キョン「この中にポニーテールがいたら、俺のところに来なさい。」 (246)

サンタクロースを信じているかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、
それでも俺がいつまでサンタを信じていたかと言うとこれは確信をもって言えるが今でも信じている。

実際幼稚園のクリスマスイベントにサンタは現れた。

宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力や悪の組織や
それらと戦うヒーローたちがこの世に存在していることも知っている。

俺は宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力や悪の組織が目の前にふらりと出てきてくれることを望んでいるのだ。

宇宙人にさらわれてでっかい透明なエンドウ豆のサヤに入れられているポニーテールの少女を救い出したり、
電子銃を片手にポニーテールの改変を計るポニーテールの未来人を
ポニーテールに関する知恵とポニーテールの為の勇気で撃退したり、
悪霊や妖怪をポニーテールで片づけたり、
秘密組織のポニーテールとポニーテールバトルを繰り広げたり、つまりそんなことをしたい!


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入学式が終わり担任の岡部なる若い青年教師は教壇に上がるや
自己紹介とハンドボールの素晴らしさをひとしきり喋り終えるともう話すことがなくなったらしく、

「みんなに自己紹介をしてもらおう」

と言い出した。

まあありがちな展開だし、心積もりもしてあったから驚くことでもない。

出席番号順に男女交互で並んでいる左端から一人一人立ち上がり、
氏名、出身中学プラスα(趣味とか好きな食べ物とか)をあるいはぼそぼそと、あるいは調子よく、
あるいはダダ滑りするギャグを交えて教室の温度を下げながら、
だんだんと俺の番が近づいてきた。緊張の一瞬である。解るだろ?

いよいよ俺の番だ。

「ただの髪型には興味ありません。この中にポニーテールがいたら、俺のところに来なさい。以上」

俺はポニーテールを探してゆっくりと教室中を見渡し、
後ろの席にいたポニーテールを結えそうな長髪の偉い美人に目を付けて着席した。


これってギャグなの?

おそらく全員の頭にどういうリアクションをとればいいのか、疑問符が浮かんでいたことだろう。

俺は、いつだろうがどこだろうが冗談などは言わない。

常に大マジなのだ。

のちに身をもって知らせる俺が言うんだから間違いはない。


こうして俺たちは出会っちまった。

偶然とは怖いものだ。

このように一瞬にしてクラス全員のハートをキャッチした俺だが、翌日以降しばらくは誰も話しかけてこないし、話しかけても無視された。

自己紹介から数日後、忘れもしない、朝のホームルームが始まる前だ。涼宮ハルヒに話しかけた。

涼宮ハルヒは髪の毛が長い美少女高校生なんだぜ。

たまたま席が真ん前だったという地の利を生かしてお近づきになりたかったのだ。

もちろん話題はあのことしかあるまい。

「なあ」

と、俺はさりげなく振り返りながらさりげない笑みを満面に浮かべて言った。

「自己紹介のアレ、聞いてたよな?」

腕組みをして口をへの字に結んでいた涼宮ハルヒはそのままの姿勢で汚物を見るように俺を凝視した。

「自己紹介のアレって何」

「いや、ポニーテールがどうとかって」

「あんた、ポニーテール萌えなの?」

大まじめな顔で訊きやがる。

「…違うけどさ」

「違うけど、何なの」

「…ポニーテールフェチなんだ」

「話かけないで。時間の無駄だから」

思わず「すいません」と謝ってしまいそうになるくらい冷徹な口調と視線だったね。ゾクゾクした。

涼宮ハルヒは、まるで世の中を澱みを見るように俺に向けていた目をフンとばかりに逸らすと、黒板の辺りを睨みつけ始めた。

何かを言い返そうとして結局思いつかないでいた俺は担任の岡部が入ってきたおかげで救われた。

負け犬の心でしおしおと前を向くと、クラスの何人かがこっちのほうを興味深げに眺めていやがった。

目が合うと気持ち悪そうに目をそらし、そして同情するかのごときうなずきをハルヒによこしていた。

なんか、シャクに障る。今思えば、そいつらは全員東中の出身者だった。

とまあ、おそらくファースト・コンタクトとしてはまぁまぁの部類に入る会話のおかげで、
涼宮ハルヒも俺にかなり心を開いただろうと思い始めて一週間が経過した。

いつも不機嫌そうに眉間にしわを寄せ唇をへの字にしている涼宮ハルヒに何やかんやと話かけるクラスメイトも中にはいた。

だいがいそれはおせっかいな女子であり
、新学期早々クラスから孤立しつつある女子生徒を気遣って調和の輪の中に入れようとする
、本人にとっては好意から出た行動なのだろうが、いかんせん相手が相手だった。

「ねえ、前の奴気持ち悪くない? 席順の運が悪かったね」

「最悪」

「だよねー なんでーポニーテールとか言ったのかな?」

「知らない」

「いっぺん聞いてみなよ、あーでも気持ち悪いか。そうそう、だったら男子に聞いてもらおうか、発言の真意」

「うるさい」

こんな感じ。

無表情に応答するならまだしも、
あからさまにイライラした顔と発音で応えるものだから話かけた人間の方が何か悪いことをしているような気分になり、
結局「……まあ、その……」と肩を落としてすごすご引き下がることになる。

安心したまえ。おかしいのは涼宮ハルヒの髪型のほうさ。

別段一人で飯を喰うのは苦にならないものの、
やはり皆がわやわや言いながらテーブルをくっつけているところに
ポツンと取り残されるように弁当をつついているというのも何なので、
というわけでもないのだが、昼休みになると俺は中学が同じで比較的仲のよかった国木田と、
たまたま席が近かった東中出身の谷口という奴と机を同じくすることにしていた。

涼宮ハルヒの話題が出たのはその時である。

「お前、この前涼宮に話かけてたな」

何気にそんな事を言い出す谷口。まあ、うなずいとこう。

「わけの解らんことを言って追い返されただろ」

ポニーテールの素晴らしさを語る前だったがな。

谷口はゆで卵の輪切りを口に放り込み、もぐもぐしながら、

「もしあいつに気があるんなら、悪いことは言わん、やめとけ。」

中学で涼宮と三年間同じクラスだったからよく知ってるんだがな、と前置きし、

「あいつは物をハッキリ言うがお前の嫌われっぷりは常軌を逸している」

「ねぇ?なんで僕たちの机にきたの?同類と思われると困るんだけど」

焼き魚の切り身から小骨を細心の注意で取り除いていた国木田が口を挟んだ。

「そう言うなよ、あいつモテるんだよな」

谷口が話す。

「なんせツラがいいしさ。おまけにスポーツ万能で成績もどちらかと言えば優秀なんだ」

「何かエピソードがあるの?」

問う国木田は谷口の半分も箸が進んでいない。

「一学期は取っ替え引っ替えってやつだったな。
俺の知る限り、一番長く続いて一週間、最短では告白されてオーケーした五分後に破局してたなんてのもあったらしい。
例外なく涼宮が振って終わりになる。だったらオーケーするなってーの。一応付き合って様子を見るというのが礼儀らしいけどな」

こいつもそのクチかもな。そんな俺の視線に気付いたか、谷口は慌てたふうに、

「聞いた話だって、マジで。コクられて断るってことをしないんだよ、あいつは。
三年になった頃にはみんな解ってるもんだから涼宮と付き合おうなんて考える奴はいなかったけどな。
でも高校でまた同じことを繰り返す気がするぜ。だからな、お前が変な気を起こす前に言っておいてやる。
やめとけ。こいつは同じクラスになったよしみで言う俺からの忠告だ」

やめとくも何も、俺はポニーテールにして貰えれば満足なんだがな。

食い終わった弁当箱を鞄にしまい込んで谷口はニヤリと笑った。

「俺だったらそうだな、このクラスでのイチオシはあいつだな、朝倉涼子」

谷口がアゴをしゃくって示した先に、女どもの一団が仲むつまじく机をひっつけて談笑している。
その中心で明るい笑顔を振りまいているのが朝倉涼子だった。

「俺の見立てでは一年の女の中でもベスト3には確実に入るね」

一年の女子全員をチェックでもしたのか。

「おうよ。AからDにまでランク付けしてそのうちAランクの女子はフルネームで覚えたぜ。
一度しかない高校生活、どうせなら楽しく過ごしたいからよ」

「朝倉さんがそのAなわけ?」と国木田。

「AAランクプラス、だな。俺くらいになると顔見るだけで解る。アレはきっと性格までいいに違いない」

勝手に決めつける谷口の言葉はまあ話し半分で聞くとしても、
実のところ朝倉涼子もまた涼宮ハルヒとは別の意味で目立つ女だった。

まず第一に美人である。いつも微笑んでいるような雰囲気がまことによい。
第二に性格がいいという谷口の見立てはおそらく正しい。
第三に授業での受け答えを見てると頭もなかなかいいらしい。当てられた問題を確実に正答している。
第四に同性にも人気がある。あっという間にクラスの女子の中心的人物になりおおせてしまった。
第五に髪が長い。あれならポニーテールを結えるだろう。ついでに言えば、眉毛もポニーテールの形に剃れるかもしれない。


谷口には高嶺の花だと思うが。

そんな感じにクラスに馴染める頃には五月になっていた。

その頃には、学年からポニーテールの子はいなくなっていた。なんでだ?


それは兎に角として、未だにハルヒのポニーテールを拝めていない。

なんとかしてハルヒをポニーテールにできないだろうか?

俺はハルヒに提案してみた。

「髪型を毎日変えてみたらどうだ?」

ハルヒはロボットのような動きで首をこちらに向けると、いつもの笑わない顔で俺を見つめた。ちと怖い。

「月曜日を〇、火曜日は一、水曜日は二って感じで、月曜日はストレートのロングヘア、
火曜日はポニーテールで、水曜はツインテールで、木曜日には三つ編みにして、
そして金曜日の髪型は頭の四ヶ所を適当にまとめてリボンで結ぶとかさ?」

「なんで、あたしがそんな妙なことをしなきゃいけないのよ?」

路傍の石に話かけるような口調で、ハルヒは言った。

「曜日で髪型変えれば宇宙人対策になりそうじゃないか?」

ハルヒは喋りたくなさそうに頬杖をついて、

「馬鹿じゃない?」

初めて会話が成立した。

ハルヒは翌日、長かった麗しい黒髪をばっさり切って登場した。
もうポニーテールは見られない。その夜、俺はむせび泣いた。

席替えは月に一度といつの間にやら決まったようで、

委員長朝倉涼子がハトサブレの缶に四つ折にした紙片のクジを回して来たものを引くと

俺は中庭に面した窓際後方二番目というなかなかのポジションを獲得した。

その後ろ、ラストグリッドについたのが誰かと言うと、なんてことだろうね、

涼宮ハルヒが虫歯をこらえるような顔で座っていた。

「生徒が続けざまにポニーテールになるとか、密室になった教室で先生がポニーテールにしてりとかないかな?」

ハルヒは無視している。

「ポニーテール研究会ってのはないかな?」

ハルヒは聞き入っているのか返事をしない。

これはチャンスとポニーテールの躍動性と素晴らしさ、会があった場合の内容を聞かせた。

ハルヒは呆れたように口を開いた。

「ただのポニーテールマニアの集まりじゃない」

「そりゃそうだ」

確かに同好の友は欲しいが、愛でたいのはポニーテールだ。ハルヒの突込みに感謝した。

「どこかにポニーテールの啓蒙活動をしている部はないだろうか」

仕方がなさそうにハルヒが口を開く。

「ないものは仕方がないでしょ」

授業中に気が付いた。

興奮のあまりに声が出ていた。

「気がついた!」

英語教師は俺に尋ねる。

「何に気付いたんです?」

「ないんだったら自分で作ればいいんですよ!」

「何を」

「部活です!」

女教師は哀れみ込めた目でこちらを見て、

「授業中です」

とだけ言って、板書に戻った。


あの目線は癖になりそうだ。折りをみてまたやろう。


第一章 完

第二章

その後の休み時間、生徒手帳の後ろのほうを確認した。


「同好会」の新設に伴う規定。

人数五人以上。顧問の教師、名称、責任者、活動内容を決定し、生徒会クラブ運営委員会で承認されることが必要。

活動内容は創造的かつ活力ある学校生活を送るに相応しいものに限られる。

発足以降の活動・実績によって「研究会」への昇格が運営委員会において動議される。

なお、同好会に留まる限り予算は配分されない。


顧問はなかなか難しいが、何とかだまくらかしてなってもらうという手もある。


名称も当り障りのないものにする。責任者は勿論俺だ。

その活動内容も「創造的かつ活力ある学校生活を送るに相応しいもの」になることだろう。

問題は人数だな。名義を借りようにも、なにせ俺は友達が少ない。


昼休みには部室のあてもつけておいた。

ポニーテールに関する事になると我ながら凄まじい行動力だ。

終業のチャイムが鳴るや否や俺はハルヒを拉致同然に教室から引きずり出してたったかと思うと早足で歩き出した。

「なにするのよ!」

ハルヒの罵声に対して、

「部室っ」

前方をのたりのたり歩いている生徒たちを蹴散らす勢いで歩みを進めつつ俺は短く答え、後は沈黙を守り通した。

渡り廊下を通り、一階まで降り、いったん外に出て別校舎に入り、また階段を登り、薄暗い廊下の半ばで俺は立ち止まった。

目の前にある一枚のドア。

文芸部。

そのように書かれたプレートが斜めに傾いで貼り付けられている。

「ここだ」

ノックもせずに俺はドアを引き、遠慮も何もなく入っていった。ハルヒも渋々ついてくる。

意外に広い。長テーブルとパイプ椅子、それにスチール製の本棚くらいしかないせいだろうか。

天井や壁には年代を思わせるヒビ割れが二、三本走っており建物自体の老朽化を如実に物語っている。

実は入るのは初めてだ。

そしてこの部屋のオマケのように、一人の少女がパイプ椅子に腰掛けて分厚いハードカバーを読んでいた。

「これからこの部室が俺達の部室だ!」

両手を広げて俺は宣言した。その顔は神々しいまでの笑みに彩られていたことだろう。

「ちょっと待て。『俺達』ってなによ!それにここはどこなのよ!」

「ポニーテールを結えなくなってさぞショックだろう?部で再び結えるようになるまでメンタルケアをしてやるってことだよ。
そして、ここは文化系部の部室棟。美術部や吹奏楽部なら美術室や音楽室があるだろう。
そういう特別教室を持たないクラブや同好会の部室が集まっているのがこの部室棟。通称旧館。この部室は文芸部」

「なによメンタルケアって!自分の意思で切ったの!!それに、ここは文芸部でしょ!」

「哀しいのは解る。無理をしなくてもいい。
文芸部は今年の春に三年生が卒業して部員ゼロ、新たに誰かが入部しないと休部が決定していた唯一のクラブなのだよ。
で、こいつが一年生の新入部員」

「……てことは休部になってないじゃない」

「似たようなもんだろ?一人しかいないんだから」

ハルヒは呑み込みが悪いな。俺が部室を乗っ取る気とでも思っているのだろうか?

俺は折りたたみテーブルに本を開いて読書にふける文芸部一年生らしきその女の子に視線を振った。

眼鏡をかけた髪の短い少女である。ポニーテールはできないだろう。髪が伸びるのを待つしかない。

これだけハルヒが大騒ぎしているのに顔を上げようともしない。

たまに動くのはページを繰る指先だけで残りの部分は微動だにせず、

俺たちの存在を完璧に無視してのけている。これはこれで変な女だった。

ハルヒは俺を責める様に聞いてきた。

「あの娘がいるじゃない!」

「別にいいって言ってたぞ」

「本当なの、それ?」

「昼休みに会ったときに。部室貸してくれっていったら、どうぞって。
本さえ読めればいいらしい。変わっていると言えば変わっているな」


勿論、彼女とは初対面だ。だが、彼女の意思などポニーテールの前では些細なことだろう。

俺はあらためてその変わり者の文芸部員を観察した。


白い肌に感情の欠落した顔、機械のように動く指。

ボブカットをさらに短くしたような髪がそれなりに整った顔を覆っている。

出来ればポニーテールにしたところも見たみたい感じだ。

どこか人形めいた雰囲気が存在感を希薄なものにしていた。

身も蓋もない言い方をすれば、早い話がいわゆる神秘的な無表情系ってやつ。

しげしげと眺める俺の視線をどう思ったのか、その少女は予備動作なしで面を上げて眼鏡のツルを指で押さえた。

レンズの置くから闇色の瞳が俺を見つめる。

その目にも、唇にも、まったく何の表情も浮かんでいない。無表情レベル、マックスだ。

ハルヒのものとは違って、最初から何の感情も持たないようなデフォルトの無表情である。

「出てって」

と彼女は言った。それが名前らしい。聞いた三秒後には忘れてしまいそうな平坦で耳に残らない声だった。

出てっては瞬きを二回するあいだぶんくらい俺を注視すると、それきり興味を失ったようにまた読書に戻った。

「ほら、ああ言ってるじゃない」ハルヒは俺に言った。

俺はハルヒを無視して宣言した。

「これから放課後、この部室に集合だ。絶対来るんだぞ。来なかったらポニーテールだからな」

桜満開の笑みで言ってやった。

こうして部室を確保できたのはいいが、書類のほうはまだ手つかずである。

だいたい名称も活動内容も決まっていないのだ。

そんな事よりもやる事がある。

「まずは部員だ。最低後二人は必要だな」

ハルヒが口を挟んできた。

「ってことはなに!?あたしもあの文芸部員も頭数に入ってるの?」

「安心しろ。すぐに集めるからな。適材な人間の心当たりはある」

「安心とかそんな問題じゃないでしょ!?」

ハルヒの声を背に受けて部室を後にした。

悟飯、セル、ブウ
好きなの選べ

次の日、俺は、部室へ行く前に二年の教室へと足を運んだ。

髪が長くてぼんやりとしている生徒を発見した。

確かあれだったはずだ。

俺はその二年生を連れて部室のドアを開けた。

部室には既に出てってとハルヒがきていた。

ハルヒは出てってに何だか話しかけていたようだが、一斉にこちらを振り向いた。

「新入部員を連れてきたぞ」

「なんなんですかー?」

その二年生は聞いてきた。

「ここどこですか、なんでわたし連れてこられたんですか」

「ちょっと!また強引に連れてきたんじゃないでしょうね!」

ハルヒは俺を責めたててきた。





>>44 ブウは動かしにくかったんで勘弁してください

「紹介するよ。朝比奈みくるさんだ」

俺は新入部員の紹介を終えた。

沈黙が部屋を支配した。

紹介が足りなかったようだ。

「まあよく見てみろ」

俺は朝比奈みくるさんの背中を全員の方に向けた

「微妙にウェーブした栗色の髪が長いだろ?」

まだ理解できていないようだ。

「俺はな、髪の色・髪質も髪の長さと同様に重要なことだと思っている」

「……どうせ、ポニーテールって言うんでしょ?」

「そうだ。解っているなら話は早い!」

思わず俺は朝比奈みくるさんを見た。小柄である。ついでに童顔である。

なるほど、下手をすれば小学生と間違ってしまいそうでもあった。

微妙にウェーブした栗色の髪が柔らかく襟元を隠し、

子犬のようにこちらを見上げる潤んだ瞳が守ってください光線を発しつつ

半開きの唇から覗く白磁の歯が小ぶりの顔に絶妙なハーモニーを醸し出し、

光る玉の付いたステッキでも持たせたらたちどころに魔女っ娘にでも変身しそうな、

ってポニーテールに重要なのは三行目だけだね。

ハルヒは飽きれたような口ぶりで聞いてきた。

「すると何?……朝比奈さんの髪が気にって毛が長かったからという理由なだけでここに連れてきたの?」

「そうだ」

ハルヒは今更何を聞いてくるんだ?真性のアホだ、こいつ。

朝比奈みくるさんが発言した。

「あの……私…書道部に……入部してるんですけど………」

「こんなアホの言うことなんか真に受けなくてもいいのよ」

自分本位なハルヒが勝手に答えている。

朝比奈みくるさんが覚悟したようにゆっくりと喋った。

「書道部は辞めてこっちに入部します……」

「はぁ!?」

部室全体に響く様な素っ頓狂な声を出したのはハルヒだった。続けて言い始める。

「あのね!こいつが言ってるような部なんてないの!」

「え!?でもお二人がきてるじゃないですか」

「ここは文芸部で、この……長門有希はここの部員なの!」

「出てって」ではなく、「長門有希」という名前だったらしい。

「あたしはそこの犯罪者一歩手前の奴が有希に悪さをしないか様子見にきただけ!」

「でも書道部ってセクハラが酷くて……胸を揉まれたり、バニーガールの恰好をさせられたり……」

ハルヒがようやく大人しくなった。

「えっ……」

「他にも看護婦と色んな恰好をさせられて、写真とかも撮られるんです………」

「それは酷いわね。そんな部活は辞めて、学校に相談した方がいいんじゃない?」

珍しくハルヒが深刻なトーンで喋っている。こんな喋り方もできるんだな。

「あ!そんな深刻な話じゃなくって、彼女は親友なんですけど……
ちょっと度が過ぎるから、部活くらいは…と」

「そう?……友達でも言うべき時はちゃんと言った方がいいわよ?」

「本当に大丈夫なんです。親友ですから。別にお金持ちだから親友だと得するとか全然考えてません」

ハルヒが変わりきった空気を戻すように朝比奈さんに話を振った。

「……書道部は辞めて他の部に入るにしてもこいつの部じゃなくてもいいんじゃないかしら?」

「え……でも彼、結構恰好がいいし、どことなく魅力もあるじゃないですか?
どうせなら所謂イケメンと同じ部がいいと思って……誘ってもらったのも縁ですから」

「いや……黙ってればそこそこなのは認めるけど、言動とか正常の範囲外よ?
こいつがポニーテールを連呼するから、学年からポニーテールが居なくなるくらいの……」

衝撃の真事実!!薄々気が付いていたが……学年からポニーテールは居なくなっていたらしい。

「同じ変態さんでも不細工な変態さんよりも恰好が良い変態さんの方がいいと思います」

「……まぁ、あんたがそれで良いなら止めないけど……」

「でも文芸部って何するところなのかよく知らなくって…」

「俺の部は文芸部じゃないぞ」

ようやく喋れた。

目を丸くする朝比奈さんに、俺は言ってあげた

「この部の名前はSOS団。世界中の 大勢の人を 総髪にする団。略してSOS団だ」

毎日放課後ここに集合することにして、この日は解散となった。

ある日のハルヒと俺の会話。

「あと必要なのは何だと思う?」

「知らないわよ」

「やっぱりポニーテールの良さが解る同志は押さえておきたいと思うよな」

ハルヒは無視してきた。

俺は部室を見て思った。コンピュータが欲しいな。

SOS団の設立を宣言して以来、長テーブルとパイプ椅子それに本棚くらいしかなかった文芸部の部室にの備品を整備した。

移動式のハンガーラックが部室の片隅に設置し、給湯ポットと急須、人数分の湯飲みも常備、CDラジカセに一層しかない冷蔵庫、
カセットコンロ、土鍋、ヤカン、数々の食器……

だが、パソコンがない。パソコンさえあれば、ポニーテールの画像を集めることが出来るのに!

メンバーは………まだ誰もきていない。

今のうちにパソコンを整備しておいたら、部の連中も驚くだろう。

俺は机から飛び降りると、二軒隣のコンピューター研究部に向かった。

コンピューター研究部のドアをノックして開いた。

「すみませーん!」

間取りは同じだが、こちらの部室はなかなか手狭だった。
等間隔で並んだテーブルには何台ものディスプレイとタワー型の本体が載っていて、
冷却ファンの回る低い音が室内の空気を振動させている。

一人の生徒----おそらく部長----が立ち上がって答えた。

「何の用ですか?」

「あの~……パソコンが余ってたら、どんなのでも良いので一台譲っていただきたいのですが………」

コンピュータ研究部部長、名も知れぬ上級生は「何言ってんだ、こいつ」という表情で首を振った。

その時一人の部員が部長に声をかけた。

「どんなのでも良いのなら、あれはどうかな?」

「……あれは流石にどうだろう?」

なんだか貰えるようだ。畳みかけておこう。

「本当にどんなのでもいいので……」

「じゃあ、ノークレームで……」

ちょっと古そうだけど、無事にパソコンを貰えた。

部室で眺める。カラフルなリンゴのマークが付いてる。

正直、パソコンには詳しくないがたぶんMacって奴だろう。

『Apple II』と書いてあるが、機種の名前だろうか?

電源を入れてみたがよく解らない。

今度、誰かに聞いてみよう。

ともあれ、これでSOS団のウェブサイトを立ち上げることができそうだ。

後日聞いたところによれば、とてつもない旧型パソコンだったらしい。

ネットにも繋がらないという話だ。

コンピュータ研究部にパソコンを返しに行ったら、

ノートパソコンなら事務室で貸し出してると教えてくれた。

ついでにパソコンの使用目的も聞かれたので、部のサイト立ち上げと答えておいた。

流石にポニーテルの画像集めは言いにくい。

部長がからかったお詫びだからと言って、サイトのベース部分だけは作ってくれた。

コンテンツは自分で作ってと言われた。

ともあれ、一応ホームページは出来上がった。



次の話は新入部員が部室にくるところから始まる。

第二章~完~

第五章



週明け、そろそろ梅雨を感じさせる湿気を感じながら登校すると着いた頃には今までにも増して汗みずくになった。

教室で下敷きを団扇代わりにして首元から風を送り込んでいたら、珍しく始業の鐘ギリギリにハルヒが入ってきた。

ハルヒは二日前の団の活動をサボっていた。

「あのさ、涼宮。お前なんで土曜日こなかったんだ?」

「それが何?」

「いや、まあ何でもないんだけどな」

「かってに部員にするな」

ハルヒは斜め上を睨み、俺は前を向き、岡部教師がやって来てホームルームが始まった。

終業後、ハルヒには注意しても無駄なので、俺は部室へと行った。

部室で長門が読書する姿は今やデフォルトの風景であり、

もはやこの部屋と切り離せない固定の置物のようでもあった。

古泉一樹も一足先に部室に来ていた。古泉が口を開いた。

「土曜日は随分とお楽しみだったみたいですね」

連絡をするのを忘れてたのを思い出す。

「ちょっとミスってな。涼宮や長門がサボった所為で、こっちも碌なポニーテール見つけられなかったよ」

古泉は、昨日図書館から借り出した本に顔を埋めている長門を一瞥する。

「場所を変えましょう。朝比奈さんに出くわすとマズイですから」

古泉が俺を伴って訪れた先は食堂の屋外テーブルだった。

途中で自販機のコーヒーを買って手渡し、丸いテーブルに男二人でつくのもアレだけども、この際仕方がない。

「さて…単刀直入に言いましょう。あなたには………妄想癖がある」

「……なにを言ってるんだ?」

「涼宮さんは団員ではありません。むしろあなたを嫌悪しています。
……性犯罪者の様に思っていて警戒してるといった方がいいでしょうか」

これは何かの冗談なのか?

「なんで、その性犯罪者の居る部室にくるんだ?」

「長門さんや朝比奈さんが心配なんですよ。彼女も怖いし、嫌でしょう。」

古泉は紙コップをゆるゆると振って、

「席が後ろになった……ただそれだけで責任を感じて部活に顔を出してるんです」

「それではまるでハルヒが常識人みたいじゃないか」

古泉は無視して続ける。

長門さんもあなたを嫌悪してる。部室への闖入者だから当然でしょう。しかも最近はその感情が悪化してますね」
 
俺は黙ってコーヒーを飲んだ。減糖しておくべきだった。甘ったるい。

「長門さんの家に不法侵入したとも聞きました。一番の謎なんですが、どうして停学や退学にならないのですか?」

「なにを言ってるのかわからんが、要するに俺には願望を実現する能力があると……」

「いえ、そんなことは言っていません」

「そういうことができるのは神。差し詰め、俺は新世界の神。そう言いたいんだな?」

「…………」

長々と話したりしてすみませんでした、今日はもう帰ります、と言って、古泉はにこやかにテーブルを離れた。

結局その日、ハルヒは部室に姿を現さなかった。

「昨日はどうして来なかったんだよ」

例によって例のごとし。朝のホームルーム前に後ろの席に話しかける俺である。

机に顎をつけて突っ伏していたハルヒは面倒くさそうに口を開いた。

「何で部員扱いなのよ。話しかけないで」

「涼宮、前にも言ったかもしれないけどさ、普通の高校生らしくポニーテールにしてみたらどうだ」

ガバッと起きあがって睨みつけられる。

「あんたに気持ち悪いことを言われたくなくて髪を切ったのにまだ言うの?」

「だから、ポニーテールにしてデートがてら市内の散策とかやれよ」

あの日の朝比奈さんとの探索で、多くのカップルがいたのを思い出しながら俺はそう提案する。

「それにお前なら男には不自由しないぞ。ポニーテールにすればの話だが」

窓の外へぼんやり視線を固定したまま、ハルヒは無視した。

その後、午前の授業中のほとんどを、俺は熟睡して過ごした。

腹が減って四時間目に目が覚めるまで誰も起こさなかったのは奇跡……いや偶然だろう、やはり。

俺の下駄箱に入っていたノートの切れ端。

そこには、

『放課後誰もいなくなったら、一年五組の教室まで来て』

と、明らかな女の字で書いてあった。

時計は五時半あたりを指している。教室に残っている生徒など一人としていまい。

人気の絶えた廊下で、俺は深呼吸一つ。
窓は磨りガラスなので中の様子はうかがえないが、西日でオレンジ色に染まっていることだけは解る。
俺はことさら何でもなさそうに一年五組の引き戸を開けた。

誰がそこにいようと驚くことはなかったろうが、実際にそこにいた人物を目にして俺はかなり意表をつかれた。
まるで予想だにしなかった奴が黒板の前に立っていたからだ。

「遅いよ」

ポニーテールにした朝倉涼子が俺に笑いかけていた。

ポニーテールを揺らして、朝倉は教壇から降りた。素晴らしいポニーテールだ。七十…いや七十五点だろう。

そして朝倉の眉毛の異変に気が付いた。眉毛を横から見たポニーテールの様に剃っているではないか。

片眉につき五点と考えて、この朝倉涼子のポニーテール力は八十五点。ハルヒを越えて国木田に迫る勢いだ。

それが現実のポニーテールとして目の前にある。

教室の中程に進んで歩みを止め、朝倉は笑顔をそのままに誘うように手を振った。

「入ったら?」

ポニーテールに見惚れて、引き戸に手をかけた状態で止まっていた俺は、その動きに誘われるように朝倉に近寄る。

「ポニーテールか……」

「そ。意外でしょ」

くったくなく笑う朝倉。そのポニーテールの右半分が夕日に紅く染まっていた。

「何の用だ?」

精一杯、ぶっきらぼうに訊く。顔はにやけきってただろうが……

「用があることは確かなんだけどね。ちょっと訊きたいことがあるの」

俺の真正面に朝倉の白い顔があった。

「人間はさあ、よく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔するほうがいい』って言うよね。これ、どう思う?」

「よく言うかどうかは知らないが、そのポニーテールは素晴らしいぞ」

「じゃあさあ、ポニーテールにはしたくないんだけど、せざる得ない時とき。あなたならどうする?」

「なんだそりゃ、ポニーテールでそんなのあるわけないだろう?」

俺の質問返しを朝倉は変わらない笑顔で無視した。

「とりあえずポニーテールにするしかないじゃない。上の方の命令なんだし」

「まあ、ポニーテールは素晴らしいし仕方がないな」

「でしょ?」

手を後ろで組んで、朝倉は身体をわずかに傾けた。ポニーテールの先端が少し見える。美しい。


「でもね、私はポニーテールが嫌いなの。あなたの視線も気持ちが悪い。
眉毛もポニーテール型とか意味が解らない。
だったらもう現場の独断で強硬にポニーテールをやめちゃっていいわよね?」

何を言おうとしているんだ?あんなに素晴らしいポニーテールをやめるだと?

「あなたのポニーテール狂いに、あたしはもう飽き飽きしてるのね。だから……」

ポニーテールに気を取られて、俺はあやうく朝倉の言うことを聞き漏らすところだった。

「あなたを殺してポニーテールをやめる」

後ろ手に隠されていた朝倉の右手が一閃、さっきまで俺の首があった空間を鈍い金属光が薙いだ。

猫を膝に抱いて背中を撫でているような笑顔で、朝倉は右手のナイフを振りかざした。
軍隊に採用されていそうな恐ろしげなナイフだ。

俺が最初の一撃をかわせたのはほとんど僥倖だ。
その証拠に俺は無様に尻餅をついて、しかもアホ面で朝倉の姿を見上げている。
下から見上げるポニーテールも素晴らしい。それと朝倉の視線。ゾクゾクするね。

なぜか朝倉は追ってこない。

……いや、待て。この状況は何だ? なんで俺が朝倉にナイフを突きつけられねばならんのか。
待て待て、朝倉は何と言った。ポニーテールをやめる?ホワイ、なぜ?

「冗談はやめろ」

こういうときには常套句しか言えない。

「マジ最高のポニーテールだって!その眉毛も最高だ。だから、よせ!」

もうまったくワケが解らない。解る奴がいたらここに来い。そして俺に説明しろ。

「冗談だと思う?」

朝倉はあくまで晴れやかに問いかける。それを見ているとまるで本気には見えない。
笑顔でナイフを向けてくるポニーテールの女子高生がいたら、それはそれで結構いい。
と言うか、確かに今俺はめちゃ興奮してる。

「ふーん」

朝倉はナイフの背で肩を叩いた。

「ポニーテールをやめられるのがそんなに嫌?わたしにはポニーテールの魅力がよく理解出来ないけど」

俺はそろそろと立ち上がる。冗談、シャレだよな、これ。
本気だったらシャレですまされんが。だいたい信じられるわけがないだろ。
ポニーテールの魅力が解らないなんて、本気とは思えるわけがない。

だが、もしあの気持ちが本物だったなら、俺が死んだらポニーテールをやめてしまうだろう。

「意味が解らないし、笑えない。いいからポニーテールをもっとみせてくれ」

「うん、それ無理」

無邪気そのもので朝倉は教室で女子同士かたまっているときと同じ顔で微笑んだ。

「だって、わたしは本当にポニーテールが嫌なんだもの」

ナイフを腰だめに構えた姿勢で突っ込んで来た。速い! が、今度は俺にも余裕があった。
朝倉が動く前に脱兎のごとく走り出し、後ろからポニーテールを見よう----として、俺は壁に激突した。

????

壁が出来ていた。

ありえない。

「無駄なの」

正面から近づいてくる声。

「この髪の毛は、わたしの情報制御下にある。脱出路は封鎖した。簡単なこと。
髪の毛を伸ばすなんて、ちょっと分子の結合情報をいじってやればすぐに改変出来る。
今のこの教室は密室。出ることも入ることも出来ない」

振り返る。夕日すら消えている。校庭側の窓もすべて髪の毛の壁に覆われていた。
知らないうちに点灯していた蛍光灯が寒々しく並んだ机の表面を照らしている。

本当なら、ハルヒと国木田の髪の毛を伸ばしてくれないだろうか?

薄い影を床に落としながら朝倉がゆっくりと歩いてくる。

「ねえ、あきらめてよ。結果はどうせ同じことになるんだしさあ」

「……こんなに伸びてたらポニーテールの清潔感が台無しじゃないか」

何回見ても壁は毛で出来ている。立て付けの悪かった引き戸も磨りガラスの窓も毛が覆っている。

俺が死んだら朝倉はポニーテールをやめてしまう。しかもこんなに長いのはポニーテールとしては認められない。
椅子を持ち上げて思いっきり投げつけてやった。
椅子は朝倉の手前でポニーテールに弾かれ、落ちた。

「無駄。言ったでしょう。髪の毛はあたしの意のままに動くって」

待て待て待て待て。

今のポニーテールの動きはかなりよかったぞ。どうやら髪全体が伸びている訳ではなく、一部が伸びてるだけだ。

ポニーテールを維持してると言える。何よりだ。

「最初からこうしておけばよかった」

その言葉で俺は身体を動かせなくなっているのを知る。髪の毛がまとわりついてる!ポニーテールで動けなくしてくれ。

下を向いた状態で固定された俺の視線に朝倉の上履きが入ってきた。ポニーテールが見えない最悪だ。

「あなたが死ねば、ポニーテールをやめられる」

俺を殺してもポニーテールだけはやめないで欲しい。

「じゃあ死んで」

朝倉がナイフを構える気配。どこを狙ってるんだろう。頚動脈か、心臓か。解っていれば少しは心構えも出来るんだが。
せめてポニーテールを見……れない。なんつうこっちゃ。

空気が動いた。ナイフが俺に降ってくる。

その時。

天井をぶち破るような音とともに瓦礫の山が降ってきた。
降り注ぐ白い石の雨が俺の身体を粉まみれにした。
このぶんじゃ朝倉のポニーテールも粉まみれだろう、それはそれで良さそうだ。是非見たい。
何故か髪の毛の呪縛は解かれており、顔を上げることが出来た。

顔を上げた俺は見た。何を?

朝倉と対峙しているポニーテール----長さが足りずに茶筅のようになっているが----をした長門有希の小柄な姿だった。

「一つ一つのプログラムが甘い」

長門は平素と変わらない無感動な声で、

「天井部分の空間閉鎖も、情報封鎖も甘い。だからわたしに気づかれる。侵入を許す」

「邪魔する気?」

対する朝倉も平然たるものだった。

「この人間が殺されたら、間違いなくポニーテールをやめられる。やめるにはそれしかないのよ」

「あなたはわたしのバックアップのはず」

長門は読経のような平坦な声で、

「独断専行は許可されていない。わたしに従うべき」

「いやだと言ったら?」

「情報結合を解除する」

「やってみる? ここでは、わたしのほうが有利よ。この教室はわたしの情報制御空間」

「情報結合の解除を申請する」

朝倉はいきなり五メートルくらい後ろにジャンプした。
それを見て俺は、ああ、あのポニーテールの動きは最高だな、とか悠長なことを思った。

一気に距離を稼いだ朝倉は教室の後ろにふわりと着地。ポニーテールもふわりとした。たまらない。

長門の方もちらりとみた。ポニーテールの出来損ないはまるで髷の様で著しく面白みに欠ける。

努力は買うがあの長さではポニーテールの躍動感は表せない。最低でもハルヒくらいの長さは欲しい。

甘口に採点しても十五点。合計八五点の朝倉のもつポニーテール達とは比較にならない。

頑張れ、朝倉。

「離れないで」

長門は俺のネクタイをつかんで引き下ろし、俺は屈み込んだ長門の背中に乗っかるような体勢で膝をついた。

「ポニーテール観察の邪魔をするな!」

思わず怒声を出していた。

「ね?そんな人間は殺した方がいいと思わない?」

まったくの余裕の表情で朝倉は佇んでいる。数メートルの間を挟んで長門と対峙。
俺はと言うと、朝倉の躍動に期待してポニーテールを見つめ続けていた。

長門は俺の頭をまたいで立っていた。邪魔だ。朝倉のポニーテールが見えにくい。
小説の朗読をするような口調で長門は何かを呟いた。こう聞こえた。

「私もこんな人間は庇いたくない。ポニーテールフェチで気持ちが悪い。
仮にポニーテールにしたら気持ちの悪い視線に耐えきれないだろう」

心配するな。長門の今のポニーテールを視るなら、朝比奈さんの揺れるポニーテールを眺め続けるだろう。

「あなたのポニーテールには興味がないみたいだわ」

極彩色の蜃気楼の陰に隠れた朝倉の声がどこから聞こえてくるのは全然解らない。

姿を現してあのポニーテールを見せてほしい。

長門のかかとが俺を思い切り蹴飛ばした。

「なにをする」

俺は蹴られた場所を抑えながら言った。

「嫌悪感による生理的反応」

「…………」

ポニーテール----十五点とはいえ----の美少女が男を足蹴にする絵を想像して一人悦に入ってしまっていた。

長門の顔から眼鏡が落ちて、床で小さく跳ねた。

「朝倉!」

我に返る。朝倉----正確には朝倉のポニーテール----を探さなければ!

「あなたは動かないでいい」

胸から腹にかけてビッシリと突き刺さった槍----おそらく髪製----を一瞥して長門は平然と言った。

鮮血が長門の足元に小さな池を作り始めている。

「へいき」

大丈夫らしい。朝倉探しを続行しよう。

「じゃ、とどめね」

揺らぐ空間の向こうに、朝倉の姿が見え隠れする。笑っている。ようやく見つけたので、俺も微笑んでいた事だろう。

「死になさい」

ポニーテールが伸びて長門に襲い掛かる。

「終わった」

ポツリと言って、長門はポニーテールを握った。何も起こらない。

「終わったって、何のこと?」

朝倉は勝ちを確信したかのような口調。

「情報連結解除、開始」

いきなりだ。

教室のすべてのものが輝いたと思うと、その一秒後にはキラキラした砂となって崩れ落ちていく。
俺の横にあった机も細かい粒子に変じて、崩壊する。

「そんな……」

天井から降る結晶の粒を浴びながら、今度こそ朝倉は驚愕の様子だった。

長門の体中に刺さった髪の毛も砂になる。

朝倉は観念したように言葉を吐いた。

「あーあ、残念。でも良かった。これでそこの人間のいやらしい視線から解放されるわ」

朝倉は俺を見て嫌悪感を隠さない顔になった。

朝倉の胸から足はすでに光る結晶に覆われていた。

音もなく朝倉は小さな砂場となった。

八十五点が砂となった。

そんなの認められるわけがない。

俺がそう思うと、逆再生したかのように砂が立ち上り、朝倉が再生された。

「え!?なに!?」

朝倉が変な声をあげる。

「そういえば、古泉によれば、俺には願望を実現する能力があるらしい」

「折角変態から解放される良いチャンスだと思ったのに、残念ね」


「ういーす」

ガサツに戸を開けて誰かが入ってきた。

「わっすれーもの、忘れ物ー」

自作の歌を歌いながらやってきたそいつは、谷口だった。

「お!?なんだ?まだ寝てたのか?」

谷口の声にこたえるからの様に、俺はあくびしながら机から体を起こした。

「お前、今日は一日寝てたんじゃないか?昼飯を食ってるところしか見なかったぜ?」

どうも寝ていたらしい。確かに昼飯を食べた後の記憶が曖昧だ。

昨日、古泉が俺に対して『願望を実現する能力がある』とか
『新世界の神』とか言うものだから妙な夢を見てしまったようだ。

急に下駄箱にいたからおかしいと思った。

教室移動もあったはずだが、誰も起こさなかったのは奇跡……いや偶然だろう、やはり。

「俺は忘れ物を取りにきただけだから、じゃあな!」と谷口。

俺は盛大なため息をついた。

「朝倉のポニーテール……夢とはいえ素晴らしかった。……でも夢かぁ…」

翌日、クラスに朝倉涼子の姿があった。ポニーテールはしていなかった。



第五章 ~完~

第六章



それは封筒の形をして俺の下駄箱に入っていた。昨日の夢は予知夢だったのかな?

少女マンガのオマケみたいな封筒の裏に名前が記入されている。

朝比奈

と、読めた。朝倉ではなかった。がっかりだ。いや、『朝』まで一緒なんだ、一字や二字は誤字かもしれない。

封を切ったところ、印刷された少女キャラのイラストが微笑む便箋の真ん中に、

『昼休み、部室で待ってます』

四時限が終わるや俺は、誤字であることに期待して部室まで早歩き。

まだ五月だと言うのに照りつける陽気はすでに夏の熱気、
太陽は特大の石炭でもくべられたみたいに嬉しそうにエネルギーを地球へ注いでいる。

三分とかからず、俺は我が部室前に立つ。とりあえずノック。

「あ、はーい」

確かに朝比奈さんの声だった。がっかりだ。部室の中には夢も希望も無い。渋々部屋に入る。

長門はいなかった。それどころか朝比奈さんもいなかった。

校庭に面した窓にもたれるようにして、一人の女性が立っていた。
白いブラウスと黒のミニタイトスカーとをはいている髪の長いシルエット。足許は来客用のスリッパ。

その人は俺を見ると、駆け寄り、俺の手を取って握りしめた。

「……初めまして」

朝比奈さんじゃなかった。朝比奈さんにとてもよく似ている。本人じゃないかと錯覚するほど似ている。実際、本人としか思えない。

でもそれは朝比奈さんではなかった。朝比奈さんはこんなに背が高くない。
こんなに大人っぽい顔をしていない。ブラウスの生地を突き上げる胸が一日にして三割増になったりはしない。
なによりポニーテールにしていない。

俺の手を胸の前で捧げ持って微笑んでいるその人は、どうやったって二十歳前後だろう。
中学生のような朝比奈さんとは雰囲気が違う。そかしそれでもなお、彼女は朝比奈さんとウリ二つだった。何もかもが。

「あの……」

俺はとっさに思いつく。

「朝比奈さんのお姉さん……ですか?」

その人は可笑しそうに目を細めて肩を震わせた。笑った顔まで同じだ。

「いえ、わたしは母親です」と彼女は言った。

「朝比奈みくるの母です。『お姉さんですか?』とか上手なんだから」

俺はバカみたいな顔をしていたに違いない。
よく一卵性親子などと称して若作りがした母親が娘と同じ格好をしてたりするが、この人は無理せずに二十歳前後に見える。

「あ、別に継母とかそんなのじゃないわよ?」

何かを察したのか、朝比奈母は言った。

年齢不詳の朝比奈さんは、居住まいを正し、こほんと乾いた咳を一つ落として、

「ポニーテールがお好きなんですって?」

「もちろん」

「わたしがポニーテールをしたらどうかしら?」

朝比奈母は髪の毛を手で束ねて、軽く体を一周させた。

髪の毛が弧を描いた。ポニーテールの魅力の引き出し方を熟知している者の動きだ。

しかも最後に軽く逆に動き、ポニーテールが乱れることこと、それが正面にいる者に印象を与えることまで計算している。

この人は間違いなく、朝比奈さんの関係者だ。

「……そうですね。ポニーテールを使いこなせてますし、長い手足や成熟したスタイルはポニーテールを従えています」

ポニーテールに関する事ならば、正直に答えなけらばならないだろう。俺は続ける。

「ポニーテールをセックスアピールの一部としており、
マドンナと同様にファッションとしてのポニーテールとしては一つの到達点になると思います」

ポニーテールが似合う人には二種類いる。健全・活発系とセクシー系だ。だが、後者はポニーテールには似合わないのだ。

「同じ部活の子の母親にもはっきり言うのね。ポニーテールが好きと言う割には、随分苦々しい顔をして論評してたみたいだけど?」

「……俺が好きなのはポニーテールなんで」

やっぱりね。とでも言いそうな顔をして朝比奈母は言ってきた。

「あなたに一つだけ言いたいことがあって来たの。」

急に真面目な……いや、覚悟を決めた母親の顔とでもいうのだろうか?そんな顔になった。

「手短に言います。娘はあなたにお熱の様だけど、無駄なのはわかってるの。娘とはあんまり仲良くしないで」

「…………」

「ポニーテールフェチでも、実家が資産家なら親としては応援するんだけど……あ!いま言った事は忘れてください」

天然なのとか故意となのか……

が、再び真面目な顔になると、

「娘には玉の輿に乗って欲しくて誑し込むテクニックを叩きこんだの……」

急に顔を真っ赤にして、

「あ!やっぱりいま言った事も忘れてください!」

首を振りながら、空気の立て直しを図っているようだ。

高校生の娘を持つ母親の行動と思うと微笑ましい。

「娘に悪さをするくらいなら、おばさんが遊んであげるから……ね」

ウィンクをしてきた。

「俺、ポニーテールフェチなんで……」

「うん。知ってる。本当は女の子にも興味がないでしょ?」

「そうです。フェチですから」

俺がうなずくと朝比奈母は、得心したような顔をした。

「娘に悪さをすることはなさそうね。じゃあ、もう行きます」

入り口に走った朝比奈母に、俺は声をかけた。

「俺も一つ教えてください!」

ドアを開こうとしてピタリと止まる朝比奈母の後姿。

「お母さん、今、歳いくつ?」

巻き毛を翻して朝比奈さんは振り返った。

「[禁則事項です]」

ドアが閉まった。

はー、それにしても朝比奈さんのお母さんががあんなに若く見えるとは、と考えて、髪質も若かったな。
努力の賜物なのか、体質によるものなのか。
後者なら、朝比奈さんは四十を超えても綺麗な髪でポニーテールを結える可能性があるのか……

腹が減った。教室に戻ろう。

放課後、朝倉のポニーテールに未練があったので、何とか自宅を割り出そうとした。

しかし、ガードが固くて無理だった。残念だ。

帰り道一人子供の頃の事を思い出した。

小学生の、六年生の時。家族みんなで野球を見に行った。俺は野球なんか興味なかったが。着いて驚いた。見渡す限り人だらけだったね。野球場の向こうにいる米粒みたいな人間がびっしり蠢いていたのだ。日本の人間が残らずこの空間に集まっているんじゃないのかと思ったね。親父が言うには二千万人くらい居るだろうって話だった。最近になって知ったがそんな野球場は存在しない。オレの想像だが精々三百万くらいだったのだろう。試合中、親父が売り子のお姉さんにビールを注文していた。そのお姉さんの顔は全く覚えていないが、その人がポニーテールだったのは強く印象に残っている。思い返せば、このお姉さんのポニーテールの先が俺の鼻先をくすぐったのが、俺とポニーテールの初めての出会いだった。今でもハッキリと憶えているが、その時、俺は愕然とした。鼻先をくすぐる何とも言えない快感と売り子で汗をかいていたのだろう、微妙に汗の臭いが混じったシャンプーの香り。世の中にはこんなにも素敵なものがあるんだと感じたね。しかも球場を見渡すと多くの人。当時は親父の言葉を信じてたから、日本の人口が一億数千万を二千万で割って、六分の一。俺はまた愕然とした。それだけ多くの人間がこの球場にはいるんだとね。一人ひとり汗の臭いは違うし、シャンプーも違う。髪質だって違う。皆ポニーテールをしたら、それぞれ違う魅力があるんだろうと思った。
この日本の人口の六分の一が集まっている球場でそんな事を考えてるのは自分だけだと思った。ポニーテールの人は見かけるが、みんな注目していないし、ポニーテールに出来る人もポニーテールに結ってないからだ。この時、俺は自分が特別な人間だと思った。その時気付いた。俺が愕然としたさっきのポニーテールもありふれたものでしかないんだ。あの愕然としたものはどこにでもあるものなんだってね。そう気づいたとき、俺は急に全てのポニーテールを堪能したく感じた。ありふれたポニーテールでさえ、あのように素晴らしかったんだ。そして世の中のこれだけの人がいたら、その中には至高のポニーテールもあるんだ、そうに違いないと思った。それに未だに出会わないのは何故?小学校を卒業するまで、俺はずっとそんなことを考えていた。考えていたら思いついたんだ。ポニーテールは待っててもやってこないんだってね。中学に入ったら、俺は周りをポニーテールに変えてやろうと思ったんだ。待ってるだけの男じゃないことを人類に訴えようと思った。実際俺なり呼びかけたつもりだ。だが、結局は国木田すらポニーテールにしてくれなかった。そうやって俺はいつの間にか高校生になってた。朝比奈さんは凄く変わってるか、それか、とても良い子な気がしてきた。

ある日のこと、回覧板にチラシが挟まっていた。

「第九回市内アマチュア野球大会参加募集のお知らせ」

その時は、『ふーーん』としか思わなかった。

なにせ俺は野球に興味がない。野球に関する思い出は、>>161のようなものがあるのだが。

だが、次の日の授業中に俺は思いついた。

「野球大会に出ればいいんだ!」

授業中にも関わらず、俺は立ち上がって叫んでしまった。それほど素晴らしいアイデアだったのだ。

英語の女教師は、俺の叫びにビクッっとして振り返る。

音の発生源が俺だと確認すると、「またか」という顔をして注意もせずに板書に戻った。

その日の昼休み。

いつもの様に谷口と国木田と共に弁当を広げようと彼らと机を合わせる。

俺を見た国木田が開口一番、

「またきたの?」

と言ってきた。あいつなりの不器用な愛情表現なんだろう。

ブロッコリーを口に掘り込みながら谷口が俺に話を振ってきた。

「お前、また授業中に妙なことをしてたな」

どこか愉快そうに聞いてきた。

その事に関して、俺も国木田と谷口に話があったから丁度いい。

俺は椅子に腰かけながら答えた。

「丁度、その事に関してお前たちに頼みがあるんだ」

弁当を広げながら続ける。

「野球大会に出ないか?」

谷口は「はぁ?」という顔をした。実際に口から出た言葉も同じだったのだが。

「ポニーテール以外にも興味を示すなんて信じられないな」

国木田はシュウマイの上のグリンピースを取りながら言った。

グリンピースも美味しいのになと思いながら、俺は続ける。

「昨日、回覧板に市民野球大会のお知らせが入っててな。それで思いついたんだ」

「それで、その大会は何時あるんだよ?」

谷口は何ともつまらなそうな顔をして卵焼きを頬張る。

「確か、土曜か日曜だったはずだ。トーナメントだから勝ち進むと数週間かかる」

谷口はまた「はぁ?」という顔をした。今度「はぁ?」の後にも言葉が続いた。

「はぁ?お前なに言ってんだよ?貴重な休日をお前の球遊びで潰せっていうのか?しかも下手すれば数日を!!」

国木田も続く。

「言っておくけど、僕も参加しないよ。はっきり言って君の為に浪費する時間なんてないから」

これは困った。SOS団だけでは5人しかいない。もっともこいつらを入れても7人なのだが。

その時意外な人物が声をかけてきた。

「あら?あなたたち、野球大会に出るのかしら?」

朝倉涼子だった。眉毛だけでもいい、ポニーテールにしてくれないだろうか?

俺がそんな事を考えていたら、谷口が答えていた。

「いや!こいつが出たいって言ってるだけで俺達は別にそんな……」

「あら……そうなの?残念。折角応援に行こうと思ったのに…」

そう答える朝倉涼子は本当に残念そうだ。

谷口は驚いて言い直した。

「と!言うのは言い間違いです!!俺達は野球大会に参加します!なぁ、国木田?」

急に話を振られた国木田は少し戸惑いながらも、

「谷口が参加したいって言うなら僕も行っていいけど……」

その言葉を聞くや、谷口は再び朝倉涼子の方を見てアピールをした。

「そう言う事で応援ヨロシク~!!ところで、野球が好きなので?」

朝倉涼子は少し考えた後に、

「野球は……う~ん…まぁ、普通かな?それよりも彼がまだクラスに馴染んでなくて心配だったから……」

国木田はすかさずに答える。

「こいつは心配する価値なんてないと思いますよ」

話の流れからして心配されてるのは国木田、お前だ。俺が国語の教師だったら1をつけていただろう。

そして、放課後、俺はSOS団の団員に野球大会参加を告げる為に部室に向かった。

部室には既に長門と古泉がきていた。

長門はいつもの指定席で、俺には一瞥もくれずに読書を続けている。

古泉はいつもの変わらぬ笑顔で俺の方をみて、一言だけ言った。

「おや?珍しい」

俺も椅子に座り、団員が揃うのを待っていると暫くしたら朝比奈さんがきた。

ドアを開けて、俺の姿を確認すると、

「ちょっと待っててください!ポニーテールにしてきますから」

そう言って再びドアを閉めた。

「朝比奈さんは普段はポニーテールにしてないんですよ。
あなたに見せる為だけに髪型を変える……健気だと思いませんか?」

古泉は笑顔のままで俺に説明した。

朝比奈さんがポニーテールにして、再び部室にきた。

「ごめんなさい、お待たせしました。」

朝比奈さんはそう言うと可愛らしく頭を下げて席に着いた。短時間で完璧なポニーテールに仕上げてきた。流石である。

「ハルヒはまだこないのか?」

俺がそう言うと、小泉と朝比奈さんが顔を見合わせる。そして古泉は変わらぬ笑顔で俺の方を見て口を開いた。

「残念ながら涼宮さんはこないと思いますよ」

またサボりのようだ。待ってても仕方がないので、本題を発表することにした。

「野球大会に出るぞ!」

一同は何のリアクションも起こさない。

俺の意図する所が理解できないのだろうか?俺がそう思っていると古泉が発言した。

「それは……野球大会ならポニーテールが期待できるということでしょうか?」

「その通り!解っているじゃないか」

「あの~……わざわざポニーテールにしないで、首の辺りで結んじゃうと思います。
その方が邪魔にならないし…髪も痛まないから……」

とは、ポニーテールにしている朝比奈さんの意見。

あーあー聞こえない。

「それに野球には九人必要なんですよ?失礼ながら、あなたの人望で集まるとは思えませんが……」

古泉が笑顔のままで痛いところ突いてくる。

だが、すでに谷口と国木田も誘ってある。後は、適当に妹も入れればいいな。

「古泉。俺の人望を馬鹿にするな。既に八人程確保している」

「これは意外です」

本当に意外そうな顔をした。

「一人くらいなら私もお友達を呼んできます」

そう言ってくれたのは朝比奈さんだ。

お蔭で九人は揃いそうだ。

この日の団活を終了し、帰りに大会出場のエントリーも済ませた。

翌日、それぞれに今度の日曜日に試合がある事を伝えた。

そして、一度も練習もせずに大会当日を迎えた。

気が付けば、ベンチのある場所にきていた。

途中、ちゃんと整列しなさいとか注意された気もするが気のせいだろう。

二列あるベンチの前列に鶴屋さんが座った。俺は当然その後ろのベンチに陣取った。

鶴屋さんはよく笑う人だ。「ひひーっ」、「わははっ」と笑うたびにポニーテールが揺れる。

思わず触れてみたくなり手を伸ばす。

「おさわりはダメだよっ」

後ろに目が付いているのだろうか?

それから、少し間が空き、

「しょうがないなあ。ねえ少年、おさわり五秒で三万円。料金先払いでよろしく!」

俺は財布を確認する。ピッタリ三万ある。俺はそれを鶴屋さんに手渡した。

鶴屋さんは一瞬ビックリした表情をしたが「わはははっ、儲かっちゃったさっ」と言って受け取った。

「そいじゃ、ちょろんと待ってて! すぐに終わっちゃうからねっ」

そう言うと鶴屋さんは時計を確認し始めた。

そこからの五秒間は俺にとっては生涯忘れる事の出来ない至福時間だった。

「適当に結っただけの下手っぴポニーテールなのに、ボロもうけだよっ! 笑いが止まんないねっ」

鶴屋さんは「あっははっ」と笑っている。その度にポニーテールが揺れる。

また、触りたい俺がそう思った時には声が出ていた。

「古泉!」

「貸しませんよ」

古泉は俺が頼む前に何時もの笑顔で断ってきた。

それから暫くすると鶴屋さんのポニーテールは浮き上がった。

鶴屋さんのポニーテールだけじゃない、他のポニーテールも浮かんだ。

そう思ったのは、俺がポニーテールに集中しすぎてた為で、全員立ち上がったのだ。

それとともグランドに向かって行く。

一体何があったんだ?

事態が飲み込めない俺に谷口が声をかけてきた。

「なにボーっとしてるんだよ!チェンジだよ!」

なにがチェンジなんだ?もしかしてこの特等席を代われと言ってるのではないだろうか?

まぁ、鶴屋さんも立ち去ったのだ。この席には用はない。俺もグランドに向かった。

グランドでは鶴屋さんがマウンドに居た。ああ俺達の守備の番と言うことか。

一旦ベンチに戻りグローブを片手に再びグラウンドに出た。

守備についた俺に朝比奈さんのお母さんが声をかけてきた。

「……そこはショート。二塁手はあっち」

ショート?よく解らないが、微妙に守備位置が違うらしい。

こっちの方が見晴らしが良いのに失敗した。渋々指さされた方に向かう。

見晴らしには若干の不満があるものの、

鶴屋さんが投げるたびポニーテールが揺れる、波打つ、乱れる、最高だ。

時々聞こえる高い金属音も良いBGMだ。

俺の横をボールが掠めた事があったがそんな事では俺の集中力は途切れない。

一度、俺の足元にボールが転がった。

その時は、みんなが俺に声をかけてたが、それでも鶴屋さんのポニーテールに集中した。

その後は、どうなったかは俺の知ったことではない。

突如試合が止まる。

キャッチャー----これくらいは知っている。主にデブがやるポジションだ----をやってた古泉が俺に駆け寄る。

「鶴屋さんでは野球部の…まして大学生の相手は無理です」

「俺は鶴屋さんのポニーテールを見られればそれでいい」

「十点差が付けばその時点でコールドゲーム……試合が終わりますよ」

「ポニーテールが見られなくなると言いたいのか?」

「ええ」

「………仕方がない。朝倉に投げて貰おう。あれのポニーテールの揺れも気になるしな」

「……朝比奈さんのお母さんのソフトボール経験に賭けてみましょう。ピッチャーだったそうですし」

「ボールが違うが大丈夫なのか?」

「………変な所に詳しいのですね」

古泉はそれだけ言って、朝比奈さんのお母さんの所に行き、次いで審判にピッチャーの交代を連絡していた。

朝比奈さんのお母さんのポニーテールにはあまり興味がないので、動き自体を眺めていた。


ピッチャーマウンドに立った朝比奈さんのお母さんは、プレートに両足とも足の裏全体をつけて立った。
そして腕を上げる。その上げた腕を下ろし、身体を右にひねり手を大きく後ろに振り上げた。
大きくステップを取り、下半身をばねのようにかがんだ後に上体を上げ、ボールを持った手を一気に振り下ろした。
そう思ったら、ボールが放たれ、古泉の構えたミットに吸い込まれていった。

ポニーテールを思わせる幻惑的な腕の動きと、実際のポニーテールの揺れにうっとりとする間も無く、審判が宣言する。

「ボーク」

なんだそれは?

バッターは一塁の方に進み、俺の二塁に一人進んできた。古泉はというと、急いで朝比奈さんのお母さんの所に駆け寄った。

その後の朝比奈さんのお母さんは片足だけをプレートに乗せ、投げにくそうに下手で球を放っていた。

そしていま今、俺達はファミレスに居る。

要するに一回コールド負けを期したと言うことだ。

こんな事なら、鶴屋さんに最後までまで投げさせるなり、朝倉に代えるなりあった気がする。

そんな後悔はさておき、俺の奢りになっているここの食事代だが、俺の財布には後394円しか残っていない。

鶴屋さんに支払った三万円が痛かった。もっともその価値はあったのだが。

そんなことを考えながら、

「お姉さんお冷をもう一杯ください」

と、水以外の注文を出していない俺が水をお代わりした。

朝倉や鶴屋さんはまだポニーテールをしてくれている。

結論から言うと、鶴屋さんが、

「臨時収入があったにょろ。あたしがおごるさっ」

と、払ってくれた。

ポニーテールだけでなく、人柄も優れていた。

次にポニーテールを楽しむべきはサッカーか等と考える俺であった。



チラ裏SS オチマイ

付き合って頂いた皆様においては、お疲れ様でした。

こういうのは、テンションが維持しているうちに仕上げるべきでした。

継続を迷っていた他のSSと共にまとめてhtml化をして貰いますノシ

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