愛「全力少女」 (34)
短編です。
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あれから、時が流れた。
アイドルとしてやりたいことはやれたと思った私は、高校大学と進学し新しい夢を追いかけることにした、んだけど……
「あー、今回もダメだったかあ」
「愛ちゃん、大丈夫?」
「うん、まだ立ち上げたばかりだし、仕方ないよ!」
あまりうまく行っていません……
あ、申し遅れました。私、876プロダクション所属、プロデューサーの日高愛です!
こっちは事務員の水谷絵理ちゃん。昔からのライバルで親友。
コネとかそういうつもりはなかったんだけど、なんだかんだ古巣に落ち着いちゃった女子二人って感じです!
「じゃあ外回り行ってくる!」
「暑いから気をつけてね」
新人のプロデュース、心が折れそうになることもあるけど、営業は脚!
とにかく一筆取ることが大事なんです!
……
……
「今日は全滅かあ」
私の時はセルフプロデュースでも何とかなってたのに、厳しい時代になったもんです。
一日中駆けずり回って契約が取れない、そんな日もあります。
かつての765プロのプロデューサーさんって人の気持ち、今ならわかります。
「ただいまー」
返事はない。一人暮らしなので当たり前、一日中仕事してれば出会いもない。
「詰んでるなあ。仕方ないんだけどさあ」
部屋に帰るとついつい独り言が多くなってしまう。
自分で選んだ道なのに、重すぎる試練にへこたれてしまう。
外では弱い自分を隠しているけれど、部屋でビールを飲んだらもう止まらない。
「少しくらい顔パス効いたっていいじゃんか。仮にも元トップアイドルだぞ?」
仕事終わりのビールはすっかり癖になってしまった。おかげさまでお腹にはばっちり余分なものが付いてしまっている。
ま、まあ服を着れば目立たないし!
「仕方ないのよ、仕方ない」
チータラをつまみながらひとりごちる。
こんな状態を昔の私が見たら、なんて言うだろう?
ただただ前に突っ走った突撃豆タンク。
業界のしがらみをぶっ壊し、仕事を選ばず常時全力。
流れた汗で喉を潤し、沸騰した血液で脳を回す。
それが13歳のトップアイドル、日高愛だったはずだ。
今の私はどうだ?
「おっはよー!」
「「「おはようございます!」」」
「うんうん、仲良き事は美しき哉。じゃあ今日もお仕事とレッスン、頑張ろうね!」
今日も今日とてお仕事お仕事。
20代女子としてこんなに仕事しかしてないってのもどうかと思う時もあるけれど、それはそれ。
棒顔本なんかを見ていると自分の私生活の空虚さに嫌気が差すこともあったりして。
笑えない。
っと、切り替えていかないとね!
……
……
このままでいいのか、と思う。
手がけているアイドルは下積み期間が少々長過ぎる。
何か変えないといけないのではないか、そう思う。
だけど私は不器用だし、いつの間にか臆病になってしまったようだ。
猪突猛進して、間違えたらごめんなさい、そんな生き方ができなくなってしまったのはいつからだろう?
結局マニュアル通りのルーチンワークを毎日繰り返してしまっている。そんな気がしてならない。
ビールとチータラもルーチンになっている。
ふと思い立って、思い出の品を詰めた段ボール箱を引っ張りだしてみた。
幼稚園の私、連絡帳には元気がいいとしか書いていないや。
小学校の私、字が汚いな。運動会のかけっこで優勝、そんなこともあったっけ。
中学校の私、アイドルをやっていた時の写真やCDが沢山出てきた。
「あ、これ」
一枚の写真、憧れのあの人とのツーショット写真。
輝きの向こう側へたどり着いた、一人の偉大な女性だ。
「この人に拾ってもらって、業界に入ったんだよね……」
そして、優勝メダルと賞状。我が母に勝利した唯一の証。
「そうだ、この頃は、キラキラしてた」
私が、そして世界が。
たまらないな、こんなものを見ちゃったら、頑張らずにはいられないじゃない。
大切なモノは、まだ私の中にあったみたい。
……
……
「お願いします。どうか我が社のニューウェーブを使ってください! どんな役でも構いません。前座でも何でも結構です!」
……
……
「泉、遅れてる! 亜子、手を抜かない! お客さんから見たらまるわかりよ! さくら、勝手にアレンジしない!」
……
……
あの頃とは行かないけど、今の私の全力で過ごす。
でもまあ体力も落ちているわけです。
「つっかれたあ」
「愛ちゃん、今日はずいぶん飛ばしたみたいね」
「まあ、色々あってさあ」
「話、聞こうか?」
「うーん、また今度!」
全力で働き、全力で休む。
あの子達を軌道に乗せるまで、絵理ちゃんの誘いでもお酒はやめることにした。
一歩、踏み出すんだ。
怯えずに。
……
……
ルーチンワークをこなし、酒に逃げる毎日、私の目に映る景色は灰色だった。
そこにある答えは、退廃的で、享楽的で、絶望的なものばかり。
だけど、「日高愛」が希望をくれた。世界が姿を変えた。
「三人共、よくここまで頑張った。私は嬉しい!」
たった1年やそこらで、随分といい顔をするようになった。
ここはドーム、ステージ袖。
かつて、そしてこれからも、夢が巣立っていく場所。
「こんな大きなステージで歌えるんだから、思いっ切り楽しんでおいで!」
「「「はい!」」」
かつて、13歳のトップアイドルがいた。彼女は夢をかけて、生命の歌を高らかに歌い上げた。
今、同じステージに、全く違う夢を抱いた三人組が乗る。
目から汗が流れる、だけど視界は鮮明だ。
結婚しても、お母さんになっても、あの時の気持ちを、今の気持ちを、忘れずにいよう。
だって私は、いつでも全力な日高愛なんだから!
終わり。3分遅れになりましたが、愛ちゃん誕生日おめでとう。
スレタイでまるわかりですがある曲の歌詞を意識して書いてみました。
聞きながら読み返すともっといいかもしれません。
スキマスイッチ、全力少年。
https://www.youtube.com/watch?v=IvDTkTKi5pA&feature=kp
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