メガネ(いよいよ今日からボクの高校生活が始まる……)
メガネ(小学校から中学校までボクはずっと成績一番だったけど、
この中じゃきっと大したことないだろう)
メガネ(でも、喰らいついていく自信はある!)
メガネ「ボクはこの進学校で、東大を目指す!」
学生「よう、君も新入生か?」
メガネ「うん」
学生「ここに入るってことは、やっぱりいい大学狙ってんだろ?」
メガネ「うん……狙ってる」
学生「ちなみにどこ?」
メガネ「東京大学」
学生「奇遇だな、俺もだよ!」
メガネ「君もかい! まぁこの学校に入る人は、そういう人が多いんだろうね」
学生「この学校はヘタな予備校よりよっぽどレベルが高くて厳しいからな。
ま、お互い三年間頑張ろう」
メガネ「うん!」
学生「おっと、そろそろ入学式だ。急ごうぜ」
メガネ(幸先いいな……いきなり勉強の励みになりそうなライバルができたぞ!)
入学式──
校長「新入生諸君、入学おめでとう」
メガネ(うわっ……怖そうな人だなぁ)
校長「君たちも知っての通り、我が校は進学校だ」
校長「この学校で行われるのは教育ではない。
いかに一流の大学に入るか、の手段を手ほどきするに過ぎない」
校長「もし人格形成を期待しているのなら、今すぐ入学辞退をしてくれてけっこう。
入学金もお返しする」
校長「そんなことはいい大学に入ってから、学べばよいのだ!」
メガネ(おっそろしいなぁ……。
でもこれくらいの覚悟でなきゃ、東大なんて受からないんだろうなぁ……)
校長「我が校のカリキュラムは、全て東大入学に向けたものになっている!
あまりの厳しさに、卒業までにおよそ三分の二は脱落してしまう!」
メガネ(すごい……!)ゴクリ…
校長「残りの三分の一からも、東大に入れる者は毎年ごくわずかだ!」
メガネ(東大……!)
校長「東大はいうまでもなく日本一の大学だ。
日本一の大学に入れば、日本一の人生が待っている!」
メガネ(日本一!)
校長「我らが目指すは東京大学!」
メガネ(東京大学!)
校長「東大格闘学部、ただひとつ!」
メガネ(東大格闘学部!)
メガネ「……ん?」
メガネ「あのう」ボソッ
学生「ん、どうした?」
メガネ「東京大学……まではいいとして、格闘学部って……なに?」ボソッ
学生「おいおい、緊張してド忘れしちまったのか?
最強の猛者が集う、日本最強の学部に決まってるだろ」
メガネ「え?」
学生「東大の赤門がなぜ赤いのかっていうと、アレ全て挑戦者の血なんだぜ。
まぁ、知ってただろうけどな。くぅ~……血がたぎるぜ!」
メガネ「え? え?」
学生「東大格闘学部の卒業生一人につき、
核爆弾100個分の戦力価値があるっていわれるほどだ。
もちろん、その分入学するのも卒業するのも難しいけどな!」
メガネ「え? え? え?」
メガネ「えぇ~と、普通の学部は目指さないの?」
学生「普通って?」
メガネ「いわゆる文1、文2、文3……」
メガネ「ほら、法学部とか……経済学部とか……文学部とか……。
理系だと医学部や、工学部とか理学部とかになるのかな……」
学生「ハハハ、なにいってんだよ。
そっちを目指すんなら、この学校じゃなくて隣の学校に行くべきだろ」
メガネ「え」
学生「この学校の隣には、ここと対をなす名門校があるんだ。
ま、俺たちとちがってヤツらはペーパーテストで勝負すんだけどな。
分野はちがえど、ヤツらも東大を目指すという点では一緒だな」
メガネ(ま、まさか……)ドクンドクン
メガネ(ボクは入るべき高校を間違えてしまったのでは……)ドクンドクン
校長「──ではさっそくだが、新入生同士で戦ってもらおう。
君たちもお互いの実力を知りたくて、ウズウズしていただろうからな」
メガネ「え」
校長「構えいッ!」
ザザザッ!
校長の合図で、新入生たちが一斉に構えた。
メガネ(え、これはなに、どういうこと)
学生「おい」ザッ
メガネ「はい?」
学生「俺たちもやろうぜ! いっとくが、手加減すんなよ!」ワクワク
メガネ「あ、あの──」
次の瞬間、学生から拳が放たれ──
ゴッ!
メガネの視界は真っ暗になった。
保健室──
メガネ「うぅっ……」ムクッ
女医「あら、お目覚め?」
メガネ「ここは……?」
女医「高校の保健室よ」
女医「アナタは入学式のバトルロイヤルで倒されて、ここに運ばれてきたの。
アタシは専属医の女医ってモノよ。今後よろしくね」
メガネ「は、はい……(セクシーな人だ……)」ドキン…
女医「──にしても、気絶してる間に色々と調べさせてもらったけど、
アナタほど貧弱な肉体の生徒は初めてだったわ」
メガネ「し、調べたって……!?」
女医「うふふっ……」
女医「それにしても、珍しい子もいたものね」
女医「この学校に入るのは、大抵プロ格闘家顔負けの肉体美を持つ子ばかりなのに……」
女医「ま、そのチャレンジ精神は買うけどね」
メガネ(どうしよう……やっぱりこの学校は普通じゃないんだ!
なんでボクはこんな学校に──)
メガネ(いや、きっとなにかの間違いなんだ!)
メガネ(きっと今日、ボクは間違えてこっちの学校に来てしまったんだ!
ボクは隣の学校の新入生なんだ!)
メガネ「ありがとうございました、これで失礼します」ヨロッ
女医「また遊びに来てね、死んでなきゃなんとかなるから」
メガネ「えぇ、分かりました(もう来ませんよ……)」
隣の名門校──
教師「──君はこの学校の生徒じゃあないね」
メガネ「えぇっ!? そんなハズがないんです! ちゃんと調べて下さいよ!」
教師「君もしつこいねぇ。
今年度の新入生の名簿を調べたけど、君の名前はなかったよ」
メガネ「そ、そんな……」
教師「分かったら、帰りたまえ」
メガネ「はい……」
メガネ(ああ……間違いじゃなかったんだ……。どうしよう……)
メガネは元の高校に戻り、自分のクラスへと向かった。
担任「今日から俺が、お前たちの担任だ。よろしくな!」
ワイワイ…… ガヤガヤ……
学生「おう、同じクラスだな! そういや、さっき気絶したけど大丈夫か?」
メガネ「……うん」
学生「軽いジャブで牽制したつもりだったんだが、いいとこに入っちまったかな?
とりあえず今日のところは俺の勝ちだな」
メガネ「……うん」
学生「どうした? ホントに大丈夫か?」
メガネ「……うん」
この後、担任が学校の説明をしたが、メガネの耳には全く入らなかった。
メガネの家──
母「メガネちゃん、入学式ついていけなくてごめんね。
高校はどうだった? やっぱり頭のよさそうな子が多かった?」
メガネ「すごそうな人ばかりだったよ……」
メガネ「友達が一人できたけど、東大を目指すっていってたし……」
メガネ「ボク、やっていけるか心配だよ……」
母「大丈夫よ、メガネちゃんだって頭がいいんだから!
ちゃんと授業に休まず出れば、絶対に東大に入れるわよ!」
メガネ「うん……」
メガネの部屋──
メガネ(どうしてこんなことになったんだろう……)
メガネ(出願の時点で間違えてたのか……なぜ気づかなかったんだ……)
メガネ(どうしよう、どうしよう……。編入試験とか受けないといけないのかなぁ……。
まったく面倒なことになってしまった……)
メガネ(いやいや待て待て)
メガネ(まだあの高校がダメだと決まったワケじゃない)
メガネ(格闘学部? とはいえ東大を目指す学校なんだ)
メガネ(きっと普通の学部を目指す上でも、有効にちがいない!)
メガネ(受験はもう始まっている! 自分との戦いなんだ!
ポジティブに……ポジティブに!)
翌日 学校──
学生「よう」
メガネ「おはよう」
学生「さっそく今日から授業だけどさ、脱落しないように頑張ろうぜ!」
メガネ「う、うん……(そういえば、授業ってどんなことやるんだ……?)」チラッ
メガネは壁に貼ってある時間割表を目をやる。
メガネ(今日は水曜日だったよな……えぇと)
1 英語
2 物理
3 地理
4 現国
5 世界史
6 化学
メガネ(なんだ、授業自体は普通じゃないか)ホッ…
担任「よし、じゃあお前ら朝のホームルームはアームレスリングだ!
二人組になって勝負しろっ!」
メガネ「!?」
学生「よっしゃ、じゃあ俺と──」
メガネ「い、いや……今日は別の人とやるよ(もっと弱そうな人とやろう)」
学生「そっか、残念だな」
メガネ(弱そうな人、弱そうな人……)キョロキョロ
女子「ねえ、私と勝負しない?」
メガネ(えっ、女の子もいたんだ……しかも結構可愛いじゃないか……)ドキッ
メガネ「いいよ、やろう!」
女子「じゃ、やろっか」
メガネ「はいっ!」
ガシッ
メガネ(女の子と手を繋ぐなんて生まれて初めてだ……)ムフッ
女子「じゃあ行くよ?」
メガネ「ど、どうぞ」
ブオンッ!
ボキッ!
ガンッ!
勝負は一瞬でついた。女子の勝利である。
女子「やったぁっ! ──って、え!?」
メガネ「ん?」プラーン
メガネの右腕が曲がってはいけない方向に曲がっていた。
メガネ「うわぁぁぁっ!?」
女子「ちょっと、大丈夫!?」
メガネ「ひいぃぃぃぃっ!」プラーン
担任「どうした?」
メガネ「きゅ、救急車をっ! 救急車を呼んで下さい!」
担任「ふむ……」
担任「なんだただの骨折じゃないか。これくらいなら問題ない。
固定しとけば大丈夫だ。すぐ治る」
メガネ「いや、骨折って時点で“ただの”ってのはおかしい──」
担任「東大入学者は、高校時代に平均で一万回骨折するといわれる。
この程度でへこたれてたら、東大には入れないぞ!」
メガネ「一万回!?」
女子「ごめんね、でもこの折れ方なら全然平気だよ。
骨が外に飛び出してるワケじゃないし」
メガネ「あ、あわわ……」
学生「…………」
一時限目 英語──
英語教師「ヘーイ、グッモーニンッ!」
メガネ(おお、ちゃんと外国人教師がいるんだ。
リスニング対策とかは、やっぱり外国人の方がいいからな)
英語教師「ヘイ、ミナサーン」
英語教師「イングリッシュは世界でもっともポピュラーな
コミュニケーションツールデース」
メガネ(うんうん)
英語教師「しかーし、世の中にはイングリッシュよりも
有効なコミュニケーションツールがありマース」
メガネ(うん、なんだろ)
英語教師「それはファイトデース」
メガネ(うん!?)
英語教師「──というワケで、みんなカマン! ファックユー!」ビッ
生徒たちに中指を立てる英語教師。
ワアァァァァァ……!
戦いが始まった。
メガネを除くクラスの全員が、英語教師に飛びかかった。
英語教師「サイドが甘いデース!」
バキィッ!
英語教師「フットワークがおろそかデース!」
ドゴォッ!
英語教師「ショルダーとウェストをユーズしないと、いいパンチは打てまセーン!」
ベキィッ!
アドバイスを交えつつ、英語教師は次々に生徒を倒していく。
メガネ(なんなんだ、これのどこが英語の授業なんだ!?)
メガネ(でも……あの先生スゴイな……。
人間ってトレーニングすれば、あんな動きもできるんだ……)ウズ…
メガネ(──って、ボクはなにを考えてるんだ!
ボクは戦うためじゃなく、勉強するために学校に来てるんだぞ!?)
メガネ(どうにかして、あの先生と戦わずに済む方法を考え──)
メガネ「!?」
目の前に、英語教師に投げ飛ばされた生徒が迫っていた。
ドゴッ!
メガネの意識はブラックアウトした。
こうしてメガネは気絶したまま、一時限目を終えた。
受験生「チョイサっ!!」
試験官「~~~~~ッッ!!!」
二時限目 物理──
物理教師「みんなはフレミングという偉人を知っているかね」
メガネ(よかった、これは普通の授業みたいだ)
物理教師「彼は優秀な電気工学者であると同時に、優秀な武術家だった」
メガネ(え)
物理教師「彼が編み出した“フレミングの法則”は
磁場と電流の関係性を示すだけでなく、非常に強力な殺人術なのだ」
物理教師「親指でノドを突き、人差し指で目をえぐり、中指で耳を貫く。
手をこの形にするだけで、これほどの攻撃手段を選べるのである」カリカリ
<フレミングの法則>
http://s1.gazo.cc/up/s1_42473.png
「なるほどな……」 「さすがはフレミング……」 「すげぇ……」
学生「こりゃ勉強になるぜ。メガネ、お前知ってたか?」
メガネ「……初耳だよ、こんなの」
三時限目 地理──
地理教師「戦いの際は常に地の利を得ることを心せよ!」
地理教師「日が昇っていれば背負って相手の目をくらませ、
地面が固ければ投げが有効だ!」
地理教師「複数を相手にする時は一斉にかかってこられぬよう、
位置取りを工夫せよ!」
メガネ(地の利で、地理ってワケか?)
四時限目 現国──
国語教師「夏目漱石の坊っちゃんに出てくる教師は非常にアグレッシブだが、
これは彼のアドレナリン分泌量が豊富であったためといわれている」
国語教師「アドレナリンは戦いにおいても重要な物質だ。
というわけで、今日はアドレナリンについて講義を行う」
メガネ(あれ、坊っちゃんの話どこいった?)
昼食──
メガネ「はぁ……」
メガネ(高校なのに給食だなんて珍しい、と思ったけど……)
メガネ(やっぱりこうなるか……)
<本日のメニュー>
・ステーキ
・プロテイン
・ニンニク
・スッポンの生き血10リットル
学生「オイ食わないと、体がもたねぇぞ」ガツガツ
女子「うん、どんどん食べてエネルギーを補給しないと」ムシャムシャ
メガネ「う、うん……」カチャ…
メガネ(いつも少食なのに、突然こんなに食べられるワケがない……)モグッ
メガネ(スッポンの生き血……)ゴクッ
メガネ「すごい味だ……!」ウエッ
メガネ(あ、鼻血……)タラ…
五時限目 世界史──
世界史教師「えぇー……かつて人類の祖先は石器でマンモスに立ち向かった」
世界史教師「あぁー……わざわざ石器にしなくとも、石は非常に便利だ。
近距離では鈍器になるし、投げて遠距離攻撃も可能だ」
世界史教師「細かく砕いて粉末にして、目潰しにも使用できる」
メガネ(世界史っていうか、世界武器史だな)
六時限目 化学──
化学教師「いうまでもなく、薬品は強力な武器です」
化学教師「しかし、東大に受かるのなら“薬品を使う”のでなく、
“薬品が通用しない”くらいでなければ話になりません」
化学教師「私くらい内臓を鍛えると、硫酸で喉を潤せるようになります」ガブガブ
硫酸をラッパ飲みする化学教師。
化学教師「──っぷはぁっ、美味しいもんじゃありませんけどね」
オ~…… パチパチパチパチ……
メガネ(鍛えればなんとかなるものなのか……?)
放課後──
メガネ(今日一日頑張ってみたけど、
やっぱりこの学校はまともに勉強できる環境じゃないみたいだ)フゥ…
メガネ(どうにかして他の学校に移らないと……。
大学に落ちるどころか命を落とすことになりかねない)
学生「よう」
メガネ「ん?」
学生「メガネ、今日ちょっと時間あるか?」
メガネ「え? うん、あるけど」
学生「じゃあ、トレーニングルームに行こうぜ」
メガネ「う、うん」
メガネ(いったいなんの用だろう……?)
トレーニングルーム──
普通の学校でいう、図書館にあたる場所である。
学生「10キロのダンベルだ、これ持ってみろ」ヒョイ
メガネ「ぐっ!」ズシッ…
学生「……やっぱりな」
メガネ「え?」
学生「お前……」
学生「もしかして入る高校間違えたんじゃないのか?」
メガネ「!」
メガネ「ど、どうして……それを……!」
学生「いや、最初からなんとなくおかしいな、とは思ってたんだよ。
体を鍛えてるって感じでもなかったしさ」
学生「でも、格闘技は筋力だけでやるもんじゃないからな。
きっとお前は技に秀でてるタイプかも、って思ってたけど……」
学生「今日観察してて、そんな様子はまったくなかった」
メガネ「…………」
メガネ「うん……どうやらボクは隣の高校とまちがえて受験してしまったらしい。
ボクは格闘技どころか、運動ですらほとんどやってきてないんだ」
学生「やっぱそうだったのか」
メガネ「ボクは……どうしたら……」
学生「……お前はこの学校で最初に出会った友達だ。
だからこそ、ハッキリといってやる」
学生「早いところ、この学校からよそへ移った方がいい。
ここじゃ、お前の行きたい東大の学部には入れないぜ」
メガネ「やっぱり……そうだよね」
すると──
上級生A「おいテメェら、ここはトレーニングルームだってのに
なにくっちゃべってんだよ」
上級生B「俺ら二年が礼儀を教えてやるか」
上級生C「へっへっへ……」
メガネ「い、いやボクたちは……すみません、すぐ出ていきますんで!」
学生「無駄だ、コイツら最初から俺らをボコるつもりだ。
入学前に聞いたことがある。
トレーニングと称して新入生をいたぶる連中がいるってのをな」
メガネ「だったら先生を呼んで──」
学生「お前担任の話、聞いてなかったのか?
校内での暴力行為に一切お咎めはないんだよ」
学生「ここは国のお墨付きで、法の外なんだ」
メガネ「ひぃぃ、そんな……」
学生「ま、安心しな。
こういうことするヤツらってのは、三流って相場が決まってる。
大学受験どころかこの学校を卒業できるかも怪しいヤツらだ」
学生「東大目指すんなら、こんなところでつまずいていられねぇっ!」バッ
「なにが東大だっ!」 「ナマイキいいやがって!」 「叩きつぶしてやる!」
構える学生に、上級生たちが襲いかかる。
ガキッ! バゴッ! ドスッ! ベキッ! ズドッ!
一対三にもかかわらず、学生がわずかに上級生たちを押していた。
メガネ(すごい……!)
学生「へっ、どうしたんだい、先輩たち。
新入生にやられたって恥をかきたくなきゃ、退散したほうがいいぜ」
上級生B「くっ……!」
上級生C「ヤロウ……!」
上級生A「ナメるなよ……おらっ!」パサッ
上級生Aはプロテイン粉末を、学生の目に浴びせた。
学生「しまっ──!」
上級生B「クソガキがッ!」ブオンッ
近くにあったバーベルで、上級生Bが学生の顔面を殴る。
ガゴンッ!
学生「ぐぁ……っ!」ドサッ
メガネ「ああっ!」
上級生A「よっしゃ、タコ殴りだっ!」
ドゴッ! バキッ! ガスッ! ドズッ! ドカッ!
メガネ(ああ、どうしよう……どうすればいいんだ……!)
上級生A「…………」チラッ
上級生A「そっちの眼鏡かけてるヤツ、お前は怪我してるから見逃してやるよ」
上級生A「ただし……コイツをボコったらだがな」ニヤッ
メガネ「えっ……」
先生「to die?」
メガネ「ボ、ボクは──」タジ…
学生(バカヤロウ、早く俺を殴れ! お前じゃどうにもならねえ!)
目で合図する学生。
メガネ(ゴ、ゴメン! 学生君……!)スッ
女子「メガネ君、そんなことする必要ないよ!」
ベキィッ! バシィッ! ドガッ!
突如現れた女子が、上級生三人を鮮やかに蹴り飛ばした。
「ぐわっ!?」 「──なんだぁっ!?」 「クソッ!」
メガネ「女子さん……!」
女子「ゴメンね、色々盗み聞きしてたから、あなたの事情も知ってる。
だから、すぐここから逃げて」
学生「よっしゃ……! これで二対三だ!」ヨロッ…
戦いが再開された。
>>76
ハスミンの弱点はそのギャグセンスだよな
学生「でりゃあっ!」ブオンッ
女子「えいやっ!」シュバッ
学生と女子が、上級生相手に盛り返す。
メガネ(二人ともすごい……でも上級生もさすがに粘るな……。
長期戦になれば二人が不利になる!)
メガネ(せめて、あともう一押しあれば……)
メガネ(例えばボクが上級生たちに、少しでもダメージを与えられれば──)
メガネ(いやいやなにを考えてるんだ、ボクは!
こんな中に乱入したら、まちがいなく死んでしまう!)
メガネ(で、でも……ボクよりひどいダメージの学生君や
ボクよりずっと強いとはいえ女の子まで戦ってるんだ……!)
メガネ(……やってやる!)キッ
メガネ「うわぁぁぁっ!」ダッ
上級生A「なんだ?」
学生(バカヤロウ! なにやってんだ!?)
上級生A「ふん、そんなひょろひょろ腕でなにができるってんだ!」
メガネ「これだっ!」
メガネは左手をフレミングの法則に可変させ──
ズボッ!
上級生Aのノドに、親指を押し込めた。
上級生A「ぐぇ……っ!」
学生「!」
実のところ、効果はさほどでもなかった。
だが上級生Aが一瞬怯んだところを、学生は見逃さなかった。
学生「ナイスだぜ!」バッ
ゴキィッ!
飛びヒザ蹴りを、上級生Aの顔面に叩き込む。
上級生A「ぶげぁっ……!」ドサッ
女子(チャンス!)
さらに、一人倒され動揺した上級生Bに、女子が強烈なハイキック。
ドゴォッ!
上級生B「げぼぉっ!」ドシャッ
上級生C「くっ……くそっ……!(こうなったら応援を呼ぶしか──)」
「何をしているッ!!!」
上級生C「この声はっ……三年の──生徒会長!?」
生徒会長「トレーニングルームは喧嘩をする場所ではない!
ましてや、上級生が下級生ツブしをする場所などではないッ!」
上級生C「ひっ!」
生徒会長「君たち、すまなかったな。この三人にはきつく罰を与えておく」
学生「は、はい!」
女子「ありがとうございます!」
メガネ(すごい迫力だ……! これが生徒会長……!)
学生「メガネ、さっきは助かったよ」
女子「うん、授業で習った技をいきなり使うなんて……ビックリしちゃった!」
メガネ「いやぁ、ただ無我夢中で……」
メガネ「でも、なんていうのかな……。
さっきの二人の戦いを見ていたら、自分もなにかやれる気になって──」
メガネ「ここでボクが一押しすれば勝てる! ──と思ったら……」
メガネ「飛び出しちゃってたんだ」
学生「…………」プッ
学生「ハッハッハッハッハ!」
女子「ふふふっ……!」
メガネ「ハハ……やっぱりおかしいよね」
学生「いや、そうじゃない。単純にすげえって思ったのさ」
女子「うん、かっこよかったよ!」
メガネ「……ありがとう、二人とも」
学生(だが、本当にすごい……フレミングの法則をクリーンヒットさせるなんて……。
コイツ、もしかしてとてつもない才能を──)
メガネの家──
母「メガネちゃん!? いったいどうしたの、その右腕は!?」
メガネ「え、あの、えぇと──」
メガネ「参考書を読みながら歩いてたら、階段で転んじゃって……」
母「勉強熱心なのもいいけど、体には気をつけてちょうだいよ」
メガネ「……うん」
その日の夜、メガネはなかなか眠れなかった。
メガネ(このボクが生まれて初めて人を攻撃した……)
メガネ(あの超人的な戦いに参加することができた……)
メガネ(ボクだって、戦えるんだ……!)
メガネ(ボクだって──)
翌日 学校──
学生「──残るのか!?」
メガネ「うん……辞めることはいつだってできる。
だけど、十数年勉強だけに生きてきた自分の新しい可能性を
試したくなったんだ」
学生「…………」
女子「学生君、なんで黙ってるの? よかったじゃない!」
学生「……あ、そうだな! 俺たちも応援するから、頑張れよ!」
女子「じゃあ改めてよろしくね!」
メガネ「こちらこそ!」
ガラガラ……
担任「よーし、ホームルーム始めるぞ。試合開始ッ!」
こうして、メガネの東大受験に向けた鍛錬が始まった。
メガネは学生や女子の力を借りつつ、己の体を徹底的に鍛え抜いた。
学生「腕立て伏せだ!」
メガネ「うんっ!」グンッ…
女子「次は腹筋だよ!」
メガネ「うんっ!」グイッ…
学生「今度はスクワットだ!」
メガネ「うんっ!」グッ…
女子「よぉし、じゃあジョギングだよ!」
メガネ「うんっ!」タッタッタ…
学校の授業もどんどん厳しくなっていった。
日本史教師「今日は火縄銃の弾を腹で受け止める訓練じゃ!
これができなくば、天下統一など夢のまた夢ぞ!」
生物教師「今日は、みんなにライオンさんと戦ってもらいまぁ~す。
油断すると食べられちゃうので、注意して下さいねぇ~」
数学教師「格闘の世界にも公式が存在する。すなわち『勝者=強者』である!
勝って勝って、勝ちまくれ! 敗者は死あるのみだ!」
むろん、メガネは他の生徒の何倍も瀕死になり、すぐさま保健室の常連となった。
女医「あら、またアナタ? 今度はどうしたの?」
メガネ「授業中、内臓が破裂しまして……大丈夫ですかね?」ヨロ…
女医「ああ、それぐらいなら平気よ。安心して」
メガネ「そうですか、よかった……。じゃあお願いします」
女医「それにしてもこの短期間でだいぶタフになったわね、アナタ。
……ステキよ」
メガネ「ど、どうも……」
試練を乗り越えるたび、メガネの心身はより強靭なものになっていった。
一学期が終わる頃には、メガネの精神と肉体はみちがえるほど成長していた。
母「メガネちゃん、なんだかとてもたくましくなったわね。
お洋服のサイズがずいぶん変わっちゃったし……」
メガネ「これくらいの体でないと、東大にはとても受からないからね」
母「そうねえ、やっぱり体が丈夫でないとね。試験の時に体を壊したら大変だものね」
母「ところで、参考書代とかは大丈夫なの? おこづかい渡しましょうか?」
メガネ「参考書代はいらないけど、プロテイン代が欲しいかな」
母(プロテインってなにかしら……?)
夏休み──
メガネたち三人は避暑と修業を兼ねて、南極に旅行に来ていた。
学生「う~~寒い! さすがに海パンだけじゃキツイなぁ。
でも、女子ちゃんの水着姿が可愛いからいいか!」
女子「もう、からかわないでよね!」
メガネ(さ、さ、寒い……!)ガタガタ
学生「メガネ、大丈夫か?」
メガネ「な、な、なんとか……」ブルブル
(二人ともすごいなぁ……ボクとは鍛え方がちがうよ)
女子「じゃあみんなで雪合戦でもしようか?」
学生「よっしゃ、やろうぜ!」
メガネ「手がかじかんで……うぅ……寒い……!」ガチガチ
しばらく雪合戦を楽しんでいると──
生徒会長「君たちも来ていたのか」
メガネ&学生&女子「生徒会長!?」
メガネ「あの時は助けていただき、ありがとうございます!」
生徒会長「あれからもう四ヶ月も経ったのか……。
ずいぶんたくましくなったようだね」
学生「ところで生徒会長……アンタは今年受験だが、志望校は?」
生徒会長「東京大学だ」
メガネ(や、やっぱり!)
学生「三年で、いや学校内で最強ともいわれるアンタなら、
いくら東大といえど楽勝だろう?」
生徒会長「……東大格闘学部を受けるのは、ほとんどが現役生だという。
なぜだか分かるかい?」
メガネ「え……なぜですか?」
生徒会長「不合格者の大半が再起不能になるからだ。
つまり、ウチの女医さんレベルの名医でも完璧には治せないほどの
怪我を負うってことだ」
生徒会長「仮にならなくとも、もう一度受ける気にはとてもなれないらしい」
メガネ「…………!」ゴクリ
生徒会長「君たちも、もし東大を目指すなら──
対策しすぎるということはない。三年間でやれることは全てやるべきだ。
……この私のように!」
ズガァッ!
生徒会長が氷の大地に拳を叩きつける。
すると──
ズゴォア……!
直径十数メートルの巨大なクレーターが出来上がった。
生徒会長「では私はこれで……」
生徒会長が作ったクレーターを呆然を眺める三人。
学生「……こ、これが生徒会長の実力ってワケか!
まったく……南極の寒さより震えがきちまったぜ!」ブルッ
女子「あの人ほどの実力者でも、油断できない場所ってことね。
東大っていうのは……」
メガネ(スゴイ……!)
メガネ(きっと東大生はあの人みたいな猛者ばかりなんだろう……)
メガネ(本当にボクなんかが目指していいのだろうか……)
しかし、言葉とは裏腹に、メガネの心はときめいていた。
夏が終わると、二学期である。
さまざまなイベントがメガネを待ち受ける。
文化祭──
メガネたちのクラスは屋台を出していた。
メガネ「いらっしゃいませー!」
学生「筋肉モリモリ、ステロイ丼はいかがですかー!」
女子「副作用もなく、美味しいですよー!」
ステロイ丼は好評で、かなりの売上を記録した。
体育祭──
ワァァァァァ……!
メガネ(リレーに使うのは、重さ100kgのバトン……)
メガネ(猛毒入りのパンを使うパン食い競争……)
メガネ(騎馬戦にいたってはほとんどルール無用の殴り合いだ……)
メガネ(ボクも頑張ろう!)
メガネは体育祭のたった一日で、20回以上半殺しにされた。
──そして秋が過ぎれば、いよいよ三年生は受験シーズン到来である。
1月中旬──
受験生にとっての一大イベント『センター試験』が始まる。
<センター試験>
東大その他各大学の格闘学部については、センター試験もその内容は通常と異なる。
襲いかかる100人の武術家を時間内に何人倒せるかに挑戦し、
その結果を各大学に出願するのである。
むろん、難易度の高い大学は大人数を倒さないと『足切り』される。
もし東大を目指すなら、90人は倒せないと話にならない。
教室──
学生「聞いたか!? 生徒会長は100人全員ブッ倒して、
余裕で二次試験進出だってさ!」
メガネ「100人全員!?」
女子「すごい! 100人全員倒せる人なんてそうそういないって聞くよ」
学生「ああ、あの人はまちがいなく東大生になれるよ」
女子「あんなにトレーニングしてたもんね……」
メガネ(生徒会長……一足先に東大に入って待っていて下さい。
必ずあなたの後輩になってみせます!)
そして2月末──
学生「大変だ、大変だっ!」
メガネ「どうしたんだい?」
女子「どうしたの?」
学生「今日、東大で二次試験が行われて、生徒会長が──」
メガネ「まさか、トップ合格?」
女子「もしかして、やりすぎて大学を壊しちゃったとか?」
学生「いや……」
学生「試験で全身を粉砕骨折して、病院に運ばれたらしい……。
もちろん……不合格だって話だ……」
メガネ&女子「えぇっ!?」
学生「とりあえず、命に別状はないみたいだが……」
メガネ(そ、そんな……あの生徒会長が……!?)
数日後、三人は生徒会長が入院している病院に向かった。
病室──
メガネ「こんにちは……」
生徒会長「やぁ、君たちか。わざわざ来てくれてありがとう」
学生「怪我の具合は……??」
生徒会長「ご覧の通り、全身を包帯で固めねばならないほどにやられたよ。
全治二ヶ月だそうだ」
女子「体が治ったら、来年……また受けるんですよね?」
生徒会長「いや……もう受験はしない」
メガネ「えぇっ!? どうしてですか!?
生徒会長なら、一浪すれば絶対に受かりますよ!」
生徒会長「現役で受からなければ、家業を継げと親にいわれてたからね。
残念ながら、私の東大受験はこれで終わりだ」
メガネ「だったら、ご両親を説得して──」
生徒会長「いや、これは自分でも決めていたことだ。曲げるつもりはない。
逆に一回きりのチャンスだったからこそ、あれだけ頑張れたんだしね」
生徒会長「結果は残念だったが、私は自分のやってきたことを
無駄だったなんて思っちゃいない」
生徒会長「この鍛えた体はきっと社会の役に立つハズだからね」
生徒会長「そして──私の夢は君たちに託す」
メガネ&学生&女子「!」
生徒会長「南極で……いやトレーニングルームで初めて出会った時から、
君たちも東大を受けると分かっていた。そういう目をしていた」
生徒会長「東大に受かるには、当然私を超えなければならないが、
君たちならできる!」
生徒会長「あと二年間、休まず鍛錬を続ければ……きっと……!」
メガネ&学生&女子「……はいっ!」
三人が帰った後──
生徒会長(あの三人は私よりも素質がある……)
生徒会長(特にあの眼鏡をかけた彼は、現時点では他の二人に劣るが、
二年後にはどうなっているか分からない)
生徒会長(頑張ってくれ……)
生徒会長「…………」
胸に去来する自分の不甲斐なさと、未来ある三人への期待と嫉妬──
生徒会長「ち、ちくしょう……ちくしょう……!」グスッ
生徒会長は泣いた。
病院の外──
メガネ「ボク、やるよ」
女子「え?」
メガネ「今までのボクは東大に合格するためというよりはむしろ、
自分の限界をたしかめるために修業をしていた」
メガネ「でも、これからはちがう」
メガネ「ボクはこの進学校で、東大を目指す!」
学生「よくいった!」
女子「うん、そうだよね……。
生徒会長の分まで、後輩である私たちが頑張らないとね!」
学生「そうと決まれば、全速力フルマラソンやるか!」
メガネ&女子「うんっ!」
4月になり、メガネたち三人も二年へと進級した。
結局、今年は生徒会長を始め、東大に一人も受からなかったので、
信用を落とす形になった教師たちもピリピリしていた。
担任「皆も知っているだろうが、例年ならば合格ラインにいたであろう
生徒会長が東大を不合格になった!」
担任「大学側も試験の難易度を上げているということだ!」
担任「ゆえに今年度からはさらにカリキュラムを厳しくする!」
担任「死ぬ気で……いや自分はもう死んでいると思って授業に臨め!」
メガネ(負けない……どんな授業が来ようと耐えてみせる!)
授業の内容は過酷を極めた。
三年になれば受験(本番)を控え、あまりムチャな鍛錬はできなくなるので、
二年の時にどこまで伸びるかが勝負だからだ。
国語教師「走れっ! 風よりも、音よりも、光よりも、メロスよりも──速くッ!」
数学教師「肩と腕と手首でルートの形状を成す!
これがルートの構えだッ! よく覚えておけッ!」
<ルートの構え>
http://s2.gazo.cc/up/s2_10441.png
生物教師「これから君たちにはカエルとウサギを組み合わせて作ったキメラ生物
『超獣ギガ』と戦ってもらいまぁ~す。死なないようにねぇ~」
化学教師「本日は水泳です。塩酸のプールを一万メートル泳いでもらいます」
物理教師「支点、力点、作用点を見極めれば、スカイツリーでもヘシ折れる。
これこそが関節技(サブミッション)だ」
地学教師「東大卒業生は拳の風圧で雲を動かし、天候を操ることもできる」
世界史教師「えぇー……第一次世界大戦時代、ドイツで非常に優れた武術が誕生した。
それがワイマール拳法だ」
日本史教師「千利休は熱々のお茶を相手の目に浴びせる戦法を得意としておった。
これぞ“わびさび”なのじゃ」
地理教師「リアス式海岸で戦う上で、もっとも有効な戦術を伝授してやる!」
英語教師「リスニングを行いマース!
目隠しをして、耳を頼りに飛んでくる矢をやり過ごしてくだサーイ!」
体育教師「今日はボウリングの球でドッジボールを行う」
音楽教師「腕を折られ、足を断たれ、首をネジられ、頭を砕かれた
敵の断末魔の叫びこそが──最高の音楽なのでございます!」
この一年で脱落者は続出した。
しかしメガネたちはくじけることなく、授業に耐え続けた。
もちろん、保健室には数えきれないほどお世話になったが──
やがてメガネたちは三年生となった。
この頃になると、彼らは入学時とは比べ物にならないほどに力を伸ばしていた。
<三学年 成績上位者>
一位 学生
二位 メガネ
三位 女子
……
……
……
女子「やったね、私たちでトップ独占だよ!」
メガネ「うん! このままみんなで東大に合格しよう!」
学生「…………」
学生「なぁ、メガネ。ちょっと二人きりで話をしたいんだが、いいか?」
メガネ「うん、いいよ」
体育館裏──
学生「メガネ……」
学生「俺はお前がこの学校に残るって決めたあの日から、
いつかはこういう日が来るって分かってた」
学生「お前が俺に追いつく日を……」
メガネ「そんな……追いついてなんかいないよ。だってボクはまだ二位じゃないか」
学生「いや、すでにお前は俺を超えてるのかもしれないな。
お前は自分が一位にならないよう……俺に遠慮をしている」
学生「そんな気がする」
メガネ「そんなことないって……」
学生「メガネ」
学生「──俺と勝負しろ。もちろん本気でな」
メガネ「勝負なんて……やめようよ、ボクたち受験を控えてるんだし」
学生「いや、ここでお前と白黒ハッキリつけておかねぇと、
とても東大に受かる気がしない」
学生「あの生徒会長でさえ落ちたんだ……。
こんなモヤモヤした気分じゃ、絶対に受かりっこない!」
学生「もしお前が俺を本当にダチだと思ってくれてるんなら……勝負だッ!」
ズバァッ!
学生の鋭い蹴りが、メガネの頬を切り裂いた。
メガネ「本気……みたいだね」
学生「俺はいつだって本気だぜ。入学式でお前と戦った時からな」
メガネ「分かった……やろう!」ザッ
学生「つりゃあああっ!」
ビュッ! バッ! ボヒュッ!
学生の拳がメガネの体をかすめるたび、皮膚が削げ落ちる。
メガネ(学生君の戦術は単純明快……。
すばやいパンチで敵を翻弄し、必殺の蹴りでトドメを刺す!)
メガネ(単純だからこそ、難攻不落!)
学生「どりゃあっ!」
バギィッ!
学生のハイキック。メガネをガードごと吹き飛ばす。
メガネ「ぐあぁっ……!」ドサッ
学生「どうしたメガネ、こんなもんか!?」
学生は跳び上がると──
ベキィッ!
頭部へ一撃。
ドゴォッ!
胸部へ一撃。
ズドッ!
腹部へ一撃。
空中三連蹴りを決めてみせた。
メガネ「ガハッ!」ドサッ
学生(──チャンス! ここで決める!)
学生「トドメだッ!」ブオッ
倒れたメガネに、学生がサッカーボールキックを放とうとする。
メガネ「はぁっ!(狙いは弁慶の泣き所!)」
メキィッ……!
メガネは学生の蹴り足のスネに、右拳をブチ当てた。
学生「ぐあぁ……っ!」ヨロッ…
すぐさまメガネは立ち上がると、フレミングの法則の親指を、
学生のノドに打ち込む。
ドスゥッ!
学生「が……っ!」
学生(メガネ……お前がこの学校のナンバーワンだ……!)ニィッ
ドサァッ……!
学生「お前の勝ちだ……」
メガネ「学生君……」
学生「いいんだよ、むしろスッキリしたぐらいだ!
これでなんの邪念もなく、東大に挑戦できるってもんだ!」
メガネ「…………」
すると──
女子「お疲れ~!」
メガネ&学生「女子ちゃん!」
女子「ほら、運動の後はプロテインドリ~ンク」ポイッ ポイッ
メガネ「あ、ありがとう」パシッ
学生「サンキュー」パシッ
女子「私だけノケモノにするなんて、ヒドイじゃない」
学生「悪いな、どうしてもサシでケリをつけたかったからさ……」
女子「ま、いいけどさ。ナイスファイトだったよ、二人とも!」
この対決で、メガネと学生の友情はさらに深まった。
一学期が終わり、夏休みになった。
受験業界において、夏休みは『受験の天王山』ともいわれる。
このため、三人は世界一高い山であるエベレストを登ることにした。
三人はおよそ一時間ほどで、頂上にたどり着いた。
女子「いやぁ~高いねえ」
学生「やっぱり標高8000メートルともなると、空気がちょっと薄いな」
メガネ「ここが……世界一の山かぁ……」
学生「そうさ、俺たちは世界一の山だって登れるんだ!
日本一の大学くらい、ワケないぜ!」
女子「うん、そうだよ! 東大なんてラクショーだよ!」
メガネ「みんな……絶対受かろうね!」
月日は流れ……
メガネの家──
母「メガネちゃん、いよいよ明日はセンター試験ね。体調は大丈夫?」
メガネ「うん」
母「この三年間で、メガネちゃんはみちがえるほど成長したものね」
母「あ、筆記用具と受験票を忘れちゃダメよ」
メガネ「筆記用具なんかいらないよ。必要なのはこのボクの拳だけ」
母「あら、そうなの?」
(センター試験もずいぶん変わったのねえ……。
もう紙じゃなく、タッチパネルかなにかでやるのかしら)
メガネ「じゃあ、明日に備えてもう寝るね! おやすみなさい!」
母「えぇ、おやすみなさい」
父「おやすみ」
翌日──
メガネはセンター試験会場にやってきた。
メガネ(いよいよか……)
メガネ(下手をすると命を落とす可能性もある試験だというのに……
なぜだか心はとても落ち着いている……)
学生「よう」
女子「おっはよ~!」
メガネ「おはよう!」
メガネ「さぁ行こう、センター試験との戦いに!」ザッ
センター試験はひとりひとり部屋がちがう。
ガチャッ……
メガネ(ここがボクの部屋か……)バタン
アナウンス『ようこそ、センター試験へ!』
メガネ(うわっ、ビックリした!)
アナウンス『これからあなたには、100人の武術家と戦ってもらいます』
アナウンス『試験時間は90分ですが、武術家を全滅、あるいはあなたが倒されても
試験終了となります』
アナウンス『一人でも多く倒せるよう、頑張って下さい』
メガネ「ようし……来い!」ザッ
アナウンス『では試験を開始いたします……始めッ!』
四方に設置された扉が開き、部屋に次々と武術家がなだれ込む。
武術家A「参るっ!」ダッ
武術家B「うおおおおおっ!」バッ
武術家C「つおりゃあっ!」ブオンッ
武術家D「だりゃあっ!」ババッ
メガネ「よろしくお願いしますっ!」
メガネは飛び上がると──
ドガッ! バキッ!
右と左の蹴りで武術家AとCを倒した。
さらに着地と同時に武術家Bにフレミングの法則を喰らわせ──
ズブッ!
残る武術家Dをヒジ打ちで浴びせる。
ガキィッ!
10分後──
メガネ「でぇやぁぁぁっ!」
ドゴッ! ドガッ! メキィッ!
「ぐべぇっ!」ドサッ 「ぎゃあっ!」ドサッ 「ごふぅっ!」ドサッ
メガネ「──よしっ!」ザッ
アナウンス『すばらしい。これで99人抜きです。
それでは、ラスト一人に登場していただきましょう』
センター試験、100人目が部屋に現れる。
ザッ!
メガネ「あ、あなたは──!?」
生徒会長「やぁ、久しぶりだね」
生徒会長「それにしても……本当に強くなった。
私もセンター試験を100人抜きするのは、30分かかったというのに」
メガネ「生徒会長が……どうして!?」
生徒会長「特別に試験官として参加させてもらったんだ。
……どうしても君と戦いたくてね」
生徒会長「100人抜きを達成するには、私を倒すしかない。
さぁ……私の生徒会拳、破ってみせろ!」ザッ
メガネ(生徒会長……!)
メガネ「はいっ!」ザッ
<生徒会拳>
会長、書記、会計、処務を模した四つの技からなる拳法。
生徒会長「“暑気”ッ!」コォォ…
暑気:特殊な呼吸法で体温を操り肉体に熱を持たせ、身体能力を限界以上まで高める。
生徒会長「“貝型”ッ!」ガキンッ
貝型:柔軟さを維持したまま、貝のように体の硬度を上昇させる構え。
生徒会長「これで準備は整った──行くぞッ!」
生徒会長「“怪鳥”ッ!」バッ
怪鳥:両手を広げ、威嚇しつつ宙に羽ばたく跳躍法。
生徒会長「“諸無”ッ!」
ドゴォッ!
メガネ「ぐああっ!」ドサッ
諸無:“諸行無常”の打撃はあらゆるモノを粉砕する。
メガネ(あの時南極にクレーターを作ったのは……このパンチか!)
ドガッ! バキッ! ドゴッ! ドズッ! ベキッ!
空中からの連続攻撃に、防戦一方となるメガネ。
メガネ(つ、強い……!)
メガネ(生徒会長はもう家業を継いで働いているというのに、
今でもトレーニングを欠かしていないんだ!)
生徒会長「どうした、私に勝てなければ東大など受かりっこないぞ!」
メガネ(そうだ……生徒会長は二次試験に向けた最後の試練になってくれているんだ!
──ボクのために!)
メガネ(だからこそ、この生徒会拳……必ず破ってみせる!)
メガネ(“諸行無常”とは、どんなものもいずれは変わっていくということ。
この真理が、あの拳に森羅万象を破壊する力を与えているんだ)
メガネ(ならば──)
メガネ(絶対に変わらない強い意志で対抗すれば、打ち勝てるハズ!)
生徒会長「悪いが手心を加えるつもりはない! ──終わらせるッ!」ブオッ
メガネ(ボクはあなたを倒して……)
メガネ(東大に受かる!!!)ブオッ
メキャアッ!
両者の拳がぶつかり合った。
生徒会長「!」ベキボキバキ…
生徒会長(私の拳が……!)
生徒会長(“諸無”が真正面から、しかも同じ拳で破られるなど、初めてだ!
なんという漢!)
砕かれた拳に気を取られた生徒会長に──
ガゴンッ!
ダメ押しの左フックがクリーンヒット。
生徒会長「ぶぉっ……!」
生徒会長(みごとだ、メガネ君……! 君たちならばきっと東大に──!)グラァッ…
ドサァッ!
メガネ、センター試験100人抜き達成。
メガネ「生徒会長ッ!」ダダッ
生徒会長「いい試合ができた……ありがとう……」
メガネ「こちらこそ、ありがとうございました!
ボク、あなたには何度お礼をいっても足りま──」
アナウンス『100人抜き達成です。おめでとうございます』
アナウンス『試験終了後の試験官と受験生の会話は禁じられています。
すみやかに退出して下さい』
メガネ(せっかく久しぶりに会えたのに……!)
生徒会長「メガネ君、時間がない。最後にこの技だけでも授けておこう」ボソッ
生徒会長「今から私がやる呼吸を、覚えておいてくれ……」ボソッ
メガネ「!」
試験が終わり──
メガネ「やぁ……二人とも。どうだった?」
学生「バッチリだ! 試験開始15分で100人抜きしてやったぜ!」
女子「私も100人抜きできたよ!」
学生「メガネこそどうだったんだよ?」
メガネ「うん……」
メガネ「100人目が生徒会長だったんだ。
家業を継いで働いてるっていうのに、前よりもずっと強くなってたよ」
学生「な……マジか!? で、勝ったのか!?」
メガネ「うん……苦戦したけど、なんとかね」
学生「そっか……」
女子「生徒会長もきっと喜んでるよ!」
メガネ「うん……! 残るは二次試験だけだ!」
二次試験までの一ヶ月、メガネは徹底的に己を鍛え直した。
メガネ(東大の二次試験は至ってシンプル)
メガネ(すなわち主要五科目との勝負!)
メガネ(これまでの鍛錬の全てが試される、
生徒会長ですら突破できなかった最後にして最大の難関!)
メガネ(ゆえにボクも全てを出し切るッ!)
ゴオォォォォォ……
メガネの10メートル前で激しく燃えるキャンプファイヤー。
メガネ「はぁっ!」
ビュバァッ!
メガネの突きの風圧で、キャンプファイヤーの炎は跡形もなく消し飛んだ。
メガネ「──よしっ!」
そしてついに最大の試練、二次試験当日となった。
父「結果はともかく、悔いのないようにな」
母「頑張ってね、メガネちゃん!」
メガネ「行ってきます!」
待ち合わせ場所で、二人と合流する。
学生「いよいよだな……」
女子「絶対合格しようね!」
メガネ「うん!」
いざ、東京大学へ──!
東京大学──
試験監督「ようこそみなさん!」
試験監督「さて試験の方法ですが、基本的にはセンター試験と同じです」
試験監督「一人一人違う部屋に入ってもらい、そこで五教科と戦っていただきます」
試験監督「五教科全てに打ち勝てば、晴れて合格となります」
試験監督「では皆さん、受験番号に従って各自の部屋にお入り下さい」
メガネ(ついに……始まる……!)
試験場に入るメガネ。
メガネ(人だ……!)
国語「待っていたぞ、若き受験生よ」
国語「この部屋は核シェルターより頑丈だから、存分に暴れてもらってかまわない」
メガネ(いや、なんだこの気配は……?)
メガネ(人の形をしているが──人間じゃない!
……というか生物でもなければ、機械でもない!)
メガネ(教科や科目というものに宿るパワーが人型に具現化されたような……
なんとも説明しにくいけど、とにかくそういう存在なんだ!)
国語「なかなか聡明な学生だな、正解だよ」
メガネ「!」
国語「私は国語の化身ともいうべき戦士……さあ試験を始めよう!」スッ
メガネ「お願いしますっ!」ザッ
【VS国語】
開始早々、国語の猛ラッシュ。
ズガァッ! ドゴォッ! ベキィッ!
洗練された文学的な打撃が、メガネを打ちのめす。
ズドォッ!
メガネ(お、重いッ……!)
メキィッ!
メガネ(単純な打撃だというのに、肉や内臓にまでズンズン響いてくる……!
まるですばらしい小説を読破した時のように……。
気を抜くと一瞬で意識を持っていかれるだろう!)
メガネ(でも、ボクだって三年間必死に鍛えてきたんだ!)ブオンッ
メガネが国語の死角となる位置からアッパーを繰り出す──
スカッ
──かわされた。
メガネ(……あれ!?)
国語「ふっ」
メガネ(今のはまちがいなく当たるタイミングだったハズだ……なぜ!?)
国語「今の君の心情を50字以内で解答してみせようか」
メガネ「!?」
国語「“相手の連打のスキを突いて、完璧なタイミングで放ったアッパーカットが
どうしてかわされてしまったのだろう”」
国語「──ってところか」
メガネ「な、なんで分かったんです!?」
国語「オイオイ、試験問題に正解を聞く奴があるか?」
メガネ「くっ!」バッ
一度間合いを空けようとするメガネだったが、即座に間合いを詰められてしまう。
ドズゥッ!
メガネ「ぐぼっ!」
ボディブローがメガネの腹にめり込んだ。
メガネ(ま、まただ……! 動きを読まれた……!)
国語「今のろくに活字も読まないような軟弱な学生では、
この国語の力を破ることはかなわないよ」
メガネ(国語の力……!?)ハッ
メガネ「そ、そうか……分かったぞ!」
メガネ「あなたにはボクが思っていることが分かるんだ!」
メガネ「例えるなら──文章から登場人物の心情や、
筆者の伝えたいことを読み取るように……。これが国語の能力なんだ!」
国語「正解」ニィッ
国語「だが、あいにくこれは君の武力を測定する試験だ。
私を倒せなければ、合格にはならないぞ」
再び国語のラッシュ。
メキィッ! ズドンッ! ドゴォッ!
メガネの動きは完全に読まれており、打撃をなすすべなく喰らってしまう。
メガネ「く、くそ……!」
メガネ(国語を倒すには……彼の予測を超えた動きをしなければならない!)
メガネ(動きを読まれていること以外、ボクと彼にさほど差はない。
あとほんの少しでもいいから速く動ければ……!)
メガネ(しかし、そんなことできるハズが──)
メガネ(いや、あるじゃないか!)
メガネ(あの人が伝授してくれたあの技を使えば──!)
メガネは呼吸を整え──
メガネ「“暑気”ッ!」コォォ…
生徒会拳の一つである『暑気』を発動させる。
これにより、メガネの身体能力は今の倍以上に高まった。
国語「もちろん、そう来ることも読めていた」
国語「だが、呼吸による身体能力上昇など、大したものでは──」
ドグォッ!
メガネの右ストレートが国語の顎を打ち抜いた。
国語「!?」ガクッ
(み、見えなかっ──!)
メガネ「ボクはこの技しか使えないけど……。
生徒会拳、そして生徒会長を甘く見ないで下さい」
メガネ「あの人は東大に受かる実力だってあったんです」
国語「な、なるほど……」ヨロッ
国語「どうやら……君には読み解く力だけでは対抗できないらしい。
ならば次は古文の力を披露してやろう」
国語「昔」
国語「男」
国語「あり」
国語「──蹴りッ!」
ドゴォッ!
国語の回し蹴り。
メガネのガードに使った右腕をシビれさせるほどの威力だった。
メガネ「ぐっ……!」ビリビリ…
(昔、男ありけり──伊勢物語か!)
国語「伊勢物語は作者不詳とされているが──
作者が蹴り技の達人だったというのは、文学者の間では常識だ」
国語「さらにこれに、漢文の力を加えると──こうなるッ!」
国語「レ点蹴りッ!」
国語はメガネに背を向け、片仮名の「レ」を描くように足を蹴り上げた。
ズドォォンッ!
強烈な衝撃が、メガネの腹を突き上げる。
メガネ「がっ……」
メガネ「ゲボォ……ッ!」ビチャビチャ
<レ点蹴り>
http://s2.gazo.cc/up/s2_10454.png
国語「この蹴りで、受験生の大半が内臓破裂を起こすが──嘔吐だけか。
褒めておいてやろう」
メガネ「ぐっ……!」ハァハァ
(レ点のように内臓をひっくり返すような蹴りだった……!
あと四教科もあるのに、これ以上のダメージはマズイ!)
メガネ(でも一度まともに喰らったおかげで分かった……あの技の弱点が!)
国語「レ点蹴りッ!」ブオンッ
メガネ(今だっ!)
ガッ!
メガネは蹴りに蹴り足をぶつけ、レ点蹴りの形が「レ」になる前に食い止めた。
国語(しまった……この技が最高威力となるのは「レ」の時!
その前に止められてしまうと、凡庸なキックに過ぎない!)
メガネ「──つああっ!」
ドガガガガッ!
国語「ぐはっ……!」ヨロッ
国語(まさか古文と漢文の複合奥義を破られるとは……ッ!)
国語(なら再びコイツの心情を読み取ってやる! 10文字以内で!)
メガネ(絶対にあなたに勝つ!)
国語「“絶対にあなたに勝つ!”」
ドゴォッ!
勝利への執念がこもった、アッパーカットが決まった。
国語「ぐごぁ……っ!」
国語(ふっ……心情を読み取るまでも……なかったか……)ドサァッ
一教科に勝利すると、10分間の休憩が与えられる。
メガネ(強敵だった……!)
メガネ(とてもペース配分とか、技の温存とかいってられないぞ。
一教科一教科全力で挑まなければ、一瞬でやられてしまう!)
メガネ(この10分間で呼吸を整え、少しでもダメージを回復しなければ!)
すると──
数学「やぁ、こんにちは」ニコッ
メガネ「こ、こんにちは……」
数学「ぼくは数学の化身さ。さっそくお手合わせ願おうか」
メガネ(国語とちがって、ずいぶん物腰が柔らかいな)
「よろしくお願いしますっ!」
【VS数学】
数学「数とは力……」ギロッ
メガネ(気配が変わった!)
数学「数が多いほど長く、数が多いほど重く、数が多いほど速い。
数字の大小は、そのまま優劣に直結する」
数学「兵力、財力、権力……世の支配者はいつだって数を制してきた」
数学「格闘技も同じこと」
数学「数が多い方が──勝つッ!」ダンッ
数学が繰り出してきたのは、機関銃のような拳の連打。
ズドドドドドドドドドドッ!
メガネ(な、なんて連打だ! ガードを固めるだけで精一杯だ!)
ズドドドドドドドドドドッ!
メガネ(でもどんな連打だって、必ずどこかで止まるハズ!)
ズドドドドドドドドドドッ!
メガネ(と、止まらないっ!?)
メガネ(この連打、止まる気配が全くない!)
ズドドドドドドドドドドッ!
メガネ(このままじゃガードに使ってる両腕を壊される……!)
ズドドドドドドドドドドッ!
メガネ(かといってガードを解けば、一気に連打を浴びて終わりだ)
ズドドドドドドドドドドッ!
数学「あいにくぼくのスタミナは∞(インフィニティ)……」
数学「圧倒的な連打の前では、どんな技も工夫も無意味だッ!」
メガネ(なにかないか……考えるんだっ! この膨大な数に対抗する手段を!)
すると──
数学「むっ!?」
メガネ(なにも──しないッ!)
ブンブンブンブンブンッ!
数学の高速連打が、メガネにかすりもしなくなった。
数学(コイツ、ガードを解いて力を抜き、最小限の動きで
ぼくの連打をかわしている!)
数学(いかな巨大な数をも無と化す“ゼロの理”を見出したか!)
数学(だが……“ゼロ”では負けることはないが勝つこともできないんだよ)
数学(ぼくが連打を止めない以上、君に打つ手は──)
ドゴォンッ!
強烈な一撃だった。
連打をものともしないメガネの右ストレートが、数学を壁まで吹き飛ばした。
数学「ぐお……っ!」ガフッ
メガネ「ボクには、あなたのような連打をするスタミナも技術もありません」
メガネ「ならば連打を無に帰す“ゼロ”と“一撃”で対抗するまでです。
これこそ──“0”と“1”の二進拳法!」
数学「二進拳法、か」
数学「単純な手数で押し切れる相手ではないらしい……。
ぼくもさらなる数学力で相手をする必要があるようだ」スッ
パシッ
メガネ(しまっ、腕を取られ──)
数学の崩しで、メガネの体は一気に引き込まれ──
ガシィッ!
数学の両脚によって、メガネの右腕と首が締め上げられる。
ギュウウ……
メガネ(こ、これは三角絞め! ここに来て寝技とは……!)
数学「ただの三角絞めじゃないよ。ぼくの脚をようく見てごらん」ギュウウ…
メガネ「う、ぐ……!」
メガネ「直角三角形!?」
数学「つまりこれは……“三平方の定理”を利用した三角絞めだ!」ギュウウ…
数学「直角三角絞めは、三平方の定理によって
普通の三角絞めよりも遥かに強力な技となる」ギュウウ……
数学「このまま失神(オチ)てもらうよ、受験生君」ギュウウ…
メガネ「ぐぅぅぅっ……!」
(なんて絞めつけだ……とてもハネのけられる気がしない!)
メガネ(ま、まずい……意識が……)グラッ…
メガネ「うっ、うおあああああっ!」グオッ
メガネは絞められたまま、数学の体を持ち上げた。
数学「なにっ! こ、これは──」
メガネ「だりゃあっ!」
ドゴンッ!
数学の後頭部を床に叩きつけた。
数学「ぐああっ……!」ゴロゴロ
(まさか、円弧パワーボムで返してくるとは……!)
<円弧パワーボム>
完璧な円弧の軌道を描くパワーボム
通常のパワーボムの3.14倍の威力を誇る。
http://viploader.net/jiko/src/vljiko086107.png
数学「手数も、絞め技も通用しない、か」
数学「なら出し惜しみはせず、最高の技を披露するしかないね」
数学「“証明”してあげよう」
数学「君はぼくに絶対に勝てない、と」
メガネ(証明……!?)
数学「俺は君よりパワーがあり、スピードもあり、リーチもある」メキメキ…
数学「技術も経験も上だし、技の数も圧倒的に勝っている」メキメキ…
数学「精神力もタフネスもスタミナも上だ!」メキメキ…
メガネ(言葉を発するたびに、数学の体がどんどん変化していく……!)
メキメキメキメキ……
数学『ゆえに、君はぼくに絶対に勝てない』
数学『Q・E・D(証明終了)』シュウウ…
ズドンッ!
数学のジャブが、メガネの顔面を打ち抜いた。
メガネ(ジャ、ジャブでこの威力……!)ヨロッ
メガネ「くっ、負けるかっ!」
ガガガッ! ドガッ! バシィッ!
メガネも必死に抵抗するが、数学にはまるで通じない。
数学「無駄だ、無駄だ、無駄だ、無駄だ、無駄だ!
今、ぼくは君の持つ全ての数字を上回っている!」
数学「この証明は絶対に覆せないッ!」
ドボォッ!
メガネ「げああ……っ!」ゲボッ
数学「──さてと、トドメはこれだ」スッ
メガネ(ルートの構え……ッ!)
数学「この構えから放たれる最速の突き“瞳殺(ヒトミゴロ)”で、
君の眼球をえぐり取るッ!」
シュバァッ!
ガキンッ!
数学「……ん? 突きが眼球に届く前に、止まった!?」
数学(こ、これは眼鏡……!?)
メガネ「……証明し忘れたようですね、ボクは眼鏡をかけていることを!
そして……わずかでも手順を誤った証明は──崩壊する!」
数学「!」
数学(ま、まずい……! “証明”はどんな敵の上をもゆく奥義だが、
ひとたび証明を破られると全てを失う!)
シュオオオオオ……
数学の進化した肉体が、急速に衰えていく。
数学「ぼ、ぼくの体が……! うおおおおぉぉぉぉ……!」シュオオオ…
メガネ「これでトドメですッ!」グイッ
メガネは数学を持ち上げると、再び“円弧パワーボム”にて叩きつけた。
ズガァンッ!
数学「が……は……っ!」ガクッ
数学に勝利し、10分間の休憩タイム。
メガネ(眼鏡をかけていなければ、負けていたかもしれないな……)
メガネ(いや、眼鏡を含めてボクであり、ボクの実力なんだ!
弱気になっちゃいけない!)
メガネ(さて次の相手は──)
理科「やぁ!」ススス…
メガネ「うわっ!?」
理科「理科ちゃんと勉強してるかい?」
メガネ「してますけど……」
理科「えぇ~っ!? リカちゃんと勉強してるのかい!?
こいつァ驚きだね、ハッハッハッハッハ!」
メガネ(次の相手は理科か……)
理科「ハッハッハッハッハ!」
メガネ(いかにも理系って感じの堅苦しい性格かと思ってたけど、全然ちがうな)
理科「ハッハッハッハッハ!」
メガネ(……そろそろ笑うのやめてくれないかな)
【VS理科】
理科「ハッハッハッハッハ、あ~おかしい……。さぁ~て試験を始め──」
バキィッ!
メガネの蹴りが、理科の顔面を打つ。
理科「──ぐへっ! いやぁ~無粋な男だねえ、いきなり蹴るなんて」
メガネ「休憩時間は終わったのに、いつまでも笑ってる方が悪いんですよ」
理科「おっしゃるとおり。じゃ、ここからは少しマジになろっかな」ザッ
理科「さて、この四方を白い壁に囲まれ、だだっ広いだけの殺風景な部屋。
東西南北が分かるか~い?」
メガネ「いえ……分かりません」
理科「なるほど……」
理科「つまり君はシロートだってことだ!」ダダダッ
理科は西側の壁を使い、高く飛び上がると──
理科「空中殺法“西高東低”!!!」
ドゴォッ!
東側にいるメガネに、カカト落としを叩き込んだ。
メガネ「ぐぅ……っ!」ガクッ
理科「ほら、もう一回行っくぞ~!」ダッ
メガネ(たしかに強力な技だ……でもこの技を破るのはたやすい!)
メガネ「ボクも西側に行けばいいんだ!」ダッ
理科(バ~カ)
理科「“西高東低”は単なる前座技……君を西(こっち)に走らせるためのね!
──“偏西風ラリアット”!」
ゴキャアッ!
理科のラリアットが、メガネの首をカウンター気味に直撃した。
メガネ「ぐは……っ!」ヨロッ
理科「ほぉ~う、丈夫じゃないか。頚骨をイカせるつもりだったんだけどねえ」
メガネ「あんなラリアット、何発だって耐えてみせる!」ゲホッ
理科「ハハハ、いいだろう! だったら俺もいきなり本気(マジ)になっちゃうよ!」
理科「水素拳」
スパパパァンッ!
メガネ「……ぐっ!(軽いパンチだが、当たりどころが的確だ!)」
理科「ヘリウム拳」
ガッ!
メガネ(ノドに一撃もらった……!)
「ぐ……声がガラガラになった……!」
理科「リチウム拳」
ズドォッ!
メガネ(ガードした腕に、電池の形をしたアザが……ッ!)
メガネ「こ、これはまさか……! 元素周期表……!」
理科「ご名答~」
理科「これぞ、理科最大の奥義“元素拳”!!!」
理科「118種の拳、全て受けるまで、果たして立っていられるかなァ~?」
メガネ(118!? じょ、冗談じゃない!)
理科「かつて勇敢なる水兵、リーベ氏が開発したといわれる元素拳……。
彼の死後も次から次へと新しい型が生み出され、今やその数は118!」
理科「水素、ヘリウム、リチウムと喰らわせたから、残りは115種!
さあお楽しみはこれからさ!」
メガネ「くっ!」サッ
理科「ベリリウム拳!」
ベリリィッ!
メガネの背中の皮が剥がされる。
メガネ「うぎゃあああっ!」
理科「ホウ素拳!」ニュルッ
メガネ(スライムのようにまとわりついてきた!)
理科「炭素拳!」
ドゴォッ!
ダイヤモンドのように固められた拳が、メガネの鼻を直撃する。
メガネ「ぶげぇっ……!」ガクッ
理科「窒素拳!」ズドッ
右肺を打撃し、呼吸をしづらくする。
理科「酸素拳!」バキィッ
左肺を打撃し、窒素拳と合わせ呼吸困難に陥らせる。
理科「フッ素拳!」バキャアッ
歯を直接狙うパンチ。
理科「ネオン拳!」バシィッ
目の周囲を打ち、眩しさで目がくらんだような状態にする。
理科「ナトリウム拳!」パサッ
自らの汗から抽出した塩を相手の口に叩き込み、塩分過剰摂取を狙う。
メガネ「が、がは……っ!」ガクガク…
理科「おいお~い、まだ118のうちたった11種だぞ?
せめて半分くらいは持ってくれないと、張り合いがないじゃないか~!」
理科「さぁ~てお次は、と」
理科「マグネシウ──」
ズボッ!
メガネの左手中指が、理科の耳に突き刺さっていた。
理科「うぎゃああああっ!?」
メガネ「やっと突くことができました。
元素と元素の間にある、わずかなスキをね……」
メガネ「元素拳はおそらく118種の型全てが、発動したら必中確定の秘拳」
メガネ「──であるがゆえに、破るには元素を切り替える一瞬のスキを
突くしかない……」
理科「ぐぅ……よくもっ!」
メガネ「理科の化身であるあなたは、ボクが最も得意とするこの技で倒す!」
左手親指が、ノドを突く。
ドズゥッ!
理科「ぐ……おぉ……ッ!」
ドザァッ!
メガネ「理科の基本にして高等技術“フレミングの法則”……これで決着です!」
ガシッ!
メガネ(ボクの左腕を!?)
理科「…………」ニタァ…
理科「油断、したね……?」
理科「支点、力点……作用点……!」グイッ
ボキィッ!
メガネ「グアアッ!」
理科「関節技は、てこの原理……これで、もう……左腕は使え……ない……」ドサッ…
メガネ(しまった……! フレミングの法則をクリーンヒットさせた嬉しさで、
構えを解いてしまっていた……!)
力なくぶら下がるメガネの左腕。
メガネ「せめて休憩時間の10分で、体力だけでも回復させないと……!」
「ガッハッハッハッハ! 休憩時間など、与えると思うか!?」ザンッ
【VS社会】
メガネ「な!?」
社会「ワシは社会の化身!」
社会「地理は地球環境の闘争の歴史! 日本史と世界史は人間の闘争の歴史!
──すなわち!」
社会「闘争能力……武力がモノをいう東京大学入試五教科の中で、
最強はこのワシだということだッ!!!」
社会「勉学の分野では社会科目はほぼ暗記科目といってよい。
ならばワシも我が力をキサマの脳髄にまで叩き込み──」
社会「再起不能にしてくれるッ!」ズンズン
メガネ「ま、待って下さい! 休憩時間は受験生の権利──」
社会「戦争に待ったなどないわッ!」ブウンッ
バキィッ!
社会の右ストレートが、メガネの体を吹っ飛ばす。
メガネ「ぐはぁっ!(なんて威力……パワーは今までで一番か!)」
社会「プレートテクニクス・タックルゥッ!!!」
ドゴォォンッ!
<プレートテクニクス・タックル>
大地のプレートの力を利用し、放たれる最強のタックル。
http://viploader.net/jiko/src/vljiko086115.png
メガネ「あ、ぐぁ……っ!」ドサッ
社会「力尽きたからといって、戦争は終わらんぞ!」
社会「むしろ終わってからが本番! 敗れ去ったウジムシを、
破壊、略奪、植民地化、不平等条約、賠償金請求……。
あの手この手で蹂躙せねばならんからなァッ! ガッハッハッハッ!」
社会「ほれ、踏み絵だッ!」
ドゴォッ! グシャアッ! メキィッ! ゴキャッ! ガゴォッ!
何度も何度も、執拗にメガネを踏みつける社会。
ガシッ……!
社会「ぬっ!?」
メガネ「うわぁぁぁっ!」グイッ
ドザァッ!
メガネの執念。足首を掴み、社会を転倒させる。
社会「ふん、ここまで勝ち抜いてきただけのことはある」
社会「ならばまず、その精神を跡形もなく崩してくれるわッ!」
メガネ(何が来るッ!?)
ペチッ
メガネ「!?」
ペシッ ポスッ ピシッ
社会は明らかに手を抜いている打撃を、メガネに浴びせ始めた。
メガネ(なんだこれは!?)
メガネ(この人にとって、ボクはもうこの程度の相手だってことなのか!?)
メガネ「う……」ガクガク…
メガネ「うわぁぁぁぁぁ~~~~~っ!!!」
社会(狂いおったか……これぞ究極の精神破壊技“カノッサの屈辱”!)
<カノッサの屈辱>
1077年、神聖ローマ帝国皇帝ハインリヒ4世と
ローマ教皇グレゴリウス7世は聖職叙任権をめぐって格闘技の試合を行った。
その試合の最中、優位に立ったグレゴリウス7世はわざと手加減を行い、
ハインリヒ4世を精神的に屈服させた。
メガネ(あああ……ボクの東大受験は終わった……)
メガネ(でもボクは満足してる……)
メガネ(国語、数学、理科と自分と同等以上の相手に三連勝しただけでも、
十分胸を張っていい戦果だ……)
メガネ(みんなは、ボクを褒めてくれるかな……?)
メガネ(みんな……)
学生君……。
女子ちゃん……。
女医さん……。
父さん、母さん……。
生徒会長……。
メガネ(──まだだッ!)
メガネ(こんなことを考える余裕があるってことは、まだ戦えるってことじゃないか!)
メガネ(ボクがこの三年間で学んだことはみんなから褒められることじゃない。
辛いこと苦しいことを、最後まで戦い抜くことだというのに!)
立ち上がるメガネ。
メガネ「ハァ、ハァ、ハァ……」
社会「なんだと!?」
社会(バカな……あれほど完璧に“カノッサの屈辱”の術中にかかったというのに、
自力で立ち直っただと!?)
ガゴォッ!
メガネのアッパーが、社会の顎を打ち上げる。
社会「ぶっ……!」ヨロッ…
メガネ「わざわざ手加減してくれてありがとうございます……。
おかげでわずかですが回復することができました」ニヤッ
社会「…………!」ブチッ
社会「小僧がァッ!」ダッ
ドゴォッ!
激怒した社会の拳をかわし、カウンターを合わせるメガネ。
社会「ぐわぁっ!」
(どうやら小手先の科目技は通用せんようだな……!)
社会「日本史と世界史は戦争の歴史……。
そして戦争を制する者は、常に武器を制した者だった」
社会「石斧から始まり弓矢を開発し、青銅器、鉄器……。
火薬の発明……爆弾や銃の誕生……そして近代兵器への進化!」
社会「ついには大量破壊兵器へと至る!」
社会「だが、いかに核兵器や化学兵器といえど、ある武器の前では玩具でしかない。
その最強の武器とは──」
メガネ(武器とは……?)
社会「拳だッ!」
社会「さあ始めようではないか……人類最古最強の武器による──
殴り合いをなッ!」
メガネ「望むところだッ!」
社会は地理のパワーを生かした踏み込みで、一気にメガネに迫る。
社会「はああああっ!!!」
メガネ「うおおおおっ!!!」
ドゴォッ! バキャアッ! ズドンッ! ズドドドドッ! ガゴォッ!
社会(なんだと!? 右腕一本だけでワシと互角に殴り合うだとォ!?)
実際社会は勉強すれば誰でもできるようになるしな
社会「──ならば!」シュッ
社会の拳──指と指の間から、刃物が飛び出した。
メガネ「!」
社会「ガッハッハ、いっただろう! 社会は“暗器科目”だとなァ!!!」
メキャアッ!
メガネの右ストレートは、社会の拳を隠し刃ごと打ち砕いていた。
社会「な……ッ!?」ボキボキ…
メガネ「社会は暗記科目なんかじゃありませんよ」
メガネ「ただ単語や年号を覚えるだけじゃなんの意味もない……。
地球や人々の歴史、社会の仕組みなどを学び、理解し、生かすこと。
それが社会科目なんです」
メガネ「この勝負、社会を暗記科目と決めつけたあなたの負けです!」
ドゴォッ!
トドメのボディブローが炸裂。
社会「ぐ……まさか……試験であるワシが受験生から教わることになろう、とは……」
(この小僧なら、格闘の新しい歴史を作れる、かも……)
ドサァッ……!
──決着!
10分間の休憩タイム。
メガネ「ハァ、ハァ、ハァ……」
メガネ(もう心も体も……ダメージを負っていないところがない……)
メガネ(だけど、いよいよラスト……!)
メガネ(国語、数学、理科、社会と来たから、最後の敵は外国語──英語だ!)
ザンッ!
英語「ボンジュゥ~ル」
メガネ(ボ、ボンジュール……?)
英語「よくここまで勝ち残ってキタ」
英語「ワタシが最終科目、英語ダヨ」
英語「アルファベットAからZを冠した奥義……。
さらにはリスニングに、長文読解といった技でお相手するヨ」
メガネ「お願いします!」ザッ
【VS英語】
最後の試験が始まった。
英語「まずはA……“AX(斧)”」
ブオンッ! ドゴォッ!
斧で叩き斬るような手刀。
メガネ「ぐっ……!」ビリビリ…
英語「続いてB……“BOMB(爆弾)”」
ズドォッ!
爆薬のような、凄まじい蹴りがヒット。
メガネ「げはぁ……っ!」ガクッ
英語「このリスニング、耐えられるカナ?」ギシギリギリギシ…
凄まじい歯ぎしり音が、メガネの聴覚を狂わせる。
メガネ(く……とんでもない連続攻撃だ!
でも、今までの科目とそう変わるものじゃない! ──絶対勝ってやる!)
英語「…………」
すると、英語は突然攻撃をストップさせた。
英語「茶番はやめヨウ」ス…
メガネ「へ……?」
英語「教科科目を模した技……こんなモノはお遊びでしかナイ」
メガネ「…………!」
英語「君はこう思ったことはナイカ?」
メガネ「?」
英語「無数に存在する英単語の意味の暗記……。
ガチガチに固められた英文法の勉強……。
果たして、これらは本当に意味があるノカ? ……ト」
英語「英語なんて話せればイイジャン、ト」
メガネ「…………」
メガネ「まあ、全く思ったことがない……というとウソになりますけど」
英語「フフフ、だロウ?」
英語「格闘技も同じことダヨ」
英語「礼儀作法を学ビ、美しい型を身にツケ、心身を鍛え上ゲル……。
こんなことはまるで無意味なんダヨ」
英語「ぶっちゃけたハナシ、格闘技なんてのは“殺せればイイ”んだからネ」
メガネ「な……っ!」
英語「君のこれまでの格闘人生、さらにはこれまでの試験──
全否定するようで悪いケド、ここからはもう試合でも試験でもナイ」
英語「殺し合いダ」
英語はいきなり猛スピードでメガネに迫ると、右膝に蹴りを叩き込んだ。
ボキィッ!
メガネ「ぐっ」
メガネ「ぐあああぁっ!?」ドザァッ
さらに、倒れたメガネの目玉に指をねじ込もうとする。
グリグリグリグリ……!
英語「技もモラルも国語も数学も理科も社会も英語もクソもナイ。
ただただ相手を壊し、コロス。これが本当の戦いなんダヨ」
どうにか目をえぐらせずに、立ち上がったメガネ。
英語「やるじゃナイカ」
英語「さあ、君もプライドを捨てタマエ」
英語「コロスつもりで、野獣(ビースト)にならなければ、ワタシには絶対勝てないヨ」
メガネ(この人は本気だ……!)
メガネ(今まで戦った教科は、教科の化身としてのプライドを持ちながら戦っていたが、
この人にはそれがない!)
メガネ(英語とは微塵も関係がない……
ただボクを壊して殺すためだけの技ばかり繰り出している……!)
メガネ(勝てないのか……?)
メガネ(ボクも彼のように、今までの授業や試験なんか無視して、
殺し合いを挑まなければ勝てないのか……!?)
英語「迷ってるヒマはないヨ!!!」
ビュッ!
頸動脈を狙った爪先。
ブオンッ!
股間を打ち上げんとするつま先。
シュバァッ!
目玉をえぐろうとする指先。
礼節や美学など介入する余地もない、なりふり構わぬ急所狙いの連撃。
だが──!
メガネ「ボクは殺し合いはしません!」
英語「なんダト……?」ピクッ
メガネ「ボクがここで獣となってしまったら──ボクはボクでなくなってしまいます」
メガネ「そんなことになるくらいなら、ボクは不合格……いや死を選ぶ!」
メガネ「ボクはあなたの誘惑には乗らずに勝つ!!!」ザンッ
英語「フ……」
英語「フハハハハ……」
英語「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
メガネ「!?」
英語「見事だったヨ」
英語「東大入試最終科目は必ず“誘惑”を行うよう義務付けられていてネ。
もし誘惑に乗った場合、その受験生は問答無用で不合格とする決まりなんダ」
英語「単語や文法を軽視する輩に、キレイな英語は話せっこないシ」
英語「東大生にケモノはいらないからネ」
英語「ただし、まだ東大合格が決まったわけじゃナイ」
英語「ワタシが放つ英語最終奥義──破ることができれば、君は東大生ダ!」ザッ
メガネ「…………」
メガネ「はいっ!」ザッ
英語「あらゆるものを貫くワタシの人差し指──“ディスイズアペン”」
英語「君に受けられるカッ!?」
ギュオッ!
<ディスイズアペン>
http://s2.gazo.cc/up/s2_10457.png
メガネ(もうまともに動く手足は存在しない……だったら!)
「“マイネームイズメガネ”ッ!!!」グンッ
英語の人差し指“ディスイズアペン”に、眼鏡から突っ込むメガネ。
バキャアァッ!!!
眼鏡は砕け散ったが──
メガネの顔面が、英語の人差し指をへし折っていた。
英語「ぐああああ……ッ!」
(まさかワタシの“ディスイズアペン”に顔面から突っ込んでくるなンテ……!)
英語「ヤマトスピリット……見せてもらったヨ……」
英語「ギブアップ、ダ……」
メガネ「や……」
メガネ(やったぁ……)ドザァッ…
合格者控え室──
学生「俺たち含めて今のところ、合格者はたった4人か……」
学生「──にしても、お前ひっでぇツラだな。お岩さんかよ」
女子「ひっどい! そっちこそ、声聞かなきゃ誰だか分からなかったよ!
血だらけだし、前歯なくなってるしさ!」
学生「まあ、もうしばらくお互いブサイクでいないとな。
合格者は東大医学部で治療してもらえるから、それまでの辛抱だ」
女子「ところで、メガネ君はまだ……」
学生「…………」
女子「ウワサじゃ受験教科の実力は、かなりバラツキがあるっていうし……。
もし一番強い五教科と当たってたら、いくらメガネ君でも──」
学生「俺たちでさえ受かったんだ! アイツが落ちるワケねえよ!」
女子「うん……そうよね!」
ガチャッ……
学生&女子(だれだ!?)
メガネ「あっ」
メガネ「よかったぁ~! 二人とも受かってたんだね!?」
メガネ「眼鏡壊れたから全然見えなくて……迷っちゃったよ」
学生&女子「…………」
メガネ「あれ……? どうしたの?」
学生「メガネェ~!!!」ダッ
女子「メガネ君っ!!!」ダッ
メガネに抱きつく二人。
メガネ「わわっ! いだだだだっ!」
学生「お前、眼鏡外したら結構イケメンなんだな~っ! ハハハハハッ!」
女子「よかったぁ~! ホントによかったぁ~!」グスッ
メガネ「ありがとう……二人とも」
こうして、メガネたち三人の東大入試は終わりを告げた。
メガネの家──
母「受かったの!?」
母「おめでとう! よかったわぁ~、さすがメガネちゃんね!」
父「よくやったな」
父「それにしても、今は試験を受けた当日に合否が分かるのか。
大学受験も俺の頃とはずいぶん変わったもんだ」
保健室──
女医「まさかアナタが東大生になるなんてね……。
よく頑張ったわね……ご褒美にたっぷりマッサージしてあげるわね」ウフフッ
生徒会長の自宅──
生徒会長「驚きはしないさ」
生徒会長「君たち三人なら絶対に合格できると思っていたからね。
私の目に狂いはなかったということだ」
生徒会長「おめでとう!」
卒業式──
『卒業生代表の言葉!』
メガネ「はいっ!!!」ザッ
学生「緊張してるな……」ボソッ
女子「そりゃそうだよ」ボソッ
メガネ「コホン」
メガネ「ボクは……おそらくこの学校の授業でもっとも死にかけた人間だと思います」
クスクス…… ハハハ……
メガネ「いったい何度くじけそうになったか分かりません」
メガネ「しかし、そのたびに頼もしい仲間たちがボクを励ましてくれ、
ボクは今、こうして卒業式を迎えています」
メガネ「ボクはボクに体力と技を授けてくれたこの学校と先生たちに、
心から感謝しています」
メガネ「そして身につけた体力と技を正しく使うための心を──
これから先の長い人生で磨き上げていきたいと思います」
メガネ「卒業生代表、メガネ」
パチパチパチパチパチ…… ワアァァァァァ……!
………
……
…
東京大学──
学生「この赤門をくぐりゃあ……俺たちも本当に東大生ってわけか」
女子「うん、ホント夢みたい」
学生「──にしてもメガネ、お前結局コンタクトにしなかったんだな」
メガネ「やっぱり眼鏡の方がボクらしいかな、と思ってね」
女子「ハハハ、そうかも! その方がメガネ君らしいよ!」
学生「まぁな」
メガネ「……さて行こうか。心技体を鍛えるキャンパスライフの始まりだ!」
学生「おう!」
女子「うん!」
受験は通過点であって、ゴールではない。
若者たちの長く険しい格闘道は、まだ始まったばかりである……!
~おわり~
この物語はフィクションです。
実在の東京大学とは一切関係ありません。
Aラン(attack)
Bラン(battle)
Cラン(Combat)
Dラン(Destroy)
Eラン(Exterminate)
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