裁判長「これより裁判を開始するッ! 両選手入場ォッ!」 (208)

日本には、最高裁判所と双璧を成す、最上級の裁判所があることをご存じだろうか。

その名も──“最強裁判所”

この日、最強裁判所の法廷には、大勢の傍聴人が詰めかけていた。

その数なんと──1万人!

ワアァァァァァ……! ワアァァァァァ……!

「やれー!」 「殺せー!」 「早く始めろォッ!」

裁判長「黙れェェェェェイッ!」

ドゴンッ!!!

裁判長が真っ赤な木槌を振り落としたことで、震度2の地震が発生した。

シ~ン……

裁判長「これより裁判を開始するッ! 両選手入場ォッ!」

弁護士サイド──

実況『さぁ、いよいよ選手入場です!』

実況『弁護コーナーより入場するのは──』

実況『185cm、92kg!』

実況『弁護士だァ~~~~~ッ!』

ワアァァァァァ……!

弁護士「俺は被告人を弁護(まも)りきってみせるッッッ!」

ザンッ……!

検察サイド──

実況『対しまして、こちらは検察コーナー!』

実況『オオオッ! 現れました!』

実況『“たとえ万引き犯でも死刑にしてみせる”と豪語する!』

実況『192cm、100kg!』

実況『検事だァ~~~~~ッ!』

ワアァァァァァ……!

検事「起訴したからには……必ず死刑にしてやる」

ザンッ……!

実況『両選手、法廷のど真ん中で睨み合っていますッッッ!』

実況『早くもここで始まってしまうのかァ~~~~~!?』

弁護士「アンタ──」

弁護士「今まで全ての被告を死刑にしてきたらしいが……」

弁護士「悪いが、その記録は今日でストップだ!」

弁護士「だって、俺の依頼人は絶対に殺人などやってないんだからな!」

検事「ほざけ……」

検事「今日は被告だけでなくキサマも死刑にしてやるから、覚悟するんだな」ギロッ

弁護士「……やってみろ!」

実況『凄まじい睨み合い! これは今日の裁判も血の雨が降りそうだ!』

実況『さあ両選手、席につきました! いよいよ裁判の開始です!』

裁判長「では、検事よ……起訴状を読み上げいッッッ!」

検事「御意」ガタッ

検事「被告人は○月×日、被害者宅で被害者を殴り殺した」

検事「よって死刑にすべきである」

検事「今日中に……むろん、この手で」

検事「以上」

裁判長「もう終わりかいッッッ! 凄まじいスピードッッッ!」

弁護士「なんて無駄のない起訴状だ……!」

裁判長「よし……続いては被告と弁護士」

裁判長「いいたいことがあったら、いってみろッ! 聞いてやるッッッ!」

被告人「はいっ……!」

被告人「ボクは……やってません!」

ブー……! ブー……! ブー……! ブー……!

「ふざけんなッ!」 「この人殺しがァ!」 「自殺しろッ!」

「切腹だァ!」 「いやリストカットだろ!」 「飛び降りろォ!」

実況『凄まじいブーイングです! まるで裁判所が豚小屋になったかのようだ!』

裁判長「弁護人ッ! なんかしゃべれッ!」

弁護士「俺は依頼人を弁護(まも)る! ──以上ッ!」

ブー……! ブー……! ブー……! ブー……!

裁判長「──だそうだがッ!?」

検事「ふん……浅はかだ」

検事「なら被告人、事件当日はどこにいたんだ……?」

被告人「…………」

被告人「も、黙秘します」

弁護士「!」

実況『おっとォ! ここで被告人、黙秘だァ! サイレンスッッッ!』

実況『沈黙は金といいますが、今この場ではあまり正しい選択とはいえないような──』

ブー……! ブー……! ブー……! ブー……!

「なんでいえねえんだよォ!」 「ざけんなッ!」 「白状しやがれ!」

被告人「…………」

検事「もはや勝負は決まったようなものだが……」

検事「ここで証人に出てきてもらおう」

弁護士「証人だとッ!?」

検事「事件当日、被害者宅にて被害者を殴った被告人を見たという人間をな」

弁護士「なんだとォ!?」

裁判長「証人、入場ォォォ!」

ドゴンッ!!!

実況『テーマ曲とともに、証人が入場して参りましたァ!』

ワアァァァァァ……!

裁判長「では、証人ッッッ!」

裁判長「なにを見たのか、述べてみよッ! 耳かっぽじって聞いてやるッッッ!」

証人「私は……被告人が被害者を殴り殺すところを見たよ!」

ザワザワ…… ドヨドヨ……!

裁判長「間違いないか!?」

証人「ん~……多分」

弁護士「くっ……決定的な証人だ……」

弁護士「もはや……これまでか……!」ガクッ

実況『弁護士、膝をついたッ! これは効いているッ! 早くも決着かァ!?』

弁護士(──ならば、隠滅するしかない!)キッ

弁護士「裁判長、証拠隠滅タイムを要求しますッ!」バッ

裁判長「認めるッッッ!」



証拠隠滅タイムとは──!?

裁判で自分にとっての不利になった証人や証拠が出た場合、

証拠隠滅タイムを申し出ることができる。

時間は一分間。

一分以内に証人の殺害、もしくは証拠の破壊に成功すれば、

それらの証人や証拠は初めからなかったことになる。



検事(バカめ……罠にかかったな)

裁判長「証拠隠滅タイム……開始ィッ!」

実況『制限時間は一分! 弁護士、証人の息の根を止め、口を封じられるかッ!?』



弁護士「つおりゃッ!」

ベシィッ!

証人「ぐっ……!」ヨロッ…

実況『痛烈なローキックがヒットォッ!』



検事(ほう、いい蹴りだ……。しかし、キサマはすでに罠にかかっているのだ)

証人「でりゃあああああっ!」

ガガガガガッ!

弁護士「この程度の打撃では、俺の弁護(ぼうぎょ)は崩せはしないッ!」

ガキィッ!

実況『左ハイ炸裂ゥ~~~~~ッ!』

証人「うぐっ……」ガクン

実況『証人が膝をついた! まだ残り時間は30秒あるッ!』

弁護士(このまま一気に寝技に持ち込んで、ギロチンチョークで首をヘシ折る!)

バッ!

弁護士「…………」モミッ…

証人「あんっ……」

弁護士「ん?」

弁護士「…………!」

弁護士「ま、まさか……まさかアンタ──女か!?」

証人「うん……そうだよ」

弁護士(まずい……ッ!)

弁護士(証拠隠滅タイムで許されているのは、あくまで相手への攻撃のみ)

弁護士(これは強制わいせつ罪になってしまう……)

弁護士(6ヶ月以上10年以下の懲役……避けねばならんッ!)

弁護士(やむをえんッッッ!)

弁護士「結婚しよう」ギュッ…

証人「……はい」ポッ…

実況『おっと弁護士、結婚だァッ!』

実況『弁護士、強制わいせつ罪を責任を取ることで回避いたしましたァ!』

「おめでとうッ!」 「ヒューッ!」 「新婚旅行はハワイだ!」



検事(強制わいせつ罪を回避するとは……やるな、弁護士)

検事(少々甘く見ていたようだ)

検事(だが、証人は生きている……。つまり証言も生きているということだ)

実況『しかし、証拠隠滅は失敗しましたので、証人の証言は残りますッ!』

実況『このままいけば、被告人と弁護士の死刑は決定的だァ!』

弁護士(そのとおり……)

弁護士(事態は全く好転していない……)

弁護士(そのためには、依頼人である被告人に、しゃべってもらわなきゃならない!)

弁護士(なんとか……被告人にアリバイを証言させなければ!)



依頼人を弁護(まも)るために──

裁判長「結婚おめでとう、弁護士ッ! 御祝儀は一万円で勘弁してくれいッッッ!」

裁判長「しかし、まだ裁判は終わっておらんッ! どうする!?」

裁判長「この絶体絶命の状況を逆転する妙案が、君にはあるのかね!?」

裁判長「あるのか!? ないのか!? どうなんだよッッッ!」

検事(あるわけがない……)

弁護士「被告人ッ! しゃべってくれえッ!」

弁護士「事件当日、何をしていたのかを!」

被告人「も、黙秘……」

弁護士「しゃべらないというのなら──」

弁護士「この六法全書で殴り殺すッ!」ブンッ

ボゴォッ!

被告人「ごはっ!」

実況『弁護士、被告人を守るため、被告人を六法全書で殴ったァ!』



六法全書とは──武器……否、兵器である。

たとえ素人でも、六法全書の角を正確に急所へとヒットさせたなら──

鍛え抜かれた格闘家をも一撃で絶命しうるといわれている。

ちなみに六法とは「拳法」「蹴法」「柔法」「掌法」「走法」「殺法」をさす。



被告人「は、話しますッ! ですから命だけはお許しをッ!」

弁護士「許すッ!」

実況『被告人、六法全書の力に屈しましたァ~~~~~! これが法治国家だッッッ!』

被告人「実は……当日はアメリカにいました」

検事「!?」

裁判長「アメリカでなにをやっておったのだッ!?」

被告人「自由の女神を……してました」ボソッ

裁判長「なにをしておったのだッ!? もっとハキハキしゃべらんかいッッッ!」

被告人「自由の女神をオカズに……マスターベーションしてましたァ!」

ザワッ……

「なんてバカなことを……」 「マジかよ……」 「すげぇ……」

「今の録画したから動画サイトにアップしよ」 「ツイートしよ」 「ブログに書こ」



被告人「だからいうのイヤだったんですよ……」

実況『被告人、後悔している! まさに公開処刑だァ~~~~~!』

被告人(奈良の大仏に続いて二度目ってネットで騒がれちゃう……)

弁護士「──しかし!」

弁護士「これで被告人のアリバイ……すなわち無罪は証明できたはずです!」

裁判長「うむ、たしかにッ!」

検事「まだだ!」

弁護士「悪あがきはやめた方がいい。アンタのキャリアに傷がつくぞ」

検事「被告人が……ワープを使った可能性がある……!」

ザワッ……

「なるほど……」 「ルーラかもしれない」 「いや、テレポかも」

「キメラのつばさ……」 「どこでもドア……」 「瞬間移動……」

ザワザワ……

実況『たしかに! ワープが使えれば、アメリカにいても犯行は可能ですッ!』

弁護士(ぐっ……さすが敏腕検事! たった一言で場の流れを変えた!)

弁護士「しかし、被告人がワープを使える証拠などない!」

検事「しかし、被告人がワープを使えないという証拠もない……」

弁護士「ぐっ……!」

証人「ちょっと待って!」

検事「なんだ?」

証人「ワープが使えないなら、使えない証拠を出せ、なんて」

証人「まるで悪魔がいないのならその証拠を出せ、みたいな話じゃないか!」

証人「そんなに被告人がワープできると主張するのなら」

証人「君がその証拠を出すのが筋ってもんだろう!」

実況『おおっと、ここで弁護士の新妻である証人から、助け舟だァ!』

実況『プロレスにおけるカットを思わせる、ナイスフォローッ! 内助の功ッッッ!』

弁護士「証人……いや、ハニー! ありがとう!」

証人「なぁに、気にしないでよ。夫を助けるのが妻の役目だもの」

検事「…………」

検事「悪魔なら……いるぞ」

証人「え!?」

弁護士「どこにいるんだ!」

検事「ここにいる」

悪魔「ちわっす!」

ワアァァァァァ……!

証人「ウソォ!?」

弁護士「なんてことだ……!」

検事「いないはずの悪魔がいるということは……」

検事「すなわち、被告人はワープできるということだ」

弁護士「た、たしかに……! 理にかなっている……ッ!」

実況『弁護士、完全に口が止まってしまったッ! 万事休すかッッッ!?』

被告人「あ、あの……」

裁判長「どうしたのかね、被告人ッ!」

被告人「ボク……ワープ使えます」

被告人「ちょっと念じるだけで宇宙の果てまで飛べます」

証人「ウソォ!?」

弁護士「なん……だと……!?」

実況『ここで衝撃の事実、発覚ゥ!』

実況『被告人はワープが使えることが分かりましたァッ!』

悪魔「すげぇ、まるで悪魔っす!」

ワアァァァァァ……!

検事「私が立証するまでもなく、本人が自白してくれたな……」

検事「どうやら……勝負は決まったようだな」

弁護士(くそォ……ここまでかッ!?)

裁判長「弁護士ッ!」

弁護士「は、はい!」

裁判長「最期になにか言い残すことはあるか?」

裁判長「なければ、このままおぬしと被告人は死刑、ということになるが……」

証人「あ、ついでに私も死刑にして!」

証人「地獄でも、夫婦で一緒にいたいから!」

弁護士「ありがとう……!」

裁判長「ふむ……ならば三人一緒にあの世に旅立つがよいッッッ!」



「待ったァ!」

裁判長「──むッ!?」

裁判長「なにか用かね、悪魔ッ!」

悪魔「あんなマジメそうな被告人や、愛し合ってる弁護士と証人を死刑にするなんて」

悪魔「アンタ、悪魔っすか!?」

裁判長「たしかに……少しやりすぎたかもしれん」

検事「だが、罪は罪だ……。罪は裁かれねばならん……」

悪魔「だったら……あっしが被告人の無罪を証明するっす!」

検事「ほう……面白い」

実況『ここで悪魔がしゃしゃり出てきたァ! 裁判はどうなってしまうのか!?』



「いいぞー!」 「おもしれェッ!」 「悪魔がんばれ~ッ!」

ワアァァァァァ……!

検事「では……被告人の無罪をどうやって証明するのだ?」

悪魔「簡単っすよ!」

悪魔「被害者を生き返らせて、話を聞けばいいんす!」

オオォ~……!

検事「なるほど……」

裁判長「うむ、それは名案だッ! やってみせいッッッ!」

被告人「それなら真実が分かりますね!」

弁護士「どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだ……!」

証人「仕方ないさ、岡目八目っていうしね」

悪魔「では──」

悪魔「“レエカキイ”!!!」

あの世から戻ってきた被害者が最強裁判所に現れた。

被害者「おや……ここは……? オレは殴られて死んだハズじゃ……?」

悪魔「成功っす!」

検事「病み上がり、どころか死に上がりのところ悪いが、答えてもらおう」

検事「被害者……あなたを殺したのはいったいだれなのか、を」

弁護士「だれなんだ!?」

証人「だれなんだい!?」

悪魔「だれっすか!?」

裁判長「だれなのだッッッ!?」

実況『今、全ての真実が明らかになるッ!』

被害者「分かった……ではこの指で示させてもらう」

被害者「犯人は──お前だッ!」ビシッ

被害者「──裁判長!」

裁判長「なにい!?」

裁判長「なぜワシが、犯人なのだッ!」

被害者「だってオレ、アンタに殴られたし」

裁判長「証拠はあるのかッ!?」

被害者「その右手に持ってる赤い木槌が証拠だよ」

被害者「オレの血がついたままじゃん」

裁判長「!?」

実況『なんということだァ~~~~~!』

実況『裁判長の持っていた赤い木槌は、凶器だったのですッ!』

実況『あまりにも堂々とした証拠隠滅のため、だれも気づけませんでしたッ!』

実況『なんという大胆不敵なトリックだァ~~~~~!』

検事「鑑識君、木槌についた血液の鑑定を頼む」

鑑識「ペロッ……あ~これは、被害者の血ですわ」

裁判長「あわわ……」ガタガタ…

弁護士「裁判長! これはいったいどういうことですか!?」

被告人「そうですよ!」

証人「ひどいじゃないか!」

裁判長「ひっ!」ビクッ

悪魔「アンタは悪魔っす!」

実況『このひとでなし!』

裁判長「ううっ……みんなして……」グスッ…

裁判長「ワシだって……殺すつもりはなかったんだ……」グシュッ…

「なんだこの結末!?」 「逮捕しろォ!」 「凶器処分しとけやァ!」

「言い訳してんじゃねえ!」 「メソメソしやがって!」 「上目遣いすんな!」

ブゥー……! ブゥー……! ブゥー……! ブゥー……!



実況『傍聴席の1万人から大ブーイングだ! ──物を投げないで下さい! いてっ!』

弁護士「ここはひとまず落ちついて、裁判長の話を聞きましょう」

検事「うむ……」

被害者「さあ裁判長……答えてもらおうか。なぜ、オレを殺したんだ!」

裁判長「だってワシが君に『裁判員になってよ!』って頼んだら……」

裁判長「『コミケ行きたいからイヤだ』って断られたから──」

裁判長「ついカッとなってやっちゃったんだァッッッ!!!」



弁護士「それは、殴られても仕方ない」

証人「うん、仕方ないね」

検事「仕方あるまい……」

被告人「仕方ないです」

鑑識「そりゃ~仕方ないですわ」

悪魔「仕方ないっす」

実況『これは仕方ないでしょうッ!』

「仕方ないな」 「仕方ないぞ」 「仕方ないよなァ」
 


被害者「そうか……悪いのはオレだったのか……」

証人「まあせっかく、被害者も生き返ったんだしさ。仲直りしたらどうだい?」

裁判長「うむ……ごめんな。殴ったりして」ガシッ

被害者「いいんだよ、オレも悪かった」ガシッ

パチパチパチパチパチ……!

「いいぞォ~!」 「ステキィ~!」 「かっこいいぜ……二人とも」

和解の抱擁を交わす二人に、傍聴席から涙の雨が降る──



実況『なんとここで犯人と被害者が仲直り!』

実況『まさに奇跡!』

実況『最強裁判所始まって以来の、ハートフルな結末を迎えましたッッッ!』

検事「弁護士……」

弁護士「!」

検事「裁判長と被害者が和解できたのは、まちがいなくお前の力だ……」

弁護士「まぁ……かなり危なかったけどね」

検事「今日のところは完敗だが……次はこうはいかん」

弁護士「こっちこそ!」

弁護士「またいつか……裁判(バトル)しよう!」

検事「うむ……!」

ガシィッ……!

実況『水と油のような二人が、死闘を経て握手ッッッ!』

実況『両者、素晴らしい法廷を見せてくれましたァ!』

悪魔「感動っすねえ……!」ホロリ…

こうして最強裁判所は閉廷した。

そして──

弁護士「さて……帰ろうか、ハニー!」

証人「うん、そうだね!」

弁護士「また二人で……裁判所に来たいね」

証人「え……それはちょっとイヤかなぁ」

弁護士「どうして?」

証人「だって、家庭裁判所で離婚調停なんてしたくないもん……」







                              ~ 最強裁判 完 ~

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