藤原時平「だから遣唐使になって中国へ行けっつってんだよ」
菅原道真「遣唐使は俺の提案で7年前に廃止したはずだろ」
時平「別に復活したっていいじゃねえか。さっさと支度しろ」
道真「おい…… 俺は右大臣だぞ。それにてめえ、俺より26も年下のくせに何だその口のきき方は」
時平「気に入らねえってのか? あのな、俺は左大臣でお前より偉い。それに俺は藤原氏だぜ? 俺の言うことが聞けねえのか」
道真「ふざけんな! だいたい右大臣が遣唐使になんて聞いたことがねえぞ!」
時平「何言ってんだ。前例にとらわれちゃいけねえって散々言ってきたのはお前だろうが。忘れたのかよ」
道真「そういう問題じゃねえだろ!」
時平「おい…… これは天皇の命令だぞ。逆らう気か?」
道真「まさか…… そんなバカな話」
時平「おいてめえ! 今何つった!?」
道真「分かった分かった! ……今のは聞かなかったことに。ちょっと確かめてくるから待ってろ」
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道真 is back!
道真「」
道真「『何ぐずぐずしてんだ。さっさと行って来い』だとよ」
時平「はっはっは。身も蓋もねえ言い方だな。まあ元気出せよ」
道真「信じられねえ…… 俺はあの人に誠心誠意仕えてきたのに、何だって……」
時平「君子は豹変すんだよ。豹じゃなくて龍だっけか? まあどっちでもいいや。とにかく勅命だからな? 謙虚に受け止めろよ謙虚によ!」
道真「謙虚にったってよぉ……」
時平「いい大人だろ?」
道真「お前に言われたかねえよ。だいたい…… 唐はもう滅亡寸前だぜ。そんなとこ行って何をしろってんだよ」
時平「いやぁ、そりゃお前だって右大臣様だからな。俺なんかがガキに指図するみてえなことは言えねえよ」
道真「てめえ…… いい気になりやがって。今に吠え面かくことになるぜ」
時平「おい。御前退がってまで俺に文句言うのは筋違いだぜ。まあ、気持ちは分かるよ。茶でも飲んで少し気分を落ちつけてから、支度に取りかかるといいや」
???「いや、考えたもんだな。?を使うとか。しかも三つだなんてよ」
時平「〉〉1だってわが身がかわいいんですよ。下手をすりゃどこから食い付かれるか分かったもんじゃありませんからね」
???「ただのヘタレ野郎だろ」
時平「いや、そうでもありませんよ。バランス感覚ってやつでしょう」
???「毎度ながらうまいこと言うじゃねえか。しかし何だってそんなに〉〉1の肩持つんだ、さてはなんぼか貰ったのか」
時平「まさか!」
???「怒らねえから正直に言えよ」
時平「敵いませんな…… そのように一つ一つお疑いになられると」
???「じゃあ、鐚一文貰ってねえんだな?」
時平「当たり前でしょう」
???「すまねえな。まあ確かに、何でもかんでも疑ってかかるのが癖になっちまってる。そうでもしなきゃこんな仕事やってられねえよ」
時平「お察しいたします」
???「それで? あの野郎大人しく言うこと聞いたのか?」
時平「さっき泣きながら帰って行きましたよ。今頃は女たちと涙の別れをしてるでしょう」
???「ヤケになって反乱でも起こさねえといいんだが……」
時平「ご心配には及びません。九州に下って乗船するまでの間、選り抜きの諜報員30人が常時監視してますから、下手な真似はいっさいできません」
???「頼んだぜ。何たってお前の先祖の仲麻呂ちゃんの例もあることだしな」
時平「それを言われますと耳が痛い! しかしまあ、遣唐使を復活させるとは妙案でございましたな」
???「まあな。太宰権帥にするってのもいいが、野郎の執念深い性格を考えると、祟りのねえ場所に行ってもらう方が安心だと思ってよ。それにお前。『太宰権帥』って言ってみな」
時平「だざいのごんの…… 何でしたっけ」
???「ほれ見ろ。受験生が試験会場で『あれ何だっけ? 太宰治? 太宰府天満宮? 住吉大社? じゃねえなクソ!』とか苦しみ悶えるさまを想像するとよ、つくづく不憫になるわけ。それよか、遣唐使に任命されて中国へ渡航中、嵐に遭って行方不明とかにした方がずっと覚えやすいだろ? 何よりロマンがあらあな」
時平「野郎の面ときた日にゃロマンも台無しですがね! で、嵐に遭いますわけで?」
???「そこはお約束よ」
時平「なるほど!」
……こうして俺は唐に派遣される羽目になった。
東風吹かば匂い起こせよ梅の花。
こんな強い潮風に遭っては梅の木もすぐに枯れてしまうだろう。
その中を俺は老いの身を唐土へ運ぼうというんだ。泣けてくるじゃねえか。
案の定、行く手には黒雲が湧き上がり始めてやがる。
水夫「遣唐使様、風が出てまいりました」
道真「」
水夫「遣唐使様?」
道真「お前今、何て言った」
水夫「風が出てまいりました、と」
道真「風くらい、ここに突っ立ってんだから言われなくたって分かるんだよ。舐めてんのかお前? 今、俺のこと何て呼んだ?」
水夫「遣唐使様でh」
道真「じゃねえよ! あのな、遣唐使なんてのは学業終えたばかりのペーペーが命じられるもんだ。俺は右大臣だぞ? 何も知らねえ水夫ふぜいが先走ってんじゃねえ!」
水夫「それは申し訳ございません! しかし…… もう右大臣様ではないのでは……?」
道真「ケッ。知らねえ奴はほんと何も知らねえんだな。いいか、右大臣の位に上がった人間は死ぬまで右大臣様、太政大臣だったら死ぬまで太政大臣様って呼ばれるのがこの国の決まりなんだよ! 肝に銘じとけ!」
水夫「は、ご無礼の段ひらにお許しください! しかし、あの怪しげな雲といい風といい、嵐になるやもしれませぬ。中にお入りになった方がよろしいのでは」
道真「いいよ。もう俺の心は土砂降りだからよ。嵐が来ようが何しようが関係ねえ」
水夫「そうですか…… では、よろしいように」
雨が降ってきた。
いくらでも降れ。降りやがれ。
俺の心ん中とおんなじくらい土砂降りになりやがれってんだ。
風も強くなって荒波が立ち、船が大きく揺れる。……いや、こりゃちょっと洒落になんねえな。中に入るか。
道真「おい! 近くに陸地はねえのか? てめえ、俺ごと船を転覆させる気かよ!」
水夫「ご辛抱ください右大臣様、今、船員総出で奮闘中でございますので!」
道真「頼んだぜ! ……畜生、時平の野郎に吠え面かかせねえうちに、あの世になんて行けねえぜクソ!」
船長「暗礁に乗り上げてしまった!」
道真「何だと!?」
水夫「もう駄目だ! 右大臣様お願いです、極楽浄土へ行けるようお取り計らい下さい、あなた偉いんだから仏様も言うこと聞くんでしょう?」
道真「無茶言うなよ。クソッタレめ、やっぱり俺は死ぬのか……」
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道真 on the beach
道真「……ここはどこだ。あの世か。砂浜みてえだから少なくとも地獄じゃねえんだろうな。天気もいいし針の山も血の池も見当たらねえ。……? あそこにいるのは水夫じゃねえか。おいお前」
水夫「あ…… 右大臣様。ここは地獄ですか」
道真「どっちかってえと極楽みてえだぞ」
水夫「やったぁ! よかったですね右大臣様!」
道真「……能天気なお前が羨ましいよ。まあ分かりやすく言やぁ、船は沈んだみてえだが俺たちは海に投げ出されて、この浜に流れ着いたらしい」
水夫「……はあ。助かったってことですか」
道真「極楽じゃなくて残念だったな。けどよ、少しは嬉しそうな顔しろよ」
水夫「すいません」
道真「謝らなくたっていいよ。とりあえずここがどこなのか、確かめなきゃいけねえな」
水夫「立てますか右大臣様?」
道真「ああ、立てるよ。しっかしここは暑いな。……おいお前、先に立って歩きな」
(歩くこと数分)
水夫「ありゃまあ…… 牛が」
道真「真昼間から雄と雌が番ってやがる」
水夫「こいつは、目のやり場に困りますねえ」
道真「何言ってんだ。とうに里は知れてんだぜ。しかしこう暑い上に牛がサカってるなんてよ、暑苦しくてやりきれねえな」
雄牛「牛の媾合がそんなに珍しいかよ」
道真「! 牛が喋った? つうか、頭の中に直接話しかけてきやがった」
雄牛「見世もんじゃねえんだからよ。とっとと失せやがれ」
道真「牛のくせに偉そうな口ききやがるな」
雄牛「当たり前だろ。俺は唐の玄宗皇帝だぞ」
道真「何だって?」
玄宗「そんでこいつは楊貴妃。そうだよなお前、そりゃ!」
楊貴妃「いっ! そうだよあんた!」
玄宗「分かったか? 口のきき方に気を付けるのはてめえの方だ」
道真「これはとんだご無礼をいたしました。……しかし、牛に転生とはお気の毒な」
玄宗「いいんだよ! 俺たちは全部納得ずくでこうしてんだ。おい、これはどうだ!」
楊貴妃「ぎっ…… すごいよあんたぁ……」
道真「お楽しみに水を差すようですが、お国は今、滅亡寸前ですぞ。少しは気になりませぬか?」
玄宗「知ったことかよ! 納得ずくだって言ったろ? 俺だってよ、こいつに会う前は模範的な君主だった。名君としての実績をよ、地道に積み重ねてきてたんだ。それがこいつに出会ってから…… 今じゃ『ザ・反面教師』だぜ! こいつに、こいつにさえ、出会わなけりゃよぉ!」
楊貴妃「ひぎぎぃぃ! やめてあんたこわれちゃう死んじゃう!」
玄宗「……来世もその次もそのまた次も、牛になって永遠にこいつと一緒にいられる──そういう道術をかけるのと引き換えに、国を売り渡したんだよ。文句あっか!」
道真「何ということを……」
玄宗「俺をバカだと言いてえのか?」
道真「正直申しまして、早まったことをなさいましたな」
玄宗「ケッ。聞いた風なこと抜かしやがって。じゃあ聞くがな、てめえは一度でも、本気で女を好きになったことがあんのか?」
道真「!? しかし…… それは牛でございますぞ」
玄宗「てめえの目にはそう見えるんだろ。だがな、俺にとって、こいつは昔と全然変わらねえ。昔とおんなじように、顔も姿形も、肌も綺麗で、そんで…… 具合も最高にいいんだよぉ!」
楊貴妃「あんたの具合も最高に、最高にいいよぉ!」
玄宗「俺の天女! 言ってくれよ俺はいい男だろ!」
楊貴妃「もちろんだよ! あんたは最高にいい男だよ!」
道真「……分かりませぬ。何ゆえ、女人にかほどの執着をお持ちになるのか」
玄宗「はぁ? 本気で女に惚れたことのねえ野郎が何抜かしやがる。てめえの言ってることは、俺が耳にタコができるほど聞かされた、賢しらぶった連中の説教と同じだ。
国が何だよ! 永遠に続く国なんてありゃしねえんだ! だがな、愛だけは、愛だけは永遠なんだよ! 俺は永遠にこの女をかわいがってやることに決めた。俺と一緒にいられるなら、未来永劫、牛でもいいって、こいつは言ったんだよ! そうだよな!」
楊貴妃「そ、そうだよあんたあぁぁぁぁぁーーーー!!!」
玄宗「愛だよ。この世界に、価値のあるものはそれ以外にねえんだ! そうだろ! このっ、このっ!」
楊貴妃「ひぃぃぃぃぃ!! あんたぁぁぁぁーーーー!!」
玄宗「これから先ずっと、ずっと、お前をこうして、こうしてっっ!!」
ンモォーーーーー!!!!
ンモォーーーーー!!!!
道真「……おい。行くぞ」
水夫「はい……」
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水夫「愛欲とは、……げに恐ろしきものにございますな。あのようにはなりたくないものでございます」
道真「どう間違ったってお前がなる心配はねえから安心しろ」
水夫「はあ、さようで。しかし、唐の国の偉い方があのような末路をさらしておられるここは、やはり地獄ではないでしょうか?」
道真「本人たちには極楽だろ」
水夫「まあ、ご本人たちが極楽だと納得なされば、地獄も極楽になるかもしれませんな」
道真「どうしたんだよ? 柄にもなく達観したみてえな言い草だな」
水夫「いや、ものの弾みってやつで」
道真「この陽気じゃ無理もねえか。ん? ……おい、何か聞こえなかったか」
水夫「人の声みたいでしたね?」
道真「無人島じゃなかったわけか。行ってみよう」
水夫「右大臣様あれを!」
道真「何だ…… 大勢人が集まって何かやってる」
水夫「身なりからして日本人じゃないみたいですね」
道真「ちょっとお前、行って確かめて来い」
水夫「え……私が行くんですか」
道真「そうだよ。心配か? じゃあ、日本の右大臣で遣唐使の菅原道真がここにいる、お前らの代表に会わせろって、そう言ってきな」
水夫「分かりましたよ……」
道真「あの野郎、不満たらたらって感じでも一応は行きやがった。ガキじゃあるめえし、ちっとは役に立つところ見せろってんだ。……ほう。誰か連れて戻ってきやがったな」
水夫「こちらが遣唐使様です」
男「あんたか。その格好は何だ? さっさと支度しろ」
道真「出し抜けに何だよ。俺は右大臣で遣唐s」
男「客が待ちくたびれてじりじりしてんだぞ! あんた拳闘士なんだろ? さっさとグラブはめてリングに上がれや!」
道真「それは、見当違いってやつじゃ……」
男「ん? 何か言ったか?」
道真「いや……」
男「だよな! 俺はこの試合のプロモーターだ。あんたの名前も言いにくいし覚えにくいからリングネームは『ザ・ブラッディー・ミッチー』にしとこう。さあ、お前の戦う場所はあの四角いリングだ!」
水夫「何ですかねここは? 檻みたいな場所を囲んで大勢人が集まってますよ」
道真「冗談じゃねえ…… 何でこうなるんだよ」
司会「赤コーナー、ブッチャー・ザ・ゴライアス!」ワー
司会「青コーナー、ザ・ブラッディー・ミッチー!」ワー
レフェリー「ファイッ!!」
ゴライアス「へへ、どうした? かかってこいよオッサン!」
道真「あのな、話せば分かる、俺は拳闘士なんかじゃねえんだ」
ゴライアス「何わけ分かんねえこと言ってんだよ!」
道真「いてっ!」
レフェリー「ワン! ツー! スリー!」
道真「痛っててて…… こん畜生本気で殴りやがったな。頭にきたぞ」
レフェリー「ファイッ!!」
ゴライアス「死ねやオッサン!」
道真「ほりゃ!」
ガッ
ゴライアス「……」
ドサッ
レフェリー「ワン! ツー! スリー! フォー!」
道真「当たりやがった…… もろに手ごたえがあったぜ」
ザ・ブラッディー・ミッチーの勝利!
ワー
観客A「おい…… 今のパンチ見えたか?」
観客B「全然…… しかも完全なカウンターだ。すげえ新人が現れたもんだな……」
水夫「やりましたね右大臣様! わたしゃもう、どうなることかと思いましたが」
プロモーター「よくやったぞミッチー! これからどんどん試合のカードを組むことにするからよ。お互いガッポリ儲けようじゃねえか!」
トレーナー「すごいぞあんた! 歳は食ってるようだが、ワシの見たところ百年に一人の逸材だ! ワシが鍛えるから、世界チャンピオンを目指そうじゃねえか!」
道真「いや、だから俺は右大臣で……」
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よく分からねえ成り行きで、俺は拳闘士としてデビューすることになった。
だが俺より歳食ってるトレーナーの見立て通り、俺は本物の逸材だったらしい。
練習を積んでいくうちに、相手のパンチが蝿でも止まりそうなくらいよく見えるようになった。
それに合わせてパンチを出せば面白いように当たる。俺の動体視力はそれくらい天才的だったってことだ。
この俺に、こんな才能が眠っていたとは。ずっと学問ばっかやってきたから、気付きもしなかったんだな。
いつしか俺は、「テンジン」なんて尊称を付けられ、「ザ・テンジン・ブラッディー・ミッチー」と恐れられるようになった。
そして世界タイトルマッチの日。
トレーナー「いいかミッチー、焦るこたあねえ。初めは軽く流して、様子を見て一気にカタつけるとしようぜ」
道真「心配要らねえよおやっさん。やり方は分かってるさ」
司会「赤コーナー世界チャンピオン、ザ・ゴッドハンド・モラレス!」
ウォー
司会「青コーナー挑戦者、ザ・テンジン・ブラッディー・ミッチー!」
ウォー
キャー
賭け率は3対7で俺の方が上回ってたから、観客の声もその分俺に多く向けられてた。
チャンプは俺より30も年下だってのにな。みんなどうかしてるぜ。
カーン
レフェリー「ファイッ!」
モラレス「テメェをノしてやるぜ!」
道真「かかって来いよクソガキ!」
モラレス「このやろっ!」ブンッ
道真「へへ、どこ狙ってんだ」ヒョイ
モラレス「クソ!」
道真「大したことねえな。それでチャンピオンかよ」
モラレス「何だとこの!」
(第1ラウンド終了)
道真「おやっさんよ。面倒だから次のラウンドで行っちまうぜ」
トレーナー「そうか…… お客さんにはわりいが、まあやりたいようにしな」
道真「そうさせてもらうわ」
カーン
モラレス「こん畜生、もう逃がさねえぞ!」
道真「相変わらず大振りばっかだな…… 疲れねえかお前」
モラレス「こんのヤロー!♨」
道真「ほらよ! おねんねの時間だぜ!」
バコッ
モラレス「!……」
ズズーン
レフェリー「ワン! ツー! スリー! フォー!」
ザ・テンジン・ブラッディー・ミッチー、第2ラウンドでKO勝ち!
ウワァーーーーーーーーー!!!!!!!
道真「やったぜおやっさん!」
トレーナー「すげえぞミッチー! 俺は…… この歳まで生きてきて…… 本当によかった」
道真「泣くなよみっともないぜ。さあ、勝利者インタビューが始まる」
司会「ミッチー、一方的な試合運びだったね。タイトルマッチってことで少しは緊張したのかい?」
道真「全然」
司会「…… パンチは一発も貰ってなかったしね。どのへんで勝利を確信した?」
道真「まあ、第1ラウンドが終わった頃かな。モラレスはいい拳闘士だよ」
司会「敗者への気配りを忘れないところが憎いね! きょうの勝利をまず誰に伝えたい?」
道真「俺の故郷のクソッタレ野郎どもだな! 『忘れねえぜ』って言葉と一緒によ」
司会「いろいろ事情がありそうだね…… 新チャンピオンに拍手を!」
ワァーーーーーーー
水夫(すげえよ右大臣様。俺は一生あんたについていくぜ)
それから先はタイトル防衛記録を伸ばすだけだった。
たんまり稼がせてもらったから、豪邸と美人の愛人も手に入れた。
終いには、俺が強すぎて挑戦者が現れなくなってしまった。気がつくと故郷を出てから8年も経ってたわけだが。
道真「ハニー。俺はそろそろ引退しようと思う」
愛人「どうして? さすがの『ザ・テンジン』も衰えを感じ始めたの?」
道真「そうじゃねえんだ。俺にはやり残したことがある。あしたプロモーターのところへ行って相談しようと思う」
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道真「ようプロモーター」
プロモーター「どうしたいミッチー? いやに改まって」
道真「実はな。暇を貰いてえんだ」
プロモーター「何だと? そりゃ穏やかじゃねえな。何か事情があるのか」
道真「俺は故郷に戻らなきゃならねえ」
プロモーター「どうしてまた? お前が故郷でひでえ目に遭った話は聞いてるぜ。この国にもそろそろ飽きたってのか?」
道真「いや、この国は大好きだよ。だがな。故郷に戻って、……ケジメってもんをつけなきゃならねえんだ」
プロモーター「……」
道真「分かってくれるか?」
プロモーター「何言ってやがる。水臭いぜミッチー」
道真「プロモーター!?」
プロモーター「男がケジメつけなきゃならねえとなれば、そりゃもう金の話じゃねえ。それくらい俺だってわきまえてらあな。……ちょっと待ってな」
プロモーター「よっこらせっと」ドサッ
道真「何だいこりゃ?」
プロモーター「お前ほどの男になりゃよ、ケジメつけるにも金が要るだろ。まあ、用立ててくれや」
道真「おい…… よしてくれ。七つか八つの鼻垂れ小僧じゃねえんだぜ」
プロモーター「分かってるよ。これは俺の気持ちってだけだ。ケジメついた暁には戻って来るんだろ? だから餞別ってわけじゃねえぜ。何の、これっぽっちのはした金をよ」
道真「すまねえな……」
(出港の日)
愛人「ミッチーお願い、私も連れてって」
道真「駄目だ。これは俺の問題だ。お前を巻き込むわけにはいかねえ」
愛人「でも! 私はあなたが心配なの!」
道真「分かってくれよハニー…… そうだ。ここに来たばっかりの頃、ある人からこの世で一番大切なものを教えられた」
愛人「一番大切な?」
道真「それは愛さ。愛に比べたら、山ほどの金もクソの塊みてえなもんだ。約束するよハニー。俺たちは永遠に一緒だ」
愛人「!」
道真「俺は必ず戻って来る。そして何度生まれ変わったって、お前とずーっと一緒だって約束する。だから、ここは一人で行かせてくれ」
愛人「ミッチー!」
水夫「……そろそろ出港の時間です……」
道真「じゃあ、ちょっくら行ってくるぜ!」
愛人「……」
水夫「かっこいいですねぇ右大臣様、美女を泣かせるもんじゃありませんよ」
道真「もうそれはやめろ」
水夫「え? 何をやめるんで?」
道真「『右大臣様』ってのやめろ。もう俺はそんな人間じゃねえ」
水夫「いいんですかぁ? じゃあ、何てお呼びすれば」
道真「ミッチーでいいよ」
水夫「そりゃいくらなんでも、失礼ってもんで」
道真「違うよ。そんなのが失礼とか失礼じゃねえとか言うのは間違ってる。俺はこの国に来て初めて分かった。ほんとの失礼ってのは、別のことを言うんだってな」
水夫「分かりました。じゃ、ミッチー様と呼ばせていただきます」
道真「ミッチー様かよ」
結局、俺は遣唐使の務めは果たさなかったが、それが何だ。日本じゃとっくに俺は死んだことになってるだろう。
行きと違って、帰りの船旅は穏やかなもんだった。
(宮中)
殿上人A「妖しげな雲が出てまいりましたな」
時平「うむ。嵐になるかもしれん」
殿上人B「雷が鳴り始めましたぞ!」
(たちまち豪雨になる)
時平「何なのだこの天気は…… む? そこに隠れておるのは誰だ!」
道真「俺を忘れたか」
時平「貴様!? 生きておったのか道真!」
殿上人ども「どひゃー、先の右大臣殿が化けて出たー!」
時平「おいっ、待てよお前ら!」
道真「たった今、御前に参っていたところだ。聞いたぜ。すべては貴様の企みだったそうだな!」
時平「くっ…… それがどうした?」
道真「言っただろう。貴様に吠え面かかせてやると。その約束を今果たすぜ!」
時平「ほざいたな、侍ども出会え! そいつを討ち取った者は検非違使尉に取り立ててやるぞ」
侍ども「おうっ!」ドドド
道真「出てきたなお約束の雑魚どもめ。かかってこいや!」
侍A「とうっ!」
道真「そりゃ」
侍A「ぐほぉっ!」
侍B「おりゃぁ!」
道真「フンッ」
侍B「むぐっ……」バタッ
ドカ
バキ
ヒュッ
ズコッ
・
・
・
・
・
侍Z「うぐぁ……」
ドサッ
道真「……これで終わりか? どうやらてめえの雑魚どもには、『ケビーシのジョー』なんてリングネームを名乗れそうな奴はいなかったようだな」
時平「ま、待ってくれ…… 俺から主上に取りなして、元の右大臣に戻すようにしてやるからよ、ここは、か、勘弁してくれ」
道真「興味のねえ話だな」
時平「俺を、どうしようってんだ」
道真「死んでもらうのさ」
時平「む、無茶言うなよ…… 俺の知ってる道真は話の分かる男だったぜ」
道真「今さらお前の話を聞く必要はねえだろ? ま、命まで取りゃしねえよ」
時平「そうだよな! 何たって菅原道真っていやあ当代一の知識人だもんな!」
道真「相変わらずよく回る舌だな…… 殺しゃしねえがよ、都での社会的生命は終わりだからな。それは覚悟しとけよ」
時平「どうすんだよ……」
道真「お前も拳闘士になってもらうのさ」
時平「いや、だから遣唐使はお前で本当に本当の最後なんだって」
道真「俺が言ってるのはリングで殴り合う拳闘士のことだぜ」
時平「何だって? んな無茶な…… 一つ慎重に検討させてもらえねえか」
道真「はぁ? てめえ絶体絶命なのにその余裕は何だよ…… ってありゃ」
時平「」
道真「気絶しやがった。何だかかわいそうになってきたから勘弁してやるか。おい水夫よ」
水夫「はいミッチー様!」
道真「プロモーターから預かった金をここへ。……そこで寝てる雑魚ども、お前らファイトマネー要らねえのか?」
侍ども「う"~~」
道真「金と聞いたらゾンビみてえに起き出してきやがって。俺の分は取ったからよ、後はお前らで分けな」ドサッ
侍A(復活後)「いいんですかい旦那!?」
道真「いいよ。喧嘩しねえようにな」
史実では、左大臣藤原時平はこの日に死んだことになってる。
だが史実と真実は必ずしも同じとは限らない。
史実では生き別れになった恋人同士が、真実では永遠に結ばれてるってこともあるかもしれない。
史実はみんなが知ってる。しかし真実は、誰一人知らない。
目を覚ました時平はよっぽど怖くなったのか、その日のうちに左大臣を辞任して引きこもりになった。それ以後どうなったかは聞いてない。興味もないしな。
よく考えると、真実ってのは人の数だけあるんじゃないだろうか。
いや、きっとそうだ。その方が、面倒な人生も少しは張り合いが出るってもんだ。
違うか?
愛人「そうだね」
道真「ハニー。心配させてすまなかった」
愛人「ううん。ミッチーのこと、少しも疑ってなかったから。ミッチーがケジメをつけて、綺麗な体になって帰って来てくれるなら、私はどんな我慢もできたよ」
道真「見ろよ。綺麗な夕焼けだ」
愛人「また日が昇るまで、私とミッチーは一緒だね」
道真「いつまでも一緒さ」
俺の名はザ・テンジン・ブラッディー・ミッチー。
拳闘士を廃業したばかりの、今はただの男だ。
終わり
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