ウルトラマンティガ Episode EX 【空と宙】 (75)










 ――私は、あの空を見たことがない。











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(一)宙

 金属の壁と至る所に取り付けられた機器。
 そんな薄暗い通路に怒鳴り声と足音が大きく響き、二人の警備員が鉢合わせた。

警備員A「どこに行った!?」

警備員B「こっちにはいない! くそっ、もうここは突破されたのか……!?」

 この通路は一本道だ。入口と出口から挟み込む作戦だったが、
 その途中に侵入者の姿はどこにもなかった。

警備員A「まずいぞ……もし『こっち』に入られてしまったら……!」

警備員B「それは流石に大丈夫……だと思いたいが……」

 各通路には同じように警備員が待機している。
 だからここを突破されていたとしても、次のブロックの警備員が対処する――はずだ。


警備員B(だが――)

 だが今こうして自分たちが侵入者の姿を見失っていることを思うと、
 彼はどうしても不安を拭い去ることができないのだった。

??「そんなに入られちゃ困るか?」

A・B「!?」

 突然背後から飛んできた男の声。振り向く間もなく、二人の身体は床になだれ落ちた。

??「ふん……」

 異変を感じ取ったセキュリティシステムが動作を開始する。
 警告のサイレンが鳴り、通路のシャッターが急速で下降する。

 それを見てもなお声の主は、冷ややかな表情で足元を見下ろしていた。


(二)空

 柔らかな光に包まれる室内。
 床も壁も棚も、全てのものが白く、調和しきった空気が身を引き締めている。

 と、そんな中、突然けたたましい音が部屋に響いた。

空良「んー……」

 ベッドの上でもぞもぞと動くものがあると思えば、これまた真っ白な布団から腕が生えてきた。
 その腕も、雪のように、病的なほど澄んだ白色をしていた。

 それは宙をふらふらとさまよい、やがてその指に触れた時計に気付いてスイッチを押した。
 部屋に響く電子音が止む。少しして布団がめくれ上がり、一人の少女がその身を起こした。

空良「ふああ……」

 背筋を伸ばすと、思わずため息が漏れて涙があふれてきた。
 ピンクのパジャマで目元をこすり、重い身体を強引に動かしてベッドから下りる。
 ひんやりとした空気が蒸れた足の指の間を撫でてきて、気だるい気持ちも幾分か軽くなった。


 洗面所で顔を洗い、リビングに入ると、既に食卓には朝ごはんが並べられていた。
 娘に気付いた陸夫が新聞に向けていた顔を上げる。

空良「おはようございます……」

美那子「おはよう、空良」

 挨拶を返してきたのは、コーヒーを運んでいた母親の美那子が先だった。
 今日も長い茶髪が朝の白光を受けて眩しい。
 この人の遺伝子を受け継ぐことができて本当に嬉しいと、空良はいつも思っている。

陸夫「おはよう。今日も早起きだな、偉いぞ」

美那子「もう、あなた。空良はもうそんな子供じゃないんですから」

陸夫「ははは、そうだな」

 まだ四十歳にも満たない夫婦の間には笑顔が絶えない。
 なかなかこんな家庭はないのだと、空良はクラスメイトや生徒議会のメンバーと会話する中で感じていた。
 つくづく、幸福な環境で生まれ、そして育ったのだと思う。


 朝食を済ませ、空良は部屋に戻ってクローゼットを開けた。
 パジャマを脱ぎ捨て、制服に着替える。

 チェックのスカートを穿き、真っ白なブラウスに赤いリボンを付けて完成だ。
 姿見の前でくるりと回る。真っ直ぐなロングヘアーがひらりと波打つが、すぐに元の形に戻る。
 それがいつも通りであることを確認して、彼女は笑んだ。

空良「――よしっ!」

 気を引き締め、バッグを持って玄関に出て、ドアノブに手を掛けた。

空良「行ってきます!」

美那子「いってらっしゃーい」

陸夫「いってらっしゃい」


 ドアを開けると、変わらない白色の光が心もち強く目に飛び込んできた。
 同じ形のドアが立ち並ぶ通路を歩き、その果てに現れたエスカレーターに乗る。
 朝早くのため、そこにいるのはスーツに身を包む大人ばかりだった。

空良(………)

 自らの身体が運ばれていく階上を見上げる。
 そこには大広間があり、集合住宅のエントランスホールの様相を呈しているが、
 白亜の天井が蓋をして、その更に上を見ることは叶わない。

 ――私は、あの空を見たことがない。

 空とは、天井の上、堆く積み上げられた地層の更に上、
 知識としてしか知り得ない『地上』の、更にその上に存在するものだ。

 どこまでも青が渡り、時間によってその色を変え、
 漆黒に染められる夜には無数の星粒が煌めいているのだという。

 空良はこの『地下』で生まれた。むしろ今時分、地上で生まれた人間の方が少数派だろう。
 もう相当な昔、文明の進歩に伴って荒廃した地上を捨て、人類は地下へと居住地を移した。
 それが学校でも教えられている直近の人類史だった。

そういや、もうすぐ9月30日に45000円でテレビシリーズ、劇場版、OV、ブックレット込みのBlu-rayBOXが発売か……。
期待。


(三)宙

『どうだ? 様子は』

??「何とか突破できたよ。最後はアレに頼らざるをえなかったけど」

『……そうか。だが無事に潜入できたのならそれでいい』

 人工的な白光が占める大通り、ごった返す人の群れの中で、
 一人の少年が小型の機器を耳と口元に当てていた。

 白いシャツとグレーのズボンに身を包む彼の姿は小声の会話の内容とは裏腹に、
 完全に周囲の道行く学生たちと同化していた。

??「無事、とはまだ限らないけどな。見られてしまったし、動きも制限されるだろうし……」

『そうだな……。本当に危なくなったときはすぐ戻ってこいよ』

??「……そっちの様子はどうなんだ」

『気にするな。何とかやってる』

??「そうか。とにかく、早く戻れるように努力する」


『無理はするなよ』

??「大丈夫」

『それじゃあ切るからな。また連絡してくれ』

 その言葉を最後に、耳の装置から聞こえてくるのは雑音だけになった。
 彼は機器を外し、握りこんでポケットの中に突っ込んだ。

??(……ここか)

 学生たちが向かう先は――『こちら』としては勿論、学校だ。
 広いエントランスの先に階下と繋がる昇降四組のエスカレーターがあり、
 学生たちはそれぞれ自分たちの教室があるフロアへ向かうようになっていた。

 立ち止まる彼に怪訝の目を向けながら、学生たちは進んでいく。
 彼は意を決したように顔を上げ、『三年』の掲示があるエスカレーターの方へ歩いていった。


(四)空

空良「それでは、今朝の会議はこれで終わり。みんな、今日も一日がんばりましょう」

 部屋に元気な返事が響き、途端にため息が満ちる。
 生徒議会に参加しているような人間は変わり者が多かった。
 皆、授業よりも議会の活動の方が好きなので、これから始まる一日に気を重くしているのだろう。

里奈「ゆきまるー、いこー」

空良「うん」

 黒いショートヘアーの副会長が戸の前から声を掛けてきた。
 空良は頷いてバッグを持ち上げ、一緒にエスカレーターの方へ向かった。

里奈「一時間目なんだったっけ」

空良「生物。課題はやった?」

里奈「げっ、全然やってないわ」

 呆れ混じり、空良は小さく息をついた。
 里奈は生徒議会副会長としては有能な人材だが、
 議会メンバーの例に洩れず、成績はお世辞にも良いとは言えなかった。


空良「別にいいけど、あんまり先生に睨まれないようにはしてよね……」

里奈「すまんね」

 へらへら笑う里奈からは反省の色が全く見えなかったが、
 いつものことなのですっかり慣れてしまっている。

 繰り返すことになるが、生徒議会は変人だらけだった。
 授業中でも平気で居眠りをするし、学校外の素行にも問題がある生徒も多かった。

 隣を歩く里奈に目を向けると分かりやすい。
 彼女のスカートの丈は短く、明らかに校則を違反している。
 整った顔には化粧が施されているし、耳にはピアスが取り付けられていた。

空良(……まぁ、別にいいけどさ……)

 そのしわ寄せは会長の空良に来ていた。
 メンバーたちの奔放ぶりが学校から見過ごされているのも、
 ひとえにそのトップに立つ彼女が有無を言わせないほどに優秀であったからに他ならなかった。

 成績は常に学年一位。議会以外からもあつい人望を寄せられている、まさに模範生。
 それが彼女――雪円空良の周囲からの評価だった。


 エスカレーターを上がってエントランスに出、
 今度は下りのエスカレーターに乗って彼女らの教室があるフロアへ向かう。

 その途中、半分ほど下ったところで、二人は異変に気付いた。

里奈「どうしたんだろ、もう十分前だってのに」

空良「何かあったのかな」

 腕時計の針は六時半を指している。
 朝のホームルームが始まるまであと十分という時間であるのに、
 いつもは静まり返っているはずの廊下が騒がしかった。

空良「雪円です。どうしたの?」

男子学生「会長? なんか、不審者がそこに――」

空良「不審者?」

 生徒会長の到来に気付いた学生たちは急いで道を開けた。
 割れていく人垣の最奥にあったのは、一人の少年の姿だった。

8月にULTRA-ACTのリニューアル版も出るしな。

話は変わるが、これって本編終了から何百年後の設定なの?
期待。


女子学生「会長、気を付けて下さい!
     あの人、会長を探してたみたいなんですけど、先生が……」

空良「ありがとう」

 緊張してしどろもどろになってしまった彼女を制して、空良は少年を見据えた。
 彼女の話には色々引っかかる点があったが、態度には出さないで、開いた道を進む。

??「君が雪円空良か?」

空良「はい。何の用ですか?」

 その時、彼女の耳に微かなうめき声が入り込んできた。
 自然と視線がその元へ向かう。少年の足下、教師が数人倒れ込んでいるのが見えた。

空良「……っ!」

 瞬間、背筋に悪寒が走った。
 脳は目の前の事態を理解できず、ただ身体が反射を繰り返し、意識を促そうとする。

??「――探した。一緒に来てくれ」

 そう言って、彼はこちらに歩を進めてきた。
 空良の周囲から人が後退していく。一方の空良は床に縛り付けられてしまったかのように足を動かせない。


里奈「――おい!」

 突然、背後から大声がして、空良の背は大きく跳ねた。
 少年の前に里奈が立ち塞がり、怒鳴り声を上げる。

里奈「てめえ、ゆきまるの何なんだよ! こんな騒ぎ起こしておいてタダで済むと思うなよ!」

??「……君は?」

里奈「質問に答えろ!」

 食って掛かる里奈に少年はため息を吐き、視線を再度空良に戻す。

??「すまないな。俺たちの感覚から言うと、今はかなり落ち着いた時間帯だと思っていた。
   平和的に交渉しようと思っていたんだが、そうも言ってられないらしい」

里奈「てめえ――っ!」

 里奈が体勢を傾けて、一歩踏み込んだ。
 拳を構え、振りかぶる。薬指のリングが鈍く光り、少年の顔めがけて突き出される。


 しかし、その拳はいとも簡単に受け止められた。
 逆に腕を掴まれたと思うと、里奈の身体が反転する。
 両手を掴まれ、首に腕を回されて、少年の盾にされた形となった。

里奈「……っ!? くそっ、離せよっ!」

 抵抗しようとするが、里奈より少しだけ背が高い程度の少年の力は思う以上に強いようで、
 振り解ける気配は全くしなかった。

??「もう一回言うけど、すまないな。――さて」

 少年が首に回した腕に力を込める。それを感じ取って、里奈はぴたりと動きを止めた。

??「こいつを無事に返してほしければ頷くんだ。
   ……一緒に来てくれ。本当はこんなことをしている暇もない」

空良「あなたは――」

里奈「ゆきまる!」

 何か言おうとした空良を、里奈が制する。


里奈「私のことなんていいから、早く逃げろ!」

??「………」

空良「里奈――」

里奈「早く!」

 頭が混乱して、状況が呑み込めなかった。
 落ち着け、と頭の中で復唱し、親友の危機だからこそ最善策を選択せねばと気を取り直す。

空良「里奈、あんたを見捨てて逃げるなんてできないよ」

??「………」

空良「あなた、一体何者なの? 一緒に来てくれって、全く話が見えないから意味がわからない」

??「俺は、守角 宙(もりずみ そら)」

里奈「ソラ……?」


宙「詳しいことは今は言うことはできないんだ。だけど一刻を争う。来てくれ」

空良「……?」

里奈「空良、こんな奴に騙されるんじゃねえぞ!
   もしかしたら名前が一緒ってだけで付きまとってるストーカーかもしれねえ!」

 空良は顔を引き締め、里奈の言葉に頷いた。
 歩み寄ろうとする姿勢を見せないのであれば、こちらも聞く耳を持たないまでだ。

空良(だけど、どうする……?)

 実際問題、目の前では親友が拘束されている。
 少年は決して大柄な部類ではないが、その腕力の強さは床に転がる教師たちの姿が証明している。

 周囲には学生が大勢おり、全員でかかれば捕えられるかもしれない。
 だが生徒会長として生徒たちを危険な目に晒すわけにはいかない。
 まして、その一瞬で里奈に危害が加えられる可能性もある。


空良(……駄目だ)

 どうしても良い解決策が思いつかない。
 やはり交渉するしかないのだろうか――そう思い至ったその時、少年の顔が大きく歪んだ。

 それに気づいて身構えると同時に、頭上から何かが降ってきたのを感じた。
 白い粉、というよりは煙のような――

宙「くそっ!」

里奈「ぎゃあっ!?」

空良「! 里奈!?」

 少年の舌打ち、それに続く里奈の叫び声。
 しかし二人の姿は白煙の中に消えていて見えなかった。

 再び頭が混乱する。一体何が起きている――
 そう思った矢先、空良の身体は前方からの衝撃に押し倒された。


宙「っ……!」

「撃て!撃てー!!」

 低い男性の声が廊下に響く。白煙の中に緑色の光線が数条駆け走っていた。
 それによって空良は状況を理解した。――警察が来たのだ。しかし、おかしい。

 呻きや咳き込む声がする。学生たちのものだろう。
 痛みを感じているような声も聞こえる。まさか流れ弾に襲われてしまったのでは。

空良「いったい――」

 叫ぼうとして、口を塞がれた。彼女を押し倒していたのは、先程まで里奈を拘束していた少年だった。
 色々言いたいことはあったが、その行為は自分を助けるためのように思えた。
 そのため思考は、自らに危害を加えるものの存在に傾いていく。

 ――この煙は催涙ガスだ。

 知識として知っているだけだったが、空良はそれを確信していた。
 しかし、警察が犯罪者をガスで攻撃することは、よっぽどの有事以外認められていない。
 地下は換気がしにくいからだ。

 しかし今、これまで使用された事例なんてニュースでも見たことのなかったガスが使われている。
 この少年、守角宙とか言ったか――彼は、それほどまでに凶悪な人間なのだろうか。


宙「すまないけど、行くぞ――……っ!」

空良(え……?)

 耳が彼の声を捉えた瞬間、視界が光に覆われた。
 今までに見たこともない光だった。赤と、緑と、青と、白。
 それらが複雑に絡み合った硝子細工のような光が広がり、目をくらませていく。

 もはや脳の処理は追い付かず、すっかりオーバーヒートしている。
 そんなことに構わず現実は更に予想外の方向へ姿を変えていく。

 急激に全身が持ち上げられているような感覚がしていた。
 エスカレーターではなく、エレベーターのように垂直に。そして、それよりもずっとずっと速い。

空良(一体、何なの――)

 視界は一面光に満たされながら、空良の身体は浮かんでいく。
 おかしいことに、天井にはぶつからない。これは錯覚なのだろうか?


「シュワッ!」

 突然、光の中に、大きな音――声だろうか――が鳴り響いた。
 すると浮き上がるスピードが緩みだし、やがて停止し、今度は逆に降下し始めた。

空良「わあぁぁっ!?」

 しかし、案外すぐその降下は終わった。
 光が晴れる。今度は白光に満ちた空間。しかし、先程までいた通路とは受ける印象がまるで違った。

空良「な……なに、どこ、ここ……?」

「はぁっ、はぁっ……」

 すぐ近くから喘ぐ声がして、空良は自分が『床』にへたり込んでいることに気付いた。
 ひんやりと冷たくて、柔らかい。初めて体験する感覚だった。

「無事……? だったか……?」

空良「あなたは……」

 ――守角宙。しかし先程までとはまるで様子が違った。
 仰向けに転がって、肩で息をしている。その額には汗が滲み、疲労困憊が色濃く表れていた。


空良「ど、どうしたの……?」

宙「それより……それより君だ。大丈夫か? 怪我は……?」

空良「わ、私は大丈夫。というか、あなたの方が大丈夫じゃないように見えるけど……」

宙「俺は大丈夫……。それにしても、よかった……君が無事で……」

 宙が心底安堵したように息をつく。――が、その瞬間、その顔が苦悶に歪んだ。

空良「! 腕……」

 よく見ると、彼のシャツの左腕が赤く染まっていた。

空良「これ……さっきの警官隊に……?」

宙「ああ……。すまないな、あんな騒ぎを起こして……」

 空良は内心首を傾げた。起こしたくないのなら、あんな行為に出なければよかったのだ。
 そういえば、廊下でも同じようなことを言っていた気がする。何だったか――


宙「んっ……」

 身体を起こそうとした宙の手から何かが落ちた。
 ごつごつした茶色の箱のようなもの。その表面に顔のような彫りが刻まれている。

空良「なに? それ……」

宙「これは……」

 宙が口を開こうとしたその時、無機質な電子音がどこからともなく流れ出した。

『宙! 聞こえるか! 宙!』

宙「! リーダー!? どうした!」

 宙がポケットから小型の機器を取り出すと、くぐもっていた音が鮮明になった。
 どうやら通信機のようだ。その向こうで話す人物はいったい何者なのだろうか。

『ルインのすぐそばにワームホール発生が予測された……!』

宙「何だと……!?」

『奴らにバレたのかもしれない……すまないが、すぐこっちに――』

宙「……リーダー、実は」

 そう言って、彼はちらりと空良を一瞥した。


宙「ユキマル・ソラを発見し、無事に連れてきた。――今、ルインの中だ」

『何……!? いや……、よくやったぞ、宙!』

宙「だけど、今日だけで二回ミラクルタイプになってしまったから……
  エネルギーが殆ど残ってないと思う……」

 通信機の向こうで、リーダーと呼ばれる人間が息を呑んだ。
 内容はちんぷんかんぷんだが、何かしらの非常事態が起こっているのだろうとは理解できた。

『……ユキマルは? 使えそうなのか?』

宙「まだ分からない……。でも、やってもらわなきゃ、ちょっと困ったことになるかもな……」

空良(……?)

『分かった。とりあえず私たちも出動するが、お前はユキマルとティガの一体化を進めてくれ』

宙「了解。切るよ」

『ああ』

 宙がスイッチを押すと、通信機から微かに流れていた雑音も途絶えた。


空良「……ねえ、一体なんなの? 私のことを話してたの?」

宙「ああ。今から話すことをよく聞いてくれ」

 空良は神妙な面持ちで頷いた。もう、この少年が不審者だのと言ってはいられない。
 自分は既に、この妙な現実の中に飛び込んでしまっているのだから。

宙「そこにある石像――見えるだろう?」

 宙が虚空を指差す。その方向に顔を向けると、白光が徐々に晴れていった。

空良「何これ……!?」

 そこには巨大な石像が佇んでいた。これほど広いスペースがあることにも驚いたが、
 それ以上に彼女の目は、異様な存在感を醸し出す石の巨像にくぎ付けになっていた。

宙「彼――まぁ、彼か彼女かは知らないけど、その石像は“ティガ”の巨人のものだ」

空良「“ティガ”……?」

宙「ああ。――君が一体化するべき巨人だ」


 空良は立ち上がって再び石像を見上げる。
 全身こそ人間と同じ構造だったが、胸にはプロテクターが備わっており、
 顔はとても人間とは似ても似つかない。その額にはクリスタル状の鉱石が埋め込まれているようだった。

空良「一体化……って」

 言っている意味が理解できなかった。
 巨大な謎の石像、そしてただの一女子高校生である自分。
 その二つが結びつく要素など全くもって考えつかない。

空良「それに、ルインって何……? 全然分からないことだらけで、頭がパンクしそうで……」

宙「ルインっていうのは、石像を守っている光の建造物のことだ。
  ここはティガのルイン。君がティガと一体化できる人間だからこそ、俺は君をここに連れてきた」

空良「光の建造物――……」

宙「位相が違う、とかそんな詳しい話は俺も知らない。
  君が知っておくべきことは、ここにはティガの石像があり、君は彼と一体化できるということ。
  ――そして今このルインは、敵によって狙われているということだ」

空良「敵って何……? ワームホールって? 何で狙われてるの?」

宙「ワームホールのことや狙われている理由は分からない。
  だけど奴らが俺たち『地上』の人間を襲ってくるのは確かな事実だ」

 空良の思考は一瞬、停止した。


空良「……『地上』?」

宙「ああ。ここは『地上』だ」

 ぽかんと口を開けて、空良は立ち尽くした。
 地上は人が住める場所ではないと、小さい頃から彼女はずっと教えられてきた。

宙「『地下』の人間がどういう風に『地上』を認識してるかは知らない。
  でもその様子を見るに、予想通りみたいだな。人がいないものとして扱われているようだ」

空良「……嘘……」

宙「本当だ。ここは地上で、ティガのルインで、そして君が彼の適合者だ」

空良「何で……? どうして? え……?」

 空良が取り乱す中、再び通信機が音を立てた。


『宙、適合は済んだか!?』

宙「すまない、事情を説明するのに精一杯だった」

『そうか……使えそうか?』

宙「……わからない」

『……そうか』

宙「ワームホールはどうなってる?」

 通信機の向こう側で、リーダーと呼ばれる男が押し黙った。
 その背後から轟音が聞こえてくる。宙もまた緊張して、口を閉じた。

『――今、開こうとしているところだ』


(五)宙

 ――地上が荒廃しているというのは嘘ではない。

 荒れ果てて緑のひとかけらも見当たらない広野には岩が点々と転がり、
 夕焼けの色を受けて、どこか情趣を感じさせる光景が地平線まで続いている。

 その茜色の空の中央に、暗雲が渦巻いていた。
 ジープに乗る五人の男女はそれを見上げ、不安を顔に表す。

 やがて、暗雲の内部に雷が駆け巡るようになったのが見てとれた。
 初めは小さく短く、しかし段々と、糸のように途切れることのない環状のものへと変わっていく。

 そして、暗雲が収縮すると同時に、その中を巡り巡った雷が地上に墜ちた。
 雷鳴が轟き、突風を周囲に撒き散らす。その地点には、巨大な獣が一体、佇んでいた。

リーダー「……怪獣が出現!」

 全身を白毛に覆い、手足と細長い尻尾を持つ獣は、
 かつてこの地上にも多く生息していた猿のように見えた。

 ただ、その面貌は凶悪そのものだった。眼は尖り、爛々と金色に輝いている。
 白毛に包まれている全身とは反対に黒い肌を見せている顔は鼻が高く、
 開いた口からは牙がむき出しになっており、まるで狼の顔のようにも思えた。


リーダー『コードネームは“クシル”とする!
     行くぞ、何としてもルインを守るんだ!』

隊員たち『了解!!』

 一方、ルインの中。
 空良は通信機から聞こえてくる声を聞いて真っ青になっていた。

空良「怪獣……?」

宙「そう。地上を襲うためにワームホールから出てくる奴らのことだ。
  今までは俺たちで何とかやってきたんだけど、最近、急に攻撃の手が激しくなってきた」

空良「どういうこと……?」

宙「数が増えたんだ。前までは一日一体だったのに、
  今では一日二体出現することが普通になってしまった」

空良「……『何とかやってきた』って……?」

宙「倒してきた。俺たちも、指咥えて破滅を待ってるなんて嫌だったから……」

空良「どうやって倒してきたの……?」

 宙は静かに、石像と、手の中のアイテムを見た。


宙「俺も適合者なんだ。巨人の」

空良「え……?」

宙「ウルトラマンって呼ばれてるんだけどな。“ダイナ”だって」

空良「ウルトラマン……ダイナ……」

宙「ああ」

空良「じゃあ、もしかして私をここに連れてきたのも」

 宙は頷く。

宙「ダイナの力だ。……だけど、この力はエネルギー消費が激しくて、今結構きつい……」

空良「だから、私に戦ってほしいって言ってるのね……」

宙「……すまないけど、そういうことだ」

空良「………」

 空良が黙り込む。当然のことだろうと、宙は思った。
 今までずっと地下で平和な生活をしてきたのだ。それを突然こんな場所へ連れて来られて、
 いきなり戦えだなんて言われたら、混乱するに決まっている。


空良「……地上はいつも、怪獣に荒らされてるの……?」

宙「荒らされないように戦ってる」

空良「……私たちは、それを知らずにのうのうと暮らしてたってこと……」

宙「………」

空良「あなたたちは……私が憎くないの?」

宙「そりゃあ……あんまり好意的な感情は持ってないけど……。
  でも君は、ウルトラマンになれる人間だから」

空良「じゃあ、戦う力を持たない、ただ地下に住んでいる人たちは憎んでるの?」

宙「……そりゃあ、少しは憎んでる。でも」

空良「でも?」

宙「自分たちをこんな境遇に追い込んだ存在を憎んでいたってしょうがない。
  俺たちはその前にまず、自分たちの命を守るために戦わなきゃいけないから……」


 空良は俯いた顔を上げ、彼に向かって頭を下げた。

空良「……ごめんなさい」

宙「君が謝ることじゃない。どうせ君は地下で誕生した世代だろう?」

空良「そんなことは関係ないよ。私はあなたたちへの裏切りの片棒を担いだも同然だから……」

宙「……雪円」

空良「教えて。どうやったらティガと一体化できるの?」

宙「……まず、石像のそばまで行くんだ。俺の場合はダイナの石像に触れただけで一体化できた」

空良「わかった」

 そう言って、空良が石像を見据えて足を踏み出す。
 と、同時に、突然地面が揺れた。

空良「!?」

宙「……リーダー!?」


 通信機からの応答はない。しかし代わりに、その奥から甲高い音がした。
 空良もそれに気付いて足を止める。音は二重、機械の奥と、自らの頭上から聞こえてきていた。

クシル「グルルルゥゥ……」

 顔を上げてその方向に目を向ける。
 ガラスが割れているように虚空が裂かれ――その中に、一体の獣が顔を覗かせていた。

空良「……きゃぁぁぁーーーっ!!!」

宙「……雪円!」

 へたり込んで絶叫を上げる空良。今の彼女にはきっと言葉は届かない――
 宙はよろよろと立ち上がり、右手の変身アイテム“リーフラッシャー”を胸の前に翳した。

 そして、それを天高く掲げ上げる。
 岩石のような形状からクリスタルが展開され、淡い光を周囲に解き放っていく。
 彼の姿はその中に消え、そして――


「シュワッ!」

 大きな掛け声と共に、獣の悲鳴が空良の耳に飛び込んできた。
 恐る恐る顔を上げる。目の前に巨大な存在感があった。

 まず見えたのは、銀色と赤と青の柱だった。
 それが二本見える。それらは上方で一つに交わり、大きな幹と姿を変えている。

空良「………」

 それが『人型』と気付くのに相当な時間を要した。
 胸の辺りに金色のプロテクターのようなものが備わっていて、ティガの石像と似た印象を受ける。

空良「あれが……ウルトラマン……」

ダイナ「シュッ!」

 背中を少し曲げ、両腕を前へ突き出し、ダイナがファイティングポーズをとる。
 彼の出現と同時に殴り飛ばされていた怪獣クシルもまたルインの外で再び立ち上がる。

 それを見て、ダイナは顔だけ背後の空良に向けた。
 未だへたり込んだまま動けない彼女に頷き、そして虚空の亀裂を割って外へ飛び出した。


クシル「ギュゥルルルルル……!」

 クシルは内部が露呈しているルインと、その前に立つダイナを交互に見やった後、
 ダイナの方へ顔を向けて唸り声を上げた。

ダイナ「フッ!」

 ダイナもポーズを取り直し、そしてクシルに向かって走り出した。

クシル「シャァッ!!」

 身体を一回転させて振り回した尻尾がダイナに命中した。
 尻尾には毛が覆われておらず、ワイヤーのような鋭さがあった。
 ダイナの身体はそれに引き裂かれ、一瞬、火花が飛び散る。

ダイナ「ドゥアッ……」

クシル「シャァッ!」

 ダイナが怯むと同時にクシルが跳び、彼のそばに降り立ちながら爪を振り下ろした。
 尻尾と同様に鋭利な爪は彼の身体を裂く。痛みに耐えきれず、ダイナは背後に倒れ込んでしまう。


クシル「グギャァッ!シャァッ!」

 倒れるダイナを踏みつけ、更に脇腹を蹴り飛ばす。

ダイナ「ドゥ……ァァ……」

 身体を動かそうとすると、鈍い痛みが全身に走った。
 ダイナは、地面に伏したまま動くことが出来ない。

クシル「グルルルルゥゥ……」

 もう決着はついたと判断したのか、クシルは身体をダイナからルインの方へ向けた。
 その視線の先には、地面にへたり込んだままでいる空良の姿が。

ダイナ「!」

クシル「シャァァッ!!」

 クシル身体が僅かに沈む。かと思えば、その体躯は既に宙に踊り出していた。
 空良の周囲を影が包む。絶叫しながら、彼女は目を思い切り瞑り、顔を逸らした。


 ――しかし、予測していた事態は起こらなかった。
 目を開けると、もっと大きな影が周囲に広がっているのが分かった。
 顔を上げる。ダイナの身体が上空を覆って盾になっていた。

空良「宙くん――……」

クシル「シャァァッ!!」

 空良を庇ったダイナを踏みつけ、反動で飛び上がった後に再び地上に舞い降りたクシルは、
 ダイナへ向けてもう一度ジャンプしようとする。

 怪獣の身体が宙に躍り出ようとしたまさにその時――怪獣のこめかみに火花が飛んだ。
 体勢を崩したクシルが横向きに倒れ、頭を抑え込む。

クシル「グゥルルルル……」

リーダー「宙!」

 顔を汚れまみれにしたリーダーが光線銃を構えていた。


ダイナ「フ……ハァァッ……!」

 援護に力を奮い立たせ、ダイナが立ち上がる。

クシル「グルルルゥゥ……」

 頭を気にしながらクシルも立つ。
 咄嗟にダイナは背筋を曲げ、腕を十字に組んだ。

ダイナ「――ジュワッ!!」

 縦に構えた右腕から青き“ソルジェント光線”が放たれる。
 一直線に虚空を裂き、クシルの喉元に直撃した。

クシル「グゥゥ、ウゥゥゥゥ……」

 命中した喉元に電流が走る。しかしクシルは全身の毛を逆立たせるだけで、
 ダメージを受けたような素振りは全く見せなかった。


ダイナ「フッ……!?」

クシル「ギュゥゥルルルル……!!」

 そしてその電流は尻尾に集まっていき、青白い光を纏った。

リーダー「まさか……光線のエネルギーを吸収したのか……?」

クシル「シャァァッ!!」

ダイナ「!」

 ――速い。その言葉が頭に浮かんだ時には既にクシルは接近して爪を振り上げていた。

ダイナ「ジュアァッ……」

 爪が袈裟懸けに振り下ろされ、ダイナの身体から火花が散る。
 だが背後に倒れれば空良が危ない――すんでのところで足を支えなおすも、
 今度はクシルの帯電した尻尾がダイナの首を絞めた。


ダイナ「グッ……!?」

クシル「シャァァァ!!!」

 ブゥン、という音を立て、尻尾からダイナへ高圧電流が流れていく。
 身体のところどころから火花が飛ぶ。その爆発音の中に、澄んだ甲高い音が混じった。

リーダー「……!」

 ダイナの胸にある宝石のような装飾――“カラータイマー”が青から赤に変わり、点滅を始めていた。
 これは彼の体内エネルギーを示している。残量が少なくなると、
 今のように色が変わり、音と共に点滅を開始するのだ。

ダイナ「グッ、アアッ……! ンン――ハァッ!!」

 苦しみながらもダイナが腕に力を込める。突如、その額のクリスタルから光が放たれた。
 光が晴れ、その中から彼の新たな姿が現れる。

 身体から胸のプロテクターと赤色が消え、銀の体躯に青だけが流れている。
 青き巨人――ミラクルタイプは、スピードと超能力に秀でたダイナの姿だ。


ダイナ「ハァァァァ……!!」

 腕を広げると、ダイナの全身を襲っていた電撃がカラータイマーに集中していく。
 しばらくして点滅が止み、色も赤から青に戻った。
 ミラクルタイプの超能力“ミラクルサンダーチャージ”によって、電撃を自らのエネルギーに変換したのだ。

クシル「グゥゥゥルル……!」

ダイナ「デャッ! ダァッ!」

 尻尾にチョップを数回入れると、クシルの拘束が緩んだ。
 すかさず胴体を蹴り、後退させる。

クシル「グルルル……」

ダイナ「デァッ! ハァァア――!」

 怯んだ隙を見て、額の前に両腕を交差させる。
 左腕を身体の脇に構え、前方で半円を描くように右腕をゆっくり回すと、
 それに伴って金色のエネルギーが彼の掌を中心に渦巻いていく。


 半円を描き終わると、エネルギーは光球となって手の上に浮かんだ。
 それを両手で挟み込んでから、投擲するように右腕を敵に目がけて突き出す。

ダイナ「――デヤァッ!!」

 掌から放たれた“レボリウムウェーブ”は渦巻きながら突き進む。
 地上の岩がその奔流に巻き込まれて浮かび上がり、粉々に砕かれる。

クシル「グルルゥゥァァ!!」

 クシルの喉元に光線がぶつかる。
 またもやそのエネルギーはその体内に吸収された――かのように見えた。
 しかしその実、光線は怪獣の身体を貫き、その背後に小型のブラックホールを発生させていた。

クシル「ギュゥゥァァ……!?」

 回転しながら怪獣の身体がそれに吸い込まれていく。
 悲鳴を上げるも、渦に入るにつれて圧力を受けて身体が砕かれ、
 やがてその声はブラックホールと共に消失した。


空良「や、やった……」

ダイナ「ジュ、アァ……」

 しかし、ダイナは膝からなだれ落ちた。カラータイマーも再び点滅している。
 ミラクルタイプは強力な超能力を使用できるが、その分エネルギー消費が激しい。
 エネルギーを補給したと言っても、それは一度の必殺技で全て消費しきってしまっていたのだった。

リーダー「――宙、危ない!!」

 その時突然、荒野に響いた声に、二人のソラは我に返った。
 次の瞬間、ダイナの頭上から槍のような光弾が雨のように降り注いだ。

ダイナ「デァ……! グアァァ……!!」

空良「!?」

 まだ天蓋が残っているルインの中からはその攻撃の正体を見ることはできなかった。
 しかし、膝をつくダイナに上空から大きな影が舞い降り、追撃を掛けたのは空良からも目撃できた。


「ギァァァァァ!!!」

 再び上空に飛び上がる影は大きな鼓翼の音を立て、甲高い叫び声で空気を震わせる。
 巨大な翼を惜しげもなく広げる姿はまさしく怪鳥。リーダーはそれを見て呟く。

リーダー「“ラスカ”……!」

ラスカ「ギィァァァァァァァアアアア!!!!!」

 滞空した怪鳥ラスカは、一度強く羽ばたいた。
 空中に舞った羽毛は、ぎょろりと大きい瞳が光ると同時に槍状となって地上へ降り注いでいく。

ダイナ「デアァァ……。ア、アァ……」

 攻撃を受けたダイナのカラータイマーが点滅を止め、輝きを失った。
 自然に身体が崩れ落ち、霧むようにダイナの身体が消滅した。

空良「……!」

リーダー「宙!」


 ダイナが消滅した跡には宙が倒れていた。

宙(ひとつのワームホールから二体も出たのか……? でもそれなら、連絡が来るはずなのに――)

 しかし、宙はもう一つの可能性に思い至る。
 地下に潜入した直後に地上と連絡を取り合った時だ。

 『気にするな。何とかやってる』

 リーダーはそう言っていた。
 それはもしかして、強がりだったのではないだろうか――

宙(あの時すでに、もう一体の怪獣が現れていて、抗戦していた――)

 苦笑いを浮かべながら、宙は瞼を下ろす。

宙(それならそうと、先に言っとけよ……)


ラスカ「ギィアァァァァ……」

リーダー「くっそぉぉ!!こっちだ!!」

 リーダーが銃を構え、ルインとは逆方向へ走りながらトリガーを引く。
 光線銃の射程は長く、上空高くにいるラスカにも届きそうだった。

ラスカ「ギアァァァァァッッ!!!」

 しかしそれが届くより先に、ラスカが高度を落とす。
 応戦してトリガーを何度も引くが、青白いビームはその度に躱され虚しく消えていく。

ラスカ「キュァァッ!!」

 ラスカが歯切れ良く啼き、吐き出すように火球を打ち出す。

リーダー「うわぁぁぁっ!!」

 着弾した火球は地上に爆発をもたらした。
 煙の中に、彼の姿も声も消えてしまう。


ラスカ「キュァァ……」

 敵の攻撃が途絶えたことを確認して、ラスカは旋回してからルインに向かってきた。
 空良の身体は相変わらず動かない。まるで金縛りにあっているかのように。

ラスカ「キュゥァアッ!」

 怪鳥の姿が見えなくなったと思えば、頭上から眩く光る破片が落ちてきた。
 地上の空良の元に届くよりも先に風に流されるように煌びやかに散っていく。

 やがて天蓋が完全に取り壊され、それと同時に壁も消滅していった。
 完全に外界に露出したティガの石像と、頭上を覆う怪鳥の姿。
 ここまで来て、ようやく空良は現状を理解した。

空良「あ――」

 身体を動かそうとするも、言うことを聞いてくれない。
 脚の筋肉は痙攣して動かせず、ほふく前進のような形でティガの元へ向かう。

空良(ダメだ、ダメだ、ダメだ――)

 ラスカの高度が下がり、その爪を石像の頭に掛ける。
 泣きそうになった。こんな亀のような速度で移動して、間に合うわけがない――


ラスカ「ギァァァァァァアアア!!!」

 雄叫びを上げたラスカが、頭を鷲掴みにした肢を乱暴に動かした。

空良「やめて……!」

 しかしそんな言葉を聞いてもらえるはずもなく。
 彼女の目の前で、石像の頭と胴が分断された。

空良「あぁぁ――……!」

ラスカ「ギァァァァアアアッッ!!」

 頭部を放り投げ、追い打ちを掛けるように胴体を押し倒す。
 地響きが鳴る。衝撃で石像の右腕がもがれたのが見て取れた。

空良「ああぁぁぁぁ……!!」

 空良は――叫びながら地面を殴りつけた。

 もっと早く動いていれば、宙や、彼の仲間が時間を稼いでいた間に近づくことができた。
 それが出来なかったのは、ただ自分がこういう時に動けない無能だったからに他ならない。

 地上を裏切って地下へ逃げ、そこで行われている戦いなんて全く知らずにぬくぬくと育ち、
 その末に手にした模範生の評価なんて一体何の意味があるのだろう。

 宙はぼろぼろになりながらもこんな自分を守ってくれた。
 それなのに自分は、何の責任も果たすことはできなかった――


ラスカ「ギアァァァァァッッ!!」

 怪鳥の声が思考を裂く。舞い降りてくるのを知らせる鼓翼の音と風を聞きながら、
 空良は這いつくばって徐々に地上に広がっていく影を見ていることしか出来なかった。

空良「ごめん……なさい……」

 頬を涙が伝っていく。それに端を発して、嗚咽が喉の奥から込み上げてくる。
 ――ああ、私は死ぬのだ。
 こんなにも情けない姿で、最期まで、あの空を見ることも叶わずに――

 ――空。

 ひとつの言葉で思考の波が凪いだ。――空。

 身を隠すための天蓋が消滅したため、今はもうすっかり空が見えるようになっているはずだ。
 だがその前には、今にも自分を殺そうとしている怪鳥の姿があるだろう。
 見上げたって、何の意味もない――

 そう思って瞼を閉じた時、その裏に、在りし日の光景が映し出された。


(六)空

『お父さん』

『なんだい、空良』

『“空”ってなに?』

『空っていうのはね、今はもう見ることが出来ないけど――
 ずっと遠いところにある、とっても綺麗なところなんだよ』

『何で見れないの?』

『空は地上の更に上にあるんだ。だから僕たちが見ることはもうできない』

『何でそんなのを名前に付けたの……?』

『気に入らなかったかい?』

『そんなことはないけど……』

『僕たちがその名前を付けたのはね、空がもう見えないからこそなんだよ』

『?』


『空はもう見えなくたって、綺麗な空という存在自体は確かにまだあるんだ。
 地上に出て、天を仰いでみれば、きっとそこには空が広がっている』

『……それで?』

『色んなことに当てはまると思うんだよ。人生にだって。
 どんなに未来が見えなくたって、上手くいくような未来はその先に広がっている。
 僕らは、君にそう思って欲しくてその名前を付けたんだ』

『………』

『だから、目の前にどんな嫌なことがあったって、
 きっと良いことがその先にあるんだって、そう思ってほしい。わかるかな?』

『……うん』

『それならよかった』

『……お父さん』

『ん?』

『素敵な名前、ありがとう!』


空良「――どんなに目の前が最悪だって」

 拳を握りしめ、彼女は顔を上げる。

空良「絶対、空はそこにあるから――」

 視界を覆うのは禍々しい黒色の体躯、悪魔のように大きな翼、鋭利な巨爪。
 それでも、その向こうには、美しい空が広がっている。

空良「だから――」

 重い身体を起こし、震える脚を支え、立ち上がる。

空良「私の声に応えて――ウルトラマンティガ!!」

 そう言い放ち、空良は駆ける。その視線の先には、怪鳥の足下に転がっている石像の頭部。
 地を蹴り、飛び込んで、それに向かって懸命に手を伸ばす。


ラスカ「キュァアッ!!」

 それに感づいたのか、怪鳥の瞳が輝き出した。
 空中を漂っていた羽根が槍となり、辺りに降り注いでいく。

空良「――!」

 もうちょっと――今にも指が届きそう。そう思って、空良が腕を伸ばす。
 しかし、その腕が突然地面に串刺しになった。同時に体勢を崩し、彼女は転ぶ。

空良「ぐ……っ!」

 彼女の顔が苦悶に歪んだ。伸ばした右腕の先、手の甲に槍が突き刺ささっていた。
 右腕が地面に縫い付けられて動かせない。地面に這いつくばりながら、今度は左腕を伸ばす――

 その時、全身に激痛が走った。
 起点となったのは背中と、その反対側の腹。

 ――空良の胴を、槍が貫いていた。


空良「あ、ぅ……ぐ……」

 腹から血が滲み出るのが分かった。
 その温かさと、氷のように冷たい痛覚が入り混じり、意識を現実から遠のかせる。

 ――ダメだ。

 まだ諦めてはダメだ。霞む視界の中で、彼女は自分にそう言い聞かせる。
 左腕はまだ生きている。がくがくと勝手に震えるそれを石像に向けて差し伸ばす。

 腹に力が入らない。身体を支えるものもなく、
 腕はまるで浮遊しているかのようで、自らの意識から切り離されていた。

 それでも、指先が触れた。
 石とは思えない温かさがあり、それもまだ生きているのだと悟った。

 自然に頬が緩む。触れた指先から光が解き放たれ、
 彼女の身体と、散らばる石像の破片を包んでいく。


ラスカ「ギァァァアア……!!」

 怪鳥の声がし、突風が背に当たった。
 同時に存在感が遠くへ飛んでいく。この光に怯んで一旦退散したらしい。
 すると彼女に突き刺さっていた槍の色もくすみ、痛みも幾分か和らいだ。

 気が付くと、視界一面が白光に覆われていた。
 自由になった右手の中に金色の粒子が集まり、変身アイテムの形をかたどっていく。

 その、ティガのプロテクターを思わせるウィングが開かれ、
 内部に秘められていた輝石が眩い光を解き放った。

 周囲に閃光が散り、空間に稲妻が駆け走る。その中心に青い発光体が現れた。
 倒れていた宙やリーダーもその出現に感覚を揺り動かされ、目を覚ます。

 光が晴れる。
 そこには、神秘を漂わせる荘厳な巨躯が佇んでいた。


宙「ウルトラマン、ティガ……」

 瞳は白く輝き、額にはクリスタルが埋め込まれている。
 銀色の体躯に紫と赤のラインが走り、胸には金色のプロテクターが装着されている。

 空良は、そんな自らの姿を確認した。
 宙がダイナに変身したように、彼女もまたティガの姿に変貌していた。

ラスカ「ギァァアアアッッ!!!」

 叫び声のする上空に目を向けると、ラスカがこちらに向けて降下しているところだった。
 その突進に対処できず、ティガは背中から倒れ込んだ。

ラスカ「キァァァァァ!!!」

 体当たりし、通り過ぎたラスカはUターンして再びティガ向けて翼を広げる。
 体勢を整えようとするティガはそれに気づき、すんでのところで屈んで回避する。

ティガ「デャッ!」

 飛び去ろうとする怪鳥に飛びつき、尾羽を掴む。


ラスカ「キュアァァンッ!!」

 ラスカが抵抗して翼を激しく羽ばたかせる。
 踏ん張って耐えようとするが、傷を受けた腹に力が入らず、手を離してしまった。

ティガ「ハァ、ハァッ……」

 疲労を見せるティガ向けて再びラスカが突進を始める。
 今度は真っ向から受け止めようと、ティガが構える。

ラスカ「キュァァッ!!」

 しかし、ラスカはまず火球を放った。
 不意を突かれたティガは避けることができず、胸に直撃を受けて再び仰向きに倒れる。

 低空飛行でその上を通り過ぎていこうとする怪鳥を見て、ティガは咄嗟に腕を突き出した。
 肢を掴むと、驚いたラスカがばたつく。飛行はやめないので引き摺られるも、その身体にパンチを入れる。

ラスカ「キュァァァアッ!!」

 力が緩んだ隙を見てティガが腕を離すと、ラスカはそのまま地面に墜落した。
 すかさずその上に乗り掛かり、先程使った右の拳はダメージを受けていて痛かったので、
 左手で何度もチョップを叩きこんだ。


ラスカ「キュアァッ! キュアァッ!!」

ティガ「テャッ! ハッ!!」

ラスカ「キュア……ギアァァァァァッッ!!」

 突如、ラスカの翼が輝き出す。その瞳もまた輝いていた。
 ティガは異変を感じ取り、すぐさま怪鳥の上から離れる。
 ラスカもまたそれを機として脱出する。翼を輝かせたまま、空へと飛び立った。

ティガ「テュッ……」

 その後ろ姿を見ながら、ティガは立ち尽くした。
 どうしたものかと考えているのではない。――そこに広がる大空に目が奪われたのだ。

 夕日も沈みかけている逢魔が時、空は茜色と藍色の二色に染められていた。
 ――いや。空良は心の中でかぶりを振る。

 今まで自分の人生で得た知識としての『色』だなんて、この大空の前では全くの無力だ。
 空の色、こうとしか例えようがない。
 生まれてから、こんな美しい色を見たことが果たしてあっただろうか。


 しかしそんなことを思っている間に、すっかり小さくなった怪鳥の影の周囲で何かが煌めくのが見えた。
 その光は消えず、僅かながらどんどんと大きくなっていく。

ティガ「――ハッ!」

 我に返り、咄嗟に両手を前に翳す。円形の壁が目の前に現れ、
 ティガに降り注ごうとする槍はその進行を阻まれた。

宙「雪円! 飛べ!」

 声のした方に顔を向けると、宙がこちらを見上げていた。

宙「やり方はわかるだろう? 飛べ!」

 ティガが頷く。自信があるわけではない。ただ、今さっきバリアーを展開したように、
 飛ぶことだって今の自分ならできる。そう思えたのだった。

ティガ「テャァッ!」

 思い切りジャンプし、空中に身を委ねる。
 すると――足の裏に何かの力が働いているのが感じ取れた。


 その力を使って足場を蹴り飛ばすようにすると、身体は上昇していく。
 両腕を前に突き出して加速する。風が裂かれ、全身のラインに沿って後方へ流れていく。
 高度を上げるにつれ、宵闇の中に散りばめられた無数の星屑が視界に現れるようになった。

空良(すごい……。すごい……すごい!)

 巨人の姿で涙は流せなかった。だが感情が消えているわけでは決してない。
 確かにそれは血流に乗って体内を循環した。彼女は、その全身で感動を咀嚼した。

ラスカ「キァアアァッ!!」

 上空にとどまるラスカが火球を吐き出す。
 ティガもまた腕から光弾を放ち、二つはその間で相殺された。

 それを見て、怪鳥は身を翻して更に飛び上がった。
 ティガもその後を追う。しかし、そのスピードは相手の方が速く、ぐんぐんと差が広がっていく。

 ――もっと速く。

 彼女の願いに呼応するように、ティガの額のクリスタルが青く輝き出す。


 ――もっと高く。

 ティガの体躯から赤が消え、全身が紫を基調としたものに変わる。

ティガ「――テャァッ!!」

 新たな姿に変わってことで飛行スピードが段違いに上がり、離された距離を詰めていく。
 その気配に気付いたのか、ラスカは上昇をやめ、旋回してティガへ突進した。

ラスカ「ギィアアアァァッ!!」

ティガ「……テャァーーッ!!」

 ティガも掛け声を上げて迎え撃つが、今度はぶつかるのではなく、
 ラスカはティガの上をすれ違ってその背中を爪で裂いた。
 空中でバランスが崩れそうになるが、何とか持ち直す。

 それでも背中を貫通した傷の痛みを思い出されてしまったようで、
 ティガはその反対側の腹を手で押さえる。不思議なことに、そうしていると痛みが和らいでいった。
 スカイタイプが持つ治癒能力によって、空良は無意識のうちに傷を治していたのだった。


 しかし、代わりにティガのカラータイマーが青から赤に変わった。
 点滅と共に澄んだ音が空に鳴り響く。

ラスカ「キュアァァツ!!」

 ラスカは再び身体をティガの方向へ向けていた。
 一度大きく羽ばたき、瞳を妖しく光らせる。その周囲から光の槍が放たれていく。

ティガ「テャッ!」

 槍の雨の中にティガが飛び込む。向かってくる槍を素早く身を翻して躱し、
 遂に雨を抜け出した紫の体躯は怪鳥の首を手刀で薙いだ。

ラスカ「キュアァァアッ!!」

 更にその背中に蹴りを見舞った。
 怪鳥はふらふらと落下していくが、鼓翼で何とか体勢を持ち直す。


ラスカ「ギィィイアアァァァアアア!!!!」

 怒りの雄叫びを響かせ、ラスカが猛スピードで上空のティガに向かっていく。

ティガ「テャァ―――」

 それを見て、ティガは両腕を水平に、大きく広げた。
 カラータイマーを中心として青白い光が放散されていく。

 次に、広げた両腕を頭の上で合わす。光はエネルギーとなって漲り、両掌に纏われる。
 そして彼は、それを腰の脇に構えた。

ラスカ「ギァァァァアアアッッ!!!」

ティガ「――ターッ!!」

 怒りに任せて一直線に猛進してくるラスカに向けて、ティガは右手を突き出した。
 青白き“ランバルト光弾”が指の先から放たれ、彗星のように空間を裂きながら流れ、突き進む。


 空中で両者が激突した。

 ラスカの瞳が眼の中でさまよう。
 命中した部位から、亀裂が走るようにエネルギーが全身に駆け巡り、
 次の瞬間、怪鳥の身体は爆散した。

宙「やった……」

 地上からは遠く高い空の中の戦闘はよく見えなかったが、ティガが勝利したということは分かった。
 彼はカラータイマーを響かせながらも、勝利の余韻に浸るように空を見上げていた。

空良(………)

 やがてゆっくりとティガが地上に舞い降り、徐々に巨躯が霞んでいく。
 その跡には、空良が佇んで顔を星空に向けていた。

宙「……ありがとう、雪円」

 ふらつきながら、宙が彼女の元に歩み寄った。


空良「だ、大丈夫? 無理はしないで」

宙「すまないな……」

空良「……謝らなきゃいけないのは私の方だよ。
   私がとろとろしてたせいで、みんなに迷惑をかけてしまった……」

宙「……そんなこと、あんまり気にしない方がいい。
  この地上が君によって救われたことは確かだ。俺の命も救ってもらった」

空良「……うん」

 空良は彼を横たわらせ、もう一度、空を見上げ、こう呟いた。

空良「ありがとう……」

宙「え?」

空良「……私をここに連れてきてくれて」


宙「……良いことばかりじゃない」

空良「分かってるよ」

宙「むしろ辛いことの方が多い」

空良「うん」

宙「じゃあ何で――」

空良「辛いことの向こうには、きっと幸せなことがあるって、私はそう信じてるから」

宙「……そうか」

 二人は視線を合わせ、互いに微笑を交わし合った。


宙「じゃあ、行こう。もう大丈夫だから」

空良「行くって?」

宙「俺たちの基地」

 そうして二人は歩き出す。
 ――彼女たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。



THE END

さっきも言いましたが、全部オリ設定です。
誤解招くようなスレタイにしてしまって申し訳ない…

>>8さんと>>14さんも仰ってくれてますが、
ティガのブルーレイBOXやリニューアルACTが発売予定、
それと列伝でティガ様が登場していたのでその勢いで。
勢いだけなので超展開や不可解な設定には目を瞑っていただけると幸いです…

見てくれた方、ありがとうございました。

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