機体も向こうが一回り近く大きいため、巨体が猛スピードで迫って来る様には異様な圧迫感も感じた。

 だが、これだけ直線的な動きなら避けられない事は無い。

 レミィは激突の寸前に軽やかに愛機をオオカミ型ギガンティックの右横に向かって跳躍させた。

 だが――

狼型G『Ggaaaッ!!』

 回避の瞬間にオオカミ型ギガンティックが吠えると、後方に向けられたブースターが魔力の噴射を止め、
 それとは逆に今度は左側のブースターが魔力を噴射する。

 すると、オオカミ型ギガンティックはほぼ直角に右横へ跳んだ。

レミィ「なっ!?」

 突然の軌道変更にレミィは愕然と叫び、回避行動に移ろうとするが、愛機は着地前で回避もままならない。

 必然的に、ヴィクセンは空中でオオカミ型ギガンティックの巨体が繰り出す体当たりを横っ腹で受ける事となった。

レミィ「うわあぁぁぁっ!?」

ヴィクセン『れ、レミィ!?』

 レミィの悲鳴と共に大きく弾き飛ばされ、ヴィクセンは空中を舞う。

 しかし、それだけでは終わらない。

狼型G『Grraaaaッ!!』

 素早く方向転換したオオカミ型ギガンティックは砲声を張り上げ、
 落下寸前のヴィクセンに向かって突進して来る。

 無論、ブースターは最大出力だ。

 若草色の軌跡を描きながら、黒い弾丸と化した狼が、同じく若草色の輝きを放つ白狐に襲い掛かった。

 ガギンッ、と金属同士がぶつかり合って引きちぎれるような音と共に、
 オオカミ型ギガンティックはヴィクセンの腹に噛み付く。

レミィ「っく、ぁああぁぁっ!?」

 腹を噛み潰され、レミィは苦悶の叫びを上げる。

 だが、それでもオオカミ型ギガンティックは止まらず、
 ヴィクセンに食らいついたまま廃墟の中を疾走した。

ヴィクセン『ジョイントに噛み付かれた!? パージ出来ない!?』

 ヴィクセンは愕然と叫びながらも、打開策を見付けるべく状況を確認していた。

 オオカミ型ギガンティックが噛み付いているのは、ヴィクセンの前半身を構成するフレキシブルブースターと、
 後半身を構成する二つフットブースター、その二つのOSSの接続部だった。

 後半身に噛み付かれたのなら、後半身をパージして逃げる事も出来たが、
 両方を同時に噛み付かれていては、それも叶わない。

レミィ「っ、ぐぅぅ!?」

 レミィも痛みを堪えながら必死に足掻くが、どれだけ暴れても引き剥がす事は出来なかった。

 それどころか、オオカミ型ギガンティックはヴィクセンを地面に幾度も叩き付けながら廃墟に向かって突進する。

 強かに打ち付けられたヴィクセンの足が、一本、また一本と衝撃で砕け散って行く。

レミィ「っぐぁッ!? うあぁっ!?」

 その都度、手足に走る激痛にレミィは悲鳴を上げ、ついにシートから転げ落ちてしまう。

弐拾参号?<お姉ちゃん……痛いよ……痛いよ……おねぇちゃぁん!?>

 廃墟の中を無茶苦茶に突進するオオカミ型ギガンティックの軋みや痛みを感じているのか、
 弐拾参号も姉に……レミィに痛みを訴える。

 そして、ヴィクセンが全ての足を失い、頭部すらひしゃげて原型を留めなくなった頃になって、
 ようやくオオカミ型ギガンティックの突進は終わった。

 飽きた玩具を放り出すように地面に叩き付けられたヴィクセンは、
 全身のブラッドラインがひび割れ、四肢の断面や全身から若草色のエーテルブラッドを垂れ流していた。

 もう既に結界装甲は無効化されており、叩き付けられた衝撃だけでひび割れたパーツが幾つも滑落して行く。

レミィ「ぐぅ……あ、ぁ、ぁ……」

 全身をズタズタに引き裂かれるような激痛の中、レミィは必死に意識を保ちながら切れ切れに喘ぐ。

 メインカメラやサブカメラの殆どが破壊され、ノイズだらけになってしまった壁面スクリーンの中、
 まだ辛うじて生きている一部に映る、凶悪なオオカミ型ギガンティックの顔を見上げる。

弐拾参号?<お姉ちゃん……どこなの……怖いよぉ……おねぇちゃん……>

レミィ「に、じゅぅ……さん、ごぅ……」

 心細そうに啜り泣く妹に、レミィは必死に呼び掛けようと、絶え絶えにその名を呼ぶ。

 だが、声は届かず、それを嘲笑うかのようにオオカミ型ギガンティックは大きく口を開く。

 すると、上下の顎の内側から二本ずつ、計四本の新たな牙が現れた。

 他の牙よりも鋭く、長く、禍々しい様相の牙からは、濃紫色の鈍い輝きを放つ液体らしき物が滴っている。

狼型G『Ggaaッ!』

 そして、オオカミ型ギガンティックはその新たな牙を、ヴィクセンに突き立てた。

レミィ「っ、うぁぁぁああああっ!?」

 腹を貫通する四本の牙が与える激痛に、レミィは悲鳴を上げて悶絶する。

 だが、痛みだけではない。

レミィ(何かが……入って来る……あの、液体か……!?)

 激痛で朦朧とする意識の中、先程、垣間見えた濃紫色の液体を思い出す。

 すると、ヴィクセンの全身から垂れ流しになっていたエーテルブラッドの一部が、
 若草色から濃紫色に変わってゆく。

 変化は次第に広がり、ついに全てのエーテルブラッドが濃紫色に染まってしまった。

レミィ(全身が……灼ける……痛みが……身体の中をぉ……!?)

 エーテルブラッドが濃紫色に染まりきってから、体内に液体を注がれる違和感は、
 体内を蠢く痛みへと変わる。

 レミィは目を見開き、口を悲鳴のカタチにしたまま、声ならぬ悲鳴を上げた。

狼型G『Gaッ! ………Guoooooo……ッ!!』

 再びヴィクセンを放り出したオオカミ型ギガンティックは、遠吠えのような勝利の雄叫びを上げる。

弐拾参号?<おねぇちゃん……おねぇちゃん……ひっく、ぐす……>

 その雄叫びの向こうから、すすり泣き続ける弐拾参号の声が聞こえた。

レミィ「っ、ぁぁぁ………ぅぁぁぁ………ッ!?」

ヴィクセン『れ…み…ぃ…』

 痛みに藻掻き苦しむレミィに、ヴィクセンが途切れ途切れの音で呼び掛ける。

 どうやら、この液体はヴィクセンのシステムにまで異常を来しているようだった。

 魔力リンクはまだ途切れていなかったが、全ての機器がエラーと緊急事態を告げている。

弐拾参号?<助けて……お姉ちゃん……助けてぇ……>

 啜り泣く弐拾参号の声と共に、オオカミ型ギガンティックがゆっくりと歩み寄って来た。

 どうやら止めを刺すつもりらしい。

 鋭い爪を纏った前脚を振り上げる。

 狙いは、コントロールスフィアのあるのど元。

狼型G『Gaaっ!!』

 短い唸り声と共に、前脚が振り下ろされる。

 その時だ。

???『レミィから離れろぉぉっ!!』

 オオカミ型ギガンティックの前脚がヴィクセンののど元を抉ろうとした瞬間、
 真横から躍り出た真紅の機体がオオカミ型ギガンティックを弾き飛ばした。

 チェーロ・アルコバレーノ……瑠璃華だ。

狼型G『Ggaaッ!?』

 弾き飛ばされたオオカミ型ギガンティックは、以前のように廃墟や地面に叩き付けられる事なく、
 全身のブースターで姿勢を整えて軟着陸を果たす。

狼型G『Grrr……ッ!』

 そして、新たに現れた敵を警戒し、オオカミ型ギガンティックは威嚇するような唸り声を上げた。

弐拾参号?<痛いよぉ……痛いよぉ……>

 弐拾参号の啜り泣きは、尚もレミィの脳裏に響く。

レミィ「…………ッ……!」

 だが、痛みに耐えるばかりのレミィには、もうその啜り泣きに応える余裕も無かった。

瑠璃華『よくもレミィまで……! お前らぁ……ッ!』

 瑠璃華は珍しく怒りに声を震わせ、両腰のジガンテジャベロットを構えた。

 だが――

狼型G『Grr………Gaaッ!』

 何を思ったのか、オオカミ型ギガンティックはすぐにそっぽを向き、
 ブースターから魔力を噴射し、足早に何処かへと立ち去ってしまった。

 進行方向からして、恐らくはテロリスト達の根城になっている旧技研だろう。

瑠璃華「逃げた……いや、逃げてくれたのか?」

 瑠璃華は呆然としつつ、訝しげに呟く。

 声を震わせるほど怒ってはいたが、瑠璃華の思考はクリアだった。

 ヴィクセンを圧倒するほどのスピードを誇る機体を相手に、
 鈍重な狙撃型のチェーロ・アルコバレーノでは分が悪い。

 おそらく、あのまま戦っていれば無傷では済まなかっただろう。

 瑠璃華は気を取り直し、足もとのヴィクセンを見下ろす。

瑠璃華「何だ……エーテルブラッドの色が変わっている?」

チェーロ『マスター、システム障害のため、ヴィクセンと交信不可能です。
     コントロールスフィア内部の状況、確認できません』

 怪訝そうに漏らす瑠璃華に、チェーロが状況を伝えて来る。

瑠璃華「……少し荒っぽいが、手を拱いていられる状況じゃないな……。
    レミィ、我慢しろ!」

 瑠璃華はそう言って一言、レミィに断ると――通信不可能なため通じてはいないだろうが――、
 コックピットハッチ周辺の装甲を引き剥がし、コントロールスフィアのあるブロックを機体から引き剥がす。

 元々後付けでエンジンとコントロールスフィアを取り付けた事もあって、作業は一分と掛からずに終わった。

レミィ『る、るり、か……来てくれたのか……?
    空は……フェイは……茜は……みんなは……どうなった……?』

 コントロールスフィアとの接触回線が開いたのか、レミィは弱々しく絶え絶えに尋ねてくる。

瑠璃華「………空とレオン達は……無事だ」

レミィ『そう、か……うっ……』

 吐き出すように言った瑠璃華の言葉に、レミィは小さく呻き、静かになった。

 激痛から解放されて、気を失ってしまったのだろう。

 だが、瑠璃華はさらに続ける。

瑠璃華「茜は……もう……間に合わん……」

 瑠璃華は涙で震える声で悔しそうに、切れ切れにその言葉を吐き出した。

 ほんの十数秒前まで遠くで煌めいていた茜色の輝きは、唐突に消えていた。

 同じ頃、連絡通路出入り口から二十キロ地点――


茜「ッ……くぅ……」

クレースト『申し訳ありません……茜様……』

 悔しそうに歯噛みする茜に、クレーストも主同様、悔しそうに呟く。

 既に茜達の戦闘は終わっていた。

 敵の弱点を見抜き、劣勢ながらも次々に敵機を戦闘不能に追い込み、
 あと二機と言う所まで敵を追い詰めた茜だったが、戦況は一瞬で覆ってしまったのだ。

少女『……GWF202X-クレースト、捕獲完了』

 突如として戦場に舞い降りた、薄桃色の輝きを放つエールを駆った少女の参戦で……。

 一瞬の動揺の隙を突いてプティエトワールの作り出す拘束魔法によって捕縛されてしまったクレーストは、
 結界装甲同士の干渉ですぐにブラッド損耗率の限界点を突破し、
 全身から茜色の輝きを失い、その動きを完全に止められてしまっていた。

 通信が妨害されているのか、既に機関本部や仲間達との連絡も取れない。

狼型G『Grrr……ッ!』

 さらにそこへ、オオカミ型ギガンティックが颯爽と現れる。

 退避する途中で拾ったのか、戦利品を飼い主の元へ持ち帰る飼い犬の如く、
 その口にはヴィクセンの足が一本、咥えられていた。

茜「ッ……おのれぇぇ……!」

 茜は俯き、悔しそうに声を吐き出す。

 奪われたエール、そして、破壊されたヴィクセンの足は、
 仲間達の身に恐ろしい事が降り掛かった事を、如実に告げていた。

 全ての動きを止められたクレーストは拘束魔法から解放され、その場に前のめりに崩れ落ちる。

茜「うぁっ!?」

クレースト『茜様!?』

 愛機が倒れ込む衝撃に茜は短い悲鳴を上げ、クレーストも心配そうな声を上げた。

少女『損傷軽微……これよりGWF202を城まで運搬する』

 幼い少女がそう言うと、廃墟の影から一両のリニアキャリアが姿を現す。

 それは、テロリスト達のマークが描かれた、山路重工製の旧式リニアキャリアだった。

 どうやら、少女の言葉通り、このまま戦利品と持ち替えられてしまうらしい。

茜(すまん……みんな……どうか……せめて無事でいてくれ……!)

 虜囚の身となる屈辱と恐怖の中、茜はせめて仲間達の無事を懸命に祈った。


 十八時四十五分。
 テロリスト達との開戦からおよそ二時間。

 初戦は、ギガンティック機関とロイヤルガードの惨敗で幕を閉じた。

―2―

 ギガンティック機関、格納庫――


 三両のリニアキャリアが到着するなり、待機していた整備班が一斉にハンガーへと群がった。

瑠璃華「チェーロ・アルコバレーノの腕をパージするぞ!
    ハンガーから離れろ! 11班は機体洗浄を優先!
    変色したブラッドには生身、防護服越しでも絶対に触れるな!」

 コントロールスフィアから飛び出した瑠璃華は、通信機を通して整備員達に指示を飛ばす。

雄嗣「救護班急げ! 各ドライバー、パイロットを医務室へ搬送!
   最優先はレミット・ヴォルピだ!」

 さらに、その奥で待機していた医療班が、主任の雄嗣と共に駆け出して来た。

 既にストレッチャーに乗せられていたレミィ達を、上階の医療部局に向けて運んで行く。

紗樹「私は大丈夫です……一人で歩けます」

 仲間達が運ばれて行く様を横目に、紗樹は疲れた足取りで格納庫の隅へと向かう。

 レオンも何か遠慮したいような事を言っている様子だったが、
 屈強そうな男性職員に押さえつけられて運ばれて行く。

紗樹「まったく、あの人は……」

 呆れた、と言うよりは疲れ切った様子でレオンを見送った紗樹は、近くにあったベンチに腰を降ろした。

 そして、辺りを見渡す。

 運ばれて行った仲間達は、空、レミィ、レオン、遼の四人。

 信じたくないが、今、この場に茜とフェイの二人はいない。

 茜の安否は不明だが、フェイの最期はこの目で見た。

 敵の勢力圏内と言う理由から機体の残骸すら満足に回収できない状況だったが、
 コントロールスフィアの間近を撃ち抜かれ、エンジンとブラッドに誘爆しての大爆発だ。

 残骸を回収して確かめるまでも無い。

紗樹「……隊長」

 その事実に次第に俯きながら、紗樹は無事かどうかすら分からない茜の事を思って、
 祈るような声を吐き出した。

 一方、愛機から離れ、作業の陣頭指揮を執る瑠璃華の元には、
 司令室にいた明日美に加え、雪菜とクララがやって来ていた。

 雪菜とクララは作業着風の魔導防護服に着替えており、いつでも整備作業に移れる状態だった。

雪菜「主任、お待たせしました。指示をお願いします」

 駆け足気味に駆け寄った雪菜が、瑠璃華に指示を求める。

 その隣では“何でも来い”と言いたげなクララも控えていた。

瑠璃華「おう、雪菜はアルコバレーノの修理の陣頭指揮を頼む。
    パージした腕はパワーローダーで運ばせろ。
    但し、変色ブラッドの周辺には絶対に触れさせるな!」

雪菜「了解しました」

 雪菜は瑠璃華の指示に頷くと、07ハンガーに向けて走り出す。

瑠璃華「クララはヴィクセンに付着した変色ブラッドの解析だ。
    ばーちゃんの用事が終わり次第、私もすぐにそっちに行く」

クララ「オッケーです、主任!」

 フェイの事が堪えているのか、普段通りとは言えないテンションで返したクララも、
 指示通りに11ハンガーに向かった。

 そして、部下への指示を出し終えた瑠璃華の元に、後ろに控えていた明日美が歩み寄る。

明日美「天童主任、例のテロリストの機体と交戦してみて、何か分かった事は?」

瑠璃華「………間違いなく結界装甲だぞ、司令」

 自分の事を“天童主任”と改まった様子で呼んだ明日美の質問に、瑠璃華も真面目な様子で返す。

 手元の大型タブレット端末から立体映像を起動し、
 テロリストの機体――まだ名も知らぬGWF401・ダインスレフ――を投影した。

瑠璃華「表面に露出しているブラッドラインは胴体周辺や上腕、大腿、関節周辺に限っているが、
    構造の単純化と機体そのもののサバイバビリティ向上に重点を置いた量産型だな」

明日美「量産型の、エーテルブラッドを使用した、ギガンティック……」

 瑠璃華の説明を聞きながら、明日美は一つ一つ区切りながら呟く。

 敢えてオリジナルギガンティックと呼ばないのは、父や瑠璃華の作った物に対する敬意や愛着も有っての事だろう。

瑠璃華「結界装甲の出力はこちらの二割強程度だが、結界装甲を一点に集中すれば
    シールドスタビライザーのような強固な装甲も切り裂けるようだ。

    量産型とは言え侮れない性能だぞ」

 瑠璃華は呆れとも感嘆ともつかない声音で言うと、さらに続ける。

瑠璃華「レミィの戦ったらしい獣型に関しては、状況程度しかデータが無いないが……
    こちらは明らかにヴィクセンを上回っているな。
    結界装甲の出力もこちらと同等と思った方が良いぞ。

    これがワンオフならまだやりようがあるが、万が一にも量産型だとしたら……」

 瑠璃華はそこまで言って、微かに身震いした。

 奇襲などの特殊な状況とは言え、量産型でさえアルバトロスを破壊し、
 オオカミ型はヴィクセンを大破せしめたのだ。

 生産されている数次第では、
 今も第三フロートで風華達が対処中のイマジンの卵嚢なみの脅威になりかねない。

明日美「対処方法はある?」

瑠璃華「………あるにはあった」

 神妙な様子で問うて来た明日美に、瑠璃華はそう答えて肩を竦めた。

瑠璃華「出力や防御面から言えばカーネルとプレリーでも何とかなるが、
    相手が高速・高機動型となればハイペリオンくらいしか思いつかないぞ……」

明日美「そう……」

 続く瑠璃華の言葉に、明日美も何事かを考えるように目を伏せる。

 ハイペリオン……エール・ハイペリオンは、
 エールにヴィクセンとアルバトロスをOSSとして接続した形態だ。

 総重量はカーネル・デストラクターやプレリー・パラディ以上だが、
 シールドスタビライザーとフレキシブルブースターによって外見以上の高機動性能を誇る。

 加えて、オリジナルのハートビートエンジンと試作型ハートビートエンジンを用いた
 セミトリプルハートビートエンジンは、ダブルハートビートエンジンに匹敵する出力を誇った。

 だが、エールは奪われ、アルバトロスは破壊され、ヴィクセンもフレームの大半が大破してしまっている。

 これではモードHどころか、エールと共に奪われたクレーストと合わせて、
 本部の戦力は半減以上の大打撃だ。

瑠璃華「向こうもすぐには動けないんだろう?」

明日美「ええ……」

 瑠璃華の質問に、明日美は小さく肩を竦めながら応えた。

 向こう、とは第三フロートで卵嚢の処理をしている風華達の事だ。

 瑠璃華は本部作業のために動けず、風華達もローテーションを維持のため、
 これ以上人数を減らすワケにも行かない。

 実際、その辺りの事情は瑠璃華にもよく分かっていた。

瑠璃華「山路の方には、213フレームを大至急仕上げるように連絡済みだから、
    必要なパーツは明日の明け方までには届くと思うが……。

    問題はエンジンだぞ……」

 八方塞がりの状況を思い、片手で頭を掻きむしりながら、瑠璃華は愚痴っぽく呟く。

明日美「……ハートビートエンジンに、何か問題が?」

瑠璃華「……事と次第によると、今回の件でエンジンを四つ失った事になる……」

 恐る恐ると言った風に尋ねた明日美に、瑠璃華は重苦しそうな口調で返す。

 その時だ――

クララ「しゅ、主任! 大至急お願いします!」

 いつもの戯けた調子などかなぐり捨てた雰囲気のクララの声が、ヴィクセンのハンガーから聞こえて来た。

瑠璃華「……ッ、覚悟はしておいてくれ、ばーちゃん……」

 瑠璃華はそれだけ言い残すと、踵を返してクララの元に駆けて行く。

明日美「……瑠璃華!」

瑠璃華「何だ!?」

 だが、すぐに明日美に呼び止められ、どこか苛立ったように振り返る。

明日美「………211の作業が一段落次第、203ハンガーの解放の準備を。
   それと、最下層階にある第五一六号コンテナを上に持って来るように指示を出しておきなさい」

明日美「203?
    そっちは分かるが……最下層階にあるコンテナなんて、全部ガラクタばかりで……」

 明日美の指示に瑠璃華は怪訝そうに首を傾げた。

 203ハンガーとは、現在も適格者無しで眠り続けるオリジナルギガンティック最後の一機、
 GWF203X-クライノートが安置されているハンガーの事だ。

 だが、最下層階にある第五一六号コンテナなど、万が一ために保管されている
 オリジナルギガンティックのジャンクパーツ入れの一つ……要はゴミ箱である。

 一方のオリジナルギガンティックはともかく、もう一方は無用のゴミ箱。

 それがこの緊急事態に入り用だとでも言うのだろうか?

瑠璃華「……分かった!」

 だが、半年前も空の件では上手く立ち回っていた明日美の事、何か考えがあっての事だろうと、
 瑠璃華は大きく頷いて返事をすると、再び踵を返し、今度こそクララの元へと駆け出した。

 すぐにクララの元に辿り着くと、
 彼女は殆ど半泣きになりながら作業の陣頭指揮を執っている最中だった。

瑠璃華「何があったんだ?」

クララ「主任! それが……表層の変色ブラッドは除去したんですが、
    機体フレームへの侵食が止まらないんです。

    変色部分が既に残存パーツの三割を侵食していて……」

瑠璃華「洗浄開始が遅かったか……! くそぉ……!」

 困惑した様子で答えたクララの報告に、瑠璃華は悔しそうに漏らす。

 ヴィクセンの躯体をリニアキャリアまで運搬しただけでも、
 腐食によってチェーロ・アルコバレーノも腕を失ったのだ。

 戻るまで洗浄作業を開始しなかったのは、完全な判断ミスだったと言っていいだろう。

瑠璃華「エンジン本体の弁は閉まってるんだな?」

クララ「はい、ヴィクセンが機能不全になる直前に緊急作動させたようで、
    スキャン結果ではエンジン内部に変色ブラッドは侵食した様子はありません」

瑠璃華「なら、エンジン本体の確保を最優先だ!

    洗浄中にパワーローダー用のチェーンソーと、
    ギガンティック用のブレードをありたっけ準備させろ!
    洗浄が終了次第、エンジン周辺のパーツの緊急切除作業を行う!」

 瑠璃華は慌てた様子でそう言うと、端末で雪菜に連絡を取る。

瑠璃華「雪菜、チェーロの分離作業を急いで行ってくれ。
    ヴィクセンの変色ブラッドに侵食された部位を切り離した後、
    ジャベロットを使って直接熱処理する」

雪菜『了解しました、主任』

 雪菜の返事を聞いた瑠璃華は、回線を切ると小さく深呼吸した。

 そして、気を取り直すなり、整備員達に向かって口を開く。

瑠璃華「作業を続行しながら聞け!

    一分一秒を争う緊急事態だ!
    人類防衛の最前線を支えるお前達の技術の見せ所だぞ!」

 瑠璃華の飛ばした檄に、格納庫のそこかしこから歓声のような返事が上がる。

瑠璃華「よぉし! 総員、いつも通り、慌てず、慎重に、
    だが急いで作業を続けるんだぞっ!」

 そう言って、自らも愛機の元に向かった瑠璃華は、
 部下達の気合の入った声を聞きながら、再び気を引き締め直した。

 一方、瑠璃華に指示を出した後、格納庫を離れた明日美は、医療部の病室へと顔を出していた。

 そして、診察室の前に辿り着くと、廊下に据え付けられたベンチに腰掛けている空の姿があった。

 爆風に煽られたものの、軽い背中の打ち身の他は気を失っただけだった空の治療は既に終わっていたが、
 医療部からの連絡事項やニュース番組の表示されているインフォメーションボードを、
 どこか茫然自失と言った風に視線だけで眺めている様子は、やはり精神的に参っているようだ。

明日美「治療はもういいの、朝霧副隊長?」

空「あ……司令……?」

 明日美が声をかけると、空は疲れ切った様子で顔を上げ、
 だがすぐに正気に立ち返り、立ち上がって深々と頭を下げる。

空「申し訳ありません、譲羽司令!
  エールを……GWF201Xとギアを奪われ、
  判断ミスから張・飛麗隊員とGWF212Xとギアを、失いました……!」

 空の口から努めて事務的に発せられた報告は、だが空自身を深く傷つけていた。

 最後は悔しさと哀しさで押し潰され、震え、吐き出すようですらあった。

明日美(重傷ね……)

 痛々しく見える少女の姿に、明日美は内心で小さな溜息を漏らす。

 目の前で抵抗虚しく愛機を奪われ、仲間すら失った少女。

 去年の春に姉を喪い、その感情をどう処理して良いか分からずに抜け殻のようになっていた姿に重なる。

 頭を下げたまま、肩を震わせる空に、明日美は意を決して話しかけようと、口を開く。

明日美「………フェイの事は残念だったわ。だけど、その事は――」

 と、明日美がそこまで言いかけた、その時だった。

 傍らのインフォメーションボードのニュースの画面に、激しいノイズが走る。

 インフォメーションボード自体は本部施設内のローカルネットワーク端末だが、
 ニュースは外部から受信した番組を映している物だ。

 メガフロート内のニュース番組はネットワークや電波、種々の魔力的通信手段によって配信されているが、
 メガフロート内である限りノイズが交じるような事はあり得ない。

 あり得るとしたら、それは……。

明日美「電波ジャック……!」

 明日美は顔をしかめ、ノイズが治まり始めたニュース画面を見遣る。

 空もつられて、そちらを向いた。

 ノイズが消えると、そこに映ったのは、豪奢な雰囲気の部屋だ。

 それは、そう……テロリスト達の根城、旧山路技研の最奥に位置する謁見の間と呼ばれる部屋だった。

 悪趣味な煌びやかさを放つ服に身を包んだ男が、十人以上の女性を傅かせて、
 玉座で尊大に胡座をかき、これまた尊大にふんぞり返っている。

??『偽王に統べられし、不幸なる我が臣民どもよ。
   貴様らの真なる唯一皇帝、ホン・チョンスである』

空「…………?」

 玉座でふんぞり返る、ホン・チョンスを名乗る男の言葉に、空は思わず首を傾げてしまった。

 彼は、一体、何を言っているのだろうか?

ホン『偽王どもとそれに付き従う野蛮なる者共と、我に付き従う勇ましき戦士達との戦は終わらず、
   我もこのような僻地での籠城を強いられ、貴様らに我が威光が届かぬ事に、我も心を痛めていた』

 彼は……ホン・チョンスは、自分の発している言葉がさも当然と言うように、
 何の迷いも戸惑いもなく、奇天烈な言葉を並び立て続ける。

ホン『だが、臣民どもよ、時は来た!
   数だけに頼る蛮族に勝る剣を、我が戦士達は手に入れた!』

 男が万感の想いを込めて叫ぶと、途端に壁面にかけられていた豪奢なカーテンが外れ、
 壁一面に別の部屋の光景が映し出された。

 そこに映っていたのは、百機はあろうかと言うギガンティックの大群だ。

 それらが次々に様々な輝きを宿して行く。

ホン『これこそが真なるオリジナルギガンティック!
   我らが戦士達が掲げる輝かしき剣、ダインスレフである!』

明日美「ダインスレフ………ダーインスレイブね……!」

 ホンの言葉に、明日美は唖然としながらもその名に思い至り、驚いたように呟く。

 ダーインスレイブとは、数多くの北欧神話の物語を収めたエッダにも記された、
 小人が作った呪いの剣の名だ。

 一度、鞘から抜けば、持ち主が血見るまで収まらぬとされた、血塗られた呪いの剣だ。

 ダインスレフは、その異名である。

 そんな呪われた剣の名を付けられたギガンティックを“輝かしき剣”とは、
 笑いを通り越して呆れすら覚える。

 だが、呪われた剣の名を持つギガンティックの力は確かな物だ。

 一対一なら機関のオリジナルギガンティックに圧倒的な分があるが、
 軍や警察の持つ量産機との勝負ならば圧勝だ。

 それが百機以上。

ホン『そして、我らが戦士達が、偽王に付き従う蛮族どもから奪還せし、
   選ばれし者の元に集う二機のギガンティックである!』

 ダインスレフ達を映すカメラが、それらの傍らを通り過ぎ、ぐっと奥に寄って行く。

 すると、その最奥に並べられていたのは――

空「エールッ!? それに、茜さんのクレーストも……!?」

 壁際に立つ二機のギガンティックの姿に、空は目を見開く。

 エールには煌めく薄桃色の、クレーストには微かな茜色の輝きが灯っている。

ホン『皇帝に相応しき力は、我が元へと集う!
   何故ならば、我こそが真なる皇帝だからだ!』

 画面には再びホンが映し出され、彼は立ち上がると、雄々しく拳を掲げた。

 彼の独白めいた言葉はさらに続く。

ホン『我が祖父から王位を簒奪した偽王どもは一族郎党に至るまで、
   即刻、我が前に馳せ参じ、我に頭を垂れよ!

   我が臣民を騙した事を、ホン王朝第四代皇帝……
   このホン・チョンスに詫び、臣民どもが崇め、見守る我が目の前で自害せよ!』

 そろそろ、頭痛を禁じ得ない。

明日美(予想の斜め上をジグザグに駆け上がって行くわね……相変わらず……)

 明日美は頭を抱えたい衝動に駆られながらも、画面からは目を離さなかった。

 どこに事件解決の糸口があるとも限らない。

 事実、六十八年前のグンナーショックの際、魔法倫理研究院のエージェント達は、
 僅かに映った地形をヒントにグンナーの居所を掴んだのだ。

 どこに逆転の秘策があるかも分からない以上、目を逸らすワケにはいかない。

ホン『我が提示する条件は三つ、一つは先に述べた偽王どもの謝罪と死。
   二つ目は皇居を本来の持ち主である我に返上する事。
   三つ目は偽王どもの威を借る政府の解体と、正当なる我への政権返上である!』

 ホンは高らかに、脳内幻想に満ちた自己像に基づく条件を提示した。

 そもそも、四代――どんなに長く見積もっても百年五十年程度だろうか?――の王朝となれば、
 二十世紀末でも七十年程度の歴史。

 アジア地域に限定しても、その時点ですら数百、数千年前から続く数々の朝廷や王朝が存在し、
 それらの皇族・王族が集まっているのがNASEANメガフロートの皇居だと言うのに、
 高々半世紀程度の王朝から王位を簒奪した歴史が存在するなど、時間がねじ曲がっている。

 要は正気ではない。

 ショックで冷静さを欠いていた空にも、その程度の判断は出来た。

 電波ジャックは終わり、慌てた様子のニュースキャスター達が映る。

 どうやら、何の事前通告も予兆も無い、文字通りの電波ジャックだったようで、
 時間も短かった事もあって報道の混乱は続いているようだ。

明日美「………朝霧副隊長……いえ、空」

空「は、はい!」

 唖然呆然としていた空は、改まった様子の明日美の呼び掛けに、緊張した様子で向き直った。

 あのエキセントリックと言うかサイコな話を聞かされたせいか、
 元からのショックや精神的な疲れは、一時的にではあったが吹き飛ばされていた。

 だが、続く明日美の言葉は、そのサイコなショックを吹き飛ばし、
 元からあったショックを呼び戻してしまう。

明日美「……エールを取り戻すつもりは、ある?」

空「……ッ!」

 明日美の言葉に、空は身を強張らせ、肩を震わせる。

 何の抵抗も出来ずに敵に奪われ、ああしてテロリストの示威のために晒し者にされた愛機。

 彼は……エールは結・フィッツジェラルド・譲羽の愛機だった。

 テロのような暴力に怒り、それに晒される人々を救いたいと願った女性の愛機。

 そんな彼が、テロリストの元にいるのは彼の本意では無い筈だ。

 取り戻す……いや、救い出したい。

空「……助けたい……です。エールを……茜さんと、クレーストも……!」

明日美「助けたい、……ね」

 空の言葉を、明日美は反芻する。

 だが――

空「でも……戦えません……今の私に、みんなを助ける力なんて……」

 空はそう言って悔しそうに唇を噛み、顔を俯ける。

 身も竦むほどの恐怖を覚える力の差。

 生身と結界装甲を持つギガンティックにの間には、そんな言葉でも生易しいほどの圧倒的な差がある。

 仮に量産型ギガンティックを預けられても、空にはそれを駆る技術も無ければ、
 結界装甲を持つダインスレフや、敵が……あの幼い少女が駆って来るであろうエールには抗しきれない。

 同じ結界装甲を持つオリジナルギガンティックでなければ、組み合う事すら出来ないだろう。

 だが、風華達は卵嚢群の処理で足止めされ、
 一人戻った瑠璃華はヴィクセンの修理に掛かりきりになり、自分を庇ってフェイは命を落とした。

 レミィも、まだ目を覚まさない。

 今、自分に力を貸してくれる仲間は……その余裕のある仲間は、一人もいない。

 力があるならば、助けたい。

 苦境にある仲間達を、支えたい。

 悔しかった。

 悔しさで拳を握り締め、ブルブルと肩と腕を震わせる。

 明日美はそんな空を一瞥し、不意に腕時計に目を向けた。

 格納庫を離れてから、そろそろ三十分が過ぎようとしていた。

明日美(今から格納庫に戻れば、丁度良いタイミングかしら……)

 明日美は心中で独りごちると、スッと踵を返す。

明日美「朝霧副隊長、着いて来なさい……」

 そして、背中越しに空を呼ぶ。

空「あ……は、はい!」

 一瞬、置いて行かれたかと錯覚しかけた空は、
 いつの間にか滲んでいた悔し涙を拭い、明日美を追って駆け出した。

 二人は正面ロビーを抜け、格納庫を見下ろす作業通路に辿り着く。

 そこは以前、空が着任初日にマリアと共にギガンティックを見下ろした場所だった。

 見渡せば、そこには全身が濃紫色に変色したヴィクセンのフレームを切除し、
 エンジンを取り出す作業をしている様が見えた。

 その傍では瑠璃華の駆るチェーロが、炎熱変換した魔力で切除された部位を焼却処分している。

瑠璃華『切除急げ! 内部の腐食がさっきよりも進んでいるぞ!』

 通信機越しで叫ぶように指示を出す瑠璃華の声は、いつになく焦りに満ちていた。

 元々、手足も頭も失っていたヴィクセンだが、胴体も既に原型を留めておらず、
 それでも尚、数台の大型パワーローダーが代わる代わる、ヴィクセンの胴体を切り刻んでいる最中だ。

空「………」

 空はその痛々しい光景を見遣り、悲しそうに目を伏せる。

 瑠璃華がああしている以上、せざるを得ない状況なのだろうが、理解と納得は別問題だ。

 明日美もそちらを見ていたようだが、すぐに視線を別の方向に向けた。

明日美「こっちを見なさい、朝霧副隊長」

空「……はい」

 明日美に促され、空は明日美の視線が向けられていた方向を見遣る。

 視線の先にあったのは格納庫の最奥、壁のような厳重なシャッターで閉ざされた場所だ。

 その壁が左右に滑るように開かれ、その奥から巨大な何かが迫り出して来る。

 ギガンティック用のハンガーだ。

 埃避けのシートを被せられたハンガーが、牽引用の巨大トラックに引かれて、格納庫内に入って来た。

 だが、それだけではない。

 ハンガーに連結された状態で、もう一両の車輌が姿を現した。

 こちらも埃避けのシートが被せられていたが、
 ギガンティック用のハンガー車輌よりも大きな車体はシート越しにも分かった。

 アルコバレーノの修理やヴィクセンのフレーム切除作業、
 アメノハバキリの修理以外にも整備員の手は余っているのか、
 数台の中型パワーローダーが二両からシートを取り去って行く。

 シートを取られたハンガーから現れたのは、白を基調とした躯体にエメラルドグリーンのアクセントが映える、
 全身に鈍色の輝きを纏わせたオリジナルギガンティックだ。

 そして、後方の車両には同じく白地に、所々に赤や青と言った七色のラインが走る、
 こちらも鈍色の輝きを持った巨大な重戦車が乗せられていた。

明日美「オリジナルギガンティック、GWF203X……クライノートと
    その専用OSS、OSS203X-ヴァッフェントレーガーよ」

空「クライノート……それに、ヴァッフェントレーガー……」

 明日美の言葉を、空は反芻する。

 確かに、その機体の姿には空も見覚えがあった。

 以前、アルフの訓練所で座学の際に見せられたクライノートそのものである。

 これが現存するオリジナルギガンティック、最後の一機。

 明日美の師である、二代目閃光、クリスティーナ・ユーリエフの愛機であったソレだ。

明日美「朝霧副隊長、あなたにはエール奪還までの間、
    クライノートのドライバーを務めて貰います」

空「わ、私がですか!?」

 淡々とした明日美の言葉に、空は驚愕する。

 無理だ。

 自分が同調できたオリジナルギガンティックはエールだけの筈だ。

 マリアのように、二機のオリジナルギガンティックに認められたワケではない。

 だが、明日美は気にせずに続ける。

明日美「クライノートには誰でも乗れるわ……。それこそ、僅かな魔力しか持ち得ない人間でも……」

空「だ、誰でも……ですか?」

 空は愕然とした表情のまま、明日美に問い返す。

 誰でも、と言うのだから言葉通りに“誰でも”なのだろうが、
 それでは、何故、この強力なオリジナルギガンティックと専用OSSは長らく格納庫の奥で眠っていたのだろうか?

明日美「彼女、理解があるのよ。
    だけど、オリジナルドライバーであるクリスティーナ・ユーリエフを除き、
    彼女を十全に扱えた人間は今まで一人もいなかった」

 しかし、明日美は険しそうな視線を、クライノートではなく、その後方のヴァッフェントレーガーに向けた。

明日美「ヴァッフェントレーガーとクライノート、
    この二つが揃って始めて、クライノートはその真の性能を発揮する。

    だけど、それにはクライノートだけでなく、
    ヴァッフェントレーガーとも同調しなければならない」

空「ヴァッフェントレーガーと同調……けど、それじゃあ……」

 明日美の説明を聞いた空は、再び目を伏せる。

 自在に動かせる新たな乗機があっても、
 肝心のOSSと同調できないのでは百パーセントの性能は発揮できない。

明日美「いいえ……ヴァッフェントレーガーとの同調も、
    他のオリジナルギガンティックのような資格は必要無いわ。

    必要なのは、ヴァッフェントレーガーを扱いこなす能力よ」

 明日美はそう言って通路を進み、今度はドライバー待機室に通じる通路の出入り口へ向かった。

 空もその後を追う。

明日美「あなたには、今からヴァッフェントレーガーを扱うための特訓を受けて貰います」

空「特訓……シミュレーターですか?」

 明日美の言葉に、向かう先にある施設を思い浮かべた空は、おそらくと思われる物を挙げる。

 アレなら実戦さながらの訓練が出来るだろう。

明日美「ええ……但し、今までよりも幾分か辛い物になるわ……。
    それでも構わないかしら?」

 明日美は頷くと、肩越しに空に向き直り、彼女の意志を確認する。

 それは最終確認だ。

 仲間を助けたいと願うなら、この特訓に耐えて見せろ、と。

 そのくらいの覚悟が無ければ、クライノートを駆る資格は無い、と。

空「……はい、お願いします!」

 躊躇ではなく、心の中の闘志を燃え上がらせる僅かな間を持って、空は深々と頷いた。

 エールや茜、クレーストを助け、フェイの仇を討つ。

 そのための特訓になら、どこまでも耐えて見せる。

 そんな強い思いが、空の胸には宿っていた。

 明日美は満足そうに頷くと、
 空と共にドライバー待機室の向こう……シミュレータールームへと向かった。

―3―

 ドライバー待機エリア、シミュレータールーム――


 シミュレータールームに入るなり、明日美はコンソールに向かい、何事かの操作を始めた。

空「あ、あの司令、セッティングなら私が……」

 流石に組織の最高指導者にそんな雑務をさせるワケにはいかず、空は慌てた様子でコンソールに駆け寄る。

 だが、明日美は視線と手でそんな空を制した。

明日美「今からシミュレーターの安全装置を幾つか外します。
    ………ごめんなさいね、この操作ができるのは私以外は五人しかいないから」

 明日美は至極真面目な雰囲気で言ってから、微かな苦笑いを浮かべて言った。

 ちなみに、明日美以外の五人とは、このシミュレータールームを管理する戦術解析部の主任――
 つまりほのか達の上司だ――と、技術開発部主任の瑠璃華、医療部主任の雄嗣、
 副司令のアーネスト、そして、前線部隊の隊長である風華だけだ。

 無論、空はそんな事は知らないし、シミュレーターの安全装置が解除できる事も知らなかった。

空(安全装置を外す……やっぱり、大変な特訓なんだ……)

 空は無言で明日美がコンソールを操作する様子を見ながら、ゴクリ、と息を飲んだ。

明日美「生身の魔導戦のシミュレーター訓練はどのくらい?」

空「えっと……最近は週に三回、一週間の合計で五時間くらいです」

 明日美の質問に、空は思い出すように答える。

 訓練時代からの合計時間で言えば、そろそろ五百時間程度だろうか?

 ギガンティックを用いない生身の魔導戦の技術も、オリジナルギガンティックのドライバーには必要だ。

 ドライバーが技量を上げれば、上げた分だけオリジナルギガンティック達もそれに応えてくれる。

明日美「そう……訓練時間としては十分ね」

 明日美は満足そうに頷くと、一台のシミュレーターに向かった。

 どうやら、この特訓には明日美も参加するようだ。

 初代閃虹の実子であり、二代目閃虹に師事し、
 メガフロートを守り続けた生きた英雄、明日美・フィッツジェラルド・譲羽。

 そんな大人物から直々に施される訓練に、空も緊張を禁じ得ない。

明日美「朝霧副隊長は二番のシミュレーターを使いなさい」

空「は、はい!」

 明日美の指示に緊張気味に応え、空は少し慌てた様子で指定された
 二番のシミュレーター――明日美の隣だ――に身体を預けた。

明日美「普段と違って、細い管に吸い込まれるような違和感を覚えるかもしれないけど、
    抵抗せずにその間隔に気持ちを委ねなさい」

空「……は、はい……」

 隣のシミュレーターに寝た明日美の指示に、空は不安げに頷く。

 安全装置を解除したシミュレーターを使うのは、今回が初めてだ。

 緊張と不安に心臓の鼓動も加速して行くように感じる。

 直後――

空「!?」

 明日美に言われた通り、ストローのように細い管に頭から吸い込まれるような感覚に襲われながら、
 空の意識は仮想世界へと落ちて行った。

 そして、数瞬後、空の意識は仮想空間の中にあった。

空「ん……」

 目を開いた空は、自分が荒れ地のような場所にいる事に気付く。

 谷間にある広い平野だ。

 普段の魔導戦訓練に使っている平面で構成された空間とは違うようだ。

明日美「やっぱり、私のイメージが優先されたようね……」

空「し、司令!?」

 普段との違いに戸惑っていた空は、背後からの声に驚いて振り返る。

 だが、振り返りながらふと思う。

 明日美の声は……老齢である筈の女性の声は、こんなに高く張りのある声だったろうか、と?

 そして、振り返った空は、さらなる驚きで目を見開いた。

空「し、しれぇっ!?」

 驚きのあまり、声が上擦るのを通り越して、ひっくり返る。

 そこにいたのは年若い妙齢の女性だった。

 年齢は風華よりも少し若い、二十歳かそれよりも少し若く見える女性。

 だが、その姿には見覚えがある。

 艶やかな黒髪と、強い意志と生命力の宿る黒い瞳。

 藤色をしたローブ状の魔導防護服を纏ったその姿は、
 明日美の自宅で見たフォトデータにあった、若かりし明日美の姿そのものだ。

明日美「魔導師としての私の全盛期は十代後半から二十代前半。そうね十九歳くらいかしら?」

 そう感慨深く呟いた若い明日美は、身体の感触を確かめるように拳を握ったり開いたり、
 肘の曲げ伸ばしを繰り返す。

明日美「コレが安全装置を解除した理由の一つ。
    使用者のイメージに合わせて、仮想空間内の年齢をコントロールする事が出来るわ。

    さすがにお婆さんの姿じゃあ、訓練どころじゃないもの」

 明日美はそう言って、どこか戯けたような笑みを浮かべた。

 そこで空も思い出す。

 そう、アルフからも初めてシミュレーターを使った時に教えられていた。

 このシミュレーター開発当時には、事故で八歳程度にまで若返ってしまった人がいた事を。

 そして、現在は安全装置でそんな事故が起こらないようにされている事を。

明日美「あと一つは体内時計の操作。
    コレは初期から機能として組み込まれていたのだけど、
    時間間隔が狂う、と言う医学的理由から封印されていたの」

空「体内時計の操作、ですか?」

 若返った明日美の説明に、空は首を傾げた。

明日美「ええ、今、この仮想空間は現実の大体五百倍程度の速度で動いているわ」

空「ご、ごひゃくばい!?」

 明日美の言葉に、空は素っ頓狂な声を上げる。

 五百倍で加速した仮想空間。

 シミュレーターを起動してから体感で過ぎた時間は二分……百二十秒程度。

 だが、現実にはまだコンマ二秒も過ぎていない計算になる。

 なるほど、あの細い管に吸い込まれるような感覚は、精神が加速して行く際の物だったのだろう。

明日美「設定した時間は五十分……十七日程度かしら」

 明日美は思案げに漏らす。

 半月以上もの時間を、たった五十分で経験する事が出来る。

空(コレって……もしかしなくても、もの凄い事なんじゃ……)

 空は内心の驚きを隠しきない様子ながら、そう胸中で独りごちた。

 五百倍の体感時間を活かせば、短期間であらゆる訓練が可能だ。

 このシミュレーターの体験が実際の身体にフィードバックされる事は、
 一年以上使っていた自分が身を以て知っている。

 五百倍と言う事は、一日で一年四ヶ月分、
 それこそ今までの自分の訓練・実動期間と同じだけの経験が出来る事になるのだ。

 コレは利用しない手は無いだろう。

空「こんな便利な機能があったんですね」

明日美「ええ……。まあ、あまり評判は良くないのだけれども………」

 感嘆混じりに漏らした空に、明日美は目を逸らし、苦笑い混じりに言葉を濁した。

 だが、すぐに気を取り直したように真面目な表情を浮かべ、空に向き直る。

明日美「本格的に特訓を始める前に、幾つか質問……意思確認をしておきたいのだけれど、いいかしら?」

空「……はい」

 妙に改まった様子の明日美の問いかけに、空は訝しがりながらも深々と頷いた。

 明日美も頷き返し、口を開く。

明日美「……今回の事を踏まえて、テロと言う物を、貴女はどう見る?」

 明日美の質問に、空は身を強張らせた。

 それは数時間前に茜から問いかけられ、レミィやフェイと共に応えた質問と、同じ物だった。

 だが、決定的に違う事が一つ……いや、二つある。

 空は身を以て、テロと言う物が……テロリストがどんな者達なのかを知った。

 そして、その中で大切な仲間の命を……フェイを、失った。


――何でだろう、と思います――


 かつての自分が如何に無知で、如何に優等生然とした偽善的な回答を口にしたのかを知った。

 そして、フェイの掲げた理想論が、どこまでも遠く、険しい道なのかも知った。

 だからこそ、今の空の回答は――

空「……許せません」

 ――とてもシンプルで、そして……――

空「……こんな苦しい思いは、もう、誰にもさせられません……!」

 ――どこまでも彼女らしい、義憤に満ちた物だった。

 空は握った拳を胸に押し当てるようにして、フェイを失った痛みを思い返す。

 爆風の向こうに消えたフェイ。

 彼女はテロすら受け入れ、より良い社会を目指す事を是とした。

 その彼女の祈りを踏みにじったテロリスト。

 許せる筈が無い。

 そして、自分が抱いた哀しみも憎しみも、もう誰にも味合わせて良い物でも無いのだ。

空「みんなを助けて……テロリストを倒します」

明日美「そう……」

 力強く言った空に応えるかのように、明日美は感慨深く頷いた。

 哀しみと怒り、憎しみの中にあっても未だ曇らない空の志は、本物だった。

 誰かのために、そう誓った彼女の意志の堅さを、人間離れした物と思う人間もいるだろう。

 自分で尊いと思った物、気高いと感じた物、そんな信念を如何なる時にも曲げないと言う事は、決して容易くは無い。

 尊さは怒りに消し飛ばされ、気高さも憎しみに屈し、信念も大きな力の前には曲げざるを得ない時がある。

 そして、それは弱さではない。

 だが、尊いと思ったものを尊いままに、気高いと感じたものを気高いままに、信念を曲げない事は強さなのだ。

 それは、一度でも憎しみに……黒い感情に呑まれた者にしか分からない強さだった。

 空は今も、フェイを殺された事……彼女を死地に赴かせた後悔と、
 彼女を殺した者達への怒りと憎しみに、黒い感情に抗っているのだろう。

 奇しくも、フェイは姉・海晴と似た状況で亡くなった。

 空を庇い、敵の攻撃に晒されると言うカタチで……。

明日美「……なら、今の内に精一杯、泣いておきなさい」

空「!?」

 深い感慨の込められた明日美の言葉に、空はビクリ、と身体を震わせた。

明日美「後悔も怒りも憎しみも……今の内に、吐き出しておきなさい……」

空「あ……」

 そう言われて、空は初めて気付く。

 そうだ、自分は後悔していたんだ。

 あの時、自分が逃げる事が出来ていたら、フェイは死なずに済んだかもしれない。

 最後に引き金を引いたのは、あのダインスレフに乗っていたテロリストだ。

 強固な筈のアルバトロスの背面装甲が、その全性能を発揮できなかったのも、
 先に彼らによってシールドスタビライザーが破壊されていたからだ。

 恐らく、十人中九人が、フェイの死の原因をテロリストにあると口を揃えるだろう。

 だが、間違いなく、フェイの死の最大の原因は自分を庇った事にある。

 それすらもフェイの自己責任だろう。

 最終的に空を庇ったのは、フェイの判断なのだから。

 だが、違う。

 あんな状態でも、自分を庇うために動いてくれる仲間の事を一時でも忘れ、
 すぐに動けなかった自分の責任なのだ。

 明日美は、そんな空の後悔を見抜いていた。

 いや、むしろ“分かって”いた。

 病室前で空から報告を受けた時、空はフェイとアルバトロスを失った事を、
 “自分の判断ミス”だと明言した。

 最初から空は、フェイの死の原因の一旦を自分に感じ、後悔していたのだ。

明日美「フェイの事を気にするな、とは言わないわ。
    それはとても無責任な事を強いる事ですもの……。

    でも、今ここにあるあなたの命は間違いなく、フェイが繋いでくれた命よ。

    悔やむよりも前を向きなさい。
    フェイと……そして、海晴が繋いでくれた自分の命を、
    どうやって正しい事のために使うかを考えながら」

 明日美の言葉を聞きながら、空は“ああ、そうだ……”と納得していた。

 一年前の春にも、自分の命は愛した人の犠牲によって、今に繋がれていたのだ。

 自分の命を繋いでくれた人のためにも、自分に出来る事をしよう。

明日美「ただ……今だけは泣いておきなさい……。
     何時間でも、気の済むまま……」

空「……はい」

 明日美に言われて頷いた空は、また気付く。

 この意志最終確認をシミュレーター起動後にしたのは、
 明日美が空のために“泣く時間”を作ってくれたからだった。

 体感時間を五百倍に加速されたこの空間なら、
 たとえ一時間泣いたとしても、現実には十秒足らずの時間だ。

 現実には僅かしか経っていない時間でも、気持ちを切り替える事も出来るだろう。

 明日美は、自分が前を向く事を信じてくれている。

空「……ありがとう、ございます、司令……。
  少しだけ、時間を……下さ…い」

 空は涙で震える声で、何とかそれだけ言い切ると、その場で崩れ落ちるように膝をついた。

空「ッ……ぁぁぁ……っ!」

 喉の奥から絞り出すように、嗚咽を漏らす。

(ごめんなさい……フェイさん……ごめんなさい……!)

 心中で、亡き仲間に謝罪し、彼女の事を思う。

空(……フェイさんが助けてくれた命……絶対、無駄になんかしない……!
  もう二度と、復讐に取り憑かれたりなんかしない……!

  だから、今だけ………)

 人形のように淡々と振る舞いながらも、どこか人間臭さを隠せない、
 そんな誰よりも人間味に溢れた仲間だった。

 拒むよりも受け入れる事を選び、中庸よりも調和を重んじる、温和な人だった。

 愛した姉との間にあった絆を、姉の死後も宝物のように大切にしてくれている、
 そんな思いやりに満ちた女性だった。

空「フェイさ、ん……フェイさぁぁん……うぅ、あぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 空は堪えきれず、その名を叫び、号泣する。

 涙は止めどなく溢れ、後悔を洗い流す。

 フェイが望み、繋いでくれた命に、悔いを残さぬために……。

 一頻り泣いた空が落ち着きを取り戻したのは、それから一時間後の事だった。

空「すいません……お時間取らせました」

 涙を拭った空は、明日美に向けて丁寧に頭を垂れた。

 それは言葉通りの謝罪であったり、この時間を作ってくれた事への感謝だったり、まあ様々だ。

明日美「気にしなくていいのよ……。迷いがあるままでは、危険な訓練ですもの」

 そう淡々と返す明日美の言葉も、多少の照れ隠しを含んでいた。

明日美「空。貴女にはこれから四段階を踏んで、クライノートのドライバーとして……
    いえ、クライノートと共にエールを奪い返し、
    エールの真のドライバーとして相応しい技量を手に入れて貰います」

 明日美は気持ちを切り替えるなり、そう言って左手を突き出す。

明日美「一段階目はギア無しでの魔力操作の応用、
    二段階目はギア……クライノートを使っての魔力操作の応用、
    三段階目でヴァッフェントレーガーの訓練……」

 明日美は指を一本一本立てながら、言い聞かせるように朗々と呟く。

 そして、四本目の指が立てられる。

明日美「……四段階目は……いえ、それはヴァッフェントレーガーの訓練が終わってからね。
    とにかく、半月以内にギア無しでの魔力操作の応用をマスターして貰います」

空「……はい」

 お預けを食わされた気分で拍子抜けしながらも、空は気を取り直して頷いた。

 魔力操作の応用。

 魔力操作の基礎は、魔力弾の射出や、魔力を纏っての打撃、肉体強化などがある。

 応用ともなれば、魔力の集束や属性の変換などがあるが、
 それらは基礎応用とも言える初歩的な物で、極めれば実に奥深い物だ。

明日美「説明するよりも分かり易いだろうから、軽く手本を見せるわね」

 明日美はそう言って、防護服の腰に提げられている双杖を構えた。

 白地に藤色のラインが走る双杖の先端には、石突き程度の突起が取り付けられている。

 その石突きの部分に魔力が込められ、小さく振り回される度に魔力だけが切り離されて行く。

 それが空間に静止した魔力弾だと空が気付いたのは、五つめが切り離された直後だった。

 一分と経たずに、明日美の周囲には二十近い藤色の魔力弾が浮かんだ。

明日美「シュートッ!」

 明日美が指示を出すように双杖の一方を突き出すと、その中の幾つかが真正面に向かって解き放たれ、
 それを追うようにさらに数発の魔力弾が放たれ、先んじて飛んだ魔力弾が障害物となりそうな物体に接近すると、
 それらを破壊して進路を確保させた。

 本来は自然界の物質に影響を及ぼさない純粋魔力の弾丸がそれらを砕けるのは、
 シミュレーターの中と言う特異な状況だからだろう。

 そして、残った十発近い魔力弾は明日美の身を守るように高速で旋回する。

明日美「魔力弾を切り離し、任意のタイミングで任意の行動を取らせる技術……。
    第一段階ではこれを完璧に修得して貰います」

 明日美は冷静に言うが、凄まじい魔力操作能力だ。

 空も、瑠璃華の見せた遅延爆発型魔力弾を見た事があったが、コレが別格の能力である事は分かった。

 二十もの魔力弾に、三種の操作とは言え意識を割り振るのは並大抵の技術では無い。

 この技術の習得と言うのは、生半可な物では無いだろう。

明日美「いきなり十も二十も出せとは言いません。
    なので、先ずは二つ同時に出す所からやってみましょう」

空「は、はい!」

 明日美の指示に緊張気味に頷くと、空は両手を前に突き出す。

空(えっと……見た感じだと、魔力弾を撃ち出さずに、浮かべる感じかな?)

 空は明日美がやっていた様を思い浮かべつつ、ゆっくりと手に込めた魔力を切り離した。

 すると、ふよふよと不安定な軌道の魔力弾が一つ、目の前に浮かんだ。

空「で、出た!?」

明日美「ほぅ……」

 驚く空に、明日美も感嘆の溜息を漏らす。

 だが、驚きと共に気を抜いた事で、魔力弾はすぐに弾けて消えてしまう。

空「あぁ……」

 空は肩を竦め、ガックリと項垂れる。

明日美「ギアを使わずに魔力を制御する事は難しいわ……。
    とにかく魔力弾を維持する事に集中よ」

空「……はい!」

 励ますようなアドバイスをくれた明日美に応え、空は気を取り直して再び両手を前に突き出す。

 目標に対して放つ魔力弾には、攻撃のイメージが込められている。

 そのため、身体から切り離されても、
 弾けて消える事なく射出方向に向かって飛んで行く性質が、発生直後から備わっていた。

 だが、自身の周囲に浮かべるとなると、普段の魔力弾とは違う。

 切り離した後にその場に留まるイメージを強く持ち続けないと、
 先程のように気を抜いただけで弾けてしまう。

空(司令は操作系の術式を使っていなかった……。純粋にイメージだけで維持しないと……)

 空は集中しつつ、左右の掌から一つずつ魔力弾を切り離した。

空「………よし!」

 空は手の先で魔力弾が浮かび続けるイメージを保ったまま、両手をゆっくりと動かす。

 すると、空のイメージに従い、切り離された魔力弾も掌との距離を保って動いた。

明日美「いい調子ね。
    じゃあ次はそのまま数を増やしていきましょう。目標は五日以内に十個よ」

空「はい!」

 空は大きく頷くと、右手で次なる魔力弾を生み出そうとするが、
 途端にそれまで右手で操作していた魔力弾が消え去ってしまう。

空「あ……!? もう一度!」

 一瞬、呆然としかけた空だったが、すぐに気を取り直して新たな魔力弾を作り出し、
 そのまま次の魔力弾を発生させる準備に戻った。

 五日で十個の魔力弾を維持できるようにする。

 聞いた瞬間は“出来るかも”と思い、小気味よく返事をしたが、
 三つ目を出そうとして、それが困難な道だと改めて思い知った。

 複数の魔力弾を切り離して止めると言うのは、想像以上に難しい。

 イメージにさえ集中できていれば、二つの魔力弾を維持するのは決して難しくない。

 所詮二つ。

 左右の手を別々に動かす程度の手間と複雑さでしかない。

 だが、三つめよりも先は、そこにもう一つのイメージを加えなければいけないようだ。

 空は決して不器用な方では無かったが、ギアや端末の補助も無しに行うのは流石に無茶があるようだ。

 ようやく三つ目を切り離したものの、先に出していた魔力弾の一つと干渉し、
 融合して一つの大きな魔力弾になってしまう。

 これはつまり、二つ分しか操作できていないと言う事だ。

空「やり直し……っ!」

 空は悔しそうに呟くと、失敗した魔力弾を消し、また二つ目から仕切り直す。

 明日美は少し離れた場所に腰掛け、
 三つ目の魔力弾を作り出そうとする空の様子を見遣りながら、目を細める。

明日美(二つまで出すのは簡単よ……。
    多少の訓練や経験があれば、誰にでも出来る領域だわ。

    けれど、補助も無しに三つ目を出そうとすれば
    思考のコンフリクトが始まり、途端に難度が跳ね上がる……)

 明日美は、先程まで自分がやっていた多数の魔力弾の操作を思い出していた。

 アレもギアによる補助があればこそ、と言う部分は確かに大きいが、
 実際はギアの補助はそれほど頼ってはいない。

 実際はもっと大雑把で、実にシンプルな方法で魔力弾を維持していた。

 その事を、器用ではあるが愚直でもある少女は、未だ気付いていないようだ。

 無論、空の努力の方向性――イメージを固める事――は、概ね、間違ってはいない。

 概ね間違っていないからこそ、根本的な解決策を思いつくのが難しいのだ。

明日美(悩みなさい。
    悩んだ末に自らの力で出した答は、必ず自身の血肉となり、力になる。
    今の貴女が拠とする信念が、貴女自身の心を強くしたように、ね……)

 空を見守りながら、明日美は胸中で感慨深く呟く。

空「ああ、また……!?」

 幾度も同じ失敗を繰り返しながらも、
 空は懸命に三つ目の魔力弾を作り出すために四苦八苦している。

 魔力弾を三発放つのは簡単だ。

 要は“目標に向かって飛べ”とイメージした魔力弾を三連続で放てば良いのだ。

 多少難しいが、それを三発同時と言うのもやって出来ない事は無い難度である。

 しかし、今回は身体の周辺に止めて、後から操作できるような魔力弾を作らなければならなず、
 それが難度をグッと上げていた。

 だが、たかだか“難しい”程度で歩みを止めるワケにはいかなかった。

 フェイが繋いでくれたこの命で、必ず仲間達を救い出す。

空(エール、茜さん、クレースト……みんな、待ってて……。
  お姉ちゃん、フェイさん……見守っていて……。
  必ず、みんなを救い出してみせるから!)

 空は決意を堅く、新たにすると、一度深呼吸をしてから特訓を仕切り直した。


第17話~それは、正義を騙る『悪意の在処』~・了

今回は以上となります。

書いてる最中はホンの電波なジャック内容はやり過ぎかと思いましたが、
某所であの国出身らしき人が「日本は奪われた第二ウリナラ」とか言っていたので
これでも“ちょっと行き過ぎ”くらいなんだなと逆に安心しました。

ホンモノは予想の斜め上を妄想を描きながら飛んで行くんですね(遠い目)


ご心配をおかけしましたが、前述の通り、腰は何とか大丈夫です。

乙ですたー!まずは腰の具合、重くは内容で何よりです。
そして、初っ端からのエール誘拐……フェイさん散華(号泣)……レミィのリタイア……(唖然)と、怒涛の展開でした。
さらに茜さんもさらわれて、しばらくはアッカネーン!な状態になるのでしょうか……。
ホンの演説。うん。リアルでもユンユン電波が飛ばされてますが、矛先が身内に向いていない分だけホンの方がちょっぴりマシかもですね。
いや、やってる事の本質は変わらないですけど。
クライノート!
乗り手がいなかったのは、この時のためだったんですね!!
しかもGアーマー(違)との連携とは……乗り手は選ばなくても、使い勝手では人を選ぶとは、なんとツンデレなww
果たして、空は昭和ヒーローのごとき特訓を乗り越えて復活できるのか!?
次回も楽しみにさせて頂きます。

お読み下さり、ありがとうございます。
腰は今日も大丈夫ですw

>怒濤の展開
この場でのフェイの犠牲は当初からフラグを立てまくって予定していた通りの事なのですが、
レミィの惨状は“You、弐拾参号出しちゃいなYO”と言う、内なる何者かの意見のせいです。
本当なら、ダインスレフに全身を斬り刻まれながらも、空を咥えてギリギリで逃げ切る流れだったのですが、
さすがにレミィの姉妹を回想だけで出番を終わらせるのも勿体ない、と言う事で再登場の運びとなりました。

ともあれ、ピンチと敗北はロボのお約束です。
そして、反撃もロボのお約束です。

>アッカネーン!
……にならないよう、テロ側の描写の際には茜視点で書く予定です。
ユエやエールを奪って行った少女や、そちらにスポットが当たる際は茜が絡む形になります。

>ホンの演説
何であそこまで電波になってしまったか、は追々明らかに出来たらいいなと思ってます。
……が、基本的にテロ側のメインはユエと例の少女ですので、あくまでホンは舞台装置程度の役割で終わるかもしれません。

>矛先が身内に
基本的に従順なら“臣民”、逆らうなら“逆賊、蛮族”の典型的な征服者や暴君の思考ですね。
YesNoしかないので、不興を買わず、虫の居所が悪い時に目につく範囲にさえいなければ、
外に敵がいる身内だけの世界と言う狭い範囲に限っては良い部類の指導者なのかもしれません。
誤魔化し易さや御しやすさも含めて、ですが。

>クライノート@この時のため
2号ロボ、超大事(何
反撃の要ですからね。
無傷で実戦データの少ない機体を“こんな事もあろうかと”温存していました。
しかし、ヴァッフェントレーガーの使い勝手の悪さがあるので、性能面ではやや他の機体に遅れを取る形ですね。
クァンがクライノートではなくカーネルを使うのも、その辺りの関係です。

>Gアーマー
個人的には合体できないオーキス辺りかと思っていましたが、確かにそっちの方がしっくり来ますね。
武器満載なので、むしろガンダムフォースのギャロップかもしれませんがw

>使い勝手で人を選ぶツンデレ
むしろデレツンですねw 普段がデレで肝心な時にツン………………………もしかして、嫌われてる!?(何

冗談はさておき、二つで一つのギアのクライノート・シュネーで動かす物を片割れのクライノートだけで起動しているような物ですからね。
操縦難度はまともに動かないエールより上になります。
ただ、本体は素直に動くので本体だけは動かし易いかもしれませんが……。

余談ですが、シュネー君はクリスと一緒に宇宙に行きました。

>昭和ヒーローのごとき特訓
明日美が崖の上から投げたドラム缶を魔力弾で撃つ特訓ですね、分かります。

次回は反撃の準備を整えたり、茜とユエの邂逅があったり、と言った内容を予定しています。

ほ し ゅ

>>165
保守ありがとうございます。

そろそろ最新話を投下します。

第18話~それは、甦る『輝ける牙』~

―1―

 午後7時も半ばを回った頃。
 第七フロート第三層、旧山路技研跡――


 その中にある広大な格納庫の奥、壁際に据え付けられた旧式ハンガーに雁字搦めに固定された
 クレーストのコントロールスフィアの中で、茜は消沈した様子で座り込んでいた。

クレースト『茜様、コンディションチェックが終了しました。
      ブラッド損耗率98.8%、魔力は千五百程度まで回復しています』

茜「………さすがに無茶があるな」

 クレーストの言葉に、茜は嘆息混じりに呟く。

 敵に捕まった地点からこの格納庫に移動し、ハンガーに固定されるまでの一時間足らず、
 動かずに魔力の回復に集中していたが、思ったほど回復はしていない。

 緊急モードで再起動すれば数十秒から一分程度は動けるかもしれないが、それではこの格納庫を出る前に停止してしまう。

 それでは意味が無いどころか、下手をすれば死が待っている。

茜(それだけは絶対に避けるべきだ……)

 茜は自身の意思を確認するように、そう胸の中で独りごちた。

 屈辱の虜囚の身だが、逃げ出す機会が巡ってくる可能性が万が一にもあるなら、その屈辱に耐えるべきだ。

 死んでは元も子もないし、命に賭け時と言う物があるなら、無駄死にするだけの今は“その時”ではない。

 茜は目を瞑ると小さく深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。

 肝は据わった。

 ならば、後は流れに身を任せるしかない。

 そんな思いと共に目を閉じると、小さな電子音と共にハッチがゆっくりと開いて行く。

 どうやら、外からのアクセスで機体側のハッチが開けられたらしい。

茜<クレースト、しばらくお別れだ!>

クレースト<はい、茜様。御武運をお祈りします>

 直後、茜は咄嗟に首にかけていたギア本体を手に取り、クレーストと思念通話で言葉少なに挨拶を交わすと、
 スフィア内壁にある収納を開き、その中にギア本体を押し込み、物理錠でロックし、その鍵を束ねた髪の中に押し込んだ。

 最初から想定して準備していた手順だったが、やってみれば五秒と掛からずに完遂できた。

茜(機体の移動が終わってから十分でロック解除か……。
  機体を完全に固定してからロックの解除作業を始めたとすれば二分足らず……。
  最初からパスワードを知っていたと思った方がいいな……)

 茜はそんな思案をしながら、ようやく開かれたハッチの先を見遣った。

 現れたのは三十代程度の男性だ。

 加えて、両隣には魔導装甲を纏った若い兵士が二人。

 魔力を探ってみると、三人だけでない事はすぐに分かった。

 ハッチの影にまだ二人、こちらも魔導装甲を展開しているようだ。

茜(抵抗しなくて正解だったか……)

 たった千五百程度の魔力では、魔導装甲を展開できても一対多の戦闘には耐えられないだろう。

 何より、この場に鬼百合が無いのも痛い。

男「本條茜だな。出ろ」

 茜は観念したように項垂れ、立ち上がり、コントロールスフィアの外に出た。

 すると、両手を掴まれ、その手首に二つの腕輪が取り付けられる

茜(魔力錠式の魔力抑制装置が二つか……念の入った事だな)

 茜は胸中で溜息を漏らしながら、そんな事を思う。

 この腕輪は腕輪型のギアで、強制的に魔力を放出し続けながら、魔力循環を鈍らせて魔力の回復を阻害するのだ。

 その上、魔力を流し込まねば外れぬ魔力錠で固定されては、自力で外す手段など無い。

 総魔力量五万を超える全快状態の茜なら放出され切ってしまう前に腕輪を破壊する事も出来たが、
 そこまで魔力が回復していれば大人しく虜囚の身になる選択肢など元より無かった。

茜(何にしても、これでは抵抗もままならないか……)

 魔力を抜かれ、徐々に虚脱感に襲われながら、茜は悔しそうに歯噛みする。

兵士A「歩け!」

茜「っ!?」

 そして、魔導装甲を纏った男の一人に背中を押され、茜は驚いてよろけながらも歩き出した。

 四方を魔導装甲を纏った兵士に囲まれ、その先を行く彼らの上官らしい三十代の男に連れられて行く。

 その途中、隣のハンガーの足もとのやり取りが目に入った。

 旧式のドライバー用インナースーツを纏った幼い少女を壁際に押しやり、
 パイロットスーツに身を包んだ二人の男が囲んでいる。

ドライバーA「このクソガキ、よくも俺らの手柄を横取りしやがったな!」

ドライバーB「テメェなんかの力なんて借りなくてもな、俺らだけでアレは手に入れられたんだよ!」

 一人の男が少女の胸ぐらを掴み、もう一人がクレーストを指差して怒鳴りつけた。

茜「まさか、あんな幼い子が空からエールを奪ったのか……!?」

 その様子に察しをつけた茜は、信じられないと言った様子で、思わず漏らしていた。

 ドライバー用インナースーツを着ているのはあの幼い少女だけで、他にそれらしい人間はいない。

 そして口ぶりからして、あの少女を恫喝している男二人は、
 あの戦闘で最後まで残っていたギガンティックのドライバーだろう。

少女「任務を、果たしただけ……」

 少女は怯えた様子もなく、か細い声でそれだけ呟いた。

ドライバーA「何が任務だ! 余計な事をするな、って言ってんだよ!」

少女「必要以上にダインスレフを失うワケにはいかない……これは、マスターがいつも言っている」

 尚も怒鳴り散らす男に、少女は感情など何も無いかのように呟く。

 淡々と、と言うのも憚れるほどに抑揚は無く、正に機械然とした口調だ。

 しかし、それが余計に男達の不興を買った。

ドライバーB「ッ……テメェ、博士のお気に入りだからってスカしやがって!」

ドライバーA「この人造人間風情がよぉっ!」

 怒りで激昂し、少女の胸ぐらを掴んでいた男が、彼女の横っ面目掛けて拳を振り下ろした。

 少女は堅く目を瞑り、そこで初めて萎縮したように身を強張らせる。

 直後に男の拳は少女を捉え、幼く小さな身体は棒きれのように弾き飛ばされ、床の上に転がった。

茜「!? 貴様ら、小さな子供に何をしているんだ!?」

 その光景に茜は立ち止まり、思わず声を上げていた。

 敵の内輪揉めとは言え、さすがに大の大人が幼い子供に手を上げる様を看過するワケにはいかない。

兵士B「早く歩け!」

 だが、すぐに自分を囲む兵士に取り押さえられ、無理矢理に歩かされてしまう。

 少女に手を上げた男達も驚いたように茜を見遣ったが、すぐに気を取り直し、
 床の上に転がる少女の元に歩み寄り、今度は足蹴にし始めたではないか。

茜「や、やめろ!? お前ら! その子供はお前らの仲間だろう!?」

 あまりに異常な光景に、虜囚の身になってすら冷静でいられた茜も、必死でそれを止めようと叫ぶ。

 相手はテロリストの仲間かもしれないが、こんな明らかに異常な事態を見過ごせるほど、
 茜も人でなしにはなれなかった。

 何より――


――自分で自分の憎い相手と同じ事をするなんて……一番やっちゃいけない事なんですよ!――


 ――空の投げ掛けてくれた言葉が、茜を突き動かしていた。

茜(そうだ……見過ごせるか!)

 茜はそんな決意を胸に、兵士達の静止を振り切り、少女の元へと駆け寄ろうとする。

兵士C「抵抗するなっ!」

茜「うぁっ!?」

 だが、兵士の持つ長杖で背中を強かに打たれ、茜はその場に倒れ伏してしまう。

 しかし、その騒ぎを聞きつけたのか、科学者風の男達がその場に駆け付ける。

科学者A「おい! 人質を手荒に扱うな!
     そいつに何かあれば、せっかく手に入れたクレーストも動かせなくなるぞ!」

科学者B「ミッドナイト1にもだ!
     貴様ら一般ドライバーと違って代えが利かないんだからな!」

 科学者風の男達は、兵士やドライバー達を怒鳴りつけ、暴行を加えられるばかりの少女を救い出した。

 少女は少し乱暴に起こされたようだが、素早くその場から連れ出されて行く。

 少女はコチラを振り返った様子だが、もうかなり遠ざかってしまっており、その表情までは読み取れなかった。

 ともあれ、その光景に、茜はようやく内心で胸を撫で下ろした。

 自分の事に関しても、強打された背中は鈍く痛むが、
 防護服であるインナースーツが衝撃を吸収してくれた事もあって、大きな怪我はしていないようだ。

兵士D「くそっ、早く立て!」

 手荒に扱うなと言われたからか、兵士は茜を引き起こすと、長杖で四方を取り囲んで動きを制限する。

 これなばらおいそれとは動けない。

 とは言え、あの少女の事はまだまだ気がかりではあったが、もう茜に目立って抵抗しようとする意志は無かった。

 兵士達も茜が抵抗しないのを悟ってか、“歩け”と命令してからは、
 目立って何かの指示を出す様子も手を出して来る様子も無い。

茜(目隠しはしないのか……意外とザルと言うか、ここまですれば逃げ出せないと言う自信があるのか。
  それとも、手荒に扱うなと言われて言葉通りにしているのか……何にしてもチャンスだな)

 少女が連れ出され、一応は助かった事で冷静さを取り戻した茜は、視線だけで辺りを見渡す。

 エーテルブラッドを使っているギガンティックの姿が何機も見える。

 自分のいる位置から見える数は三、四十ほどだろうか?

 クレーストから降ろされる時に見渡した格納庫の広さは、今見える範囲の倍以上。

 多く見積もれば百機はいるだろう。

 300シリーズのギガンティックもあったが、それらの数は少ないように見える。

 解体して、それらのマギアリヒトやフレームの一部を新型の製造に回したのだろう。

 技研をそのまま占拠している事だけはある、と言う事だ。

 兵士達よりも科学者の立場が上と言うもの、恐らくはその辺りの事情が深く関係していると見て間違いない。

 ともあれ、茜は想像以上に多い新型ギガンティックの数に戦慄する。

茜(アレが本当に百機近くあるとなると……)

 茜は先ほど戦ってみた感覚を踏まえて、その想像に身震いした。

 最新鋭のアメノハバキリ、それもロイヤルガードでも屈指の第二十六小隊が手も足も出ない戦力差だ。

 数日前にイマジンの卵嚢の件でも思ったが、
 ギガンティック機関側の戦力を全て揃えても、数で押し切られる可能性が高い。

茜(攻勢が始まる前に勝負を着けなければ危険だな……)

 そんな事を思いながらも、兵士達に誘導され、格納庫の奥にある倉庫区画に入る。

茜(随分と入り組んでいるな……目隠しされなかったのは不幸中の幸いだな……)

 上下左右に入り組んだ通路を歩かされながら、茜は小さく肩を竦めた。

 目隠しされた場合は、歩数と曲がった回数で距離と方向を確認するつもりだったが、
 あまりに入り組んだ構造のため、そろそろ距離感も方向感覚も怪しい。

 最初は道順を覚えるつもりだった茜も、観念して目印になる物だけを覚える事に専念している。

 そして、この区画に入って十分ほど経った頃になって、ようやく一枚の隔壁を越えた。

茜「まだ先があるのか……」

 ここが終点かと思っていた茜は、さらに続く通路に思わずそんな言葉を呟く。

 それは兵士達にとっても同じなのか、何人かが嘆息めいた溜息を漏らしていた。

 入り組んだ通路を抜け、さらに三枚の隔壁を越え、ようやく最重要区画へと足を踏み入れる。

 この区画も入り組んだ構造だが、それまでよりは距離も無く、あっさりとその最奥にある巨大倉庫へと辿り着いた。

 内部に入ると、先ず驚いたのは倉庫の巨大さだ。

 さすがに先程までいた格納庫ほどの広さではないが、
 十機以上のギガンティックを余裕で格納できそうな広さだった。

 そして、その中央にピラミッドの如く聳える天井まで届く六段積みのコンテナの山と、
 その四方を守る新型ギガンティックの姿。

 禍々しい神殿を思わせる配置に、流石の茜も身を竦ませていた。

茜(警備用のギガンティックが四機……。それに結界を施術されたコンテナか……)

 積み上げられたコンテナに据え付けられた階段を登らされながら、茜は周辺の状況を確認する。

 てっきり人質として牢屋か、それに準じた施設に放り込まれると思っていたが、
 どうやら誰かに会わせるつもりのようだ。

 兵士達に誘導されるままコンテナを登り詰めた茜は、
 最上段に設置されたコンテナの奥へと招き入れられた。

 兵士が色々と操作を行っていたようだが、個人を認証するための手段だったと分かると、
 茜もそれ以上の確認はしなかった。

 しかし、あれだけの面倒な手順を経て会わせるのだから、
 それなりの地位にある人物だと言う事は容易に想像できた。

茜(いきなりボス……ホン・チョンスに会わせるつもりか?)

 茜は訝しげな表情を浮かべる。

 茜もこのテロリスト達の首魁が誰なのかは知っていた。

 父や多くの人々を死に至らしめる指示を下した憎き仇、先代の首魁であるホン・チャンスの一人息子だ。

 先代の死に関しては病死らしいと言う不確かな情報しか知らないが、
 五年前に代替わりが起きたのは確かな情報筋から入手している。

 しかし、首魁に会わせると言うのに、こんな適当な拘束でいいのだろうか?

 魔力抑制装置に加え、さきほど手錠を付けられたが、
 茜の素の身体能力は手錠程度で抑えられるレベルではない。

 並の鍛え方しかしていないなら成人男性でも足だけで制圧する自信があった。

 だが――

茜「ぅぐ……ッ!?」

 不意に全身に重みを感じ、茜は苦悶の声を漏らす。

 どうやらこの手錠も単なる手錠ではなく、
 対物操作で装着者に負荷を掛ける単一仕様端末……いわゆる呪具の一種のようだ。

 身体強化が可能ならば簡単に振り払える程度の負荷だったが、魔力を回復できない現状では不可能である。

茜「意外と、過剰に警戒してくれるじゃないか……」

 茜は全身に掛かる激しい負荷に内心で焦りながら、強がりを言うように、そんな言葉を吐き出した。

男「いいから、黙って中に入れ」

 最上部のコンテナの扉が開くなり、茜はそのまま奥に押し込められる。

 すると、入って来た扉はすぐに閉まってしまい、茜はコンテナの中に閉じ込められてしまう。

 中には下に向かう階段があり、入口を閉められた今は、その階段を下る他ないようだ。

茜「……この負荷で、階段を下るのは、少し…キツいな……」

 茜は苦しげに呟くと、一段一段、ゆっくりとその階段を下る。

 そして階段を下りきると、すぐに開けた場所へと出た。

 コンテナを利用したらしい広く高い空間は、金刺繍を施された真っ赤な絨毯が敷き詰められ、
 壁には凝った紋様の天幕がかけられている。

 茜が未だ知らぬその部屋の名は、謁見の間。

 そう、ホン・チョンスの使う謁見の間だ。

 そして、この広間の中央奥、一段高くなった位置に置かれた座椅子のような玉座で、
 尊大にふんぞり返る男こそが、ホン・チョンスであった。

 豪奢で悪趣味な装飾の服に身を包み、露出度の高い布だけを纏った年若い女性を何十人と侍らせるその様に、
 茜は憎しみ以上に激しい嫌悪感を抱いた。

茜「………貴様がホン・チョンスか……?」

 茜は身体にかかる負荷に耐えながら、吐き出すように尋ねる。

ホン「如何にも……我こそがホン王朝第四代皇帝、ホン・チョンスである」

 質問に応えたホンの名乗りに、茜は嫌悪感の中に呆れを浮かべた。

 彼ら……と言うか、ホン親子の主張は知っていたが、あまりに頓狂な内容で、思い出すだけで眩暈を禁じ得ない。

茜(高々数百人のテロリストの親玉が、皇帝気取りか……)

 茜は内心で大きな溜息を吐くが、身体にかけられた負荷で実際に溜息を漏らす余裕など無い。

ホン「貴様が偽王どもに仕えるオリジナルギガンティックのドライバーか。
   若いとは知っていたが……なるほど」

 ホンは立ち上がると、茜の元へと歩み寄りながら、舌なめずりするように呟いた。

茜「ッ!?」

 ホンの視線に、身体をピッチリと覆うインナースーツ越しに裸体を覗かれるような厭らしさが加わり、
 茜は思わず悲鳴じみた声を漏らしかけたもの、息を飲んでそれに耐える。

ホン「我がコレクションに加えるのもいい……。
   いや、どうせだ、俺の子を孕んでみるか?」

 それまで自身を“我”と呼んでいたホンの呼称が、唐突に“俺”に変わった。

 どうやら、本性と言うか、本音が出ているようだ。

 それも下卑た類の……。

 茜は全身を駆け抜けるゾワリとした嫌悪感で、身体を震わせた。

ホン「俺の妃になれば、贅沢な暮らしをさせてやろう。
   唯一皇帝の妻として何不自由の無い暮らしを約束するぞ」

茜「……ッ!」

 茜は息を飲み、押し黙る。

 返事を迷ったワケではない。

 著しい嫌悪感と身体の負荷で、口を開く事すらままならないだけだ。

 そして、周囲の女性達に視線を走らせると、数人が眉を顰めているのが分かった。

 どうやら、この中の女性達の何人かは望んでこの場にいるのでは無いようだ。

 当然だろう。

 贅沢な暮らしと引き換え程度で、人間の尊厳は捨てられない。

 ついでに言えば、こんな不快で下卑た男の元にいるだけで不自由の極みだ。

 差し引きゼロか、ともすればマイナスの条件で人間の尊厳を奪われたら、それは家畜以下に成り下がったような物である。

 それを受け入れている他の女性達は、諦めたか、壊れているかのどちらかだろう。

茜「……お断りだ……下郎!」

 茜はホンを睨め付けると、精一杯の声を吐き出した。

 さすがに人の尊厳は捨てられない。

ホン「ッ!? 女風情がぁっ!」

 ホンは途端に激昂すると、怒り狂った形相で茜の頬に向けて裏拳を飛ばす。

茜「っぐっ!?」

 怒り任せの渾身の一撃だったようだが、茜は弾き飛ばされずにその場で踏み留まった。

 さすがに多少よろけたが、負荷をかけられている程度で、
 まるで鍛えてもいない人間の裏拳に屈する程、ヤワな鍛え方はしていない。

 だが、それが余計にホンの気に障ったようだ。

ホン「俺が下手に出ていれば舐めやがってぇっ!」

茜「ッ!?」

 腹への膝蹴りを受け、さすがに女達も悲鳴を上げたが、これは見た目ほどダメージは無い。

 防護服になるインナースーツが完全にダメージを防いでくれていた。

 だが、さすがにバランスまでは取れず、その場に仰向けに倒れてしまう。

 すると今度は手錠によってかけられている負荷のお陰で立ち上がる事もままならない。

茜(しまった……!?)

 茜は悪化した状況に舌打ちするが、さすがにすぐ起き上がる事は出来なかった。

 それをホンは何を勘違いしたのか、茜が倒れて動かなくなったと思ったらしい。

ホン「この場で俺に逆らえばどうなるか、身体に教えてやる!」

 ホンは悪趣味な服の胸元をはだけさせると、その場で茜に覆い被さった。

茜「~~~ッ!」

 あまりの生理的嫌悪感に、茜は声ならぬ悲鳴を上げてしまう。

 それがホンの嗜虐心に火をつけたのか、彼は厭らしくニヤけたような笑みを浮かべた。

ホン「抵抗しても無駄だ。
   すぐに快楽で堕としてやる……!
   俺に逆らった事を泣きながら謝り、俺の物を求めさせてやるぞ!」

 ホンはそう言いながら、茜の身体に手を這わせる。

茜「や、ヤメロ! この破廉恥漢が!」

 茜は藻掻いてその場を脱しようとするが、手錠による負荷は凄まじく、
 頬に腫れすら作れないほどひ弱な男の拘束を振り解く事が出来ない。

 だが――

ホン「な、何だこの服は……引き裂けないぞ!?」

 ホンは驚いたような叫びを上げる。

 インナースーツを裾から引き裂こうとしているようだが、摘むどころか指を入れる事すら出来ないようだ。

茜(こ、コイツ……まさか、殆ど魔力が無いのか……?)

 その様を見ながら、茜は途端に冷静になってそんな推測を浮かべた。

 いや、間違いない。

 ドライバー用のインナースーツはあくまで衝撃吸収に優れた防護服であって、
 万が一にも怪我をしたら応急処置のために患部付近の布は魔力を込めた刃物で容易に切る事が出来る。

 生身でもそれなりの……Cランク程度の魔力があれば、身体強化で引き裂く事は出来る筈だ。

 魔力総量百足らずの魔力が、この男には備わっていないどころか、
 今の時代、子供でも出来る身体強化魔法を、この男は使えないのだ。

 ホンに素肌を触られている嫌悪感や不快感は和らぐ事はない。

 だがあまりの非力さを見ていると、途端に憐れに感じてしまう。

ホン「どうなっているんだ!? くそぉっ!」

 ホンは悔しそうに叫んで立ち上がった。

 その時だった。

??「陛下、お戯れが過ぎます」

 入口の方からそんな冷めた声が聞こえて、茜とホンはそちらに向き直った。

 するとそこには、白衣を纏った男がいた。

 年の頃は四十代ほどだろう。

ホン「ユエか?
   この女に俺の偉大さを思い知らせてやろうとしていた所だ! お前も手を貸せ!」

 闖入者の男――ユエ――に、ホンは苛立ったように命令する。

 だが、ユエは小さく首を横に振ると、その場に恭しく傅き、頭を垂れた。

ユエ「申し訳ありません陛下。その指示には従えません」

ホン「何故だ!? この俺の命令が聞けんと言うのか!?」

 淡々と命令を拒否したユエに、ホンはいきり立って叫ぶ。

ユエ「そうではありません」

 しかし、ユエは顔を上げ、努めて冷静に応えると、さらに続ける。

ホン「オリジナルギガンティックは魔力の波長に合う者にしか操れません。

   しかし、女性の適格者が別人の遺伝子情報を取り込むと、
   時に魔力波長が変わって資格を失う事が御座います。

   お世継ぎに資格者を望まれる陛下のご意向も尤もでありますが、
   陛下が世界を統べ太平の世となってからでも遅くは無いかと存じます」

 ユエの説明は、後半の彼の真意はともかく、前半は紛れもなく事実であった。

 現に茜の母・明日華も、兄・臣一郎を身ごもってからは魔力波長に変化が生じ、
 クレーストの適格者としての資質を失ったと聞いている。

ユエ「この者に精神操作を施せば、陛下の手足として動くドライバーが、
   ミッドナイト1に加えて二人となりましょう」

ホン「……そ、そうか」

 恭しく進言したユエの言葉に、ホンは引き下がる。

ユエ「では、この者、私にお預け下さい。
   少々時間はかかりますが、陛下の忠実な駒に仕立て上げてご覧に入れます」

 ユエはそう言うと、茜を支えて立ち上がらせようとする。

 負荷がかかっているのは茜自身であり、他人にはその影響は及ばない事もあって、
 ユエの補助で難なく茜は立ち上がる事が出来た。

 紳士的に振る舞っているが、この後で精神操作を行うと断言した男に、茜は警戒感を抱く。

ユエ「では、陛下。十分後に行う宣戦布告のため、
   放送機材を持ったヒューマノイドウィザードギアを寄越す準備もありますので、
   私はこの者と共に下がらせていただきます」

 ユエはそう言ってホンに深々と頭を垂れると、茜を連れてその場を辞した。

 身体に負荷をかけている手錠はコンテナの外に出るなりユエの手によって直々に外され、
 警備のために留まっていた男達もユエの指示で下げられると、茜はようやく楽になった開放感で深く溜息を漏らした。

茜「はぁぁ……」

 溜息は漏らしたものの、気は抜けない。

 このままでは精神操作を受ける事になる。

 要は魔法を用いた強力な催眠術の類だ。

 心を強く保ち、魔力も高ければ跳ね返す事も出来るが、抑制装置を付けられた今の自分では抗う事は難しい。

茜(私を連行して来た連中もいない……。逃げるなら、この倉庫から出た後か?)

 茜は周囲に視線を走らせながら、そんな事を考える。

 このユエと言う科学者らしき男が相手ならば、何とか一対一で制圧できる。

 だが、さすがに生身で倉庫四隅のギガンティックと渡り合うのは難しいので、タイミングは見計らうべきだ。

 あとは逃走経路だ。

 この男を人質にすれば、この抑制装置を外す事も可能な筈。

 あれだけ怒り狂っていたホンを落ち着かせ、進言までして見せたこの男の人質的価値は高いと見て間違いない。

 上手くすれば敵のギガンティックを奪い、ここから逃げ出す事も出来るだろう。

 だが――

ユエ「ああ、その抑制装置がある状態で私と一戦交えようなどとは思わない事だ。
   研究者とは言え、これでも若い頃はBランクそこそこのエージェントとしてならしたものだからね」

 男はどこか大仰な口ぶりでそう言うと、口元に不敵な笑みを浮かべると、さらに続ける。

ユエ「それに、この入り組んだ区画を人質を抱えたまま逃げ切れるとは思わない方が良い。
   万が一に君に負けても、私は君の抑制装置を外すつもりは無いし、
   無理強いしようにもたちまち警備用ドローンに囲まれてアウト、だ」

茜「……」

 ユエの言葉を聞きながら、茜は押し黙ってしまう。

 考えが浅かった、と言う後悔もあるが、
 こちらの思考を完全に読まれている不気味さが、茜に口を噤ませていた。

 確かに、数で圧されれば人質を奪還されてしまう可能性も高いだろう。

 しかし、多少のリスクを冒してでも逃げ出さなければならない。

茜(どうする……この男を一瞬で昏倒させれば行けるか?)

 茜は思案する。

 身体強化が間に合わないほど素早く当て身で昏倒させる手段なら、勝てる可能性も高い。

 だが、その程度の作戦は読まれているだろう。

 茜は男に連れられるまま階段を下りながら、必死に考えを巡らせる。

 そして、二人は倉庫の外に出た。

 直後――

ユエ「安心したまえ。
   君に精神操作を……いや危害を加えようなどとは微塵にも思っていないよ。

   全てはホンを欺く方便だ」

 倉庫の扉が閉じられると共に、ユエは茜の方を振り返ってそう言った。

茜「なっ!?」

 思わぬユエの言葉に、茜は目を見開いて驚きの声を上げてしまう。

ユエ「詳しい話は私の研究室でしよう。
   なぁに、客人に無礼を働くほど、私も不作法では無いよ。

   尤も、先程も言った通りソレは外すワケにはいかんがね」

 ユエはどこか芝居がかったような物言いで言って、
 茜の手首に嵌められた抑制装置を指差してから、踵を返した。

 どうやら言葉通り、研究室に案内するつもりらしい。

茜(……ここは着いて行くべきなのか……?)

 茜は逡巡する。

 この得体の知れない男に着いて行くべきか、否か。

 仮にこの場に留まれば、恐らくは警備用ドローンに引っ捕らえられ、最低でも牢獄行きは免れない。

 それに、ユエが嘘をついていないとも限らない。

 ノコノコと着いて行った所で、いきなり昏倒させられて精神操作、なんて展開は十分に想像できた。

 だが――

茜(元からある程度は覚悟していたんだ……。
  ここで逃げ出して投獄されれば確実に精神操作を受ける。
  それなら多少でも受けない可能性に賭けた方が多少でも建設的だ)

 茜はそう考えると、既に数歩先を行っているユエを追って歩き出す。

 すると、ユエは僅かばかり振り返り、視線だけを茜に向けると口を開く。

ユエ「そうおっかなビックリ着いて来なくてもいいさ。
   騙し討ちや欺瞞で精神操作、などと言う事はするつもりは毛頭無い。
   多少の不自由はあろうが、客人として丁重に扱おう」

 ユエはそれだけ言うと視線を戻し、先程よりも少し歩調を落として歩き始めた。

茜「………」

 また考えを読まれた事に不気味さを感じながらも、茜はユエの少し後ろに着いて歩き出す。

 そして、最奥の倉庫からものの数分だけ歩くと、
 最後に抜けた隔壁よりも手前にある部屋に辿り着いた。

 茜はユエに促されるままその部屋に入る。

 背後でシャッター式の扉が閉まる音に茜は慌てて振り向くが、
 ユエは何も気にした風もなく扉を閉じただけだった。

ユエ「適当な椅子に座りたまえ。
   必要なら隣にある寝室から一人がけのソファを持ち出して来ても構わない」

 ユエはそれだけ言うと、手近な椅子に座り、備え付けの端末に向き直って作業を始める。

ユエ「ふむ……これが蓄積された201の稼働データか。
   どちらのドライバーも素晴らしい数値を叩き出しているな……」

 端末のモニターの映し出された数値を眺めながら、ユエは感嘆混じりに呟いた。

 背を向けたその姿は隙だらけだ。

茜(このまま殴れば気絶させられるんじゃないだろうか……?)

 その姿に、茜は思わずそんな感想を抱いてしまう。

 しかし――

ユエ「ああ、別に攻撃してくれて構わないよ。全て無駄に終わるからね」

 やはりその思考を完全に読んでいたと言わんばかりのユエの言葉に、茜はゾクリとした悪寒を感じた。

茜「……さっきからコチラの考えはお見通しと言わんばかりだな」

ユエ「ああ……これでも自他共に認める天才で通らせて貰っているからね。

   亡くなった君の母方の祖父や、君のよく知る現技術主任ほどではないが、
   想定できる事態には大概の対策を立てている」

 訝しげな茜の言葉に、ユエはさも当然と言いたげに返し、さらに続ける。

ユエ「ここのセキュリティを構築したのも、手を加えたのも私だ。

   ……多芸が過ぎて器用貧乏などと言われた事もあるが、それだけは訂正したい。
   私は器用貧乏ではなく万能型だ、とね」

 モニターから目を離す事なく仰々しく芝居がかった口調で語るユエは、
 最後の部分を強調するよう、背中越しに人差し指で茜を指差した。

ユエ「ホンの部屋からは全てのエリアの監視カメラが観察できるが、
   私の部屋には、私がこのギアで大まかな指示を出した合成映像がリアルタイムで投影されている。

   そこの端にある小さなモニターに映っているのがソレだ」

 そして、突き出した人差し指を、片隅にある小さなモニターに向ける。

 そこには調整用カプセルへ無理矢理に押し込められ、抵抗し続ける茜の姿があった。

 おそらく、精神操作を行わんとしている映像だろう。

 本物と見紛うほどリアリティのある映像だが、事実を知っている側からすれば、合成映像なのは一目瞭然だ。

茜「自分の主人を騙しているのか?」

ユエ「主人か、面白い事を言ってくれるねぇ。
   君も実際に彼に会って感じただろう……アレは多少動かし辛いだけの操り人形だよ」

 茜が投げ掛ける質問の声音に僅かな険が混ざった事を感じながらも、ユエは芝居がかった口調を止めなかった。

 操り人形。

 その言葉に、茜は胸中で納得していた。

 ああ、あの不快感と嫌悪感を抱いた男に感じた憐れみは、ソレだったのか、と。

ユエ「尤も、基本的に私に必要な時だけ操ればいいので、普段は誰も手綱は握らないがね。
   なけなしの虚栄心を満足させるために普段は自由にさせている。

   彼が親の代から続けている圧政も女遊びも、全て彼の望み通りの事だし、
   私が属している集団の出している声明も、全て彼個人の意見だ」

 そして、続くユエの言葉に呆れと共に、ある疑問を抱く。

茜「……じゃあ、さっきのアレを止めたのは、お前の意志と取っていいのか?」

 茜は“どうせこの考えも読まれているのだろう”と、思い切ってその疑問を口にした。

 しかし、不意にユエの動きが止まる。

 時間にして一秒に満たない時間だっただろう。

 だが――

ユエ「……ノーコメントだ」

 その僅かな時間を置いてユエの口から出た言葉は、どこか機械的な響きを伴っていた。

 それまでの芝居がかった口調は、どこか他人を見下している様がありありと感じ取れた。

 だが、先ほどのユエの声には、ありとあらゆる感情が込められていない。

 それだけに、その短い言葉にはある種の本音のような物が込められていると、茜は直感していた。

 何らかの意図があって、彼はホンの暴走から自分を庇ってくれていたのだ。

 そして、恐らくは自分が今、ユエの研究室に匿われているのも彼の意図……真意が介在しているのだろう。

 しかし、その真意と、そこに至るであろう彼の根源を量りかね、茜は口を噤んだ。

茜「………」

 茜は無言のまま手近にあった椅子を引き寄せ、腰を降ろした。

 二人が無言になると、ユエの研究室は彼の操作している端末から小さな電子音と、
 キーボードを叩く静かな雑音だけが辺りを支配する。

 と、そんな沈黙が数分も続いた頃、不意に扉がノックされる音が響いた。

??「マスター、ただいま戻りました」

 聞こえて来たのは、くぐもった、幼い少女の声。

ユエ「ミッドナイト1か……入りたまえ」

 ユエは一息つくと、そう言って手元の端末を操作してシャッター式の扉を開く。

 すると、研究室に先ほどの少女が入って来た。

 どうやら怪我の治療と着替えを済ませて来たようで、頬や肘に治癒促進用のパッドを貼り付け、
 病衣のような前ボタンの白いワンピースを纏っている。

 ミッドナイト1……そう呼ばれた少女は研究室に入ると、ユエの前で深々と頭を垂れた。

ユエ「紹介しよう。
   私が作った魔導クローンの最高傑作、ミッドナイト1だ。

   ……ミッドナイト1、挨拶しろ」

 ユエは椅子から立ち上がると茜へと振り返り、そう言ってミッドナイト1に指示を下した。

ミッドナイト1(以下、M1)「魔導クローン製造ナンバー四拾号。
               コードネーム、ミッドナイト1です」

 ミッドナイト1はユエの指示通り、茜に向き直るとそう名乗って深々とお辞儀した。

 その仕草は、年相応の少女からはほど遠く、機械的にさえ見える。

茜「魔導クローン……」

 茜はその言葉を反芻しながら、つい数十分前のやり取りを思い出す。

 彼女に暴力を振るっていたドライバー達は彼女の事を人造人間と言っていたので、
 ある程度予想はしていたが、改めて聞かされるとショックは大きい。

ユエ「彼女に使用した遺伝子はそれまでの物と違って特殊でね。
   この技研で研究用に残されていた結・フィッツジェラルド・譲羽と奏・ユーリエフ、
   それにクリスティーナ・ユーリエフ、三人の遺伝子データを元に構築した特殊なDNAを使っている」

茜「ッ!? ………なるほど、エールが動作不良を起こしたのはそう言う事か……」

 ユエの言葉に、茜は驚いて目を見開くと、目だけは彼を睨み付けて思案げに呟く。

 命を玩ぶような生命創造に激しい嫌悪を抱きながらも、心のどこかで理に適っているとも感じていた。

 結、奏、クリス。

 古代魔法文明クローンの血を引く混血と、古代魔法文明の第二世代クローン、
 そして、古代魔法文明の第一世代クローン。

 全て結・フィッツジェラルド・譲羽の近親者のような遺伝子だ。

 エールだけでなく、クレーストにも高い適合性を見せるだろう。

 あの場でエールが奪われたのは、心を閉ざしていたエールが、
 彼女に結に近しい物を感じて呼び起こされた結果、と言う事だ。

ユエ「まあ最高傑作と言っても……結・フィッツジェラルド・譲羽の魔力に同調するのが精一杯で、
   理想型にはややほど遠かったのだがね。

   それでも失敗作の参拾九号に比べれば遥かにマシと言えるだろう」

M1「………申し訳ありません、マスター」

 やや残念そうに語るユエに、ミッドナイト1は申し訳なさそうな声音で呟いた。

 しかし、その表情は暗くなるでも明るくなるでもなく、一切無表情のままだ。

 それだけに、その頬に貼られた治癒促進用のパッドが、より痛々しい物に見える。

茜「……貴様、彼女が部下達からどんな仕打ちを受けているか知っているのか……?」

ユエ「仕打ち?
   ……ああ、傷の事か? 構わんよ。

   基本的に201に同調させ、データを取るための道具に過ぎないのだから、
   最悪、ココとココだけ無事なら手足が無くともデータは取れる」

 苛ついたような茜の質問に、ユエは怪訝そうに首を傾げた後、
 さも当然と言いたげに答え、ミッドナイト1の側頭部と胸を指差した。

 恐らく、脳と心臓を指差しているのだろう。

ユエ「そうだろう? ミッドナイト1」

M1「…………はい。私は201のデータ収集専用の生体端末です」

 同意を求めるようなユエの言葉に、ミッドナイト1は頷いて淡々と答えた。

茜「………ッ」

 その光景の痛々しさ、残酷さに、茜は悔しそうに歯噛みする。

 オリジナルギガンティックを動かせるだけの技量を持った少女と、
 自分の抵抗を無駄だと言い切った男。

 この二人を相手に、魔力を抑制されている今の自分が何も出来ない事は分かり切っていた。

 だが、最低限の抵抗を見せるために、茜は口を開く。

茜「……君は、ソイツに利用されているんだぞ? それでいいのか?」

M1「……言葉の意味が分かりません。私はマスターに作られた魔導クローンです」

 茜の質問に、ミッドナイト1は怪訝そうな声音で返した。

 それ以上でも、それ以下でも無い。

 彼女の声は言外にそう語っていた。

 生まれた時よりそれが当然で、それ以外の役目は存在しないし、
 それ以外の存在理由も必要としない。

 茜は直感的にその事実を悟り、悲しそうに項垂れる。

茜「………やはりお前らテロリストは狂っている……。
  お飾りのホンも、ホンを操っている貴様も……理解しがたい怪物だ!」

 数秒して顔を上げた茜は、憤怒と憎悪に満ちた目でユエを睨め付けた。

 しかし、ユエは気にした風もなく踵を返し、再び端末と向き合う。

ユエ「そう罵るならそれでも一向に構わないよ。私は自分の研究が成就する事だけが望みだ」

 ユエはそれだけ言うと、再び無言で作業を再開した。

 ミッドナイト1も奥にある調整槽へと入ると、その中で眠ってしまう。

 再び訪れた無言の空間で、電子音とキーボードを叩く音をBGMに、
 茜はずっとユエの背中だけを睨め付けていた。

―2―

 それからおおよそ三時間後。
 ギガンティック機関本部、ドライバー待機エリアにあるシミュレータールーム――


 そこでは、隣り合うシミュレーターで空と明日美が訓練を行っている最中だった。

 そして、空気が抜けるような音と共に保護用のキャノピーが開き、途端に空が飛び起きた。

空「ぅぉぇぇ……」

 飛び起きた空はすぐさま、近くに置いてあるバケツに駆け寄り、口から胃液を吐き出す。

 シミュレーターの安全装置を解除して、仮想空間での体感時間を五百倍に加速する機能は便利だった。

 だが、五百倍に加速されていた体感時間が一気に通常に戻る瞬間は、あまりにも強烈な負荷を強いた。

 引き延ばされていた感覚を、身体の中に無理矢理に押し込められてシェイクされている感覚、
 とでも言えばいいだろうか?

 一時間以上、実際の身体が動かせなかった事に対する窮屈さなど、それこそ毛ほどにも感じない強烈な眩暈だ。

 訓練を始めてから二度目の体験だが、やはり慣れない。

??????『大丈夫ですか、空?』

空「う、うん……大丈夫だよ、クライノート………ぉぇ……」

 心配そうに声を掛けて来た声に、空はフラフラになりながら応えた。

 口を開けば、それだけで嘔吐がこみ上げ、空は再びバケツに顔を突っ込んだ。

 そう、二度目の体験。

 空は既に訓練の第二段階を終えていた。

 彼女……クライノートのギア本体を預かったのは、今から一時間半前。

 一度目の訓練を終えて、まだフラフラになっている最中だった。

明日美「中々様になったわね……第二段階もこれで終了でいいでしょう」

 空が使っていた隣のシミュレーターで身体を起こした明日美が、軽く肩を解しながら呟く。

 空は振り返って明日美を見上げる。

 顔色は多少悪いように見えるが、自分のように嘔吐するような事は無い。

空(さすが司令………)

 空は再びバケツに顔を突っ込みながら、そんな事を思った。

 第一段階の終盤から、彼女との組み手じみた訓練も始まったが、
 空は合格こそ貰えど、未だに明日美から一本も取れていない。

 何せ、全盛期の明日美を再現した二十歳前の若い身体に、
 その後も研鑽を続けた六十四歳の経験が合わさっているのだ。

 正に、生ける英雄そのものである。

 まだ十五歳にもなっていない空に勝てる筈も無かった。

明日美「落ち着いたら医療部に顔を出して検診を受けて来なさい」

 明日美はそう言って立ち上がると、何事もなかったかのようにシュミレータールームを去った。

空「司令……凄いな……ぅぇ……」

 空は思わずそんな言葉を呟いてしまい、また嘔吐感に襲われる。

クライノート<数十年ぶりに彼女の戦いぶりを見ましたが。
       確かに、以前よりも強くなっているようですね>

 空の体調を慮ってか、クライノートは会話を思念通話に切り替えて呟く。

空<そっか……クライノートの最初のマスターは、司令のお師匠さんなんだよね……>

 一方、空は思念通話でもまだフラフラとする意識で、何とか返す。

 クライノートが治癒促進をかけてくれているお陰で、一回目に比べて急速に気分は良くなっているのだが、
 車酔いで卒倒しそうな中でジェットコースターとフリーフォールを連続で味わされたような感覚は、
 早々回復してはくれない。

 ともあれ、クライノートは修業時代の明日美の事をよく知っている、と言う事だ。

空<後で詳しく聞きたいかも……>

 空はそんな事を漏らす。

 それが今では無いのは――

クライノート<今はヴァッフェントレーガーの制御に集中、と言う事ですか>

 空の思惑を察したのか、クライノートは一人納得したように返した。

 空も思念通話で“うん”とだけ返す。

 折角使わせて貰える事になったクライノートも、
 肝心要のヴァッフェントレーガーを使いこなせなければ宝の持ち腐れだ。

 そんなやり取りをしている間に、何とか意識もハッキリして来た。

空「うん……そろそろ医療部に行こうか。
  念のために検査して貰った後、酔い止めも貰って来ないと」

 空はそう言って立ち上がると、まだフラフラとする足取りで医療部へと向かう。

 ついでと言うワケではないが、一時間前にはまだ目を覚ましていなかったレミィも、
 そろそろ目を覚ましているかもしれない。

 休憩の間に彼女の見舞いにも行くべきだろう。

 空は一時間の休憩の間に何をすべきか指折り数えながら、医療部へと向かった。

 同じ頃、明日美は休憩のために戻った執務室で、閉じたばかりの扉に寄りかかっていた。

 空の前では平然とした様子を見せていた明日美だが、酷い顔色で浅く短い呼吸を繰り返している。

明日美「っ、ごふっ……」

 そして、とうとう、咳き込んだ拍子に僅かに吐き出してしまう。

 だが、それは空のような嘔吐ではなく、ドロリとした赤黒い血だった。

 咄嗟に受け止めた掌に広がる血溜まりに目を落とし、明日美は呼吸を整える。

 ギアによる治癒促進でも間に合わないソレの要因の幾つかは、
 やはり安全装置を解除したシミュレーターによる反動だった。

?????<明日美、やはりこれ以上の使用は危険です。
      朝霧副隊長の訓練は別の者に引き継いで貰うか、最悪、明日華に代わってもらうべきです>

 思念通話で語りかけて来たのは、明日美が幼い頃から使っている彼女本来の愛器、WX182-ユニコルノだ。

 本来であるなら、GWF204Xとして登録されるべギアだったが、
 現在はギガンティックに改修される以前の第八世代魔導機人装甲ギアとなっている。

 誰に似たのか普段から無口な彼だが、主の危急とあっては見過ごせないのだろう。

明日美<久しぶりに声を聞いたわね……>

 努めて平静に、だが僅かに戯けた口調で言った明日美に、
 ユニコルノは怒ったように“茶化さないで下さい”と返し、さらに続ける。

ユニコルノ<朝霧副隊長の訓練を急ぐ理由も分かりますが、
      あなたがあの機能を使い続けるのはいくら何でも無理がある>

明日美「………」

 ユニコルノの言葉に、明日美は押し黙ってしまう。

 正論なので言い返す事が出来ない。

 体感時間を五百倍に加速させるどころか、仮想空間での肉体年齢までも操作する機能。

 そんな便利過ぎる機能が、たかだか眩暈程度のリスクで使える筈も無い。

 体感時間の圧縮はそれほど身体に負担を掛ける物では無い――
 それこそ、酷い眩暈程度だ――が、肉体年齢の操作が身体に強いる負担は著しい。

 二十代そこそこの人間が十代未満にまで若返るだけなら、
 本来の肉体の性能も相まってそこまで大きな負担にはならない。

 だが、六十代も半ばの当にピークを越えた肉体を、全盛期の二十歳前後にまで若返らせ、
 シミュレーター終了と同時に強制的に元の年齢までの老化を体験させられるのだ。

 その際に掛かる肉体への負荷は想像に難くない。

 肉体に掛かる負荷も、基本的にはプラシーボ……思い込みだ。

 しかし、高度に再現された感覚は、時に肉体の感覚を狂わせる。

 仮想空間での訓練の感覚すら本来の肉体へフィードバックさせる程のシミュレーターの、
 再現度の高さが招いた弊害だった。

 しかも、明日美はほんの三時間の間に、それを既に二度も行っていた。

 魔力を治癒促進にだけ集中し、明日美は動悸を整える。

明日美「あと少し……あとほんの二回で私が……
    いえ、あの子自身が望む段階にまであの子を連れて行ける……。
    それまで待って頂戴……」

 呼吸を整えた明日美は懇願するように言うと、流水変換した魔力で掌を拭い、魔力ごと血を消し飛ばした。

 正論には反論できない。

 だが、それでも明日美は押し通すつもりだった。

ユニコルノ<………>

 ユニコルノも正論だけで主の意志を変える事は難しいと悟ったのか、押し黙ってしまう。

 明日美は愛器の気遣いに感謝するように小さく頷くと、現状を確認するために執務机の端末を起動した。

 明日美がそんな事になっているとは露知らず、ようやく調子の戻って来た空は、
 先ほどよりは軽い足取りで医療部へと赴いていた。

 一時間前まではまだあった動揺もようやく収まって来たのか、医療部の区画は落ち着きを取り戻している。

 軽い検査と酔い止めを処方して貰った空が、帰りがけに仲間達が使っていた病室を覗き込むと、
 もう治療も検査も終えたレオンと遼が、待機室に戻る支度をしている最中だった。

空「お二人とも、もう身体はいいんですか?」

レオン「ん? ああ……元から大した怪我じゃなかったからな」

 心配した様子で問い掛けた空にレオンが応える。

 数ヶ所の打ち身と軽い脳震盪程度だったので、大事を取って休まされていただけだったらしく、
 その説明を聞かされた空も胸を撫で下ろす。

 だが、そんな空の様子に何か思う所があるのか、レオンも遼も顔を見合わせた。

 そして、レオンが意を決して口を開く。

レオン「その……悪かったな、フェイの事……」

 レオンはそう言って、遼と共に深々と頭を下げた。

 十分な援護を出来ず、フェイを失う事になった件についての責任を彼らも感じているのだろう。

空「あ、いえ……そんな事を言ったら、茜さんがあの場に残ったのは私が動けなかったせいですし、
  フェイさんの事だって、お二人やみんなの責任なんかじゃありません」

 空も慌てた様子で、二人に頭を上げて貰えるようフォローする。

 二度のシミュレーター訓練を挟んで、都合一ヶ月以上、体感の上では過ぎているが、
 フェイを失ってからまだ半日も過ぎていないのだ。

 お陰で十分な心の整理をつけた空とは違い、仲間達の心痛はまだ計り知れないだろう。

空「フェイさんが身を呈して守ってくれた命ですから……。
  茜さんを救うためにも頑張りましょう」

 そんな二人の心痛を思ってか、空は気遣うようにそう言った。

 茜は生きている。

 そんな確信があったのは、
 先の休憩時間の際に聞かされた件の電場ジャックの際の犯行声明の映像解析の結果だ。

 うっすらとだが茜色に輝いていたブラッドラインは、茜が生きている証拠だと言う。

 技術開発部の所見としても、ブラッドが活動限界まで損耗した状態で、
 茜が降ろされてから間もない程度の発光状態と言う結果だった。

 さらに解析の結果、映像は編集ではなくライブ映像だった可能性が高いと言う点から、
 おそらくは捕らわれて幽閉されていると言うのが解析班の見解だ。

 テロリスト側がオリジナルギガンティックを稼働状態で保持していると言う点は、
 政府側に対して大きなアドバンテージであり、茜の人質的価値が高い事も踏まえての予測に過ぎない。

 だが、茜が生きて捕らえられている可能性が高い以上、茜の事を諦める、と言う選択肢は無かった。

遼「強いですね、朝霧副隊長は」

 遼が驚いたような表情を浮かべて感慨深く呟く。

 とても六歳も年下の少女とは思えない。

空「そんな、強いだなんて……。単に色々とアドバイスをくれた司令のお陰です」

 空は恐縮気味に返し、恥ずかしそう顔を俯け頬を掻いた。

空「とにかく!
  体勢を立て直したら、一刻も早く茜さんや、エールとクレーストを救い出しましょう」

 空は気を取り直して顔を上げると、改めて決意を込めて言った。

レオン「ああ、そうだな。
    ……まあ、どこまで役に立てるか分からないが、そん時には全力でサポートさせて貰うぜ」

 レオンは努めていつも通り飄々と返したが、
 内心では空に任せきりにしてしまう事に対して、歯噛みするほどの悔しさがあっただろう。

遼「ご迷惑を掛ける事になると思いますが、頼みます」

 遼もレオンと同じ気持ちなのか、どこか神妙な様子で言って頭を下げる。

 空も気を引き締めて“はい”と頷くと、二人はまだ少し申し訳なさそうな表情を浮かべたまま去って行った。

 そして、まだ眠ったままのレミィと、空だけが病室に残される。

 空は一番奥のベッドで寝かされているレミィの寝顔を覗き込んだ。

 レミィは両腕に付けられたギアにより倍加治癒促進を受けている事もあって、もう呼吸も心拍も安定していた。

 このまましばらくすれば目を覚ますだろうが、ずっとそれを待っているワケにもいかない。

空(レミィちゃんもまだ起きてないし、クライノートの整備の手伝いに行こうかな……)

 空がそんな事を思い、踵を返そうとした時だった。

レミィ「………待ってくれ……空」

 僅かに朦朧とする声音で呼ばれ、振り返りかけていた空は慌ててレミィに向き直る。

 すると、先ほどまで眠っていたレミィが、ゆっくりと身体を起こそうとしている所だった。

空「レミィちゃん!? 良かった……目が覚めたんだね。
  すぐ笹森主任を呼んで来るね!」

 空は驚きながらもそう言って、さっきも医療部員詰め所にいた雄嗣を呼びに走ろうとする。

 だが、レミィは小さく頭を振って、それを制した。

空「レミィちゃん……どうかしたの?」

 何かありげなレミィの様子に、空は怪訝そうに首を傾げ、彼女を促す。

 レミィは僅かに俯き、何事かを逡巡した様子だったが、すぐに顔を上げて口を開いた。

レミィ「………もう一人、どうしても助けたい人がいるんだ……」

空「もう、一人?」

 どこか思い詰めたような表情で呟いたレミィの言に、空は驚きと戸惑いの入り交じった声音で返す。

 それと同時に、レミィが自分達の会話を聞いていた事を気付いた。

 詳しくは話していないが、フェイの事もレミィは察しているだろう。

 それだけに言い出し難さもあるのかもしれない。

レミィ「フェイの事は……何となく、遠くで話している声を聞いたから、分かってる……。
    私があの時、もっと早く駆け付けられたら……」

 レミィは悔しそうに声を吐き出し、シーツを握り締め、肩を震わせる。

 もしもあの時、オオカミ型ギガンティックを無視して援護に回っていれば、フェイの命を救えたかもしれない。

 過ぎてしまった事の可能性を語るのは無意味だが、それでもレミィの後悔は早々に拭える物では無かった。

 しかし、そんな後悔の中にあっても、レミィには助けたい者がいた。

レミィ「……だけど、見付けたんだ……!
    妹を……弐拾参号を見付けたんだ!」

空「妹さん!?」

 悔しさの中に僅かに歓喜を交えたレミィの言葉に、空は驚きの声を上げる。

 レミィの妹。

 話には聞かされていた。

 投薬などの過酷な実験や、不安定な異種混合クローンと言う生まれの不幸から、
 次々に死に別れる事となった二十五人の姉妹達。

 その一人。

空「レミィちゃんのお姉さんや妹さんって、みんな死んだハズじゃ……!?」

レミィ「私にもどうしてあの子が生きていたかなんて、本当の所は分からない……。
    けど、私とヴィクセンが戦った敵の中に、多分、魔力の動力源代わりに囚われてる……」

 愕然とする空に、レミィは悔しそうに語る。

 死に別れたとばかり思っていた妹が実は生きていて、
 自分が味わった孤独など生易しいほどの辛い境遇にいた事を、自分は知らず過ごしていた。

 その事が……その罪悪感が、レミィの胸を激しく締め付ける。

レミィ「……こんなのは我が儘だって分かってる……。けど、助けたいんだ……!」

 レミィは瞳の端に涙を浮かべながら、懇願するように漏らす。

 フェイの死、奪われたエールとクレースト、囚われの茜、結界装甲を持つテロリストのギガンティック。

 死に別れた妹との再会を喜んでいる場合でも無ければ、彼女を助け出す余裕も無い。

 だが、それでも助けたいのだ。

 オリジナルギガンティックのドライバーとしての責任感と、姉として妹を思う気持ち。

 その二つのせめぎ合いに、レミィは押し潰されそうになっていた。

 そんなレミィを慮ってか、空は僅かに腰を落とし、
 レミィと視線の高さを合わせ、彼女の目を真っ直ぐに覗き込む。

空「……レミィちゃん、水くさい事言わないでよ」

レミィ「空……?」

 優しく語りかける空に、レミィも呆然と返す。

 ようやく震えの止まったレミィに、空はさらに続けた。

空「みんな助けよう……勿論、レミィちゃんの妹さんも、絶対に!」

レミィ「………ッ、ありがとう……空」

 力強く、だが優しく語りかける空に、レミィは一瞬息を飲んで、
 目に溜めていた涙をボロボロと零しながら応える。

レミィ「ヴィクセン……お前も酷い目に合わせたな……。だけど、今度こそ……」

 レミィは涙を拭うと、手首に嵌められたヴィクセンのギア本体に向けて語りかけた。

 だが、その言葉も不意に途切れてしまう。

レミィ「ヴィクセン……?」

 レミィが茫然とした様子で語りかける。

 空は、ヴィクセンがレミィを慮る余り思念通話で苦言でも呈していたのかと思ったが、何やら様子がおかしい。

空「ど、どうしたの、レミィちゃん?」

レミィ「ヴィクセンが……ヴィクセンが返事をしない……」

 慌てて尋ねた空に、レミィは困惑気味に返事をする。

 おかしい。

 確かに、ヴィクセンは先の戦闘で大破し、変色ブラッドに侵食された部分を瑠璃華達の手によって、
 辛うじて無事だったエンジンから切り離されている最中だった。

 シミュレーターでの訓練中に明日美に聞かされたのだから間違いない。

 機体がどれだけ損傷していてもエンジンが無事ならば、ギアを通してヴィクセンと対話する事は可能なハズだ。

 と言う事は、エンジン本体に何かが起こったと見て間違いない。

レミィ「ヴィクセン……! ッ……!?」

 慌ててベッドから降りようとしたレミィは、まだ満足に動けない身体で急に動いたせいか、
 ベッドの縁から転げ落ちそうになってしまう。

空「レミィちゃん!?」

 空は慌ててレミィの身体を受け止め、支えるようにして立ち上がらせる。

レミィ「……すまない……」

空「気にしないで。今はとにかくハンガーに急ごう!」

 申し訳なさそうなレミィの身体を支え、二人は格納庫に向けて歩き出した。

 二人がハンガーに辿り着くと、集中的な作業の行われていたヴィクセンの周辺では、
 つい数時間前よりも緊迫した空気が満ちていた。

 全体が剥き出しになったエンジンを見る限り、
 既に周辺部位の解体作業は終わっているようだが、慌ただしさは先ほど以上だ。

 今はクレーンでエンジンを吊り上げ、作業台である大型フレームの上に移動させている最中だった。

瑠璃華『エンジンの懸架と固定急げ! 固定終了次第、ベントを全解放!』

 チェーロに乗ったままの瑠璃華も殆ど怒鳴るような声で指示を飛ばしている。

レミィ「何が……あったんだ……!?」

 心臓部だけになってしまった愛機を見下ろしながら、レミィは声を震わせる。

 格納庫までの道すがら、変色ブラッドの存在は空から聞かされていたが、
 この惨状を目の当たりにした衝撃は軽くは無かった。

空「下まで行こう、レミィちゃん!」

 空は愕然とするレミィを促し、格納庫の最下層まで降りて行く。

 そこでは慌てた様子の整備班達がかけずり回り、洗浄機と思しき装置をそこら中から持ち寄っていた。

雪菜「サイズはどんな物でもいいから早く準備して! B班は小型カッターやヤスリをかき集めて!」

 その作業の陣頭指揮を執っていたのは、アルコバレーノの修理作業の陣頭指揮を執っていたハズの雪菜だった。

空「雪菜さん、何があったんですか!?」

 レミィを肩で支えたままの空が、雪菜に駆け寄りながら声を掛ける。

 雪菜は驚いたように振り返った後、どこか苦しげな表情を浮かべ、申し訳なさそうに口を開く。

雪菜「………ごめんなさい、レミィちゃん。
   レミィちゃんが敵に受けた例の紫色のブラッドが、僅かにエンジン内部に残留していたようなの……」

レミィ「ッ!?」

 悔しさと申し訳なさを漂わせる雪菜の言葉に、レミィは驚きで目を見開く。

 エンジンはギガンティックの心臓部であり、AI本体が搭載されている。

 エンジンを侵食された事で、ヴィクセンのAIはギアとのリンクが完全に途切れてしまったのだ。

整備員A「ベント解放!」

 エンジンの固定が完了したのか、遠くから整備員の怒号じみた合図が聞こえた。

 すると、先ほどまで閉じられていたハートビートエンジンの各部にある
 ブラッドラインと接続されるパイプの弁が開かれ、エンジン内部に残留していた多量のエーテルブラッドが流れ出す。

 大量の鈍色のブラッドに混ざって、微かに濃紫色に染まったブラッドが溢れた。

 おそらく、ヴィクセンによる弁の閉鎖が間に合わず、内部に残留してしまったのだ。

 エンジン内部と言う事でより強いレミィの魔力の影響下にあった事で侵食が遅れ、
 それが発見を遅らせていたのだろう。

整備員A「ベント周辺の内壁、紫色に変色しています!」

瑠璃華『即時洗浄開始!
    洗浄終了後、炎熱変換した魔力を使って慎重に削り出せ! 急げ!』

 整備員の報告を聞いた瑠璃華が慌てて指示を出す。

 どうやら、かなり深刻な状態で間違いないようだ。

 一方、瑠璃華は最早チェーロで可能な作業が無いのか、
 近場に準備されていた07ハンガーに機体を固定すると、機体から降りた。

 そこへ空とレミィが歩み寄る。

レミィ「瑠璃華、ヴィクセンは!?」

 空に支えられて歩いていたレミィは、もどかしそうに空から離れると、
 転げそうになりながら瑠璃華に駆け寄った。

瑠璃華「レミィ……すまん。
    私の危機感の無さが招いた失敗だ……本当に、すまん……」

 問いかけられた瑠璃華は、項垂れて弱々しく返す。

 声は悔しさと哀しみで震え、今にも押し潰されてしまいそうな雰囲気が二人にも伝わって来る。

 瑠璃華の見立てでは、ヴィクセンのハートビートエンジンはもう手遅れだった。

 ブラッドラインと接続されるパイプ内部が侵食されていると言う事は、
 恐らくは内部も相当の侵食が進んでいる。

 侵食された部位を削らせてはいるが、エンジンを分解できない以上、内部の侵食は止めようが無い。

 今行っている作業も、単なる延命処置でしかないのだ。

 瑠璃華自身、こうなるかもしれない覚悟はしていたし、明日美にもその事を言っていた瑠璃華だったが、
 いざ手遅れだったとなると悔しさと苦しみが募る。

 瑠璃華の様子からレミィもその事を察したのか、その場に崩れ落ちるように膝を突いてしまう。

レミィ「そ、そんな……ヴィクセン……」

 声を震わせ、手首のギアとハートビートエンジンを交互に見遣る。

レミィ「私が……私があの時……もっとしっかりしていれば……!」

 レミィは自責の念で声を震わせた。

 奪われたエールと囚われの妹で迷った一瞬の隙が、あの敗北を招いたのだ。

 仲間を失い、今、相棒すら失おうとしている。

 そして、こんな状態では妹すら救えない。

レミィ「ッ、くそぉ……!」

 レミィは両手をつき、吐き出すように叫ぶ。

 声と共に涙が溢れ、床に小さな水たまりを点々と作って行く。

 と、その時である。

明日美「天童主任、破損したエンジンからヴィクセンのAIを引き上げる事は可能?」

 明日美の声が背後から響き、空が振り返ると、そこにはクララを伴った明日美がいた。

 どうやらクララから現状の説明を受けたようだ。

瑠璃華「……理論上、エンジンからギアのコアストーンにAIを移す事は可能だ。
    ……けど、単なる魔導機人装甲じゃレプリギガンティックにも劣るぞ」

 瑠璃華は消沈した様子で明日美の質問に返す。

 実際、明日美のユニコルノは第一世代ギガンティックのエンジンから、魔導機人装甲ギアにAIを移植している。

 仕様不明な点の多いハートビートエンジンだが、後付けのAIであるヴィクセンならシステム上は可能だ。

瑠璃華「だが、それにはあの状態のエンジンにレミィとリンクして貰う必要がある。

    けど、内部侵食がどの程度進んでいるかなんてスキャンだけじゃ分からない部分も多い。
    ハッキリ言って分が悪すぎる危険な賭けだ」

 瑠璃華はそう言って視線でハートビートエンジンを指し示した。

瑠璃華「確かにヴィクセンは仲間だし、
    私にとっては初めて作ったギガンティックだ……失うのは辛い」

 瑠璃華は項垂れながら呟き、苦しそうに声を震わせる。

 自分で設計、製造、整備に携わって来た特別な機体だ。

 フェイとアルバトロスが失われた今、ここでヴィクセンまで失うとなれば瑠璃華も断腸の思いだろう。

瑠璃華「だが、代わりのエンジンが無い現状、レミィにそんな危険な賭けをさせるワケにはいかない!」

 瑠璃華は声を震わせながらも、ハッキリと言い切った。

 仲間を天秤に掛けるようだが、これは当然の選択だ。

 侵食状態の機体と短時間リンクした後ですら、レミィは五時間以上の昏睡状態だったのだ。

 次にリンクして無事でいられる保障は無い。

 しかも、AIの移植にはそれなりの時間を要する。

 戦力ダウンしか選択肢の残されていない現状で、そんな危険な事を仲間にさせるのは瑠璃華にも憚られた。

 だが――

明日美「エンジンなら……ハートビートエンジンなら、あるわ」

瑠璃華「なっ!?」

 明日美の発した言葉に、瑠璃華は愕然と叫び、空達も驚きで目を見開く。

明日美「緊急時の予備として秘匿していたエンジンの使用許可が、先ほど政府から下りました」

 明日美はそう言って、自分の端末の画面を瑠璃華に見せた。

 そこには“ハートビートエンジン5号使用許可”と、確かに明記されていた。

 ハートビートエンジン5号……即ち、GWF204X-ユニコルノに使われるハズだったエンジンだ。

明日美「ヴィクセンに使われていた試作一号エンジンのテスターは私……。
    私専用に作られた5号エンジンも、私の魔力と同調できたレミィなら十二分に使えるでしょう」

 明日美は淡々と言ってから、ようやく顔を上げたレミィに向き直った。

 レミィは涙も拭わずに顔を上げ、明日美の顔を覗き込む。

明日美「レミット……もしもあなたにその覚悟があるなら、ヴィクセンのAI移植作業を開始します」

レミィ「司令………」

 ともすれば突き放すように覚悟を問う明日美の言葉に、レミィは逡巡する。

 だが、すぐに涙を拭って立ち上がった。

レミィ「瑠璃華、頼む! ヴィクセンを助けたい!」

 そして、瑠璃華に向き直り、懇願するように言った。

 ヴィクセンはあの時、弐拾参号を救おうとした自分の背中を押してくれた。

 彼女がああなった責任は自分にもある。

 だからこそ、相棒を助けたいと。

瑠璃華「レミィ…………分かった。

    クララ、誰かに医療部まで行って笹森主任に来て貰うよう伝えて来い。
    それと廃棄前のタンクと新しいブラッドを出来るだけ多めに準備しろ」

 瑠璃華は戸惑いながらも頷くと、明日美の背後にいるクララに指示を出した。

クララ「りょ、了解です、主任!」

 指示を出されたクララは慌てた様子で駆け出す。

瑠璃華「よし……っ!」

 クララを見送った瑠璃華は気合を入れるように頷くと、端末を取り出した。

 やると決めた以上、最早一分一秒が惜しい。

 侵食がエンジンのコアにまで到達したら、AIを移植するどころの話ではなくなってしまうからだ。

瑠璃華「雪菜、ヴィクセンのエンジンに予備のコントロールスフィアを接続する!
    壊れた接続部ごと交換だから準備急げ!」

 端末を通して雪菜に指示を出すと、瑠璃華は再びレミィに向き直る。

瑠璃華「レミィ、作業開始までまだ少し時間がある。
    近くのベンチで横になって少しでも体力を回復させておけ」

レミィ「……分かった。頼んだぞ、瑠璃華」

 レミィは瑠璃華の指示に頷くと、空に支えられてその場を辞した。

 瑠璃華は二人の後ろ姿を見送ると、明日美に向き直る。

 そして、僅かな戸惑いを見せた後、口を開く。

瑠璃華「ばーちゃん……何で今まで、隠してたんだ?」

明日美「……有ると分かったら、それを利用しようとする人間が多いのよ……。
    設計が私専用とは言え、使用者登録がされていない現状なら誰でも同調できるわ」

 瑠璃華の質問に、明日美は肩を竦めて応えた。

 確かに、使用者が限定される現在でさえ、軍部は自分達に縁の深い家柄のクァンや風華を引き込もうとしている。

 そこには軍部の影響力を拡大しようとする意志が見え隠れしていた。

 ロイヤルガードに二機のオリジナルギガンティックがあったのは、クルセイダーが皇居前から動かせない現状と、
 ロイヤルガードに縁の深い茜と同調したクレーストを、緊急時の予備戦力として温存する必要があったからだ。

 その件で軍部からのやっかみがあるのはやむを得ない物があった。

 オリジナルギガンティックの件に関して、それを持ち得ない軍部にやや盲目的な部分が多いのは致し方ない。

 何せ、イマジンから民間人を救う最前線に真っ先に立つのは軍部なのだから。

 それによってエンジンを過度に運用される事と軍部の増長を避けるため、
 また、最大戦力としてギガンティック機関に危急が訪れる時を予期し、
 政府は使用者無しの状態のエンジンを秘匿したのだ。

明日美「もう一つ……6号エンジンは研究用として旧技研に地下区画に秘匿されていたのだけれど……、
    アレが出て来た所を見ると、どうやら見付かってしまっていたようね」

 明日美は項垂れ気味にそう言うと、小さく溜息を漏らした。

 アレ、とはテロリストの使うギガンティック、ダインスレフの事だ。

 あの機体に結界装甲が使われている以上、解析のために6号エンジンが使われたのは間違いない。

 でなければ、一からハートビートエンジンを作り上げた事になってしまう。

明日美「……今は推測も後悔も愚痴も漏らしている場合ではないわね」

 明日美は短い溜息の後、そう言って頭を振る。

瑠璃華「……難しい大人の事情ってヤツか。
    正直、未登録エンジンがあるなら現物を見て研究したかったぞ……」

 瑠璃華は、そんな明日美に向けて愚痴っぽく言うと、
 格納庫の片隅に置かれた縦横高さ十メートルの巨大コンテナを見遣った。

 それは、明日美に格納庫まで持って来るように言われていた第五一六コンテナだ。

 書類上の中身はオリジナルギガンティックのジャンクパーツとなっているが、
 エンジンの件で覚悟を決めろと言った後に準備させたのだから、あの中に5号エンジンがあるのだろう。

 耐圧パイプとブラッド貯蔵用タンクの一つがパワーローダーによって運び込まれ、
 エンジンへの接続作業の準備が始まっている。

 あとはコントロールスフィアの準備が出来れば、いつでもヴィクセンのAI移植が可能だ。

瑠璃華「まあ、そんな悠長な事も言っていられないな。
    後でもっと詳しい話を聞かせて貰うぞ、ばーちゃん」

 瑠璃華はそう言うと、明日美の返事も聞かずに駆け出した。

 明日美はそんな瑠璃華の後ろ姿を見送りながら、また小さな溜息を漏らす。

ユニコルノ<明日美。
      朝霧副隊長の訓練にまだ付き合うなら、そろそろ戻って休まないと身体に障りますよ……>

明日美<今日は珍しくお喋りね……>

 不意に思念通話でユニコルノから声をかけられた明日美は、口元に微かな笑みを浮かべて応えた。

 だが、すぐに目を伏せ、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

明日美<結局、あなたをエンジンに載せてあげる事が出来なかったわね……>

ユニコルノ<お気になさらず……>

 申し訳なさそうに漏らした明日美に、ユニコルノはどこか達観した様子で淡々と返す。

 明日美は愛器の返事に一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべた後、だがすぐに気を取り直し、執務室に足を向けた。

―3―

 それから三十分後。
 シミュレーター、仮想空間内――


 いつも通り、体感時間を五百倍に加速された空間で、空はコントロールスフィアの中にいた。

 使い慣れたエールではなく、今回は新たな乗機となったクライノートだ。

空(うん……少し重いけど、エールほどじゃない……)

 空は手足を動かしながら、操作感覚を確認する。

 エールの鈍重さは手足に枷を嵌められたような感覚だったが、
 クライノートの重さは純粋な機体の重さだ。

 使われているフレームはエールタイプとカーネル、プレリータイプの中間……
 全高は大体三一メートルくらいだろうか?

 手足は太めで、それが重量感を増している原因らしい。

 エールより二メートル近く低いが、その代わり重心も低くなって安定性も高まっており、
 どっしりと構えれば並大抵の攻撃ではビクともしないだろう。

明日美『乗り心地はどうかしら?』

 操作感覚を確認している空の元に、通信機越しの明日美の声が聞こえた。

 通算三度目となる訓練も、明日美はやはり若返っている。

 だが、今回はそれだけでは無い。

 クライノートを駆る空から二百メートルほど離れた位置に、
 白と青紫を基調とした躯体に藤色の輝きを宿したオリジナルギガンティックの姿があった。

 それは二十七年前、イマジン襲撃の際にエンジン破損によって失われたオリジナルギガンティック、
 GWF200X-ヴェステージだ。

 本体は現在、外観だけが復元され山路重工に保管されており、
 空の目の前にいるのはデータだけで復元されたコピーに過ぎない。

 しかし、データだけのコピーに過ぎないと言っても、それだけにメンテナンス状態は最高値をキープしている。

 要は訓練時代に使っていた“動かし易いエール”と同じ条件だ。

 そして、そのヴェステージを駆るのは勿論、若返った明日美である。

空「はい、少し重たい感じがしますが、凄く安定していて安心します」

 そんな明日美に、空は感じたままの素直な感想を返した。

明日美『よろしい……。

    では、ヴァッフェントレーガーを使う前に、先ずは軽い復習と行きましょう。
    第二段階の最終段階で行った訓練を、今度はギガンティックの状態でやってみましょう』

 明日美は満足そうな声音でそう言うと、愛機の周辺に無数の閃光変換した魔力弾を浮かべた。

 通常の魔力弾よりも鈍く輝くソレは、訓練で使う標的だ。

 数は五十を超える。

 明日美が標的を浮かべた事を確認した空は、自身も訓練の準備に入る。

空(先ず……リングを七つ……)

 空は脳裏にイメージのリングを浮かべた。

 自身の周囲を旋回する、それぞれが干渉しない軌道のリングを七つ。

空(一……二……三……四……五……)

 そして、そのリングに引っかけるように、次々と魔力弾を浮かべて行く。

 すると空……クライノートの周辺に三十を超す魔力弾が一斉に浮かんだ。

 これが特訓の第一段階で空が修得した、多量の魔力弾を自身の周囲にキープする方法だった。

 ギアの補助無しでも一つの円に最大五つの魔力弾を設置する事が可能で、
 それぞれの円毎に浮かべた順に数字をイメージしている。

 こうすれば、脳内のイメージでは“身体の周辺に浮かぶ、数字の引っかけられたリング”となって、
 イメージの単純化……即ちイメージし易くなったのだ。

 浮かべたリングが七つなのは、
 空自身が思考のコンフリクトを無しに個別発生させられる魔力弾の限界数である。

 空のイメージでは魔力弾をコブのように付けたリングが七つ、
 自分を中心軸として浮かんでいる事になるのだが、実際には存在していない。

 そして、この方法が明日美が魔力弾を浮かべた方法に近い物だった。

 因みに、明日美は自身の周囲にジェットコースターのレールのような物をイメージし、
 そこに大量の魔力弾を走らせるイメージだ。

 どちらも多量の魔力弾を自身の周囲にキープするために突き詰めた、個人毎の最適解である。

空「準備出来ました、司令!」

明日美『ええ……では、始めるわよ!』

 明日美は空に応えると、すっ、と手を上げて合図を出した。

 直後、明日美の浮かべた魔力弾の幾つかが眩く発光を始める。

 発光パターンの代わった魔力弾が、狙うべき標的だ。

空「行けぇっ!」

 空は片手を突き出す動作をトリガー代わりにして、標的となる魔力弾と同数の魔力弾を発射した。

明日美『行きなさいっ!』

 対して、明日美もその魔力弾を迎撃する魔力弾を発射する。

 残った魔力弾も、標的となる魔力弾を守る軌道を描く。

空「援護と防御……この割合で!」

 空は両腕を左右に振り払うようにして、残った魔力弾の半数を高速で射出し、
 さらに残りの魔力弾を高速旋回させて防壁代わりにする。

 空の放った高速魔力弾は、明日美の迎撃と防衛の魔力弾の内、
 先に放たれた魔力弾を妨害する物だけを相殺した。

 さらに、その内の撃ち漏らしの魔力弾も、空の周囲を旋回する魔力弾と相殺されて消える。

 そして、無事、迎撃と防衛の魔力弾をくぐり抜けた魔力弾が、標的を撃ち抜いた。

明日美『よし……ギガンティック搭乗時でも問題なくコントロール出来るようね』

 明日美は自身の元に一つの魔力弾も残っていない事を確認しながら、満足げに呟く。

 対する空の元には、まだ数個の魔力弾が円軌道を描いて浮かんでいた。

 おそらく、最初から防壁代わりにする魔力弾は魔力を多く使って作っていたのだろう。

 明日美の魔力弾全てを相殺しながらも、幾つかは残す事が出来たのだ。

 多数の魔力弾のコントロールに加えて、さらに魔力弾毎の魔力の微調整までこなすとは、
 明日美から見ても空の上達振りは中々の物だった。

 射出後の魔力弾のコントロールは、頭にしっかりと軌道をイメージ出来ているかが重要だ。

 その点は既に十分な訓練を積んでいた空だが、今回の訓練を経てその技量もさらに研ぎ澄まされた事だろう。

空「………」

 だが、対する空はどことなく浮かない様子だ。

明日美『空? ………朝霧副隊長!』

 反応の薄い空に、明日美は少し語調を強めて呼ぶ。

空「は、はいっ!?」

 普段の明日美とは違った声の強さに、空は思わず姿勢を正し、慌てた様子で返事をする。

 そして、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべ、顔を俯けた。

 機体越しとは言え、空の様子を察したのか、明日美は小さく溜息を漏らす。

明日美『レミィとヴィクセンの事が心配なのは分かるけれど、訓練に身が入っていないようでは駄目よ』

空「はい……すいませんでした、司令」

 溜息がちな明日美の言葉に、空は申し訳なさそうに返した。

 この訓練開始と時を同じくして、ヴィクセンのAIを引き上げる作業が開始される予定だ。

 作業にかかる時間は、大体十分程度を想定しているらしい。

 この五百倍に加速された空間では、結果が出るのはおおよそ三日と半日が過ぎた頃である。

 結果が出てから始めれば良かったのかもしれないが、今は一分一秒の時間が惜しい。

 それに加えて、どれだけ短い時間のシミュレーションでも解除後の眩暈や負荷は変わらないとなれば、
 始めて数分で解除、と言うワケにもいかないのだ。

 特に、明日美の身体にかかる負担は無視できないレベルである。

明日美『仲間の安否が普段以上に気がかりなのは仕方ないでしょう……。

    体感で一ヶ月以上経過していると言っても、
    フェイを失ってからまだ半日も経っていないのだし……』

 明日美は悲しげな声音でそう呟くと、短い溜息を一つ吐いて気持ちを切り替え、さらに続けた。

明日美『でも、だからこそ今は訓練に集中しなさい。
    今の自分が仲間のために出来る事を間違えないように』

空「………」

 明日美の言葉に、空は次第に身の引き締まる思いで聞き入っていた。

 確かに、明日美の言う通りだ。

 門外漢の自分が、などと自虐的な事を言うつもりは無い。

 だが、そんな自分が出来る事は、レミィとヴィクセンが戦列に復帰する事を……
 レミィと瑠璃華を信じて、明日美と共に訓練を続ける事だ。

 空は両手で頬を強く叩き、大きく息を吐き出す。

 乾いた音と吐き出す呼吸と共に、気が引き締まる。

空「……はいっ!」

 気を引き締め直した空は、力強い声で応えた。

 仲間を案じる気持ちは変わらないが、つい数分前よりはずっと訓練に集中できている。

明日美『……今度こそ、準備はいいようね。
    なら、早速ヴァッフェントレーガーの訓練に入りましょうか』

 明日美も空の心持ちの変化を感じたのか、少しだけ優しい声音で言った。

空「はい、お願いします、司令!」

 空は大きく頷くと、後方に下げてあったヴァッフェントレーガーに視線を向ける。

空(レミィちゃん、瑠璃華ちゃん、それにヴィクセンも……みんな、頑張って。
  私も、絶対にヴァッフェントレーガーを使いこなせるようになるから!)

 空は祈るような気持ちで仲間達の事を思い、
 そして、強い意志で決意を新たにすると、ギアを嵌めた右腕を掲げた。

空「行くよ……ヴァッフェントレーガーッ!」

 そして、新たな乗機のOSSの名を高らかに叫んだ。

 同じ頃、ギガンティック機関、格納庫――

 11ハンガー前では、ヴィクセンのAI回収作業の準備も最終段階へと移り、
 エンジン内部に入り込んで作業していた整備員達も退避済みだ。

 レミィもコントロールスフィアの内壁に寄りかかり、作業開始の瞬間を待っていた。

雄嗣『ヴォルピ君、聞こえるかい?』

レミィ「……はい、よく聞こえます、笹森チーフ」

 不意に通信機越しに響いた雄嗣の声に、レミィは静かに応える。

 雄嗣はレミィの返事に“うむ”と頷くような息遣いの後、説明を始めた。

雄嗣『起動していたエンジンから全てのパーツが取り外された関係上、
   魔力リンクを行った瞬間に全身に激痛が走るだろうが、
   リンク開始と同時に不要なリンクは全て切断する』

レミィ「はい」

 雄嗣の説明に頷き、レミィは少し前に瑠璃華から聞かされた事を思い出す。

 ヴィクセンは変色ブラッドによる侵食を受けた時点の状態でシステムがフリーズしている可能性が高く、
 それはつまり、エンジンだけとなった現在でもシステムは
 オオカミ型ギガンティックに敗北した時点の状態で停止しているとの事らしい。

 要は四肢をもがれ、頭部を半砕された状態のまま、と言う事だ。

 そして、魔力リンクを開始し、システムを再起動した瞬間に、
 ヴィクセンはエンジン以外の全てを吹き飛ばされたようなダメージを誤認してしまうのである。

 これはリンクして直接アクセスせねば本当の所は分からないのだが、
 万が一にもそうであった場合、最初から魔力リンクを切断した状態でアクセスするのは、
 情報の齟齬を是正できるだけの処理能力の余裕がヴィクセン側に残されていなかった場合、
 再度システムがフリーズしてしまう危険性を孕んでいるからだ。

 そうなれば、エンジンを動かすために注入したブラッドにより変色ブラッドの侵食は劇的に早まり、
 再度の作業は不可能となってしまうだろう。

 ソレを避けるため、瑠璃華の説明を受けたレミィが自ら進言した方法でもあった。

雄嗣『多少のタイムラグはあるかもしれないが痛みは一瞬で抑えてみせる。

   問題は、その一瞬のダメージからどれだけ早く復帰できるかが、
   天童主任曰く、作業を成功に導く最大のポイント……だそうだ』

瑠璃華『その通りだぞ』

 雄嗣の説明に相槌を打って、瑠璃華が説明を引き継ぐ。

瑠璃華『レミィ、お前はヴィクセンとリンク開始後、
    すぐにヴィクセンのAI本体のデータだけを、
    お前の持っているギア本体に引き上げる作業を始めて貰う。

    こちらでも作業をサポートさせて貰うが、お前の感覚だけが頼りだぞ』

レミィ「ああ。ヴィクセンを掴んで引き上げる感覚、だったな」

 先ほども説明して貰った事を再度説明してくれた瑠璃華に、レミィは頷きながらそう返した。

 第一世代ギガンティックのコアを流用したハートビートエンジンのコアは、
 ギアのコアストーンと基本的な原理は近い。

 魔力的に構築された人口知能は、意志を持った魔力と置き換える事も出来る。

 AIの引き上げとはつまり、その意志を持った魔力だけをエンジンのコアから引き上げ、
 ギアに移し替える作業の事なのだ。

 ヴィクセンの場合、その生みの親はレミィ自身。

 これ以上、引き上げに適した人材もいないだろう。

瑠璃華『よし……最終準備が整ったみたいだ。すぐに始めるがいいな?』

レミィ「……ああ、始めてくれ」

 瑠璃華の問いかけに頷くと、レミィは背を預けていた内壁から離れ、
 コントロールスフィアの中央に立った。

 コントロールスフィアの内壁に周囲の状況が映し出され、
 外部のディスプレイがカウントダウンを始めている。

 残り四秒で作業開始だ。

レミィ(ヴィクセン……)

 レミィは心中で、相棒の名を呼ぶ。

 自分の我が儘に付き合わせ、自分の油断から傷付く事となった相棒。

レミィ(すぐに、助けてやるからな!)

 決意も新たに、来るであろう痛みの衝撃に身構える。

整備員A『ベント解放! エーテルブラッド、強制注入開始!』

整備員B『コントロールスフィア各システム良好、魔力リンク、強制再接続します!』

 整備員を含む技術開発部のスタッフが次々に作業を進め、遂にその時が来た。

雄嗣『システム、リンク確認!』

 恐らく雄嗣と思われる男性の声と共に、レミィの全身を痛みが駆け抜けた。

レミィ「ッァァァァ!?」

 目を見開き、口を悲鳴の形に広げて、声ならぬ声を吐き出す。

 心臓だ。

 心臓だけを抜き取られ、それだけになってしまったような、
 はたまた心臓以外の全身を粉々に粉砕されたような激痛。

 そんな、先に説明されていた通りの激痛が全身を駈け巡る。

 覚悟はしていたつもりだった。

 だが、現実に受ける激痛は、覚悟程度で乗り切れるほど生易しくは無かった。

 正常な思考がままならない。

 リンク開始から何秒が過ぎた?

 いや、何十秒? 何分? 何時間?

 瞬きさえも許されないほどの苦痛が、僅かな時を遥か長時間にまで拡張して行く。

 そして――

雄嗣『各部身体リンク切断完了!』

レミィ「っ……がはっ!?」

 ようやく全身の痛みが引き、レミィはその場で膝を突く。

 カウンターは作業開始から二秒と経過していない。

 本当に一瞬の事だったようだが、それでも全身に残る痛みの感覚の残滓は凄まじい。

 だが、休んでもいられない。

 全身から引き剥がされた痛みに喘ぐ間も無く、レミィは意識をギアに集中する。

 ギアからエンジン、そのAIへ、意識を潜らせた。

レミィ「っぐ!?」

 直後、胸の痛みに気付く。

 やはり、この痛みも心臓に由来するものだ。

 おそらく、変色ブラッドによって蝕まれたハートビートエンジンの痛みとリンクしているのだろう。

 その痛みが、心臓全体へとジワジワと広がって行くような感触がある。

 本来ならばこのリンクも切断すべきなのだが、
 エンジン本体とのリンクを切断すればヴィクセンを助け出す事は出来ない。

瑠璃華『侵食率が想定値よりも高い!? レミィ、急げ!』

 瑠璃華が悲鳴じみた声を上げた。

 レミィは視線だけを動かし、ハートビートエンジンに接続されたパイプを見遣る。

 半透明の耐圧パイプを流れる若草色に輝くエーテルブラッドに、
 濃紫色の暗い輝きが混ざり始めているのが見えた。

 ヴィクセンの防衛能力が満足に機能していないため、
 エーテルブラッドを媒介に恐ろしいほどの速度で侵食が進んでいるようだ。

レミィ<ヴィクセンッ!>

 レミィは思念通話で愛機に呼び掛ける。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ>

 すると、即座に思念通話が返って来た。

 途切れ途切れの音をつなぎ合わせたような、酷いノイズ混じりの声だ。

 そのノイズのような声を聞いた瞬間、
 レミィはドロリとした粘液で満たされた暗い海の中に放り出された感覚に襲われた。

 どうやら、ヴィクセンのAIと自分の意識が普段以上に密接に繋がり、
 変色ブラッドに侵食されたエンジンの影響を受けているのだろう。

 おかしな話かもしれないが、
 これがハートビートエンジン試作一号機……ヴィクセンの深層意識なのだ。

レミィ<悪かった……ヴィクセン。
    私の我が儘に付き合わせたばかりか、あの時、油断したせいで……お前を……!>

 レミィは呼び掛けを続けながら、意識の奥底へと潜るように進む。

 粘液の抵抗か、それとも深層意識に潜って行く故の心象なのか、
 身に纏っているインナースーツが少しずつ溶けて無くなって行く。

 すぐに全てのインナースーツは溶けてなくなり、
 全裸になってしまったレミィだが、不思議と羞恥は感じない。

 それどころではないと言う話ではあったが、
 それ以上に肌を晒すごとにヴィクセンと一体になって行くように感じられたのだ。

 レミィは生まれたままの姿になって、深層意識の奥底に向けて必死に手を伸ばす。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び、深層意識の海の奥底から、ヴィクセンの声が響く。

 ノイズ混じりの中でも、その声がどこか怒っているようにレミィは感じた。

レミィ<ごめん……ヴィクセン……! でも……>

 レミィは泣きそうな声で漏らし、思わず引っ込めかけた手を、再び必死に伸ばす。

 すると――

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び、ヴィクセンの声が聞こえた。

 今度は怒りの中に、僅かな慈しみさえ感じられる。

 変色ブラッドの侵食から自らのコアを守るため、
 “レ・ミ・ィ”と主の名だけを紡ぐので精一杯のヴィクセン。

 だが、その僅か三文字の音に乗せられた思いは、
 意識の奥底に近付くにつれてハッキリを感じられるようになって行く。

 僅かな怒り、深い慈しみ、強く熱い友愛の情。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び聞こえた声は、怒りと言うよりも小さな子供を叱りつける年上の家族のような、
 そんな暖かな物に満ちていた。

レミィ<ああ……そう、だった……な>

 レミィはしゃくり上げるように、ヴィクセンのその思いに応える。

 そして遂に、レミィはヴィクセンの深層意識の奥底へと辿り着く。

 深層意識の奥底は草原のような光景が広がっていた。

 ドロリとした粘液の海底に広がる草原。

 おそらくはこの草原こそがヴィクセンの深層意識の本体なのだろう。

 粘液の海底は変色ブラッドの影響だと言う直感にも似た推測は当たっていたのだ。

 レミィは伸ばしていた手を引っ込め、
 両の足で“草原”に足をつくと、その足もとに柔らかな若草色の輝きが灯った。

 その輝きの中で横たわる、金色の毛並みの子ギツネの姿。

 これがヴィクセンの深層意識の核……ヴィクセンのAIの心象体。

 つまり、意識を持った魔力そのものだ。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 子ギツネの姿をしたヴィクセンは弱々しく顔をもたげ、また声を漏らす。

 それはどこか申し訳なさそうな響きを伴っていた。

 だが、それに対してレミィは小さく頭を振って、彼女を抱き上げる。

 たった三つの音でも、彼女が何を言わんとしているか、レミィには理解できた。

レミィ<バカだな……お前が言ったんだろう……あの時だって、今だって……>

 レミィは涙混じりの声でそう言って、抱き上げたヴィクセンに頬を寄せ、精一杯微笑んだ。


――あんまり遠慮するんじゃないわよ!――


 そう、力強く語りかけてくれた相棒の言葉を、レミィは思い出す。

 ヴィクセンを抱き上げたレミィの身体は、一気に海面へと向けて上昇を始めた。

 どれだけの時間が経ったのか、それとも僅か一瞬の出来事だったのか、
 海面の膜を突き破るような感触と共に、レミィの意識は現実へと引き戻される。

レミィ「ッ、ぷはっ!? ……はぁぁ……ふぅぅ……」

 どうやら深層意識に潜っている間は無意識の内に呼吸を止めていたらしく、
 レミィは大きく息を吐き出し、また吸い込む。

 新鮮な酸素を取り込み肺に満たすと、急速に身体が落ち着いて行く。

 胸の痛みも消えており、ハートビートエンジンとのリンクが切れた事が分かった。

 ヴィクセンのAI本体をギアに移動させた事でリンクも切れ、
 エンジンがただのマギアリヒトの塊になってしまった証拠だ。

 外部のディスプレイを見遣ると、作業開始から一分と経過していない。

 どうやら、深層意識の体感時間は現実のソレとは著しく異なるようだ。

レミィ「ふぅ……」

 レミィは深いため息と共に自らの身体を見下ろすと、全身余すところなく濡れていた。

 深層意識の海に潜ったため……と言うワケではなく、どうやら単に汗をかいただけのようだ。

 心臓以外を粉砕されるような激痛に、心臓に走る痛み、
 体感時間を濃密に圧縮された深層意識へのダイブと、慌ただしく体験した事による物だろうか?

 髪の先まで濡らす汗に苦笑いを浮かべたレミィは、尻餅をつくようにその場に座ると、右手首を見遣る。

 そこにはシンプルな腕輪だったギアが変化した、
 キツネの紋様と爪を摸した若草色のクリスタルがはめ込まれた新たな腕輪状のギアの姿があった。

 それまでのヴィクセンのギア本体は、あくまでハートビートエンジンのコアとレミィ本人を橋渡しをする仮の物だったが、
 AI本体を取り込んだ事でレミィのイメージを取り込んで相応しい形に姿を変えたのだ。

レミィ「……ヴィクセン、気分はどうだ……?」

ヴィクセン『ええ……中々、かしら。
      一時的とは言え、ただのギアになるって言うのも案外、乙な物ね』

 疲れ切ったように問いかけるレミィに、ヴィクセンは共有回線を開いて、戯けた調子で応える。

 どうやら、引き上げは成功したようだ。

雄嗣『脳波と脈拍にまだ僅かな乱れはあるが、許容範囲内だ』

瑠璃華『システムチェック……AIも無事に引き上げられたようだな』

 雄嗣と瑠璃華の声が、無事の作業終了を告げる。

レミィ「よかった……」

 二人の言葉を聞き、レミィは安堵と共に胸を撫で下ろし、その場で仰向けに倒れた。

ヴィクセン『ちょ、ちょっとレミィ、大丈夫!?』

レミィ「ん、ああ……大丈夫だ……ちょっと疲れただけだ……」

 慌てふためくヴィクセンに、レミィは疲れ切った様子で返す。

 何とかやりきったが、これで終わりではない。

 戦いはまだ終わってはいないし、助けなければならない仲間達もいる。

 レミィは力を振り絞り、ヴィクセンの嵌められた右腕を高く掲げた。

ヴィクセン『今度こそ……絶対に助けましょうね。……あなたの妹を』

レミィ「……ああ、今度こそ、絶対だ」

 高く掲げた右腕から聞こえる声に、
 レミィは万感の想いと、以前よりもさらに強くなった決意を込めて応えた。


第18話~それは、甦る『輝ける牙』~・了

今回はここまでとなります。
空の称号に漏れインに続きゲロインが追加されました………僕はこの子をどうしたいんでしょうか?w

久しぶりに安価置いて行きます

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201

寒さも徐々に深まる中、乙ですた!
アッカネーン……にならなかった事にホっとしたのも束の間、ホンぇ……えー、王に本物も偽もありませんけど、王を名乗る以上その双肩にかかる責任は理解して欲しいものであります。
ンが、その後のユエからの話しを聞く限り、それは無理な話のようですね。テロお纏める手段としての”王朝”なのは理解出来ますが、第三者がそう理解できることほど渦中の、
中心にいる人物には理解し難いというのはいつの世も変わらぬものですね。
そしてユエの”はぐらかし”……それまでの饒舌との対比で、どうも実は不器用な人物なのでは?という印象を受けましたが、はてさて。
そして空……ええ、Gと振動って辛いんですよ……子供の頃、車酔いが酷かったのでよ~く解りますww
反面、ダメージを受けている明日美……コーチが吐血するのは、特訓にはお約束ですね!翻って、ユニコルヌとの会話に何とも言えぬ温かさを感じます。
さて、空の訓練も順調に進み、レミィとヴィクセンも復活して、反撃の準備も着々と整ってきましたが、どうなる事か。
続きを楽しみにさせて頂きます!

お読み下さり、ありがとうございます。

>ホンの立場
正直な話、彼は御輿ですらないんですよね。
御輿なら回りが担ぎ上げますけど、彼の場合は彼自身が臆病な事もあって、
望む物さえ与えておけば、大人しくシェルター代わりのコンテナに引きこもってくれているので、
何かにつけて担ぐ必要が無いので、操り人形としては理想的な担ぎやすさです。
そして、外部に顔を見せる必要がある時だけ使う……こう言う部分は操り人形と言うより、むしろ隠れ蓑ですね。
ただ、単なる隠れ蓑と言うには少々、我が強いので、ユエの側にも多少の不自由さ(11話のような事)も有ります。

>ユエの“はぐらかし”
この辺りはミスリードも含めて色々と想像の余地があるようになっています。
ですが、基本的に自分の書く技術屋は不器用な人が多いので、彼の本性と言うか、本質の顕れみたいな所はあると思います。

>Gと振動って辛い
立体駐車場の上り下りすらGを体感できますからねぇ。
今回はシミュレーター停止から意識が身体に戻るまでの一瞬で、
長距離・大高低差・急カーブコースのジェットコースターを味わったような感覚となっております。

空のバランスの良さは、既に何度か出しているように平衡感覚以上に体幹の良さなので、
自発的だったり突発的な物を立て直そうとしたりする能動性の高い揺れには強いですが、
今回のように自分で何も出来ない状態、対処できない状態にされての受動性の高い揺れには人並みに弱いです。
早い話がバランスが崩されそうになったら力業で耐え、崩されたら力業で立て直すバランス脳筋ですw

>車酔い
自分も、学校の遠足や旅行でバスに乗る時は前の方であってもタイヤの上はアウトな人種でしたw
今でも他人の運転する車に30分以上乗っていると、ほぼ九割から十割に近い確率で酔います(車酔いあるある

>明日美@コーチが吐血する
吐血するコーチと言うと、個人的にトップのオオタコーチが思い浮かびます。
と、同時にスパ厨なので、第一次αで原作五話終了まで進んでいた割に第三次αでも終盤までピンピンしていたのを思い出します。

そして、ユニコルノはアレです。
基本的に起動者の深層意識の現れなので、両親を反映してエールをややお堅くした感じとなっています。
……クライノートと大差が無いのは秘密です(白目

>レミィとヴィクセンも復活して、反撃の準備も着々と
暗い展開が続いた中で、ようやく一筋の光明が、と言う感じですね。

次回は遂に新型のヴィクセンMk-Ⅱがお披露目です。
クライノートとヴァッフェントレーガーのお披露目も含むので、偏らないように頑張ります。

捕手

保守ありがとうございます。
ちょいと私事でゴタついておりますので、投下は年末頃になるかもしれません。

何とか年末に間に合ったので、最新話を投下させていただきます。

第19話~それは、響き渡る『涙の声』~

―1―

 7月9日、午前六時過ぎ。
 第七フロート第三層中央、旧山路技研、通称“城”。

 その最奥区画にあるユエの研究室――


 囚われの身となって十一時間が経過した頃、茜は目を覚ました。

茜(睡眠時間は四時間程度か……敵の膝元で眠れるとは思わなかったな)

 茜はそんな事を考えながら、自嘲の嘆息を漏らす。

 睡眠時間はやや短く、気怠さも感じるが、
 早起きが習慣ついているせいか、普段よりは遅かったもののすんなりと目が覚めた。

 ここはユエの研究室と扉一枚隔てた寝室だ。

 元々、研究者用の宿直室だった場所を改装しただけの簡素な作りだったが、
 物置代わりに使われている棚で仕切られているお陰でそれなりにプライベートな空間は確保されていた。

 如何せん狭いと言う難点はあったが、身の安全が保障されているだけマシである。

 そう、信じられない事に、茜は囚われの身でありがなら、身の安全が保障されているのだ。

茜(いくら何でも、おかしいだろう)

 茜は自身の手首を見遣ると、そこには昨夜と変わらず魔力抑制装置が取り付けられていた。

 だが、この研究室に入って以来、それ以外で何かをされたと言う事は無い。

 むしろ、この研究室の主……ユエ・ハクチャによって客人としての扱いを受けていたのだ。

 この研究室の外には出られない軟禁状態ではあったものの、洗脳や拷問を受ける事はなかった。

 むしろ、特定の端末以外に触れて情報収集する事すら許可されており、
 以前は知り得なかったテロリスト達の情報や、現状を把握する事も出来ていた。

 テロリスト達の構成員や、別のテログループとの横の繋がりを証明する情報、
 さらには政府側に入り込んでいる内通者の情報に至るまで、手に入れる事が出来た物はどれも重要な情報ばかりだ。

 400シリーズと呼ばれるテロリスト達のギガンティックも、名前やカタログスペックは入手できた。

 しかし、ユエにとってはその程度の情報は機密にも当たらないのだろう。

 逆に彼が隠したいのは、今も彼が開発中のギガンティックに関する情報のようで、
 そちらは専用の権限が無ければ閲覧できない端末に保存されていた。

茜(レミィ……フェイ……)

 様々な情報を入手できた茜だったが、端末を通して知り得た仲間達の現状に、
 むしろ彼女は心を痛める事となった。

 自分と一緒に連れて来られなかった時点である程度、予想はしていたが、
 空は辛うじて虜囚の身になる事は避けられたらしい。

 だが、レミィはオオカミ型ギガンティック……402・スコヴヌングとの戦闘でヴィクセンを大破させられ、
 フェイはダインスレフの攻撃によって機体ごと爆散してしまったと記録されていた。

 空やレオン達部下の事は細かく記録されていないが、残りは“逃げられた”との報告を受けているようだ。

 無事……とは限らないが生きているのは間違いない。

 レミィに関しても、確証は無いが生きている可能性はまだある。

 昨夜はその結論に至るまで寝付く事が出来ずにいた。

 だが、その結論に至ったお陰でするべき事は決まった。

茜(先ずは――)

 茜が昨夜の内に決めた事を指折り数えようとした、その時だ。

??「食事、持って来ました」

 茜用のプライベートスペースの隅で抑揚の少ない幼い少女の声が聞こえた。

 茜がそちらに目を向けると、声そのままと言った風体の少女……ミッドナイト1がいた。

 ミッドナイト1は食事の盛り付けられた食器の載った大きなトレーを抱えており、
 身じろぎもせずに茜の返事を待っている。

茜「ああ、君か……そこに置いて……いや、一緒に食事を摂ろうか」

 茜はベッドの端を指差してから思い直したように頭を振ると、ミッドナイト1を手招きした。

 手招きされたミッドナイト1は、キョトンとした様子で立ち尽くしていたが、
 昨夜の内にユエから“幾つかの事柄を除いて、彼女の言う事を聞くように”と申しつけられていた事を思い出し、
 “失礼します”とだけ言って茜の横に腰を降ろす。

 説明するまでも無いが、ユエの言った“彼女”とは茜の事だ。

 ミッドナイト1は自分と茜の間にトレーを置くと、自分の分の食器を取り、
 チーズを囓ってはパンを、パンを頬張っては牛乳を、牛乳を飲んではチーズを、
 と三角食べの見本のような食事を始めた。

 しかし、コーンポタージュには手を出していない。

茜「残している物は、嫌いなのか?」

M1「……いいえ」

 怪訝そうに尋ねた茜に、ミッドナイト1は食事の手を止めて僅かな思案の後に返す。

茜「……なるほど、好物は楽しみに取っておく方か……」

 茜は微かに微笑ましそうな笑みを浮かべそう言うと、納得したように頷いた。

M1「………?」

 ミッドナイト1はワケも分からず首を傾げたものの、すぐに食事に戻る。

 ミッドナイト1のその様子と、自分の食事を交互に見遣りながら、茜も食事を始めた。

茜(ロールパン二つにチーズ二つ、コップ一杯の牛乳にスープ。
  全て合成食品だがプラントで賄える食事だな……。

  味に異常もない……つまり、毒は入れられていない、と言う事か)

 茜は全て一口よりも少ない量だけを味見しつつ、そんな事を考える。

 食事の量は申し分無いし、味も合成食品なりに悪い物ではないようだ。

 量と味はともかく、毒や自白剤の類が入れられている様子も無い。

茜(この子も扱いや立場は悪いが、恒常的に暴力を振るわれたり、
  常に不当な立場にいるワケではないのか……)

 茜は傍らのミッドナイト1をつま先から頭の天辺まで、じっくりと観察する。

 一晩明けて治療は終わったのか、治癒促進用のパッドも、傷痕も無い。

 ユエや研究者の対応を見る限り、暴力を振るうのはテロリストの中でも兵力として数えられる側の人間の仕業だろう。

 だが、彼女を丁重に扱うユエ達も、彼女をエールに同調するための生体部品としか見ていない。

 彼女自身は無自覚なようだが、彼女も被害者だ。

 茜は食事を続けながら、先ほどやろうとしてた“やるべき事”を改めて考える。

茜(先ずは可能な限りの情報の入手……これは端末から収集できるだろう)

 少々……いや、甚だ疑問ではあるが、先に述べた通り情報収集の自由は確保されていた。

茜(二つ目は、コレの解除だな……)

 茜は視線だけを手首の魔力抑制装置に目を落とす。

 魔力錠であるため、外そうと思って魔力を流し込めば簡単に解除できる。

 だが、茜の魔力はこの抑制装置によって自然放出されてしまうため、解除する事が出来ない。

 コレはユエの研究室に他の研究者が入ってくれば、その人物を素手で制圧すれば解決できる可能性がある。

 或いは、別のもう二つの手段だ。

茜(……三つ目は脱走経路の確認と確保)

 正直、これが一番難しいだろう。

 端末で入手できた情報は、この技研が今のような構造に改造される以前の見取り図だ。

 以前はもう少し風通しの良い構造だったようだが、昨晩歩かされた通路とは明らかに構造が異なっている。

 おそらく、最奥にあるホンの居室やユエの研究室を守るため、
 通路だけでなく壁や階段を追加して迷路のように複雑化させたのだろう。

 昨日、覚えた一本道を使った場合、何処で警備兵や警備用ドローンに見付かるか分かった物では無い。

 抑制装置を外せても、十分に戦闘可能になるまで魔力を回復するには、相応の時間がかかる。

 出来るだけ短い移動で気取られずに抜けられる新たな脱出経路を見付けるべきだろう。

 しかも、これは時と場合によっては時間制限がある。

 ユエ以外の研究者がいつ現れるか分からないからだ。

 ずっと現れないかもしれないし、すぐにでも現れるかもしれない。

 加えて、この脱出経路の確保はクレーストとエールの奪還も含まれる。

 状況次第だが、クレーストでエールを抱えて脱出する事も念頭に置かなければならない。

 それが“一番難しい”理由である。

茜(そして、四つ目……)

 茜は物憂げな視線をミッドナイト1に向ける。

 先ほども考えた事だが、彼女はどちらかと言えば被害者の側だ。

 出来る事なら、こんな場所からは連れ出してやりたい。

 そして、それが叶うなら彼女に抑制装置を取り外して貰う事も出来るだろう。

 多少の打算は入るが、それでもミッドナイト1を助けたいと言う思いは本物だ。

 ともあれ、ミッドナイト1に外して貰う、と言うのが考えた非常手段の一つ。

 もう一つは、両手首の切断だ。

 予め止血準備を整えた後で手首を切断、装置を取り外し、回復した魔力でさらに止血する方法だが、
 これは本当の非常手段として最後の最後まで温存して使わずに終わりたい物である。

茜(いざとなれば、甘えた事は言っていられないだろうがな……)

 茜は心中で溜息を漏らすと、改めて食事に集中する事にした。

 昨晩は食事もままならなかった事もあって、落ち着いて食べると空きっ腹に染み渡るようだ。

 空腹が満たされ、人心地ついた茜は両手を合わせる。

茜「ごちそうさま、ありがとう」

 茜は傍らで食器の片付けを始めたミッドナイト1に向け、穏やかな表情でお礼を言った。

M1「……マスターの言いつけに従っているだけです」

 対する、ミッドナイト1は努めて淡々と返すばかりだ。

 だが平静でいようとしている様子は、何となく察する事が出来た。

 おそらく誰かにお礼を言われた事など無く、始めての事に戸惑っているのだろう。

茜「それでも、この部屋から外に出られない私のために、この食事を持って来てくれたのは君だ。
  お礼を言わせてくれ」

 茜は穏やかな笑みを浮かべて言った。

 他の誰も、彼女を一人の人間として扱わないなら、自分だけでも彼女を人間的に扱うべき。

 茜はそんな使命感にも似た考えで彼女に相対していた。

 そこに彼女を絆そうとする打算的な物が欠片も無かった、とは言い切れない。

 だが、紛れもない本心である事は、自信を持って言い切れる。

 そんな彼女を見て、やはり結・フィッツジェラルド・譲羽と言う人物を知る者は口を揃えて言うだろう、
 “ああ、間違いなく、あの猪突猛進な正義感の塊の孫だ”と。

 そして、奏・ユーリエフを知る者はこうも言うかもしれない、
 “ああ、クレーストが彼女を選んだのは、血縁だけが理由ではない”と。

 ともあれ、真摯な態度の茜に、ミッドナイト1はさらに動揺を隠せないようで、
 いそいそと食器を片付けると無言でその場から立ち去った。

茜(……慣れていないだけ、なんだろうな)

 そんなミッドナイト1を見送った茜は、胸中で寂しそうな溜息を漏らした。

 一つの人格として見て貰えない。

 生まれた時からそのようにしか扱われていないとは言え、彼女とて人間だ。

 それがどれだけ幼い子供の心に傷を穿つかは、想像を絶するが、それだけに想像に難くない。

 彼女はそんな扱いをされる事を、どこかで諦めているのだろう。

 だからこそ、ユエからの扱いも受け入れられてしまう。

 だがあの反応を見る限り、本心では人間として扱われる事を望み、もがき苦しんでもいる。

茜(………あの子はテロリストの仲間だ。
  だけど、それ以上にテロリストの被害者だ)

 繰り言のような事実を、茜は改めて心の中で反芻した。

 自身の中にある決意を確認した茜は、早速、プライベートスペースに置かれた据え置き型の端末に向き直る。

 彼女……ミッドナイト1の事も重要だが、情報収集も重要だ。

 茜は端末を起動すると、内部のネットワークにアクセスする。

 使うIDとパスワードはミッドナイト1用に発行されている、組織内の重要度で言えば中の上ほどの物らしい。

 前述の通り、重要データにはアクセス出来ないが、必要なデータの幾つかは簡単に入手できたので、これで十分と言える。

茜(ユエ・ハクチャ……か)

 今日、確認したいのはユエの事だ。

 組織の首魁であるホン・チョンスを裏から操る、おそらくはテロリストの本当の首魁。

 彼に関する情報を、せめてその手がかりとなる物だけでも探さなくてはいけない。

茜(漢字で書けば月・博士……偽名だろうな、さすがに)

 創作ならば学者肌の人間にそれらしい名前がついている事はあり得るが、現実でそんな名前を付ける事はごく稀だ。

 しかも、ストレートに“博士”と来たら、偽名を疑わないワケにもいかない。

 加えて、彼は“ここのセキュリティを作ったのも手を加えたのも自分”とまで言っていた。

 彼の正体に関しては、旧技研の研究者か関係者辺りを疑った方が良い。

茜(見た目の年齢は四十代半ばから五十歳前後……60年事件の頃は三十歳代と見ていいか)

 茜は先ず、技研の研究者名簿にアクセスする。

 この辺りのデータが削除されていないのは有用性があるからだろう。

 尤も、更新はされていないので十五年前時点のデータばかりだが……。

茜(セキュリティの製作までしていたとなると、プロジェクトの主任クラスが一番怪しいか……)

 茜は思案げな表情を浮かべ、データベースに幾つかの検索条件を入力した。

 合致した人間は五名。

 オリジナルギガンティックのドライバーを務めているせいか、見知った名前も三人いる。

 彼らは技研占拠の折、辛くも脱出に成功し、その後もメインフロートの新技研で働いている事は茜も知っていた。

 そして、残りの二人と言えば、ユエとは似ても似つかない顔だ。

 しかも、一方は黒人系でもう一方は女性だ。

茜(性転換もあり得るだろうが、さすがに発想が飛躍し過ぎだな。
  精々、整形が関の山か)

 茜は小さく溜息を漏らし、沈思黙考する。

 違法な整形手段を使えば、骨格をマギアリヒト製の人工骨格と入れ替える方法もある。

 が、これもさすがに無茶があるだろう。

 顔のパーツを全て整形したとしても、個性を削ぎ落とすようなカタログ整形をしない限り特徴的な部分は残る物だし、
 それはそれで人工物のような不自然さを醸し出す筈だ。

 昨夜もユエの顔を観察してみたが、仮に整形しているとしてもそこまで不自然になる整形をしているようには見えなかった。

茜(セキュリティを構築した人間にだけ絞って再検索だな。
  そこから少しずつ怪しい人物を絞り込んでみるか……)

 茜はそう考え、今度は単純な検索条件を入力し直す。

 そうして合致したのは二十三名。

 年齢別に並べ替え、先ほどの五名を除外すると、上から順に照合を始める。

 と、すぐに茜は驚きの表情を浮かべた。

茜「一人目が、コイツか……」

 思わず、苦虫を噛み潰したような表情を口元に浮かべて、そんな言葉を漏らしてしまう。

 月島勇悟。

 少々、予感めいた物を感じていたが、
 改めてその名前を目にすると、前述のような表情を浮かべるのも無理からぬ、と行った所だ。

 年齢は六十五歳と表記されているが、古いデータベースが十五年も更新されないまま放置されている結果だろう。

 しかも、技研の副所長当時のデータのようで、旧魔法倫理研究院側のデータも併記されている。

 旧魔法倫理研究院の組織としての性格上の問題なのか、研究エージェントとして登録もされていた。

 不安定な戦後下で動き出したプロジェクトと言う事もあって、
 エージェントのランクが記載されているのは護身術代わりに魔導戦の指導でもしていたのだろう。

 母方の亡き祖父・アレクセイも、全盛期はAランク相当のエージェントだった事を、
 大叔母の藤枝明風から幾度となく聞かされていた。

茜「Bランクのエージェント、か……。
  そこそこの手練れだった、と言う事か」

 茜は何の気無しに目に入ったデータを、ぽつり、と呟くように読み上げた。

 要は手練れの警官や軍人程度の魔導戦が出来る腕前だったと言う事だ。

 と、不意に何かの引っかかりを感じる。

 Bランクのエージェント。

 その聞き慣れない筈の古い言葉に、茜は聞き覚えがある事を思い出した。


――研究者とは言え、これでも若い頃はBランクそこそこのエージェントとしてならしたものだからね――


 そう、確かにユエはそう言った筈だ。

 だからと言って、“ユエ・ハクチャ=月島勇悟”などと言う三文推理小説じみたこじつけは出来ない。

 六年前、月島勇悟は確かに自殺しているのだ。

 死体から検出されたマギアリヒト、DNA、歯の治療痕など、全ての情報が月島勇悟本人の死を立証している。

 百パーセント同じDNAから純粋培養した魔導クローンでも、魔力が一致する事は稀だ。

 現代魔導クローン技術の母とも言われる祈・ユーリエフですら、純粋培養したクローンである奏の魔力を、
 自身と完全同一波長にするには頭髪の色と瞳の色が変化するほどの調整を要した。

 統合労働力生産計画に携わり、魔導クローンに対する造詣を深めた月島勇悟が、
 天文学的確率で完全一致の純粋培養魔導クローンが完成させ、それを身代わりに自殺させる。

 なるほど、筋は通るかもしれないが、過程における仮説があまりにも雑過ぎる。

茜(そんな物は計画じゃない……ただのギャンブルもどきだ)

 茜は至極当然、その結論に達した。

 ギャンブルもどきと言い切ったのは、それがギャンブルと呼べるかすら怪しい行為だからだ。

 自分の命を掛け金に、“万が一捕まりそうになった時”に備え、
 “完全一致の純粋培養魔導クローンを作っておく”などと、誰が考えよう。

 そこに至るまでの失敗回数は?
 かかる費用と魔力、そして、時間は?

 60年事件よりも以前から準備を始めたとしても、結局、金と魔力が動く事には変わりない。

 大金と大魔力の動きは企みを進めるために必要だが、同時に企みを気取られ易くする最大の欠点だ。

 月島とテロの繋がりに関しての捜査は行われたが、そんな大金と魔力が極秘裏に動いていた記録は存在しない。

 “発見されていない”ではなく、“存在しない”なのは、既にありとあらゆる資金経路が真っ先に調べ尽くされた後だからだ。

 ドローン数体や小型パワーローダー程度の物を作る金と魔力なら誤魔化せるかもしれないが……。

 ともあれ、天文学的数値で低い成功率でしかない類の魔導クローンを、
 金と魔力の動きを気取られない範囲で完成させ、自分の身代わりにする。

 その掛け金は自分の命。

 自分が助かる可能性が僅かに増えて、気取られる可能性が多いに増える。

 リスクと出目の悪さが目に見えるほど大き過ぎて、賭けとしては不成立だ。

 ギャンブラー……いや、ギャンブル依存症なら賭けるかもしれないが、
 仮に月島の座右の銘が“失敗は成功の母”であっても、そんなあからさまに不利な賭けはしないだろう。

茜(死んだのは月島勇悟本人だ……クローンであるワケがない)

 幾つかの確証に繋がる証拠を思い起こしながら、茜はその結論を反芻した。

 分かり易く“ユエ・ハクチャ=月島勇悟”ではあり得ない事を立証しろと言うなら、
 状況証拠ではあるが確実性が高い物がある。

 先ず、ユエは月島よりも若い。

 仮にユエが月島のクローンであるならそれで良いワケだが、
 そうなるとクローンが生き残って月島が自殺した事になる。

 これでは本末転倒……茜がユエと月島をイコールで結ばないのも納得だ。

茜(Bランクどうこうは単なるブラフと見た方がいいか……。
  となると、やはりこのリストの中から、だな)

 茜はリストから月島を除外すると、残る十七名のリストを確認する。

 年齢は現在三十代の末から七十代までマチマチだが、
 やはりすっぽりとユエの年齢に合致しそうな年齢が除外されてしまっている。

茜(まさか、奴が言った情報の全てブラフなのか?)

 茜は怪訝そうな表情を浮かべ、肩を竦めて溜息を漏らす。

 だとしたら、どこまでがブラフなのだろうか?

 疑いだしたらキリが無い話だが、こちらの思考を見透かしたような言動もブラフと考え出すと、
 もう何が本当で何が嘘かなのすら分からなくなってしまう。

 茜は思考を一旦区切るため、片手で頭を掻きむしる。

 元から信頼も信用できない相手だったのだ。

 しかし、何の気まぐれかは知らないが、こうして身の安全だけを保障してくれている。

 だが、それだけだ。

 身の安全を保障された事で、どこか気が緩んでいたのかもしれない。

 相手は父を始め、多くの人々を死に追い遣ったテロリストの黒幕……少なくともその一人なのだ。

茜(別の角度から探りを入れてみるか。
  例えば……格納庫にいた二人の研究者から……)

 茜はデータベースの画面を切り替え、研究者のリストの顔が映ったフォトデータだけを呼び出し、
 それを一つ一つチェックして行く。

 二人の顔は一瞬見ただけだが、状況が状況だけに印象も強く、顔はしっかりと覚えている。

 地道な作業だが、ユエの正体に至る手がかりはもう殆ど残されていない。

茜(これが、最後の手がかりにならなければいいが……)

 茜は微かな不安を抱きながらも、記憶と画像の照合を続けた。

―2―

 同じ頃、第七フロート第三層外郭区画――

 瓦礫だらけの殺伐とした区画に、無数のリニアキャリアが鎮座していた。

 軍用、警察用に混ざって、ギガンティック機関のリニアキャリアも並ぶその光景は、
 正に人類の戦力を一つ所に集めた壮観さがあった。


 その一角、ギガンティック機関のリニアキャリアの停車している場所に据え付けられた仮設テントで、
 空は作戦概要の記されたデータに目を通している最中だった。

空「ふぅ……」

 いや、もう作戦概要を読み終えたのか端末から目を離し、顔を上げると、
 軍の工作部隊によって設置された無数の投光器が照らし出す瓦礫の光景に目を向ける。

 昨夜とは打って変わって明るい光は、逆にこの惨憺たる光景を否応なく浮き彫りにしていた。

 空は寂しさと哀しさ、そして、怒りの籠もった複雑な表情を浮かべ、肩を竦める。

 現在は軍の工作部隊によって一部の瓦礫が撤去、マギアリヒトへと再利用され、
 急造の砦……中継基地が築き上げられている最中だった。

 加えて、空自身は今回の作戦概要に関しては既に報されており、先ほどまでは内容を確認していただけに過ぎない。

空(一気に決着、って言うワケにも行かないもの……一戦一戦、確実に勝って行かないと)

 空は今朝方、こちらに来る前に行ったブリーフィングの内容を思い出しながら、心中で独りごちた。



 時は遡り、早朝。
 ギガンティック機関、ブリーフィングルーム――


 深夜に特訓の第三段階を終えた空は、四時間足らずの短い睡眠を終えてブリーフィングルームへと出頭していた。

 明日美とアーネストを始め、各部門のチーフオペレーターのみならずデイシフトの全員が顔を揃えており、
 ドライバーも空と瑠璃華に加え、第二十六小隊の面々が揃っている。

 ブリーフィングに出頭するべき面子の中でこの場にいないのは、
 昨夜、変色ブラッドに冒されたエンジンと再度同調し、今も大事を取って休養しているレミィだけだ。

明日美「全員、揃ったようね……。
    では、マクフィールドチーフ代理、説明を」

 明日美に促されて立ち上がったサクラは、
 目の下にハッキリと分かるクマを作りながらも気丈な様子で周囲を見渡す。

サクラ「先日の戦闘に於ける敵ギガンティック、通称・ダインスレフと
    オオカミ型ギガンティックの急速かつ流動的な展開力に関して、
    解析映像を行政庁や山路重工など関係各所に問い合わせた結果、
    ダインスレフやオオカミ型ギガンティックの出現した地点付近の地下に、
    旧技研から直通の構内リニアの駅、或いは車輌基地がある事が判明しました」

 サクラの説明に合わせ、ブリーフィングルーム奥にある大型ディスプレイに先日の戦闘状況と、
 旧いフロートの見取り図が現れる。

空「これ……もの凄い密度ですね」

 フロートの見取り図に描かれた構内リニアの路線図に、空は驚愕の溜息を漏らさずにはいられなかった。

 他と仕様の異なる第七フロート……特に山路重工のお膝元であった第三層だけあって、
 大型リニアキャリア用の路線が所狭しと敷き詰められていた。

 正に網の目、正にクモの巣と言う密集ぶりで、駅も各街区に三つ以上が確認できる。

 確かに、これならギガンティックの走行よりも素早く移動し、見計らったかのように戦力を展開可能だ。

 それでも、あれだけ素早く展開するには、それ相応の準備は必要になるだろうが……。

 ともあれ、このまま放置しておくのは厄介だ。

サクラ「既に第七フロート第三層と繋がる各路線は封鎖、及び、レールの撤去が行われています」

紗樹「……最低でもリニアによる侵攻だけは無くなったワケね」

 サクラの説明を聞いていた紗樹が、ぽつりと呟いた。

 サクラの説明はさらに続く。

サクラ「また、メインフロートと第七フロートの連絡通路には四重のバリケードを
    メインフロート側と第七フロート側の両方に、今朝までに設置済みです。

    以上が昨夜の戦闘における戦況解析の結果と実行済みの対策となります」

 再び画面が切り替わり、メインフロート側の連絡通路の出入り口が映し出された。

 どうやら軍部の工作部隊が作業している記録映像らしく、
 分厚い壁のような両開きの扉が設置されている様子が映し出されていた。

 結界施術も同時に行われているらしく、結界装甲を使う敵に対する防壁として、
 短時間で準備できる物の中では最善の選択だろう。

ほのか「では、次いで作戦概要の説明に移ります」

 そう言って立ち上がったのはほのかだ。

 彼女もサクラ同様、目の下に大きなクマを作っている。

 どうやら戦術解析部は技術開発部と同様、総出で徹夜だったようだ。

ほのか「先ず作戦の第一段階として第七フロート側の連絡通路出入り口に兵站拠点となる前線基地を築き、
    そこから第二段階へ移行、第一街区……テロリスト達の本拠地になっている旧技研跡に向けて、
    新たな兵站拠点を築きつつ徐々に進軍します」

 ほのかが説明を始めると、ディスプレイに表示される図面が地図へと切り替わり、
 彼女の言葉通り、第一街区へと向けて前線基地を現す凸字のマークが移動して行く。

ほのか「この際、敵からの襲撃の危険性を減らすため、周辺地域の構内リニアの路線の封鎖、
    或いは破壊を行いつつ、こちらの活動領域を広げつつ、敵の活動領域を削って行く事になります」

 ほのかの説明に合わせて、路線図に×印が付いて行き、
 そこから繋がる路線が黒から赤に変わり、徐々に敵の活動範囲が削られて行く事が分かった。

 放射状に広がる構内リニアの路線は、フロート深部に進むにつれて一ヶ所の封鎖の影響が大きくなり、
 扇形の安全地帯が加速度的に増えて行く。

 敵も側面からの強襲を掛ける事は出来るかもしれないが、リニアキャリアによる戦力の高速展開が不可能となれば、
 必然的に遠距離からの移動が主立った侵攻手段となる。

 そうなれば対応策も増え、また自陣への進軍が続けば防備を固めなければならない以上、
 そう言った強襲の頻度や規模も減少せざるを得ない。

 要はテロリストの侵攻手段を削りながら敵本拠地へと肉迫可能な、一石二鳥の作戦と言うワケだ。

ほのか「そして、第二街区外縁まで到達した時点で第三段階へ移行、
    第二から第五街区の路線を閉鎖し、テロリストを旧技研に封じ込めます」

 ほのかがそこまで説明を終えると、空は不思議そうに首を傾げてしまう。

空「あの、本当にここまでトントン拍子に作戦が展開できる物なんでしょうか?」

 空は首を傾げたまま挙手すると、そんな疑問を口にした。

 尤もな疑問だ。

 だが、その回答はほのかではなく、空の隣に座っていたレオンからもたらされた。

レオン「テロリストの一番の強みってのは寡兵敏速……
    少なくて機動力のある兵力と単純な指令系統を活かした電撃作戦って奴だ。

    それが一番効力を発揮したのは今朝まで。

    構内リニアって侵攻手段を封じられた今、連中は基本的に籠城して防戦一方になるしか無いのさ」

 レオンはそう言うと、右手の人差し指の先に左掌で壁を作るようなジェスチャーを見せる。

 おそらく、敵の侵攻手段を塞いだ事を表しているのだろう。

 確かに、レオンの言う通りだ。

 ギガンティック機関とロイヤルガードのエース部隊による混成チームを相手に、
 奇襲とは言えあれだけの戦果を上げた戦力を持っているのだ。

 その奇襲を最大限に活かせたのも、構内リニアの路線が十全に使えた今朝方までの事。

 結界を施術された防壁により、ダインスレフ最大の売りである結界装甲による攻撃を半無力化され、
 一夜の内にテロリスト達は戦力を第七フロート第三層内に封じ込められてしまったのだ。

 封じ込めた、と言うには些か広い範囲かもしれないが、それでも行動範囲の制限……その第一段階は完遂できたと言える。

レオン「で、連中が初手をしくじった時点で、あとはこっちが物量に言わせて作戦を強行して行く、って事だな」

 レオンは説明を終えると“分かるかい?”と付け加え、尋ねて来た。

 さすがはテロ対策のプロ、皇居護衛警察の一員と言った所だ。

 テロの戦術やその対処法は心得ているのだろう。

 だが、それでも数頼りの危険な作戦であるには変わりない。

空「でも……相手は結界装甲を使えるじゃないですか?」

 空は躊躇いがちに疑問を投げ掛ける。

 彼我の戦力数はともかく、戦力の質が圧倒的に異なるのだ。

 如何に練度の低いドライバーが操るギガンティックでも、結界装甲を持つダインスレフが相手である。

 一手の指し間違えで一気に戦線が瓦解しかねない。

 用兵に疎い空でもそれくらいは分かっていた。

 だからこその質問だったのだ。

レオン「まあ、そこを突かれると痛いわな……」

 レオンは苦笑いを浮かべて肩を竦める。

 事実、昨晩の戦闘では最新鋭のアメノハバキリ……それもエース用のカスタム機を駆りながら、
 動けなくなったエールを抱えて逃げ回る他無かったのだ。

ほのか「なので対策方法は一つ。
    戦闘に於いては軍と警察の混成ギガンティック部隊は防戦に徹しつつ、
    朝霧副隊長に各個撃破で迎撃して貰う形になります」

 ほのかの口から漏れた、これまた行き当たりばったりの極致とも言うべき対策に、
 空は呆れと驚きと戦慄の入り交じった、何とも微妙な表情を浮かべた。

 要は“味方は守りに徹するから、戦える人だけで何とかして敵の数を減らしてくれ”と言う事だ。

 クライノートは一対多に特化した防衛戦向きの機体だが、“無茶を簡単に言ってくれる”と愚痴を漏らしたい気分である。

 だが、現状、人類側――と言うには些か語弊があるが――に残された手はそれしかない。

リズ「第三フロートでの卵嚢群の除去は、予定より少し遅れて明日正午に終わる、との試算が届いています」

瑠璃華「戻り次第、徹底的にオーバーホールしてから戦線に復帰させる事になるな。
    しばらくはイマジンの卵探索はお預けだぞ」

 リズの読み上げた報告に続き、瑠璃華が当面の予定を口にし、さらに続ける。

瑠璃華「山路に発注していたヴィクセンMk-Ⅱのパーツが届き次第、5号エンジンに合わせて改装する必要もあるから、
    今すぐに、と言うワケにはいかないが、敵の結界装甲対策は幾つか案がある。

    レミィとヴィクセンを送り出し次第、チェーロのオーバーホールと併行して幾つか試してみる予定だ」

 瑠璃華は思案げにそう言った後、ニヤリと不敵さと自信を窺わせる笑みを見せた。

 どうやら観察可能な未登録のエンジンのお陰で、思った以上にハートビートエンジンの構造解析が進んだらしい。

遼「戦略的には単なるごり押しですが、そうなって来ると最大の問題は、
  ヴィクセンを大破にまで追い込んだオオカミ型ギガンティックと変色ブラッドの存在ですね……」

 遼が肩を竦めて呟く。

雪菜「そちらに関しては、流石に対策は難しいわね……。
   解析も十分に進んでいるとは言えないし……」

 雪菜も無念そうな声と共に、小さな溜息を漏らす。

 エーテルブラッドを侵食し、マギアリヒトの構造体を侵食する変色エーテルブラッドの存在は厄介だった。

 瑠璃華達の見立てでは“マギアリヒトの情報を書き換える液体状のウィルス”と言う所なのだが、
 正直な話、その全容はまだ解析できていない。

 ただ、結界装甲相手でも驚異的な速さで侵食するため、
 今の所、接触部位を切り離して炎熱変換した魔力で焼き払う以外、対処方法は無かった。

 そして、厄介なのはその機動力と突進力だ。

 虚を突けばヴィクセンですら回避不可能な速度で肉迫し、
 ヴィクセンを咥えたまま廃墟のビル群を薙ぎ払って突進するパワーは脅威である。

 遠距離戦で対応できれば問題無いのだが、四つ足型と言う事で体勢が低く、
 ヴィクセンと戦えるだけの俊敏さに加え、周囲は身を潜められる廃墟も多い。

 こちらの遠距離攻撃の命中精度は推して知るべし、だ。

サクラ「該当する機体のスペックが回復したヴィクセンから獲得できた情報通りの場合、
    力比べならクライノートに分がありますが、機動性となると不安が残りますね」

 サクラは手元の端末の資料を確認し、嘆息混じりに呟く。

 軍、警察、行政庁との折衝や戦闘データの確認など、諸々で徹夜した事と
 慣れないチーフ代行と言うポジションもあってか、彼女の疲労もピークのようだ。

 加えて、このテロ騒ぎである。

 疲れるのも当然だ。

 だが、サクラは気を取り直して続ける。

サクラ「また、これも未確認……いえ未確定情報なのですが、オオカミ型ギガンティックと接敵したヴォルピ隊員によると、
    死亡したとされている統合労働力生産計画甲壱号第三ロット後期型の弐拾参号が、
    同機体の魔力源として組み込まれている可能性が高いそうです」

 サクラの言葉に、その事を知らされていた空を除く全員がざわめく。

瑠璃華「第三ロット……となると、オオカミか……」

 動揺から立ち直った瑠璃華が呟く。

 統合労働力生産計画甲壱号はご存知の通り、レミィのような人間と他の動物の特性を合わせて作られた魔導クローンだ。

 一から三のロットを前期と後期に分けて、一年毎に六度に分けて生産された。

 第一ロットはイヌ、第二ロットはキツネ、第三ロットはオオカミ。

 因みに拾弐号であったレミィは第二ロット前期に含まれる。

 瑠璃華自身も統合労働力生産計画乙壱号計画で生まれたデザイナーズチャイルドであるため、
 茜も目を通した件の月島レポートや計画の骨子は自身でも調べて熟知していた。

レオン「こりゃまぁ……ゲスいゲスいとは思っていたが、ゲスな手段を重ねて来るなぁ」

 レオンは呆れたように漏らしているが、その目には明らかな怒りの色が籠もっている。

 紗樹や遼も無言で憤りを募らせているようで、オペレーター達の中には露骨な嫌悪感を顔に浮かべている者もいた。

 それは明日美も同様で、眉間に皺を寄せ、どことなく険が浮かんでいる。

 傍らのアーネストは努めて無表情を保っているが、堅く瞑った目の奥にはやはり怒りの色が浮かんでいるのだろうか?

空「……司令」

 空は挙手し、明日美に促される前に椅子から立ち上がる。

明日美「朝霧副隊長、何か意見があるのかしら?」

空「はい……難しいかもしれませんが、
  オオカミ型ギガンティックの魔力源となっているかもしれない被害者を助けさせて下さい」

 明日美の問いかけに、空は一瞬戸惑いを見せたものの、すぐにその戸惑いを振り切り、ハッキリとそう言い切った。

 そして、空の言葉に、空以外の全員がやはり一様に驚きの表情を浮かべる。

 それもそうだろう。

 ただでさえ危機的状況で敢行される決死作戦だと言うのに、その矢面に立たせられる空が言うような台詞ではない。

 いや、空以外の者が言えば、それはそれで“一番前にいない者が勝手な事を言うな”と言う話になるが……。

 ともあれ、相手はオリジナルギガンティックと同等のスペックに加え、
 変色ブラッドと言う恐ろしい兵器を併せ持ったオオカミ型ギガンティックなのだ。

 ただでさえ前線でまともに戦える者が空しかいない状況で囚われの身の人間を救い出すなど、
 空にかかる負担を思えば許可できない。

 アーネストもそう考えたのか、困惑気味に口を開く。

アーネスト「朝霧副隊長、さすがにこの作戦中にそんな許可は……」

 だが――

明日美「朝霧副隊長」

 言いかけたアーネストの言葉は、凜とした明日美の声で遮られた。

 明日美はアーネストに視線で謝罪の意を示すと、改めて空に向き直る。

 空は姿勢を正し、明日美の視線を受け止めた。

明日美「……朝霧副隊長、救出を提案した理由を述べなさい」

 明日美は落ち着いた様子で空に問いかける。

 理由……と言うよりも、尤もらしい言い訳は幾つか考えていた。

空「敵のギガンティックを捕まえれば、天童主任のエンジンの構造解析や、
  ドライバーから敵の情報を聞き出す事が出来ると思ったからです」

 空はそんな言い訳の中から、理由として相応しい物を選んで答える。

 確かに、メリットは大きい。

 敵ギガンティックの結界装甲のカラクリや、敵の内情を知るのは重要な事だ。

 だが、その答えを聞いた明日美は、僅かばかりの苦笑いを浮かべた。

明日美「……そう言った政府向けの耳障りの良い言い訳を考えるのは、私と副司令の仕事です。
    あなた自身が救出を考えた理由を言いなさい」

 明日美はすぐに気を取り直すと、努めて落ち着いた様子で空に語りかける。

空「私の、理由……ですか?」

 一方、空は面食らった様子で漏らす。

 流石に、それをこの場で口にするのは身勝手過ぎでは無かろうか?

 空が戸惑いながら視線を向けて来る仲間達を見渡し、再び明日美に向き直った時、ふと彼女の浮かべていた表情に気付く。

 明日美の目は、何かを待っているように見えた。

 そして、明日美はその“待っている”ものを受け止めようとする……言ってみれば寛大さにも似た雰囲気を漂わせている。

 何を待っているのか、などと問うまでも無い。

 自分が助けたいと願った理由……その答えだ。

 その事に気付いた空は、驚きで大きく目を見開いた後、何かを沈思するように目を瞑る。

 そして、目を開くのと同時に、意を決して口を開く。

空「正直、レミィちゃんの妹さんとは会った事が無いので、
  私自身がどうこう、って言うのは、正直、よく分かりません」

 空はどこか申し訳なさを漂わせながら漏らす。

 会った事も無い相手を助けたい。

 それは他人から見ればある種の偽善だろうし、それだけを聞けば“正義感に酔った勘違い”と称される事もあろう。

空「ただ、テロリストのやっている事は絶対に許せません!
  人間を魔力の電池みたいに使う事は間違っています……!」

 だが、空にはそこに駆り立てられるだけの怒りが……義憤があった。

空「レミィちゃんが助けたい、って言っていました……」

 そう、レミィは助けたいと言って泣いていた。

 空にとっては、それだけで十分だ。

 それが自分が斯くあるべきとした在り方なのだから。

空「だから私も、レミィちゃんの妹さんを助けたいです」

 義憤のため、仲間のため、斯くあるべきと決めた信念のため。

 色々と理由はあるが、空の言葉には強い決意が込められていた。

明日美「そう……」

 空から聞きたかった答えを聞き、明日美は満足げに頷く。

明日美「天童主任、確認したい事があるのだけど……。
    件の弐拾参号はオリジナルギガンティックと同調できると思う?」

瑠璃華「実際に波長を見てみないと何とも言えないが、
    少なくともあのギガンティックのブラッドラインはレミィと同じ若草色だったな。

    可能性は高いと思うぞ」

 自分に向き直った明日美からの質問に、瑠璃華は淡々と答える。

 どこか用意してあったように聞こえるその回答は、
 おそらくは空が救出作戦を言い出した頃から考えていてくれたのだろう。

 彼女も技術開発部主任として、司令や副司令の考えるべき言い訳の資料を準備していたのだ。

明日美「では、決まりね……」

 明日美はそう言って、アーネストに目配せする。

 アーネストは一度だけ肩を竦めたものの、すぐに気を取り直して立ち上がった。

アーネスト「これよりギガンティック機関は軍、警察との合同で対テロリスト及び第七フロート第三層奪還任務に就く!

      なお、当機関はこれらの任務と併行し、敵ギガンティックに囚われていると思しき
      統合労働力生産計画甲壱号被験体弐拾参号の奪還を行う事とする!」

 そして、今後の行動についての概略を簡潔に説明する。

 弐拾参号救出作戦は、正式にギガンティック機関の作戦方針として認められたようだ。

 ただ、傍目には、空と明日美の我が儘をアーネストが不承不承に承認しているようにも見えるが……。

アーネスト「これより一時間後、本日〇八〇〇に作戦区域に向けて出立。

      メンバーは朝霧空、エミーリア・ランフランキ、セリーヌ・笹森、クララ・サイラス。
      加えてロイヤルガードよりレオン・アルベルト、東雲紗樹、徳倉遼、加賀彩花の八名とする。

      また現地到着後は司令部よりの指揮を行うが、状況によっては現場判断を優先する事。

      以上!」

 ともあれ、アーネストは最終連絡事項を口にすると、質問や異議が無いか部下達の顔を見渡す。

 空達は頷くなどの納得したような素振りを見せる者しかなく、どうやら質問や異論は無いようだ。

 それを確かめたアーネストに目配せされ、明日美が立ち上がった。

明日美「……我々は緒戦で手痛い……取り返しのつかない敗北を喫しました。
    結果、三人の仲間が囚われ、二人の仲間を喪いました……」

 明日美は神妙な様子で朗々と語る。

 彼女は敢えて、オリジナルギガンティック達の事も“一人、二人”と数えていた。

 茜と共に囚われたエールとクレースト、そして、フェイと共に散っていったアルバトロスも、
 自分達と何ら変わる事のない仲間である、として。

 明日美の語りはさらに続く。

明日美「喪った仲間は戻っては来ません……。
    ですが、囚われた仲間は救い出す事が出来ます」

 伏せるように薄く閉じていた目を見開き、明日美は力強く言い放つ。

 明日美の言葉はブリーフィングルームに強い波を起こすかのように響き、空も身を引き締めた。

明日美「もう敗北は許されません。
    ここからは一戦一戦、確実に勝利し、
    囚われた仲間を救出すると共に与えられた務めを果たしましょう」

 力強く言葉を締めた明日美に、空達は頷き、拳を握り締め、目を閉じて意識を集中し、
 各々が各々の方法で決意を固める。

アーネスト「では解散!」

 そして、アーネストの号令でブリーフィングは終わり、
 出向を命じられた空達は取り急ぎ、出発の準備を整えるため寮に向かった。

 再び、現在――


 明日美に言われた通りだ。

 一戦一戦、確実に勝たなければならない。

 こちらに来る途中も考えた事だが、そうやって追い詰めて行けば敵もエールを使う機会が増える筈だ。

 エールを駆ったテロリスト……あの少女との会敵の機会が増えれば、
 それだけエールを助け出すチャンスも増えるだろう。

 そして、それは例のオオカミ型ギガンティックにも言える。

空(レミィちゃんの妹さんも、茜さんとクレーストも、そして、エールも……!
  みんな……みんな絶対に助け出して見せる……!)

 決意を新たに拳を握り締めた空は、端末をジャケットの内ポケットに仕舞い込むと、再び顔を上げた。

 すると、不意に視界の端に見知った顔がある事に気付いた。

空「あれ……?」

 空は思わず声を上げて立ち上がる。

 視線の先には四十路半ばくらいの中年男性がいた。

??「三番機、作業遅れているぞ! 瓦礫の撤去が終了した区画は作業をフェイズ2へ移行!
   駅から五十メートル離れた地下道に防壁の設置だ!」

 動きやすいアーミーグリーンの作業着にヘルメットと言う作業部隊らしい動きやすい格好をした男性は、
 周囲に檄を飛ばすように叫んでいる。

 どうやら軍の工兵部隊の現場指揮官のようだ。

 そして、その声で確信に変わる。

空「えっと確か一佐だったよね……? 瀧川一佐!」

 空はその人物の階級を名を思い出すと、仮設テントから出てその名を呼ぶ。

 瀧川一佐と呼ばれた男性は、振り返るなり驚いたような表情を浮かべた。

瀧川「ああ、君は……真実の友人の」

 そして、思い出すように言ってからさらに続ける。

瀧川「そうか、ギガンティック機関に友人がいると言っていたが、君の事だったのか……」

 瀧川氏はそう言うと、納得したように頷いた。

 もうお気付きだろう。

 瀧川一佐とは、空の親友である瀧川真実の父親である。

空「はい、その節はお世話になりました」

瀧川「ああ、いや……こちらこそ、真実だけでなく歩実とも親しくしてくれているようだし、
   去年の末には二人の命まで救ってくれたそうで……本当にありがとう」

 空が以前……訓練時代の里帰りの際、瀧川家に宿泊させてくれた事で改めて礼を言うと、
 瀧川も連続出現事件の最後、アミューズメントパークで観覧車に取り残された真実達を救ってくれた事で礼を言う。

空「いえ……あの時は、たまたま真実ちゃ……真実さんと歩実さん、それに友達が取り残されていただけで……。
  私は私の仕事をしただけですから」

 すると、空は慌てたように恐縮し、思わず半歩後ずさってしまう。

 友人達と会う度に感謝され、半月ほど前――空の体感ではそろそろ二ヶ月以上前になるが――にも、
 歩実から最大限の感謝をされたばかりだ。

 その上、親友姉妹の父親からも改まって礼を言われては、空としては恐縮しきりである。

 百歩譲って、これが意図して彼女達だけを助けたならお礼を言われるのも満更ではないが、本当に偶然なのだ。

 むしろ、退っ引きならない所まで追い詰められていたとは言え、アミューズメントパークで遊ぶ約束をすっぽかした分、
 空は自分には非があると考えていたため、何とも言えない居たたまれなさを感じてしまう。

 無論、感謝そのものは非常に有り難いのだが、
 有り難いと思う気持ちと空自身の性格と信条の問題で恐縮してしまうのは別の問題である。

空「っと、こちらの指揮は瀧川一佐がなさっているんですね」

 空はやや強引に話題をすり替える。

クライノート<空、少々強引過ぎます>

 一時だけの仮の主とは言え、空の強引な話題転換には、
 無口なクライノートもさすがに言葉を挟まずにはいられなかったようだ。

 だが、思念通話に止めてくれた事もあって、瀧川の耳には届いていない。

瀧川「あ? ああ……。この部隊は私の預かっている部隊でね。
   本当は第三フロートで作業中の例の件で交代要員として赴く筈だったんだが、
   昨日のあの騒ぎでこちらに配備される事になったんだ」

 瀧川は一瞬だけ訝しがったようだが、すぐに気を取り直して事情を説明してくれた。

 軍務である以上、本来は部外秘なのだろうが、
 相手が娘の友人であり恩人でもあるオリジナルギガンティックのドライバーと言う事もあって、
 言い淀む様子も隠し事をしているような様子も無い。

 むしろ、娘と同い年の少女とは言え、相手が特一級、自分が正一級の立場上、
 返答を求められれば断れないのが宮仕えの実状だ。

 勿論、空は返答を求めたワケではないので、後から言い訳が利く事も見込んで親切心で話してくれたのだろう。

 そして、“昨日の騒ぎ”と言う自らの言葉に引っかかりを感じたのか、瀧川は申し訳無さそうな顔をする。

瀧川「……すまない、昨日は大変だったのに思い出させるような事を……」

空「あ、いえ……気にしないで下さい」

 申し訳なさそうに謝罪する瀧川に、空は寂しそうな笑みを浮かべて返す。

 おそらく、フェイの事だろう。

 状況が切迫しているためと、戦死したフェイが統合労働力生産計画で作られたヒューマノイドウィザードギアと言う事もあって、
 不安や混乱を助長しないため民間の報道では未だに伝えられていない事ではあったが、
 軍人と言う立場上、瀧川も空の仲間の死は聞かされていた。

 対して、空は時間の上ではまだ二十時間も経っていないが、体感では既に一ヶ月半以上が過ぎている。

 気持ちの整理は出来ているつもりだ。

空「フェイさんが……大切な仲間が命がけで守ってくれた命ですから、
  今度は私が皆さんを守るために全力で戦います!」

 空は拳を強く握り締め、力強く言った。

 それは嘘偽りの無い本心だ。

 守るために全力で戦う、と言った以上、進んで命を捨てようと言っているのではない。

 自分が死ねば悲しむ人がいるのは知っている。

 その人達に、自分がフェイや海晴を失った時のような哀しみを味あわせるワケにはいかない。

 仲間達を守り、自らも生き残る。

 これは空の決意表明のような物だ。

瀧川「……無理をしてはいけないよ」

 瀧川もそれを察してくれたのか、戸惑いながらもそう言った。

 繰り言だが、空は娘の友人であり、その娘と同い年で今日十五歳になったばかりの少女である。

 いくら敵の結界装甲に対する対処法が一つしか無いとは言え、大の大人……
 それも民間人を守るべき軍人が、そんな年端もいかぬ少女を矢面に立たせて戦わせなければならないのだ。

 心中察して余りあると言うものだろう。

瀧川「我々の装備では相手の気を散らす程度の援護射撃しか出来ないが、
   それでも可能な限りの援護を約束させてくれ」

空「はい、ありがとうございます!」

 半ば祈るような思いを込めて言った瀧川に、空は深々と頭を下げた。

 その後、二言三言と言葉を交わし、現場指揮の任務に戻って行った瀧川と別れ、空はテントへと戻る。

 すると、テントに戻るなり驚いた様子の紗樹に声をかけられた。

紗樹「空ちゃん、軍の一佐と知り合いなんて凄いわね」

空「あ、いえ、学生時代からの友達のお父さんですよ」

 目を丸くして呟く紗樹に、空は苦笑いを浮かべ恐縮した様子で返す。

レオン「謙遜するなって。
    いくらダチの親父さんだからって、一佐が知り合いってのは十分なコネになるんだからよ」

 そんな空に、レオンが口の端に笑みを浮かべて言った。

 加えて“俺なんて巡査部長だから下から数えて三つ目だしな”と言って笑う。

 ロイヤルガード……皇居護衛警察は旧日本の皇宮警察の流れを組むため、
 階級的には上から七番目の皇宮巡査部長と言う事だろう。

紗樹「そんな事言ったら、私と徳倉君なんて名誉階級扱いの巡査長ですよ」

 紗樹は上司をジト目で見遣りながらボヤき、その傍らでは遼が無言で何度も頷いている。

 余談だが、皇宮警察の巡査長とは紗樹の言う通り、巡査長皇宮巡査と言う名の名誉階級だ。

 法的には職位として認められてはいるが、
 正式な階級では一番下の皇宮巡査と同じ扱いであり、それは皇居護衛警察となった今も変わらない

 無論、給料や手当に相応の色はつくが……。

 ともあれ、同じ正一級や準一級であっても、階級社会の関係上、
 レオン達に言わせてみれば一佐……大佐の瀧川は“お偉いさん”と言う事だ。

 皇居護衛のための特権は幾つも与えられているが、それはそれ、これはこれである。

 ちなみに、この場にいない茜は十七歳と言う若さだが第二十六小隊の隊長であり、
 オリジナルギガンティックのドライバーでもある関係で、
 兄の臣一郎と同じく上から三番目の皇宮警視正の階級を与えられていた。

 加えて、空達ギガンティック機関所属のドライバー達は、
 現場での軍や警察との指揮権上の面倒を回避するため“将補相当”と言う不思議な階級が与えられている。

 ちなみに将補とは、旧世界の日本以外の軍隊で言う所の准将に相当する階級だ。

 閑話休題。

紗樹「それはそうと、空ちゃんの口から“学生時代からの友達”なんて言葉が飛び出すと、
   思わずドキッとしちゃうわね」

 紗樹は苦笑いを浮かべて戯けたように漏らす。

遼「学校に通っていた頃の友人と言う事は、大概は小中一貫だから……幼馴染みか何かですか?」

 遼も気になった様子で、そんな質問を投げ掛けて来る。

 レオンは部下二人の様子を見遣って笑みを浮かべていた。

 やや緊張感に欠ける気もするが、彼らなりに気を紛らわせているのだろう。

 普段から飄々として巫山戯ている印象のあるレオンだが、
 任務の最中、真面目に締めなければならない所は締める責任感も持ち合わせている。

 そんな彼が二人を放置しているのだから、レオンなりに不安に思う所が多いのだ。

 空も三人の雰囲気に合わせているが、彼らの不安感も同時に感じ取っていた。

 そして、遂にその時が来る。

『VWooooooo――ッ!』

 警報のサイレンが辺りに響き渡った。

オペレーター『哨戒中のセンサードローンより移動中の敵機確認!
       十時方向、距離八〇〇〇、速度毎秒一〇〇! 数は十!』

 軍のオペレーターの放送が辺りに響き渡る。

 つまり、正面よりやや左方向、最終防衛ラインから八キロ離れた場所から
 毎秒百メートルの速度で十機のギガンティックが接近中との事らしい。

 最終防衛ライン到達まで残り八十秒足らずだ。

空「皆さん、急いで機体に搭乗して下さい!」

 空はレオン達に指示を出すと、自らも新たな乗機へと向かって駆け出した。

 仮設テントのすぐ真横に横付けされているリニアキャリアに駆け上がり、
 ハンガーの通路を上ってクライノートのコントロールスフィアへと乗り込む。

空「クライノート、お願い!」

クライノート『了解です、空。一部起動シークエンスを省略し、緊急起動します』

 空の呼び掛けに応え、クライノートが自分自身を起動させた。

 それと同時にハンガーが起き上がって行く。

 立ち上がっている最中、すぐに視界が開け、軍の工作部隊の動きが目に入る。

 作業中のパワーローダー達は指揮車輌と共に後方にある連絡通路の防壁の奥へと入り、
 ギガンティック部隊が牽制の遠距離射撃を行いながら、
 構築中だった兵站拠点を守るように結界の施術された大型シールドを構えてぐるりと取り囲む。

彩花『朝霧副隊長、OSS203-ヴァッフェントレーガー、起動しました』

 クライノートが完全に立ち上がると同時に、
 ギガンティック機関の指揮車輌との通信回線が開き、彩花の報告が聞こえた。

空「了解! ギガンティック機関03、朝霧空です!
  GWF203X、及びOSS203、前衛に出ます!」

 空は手短に応えると外部スピーカーで軍のギガンティック部隊に呼び掛けつつ、
 乗機と共にそのOSSを伴って前衛へと躍り出る。

 全身を空色に輝かせる白亜にエメラルドグリーンが映える装甲を持ったオリジナルギガンティックと、
 リニアキャリアほどもある巨大トレーラーの進む様は壮観だった。

空「ヴァッフェントレーガー、コントロールリンケージ……」

 自動操縦で母機の一定範囲を追随するOSSの指揮権を、空は自身に移す。

 一瞬、突っ掛かりのような挙動の悪さを感じたが、自分とヴァッフェントレーガーが繋がった証拠だ。

クライノート『敵機、視界内に捉えました。
       敵主力401が六機、カスタム機と思しき随伴の366が四機です』

 クライノートが視覚センサーで捉えた敵機の情報を読み上げる。

空「六機、それに四機……ッ!?」

 空は驚いたような声と共に息を飲む。

 クライノートと共に臨む初の実戦。

 昨日とは違う混成部隊とは言え、数は多い方だ。

彩花『03は401撃破に集中して下さい!
   262、263、264は随伴機に攻撃を集中して下さい!』

空「了解しました!」

 彩花の指示に応え、空はさらに進み出る。

空「コール、06、07! アクティベイト!」

 そして、ヴァッフェントレーガーに指示を出す。

 すると、巨大トレーラーの一部……橙色と紫色のラインの入ったパーツが分離する。

 空は分離したパーツを魔力で掴むと、その二つをクライノートの元に引き寄せた。

 それらは橙色のラインの入ったシールドと、紫色のラインの入った多連装砲だ。

 シールドを左手で保持し、多連装砲を肩に掛けるようにして右手で構える。

クライノート『06オレンジブリッツ、07ヴァイオレットネーベル、ブラッドライン接続確認』

空「06、07、イグニションッ!」

 それらの武装と完全に接続した事をクライノートが確認すると、空は武装を起動する。

 すると、武装のブラッドラインに空色の輝きが宿った。

 そう、これこそがヴァッフェントレーガーの真骨頂。

 七種の特化武装を運搬し、クライノートを支援するOSSの真の姿の一端だ。

 そして、七種の特化武装は、かつて二代目・閃虹と謳われたクリスティーナ・ユーリエフの二つ目の愛器、
 機人魔導兵シュネーが制御した七つの装備に由来する。

 彼の弟妹達の名を冠する、対テロ特務部隊の精鋭達と互角の勝負を繰り広げた武装だ。

 かつてはクライノートの本体を彼女自身が、ヴァッフェントレーガーをシュネーが制御する事で活躍したGWF203Xだったが、
 シュネーがクリスと共に宇宙に旅立って以来、ヴァッフェントレーガーを扱いながら戦闘できた者は皆無だった。

 戦闘しながらのOSSの制御に集中するには針の穴を通すような相応の技量を要求されるか、
 でなければ大魔力の力業でしか運用できない。

 空は特に後者の条件を満たす事で、クライノートを駆る資格を得たのだ。

空「拡散攻撃で敵隊列を崩します!」

 敵が有効射程範囲に入った事を確認すると、空はヴァイオレットネーベルから拡散魔導弾を放った。

 無数の魔力砲弾が敵の一団に殺到する。

 既に部隊の両翼に展開していた366改は弾道を回避したが、中央で固まっていた401は砲弾の雨に晒される。

 しかし、そこは敵も結界装甲に守られたギガンティックだ。

 有効射程範囲とは言え撹乱や牽制程度の拡散魔導弾では、シールドに遮られ、目立ったダメージは与えられない。

 だが、敵の足並みを崩し、隊列を崩壊させるにはそれで十分だった。

空「コール、04! アクティベイト!」

 敵の足並みが崩れた瞬間を見計らい、空はヴァイオレットネーベルを空中に浮かべて保持すると、
 今度は緑色のラインの走る巨大ブーメランを構えさせた。

クライノート『04グリューンゲヴィッター、ブラッドライン接続確認!』

空「イグニションッ!」

 空は巨大ブーメラン……グリューンゲヴィッターを起動するなり、大きく振りかぶって敵に向けて投げ放つ。

 すると、突如としてその姿が掻き消える。

テロリストA『な、何だ!?』

 真正面の401のパイロットは困惑したように叫び、その場で立ち止まってしまう。

空「行っ……けぇぇぇっ! グリューンゲヴィッターッ!!」

 空は裂帛の気合を込めて叫び、投擲した右手の人差し指と中指を突き出し虚空に線を描くように指先を走らせた。

 すると、金属同士が擦れ合うけたたましく耳障りな金切り音と共に、停止した401の手足と頭部を切り裂く。

 手足と頭部を失った401がその場に崩れ落ちると、
 ようやく姿を見せたグリューンゲヴィッターがヴァッフェントレーガーの元へと戻って行く。

 魔力による光学屈折迷彩を活かした見えない刃、それがグリューンゲヴィッターの正体だ。

 高速旋回し、ドライバーの意志で自在に動かす事の出来る見えない刃など、避けられる筈がない。

テロリストB『な、何が起きてるんだ!?』

テロリストC『こんな攻撃、情報に無かったぞ!?』

 寮機の惨状にもう二機の401の動きが鈍る。

 そして、寮機に振り返りかけた背後で――

クライノート『02ロートシェーネス、ブラッドライン接続確認』

空『イグニションッ!!』

 ――執行を告げる声が響いた。

 慌てて向き直らせようとした機体の側面に、
 通常よりも二回りは大きい……それこそカーネル・デストラクター以上に巨大な拳が激突する。

 赤いラインに空色の輝きを纏った巨大な両腕……ロートシェーネスを接続したクライノートの突進だ。

空『エクスプロジオンッ!!』

 直後、拳から近距離魔力砲撃が放たれた。

 本来ならば炎熱変換を活かした爆発を放つ武装だが、空の魔力特性の関係上砲撃しか放つ事が出来ないのだ。

 だが、空の大魔力から放たれる砲撃は近接でこそ、その威力を遺憾なく発揮する。

 拳から放たれた空色の輝きに包まれ、二機の401は大きく吹き飛ばされて行く。

空「ごめんなさい……実戦で使うのは初めてで、加減なんて出来ないから!」

 空はそう警告のように叫ぶと同時にヴァッフェントレーガーの元に戻り、
 寮機が撃破される間に体勢を整え、咄嗟の判断で後方へと距離を取った三機の401へと向き直る。

空「コール、01、03、05、アクティベイト!」

 空は残る三つの武装を一斉に起動した。

 藍色のラインの走る二連装巨大魔導砲を背負い、青色のラインの走るスナイパーライフル型魔導砲を構える。

 そして、黄色いラインの走る六つの浮遊随伴機の内、四つにそれまで使った武装を装着させた。

クライノート『01ドゥンケルブラウナハト、03ブラウレーゲン、06ゲルプヴォルケ、ブラッドライン接続確認』

空「イグニションッ!
  06、ブラッドリチャージ、02、04、07!」

 遂に全ての武装のブラッドラインに空色の輝きが宿る。

 既に使った武装の消耗したブラッドの補充をゲルプヴォルケに任せ、
 空は背負った巨大魔導砲を腰の横に回すようにして展開させ、さらにスナイパーライフルを構えた。

空「ドゥンケルブラウナハト、ブラウレーゲン、ファイヤッ!」

 そして、その三門の魔導砲から一斉に魔力砲撃を放つ。

 しかし、さすがに距離があるせいか上手くは当たらない。

 だが、牽制が目的ならそれで十分だ。

 この連続砲撃が相手では、敵もおいそれとは近寄れないだろう。

 空は三つの標的に狙いを絞りながら牽制の砲撃を続ける。

レオン『ヒュゥ……コイツはスゲェな』

 そして、その様を見ながらレオンは感嘆の声と共に舌を巻く。

遼『正に武蔵坊弁慶……』

 遼も思わずそんな呟きを漏らす。

紗樹『二人とも見とれてないで! また来るわよ!?』

 紗樹はミニガンのような形状の大型魔導機関砲を腰だめに構え、
 左手方向から近付いて来ようとする二機の366を弾幕で牽制する。

レオン『はいよはいよ! 遼、援護任せるぜ!』

遼『了解です、副隊長!』

 レオンは口ぶりでは不承不承と言った風だが気合十分の声で遼に指示を出し、遼も力強く応えた。

 遼の放った牽制の弾丸を避けた敵機を、レオンのスナイパーライフルが正確に撃ち抜いて行く。

 ともあれ、クライノートががっしりとした足腰で大地を掴み、
 七種の特化武装を切り替えながら戦う様は、確かに七つ道具を使いこなす武蔵坊弁慶を思わせた。

 だが、伝承によれば、武蔵坊弁慶は五条大橋で腕試しの刀狩りをしている中、
 後の源義経……牛若丸の軽快な戦術の前に敢えなく敗れ去ったと言う。

 言霊とは厄介な物で、一度口にしてしまえばそのように“引っ張られて”しまう物だ。

 空とクライノートが弁慶だと言うならば、天敵の牛若丸に相当する者も、また存在するのである。

彩花『十一時方向、距離四八〇〇! 急速接近して来る反応有り!?』

 通信機から彩花の悲鳴じみた声が響き、空は一瞬、眉根を震わせて身を硬くした。

空(来た!?)

 そして、視線だけを十一時方向……やや左に向ける。

 濛々と土煙を上げ、こちらに突進して来る“何か”が見えた。

空(地上走行……速度からしてオオカミ型!
  レミィちゃんはまだ間に合ってない……私一人でやるしかない!)

 空は意を決しドゥンケルブラウナハトでの砲撃を続けながらブラウレーゲンをゲルプヴォルケに預け、
 グリューンゲヴィッターとオレンジヴァンドを構え、接近戦の準備に入る。

クライノート『空、敵機のコックピットは胴体下部、腹部辺りに存在します。
       攻撃の際にはコックピットを避け、手足に集中して下さい。
       加えて、変色ブラッドの注入口は口部に存在するため、特に噛み付きに注意するように』

 身構えた空に、クライノートが一気にアドバイスを送った。

 彼女の淡々とした性格上、非効率な奪還作戦などは嫌うと思っていたが、そうではないようだ。

空「こう言う作戦でも理解があるんだね、クライノートって」

クライノート『これでも二代目・閃虹の愛器ですので』

 驚いたように漏らした空に、クライノートは淡々としながらも誇らしげに答えた。

 対して、空も“そっか……そうだね!”と納得したように頷いて笑みを見せる。

 彼女の主であるクリスティーナ・ユーリエフの二つ名……“閃虹”とはそもそも、そう言う人間が冠してきた物だ。

 異論は無い……いや、むしろ望むところと言う物だろう。

空「……見えた!」

 そして、オオカミ型の機体を視認したと思った直後、一気に間合いを詰められた。

狼型G『Grrrrrrッ!!』

空「ッ!?」

 唸り声を上げて突進して来るオオカミ型に、空は息を飲みながらも咄嗟にオレンジヴァンドを突き出し、
 出力全開でその突進を押し留める。

 本来ならオオカミ型と接触していたであろうオレンジヴァンドの表面には結界装甲の分厚い膜が張り、
 オオカミ型はその牙で虚空を噛み砕かんとするような体勢で止まっていた。

狼型G『Grr……GAAAAAッ!!』

 オオカミ型は怒ったように唸ると、さらに躙り寄ろうと全身各部のブースターを噴かす。

空「ッ、うわあぁぁぁっ!」

 だが、空も砲声を上げてそれを押し返し、力比べが始まる。

 サクラの解析通り、力比べなら自分達に分があるようだが、いつまでもこんな状態は続けられない。

空(接近戦用にグリューンゲヴィッターは構えたけど、押し留めるのが精一杯だ……)

 空は内心で舌を巻く。

 目論見では、オオカミ型の攻撃を受け止め次第、頭か手足を切り飛ばして行動不能に追い遣るつもりだった。

 だが、今は防御に出力を持っていかれ過ぎて、グリューンゲヴィッターに十分な切れ味を持たせる事が出来ない。

 切れ味の悪い刃物は余計な痛みを伴う事になる。

空(オリジナルギガンティックと同じで痛覚を共有してるみたいだし、
  一気に行動不能に追い込めないなら使えない……!)

 空は焦ったように思考を続けながら、激突して来たオオカミ型ギガンティックを見遣る。

 黒い躯体に、仲間と同じ若草色の輝きの宿るブラッドライン。

 事情を知ってからその姿を改めて見ると、痛々しい物と怒りを感じざるを得ない。

 レミィの妹は誰かに利用されている。

空(絶対に助けなきゃ………!)

 空はその決意を反芻する。

 だが――

クライノート『空! 01の出力が落ちています!』

 直後のクライノートの悲鳴じみた声が、空の意識を引き戻す。

 そう、オレンジヴァンドに出力を集中していた事で、ドゥンケルブラウナハトの出力が落ちていた。

 牽制の砲撃は散発的になり、先ほどまで手を拱いていた筈の三機の401が一気に距離を詰めて来ているではないか。

空「しまった!?」

 空は愕然とする。

 思考がレミィの妹の事に向いた事で、武装の操作から意識が外れてしまっていたのだ。

 ヴァッフェントレーガーの扱いが難しいのは分かっていた筈だった。

 思考並列処理しなければならない以上、意識は常に幾つもの作業を同時に思考しなければならない。

 空はその大原則を怠ってしまったのだ。

 そのために三段階に及ぶ特訓も行って来たのに……。

 しかし、後悔しても遅い。

 三機の401はフォーメーションを組み、魔導ライフルを構えて自分達の有効射程内に入る瞬間を待っている。

 後部カメラでレオン達の状況を見るが、やはり四対三の防衛戦では分が悪いのか、こちらのフォローには入れそうにない。

 万事休す、だ。

 だが――

???『空っ! ブーメランで雑魚を狙えっ!』

 背後から声が響いた。

 この戦場で、誰よりも信頼できる友の声。

空「了解っ!」

 空はその声に従い、オレンジヴァンドの出力を僅かに下げ、
 グリューンゲヴィッターに魔力を流し込むと、迫り来る401目掛けて投擲する。

 部隊を横薙ぎにするような軌道を描くグリューンゲヴィッターに、401達は隊列を崩され、
 再度の後退を余儀なくされた。

狼型G『Grrr……GAAAAAッ!!』

 一方、出力の落ちたオレンジヴァンドの結界装甲を食い破り、
 肉迫せんとするオオカミ型ギガンティックが吠える。

 だがしかし、その咆哮を掻き消すように、クライノートの傍らを一陣の疾風が駆け抜けた。

 駆け抜けた疾風は、濃紫色の変色ブラッドが滴る牙を突き立てんとするオオカミ型の横っ面に激突し、
 オオカミ型を大きく弾き飛ばした。

狼型G『Grrr…ッ!?』

 オオカミ型ギガンティックは体勢を崩しながらも何とか着地し、すぐに空達へと向き直る。

 それと同時に、クライノートの傍らを駆け抜け、
 オオカミ型を弾き飛ばした一陣の疾風がクライノートとオオカミ型の間に降り立つ。

 それは明るめのグリーンを基調とし、全身に白のアクセントが眩しい鋼の肉体を持った、
 巨大なキツネ型ギガンティックだった。

 明々と輝く若草色のブラッドラインは、それが仲間の……レミィの乗機である事を示していた。

 そう、これこそが新たなレミィの愛機、GWF211X改-ヴィクセンMk-Ⅱ改め、
 GWF204X-ヴィクセンMk-Ⅱである。

レミィ『待たせたな……空!』

 外部スピーカーを通したレミィの声は、どうやらジャミングを考慮しての物らしい。

 事実、クライノートの通信システムもジャミングによっていつの間にかダウンしており、
 後方との連絡が取れなくなっていた。

 どうやらオオカミ型ギガンティックそのものが、強力な通信妨害装置を兼ねているようだ。

 レミィはバイク状のシートの上に跨ったまま上体を起こし、
 眼前で唸り声を上げ続けるオオカミ型ギガンティックを睨め付ける。

 睨め付けた瞳に宿るのは、敵意と憐愍の色。

レミィ「空……私がコイツと戦っている間、雑魚の相手を頼む!」

空『レミィちゃん……了解、陽動は任せて!』

 静かな、だが力強い声で言ったレミィに、空は僅かな戸惑いの後、こちらも力強い声で応えた。

 空はクライノートにヴァイオレットネーベルを再装備させると、
 隊列を整えようとする敵機に向けて拡散魔導砲を放つ。

狼型G『Grrrッ!』

 野獣のように戦っているようにしか見えないオオカミ型も、寮機を援護しようと言う意志はあるのか、
 威嚇するような唸り声を上げた後、クライノートに向かって飛び掛かろうとする。

 だが――

レミィ「お前の相手は私達だっ!」

 レミィは新たな愛機を走らせ、今まさに飛び掛からんとするオオカミ型の前に躍り出た。

 既に一度、弾き飛ばされた事でヴィクセンを警戒しているのか、
 オオカミ型は各部のブースターを点火してその場から跳び退く。

狼型G『Grrrr………』

 そして、距離を測りながらゆっくりと横に移動しつつも、視線だけはヴィクセンを睨め付ける。

 どうやら、目の前の新型が昨夜倒したばかりのキツネ型と同質の存在と言う事には気付いているようだ。

 それと同時に、自身が倒すべき敵としても認識したのか、空達にはもう視線すらも向けない。

 レミィにとって、それは好都合だった。

レミィ「空! 私はこのままコイツをこの場から引き離す!」

 レミィは外部スピーカー越しに叫ぶと、愛機を戦場から離すように走らせた。

 オオカミ型ギガンティックもその後を追って走り出す。

 すぐに外部スピーカーが通じる距離を過ぎ、仲間達からも十分な距離を取れた事を確認すると、
 レミィは愛機を反転させ、わざとオオカミ型に追い抜かせて戦場との間に割って入った。

 これでもう、オオカミ型は近場の仲間の元へと逃げる事は出来ない。

 だが、逆にレミィとヴィクセンも一対一の戦いを強いられる事になのだが……。

弐拾参号?<暗いのは嫌だよぉ……怖いよぉ……>

 しかし、そんな不利への焦燥は、愛する妹の啜り泣く声の前には意味の無い物だった。

 空には聞こえていなかった弐拾参号の思念通話。

 接近されただけで強力な通信妨害圏を展開するオオカミ型の、その思念通話が届く筈もない。

 恐らくは彼女と波長の合うレミィと、レミィの管理下にあるヴィクセンにしか聞こえない声なのだろう。

 幻聴ではなく、それだけ強い、助けを求める声だ。

レミィ「弐拾参号……今度こそ、お姉ちゃんがお前を助けるからな!」

 レミィは決意の表情で叫ぶと、愛機を跳躍させた。

レミィ「ヴィクセン! クアドラプルブースター、オンッ!」

ヴィクセン『了解ッ! 文字通り、飛ばすわよっ!』

 そして、愛機に指示を送ると、その背面から四本の柱状のブースターがせり上がり、
 ヴィクセンの言葉通り、巨大な躯体をさらに天高くまで飛び上がらせる。

狼型G『G……GAAAッ!?』

 獲物を追い掛けようとしたオオカミ型ギガンティックも、
 自らの推力を超える高さまで跳躍したヴィクセンを追い切れず、落下して行く。

 瑠璃華謹製の独立可動型四連ブースター……
 クアドラプルブースターは、それ単体の推力はフレキシブルブースターに劣る。

 だが、四つが揃った際の推力はフレキシブルブースターの倍以上に匹敵する大推力だ。

 以前よりも躯体が一回り大型化したとは言え、無理矢理に垂直上昇させるくらいの推力は十二分に確保出来た。

レミィ「このままヴァーティカルモードにチェンジッ!」

ヴィクセン『了解! モードチェンジ開始!』

 天高く飛び上がったヴィクセンは、そのまま空中で変形を開始した。

 後ろ足を折り畳んだ後半身が引き延ばされて脚となり、前足は巨大な爪を備えた腕となり、
 キツネの頭が胸へと移動すると同時に頭部がせり上がる。

 胸にキツネの頭部と、背面に巨大なキツネの尾、
 そして、両肩に左右二対の大型ブースターを備えた人型ギガンティックだ。

 そう、これこそがヴィクセンMk-Ⅱの近接戦形態。

 以前と同様の獣型の形態を高機動・高速移動用とした対極の形態である。

狼型G『Grrr………GAAAAッ!!』

 新たな姿を見せた獲物に、オオカミ型は威嚇の砲声を張り上げた。

 レミィはヴィクセンをオオカミ型から離れた廃墟の中に着地させる。

ヴィクセン『こっちの形態だと戦闘能力は上がるけど、機動力は落ちるわよ。……いいの?』

レミィ「ああ、組み合わなきゃコントロールスフィアをえぐり出すのは無理があるからな……」

 心配そうに尋ねるヴィクセンに、レミィはバイク状のシートから降りながら応えると、大きく息を吸い込んだ。

 そして、バイク状のシートがコントロールスフィアの床に格納されて行くと、
 オオカミ型ギガンティックを迎え撃つべく身構えた。

狼型G『GAAAAッ!!』

 それを開戦の合図として、オオカミ型ギガンティックは唸り声と共に一気呵成に飛び掛かる。

 後方のブースターから魔力を噴射しての、直進的な突進だ。

レミィ「デカくなって機動力は落ちていても、そんな大振りな攻撃ならっ!」

 レミィはサイドステップでその突撃を交わす。

 だが、しかし――

狼型G『Grrrrッ!』

 オオカミ型は即座にブースターの推進方向を切り替え、回避したヴィクセンの横っ腹に向けて体当たりを行う。

 昨晩と同じ戦法だ。

 だが、レミィも馬鹿正直に回避したワケではなかった。

レミィ「ヴィクセンッ!」

ヴィクセン『分かってるわよ!』

 ヴィクセンはレミィの呼び掛けに力強く応え、両肩のクアドラプルブースターを下方に向けて魔力を放出する。

 ヴィクセンは一気に上昇し、急加速したオオカミ型は突進を空振りし、
 不安定な体勢のまま地面や廃墟群に打ち付けられる結果となってしまった。

狼型G『GAAAAッ!?』

 オオカミ型は悲鳴じみた唸り声を上げ、幾度も地面に叩き付けられ、
 幾つもの廃墟を破壊しながらも何とか体勢を整え直し、上空へと逃げ延びたヴィクセンを睨め付ける。

 四つ足で跳ね回る時ほどの機動性は損なわれているかもしれないが、
 クアドラプルブースターによる爆発的な瞬発力は人型・獣型のどちらでも変わらない。

レミィ「何度も同じ攻撃が通用すると思うなよ………」

 しかし、昨晩の敗北を決定づけた時と同じ攻撃を回避しながらも、レミィの顔は晴れやかではなかった。

 それは重苦しい声音にも現れている。

 何故なら――

弐拾参号?<痛い……痛いよぉ……お姉ちゃん……痛いよぉ……>

 ――啜り泣く声は、恐怖よりも痛みを訴える物に変わったからだ。

 繰り言になってしまうが、国際救難チャンネルすら含む全周波数が通信妨害されている現状、
 絶対に聞こえる筈のない思念通話。

 それを鑑みれば、この声がレミィの戦意を削ぐための奸計だと言い切る事は難しい。

 だが、この声は確実にレミィの気勢を削ぐ。

 攻撃を戸惑わせ、構えた拳を下げさせ、高揚した戦意をジワジワと削り落とす。

 黒幕とも言える敵に……そして、本当にあの敵機の中にレミィの妹がいたとして、
 どちらにもその意図が無いにせよ、だ。

レミィ(どうする……どうすればいい!?)

 痛みを与える隙もなく、腹にあると推測されるコントロールスフィアだけを綺麗に抉り出す。

 四足歩行動物型の視界に映らない腹にある物を抉り出すのは困難を窮める。

 最初から無茶は承知していたが、改めて対峙してみればそれが如何に困難かを思い知らされた。

 人型になった事で“抉り出す”と言う動作自体は困難ではなくなったが、
 “腹にある物”を抉り出す難易度は何ら変わっていない。

レミィ(敵の下に潜り込むか? 前のようにジャンプを誘った方が確実か?)

 レミィは焦るように黙考を続ける。

 その瞬間、レミィは思わず長いまばたきを……いや、目を瞑ってしまった。

 不可能とも思える目的への焦燥、嗚咽によりジワジワと削られる戦意、
 相棒を死の淵にまで追い込んだ敗北への自責、そして、囚われの妹の身を憂う気持ち。

 新型に乗り換えて尚も油断したと言えばそれまでの、
 だが、レミィの気持ちを慮れば止むに止まれぬ精神状態だろう。

 だが、僅かでも下がった構えと長時間の静止は、オオカミ型にしてみれば絶好の隙に他ならない。

ヴィクセン『レミィ! 構えて!』

 ヴィクセンがそう叫ぶまで、レミィは自身の油断に気付けなかった。

レミィ「ッ…!?」

狼型G『GRRRAAAAAッ!!』

 目を見開いて驚きに息を飲んだのと、オオカミ型が咆哮と共に突進して来たのは、ほぼ同時。

 レミィに出来たのは、突き出された両の前脚を掴む事だけだった。

レミィ「ッぐぅ!?」

 格闘能力が高くとも機動性重視のヴィクセンではオオカミ型の巨体を完全に押さえ込む事は出来ず、
 勢いのままに押し倒されてしまう。

 崩落しかけの背後のビルがクッション代わりとなってくれたお陰で、
 見た目ほどのダメージは負わなかったが、不利な体勢に追い込まれた事には変わらない。

狼型G『GAAAAッ!!』

 オオカミ型はさらなる追い討ちをかけるべく内側の牙を剥き出し、
 ヴィクセンののど元に向けて食らいついて来た。

レミィ「ッ、うぉぉっ!」

 レミィは咄嗟に瓦礫の塊をオオカミ型の口の中に突っ込む。

 巨大な瓦礫は変色ブラッドの侵食を受け、一瞬にして濃紫色に染まって砕け散ったが、
 レミィは間一髪で致命の一撃を回避する事に成功した。

 クアドラプルブースターを噴かし、オオカミ型を振り切るようにしてその場から抜け出す。

レミィ「………すまん、ヴィクセン……」

 オオカミ型と十分な距離を取ってから愛機を着地させたレミィは、再び構えながら相棒に詫びを入れる。

 もう少しで、昨晩の二の舞になる所だった。

弐拾参号?<怖いよぉ……暗いよぉ……>

 後悔するレミィの脳裏に、絶えず響き続ける妹の啜り泣き。

ヴィクセン『レミィ……』

 主の思いと少女の啜り泣きが聞こえるからこそ、強く言い出す事の出来ないヴィクセン。

狼型G『Grrrrr……ッ!』

 そして、そんな二人……いや三人を嘲笑うかのように、挑発的な唸り声を上げるオオカミ型ギガンティック。

レミィ「ッ! ………すぅぅ…………」

 不意にレミィは目を大きく見開き、大きく息を吸う。

 そして――

レミィ「にじゅうさんごおおぉぉぉぉぉっ!!」

 喉が裂けるのではないかと思うほどの大音声を放つ。

 外部スピーカーと思念通話、その両方で叫ぶ。

 妹に声が聞こえているかは分からない。

レミィ「弐拾参号っ! 私だっ! 拾弐号だっ!」

弐拾参号?<暗いよ……怖いよ……痛いよ……助けて……お姉ちゃん……助けてぇ……>

 呼び掛ける声に応えるのは、やはり啜り泣きだけ。

 声が届いていないのは明白だ。

 だが、それでもレミィは続けた。

レミィ「………お姉ちゃんは……いつもお前や伍号お姉ちゃんに助けて貰ったな……。
    泣き虫だった私の横で、お前はいつも笑ってくれていた……」

 続く声は、決して大きな声ではない。

 だが、心の底から語りかける。

 構えも解かず、オオカミ型ギガンティックを全力で警戒、牽制する事も怠らない。

レミィ「お前は強い子だ……泣き虫で臆病な私なんかより、ずっと……ずっと強くて、優しい子だ……!」

ヴィクセン『レミィ……あなた、まさか!?』

 弐拾参号へ語りかけ続けるレミィの真意を察し、ヴィクセンは愕然と漏らす。

レミィ「少し……いや、凄く痛いかもしれない……いくらでもお姉ちゃんを恨んでくれていい……、
    だけど、絶対に助けるっ!」

 レミィはそう叫び、四肢を大きく広げて大の字を描く。

レミィ「ヴィクセン、スラッシュセイバー、マキシマイズッ!!」

ヴィクセン『………了解ッ!』

 僅かな躊躇いの後、ヴィクセンは主の声に応え、両手足の先端に魔力とブラッドを集中した。

 すると、爪から長大な魔力の刃が伸びる。

 これぞスラッシュクローに代わるヴィクセンMk-Ⅱの主兵装、両手両足に装着されたスラッシュセイバーだ。

狼型G『Grrrr……ッ!』

 しかし、対するオオカミ型ギガンティックは、
 獲物が見せた新たな武器に然したる脅威は抱いていないようだった。

 警戒した様子もなく、一歩一歩、獲物を値踏みするように歩み寄って来る。

 これまでの戦闘や先ほどまでの様子で、レミィから積極的に攻撃して来る事がないと確信しているのだろう。

 だが――

レミィ「うわああぁぁっ!」

 悲鳴にも似たレミィの裂帛の怒号と共に振り抜かれた右腕の一撃が、
 オオカミ型ギガンティックの左前脚を根本から斬り飛ばした。

狼型G『Ggaaaaッ!?』

 痛みを感じてでもいるのか、それとも驚いただけなのか、
 オオカミ型ギガンティックは悲鳴じみた唸り声と共に大きく後方へと飛んだ。

弐拾参号?<ぁぁぁあああぁぁぁっ!?>

 それと同時に、弐拾参号も絶叫する。

弐拾参号?<痛い……痛い! 痛いよぉぉ……!?>

 痛みでのたうち回る様が見えて来るほどの悲痛な声を上げ、弐拾参号は泣きじゃくった。

レミィ「ぅぅっ!」

 レミィは全身をワナワナと震わせ、押し寄せてくる後悔と怒りで顔をしかめる。

 耐えろ、とは言えない。

 妹を傷つけているのは自分だ。

 そんな無責任な事は言えよう筈がない。

 だが――

レミィ「絶対だ……絶対に助けるから!」

 レミィは訴えかけるように叫ぶ。

 彼女の決意を汲み、敢えて悪し様に言おう。

 レミィは諦めた。

 オオカミ型ギガンティックにダメージを与える事なく、コントロールスフィアだけを抉り出す事を、だ。

 その無茶を通せば、再び相棒を死の淵へと追い遣り、
 フェイの時のような取り返しの付かない悲劇が起こらないとも限らない。

 ならば、罪を背負う。

 仲間達を危険に晒さず、妹を助けるために。

 妹を傷つけてでも、絶対に妹を救い出す。

 それがオリジナルギガンティックのドライバーであり、弐拾参号の姉でもある自分の務めだ。

レミィ「お姉ちゃんを許してくれとは言わない……!
    もう、二度と私の隣で笑ってくれなくてもいい……!

    だけど、絶対……絶対に助けるから! 痛いのは……今だけだから……!」

 レミィは堪えきれないほどの涙を溢れさせながら、再び構える。

狼型G『Grrr……GAAAAAAAAッ!!』

 オオカミ型ギガンティックは三本の足で器用に飛ぶと、
 大きく口を開けて必殺の毒の牙を剥き出しにして突っ込んで来る。

レミィ「うわああああっ!」

 レミィは泣き叫びながら、両腕のスラッシュセイバーをX字に薙ぐ。

 真っ向から飛び込んで来たオオカミ型ギガンティックは頭部を切り刻まれ、瓦礫の中に没した。

弐拾参号?<ッ………ァァァァァァァッ!?>

 弐拾参号の悲鳴は、最早、声になっていない。

レミィ「弐拾参号……弐拾参号……にじゅう、さんごぉ……っ!」

 レミィは後悔の涙を流しながら、譫言のように妹の名を呼び続ける。

狼型G『………』

 そして、オオカミ型ギガンティックは無言で立ち上がった。

 オオカミに似せて作られたとは言え、所詮は機械。

 唸り声を発するための装置が破損しては吠える事も出来ないのだろうが、
 それでも平然と立ち上がる様は単なる機械の怪物でしかない。

 その様が、余計にレミィの怒りに火を付ける。

弐拾参号?<………ぁぁ……ぁ……>

 妹は満足に悲鳴すら上げられないほど苦しんでいるのに、
 目の前の敵はその痛みを僅かにも背負おうとしていない。

 必殺の毒の牙すら失い、もう存分な機動力も発揮できない身でありながら、
 それすら判断が出来ずに立ち上がって来るのは、おそらく自動操縦なのだろう。

 そして、ダメージによってシステムの一部が異常を来し、最早、撤退すら判断できなくなっているのだ。

レミィ「そのバケモノからすぐに助け出す……だから、もう少しだけ待っていてくれ……!
    弐拾参号ぉっ!」

 レミィは涙を拭って叫び、オオカミ型ギガンティックに向かって跳んだ。

 空中で体勢を入れ替え、つま先から伸びたスラッシュセイバーを用い、
 クアドラプルブースターで加速してドロップキックのような跳び蹴りを放つ。

 そして、その一撃がぶつかる瞬間。

弐拾参号?<じゅ、う……に……ごう、おねえ……ちゃん>

レミィ「ッ!?」

 蹴りが命中する寸前の声に、レミィは息を飲む。

 直後、大音響と共にオオカミ型ギガンティックの左半身がひしゃげ、弾き飛ばされた機体が廃墟の中に転がる。

レミィ<弐拾参号!?>

 レミィは思念通話で妹の声に応えた。

弐拾参号<おねぇ……ちゃん……拾弐号……お姉ちゃん……>

 間違いなかった。

 先ほどまで漫然としか“お姉ちゃん”としか呼んでいなかった弐拾参号は、
 今は確実にレミィの事を最後に残された姉妹の一人……“拾弐号”として認識している。

弐拾参号<痛いよ……お姉ちゃん……凄く……痛いよぉ……>

レミィ<ごめん……ごめんな、弐拾参号……こうするしか、もうお前を助けられないんだ……!>

 弱々しく泣く弐拾参号に、レミィは苦悶の声で返す。

 痛みを強いる事でしか、お前を助けられない。

 許される筈がない。

 それでも助けたい。

 こうでもしなけば、全部を救えないほど、自分は弱い。

 全部、全部……我が儘だ。

 そんな後悔だけが募る声。

 だが――

弐拾参号<泣かない……で、お姉ちゃん……>

 弐拾参号は痛みに声を震わせがら、そう呟く。

 ――その声に込められた心は、妹にも伝わっていた。

レミィ<……に、弐拾参号!?>

 レミィは愕然と叫ぶ。

弐拾参号<頑張る……から……お姉ちゃんが、助けてくれるから……わたし……がんばる、よ……>

 だが、弐拾参号は気丈にも声を絞り出し、そう続けた。

レミィ<………ッ! あと一回だ! あと一回で、絶対にお前を助け出す!>

 そして、レミィもそれに応える。

 涙に震えながらも、力強い声で。

 そう、あと一回だ。

 既に両の前脚は奪い、片方の後ろ脚も奪い、左側面のブースターも全て潰した。

 右脚と残る後方と右側面のブースターだけで身体を支えられる筈もない。

 あと一回……腹にあるコントロールスフィアを抉り出す痛みだけだ。

弐拾参号<拾弐号……お姉ちゃぁんっ!>

 弐拾参号はそれだけ叫ぶと、ぎゅっ、と身を強張らせたようだとレミィは感じた。

狼型G『………』

 対して、オオカミ型ギガンティックは何とかして体勢を立て直そうと、
 右後ろ足とブースターを調整しながら何とか浮かび上がろうとする。

 幸か不幸か、ある一瞬だけバランスの取れたオオカミ型ギガンティックの胴体は、
 大きく、天蓋へ向けて飛び上がった。

ヴィクセン『レミィ、今っ!』

レミィ「………おうっ!」

 ヴィクセンの呼び掛けと同時に、レミィはオオカミ型ギガンティックに向け、
 クアドラプルブースターを噴かせて愛機を跳躍させた。

 狙うは一点、オオカミ型ギガンティックの腹部周辺。

レミィ(分かる……分かるぞ! 弐拾参号がいる場所が!)

 目に見える情報ではなく、魔力で感じる妹の居場所。

 今、四肢の三つと頭を失ったオオカミ型ギガンティックは、
 レミィ達に腹を向け、天蓋に向けて垂直上昇しているような状態である。

 ハッチが見えているのはその丁度ど真ん中。

 だが、妹の反応はそこから少し上……人間で言うなら胸と臍の中間辺りだった。

 もしも気付かずに抉り出そうとすれば、確実に切り刻んでいた位置。

 強力な通信障害の影響で正確なスキャンも出来ずにいた。

 レミィと弐拾参号が思念通話を行い、居所までも掴めた理由は、姉妹故に魔力の感応度が高かった故だろう。

 レミィが妹を思ってかけ続けた言葉が、弐拾参号が姉に助けを求め続けた言葉が、
 強い感応により結びついた結果だ。

 それは奇跡でも何でもなく、お互いを愛して求め合った姉妹がたぐり寄せた必然だった。

 そして、それを可能としたのは――

レミィ『スラッシュセイバー……マキシマイズッ!』

 ヴィクセンMk-Ⅱの四肢で輝く魔力の刃が、彼女自身の声と共にさらに長大な刃と化す。

 ――主と主の妹を救いたいと願った、一器のギアが紡いだ一つの道程に他ならない。

レミィ「でやぁぁぁぁっ!」

 裂帛の気合を放ち、レミィは突き出したスラッシュセイバーでコントロールスフィア周辺を抉り斬り、
 そこからコントロールスフィアを抜き出した。

 成功だ。

 コントロールスフィア本体には、僅かな傷一つ無い。

 そして――

レミィ「これで、終わりだぁぁぁっ!」

 レミィは右手でしっかりとコントロールスフィアを抱え込むと、
 両足と空いている左腕のスラッシュセイバーで、オオカミ型ギガンティックを幾度となく切り刻む。

 コントロールスフィアを失って暴走を始めていたオオカミ型のエンジンは、
 スラッシュセイバーで切り刻まれると同時に、エーテルブラッドを燃料にして大爆発を起こした。

 その大爆発の爆炎を突っ切り、ヴィクセンMk-Ⅱが大地へと降り立つ。

 ――勝利だ。

エミリー『……ィ!? レミィ!? 聞こえてる!?』

 だが、その勝利の余韻に浸る間もなく、通信機から慌てたような声が響いて来る。

 連絡通路内の指揮車輌にいるエミリーの声だ。

 どうやら、オオカミ型がいなくなった事で通信障害が無くなったのだろう。

 多少のノイズはあるが、それでもクリアに聞こえる。

レミィ「……聞こえてるよ、エミリー」

エミリー『良かった! 繋がった!』

 安堵混じりに返すレミィに、エミリーが歓声を上げた。

 ふと、視線を連絡通路方面に向けると、あちらの戦闘も片付いたようで、静かになっていた。

 エミリーが慌てていたのは通信が繋がらない事に関してで、戦況が悪化したとか、そう言う事ではないようだ。

レミィ「戦闘は?」

彩花『敵機は全機撃墜、後続の反応はありません。戦闘状況終了です』

 レミィの質問に応えたのは彩花だ。

 どうやら、本当に戦闘が終わったらしい。

 一番厄介なオオカミ型が戦列に加わるまでは、物量差を物ともしない程に優勢だったのだ。

 当然と言えば当然だろう。

彩花『回収部隊が向かうまでその場で待機していて下さい』

レミィ「了解……」

 レミィは続く彩花の指示に応えると、回線が切断されたのを確認してから大きく溜息を漏らした。

ヴィクセン『お疲れ様、レミィ』

レミィ「ああ……お前もお疲れ、ヴィクセン……お前のお陰で妹を助けられたよ」

 声をかけてくれた相棒に、レミィは感慨深く返す。

ヴィクセン『お礼だったら瑠璃華達や空にしなさいよ。
      私の新しい身体を作ってくれたのは瑠璃華達だし、
      こうして一対一になるのを許してくれたのは空でしょ』

 ヴィクセンは照れ臭そうに返すと
 “ブリーフィングで助けよう、って言ってくれたのも空らしいじゃない”と付け加えた。

レミィ「……ああ、そうだな」

 珍しく照れた様子の相棒に、レミィは噴き出しそうになりながら応える。

 殆ど病み上がりのような状態での全力戦闘は疲労感が半端では無いが、まだ終わってはいない。

レミィ「ヴィクセン、コントロールスフィアに変色ブラッドの反応は?」

ヴィクセン『……無いわね。
      内部の魔力も今は安定しているけど、切り離された時のショックが酷くて気絶しているみたい』

 レミィに尋ねられたヴィクセンは、ややあってからスキャン結果を伝える。

 先ほどの言葉通り内部にいる人間が気絶している事は分かるが、生体反応は問題ない。

 魔力もレミィのものとよく似ており、他の魔力が検知できない今、他人が乗っている可能性は無い。

 他にも爆発物のような反応も無かったが、敢えて報告するべき物でも無かったので、ヴィクセンはその事は告げなかった。

 さすがに主が妹との再会を果たす時に、余計な水入りがあってはならない。

 戦闘が終わったとは言え、ヴィクセンは主とその妹のために、未だ慎重に慎重を期した警戒を続けていた。

 結果、問題は無いと言う判断に至る。

 レミィがコックピットハッチ付近にオオカミ型から抉り取ったコントロールスフィアを移動させると、
 ヴィクセンは気を利かせてすぐにハッチを開けた。

 レミィは興奮を隠しきれない様子で一足飛びに外に飛び出すと、コントロールスフィアの外壁に取り付く。

 愛機が強化された事で変化した新たな魔導装甲を展開し、コントロールスフィアのハッチ部分らしき部位を探り当て、
 継ぎ目にかぎ爪の刃を浅く差し込んで切り裂いた。

 ハッチは簡単に切り離され、レミィはそれを愛機の足もとへとうち捨てる。

 そして、意を決して内部を覗き込む。

 するとそこにあったのは、透明な素材で出来た一つのカプセルだった。

 レミィは一瞬怪訝そうな表情を浮かべた後、目を見開く。

 おそらく何らかの生命維持のためと思われる液体の中に浮かぶ妹の、その凄惨な姿に……。

レミィ「に、弐拾……参号……!?」

 レミィは愕然と漏らしながら、カプセルに縋り付く。

 弐拾参号はかつての溌剌とした様など見る影もなく切り刻まれていた。

 手足は切断されてチューブでカプセルと……さらにそこから伸びたコントロールスフィア内の機械と繋がれ、
 口元には呼吸用のマスクが取り付けられ、片眼を覆うようなヘッドギアが接続されている。

 絶えず魔力を供給し、痛みの程度による判断で機体を保護するための、魔力電池を兼ねた危険判断装置。

 それが弐拾参号が辿った過酷な運命だった。

レミィ「っ、ぅぁ……ぁぁぁ……!」

 レミィはイヤイヤをするように頭を振り、いつの間にか止まっていた涙を再び滂沱の如く溢れさせ、
 妹の浮かんでいるカプセルに縋り付いた。

ヴィクセン『レミィ! 気をしっかり持って!』

 主の目を通して、助け出した少女の凄惨な姿を目の当たりにしたヴィクセンは、自らの動揺を押し殺して主に呼び掛ける。

 コントロールスフィアは殆どの機械が停止していたが、
 おそらくは彼女自身から取り出した魔力供給で生命維持が為されているのか、心臓は問題なく動いていた。

 長時間の戦闘で魔力切れが起きていたらと思うと、それだけで背筋が凍る。

 魔力切れによる機能停止ではなく、手足を切り落として戦闘続行不能に追い込んだレミィ判断は、
 決して間違ってはいなかったのだ。

 だが、だからと言って平静でいられるような状態ではなかった。

 よく見れば、弐拾参号の成長はあの日、最後に会った時のまま止まっていた。

 おそらく、手足を切断され、今のような状態にされたのは、
 彼女と姉が死んだと伝えられた日から、そう経過していない頃だったのだろう。

レミィ「ごめん……ごめんな……こんなにされているの……知らなくて……!」

 レミィは泣きじゃくりながら懺悔の思いを吐露する。

 最後の姉妹を失ったと思って自分が生を諦めていた頃、
 最愛の妹は手足を奪われ、まるで実験標本のような扱いを受けていたのだ。

 自分は、何て愚かだったのだろう。

 自分達を実験台としてしか見ていなかった連中の言葉を……信じたくないと思っていた姉妹の死を信じ切っていた。

 妹がこんな残酷な目に合わされていたのに、自分だけが優しい仲間達に囲まれていた。

 そして、いつしか、姉妹の存在を胸の奥底に封じ込め、省みる機会すら次第に減らしていた。

 湧き上がるのは、そんな後悔のような懺悔の思いばかり……。

 だが――

????<お姉……ちゃん……>

レミィ「!?」

 ――不意に脳裏に響いた声に、レミィは息を飲んだ。

 それは、もう間違える事も疑い事も無い、弐拾参号からの思念通話だった。

 レミィが涙ながらに顔を上げると、いつの間に気がついたのか、妹と目が合う。

 一方を塞がれた片方だけの瞳で、泣きじゃくる自分を不思議そうに見つめて来る。

レミィ「あ……ああ……」

 レミィは何を言っていいかも分からず、茫然の形に口を開けたまま、ただ僅かに音だけを漏らす。

 しかし、その戸惑いもすぐに氷塊する。

弐拾参号<助けてくれてありがとう……お姉ちゃん>

 それは、とても純粋で、短い言葉だった。

 奪われた手足の哀しみを嘆くでなく、先ほどまでの痛みを嘆くでなく、
 ただただ、助けてくれた姉への感謝に再会の感動が重なった、心からの喜びの声。

 それを聞いた瞬間、レミィはまた涙を溢れさせた。

 嗚呼……救われた。

 この言葉だけで……妹の“ありがとう”の言葉だけで、自分は救われたのだ。

レミィ「待たせて…っく…ごめん……な……うぅっ……」

 レミィはしゃくり上げながら、何とか言葉を絞り出した。

 それで限界だった。

 声を上げて、レミィは泣いた。

 廃墟だらけの真っ暗な世界で、若草色の柔らかな光に照らし出される中、レミィの嗚咽は響き続ける。

 嗚咽は、迎えの回収部隊の到着に気付くまで続いた。

 それはさながら、緒戦の大敗を洗い流し、勝利を祝う恵みの甘雨のようであった。


第19話~それは、響き渡る『涙の声』~・了

今回はここまでとなります。

新年、明けまして乙ですた!
実家から帰ってすぐ読み始め、一気に読み終えました。
いやもぉ、クライノート大活躍、ヴァッフェントレーガーかっこエエ、そしてレミイ本懐成る!!と、畳み掛ける展開に圧倒された次第です。
そして茜の状況…ばら撒かれた情報は未だバラバラで、何処に真実が隠されているかは不明ですが、それでもM1という拠り所を見出せたのは一歩前進ですね。
ここからは正に”負けられない戦い”の連続になりますが、空達も、茜も、意志を曲げることなく突き進んで欲しいものです。
今年も彼女たちに、円環の女神と愛の悪魔、白い魔王と金色の雷神と夜天の主のご加護のあらん事を!

あけましておめでとうございます。
お読み下さり、ありがとうございます。

>クライノート大活躍、ヴァッフェントレーガーかっこエエ
主役が駆る2号ロボの初登場と言う事もあり、雑魚相手ではありましたが無双させてみました。
ヴァッフェントレーガーはまんま「武器トレーラー」の独語で、クリスの使っていた頃のシュネー君部分に相当します。
今回は足を止めての防衛戦でしたので地上に降りて戦っていましたが、
高速移動時にはクライノートを上に載せて走る事も可能となっております。

>レミィ本懐成る!!
キツい展開が続いたので、さすがにここで“脳だけでしたー”とかはアウトかなぁと思いまして。
……いえ、最初は二人の姉妹の脳で右脳と左脳、助けた途端に過負荷で脳が崩れ、と考えていたのですが、
フェイが退場してキツいこの状況で、さすがにR○TYPEはやったらアカン、と今回のような運びに……。

>何処に真実が隠されているかは不明
推理物、と言うワケではないので今回までで出したヒントでお気付き頂けるかもしれません。
………本当に推理物だった場合、種明かしの直後、画面の向こうから石を投げつけられる可能性がある類のトリックですw
さらなるヒントを出すとなると“結果ではなく前提が間違っている”と言う感じですね。

>M1と言う拠り所
あの子がいないと基本的に狭い部屋に一人きりの軟禁状態ですからね。
喋る相手がいる、と言うのは大きな要素だと思います。

>“負けられない戦い”の連続
今後に控えた大きな節目としてはエール救出、茜&クレースト救出、さらにテロ撃滅ですからね。
加えて伍号やもう一つのハートビートエンジン、ユエの正体、月島の思惑などもありますので、
次回からもてんこ盛り気味に行きたいと思います。

HOーSYU

保守ありがとうございます。
最新話を投下します。

第20話~それは、天舞い上がる『二人の翼』~

―1―

 7月13日、金曜日、正午頃。
 第七フロート第三層、第十九街区跡地――


 今日も空達を含む政府側戦力とテロリスト達との激戦が繰り広げられていた。

 だが、その戦闘の様相はテロリストと開戦した五日前とも、
 作戦の始まった四日前ともかなり違っているようだ。

 兵站拠点を築くため、軍の工作部隊のギガンティックが結界魔法を施術された
 分厚い装甲板で防衛しているのは同じだが、決して防戦一方では無くなっていた。

レオン『紗樹! 右から二機来てるぞ!』

紗樹『了解です!』

 結界魔法の施術された遮蔽物の陰から大型のスナイパーライフルを覗かせたレオンの言葉に、
 大型シールドとミニガン型魔導機関砲を構えた紗樹の機体がそちらに向き直ると、一斉に魔力弾を放つ。

 ミニガン型魔導機関砲から放たれた無数の魔力弾が、
 レオン達の右方向から近寄って来るギガンティックに向けて殺到する。

 相手は401・ダインスレフ。

 最新鋭の高性能機とは言え、通常のギガンティックに過ぎないアメノハバキリでは相手にならない。

 避ける隙間も無いほどに放たれた魔力弾は、401の結界装甲に阻まれて霧散する……筈であった。

 本来なら避ける必要も無かった筈の魔力弾は401の結界装甲を徐々に侵食し、
 遂には401の全身に無数の穴を穿つ。

 全身を蜂の巣にされた二機の401は失速し、瓦礫の中に倒れ込んで爆散した。

紗樹『二丁上がりっ!』

 敵機の撃墜を確認した紗樹は得意げに言うと、次なる敵に備えて正面へと向き直る。

レオン『大分使い慣れて来たんじゃないか?』

 レオンも感心したように言いながら、遠距離からの攻撃を仕掛けようとする401の頭部と両腕を、
 長大なスナイパーライフルで撃ち抜いた。

 結界装甲を貫いた銃の威力もさることながら、
 遠距離の標的に対して正確に三点を射抜いたレオンの狙撃技術も大した物である。

 ともあれ、大した改修をされたようにも見えないアメノハバキリが、
 何故、こうも容易く結界装甲を貫く事が出来るのか?

 それはつい先日、合流した風華と共に届けられた、瑠璃華の新開発装備による物だった。

 特殊なコネクタを用いて各種武装とオリジナルギガンティックの装備を接続し、
 結界装甲を武装に延伸させる装備、その名もズバリ、フィールドエクステンダーである。

 このフィールドエクステンダーを搭載した装備を、
 レオンと紗樹はクライノートのゲルプヴォルケと接続していた。

 威力はオリジナルギガンティックの六割減と些か心許ない物だったが、
 それでも低出力の結界装甲しか持たないダインスレフを撃墜するにはそれで十分。

 特にブラッドラインの露出していない――結界装甲の薄い――部位を狙えば、
 結界装甲の貫通確率はほぼ十割……先日までとは比較にならないほどの戦力アップだ。

 数で言えば彼我の戦力差はまだ大きくテロリスト側に傾いてはいたが、
 敵が総力戦でも仕掛けて来ない限り、一気にコチラ側の体勢を崩されるような心配も無い。

 それによって、テロリスト達の本拠である旧山路技研への侵攻作戦も三面作戦へと転換していた。

 ギガンティック機関とロイヤルガードの連合直衛部隊を三班に分け、
 主力部隊に先行して左右から敵を迎撃しつつ、簡易拠点を築いて行く作戦だ。

 主力部隊防衛には高い機動性と新型故の性能の高さを活かしてレミィとヴィクセンが残り、
 風華を中心として瑠璃華と遼の攻撃一班、そして、空とレオンと紗樹の三人による攻撃二班と言う構成である。

 そして、この攻撃二班の主戦力であり小隊長でもある空はと言えば、
 レオンと紗樹が形成した防衛戦からかなり突出した位置で戦闘していた。

 ゲルプヴォルケを接続し、左右に分割したオレンジヴァンドを両肩に、
 ブラウレーゲンとヴァイオレットネーベルを両手に装備し、上空の敵機に対して対空戦を繰り広げている。

 敵は白亜の躯体に薄桃色の輝きを宿したオリジナルギガンティック……そう、エールだ。

 上空のエールが、周囲に浮遊しているプティエトワールとグランリュヌから連続砲撃を放つと、
 空は両肩のオレンジヴァンドから魔力障壁を発生させてこれを防ぐ。

 高火力のフル装備エールを相手に、頭上を取られると言う不利な戦況だったが、
 空は魔力障壁で何とかこれを凌ぎきっていた。

クライノート『空、今です!』

空「了解っ!」

 そして、攻撃のタイミングを見定めていたクライノートの合図で、
 空は既に起動済みのヴァイオレットネーベルから牽制の拡散魔導弾を発射する。

 対するエール……ドライバーのミッドナイト1も、
 プティエトワールの何機かを正面に集めて簡易魔力障壁を展開した。

 拡散魔導弾程度の威力の低い攻撃ならば、刹那に展開できる簡易な魔力障壁でも十分だ。

 しかし、いくら拡散攻撃と簡易障壁とは言え、ギガンティック級の出力である。

 両者が接触した瞬間に凄まじい干渉波が発生し、エールの簡易障壁を消し去った。

空「ここっ!」

 その直後、空はフルチャージのブラウレーゲンから魔力砲を放つ。

 だが、直撃弾ではなく、敢えてエールの機体周辺を掠める至近弾だ。

 結界装甲の影響を受けたクライノートの大威力砲撃と、
 エールの機体周囲の結界装甲本体が干渉し合って、エール側の結界装甲に一気に負荷がかかる。

M1「………ッ!?」

 それまでは無言のまま淡々と戦闘を続けていたミッドナイト1も、
 表示されたエーテルブラッドのコンディションに思わず目を見開く。

 だが、それでもミッドナイト1は冷静だった。

M1(一撃掠めただけでブラッドが二割以上削られた……。
   残り三割……あと一撃受けたら危ない……)

 そして、レーダーを一瞬だけ確認し、寮機の生存状況を確認する。

 401が四機、365が七機、自分を加えて十二機が出撃したが、
 401は全機撃墜、365も半数以上の五機が撃墜、或いは戦闘不能に陥っているようだった。

 残る二機の365も腕や頭部を失っており、撃破されるのも時間の問題だ。

 そして、戦況を確認してからの判断は早かった。

M1(寮機は残り二機……401は全て撃墜されている。長居は無用……)

 ミッドナイト1はそう結論を出すと、機体を反転させ、その場を脱した。

空「あっ!? ま、待って!?」

 対して、空は思わず構えを解き、外部スピーカーまで使って呼び止めてしまう。

 が、その要求は当然のように呑まれる事などなく、
 エールは背面に結集させたプティエトワールとグランリュヌで加速し、第一街区方面へと飛び去って行った。

 そして、部隊の最大戦力を失ったためか、残った365は早々に武装解除を始めた。

 最早、ここ数日はお決まりとなった光景である。

空「…………」

 だが、空はそんな光景には目もくれず、
 エールの飛び去って行った方角に、いつまでも哀しげな視線を向け続けていた。

クライノート『空、戦闘状況終了です。後退して下さい』

 そんな主を、クライノートが淡々と促す。

 今も愛機を奪われたままの空の気持ちも分からないでもないが、ここはまだ敵の勢力圏だ。

 次なる敵襲に備えて補給や整備もしなければならない。

空「……うん、分かったよ……」

 空もその事は十分に承知しているため、
 後ろ髪を引かれる思いで兵站拠点予定地の奥に停車しているハンガーへと向かった。


 軍の工作部隊所属のギガンティックが武装解除した365や、401の残骸などの回収を始めた頃、
 ハンガーにクライノートの固定を終えた空はハンガー脇の仮設テントへと入って行く。

レオン「よう、お疲れ」

空「レオンさん、お疲れ様です」

 後から追い付いて来たレオンに声をかけられ、空は笑みを浮かべて応える。

 だが、幾つもの心配事を抱えたままの、張り付いたような弱々しい笑みは、
 逆にレオンを心配させてしまったようだ。

レオン「まあ……、色々と心配な事もあらぁな」

 レオンは軽く肩を竦めて短い溜息を吐いた後、どこか笑い飛ばすようにそう言うと
 “溜め込み過ぎんなよ”と付け加え、テントの奥へと入って行った。

 退っ引きならない所まで追い詰められている、と言うワケでもない空は、
 それがレオンなりの不器用な気遣いだとすぐ気付く。

 レオンも幼い頃から付き合いのある茜が囚われの身なのだ。

 事、茜の身を憂う気持ちの比重で言えば、自分とレオンのそれとでは比べようも無いだろう。

空(仮にも小隊長を任せられているんだから、もっとしっかりしないと……)

 空はそう思い直すと、両の頬を軽く叩いて気を引き締める。

 そして、テント内に設けられたパーテーションで区切られた二畳ほどの個人スペースへと入って行く。

 以前は無かった物だが、任務が長期になった事と、ともすれば指揮車輌にある私室まで戻っている余裕も無かろうと、
 真実の父であり、軍の現場責任者である瀧川が気を回して準備してくれた物だった。

 パーテーションは薄かったが、しっかりと防音処理と強度強化の結界が施術されている事もあって、
 隣の部屋の気配は感じられないので、身体を休めるだけならば十分な設備だ。

 空は室内に準備してあったジャケットを羽織ると、座面と背もたれにクッションの付いた椅子に座り込む。

空<……今回は良い線行っていたと思ったけど……クライノートはどう思う?>

 前述の通り防音処理の施されているパーテーションだが、
 万が一の事を考え、空は思念通話でクライノートに問いかけた。

クライノート<………結界装甲に過負荷をかけてブラッドの摩耗と魔力切れを狙うと言う作戦は、
       可能な限り無傷でエールを奪還するのには妙案と言えましたが、
       ああも撤退判断が早いとなると最善策とは言えないかもしれません>

 ややあってから答えたクライノートは、さらに続ける。

クライノート<接近戦でエールを確保し、機動力を奪ってから魔力切れで行動不能に追い込む事が、
       最も成功確率の高い方法であると提案します>

空<接近戦、か……>

 クライノートからの提案に、空は困惑の入り交じった声音で返した。

クライノート<しかし、そのためには地上に引きずり下ろす必要があります。

       空中での機動性はエールが全面的に上である以上、
       先ずはエールの空中での機動力を奪うのが先決でしょう>

 クライノートはさらにそう言うと、空の視界に一つの図面を提示する。

 それはフル装備となったエールを、ワイヤーフレームで描いた精巧な三次元モデルだ。

クライノート<現状、エールの飛行はプティエトワールとグランリュヌで行われています。
       これは背面部のウイング状スラスターが展開していない事からも明白です>

 クライノートが説明を始めると、該当する部位が見易い位置取りに変更される。

空(これ……翼だったんだ……)

 クライノートの説明を聞きながら、空は初めて聞かされた情報に僅かに戸惑う。

 エールの肩には、付け根から斜め下方に向けて突き出たパーツが存在する。

 オプションブースターやフレキシブルブースターとは干渉しない構造で、
 非常時に慣性姿勢制御を行うためのスタビライザーだと聞かされていた。

 そのスタビライザーにしても、必要な場面ではより信頼性の高いフレキシブルブースターや
 シールドスタビライザーに頼っていたので、使う機会には遭遇していない。

 まさか、それが翼……彼の名を顕す物だとは思いも寄らなかった。

 と言うよりも、そもそも翼は外付けのオプションの類で、
 エール自身のトラウマを起因として接続不可能になっていた物だと思い込んでいた節すらある。

 エールはオリジナルドライバーである結の死により声と飛ぶ力を失い、
 新たな主を設けずに長い年月を過ごす内にテロ騒動で武器を失い、
 元からあった多数のオプション装備を取っ替え引っ替えで騙し騙し動かし、
 ヴィクセンやアルバトロス完成後は合体状態で特化運用していたのが、つい数日前までの実状だった。

 だが、エールは本来、オプション無しでも空戦と砲戦を両立可能な“完成された”機体だったのだ。

 であるなら、空戦の象徴……翼は、外付けのオプションなどではなく、
 機体そのものに備わっていると考えた方が自然だろう。

 ともあれ、クライノートの説明は続く。

クライノート<ですので、プティエトワールとグランリュヌを魔力切れによる停止に追い込み、
       陸戦を余儀なくする方法が、接近戦に持ち込む最適解と思われます>

 どこか自信ありげに言い切ったクライノートに、空も納得したように頷いた。

 彼女が最適解と言った事に空が異論を出さないのは、エールの空戦能力を奪うだけでなく、
 あくまで魔力切れによる装備の機能停止が前提だったからだ。

空<けれど、魔力切れ狙いなら今回もやったよね? 今回の方法とは違うの?>

 しかし、それでも疑問に思う所はあるのか、空は怪訝そうに尋ねた。

クライノート<無論です。今回はあくまで結界装甲を削り、エーテルブラッドを損耗させる事を主眼としましたが、
       次に狙うのは、二つの装備の魔力切れです>

 クライノートが淡々と答えると、それに合わせて図面に描かれた全てのフローティング装備にバツ印が重なる。

 エーテルブラッドの損耗と装備の魔力切れは、似ているようで異なる物。

 と言うのも、基本的に“装備の魔力切れ”と言うのは、
 プティエトワールやグランリュヌのようなフローティング装備に限られるからだ。

 クライノートの場合はゲルプヴォルケや投擲後のグリューンゲヴィッターにも言える事だが、
 母機から切り離された装備は本体の魔力コンデンサ――要はバッテリーだ――内に溜め込まれた魔力で稼働している。

 如何に内部をエーテルブラッドが循環していても、魔力が無ければ操作は不可能になってしまう。

 ちなみに、バッテリーの魔力は母機との接続で回復する事も可能だ。

 だが、それだけに――

空<でも、十六個もあるのに、そんなに都合良く魔力切れに追い込めるのかな?>

 ――空の疑問も納得だった。

クライノート<あなたならば可能です>

 だが、即答したクライノートの言葉は淡々としながらも、その声は強い自身と信頼に満ちていた。

 そうまで信用してくれるのは有り難くも照れ臭くもあり、
 空は思わず照れたような苦笑いを浮かべて“あ、ありがとう”と躊躇いがちに呟いたが、すぐに頭を振って気を取り直す。

空<確かに、私の魔力は無制限だけど、対人戦ならともかく、
  魔力の増幅や出力に限界のあるギガンティック同士じゃあまり意味が無いよ……>

 気を取り直した空は恐縮半分、残念半分と行った風に返した。

 まさかハッチを開けて直接射撃するワケにもいくまいし、
 ギガンティック同士の戦闘で十万そこそこの魔力砲撃は目立って強力な物ではない。

 それでも、量産型ギガンティック相手に足止めくらいは出来るかもしれないが……。

クライノート<確かに、あなたの魔力量は驚嘆に値しますが、
       私が言っているのは魔力の量ではなく、質の話です>

空「……質?」

 クライノートの言葉に、空は思わずその疑問を口にしていた。

クライノート<今のあなたは魔力覚醒により閃光変換以外の属性変換が不可能となっているのは分かっていますね?>

空<う、うん……>

 クライノートの問いかけられて、空は困惑しながらも頷く。

クライノート<マギアリヒトを媒介に回復できる魔力と、閃光変換のみの属性変換……
       あなたは既に、アルク・アン・シエルを使える条件を満たしています>

空<アルク・アン……シエル!?>

 そして、彼女から告げられた言葉を、空は驚愕の思いを込めて反芻した。

 アルク・アン・シエル。

 歴史上でただ一人、結・フィッツジェラルド・譲羽だけが用いた伝説の極大砲撃魔法。

 無限の魔力を用いた魔導師ならば、他にグンナー・フォーゲルクロウもいた。

 だが、彼は晩年に手に入れたその強大な魔力を、純粋に攻撃力や推進力としてだけ用いたため、
 結のような魔力特性を十全に活かした魔法は編み出さなかったのだ。

 そして、このアルク・アン・シエルの最大の特徴は“防御不可”である点に尽きる。

 乱反射による威力の減退、屈折による射軸の偏向、高機動による回避と行った次善の策は存在するが、
 五秒間の砲撃直後に僅かな硬直が生じる弱点がある物の、ほぼ無制限に乱射可能な閃光魔力砲撃は、
 その波長を絶えず変える事で閃光変換された魔力の最大の天敵である反射障壁や反射結界を、
 反射された魔力と後発の魔力の干渉波によって削り崩す、言葉通りの“防御不可魔法”なのだ。

 アルフの元で戦闘訓練を受けていた際、
 座学で“撃たれたらどう対処すべきか”と言うテーマの論文を書かされた事もある。

 それに、最近読むようになった高等魔法戦訓練の手引き書でも、
 代表的な対処の難しい魔法として取り上げられていた。

 要は“教科書に載る魔法”と言う事だが、それを使える条件を自分が満たしているとなると、
 その他の感想よりも驚きが大きく勝る。

クライノート<おそらく、明日美の考えていた訓練の第四段階もアルク・アン・シエルに関する事でしょう>

 クライノートは淡々と言ってから“あなたに期待している、あの子らしい考えです”と付け加えた。

空「………」

 対して空は、“期待している”と言う言葉を聞かされて思わず押し黙ってしまう。

 明日美の自分に対する気遣いと言うか、強い期待感には気付いていた。

 だが、まさか亡き母親だけが使えた大魔法まで、自分に授けようとしていたとは思わなかった。

 生ける伝説であり、いつも自分の事を気に掛けてくれている明日美に期待されるのは嬉しい、
 それに加えて、畏れ多いと言うか、恐縮する気持ちもある。

 だが、ここまで大きな期待を掛けられているとなると、
 嬉しいとか、恐縮とか、そう言う域を通り越してただただ困惑するばかりだ。

空(私……結局、どこの誰だかも分からないのに……)

 空は押し黙ったまま、不意にそんな事を思う。

 自分は朝霧空で、自分の姉は朝霧海晴で、自分と姉は本当の姉妹だと胸を張って言える。

 だが、それと自分の出自が不明なのは別の問題だ。

 空自身、高名な人間や家柄に対して、庶民感覚で言える程度にはミーハーである事は自覚している。

 それだけに、自身の不明な出自がある種のコンプレックスとなっていた。

 繰り言のようだが、自分を拾って育ててくれた姉への恩義や親愛と自分の出自に対する悩みとは別の問題だ。

 しかし、空の沈黙から彼女の想いを察したのか、クライノートが口を開く。

クライノート<何にせよ、それだけ明日美はあなたを買っていると言う事です>

空<………うん…>

 空はクライノートの言葉に、どこかまだ釈然としない様子で頷いた。

 クライノートにもそれは分かったようで、彼女は押し黙ったように暫く考え込むと、ややあってから再び口を開く。

クライノート<では、もっと短期的に考えてみるのはどうでしょう?>

空<短期的、に?>

 自分の提案に空が困惑気味に返すと、クライノートはさらに続ける。

クライノート<明日美は、貴女ならエールを必ず取り戻せる。そう信じてくれている、と>

空<私なら……エールを?>

 空は困惑とも驚きとも取れる声音でその言葉を反芻した。

クライノート<はい……。
       私のような扱いづらいギガンティックがこのように言うのも憚られますが、
       貴女は結を失ったエールが、新たな主として相応しいと選んだ最初の方です>

空「エールが……私を選んだ」

 クライノートの言葉を聞きながら、その事実を口にすると、不意に一年三ヶ月前の記憶が甦る。

 イマジンに姉を殺され、激昂し、力を求めた時、エールは応えてくれた。

 それが“主として相応しいと選んだ”と言う事なのだろうか?

 いや、それ以前に“主として相応しいと選んだ”からこそ、力を求めた時に応えてくれたのだろうか?

 当人の居ない場では、その問答に応えてくれる者はいない。

 だが、どちらにせよ選んでくれた事には変わりない。

クライノート<今はただ、結と同じ魔力を扱う者が現れ、迷っているだけでしょう>

 淡々と語るクライノートだが、微かに熱を帯びたような声音には、エールに対する言外の信頼が感じられた。

 そして、さらに続ける。

クライノート<あなたと結の魔力は極めて近い波長を持っていますが、厳密に言えば似て非なる物です。

       それでもエールがあなたを主に選んだのは、魔力を通してあなたに感じ入る物……
       共感する物があったからでしょう>

空<共感する物?>

 空が怪訝そうに聞き返すと、クライノートは頷くように“はい”と言って、さらに付け加えた。

クライノート<私は……そこまで拘る性分では無いと自認しているのですが、
       それでも言われるほど“誰でもいい”と感じているワケではありません。

       イマジンや今回のテロリストのように、人に害なす存在と戦う意志があり、
       戦うに足るだけの大きな魔力の持ち主ならば主として認めます。

       ですが、逆を言えばその二つの条件が揃わない人物には力を貸す事は出来ません。
       加えて……いえ、あまり自分の事ばかり語るのもいけませんね……>

 朗々と説明を続けていたクライノートは、そう言って咳払いをする。

 口ぶりや抑えられた抑揚から、空は彼女を淡泊な性格だと思っていたが、意外にそうでない部分もあるようだ。

 そして、クライノートは“ともあれ”と気を取り直して続ける。

クライノート<エールとは長く言葉を交わしていませんし、彼が主に望むものが何であるかも分かりません。
       ですが、あなたはエールが望むものを持っているのではないでしょうか?>

空<エールが望むもの……>

 クライノートから聞かされた言葉を繰り返し、空は記憶を手繰った。

 思い当たるような節と言えば……。

空「……あ」

 ごく最近……と言うには少し古いかもしれないが、半年前の事を思い出して、空は思わず声を漏らした。

 イマジンの連続出現事件の最終決戦から五日後、部隊に復帰した時の事だ。

 それまで一度たりとも動かなかったエール型ドローンが……
 ギア本体を介してギガンティック達のAIが動かす事の出来る瑠璃華謹製のドローンが、
 初めて動き、自分の傍らに座ってくれた。

 あの頃の自分と、それよりも以前の自分とで変わった事と言えば……。

空(……誰かの力になりたい)

 確信を込めて、心の中でそれを反芻する。

 何度でも繰り返す、自分の信念。

空<愛する人を守ろうとする、誰かの思いを守る盾……。
  愛する人のために戦おうとする、思う誰かの思いを貫く矛……。
  愛する人を守りたい、誰かの願いを叶えるギガンティックのドライバー……>

 改めて、決意表明でもするように、その言葉を思念通話で口にする。

 それは亡き姉が注いでくれた愛を返して行く方法の一つだったが、今では空の胸に根付いた戦う決意の一つだ。

 でなければ、フェイを殺したテロの行いに対して憎悪以外の感情……義憤など湧きようがない。

クライノート<……仮の主、と言う贔屓目を除いても、高潔で良い信条だと感じます>

 クライノートは満足げに返す。

 空は彼女の声音から、満足そうに幾度となく頷いている様子を思い浮かべる。

クライノート<エールが主に望む物も、恐らくソレでしょうね……>

 そして、クライノートがそう付け加えると、空は再びあの日の事を思い返す。

 気がつけば、いつの間にか傍にいたエール。

 それからと言うもの、彼は気がつけば傍にいてくれた。

 真実達と会う約束をしていた事を告げると、寂しそうな――少なくとも空自身はそう感じた――雰囲気を漂わせ、
 夜には帰って来ると言い聞かせて額を触れ合わせると、恥ずかしそうに走り出しもした。

 エールにドライバーとして選ばれ……その事実を知ってから一年と三ヶ月。

 エールが動くようになり触れ合えた時間はその内の七ヶ月間ほどだったが、
 彼にも心があるのだと感じられるには十分な時間だったと思う。

 だからこそ、彼があの少女に連れ去られた事……自分とのリンクが途切れた事がショックだったのだ。

クライノート<……何にせよ、エールとの魔力リンクを取り戻す事が出来れば、
       戦闘する事なく彼を救う事は出来るかもしれません>

空<エールとの、魔力リンクを?>

 思案げに呟いたクライノートの言葉を、空は困惑気味に反芻した。

クライノート<魔力リンクを失えばオリジナルギガンティックは動作不能になる……。
       相手がこちらにして来た事と同じです>

 クライノートはそう答えると、さらに続ける。

クライノート<適格者以外ではコントロールスフィアに搭乗しても動かす事は不可能です。

       現状、私も空の魔力とリンクしていますので、
       空以外のドライバーが搭乗しても動かす事は不可能となっています>

 クライノートの解説に、空は五日前の戦いを思い出して成る程と頷いた。

クライノート<しかし、成功すれば殆ど無傷でエールを救い出す事が出来る手段ではありますが、
       空からエールのリンクを奪った相手が搭乗している以上、確実に成功すると言うワケでもありません。

       現状、先ほど提案させていただいた戦法を突き詰めるのが最良かと思います>

空<……そうだね>

 クライノートからの提案に、空は僅かな間を置いてから頷いて応える。

 相手のドライバーが結の魔力と一致するあの少女である以上、
 エールとの魔力リンクを取り戻す事は殆ど不可能と言っていい。

 エールの本来のドライバーとして悔しい限りだが、クライノートの言う通り、
 エール本体を取り戻す事を目的に動いた方がいいだろう。

 だが、それはエールを……仲間を物扱いしている事にならないだろうか?

 そんな疑問と共に、ある思いが胸を過ぎる。

空(でも、それって本当にエールを助けた事に……ううん、エールが“戻って来てくれた”事になるのかな……?)

 エールの意志を無視して奪い返すような手段だが、これしか確実な方法が無いのも事実だ。

 空は頭を振ってその疑問を胸の奥に押し込めると、今はただ、
 エールを取り戻すための作戦を詰めるべく、クライノートとの作戦会議に集中する事にした。

―2―

 戦闘終了から一時間後。
 旧山路技研、ユエの研究室――


ユエ「ふむ……」

 椅子の上で足を組んだユエは、ミッドナイト1が持ち帰ったデータを確認しながら、
 あまり感情の篭もらない表情で小さく頷いた。

ユエ「思ったほどいいデータは取れていないな……」

M1「申し訳ありません、マスター」

 口ぶりだけ残念そうに呟いたユエに、ミッドナイト1は淡々としながらも気落ちした様子で返す。

 ユエの言葉を自身の不甲斐なさと取ったのだろう。

 だが、ユエは別段、ミッドナイト1を責めるつもりはなかった。

 しかし、それと同時に彼女をフォローするつもりも無いので、敢えてその言葉を訂正する事もない。

M1「…………」

 ミッドナイト1は目を伏せ、哀しそうな表情を浮かべる。

 自身の存在価値を道具として見出している少女にとって、ユエの無言は叱責に等しい物だった。

 だが、決して不平不満の表情は浮かべず、嘆きの吐息すら漏らす事なく、微動だにしない。

 やっと巡って来た“生きる意味”なのだ。

 物心つくずっと以前から、エールとリンクするためだけに育てられて来た。

 時が来ればエールのドライバーから魔力リンクを奪い、エールをその手中にする事。

 そして、手に入れたエールで主の望むままのデータを手に入れる事。

 主の目的のためだけに動く道具。

 それがミッドナイト1の存在理由であり、彼女に許された生存理由だった。

 しかし、それが十全に果たされていないのは、ユエの言葉や態度からも明らかだ。

 一方、自身の被造物が抱えた不安など気にした様子もなく、ユエはデータの確認を続ける。

ユエ(各部駆動系は以前に比べれば良い数字を出しているが、
   カタログスペック……いや改修前の001よりも低いまま、か……)

 ユエは列挙されたデータを一つ一つ確認しながら、僅かな呆れの入り交じった表情を浮かべた。

 ミッドナイト1自身の魔力は、オリジナルドライバーである結・フィッツジェラルド・譲羽とは差違がある。

 あくまで、旧技研で所有していたコンデンサ内にサンプルとして残されていた多量の魔力を、
 ミッドナイト1に同調させて使わせているに過ぎない。

 ギガンティック機関側で喩えるなら、マリアとクァンの関係に近かった。

 カーネルとプレリーに選ばれたマリアだが、その魔力量は低く、エンジンの起動魔力係数には及ばない。

 そこで、大容量の魔力を持つクァンがマリアと完全同調する事でその問題を解決しているのだ。

 要はミッドナイト1の場合は結の魔力に同調する事で、
 結自身が魔力を振るっているようにエールに誤認させているのである。

 その誤認と言うのが起動の鍵であると同時に厄介なようで、
 誤認している事に気付いた直後からエールの駆動効率は目に見えて落ち込んでいた。

ユエ(さすがに朝霧空の使っていた頃に比べれば上だが、徐々にその数値に近付きつつあるな……)

 エールの駆動系の重さは、エールが沈黙している事が最大の原因だ。

 ドライバーとギガンティックで相互コミュニケーションが取れないため、
 間に別のギアを噛ませて通訳のような役割を持たせる必要がある。

 その通訳に生じるタイムラグが、そのまま駆動の重さとなってしまうのだ。

 誤認させた事でそのタイムラグは大幅に縮まっていた筈なのだが、
 戦闘を重ねるにつれて再び元の数値に向けてタイムラグが広がり始めていた。

ユエ(やはり、結・フィッツジェラルド・譲羽以外の人間にはフルスペックでの稼働は不可能、と言う事か……。
   まあ、それでも七割程度の性能のデータは取れたから良しとすべきか……)

 ユエは不承不承と言いたそうな気怠げな雰囲気で溜息を洩らす。

 すると、傍らでミッドナイト1がビクリ、と身体を竦ませた。

ユエ「まだそこにいたのか?」

M1「……はい」

 ユエが棒立ちのまま居竦むミッドナイト1を横目で一瞥し、微かな呆れを含ませた口調で呟くと、
 ミッドナイト1も僅かな間を置いて応える。

 その“間”は、彼女なりに恐怖や不安を振り払うための時間であった。

 造物主からの呆れの言葉は、それだけ彼女に大きな負担を強いる物だったのだ。

 にも関わらず、ユエは再び彼女を横目で一瞥すると、簡潔に“下がれ”とだけ言い捨てる。

 ミッドナイト1は今度こそ目に見えて分かるほど大きく身体を震わせると、無言のまま一礼し、その場を辞した。

 ユエはミッドナイト1が奥の部屋へと立ち去って行く姿を横目で見届けると、再びデータに集中する。

ユエ(GXI-002と003の操作が出来るように調整したとは言え、
   オリジナルと魔力同調できるだけのミッドナイト1では性能を引き出す事は出来ないか……)

 表示されていたデータの各数値を確認し終えたユエは、そんな事を考えながら深いため息を漏らす。

 落ち始めた稼働効率。

 発揮されない本来の性能。

 観測を続けるだけ無駄と判断するにも、そろそろ早計とも言い難い。

ユエ(可能なら203の稼働データも手に入れたかったが、
   三十九号が結界装甲の対策を立てた以上、この低い稼働効率のままでは奪取は難しいな。

   ……201と202の稼働データ、それに203の観測データが手に入っただけでも良しとしよう……)

 ユエはモニターから視線を外すと、離れた場所にあるモニターに目を遣る。

 それはホンの私室にある監視映像に映される、ギアで作り出した欺瞞映像だ。

 この研究室の片隅に置かれた調整カプセルの中に茜が押し込められ、
 精神操作を受けて苦悶の表情を浮かべ続けている、と言った内容である。

 だが、実際には茜は隣室の一角で今も軟禁状態だ。

 無論、調整カプセルの中にも人などいない。

 ユエの研究室に出入り出来るのはユエ本人以外では、
 ミッドナイト1と事情を深く知っている数人の研究者、それにホンだけだ。

 この中で唯一事情を知らないホンは、生来の臆病さでシェルターから出て来ず、この部屋の実状を知る事はない。

 と、不意に小さな電子音と共に、音声のみの通信端末が開かれる。

女性『博士、陛下がお呼びです、至急、謁見の間までお越し下さい』

 女性の声が通信端末から響き、早口で用件だけを伝えるなり、一方的に回線が切られた。

 通信ログを確認すると、件のシェルターからの通信だったようだ。

 女性もホンの世話役の一人だろう。

 妙に慌てた様子だったので、おそらくはホンから急かされているに違いない。

ユエ「……やれやれ、また催促か……」

 この五日間……いや、三日間で三度目となる呼び出しに、ユエは嘆息混じりに呟いて立ち上がる。

 そして、端末をロックすると、やれやれと言いたげに肩を竦めながら研究室の外に出た。

ユエ(時間稼ぎもそろそろ潮時だな……。
   政府側の勢力がここに押し寄せるまで長く見積もってあと四日……。

   残る401はあと四十足らず。
   ここの防衛に最低でも二十は割くとしたら、出撃できる回数はあと三度と言った所か)

 ユエは謁見の間に向けて歩きながら、現状と今後の予測を絡めて思案する。

 最新鋭の量産型すら圧倒する結界装甲を備えたダインスレフだが、
 要の結界装甲と言うハンデを失えばそこそこ高性能の急造量産機でしかない。

 それでも370シリーズを上回る性能を持っていると自負できるが、
 如何せん、整備は機械任せの部分が多く、整備士は一部を除いて寄せ集めだ。

 十五年と言う蓄積はあれど、それでも整備のイロハを一から学び、
 現場で鍛え上げた政府側に比べれば水準は著しく下がる感は否めない。

 ドライバーも同様だ。

 正規の訓練を受けたドライバーと民兵では大きな差が出る。

 所詮、“ホンの不興を買えば殺される”と言う恐怖で縛り付けられた烏合の衆だ。

 現体制の革命を目指しながらも、自分達の体制を革命する気概の無い者達の集まりに、
 その恐怖支配から脱する手立ては無い。

 元より、この組織は人材も物資も追い詰められ過ぎて、内乱ともなれば自然消滅を免れないので、
 革命を起こさない分は知恵があるとも言えるが……。

ユエ(まあ、革命そのものに興味の無い人間が批評するのは烏滸がましいがな……)

 そこまで考えた所で、ユエは内心で自嘲気味に独りごちた。

 そして、さらに思案を続ける。

 話を戻すが、如何に高性能の機体でも、扱う者達が二流以下ではその総合的な戦力はお察し、と言う所だ。

 緒戦こそは未知の性能を活かして敵を圧倒できたかもしれないが、
 敵に対策を取られてしまえば一挙に戦線が瓦解するのも予想できていた。

 強いて予測不可能だった物と言えば、瑠璃華の立てた対策がダインスレフにとって覿面だった事だろうか?

 正直、結界装甲を延伸させる発想はユエには無かった。

 逆に嬉しい誤算は、可能ならばと予定していたエールかクレーストの鹵獲がどちらとも成功し、
 加えてヴィクセンとアルバトロスを大破、或いは撃破に追い遣った事だ。

 ただ、そのお陰でクライノートと言う隠し球を引っ張り出される結果となったが、
 データだけを欲しているユエに取って見ればこれも嬉しい誤算だったが、前線の兵士にとってはそうではない。

 想定もしていなかった――誰もヴァッフェントレーガーを短期間で使いこなせるようになるとは思っていなかった――
 クライノートとの戦闘を強いられるのだから、たまったものではないだろう。

 加えてオリジナルハートビートエンジンを搭載した新型ヴィクセンの投入だ。

 嬉しい誤算も多かったが、マイナス要素の大きな誤算も多い。

ユエ(まあ、それでも最長の予想で十日……保った方だと考えるべきか。

   だが401のデータは十分に取れた、402も最後まで十分な働きをした。
   あとは403と404のデータを取れさえすれば十分だ)

 取り敢えずの結論を出したユエは、口元に不敵な笑みを浮かべる。

 彼にとって重要なのはそれだけだ。

ユエ(………とりあえず、今はアレを納得させる口上でも考えておくか)

 そして、謁見の間まで続く僅かな道のりの暇つぶしをしながら、ユエはゆっくりと歩を進め続けた。

 一方、研究室奥の部屋では――


 ユエに冷たくあしらわれたミッドナイト1は、気落ちした様子で佇んでいた。

 主人から“下がれ”と言われたから下がったが、
 だからと言って何かするべき事は無いし、したいと思う事も無い。

 ただただ、時間が過ぎるのに任せて立ち尽くすだけだ。

 だが――

?「落ち込んでいるようだが、大丈夫か?」

 不意に声をかけられ、ミッドナイト1はそちらに振り向く。

 茜だ。

 どうやら軽い鍛錬をしていたようで、肌にうっすらと浮かんだ汗を支給されたタオルで拭っている。

 茜は二日前の時点で、使用許可の出ていた端末で調べられる情報は全て調べ終えてしまったのだ。

 そのため、今はいつまで続くか分からない軟禁生活で身体が鈍らないように、
 狭い室内でも出来るストレッチや筋力トレーニングなどを中心に鍛錬を始めていた。

M1「………」

 そして、茜に声をかけられたミッドナイト1は、どう応えて良いか分からず黙り込んでしまう。

 茜も件の端末で出撃があったのは知っていたし、
 ミッドナイト1の様子からすれば良い戦果を上げられなかったのは明白だ。

M1「………落ち込んでいません。
   ……メンタルの低下は戦闘時のコンディションに大きく影響しますから」

 だが、ミッドナイト1はすぐにいつも通りの無表情で、淡々と機械的に語った。

茜「むぅ……」

 どこか強情な様子のミッドナイト1に、茜は小さく唸る。

 茜は、ミッドナイト1が道具扱いされている事を不憫に思っていたが、
 彼女にしてみれば道具としての矜持があるようだ。

 下手な慰めは逆効果になる。

 かと言って“頑張れ”とは言い難い。

 彼女が戦っているのは自分の仲間達なのだ。

 幸いにも、緒戦以降は目立った被害は無いようだが、ここで彼女に奮起されても困ってしまう。

 だが、フォローはしたい。

 茜がこうも彼女に入れ込むのは、彼女の境遇を思ってもあったが、既に情が移ってしまっているからだろう。

茜(あまり褒められた状態ではないな……)

 茜は内心で苦笑いを浮かべながらも、軽く息を吐いて気持ちを整えると、意を決して口を開いた。

茜「昼食がまだなら、一緒に食べるか?」

M1「…………ご要望でしたら」

 茜の昼食の誘いに、ミッドナイト1は僅かに逡巡してから応える。

 茜もそれに“ああ、一緒に食べたいんだ”と笑顔で返す。

 すると、ミッドナイト1は会釈程度に一礼してその場を辞すと、
 ややあってから二人分の昼食を載せたトレーを持って来た。

 そして、二人は普段からそうしているように、ベッドに並んで腰を降ろし少し遅めの昼食を摂る事となった。

 どうやら今日の昼食はロールパンが二つとドライカレー、それに牛乳の取り合わせのようだ。

茜(やはりプラントで賄える範囲の食事だな)

 茜はロールパンを食べやすいサイズに千切ると、ドライカレーを付けて食べる。

 隣ではミッドナイト1も同様にしてロールパンとドライカレーを食べており、
 一口食べるごとに牛乳を一口と言う、やはりほぼいつも通りの食べ方をしていた。

 だが、パンに付けるカレーの量が少ないように感じる。

茜(カレーは嫌いなのか?)

 茜がそんな疑問を浮かべていると、
 パンを食べ終えたミッドナイト1は最後に残ったカレーだけを食べ始めた。

 スプーンを口元に運ぶ様には一切の淀みはなく、決して嫌いな食べ物と言うワケでもないようだ。

茜(……逆だったか)

 普段通りに“バランス良く食べながらも好物は最後に残す”ミッドナイト1の、
 おそらくは無意識の癖を見ながら思わず微笑ましそうに笑みを浮かべた。

M1「………何か御用ですか?」

 と、不意に茜の視線に気付いたミッドナイト1は、食べる手を止めて茜に向き直る。

茜「あ、いや、すまない。
  今日はいつになく美味しそうに食べていたからな」

M1「美味しそう……ですか?」

 茜が笑み混じりに返すと、ミッドナイト1はあまり表情を崩さぬまま怪訝そうに首を傾げた。

 そして、視線をドライカレーに移す。

M1「………この食べ物の味は……好ましいです」

茜「そうか、ドライカレー……いや、カレーが好きなのか?」

 抑揚は少ないがどこか感慨深く呟いたミッドナイト1に、茜は不意に尋ね返す。

 食事中の会話としては何気ない質問の一つ。

 だが、ミッドナイト1から返って来た言葉は驚くべき物だった。

M1「カレー……と言うのですか? この食べ物は」

茜「ッ!?」

 ミッドナイト1から発せられた信じられない言葉に、
 茜は思わず息を飲んだものの、だがすぐに納得する。

 そう、この幼い少女はギガンティックのドライバーとしてだけ育てられた。

 今の自分のような食事中に会話をする相手もいなければ、
 戦闘や最低限の生活方法以外の事を教えてくれる人間もいなかったのだ。

 このような暖かい食事を与えられているだけでも奇跡だったのかもしれない。

 そして、彼女を助けたいと思いながらも、
 その事実に行き当たる今の今まで気付いていなかった自分を、茜は恥じた。

茜「………ああ、そうだ、これはカレーと言ってな、
  その中でもドライカレーと言う種類の食べ物……料理なんだ」

 茜は僅かに押し黙ると、すぐに気を取り直し笑顔で応える。

M1「これは……ドライカレー」

茜「他にも何か名前の気になる料理は無いのか?」

 ドライカレーの器をまじまじと見ながら呟くミッドナイト1に、茜は質問を促す。

M1「……四日前の朝に食べた、液体状の黄色い食べ物は何ですか?」

茜「四日前……?
  ああ、あれはコーンスープだな」

 やや戸惑ったもののそれでも気になったのか、尋ねて来たミッドナイト1に茜は思い出すようにして答えた。

 今まで知らなかった物を教えてやると、少女はやはり抑揚は少なかったものの、
 だがそれでも感慨深くそれらの名前を反芻する。

 その様子を見ながら、茜は思う。

茜(……そうだ、この子は道具なんかじゃない……。
  疑問だって持てば、限られた生活の中で好む物だって生まれる普通の子供だ。

  いつまでこうしていられるか分からないが、
  少しでもこの子が人間らしくあれるようにしなければ……)

 茜は以前にも思った決意を、さらに新たに、そして強くしていた。

 そこにはもう、彼女を抱き込もうなどと言う打算は微塵にもなく、
 ただただ、彼女を普通の人間として扱いたいと願う、慈しみと義憤だけがあった。


 その日の午後、茜はミッドナイト1の質問や疑問に答える事に時間を費やしたのだった。

―3―

 翌日、早朝。
 第七フロート第三層、十九街区――


 簡易兵站拠点の設営と周辺の構内リニアの遮断を終えた空達は、
 昨夜の内に次なる目的地である第十三街区に向けて出発する準備を整え、今は出発の時を待つ身だ。

 設営の終わった兵站拠点と、次の予定地までの道のりの間、
 空を含めた全てのギガンティックのドライバーはコックピットで待機するのが常となっており、
 空もまたクライノートのコントロールスフィア内で待機しつつ、何処かと通信を行っていた。

 空は早朝のブリーフィングが終わるなり、ギガンティック機関本部の明日美とコンタクトを取っていたのだ。

空「………と、言う事なんですが。試してみてもいいでしょうか?」

明日美『ふむ……』

 昨夜までに考えたエール救出プランの一通りを伝えた空がその内容の是非に関して問うと、
 明日美は考え込むように唸る。

明日美『……いいでしょう』

 そして、数秒だけ考えた明日美は、異論無しと言いたげな声で許可を出した。

 あまりにアッサリと許可が出た事に、空は逆に驚いた様な表情を浮かべる。

空「あの……本当にいいんでしょうか? リスクもかなり高くなりますし」

明日美『そのリスクを承知の上で……いえ、リスクを冒してでも実行すべき価値を見出した上の案でしょう。
    ドライバーとギガンティックの関係に関しては、私や上層部の判断よりもあなた達の直感を信じます』

 戸惑い気味に尋ねた空に、明日美は動じた様子もなく返した。

 自分達――おそらくはレミィや風華達も含むのだろう――の直感を信じるだけでなく、
 明日美自身の判断としても実行すべし、と言う事なのだろう。

空(ほ、本当にいいのかな?)

 自分の考えたプランに不備が無いか不安でもあった空は、思わず黙り込んでしまった。

 だが――

明日美『自分の直感を……あなたがエールのためにと思った、その思いを信じなさい』

 直後の明日美の言葉が、空の不安を僅かに拭う。

 不安を拭った最たる物は、小さな疑問だった。

空「エールのために……」

 疑問となった、その言葉を反芻する。

 エールのためにと思った、その思い。

 その思いの源泉……感情は何なのだろうか?

 ただエールを物のように取り戻すだけでいけない、そう思ったのは確かだ。

 だが、だからと言って、その思いに名前を付けられるほど、空にも自覚がある思いではなかった。

明日美『……そろそろこちらもブリーフィングの時間なので切ります』

空「あっ、はい! 朝早くからすいませんでした!」

 明日美の声ではたと我に返った空は、慌てた様子で返し、頭を下げる。

 まあ、音声のみの回線なので相手の表情や仕草など分からないのだが……。

 空は頭を下げてからその事実に気付き、顔を真っ赤にしてしまう。

明日美『あなたの思いがあの子に届く事を願っているわ……』

 だが、回線の切り際に明日美が投げ掛けた言葉に、空は思わず顔を上げた。

クライノート『回線、切れました』

 茫然としている空に、クライノートがそう告げ、さらに続ける。

クライノート『特別に、格別に……と言うワケでも無いようですが、
       やはり空は明日美から期待されているようですね』

空「……そう、みたいだね」

 クライノートから投げ掛けられた言葉に、空は茫然としたまま頷く。

クライノート『もっと気を強く持って下さい』

 しかし、その様子に思う所があるのか、クライノートはどこか叱るような声音で口を開いた。

空「く、クライノート?」

 思わず驚きの声を上げる空。

 だが、クライノートはさらに続ける。

クライノート『期待されていると言う事は、貴女にはそれだけの能力があると言う事です。
       貴女の乗機となってまだ日は浅いですが、確かに貴女には高い能力があります。
       それに昨日伺ったような素晴らしい志もある。

       ですが、貴女には決定的に強い自信が欠けています』

空「自信が欠けている……?」

 褒めているのか叱っているのか分からない言葉に唖然とする空に、クライノートは立て続けに口を開く。

クライノート『謙虚である事は欠くべからざる徳かもしれません。

       ですが、貴女のそれは謙虚を通り越して自分自身への不信とさえ取れる事もあります。
       それは貴女を信じ、期待している人々にしてみれば、その厚意に対する……裏切りでもあるのですよ』

空「ッ!?」

 僅かに躊躇いはあったものの、ハッキリと言い切ったクライノートの言葉に、
 空は思わず目を見開き、息を飲み、肩を震わせた。

クライノート『……多少、言葉は過ぎましたが、傍目にはそう捉える事も出来ると言う事です』

 クライノートは少しだけ申し訳なさそうに言って、一旦、言葉を切ってからさらに続ける。

クライノート『もし、貴女が自分を信じ、期待してくれている人々を裏切りたくないと思うなら、
       その人達のためにも先ずは自分自身を信じて下さい』

空「私を信じてくれるみんなのために、私自身を信じる……」

クライノート『失礼ですが、貴女にはその方が腑に落ちると思いました』

 空がその言葉を反芻すると、クライノートはそう言って口を噤んだ。

 言い得て妙。

 空はそう思った。

 確かに、誰かのために力になる、そんな自分の信条・信念とも合致する言葉だ。

 自分を信じてくれた人のために、その人達の信頼を裏切らないために、自分を信じる。

 言葉にしてしまうと、どこか受動的にも感じる言葉にも聞こえるが、
 空にとっては“仲間のため”と言う明確な理由があった方が気合――意気込みと言い換えても良い――が違う。

 そして、クライノートは“先ずは”とも付け加えていた。

 これを自分を信じる最初の一歩にしろ、と言う事なのだろう。

空「……ありがとう、クライノート。
  少しだけ、気持ちが楽に……ううん、なんだかいつも以上にやる気が湧いて来たよ」

クライノート『……』

 安堵にも似た微笑みを浮かべた空の言葉に、クライノートは無言で返す。

 だが、何となくだか、照れ臭そうな思いが伝わって来た。

 ギアでもこうして照れ臭くなったりする。

 仲間達とその愛器のやり取りや、エールの素振りを見て分かっていたつもりだったが、
 自分自身がギアを通じてこうして“感じる”のとではやはり違うものだ。

 空は噴き出しそうな笑みを浮かべ、コントロールスフィアの内壁に背を預ける。

 これからエール救出に向けた最大の作戦を展開しようと言うのに、今は気負いよりも安堵と闘志の方が大きい。

 これが自分を信じる……自信と言う物なのだろうか?

 何となくだが、半年前にエール型イマジンと戦った直前の事を思い出す。

 迷いも恐れも振り払って戦場へと向かった。

 あの時とは状況も意気込みも違うが、あの時の気の持ちようと似た物を感じる。

空(……エール……今度こそ、あなたを……あなたの全てを助けてみせる……)

 空がそんな思いを胸に、瞑想するように目を瞑ろうとしたその瞬間だった。

 甲高いブレーキ音が響き、空は微かな振動を感じる。

 さすが人間を乗せたまま超音速で駆動するリニアキャリアだけあって、
 急制動をかけても微かにしか衝撃を感じない。

空「状況を教えて下さい!」

 空は跳ね起きるようにして背を預けていた内壁から離れると、
 クライノートの起動準備に入りながら、指揮車輌に通信を送った。

彩花『敵ギガンティック部隊接近中、距離は三〇〇〇、速度は毎秒一〇〇。
   既にかなり接近されています!』

 応えたのは彩花だ。

 つまり、あと三十秒足らずの距離にまで敵が接近しているらしい。

空(今まではこっちが兵站拠点予定地に到着してからの襲撃だったけど、移動中だなんて……!)

 空は驚愕しながらも、幾つかの手順を省いてクライノートを緊急起動する。

 ハンガーが立ち上がるのを待たずに自らクライノートを立ち上がらせ、
 03ハンガー車輌から切り離されたヴァッフェントレーガーの甲板に跳び乗った。

 それに続いて、後部車輌でレオンと紗樹のアメノハバキリが立ち上がる。

彩花『各リニアキャリアは後方へ移動させます。
   朝霧副隊長以下は敵機の迎撃を!』

空「了解! ヴァッフェントレーガー、行って!」

 彩花からの指示を受け、空はヴァッフェントレーガーを走らせた。

 そして、即座にゲルプヴォルケを四機分離させ、
 レオンと紗樹の機体が携行している武装……そのフィールドエクステンダーのコネクタに接続させる。

空「レオンさんと紗樹さんはリニアキャリアが戦闘区域外に出るまで護衛しつつ、
  撃ち漏らしと両翼に抜けようとする敵機の迎撃をお願いします! 前衛には私が出ます!」

レオン『おうよっ!』

紗樹『了解よ!』

 空は二人に指示を出すとヴァッフェントレーガーをさらに前進させ、
 グリューンゲヴィッターとヴァイオレットネーベルを構え、両肩にオレンジヴァンドを装着すると甲板から跳んだ。

 シミュレーターによる長時間に及ぶ訓練の成果もあるが、
 ここ数日の連戦でヴァッフェントレーガーの扱いにもかなり慣れていた。

 五日前にも同時一斉起動は見せたが、今ではそれを指示を出す片手間に出来る程だ。

 後方モニターの映像でリニアキャリアと共に二人のアメノハバキリが下がって行くのを確認した空は、
 即座に前方に意識を集中する。

 既に肉眼で捉えられる距離に八機編隊の敵ギガンティックが見えた。

クライノート『機体照合……401四機、372三機の混成部隊の後方に201……エールを確認しました』

 本部からのクラッキングで既に何割か取り戻した第三層内の監視カメラ映像と、
 自身の観測データを照合したクライノートが淡々と、だが僅かな興奮を込めて報告する。

空(来た!)

 空は一瞬だけ身を震わせながらも、すぐに緊張を解きほぐす。

 いつも通りだ。

 敵に何かの狙いがあるのか、エールは必ずと言って良いほどコチラにぶつけて来いた。

 エールがコチラ側に現れなかったのは部隊を分けた直後の戦闘だけで、
 後は狙いすましたかのようにコチラ……自分にぶつけて来ている。

 敵にどんな思惑があるのかは分からないが、空にとっては好都合だ。

 エールと接触する機会が多ければ、それだけ救い出す機会も増えるのだから。

 おそらく、いつも通り、コチラが拡散魔導弾を撃てばそれによって敵は散会、
 エールと接触するまでに可能な限りの敵を墜として戦力を削ぎ、残敵をレオンと紗樹に任せて自分はエールに集中する。

 そう、いつも通りだ。

 だが――

クライノート『エールに高密度魔力反応! 遠距離砲撃、来ます!』

 クライノートが警告の叫びを上げるのとほぼ同時に、後方に控えていたエールが突出し、
 分離した浮遊砲台と合わせて十一発の砲撃が放たれた。

空「広域砲撃!?」

 空は愕然と叫ぶ。

 いつも通りではない。

 だが、空は慌てながらも、ほぼ無意識に最善の一手を打っていた。

 ヴァイオレットネーベルを最大拡散・最大出力で放ち、エールから放たれた魔力砲撃を僅かに無力化させる。

 空とエールのドライバー――ミッドナイト1の魔力量ではおそらく空の圧勝だが、
 クライノートとエールの広範囲砲撃の密度と威力ではエールに軍配が上がる。

 相殺しきれなかった砲撃が、さらに後方へと向かう。

 空もそれは想定済みで、ヴァイオレットネーベルを後方に放ってゲルプヴォルケに預け、
 砲撃の射線上へと躍り出るように跳び上がっていた。

空「クライノートッ! どれを防げばいい!?」

クライノート『直撃コースとその直近三本の合計四本! 範囲限定で広域防御します!』

 クライノートが空の問い掛けに簡潔に応えると、オレンジヴァンドから高密度の魔力障壁が展開し、
 彼女の指定した四つの砲撃を防ぐ。

空「っぐ…ッ!?」

 ある程度は相殺できていたとは言え、やはり砲撃力に勝るエールの一撃は重い。

 それを広域防御で四発ともなれば、空に掛かる負担は決して軽い物では無かった。

 そして、空中で砲撃を受け止めたクライノートの脇を、五機のギガンティックがすり抜けて行く。

 どうやら相殺のために放った超広域砲撃の巻き添えで372を二機墜とせたようだが、
 肝心の401は四機とも無傷のようだ。

空「すいません! 五機、撃ち漏らしました!」

レオン『こっちは俺と紗樹がいれば大丈夫だ! 気にすんな!』

紗樹『空ちゃんはいつも通り、エールを取り返す事に集中して!』

 空が半ば悲鳴じみた声でレオンと紗樹に謝罪の言葉を放つと、通信機越しに二人の檄が飛ぶ。

 撤退を支援しながら五機の敵を相手取るのは至難の業だ。

 にも関わらず、二人は快く空に自分の役目に集中しろと言ってくれた。

空「ッ……はいっ!」

 空はそんな二人の心意気に胸を打たれながらも、ようやく砲撃のショックから立ち直り、前を見据える。

 先んじて寮機を先行させたエールが、真っ直ぐにこちらに飛んで来た。

空(接近戦!? いきなり!?)

 これも普段の定石とは違う行動に、流石に空も戸惑いを隠せない。

 ゲルプヴォルケに預けたヴァイオレットネーベルのブラッドリチャージは完了しているが、
 さすがに回収している余裕は無かった。

 空は真っ向から突っ込んで来るエールが振り下ろすブライトソレイユと、
 既に構えていたグリューンゲヴィッターで切り結ぶ。

 互いの武器に纏わせた魔力同士が干渉し合い、甲高い衝撃音を幾度もかき鳴らす。

空「ぅぅっ!?」

 空中戦は得意ではないクライノートでは、さすがに近接空戦を続けるのは難しく、
 空は苦悶の声を上げながらも切り結んだ衝撃を利用して地上に降りた。

 だが、エールはさらにそこを追撃して来る。

 プティエトワールを総動員しての上空からの十三門一斉砲撃だ。

空「早い!?」

 間髪を入れぬ攻撃に、空は驚愕の叫びを上げながらも、
 両肩のオレンジヴァンドを最大出力で魔力障壁を張り巡らせ、何とかその一撃を凌ぐ。

 戦い方が今までとは違う。

 比較的安全なロングレンジでの消極的な砲撃戦だけではなく、
 近接戦を織り交ぜた積極的な戦術は、先日までとは明らかに別物だった。

 だが、ドライバーは昨日までと同じ、例のあの少女の筈だ。

 そうでなくてはエールを動かす事は出来ない。

 だとすれば、あの少女が戦い方を変えて来た事になる。

空(今までと違う……何か、昨日までとは違う、熱みたいな物を感じる……!)

 互いの魔力を接触させた空は、直感的にそう悟っていた。

 そして、空の直感は決して間違ってはいなかった。

M1「防がれた……次……!」

 エールのコントロールスフィア内では、ミッドナイト1が淡々としながらもどこか熱の籠もった声を漏らす。

 その瞳にも、それまでの彼女にはない強い意志が込められていた。

 さながら人形が意志を持ったばかりのような、そんな無表情だが決して無表情ではない独特の表情を見せている。

 それが、彼女の戦い方が変わった理由だ。

 ならば原因はと言えば、些細だが、茜の善意が引き起こした物だった。

 ミッドナイト1を一人の人間として扱おうとした茜の努力が、遂に小さな一つの実を結んだ。

 それまで希薄な自我しかなく、物の好き嫌いの自覚すら判然としていなかった少女に、
 自我の自覚に通じる一筋の道を茜は示してしまったのである。

 だが、決して茜だけの責任ではない。

 ユエ達からの道具同然の酷い扱い、
 そして、道具としての矜持の片隅にあったであろう人間として生きたいと言う衝動。

 それらによって鬱積として閉ざされていたミッドナイト1の心に、茜はようやく微かな穴を穿つ事が出来たのだ。

 そして、ミッドナイト1に一つの、ささやかな望みが生まれた。

M1(また帰ろう……本條茜の元に……。今度は、勝って帰ろう)

 道具としての矜持、人間として生きたいと言う欲求。

 そして、茜との対話によって知る、未知の……知る必要も無いと切り捨てられていた数々の事。

 それをもっと知りたい。

 様々な思いが、人形然とした十年を生きて来た少女に、まだ無自覚な自我を目覚めさせたのだ。

 空にとっては不幸にも、ミッドナイト1のその無自覚な自我はエールと彼女のリンクを僅かに強めていた。

クライノート『緩やかに落ち始めていたエールのポテンシャルが、最初に戦った時と同レベルにまで回復しつつあるようです』

 そして、その事実に気付き始めていたクライノートが漏らす。

空「何となく分かっていたけど、やっぱり強い……!」

 空もクライノートの言葉で自身の感覚に間違いは無かったと確信し、悔しさと苦しさの入り交じった表情で呟く。

 現状、野戦整備しか行えないクライノートの性能は僅かずつではあったが落ち始めていた。

 エールも万全の整備体制では無かった事もあって、平時と比べた機体コンディションはほぼ互角。

 それでも、エールのポテンシャルが徐々に落ち始めていた事が、今までは少なくとも空とクライノートに分があった。

 だが、ミッドナイト1とエールの魔力リンクが強くなった事で、それも互角の所までひっくり返されてしまったのだ。

 隙を突いての急接近からの連続斬撃、仕切り直して距離を取ろうとすれば砲撃と、
 ミッドナイト1の単純だがゴリ押しの戦術は、困惑する空を相手に綺麗に嵌っていた。

空(とてもじゃないけど、足を止めて大威力砲撃なんて撃っていられない!?)

 幾度も接近戦と砲撃戦を切り替えて肉迫して来るエールに、空は胸中で愕然と独りごちる。

 エールを地上に引きずり下ろし、地上で組み合うためにアルク・アン・シエルを撃つ作戦だったが、
 こうも激しくレンジを切り替えられては、如何に多様な武装を持つクライノートとは言え対処できない。

クライノート『空……どうやら、貴女の選択は間違ってはいなかったようです』

 苦戦しながらも何とか攻撃を凌ぎきっていた空の耳に、どこか悔しそうにも聞こえるクライノートの声が響く。

空「く、クライノート……ッ?」

 連続砲撃をオレンジヴァンドで防御しながら、空は驚いたように返す。

クライノート『この場はアルク・アン・シエルを撃つタイミングを見定めるよりも、
       先ほど、貴女が明日美に伝えた提案を優先すべきと判断します』

 クライノートはいつになく抑揚なく、淡々と呟いた。

空「も、もしかして怒ってる……って言うか、悔しがってる?」

クライノート『………』

 当惑する空の問い掛けに、クライノートは無言で応える。

 どうやら肯定のようだ。

 それもそうだろう。

 自ら立てた作戦は実行不能、他種の武装と言う強みを活かせずに防戦一方。

 決してクライノートだけの問題ではなかったが、それらを彼女は自らの至らなさと捉えているようだ。

 そして、それはクライノートと言うギガンティックウィザードの、ソフトとハード両面での敗北を意味していた。

 悔しくなかろう筈が無い。

空「クライノート……」

 しかし、そんな彼女の心情を思うと、空も申し訳ない思いがこみ上げた。

 だが、すぐに頭を振って気を取り直す。

空「絶対、すぐに名誉挽回のチャンスがあるから! 私が作って見せるから!」

クライノート『空……ありがとうございます。

       ……それでは、機動制御はこちらで行います。
       貴女は自身のするべき事に集中して下さい』

 励ますような空の言葉に、クライノートは思わず感極まったような声を上げたが、
 すぐに普段通りの淡々とした口調に戻って言った。

 そして――

クライノート『御武運……いえ、幸運を』

 そう付け加えた。

 空は無言で頷くと、二枚のオレンジヴァンドを連結し、手持ち型のシールドに変形させると左手で構え、
 タイミング良く突撃して来たエールの斬撃をシールドで受け止める。

 もう砲撃の機会は狙って距離を取れるようにはせず、腰を落として重心を低く保って受け止めると、
 僅かに足が廃墟の瓦礫の中にめり込んだものの、完璧に受けきる事が出来た。

エール『………』

空「ッ!」

 エールは無言のまま再度、長杖を振り下ろし、
 空も交差させたグリューンゲヴィッターとオレンジヴァンドでそれを受け止める。

 クライノートとエールは真っ向からそれぞれの武器で切り結び、鍔迫り合いのような体勢で向かい合う。

 業を煮やし、砲撃距離まで下がろうとするエールに、空はクライノートを追い縋らせ、再び鍔迫り合いに持ち込む。

空(大丈夫……足回りが遅いのはクライノートもエールも一緒。
  浮遊魔法で動ける分、長距離の移動はエールの方が早いけど、出足で遅れなければ十分追い付ける!)

 幾度かの鍔迫り合いを続けた空は、その事に確信を得た。

 確かに移動能力では今のエールが勝っているが、瞬発力勝負で負けなければ離される心配も無い。

 加えて、相手が積極的な近接戦も行うようになってくれたのは嬉しい誤算だ。

 これならば、自分の考えを実行に移す事が出来る。

 空はそう意を決すると、短く息を吐いてから口を開いた。

空「……エール、お願い、聞いて!」

 外部スピーカーを通し、空は静かに……だが力強い声でエールに語りかける。

エール『……』

 対して、エールは無言のまま。

M1「……?」

 そして、エールの中で佇むミッドナイト1は、何事かと怪訝そうな表情を浮かべていた。

 クライノートが調整してくれたスラスターに任せ、
 距離を取ろうとするエールに追い縋りながら、空はさらに続ける。

空「返事は……出来ないならしなくてもいいの!
  ただ、聞いてくれるだけで……私の声を聞いてくれるなら、それだけでいいから!」

 空は訴えかけるように言いながらも、鍔迫り合いを続けた。

空「私も大切な人を……お姉ちゃんをイマジンに殺されて、この間はフェイさんも……。
  だからエールの気持ちは少しぐらいは分かるつもりだよ……!」

 バックステップで距離を取られそうになると、言葉を紡ぎながらもそれを追随する。

 しかし、決して自分からは攻撃を打ち込まない。

 エールが振り下ろす一撃を、前進防御で受け止める。

 数日前から既に幾度も矛を交えながら、何を今更、と思われるかもしれない。

 だが、空は言葉を尽くす事を決めた。

 エールが自らの思いで離れる事を選んだのなら、その思いをコチラに引き戻す。

 そのためには誠意を以て、真摯に、本音の言葉だけで彼に訴える。

空「お姉ちゃんが死んだ時は、イマジンが怖くて、憎くて、頭の中が真っ白になって、
  イマジンを殺したくて殺したくて、ずっとその気持ちが消えなくて……。

  お姉ちゃんがいなくなって空っぽになっちゃった部分を全部、それだけが埋めちゃって……」

 空は目の端に溢れそうなほどの涙を溜めながら、あの日の事を思い出して吐き出すように呟く。

 あの日の事を思い出すと、今でも気が狂いそうな程の憎しみや怒り、恐れが噴き出す。

空「でも…っ!」

 だが、空は負の感情を気合でねじ伏せ、次の言葉を紡ぐ。

空「……でもね、エールが私に力をくれた……私を選んでくれていた。
  私を守ろうとしてくれていたお姉ちゃんにも、力を貸してくれていた……」

 そう、エールは姉と共に戦っていた時期があった。

 それも空自身よりもずっと長い期間を、だ。

空「私が怖くなって逃げ出した後……それでもエールは力を貸してくれた。
  誰かのために戦いたいって私の思いに応えてくれた……!

  嬉しかったの!
  エールが……それまで応えてくれなかったエールが応えてくれた事が、すごく……すごく!」

 振り下ろされた長杖をシールドで受け止めながら、空はついに堪えきれずに涙を溢れさせた。

 正直な気持ちだった。

 物言わぬエールのドローンが、いつの間にか傍らにいた時の嬉しさ。

 あの時は、本当に飛び跳ねたいほどに嬉しかったのだ。

空「だから……お願い……! もう一度……また応えて!

  大切な誰かを守りたいと思う人達の盾になろう?
  大切な誰かのために戦いたいと思う人達の矛になろう?
  ドライバーとギガンティックで……私とあなたで、力のない誰かのために戦おう?

  ……エール! お願い! 私の思いに応えてえぇっ!!」

 空は思いの迸るままに魔力を高め、盾ごとエールを押しやってしまう。

空「え、エール!?」

 思わず入ってしまった力に、空は狼狽する。

 エールは僅かによろけ、そして、動きを止めた。

 よろけた状態で右脚を後ろに出して踏ん張った体勢のまま、微動だにしない。

 今日の今までの戦闘の傾向からして、ミッドナイト1ならばこれ幸いと距離を取り、
 砲撃から再度の接近戦へと雪崩れ込んでいただろう。

空「……!?」

クライノート『動きが……止まった?』

 突然の異常事態に空は言葉を失い、クライノートも愕然と漏らす。

 そして、それはミッドナイト1も同様だった。

M1「機体異常……!? 魔力リンクが切断されて行く……!?」

 ミッドナイト1は慌てた様子でコントロールスフィア内を見渡し、自身の体を動かすが、
 それに追随する筈のエールは一寸たりとも動かない。

 それどころか全身の魔力リンクが次々に切断され、
 機体の感覚にリンクしている筈の身体の感覚が次第に自らの物に戻されて行く。

 薄桃色に輝いていたブラッドラインも次第にその輝きを失い、足首や手首辺りは既に鈍色に戻りつつある。

M1「バッテリー内の魔力残量はまだ五割以上……。
   まだ稼働限界時間じゃない……どうして……?」

 ミッドナイト1はエールとは別のギアを起動し、状況を確認するが、理解不能の事態である事に変わりない。

 そして――

???『ゆ……い………』

 右手の指先……そこに付けられていたギアから、掠れた声が響く。

 エールの声だ。

 六日前に奪った際に、微かにだけ喋ったエールが、再びその口を開いた。

 一語一語を苦しそうに絞り出すような声。

 停止したギガンティックの躯体、起動したエールのAI、切断された魔力リンク。

 それらの事から、六日前に自分が作り出した状況に酷似している事にミッドナイト1が気付くまでに、
 そう時間はかからなかった。

 恐らく、エールの側から魔力リンクが切断されたのだ。

 こうなってはエール本体を動かす事はミッドナイト1には出来ない。

M1(201と401……優先すべきは……!)

 その事実に思い至ったミッドナイト1の判断は速かった。

 たった一機しかないオリジナルギガンティックと、数は少なくなったとは言え量産型のギガンティック。

 優先すべきがどちらかなど火を見るより明らかだ。

M1「GXI-002、003、独立起動。
   機体を懸架し、支援砲撃を行いつつ後退開始……!」

 ミッドナイト1はギアを介し、背面のプティエトワールとグランリュヌに指示を飛ばす。

 本来はエールが起動制御を行う筈の二器の補助魔導ギアを巨大化させた浮遊砲台だが、
 ミッドナイト1はそれらをエール本体とは別に自身の力で操作していた。

 加えて先日、空達を急襲した際も378改のシステムではなく、自身の力で操作していたのだ。

 今も十二器のプティエトワールで援護砲撃を放ちながら、
 四器のグランリュヌで微動だにしない機体を浮かび上がらせ、拠点である旧技研へと向けて移動を開始する。

クライノート『空、今がアルク・アン・シエルを放つ最大のチャンスです!』

 クライノートもその事に気付いたのか、思い至ったように叫び、さらに続けた。

クライノート『今ならば、プティエトワールとグランリュヌを停止させる事でエールの機動力を奪えます』

空「そうか! ありがとう、クライノート!」

 クライノートの言葉でその事実に気付かされた空は、後方に控えさせていた
 ヴァッフェントレーガーからブラウレーゲンを起動させ、クライノートの指定した砲撃地点へと急ぐ。

 先ほどの状態で砲撃すれば、万が一回避された場合にはテロリスト達の拠点に大打撃を与える事が出来るが、
 囚われの身の茜とクレーストが技研の何処にいるか分からない以上、それは得策ではない。

 砲撃地点を調整し、技研と周辺への被害を避け、フロート内壁にも被害を与えぬように十分な砲撃可能範囲を作るのである。

 そして、空はプティエトワールからの援護砲撃をくぐり抜け、その地点へと辿り着くと、ブラウレーゲンを構えた。

空(撃ち方は教えて貰った……。炎熱変換と流水変換を交互に、高速で繰り返す!)

 空はブラウレーゲンの銃口に魔力を集中する。

 すると、空色の魔力が銃口に集約し、赤と青の輝きを繰り返す。

 これが無限の魔力の弊害である、閃光変換への固定化だ。

 どうやっても閃光以外性質へと魔力を変換する事が出来なくなる。

 だが、そのデメリットと引き換えに、閃光変換の波長を大きく変質させる事が可能となる僅かなメリットが存在した。

 高速で炎熱と流水の波長へと変換を繰り返す魔力は、本来、閃光変換の天敵である反射結界や反射障壁の目前で、
 反射された魔力とぶつかり合いながらそれらを消し去る絶大な破壊力を生み出す。

 齢九つを迎えたばかりの幼い少女と、起動から十日足らずのギアが生み出した伝説級の砲撃魔法。

 それが――

空「アルクッ! アンッ! シエェルッ!!」

 ――虹の名を持つ、七色の輝きを放つ極大砲撃魔法である。

 空の一声と同時に極大の輝きが放たれ、エールへと殺到した。

M1「しゅ、集中防御を!?」

 ミッドナイト1は愕然と叫ぶようにプティエトワールとグランリュヌへと指示を出す。

 エールを移動させていたグランリュヌも切り離し、眼前に反射障壁を幾重にも張り巡らせた。

 だが、それらの反射結界は一瞬にして次々と破壊され、
 蓄積された魔力を失ったプティエトワールとグランリュヌが次第に瓦礫の中へと落下して行く。

M1(防げない!? ただの閃光変換魔力砲が!?)

 ミッドナイト1は自らの知る常識が覆って行く様に愕然とした。

 そして、遂に最後の反射障壁が砕かれる。

空「お願い……応えて……エェェルゥッ!!」

 その瞬間、空は限界まで手を伸ばし、思いを込めて叫んだ。

 また共に戦いたい。
 もう一度、応えて欲しい。

 そんな、思いの全てをかけて。

 だが、エールに砲撃が触れようとした瞬間、照射限界の五秒が経過した。

 コンマ一秒にも満たない時間だけ、アルク・アン・シエルの輝きがエールに触れたものの、
 僅かばかりの魔力がその正面装甲を微かに焦がしただけに留まる。

 だが、その直後。

 既に全身の輝きが鈍色へと戻ろうとしていたエールのブラッドラインに、うっすらと空色の輝きが灯る。

空「ッ!?」

 その様を確認した瞬間、空は意識が強く引っ張られるような感覚に襲われると同時に、
 真っ暗な暗闇の中へと落ちて行った。

―4―

 気がつくと、空は暗闇の中を漂っていた。

 立つ事の出来る足場はなく、落ちて行く感覚すらないソレは、正に漂っていると形容する以外無い。

 だが、ただ漂っているワケではなかった。

空(凄い……風と雨……!?)

 視界ゼロの真っ暗闇の中、
 四方八方から滝のようなスコールと身を引きちぎられそうな突風が空に吹き付けていたのだ。

 この雨に打たれていると言い知れない不安感や空虚感に苛まれ、
 身を引きちぎるような突風は、身体よりもむしろ心を引き裂くような痛みを伴った。

 不可解な雨と風の現象だが、これらが引き起こす感覚に空は覚えがある。

 それは、つい数分前にも思い返した、大切な人達との別離の感覚だ。

 心に穴を穿たれるような痛みと虚しさ。

 そして、その穿たれた穴を埋め尽くす、深い哀しみ。

 一人きりでは耐えられない、そんな苦しみに満ちた空間が、今、空がいる場所の本質だった。

???<……ぅ……っ>

 目も口も開く事もままならず、雨と風の音で耳を塞がれ、五感の殆どを奪われた中、
 だが、空の脳裏に不意に呻き声のような声が響く。

 それが思念通話のような、魔力を介した声だと気付くのにそれほど時間はかからなかった。

空<……誰?>

 口を開く事もままならないまま、空は思念通話でその呻き声の主に問い掛ける。

???<ぅ……ひっく……ぅぅ……>

 対して、呻き声の主は応えず、だが、空が呻き声だと思っていたのは呻き声ではなく、
 啜り泣く声だと言う事が分かっただけだった。

 おそらくは幼い少年と思しき啜り泣き。

 その啜り泣きを聞いていると、雨と風が引き起こす別離の感覚がより強くなったように感じる。

空<誰? 何処にいるの?>

 空は雨と風に心身を煽られながらも漂い続け、次第に啜り泣く声が大きくなって行くのを感じた。

 そこで気付く。

 自分は暗闇の中を漂っているのではなく、激しい雨風の吹き荒ぶ暗闇の中を、真っ直ぐ下へと潜っていたのだ。

 そして、自分は雨風に激しく煽られているのではなく、ただ晒されているだけで、
 潜って行く方角には何ら影響を与えていない。

 その事に気付いた瞬間、空の潜行速度は加速度的に増して行った。

 そして、その先、微かに開けられるようになった目で、小さな点らしき物を見付ける。

 下へ下へと潜るにつれて、その点が徐々に輪郭を持って行き、最後には蹲る人影だと分かった。

 加速度的に増していた潜行速度は次第に収まり、ゆっくりと停止する頃には、空はその人影の傍らに立っていた。

 足場があるワケではないが、確かに空はその場で静止していたのだ。

 止まる事が出来たとは言え、まだ目を開き続ける事も難しい雨風は吹き荒び続けている。

 だが、空は必死に目を開き、人影を見据えた。

 それは、翼のような腕を持った、幼い一人の少年だった。

???<う、ぅぅ……ひっく……ぅぇ……>

 少年は蹲ったまま啜り泣き続けている。

 激しいスコールでずぶ濡れになり、突風で翼を激しく煽られながらも、だ。

空<ねぇ……どうしたの? 何で、泣いているの……?>

 空は少年の前に跪き、少しでも少年の不安を取り除こうと、思念通話で優しく語りかける。

???<……いない、んだ……ヒッ…ク………何処にも……
    もう、何処にも結が、ぅぅ、……いないんだ……>

 少年は時折しゃくり上げながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。

空<!? ……あなた、エール……なの?>

 少年の言葉に、空は驚きながらも直感する。

 そう、目の前にいる翼の少年は、エールだ。

 そう感じた瞬間、空はその直感が間違いないとも感じた。

 あの重厚な甲冑のような装甲を身に纏ったエールとは似ても似つかない、目の前で啜り泣くか弱い姿の少年。

 それがエールの本質だったのだ。

エール<僕が……僕があの時……守れなかったから……結が……いなくなって……>

 顔を上げた少年……エールは、目から大粒の涙を溢れさせ、途切れ途切れに呟く。

空<………>

 その痛々しい自責の言葉に空は押し黙り、そして、思う。

 きっと、エールも自分と同じようなやり場のない怒りや哀しみ、無力感に苛まれていたのだろう。

 無敵を誇ったギガンティックウィザード。

 主を守る巨大な肉体を得て、より強さを増した筈のギア達。

 それは誇りだっただろう。

 だが、その誇りはイマジンの出現によって地に堕ちた。

 仲間すら守れずに大敗の謗りを逃れられぬ屈辱に塗れ、その後も負け戦同然の戦いを強いられ続けたのだ。

 そして、ようやく巡って来た反攻の機会。

 ハートビートエンジンとエーテルブラッドを得て、第二世代ギガンティックへの改修を受ける。

 だが、その最中にエールは、最愛の主を……結を喪った。

 その無力感たるや、その虚無感たるや、想像するに難くなく、共感するにも筆舌に尽くしがたい物だっただろう。

 この雨と風は、彼自身の無力への自責と、主を失った心の痛み……エールの心象そのものだったのだ。

エール<苦しい……哀しい……悔しい……寂しい……>

 エールは啜り泣きながら、自らの心情を吐露し続ける。

 胸を締め付ける苦しさ。

 主を喪ってしまった哀しさ。

 主を守れなかった悔しさ。

 そして、独りぼっちの寂しさ。

 それらがごちゃ混ぜになった辛さ。

 その辛さを、空も少しは理解できるつもりだ。

 目の前で姉とフェイ、大切な人を二人も喪ったのだから。

 こうして、彼が取り返しのつかない哀しみにくれるのも分かる。

空<……そう、だよね……大切な人を喪うのは……守れないのは、辛いよね……?>

 空も涙が滲むような声音で応え、エールに手を伸ばす。

 そして、その頭を優しく撫でる。

エール<……ぅっく……?>

 エールは啜り泣きながら、怪訝そうに顔を上げた。

 微かに、雨と風の勢いが緩み、お互いの顔が確認できるようになる。

 そして、空はエールの目をしっかりと見つめながら続けた。

空<大切な人を喪うとね……胸にぽっかりと穴が空くの……。
  大切な人ほど……大きくて、深くて……どうしても埋められないような、大きな穴が……>

 空は語りかけながら、幾度も幾度も、雨や風で乱れたエールの髪と翼を撫でつけて整える。

空<その穴の中に、苦しい気持ちや哀しい気持ちがどんどん溜まっていって……、
  それでもっと苦しくて、哀しい気持ちになっちゃうんだ……>

 転がり落ちて行くような哀しみや苦しさ。

 それを埋めるための気持ちに、空は一度、憎悪と怨嗟を選んでしまった。

 その結果、恐怖がそれらを上回った瞬間、空の心は音を立てて折れたのだ。

 だが、完璧には折れていなかった。

 姉から注がれた愛を思い出し、空は再び立ち上がる事が出来たのだから。

空<だからね……その穴は、もっと強くて、優しい物で埋めなきゃいけないんだ……>

 心を砕く冷たい哀しみでも、心を蝕む灼けるような憎しみでもない。

 心を暖かく包み込んでくれるような、強くて優しい思いで埋める事。

 それは空が、姉を喪い、恐怖に挫け、立ち上がって信念を得て、茜と言葉や気持ちをぶつけ合った、
 この一年以上の経験を経て辿り着いた、一つの真理だった。

空<私じゃ……結さんの代わりにはなれない……大切な人の代わりなんて、誰もいない……>

エール<ぅぁ………>

 そして、レミィが教えてくれた事を告げると、エールはいつの間にか止まり掛けた涙を、再び溢れさせる。

 だが――

空<だけど……結さんがいなくなって空いた穴を、少しでも埋める事は出来るよ……>

 空は優しい声音で言って、エールを抱き寄せた。

 少しでも暖かな温もりを与えられるように、しっかりと、その腕の中で抱き締める。

空<私が……エールがまた翼を広げられるような……空になってあげる……>

エール<そ……ら……?>

 空の言葉に、エールは一語一語、確認するかのように呟いた。

空<そうだよ……空だよ……>

エール<そら……空……>

 エールを抱き締めたまま空が頷くと、エールはその名を繰り返す。

 すると、一陣の風が二人を薙いだ。

空「ッ!?」

 空は思わず息を飲み、エールを強く抱き締めてその風に耐える。

 風は一瞬で止み、そして、滝のような雨と斬り付けるような冷たい突風と、
 そして空間を埋め尽くすようだった暗闇すらも、その一瞬で薙ぎ払っていった。

 代わって二人の回りに広がったのは、まだ僅かに雲を残しながらも、青く澄んだ空の色だった。

空「わぁ………」

 突如として広がった青空に、空は感嘆の声を漏らす。

 あの一瞬の風のお陰か、びしょ濡れだった筈の服も髪もすっかりと乾いてしまっていた。

 心象世界だからこその不可思議な現象だったが、空は自然と“そう言うものだ”と、それを受け入れる。

 そして、腕の中で安らぐエールに再び視線を落とす。

空「……すぐには無理かもしれないけれど……
  結さんの事を思い出して哀しくて辛くなるだけじゃなくなる日が、きっと来るよ……」

 空は自分自身に言い聞かせるように呟く。

 亡くなったばかりのフェイの事、そして、もう一年以上も前に亡くなった姉の事ですら、
 思い出すだけで、今も胸が痛む。

 だが、決してそれだけではない。

 哀しく、寂しい気持ちも強いが、優しい二人との忘れ難い記憶に思いを馳せれば、
 懐かしい思いと共に、心が温まる事もある。

 決して胸が痛むばかりではないのだ。

 その思いは、こうして肌を合わせているエールには伝わっているのだろうか?

 エールは身を捩るようにして空から離れると、翼で涙を拭う。

 そして――

エール「………うん」

 少し寂しげな笑みを浮かべて、抑揚に頷く。

 空も頷いて返し、そっと手を差し出した。

空「改めて自己紹介しないとね………。

  朝霧空だよ。これからもよろしくね、エール」

エール「……空……僕の飛ぶ……空」

 微笑みを浮かべた空に、エールも翼を差し出す。

 そして、二人が触れ合った瞬間、空は急速に意識を引き上げられる感覚に襲われた。

 次の瞬間――

クライノート『空! ……空! 意識をしっかりと持って下さい!』

空「ッ!?」

 クライノートの叫び声で、空の意識は現実へと引き戻される。

 途端に感じる、急激な浮遊感。

 それは、自分が落下している事を否応なく意識させた。

 先ほど、心象空間で味わった感覚とは別種の感覚だ。

 上を見上げれば大きく穴を穿たれたフロートの天蓋が見え、下には見渡す限りの工業地帯や広い幹線道路が広がっていた。

空(まさか、床が抜けた!?)

 空がその事に気付くのは早かった。

 そう、ただでさえメンテ不良で痛んだ廃墟だらけの第三層の床は、
 アルク・アン・シエルの大威力の影響に耐えられず、マギアリヒトの結合崩壊を起こしたのだ。

 天蓋に穿たれた穴の形は丁度、アルク・アン・シエルの砲撃が及んだ範囲とその周辺に限定されている。

 今、空達は第七フロート第四層にある工業地帯へと、瓦礫もろとも落下している最中だった。

 空が気を失っていた――エールと共に心象空間にいた――のは、現実にすればほんの数秒程度の事だったのだ。

クライノート『逆噴射で軟着陸します! 最大まで魔力を込めて下さい!』

 クライノートは珍しく慌てた様子で叫ぶ。

 クライノートは基本的に陸戦用のギガンティックであり、高い飛行能力は持たない。

 高所からの落下となれば逆噴射でその勢いを相殺するしかないのだ。

 だが、空の耳にクライノートの声が届くよりも早く、彼女の視界にその光景が飛び込んで来た。

空「え、エール!?」

 そう、クライノートが落下したのと同様に、エールもまた落下していたのだ。

 既にブラッドラインから薄桃色の輝きは消え去り、結界装甲はその機能を停止していた。

 このまま落下すればその衝撃で地上の施設は崩壊し、結界装甲で守られていないエールもただでは済まないだろう。

空「エール……エェェルゥッ!?」

 空は手を伸ばしながら、悲鳴じみた声を上げた。

クライノート『空! 今は一刻も早く逆噴射を!』

 クライノートは怒鳴っているようにも聞こえる声音で空に檄を入れる。

 エールが引き起こす被害も凄まじいだろうが、結界装甲を纏ったままの自分が落下すれば、
 地上施設に与える被害は甚大となり、さらに第四層の床を貫き第五層まで壊滅的な被害を与えかねないのだ。

 そして、既に被害を最小限に抑えられる逆噴射限界点は過ぎていた。

 もう、手遅れだ。

 だが――

空「飛んでぇっ、エェェルゥゥッ!!」

 空は喉が裂けんばかりの声で、その言葉を……奇しくも、
 結・フィッツジェラルド・譲羽が愛器を起動する瞬間に選んだ言葉を叫んでいた。

 その瞬間、鈍色だった筈のエールのブラッドラインに、蒼く澄み渡る空色の輝きが宿った。

 信じられない光景に、空は息を飲む。

 だが、変化はそれだけに留まらない。

 エールの背面に折り畳まれていたスタビライザーが展開し、そこから空色の魔力が溢れ出す。

 それは空色の翼となって、大きく翻り、今まで微動だにしなかったエールが軽やかに天を舞った。

 空色の翼が巻き起こす魔力の奔流は、同時に落下していたプティエトワールやグランリュヌにも影響を及ぼし、
 本体からの魔力供給を受けたソレらは彼の周辺を旋回し、その背面に集結して光背を象る。

空「エェェルゥッ!!」

エール『……そら……空ぁぁっ!!』

 伸ばされた空の……クライノートの腕を、エールが掴む。

 さらに、エールは光背状になった十六門の砲門からの砲撃で落下を続ける瓦礫を消し去り、
 クライノートと共に工業地帯にある広大な駐車場へと悠然と降り立つ。

 まだ早朝と言う事もあって車も少なく、二機のギガンティックが降り立つには十二分な余裕があった。

クライノート『被害状況確認……腕を掴まれた時の衝撃で、やや肩関節にダメージがありますが、
       それ以外は落下による損傷はありません』

 軟着陸を果たすなり、クライノートは淡々と被害状況を伝えて来る。

 肩関節へのダメージは、直前までの戦闘で幾度もエールの攻撃を受け続けていた事も原因だろう。

 だが、両肩の付け根に違和感のような痛みを感じる他は、これと言ったダメージは空も感じない。

空「……ごめん、クライノート……。無視するみたいな形になって……」

クライノート『いえ、結果だけならば、これが最良の選択でした』

 申し訳なさそうに呟いた空に、クライノートは淡々と返す。

 しかし、その声音は、“どこか釈然としない”とでも言いたげな雰囲気である。

 だが、彼女はすぐに気を取り直し、口を開く。

クライノート『……ともあれ、今はエールの主導権を取り返すのが先決です。
       早くエールのコントロールスフィアに移って下さい』

空「え? ……クライノートは、どうするの?」

 クライノートの言葉に空は戸惑う。

クライノート『私なら大丈夫です。
       可能な限りの魔力を残していただければ、そのまま自律起動を続けられますので、
       アルベルト機と東雲機で使っているフィールドエクステンダーも維持可能です』

 クライノートはそう言うと“起動状態ならば奪われる心配もありません”と付け加えた。

 心配せずに早く行け、と言う事だろう。

空「クライノート………うん、ありがとう。クライノートのお陰でエールを助け出せた」

クライノート『……それは違います。
       こうしてエールにあの色の輝きが戻ったのは、
       あなたの成果である事は疑いようもありません。

       もっと胸を張って下さい』

 感謝の言葉を述べる空に、クライノートは穏やかな声で返す。

 そうは言いながらも、やはり感謝されて悪い気分ではないのだろう。

空「じゃあ行って来るね!」

 空は出来るうる限りの魔力をクライノートに預け、ハッチを開くと、
 差し出された腕を伝ってエールのコントロールスフィアへと向かった。

 ハッチが開かれ、空がそこに足を踏み入れると、そこにはへたり込んだ一人の少女がいた。

 見間違う筈もない。

 六日前にエールを連れ去った少女……ミッドナイト1だ。

M1「マスター……私は……私はどうすれば……!?」

 少女は震える声で、手首に嵌められた自らのギアに語りかけている。

 どうやら本拠地にいるユエと通信を取り合い、状況を説明した後のようだ。

 彼女も空に気付き、へたり込んだまま後ずさる。

 二人は視線を絡め合い、睨み合う。

 だが――

ユエ『少々名残惜しいが、201の戦闘データは十分に取れた。
   機体は放棄する。

   ミッドナイト1……お前も用済みだ』

 直後、ギアから鳴り響いた声にミッドナイト1は目を見開き、ワナワナと震える。

ユエ『投降するも自害するも良し、戻って来る必要はない』

M1「ま、マスター……!? ……そんな………マスター!? 待って下さい!?」

 酷薄な物言いに、ミッドナイト1は激しく狼狽し、震える声で縋り付くように叫ぶ。

 道具として育てられ、道具としての矜持だけを支えにしていた少女にとって、それは死刑宣告のような物だった。

 詳しい事情は分からずとも、少女が捨て駒のように扱われた事だけは理解し、空も顔を顰めた。

 そして、僅かな間と共に、紫電のような魔力を撒き散らして、ミッドナイト1のギアが崩壊する。

 どうやら、通信先からの操作で自壊させられたようだ。

M1「ッ……………あ、あぁぁ………っ」

 自我を得たばかりの少女は、その光景に、自分が不要と……その存在意義の全てを否定された事を悟り、
 押し殺した悲鳴のような声と共にその場に崩れ落ちた。

 慈悲どろこか、人間らしいやり取りすら感じられない、痛ましい光景だった。

空「………ごめんね、エールのギアを返して貰うね……」

 だが、空は戸惑う余裕など無いと分かり切っていた事もあり、
 ゆっくりと少女の傍らに膝を下ろし、その右手に嵌められたエールのギア本体に触れる。

 すると、ミッドナイト1の指に嵌められていたエールのギア本体が空色の輝きと共に分解され、空の指へと収まった。

エール『空……』

 手放しで喜べない状況を悟り、エールも押し殺したような声で新たな主の名を呟く。

空「エール……行こう、みんなが待ってる!」

エール『……了解、空!』

 迷いを振り切るような空の声に応え、エールは再び空色の翼を広げた。

 空は愛機と共に舞い上がり、天蓋に空いた大穴を抜けて再び第三層へと舞い戻る。

 そして、リニアキャリアと共に後退中のレオン達を助けるべく飛翔した。

 リニアキャリアはすぐに視認距離に入ったが、目の当たりにした戦況は決して優勢ではない。

 結界を施術できていないリニアキャリアの防備は完全に結界装甲を扱えるアメノハバキリ任せとなっており、
 敵もソレを見越してヒットアンドアウェイの波状攻撃で玩んでいた。

 戦闘開始から早くも十五分。

 目立った被害が見受けられないのは奇跡と言うべきだろう。

エール『空、ブラッド損耗率は約八割!
    全開戦闘の場合、限界稼働時間は十分足らずだ!』

空「それだけあれば十分だよ! 私と……エールなら!」

 機体状況を告げるエールに、空は力強く応えた。

 身体が軽い。

 モードSやモードD、モードHとも違う、自分自身の身体が軽くなったような感覚。

 動きは寸分無く機体に伝わり、機体の感覚も自らに返って来る。

 理想的な魔力リンクが、空とエールの間には形成されていた。

 先ほどまでの戦闘や完璧とは言えないメンテナンスのせいで万全のコンディションとは言えなかったが、
 それでも、五機の量産型ギガンティックを相手取るには十二分だ。

空「プティエトワール、グランリュヌ……テイクオフッ!」

 空の声に応え、光背状だった十六基の浮遊砲台が分離し、敵と味方の間に躍り出た。

 十分な魔力を分け与えられた浮遊砲台達はリニアキャリアと寮機を囲み、そこに巨大な結界装甲の障壁を作り出す。

空「ブライトソレイユ、エッジモード! マキシマイズッ!」

エール『了解! ブラッド及び魔力流入量調整……
    ブライトソレイユ、エッジモード、マキシマイズ!』

 空の指示でエールが長杖にブラッドと魔力を集中すると、そのエッジから長く鋭い魔力の刃が伸びた。

テロリストA『な、何で201がコチラの邪魔を!?』

 突然の新手の……それもつい先ほどまで味方だった機体の乱入に、テロリスト達は狼狽の声を上げている。

 そんなテロリスト達の駆る401の二機を、空はすれ違い様に切り裂いた。

 手足を切り裂かれた機体がその場に崩れ落ちる。

空「ブライトソレイユ、カノンモード! ハーフマキシマイズッ!」

エール『了解! カノンモード変形開始と同時に魔力チャージ!
    ………いいよ、空! 撃って!』

 空は振り向き様に砲撃形態へと変形した長杖を構え、即座に発射した。

テロリストB『そ、そん……!?』

 砲撃は愕然とするテロリストの悲鳴を掻き消し、
 大魔力で機体を黒こげにされた401が、また一機、膝から崩れ落ちる。

 僅か二十秒足らずで、空は敵機の半数以上を行動不能に追い遣っていた。

レオン『す、すげぇ……』

紗樹『これ……前より何倍も強くなってない!?』

 レオンと紗樹が、その光景に驚嘆と驚愕の声を上げる。

 今までは空が自身の判断と手動操作で変形させていたブライトソレイユを、
 回復したエールが主の指示で高速自動変形を行う。

 ただそれだけで戦闘の手間はグッとスムーズになっていた。

 しかし、AIの覚醒したエールの性能向上はそれだけに収まらない。

 さらに甦った翼で自由に飛び回り、攻防一体の武装を取り戻したエールの戦闘能力は、
 奪われる以前に比べて飛躍的に跳ね上がっているのだ。

空「エール! 大技行くよ!」

エール『了解……空!』

 空の声と共にエールは大きく翼を広げ、全身に虹色の輝きを纏って飛翔する。

 エール・ハイペリオンでその形だけを再現した、閃光の譲羽が得意とした超高速の突撃――

空「リュミエール………リコルヌシャルジュゥッ!!」

 ――“輝く一角獣の突撃”の名を持つ、無敵の近接砲撃魔法!

 虹の輝きを纏って飛翔するエールが、残る最後の401と372の間を駆け抜けると、
 その余波が二機の半身を砕き、片側の手足を失った二機はその場でバランスを失って倒れた。

 消えゆく虹の輝きの中から飛び出したエールは、廃墟に長い溝を穿ちながら

 直撃でも掠めてもいない一撃が及ぼす影響だけでもこの破壊力だ。

 鎧袖一触……とは正にこの事だろう。

 そして、これでテロリスト達は知る事になる。

 自分達が奪った事がキッカケで、GWF201X-エールは朝霧空と言う新たな主を改めて得て、
 四十年以上の沈黙を破り、今ここに完全復活したと言う事を。

 それはつまり、踏んでならぬ虎の尾の一本を自ら踏み付けた、と言う事だ。

 空はまだ僅かに長杖の切っ先に残る虹色の輝きを振り払い、油断無くそれを構え直した。

エール『周囲センサー有効範囲内に敵影無し。 
    戦闘状況終了だよ、空』

空「うん……」

 淡々とした声音で告げたエールに、空は複雑な表情で頷く。

 そして、安堵の溜息と共に構えを解いた。

 あの取り返しのつかない大きな敗北を経て、また一つ、自分達は大きな勝利を刻んだ。

空(あとは茜さんとクレーストを助け出せば……)

 残すは決戦だけ。

 それでテロリスト達との戦いは終わる。

 そう言い聞かせるように胸中で独りごち、一度だけ技研のある方角を睨め付けた空は、
 振り返るようにして傍らに視線を落とす。

M1「…………」

 そこには、放心して項垂れるミッドナイト1。

 敗北し、存在意義を否定され、空っぽになった少女。

 エールと心を通わせ、彼を救い出した空だが、
 彼女の憔悴した姿を見ると、決して晴れやかな気分だけではいられなかった。


第20話~それは、天舞い上がる『二人の翼』~・了

今回はここまでとなります。
やっとエールが普通に喋りましたw

あと、久しぶりに安価置いて行きます。

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201
第19話 >>208-241
第20話 >>247-280

お疲れ様ですー!更新待ってました!

お読み下さり、ありがとうございます。
最短月一と言う亀更新ですが、今後ともよろしくお願いします。

乙でしたー!お帰り、エールゥゥゥウウウ!!
待ちに待ったこの瞬間。
そこへ到るまでの積み重ね、空とM1の違いと、底から生まれる力以外での差……堪能させて頂きました。
結を失った事にうずくまるエールもそうですが、今回心底思ったのは、クライノート、エエ子や……。
そして傷心のM1.
今は自分を支えてきたものを失っても、茜との間に生まれたものは、きっと彼女を立ち直らせてくれるでしょう。
その茜の救出を心待ちにしつつ、次回も楽しみにさせ地タダ着ます!

お読み下さり、ありがとうございます。

>待ちに待ったこの瞬間
このためだけに2話から少しずつ積み上げて来ましたからねぇ……
書いてる側としてもやっと構想開始段階から想定していた話が書けました。
ただ、まさか折り返し予定地点を過ぎた20話までかかるとは思っても見ませんでしたがww

>力以外での差
火力、飛行能力と以前の状態よりも強化されている部分も多いのですが、一番はやはりタイムラグ0秒ですね。
相互コミュニケーションが取れ、それによって機体側でも柔軟な判断が可能な事が
オリジナルギガンティック最大の利点ですから。
ともあれ、来たるべき最終決戦に向けて、空とエールはさらに強くなって行きますのでご期待下さい。

>クライノート
結編の頃も、主に恋人同然な相棒(シュネー君)が来ても愚痴だけで済ませましたからね。
癖の強い連中の多いギアの中でも、案外、一番の苦労性、かつ

>傷心のM1
彼女の話はテロ事件が粗方片付いてからなので、もう少し後になりそうですね。
と言うワケで、次回から対テロ決戦編となります。

>茜の救出
伏線は既に張ってあります。
ええ、ありますとも…………納得できるかどうかは別として(目逸らし

>クライノート
結編の頃も、主に恋人同然な相棒(シュネー君)が来ても愚痴だけで済ませましたからね。
癖の強い連中の多いギアの中でも、案外、一番の苦労性、かつ冷静な部類で、
その上、初起動時期のクリスの精神状態もあってやや自罰的な傾向もありまして、
自分にとって最良でなくても、主にとって最良であるなら受け入れる性分でもあります。
…………案外、一番カウンセリングが必要なギガンティックかもしれません。

最新話を投下させていただきます。

第21話~それは、燃えたぎる『憎しみの炎にも似て』~

―1―

 7月17日、正午。
 第七フロート第三層、第十街区外縁――


 テロリスト達の本拠である第一街区、旧山路技研と隣接した市街区を臨む廃墟群の中に、
 大規模な兵站拠点が築かれようとしている。

 兵站拠点、と言うよりも、ざっくりと“砦”と言い換えた方がイメージも伝わりやすいだろう。

 高く堅牢な三重の城壁に取り囲まれた、ギガンティックの一大整備拠点だ。

 整備用の簡易ハンガーが何十も建ち並び、ドライバーや整備員の詰め所が建てられ、
 それらを守るように砲戦・防衛戦仕様の大型パワーローダー達が遠方に目を光らせていた。

 今も後方から大量の物資が運び入れられ、その規模や防備を大きく、万全の物としつつ、
 決戦の時を今か今かと待ちわびている状態だ。

 そんな兵站拠点の外部で、パワーローダー部隊と同様、外に目を光らせている一団がいた。

 空達、ギガンティック機関とロイヤルガードの混成部隊だ。

 拠点正面を空とエール、レミィとヴィクセンが固め、
 右翼と左翼にはそれぞれレオン、紗樹と遼の三人が展開していた。

 四日前にエールを奪還して後方へと移送し、昨日、再整備とオーバーホールを終えた
 エール、カーネル、プレリーと共にクァンとマリアが合流した事で、風華の発案によって部隊を再分割したのだ。

 内訳は風華率いるA班には瑠璃華、クァン、マリアとそれぞれの愛機が、そして、空が率いるB班は先述の布陣である。

 そして、レミィと共に山門の仁王像よろしく、兵站拠点の正面左右を固めていた空は、
 コントロールスフィアのハッチを開き、その縁に腰掛け、双眼鏡で旧技研を睨んでいた。

 睨んでいた、と言っても険しい表情で睨め付けていたワケではなく、あくまで“見張り”の慣用句だ。

 距離は十数キロ離れているものの、未だ中心区画の照明システムは取り戻せていないため、
 投光器の光が届かない中心部は暗く、そして、暗く沈んだ廃墟然とした周囲のビル群とは対照的に、
 小高い丘の上に建てられた旧技研建屋は煌々と眩いばかりの灯りが点っていた。

 強いて言うなら、地上の星か太陽か……。

 まあ、どちらもテロリストの本拠地には相応しくない呼び名なので、そのものズバリの不夜城が正しかろう。

空「目立った動きはないね……」

エール『第一街区外縁にギガンティックの反応が集まっているけど、それ以外はコレと言って動く様子は無いね……。
    投降者や避難民の数も少しは落ち着いてきたみたいだし』

 何の気無しにポツリと呟いた空に、エールが周囲の状況を確認しながら応える。

 エールの言葉通り、テロリスト達は第一街区外縁部に戦力を結集し、防備を固めていた。

 内訳は401が十八機、それ以外の370系や380系を主力とした量産型ギガンティックが六十三機。

 合計九十一機のギガンティックは中々の戦力だろう。

 対する政府側連合軍は、オリジナルギガンティック六機、
 ロイヤルガードはレオン達のアメノハバキリ三機を筆頭に計二十機、
 軍側もアメノハバキリ四機を筆頭に計五十機、総計七十六機が集結する予定だ。

 彼我の戦力差は十五とかなりの数だが、主力を務める六機のオリジナルギガンティックと、
 フィールドエクステンダーで武装を大幅強化された七機のアメノハバキリがその戦力差を大きく跳ね返す。

 さらに政府側のドライバー達は皆、正規の訓練を受けた職業ドライバーばかり。

 如何に年季があろうとも、所詮は民兵に過ぎないテロリストとの練度の差は明らかだ。

 後は如何にして敵戦力を撃滅し敵拠点を制圧するか、が政府側の課題である。

 そんな状況を察してか、早々に政府側に投降する者も少なくはなく、
 加えて大勢の生き残りの市民達も続々と政府側に保護を求めて、この兵站拠点までやって来ているのだ。

 中には投降者や避難民に紛れて自爆覚悟の特攻を試みる者もいたが、
 ロイヤルガードや軍の腕利き達が彼らを取り押さえ、今の所は目立った被害も出ていない。

 精々が突き飛ばされた者が数名いたり、酷い場合も将棋倒しで軽傷者が四名ほど出た程度だ。

 元より避難して来る市民の中には栄養失調などの病人も多く、
 物資搬入の第三陣以降からは給糧部隊による炊き出しや医療部隊による診察なども行われており、
 投降して来るテロリスト達とは分けて後方への移送も始まっている。

 多くの市民を守るために防衛力を割かなければならない状況ではあるが、
 それでも敵が攻め込んで来る様子はなかった。

 仮に打って出たとしても、彼我の戦力差を思えば、序盤で優勢に戦況を推移させる事が出来ても、
 結局は盛り返されてしまうのがオチだ。

 ならば、と、少しでも勝率の高い籠城戦に賭けるのは無理からぬ事だろう。

 全体的な流れは政府側に来たまま、それが揺るぐ事はない。

 それだけに、空の不安はその後の戦況よりも現状に対する不安の方が大きかった。

空(突入した諜報部隊の人達……大丈夫かな?)

 空は不安げに心中で独りごちる。

 未だ囚われの身の茜の救出と、内情を偵察するために
 ギガンティック機関の諜報部隊が突入したと言う報せは空の耳にも届けられていた。

 と言うより、現場指揮官クラスの人間にのみ開示された情報ではあるが……。

 ともあれ、少数精鋭の突入部隊は、今もチラホラとやって来る投降者や避難民を目眩ましに、
 廃墟然とした町並みをすり抜け、既に旧技研内部に突入している頃合いだろう。

エール<諜報部の実行部隊には李家の門弟が多いからね、安心していいと思うよ……>

 空の不安を慮ってか、エールが思念通話で語りかけて来る。

空<風華さんのお祖母さんの実家、かぁ……確かに凄そう……>

 空は配属されたばかりの頃、風華が見せた変わり身の術を思い出し、感嘆混じりに返す。

 普段から諜報などとは関わり合いの無さそうな風華ですら、あの域の技を使いこなすのだ。

 そこは風華自身の才能や親からの遺伝、本人の努力などもあろうが、
 その門弟として研鑽した諜報部の人間がどれだけの達人かは、推して知るべし、と言う事だろう。

 実際にその力量を見た事はないが、少しは安心できる材料もあると言う事だ。

 空は僅かに安堵した表情を浮かべ、感慨深く頷く。

 と、その時だ。

整備員『副隊長ちゃーん、お昼御飯、持って来たよ~!』

 エールの足もとから、スピーカー越しの声が響く。

 そこには整備用の中型パワーローダーに乗った整備員がいた。

 時刻を確認すると十二時過ぎ。

 言葉通り、昼食の配達のようだ。

空「待って下さい、今、手を下ろします」

 空は外部スピーカーを起動してそう言うと、コントロールスフィアの奥に入り、機体を動かす。

 膝を折って姿勢を低くし、中型――と言っても十メートル以上はある――
 パワーローダーの高さにまで、エールの手を下ろした。

 すると、整備員はパワーローダーの精密マニピュレーターでエールの掌に一辺十五センチ程度の箱を置く。

整備員『まあ、御飯って言っても軽食だけどね。ボックスはあとで回収に来るよ』

 仕事を終えた整備員は、そう言い残すと次はレミィとヴィクセンの元へと向かった。

 どうやら、このまま人数分の食事を届けるようだ。

 空はその後ろ姿に“お疲れ様です”と礼を言いつつ、自律稼動でゆっくりとエールに手を上げさせる。

 オーバーホールが終わっている事と、エール自身のAIが復活している事もあって、
 エールの手は実に滑らかな挙動で、掌に載せられた箱を微動だにさせる事なくハッチ目前まで移動させた。

 空はエールの掌に降りると、その広い掌に載せられた箱を手に取り、コントロールスフィア内に戻る。

 ここならば対物操作魔法により、基本的に重力は一定方向に働くため、機体を動かしても中身が溢れることは無い。

 箱の中には熱々のベーコンとチーズのホットサンドと蓋付きタンブラーに注がれたミルクティーが入っていた。

空(よく考えたら、スフィアの中でしっかりとした御飯食べるのって初めてかも?)

 空は配属されてからの十ヶ月足らずの出来事を思い出しながら、ふと、そんな事を思う。

 確かに、スフィアの中での食事と言う経験はあったが、移動中や待機中に携帯食のビスケットバーを囓った程度で、
 今回のようにしっかりとした食事を摂る事は初めてだ。

 籠城を決め込んだ敵も動けないが、人質を取られた味方も動けない。

 つまり長丁場は決定事項なので、食事をするにしても精が付くような食事をしろ、と言う事なのだろう。

 お陰で温かい食事が食べられるのは有り難いが、その人質が仲間……茜である以上、空の心境も複雑だ。

空(けど……突入部隊の人達が茜さんを助け出したら、すぐに戦闘が始まるかもしれない……。
  今はしっかりと食べて、戦いに備えないと)

 空は小さく頭を振って気を取り直すと、ハッチの向こうに見える技研を睨みつつ、食事を摂る事にした。

 同じ頃、旧技研内部――


 地下の小型ドローン用整備溝への搬入口付近に俯せで潜む、
 黒ずくめのボディスーツを着た一人の少女……いや小柄な女性がいた。

 女性は半固形のゼリー状の食事を口に含み、僅かな水分でそれを喉の奥まで流し込む。

 胃が落ち着いた事を自覚すると、すぐに手元の時計型端末で予定の時刻が迫っている事を確認し、
 特秘回線で思念通話を行う。

女性1<八……七……>

男性1<六……五……>

 女性がカウントダウンを開始すると、同じリズムで別人の思念通話がカウントダウンを引き継ぐ。

男性2<四……三……>

女性2<二……一……>

 他にも二人、同じリズムのカウントダウンを引き継ぎ、そして――

男性3<時計合わせ>

 また別の男性の声を合図として、女性は手元の時計型端末のボタンを押す。

 すると、現在時刻とは別の時刻表示が表れる。

男性3(ヘッジホッグR)<ヘッジホッグリーダーより各員へ通達。以後の作戦内容を再度確認する>

 そして、時計合わせの合図を出した男性――ヘッジホッグリーダー――が、口を開き、さらに続けた。

ヘッジホッグR<作戦時間で〇一三〇まで内部マッピング、及び情報収集に専念。

        〇一四五でブリーフィング開始。
        その後、俺とヘッジホッグ2は目標Aの保護、
        ヘッジホッグ3から5はヘッジホッグ3の指示で陽動準備しつつ目標Bの所在を確認、
        目標Aの保護と目標Bの確保が完了次第、陽動しつつ撤退する。

        ……質問は?>

 作戦説明を終えたヘッジホッグリーダーが部下達に促すが、返って来たのは無言だけだ。

 質問無し、と言う事だろう。

ヘッジホッグR<……各員、健闘を祈る。以後、無用の通信は厳禁とする。
        ……では、作戦開始>

 そして、ヘッジホッグリーダーの淡々とした声を合図に、女性も動き始めた。

 彼女の担当は、少女然とした小柄な体格を活かした狭所――例えば排気ダクトなどへの侵入だ。

 他のメンバーにも暗所への潜入を主目的とした者もいるが、殆どは変装を行っての潜入捜査が主体となる。

 既に投降していたテロリスト達からの情報通りの着衣を準備し、整備員や戦闘員に紛れて情報収集を行っているだろう。

女性1(さて、と……じゃあアカネニコフでも探しに行こうかしら)

 女性はボディースーツの中から親指の爪先程度の大きさの球体を取り出し、搬入口の外に静かに転がした。

 装備しているギアと連動し、視界に球体周辺の映像を映し出すスパイカメラの一種だ。

 幸い、周囲十メートルには人影も、魔力の反応も無い。

 監視カメラが見張っているが定点観測型ではなく、一定間隔で角度を変えるタイプのようだ。

女性1(さすがにここから人間が入って来るとか考えてないワケね………。
    監視の穴もすり抜ける小さなボディ……って、ちっちゃくて悪かったな!)

 女性は胸中で独り言の文句を垂れると、監視カメラのタイミングを計って搬入口から飛び出し、
 カメラの死角に入り込み、そこから再びタイミングを合わせて手近な排気ダクトに入り込む。

 鮮やかな手並みである。

 そして、この小柄で、他人を独特なニックネームで呼ぶ女性……そう、市条美波だ。

 生活課広報二係所属の受付職員とは世を忍ぶ仮の姿。

 ギガンティック機関司令部直属諜報部職員が本来の仕事であるのは、先日、彼女自身が茜に説明した通りである。

 そして、彼女は“基本的に他の職員の監査と事務処理”とは言っていたが、
 何故、そんあ彼女が前線に出張って来ているのかと言うと……。

美波(うん、案外、鈍ってないじゃない。まだ前線でもイケル、イケル~)

 それは、彼女が結婚、出産を経て前線任務を退いたからに他ならない。

 エールも口にしていた、李家門弟の諜報部職員。

 その一人が彼女なのだ。

 二児の母となり前線を退いて幾年。

 テロリスト達との情報戦や、日の目を見ない裏仕事で多忙を極める諜報部は、
 今回の突入作戦に当たって後方要員の彼女にも白羽の矢を立てたのである。

 小柄な身体を活かし、小型ドローンしか通れないような狭い地下道を伝って旧技研内部へと侵入した、
 彼女の主立った役目は技研内部の構造調査と、目標AやBと呼称される茜とハートビートエンジン6号の所在確認だ。

 人伝でないと入手し難い情報や、堂々と入って行く他ない区域の情報収集は他のメンバーにお任せである。

 ともあれ、美波は狭いダクト内を匍匐前進の要領で進む。

 器用に身体をくねらせて直角に丁字路を曲がり、先ずは中枢方面……研究室などのある区画を目指す。

 風の流れを作る換気扇のある経路を極力避け、換気口から部屋や通路の状況を探る。

美波(思ったほど慌てた様子は無いわね……平常運転のやや緊急度高し、って所かしら?)

 美波は外の様子を観察しながら、そんな感想を抱く。

 慌ただしく駆け回っている人間が多くいるようだが、それでも落ち着いて行動している者もいる。

 それが危機感の無さから来る物なのか、諦めから来る物なのか、
 はたまた自分達の知らぬ奥手を隠し持っている余裕から来る物なのかは分からない。

美波(ま、人間観察よりもアカネーノ探しが先決か……)

 本人が聞いたらクレーム間違いなしのニックネームを交えて胸中で独りごちつつ、美波はさらに先へと進む。

 だが、いよいよ目当ての区画に入ろうとした瞬間、美波は驚きで目を見開いた。

 幾つかの排気ダクトが合流する……いわゆるハブ区画なのか、やや幅の広い場所に出た美波は、
 三つ並んだ換気扇の中央の一つが壊れているのを見付けた。

美波(壊れている……って言うより、壊された感じね……それも、壊されてから半日も経ってない感じ)

 五枚あった羽の一枚をへし折られ、モーターの基部からもぎ取るようにして破壊されたのか、
 配線ケーブルも引きちぎられている様を見れば、単なる経年劣化による破損ではなく、
 何者かの手によって力任せに破壊されたのは一目瞭然だ。

 小型ドローンが通ったような形跡は無く、恐らくは人間かそれに準ずる形の……
 ヒューマノイドウィザードギアが破壊したかのどちらかだろう。

 先に続く通路は狭く入り組んでおり、体格的には自分と同じくらいの者でなければ通れない。

 おそらく、一回りでも大きくなれば通過不可能だろう。

美波(こりゃ緊急事態、かな……)

 美波は冷や汗を浮かべつつ、秘匿回線で思念通話を行う。

美波<ヘッジホッグ2よりヘッジホッグリーダー、三○二発生>

 美波は上司に“自分達以外の侵入者有り”を示す隠語を送った。

ヘッジホッグR<三○二、了解>

美波<三○二は未確認、また三○二の目的は不明。現在地を転送します。
   探索を続行しますが、至急、応援を送られたし。以上>

 返事をくれた上司に用件を伝え、支援を要請すると、美波は回線を切って溜息を漏らす。

美波(お願いだから、鬼も蛇も出てくれないでよね……)

 美波は祈るように目を伏せた後、意を決して先へと進んだ。

―2―

 ギガンティック機関諜報部が動き始めたのと前後して、ユエは謁見の間へと訪れていた。

 面倒な手順を踏んで承認を得て、最上七段目にあるコンテナの中へと入って行く。

 コンテナ内の階段を下り、煌びやかで荘厳な装飾の施されたホンの居室へと立ち入ると――

女性「キャアッ!?」

 ――途端、甲高い女性の悲鳴が響いた。

ホン「ええぇい! まだか!? ユエはまだ来ないのか!?」

 普段通りの扇情的な格好をした数多の女性達に囲まれたホンは、いきり立って地団駄を踏んでいる。

 その足もとには倒れて啜り泣く女性が三名ほど。

 恐らくはホンの苛立ちのはけ口として暴力を振るわれたのだろう。

 彼女達の魔力は外科手術で埋め込まれたギアによって、
 特定行動以外ではほぼ無いと言っていいほどまで抑制されている。

 男の力で暴力を振るわれたら、太刀打する事は難しい。

 また、ホンに逆らえばギア自体から強い電流――
 と言っても生命に関わらない程度に微弱な物だ――によって痛みが走る仕組みだ。

 二十人以上の女性を侍らせながら、ホンが彼女達に寝首を掻かれない、最大の理由である。

ユエ(どこまでの気の小さな男だ……)

 その光景を眺めながら、ユエは表情も崩さずに内心で呆れ果てた溜息を洩らした。

 だが、呆れている場合ではない。

ユエ(さっさと雑用をこなして仕事に戻らないとな……。さすがに残された時間も少ない)

 ユエは気を取り直すと、女性達の輪を割ってホンへと歩み寄る。

ユエ「陛下、お気をお鎮め下さい」

ホン「ユエ! どうなっている!?
   偽王共の軍勢がすぐ近くまで迫っているぞ!?」

 落ち着いた様子で宥めるユエに、ホンはひっくり返りそうなほど上擦った声で詰め寄る。

ホン「貴様の作ったダインスレフは無敵ではなかったのか!?」

ユエ(結界装甲を貼り付けただけの簡易量産機に何を求めていたのか……)

 詰め寄るホンに、ユエは蔑むような視線を一瞬だけ浮かべたが、すぐに自信に満ちた笑みを浮かべた。

ユエ「アレらはあくまでより完璧なギガンティックを作るための道具……
   データを集めるに足りるだけの数を揃えたに過ぎません」

ホン「な……!?」

 自信ありげなユエの言葉に、ホンは思わず驚きの声を上げる。

 事実、それは嘘ではない。

 ユエは目の前の愚かな男を納得させるために、事実だけを伝える手段を選んだ。

ユエ「確かに、ダインスレフは現状、量産型ギガンティックの中では最強と言えるでしょう。
   ……それはこの身、この命をかけて保障致します」

 そう、確かに401・ダインスレフは最強の量産型ギガンティックだ。

 極限まで軽量化した装甲により、機動性や運動性は傑作機であるエクスカリバーシリーズを上回り、
 それらを上回る最新鋭機であるアメノハバキリに匹敵する。

 結果的に脆弱化した装甲を補い、さらにその破壊力を最大限に高めるのは、
 イマジンにすら抗う事が可能な結界装甲。

 高い機動性に無敵の盾と矛を装備した、理想の量産機だ。

 事実としてダインスレフは緒戦では華々しい戦果を上げていた。

 機体は量産機でも最高性能だったのだから当たり前だ。

 だが、ドライバーは実戦経験の低い寄せ集めの民兵に過ぎない。

 長らく戦争状態ではあったが、寡兵で一方的に攻め入っては殲滅されるだけの戦いで、
 ドライバーのノウハウなど蓄積しようがない。

 加えて、最大の利点であった結界装甲の対策をされてしまえば、
 ただただ足が速い程度の貧弱な装甲のギガンティックが残るだけだ。

 その事実の目眩ましとして、あの重装甲で高機動のオオカミ型ギガンティック――
 402・スコヴヌングを緒戦から投入していたが、それもあっさりと敗退した。

 あとはジリジリと追い詰められて行くだけだった筈の負け戦が、トントン拍子の負け戦に変わっただけ。

 要は、開戦の時点から負け戦は始まっていたのだ。

 だが、しかし――

ユエ「兵士達が陛下のために身命を賭して収集したデータによって、今や完成目前となった403、
   そして、404こそは最強のギガンティックの名を冠するに相応しい出来映えとなりましょう」

 その都合の悪い事実を悟られぬよう、ユエは力強い声音で言い切り、さらに続ける。

ユエ「404は陛下の乗機……いえ、陛下の新たな玉座です」

ホン「俺の……我の玉座か……!」

 いやに熱の込められたユエの言葉を聞き、ホンはその熱に浮かされたように呟いた。

 その目は、これからの圧倒的な戦いへの期待と、自らの玉座ともなる新たな乗機の完成を想像して、
 ぎらついた輝きを取り戻している。

ユエ「陛下のご要望の通り、史上最大級のギガンティックを用意しております。
   最終調整が終わればすぐにでも動かせましょう」

ホン「史上最大級、か……そうだ。それでこそ王が駆るに相応しい!」

 ユエが恭しく頭を垂れて言うと、ホンは興奮した様子で言った。

 先ほどとは違った意味で上擦った声を上げるホンに、ユエは内心で“単純な男だ”と率直な感想を抱く。

 だが、この男が単純で御しやすければこそ、今までこうして来られたのだと思うと、どこか感慨深くも思う。

ユエ「では陛下、あと二時間ほどお待ちいただければ、
   最高の状態に仕上げた404……いえ、ティルフィングを献上いたします」

 一度は顔を上げたユエだったが、すぐにまた恭しく一礼しながらそう言って、その場を辞す。

ホン「ああ、愉しみにしているぞ、ユエ!
   ティルフィングか……ティルフィングが完成した暁には、偽王の軍勢など一息に蹴散らしてくれるわ!」

 背後からは楽観的なホンの声に続き、馬鹿馬鹿しいほど高らかな笑い声もする。

ユエ(無知とは幸福だな……まあ、北欧神話など興味が無ければそう調べる物でも無いがな……)

 ユエは小さな嘆息を漏らしつつ、謁見の間を後にした。

 研究室へと戻る道すがら、ユエは駆け寄って来た一人の男性研究者に話しかけられる。

研究者「主任、403の最終調整、完了しました」

ユエ「ご苦労。……404の調整は?」

研究者「機体とトリプルエンジンのマッチングも問題ありません。
    エナジーブラッドの出力は想定値の一一〇パーセント、プラスマイナス〇.五パーセントほどで推移しています。

    エンジンと機体の慣らしが終わればそのまま最終起動テストに入ります。
    十四時前には全行程を完了できるかと」

 ユエが報告して来た研究者に問い返すと、彼はどこか興奮しながら、だが努めて冷静に報告を続けた。

 ユエも、彼の報告内容に“ほぅ”と小さな感嘆の声を漏らす。

ホン「ブラッドの出力が十パーセント前後も上昇した原因は?」

研究者「調査中です。ですが、機体剛性に問題はありません。
    むしろ、出力が上昇した事で結界装甲が強化され、機体剛性も想定値以上に上昇しているようです」

 続く研究者の報告に、ユエも興奮の色を隠せないようだ。

ユエ「劣化コピーのエナジーブラッドエンジンでも、それだけの効果が得られるのか……。
   さすが、アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の発明と言う事か」

 感嘆混じりのユエの言葉に、研究者は“ご謙遜を”と言って、さらに続ける。

研究者「エナジーブラッドエンジンは傑作だと思います。
    ハートビートエンジンをあれだけ低コスト化できたのですから」

ユエ「トタン紛い装甲の急造機体とは言え、本体の二倍も資材が必要になるエンジンなど、
   量産機エンジンとしてはまだ下の下だよ。

   そう言う意味では、参拾九号の考えたマスタースレイブ方式のアレの方がまだ量産運用に向くだろう」

 褒めちぎる研究者に、ユエは自嘲気味に返す。

 実際、ダインスレフの生産コストの約六割から七割は、
 結界装甲を生み出す動力機関……エナジーブラッドエンジンと、その付随品であるブラッドラインが占めていた。

 機体内部に高密度のエナジーブラッドを循環させるため、
 高出力の循環システムを内包するエナジーブラッドエンジンは機体外装と同程度からそれ以上の硬度を誇る。

 同様に、高密度のエナジーブラッドを循環させるブラッドラインにも相応の強度が求められ、
 透明な構造ながらにマギアリヒトの密度は本体の装甲と大差ない。

 ハートビートエンジンは確かに当時の開発コストで言ってもエナジーブラッドエンジンよりも遥かに高価だ。

 だが、強度はエナジーブラッドエンジンの七割ほどでも、
 弾き出す出力は同サイズのエナジーブラッドエンジンの二倍強。

 結界装甲も三倍以上の出力を叩き出している。

 参拾九号……瑠璃華の考え出したフィールドエクステンダーは、
 結界装甲の出力を六割ほど減じてしまう欠点もあったが、
 それだけの出力が残されているなら十分な戦果を発揮できて当然だ。

ユエ「アレがオリジナルエンジンそのものを参考に作れば、エンジンの量産化も夢ではなかったのかとは思うよ」

研究者「所詮は失敗作……とは行きませんでしたね」

 肩を竦めたユエの言葉に、研究者は残念そうに呟く。

ユエ「まあ、アレの失敗があったお陰でミッドナイト1は完成したが、な……」

研究者「兎角、ままならないものです」

 ユエと研究者はそう言うと、互いに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。

 二人は溜息を吐いて一頻り落ち着かせると、先んじてユエが口を開く。

ユエ「ティルフィングの最終調整が完了次第、この区画の警備ドローンを停止させ、君も脱出したまえ」

研究者「主任はやはり、403で出られるので?」

 ユエの指示に応える代わり、研究者は質問で返す。

ユエ「ああ……脳波コントロールの戦闘時の波形データを収集しておきたい。
   そうだな……可能ならば201と戦ってみたい物だ」

 ユエは頷くと、遠くを見るような目で感慨深げに呟く。

研究者「データはリアルタイムで収集可能ですが、
    出来れば無事に帰って来ていただいた方が、我々としても有り難いのですが」

ユエ「負けると思うかね?」

 言い辛そうに漏らした研究者の言葉に、ユエはどこか戯けた調子で問い返す。

研究者「さすがに答えかねます」

 苦笑いを浮かべた研究者の言外の返答に、ユエは笑い、さらに続ける。

ユエ「ハハハッ……まあ勝率は五割強……五分五分よりやや優勢と言いたいがね。
   一対一の戦闘で戦況を覆せる物でもあるまい」

 ユエは思案げに呟く。

 ユエが駆ると言う400シリーズのギガンティック、403。

 フルスペックの能力を取り戻した空とエールに対し、互角以上だと言う性能が虚言の類ではないのは、
 口調はともかく、いつになく真に迫ったユエの表情と声音から明らかだった。

研究者「戦況そのものはアレが404を扱いきれるか、と言う事ですか?」

ユエ「一応は決戦兵器だからね。データ収集用のプローブは?」

 ユエが研究者の問い掛けに答え、改めて問い返すと、彼は頷きながら“滞りなく配置済みです”と応える。

 ユエは満足そうに頷くと“では、後は任せた”と付け加え、先ほどよりも僅かに早い歩調でその場を辞した。

ユエ(これで最終段階に向けた準備もようやく整う……。
   後は今回でどれだけのデータを収集できるか、だな)

 ユエは歩きながら思案する。

 60年事件から十五年と八日。

 長い年月を費やした目的が叶う瞬間が、もう目前まで迫っているのだ。

 平静さを保とうにも、どうにも気分が高揚するのを抑えきれない。

ユエ(学生時代……いや戦後の頃を思い出すな……この抑えられない高揚感は)

 ユエはこれまでの十五年と、そして、それ以前の自らの辿って来た道を思い返し、
 どうした訳か感想とは真逆な冷めた自嘲気味な笑みを浮かべた。

ユエ(学生時代に戦後、か……ああ、私は正常に働いているようだ。滞りなく、問題なく……)

 ユエはふと片手を上げ、その掌をジッと見つめる。

 見つめながら、握り、開き、握り、開きと、その動作を繰り返すと、
 不意にこの身で抱いた事のない感触を思い出す。

 だが、小さく頭を振って、その感触を今は追い出す。

ユエ(感傷的になるにはまだまだ早い……。全ては最後の仕上げが終わった、その時だ)

 ユエは気を取り直し、また少しだけ歩調を早めた。

 今は研究室に戻るよりも、現場で403や404の調整を指揮した方がいい頃合いだろう。

 ユエは研究室に戻ろうとしていた足を格納庫へと向けた。

 そして――

ユエ「コンペディション……第二幕の、始まりだ……」

 いつかのように、自分の足音で掻き消されるような、微かな呟きを漏らしたのだった。

 同じ頃、ユエの研究室奥――


茜「………ハァァ」

 未だに軟禁状態のままの茜は深い溜息を洩らしていた。

 時刻は十二時半。

 ドローンの運んで来た食事は既に食べ終え、そろそろ日課の鍛錬を始めようかと言う頃合いだ。

 だが、張り合いが無い。

茜「……それだけ、あの子の存在が大きかった、と言う事か」

 茜は溜息がちに呟く。

 ついでに、ここ数日で独り言が増えた。

 あの子、とはミッドナイト1の事だ。

 無口な性分の子供だったが、軟禁状態でストレスを溜め続ける茜にとっては、
 ストレス解消に適した良い話し相手だった。

 彼女の身に何が起こったのか、その子細までは知らずとも大まかな事は分かっている。

 空の手によってエールが奪還され、その後の消息は不明。

 恐らくは政府の手で保護されたか、テロリストの一人として警察組織が拘束したかのどちらかだろう。

 ロイヤルガードも皇居護衛警察と言う事で、曲がりなりにも警察組織の一員である茜だが、
 出来れば政府側……さらに可能ならばギガンティック機関の手で手厚く保護されている事を願っていた。

 ミッドナイト1を救おうと思う一方で、どうやら、自分にとっての彼女は、
 この短いとは言い切れない軟禁生活の支えになっていたようだ。

茜「ハァァ……まったく……」

 自分の軟弱さを思い知らされたようで、茜は深い自嘲の溜息を洩らしながら呟いた。

 しかし、複雑な思いだ。

 エールがギガンティック機関の……空の手に戻った事は喜ばしい事の筈なのだが、
 それでミッドナイト1がこの旧技研から居なくなる事を、当然の事と分かっていながら受け入れ切れない。

 有り体に言えば、理解できても納得できない、と言う我が儘のような物だ。

 精神的なダメージも大きいが、実は実利の面でもダメージは大きい。

 もしも彼女を説得が出来たなら、今も両手に取り付けられた魔力抑制装置を取り外す事も出来たかもしれない。

 そして、“もしも”や“かもしれない”ではなく、あれからあと三日ほどの時があれば、
 茜は十分にミッドナイト1を説得する事が出来た。

 事実、三日前の時点で既に、自我を得たミッドナイト1の価値観は徐々に揺らぎを見せ、
 道具としての矜持と茜への依存が共存するような状態にまで来ていたのだ。

 その状態が長く続けば、茜に絆され、二人で共に脱走する道もあったかもしれない。

 だが、さすがにもう過ぎた話だろう。

 問題は、どうやってこの場を脱出するか、だ。

 繰り言だが魔力抑制装置を取り外す方法も無く、今や決戦間近。

 このままでは脱出するどころか、早々に人質として扱われ、仲間達に迷惑をかける事になるだろう。

 それだけは絶対に避けなくてはならない。

茜「……これの出番か」

 茜はそう呟き、枕の下から一本の折り畳みナイフを取り出した。

 先日、堆く詰まれたダンボールの底から見付けた物だ。

 他を探してもこう言った物は無かったので、おそらく、ユエも把握していない内に紛れ込んだ物に違いない。

 これで手首を切断する。

 いくら身体を鍛えている茜でも、魔力無しの状態で魔力を扱える人間に勝てると思うほど甘くはない。

 僅かでも魔力が使えなければすぐに魔力ノックダウンされてしまう。

 そして、この五日間ほど具に観察して気付いた事だが、
 この研究室に出入り可能な人間は、ユエ以外にはミッドナイト1だけだった。

 研究室外部の人間とのやり取りは全て旧技研内部のローカルネットワークを用い、
 食事の運搬もミッドナイト1がいなくなってからは全自動のドローンが行っている始末。

 こんな状態ではユエ以外の人間を狙って抑制装置を解除する事は不可能に近い。

 そして、これは茜の直感だが、万全でない自分ではユエを出し抜く事は到底できないと考えていた。

 となれば、残された方法は手首を切断して、この抑制装置を取り外すより他に無いのだ。

茜(先ずはシーツを裂いて……)

 茜はベッドからシーツを剥ぎ取ると、それを長く切り裂く。

 両手首の抑制装置のやや上の位置に痛いほどきつく巻き付け、
 さらに両腕の上腕にも同様に巻き付け、血流を少しでも阻害する。

 抑制装置は意外にもピッタリと固定されているので、
 親指の関節を外したり切断したたりした程度では取り外せない。

 小指も切断すれば取り外せる可能性は高いが、冷静に四本の指を切断していられる自信は無かった。

茜(少し品は無いが……)

 茜はベッドの上で胡座をかくようにして、ナイフの柄を踵で挟んでしっかりと固定した。

茜(後はここに手首を叩き付けて、一気にねじ切る……)

 何度か頭でシミュレーションして来た手順を思い返す。

 要はナイフに手首を貫通させ、そのまま捻って手首をねじ切るのだ。

 骨を切断するのは難しいから、上手く関節部分に突き刺さなければならない。

茜「大丈夫だ……今の技術なら手だけの義手くらいは四日もあれば準備できる……」

 茜は自分に言い聞かせるように呟く。

 祖母・結もそうだったが、彼女の右腕は義手。

 だが、見せられた写真では本物の腕と見紛うほどの精巧な造りだった。

 四十年以上も前からそれだけの技術があったのだから、今の義手はさらに精巧な造りだ。

 だが、さすがに親から授かった身体に……自らの身体に傷を付けるのに抵抗が無い筈が無い。

茜「ッ、ハァ……ハァ……」

 茜は次第に荒くなって行く呼吸を意識しながら、必死に自らを落ち着かせる。

 血流を制限しているせいか、両腕に鈍い痺れが始まっていた。

 早くしなければ、今度は切断するだけの力が保てなくなる。

茜「……ままよっ!」

 意を決した茜は、先ず、右腕を大きく振り上げた。

―3―

 それから僅かに時は過ぎ、十四時を回った頃。
 第十街区、外縁――


 空は変わらず、開かれたハッチの縁に腰掛け、遠くに見える旧技研を見張っていた。

 技研には未だに煌々と灯りが点っている。

空(まだ動きはない、かな……?)

 空は不意に視線を外し、コントロールスフィア内壁に映し出された後方の映像に目を向けた。

 保護を訴える避難民や投降するテロリスト達の流れはもう三十分ほど前の時点で途切れており、
 つい数分前に彼らを乗せたリニアキャリアの最終便がメインフロートへと向かったばかりだ。

 残りの治療や炊き出しは、後方にある途中の兵站拠点かメインフロートで行うのだろうが、
 前線に立つ空達にはそこまで詳しい事は知らされていない。

 あくまで、後顧の憂いが一つ減ったと言う程度だ。

 最大の憂いである茜達の状況は、空達には伝わっていない。

 その存在をテロリストに気取られぬよう、突入した諜報部隊からの通信は勿論、こちらからの通信も厳禁だ。

 状況が判明するのは恐らく、彼らが茜を連れて脱出した直後だろう。

 それまでは茜の安否すら分からないのだから、もどかしいばかりだ。

 時間が経てば経つほど、不安と焦燥ばかりが募る。

エール『空、心拍数がかなり上昇しているけど、大丈夫かい?』

空「アハハ……うん、何とか」

 心配そうに尋ねるエールに、空は苦笑いを浮かべて返した。

 空がその指にエールのギア本体を装着している関係で、エールは空の体調を把握している。

 不安による心拍数の上昇に気付いたのだ。

空「大丈夫……戦闘になったらエールも、レミィちゃんとヴィクセンもいるもの。
  いざとなったらモードHSも使えるしね」

 空は苦笑いを微笑みに変えて、自信ありげに言い切る。

 そう、戦闘に関しては問題ない。

 フルスペックに戻ったエールに加えて、強化されたヴィクセンの二機の揃い踏みだ。

 フィールドエクステンダーを装備したアメノハバキリを駆るレオン達の援護もあるのだから、隙は無い。

 そこは不安を抱きようもないが……。

エール『大丈夫だよ空。
    先に突入した仲間を信じて、僕達は僕達のするべき事に全力を尽くそう』

空「うん……そうだね」

 エールの言葉に頷いた空は、決意を込めた視線を再び正面の旧技研へと向けた。

 そう、今は為すべき事に集中しよう。

 茜の事に気を取られ戦闘でミスを犯していては、茜が無事に戻って来た時に顔向け出来ない。

 茜と、そしてクレーストが帰って来た時に、少しでも胸を張っていられるようにしなければ。

空(もう……お姉ちゃんやフェイさんの時のような事に、なってたまるもんか……!
  私が……私とエールがみんなを守ってみせる!)

 空がそんな決意の炎を胸に灯した瞬間だった。

 つい先ほどまで、煌々と輝いていた筈の旧技研の灯りが、不意にフッと消え去ったのだ。

空「ッ!? 来た!」

 一瞬だけ息を飲んだ空は、すぐさま気を取り直して立ち上がると、
 コントロールスフィアの奥へと転がり込み、エールを完全に起動する。

空「皆さん! 今すぐ機体を起動して下さい! 作戦行動に移ります!」

 空は通信機に向かって、自分の指揮下にあるレミィ達四人に指示を飛ばす。

 そして、指示を飛ばしながらもスフィア内壁に映る旧技研の一角を拡大する。

 ハッキリと形が把握できるほど拡大された画像では、
 灯りの消えた旧技研の彼方此方で小規模な爆発が幾つか巻き起こり、煙が舞い上がっていた。

 突入部隊の脱出準備が終わり、陽動の破壊工作が始まったのだ。

 それが空達指揮官クラスに伝えられていた戦闘開始の合図だった。

指揮官『各員戦闘開始! なお、戦闘時は味方の動きに留意し、
    別命あるまで攻撃対象は敵ギガンティックに限定する物とする!』

 拠点各地のスピーカーから軍部の指揮官らしき男性の声が響く。

レオン『なるほど、な……。そう言う事か!』

 その命令の内容で全てを察したのか、レオンが納得したと言いたげな声音で言った。

 レオン同様、察しの良い者達は気付いているのだろう。

 指揮官の言った“味方の動きに留意し”と言うのは、破壊工作を終えて撤退する諜報部の突入部隊を誤射せぬように、
 “別命あるまで~~”とは突入部隊の撤退が確認されるまで敵機にのみ集中しろ、との事なのだろう。

空「はい、そう言う事です!」

 空がレオンの言葉を肯定した事で、レミィ達も作戦と指示の意図を感じ取ったらしい。

レミィ『知っていたなら教えてくれてもいいだろ!』

ヴィクセン『しょうがないでしょ、作戦よ、作戦』

 怒ったように漏らすレミィを、ヴィクセンが宥める。

空「ごめんね、レミィちゃん。埋め合わせは後でするから」

 空は言いながら、六基のプティエトワールを分離させ、レオン達の機体のフィールドエクステンダーに接続させた。

 そして、自らはエールに翼を広げさせ、高く舞い上がる。

空「エール、少しでも目立って攻撃を引きつけるよ! 特に401の攻撃は可能な限り全部!」

エール『了解! プティエトワールとグランリュヌの操作は僕がするから、空は白兵戦に集中して!』

空「うん、ありがとう!」

 空はブライトソレイユをエッジモードで構え、拠点の爆破炎上で困惑する敵陣へと切り込んで行く。

 その後を、キツネ型に変形したヴィクセンMk-Ⅱが、クアドラプルブースターを噴かして地上から追う。

 敵の反撃はすぐにあった。

 混乱して指揮系統がメチャクチャになったせいなのか、
 それとも、指揮系統など最初から有って無いような物だったからなのか、
 敵ギガンティックは散発的にだが突出して来たエールに向かって砲撃を浴びせて来た。

 だが――

エール『させるものかっ!』

 その全てを、エールがプティエトワールとグランリュヌを用い、ピンポイントの障壁で防ぐ。

 後方への被害は皆無だ。

空「ここっ!」

 空は真っ正面にいた401に狙いを定め、その眼前で急制動を掛け、頭部と両腕だけを鮮やかに切り裂く。

 以前のフルスペックでないエールでは出来なかった芸当だが、
 数々の戦いを経て成長した空と全開のエールならば造作もない。

 空は頭と両腕を失った機体の胴体を蹴り飛ばすようにしてその場に崩れ落ちさせると、
 さらにその反動で上空へと舞い上がる。

テロ指揮官『う、撃て撃てぇ! 白いギガンティックを逃すなぁっ!』

 そこでようやく気を取り直したらしいテロリストの指揮官機と思しき401が、
 上空に舞い上がったエールに向けてライフルを連射した。

 部下達もそれに続き、火線をエールへと集中する。

 だが、四基のグランリュヌが生み出す障壁が、その銃弾を完全に防ぐ。

 下にいる401は残り十機。

 それだけの数が火力を集中しても、今のエールには一発たりとも届かない。

 さらに――

レミィ『足もとがお留守なんだよっ!』

 丁度接近していた二機の401の間を、人型に変形したヴィクセンMk-Ⅱがレミィの声と共に通り過ぎる。

 すれ違い様に展開された両腕のスラッシュセイバーが、二機の401の胴体を真っ二つに切り裂き、
 上半身と下半身を泣き別れにされた機体がその場でマシンガンやライフルを乱射しながら崩れ落ちて行く。

テロ指揮官『げ、迎撃だ!? 下も迎撃しろ! 早くしろぉっ!』

 指揮官は狼狽しながらも指示を出すが、その射撃は完全に混乱して狙いなど定まっていない。

 レミィは鮮やかに機体を操り、その狼狽え玉を華麗に避けながら次々に401を撃破して行く。

 さらに、下で撹乱するレミィとヴィクセンに気を取られている間に、
 今度は上空の空とエールが急降下攻撃で401を破壊する。

 最初から混乱していた事も大きかったが、上空と地上の両面撹乱戦法でテロリスト達の主戦力である
 401・ダインスレフは、一機、また一機と確実に数を減らされて行く。

レオン『すげぇすげぇ、流石だなぁ』

紗樹『これ、私達の援護の意味とかあるんですかね……?』

遼『………』

 一方、目の前で繰り広げられる圧倒的な戦闘に、
 レオン達は感嘆、呆然、唖然とそれぞれに反応していた。

 方や全てを取り戻したエース機、方や最新鋭のオリジナルギガンティック。

 加えて息の合ったコンビネーションは、流石の一言では言い表せない。

 無論、空達がこれだけの戦果を発揮できたのは機体性能だけでなく、
 レオン達の援護射撃あったればこそだ。

 敵の遠距離攻撃の雨霰の中、これだけ懐で暴れ回られるのだから、
 テロリストもたまった物ではないだろう。

レオン『お嬢が帰って来た時にドヤされないよう、真面目に仕事しろ、お前ら!』

 レオンは唖然呆然の部下達を叱咤し、
 離れた位置からヴィクセンを狙おうとしていた401のバズーカを撃ち抜く。

 バズーカを撃ち抜かれ、爆発に巻き込まれて誘爆した401は、黒こげになってその場に倒れた。

紗樹『……了解です!』

遼『……了解!』

 レオンの妙技に二人は気を取り直し、
 ミニガン型魔導機関砲で周囲の370系や380系のギガンティックを薙ぎ払う。

 さらに他の軍や警察の連合部隊のギガンティックの攻撃で、
 次々にテロリストのギガンティックは撃破されて行く。

 数は敵が圧倒している。

 空達の側にはオリジナルギガンティック二機、アメノハバキリ三機。

 最大級と言える戦力を少なく配置した事で、逆にこちら側に戦力を集中したのだろう。

 残された虎の子の十九機の401の内、半数以上の十一機がこちらに配備されていたのが良い証拠だ。

 五機だけの主戦力を一気に押し潰して、
 そのまま反対側に残存戦力を結集すれば勝てるつもりだったのだろうが、そうはいかない。

 元々、籠城戦と言う地の利と数の差を覆すための戦略として、
 茜とクレーストの救出に加えて拠点破壊の陽動を行っていたのだ。

 篭もるべき拠点を失い、混乱した敵の掃討ならば数の差などどうと言う事はない。

空(このまま有利に進めば、私達が風華さん達の援護に……うん、行ける!)

 空は冷静に戦況を確認しつつ、確信する。

 陽動と援護のお陰で敵は殆ど潰走状態。

 こちらの優勢は覆りそうにもない。

 このままレオンに指揮を任せて、自分は風華達の援護に回ろう。

 そう思った矢先の出来事だった。

アリス『各員へ通達します!
    敵拠点にて突入部隊が小破状態の401を一機奪取しました!
    該当機をD01と呼称、ロイヤルガード261と共に脱出、整備と補給のため、一時後方へ撤退します!
    D01への攻撃は厳禁とします!』

 通信機から後方の指揮車輌にいるアリスからの指示が飛ぶ。

 どうやら諜報部の面々も無事脱出できたようだ。

 しかも、喜ぶべき事に茜も一緒らしい。

空「良かった……! 茜さん、無事なんだ!」

 通信機越しに仲間達……特にロイヤルガードの面々の歓声が響く中、空も安堵の声を上げる。

 反射的に旧技研に視線を向けると、丁度、茜色の輝きを宿したクレーストと共に、
 片腕を失った401が立ちこめる煙を吹き飛ばして飛び出して来るのが見えた。

 遠目のため、よく確認できないが、401のブラッドラインは黄色系統の色で輝いているようだ。

 茜達に通信が繋がらない所を見ると、どうやら敵に通信機能を封鎖されているらしい。

 後方の指揮車輌が突入部隊と連絡を取り合えたのは、恐らく秘匿回線による物だろう。

 クレーストと401は十メートル四方の巨大なコンテナを牽引していた。

 どうやら、アレが敵の元にあった残された最後の一つのハートビートエンジン、6号のようだ。

 仲間達の援護射撃に助けられながら、二機のギガンティックは戦場を迂回し、
 空達の後方にある整備拠点へ向けて後退して行く。

 そうこうしている間に、敵の401は全滅したようだ。

 後は残ったレプリギガンティックの掃討だけである。

空「レミィちゃん、このまま反対側に行くけど大丈夫!?」

レミィ『ああ、多少、弾が掠めたが、機体を換装するようなダメージは受けていない。
    行けるぞ!』

 空の問い掛けに、レミィは力強く応える。

 機体を換装とは、そのものズバリ、機体そのものをそっくりそのまま換装する事だ。

 実は後方の整備拠点には、先日完成したばかりのアルバトロスMk-Ⅱの躯体が用意されていた。

 元々、同型の試作型エンジンを搭載していたヴィクセンとアルバトロスであったため、
 オリジナルエンジン用に改修されたアルバトロスMk-Ⅱの躯体には、
 そのままヴィクセンの5号エンジンを乗せ換える事が可能だ。

 いや、むしろ、ドライバー不在で浮いてしまった機体の有効利用にと、
 瑠璃華は換装前提の改装を施していたのだった。

 速力と格闘戦能力が必要とされる作戦ならばヴィクセンMk-Ⅱに、
 防御力と火力が重要視される作戦ではアルバトロスMk-Ⅱに短時間で換装可能な、
 ヴァリアブルコンパーチブルギガンティックとしてヴィクセンは生まれ変わっていたのである。

空「なら、このまま行こう! 風華さんと連携を取るならモードHSの方が戦い易いよ!」

レミィ『了解だ!』

 レミィの返事を聞いた空は、立て続けに通信機越しにレオン達へ指示を出す。

空「レオンさん! このまま現場指揮をお願いします!
  私とレミィちゃんは裏手に――」

 ――回ります!

 そう、空が言おうとした瞬間だった。

風華『こちら206! 応援よ……キャアァァァッ!?』

 せっぱ詰まった様子の風華の声が聞こえ、直後、彼女の悲鳴が響いた。

空「風華さん!?」

レミィ『隊長!?』

 あちらで前線指揮を執っていた筈の風華の悲鳴に、空とレミィは愕然とした声を上げる。

 どうやら、旧技研を挟んだ反対側の戦場――第二街区方面――で何かよからぬ事が起きたようだ。

タチアナ『朝霧副隊長、聞こえましたか!?』

空「はい!」

 後方の指揮車輌で指揮を執っていたタチアナの問い掛けに空は応える。

空「モードHSに合体次第、彼方の援護に向かいます!」

タチアナ『お願いします!』

 空はタチアナの声を受け、地上スレスレを飛ぶ。

 既に壊滅状態の敵の攻撃は散発的で、十分に戦場で合体可能な余裕がある。

空「レミィちゃん! 合体するよ!」

レミィ『分かった!』

 空の呼び掛けにレミィが応えるが早いか、ヴィクセンMk-Ⅱは人型に変形してその後方へと追い付く。

空「モードHS、セットアップ!」

エール『了解、モードチェンジ承認!』

 空の声にエールが応えると、プティエトワールとグランリュヌが分離し、
 背中と両腕のジョイントカバーが外れ、エールが合体形態へと移行した。

 そして、ヴィクセンは両腕と両足を分離させ、五つのパーツへと分解され、
 それぞれのパーツからエールの各部ジョイントに向けて光が放たれる。

ヴィクセン『ガイドビーコン確認、仮想レール展開、ドッキング開始!』

 分離したヴィクセンの各パーツがエールの各部へと合体して行く。

 クアドラプルブースターをX字状に展開した胴体は背面へ、
 腕と足は左右同士で並列にドッキングしてエールの両腕へと合体する。

エール『ツインスラッシュセイバー、クアドラプルブースター、リンケージ!』

ヴィクセン『全ユニット、接続確認!』

レミィ「モードHS……ハイパーソニック、セットアップ!」

 各部パーツの連結を確認したエールとヴィクセンの声に続き、レミィのクリアな声が響き渡る。

 広げられたエールの翼の上下で独立稼働可能なクアドラプルブースターと、
 より破壊力と切れ味を増したツインスラッシュセイバー。

 エールの回復が見込める段階になった事で、翼の稼働を阻害する事なく再設計された
 新たなるエール・ソニック、その名もエール・ハイパーソニックである。

 本来は高速陸戦を主眼とした形態だったが、エールが完全復活した事で、
 想定以上の空戦能力と火力を得て完成を迎えたのだ。

空「レミィちゃん、一気に駆け抜けるよっ!」

レミィ「ああ、任せろ!」

 四基のブースターを噴かして加速するエールHSの後を、
 ドッキングしたプティエトワールとグランリュヌが追跡する。

 慌てふためく敵残存部隊の頭上を音速で駆け抜け、濛々と立ちこめる煙を切り裂いて、エールHSは飛翔した。

空「………」

 煙を切り裂いた瞬間、空は不意に先ほどの光景を……
 クレーストと共に煙を吹き飛ばして現れたD01と呼称された401を思い出す。

 あの黄色系統のブラッドラインの色。

 あの色に、どこか見覚えがあるような……そう、既視感を感じていた事に思い至った。

 だが、すぐに頭を振る。

レミィ「どうした、空?」

空「ううん、何でもない……とにかく、今は急ごう!」

 自分の突然の行動を心配したレミィに応えて、空は気を取り直して仲間達の元へと急ぐ。

 第二街区方面の戦闘は、空達のいた戦場から予測できる通り、少数による防衛戦線だった。

 こちらはまだ比較的、優秀な司令官がいたのか、あちらほど戦線は瓦解していない。

空「少しでも数を減らさないと!」

 空は上空からプティエトワールとグランリュヌによる斉射で、
 敵のギガンティックを無力化しつつ最前線へと向かう。

 そこではあちら側とは打って変わった、熾烈な戦闘が繰り広げられていた。

 風華の突風・竜巻と、クァンとマリアのカーネル・デストラクターが
 二機がかりで苦戦を強いられているではないか。

 それも、たった一機のギガンティックに、だ。

空「な、何、あれ!?」

 空はその光景に息を飲む。

 巨大なシールドのような武装を両腕に施された見たことも無い大型ギガンティックが、
 突風・竜巻の攻撃を弾き返し、カーネル・デストラクターを翻弄している。

 突風の攻撃を弾き返す防御力は、重量級の大型ギガンティックのそれだが、
 カーネルを翻弄するスピードは突風ほどで無いにせよ、大型機のそれを軽く凌駕していた。

 それどころか、二人の連携に対して的確に対応して見せる反応速度も、とても壊滅寸前のテロリストの物では無い。

 ここまで温存されていたのがおかしいと思えるほどの、正にエースの動きと、その乗機に相応しい機体だ。

 機体の全身各部には暗い赤色の輝きが見え、それが400シリーズの一機だと言う事は、何とか空にも判断できた。

 戦況を見渡すと、後方では軍のアメノハバキリとケーブルで連結された瑠璃華のチェーロ・アルコバレーノもいたが、
 思ったよりも俊敏な動きで接近戦を繰り広げる敵を相手に、有効な支援砲撃が出来ずにいる。

空「お待たせしまたっ!」

 空は苦戦する仲間を激励する思いで高らかに叫ぶ。

風華『空ちゃん!? ……気を付けて、このギガンティック、強敵よ!』

 一瞬、驚きの声を上げた風華だが、すぐに冷静さを取り戻して言った。

 空は突風、カーネルと三点で敵ギガンティックを囲む位置取りでエールを着陸させ、
 ブライトソレイユを構えながらツインスラッシュセイバーを展開する。

 敵の戦い方を見る限り、格闘戦が得意なようだ。

 相手の土俵で戦うのも馬鹿げているかもしれないが、
 あの俊敏な動きに対抗するにはこちらも高速陸戦を前提にした方が戦いやすいだろう。

 万が一のため、仲間達と自分の元に、
 付かず離れず程度の位置でプティエトワールとグランリュヌを待機させておく。

クァン『よくも今まで好き勝手やってくれたな!』

マリア『空とレミィまで来たら、こっちのモンだっての!』

 クァンとマリアも口々に叫ぶ。

 だがしかし、三方から取り囲まれた現状でも、中心に立つ敵ギガンティックは狼狽えた様子は無い。

 むしろ、ゆっくりとエールへと向き直る、不敵なまでの余裕を見せつけて来る。

??『フフフ……情報が錯綜していたせいでハズレを引いたと思ったが、やって来てくれたか』

 外部スピーカーを通して、どこか興奮したような熱を伴った声が響く。

瑠璃華『ハズレだと!?
    何を以てハズレと言ったかは知らんが、訂正してもらうぞっ!』

 瑠璃華はコチラの音声を拾っているのか、通信機を介して寮機の外部スピーカーから憤ったように叫ぶ。

 だが――

??『既に稼働データを十二分に収集している特化機体など、最初から用は無いのだよ』

 敵ギガンティックのドライバーが嘲るように言うと、機体各部のハッチが開き、
 そこから無数のレンズのような物が飛び出す。

空(全方位攻撃!?)

 空は瞬間的にそう結論し、防御態勢を取りながら敵の次の一手を見据える。

 最悪、即座に退避できるようにクアドラプルブースターを噴かす。

 恐らくは低威力の拡散魔導砲の類だ。

 仲間達も同じような判断らしく、風華は突風・竜巻をバックステップで十分な回避距離を取り、
 クァンもカーネル・デストラクターに分厚い結界を展開させて防御の態勢を取っていた。

 しかし――

??『補助兵装と言う判断が一切無いのは、
   突進して来るだけしか能の無いバケモノを相手にするプロ集団らしいな』

 敵ドライバーの嘲笑うかのような声と共に、レンズが激しく発光した。

空「目眩まし!?」

 目を覆いたくなる程の眩い光量に、空は思わず悲鳴じみた声を上げる。

 防御も距離も関係無い攻撃に、
 さしものギガンティック機関のドライバー達も一瞬、その動きを止めてしまう。

 空達だけでなく、ギガンティック達にも目眩ましは有効なようで、
 カメラが一瞬で焼き付き、コントロールスフィア内壁の正面画像が真っ黒に染まる。

エール『動体センサーに切り替えるよ!』

 エールは素早く有視界センサーの情報を、
 物体や空気の振動を感知して像を作り出す動体センサー画像に切り替えようとする。

??『テスト用の特別仕様だ、この手の攻撃にはさすがに対応できまい!』

 だが、切り替わりよりも一瞬早く、敵ドライバーの声が響いた直後、空は両腕を掴まれる感触を覚えた。

レミィ「ッ!? 間に合わない!?」

 おそらく、ブースターを点火して逃れようとしていたのだろう。

 レミィは愕然と漏らすが、敵に抱きすくめられ、身動きが取れなくなっていた。

??『さぁ、邪魔の入らない場所でゆっくりと君らのデータを収集させて貰おうじゃないか!』

 敵ドライバーはそう言うと背面のスラスターを噴かし、エールをその場から連れ去る。

空「最初から狙いは私達!?」

 空はすぐにその結論に思い至るが、これは逆にチャンスだ。

風華『空ちゃん! すぐに助け……』

空「大丈夫です! この機体は私達で引きつけます!」

 言いかけて飛びだそうとした風華を、空は言葉で制した。

 仲間達を圧倒したギガンティックを、取り敢えずは自分達に釘付けに出来る。

 そうして自分達が時間を稼いでいる間に、仲間達にテロリスト達の本隊を壊滅させて貰えば良い。

風華『………分かったわ! 後で必ず助けに行くから!』

 風華もその結論に至り、空の判断を尊重したのか、だがどこか悔しさを漂わせて言った。

??『なら、不要な横槍が入らぬ場所まで来て貰うおうか』

 敵のギガンティックはエールHSを捕まえたまま、さらに遠くへと退いて行く。

 その先は何も無い、廃墟の街だ。

 僅か数十秒でかなりの距離を移動したようで、戦闘区域からはかなり引き離されていた。

 確かに、彼の言う不要な横槍――仲間達の援護――はすぐには望めない。

 敵ギガンティックはエールHSを解放すると、戻る道を塞ぐようにエールと戦場との間に降り立つ。

 一方、解放された空もエールを無事に着地させ、改めて構え直す。

 既にカメラの焼き付きは回復しており、鮮明な映像が映されている。

??『さて……では実働テスト最終段階と、その新型のデータ収集を前に自己紹介と行こう。
   私は現在、ユエ・ハクチャを名乗らせて貰っている、しがない研究者だ』

空「ユエ……ハクチャ」

 不躾に名乗った男の名前を反芻しながら、空は不意にその声に聞き覚えがある事を思い出す。

 エールを奪った少女……ミッドナイト1を見捨てた、彼女にマスターと呼ばれていた男の声にそっくりなのだ。

空「あなたが……あなたがあの子をけしかけたんですか!?」

 空も構えを崩さず、次第に憤りを込めながら問い掛けた。

ユエ『けしかけた、とは心外な物言いだな。作った道具を有効利用しただけだ』

空「ッ!」

 何の気なしのユエの言葉に、空は怒りが湧き上がるのを感じたが、すぐにその怒りを押さえつける。

 相手に会話をする余地があるなら、情報を聞き出す必要もあるからだ。

空「あなたはテストやデータ収集と言いましたね?
  だとすると、あなたがテロリストのギガンティックを……」

ユエ『ご明察だ』

 質問を言い切らない内に、ユエは感嘆混じりに口を開き、さらに続ける。

ユエ『401・ダインスレフ、先日、君らの撃破した獣型の402・スコヴヌング。
   そして、この403・スクレップも私の作品だ』

エール『最後のスクレップ以外は、あまり趣味の良いネーミングじゃないね……』

 どこか嬉しそうに語るユエに、エールは辟易した声音で呟く。

 狂気の魔剣ダーインスレイブ、不治の傷を残す名剣スコヴヌング、
 錆びついた外見ながらも鋭い切れ味を誇った名剣スクレップ。

 どれも欧州の神話や伝承に登場する伝説の剣だ。

 量産型ギガンティックの名称はどれも剣に由来した物なので決して珍しくはない。

レミィ「お前の作品……だと! なら、妹をあんな目に合わせたのも、お前って事か……!」

 だが、そんなネーミングよりも怒りの琴線に触れる事実に、
 黙って空のサポートに回り続けようとしていたレミィが不意に声を荒げた。

 当然だ。

 妹の手足を切断し、ギガンティックに埋め込んだ張本人が目の前にいると分かってしまったのだから。

ユエ『? おお、そうか、その強化パーツは拾弐号が制御しているのだったな。
   失敗作の事はどうも忘れがちになる……。

   ああ……そう言えば、402に使った検体も弐拾参号だったか』

 これはしたり、と言いたげな、だがむしろ自らの失念を恥じるだけのような声音に、今度は空の怒りが爆発する。

空「あなたって人はっ!!」

 仲間や仲間の大切な人を貶され、しかも非道な行いをした人間を相手に、冷静でなどいられない。

 空は怒りの声を上げ、ブライトソレイユを振りかぶって突進する。

 翼を広げ、クアドラプルブースターを噴かし、
 超低空を飛翔して猛然と敵ギガンティック……403・スクレップに迫った。

 だが――

ユエ『素晴らしい加速度だ!』

 感嘆の声を上げながらも、ユエは平然とその直線的な攻撃を避けた。

 だが、そこで止まる空ではない。

空「レミィちゃんっ!」

レミィ「ああ! ぶち当てろ、空ぁっ!」

 レミィはバイク状のシートのハンドルを大きく切り、
 クアドラプルブースターを左右で前後互い違いに向けて機体を高速旋回させる。

 四基独立可動の柱状ブースターはこのようにそれぞれの向きを調整する事で、
 瞬間的な高速旋回も可能としているのだ。

ユエ『ほぅ……旋回性能も高い!』

 目の前で一瞬にして体勢を整えたエールHSの姿に、ユエは感嘆混じりの歓声を上げる。

 純粋に技術者としてエールHSの性能を講評しているつもりなのだろう。

ユエ『だが、その程度はこのスクレップにも可能だ!』

 ユエがそう言った瞬間、スクレップは両腕の巨大なシールドを構えた。

 するとシールド側面下部から巨大なスラスターが展開し、上空へと飛び上がって距離を取る。

 だが、それだけでは終わらない。

 ほぼ天蓋近くまで飛んだスクレップは、シールドを突き出すように構え直すと、
 今度は側面先端から大口径の魔導砲が除く。

空「なっ!?」

エール『障壁を!』

 愕然とする空よりも先に、エールは待機させていた
 プティエトワールとグランリュヌで分厚い魔力障壁を展開する。

 直後、スクレップのシールドから極大の魔力砲撃が放たれた。

空「っぐぅぅっ!?」

レミィ「うわぁっ!?」

 障壁を展開してもなお凄まじい魔力の奔流が生み出す衝撃に、空とレミィは呻き、悲鳴を上げる。

 数秒で魔力の奔流は止み、プティエトワールとグランリュヌの障壁で何とか砲撃を凌いだエールHSの中で、
 空とレミィは深く長い息を吐いた。

ヴィクセン『無傷で済んだけど、結構、ブラッド持っていかれたわね……。
      あれ一発で残り五割強ってかなりの威力よ』

 機体コンディションをチェックしていたヴィクセンが警戒気味に呟く。

 直前までの戦闘でそれなりにブラッドを損耗していたが、さすがに一撃で三割以上を削られるとは思っていなかった。

ユエ『ハハハッ、素晴らしい威力だろう?
   これがスクレップが誇る格闘、砲撃、防御、機動の四役をこなす複合兵装、その名もハルベルトシルトだ』

 上空に留まったままのスクレップの内部から、ユエの興奮した声が響く。

 突く、斬る、薙ぐなどの複合ポールウェポン、ハルバートに因んだ名を付けられた盾、と言う事だろう。

 成る程、巨体に見合わぬ敏捷性の正体は、あのシールドに装備されたスラスターのお陰らしい。

 スクレップが肘を立てるような動作をすると、
 左右のハルベルトシルトからそれぞれ五つのドラム缶のような物が排出される。

 使い捨て式の魔力コンデンサのようだった。

ユエ『やや燃費に難がある装備だが、結界装甲による総合強化で、
   現存するギガンティック用兵装の中でもトップクラスの性能だと自負しているよ』

 自信ありげなユエの言葉が単なる強がりの類でないのは、空達も肌身で感じていた。

 二対一の接近戦を難なくこなす機動性に防御力、そして、一気に三割ものブラッドを劣化させる砲撃力。

 加えてあの重量級のボディと頑強なシールドの生み出す打撃力も侮れないだろう。

 言わば、ユエ・ハクチャ版エール・ハイペリオンと言った所だ。

 躯体の大型化は打撃力と出力を考慮しての物だろうが、大型化した装備を両腕に集約する事で取り回しを向上させ、
 装備その物の剛性をシールド化する事で高めている点は、ハイペリオンを上回っていると言えなくもない。

 だが、ハイペリオンに近い特性の機体ならば、その攻略法は空も承知している。

空「レミィちゃん! 中距離の円軌道を保ってヒットアンドアウェイで行くよ!」

レミィ「分かった! 今度こそっ!」

 空はレミィに指示を飛ばすと、天蓋付近で留まるスクレップに向けて翼を広げ、
 クアドラプルブースターを噴かして舞い上がった。

 ハイペリオンやそれに準ずる機体の弱点は少ない。

 近遠距離に対応した装備に加え、高い瞬発力と機動性、そして、頑強な防御力。

 一見して完璧に見える機体だが、実は最大の穴が射程範囲にある。

 相手が中距離にいる場合、距離を取っての遠距離戦か接近しての格闘戦かを強いられる点だ。

 一瞬の、だが冷静な判断を迫られる距離が、この中距離なのである。

 その一定の間隔を保っての円軌道で敵の周囲を旋回するのは、敵からしてみればかなりのプレッシャーだろう。

ユエ『ほう……成る程』

 事実、ユエは感嘆を漏らしながらも警戒したように定点旋回を続けている。

 空達のとった戦術は、同系統の全領域攻撃型機同士でしか起こりえない、
 先出し有利の二択ジャンケンのような物だ。

 この状況を回避するために動いたとしても、それに合わせて追随すれば状況をひっくり返す事は不可能。

 周辺を高速旋回する事でコチラは敵の動きをじっくりと観察できるため、
 敵が遠距離・近距離のどちらを選んでも即座に対応可能。

 逆に敵は高速旋回するコチラの動きをじっくりと観察するのは難しい。

 あくまで“こうされたら対応が難しい”と言う空自身の感想から生まれた戦術であり、
 むしろこれは空達も解決しなければいけない問題の一つなのだが、この時ばかりは空達の有利に切り替わる。

ユエ『これは良い改良点を教えて貰った』

 空達の思惑に気付いているのか、だが、ユエは未だに余裕綽々と言った風に呟く。

 まるで抑揚に頷いている様が見えて来るかのようだ。

空「余裕でいられるのも、今の内だけです!」

 空は僅かな怒りを込めて叫ぶと、エールがスクレップの背後を取る一瞬を狙い、
 ツインスラッシュセイバーで切り込む。

 この速度のまま背後からの攻撃は、後方カメラやセンサーが感知していようが、
 常人には決して反応が不可能な間合いだ。

 空はそう確信する。

 だが、次の瞬間、空の目は驚愕で見開かれた。

 スクレップは右腕だけがまるで別の機体のように動き、
 ハルベルトシルトが纏った結界装甲の障壁で空達の一撃を難なく受け止めたのだ。

空「なっ!?」

ユエ『この機体のAIは、我が身に迫る危険には実に敏感でね。
   ドライバーの機体制御が間に合わない攻撃に対しては、
   機体のリミッターを外し、自動で防御する機能が備わっている』

 愕然と叫ぶ空に、ユエはまるで壇上で生徒に講釈する教師のような声音で説明する。

 そして、それこそが単機で風華達を相手に圧倒していた第二の、そして本命のカラクリだった。

 ユエの余裕の根源も、実を言えばそのシステムに起因していた。

 高い防御性能と攻撃性能を併せ持ち、加えて人間では反応不可能な速度に対応する防御システム。

ユエ『このシステムは402に搭載していた物の完成版でね……。
   恐怖の感情を排し、危機に対してのみ純然たる防御反応を示す合理的なシステムだよ』

 ユエはスクレップにエールを弾かせながら高らかに宣言する。

空「それなら全方位攻撃でっ! エール、お願い!」

エール『分かったよ、空!』

 空の合図でエールはプティエトワールとグランリュヌに包囲陣形を取らせ、
 あらゆる角度からの十字砲火を浴びせた。

 だが、スクレップは軽やかにその砲撃を回避し、回避不可能な物だけを適宜防御し、
 最後のだめ押しの一斉射撃も全周囲にピンポイントの結界を展開して凌ぎきってしまう。

ヴィクセン『そんな……嘘でしょ!?』

 エールの代わりに機体制御に専念していたヴィクセンが驚きの声を上げる。

エール『魔力コンデンサが危険領域だ………一旦、本体にドッキングして魔力をリチャージしないと』

 エールも悔しそうに漏らし、プティエトワールとグランリュヌを背面に連ねるようにしてドッキングさせた。

ユエ『アルク・アン・シエルくらいしかこの防御を突破する方法は無いが、
   さすがにそれでは十分なデータが取れないのでね、その隙は与えないよ』

 その光景を見遣り、ユエは不敵な声音で呟く。

 確かに、あの機体を相手に砲撃前後の硬直時間の長いアルク・アン・シエルは使えない。

空「何か別の攻略方法を考えないと……!」

 空は人を嘲り、挑発めいた物言いを繰り返すユエに対する怒りを押さえつけながら、次なる手を思案する。

 その時――

レミィ「……そこに……いるんだな……!」

 不意に背後から響いた声に、空はレミィに振り返った。

 振り返って見たレミィの顔には、哀しみとも喜びとも取れない決意の表情が浮かんでいる。

ユエ『ああ、そうか……システムの構築に使ったのは、全て甲壱号計画の生き残り達だったか』

レミィ「伍号姉さんを、返して貰うぞっ!」

 常に心に留め置くまでもない、まるで些末な事と思い出したように語るユエに、
 レミィは怒りを込めて叫ぶ。

 だが――

ユエ『返すも何も……返す物など残っていないよ?

   402と弐拾参号で得たデータを元に改良したのが、この403に搭載したシステムだ。
   痛みを感じる要素は不要なのでね、脳全体と神経組織を全摘出した後、
   一部の神経組織と脳組織以外は排除してある。

   そうだね、強いて言えばこのスクレップそのものが伍号の肉体だ』

 ユエは何ら悪びれた風も無く、さも当然と言いたげに言い切った。

レミィ「…………………………………え……?」

 その言葉にレミィは茫然と聞き返す。

 空も目を見開き、スクレップに向き直る。

ユエ『自我を残しておくには何かと面倒なシステムでね。
   自我を残しておいた402の時ように獣型のような汎用性の低い形状にしか作れないのでは意味が無い。
   よって不要な自我を無視できるように、脳と神経の一部だけを利用させて貰う事にしたワケだ』

 雑誌取材に応える技術者の苦労話のように、ユエは感慨深げに語った。

 レミィは愕然とする。

 死んでいた。
 殺されていた。

 弐拾参号を助けた時、一縷の望みを抱いた。

 妹を助けられたのだ。

 姉も……伍号も生きて、助けを待っている筈だ。

 そんな夢を、見ていた。

 だが、現実は、ユエの言葉はレミィの夢を嘲笑う。

レミィ「お前……お前は……ッ!」

 レミィが憤怒の雄叫びを上げようとした、瞬間――

?「…………オマエエエェェェェェッ!!」

 ――その正面から、怨嗟の雄叫びが上がった。

 空だ。

 一年と三ヶ月前、かつて上げた雄叫びと同じ、怨嗟と憤怒の雄叫びを、
 喉が裂けるのではないかと思う程の大音声で張り上げる。

 もう、限界だった。

 人を人とも思わず、道具のように使い捨てる所行。

 多くの人々を虐殺したテロリストに与する技術者。

 他人全てを見下し、嘲るような口調。

 まるで自分が神だとでも言いたげな、言外の言動の全て。

 義憤を募らせる空の心のたがを、
 最後の一押しが……大切な仲間の姉を切り刻んで殺したと言う事実が、吹き飛ばした。

空「みんなのために……お前みたいな奴は……イキテチャイケナインダアァァァッ!!」

 空は鬼すら怯ませるかのような形相でスクレップを……ユエを睨め付け、叫ぶ。

 数日前、茜を止めたハズだった。

 怒りや憎しみに身を任せてはいけない。

 それは苦しい事だ、いけない事だと。

 だからこそ、空は憎悪に、憤怒に、自らの信ずべき義憤を乗せる。

 目の前の悪魔を生かしておいてはいけない。

 この悪魔は、きっと繰り返し続ける。

 腕をねじ切り、足を吹き飛ばし、厳重な檻に捕らえようとも、
 利用できる全てを利用し、悪魔の所行を何度でも、当然のように繰り返す。

 それは、空の抱いた直感だった。

 目の前にいる悪魔は、自分が信じた物の対極にいる、と。

 大切な誰かを守りたいと思う人々の盾――その思いを叩き割る鎚。

 大切な誰かのために戦いたいと思う人々の矛――その思いを手折る楔。

 力なき人々のための力――思いのままに力を行使する、傲慢さそのもの。

 善悪の判断を超えた傲慢さを、空は感じ取ったのだ。

ユエ『……まるでケダモノの雄叫びだな、聞くに堪えない』

 空の雄叫びに、ユエは嘆息混じりに返す。

 それを合図に、空は飛ぶ。

レミィ「そ、空!?」

 突然の空の突進に、レミィはブースターの点火が間に合わずに愕然とした声を上げる。

 確かに、空は怒りと憎しみにだけ囚われていた訳ではない。

 だが、欠くべきでない冷静さを、確実に欠いていた。

ユエ『システムに頼るまでもないな』

空「ッ!?」

 そして、冷静さを欠いた空の頭に冷や水をかけたのは、冷めきったようなユエの冷静な呟きだった。

 クアドラプルブースターを用いた超高速・超高機動とは比べるまでもない遅さ――
 それでも量産型など足下にも及ばない――では、スクレップを捉える事など出来ず、
 逆に一瞬で回り込まれて背後を取られてしまう。

 姉の死、仲間の絶叫、突然の危機と畳み掛けるような状況に、レミィの対応もままならず、
 その激しい動揺はエールやヴィクセンにも伝播していた。

ユエ『改良すべき点や実戦データで良い物が取れた………。感謝するよ』

 ユエの穏やかな、だが酷薄な声音を伴い、背面で魔力が集束する甲高い音が響き渡る。

 例の極大魔力砲だ。

 回避も、防御も間に合わない。

 空は大慌てで振り返り、最低限の防御姿勢を取ろうとする。

 回避不能の死を目前に、嫌にゆっくりと時間が進む。

 それに伴って、身体が加速して行く意識について行かずに、酷く重く感じた。

空(どうしよう!?)

 臨死の瞬間、空は激しく自問し、そして、自責する。

 どうすれば助かる?

 何で、こんな状況に自らを……仲間達を追い込んだ?

 姉とフェイが繋いでくれた命を、どうして無駄にした?

 どうすれば、仲間達を助けられる?

 どうすれば、あの血の色のような魔力から、仲間を救える?

 意識だけが加速した目まぐるしい思考の中、空は最悪の事態を回避する方法だけに専念する。

 だが、答は見えない。

 そして、集束された魔力が一気に解放された瞬間、全員の息を飲む音が重なった。

 凄まじい魔力の衝撃波がエールHSとスクレップの間で巻き起こり、衝撃の余波が空達を襲う。

 そう、余波だ。

 衝撃波そのものは、エールHSに掠りもしない。

 そして、僅か数秒の衝撃が止むと、エールHSの眼前には、巨大な紡錘形の結界が浮かんでいた。

 この紡錘形の結界がスクレップの極大魔導砲を拡散させ、エールHSを守ったのだ。

 紡錘形の結界を形成していたのは、
 それぞれの頂点を形成する数メートルほどの大きさの細長い飛行物体だった。

ユエ『美しい結界だ……確実に魔力のベクトルを拡散させる鋭角な紡錘形を保ちながら、
   後方のギガンティックに一切の被害を出していないとは』

 必殺の一撃を完全に無効化されたにも関わらず、
 それを為した紡錘形の結界を眺めながら、ユエは感嘆の声を漏らす。

 結界を形成していた飛行物体は、その陣形を崩すとエールHSの頭上に向けて飛んだ。

 空達全員の視線が、その行く末を見つめると、
 そこには全身に輝きを纏った白い躯体の鋼の鳥人――ギガンティックがいた。

 飛行物体はその鳥人型ギガンティックの背面の翼へと連結される。

 空達を間一髪で守った結界を作り出したのは、このギガンティックだったようだ。

???『遅れて申し訳ありません、朝霧副隊長、ヴォルピ隊員』

 鳥人型ギガンティックから聞こえた声に、空は驚いて目を見開く。

 だが、間違いない。

 この淡々と落ち着いた、だが、確かな暖かみを感じる声。

 そして、鳥人型ギガンティックが纏った山吹色の輝きは、
 先ほど、クレーストと共に脱出したダインスレフが纏っていた輝きと相違ない。

空「フェイ、さん……? フェイさん!?」

 驚きと喜びと、激しい困惑の入り交じった声で、空が彼女の名前を叫ぶ。

フェイ『はい、張・飛麗、GWF205X-アルバトロスMk-Ⅱ……
    現時点を以て戦列に復帰いたします』

 間違いなかった。

 物言いも、声も、ブラッドラインが放つ山吹色の輝きも。

 そして、彼女が乗るギガンティック……アルバトロスMk-Ⅱもまた、
 瑠璃華が作り上げ、オリジナルエンジン用に調整の施された機体だ。

ユエ『ほう、212の後継機にこちらから奪った6号エンジンを搭載したのか。

   ……私が分解もせずに丁寧に解析を続けた物をアッサリと機体に組み込み、
   ドライバーまで宛がうとは……なかかな剛胆な決断だな』

 ユエは感心したように漏らし、新たに現れたアルバトロスMk-Ⅱを見遣る。

 変形機構らしき部位が各部に散見される機体は、204……
 ヴィクセンMk-Ⅱと同様に鳥型と人型のヴァーティカルモードへの変形機構を搭載していると一目で推測できた。

 人型でも飛行可能なこの機体は、おそらくは中遠距離火砲支援に特化した特性だろう。

 だが、ユエにはそれ以上に気になっている点があった。

ユエ『211の後継機が201とOSS接続可能と言う事は、
   212の後継機であるその機体も201とOSS接続可能と言う事だろう……さあ、どうしてくれる!?

   201とその205の組み合わせか!?
   それとも、201と204、205の三機を接続した形態を見せてくれるのか!?』

 ユエは興奮を隠しきれず、次第に昂ぶって行く声で問いを放つ。

 天童瑠璃華と言う天才が辿り着いたであろう、一つの到達点。

 自らを凡庸とすら評した男は、それを知りたいと言う欲求に抗えなかった。

 だが、逆に空達にとっては好都合だ。

 いくら新型機でフェイが参戦してくれたとは言え、スクレップを相手に勝てるかと言えば難しい。

 ならば出せる最強の手札を……エール・ハイペリオンを超える、新たな力に賭ける他無かった。

 しかし、敵が悠長に合体を待ってくれる保障など無いので、ユエの要求は空達の好機でもあったのだ。

空「フェイさん、合体します!」

フェイ『了解しました、モードH-Exへの移行準備に入ります』

 空の呼び掛けに応じ、フェイは愛機を変形させた。

 両腕と両足を折り畳み、人型形態では半分ほどのサイズまで折り畳まれていた翼を最大まで展開し、
 頭部を変形させて巨大な鳥型ギガンティックへと変形し、エールHSの背後へと突進する。

空「モードH-Ex、セットアップッ!」

エール『了解、モードチェンジ、承認!』

 空の音声入力にエールが答えた瞬間、エールの肩、腰側面、脚部側面ジョイントカバーが分離し、
 さらに背面に連結されていたプティエトワールとグランリュヌも再チャージを終えて飛び立ち、
 背後から迫るアルバトロスMk-Ⅱも七つのパーツに分離する。

 巨大な両翼は肩に、展開した胴体は腰部で接続され、エールの胴体部を覆い、
 足が変形した多連装魔導ランチャーが足に、腕の変形した大口径魔導砲が腰へと接続された。

エール『エリアルディフェンダー、
    アクティブディフェンスアーマー、リンケージ!』

ヴィクセン『脚部マルチランチャー、腰部魔導カノン、
      前面部魔導ガトリングガン……接続完了!』

アルバトロス『エリアルディフェンダー、クアドラプルブースター、
       ウイングスタビライザー、完全同期確認しました』

フェイ「トリプルハートビートエンジン……コンディショングリーン」

レミィ「ブラッドライン接続完了、全装備オンライン……異常無し!」

 エール、ヴィクセン、アルバトロスに続き、
 エールのコントロールスフィア内に現れたフェイのクリアな声とレミィの声が続く。

 全ての接続が完了した機体の全身が、眩い空色の輝き出す。

 四基の大推力ブースターと巨大な安定翼、さらに両手に鋭い刃と腰と足に大威力火砲を装備した新たなモードH――

空「エール・ハイペリオンイクス! 合体完了!」

 ――ハイペリオンイクスの完成を、空が高らかに宣言した。

 フェイとアルバトロスを失い、もう二度と日の目を見ないと思われていた、
 空達の新たな力が、今、空達の元へと還った瞬間だった。

 空は左後ろを振り返る。

 そこには、シートに座ったフェイの姿が……九日前と変わらない姿があった。

空「フェイさん……フェイさん……フェイさぁぁん……っ!」

 その姿に、空は目から涙を溢れさせ、感極まった声を上げる。

 偽物ではない。

 今、スフィア内にいるのはアルバトロス内を映した立体映像のような物だが、間違いなく、フェイはそこにいた。

 自分を庇い、愛機と共に爆発の閃光と共に消えた筈のフェイが、そして、彼女の愛機であるアルバトロスが戻って来たのだ。

 思わず飛びつきそうになった空は、そうしようとした寸前、フェイに手で制された。

フェイ「詳しい説明は後ほど……今は敵ギガンティック殲滅が最優先と判断します」

 淡々としながらも力強い声に、空は思わず動きを止める。

 だが、すぐに気を取り直す。

 そうだ。

 感動の再会に浸ってばかりいられる状況ではなかった。

 空は眼前の敵――スクレップへと向き直る。

 今、為すべきは、あの悪意の塊が駆るギガンティックを倒す事だ。

 空は意を決し、ブライトソレイユを構えた。

 その背中に、背後から声が響く。

フェイ「……またあなたのお役に立てる機会を得られて、私は幸福です……。
    朝霧副隊長」

空「……はい!」

 背中を押してくれるようなフェイの暖かで力強い声に、空は振り返らずに応えた。

 赦された思いだった。

 あの時、竦んで動けず、フェイに庇われるばかりだった自分。

 その自分と、また共に戦える事を喜んでくれたフェイ。

 胸に暖かな物が広がり、昂ぶり押さえつけ難かったユエへの怒りと憎しみに、
 しっかりとした手綱がかけられた。

 怒りも憎しみも、消えはしない。

 だが、その怒りと憎しみにさらなる火をくべるだけだった義憤が、怒りと憎しみの手綱を握り締める。

 怒りも憎しみも、消え去りはしない。

 だからこそ、義憤の糧とする。

 目の前にいるのは、人を人とも思わぬ傲慢な悪意そのもの。

 フェイの姉妹達の命と身体を玩んだ、憎き仇敵。

 ここで確実に倒さなければ、これからも多くの人々が犠牲となるだろう。

空「レミィちゃん、ヴィクセン、エール……さっきはごめんなさい。
  ワケが分からなくなるくらい怒って、みんなまで危ない目に合わせちゃった……」

 空は悔しさと哀しさの滲む声で漏らす。

 こうして生きていられるのは、フェイが駆け付け、守ってくれた結果論に過ぎない。

空「でも、もう間違わない……だからみんなの力をもう一度貸して!」

 空は力強く言い切る。

 もう憎しみにも怒りにも囚われない。

 それらを、あの悪意を討つ力に変えて、正しく振るって見せる。

 そんな決意を込めて……。

レミィ「バカ……謝るのは私の方だ……。
    もし、空が飛び出さなければ、飛び出していたのは私だ」

ヴィクセン『そうよ……恥ずかしい話、私だってAIなのに冷静さを忘れてたもの』

 そんな空の背に、レミィとヴィクセンが声をかける。

エール<空……僕は、君の翼だ。
    君が望む道を、君が正しいと思う選択を、間違いのない道を進めるように……全力で君を支えるよ>

 そして、エールの声が脳裏に……心に響く。

 空は一度、目を瞑り、溢れた涙を拭うと、万感の想いと共に目を見開く。

空「……行こう! みんな!」

レミィ「了解だ、空!」

フェイ「お任せ下さい、朝霧副隊長」

ヴィクセン『いつも通り、ブースターと機動調整は任せて!』

アルバトロス『火器全般、防御はお任せ下さい!』

エール『空……君は、君の思う通りに!』

 空の声に、仲間達が口々に応える。

 一方、ユエはハイペリオンイクスの姿に魅入っていた。

ユエ『以前のモードHとは違い、トップヘビー構造を幾分か解消した構成だな。

   防御時には使えない主翼下部のガトリングの配置を変えた上、
   火器を追加して火力も向上している。

   さらに翼を閉じても機動性を損なわない独立可動式のマルチブースター……良い機体だ。

   だが、自分達で見せた中距離戦を苦手とする点はどう解消しているかな?』

 ユエは朗々と呟きながらも興奮した様子で言うと、ハルベルトシルトのスラスターを噴かして突撃する。

 そして、先ほど空達がやって見せたように、エール・ハイペリオンイクスの周囲を高速で旋回し始めた。

 本来なら防御のために両肩の主翼を閉じる筈だが、エール・ハイペリオンイクスは翼を閉じる素振りを見せない。

空「フェイさん、シールドをお願いします!」

フェイ「了解しました。……フローティングフェザー、テイクオフ!」

 空の指示で、フェイは主翼の裏側に設置された小型モジュールを分離させた。

 数十を超えるモジュールは、先ほど、紡錘形の結界を作り出した飛行物体だ。

 それらがエールの周辺を取り囲み、強力な魔力防壁を作り出す。

 これこそがフィールドエクステンダーの原型となった、エーテルブラッド蓄積型フローティングシールド。

 エリアルディフェンダーとフローティングフェザーだ。

 母機との魔力リンクにより結界装甲を延伸する。

 出力はオリジナルエンジンとの直接リンクにより、設計当初よりも八割以上、性能が向上している。

 ウイングスタビライザーのように開閉式でなくなったため、空戦の安定力が増し、
 さらには障壁を全周囲に張り巡らせる事が可能になったため隙も少ない。

 無論、向上した出力により兼ねてからの懸念であり、
 クアドラプルブースターの機動性向上に任せて解消する筈だった障壁出力の低下も問題無い。

ユエ『ほうっ!?』

 ユエは驚嘆しつつもハルベルトシルトから出力を抑えた魔力砲を放つ。

 だが、それらは全て掻き消されてしまう。

ユエ『小型の随伴兵器でありながらこれほどの高出力、さらに展開の変移性とは!』

 ユエは驚きの声と共に距離を取る。

 出力をセーブしたと言っても、大出力砲の五割ほどだ。

 それ程の威力で連射を可能としたユエも流石だったが、
 それに対応し切った瑠璃華の開発したフローティングフェザーこそ流石と言うべきだった。

 フローティングフェザーは砲撃が直撃する寸前に展開形態を変移させ、
 砲撃の直撃点だけを紡錘形にして拡散させる事で障壁全体にかかる負荷を減らしていたのだ。

空「マルチランチャー、魔導カノン、ファイヤッ!!」

 そして、驚きと共に動きを僅かに止めたスクレップに向けて、空は腰と脚の魔力砲を一斉射する。

 ユエはそれを障壁で防ぐと、距離を取って再度、極大砲撃を放つ。

フェイ「集束します!」

 フェイは一瞬で障壁の展開密度を変更し、先ほどのような高密度の紡錘形障壁で砲撃を拡散させた。

 しかし、防がれるのも承知の上だったのか、障壁を再展開させるよりも先に体勢を整えたスクレップは、
 スラスターを噴かしてエールの懐目掛けて飛び込んで来る。

空「させないっ!」

 空は腹部と胸部に積載された四門の小型魔導ガトリング砲で牽制しつつ、
 クアドラプルブースターを噴かしてスクレップの真上に回り込む。

ユエ『ガトリングは威力を下げ牽制兵器として割り切ったか!?
   これが中距離対策と言う事か……!』

 ガトリングによる目眩ましで一瞬、エールを見失ったユエだったが、
 防衛システムが反応してすぐに向き直る。

 振り下ろされたブライトソレイユのエッジと左腕のツインスラッシュセイバーを両腕で受け止め、
 真っ向から組み合う。

ユエ『しかし……こう接近していては強力な火器は使えまい!
   出力、質量共にまだこちらが上……近接戦ではこちらが上手……さあ、どう対処してくれる!?』

 ユエは期待と自信と興奮の入り交じった声で叫ぶ。

 だが――

空「私達の武器は……力は、これだけじゃない!」

 空の声と共にエールの周囲だけに障壁が展開し、
 さらに二機の周囲を、合体直前に分離していたプティエトワールとグランリュヌが取り囲んだ。

ユエ『なんと!?』

 ユエの感心混じりの驚愕の声と同時に、浮遊砲台から魔力砲が放たれる。

 その瞬間、スクレップは全身がビクリと震えるような動きを見せ、直後に動きを止めた。

ユエ『そうか!? こんな欠点があったか!』

 ユエは愕然と漏らしながらも、どこか他人事のような物言いだ。

 そう、ユエの作った防衛システムは、一見して隙は無いように見えた。

 だが、あらゆる攻撃に反応して防御する反面、攻撃中で両腕を使用している場合、
 加えて組み合っている状況では手を離すワケにはいかない。

 その状況での全周囲からの砲撃。

 エール・ハイペリオンイクスは全周囲障壁でそれを防御可能だが、
 自身すら攻撃対象に加えかねない非合理な攻撃に、スクレップの防衛システムは思考の齟齬に陥ったのだ。

 真っ向からの戦闘中、防御しなければいけない攻撃、非合理な攻撃。

 402・スコヴヌングのように恐怖に反応する単純で、ある程度の本能的な対処が可能なファジーなシステムと違い、
 スクレップのシステムは融通が利かなかったのである。

 それが、ユエの気付いた自機の最大の欠点だった。

 そして、全方位からの砲撃を防御できず、特に背面に受けた一撃でスクレップは大きくバランスを崩す。

空「今っ!」

ヴィクセン『ツインスラッシュセイバー、マキシマイズッ!』

 空はブライトソレイユをグランリュヌに向けて放ると、絶妙なタイミングでヴィクセンが最大出力にした
 ツインスラッシュセイバーで、スクレップの両腕を肩の付け根から斬り飛ばした。

 斬り飛ばされた肩の付け根から、鮮血のようにエーテルブラッドが噴き出す。

ユエ『ぅ、おおぉっ!?』

 驚き、興奮、悲鳴、それらの入り交じった複雑な声を上げるユエ。

 攻守一体、さらに高機動のカラクリでもあった最大の武装、
 ハルベルトシルトを腕ごと失ったスクレップは、最早無力な案山子に等しい。

ユエ『素晴らしい! 戦術判断もさる事ながら、素晴らしい機体だ! 最後に良いデータが取れた!』

 だが、その無力な案山子の中で、ユエは満ち足りたような歓声を上げている。

 人を物のように扱う男は、自身の窮地ですら他人事のように叫んでいた。

アルバトロス『フェイ、解析結果が出ましたよ』

フェイ「機体内部の魔力反応スキャン……99.78パーセントで
    ブラッドラインと同波長の魔力であると、ほぼ断定可能です。

    また……甲壱号計画で登録された魔力に該当する波長はありません」

 戦闘中に解析を行っていたアルバトロスから渡されたデータを確認しつつ、
 フェイは淡々としながらもどこか哀しげな口調で呟く。

 フェイも、自分が駆け付ける直前までの戦闘中の音声ログは確認していた。

 レミィの姉は、あの中にいない。

レミィ「……そう、か……」

 レミィは悔しそうに呟く。

 ユエの言葉を嘘と思いたかった。

 そう言い聞かせようとしていた。

 戦闘中も、必死に姉の……伍号の魔力を探ったが、その魔力を妹の時のように感じ取る事は遂に無かった。

 もう、全身を切り刻まれ、脳や神経すらも部品として使われた姉は、この世にいないのだ。

 その事を突き付けられ、レミィは唇を噛み締め、必死に涙を堪える。

 だが、抑えきれぬ涙が溢れる。

 ユエはスクレップが伍号そのものだとも言った。

 だが、先ほどシステムエラーを起こしたスクレップが見せた動きは、ルーチンエラーを起こしたAIそのもの。

 そこに人の情や魂など存在しない。

レミィ「……空、頼む……!」

 レミィは絞り出すように、空に語りかけ、さらに続けた。

レミィ「姉さんの……仇……討って……くれぇ……!」

空「……レミィ、ちゃん!」

 悲痛な仲間の声に、空も声を震わせる。

 空はグランリュヌに預けていたブライトソレイユを両腕で再び構え直す。

 そして、バランスを失い、落下を始めたスクレップに狙いを定めた。

 空が魔力を込めると、ブライトソレイユのエッジに七色の輝きが宿り、それはエールを覆う障壁にも伝播して行く。

ユエ『おお……それは……!』

 落下しながらも、ユエはその七色の輝きに恍惚の声を上げた。

ユエ『今一度、その輝きを目に焼き付ける事が出来るのか……!』

 七色の輝きに照らされながら、ユエは熱の篭もった声を漏らす。

 その声は既に自身を他人事のように言う感覚はなく、
 ただただその七色の輝きが自らの身を貫く瞬間を待つ、ある種の殉教者の祈りのようにすら聞こえた。

 空も一瞬、その祈るような声に戸惑いを見せる。

 だが――

空「……ッ!? リュミエールリコルヌ……シャルジュウゥッ!!」

 その戸惑いを振り払い、七色に輝く巨大砲弾と化したエール・ハイペリオンイクスと共に、
 空は闇夜を切り裂く流星のように、天を駆けた。

ユエ『ああ……あああああぁぁぁ――』

 歓喜と恍惚の絶叫を上げるユエの声を振り切り、エール・ハイペリオンイクスはスクレップを貫く。

 防御不可能の大威力砲撃砲弾に接触した部位は砕け、
 機体を構成していたマギアリヒトは散り散りになって消え去り、残された部位も爆散して消える。

 コックピット周辺は塵となって消えた。

 ユエも魔力の過剰供給により破裂し、跡形もないほどに消え去っただろう。

 七色の輝きを振り払い、エール・ハイペリオンイクスは廃墟の街へと降り立つ。

 空達の完全勝利だ。

 しかし――

レミィ「………ぅぅ……」

 押し殺したレミィの啜り泣きに、勝ち鬨の声を上げる事は無かった。

 そして、フェイとの再会を改めて喜んでいられる余裕も……。

フェイ「………まだ作戦は終わっていません」

 フェイは僅かに戸惑った後、冷静にそう呟く。

 空は無言で頷く。

 そうだ。

 まだ敵の本拠を落とし切り、掃討が終わるまで、この作戦は終わらない。

レミィ「………っ……ああ……」

 レミィも啜り泣く声を何とか抑え、消え入りそうな声で返す。

エール『機体各部、チェック完了。
    本体ダメージはそう大きくないよ。
    問題なく、戦闘続行可能だ』

アルバトロス『フローティングフェザーのブラッド損耗が激しいので、
       性能は約四割から五割ほどダウンします』

ヴィクセン『ブースターも酷使し過ぎたわね……出力三割カットだけど、なんとか行けるわ』

 自分達のコンディションを確認していたギガンティック達の報告を受け、空は頷く。

 スクレップとの戦闘で無傷ではいれれなかったが、それでも勝利を収める事は出来た。

 後はこの決戦の“詰め”。

 敵拠点と化した旧山路技研を制圧し、大将であるホン・チョンスを確保する事だ。

空「……行こう、みんな!」

 空はそう言うと、旧技研へと振り返る。

 その瞬間、轟音と共に茜色の落雷が見えた。

第21話~それは、燃えたぎる『憎しみの炎にも似て』~・了

今回はここまでとなります。
フェイ生存の理由(手段)に関する説明は、もしかすると次々回にもつれ込むかもしれませんorz

乙ですた!
おお…フェイさん、生きてたー!良かったー!!
そして、アッカネーン救出♪ 
いよいよの決戦ですが、ユエ謹製の404が如何なる性能を持つのか…今回の403・スクレップの高性能振りと、その外道な構造を思えばさらに色々ありそうな…?
ユエ本人も、出撃前のセリフからすると、まだ色々ありそうな雰囲気ですね。
ともかくこれで、全力&万全の闘いが可能になった空たち、次回も楽しみにさせて頂きます!

お読み下さり、ありがとうございます。

>フェイさん、生きてたー!
あれだけ空の心情を書き込み、お姉ちゃんと同格扱いまでしたのにどっこい生きていた、と。
正直、あの辺りを書きながら「生きてるんだけど、どうしよ……」と困惑していたのは内緒です。
フェイが生き残れた理由に関しては次回以降に語れる筈です。
さすがにコレは劇中で解説せねばならん事ですので……。

>アッカネーン救出♪
救出(腕を切断していないとは言っていない)。

>404
ティルフィングは可能な限り正攻法のハイパワータイプの大型ギガンティックを予定しています。
現状、未登場の400がダインスレフのプロトタイプ兼エンジン試験機、401・ダインスレフが正式量産試作機、
402・スコヴヌングが脳波コントロール試験機、403・スクレップが兵装兼ダブルエンジン試験機となっています。
そして、404は既に劇中でも言及されているようにトリプルエンジンを搭載した機体となっております。

>ユエ本人@色々ありそう
ユエ本人はリコルヌシャルジュの直撃で破裂してしまいましたが、彼の計画は今も継続中です。
その計画を引き継ぐのが誰なのかは、また彼の計画が次の段階を迎える時までお待ち下さい。

>全力&万全の闘いが可能になった
仲間達も全員復帰し、今回で全機がオリジナルエンジン搭載機になり、全機稼働状態になりましたからね。
ただ“飛べる、合体できる、相性最高”のエールがいる現状、
予備機同然のクライノートにお呼びがかかるのか、って状態ですがw

>次回
さーて、次回の魔導機人戦姫は

茜、気絶する(予定)
ホン、漏らす(予定)
空、台詞無し(予定)

の三本です。

最新話の投下を始めます

第22話~それは、振り切られた『忌まわしき十五年』~

―1―

 7月17日、午後一時前。
 旧技研中枢、ユエの研究室奥――


 ベッドの上で胡座をかき、踵の間で挟んだ鋭利なナイフを見下ろす茜。

茜「ッ……ハァ……ハァ……」

 その息は荒く、額には冷や汗が浮かんでいる。

 茜は今から、このナイフの切っ先に自らの手首を叩き付けようとしていた。

 理由は、両手に嵌められた魔力抑制装置を取り外すため。

 手首にほぼ密着する構造のリングを外すため、茜は両手首の切断と言う最終手段に出ようとしていた。

 出血を最低限に抑えるため、左右共に各二箇所で痛いほどきつく結んだシーツのお陰で、
 そろそろ腕の感覚が麻痺して来ている。

 もう、迷っていられる余裕は無かった。

茜「……ままよっ!」

 茜は意を決し、振り上げた右腕を勢いよく振り下ろした。

 だが――

???「お待ち下さい!」

茜「ッ!?」

 その行為を咎める鋭い声に、茜は全身をビクリと跳ねるように震わせる。

 身体を震わせたせいか、ナイフの切っ先に向けて振り下ろす筈だった右腕は踵の真下、
 股ぐらの辺りに落ちていた。

 踵同士がずれたせいでナイフもつま先側に倒れており、茜の身体には一切の傷が無い。

 と、不意に茜の傍らに軽金属製の鉄格子が落ちて来た。

茜「な……っ!?」

 突然の展開に驚きの声を上げかけた茜だが、何とか“これ”を耐えきる。

 だが、次の“それ”は耐える事が出来なかった。

 ばたり、と鈍く大きな音を立てて、鉄格子の上に何かが落ちて来たのだ。

茜「ッ!?」

 息を飲み、突然の事態に茜はベッドから飛び上がり、ナイフを構えて臨戦態勢を取る。

 そして、落ちて来た物体が何か、詳しく確認しようとした。

 だが、それがいけなかった。

 落ちて来たのは、人間の上半身だ。

 そう、上半身。
 下半身は無い。

 長い髪の……恐らくは女性と思われる人間の、上半身。

茜(まさか……死体!?)

 恐怖よりも、敵地に於いて死体に遭遇すると言う異常事態に、何事かと警戒の色を強める茜。

 だが、真に……さらに驚くべき事は、その直後に起きた。

???「ぅ………」

 死体と思っていた上半身から小さな呻き声が上がり、動かぬとばかり思っていた腕が茜に向かって伸ばされる。

 死体は顔を上げ、乱れた髪がかかった顔の、その髪の隙間から爛々と輝く目が覗く。

茜「………………は…………?」

 茜は思わず、キョトン、とした声を上げた。

 ここで思い出して欲しい。

 遡る事、約三週間前となる先月24日。

 ロイヤルガードから出向して来た職員達を歓迎しようとした歓迎会の会場に入った茜は、
 空達三人の正面左右からの唐突なクラッカーに驚いて可愛らしい悲鳴を上げた。

 さらに同日同時刻、不在の瑠璃華からのプレゼントとして送られた箱から飛び出した、
 クレーストのドローンに驚いて、やはり可愛らしい悲鳴を上げた。

 お気付きかもしれないが、本條茜と言う少女は、決して臆病でない……
 とは言い切れない、むしろ恐がりな性分の少女だ。

 幼い頃に父を亡くし、愛する夫を失って傷付いた多忙な母に、
 十分に甘える事が出来なかった寂しい幼少期の反動もあろう。

 唐突に鉄格子――おそらく、天井付近の換気口の物だろう――が外れ、
 上から上半身だけの死体が落ちて来た時に悲鳴を抑えられただけでも、
 彼女としては及第点……いや、むしろ評価・優を戴いても良い程だったのだ。

 その上半身だけの死体が呻き、手を伸ばし、乱れた髪の隙間から爛々と輝く目が覗くなど、
 妖怪変化の類が目の前に現れたら――

茜「……………………………ひゅぅ……」

 ――おかしな声と共に白目を剥いて倒れると言う、
 彼女の名誉を著しく損なう事態になったとしても、どうか、こう言って欲しい。

 “悲鳴を上げないだけ、頑張った”と。

茜(て、テケテケ……)

 茜は幼少のみぎりにイタズラ好きの兄貴分に見せられ、
 水分たっぷりの世界地図を描く羽目になった都市伝説書籍の内容を思い出しながら、気を失った。

茜「ポマードポマードポマードポマードポマー……」

 間違った対処法を譫言のように呟きながら……。

 それから僅かに時間は経過して……。

???「……い長。……う隊長。……本條小隊長」

茜「ん……ぅ、ぅん……?」

 頬を軽く叩かれながら名前を呼ばれ、茜は身じろぐ。

 そして、即座に意識は覚醒し、直前の状況を思い出して飛び起きる。

茜「て、テケテケは!?」

 慌てて辺りを見渡すが、上半身だけの女性らしき物体はいない。

 代わりに、いつの間にかベッドに寝かされていたらしい自分の傍らには、よく見知った顔があった。

???「テケテケ……旧日本に都市伝説的に伝わる妖怪ですね。
    そう言った存在は確認されていません」

 フェイだ。

茜「……何だ、そうか……すまないな。
  どうやら追い詰められて居もしない幻覚を見ていたようだ」

 フェイの言に、茜は安堵の溜息を洩らすと、苦笑いを浮かべて返す。

 が、不意の違和感に気付き、一瞬、視線を外してからもう一度、傍らの女性を見遣った。

 間違いない、フェイである。

 しかも、ドライバー用のインナースーツまで着ているではないか。

茜「ふぇ、フェイ!? 何でこんな所に……それに生きていたのか!?」

 茜は素っ頓狂な声を上げて、フェイの肩を掴む。

フェイ「躯体の消滅を人間の死に当て嵌めるべきならば、一度、死んだと言うべきでしょうか?」

アルバトロス『フェイ、それでは伝わりませんよ?』

 淡々としながら思案げに呟いたフェイに、アルバトロスが窘めるように言った。

 だが、フェイの手首にはアルバトロスのギア本体は無く、彼女の声もフェイの内側から響いたように聞こえる。

茜「アルバトロスも一緒か!? そうか……理由はどうあれ生きていたんだな……」

 しかし、茜は驚きが勝っていたのか、その事に気付いた様子はなく、ただただ安堵の溜息混じりに呟くばかりだ。

 気を取り直し、茜は据え置き型端末に表示された時刻を確認する。

 時刻は既に十三時半。

 あれから一時間以上、気絶していたようだ。

フェイ「魔力抑制装置を取り付けられていたようなので、
    差し出がましいようですが、私の判断で外させていただきました」

茜「そうか、どうりで……お陰で随分と身体が軽く感じる。ありがとう、フェイ」

 茜はベッドから立ち上がると、改めて状況を確認する。

 フェイが両腕の魔力抑制装置を解除してくれたお陰と、一時間以上気絶していた事で随分と魔力が回復していた。

 やはり、魔力回復には睡眠が一番と言う事だろう。

茜(魔力は……おそらく半分強、三万そこそこまで回復したと思っていいな)

 武器もギアも無いが、これでも本條本家の人間だ。

 剣術だけでなく、体術や槍術にも通じている。

 兄・臣一郎ほどではないが、魔力さえ使えれば徒手空拳でもテロリスト如きに遅れを取る事はない。

茜「ついでだ……念のために武器も調達しておくか」

 茜は部屋の片隅にあったハンガーレールを取り外し、炎熱変換した魔力を込めた手刀で適度な長さに切り裂く。

 竹竿槍ならぬ鉄竿槍だ。

 これでクレーストの元に辿り着くまでの武装は確保できた。

 そして、外――研究室――の様子を窺おうと、ドアノブに手を掛ける。

 だが、動かない。

茜「ん? ……鍵がかかったままだと?」

 茜は怪訝そうに幾度もドアノブを捻るが、完璧にロックされているのか微動だにしない。

 この鍵は研究室側からかけられており、また、鍵そのものも研究室側にしかないので、
 こちら側からでは施錠も解錠も不可能となっている。

 仮にフェイが研究室側から入って来たとしても、この扉を施錠する事は出来ない筈なのだ。

茜「フェイ? お前はどこから入って来たんだ?」

 茜はフェイに向き直り、怪訝そうに首を傾げた。

 フェイの身長は自分よりもやや大きい。

 茜自身、何度も試した事だが、自分の体格では換気口を通って排気ダクトに入る事は出来ないので、
 フェイもここからの出入りは不可能となる。

 だが、フェイは換気口を指差し“あちらから侵入させていただきました”と丁寧に説明した。

茜「へ?」

 茜は理解できず、首を傾げるが、フェイの説明はさらに続く。

フェイ「私では少々、排気ダクトを通るのに無理がありましたので、
    腹部から下を切り離し、ダクト内を横這いになるようにして移動を……」

 フェイがそこまで説明した時、茜は思わず、彼女の肩を再び掴んでいた。

茜「さっきのテケテケはお前かぁぁっ!?」

 そして、ガクガクとフェイの身体を前後に揺らす。

フェイ「本條、小隊長、この、行動の、意味の、説明を、要求、します」

 激しく前後に揺すられながらも、フェイは淡々と、途切れ途切れに尋ねた。

茜「はぁ……はぁ……」

 気絶からの寝起きで、事態が急展開を迎える中、何とか混乱から立ち直った茜は肩で息をする。

茜「まったく……よくあの状態から回復できたな……」

 茜は気絶する直前に見たテケテケ……もとい、フェイの姿を思い出しながら、疲れ切ったように漏らした。

フェイ「回復のためにそちらのロッカーと、ロッカーの中身を構成していたマギアリヒトを緊急で収集しました」

 フェイはそう言って視線で茜を促す。

 確かに、気絶直前まであった無数のロッカーが、よく見れば半数にまで減っている。

 これはロッカーとその中身を構成していた際のマギアリヒトの密度が、
 フェイを構成していた密度よりも大幅に小さかったためだ。

 マギアリヒトはさまざまな構造体に変化し、その重量も変化する。

 正味百キロ相当のロッカーと内容物を使っているからと言って、フェイが下半身だけで百キロもあるワケではない。

 閑話休題。

 ともあれ、茜は気を取り直す。

茜「フェイ……取り敢えず、脱出前にそこにある端末から、私が作成したファイルを抽出しておいてくれ。
  色々と必要な情報が詰まっている」

フェイ「了解しました」

 気を取り直した茜の指示に頷いて、フェイは端末からファイルの抽出を始めた。

 テキスト量は多いが、ファイル自体はそう大きな物ではない。

 セキュリティ優先度が高い、テロとの横の繋がりを示すデータを関連付けたデータベースと、
 茜自身の報告書の複合ファイルだ。

フェイ「内部メモリへの保存完了しました」

茜「早いな……よし、もう長居は無用だな。
  この扉を破って脱出しようか」

 フェイが向き直ると、茜は抑揚に頷いてそう言うと、扉の向こうの魔力を探る。

 十秒ほど様子を見るが、自分たち以外の魔力は感じられない。

茜「……よし!」

 茜は意を決し、身体強化で筋力を高め、ドアノブごと物理錠をねじ切る。

 ガチンッ、と言う鈍い音と共にドアノブは破壊され、
 軽く指先で押しやるだけで扉その物は音もなく開かれた。

 魔力を探った時に感じた通り、研究室内にユエの姿は無い。

 だが、ギアによる欺瞞映像は生きているらしく、
 この部屋の監視カメラの映像には、今も精神操作を受け続ける茜の姿が映し出されている。

フェイ「これが件の偽の監視映像ですね」

 内容を確認しながらファイルを抽出していたフェイは、
 その映像が意味する事を悟って確認するかのように呟いた。

茜「あまりいい気分はしないがな……。
  ………外も静かだな? どうなっているんだ?」

 肩を竦めて溜息混じりに漏らした茜は、
 外の通路を映した監視カメラに何も映っていない事に気付き、怪訝そうな表情を浮かべる。

 ホンの居る謁見の間まで連行される際に確認した際、
 この周辺区画に監視の人間がいないのは知っていたが、今は監視用のドローンすらいない。

フェイ「私がこの部屋に来たのと前後して、何らかの変化があったようですね」

 フェイはそう言うと、
 “換気口からは一定の位置で監視待機する数体のドローンが見えたのですが”と付け加えた。

茜「何らかの変化、か……」

 その言葉を反芻した瞬間、不意に茜の脳裏をユエの顔が過ぎった。

 確かに、彼ならば突拍子も無い事をやりかねない可能性はあるが、今回の行動が彼に何か利するとは考えにくい。

茜(奴が何かを仕掛けたのか……? いや……考えすぎか?)

 茜は眉間に皺を寄せ、奇妙な不快感を覚えながら考えを巡らせる。

 ミッドナイト1の事やホン達を裏で操っている事を思えば、
 人を人とも思わない節があるのは十分に理解できた。

 だが、その一方で自分を――軟禁はしたが――客として丁重に扱うような一面も見せたのだ。

茜(結局、奴と言う人間は最後まで理解も出来なかったし、正体も掴めなかった……。
  だが、ホン達の背後関係は丸裸に出来るだけの情報は手に入った……。

  十二分とは言えないかもしれないが、この事件は十分に解決できる……そうだ)

 茜は心中で独りごちながら、自らにそう言い聞かせる。

 60年事件を始め、多くのテロ事件を主導、煽動して来た黒幕としての報いは彼自身が必ず受けるべきだ。

 その方法が、法の裁きを受けて罪を償う方法でも、誰かの手によって裁かれて命を終えるのでも構わない。

 しかし、茜はそう考えながらも釈然としない思いを抱えていた。

 軟禁状態とは言え、彼の手で庇われていた事実。

 ホン親子を煽動し、60年事件を引き起こした真相。

 返しきれない大きな恩もあれば晴らしても晴らし切れぬ恨みもある。

 恩を仇で返すかと言えば口を噤まざるを得ないし、
 罪人に情けをかけるのかと言われればそうでないと本心から言い切るのも難しい。

 多感な十代の少女には、まだ、その全てを割り切る事は難しかった。

茜「とにかく、先ずはクレーストと――」

 ――合流しよう。

 茜は迷いを振り切るようにそう言いながら、次のドアを破ろうとしたその瞬間。

 とすっ、と小さな物が落ちた時のような軽い音が、先ほど後にしたばかりの部屋から聞こえた。

茜「ッ!?」

 茜は息を飲み、フェイと視線を交わして頷き合うと即座に奥の部屋へと舞い戻る。

 すると、先ほどまで気絶した茜が横たわっていたベッドの上に、小柄な女性がいた。

茜「い、市条さん!?」

美波「おぅっ!? アカネニアンったら既に脱出準備済み!?」

 驚きの声を上げた茜に、小柄な女性……市条美波も驚きの声を上げる。

 どうやら、あの軽い音は美波が静かに着地した際の音だったらしい。

 魔力である程度の体重を軽減してゆっくりと降りたのだろう。

 いくら小柄な美波とは言え、あそこまで軽い音では済まない。

 ともあれ、美波の本来の所属が諜報部である事を知っていた茜の驚きも、そこまで大きくはない。

茜「再会早々ですが、アカネニアンも止めて下さい……」

 見知った人物との、比較的、普通の再会に茜は安堵混じりに漏らす。

 元ネタは三銃士のダルタニアンあたりだろうか?

美波「むぅ……お姉さんもそろそろネタ切れなんだけどなぁ?
   もう空っちみたく、茜っち辺りで妥協するしかないかぁ」

 美波も美波で、茜の様子から彼女が無事であると確信できたらしく、
 僅かばかりの安堵混じりの溜息を洩らしながら呟いた。

 茜の隣で身構えていたフェイも、構えを解いて美波の元に歩み寄る。

フェイ「お久しぶりです、市条隊員」

美波「あ、久しぶりフェイフェイ………………フェイフェイ!?」

 再会の言葉を呟いたフェイに、いつもの調子で返そうとした美波は、
 ベッドから降りようと逸らしかけた視線を、驚愕の声と共にフェイに向き直った。

美波「ウソ!? マジで!? 幽霊とかじゃないのよね!? え? 足本物!?」

 美波はベッドから慌てて飛び降りると、フェイの足もとにしゃがみ込み、
 彼女の足をまさぐり、その感触を確かめ始めた。

美波「足……ある?」

フェイ「先ほどまでありませんでしたが、再構築しました」

 何処か納得しきれない様子の美波に、フェイは淡々と解説する。

 しかし、美波は“先ほどまでありませんでした”と聞き、何を誤解したのか慌てて飛び退く。

 諜報部だけあって、見事な跳躍だ。

茜「わざわざ誤解を招くような言い回しをするんじゃない……まったく」

 その様子に茜は呆れたように溜息を吐く。
 フェイが助かった経緯については詳しく聞いていないが、感じる魔力と独特の無感情を装っている様、
 そして何よりアルバトロスと共にいる所から、彼女がフェイ本人なのは疑いようがない。

茜(敵地で緊張感の無い……)

 自分はフェイを妖怪の類と勘違いして気絶した事を棚に上げ、茜は心中で呆れ果てたように独りごちる。

 だが、お陰でユエに対する迷いも棚上げする事が出来た。

茜「とにかく、今はクレーストとの合流と脱出が優先。
  ……それでいいですね、市条さん?」

美波「あ、うん……そうだね」

 茜の質問で、何とか気を取り直した美波は、僅かな思案と共にギアに視線を向ける。

 この三人の中で、装備が一番整っているのは突入部隊の人員である美波だ。

 状況如何では愛器の魔導装甲も展開できる。

美波「フェイフェイの装備は?」

フェイ「現状、アルバトロスとコアを共有している状態のため、
    通常戦闘は可能ですが、魔導装甲は展開できません」

 美波の質問に、フェイは淡々としながらも申し訳なさそうに言って、僅かに目を伏せた。

茜「私も戦闘は出来ますけど、武器はコレだけですね」

 茜もそう言って、鉄竿槍を軽く振って見せる。

美波「ん~……三人がかりなら強行突破も十分っちゃ十分だけど……」

 美波は思案気味に呟き、時刻を確認する。

 作戦開始からそろそろ二時間。

 もうじき、各所に仕掛けられた爆薬による陽動が始まる頃合いだ。

 既に思念通話で、茜の保護……合流と、三〇二を確認し、それがフェイだと言う事は伝えた。

 茜よりも先にハートビートエンジン6号の所在も確認され、
 陽動の爆弾が起爆する直前までに格納庫へ運ばれる手筈となっている。

美波(タイミングを揃えて移動した方がいいわね。
   三人も固まって動いていたら見過ごしては貰えないだろうし)

 情報を整理しながらその結論に達した美波は、自ら納得したように小さく頷く。

美波「うん、もうちょっとしたら陽動が始まるから、それに合わせて動きましょ」

茜「分かりました。そう言う判断は専門家にお任せします」

 頷いて自信ありげに言った美波に、茜も笑みを浮かべて応え、フェイも無言で頷いた。

 茜の言葉通り、敵地からの脱出と言う状況の専門家は、諜報部の美波だ。

 確実に脱出するためにも美波の判断に従うべきだろう。

美波「じゃああと五分したら出ましょ。

   最短ルートはマッピング済みだから私が前衛で先導、
   フェイフェイと茜っちは後衛で、茜っちには背後も気にして欲しいんだ」

 説明を始めた美波に、茜は“殿ですね”と自らに課せられた役目を確認する。

 美波は首肯すると、ギアを起動し空間上に立体映像のディスプレイを出現させた。

 カウントダウン方式で残り十分足らずの時間が表示されている。

美波「この時計が残り五分になったら退避開始。一気に格納庫を目指すわよ」

 美波がそう言うと、三人は頷き合う。

 僅かばかりの緊張が漂う時間は、実際の時間以上に長く、だがあっと言う間に過ぎ去る。

美波「……よしっ、行っくわよ~!」

 美波は力強く声を弾ませると、外に魔力が感じられない事を確認し、
 ユエの研究室から飛び出した。

 だが――

美波「……あ゛っ!?」

 部屋から飛び出した直後、僅か数メートル離れた位置に立つ、
 四体のドローンに護衛された男の姿に、美波は素っ頓狂な声を上げる。

??「何だ貴様は? ユエの助手か?
   それとも、貴様がユエの言うミッドナイト1とか言う人造人間か?」

 ドローンに護衛された男の尊大な口調に、美波は思わず唖然としかけたものの、すぐに気を取り直す。

 魔力は、かなり注意深く探れば僅かばかり……本当に僅かな量を感じなくも無いが、
 扉越しでは気付きようが無いレベルだ。

 ドローンもバッテリー式だが、魔力バッテリーは使われておらず、
 電気式の旧式を外見だけ新型にした物で、やはりこちらも魔力を感じない。

茜「ほ、ホン・チョンス!?」

 一向に出入り口から動こうとしない美波を訝しく思い、状況を確認しようと顔を出した茜は、
 その男の顔を見るなり驚きの声を上げた。

 謁見の間などと名付けられた趣味の悪いシェルターに引きこもっていた男が、
 ドローンを護衛につけているとは言え外に出ている事実に加え、
 脱出のタイミングに鉢合わせると言う偶然による二重の驚きだ。

 しかし、驚いたのはホンも同じだった。

ホン「貴様!? ……そうか、ユエの洗脳が終わったのか。
   それでその人形と一緒に出て来たのだな。

   ふむ……俺の前に跪く事を許し――」

 ――許してやろう。

 と、でも言うつもりだったのだろう。

 だが、気を取り直したホンがその言葉を言い切る前に、茜は動いていた。

 魔力で硬化させた鉄竿槍を二突きし、一度に二体ずつのドローンを破壊する。

 ホンには一切の脅威も戦闘力も無く、先んじて護衛を破壊した方が効率的だからだ。

 尊大で下卑た笑みを浮かべていたホンは、風が通り抜けたようにしか感じなかっただろう。

美波「うわ~お、はっや~い」

 神業的な茜の動きを、美波は茶化すような歓声を上げた。

 どうやら美波も飄々とした冷静さを取り戻したようだ。

 だが――

ホン「……ひぃやああぁぁぁぁっ!?」

 ホンは一拍以上の間を置いて、恐怖で顔を引き攣らせ、意味不明な悲鳴を上げていた。

 どうやら茜が敵のままである事に気付いたらしい。

 彼の醜態を弁護するなら、自らの忠臣であり全幅の信頼の置ける男と思っていたユエが
 自分を謀っているなど露とも知らず、茜が洗脳されていないとは思いも寄らなかったのだ。

 事実、彼は今もユエが“洗脳をしていない”のではなく“洗脳に失敗した”のだと思っていた。

茜「フッ!」

 茜は破壊したドローンから鉄竿槍を抜くと、ホンの頭部に向けて其れを薙ぐ。

 脅威は無いが昏倒させておくべきだろう。

 人質程度の役には立つかもしれない。

 しかし、茜の鉄竿槍がホンの頭部を叩こうとした瞬間、ホンの頭はそこにはなかった。

 頭が消えたのではない。

ホン「あ、ひゃぁはぅ……」

 茜が槍を薙ぎ払う前に腰を抜かし、その場に尻餅をついたせいだ。

 達人的な速度で放たれた茜の攻撃を、ホンは運だけで紙一重の回避をして見せたのである。

茜「ッ!?」

 思わぬ偶然に茜も息を飲む。

 だが、直後の彼の醜態に、茜は眉を顰める。

ホン「ひぎ、ぁ……」

 恐怖で顔を歪め、涙を溢れさせたホンは、恐怖の余りに失禁していた。

 命を狙われる。

 その危険性を感じてはいても、本当に命を狙われる事など今までに無かったのだろう。

 無論、茜はホンを気絶させようとは思っていたが、殺すつもりなど毛頭なかった。

 だが、温室で温々と育った虚像の皇帝には、それだけで十分な脅威だったのだ。

 敵意を向けられた事もあるし、反撃された事もある。

 だが、それは須く嫉妬や、か弱い側女達による無力な物ばかり。

 力ある者から攻撃されたのは、本当に初めての経験だった。

茜「………死にたくなければ、あの箱の中に閉じこもって逮捕される瞬間を待つんだな」

 不倶戴天の仇敵の、あまりにも情けない有様に、茜は嘆息混じりで呆れたように言い放つ。

 不格好な鉄竿槍を腰に据え直し、一切の構えを解いて踵を返す。

 こんな無力な男でも、一応はこのテロリストの首魁だ。

 相応しい裁きの場がある。

 下手に動かれて死なれては困るのだから、あの防備の整ったシェルターの中にいて貰った方が都合が良い。

美波「いいの? 茜っち、あの人、そのままにしておいて」

 美波は、茜とホンを交互に見遣りながら怪訝そうに尋ねる。

茜「ええ……放っておいてもどうせ何も出来ません。

  脱出時の人質にしようと思いましたが……。
  あの男のやり方は回りの恨みを買ってばかりでしょうし、
  これ幸いと的にされても困りますから」

 茜は肩を竦めて呟く。

 彼我の距離は五メートル足らず。

 戦闘なら中近距離や急接近の攻撃を警戒して気の抜けない距離だが、
 腰を抜かして泣きじゃくり、失禁している男に戦闘力などあろう筈も無い。

 仮に、おおよそ戦闘に向かないヒラヒラとした服のどこかに、
 骨董品のような火薬式拳銃が隠されていたとしても、
 ホンがそれを撃てるとは、茜には到底思えなかった。

茜「連れて行かずにシェルターに入って貰っていた方が、後々で面倒が無くて良いです」

 茜はそう言い切ると、美波とフェイを促し、その場を立ち去った。

 余計なタイムロスのお陰で一分ほど無駄にしてしまった。

 陽動の爆発に巻き込まれる前に、格納庫へ向かった方が良い。

 そうして茜達が立ち去ると、ホンはようやく命が助かった事を悟り、泣きながら安堵の表情を浮かべる。

 だが、すぐに怒りが湧き上がる。

ホン「放って……おいても……何も……出来ない……だとぉ!
   ……面倒が……無くて……良い……だとぉ……!?」

 ホンは俯き、怒りの形相で声を震わせた。

 まだ恐怖が抜けきらないのと、抑えきれない怒りで、声の震えはどこかたどたどしさを感じさせる。

 茜の言葉は、決して他意あっての物では無かった。

 テロリストの首魁に逮捕前に死なれて困るのは警察組織に携わる者としての本音だ。

 事実、ホンをこのまま人質として連れて行けば、足手まといにしかならない上に的にされてしまう。

 だが、皇帝と言う虚像にしがみつくだけの虚栄心の塊だったホンの、
 ちっぽけなプライドを粉々にするには十分だった。

ホン「殺す……殺してやるぞぉぉ……あの女ぁぁぁっ!」

 ホンは震えながら、悔しさと憎しみを込めた怨嗟の声を吐き出す。

 その涙で濡れた目には、明らかな殺意と復讐の色が宿っていた。

―2―

 ホンを置き去りにした茜達は、警備らしき兵士とドローンを討ち破り、格納庫へと飛び込んだ。

 ほぼ全ての機体が出撃した後で、今、この場に残っている機体は損壊の激しい機体や、
 決戦に向けて修理を急いでいる物ばかりである。

 数は十機も無い。

 その中の一機に、茜の愛機――クレーストもあった。

 囚われた時と同様、格納庫の壁際の目立つ位置に鎮座している。

 整備は行われていたのか、遠目にも新品同然と分かる程だ。

茜(古い設備とは言え、流石は旧山路技研か……。
  時間さえかければオリジナルギガンティックの整備くらいは出来るワケだな)

 茜はその様子に独りごちる。

 問題は損耗してしまったブラッドだが、そちらは大丈夫だろうか?

美波「茜っち! クレーストまで走って!
   フェイフェイは私と一緒にこっちだよ!」

フェイ「了解です、市条隊員」

 二人に指示を出した美波は、フェイと共に整備中のダインスレフに向けて駆け出す。

 片腕が無いようだが、脱出するだけならアレで十分だ。

茜「二人も気を付けて!」

 茜はフェイと美波の背中にそう声をかけると、鉄竿槍を構え直し、愛機に向かって駆け出す。

 格納庫内で控えていた警備兵が気付いたのか、自動小銃型ギアを構え、無数の魔力弾をばらまいて来る。

茜「その程度!」

 茜は片腕に魔力を集中し、やや雑だが分厚い魔力障壁を作り出してそれらを弾き返す。

 進路上の敵を槍で薙ぎ払い、一直線にクレーストを目指した。

 正に弾丸……いや砲弾の如き凄まじさだ。

 ハンガー脇まで辿り着いた茜は、即座に周囲を確認する。

 このままエレベーターを使えばハッチまで一直線だが、その間はずっと銃撃に晒される事になってしまう。

 茜はエレベーターから唯一、死角になっていない場所に立つ兵士を見つけ出すと、
 そこに向かって鉄竿槍を放り投げる。

 旋回する鉄竿槍は兵士に直撃した。

 直前にガードしたようだが、魔力を込めて投げられた鉄竿を防ぎ切る事が出来ず、
 兵士はその場に昏倒する。

 一人を倒した所で銃撃は続いているようだが、場所を変えて撃つと言う発想は無いようだ。

茜「訓練はされているが、状況に対応し切れていないようだな……」

 茜はエレベーターのパネルを操作しながら、安堵と呆れ交じりに呟く。

 対処訓練は幾分かしているようだが、状況が限定されていたり、
 練度を高める意味が無い訓練ばかりなのだろう。

 二十一世紀初頭には、出資者となる国の特殊部隊が兵士達に訓練を施すなどして
 テロリスト達との利害関係を築き、間接的に敵対国への当て馬にしていたとも言うが、
 ここの連中には出資者はともかく、訓練を施してくれる特殊部隊などいない。

茜(この程度の連中を野放しにしていたなんてな……)

 茜は悔しいやら情けないやら、複雑な思いで短い溜息を洩らした。

 だが、ここの戦闘が片付けば、野放しにするために裏工作を行っていた出資者を一網打尽に出来る。

 事件解決まで後一歩なのだ。

茜(ここまで来たら、もう迷っている暇も無いな)

 茜は一瞬だけ脳裏を掠めたユエの事を、思考の奥へと追い遣り、
 ようやく上がりきったエレベーターからクレーストのハッチへと向かった。

 即座にハッチを開き、コントロールスフィア内に駆け込むと、
 まとめた髪の中から物理錠を取り出し、隠し収納の中からクレーストのギア本体を回収する。

クレースト『茜様、ご無事ですか?』

茜「ああ……暫く湯浴みが出来ていない事を除けば、それなりにベストコンディションだ」

 ギアに魔力が通うなりどこか慌てた様子で声を掛けて来たクレーストに、茜は敢えて冗談交じりに返した。

 クレーストも、主の言葉を信用していないワケではないが、茜のフィジカルコンディションを確認し始める。

 確かにコンディション上は問題無いようだ。

茜「すぐにこの場を脱出するが、行けるか?」

クレースト『……はい、どうやらブラッドも交換されているようです。
      今すぐにでも動けます』

 茜の問い掛けにややあってから応えたクレーストは、そう言うと自身の身体――ギガンティック本体――を起動した。

 各部のブラッドラインに茜色の輝きが灯る。

 武装は先日、ミッドナイト1の駆るエールとの戦闘で戦場に落としたままだ。

 だが、丸腰でも十分に戦う術はあった。

茜「クレースト、魔力を腕部側面に集束! 手刀で戦うぞ!」

クレースト『畏まりました、茜様』

 茜の指示にクレーストが応えると、その両腕に集束魔力刃が発生する。

フェイ『本條小隊長。こちらも機体の奪取に成功しました』

 直後、フェイから通信が入り、一機のダインスレフに山吹色の輝きが宿った。

 予定通り、隻腕のダインスレフを奪取し、フェイが操縦を受け持つらしい。

 シート式の操縦席ならフェイにも一日の長がある。

茜「フェイ! 私が援護する! エンジンの入ったコンテナを確保してくれ!」

フェイ『了解しました』

 フェイの淡々とした返事を聞きながら、
 茜は緊急起動した近場の敵ギガンティック達の手足を切り落として無力化して行く。

 それと同時に、各所で爆発が起き始めた。

 どうやら陽動の爆発が始まったようだ。

 兵士達の銃撃も途切れ、格納庫各所でタイミングを見計らっていた諜報部突入部隊の面々が一斉に駆け出し、
 件のハートビートエンジン6号の積載されていると思しきコンテナへと走って行く。

美波『茜っち、全員確認したよ! そろそろ撤収!』

茜「了解!」

 茜は美波の言葉を聞きながら、残る最後のギガンティックを無力化する。

 今、この場で動けるのはクレーストと、フェイの駆る隻腕のダインスレフだけだ。

 茜は状況を確認すると、フェイ達の待つコンテナへと移動を開始した。

 その時だった。

 不意に通路となっている床の一部が展開し、下から巨大なハンガーがリフトアップを始める。

 黒い躯体の大型のギガンティックだ。

 全身のエーテルブラッドには赤黒い輝きが宿っており、それが起動状態にある事はすぐに分かった。

茜「新型のギガンティックか!?」

 見た事もない大型ギガンティックの登場に、茜は驚きの声を上げる。

 そう、茜の目の前にいる新型のギガンティックは、GWF-403・スクレップ……ユエの乗機だった。

茜「流石に放置は出来ないか!」

 茜は手刀を構え直し、集束魔力刃を生み出す。

 そして、まだハンガーから動こうとしないスクレップに向けて斬り掛かった。

 だが、スクレップは一瞬にしてその腕を動かし、
 両腕の巨大なシールドでクレーストの集束魔力刃を受けきってしまう。

茜「な!? は、早い……!?」

 殆ど唐突と言って良いほどの挙動の防御に、茜は驚きと共に舌を巻く。

 茜は知る由も無いが、ユエがレミィの姉……伍号を解剖して作り出した防御システムによる物だった。

 直線的な攻撃ならば、完全自動で防御してしまえるシステムの挙動が、茜の感じた唐突さの正体だ。

??『ふむ、システムは十全に働いているようだな』

 接触回線なのか、ドライバーと思しき人物の声が聞こえる。

茜「この声……ユエ……ユエ・ハクチャか!?」

 茜は愕然と叫ぶ。

 あの飄々とし、自身が黒幕である事に酔っているような男が、何故、直接ギガンティックに乗っているのだろうか?

ユエ『ほう、予想よりも早いな、もう202を取り戻したのか?
   ………とりあえず、おめでとうと言っておこうか』

 ユエは接触回線のまま、どこか芝居が掛かった様子で言う。

 茜の脱走も計算の内なら、茜をクレーストを取り返すのも計算の内と言う事らしい。

 つまり、今、クレーストがこうして動けるのも、このユエと言う男の計算の内と思うと、
 鳥肌を催すような不気味さが際だつ。

茜「ぅ……っ!? 貴様と言う男は、どこまでも人を小馬鹿にして……!」

 茜はその不気味さをねじ伏せると、怒りを込めて叫ぶ。

フェイ『本條小隊長! お早く!』

 そんな茜に、通信機越しのフェイの声が響く。

 いつになく感情の篭もった声に聞こえるが、それは気のせいではない。

 今も旧技研各所で小規模な爆発は続いており、このままでは爆発に巻き込まれかねない。

 爆発程度はクレーストとダインスレフは耐えられるが、コンテナ内の諜報部の面々はそうもいかない。

クレースト『茜様、ここは一刻も早く退避を』

茜「………分かった」

 クレーストにも促され、茜はどこか悔しそうに頷く。

 茜は警戒しながらその場から飛び退き、コンテナの片側を保持する。

ユエ『そうだ……今は逃げたまえ。私は私で重要な用事もあるのでね』

 ユエは飛び退いた茜に向けてそう言うと、自らは背を向け、
 爆発で崩れて大きく開かれた格納庫の天蓋から飛び去って行く。

茜「奴は……一体何を考えているんだ……?」

 茜は、やはり抑えきれない不気味さに声を上擦らせたが、今はその事に拘っている場合ではないと自らに言い聞かせ、
 フェイの駆るダインスレフと共にその場を後にした。

―3―

 茜達の脱出から十分後。
 第十街区、政府連合軍の整備拠点――


整備員『オーライ、オラーイ!』

 地上で誘導灯を振る整備用パワーローダーの指示に従い、
 茜はゆっくりと整備拠点に据え付けられた02ハンガーへと向かう。

春樹『無事ですか、本條小隊長?』

「ええ、クレーストの機体共々、無事です」

 ハンガーに機体を固定するなり、ギガンティック機関とロイヤルガードの
 機体整備の陣頭指揮を執っていた春樹の質問に、茜は手短に応えた。

春樹『……確かに、異常やトロイウィルスのような物はありませんね』

 春樹は機体コンディションを確認しつつ、やや半信半疑気味に呟く。

 敵の手に落ちていた機体が、こうも問題無い状態で返って来るとは思いも寄らないのだろう。

 その態度や驚きも当然の事だ。

春樹『ともあれ、武装は回収した装備を整備済みですので、そちらを使って下さい』

茜「ありがとうございます、さすがに徒手空拳のままでは心許なかったので」

 春樹の言葉に茜が礼を返している間に、
 整備用パワーローダーが取り出した二刀の太刀が、クレーストの腰に装備された。

 間違いなく、愛機で扱っている愛用の大小二刀拵えの太刀だ。

 ふと傍らに目を向けると、コンテナから取り出されたばかりのハートビートエンジン6号が、
 同型の5号エンジンを搭載可能な機体――アルバトロスMk-Ⅱ――への搭載準備に入っていた。

茜「6号エンジン、もう使うつもりなのか?」

 茜は驚いたように漏らす。

 整備拠点に戻った際、茜達はギガンティック機関本部にいる明日美達に、
 敵の隠し球――さらなる新型ギガンティック……スクレップ――がある事を伝えている。

 それに対抗するための措置として、急遽の判断でアルバトロスMk-Ⅱへの6号エンジンの搭載が決定したのだ。

 元々、二種類の機体を一つのエンジンで使い回せるように調整されていたアルバトロスMk-Ⅱは、
 エンジンの点検さえ完了すればいつでも積載可能である。

 とは言え、未登録のエンジンを研究用ではなく戦闘用に持ち出す判断と言うのは些か早計過ぎるような気もしていた。

 だが、そうしなければこれから数分後、エール・HSがスクレップによって撃墜されていた事を思えば、
 決して間違った判断ではなかっただろう。

 しかし、それも先の話だ。

春樹『……機体コンディション、オールグリーン』

彩花『261、本條小隊長、発進して下さい』

 春樹の言葉に続き、彩花が発進を促す。

 それと同時に、機体を固定していたアームが解除される。

茜「……了解。ロイヤルガード261、本條茜、出るぞ!」

 茜は機体がフリーになった事を確認すると、ハンガーから機体を移動させ、その場でゆっくりと飛び上がる。

 戦場をズームアップすると、戦闘は既に佳境に移り、
 早くも一部の味方ギガンティックが旧技研の外殻である丘の麓に取り付こうと言う段階だった。

 ここでクレーストとアルバトロスMk-Ⅱを投入するのは、ある意味、だめ押しの一手のような物だ。

 だが、敵の隠し球を知った茜には、この優勢のままの戦場が何処か不気味な物に思えて仕方が無かった。

タチアナ『敵の新型と戦闘中の藤枝隊長達の元には、既に朝霧副隊長が向かっています。
     本條小隊長はそのまま戦線に加わり、技研への到達と制圧を目標として下さい』

茜「……了解しました、パブロヴァ・チーフ」

 タチアナからの指示を受け、茜はまとわりつくような不気味さを振り払い、
 太刀を構えて戦場へと向かう。

 既に敵の戦線は壊滅・潰走状態となっており、高度を下げずとも安全に戦場まで向かう事が出来た。

レオン『お嬢! 無事だったのかよ!』

 茜とクレーストが戦場に着くなり、驚いたような声を上げたのはレオンだった。

 咎めるような言葉だが、その声は驚きと、それ以上の歓喜で弾んでいる。

紗樹『隊長! 本当に大丈夫なんですか!?』

遼『隊長……!』

 紗樹と遼も、やはり驚きと喜びの入り交じった声を上げる。

茜「心配をかけたな……だがこの通りだ!」

 茜はそう言うと、まだ健在な敵ギガンティックに向かって攻撃を仕掛け、
 腰の部分で真っ二つに切り裂いて見せた。

 見事な手並みだ。

 九日間と言う、決して短いとは言い切れない軟禁生活だったが、腕は鈍っていない。

 むしろ十分に休んだ事もあって、体力が有り余っているぐらいだ。

紗樹『さすが……!』

遼『むぅ……!』

 紗樹と遼は、その衰えを感じさせない見事な腕前に唸る。

 しかし、レオンの反応は違った。

レオン『まぁ、何つぅの? 成長してんじゃん、お嬢……』

 音声のみの通信機越しでも分かるほど、レオンは穏やかな様子で呟く。

 手の掛かる妹が、しばらく合わない内に驚くような成長を見せてくれた。

 その事を嬉しく思うような、手を離れて寂しいような。

 そんな複雑な思いを感じさせる声だった。

茜「老けたような声を出すな……それと、作戦行動中にお嬢は止めろ」

 茜はレオンの声音から何かを感じ取ったのか、何処か照れ隠しのようにそう返す。

 レオンは自分の変化に気付いたのだろう。

 確かに、茜は躊躇う事なく敵のギガンティックを一刀両断した。

 だが、決してコックピットは狙わず、追撃も仕掛けない。

 何より、既に無力化されている敵ギガンティックに対しては見向きもしない。

 無論、脅威に対する警戒は怠っていないが、積極的に攻撃を仕掛けようとはしていなかった。

 九日前には考えられなかった変化だ。

 空との口論、ミッドナイト1とのふれ合い、そして、このテロリスト達の黒幕であるユエの存在を知り、
 そんな様々な経験を経て、茜自身には大きな変化があった。

 それは彼女自身もうっすらと自覚していた。

 戦う理由は人の数だけある。

 その全てが、戦場では肯定される。

 だが、正しき事のために戦うと決めたなら、憎しみは心の内に収めなければならない。

 戦う事は暴力だ。

 それは避けられない事実だが、誰かの心身を踏み付けにするような物は暴力ではなく、
 もっと恐ろしく、醜悪で陰惨な暴虐だ。

 手を血で染める事もあるだろう。

 だが、その血に対して無関心ではいけないのだ。

 そのために憎しみを心の内……奥底に収め、それでいて力を振るう事に臆病にならない。

 それが茜の得た、テロリスト達との戦いに対する新たな答だった。

レオン『あいよ……まあ吹っ切れたみたいで何より、ってな』

茜「ああ……少し、肩が軽くなった気がする……ほんの少しだけな」

 プライベート回線に切り替えて来たレオンの言葉に、茜は微かな笑みを浮かべて呟く。

 言葉通り、心持ち、肩の重荷が軽くなったような気がする。

 だが、茜は穏やかな笑みのまま小さく深呼吸すると、すぐに気を取り直す。

茜「……総員、油断するな! 確実に敵を撃破、無力化しながら旧技研を制圧するぞ!」

レオン『了解!』

 茜の指示にレオン達が応え、茜もまた前進を再開した。

 残る敵ギガンティックの全てを無力化した茜達は、そのまま部隊を進め、
 風華達の部隊と挟み撃ちを行うような陣形で旧技研のある小高い丘を取り囲む。

 敗北が決定的になった事で、多くのテロリスト達は敗走を始めていた。

 だが、彼ら自身が作り上げたこの廃墟の檻が彼らの脱走を許さない。

 このNASEANメガフロートは閉ざされた箱庭だ。

 庇護してくれる集団が壊滅すれば、罪を犯さなければ生きては行けず、罪を犯し続ければ何時かは捕まる。

 最早、彼らに逃げ場と言える場所は無い。

 逃げ出して来るテロリスト達の末を思ってか、茜は憐れみと怒りの入り交じった表情を浮かべる。

茜「下っ端に用は無い。ホン・チョンスの確保を最優先するぞ」

 茜は指示を出しつつ、逃げ惑うテロリストを踏まぬように気を付けながら、技研中枢へと向かい、丘を登る。

 目標はコンテナが堆く積み上げられた倉庫……通称、謁見の間だ。

茜「401が四機、護衛についている可能性がある。注意しろ」

 茜は部下達に注意を促しつつ、丘を登り切った。

 と、その時である。

 茜の言葉通り、陽動の爆発で廃墟然としていた旧技研の中枢から、四機の401が姿を現す。

 まさか、とは思っていたが、この絶望的な戦況でもギリギリまで温存されていたらしい過剰な護衛戦力が、
 ようやくその重い腰を上げたようだ。

レオン『やらせねぇよ!』

 だが、後方に控えていたレオンの一声と共に数発の魔力弾が放たれ、
 飛び上がろうとした四機の内、二機の頭部や肩を撃ち抜いた。

 頭部や腕を失い、唐突に機体の制御を失った機体は明後日の方向に飛んで廃墟の中へと墜落して行く。

 紗樹やレオンもミニガン型魔導機関砲で残る二機を牽制し、茜は安全な距離まで一旦下がる。

茜(ここで戦闘しては、シェルターの中にいる女性達にどんな被害が及ぶかも分からないしな……)

 茜は心中で独りごちつつ、距離を取って改めて構え直し、敵を誘う。

 しかし、状況はさらに変化する。

クレースト『茜様! 地下から高密度の大魔力反応が迫っています!』

茜「なっ!?」

 センサーに集中していたクレーストの報告に、茜は愕然とした。

 いくら雑魚とは言え、401に奇襲を受けたタイミングでの魔力反応は狙っていたとしか言い様が無い。

茜「ッ、各員、401を牽制しつつ左右に散会!」

 茜は部下に指示を出しつつ、自らも魔力反応とレオン機との丁度中間まで大きく飛び退く。

 異変はすぐに起きた。

 陽動のためにかなりの規模で被害を与えた格納庫周辺が盛り上がり、
 崩れ去ってゆく瓦礫を押し退け、巨大な何かがせり上がって来る。

茜「こ、コレは……ギガンティックか!?」

 403に続く第二の隠し球の存在に、茜は驚愕の声を上げた。

 崩れた瓦礫の中から現れたのは大型ギガンティックなど目では無いほどに巨大なギガンティックの上半身だった。

 上半身だけで四十メートルはゆうに超える、超弩級のギガンティック。

 それが旧技研の格納庫跡地に悠然と立ち上がっていた。

風華『な、何なの……あの大きさ……』

 通信機からは風華の震えた声が聞こえて来る。

 今し方現れたギガンティックは、自分と正面で相対しており、風華達は丁度、その背中側にいた。

 紗樹と遼のアメノハバキリも風華達の側にいる。

茜「藤枝隊長! 正面側に援護をお願いします!
  アルベルト! お前はアレの後方に回れ!」

風華『分かったわ! クァン君、マリアちゃん、私と一緒に正面に!
   瑠璃華ちゃんは背後に回って!』

 茜の要請を受けた風華は仲間達に指示を出し、レオンは短く“あいよっ!”とだけ応えて後方へと向かう。

 と、それと同時に超弩級ギガンティックも動き出す。

 全身各部から黒い輝きが溢れ出し、驚異的な密度の魔力が溢れ出した。

茜「ッ……ぅ!?」

クレースト『茜様、どうやら高密度の結界装甲のようです』

 圧力すら伴うその魔力の衝撃に唸る茜に、クレーストが観測結果を伝えて来る。

 その証拠に、あまりに凄まじい威力でこちらの結界装甲に過干渉が起こり、エーテルブラッドがどんどん損耗して行く。

ほのか『全機、距離を取って! あまり近付いちゃ駄目よ!』

 通信機からは慌てた様子のほのかの指示が飛ぶ。

 直近で被害を受けていた茜達も、堪らずに大きく距離を開ける。

 レオン達のアメノハバキリも、さすがに機体そのものに結界装甲を纏っているワケではないため、
 オリジナルギガンティック以上にダメージが深刻なのか、機体各部から紫電を上げながらさらに遠くまで後退した。

瑠璃華『これだけ巨大なオリジナルギガンティックがあるとはな……誰が作っているのやら!』

 瑠璃華は仲間達が離れる隙を作るために背後から牽制砲撃を行ってくれているが、
 あまりに高密度の結界装甲に阻まれて大した被害は与えられていない。

 それどころか――

??『ええい! 鬱陶しい豆鉄砲が!』

 外部スピーカーを通して怒声を張り上げ、羽虫を追い払うような動作で
 瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノの放った砲弾を叩き落とす。

 しかし、その動作が災いし、近場にいた二機の401を巻き込んでしまい、401は魔力を含んだ大爆発を起こした。

 結界装甲を持つギガンティックの爆発は、やはりオリジナルギガンティックの砲撃クラスの破壊力を持つ。

 だが、至近距離での大爆発にも拘わらず、超弩級ギガンティックは傷一つついていない。

??『お、おお……一瞬、驚いたが。
   なるほど……この俺の乗機に相応しい能力は持っていると言う事だな』

 外部スピーカー越しに驚きの声を上げているのは、やはりこの超弩級ギガンティックのドライバーのようだ。

 そして、その場にいた全員が、その声に聞き覚えがあった。

茜「貴様……そのギガンティックに乗っているのは、ホン・チョンスなのか!?」

 最もその声に聞き覚えのあった茜が、驚きに声を上げる。

 ホン・チョンスは殆ど魔力を持たない男だった。

 魔力を“見る”事は可能だが、感じ取ったり扱ったりする事が出来ないほどに低い魔力の持ち主。

 それがこれほど巨大なギガンティックを操り、あそこまで高密度の結界装甲を生み出すとは考えにくい。

 だが、間違いなく、そのギガンティックに乗っていたのはホン・チョンス本人であった。

 ホンはオリジナルギガンティックよりも二回りは巨大なコントロールスフィアの中に備え付けられた、
 玉座のように巨大なシートにふんぞり返るように座っていた。

ホン「見よ! 愚かなる偽王に従いし者共!
   これが真なる王に相応しき力! 404……ティルフィングだ!」

 ホンは大仰に両腕を広げ、高らかに宣言して見せる。

 超弩級ギガンティック……404・ティルフィングも大きく両腕を広げて見せるが、
 その隙だらけの身体にどれだけ攻撃を打ち込もうと、焼け石に水にしかならいのは分かり切っていた。

マリア『相っ変わらずの電波っぷりだなぁ……』

 敵を警戒しながらも、マリアは呆れきったように漏らす。

レオン『ってか、ティルフィングってアレ……持ち主が絶対に破滅するって切れ味抜群の魔剣だろ』

 レオンは子供の頃に読んだ北欧・ケルト神話の内容を思い出しながら乾いた笑い混じりに呟く。

 知らぬが仏とは言うが、それを自分に相応しいと言い切ってしまうホンも憐れでならない。

 茜も相変わらずのホンに眩暈を覚えるが、気を取り直し、この状況を切り抜けるチャンスが無いかと周囲を見渡す。

 だが、最初に目についたのは、404・ティルフィングの傍らでひしゃげて潰れたコンテナだった。

茜「………ッ!?」

 一瞬、ただのコンテナかと思ったが、見紛う筈が無い。

 謁見の間と呼ばれた、あの完全防備のコンテナ型シェルターだ。

 さすがに至近距離での高密度結界装甲の展開や、401の大爆発に耐えられなかったのだろう。

 しかし、明らかに爆発以外の力で押し潰されたような痕跡が見える。

 恐らく、瑠璃華の砲撃を振り払う際に叩き潰してしまったのだろう。

 さすがにあの状況では中にいた女性達の命は絶望的だ。

 その事実に気付かされ、茜は息を飲み、ワナワナと身体を震わせる。

茜「シェルターの中に居た女性達を……守るつもりはなかったのか?」

 茜は怒りに震える声でホンに問い掛けた。

ホン『ん? ……おお!?』

 ホンは何事かと怪訝そうな声を上げた後、すぐにそれが何を意味していたかに気付き、
 自分の傍らで潰れているコンテナを見て驚きの声を上げる。

 だが、そこには後悔や懺悔の思いは聞こえない。

 その証拠に――

ホン『多少のお気に入りはいたし、惜しい事はしたが……まあ、致し方有るまい。
   我はこの世唯一の正当なる王だが、下女や側女は代えの効く消耗品に過ぎん。
   また一から集めなおせば良い……多少面倒だが、次を厳選する楽しみもある』

 ――ホンは外道然とした言葉を、さも当たり前のように、尊大な声音で言い放った。

 自分以外の人間を、ただそこに存在している物としか……命ある存在として見てない。

 王である自分一人が存在し、それ以外は自分のために存在する環境でしかない。

 彼の不興を買わないように必死で使えていた女性達も、
 彼自身にとっては性欲や怒りのはけ口、その物――“者”に非ず――でしかなかったのである。

 そうとでも思っていなければ出てこない類の言葉だ。

風華『この……外道!』

 普段は温和でおっとりとしている風華も、
 戦闘時の緊張とは別種の……明らかな怒りの声音で吐き捨てるように呟く。

クァン『俺も認識を改めないといけないな……。
    救いようのないバカじゃなくて、救いようのない外道だったワケか……』

 普段は口数の少ないクァンも、嫌悪感を顕わにして声を震わせる。

 瑠璃華やマリアも同様で、通信機越しでも分かるほどの嫌悪感が息遣いから伝わって来た。

茜「………九日前、貴様と言う人間と初めて向かい合って、私は貴様が哀れだと思った……。
  裏で動いているユエの本性も知らず、担がれた御輿に載せらせただけの、可哀相な道化だとな……」

 茜はどこか悔やむような声音で朗々と呟く。

 この魔力絶対の世の中で、欠片ほどの魔力も持たずに生まれた事は、不幸としか言い様がない。

 その意味で、ホン・チョンスは世界の被害者と喩えても、間違いとは言い切れなかった。

茜「……貴様の血縁者を調べた事もある……。
  貴様とその父親はともかく、貴様の祖父や曾祖父は素晴らしい人間だった……」

 茜は幼い頃から調べ続けた、60年事件の情報を思い出しながら呟く。

 ホンが自らの血統を王朝と呼ぶ理由。

 それは決して、荒唐無稽な妄想だけではない事を、茜は知っていた。

茜「貴様の曾祖父、ホン・デジュン……当時は日本で三沢晃司を名乗っていた人物は、
  魔導弾の暴発事故で滅んだ故国のために、全ての私財を使い、生き残った人々を助ける事に全力を注いだ……」

 茜は記録を読み上げるように朗々と語る。

 それこそが、開戦直前に滅んだ国の人々が、今もこうしてNASEANメガフロートで生き繋いでいる事の答だ。

 日本で日本人として生きていたホンの曾祖父は、魔導弾の暴発で国土の殆どで破裂死を迎えた国民の、
 僅かな生き残りを助けるために国連の人道支援部隊に多額の出資を行い、自らも多くの人々を率いて救助活動に参加した。

 それが衷心からの善意だったのか、その後の利益を思っての事だったのかまでは定かではない。

 だが、ホンの曾祖父が数少ない生き残りを救ったのは事実であり、それは歴史として刻まれている。

 開戦から数年後に亡くなったホンの曾祖父の跡を継ぎ、ホンの祖父は生き残った人々と共に新たに企業し、
 戦中の混乱期を乗り切り、戦後には新興の企業型国家としてNASEANに加盟した。

 企業国家と言う分類に難しい国ではあった。

 それでも、確かにホンの祖父はその国の最高顧問……責任者であり、曾祖父はその礎を築いた人物だったのだ。

 だが、十五年前に過ちがあった。

 ユエや他の黒幕達に踊らされたホンの父、ホン・チャンスがテロリストを率いて反乱を起こしたのである。

 祖父や曾祖父の築き上げた確かな信頼を、積み上げてきた善行を、父の一代で無にしてしまった。

 そこにどんな思惑があったかは分からない。

 だが――

茜「貴様はその全てを覆しても足りない過ちを犯した……!」

 ――目の前にいるホン・チョンスが、悪鬼外道の素質を持っている事は明らかだ。

 このまま世に放ってはいけない人間。

 茜はその事実を受け止め、二刀の太刀を構えた。

茜「クレースト! 最接近から結界装甲を敵ギガンティックと接触する方向に集中展開!
  奴の懐に切り込む!」

クレースト『畏まりました、茜様!』

 指示を出した茜はクレーストの返事を聞くなり、構えた太刀を振りかぶり、
 ティルフィングに向かって斬り掛かる。

 それを合図に風華達も動き出す。

瑠璃華「チェーロ! ジガンテジャベロット出力最大!
    左右交互連射で風華達の援護だ!」

チェーロ『了解ですマスター。
     ブラッド流入量調整……連射、どうぞ!』

 ティルフィングの背後に回っていた瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノは、
 両腰から突き出た砲身から左右交互に大威力魔力弾の砲撃を始める。

 先ほどのような牽制目的の攻撃とは違い、
 連射で多少の出力は落としているとは言え、目標を破壊するための全力射撃だ。

 しかし、それだけの威力の連射を受けながらも、ティルフィングの装甲は一部を焦げ付く程度で、
 目に見えて分かるようなダメージは入っていない。

クァン「カーネル! プレリー! 奴の腕を押さえつける!」

カーネル『おう! 最大出力で行くぜ!』

プレリー『ブラッド圧力上昇! オーバードライブ、いつでも行けますわ!』

マリア「押さえつけるなんてセコい事せず、全力でぶっ叩け、クァンッ!」

 クァンもカーネル・デストラクターを前進させ、
 カーネル、プレリー、そして、マリアの声を受けて両腕を高く掲げる。

 ギガントプレス・インパクトの要領で巨大な腕を作り出すと、
 迎撃のために動き始めたティルフィングの肩口に向けて、その巨腕を放つ。

 巨腕は見事にティルフィングの両腕を捉えるが、
 当のティルフィングは僅かにたじろぐばかりで、その腕は止まらない。

 イマジンを二体同時にすり潰す程の威力を持った巨腕ですら、
 ティルフィングの腕を押し留める事すら出来なかった。

ホン『ぬおっ!?』

 だが、攻撃こそ効きはしなかったが、前後からの挟撃は戦闘に慣れていないホンに僅かな隙を生んだ。

風華「突風! 茜ちゃんの攻撃に合わせて、豪炎・飛翔烈風脚で行くわ!」

突風『了解、風華! 炎熱変換、ブレードエッジ……マキシマイズ!』

 その隙を逃さず、風華は突風・竜巻と共に跳ぶ。

 脚部のブレードエッジに宿った蒼い炎が激しく燃え上がる。

 そして、さらに風華が目掛けた一点……胸に向けて茜とクレーストが飛び込んで行く。

クレースト『茜様、今です』

茜「ああ……! 本條流魔導剣術奥義、弐ノ型改! 天舞・破陣! 雷刃氷牙ノ型っ!」

 クレーストの合図と同時に、氷結変換された魔力を纏った小太刀の突きに続けて、
 雷電変換された魔力を纏った太刀の二連突きが、ティルフィングの胸に目掛けて放たれる。

 しかし、攻撃が命中する直前、黒い魔力が一点へと集約され、茜の太刀の切っ先を阻んだ。

 さらに、同時に炸裂する筈だった風華の飛翔脚も阻まれ、その勢いを殺されてしまう。

茜「な……っ!?」

クレースト『結界装甲密度上昇……?
      茜様、これは高密度結界装甲によるピンポイントの結界です!』

 愕然としながら飛び退いた茜に、クレーストは驚きを込めて言った。

風華『だとしても何て高密度……まるで結界装甲の分厚い壁だわ!?』

 傍らに降り立った風華も驚愕の声を上げている。

 どうやらこちらのピンポイントの攻撃を察知し、結界装甲の密度を自在に変更しているようだった。

 これこそが、瑠璃華達の攻撃を耐えきったティルフィングの頑強さのカラクリである。

 ティルフィングは上半身だけのギガンティックであり、自由自在に動く事は出来ない。

 無論、移動用のオプションとして数両のリニアキャリアで輸送すれば移動も可能だが、
 そんな外付け装備頼りの鈍重な動きでは隙だらけになってしまう。

 そこで、攻撃の魔力を感知すると一瞬でその攻撃に合わせて結界装甲の密度を変化させ、
 ピンポイントの強力な障壁を作り出す事で防御しているのだ。

 切れ味抜群の神話の魔剣とは対照的に、絶対的な防御力を誇る頑強なギガンティック。

 それがティルフィングの正体だった。

 無論、ホンは“乗機が強ければ構わない”と言う単純明快な思考のため、
 そんな大層な防衛システムが搭載されている事は知らない。

ホン『貴様ら程度のカトンボが放つ攻撃で、
   我の栄光を顕現したティルフィングが傷つけられる物か! フハハハハハッ!!』

 ホンは尊大に言い放つと、嫌らしい哄笑を上げる。

瑠璃華『身動き出来ない栄光とは……また陳腐だぞ』

 瑠璃華の口から、そんなホンに辟易した様子の皮肉が通信機越しで聞こえたが、
 その声音からは焦りの色が窺えた。

 その瑠璃華の焦りの正体には、茜も気付いていた。

茜(結界装甲の密度移動が早い……あの速度なら間違いなくオートで処理しているんだろうが、
  私やふーちゃんの攻撃より早いとなると……)

 茜は冷静に先ほどの攻撃を思い返しながら、心中で舌を巻く。

 この場で大威力で最速の攻撃が可能なのは自分と風華……クレーストと突風の二機。

 一点同時攻撃の都合上、先の攻撃が最速の一撃かと問われると怪しいが、
 それでもかなりの速度だった筈だ。

 しかし、敵はその攻撃よりも早く結界装甲の密度を変移させているのは間違いない。

 しかも、その挙動は魔力感知による全自動だ。

 攻略は難しい。

クレースト『茜様、ここはドライバーの魔力切れを狙ってみては?』

茜「そうしたいが……奴の魔力はエンジンの起動規定値どころか、
  携帯端末の起動規定値を下回っている……。

  おそらく魔力コンデンサを使ったバッテリー式だ」

 クレーストの提案に、茜は悔しそうな声音で吐き捨てた。

 エンジンの出力がどれだけ高かろうが、あれだけ高密度の結界装甲を維持するには相応の魔力が必要となる。

 ホンの魔力量でその大魔力を維持できる筈が無いのだ。

 となれば、バッテリー式と思うのは当然で、それは事実だった。

 あの巨体では内蔵しているコンデンサの容量もそうだが、循環しているブラッドの量も相当な物だろう。

 仲間達は戦闘開始から自分の倍以上の時間が経過しており、既にブラッドの損耗率も五割まで届いている。

 今から持久戦を仕掛けるのは自殺行為に等しい。

ホン『いい加減……鬱陶しいぞ! 下賤の輩が!』

 ティルフィングの攻略法に思索を巡らせる茜の意識を、ホンの怒声が断ち切る。

 先ほどから魔力の巨腕で必死にその巨体を押し留めていたクァン達に、ホンは狙いを定めたようだ。

クァン『お、押し返される……!?』

マリア『踏ん張れ、クァン!』

 押し返されそうな両腕を懸命に突き出すクァンに、マリアが檄を飛ばす。

 だが、圧倒的な出力と質量、そして結界装甲の密度の差に魔力の巨腕は徐々にひび割れ、
 ついに砕かれてしまう。

クァン『なっ!?』

 最大最強の技を難なく砕かれ、愕然とするクァン。

 だが、それだけでは終わらない。

 ティルフィングはその全高よりも長い腕を伸ばし、眼前のカーネル・デストラクターを片手で掴み上げる。

 四十メートルを超えるカーネル・デストラクターの巨躯も、
 上半身だけでその全高を上回るティルフィングの前では多少大きな人形程度でしかない。

クァン『離せ! このぉっ!』

 クァンはティルフィングの手首……その関節に向けて攻撃を続けるが、
 高密度結界装甲に阻まれて接触すらままならない。

カーネル『クァン! 早く離れろ!』

プレリー『結界装甲が……ブラッドがどんどん劣化しています!?』

 カーネルとプレリーが悲鳴じみた声を上げる。

風華『茜ちゃん!』

茜「はい!」

 風華に促されるよりも早く、茜もティルフィングの手首に向けて、風華と共に集中攻撃を始める。

 だが、既に高密度化している結界装甲を相手では太刀の切っ先すら届かず、徒労に終わってしまう。

瑠璃華『マリアとクァンを離せぇっ!』

 後方からは全力交互射撃による援護を続ける瑠璃華の声が響く。

ホン『貴様も鬱陶しいぞ! 豆鉄砲の分際でっ!』

茜「ぅうっ!?」

風華『キャァッ!?』

 ホンは怒声を張り上げると、群がってくるクレーストと突風・竜巻を振り払い、
 後方のチェーロ・アルコバレーノに向けてカーネル・デストラクターを投げつける。

チェーロ『マスター、避けて下さい!?』

瑠璃華『この状況で間に合うワケが――キャアァッ!?』

 慌てた様子で叫ぶチェーロの声に続き、瑠璃華は愛機と寮機の激突の衝撃で悲鳴を上げた。

 砲撃体勢のチェーロ・アルコバレーノではカーネル・デストラクターの巨体を受け止める事など出来ず、
 大音響と共に二機は弾き飛ばされ、その衝撃でカーネルとプレリーも分離してしまう。

茜「る、瑠璃華!? クァン!? マリア!?」

 一方、軽く弾かれただけで済んだ茜は、すぐにクレーストの体勢を立て直しながら、仲間達の名前を叫ぶ。

 だが、そんな場合ではなかった。

ホン『次は貴様だぁっ!』

 怒気の中に怨嗟を含んだ声で叫ぶホンの声と共に、
 ティルフィングの腕がまだ体勢を立て直し切れていないクレーストへと迫る。

茜「ッ!?」

 崩れた体制のまま転げ回るようにして何とか回避を試みようとした茜だが、
 すぐにもう一方の腕がその逃げ道を塞ぎ、クレーストは二本の巨大な腕に囚われてしまう。

茜「ぅっ……離せぇぇ……!」

 茜は唸るような声で腕を広げて振り払おうとする。

 しかし、フレーム剛性によって高い格闘能力を誇るクレーストとは言え、その馬力は決して高い方ではない。

 最初こそ何とか僅かに広がったものの、僅かに力を入れられただけで呆気なく押さえ込まれてしまう。

 ティルフィングの手を押し広げようとした際、太刀で突っぱるようにしていたため、
 その衝撃でバキバキと音を立てて二刀の太刀は砕けた。

茜「し、しまった!?」

 茜は愕然とする。

 敵に捕らわれた上に武器まで失ってしまった。

 最悪の状況だ。

ホン『無様だなぁ……女ぁ!』

 その様を見ながらホンは興奮し、下卑た声を上げ、さらに続ける。

ホン『さっきはよくも俺をコケにしてくれたな……!』

茜「さっき? ……ああ……」

 茜は必死に足掻きながらも、ホンの言葉を思い返して納得したように漏らす。

 おそらく、脱出の際の事だろう。

ホン『何も出来ない、などと言った相手に手も足も出ない感想はどうだ?
   悔しいだろう? 悔しいと言ってみせろ! ギャハハハハッ!』

 ホンは煽るように叫び、下品な哄笑を上げた。

 確かに、茜にも手も足も出ない悔しさはある。

 しかし、悔しがった所で事態が好転しない事も分かり切っていた。

 だが、それ以上に――

茜「他人に溜めてもらった魔力を使って、他人に作ってもらったギガンティックではしゃぐ……。
  貴様は、小遣いと玩具を与えてもらって自分の力だと思い込んでいる、身勝手な子供だな」

 ――子供然とした強がりしか出来ない虚像の王への、憐れみと呆れが先立つ。

 言葉にする必要は無かったし、言葉にすべき状況でもない。

 だが、余りにも痛々しい様に、声にせずにはいられなかった。

ホン『まだ……まだこの俺をコケにするのかぁぁぁっ!』

 ホンは激昂して叫ぶ。

 先ほどから自称・皇帝のメッキすら剥げ、ホン・チョンスと言う一人の人間に立ち返ってしまっている男は、
 自らのプライドと思い込んでいる虚栄心を突かれる度に激怒するしかない。

 それは、茜の言葉通りの“身勝手な子供”……いや、それにすら届かない、身の丈を知らない本能だけの獣のそれだった。

 虎の威を借る狐は、虎を利用している事を知り、自らの身の丈を理解している。

 だが、ホンの場合は自らが虎だと思い込み、他人も自分を虎と見ており、多くの獣を従えていると思い込んでいる。

 しかし、実態は虎の頭の上に座った羽虫ほどの認識だ。

 ただ、虎が羽虫の言うことに忠実なため、彼自身はそのギャップに気付けていないのだ。

 異様な尊大さも、非道な残酷さも、それ故の結果に過ぎない。

 それを哀れと言わず、何と形容すれば良いのか。

 ともあれ、茜は激昂と共に来るであろう衝撃に備えて身構える。

ホン『叩き付けられて粉々になれぇっ!』

 予想通りと言うべきか、激昂したホンは両手で掴んだクレーストを振りかぶるように掲げ、
 丘の麓に見えた手近な大型倉庫に向けて振り下ろすように投げ捨てた。

茜「ッぐっ!?」

 コントロールスフィア内の対物操作魔法では相殺しきれないGに、茜は苦悶の声を上げる。

 この勢いでは、さすがに結界装甲によって守られたオリジナルギガンティックでも破損は免れない。

 と、その時だ。

風華『茜ちゃん、危ない!?』

 慌てふためく風華の声と共に、投げ捨てられたクレーストの射線上に突風・竜巻が躍り出た。

茜「ふ、ふぅ、ちゃん!?」

 茜は絞り出すように驚きの声を上げる。

 直後に二機は空中で激突し、大音響を響かせて諸共に倉庫に叩き付けられた。

 倉庫の屋根を構成していたマギアリヒトが砕け散り、霧のような煙が立ちこめる。

茜「っ、ぐ、ぅ……」

 茜は何とか衝撃から立ち直り、身体を動かす。

 衝撃による痛みはあるが、機体の手足がもげたような様子は無い。

 風華と突風・竜巻が可能な限り衝撃を相殺してくれたお陰だろう。

 だが、茜はすぐに正気に立ち返り、思い出したように辺りを見渡す。

 すると、そこには両脚と左腕を失った突風・竜巻の姿があった。

茜「ふ、ふーちゃん!?」

 あまりに凄惨な姿に茜は驚愕の声を上げる。

 だが――

風華『だ、大丈夫……クレーストを受け止める直前に、合体は解除してる、から……』

 すぐに風華の声が返って来る。

 それと共に突風・竜巻は崩れ、内部から突風本体が露出した。

 風華の声は苦悶のそれに近かったが、手足を失った痛みで漏らした苦悶と言うワケではない。

 どうやら竜巻を緩衝材の代わりにして本体と、受け止めたクレーストを守ったが、
 完全なノーダメージとはいかなかったようだ。

風華『上半身は問題無いけど、下半身……膝のジョイントが破損した影響で足全体にガタが来てるわね……。
   このまま全力で戦闘するのは難しそうだわ』

 突風が悔しそうに呟く。

 風華は何とか突風を立たせようとするが、膝がガクガクと震えて満足に立ち上がる事が出来ていない。

 突風の膝は折り畳む事で、竜巻と連結するためのジョイントが存在する。

 だが、先ほどの無理な分離でそのジョイントが大きく歪んでしまったらしく、
 本体の足が上手く機能できていないようだ。

風華『ごめんなさい茜ちゃん、こっちが動けなくなっちゃった……』

 風華はいつも通りの柔らかな口調で言うが、その声は微かに震えているのが分かった。

 声が震えるのも当然だろう。

 テロとの決戦は、風華にとっても伯父の仇討ちと言う避けて通れぬ戦いだったのだ。

 それを茜一人に任せるのは歯痒さもあろう。

茜「大丈夫だよ……ふーちゃん」

 そんな風華を宥めるように、茜は優しい声音で言った。

 そして、立ち上がる。

茜「ふーちゃんが助けてくれたお陰で、私はまだ立てる……まだ戦える」

 太刀は折れたが、こうして立つ事が出来る事……戦う意志が折れていない事を風華の前で示す。

茜「ふーちゃんが繋いでくれたチャンスは絶対に無駄にしないさ」

風華『茜ちゃん……うん、私も出来る限り援護するわ』

 続く茜の言葉に感極まったように返した風華は、意を決してそう言った。

 まだ魔力弾くらいは撃つ事が出来る。

 加えて、二人が叩き付けられた倉庫は幸いにも技研の所有倉庫だ。

 結界装甲には対応した火器こそないが、武器は何種類かある。

 足は満足に動かせなくとも、投擲くらいには使えるだろう。

茜「私達も太刀の代わりくらいは拝借しないとな……」

 茜も周囲を見渡す。

 どうやら試作品倉庫のようだが、あまり物色された形跡は無い。

茜(ユエ・ハクチャもここまでは手を付けていないのか?)

 それだけ古い物が放り込まれていると言う事だろうか?

 ただ、保存用コンテナに厳重に格納されているだけあって、武器の品質は悪くない。

クレースト『茜様、アレを……』

 刀剣の類を確認していた茜に、クレーストが微かな驚きを交えて呟き、
 視界の一角をズームアップして一つのコンテナを指し示した。

 茜がそのコンテナを見遣ると、そこには“GXI-004-6”の連番式の型式番号が刻印されている。

茜「これは、まさか……!?」

 その型式番号が指し示す物に茜は目を見開き、驚愕の声を上げた。

 一方、オリジナルギガンティックの戦線離脱により、政府連合軍は窮地に立たされていた。

 高密度結界装甲による衝撃波で機体異常を起こしたレオン達のアメノハバキリも、
 軍や警察の寮機達と連携しつつ遠距離攻撃を行っているが、目立った戦果は上げられていない。

レオン「くそ……あんな場所にいる案山子の癖に……!」

 レオンは悪態を吐きながらもスナイパーライフルを連射するが、
 まるでマグマにスポイトで水をやっているかの如く、
 レオンの放った魔力弾はティルフィングの周辺で霧散してしまう。

 小高い丘に陣取った不動の上半身と言う、まるで怪物を思わせる異形のギガンティックは、
 連合軍の一斉攻撃にも拘わらずまるで堪えた様子が無い。

紗樹『副長! こちらはブラッド切れでもう撃てません!』

 ミニガン型魔導機関砲による絶え間ない銃撃を続けていた紗樹が、悲鳴じみた声で悔しそうに叫ぶ。

 シールドに使っていたフィールドエクステンダーとプティエトワールを、
 魔導機関砲に差し替えてまで使っていたが、それももうブラッドの限界だ。

遼『こちらも弾切れです……!』

 遼も状況は同じようで、ミニガンを足もとにうち捨て、予備の魔導ライフルでの牽制射撃に切り替えている。

 が、焼け石に水にもならない威力では攻撃も意味が無い。

レオン「お嬢! 風華! どっちでもいいから返事しろ!」

 レオンはそろそろ残弾も心許ないスナイパーライフルを気にしながら、
 通信機に向かって怒鳴るように二人に呼び掛ける。

 二人が叩き付けられた倉庫の周辺にはマギアリヒトが霧のように立ちこめ、
 ティルフィングの高密度結界装甲の余波が加わって通信障害が発生しており、
 通信に激しいノイズが交じって返事があるかどうかも聞き取れない状況だ。

ホン『ギャハハハハッ!
   どうした、どうした! もっと撃って来い! 貴様らは無力な虫けらだ!』

 代わりに全方位に向けた、ホンの耳障りな嘲りが響き渡る。

ホン『虫けららしくひれ伏せ! 泣き喚いて赦しを乞え! 我をあがめ奉れ!
   ゴミクズのような貴様らが我が臣民として生きる事を許してやろう!

   我こそが世界唯一の皇帝だぁっ!』

レオン「黙れっての……電波野郎がぁ……!」

 聞くに堪えない演説を続けるホンの声に、レオンは歯噛みするように呟いた。

 それは、恐らく戦場にいる全ての人々の代弁だ。

 レオンに限らず、同じような事を口にしていた者はいた。

 だが、あまりにも絶望的な戦力差に、それを面と向かって口にする事が出来る者はいなかった。

 心は折れる寸前だ。

 耳障りなホンの演説が……真意すらも定かではない狂言が、生き残る唯一の糸口のような甘言にさえ聞こえ始める。

 もう、駄目だ。

 誰かがそんな言葉を口にしかけた、その瞬間だった。

?『黙れ、外道ッ!!』

 鋭い叫びが聞こえた直後、茜色の閃きが走り、甲高い風切り音と雷鳴が轟く。

 そして、ピシリ、と言う耳障りな音と共に、ティルフィングの肩に僅かな亀裂が走った。

?『まだ浅い、か……!』

レオン「お嬢!?」

 悔しそうな声が通信機越しに聞こえ、レオンは声の主の姿を探す。

 いつの間にか倉庫を覆っていた霧のようなマギアリヒトは吹き飛んでおり、そこに声の主がいないのは分かった。

 だからこそ、全周囲を見渡す。

 そして、彼女は……彼女の愛機はそこにいた。

 ティルフィングの後方斜め上に滞空する、茜色の輝きを纏う
 巨大な黒い翼を広げたギガンティック……クレーストの姿がそこにあった。

茜「正式装備とは言え、やはり初めて使う武器では無理があったか……」

クレースト『ですがGXI-004・ドラコーンクルィーク、
      GXI-005・スニェーク、GXI-006・モールニヤ……全て異常無し。

      先ほどの攻撃で茜様の挙動に合わせた調整も完了しました。次はもっと早く動ける筈です』

 コントロールスフィアの中でどこか悔しそうに呟いた茜に、
 クレーストは自身と装備の接続状況を確認した後、自信ありげに言い切る。

 竜の牙の名を冠した槍、雪の名を冠した短刀、そして、稲妻の名を冠した黒い翼。

 それは、十五年前に所在不明となっていたクレーストの正式装備だった。

 刺突よりも斬撃に特化した薙刀のような槍と、斬撃特化の浮遊短刀、
 機動性と安定性を高めるスラスター兼スタビライザー。

 素早く相手の懐の入り込んで斬る。

 その一点に向けて特化された装備の数々が、倉庫にあったコンテナの中身だった。

茜(トップスピードは特に変化していないが、旋回性能も瞬発力も何倍にも跳ね上がってる……。
  槍もリーチの長い太刀と思えば、決して使い慣れない類の武器じゃない……)

 茜は先ほどの一太刀を思い出しながら、改めて各種装備の所感を独りごちる。

 大小の二刀流のまま機動性が上昇した事は間違いなく戦力アップだが、まだ振り回されている感が勝っていた。

 だが、それでもティルフィングの肩に傷を付けたのは事実だ。

ホン『貴様アァァッ! よくも俺の玉座に傷をぉぉっ!!』

 再び虚像の皇帝のメッキが剥げたホンが、猛り狂った素っ頓狂な怒声を張り上げた。

 茜はクレーストを振り返らせ、ティルフィングを見下ろす。

 駄々っ子のように手を伸ばす様が見て取れるが、その手は決して上空のクレーストには届かない。

 薄々感じてはいたが、ティルフィングには魔力弾を撃つ機能が無いのだ。

 そして、自身の魔力が循環するオリジナルギガンティックならば可能な、
 魔法としての魔力弾を放つ能力がドライバーのホンには欠如している。

 殆ど完全防備と言って良いティルフィングの結界装甲の前に遠距離砲撃は無力だ。

 だが同時に、ホンには遠距離攻撃の手段が無かったのである。

茜「それが……玉座、か……」

 茜は独りごちるように、消え入りそうな声で呟いた。

 与えられるままの力を自らの当然の権利と錯覚し、それを脅かされる事に激しく怯える。

 考える事を放棄し、現実から目を逸らした者の末路そのものこそが、今、眼下にいる男の真実だろう。

 だから駄々っ子のように振る舞い、獣のように本能のままに生きる。

 酷く、哀れだ。

ホン『皇帝に逆らった貴様だけは見せしめだ!
   大勢の人間の前で犯して! 従順になるまで嬲って!
   赦しを乞う貴様を、生きたまま八つ裂きにして殺してやる!』

 だが、ホンの吐き捨てた言葉に、憐憫などとは比べ物にならないほどの激しい怒りが湧き上がり、
 茜は複雑な表情を浮かべる。

茜「確かに……お前は皇帝なんだろう……お前自身の中では。

  だがな……本当の皇族や王族の方々は、外との接触を著しく制限される中、
  市民とは比べ物にならない量の魔力を自ら供出なさっている……」

 茜は畏敬にも似た思いを抱きながら、静かなに言い放つ。

 皇族や王族は、要は強い魔力を持って民をまとめ上げた強力な魔導師の末裔だ。

 その子孫にも、強い魔力は代々受け継がれている。

 そんな皇族や王族は政治と関わりながらも、
 自らの大量の魔力を用いてメガフロートの結界維持に努め、それを自分達の義務と定めていた。

 ノブレス・オブ・リージュ、ロイヤル・デューティ、
 言い方は多々あるが、割に合わない労を労われる事もないまま、民のために力を振るう。

 その覚悟を持っている人々がいるからこそ、茜達ロイヤルガードも身命を賭して皇居を守るのだ。

茜「お前がいくら自分を皇帝だと叫んでも、
  民を尊ばないお前が、民から皇帝として尊ばれる事は、絶対に無い!」

 茜は強く、その事実を言い放つ。

 暴君は革命により斃されるのが世の常。

 父同様、一方的な力で人々を押さえつけて来たホンは、その摂理にすら気付いていなかった。

茜「行くぞ、クレースト!」

クレースト『畏まりました!』

 茜の合図と共に、クレーストは味方の魔力弾が暴風雨のように飛び交う戦場を飛ぶ。

 フレキシブルブースターとシールドスタビライザーの複合装備であるモールニヤの機動性の前では、
 その魔力弾の暴風雨もそよ風に舞う木の葉も同然だ。

瑠璃華『連合軍全機! 261に構わず援護射撃を続けろ!
    少しでも敵の防御を反応させて、茜とクレーストの攻撃の隙を作れ!』

 通信機から瑠璃華の声が響き、ティルフィングの背面で瑠璃色の魔力砲弾が弾ける。

 どうやら、瑠璃華も立ち直ったようだ。

 そして、ティルフィング攻略の活路は瑠璃華の言う通りだった。

 ティルフィングの高密度結界装甲はフルオートでその密度を変移させる。

 一見して無効化されている小さな魔力弾も、ティルフィングの結界装甲に隙を作る、大きな役割を持っているのだ。

 茜は仲間達の作ってくれた隙を付き、幾度も槍から発生した巨大な魔力刃で斬り掛かる。

 結界装甲の密度が高まりきる前……刃が届く内に、ティルフィング本体を切り裂く。

 単純だが最も効果的な攻略法である。

 だが、先ほどの不意打ちの一撃と同様、浅い傷を穿つので精一杯だ。

茜「まだ浅い……!?」

 一撃一撃、渾身とも言える神速の斬撃を放っても、
 ティルフィングの結界装甲を切り裂き、刃を本体に届かせる事は難しい。

 傷つけられるのは薄皮一枚、と言う所だろう。

 だが、愕然としていられる場合ではない。

クレースト『茜様、限界まで魔力を集束して下さい。薄く、鋭く、折れない刃です』

茜「薄く、鋭く、折れない刃……!」

 茜はクレーストのアドバイスを反芻し、その刃をイメージする。

 魔力集束によって生まれる魔力の刃……集束魔力刃だ。

 AIの補助と武装の特性によって、
 既にドラコーンクルィークの魔力刃は研ぎ澄まされた刃そのものと言って良い程に集束されている。

 だが、ドライバーである茜が集束をイメージする事で、その効果もさらに高まるのだ。

茜「届けっ!」

 茜は再度、渾身の力で持って斬り掛かる。

 味方の援護射撃をくぐり抜け、遮二無二振り回されるティルフィングの腕を避けて、脇腹を切り裂く。

 先ほどよりは深い傷を穿ったが、それでも致命傷にはほど遠い。

茜(まだだ……まだ足りない! もっと鋭い刃で!)

 茜はさらに刃を研ぎ澄ます。

 自然と魔力は氷結変換され、茜色の氷の刃が切っ先に生まれる。

 そして、その時だ。

風華『ただの魔力弾が駄目なら、これはどう!』

 格納庫から顔を出した突風……風華が、肩に担いだランチャーから何らかの弾丸を放つ。

 弾丸はティルフィングに命中する直前に爆発し、辺りに霧のような煙を撒き散らした。

 すると、瑠璃華の砲弾やレオンの放った狙撃弾が、ティルフィング本体に届き始めたではないか。

茜「これは、一体……?」

 ダメージは微々たる物のようだが、先ほどとは明らかに変わった状況に、茜は驚きの声を上げる。

突風『撹乱用のジャミング弾頭よ!』

 その驚きの声に応えたのは突風だった。

 敵のセンサー系を撹乱できれば良い程度の、苦し紛れの一発だったが、
 センサーで敵の攻撃を感知しなければいけないティルフィングの防御システムには、覿面の効果を見せた。

 攻撃が届き始めたのは、センサーの撹乱で結界装甲の密度変移に遅れが生じている証拠だ。

茜「今なら行ける!」

 茜は、氷刃を構えたクレーストと共に飛ぶ。

茜「本條流魔導剣術、奥義! 天ノ型改が終! 龍天・氷牙ッ!!」

 本来ならば舞ノ型が終・凰舞と共に放たれる必殺の十文字斬り、龍凰・天舞。

 その十文字斬りに込める力を、その一太刀にだけ込め、渾身の力で振り抜かんとする。

 今までのように撫で斬りにするのではなく、胴体の付け根を両断せんとする神速の斬撃。

 それは、確かに結界装甲が分厚い障壁を作り出す直前、ティルフィングの胴体を捉えた。

 だが――

茜「ッ!? しまった!?」

 手の先から伝わる異質な感触に、茜は愕然とする。

 後追いで密度を高めた結界装甲の障壁に、刃が押し留められてしまったのだ。

 茜色の氷刃を、黒い障壁が絡め取り、茜は押す事も引く事も出来ぬ体勢で固まってしまう。

ホン『調子に乗るなぁ! メスガキがぁぁぁっ!!』

 ホンは砲声を張り上げ、眼前で動きを止めたクレーストに向けてティルフィングの腕を振り下ろす。

 正に、万事休す。

 しかし――

???『お前こそ調子に乗ってんじゃねぇぇぇっ!!』

 上空から怒声にも似た裂帛の気合、一声。

 マリアだ。

 そして、その声が轟いた直後、上空から巨大な大木が降って来た。

 火色と雄黄色の魔力に包まれた、周囲八十メートルはありそうな巨木だ。

 その両脇には、プレリーとカーネルが取り付いている。

 マリアとクァンはカーネル・デストラクターの合体が解除されてしまった直後、
 再合体不可能と悟って反撃の準備を整えていた。

 それは植物操作魔法による巨木の精製を行い、魔力と物理衝撃による二重攻撃を仕掛ける事だった。

 技研周辺の森にあった巨木を急成長させ、クァンによって硬化された、
 砦の扉を討ち破る攻城槌と化した大木を持って跳躍し、
 ティルフィングの脳天に向けて、たった今、突き落としたのである。

ホン『ぬがっ!?』

 激突による衝撃にホンは短い悲鳴を上げた。

 それと同時に結界装甲の密度が増し、急造の巨木は一瞬にして砕けてしまう。

 だが、一瞬で十分だった。

 クレーストの刃を絡め取っていた結界装甲の密度が、僅かに弱まる。

クァン『茜君っ!』

マリア『ぶったぎれぇぇっ!』

茜「ッ……こぉこぉ、だあぁぁぁっ!」

 クァンとマリアの声を合図に、茜は裂帛の気合を放ち、
 左腕に構えていたスニェークに雷の集束魔力刃を……
 ありとあらゆる物を叩き割る、稲妻の如き刃をイメージし、作り上げた。

 そして――

『舞ノ型改が終! 凰舞・雷刃ッ!』

 雷刃による凰舞で、氷刃を押し込む。

 既に切っ先のめり込んでいた氷刃は、雷刃によって漆黒の障壁の拘束を解かれ、
 一気にティルフィングの胴体を切り裂いた。

 さらに、後追いの雷刃が氷刃とぶつかり合い、十字の交点に凄まじい破壊力を生み出す。

 氷結変換と雷電変換、相反する魔力同士の反発が生む相乗効果により、
 切り裂かれた部位からティルフィングの胴体は爆発を起こし、その場で仰向けに崩れ落ちた。

 一方、茜とクレーストは爆発の向こう側へと突き抜け、崩れ落ちて行くティルフィングの巨体を背に、
 瓦礫の中へと着地する。

茜「………本條流魔導剣術……最終奥義、終ノ型改……龍凰・天舞……氷刃雷牙の型……!」

 茜は静かにそう言い放つと、槍の纏った氷刃と短刀に纏った雷刃を霧散させた。

 そして、改めて崩れ落ちたティルフィングへと振り返る。

 ティルフィングの胴体からは大量のエーテルブラッドが流れ出し、
 エネルギーの供給を失い、結界装甲すら失った巨体は微動だに出来なくなっていた。

 仲間達からの援護射撃も止み、連合軍の勝利で戦いは終わったのである。

茜「………」

 しかし、茜は無言のまま、ティルフィングへとクレーストを歩み寄らせる。

ホン『だ、誰か! 誰か、早く来い! 皇帝の危機だぞ!
   早く……早く助けに来い!』

 自らの敗北を悟り、それでもその敗北を認められず、ホンは外部スピーカーで喚き散らす。

 その声は恐怖で上擦り、涙で震えていた。

 茜はやはり無言のまま、ティルフィングの胴体へと乗り上げ、分厚い装甲で覆われた首もとに足を置く。

ホン『ひいぃっ!?』

 その瞬間、ホンが悲鳴を上げた。

茜「コックピットハッチは、ここ……で、いいようだな」

 茜は外部スピーカーに向けて、静かに呟く。

 聞く者が聞けば酷薄に聞こえる声。

ホン『ひ……ひぃぃぁぁ……』

 ホンは言葉にもなっていない呻き声を漏らす。

 どうやら、今、茜……クレーストの足が踏んでいる場所がハッチで間違いないようだ。

 と、その時。

 ティルフィングの近くにぽつり、ぽつりと人影が見えた。

 どうやら今の今まで、技研の地下シェルターに避難していた者達が顔を出したようだ。

 次第に増えて行く者達は、テロリストの構成員だけでなく、人質同然だった市民も混ざっていた。

 テロリスト、と言う観点で見れば加害者と被害者の混成集団だ。

 彼らは一様に、クレーストによって踏み付けにされた自分達の首魁を見ている。

 その目には、恐れと、諦めと、そして、恨みにも似た色が宿っていた。

ホン『お、お前達! 何を見ている! 貴様らの王がピンチだぞ!
   助けろ! 臣民なら、俺を助けろぉ!』

 人々に気付いたホンは、必死で彼らに自分を助けるように命じる。

 だが――

市民A「……ころせ……」

 誰かが、絞り出すように呟く。

市民B「ころせ……」

市民C「ころせ……!」

市民D「殺せ!」

市民E「殺せ! ホンを殺せ!」

 それを皮切りに、人々は怨嗟の声を上げた。

 ホン・チョンスを殺せ。

 俺達を煽動し、こんな恐怖集団に捉えたホン・チャンスの子を殺せ。

 私達を人質に取り、恐怖で抑え続けたホン・チャンスの子を殺せ。

 遊び半分で仲間を処刑したホン・チョンスを殺せ。

 娘を連れ去り、辱め、無惨に見捨てたホン・チョンスを殺せ。

 恐怖で押さえつけられていた集団が、その恐怖の戒めを失い、暴徒と化し、ホンへの恨みの大合唱を始めた。

市民F「殺せえぇぇぇっ!!」

 大音声を号令に、人々は足もとの瓦礫をティルフィングの残骸に向けて投げつけ始めた。

 ガンガン、カンカン、キンキンと様々な音を立てる。

ホン『ひ、ひぃぃぃっ!?』

 殺意の怨嗟のシュプレヒコールと、瓦礫と機体のぶつかり合う音に、ホンは恐怖に引き攣った悲鳴を上げた。

茜「これが……お前の真実だ……お前は皇帝なんかじゃない。

  上に立つ者の矜持も、義務も知らず、恐怖で人を支配するだけの、
  踊らされて担ぎ上げられた、ただの道化だ!」

 茜は周囲の人々を寂びしそうな目で見ながら、ホンに怒りの声をぶつける。

 戦闘が終わったばかりで、彼らを拘束する軍と警察の機動部隊はまだ駆け付けられない。

 何人かはホンを引き摺り出そうと、ティルフィングの巨体を登ろうとしている。

 だが、倒れたとは言え高さ二十メートルはあろうかと言う人型を登るのは容易ではない。

 それでも、機動部隊が来る前には登り詰める事も可能だろう。

 つまり、ホンは逮捕される前に、彼らによってリンチされて無惨に殺される未来が待っている。

茜「お前は……お前の父は幾つもの許されない罪を犯した……!
  そして、お前はその罪を引き継ぎ、さらに罪を重ねた!」

 茜は怒りのまま、叫ぶ。

茜「お前は……誰にも許されない!」

 そして、茜は一度は腰に収めたスニェークを構えた。

 魔力を込めて逆手に構え、振り上げる。

 止めの一撃。

 誰もがそう思っただろう。

 事実、最終的なホンの生死は問われていなかった。

 可能ならば捕らえる事が推奨されていたが、この状況で生きて捕らえるのは、もう難しい。

レオン『止めろ、お嬢!?』

 レオンも最悪の結末を予感し、慌てて茜を止めようとする。

 もう間に合わない。

 以前、茜を止めてくれた空は、まだ離れた場所で戦闘中だ。

 そして、スニェークがティルフィングのコックピットハッチへと突き立てられた。
 しかし、爆発も閃光も、ましてやホンが切り裂かれるような惨劇も、その場では起きなかった。

 代わりに、茜色の氷がコックピットハッチ周辺を固めている。

 ようやく登り詰めた人々の何人かが、氷を叩き割ろうと必死に魔力弾や棒きれを叩き付けるが、
 結界装甲の延長で作り出された氷は決して砕けない。

 それは、暴徒からホンを守る氷の防壁だった。

茜「その氷が保つのは三時間程度……。
  三時間経てば、お前を殺そうと登って来た人間がまたお前に襲い掛かるだろうな……」

ホン『………ぁ、ぁぁぁぁ……』

 茜の言葉に、まだ自分が助かっていない事を知り、安堵の声を絶望に変えながら、ホンは呻く。

茜「お前は、多くの人々を虐げ、恐怖を与えて来た……。
  なら、その万分の一、億分の一でもいい……お前が他人に与えて来た恐怖を味わえ!」

 茜はそう吐き捨てるように言い放つと、氷の中からスニェークを引き抜き、
 ゆっくりとティルフィングから離れた。

 すると、ティルフィングを取り囲む人々は一斉攻撃を再開した。

 少しでも早く氷を砕き、中にいるホンに制裁を……私刑を加えるべく。

 ガンガン、カンカン、キンキンと、様々な音が機体の全身を通じてホンに伝わる。

ホン『だ、誰か……助け……助けて………いやだぁぁぁっ!!
   助け、助けてくれぇぇっ! いや、し、死にたくない!
   死にたくない、死にたくない! たすけ、たしゅけ、だじゅげでぇぐれえぇぇぇっ!』

 結界装甲にも守られず、反撃の手立ても無く、人よりも弱い魔力しか保たない虚像の皇帝は、
 全てのかなぐり捨てて助けを求める。

ホン『謝る! ごめんなさい! ごべんなざい! ごべんなざぁいぃぃ!』

 泣きじゃくり、のたうち回り、必死に助けを求める。

 茜はその様を後目に、仲間達の元へと戻って行く。

レオン『お嬢……』

茜「文句があるか?」

 通信機越しに聞こえたレオンの声に、茜は溜息混じりに問い返し、
 “さっきは止めようとしただろう”と呆れたように付け加える。

 どうやらプライベート回線のようだ。

レオン『いや、ま、そうだけどよ……。

    けど、三時間もあれば、機動部隊が全部鎮圧しちまうぜ?
    実質、守ったようなモンじゃねぇの? いいのか、アレで……』

茜「………いいんだ、アレで」

 戸惑い、躊躇うようなレオンの問い掛けに、茜は複雑な声音で返す。

 いいのか、と問われれば、本心ではよくないと答えたい。

 臨死の恐怖を味わった60年事件の被害者達。

 囚われ、従えられ、死の恐怖に怯え続けた人々。

 その人々が感じた恐怖を、少しでもホンに味あわせたのだ。

 それで誰の恨みが晴れるのか、それとも晴れないのか。

 それすらも茜には分からない。

 本音を言ってしまえば、ホンを自らの手でくびり殺したいとさえ思う。

 だが、茜の復讐は、ホンに臨死の恐怖を味あわせる事で……
 自分が与えられた恐怖を少しでも返した事で、全て終わったのだ。

 茜は、そう思う事にした。

 その時、不意に離れた場所で輝いた空色の光が目に入る。

 目を凝らすと、こちらに向けて全力で飛んで来るエール・ハイペリオンイクスの姿が見えた。

茜(ユエは……空達が倒してくれたか……)

 その光景を見上げ、茜は感慨深く心中で独りごちる。

クレースト『お疲れ様です、茜様……』

茜「……ああ、お前もお疲れ様だ、クレースト」

 優しく声をかけて来た相棒に、茜はどこか憑き物の落ちたような笑みを浮かべて、満足そうに答えた。


第22話~それは、振り切られた『忌まわしき十五年』~・了

今回はここまでとなります。
………よし、予告通り!w

ついでに安価、置いて行きます

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201
第19話 >>208-241
第20話 >>247-280
第21話 >>288-320
第22話 >>325-359

遅くなりましたが乙ですた!
アッカネーンの脱出……てけてけwwwwにポマードwwwww 後者で爆笑してしまった私は年齢がバレそうですなww
何にせよ、またロケットパンチ装備の人が増えなくて良かったです♪
そしてティルフィング……これ、乗っているのがホンでなかったら普通に脅威だったでしょうね。
いや、ホンが乗ってもこれだけ梃子摺ったんですから、キチンと訓練を受けた乗員が操縦して、移動手段があり、尚且つ周囲を固める護衛が付いていたらというテロ組織にはおよそ実現不可能な状況なら、ではありますが。
そのホン……信頼を築くのは時間が掛かるが、それを壊すのは一瞬、というのを体現しているような血族ですな。曽祖父さん哀れすぎでしょう。
ラストの茜の措置は、私情も入っているにせよ納得です。この選択が出来るようになったのは、大きな成長と言えますね。
ここでホンを石もて打つ人々は、同じテロリストとは言え、責められますまい。中東の某何とか国とか言う組織は勿論ですが、国内関東のその組織を真似たDQNグループが同様の武力で周囲を圧っしていたようなものですし、同じ歪んだ不満を理由に破壊行為を行っていたとは言え、あれでは……ね。
さて、大きな事件も一段落でしょうか。この後何が起きるのか、楽しみにさせて頂きます!

お読み下さり、ありがとうございます。

>ポマード
多分、口裂け女の対策方法がポマードだった時期の小学生かぬ~べ~世代しか分からないと思いますw
この所、シリアスな展開ばかりでお疲れかと思って地味にブラックな笑いをぶっこみました。

>ロケットパンチ装備の人
仮に茜がロケットパンチ装備になっていたら初代の直系と言う凄まじい状態にw

実は
 1.茜をどう脱出させないか 2.茜とミッドナイト1の交流
 3.決戦より先にエール奪還 4.茜をどうやって無傷で脱出させるか
と言う四つの点を考慮してのフェイの一時離脱だったりします。
あと、既に両手首どころか四肢全部切断された子が出て来てしまったので、流石に短期間に切断はヤバいなぁ、と
まあ、手足どころか自ら下半身を切断したテケテケがいましたが(遠い目

>ホンでなかったら普通に脅威
戦闘訓練をしっかりと受けていれば、上半身だけとは言えそれなりに動けますからねぇ……。
ホン自身が魔力弾を飛ばせないので遠距離攻撃が出来ないと言うお粗末な状態でなければ、
ハイペリオンイクス、予備タンク随伴クルセイダー、正式装備クレーストの三枚看板で、
政府軍が全滅寸前になってやっとこ撃破可能、と言う感じですかね。

>曾祖父さん哀れすぎ
結とグンナー、リノとトリスタンがBADEND的対比だったように、今回も茜との対比ですね。
テーマとしては“彼女(彼)は偉大な人物の血統を継ぐに足る人物か”と言う感じです。
ともあれ、ホンの父の代で何があったのか、と言うのは語る機会があるならば
僅かばかりであっても劇中で明らかにしたいと思っています。

>大きな成長
空との口論、M1とのふれ合い、ユエと言う黒幕の存在。
色々と成長に繋がるファクターは用意しましたが、
ホンとの決着を締めくくるのは成長した茜でなければならない、と……。
そして、茜は結の血統と奏のギアを継ぐに相応しい人間として成長して行く第一段階を突破したワケです。
加えて、空も前回のユエとの対決でもって、結のギアを継ぐための成長の第三段階に差し掛かりました。
第一と第二はそれぞれPTSDからの復帰とエールの奪還ですね

>中東の組織とかDQNグループとかと同様
コレの構想を練っていた一昨年の末頃は中東食い詰め無職集団もDQN集団も耳にも目にもしない連中ばかりでしたねぇ……。
ともあれ、不満を暴力だけで解消しようとする未熟な精神性の行き詰まりの姿ですな。
そんな未熟な精神性で行き詰まったまま国を作ればどうなるか、の極論がホンと人々の姿だと個人的に思っております。
まあ……対話と規律だけで回る綺麗事の世界でない事が、現代国際社会一番の問題であり、
それを放置して力と金に訴えている一部先進国の存在が未熟な精神を培う土壌でもあるのですがorz

>大きな事件も一段落
一応、世間的には幕引きの事件ではありますが、空達にとってはまだ片付いていない件がありますからね。
次回はそんな片付いていない件の一つである彼女が中心となる、茜と彼女の成長第二段階の話となります。
ついでに、フェイがどうやって助かったか手短に解説します(ぉぃ

ho-syu

保守ありがとうございます。

んが、キャラが難産+土日の畑仕事が忙しくて全然進んでおりませぬorz
もう少々お待ち下さい……

筆が進まないので気分転換に書いた匿名掲示板ネタ
キャラ崩壊・ジャンプ漫画ネタ注意 目を細めて生温くお読み下さい

第22.5話~それは、破滅へ歩む『匿名掲示板の忍者』~

―1―

2ch>ホビー>模型・玩具全般>ミリタリー>ギガンティック
 俺のキツネたんが人型に改悪された件について    スレ立て日時:2075/07/18(木) 22:28:12.20

1 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    クソがああああああああああっっっ!!!!!!

2 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>1
    おちつけし

3 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ああああああああああああああああああああああ!!!!!!
    なんで人型とかキモイ形にしてんだよおおおおおおおおお!!!!!
    かえせよおおおおおおおおおおおおお!!!!
    俺のキツネエエエエエエエエエエ!!!!!

4 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    開いたら想像以上に>>1が荒れてて草

5 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    http:www.up-up/75071809008
    こんなんじゃねぇぇんだよおおおおおおおおおお!!!!!

6 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    責任者でてこいやあああああああああああ!!!!!!!!!

7 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>1の時点じゃ「っ」があったり「!」も半角なのに
    キャラがブレてるやり直し

8 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>5
    http:www.up-up/75071809009
    キツネ型にもなれますしお寿司

9 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>8
    ブースターとかいらないんですぅ
    前のキツネちゃんがかわいいんですぅ

10 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>9急におちつくなし

11 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>2>>10
    落ち着けと言ったり落ち着くなと言ったり

12 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    あ、昨日のテロとの戦闘、もう画像うぷされてんの?
    つか何? え? これが211?
    もうちょっとデザインどうにかならん?
    何で肩に四本も箸ついてんの?

13 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    箸じゃねぇよw
    解析班の話じゃブースターだってよ

14 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    箸ワロタ

15 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    211じゃなくて204な
    何か新しいエンジン見付かったとかってニュースが3日前に流れてた

16 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    見付かったって埼玉にでも埋めたのか?

17 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    80年以上前のニュースのネタとか分かる奴いないだろ

18 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ちゃんと脱線してるいつものお前らで安心した

19 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    2レス脱線しただけで脱線したとか早漏すぎんよ

20 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    つか何でオリジナルギガンティックなのに機体新しくなってんの?モデルチェンジ?他のもやれよ

21 名前:◇2989wktk[sage]
    >>20
    テロリストにぶっ壊されて新型になった
    設計者は前と一緒

22 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    いつものバレ師キター!
    ◇2989wktk氏、お疲れさんです!

23 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    【悲報】バレ師 半月ぶりの降臨場所は批判スレ

24 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    降臨って宗教か何かかよ引くわ

25 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>24にわか帰れよ

26 名前:◇2989wktk[sage]
    今回の204は211を新しい201ドライバー用に改修、強化した機体な
    スペック時点で211よりも加速性、機動性、格闘能力で2割増しってバケモノ
    実際は5割増しとか

27 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    何でこんなに詳しいんですかねー?
    ガセじゃなきゃ内部の人間の情報リークで逮捕じゃね?

28 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>27
    ◇2989wktk氏はギガンティック機関の広報の中の人で提供可能範囲で情報提供してくれる広報担当さんだぞ
    下手に内部の人間が情報漏らす前に「ここまで」って線引きを事前にしてくれる人
    降臨しても一つのスレにしか現れないから、ギガンティック機関の人間は降臨したスレをROMってる
    そんな事も知らねぇの?

29 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    マジかwww
    よくクビになんねぇな

30 名前:◇2989wktk[sage]
    俺で三人目だけどね
    一人目も二人目も担当変わっただけでちゃんと在籍してるから

31 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    新しい201ドライバーってJCだよな

32 名前:◇2989wktk[sage]
    >>31
    通報しますた

33 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    バレ師、遊んでないで何か新情報

34 名前:ボクらはトイ774キッズ[age]
    バレ師降臨と聞いてあげ

35 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    新情報が無いなら寝る

36 名前:◇2989wktk[sage]
    明日のニュースで画像が出る予定だけど
    211同様、今回の204も合体しまふ
    ついでに205も212同様に合体
    新しい機体と201でも去年からしてる三体合体も可能

37 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    パワーアップktkr

38 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    マイジマのスケールモデルはいつ出ますか?

39 名前:◇2989wktk[sage]
    俺、M.Jさんトコの社員じゃないから知らんし
    昨日から社長が寝ずに型作り始めたとか聞いてないし
    半年以内に出したいとか聞いてないし

40 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    知ってるじゃねぇかwwwww

41 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    メガトイズ版合体固定モデルのエルペリオンの発売日が来週な件について
    発売後には既に実機が存在してないとか………

42 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    おっと前のドライバーが死んだ後に故人のパーソナルマーク仕様が発売されたチェーロさんの悪口はそこまでだ

43 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>42そっちもメガトイズ製じゃないですかーやだー


※注釈 メガトイズは劇中の玩具メーカー。
    ノンスケールのフィギュアの老舗で軍用機の完成済み可動フィギュア中心で販売しています。
    ちなみに“エルペリオン”はエール・ハイペリオンの略称でネットスラング。


44 名前:◇2989wktk[sage]
    司令が泣いちゃうからその話題はNG

45 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    半年前に改造していた俺に隙は無かった
    http:www.up-up/75011521022

46 名前:◇2989wktk[sage]
    司令室に呼び出し食らった、逝って来る

47 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    呼び出しはえーよw
    上層部が見てるのか、このスレw

48 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    このスレは英雄 明日美・フィッツジェラルド・譲羽によって監視されています

49 名前:◇2989wktk[sage]
    副司令だよ

50 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    余裕あるなバレ師
    携帯端末からアクセスかな?

51 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    どっちにしても副司令が見てんのかよw


※注釈 アーネスト・ベンパー副司令は諜報部の総責任者です。
    普通に広報担当者を名乗る諜報部員の書き込んでいるスレッドを監視しています。
    トリップの“◇2989wktk”は監視用のマーカーで外すと怒ら【減俸さ】れます。


52 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    半年以内に発売か。
    マイジマの社長は仕事早いからな205も204から二ヶ月以内に発売だな。

53 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ん? 205って事は212も壊れたのか?

54 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    つかテロの使ってた機体とかも発売されんの?
    この前の電波ジャックで見た401とか結構好みなんだけど

55 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    きっと太陽造形ならやってくれる

56 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    太陽造形さんマジ俺らの太陽


※注釈 太陽造形はインディーズメーカー。要は同人模型サークル。

57 名前:減俸三割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    ただいまー

58 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    うわぁ……

59 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>57ど、ドンマイ

60 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ◇2989wktk氏の月給三割はきっとおれらの月給より高いんだろうな
    いいな特一級は

61 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    深夜ニュースに新画像キタアアアアア!!!
    http:www.up-up/75071900007

62 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>61
    202に羽戻ってるー!!

63 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    やべぇ黒地に赤ラインの羽とか格好良すぎんだろ

64 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    俺の改造ギガンティックフォルダが火を噴く時が来たようだ
    http:www.up-up/75071900025

65 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>64
    ちょw改造早過ぎんよww

66 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    5年前に茜たんが乗った時に25年前にマイジマの出した202フル装備版を改造した奴だからな
    当時の画像はこっち
    http:www.up-up/70040700011

67 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    クリアパーツ自作とかw
    五年前は架空兵器乙とか言ってスンマセンデシタorz

68 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>67
    許さん
    罰として「茜たんprpr」と絶叫しながら皇居正門前三往復な

69 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>68
    ロイガに逮捕されるな

70 名前:減俸三割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    >>68
    逮捕より先に兄貴が出て来て踏まれるに俺の今月の給料七割

71 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>70無理すんなw

72 名前:減俸三割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    呼び出し二回目ー

73 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    相変わらず副司令の反応はえーw

74 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    身体強化しながら見張ってる可能性

75 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>74してるワケねーだろ


※注釈 してます

76 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    もうやめて副司令! ◇2989wktkの給料は0よ!

77 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    まだ半分残ってるし ゼロになってないし

78 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    アチャー

79 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    自業自得すな

80 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>64
    いくらで譲ってくれますか?

81 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    >>80
    多分、来月になったらマイジマから製品版出るぞ
    実機用の装備が見付かったらいつでも発売できるように社長がスタンバイしてた筈だから

82 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>81
    やっぱりM.Jの事も詳しいじゃないですかー

83 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    噂で聞いただけじゃよー ホントジャヨー

84 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    五年前にパーツの型どりから始めた俺の苦労は一体……

85 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    あとで総合スレのテンプレ書き直しておかねぇとな

86 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ねえみんな>>1が息してないの

87 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    バレ師が現れたらそこがバレ師スレだからな
    >>1は犠牲になったのだ 犠牲の犠牲にな

88 名前:1[sage]
    いいよもう……1/300キツネたんニーして寝るから

89 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >1/300キツネたんニー
    つまり……どう言う事だってばよ?

90 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>88
    モケニーとか上級者過ぎんよ

91 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    >>88
    (ドライバー本人に)通報します

92 名前:1[sage]
    >>91
    やめてくださいこうふんします

93 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    うわぁぁぁぁ………

94 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    マジで通報した方が良いような気が……

95 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    211のドライバーって女の子だろ?
    そんな子にモケニーを語るバレ師も相当な気が………

96 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    逝って来まーす

97 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    【速報】副司令 女子にモケニー語るヤバさに気付く

98 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>1よりバレ師の方がトばし過ぎな件

99 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    204その物より201との合体形態の方が気になる

100 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    ただいまー

101 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    うわあああああああああああ

102 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    バレ師逝ったあああああああああああ

103 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ワロタwwwwwww

    ワロタ………

104 名前:1[sage]
    とりあえずもう寝る スレ落として

105 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    HENTAIの>>1が神を召喚したと聞いて

106 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    三代目は俺達の心の中に生き続ける

107 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>107殺すなし

108 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    【悲報】バレ師 無事死亡

109 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    次何かやったらクビになるのでは?

110 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    >>109
    押すなよ!絶対押すなよ!

111 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    意外と元気そうだな

112 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    VIPでも無いのに何でナルトネタばかりなんですかねぇ

113 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>112
    この間、岸影が四代目に交代して話題になったばかりだからしゃーない
    ってか言う程ナルトネタ出てねぇだろ

114 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    六十年前はワンピの原作者が何代目になるとかネタにされてたそうだな
    ま、二代目まで行ったけどな

115 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ワンピは巻数三桁以内で完結したろ!いい加減にしろ!

116 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ジャンプスレに帰れよ老害共

117 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>116
    うるせえ嵐遁・励挫螺旋丸食らわすぞ
    http:www.up-up/75071900133

118 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>117
    バレ師もそうだがお前も荒ぶるなよw
    ってか何でさっきのフル装備202にナルトフィギュアのエフェクト付けてんだよw

119 名前:117[sage]
    良かれと思って付けた
    反省はしている

120 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    五歳の頃に部屋でこっそり螺旋丸の練習していたお嬢の悪口はそこまでだ!

121 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    おwwwじょwwwうwww

122 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    お嬢って誰だよ
    ってかバレ師、変な事言ってるとまた呼び出し食らうぞ


※注釈 諜報部は李家・藤枝家の門下生が殆どです。お嬢の正体が前線部隊の隊長とか言ってはいけない。


123 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    俺も魔改造で>>117支援
    http:www.up-up/75071900189

124 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>122
    模型板とは言えミリ系スレでギガンティック少女はないわー

125 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ギガンティック少女のエロフィギュアは見た事がある

126 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>125
    何でそんな事を言った!言え!と言うか画像を下さいおねがいします

127 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>123-124
    まあ、そうなるな

128 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    師匠から呼び出し食らったので逝って来ます………………………生きていたらまた会おう

129 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    あっ(察し)

130 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    バレ師いいいいいいいいいいいい!!!

131 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    今度こそ逝ったああああああ!


    え? マジ? 釣りとかじゃなくて?

131 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    四代目も気さくな人だといいなぁ……(遠い目


※注釈 師匠=前シリーズのサブキャラで>>1の一番のお気に入り


132 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    まさか二年ぶりのバレ師リアルタイム遭遇でバレ師の死亡を確認するとは思わなかった

133 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    まだ死んでねーし 究極穿孔・疾風飛翔脚食らうとは決まってねーし(震え声

134 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    究極穿孔・疾風飛翔脚……お嬢って……あっ(察し


※注釈 一体何枝何華なんだ?>お嬢


135 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>134
    それ以上いけない

136 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    先代バレ師が開き直ってる件

137 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    まだ死んでない!(泣

138 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    いや、もう明日ってか今日から四代目だから先代で合ってるでしょw
    びびり過ぎだろ

139 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    オリジナルドライバーに説教されに行くとか半分処刑台行きでしょ

140 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    ぼすけて

141 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    そんな古典ネタ出すとか随分余裕な先代バレ師w

142 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ボスに給料半額にされたばかりだろ助け求めんなやww

143 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    伝説のバレ師がさらなる伝説になる瞬間と聞いて魔改造スレからきますた

144 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    映 画 化 決 定

145 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    15年ぶりに60年事件が解決されたばかりだと言うのに……嫌な事件だった

146 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    明日はバレ師の死体が藤枝邸から見付かるのか

147 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    藤枝邸モケニー殺人事件

148 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    ま だ 死 ん で な い !

149 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>148
    >まだ
    あっ(察し

150 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    何のスレなんですかねぇここ

151 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    モケニーの聖地でバレ師の墓標だろ

152 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    性痴ワロタ

153 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>151勝手にバレ師殺すなし

    ま、明日生きてる保証も無いけどなー

154 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    四代目まだー?

155 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    モケニーとかやり出す上級者に関わったせいでこの様ですわ

156 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>155
    いや概ね自爆ですやん
    酔っぱらってるの?w

157 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    酒で身を滅ぼす特一級とかメシウマ

158 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    反省してねぇぇwww
    師匠、やっちゃって下さいww

158 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ギガンティック機関もここ一ヶ月くらいフル回転だっただろうからな
    バレ師もハジケちゃったんだろご愁傷様


以下、お祭り騒ぎ――――

―2―

 翌日、早朝。
 ギガンティック機関、司令室――

リズ「ハァァァ………」

 深いため息を漏らすコンタクトオペレーターチーフ……リゼット・ブランシェ。

 そんな彼女に笑みを浮かべて近付いて来たのは同期であり、タクティカルオペレーターチーフの新堂ほのかだ。

ほのか「リズ、聞いたよ? 減俸二ヶ月だって? ご愁傷様」

リズ「人事だと思って……性格悪いわよ、ほのか」

 苦笑い半分冷やかし半分と言った様子のほのかに、リズはジト目で睨みながら呟くと、さらに続ける。

リズ「って言うか、誰から聞いたの?」

ほのか「今朝、受付でみなみんから」

 リズの質問に、ほのかはあっけらかんと腐れ縁で同期の“みなみん”こと市条美波の名を挙げた。

リズ「ちょっとあの子持ち人妻小学生ガチで〆て来る………」

ほのか「いってらっしゃーい…………」

 無表情で立ち上がったリズを見送ったほのかは、明後日の方角を見遣りながら“みなみん、すまん”と小声で付け加える。

 数分後、ほのかはロビー方向から聞こえて来た“ほのぴぃぃぃぃぃぃっ!?”と言う素っ頓狂な悲鳴を聞き流しながら、
 業務の準備に入ったのだった。


―3―

 半年後――

2ch>ホビー>模型・玩具全般>ミリタリー>ギガンティック
 俺のキツネたんが人型に改悪された件について    スレ立て日時:2075/07/18(木) 22:28:12.20

995 名前:ボクらはトイ774キッズ[]
    伝説の跡地に足跡付けにきますた

996 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>995
    古いスレ上げんなカス

997 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    このスレまだ残ってたのか

998 名前:1[sage]
    はあああああん!新キツネたんのお箸のスキマ気持ちいいよおおおおおおおお!

999 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ちょwおまww結局204でモケニーしてんじゃねえかよw
    しかも箸のスキマてw

1000 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    >>998
    変態!変態!変態!変態!


第22.5話~それは、破滅へ歩む『匿名掲示板の忍者』~・了

結論・真面目な話の書き過ぎでスランプ中

今回、バカばかり書いたので少し持ち直しました
前回書き込み時点では完成度二割ほどでしたが現在は六割ほど書き終えておりますので早ければ月末には来ます
お目汚し、失礼しましたorz

遅くなりましたが乙っしたー!
やっぱりこのお話の世界にも、オタとマニアは息づいているんですねぇww
でも大丈夫!箸ニーだったら、まだ後戻りは出来る!!
世の中にはブラギガスという伝説があるのですから……

ところで、英雄戦虹さまの可動フィギアorドールは勿論発売されてるんですよね!ね!!

お読み下さり、ありがとうございます。

>オタとマニアは息づいている
仮に百年前、千年前に2ちゃんがあったらきっと同じ事をやっていると思う、が持論ですので
きっと百年後も千年後もこう言うアングラ入門で匿名な掲示板は賑わうかとw

>ブラギガスという伝説
……………………………放送期間中は常に当該おもちゃ板に張り付いているのに聞いた事がないっ!?Σ(゚Д゚
何処にブレイブインした挙げ句如何にしてギガガブリンチョして貰うんでしょうか?(ぉぃ

>勿論発売されてる
この世界観だと現実で数十年前にアイドルの着せ替え人形が販売されていましたが、アレと同じ感覚ですかね?
或いは某最終回のスーパーフミナ的なアレとか……

ともあれ、ガチで存在した場合、
ふくしれーときょーかんは初代閃虹の“長女”の方のドールを所持している可能性が微粒子レベルで存在していますw

月末に来ると言っていたな………あれは…………嘘になってしまい大変申し訳ございませんでしたぁぁっ!orz

長らくお待たせしました、最新話を投下します。

第23話~それは、人形のような『傷だらけの少女』~

―1―

 第七フロート第三層でのテロリストとの決戦から三日後、7月20日土曜日の正午前。
 メインフロート第一層、ギガンティック機関本部――


 門扉に横付けされたパトカーの後部ドアから、ロイヤルガードの制服に身を包んだ茜が現れる。

 茜は背筋を伸ばして軽く伸びをしてから前に進み出ると、その後に続いて背の高い男性が姿を現した。

 臣一郎だ。

臣一郎「ご苦労、このまま本庁まで戻ってくれ。迎えが必要な時には呼ぼう」

運転手「了解しました」

 臣一郎が運転手に指示を出すと、パトカーは兄妹に見送られて走り去って行く。

 茜はパトカーが見えなくなると、肩を竦めて兄に振り返った。

茜「兄さん……わざわざ付いて来なくてもいいじゃない」

臣一郎「ハハハ、そう言ってくれるなよ。
    伯母上宛に叔父上や母上からの言づてもあるんだ」

 どこか不満そうに唇を尖らせた茜の言に、臣一郎は笑い飛ばすように言うと、さらに続ける。

臣一郎「それに妹を心配するのは兄貴の特権だ。
    ……お前が大人になるまでは、たまには兄貴らしい事をさせてくれよ」

 臣一郎はそう言って茜の頭をぽんぽん、と軽く叩くと機関の本部庁舎に向けて歩き出した。

茜「あ、ちょっと、置いてかないでよ!」

 茜は恥ずかしさ七割と言った風で顔を真っ赤にすると、小走りで兄の後を追う。

 普段ならばギガンティック部隊では上司と部下と言う堅苦しい関係であり、
 オリジナルギガンティックのドライバーと言う多忙さから自宅でも顔を合わせる事も少なく、
 公官庁の外で様々なしがらみから解放された二人は、実に兄妹らしく――
 どこか幼さを感じさせる――振る舞いながら、エントランスへと向かった。

 受付へと向かうと、そこには先日、テロリストの拠点からの脱出を支援してくれた美波と、
 彼女の後輩である木場順子が並んでいる。

 美波は茜に目配せし口元に人差し指を当てて“内緒”と言いたげなジェスチャーを見せた。

 さすがに一般職員の順子の前で、諜報部職員としての美波に礼をするワケにもいかないのだろう。

茜(礼の一つも言いたかったんだが……)

 茜は胸中で溜息を吐くと、普段通りの所作に出来る限りの感謝の意を籠めて会釈した。

順子「えっと、司令との面談ですね。話は通っています」

 思い出すように予定を確認した順子は、そう言ってインカムを取り出し、
 執務室にいる明日美に連絡を入れる。

 二人は案内されるまま受付から右にある司令執務室へと向かった。

 ノックして入室すると、すぐに明日美が口を開く。

明日美「検査と査問が終わったようで何よりだわ、茜」

 茜に視線を向け、安堵混じりに呟いた明日美は目を細めて笑みを浮かべる。

茜「半分自宅謹慎のような物でしたが」

 茜は、この三日間の事を思い返して苦笑いを浮かべた。

 三日前の決戦直後、茜は即座に後方へと送られて一泊の検査入院と、
 そこから政府監査部の査問を受ける事となった。

 クレーストの整備状態も去ることながらが、
 本人の健康状態に何ら問題が無かった点が特に取り沙汰されたのだ。

 無論、フェイに預けた報告書も監査の対象となった。

 敵の……それも首魁を裏で操っていた黒幕であるユエに庇われていた、と言う事で監査は長引く物と思われたが、
 空がユエを討ち果たし、茜自身がホンの逮捕に最も貢献したと言う事もあり、
 監査部の態度も柔らかい物で、自宅での取り調べが主な物となったのである。

 加えて、茜が手に入れた資料も捜査資料として高い価値と影響力を持ち、
 今は連日のように政財界での捕り物が相次いでいるのが現状だ。

臣一郎「こちらが要求のあった逮捕者のリストと、容疑の固まっている支援企業の一覧です」

 臣一郎はそう言いながら進み出ると、明日美に端末を手渡す。

 明日美は“ありがとう”と言って端末を受け取ると、
 執務机の据え置き端末とリンクさせてリストを呼び出す。

明日美「見事に御三家や山路、それにウチの反対派閥ばかりね……」

アーネスト「与党議員にまで逮捕者がいるのは、さすがに予想外と言いたいですが……いやはや」

 明日美が確認したリストを、アーネストも情報共有で確認し、二人は嘆息混じりに呟いた。

 連ねられた名前には二人も覚えがある名前が大半だ。

 特に、予算委員会などでギガンティック機関やロイヤルガードの予算に対して、
 異議ばかりを申し立てていた議員などはすぐに顔と名前が一致した。

 お里が知れる、と言う言い方はかなりの語弊があるが、何を思って異議を申し立てていたのか一目瞭然である。

臣一郎「彼らの言い分も、一部は分からなくもないのですが……」

 臣一郎は僅かに躊躇いがちに漏らす。

 テロリストに出資して多くの人々を死に至らしめ、市民を恐怖のどん底に突き落としておきながら、
 その意見に正当性などあった物ではない。

 だが、彼らの中にはギガンティック機関とロイヤルガードにしか対イマジンの手段が無い事……、
 もっと言えばオリジナルギガンティックしか対抗手段が無い事を酷く憂慮しており、
 新たな対抗手段の模索としてユエ・ハクチャに出資していたのだと言う。

 事実、ハートビートエンジンほどでは無いにせよ、彼はエナジーブラッドエンジンと言う新たな可能性を見出したのだから、
 その選択肢を一概に間違いとして切り捨てるのも早計かもしれない。

明日美「ユエ・ハクチャ………日本語に直訳すれば月博士、ね」

アーネスト「未だに、彼の素性は分かっていないのかい?」

 思案げに漏らした明日美に続き、アーネストが臣一郎に尋ねた。

臣一郎「逮捕したホン・チョンスの証言によると、ユエ・ハクチャは月島勇悟の助手、だそうです。
    十五年前の60年事件の決行前日には、ホン・チャンスと会談する月島勇悟と共に目撃したとの証言もありました」

 臣一郎はそう言うと“ただ、酷く混乱している様子で、信憑性は定かではありませんが”と付け加える。

 茜も兄の口から語られる事件の真相の一部を、どこか険しい表情で聞き入っていた。

茜(月島とユエは別人……そうだな、それ以外はあり得ない)

 その一点に納得したように茜は頷く。

 だが、月島勇悟の助手であるユエ・ハクチャと言う人物はやはり存在せず、
 茜の証言を元に作られたモンタージュと符合する人物は、山路重工のリストにも存在していなかった。

臣一郎「ここからはあくまで推測ですが、
    月島の死後にユエ・ハクチャが研究の全てを引き継いだ、と考えるのが一番妥当だと思います」

明日美「……ええ、そうね」

 臣一郎の言葉に、明日美は複雑そうな表情で頷く。

 故人同士を繋ぐ線は幾つも予想する事が出来るが、それがユエ・ハクチャと言う人間の素性に繋がる物ではない。

 それは臣一郎にも分かっていた。

アーネスト「茜君、実際にユエと言う人間と相対していた君は、どう思う?」

 アーネストの質問に、茜は僅かに思案した後、口を開く。

茜「……掴み所の無い人物でした。

  芝居がかって飄々として、人間を駒か道具である事が当然のように振る舞っていて……、
  そこは典型的な人格破綻者、と言うような印象を受けましたが……」

 茜は思い出すと不気味さが背筋を駆け上がるような感覚を覚え、肩を震わせる。

 言葉を濁した茜に、明日美は眉間に皺を寄せて何事かを思案する。

明日美「仮に……逮捕できていたとしたら、捜査に関して進展があったと思う?」

茜「………身内の恥を晒すような言い方ですが、到底そうは思えません」

 明日美の質問に、茜はそう言って肩を竦めた。

 むしろ、逮捕した所ですぐに逃げ出されてしまう。

 或いは、取り調べの前に、あっさりと自ら命を絶ったかもしれない。

 そんな感想しか思い浮かばず、仮にそうなっていれば事件はさらに錯綜した物となっていただろう。

茜「朝霧副隊長が彼を討った判断は……概ね、正しい事だったと思います」

 頷きながらそう言った茜は、口ぶり以上に結果に納得しているようだった。

 関係者からユエに関する情報を洗いざらい調べ上げ、彼の素性と言う輪郭を作り上げる他無い。

 それが、最良の方法なのだろう。

 ユエが死んだと聞かされた茜は、三日の時を経てそう納得できるまでになっていた。

明日美「そう……」

 政府側で殆ど唯一と言える、ユエと直接話した事のある茜の言に、
 明日美もどこか納得したように頷き、目を伏せる。

 暫しの沈黙の後、明日美は茜に視線を向けた。

 茜は直れの姿勢に正し、言葉を待つ。

明日美「前置きが長くなったわね……。
    本條茜、原隊復帰を認めます」

茜「はい、本條茜、只今を持って任務に復帰します」

 明日美の言葉を受け、茜は敬礼する。

 その様子に明日美は嬉しそうに目を細め、口を開いた。

明日美「風華達も待っているわ。早く行ってあげなさい」

茜「はい。
  ……ではお兄様、先に失礼します」

 茜も笑顔で頷くと、一旦、兄に向き直ってからそう言って、執務室を後にする。

 茜が行って暫くすると、明日美は目を細めたまま、安堵混じりの溜息を洩らした。

明日美「……憑き物が落ちたような顔をするようになったわね」

臣一郎「ええ……」

 明日美の言に臣一郎は感慨深く頷く。

 恨み辛みの全てが晴れたワケではないだろうが、あの決戦で茜にも得る物があったのだろう。

 査問の立ち会いもあってここ数日の茜を具に見ていた臣一郎は、
 その得る物が妹に良き変化をもたらした事を心から歓迎していた。

アーネスト「朝霧君との口論が原因なのか、それとも、彼方にいる頃に何らかの心境の変化があったのか……」

明日美「……両方、でしょうね」

 思案げに呟くアーネストに、明日美は何処か納得したように言って頷く。

 空との口論で狭まっていた価値観を広げ、テロの拠点で虜囚の身となっている間に何らかの変化があった。

 前者はともかく、後者は本人にしか分からない事だ。

 無論、査問ではその点も詳しく掘り下げて聴取されたし、前述の通り臣一郎も査問の場には立ち会っている。

 だが、彼女の身に何が起きたのかと、彼女の心境にどんな変化があったのかは、切り離せない事象ではあるが別問題だ。

 それでも、茜の気持ちが良い方向に向いているのも、また事実なのだ。

 明日美達は身内の少女がより良き方向に歩み出した嬉しさで表情を緩める。

 が、不意に臣一郎が表情を引き締めた事で、明日美とアーネストも気を取り直した。

臣一郎「……それで、おそらく妹に一番の影響を及ぼしたであろう件について、叔父上から幾つか言伝が……」

 二人の様子を見てから口を開いた臣一郎は、そう言って切り出す。

アーネスト「乙弐号計画四拾号……ミッドナイト1と呼ばれていた少女の事だね」

 アーネストが重苦しく口を開くと、臣一郎は無言で頷いた。

 乙弐号計画。

 悪名高い統合特殊労働力生産計画の中で、人工天才児育成計画と位置づけられたプロジェクトだ。

 瑠璃華を生み出した計画であり、瑠璃華自身が最終ナンバーである参拾九号の数字を与えられていた。

 人道に反した非道な計画は政府でも上層部や計画に深く携わった者達だけで秘匿され、秘密裏に進められていた。

 しかし、魔力観測によってレミィがハートビートエンジンに選ばれた事で七年前に計画が発覚し、
 瑠璃華もチェーロに選ばれるまでは政府研究機関に預けられていた、と言うのは以前までに語った事だ。

 だが、計画は水面下……それもテロリストの根拠地で続けられていた。

 その証拠が四拾号の数字を与えられたミッドナイト1である。

臣一郎「ミッドナイト1の基礎を作り上げたのは計画責任者の月島で、
    その後を引き継いだのがユエではないのか、と、我々は睨んでいます」

アーネスト「つまり、ユエ・ハクチャは月島勇悟の……言葉通りの後継者だった、と言う事かい?」

 ロイヤルガード上層部の出した推測を語る臣一郎は、アーネストの問いに“おそらく”と応え、さらに続けた。

臣一郎「ユエ・ハクチャは存在しない人間でした……、あり得なくない話だと思います」

明日美「存在しない人間が存在する、ね」

 臣一郎の話を聞きながら、明日美は不意に空の事を思い出していた。

 空も60年事件のゴタゴタで九年前までは“存在しない人間”だったのだ。

臣一郎「ユエ・ハクチャは推定で四十代から五十代。
    肉体強化による細胞活性で老化が停滞していた時期が長いなら、五十代後半と言う事は十分に考えられます」

 臣一郎が何故、そんな事を言い出したのかと言えば、茜の証言に依る物だろう。

 茜はユエが“エージェントだった”と言ったと証言した。

 虚言か、妄言か、しかし、それが真実であった場合、ユエの年齢に齟齬が出る。

 エージェントだったと言う事は、魔法倫理研究院が解体、
 再編成される以前から魔導師であったと言う事になるからだ。

 研究院が解体されたのはメガフロートでの籠城が始まった翌年……四十三年前の2032年の夏。

 その時点で最低でも十四歳でなければエージェントを名乗る事は出来ない。

 つまり、単純計算でもユエは五十七歳以上。

 仮に五十七歳であった場合、旧Aカテゴリクラスのような上位訓練校出身者でなければならない。

 明日美もアーネストも上位訓練校出身者であり、
 七年間の在学期間を考えればどちらとも面識がある可能性がある年齢だ。

 だが、二人にユエの正体と思える相手との面識は無い。

 二人の在学期間を合わせても同窓生は三十名余り。

 その内、アメリカ・ヨーロッパ連合の地球外脱出計画で別れたり、
 長く続いた第三次世界大戦やイマジン事変、病気や寿命などで死別した人数を除けば十数名。

 その全員の所在は分かっているのだから、間違いようが無い。

明日美「少なくとも、知り合いの中には該当する人間はいないわね……」

 明日美がそう言うと、臣一郎は僅かに肩を竦めて見せた。

 予感はあったのだろう。

臣一郎「大叔母のように極端に成長が遅かった例もあるとは言え、
    さすがに六十代半ば以上と言うのは考えにくいと思います」

アーネスト「そこまでの肉体強化の使い手が身分を隠し、存在せずにいられる、
      と言うのは、かなり無理があるだろうね」

 臣一郎の言葉を受けて、アーネストは“存在せずにいられる”の部分を強調して言った。

 強力な肉体強化は細胞の成長を抑制する事もあれば、逆に成長を活性化させる事もある。

 臣一郎の大叔父と大叔母である藤枝一真と明風は、二十代頃まではそれぞれに後者と前者の特性が顕著だった。

 そんな二人は一角以上の格闘戦技の使い手としても名を馳せている。

 話がやや横にズレたが、成長に多大な影響を及ぼすほどの使い手ならば、それだけ身を隠すのは難しい。

 魔力を検知し、魔力の納税にも深く関わっている端末が無ければ生きていけない世界なのだから、
 それだけの使い手を四十年以上も隠し通すのがどれだけ難しいのかは、推して知るべし、だろう。

 だが、そうなってしまうと……。

明日美「存在しない人間が存在できない、わね……」

 明日美はその結論に辿り着き、はたと気付いたように漏らした。

 臣一郎も“やはり、そうなりますよね”と呟いて肩を竦める。

アーネスト「存在しない人間として隠し通す事は不可能ではない………。
      がしかし、十五年以上前からユエ・ハクチャが月島勇悟と行動していた所を見たと言う証言は多い……」

明日美「考えれば考えるほど矛盾が多くなって来るわね……」

 思案を続けるアーネストの言葉を聞きながら、明日美は眉間を手で押さえながら溜息がちに呟いた。

 幾つも確実性の高い推測が出来るだけの条件があるが、それらを統合しようと思うと必ず矛盾が生じるのだ。

 まるで、予めそうなるように仕向けられていたかのような感覚さえ覚える。

 死して尚、人を嘲笑うような行為は、呆れを通り越して不気味さを感じずにはいられない。

臣一郎「数々の証言や証拠を吟味した結果、ロイヤルガードの捜査部として出せる推論は、
    “ユエ・ハクチャの年齢は五十前後から五十代後半”、
    “月島勇悟かホン・チャンス、或いはその両名によってその存在を隠匿されていた”、
    “Bランクエージェント相当の魔導師、或いはBランクエージェント”、
    “ユエ・ハクチャは月島勇悟の後継者である可能性が高い”と言う事くらいです」

 幾つかの推論を列挙する臣一郎は、どこか歯痒そうだ。

 傍目にはホンの逮捕や第七フロート第三層の解放、人質にされていた市民の解放、
 テロリスト達の逮捕で事件そのものは解決したように見えるが、その真相は闇の中……いや黄泉の彼方である。

明日美「気持ちは分からないでもないわ……」

 臣一郎の悔しさを慮ってか、明日美は僅かに項垂れて呟いた。

 自分とは男女の付き合いであった月島勇悟。

 彼の意志を引き継いだ人間が彼からどんな思惑を受け継ぎ、何を思ってテロへの協力を続けていたのか。

 個人的な感傷ではあったが、それを知る術はもう残されていない。

 だが、テロ事件としてはコレで解決だ。

臣一郎「致し方ない、と思うしかありません」

 臣一郎は肩を竦めながらそう言った後、気を取り直して笑顔を見せた。

 明日美も“そうね……”と言って自嘲気味に笑うと、二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 黒幕は死に、その背後関係も明らかになり、事件は終わったのだ。

 真相を知りたかった者達からすれば“終わってしまった”とも言い換えられるが、
 少しでも平和を取り戻せたのだから、差し引きで有り余る物を得たと思わねば罰が当たる。

 アーネストも二人の様子に、もの悲しいとも戸惑いとも取れる複雑な表情を浮かべた。

 だが、臣一郎はすぐに気を取り直す。

臣一郎「あと、こちらは母上からですが……
    “大きな仕事が片付いたのなら、暇を見て来て欲しい”との事です」

明日美「そう……ええ、近い内に休暇を取ろうと思っているから、
    その時にアリスと一緒にお邪魔しようかしら」

 臣一郎から伝えられた妹・明日華の言葉に、明日美は思案げに言ってから微笑んだ。

 アリスとはマリアの母だが、明日美にとっては母が命がけで救ったもう一人の妹、
 明日華にとっては姉に代わって面倒を見てくれたもう一人の姉とも言える人物。

 フィッツジェラルド・譲羽姉妹にとっては掛け替えのないもう一人の姉妹なのである。

臣一郎「それは……母も喜びます」

 臣一郎も微かな驚きに大きな喜びを以て応えた。

 明日美、明日華、アリスの三人が揃う事は少ない。

 三人ともそれぞれに――特に明日美は、だが――多忙で、揃って顔を合わせる機会は年々減っていた。

 母が二人のどちらかと顔を合わせる場に居合わす度に“三人揃ったら”と言う言葉を聞かされていたせいか、
 三人が揃うのは臣一郎としても喜ばしいのだろう。

臣一郎「……あ、それはそうと、風華とカズを伝って耳に入ったのですが、
    伯母上は朝霧副隊長と手合わせされた、とか?」

 が、不意にその事を思い出したように尋ねた瞬間、臣一郎の表情が微かに強張った。

 その言葉に、アーネストはジロリと咎めるような視線を明日美に向けた。

明日美「……手合わせ、と言うワケではないわ。
    クライノートに手を貸して貰う前に軽く手ほどきした程度よ」

 明日美はそう言うと、申し訳なさそうに宥めるような視線をアーネストに向ける。

 実際はシミュレーターの制限を解除し、自らも血反吐を吐く程に苛烈な短期訓練を空に施したが、
 その辺りの事を知っているのは彼女の主治医であり、医療部主任の笹森雄嗣だけだ。

 ともあれ、臣一郎は伯母の返答を受けてさらに続ける。

臣一郎「朝霧副隊長の腕前……茜からも聞かされましたが、
    訓練期間を含めてもドライバー歴がたったの一年三ヶ月とは言い切れない物だと」

 臣一郎は微かに興奮した様子で言った。

 アルフに師事し、半年でドライバーとして一線級の力を身に付け、
 さらに入隊から二ヶ月と言う短い期間で副隊長として推薦され、明日美から直々の指導を受ける。

 列挙すれば朝霧空と言う少女がどれだけの有望株か一目瞭然だ。

 しかも、アルフに師事する以前はまるっきりの一般人だったのだから……。

明日美「朝霧副隊長と手合わせ、してみたいの?」

 何処か期待に胸を膨らませている様子の臣一郎に、明日美は思案げに問い返した。

臣一郎「可能なら、是非」

 自分の声が思わず弾んでいた事に気付き、臣一郎ははたと気付いてバツの悪そうな表情を浮かべる。

 こう言う、やや間の抜けた部分は、やはり妹と同様に祖母譲りなのだろう。

明日美「ふふふ……そうね良い機会だから近い内に合同訓練でも予定してみようかしら」

 甥っ子の様子に微笑ましそうな表情を浮かべた明日美は、そう思案げに呟いた。

 そうと決まれば、先方との折衝や各ドライバーや人員のスケジュール調整など、やる事は山積みだ。

 アーネストは僅かに肩を竦めて溜息を洩らしたが、
 笑みを浮かべる明日美と期待している様子の臣一郎を交互に見遣ると、新たに増えた仕事に取りかかり始めた。

―2―

 臣一郎が明日美達と捜査状況を話し合っている頃、茜は待機室へと顔を出していた。

風華「茜ちゃん!」

レオン「お嬢!」

 茜が入室するなり、風華とレオンが喜びと驚きに満ちた声を上げる。

 今日で復帰するのは知っていたが、やはり実際に相対すると喜びが違う物だ。

マリア「やほー、元気そうで安心したよ」

クァン「お疲れ様、茜君」

 書架の前で本を選んでいたらしいマリアとクァンも、振り返って声をかけて来る。

茜「ああ、みんなには心配をかけたな……。で、そこの塊はなんだ?」

 茜は仲間達に向けてにこやかに応えた後、
 コの字型ソファーの中央で一塊になった三人に視線を向けて呆れたように呟いた。

フェイ「本條小隊長、救助を要請します」

 塊の中央……空と瑠璃華に両側から抱きすくめられたフェイが、
 淡々としながらも困った様子で、茜に向けて手を差し出す。

空「ん~……」

 が、不機嫌そうに呻いた空によって、その手はすぐに絡め取られてしまう。

レミィ「向こうから帰って来るなりこんな状態でな……。
    まあ、さすがに今日は度が過ぎているとは思うが」

 レオンと遼を挟み、紗樹から距離を取った位置でコーヒーを飲んでいたレミィが、
 呆れたように肩を竦めて言った。

 茜は“お前も警戒し過ぎだろう”と言う言葉を飲み込んで、心当たりを思い出して成る程と頷く。

茜「自業自得だな……暫く抱きつかれていろ」

 茜は嘆息を漏らすと、三人の傍らに腰を下ろした。

 茜が自業自得と言ったのは、テロと本格的に戦争が再開したあの日、
 フェイがアルバトロス諸共に撃墜された際の事だ。

フェイ「ですが、私は確かに“この身体で最後までお役に立てて”と断りを入れた筈ですが」

 フェイは無表情で身を捩りながら抗弁する。

 だが――

空「普通、あんなタイミングでそんな事言われても分かりません!」

 空はフェイを抱きすくめたまま、微かに涙声になりつつも声を荒げた。

瑠璃華「生きていたなら、ちゃんと連絡するのが筋だぞ!」

 瑠璃華も怒ったように言うが、やはりコチラも涙で声が微かに震えている。

 そう、フェイはあの大爆発の中、偶然で助かったワケではなかったのだ。

風華「う~ん………ギア同士でコアを共有させて生き残る、なんて思いつかないものねぇ」

 何とかして仲裁しようと考え込んだ風華だが、暫く考え込んだ上で苦笑い混じりに言った。

 フェイが助かった手法と言うのは、風華の言葉通りである。

 フェイは咄嗟に機体を犠牲にしてでも空を守るため、
 自身のコアに試作型ハートビートエンジンのコアからアルバトロスを引き上げ、
 二つのAIでコアを共有する事で処理能力を向上させ、自らの躯体を構成する
 膨大な量のマギアリヒトで瞬間的にコアを守る高密度外殻を形成、爆発の衝撃から身を守ったのだ。

 言って見れば対魔力物理障壁だ。

 ただ爆発の威力は凄まじく、形成した高密度外殻は消失し、
 フェイのコアは戦闘区域から大きく外れた場所へと投げ出されてしまったのである。

 その後、フェイとアルバトロスは魔力の回復と躯体の再構成をしつつ、
 自らの死を知った彼女達は、茜の救出とエールとクレーストの奪還に向けて独自に動き続けていた。

 そして、決戦当日、騒ぎに乗じて旧技研内に潜入したフェイは、
 遅れて突入していた諜報部よりも先に茜の所在を掴み、後はご存知通り、と言うワケだ。

レミィ「そろそろ許して……と言うか、放してやったらどうだ?」

空「ん~……」

瑠璃華「むぅぅ……」

 呆れたように漏らすレミィに、空と瑠璃華は不満そうである。

 そして、瑠璃華が口を開く。

瑠璃華「確かに! 確かに、計算上は上手く行く方法だし、最善策だったかもしれないぞ!
    だけど、それと心配かけたのは別だからな!」

空「そうですよ、フェイさん!

  助けてくれた事には凄く……どうやって恩返ししたらいいか分からないくらい感謝してますけど!
  でも、だからってあんな危険な真似………もう二度としないで下さい!」

 空も瑠璃華に続いてまくし立てた。

 思わず何度か言い淀んだのは、責める気持ちよりも感謝の念が勝っていたためだろう。

茜「難儀だな……」

 茜もその事を察してか苦笑い半分の表情で呟いた。

 ともあれ、二人はさらに続ける。

瑠璃華「空の言う通りだぞ!
    今後は報告、連絡、相談……ホウレンソウはしっかりだからな!」

空「生きてて良かったけど……生きててくれて嬉しいけど……!
  私、怒ってるんですからね!」

 どちらも、抱きつきながら言っていては説得力にかけるお叱りの言葉だ。

 だが、二人の思いはフェイに届いたようである。

フェイ「……朝霧副隊長、天童隊員……」

 流石のフェイも無表情を保てないのか、どこか神妙な色を顔に滲ませて二人の名を呟く。

 空と瑠璃華が顔を上げると、フェイは二人の顔を交互に見遣り、そして、改めて仲間達を見渡す。

フェイ「……ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 そして、申し訳なさそうに頭を垂れた。

 茜達は顔を見合わせ合ったが、すぐにフェイに向き直って笑みを浮かべる。

マリア「ま、生きて返って来てくれたんだから、いいんじゃない?」

 マリアはそうあっけらかんと言って、
 フェイにしがみついていた瑠璃華を抱き上げるようにして引き離すと、自分の傍らに座らせた。

茜「そうだな……お陰で私も助けられた口だ。
  泣くほど怒りたい気持ちは分からないでもないが、そろそろ許してやってもいいんじゃないか?」

 茜もそう言って、空の肩に手をかけて離れるように促す。

 空は促されるままフェイから離れると、
 何とも言い難い申し訳なさと哀しさとごく僅かな怒りの入り交じった複雑な視線を向ける。

 フェイも、空の瞳を見つめ返す。

空「もう……二度とあんな真似しないって、約束してくれます?」

フェイ「……勿論です」

 どこか拗ねた様子で尋ねる空に、フェイは頷いて応えた。

 僅かな沈黙。

 だが、それはすぐに破られた。

空「……絶対に、約束ですからね!」

 小指を突き出した、空の声と共に。

フェイ「はい、約束です」

 フェイも頷きながら小指を差し出し、絡め合う。

 指切りげんまんだ。

クァン「空君に一万発殴られたら針千本飲まされるよりもキツいだろうな」

マリア「何言っちゃってんの、アンタ?」

 その光景を見ながらぽつりと呟いたクァンに、マリアは思わずツッコミを入れた。

 “指切り拳万、嘘吐いたら針千本飲ます”とは言うが、本当にやったらただ事ではない拷問だ。

 確かに、魔力量十万超かつ無限回復する空が一万発も“全力”で拳骨など放った日には、
 大概の建造物が粉々になってしまう。

 ギガンティックは無理かもしれないが、
 パワーローダーくらいはスクラップに出来る可能性は十分にある。

 ちなみに、空の先代ドライバーである結はアルク・アン・シエルで
 “殴る”事――リュミエール・コルノ――が出来た。

 正直、アルク・アン・シエルで一万発殴られたら、
 マギアリヒト全盛の今のご時世、大概の物が消え去ってしまうだろう。

レミィ「しかし、本当に一万発殴られたら、いくらフェイでも耐えられないんじゃないか?」

風華「ど、どうなのかしら~?」

 思わず神妙な表情を浮かべたレミィに、風華は困ったように首を傾げて返す。

瑠璃華「同じ所ばかり狙われなければ、多分……形くらいは残ると思いたいが……」

フェイ「………朝霧副隊長、申し訳ありませんが、罰則の軽減を進言させていただいても宜しいでしょうか?」

空「指切りは物の喩えですよ!?」

 思案げな瑠璃華、淡々としながらも内心は戦々恐々とした様子のフェイに、
 最初は苦笑いを浮かべているだけだった空も、思わず声を荒げた。

 重くなった場の空気を和ませるための冗談だったのだろうが、さすがに調子に乗りすぎである。

茜「ッ、アハハハッ!」

 その様子に、ついに耐えきれなくなったのか、噴き出して大笑いを始める茜。

 少しでも口元を隠そうとしている所に育ちの良さは感じるが、笑い声は少々、はしたない。

空「茜さんまで……もう、酷いですよっ!」

茜「すまない……はぁ……けれど久しぶりに腹の底から笑えたよ」

 恥ずかしそうに抗議の声を上げた空に、茜は笑いすぎて目元に滲んだ涙を指先で拭う。

 ホンの逮捕劇を通じてしっかりと前を見据えていられるようにもなったが、
 だからと言って心底から心晴れやかとは行かなかった。

 だが、腹の底から笑えた事で気が晴れた部分も多い。

茜「お陰で幾らか気分が楽になった」

 茜がそう言って微笑むと、空は最初こそやや納得できなそうな表情を浮かべていたが、
 だが次第に笑顔を浮かべて納得したようだった。

 からかわれはしたが、茜の気が晴れたならそれはそれで良い。

 それに三日もフェイに粘着していたのは大人げなかったし、気まずかった。

 雰囲気を切り替えるいい機会だったと割り切ろう。

 空がそう自らに言い聞かせている、その時だ。

レミィ「ん……すまん、そろそろウェンディの所に顔を出して来る」

 端末で時刻を確認したレミィがそう言って立ち上がった。

茜「ウェンディ?」

 茜は聞き慣れない名前に小首を傾げる。

レミィ「ああ、そうか茜は知らなかったか……私の妹の事だよ」

 レミィは思い出したように言って、そう告げた。

 ウェンディ・ヴォルピ。

 それが助ける事が出来たレミィの妹……弐拾参号に与えられた名前だった。

 狼の遺伝子と特性を持つ彼女に、伊語でキツネを意味するヴォルピはどうかとも思われたが、
 そこは姉妹としての戸籍登録の理由もあっての事だ。

 ちなみに、ウェンディと言う名前は、姉がアルファベットで十二番目のLを頭文字としていたので、
 妹もそれに因んで二十三番目のWを当てたのである。

空「じゃあ私も一緒に……あの子の所に行って来ないと」

 レミィに続いて空も立ち上がると、再び茜が怪訝そうな表情を浮かべた。

 どうやらこの二週間にも満たない日々の間に、色々な事が起きているようだ。

 茜自身は半自宅謹慎の査問で外部との接触を極力禁じられていた事もあり、
 軟禁状態だった九日間も合わせて、ここ数日の変化に疎い。

 無論、ニュースなどは確認していたが、身の回りの変化となると情報が足りないのである。

 だが、直感と言うべきか、茜は空の言う“あの子”に僅かながら心当たりがあった。

茜「空、あの子、と言うのは……もしかしてエールに乗っていた十歳くらいの子供の事か?」

空「え? はい、そうですけど」

 神妙な表情で尋ねる茜に、空は驚いたように答える。

 よくよく考えれば、クレーストと共に囚われた茜は、
 機体越しとは言え少女……ミッドナイト1と接触しているのだ。

 その事に思い至り、空も冷静になる。

 だが、実際は機体越しの接触どころか、
 茜にとってみればミッドナイト1は軟禁生活の間の唯一の話し相手だった。

 しかし、まだ捜査情報が公開されていない部分も多く、
 空達が特一級と言えどもその事実は知らされていない。

茜「そうか……こちらで保護されていたんだな」

 茜は安堵の声と共に胸を撫で下ろす。

 空と……仲間と争い続ける彼女の無事を祈り、願った。

 どうやら、その願いは最も良いカタチで聞き届けられたようだ。

茜「すまないが、私もついて行っていいだろうか?」

空「? ……えっと、多分、大丈夫だと思います」

 茜の申し出に思わず首を傾げた空だったが、戸惑い気味に頷く。

 空の様子に怪訝そうな物を感じたものの、
 茜は“ありがとう”と言って立ち上がり、空達と共に医療部局へと向かった。

 三人が医療部局の特別病室区画に足を踏み入れるとすぐに、
 たどたどしい足取りで走って来る幼い少女の姿が見えた。

?????「お姉ちゃんっ!」

レミィ「っと!?」

 満面の笑みを浮かべて胸に飛び込んで来た幼い少女を、レミィが驚いたように受け止める。

 弐拾参号……ウェンディだ。

レミィ「病院で走っちゃ駄目じゃないか、ウェンディ」

 抱きついた妹を引き離して立たせると、レミィは膝を折ってその場に屈むと、彼女を窘めた。

 だが、嬉しさ九割と言った様子の表情では、叱っているのか喜んでいるのか分からない。

ウェンディ「でも、せんせーはお部屋の外に出てもいいって言ったよ?」

レミィ「部屋の外に出てもいいけど、走って誰かとぶつかったら危ないだろう?
    それでぶつかった相手が怪我をしたら、お前まで嫌な気持ちになっちゃうだろう?」

 不満そうなウェンディに、レミィはどこか哀しそうな顔をして窘める。

 テンプレートな“人に迷惑をかけてはいけません”と言った叱り文句だ。

ウェンディ「……うん」

 だが、その思いはしっかりと妹に届いたようで、ウェンディは姉同様に哀しそうな顔で頷いた。

 おそらく、誰かを怪我させてしまった所を思い浮かべてしまったのだろう。

 哀しそう、と言うよりも僅かな罪悪感が見える。

レミィ「分かってくれたか……。偉いぞ、ウェンディ」

 素直な妹をレミィは優しく抱き締め、ワシャワシャと頭を撫でた。

 すると哀しそうな顔をしていたウェンディも、
 途端に嬉しそうな満面の笑みを浮かべて“エヘヘ……”と照れたような声を漏らす。

茜「しっかりと“お姉さん”が出来てるじゃないか」

レミィ「当然だ。
    ……これでも、この子の最後のお姉ちゃんだからな……」

 戯けた様子で言った茜に、レミィは誇らしさ半分哀しさ半分と行った風な笑顔で返した。

 姉……伍号の死を知ってまだ丸三日も経っていない。

 だが、哀しくても、弐拾参号のために自分は前を向かなければいけない。

 そんな強く、悲壮な覚悟がレミィの笑みの中に見て取れて、茜は胸を打たれ、言葉を失う。

レミィ「じゃあ、私はウェンディの義肢の調子を笹森主任に診てもらって来るから、一旦、ここでな」

 レミィはそう言うと妹の手を取り、一歩ずつゆっくりと診察室へと向かった。

 義肢……そう、両腕と両足の全てを切除され、402・スコヴヌングの中枢に埋め込まれていたウェンディは、
 救出されるなりすぐにギガンティック機関医療部局へと搬送され、一定の回復を待ってから、
 医療部主任であり医療義肢関連技術の第一人者でもある笹森の手で手術を受けたのだ。

 主任の笹森雄嗣は、閃光の譲羽の右腕の義手を作り上げ、
 彼女の希望通りにロケットパンチまで仕込んだ笹森貴祢の孫だ。

 手足全てを義肢にするサイバネティクス手術など朝飯前である。

 ただ、それとウェンディ自身が四本の義肢に慣れるかどうかは別問題だ。

 施術から日の浅いウェンディは、魔力で自在に操作可能とは言え、義肢の扱いにはまだ慣れていない。

 レミィの元に駆け込んで来た時の、あのたどたどしい足取りがその証拠だ。

 今も時折、足を引き摺るようにして歩いており、何とかこちらに振り返って、不器用に手を振っている。

 空と茜は、思わずどんな表情をすれば良いか分からずに張り付いたような笑顔を浮かべてしまいながらも、
 小さく手を振って応えた。

茜「……自己紹介を、忘れてしまったな」

空「まだ何度だって機会がありますよ」

 二人が特別病室区画から出て行った後、思い出したように言って肩を竦めた茜に、
 空は笑みを浮かべてフォローする。

 ウェンディの足は日に日に快方へ向かっていた。

 いつか、自分の足で姉の元に来る事もあるだろう。

 自己紹介はその時でも遅くはない。

 それに、今はミッドナイト1との面会もある。

茜「……そうだな」

 茜は改めて気を取り直すと、空に案内されて特別病室区画のさらに奥へと歩を進めた。

 そして、区画の最奥……厳重なロックがされた隔離区画へと足を踏み入れる。

 端末で個人を認証し、スライド式の分厚い強化ガラスの扉を抜けると、
 そこにはやはり強化ガラス張りにされた隔離病室があった。

 しかし、隔離病室と呼ぶには、些か赴きが違う。

 クリーム色のクッション性の高い素材の床と、
 薄桃色のやはりこれもクッション性の高い素材で作られた壁と言う内装。

 ガラスも内側は防護用のエアクッションのカバーがかけられ、
 身体を叩き付けて自傷する事が出来ないようにされている。

 絵本やぬいぐるみが整然と置かれた棚も、やはり怪我をしないようにカバーがかけられていた。

 娯楽は他にも大小のボールやモニターが置かれているが、
 それらが動かされた様子はなく、モニターにも何かが映された様子は無い。

 そして、その部屋の中央、やや低めのベッドの上に人形のように佇んでいたのは、一人の少女……ミッドナイト1であった。

 微動だにせず、目には光すら宿らぬとさえ思えるほど焦点を失い、何処でもない虚空を見ている様は、
 彼女が人間である事を知らなければ、本当に精巧に作られた人形か何かにしか見えなかっただろう。

茜「……これは……」

 茜は驚いたように漏らす。

 保護されていると知った時は安堵したが、どうやら想像していた以上に厚遇されているようだ。

空「あの子……エールと魔力リンクが出来た、って事で、
  司令が無理を言ってこっちに引っ張ってくれたんです。

  それで、軍と警察、それに政府の立ち会いの検査の結果、色んな薬を使われたり、
  傷を治した痕が幾つも見付かって、すぐにこう言う形になったそうなんです」

 空はそう言って、哀しそうな視線をミッドナイト1に向けた。

 空はあの決戦から戻って三日、毎日のようにこうして彼女の元に足を運んでいた。

 それは、彼女に対する僅かな罪悪感があったからかもしれない。

 自分が彼女に勝ち、エールを救い出した事で、彼女を利用していたユエにとって彼女の利用価値を失わせたからだ。

 無論、エールを救い出せた事は喜ぶべき事だが、それと彼女に対する罪悪感は別であった。

 投薬や傷害の痕跡が見付かった事でこうして隔離病棟とは言え保護されてはいるが、
 ユエに捨てられた事でへし折られ、壊れた彼女の心は、未だに癒える兆候を見せない。

空「ねぇ、また来たよ」

 空は内部のスピーカーのスイッチを入れ、ミッドナイト1に優しく語りかける。

 しかし、ミッドナイト1は一瞬だけ、ピクリと微かに身体を震わせただけだ。

 外界からの刺激に対して何らかの反射は出来るようだが、反応は出来ない。

 先日、医療部局のスタッフに聞いた話だが、睡眠を取る際にはしっかりと身体を横たえ、
 起きるといつの間にか身体を起こしていると言う状態だと言う。

 笹森の話では“自発的に僅かでも動けるだけ、
 まだカウンセリングの余地はある”らしいが、保護されてそろそろ六日。

 まだ一言も言葉らしい言葉を発しない所か、日に二度の点滴以外の栄養を摂取していない。

 このままでは心身が衰弱する一方だ。

空「今日はね……フェイさんとようやく仲直りできたんだ」

 空は泣きそうな顔をしながら、必死にミッドナイト1に語りかける。

 しかし、答えを強要はしない。

 あくまで語りかけるだけだ。

茜「それとね、今日は一緒に来てくれた人もいるだ。
  本條茜さんって言って、私達の大切な仲間の一人だよ」

 空はそう言って茜に視線を向けた。

 その時だ。

 今までにないほど大きく、ミッドナイト1はビクリと肩を震わせた。

茜「ッ、私だ! 本條茜だ! 聞こえているか!?」

 その瞬間、茜は堪えきれずに大きな声を上げてしまう。

 また、ミッドナイト1の肩が大きく震える。

空「あ、茜さん!?」

 突然の茜の行動に空は驚きの声を上げ、彼女とミッドナイト1とを交互に見遣った。

 すると、微かに俯くような姿勢のままだったミッドナイト1が、微かにその顎を上げているではないか?

 まだ焦点こそ合っていないものの、視線をこちらに向けているようにも見える。

 茜は少しでも彼女との距離を縮めようと、ガラス張りの隔壁に身体を押しつけるように張り付く。

 そこで、ようやく冷静さを取り戻した空も気付いた。

 ミッドナイト1は、茜の名前と声に反応しているのだ。

 そして――

M1『あ……あ……ぁ……あぁ……』

 この六日間、一言も言葉を発していなかった少女が、絞り出すような声を漏らした。

空「!? さ、笹森主任を呼んで来ます!」

 空はこの場で自分と茜、どちらが彼女にとって重要かをいち早く判断すると、来た道を慌てて引き返す。

 茜は空の背中に向かって“頼む!”とだけ言うと、またミッドナイト1に向き直った。

茜「ここだ! 私は、ここにいるぞ!」

M1『ぅ、ぁ……ぁぁあ……』

 茜が幾度も呼び掛けると、ミッドナイト1は声を絞り出しながらようやく焦点を合わせ始める。

 ぼんやりとした視界が次第に像を結び始め、懐かしい姿を捉えた。

 だが、すぐにその視界が歪み、霞んで行く。

M1『……ほ、ん、じ、よ、う、あ、か、ね……?』

 一言一言、絞り出すように呟いた少女は、自分が大粒の涙を零している事に気付いてはいない。

 ただ、道具としての自分以外で、もう一つの拠り所となってくれた少女との再会に、
 ワケも分からずにその反応を示していたのだ。

茜「ああ、そうだ……そうだよ……」

 茜も目を潤ませ、声を震わせて、少女との本当の再開を喜ぶのだった。

―3―

 茜とミッドナイト1が六日ぶりの再開を果たした、その日の夜。
 医療部局内、医療部オフィス――


 最低限の人払いを済ませた室内には、主任である雄嗣の他、
 メディカルオペレーター・チーフであるメリッサと、明日美とアーネスト、それに風華と空の六人がいた。

明日美「茜がテロリストに軟禁されていた際の世話役が、あの子……」

 明日美は監視モニターに映る隔離病室の様子を見ながら、どこか唖然とした様子で呟く。

 十歳ほどと思しき少女に実戦部隊の主力だけでなく、拉致したドライバーの世話役までさせるとは、
 随分と人材に恵まれていないテロ集団もいたものだ。

 が、そこはユエの都合と思惑が幾分も入り込んでいたと推測できる。

雄嗣「しかし、医療部としては助かりました……。
   心のケアと言う物はいつの時代でも難しい物ですから」

 雄嗣は安堵の溜息混じりに言うと、茜と会話しながら食事をしている少女を見て、
 嬉しさと優しさの入り交じった笑みを浮かべた。

 マギアリヒトによる発展は医療分野においても目覚ましい物だったが、
 それはあくまで内科・外科的な物であって遺伝分野を除いた心療内科にまでは及んでいない。

 雄嗣の言葉通り、傷付いた心のケアはいつの時代も難しく、時間が必要とされている。

 心を開くキッカケ……その第一段階を茜がやってくれたのは、医療部としてみれば大助かりだろう。

メリッサ「食事もスープのような流動食なら胃が受け付けてくれるようですしね……。
     本條から“コーンポタージュ大至急”の要請が来た時は噴き出しかけましたが」

 メリッサもそう言ってその時の様子を思い出し、噴き出しそうになる。

 この場の面々も微笑ましそうな表情を浮かべているが、ただ一人、空だけはどこか浮かない様子だ。

空「それで……あの子はどうなるんですか?」

 空はこの場に集まった本題を切り出す。

 明日美とアーネストは上層部として、雄嗣とメリッサは医療部の人間として、
 風華と空は前線部隊隊長格として、ミッドナイト1の処遇を決めるために集められたのである。

アーネスト「会話が出来る状態まで回復したのだから、最低限の事情聴取と言う事になるな」

 アーネストが思案気味に言った。

 彼が“最低限”と言ったのは“ミッドナイト1は被害者的側面が大きい”と言うのが、
 政府、軍、警察、ギガンティック機関の統一見解だからだ。

 エールを操るために結・フィッツジェラルド・譲羽の魔力と同調可能と言う、
 あまりに優れた点を持ちながら、捨て駒としてアッサリ切り捨てられた点からもそれは言えた。

 前述の通り、頻繁な投薬をされた形跡や急速治癒促進が幾度も行われた痕跡に加え、
 捕縛したテロリストや月島とユエに出資していた者達からの証言も有り、彼女が実験動物扱いをされていたのは間違いなく、
 “側面が大きい”などと言う曖昧な言い回しを撤回して“被害者”と言い切ってしまっても問題ない程である。

 ともあれ、事実確認程度の聴取は行われるが、後は基本的に戦災孤児のような扱いになるか、
 統合労働力生産計画の被害者として政府から手厚く保護されるかの二択、と言う形だ。

風華「瑠璃華ちゃんやレミィちゃんの時のようにウチで面倒を見る、
   って事にはならないんでしょうか?」

 風華が挙手と共に発言する。

明日美「現時点では難しいわね……。
    ドライバーも枠は全て埋まっている状態ですし」

 だが、すぐに明日美が溜息がちに答えた。

 クライノートを除いた条件の限られるギガンティックのドライバーは全て埋まっており、
 残るクライノートもエールが整備中の場合に空が使う代替機と言う現状、
 レミィ、フェイ、瑠璃華の時のような方法は不可能だ。

 ウェンディに関してはレミィの本籍が明日美が経営する孤児院にあるため、
 義肢の最終調整が終わればそちらに引き取られる予定となっている。

 だが、さすがにミッドナイト1の場合は対イマジン特例法を適用するのは難しい。

 空の魔力を大量に接収したり、レミィ達を機関で保護したりと、
 色々な無茶を合法として通す事の出来る特例法だが、
 それもあくまでオリジナルギガンティック運用に必要な範囲まで。

 乗れるオリジナルギガンティックが無いのだから、ミッドナイト1には特例法を適用できないのだ。

 明日美の言葉で誰もがその点に思い至り、難しそうな表情を浮かべる。

アーネスト「実際問題として、最終的には公営・私営を問わず、
      孤児院で引き取る可能性が高いだろうね……現状では」

空「可能性が高い、って言う事はそれ以外の選択肢もあるって事でしょうか?」

 アーネストの言に、空が怪訝そうに尋ねた。

雄嗣「検査の結果、彼女の魔力は五万六千超。
   重要人物保護プログラムを適用した上で正一級として独立して暮らす方法もある。

   勿論、未成年である以上は後見人を立てる、と言う大前提はあるがね」

明日美「………」

 溜息がちにアーネストへの質問を代理で答えた雄嗣の言葉に、
 明日美はどこか哀しみと苛立ちの入り交じった色を目に浮かべる。

 旧魔法倫理研究院時代、母・結と共に保護エージェントとして尽力した彼女だ。

 孤児の扱いに思う所があるのだろう。

空「あの、以前見た特一級の権限の中に、
  特一級だったら未成年でも十五歳以上から後見人になれるって書いてあったんですけど……」

 躊躇いがちに空が挙手と共に発言すると、
 メリッサが“よくそんな細かい所を覚えているな”と感心半分呆れ半分と言った様子で呟く。

 記憶力の良さ……と言うよりは思い出す能力の高さの賜である。

風華「空ちゃん、確かに後見人にはなれるけど早まっちゃ駄目よ」

明日美「そうね……“なれる”と“出来る”は違うわ」

 オロオロと空を窘める風華に続いて、明日美も神妙な様子で呟く。

 空自身はまだ“後見人になる”とは言っていないが、話題に出している時点で言っているも同然だ。

雄嗣「後見人は被後見人の成人まで様々な責任を背負う事になるからね……。
   君の思いがどうあれ、生半可な重責ではないよ」

 雄嗣もそう言って、逸りがちな空を窘めた。

 浅はかな考えを見透かされているようで、空は気落ち気味に“はい……”とだけ言って頷く。

雄嗣「それに、まだ後見人制度に頼ると決まったワケでもないからね」

 そんな空の様子に苦笑いを浮かべた雄嗣は、そう言って手元の端末を操作すると、
 モニターに何かのグラフを表示した。

明日美「これが検査結果?」

雄嗣「ええ……DNAには確かに結・フィッツジェラルド・譲羽、奏・ユーリエフ、
   クリスティーナ・ユーリエフに近似する物が見受けられましたが、
   魔力波長は03に最も近い数値が出ていますね。

   朝霧副隊長の物とも比較しましたが、同波長との近似で言えば彼女の方が圧倒的に近いですね」

 明日美の質問に、雄嗣はそう言って指でモニターを指し示す。

 どうやらミッドナイト1の検査結果らしい。

明日美「朝霧副隊長、それにエール。
    彼女は確かにギアの補助無しにプティエトワールとグランリュヌを使っていたのね?」

空「え? あ、はい」

 唐突な明日美からの質問に、空は怪訝そうに答え、さらにエールが続ける。

エール『僕が補助を始めたのは空と再リンクしてからだよ。
    ログを取って貰えば分かるけど、彼女が保護される直前まで着けていたギアも動作補助は行っていないよ』

 共有回線を通したエールの返答に、明日美はアーネストや雄嗣と顔を見合わせ、頷き会う。

 だが、アーネストはやや不承不承と言った風だ。

アーネスト「でっち上げ、と言う事にはなりませんか?」

明日美「でも、朝霧副隊長よりもクライノートの適性が高いのは事実でしょう」

 困ったように漏らしたアーネストに、明日美はどこか割り切ったような様子で返す。

風華「えっと……それってつまり、あの子をオリジナルギガンティックの……
   クライノートのドライバーとして迎え入れる、って事ですか!?」

 風華は何故、前線部隊責任者とは言え、自分と空がこの場に呼ばれていたのかを察し、
 合点が行ったのが二割、驚き八割と言った狼狽の声を上げた。

 空は副隊長としてだけではなく事実確認のために呼ばれたようだが、
 風華は前線部隊の隊長として意見を求められていたのだ。

 確かに、モニターに映し出された数値を見れば、高い同調率を誇っているようである。

 加えて、クライノートは本体よりも付随するヴァッフェントレーガーの操作が枷となる機体だが、
 ギアの補助無しに十六基もの浮遊砲台を自在に使いこなしたとなれば、その点でも申し分ない。

 エールの完全復活、二基のハートビートエンジンの起動、
 ヴィクセンとアルバトロスの強化とギガンティック機関も力を付けている。

 オリジナルギガンティックのドライバーを増やす事が急務と言うほど切迫はしていなが、
 それでも、イマジンからこの世界を守るために、力を扱える者は多いに越したことは無い。

明日美「あまり堅苦しい事は言わないわ。
    感じた通りに言って頂戴」

 激しく狼狽していた風華だが、明日美に促されて何とかして落ち着きを取り戻すと、
 視線を監視モニター越しにミッドナイト1へと向け、思案する。

 その表情には次第に哀しげな色が浮かんで行く。

風華「……正直、ドライバーとして迎え入れる事が正解になるかは、私には分かりません」

 風華は、ミッドナイト1が正気を取り戻し、茜と再度面会できるようになるまで、
 空と茜の二人から聞かされた話を思い返しながら答え、さらに続ける。

風華「あの子が60年事件や統合労働力生産計画に端を発する、一連の事件の被害者なら、
   瑠璃華ちゃん達の時のように彼女の意志を確認して、それを尊重すべきだと思います」

 風華は隊長らしい毅然とした態度で言い切った。

 瑠璃華達……瑠璃華、レミィの二人は、自らの境遇や望みよってドライバーとなる事を選んだ。

 フェイも最初こそ戸惑いもあったが、今は望んでドライバーとして機関に籍を置いている。

 だが、ミッドナイト1は戦ってデータを得るための道具として作り、育てられた。

 ドライバーとしての道を彼女に提示するのは、未だ早計なように風華には感じられたのだ。

 故に“事件の被害者”と言う言葉を使ったのである。

空「私も風華さんと……藤枝隊長と同じ意見です」

 そして、それは空も同じだった。

 オリジナルギガンティックに乗れるからと言って乗せるのでは、彼女を道具のように扱っている気がしてならない。

 無論、自分たちにそのつもりがなくても、だ。

 幾つかの道を彼女に示して、彼女が望む道を彼女自身に選んで貰う。

 それこそが彼女の心のリハビリ、その第一歩になる。

 二人のその思いは他の四人にも伝わったのだろう。

 メリッサは納得したように深く頷き、明日美達三人も顔を見合わせた。

明日美「……ならば、この件は一旦保留として、
    彼女はドライバー適格者の保護の名目でギガンティック機関預かりとします」

 明日美はそう言って、アーネストの無言の首肯で確認を取ると、さらに続ける。

明日美「今回上がった案に関しては、彼女の肉体的、精神的な回復を待ってから順次、
    全て伝えて行こうと思っています」

雄嗣「ええ、それが最善手でしょう」

 明日美の言葉を聞き、雄嗣は深々と頷いて答えると、監視モニターに目を向けた。

 空達もそれに倣って監視モニターを見遣る。

 茜とミッドナイト1は先ほどから変わらずベッドの上に並んで座り、
 談笑――と言っても本当に笑っているワケではないが――しているようだ。

雄嗣「その間の彼女の世話役として本條小隊長をお借りしたいですが……よろしいでしょうか?」

 雄嗣はその様子に申し分無いと確信した様子で、明日美に問い掛ける。

アーネスト「天童主任の申し出で各ギガンティックはオーバーホール中です。
      遠征任務が再開されるのは再来週からになりますし、暫くは待機任務の名目上このままで良いかと」

明日美「そうね……現状、彼女が一番心を開いているのは茜のようだし、そうしましょう。

    それと自傷行為に類する挙動が見られないようなら、
    早い内に隔離区画から出す方向で検討して行きましょう」

 アーネストからの提案もあって承認した明日美は、そう言って場を締めくくった。

 一方、監視モニターの向こう……ミッドナイト1の隔離病室では、
 茜が食事を終えたミッドナイト1と、自分たちの身にあれから何があったのかを話し合っていた。

 空との闘いに敗れユエに用済みとして捨てられ、ギガンティック機関の手で保護された事。

 仲間に助けられ、復讐を乗り越えて事件を解決した事。

 そして、自分たちの共通項とも言える、ユエの死。

M1「……そう、ですか……」

 創造主の死の事実を聞かされたミッドナイト1は、
 一瞬、戸惑ったような哀しげな表情を見せた後、無表情で頷いた。

 自分を縛る者が亡くなった事……自分を道具として定義する存在が居なくなった事は、
 少なからずミッドナイト1の胸の内に波紋を投げ掛けたようだ。

 だが――

M1「よく……分かりません……」

 ミッドナイト1は俯いたまま、怪訝そうな雰囲気を漂わせた声音で漏らした。

 彼女には自分の胸の内に生まれた波紋が何であるか定義できないのだ。

 解放の悦びか、喪失の哀しみか、それとも全く別の何かなのか。

 自我と言える物を自覚できるようになって、まだ一週間足らず。

 自分の胸の内にある物……心が何であるかを言葉に出来るだけの経験が、彼女には欠けていたのだ。

茜「そうか……」

 茜もそれを察してか、少し寂しそうな表情を浮かべて頷く。

茜「少しずつでいい……気持ちをゆっくりと整理していこう?」

 茜は昔、声を失った頃に医者に言われた言葉を思い出し、ミッドナイト1に語りかけた。

 そして、その肩に手を添えようとして、僅かな躊躇いの後、添えようとしていた手を引く。

 彼女も連中に利用されていた被害者。

 そうは言っても、あの旧技研は彼女の帰る場所だったのだ。

 それを壊した自分が、彼女を慰めるのはどこか筋違いのように思えた。

 そして、自分は一時とは言え、彼女を脱出の手段として利用しようとしていた。

 彼女が心を開いてくれている相手が自分だけ、と言うのはこの上なく嬉しい。

 だが、それ以上の罪悪感が、茜の心に細く、長い針を打ち込む。

茜(私は……悪い人間だな……)

 慰めてあげたいのに、それを拒まざるを得ない罪悪感を感じながら、茜は心中で自嘲した。

茜「……もう夜も遅い。また明日も顔を出そう」

M1「はい……ありがとうございます」

 言いながら立ち上がった茜に、ミッドナイト1はようやく顔を上げて浅く頷いた。

 感謝された、と言う事は、やはり自分が来る事を彼女も望んでくれているようだ。

茜(私は……本当にそんな資格があるのか……?)

 ミッドナイト1の目を覗き込みながら、茜は自問し、“じゃあ、また明日”とだけ言って病室を後にした。

 この時に覚えた罪悪感と戸惑いが、後に大きな騒ぎの引き金となる事を、未だ知らずに……。


 そして、それから瞬く間に四日が過ぎた――

―4―

 7月24日、午前九時。
 医療部局病棟、ミッドナイト1の個室――


 ミッドナイト1は病室内の書架に置かれた紙製の絵本や図鑑を引っ張り出し、眺めていた。

 紙製と言ってもマギアリヒトの合成紙で製本された、安価な物だ。

 本物の紙製の本など高級品すぎて早々に手が出る物ではないが、
 こう言った合成紙の本も電子書籍全盛の世の中であっても、
 絵本や図鑑のような子供向けの書籍には好まれていた。

 親子が並んで読める、と言った風情や情操教育目的もあるが、
 子供が何を読んでいるか分かり易いと言う利便性もあっての事である。

 ミッドナイト1は旧世界……メガフロートの外の世界が描かれた図鑑を好んで読んでいた。

 世の常識であっても知る必要の無い事として、様々な知識をそぎ落とされて育った彼女には、
 常識の全てが驚きと戸惑いに満ちた物ばかり。

 世界に触れる事さえ初めてだらけで戸惑う彼女にとって、
 一番の驚きはこの天蓋の向こうにもっと広い世界がある事だったのだ。

 自らに与えられたコードネーム・ミッドナイト……深夜にも関わりが深い、
 夜空に浮かぶ月、満点の星空の写真が載ったページを見渡しながら、
 彼女は感慨深げな表情を浮かべていた。

 そう、彼女はようやく表情らしい表情を浮かべられるようになった。

 他の人間を見て学び、吸収する。

 彼女個人の人格や存在を否定しているようで語弊のある言い方かもしれないが、
 やはりそこは結の遺伝子がそうさせるのだろう。

 要は飲み込みや覚えが早いのだ。

 ともあれ、ミッドナイト1は図鑑の月や星を眺めながら、食後の一人きりの時を過ごしていた。

 すると、不意にコンコンとドアをノックする音が響き、
 ミッドナイト1は僅かに喜色の入り交じった顔を上げる。

 すぐに“どうぞ”と言って促すとドアが開かれ、茜とその後ろから空が顔を出す。

M1「アカネ、ソラ……おはようございます」

 二人の姿を見るなり、ミッドナイト1はどことなく嬉しそうな表情を浮かべた。

 アカネ、ソラ……ミッドナイト1は二人の事を名前で呼ぶようになっていた。

 二人……特に懐いている茜に倣っての事だったが、
 一々フルネームで呼んで来る彼女をそれとなく促しての事だ。

空「今日も図鑑を見ていたんだ?」

M1「はい」

 ベッドの傍らに歩み寄って来た空の問い掛けに、ミッドナイト1は頷いて答える。

 空もベッドの縁に腰掛け、図鑑を覗き込む。

空「まん丸の満月と綺麗な星空だね」

M1「はい、満月と星空です。……綺麗です」

 空の言葉に同意して、ミッドナイト1はどことなく声を弾ませる。

茜「夜空が好きなんだな……」

 茜は優しそうな笑みを浮かべてそう言うと、
 ミッドナイト1を挟んで空とは反対側のベッドの縁に腰掛け、三人で並ぶ。

M1「夜空……夜の空……はい、夜空は落ち着きます」

 ミッドナイト1は言葉を反芻し、ややあってから答えた。

 ここ数日で見上げた夜空を思い出し、その光景に思いを馳せながら答えたのだ。

 遠くに見える街や家々の灯りと、天蓋に整然と並んだ小さな照明が作り出す偽物の星。

 第七フロート第三層では決して見る事の出来なかった光景。

 決して暗闇だけでない夜の世界は、見ていると穏やかな気分になる。

茜「生前のお祖母様や大叔母様に聞いた星空は、本当に綺麗だったと聞いた事があるな……。
  映像技術も昔よりも進歩したと言うが、生で見るのとは違うのだろう」

 茜はふと思い出したように呟く。

M1「これは本当にあった世界なんですね……」

 茜の言葉に、ミッドナイト1は失われた旧世界の夜空に思いを馳せる。

空「……いつか見てみたいよね、本当の空……」

 思いを同じくするミッドナイト1に、空も感慨深く呟く。

 ミッドナイト1も“はい”とだけ答えて深く頷いた。

 そして、ようやく気が済んだのか、
 ミッドナイト1は図鑑を閉じると、二人をゆっくりと交互に見遣る。

空「今日は何か知りたい事はある?」

M1「……昨日聞いた、空達が通っていた学校の事について教えて下さい」

 空が促すと、ミッドナイト1は僅かに考え込んだ後、即座に答えた。

空「学校……学校かぁ……」

 空は何事か思案すると、ベッドの縁から立ち上がると、反対側に回り込んで窓際へと歩いて行く。

 そして、少しだけ目を凝らすと官庁舎の向こうに目当ての建物が見えた。

空「ほら、こっちに来て」

 空はミッドナイト1を手招きすると、目当ての建物を指差す。

M1「……あの建物、学校だったんですね」

空「うん、京都第二小中学校、一級市民向けの小中学校だね」

 感慨深げに漏らすミッドナイト1に、空は説明を続ける。

 そんな二人の様子を、茜はベッドの縁に腰掛けたまま肩越しに見ていた。

茜(あの子も、随分と空に慣れて来たな……)

 茜はここ数日のやり取りを思い返し、胸中で独りごちる。

 あの子。

 自分達の事を名前で呼んでくれるようになったミッドナイト1に比べて、
 空も茜も彼女の事を名前では呼べなかった。

 ミッドナイト1と言う名前に、彼女なりの矜持があるかどうかも分からないが、
 記号と数字の組み合わせのような名前で呼ぶのに抵抗があったからだ。

 ともあれ、最初は自分以外の人間に距離を置いていたミッドナイト1だったが、
 空が自分に危害を加えるような人間でないと分かると、すぐに心を開いた。

 それは、この医療部局にいるスタッフ達に対しても言えた事で、
 昨日、問診に来た雄嗣の回診に居合わせた時にも、問題無く受け答え出来ていたと思う。

茜(私だけに拘らなくてもやっていけそうだな……)

 その結論に達した時、茜はズキリ、と胸が痛むのを感じた。

 ああ、敢えて思い返すまでもなく、これは罪悪感の表れだ。

 一時でも、利己的な目的のために彼女を利用しようとした。

 道具として育てられた人間に対して、最もやってはいけない事。

 茜は今にも泣き出しそうな哀しげな表情を浮かべ、
 笑顔で説明を続ける空と彼女の話を熱心に聞き続けるミッドナイト1を見つめた。

 そして、胸に突き刺さる罪悪感の痛みに、顔をしかめる。

 再会の晩に感じた微かな痛みは、もう無視できない激痛へと発展していた。

茜(このままではいけないな……私だけじゃなく、彼女のためにも)

 茜は胸に手を当て、改めてその決意を確認する。

 暫くそうしていると、ようやく学校の説明が終わったらしい。

M1「同じ年頃の子供が集まって勉強する場所……」

 ミッドナイト1はその言葉を反芻しながら、感心したように何度も頷く。

M1「……合理的で、便利な場所です」

空「うん、それに友達も出来ると、学校に行くのも楽しくなるからね」

 子供らしくない感想を述べるミッドナイト1に、空は困ったような笑みを浮かべた後、そう言った。

 だが、今度はその“友達”と言う言葉にミッドナイト1が反応する。

M1「ソラ、ともだち、とは何ですか?」

空「え? えっと……」

 ミッドナイト1の質問に、空は思わずたじろいでしまう。

 感覚として理解している事柄や言葉ほど、口で説明するのは難しい物だ。

空「えっと……私達、みたいな関係の事かな?」

 空は困った末に、苦し紛れにそんな曖昧な答を返した。

 無論、この場で言う私達とは、茜を含めたこの三人の関係の事だ。

 確かに、友達、友人と言うのに憚られる関係で無い事は客観的にも明らかだろう。

 だが――

M1「その説明では曖昧に感じます」

 ミッドナイト1にはやはり苦し紛れの言葉に聞こえたのか、少し不満そうに呟いた。

空「あ、茜さ~ん!」

 空は思わず茜に助けを求める。

茜「……まったく、普段の君は妙な所で締まらないな」

 一方、助けを求められた茜は肩を竦めて返した。

 友人の定義。

 個々人によって線引きも程度も違うであろうソレを説明するのは難しい。

茜(けれど、いい機会かもしれないな……)

 しかし、茜はそう思い直すと、意を決してミッドナイト1を手招きする。

茜「空、君は何か飲み物を買って来てくれないか?」

空「はい、そうします……」

 予期せぬ失態を演じてしまった空は、項垂れた様子で茜の提案を受け入れた。

 インターバルを入れて気持ちを整えて来いと言う、茜の思いやりだ。

 だが、茜自身にはそれ以外の思惑もあったが……。

茜「私は烏龍茶を頼む、メーカーはどこでもいい」

M1「オレンジジュースをお願いします」

空「は~い……」

 空は二人の要望を聞くと、そそくさとその場を後にした。

 空の背を見送った茜は、一度、天井を振り仰ぐ。

茜(友達か……そうだな、これは……私と彼女が、本当の友人になるための第一歩だ……)

 そして、その思いと共に視線をミッドナイト1へと向けた。

 一見して無表情のように見える少女だが、
 その視線には期待の眼差しと言って差し支えない好奇心のような物が見える。

茜「友達と言うのは、空も言ったように私達の関係を一言で言い表す言葉だな……。

  時には嘘をついたり、喧嘩をしたりもするが、
  一緒に遊んだり、勉強や運動を競ったり、
  そうやってお互いを高め合えるような関係が理想だ」

M1「嘘や喧嘩は、いけない事ではないでしょうか?」

 茜の説明に、ミッドナイト1はそれまでに教えられて来た言葉を思い返し、怪訝そうに首を傾げた。

茜「確かに、嘘や喧嘩はいけない事だな……。

  でも、友達を守るために必要になる嘘も中にはあるし、
  いくら友達でも譲れない一線を守るためには時には喧嘩する事もある。

  だけど、そうやって色々な物を乗り越えていけないようでは、本当の友達にはなれないんだ」

 茜は二週間以上前の事を思い返して、不意に遠くを見るような目をする。

 あの日、自分と空は言葉をぶつけ合った。

 復讐にかられる事は間違っていると、自らの経験を持って自分を諭してくれた、年下の少女。

 大人達が気遣って踏み込まない一線を踏み越え、心の声をぶつけて自分の凶行を止めてくれた空を、
 茜は掛け替えのない友人として認識していた。

茜「軽口を叩き合ったり、巫山戯合ったり、笑い合ったり……
  そうやって楽しく過ごせる相手が友達だ」

M1「楽しく過ごせる……私は、ソラやアカネと一緒だと、楽しいです……。
   これは、二人が私の友達だと言う事なのでしょうか?」

 茜の説明を聞きながら、ミッドナイト1は胸に手を当てて自らを思い返す。

 楽しい。

 喜怒哀楽だけで人の感情は計れないし分類もし切れないが、
 それだけはミッドナイト1にも分かるようになって来たらしい。

茜「………」

 しかし、茜は問い掛けるようなミッドナイト1の言葉に、すぐに頷く事が出来なかった。

 そして、小さく深呼吸し、改めて口を開く。

茜「……友達との間で、絶対にやってはいけない事が幾つかある……。
  それは、友達を傷つけ、裏切る事と、友達を利用する事だ。

  ……それは、友達を友達とも思わない、とても……とても酷い事だ……」

 茜は苦しそうな表情で、絞り出すように呟いた。

M1「裏切り……利用……」

 ミッドナイト1は、その言葉を反芻しながら哀しげな色を目に浮かべる。

 それはかつての自分が身を置いていた世界で身近な物。

 指導者の不興を買いたくなくてお互いの足を引っ張り合って裏切り、自らもユエに利用され続けて来た。

 友達と言う言葉が、かつての自分の境遇とは真逆にある物だと感じて、ミッドナイト1は哀しそうに目を伏せる。

 そこで、限界だった。

茜「私は! ……私は、お前に謝らなければいけないな……」

 思わず大きな声を上げそうになった茜は、悔しそうに言葉を吐き出す。

M1「アカネ……?」

 茜の言葉に、ミッドナイト1はキョトンとした様子で首を傾げた。

 茜が自分に謝る事など一つもない。

 むしろ、自分は幾つも茜にお礼を言わなければならない立場だ。

 色々な事を教えてくれて、ありがとう。
 いつも会いに来てくれて、ありがとう。
 世界の事を教えてくれて、ありがとう。

 ミッドナイト1の胸の内は、茜と、そして、空への感謝で溢れそうな程だった。

 そして、茜への感謝は、あのユエの研究室にいた頃からひっくるめて続いている。

 だが――

茜「……私は……ユエに軟禁されていた時、脱出のために、君を利用しようと、した……」

 ――苦しそうに茜が紡いだ言葉が、ミッドナイト1の思考を、一瞬、吹き飛ばした。

M1「……?」

 一瞬、理解できずに首を傾げたミッドナイト1は、だが、次第に小刻みに震える。

 友達だと思っていた。


――友達を利用する事だ……――


 感謝を捧げる、優しい人だと思っていた。


――友達を友達とも思わない、とても……とても酷い事だ……――


M1「うそです……友達は嘘もつきます……」

 茜の言葉を思い返して、ミッドナイト1は茫然としながら呟く。


――友達を守るために必要な嘘も中にはあるし――


 守るための嘘ではない。

 むしろ……――


――友達を傷つけ、裏切る事と――


 ――絶対にやってはいけない、もう一つの事。

M1「嘘……です!」

 ミッドナイト1はワナワナと震えながら、叫ぶ。

茜「嘘じゃない……私は……君に魔力抑制装置を外して貰おうと、
  君を懐柔しようと……利用しようとしたんだ!」

 だが、茜は意固地になって、自らの罪を告白する。

 そうしなければならない。

 そうでなければ、いけない。

 赦されなければ、彼女の友人だと、胸を張れない。

 茜は耐えきれずに項垂れ、目を伏せた。

M1「私は……私はアカネを友達だと思っていました……。
   それも私が一人で思い込んでいただけなんですか……?」

 そんな茜に、ミッドナイト1は抑揚のない声で問い掛ける。

茜「ッ!?」

 茜は肩を震わせ、それを否定しようと顔を上げた。

 だが、否定の言葉を発するよりも先に、茜は息を飲んでしまう。

 ミッドナイト1は涙を流しながらも、
 まるで凍り付いたような無表情の仮面を、その顔に貼り付けていた。

 表情以上に感情を表していた目にも、何の感情の色も宿っていない。

茜(嗚呼……)

 茜は悟った。

 罪に耐えかねた自分の告白が、彼女の心を、また壊したのだ、と。

 感謝で溢れそうだったミッドナイト1の心を、
 黙し、嘘を突き通してでも守るべきだった彼女の心を、砕いたのだ。

M1「ッ!」

 ミッドナイト1は踵を返し、走り出してしまう。

 無表情の仮面の縁から、溢れた涙が散る。

茜「ミッ……!?」

 その名を叫び、呼び止めようとした茜は、思わず躊躇い、口を噤んでしまう。

 止めなければいけなかった。

 だが、記号のような名を叫ぶ事が躊躇われ、茜は呼び止める事が出来なかった。

空「あ、茜さん!? あの子、走って行っちゃいましたよ!?」

 入れ替わりで、空が病室に駆け込んで来る。

 その手には三本のボトル飲料。

 それを買いに行ったものの五分足らずの出来事だった。

茜「…………私は……私は、何をやっているんだっ!」

 茜は自らの不甲斐なさと残酷な行いに、握り締めた拳で自らの膝を叩いた。

 一方、病室を飛び出したミッドナイト1は深く俯き、
 無表情のまま滂沱の涙を溢れさせ、行く当てもなくフラフラと走り惑っていた。

 既に病室外への外出が許可されていた彼女は、
 自分よりも背の高い大人ばかりの医療部局で表情を悟られる事なく、人波を縫って走る。

M1(友達……じゃ、なかった……友達だと……思っていた……)

 その思考だけを、頭の中で反芻するミッドナイト1。

 友達だと思い込んでいたのは自分だけで、茜はそうではなかった。

 混乱したミッドナイト1は、茜と行き違ったまま最悪の結論に達してしまったのだ。

 無論、茜はそうではなかった。

 改めて友人として付き合って行くため、罪を告白したに過ぎない。

 だが、言うべき瞬間に、言葉を発せなかった。

 たった一つ、時間にして二秒程度の時間で、完膚無きまでに行き違ってしまったのである。

 俯いて走り続けていたミッドナイト1は、足をもつれさせて転ぶ。

M1「あ……っ!?」

 痛みの悲鳴を堪え、倒れる。

 何とか、受け身は取れた。

 だが――

M1(痛い……)

 激しい痛みに、ミッドナイト1は倒れたまま立ち上がれずにいた。

 身体の痛みではなかった。

 胸の奥から湧き上がる、痛み。

M1(マスターに捨てられた時は……真っ暗になっただけだった……)

 ユエに切り捨てられ、自分の存在意義を見失った時は、何も感じなかった、何も感じられなくなった。

 だが、今は……茜に突き付けられた言葉は、真実は、痛かった。

M1「痛い……痛い……」

 ミッドナイト1は倒れ伏しながら、譫言のように呟く。

 肉体的な痛みは、治癒促進や身体強化でいくらでも我慢する事が出来た。

 だが、この痛みは、到底、我慢できる類の物ではなかった。

 存在意義を失って空っぽになるよりも、友達を失った痛みの方が、ミッドナイト1には耐えられなかったのだ。

M1「いたい……いたい、よぉ……」

 生まれて初めて、誰かに痛みを訴えかけるように弱音を吐いた。

 胸が痛い。

 張り裂けるように、痛い。

 こんなに痛いのなら――

M1(友達なんて……)

 こんなに苦しいのなら――

M1(欲しく……なかった……)

 失うと言う事が、こんなにも胸を穿つなら――

M1(最初から……)

 ――生の実感など……命など、欲しくなかった。

M1「………ぅ、ぅっぁぁぁぁ……っ」

 俯せのまま、張り裂けるように軋む胸を掻きむしりながら、ミッドナイト1は長い嗚咽を漏らす。

 生きている事が楽しいと、空と茜に会うのが楽しいと、ようやく思えて来たのだ。

 友達と言う言葉の意味を知り、二人が友達だと、心から思えたのだ。

 だが、その全てが、茜自身によって否定された。

 存在意義ではなく、存在理由を失ったように、ミッドナイト1は感じていた。

 生きて良いのではなく、生きていたい。

 そんな存在理由すら失ってしまった。

 まだ幼い身体に比べてすら未熟な心は、そんな悲鳴を上げ続ける。

 死にたい。

 そんな短絡的な思考が脳裏を過ぎった時、ミッドナイト1はふらふらと立ち上がる。

 行き止まりだと思っていた場所は、何かの隔壁のようだった。

 決して厳重でないその隔壁は、医療部局と格納庫を結ぶ負傷者搬送用直通エレベーターの扉。

 ミッドナイト1が歩み寄ると、自然とその扉は開かれた。

 彼女の魔力は登録コード03……クリスティーナ・ユーリエフに近い波長を持っていたため、
 その魔力を感知して開いてしまったのだろう。

 だが、そんな理屈とは関係なく、ミッドナイト1にはそれが大きく口を開けた黄泉の門に見えていた。

 エレベーターに足を踏み入れると、直通エレベーターは自動で降下を始める。

 高速エレベーターだが加速によるGは感じない。

 二分と経たずに最下層……格納庫に辿り着いたエレベーターは、音もなく開かれた。

 整備班の喧騒と機械の作動音が身体に降り掛かり、俯いていたミッドナイト1は一瞬だけ身体を震わせる。

 だが、すぐにフラフラと歩き出し、僅かに首を動かして後は視線だけで辺りを見渡した。

 オーバーホール中のオリジナルギガンティック達が並ぶ中、
 修繕とテスト起動を終えたばかりのアメノハバキリがハンガーに戻されていた。

紗樹「エンジンはこのまま暫く運転続けた方がいいんでしたよね?」

班長「ああ! お前さんの機体はエンジンを新品に乗せ換えたから、しばらく機関部の慣らし運転だ!
   慣らしと最終チェックを終えたら、こっちで止めておく!」

 コックピットハッチから顔を覗かせ、足もとの整備班長と大声で話し合っていたのは紗樹だが、
 ミッドナイト1は誰が誰かなど知らないし、知ろうとも思わない。

 紗樹は整備班長と二、三、言葉を交わすと待機室へと戻って行く。

 整備班長もハンガー脇のモニターを覗き込んでいる整備員に指示を出すと、自身は他の機体の整備へと向かう。

 ミッドナイト1は火の落とされていない、起動状態のままのアメノハバキリを見上げる。

 混迷を続ける彼女の思考は、そこで確実に死ねる方法を思いつく。

 ギガンティックで自身を握り潰す、と言う方法を、だ。

 下手にビルの屋上から飛び降りたり、刃物で急所を斬り付けるよりも確実な方法だろう。

 万が一、死の寸前に反射的に身体強化を行っても、ギガンティックの攻撃を防御できる筈が無い。

 自身の操縦するギガンティックの腕で、コックピットを貫けば、エンジンの爆発もあってより確実に死ねる。

 生身の人間では絶対に助からない方法だ。

M1(そうだ……そうしよう……)

 ミッドナイト1はフラフラと歩き出す。

 普段よりも沢山の人間で溢れかえっていた格納庫だが、先日からのオーバーホール作業に忙殺され、
 病衣を纏った小柄な少女の存在には誰も気付いていない。

 ミッドナイト1はリフトなどは使わず、身体強化した足でふわりと跳び上がり、
 開かれたままのハッチからコックピットに潜り込む。

 少々、シートは大きいが、問題なく扱えるようだ。

M1(……あの人、誰だったんだろうな……?)

 直前までこのシートに座っていたドライバーに、ミッドナイト1は少しだけ思いを馳せた。

 だが、すぐにその思いも消え去る。

 これから死ぬ自分には、もう何の関係も無い事だ。

 少女は何の感情も宿らない瞳で、統一規格の機械を動かして行く。

 以前に使っていたエクスカリバーよりもずっと扱いやすい構造だ。

 コックピットハッチは敢えて閉じない。

 その方が、死ねる確率も高くなる。

 ミッドナイト1は少しだけ、穏やかな表情を浮かべると、アメノハバキリの右腕を掲げさせた。

整備員A「お、おい! 263号機が動いてるぞ!?」

整備員B「何だ!? 動作異常……コックピットに生体反応……?
     ど、ドライバーが乗ってる!?」

 足もとの整備員達もようやく気付いたのか、慌てた声が聞こえて来るが、もう遅い。

 外部から緊急停止されるよりも先に、ミッドナイト1は外部との接続を遮断する。

 そして、掲げさせた右手を手刀の形にして、コックピットに向けて突き込む。

 目前まで迫る手刀に、死の恐怖は感じない。

 ただ、この胸の痛みから逃れられると思うと、僅かに安らいだ、だが哀しそうな表情を浮かべた。

 まだ知り合ってから半月ほどしか経っていない人達の顔が、次々と脳裏を過ぎる。

 空と茜の笑顔が脳裏を過ぎり、反射的に目を瞑った瞼の裏に鮮やかに浮かぶ。

 痛い。
 苦しい。

 そんな思いと共に。

 だが――

?「エエェェェルゥゥッ!!」

 絶叫にも似た砲声が轟き、身体が、機体が激しく揺れた。

M1「ッ……!?」

 一瞬、手刀が自分を貫いた衝撃と勘違いしたミッドナイト1だったが、
 まだ自らの感覚がハッキリとしている事に気付き、彼女は慌てて目を開く。

 すると、開かれたままのハッチから見えたのは、
 他のギガンティックに腕を掴まれたアメノハバキリの手刀だった。

 エールだ。

 ブラッドラインが鈍色のままの緊急起動状態だったが、
 それでも体格と出力ではアメノハバキリよりも勝っており、
 手刀が触れる直前の、本当にギリギリの所でアメノハバキリを静止できたのである。

 視線を走らせると、空がハッチを開いてコントロールスフィアに転がり込もうとしている所だった。

 空は病室に戻った直後、茜から事情を聞き、茜と共にミッドナイト1を探していた。

 ミッドナイト1の魔力を探り、大回りで彼女よりも数分遅れて格納庫へとたどり着いた空は、
 そこでアメノハバキリに乗り込むミッドナイト1を見付け、
 嫌な予感に突き動かされるように愛機を緊急遠隔起動させ、
 エールの自律制御に任せて兎に角、アメノハバキリの静止を優先したのだ。

 結果はギリギリ、あとコンマ1秒でも遅れていれば間に合わなかっただろう。

 しかし、間に合った。

 そして、ドライバーが搭乗した事で、ようやく全身に空色の輝きが灯る。

空「こんな事……しちゃ駄目だよ!」

 空はハッチを開いたまま、ミッドナイト1に向かって叫ぶ。

 咎めるような口調だが、哀しそうな声は心底から自分を心配してくれる声だと、
 ミッドナイト1は感じた。

 だが、それだけに胸が、また張り裂けそうに痛む。

M1「だって……だって……いたい……いたいです……!
   こんなに痛いなら! 生きてなんていたくない! 死んでしまいたい!」

空「ッ!? 死にたいなんて、言わないでっ!!」

 空は、泣き叫ぶミッドナイト1の言葉に息を飲むと、怒声を張り上げた。

 自らの死を望む言葉は、痛く、苦しく、
 そして、姉の死を、フェイを喪いかけた一瞬を思い起こさせ、胸を締め付ける。

 知り合ってからまだ日も浅い、一度はエールを奪われ、矛すら交えた少女。

 だが、彼女の辛く哀しい身の上を知り、茜と共に親身に彼女と関わる内に、
 空にも同情だけではない親愛の情が芽生えていた。

 彼女の様々な質問に答え、話しをするのが楽しかった。

 そんな友人とも呼べる少女が自ら死のうなど、見過ごせる筈が無い。

空「あなたが死んだら哀しいよっ!
  あなたが死んだら……そんな事、考えるだけで苦しいよ……!」

 空は泣きそうな顔で懇願するように叫ぶ。

 その声に宿る感情に、ミッドナイト1は少しだけ胸の痛みが治まるのを感じる。

 だが、茜に拒まれたと勘違いしたままの心は、再び痛み、疼き始めた。

M1「でも……でも、もう嫌ぁ……っ!」

 愛されて、拒まれて、愛されて……。

 そんな繰り返しで錯乱した少女は、乗機の左手を掲げ、今度こそ自らの命を絶とうとする。

 しかし、その左手も、エールのもう一方の腕で押さえつけられてしまう。

M1「放して……放して下さい!」

 ミッドナイト1はエールの腕を振り払おうとするが、出力の差で振り払う事が出来ない。

空「茜さんっ! 今です!」

 空は振り回されないように踏ん張りながら、足もとに向かって叫んだ。

 するとその直後、エールとアメノハバキリの間……
 二機のハッチの中間点に魔導装甲を纏った茜が姿を現した。

M1「あ、アカネ……!?」

 ミッドナイト1は愕然と叫び、身を震わせる。

 茜もまた、空と共にこの場に来ていたのだ。

 そして、跳び上がった茜はアメノハバキリのコックピットハッチに取り付く。

 ミッドナイト1は慌ててハッチを閉じようとするが、ハッチが閉じられるよりも先に、
 茜がコックピット内に転がり込む。

茜「やっと……追い付けた……!」

 茜は息を切らして声を吐き出す。

 息を切らせるほど走ったワケではないが、
 さすがに組み合った二機のギガンティックの間を跳び上がるのは肝を冷やした。

M1「来ない……で、下さい……」

 ミッドナイト1はワナワナと震えながら声を絞り出し、
 自らの肩を掻き抱くようにしてシートに身体を押し付け、少しでも茜から離れようとする。

 そのミッドナイト1の態度に、茜は哀しそうな顔を浮かべた。

茜「……空君に怒られたよ。
  ちゃんと説明しないから誤解される、って………。

  当然だな……感情任せに一方的に言えば、誤解させるに決まってる……」

 茜は泣きそうな顔で自嘲気味に言うと、
 コントロールパネルを乗り越え、ミッドナイト1に身体を密着させた。

 そして、震えるミッドナイト1を優しく抱き締める。

 また、痛みが増し、だが、それと同時に痛みが和らごうとする。

M1「……あ、アカネ……?」

 不思議な感覚に、ミッドナイト1は茫然自失気味に茜の名を呼んだ。

茜「私は……お前に、ずっと謝りたかったんだ……」

 そして、その呼び掛けに応えるように、茜はミッドナイト1の耳元で呟く。

 涙ぐんで震える声には、優しさと、慈しみと、そして、後悔の響きがあった。

茜「お前を利用しようとして……すまなかった……。

  でも、信じてくれ……私は、お前を助けたかった……!
  あんな……あんな酷い場所からお前を助けたかった……!

  でも、私はお前を助けられなかった……!」

 強く、強く抱き締めながら、茜は悔恨の声を漏らす。

 助けたいと願い、決意しながらも、それを行動に移す事が出来なかった。

 ユエの呪縛からミッドナイト1を解き放ったのは、彼女を倒し、ユエすらも討ち果たした空だ。

 だが、ミッドナイト1にとっては、
 存在意義を失って空っぽになった自分を救ってくれたのは、茜であった。

 そして、また、空っぽになりかけた心に、注がれる――

茜「わたしは……私は、お前と本当の友達に……なりたかった……!」

M1「ッ!?」

 ミッドナイト1は目を見開き、身体を震わせる。

 ――その、暖かな言葉が。

 抱き締めてくる茜の腕の力が増し、痛いほどだ。

 だが、不思議と胸の痛みが和らいで行く。

 そして、悟る。

 罪を告白した茜の苦しそうな表情の意味を……。

 茜も、痛かったのだ。

 ずっと、ずっと痛くて、苦しかった。

M1「う……ぅぅ……っ」

 茜に抱き締められながら、ミッドナイト1はさらなる涙を溢れさせる。

茜「死にたいなんて、言わないでくれ………!
  お前が死んだら……私は……私はぁ……!」

 それ以上は言葉にならず、茜の口からも押し殺した嗚咽が漏れた。

 抱き締める力の強さは……茜の心の痛みの顕れ。

 そして、その強さはミッドナイト1の砕けた心を……友人との行き違いでひび割れた心に、
 暖かい物を注ぎ、満たして行く。

M1「アカネ……アカネ……あかねぇ……うぅぅ、ぁぁぁぁぁ……っ!」

 ミッドナイト1は茜の肩に自分の頭を預け、泣きじゃくった。

 ひび割れた心に染み渡る暖かさが嬉しくて、茜が自分の思った通りの人だった事が嬉しくて、
 そんな茜を疑ってしまった自分が申し訳なくて……。

 ミッドナイト1も、震える手で茜を抱き締める。

 謝罪と、赦しと、感謝と、そんな全てが混じり合った思いで……。

 すると、不意に閉じられていたハッチが外部から開かれ、機体の手を通じて空が顔を覗かせる。

空「……良かった、二人とも……」

 空は泣きじゃくりながら抱き締め合う二人の様子から全てを察すると、
 胸を撫で下ろし、安堵と嬉しさで涙を滲ませた。

M1「ソラぁ………そらぁぁ……」

空「うん……ここにいるよ……」

 ミッドナイト1が泣きじゃくりながら空の名前を呼ぶと、空は涙で濡れた目で優しく微笑んだ。

 友達がいた。

 自分の事を本気で心配して、こうしてぶつかり合ってくれる友達が。

 本当の友達になるために、自らの罪に押し潰される苦しみと立ち向かってくれた友達が。

 自分が一人じゃない、そう思えた時、ミッドナイト1の胸の痛みは消えていた。

M1「ぁぁああぁぁぁぁ、うぅぁぁぁ……っ!」

 空に見守られ、茜に抱き締められながら、ミッドナイト1はいつまでも泣きじゃくり続けた。


 茜の罪悪感と、二人の行き違いから始まった大事件は、そうして終わりを告げた。

 迷惑をかけた医療部や整備班、機体を勝手に使って傷つけた紗樹への謝罪などの一幕もあったが、
 空や茜も当事者として謝罪に同行した事は、逆に三人の繋がりを強めたと言えるだろう。


 そうして、また、三日の日々が過ぎた――

―5―

 7月27日土曜、早朝。
 ギガンティック機関、ブリーフィングルーム――


 小さなテーブル付きの椅子に座る空達ギガンティック機関所属ドライバー七人に、
 ロイヤルガードから出向している茜達四人、そして、オペレーターチーフ達五人が左右に並び、
 中央に明日美とアーネストが並ぶ場に、一人の少女が緊張した足取りで入って来る。

 不安と期待と、大きな喜びの入り交じった微かな笑みを浮かべ、空達の前に立つ。

 そう、その少女とはミッドナイト1だ。

 ギガンティック機関ドライバーに支給される白い制服を身に纏い、
 小さな身体でしっかりと立ち、仲間達に一礼する。

明日美「自己紹介……は、全員済んでいるわね」

 明日美は視線で部下達を見渡すと、ここ数日の事を思い返して微笑ましそうな表情を浮かべた。

 ミッドナイト1がギガンティック機関への入隊を自ら申し出たのは、二日前の夜。

 彼女から今後の身の振り方について相談を受けた空と茜が、
 隠しきれずに話してしまった直後の事である。

 ミッドナイト1は二人の側にいられる事、
 そして、自らの力を活かせる仕事と言う事で、ドライバーの道を強く望んだ。

 無論、空と茜も危険な仕事である事、強い意志がなければ続けていけない仕事だと説得もした。

 だが、彼女は頑として譲らず、友達を……空と茜を支えるために戦う事を望んだのである。

 それ以来、すぐに会いに行けると言う理由で、
 ひっきりなしのお見舞いにかこつけた自己紹介が行われたのだ。

 そして、彼女の右手首には、空から譲り受けたクライノートのギア本体。

 クライノートもまた、仮の主ではなく、
 大切な仲間のために戦う意志を示した少女を、新たな主として認めたのだ。

クライノート<さあ、挨拶を……マスター>

M1<分かりました……クライノート>

 クライノートに思念通話で促され、ミッドナイト1は姿勢を正した。

M1「203ドライバー、美月・フィッツジェラルド・譲羽です」

 そして、深々と頭を垂れる。

 美月・フィッツジェラルド・譲羽――美月【みつき】。

 それが、彼女の新たな名前。

 記号と数字の組み合わせのような名前ではなく、大好きな夜空に浮かぶ“月”の一字を持った名前。

 そして、後見人である明日美から貰った、フィッツジェラルド・譲羽の名。

美月「どうぞ、よろしくお願いします」

 顔を上げたミッドナイト1……いや、美月は、やっと表せるようになった微笑みを浮かべて言った。

 かつて、ミッドナイト1と呼ばれた少女は、
 新たな愛機と名を授かり、大切な友達のために今、新たな道を歩み始めたのであった……。

 同じ頃。
 第四フロート外殻部、旧第四フロート第三空港施設――


 使う者もいない外界との緩衝地帯にしか過ぎない空港に、幾人もの人の声と作業音が響き続ける。

 かつては航空機の並べられていた格納庫に並ぶのは複数体の大型と、それらを上回る超弩級ギガンティック。

 そして、それらのギガンティックが並べられた最奥……研究者達が集う区画に、そのカプセルはあった。

 人間一人が余裕で入れるほど大きなカプセルの回りに並び、カプセルの様子を見守る研究者達。

男「八……七……六……五……四……三……二……一……ゼロ!」

 その中にいた一人の男がカウントダウンを終えると同時に、カプセルは空気を吐き出すような音と共に開かれた。

 カプセルの中から現れたのは、黒いボディスーツに身を包んだ、三十代半ばほどの男。

男「覚醒まで百三十五時間……予定通りです。主任」

 その男の元に、カウントダウンをしていたのとは別の研究者が歩み寄り、彼に白衣を手渡す。

 その研究者は、かつて、テロリスト達の拠点となっていた旧技研で、
 ユエに403と404の最終調整の進捗報告を行った男だった。

 そして、彼が主任と呼んだカプセルの中から現れた男は、どこか死んだ筈のユエ・ハクチャに似ている。

 ユエににた謎の男は白衣を羽織り、研究者達を見渡す。

??「出迎えご苦労、諸君……。さあ、各自、作業に戻りたまえ」

 謎の男がそう言って労い、促すと、研究者達はそれぞれの作業へと戻って行く。

 研究者達は口々にお互いを鼓舞し合い、その士気は非常に高いようだ。

 それもこれも、彼がカプセルから姿を現した事が関係しているようだった。

男「早速ですが、進捗状況を報告させていただきます。
  量産型は現状、二機が完成。405も各駆動部の最終点検に入っています」

??「ふむ……ここまでは予定通りか」

 進捗報告を聞きながら、謎の男は満足そうに何度も頷く。

男「403、404の戦闘データも解析は九割完了。
  現在は全体の八割の人員を投入し、主任から……いえ、AIユエ・ハクチャからの最終指示通り、
  大型トリプルエンジンをトリプル・バイ・トリプルエンジンに改造、換装する作業を続けています」

??「実用化は間に合いそうかね?」

男「現在は難航しています。そちらの進捗は予定の三割も進行していません」

 進捗報告を続けていた科学者は、謎の男の質問に申し訳なさそうに答えた。

??「では、そちらは私が受け持とう……」

 謎の男はそう言って“言い出したのは私だからな”と付け加えた。

 まるで、自分がユエであるかのような物言い。

 だが、ユエは空達との闘いで木っ端微塵に破裂し、スクレップと共に消えた筈だ。

 それは間違いない。

 では、ここにいる男は一体、何者なのか?

 そして、研究者が口にしたAIユエ・ハクチャとは?

??「……さあ、始めよう。
   コンペディション……その最終段階に向けた準備をね」

男「はい、月島主任!」

 大仰に言い放った男を、研究者は確かにそう呼んだ。

 月島、と。


第23話~それは、人形のような『傷だらけの少女』~・了

今回はここまでとなります。

ついでに安価を置いて行きます

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201
第19話 >>208-241
第20話 >>247-280
第21話 >>288-320
第22話 >>325-359
第23話 >>379-413

特別編 >>366-374

乙ですたー!
いや、ミッドナイト1改め美月タソ、自分の居場所も、支えてくれる人も、支えたい人も得られて何よりです。
クライノートも新たなマスターゲット出来ましたしね。
友達の定義の所は、色々と考えさせられました。年を経て大人になってしまうと「友達は利用してはいけない」と言う事の大切さも忘れがちになるものです。
リアルで友達には助けられてばかり身としては、果たして自分は”利用”はしていないか?助けてもらった分を返せているのか?と思わされました。
それでも、奪われて壊されるばかりだった過去の関係より、今はずっと互いに互いの力になれる関係を築けているとは思いたいものです・・・薄い本作ったりとかww アイデア出し合ったりとかww
そしてユエぇぇえええ!?
こ、これはもしや、テ○ホークスのナインスタイン司令?いや、キャプテンスカーレットか、はたまた某長寿ヒーロー漫画の真のツンデレヒロインア○トムさんか!?
次回も楽しみにさせて頂きます。

追伸:ブラギガスはググっても幸せになれるとは限りませんよ!限りませんからね!!

お読み下さり、ありがとうございます。

>美月@支えてくれる人も、支えたい人も
茜や空との関係ありきでここまで積み上げてきましたからねぇ。
出来るだけ自然に着地できたと思いたい物ですがw

>クライノートも新たなマスターゲット
ずっと空の代車と言うワケにもいきませんしねw
実際、空の能力的にはエールの方が性能面で合致するので、本当にメンテ中の代車にしかなりませんので。

>友達の定義
正直な話、コレの考え過ぎと畑仕事が重なって丸二週間ほど筆が止まっておりました。
特に美月は精神面ではほぼゼロ歳相当の純真な子ですし、あまりドロドロしたのもアウトだろうし、
かと言って踏み込まないとあの騒ぎまでは持っていけないだろうし、と。
結果的に「やったらアウト」「やられたらアウト」のシンプルな所に収めたつもりです。

>友人関係
創作活動で協力しあえる友人ってのは得難い物ですよね。
趣味が同じか嗜好が同じか性癖が同じかの三択に集束する内容を話し合いますし。
浅く見えて存外、深い部分の話だと思います。

>ユエ
推理物では無いので結編を読み返すと回答が出ております。
あと……ツンデレに関しては謎の完全一致ですw

>次回
12話以上に長くなりそうなので多分、投下を二回に分けますorz
そうしないと三ヶ月とか空いてしまう可能性も………。
第二部、こんなにやり残した事が多かったのかとやり残しを箇条書きにして戦慄しております。
次回までにはちょいちょい名前だけが出ていたギガンティックの登場になるかと……。

>ブラギガス@ググるなよ!絶対ググるなよ!
よーし! ……………………わたしは なにも みなかった なにも ナニモミテナイワ

このスレに注目
P『アイドルと入れ替わる人生』part11【安価】
P『アイドルと入れ替わる人生』part11【安価】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1434553574/)

捕手

保守ありがとうございます。
24話の前半部分を投下します。

第24話~それは、受け継がれる『虹の意志』~

―1―

 2048年1月9日。
 メインフロート第一層、第一街区――

 廃墟然としたビル街に、逃げ惑う人々の悲鳴と怒号が谺する。

 そんな中、一際大きな悲鳴が上がった。

???『っ……ぅぁぁぁぁぁぁっ!?』

 余りの激痛に、押し殺そうにも押し殺せない悲鳴を上げているのは208ドライバー、
 アルフレッド・サンダース。

 寮機を庇い、愛機であるカーネルの右腕と右脚を失った。

 それだけならば良かったが、右の腕と脚を失った愛機はダメージによるシステムダウンを起こし、
 外部操作による魔力リンク切断が不可能となってしまう。

 自らの意志でも、外部からの操作も受け付けないまま魔力リンクは続く。

 気絶する事が出来たら即座に魔力リンクは自動切断されていただろうが、
 余りにも酷い激痛が彼の意識が途切れる事を阻んでいたのだ。

明日華『アルフさん!? アルフさん……しっかりしてぇっ!?』

 仲間の身を呈した犠牲で、何とか巨鳥型イマジンを討ち破った202ドライバー、
 明日華・フィッツジェラルド・譲羽が悲鳴じみた声で呼び掛ける。

 だが、アルフも彼女の声に応える余裕などなく、呻き声と悲鳴を交互に上げ続けるだけだった。

 殆どパニックに陥った明日華は誰かに助けを求めようと辺りを見渡したが、状況はそれを許さない。

アーネスト『明日華君! 君はそのまま明日美さんの援護に向かうんだ!』

明日華『あ、アーネストさん……でも、でもぉ……!』

 オペレーターチーフのアーネスト・ベンパーに、半ば怒鳴るように促されるが、
 こんな状態のアルフを放り出すワケにもいかず、明日華は困惑の声を上げる。

 ドーム内への三体ものイマジンの同時侵入を許してしまった戦況は最悪と言っていい。

 僅かに離れた場所……皇居前の広場では、本條勇一郎の駆る210・クルセイダーと
 藤枝尋也の駆る206・突風が巨大なカメ型イマジンとの激戦を未だに続けていた。

 見かけ通りに足が遅く、防御力も高いカメ型イマジンを、
 何とかクルセイダーの有効射程距離にまで導こうと必死なのだが、
 軽量級の突風・竜巻の攻撃ではその作戦も上手くいかない。

 そして、皇居上空では、姉・明日美が今もたった一人で巨大な人型ギガンティックとの戦闘を続けている。

 この危機的状況で困惑などしていられる余裕など無いのだ。

 だが――

明日美『明日華! 勇一郎君と尋也君の援護に向かいなさい!』

 通信機越しに響く姉……明日美の声に、明日華はビクリと肩を震わせた。

明日華『で、でも……明日美お姉ちゃん……』

明日美『あのイマジンがあのまま真っ直ぐ行ったら何があるか、考えなさい!』

 困惑気味に反論しようとした妹を、明日美は鋭い声で叱りつける。

 カメ型イマジンは皇居正門前で構えなければならないクルセイダーと、
 誘導しようとする突風・竜巻を無視し、街を蹂躙しながら好き勝手な方角に歩みを進めていた。

 そして、今目指す先にあるのは住宅街と、小高い丘に建てられた……姉と自分の自宅に併設された孤児院だ。

明日華『……アリス……お姉ちゃん!?』

 明日華は愕然と漏らす。

 そうだ。
 あの場にはもう一人の姉とも言うべきアリスがいる。

 重量級のカメ型イマジンは、避難シェルターごと建造物を蹂躙していた。

 孤児院の地下にはこの周辺のシェルターよりも一際頑丈なシェルターが存在している。

 だがいくら一般用よりも頑丈なシェルターでも、
 このままカメ型イマジンの侵攻を許せば、被害は甚大な物となるだろう。

 そして、その被害の中には自分の大切な人々も含まれるのだ。

 その事に気付かされ、最悪の想像に明日華は思わず身を竦める。

明日美『動きなさいっ! 明日華っ!』

明日華『は……はいっ!』

 そして、姉に促され、明日華は何とか気を取り直して応えると、尋也と共にカメ型イマジンの誘導へと移った。

 一方、皇居上空での戦闘を続けていた明日美と彼女の駆る200・ヴェステージは、
 劣勢を強いられていた。

 両親の……母譲りの飛行魔法の才と父譲りの空間認識能力の高さを活かし、
 決して飛行を得意としないヴェステージであっても十全な空戦ポテンシャルを誇った明日美だが、
 敵の戦闘能力は彼女達のさらに上を行っていた。

 本来ならば白と紫の美しいコントラストが映える躯体に、藤色の輝きが宿る美しい機体のヴェステージだったが、
 今は全身に深浅を問わぬ細い傷が走っている。

 深い物はブラッドラインの表層を切り裂き、
 藤色のエーテルブラッドが血のように滲み、溢れ出している箇所もあった。

 対峙するのは人型をしたイマジン。

 長身痩躯の全身にのっぺりとしたボディスーツを思わせる赤黒い装甲を貼り付けた、
 どこか甲虫を思わせる特徴を併せ持ったイマジンだ。

 その腕は肘から先が鋭利なナイフのようになっており、
 空中を自在に飛翔してのすれ違い様の斬撃は恐ろしい切れ味を誇る。

 現に結界装甲すら突破するその攻撃は、既にヴェステージの戦力を半分以上もそぎ落としていた。

明日美「ヴェステージ……稼働状況は?」

ヴェステージ『腕部四一パーセント、脚部一八パーセント、左足に至っては滑落寸前なのである』

 息を上げながらも何とか問い掛けた明日美に、ヴェステージは尊大な口調ながらもどこか悔しげに返す。

 メガフロートでの籠城戦が始まってから十七年。

 百以上に及ぶ戦いで勝利を収め続けて来た無敗のオリジナルギガンティック、
 その中でも最優とされる明日美とヴェステージがここまで追い込まれたのは初めての事だ。

ユニコルノ『明日美、地上に降下して四対二の共同戦線を展開すべきです』

 明日美本来の愛器であるユニコルノも、主と相棒の身を案じてそんな提案をいつになく強い口調で言う。

 機動性はこちらを大きく上回り、腕の刃の切れ味は結界装甲すら切り裂く。

 普段通り、多対一の状況に持ち込めれば多少の苦戦で済んだろうが、
 三体のイマジンが同時にメガフロート内に侵入する異例の事態に加え、第一街区の被害も看過できないレベルだ。

明日美「このままコイツを下に下ろすワケにはいかないわ……」

 明日美は横目で眼下の状況を見遣ってそう言うと、歯を食いしばり、腕を動かす。

 全身を切り裂かれながらも最低限の魔力リンクを残しているため、思い通りに動きはするが、
 身体を動かすだけで激しい痛みが全身を駆け抜ける。

明日美「それに、下手に動いて皇居にでも降りられて被害が出たら、
    結界を失って人類はメガフロートにすらいられなくなるわよ……」

 明日美は痛みを堪えて、何とか言葉を吐き出す。

 メガフロートを守る最重要結界の施術と維持は、高い魔力と魔導資質を誇る皇族・王族に拠る物だ。

 無論、メガフロートの外殻を構成する超高密度のマギアリヒト装甲もイマジンを押し留めるのに一役買っているが、
 それらの同化・吸収を押さえ込んでいるのは外殻に施術された結界である。

 その結界を失えば、このNASEANメガフロートはイマジンによってあっという間に食い破られてしまう。

 仮に、上手く地上まで誘導できたとしても、地上はカメ型イマジンによる蹂躙の被害も止まず、
 甚大なダメージを負ったアルフとカーネルは今も動く事がままならない。

 そんな状況でこんな難物を下に連れて行けば被害は拡大する一方だ。

 今は敵を牽制して上空に引きつけ続けなければならない。

明日美「ッぅ、さあ……そろそろインターバルを切り上げて、また始めましょうか」

 明日美は気迫で痛みをねじ伏せると、そう言って苦悶混じりの不敵な笑みを浮かべた。

イマジン『Rrr?』

 外部スピーカーを通した声は人型イマジンにも通じたのか、珍妙な鳴き声と共に首を傾げて来る。

 こちらがイマジンの攻撃を待っていたのではない、あちらが明日美が動くのを待っていたのだ。

 目の前の紫色は自分が遊ぶに足る“オモチャ”か、それとも取るに足らない“ガラクタ”か……。

 明日美が激痛を堪えて動きを止めた時間を、単なる品定めの時間に費やしていたのである。

 そう、余裕綽々で。

 どうやらイマジンはコチラを“オモチャ”として認識してくれたらしく、楽しそうに腕をぶらぶらと振り始めた。

明日美「随分とナメてくれるわね……」

 格が違うとでも言いたげなイマジンの挑発を受けながらも、明日美は視線をイマジンの全身に走らせる。

 安い挑発に刺激されるようなちんけなプライドは、後悔を糧に二十二を手前にして全て捨てて来た。

 むしろ“そうやってナメてくれればコチラに勝機が巡って来る”と、冷静に相手を見られるまでになっていた。

 何処に活路があるか、何が活路となるか、それをしっかりと見極めなければならない。

 明日美はいつ相手の攻撃が来ても対処できるようにと身構えながら、活路を見出すその一瞬を待つ。

 そして、人型イマジンが踊るように両腕を振り始めてからきっかり十秒後、イマジンは動いた。

『Rrr……Rrrrrrッ!』

 前傾姿勢を取ったと思った瞬間、イマジンはヴェステージに向けて猛然と飛翔する。

 しかし、明日美は動じない。

明日美(モーションはやはり全て同じ……前傾姿勢から背面で魔力を爆発させるような高速移動!)

 明日美はそれまでに見て来たイマジンの動作を思い浮かべつつ、敵の動きを観察していた。

 攻撃は恐ろしく早いが動きは単調だ。

 それは既に見切っている。

 だからこそ、次は斬撃が命中する瞬間を見極めなければならない。

 明日美は最初の一撃で最も深く傷つけられ、滑落寸前となった左足を振り上げ、そこに攻撃を誘導した。

明日美「左足の全魔力リンクカット、急いで!」

 明日美は通信機に向け、オペレーターへの指示を叫んだ。

 直後、斬撃と左足が接触する瞬間、僅かに走った激痛と同時に魔力リンクが解除され、
 左足だけ痛みが消え去る。

明日美「ッ!?」

 一瞬の激痛に顔をしかめつつ、明日美は切り裂かれて行く左足に目を凝らした。

 こちらもある程度、推測の出来ていた事だが、間違いない。

明日美(刃は見かけだけで高密度集束された刃が纏っている……。
    斬撃系魔法に特化した魔導師のような戦術、と言うワケね)

 殆ど動かなくなっていた左足を犠牲に、今までの推測に確信を得た明日美は、
 左足の接続部をパージさせて大きく距離を取り直した。

 覚悟を決めて目を凝らせば、今まで見えなかった物が見えて来る物だ。

明日美「ヴェステージ、ユニコルノ! 解析は大丈夫!?」

ヴェステージ『うむ、しかと見届けたのである!』

ユニコルノ『こちらも解析完了です』

 問い掛けに応えた二人の声と共に、明日美の思考に解析結果が流れ込む。

 激痛で魔力が鈍るような事が無かったため、解析された情報は今までよりもずっと鮮明だ。

 そして、やはりと言うべきか、解析の結果も高密度集束された魔力の刃と言う回答を出していた。

オペレーター『解析結果、出ました!
       敵の武器は魔力を纏った鋭利な刃ではなく、
       刃周辺に発生している単分子並の薄さまで極限に集束された魔力刃です!』

 通信機を介して、戦術オペレーターからの詳しい解析結果も伝えられる。

明日美「極限まで集束された魔力刃……」

 その言葉を反芻しながら、明日美は思考を巡らせた。

 ナノ単位の微小機械であるマギアリヒトでも、さすがにそのサイズは単分子以下ではない。

 単分子並の薄さと言う事は、
 あの鋭い刃を構成しているマギアリヒトからさらに薄い刃が発生していると思っていいだろう。

 マギアリヒトそのものが刃を展開し、こちらのマギアリヒトや魔力の結合を断っている、と言った所だ。

 となると、スピード云々を抜きにしても防御は難しい。

 相手は魔力やマギアリヒトの構造体を切断する事に特化した、
 一種の呪具を両手に携えているような物なのだから……。

 だが――

明日美「どんな特殊な魔法も中身を知れば、いくらでも対処方法はあるわね……」

 明日美はその逆境の中にあって、不敵な笑みを浮かべた。

 そんな明日美から漂う雰囲気を感じてか、人型イマジンは右腕の刃を振り上げ、猛然と襲い掛かってくる。

 しかし、今度も明日美は動かない。

明日美「来たっ!」

 ただ、待っていましたとばかりに声を上げ、イマジンの振り下ろして来る右腕に注視した。

 大上段から脳天を叩き割る必殺の一撃だ。

 受け止める事も、防ぐ事も叶わないと分かったその一撃。

 頭部に受ければ先ず間違いなく一撃で終わってしまう。

 しかし、明日美は動じる事なくその一撃を見極め、両掌に魔力を集束して掲げた。

 そして、掲げた両掌の間をイマジンの刃が通り過ぎようとしたその瞬間、掌の間で魔力の爆発が巻き起こる。

 そう、明日美の魔力特性、特質型熱系変換特化の特性と魔力探知を活かした設置型の魔力爆弾だ。

 異質な魔力を検出した瞬間に両掌の間にある魔力が爆発するだけの単純な仕掛け。

明日美「今っ!」

 明日美はそう叫ぶと、爆煙の中でも魔力探知で捉え続けているイマジンの刃を両手で押し潰すようにして押さえ込んだ。

 もうお分かりだろう。

 真剣白刃取りである。

 受ける事も防ぐ事も出来ない筈の刃が、明日美の……ヴェステージの掌の間で完全にその動きを止めていた。

イマジン『RRッ!?』

 信じ難い光景にイマジンも驚愕の声を上げている。

 だが、それだけで明日美の反撃は終わらない。

明日美「爆ぜなさいっ!」

 明日美はさらに両手に魔力を集束し、集束魔力爆発の力を加えてイマジンの刃を叩き折った。

イマジン『RRRRRRrrrrrッ!?』

 刃にまで痛覚でも通っていたのか、イマジンは悲鳴を上げながら全身を振り乱し、
 折れた右腕を庇うようにヴェステージから大きく距離を取る。

 ありとあらゆる魔力とマギアリヒトの構造体を切り裂き、防御不可能と思われた刃。

 それがどうしてこうも単純に叩き折る事が出来たのか、その答えはイマジンの刃自身にあった。

 今までも明日美は防御のために結界や爆発を駆使してみたものの、それらは全て失敗に終わっていた。

 それはイマジンの刃に対して真っ向から挑んだためである。

 そこで解析結果を得た明日美は、確信を持って、刃に対して側面からの魔力を加えたのだ。

 要は“切り裂く”事だけに特化した単一作用の呪具だったため、
 正面からの攻撃や防御に対して無類の強さを発揮する反面、
 単一のマギアリヒトを縦に連ねただけの集束魔力刃は、側面から攻撃に対して非常に脆かったのである。

 だが、側面と言っても斜めからの攻撃はいなされてしまう可能性が高く、それほど効果的ではない。

 そこで明日美が考えたのが先ほどの設置型魔力爆弾だ。

 これならば正確に、かつある程度まで広範囲に側面からの攻撃が加える事が出来る。

 そうして集束魔力刃を相殺、無効化した後に真剣白刃取りで刃を受け止め、
 集束魔力刃が再生する前に叩き折ったのだ。

イマジン『Rrrr………rrrrrRRRRRッ!!』

 だが、人型イマジンが痛みを振り払うように嘶くと、瞬時に刃は再生してしまう。

明日美「さすがに……単純に起死回生の一手、とは行かないわね」

 その光景に目を見開きながら、明日美は悔しそうに漏らす。

 再生は一瞬、それも任意のタイミングで可能と見て間違いない。

 再生にどれだけの魔力を消費するか分からないが、自在に再生されるとなると恐ろしい物がある。

ヴェステージ『再度、後退しての合流と体勢の立て直しを進言するのである……』

ユニコルノ『明日美、さすがにこれは我々だけでは手に余ります』

 ヴェステージとユニコルノも、あまりの状況の悪さに再度の撤退を促す。

 だが、明日美は譲らない。

明日美「下の状況はまだ芳しくない……こんな状態でコレをあの子達の所に連れては行けないわ」

 明日美は下の戦況を見ながら呟く。

 戦線に明日華が加わった事で僅かずつだがカメ型の誘導が出来ているようだが、
 それでも未だに思うとおりに誘導できているワケではなかった。

 そんな状態で敵を増やせば、また元の木阿弥だ。

明日美「……相手のやり口が分かった以上、これからは時間稼ぎに専念よ」

 そう落ち着いた口調で言った明日美だが、
 その声音には時間稼ぎでは終わらせないと言う“熱”のような物が感じられた。

 可能ならば積極的に殲滅する。

 そう言った戦う意志のような“熱”だ。

 左足を失い、全身に浅くはない傷を負い、追い詰められ、激痛に苛まれながらも、
 明日美の戦う意志は挫けていない。

 そして、そこからは正に激闘であった。

 片手ではまた折られると悟った人型イマジンは両手での乱雑な攻撃に戦術を切り替え、
 明日美達に襲い掛かって来た。

 明日美はその攻撃に対して、ピンポイントでの魔力爆発によって集束魔力刃を無効化し、
 魔力刃を失ったイマジンの刃を魔力障壁で受け流し、隙あらば叩き折る。

 絶対不利の詰め将棋か針穴の糸通しをミス無く延々と続けているような感覚。

 与えられるインターバルは、敵の刃を叩き折った直後、
 イマジンが痛みを堪えてその刃を再生させるまでの僅かな時間。

 神経をすり減らし続ける戦局に於いて、それは十分な休息とは到底言えなかった。

 だが、明日美は耐え、千日手のような戦いを続ける。

 明日美も全ての攻撃を完全に無効化できているワケではない。

 極限まで集束された魔力刃を微かにでも無効化し損ねれば、
 想像以上の切れ味で防御した箇所を障壁ごと切り刻まれる。

 以前より深くはないが、それでも鋭く、激しい痛みを伴う。

 だが、明日美はその痛みを気力でねじ伏せ、戦いを続けた。

 そして、ついにその時が訪れる。

イマジン『RRRRRR――――ッ!?』

 もう何度目か、それとも十何度目かも分からないほどイマジンの刃を叩き折った時、
 いつものように痛みに悶えながら距離を取ったイマジンは、だがいつものように腕を即座に再生する事は無かった。

 痛みに悶えながらも叩き折られた腕を庇い、警戒するようにこちらを睨め付けて来るだけ……。

ヴェステージ『これは……遂に再生も弾切れであるか!?』

 長く続いた激戦に差した僅かな光明に、ヴェステージが歓喜の声を上る。

ユニコルノ『明日美、今です!』

 ユニコルノも冷静さをかなぐり捨てて叫ぶが、それよりも早く、明日美も動いていた。

 突き出した両手の間に無数の術式を展開する。

 拡散・集束・増殖の術式を編み込んだ多重術式の魔力弾を、動きを止めたイマジンに向けて放つ。

 亡き母の使う最強儀式魔法と、亡き父の魔力の特性を併せ持ち、亡き師によって高められた才能と、
 去って行った師の元で極限まで磨き上げた、明日美・フィッツジェラルド・譲羽最強の儀式魔法。

明日美「その片腕だけの刃で防ぎ切れるものなら防いでみなさいっ!」

 イマジンの激突した多重術式の魔力弾は、明日美の声と共に散らばり、
 術式の作り出した結界がイマジンの全身を覆い尽くす。

明日美「爆ぜなさいっ!」

 そこに起爆のための魔力爆発を叩き込むと、一斉に術式が反応を始めた。

明日美「インフィニート・エスプロジオーネッ!!」

 伊語で“無限大の爆発”を示すその名の通り、
 イマジンの全身を覆い尽くした術式から無数の指向性魔力爆発が、内部のイマジン目掛けて襲う。

 指向性爆発も一撃では終わらない、全ての術式が何十、何百と爆発を繰り返す。

 結のユニヴェール・リュミエールが魔力による魔力的対象完全相殺を目的とした魔法ならば、
 明日美のインフィニート・エスプロジオーネは魔力と爆発による魔力・物理を問わぬ対象完全消滅を目的とした破壊魔法だ。

明日美「ッ……ぐぅ……ぁ」

 無数の爆発に包まれ、術式結界の中で跳ね続けるイマジンの姿を見ながら、明日美は痛みの吐息を漏らす。

 内部の対象物が完全消滅を迎えるか、注ぎ込んだ魔力が切れるまで爆発は終わらない。

 如何に魔力を切り裂く事に特化したイマジンであっても、
 全周囲の至る方向から襲い掛かる指向性爆発を片腕だけで切り裂き続ける事は出来ない筈だ。

 もう、既に勝ちは揺るがない。

オペレーターB『ブラッド損耗率98.4パーセント、残魔力量1.3パーセント……
        セーフティ発動限界ギリギリです』

オペレーターC『安全地帯に降下次第、魔力リンクを切断します。
        譲羽隊長、そのまま回収可能地点まで降下して下さい』

 オペレーター達も微かな安堵混じりの声音で明日美に指示を出す。

明日美「……了解、このまま戦闘区域外に降下します」

 痛みを堪えながら答えた明日美は、再び地上に視線を向けた。

 どうやら地上でも決着は着いたようで、
 あの巨大なカメ型イマジンが崩れ去ってゆく光景が見える。

 まだ爆発を続ける最大の儀式魔法を警戒しつつも勝利を確信し、
 痛みの中で安堵の溜息を洩らそうとした明日美は、
 だがすぐに全身が総毛立つような殺意を感じて、身構えた。

 油断していたワケではない、慢心していたワケでもない。

 ただ――

イマジン『RRRRRRRRRrrrrrrrrrrrッ!!!』

 無数の指向性爆発を全方向から浴びせかけられながら、
 降下を始めたヴェステージに向けて、人型イマジンが襲い掛かって来た。

 ――イマジンの生命力が、それら全てを上回ったのだ。

 無数の爆発に包まれ、原型も留めぬほどボロボロになりながらも、
 その痛みを与えて来た明日美に……ヴェステージに復讐すべく、残った片腕を伸ばす。

明日美「ッ!?」

 愕然としながらも、明日美は防御の態勢を取った。

 先ほどまでと同じように設置型の魔力爆弾でイマジンの刃を覆う集束魔力刃を消し飛ばし、
 イマジンの刃を叩き折る。

明日美(よしっ!)

 敵の最後の攻撃を防いだ明日美は、会心の笑みを浮かべて心中で独りごちた。

 だが、それこそが真の油断と慢心であった。

 いや、それを果たして油断や慢心などと呼んで良かったのか、今となっても分からない。

 それでも、明日美がイマジンの最後の一撃を見誤ったのは確かだった。

 ザクリ、などと言う音などもなく、
 刃はヴェステージの胸と腹の間……コントロールスフィアがある位置を貫いていた。

明日美「ッ………………ゥァァァァァァァァッ!?」

 明日美が声ならぬ悲鳴を上げたのは、自らの腰を半分ほど切断している刃の存在に気付いた直後、
 切り裂かれてからたっぷりと二秒以上の時が過ぎてからの事だった。

 そう、切れ味抜群のイマジンの刃が……集束魔力刃を伴った刃がヴェステージと明日美の身体を貫いたのだ。

 だが、残る一本の刃は先ほど、明日美自身の手によって叩き折られた筈である。

 では、この身体を切り裂き、愛機を貫いている刃の正体は?

 それは、必殺の一撃の直前に叩き折った筈の刃だった。

 イマジンはあの連続魔力爆発の中、叩き折っていた筈のもう一方の刃を再生させていたのだ。

 錯乱の末の行動か、明日美達への復讐に専心した執念故の行動かは分からない。

 だが、既に存在していなかった筈の刃にヴェステージは貫かれ、明日美の身体が切り裂かれたのは事実である。

 その刃もすぐに霧のようなマギアリヒトの粒子に変わって消え去ってしまう。

 ヴェステージのエーテルブラッドも損耗限界を超え、機体内に残る全ての魔力を使い果たし、
 自身も魔力ノックダウン状態に陥った明日美は愛機諸共に、瓦礫だらけの街へと墜ちて行く。

イマジン『……R……R、rr……』

 その様を見届けながら、イマジンは最後の爆発と共に霧散して行った。

 直後、大音響と共に瓦礫の中に落ちた明日美は、遠のいて行く意識の中で自分の名を叫び続ける愛器と、
 必死に呼び掛けて来る妹の声を聞きながら、気を失った。

 そして――

 ――現在、明日美は見開くように目を覚ます。

明日美「ぅ、ぅ……」

 低い呻き声を漏らし、横たえていた身体を起こした明日美は、辺りを見渡す。

 ここは自宅……自身の経営するひだまりの家に併設されたログハウスにある寝室だ。

 どうやら、昔の夢を見ていたらしい。

 今は2075年の八月。

 実に二十七年以上も昔、実際に体験した出来事だ。

明日美「………久しぶりに、嫌な夢を見たわね……」

 明日美は自嘲気味に独りごちて、深いため息を漏らした。

 時刻は夜中の三時。

 出勤まではまだ三時間以上もある。

 比較的大きな仕事を片付け、執務に余裕が出た事で久しぶりに帰って
 自宅のベッドで眠れると思った矢先にコレでは堪った物ではない。

 よく見れば全身汗まみれだ。

明日美「本当に……嫌な夢……」

 明日美は先ほどまで見ていた夢を……その時の体験を思い出して、吐き捨てるように呟いた。

 アルフが右腕と右脚の自由を失ったあの日の激戦で、自分も愛機と子宮を失った。

 苦し紛れ――かどうかは分からないが、明日美はそう思っている
 ――にイマジンが再生させた刃は、コントロールスフィアを貫いて
 ヴェステージのハートビートエンジンを破壊し、明日美は片側の卵巣と子宮を大きく損傷した。

 アルフが元の身体を残してサイバネティクス手術を受けたように、
 自分にも人工子宮と置き換える手術を薦められたが辞退し、逆に残るもう一方の卵巣の摘出手術を受けた。

 少々、短絡的に思えたかもしれない判断だったが、三十を過ぎ、
 かつての月島勇悟以外で愛おしいと思える男性と出逢える事が無く、
 その機会ももう無いだろうと判断しての事である。

 その判断は結果として当たってしまい、結局、伴侶と呼べるような人間と出逢う事もなく今に至っていた。

 ともあれ、あの後、愛機を失った明日美は、戦線に復帰できるまで回復した後、
 当時の司令の要望と自らの意志もあって前線部隊の教官職に就く事となった。

 まだ若い妹や仲間達が、自分とアルフを失って三人だけになってしまった事への不安や、
 新たに配属される可能性もあったドライバー達に自分と同じ過ちを繰り返させたくない、そんな思いもあってだ。

 そして、その司令が数年して定年を迎えた後、優秀だが繰り上がりで副司令となるには
 まだ若いと判断されたアーネストに代わって副司令となり、十七年前に司令となって今に至る。

明日美「……色々と、あったわね……」

 明日美はかつてを思い返し、溜息がちに感慨深く呟く。

 最初の教え子であり、
 二代目のチェーロのドライバーであったアルバート・コネリーを失った十三年前の戦い。

 先代のエールのドライバーであり、
 アルフの元を卒業した後も自分の元で鍛え続けた朝霧海晴を失った一年前の戦い。

 妹や妹の幼馴染み達の訓練の相手もしてきたが、本当に教え子と言える者は三人だけ、
 その内で今も息災なのはマリアの先代であるプレリーのドライバーで、
 このひだまりの家から巣立って行ったリーザ・サンドマン……
 現タクティカルオペレーターの一人、アリシア・サンドマンの母だけだ。

 恩師、母、父、愛した男、可愛い教え子達。

 大切な人を喪ってばかりの苦しい人生だった。

 だが――

明日美「………」

 明日美はふと、ベッドサイドに置かれた大きな写真立てに目を向ける。

 古い写真は全てフォトデータに直し、妹の明日華に譲った明日美だったが、
 そこにはたった二枚だけ、古めかしくやや色褪せた写真があった。

 幼い自分とまだ若い両親の写った家族写真、生まれたばかりの妹を加えた家族写真の二枚。

 ――それでも、揺るがぬ決意を支えてくれる大切な思い出は胸の内にある。

 写真を眺めながら、不意に笑みを浮かべた明日美はベッドから起き上がる。

明日美(少し早いけれど……もう眠れそうにないわね……)

 汗まみれの身体と濡れたシーツではあと数時間を眠るのは難しい。

 シャワーで汗を流し、パジャマとシーツも洗濯しよう。

 明日美はそう決めると、少し早い出勤に向けて準備を始めた。

―2―

 ミッドナイト1が美月・F・譲羽に名を改めてから僅かに時は過ぎ、8月5日、月曜日。
 皇居正門前――


 二十七年も前に人類の命運をかけた大激戦の地となったその場所に今、
 巨大な正門を背に仁王立ちするクルセイダーと、その左右に並ぶ突風・竜巻、
 チェーロ・アルコバレーノ、そして、カーネル・デストラクター。

 そこから五キロほど離れた位置、広い交差点に立ち並ぶのは
 エール、クレースト、クライノート、ヴィクセン、アルバトロスの五機。

 全十機のオリジナルギガンティックが、その戦力を半々に分けて相まみえる光景は圧巻の一言だ。

 お互いの間に走る緊張感が伝わり、肌が引き攣るように感じる。

 それは、ギガンティックを駆るドライバー達も同じで、ある者は微かな不安を目に宿し、
 ある者は冷静に視線を走らせ、ある者はいつの間にか額に浮かんでいた汗を手の甲で手早く拭う。

 触れれば切れそうな緊張感が最高潮に達しようとした瞬間、エール……空が動く。

空「各機散会! 茜さんは左翼から風華さん、フェイさんは上空から瑠璃華ちゃん、
  美月ちゃん右翼からクァンさんとマリアさんにそれぞれマッチアップ!
  レミィちゃんは私と一緒に臣一郎さんを正面突破で!」

 空は仲間達に指示を飛ばすと、その場で即座にプティエトワールとグランリュヌを切り離し、
 レミィのアルバトロスMk-Ⅱと愛機を合体させた。

レミィ「空、最初から全速力で行くぞ!」

空「お願いっ!」

 レミィの声に応え、空はクアドラプルブースターを噴かし、クルセイダーに向けて一気に肉迫する。

風華『させないわよ、空ちゃん、レミィちゃん!』

 だが、そこに風華と突風・竜巻が割り込む。

空(風華さん……やっぱりこっちの突進にタイミングを合わせて来た!?)

 お互いに加速力に優れる機体とは言え、後出しでタイミングを合わせられる所は、流石の一言に尽きる。

 だが――

茜『それはこっちの台詞だ!』

 二機の隙間を縫うように、茜とクレーストが飛び込んで来た。

 衝突を考慮してギガンティック一機分の隙間は確かにあったが、
 そこに迷うことなく飛び込んだ茜の胆力も流石と言えよう。

 クレーストの振りかざした槍の切っ先と、突風・竜巻の蹴り上げたブレードエッジがぶつかり合い、
 耳障りな金属音がけたたましく鳴り響く。

 そこで二機の動きは止まり、空達はその傍らを駆け抜ける。

瑠璃華『馬鹿正直な正面突破を許すワケないぞ!』

 しかし、いつの間にか左手側に展開していたチェーロ・アルコバレーノが、
 瑠璃華の声と共に拡散魔力弾を放ってきた。

 拡散範囲こそ狭いが、完全にエールの進行方向に的を絞った攻撃は、動きを止めなければ回避不可能だ。

 だが、空は構わず魔力弾のまっただ中に向けて突っ込む。

 半数以上が直撃する。

 そう思われた瞬間、エールの周囲を山吹色の輝きが覆った。

瑠璃華『フローティングフェザー!? フェイか!?』

フェイ『申し訳ありません、天童隊員。
    支援砲撃は全て封じさせていただきます』

 愕然として上空を見上げた瑠璃華の視界に、悠然と滞空するアルバトロスMk-Ⅱの姿。

 そう、フェイが上空から支援してくれる事を見越して、空は敢えてスピードを緩めなかったのだ。

 さらに、フェイは愛機の腕を魔導カノンへと変形させ、
 地上のチェーロ・アルコバレーノに向けて無数の砲弾を放つ。

 瑠璃華も対空戦を始めざるを得ず、支援砲撃を任せられていたらしい瑠璃華と
 チェーロ・アルコバレーノはそこに釘付けにされてしまう。

 風華、瑠璃華の立て続けの邀撃を仲間の援護で退けた空達は、臣一郎に続く最後の関門、
 正門前広場の入口に立つカーネル・デストラクター……クァンとマリアの二人と対峙する。

クァン『スピードならそっちに分があるだろうが……!』

マリア『真っ向勝負の力比べなら、アタシらの方が上だよ!』

 待ちかまえるカーネル・デストラクターから、クァンとマリアの声が響く。

 マリアの言う通り、同じダブルエンジンの出力を速力と武装に回したハイパーソニックでは、
 その殆どを関節部の出力向上に割いたカーネル・デストラクターが相手となれば、力比べでは分が悪い。

 だが、それは空も想定済みだ。

空「美月ちゃん、お願いっ!」

 空は僅かにクアドラプルブースターの出力を下げて貰い、一瞬だけ減速する。

 すると、その頭上を跳び越え、背後からフル装備のクライノートが姿を現した。

 最大戦速のヴァッフェントレーガーに運ばれつつ、エールHSの背後に付いていたのだ。

美月『02、イグニション……!』

 美月はエールの頭上を跳び越えるなり、両腕に装着したロートシェーネスを起動し、
 巨腕後部のスラスターを噴かしてカーネル・デストラクターに飛び掛かる。

 巨大な拳同士がぶつかり合い、魔力の衝撃波が広場の立木を大きく震わせた。

 数々の武装のお陰でオールラウンダーに見えるクライノートだが、
 本体はそれらの武装に振り回されぬよう、高い安定性と強度を誇る。

 カーネル・デストラクターのマッチアップの相手として、これ以上の適役はいないだろう。

美月『ソラ、レミィ……行って下さい』

 美月は静かに言い放つと、腰部のドゥンケルブラウナハトから魔力砲弾を放つ。

 しかし、そこはオリジナルギガンティックでも最高硬度を誇るカーネル・デストラクターだ。

 ゼロ距離射撃とは言え、たじろがせるので精一杯だった。

 だが、それで十分である。

空「ありがとう、美月ちゃん!」

 空は美月に礼を言いながら、組み合う二機の傍らをすり抜け、
 遂に本丸とも言えるクルセイダーの正面に躍り出た。

 一方、クルセイダーは既に迎撃準備を整えており、
 青藍のエーテルブラッドがその手足を覆い、眩い輝きを放っている。

 いつでもエクステンド・ブラッド・グラップル・システム――
 E.B.G.S――を発動させる事が出来るだろう。

 ブラッドを機体外に放出、硬化、属性変換する事で生み出される、
 結界装甲そのものとも言える伸長する手足。

 クルセイダーは格闘戦専用で俊敏とは言い切れない大型機だが、
 その一点でただの格闘戦用ギガンティックと言い切れない性能を発揮する。

レミィ「ッ、時間をかけ過ぎたか!?」

 レミィもソレを警戒し、クアドラプルブースターを旋回させて強制減速させ、
 再度、距離を取ろうとした。

 だが――

空「レミィちゃん! このまま全速力! 皇居正門を落とせば私達の勝ちだよ!」

レミィ「そう言う戦略的な物言いは目をキラキラ輝かせて言う物じゃないだろっ!?」

 空の言葉で急制動を踏み留まったレミィだが、それを言った空の顔を覗き込んで思わず声を荒げる。

 空は臣一郎との真っ向勝負を楽しんでいるようだ。

レミィ「どうなっても知らないからな!」

 レミィは自棄気味に叫ぶと、落ちかけていたブースターの出力を最大にまで引き上げた。

臣一郎『勝負だ……朝霧君!』

空「はいっ! 本條隊長!」

 低い声で言い放つ臣一郎に応え、空は姿勢を低くして走り出す。

 対して、臣一郎……クルセイダーも腰を落として重心を低くし、両腕を大きく腰だめに引き絞る。

臣一郎『本條流格闘術奥義……! 轟ノ型参・改! 流水……!』

 込められて行く魔力に呼応して、腕を覆うエーテルブラッドの装甲が水へと変化し、激しく波立つ。

臣一郎『轟砕双打掌ッ!!』

 そして、突き出された一対の掌底打ちから激流が放たれ、真っ向から迫るエール・HSに襲い掛かった。

 掌底・掌打・手刀による目標の粉砕を目的とした轟ノ型。

 その奥義が第三、轟砕双打掌【ごうさいそうだしょう】。

 引き絞った腕から放たれる掌底打ちと言うシンプルだが、
 破壊力抜群の一撃に加えて、流水変換による激流の如き破壊力。

 生身のソレですら身の丈を上回る巨岩すら粉砕する一撃だ。

 イマジンやギガンティックは勿論、直撃すればオリジナルギガンティックですらひとたまりもない。

 だが、当たれば必殺のその一撃を、空は身体を大きく左側に傾けて避けた。

 突出した肩の装甲とアスファルトが接触し、火花と共にアスファルトが砕け散る。

 クアドラプルブースターの推進力と加速性能に任せた強引な回避だ。

 エール・HSの斜め上を、目標を見失った二筋の激流が駆け抜けて行く。

臣一郎『その程度で!』

 しかし、臣一郎もただでは引き下がらず、
 激流を放ちながら右腕は横薙ぎに、左腕は下に振り下ろして空達の逃げ道を制限する。

 空達から見れば足もとを左腕から放たれた激流が塞ぎ、右腕が頭上を塞いだため、逃げ道は一つ、
 このままさらに左側に跳ぶしかない。

 だが、いくら皇居前の広場に出たとは言え、左に大きく跳べば高層ビルの建ち並ぶ官庁街に飛び込んでしまう。

 頭から突っ込めば突進の勢いを殺されるどころか、さらに逃げ道を塞がれる事になるのだ。

空「……レミィちゃん! このままっ!」

レミィ「言うと思ったよ!」

 空は瞬時に判断し、抗議めいた声を上げるレミィの声と共に真っ直ぐに突っ込む。

臣一郎『ふんっ!』

 直後、臣一郎は一旦軽く振り上げた右腕を斜め下に向けて振り下ろし、
 殆ど倒れる寸前の体勢で駆けるエール・HSの脳天に向けて激流を叩き込まんとする。

空「ここ……だぁっ!」

 だが、空はクルセイダーの右腕が振り下ろされ始めた瞬間、最も速度の低い一瞬を見極め、
 左腕の裏拳でアスファルトを叩いて上体を無理矢理起こすと、クアドラプルブースターを噴かしてさらに肉迫する。

 しかし、その無理矢理な回避運動では臣一郎の追撃を回避するのは難しく、
 四基あるブースターの内、右上の一基が激流の直撃を受けて砕けた。

空「ッ!? れ、レミィちゃん!」

 魔力でリンクしている右肩胛骨に走った激痛を気合で押さえ込み、空はレミィの名を叫ぶ。

レミィ「レフト1、パージッ! ヴィクセンッ!」

ヴィクセン『オートバランス補正開始! まだ行けるわ!』

 レミィは即座に左上側のブースターを切り離し、ヴィクセンに姿勢制御を預けた。

 ヴィクセンは残った下側二基のブースターを最大まで広げてバランスを立て直させる。

 一瞬、大きく姿勢を崩された空とエール・HSだが、判断と立て直しが早かった事で大きな時間的ロスは無かった。

 ブースター破壊から体勢を立て直し切るまで四秒足らず。

 だが、その四秒足らずで臣一郎とクルセイダーもまた、完全に体勢を立て直し切っていた。

臣一郎『本條流格闘術、奥義! 轟ノ型壱・改! 炎熱……轟烈掌ッ!!』

 さらに、袈裟懸けに薙ぐような炎の手刀が振り下ろされる。

 だが、空は怯まずに突進を続けた。

空「うわあぁぁぁっ!」

 裂帛の気合を一声、クルセイダーの腰に向けて体当たりを見舞う。

臣一郎『ぬぅぁっ!?』

 推力が半分になったと言っても、それでも重量級のエールの体当たりに、
 さしものクルセイダーも僅かにぐらつく。

 だが、臣一郎も振り下ろす手刀の勢いを緩めてはいなかった。

 超高温の炎の剣と化した手刀が、エール・HSの背面を捉えんとした、その瞬間――

レミィ「空、後は任せた!」

 レミィはそう叫ぶと、自身の愛機とエールのOSS接続を解除する。

空「れ、レミィちゃん!?」

 振り返って目を見開き、愕然と叫ぶ空の目の前でレミィの姿がスフィア内から消え、
 突如として背面に巨大な物体――ヴィクセンMk-Ⅱ本体――が出現した。

 接続が解除された事で異物として認識されたためだ。

 直後、ヴィクセンMk-Ⅱは真っ二つに切り裂かれ、エールの背後で大爆発が起きる。

エール『204ロスト! 背面部ダメージ軽微……空!』

空「ッ……うぅぅあぁぁぁぁぁっ!!」

 エールの報告を聞きながら、背中を焼かれる痛みを気合でねじ伏せた空は、
 まだ腕に残る……レミィの遺してくれたツインスラッシュセイバーに魔力を集中した。

 鋭い魔力の刃が伸び、体当たりの体勢から掴んだままのクルセイダーの腰に刃を突き立てる。

臣一郎『ッぐぅぅぁ……!?』

 深々と腰に突き立てられた刃の感触と激痛に、臣一郎も苦しそうに呻く。

 だが、まだ終わってはいない。

空「エール、結界装甲出力最大!
  プティエトワール、グランリュヌ、フォーメーション・デュオ! モデル・クロワッ!」

 空は残る全魔力と出力を結界装甲に集中し、
 合体直後から切り離したままのプティエトワールとグランリュヌに指示を出す。

 すると、二機の上空に全十六基の浮遊砲台が十字を描くようにして陣形を組み、
 その全ての砲門を直下のギガンティック達に向けた。

臣一郎『お、おぉっ!?』

 上空を見上げながら、臣一郎は驚愕と感嘆の入り交じった声を上げる。

 エールのツインスラッシュセイバーは、腰を切断するほど深くは突き刺さってはいないが、
 すぐに振り払えるほど生易しくはない。

 さらに、エールの身体は一回り大きいクルセイダーの下に回っている。

 加えて最大まで出力を高めた結界装甲。

 十六基の浮遊砲台からの一斉射の大ダメージも、ほぼ七割から八割をクルセイダーが受ける事になり、
 ダメージも最小限に抑えられる。

 射角を調整する余裕があれば、エールが受けるダメージは、ひょっとすれば一割を切るかもしれない。

 これは回避不可能な上、防御にも最大級の出力を割かなければならないだろう。

 その上――

空「アルク・アン・シエル……フル・ファイアッ!!」

 ――通常防御を無効化する虹の輝き!

臣一郎『ッ! デザイアッ! ブラッド・プリズンだ、急げっ!』

デザイア『イエス、ボスッ!』

 慌てて叫ぶ臣一郎に、クルセイダー……デザイアもどこか焦ったように応えた。

 直後、二機のオリジナルギガンティックを虹の輝きが包んだ。

空「ッ!? ………あ、あれ?」

 直後に来るであろう衝撃を想定し、身構えたいた空だったが、
 拍子抜けする程に少ない衝撃に思わず素っ頓狂な声を上げる。

 そう、自らにも僅かとは言え降り注ぐ筈だった虹の輝きは、空とエールにまで届いてはいなかった。

 いや、エールだけではない。

 クルセイダーにすら、虹の輝きは届いていなかった。

 虹の輝きを阻んでいたのは、青藍に輝く分厚い結晶の檻。

 機体外に排出されたエーテルブラッドで作り上げた、巨大な防壁である。

 虹の輝きはその分厚い結晶の中を屈折、乱反射して足もとにまで逃がされていたのだ。

空「そ、そんな……!?」

臣一郎『君のように撃てはしないが祖母の使っていた魔法だ……対策くらいは幾つか考えていたよ!』

 愕然とする空に、臣一郎は力強く言い切った。

 数秒後、虹の輝きがその勢いを失うと、役目を終えた結晶の檻――ブラッド・プリズン――は砕け散り、
 相手の腰を掴んだまま茫然と立ち尽くすエールと悠然と立つクルセイダーが残る。

空(ま、魔力の回復が遅い……!?)

 直後、空は急激な脱力感に襲われた。

 無限の魔力を持つ空は、一度の魔法や防御に全魔力を注ぎ込んでも、
 僅かな時間があれば最大まで回復してしまえる。

 だが、他者の魔力の影響下にいる場合はその回復も遅れてしまう。

 ブラッド・プリズン本体は砕けたとは言え、臣一郎の魔力の余波はまだ周囲に残っている。

 自身のエーテルブラッドの劣化こそ最小限に抑える事が出来たが、
 肝心の魔力がなければ結界装甲はその強度を著しく減じてしまう。

臣一郎『今度こそ終わりだ、朝霧君!』

 そして、臣一郎はその言葉と共に、燃える刃と化した手刀をエールの背面へと突き立てる。

 空は息を飲む間もなく手刀によって胴体を貫かれ、深々と突き立てられた手刀は、遂にエールの胸まで貫いた。

 背面からエンジンと、そして、コントロールスフィアを貫通する一撃だ。

 主と動力を失ったギガンティックは、その腕から伸びた魔力の刃も消え去り、膝から崩れ落ちた。

 そして――

 ――朝霧空は目を覚ます。

空「ッ!? ハァハァ……!?」

 飛び跳ねるようにして起き上がった空は、肩で息をする。

 呼吸は乱れ、バケツで水を被ったかのように全身が汗でびっしょりだ。

レミィ「お疲れ……空」

 そして、その傍らには、先ほど乗機諸共に爆発四散した筈のレミィ。

 肩を竦めたレミィは悔しさの滲む苦笑いを浮かべ、慰めるように空の肩を叩いた。

 そこでようやく正気に返った空は、深呼吸を繰り返して呼吸を徐々に整えてゆく。

空「……ごめんなさい、レミィちゃん……また負けちゃった」

 ようやく呼吸が整ってきた空は、悔しさ半分申し訳なさ半分と言った風に気落ち気味に呟いた。

 そして、ベッドからゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。

 仲間達もベッドから起き上がり、身体を解す者もいれば、先ほどの戦闘を振り返って反省している者もいる。

 そう、ここはシミュレータールーム。

 もうお気付きだろう。

 先ほどの戦闘はシミュレーターを利用した模擬戦である。

 そうでなければオリジナルギガンティック同士……仲間同士での全力での戦闘、
 ましてや皇居護衛が本分であり、その仕事を誇りに思っている茜が皇居を防衛している側に攻撃を仕掛ける筈がない。

 とは言え――

茜「模擬戦でも皇居に向かって攻撃を仕掛けるのは、あまり精神衛生上良くないな」

 ――気持ちはやはり複雑なようで、茜はどこか納得がいかないと言った様子で肩を竦めて嘆息を漏らしている。

???「はーい、みんなー、ちゅーもーくっ!」

 空達がそんな話をしていると、不意に離れた位置から声が上がった。

 全員がそちら……コントロールパネル側に視線を向けると、そこにはほのかとサクラ、クララの三人に加え、明日美が座っている。

 声を上げたのはほのかのようで、彼女は掲げた手を軽く振って注目するように促していた。

ほのか「じゃあ、先ずはさっきの防衛戦を想定した紅白戦の戦闘結果の報告からね。

    攻撃側の白組、隊長機、および随伴一機が撃墜。二機小破、一機無傷。
    防衛側の紅組、隊長機、随伴二機が中破、二機小破。
    防衛拠点の皇居正門は無傷、よって紅組の勝利」

 ほのかが模擬戦の結果を告げると、彼女達の背後の大型モニターにその戦績が映し出されてゆく。

空「あ、アハハハ……」

 紅白戦で白組の隊長を務めていた空は、殆ど惨敗を言って良いほどの評価に乾いた笑いを漏らす。

レミィ「やっぱり撃墜は私達だけか……ハァ」

 レミィも情けないやら悔しいやらと言った風に肩を竦め、盛大な溜息を交えて呟く。

 201と204の横についた“LOST”の文字の点滅が目に痛い。

サクラ「それでも、白組は唯一無傷で役目を果たし続けたフェイとアルバトロスは凄いですね」

クララ「うん、あと美月ちゃんとクライノートもね。
    クァン君達とカーネルを短時間で中破まで追い込んでるもの」

 サクラとクララは映像で戦況を再確認しながら、そう言って顔を見合わせた。

 フェイとアルバトロスは終始優勢で瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノを足止めし続け、
 美月とクライノートもクァンとマリア、それにカーネル・デストラクターを休むことのない連続攻撃で押し留めたのだ。

フェイ「私の場合、機体特性もありましたが、
    マッチアップしていた天童隊員の頭上と言う有利な位置を取れた事が大きな要因でした」

瑠璃華「正直、一対一での対空戦は私とチェーロ・アルコバレーノの課題だな……。
    改良案もさっさと考えないと」

 淡々と呟くフェイに、瑠璃華も思案気味に呟く。

クァン「まさか、片腕を持っていかれると思わなかったよ」

マリア「この模擬戦でどんどん腕あげてるじゃん、美月」

美月「………恐縮です」

 クァンとマリアからの賞賛に、美月は褒められ慣れていない事もあって顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯く。

明日美「最終的な勝利は紅組だったけれど、全体的な戦況では白組有利だった、と言えない事も無いわね」

 明日美はそんな様子を見渡しながら、どこか感慨深げに呟いた。

ほのか「確かに……エールとヴィクセンが撃墜された事で最終的な被害は白組が上回ってますけど、
    隊長機を除いた各メンバーの被害量の比較だと紅組の方が被害は上と言う事になりますね」

サクラ「戦況が五分で推移していたのは本條小隊長と藤枝隊長の戦闘くらいで、
    他は基本的に紅組側が優勢でしたからね」

 ほのかがそう思案げに漏らすと、サクラがその後を引き継いで言った。

 小破、中破、大破、撃墜の順に一から四の段階で数字を当て嵌めれば、
 白組は撃墜二と小破二で十、紅組は中破三と小破二で八となって被害は少なく見える。

 だが、隊長機同士の戦闘結果を除外した場合は白組は二、紅組は六と、実に三倍もの差となるのだ。

 ヴィクセンの撃墜の被害……被害度四を追加しても六対六と互角である。

クララ「けど、それって本條隊長とクルセイダーが圧倒的って事になるんじゃないかな?」

 しかし、サクラの隣で考え込んでいたクララがあっけらかんと言い放ち、空とレミィはがっくりと肩を竦めた。

 そう、三倍もの被害を一機でひっくり返したのは、他ならぬ臣一郎とクルセイダーだ。

 仲間達の十全な援護を最後まで活かし切れなかった事、
 しかも殆ど捨て身の戦法まで使ったと言うのに攻め切れなかった事は大きい。

 ちなみに、作戦が成功していれば発射直前にヴィクセンを切り離し、
 レミィ達には射撃有効範囲から離れてもらうつもりでいた。

 だが、予想以上に動く臣一郎とクルセイダーに翻弄されて、
 最後の切り離し前にヴィクセンが撃墜されてしまったのである。

臣一郎「だけど、本当にギリギリまで追い込まれたのは今回が初めてだ。
    朝霧副隊長もヴォルピ君もそんなに気を落とさないでくれ」

 気落ちした様子の空とレミィに、臣一郎は宥めるように言った。

 臣一郎の言葉は本心だ。

 クルセイダー……デザイアがアレックスの晩年に第二世代オリジナルギガンティックとして完成してから大凡四十年。

 いかなるイマジンもギガンティックも、起動中のクルセイダーに中破以上の手傷を負わせた事は無い。

 それは先々代の一征、先代の勇一郎から一貫してだ。

 クルセイダーが大きな損傷を負ったのは、
 60年事件のパレード中、起動前に集中攻撃と絨毯爆撃を受けたただ一回だけである。

 正に“無敵の衛士”だ。

 そのクルセイダーを相手にほぼ一対一で肉迫し、中破まで追い込んだ上、
 奥の手のブラッド・プリズンまで発動させたとなれば大金星と言って差し支えない。

美月「ソラ、レミィ、どんまい、です」

 美月も落ち込む二人を励まそうと両手に握り拳を作って、大人しい彼女なりに精一杯力強く言った。

 こちらは特に根拠無く、単に励ましたいだけだろう。

明日美「二人の言う通り、そこまで落ち込む事もないわ」

 明日美は不意に立ち上がってそう言うと、さらに続ける。

明日美「今回の合同訓練に於いて、あなた自身の総合戦績は決して恥じるようなモノではないわ」

クララ「実際、三日間の行程で空ちゃんの戦績は茜ちゃんと並んで個人三位だしねぇ」

 落ち着いた様子で言った明日美の言葉を補足するように、クララがあっけらかんと言った。

 一対一の個人戦リーグに於いて、上位は臣一郎、風華、そして空と茜の四人だ。

 そこから下にクァン、レミィ、美月、フェイ、瑠璃華、マリアと続く。

 他のメンバーの中では、個人成績で振るわなかったとしても紅白戦では大きく貢献している者もいる。

 空は基本的に臣一郎とは違うチームなるよう、明日美が意図的に振り分けていたため、
 団体戦での戦績が振るわなかった事もあって、そこが気になっているのだろう。

 個人・団体の総合で言えば、空の順位は九位と言った所だが、
 これも基本的に臣一郎が意図してマッチアップしていたためだ。

 団体戦の度に撃墜、或いは大破していれば総合成績が振るわないのも無理は無い。

 だが、副隊長……指揮官としての責任感がその低い成績に納得できないのは、また別の話である。

 先ほどの紅白戦も、レミィ自身が庇ってくれた事とは言え、
 結果的に彼女を犠牲にしてしまったのも悔やまれる一因だ。

臣一郎「副隊長としての責任感があるのは良い事だ。
    けれどそれだけに囚われるのも良くない事だよ」

 空のその辺りの気持ちを察してか、臣一郎は窘めるように言った。

 実際、自分が空の立場ならば落ち込まずにいるのも難しい。

空「本條隊長……」

臣一郎「僕も今の役職について数年だが、それでも色々と見えて来た事もある」

 怪訝そうな空に、臣一郎は言い聞かせるように語りかけ、さらに続ける。

臣一郎「隊長と言うのは大きく分けて二つのタイプに分類される。
    一方は君のお姉さんのように仲間達を引っ張って行くタイプ、
    もう一方は仲間にもり立ててもらうタイプだ」

空「引っ張って行くタイプと、もり立ててもらうタイプ……」

 臣一郎の言葉を反芻しながら、空は考え込む。

 確かに、仲間達の様子や生前の姉の様子を見聞きする限り、亡き姉は仲間達を引っ張って行くタイプだったに違いない。

 自分も、確かな実力と統率力に裏打ちされるかのような、そのタイプに憧れがある。

 臣一郎も恐らくはそのタイプであろう。

 だが――

臣一郎「僕は典型的な後者のタイプでね……」

空「えっ!?」

 ――臣一郎からの思わぬ一言に、空は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 空の反応が予想通りだったのか、臣一郎は苦笑いを浮かべてさらに続ける。

臣一郎「考えてもみてくれ。
    機体は確かに強いが、その性能を十分に発揮するためには、
    ブラッド貯蔵施設を埋設している皇居正門から離れられないんだ」

 臣一郎はそう言って肩を竦めた。

 無敵に見えるE.B.G.Sも、絶えずブラッドを供給できなければ機体が動作不能に陥ってしまう。

 その上、貯蔵施設は規模が大きければ維持費も膨大で、幾つも増設するワケにはいかない。

 結果的にクルセイダーは正門前から動けないギガンティックとなってしまっているのだ。

臣一郎「まあ、普段から置物同然だからね……。
    だからこそ部下達や妹達に頑張って貰っているワケで、
    回りにもり立てて貰わないと僕は隊長としてはやっていけないんだよ」

風華「私も、みんなにもり立てて貰わないと駄目な方かなぁ」

 苦笑いを浮かべた臣一郎に続いて、風華が肩を竦めて呟く。

 確かに、ギガンティック機関の前線部隊は風華と空を中心に纏まっているが、
 どちらかと言うと仲間達が風華と空を隊長・副隊長としてもり立ててくれている部分が大きい。

臣一郎「僕も仲間を引っ張るタイプの隊長には憧れるが、
    そうやって自分に合わない事を目指すのは努力とは違うんだ」

空「努力とは違う……?」

 窘めるような臣一郎に、空は訝しげに訪ねる。

臣一郎「なりたい物を目指すのは努力ではあるんだ。
    だけど……自分に出来ない、自分だけでは出来ない事に自分の力だけで立ち向かうのは違うんだよ」

茜(耳が痛いな……)

 兄の言葉を聞き、一人で抱え込んで憎しみに囚われていたかつての自分を思い出し、
 茜は肩を竦めた。

 そして、それは空も同じだ。

空「自分だけでは出来ない事……」

 空はその言葉を反芻しながら、確かに、と納得する。

 一人で抱え込んでは耐えきれなくなり、親友達や仲間達に幾度も迷惑をかけた。

 だが、今は少しづつでも成長しているつもりだ。

 それでもまだ、他人から見れば自分は背負い込み過ぎなのだろう。

 となれば、これは自分の性分だ。

 三つ子の魂百迄と言うが、持って生まれた、物心つくまでに培った性分と言う物は早々治るものでもない。

 難しい物だ、と空が唸っていると臣一郎が苦笑いを浮かべた。

臣一郎「あまり難しく考え込む事でもないよ……。
    答はいつだって見えていないだけで、案外、既に自分の中にあるものだ」

空「見えていないだけで、自分の中に……」

 空は三度、臣一郎の言葉を反芻すると、自らの胸に手を当てる。

 答は自分の中にある、と言う感覚は分からないでもない。

 事実、昨年末に荒れていた時も、自分の中にある答を見出せたからこそ、今もこうしてここにいられるのだ。

 今回も、そうやって自分の中にある物で見出して行くべき、と言う事だろうか?

臣一郎「自分自身や仲間達と向き合って行く内に、自然と分かる物さ」

 まだ悩んでいる様子の空に、臣一郎はそう言って爽やかな笑みを浮かべた。

 風華も穏やかに微笑んでいる所を見ると、どうやら彼女は自分自身の答えは既に見付かっているようだ。

風華「明後日からしばらくは派遣任務もあるし……改めて自分自身と向き合うチャンスなんじゃないかしら?」

 風華は柔らかな笑顔のまま、そんな提案を持ち掛けた。

 派遣任務……件の軟体生物型イマジンがメガフロート各地に産み落として行った卵の探索と処分の事だ。

 もう一ヶ月も前になる卵嚢群発見など記憶に新しい所だろう。

 美月が加わった事で班編制も改められ、本来ならばクァンとマリアが二回連続で遠征に行く予定だったが、
 今回は空と美月の班とレミィとフェイの班が遠征に行く事になっていた。

 本部に五人のドライバーが残る事で即応力も以前とは段違いだし、
 何より、ヴィクセンとアルバトロスの性能が向上した事によって前述のような新編成も可能だ。

美月「ソラと一緒に頑張ります」

 美月は、派遣任務とは言え初めての出撃と言う事もあり、どこか熱の篭もった様子で言う。

 ふんす、と言う鼻息まで聞こえて来そうな気合の入れ様だ。

茜「そうか……しばらくは離れ離れになるんだな」

 だが、そんな気合十分と言った美月とは逆に、茜は少し寂しげな表情を浮かべた。

美月「あ……」

 美月もその事に気付くと、空と茜を交互に見遣る。

 その動きは次第に早くなり、表情もみるみる内に曇って行く。

 道具としての扱いばかりを受けて来た生活から、改めて人間らしい扱いをされる生活と環境の中で、
 急速にあるべき表情と感情を取り戻しつつある美月は、それまでの反動もあってか、
 とても繊細で寂しがりの甘えたがりな本性が表れつつあった。

 泣き出しそうな表情で空と茜を交互に見遣っているのは、どちらか一方と離される寂しさもあるが、
 だからと言ってどちらか一方を選ぶ事も出来ないジレンマに苛まれているのだ。

 難儀な物である。

瑠璃華「美月、美月~」

 そんな美月の様子を見かねてか、瑠璃華が手招きで彼女を呼ぶ。

美月「?」

 困った表情のまま首を傾げた美月は、トボトボと瑠璃華の元に歩み寄る。

 だが、瑠璃華は少し悪戯っ子のような表情を浮かべると、そんな美月の耳元で何事かを囁く。

瑠璃華「………? 成分? 補給? それは何ですか、ルリカお姉さん?」

 瑠璃華の言葉に美月は、キョトンとした様子で首を傾げた。

 ルリカお姉さん……美月は同計画で生まれた直接の姉である瑠璃華をそう呼んでいた。

 と言うより、瑠璃華が胸を張って姉として名乗り出たため、そう呼ばされていたとも言うが……。

 まあ、同じ人物同士から提供された卵子と精子をベースに使っているのだから、
 美月にだけ著しい遺伝子調整が為されていても、二人は間違いなく姉妹である。

 閑話休題。

瑠璃華「細かい事は気にしなくていいから、言われた通りにやってみるといいぞ」

 キョトンとした様子の妹に、瑠璃華は悪戯っ子の笑みを浮かべたまま、美月を茜の方に向けて歩かせた。

マリア「………ああ、そう言う事」

 途中、瑠璃華の企みに気付いたらしいマリアが、一瞬噴き出しそうな表情を浮かべた後、
 瑠璃華と同じくニンマリとした笑みを浮かべる。

 そして――

美月「アカネ……」

茜「ん? ど、どうした?」

 改まった様子の美月に、茜はどこか緊張した様子で返す。

 すると、不意に美月は茜の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。

茜「み、み、美月!?」

 突然の美月からの抱擁に、茜は驚きの声を上げる。

 だが、美月は構わず、頬ずりを始めた。

茜「ふおぉぁぁぁぁ………!?」

 友人の突如の大胆な行動に、その原因が瑠璃華にある事も忘れて茜は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ドライバーの正式な装備とは言え、身体のラインがはっきりと出るインナースーツを着た
 少女と幼い少女が密着している様と言うのは、なかなかどうして目のやり場に困る物だ。

 臣一郎は妹とその友人の様を微笑ましそうに見ているが、クァンなどは慌てて目を逸らしている。

美月「えっと……一ヶ月分のアカネ成分を補給しますから、
   アカネも一ヶ月分の私成分を補給してください?」

 美月は思い出すようにそう言って、どこか恥ずかしそうな上目遣いで言った。

レミィ「純粋な子供に何を吹き込んでいるんだ、お前は?」

 レミィは心底呆れた様子で言って、ジト目で瑠璃華を見遣る。

 当の瑠璃華はどこか自慢げな様子で胸を張っており、レミィの呆れの視線など何処吹く風と言った様子だ。

茜「る、瑠璃華ぁっ! 美月に妙な事を教えると怒るからなぁっ!」

フェイ「本條小隊長、譲羽隊員を抱き締めながら仰っても説得力がありません」

 怒声を張り上げた茜だが、フェイの言葉通り、
 頬ずりを続ける美月を抱き締めながらでは説得力など皆無である。

臣一郎「いや……本当に妹が明るくなってくれて僕も嬉しいよ」

空「あ、あの、本條隊長? 茜さん、あっちですよ?」

 凍り付いたように微動だにしない笑顔を向けてしみじみと語る臣一郎に、
 空はたじろぐように返す他なかった。

 その臣一郎の傍らでは、どうしたらいいものかと風華が慌てふためいている。

 最早、どんちゃん騒ぎの様相を呈して来た。

クララ「途中まではいい話っぽい感じだったんだけどなぁ……」

サクラ「何だか、もう収集がつかない雰囲気ですね」

 空達の様子を傍目に見ていたクララとサクラは、顔を見合わせて肩を竦める。

 一方、明日美はと言えば、この収集のつきそうにないどんちゃん騒ぎを、
 どこか目を細めるようにして眺めていた。

ほのか「司令、注意しなくても宜しいんですか?」

明日美「一通りの演習が終わったのだから……今は殆どオフのような物よ。
    羽目を外しすぎないならメリハリも必要でしょう」

 ほのかが怪訝そうに尋ねると、明日美は穏やかな様子でそう答えた。

 そして、さらに続ける。

明日美「……それにしても十人も揃うと賑やかね」

クララ「それは……まあ若い子が多いですからねぇ」

 感慨深く呟く明日美に、クララは空達を見渡しながら返した。

 クララも今年でまだ二十四と若いが、年上なのは今年で二十五の臣一郎だけで、
 他はみな年下ばかり……大半は十代だ。

 自分よりも長く機関に所属しているドライバーもいるので忘れがちだが、
 十代半ばの少年少女が命がけで戦っていると思えば、こうしてオンオフの切り替えるのも重要なのだろう。

 だが、明日美の言葉の真意は別にあった。

 彼女が現役のドライバーだった頃は、自分を含めてたったの五人しかドライバーがいなかったのだ。

 それも、常にロイヤルガードの責務として皇居正門にいなければならない勇一郎を除けば四人だけ。

 たった四人で残った人類を守らなければならなかった緊張の度合いを思い返せば、
 多くの仲間達と支え合い、笑顔まで見せてくれる今の若い世代が、羨ましくも眩しく写るのである。

 そして、それは幼き頃に憧れた亡き母達……旧対テロ特務部隊への憧憬に似た感覚でもあっただろう。

ほのか「さて、と……じゃあ私達はみんなが骨休めをしている間に、気合を入れて今回の模擬戦データを纏めましょう。
    クララも今回分のフィードバックお願いね」

サクラ「はい、主任」

クララ「は~い、チャチャッと終わらせちゃいましょ」

 ほのかの提案にサクラとクララは笑みを交えて頷き、三人は今回の模擬戦で得られたデータの分析を始めた。

明日美(そろそろ、次のチーフ候補の選定かしら、ね……)

 明日美は横目で三人の様子を頼もしげに見遣ると、そう胸中で独りごちる。

 そして、再び空達に視線を向けると、ようやく落ち着きを取り戻して来たのか、
 談笑混じりの模擬戦の講評に戻りつつあった。


 このロイヤルガードとの合同演習が終わった二日後、空達はそれぞれの派遣先へと出発して行った。

―3―

 合同演習から十日後、8月17日、土曜日。
 第四フロート第二層第五街区、中東・中央アジア文化保全エリア――


 中東や中央アジア各国の文化遺産、遺跡などを移築、
 模造した数々の建造物が建ち並ぶ観光地に空と美月は訪れていた。

 派遣任務の日程のおよそ三分の一が終わり、既に都合三度ほど卵嚢や卵の処理を終えた空達は、
 エール達の長期整備に入る二日間を利用した短い休暇を与えられたのだ。

 無論、単なる観光目的だけではなく、人と会う約束をしての事だった。

美月「………」

空「もうちょっとで待ち合わせの場所だから」

 多くの観光客で溢れかえる街中で手を繋ぎ、
 無言ながらもワクワクした様子で着いて来る美月に、空はそう言って笑顔を向ける。

 美月は嬉しそうに“はい”と頷く。

 空が待ち合わせをしている相手とは、真実達三人だ。

 真実達は夏期集中講習を終え、
 受験への追い込み前の気晴らしと卒業前の思い出作り第一弾として観光に来ているのである。

 美月も、ギガンティック機関入隊前からの空の友人達と会えるのが楽しみなのだろう。

クライノート『美月、はしゃぐ気持ちも分かりますが、足もともしっかりと見ないと転びますよ?』

美月「分かりました、クライノート」

 諫めるクライノートの言葉に応える声も、口調こそいつも通りに丁寧で落ち着いているが、
 その声音はどことなく弾んでいように聞こえる。

 空は傍らの美月を微笑ましそうに見遣った後、軽く辺りを見渡した。

空(えっとE2-005の14-01-06ってこの辺りだよね……カフェは……?)

 空は事前に待ち合わせ場所に指定されていた住所を思い出しつつ、
 携帯端末で地図情報と位置情報を確認しながら目当てのカフェを探す。

 歩きながらカフェを探していると、すぐにそれらしき建物が見えて来た。

 寺院に面した目抜き通りの目立つ位置にある、洒落た雰囲気のオープンカフェだ。

 しかし、聞かされていた特徴よりも空がそこを待ち合わせの場所だと一目で理解できたのは、
 店にほど近い席に座る親友達の姿を見付けたからだった。

 どうやら真実達もこちらに気付いたらしく、佳乃などは大きく両手で手を振っている。

空「うん、美月ちゃん、ここだよ」

美月「は、はい」

 空は佳乃に軽く手を振り返しながら美月に語りかけるが、
 対する美月はいざ目の前にした途端、緊張した様子で声を上擦らせた。

 空の友人に会える事には期待していたが、いざ初対面の人間と会うとなると緊張してしまうのだろう。

 空や茜とは物怖じなど感じられない頃から何度も会っていた事があったのと、
 他のドライバーやオペレーター達はひっきりなしの自己紹介で驚く間も無かったので上手くいったが、
 今回のように自らの足で会いに行くのは美月にとっても初めての経験で、いざとなって緊張が勝ってしまったのだ。

エール『大丈夫……みんな優しい子だよ』

 言葉を失っていたとは言え、幾度も空と真実達のいる場に付き添っていたエールは、
 美月を安心させようとしてそう言った。

美月「……はい、が、頑張ります」

空「うん、頑張ろうね」

 エールの言葉を受けて気を取り直した美月に、空も優しく微笑む。

 どこをどう頑張るかはともかく、
 最近ではお決まりになって来た美月の“頑張ります”の――
 要はいつもの調子に戻ったのだ――一言に、空も安堵する。

 二人がテーブル近くまで行くと、いの一番に飛び出して来たのは佳乃だ。

佳乃「おっす、空!」

空「佳乃ちゃん、久しぶり! 雅美ちゃんも真実ちゃんも」

 声を弾ませる佳乃に空も嬉しそうに応え、雅美と真実にも視線を向ける。

雅美「お久しぶりです、空さん」

真実「お久しぶり……と言っても、前に会ってから二ヶ月も過ぎていないのだけれどね」

 にこやかに返す雅美と、どこか皮肉っぽく返す真実。

 確かに、以前に直接会ったのは先々月の下旬……風華達が派遣任務に出発し、
 茜達が出向して来る前日の事だ。

 だが、短い期間にあまりにも多くの事が起こり過ぎたので、
 もう一年以上前のような気がしないでもない。

佳乃「まあ、細かい事はいいじゃん。
   ……んで、その子が連れて来るって言ってた子か?」

 佳乃はあっけらかんと言い切ると、空から半歩下がった位置にいる美月を、
 空の肩越しに覗き込むように見て尋ねた。

空「うん。……ほら、美月ちゃん、ご挨拶」

美月「は、はい……。

   み、美月・フィッツジェラルド・譲羽……です。
   よろしくお願いします」

 空に促され、美月は照れたような戸惑いと緊張の入り交じった様子で自己紹介をすると、
 深々とお辞儀する。

佳乃「ふぃ、フィッツジェラルド・譲羽!?」

 対して、佳乃は驚愕の声と共に仰け反った。

 雅美も真実も驚いたように目を丸くしている。

美月「? ???」

空「ああ、やっぱりそうなるよね」

 三人の反応に同じように目を丸くする美月と、親友達を交互に見遣りながら、空は苦笑いを浮かべた。

 現代社会に於いてフィッツジェラルド・譲羽のネームバリューは絶大である。

 かく言う空も、姉の死から間もない時に訪れた明日美に仰天した程だ。

 空は美月の出自の詳細は伏せながらも、司令である明日美が後見人として預かっている少女だと説明する。

 すると、三人もようやく落ち着きを取り戻した。

佳乃「しっかし驚いたなぁ……。
   小さい子が来るとは聞いていたけど、まさかこんな小さな子供だったなんてな」

 佳乃は美月の姿に感慨深げに呟きながら、飲み頃の温度になったチャイを一口飲み干す。

雅美「ただ……見た目より幼く感じますね」

真実「ええ、何となくですけど、歩実と同じくらいに感じられますわ」

 雅美に同意するように真実も頷く。

空「うん……まあ、色々あったから」

 空は傍らに座る美月に横目で視線を向けながら、どことなく言葉を濁し気味に呟いた。

 流石に、元々はテロリストの尖兵として使い潰される所まで働かされていた、
 などと街中でストレートに語るワケにもいくまい。

 ともあれ、当の美月は、チャムチャムと呼ばれるインドのお菓子を頬張りながら、
 心の底から幸せそうな笑みを浮かべている。

 チャムチャムとは煮詰めた牛乳をシロップで漬け込んだ生菓子の“ラスグーラ”を、
 牛乳と砂糖をベースにカルダモンとピスタチオで風味と食感を整えた“バルフィ”の生地で包んだ甘いお菓子だ。

 これに限らず、インドのお菓子は甘味の強い物が多いのだが、菓子類とは無縁な時期が長かった美月には、
 ともすれば辟易しかねない強い甘味も、幸せの味に感じられるのだろう。

美月「ソラ。これはソラも作れますか?」

空「う~ん……クッキーならともかく、こう言うお菓子はちょっと難しいかな?」

 期待の眼差しを向けて来る美月に、空は申し訳なさそうに言って“ごめんね”と付け加えた。

 料理が得意と言っても、空の場合はあくまで自炊の範囲だ。

 今日、初めて見たお菓子を作るのは難しい。

佳乃「ん? チャムチャムなら作れるぞ?」

美月「本当ですかヨシノ!?」

 やや首を傾げ気味に言った佳乃に、美月は驚きの声を上げる。

佳乃「ん、さすがにこの店と同じ味、ってワケにはいかないが、
   ちょいと甘さ控え目にしてラッシーにも合う感じで作れるぞ」

 佳乃は自信ありげに言って、空も飲んでいるヨーグルトドリンクに視線を向けた。

 さらに“お望みなら甘さマシマシ、ってのも行けるぞ”と付け加える。

美月「マシマシマシでお願いします」

 佳乃の言葉を聞きながら目を輝かせた美月は、そう言って僅かに身を乗り出した。

 関係無いかもしれないが、マシが一つ多いのは興奮の余りなのか何なのか……。

真実「何だか、もっと小さな頃の歩実を見ているみたい……」

 子供然とした純粋な振る舞いをする美月に、
 真実はふと、家で留守番しているであろう妹の事を思い出して目を細めた。

 その視線にはどこか妹にも向ける慈しみのような物が見て取れて、空は不意に違和感にも似た物を覚える。

空「真実ちゃん、何かあった?」

 空は思わず、その疑問を口にしていた。

雅美「そう言えば、ここ数日、どことなく憑き物が落ちたような雰囲気でしたね……」

 雅美も気になっていたのか、怪訝そうな表情を浮かべる。

 佳乃も美月とお菓子の話題で盛り上がりながらも、意識はこちらの話題にも向けているようだ。

 そして、普段なら“何もありませんわ”とだけ言ってそっぽを向いてしまう真実も、
 今日はいつもとは違う様子で、どこか神妙な……だが優しそうな面持ちで笑みまで浮かべている。

真実「先月からずっと仕事で家を空けていた父が、十日前に久しぶりに帰って来まして……。
   それで……色々とあった、と言う事ですわ」

 真実はどこか遠くを見るような眼差しで、思い出すように語り出した。

 十日前の夜。
 メインフロート第七層第一街区、瀧川家――


 長く対テロリスト戦における工作部隊責任者の任を勤め上げた真実の父は、
 事後処理を後続の部隊に引き継ぎ、殆ど一ヶ月ぶりに自宅へと戻っていた。

母「ごめんなさいね、真実。受験勉強で忙しいでしょうに……」

真実「構いませんわ。
   久しぶりに父様が帰ってきたんですもの、たまには家の事も手伝わないと」

 最初は母を手伝い、にこやかに夕飯の準備をしていた真実だったが、
 夕飯の時間が間近に迫った所で現れた祖父の姿に、僅かに身を強張らせる。

 真実の家……瀧川家は古くから続く軍人の家系であり、二次大戦後も一族から多くの自衛官を輩出し、
 三次大戦の終戦前後も再編されたNASEANの軍人としてイマジン事変の対処にも当たっていた。

 前当主である真実の祖父は正一級市民で魔力も高く、
 イマジン事変の際してはパワーローダーやギガンティックを駆って前線で戦い続けた猛者である。

 退役したとは言え、激動の時代を全力で生き抜いた彼は軍人としてのプライドが高く、
 準二級市民……実質三級市民から妻を迎えた息子――真実の父――や、
 そのその妻である真実の母とは折り合いが悪い。

 また、真実にとっては魔力覚醒を迎える四歳の頃までは好々爺然とした祖父であったが、
 魔力覚醒後はあまりに低い魔力に見切りを付けたかのように冷たくあしらわれるようになっていた。

 そんな祖父に対して、早くに祖母を亡くし、祖父に男で一つで育てられた父だったが、
 祖父の薦めるお見合いを蹴ってまで母と添い遂げた事もあって強く言い返せず、
 瀧川家は祖父を中心とした悪循環に陥っていた。

母「………真実、歩実とお父様を呼んで来てくれるかしら?」

 祖父に対して複雑な思いのある娘を慮ってか、
 母は真実に笑顔でそう言ってこの場を一時的にでも離れるように促す。

真実「……はい」

 真実も母の気遣いは嬉しかったが、仲の悪い……と言うよりも、
 一方的に祖父から嫌われている母をその場に残すのが心苦しく感じながら、
 どこか申し訳なさそうに頷いて父と妹を呼びに出た。

 そして、それから半刻もしない内に夕飯となった。

 瀧川家の夕食は静かだ。

 少し大きめの円卓に、時計回りに祖父、父、母、真実、歩実の順で座る。

 不機嫌そうな表情を浮かべた祖父に畏怖するような食事風景。

 真実も十年近く続いた光景に慣れた、と言うより、最早、麻痺していたと言ってもいい。

 それでも、歩実が物心ついてから数年の間は、僅かにその雰囲気も和らいでいた。

 だが、それもやはり、歩実が魔力覚醒を迎え、彼女の資質が二級市民程度であると分かった時点で、
 やはりそれ以前の……今も続くこの重苦しい雰囲気へと戻ってしまったのである。

歩実「あ、あの、お祖父様……」

 不機嫌そうな祖父の気持ちを和らげようと声をかけた歩実だったが、
 無視を決め込む祖父にすぐに顔を俯けてしまう。

真実「歩実、お祖父様は静かにお食事をしたいの……邪魔をしてはいけませんわ」

 真実は気落ちする妹に目配せしながら、そう注意した。

 歩実も真実の言いたい事は分かっているのだろう。

 気落ちした様子ながらも“はい”とだけ応えて、食事を続けた。

 久しぶりに父のいる食卓だと言うのに、雰囲気は暗い。

 だが――

父「そう言えば……仕事先で、真実、お前のお友達の朝霧さんに会ったよ」

真実「空……朝霧さんに?」

 少しでも雰囲気を明るくしようと不意に口を開いた父の言葉に、
 真実は驚いたように返した。

 呼び捨てにしようとして苗字にさん付けで言い直したのは、
 祖父に妙な揚げ足を取られないようにするためだ。

父「たまに泊まりに来ていたのは知っていたが、
  ああやって面と向かって話したのは初めてだったな。
  礼儀正しい……いや、違うな……うん、気持ちの強い、良い子だね」

 父は以前、空と会って話し込んだ時の事を思い出しながら、どこか感慨深げに言った。

真実「はい……」

 真実も父に友人が褒められて満更でも無いのか、どこか嬉しそうに頷く。

 だが、その後がいけなかった。

歩実「空お姉ちゃん、ギガンティック機関のドライバーさんで、すごく強いんだよ」

 何度も良くして貰い、八ヶ月ほど前には命も救ってくれた空の事を、
 歩実はこの年頃の子供らしい自慢げな口調で讃える。

 その瞬間、無言で食事を続けていた祖父が、ピクリと眉根を震わせた。

祖父「ふん……機関のドライバーなんぞに媚を売りおって」

 そして、忌々しげに声を吐き出す。

真実「ッ!?」

 小声で呟いた祖父の言葉だったが、静かな食卓では十分に聞き取れる大きさで、
 真実はその言葉に息を飲んだ。

 祖父に軍人として譲れない誇りがあり、ただ選ばれたと言うだけで最前線に立つ事が出来る――
 “最前線に立たなければいけない”と言う義務は除いた上で、だ――彼女達は、
 祖父にとってはちやほやされているアイドル程度の認識なのだろうし、
 同じような見方をする人間も少なくはない。

 真実自身、確かに空とはかつて、険悪な時期があった。

 それも、こちらが一方的な嫌悪感で彼女に突っ掛かって行っていたのだ。

 だが、去年の四月、空が海晴を失う事となったあの日、
 紆余曲折あってお互いの胸の内を打ち明け合って、自分と空は友人になれた。

 互いに友人として認め合い、今では親友であると胸を張って言える、
 自分と歩実の命の恩人でもある少女。

 そんな彼女との関係を穢されたような気がして、真実は思わず立ち上がっていた。

 だが、すぐに気を鎮めて椅子に座り直す。

 抗議すれば、折角、一ヶ月ぶりに帰って来た父のいる食事が、
 自分と祖父との口論でメチャクチャになってしまう。

 そうしないためには、祖父が間違っていようと自分が折れる他ない。

 それが十年以上の経験で真実が学んだ、我が家での処世術だった。

 だが、その日の祖父は虫の居所が悪かったのだろう。

 真実が折れたにも拘わらず、さらなる暴言を吐き出した。

祖父「出来損ないしか産まない女に似て、自分より能力の高い者に媚を売るのは上手いようだな……」

 聞こえるような声で呟いた祖父の声は、和気藹々とはしていなかったが、
 それでも久しぶりの一家揃っての食卓を凍り付かせるには十二分だった。

 母は泣き出しそうな顔を手で覆い、母を侮辱され、
 命の恩人まで悪く言われた歩実も今にも泣き出しそうだ。

 こう言う事が、稀によくあるのだ。

 虫の居所が悪いと、最悪の言葉を口にして場をメチャクチャにして、
 祖父はそのまま中座し、真実はむせび泣く母を慰め、泣き出した妹を宥め、
 父は無力感に苛まれるように項垂れ続ける。

 それでも、今日の祖父の暴言はいつになく酷いものだった。

父「……いい加減にしてくれないか、親父っ!」

 普段ならば項垂れていた筈の父が、仕事から帰ったばかりの疲労を押し、
 立ち上がって声を荒げるのも無理も無いほどに……。

 温厚で、家では声を荒げた事すらない父が上げた怒鳴り声に、真実は思わず驚いて目を見開く。

 泣き出しそうだった歩実も、茫然と父を見つめている。

母「や、やめて下さい、あなた」

父「止めないでくれ……。もう、もうたくさんだっ!」

 必死に宥めようとする母の静止を努めて優しく振り切り、父は祖父に向き直った。

父「親父の薦める見合いを蹴って彼女と籍を入れたのは俺が悪かった……。
  だけど、親父の言い方は酷い……いや、酷いなんてものじゃない!

  真実と歩実は……親父の孫だろう!?
  何でそうやって選んだように酷い言葉ばかり言えるんだ!?」

真実「お父様……」

 まくし立てるように祖父に詰め寄る父の姿に、真実も吃驚して呆けたような表情を浮かべてしまう。

祖父「む、ぅ……」

 対する祖父は多少でも悪気はあるのか、押し黙り、小さく唸っている。

父「見合いの件だってそうだ!
  親父が相手の都合も無視して手前勝手に話を進めて、最初から破談同然だったじゃないか!?
  それでも、本当に破談にしたのは俺達だ……だから俺達の事は我慢する事にした!
  真実や歩実にも申し訳ないが……親父の態度がいつか和らぐかもしれないと信じていた」

 父は自分と歩実に申し訳なさそうな視線を向けると、再び祖父に向き直って続けた。

父「小学校に上がってからは一度も友達を連れて来なかった真実が、
  ようやく家に招待するようになった友達に、媚びているだって!?

  魔力と市民階級でしか孫の……人間の価値を計れなくなって、
  真実と歩実自身を見ていないんじゃないのか!?」

祖父「………」

 罵声ではなく正論を浴びせ続ける父に、祖父はもう唸る事すらしない。

父「親父は真実がどれだけ努力しているかも知らないだろう!?

  今、真実は二級以上の子しか通えない小中学校に通っているんだぞ!?
  三級から頑張って準二級になって、二年になる頃には常に上位、今じゃ学年トップだ!

  魔導実技で十分な成績を残せない真実が、
  どれだけ努力すれば学年トップをキープ出来るか分かってるのか!?」

 祖父は本当に知らなかったのだろう、驚いたように真実を見遣る。

 真実も思わず、祖父と目が合う。

 祖父と目が合ったのなど、もう十年ぶりだろうか?

 久しぶりに見た祖父の目は、驚きと戸惑いの色だけが浮かんでいた。

祖父「……本当なのか、真実?」

真実「………はい、既に友人達共々、第一女子への学力特待推薦も戴いていますが、
   正々堂々、編入試験を受けようと思っています」

 困惑気味に尋ねた祖父に、真実は視線を外すつもりで目を伏せ淡々と返す。

 学習塾にも行かせてはもらえなかったし、家庭教師を付けてももらえなかった。

 学校側が主催してくれた集中講習などは受けたが、それでも、真実が独力でここまで来たのは事実だ。

 少しでも魔力が上がるように、少しでも魔力の扱いが上手くなるように、
 その努力は学力を上げる以上に辛く、文字通りに血を吐くような努力を要したのだから、
 最後までこの意地と努力を突き通したい。

 既に真実には、編入試験を余裕でパスできるだけの実力がある。

 雅美と試験で競い合う約束もしたが、それ以上に、編入試験に拘るのは真実の意志だった。

祖父「お……ぉ……お……」

 祖父はどう反応して良いか分からず、奇妙な声を途切れ途切れに吐き出すだけだ。

 十年以上、まともに話した事どころか冷たくあしらい続けた孫に、どう接して良いのか分からないのだろう。

 だが、それは逆に“真実が準一級確実”だから関係を修復しようとしているようにしか見えない。

 事実、祖父自身も真実を階級で評価しているに過ぎなかった。

 それを自分で認識しているからこそ、祖父は言葉を発する事が出来なかったのだ。

父「俺も親父に男手一つで育てて貰ったんだ……出て行ってくれとは言わない。
  だけど……もう少し、家族との向き合い方は考えてみてくれ……」

 父はようやく落ち着きを取り戻したのか、そう言うとゆっくりと椅子に腰掛け直した。

 僅かな沈黙の後、祖父は無言で席を断つと部屋へと戻って行った。

 その背中には、普段は隠そうともしない苛立ちは感じられず、どこか居たたまれない様子が見て取れる。

歩実「……お祖父様!」

真実「歩実……待ちなさい」

 追い掛けようと席を立ちかけた歩実を、真実は手を引いて止めた。

真実「……少しだけ、お祖父様を一人にして差し上げましょう」

 真実はそう言って妹を座らせると、“一人きりでないと出来ない考え事もあるから”と付け加える。

 そうして、落ち着きを取り戻して行き、食事は再開された。

 再開した食事は決して楽しい雰囲気ではなかったが、落ち着いた、穏やかな物だった。

 再び、現在――


真実「……と言う事ですわ」

 思い出すように十日前の夕食の出来事を語り終えた真実は、一息付けるようにマサラチャイを一口啜った。

空「……それで、どうなったの?」

 固唾を飲んで聞き入っていた空は、躊躇いがちに、だが促すように尋ねる。

真実「……三日三晩、部屋に引きこもっていたお祖父様でしたが、
   父の長期休暇が終わる四日目の昼に顔を出して、それまでの事を謝って下さいました」

 真実は肩を竦めて言ったが、口ぶりや仕草とは裏腹に、その表情は穏やかだ。

真実「緊急家族会議まで開いて、あとは、まあ……
   これからは仲良くやっていこう、とお約束の流れですわね」

 続けて言った事の顛末も、やはり口ぶりとは真逆の穏やかな笑みから、彼女の真意が窺える。

 空は真実の様子と、そして何とか収まったらしい瀧川家の騒動の顛末に胸を撫で下ろした。

雅美「何にせよ、無事に……と言うか収まるべき所に収まったんですね」

 雅美も安堵の溜息と共に、安心したような笑みを浮かべる。

佳乃「うん……まあ、良かったんじゃねぇの?」

 佳乃も美月との会話を中断してそうぶっきらぼうに言うが、その声音は僅かに湿っているように感じた。

空「お祖父さんとはその後、どうしたの?」

真実「……まだあまり話はしていませんが、一昨日の朝、お祖父様にもこの旅行に行く事を告げたら、
   “これからも頑張る分、しっかり息抜きして来るように”と仰っていましたわ」

 空の質問に、真実はどこか感慨深げに答える。

 言葉だけを聞けば堅苦しい、義務感めいた物を感じる口ぶりだが、
 十年以上も辛く当たられていた祖父からの言葉としてはそれなりに良い部類なのだろう。

 まだ始まったばかりなのかもしれないが、瀧川家に長年横たわり続けた氷は溶け出しているようだ。

真実「……何と言うか……いいものですのね、誰かから認められると言うのは」

 真実は嬉しそうに目を細め、満ち足りた溜息を洩らす。

 二年生になってからは気の置けない友人達に恵まれ、妹や両親との関係も概ね良好で成績も優秀。

 恵まれた環境に見えて、いや、だからこそ、幼い頃は優しかった祖父の変貌は辛かったのだろう。

 その祖父の態度の軟化が、真実にとってどれだけ大きな比重を占めるのかは想像に容易い。

美月「誰かから認められる……」

 いつの間にかコチラの話に聞き入っていた美月も、真実の言葉を感慨深く反芻している。

雅美「美月さんには、まだ少し難しい話かもしれませんね」

 雅美はそう言って微笑んだが、美月はふるふると小さく頭を振って否定すると口を開く。

美月「私にも何となく分かります……。
   誰かから認められると……誰かから愛して貰うと、胸が温かくなって凄く幸せです」

 裏切り、利用、暴力、そんなものばかりが蔓延る場所にしか自分の存在意義を見出せず、
 道具として以外の存在意義を許されず、それすらも砕かれた。

 そんな自分の心を救い出して、道具に過ぎないミッドナイト1ではなく、
 一人の人間……美月・フィッツジェラルド・譲羽としての人生をくれたのは、
 空や茜、そしてギガンティック機関の人々だ。

 その事が心から有り難いと思うと同時に、胸の奥から温かな物が溢れそうになる。

 きっと、真実も祖父と仲直りできた時は同じ……胸の奥から温かくなったのだろう。

佳乃「意外と大人っぽいって言うか……しっかりしてんだな、美月」

雅美「そうですね……先ほどの失礼な発言、訂正させていただきます、美月さん」

 驚いたような佳乃の言に続いて、雅美はそう言って頭を下げた。

美月「ありがとうございます、ヨシノ。
   それに、ミヤビも謝らないで下さい」

 褒められている事が分かってか、美月は少し照れた様子で佳乃に感謝し、
 頭を下げた雅美にも恐縮気味に返す。

 そんな友人達の様子を見渡しながら、空は目を細める。

真実「どうしましたの、空?」

空「うん……美月ちゃんを連れてみんなに会いに来て、良かったな、って」

 怪訝そうに尋ねる真実に、空は嬉しそうに目を細めたまま答えた。

 美月を連れて来た事は……真実達に会わせたのは、間違いではなかったようだ。

 美月自身、ギガンティック機関内の限られた人間関係だけでなく、
 もっと広い視点や交友関係を持ってくれるかもしれない。

真実「……機会があれば歩実と会わせてみるのも面白いかもいしれませんわね」

空「うん、その時はよろしくね、真実ちゃん」

 思案げに漏らした真実に、空は満面の笑みで頷いた。


 その日、空と美月は夕刻ギリギリまで真実達と観光して回り、夕食を共に済ませてから部隊へと戻って行った。

―4―

 空と美月が真実達と会ってから四日後、8月21日水曜日の夜。
 第四フロート外殻部、旧第四フロート第三空港施設――


 三週間以上前よりも乱雑さを増したその場所で、
 唯一整然とした一角に黒と灰色を基調とした色で塗られた八輌編成のリニアキャリアが鎮座していた。

 八輌の内、後方の二輌は大型ギガンティック輸送用のキャリアなのか、
 拡張ユニットである展開式の大型コンテナが積載されている。

 あとの六輌はやや変わったフォルムを持っているが通常のリニアキャリアのようだ。

 規格的にもそれぞれ全長六〇メートル、全幅一五メートル、全高一〇メートルの大型貨物キャリアの規格だ。

 貨客用規格の構内リニアでないため街中を走る際には制限があるが、地下や外殻の貨物路線なら、
 ギガンティック機関で使われているリニアキャリア同様、問題なく運行する事が出来る。

 そして、そんなリニアキャリアの前に集まる人だかり。

 その中心にいるのは、研究者の一人に“月島”と呼ばれた、あの人物だ。

 月島は前から三輌目にあるリニアキャリアの操縦席と思しき場所への入口へと登ると、
 眼下の研究者や作業員達に振り返る。

月島「諸君……計画発動から二十余年。これまでよく尽くしてくれた」

 月島は感慨深く呟きながら、一人一人の顔を見渡す。

 若い者……二十代、三十代の者など一人もいない。

 どんなに年若くとも四十代、中には老齢とも言うべき者もいる。

 そんな彼ら、彼女らに向ける言葉は衷心からの労いの言葉だ。

月島「諸君らの尽力によって、遂に405……カレドブルッフは完成した。
   しかし、決して私の知識と力だけでは完成しなかっただろう。

   だからこそ敢えてこう言おう、このカレドブルッフは諸君らの尽力によって完成した!」

 月島が高らかに言い放つと、そこかしこから歓声と感嘆の声が上がる。

 カレドブルッフ。

 ウェールズ地方の物語である“キルッフとオルフェン”に登場するアルスル王の剣の名で、
 勇者が持てば一軍すら屠るとされる伝説の剣だ。

 アルスル王はアーサー王物語の原典の一つで、
 その愛剣であるカレドブルッフも聖剣エクスカリバーの原典の一つである。

 月島の演説はさらに続く。

月島「イマジンを討ち破る事が出来たのはアレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の生み出した
   ハートビートエンジンを搭載したオリジナルギガンティックのみだった。

   だが、我々は一人の男が作り上げたその常識に……いや、伝説に、遂に風穴を開けた!」

 歓声が高まる中、月島はさらに続ける。

月島「我々が開けた風穴はまだまだ小さな物だ!
   だが、遂に我々は希代の天才の領域にまで手をかけた!

   そして、諸君らの力でこじ開けた風穴は、いつか淀んだ伝説を吹き飛ばす新風を呼ぶだろう!」

 月島が力強く拳を掲げ、高らかに宣言すると、歓声は最高潮に達した。

 止まぬ歓声の中、月島は掲げた拳をゆっくりと下げる。

 それがまるで指揮棒であったかのように、歓声も次第に収まって行く。

 その中で、月島は再び口を開いた。

月島「これはコンペディション……我々が伝説に風穴を開けた事を世界に示す、偉大なる祭典だ!」

 コンペティションとレンディション、競技と演出を合わせた造語がコンペディションである。

 要は第三者に見せる事を前提とした品評会のような物だ。

 ユエも多様していたその単語を言い放つ月島は、さらに続ける。

月島「私は405で出発する。
   それを確認したら諸君らは即時に政府に投降したまえ。

   諸君らにはそれぞれ、諸君らの魔力波長によってのみ解除可能なコードを仕込んだ研究資料を予め配布してある。
   それを使って政府と司法取引を行うも良し、企業に売り込むも良し、新たに地下組織を結成するも良し……。
   もし犯して来た罪の重さに耐えきれないならば処分して自害するのも……これからは諸君らの自由だ……!」

 僅かに言い淀みながらも、そう言い切った。

 ある者は戸惑い、ある者は感涙し、ある者は達成感を顔に浮かべ、一人、また一人とその場から去って行く。

研究者「この事を先んじて通報する人間がいませんかね……」

 ただ一人、去るのではなく敢えて月島の元に歩み寄って、小声でそんな事を呟いたのは、
 彼を月島と呼んだ例の中年の研究者だ。

月島「仮に通報した所で、今からでは対処も間に合わんよ……そう言う計画なのだから」

 月島も去って行く研究者や作業員の姿から視線を外す事なく、小声で返す。

月島「君はどうするね?」

研究者「古巣の山路に戻るのも良いかもしれませんが……。
    まあ、この情報を政府に売って、名前と顔を変えて生きて行く事にします。
    どうせ、私は十五年前の時点で死んだ事になっていますし」

 月島の問い掛けに、中年の男はそう言うと苦笑いを浮かべた。

 古巣の山路、そして、十五年前の時点で死んだ事になっている。

 そう、彼は十五年前に起きた60年事件で占拠された旧技研に取り残され、
 テロリストの手で殺害された事になっていた。

 表向きは、だが。

 茜が閲覧していた古いデータベース上からも抹消され、
 茜の前にも姿を現していないため、今も歴とした“死んだ人間”なのだ。

 美月……ミッドナイト1とは多少の面識があるので、彼女の証言に有用性が認められた場合はその限りではないが、
 それでも今、この世界に彼の居場所は存在しない。

研究者「新人の頃から目をかけていただいた事、
    どれだけ感謝しても足りないほど感謝しています」

月島「君のような才能の持ち主が埋もれてしまう事が、不合理だと感じただけに過ぎないよ、私は」

 感慨深く目を細めた男に、月島はそう淡々と言って肩を竦めた。

月島「大勢の手前、ああは言ったが、この計画がここまで来れた一番の要因は君のお陰だよ。

   君の協力がなければ、“月島勇悟”は七年前の時点で終わっていたんだ。
   “ユエ・ハクチャ”も三十五日前に終わっていた。

   そうなれば私も存在していない……。最大の功労者は間違いなく君だ」

 月島は研究者達から視線を外すと、足もとでリニアキャリアに背を預けた研究者に視線を向ける。

研究者「そんな大層な物ではありませんよ。
    ヒューマノイドウィザードギア……機人魔導兵への意識転写なんて物は、
    グンナー・フォーゲルクロウの時代からあった物です。

    私がやったのは転送されて来る意識がメモリに転写される際、
    誤差が出ないように微調整しただけに過ぎません」

 彼は月島の視線に自らの視線を重ねてそう言うと、どこか照れ臭そうに笑った。

 だが月島は頭を振って、彼の謙遜を否定する。

 ヒューマノイドウィザードギアへの意識転写。

 それこそが月島の……いや、月島勇悟とユエ・ハクチャ、そして、今、この場にいる“月島”の秘密であった。

 かつて、もう百年以上前にグンナー・フォーゲルクロウは、世界初の機人魔導兵に自身の意識を転写を行い、
 さらに防腐処理を施した自らの皮膚を着せ、機人魔導兵を自分の影武者として魔導研究機関の表舞台に立たせた。

 八十年前の魔導巨神事件の折、影武者のグンナーが死亡した事で、
 七十年前のグンナーショックが起きる時まで本人は地下に潜み続ける事が可能になったのだ。

 月島が行ったのはグンナーの逆。

 本物の月島勇悟が死ぬ事で、
 意識転写を行ったヒューマノイドウィザードギアのユエ・ハクチャを後継としたのだ。

 そして、三十五日前、旧技研での決戦でユエが死亡……いや、消滅する直前に意識を彼の元へと転送し、
 新たなヒューマノイドウィザードギアを肉体として再び月島として甦ったのである。

 自らの肉体、魂すら犠牲にして意識だけで生き延びて来た、おぞましい精神の怪物と言えよう。

月島「長い時間をこのためだけに専心しなければ、
   エナジーブラッドエンジンもカレドブルッフも完成しなかった。

   そう出来たのは君のお陰だと言っているんだ……素直に賞賛を受けてくれ」

研究者「……そうだとしても、あなたの一助手に過ぎませんよ……。
    あなたの偉業に携われた、その事実を賞賛の代わりにしても十分なお釣りが来ますよ」

 言い聞かせるような月島の言に、男は感慨深く返した。

 僅かな沈黙の帳が、二人の間に落ちる。

月島「……そうか」

 だが、その沈黙は自嘲気味な月島の言葉によって破られた。

 そして、月島はさらに続ける。

月島「君にはこの事件の真相、その全て情報を託してある。
   それだけは必ず、然るべき人物に届けてくれたまえ」

研究者「承りました。……では、御武運を」

 男がそう言ってその場を離れると、月島は無言で頷いてリニアキャリアのハッチを閉じた。

 半球状になったコックピットはコントロールスフィアであり、
 その中央には操縦席とコントロールパネルが据え付けられている。

 ギガンティックが積載されているのは後方の二車輌のみ、
 コントロールスフィアが三輌目に存在すると言う事は、
 おそらくは遠隔操縦をするための座席なのだろう。

 しかし、二機の大型ギガンティックが存在すると言う事は、
 405・カレドブルッフとは量産を前提にしたギガンティックか、
 或いは分離状態の二機を合体して運用可能な可変合体型ギガンティックと言う事だろうか?

月島「トリプル・バイ・トリプルエンジン、出力安定域……
   各種関節問題無し……ブラッド損耗率は0.01%未満……最終確認終了」

 月島は外部モニターを通して、周囲に人影が無い事を確認する。

 最後まで言葉を交わしていた助手も安全域まで対比しており、問題ない。

月島「微速前進開始……」

 月島がそう指示を出すと、その音声入力に従って八輌編成のリニアキャリアがゆっくりと、
 その巨体を滑らせるように動き出した。

 照明の無くなった暗い貨物路線の暗闇に、黒いリニアキャリアが溶け込んで行く様は、
 不吉な物を暗示しているかのように見える。

月島「………さて、お誂え向きに近くに201と203が来ているワケか……。
   時間稼ぎと挨拶代わりに立ち寄って行くとするか」

 月島は思案げに呟くとコントロールパネルを操作し、
 路線の分岐を操作しながら目当ての方角へと進路を変えて行く。

月島「さて、長らく世話になっていたステルス機能も解除と行くか……」

 月島はどこか嬉しそうに呟くと、リニアキャリアの速度を上げた。

 同じ頃。
 第四フロート第五層、ギガンティック機関リニアキャリア――


 その日の探索と明日の準備を終えて食事を摂ろうとしていた空と美月は、
 けたたましく鳴り響く警報と共に、自らの愛機に向かって走っていた。

 制服を脱ぎ去ってインナースーツ姿になると、愛機のハッチを開いてコントロールスフィアに飛び込む。

 食堂から飛び出す寸前に持たされた栄養ゼリーを飲み込みながら、
 エールの起動準備を整えた空は、指揮車輌と回線が繋がるのを待つ。

アリス『空ちゃん、美月ちゃん、お待たせしました』

 しばらくすると、通信機越しにアリスの声が聞こえた。

空「アリスさん、状況はどうなってるんですか?」

ルーシー『今、こっちまで情報が上がって来た所!』

 空の質問に応えたのはコンタクトオペレーターのルーシーだ。

ルーシー『先月、壊滅したテロ集団と同じ識別信号を発してるリニアキャリアが、
     この駐屯地点と思われる場所に向けて毎時二百キロで接近中!
     随伴に一機の大型ギガンティックを確認、機種は403・スクレップと断定。

     ……だそうです、新堂主任』

 ルーシーは空達への説明と合わせて、現場責任者であるほのかに向けて情報を読み上げる。

空「スクレップ……」

 空はつい一ヶ月ほど前に戦った強敵の名に、思わず身を強張らせた。

 あんな物がもう一機も存在していたとは、驚きと同時に恐怖を禁じ得ない。

ほのか『403、か……』

ルーシー『既に第五フロートで巡回中の二班が司令の指示でこちらとの合流に向けて移動開始していますが、
     合流まで最速で四十分かかるそうです』

 思案気味に声を絞り出したほのかに、ルーシーがさらに続けた。

 その後も通信機越しに指揮車輌でのオペレーター達の会話が聞こえて来る。

アリス『敵性リニアキャリアの現在地、判明しました。
    正面モニターと各ギガンティックに転送します』

 アリスの報告と同時に小さなディスプレイが浮かび上がり、
 現在、空達のいる第四フロート第五層の簡易マップが展開された。

 自分達がいる場所――外殻自然エリア――は把握している。

 工業区を高速で移動している反応が、件の敵性リニアキャリアのようだ。

アリス『現在、第四フロート方面軍のギガンティック部隊が交戦中ですが、
    護衛の403が防衛に徹しているようで、有効的な打撃を与えられないようです』

ほのか『……敵がこちらと接触するまでの予想時間は?』

アリス『二千百秒、プラスマイナス七十秒です』

ほのか『最短三十四分足らず……ね』

 ほのかはアリスの報告を聞きながら目まぐるしく思考を巡らせていた。

 テロリストは防衛に徹しつつ真っ直ぐコチラに向かって来ている。

 恐らく、ここにギガンティック機関のギガンティックがいる事を承知で向かって来ているのだろう。

 それは二人の会話を聞き、状況を見ている空にも予想できた。

 敵の目的がコチラで軍のギガンティック部隊に対して防戦状態を保ったまま移動中、と言う事は、
 リニアキャリアに重要な物が積まれているか、軍、或いは警察組織に用が無いかのどちらかである。

 そして、後者である場合は“いつでも反撃に転じる事が出来る”と言う事になり、
 ギガンティック機関ですら苦戦したスクレップが相手では量産型のレプリギガンティックなどひとたまりもない。

 要は軍のギガンティック部隊も第五層の工業区も人質と言うワケだ。

 毎時二百キロと言うリニアキャリアにしては鈍足の移動も、それをアピールするためのパフォーマンスだろう。

ほのか『……201、203は二十五分後に起動、この地点で敵を迎え撃ちます。
    起動後、リニアキャリアは安全圏まで後退しバックアップ体制に入ります』

 思案を終えたほのかは、各員に指示を飛ばす。

 起動時間は敵の到着のおよそ十分前。

 リニアキャリアを後方に下げるまでの時間を勘定に入れた場合、ギリギリのラインだろう。

 戦闘開始からレミィ達との合流まで五分前後。

 最悪、外殻に近い事を利用し、
 隔壁を開いてフロートのドーム外に誘き出せばさらに時間を稼ぐ事も可能になる筈だ。

ほのか『空ちゃん、美月ちゃん、ちょっとキツいかもしれないけど、
    五分だけ二人で敵の相手をお願いする事になるわ』

 ほのかはどこか申し訳なさそうな声音で二人に指示を出す。

 五分。

 決して長い時間ではないが、相手が403・スクレップである事を思えば絶望的な時間にも思えて来る。

 だが――

美月『ソラとエール、それにクライノートがいるから大丈夫、です』

 通信機から聞こえて来る美月の力強い“ふんす”と言う息遣いまで聞こえて来そうな声に、
 空も肩の力を抜いて小さく息を吐き出す。

空「今回も前回と一緒で、最初は四対一ですから……五分ぐらいなら、
  美月ちゃんとクライノート、それにエールとで何とでもやって見せます」

 空は努めて明るい声でそう言い切った。

 後輩で妹分のような美月が大丈夫と言ってのけたのだ。

 曲がりなりにも副隊長を任せられている自分が弱音を吐くワケにはいかない。

ほのか『………ありがとう、空ちゃん、美月ちゃん。
    ……ハンガー直立、およびヴァッフェントレーガー連結解除開始!』

 ほのかは言外の空の決意を感じ取ったのか、ややあってから指示を出した。

 すると、スフィア内壁に映し出された外の光景が徐々に傾きを正して行く。

 寝かされていた機体がハンガーの直立に合わせて起き上がっている証拠だ。

エール『……空、あまり強がらなくてもいいんだよ?』

 起動準備の最終段階に入った空に、エールが心配そうに声を掛けて来る。

 エールと空は魔力的にリンクする事で強く結びついているため、エールには空の心情は理解できていた。

 強がらなくてもいい、と言うよりは、怖いなら怖くてもいいと、彼女の重責を受け止めるつもりの言葉だ。

空「エール……うん、半分……四割くらいは強がりだけど、残りはそうでもないよ」

 だが、対する空はどこか落ち着き払った様子で応え、さらに続ける。

空「さっきもほのかさんに言ったけど、美月ちゃんとクライノート、それにエールがいるもの……。
  403とは一度戦ってるし、多分、考えているほど怖くはないと思う」

 空はそう言うと笑顔を浮かべた。

 実際、403と戦った時のデータでシミュレーションも行ったが、
 それよりも強敵と思える相手と先日の合同演習で幾度も矛を交えた経験がある。

 正直、臣一郎の駆るクルセイダーとスクレップを比べた場合、クルセイダーにしか軍配は上がらない。

 臣一郎とクルセイダーに勝てた事こそ一度も無いが、
 それでもスクレップを相手に“五分以上、損害を抑えて立ち回れ”と言う条件ならばやりようはある。

 その五分間を仲間やかつて力を貸してくれた乗機、それに掛け替えのない愛機が支えてくれるのだ。

 その事を踏まえた上で、“考えているほど怖くはない”とは空の正直な感想だった。

 それだけに、“四割は強がり”と言うのもまた嘘ではない。

 前回とは違って合体も無しと言う状況だ。

 念のためと言う事だろうが、整備用パワーローダー達の手で
 肩部ジョイントにシールドスタビライザーと背面にエーテルブラッドの増槽が接続されて行く。

空「アルバトロス以外のシールドスタビライザーを使ってる時って、
  あんまりいい事があった記憶がないんだよね……」

 空は少し戯けた調子で苦笑いを浮かべる。

 今までに二度しか使った事が無いが、一度目の時はサイ型イマジンにハッチを抉られ、
 二度目の時はつい先月、テロリストに大敗を喫したばかりだ。

 装備としては動きやすく、防御能力も著しく向上するので非常に有り難い物なのだが、
 験を担ぐにはどことなく心許ないのが正直な所である。

エール『……大丈夫だよ、空。
    このシールドもプティエトワールとグランリュヌも、僕が最大限まで動かしてみせるから』

 苦笑いを浮かべた主に、エールは穏やかな声音で、だが力強く言い切った。

空「エール……うん、お願いね!」

 空は一瞬、キョトンとしかけたが、エールの言外の思いを感じて笑顔で返した。

 と、不意に通信回線が開かれる。

美月『ソラ、作戦はどうしますか?』

 美月だ。

 考えてみれば、美月もシミュレーションや卵嚢の処理などは行って来たが、
 本格的な実戦に参加するのはコレが初めてだ。

 それも、相手はイマジンではなく古巣のテロ集団。

 複雑な思いもあるかもしれない。

 だが、美月の声からはそんな気負いは感じられない。

 心底から“空達が側にいるから大丈夫”と、そう思ってくれているのだろう。

空「うん……美月ちゃんはヴァッフェントレーガーで敵の側面に回り込んで遠距離から援護射撃をお願い。
  私は上から中距離を保って攻撃するから、立体的な十字砲火を仕掛けよう。

  それと街中ではヴァイオレットネーベルの使用は注意してね」

美月『分かりました、ソラ』

 空が思案気味に指示と注意事項を述べると、美月は頷くような声音で応えた。

 そして、そうこうしている間に時間が来る。

 まだ姿こそ見えていないが、遠くで強い魔力の反応を感じ始めたのと同時に砲撃音が聞こえた。

 どうやら一定間隔毎に軍か警察のギガンティックが陣取り、左右から交互に砲撃を仕掛けているらしい。

 だが、爆発音も煙も見えない所を見ると、スクレップによって完全に防がれてしまっているようだ。

ほのか『201、203、起動!』

空「了解です!」

美月『クライノート、起動します』

 ほのかの指示で、空と美月は各々の愛機を起動し、ハンガーから舗装された道路に降り立つ。

 すると、即座にハンガーは水平に倒され、リニアキャリアは後方へと下がって行く。

ほのか『………よし、たった今、隔壁制御の許可が下りたわ。

    空ちゃん、美月ちゃん、万が一の場合はそこから東に二キロ離れた場所にある隔壁を開くから、
    そこからドーム外に脱出して』

アリス『周辺住民や工員の避難も完了しています。
    ……被害を最小限に留める事は必要だけど、難しいと思ったら戦闘に専念してね』

 ほのかの指示に続いて、どこか心配した様子でアリスも周辺状況を伝えて来る。

 空自身、美月にはあのような指示は出したものの、
 スクレップを相手にどこまで周辺被害を気にしながら戦えるかは分からない。

空「……ギリギリまで踏ん張ってみせます」

 故に、そう答える他無かった。

 空と美月はそれぞれの愛機を外殻自然エリアのなだらかな丘の麓……
 構内リニアのレール付近に移動させ、会敵のタイミングを待つ。

 そして、時間にして四分後――起動から六分後――と、予想よりも一分遅く会敵する事となった。

空(……間違いない、403……スクレップだ……!)

 こちらに猛然と迫るリニアキャリアの上空を護衛するように飛ぶギガンティックは、
 黒を基調としたカラーリングと両腕に装備された巨大な盾が特徴的な、
 見紛う筈も無い、一ヶ月前の最終決戦で戦った403・スクレップに相違なかった。

美月『ソラ、来ます!』

空「ギリギリまで引きつけて撃つよ、美月ちゃん!」

 美月の呼び掛けに応えると、空は愛機の翼を広げ、シールドスタビライザーを閉じ、
 さらにプティエトワールとグランリュヌを展開して迎撃の最終準備を整えた。

 傍らではクライノートがブラウレーゲンとドゥンケルブラウナハトを構え、
 さらにオレンジヴァンドを装着し、美月も迎撃の態勢を整え終えたようだ。

 そして、リニアキャリアを目と鼻の先に捉えた瞬間――

空「……今だよっ!」

 空は声を上げると同時に上空へと舞い上がり、
 美月もクライノートと共にヴァッフェントレーガーで十分な距離まで一気に離れる。

 そして、敵性リニアキャリアが二人の元いた場所を通過しようした瞬間、
 大小十六基の浮遊砲台からの一斉射と、スナイパーライフルと大口径砲の連続攻撃がリニアキャリアを襲った。

美月『やりました……!』

空「まだだよ、美月ちゃん! 連射限界まで撃ち続けて!」

 歓喜の声を上げようとする美月を諫め、空は自らも連射を続けつつ指示を飛ばす。

 さらにカノンモードに変形させたブライトソレイユを構え、だめ押しの一撃を放つ。

 美月も空の指示通りにライフルと砲の交互連射を続け、最後には最大出力の一斉射を放った。

 二人の十字砲撃の交点では濛々と煙のようなマギアリヒトが立ちこめ、直撃地点周辺の被害の大きさを物語る。

 さしものスクレップも、リニアキャリアを守りながら大出力砲撃の十字砲撃を長時間受けきる事は出来ない筈だ。

 だが――

空「……ッ!?」

 ――感じる。

 凄まじい魔力を愛機のセンサーが感じ取り、その感覚に空は全身が泡立つのを感じた。

空「美月ちゃん、防御に専念して! エール、多重障壁をお願い!」

 空は仲間と愛機に指示を飛ばすと、直後に訪れるかもしれない衝撃に身構える。

 攻撃が来る確信は無い。

 だが、403の恐ろしさは身を以て理解していた。

 アレを相手に持久戦に持ち込むなら、少し臆病なくらいで良い。

 空は警戒しつつ、姿の見えなくなった敵の反撃に備える。

 魔力反応から見てもスクレップとリニアキャリアは健在と見て良いだろう。

 土煙のようにマギアリヒトが立ちこめていると言う事は、敵の防御によって魔力弾や魔力砲が相殺されず、
 拡散反射か屈折されて周囲の構造物だけを破壊した可能性が高い。

 そして、空と美月が警戒を強めながら次の一手に備えていると、
 不意に敵性リニアキャリアの周囲に満ちていたマギアリヒトの土煙が風に吹かれたかのように散って行く。

 マギアリヒトの土煙が止むと、その奥から現れたのは、やはり予想通りに無傷のスクレップとリニアキャリアだった。

空「まさか、リニアキャリアまで無傷だなんて……」

 愕然と漏らす空の目の前で、リニアキャリアの甲板上に載っていたスクレップが悠然と地上に降り立つ。

エール『空……多分、アレは403による防御だけじゃない』

 同時に、状況を確認していたエールが重苦しそうに口を開いた。

クライノート『コチラでも解析しました。
       魔力弾の拡散範囲に比べてリニアキャリアへの被害が確認できません。
       おそらく障壁は403だけではなくリニアキャリアそのものからも発生していると思われます』

 クライノートもエールに同意して淡々と解析結果を告げる。

空「そんな!? ただのリニアキャリアが結界装甲の効果を無効化するなんて……」

 空は驚愕の声を漏らしつつ、リニアキャリアを見遣った。

 よく見れば、リニアキャリアには随所に赤黒い光の線のような物が走っている。

 ブラッドラインのように見えない事もない……いや、おそらくブラッドラインなのだろう。

 先ほどまでスクレップがリニアキャリアの甲板上にいたのは、
 リニアキャリアに循環しているエーテルブラッドを利用して結界装甲を延伸していた、と考えれば、
 リニアキャリアから障壁が発生しているのもそこまで無理のある理論でも無かった。

 だが、エールとクライノートの一斉射を無傷で耐えきるには相当の出力がなければならない。

 スクレップの結界装甲を延伸していた、
 と言うだけでは説明できない“何か”が、あのリニアキャリアにはあるようだ。

 空がそんな思案を巡らせている時だった。

??『……ふむ、テストもまだだったが、仕上がりは上々なようだ』

 不意に聞き覚えのある声が辺りに響き渡る。

空「この……声……ゆ、ユエ・ハクチャ!?」

 空は記憶の中にこびり付いた、あの他人を嘲るような人物を思い出して愕然とした。

 生きていた?
 あれだけ大出力の魔力の直撃を受けて?

 一ヶ月前の決戦で矛を交えたスクレップはリュミエール・リコルヌシャルジュの直撃を受け、
 その胴体ブロックの殆どが欠片も残さず消滅したのだ。

 人間が……いや、人間でなくても耐えきれる筈が無い。

 未だに月島とユエの秘密を知らない空は、ただただ困惑するばかりである。

??『ふむ、この魔力波長……203のドライバーはミッドナイト1か。
   ……また、随分と思い切った人選をしたものだ』

 ユエ……いや、月島は状況確認を終えたのか、感心半分呆れ半分と言った風に呟いた。

美月『……ッ』

 月島の声に……そのかつての名を呼ぶ声に、美月は全身を強張らせる。

空「っ、美月ちゃん!」

 空は通信機越しに感じた美月の息遣いに正気に立ち返ると、
 彼女とクライノートを守るようにスクレップとの間に躍り出た。

 美月はほんの一ヶ月ほど前まで、ミッドナイト1としてユエに道具のように扱われていた。

 自分や茜、そして仲間達との交流を経て、ようやく年頃の少女らしい人間らしさを取り戻して来たのだ。

 ユエ――月島――に、彼女を……彼女の心を傷つけさせるワケにはいかない。

月島『ふむ……ここで足止め用に一機を使うつもりでいたが、お前がいるなら丁度良い……』

 月島はどこか頷くような満足げな声音で漏らすと、さらに続ける。

月島『ミッドナイト1、最後の命令だ……201と交戦しろ。
   データは十分揃っているのでもう破壊しても構わないし、
   最悪、一定時間交戦さえすれば敗北しても構わない』

 月島の酷薄な言葉に、空と美月は驚愕で肩を震わせた。

 そして、空は怒りで歯を食いしばり、激昂した視線をスクレップに向ける。

空「あなたって人は……そうやって……またっ!」

 空は脳が沸騰しそうな程の怒りを、必死に宥め、手綱を引き絞った。

 ここであの時のように暴走するワケにはいかない。

 怒りは胸に留め、自らの意志で力に変えてぶつけるのだ。

 だが、許し難い怒りが空の全身を駈け巡る。

 また、この男は人を……美月を道具のように使い捨てようとしていた。

 仲間を……友人をそうのように扱われる哀しみが、空の怒りを倍増させる。

美月『ま……マスター……』

 美月は震える声で漏らす。

空「美月ちゃん、こんな人の言うことなんて聞いちゃ駄目!」

 空も必死で美月を宥める。

 人間らしさを取り戻して来たとは言え、彼女は十年もあんな人間の下で道具扱いをされて来たのだ。

 その習慣……いや、心と体に刻み込まれた条件反射は、美月を苦しめていた。

月島『その隙だらけの背中を狙え、ミッドナイト1』

空「私達の仲間を……友達を苦しめる人は許さない……!」

 空は防ぎきれない言葉からも美月を守ろうと、エールと共に両腕を大の字に広げる。

 直後――

美月『マスター……』

 開かれた美月の口から響いた声は、先ほどのように震えてはいなかった。

 そして、美月はさらに続ける。

美月『その命令には………いえ、あなたの命令には、もう従いません』

 美月は小さく頭を振って、月島の命令をはね除けた。

月島『ほぅ……だとすれば、どうだと言うのだ……ミッドナイト1?』

 月島は感心と驚きの入り交じった感嘆を漏らすと、美月の返答を促す。

 美月はコントロールスフィアの中で俯き、その胸に手を当てる。

美月「……私は……あの場所が……マスターの研究室が
   暗くて、冷たい場所だと言う事を知りませんでした……。

   仲間の筈の人達に殴られる事も当たり前だと思っていました……」

 思い出すだけも苦しい、旧技研での日々。

 腹を満たし、動くエネルギーだけを摂取するだけの食事。

 共に出撃して助ければ、手柄を横取りしたと一方的に殴り掛かって来る仲間。

 道具として扱われ、それこそが自分に与えられた存在意義だと教え込まれた日々。

 そこには“自分自身”と言う物は存在しなかった。

 その事を思い出すと、胸に当てた手が震える。

美月「だけど……アカネと出会いました、ソラとも出会いました……。
   二人と友達になって、ルリカお姉さん、アスミ……色んな人と出会いました」

 だが、美月は数々の出会いを思い出し、彼女達の顔を思い浮かべた。

 すると、手の震えが止まる。

美月「胸の奥が……温かくなりました……。
   喧嘩をすると寂しくて、苦しくなりました……。
   でも、仲直りをしたら、前よりもずっと胸の奥が……心が、温かくなりました」

 一ヶ月前の日々を思い出し、美月は涙で声を震わせた。

 それは痛みではなく、苦しみでもなく、ただただ温かい気持ちが溢れさせる涙そのもの……。

美月「ソラもアカネも、私に居場所をくれました……。
   私が……道具でなくなって、何者でもなくなった私が居ても良い理由を教えてくれました……」

 美月は涙を拭い、目を見開いて、前を見据える。

 エールの背の向こうに、守ってくれる人の空の背中が見えた気がした。

美月「みんなが……私を私にしてくれました……マスターがくれなかった全てを、私にくれました……」

 美月は朗々と呟きながら、その背を追い越し、傍らに立つ。

美月「……命をくれた事……この世界に生み出してくれた事は、感謝しています。だけど……」

 そして、ヴァッフェントレーガーから分離させた全ての武装を一斉に構えた。

美月「私の大切な人を傷つけるなら……私の大切な人達が守ろうとしている物を壊すなら……
   誰が相手でも、何が相手でも戦います……! それがたとえ……マスターでも!」

空『美月ちゃん……!』

 高らかに、とまでは行かないが、それでも力強く宣言した美月の言葉に、空も感極まった声を漏らす。

月島『ふむ……そうか』

 対して、月島は感情を読み取るにはやや抑揚の無い声音で短く呟く。

 興味が無い、と言うよりは“それならそれで致し方ない”と言った雰囲気だ。

月島『コチラに接近して来る反応を計算するに、あと三分ほどで新手が来るか……。

   情報通りならば204と205……あのハイペリオンイクスと203の足止めに
   403が一機では少々心許ないか……致し方有るまい』

 月島はそう言うと、後部に編成されているコンテナキャリアを展開する。

 既に一つは開かれており、その中にあったのが現在も空達と対峙しているスクレップである事は予想できた。

 となれば、こちらのコンテナから現れるのが件の新型ギガンティック……405・カレドブルッフだろうか?

月島『二機しか用意できなかった足止め用の機体を、こんな所で二機とも使う事になろうとは……』

 月島が嘆息混じりに呟くと、コンテナから姿を現したのは――

空「そ、そんな……二機目の、スクレップ!?」

 ――愕然と叫ぶ空の言葉通り、403・スクレップであった。

 起動したスクレップのブラッドラインには赤黒い輝きが灯り、
 既に起動していたもう一機のスクレップの傍らに並び立つ。

美月『………』

 美月も、幾度かシミュレーターで矛を交えた403に、緊張の色を濃くする。

 仲間と連携する事で何とか撃破して見せた事もあったが、さすがに多対多、
 しかも敵のどちらもがスクレップなどと言うシミュレーションはした事が無い。

 そして、それは空も同じだ。

 多少の会話があった事で、レミィ達との合流までの時間も稼ぐ事は出来たが、
 それすらも無に成るほどの絶望感が、空達を襲う。

月島『では、私はこのまま皇居に向かわせて貰う。
   せいぜい、私が私の目的を終えるまで、そこの人形達と楽しんでくれていたまえ』

 月島はそう言うと、後部に接続された二輌のコンテナ車輌を切り離し、
 残る六輌編成のリニアキャリアを走らせる。

 虎の子とも言える403を二機も置き去りにしてまで向かう理由。

 しかも、その場所はユエ――月島――も身を寄せていたテロリスト達が標的にしていた皇族・王族の住まう皇居。

 本物の虎の子は彼方の六輌編成のリニアキャリア。

 それも一機だけでもオリジナルギガンティック三機を相手に圧倒し、
 トリプルエンジンと互角の403を二機も差し出して、まだお釣りが来る程の決戦兵器の可能性がある。

空(早く追い掛けなくちゃ……!)

 空は即座にその思考へと帰結した。

 レミィ達と合流できるまで、あと三分足らず。

 絶望的な一八〇秒だが、いくら絶望的な状況だからと言って、”嗚呼、そうか”と諦めるワケにはいかない。

空「……美月ちゃん、長距離で私の援護と自分の防御に徹して。
  あと可能な限り、エールとクライノートの間でのデータリンクは密にお願い」

 空は顔面蒼白と言っても良いほど青ざめた表情で、努めて淡々と美月に指示を出す。

美月『わ、分かりました……』

 美月もシミュレーターとは違う実戦での苦境に、声を上擦らせながらも何とか答えた。

 そんな美月の様子に、空は小さく深呼吸してから口を開く。

空「……美月ちゃん、大丈夫だよ。
  さっき美月ちゃんが言ってくれた通り、私もエールも、クライノートもいるよ……。

  だから、レミィちゃん達が来るまで頑張ろう!」

美月『ソラ………はい、頑張ります』

 空が自身の不安や絶望を押し殺して元気づけてくれようとしているのが分かったのか、
 美月も深い深呼吸の後で力強く返した。

 状況は幾分も変わっていないが、それでも自分も美月も心持ちは多少、
 戦闘開始前に近い状態まで持ち直したと思える。

空(相手が一機でも二機でも、やる事は変わらない………。
  とにかく、レミィちゃんとフェイさんが来るまで全力で持ち堪えて、
  ハイペリオンイクスに合体して一気に決める!)

 空は心中で改めて、その事を確認すると敵機の頭上を目掛けて飛び上がった。

空「エール! 砲撃はブライトソレイユに限定するから、
  プティエトワールとグランリュヌは防御に集中させて!」

エール『了解、空!』

 空の指示でエールはプティエトワールとグランリュヌを自身の周辺に待機・浮遊させ、
 付かず離れずの位置をキープさせる。

 クライノートとのデータリンクも密に行っているようで、
 二点で観測された自身と敵機との位置関係に合わせて移動させていた。

 空は地上でコチラの出方を窺っているスクレップに向けて砲撃を放つ。

 しかし、そこは使い捨て扱いされているとは言え、あの403・スクレップだ。

 巨大シールド型の攻守機動複合装備、
 ハルベルトシルトの展開した障壁で空の砲撃を完璧に防いでしまう。

 さらに、もう一機のスクレップがハルベルトシルトの砲口を掲げ、
 上空のエールに向けて魔力砲を放とうする。

 だが――

美月『させません……!』

 空の指示通り、十分な距離にまで離れていたクライノートから、
 美月の声と共に砲撃が放たれ、その砲撃を牽制した。

 堅牢な装甲を誇るスクレップも、無防備な横合いからの攻撃には流石に体制を崩す。

空「そこっ!」

 空はその間隙を狙い、ブライトソレイユを構えているのとは逆の腕から数発の魔力弾を放った。

 魔力弾は大きく弧を描き、体制を崩したスクレップの足もとに向けて殺到する。

 僅かに体制を崩していたスクレップは、足もとへの攻撃に対処し切れず、その場に膝を突く。

空(人間が乗っていない……? AI制御?)

 スクレップの動きに不自然な物を感じた空は、不意にそんな疑問を思い浮かべた。

 一ヶ月以上前の決戦の際は、ユエの操縦で実に滑らかに動いていた403・スクレップだったが、
 今のスクレップの動きはどこか精彩さを欠いているように思える。

 あの決戦の際、ユエは機体の防衛に人脳や神経を素材としたAIを利用していると言っていた。

 実際、ユエの駆っていたスクレップの動きは凄まじく、風華達四人を相手を圧倒する程の戦力を見せた。

 だが、このスクレップの動きはあの時に比べてやや鈍い。

エール『多分、防衛だけに集中するべき簡易AIで機体の全てを制御させているから動きが鈍いんじゃないかな?』

クライノート『……ですが、AIが学習すれば徐々に動きも良くなって行く可能性もあります』

 思案気味に漏らしたエールに、クライノートがそんな推測を呟いた。

 事実、空と美月が連携で膝を突かせたのは、後発で起動したスクレップだ。

 こちらに到達するよりも以前から起動していたスクレップは、空の砲撃に素早く反応して見せたのだから、
 AIの出来に差があるのでなければ、真っ新な状態から学習している最中なのだろう。

空「美月ちゃん、時間をかけ過ぎるとどんどん不利になるかもしれない!
  先に起動していたスクレップを集中的に狙おう!」

美月『分かりました』

 美月が自分の指示に応えた直後、空は後発の仲間――二号機――を
 庇うような体制で防御を続ける先発のスクレップ――一号機――に砲撃を放つ。

 クライノートからもスナイパーライフルによる精密射撃が迫るが、
 スクレップ一号機は防御範囲を拡大する事でコレを凌ぐ。

 一号機はこの場に来るまで、
 リニアキャリアに迫る軍や警察のギガンティック部隊の攻撃を全て防御して来た。

 加えて、先ほどの立体十字砲火の一斉射だ。

 防御・防衛に関する経験値はかなり蓄積されてしまっているのだろう。

 まだ蓄積の甘い二号機を無視して、これ以上の時間を掛けずに速攻で一号機から潰したかったのだが、
 やはりそうは簡単にはいかないようだ。

アリス『04、05、現着まであと一二〇秒!』

 アリスからの通信でレミィ達の到着まで残り二分を切った事が分かったが、
 それで劣勢が覆ると言うワケでもない。

空「美月ちゃん! 私が一機目を引きつけるから、その間に二機目を狙撃して!」

美月『分かりました、ソラ』

 空は美月に指示を飛ばすと、自らはエールに任せていたプティエトワールの中から三機を借り受け、
 カノンモードのブライトソレイユと合わせ、一号機に対して四方向からの砲撃を試みる。

 だが、一号機は即座に二号機をも覆う広範囲障壁を展開し、
 時間差で放たれた美月からの狙撃すら防ぎきった。

空(戦術選択と対応が早い!? それに学習速度も……!)

 空は心中で驚愕しつつも、砲撃パターンを変えながら幾度も一斉攻撃を仕掛けるが、
 やはりその全てを読まれ、防がれてしまう。

 空の思った通り、一号機の学習速度は想像した以上に早かった。

 先ほど、一度だけ一号機の隙を突いて二号機を狙った事を学習し、
 二号機への被害軽減すら念頭に置いた防御方法を選択し、空達の攻撃に対応している。

 一号機の学習・成長速度でさえ恐ろしいと言うのに、
 加えて二号機の学習も次なる段階に入ったようだ。

 先ほどは一号機の障壁から飛び出して攻撃を仕掛けようとして来たが、
 今度は障壁の内側からの射撃に切り替えて来た。

 威力は絞られているが、それでもハルベルトシルトの遠距離兵器だ。

 並の魔力砲以上の火力がある。

空「エール、障壁展開っ!」

美月『クライノート、05、イグニション……!』

 空も美月も、それぞれの愛機の障壁やシールドで防ぐが、それで手一杯になってしまう。

 一方で二号機は、それが最適解だと分かると執拗に砲撃を続けて来る。

 この単調さと躊躇いの無さが、自動学習する単純型AIの恐ろしさだ。

 人間ならば経験の長さに関わらず、失敗すれば多少の戸惑いが生まれるが、
 単純な思考のAIは別の解を探す事に専念する。

 そして見つけ出した正解を繰り返しながら学習する。

 人間でも反復は行うが、AIの正確さは人間の非では無い。

 空と美月は少しでも位置取りを変える事で、一号機の障壁内から二号機を誘い出そうとするが、
 既にその失敗を学んでいる二号機は最適な射線を探すだけで、障壁内から動こうとはしないのだ。

 攻守のバランスを偏らせるのは戦術的に有りだが、完全に役割を分担するのは悪手である。

 だが、スクレップほどに攻守が高次元で纏められた高性能機がそれを行うと、
 恐ろしいまでの嵌り具合を見せた。

 むしろ、スクレップ最大の問題点である、“攻守を切り替える”隙が突けないのだ。

 中距離の装備に欠ける問題点も克服していないようだが、
 こうして絶えず攻撃を続けてられていると近寄る事も出来ない。

空(駄目だ……ハイペリオンイクスじゃないと、決定打が無い……!)

 改めて、その事実を完膚無きまでに突き付けられ、空は悔しそうに歯噛みした。

今回はここまでとなります。

大体予定の4割程度くらい消化しました。
これでも投下量はいつもより1~2割増しなのですが、いやはや……orz

乙っしたー!
美月タンの初めてのお出か・・・・・・もといお仕事、堪能させて頂きました。
甘いもの好きと言う事は、かつて皇室御用達だったと言う、二次大戦中輸送船の船底に長期間積まれて南方へ差し入れに送られても腐らなかったと言う伝説の最中を食べたら、どんな表情を見せてくれるやらとニヨニヨしてしまいましたよww
真実の家庭事情……こうした問題はどこにでもあるものですが、それだけに解決が難しいんですよね。実家の親族間の問題もそうでした。
詳しくは避けますが、忌み事無く解決できたのはよい事です。よきかな!
そしてユエ………なるほど、グンナーの逆パターンでしたか!
しかしコレ、転写すればするほど、所謂人間性が欠落していきそうで怖い方法ですね。もちろんそうした欠落を含むエラーやバグを除く意味でも”研究者”氏が手腕を発揮していたのでしょうが。
しかしこの世界、「はい閣下、光栄であります」程度の精巧なオートマータくらいなら簡単に出来てしまうのは、こうした事例があると良し悪しですね。やはりいつの時代、どこの世界も”良いも悪いもリモコン次第”は変わりないのだな、と。
さて、苦戦の中で空と美月タソの運命や如何に!?
次回も楽しみにさせて頂きます。

お読み下さり、ありがとうございます。

>美月@初めてのお出かけ
真実達の出番が少なかった事にかこつけ、あと日常成分が不足し過ぎなので急遽ぶっ込みました。

>伝説の最中
1.一口、口に含んだ瞬間驚く
2.一~二拍遅れて笑顔になる
3.この喜びを誰に伝えて良いか分からずオロオロしだす
4.とりあえず二口目
 以下、繰り返し
こんな感じかとw

>瀧川家の事情
今後も登場して貰う予定でしたので後で出す予定の話でしたが今回に繰り上げて解決しました。
しかし、まあ……親族間・家族間の諍いと言う物は始まるとそれまでに蓄積がある分、際限が無いと言うか……。
最悪、縁切り以外に解決策が無いのが頭の痛い所です。

>ユエ@グンナーの逆パターン
自分の生皮剥いで生命維持装置に入ったグンナーが相当アレだったので
さらに上に行くサイコぶりにしてみました。

>人間性の欠落
自分としては逆に意志と目的だけが先鋭化されて欲求と言う意味では人間性も純粋になって行くのでは、と考えております。
“オリジナル→ユエ”は転写先のユエの稼働期間が長いのでユエ本人からやや月島寄り程度でしたが、
“ユエ→月島”は稼働経験の無い躯体への転写なのでかなり月島に近い物として扱っています。

>オートマータ@こうした事例があると良し悪し
なので統合労働力生産計画に組み込まれ、政府の管理下に置かなければならないくらい倫理的にヤバい代物だったりします。
ヒューマノイドウィザードギアそのものは技術力誇示のために一部企業が少数のみ製造が許可されていますが、
無制限に作れるようになるとそれこそテロに荷担する企業が大量生産で売りつける事態になりかねませんし。

>空と美月の運命や如何に
早ければ来月、遅くとも七週間以内には何とか……


次回はようやく405とちょいちょい名前を出していたアレの出番が遂に……BGMに格好いい曲はお勧めしません。

砲手

保守ありがとうございます。
熱中症と言う名の生死の境から回復してシャバに戻って参りました………………もう少々お待ち下さいorz

度々お待たせして申し訳ありません
あと少々お待ち下さいorz

よし、保守ろう!

ho-syu

保守ありがとうございます。

大変長らくお待たせしました。
24話後半を投下させていただきます。

>>420-464 前半はコチラでお楽しみ下さい。

―5―

 それから僅かに時は過ぎ、第四フロートでの戦闘開始から十五分後。
 メインフロート第一層外殻自然エリア――


 正面にリニアキャリア用路線に通じる内部隔壁が見える主幹道路の左右には
 高く育った針葉樹がずらり立ち並ぶ、いわゆる並木道の体を為していた。

 その並木道の出入り口に、四機のオリジナルギガンティックと、三機のギガンティックが立ち並んでいる。

 茜とクレースト、風華と突風・竜巻、瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノ、
 クァンとマリアとプレリー・パラディ、そして、レオン達第二十六小隊の面々のアメノハバキリだ。

 空達遠征班からの連絡を受けたギガンティック機関他、政府側組織は即座に対策を開始。

 既にメインフロート内に入り込んでいた敵性リニアキャリアに奪われた路線操作システムを奪い返し、
 最速で最大戦力を第一層の外殻区画へと集結させ、こちらに誘導している最中だ。

茜「……ふぅ」

 茜はコントロールスフィアの内壁に背を預けて、小さな溜息を吐く。

 ホン一味との決戦以来の久々の実戦だが、問題はそこではない。

茜(生きていた……? 奴が?)

 茜はここに来るまでの戦況報告で聞かされたユエの名を思い出し、
 困惑したような視線を外に向けた。

 無論、まだ茜達の誰も……既に相対した空達でさえ知らぬ事だが、
 今からやって来るのはあのユエ・ハクチャではなく、新たな身体に意識をコピーした月島である。

 意識的には同一人物ではあるが、生命としては同一人物ではない。

 ややこしい話だが、ユエは生きていたワケではないが、やって来るのは当の本人でもある。

 だが、そんな事実を未だ知らぬ茜が困惑するのも、また無理の無い話だった。

クレースト『茜様……御気分が優れないようですが?』

茜「ああ……流石にな」

 心配そうに問い掛けるクレーストに、茜は苦笑いを浮かべて弱音を漏らす。

 だが、事ここに及んで悩んでいてもしょうがない。

茜「……現れた悪霊は叩き斬るしかない。そうだろ、クレースト?」

クレースト『……些か乱暴ですが、概ねその通りかと』

 吹っ切れたように言った茜に、クレーストは僅かな思案の後にそう返した。

 以前のクレーストならば単に“はい”か“その通りです”としか返さなかっただろう。

 空との口論や美月との出会いから変わった自分と同じように、彼女もまた変化が訪れたのだ。

 それが彼女と魔力的にリンクしている自分自身からの影響による物なのか、
 茜には良く分かっていなかったが、比較的好意的に茜も愛機の変化を受け入れていた。

 だが、気持ちを切り替えたとは言え、そう和やかに相棒の変化の余韻を楽しんでいる場合では無かった。

サクラ『敵性リニアキャリア、第一層外壁内路線に到達! 会敵予測時間まで残り二〇〇秒!』

 通信機から司令室にいるサクラの声が響く。

 外壁内部にあるリニアキャリア用線路を伝い、敵が最下層から登って来たらしい。

 残り二〇〇秒……三分強で遭遇と言う事だ。

風華『じゃあみんな、事前にブリーフィングで通達した通りよ。所定の配置について。
   マリアちゃんは植物操作魔法で拘束準備を』

マリア『了解、隊長! じゃあ、久々にデカいの行くよっ!』

 風華の指示と同時に仲間達が動き出し、マリアの駆るプレリー・パラディは並木道の入口正面に立つ。

 そして、左右の手首の付け根から無数のワイヤーを放ち、並木の根本へと突き刺した。

マリア『ジャルダン・デュ・パラディッ!!』

 火色に輝く機体から、同じく火色の魔力が流れ込み、並木道に立ち並ぶ針葉樹を活性化させて行く。

 一瞬、ざわつくように震えた針葉樹は、本来なら真っ直ぐに伸びる筈の幹を主幹道路に向かって伸ばし、
 網状の捕縛帯を作り上げた。

 植物を急活性化させるジャルダン・デュ・パラディは、
 プレリーの初代ドライバーであるロロット・ファルギエールが考案した植物操作魔法の奥義だ。

 本来は大規模な激甚災害に対応するための魔法だったが、植物そのものを魔力的に強化するため、
 結界装甲の延伸によりイマジンに対しても有効であり、それは同時に結界装甲に対しても有効となる。

 ユエ……月島の駆る敵性リニアキャリアに結界装甲が見られた以上、
 拘束にもこうして相応の準備が必要なのだ。

 そして、同じような針葉樹の捕縛帯が十重二十重と、内部隔壁まで続いて行く。

 これならば、最高速度のリニアキャリアが突っ込んで来ても止められるだろう。

茜「こちら261、配置に着いた」

 その様子を横目に見ていた茜が風華に向けてそう通信を送ると、仲間達も口々に配置完了を告げる。

 そして、ついにその時が来た。

『Pipiiiiii――――ッ!!』

 リニアキャリア接近を告げる警笛が鳴り響く。

 警報などではなく、あと十数秒でリニアキャリアが侵入して来ると言う合図だ。

茜(来るッ!)

 茜は咄嗟に身構え、その瞬間を待ち受ける。

 果たして、敵性リニアキャリアは予想よりも五秒早く、内部隔壁を抜けた。

 マリアが作り上げた針葉樹の捕縛帯を一つ、また一つと突き破り、木片を弾き飛ばしながら猛然と進む。

マリア『狙い通り!』

 負け惜しみなどではなく、マリアはそう歓喜の声を上げた。

 最初から、隔壁近くの数枚は敢えて脆く作ってあった。

 衝突の衝撃でリニアキャリアを減速させ、より手前に作り上げた頑強な捕縛帯で確実に足止めするためだ。

 敵が驚いて減速すればさらに狙い通りだったのだが、流石にそこまで上手くは行かなかったようで、
 真っ黒な車体のリニアキャリアは猛然と捕縛帯を押し退けて突き進む。

マリア『させるか、ってのっ!』

 マリアは再び魔力を針葉樹に注ぎ込み、突き破られた捕縛帯を再操作し、今度は後部車輌を絡め取る。

 急拵えの拘束は簡単に振り解かれてしまうが、それでもリニアキャリアをさらに減速させるにはそれで十分だった。

 最後の拘束帯を突き破られる寸前、遂にリニアキャリアはその動きを止めた。

レオン『撃ち方始めぇっ!』

 プレリーの左右後方に位置していた瑠璃華のチェーロ・アルコバレーノとレオン達のアメノハバキリが、
 レオンの号令と共に一斉に魔力砲と魔力弾を放つ。

 狙うは一点、リニアキャリアの先頭車両だ。

 魔力弾と魔力砲が雨霰と降り注ぎ、辺りにマギアリヒトを撒き散らして行く。

瑠璃華『一点集中なら防御もそこまで効力を発揮しないだろう!』

 瑠璃華が自信ありげに叫ぶ。

 確かに、空と美月の行った十字砲火はスクレップと車輌全体を狙った攻撃だった。

 だが、今回は車輌の一点を狙っての集中砲火だ。

 どんな防御機構を搭載しているかは知らないが、結界装甲同士の真っ向勝負ならば多少の効果は望める筈である。

風華『近接攻撃部隊、準備して!』

 風華の指示と共に、茜は愛機と共にリニアキャリアの右側面……針葉樹林の中に飛び込んだ。

 同時に、プレリー・パラディからカーネル・デストラクターへの分離、再合体を行ったクァンも、左側面へと飛び込む。

 さらに、風華と突風・竜巻がリニアキャリアの頭上へと跳び上がった。

 狙うは上面と側面からのキャリア連結部への攻撃だ。

サクラ『拘束部の魔力相殺まで残り五秒!』

 司令室からサクラの声が響く。

 言ってみれば、今回の作戦は三段構えだ。

 マリアとプレリー・パラディによる拘束が第一段階。

 拘束完了までに圧壊させる事が出来なければ、瑠璃華達の一斉射撃による第二段階。

 これで破壊できない場合は、連結部を狙った同時攻撃による第三段階。

 第一段階の針葉樹による拘束にはマリアの魔力が流し込まれる事で結界装甲が延伸しており、
 相殺には数十秒近い時間が必要となる。

 この時点で既に敵の結界装甲に対して多少なりの負荷が掛けられ、
 先頭車両の一点を狙った一斉射撃の後押しにもなっているのだ。

 だが、これでも破壊できないのならば車輌を分断して各個撃破に持ち込む。

 その場合も、車輌全体への拘束と先頭車両への集中攻撃が結界装甲、
 或いは防衛機能に大きな負荷を掛け、連結部の破壊を有利にする事となる。

茜「本條流魔導剣術奥義! 天ノ型が参改! 破天・雷刃ッ!!」

風華『豪炎ッ! 飛翔ッ! 烈ッ風ッ脚ッ!!』

クァン『ギガントプレス……ッインッパクトッ!!』

 そして、残された僅かな間隙を突いて、茜達の一斉攻撃がリニアキャリアへと殺到した。

 渾身の一太刀で突き破り、重力すら利用して蹴り砕き、巨大な魔力の腕で叩き潰す。

 加えて――

瑠璃華『ジガンテスリンガーッ!!』

 チェーロ・アルコバレーノからも極大の魔力砲弾が放たれる。

 四点への必殺の一撃。

 エールとクライノートの一斉砲撃に耐えたリニアキャリアも、さすがにこの苛烈な攻撃にはひとたまりもあるまい。

 誰もがそう思った、その時――

『ふむ……』

 ――何かを値踏みするような、そんな吐息混じりの月島の声が聞こえるのと、
 赤黒い魔力がリニアキャリアの全周囲に満ちるのは同時だった。

 一瞬にしてリニアキャリアを拘束していた植物の魔力は掻き消され、
 雷撃を纏った突きも、豪火を纏った蹴りも、巨大な拳も、極大の砲弾も、
 その全てが赤黒い魔力の表面で押し留められてしまう。

風華『そ、そんな……っ!?』

 風華が驚愕の声を上げる。

 必殺の一撃を防がれる、弾かれる、避けられると言った防御のされようはあったが、
 魔力で空中に押し留められるなどと言う経験は生涯で二度目の経験だ。

 その一度目とは、先月の決戦……ティルフィングの結界装甲に阻まれた時の事である。

 しかも、今回の力はティルフィングの時の比では無い。

 あの時は瞬間的に押し留められただけだが、今回は完全に上空に押し留められてしまっている。

 いや上空に押し留められていると言うよりは、
 魔力の作り出す力場の上に降り立ったかのような、そんな感触だ。

 それは茜やクァンも同様だった。

 突き立てた槍は深々と魔力の壁にめり込み、
 押し潰さんと振り下ろした拳は硬い台を叩いたかのような感触しか伝えて来ない。

 瑠璃華の放った砲弾など、既に完全に相殺されて消え去ってしまってる。

月島『やはりこの形態では防御に全出力を傾けられるようにしておいて正解だったな。
   移動形態の防御も疎かにできないものだ』

 茜達が驚愕する中、ただ一人、納得するように呟いたのは月島だ。

 また一つ、機能の試験運用が終わったと言いたげな、余裕綽々と言った風な口調。

 そして、月島はさらに続ける。

月島『このまま突っ切っても良いのだが、足止め用の403も使い果たした……。
   後から妨害されるのも煩わしいので、ここで“四機”全て始末するとしよう』

 月島の言葉と共に、拘束を振り払ったリニアキャリアがゆっくりと走り出した。

 その衝撃で弾かれた茜達は各々が短い悲鳴を上げながら市街地や針葉樹林に落下する。

瑠璃華『ッ!? 後退だ、みんな、私の後ろに下がれ!』

 瑠璃華もレオン達と共に、主幹道路を市街地へと向けて大きく後退する。

 結界装甲の出力が違い過ぎ、いくらフィールドエクステンダーを使っていても、
 量産型のレプリギガンティックでは耐えきれないだろう。

 レオン達の乗機を自機の後方に庇いながら、
 瑠璃華は無数の砲弾をリニアキャリアに浴びせるが効果は無い。

茜「なんて魔力量だ……!?」

 体制を立て直した茜達も魔力弾などの遠距離攻撃を仕掛けるが、焼け石に水だ。

 無数の魔力弾や砲弾の雨霰の中、リニアキャリアにさらなる変化が訪れる。

 六輌編成の車輌は全ての連結を解除し、
 先頭の一号車と最後尾の六号車を先頭に再配置し四号車がその後に続き、
 最後尾を二号車、三号車、五号車が併走する二・一・三の変則走行を始めた。

 四号車がその車体を展開してY字状に変形すると、一号車と六号車にそれぞれの先端を連結する。

 さらに、三号車を中央に配置した二号車と五号車がそれぞれ内側面から迫り出した連結器で、
 三号車の両側面から迫り出した連結器と連結した。

 それぞれ三輌ずつ変形、合体した二編成のリニアキャリアはさらに三号車と四号車で連結し、
 急制動によって勢いよく立ち上がる。

 そう、立ち上がったのだ。

 直列に連結していた形態から複雑な配置で再編成されたその姿は、どこか人型を思わせる。

 急制動による火花を足もとで撒き散らしながら、細部を変形させて行く。

 巨大な肩が左右に展開し、拳を突き出し、頭部が迫り出す。

 六本の柱が組み合わさったようだった異形は、僅か数秒で無骨で、
 頑強なフォルムの黒い大巨人と化した。

 赤黒い輝きを全身に這わせた姿は、まるで全身に返り血を滴らせた鉄の巨人。

月島『ヴァーティカルモード起動、各部関節異常なし。
   エナジーブラッドエンジン、トリプル・バイ・トリプルエンジン正常。
   ブラッド損耗率8.27パーセント……正常許容値』

 その鉄の大巨人の中央に座した月島の声が、淡々と、朗々と辺りに響き渡る。

月島『驚いたかね、諸君?

   これが既存の全てを過去の物とする最強のギガンティックウィザード。
   GWF405……カレドブルッフだ!』

 月島は高らかに、自らの乗機の名を宣言した。

 エナジーブラッドエンジンのテスト。

 量産化によるコストパフォーマンス軽減テスト。

 脳波コントロールによるマンマシーンインターフェースの最適化。

 複合エンジンと武装のテスト。

 半身型大型機による駆動の最終チェック。

 400から404までの五段階の試作とテストを経て完成した、
 月島の、ユエ・ハクチャの、オリジナル月島勇悟の目指した最強のギガンティックウィザード。

 リニアキャリアと言うメガフロート内で最速での現場急行と走行しつつの変形合体を両立し、
 戦力の自力高速展開を可能とした機体。

 それこそがGWF-405・カレドブルッフであった。

茜「お、大きい……」

 その巨躯を見上げて、茜は茫然と漏らす。

 一両四〇メートルを超えるリニアキャリアが合体したその体躯は、実に九〇メートル。

 巨大な正面隔壁の天辺に迫るほどの超弩級の体躯だ。

 下半身まで完成したティルフィング、と言えば想像がつくだろう。

 味方の中でも大型の部類であるカーネル・デストラクターやチェーロ・アルコバレーノの、
 実に二倍以上の巨躯を誇る。

 その二機ですら大人と子供ほどの体格差だと言うのに、細身のクレーストや突風・竜巻では、
 ヘビー級のプロ格闘技選手と幼稚園児ほどの体格差だ。

月島『さて……では動きの鈍い連中から潰させてもらうとしよう』

 月島はそう言うと、眼前……いや眼下のチェーロ・アルコバレーノに手を伸ばす。

瑠璃華『ッ、このっ!』

 あまりの巨体に茫然とし、砲撃を途絶えさせていた瑠璃華は不意に正気を取り戻し、
 ジガンテジャベロットから魔力砲を乱射する。

 だが、魔力砲弾はカレドブルッフの体表で霧か何かのように消え去ってしまう。

チェーロ『マスター、後退を!』

瑠璃華『くそぉっ! レオン、お前達は避難しろ!』

 チェーロの声に悔しそうに叫んだ瑠璃華は、レオン達に退避を促すと、
 彼らが飛び退いたのを確認すると同時に脚部のキャタピラを展開し、
 後方へ高速移動しながら、牽制にすらなっていない砲撃を続ける。

茜「る、瑠璃華っ!」

風華『瑠璃華ちゃん!』

 ようやく体制を立て直した茜と風華が、瑠璃華の援護のために飛び出した。

 カレドブルッフは見た目の通り鈍重な動きで、高速移動形態とは言え
 オリジナルギガンティックの中でも鈍足に類するチェーロ・アルコバレーノに追い付けていない。

 機動性と速度に特化した二機ならば確実に追い付ける計算だ。

 だが――

月島『ふむ、ではグライドムーバーの実戦テストと行こう!』

 渡りに船とでも言いたげな月島の叫びと共に、脚部からリニアキャリアの車輪が迫り出すと、
 カレドブルッフはその巨体に似合わぬ速度で滑走を始めた。

茜「なっ!?」

 茜は愕然と声を上げる。

 速度だけを見れば、高機動の機体に慣れた茜の、そして風華の目にも、
 決して目を見張るほどの物ではなかった。

 だが、九〇メートルを超える巨体がチェーロ・アルコバレーノの倍以上の速度で走り出せば、
 それは驚愕の光景ともなろう。

瑠璃華『そ、そんな……っ!?』

 瑠璃華が驚愕の声を上げた瞬間には、
 チェーロ・アルコバレーノはカレドブルッフの巨大な腕で頭ごと動体を鷲掴みにされていた。

 さらにカレドブルッフはその場で百八十度転進し、来た道を戻って来る。

風華『瑠璃華ちゃ……きゃあっ!?』

 既にカレドブルッフの背後にまで迫っていた風華と突風・竜巻は、
 急速反転して戻って来るカレドブルッフの体当たりを正面から受けて弾かれてしまう。

茜「ふーちゃんっ!?」

 茜は何とか回避するのが精一杯で、風華も瑠璃華も助ける事が出来ない。

 人の形をした……いや、ギガンティックの体を為した重戦車の如き蹂躙ぶりだ。

 ティルフィングの時と同様、体格と出力が違い過ぎて、まるで話にならない。

 そして、思い知る。

 一ヶ月前の戦闘で絶望感すら覚えたティルフィング戦。

 アレはまだ序の口に過ぎなかった事を。

 上半身を地面から生やした案山子のティルフィングと、
 地面を高速で滑走し自由自在に動けるカレドブルッフでは脅威の度合いが段違いだ。

 転進し、針葉樹林帯へと飛び込んだカレドブルッフは、
 待ちかまえていたカーネル・デストラクターをも片腕で吊り上げてようやく止まる。

 クァンも決して無抵抗で捕まったワケではない。

 掴まれる直前に放ったカウンターブロウは何も無かったかのように相殺され、
 さらに自身を掴み上げた腕を遮二無二殴り続けているが、一切、効果が無いのだ。

クァン『ぐぅ……は、離せえっ!』

瑠璃華『このぉ……ッ!』

 苦悶の声を上げながらも抵抗するクァン同様、瑠璃華も必死の抵抗と砲弾を放ち続けるが、
 二機がかりでようやく動きを鈍らせる程度でしかない。

月島『さて次の作業に移らなければならないのでな、早々に片付けるとしよう』

 月島はどこか呆れた様子で漏らすと、掴み上げた二機の大型ギガンティックを、
 まるでドラムスティック同士を打ち鳴らすかのように叩き付けた。

クァン『ガハッ!?』

瑠璃華『ぎゃうっ!?』

マリア『うわっ!?』

 一度目の衝撃に、クァンと瑠璃華は濁ったような声音の悲鳴を上げ、
 マリアも相殺しきれない衝撃に微かな悲鳴を上げる。

 まるで遊び飽きたオモチャ同士を乱暴にぶつけ合う癇癪を起こした子供のような攻撃は、
 一度では終わらない。

 二度目、三度目とぶつけ合うと、遂に腕が一本、弾け飛んだ。

瑠璃華『ッ……ァァァァッ!?』

 先に声ならぬ悲鳴を上げたのは瑠璃華だった。

 しかし、カレドブルッフの……月島の攻撃はそれでも終わらず、
 また腕が一本、今度は脚が一本と弾け飛び、その度にクァンと瑠璃華の悲鳴が上がる。

明日美『魔力リンク切断、急ぎなさいっ!』

セリーヌ『は、はい!』

ジャン『全リンク、強制切断します!』

 通信機からは焦ったような明日美の声と、それに答えるセリーヌとジャンの声が響く。

 二機の魔力リンクが切断される頃には、二機のギガンティックは全ての手足を失い、
 残る胴体もズタボロになっていた。

 その間、決して茜やレオン達も茫然自失で見守っていたワケではない。

 茜は幾度となく雷撃や氷塊を纏った刃でカレドブルッフに斬撃を仕掛けていたし、
 紗樹は風華の救助に向かい、レオンと遼はカレドブルッフの足もとや関節を狙って攻撃を仕掛けていた。

 だが、その殆どが語るまでもなく徒労に終わったのだ。

 第二十六小隊の面々の攻撃を意に介した様子も無く、
 カレドブルッフは残骸となった二機をその場に放り捨てた。

マリア『く、クァン……瑠璃華……』

 辛うじて魔力リンクの影響を受けずに済んでいたマリアが絶え絶えの声で二人を呼ぶが、
 二人とも気絶してしまっているのか返事は無い。

月島『さて……次はどちらを潰すか』

 思案げな月島の声が、カレドブルッフから響く。

 そこでレオン達は初めて気付かされた。

レオン『俺らは最初から頭数にも入ってないって事かよ……!』

 レオンはその事実に歯噛みする。

 確かに、月島は“四機”と言った。

 合体した状態のカーネルとプレリーを一機として計上した場合、
 確かにオリジナルギガンティックは四機だ。

 三機のアメノハバキリは数に入っていない。

 だが、レオンが悔しいのは路傍の石程度にしか思われていない事ではなく、
 月島の認識が事実である事だった。

 オリジナルギガンティックの中でもパワーと火力に偏重した二機ですら、
 僅かにカレドブルッフをたじろがせるので精一杯でしかない。

 量産型に過ぎない……結界装甲を持たないレプリギガンティックでは、
 足止め役にすらならないだろう。

 そして、それは軽量級とは言えアメノハバキリ以上の体躯を誇る
 突風・竜巻が弾き飛ばされた瞬間から分かっていた。

 加えて、レプリギガンティックにとって対イマジン・結界装甲の頼みの綱――
 フィールドエクステンダー――も、母機であるチェーロ・アルコバレーノが機能停止した事でその効力を失っている。

茜「くぅ……ッ」

 茜も彼我の戦力差に戦慄しながらも、冷静に状況を見渡す。

 風華はようやく立ち直ったようで、構え直している。

 その姿を見る限り、機体の異常は許容範囲内のようだ。

 レオンが感じている無力感も、茜には分かっていた。

 敵は相手がオリジナルだろうがレプリだろうが、意に介さず蹂躙するだけの力がある。

茜「アルベルト! 東雲と徳倉を連れて後方へ下がれ!
  軍や他の隊と連携して防衛戦を形成しろ!」

 茜はクレーストに腰のホルスターに収めていたスニェークを構えさせると、
 レオンに指示を飛ばす。

 この場は逃げろ、と言っているようにも聞こえるが、茜の言葉は本心からの物だった。

 どのみち、自分と風華だけでも、そこにレオン達が加わっていようとも、
 明らかに数分後にはここを突破されている。

 ならば、少しでも後方の備えを万全にするため、自分達だけで少しでも長く時間を稼ぐ他ない。

レオン『………………了解だ。
    死ぬんじゃねぇぞ、お嬢、風華!

    紗樹、遼! 牽制射撃をしながら後退するぞ!』

 僅かな間を置いて悔しそうに応えたレオンは、
 部下達と共にライフルを乱射しつつその場から退いて行く。

 着弾の瞬間、カレドブルッフの周囲に赤黒い波紋のような物が浮かんでは消えて行くのは、
 おそらく、高密度結界装甲に魔力弾が消し去られているためだろう。

茜「……すまない、ふーちゃん……勝手に決めてしまって」

風華『大丈夫よ、茜ちゃん……。
   みんなにあんな事されて、逃げるなんて出来るワケないもの』

 プライベート回線で申し訳なさそうに言った茜に、風華は努めて落ち着き払った様子で返した。

 どうやら、風華の中では強大な敵に対する恐怖よりも、
 仲間達を傷つけられた怒りの方が勝っているらしい。

茜「……ふーちゃんは、強いな……」

 茜は恐怖に打ち負かされていた自分に気付かされ、どこか自嘲気味に呟くと、
 軽く頬を張って気を引き締め直す。

 戦いに於いて、怒りを忘れてはいけない。

 内に秘める怒りでも、燃え上がるような怒りでも、ふつふつと煮えたぎる怒りでも良い。

 怒りを蔑視し、拒絶する者もいるだろう。

 だが、恐れに打ち勝つのは、怒りだ。

 多くの人々が往々にして正しいと思える怒りを、人々は義憤と呼ぶ。

 仲間を傷つけ、平和を乱す者に対する義憤で、恐怖をねじ伏せる。

茜「ユエ・ハクチャ!
  貴様はホンを利用していると言っていたが、やはり最終的な目的は皇居か……!」

 茜は構え直しながらユエ――月島――に怒りの声を上げた。

 最早、何が嘘で何が真実か分からない男だ。

 茜は彼の意志を考えるよりも、その行動を糾弾する。

月島『ん? ……ああ、そうか……目的地は告げたが、名乗ってはいなかったのだったな』

 茜の言葉に一瞬、怪訝そうな声を漏らした月島は、すぐに合点が言ったかのように言うと、さらに続けた。

月島『ユエ・ハクチャは確かに死んだよ……朝霧空に殺されて、な。

   私は、かつてグンナー・フォーゲルクロウが行った
   ヒューマノイドウィザードギアへの意識と記憶の転写によって三度目の生を繋いだ一人の探求者だ』

 月島は両手を広げ、隙だらけの体勢で語り出す。

 無論、隙だらけでもカレドブルッフの防御が万全なのは分かり切っている。

 下手なタイミングで攻撃を仕掛ければ、逆に潰されてしまうのは明白だ。

 ならば、この演説もどきを静かに聴き終えて、少しでも後方の準備が整う時間を稼ぐしかない。

 茜達は月島の言葉に驚愕しながらも、その判断を優先する事にした。

クレースト『記憶と意識の転写……グンナーが行った、機人魔導兵による影武者ですね』

 クレーストが思い出すように呟く。

 かつての主を騙し通し、魔導巨神事件の主犯となったのは、
 グンナー本人ではなくグンナーの記憶をコピーされた第一世代機人魔導兵であった。

 本物のグンナーはアイスランドの地下に隠れ住み、
 グンナーショックと呼ばれた一大テロ事件の準備を虎視眈々と進めていたのだ。

月島『私の名前は月島……。

   オリジナルの月島勇悟、第二の月島たるユエ・ハクチャ、
   その全ての研究成果を持って生まれ出でた、三人目の月島勇悟だ』

茜「月島……勇悟……三人目、だと……!?」

 ただ、“月島”とだけ名乗る男の言葉に、茜は愕然とする。

 無理も無い。

 確かに死んだと殆ど断定していた月島勇悟が、コピーとは言え生き存えており、
 さらにユエを経て、今、目の前にいるのだから。

 無論、その驚きは司令室にいる面々にも波及していた。

明日美「月島……勇悟!?」

 明日美はシートから立ち上がり、目を見開いて驚愕の声を上げた。

アーネスト「単なるコピーを保険に、本当に自殺していたと言うのか……!?」

 自らも調査書類を確認し、遺体の確認にまで立ち会った男の、
 予想外の延命方法にアーネストも愕然とする。

 確かにヒューマノイドウィザードギアへの記憶と意識のコピーは、
 “本人の遺体”と“自身の生存”を両立可能な唯一の手段だ。

 生前……それも十五年以上前から動いていたヒューマノイドウィザードギアならば、
 その場に存在するが、未登録のまま稼働させても問題なく“存在しない人間”も用意できる。

 考えてみれば単純な事だ。

 未登録のヒューマノイドウィザードギア、ユエ・ハクチャを自身の助手として帯同させ、
 仲間となるテロリスト達にすら事実を誤認させつつ、表社会から隔離・潜伏させ、
 状況が不利になると自ら命を絶ってユエへと引き継ぐ。

 そして、テロリスト内部で未使用のエンジンを使って研究や試験運転を続けつつ、
 最悪の事態が訪れた場合は戦死しつつも次なる三人目へと引き継ぐ。

 縺れて断たれていた糸が全て、一本の線に整えられて行く。

 だが、途中の過程が余りにも狂っている。

 二度もの死を経なければ、三人目には辿り着かない。

 しかも、一度目は自殺だ。

 どこまで狂えば“コピーがいるから自殺する”などと言う狂った行動を実行できるのか。

 チェーロ・アルコバレーノとカーネル・デストラクターが撃破されたショックで浮き足立っていたオペレーター達も、
 そのおぞましい事実に気付いて静まりかえってしまっている。

 特にサクラなどは口元を押さえて嫌悪感を顕わにする程だ。

月島『そして、私の目的は皇居ではなく、
   その手前にいる君の兄……本條臣一郎の駆るGWF210X-クルセイダーだ。

   このカレドブルッフがアレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の作り出した
   最強の第二世代ギガンティックと、どの程度の性能差があるかを実証したいだけだ』

 茜に向けて言い放つ月島は、どこか声を弾ませて言い切った。

 “大願、ここに成就を迎えん”とでも言いたげだ。

 皇居前のクルセイダーへの挑戦。

 それは事実上、“世界最強のギガンティック”の称号への挑戦だ。

 合同演習で幾度となく挑戦した空でさえ、捨て身で中破に追い込むのが精一杯だった臣一郎とクルセイダー。

 それに挑むと言う事は、置き換えれば研究者として
 アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽への挑戦にも置き換える事が出来る。

 アーサー王叙事詩と言う物語を愛したアレックスへの挑戦として、
 アーサー王の聖剣エクスカリバーの原典とも言えるカレドブルッフの名を冠したのも、
 ある種の決意と自信、或いは敬意にも似た敵意の現れだっただろう。

月島『さあ、では後顧の憂いを断つために……そろそろ相手をして貰おう』

 その言葉とも共に、月島は……カレドブルッフは再び動き出した。

 戦場の茜と風華は、それぞれの愛機を走らせる。

 グライドムーバーと呼ばれた高機動機能は厄介だが、
 それでもクレーストや突風・竜巻ほどの速度が出せるワケではない。

 茜と風華は、それぞれがカレドブルッフを挟んで対照のポジションを取れるように注意しつつ、
 撹乱戦法に出ていた。

月島『ほう……流石にこの巨体ではそこまでの機動は出来ないと踏んだか……実にその通りだ』

 月島の感心したようなわざとらしい口ぶりが神経に障るが、茜と風華は構わずに動き続ける。

 グライドムーバーで素早く反転しながら迫るものの、
 フル装備のクレーストと突風・竜巻の機動性はカレドブルッフのソレを大きく上回っていた。

 本来はこのような状態を避けるため、随伴機として機動性の高いスクレップを用意していたのだが、
 空達の足止めに二機とも置いて来ている。

茜(直線機動も旋回性能も標準的な大型ギガンティックを上回っているが、
  あくまで巨体にしては動ける程度だ。

  上手く立ち回れば勝機が見えて来るかもしれない!)

 茜はすんでの所まで迫るカレドブルッフの拳を避けながら、不意にそんな事を思う。

 この愛機の胴体ほどもある恐ろしく巨大な拳を一撃でも受ければ、
 全身をバラバラにされてしまうのでは無いかと言う恐怖があったが、
 その確信めいた勝算への思いが僅かに上回った。

 回避の瞬間、突風・竜巻のアイセンサーと……その奥にある風華の目と、視線が絡み合う。

 風華もどうやら同じ事を考えているらしい。

 回避しながらの誘導で、何とか瑠璃華達のいる場所からは引き離した。

 如何に研究者として優れており、素人でもギガンティックをプロ並に動かせるインターフェースを開発し、
 戦略家としての視点を持っていても、月島自身は戦術家として素人だ。

月島『ふむ……意識はしていても徐々に引き離されるか、流石だな』

 それは月島自身も気付いているらしく、感嘆めいた言葉を漏らしている。

 視線と挙動を誘導し、一定方向への偏りを作り、徐々に徐々にその偏りを大きくして行く。

 すると、次第に対象は一定方向へと誘導されて行く事になる。

 それが今の結果だ。

 茜は対テロ戦で市街地への被害を避けるため、
 風華は瑠璃華のパートナーとして彼女の砲撃が効果的に使えるようにと、
 敵の誘導に関してはドライバーの中でも高いスキルを持っていた。

 幼い頃からの修練や最近でも合同演習のお陰でお互いの得意とする戦い方は熟知していた事もあり、
 二人がかりでの誘導は実にスムーズだった。

 月島の他人事のような口ぶりは気に障るが、こちらの術中通りなのは事実だ。

茜(奴の結界装甲は厚い……密度も強度もホンのティルフィングと同等クラス……なら!)

 茜は意を決し、十字槍と短剣にそれぞれ雷電変換した魔力の刃と氷結変換した魔力の刃を生み出す。

茜「ふーちゃん! トドメは任せた!」

 茜はそれだけ言うと、一気に攻勢へ転じた。

茜「クレースト! モールニヤ、全速全開!」

クレースト『畏まりました、茜様!』

 それまで僅かにセーブしていた速力も、クレーストへの指示で解放する。

 翼状のマントから溢れる茜色の光跡を残しながら、クレーストはカレドブルッフの周囲を舞った。

茜「本條流魔導剣術、奥義!
  壱之型が改! 天舞・崩昇ッ! 雷刃氷牙の型ッ!!」

 すれ違い様、二刀による上下二方向からの連撃が氷柱と雷撃となってカレドブルッフを襲う。

茜「続けてッ!
  弐之型が改! 天舞・轟旋ッ! 雷刃氷牙の型ッ!!」

 再びのすれ違い様、逆手に構えた二刀の袈裟斬りが電撃と氷塊を撒き散らす。

茜「再び続けてッ!
  参之型が改! 天舞・破陣ッ! 雷刃氷牙の型ッ!!」

 三度のすれ違い様、雷撃の突きと氷撃の突きが一点に向けて突き立てられた。

クレースト『茜様! 魔力残量、ブラッド共に十分、まだ行けます!』

 正中線を上下から切り裂く斬撃、左右からの袈裟懸け斬り、一点突破の二連突き、
 三種の奥義を放った茜にクレーストが叫ぶ。

 敵も健在だが、こちらの魔力も十分な余力がある。

茜(少しでも敵の結界装甲を反応させ、急所の結界装甲を手薄にする!)

 茜の作戦は、一ヶ月前の決戦の焼き直しだ。

 あの時は仲間達がしてくれた援護を、今度は茜自身が、目にも止まらぬ早さでもって一人で実行する。

 奥義連発の猛攻を物ともせずに手を伸ばすカレドブルッフの攻撃を避けながらでは、
 最大威力の終之型・龍凰天舞は隙が大きく、不向きだ。

 だからこそ、茜は囮に徹する事にした。

 幾つもの落雷と氷柱、雷撃と氷塊がカレドブルッフに襲い掛かる。

 最初こそ物ともせずに動いていたカレドブルッフだったが、
 徐々にその動きは緩慢さを増し、一撃にたじろぐ場面も少なくなくなってきた。

 遂に、一矢報いる時が来たようだ。

茜(ティルフィングへの攻撃の中、一番効果があったのは頭部だ……)

 茜は一ヶ月前の戦闘を思い出しつつ、心中で独りごちる。

 止めの一撃を見舞わんとした時、仲間達の援護で最大の効果を発揮した一撃は、
 マリアとクァンの頭部への丸太落としだった。

 ギガンティックにとって頭部は一部のセンサーやメインカメラが集合している部位である。

 積極的に守る必要はあるが、実の所、無ければ無いで胴体部のサブカメラや他センサーで併用可能な、
 レプリギガンティックにはある種のデッドウェイトでもあった。

 それでも頑なに頭部が存在するのは、魔力リンクをする場合に都合が良いのと、
 メインカメラの仰角調整が容易な点に他ならない。

 魔力リンクの接続度合いが高いオリジナルギガンティックの場合、頭部の重要性が段違いになる。

 カレドブルッフの場合、何処までの重要性を持つかは分からない。

 仮にレプリギガンティック程度の重要度しか持たないならば、
 メインカメラの破壊程度の被害にしかならないが、
 オリジナルギガンティック並に高い重要度を誇るなら大ダメージを与えられる可能性がある。

 引いては、この後に戦う事になるであろうギガンティック部隊や、
 最後の砦とも言える兄への最大の援護となるだろう。

 実際、茜は頭部への攻撃は極力避け、手足を中心に攻撃を続けていた。

 少しでも頭部の結界装甲を手薄にする作戦だ。

 そして――

風華『豪炎ッ! 飛翔ッ!』

 茜の連撃を合図に、いつの間にか攻撃から外れていた風華の声が、
 カレドブルッフの直上から響く。

 そう、風華と突風・竜巻は上空へと跳び、この瞬間を……一矢報いる瞬間を待っていた。

 どちらかが囮になった際に、もう一人が決め手となる一撃を放つかを、
 二人はアイコンタクトで決めていたのだ。

風華『烈ッ風ッ脚ッ!!』

 ――茜の凄まじい連撃で防御が疎かになった頭部に向けて、
 自然落下の勢いすら利用した、蒼い炎を纏った烈風脚が襲い掛かる。

 正に脳天、頭部のど真ん中を狙ったドンピシャリの一撃だ。

 茜もタイミングを合わせ、四巡目の天舞・破陣を放ってカレドブルッフを足止めし、
 万が一の回避を防ぐ。

 回避不能となった一撃は果たして――

風華『そ、そんなっ!?』

 愕然とする風華の声が、戦場に虚しく響き渡る。

 ――後数十センチでつま先が触れる所で、赤黒い輝きに足を絡め取られ、完璧に静止してしまっていた。

月島『ふむ、やはり頭部狙いか……狙いは悪くない』

 月島は感心したような口ぶりとは逆に、どこか冷めたような口調で漏らすと、さらに続ける。

月島『背部のメインブラッドタンクやエンジン、コックピット……頭部以外にも守るべき重要箇所は多い。

   だが、私も前線から引いて長らく経ち、先日が久方の実戦だったが、
   Bランクだった手前、そこまで素人ではないつもりだ。

   見るからに囮役の202が意図的に頭部への攻撃を避けていれば、
   何があるのでは、と勘繰るくらいの事はする』

 月島がそう言い終えると、不意にカレドブルッフの全身を覆う結界装甲が変移して行く。

 手に集まれば手の周囲が赤黒く輝き、胸に集めれば胸の周囲が赤黒く輝いた。

月島『このようにして、頭上に高密度の結界装甲を展開しておけば、不意の一撃など気にするまでもない』

 さも当然と言わんばかりに言い切った月島は、
 結界装甲に足を絡め取られて身動きの取れない突風・竜巻に向けて手を伸ばす。

風華『ッ!? ぬ、抜けない!?』

 風華も慌ててその場を脱しようとするが、足が強烈な魔力の力場に食い込んでしまい、引き抜く事が出来ない。

 伸ばされたカレドブルッフの手は容易く突風・竜巻を掴む。

茜「ふーちゃんっ!?」

 茜も風華を助け出すため、関節部を狙って斬撃を繰り出すが、結界装甲に阻まれて切っ先すら届かない。

 そして、思い知る。

 カレドブルッフがたじろいだのは、月島が危険を察知して結界装甲をの密度を変移させたためだ、と。

月島『さて、と……』

 まるで出掛ける直前に荷物を持ち上げるような気軽さで、
 月島は乗機の両手で突風・竜巻掴むと、ジワジワと圧力を加え始めた。

風華『ッぁぁぁあああああっ!?』

 巨大な万力で腕ごと胴体を締め上げられるような激痛に、風華は絶叫する。

月島『ふむ……脆い突風本体を守るアウターフレームだけあって頑丈なのは知っていたが、
   実際に手で強度を試すと言うのは新たな発見がある物だ……意外と硬いのだな』

茜「き、貴様っ! ふーちゃんを離せぇぇぇっ!!」

 感嘆気味に突風・竜巻を握り潰し続ける月島に、茜は激昂して斬り掛かる。

月島『そろそろ離すつもりだ、安心したま、えっ!』

 月島はそう言うと、真っ向から斬り掛かって来る茜のクレーストに向けて、
 突風・竜巻を投げつけた。

茜「なっ!? しま……っ!?」

 茜はその瞬間、自身の行動の間違いに気付いたが、時既に遅し。

 回避不可能なコースで投げつけられた突風・竜巻がクレーストに叩き付けられる。

 だが、それだけでは終わらない。

 カレドブルッフの巨腕で投げられた突風・竜巻の勢いは凄まじく、
 突進して来たクレーストごとドームの内壁に叩き付けられ、機体は粉々に砕け散る。

 外部スピーカーも破壊されたため、二人の悲鳴は聞こえない。

月島『多少やり過ぎたかもしれんが……まあ良い』

 バラバラになって崩れ落ちて行く二機を見遣りながら、
 月島はそれ以上気にした素振りも見せず、踵を返す。

月島『XXXにもなれない202など、用は無いのだからな……』

 そして、どこか虚しそうに言い残すと、グライドムーバーで機体を走らせた。

 崩れ去ったギガンティックの残骸の下で蠢く存在にも気付かずに……。

―6―

 茜達がカレドブルッフとの戦闘を開始した頃。
 第四フロート第五層、外郭自然エリア――


 数多の樹木が薙ぎ倒され、土が剥ぎ飛ばされ、下の構造が露わになった荒れ地に、
 ガックリと膝をついているのはエール・ハイペリオンイクスだった。

 全身の装甲に夥しいほどの亀裂が走り、
 各部からエーテルブラッドを溢れさせた満身創痍の機体は、今にも倒れてしまいそうだ。

空「な、何とか……二機、倒せた……ね」

 空は全身に走る痛みを堪えながら、絶え絶えに漏らす。

 空の言葉通り、胴体を失った二機分のスクレップの手足が、辺りに転がっていた。

 リュミエール・リコルヌシャルジュで、二機同時に胴体を貫き、消し去ったのだ。

 転がっている手足は、何とか消滅を免れた残骸である。

レミィ「ああ……けれど、これ以上の戦闘は難しいな」

 レミィは機体のコンディションをチェックしながら呟く。

ヴィクセン『クアドラプルブースター、一号、二号、四号機滑落、
      三号機も破損して動かないわ。
      ツインスラッシュセイバーもレフトは大破、ライトも出力異常で正常稼働は無理ね……』

アルバトロス『アクティブディフェンスアーマー、応答無し。
       エリアルディフェンダーも五割の装甲が破損しています。
       フローティングフェザー、残機十八パーセント。
       マルチランチャーも砲身が焼け付いて正常稼働不可能です』

エール『各部関節に高負荷がかかっている……機体外部のダメージよりも内部の方が深刻だよ』

 ヴィクセン、アルバトロス、エールは口々に機体の惨状を報告する。

フェイ「エール本体のダメージは二割程度ですが、
    ヴィクセンMk-ⅡとアルバトロスMk-Ⅱは大破同然です」

 フェイは淡々としつつも、どこか悔しげな表情を浮かべて呟く。

美月『ソラ、レミット、フェイルー、すいません……。
   私がもっと、上手に援護できれば……』

 通信機からは申し訳なさそうな美月の声が響き、それと共にヴァッフェントレーガーに乗ったクライノートが姿を現す。

 クライノートとヴァッフェントレーガーの周囲にはプティエトワールとグランリュヌが浮かんでおり、
 どちらも目立った損傷は見受けられない。

 レミィ達と合流してハイペリオンイクスへの合体に成功した後、高速で戦闘データを学習して行くスクレップの猛攻に、
 機動性を欠くクライノートでは耐えきれないと踏んだ空は、十六基の浮遊砲台の全てを彼女の直掩に着けたのだ。

 その頃には二機のスクレップの戦闘データは殆ど完成しており、
 空はエール・ハイペリオンイクスと共に捨て身同然の接近戦を敢行せざるを得なかった。

 空達が“そうせざるを得なかった”事を、美月は自身の力不足と捉えているようだ。

 だが――

空「そんな事ないよ、美月ちゃん……。
  美月ちゃんの援護が無かったら、今頃、墜とされていたのは私達だよ」

 空は痛みを堪えて笑顔を浮かべると、努めて明るい声で返す。

レミィ「まだ慣れない機体であんなバケモノ相手だ……気にするな」

フェイ「援護に感謝します、譲羽隊員」

 レミィは諭すように、フェイも落ち着いた様子で落ち込み気味の美月をフォローする。

美月『……ごめんなさい……ありがとうございます……三人とも……』

 美月は三人に対する申し訳なさと、三人の配慮に対する感謝で、声を震わせて返した。

 美月とクライノートの援護で生き残れたのは事実だし、
 仮にポジションを逆にしていた場合はどちらも撃破されていた可能性が高い。

 最大戦力のハイペリオンイクスがこの状態では絶望的かもしれないが、ベターな選択だった事は間違いない。

ほのか『みんな、反省会は後で!』

 そんな空達の元にほのかの声が響き、彼女はさらに続ける。

ほのか『メインフロートは苦戦中よ……チェーロとカーネル、それにプレリーが大破。
    幸い瑠璃華ちゃん達は無事らしいけど、戦闘はまだ継続中よ』

雪菜『機体の応急修理をしながらメインフロートに戻るから、急いでキャリアまで戻って!
   朝霧副隊長達は一班の二号キャリアへ、美月さんは二班の三号キャリアへ』

 ほのかに続き、雪菜が指示を出す。

 修理箇所の少ないクライノートは即座に三号キャリアで発進し、
 修理しなければならない箇所の多いハイペリオンイクスは二号キャリアで後から、と言う手順だろう。

 だが――

レミィ「柊オペレーター、それじゃあ間に合いません!」

 レミィが思わず声を上げる。

 間に合わない、とは、メインフロートに一刻も早く向かわなければならないと言う意味だ。

 美月だけを先に行かせるのが心配、と言うワケではない。

 急行可能な戦力は一機でも多く向かわせなければならないのだ。

フェイ「ヴィクセンMk-Ⅱ、アルバトロスMk-Ⅱ共に損傷度大……。
    戦線復帰できる状態まで応急修理するには時間が足りません」

 フェイもレミィの意図を察してか、彼女に続く。

ヴィクセン『幸い、エールのダメージが酷い部分は剥き出しだった足だけね……。
      この場で除装してキャリアで換装すれば済むわ』

アルバトロス『加えて、私達のパーツもこの場で排除していだだければ、
       キャリアに戻ってから切り離す手間も省けます』

 ヴィクセンとアルバトロスも主達に続いた。

 要は、この場に置き去りにしろ、と言いたいのだろう。

ほのか『それは……』

 通信機からほのかの躊躇うような声が聞こえた。

 戸惑う、のではなく、躊躇う。

 選択肢の一つとしてはあり得たのだろう。

 如何にして素早く向かうか、と言うベストの選択肢だ。

 それに、この状態で向かっても、クアドラプルブースターの修理が終わらなければ、
 ヴィクセンMk-Ⅱのメインブロックは完全なデッドウェイトになってしまう。

 システム異常の復帰や諸々の作業をエールの補修と並行して行うのは些か手間が掛かりすぎる。

 だが、この不安ばかりが募る戦況で、仲間を置き去りにすると言う選択肢は選び難かったのだ。

空「レミィちゃん、フェイさん……」

 二人の決意に、空は哀しさと悔しさの入り交じった表情を浮かべる。

レミィ「行け、空。……その代わり、負けるな!」

 レミィはそう言うと、立体映像の手を伸ばし、空の背を叩くように振った。

 が、その手は空振りして空の身体を突き抜けてしまう。

 シミュレーター機能を応用した立体映像のリアルさとクリアな声に忘れがちだが、
 レミィはエールの背にあるヴィクセンMk-Ⅱのコントロールスフィア内にいるのだ。

フェイ「譲羽隊員も、朝霧副隊長の補佐をお願いします」

 フェイは美月に向け、淡々としながらも穏やかさを感じる声音で語りかける。

美月『レミット……フェイルー……っ、はい!』

 まだ仲間になってから日も浅く、暫く離れ離れに過ごしたが、
 それでも自分に期待してくれている二人の思いを感じて、美月は涙を拭うような音の後に応えた。

空「……分かったよ、レミィちゃん、フェイさん……。

  ほのかさん、作戦変更をお願いします」

 空も溢れかけた涙を拭うと、決意の表情でほのかに進言する。

 ほのかは暫く考え込んだようだが、二秒ほどしてすぐに口を開いた。

ほのか『01は04、05と不要な装甲をパージ後、03と共に二号キャリアへ。
    整備班は移動しつつ応急修理を開始。

    二号キャリアはギガンティック積載中に三号キャリアと連結、
    応急修理が完了次第、動力車二輌編成の最高速で現場に向かうわ。

    04、05ハンガーとパワーローダーを二機をこの場に残して機体の回収作業に当たらせて』

 ほのかはそう指示を出すと、“みんな、急いで”と僅かに上擦った声で呟く。

 欠くべからざる冷静な判断力を、ここで発揮せずに何が現場責任者だろう。

 そんな意地のような物が、彼女の声音からは感じられた。

空「了解しました」

 空がいの一番に応えると、レミィ達やオペレーター達も口々に返す。

空「……それじゃあ、レミィちゃん、フェイさん……行って来ます!」

 空は一瞬躊躇った後、疑似ウィンドウに操作パネルを展開し、緊急用の強制除装スイッチを押した。

レミィ「おぅ、負けるな! 空、美月!」

フェイ「お二人の御武運をお祈りします……!」

 二人の立体映像はそう言い残しながら消え去り、
 機体の外では脚部の装甲と共に残骸じみたヴィクセンとアルバトロスのパーツが剥がれ落ちて行く。

 空は二機の残骸を押し退けないに注意深く飛び上がり、
 離れた位置で待機するヴァッフェントレーガー上、クライノートの後ろへと降り立つ。

美月『ソラ、振り落とされないように注意して下さい』

空「うん、お願い、美月ちゃん」

 空が美月の声に応えると同時に、ヴァッフェントレーガーはリニアキャリアの待つ隔壁付近に向けて走り出した。

―7―

 空達が第四フロート第五層から離れ、メインフロート第一層外郭自然エリアで茜達が敗北してから、三十分後。
 メインフロート第一層、第五街区――


 本来ならば既に照明の落とされている時間帯だが、緊急時と言う事もあって街は明るい。

 第一街区京都の目と鼻の先まで迫ったカレドブルッフは、悠然とメインストリートを闊歩していた。

 十五年前の2060年7月9日、
 60年事件でテロリストにハッキングされたギガンティックが、パレードの隊列を銃撃した広大な目抜き通りを、
 そのハッキングを行った本人の駆る超々弩級ギガンティックが緩歩の歩みで往く。

 十字路に差し掛かる度、軍や警察の混成ギガンティック部隊による一斉射撃が行われるが、
 カレドブルッフはそれらの銃撃を祝砲とばかりに大仰に両手を広げて受けた。

 全ての魔力砲や魔力で物理加速された銃弾が、カレドブルッフの機体に触れる寸前、
 赤黒い波紋の中に溶けるようにして消え去ってしまう。

 孤独な凱旋にも似た大巨人の歩みは止まらない。

遼『バケモノ……!』

紗樹『副長、このままだと突破されてしまいます!?』

レオン「畜生……!」

 遼と紗樹の声を聞きながら、レオンは悔しそうに吐き捨てる。

 ロイヤルガードの別部隊と合流したレオン達も、
 最終防衛戦となる正門前広場の両翼で一斉射を行っていたが、やはり効果は無い。

月島『いい加減に退きたまえ。これよりここは戦場となるからな』

 月島はオリジナルギガンティックを除いたロイヤルガード全七十五機の一斉射を物ともせず、
 ただ“相手にもならない小物は邪魔だから退け”と言い放つ。

 オリジナルギガンティック四機をものの数分で撃破する超々弩級ギガンティックを相手に、
 真正面からの迎撃では止められない……無駄死にを出すだけと分かり切っての両翼展開だ。

 最外周の第一〇六街区から、この第一街区の中ほどまでの大凡五百キロ。

 その全てを無駄と分かっていながらも迎撃を続けたのは、
 一重にギガンティックのドライバー達、そして、軍や警察の意地だった。

 だが、その意地を張れるのもここまででしかない。

一尋『皇居護衛警察各員に通達……現場を放棄する!』

 第一中隊を預かるギガンティック部隊の副隊長にして、風華の兄でもある藤枝一尋が悔しそうに漏らした。

レオン「おい、カズ!? お前……風華だってアイツにやられてるんだぞっ!?」

 レオンは上司と部下と言う関係を忘れ、思わず“幼馴染み”に対して声を荒げる。

 レオンにも一尋の気持ちは分からないでも無かった。

 自分も目付役として兄妹のように育った茜を見捨てて後方に下がざるを得なかったのだ。

 だが、ここでまた退けば、全てが無駄になってしまう。

一尋『アルベルト! 命令だ……! 本條隊長の邪魔になる前に退避しろ!』

 普段の飄々とした態度を隠した一尋は、
 重苦しそうな怒気を孕んだ声で、“上司”として“部下”に言い放つ。

 たった一人の妹を傷つけた敵に一矢報いる事すら出来ないのだ。
 悔しくない筈が無い。

 実の妹と妹分と言う違いはあれど、同じ気持ちである事を悟り、レオンは歯噛みする。

レオン「ッ……分かったよ、了解だ、了解ッ!」

 レオンは悔しさと情けなさで、苛立ちを隠せずに応えた。

 レオンや一尋以外にも戸惑いや悔しさを隠しきれない隊員達もいたのか、
 ギガンティック部隊は足並みを揃えられないまま、隊列を乱し、三々五々と言った風に退避して行く。

 月島はその様を確認すると、さらにゆっくりと歩を進める。

 すると、不意に前方でドームの天蓋まで届くほどの藍色の光の柱が立ち上った。

月島『おお……』

 その藍色の輝きに、月島は感嘆の溜息を洩らす。

 藍色……青藍に輝く柱の正体は、月島が目的とする物から立ち上った物だ。

 それまで悠然と歩を進めさせていた月島は、グライドムーバーを展開させ、カレドブルッフを急がせる。

 すると、見えて来たのは正門前に仁王立ちとなったGWF210X-クルセイダー……本條臣一郎の愛機であった。

 カレドブルッフは正門前広場の半ばほどで立ち止まる。

 彼我の距離は五百メートル未満……カレドブルッフを基準に人間換算すれば十メートルほどの距離。

 既にクルセイダーの間合いだ。

 そして、目を伏せていた臣一郎は、クルセイダーのコントロールスフィア内で目を開く。

臣一郎「さすがに、大きいか……」

 報告には聞いていたが、実際に目の当たりにするとその巨大さに臣一郎は息を飲む。

 自身の愛機も、オリジナルギガンティックの中でも一際巨大な四十メートルを超える大型だが、
 目の前の大巨人はその倍以上の巨躯を誇っていた。

 正に大人と子供の体格差だ。

デザイア『ボス……』

臣一郎「ああ心配するなデザイア……驚きはしたが、恐れてはいない」

 戸惑い気味に問い掛けた愛機に、臣一郎は落ち着いた様子で応える。

 イマジン以外では味わう事のない体格差に驚きはしたが、臣一郎は決して恐れてはいなかった。

 戦いに対する恐れが皆無とは言わないが、それでも妹や恋人、仲間達を傷つけられた怒りの方が、むしろ大きい。

 正門両脇に巨大なタワー型専用エーテルブラッドタンクが出現し、クルセイダーの背面から伸びたケーブルで接続される。

デザイア『タンク接続確認、エクステンド・ブラッド・グラップル・システム起動準備完了』

臣一郎「よし……!」

 デザイアが戦闘準備が完了した事を告げると、臣一郎は一歩進み出て、口を開く。

臣一郎「月島を名乗るテロリストに告げる!

    こちらは皇居護衛警察、ロイヤルガード所属第一小隊隊長、
    及びギガンティック部隊総隊長、本條臣一郎である!

    君は軍、警察、ギガンティック機関、
    その他あらゆる組織に属さないギガンティックウィザードを使用している。
    即刻、そのギガンティックウィザードの武装を解除し、投降せよ!」

 臣一郎はお決まりの投降文句を投げ掛けるが、元より聞き入れられるとは思っていなかった。

月島『言葉程度で敵が止まると思っているのかね、君は?』

臣一郎「………」

 そして、分かっているからこそ、嘲るような月島の問い掛けに無言で応える。

 臣一郎は別に抗戦主義者ではないし、かと言って降伏主義者でもない。

 そして、降伏に応じるような者がわざわざ皇居正門前までギガンティックで侵攻して来るワケがない。

 職務だからこそ、戦う前の口上として述べているに過ぎないのである。

月島『怒っていると無口になるのは祖父譲りか父親譲りか……まあ、いい。
   私も君と会話を楽しみたくて来たワケではないからね』

 月島も臣一郎の考えを知ってか知らずか、自ら会話を打ち切り、機体を走らせ出した。

 広場に植樹された木々を薙ぎ倒しながら蛇行するように迫る。

臣一郎「デザイア、ケーブルの最大長は?」

デザイア『タワー側からの最大延長で七百メートル』

 臣一郎もデザイアが答えるのと同時に走り出した。

 正門間近ではどれだけの影響が出るか分からない。

 二倍の体格差はあるが、接近戦を仕掛けるしかないだろう。

月島『ほう!? 真っ向から来るか!』

 一瞬だけ驚いたような声を上げた月島だが、すぐに喜色に満ちた声で叫ぶと、
 自らも真正面からクルセイダーに立ち向かう。

臣一郎「腕部ブラッド噴射! パターン、ガントレット!」

デザイア『イエス、ボス!』

 臣一郎が指示を出すと、腕部のハッチからエーテルブラッドが溢れ出し、
 クルセイダーの腕よりも二回りほど巨大な腕が完成する。

臣一郎「脚部ブラッド噴射! パターン、パイルバンカー!」

デザイア『イエス!』

 さらに脚部側面から噴き出したエーテルブラッドが巨大な杭打ち機のような形を作り、
 アスファルトの地面に杭を打ち付けてクルセイダーの巨体を固定した。

 迎撃準備を終えたクルセイダーと、真っ向からぶつかって来るカレドブルッフの巨体がぶつかり合う。

月島『先ずは純粋な力比べと行こう!』

 月島の言葉通り、カレドブルッフは腕を振り上げたクルセイダーと手四つの体勢で組み合った。

 大型化したエーテルブラッドの腕はカレドブルッフの巨腕と遜色ない大きさで、二機ががっしりと組み合う。

月島『ほう……さすがは関節強度を無視可能な構造体を作り出す機能だ。
   唯一の一体型セミトリプルハートビートエンジンとは言え、
   トリプル・バイ・トリプルエンジンのカレドブルッフと真っ向から組み合えるとは!』

臣一郎「ッ、ぐぅ……っ!」

 余裕綽々で感嘆を漏らす月島とは対照的に、臣一郎は苦しそうに唸る。

 当たり前だ。

 出力はほぼ互角か、ややカレドブルッフが上回る程度だったが、
 体格差と質量差で完全に押さえ込まれてしまっている。

 組み合える、と言うより、実際は組み合うだけで精一杯だ。

デザイア『腰部、背部、肩部、全て負荷五〇パーセント超過』

臣一郎「残る全部位からブラッド、噴射……っ!
    パターン、アウターアーマー……ッ!」

 機体の過負荷を告げるデザイアに、臣一郎は指示を出す。

 すると、クルセイダーの各部から大量のブラッドが噴出し、
 クルセイダーを覆い尽くす無関節の外骨格を形作った。

 固形化したエーテルブラッドで関節負荷を和らげる算段だ。

 実際に効果は覿面で、臣一郎は一気に身体にかかる負担が和らぐのを感じた。

月島『苦し紛れだな』

 月島は一時凌ぎにしか見えない臣一郎の選択に、落胆混じりに呟く。

臣一郎「……違うな!」

 だが、臣一郎は僅かに頬を吊り上げて笑みを見せると、
 クルセイダーの全身を覆ったエーテルブラッド外骨格の背面から飛び出した。

 E.B.G.Sは臣一郎の指示と操作で自由自在に形を変える、不定形のOSSだ。

 今回のように手四つで組み合った状態で外骨格を作り出し、
 地面に固定して本体だけが離れれば、瞬間的に敵をその場に足止めする事も出来る。

月島『こんな使い方もあったか!?』

 流石の月島も、予想外の応用方法に驚きの声を上げた。

 驚く月島に、臣一郎は追撃の一手を放つ。

臣一郎「本條流格闘術奥義! 轟ノ型弐・改! 炎熱……轟斬掌ッ!」

 いつぞ、五体のギガンティックをまとめて切り裂いた巨大な手刀……轟烈掌。

 あちらは横薙ぎだが、こちらは真っ向から相手の脳天を叩き割る手刀による斬撃を放つ第二の型だ。

 しかも、あの時よりも手刀が纏う、炎と化したエーテルブラッドの塊も巨大な物となっている。

月島『ぬぅっ!?』

 咄嗟の事に防御の間に合わなかった月島は、カレドブルッフにスウェーバックさせて回避を試みた。

 だが、避けきれず、ガリガリと硬質の物体同士が削れ合う耳障りな音と共に、
 クルセイダーの炎を手刀が分厚い胸部の装甲を切り裂く。

 カレドブルッフは装甲を切り裂かれた衝撃でよろけそうになるが、自動制御で体勢を整えようと踏ん張る。

臣一郎「続けてッ!」

 まだ体勢を整え切れていないカレドブルッフを後目に、
 臣一郎は両腕を腰溜めに引き絞り、左足で大きく一歩を踏み出す。

 瞬間、カレドブルッフを足止めしていたエーテルブラッド塊が砕け散り、液状になって霧散する。

臣一郎「轟ノ型参! 轟砕双打掌ッ!!」

 そして、下からかち上げるようにして、体勢を整え始めたカレドブルッフの両腕に両の掌打を叩き込む。

 まだバランスすら整え切れていないカレドブルッフは、再び大きく体勢を崩した。

臣一郎「さらに続けてッ!」

 今度こそ仰向けに倒れようとするカレドブルッフに向かい、
 臣一郎はさらに一歩、深く踏み込んで懐へと入り込んだ。

 両の掌を重ね、双打掌のように大きく引き絞る。

臣一郎「本條流魔導格闘術奥義、轟ノ型終・改……!」

 そう、これこそが打撃破壊系格闘技である轟ノ型の最終奥義の構えだ。

臣一郎「流水……ッ!」

 エーテルブラッドが青藍に輝く水へと転じ、両手を覆う。

臣一郎「轟連……重撃掌ぉッ!!」

 ごく僅かにタイミングをずらした掌打の連撃が、切り裂かれた装甲へと叩き付けられる。

 左の掌打を後追いする右の掌打が押し込まれ、傷を押し広げ、
 内部に大量の流水変換された高水圧エーテルブラッドを流し込む。

 さしものカレドブルッフも内側に叩き付けられた高水圧は防ぎようも無いのか、
 上半身各部の装甲の隙間から青藍に輝く水を噴出しつつ、大きく後方へと弾き飛ばされた。

臣一郎「ふぅ………」

 大音響と共に正門前広場に倒れたカレドブルッフを見下ろしながら、臣一郎は大きく息を吐く。

 轟ノ型を弐、参、終と流れるような三段攻撃である。

 質量差を鑑みて、臣一郎は一気呵成に勝負を決める事にしたのだが、その目論見は成功したようだ。

 あそこまで大量の流水魔力を装甲の切れ目から流し込まれてしまえば、
 内部の回路がズタズタに引き裂かれて無事では済まないだろう。

 力比べでは敗北だったかもしれないが、駆け引きの胆力と技で勝った臣一郎の勝利であった。

 だが――

デザイア『ボス、魔力反応、低下確認できず!』

 デザイアがどこか慌てたように叫ぶ。

 臣一郎も即座にカレドブルッフを見下ろす。

 カレドブルッフの全身のブラッドラインは赤黒い輝きを放っていた。

 単にドライバーが降りただけならば暫くはエーテルブラッドもドライバーの魔力波長と同じ輝きを放つが、
 内部構造が破壊されてしまえばこうはならない。

 仮に残留魔力で輝いているのだとしても、それならば徐々に輝きは薄れて行く筈だ。

 輝きは薄れるどころか、むしろ僅かに増しているようにすら感じられる。

月島『やれやれ……』

臣一郎「ッ!?」

 カレドブルッフから月島の声が響いた瞬間、臣一郎は息を飲んで大きく後方へ跳んだ。

 ゆっくりとカレドブルッフが上体を持ち上げると、切り裂かれた胸部の装甲がガラガラと音を立てて崩れる。

 崩れた黒い装甲の中から現れたのは、真新しい白磁のように傷一つない純白の内装……いや、装甲だった。

月島『胸部だけとは言え、こんなにも早くスペースドアーマーを破壊されるとは思わなかったよ』

 月島がそう言い終える頃には胸部――と言うよりは胴体上部――の黒い装甲は全て剥がれ落ち、
 内部からは白い装甲に覆われた躯体が姿を現していた。

 スペースドアーマー……つまり中空装甲。

 機体外部に内部に空間が存在する外部装甲を貼り付け、
 破損する事で外部から加えられた衝撃を緩和するための装備である。

 機体重量の増加やワンオフ機への採用は生産性と取り回しの悪さから敬遠されがちな装備だ。

 つまり、臣一郎が送り込んだ高水圧エーテルブラッドは、
 スペースドアーマーの内部に浸透しただけに過ぎなかったのである。

月島『本体のお披露目は、君を撃破してから行いたかったが……致し方あるまい』

 月島がそう言うと、カレドブルッフを覆う黒い装甲が、頭部に至るまで剥がれ落ちて行く。

 無骨な黒い殻の中から現れたのは、やはり胸部と同じく白磁のような純白の装甲。

 中空装甲のブラッドラインと本体側が循環していたのか、中空装甲の接続部からは、
 本体とのリンクを失って鈍色に変わり始めたエーテルブラッドが僅かに流れ出している。

 そして、全容を現したカレドブルッフは、やはり九〇メートル級の体躯と、それに似合わぬやや細身で純白の装甲と、
 輝く幅広のブラッドラインを全身に走らせたどことなくヒロイックな外観をしていた。

 オリジナルギガンティック同様にヒロイックな外見を持ちながら、
 禍々さを感じさせる不釣り合いな赤黒い輝く躯体は、奇妙な不気味さを醸し出している。

月島『さあ、本邦初公開……これがGWF405-カレドブルッフの真の姿だ』

 尊大に両腕を広げながら高らかに宣言する月島は、だがすぐに構え直す。

月島『ふむ、やはり僅かでも可動部の妨げになる物が無いと動きもスムーズだ』

 確かに、何の淀みもなく滑らかに構える体運びは、黒い装甲に身を包んでいた頃とは違う。

臣一郎「……これは、骨が折れそうだな」

デザイア『………』

 冷や汗を垂らしながら呟く臣一郎に、デザイアも無言で返す。

月島『さて……前々から言いたかったのだが、
   ギガンティックウィザードはその名の通り巨大な魔術師……つまり魔導師の身体を拡張した物だ。

   それを量産機ならばまだしも、個々人の専用に作られた物をやれ武装の性能だ、やれ機体の機能だ、
   と余計な物ばかりに頼るのはいかがな物かと常々考えていたのだよ』

 月島は辟易したように呟きながら“まあ、それが個人専用ワンオフ機の特徴でもあるがね”と自嘲気味に呟いた。

 そして、気を取り直してさらに続ける。

月島『仮にも魔導師ならば、君の妹のように、
   ギア代わりの装備一つと魔導師本来の技で戦うべきだと思うのだよ……私は』

 月島の言葉と共に、カレドブルッフは背中から一対のショートロッドを取り出し、構え直す。

臣一郎「その構え……!?」

 カレドブルッフの構えに、臣一郎は愕然と漏らした。

 ショートロッドを二刀流のように構える姿には、臣一郎にも見覚えがある。

 無論、その構えをする人物自身を見た事はない。

 だが、教導映像で幾度も見た事があるその構えは、
 おそらく、十人に八人は“世界最強”と推すだろう人物の構えだった。

月島『カレドブルッフには君ら世代のデータに加え、
   父母、祖父母らの世代のデータも入力されている。

   中でも私は彼女の戦い方が最も“魔導師として美しい”と考えている……そう、フィリーネ・ウェルナーの戦い方がね』

 月島が恍惚とした声音で呟くと、瞬時にその周囲に無数の多重術式が展開される。

月島『さあ避けてみたまえ! 三世代前の最強を討ち破り、
   英雄すらも超えた最強の魔導師が最も得意とした儀式魔法、リヒトファルケンをっ!』

 カレドブルッフが多重術式の一つをショートロッドで叩くと、術式の表面から無数の光のハヤブサが舞った。

 カレドブルッフ……月島の指し示す通りに舞う光のハヤブサは、上空からクルセイダーに襲い掛かる。

臣一郎「デザイア! E.B.G.S、出力全開だっ!」

デザイア『イエス、ボスッ!』

 叫ぶような臣一郎の指示に応え、デザイアはブラッドの圧力を上昇させた。

臣一郎『本條流魔導格闘術奥義! 円ノ型壱・改! 流水・円舞掌ッ!』

 そして、臣一郎は本條流魔導格闘術奥義の中でも守りに優れる円ノ型の一つ、
 円舞掌【えんぶしょう】に水を纏い、振り払うような動作で閃光変換された魔力のハヤブサを防ぐ。

 閃光変換は通常の純粋魔力よりも威力が高い分、遮蔽物や水のように乱反射、屈折させる物に弱い。

 臣一郎の選択肢は的確と言えただろう。

 だが、リヒトファルケンを前にして、ベストな選択肢はベター以下に成り下がる。

臣一郎「ッ、ぐっ!?」

 防ぎきれぬほどに大量の光のハヤブサは、防御の隙を縫って確実にクルセイダーの全身に降り注ぐ。

 次々と襲い来るハヤブサの連撃に、臣一郎は苦悶の声を上げた。

月島『さあ、次はこのリヒトビルガーをどう防ぐ!』

 月島が次に三つの多重術式を連続で叩くと、その術式から一羽ずつ、光のモズが一直線に飛翔し、
 避ける間も無くクルセイダーの腹、胸、腿へと直撃する。

臣一郎「ぐぁ……ッ!?」

 臣一郎はたじろぎながらもすぐに体勢を立て直した。

 クルセイダーは大型だが、格闘戦を想定しているため、決して鈍重な機体ではない。

 リヒトビルガーは威力を引き換えに速度を高めた、回避の難しい超高速の鳥型魔力弾だ。

 同じく回避の難しい絨毯爆撃のような鳥型魔力弾のリヒトファルケンと組み合わせれば、
 タイミング次第では回避困難の魔法は回避不可能の魔法へと姿を変える。

月島『ギガンティックウィザードは素晴らしい……。

   私のような魔導戦の凡夫でさえ、本来ならば多量の魔力を要する
   多重術式の複数展開・待機すら意図も簡単にやってのけさせ、
   数々の魔法すらこうして思った通りに発動可能となる』

 月島は感慨深く呟きながら、次々と術式を起動させて行く。

 光のハヤブサが、光のモズが、次々とクルセイダーに襲い掛かる。

 上空から、正面から、右から、左から、時には回り込んで背後から……
 文字通り縦横無尽に蹂躙されてしまう。

 E.B.G.Sで防御――ブラッド・プリズンを展開しようにも、
 噴出させた瞬間にブラッドを相殺されてしまっては元も子もない。

 臣一郎も必死に円ノ型の防御を続けるが、次第に受ける攻撃の数が増えて行く。

 そして、実戦では負け無しを誇った210Xが、遂に膝を突く瞬間が訪れた。

 左膝への側面と背後からの同時攻撃に、左膝の関節が悲鳴を上げる。

臣一郎「ぬぅ、ぐぅぁ……!?」

 気合だけで痛みを堪える余裕もない波状攻撃に、臣一郎は食いしばった口元から苦悶の呻き声を漏らす。

 自重を支える事の出来なくなった左膝が下がり始めると、一気に防御に隙が生まれる。

 そこを逃さず、上空から一斉に飛来したリヒトファルケンと、正面から五連発のリヒトビルガーが襲い掛かった。

 片脚だけでは十分な踏み込みも移動も出来ず、その殆どがクルセイダーに直撃する。

 装甲やブラッドラインはひび割れ、全身から流血のように青藍に輝くエーテルブラッドが溢れ出し、
 クルセイダーはその場に膝を突いた。

臣一郎「デザイア、ブラッドの入れ替えを、急いで……くれ」

デザイア『ブラッド損耗率九〇パーセントオーバー、ブラッドを排出しつつ新規ブラッド注入開始』

 絶え絶えの声で指示を受けたデザイアは即座にブラッドを入れ替えようとする。

 機体がボロボロでも結界装甲の出力を定常値まで復帰させ、
 ブラッド・プリズンを展開できればまだまだ耐える事は出来る筈だ。

 しかし、そんな臣一郎とデザイアを嘲笑うかのように、無傷のカレドブルッフが彼らの前に仁王立ちになる。

月島『その機体がそこまでボロボロになるのは、無人状態の所を攻撃されて以来か……。

   だが、第二世代型に改修後、起動状態でここまで傷だらけになったのは初めてではないか?
   ……正に、歴史的瞬間だな』

 月島は殊更に感慨深く言いながら、ショートロッドの先端に作り出した集束魔力刃で、
 クルセイダーの背から伸びる二本のケーブルを……タワー型タンクからブラッドを供給しているソレを切り裂いた。

 高圧でブラッドを送り込んでいたケーブルは、まるで大蛇がのたくるように暴れ回り、
 辺りに鈍色のブラッドを撒き散らし、二機の頭上から雨のように降り注ぐ。

 正門前で戦うクルセイダー最大のアドバンテージは、ほぼ無限に供給されるブラッドにある。

 それを失い、僅かな純度のブラッドしか持たないクルセイダーに勝ち目は無い。

 だが――

臣一郎「悪いが……シミュレーター訓練を勘定に入れるなら、
    この間、僕らを中破まで追い込んだ子がいたよ……」

 臣一郎は苦しそうに漏らし、全身を痛みで震わせながらも立ち上がろうとする。

月島『ほぅ……? 油断でもしていたかね? それか、相手はあのハイペリオンイクスか?』

 微かに驚いたような溜息を洩らすと、月島は怪訝そうに尋ねた。

臣一郎「性能でしか考えられないのか……。
    センチメンタルな持論を言う割に、意外とロジカルなんだな……あなたは」

 臣一郎はそう答えて、“ふっ”と鼻で笑う。

 それが、今できる精一杯の抵抗だった。

 戦いには負けたが、心は折れていない。

 拳を握る力は無くとも、抗う意志は砕けていない。

月島『何か、おかしいのかね?』

臣一郎「ああ……性能だけで考えている割に、半分は当たりだ……。
    僕らを追い込んだのは朝霧空君“たち”だ……」

 微かに不機嫌さを漂わせた月島の問いに、臣一郎は意味ありげに応える。

 “たち”と強調された言葉に、怪訝そうに短く唸り、月島は溜息混じりに口を開く。

月島『……何を言い出すかと思えば。

   ハイペリオンイクスは確かに高性能だが、スペックではその210と大差は無い。

   あちらの戦場はリアルタイムで観察していたが、
   204と205は大破同然、201も無視できないダメージがある。
   203は無事なようだが、たった二機のギガンティックで何が出来る?』

 月島は言葉通り、もう一つの戦場であった第四フロートでの戦闘を観察していた。

 生憎、スクレップは二機とも破壊されてしまったが、
 ハイペリオンイクスをギリギリまで追い込んでいたのは確かだ。

 事実、空達はレミィ達を置いて、こちらに向かっている。

 クルセイダーを討ち破り、ハイペリオンイクスが使用不可能になった今、
 五体満足で動けるギガンティックの中に、カレドブルッフと互角以上に戦える機体など存在しない。

月島『私はもう……目的のほぼ全てを果たしたよ。

   あとは君と210を生け贄にして、この世界に新たな守護者の誕生を高らかに宣言するだけだ。
   ……カビの生えた古い守護者は必要ない、とね』

 月島は感慨深く呟く。

 月島の目的は既に彼自身の口からも語られた通りだ。

 アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽と言う一人の科学者が作り上げた伝説に、巨大な風穴を開ける。

 開けた風穴から吹き込む新風で、伝説を薙ぎ倒す。

 もう、その目的は最後の一手を残す所まで来た。

 月島はコントロールスフィア内に据え付けられたシートに座り、
 数多のコントロールパネルに囲まれながら、自嘲とも感嘆とも取れる複雑な溜息を洩らす。

月島「私はね……君らの祖父であるアレクセイ氏に敬意を払っているよ……。
   生涯でただ一人、本気で愛した女性の父親だ……。
   無論、研究者や技術者としても尊敬している……」

 朗々と呟く月島は、どこか遠くを見るように自らの手を見遣った。

月島「だがね……彼の作り出した物だけでは、
   世界は……………全て守りきる事は出来ない。

   必要なのは誰でも扱える汎用性と、今以上の性能だ」

 そして、手を握り締める。

月島「それを誇示するために……君にだけは、その機体と共に死んで貰おう」

 月島の声に応えるかのように、スクレップは膝を突いたままのクルセイダーを右手で吊り上げた。

 全身から溢れる青藍のブラッドがしたたり落ち、次第に鈍色に変わる水たまりを広げて行く。

 既に幾らかの魔力リンクが切断されており、臣一郎とデザイアに抵抗する術は無かった。

 ただ、心だけは負けない。

 無駄な、だが、決して無意味ではない抵抗を続けるだけ。

 微かに動く身体を捩り、まだ辛うじて動く左腕で拘束を解除しようと試みる。

 しかし、その間にも刻一刻と死は迫っていた。

 カレドブルッフは左手で手刀の形を作ると、
 それをクルセイダーの胸……コントロールスフィアとハートビートエンジンのある位置に向ける。

 手首から先を覆う魔力刃は、停止寸前のクルセイダーを意図も貫くだろう。

 予行演習とばかりに、抵抗を続ける左腕を貫手で切り落とす。

臣一郎『っぐぁぁ………ッ!?』

 必死に堪えても堪え切れない苦悶が、臣一郎の口から零れる。

月島「ここまで来たのだ……一層、残酷に……行こう」

 月島は目を細め、感情を押し殺すようにしてそう酷薄に呟くと、両脚を切り落とした。

 その度に、臣一郎の口から短い苦悶が上がる。

 既に抵抗など出来ずにだらりと下がった右腕には目もくれない。

 切断された四肢の付け根から、大量のブラッドが溢れ、ブラッドの水たまりをさらに広げて行く。

 支え持っている頭部は潰さない。

 頭を潰すのは最後……ドライバーとエンジンを貫いてからだ。

月島「長かった……長い、四十年だった」

 最後の瞬間が近付き、月島は感涙寸前と言った表情で呟く。

 もう誰も、自分を赦す者はいないだろう。

 だが、それでいい。

 自分が生み出した結果にだけでも、価値を見出してくれる人間がいれば、それだけでいいのだ。

 純粋に研究者であり、技術者であり続けた男の、切なる願い。

 月島は左腕のリンクを接続すると、自らの手を引き絞った。

 最後の一撃だけは、自らの手で行いたい。

 それが贖罪なのか、感傷なのかは月島本人にも分からない。

月島「伝説よ……終われ」

 だが、突き出した手と共に不意に口をついた言葉で、それが感傷だったと理解した。

 突き出された貫手が、クルセイダーの胸を貫かんとする。

 その瞬間――

?『させないっ!!』

 鋭い叫びと共に、虹色の輝きがスクレップの貫手と激突した。

 エールだ。

 クルセイダーに貫手が接触する寸前、
 リコルヌシャルジュで突っ込んで来たエールが、カレドブルッフの貫手を受け止めたのである。

月島「むっ!?」

 突然の出来事に、さしもの月島も息を飲む。

 だが、それだけでは終わらない。

??『02、イグニションッ!』

 エールとは逆方向から走り込んで来たクライノートが、
 加速された二つ拳でカレドブルッフの手首を激しく強打した。

 当たり所が悪かったのか、それとも一方の腕だけリンクを接続していためか、
 衝撃で手首の関節がエラーを起こし、クルセイダーを放り出してしまう。

 片腕と両脚を失ったクルセイダーはそのまま叩き付けられるかと思われたが、
 飛び込んで来た一機のギガンティックがソレを受け止める。

 クレーストだ。

 突風・竜巻と共に粉々にされたと思われていたクレーストが、
 ボロボロになったクルセイダーを受け止めていた。

茜『兄さん、無事!?』

臣一郎『あ、茜……か……お前こそ、無事だったのか……?』

 慌てて問い掛ける茜に、臣一郎は絶え絶えの声で問い返す。

クレースト『激突の衝撃で短時間の機能停止はしましたが機体への影響は軽微です』

 それに答えたのはクレーストだ。

月島「なんとも……撃破を確認しなかったのは誤りだったか」

 周囲の状況を見遣りながら、月島は溜息がちに呟く。

 あの時、全身ヒビだらけの突風・竜巻をクレーストに投げつけたが、
 どうやらあの時に粉々になったのは突風・竜巻だけだったらしい。

 考えてみれば当然だ。

 ヒビだらけのガラスを同じ強度を持った無傷ガラスに叩き付けても、
 粉々になるのはヒビだらけの方で、もう一方には大きな被害は出ない。

 機体同士の激突と壁面に叩き付けられた衝撃で一時的に機能停止には陥ったが、
 月島は確認する事なくすぐに立ち去ってしまったため、追い討ちされる事は無かった。

 完全に無傷と言うワケではないが、それでも戦闘可能には違いない。

月島「……ええいっ!」

 自らの犯した凡ミスに苛立ち、月島はエールとクライノートを力任せに振り払う。

 二機は何とか空中で衝撃を受け流すと、クレーストとクルセイダーを守るように地上に降り立った。

 クレーストも離れた位置にクルセイダーを下ろすと、クライノートとは逆の位置でエールの隣に並び立つ。

 仲間達と並び立った空は、コントロールスフィアの中で冷や汗を拭っていた。

空(話には聞いていたけど、凄い……。
  リコルヌシャルジュを受け止めた上に、簡単に振り払われるなんて……)

 肌で感じ取った敵の強さに、空は心中で舌を巻く。

 あと一瞬でも遅ければ臣一郎を助ける事も出来なかったが、それだけに敵の恐ろしさが際だつ。

 防御不可能のアルク・アン・シエルの派生魔法が受け止められ、振り払われたと言う事は、
 魔力の上で敵がこちらを完璧に圧倒していると言う事だ。

 その上、ここに来るまでに茜から聞かされた話では、
 敵は風華達をオモチャを玩ぶかのように圧倒して見せたのだと言う。

 来る途中、残骸となってしまった仲間達の愛機は見て来た。

 性能的にはエール達も仲間達の機体と大差は無い。

 愛機が破壊されるのは目に見えている。

 だが――

空「……ごめんね、エール……ここは、引けないから」

エール『分かっているよ……空』

 決意を込めて呟く空に、エールは鷹揚に頷くように答えた。

 エールの返事を受けて、空は小さく頷いてから一歩踏み出す。

 ブライトソレイユを払うように構え直し、そびえ立つカレドブルッフを見上げる。

 白地に赤黒い輝きを纏う機体は、恐ろしい力を聞かされたせいか、見た目以上の恐ろしさを感じさせた。

 合同演習の際、幾度戦っても倒す事の出来なかったクルセイダーを、たった一機で呆気なく倒してしまった機体。

 それだけで彼我の戦力差が理解できると言う物だ。

 だが、それでも退くワケにはいかない。

 レミィとフェイが、自分達を信じて送り出してくれた。

 二人の信頼がこの背を押してくれている。

 だから退けない……いや、退かずにいられる。

 どんなに恐ろしい敵が相手でも、前に進む事が出来るのだ。

空「ユエ・ハクチャ……いえ、月島勇悟っ!」

 空は気合を入れ直すように月島の名を叫ぶと、さらに続けた。

空「あなたはこれまでに多くの人を傷つけ、今回もまた、私達の仲間を傷つけました。
  ……どんな理由があっても、それを赦す事は出来ません!」

 自らの目的のために多くの人間を貶め、傷つけて来た月島。

 人の思いを、命を玩び、踏みにじる彼は、やはり空が自分で斯くあるべきと願う信念の対極の存在だ。

月島『赦しなど最初から望んでいないよ……。

   私は私の目的のために為すべき事を為した、そのために必要な物は全て利用して来た。
   そうでなければ辿り着けない高みだからね』

 月島は空の断罪の言葉に淡々と返す。

 微かな後悔にも聞こえる言葉は、だが、決して赦しは望んでいなかった。

 そして、さらに続ける。

月島『……本当に赦しを乞わなければならないのは、
   たった一人の研究者の作り出した物に頼らなければならない、この世界そのものだ。

   この世界は歪んでいる……たった十人に頼らなければ生き延びる事が出来ない、
   たった十人にしか乗れないギガンティックなど、おぞましい歪みだ!』

空「ッ……」

 月島の言葉に、空は小さく息を飲む。

 その通りだ。

 そんな思いが空にも微かに存在していた。

 法をねじ曲げ、幼子すら戦場に駆り出す世界の構造。

 それは確かに歪んでおり、空にもその点は反論できない。

空「……だからと言って、あなたのやった事は正当化されません!
  そう思うなら、やるべき事が違ったでしょうっ!」

 空は怒りを吐き出す。

 世界が歪んでいるなら人の命を玩んでも良いワケがない。

 世界の歪みを正すためなら人の思いを踏みにじっても良いワケがない。

 自分が気に入らない歪みのために、多くの人を歪めて良いワケがない。

空「世界が歪んでいても、世界の歪みの中にいても……それでも必死に生きている人がいる!
  自分達で歪みを正しながら進もうとしている人達がいる……!」

 空は先日の真実の口から聞かされた、彼女の家族の事を思い出す。

 市民階級と言う制度で歪んでしまった真実の家族は、その歪みを正して家族の絆を取り戻した。

 世界全体の歪みに比べれば、小さな歪みだったかもしれない。

 だが、歪みを正して、親友の家族は共に歩み出したのだ。

 それは可能性であり、希望だ。

空「世界が歪んでいるなら、私は誰かと力を合わせてその歪みを正して行きます……!」

月島『大きな口を叩くのは構わないが、勝つ気でいるのか?』

 空が力強く言い切ると、月島は驚き半分呆れ半分と言った風に問い返した。

 繰り言だが、彼我の戦力差は圧倒的だ。

 そして、やはり繰り言だが退くワケにはいかない。

月島『私の目的は210とそのドライバーを殺す事……それ以外に用は無い。
   さあ、退いてくれないかね?』

 結果は決まったのだから面倒事はもう十分だと言いたげに、
 月島はカレドブルッフに手で人払いをするような仕草をさせた。

空「私達は、負けてなんかいないっ!」

 空は一喝する。

月島『ここに来て負け惜しみか……』

空「負け惜しみなんかじゃない! あなたは臣一郎さんとクルセイダーを殺せなかった!
  私達はみんなの力で間に合ったんだっ!」

 言いかけた月島の言葉を遮って叫ぶ。

月島『………何を言うと思えば、考えた方が飛躍し過ぎているな。

   カレドブルッフの足止めすら出来なかった者達の力で間に合った、とはね……。
   片腹痛いと言うんだ、そう言う屁理屈は』

空「レミィちゃんとフェイさんが送り出してくれた……!
  風華さん達はあなたを止めるために戦った………!
  誰が欠けても、私達は間に合わなかった!
  みんなが……みんなと一緒に繋いで来たんだ!」

 苦笑うかのような月島の言葉に、空は反論する。

 あの瞬間、あと一瞬でも遅れたら臣一郎は助けられなかった。

 あと一瞬、風華達が足止め出来ずにいたら?

 振り解かれたマリアの拘束は、だが確かにカレドブルッフの侵攻を押し留めた。

 苦し紛れの瑠璃華とクァンの攻撃は、それでもカレドブルッフを僅かに押し留めた。

 風華と茜は確実にカレドブルッフを遠ざけた。

 レミィとフェイが間に合い、美月の援護がなければ二機のスクレップは倒せなかった。

 二人が自分達を置いて行けと言ってくれなければ、
 クレーストの再起動をしようとする茜と合流し、この場に間に合う事は出来なかった。

 臣一郎が全力で抗わなければ、“あと一瞬”を後悔の言葉にしていただろう。

 自分達だけではない。

 軍や警察の多くのギガンティックドライバー達が、
 その“あと一瞬”を作るために全力を尽くしてくれた。

 戦場で戦った者達だけでなく、前線のドライバーを支援したオペレーターや、
 早急な戦力展開のために素早く避難した市民。

 おそらく、その誰か一人が欠けても間に合わなかった。

 最後の一撃を空が押し留める瞬間に間に合ったのは、
 多くの人々の意地や誇り、協力があったればこそだ。

 誰の行動も、誰かが通そうとした意地も、決して無駄などではなかった。

茜『……そうだな……全部が繋がっているんだ……』

 先ほどから押し黙っていた茜が、不意に口を開く。

茜『無駄な事なんて何も無かった……!
  どれ一つ欠けても、私達はここに揃ってはいない!』

 茜はそう言い切ると槍と短刀を構え直す。

美月『みんなが信じて戦ってくれた……。
   だから私もみんなの信頼に応えるため、全力を尽くします』

 美月も進み出て、全ての武装を起動する。

 無駄な抵抗かもしれない。

 だが、無意味ではないのだ。

 二人の言葉に後押しされて、空はまた一歩、進み出る。

空「あなたはオリジナルギガンティックを……エール達が歪んでいるとも言いましたね?」

月島『ああ、言った……言ったとも。
   自らが認める者しか乗せようとしない機体など……君はおぞましいとは思わんかね?』

 空の問いに、月島は頷くように答え、疑問を呈するかのように問い返した。

 空は、確かに世界の歪みには納得したし、同意もする。

 だが、コレだけは譲れない。

空「エール達は私達を選んでくれた……」

 空は朗々と言葉を紡ぎ始める。

 血の繋がり、意志の同調、魔力の同調。

 様々な理由で、彼らはドライバーを選んだ。

空「私達の思いを知って、一緒に戦ってくれている……!」

 居場所を守るため、大切な人のため、誇りのため……。

 彼らはその思いに応えてくれた。

空「エール達は……私達の大切な仲間だ!
  エール達は歪んでなんかいない!
  エール達と私達も繋がっている……!

  エール達を乗り継いで来た人達の思いと私達の思いも、エール達で……繋がっているんだ!」

 空は力強く、その思いの丈を叫ぶ。

 結・フィッツジェラルド・譲羽。

 姉である朝霧海晴。

 その二人が守ろうとした物を……大切な人達がいる世界を守りたいと願った思いは、空にも繋がっている。

 それは茜と美月も同じだ。

 初代ドライバーである奏・ユーリエフ、母である本條明日華。

 愛する人のために剣を取った二人の思いは、憎しみを振り切った茜の中にも確かに息づいている。

 クリスティーナ・ユーリエフの大切な人のためになら戦えると言う勇気は、
 仲間のために戦おうとする美月の思いにも通じる。

 みんなが、そうなのだ。

 風華と突風、瑠璃華とチェーロ、クァンとカーネル、マリアとプレリー、臣一郎とデザイア。

 彼らの思いは、何処かで歴代のドライバー達と繋がっている。

 レミィとヴィクセン、フェイとアルバトロスの思いも、
 きっと未来へと……新たなドライバー達へと繋がって行く。

 空達とエール達にとって、それは決して歪みなどではない。

空「あなたが歪んでいると言うなら、あなたにとっては歪んでいるのかもしれない……。
  それでも、私達にとってそれは繋がりで、エール達との大切な絆なんだ!」

 選んだのでも、選ばれたのでもない。

 繋がるべくして、お互いの意志が繋がったのを、結果的に選び、選ばれたと言っているに過ぎない。

 そして、繋がって来た意志は、きっと未来へと繋がるのだ。

 この場でこの身が砕かれようとも、多くの人々との繋がりで紡いだ一瞬は無意味ではない。

 この繋がりは、いつかきっと意味のある物に変わる。

 その確信が、空にはあった。

エール『空……』

 その確信は、魔力と言う繋がりを通じてエールにも伝わる。

 エールに……いやエール達にあったのは喜びだった。

 特定の誰かしか選ぶ事の出来ない自分達。

 それを繋がりと……絆だと、言ってくれた。

エール『僕も……空に、空達に応えたい』

 真っ暗な闇の中から救い上げてくれた、再び温かい気持ちを与えてくれた新たな相棒に、応えたい。

クレースト『茜様の思いに、もう一度……』

 大切な人を思って涙し、諦めながらも絶望せずに手を伸ばし続けた思いに、応えたい。

クライノート『美月、私もあなたの力に……』

 苦しみすら乗り越えて、大切な人のために戦うと誓った誇りに、応えたい。

 特攻などさせない。

 彼女達の意志を、彼女達自身に、もっと先まで繋げさせたい。

 その思いがエール達の中で渦巻く。

 もっと彼女達のために……今の、主達のために。

 たった、それだけで良かった。

『Mode Release』

 その思いに応えるように、無機質な音声と共に三条の光の柱が立ち上った。

―8―

 ギガンティック機関、司令室――


アーネスト「状況は!? どうなっているんだ!?」

 突如の事態にアーネストは驚きの声を上げた。

春樹「わ、分かりません!?
   01、02、03、各機の機体コンディションがモニター不可能になっています!?」

 春樹は混乱しつつ応えながら、クララと共に異常の原因を探ろうとチェックを続けている。

メリッサ「各ドライバーのバイタルはモニター可能です!
     心拍数の上昇は確認できますが許容範囲内!」

 春樹の告げた異常に自らの担当区分にも異常が無いか確認していたメリッサは、
 先ほどまでと変わらないモニターを確認して報告した。

タチアナ「外部カメラで機体の異常は確認できる!?」

エミリー「外観の変化は確認できません!」

 タチアナの問い掛けに、正門前広場の各種監視モニターを確認していたエミリーが応える。

明日美「…………」

 クルセイダーすら討ち破る巨大ギガンティック、月島の出現、そして、エール達に訪れた変化と、
 立て続けの異常事態にざわめく司令室を視線だけで見渡しながら、明日美は沈思していた。

 一体、今度は何が起きたのか?

 考えていても埒の無い事だが、考えなければならない。

明日美(考えられる可能性は……一つだけ……)

 明日美はその考えに思いを巡らせる。

 だが、その考えが浮かんだ瞬間、微かに頭を振った。

 そんな事はない。

明日美(そうよ……あの機能は完全に失われていた。
    第二世代に改修された際に、構造として失われた筈……)

 明日美は自らの出した考えを、自ら否定した。

 月島勇悟も居合わせた、多くの技術者立ち会いの下で確認している。

明日美(XXXは……もう存在しない……)

 明日美はそう言い聞かせるように、自らを納得させた。

春樹「モニター異常回復! 各機コンディション確認可能です!」

 春樹はそう告げると同時に、各機のコンディションを再確認する。

クララ「嘘……何これ……!?」

 同時に確認作業を始めていたクララが、愕然と漏らす。

アーネスト「報告は明確に!」

クララ「!? は、はい! それが……三機の内部構造が大きく変化しています!
    主要部はそのままですが可動部の増加と一部構造の不明な強化が確認できます!」

 アーネストの言葉に気を取り直したクララだったが、
 自分で自分の言葉が信じられないと言いたげに報告した。

 機体の内部構造の変化。

 芋虫が蛹を経て蝶になるように、内部の構造が全く別の物に置き換わっているのだ。

リズ「何これ……01……いえ、エールから緊急回線での通信が入っています!」

 一瞬驚いた様子のリズだったが、すぐに落ち着きを取り戻してそんな報告を上げた。

アーネスト「エールから? エールからの直接通信と言う意味か?」

リズ「いえ……これはデータの送信?
   大容量のデータが司令室のメインフレームに転送されています!」

 状況確認を続けていたリズは、アーネストの問いに驚き混じりに応える。

 司令室のメインフレームとは、以前に茜が美波と共に入った、
 司令室の真下の部屋でアクセス可能なアレだ。

アーネスト「司令……」

明日美「……え、ええ」

 アーネストに促された明日美は、僅かに声を上擦らせて返す。

 諜報部員や各部門主任にはメインフレームに専用端末を介して間接アクセスが許可されているが、
 司令室からの直接アクセスが許されているのは司令である明日美だけだ。

 だが、明日美が声を上擦らせたのはそんな事に対する緊張などではなく、別の理由から来る緊張だった。

 エール……つまり、エールのAI本体から転送されたデータの正体に、明日美は気付いている。

 確実に“コレだ”と言えるワケではないが、それでも九分九厘は当たっているだろう。

 明日美は震える手で手元のパネルでメインフレームにアクセスすると、転送されて来たデータを展開した。

 展開されたデータは、即座に司令室正面のメインモニターに開かれたウインドウに表示される。

 真っ暗な画面にただ一文“虹の意志を継ぐ者達へ”とだけ、英文で書かれた簡素な画面。

 それが僅か数秒表示された直後、再び別な英文が浮かび上がった。

明日美「我が生涯の全てを、亡き最愛の妻の愛機の心を開き、彼らと心を通わせた者達に託す……。
    願わくば、悪魔の兵器を超越した彼らを託すに足る者が再びこの地に現れん事を……」

 明日美は朗々と、半ば茫然としつつ読み上げる。

 それは父、アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の直筆と思われる文字をスキャンした文章だった。

 明日美がその文章を読み終えると、即座に無数のウインドウが同時に展開する。

 全て図面や論文の類だ。

春樹「コレは……改装時のオリジナルギガンティックの図面……それも完全版!?」

クララ「この図面……形は……は、ハートビートエンジンの詳細図面と開発データです!?
    オリジナル十一基、全て揃ってます!」

 それらを確認していた春樹とクララが驚愕の声を上げる。

 無理もない。

 解析不可能、分解不許可、ジャンク品同然になりながら整備を続ける他なかったオリジナルギガンティック、
 その全てのブラックボックスが一斉に開かれたのだ。

 情報はそれだけではなない。

 オリジナルギガンティックの改装図面、全OSSの設計図、それらに加えて不明な機体の設計図も存在している。

 ギガンティック機関にとっては宝の山だ。

アーネスト「司令……これは」

明日美「父の……四十年越しの置き土産、かしら……」

 愕然とするアーネストの問い掛けに、明日美は震える声で呟いた。

アーネスト「明日美さん……?」

明日美「え? ……ああ」

 戸惑うような声でアーネストに名前を呼ばれ、そこで明日美は初めて、自分が涙している事に気付く。

 思わず頬に手を当て、慌てて涙を拭った。

明日美(ああ……そうか……私は嬉しかったのか……)

 困惑の中、微かに胸の奥で息づく喜びに気付き、明日美は感慨深く溜息を洩らす。

 母の死で狂い、人類の生命線たるギガンティックを誰にも扱えぬ物に仕立て上げたと思っていた父。

 しかし、違った。

 そうではなかった。

 父は、本当に人類の生命線を……
 イマジンすら凌駕する兵器を預けるに足りる人物の再来を望み、未来に託したのだ。

 それはそれで身勝手だったかもしれない。

 だが、それでも復讐に取り付かれた若き日の自分と違い、
 父は人類の守護者に相応しい人物の再来を信じ、そのために最期まで尽くしたのだ。

 その事が、誇らしくもあり、嬉しくもあり、自分がその事に今の今まで気付けなかった事と、
 その対象となるに至れなかった心苦しさと悔しさもあった。

明日美(勇悟……あなただけでなく、私もまた、間違っていたようだわ……)

 涙を拭った明日美は、気を引き締め直し左側にいる春樹達メカニックオペレーターに向き直る。

明日美「現在の01達の状態と改修直後の01達の設計図に符合する点はありますか?」

春樹「現在確認中…………01、02確認!
   構造は第二世代改修直後の他、改修前の設計にも合致する点が存在します」

クララ「03も確認できました、誤差有りません!」

 春樹とクララの返答に、明日美は驚きの表情を浮かべながらも深く頷いた。

アーネスト「司令……では?」

明日美「ええ……朝霧副隊長、及び他二名に伝達! XXXへの合体を許可します!」

 明日美は促すようなアーネストの問い掛けに頷いて答えると、立ち上がって指示を飛ばす。

 すると、その指示の内容、特に“XXX”と言う単語に主任級のオペレーター達がざわつく。

 そのざわめきは、空達にも伝播していた。

空「とりぷる、えっくす……?」

 聞き慣れない単語に、空は怪訝そうに首を傾げる。

春樹『正式名称GWF001……いや、GWF201XXX-エール・ソヴァール。
   機能そのものが第二世代改修時に失われたと思われていた、エール本来の合体形態だ』

 空の疑問に答えたのは春樹だ。

 エール達に異変があった事で月島も警戒しているのか、睨み合いのような状態は今も続いている。

クララ『機体状態は問題無し、むしろ内部構造の変化で内装ダメージも回復しているから、
    今がチャンスだよ』

茜『確かに先ほどよりも動き易くはなってはいるが……』

 後押しするクララの言葉に茜は戸惑い気味に漏らす。

 内部構造の変化など、どんな技術を使えば良いのか分からない。

 おそらく、瑠璃華ならばマギアリヒトによる内部構造体の変化を分かり易く説明してくれただろうが、
 今はそれどころではない事態だ。

春樹『ただ、合体には最低でも二秒間、無防備になる時間が存在するみたいだ。
   その時間を上手く稼がないと……』

 春樹が申し訳なさそうに漏らす。

美月『二秒も無防備に……』

 美月は不安げにその言葉を反芻する。

 二秒あればカレドブルッフの手で完全にスクラップにされてしまう。

 だが、それ以外に反撃に転じる方法が無い。

 これでは状況は好転したとは言えなかった。

???『二秒で……いいん、だな?』

 しかし、不意に絶え絶えの声が空達の元に届いた。

 臣一郎だ。

 臣一郎は魔力リンクを幾分か遮断された事で、まだ意識を保っていたらしい。

臣一郎『僕とデザイアで時間を稼ぐ……その隙に合体するんだ!』

 臣一郎の声と同時に、足もとに撒き散らされた夥しい量の鈍色のエーテルブラッドが、
 一気に青藍の輝きに包まれた。

 臣一郎の魔力波長の輝き……
 そう、撒き散らされたエーテルブラッドがクルセイダーの制御下に置かれた証拠だ。

茜『に、兄さん!? そんなボロボロの機体で無理をすれば……』

 茜は愕然と叫び、臣一郎を止めようとする。

 だが――

臣一郎『……見せてやるんだ……アイツに……!
    多くの人の命を奪い、もっと多くの人を騙してまで作り上げた物よりも、
    アレックス御祖父様が僕らを信じて託してくれた物が……エールと君達の方が上だと……!』

 臣一郎は気合で痛みをねじ伏せ、叫んだ。

 その言葉に、茜は息を飲む。

 そう、証明しなければならない。

 月島に、世界に……エール達は歪んでなどいない、
 人との繋がりの果てに生まれる物こそが、人類を守る守護者だと。

臣一郎『朝霧君! 茜! 美月君! 頼むっ!』

 臣一郎が叫ぶと、青藍に輝いていた大量のエーテルブラッドが舞い上がり、
 空達と月島の間に、高く、分厚いエーテルブラッド結晶の壁が生まれた。

月島『ほう………まだこんな事をする余力があったか』

 驚き、感心するように漏らす月島だが、その声音は言葉よりも驚いてはいない。

 その証拠に、早くも壁を破壊しようと、何発もの殴打を繰り返す。

臣一郎『い、急いでくれ!』

 自らの作り出した障壁から伝わる重い一撃に、臣一郎は苦しげに叫んだ。

茜『……迷っている暇は無いな、急ごう!』

美月『はい……!』

 兄の悲鳴じみた声に不安を隠せない茜の言に、美月も頷いて応える。

 押し黙っていた空も大きく頷き、目を見開く。

空「エール……臣一郎さんが作ってくれたチャンス、無駄に出来ないよ!」

エール『……了解、空! 君が指示を……モードXXXの起動を!』

空「うん!」

 空はエールに促され、軽く深呼吸をすると前を見据える。

空「モードXXX、セットアップ!」

エール『了解、モードチェンジ、承認!』

 空の声にエールが応え、三機が変形を開始する。

 三機は高く跳び、エールは下半身を腰部の付け根から下部を九十度後方に折り曲げ、
 腕部は折り畳まれた肩部装甲によって覆われた。

 クレーストは頭部を含む胸部が分離し、残る全身が左右に分割され、
 腕部は肩部装甲内へと折り畳まれながら下方へとスライドし、足底部から拳が突きだす。

 クライノートは下半身が左右に展開し、膝を折り畳むようにしつつ、
 こちらも折り畳まれた腕部と接続され、上下を逆にした凹字型へと変形する。

 エールの背面にクレーストの胸部が接続され、折り畳まれたエールの足でカバーされ、
 クライノートはエールの腰部へと連結された。

 側面を向いたエールの左右肩部ジョイントに変形したクライノートの身体が接続され、
 クライノートの下部に前後で折り畳まれたヴァッフェントレーガーが接続される。

 三機と一機のOSSが集合し、五〇メートル近くなった巨体の各部に、
 クライノートの武装が装着されて行く。

 左右に分割されたドゥンケルブラウナハトは足となって脚部となったヴァッフェントレーガーの下部に、
 ロートシェーネスは上腕となったクレーストの脚部の先に前腕として、
 ブラウレーゲンとヴァイオレットネーベルは肩部に連装砲として、
 左右が連結されたオレンジブリッツは胸部装甲となり、
 逆に左右に分割されたグリューンゲヴィッターは左右の腰側面に装着された。

 スニェークとゲルプヴォルケを連結器として繋がり、長大なツインランスとなった
 ブライトソレイユとドラコーンクルィークを握り締めると同時に、
 背面に光背状となったプティエトワールとグランリュヌが再接続され、
 エールの翼とモールニヤが大きく展開し、空色の魔力が翼のようになって噴き出す。

クレースト『各部、各システム接続確認、ブラッドライン正常』

クライノート『全兵装オンライン確認、トリプルハートビートエンジン接続確認』

エール『トリプルハートビートエンジン、起動!』

 クレースト、クライノート、そして、エールの言葉が響くと、
 エールの一角獣のような頭部ブレードアンテナがV字に展開し、全身のブラッドラインが空色に輝いた。

空「トリプルエックス……エール・ソヴァール、合体完了っ!」

 空の宣言と共に合体を終えた三機……いや、エール・ソヴァールが再び正門前広場に降り立つのと、
 カレドブルッフによって障壁が砕かれるのは同時だった。

月島『お、お……おおおぉぉ……!?』

 障壁の向こうから現れた姿に、月島は驚愕と感嘆の入り交じった声を上げる。

月島『XXX! ……そうか、先ほどの変化はコレだったのか!

   マギアリヒト構造体の変容性を活用し、構造そのものを機体内部に秘匿、
   特定条件によって本来の構造に戻る機能か……!

   素晴らしい!

   あなたは一体、どこまで人知を超えた物を遺したのだ!
   アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽ぁぁッ!』

 そして、歓喜と驚愕、羨望、憤怒、それら全てを含む複雑な感情を声に乗せ、
 躁状態になったかのように叫ぶ。

 今までと明らかに違う月島の変貌ぶりに、空達も微かにたじろぐ。

月島『………気が変わった。XXXがいるならば、ソレと戦わせて貰おう!
   いや、それを超えてこそ、アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の伝説を打ち破れると言う物だ!』

 微かに冷静さを取り戻しても、それでも興奮冷めやらぬ様子の月島は、
 トリプル・バイ・トリプルエンジンの出力を上げる。

 すると、周囲に赤黒い魔力が噴き出し、まだ足もとに残っていた微かなエーテルブラッドを消し飛ばす。

 おそらく、エンジンの安全制限を解除したのだろうが、凄まじい出力だ。

空「一気に押しやるよ、美月ちゃん!」

美月「分かりました、ソラ。各部スラスター最大出力です……!」

 しかし、空は怯える事もなく冷静に美月に指示を飛ばすと、
 夥しい量の魔力を噴き出すカレドブルッフに向けて、合体した愛機と共に跳ぶ。

 エール・ソヴァールの全高は五十二メートル。

 クルセイダー以上の巨体となっても、未だカレドブルッフの九〇メートルには届かない。

 圧倒的な体格差の二機がぶつかり合う。

 その瞬間、予想外の事態が起きる。

月島『なっ!?』

 月島の驚きの声と共に、カレドブルッフが一気に押しやられて行く。

 カレドブルッフの両肩に腕を突っぱるようにして、
 倍近い体格を誇る巨体をエール・ソヴァールは易々を押しやってしまっているのだ。

月島『と、トリプルハートビートエンジンだと!?
   これがあのハイペリオンイクスと同出力だと!?

   まるで別物……異次元の出力差じゃあないか!?』

 恍惚とも驚愕とも取れる月島の叫び声を残しながら、
 エール・ソヴァールはついにカレドブルッフの巨体を浮かび上がらせた。

空「上部隔壁を開けて下さい! 早く!」

 空は通信機に向け、司令室に指示を出す。

 決して、自らと愛機の生み出した現場に驚いてはいない。

 全てのブラックボックスが解放されたエールと繋がった事で、空は理解していた。

 エーテルブラッドは魔力となって自分の身体の中をも循環し、愛機の体内を巡っている。

 そして、自身と愛機の間を巡るブラッドが伝えてくれた。

 真の姿を取り戻したエール・ソヴァール【翼の救世主】は、この程度の事を造作もなくやってのける、と。

明日美『ギガンティック機関司令権限でメインフロート第一隔壁展開!』

リズ『は、はい! 隔壁展開を要請します!』

 明日美の声に続き、困惑気味のリズの声が聞こえる。

 しばらくすると、上昇しながらカレドブルッフを押し続ける空達の正面で、
 天蓋の一部が開き始めた。

 かつては第一層内部の空港に入る航空機の出入り口であった、
 四十四年前に閉じられた三百メートル四方の隔壁の一つだ。

 エール・ソヴァールはカレドブルッフを押しやりながらその隔壁から外部へと飛び出し、
 そのまま第一フロートを飛び越えてインド洋の凍り付いた大氷原の上空まで突き抜けた。

 グリニッジ標準時のドーム内ではまだ夕刻だが、インド洋上は既に真夜中だ。

 幸い吹雪は小康状態で、二機はそのまま真夜中の氷原へと着陸する。

月島『なんと……最早……これが結界装甲とハートビートエンジンを得たXXX……。
   旧世界で唯一、イマジンを撃破したギガンティックの第二世代改修型か……』

 体勢を崩しながらも着陸に成功したカレドブルッフから、畏怖するかのような月島の声が聞こえる。

 かつてイマジン事変に際して、世界に初めて現れたイマジンを撃破した唯一のギガンティック。

 圧倒的な魔力を誇るイマジンを、それを上回る魔力係数と出力で
 辛うじて撃退したギガンティック、その第二世代改修機。

 それこそが、このGWF201XXX-エール・ソヴァールであった。

 僅か十数分でメガフロート外へと飛び出し、大氷原にまで到達する。

 それも自らよりも巨大なギガンティックを押し出しながらだ。

 畏怖せざるを得ない性能差だった。

空「もう力の差は分かった筈です………降参して投降して下さい、月島勇悟」

 空は武器を構え、威嚇しながらも降参を促す。

 ここまで性能差が圧倒的なのだ。

 彼の挑戦はここで終わりだ。

 だが、月島も引き下がらない。

月島『なんの宗旨替えだね?
   私は生きていてはいけないとまで、傲慢に言い放った君が!』

 カレドブルッフは両腕に魔力刃を展開し、ショートロッドを構えながら無数の術式を展開した。

 月島の言葉はただの理由付けの一つと挑発に過ぎない。

 彼の真意は別にある。

 そう、これは挑戦なのだ。

 王者が強ければ挑戦を諦めるなど、最初からそんな殊勝な心構えならば、
 自らの計略で戦争状態を作り出し、それを利用してまでカレドブルッフを開発などしていない。

 クルセイダーと言う挑戦相手が、本来挑戦すべきだったエール・ソヴァールに戻ったに過ぎないのだ。

 まだ、アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽と言う伝説に風穴を開ける月島の挑戦は、終わっていなかった。

空「………茜さん、氷結変換でお願いします」

茜「分かった……。魔力変換、セット!」

 諦めたように呟いた空に茜が答えると、
 空色に輝いていたエール・ソヴァールのブラッドラインが、一瞬だけ茜色に輝く。

月島『さあ、最期まで付き合ってくれ!
   君らの仲間が私を足止めしたように、私の無謀な挑戦にっ!』

 月島は自虐のような覚悟の声を放ち、それと同時に術式を叩いた。

 五条の光のモズがエール・ソヴァールに襲い掛かる。

空「セット・フリーズッ!
  フリージングスナイパー、ファイヤッ!!」

 空が右手の人差し指と中指を揃えて突き出して叫ぶと、
 右肩の付け根に装着されていたブラウレーゲンから氷結変換された魔力砲弾が放たれた。

 魔力砲弾は五発放たれ、その全てがカレドブルッフの放ったリヒトビルガーを凍てつかせて弾ける。

月島『属性変換機能か!? その機体で唯一にして最大の忌々しい機能だ!』

 月島は吐き捨てるように叫ぶ。

 エール・ソヴァールは三機のハートビートエンジンが完全同調接続されている。

 それがハイペリオンイクスすら凌ぐ出力を引き出しているのが、恩恵はそれだけではない。

 本来、エールを十全に使いこなす無限の魔力の持ち主は、閃光以外の属性変換が不可能となる。

 だが、クレーストとクライノートのドライバーに他の属性変換が可能なドライバーが登場していれば、
 装着された武装を媒介とする事に限定して、変換された魔力を射出可能となっているのだ。

 魔導師本来の能力を拡張したギガンティックウィザード、と言う思想の月島にとってみれば、
 彼の理想とするギガンティックの対極に位置する機能だろう。

 月島は怒りに任せ、一気に三発のリヒトファルケンを解き放った。

 クルセイダーに襲い掛かった倍以上の数の光のハヤブサが、エール・ソヴァールに襲い掛かる。

 しかし、空は慌てず、左手の人差し指と中指を揃えて突き出す。

空「セット・フラッシュッ!
  アルク・アン・シエル……イノンブラーブルッ!!」

 今度は左肩のヴァイオレットネーベルから、自らの魔力特性を活かした魔法を放つ。

 無数に拡散するアルク・アン・シエルが、同様の拡散弾であるリヒトファルケンを消し去り、
 さらにはカレドブルッフの周囲に浮かぶ術式すら消し去った。

月島『ッ………性能差がここまでとは……』

 月島は舌打ちと共に悔しそうに呟く。

空「まだ……降参してくれませんか?」

 空も苦しそうに呟く。

 圧倒的過ぎる力を持って、空は初めて気付いた。

 エール・ソヴァールが開発者であるアレックスによって封印されて来た理由だ。

 この機体は世界を滅ぼした魔導弾やイマジンを軽く凌駕する破壊力を持っている。

 人類を守るだけならば、十分とは言えないまでも、
 それまでのオリジナルギガンティックだけで何とか守れたのだ。

 だが、エール・ソヴァールの力は守るだけでは収まりきらない、相手を滅ぼす事すら出来る絶対の力だった。

 抑止力と言えば聞こえは良いが、大量破壊兵器に分類される、究極の魔導兵器なのである。

 それでも、その封印を解き、未来を願って託された人間として、
 この力を正しく使わねばならないと言う使命感が、月島への降参を促すのだ。

月島『君も言っただろう!? 私は生きていてはいけない人間だと!
   ああ、実にその通りだ!

   私は何十年、何百年かけてでも、何千人、何万人を犠牲にしたとしても、
   必ず、その機体を上回る機体を作り出す!

   最悪の事態に備えた保険もある!』

 しかし、月島は興奮した様子で叫び散らし、さらに続ける。

月島『フロート内に連れ帰られた瞬間、私は自爆して次の私に機会を託す!

   今、この場だ!
   この魔力の吹雪によって通信を阻害された外の世界でだけ、私は完全な死を迎える!

   こんなチャンスが二度もあると思うな!』

 月島はそう言い切ると、ショートロッドと拳の魔力刃を同調させ、
 長大な剣と化した魔力の刃で斬り掛かって来た。

空「この……分からず屋っ!
  美月ちゃん、腕部セーフティ解除! 茜さん、炎熱変換を!」

美月「はい、ソラ……腕部セーフティ解除します」

茜「……魔力変換セット」

 涙を滲ませる空の言葉に、美月と茜も静かに答えた。

 両前腕が空色の炎に包まれる。

空「セット・ファイヤッ!
  ファイヤーロケッター、ダブルッ!!」

 空はその炎に包まれた腕を、突き出すようにして放った。

 前腕となっていたロートシェーネスは切り離され、
 炎を纏った噴射拳となって魔力刃を掲げたカレドブルッフの腕を貫いた。

 空色に燃えさかる拳はカレドブルッフの腕を吹き飛ばし、
 バランスを失ったカレドブルッフは盛大に氷原へと突っ込み、深い溝のような大穴を穿つ。

空「……もういいでしょう! これで終わりです!」

 空は最早、泣いていた。

 涙は堪えていたが、今にも溢れ出しそうなほどだ。

 託された力……思いを、こんな暴力のように使わなければならない事実が、胸を締め付ける。

 繋がって来た思いは、人間同士で争うための力ではない。

 イマジンから人々を守り、未来を切り開く力なのだ。

月島『この力が……この力が最初から使えれば……!
   誰もが扱える万能の力であったならば!』

 月島は悔しそうに叫ぶ。

 だが、月島の願いような叫びが実現した世界は恐ろしい世界に他ならない。

 科学者としての月島の矜持は分からないでもない。

 誰もイマジンに怯えない世界、誰もがイマジンに抗える世界。

 そうであったならば世界は滅ばなかった。

 空も、姉との出会いがあったどうかを別にしても、姉を喪う事は無かっただろう。

 しかし、この過ぎたる力は人間には重すぎる。

 この力を扱う者、その全てが善人でも賢者でも無いのだ。

 争いは避けられない事も多く、怒りや憎しみを収めて生きる事は難しい。

 そんな世界に誰にでも扱える平等な滅びの力が与えられた日には、世界は最短で滅ぶ。

 しかし、それを望む声がある。

 世界を滅ぼしはしない。

 だから与えてくれ、と。

 誰もが怯えぬ世界のために……。

 両腕を失ったカレドブルッフは、赤黒いブラッドを撒き散らしながら立ち上がり、
 尚もエール・ソヴァールに迫る。

 たった一人の男の挑戦と言う名の祈り。

 この祈りは……この祈りで手に入れた力は、いつか世界を壊す。

 多くの人々の命を奪い、人生と心を歪めたように……。

 この祈りと、男の命と共に摘み取らねばならないのだ。

 この力は、誰かの祈りを未来に繋げる力だと言うのに……。

空「エール………ごめんね……こんな使い方は……もう、二度と、しないからっ!」

 空はついに涙を溢れさせ、愛機に……そして愛機にこの力を託した者に謝罪する。

 果たして、エールは優しい声で答えた。

エール『空……僕は君の翼だ……。
    君が望むなら、君が選ぶなら……僕はどこまでも君と飛ぶよ。
    君が迷わないよう、君がいつまでも飛べるように』

空「エールぅ……ッ!」

 穏やかに語りかけるエールに、空は涙も拭わずに返した。

 そして、刃を構える。

 長大なツインランスを切り離し、両手で前に突き出す。

 翼から空色の魔力が溢れ出し、
 光背からも多量の魔力がエンジンから放たれる炎のように伸び、暗い雪原を空の色で満たす。

 絶対の死を目前にしながら、両腕を失ったカレドブルッフは幽鬼のような歩みを止めない。

 そして――

空「リュミエール……リコルヌシャルジュ……ッ!!」

 虹の輝きを纏ったエール・ソヴァールが、幽鬼のように迫り来るカレドブルッフを、貫いた。

―9―

MC『それでは、月島と言う人物はギガンティック機関技術開発主任、
   山路重工の技術研究開発室の主任を歴任し、政府主導の特殊労働力生産計画に携わり、
   しかも60年事件の黒幕だった、と』

女性コメンテーター『頭の良い人の考える事はよく分かりませんねぇ……』

男性コメンテーター『僕はね、彼は政府転覆でも狙っていたんじゃないかと思いますよ』

MC『それは、どう言ったご意見で?』

男性コメンテーター『インテリの考えそうな事ですよ。
          ちょっと頭がいいから極端から極端にしか行かない。
          色々と後ろ暗い物でも見て来たんでしょう?

          特にこの間から騒がれている特殊労働力生産計画なんてその最たる物じゃないですか』

MC『つまり、60年事件の動機はそこにある、と?』

男性コメンテーター『断定はできませんがね、政府と皇族王族の関係は今や持ちつ持たれつだ。
          政府の顔に泥を塗るには丁度いいターゲットだったんじゃないですかね?』


MC『テロリスト側から亡命した一人の研究者が持っていた資料の中には、
   ホン・チャンスの手記があったそうですね?』

専門家A『今時珍しい手書きの手記だったそうです。
     ネットワーク上で誰かに読まれるのを危ぶんでの事でしょうか?』

専門家B『ただ、この手記によると息子……
     ホン・チョンス死刑囚の魔力の低さを常日頃から嘆いていたようですね』

MC『それが月島勇悟の誘いに乗った……政府転覆と支配権を欲した動機だったと?』

専門家A『子供の事を思う気持ちは分からないでもないですが、あまりにも極端過ぎますね……。
     連続強姦や殺人の罪がそれで軽くなるワケではありませんし』

専門家B『まあ、既に病死していた以上、改めて罪に問う事も難しいワケですが……』


アナウンサー『……をもちまして、明日美・フィッツジェラルド・譲羽氏がギガンティック機関総司令を辞任を発表、
       後任人事には現副司令のアーネスト・ベンパー氏の就任が最有力とされています』

アナウンサー『これと合わせまして本日、ギガンティック機関は201のドライバーを正式に公表。
       現在の201のドライバーは朝霧空さん、十五歳。

       昨年四月に亡くなられた朝霧海晴さんの血縁者と言う事で、専門家の間でも話題となっています』


MC『ギガンティック機関は発見された資料を山路重工他、
   関連企業への開示を決めたようですが、皆さんはどう思われますか?』

専門家C『今まで機関への負担は大きかったですし、
     去年末のイマジン大量出現は凄まじい有様だったじゃないですか?

     あれを考えれば資料公開は妥当だと思いますよ』

専門家D『ただ、ギガンティック機関は徐々に用済み、って形になるんじゃないですかね?
     ハートビートエンジンが軍や民間にまで行き渡る形になるでしょうし』

MC『そうなると政府がどこまで管理できるか、
   と言う責任問題にもシフトして行く形になるでしょうか?』

専門家D『将来的にはそうでしょうね』


 憶測、推測、邪推、事実……月島による皇居正門襲撃事件から一週間、
 メディアを通して様々な意見や言葉が飛び交った。

 的を射た言葉もあれば、下世話な自称専門家による誘導など、様々な言葉は多くの波紋を生み、
 世界は争い事の終わった平穏さに比して騒がしさを増していた。

 8月28日、水曜日の早朝。
 ギガンティック機関、司令執務室――


アーネスト「本当に、お辞めになるので?」

明日美「ええ……そろそろ引き継ぎも始めないとね」

 納得できないと言いたげに、自身の端末に届いた辞令と明日美を
 交互に見遣りながらアーネストが尋ねると、明日美は小さく肩を竦めながら呟いた。

 アーネストの元に届いた辞令と言うのは他でもない、
 ギガンティック機関司令への昇進を報せる辞令だ。

 日付はおよそ三ヶ月後の12月1日。

 それまでに明日美は全ての引き継ぎを終え、退職する予定となっている。

 アーネストが何処か納得いかない様子なのは、司令官と言う要職に対する重圧よりも、
 明日美が辞職すると言う件に関してだった。

アーネスト「考え直された方がよろしいのでは?」

明日美「……朝霧副隊長と月島の会話ログは、貴方も聞いたでしょう?」

 もう何度目になるか分からないアーネストの問いに、明日美は溜息勝ちに答え、さらに続ける。

明日美「月島……勇悟は、誰にでも扱えるギガンティックを求めていたわ……」

アーネスト「ですが、だからと言って貴女が責任を感じる問題ではないでしょう」

 どこか後悔を滲ませた様子の明日美をアーネストは宥めた。

 だが、明日美は聞き入れない。

明日美「私はね……自分の復讐に目が眩んで……彼の側を離れたの……。
    彼があそこまで追い詰められる前に、彼を止められる場所にいたにも拘わらず……」

 月島は確かに“誰にでも扱える万能の力ならば”と言った。

 “ならば”……そう、つまり、それを願う理由が……願いを抱く前の段階が確かにあったのだ。

 名誉欲か、研究者としての純粋な探求心か、それとももっと別の理由があったのか……。

 それは、もう本人以外には及び知らぬ事だ。

明日美「だから……一人で静かに考えてみたいの……。
    勇悟が力を求めた理由を……彼のためにも、ね」

 それが、明日美の思いつく、歪んで行く勇悟から離れた……
 彼を見捨てた自分に出来る、最大限の償いだった。

 無論、彼がその事を受け入れてくれるか、望んでくれているかは分からない。

 贖罪など言うのも自分勝手な物で、要は明日美は自身が納得できるだけの理由が欲しいのだ。

アーネスト「貴女はまだ……――」

 ――月島勇悟を、愛しているんですか?

 その言葉を、アーネストは飲み込んだ。

 その事を尋ねる女々しさと、その答えを聞く勇気を、アーネストは持ち合わせていない。

明日美「…………少し司令室の様子を見て来るわ」

 明日美にもアーネストが尋ねんとしている事は分かっていたが、
 彼女はそれに答える事なくその場から逃げるように去った。

 明日美が執務室から出ると、待機室方面から出て来たばかりの空と鉢合わせとなる。

空「司令……!」

 肩にドローンのエールを乗せた空は、慌てた様子で明日美に駆け寄った。

空「あの、司令……お辞めになるって、本当なんですか?」

 戸惑い気味に問い掛ける空に、明日美は“またか”と苦笑いを浮かべて肩を竦めてから口を開く。

明日美「情報が早いわね。誰から聞いたのかしら?」

空「その……瑠璃華ちゃんから」

 問い返した明日美の言葉を肯定と取ったのか、空は戸惑い気味に返した。

 既に各部署の主任には伝達済みだ。

 風華か瑠璃華、どちらかからドライバー達に情報が漏れるのは時間の問題だっただろう。

明日美「昼に全員に内部メールで伝達する予定でいたのだけれど……」

 明日美はそう言って僅かに考え込んだ後で“そうよ”と改めて肯定した。

 全オリジナルギガンティックの内半数以上の七機が大破同然と言う状況で、
 恒例の早朝ブリーフィングも開けない有様だ。

 多忙な時に人を集めて宣言するよりは、僅かでも混乱が少ないと考えての処置だった。

明日美「そんな事よりも……本当に良かったの?
    秘匿義務は無いとは言え、名前を公表して……」

空「……はい」

 明日美に問われ、空は僅かな間を置いて応えた。

 僅かな間は、戸惑いと言うよりは決意に近かったように明日美は感じていた。

空「託された物を、しっかりと背負うって決めましたから」

 そして明日美の感じた通り、空は真っ直ぐとこちらを向いてそう言い切った。

明日美「……そう」

 空の頼もしげな様子に、明日美は目を細めて満足そうに頷く。

 たった一人の家族であった姉を殺された復讐のために戦う事を選び、
 姉がくれた愛を知って人を守る事を誓い、先日は大きすぎる力を背負う事になった。

 まだ十五歳のあどけなさの残る少女とは思えない、壮絶な人生。

 まるで、そうなるために生まれて来たような人生を歩む少女に、
 明日美は何も応えてやれていない事に気付く。

明日美「……十一月末まではここに残っているわ。
    ……それに、辞めた後も、ひだまりの家まで来てくれれば、
    いつでも稽古をつけてあげましょう」

空「ほ、本当ですか!?」

 ささやかな応援の代わりだったが、
 想像以上に嬉しそうに驚いた空の様子に、明日美は微かに面食らう。

明日美「え、ええ……あなたが望むなら、ですけど」

空「是非、お願いします!」

 明日美が気を取り直してそう付け加えると、空は嬉しそうに頭を下げた。

 空は……確かに心は強くなったかもしれない。

 エール・ソヴァールと言う新たな、大きすぎる力も得た。

 だが、それに比して本人の力量は、
 臣一郎や茜、風華やクァンと言った達人達に比べればまだまだ凡庸の域だ。

 自身の非力さ故に、背負った物をそれ以上に重く考える事もあるのだろう。

 機関から離れ行く老骨の自分が、少しでもその重圧を和らげる事が出来るならおやすい御用である。

明日美「じゃあこの話は一旦ここまでにして……あなたも用があって出て来たのでしょう?」

空「あ、はい」

 明日美の言葉に、明日美も用があって出て来た事に気付いたのか、
 空は少し慌てた様子で応えると“失礼します”とだけ言って、その場を辞した。

 受付横の階段を下り、格納庫方面に向かう空を見送りながら、
 明日美は微笑ましそうな表情を浮かべる。

ユニコルノ<……心持ち、表情が穏やかになりましたね、明日美>

明日美<……そう? ………そうなのかも、しれないわね>

 思念通話とは言え、珍しく口を開いた愛器に、明日美はどことなく自嘲気味に返した。

 機関から離れる事に、まだ微かに不安はある。

 だが、若い世代は確実に育ち、その微かな不安よりも大きな期待を感じされてくれる程になっていた。

 その事が、何よりも彼女を安堵させたのだ。

 一方、明日美と別れた空は、そのまま格納庫を訪れていた。

 整備班の邪魔にならぬよう、内壁上部に据え付けられた広い通路の壁に寄りかかり、
 合体状態の愛機が整備されている様子を見遣る。

 天井ギリギリの位置まで届きそうな機体には、
 左右からクレーンで吊り上げるようにして固定されていた。

空「………」

 空はエールのドローンを胸の位置で抱き上げ、無言で愛機を見上げる。

エール<空……後悔、しているのかい……?>

空<ううん、そんな事ないよ……>

 思念通話で不安げに尋ねる愛器に、空は穏やかな調子で返す。

 二人の間で言い交わせた後悔とは、
 今、目の前にある力……エール・ソヴァールを引き継いだ事だ。

 人間には過ぎた力と言わざるを得ない。

 だからと言って放棄する事も出来ない。

 後悔していないと言えば嘘になるかもいしれないが、
 空はそれ以上の可能性をXXXに感じていた。

 おそらく、今までに戦った事のあるどのイマジンだろうと、
 一瞬で捻り潰せるだけの力がこのXXXにはある。

 それは、多くの人々を守る事に繋がる筈だ。

 そして、それは空の信念にも合致する。

 この力があれば、前以上に多くの人々を守れるだろう。

 きっと、世界を救える力。

 ソヴァール……仏語で救世主と名付けられたこの機体には、その願いと祈りが込められている。

 そして、その願いと祈りは、きっとずっと大昔から紡がれて来た普遍の思いだ。

 空が感慨深く愛機を眺めていると、不意に近付いて来る人影に気付いた。

 茜と美月だ。

 彼女らも肩に愛機のドローンを乗せたり、胸の位置で抱き締めている。

茜「やっぱりここにいたか……」

美月「中々戻って来ないから心配で来てしまいました」

空「茜さん、美月ちゃん……ごめんなさい」

 方や呆れたように、方や心配そうな二人に、空は振り返って苦笑いを浮かべた。

 二人は空の元まで歩み寄ると、空と同じようにエール・ソヴァールを見上げる。

 空も視線をエール・ソヴァールに戻す。

茜「まあ、無理も無いな……私も、色々と思う所はある」

 茜は溜息がちに呟き、肩に乗せたクレーストを見遣った。

美月「……私は、よく分からないです……」

 美月は腕の中のクライノートを見下ろし、彼女を抱く腕に少し力を込めた。

 何もエール・ソヴァールを託されたのは空だけではない。

 空、茜、美月。

 三人で引き継いだ力なのだ。

 祖父から託された力、まだ右も左も分からない内に託された力。

 それぞれに思う事は様々だが、少なからず重圧を感じているのは確かだ。

茜「……テロやら今回の事やら、色々と躓いて進まない今回の出向だが……
  終わったら、正式にこちらへの異動を申請しようと思っている」

 茜はエール・ソヴァールを見遣りながら、不意にそんな事を呟いた。

空「茜さん……ロイヤルガードを辞めるんですか?」

茜「……ああ」

 驚いたように問う空に、茜は感慨深く頷いて答え、さらに続ける。

茜「私達三人は、出来るだけ近くにいた方がいい……。

  それに、ギガンティック機関は権限の強い独立性の高い組織だからな、
  妙な思惑の連中絡みで政治利用される事も避けられる」

 茜が懸念しているのは、ロイヤルガードに戻った自分が
 エール・ソヴァールの力を持つ三人の内の一人として、政治利用される事だった。

 今でこそ人類存続のために協調し、国家の枠組みも殆ど失われて久しいが、
 古い議員の中には我が国こそはと言う意識を持つ者も少なくはない。

 ロイヤルガードのシンパの議員連にもそう言った者は存在している。

 彼らに利用される可能性を少しでも避けるため、ギガンティック機関に纏まっていた方が良いだろう。

 それに、エール・ソヴァールがあれば実力行使などと言う愚行を犯す者もいなくなる筈だ。

 それはそのままテロリストへの抑止力にも繋がる。

 だが、そんな茜の思惑とは無関係に喜んでいたのは美月だ。

美月「では……これからもずっと、アカネとソラと、一緒にいられるんですか?」

 美月は驚きながらも次第に目を輝かせ、興奮した様子で尋ねる。

 意外と落ち着いて見えるが、彼女なりに大興奮しているのは間違いない。

茜「ああ……一緒だ」

 珍しく興奮した様子の美月に、茜は微笑ましそうな笑みを浮かべて答える。

クライノート『良かったですね、美月』

 クライノートにも彼女の喜びようが伝わっているのか、
 顔を上げて主を見上げ、どことなく声を弾ませて言った。

クレースト『茜様の決断に、私も従います』

 クレーストは茜の肩の上で落ち着き払った様子で言っているが、
 言葉通りに彼女の選択を全面的に支持しているようだ。

空<……ねぇ、エール>

 仲間達の様子を見遣りながら、空はエールに語りかけた。

エール<何だい、空?>

空<……茜さんがいる、美月ちゃんがいる、クレーストがいる、クライノートがいる……
  それに、エールがいてくれる。だから、きっと大丈夫……>

 空はそう言うと、エールと共に愛機を見上げた。

 この場にいる者達だけではない。

 レミィとヴィクセン、フェイとアルバトロス、風華と突風、瑠璃華とチェーロ、
 クァンとカーネル、マリアとプレリー、臣一郎とデザイア、それに自分たちを支えてくれる多くの仲間達。

 故郷にいる真実、佳乃、雅美……親友達。

 多くの仲間達がいてくれる。

 迷わずに進んでいける……そんな自信が湧いて来る気がした。

 それだけで、肩に……心にかかった重みが、少しだけ軽くなった気さえする。

空<これからも一緒に飛ぼう……>

エール<うん……空。
    ……僕は君の翼だ……>

空<私は……あなたの羽ばたく空だよ……>

 二人はそう言葉を交わし合い、空はエールを抱く腕に少しだけ力を込め、
 エールも空の腕を抱き返した。

―10―

 同じ頃。
 旧オーストラリア大陸東岸、旧シドニー跡地――


 首都キャンベラを凌ぐ知名度で知られた大都市にかつての人類の栄華は欠片も無く、
 かつては国際スポーツの祭典すら開かれた大都市の姿は見る影も、いや、都市の残骸すら失われていた。

 変わって一面を覆い尽くすのは、凸凹の穴だらけになった黒く硬質な物体。

 おそらくはマギアリヒトが作り出した何らかの――恐らくはイマジンに関連した――構造体だろう。

 その構造体は一面、それこそ地平線の果てまで広がり、オーストラリア東岸を覆い尽くし、その範囲は海にまで及ぶ。

 構造体の発する微かな熱は積もる雪を徐々に溶かし、吹雪の中でさえその黒い異様を晒していた。

 黒い荒野……でなければ地獄のようにも思える殺風景な黒い大地の一角に、
 数十メートルは有りそうな巨大な物体がそびえ立っている。

 その物体は黒い大地の延長と思われる雰囲気を持ちながら、
 微かに薄く柔らかな構造をしており、内部を見る事が出来た。

 不意に、その物体が薄気味悪く蠢く。

 びくん、びくん、と繰り返す。

 まるで心臓の鼓動に同調するかのように、蠢く。

 と、そこに一羽の鳥……いや、鳥型の超大型イマジンが飛来する。

 狙いは、今も蠢くこの物体のようだった。

 イマジンは外界では基本的に弱肉強食。

 強いイマジンが弱いイマジンを食らい、その力を増す。

鳥型イマジン『GIIIIIIIiiiiiッ!!』

 身動きできないソレを弱者と見たのだろう、鳥型イマジンは嘶きながらソレに襲い掛かった。

 そう、つまりはこの物体もイマジンで間違いない。

 身動きの取れないソレは最早、鳥型に捕食されるだけの運命……かに思えた。

鳥型イマジン『ッ、GI,GIGIIIiiiッ!?』

 果たして鳥型イマジンがその物体に触れようとした瞬間、彼は何事かに怯え、その動きを止める。

鳥型イマジン『………Giiii……』

 しばらく滞空していた鳥型イマジンは、怯えきった様子でその場で旋回すると、東の空へと向かって逃げ出す。

 その様子を、黒い物体……いや、その中にいるイマジンはずっと“見て”いた。

 爛々と輝く鬼灯のような真紅の目と、額に生えた一本の角……外殻を覆う黒と同じく漆黒の鎧のような肌を持つイマジン。

 それはまさに、神話の中から現れたような鬼を思わせた。

 仮に名付けるなら黒鬼型とでも言うべきイマジンだ。

黒鬼型イマジン『……………』

 黒鬼型イマジンは無言のまま、逃げ去る弱者を見遣っていた。

 すると不意に、鳥型イマジンの下方から、黒い霧のような物が立ち上り、鳥型イマジンを覆い尽くした。

鳥型イマジン『GIGI!? GIGIGIIIIIiiiiッッ!?』

 何故だ!? 見逃したじゃないか!?

 そう言いたげに暴れ狂う鳥型イマジン。

 黒い霧の正体は、おそらくは黒鬼型に属する何かだ。

 翼長で百メートルはゆうにあった鳥型は一瞬にして黒い霧に飲み込まれ、霧散して行く。

 そして、霧は鳥型であったマギアリヒトを欠片も残らずに飲み込んで、また下へと消えて行った。

 直後、黒鬼型を包んだ物体が、再び、びくん、と蠢いたのだった……。


第24話~それは、受け継がれる『虹の意志』~・了

第二部 戦姫激闘編・了

今回はここまでとなります。
前回「あと少々、お待ち下さい」と書き込んでから一ヶ月以上、
前回更新から四ヶ月もお待たせしてしまい、申し訳ありませんでしたorz

加えて大絶賛スランプ継続中のため今後も似たような投下感覚になるかもしれませんが、
宜しければお付き合い下さい。

その間に気分転換で書いた物を一次・二次創作を問わずに投下するかもしれませんので、
その際はスレのジャンルを問わず、当スレでスレ立ての報告もさせていただいます。
(二次の場合、艦これ、イレハン、ゼノブレの何れかになると思います。)


あと久しぶり過ぎるので安価置いて行きます

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201
第19話 >>208-241
第20話 >>247-280
第21話 >>288-320
第22話 >>325-359
第23話 >>379-413
第24話 >>420-464 >>476-524

特別編 >>366-374

おお、来てた!
週末、ゆっくり読ませて頂きます~

乙乙!

すっかり遅くなりましたが乙っしたー!
さて今回、色々考えさせられた事が。
月島・・・考えは分かるし、それは確かに成し遂げなければならない事だけど、彼の理念には『何のためにそれを成し遂げるのか』が欠けていると感じました。
もちろん、口ではイマジンに対抗し、人類が世界を取り戻すため・・・と言うのはありましたが、本来大儀となるはずのそれさえもう、単なる看板になってしまったというか。
結局彼の思惑通りになっても、その末に出来上がったのはウルトラで言うところのダーク・ザギのような存在になってしまったかもしれませんね。
このところの世の中、単に「反対!」を叫ぶためだけに反対を唱える人の声が大きいですが、何の方法も案も出さない彼らと違ってカレドブルッフを作りながらも、月島はそうした人々と同じ場所へ堕ちてしまった・・・そんな気がします。
さて、そんな月島とカレドブルッフを倒して、エール・ソヴァールと言う偉大な遺産と力を託された空達・・・これは重い!
ある意味、月島からも大きな課題を託されたも同然ですからね。しかも、それを実感する出来事として、彼を倒すと言うシチュを乗り越えて「しまって」いる。
重みは相当なはずですが、エール・ソヴァールが三人で操る、エールたちも加えれば6人で操るギガンティックなら、その重みは6人で分け合えます。支えあえるわけですね。
そして、彼女たち6人はさらに大勢の人達に支えられているなら、力への覚悟や自覚もきっと、多くの人達へ伝わっていく・・・とまで言うと、言い過ぎかもしれませんがww
そんな彼女たちは勿論、人類が未だ知らないところで育っている、大食らいの黒鬼・・・今後の展開、楽しみにお待ちしております。

お読み下さり、ありがとうございます。

>月島@『何のためにそれを成し遂げるのか』
深読みすると何となく“これかな?”と思える程度には匂わせましたが、
基本的に大それた観点で理由と目的が近似の“大義、斯くあるべき主義”で動かしていましたからね。
そう言う意味では大義が看板になってしまったと言うのも言い得て妙かもしれません。

>その末に出来上がったのは
ミサイルを作った偉い科学者も“今日はロケットの完成した記念すべき日だ”と喜んだそうですし、
殺傷能力と制圧能力の高いガトリングガンも医者が味方兵士の安全を願って作り上げた武器だそうです。
在り来たりな物言いをしてしまえば“光ある所に闇がある”ワケですが、
誰しもより良き物を作ろうとして兵器を凶悪化させてしまうのは人の業なのかもしれません。

>「反対!」を叫ぶためだけに
連中の場合は結局は“気に入らないから意見の違う多数派の人間を邪魔をしたい”ってエゴイズムがあって、
そこに他人を納得させ易そうな理由を貼り付けているだけですからね。
過程と信条はどうあれ、結果と行動がはた迷惑な点はどちらも同じと言うのは考えさせられます。
まあテロもどきとテロの差なんて実害程度しか差が無いんでどっちもどっちですが。

>偉大な遺産と力
正直、これの扱いに困っているのは空達でも機関でも政府でもなく筆者だったりしますw
あと、最終決戦向けにスペック調整したので強すぎと言う二重苦にも悩まされていますorz

>多くの人達へと伝わっていく
コレは結編から……もっと言えばグンナー達の世代から通しての課題ですからね。
それがどんな伝わり方をして行くかは、これからの話次第と言う事になりますが大筋は決めています。

>大食らいの黒鬼
12話でも軟体の本体と白騎士を食らう瞬間にちょいと出しましたが、
三部からは他の超級イマジン達と合わせて本格的に出番が巡って参ります。


次回からいよいよ最終第三部。
少しだけ時を進めて約四年後の79年春が舞台となりますので気長にお待ち下さい。

セルフ保守

穂種

セルフ保守  現在の進捗度 15%

スランプのストレス解消にスルーしてたニンニン全部ポチって来ました

セルフ保守  現在の進捗度 20%

相変わらず序盤中盤より終盤のネタばかり思い浮かぶ病

葡種 &

>序盤中盤より終盤のネタばかり思い浮かぶ病

あるあるww

http://i1.wp.com/img.grotty-monday.com/wp-content/uploads/gotokill003.jpg

>>535グロ注意

生存報告
そう“生存報告”………………………………………orz

>>536
グロ警告ありがとうございます。

穂首

保守ありがとうございます。

進捗率25%
牛歩の歩みですが徐々に進めておりますorz

age

セルフ保守

帆主

歩首なのよ

保守ありがとうございます。
進捗率45%

風華の新技がどうやっても螺旋丸の亜種

しゅ

a

保守ありがとうございます。

今日で5周年………進捗率55%

セルフ保守

慌てず無理せず書き進めて下さいな

セルフ保守
PC買い替えにつき再調整中です

一太郎どこに仕舞っただろう………ATOKが恋しい……orz

あけおめセルフ保守

エンジンが暖まってきました

謹賀ほしゅ

定期セルフ保守

定期セルフ保守

aaa

セルフ保守
もうね……壱號から弐拾六號までならべて順番に尻尾をモフったらそれはそれは癒されるんだろうなと

>>559
酉忘れてますが本人です

定期セルフ保守

定期セルフ保守

ふぉしゅ。

定期セルフ保守

test

定期セルフ保守

保守

セルフ保守

セルフ保守

忘れる前にセルフ保守

保守だよ!

セルフ保守

あけましておめで保守

リアルごたごたがピークを迎えるかもしれないのでセルフ保守

ピークは来たけど過ぎた
しかし、アレが最後のピークとは思えない
きっと第四、第五のピークが来て欲しくもないのにやって来る……orz



いい加減、書きたい

セルフ保守

せるふほしゅ

セルフ保守

セルフ保守

セルフ保守
生きてますよ

セルフ保守
書いてますが今後の投下はちょっと状況次第です

久々に来たらSS速報が復活していた保守

セルフ保守

何となく瑠璃華お当番回の方向性が定まって来たけど
肝心のお当番回は今書いてる話の三つ後の話………

セルフ保守

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捕手

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百合ハーいいよね百合ハー

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何だこの見慣れないスレと思ったが四年も投下ないのかよ…

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ご無沙汰しております。お元気そうで安心しました。

幸いにも何とか生きておりますが中々時間が取れず……よろしければ気長にお待ち下さい

セルフ保守

セルフ保守

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せやな

クソスレは何故エタらないのか

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このSSまとめへのコメント

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