飛影「ハッピーウエディング」 (141)

・幽遊白書のSSです

・バトルは一切なし

・飛影はそんなこと言わない

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氷河の国──

厚い雲に覆われて魔界の上空を漂う流浪の国家

そこには氷女と呼ばれる女の妖怪のみが暮らす

氷女の寿命は限りなく長く 百年ごとの分裂期に一人の子を産む

生まれてくる子は母親の分身そのものであり まさに分裂と呼ぶのに相応しい

それは子孫を残すというより 自らをいつまでも生き永らえさせたいがための行為なんだろう

気が遠くなるほどの時をかけて同じことを繰り返し 氷女達は築き上げていった

変化を嫌う 陰気で閉ざされた女の社会を 

そしてそれはこれからも続いていくことだろう

男と交わり 忌み子を産もうとする氷女が現れるまでは



氷河の国が外界との交流を避け 漂流の生活を強いられるのには理由がある

氷女が異種族と交わった場合 雄性側の性質のみを受け継ぐ男の赤ん坊が生まれ

それが凶悪で残忍な性格を有する【忌み子】である確率が極めて高いからだ

男児を産んだ氷女は例外なく死に至り 成長した赤ん坊はいずれ一族に牙を剥く

忌み子を産み落とすことは種の保存を脅かすことであり 氷河の国では最大の禁忌とされている

──にも拘らず 

色恋に溺れて異種族の男と交わり 忌み子を孕んだ馬鹿な氷女がいたらしい


それが オレと雪菜の母親だ

■魔界


飛影「……」

幽助「おーぅ! 久し振りだなぁ飛影!」

飛影「…ちっ」

飛影「ガラにもなく感慨に耽ったりするもんじゃないな…」ボソッ

幽助「いやぁ、コエンマの人使いの荒さには参るよ。霊界探偵引退しても、こっちの様子見にはオレが行かされるんだぜ?」

幽助「しっかし魔界の最深部まで来ると流石にいい運動になるぜ。たまにはオメーが人間界に遊びに来いよ」

飛影「…おかげでムカつく顔が現れやがった」

幽助「あ?」

幽助「んだよぉ…まだ一年前の決勝戦のこと根に持ってんのか?」

飛影「当たり前だ!」

幽助「…オレに負けたってんならわかるけどよぉ、優勝者のオメーがなんで腹立てるんだよ? フツー逆だろ」

飛影「ふざけるな…真剣勝負で手加減などしやがって」

幽助「だからそんなことしてねえっつーの。あん時ゃ正真正銘あれがオレの全力だったよ」

飛影「嘘だな。オレは最後の黒龍波を貴様を殺す気で放ったんだ」

飛影「だが貴様は土壇場で指先に込めた妖気を緩めやがった。あんな勝ち方でオレが納得できると思うのか」

幽助「買い被りすぎだっての。前に黄泉と戦った時より長期戦になってたんだぜ?」

幽助「くったくたなのに踏ん張りすぎて意識が飛んじまっただけだって」

飛影「…どうだかな」

幽助「そういやオメー 魔界のことは煙鬼のおっさんに任せてそのままにしといてくれたんだってな」

飛影「ふん…政が面倒だっただけだ。そもそもオレには魔界を支配する野望など毛頭ないからな」

幽助「だとしても、煙鬼の作った自治法のおかげで人間界との繋がりがようやく上手くいってたとこなんだ。感謝するぜ」

飛影「ひとつだけ条件を付け加えさせてもらったがな。今のやり方が不満なヤツはいつでもこの首を取りにこいと」

飛影「…結局今日まで挑んできた者は一人もいなかったが」

幽助「そりゃ仕方ねえよ。いくら魔界が広大っていっても流石にオメーを倒せる妖怪なんてもう隠れてないだろ」

幽助「あの軀だって、いまの飛影が相手じゃどこまでやれるか…」

飛影「…あいつとはもう戦う気がしない。この先あいつが本気を見せることも決してないだろうしな」

幽助「そうなのか? なんで?」

飛影「……」

飛影「…どうだ幽助、一年前のケリをいまここで付けるというのは?」

飛影「せっかくこんな魔界のはずれまでやって来たんだ…派手に歓迎してやるぜ…!」ゴォォォ

幽助「おいおい殺気立つなよ! 今日はめでてぇ話を持ってきてやったんだから荒っぽいことは無しにしようぜ」

飛影「あ?」

幽助「ほらよ。オメーの妹から預かってきたぜ」ピラッ

飛影「雪菜から…なんだ?」

幽助「招待状だとさ」

飛影「招待状?」

幽助「…結婚すんだよ、あの子」

飛影「!?」

飛影「……そうか」

幽助「反応薄いなー 相手の男とか気にならねぇの?」

飛影「…あの潰れた顔だろう」

幽助「お、すげぇ! あたり♪」

飛影「……」

幽助「なんだよ妹取られて落ち込んでんのかぁwww」バシバシ

幽助「てっきりオメーなら怒り狂うと思ってたんだけどな。『あんなやつに妹は渡さん!』とか言ってよ」

飛影「…あいつが選んだ相手だ。オレがとやかく言うことじゃない」

幽助「へぇ…飛影も大人になったじゃねえか。しばらく会わないうちに成長したんだな。エライエライ♪」ワッシャワッシャ

飛影「……」グワングワン

幽助(…こいつ、そんなにショックだったのか?)

幽助「あぁ…それでよ、書いてもらうもんがあんだわ。ほら、ペン持て」

飛影「……」ポトッ

幽助「…ったく、しっかり持てよ」ギュ

飛影「幽助…二人は…その…上手く、いっているのか…?」

幽助「あぁ? 上手くいってるから結婚するんだろうが」

飛影「…そうか」

幽助「人間界ではよ、結婚する夫婦を式挙げてみんなでぱぁーっと祝うんだ。そいつはその誘いだな」

飛影「…それはいつ頃になるんだ」

幽助「いや、それ開けて中身読んでみりゃいいじゃねえかよ」

飛影「…あ、あぁ」ペラッ

幽助「そんでよ、中に葉書みてーのが入ってるだろ? それのほら、こっちを丸で囲んでだな」チョイチョイ

飛影「ふむ」

幽助「そしたらな…ここと、ここと、ここと、この上の『御』のとこを二本線で消すんだと」

飛影「ほぅ」シャッシャッ

幽助「ほい、ご苦労さん。そんじゃ日にち間違えずに人間界に来いよ。またな」

飛影「……お、おい待て! 今ので出席することになるのか!?」

幽助「…んだよ、妹の晴れ舞台だぞ? まさか欠席するつもりじゃねえよな」

飛影「……」

飛影「…いや、必ず行くと雪菜に伝えてくれ」

幽助「おうよ。それでこそ兄貴だ」

飛影「幽助」

幽助「なんだよ、今日はやけに話したがるな。だいたいのことはそこに書いてあっからよ」

飛影「…桑原のやつは知っているのか? 氷女の生態のことを」

幽助「……あぁ」

幽助「全部承知のうえであいつから結婚を申し込んだんだ。なにも心配することはねえよ」

飛影「それで本当に構わないのか、あいつは? 人間なら自分のガキを欲しがるのが自然だろう」

幽助「…驚いたな。桑原のことまで気に掛けてんのか」

飛影「……」

幽助「…まぁ今時子供のいない夫婦くらいフツーにいるし、それで不幸ってことはないと思うぜ?」

幽助「特にあのバカはオメーの妹にベタ惚れだし、嫁にきてくれただけでこの世の春だと思うけどな」

飛影「…じゃあ、お前はどうなんだ」

幽助「オレ?」

飛影「雪村螢子との間にガキが欲しいと思わないのか」

幽助「はあっ/// なんで螢子が出てくんだよ!? あいつとオレは何でもないっての!」

飛影「真面目に答えろ」

幽助「……はぁ、ったくよぉ~」ボリボリ

幽助「魔界まで来てその話しになると思わなかったぜ」

飛影「……」

幽助「聞いてくれっかよぉ飛影…」

幽助「最近螢子のやつもよぉ、何かっていうとすぐ結婚してみたいだの子供は何人欲しいだの…」

幽助「それもオレに直接言うんじゃなくて、遠まわしに気づいて欲しげに言ってくるんだぜ?」

幽助「桑原達の結婚の話が出たもんだから羨ましがってんだぜ、あいつ」

飛影「……」

幽助「別にオメーなら笑いもしねーだろうから教えるけどよ…」

幽助「オレ、雷禅に会いに魔界に行った前の日にあいつと約束しちまったんだわ」

幽助「『三年したら帰ってくる。そしたら結婚しよう』って」

飛影「……」

幽助「結局オレも一年半で戻ってきちまったし、なんかうやむやにしたまま倍の六年も経っちまってよぉ」

幽助「あいつ、そのことで未だにツンケンしてくんだわ」

幽助「そのくせ結婚がどうとか、そーいう話する時だけはやたら楽しそうでよ…」
   
幽助「ああやってオレにプレッシャーかけて仕返ししてるつもりなんだぜ? まったく恐ぇ女だよな」

飛影「…ふん、軽はずみなことは言うもんじゃないってことだな」

幽助「べ…別に軽い気持ちで言ったわけじゃねえよ!」

幽助「ただ、正直あん時は魔界に行って本当に帰ってこれるかもわかんなかったし、ちょっと弱気になってて…」

飛影「…で、女の甘さにすがったわけか」

幽助「いちいち棘のある言い方すんなよなぁ…あん時は本気だったんだからいいじゃねえか!」

飛影「それが軽はずみだというんだ」

幽助「んだよぉ…オメーまで螢子と同じこと言うんじゃねえよ…」

幽助「だいたいあの頃のオレってまだほんの中坊だぜ?」

幽助「世間知らずのガキが言ったこと、いつまでも真に受けてる方もどーかと思うだろ?」

飛影「……」

幽助「オレだって自分で稼ぐようになってちったぁ考えたんだ」

幽助「螢子はまだ学生だし、オレはしょっぺー屋台のラーメン屋だしよぉ」

幽助「霊界の結界が解除されてから始めた副業の何でも屋もさっぱり儲からねーし…」

幽助「つーか今の魔界が大人しすぎるのがいけねーんだ! たまにはヤンチャしろって煙鬼のやつに言っとけ!」

飛影「…それで、今でもまだその約束を守るつもりはあるのか?」
   
幽助「だからよぉ、幸せにしてやれる甲斐性もねーうちから結婚も子作りもねーじゃねえか」

幽助「二人だけの問題でもねーわけだし、うちの親はまぁ…どうでもいいんだろーけど
   螢子の親父さん達にはガキの時から良くしてもらってるし、いい加減なこと出来ねーだろ」

飛影「…ふん、そんなものか」

幽助「人の親になるなんて今のオレらじゃ到底考えらんねーよ」

幽助「オレも螢子もあと何年かはしっかり社会人としての経験を積んでだな…」

飛影「……」

幽助「だああ! くそっ! かつては超不良と恐れられたオレがなんでオメーとこんな話しなきゃなんねーんだ!」

幽助「とにかく、人間界ってのは色々と複雑なんだ。オメーに言ってもピンとこねーだろうがよ」

飛影「……いや、くだらんノロケ話が聞けて有意義な時間だったぜ」

幽助「ぐっ…お、オレがいつノロケたよ!」

飛影「もうお前に用はない。さっさと人間界に帰りやがれ」

幽助「相変わらず勝手なヤローだな…」

飛影「オレは寝る」ゴロン

幽助「……なぁ、オレからもひとつ聞いていいか」

飛影「……」

幽助「オメーよぉ、いつまで自分が兄貴だってこと、雪菜に黙ってるつもりだよ?」

幽助「むこうも薄々は気づいてるんだろうけどな、オメーから打ち明けてやった方がきっと喜ぶと思うぜ?」

飛影「zzz」

幽助「…ったく、へったくそな寝たフリしてんじゃねえよ」

幽助「ま、式に来るならちったぁマシな格好で来いよ。そうだな、軀にでも見立ててもらえばいいんじゃねーかな」

飛影「なんであいつが出てくるんだ!」ガバッ

幽助「ははっ♪ やっぱ起きてんじゃねーか」

■カフェ・ジュラシック


ぼたん「え~っと…あたしらが最後に会ったのっていつ頃だったかね」

螢子「たしか幻海おばーちゃんのお墓参りの時だったよね。大学受験の話とかした覚えがあるから…三年も前か」

ぼたん「はえ~ 月日の流れは早いもんだねぇ」

ぼたん「あたしは霊界探偵の助手の勤めも終わって本業の方に戻されたんだけど、これがまた大忙しで…」
    
ぼたん「暇が出来たら遊びに来ようとは思ってたんだけど、なかなか時間が作れなくてさぁ」

ぼたん「幽助とは時々会ってたんだけど、螢子ちゃん達とはすっかり疎遠になっちまって…なんか悪かったねぇ」

螢子「ううん、いいのよ。実は私も似たようなものなの。あの後幽助とちょっと喧嘩しちゃって…」

螢子「その頃は受験やら入学準備やらでバタバタしてたのもあったし、しばらくあいつと顔も合わさずにいてね…」

螢子「そしたら桑原くんや蔵馬さん達との付き合いも途切れちゃって。みんな幽助の友達、って感じだったから」

螢子「雪菜ちゃんと会うのも、あの日以来なんだ」

ぼたん「そうだったのかい…なんだか少し寂しい気もするねぇ」

螢子「だから今日、雪菜ちゃんから『久し振りに女の子達だけで集まりませんか』って誘われてすごく嬉しかったんだぁ」

ぼたん「ホントにねぇ…それにしてもあの雪菜ちゃんがお嫁さんだよ?」

螢子「しかも相手はあの桑原くん…」

ぼたん「桑ちゃんも決して悪い男じゃないとはいえ…」

螢子「…ぼたんさんも、そう思う?」

ぼたん・螢子「正直ぜーんぜん釣り合ってないよねぇwww」

螢子「くすくす…ぼたんさん、人の旦那さんでそんなに笑っちゃダメよ」

ぼたん「いや、だってさぁ…あははっ! あーお腹痛い…」

ぼたん「まぁ桑ちゃんもあれで一途な男だから」

ぼたん「懸命なアプローチがついに雪菜ちゃんのハートを掴んだってとこかねぇ」

螢子「そっかぁ…幸せなんだ雪菜ちゃん。羨ましい…」

ぼたん「おやまぁ遠い目しちまって…螢子ちゃんこそ幽助とはどーなんだい?」

螢子「……知らないわよ、あんなバカ!」

ぼたん「おやおや…まさか三年前の喧嘩がまだ尾を引いてるのかい? 原因は何だったのさ?」

螢子「それが聞いてよぼたんさん! 幽助ったらヒドイのよ!」ガタッ

カランカラーン♪

店員「いらっしゃいませー 何名様でしょうか?」

雪菜「あ…待ち合わせしているんですけど…」

螢子「あ、雪菜ちゃん! おーい、こっちこっち」


静流「ね、すぐにわかるって言ったろ?」

雪菜「ええ、そうでしたね…」


ぼたん「うわー久し振りだねぇ雪菜ちゃん! 静流さんも」

雪菜「お二人ともご無沙汰してます」ペコッ

静流「螢子ちゃんは時々街で見かけてたけど、ぼたんは本当に三年振りか」
   
静流「仕事つってもこっちに来てんなら顔くらい見せにくりゃいいのにさ」

ぼたん「たはは…ヤキ入れられたりしないだろうね…」

螢子「雪菜ちゃんいま十九歳だっけ。前会った時と全然変わらないね」

雪菜「えへへ…実は『大人っぽくなったね』って言ってもらえるかな、って期待してたんですけど」

螢子「えーっ、いいじゃないそんな。私だって全然だよ」

雪菜「そんなことないですよ。螢子さん、とても大人っぽくなられて羨ましいです」

螢子「そうかなぁ…まぁ落ち着いてきたってのは時々言われるけど」

静流「そりゃ前がお転婆すぎたってだけじゃないのかい」

螢子「静流さんひどーい! だとしてもそれは幽助のバカのせいですからね!」

静流「あはは、まぁとりあえず座って話そうか」

ぼたん「おぉ、こりゃ気がつきませんで。どーぞお掛けになってちょうだいな」

静流「すんません、あたしホットで。ここって喫煙OKですか?」

静流「つーかゴメンみんな、煙草吸っても大丈夫よね?」カチッ

雪菜「あ、私はアイスミルクティーでお願いします」

螢子「そうそう、なによりまず雪菜ちゃん…」ピシッ

螢子「ほら、ぼたんさんも」

ぼたん「はいな!」ピシッ

螢子・ぼたん「ご結婚おめでとうございます。雪菜ちゃん!」

雪菜「あ、はい…これはこれはご丁寧に…」ペコーッ

螢子・ぼたん「ふふ…」

雪菜「ふふふふ…」

ぼたん「あはは! いやぁめでたいめでたい♪」

静流「まったくだよ。カズには出来過ぎた嫁さんさ」スパー

雪菜「そんな…私なんて和真さんに支えられてばかりで///」

ぼたん「やだよぉこの子はぁ! すっかり恋する乙女の顔になっちまってぇ♪」ウリウリ

螢子「ねぇねぇ雪菜ちゃん! 桑原くんとはいつ頃からそういう関係になったの?」

ぼたん「三年前はそんな雰囲気でもなかったように思うけど…」

雪菜「え、ええっと…そう、ですね///」モジモジ

雪菜「そもそも氷女という妖怪は女だけの種族でして…」
   
雪菜「そこで育った私には、男性を好きになるってよくわからない感情だったんですね…」

螢子・ぼたん「ふむふむ」

静流「だから当然、交際を申し込んだのはカズの方からなんだけどね」

静流「それもあいつ何考えてんだか、家族で食卓囲んでる時にいきなりだよ?」

静流「いくら一緒に住んでるからってせめて二人きりの時に言えばいいのにさ。ムードもなにもあったもんじゃない」

ぼたん「あはは…桑ちゃんらしいねぇ」

雪菜「それで私『お付き合い』ってどういうことかもよくわからずにお受けしてしまって…」

静流「そっから交際が始まって、あれやこれやあって結婚まで漕ぎつけたわけさ」

ぼたん「なによそれー! その『あれやこれや』のところが一番聞きたいんじゃないのさぁ」ブーブー

静流「…だってさ雪菜ちゃん、どうする?」

雪菜「いえ、その///」モジモジ

静流「…言いたくないってさ」スパー

ぼたん「ええ~っ! つまんなぁ~い!」ブーブー

螢子「じゃあさじゃあさ! 桑原くんのプロポーズの言葉ってどんなだった?」

雪菜「え…ええっ///」

ぼたん「あっ! それあたしも気になってた! ほらぁ~どんなだったか教えておくれよぉ」

雪菜「だ、ダメですよそんな…それが一番恥ずかしいです…」モジモジ

螢子「いいじゃない。幸せのおすそ分けだと思って教えてよ」

ぼたん「そうそう。桑ちゃんがあの頭でどれだけ素敵な台詞をひねり出したか、あたしらが採点してあげるからさぁ」

雪菜「…い、嫌ですっ! 和真さんの言葉は私だけのものですから教えられません!」

螢子・ぼたん「!?」

螢子「ご、ごめんね雪菜ちゃん…ちょっとからかいすぎたよね…私達…」

ぼたん「それにしても驚いたねぇ…あの雪菜ちゃんがこんなにはっきりものを言うなんてさ」

雪菜「あっ…私の方こそ…大きな声を出しちゃってごめんなさい…」シュン

静流「うんうん、よく言えました。エライエライ」パチパチパチ

雪菜「静流さん…」

静流「嫌だったら嫌ってハッキリ言えるようになんなきゃね。それが結婚生活を長引かせるコツさ」

ぼたん「おんやぁ静流姐さん、まるで経験者みたいな口振りだねぇ。雪菜ちゃんに先越されたクセにぃ」

静流「あぁ…聞かれなきゃ黙ってようかと思ってたけど、あたし一回結婚してバツ付いてんだわ」スパー

螢子・ぼたん「え」

静流「半年も続かなかった。子供は作ってない。ヨリ戻す予定もなし」
  
静流「今日は楽しい集まりにしたいのでつまんない話は以上」スパー

螢子「そう、だったんですか…」

ぼたん「そうとは知らず無神経なことを…ごめんよ静流さん」

静流「はぁ…こーいう空気になるから黙ってたんだけどね。言わなきゃよかったかな」

雪菜「あの、私…静流さんが教えてくださること、全部これからに活かしていきますから」

静流「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。雪菜ちゃんの助けになるならあたしの結婚にも意味があったってもんさ」

静流「…とはいえあんまりハッキリ言いすぎるのも問題か。あたしらそれが原因で離婚したみたいなとこあるもんなぁ」

螢子・ぼたん「」ズルッ

ぼたん「んも~っ…結局どっちなのさぁ」

静流「元人妻の経験から言えることは、言うべきことは要点だけ伝えて、余計なひと言を付け加えないことだね」

螢子(うっ…だからすぐ幽助と喧嘩になっちゃうのか…耳が痛い…)

静流「ちなみにさっきの雪菜ちゃんも、勢いで恥ずかしいことまで言っちゃってたけどね」

雪菜「私、なにか言いましたか…?」

ぼたん「そういえば言ってたねぇ。『和真さんの言葉は私だけのもの』かぁ…ぷぷぷ…」

雪菜「///」

ぼたん「やだよもう、今日は残暑の厳しいこと♪」

静流「ま、どうしても言いにくいことがあればあたしに相談に来なよ。近所なんだしさ」

雪菜「はい。でも和真さんは本当によくしてくださるので…」

螢子「あれ? 近所なんだしって…雪菜ちゃんは静流さんの家でホームステイしてるんじゃありませんでした?」

静流「あぁ、少し前からカズと雪菜ちゃんでアパート借りてんのさ」
   
静流「実家暮らしよりは厳しくなるけど、男のケジメだからとか生意気言っちゃってね」

雪菜「あと、猫の永吉ちゃんも一緒です」

螢子「そうなんだ…桑原くんはその辺ちゃんとしてて偉いなぁ…」

螢子「それにひきかえ幽助なんかほんといい加減で言い訳ばっかしてるし…」ブツブツ

雪菜「…螢子さん、どうかされたんですか?」

ぼたん「ん、あっちはあっちでアツアツなのさ」

螢子ちゃん「ところで桑原くん、今は何を?」

雪菜「あ、運送会社の運転手さんです」

静流「あの子もバカなりに自分の出来ること考えたらしくてさ。高校出て免許取って就職したんだよ」

静流「三年したから大型も乗れるし、給料もちょっとは上がるみたいでね」

静流「それで家庭を持つ決意が固まったんだってさ。まぁ一人前と呼んでやれなくもない、ってとこかな」

■皿屋敷市・町工場


桑原「へくしっ…! ふぇっくし…! ぶうええっくし!」

桑原「うぅ…誰か噂してやがる…」

桑原「ふっふっふ…くしゃみ三つは惚れられてる証拠…」

桑原「そーいや雪菜さん、今日は久し振りに雪村達と会うって言ってたからな…」
   
桑原「今頃オレの好きなところ100個くらいあげてたりして。いやぁまいっちゃうなぁ…だははは!」

桑原「と、いけねぇ…この工場は引き継いで初めてだからちゃんと挨拶しとかねぇと…」


桑原「こんちゃ~っす! △×運送のもんです! 前田の後任でこれからお世話になるんでよろしくお願いしゃーす!」

工場長「……」

桑原「あ、自分桑原っていいますんで! よろしくお願いしまっす!」ペコペコ

工場長「……おぅ」

桑原「あ…のですね…蟲寄南工場の方から製品届いてますんで…」

工場長「……そこに全部降ろしといてくれや」

桑原「はいっ! すぐやります!」

桑原「へへへ…いいってことよ…男はあれくらい無口でぶっきらぼうじゃねーとな」

桑原「あれでこそ職人ってもんよ…よっと」

桑原「中は精密部品らしいから気ぃつけねーとな…」

桑原「…しょっと」ズシッ

工場長「おい」

桑原「あ、はい?」

工場長「そんな風に乱暴に置くんじゃねーよ!」

桑原「えっ…いや…」

工場長「てめぇら若僧はどいつもこいつも製造業見下してんだろ!」

桑原「そ、そんなこと…! 思ってないっすよ!」

工場長「…たくよぉ、使えねーのばっか寄越すんだな。お前んとこの会社」

桑原「……」

桑原「…すんませんっす」ペコッ

工場長「たらたらやってねぇでさっさと降ろしちまってくれよ。手ぇ抜いてっと上のもんに連絡すっからな」

桑原「はい…すんませんした」ペコッ

桑原(んだよ…そんな乱暴に置いたかぁ?)

桑原「……はぁ」

■再び カフェ・ジュラシック


静流「螢子ちゃんはいま大学三年だっけ。よく知んないけど三年から就活で忙しくなるんだろう?」

螢子「あ、私は教育学部なんで就活っていうか今は教育実習に行ってます。皿屋敷小学校の」

雪菜「先生ですか…螢子さんならきっと素敵な先生になれますよ」

螢子「だといいんだけどね…担当してるクラスに昔の幽助みたいな悪ガキがいてさぁ」

ぼたん「ははーん…ついつい厳しくしちゃうんでしょ?」

螢子「その反対。可愛くてしょうがなくてつい贔屓しちゃいそうになるの」

静流「あはは、そっかぁ…浦飯くんともいい感じなんだ。こりゃ次にお嫁にいくのは螢子ちゃんかな」

螢子「誰が! あんなハッキリしないやつとなんか!」

静流「あれま…さては喧嘩中?」

螢子「そもそもあいつ、私と付き合ってるつもりがあるのかどうかもわかんないし…」
   
螢子「大学生にもなって彼氏もいないんじゃどうかと思うから、友達には彼氏ってことにしてるけど…」

ぼたん「またまたそんなぁ♪」

螢子「だってあいつヒドイのよ!みんなも聞いてよ!幽助ったらね…」

温子「お、幽助の悪口かぁ?」ヒョコ

螢子「あ…温子さん…」

温子「遅れちゃってごめんねぇ。起きたのついさっきでさ、眉毛だけ描いてダッシュで出てきた」

温子「わーっ! ぼたんちゃん雪菜ちゃん久し振り!」

ぼたん「ご無沙汰してまーす」

温子「雪菜ちゃんはもうすぐ結婚だってねぇ。幸せになんなよー」

雪菜「はい、ありがとうございます」

温子「いやぁ、いいのかなぁ。あたしみたいなオバちゃんがこんなピチピチギャルの中に混ざっちゃって」

螢子「温子さん…ピチピチギャルって…」

温子「あれ、近頃は使わんの? よっこいしょっと」

静流「流石に誰も使わんでしょ…あと座る時のよっこいしょも止めた方がいいですよ」

温子「そーなん? まぁいいや。そんで幽助のバカ、今度はなにしたの?」

螢子「そんな…流石に温子さんに幽助の愚痴なんて聞かせられないですよ」

温子「なんでよ、遠慮することないじゃない」
   
温子「あたし、螢子ちゃんとは幽助のことケチョンケチョンに言い合える、仲のいい嫁姑になりたいと思ってんだからさ」

螢子「温子さんったら///」

ぼたん「なんじゃそりゃ…」

静流「で、浦飯くんのなにが不満なの? なにかされるわけ?」スパー

螢子「ううん…なにかされるっていうより…なにもしてこないのが、不満といえば不満で…」モジモジ

螢子「幽助の私への接し方見てると中学の頃と全然変わらないし…」

螢子「本当に私とのこと、ちゃんと考えてくれてるのかなって…」

温子「え、え、ちょっと待って!? あいつまだ螢子ちゃんに手ぇ出してないってこと?」

温子「まさかあいつ…! あの歳でどうt…」

静流「やめい」チョップ

雪菜「///」

ぼたん「まぁ…幻海のばーちゃんもよく言ってたけど、幽助は戦ってる時以外は基本にぶちんだからねぇ」
    
ぼたん「二人の仲を進展させたいなら、螢子ちゃんの方から仕掛けるしかないんじゃないかい?」

螢子「やっぱりそれしかないのかなぁ…」

静流「でも、自分からいくのって無性に悔しかったりするんだろ?」

螢子「そう! そうなんですよ!」

静流「わかるわかる。あんた達二人はもろにそんな感じだもん」

ぼたん「互いに損な性分抱えてるわけだ」

雪菜「そういうものなんですか? 私にはよくわからないですけど…」

螢子「そりゃあ雪菜ちゃんは桑原くんの方からぐいぐいアプローチしてくれるだろうし」

静流「そのほとんどが空回ってんだけどね」

雪菜「そんなことありません///」

雪菜「私こそ人より鈍感で…和真さんの気持ちにずっと気づいてあげられなくて…」

螢子「あーっ! いまの雪菜ちゃんすっごく可愛かった!」
   
螢子「はぁ…私もそういう男をキュンとさせる仕草とか出来ればよかったのになぁ…」

温子「う~ん…実はこれ幽助に口止めされてんだけど、今こそ息子の名誉のために言っとくべきかな?」

螢子「え…?」

温子「つーかマジで笑える話だから、みんな揃ってることだしここでバラしちゃおっと」ニシシ

温子「あのね…幽助のやつ、螢子ちゃんが大学行ってる時間にお家の食堂の手伝いしてんだよ」

螢子「え…ええっ!?」

螢子「全然知りませんでした…どうしてそんな…」

温子「それがあいつ、理由だけはチョークスリーパーかけても言いたがらないから私の推測になるけど…」

温子「たぶん、自分が雪村の家に婿入りさせてもらえたらって考えてるんじゃないかな」

螢子「む、む、婿入り!?」

温子「うん。螢子ちゃん一人娘でしょ? お嫁さんにもらっちゃうとお店継ぐ人いなくなっちゃうじゃない?」

温子「それであのバカなりに考えて一番良い方法を見つけたんだと思うけど…息子を美化しすぎかしらねぇ」

螢子「た、た、単なるアルバイトじゃないですか?」アセアセ

温子「う~ん…お給料は受け取らないって言ってたから少なくとも小遣い稼ぎのためじゃないと思うよ」

静流「ふぅ~ん…なんだ、ちゃんと考えてくれてるんじゃないの。浦飯くんもさ」

螢子「///」プシュゥ~

ぼたん「おやおや、思いがけずいい話になってきたじゃないか」

雪菜「よかったですね!螢子さん」

温子「そんで笑えるのがさ、一応あいつ五年くらいはラーメンの屋台引いてたでしょ?」

温子「だから『包丁裁きは一通り身についてる!』とか言って自信満々で雪村食堂に弟子入りしたのね」

温子「ラーメン屋と定食屋じゃ全然畑が違うのにさ」

温子「そしたらあいつ、その日の夕方すんげー肩落として帰って来て…」

温子「リビングに入ってくるなり床に突っ伏して泣き崩れてやんの!」

温子「あたしもうおっかしくて、あいつが号泣してる横で腹抱えて笑い転げたよ」

ぼたん「あの幽助が…泣いたぁ!?」

ぼたん「あっはっは! そりゃいいこと聞いたわ!」

静流「…そんだけ本気だったってことだろうね」スパー

螢子「確かにお父さん、あれで結構自分の仕事に誇り持ってるから、厳しいこと言う時は言うだろうけど…」

螢子「それにしても泣くことないのに。見込みがあるから叱るんだから…もう、情けないなぁ…」

雪菜「そんなことないですよ! 素敵じゃないですか」

温子「つーわけで幽助は婿修行中だからさ、自信がつくまでもう少し待っててあげてくんないかな?」

温子「そのかわり、いつまでも煮え切らない態度でいるようならあたしがケツ叩いてやるからさ」

温子「遅くとも二十五までには螢子ちゃんにウエディングドレス着させてあげるよ」

螢子「あ、温子さんったら…もうっ///」

温子「あっ、そうだ! それよりあたし、雪菜ちゃんに聞きたいことがありま~す!」

雪菜「な、なんでしょう?」

温子「桑原くんとはどうなってるのよぉ…」ウリウリ

雪菜「ど、どうって…もうじき式も控えてますし、和真さんとはとてもいいお付き合いを…」

温子「んもぉ~っ! 違うでしょぉ~! あっちの方はどうなってんのって聞いてんのよぉ~♪」

雪菜「…!」

ぼたん・静流「!?」

温子「春という字は三人の日と書きます! 若いお二人は是非子作りに精を出してください!」ヒック

螢子「温子さん、それってセクハラですよ? ていうかこの時間からお酒頼まないでくださいよ…」

温子「いいじゃない。若い子の燃え上がるようなY談聞かせてもらって潤いを補給したいのよぉ」クネクネ

螢子「Y談って…」

雪菜「……」

温子「まさか今どき『式がすむまで純潔は守ります』なんてこと言わないよね?」

温子「あ、でもあの純情桑原くんのことだから、いざそうなったら鼻血吹いて引っくり返っちゃったりして!」

温子「あっはっは!」

雪菜「……」

ぼたん「……」

静流「……」

温子「あ、あれ…この空気はやらかしちゃったかな…?」

螢子「もうっ! 当たり前でしょう? 温子さんが下品なこと言い出すから…」

温子「あぁ…そっかぁ…みんなゴメンねぇ…」

ぼたん「あ、あのね…温子さん…雪菜ちゃんは…」

雪菜「ぼたんさん、いいんです。私からお話しますから」

静流「…いいのかい?」

雪菜「はい。隠すようなことでもありませんし、みなさんとはこれからもいいお友達でいて欲しいから…」

雪菜「この機会に私のこと、氷女のこと、よく知っておいてもらいたいんです」

螢子・温子「?」

螢子「そうなんだ…雪菜ちゃん達の種族は男の人との間に子供が産めないのか…」

温子「なんか悪かったね…無神経なこと言っちゃって」

雪菜「いえ、気になさらないでください。人間界ではそれが普通なんですから」

温子「はぁ…こうやっていらんことするところがもうオバちゃんなんだろうねぇ…」クシャクシャ

雪菜「……」

雪菜「やっぱり、私なんかじゃ和真さんを幸せにしてあげられないんでしょうか…」

ぼたん「な、なに言い出すんだい! 桑ちゃんはもう充分幸せなはずだよ!」

静流「そうさ。カズの幸せそうな間抜け面、いつも見てるだろう?」

温子「雪菜ちゃんさ、気にすることないって言うのも変な話しだけど
   子供がいないのが必ずしも不幸ってことはないと思うよ?」
   
温子「幽助産んでるあたしに言われたくないかもだけど…」

温子「そもそもこんな風に励ましちゃうことすらおこがましかったりするのかな」

雪菜「いえ、ありがとうございます…」

雪菜「だけど私、愛する人の子供を…産んであげられないのが…」ポロッ

カラン…

温子「ゆ、雪菜ちゃん…この石、いま雪菜ちゃんの瞳からこぼれたように見えたけど…?」

螢子「わぁ…なんて綺麗な石…」

雪菜「…それは、氷泪石です」

温子「ひるいせき?」

ぼたん「…氷女の流す涙は氷泪石と呼ばれる貴重な宝石になるのさ」

螢子「そっかぁ…これが氷泪石…見るのは初めてだけど本当に綺麗…」

ぼたん「だけどそのせいで雪菜ちゃんは
    垂金って悪党に五年もの間監禁されて酷い目に遭わされてたってのは前に話したよね」

螢子「うん。女の子を泣かせてお金儲けしようなんてほんと最低のやつよね!」

雪菜「えへへ…救い出された時に飛影さんから二度と泣くんじゃないって叱られていたんですけど」ゴシゴシ

ぼたん「飛影に?」

雪菜「ええ。私が泣き虫だから悪い人間に利用されるんだって」

ぼたん(ふぅん…飛影の不器用なりの妹への優しさか…)

雪菜「飛影さんの言う通りだと思います。私と違って氷河の国の氷女達は感情を表に出すことが滅多にないので…」

雪菜「氷泪石は本来、氷女が生涯で一度だけ流す涙だから貴重とされているんです」

螢子「生涯で一度だけ…?」

雪菜「…自分の子供を産むときです」

螢子「…!」

雪菜「子供を産むといっても、普通氷女の出産とは
   百年ごとの分裂期に合わせて自分の分身を作り出すことを指すのですが…」

雪菜「けれど、私の母は違いました」

雪菜「異種族の妖怪である父と密通していた母は
   忌み子と呼ばれ氷河の国を追放された兄と私を産んですぐ亡くなりました…」

雪菜「男と女の双子というのは過去にも例がなかったそうです」

ぼたん「……」

雪菜「…その時母がこぼした氷泪石で作ったのが、この首飾りです」

雪菜「生きていれば、兄もこれと同じものを持っているでしょう」

温子「すごい…! さっきの雪菜ちゃんの石も綺麗だったけど…」

螢子「この氷泪石は心が吸い込まれそうなほど美しい…」

雪菜「これが、母の愛のかたちなんだと思います」

雪菜「一族の掟に背いて父を愛し、自分の命と引き換えにしてでも私と兄を産んでくれた」

雪菜「そんな強い心を持った母が、生涯にたった一度だけこぼした二粒の涙…」

雪菜「だからこそ母の氷泪石はこんなに力強くて美しい…」

雪菜「この石の輝きに比べたら…私の氷泪石はなんて脆くて、儚げで…」

静流「…雪菜ちゃん、そんな風に自分を卑下するのはあんたのよくないとこだよ?」

静流「カズは不出来な弟だけど、雪菜ちゃんといられて幸せなのは嘘じゃないからさ。それを忘れないでやってよ」

雪菜「そう、ですね…」

雪菜「ごめんなさい。私も母の石の輝きに少しでも近づけるよう、強く生きていかなきゃいけませんものね」

螢子「そうだよ! それにこんな綺麗な涙をたくさん流してきたってことは
   雪菜ちゃんが優しい心を持ってる証拠だもん」

螢子「雪菜ちゃんと桑原くんなら、きっと幸せな夫婦になれると思うな」

雪菜「ありがとうございます、螢子さん…」

温子「まぁあれだ、マリッジブルーってやつじゃないかな」

温子「結婚前ってのは誰でも急に自信がなくなったり色々悩みがちになるもんさ。あたしにも覚えがあるよ」

螢子「温子さんが? ちょっと信じられないかも…」

温子「ちょっと螢子ちゃん、今のは聞き捨てならんぞぉ!」ヒック

雪菜「くすくす…みなさんに聞いてもらえてよかったです。なんだか少し心が軽くなりました」

ぼたん「……」

螢子「今日はみんなと久し振りに話せてすっごく楽しかったぁ」

温子「こんなに盛り上がれるならもっと会うようにすればよかったのにねぇ」

静流「そうそう、あたし美容室休みの日とかすることなくて寂しいんだからみんなでもっと遊ぼうよ」

螢子「そうですね。でもとりあえず今日のところはこのあたりでお開きにしましょうか」

雪菜「あ、それじゃあみなさん先に出ていらしてください。私がお会計してきますので」

温子「いいっていいって、自分の飲んだ分くらい自分で出すからさ」ヒック

雪菜「いえ、私からお誘いしたんだから私に払わせてください」

温子「そぉ? 悪いね。つーかいま気付いたけど財布持ってきてなかったわwww」

螢子「じゃあ雪菜ちゃん、ごちそうさまです」

静流「雪菜ちゃん、あたしら向かいの本屋にいるからさ」

雪菜「はーい」

カランカラーン♪

ぼたん「……」

雪菜「あ、ぼたんさんも遠慮なさらず…」

ぼたん「雪菜ちゃん、あのね…」

雪菜「はい?」

ぼたん(ううっ…喋ったら飛影に殺されそう…)

ぼたん(だけど…子供が産めない雪菜ちゃんのために
    せめて兄貴が生きてるってことだけでも知らせてやりたいじゃないか…)

雪菜「ぼたんさん…?」

ぼたん「……ごくっ」

ぼたん「雪菜ちゃんの…お兄さんの、ことなんだけどさ…」

雪菜「……」

ぼたん「実はあたし、それが誰だかずっと前から知ってたんだ。黙っててごめんよ…」

雪菜「……」

ぼたん「あのね…あんたのお兄さんっていうのは、雪菜ちゃんもよく知ってる…」

雪菜「ぼたんさん」

ぼたん「う、うん…」

雪菜「いいんです。私、なんとなくわかっていますから」

ぼたん「!?」

ぼたん「そう、だったのかい…」

雪菜「だけど私、あの方が自分から名乗り出てくださるまで待っていようって思うんです」

雪菜「その時が、あの方が私を妹と認めてくれた時だと思うから…」

ぼたん「……はは。どうやらあたしのお節介だったみたいだね」

雪菜「いいえ、私の方こそ沈んだ顔をしていたせいで気を遣っていただいちゃったみたいで…」

雪菜「私、もっと強くならないといけませんね」

ぼたん「ううん、もう充分強いよ。雪菜ちゃんはさ」

■魔界・軀の移動要塞百足


軀「おや、一年前の大会以来じゃないか。今までどこにいたんだ」

飛影「…オレはもう貴様の部下じゃない。どこにいようと干渉される筋合いはないな」

軀「ふふ…単に友人として聞いているだけさ」

軀「それに、ここに残ってる連中だって正確にはもうオレの部下ってわけじゃない」

軀「国なんかとっくに崩壊したんだからオレに従う必要などないと言っているのに、ヤツら聞かなくてな」

飛影「ふん、だからオレは有難く抜けさせてもらったんだ」

飛影「腑抜けた貴様のそばにいたところで得られるものなどないからな」

軀「そうか…」

軀「だが、お前が抜けてひとつ、良かったことがある」

飛影「ほぅ、なんだ」

軀「お前からオレに会いに来てくれた…」

飛影「……ほざいてろ」

軀「それで、なにか用なのか? 手合せならお手柔らかに頼むぞ」

飛影「ふん、貴様が本気を見せてくれるならそう願いたいところだが、今日は違う」

軀「飛影が戦い以外で用というと…さて、見当がつかないな…」

飛影「…お前、自分のガキを欲しいと思ったことはあるか?」

軀「……」

軀「それは、オレを口説いているのか?」

飛影「……お前に聞いたオレがバカだったぜ。じゃあな」

軀「まぁ待て、なぜ急にやって来てそんなことを聞く?」

飛影「…別に。考えごとの参考に女の意見が少しばかり必要なんだ」

飛影「あいにく魔界に女の知り合いは多くない。真っ先に浮かんだのが貴様だっただけだ」

軀「それは光栄だな。ではオレも誠意を持って答えるとしようか…」

軀「うん。シンプルな答えと少し感傷的な答えが用意できるな」

飛影「……」

軀「まずシンプルな答えだが、子を産みたいという望みはオレが0歳の時点で断たれている」

軀「これはお前も知っての通りだな」

飛影「…古傷に触れるようなことを聞いちまったか」

軀「なに、そんなことはとっくの昔に嘆きつくしたさ」

軀「決して手に入ることのないものに、いつまでもすがっているのは健康的じゃない」

軀「お前がオレに教えてくれたことだ」

飛影「…なんのことだかな」

軀「それでもやはり…もし愛する男との間に子を宿すことが出来たならと想いを馳せれば
  それがひどく甘美にこの胸を締めあげる…」

軀「だから、自分が女という生き物であることが…時にほんの僅かに恨めしくもあり、もどかしい」

飛影「……」

軀「こっちが少し感傷的な答えだ」

飛影「…ふん」

軀「なぁ飛影、お前に返した母親の形見の氷泪石…見せてくれないか」

飛影「…こいつはお前の首元を飾るには少々陰気くさいと思うぜ」ヒュッ

軀「まぁそう言うなよ」パシッ

軀「この石はやはり不思議だな…眺めているだけで心が和む…オレもこの石に救われていたんだ…」

飛影「……」

軀「なぜだろうな…石と向かいあっていると、空っぽのはずのオレの腹がぬくもりを帯びて
  すべてから愛されているような、すべてを愛せるような、そんな安心感に包まれる…」

軀「きっと、この石そのものが『母性』ってやつの塊なんだろうな…」

飛影「…そろそろいいだろう、返せ」

軀「ふっ…心配しなくてもお前の母親を取りあげたりしないさ」ヒュッ

飛影「ちっ…」パシッ

軀「…なぁ飛影、オレのところに戻ってくるつもりはないのか」

飛影「お前が力ずくでオレをねじ伏せたら考えてやってもいいぜ」

軀「もっと手っ取り早い方法もある。今度はオレがお前の部下になるのはどうだ?」

飛影「お断りだ」

軀「ふふっ…そうか」

飛影「つまらん話をさせたな。一応礼を言うぜ」

軀「なんだ、もう行ってしまうのか」

飛影「ああ。もう一人会わなきゃならんヤツがいる」

軀「…飛影、お前はズルい」

飛影「なんだと?」

軀「オレが『女』を見せると、決まって離れていく…」

飛影「……」

飛影「…ふん、いかれたヤツめ」

時雨「……飛影か。久しいな」

飛影「…氷女に施術をしたことはあるか?」

時雨「いきなりの質問だな。まぁ御主のことだから妹絡みか」

飛影「余計なことに興味を持たなくていい。オレの質問にだけ答えろ」

時雨「くく…勝手なやつめ。答えは『ない』だ」

時雨「そもそも能力を移植して別の系統の妖怪として生まれ変わることは
   それまで鍛えた妖力が失われ、力も赤子同然に落ち込むということだからな」

時雨「喰うか喰われるかの魔界でそんな無防備なことをするのはよほど酔狂なやつか…」

飛影「……」

時雨「よほどの事情を抱えている者だけだ」

時雨「だから拙者は手術の報酬としてそいつの人生の一部をいただくことにしている」

時雨「御主には手術代を返してやったはずだが、その様子では未だその使い道を持て余しているようだな」

飛影「余計なことは抜かすなと言ったはずだ」

時雨「ふふ、わかったからそう睨むな」

飛影「それで、仮にここに氷女を連れて来たとして手術は可能か?」

飛影「氷女の生態を拭い去って、異種族との間にもガキが作れるようにしてやることは出来るのか?」

時雨「ふむ、前例がないので断言は出来ぬが…恐らく無理だろうな」

飛影「……何故だ?」

時雨「経験者の御主が一番よくわかっていると思うが、魔界整体には想像を絶する激痛が伴う」

飛影「……」

時雨「手術を施した当時の御主でさえ、A級妖怪並の力はあった。だからこそ邪眼の移植に耐えることが出来たのだ」

時雨「それ故に氷女のようなひ弱な妖怪では手術に耐え切れるとは思えない。痛みでショック死するのが関の山だろう」

飛影「…そうか」

時雨「悪いことは言わん、止めておけ。時には生まれ持ったものを受け入れる覚悟も必要なのだ」

飛影「…悔しいが貴様が言うと説得力があるぜ」

時雨「……しかしながら、氷女についてはまだ未知なる部分が多い。なにしろ閉ざされた一族だからな」

飛影「?」

時雨「氷女のことは氷女に尋ねるのが一番ではないのか?」

時雨「ひょっとすれば何がしかの方法があるかもしれぬ」
   
時雨「御主に授けた邪眼の力があれば、魔界を流浪する氷河の国の位置を掴むことも容易だろう」

飛影「…!」

時雨「そういえば、元々御主が邪眼を欲したのは二つの探し物のため…その一つが氷河の国だったな」

時雨「なにやら奇妙な心持がする。御主が拙者を訪ね、氷河の国を探す…まるで運命が一巡したかのようだ」

飛影(氷河の国か…もう二度と訪れることはないと思っていたが…)

■浦飯家


幽助「たっで~まぁ~」

温子「お帰りー どーだった魔界は?」

幽助「まぁこれといって別に…飛影に会ってきたくれーかな」

温子「飛影くんってあの背が低くてツンツン頭の子だっけ? そーいや最近見ないね」

幽助「今度の桑原達の式には出てくるんだってよ。はぁ~疲れた…」ドカッ

温子「へぇ…はるばるアメリカから駆けつけてくれるんだ。けっこう友達思いなんだね」

幽助「だぁから! 魔界はアメリカの州じゃないっての! 何べん言わせんだよ…」

温子「あれぇ…そうだっけ…」ポリポリ

幽助「ったく、ぼけーっとしやがって…今日はどこで飲んできたんだよ?」

温子「そうそう! 昼間久し振りに雪菜ちゃん達と会ってきたのね。話が盛り上がっちゃって楽しかったぁ♪」

幽助「おい、オレのことで余計な話してねーだろうな?」

温子「してないしてない♪ あんたのことなんて話題にも上らなかったよ」

幽助「ならいいけどよ…」

温子「……だけど雪菜ちゃん、子供が産めないんだってね。今日初めて聞かされたんだけど」

幽助「…ああ、氷女ってのはそういうもんなんだと」

温子「色々慰めの言葉みたいのはかけたけど…やっぱりちょっと、気の毒に思っちゃったんだよね…」

幽助(そういや飛影もそのことでやたら気にかけてたな…ガキ作るってそんな重要なことなのか…)

幽助「……なぁお袋」

温子「ん、なによ?」

幽助「…ま、まぁ飲めや」コポポ

温子「ははーん、さては言いにくい話でしょ!」

温子「あんたがあたしに飲ませようとする時は、ガキの頃から決まって言いにくいこと言い出す時だもんね」

温子「さぁ、怒らないから母さんに話してみなさい♪」グビグビ

幽助「いや、つーか…言いづらい話、してもらおうかと思ってよ…」

温子「え~っ…なによそれ…?」ヒック

幽助「…お袋はよ、なんでオレのこと産もうと思ったんだ?」

温子「へ?」

幽助「お袋、オレ産んだ時まだ十五だったんだろ?」

幽助「フツーもっとバカやったり遊んでたい時期だったんじゃねーかなって」

温子「あぁ…」ポリポリ

幽助「堕ろすって選択肢もあったわけだろ? なんで…産んでくれたんだろうってさ…」

温子「……えっとだな」

温子「まず、妊娠が発覚した時点で中絶は無理だったんよ。気づくのが遅すぎてあんた大分成長してたから」

幽助「は?」

温子「つーかあたし、そん時真っ先に医者に聞いたもん。『え、中絶って出来るんですよね!?』って」

幽助「」ズルッ

温子「あはは…だからもう、最初から産むしかなかったわけだ」

幽助「なんだよそれ!」

温子「なに? 母の壮絶な愛のドラマを期待してたわけ?」

幽助「別にそうじゃねーけどよ…くそっ! なんかこっ恥ずかしくなってきた…」

温子「まぁまぁ…それでもあたしだって悩みはしたさ」

温子「中学も卒業してないうちから子供出来ちゃうのってすごい不安だったからね」

温子「出産するなら少なくとも現役の高校入学は諦めなくちゃなんなかったし」

温子「学校は行ってなかったけど成績はけっこうよかったから、花の女子高生やってみたかったもんなぁ…」

幽助(だからいい歳して螢子の制服に憧れてたのか…)

温子「やらかしちゃったなーって気持ちが大きくて…公園のベンチにポツンと座ってることとか多くなってね」

温子「あんたにゃ悪いけど、なんであたしだけ…って何度も考えたりしたなぁ…」

幽助「……なぁ、もし仮に…仮にだぞ?」

幽助「オレを産むように、大昔の誰かがお袋に細工してたとしたらどうする?」

温子「あはは! なんだそりゃ! そっかぁそいつの仕業だったのか…やりやがったな!」

幽助「……」

温子「なんてね。あんまり母さんを見くびんじゃないよ?」

温子「あんたを産んで育てるってのは間違いなくあたしの意志で決めたことさ」

幽助「…さっきは産むしかねーから産んだって言ったじゃねえかよ」

温子「それはそうなんだけど…なんつーか、やることやったからあんたがデキたわけだし…」
   
温子「それを不幸な結果みたいに思うのはなんか違うな、筋が通ってねーなって思ったんよ」

温子「これはあたしが選んだ道だから、誰のせいにもしたくない。それじゃガキのまんまじゃんって」

幽助「出たよ、ヤンキー思考」

温子「はは! でもあん時ツッパっといてよかったって思うよ。女は度胸っていうけどありゃほんとだね」

温子「周りから非常識だの子供に子供が育てられるわけないだの
   決めつけるようなこと言われるのが悔しくて、ムキになってたのもあるんだけどさ」

温子「そこまで言うなら立派にこの子を育ててやろうじゃねーのって」

温子「…残念ながらあんまり立派にってわけにはいかなかったけど」

幽助「うっせ」

温子「まぁ人とは違う生き方もそう悪くなかったよ。肝心なのはやたらと悲観にくれないこと。
   事実をしっかり受け止めてそれと向き合うことが出来れば、自然と道ってのは開けるものさ」

温子「…あ! あたし今すげぇいいこと言ったよね? さっき雪菜ちゃんにもこう言ってあげればよかったなぁ…」

幽助「……安心した。やっぱお袋はお袋だわ」

温子「そうだぞぉ…母さんは偉大なんだ! わかったら酒を注げ!」ヒック

幽助「へいへい…」コポポ

幽助「なぁ、もうひとつだけ聞くけどよ…」

幽助「オレのこと、産んでよかったと思うか?」

温子「……」

温子「…なに言ってんの! 親にそう思わせるのは子供の役目でしょうが!」バシバシ

幽助「いてっ! あぁそーかよ…」

温子「だからさ、幽助も早く結婚して母さんを安心させてよ」

温子「螢子ちゃん、あんたが婿入りしたがってるって聞いて赤くなってたよぉ?」

幽助「てめぇ! やっぱオレのこと話してんじゃねえか!」

温子「おおっと、いけない…口が滑った」

■氷河の国


氷女「お、長…大変です…!」

泪「どうしたの、そんなに取り乱して」

氷女「よ、余所者に侵入されました…! それも炎の妖気を纏った男の妖怪で…」

泪「…!」

氷女「お、恐ろしい…」

泪「…その方をここにお連れしなさい。それから皆に心配はないと伝えて」

氷女「で、ですが…」

泪「安心して。彼はあなた達には危害を加えないわ…」

氷女「…なぜそんなことが言えるんです?」

泪「いいから、彼をここへ」

氷女「…わかりました」

泪(氷菜…あなたの子がようやく来てくれたわ…)

泪(あれから十九年…氷菜を失った空っぽの時間をようやく閉ざせる日がきたのね…)


『男の赤子…忌み子じゃ……!』

『百年周期の分裂期にあわせ男と密通しおったのだ』

『なんという汚らわしい…恐ろしい娘じゃ』

『男と女の双子など氷河始まって以来のこと…』


泪『長老…いかがなされましょう…』

長老『…女児は同胞じゃ。しかし忌み子は必ず災いをもたらし氷河を蝕む』

泪『ですがこの子は氷菜が命をかけて産んだ…!』

長老『泪…そなたと氷菜が懇意であったことは知っている』
   
長老『だが、過去に忌み子によって何人の同胞が殺されたかお前も知っておろう』

泪『……』

長老『その赤子は目も見え我らの話も理解しておる。早く捨ててしまわねば顔を覚えられてしまうぞ!』

泪『…せめて、氷菜の氷泪石をこの子に』

長老『……好きにするがよい』

泪『(生きて戻ってきて…最初に私を殺してちょうだいね)』

長老『さぁ、情けは無用じゃ…!』

泪『(それが氷菜へのせめてもの償いになる…)』


泪(そう…これでやっと、あなたに償うことが出来る…)


氷女「長…お連れしました…」

泪「ご苦労様。あなたは下がっていいわ」

氷女「で、ではこれで…」


飛影「……」

泪「……」

飛影「…お前がこの国の長だな」

泪「ええ。長老が寿命で亡くなった時に身の周りのお世話をしていたのが私だから
  正式な長が決まるまで暫定的に任されているに過ぎないのだけど」

飛影「ふん、とにかく氷女のことは貴様に聞けばいいわけだ」

泪「…あなたの探し物はわかっているわ」

飛影「ほぅ、それは話が早くて助かるぜ」

泪「私の顔、私との約束…覚えているでしょう?」

飛影「……!」

飛影「思い出した…貴様、赤ん坊のオレを放り投げた女だな」

泪「そう。あなたのお母さん…氷菜が、命と引き換えに産んだあなたを私は無慈悲に放り捨てたの…」

泪「それは…氷菜の愛を、命を踏みにじることなのに…」

泪「すっと…ずっとあなたと氷菜に謝りたかった…」

飛影「……」

泪「さぁ、私を殺してちょうだい。やっと氷菜に償いが出来る…それで私も氷菜のところへ行ける…」

飛影「…なにか勘違いしてるようだが、オレはそんなつまらん用で来たんじゃない」

泪「え…」

飛影「妹の雪菜は知っているな」

泪「え、ええ…私があの子を引き取って育てたんですもの…」

泪「でもごめんなさい…あの子も数年前に悪い人間にさらわれて
  やっと戻ってきたと思ったら今度はあなたを探すと言って国を飛び出してしまって…」

飛影「あいつとはもう会った」

泪「そう…そうだったの。よかったわ…あの子今はどうしているの? なぜ氷河に帰ってこないの…?」

飛影「もうすぐ嫁にいくんだそうだ。相手は人間の男だがな」

泪「そんな…!」

泪「ダメよそんな! あの子まで…氷菜と同じ運命を…」

飛影「だから聞きたい。氷女が命の危険を冒さず人間とのガキを産む方法があるのかどうか」

泪「そんなもの…ありはしないわ…」

飛影「…本当か? 貴様が知らないだけじゃないのか」

泪「私だって、氷菜が異種族の子供を身籠ったと知った時なにもしなかったわけじゃない…」
  
泪「だけど氷女の文献をいくら読み漁っても、そんな都合のいい方法はなかった…」

泪「そんなものが本当にあれば、氷菜だって死なずにすんだはずよ…!」

飛影「……そうか。期待はしてなかったがやはり無駄足だったぜ」

泪「待って…! 氷菜の…お墓があるの…どうか参ってあげて…」

飛影「…オレは数年前に隠れてこの国に来ている。墓ならその時見つけたぜ」

泪「そうだったの…」

飛影「随分とみすぼらしい墓だったがな」

泪「ごめんなさい…長老が生きている間はどうしても許されなくて…あんなお墓しか…」

泪「でも私が長を任されてからちゃんとしたものに建て直したの。ね、是非寄ってあげて?」

飛影「……」

■氷河の国・墓地


泪「この下に氷菜は眠っている」

泪「…私だって彼女を愛していたわ」

飛影「……」

泪「ねぇ、私もう疲れてしまった…」

泪「お願い。氷菜の息子であるあなたに殺されて、終わりにしたいの…」

飛影「……くだらん」

飛影「氷女ってのはどいつもこいつも同じなのか? いじけたツラで辛気くさいことばかり考えてやがる」

飛影「死にたきゃ勝手に死ね。オレは指図されるのが嫌いなんだ」

泪「だけど私は氷菜の生き方を否定して、あなたに過酷な道を歩ませてしまった。私が憎いはずでしょう…?」

飛影「…貴様はあの時から何年もそうしてくよくよ生きてきたのか。死んだ者にいつまでも無駄な義理を立てて」

泪「無駄だなんて…私は…!」

飛影「こんな大層な墓も、この女には必要ない」

泪「なんてことを言うの…!」

飛影「掟を破ったのはこの女の方だ。オレを追放したのも一族のためだ。お前が悪いわけじゃなかろう」

飛影「あの朽ちた墓こそ、こいつが自分の道を選んだ証だったんだ」
   
飛影「その結果忌み嫌われ、やがて忘れ去られたとしてもそれで本望だろうぜ」

泪「……」

泪「私は…氷菜と生きたかった…!」

泪「彼女の幸せを願っていたけど、その幸せを諦めさせてでもずっと一緒にいればよかった…!」

泪「いいえ…本当は私が氷菜を幸せにしてあげたかったの…」

飛影「……女の泣き言に付き合う気はない」

飛影「お前がそうやってめそめそ生きてる間に、オレは随分強くなったぜ。雪菜もな」

飛影「氷河の国の掟が母親を殺したと憎んでいるのはむしろあいつの方だ」

飛影「心まで凍てつかせなければ永らえない国ならいっそ滅んでしまえばいい、そう言ってたぜ」

泪「そう、泣いてばかりいたあの子が…」

飛影「自分の不幸を何かのせいにしているあたりまだまだガキだが、塞いで生きるよりずっといい」

飛影「あいつは自分の道を歩きはじめたんだ。そこに埋まってる女と同じようにな」

泪「…そう。あなた達兄妹は氷河の国を離れて正解だったのかもしれないわね」

泪「誰かの心に触れたり、知らない自分に気づかされたり…」

泪「辛い目に遭っても乗り越えていけるだけの成長をしたり…」
  
泪「それは、閉ざされた社会で暮らしていたのでは決して味わうことが出来ないもの…」

泪「きっと、とても良い人とめぐりあえたのね。雪菜は」

飛影「……」

泪「…あの子が望まない限り、もう氷河の国に戻ってくる必要はないわ」

泪「だけどもし本当に氷河を滅ぼしたくなったのなら、いつでも来てくれればいい…」

飛影「そうか、伝えておくぜ」ニヤリ

泪「そういえばあなた、名前は?」

飛影「…飛影だ。名付けの親はつまらん盗賊だったが、今じゃ割と気に入ってる」

泪「そう…では飛影、雪菜にもう一つ伝えてちょうだい」

泪「どうか幸せに、と…」

飛影「…気が向いたら言っておいてやる」

泪「あなたもよ、飛影」

飛影「……ふん」

■結婚式前夜・桑原家(実家の方)


ワイワイガヤガヤ

柳沢「えーそれでは桑原和真くんの独身最後の夜を記念しまして…」

海藤「もう籍を入れて結納も済ませているんだからとっくに独身ではないけどね」クイッ

柳沢「なんだよ海藤! 相変わらず言葉じり捉えて嫌なヤローだな…まぁいいや、とにかく一発芸披露します!」

柳沢「もしジャニーズ事務所が吉本興業だったら!」

城戸「またそのネタかよ柳沢…前から言おうと思ってたけどそれ全然面白くねーからな」

柳沢「んだと! 明日の二次会もこのネタで乗り切るつもりなんだよオレは!」


静流「う~っ…カズめぇ…バツイチのあたし差し置いて式挙げんだから絶対幸せになるんだぞぉ…」ヒック

蔵馬「静流さん、そんなに飲んだら明日の式に障りますよ」

静流「なによ蔵馬くん、そんなに優しくしちゃってぇ…もしやお姉さんに気があるのかなぁ~?」ヒック

蔵馬「い、いえ…そんな…」

静流「でもキミ、ちょっとなよっとしすぎなのよねぇ。やっぱ男はブンタ(菅原文太)みたくなきゃさぁ!」

蔵馬「はは…精進しますよ」

沢村「桑原さん! ホントに、本当におめでとうございます!」

桐島「結婚しても桑原さんはオレらの永遠のリーダーっすからね!」

桑原「へへ…あんがとよ」

桑原「でもよぉ、オメーらも中坊じゃねぇんだからいつまでも舎弟の真似事なんてしなくていいんだぞ?」

大久保「なに言ってんすかぁ!」

大久保「オレ…中学の頃喧嘩でバイト禁止されそうになった時
    桑原さんが明石に掛け合ってくれたのすげー嬉しかったんすから!」

沢村「オレもっす! あん時決めたんすよ、この人に一生付いていこうって!」

桑原「あぁん? 忘れちまったよそんなこたぁ///」

桐島「くうーっ! 桑原さんカッコよすぎっすよ!」

大久保「だから桑原さん…どうか、お幸せに…」ウルウル

桑原「オメーら…そんなにオレのことを…」ホロリ

沢村「桑原さん…ばんざーい!」ポロポロ

桐島「ばんざーい! ばんざーい!」ポロポロ

大久保「ばんざーい! ばんざーい!」ポロポロ

桑原「ううっ…ぐすっ…オレよぉ…ぜってぇ幸せな家庭築いてみせっからなぁ…!」ポロポロ

幽助「うっせえなぁ…いくつになるまでバカやってんだよあいつらは」

蔵馬「いいじゃないですか。それだけ桑原くんが慕われてるってことだよ」

幽助「おぉ、ところで蔵馬よ、ちょっと聞いときてぇことがあんだわ」

蔵馬「なんです?」

幽助「結婚の祝儀ってよぉ、どのくらい包めばいいもんなんだ?」

蔵馬「えっ」

幽助「三千円くらい入れときゃ充分だと思うんだけどよぉ、相場はどんなもんなのかなって」

蔵馬「いや、幽助…最低でも一万円は包まないと格好がつかないですよ…」

幽助「一万!? みんなそんなに出してんのかよ!」

蔵馬「それに、桑原くんとはそこそこの付き合いなわけだから出来れば三万円くらいは…」

幽助「三万だぁ!? それじゃ破産しちまうよ!」

幽助「じゃあよ、そーいうオメーはいくらにすんだ?」

蔵馬「う~ん…」

蔵馬「義父から任されてた事業が上手くいってけっこう利益が出たから、五十万くらい包もうかと思ったけど…」

幽助「ご、ご、五十万…!?」

蔵馬「でも、若僧があまり生意気なマネをするのもよくないと思って五万円にしておきましたよ」

幽助「若僧ってオメー 何百年も生きてんだろうが」

蔵馬「まぁ名義は南野秀一として出しますからね」

幽助「ったく…気前がいいんだかちゃっかりしてんだか…」

幽助「でもどうすっかなぁ…三万も出したら今月やっていけねーよ」

蔵馬「昔は割り切れる数字は縁起が悪いとされてたけど
   最近は二万円でもいいみたいですよ。ペアを連想させるからだって」

幽助「二万か…まぁ頑張ってそんなもんだな」

桑原「でっけえ声でしょっぺー話してんじゃねーよテメーは」

幽助「うわっと! なんだよ、聞いてたのかよ」

桑原「しょっぺーのはオメーのとこの糞不味い塩ラーメンだけにしやがれってんだ」

幽助「んだとコラ! 幽ちゃんラーメンにケチつけるたぁいい度胸じゃねーか!」

蔵馬「まぁまぁ、よしなよ二人とも」

蔵馬「ところで桑原くん、可愛いお嫁さんは来てないのかい?」

桑原「たりめーだぃ…雪菜さんはデリケートなんだ。こんな品のない集まりに呼べっかよ」

桑原「はぁ…だけどよぉ…とうとうあの約束は果たせずじまいだったなぁ…」ガクッ

蔵馬「約束って?」

桑原「雪菜さんのお兄さんを式までに必ず見つけてみせます。
   花嫁衣装をお兄さんにも見てもらいましょうって約束よぉ…」

幽助・蔵馬「ぎくっ!」

桑原「お? そーいやオメーら、昔からこの話題になると決まって妙な態度になるよな」

幽助「あ、あのよぉ桑原…本当に雪菜の兄貴が誰かってわかんねーの?」

蔵馬「ダメですよ幽助…!」

幽助「いや、もういいだろ。いい加減腹立ってきたぜ。だいたい、いつまでも気づかねーこいつがおかしいんだ」

桑原「おいおい…! オメーらまさか、雪菜さんの兄貴のこと知ってんのかよ!?」

桑原「知っててずっと黙ってたのか? 雪菜さんはあれほど兄貴に会いたがってたんだぞ!」

蔵馬「…それは悪いと思ったけど口止めされていたんですよ。彼女の兄からね」

桑原「なんだってそんな…で、そいつはどこのどいつなんでぇ!」

幽助「…ちったぁテメーの頭使って考えたらどうだ。オメーもよく知ってるやつだよ」

桑原「オレのよく知ってるやつ? 雪菜さんの双子の兄貴だからそいつも当然妖怪なわけだろ…」

桑原「蔵馬、オメーか?」

蔵馬「オレじゃないよ…双子なのに歳が離れてたらおかしいじゃないか」

桑原「そっか、てことは…」

桑原「浦飯、オメー?」

幽助「なわけあるか!オレは正真正銘わがまま放題の一人っ子だぜ」

幽助「つーかオレらと雪菜も二個違いだろが!」

桑原「う~ん…他に知ってるやつなぁ…」

幽助「おら、もう一人いんだろうが! 目つきの鋭いのが」

桑原「鋭い目つき…はっ!」

桑原「そうか…! こんな簡単なことに今まで気がつかなかったなんてよぉ!」

幽助「ったく、鈍いにもほどがあるぜ…」

桑原「呪氷使いの凍矢! 言われてみれば冷気を操るとことかそっくりだもんなぁ!」

幽助・蔵馬「」ガクッ

幽助「ちげーよ! もうちょっとオメーと親しかったやつだよ!」

桑原「あぁ? ちげーのか…う~ん…となると酎とか陣とか…」

幽助「おい、こいつワザとやってねーか?」ヒソヒソ

蔵馬「いや、いま確信したよ。彼は本物だ」ヒソヒソ

桑原「そうそう、知ってる妖怪っていえばよ!」

桑原「浦飯、オメーわざわざ魔界まで行って飛影に招待状届けてくれたんだってな」

桑原「そのことについてはご苦労だったと礼を言うぜ」

幽助「……」

桑原「いや、オレはあんなやつ招く必要ないって言ったんだがな。雪菜さんが珍しくどうしてもって聞かないもんでよ」

桑原「まぁ優しい雪菜さんのことだ、後で知ったあいつが寂しがると思って気を遣ってやったんだろうぜ!」

桑原「だっはっは!」

幽助「……」

蔵馬「…はぁ」

桑原「なんだよオメーらのその呆れ顔は…」

幽助・蔵馬「……」

桑原「おい、まさか…嘘だろ…」

桑原「飛影…なのか…?」

蔵馬「…ようやく気づいてくれましたか」

桑原「ああ、オレもそこまで鈍くねーからな…」

幽助「ここまで気がつかねーんだったら相当鈍いわ!」

桑原「そっか、そだな…」ボケーッ

桑原「オレ、ちょっくら外の風に当たってくるわ…」フラフラ


蔵馬「やっぱり言わない方がよかったんじゃ…」
  
幽助「悪ぃ…あいつのアホさ加減にイライラしちまってよぉ」

蔵馬「大丈夫かな桑原くん。明日は大事な式だっていうのに随分ショックを受けてたようだけど…」

桑原(あの飛影が…雪菜さんのお兄さん…)ボケーッ

桑原(つーことは、あいつがオレの義理の兄貴でもあるってことで…)

桑原(これからはあのチビに頭下げたり盆と正月には挨拶行ったりの付き合いしなきゃなんねーのかよ…)

桑原「ぐわぁーっ! そんなのやりたくねえーっ!」ワッシャワッシャ

飛影「おい」

桑原「うひゃっ!? お、お義兄さん…!」

飛影「あ?」

桑原「い、いや…なんでもねぇ…ひ、飛影かよ…」

桑原「ちぃとばかし到着がはえーんじゃねーか…? し、式は明日だぜ…?」ソワソワ

飛影「……」

飛影「貴様…知ったんだな」ギロッ

桑原「いっ!?」ドキッ

飛影「…言え。どのお喋りがバラしやがった」

桑原「……だ、誰もバラしゃしねぇよ。フツー気づくぜ、そのくらい」キリッ

飛影「…ほぅ、貴様も思ったほどバカでもなかったわけだ」

桑原(けけけ、信じやがった。思ったよりバカだぜこいつ♪)

桑原「ま、まぁなんだ…テメーとは喧嘩ばっかしてたけどよ、雪菜さんの大切な兄貴ってんなら話は別だ」

桑原「改めてよろしくな、飛影」スッ

飛影「…なんのマネだ」

桑原「握手だよ握手! オメーとはもう他人じゃないんだ。よろしく頼むぜ、アニキ!」

飛影「…笑わせるな」ペシッ

桑原「なにすんだ! 人が下手に出てりゃよぉ!」

飛影「すぐ頭に血が上るのは相変わらずか。それが痴話喧嘩の火種にならんことを祈ってるぜ」

桑原「余計なお世話だ! 雪菜さんはテメーなんかと違ってなぁ!」

飛影「……」

桑原「…オメー なんで雪菜さんに名乗り出てやんねぇんだ。自分が兄貴だってよぉ」

飛影「貴様に話す筋合いはない」

桑原「」イラッ

桑原「ひょっとするとよぉ、こういうことか…?」オサエロ オサエロ…

桑原「危険に巻き込みたくないとか、自分みたいなのが兄貴と知ったら雪菜さんをかえって悲しませるとか…」

飛影「ふん、バカが思いつきそうな三流の人情話だな」

桑原「んだとコラぁ! やっぱテメーは気にくわねーぜ! 力ずくでも雪菜さんに名乗らせてやるからなぁ!」

飛影「ほぅ、力ずくか。面白い…やってみろ」ギロッ

桑原「ぐっ…い、いいか! 雪菜さんはなぁ…子供が産めねーんだぞ!」

桑原「オレはそんなこと気にしちゃいねえし、雪菜さんだってそんな素振りは見せねえが…」

桑原「だけどオレにはわかるんだよ! あの人が心を痛めてんのが!」

桑原「だからせめて、兄貴のオメーが生きてたってわかりゃどんなに喜ぶか…」

飛影「…ふん」

桑原「さっきからなんだよその態度は! テメーの妹のことだろうが!」グイッ

飛影「…離せ。この腕をへし折るぞ」

桑原「自分の妹が辛い思いしてるって時に支えにもならねぇ…」

桑原「そうまでして名乗り出ない理由があるってなら言ってみやがれ!」

飛影「……お断りだ」

桑原「てめぇ!」

飛影「……」

桑原「……くっ」

桑原(このオレがメンチの切り合いで目を逸らしちまうなんて…なんつー目しやがんだこいつは…)

飛影「…いい加減手を離したらどうだ」

桑原「ちっ」バッ

桑原「そうまでして…言えねぇ事情なのかよ…」

飛影「……」

桑原「なんでだよ…雪菜さんを励ましてやってくれよ…!」

飛影「必要ない。それがあいつの選んだ生き方だ」

桑原「ほんとに冷てー野郎だな。テメーは…」

飛影「だから、せめてお前は…」

桑原「おうよ! オレが雪菜さんの支えになってみせらぁ!」

飛影「いや、せめてお前は雪菜の足を引っ張るようなマネをするなと言いたかったんだ」

桑原「」ズルッ

桑原「テメー! 『妹を頼む』くれーのこと言えねーのか!」

飛影「ふざけるな。雪菜が貴様の嫁になると聞いて以来おちおち寝ていられないんだ。どうしてくれる」

桑原「たくよぉ…あんまし見くびんじゃねえぞ?」

桑原「オメーがなにもしねえってんなら、オレの力だけで雪菜さんを幸せにしちまうからな」

飛影「……」

桑原「心配すんなよ。オレもバカなりにちゃんと生活のこととか考えてっから」

桑原「まぁ背広着るような仕事は出来なかったけどよ、夫婦で食っていけるくらいの稼ぎはあるしな」

桑原「つってもまだまだ下っ端だから、色々上手くいかねーこともあるけどよ…」

飛影「……」

桑原「でもオレは負けねえかんな!」

桑原「オメーらと戦ってた頃みたいにスケールのでけぇことはもう出来ねーけど…」

桑原「これからだってオレは、オレの戦いをするからよ。この人間界でな」

桑原「普通の悩みと戦って、普通の生活を送りてーんだ。雪菜さんと一緒に」

飛影「…ま、せいぜい頑張ることだな」

桑原「へいへい。この熱い台詞聞いてもテメーはそうやって鼻で嗤うんだろ」

飛影「桑原」

桑原「な、なんでぇ改まって…」

飛影「…雪菜を泣かせたら許さんぞ」スッ

桑原「……」

桑原「おうよ! 言われるまでもねえ!」ガシッ


パチパチパチ


蔵馬「いやぁよかったよ」パチパチ

飛影・桑原「」

蔵馬「歳のせいかな…こういう男同士の友情とか見てしまうと、ついホロッときてしまってね」

桑原「テメー蔵馬! 見てたなら声くらいかけやがれ! 盗み聞きとか趣味わりーぞ!」

飛影「そうだ! だいたい貴様は昔からな…!」

蔵馬「はは…君達さっそくいいコンビ発揮してるじゃないか」

■結婚式当日・新婦控室


静流「綺麗だよ、雪菜ちゃん」

雪菜「ありがとうございます。あの、だけど正直におっしゃってください…」

雪菜「私、子供っぽくないですか?」

静流「ううん、そんなことないって。あたしの思った通り、雪菜ちゃんには純白のドレスがよく似合う」

雪菜「そうでしょうか///」

静流「見なよ、窓の外。綺麗な青空じゃない」

静流「まるで天が雪菜ちゃんの結婚を祝福しているかのようだ…なんてね」

静流「う~ん…あたしってけっこう詩人なのかなぁ♪」

雪菜「だとしたら嬉しいです…とても」

コンコン

静流「ん? はーい」ガチャ

ぼたん「おっはよ静流さん! 雪菜ちゃん、もう準備出来てるんだろう?」

螢子「えへへ…ちょっとだけ中に入れてもらえないかなって」

静流「こらこら、ここは母親代わりのあたし以外立入り禁止なんだけど?」

静流「それに、式の前に花嫁衣裳見ちゃったら後のお楽しみがなくなるじゃないの」

螢子「そうなんだけど…どうしても待ちきれなくて。ねっ、ぼたんさん?」

ぼたん「ねーっ♪ だから頼むよぉ。やかましくしないからさぁ」

雪菜「かまいませんよ静流さん。お二人を中へ…」

ぼたん「やたっ♪ お邪魔するよぉ」

静流「やれやれ…少しだけだよ」

螢子「わぁーっ! 雪菜ちゃんすっごく可愛い!」

ぼたん「ほんとにねぇ。ぐすっ…こんな綺麗な花嫁姿見られたんだから、あたしゃもう思い残すことはないよ」

雪菜「そんな…大袈裟です///」

螢子「へぇ…白のドレスにしたんだ。うんうん、やっぱり花嫁には純白のドレスよね」

螢子「いいなぁ…私も早くこんなドレス着てみたい…」

静流「ね、螢子ちゃんもそう思うだろ。なのに最近のドレスは赤だの青だの…あんなのあたしは嫌いだね」カチッ

ぼたん「ちょいと静流さん! 煙草のにおいがドレスにうつるだろ?」

静流「おっと、うっかりしてた」ゴソゴソ

螢子「そうだ雪菜ちゃん! ドレスの写真撮らせてもらっていいかな」

雪菜「あ、それならみんなで写りませんか?」

螢子「ううん、私達はいいよ」

雪菜「いえ、みなさんと一緒に写りたいんです」

静流「ふふ…じゃあそうしよっか」

ぼたん「それじゃ雪菜ちゃんを中心にして…」

静流「ほら、写真も撮ったし気がすんだろう?」

静流「雪菜ちゃんはこれから女の一生で最高の晴れ舞台が待ってるんだからさ、少し休ませてあげようよ」

螢子「はーい。ごめんね雪菜ちゃん、騒がしくしちゃって」

ぼたん「後でね、雪菜ちゃん!」

静流「…てかあたしも外出てるわ。雪菜ちゃんも一人になって気持ちを落ち着かせたいだろう?」

雪菜「あ、はい…すみません、気を遣っていただいて」

静流「いいのいいの、遠慮しない。雪菜ちゃんはもうあたしの妹同然なんだからさ」

雪菜「妹、ですか…嬉しいです。静流さんにそんな風に思っていただけるなんて」

静流「…ロビーで煙草吸ってるからね。なにかあったらいらっしゃい」

雪菜「はい。ありがとうございます…」

雪菜「……」

雪菜(あら…あの窓開けていたかしら…?)

飛影「よぉ」ヒョコ

雪菜「飛影さん!」

飛影「…少し話せるか」

雪菜「ええ。私もなんだか飛影さんとお話し出来たらと思っていました」

飛影「そうか」

雪菜「ふふっ…だけど飛影さん、窓から会いにきてくれるなんてまるでピーターパンみたいですね」

飛影「…なんだそれは?」

雪菜「人間界に来てから読んだ物語です」ニコッ

飛影「……」

飛影「結婚…するそうだな…」

雪菜「ええ。飛影さんにはわざわざ魔界から来ていただいて…」

飛影「いや…」

雪菜「……」

飛影「……」

雪菜「あ、あのっ…このドレス…似合ってますか?」

飛影「オレには女の身に着ける物のことなどわからん」

雪菜「そうですか…でも、子供っぽく見えないでしょうか…?」

飛影「…背の低さを気にしているのか」

雪菜「ええ。周りのみなさん私より綺麗で大人っぽいから…自信がなくて…」

雪菜「そういえば、飛影さんもあまり大きい方では…」

飛影「……」

雪菜「あっ…ご、ごめんなさい! 私ったら失礼なことを…」

飛影「いや、謝らなくていい…」

雪菜「……」

飛影「……」

雪菜「えへへ…静かになってしまいましたね」

飛影「…お互い口数が多い方じゃなさそうだな」

雪菜「そうですね。ごめんなさい…お話したいことがたくさんあったはずなのに…」

飛影「……」

雪菜「あの…それじゃあ飛影さんにひとつ、聞いてもらいたいことがあるんですが…いいですか?」

飛影「…勝手に話せ」

雪菜「ありがとうございます…」

雪菜「と言っても、お話したところでどうにもならないことなんですが…」

雪菜「それでも、ずっと誰かに聞いてもらいたくて…だけど誰に話せばいいのかわからなくて…」

雪菜「飛影さんになら…話せる気がするんです…」

飛影「……」

雪菜「…この間のことでした」

雪菜「私、和真さんと二人で朝のお散歩というものをしたんです」

雪菜「その日和真さんは夜勤をされて、明け方にお仕事を終えて帰ってこられたのですが…」
   
雪菜「私ったら材料を買うのを忘れていて、朝ご飯を作ってあげることが出来なかったんです」

雪菜「だけど和真さん、お仕事で疲れていらしてるはずなのに笑って許してくれて…」
   
雪菜「どこか開いている喫茶店を探しに行こうって誘ってくださったんです」

雪菜「朝早くにお出かけなんて初めてのことだったから、私嬉しくって…」

雪菜「朝の空気ってとても冷たく澄んで新鮮なんだって、その時初めて知りました」

雪菜「川沿いの公園にさしかかると、明け方の淡い陽射しが水面にきらきら揺らめいていて…」

雪菜「こんな美しい光景の中を愛する人の隣で歩いている…そんな優しい時間がとても幸せでした」
   
雪菜「そうしていると、向こうのベンチに人影が見えたんです」
   
雪菜「こんな早い時間なのに他にも人がいるんだなって、なんとなくそちらの方に目を向けました」

雪菜「…その人達は、若いご夫婦と可愛らしい赤ちゃんでした」

雪菜「まだ眠たげな赤ちゃんを抱いている奥さんも、それを見守る旦那さんも、とても幸せそうで…」

雪菜「それを見ていると私…ついさっきまで幸せでいっぱいだったはずなのに…」

雪菜「今の自分が本当に幸せと呼べるのか、不安になってしまって…」

雪菜「おかしいですよね…そんな風に思うのって…」

雪菜「だけど、ふと隣の和真さんを見上げた時、私見てしまったんです」

雪菜「あの人が、辛そうに赤ちゃんから目を逸らすのを…」

雪菜「きっと、気を遣わせてしまったんだと思います…」

雪菜「私が子供を産めないから、私が悲しげに彼らを眺めていたから…」

雪菜「私、和真さんの真っ直ぐなところが大好きなのに…ずっとそのままでいて欲しいのに…」

雪菜「その人に、あんな後ろめたそうな顔をさせてしまって…」

ポロ…ポロ…

カラ…カララ……

飛影(氷泪石…あれほど泣くなと言っておいたのに…)

雪菜「ずっと、不安だったんです…」

雪菜「本当に私なんかでいいのか…子供の産めない私が和真さんを幸せにしてあげられるのかって…」

ポロ…ポロ…

カラ…カララ……

飛影「……」

雪菜「こんな時でも…なにも言ってくださらないんですね…」

雪菜「飛影さんは、やっぱり少し冷たいです…」

飛影「…なんと言って欲しいんだ」

雪菜「そうですね…いまの私にとって一番の救いは……」

雪菜「飛影さんが、私を妹と認めてくださること」

飛影「…!」

雪菜「あなたは、飛影さんは私の……」

雪菜「私の、兄さんなんでしょう…?」

飛影「……」

飛影「違う。オレはお前の兄なんかじゃない」

雪菜「嘘!」

雪菜「お願いよ兄さん…そうだと言って…」

雪菜「子供が産めない寂しさも…不安も…兄さんが私を妹と認めてくれるなら、きっと乗り越えることが出来る…」

雪菜「だから、どうかお願い…!」

飛影「……」

飛影「お前は他の氷女より少しはマシだと思っていたが、どうやらオレの勘違いだったようだな」

雪菜「え…」

飛影「お前も決して手に入ることのないものにすがり、それを他のなにかで埋めようとしている」

飛影「しみったれた話だ」

雪菜「……」

飛影「ガキを産めない自分がそんなに哀れか」

飛影「お前にとってガキなんてものは兄の存在ひとつで簡単に諦めがつくものなんだろう?」

雪菜「違います…! そんな意味で言ったんじゃありません…!」

雪菜「ただ…私は……」

雪菜「私は…和真さんを愛して初めて知りました…」

雪菜「誰かを好きになると、どんどん欲張りになっていくものだって」

雪菜「あの人のそばにいられることが本当に幸せで、私もその幸せを与えたかった…」

雪菜「私がこの世界で誰よりも、和真さんを幸せに出来る相手になりたかったんです」

雪菜「だけど、そうしたらどんどん自分に足りない部分が見えてきて…」

雪菜「自分に出来ないことや、人みたいになれないことが…とても悲しくて…」

雪菜「それに、どんなに頑張ったところで私には欠けているものがある…」

雪菜「本当は、和真さんを世界一幸せにだってしてあげたい…」

雪菜「だけど…大切なものが欠け落ちてしまっている私が、どれだけ彼を幸せに出来るのか恐くて…」

雪菜「和真さんに、申し訳なくて…」

雪菜「氷女が誰かを愛するって、こんなに苦しいことだったんですね…」

雪菜「やっぱり私…母さんみたいに強くはなれない……!」

ポロ…ポロ…

カラ…カララ……

飛影「…お前、自分を責めることに手一杯で、桑原のことが見えていないんじゃないか」

雪菜「え…?」

飛影「あいつが言ってたぜ。これからは普通の悩みを抱え、それと戦って生きるんだと」

飛影「人間の悩みなんてものはオレには想像もつかんが…」

飛影「きっと魔界のような生きるか死ぬかのシンプルな問題とは程遠い、恐ろしく面倒なものなんだろう」

飛影「お前も随分と人間に影響されたようだな…いま聞かされた泣き言などまさにそれだ」

飛影「そんな厄介なものを、ヤツは馬鹿正直に相手するというんだからな。御苦労なことだ…」

雪菜「和真さんがそんなことを…」

飛影「ああ。あいつにだって気にくわない相手を好きにしてしまえるくらいの力はあるはずなのにな」
   
飛影「それでもあえて人間の掟の中で生きるつもりらしい。まったく頭の下がる話だぜ」

飛影「力を持ちながら、それを自由に振るえないんだ。さぞかし歯痒いことだろう…オレには到底真似できそうにない」

雪菜「……どうして和真さんはそんなに強い心を持てるんでしょう」

飛影「あいつには覚悟があるのさ。絶対にお前と二人で幸福になってみせるという、その覚悟がな」

雪菜「……」

飛影「…それで、お前はどうするつもりなんだ」

飛影「あいつに守られながら、そうやっていつまでも自分を否定しているままなのか」

雪菜「……」

雪菜「…そんな甘え、許されるはずないですよね」

雪菜「足りないものを嘆いてばかりで…和真さんにも心配ばかりかけて…」

雪菜「私達…これから夫婦になるっていうのに…」

雪菜「私だって…和真さんの支えにならなきゃいけないのに…」

雪菜「わかっているんです…こんなの自分に駄々をこねてるだけだって…」

雪菜「だけど……!」

ポロ…ポロ…

カラ…カララ……

飛影「……女というのはつくづく因果な生き物だな」

雪菜「ごめんなさい…こんな話されても迷惑なだけですよね…」

飛影「…少し前、お前の故郷に行ってきた」

雪菜「え…」

雪菜「どうして氷河の国へ…」

雪菜「あなたの…故郷でもあるからですか…?」

飛影「…さぁな」

雪菜「……」

飛影「そこである女に会ったんだ」

飛影「イラつくほど陰気で、哀れな女だったぜ」

飛影「…そいつは好いた者に先立たれ、その感傷に浸りながら未練たらしく生きてきたそうだ」

飛影「あの女に同情する気などさらさらないが…」

飛影「ただ、ふと考えた。想いを注ぐ相手を失うというのはどういう心境なのだろうと」

飛影「決して受け止められることのない、報われない想いはどこに行き着くのだろうと…」

雪菜「……」

飛影「きっと、その想いはあの女の心の中だけを虚しく循環して
   もはや自身を傷つけるだけの自責の念に変わってしまったんだろうな」

雪菜「……」

飛影「それでもあいつは、失った相手を想わずにはいられない。恐らくこれからもずっと」

飛影「本当に哀れな女だ」

雪菜(泪さん……)

飛影「だが、お前には桑原がいるだろう」

飛影「辛ければあいつを頼ればいい」

飛影「愛情や想いはすべてあいつに注いでやればいい」

飛影「だから、ここに居ない兄や生まれもしないガキなんかに依存するんじゃない」

雪菜「……」

雪菜「私は…和真さんとの幸せを絶対なものにしたかった…」

雪菜「そのはずなのに、いつの間にかあの人を置き去りにして自分しか見えなくなっていたんですね…」

飛影「…幸福を追求することが、時には悲劇に見舞われるよりも辛いことだってある」

飛影「決して手が届くことのないものに、いつまでもすがっているのは健康的じゃない」

雪菜「…約束された幸せなんて、どこにもありはしないのかもしれませんね」

飛影「お前に本当に欠けているのはその不安と戦う覚悟だ。ガキを産めないことなんかじゃない」

雪菜「はい…誰だって不安と戦いながら、それでも幸せに手を伸ばしているんですよね…」

雪菜「私、今度こそ強くならなきゃ。愛する人が隣にいてくれるのだから尚更…」

飛影「…そうだ。お前は桑原との幸福を探せばいい」

飛影「自分達に与えられたものだけで、幸せになってみせればそれでいい」

雪菜「はい…」ポロ…ポロ…

雪菜「ごめんなさい…私すぐに泣いてしまって…」カラ…カララ…

飛影「いいか、あまりいじけた考えをするんじゃない」

飛影「いじけたようなやつなど誰も認めやしない。お前の兄だってそんなやつを妹とは思わないはずだ」

飛影「少なくとも、オレがお前の兄ならそうするだろうな」

雪菜「そうですね…」ポロポロ

雪菜「本当に、その通りだと思います…」カラ…カララ…

飛影「ひとつ、いいことを教えてやろう」

飛影「女の涙は流せば流すほど価値がなくなる。ここぞという時のためにとっておけ」

雪菜「はい…式が始まったらきっと幸せすぎてまた泣いちゃうのに、今から泣いてちゃいけませんよね」ゴシゴシ

飛影「そうだ。花嫁はもう少し晴れやかな顔をするもんだぜ」

雪菜「はい…ありがとうございます」

雪菜「お嫁にいく前に飛影さんと話せてよかった…」

■挙式終了直後・ウエディングチャペル


リンゴーン… リンゴーン…

バタン… ガヤガヤガヤ…

幽助「あぁ~キツかった! やっと終わったぜ…」

螢子「大声でそんなこと言うんじゃないの! 失礼じゃない!」

螢子「あんた、たかだか三十分程度もじっとしていられないわけ!?」

幽助「いや…式がどうこうじゃなくてよ、桑原のタキシード姿と飛影の七五三ルックで笑い堪えんのに必死だったんだ」

螢子「信じらんない! あんた、あんなに素敵な式の最中にそんなくだらないこと考えてたの!?」

幽助「だってよぉ…」

ぼたん「ほら螢子ちゃん、そんなバカほっといてさ。雪菜ちゃん達出てきたよ」

螢子「あら、ほんと!」

ぼたん「これからブーケトスをやるんだってさ」

螢子「ブーケトス! 素敵…私ずっと憧れてたんだ…」

ぼたん「早く行かないと前の方に陣取れないよ」

螢子「そうね、行きましょ行きましょ♪」イソイソ

幽助「ぶーけとす…? なんだそりゃ」ポリポリ

蔵馬「知らないんですか幽助?」

蔵馬「花嫁がブーケを投げて、それを受け取った人が次に結婚出来るという一種の儀式のようなものですよ」

幽助「ほぉ~ 女ってのはくだらねーことが好きなんだなぁ…」

蔵馬「そうかい? ブーケを求めて着飾った乙女達の花が咲く…なんとも可憐な光景じゃないか」

幽助「そういうキザな台詞…言ってて恥ずかしくねーの?」

蔵馬「おや、オレくらいキャラとマッチしてるとかえってウケがいいんですよ?」

幽助「けっ! あぁそーかよ」

静流「そーいうことならあたしも乙女の仲間入りしてこようかな」スパー

蔵馬「静流さん…式場出てすぐ喫煙ですか…」

温子「あたしもバツイチだから参加資格はあるはずよねー♪」ルンルン

幽助「テメーまで行こうとしてんじゃねーよ中年女!」

幽助「ったく…どいつもこいつも……おっ!」

飛影「……」キョロキョロ

幽助「おい飛影! どこ行くんだー? 千歳飴はそっちじゃねーぞwww」

飛影「…うるさい!」

蔵馬「幽助、笑っちゃ悪いですよ…」プルプル

飛影「後ろを向いても肩が震えているぞ」イライラ

幽助「まぁまぁ、感心してんのさ。あの飛影がちゃんと正装して来てんだからよ」

飛影「ふん、軀のやつに無理矢理持たされたんだ。あいつに式の話などした覚えはないんだがな」

蔵馬「へぇ! 軀とは服を見立ててもらう仲になったんですか。飛影も隅に置けませんね」

飛影「ぐっ…こんな窮屈なものをいつまでも着ていられるか!」バサッ

幽助「おいおい! この後披露宴があんだぞ。どこ行く気だよ?」

飛影「式には出てやったろう。約束は果たした…オレは帰らせてもらうぜ」

幽助「おいって…!」

幽助「行っちまったよ…勝手なところは治ってねーんだな…」

蔵馬「まぁ飛影も雪菜さんの結婚式だからここまで付き合ってくれたんだろうし…」

幽助「だな。これでよしとするか」

「雪菜ちゃん! おめでとー!」

「桑原さん! 今日は一段と男前っすよ!」


雪菜「みなさん…こんなに祝福してくださって…」

桑原(雪菜さん…今日のあなたは本当に、本当に美しい…!)

桑原(普段のあなたを天使とするならば、今日のあなたはまさに女神!)

桑原(いや…そーいや女神って例えは浦飯のやつが雪村に使ったんだよな…あいつのパクりじゃ癪だし……)

桑原(う~ん…菩薩でもいいが…ちょっと線香くさそうなのが引っかかるんだよなぁ…)


螢子「雪菜ちゃん! こっちこっち! 絶対こっちに投げてよね!」ピョンピョン

ぼたん「あたしもそろそろいい人探そうかねぇ…」

静流「お! いいねぇ! じゃあさ、あたしにも霊界のブンタみたいの紹介してよ」

温子「あたしはお金持ちなら誰でもいいかなぁ」


飛影(なにを群がっていやがるんだこの女どもは…くそっ、邪魔でかなわん…)

雪菜「あ、飛影さん…」


螢子「雪菜ちゃんってばぁーっ! こっちこっちこっちーっ!」ブンブン

ぼたん「ちょ、螢子ちゃん必死になりすぎ…」


雪菜「……」

雪菜(螢子さん、ごめんなさい…!)ポーン

■魔界・軀の移動要塞百足


軀「なんだ…もう帰って来たのか」

軀「久し振りの人間界だろう。もう少しゆっくりしてくればいいものを」

飛影「むこうの風は肌にあわん」

飛影「やるぜ」ポイッ

軀「花束…ブーケというやつか」

飛影「なんのつもりだか知らんが、雪菜のやつが投げて寄こしやがったんだ」

軀「それは是非、妹の気持ちに応えるべきだな」

飛影「…?」

軀「お前に花を贈られるのはこれで二度目か…」

軀「前のはずいぶん趣味の悪い花だったが、こいつは気に入った」

飛影「ふん…お前もお世辞にも花が似合うとは思えんが、オレが持っているよりはマシだと思ったんでな」

軀「…そうか」

軀「ふふ…お前には永久に本気のオレを見せてやれそうにないな…」

飛影「なにを言ってやがる」

軀「なんでもない…女の戯言さ。気にするな」

■皿屋敷市・町工場


桑原(そーっとそーっと…)

桑原(んしょ、と…)ソロォ


工場長「…よぉ」

桑原「あ、ども…」ペコ

工場「…あんた、桑原さんだったか」

桑原「あ、そっす。桑原っす」ペコペコ

工場長「…じゃあ、桑ちゃんだな!」

桑原「へ?」

工場長「…飲みな」スッ

桑原「……」

工場長「珈琲、ダメか?」

桑原「あ、いえ…いただきます」プシュ

工場長「……」

桑原「……」グビ

工場長「あんたの前任のやつがよ…息子くらいの歳だったもんで
    最初のうちは工場のみんなでけっこう可愛がってたんだ」

桑原「はぁ…」

工場長「だけどちょっと雑なとこがあってよ、一度キツく叱ったことがあんだよ」

工場長「そしたらいわゆる逆ギレってのか…可愛げのあるやつだったのに急に態度が変わってよ…」

桑原「そうだったんすか…」

工場長「あんたに当たってもしょうがないのはわかってたんだけどな…」

桑原「いえ、いいっすよそんな…」

工場長「わかってんのに、あんな言い方をしちまって…」

桑原「いや、ホントいいっすから…」

工場長「遅くなったが、これからよろしくな。桑ちゃん」

桑原「はい! こちらこそよろしくっす!」

桑原(へへ…)グビ

■同じ時刻


幽助「ふあ~ぁ…眠ぃ…」

螢子「なによ、久し振りのデートなんだからもうちょっと楽しそうにしてよね」

幽助「オメーのせいで寝不足なんだろうが…」

幽助「明け方までラーメン作ってようやく寝たとこだってのに叩き起こしやがってよぉ」

螢子「いいじゃないの。今日は屋台お休みにして夜にゆっくり寝たら?」

幽助「勝手なことばっか言ってんじゃねーよ」

螢子「だって! 幽助の方が時間あわせてくれないと私達ずっとすれ違いになっちゃうじゃない」

幽助「へいへい…わかりやしたよ…」

螢子「それにしてもこの間の雪菜ちゃん達の結婚式…ホントに素敵だったわよね…」

幽助「今日何度目だよ、その話すんの」

螢子「いいじゃない。女の子の憧れなんだから」

幽助「……」

幽助「なぁ螢子、結婚式といえばよ…」

螢子「?」

幽助「オメーに渡すもんがあんだわ」ガサゴソ

螢子「えっ…」

螢子(間違いないわ…このシチュエーションは…!)

幽助「あれ…どこやったっけか…」ガサゴソ

螢子(こここ…婚約指輪///)

幽助「お、あったあった!」

螢子(指輪こい指輪こい指輪こい指輪こい指輪こい…!)

幽助「遅くなっちまって悪かったな…」

幽助「その分オレの気持ちも足しといたからよ」

螢子「幽助……!」ジーン

幽助「ほらよ、またなんかあったらよろしくな!」スッ

螢子「……なにコレ」ペラッ

幽助「この間の式の時立て替えてもらってた祝儀代! 色つけといたからよ!」

螢子「……」


螢子「…もう知らないっ!」ツカツカツカ

幽助「お、おい…どこ行くんだ? なんで怒ってんだよ?」

螢子「ついてこないで!」ツカツカツカ

幽助「待てって…」


螢子「……」

ガサガサ… チャリン♪

螢子「ぬぬぬぬ…!」

ポカッ!

幽助「いてっ!」

螢子「ちょっと! 三万円も貸してあげたのにあんたの気持ちって五百円玉一枚なわけ!?」

幽助「な、なんだよ! 五百円あったらウチの素ラーメン二杯も食えんだぞ! 文句言うなら返しやがれ!」

螢子「そんな値段でやってるから儲からないんでしょうが!」

幽助「ウチは良心価格がウリなんだ! 経営のことに口出すんじゃねぇ!」

螢子「あーそうですか!」プイッ

幽助「んだよ…急にキレたり殴ったりふて腐れたり…忙しいやつだな」

幽助「わぁーった。オレが悪かったよ…」

螢子「……」チラッ

幽助「だから、もう五百円」チャリン

螢子「」


螢子「……ふふっ。もうっ!」

螢子「幽助のバーカ♪」

■その日の夕方


雪菜「急にどうしたんですか和真さん。外でお食事なんて」

桑原「いやぁ、別に深い意味はないんすけどね!」

雪菜「くす…なにか良いことがあったんですね」

桑原「雪菜さんはなにが食いたいっすか?」

雪菜「私も和真さんの好きなもので」

桑原「雪菜さん、そろそろ遠慮は無しにしませんか? オレらもう…」

桑原「ふ、夫婦なんすから///」

雪菜「そうですね」

雪菜「あ…」ピタッ


赤ちゃん「キャッキャ♪」

父親「よーしよし。やっぱりパパの抱っこの方が嬉しいよなー♪」

母親「あら、私の時はもっと嬉しそうに笑うわよ?」


雪菜「……」

桑原「雪菜さん…」


雪菜「行ってみましょうか、和真さん」

桑原「え…ちょ…雪菜さん…?」

雪菜「あの…」

父親「はい?」

雪菜「突然すみません。とても可愛い赤ちゃんだなって…」

雪菜「よかったら抱っこさせてもらってもいいですか?」

桑原「ゆ、雪菜さん…」

父親「はは、かまいませんよ。どうぞ自慢の息子を抱いてやってください!」

母親「あなたったら…ごめんなさいね。親バカなのこの人。もちろん私もね」

雪菜「可愛い…男の子だったんですね。よしよし」

赤ちゃん「キャッキャ♪」

母親「ええ。まだ六カ月なの」

父親「君達は恋人同士かな?」

雪菜「この間式を挙げたばかりなんです」

母親「じゃあ新婚さんだ。おめでとう」

雪菜「ありがとうございます…」

雪菜「あの、子供がいるってやっぱり幸せですか?」

桑原「……」

母親「もちろんよ。ね、あなた」

父親「ああ、一生でこれ以上の幸せなんてないだろうね」

雪菜「…そうですよね。羨ましいな」

桑原「……」

赤ちゃん「キャッキャ♪」

父親「はは。喜んでる」

母親「あやすのが上手いのね。あなたもきっといいお母さんになるわ」

桑原「いや、オレらは…」

雪菜「和真さん」

雪菜「ほら、和真さんもせっかくだから抱っこさせてもらいましょうよ」

桑原「いっ!?」

雪菜「…どうしたんですか?」

桑原「い、いや…オレはその…赤ん坊ってのはどうも苦手で…」

雪菜「え?」

桑原「お、オレの顔…おっかねーから…よく泣かせちまうんすよ…だから…」

雪菜「……ふふっ」

雪菜「もしかして、この間もそれで目を逸らしていらしたんですか?」

桑原「ああ…朝の散歩の時っすか。見られてたんすね…」

雪菜(くす…私ったら…)

母親「その子、人見知りしない方だから平気なはずよ」

父親「大丈夫! 泣いたら僕が泣き止ませるよ。君さえよければ抱いてごらん」

雪菜「ほら、ああ言ってくださってますし」

桑原「そ、そんじゃ…ちょっとだけ…」

赤ちゃん「キャッキャ♪ キャッキャ♪」

赤ちゃん「ダァー♪ ダァー♪」

桑原「うわっと!」

雪菜「ふふ、すごく喜んでるじゃないですか」

赤ちゃん「キャッキャ♪ キャッキャ♪」

桑原「お、おいおい…あんまりはしゃぐと…」

赤ちゃん「ダァー♪」ゲシッ

桑原「いでっ!」

父親「だ、大丈夫かい…?」

桑原「たはは…蹴られちまった…」

赤ちゃん「キャッキャ♪ キャッキャ♪」

雪菜「きっと和真さんのお顔が面白いからご機嫌なんですね」

桑原「あーっ! それってヒドくないっすか雪菜さぁん!」

雪菜「くすくす…ごめんなさい」

雪菜「だけど、夫婦なんですもの。こういうことも言い合える仲にならないと」

桑原「ほほぉ…そんなこと言っちゃいますか。だったら雪菜さんは…雪菜さんはねぇ…!」

雪菜「はい。なんでもおっしゃってください」ニコッ

桑原「……雪菜さんは、最高っす!」

雪菜「///」

雪菜「…もうっ! 和真さんったら人前ですよ///」

母親「ふふ、あなた達も幸せそうで羨ましいわ」


雪菜「はい!」

雪菜「私達…とっても幸せです!」

メチャメチャ苦しい壁だってふいになぜか



ぶち壊す勇気と POWER 湧いてくるのは



メチャメチャきびしい人達がふいに見せた



やさしさのせいだったりするんだろうね



ア・リ・ガ・ト・ウ・ゴ・ザ・イ・ます!




       ~Fin~


原作とアニメの設定をごっちゃにして書いたので必要ないかもだけど最後に少し補足です


・幽助(桑原・螢子)の年齢は最終回時点で原作では18歳、アニメだと17歳(SSは原作の方に合わせた)

・雪菜の年齢は調べたら原作終了時点で16歳らしい
 コミック19巻に載ってるらしいけど自分が持ってるのは集英社文庫版なので真偽は不明
 少なくとも幽助達よりは年下のはず(飛影も実は出てきた頃は見た目どおりの子供)

・原作では温子さんも暗黒武術会を見物に行ってるので雪菜とは面識があるが
 アニメの方ではなぜかハブられてるのでそもそも雪菜と一緒に映るシーンすらなかったはず

・氷菜は原作では飛影を産んだ直後に死んでるけど(原作の氷女は男児を産む=死ぬ)
 アニメでは飛影が投げ捨てられたことに絶望して自殺したことになっている

・邪眼の手術をしてすぐに飛影は氷河の国を訪れている
 原作ではその時誰にも会わずに母親の墓だけ見つけて帰るけど
 アニメでは泪と会って墓に案内されている(泪の回想で長老から国を任される描写がある)

・雪菜は飛影が魔界に行く時に自分の氷泪石を渡していて、原作では飛影がそれを持ったままで終わっているけど
 アニメだと魔界トーナメント後に飛影が人間界に戻る蔵馬に「返しておいてくれ」と頼んでいる
 蔵馬には自分で返せと断られたのでその後OVA『映像白書』で直接雪菜に返しに行き
 「兄はすでに死んでいた」と嘘の報告をしている。飛影はその時点で軀の元を離れているらしい

・これは関係ないし割と有名な話だけど、垂金事件解決後の台詞で飛影は雪菜を「母親違いの兄妹」と言っている
 アニメでも同じことを言ってるし、古いコミックなら確認出来るみたいだけど自分が持ってる本では修正されてる


だいたいこんなところでしょうか

それでは読んでくださったみなさん、ありがとうございました

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