Re:lationships (314)


コンテンツ


We can link.
誰とでも繋がれる時代
わたしたちは誰かを選び続け
誰かに選ばれるのをただ待つ

ペンネームのひとつひとつ
その向こうにいるのは誰?
それは確かな人間のはずで
コンパチブルな言語の羅列

わたしたちはコンテンツ
好きなものを選び合うコンテンツ
気に入らないから削除するの
気に入らないから削除されるの

誰とでも繋がれる
誰にも繋がれない
誰とでも繋がれる
誰とも繋がらない


楽しくない
見た目が微妙
評価が少ない
そこまでいらない

アプリを選ぶように人を選ぶの
とっかえひっかえバーゲンセール
わたしも無料であちらも無料
わたしたちマーケティング

わたしたちはコンテンツ
感情表現するコンテンツ
つまらないから要らないの
つまらないから要らないの

誰かと繋がれる
誰かに繋がれる
誰とでも繋がれる
誰となら繋がれる




[投稿]


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1398095487


男「ふー」

自室の布団に寝転がり、男はため息をつく。

男「あー、いけね。返信きてる」

スマートフォンの通知を受けて起動したアプリケーションには、女の子からのメッセージが出ていた。顔写真がいやに可愛らしい。

「面倒な事は嫌いなので、まず会ってから判断させてください(≧∇≦)
定期的に会いたいんですが、ダメですか?(><;)
良かったらお返事くださいっ♪」

男「……」

男の顔が数刻ほど強張ったのち、つまらなそうにだらける。彼の指は手慣れた様子で彼女を拒否リストに突っ込んでいた。

男「腹減ったな……」

誰もいない一部屋でボヤく男。ポケットの財布と鍵を確認したのち、ノソノソと起き上がる……。


時刻午後9時、住むアパートの最寄りのコンビニ「セファーソン」。
彼のバイト先でもある。

?「いらっしゃいませ、こんばんはー」

当たり障りのない挨拶が店内に響く。男にとって聞き慣れた声でもあった。

男は紙パックの飲み物と6本入りのスティックパンに手を付けレジへ。
軽く会釈をした先には少し大人びた風の女性店員がいた。

男「お疲れさまです、先輩」

先輩「あ……シフト見にきたの?」

男「いや、腹減っただけっす」

先輩「ん……216円です」

彼女の素っ気ない応対に何とも言えないが、とりあえずさっさと財布を出した。

男「ういっす」

先輩「丁度お預かりしました、レシートご利用ですか」

男「いえ、どーも」

男はもう一度先輩に頭を下げてから、コンビニを後にした。


歩いて帰れるほどの帰路にて、レジ袋片手にスマホを取り出す。

ロックを解除すると、そこにはSNSからの通知があった。


ハートパルス 3分前
にゃー さんからメッセージが届いています


見知らぬネームであった。
何かのマルチか、何かの業者か。
しかしこのSNS自体、個人宛にメッセージが届くことが珍しい。

大手SNS、ハートパルス。通称ハーパル。
ニックネームにて登録でき、各個人のやり取りやコミュニティ間の交流を行うことの出来る若者向けのサービスである。
男が先ほど詩を投稿したのも、ハーパルのコミュニティに向けたものだった。

男「なんだろな」

とりあえず、家に帰ってから落ち着いて見ることに決めた。


男「ずずっ。……」

紙パックのミルクティーをすすり終わり、男はスマホに目を戻す。

にゃーさんからのメッセージは、

「はじめまして!
さっき詩コミュに上がった詩
すっごいジーンと来ました(⌒▽⌒)
恥ずかしいので掲示板じゃなくて直メッセ\(//∇//)\←

また書いてくださいね☆」

という内容だった。

要点を整理して、すぐにわかったことと言えば、このメッセージは業者の類ではないということだ……厳密には分からないが。
何かを勧誘するでもなく、また返信を促すような文面もない。

悪意のないものであることは把握できたが、反応に困るのも事実。
そもそも、男が先ほど書いた「コンテンツ」という詩がネットを介したコミュニケーション全体を揶揄する内容なのである。

男でもジーンと来るポイントはどこにあるのか分かるわけがない。なんとなく共感してもらえたというだけなら、それでまあ有り難いのだが。



男「ふいー……」

シャワーを浴びながら考えていたのは、先ほどにゃーさんから来たメッセージのことだった。

男がなぜ息抜きとしてあのように詩を書いているかと言えば、率直にストレス発散のためである。
というのも男は、なかば引きこもりであったのだ。

アパートの中で消費される時間の大半を、SNS、BBS、つぶやきアプリ、出会い系……コミュニケーションを目的としたネット媒体のサービスに浪費していた。

男「暑い。夏だなー、もう」

バイトをする時と用事のある時以外は、片時もスマホを離すことはなかった。
が、それで現実の交流を得ることはなく、ネットを介したコミュニケーションの問題点を自虐的にただ書き連ね、書き連ね、今に至る。

そのひとつが今日の「コンテンツ」であった。


だから、それに対して反応があったという事は彼にとって大きな非日常だったのである。

少し思案したのち、男は寝る前にスマホをもう一度つけた。

ハートパルス
「ありがとうごさいます。良かったら、どこが気に入ってもらえたのか教えていただけると嬉しいです。」


……例えば出会い系やつぶやきアプリでは、間違いなく返信のこない部類に入る文章だ。

逆に言えば、来なくていいやという半信半疑であった。単に、評価してくれた人へお礼を返さないことへのモヤモヤを取っ払いたかっただけかもしれない。

だが、いずれにせよ男には思うところがあった。

男「……あの文章は、ねーだろ」

にゃーさんは男だった。


男「いらっしゃいませ、こんにちはー」

次の日は昼から夜までバイトだった。
確か休憩が30分もらえたはず。

男「しかし、もう暑いな……」

梅雨が明け、世間はすでに夏模様。
店のゴミ箱をひっくり返す彼には、恋の季節だと騒ぐような余裕はない。


今日は午後5時から、先輩が来たはずだ。

彼女は大学生……3年生である。俺がハタチで1つ下なので、21ということで良いんだろうか。誕生日知らんけど。
学業の傍ら、帰ってからバイトだなんて頭が下がる。

そう仲良くもないし、下げたことなんてないけど。


覚えることが多い以外にはコンビニのバイトなんて大したことはなく、すぐに時間は過ぎていく。

男「はよざいまーす」

先輩「おはようございます」

5時になる10分ほど前には、すでに先輩は出勤していた。
やがてすぐ5時になると、一緒に働いてた人は裏に下がっていく。

店員「お疲れさまでしたー」

男「おつかれーす」

先輩「お疲れさまです」

そこからはずっと先輩と2人で業務。仕事を覚え始めた頃はいろいろな意味で胸をときめかしたりもしたが、雑談ができないというか、コミュニケーション力が大きく欠如している男には関係がなかった。
そもそも、先輩自体もそう快活なようには見受けられなかった。

先輩「男くん。いつ休憩入るの?」

男「あー……適当でいいっす」

それでも会話はするっちゃする。コンビニという楽な業務と合わせて、男はこの時間が嫌いではなかった。


男「んじゃ、8時半まで休憩入ってます」

先輩「お疲れさま」

廃棄品を漁って、裏の椅子に座る。コンビニの休憩なんて名ばかりで、忙しそうならすぐに出なくてはいけない。

温めたパスタがチンとなる頃、先輩も裏に下がってきた。

男「どったんすか」

先輩「やることなくなっちゃったから」

モニターでざっと見る限り、レジ周りや売り場は綺麗に整頓されている。そつがない。
入り口まわりのモニターをときどき気にしながら、先輩も飲み物を飲んでいた。

男「ひまっすね」

先輩「そうね」

たまには話をしてみようと思ったものの、無計画では話が広がるはずもなく。
パスタの封を開けてちゅるちゅるとすすっていると、先輩が飲み物を置いた。

先輩「お客さんだ」

レジのほうにスタスタと出て行く。
男の中で、彼女は恋愛とは違う憧れの存在であった。もの静かで穏やかだけど、やることはきちんとやる。
そのイメージは、男自身の理想である。


しばらくして、レジ前に異変があった。大量の学生が先輩に何やら注文をしている。
男は口の中のボロネーゼを飲み込み、キャップを深く被った。


男「すいません、2番目でお待ちのお客様ー、こちらのレジでお伺いします」
先輩「あっ……」

客「棒チキン1本」

男「かしこまりました、お会計110円でございます。少々お待ちください……」




男「すいません、大変お待たせいたしました! ありがとうございます」

男「……全部かな?」

大勢の運動部をさばき、ひと息ついた時には既に8時32分だった。

先輩「あ、あの、男くん……」

男「んー、食いそびれちゃったっすねえ。ははは」

事務所にはまだ冷たいボロネーゼが残っている。仕方ないが捨ててしまおう。

先輩「ご、ごめんね」

男「誰も悪くないですよ。スパゲッティだけ捨ててきますね」

先輩「あっ、ちょっと待ってよ!」

男「先輩?」


先輩「別に、やらなくちゃいけないこともないし、9時まで休憩してていいからっ」

男「い、いいですって」

先輩がこんなに話しかけてくることは今までになかったので、少なからず動揺していた。
もの静かで人見知りな印象が強かったのだが……。

先輩「どーせ、誰も見てないよ? わたしが良いって言ってるんだから、はやく食べてきちゃいなって」

男「ぬ、むうう……」

中途半端に満たされたお腹が賛同するように鳴く。

先輩「もう。名札貸して」

男「あっ。……すいません、どうも」

俺から奪った名札で「休憩終了」の処理をする先輩。名札を返す片手間に、先輩は定時業務を始めていた。

先輩「ほら」

男「ありがとうございます」

結局、先輩の厚意で1時間の休憩を取ることになった。飯を食うための寸暇より、その厚意の方が嬉しかったことは、彼女には秘密。


先輩「美味しかった?」

男「あ、どーも」

レジの点検を終えた先輩が事務所に下がってきた。

男「ありがとうございます」

先輩「いいの。ヘルプ来てもらったし」

男「そりゃ普通っすよ」

先輩「それがおかしいんでしょ」

男「まあ……ホントはそっすね」

先輩「あ、スマホ何やってるの?」

先輩が、机の上に置いてあったスマホに目を向ける。ディスプレイにはハーパルのトップページが映されていた。

出会い系とか……なととは言えず。

男「普段は……ネットっすよ」

ひょいっとハーパルのページを見せた。

先輩「ああ。ハーパルやってるんだ」

男「どうかしたんすか?」

先輩「いや……迷惑メール増えたりしてない?」

男「へ? いや、登録するまえからドシドシと……」

9時を回るまでそんな話をしていた。


男「ただいまー……俺」

一人暮らしのアパートに響く虚しい声。荷物を思い切り放り投げたくなるが、下の人のことを考えてやめた。

万年床の布団に倒れ伏す。

男「あー、来てたかー」

ハートパルス 1時間前
にゃー さんからメッセージが届いています

通知をタッチするとハーパルのアプリが立ち上がった。



布団「ありがとうごさいます。良かったら、どこが気に入ってもらえたのか教えていただけると嬉しいです。」

にゃー「わたしたちはコンテンツ
好きなものを選び合うコンテンツ

このへんが耳に痛くてねー
ネット上で一体どれだけの人を、自分は人として見てるんだろーって。
これで意味あってるよね??」

返ってきてたのは、思いのほかにしっかりした感想だった。というか、読んでくれた人に提起したかった問題そのものである。
大したものではないといえ……詩人でもない素人の戯言を、よくもまあ読み解いたものだ。

布団「はい、というか言いたかったことそのものです。」

俺のニックネーム「布団」が簡素なメッセージを返す。

男「ヒマだよなあ……俺もこいつも」

ここで改めて画面を見やったのだが、にゃーさんは男……という表記になっている。

にゃー「当たってたー!(≧∇≦)
詩はいいよね☆」

この返信の早さといい、このノリといい……ホントに男か。

布団「良いですよね。
にゃーさん、ひょっとして女の人ですか?」

大して惜しい縁でもない、すっぱり聞いてみた。


そのメッセージに対して、しばらく返信が帰ってくることはなかった。
俺にとっては、大した質問ではない。しかし、世の中には性別に関して複雑な問題を抱えた人もいる。
ただのネナベでも、良い気分はしなかったかもしれない。

男「……」

これで終わり。

だが惜しくはない。
縁などいくらでもある。
いくらでも探せる。
好きなものが、好きなだけ……。

ふと、今日のバイトを思い出す。
今まで関わりのなかった先輩と、幾分打ち解けた気がした今日の夜。

そんな縁などいくらでも、
いくらでも……

男「……ねーよ」

胸が冷え込む。
ネットの話とリアルの話を重ねてはいけない。

男「でも、ニックネームの先には、先輩となんら変わりない、現実の人がいる……」

気に入らないからといって、スマホを投げる。
俺はハタチにもなって、未だ赤子のようであった。


鬱屈した気持ちのままでシャワーを浴び、パジャマを着て、またスマホを手に取る。

男「……。はぁ」

ハートパルス 21分前
にゃー さんからメッセージが届いています

ただの杞憂だった。
それも、たったの26分。ご飯食べている間スマホを触らないだけでもそれくらい経つじゃないか、俺。

勝手に盛り上がり、ヘコみ、すっかりツールに振り回されている。よく教育番組で偉そうにネットの講釈を垂れるおじさん、馬鹿にしていて済まなかった。
世の中に対して詩で啓蒙する暇があるなら、まず自分の心配をするべきだという当たり前の話。

薬にもならない自戒をし、通知をタッチした。

にゃー「おー、大正解☆
プロフ女の子だと、出会い厨の人からいろいろと無礼なメールもらっちゃうからね。
ぼーえーしゅだんです」

男「……なるほど」

女は大変である。異性にあたる人間が獣だらけだからな。ハーパルはプロフの検索も効くため、出会い目的でも多く利用される。

問題は、俺もその出会い厨に分類される人間であることだろう。男のつもりで話していたが、相手が女となるとまた欲が出てきてしまう。
このメールのあとに住みを聞いたりするような神経はないが。

布団「さっきの詩じゃないけど、大変ですよね。」

にゃー「そーだそーだ!
わたしコンテンツじゃないもん!」

布団「俺は正真正銘の男ですけど、平気ですか?」

にゃー「えー、詐欺写してない?笑」

布団「詐欺ってまでコレって、誰が喜ぶんですか笑」

にゃー「うそうそ、ちゃんと画像検索したよん(⌒▽⌒)

あ、プロフ見たけどハタチでしょ?
お布団も敬語なしでいいからね。」

布団「あ、いいの?
にゃーさんも今年の成人式だった?」

にゃー「そうそう。
あんまり綺麗じゃないコンクリの会館に振り袖振ってったのさー( ̄▽ ̄)」

布団「あー、どこもおんなじようなもんだよね笑
振り袖写真ある?笑」

にゃー「あるけどあるけどあげないよ!笑」

しばらくやりとりは続き、どちらからともなくお休みしたのは午前2時のことだった。

どうでもいいけどタイプミス
26分ということにしておいてくれ


男「ふぁぁ……ねみ」

今日はOFFの日。

とりあえず取ったスマホには、10:20と記されている。
にゃーからの返信は来てないみたいだった。おおよそ、夜型なのだろう。

布団に潜ったままアプリを起動した。
こういう気だるいときはゆる通漁りに限る。


「授業ひままままま」
「関西の女の子いてるかなー?」
「やば。病む。つらたん」

ゆるゆる通信……通称ゆる通。
つぶやきアプリと銘打たれているサービスで、ボトルメール的側面を持つコミュニケーションツールである。

「つぶやく」という項目から発信されたメッセージが、同時間帯にアプリを起動している不特定多数に届くシステムとなっている。
他のツールに比べてファーストコンタクトに労力を割く必要がないため、多くの男性が出会い系として利用していた。

というか男女共に出会い厨だらけである。

男「さーて……」

では、出会いを求めている人間が集うからといって平等にマッチングされるかと言えばそんなことはなく、容姿と話術に優れる男女が選ばれる。当たり前のことだ。
男はどちらも優れていないことを自負していたため、半分魚釣りのような心持ちで女とのやり取りを楽しんでいた。

……もちろん、目星がついたならハーパルになんとか誘導しようと思うのだが。


男「うーむ」

どうにも、平日の昼間というとロクな人間がいなかった。
特大のブーメランを投げた俺はまた違うアプリを起動する。

SB というデカデカとしたアイコンが浮かぶと、ズラリと項目が出現した。


SBというのは スマイルBBS の略で、国内最大の匿名掲示板である。
匿名という性質から奔放かつ混沌としており、アングラな雰囲気が様々なスレッドに溢れている。

俺が常日頃覗いているのは先ほど起動していたゆる通のスレッドだった。



28: 【出会い厨の】ゆるゆる通信part11【溜まり場】(529)

211 :新着メッセージ774件@転載禁止:20xx/06/xx(木) 01:11:28.21 ID:xxxxxxxx
先週会ってきたけどデブ引いた
やっぱ無理だわ

212 :新着メッセージ774件@転載禁止:20xx/06/xx(木) 05:54:07.39 ID:yyyyyyyy
ホテル行った?

213 :新着メッセージ774件@転載禁止:20xx/06/xx(木) 10:42:52.01 ID:uuuuuuuu
それで行ったら男として負けだと思ってる俺がいる

214 :新着メッセージ774件@転載禁止:20xx/06/xx(木) 10:49:44.75 ID:pppppppp
きも


そもそも誰も引っかかりません。
……それで書き込んだら人として負けだと思ってる俺がいる。



SBを見て暗い笑いを浮かべたり心が荒んでくるのは良いのだが、いい加減に11時半を回って腹が減ってきた。
1時すぎまでに食べないと、そのまま出かける気力を失って一日中スマホ漬けのパターンになってしまう。

布団から這い出て、買い溜めた最後のカップ麺に手を伸ばす。……また今度買いに行くか。

男「さて」

お湯を入れ、モヤモヤした頭で午後の予定を考える。そういえば、しばらく行っていない場所があった。

男「……いただきます」


…………。

ボーイ「いらっしゃいませ、メンバーズカードはお持ちでしょうか」

男「ん……これで。フリーの30分でお願いします」

ボーイ「はい、お預かりします。……お会計3980円ですねー」

愛想のないボーイさんにお金を手渡しながらボンヤリとパネルを見つめていた。目ぼしい子はいない。

……ここは近所の風俗店、「スイートリーフ」だ。アパートからチャリで10分ほどの距離にあり、一人暮らしを始めた頃からしばしばお世話になっている。
店舗型の手コキサロンということでサービスは劣るものの、病気の心配をしなくて済むこと、ピンサロ並に安価であることが魅力である。

……どうしても、女の子に触れてほしい時。ここに足が向いてしまうのだった。

ボーイ「こちら、3番でお呼びしまーす。そちらにかけてお待ちください」

処理を済ませたボーイさんがこちらに番号札を手渡す。

ソファに座りながら、つくづく自分はダメ人間だと噛み締める。と同時にどんな嬢と巡り合うのか期待も高まっている。
……そもそもSBのゆる通スレの中に「ヤりたいなら課金するより風俗行け」というレスがあって、それで味を覚えてしまっただけなのだが。

ボーイ「3番でお待ちのお客さまー。こちらへどうぞー」

男「はーい」

ボーイ「階段登って左手、3番のお部屋です。ごゆっくりどうぞー」


…………。

ボーイ「いらっしゃいませ、メンバーズカードはお持ちでしょうか」

男「ん……これで。フリーの30分でお願いします」

ボーイ「はい、お預かりします。……お会計3980円ですねー」

愛想のないボーイさんにお金を手渡しながらボンヤリとパネルを見つめていた。目ぼしい子はいない。

……ここは近所の風俗店、「スイートリーフ」だ。アパートからチャリで10分ほどの距離にあり、一人暮らしを始めた頃からしばしばお世話になっている。
店舗型の手コキサロンということでサービスは劣るものの、病気の心配をしなくて済むこと、ピンサロ並に安価であることが魅力である。

……どうしても、女の子に触れてほしい時。ここに足が向いてしまうのだった。

ボーイ「こちら、3番でお呼びしまーす。そちらにかけてお待ちください」

処理を済ませたボーイさんがこちらに番号札を手渡す。

ソファに座りながら、つくづく自分はダメ人間だと噛み締める。と同時にどんな嬢と巡り合うのか期待も高まっている。
……そもそもSBのゆる通スレの中に「ヤりたいなら課金するより風俗行け」というレスがあって、それで味を覚えてしまっただけなのだが。

ボーイ「3番でお待ちのお客さまー。こちらへどうぞー」

男「はーい」

ボーイ「階段登って左手、3番のお部屋です。ごゆっくりどうぞー」


店のシステムとしては、部屋に入って3分ほどで女の子が入室、ハグやキスなどのお触り無しで手コキを受けるというものになっている。

俺はそのあいだに上着だけ脱ぎ、ミントのタブレットを噛み砕き、ボディーシートでさっぱり汗を拭いた。
お触り無しとはいえ……やっぱ、女の子も気にするだろうし。

男「うえー、もう暑いなあ」

時は6月下旬、エアコンを強くしてついでに照明も暗めにしておく。
これでどんな強面が来ても見えないから安心。

……嘘です。出来れば可愛らしい子に来て欲しい。

病気が怖いというのは客だけでなく当然嬢も同じことなので、この店にいる子は他に比べて大人しい子や清楚な子も多い。
俺のような目的で来る人にとっては不慣れな素人が多いというのもメリットであったりする。


コンコン、と優しい音がした。

?「失礼します」

男「おっ……。こんにちは」

?「こんにちは……ローレルです」

一見明るい茶髪を整えたその子は、身体が小さく線の細い子だった。


ネグリジェ姿の彼女は目線を合わさないまま、勿体ぶらずに隣に座った。少し無愛想に見える。

男「ちっちゃいね」

ローレル「……悪い?」

訂正。ひどく無愛想だ。

男「悪くないよ。背ちっちゃくてかわいいなって」

ローレル「……ふん」

なるほど、ローレル(ローリエ)……独特のクセが強い香辛料である。無愛想ながらも、案外顔立ちは綺麗だった。笑ってればモテるだろうに。

ローレル「下脱いで」

男「あ、うん……」

ぶっちゃけ、やりづらい。手で抜くだけなら自宅でするわい。まあでも、学生バイトに接客のイロハなんて分からないだろうし。
相手が好みじゃないと踏んだ途端に態度の悪くなる嬢など、若い子ならいくらでもいる。顔が悪いか気を害したか……まあ、フリーだし仕方ないか。

とりあえずさっくりパンツを脱いだが、半勃ちにも至ってなかった。

ローレル「……手。貸して」

男「はい」

彼女は片手ずつ消毒アルコールを吹き付けると、やわやわと揉むようにしながらおしぼりで拭き取る。あ、ちょっと気持ちいい。
彼女の手はやはり小さく、指が細い。一度目を向けてしまえば、どうも、想像と期待が膨らむ。

ローレル「……ん」

彼女が支度を整える頃には、半分ほど剥けたちんこがしっかりやる気を見せていた。


ローレル「……拭くよ」

彼女の持つおしぼりが、俺のちんこを強めにこする。すでにちょっと気持ちいいけど、痛い。

男「もう少し弱く……」

ローレル「……」

幾分、優しく拭き取られた気がする。

ローレル「……」

男「つめた……」

ローレル「我慢して」

ローションを垂らしたローレルの手が俺に触れた。ヒンヤリしている。

男「いや、暑いからさ。気持ちいいよ」

ローレル「……部屋、寒い」

男「あ、ごめん。来る前暑くて。エアコン切る?」

ローレル「そうして」

エアコンのスイッチを切ると、ローレルは少し身を寄せてプレイを再開した。
柔らかな両手に包まれ、自然に息が深くなる。

男「あ、そういえば寒いで思い出したんだけどさ。今、セファーソンでバイトしてるんだけど冷房が寒くて寒くて」

ローレル「……セファーソン?」

男「え?どうかしたの?」

ローレル「わたしも……働いてた」

男「あっ、本当?」

意外な接点発見。この子、愛想がないというよりひょっとしたら口下手なのかもしれない。

男「うちの店長暑がりでさ、ほっとくとすぐ設定温度下げるんだよ」

ローレル「……」

男「そっちの店長厳しかった?」

ローレル「……かなり」

男「ありゃま」

彼女の顔が多少陰った。あまりいい思い出がないのかもしれない。

ローレル「……接客、ヘタなの、分かるでしょ。見るからに」

男「そう? 俺は楽しんでるよ」

ローレル「……あっそ」

彼女の頬が、少し緩んだ気がした。


ローレル「……早い方? 遅い方?」

男「言うの恥ずかしいんだけど」

ローレル「おっ勃たせて帰るならどうぞ」

男「それは困る。けっこう保つ方だけど、気持ちいいから分かんない」

冷たい口調とは裏腹に、彼女の手技は非常にゆったりしていた。しかし、亀頭をじっくり手で揉んでくるので頭からじんわり痺れてくる。

ローレル「……変態」

男「なんでさ!?」

ローレル「こんな真っ昼間からこんな店に来る男の、どこが変態じゃないのよ」

男「ぬ、それ言うか。ローレルちゃんこそ真っ昼間からなんてところで働いてるんだよ」

ローレル「ちゃん付けやめて……キモいから」

男「悪うござんした。学生じゃないの?」

ローレル「……」

男「あ、ごめん。聞いちゃいけなかったかな」

ローレル「……べつに。高校生」

男「へ?」

耳を疑ったが、すぐに同じ言葉が返ってきた。


ローレル「高校生よ。……悪い?」

男「い、いや……」

今度は悪くないと言い切れなかった。

男「じゅ、授業は?」

ローレル「出席は足りてる」

男「というか、あの、風営法……」

ローレル「18」

男「あれ、高校生でも18なら良いんだっけ」

ローレル「ん」

ローレル「……ま、働いてもう1年になるけど」

男「こらこらこらこら!」


ローレル「はあ……うっさい」

男「うっ……く」

不愉快そうな形相とは似つかわしくない優しい手付きで、つうっ、と裏筋をなぞる。
亀頭のビリビリとした刺激に慣れていたなかで、急に射精を意識するような快感が襲ってきた。

いつの間にか、ローレルの瞳が俺を映している。反応を見られていた。

ローレル「そんなにハナシして面白い?」

男「面白いも何も、黙っててもつまら、ぬっ」


彼女の手がゆっくりと、しかしあちこちで動き始める。クチュクチュという音を立てて、手のひらの柔らかい肉が何度もこすれた。
指が開いてあちこちを這い、これが閉じれば亀頭を滑り、人差し指、中指、薬指と指の間をくぐらされ。
そっと持ち上げるように玉を弄び、と思えば両手で竿を抱き締め、きつく扱く。

ローレル「なんか話すんじゃなかったの? さっきからハァハァしか言ってない」

男「ばっ、だっ、これは、はぁっ、いきなりすぎんだろ……!」

ローレル「ふーん……」

ふと、握られたままで手が止まった。このままだと駆け上がってしまいそうで、助かったことにはなるが……。



ローレル「……変態」


男「! っあ……」

くそ……手の中で動いてしまった。
ズルいだろ、それ。

ローレル「動き止めてたのにビクビクして。変態」

男「だっ、それは、のっ…………ぁぁぁあ!」

Vサインの間に挟まれ、ゆっくりニチ、ニチ、ニチ、と。腰がガクついて止まらない。
ローレルが少し笑って俺を見ている。

ローレル「仰け反ってるし……きも」

男「っく、てめっ、こんちくしょ……!」

ローレル「……っくく、あと7分あるよ。我慢してみれば?」


…………。

ローレル「……」

男「ほげぇぇ…………」

ローレル「ふん」

その後、あっけなくイかされた。というか散らされた。
余韻で身体がビクビクしている。

男「尻は、ねえだろ、尻は……」

ローレル「……普段なら、オプション1000円取るとこだけど。ふくくっ……面白いもの見れたから許してあげる」

男「て、てめえなぁ……」

それはサービスの押し売りと呼ばないだろうか。いや、腰が熱くなるほど良かったけどさ。

ローレル「……あと3分ある」

タイマーを見てローレルは呟く。
俺はとりあえず上着を彼女にかけた。

ローレル「……うわ。なにすんの」

男「さみーだろそれじゃ。今さらだけど」

ローレル「うん、遅い。来たときにやってよ」

男「悪かったよ」

ローレル「……いや、そうでもないか。すごい早かった」

男「てめえコラ! そこに直れ!」


男「そういえば、お前接客ヘタって言ってたのに、なんでここで働いてるんだ?」

ローレル「……変態」

男「他意はねーよ」

ローレル「でも……普通聞かないでしょ。馬鹿じゃないの?」

男「実際、接客苦手なように見えねーからだよ。古参なんだしさ」

そこまで言うと、気持ち明るそうに見えたローレルの表情が目に見えて沈んだ。

ローレル「……知らない」

男「……」

ローレル「わたし……パネルにいなかったでしょ」

パネルというのは、お客さん向けに作られる毎日の嬢の出勤表である。それに書かれてないということは、つまり……。


男「家業で、やらされてるとか……?」


ローレル「死ね馬鹿変態」

男「間違ってたのは謝るから最後のは訂正しろ!」

ローレル「……ふん。フリー要員ってこと」

男「…………」

ああ。合点がいった。
風俗店によっては指名料を払わせるために、フリー(指名なし)のお客さんにパネルにいない嬢をあてがうことがある。
そこにはだいたいサービスの良くない嬢があてがわれる。「次は指名で来よう」と思わせるために。

男の性欲で成り立っている業界だけあって需要はなかなか減らないし、都会でもなければ店舗の絶対数は少ないから、けっきょく殿様商売が成り立ってしまうわけだ。

男「じゃあ、またフリーで来るかな」

ローレル「……ただでお尻弄ってもらえるから? 変態」

男「その話はもう忘れろ!」


もう少し話がしてみたかったが、無情にもタイマーの電子音が鳴り響いた。ローレルが借りていた上着に手をかける。

ローレル「これ。返す」

男「良いよ。送ってくれるんだろ?そんときまで着てろ」

ローレル「……偉そう」

男「接客の仕事だろ?」

ローレル「死ねば良いのに……」

少し思うところと、考えがあって、腕に寄り添いながら歩くローレルに話をした。

男「ここのボーイさん、態度悪かったな。俺は不満だ」

ローレル「……何? 急に」

男「そのまんまの意味だよ。チャチなもんだけど俺だってコンビニ店員だ。嫌な接客は目に付く」


入り口……受付のところに戻ってきた。
さあ、いつものを思い出せ。俺。


ボーイ「ありがとうございま
男「ありがとうございました! 楽しかったです!」

ボーイ「!?……」

最大限の満足げな笑顔を振りまいてやった。

ローレル「うわぁ……」

男「ほれ、上着返せ」

ローレル「……馬鹿じゃないの。くだんない」

ローレルから上着を受け取り、袖を通す。温かく、ほのかに香りがする。
去り際に頭を撫でてやった。

男「風邪引くなよ」

ローレル「やっ……! し、死ね変態っ」

男「じゃ」


男「あー、スカッとした」

「コンテンツ」の内容がよぎる。
彼女は風俗店の従業員というだけであって、間違いなく商品なんかじゃない。

男「接客業舐めんなよーってね」


…………。


ボーイ「何あれ……気に入られたの?」

ローレル「……」


しかし、物好きという人種はどの界隈にも……俺を含め、一定数存在するものである。

返信が届いていた。

慌ててクロメのペンネーム「一樹」をタッチ。メインメニューから誰だか分からない返信を開いた。

一樹「はじめまして!
プロフィールに何も書いてないけど、住んでるところが近いから何か接点がないかなと思ってメールしました^_^
abさんはご飯食べるの好きですか?良かったらお返事ください!」

なんだこれは……俺のメールか。酷い手抜きだ。
適当に送ったのだろう。

ab「嫌い。
今日何してたか教えて。」




男「……」

ただ、それに輪をかけて強烈なメールが返ってくるとは思わなかった。
前の行と後の行の不協和音がすごい。

嫌い。今日何してたか教えて。

すごいインパクトのある文章である。詩を書くとき見習っても良いかもしれない。

しばらく放心したあと、慌てて返信を考え始める。出会い系のやり取りは瞬発力が命だ。
女は全サービス無料だし、適当に返してるだけにも見えなくないが、それでも出来る限り確率は高めないと。

しかし、今日、何してたか……といえば、手コキサロンのお尻開通事件しか思い浮かばない。これはひどい。
女どころか男に話すことだってはばかられて然り。
でも嘘はつきたくない。早く送信しなければ。



一樹「お店行って、身体に穴あけてもらってました!」



よし。


いや良くねえ!!

意味が分からない、かつ理解して欲しくない!

ピローン

ab「それは本当?」

食いつくんじゃねえよ!!
な、なんて返すべきか……。

一樹「本当ですよ。なかなか楽しかったです」



男「……ふむ」

黙れ俺の本心ーー!!



…………。


…………。

?「……」

?「この、写真」

?「間違いなく、あいつ……」

?「ふん」

?「馬鹿じゃないの。こんなメールなんかに、返信して……」

?「……せいぜい、巻き上げてやる。金払い良さそうだし」


しばらくして、俺はうんうん唸りながらセファーソンへと赴いていた。電子マネーを買うためである。

……あの後、abさんとのやり取りは想像以上に続いていた。数にして8通。
どれもが他愛のない内容であり、かつabさんの反応は薄かったが、それでも、クロメ内でこれほど会話できた事はなかった。

ハーパルに誘いをかけるか、その前に切るか。

俗に言う「効率厨」的な考え方である。

だが、abさんにおいてはあまりに薄すぎる反応のために誘導に踏み切れないでいた。
そんなこんなでダラダラメールしていたら、こっちが何だか面白くなってきちゃったのである。

店員「こちら3000円のカードでよろしかったでしょうか?」

男「間違いないっす」

プロフ閲覧10円、メール一通50円。これでも、出会い系としては安いのだ。

…………。


……。

ab「じゃあバイトはセファーソン?」

一樹「お、当たり。」

ab「何で? 意味分かんない」

一樹「意味分かんないって……セファーソンで働いてたの?」

ab「聞かないで」

……。

ab「何で登録してるの」

一樹「そりゃ、見たまんまだよ。はかどらないけど」

ab「会おうとか言わないの? もうだいぶ金使ったでしょ」

一樹「でも、なんかそんな気分でもないかな。abさんは?」

……。

クローバーメール 12分前
ab:知らない。でも、また連絡する




それが、今日におけるabさんとの最後のやり取りだった。


次の日、朝方のバイトを終えるとスマホに通知が来ていた。またabさんだろうか……。


ハートパルス 46分前
にゃー さんからメッセージが届いています


今度はハーパルから、にゃーさんだった。

にゃー「ひまー(・ω・)ノ」

男「……」

だいぶ遅くなったが、一応返信しておこう。

布団「今バイト終わったから、シャワー浴びるまで待っててー(・人・)」

さて、もう9時になるし軽く何か食べ直したい。店長達に挨拶をしてそそくさと退勤した。



男「明日、先輩と夜シフトか……」


にゃー「おつかれー!
どこでバイトしてるの??」

布団「セファーソンだよ。朝番だったから今日はフリーだぜ」

にゃー「あたしも今日はオフだ(≧∇≦)
近所のセファーソンよく使ってる笑」

布団「毎度ご愛顧ありがとうございます笑」

にゃー「どもども!
ねー今なにしてるのー?」

布団「ご飯食べ直して、いろいろネット見て、にゃーさんのメッセをポチポチ笑」

にゃー「ネサフ!」

布団「YES、ネサフ!」


にゃー「ねー、お布団ってなんか趣味とかないの?」

布団「えー?
詩のほかだったら、食べ歩きとか好きだよ( ̄  ̄)」

にゃー「あーなんかハタチっぽい!
絶対ラーメンでしょ笑」

布団「んなこたない、パスタとかオムレツとか良く食べ行くよ!」

にゃー「なんだ~その献立、女ウケ狙いかぁ~?( ̄▽ ̄)」

布団「若干!笑
美味しいとこ知ってるのは本当だから!」

にゃー「誘われないからね笑
でもあたしも美味しいの好きだよー」

…………。


そんなこんなで日がな一日やり取りした翌日。
にゃーさんは朝からバイトらしく、特にメッセージが届くこともなかったので俺は二度寝。

そして午後4時50分ごろ、セファーソンにはいつもの声が響いていた。

先輩「いらっしゃいませー、こんにちは」

男「どもっす。おはようございます」

先輩「あ。おはようございます」

少し笑ってくれた。はやく着替えよう。

……。

男「店長、おはようございます」

店長「おはよー」

この前とは違い、事務所にて店長がなにやら作業をしていた。パソコンとにらめっこしている。

店長「先輩ちゃん、休憩取らしてあげてねー」

シフトを再度見る。先輩は午後2時から入っていたようなので、10時までの8時間で30分の休憩が取れる算段になる。
この前のお礼もある。ちゃんと入れてあげよう。

よしっ。

俺はキャップを被り直し、いつもより気合を入れる。男なんて単純なものだ。

男「おはようございます、先輩!」

先輩「おは……、さっき言ったよ?」

男「……まあ、その」

後ろ向いて手を洗った。


男「いらっしゃいませー、お預かりいたします」

先輩「すいません、お待たせいたしましたー」

男「お会計1452円でございます、お箸は3膳でよろしかったでしょうか?」

先輩「棒チキンが3本ですね、少々お待ちください……」

今日はいつになく客が多い。
そんな日もある。あるが……店長助けて。

男「18番ですねー、ただいまお持ちいたします!……」

先輩「アイスブラストですね、8ミリでよろしかったでしょうか?……」

互いにタバコを取りに振り返った刹那、先輩と視線が交わる。


男「……ふふ」
先輩「くす……」

忙しいっすね。
忙しいね。


スローになった世界で、笑み。
そう仲良くもないのに、それだけで伝わってしまうのはなんでだろうか。

男「……こちら年齢確認の方だけお願いできますか、すいません」

先輩「こちら、年齢確認お願いします」

さあ急ごう。

…………。


先輩「はー……」

男「お疲れっす」

紙コップに入れた水を渡す。

先輩「ん、ありがと。……ぷは」

男「今日、なんでこんな人多いんですかね?」

先輩「分かんない……」

いつもはコツコツと仕事をこなし続ける先輩が、手足を止めて疲労の色を露わにしている。
時刻は7時半を回っていた。

男「とりあえず休んでていいっすよ」

先輩「まだちょっと早くない?」

男「そしたら、多少長く休んでてもいいっすから」

先輩「いいのいいの、ありがと」

結局、先輩はいつも通り8時に休憩に入っていった。


男「……。いらっしゃいませー、こんばんはー」

……まずい。
レジのお守りとなった俺の前に、嫌な兆候。

おばあちゃんのご来店だ。
ひとりで来るおばあちゃんは大量に買っていくことが多く、支払いも遅い。レジが詰まる分かりやすい要因である。

男「いらっしゃいませー、いらっしゃいませー、こんばんはー」

リーマン。リーマン。OL。リーマン。チャラ男。学生カップル。リーマン。

誰も買いにこない。まずい。一気に来られると、ひとりはおろか、ふたりでも詰まる。


鬱屈した気持ちのままでシャワーを浴び、パジャマを着て、またスマホを手に取る。

男「……。はぁ」

ハートパルス 21分前
にゃー さんからメッセージが届いています

ただの杞憂だった。
それも、たったの26分。ご飯食べている間スマホを触らないだけでもそれくらい経つじゃないか、俺。

勝手に盛り上がり、ヘコみ、すっかりツールに振り回されている。よく教育番組で偉そうにネットの講釈を垂れるおじさん、馬鹿にしていて済まなかった。
世の中に対して詩で啓蒙する暇があるなら、まず自分の心配をするべきだという当たり前の話。

薬にもならない自戒をし、通知をタッチした。

にゃー「おー、大正解☆
プロフ女の子だと、出会い厨の人からいろいろと無礼なメールもらっちゃうからね。
ぼーえーしゅだんです」

男「……なるほど」

女は大変である。異性にあたる人間が獣だらけだからな。ハーパルはプロフの検索も効くため、出会い目的でも多く利用される。

問題は、俺もその出会い厨に分類される人間であることだろう。男のつもりで話していたが、相手が女となるとまた欲が出てきてしまう。
このメールのあとに住みを聞いたりするような神経はないが。

布団「さっきの詩じゃないけど、大変ですよね。」

にゃー「そーだそーだ!
わたしコンテンツじゃないもん!」

布団「俺は正真正銘の男ですけど、平気ですか?」

にゃー「えー、詐欺写してない?笑」

布団「詐欺ってまでコレって、誰が喜ぶんですか笑」

にゃー「うそうそ、ちゃんと画像検索したよん(⌒▽⌒)

あ、プロフ見たけどハタチでしょ?
お布団も敬語なしでいいからね。」

布団「あ、いいの?
にゃーさんも今年の成人式だった?」

にゃー「そうそう。
あんまり綺麗じゃないコンクリの会館に振り袖振ってったのさー( ̄▽ ̄)」

布団「あー、どこもおんなじようなもんだよね笑
振り袖写真ある?笑」

にゃー「あるけどあるけどあげないよ!笑」

しばらくやりとりは続き、どちらからともなくお休みしたのは午前2時のことだった。


……来る。

客「お願いします……」

男「はいすいません、お預かりいたします」

幸いにも、最初に来たのはあのおばあちゃんではない。後ろにも多く控えてるが、これぐらいなら。


先輩「2番目でお待ちのお客様ー、こちらでお預かりします」

男「!」
先輩「……」

と思った矢先のことであった。
スッと出てきた先輩がレジにいる……。レジが詰まるであろう状況を見越して出てきてくれたのだ。申し訳ない。


…………。






その後。
出たり入ったりする客のせいで、先輩が食事を取るに十分な時間を取ることはできなかった。


男「あの、先輩……」

先輩「あはは……すごかったね」

この前と同じ状況だった。

男「あの、食って、きて、いいっすから!」

先輩「いーのいーの。それに、ほら、今日、店長……」

どもる俺に先輩が耳打ちする。店長はまだ何やら書類をまとめていた。30分過ぎても休憩していられるような雰囲気ではない。

これじゃ、先輩が……。

男「でも、先輩……」

先輩「ん、ありがとう」

『休憩終了』の処理が行われる。
俺は、それ以上何も言えなかったし、何もできなかった。

男「……」

例えば俺が目指す、人との付き合いに不自由しないような。
端正で内側の輝く男なら、もっと良い言葉も、もっと良いフォローもできるのに。

ああ。コンビニの隅で、菓子パンの配列をいじる俺は、一体誰の何なんだ?


10時になる2分くらい前、私服姿の店長が出てきた。

店長「お疲れさま、上がっていいよ」

男「あ、お疲れさまです」
先輩「お疲れさまです」

交代の人も来てるし、さっさと上がってしまおう。

さっさと……。

……。



男「先輩っ! 先に着替えて良いっすか!?」

先輩「えっ? あ、うん、どうぞ……」

猛スピードでキャップを取り、制服も脱ぎ、ハンガーに突っかける。

先輩「しゅ、出勤簿書いとこっか? 急ぎ?」

男「おなしゃっす! すいません!」

とりあえず格好がつくように、上着だけ適当に羽織る。その勢いで事務所をあとにした。

男「失礼します、っと! なんか食べやすくて、気を遣わない金額のもの……!」

…………。

先輩「失礼しました……あれ、男くん。帰ったんじゃなかったの?」

先輩が出てきた時にはレジの前。早くしないと。

男「ええ、ちょっとですね……っ!」

先輩「それじゃ、お疲れさまでした。失礼します」

焦って小銭が出てこない!
ええい知るか!

男「これ! 釣り、募金で! しつれしゃっす!」

店員「おい男っ、ちょっと、はぁ。どうしたんだあいつ?」

500円玉を叩きつけ、袋をふんだくって、駆け出す。あああ、自動ドアが開くのが遅い!



息を切らして周囲を見渡した視界の端。

……いた!

男「先輩っ!」

大声出して駆け寄る俺に、周囲の客と先輩が振り返る。額の汗を腕でぬぐい、反対の手を先輩に差し出した。
今まさに自転車にまたがり、その場を去ろうとするところに。


先輩「……男くん?」

夜風に靡く先輩の黒髪が、電飾の灯りにちらついている。

急に気恥ずかしくなった俺は、黙ってうつむいたまま、先輩に袋を差し出した。セファーソンの袋が、先輩の指に通される。

先輩「何? 忘れものかな……」


先輩「……サンドイッチ?」

男「こないだ、今日みたいな時に休憩いれてもらったのに」

先輩「そんな……」

男「おんなじような時に、俺、先輩に休憩させられなくて……すいませんっした」

先輩「い、いいのに。気を遣うことじゃないって」

男「い、いいんです。どうぞ」


先輩「んー……」


先輩はお腹に手を当ててしばらく逡巡したのち、くすっ、と笑った。

先輩「……いただきます。見たらお腹減ってきちゃった」

男「は、はい。お疲れさまです」

先輩「男くん、ありがとね」

あまり新しいとは言えない先輩の自転車が、カラカラと音を立てて行く。
その笑顔、その残り香、一輪の花のようであった。


布団「これ、ちょっと良い感じかもしれないじゃん?」

にゃー「えー?
女はみんな良い顔するよー笑」

翌日、朝バイトをこなした俺は、同じく朝番だったにゃーさんとハーパルにて談笑していた。

布団「だから、その先輩はそんな感じじゃないんだって!」

にゃー「お布団ベタ惚れわらわらわら」

布団「うっせー!笑
マジ可愛かったんだから!」

ついうっかり先輩のことを漏らしてしまい、質問攻めからの華麗なる誘導尋問で昨日の一件も暴かれてしまった。
今も脳裏には彼女の優しい笑顔が残っている。

にゃー「うわのろけよった!
にゃーさん嫉妬するかんな(*゚▽゚*)」

布団「ああ、にゃーさんも女か……」

にゃー「良い顔ばかりしないもん、あたしそんな汚くないもん!」

布団「じゃあその綺麗な顔見せて笑」

にゃー「うるせえぞ出会い厨!(≧∇≦)」

彼女とのやり取りは出会いを意識したものから、少しずつお互いの生活を探るものへとシフトしていった。

率直に、にゃーさんは俺にとって楽しい人なのである。


………………。

ハートパルス 今
にゃー さんからメッセージが届いています

…………。

ハートパルス 今
にゃー さんからメッセージが届いています

ハートパルス 6分前
にゃー さんからメッセージが届いています

……。

ハートパルス 今
にゃー さんからメッセージが届いています

ハートパルス 11分前
にゃー さんからメッセージが届いています

ハートパルス 17分前
にゃー さんからメッセージが届いています

…。

?「……」




ピリリリリリリリリ!!

男「どわあっ!?」

ハートパルス 今
にゃー さんからの着信です


男「にゃ、にゃーさん……おはようざっす」

?「おそーい!! 起きろってんだから起きろ、お布団!」

男「うう……なんだよオイ」

寝ぼけ眼をこすって開く。
今まではメッセージのやり取りしかしてこなかったにゃーさんからの、突然の電話。何かあったのか?

?「なんでもないっ!!」

男「……よし、これは夢だな。おやすみ」

?「わー待て待て待て! 出会い厨なお布団のためにわざわざ私から電話かけたのに! 感想とかないの?」

感想も何も。イメージ通りハツラツとして、明るくて、……。

男「か、可愛らしい声してんな」

?「ブフッ」

男「おいてめえ今吹き出したな!?」

?「だ、だって可愛らしいってなんだよ……! そんな可愛らしいお世辞聞いたことないよマジで」

あーホント面白い、とか後ろでひとしきり笑ったあと、彼女は続けた。



?「……ありがとね、寝てるところ。じゃっ」

男「あっ、おい、にゃーさん。……切れちった」


とりあえず開いたままのハーパルを見ると、にゃーさんからの新着メッセージが3件も入っていた。それで電話よこしたんだな。


にゃー「ねー、お布団」

にゃー「起きてよう」

にゃー「返事ほしいな」


顔文字も笑いもない。
冗談も馴れ合いもない。

そういえば、今日は朝の10時からバイトだって言ってたな。ということは、朝出がけの前に俺に連絡を取ろうとしたのか。

……。

布団「お疲れさま。たまにはちゃんと休めよ」

こんなことしか書けないけど、こんなことでしか、この距離感は伝わらない。

ふたたび、お布団はお布団に寝転んだ。


コンコン。

「失礼します」







ローレル「……うあ。最悪」

男「ビンゴ。なんとなくそんな気がしてたんだよな」

あの後、俺はひとつ思い立ちスイートリーフに赴いていた。
何のことはなく、ローレルにしてもらった日から1週間経ち、同じ時間帯にまた来てみてたら……ということだ。

なんとなくそんな気が、だなんて白々しいにもほどがある。

ローレル「馬鹿じゃないの……」

男「覚えててくれて嬉しいぜ」

ローレル「忘れるわけないじゃない」

ローレル「……あ」

男「お前……」

ローレル「違う。違うから。死ね」

口は悪い。接客も酷い。可愛げなんてありやしない。

でもかわいい。


コンコン。

「失礼します」







ローレル「……うあ。最悪」

男「ビンゴ。なんとなくそんな気がしてたんだよな」

あの後、俺はひとつ思い立ちスイートリーフに赴いていた。
何のことはなく、ローレルにしてもらった日から1週間経ち、同じ時間帯にまた来てみてたら……ということだ。

なんとなくそんな気が、だなんて白々しいにもほどがある。

ローレル「馬鹿じゃないの……」

男「覚えててくれて嬉しいぜ」

ローレル「忘れるわけないじゃない」

ローレル「……あ」

男「お前……」

ローレル「違う。違うから。死ね」

口は悪い。接客も酷い。可愛げなんてありやしない。

でもかわいい。


男「まあ、座れや」

ローレル「マジ意味分かんない……」

おしぼりやローションの類いを適当に放り、ローレルは俺の隣に渋々腰を下ろす。

ローレル「で、何しにきたのよ」

男「お前に会いに」

ローレル「チェンジで」

男「お前がチェンジする側かよ!?」





ローレル「抜いてもらいに来たって、正直に言えば良いのに」

男「それが違うんだなー」

ローレル「馬鹿じゃない? どう違うのよ」

男「そのまんまだよ。イコール、今日は抜いてもらわなくても良いってこと」

ローレル「うわ……バカだ。バカがいる。ただのバカでしょ。うん」

ついに俺に確認することをせず、独断でバカにされた。というか、これは馬鹿にされてるのか。まあいいや。


男「とりあえず、ほれ。上着」

ローレル「……ん」

俺が着てきたシャツに袖を通すとローレルはいくぶん落ち着いたようだった。肩の力を抜き、柔らかい二の腕を俺のそれにそっと付ける。





ローレル「……で。何の用」

男「さあ? 昼から学校サボリのお前とすねかじりフリーターの俺、気が合いそうだと思ってね」

ローレル「死ね。低収入のくせに」

事実はひどく俺を打ちのめす。

男「お前なあ。接客がどうのってより、そもそも接客する気ないだろ……」

ローレル「ふん」


ローレル「だってあんたは特別接客しなくてもいいし」

男「ひでえ扱い。楽しいか?」

あくまでも、嘲笑するようにローレルが笑みを見せた。

ローレル「楽しいけど?」

男「……お前な、俺だからそういう態度でまかり通ってるんだからな」

ローレル「当たり前じゃない。他にはそういう態度、取らないから」

男「え?」

ローレル「な……なに?」

男「誰彼構わず死ねって言ってるのかと」

ローレル「……馬鹿? 他の人にそんな事言うわけないでしょ。あんたが変態だから悪いのよ」

男「じゃあ俺といる時は楽しいのかー、なるほどなー」

ローレル「は、はあ!? どーしてそうなんのよ!!」




身を乗り出して激昂するローレルの声も、不快とはあまり思わない。
眉根を寄せ、目を閉じ、顔を背ける俺の口が笑う。

ローレル「まったく……」

男「……」

ローレル「あ……」

ふと、時が止まる。感情さえ匂いたつ距離で、外せなくなる視線が交わる。
ごく自然に、愛でるように、草木に触れるように。

男「あ」
ローレル「あ」

男は禁則事項を犯した。


ローレル「ちょ、ちょっと、何して……!」

俺はローレルの肩を抱いていた。

ローレル「お、お店の人に言うわよ。だから、離してっ、だめだから……!」

男「……すまん、つい」

ここは手コキ専門店。お触りは厳禁である……その前提が信用として、ここの女の子たちは働けているのだ。
ローレルのうろたえようはちょっと異常だが、とりあえず身を離した。

男「悪い。無意識だったんだ」

ローレル「……びっくりした」

男「悪い」

ローレル「……そんな謝られても困るわよ」


ローレルは一度立ち上がると、放り捨てたおしぼりを手に取った。

ローレル「やっぱシたい?」

男「その方が落ち着くか?」

ローレル「それは……」

俺は黙ってズボンとパンツを脱ぎ、イチモツをおしぼりで拭う。ローレルが余計なことを考えないで済むというのなら、その方が良いだろうし。

ローレル「……さっきもそうだけど、やけに手慣れてた」

男「……気のせいだろ」

ローレル「絶対童貞だと思ってたのに」

男「おいコラ!」


ローレルの柔らかい手のひらに透明なローションが盛られていく。
ひとしきり両手をすり合わせたあと、俺はそれに包まれた。

ローレル「ホントに童貞じゃないの?」

男「しつけーな。大したことじゃないだろ」

ローレル「……ムカつく」

男「なんで……? ああ、お前処女か?」


ローレル「死ねっ、このド変態!!」


男「はっはっは、ぬるつく手で握り潰されても気持ちいいだけだぞ」

ローレル「違うから。……じょだったらこんなところで働かないから。ありえないありえない」

男「え、今なんつった?」

ローレル「しょ、しょ…ょ。」
男「んん?」

ローレル「しょっ……じょぉ……! ~~っ、もうなんなのアンタ!」

男「あっ、やめろっ、いきなり尻はやめっ、ーーーー!!」


…………。

男「一度ならず二度までも……」

ローレル「ふん。この早漏」

尻の中に入ったローレルの指がコリッ、コリッと動いたとき、全身が茹つような感覚と共に絶頂していた。

自己弁護しておくと、力をいれたからとか意識を散らしたからとか、そういう方法で我慢できる類のものではない。

ローレル「くふふっ……前より早かったんじゃない? 早漏」

男「いや、無理だからこれ……」

力なくソファーにひっくり返った俺の視界を、ローレルの仏頂面が塞ぐ。

男「なんだよ」

ローレル「別に。ただ……」

男「ただ?」

ローレル「アンタ、なんで風俗なんか来るの。女慣れしてないわけでもないんだし」

男「女慣れもなにも、多少だけだよ……。女運もなければ、女受けも悪いし」

ローレル「じゃあ、女の身体なら何でも良いんだ?」

男「やな質問」

ローレル「……どうなの」

おおよそ嬢が客に取る態度ではない。だからこそ話しやすい。
気がつくと語り始めていた。


男「俺、一人暮らししててさ。メシ作るのも苦じゃないし、身の回りのことも大概は出来る」

男「でもまあ、もちろん一人暮らしでフリーターだなんて不安でいっぱいでさ。現実的な話……将来の事、就職もそうだし、他のことだって、友達もいないしマトモな趣味もないし」

ローレル「……」

男「笑わないのか?」

ローレル「……」

男「……まあ。それでも精神的に腐っちゃったらアカンだろ? だから、ちょっとした温もりとか……話しかけられる相手とか」

ローレル「あと尻とか?」

男「それお前だけだから。……性欲的な理由ももちろんあるけど。あんまりのめり込んじゃいけないなーと思って、あんまり肌をくっ付けない、ここに通ってる」

男「寂しいんだよ。この歳にもなって」

ローレルは俺の隣の空間をぼんやり見たまま。

ローレル「……そうね」

静かにそう言った。


男「よっと、世話になったな」

ソファーから起き上がるとローレルは軽く身を引いた。

男「ありがとな。たまにしかこんなこと言えないから、スッキリした」

ローレル「……」

男「あと何分?」

ローレル「13分。……もっかい抜いてあげよっか?」

男「パス。腰抜ける」

ローレル「ふーん。……ふぁあ」

いそいそとズボンを履く俺の横でローレルがあくびをしている。

男「眠いのか」

ローレル「……悪い?」

男「なんで悪いんだよ……。いや、眠いんだったらゆっくりしてても良いけどさ」

ローレル「接客しろって言ったり、休めって言ったり。何よ」

男「お前さんの接客は諦めたよ」

ローレル「ぁふ。うっざぁ……」

男「はいはい。ソファーあるし寝れば?」

ローレル「ん……アンタが、邪魔なんだけど」

男「……」

俺は接客する時のようにニッコリと笑い、無言で膝元を叩いた。


ローレル「……バカ?」

男「ほれほれ」

ローレル「お触り禁止ってのもう忘れたの?」

男「店員としてちゃんと接客してるなら考えてやるよ」

ローレル「意味分かんない……」

男「ほら。頭ぐらぐらしながらボヤくな」

ローレル「うう……ねむ……」

男「……変なことしねーから。10分寝るだけでも違うぞ」

ブラウンの髪がゆらゆら揺れる。閉じそうな瞳でかろうじて俺を見る。


ローレル「……う、ん」


それにしおらしい光が見えた時、両の瞳が完全に閉じた。

ローレル「へんなことしたら、ころす、から……」

男(……っ、あったけー)

力尽きたローレルの頭が、ちょこんと俺のももに横たわる。柔らかい髪の毛が温かい。
そっと肩に手を置く。これも温かい。



ローレル「すぅ………すぅ………」

しばらくして寝息を立てはじめた彼女。
色んな意味でかわいい。

男「……」

変なことしないと言ったことを、ちょっと後悔した。


…………。

ピピピピ! ピピピピ!

ローレル「んぐ……止めて……」

男「ほい。おはよう」

温かい時間は不粋なタイマーの音により終わりを告げられた。
少し身を強張らせ、ローレルはむくりと起き上がる。

男「シャッキリしたか」

ローレル「んん……多少」

男「ほれ。立て」

先に立ち上がり、寝ぼけたローレルの手を引く。すると、ローレルがギョッとした顔で俺を見ていた。

ローレル「……アンタ正気?」

男「何がだよ」

ローレル「チンコはともかく、お尻に突っ込んだ手なんだけど」

男「ああ、そういうこと。人に触ってもらっておいて、なーに小学生みたいな理由で嫌がるんだか」

ローレル「え……」

男「いいんだよ。というかお前が気にすることか? 俺が良いんだから気にするな」

ローレル「ホントに変な奴」

男「そうだよ。とにかく、ありがとな」

ローレル「あとその……寝てごめん」

男「あー、温もりがどうの言ってたろ? お前寝かすの嫌じゃないから」

ローレル「……」

ちょっと踏み込みすぎたかな。時間もないし、このへんにしておこう。

男「また、相手してくれよ」

そう言ってローレルを立ち上がらせた。


ab「暇」

1文字、2バイト、すなわち16ビットの連絡が届いたのはその日の夜。



ab『知らない。でも、また連絡する』

あれは社交辞令かと思うようにしていたが、なんとなくまた連絡がくると確信していた面もある。
そういえば、あの日もスイートリーフから帰ったあとの事だったな。

クロメを起動し、俺は男から一樹になる。

一樹「急に言われても……なんか趣味とかは?」

ab「ない。そっちは?」

取り付くしまがないのは相変わらずである……と思ったが質問が返ってくるようになってる。ちょっと進歩したかもしれない。

一樹「詩を書くことと、食べ歩きかな。
大したことでもないけどね」

ab「詩って何。歌詞?」

一樹「いや、ポエム。ホントに、素人に毛が生えた程度のものだけど」


ab「読ませて」

abさんが、予想外に詩への興味を示している……が、これでそっけない態度取られたらちょっと傷付くぞ。
とはいえ、出会い系という場で自分に興味を持ってもらえたのは、他の場以上に嬉しい。

さっそく、ハーパルから直近の詩をコピペって……あれ?

……。

一樹「ごめん、コピペしようとしたんだけどここだと300字までしか入らないっぽい」

ab「普段どこで書いてるの」

一樹「ハーパルのコミュニティで書いてるよ」


?「……」

?(……こいつは、悪い奴じゃ、ないから)




20分ほどして返ってきたメールを見て、現実の俺は布団の上で大の字になった。

ab「わたし、同じ名前だから。
今度からハーパルで話しかけて」

図らずも、多少なりとも出会う意思のある女の子をハーパルに誘導した結果になったのである。


早速ハーパルを開き、ペンネーム『ab』で検索するとすぐにアカウントが見つかった。
プロフに何も書いていないのはクロメと同じである。

布団「クローバーメールの一樹です!
abさんで合ってるよね?」

ab「コミュニティ覗いていい?」

とりあえず、クロメのabさんで合ってるらしい。話が異常に簡潔だし。
プロフの公開設定を弄ってからメールを返す。

布団「いいよ、好きに見て。数が多いから探すの大変かもしれないけど」

おおかた、俺のプロフから参加コミュを辿りトピックを漁っているのだろう。
返信はしばらく来ないみたいだ。

……。
…………。
………………。


ハートパルス 6分前
ab さんからメッセージが届いています


ab「けっこう探した。コンテンツ読んだ
ネットの関わり嫌いなのに出会い系使ってたの?」

よりにもよって、ようやく見つけた最初の詩がこれだったらしい。確かに、クロメで知り合ったabさんにとって気分の良いものではなかったかもしれない。

でもそれ以上に、ぶっきらぼうなabさんのメールの文量が増えるごとに何だか楽しくなってくるのだ。

布団「嫌いだったら使ってないよ。
でも時々虚しくなって、それでも相手の都合考えないでもよくて、お手軽だからついつい使っちゃう。
そんな感じ」

ab「それって悪いこと?」

布団「みんながみんなそうなるなら、多分悪いのかな」


ab「それでいいのに」

その一文が、abさんという雰囲気をどこか強く体現している気がして、印象に残っていた。


ハートパルス 5時間前
にゃー さんからメッセージが届いています

翌朝起きた時に入っていたのはにゃーさんからのメールだった。
昨日の朝の一件だろう。

布団「お疲れさま。たまにはちゃんと休めよ」

にゃー「ありがとう!あと昨日はごめんね!
お布団は今日はオフ??」

布団「おはよ。

んー、今日は半夜勤。
昨日も夜遅かったの?」

にゃー「そそ、夜11時。
やんなっちゃうよー( ; ; )

お布団はお昼寝しなくて平気?」

布団「夜10時から2時までだし、オッケーオッケー
オフだったらどっか出掛けないの?」

にゃー「あたし?
今日は出かけたくないけどご飯がないのだー!
パン買お。パン」

布団「自炊は?毎日やるんじゃなかったの?笑」

にゃー「バーカお布団カビ生えろ!!
お昼過ぎたら焼きたてだし、ベーカリー行くかな!」

布団「ベーカリーと言えばさ、ウチの近所にもかなり美味しいパン屋があって、フジヤマベーカリーって言うんだけどさ
これのメンチパンがまた美味いんだよ!」


にゃー「あたしポテサラサンドの方が好きかなー!
あれ安くていいんだよね。」

……え?
なんで、知ってるんだ?

戸惑ってるうちにもう一通。

にゃー「あれ
ちょっと待って」

布団「あのお店って、チェーンじゃないよね」

にゃー「うん」

慌ててにゃーさんのプロフを見返す。
……住んでる県が同じだ。

にゃー「藤山とか、富士山ベーカリーじゃないよね」

布団「フジヤマだよ」

にゃー「何市住み」

布団「K市。H駅の近く」

にゃー「まじか」




布団「ひょっとして、近所?」

にゃー「っぽい」





……しばらく、返信するメールを書いたり消したり書いたり消したりしていた。

なんて声を掛けたらいいのか。どんなノリで行けばいいのか。

男「マジかよ……」

サーバーと電波塔とディスプレイを挟んで、お互いに硬直しているのを感じていた。


男「あの、先輩」

先輩「またお越しくださいませー。……どうしたの?」

男「オフ会行きませんか?」

……

布団「にゃーさん、思い切ってオフ会しよう」

にゃー「えー?」

布団「他に女の子2人も呼ぶから、それなら安全でしょ?」

……

布団「てなわけで、人数合わせとして……ダメかな?」

ab「なんでわたしなの」

布団「せっかくだし、abさんとも会って話してみたいんだ」

……

無題

また見ぬ未来に恋をした

しょうがないほど高望み
どうしようもなく片想い

それでも僕らは恋をする


想えば想うほど切なくて
後ろ姿を探してしまう
触れるその度嬉しくて
色んなものがきらめいてくる

恋でなければ何と呼ぶ?


僕らは未来に恋をした

会いに行くため駆け出した

叶うかどうかはわからない けど

まだ見ぬ未来へ駆け出した



[投稿]


?「……およ? 通知?」

ハートパルス 今
コミュニティ「ポエマーの集い」に書き込みがありました

?「これって……」

……

?「詩? 布団のだ」

?「…………」

?「なによ……くふふっ、未来に恋だなんて」

?「しっくり来すぎて、バカみたいーー」

……

先輩(男くんにハーパル教えてもらったけど、オフ会かぁ……)

先輩(嫌じゃないけど、気乗りしないな……)

先輩(にしても、男くんってけっこうコミュ入ってるんだ……ポエマーの集い?)

先輩「男くんの詩は……」

先輩「…………」

先輩「……おかしいなあ」

先輩「なんで、泣けてくるんだろ……これ」


プロローグ
恋するコンテンツ 了

これで序章です。
展開に悩んでいたので遅くなりました。すいませんでした。
また書きます。


あれから、俺はにゃーさんに「オフ会」を提案した。
俺として、せっかく仲良くなったにゃーさんと、住みがバレたくらいで疎遠になりたくない……という思いもある。

けれどそれ以上に「オフ会」という形で踏み込んだのは、

互いに必要以上に踏み込んではいけない関わり……いつでも逃げられる関わり……自分も相手も代わりの居る、気軽で無責任な関わり……。

互いに男女であることからくる気の遣い合い、しかしネットであるが故に、なんら実りのないストレス……。





そんなものに、完全に、完ッ全に、飽き飽きしていたからである。
糞食らえである。勇気も責任もいらないコミュニケーションで、承認欲求を享楽的に満たし合う事への固執に生産性などあるか。いやない。
せいぜい精神衛生を保てるぐらいであり、そうして無菌の環境で育ったものがいつ外気への耐性を持てるというのだろう。

俺は常々そう感じていた。
そう感じていながら、抜け出せない自分にも飽き飽きしていた。


男「とまあ、そういうことですよ」

先輩「えーと、何の話…………?」


今はセファーソンで先輩とバイト。平日夜ということで、この前と違いのんびりと夕食を摂っていた。

先輩は自分のスマホも弄りながら問いかける。

先輩「ということ、じゃなくて何で急にオフ会かって話でしょ? そもそも、まだ誰と行くのかも全然知らないんだけど……」

男「ネットの世界に辟易した人たちが集まった、ということで」

先輩「ハーパルやってるって言ってたもんね。分からなくもないけ……あ、お客さん」

先輩はスマホをそのまま置きっ放しにしてレジに出て行ってしまった。


いや、そのまま置きっ放し?

先輩『あ、スマホ何やってるの?』

そういう先輩は何をやっているんだろうか。いやしかし覗くのもさすがに……。

ピローン。

あれ、これ、置きっぱどころか点いてね?



見るだけ。触らない。
そう思ったのが、運の尽きだった……。


先輩「あれ? スマ、ホ……?」

男「これ、SBの、専、ブラ……」


先輩「ちょ、男くん……あっお客さ……」

男「……」

先輩「い、いらっしゃいませーお預かりします」



スマスマ 今
あなたのレスにレスが付きました




……カチッ。

17: 【リバエア】Liberty of air 総合スレ29【D10無双】(422)

418 名前:機体識別、無所属機です! :20xx/07/xx(火) 20:47:12.76 ID:ttttttttt(7/7)
ディーテン乗ってる奴は施キャンレーザーしか出来ない脳死雑魚ばかりだからなww
糞機体乗っておいて背ミサ事故www

420 名前:機体識別、無所属機です! :20xx/07/xx(火) 20:49:07.58 ID:vvvvvvvvv(1/1)
>>418
いつまで張り付いてんだよ狩られ

421 名前:機体識別、無所属機です! :20xx/07/xx(火) 20:59:51.22 ID:jjjjjjjjj(1/1)
レス番飛びすぎ

422 名前:機体識別、無所属機です! :20xx/07/xx(火) 21:01:34.68 ID:zzzzzzzzz(1/2)
>>418
脳死連呼君はいつになったらディーテンを背ミサで事故らせてる動画を上げてくれるのかな?^^


男「なんだこれ……」

祭りの中心になっているのは、どう見ても先輩の書き込みだった……。


スマスマとは「スマートフォンでもスマイルBBS!」の略称であり、いわゆる専ブラというものだ。

IDNGやワードNG、共有NG、新着レスのスレ別通知、自レス安価通知など、便利な機能が多岐に渡りそろっていて評価を得ている

「有料」

の専ブラである。

ちなみに俺のスマホにはMossaryという無料のものが入っているが、大幅に機能は劣る。

男「このスレに、今日だけで7回も……」

先輩の書き込み履歴では、多くにおいて「ディーテン」というものが何か専門用語でこき下ろされている。
アーケードゲーム板……どうやらゲーセンのゲームの話みたいだ。


先輩『……いただきます。見たらお腹減ってきちゃった』

男「……」

先輩『ありがとね、男くん』


あの先輩が、重度のSB中毒者……。

俺の中の何かがガラガラと音を立てて崩れてゆくのと共に、何故先輩がオフ会への参加を決めたのか、なんとなく得心がいった。


先輩「あ、あ、ありがとうございましゅ、ました……」

男「あ、あの、先輩」

先輩「……………………見た?」

俺は崩れ落ちる先輩を前にして、黙って首を縦に振るしかなかった。


…………。


男「お疲れ様っした」

先輩「お疲れ……です……」

店員(先輩ちゃんげっそりしてるけど何かあったのか……?)

ウィーン……ピシャリ。

男「先輩、その……」

俺はあらかじめ買ってあった2本のペットボトル、その片方を手渡し、居住まいを正す。

男「勝手に覗いて、すいませんでした」

中身がどうであれ、普通ならまず許される行為じゃない。
中身がどうであれ、女の人は特に隠しておきたいことも多いであろう。
……中身がどうであれ。

先輩「あの、男くん」

男「はい」

下げた頭を上げた時、覚悟して見つめた先輩の顔は阿修羅のようでも仁王のようでもなく。

先輩「その、お願いだから、どうか忘れて……!」

むしろ許しを請う飼い犬のような顔で、そう言ったのだった。


え?
下手に出るの?

……。

俺はひとつ思い立ち、秘密を……電子の海の残滓を、俺自身が飽き飽きしたものを、ひとつ捨てることにした。

未来に恋をしたなどとのたまうなら、成就するための自分磨きぐらいしなくちゃしょうがない。



男「いや……先輩にも、そういう一面があるとは思いませんでした」

先輩「男くん! やめてよ、もう……!」

男「別に、からかってないですよ。だって、ほら」

俺はスマホを取り出し、堂々と専ブラ「Mossary」を突き付けた。


お気に入り:

215→223 出会い系で出会えないヤシ集まれwwww
95→127 ハートパルス総合part58
5→19 【出会い厨の】ゆるゆる通信part12【溜まり場】


先輩「……!」

男「俺は基本ROM専ですけど……似たようなもんっす。心は荒むし、価値観も歪むけど……やめられないだけです。先輩と同じで、もがいてるんです」

男「人には言えない事を言いたくて、人には聞けないことを聞きたくて」

男「たぶん、同じようにもがいてる人が、口ぶりとは関係なくいっぱいいるんです。先輩みたいに」

男「たぶんしばらく忘れないと思いますけど、でも、その、馬鹿にはしませんし、バラしませんから。秘密にします」


先輩「出会い厨って、あれだよね……ネットで女の人とばかり出会いたがるデリカシーのない人……」

男「まあ、だいたいはそうっすよ。今回のオフ会も、それが半々ってところです」

先輩「じゃあ男くんが私を呼んだのは……あっ」

言い淀む先輩。
先輩自身、際どいところにわざわざ踏み込んでしまった自分の言葉に困惑しているようだ。
いや、オフ会の話に繋げちゃった俺も悪いか……。

先輩「どう、なの……?」

男「それこそ、半々ですよ」

先輩「はぁ。デリカシーがないのは本当みたいね」

なんかなじられた。どう言ったって、先輩が今好きじゃないんだからしょうがないじゃないか……。

夜風がやけに蒸す。
もう7月の下旬、心のブラウン運動も熱くなる季節ゆえ、致し方ない事か。

先輩「まあ、私もバラしたりはしないよ。女の言葉は信用ならないかもしれないけど」

男「そんなことないです。スマBの言葉と一緒で、信じられるかどうかより、信じるかどうかが大事なんですよ。ありがとうございます」

先輩「こっちこそ。もー、見つかったのが男くんで助かったよ……」

男「そりゃあねぇですよ、ふふふっ」

先輩「あははっ……!」


先輩と同時にペットボトルをあおった。


先輩「あ、そう言えば。ちょっと言いたい事があったんだけど」

男「どうぞ?」

先輩「いや、その、言いづらいというか、スマBの事というか……専ブラ見せてもらって良い?」

男「さっきバレたんだから、今さらじゃないですか。良いっすよ」

先輩は俺の専ブラをもう一度確認するとまっすぐこっちを向いて、真顔で言った。


先輩「……うん。男くん、情弱?」


男「はい?」

先輩「いや、だってだって、あろうことかモッサリー使ってるしww使いづらすぎるwww」

男「モッサリー言わんでくださいよMossaryですよ!」

先輩「いや無料にしてももっと良い専ブラいっぱいあるでしょ? それ使ってる人初めて見たwwあー面白いww」

男「有料の使ってる中毒者と一緒にしないでくださいよ!w」

先輩「黙れ貧乏人^^」

男「もうバレたからってことごとく開き直るのはどうかと!! 俺はシンプルなのが使い易くて良いんですよ!!」

先輩「カスタマーの深刻なスペック不足wwwwwそれ書き込むにも一箇所でしかログイン出来ないんでしょ?産廃www」

男「酷い! どうせそんな機能、自演にしか使わないくせに!!」

先輩「」

男「……」

先輩「あっ」

男「今の沈黙……w」

先輩「違うから!違うから!自演なんかしたことねーしお前出会い厨のくせにふじこふじこ!!!」

男「出会い厨は関係ないだろが自演常習犯ふじこふじこ!!!」


…………。

店員「店の外うるせーな……夜中なのに」

「ふじこふじこ」
「ふじこふじこ」

店員「なにアレどうしよう」


……。

先輩「うん……はい……しょっちゅう自演してます……くやしいとついやっちゃうんです……ごめんなさい……」

男「生まれてきてすいません……まごうことなき半無職です……フリーターです……これ以上傷口をえぐらないでください……」

これは、リアルレスバトルの応酬により致命傷を受けた若者たちがくずおれるコンビニエンスストアの図である。

不毛極まりない。もうしません。

先輩「ねっ? もうやめよう。ねっ? ねっ? いつもの私に戻るから。ねっ?」

男「先輩しっかりしてください……言語野が縮んでますよ……」


………………。

先輩(『先輩のそーゆーとこ、俺はいいと思いますよ』)

先輩(『だって、誰もが少なからず持ってる一面ですから』)

男(『ありがとね、男くん』)


……。

先輩「うん……はい……しょっちゅう自演してます……くやしいとついやっちゃうんです……ごめんなさい……」

男「生まれてきてすいません……まごうことなき半無職です……フリーターです……これ以上傷口をえぐらないでください……」

これは、リアルレスバトルの応酬により致命傷を受けた若者たちがくずおれるコンビニエンスストアの図である。

不毛極まりない。もうしません。

先輩「ねっ? もうやめよう。ねっ? ねっ? いつもの私に戻るから。ねっ?」

男「先輩しっかりしてください……言語野が縮んでますよ……」


………………。

先輩(『先輩のそーゆーとこ、俺はいいと思いますよ? だって、誰もが少なからず持ってる一面ですから』……か)

先輩(……男くんの言葉は、優しいし、強いなあ)

先輩(なんでだろう。とても月並みな言葉なのに)

先輩(うん、はやく帰ろう。帰って、ハーパル覗かなきゃ)

………………。

男(『ありがとね、男くん』か。俺こそそう思ってますよ)

男「うええ、暑い」

男「はよ帰って、先輩ににゃーさんのこと話しなくちゃな……オフ会するって決めたんだから、俺が音頭取らなくちゃ」


布団「おいっす」

にゃー「バイト終わったの?(⌒▽⌒)」

布団「終わったよ! あと、女の子2人集まったよ!」

にゃー「たらしだ」

布団「たらしじゃないやい! どうやって日取り決める?」

にゃー「こんなこともあろうかと、にゃーさんは準備して待ってたのだ笑
コミュ覗いてみて!」

にゃーさんの所属コミュ一覧に見慣れないものが増えている……これは。

布団「『にゃふとん』ってなんだよ!笑」

にゃー「あたしとお布団のコミュだから!笑
オフ会用にトピも作ったから、ここにその子たち招待して(


布団「おいっす」

にゃー「バイト終わったの?(⌒▽⌒)」

布団「終わったよ! あと、女の子2人集まったよ!」

にゃー「たらしだ」

布団「たらしじゃないやい! どうやって日取り決める?」

にゃー「こんなこともあろうかと、にゃーさんは準備して待ってたのだ笑
コミュ覗いてみて!」

にゃーさんの所属コミュ一覧に見慣れないものが増えている……これは。

布団「『にゃふとん』ってなんだよ!笑」

にゃー「あたしとお布団のコミュだから!笑
オフ会用にトピも作ったから、ここにその子たち招待して(

どうやら一部の顔文字がわたしのブラウザだと反映されず、さらにそれ以降の文章を全てカットしてしまうみたいです
すいませんでした
ちゃんと見えてる人いたら教えてください……

>>110
乙、ちゃんと(?)途切れてる
別スレでも途中でなくなってしまうことはあったんだが
原因が分からないままなんだよなあ

>>111
どうも!
なんの変哲もない顔文字ながら括弧書きと関係があるあたり、saga特有の現象なのかもしれないです。(外さないけど)
ありがとうございました!


布団「おいっす」

にゃー「バイト終わったの?(⌒▽⌒)」

布団「終わったよ! あと、女の子2人集まったよ!」

にゃー「たらしだ」

布団「たらしじゃないやい! どうやって日取り決める?」

にゃー「こんなこともあろうかと、にゃーさんは準備して待ってたのだ笑
コミュ覗いてみて!」

にゃーさんの所属コミュ一覧に見慣れないものが増えている……これは。

布団「『にゃふとん』ってなんだよ!笑」

にゃー「あたしとお布団のコミュだから!笑
オフ会用にトピも作ったから、ここにその子たち招待して(^人^)」

布団「分かった、ありがとな」

にゃー「へへへー(≧∇≦)
よろしく!」

とりあえず、abさんとスバルさん(先輩の事だ)を招待するために俺は『にゃふとん』に参加した。
デフォルメされた猫が布団をかぶって寝ているアイコンが印象的だ。かわいい。

男「にゃーさん、イラスト描くの上手いんだな……」


布団「こないだのオフ会の話、このコミュですることになったんだけど、良いかな?
【「にゃふとん」に招待する!】」

ab「ネコかわいい」

……。

布団「今日はありがとうございました!
オフ会なんですけど、このコミュで日取り決めるんで参加してもらって良いですか?
【「にゃふとん」に招待する!】」

スバル「ううん、私こそありがとね。
参加したよ。

ねえ、せっかく見知らぬ人が集まるオフ会だから、私たちが知り合いって事はオフ会まで秘密にしておかない?」

布団「良いですね、そうしましょう。」



オフ会トピック!(1)

そうして2人を無事に招待し終えると、トピックには既に書き込みがあった。
ハートパルスのトピックは、掲示板のようでありながらチャットルームのようでもあり、随時でもリアルタイムでも書き込みを追うことができる優れもの。

さっそくトピックにINすると「今トピックを見ているメンバー」には4人全員が揃っていた。

にゃー「いきなりでごめんなさい!」

スバル「だいたいのいきさつは布団さんから聞きました。
住みがバレちゃったから、警戒しないように人数を集めてオフ会しようって話ですよね。」

ab「なんで集めたのが女ばっかなのよ」

にゃー「お布団出会い厨だから笑」

布団「違うから!笑」

スバル「男の人2人より、2対2の方が良いですもんね。よろしくお願いします。」


会話が一旦途切れたテンポで、早速日取りについて話し始めようかと思ったが何やら俺個人にメッセージが届いていた。

差出人はにゃーさん……?
せっかくチャットしてるのに何でわざわざ?

にゃー「やいお布団!
スバルちゃん、めっちゃ優良物件ぢゃねーか!どこで拾ってきた!」

はぁ。まったくこのおなごは何と言うか相変わらずだ。
さっき先輩に釘刺されたばかりだしなぁ。

布団「そんなことより、お前さんはいつ女だってバラすんだよ。
2対2だって思われてるぞ?」

にゃー「えー??
面白そうだからこのままで?」

布団「ふざけんな、当日の俺の肩身の狭さったらねえよ笑」

にゃー「俺の形見?」

布団「殺すな!笑」

にゃー「ま、大丈夫でしょ!なんだかんだみんなノリ気っぽいし?
布団が一番全員のこと知ってるんだし、あたしの事もよろしくね。」

布団「わーったよ。」

にゃー「んじゃ、よろしく~☆」

にゃーさんはこういう人だ。
嫌いじゃない。むしろ、この程よい図々しさが良い。

チャットルームに戻ると幾分雑談が進んでいる。

男「にゃーさんも書き込んでるよ……」

女子のタイプの早さには時々脱帽する。
先輩もabさんも、馴染めるといいな。


~ここから未読~

にゃー「スバルさん、そんな硬くならないで良いですよ?」

スバル「ごめんなさい、やっぱ緊張しちゃいますねw」

にゃー「ひょっとして年上?」

スバル「え?
私は21ですけど皆さんは?」

にゃー「オレとお布団はハタチだよー」

ab「わたし18」

にゃー「スバル姉さんだ笑」

ab「ねーさんだ」

スバル「いっこしか違わないじゃないですか!」

ab「スバねー」

スバル「!?」

ab「って呼んで良い?」

スバル「え、えーと」

~ここまで未読~

布団「スバ姐!」

にゃー「スバ姐!」

スバル「さっきと微妙に字が違うじゃないですか!!www」

ab「ダメ?」

スバル「abちゃんは良いのよ」

布団「スバ姐!スバ姐!」

にゃー「やったぜスバ姐!」

スバル「2人!正座!」

布団「うぃ」
にゃー「へぃ」

先輩もけっこう面白い人なんだな……。


にゃー「んじゃ、一応コミュ主ということで」

にゃー「全員フレ録して良いですか?」

ab「ん」

スバル「お願いします」

とりあえず、みんなそれなりに馴染めたみたいで安心した。abさんなんかは同じ女の人である先輩の方が居心地も良いだろうし。

にゃー「出来たよー!」

布団「今日はもう夜遅いし、細かい日取りは明日にする?」

にゃー「そだね」

スバル「abちゃんも登録していい?」

ab「ちゃん付けやめて」

スバル「うん、ごめんね?」

ab「いいの」

布団「かわいい」
にゃー「かわいい」

ab「うるさい」

先輩も無事にabさんをフレ録したようで、この日はお開きになった。


男「ただいまー……俺」

毎度毎度の虚しい習慣。これすら言わなくなったら腐っちゃうだろ!
朝9時から正午までのバイトを終えて戻るまで、俺はにゃふとんの進展が気になってそわそわしていた。

服を脱ぎ、蛇口をひねってひねって、ぬるいシャワーを頭から。今日はもう予定がないから、エアコンつけてゆっくりしてよう……。

…………。

冷えた自室でコーラをあおり、スマホをつける。
にゃふとんトピックへの書き込みは、どうやら1時間前くらいから始まっていたようだった。


~ここから未読~

スバル「オフ会って言っても初めてなんだけど、普通は何するものなの?」

にゃー「ご飯食べるのが普通じゃないです?」

スバル「じゃ、お昼頃かな?」

にゃー「あ、ひょっとして門限あったりします?」

ab「ない」

スバル「私も大丈夫」

ab「というか、布団抜きで話してていいの」

スバル「あ、布団君は今日バイトだから。」

ab「スバねー何で知ってるの」

スバル「え?」

先輩は地雷を踏むのがけっこう上手なようである。


スバル「一応フレンドだから、話聞いてた」

え?の書き込みからの間、5分。はいダウトー!

ab「フレンドってなに」

あ、ナイスabさん。

にゃー「にゃんだとう!? お布団とフレ録しないで話してたの!?」

ab「フレ録って昨日の?」

スバル「そうだよ!」

にゃー「フレンド登録のこと!」

ab「思い出したらやる」


ちょっと待て。マイページ確認。通知なし。
はい。abさん平常運転。

abさんにフレ録出しとこう……。


にゃー「心配しなくても、お布団は多分いつでも大丈夫だよ(・ω・)ノ」

スバル「私夏休みまで土日空かないし、その後でも良いかな?」

ab「わたしも」

にゃー「もちろんいいよ! 夜はバイトが多いから、出来れば日中が良いかなあ」

スバル「……布団くんは本当に聞かなくていいの?」

ab「さあ」

~ここまで未読~

にゃー「おーいinしてるんだろ!おふとーん!」

にゃー「いじけてROM専なんかになるんじゃないぞー!」

ab「フレンド申請来た」

スバル「いや、たぶんログ追ってるだけだと思うけど……」

ああ、やはり先輩は優しい。
それに比べて他からの扱いが酷い。ちくしょうあのネカマ女め。


布団「お前らの俺の扱いってどうなんだ?なあ」

にゃー「待ちわびたよ!お布団 in the 布団!」

布団「合わせ布団かよ」

にゃー「わら」

スバル「お疲れさま」

布団「あ、どーもです」

にゃー「わらって言ってんだろおお!!( *`ω´)σ」

布団「うるせえなお前は!笑」

ab「スバねーは夏休みいつから」

スバル「今週末かな。でも土日が空かないから、実質月曜日からだね。」


布団「お前らの俺の扱いってどうなんだ?なあ」

にゃー「待ちわびたよ!お布団 in the 布団!」

布団「合わせ布団かよ」

にゃー「わら」

スバル「お疲れさま」

布団「あ、どーもです」

にゃー「わらって言ってんだろおお!!( *`ω´)σ」

布団「うるせえなお前は!笑」

ab「スバねーは夏休みいつから」

スバル「今週末かな。でも土日が空かないから、実質月曜日からだね。」

にゃー「abは?」

ab「同じ。月曜あいてる」

にゃー「とりあえず、オレも当座は月・水かなー笑」

布団「土・火しか空いてないです…………」

にゃー「空気読めよ合わせ布団(≧∇≦)」

布団「ごめんよ!!」


布団「分かった分かった月曜空けるから!それで良いでしょ!」

にゃー「サボり?」

ab「サボリだ」

布団「正当な交渉だっつーの!!笑」

スバル「ごめんね、合わせて貰っちゃって」

布団「見ろこの模範解答!
お前らスバ姐さん見習えよ!」

スバル「布団くん置いてこっか?」

布団「ごめんなさい!」

ab「見習う」

布団「見習うな!」

スバル「www」

とりあえず大体の日取りは無事に決まった。
残りの日にちで雑談を交えながら、当日どうするかを焼き直していく形になったのである。

俺は、かつて遠足に心踊らせたような「一大イベントを待つ」興奮と期待が、4人の中で確かに高まっているのを感じていた。


…………

店長「あい。分かったよ」

男「すいません」

店長「良いのよ、別に。あんたが用事で休むだなんて珍しいし、普段ちゃんとやってるし」

土曜の日中、俺は私服でセファーソンにいた。オフ会の件で月曜を空けてもらったのである。

先輩「あれ、男くん?」

男「あ、先輩」

フライヤーの前で作業をしていた先輩がこちらに気付いたらしい。

先輩「あー、こないだの件の?」

男「そっすね。明日店長いないし、今日のうちに行かなくちゃと思って」

先輩「明日は?」

男「6時9時っす。先輩は?」

先輩「ふふー、やっと二連休だよ。月曜楽しみだね?」

ブーーー、と鳴りだしたタイマーを切り、油槽からチキンをザバッと上げる。
この夏場、可視光線が揺れるほどの暑さながら、汗を散らして先輩は笑っていた。

次のチキンの解凍、ポテトの計量、揚げたチキンの陳列にササッと取り掛かる先輩に惚れ惚れしながら見ていると、不意に後ろから店長の声がした。


店長「なーに、あんた達、デート行くの?」


男「!? 違います!」

先輩「ふぁいっ!? うぅわゎわ……!」


先輩ポテトこぼした。


先輩「な、な、な」

店長「……だいじょぶ? ほらポテト拾って」

先輩「あっ、あわわあわわ……!」

男「あーあー……先輩、俺がひらっときますから。チキン見ててください」

先輩「ご、ごめんね……」

床にこぼれた冷凍ポテトを片っ端からゴミ箱に放り込む。



店長「先輩ちゃん、慌てるねぇ~……ふふふ、お前らそんな仲良かったっけ」

男「いや……ちょっと、ですね」

店長「というか、お前も先輩ちゃんもそんな喋る方じゃなかったろ。どうしたんだか?」

先輩「あの、その、それは……」

ブーーー!

男「先輩、チキン!!」

先輩「あーあーあー! もう、何なの私っ……!」

店長はヒラヒラと手を返し、ケラケラ笑う。

店長「男ー。月曜の報告よろしく~。お姉さん待ってるからね~♪」

男「ははは、ご期待に添える話はできねっすよ」


その夜、俺と先輩は個別にメッセのやり取りをしていた。

スバル「今日はありがとね、男くん。」

布団「いえ、先輩の面白いところが見れたんでオッケーですw」

スバル「こらww忘れなさいwww」

布団「いやー、先輩って実はめっちゃ面白い人だったんだなーと(≧∇≦)」

スバル「買いかぶり。買いかぶりだから。はい。」

布団「リアルはリアルで面白いし、ネットだとあんな感じだしww」

スバル「もう!忘れてってば!w
にゃふとんで話したらホント怒るからね!」

布団「いやいや、ネットの方はバラしませんけど、なんかギャップがあっていいっすよ」

スバル「それも隠しておきたいんだってばぁ……」

布団「ダメですよーもうあのスレブクマしときましたから」

スバル「えええ!!?
やめてよ、もうあのスレ書き込めないじゃん!
消してブクマ即座に消して!!」

布団「いやー、先輩っぽい書き込みがいっぱいありましたねー。
IDは全部で3つですか?」

スバル「うぎゃあああああああ!!!」


スバル「もうやだ……なんで変に理解のある人にバレちゃったの……」

布団「はははw
別に、からかうためだけにROMってわけじゃないっすよ、俺。
先輩がそれほどにのめり込むんだから、面白いゲームなのかなって、見たんですよ。
リバティー・オブ・エアーですっけ?」

スバル「え? 見たって、動画?」

布団「はい、めっちゃ面白そうでした!
今度、先輩のプレイ見せてくださいよ。見たいっす。」

スバル「え、ええー……」

布団「約束してください!」


その返信には、しばらく間があった。
30秒が、50秒に伸びたくらいだろうか。


スバル「男くんにも、やってもらうからね」

感情の機微が読めない文書ながら、半分遊ぶ約束を取り付けたことに成功した。
俺はオフ会に向けてちょっとだけ自信がついたのである。

……ちなみに、まだ動画は見てません。
あとで見とこう……。


にゃふとんでは、既にオフ会に向けて具体的な話に進んでいた。

にゃー「遅いぞお布団!」

布団「ごめんよにゃーさん。ちゃんと月曜休み取れたぞ」

にゃー「おうっ!
とりあえず、みんな近所みたいだし△△駅に集合しようかと思うんだけど、大丈夫?」

スバル「私は大丈夫です。」

ab「スクーターで行く」

にゃー「お布団は?」

布団「もちろん行けるよ」

にゃー「よし!それじゃ」



にゃー「7月○○日月曜日に、△△駅前にコーラ持って集合!!いいね!?(⌒▽⌒)」


布団「あいよ」

ab「なんでコーラ」

スバル「みんな顔知らないから、にゃふとんの集まりだって分かるようにするためだよ。」

その日は、明日早朝バイトの俺を巻き込んで取り留めのない雑談をしていた。

内容こそ俺とそれぞれがした自己紹介のやり直しみたいなもんだが、バカ団長のにゃーさんを筆頭にテンションが高すぎる。
先輩が意外にタフ。俺はもう限界……。


男「おはようございむぅ……」

店長「眠そうね、男。ポットのお湯飲んできなさい」

男「熱いし暑いっすよ……」

店長「目、覚めるのに」

日付が変わるまでチャットしていた翌朝の気分はよろしくない。眠い。
目を瞑ったまま着替えを済まし、とりあえず手を洗って前に立った。

店員「おはよう」

男「おはよざっす……」

店員「眠そうだなー。頑張れよー」

店長「店員、上がっちゃって」

店員「うっす、失礼しまーす」

箸を補充したりタバコを詰めたりして、しばらくすると不意に声が通りすぎる。

店員「んじゃ男、デート頑張れよー!」

男「は!?」

男「…………」

店長「てへぺろ?」

男「その疑問系は一体なんなんですか!!」グリグリグリ

店長「あああ悪かったからマイセンの角でグリグリしないで!」


…………

男「ただいま……俺」

たった3時間の勤務がこんなに長いとは。
布団に力尽きたくなったが、間違いなくそのまま昼過ぎまで爆睡してしまうからやめた。

荷物を放り、シャワーへ。

男「……明日かぁ」

集合はけっきょく11時半になった……。念のため二度寝はやめといた方が良いだろう。



俺たちは未来に恋をした。



男「ふうっ……気持ち良い」

明日、何かが変わるだろうか。
その行く末に、恋い焦がれた未来は有るのだろうか。
俺が目を背け続けてきた社会の現実が、動き始めるのだろうか……。

胸が寒い。

試しに熱いシャワーを胸元にかけてみるが、温まらない。
このところ、こんな気持ちを覚えた事はなかったな……久しぶりだ。
思えば「コンテンツ」を投稿してから今まで、俺にとってしばらく充実した日々が続いていたんだ。

そう思う。

男「っあー……」

頭をかきむしるバスタオル。
それを洗濯機にぶっ込み、真っ裸のままでエアコンと扇風機を点けた。


にゃーさん。
先輩。
abさん。


ここ最近で急に関わりの深くなった3人の名前が、ふと浮かんできた。
浮かんできただけではなく、細々と口から漏れた。

男「……」

1.外に出てみる(にゃー)
2.あとでセファーソンに行こう(先輩)
3.にゃふとんを覗いてみる(ab)


男(この選択は大した意味を持たないな)

安価↓4つまで多数決


男「たまには、ただ出歩くのも良いかな……」

とりあえずパンツを履き、適当な上下をつっかける。

俺は急げ。思い立ったら祝日。馬鹿の考え、引きこもりに似たり。

快適な室内で冷えた心には、きっと夏の日差しのワクワク感がよく染み込む。


男「うし、行くか」

俺は財布とスマホをポケットに突っ込み、アパートを後にした。

…………

男「うおおおお……あちぃ……」

夏が日差しがワクワクがとほざく前に、日差しに関わらずどこもかしこも暑かった。
自転車のサドルも、熱くてとても座れたもんじゃない。

行き当たりバタリ!なんてシャレにならん。

男「ふいー、あち、あち……」

自転車の前輪が向かう先、日陰へ日陰へ。疲れた無意識が向かう先、慣れた道へ。

そんなわけで、行き着いたのはH駅近くの「富士山ベーカリー」であった。
モラトリアムなワクワク感は、栄養を取ってから考えよう……。

>>138
間違えたフジヤマだっつーの
すいません


店員「いらっしゃいませ!」

トレーとトングを取り、ゆるりと巡回。お昼時ここにお世話になる人は多いようで、それなりに店内はごった返していた。

しかしフジヤマベーカリーといえば、にゃーさんとの関係に踏み込むキッカケになった場所である。
思わず辺りを見回してしまうが、そもそもにゃーさんの外見を知らない以上は意味がないし、確かにゃーさん今日バイトだ。

男「あと一個どうすっかなーと」

お気に入りのメンチパン、食後に嬉しいミニアップルパイ、胃袋を埋め切るあと一つは何にしよう。

にゃー『あたしポテサラサンドの方が好きかなー!
あれ安くていいんだよね。』

そういえば、そんな会話があったな。
明日はオフ会、何かの縁だ。ポテサラサンドにしてみよう。


男「おっとと……すみません」

流石に売れ筋商品。『ポテサラサンド! 110円』のトレーから商品が次々消えていく。

なんとか俺の手が届く範囲に来た時には、すでに残り2つ。

左腕をねじ込んで、トングを伸ばした。


男「すいませっ……!」
?「ごめんなさ……」

同時に伸ばした腕の外側が触れ、くっつく。

ヒンヤリしていて、柔らかい。


もしかして、にゃー、さん?


電撃的な予感がしてその方を向くが、あいだに人がいるせいで顔が見えない。
ポテサラサンドを掴もうとするトングがカチカチと揺れる。
ごめんなさいと言いかけた女の人の声が、遅れて脳裏に響く。


胸がバクンと鳴った。


でも、ここにいるわけが、たまたま、偶然、いま顔見せちゃ、柔らかい、……。
大量の情報が言語に起こされ、順次飲み込めないままに通り過ぎる。
パニックというやつだ。

困ったら初志貫徹。ポテサラサンドを取らないと。

男「ん……っ」
?「あっ……!」

そう思ったのもほぼ同時のようで、手の甲が柔肌としか言えない彼女の腕に擦れる。
公共の場で、こんなことで、あり得ないのに電流が流れてしまう。その腕をこらえるように震えるトング。

男「うぁ、すいません……」
?「んくっ……」

理由もなくピッタリと腕を付け合わせたまま、2人はポテサラサンドを同時に掴んだのだった。


…………。

レジに並んでいる間も、どこかモジモジした様子の彼女から目が離せなかった。
最後まで彼女の顔を見ることは出来なかったが、それでも彼女はにゃーさんだという確信があった。

男「あれ、多分、にゃーさんだよな……」

ベーカリーから出ると彼女の姿はない。ポケットで震えるスマホに気を取られながら、一旦アパートへ帰ることにした。


男「あー涼しい……夜はそうめんにすっかなー」

冷房の効き始めたアパートで、メンチパンをかじりながらスマホをつける。


ハートパルス 8分前
にゃー さんからメッセージが届いています


案の定だった……と思うにはまだ早い。彼女の事だから何の関係もなしにメッセージをぶっこんでくる事もままあるだろう。
緊張しながら通知をタッチした。


にゃー「ねえお布団、
さっき、フジヤマベーカリーにいた……?(´・ω・`)」


ビンゴだった。胸を打つ早鐘が、いっそうその強さを増す。
ああ、既読を付けてしまった。なんて返そう。

布団「やっぱり、にゃーさん?」

にゃー「やっぱり、お布団?」

布団「ポテサラサンド、買ってみようかなって」

にゃー「ちょっと、どきどきした
おかしいよね、お布団って確証はないのに、どきどきするなんて」

布団「俺もにゃーさんかと思ってて、びっくりした」

やっぱり同じことを考えていたらしくて、つい笑ってしまった。どきどきと打ちかけてびっくりに直したチキンハートだけど。

にゃー「いま、電話かけてもへーき?」

俺はポテサラサンドを喉奥にねじ込み、アップルパイを冷蔵庫に突っ込む。

布団「食べ終わったから、いいよ。」

送信した途端にかかってくるコールを、可愛いと思ってしまう俺がいた。


男「うい、もしもし」

にゃー「やっほ。もしもし!」

前に一度だけ聞いた快活で可愛らしい声。顔を合わせる前に聞くのはこれで最後になるだろう。

男「そういやお前、今日はバイトじゃなかったのか?」

にゃー「そのはずだったんだけどね。やっぱ今日大丈夫だって言われた。イミフ!」

男「ははは、じゃあたまには自炊しろよ」

にゃー「お布団までイミフ! パンうめえ!」

男「お前のことで思い出したんだよ、ポテサラサンド」

にゃー「行けるっしょ?」

男「ああ、美味えな」

にゃー「…」

男「…」


にゃー「ねえ、お布団」

男「な、なんだよ?」

にゃー「顔、見なかったよね……?」

にゃーさんの声が、少しトーンを下げる。囁いているような。
それはまるで女の子で、乙女で、今度こそ偽れない程どきどきした。


男「その……見なかったよ」

にゃー「あ、良かったぁ。顔合わせるのは明日の楽しみだもんねー?」

男「ああ、そう思ってたよ」

にゃー「んふふふふ、あたしはお布団の顔知ってるけどねー。この出会い厨め」

男「それは言わん約束」

にゃー「良いじゃん、プロフ画見る限りではけっこうイケてるんだし」

男「マジで?」

にゃー「ま、あたし的には?」

男「なーんかうそくせー」

にゃー「照れ屋さんだな、もう」


にゃー「……明日だねー、オフ会」

男「おう。……どうした? 急に」

にゃー「ううん……ちょっと、ね」

思えば、今日のにゃーさんの様子はちょっと変である。
天真爛漫で意味の分からない言葉選びをする姿だけが彼女のすべてだとは言わないが、もっと根幹の部分からおかしな印象を覚える。

不思議な雰囲気……違う。弱々しい……違う。甘えたがってる……それも微妙に違う。

ああ、分かった。


にゃー「ねえ、お布団は彼女居たりしないよね?」


にゃーさんは、俺に隙を見せている。もっと言うと、俺に「隙をくれている」のだ。
ダブルミーニングにこじつけるなら、一定の好意を示すソレとして俺に隙を晒しているのだろう。

にゃー「どっ? いるの?」

男「はは、いないよ」

なら俺は隙を突く。嬉しかった。


にゃー「そっかあ。ふふ」

男「お前、ずいぶんストレートに聞くのな」

にゃー「いやまあまあ。お布団にとって明日のオフ会が浮気だったら、なんか嫌だし?」

男「よく言うよ。散々出会い厨って言っておいて」

にゃー「冗談だってば! 拗ねるなバーカ!」

電話越しに届きそうな笑声は実に楽しそうである。

男「拗ねちゃねーよ。そういうお前さんは彼氏居るの?」

にゃー「いるわけないじゃんカビ生えろバーカ!! あたしは堂々と拗ねるぞ!!」

男「わ、悪かったよ……」


にゃー「……回りくどくなっちゃったね。結局あたしが言いたいのは、色々あるけど、あたしたちも恋をしてるんだよって事。分かる?」

男「恋?」

にゃー「まだ見ぬ未来に恋をした。詩にそうあったよね」

男「詩の話は勘弁したってくれい。恥ずかしい」

にゃー「あたしは端的で分かりやすくて良い言葉だと思うけどな」

男「んー……どーも」

にゃー「まあ、そういう話じゃなくて。あたしたちが恋した未来の中には、間違いなくお布団が居る。ってことが言いたいの」

男「俺が? むしろ、1人で男だし女同士のキッカケ作りが強いと思うんだけど」

にゃー「でも、オフ会についてはお布団が1対1で呼んで、スバルさんもabもオッケーしてくれたんでしょ?」

男「……」

にゃー「あたしそんなの知らないもーん。浮気者」

男「そういうの、反応に困る……」

にゃー「ふんだ。みんな、お布団の事がけっこう好きで来ること決めたんだよ。感じない?」

男「文字のやり取りじゃなぁ」

にゃー「このニブチン! 歯周病!」

男「磨いてるわ! 何が言いたいんだよこんにゃろう!」



にゃー「……明日、必ず来てね?」




男「……そんだけ?」

にゃー「そーだよ。お布団いなかったら、一番がっかりだもん。フェイクとか、釣りとか、やめてよ?」

男「行くよ。絶対」

にゃー「んっふっふ。良かったぁ」



にゃー「……でもでも、実際期待してるんでしょ? このハーレム野郎!」

男「うるせー。このスイーツめ」

電話の向こうで(≧∇≦)な顔をしているのが手に取るように分かる。
そうだな。明日、答え合わせでもしてみるか……。


…………。

あの後、言いたいことは済んだとでも言うように、にゃーさんは普段通りのノリで話し始めた。
昨晩の夜更かしはどこへやら、2時間ほど色んな事を話していた。

バイトの事。
住んでるアパートの事。
身体にあるホクロの事。
にゃーさんが胡椒嫌いな事。
明日行くつもりのレストランの事。

話はこれ以外にもあちこち飛んでいたが、その中でも強く印象に残っていた会話がある。



男『……ったく、そんなにお布団お布団言ってて明日から違和感なく名前呼べるんかよ』

にゃー『えー? 本名も明日バラすのー?』

男『バラさねえと、いつまで経ってもネットの延長線だぞ。ペンネで呼ぶのも、壁があるじゃん? なんか』

にゃー『分かったよ。ね、ね、そしたらあたしの事なんて呼んでくれるの?』

男『にゃーさんって言ってたし、さん付けじゃないと何か緊張する……』

にゃー『えええー!? そっちのがよっぽど壁だよ! 呼び捨てで良いもん!』

男『ま、まあ同い年なんだよな一応。……呼び捨てって、名前?』

にゃー『苗字呼び捨てとか何だ! 上司か! 時々お布団もお前呼ばわりするけど、ああいうの偉そうでヤダ!』

男『ごめん、ついやっちゃうんだよな。まあ確かに、にゃーさんはフランクにされれば誰だって拒否らなそうだし』

にゃー『へ? 何それ。知らない人から呼び捨てされるのは普通に嫌だよ?』

男『あ、そうなの? にゃーさんてっきりアミーゴみたいな人かと思ってた』

にゃー『ちがわい! お布団にだから、呼んでほしいんだからね?』

男『……はぁ。時々、お前は俺の事好きなんじゃないかと勘違いするわ』





にゃー『えっ、好きだよ? 友達としてもだけど、ラブ路線もじわじわ進行中よ?』


男『…………』

にゃー『チュッ☆』

男『やっとる場合か! まだ会ったこともないし会ってからは1ヶ月も経ってないし!』

にゃー『だーかーら、未来込み込み! お布団のくれる未来も込みで、恋がオードブルなの!』

男『……。わけわからん……』

にゃー『お布団も恋してるんでしょ? 未来に』

男(我ながら歯が浮く……)

にゃー『せっかくお布団がつまらない毎日をこじ開けてくれたんだし。感謝してる、オフ会だなんて考えた事もなかったから』

にゃー『だからだから、お布団が恋した未来の中に、あたしの恋した未来があれば良いと思って。そゆこと』

男『…………恥ずかしくならない?』

にゃー『ばかー!! 恥ずかしいわー!!』

男『まあ……あれか。これから仲良くしてね、って事か。今はアレだけど、確かにひょっとしたら付き合ったりしちゃうかもしれないんだし』

にゃー『そう、そういうこと! 分かりやすい!』

男『はぁ……』




男「…………」

胸の冷えはもう無い。明日を楽しみに待つ当たり前の気持ちが、俺を満たしている。
スマホは……いいや。にゃふとんも、大したことは話してないだろうし。

そう言えばにゃふとんのイラストの話、にゃーさんに聞きそびれたな。猫が心地良さそうに布団で寝てて可愛いんだよな……。

猫……にゃーさん……お布団……寝る……。

男「ハッ」

なんかよろしくない妄想をしてしまった。にゃーさんとの会話を重ねすぎて俺の頭もフリーダムになってしまったか。

寝よう寝よう。
早く明日が来るように……。

飛び飛びの更新でいつもごめんなさい
とりあえず一区切り


男「んぬ~……」

オフ会当日だからって別に早起きしない俺に安心する朝。生まれてこのかたこの身体、朝チュン展開などとは無縁である。

スマホにて時間を確認9時46分。緑茶をがぶ飲みして身体のスイッチを入れ、昨日のアップルパイを頬張りながら全裸モードへ。
片手間で洗濯機をスタートさせたあと、頬をパンパンにしながらシャワーを浴びてあちこち念入りに洗う。

ヒゲも眉毛も大丈夫。鼻毛ももちろん出ていない。
頭をガシガシ洗い、顔の角質をピーリングし、臭いそうなワキと膝裏を嫌というほど磨く。

濡れた鏡に写った俺の顔は表情や活力が増し増しで、いつもより3割ぐらいはイケてる気がした。



12時集合に間に合うように、身の回りの全部を身支度。自分でも驚くほどに気合いが入っていた。
今日が俺のスタートである!


…………。

オフ会トピック!(435)

にゃー「おっはよおおおお!!」

スバル「おはようございますww」

布団「テンションたっけー」

にゃー「楽しみだね!楽しみだね!」

にゃー「お布団楽しみじゃないの!?
寝起きか!(*゚▽゚*)」

布団「スバルさん、この構ってちゃんパスしていいすか」

スバル「これは私も持て余すかな……」

にゃー「みんなヒドい!もういいオレ拗ねるヽ(;▽;)ノ
abたん、出会え!出会えー!」

布団「まだ寝てるんじゃない?」

スバル「今日は12時に△△駅前で良いんだよね?」

布団「そうっすねー」

にゃー「お布団行く場所のアテあるんでしょ?」

布団「俺はそれくらいしか任せろって言えないからな。
オムレツの美味い店だぞ( ̄▽ ̄)b」

スバル「あ、良いなそれ
楽しみにしてますw」

布団「どもっすw」


ab「おきた」

布団「おっ」

スバル「あ、おはよう」

にゃー「ぐもーにん!」

ab「まだ眠い」

布団「シャワー浴びてきたらどうかな?」

ab「そうする」

にゃー「お布団シャワー妄想入りまーす笑」

布団「人聞きの悪い笑
妄想するにもどんなんだか分かんないし!」

にゃー「うわ
エグい」

にゃー「スバルさまー、今の発言どうですー?」

スバル「減点ですね!」

布団「あ、そういう発言はアウト?」

スバル「これはAUTO」

布団「……anderstandまでめんどくさいから書かないっすよ俺」

にゃー「なんか2人ともスペル間違えてないです??」

布団「知らないなら知らないで良いんよ!」

スバル「じゃ、私もシャワー浴びて支度しちゃおっかな」

にゃー「入りまーす!笑」

布団「入りません!!」

スバル「布団くんのエッチ!」

布団「そういうベタなのは良いですから早く入ってください!」


…………。

布団「確か、42分発の電車だっけ?」

にゃー「オレもそれで行くよー(⌒▽⌒)」

スバル「じゃあ、私は47分くらいになるのかな」

布団「ひょっとしたら乗り合わせるかも笑」

ab「待ってる」

…………。

にゃー「乗ったよー!【写真】」

布団「おお、切符か」

スバル「私も、もう電車来ますね。」

スバル「よいしょ【写真】」

布団「なんだこの流れ……切符撮らないとダメ?【写真】」

にゃー「オッケーイ!!」

ab「わたしは」

布団「スクーターだし、良いんじゃない?」

ab「【写真】」

にゃー「うーん」

スバル「小さいスクーターだね」

ab「【写真】」

布団「わざわざヘルメットの上にコーラ立てなくても……」


「△△~、△△~。お出口は、左側です……」

ポケットに入れた切符の角を触り、早めに席を立つ。
ドア窓から照る日差しは昨日以上に眩しい。げに素晴らしき熱中症日和。

慣性に揺すられる俺を留めるつり革。

ああ、窓の向こうは明るい街。液晶の窓が繋ぐ景色より複雑で、分かりづらくて、実にありのまま。

男(良いな、今の。あとで詩にでも起こすか)

ぷしゅうという音を立て、勿体つけるようにドアが開いた。

…………。

にゃー「着いた!」

スバル「着きました!」

布団「おう、コーラ買ってくる」

にゃー「先に東口で待ってるよ!(⌒▽⌒)」


店員「ありがとうございました次のお客さまどーぞー」

駅ナカのコンビニはウチのセファーソンより時間をかけていられないようで、店員はあくせくしていた。
狭い入口から追い出されるように抜け出て、コーラ片手に改札を抜ける。

男「東口、はこっちか」

男「……」

眩しすぎて見えない駅の外を見やり、一瞬足が止まる。


町ですれ違う人に何も語らないように、同じサーバーをすれ違う情報にも都合良く不干渉な電子の海。
そんな世界で、嘘と拒絶をくぐり抜け、自分を構成する情報を守り、確執を突き抜けて、ディスプレイ越しに響き合う奇跡があった。
それは当たり前と笑われる奇跡かも知れないが、電子と原子の境が曖昧な世界で、誰かと交わる気力を失ってしまった俺にとっては奇跡だった。


今、4つのモラトリアムが交わる。

先輩に出くわすのが先か、にゃーさんと会うのが先か、それともabさんが待っているか。






「お布団、だよね。…………はじめまして」


俺の横から声がする。
弾かれたように振り返る。

男「にゃー、さん?」

にゃー「うん、そうだよ」

ゆるく伸びたおさげ髪。
少し目尻の下がった柔らかい笑顔。
猛暑をいとわないロングスカート。

やっぱりネットの情報から思い描いていた快活で破天荒なソレとは違ったが、それでも(⌒▽⌒)な印象からしてにゃーさんだとすぐに分かった。

やっと出会えた、という気持ちは後回しにして、とりあえず会釈する。

男「えっと、はじめまして。にゃーさん、けっこう印象が違うんだな」

にゃー「う、やっぱ違和感ある? けっこう頑張っておめかししたんだけどなぁ……」

男「いや、ごめんごめん。良いと思うよ、そういうのも」

にゃー「あ、そう? 良かったぁ……」

彼女の仕草、表情ひとつひとつが可愛らしい。
街中で目に止まる事はないけれど、友達として接していたら目で追ってしまう、そんな女の子だった。

にゃー「まあしかし、暑いねー……」

男「あ、ごめんね。暑い中。とりあえず構内入って待とうか?」

にゃー「あ、そだね」


構内に戻ると、コーラを持った先輩がこちらに気付き走ってきた。

先輩「あ、もう合流してたんだ~」

男「はい、はじめまして、スバルさん」

先輩「どしたの、男くん。かしこまっちゃって……あ」

にゃー「え? え? 男くんって?」

先輩「あ、あーあのっ、abさんですよね、はじめましてっ!」

にゃー「え? あたしはにゃーですけど……あっ」

先輩「にゃー、さん? え? 男、2対2、えっ?」

男「はぁ……」

もうダメだこりゃ。
まあ、いつかバラさないといけない事だったし、いいか……。



…………。




にゃー「既に知り合いだった……?」

先輩「最初から女の子だった……?」

男「そういうことです。すいません」

にゃー「グルだったなんてズルいです!」

先輩「ご、ごめんね」

男「いや、先輩は悪くないっすよ……そもそも、俺に女の子とのコネなんてほぼ無いから、先輩とabさんしか誘えなかったわけだし」

にゃー「そんなに言わないでも分かったよう。abさんは流石に初顔だよね?」

男「それは間違いなく。なんかで偶然、顔合わせてでもない限りは」

先輩「……今度は男の人だったりしないよね?」

男「た、多分……」

出会い系サイトで会ったんだし、ネカマをする意味は薄いと信じたい。ここじゃ言えないけど……。

先輩「しかし、男くん以外みんな女の子って……」

にゃー「……こんな顔して、やりますよね」

男「したり顔で言うんじゃねー」

にゃー「にやけてるにやけてる」

先輩「ハーレム願望はなぁ」

男「なんで俺がなじられるの……」


一息ついた所でスマホを点けると、時刻は12:01だった。

にゃー「何時?」

男「もう1分になるな」

スバル「まあ、待ちましょうよ」

男「うーん。俺も時間にはそううるさい方じゃないんだけどな。「待ってる」と本人が言ってただけあって少し気になる」

にゃー「ここは東口で合ってるよね。迷子かな……?」

スバル「行きます?」

男「いや暑いし、ここで待っててもらって良いっすか? もし行き違いでabさんがここに来たら連絡してください」

にゃー「ありがと、よろしくね~」

男「コーラでも飲んでゆっくり待っててくださいよ」

笑いながら東口を後にし、スクーターが停められそうな場所がないか見渡した。
諦めて立て看板を見ると、どうやらバイク駐車場は少し遠いらしい。

この暑さだし、せめて迎えに行ってやろう。コーラのボトルを見えるように引っさげ、そちらに向かった。

…………。


男「うぁっちぃー。死ぬ死ぬ死ぬ……」

目玉焼き程度なら問題なく作れそうな温度のコンクリートに、幾度となく雫が落ちる。
暑すぎ。

まさか熱中症でひっくり返ってないだろうな……。

男「嫌になるわ……」

そも、abさんとは会うまでにあまり交流は出来なかったし、打ち解けた空気になれたのも何となくのフィーリングが強い。それも俺の勘違いかもしれないし。

にゃふとんには依然、連絡はない。

つい嫌な想像をしてしまった時、目的の駐車場に着いた。

男「あるかなー、abさんのスクーター」

うろ覚えだけど、とりあえず探してみる。当然うろ覚えなので見つからない。
ひとまず連絡しようと思ってスマホを取り出した。


その時だった。


低排気量のスクーターならではの耳につく排気音が近付いてきたのは。


メットの端から見える茶色の髪。
小さな体躯、小さな胸。

男(……待てよ?)

嫌な予感は新しいものにすり替わった。

男(何か見覚えが……!)

少女は俺に気付いたようで、駐車場のゲートから、こちらに進路を向ける。
それは減速し、俺の前で止まった……。





男「お、おい……マジかよ……?」

逆光のなか、そのメットが取り払われる。



ローレル「……ふん。久しぶりね、布団」




男「ローレル……!」

あの一風変わった風俗嬢、ローレル。abさんであるはずだったその人は、俺を確かに「布団」と呼んだのだった。

とりあえずしばらくはここまで
バレバレの茶番にお付き合いいただきありがとうごさいます


ローレル「あつ……」

薄暗い風俗店と対照的な陽光が照らす彼女は、またなんとも気だるそうにメットを仕舞った。
何故彼女がここに、という白昼夢間の疑問が現実的な仕草によって言語に起こされる。

男「どうして、ここに?」

ローレル「オフ会。あんたが言ったんでしょ」

男「abさん、だったのか……」

ローレル「悪い?」

男「いや、悪くないけど」

初めて会った時も同じようなやりとりをしていた事を思い出し、ちょっと笑った。
あの時より汗まみれで身だしなみはだらしないかもしれないけど、メンタル的には幾分良い顔を出来ているはず。
二度目の初対面ということにしておこう。

男「じゃあクローバーメールの頃から、ローレルは俺の事を分かってたって事なのか?」

ローレル「源氏名はやめて」

男「悪い、abさん」





ローレル「……後輩で、良いから」





スクーターからボトルのコーラを取り出し、言うべき事は済んだと言わんばかりに歩き出す彼女。
ローレルとabさんの像が一度重なってしまえば、その不器用な吐き捨て方がとても可愛く思えた。


男「俺は男。男だ。呼び捨てで良いよ」

後輩「ふん。一度も敬語使った事なんてないけど」

男「知ってる。……ほら、もうみんな待ってるから行こう」

後輩「……」

男「どうした?」

後輩「その、男。わたしが嬢って事は、バラさないで」

男「……言わねーよ」

俺も風俗通いってバレるし。

後輩「そうして」

男「さ、行こう。後輩」


…………。


男「すいません、お待たせしましたー!」

にゃー「おー! 食えー!」

駅に戻ると、にゃーさんと先輩がアイスの入ったコンビニの袋を差し出してきた。猛暑とはいえ、気を使わせてしまったようだ。

先輩「男くん、その、どうぞ」

男「すいません、いただきます! ……なんでぎこちないんですか?」

先輩「う……」

にゃー「てへぺろ?」

男「絶対なんか吹き込んだろ!」

にゃー「え~? 事実だよー?」

先輩「その、abちゃん困ってるみたいなんだけど……」

後ろを見ると所在なさげにスマホをいじっている後輩の姿があった。
にゃーさんも先輩も溶け込んでて失念していたが、一応俺たちは初対面なのだ。悪い事をしてしまったように思う。

男「ごめん、後輩」

後輩「……死ね」

にゃー「う、ごめん」

男「悪かったよ。アイス買っといてくれたみたいだし、食おうぜ」

後輩「頼んでないし」

先輩「一応チョコとバニラのがあるんだけd」
後輩「チョコ」

にゃー「はやっ。……もう食ってる」

後輩「ムグムグ……」

男「まあ汗かいちゃうし、後は行きながらダベりましょう。先輩、バニラくれます?」

先輩「えっ!? あ、はい。どうぞ!」

男(やっぱなんか変だ)


後輩「……どうしてにゃーが女なの」

にゃー「えー? もっかい説明しないとダメ?」

先輩「ううう、暑い……飲み物なくなっちゃった」

男「5分もしないで着きますよ。俺は口付けてないですし、コーラ飲みます?」

先輩「ごめん、ちょうだい……」

タクシープールを抜けて歩道橋を降り、少し路地に入ったところに目的のレストランがあった。

男「よいしょ。行きますか」

にゃー「レディーファーストだよー」

男「ごめんごめん。予約してたから、先行かして」

先輩「えっ? じゃあひょっとしてコース?」

男「いや、みんなの好み分かんないんで時間と場所だけ確保してもらう感じで。そんな高くないですよ」

人はそれなりにいるがドアの向こうは涼しく、緑に彩られた内装に暖色のランプが暖かい店内だった。

後輩「ふーん……」

にゃー「綺麗だね」


店員「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

男「予約していた男なんですけど、」

店員「はい、男様ですね。お待ちしておりました、こちらへどうぞ!」

男「あっ、はい」


通された席は椅子が2脚、ベンチソファがひとつあるものだった。

後輩「わたし、ここ」

にゃー「えっ?」

後輩「……左利きだから」

なるほど、椅子側の左サイドには調味料やら何やらが多くて所狭げだ。後輩はさっさとベンチソファの左側、店の角に座る。
彼女なりに気を遣ってくれたんだし、まあいいや。



にゃー「男、椅子座ろっ?」

先輩「あ、私も椅子が良かったかな、とか……」

男「えーと……」

めんどくさいヤツだ、これ。駆け引きって奴か。
恋愛センターにいるわけでもないから、なりふり構わずワケにも行かないし。ああ、やっぱりめんどくさい。

男「先輩と俺は知り合いなんですから、とりあえず今日は初顔を楽しみましょう」

先輩「……まあ、そうだったね」






そんなわけで隣に後輩、前ににゃーさん、対角に先輩という位置関係でテーブルを囲んだのだった。


…………。

先輩「あー、ピザも良いなー。でもこのグラタンも美味しそう……」

にゃー「このメニューなら一択かな……あたし決まりましたよー」

お冷を受け取ったあと、2つのメニューを4人で見ていた。とりあえず自己紹介は乾杯の前にということになったのである。

男「後輩はどうするの?」

後輩「……スープとパフェ見せて」

男「え……足りなくない? ヘンな気遣わないで良いよ?」

後輩「……そんなに、入らないから。ほっといて」

先輩たちと同じようにメニューを見ていると、自然に後輩の肩が触れた。
前に着ていたネグリジェとは似つかないただの柄Tだが、ソファーでそっと寄り添う温かさがスイートリーフでの行為を思い起こさせる。

後輩「これ、と……」

男「……」

メニューを指す細い指先を、追ってしまう。

後輩「あとは……」

男「……」




にゃー「……あのふたり」

先輩「近くないです?」

にゃー「初対面って言ってたんだけどなぁ……」

先輩「妙にしっくりきてるんだけど、あれ」


…………。

店員「ご注文はお決まりですか?」

男「はい。えーと、ふわとろデミオムレツ1つ」

先輩「あ、それ2つで。あと、シーザーサラダとシーフードグラタン」

にゃー「うわ、頼みますね……。バジルレモンとツナの冷製パスタ」

後輩「……」

男「後輩は?」

後輩「これと、これ」

男「少なくないか……? えーと、ミネストローネとチョコムースパフェが1つ」

店員「以上でよろしいでしょうか?」

先輩「……あ、飲み物忘れてた!」

にゃー「いけね。あたしアイスティー」

後輩「……わたしも」

男「ジンジャーで。先輩は?」

先輩「お酒……はやめとくかな。えーと、グレープフルーツ。以上で」

店員「はい、お飲物は食前と…………」

…………。


…………。

男「んじゃ、改めまして。ハーパルで布団だった、男です」

先輩「えーと。スバル改め、先輩です」

女「オフ会主催のにゃー改め、女です!」

後輩「……えっと、後輩」

女「よし男、締めて!」

男「え、俺? えーと……」



男「……ご指名いただきました男です! 今日、このような場でみんなと実際に顔を合わせられた事は、本当に素敵な事だと思います」

女「かたーい」

先輩「ぷっふふ……」

後輩「……バカ」


男「うるせえな! じゃあ、 皆さん遠慮なく盛り上がりましょう! これよりにゃふとん主催によるオフ会を始めます! はい皆さん、お手元のグラスを拝借……」




女「……」ジイッ

先輩「……」ニコッ

後輩「……」クスッ




それぞれのグラスが、中央に軽く掲げられた。
この場に集えた事を喜ぶ瞳が、俺に寄せられているのを感じる。


男「乾杯!!」チン


女「かんぱーい!」チン
先輩「うん、乾杯♪」チン
後輩「……乾杯っ」チン


…………。

店員「ごゆっくりどうぞー」

先輩「サラダ来たし、とりあえずみんなで食べよ?」

男「あ、良いんすか? 頂きます」

後輩「……わたし、野菜無理だからいい」

女「く、黒胡椒苦手かなー、とか、あはは」

男「ダメだこいつら……」

先輩「好き嫌いがなさすぎるのも考えものだよ?」ムシャムシャ

男「先輩、いい食べっぷりっすね」

とりあえず取り分けたシーザーサラダに口を付ける。さっぱりしててなかなか美味い。

女「ふーんだ、ちびちび飲んでるもん。ねー、後輩ちゃん」

後輩「……ちゃん付けはやめてってば」

男「拗ねんじゃないよ、すぐ来るから」


…………。

女「えー!? 同じセファーソンでバイトしてるんですか!?」

先輩「そ。それでお誘いが掛かったんだよ」

女「オヒスラヴ?」

後輩「……そうなの?」

男「ありません」


先輩「でも、男くんって女ちゃんに……」


男「え?」

女「あっ、ちょっ、その話は先輩ですねその……」

男「あー構わないんで言っちゃってください先輩」


先輩「その、可愛い、とか……」ゴニョゴニョ…


男「……おーい女ー、口止め料三倍返しなー」

女「悪かったってば! そもそも取ってないじゃん口止め料!! わーん!!」

男「くっそー、やっぱ女の人の繋がりは信用ならないな」

後輩「……口軽すぎ。あんたが悪い」

男「ほら、お前も可愛いから。睨むな」

後輩「……[ピーーー]変態。せめてわたしの目を見て言って」

男「こえーんだよ……」

先輩(やっぱり、男くんと初対面っぽくないよね、後輩ちゃんも女ちゃんも……)


…………。

女「えー!? 同じセファーソンでバイトしてるんですか!?」

先輩「そ。それでお誘いが掛かったんだよ」

女「オヒスラヴ?」

後輩「……そうなの?」

男「ありません」


先輩「でも、男くんって女ちゃんに……」


男「え?」

女「あっ、ちょっ、その話は先輩ですねその……」

男「あー構わないんで言っちゃってください先輩」


先輩「その、可愛い、とか……」ゴニョゴニョ…


男「……おーい女ー、口止め料三倍返しなー」

女「悪かったってば! そもそも取ってないじゃん口止め料!! わーん!!」

男「くっそー、やっぱ女の人の繋がりは信用ならないな」

後輩「……口軽すぎ。あんたが悪い」

男「ほら、お前も可愛いから。睨むな」

後輩「……死ね変態。せめてわたしの目を見て言って」

男「こえーんだよ……」

先輩(やっぱり、男くんと初対面っぽくないよね、後輩ちゃんも女ちゃんも……)


店員「お待たせ致しましたー、チョコムースパフェのお客様ー」

後輩「……はい」

女「あれ、食前で良かったの?」

男「だそうで。うわ、もう食ってる」



後輩「もむもむもむもむ……」

先輩「食べるの、はや……」

男「美味そうに食うなー。それ美味い?」

後輩「もむもむもむもむ」Σb

男(サムズアップ……)

店員「お待たせ致しましたー、ふわとろデミオムレツのお客様ー、……」

女「わーい!」


男「んじゃ、食べながら……」

先輩「うん、そうしよっか」

後輩「……」カチャカチャ

女「んーっ、美味しそー!」

メインディッシュが届いたので、冷めないうちにいただきます。
それぞれオムレツ、グラタン、ミネストローネ、パスタを口に運ぶ。




男(口に合うと良いけど…………)




女「~っ!」

先輩「♪」

後輩「ん……」

男「……どっすか?」


女「んまーいっ!!」

先輩「……うん、美味しい! ホントに美味しいよ、これ」

後輩「美味しい……」

男「良かった」

女「レモンとバジルの香りがちょうど良くて、本当に美味しい」

後輩「野菜だけど……まあ、いける」

各々舌鼓を打っているようで、連れてきた俺としても一安心である。
みな余計なことは喋らずに、食欲をそそる香りの料理を二口三口と味わっていた。


カラン。

後輩「……ふう」

カチャン!

女「ごちそうさまっ」

カララン!

先輩「けふ。美味しかったぁ……」

各々の食器が小気味良い音を鳴らし、その器を綺麗さっぱり空けた。
背もたれに体重を預けたモラトリアム達は、食休みしながらのんびり隣と話し始める。



女「先輩、いっぱい食べましたねー」

先輩「う、うん。美味しいものって、私ちょっと目が無くて……」

女「あたしのも美味しかったですよー!」

先輩「そう? またここ、食べにこよっかな……」

女「ここ、良いお店ですよね。また来ましょうよ」





後輩「なんか……いつになく食べた」

男「その量で、か」

後輩「悪い?」

男「はは、良いよ。別に」

後輩「まあ、ごちそうさま」


先輩「みんな、まだ何か頼む?」

男「とりあえずは休憩で……」

女「あとでデザート頼んでも良いですか?」

先輩「私もそうしよっかな」



後輩「ちょっと……」

そそくさと席を立とうとする後輩。トイレだろうか。
後輩が出れるように俺も一度席を空けた。

男「ほいよ」

後輩「ごめん」

男「たぶんあっちの方」

後輩「ありがとう」

確かトイレがあった方を指すと、彼女はマイペースに歩いていった。

……。

先輩「……そのまま帰っちゃわないよね?」

男「え?」

女「うーん」

男「それはないと思いますよ」

先輩「でも、あんまり楽しそうじゃなかったけど……」

男「でも」

女「あんま食べなかったですしね。ハーパルの時はああいうキャラなのかなって思ってたけど、単にアレなのかも……」

そんな事はない。彼女は、今まで見てきた中でも今日の日を楽しんでくれているはずだ。
その見てきた機会が少ないとはいえ、風俗嬢としてのやり取りとも、制限の多いネット上でのやり取りとも違うこのオフ会をリラックスして楽しんでいるように俺には見えた。

ブブブ……。

男「!」

一瞬慌てたが、バイトの癖でスマホをマナーにしたままで良かった。テーブルの下、こっそりハーパルから届いたメッセージを開けて覗いてみる。


先輩「まあ、オフ会なんてみんな初めてだししょうがないかもね」

女「あたしは楽しんでますよ!」

男「まあ、食べるだけ食べてお開きってのもアレですし、気長に楽しみましょう」


ab『ちょっといい』

布団『どした?』

ちょっと陰ってきた雰囲気。先輩たちに相槌を返しながらノールック打ち……できれば腰を据えた方が良いか。

ab『わたし、邪魔じゃない?』

男「……!」





この心のしこりを残したまま、明日からの毎日を迎えるわけにはいかない。

繋がりを求める寂しい俺の声に、静かに同調してくれたローレルとしての彼女も、このオフ会が開かれることになった1つのピースだと感じるから。

男「……すいません。先に俺もちょっと行ってきます」

女「えー? はーい」

先輩「うん、荷物見てるね」

男「お願いします」


幸いにしてトイレの個室は空いていた。
ズボンは履いたまま座り鍵を締める。

布団「誰もそんなこと言ってない」

ab「嘘」

布団「人見知りとは言われてるけど、嫌がるような人はいないよ」

ab「女と先輩と、話しながらメールしてるんでしょ」

布団「いや、俺も急いでトイレ来た」

布団「今お前の個室の前にいるわ」

ab「死ね変態」

布団「冗談」



布団「ほら。戻るぞ」

ab「あんたひとりで勝手に行けば」

ab「あの人たち、あたしより性格も良いし顔も良いしちょっと頼めば手でシテくれるでしょ」

布団「お前なぁ……」

今まで彼女の吐いてきた強い言葉は、身を苛む劣等感から自尊心を守るためのものだったのかもしれない。
浅いと言えば俺にも分かりやすいくらいに浅いが、その行為の根はどうにも深そうだった。







布団「お尻弄ってくれるのはお前だけだぞ」

ab「……馬鹿?」

そんな彼女にかける言葉がこれしか浮かばなかったのは……いや、まあ、馬鹿か。


…………。

女「ケータイ見てましたねえ」

先輩「男くん、分かり易いもんね」

女「男くんと後輩ちゃん、多分知らないつもりで会ったけどなんかしか接点があったんじゃないかな、って。初対面っぽくないですよね」

先輩「あ、女ちゃんもそう思ってた?」クイックイッ


店員「はーい! お伺い致しまーす!」

女「わ、先輩まだ食べるんですか?」

先輩「シェアだよ、シェア。すいません、これ、こだわりロールケーキ1本」

女「うひゃー、これ良いですねー!」

先輩「以上で。……ふふっ、今日割り勘でも良い?」

女「あ、それはだめですー! ロールケーキだけは4人で折半しましょう」

先輩「でも、後輩ちゃん……」

女「……あ、そだ。すいませーん、店員さーん!」ガタッ

店員「は、はいどうされました?」

女「すいませんさっきのロールケーキ、チョコのプレートみたいなので……先輩メモ紙あります?」

先輩「え、ちょっと待ってて。……」

…………。


しばらくして、男子トイレを出る。

後輩「……」

通路には、複雑な表情の後輩が立っていた。

男「よっ」

後輩「……」

男「行こうぜ」

後輩「……」

男「……。怒ってるのか?」

後輩「怒ってない!」

珍しく、それなりの声量を出した彼女がこちらに振り返った。

後輩「……わたしだって、自分が口下手で人見知りだって、分かってる」

後輩「わたしでも、遠慮くらい……する」

後輩「楽しそうだし……あんたら」

男「お前は?」

後輩「え?」

男「ふふ、楽しんでるか?」

後輩「それは……」

ピロリン!

後輩「……」

男「なんか鳴ったぞ。通知音可愛いな」

後輩「うっさい……」スチャ


にゃー「今からみんなでロールケーキ食べるから、早く戻ってこーい!(⌒▽⌒)」


後輩「……」


男「ま、意固地になんなって」

後輩「ちょ……! 撫でんな……!」

良い加減にじれったくなってきたので強硬策に出た。毛は痛んでるかと思ったが、けっこう柔らかい。
さらに身を寄せて、妹分のような低い位置の頭を地肌からくしゃくしゃ撫で回した。

男「どーしよっかなー、両手でわしわししちゃおっかなー」

後輩「う……分かった。分かった行くから、もう……」

そう言いながらも、俺が手を離すまで動かないでいる後輩であった。



……。

男「お待たせー」

女「後輩ちゃんはともかく男は長すぎー」

男「ごめんよ」

先輩「あっ、来たよ!」

店員「お待たせしました、こだわりロールケーキでございます」

不意にテーブルに運ばれてきたのは、おおよそ5~6切れサイズのロールケーキ一本だった。
中からはたっぷりのホイップと、柑橘系その他の瑞々しさが溢れんばかりである。

男「うお、美味そう! これ頼んだのか?」

先輩「私がね! さっ、切り分けるよー」

後輩「わたし、ケーキは……」

店員「すいません、プレートの文字はこんな感じで良かったですかね……?」

女「あぁ、どうも! バッチリです!」

店員「ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ……」

男「プレート?」

女「そ、チョコの!」

後輩「」ガタッ

女「予約したついでって事で、ロハでやってもらっちゃった。ほら、これ」

くるりとこちらに回されたロールケーキには、

祝 オフ会!
布団
にゃー
ab
スバル

細々とチョコペンで書き込まれたプレートが飾られていた。


男「これは……」

女「ぬっふっふー、作ってもらっちゃった」

先輩「記念に良いかなって」

後輩(記念……)

女「あっ、食べる前に4人で写真撮ってもらおー! 写真!」

…………。

店員「……これで良いですか?」

女「バッチリです!」

男「ありがとうございました」

先輩「ありがとうございました」

女「にゃふとんに上げとくねー」


男(ケーキ持った後輩を真ん中に囲うようにして、みんな綺麗に写ってる。まだ先輩や後輩の表情は固いけど、こういうのも良いな)

女「あはは、トコトン迷惑な客だね、あたしたち」

男「カフェでバイトしてると分かっちゃうよな」

先輩「ね、ね、そろそろ食べない?」

後輩「チョコ、良い……?」

女「元からそのつもりだったんだよ、はい」ヒョイ

後輩「……別に、そんなたくさん入らないから貰うだけだから」マグマグ

男「……」

先輩「……なんか、可愛いね、この子」

後輩「ふん」マグマグ


お互いがお互いの事を掴み始めてきてからの時間は、あっと言う間に過ぎていった。

先輩「ああっ……これ美味しい……♪」

男「幸せそうっすね先輩」
男(恍惚の純デレポーズ……)

先輩「うん……♪」

後輩「……」

女「食べ終わっちゃった? 一切れだけ食べる?」

後輩「……ありがとう」

女「ロールケーキはチョコじゃないけど、ごめんね」

後輩「ううん。美味しい」

女「美味しいよねー。あたしももう一切れ……」

男「それ俺の! 食いかけ!」

女「冗談だよう」

…………。

先輩「今日スクーターで来たんだよね?」

後輩「ん」

男「すげーな。俺乗れる自信ねーな」

後輩「大したものじゃないけど……」

女「あたしも免許取らなくちゃな、良い加減」

男「免許はあるんだけど、車がな……」

先輩「たまにで良いなら貸してあげよっか?」

男「あ、良いんですか? そんときは全員乗っけてきましょう」

女「うわ、あたしだけじゃん持ってないの。オートマですか?」

男「マニュアル?」
先輩「マニュアル」

後輩「わたしにドヤ顔されても困る……」

最初こそ女3人の中で話が続くかと思っていたが、俺が何も気を遣わなくても話題がポンポン繋がって終わらない。
さすがに女子だぜ。


男「先輩ってバイトには車乗ってこないんですよね」

先輩「近いしね、あと駐車場狭いからあんまり余裕ないし」

女「セファーソン忙しいですか?」

先輩「時間帯によるとしか言えないよねー」

男「そうっすね。でも忙しい時間帯のがまだ楽だ」

先輩「いろいろやることあるからね。深夜勤は油洗ったり店洗ったりホント忙しいよー」

女「なるほど、24時間だから……あ、そう言えば後輩ちゃんはどこで働いてるんだっけ?」

後輩「!?」
男「え」

後輩(お、男……)
男(はいよ)

男「確か近所のスーパーだっけ? ガッコ終わった後にちょっとだけやってたんだよな」

後輩「っ。そう」

先輩「へー、今度遊び行ってもいいかな?」

男「惣菜だから表に出てこないっすよ……」

後輩「う、うん。ごめん、なさい」

女「スーパーかあ、あたしのウチの近くにもスーパーあるけど、……」

後輩(……ありがと)
男(どーも)


女「あれ、あたし飲み物空いちゃった」

先輩「私はとっくに……喋ってると喉乾くもんね」

男「すいませーん」

店員「お伺い致します」

先輩「アイスティー」
女「ふたつで」

男「ジンジャーエールで。後輩は?」

後輩「……アイスコーヒー」

店員「すいません、もう一度……」

男「アイスコーヒーで」

店員「あ、失礼いたしました。ミルクとガムシロップはお持ちいたしますか?」

後輩「……」フルフル

女「以上で」

店員「ごゆっくりどーぞー」



男「ブラックで飲めるんだな」

女「飲めるんだねぇ」

先輩「ちょっと意外……」

後輩「……一体何なのよ」


女「来る前にちょっとトイレ行ってこよっかな」

先輩「あ、私も……」

男「うい。荷物見てるよ」

女「よろしく~!」



女と先輩が裏の方に行き見えなくなると、後輩は一休みといった具合に突っ伏した。

男「さっきと逆だな」

後輩「……組み合わせが変わらないんだから大して変わらないでしょ。すぐ帰ってくるだろうし」

男「案外、俺らと同じように女同士で積もる話でもしてるんじゃないか?」

後輩「何を」

男「分からん、けど探るだけ野暮だな……」



後輩「ま、それとも、なかなか帰って来ない方が良かった?」

後輩の瞳が閉じていく。ずいぶんとまあ気だるそうだ。

男「なーに言わせる気だよ。眠そうな顔しちゃって」

後輩「うっさい……見んな」

男「黙ってどこを見てろってんだよ……」


後輩「……」

男「……」

後輩「じゃあさ」

男「?」

後輩「指」

男「??」

後輩「見てるなら、指見てれば」

彼女は未だ突っ伏しながら右手を「オッケー」の形にかたどり、俺に見せる。




後輩「さっき、指見てたでしょ」

男「どゆこと?」

後輩「こういう」

その右手がパラリとほどけ、ズボンの上から俺を撫ぜた。

……。

!!?

男「な、ちょ」

後輩「……思い出した?」

突っ伏したままの後輩の瞳が、悪戯に俺を射止める。
戸惑っている間にもう一撫でする指からは、今度こそ快感が伝わってきてしまった。

男「お、思い出したって、ここ」

後輩「だから、テーブルの下でしてるんでしょ」

一旦止めた手は俺の許可を待つと共に、反応を楽しんでいるように見える。

何をしても良さそうに感じる、気だるそうな態度。
突っ伏された腕に都合良く隠された、誘うような表情。
やや大きいシャツから覗く、首元の肌色。

男「ちょ、ストップ!」

引き込まれたらまずい気がして、その右手を強引に引き剥がした。


後輩「んぅ……」

ちょっと不愉快そうではあるが、後輩はあっさりと手を離した。

男「セクハラ野郎め」

後輩「好きでしょ」

からかわれたのかどうかは分からないが、彼女は今度こそ両手を組んで突っ伏した。

男「寝るついでに人で遊ばないでくれっかな……」

後輩「もう戻ってきそうだし。本気ですると思ったの?」

男「処女が良く言うよ」

後輩「……!? 死ねッ!!」

男「あがっ!?」

思いっきりつま先踏まれた。



…………。



女「おっまたせー! あれ、何で男うずくまってるの?」

後輩「さあ?」

男「い、いでで……」

後輩「くふふっ……トイレでも行ってきたらどう? ソレ、遅くなっても構わないけど?」

男「てめー、覚えてろ……」

先輩(ソレ?)


……。

男「……ふー」

女「後輩ちゃん、コーヒー残ってるけど良いの?」

後輩「もういい」

先輩「はー、食べたねえ……」


男「んじゃそろそろ?」

女「名残惜しいけどね、もう2時半過ぎだし」

後輩「……会費は」

男「あー、とりあえずまとめて出しとく。端数は良いから、大雑把に食い扶持もらえれば」

先輩「ダメだよ、男くん。こういうのはキッチリやらなくちゃ」

女「そーだぞ! はいこれ、伝票です。ケーキだけ4で割って……」

男「じゃあ、100からの端数だけ切ってください。俺が主催者でしたし」

先輩「じゃ、甘えちゃおっかな。えーと、電卓ってどれだっけ……」ポチポチ

後輩「これ……1200円。よろしく」

男「うい、ありがと」


…………。

店員「ありがとうございましたー!」

女「どーも!」

先輩「ごちそうさまでしたー」

後輩「……」ペコリ

男「すいません、お騒がせしました……」

羽振り良く会計を済ませてレストランを出る。今度来る時があればもう少し静かにしよう。
店のひさしから出ると、直前まで忘れていた強烈な日差しに晒された。

女「うあー、まだまだ暑いー!」

先輩「涼しかったからちょっとキツイね。これからどうするの? どっか行く?」

男「そうっすね、とりあえず暑いからオケとか……」

後輩「……」

男「って感じでもないっすね。はい」

女「でも、このメンツで今行けるところあるの?」

先輩「ゲ、ゲーセンとかどうかな……?」



後輩「……お開きでいいんじゃない。行きたくなった時に、また来ればいい」

後輩がふと口にした言葉は、皆が不安を拭い切れてなかった、にゃふとんの繋がりを具体的に確認するかのようだった。

男「……」
先輩「うん」
女「そだね」

これからは、警戒しなくても繋がっていられる。
行きたい時に、誘っていいのだ。

その言葉を他でもない後輩から聞けた事が、嬉しかった。


ブンブンブンブン……

男「気を付けてな」

女「今度はどっか遊び行こー!」

先輩「後輩ちゃん、またね」

後輩「ふん」

乗り込んだスクーターのエンジンをかけ、メットを装着した後輩。
終始ぶっきらぼうなのは変わらなかったが、初めに会った時よりずっと空気が優しくなっていた。

後輩「……男」

男「ん、なんだ?」

後輩は今帰ろうかという所で握りかけたハンドルを離し、こちらを見つめる。



後輩「……」

後輩「またね」

男「ああ。あ、ちょ。行っちゃった……」



女「おー」

先輩「ふーん……」

男「な、なんなんすか。なんすか」

女「男、なつかれてるなあと思って」

男「なつかれてるか?」


ガタンゴトン……

男「ボックス席空いてて良かったけど、俺の方にいろいろ荷物押しやるのはどうなのよ」

女「だって先輩と隣座りたかったんだもーん、ねー先輩」

先輩「ふふ、私すぐ降りちゃうけどね」

後輩と別れたあと、ちょうど来た電車に3人で乗り込む。
少し傾いてきた日差しがキツく、窓際の俺がブラインドを下ろした。



先輩「男くん、今日なんだかんだ誘ってくれてありがとね」

男「いえいえ、こっちこそ来てもらってありがとうございました」

先輩「女ちゃんもね」

女「へ? あたしもですか?」

先輩「その……私、実は大学あんま馴染めなくてさ」

先輩「絡める人いなくてもいいかなとか思ってたんだけど、さすがに大学生の長い夏休み、ずっと暑い中バイト三昧って……寂しいから」

先輩「この歳でそれって……ふふ、恥ずかしいけどね」



男「おんなじっすよ」

女「だいたいそんなもんです」

先輩「……」

男「ははは、俺のぼっちはさらに酷いですよー。マジ最近まで、社会との接点ゼロのフリーターでしたからね」

女「あたしもいくら周りに人がいたところで、付き合い方が寂しくなっちゃうこと、ありますから」

男「後輩も……」

先輩「いや、髪の色見れば大体わかるよ……うん」


男「バイトなけりゃ、いつでも空いてますよ俺。飯とか、ガンガン誘ってくださいよ」

女「あー、あたしも空いてますからね!」

先輩「ありがと。男くんとは遊び付き合ってもらう約束しちゃったし、また女ちゃんにご飯付き合ってもらっちゃうかな」

女「えーっ! 男、もうおデートですか!?」

男「おデートってなんだよ、おデートって。女も今度、どっか遊び行こうぜ」

女「ぐぬ! 直球勝負か! 男、ぼっちのくせにプレイボーイか!」

男「見たまんまだっつの。どーせ俺、誰を誘っても女子だし。4人予定合わせんのそれなり難しいし、3人だと俺置いてかれるから、2人のがいい」

先輩「……なんか開き直ってる」

女「ハーレムですねー、こういうのイヤですねー」

先輩「ねー」

男「あーあーあーきこえない。何だよ仲良くしちゃって」


お出口はー、右側です……

先輩「うん。それじゃ、今日のところは……」


バッグを持って立ち上がる先輩。セファーソンでレジを打っている時より、何倍もいい笑顔がこちらに向けられる。
こういう顔がいつもできるなら大学に馴染めないなんてこともなかったろうに……というのは野暮なのだろう。

SBに書き込んでいたような内面も含め……ちょっと内向的な先輩の考え方は、俺の性格に近いところがあって、有り体に言えば少し引き合っている気がした。


男「お気をつけて」

女「ありがとーごさいましたー!」

先輩「ふたりとも、またね」

ドアが開きます、ご注意……

先輩「ふふっ」

何故だか、楽しそうに嬉しそうに電車から出ていった先輩。
内向的でこそあるが、感受性は決して乏しくない先輩のいろんな顔をたくさん見れた気がする。



ガタンゴトン……


男「ずいぶん先輩と仲良くなってたよな」

女「男からの推薦だもん♪」

男「なんだそりゃ」

女「えー? マジ可愛いとか」
男「ストーップ。忘れろ」


先輩とも別れ、しばらく女と電車で過ごすことになった……のは良いのだが、女はアッサリと俺の隣に陣取る。

一度自分から好意を暴露した人間にとっては、それを悟られないように気をつける必要はないってことだ。



男「うぉう。いきなりどうした」

女「お隣失礼しまーす。添いっ」

肩寄せてきた。

女「ん……」

男「っ」

頭預けてきた。

女「んふふ……」

男「ちょ」

腕取ってきた。

女「んふふふふ~♪」

男「……こら。さすがに暑い」グイッ

胸に挟まれる……のを止めた。



女「ちぇ。ダメ?」

男「さっきのまでならオッケ」

そう言うと女は再び俺の腕を取り、頭を肩に乗せた。
彼女の身体は温かく、髪からは良い匂いがする。


男「お疲れ」

女「うん」

男「……」

女「あはは、ありがとー……」



何も言わないで肩を貸していたら、お礼を言われた。彼女の身体がくたっ、と俺にもたれる。

男「ありがとうな、女」



俺たちが身バレしそうになってから、にゃふとんを立ち上げて、さらに今日のオフ会も最初から最後まで、彼女はずっとまわりを気遣い行動してくれていた。


精神的に疲れてしまうまでそれをしてしまうのは彼女の悪癖かどうかは分からないのだが、なまじ明るい口調で振る舞う彼女だからこそ、それじゃ壁を感じる。


男「寝るか?」

女「ううん……」


俺だけは、女のそんなところを分かってやりたかった。
簡単に言えば、俺の前では休め、と。
そういうことだ。


女「……ありがとー、もう大丈夫だよ」

男「やだ。もっといろ」

女「えー? マジで言ってる?」

男「あったかいんだもん、女」


ドアが閉まります、ご注意ください……

男「行くか……」

女「ん……」

すわりが良くてくっ付いてたのは良いんだが、なんか付き合ってるみたいな感じになってしまった。俺も正直ドキドキしてるし、浮かれている。

改札までのエスカレーターを上がる時、彼女は1段上に陣取って俺をじっと見ていた。

男「見てんじゃねーよ」

女「ふふふっ、じー……」

男「まあ、帰れるところまで一緒に帰ろうぜ」

女「いいよ」



…………。

女「あれ、駐輪場向こう?」

男「あー。俺、駅前の駐輪場ごちゃごちゃしててアレだから、あそこ使ってんの」

女「んじゃ、東口で待ってるね」

男「おう」

…………。

男「うい、お待たせ」

女「家はどっちの方なの?」

男「あっちだよ。アパートだって言わなかったっけ?」

女「あー、そうだっけね。んじゃ行こっか!」


男「こっちの方なんだな……割と近いのか?」

女「ふふっ、そうかもね」

真夏の白い斜光が照る、灰色の多い街。
前を向きながら走る俺の視界の端で、二つ結びのおさげが揺れていた。

それはドラマのワンシーンのような画で……自転車は二列、進んでいく。



男「なあ、そろそろじゃないか? 無理して合わせないでも良いんだぞ?」

女「あたしのセリフだよー。こんな入り組んだ住宅街にあるの?」

男「そうだよ。あ、ここ俺が働いてるセファーソンだ」

女「あっ、ここなんだぁ。今度先輩見に遊び行っちゃうかな!」

男「俺がいる時も来いよ!」

女「じゃ、あたしのカフェにも遊び来てよ?」

男「何がオススメなんだ?」

女「コーヒーが美味しいらしいけど……分からないなぁ。あ、でも月替りのパイはいつも美味しいよ! 今月はクランベリーのジャムパイだったかな」

男「あ、サッパリして美味そう。分かった、お邪魔するわ」

女「えへへ」



…………。

キキッ!

男「それじゃ、ここで」

女「先に送ってくれてありがとね。じゃ」

男「うん?」

女「え?」

男「おれ、ここ……」

女「え? え?」




女「もしかして……」
男「ひょっとして……」




男&女「同じ、アパート?」


……………………。









朝にも浴びた熱いシャワーが、筋肉に染み込んでくる。やっぱり、今日一日どうにも疲れていたみたいだ。
サッパリと汗を流して今日は早くに寝てしまおう、下のことなんか気にしないで。

男「……」

女は、ちょうど俺の真下の部屋に住んでいた。
俺が今こうシャワーを浴びている間、彼女は下で何をしているだろうか。

男「いや、気にするなって」

キリがない。


女『えへへ……。男の部屋、ちょいちょい遊び来ちゃうからね♪』


去り際にあんな一言を残していく女が悪いのだ。
一人暮らし、同世代、同じアパート、ついでにある程度好意を抱かれてるときて、その発言はマズい。勘弁してくれ。



男「……」

気を紛らそうとしても、今日はにゃふとんの面々の顔しか浮かばなかった。さすがに全員、連絡ぐらいはしといた方が印象はいいか。
でも、この日の締めくくりを今日はありがとうの事務連絡だけで済ましてしまうのも勿体ない。

2人とメールでやり取りした後で、あとの誰かと寝る前に電話することにした。


男(この選択はさして重要な選択ではないな)

安価↓3
1.先輩
2.女
3.後輩

ここまで。オフ会編やっとおわり
長くなっちゃったよ


男「一応、にゃふとんの件は一番気を回してくれたし……」

電話で女の事を改めて労ってやろう。
先に先輩と後輩にメッセを送ることにした。




ハーパルを起動する……とスパムメッセが入っている。
女医さんが500万くれるらしい。サヨナラー。

しばらく思案した後、特にひねりのない無難なメッセから会話を始めた。

布団「先輩、今日は改めてありがとうございました!」

スバル「こちらこそ!
ああいう場は初めてだったけど、けっこう良いもんだねw」

布団「なら良かったです
是非みんなと仲良くしてください!」

スバル「なんか今日の男くん毒気がないから違和感あるんだけどwww」

布団「失礼な!
俺ピュアボーイですよ!」

スバル「男女3対1だったのに?」

布団「左様
下心などありませぬ」

スバル「本当のところは?」

布団「ロールケーキ食ってる先輩めっちゃ可愛かったっす」

スバル「バカ!///」

布団「んじゃ、ちょっと早いけどお休みなさい!
あったかくして寝てくださいね。」

スバル「うん、ありがと。また今度セファーソンで会おうね。
おやすみ。」


……。

男「よし、っと」

男「まあ先輩が可愛いのは事実だし」

男「なんだかんだ、あの3人の中では一番スタイル綺麗だし……」

男「……比べるもんじゃないな。うん」

……。

先輩「ううー」

先輩「確かに今日見境なく食べ過ぎたかな……」

先輩「あの店の洋食、本当に美味しかったんだもん……」ポチ…


布団『ロールケーキ食ってる先輩めっちゃ可愛かったっす』


先輩「言い逃げしないでよぉ……!///」バスバスバス

先輩母「どうしたのクッション殴って……」





布団「今日はありがとな、気疲れしたろ」

…………。

ab「ごめん
シャワー浴びてた」

布団「すまんな、楽しかったか?」

ab「わりと
でも疲れた」

布団「うい、お疲れ。
ところで後輩ってチョコ好きだったんだなー。」

ab「眠気飛ばせるだけ」

布団「でも美味そうに食ってたなー」

ab「コーヒーも眠気覚ましたいだけだから」

布団「別に好きって言っても良いのに
後輩、普段からそんなに眠いのか?」

ab「なんだっていいでしょ」

布団「まさか夜な夜なあんなことそんなことを……」

ab「すぐに死ね、変態」

布団「冗談だってば!」

ab「今の言わせたいだけでしょ。
この変態」

布団「まあ、今日は早く寝ろよな、あまり体調アレだと心配するし。
おやすみ。」

ab「お休み。
またご飯連れてって」


……。

男「あまり変態キャラ定着させんのも困りもんだよなぁ」

男「でも相変わらずとっつきにくいっつーか……」

男「まあ、いくぶん丸くなっただけ良いか」

……。

後輩「……」

後輩(気、遣いすぎ)

後輩(なんであんな構ってくるの……)

後輩(心配、とか……)

後輩(だめ……あいつと話してると、眠く……)

後輩「……」スゥ…







ピリリリリリ!

女「はーい!」

男「やっほ。今かけて平気?」

女「うん。今お風呂上がったとこ」

男「あっ、頭とか乾かした方がいいなら一度切るぞ?」

女「せっかく男がかけてくれたのにモッタイナイ! 続けて続けて!」

男「やりづれえなオイ……。そういや、風呂ちゃんと沸かしてるのか?」

女「ん? うん。どうしたの?」

男「いや、俺は風呂洗うのも沸かすのもめんどくさくて、シャワーオンリーの人だからさ」

女「確かにめんどいけど、お風呂好きだし、しょうがないかなって。日本人なら風呂でしょう!」

男「はぁ。せやな」

女「バーカ。排水口からGさん沸け」

男「同じアパートだから被害は一蓮托生だぞ……」


女「にしても、どしたの? 今日の今日で掛けてよこして」

男「イカンかったかい?」

女「んーん♪」

男「まあ、あれだ。女には一番気を遣ってもらっちゃったからな……」

女「そんなことないよ……後輩ちゃんとか、男にしか気許してくれなかったし。男がいなかったら、ホントに帰っちゃったかもしれなかったから」

女「あーっ、ていうか、他のふたりにはちゃんと連絡した!? 女の子はそういうの気にするんだからね!」

男「しーまーしーたー。女が最後だよ」

女「がーん」

男「女とは時間気にしないで、ゆっくり話したかったんだよ。ばかたれ」



女「……」

男「どした?」

女「さらっと照れること言わないでよう……詰まる」

男「まあ、その」

女「……」

男「……」

女「黙んなー!」

男「うおっ」


女「……ね、おとこー」

男「どうした?」

女「窓開けて、外見てみて」

言われるがままに窓を開け、外を見てみる。
日中の晴天は一日中続いたらしく、雲のない夜に煌々と月が輝いている。

女「やっほ」

男「ん? 下か!」

女「こんばんはー!」

耳元からとアゴの下、両方から聞こえてきた声。
器用に窓から首を出し、サッパリと髪を上げた女がニッコリと見上げていた。

男「首疲れないかー!」

女「へーきー!」

男「ははは……」

何もないのに、威勢が良いだけで笑わされてしまった。こいつはこういう奴だ。
風が外壁を沿い、お風呂上がり特有の温かい香りが昇ってくる。

男「今日は楽しかったな」

女「またみんなでどっか行こー!」

男「んだな。次行くとしたら、どこがいいか」

女「今度にゃふとんで話振ってみよっかー!」

男「……なんで電話してんのに直接聞こえるように話すんだよ」

女「あははは、なんとなくー!」


女「ご近所さんに悪いから、そろそろ戻るね」

男「おうよ、蚊に刺されちゃうしな」

女「はーい」

ガララ……ギシッ。

男「……!? ふんっ」ピシャン!

男「あー建て付けわりい」

女「そゆこと言わないのー」



女「お布団はもうお風呂入った?」

男「シャワーシャワー。あとは歯磨いて寝るだけだ」

女「ちぇー、入ってなかったらコンビニにお使い頼もうかと思ったのに」

男「チョップしていい?」

女「やーぁ!」

男「なに欲しいんだ?」

女「お風呂上がり暑いから、アイス食べたいなー、なんて思ってた」

男「あーじゃあ今持ってってやるよ。ちっと待ってろ」

女「良いの!?」

男「ほいほい。神妙に待ってろよー」ガサゴソ


男「ふふふ ふんふん~♪」カンカンカンカン

女「ご機嫌だね」

男「ほいお待ちどうさま」

ピ~ンポ~ン!

女「ありがとー! あっ、スイカバー!!」ガチャ

男「……」耳キーン

男「……」グワングワン

男「とりあえず電話は切ってもいいよな……」

女「そうだったね……」プツン




どっちの部屋に行くともなんとなく切り出せなかったので、とりあえずアパートの階段下で食べることにした。

女「男があたしの上の部屋だったとはなー……」シャクシャク

男「すげー偶然だよな。世の中狭いよ」ムシャムシャ

女「ときどき夜中に階段上がっていく音がして、ドアが開いたあとに、天井からゆっくりドフッて音がしてさ。疲れてる人なんだなって思ってた」

男「悪い。これでも、疲れて倒れ込む時は下に響かないようにしてたんだけど……」

女「大丈夫だよー、テレビと音楽消して耳すまさないと聞こえないレベルだったから」


男「ふあぁ……」

女「ごっそーさま! 美味しかった! オフ会の件も合わせて、今度なんかおごったげる!」

男「よせやい、そんなつもりじゃなかったんだ」

女「バイターなのは一緒でしょ! お互いさまっ!」

男「分かったよ……ふふ、楽しみにしてる」

バイターじゃなくてフリーターじゃねーのかなとか思いつつ、女から黙ってアイスの棒を取る。
少し手が触れた。温もっていて、柔らかい。

女「ああ、ありがと。……変なことに使ったらダメだよ?」

男「その発想はなんなんだよ……」



男「ごめんな、明日バイトだから、そろそろ寝かしてもらっていい?」

女「いいよいいよ、わざわざアイスありがとね! またみんなでどっか行くよ、絶対だかんね!」

男「ふっふふ、ああ……」



ああ。今日一日そばにいて分かった。
この子は、本当に可愛い。
「ガワ」じゃなくて「ナカミ」が可愛らしいのだ。

まだそれくらいの印象しかないけど、その魅力を象っている彼女のいろんな事を知りたい。
そう思った。


男「ふたりでも、どっか行こうな」

女「……!///」パッ

男「どしたんだよ、目ェ見開いて、口押さえて。ん?」

あ、今の口のはしから漏れてた?




コーコーと吹くエアコンの静かな音。
真下に眠る彼女も、同じく備え付けられたエアコンの音を聞いているだろうか。





今まで俺の世界なんて、このアパートとバイト先、安い風俗店。馴染む事もなくただ通うだけのスーパー、あとはWEBの届く場所だけだった。



今は、真下にある彼女の空間も俺の世界だ。
彼女という俺の世界の住人が、きっと伝えてくれる色々な事を俺の世界に変えてくれる。



ブルルルルル……



男「ん……?」


にゃー『お休み♪』


男「……ふふっ、おやすみ」

ほら、俺が床に置いたスマホだって、直接彼女の部屋と繋がってる。そんなことあり得ない。

ならば、この街で有り得ないように感じた夢や希望みたいな形のないものも、俺が過ごす夏の行方にあるのだと……。







布団『お休み( ̄▽ ̄)』


8/5 Tue.





♪セファーソン! セファーソン! なんでも美味しいセファーソン! ……



男「ありがとうございます、またお越しくださいませー!」

先輩「いらっしゃいませー! どうぞ、お預かりします!」



…………。



先輩「お疲れさまです」

店長「おー、お疲れ……もう時間か。お、そういや昨日はどうだった?」

先輩「ふっふふ、楽しかったですよ」

男「はい、急に空けてもらってありがとうございました」

店長「にしても、なんか……」


気さくな女の店長さんが、制服を脱ぐ俺たちを舐めるように見回す。


店長「あんたら、遊び行った以前になんか良い事でもあった?」

男「ん? どういうことです?」

店長「なんか憑き物が落ちたみたいな……うーん。先輩ちゃんは学生で、男、あんたはフリーターだっけね」

男「はい……?」
先輩「はい」

店長「いや。何にしろ、しっかりやんなさい。今、すごく良い顔してるんだから」

男「ああ、はいっ」
先輩「……」

店長「時間取って悪かったね」

男「いえいえ。失礼します」

先輩「失礼します」


…………。

男「なんというか、色々とお見通しなんですかね?」

先輩「分かりやすすぎるだけじゃないかなぁ……男くんなんか、声キレッキレだったし」

男「えぇ? 先輩の方が分かりやすすぎですよー……ちょうどひと月前なんか、声もぼそぼそっと喋るだけだったのに」

先輩「男くんと話すようになってから、どうもね……。私だけ無愛想なのも、恥ずかしくて」

それは、俺を仕事仲間として良く意識してもらっているということで良いのだろうか。大したプライドなどないが、少し嬉しい。


男「先輩、立ち話もあれですから、今からご飯行きましょうよ!」

先輩「あっ、うん! 何食べる?」

男「えーと、小ざっぱりとお蕎麦でも……」

先輩「あー、もう少しお財布に優しい感じでガッツリ食べれるものが良いかなー、なんて」

男「おなごの言うことじゃねっすよ。ラーメンで、良いですかね……」

先輩「大歓迎です! 行こう!」

男「引かないんすね……」


店主「へいらっしぇい!」

アッシェーイ!

先輩「ここ美味しいよね!」

男「けっこう来るんですか?」

先輩「お母さんお父さんいない時だと、お昼ごはんはここかなぁ……女の子らしくないよね」ピッピッ

少し照れた様子ではにかむ割りには、券売機を操作する手慣れた手付きが容赦ない。

男「あーピッタリ出ねーです」ジャララララ…

女連れだと、いつになく後ろのリーマンの視線が厳しい。さっさと釣り銭を回収して少し汚いカウンター席に陣取った。

男「お願いします」【ねぎ盛りつけ麺】
先輩「お願いしまーす」【ウマ辛ラーメン】【大盛】

店主「あぃ、少々お待ちくだせぁ!」

ねぎつけ一丁ー! ェーイ
ウマ辛大盛一丁ー! ェーイ




男「……美味しいのもそうですけど、ここは活気があって良いですよね」

先輩「あっ、そう? 男くんってこういううるさい感じのはあんまり馴染まない感じがしてたんだけど」

男「元気ない時はこういう、その、体育会系みたいなのはイイもんですよ」

お冷を注ぎ、お箸と一緒に先輩に渡す。

男「ってか、先輩って良く食べますよね。コンビニじゃ廃棄足りなくないっすか?」

先輩「あっ、ありがと……でも別に大食らいなわけじゃないよ? 美味しいものは、やっぱたくさん入っちゃうだけで」

男「ふふ、食べるの好きなんですね」

先輩「違うってば、もー……」


店主「へいお待ち!」ドン!

男「いただきます」
先輩「いただきます」

…………。

先輩「つけ麺良いなあ……」ズルルルル

男「ねぎっすよ、ねぎ。時代はねぎです」ズルズル

先輩「ねー。ああ辛いなあ、美味しいなあ……」

男「……先輩って、美味しいもの食べてる時、理屈とか理性とか飛んでません?」

先輩「り、理性は飛んでないよ! だって、美味しいものに理屈とかいらないでしょ!」

男「まあ、そっすね。てか、辛いもの食ってて暑くないっすか?」

先輩「汗かくよね」ヌギヌギ

男「……」

先輩「……」

男「…………」ジー

先輩「二の腕見ないでよ! 気にしてるの!!」バシッ

男「あでっ」


8/6 Wed.




布団「バイト6時上がりなんだけど、誰か夕飯付き合ってくれない?」

にゃー「うー、あたしラストまでなんだよね……」

スバル「そもそも、私は男くんと入れ替わりだし。」

布団「夜勤お疲れーっす!」

にゃー「バーカ!>_<」
スバル「そう言うなら代わってよ……」

布団「後輩は?」

……

にゃー「先輩は終わるのいつですか?」

スバル「0時上がり。まだ楽なほうかな」

にゃー「あっ、じゃあ男はほっといて飲み行きましょうよ!(*゚▽゚*)」
にゃー「せっかくですし!」

スバル「ああ、良いねー明日休みだし。じゃあ自転車で行くねー」
スバル「あっれー男くん明日早番だっけ?ww」

布団「酷いや!」

…………。

男「お先に失礼しまーす」

先輩「結局連絡あったの?」

男「ねーです。振られました」

先輩「あはは……後輩ちゃん無精だし、たまたまだって」

男「んじゃ、失礼します。飲み、俺の分も楽しんできてください」

先輩「ありがと! 男くんもまた今度行こうね?」

男「はい、誘ってください」





ブルルルル……

男「……お?」


ハートパルス 今
ab さんからメッセージが届いています


ab「終わった?」

布団「たった今。今からメシ食おうと思ってた」

ab「わたしも行く」

布団「お、ホント? 先輩たちに振られちゃったからどうするかと思ってた笑」

ab「見たけど」
ab「わたしじゃない方がいい?」

布団「まさか!」
布団「後輩は今どこにいるんだ?」

ab「家」

布団「んじゃ、△△駅まで行くか?」

ab「いい」
ab「わたしがそっちの駅行く」

男「すまんな」

ab「別に」
ab「7時に迎え来て。」


男「お、来てたか。お待たせ」

後輩「……別に。待ってないし」

男(待ったんだな……)

後ろ手を組んで待っていた後輩は、ショーパンとパーカーに身を包んでいた。
スラリと伸びる脚が、ぱっと見低身長を隠しているようで、彼女のスタイルに良く似合っている。
というか、オフ会の時より洒落っ気があった。雰囲気も含めて。

男「そういうカッコもするんだな」

後輩「……何。悪い?」

男「いや、似合ってて可愛いよ」

後輩「その平気で褒める癖やめて。嬉しくない」

ただ、率直な感想でさえ彼女にかかればこの通りである。

男「別に、お世辞でもなんでもないんだけどなあ……」

まあ確かに、誰かを褒めることへの照れや気恥ずかしさなどは、フリーターになってから薄れていった気がする。


後輩「ごめん、悪いんだけど、あんまりお金持って来てないから安いところにしてくれない?」

男「ああ、いいよいいよ。牛丼……って感じじゃないよな。ハンバーガーでいいか?」

後輩「ありがとう」





…………

店員「いらっしゃいませー、店内でお召し上がりですか?」

男「はい、えーとBBQバーガーのセットと、シェイクのチョコ味」

店員「お飲み物は……」

…………

男「うい、場所取りサンキュな」

後輩「チョコシェイク……」ジー

男「あいよ。ホントにチョコは好きなのね」

後輩「………………」チュー

今度餌付けでもしてやろうかな、なんて画策しながらバーベキューソースのハンバーガーを頬張った。

後輩「……ぷはっ。あんたはあんたで、ジンジャーエール好きよね」

男「バレた?」

後輩「まあ、わたしこそ威張ることじゃないけど。んむ……」

男「美味いか?」

後輩「………………」Σb


後輩「ずぞぞ……」

後輩「……」スコー

後輩「…………」スコー スコー



男「それだけじゃ足んないだろ。ほれ、ポテト」

後輩「いい。平気」

男「じゃあ食っても平気だよな。ほれ」

後輩「意味わかんないんだけど」

男「そう言うなって」ポリポリ

後輩「……」ポリ

あまり賑わっているとは言えない店内に、有線の音楽だけが鳴り響いている。
お互いの口をふさぐポテトがなくなった時、どんな話を切り出したものか……浮かんでは消えていった。

後輩もそう思っていたのかは知らないが、少し意を決したように彼女は切り出した。



後輩「ね、ねえ……男」

男「ん?」

後輩「んっと」

男「……」ポリポリ

後輩「その」

男「どうした?」

後輩「う…………ごめん、やっぱいい」

男「おい、気になるだろそれ。なんだよ、何言おうとしてたんだよ」

後輩「うるさい……言わされるのは嫌」


男「何だよ、ハッキリしないな……」

後輩「……」

後輩はむすっとしていた。へそを曲げているだけなのか、本気で癇に障るような事を言ってしまったかは分からない。
まあでも、言葉の少ない彼女から無理に話を引き出そうというのは良くなかったかもしれない。

後輩「……ありがと。ポテト、もう良い」

男「それだけで良いのか?」

後輩「本当に足りるから」

男「分かったよ、あとは食べちゃうわ……なあ、後輩。もしあれだったら、先帰ってても良いんだぞ?」


後輩「」ギュム

男「あっで!!」

つま先超踏まれた。痛え。

後輩「……バカでしょ」

男「いや、さすがに退屈かなと思って……」

後輩「」グリッ

男「あ、いっだ!? マジ痛いから! 勘弁!」

後輩「……」

男「悪かったよ……」


…………。

ありがとうごさいまーす……

男「帰り、送らなくて良いのか?」

後輩「駐車場すぐ近くだから」

男「分かった、気を付けろよ」

男「んじゃ、また……」


後輩「ま、待って」

男「?」

後輩「その……」

男「あ~、さっきの続き?」

後輩「な! し、死ねっ」バス

男「いって、蹴るなよ! ……別に何言っても笑わねーから、言ってみろよ」

後輩「……言わないとダメ?」

男「ふふっ、ダメだなー」

後輩「あーもう……言いづらい……」




後輩「わたし、口下手だし」

後輩「つまんなそうに見えるかもしれないけど……黙ってるご飯食べるのも嫌じゃないし」

後輩「でもそれじゃあんたが嫌か……えーと、そのっ」



後輩「わたしに気を遣わないで良いから、また誘って、って、こと……なん、です」



後輩(で、です、とか……どもった、超どもった)カァッ

男「ぷっ、ごめっ、くくく……!」

後輩「っ、やっぱ死ねこのド変態!!」ベキッ

男「ああっ!! ごめん! ごめんってば!!」


8/7 Thu.




ガチャ

男「ただいまー……俺」

男「ああ暑い、エアコンエアコン……」ピッ

早朝から昼下がりまで勤務した身体が軋んでいる。フリーターはこうして少しずつ身体を壊していくのかと思うと、ゾッとした。

……

男「夏はやっぱシャワーに限るよなぁ……」

男(そういや、お風呂派の隣人はどうしてるかね)

生まれた不安をこそぎ落とすかのように肌を洗い、下の階の住人の事でも考えてみる。
同じフリーターである彼女はその不安をどう捉えているのだろうか。

男「ちょっと誘ってみよ」




布団「今日、夕飯食べに行こうぜ!」

左手だけをバスタオルの端で拭き、ザックリとした文章を送信。

にゃー「お誘いだー!O(≧∇≦)O
うん、それじゃ支度できたらお邪魔するねー!」

シャワーから出ない内にレスポンスが返ってくる女子特有のスピードが、今は温かった。


ピンポーン♪

男「おっ……」ガチャ

女「ハァーイ!」

男「早かったな」

女「あ、まだマズかった?」

男「いや、大丈夫。行こう」

……

女「ふたりとも自転車だと気楽で良いよねー」

男「んだな、軽く飲むか?」

女「連日は無理! 休肝休肝」

男「そういや、昨晩は楽しかったか?」

女「……その言い方、なんかヘンくない?」

男「いや、先輩と水入らずなお楽しみだったのかと……」

女「フライングチョーップ!」ベシッ

男「あっぶね、漕ぎながら殴るな!」


男「ところで、ノープランのままとりあえず女に付いてったわけだけどさ」

女「うん」



男「……そば屋?」

女「そばダメ?」

男「いや、構わんのだけど。まあ、確かに家族とぐらいしか食わないからな……久しぶりだ」

女「ごー!」

ガララララ……


店主「……いらっしゃい」

男(けっこうしっかりしたお店だな……厳かっていうか)

女「男、こっちこっち」クイクイ

男「よく来てるのか?」

女「うん、なんか良いことあると食べに来るの。美味しいんだよ?」

男「んじゃ、期待しちゃうかな?」


男「お品書きお品書き……」

女「今日は何にしよっかなー」

店主「……ごゆっくり」

男「どうも」

お冷を注いできてくれた店主に会釈し、改めてお品書きを広げる。どうにも値段帯は高めで、しかし充実した品揃えだった。

男「なめこ、とろろ、山菜、きつね……」

女「目移りしちゃうよね! あたしも、毎回違うの頼んでるんだー」

男「やっぱこういう日は冷たいのをサッパリと?」

女「良いですね!」


…………


店主「あいよ。ざるそば2枚」

男「あの……これは?」

店主「悪いな……近所の奴が、たくさん持ってきたんだ」

女「これは、オクラの天ぷら?」

店主「傷んじまうからな。食え」

男「ありがとうございます、頂きます」

女「お塩で頂いて良いですか!」

店主「好きだねえ……待ってろ、良い岩塩持ってきてやる」


男「ちゅる……はぁあ、すげえや。うめえ」

女「ずるるるる!」

男「そばって、こんな香りがあって、食べ応えあるもんなんだな……」

女「ずるるるる!」

男「オクラの天ぷらもまあ、あっさりしてて夏らしくて、でも油っ気が嬉しいという……」

女「ぷはっ、ずるるるる!」

男「うるせえな!」

女「だって美味しいんだもん!」

男「そんな早く食ったらすぐなくなっちゃうだろ!」

女「はっ」


…………


女「おじさーん、そば湯くださーい!」

店主「……ほれ。こぼすなよ」

男「そんなの飲んだら暑くならねえ?」

女「芯からあったまって、すごく気持ち良いんだよ。男も飲む?」

男「えっと、どうやって飲むんだ?」

女「そば食べ終わったらね。あたしから頂きまーす。……」


男「はぁ……」

女「ね? 良いでしょ?」

男「ん、初めて飲んだよ」

女「いろいろ身体に良いんだよ」



男「んで、昨日の飲みはどこ行ったの?」

女「あはは、お粗末な居酒屋だよ……先輩がけっこうイケる人で、ペース早くってさあ」

男「へー」

女「けっこう置いてかれちゃったかな……」

男「あの人、美味しそうに食べるからなぁ」

女「あ、ひょっとして先輩ともご飯行ってたり?」

男「ま、まあ。ラーメン食べ行ったな」

女「……へ~」

男「んだよその目はー」

女「……楽しかった?」ニヤニヤ

男「なんで意味深げに聞くんだよ……楽しかったよ」

女「ふーん。じゃあ、今度は後輩ちゃん誘っちゃうかな」

男「あいつ食細いから、気遣ってやれよ」

女「……おーとーこー? ひょっとして後輩ちゃんも」

男「……昨日、けっきょく夕飯食いに行きました」

女「うわあああっ、あたし最後じゃん! せっかく誘われたのに! またぬか喜びなんですけど!!」


男「心配するなよ、また来ようぜ……」

女「……他にもそう言ってるくせに」

男「むう」
男「じゃあ、また女としか出来ない話でもするかね」

女「え? なになに?」

男「大した話でもねーけどよ。どうにも最近、バイト終わって、アパート帰ってきてから身体が……」


…………


男「んで、将来どうなるんだろうとか、そもそもどうしたかったんだろう、とか……」

女「うん」

男「あっ、悪い。つまんない話して……」

女「ううん」

男「でも、フリーターになっちゃったのはただの自己責任だろーってのは分かってるし、なかなか恥ずかしくて言えなくてさ。女なら分かってくれるかと思って」

女「……」コクン


女「あたしもね、何時間もぶっ通しでホールやってると、なんか頭がボーッとしてくるんだよね」

女「もちろん色々考えて集中してるんだけど、足がギシギシ言う感覚とか、腰が固まっていく感覚とか、痛くなるお腹とか……ああ、少しずつ身体が壊れていってるんだな、って」

男「もう、無理ばかりの効く歳じゃなくなるよな」

女「あっはは、まだハタチだよー?」

男「女は特に、女性として生まれたんだし。無理すんなよ」

女「ふふっ……」

男「まあいいや、ありがとう。行こうか」

女「うん、ごちそうさましよっか」




店主「また来いよ」

ガララ……ピシャ。


男「……壊れてっても、治るもんだよ」

女「へ?」

男「いや。その……」

女「なに?」

男「いや、良い。なんでもない」

女「えー! なんでもある顔してるんだけどー!」


下手に慰め合わないのは、それぞれ、フリーターになってしまったそれなりの経緯があるからだった。
慰める方が自らを痛めてしまうし、慰められる方は、仮に癒されたとて変わらない現実をどう見据えたものか、たまったもんじゃない。


どうしようもないじゃないか、と駄々をこねても仕方ない。
どうして俺だけこんな事に、と妬んでもつまらない。
俺はもう駄目人間だ、と心を縛っても意味がない。


だから、お互いに、大変だね、と。
口にもせずに、視線と笑顔だけでほんの少し励ませば良いのだ。
彼女は、俺をとても「分かっている」気がした。実際は知らない。

男「あー美味かった! また行こーな」

女「うん!」

冷えて乾いた声音は、蒸して熱する夏風に流してしまえば良い。
うるさい車道の横の歩道を、縦一列で走るなら。遠慮もなしに大声で言える事がある。

男「女ー!」

女「なーにー?」

男「今度、メシ食いに来いよー! 俺の部屋ー!」

女「きゃー! 連れ込まれるー♪」

男「そうだよ、連れ込むんだよー! 疲れたら来いよなー!」

女「オッケー!」


8/8 Fri.





男「いらっしゃいませー、おはようございます」

先輩「男くーん、これ分量合ってるー?」

男「合ってますよー、そのまま揚げちゃってください! ……っと、お預かりします」

朝方のコンビニは酷いほどに多忙な事がある。今日はまだマシな方なのだろうが、今日から始まった揚げ物の50円値引きキャンペーンのせいで作り置きは増えている。

矢面に立つのはだいたい3人。ここは戦場だ。


店員「いらっしゃいませ、お預かりしまーす」

男「お会計519円でございまーす」

客「あと、チキンが4本……」

店員「かしこまりました、先輩チキン4本頼んます」

先輩「はーい!」ゴソゴソ

男「ありがとうございます! ……いらっしゃいませ、お待たせ致しました……」

店員「お会計変わりまして、1360円でございます」ピッ

男「お弁当温めますか?」
客「……うい」

ブーーー!

先輩「っ、コロッケ……!」

男(先輩チキン。俺やります)トンッ
先輩「わっ……!///」

客「」「」「」「」イラ…
店員(あああ、ヤバいヤバい)

先輩「すいませんっ、お待たせしましたー」
先輩(……顔近かった)

男(弁当40秒コロッケ90秒内あと30秒箸1膳)タッタッタ…

男「……失礼いたしましたっ」ピッピッ


……
…………
………………
…………………………………



男「疲れました!」
先輩「疲れました!」
店員「疲れました!」

店長「なんだよガン首揃えて!」

店員「1時間あまりレジオンリーですからね!?」

店長「知ってるよ、こっちだって忙しいんだっつの。ああ暑いっ」

男「まあ、ただの愚痴ですよ。廃棄取ってきます」

先輩「お腹減った……」キュルル

男「ふふ、いっぱい取ってきますか?」

先輩「い、良いの!」


…………

男「お先に失礼しまーす」
先輩「お疲れ様です」

店長「うい、お疲れ」

男「何か買ってきますか?」

先輩「お腹減っちゃったからね。どうしよっかな……」

店長「買うな買うな、廃棄持ってけ」

男「店長、ダメですよー」

店長「だって、残しといても棄てるだけだし。誰も得しないぞ」

男「一人暮らしで廃棄弁もそもそ食うのは精神にクるんですよ!」



先輩「私、もらってっても良いですか……?」

男「先輩マジっすか……」

店長「持ってけ持ってけ。男もさっさと誰か見つけて、一人暮らしやめれば良いじゃんか」

男「ねーです。いねーですそんな相手」

店長「ほれ、いるだろ。可愛いじゃねえか」クイックイッ

先輩「肉弁も良いけど、ボロネーゼ大盛りも……♪」
先輩「……え? へっ?///」

男「年頃の男女はデリケートなんですから、そういう事言わないでくださいよ~」

店長「なーにが年頃だよ、いい歳こいて! あたしと違ってどーせ休みなんだから遊んでこい!」

先輩「それで素直にはい遊び行きます、ってやりづらいんですけど」

店長「ウブだなお前らは……! 若い内に遊ぶだけ遊んで、ヤる事ヤっときゃあ良いんだよ! ワンナイトやってまえやってまえ!」

男「てんちょー。声でけーですよー」

先輩「は、廃棄取って帰ろ……?///」

男「そうしますか」


先輩「あー、涼しいっ」

男「ふふ、お弁当偏りますよー」

セファーソンの袋を引っさげたまま伸びをする先輩。
セファーソンにイートインが無いということで、先輩と連れ立ってショッピングモールのフードコートを訪れていた。

平日の午前10時過ぎということもあってがらんとしている。

男「えっと、窓際で良いですか?」

先輩「うん」

日差しがキツいが、ブラインドを降ろすと随分マシになった。アパートやセファーソンに居る間はほぼ電灯に頼っていたため、陽の明かりというものは気持ち良い。

男「しかし、今日の店長は荒ぶってましたねー」

先輩「なんか嫌な事でもあったのかな?」

男「うーん……食べますか」

先輩は温かいカルビ弁当を、俺はおにぎり3種と新香盛りをチョイス。すっかりブランチの時間になってしまったが、先輩は朝ごはんを食べてこなかったのかもしれない。

男「先輩は自分で料理作ったりとかしないんですか?」

先輩「あっ、するよ。バイトあるから、うつやるかは結構ぐずぐずだけど……」

男「実家暮らしですもんね」

先輩「ふふ、やっぱご飯が出来てるって気がラクで良いよー」

男「出てから、チョー実感しました。シンドい時、家に帰って何もないともう……」

先輩「男くんはちゃんと自炊してる?」

男「毎日、と言いたいところですけど残念ながら半々くらいですね。やったらやっただけ食費は浮くんですけど、家に帰ってまで金の為……とかですねぇ」

先輩「でもサボりだすと途端に高いご飯食べたくなったり?」

男「ふっふふ……なんかバレてるみたいっすね」


先輩「男くん、たくあん貰っても良い?」

男「漬け物食いたくなりますもんね。どうぞ」

先輩「ありがとう。ふふ、カルビあげちゃお」

男「あーっ!? おにぎりに乗せないでくださいよ! あああ手が! ベタベタする!」

先輩「あははは……!」

男「もう……」

こうしている分には、見知らぬ人からすればカップルに見えるかもしれないし、俺にとってしても一緒に居て楽しい先輩にしか感じない。

ただ、


『ディーテン乗ってる奴は施キャンレーザーしか出来ない脳死雑魚ばかりだからなww』
『黙れ貧乏人^^』
『違うから!違うから!自演なんかしたことねーしお前出会い厨のくせにふじこふじこ!!!』


少し心の危ういところを抱えているのを、俺は知っている。


俺だって同じだ。
あのスマホを覗くまで、俺はただのしがないフリーターで、先輩は当たり障りのない学生でしかなかった。
女だって顔も良く覚えてないただの隣人だったし、後輩も少し変わった風俗嬢でしかなかった。

今の彼女たちには、ネットで初めて出会ったようなものだ。
出会って、ネットでは見られないものを改めて見て、今の笑顔がある。


先輩「ふふふ……どうしたの、じっと見て」

男「いーえ」ムシャムシャ


男「先輩、この後ヒマですか?」

先輩「ん? うん、大丈夫だよ。どっか行く?」

男「せっかくオフですし、ひとりで居ても家で涼んでるだけになりそうで……」

先輩「あ、分かる。私もこの夏ゲームばっかりになっちゃいそうだったし」

男「家でもゲームするんですか?」

先輩「ちっちゃい頃からゲームっ子だったよ。あ、そうだゲーセン行かない?」

男「例の……えーと、リバエアですか? どれくらいやってるんです?」

先輩「そ、その。たまに、ね?」

男「今まで、いくら使いましたか? 先輩?」

先輩「……5万は堅いです」

男「oh……」



先輩「てか、忘れてた! 男くんにもやってもらうんだった!」

男「う、そうでしたね。教えてもらえれば……」

先輩「男くんには何の機体乗せたら良いかな……♪」

ダメだ、聞いていない。
この頃の俺は、まだ先輩に付き合う程度ぐらいしかプレイするつもりはなかった。

先輩「さ、早く食べよ? ビシバシ行くからね!」

風俗なんかとはまた違った日陰の世界を、俺は思い知る事となる。


~♪ ~♪ ……

男「う、うるせえ……」

先輩「んー? なんか言ったー?」

久方ぶりに訪れたゲームセンターは、目を焼くような電飾と大量のディスプレイ、一瞬竦んでしまうような爆音で俺を迎えた。

男「ここは結構人がいるんですね……」

先輩「?」

男「こ、ここは結構人がいるんですね!」

先輩「んー」

先輩はよく分からない返事をして、奥の方へ進んでいく。両サイドにはズラリと筐体が並んでおり、ここがファミリー向けのゲーセンではない事を物語っていた。


先輩「着いたよ!」

男「これが……」


『Liberty of Air』


大きく区画分けされた場所に、3対……6台の筐体がある。俺が目を向けたそれは丁度タイトル画面を映していた。
既にプレイしている人たちも居る。

男「これはどんなゲームなんですか?」

先輩「あれ、動画見たんじゃなかったの?」

男「見ただけじゃ、何とも」

先輩「そっか。それじゃあ、私の見ながら勉強してもらおっかな……♪」

相当にやり込んでいるのか、100円を入れる先輩の顔はとてもウキウキしていた。


群青色、カーソルポインタに良く似た形の飛行機がアップで映され、戦闘区域らしい円形のエリアに入っていく。

先輩「このゲームは、平面上で飛び回る飛行機を操作して相手を撃墜すれば勝ち。5本先取でゲームセットって感じかな」

男「5本先取? ずいぶん多いですね」

先輩「何か当たったらだいたい一発で死ぬから。とりあえず、見ててね」

【Round 1】Air combat manoeuvering…

格闘ゲームにあるようなラウンドコールが入ると、レバーを握る先輩の顔から喜怒哀楽が消えた。

男「……」

先輩「……」



【Fire!】



先輩のレバーがカカッ、と倒される。

斜め前に飛んでいった先輩の機体がバルカンを放つと、あっという間に相手機体の片羽が爆散した。

同じく武装した機体が、無残にも回転しながら青空の下に消えていく。

【Player 1 Win!】

男「うわ……」

先輩「どう?」

男「速い……」

先輩「でしょ?」

能面から戻ってきた先輩の表情は、今まで見てきたそれらとはまた違った色合いを見せてくれた。


【Round 2】Air combat manoeuvering…


…………
……



【Round 5】Air combat manoeuvering…


男「ここまでストレート勝ちですね」

先輩「CPU戦の初めだから。サクサクしてるでしょ?」


【Fire!】


男「おっ……」

すると、今まで木偶のようだった敵機がようやく動きを見せた。クルリと立体的に回転し、180度向きを変えて逃げていく。

先輩(右シャンデル程度で……!)

しかし先輩の機体は難なく追従し、背後からバルカンを浴びせる。さらに加速し、相手の尾翼に向けて接射した。

機体は程なく爆炎に包まれ、青空へと消えていく。

【Finish!】

【Winner! Swallow74】


男「さすがですね」

先輩「長いからねー」

男「スワロー……というと、燕ですか?」

先輩「うん。私の愛機」

男「へぇ……」

先輩が愛機と語るその機体は、濃い青のボディが濡れた羽のようだった。ミリオタの気はないが、燕を連想すると確かにカッコよく見える。

男「スピードが速いんですね」

先輩「うん。スピードも良いけど、小回りの良さはナンバー1。その代わり、攻撃のラインナップがかなり貧弱なの」

男「なんて言うか……上級者向け?」

先輩「上級者向け……いや、そんなことは……♪ まあ慣れはいるけど? ふふふふっ……」

持ち上がった肩がピクピク震えている。うれしいらしい。そしてちょっとこわい。


…………


上機嫌な先輩は、俺が見ている中でアーケードのプレイをひとしきり堪能したのだった。


先輩「さっ、男くんもやってみようよ」

男「お、俺ですか? あんなにせわしなく動かせないですよ」

先輩「あんな難しい機体に乗せないよ。ちゃんと教えるから……ね?」

先輩が俺を席に座らせ、後ろから肩に手を置く。薄暗く騒がしいゲーセンの中ながら、顔が近い。
そういう意図はまるでないのだろうが、ふわりと優しい香りがして、心臓が高鳴ってしまう。

男「う……お願いいたします」ペコリ

先輩「あははははは、頑張れー!」

緊張する俺の面持ちが変だったのか、随分と笑われた。そのおかげで肩の力は抜けた気がする。

…………

先輩「このViola P.T.……ヴィオラってのが初心者向けかな」

男「はい……っと、操作はどうしたら?」

先輩「えっと、ここでメインウェポン、こっちでサブ、……」


【Round 1】Air combat manoeuvering…


先輩「まあ、好きなようにやってみて!」

男「は、はい」


【Fire!】


…………

【Round 4】Air combat manoeuvering…

先輩「ここを押しながら曲がると、早く曲がれるの。その代わりスピードは落ちちゃうからね」

男「やってみます」

先輩の教鞭のもと、CPU相手に奮闘する。ぎこちない操作を笑いながら、先輩はひとつずつ少しずつ教えてくれた。

そんな楽しい時の事である。

男「……えっ?」

先輩「うわ……マジか」


【Plane approach of unknown!】



男「先輩、これは……?」

先輩「乱入。ごめんね男くん、代わってもらっても良い……?」

男「え、ええ」

慌てて席を立ち、先輩に明け渡す。
その時にふと見た先輩の横顔は、多分しばらく忘れられないと思う。




先輩「――初心者にそういう事をするから、誰も楽しめなくなるんだよ……!!」




先輩の声は静かで、飛び交う電子音にすく消されていったけれど、とても強かった。
ディスプレイの光に薄く照らされたその形相は……言い表すなら、何か、大きなものに抗う人の顔をしていた。

先輩「やっぱ、ディーテンか」

男「ディーテン? って、あの」

先輩「そう。D10-RC Custom……」

ディーテンという言葉には聞き覚えがあった。先輩がスマBで散々に書き込んでいた機体である。

先輩(ヴィオラは得意じゃないけど……どこまでやれるかな)


【Round 1】Air combat manoeuvering…


?「……」
先輩(こんな事で……このゲームをつまらないものと思って欲しくない)


【Fire!】


先輩の機体が加速し、後方に回り込もうとする、が。

先輩「っ……」
男「あ」

?「……」

大量に飛来するミサイルを機関部に受け、爆散した。

【Player 2 Win!】

先輩「ごめんね男くん、当たっちゃった」

男「い、いえ」

先輩(ヴィオラじゃ、避けきれない)ギリッ

男「先輩……」


【Round 4】Air combat manoeuvering…

先輩「ごめんね、男くん……」

男「謝りながら、遊ばないでください。楽しくやりましょう」

先輩「でも……」

ストレート負けを続けている先輩の姿に覇気がない。

【Fire!】

先輩「くっ」

大量に飛んでくるミサイルを大きく回避し、ディーテンの背後に回る。そのまま接近し、先輩は4発のミサイルを発射した。

男「おっ……」



先輩(これじゃダメ、なんだよなぁ)

ビイイイイ!!

しかし、相手の機体は突如振り向き、レーザーのようなものを振り回す。
やっとこさ発射した4発のミサイルごと、先輩の機体は焼き払われた。

【Player 2 Win!】

先輩「はぁ。知ってた」

男「後がないですね……」



【Round 5】Air combat manoeuvering…




先輩「ごめんね、たぶん負けた!」

男「良いですよ」

俺は先輩の肩に手を置き、同じ画面を見つめる。

先輩「うん、負けてくる!」



【Fire!】






先輩「はぁ」

男「あはは……ふてくされないでください。俺は楽しかったですよ?」

先輩「そういう問題じゃないんだけどな……」

結局その試合がひっくり返る事はなく、ディーテンに負けた先輩とゲーセンを後にした。
ひとつ特筆するべき事があるとしたら、あのあと4対2まで盛り返した事か。まあしかし、先輩としてはそう喜べるような事でもないのだろう。


先輩「ごめんね、嫌なゲームだって思ったよね。くっそー、本当は面白いのになー」

男「ふふ、気にしないでください。先輩が上手だから、見てるだけでも面白いですよ」

先輩「そうやって、もう、口が上手いんだから……」

俺が本当に上機嫌であることはいくぶん先輩にも伝わったようで、下手くそな気遣いにも苦笑いで返してくれた。
不器用にサンドイッチを渡すしかできなかったあの頃よりは成長しただろうか?

男「ところで。なんでスワローで入り直さなかったんですか?」

先輩「まあ、あのレベルならスワローで入れば勝てたんだろうけど。どうせ勝ったらしばらく対戦の流れになっちゃうし」

先輩「普段は別だけど、私は男くんと遊びたくて来たんだしね」

男「気を遣わないで良かったのに」

先輩「ふふ……ブーメラン乙」

その優しい笑顔はやっぱりあの時に見た花のような笑顔で、電子飛び交う世界の中でもその本質は変わっていないように見えて。

嬉しかった。先輩は先輩なんだ。






先輩「よし。次来たらブッ潰せるようにまた今度、一緒に特訓しよ!」

男「お、お手柔らかに……」


8/9 Sat.





男「おっ?」

後輩「……うっわ。逃げよ」

男「おーい。バレてるぞー」タッタッタ

後輩「さいあく……」

そそくさと逃げようとする後輩をキャッチ成功。あからさまに嫌そうな顔をしたけど、気にしないでおこう。

今日のバイトは夕方からなので、昨日先輩とも来ていたショッピングモールにいた。女の子と顔を合わせることも多くなったし、一度身綺麗にしておこうという魂胆である。

たまたま鉢合わせた後輩はぶかぶかのパーカーにスニーカー、ショートパンツに身を包んでいた。ふとすれば「はいてない」ようにも見えて、白い太ももが少し危うい。

男「奇遇だな」

後輩「帰っていい?」

男「なんか買いに来たんだろ? 一緒に行こうぜ」

後輩「聞けし……分かったわよ」

外はおろかアパートも暑く、今日は日が傾くまでここを出る気はない。しばらく後輩と道連れになってもらうことにしよう。


男「何買いに来てたんだ?」

後輩「……知らない。あんたこそ何でここに居るのよ」

男「いろいろ服とか見に。別に俺は後回しでも良いけど」

後輩「なら、初めから着いてこなくて良いでしょ……」

男「せっかく偶然会ったんだから、ふたりの方が良いじゃん?」


後輩「あたしは、その、別に」

男「……」

見つめてみた。

後輩「その」

男「…………」

後輩「…………どっちでも、いいし」

よし、折れた。


男「じゃあ行くか。どこ行く気だったんだ?」

後輩「う……」

男「あ、悪い。もしかして下着?」

後輩「死ねッ、変態!」ガスッ

男「あっで! ま、真面目に聞いたんだよ!」

後輩「もし買うつもりだとしても言えなくなるでしょ」

男「え……マジで買うつもりだった?」

後輩「だっから、死ねッ!!」ゴキッ





男「いででで……そこまで蹴ることないだろ」

後輩「……ほんと、変態」

3分ほど歩いたのちに着いたのは輸入雑貨の店だった。


男「雑貨屋? なんか意外だな……」

後輩「……」

店内にはインテリアからジョークグッズまで様々なものが立ち並ぶが、後輩は目もくれず店の奥に消えていく。
吟味することもなくさっさと戻ってきた後輩は、何やらメタリックな包みをいくつか抱えていた。

男「なんだそれ。あ、チョコか」

後輩「……これ、美味しいから」



パッケージから見るに、どうやらマカダミアナッツの入ったパーティー用チョコレートらしい。
理由を聞いてもいないのに、ごく当たり前な理由を述べると後輩はそのままレジに向かっていった。

店員「ラッピングは如何致しますか?」

後輩「……」フルフル

店員「お会計、2619円で御座います」

男「ほえー、そんなに食い切れるのか?」

後輩「悪い?」

男「悪くはないけど、まあ鼻血吹くなよ」



その時、俺は何とはなしに視線を後輩の手元に向けていた。
だから、それを覗こうという気は一切無かった。無意識だった。

男「……」

後輩「ん……これで」ゴソゴソ

店員「1万円お預かりします」

男「……!」




彼女の長財布には、今しがた支払われたモノと同じ背丈の紙幣が大量にしまわれていたのである。


18歳なりに、彼女がお水の人間であるということを完全に失念していた。
ただ、それだけのことで彼女に対する印象を曲げてしまうのもおかしい気がした。

男「……。よし、とりあえず行くか?」

後輩「ん」

一番おかしくなっているのは、それを再認識しても変わらない俺のスタンスなのかもしれない。





後輩「わたし、何も見るものないんだけど」

男「まあま、付き合えって」

とりあえず安い服屋に行くと告げ、一緒にエスカレーターに乗る。少し悩んだが、一つ下の段に着けた。

後輩「……近い」

男「ははは、身長同じ」

後輩「ムカつく……」



男「お前パーカー暑くないの?」

後輩「別に。何? 変態」

男「脱げっつってる訳じゃねえよ……」


男「んじゃ見てくる。店の近くにいるか?」

後輩「この辺、見るものないから……」

振り返ると、空けた距離を小走りで詰めてくる。
一緒に付き合ってくれるようだ。


後輩「何買いにきたの」

男「ジーパン。バイト用のやつ」

後輩「ん」





男「このストレッチ素材のやつ……」

後輩「こっちにしたら? 安いし」

男「それ、バイト終わったら足だるくなりそうで。試着してきて良いか?」

後輩「ん」



シャッ!

男「こんなもんか」

後輩「後ろ」

男「ん、後ろ?」

後輩「後ろ向いて。ほら」

男「お、おう……」

後輩「裾長い」

男「もうワンサイズ上あるか?」

後輩「ずり落ちると思う」

後輩は気怠そうにしながらも、なんだかんだ甲斐甲斐しく付き合ってくれた。





カララ……

後輩「持ってき、うわ……」

男「うお!」

後輩「なんで脱いでるの。変態」

男「お、お前が持ってきてくれるって言うから待ってたんだよ……覗くなよ急に」

後輩「ふん」

ピシャ。


ありがとうございましたー!

男「悪いな、付き合ってもらっちゃって」

後輩「ん」



後輩「でも下半身丸出しはないと思う」

男「うるせー。もっと見知った仲だろー?」

後輩「……」

男「……」

後輩「仕事の事……外に持ち込まないで」

男「あ……ごめん」

後輩「ん」

鼻だけで粗雑に返事をするのは苛立っているからというより、むしろ苦悩しているからうまい言葉を選べないのだと。俺はそう感じた。

人は、パンツの中身を触らせたってその人の成りなんて分かりはしない。
きっと後輩の秘所に触れたって、それは同じ事なんだろう。


男「なあ、混み出す前に昼飯行かないか?」

後輩「……別に、どっちでもいいけど」

男「じゃあさ、あとでさっきのチョコひとつちょうだい」

後輩「やだ。バカ」

男「ははは……ほら行くぞ」

後輩「ん」

男「え? ごめん聞こえなかった」

後輩「……分かったって言ったの。ド変態」


バカとか変態とかそんなことばかり言ったって、それは人付き合いの苦手な彼女が俺のために選んでくれた言葉だから、笑みが自然にこぼれてくる。
彼女なりの「バカ」の意味が聞き取れるようになったら、またパンツの話でもしてみよう。


男「どこで食べる?」

後輩「……どこでも」

レストラン街に差し掛かるあたりで聞いてみたところ、なんとも主体性のない答えが返ってきた。

男「軽食の方が良いなら、あっちのベーカリーとか」

後輩「食べる場所あるの」

男「イートインカフェあったと思うんだけど、どうだったかなー……」


量よりは割高だが、女向けの軽食ってみんなそんな感じだと思う。
後輩の財布は気にしなくて良いと分かっているので、自分は安いサンドイッチとかあるかな、とチラチラ気にして洒落た戸を開くのだった。


男「以上で」

店員「お会計730円でございます」

男「っと、これで」

店員「1,030円お預かりいたします。……」


ちょっとパン屋の出費ではない気がする。
その内訳、ハムレタスサンド、オニオンドッグ、ひんやり洋梨パイなり。

どうしても一人暮らしだとフレッシュな野菜から遠ざかっていくので、目にしてしまうと食べたくなるのは仕方のない事。




店員「お次でお待ちのお客様どうぞー!」

後輩が呼ばれて行った横のレジに目をやる。
トレーの上にはカップケーキが2つばかり乗せられていた。

店員「しっとりオレンジチョコケーキが2点でよろしいでしょうか?」

後輩「……」コク

店員「お会計400円でございます。……」


彼女は外食でも平常運転らしい。


ショッピングモールの外に向く窓に陣取って、ひとりじゃ食べない小洒落た昼食。
ブラインドの隙間からなお漏れる熱気と陽光が、後輩の首筋に光を作った。


後輩「男は、何度も来てるの。ここ」

男「いや? パン屋があったって事は知ってたけど、入ったのは初めてだ」

後輩「ふーん……むぐ……」


後輩「……♪」ニマァ


男「なるほど、それ美味いんだな」

後輩「見んな、バカ。自分の食いなさいよ」

オレンジピールが大きく入ったケーキを、チマチマと千切り、食べている。チョコ味の生地と合わせて美味しそうだった。
やや大きく敷かれたクロスの上に、少し寂しすぎる気もしたが。





男「そういえばさ、俺と女が身バレしそうになったのってパン屋がキッカケだったんだよ」

後輩「ここ?」

男「いや、駅前のフジヤマベーカリーってところでさ。ハーパルで話してたら自然に会話が噛み合っちゃって、あれっ? みたいな」

後輩「……。ふーん」



今のは、なんとなくわかった。
この話題は、シャキッとしたレタスの噛み切られる音に遮ってもらおう。

男「もっしゃ、もっしゃ、もっしゃ」
後輩「もむもむ……」

感情表現には乏しいけど、後輩って意外に感情豊かなのかもしれない。


後輩「そういえば、なんで詩書いてるの」

彼女がちょうどカップケーキをひとつ平らげた頃、そんな事を切り出した。
俺としては……自分の成り立ちというか、それは根底に関わる事で、少し言い淀んだが話し始めた。



男「俺さ」

後輩「……」

男「後輩たちに会うまでひとりだったんだよ」

後輩「ん」

男「ネットを回って、何か繋がりたくて、暇を潰してた」



男「でもさ、それでも、気持ち良くないんだ」

後輩「気持ち良くない?」

男「気分が悪いって言った方が良いのか……やっぱり、不都合の多いネットを介するわけで……もむ」

パイを一口かじる。瑞々しさの中に、少しクリーミーな味わいが覗いて、美味しい。
食道が冷えてスッキリしたので、また口を開いた。


男「それでもネットくらいにしか逃げ場がないから、そのストレスをネットの不都合にぶつけてた」

男「詩でね」

後輩「……」

男「……」

後輩「……」

男「もむ」

ネットだけじゃ飽き足らず、パイにも逃げた。美味しい。



後輩「だから、どうして詩なの?」

額に汗を感じたのは、たぶん暑さだけではないと思った。



男「詩がな」

後輩「うん」

男「好きなんだよ」

男「だから、他の誰かにもそんなのを書きたいと思った」

男「……」

男「ダメか?」

後輩「そんな理由じゃないと思う」

男「鋭いよな、後輩」


これで話が終わるなら、席を離れる為にふたり分のアイスティーを買ってこようと思ったのだが。
汗がまた一筋伝う。


男「でも、嘘じゃなくて、大体はそんな理由だよ」

後輩「わたしが聞きたいのは、なんでネットのストレス発散に詩を使うかって事」

後輩「なんでもいいでしょ。他の人と繋がりたいなら、いくらでもそんなのあるのに」



『お前らみたいな喪男は一生会えないだろうなwww』
『うpしろや社員』
『大切な人ぃるょ♥ 顔ありさん構って><』



男「人のこと、馬鹿にし始めたら終わりだと思った」

後輩「はぁ?」

男「それで、俺の中の綺麗な部分って詩にしか残ってなかったんだよ」

後輩「……唐突すぎて意味わかんない」

男「あー、端的に、俺が他の人を馬鹿にしないで出来る趣味が詩しかなかったんだよ。そんだけ」


支離滅裂な事を言ってる自覚はあるし、端的に直してしまえば、まっこと情けない男である。





後輩「詩って、わたしでも書ける?」

男「……はい?」

それでもこの子に口を開いてしまうのは、彼女が予想もつかないところから想定外の風を運んできてくれるからだ。


男「なんでまた?」

後輩「……別に。ただ、ちょっと」

男「ちょっと?」

後輩「書いてみても良いかな、って」

男「誰でも書けるぞ、詩は。ハーパルに詩のコミュあるから、やってみれば良いんじゃないか?」


数ある文芸の形式でも、特に詩は間口が広いと考えている。
文章の稚拙さも味わいに、用法の間違いも含蓄に変わる詩の世界が、思いついたままの表現を後押ししてくれるからだ。


後輩「いやその、見せたいわけじゃなくて」

男「自分で書いてみるのか」

後輩「いや、ちがくて。ぜんぜん書き方分からないから、その……」

男「?」

後輩「その」



後輩「か、書いたの、みてくれない……かな」



男「……ふふっ」

自分を書きものにして、それを誰かに見せるというのは、ものすごく恥ずかしい。
自分に自信がなければ尚更だ。
そんな後輩が、俺の前でなら自己不信に陥らないで居られるという。

男「あいよ」

嬉しいな。


後輩「勘違いすんな。あと、笑うな」

男「はははは、悪い……」



男「んじゃ、レッスン料でもせびるかなー。今日のチョコ、ひとつばかりくれよ」

後輩「やだ」

男「ん? 教えてやんねーぞ?」

後輩「う……うざ……」

自分のチョコを譲るというのは、人との関わりが薄かったろう彼女において譲れないジャスティスなのか。
微妙な表情で彼女はパーティーサイズの外装を開けていく。

後輩「ん」

男「いただき、ますっ」パクッ

そっぽを向いたまま差し出されたチョコレートは、すぐ食べられるように銀紙が剥かれていた。

男「なるほど、後輩のお気に入りだけあってホントに美味いなこれ」

後輩「ムカつく……わたしも食う」ペリペリ

糖分が脳を喜ばせるより早く、俺の顔が綻んだのは言うまでもない。


8/10 Sun.






昨日後輩と別れたあと、夕方から深夜帯までの勤務に励んだ。
午前2時過ぎに帰宅して、シャワーを浴び爆睡。



寝る、お腹すいて起きる、
寝る、のど乾いて起きる、
寝る、トイレ行く為に起きる……

ようやく目が覚めたのは、汗を流す為にシャワーを浴びて、それからだった。


男「あー…………さっぱりした」


さて。
天気が持ったのは昨日までで、今日はしっかりと雨が降っている。気温はさして下がらず、いつものエアコンもドライ設定。


屋根を叩く テン、テン、とした音が心地よい。




男「バイト休みで良かったー、っと。みんなどうしてっかな」

掛け布団に上から寝そべり、ハーパルを起動した。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年11月03日 (月) 04:53:44   ID: 5xKm2XRw

こういう雰囲気いいねぇ

2 :  SS好きの774さん   2014年11月18日 (火) 19:43:51   ID: RR3puu2D

後輩がツボ過ぎてやばい

3 :  SS好きの774さん   2015年02月27日 (金) 07:36:53   ID: xjsKelVK

おおお!展開が気になる…

4 :  SS好きの774さん   2015年04月05日 (日) 17:54:16   ID: qoTGilxd

後輩良いなぁ

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