勇者「百年ずっと、待ってたよ」 (826)


関連

幼女「待ちくたびれたぞ勇者」


※後半シリアス

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プロローグ






ザザーン……ザザーン……



子ども「…………」

子ども「すこし風が冷たくなってきたな」


ザッ…ザッ……コツン


子ども「……ん? いまなにか足にあたった……」

子ども「これは……? ビンかな?」

子ども「ふると音がする。なにかはいってるみたいだ」




カチャカチャ……ゴリゴリゴリ


祖父「ふう。やっと今日の分の調合は終わりじゃな」




子ども「おじいちゃーん!」

祖父「ん? これ、そんなに走るな。また転ぶぞ」

子ども「さっき海でなんか拾った!なにこれ?」

祖父「ん……おお。これは。珍しいのぉ」

子ども「なになに?」

祖父「これはの、漂流ビンじゃ。中に手紙がはいっとるんじゃよ」

子ども「だれから?おじいちゃんの知り合い?」

祖父「さあ、わからん。この手紙を書いた者も、だれの手に渡るかはわからんかったろう」

子ども「? じゃあなんのためにこのてがみは書かれたの?」

祖父「遊びみたいなものじゃ。手紙をこうな、ビンにいれて海に流す。
   いつの日か、遠く離れた土地の誰かに読んでもらえることを祈ってな」

子ども「ふーん」

祖父「この手紙をお前が拾ったのもなにかの縁じゃ。どれ、読んでやろうか。眼鏡眼鏡……」

子ども「はい、ここにあるよ。お爺ちゃん」

祖父「ありがとう」




祖父「しかしこりゃあ……随分古い手紙のようじゃのう。触ってごらん、紙がこんなにボロボロになっておる」

子ども「ほんとうだ。わくわくするね!」

祖父「ずいぶん長い間海を漂っておったんじゃな、この手紙は」

子ども「おつかれさまだね」

祖父「もしかしたら字は読めんかもしれん…… む?」

祖父「不思議じゃのお。紙はこんなにボロボロなのに、インクは全然薄くなっとらん」

祖父「えー、どれどれ……差出人は……」









『はじめまして。

海に手紙を流すのも4度目となりました。

この中の2通だけでも同じ人が受け取る確率ってどれくらいだろう?多分すごくすごく少ないですよね。

毎回自己紹介しますが、私は剣士です。勇者といっしょに魔王を倒すための旅をしていました。

していましたという変な言い方をしたのは、もうすぐその旅が終わるからです。

私たちの長く続いた旅もようやく明日で終わりそうです。明日、魔王を倒しに行きます。

ちょっとドキドキです。

でもがんばります。



いまこの手紙を読んでいる君の世界は平和でしょうか。

大事な友達が突然殺されたりするような世界ではないですか。

家族は、故郷は、ただいまと言えるような場所は、ずっとそこにありますか。

未来の世界がそんな風になっているとしたら、私たちは明日の戦いに勝ったのでしょう。

そんな世界にして見せます。絶対に。誰も自分の大切なものを奪わないし、奪われないような平和な世界に。






あの日青空の下、勇者と二人で旅立ってから色々なことがありました。

いま私の目の前に広がる空は、血を零したような緋色に染まっています。

本当の血の色はもっとどす黒いけども。比喩表現です。

旅に出る前漠然と村の外に憧れを抱いていた昔の私はそんなことも知りませんでした。

でも後悔はしていません。私が選んだ道です。

私が勇者を守りたかったからただそうしただけです。


あ。いま勇者は隣でうたたねしています。

海を見ながら真っ白い砂の浜辺でこの手紙を私は書いていたのですが、ぼんやり海面を見つめていた勇者は

ふと気がつくと木にもたれかかりながら目をつぶっていました。

最近夜眠れないことが多いようなので、きっと波の音に眠気を誘われたのでしょう。

勇者の寝顔はちょっと幼く見えます。(気にしてるみたいなので言いませんが)

もう辺りが暗くなってきているからそろそろ起こさないとな。

というわけでこの手紙もここで終わりにしようと思います。


五通目の手紙は、私たちが魔王を倒してから。

それではさようなら。

あなたの毎日がこれからも幸福に満ちたものでありますように。


               愛をこめて    Nina 』






ザザン…… ザザン……



剣士「これでよしっと……」

剣士「えい」


ポチャン


剣士「いつか誰かに届くかなぁ」

勇者「書き終わったの?」

剣士「えっ!? ゆ、勇者起きてたの!?」

勇者「いや、いま起きたんだ」

剣士「なんだ、そっか」

勇者「でもその反応……もしかして僕のこと変な風に書いた?」

剣士「かか書いてないよ。変な風には。変な風には!」

勇者「慌てるところが怪しいな」

剣士「だめだめ!ボトルとりに行こうとしないで!なんも書いてないってばっ」

剣士「ていうかほらもうこんな暗いし、宿に戻ろうよ!ね!」

勇者「あ、本当だ。そうだね、帰ろうか」







勇者「……」

勇者「ずいぶん遠くまで来ちゃったね」

剣士「……うん。ほんと」

勇者「明日晴れるかな」

剣士「晴れるよ多分。私、晴れ女だし。勇者は晴れ男でしょ」

剣士「旅立ちの日のこと覚えてる?雲ひとつないきれいな青空だったな」

勇者「そうだったね」

勇者「確かに……見事な青空だった」

勇者「あの日も」






第一章 旅立ちの空








大樹の村


母親「あ……」

ビュオッ

母親「大変、洗濯物が飛んでっちゃったわ」

母親「ハル!ハロルド! ねえ、ちょっと来て」

少年「どうしたの母さん」

母親「洗濯物が風に吹かれてあの木に引っ掛かっちゃったの。いつものお願い」

少年「ああ……」


フワッ


母親「ありがとう。ほんと便利ねえ」

少年「どういたしまして。これからニーナの家に行くんだけど、もう行っていい?」

母親「ええ。庭の木になってる桃、食べごろだからもっていきなさい」

少年「うん」




少女「……あ」

少女「ハル!遅いよー!」

少年「ごめんごめん」

少女「今日は森の奥の小川に遊びに行こうよ。お魚釣りしよ」

少女母「ちょっと、ニーナ。あんた宿題は終わらせたの?」

少女「げっ…… いいんだもん、あとでハルに教えてもらうから……」

少年「またっ?」

少女「帰ったらやるもんね! ほら、行こうよハル!早く行かないと暗くなっちゃう!」タッ

少女母「あーーこら、待ちなさい!!もーあの子ってば本当……ごめんねハルくん!」

少年「だいじょうぶですー!」







少女「ねえねえ、またやって見せてよ、アレ!」

少年「ま、また?さっきも母さんに頼まれて使ったんだけど……」

少女「お願い!」

少年「もう分かったよ……えい」


フワッ


少女「わあ、すごーい!花びらが飛んできたー!どうやってそれやるの?わたしもやってみたい!」

少年「どうやってやるのかは分からないんだ」

少女「うそ言ってない?ほんとうに?」

少年「ほ、ほんとだよ」

少女「不思議だね。なんにもないところから風とか水とか火とかだせるの、村でハルだけだよ」

少年「もしかしたら、村の外にはもっと僕みたいな人間がいるのかもしれない……」

少女「……村の外、行きたいの?」

少年「え、あ、いや…その。あはは」





村長「ハロルド!ハロルドや……ここにいたか!」

少年「村長?」

村長「わしの家に一緒に来ておくれ。いま、王都から騎士様が、お前を尋ねにいらっしゃった」

少女「騎士?なんで?」

少年「……?」

村長「なんでも、お前が……伝説の勇者だとお告げがあったらしいのじゃ」

少年「…………へ?」




* * *


勇者「じゃあ、行ってくるね。みんな元気で。母さんも父さんも」

母親「しっかりやるのよ……ご飯食べて、ちゃんと毎日夜更かししないで、怪我しないようにね」

父親「まさか、お前が勇者だったなんて……不思議な力を使えるのはそのせいだったのか」

騎士「ええ。自然界の力を自在に操れるのは勇者の証。それに預言も彼が勇者だということを示しています」

村長「この村に古くから伝わる伝説は本当じゃった。世界が闇に包まれようとするとき、この地から勇者が誕生し魔王を討ち滅ぼす、と」

母親「あなたなら必ずできるわ。でも、無理だけはしないでね」

父親「遠く離れても、ここから母さんも父さんも、村のみんなもお前を応援しているよ」

村人「がんばれよ、ハル!」

村人「すげえなあ。ほら、うちの野菜もってけ!」

村人「うちの果物も!」

勇者「あ、あはは。ありがとう。頑張るね」

騎士「勇者様は必ず私たちが王都まで安全にお連れします。では、そろそろ」

少女「待って!」


間違えた
>>10 

×第一章
○第十章



勇者「ニーナ……」

少女「わたしも!わたしも連れていって!」

少女母「こらこら、なに言ってるの」

少女「離れ離れなんていやだよ!お願い……」

勇者「ニーナ、すぐまた会えるよ。僕、必ず強くなって、魔王を倒して、この村に帰ってくるから」

勇者「それまで待っててね」

少女「…………うん。絶対……すぐ帰ってきてね。約束だよ」

勇者「うん。約束」

少女「すぐだよ……」

勇者「うん。すぐ」



少女「……一週間後くらい?」

勇者「ちょっとそれは無理だけど……」




2年後 王都



勇者「……。晴れてよかった」

勇者「よし。王様に挨拶してこないとな」


バタン


魔術師「おはよう勇者。準備できた?」

勇者「ああ、おはよう。もう出ようと思ってたところだよ」

魔術師「王様に挨拶しに行くんでしょ?一緒についてってあげる」





魔術師「勇者が王都に来てから2年経ったんだね。髪そのまま伸ばし続けるの?あいつ……副団長の奴、適当なことばっか言うから真に受けない方がいいよ。
    東洋のまじないとか言って、目的を達成するまで髪を切らないとかさ。絶対嘘だって、からかってるんだよ」
    
勇者「願掛けって言うんだよ確か。髪があんまり長くならないうちに魔王を倒せればいいんだけどね」

魔術師「相変わらず勇者だって言うのに弱気ね。私より魔法が上手くなっちゃったくせにそういう態度ムカつくなー あー腹立つなー」

勇者「いたたた、別にそういう意図はないってば」

魔術師「大体自信がないならもっと王都で修業を積めばいいのに」

勇者「いや、もう学ぶべきことは学んだよ。あとは実戦で経験を積まなきゃね」

魔術師「ふ~~ん。ここで学べることはもうないってわけね、ふ~~~ん」

勇者「だ、だからそんなこと言ってないって……。それに、魔王軍だってそんな悠長に待ってくれないだろうし。
   僕たちの国の塔はまだ占領されてないけど、隣の星の国と雪の国の守護塔はもう魔族の手に落ちてるんだろう」







魔術師「まあね。塔は国を護ってくれる女神様のものなのに、魔族の奴らなかなか手練れだね。
    この国も塔があるうちはまだ安心できるけど、それも魔王軍に占領されちゃったら王都もこんなにのほほんとしてられないだろうな」
    
魔術師「……ま、でもうちの塔はまだ当分大丈夫でしょ。塔の護衛には噂の三勇士がついてるんだもの」

勇者「ああ、彼ら」

魔術師「勇者は会ったことあるんだっけ?」

勇者「あるよ。確かに強かったな……性格はともかく」

魔術師「ええ、なにされたの勇者――おっと、続きが聞きたいけどもう王様のところについちゃったね」

勇者「ありがとう。少し緊張していたけど話したおかげで気が紛れたよ」

魔術師「どういたしまして。王様に挨拶が終わったら、下の兵舎まで来て。
    騎士団副団長が勇者のために仲間を募集してくれてたの。きっと何人か集まってるはずだよ」
    
勇者「えっ、仲間?副団長が?初耳なんだけど」

魔術師「あいつなかなか勇者のこと気に入ってんのよ。今日だって旅立ち見送りたかったぜーって言いながら任務行ってた」

勇者「そっか。今度会ったら礼を言っておくよ。じゃあ、またあとで」

魔術師「がんばってね」






国王「お主が勇者のお告げを受けて早2年……ついに旅立ちの時が来たか」

勇者「はい」

国王「勇者ハロルドよ、これをお主に」

勇者「この石板は……?」

国王「勇者の伝説について古代語でこう書いてある」

国王「『その者、大樹の村より現れ弱き者たちを守らん。太陽の守護塔より力を、雪の守護塔より知恵を、星の守護塔より――を授からん。』」

国王「『それらを手に、彼の者人の世を光に導かん』」

国王「星の塔より何を授かるのかは残念ながら判別できんが、勇者よ。石板の通りまずは太陽の塔に行くがよい。
   魔族どもは驚くほど強い力と人を惑わす魔法を使う。塔の女神より奴らに対抗し得る力を手に入れるのだ」
   
勇者「石板……大樹の村、僕の故郷……こんなものがあったなんて。……分かりました。太陽の塔にまず行きます」

国王「今は太陽の塔も国境も守れているが、徐々に来襲する魔王軍の数が増えている。
   このままでは我らの国も隣国と同じような苦境に置かれるだろう。
   勇者はわしらの希望じゃ――年若いお主に頼らざるを得ない情けないわしを許してくれ」
   
勇者「いえ。必ず僕が……。……」

国王「どうしたんじゃ?」

勇者「すみません。正直に言うと、何故僕が勇者に選ばれたのか……その理由を神様に訊きたいと思う時が時々あります。
   僕より剣が立つ人も、魔法ができる人もたくさんいると思います」

   
国王「お主がそのようなことをわしに言うのは初めてじゃな」   
   
勇者「……弱気なことを言ってすいません」








国王「いや、咎めたわけではない。むしろ本心を言ってくれて嬉しいとさえ思う。
   勇者。お主は優しく聡明な少年じゃ。どれだけ魔法が使えるか、とかそういうことではなく、な。その目を見れば誰でも分かる」
   
勇者「……」

国王「不思議な色の瞳じゃ。秘めたる力強さを感じさせる。そういえば最初わしに会った時も物怖じせずにこの謁見の間に来たのう。
   随分肝の据わった子どもじゃと思ったわい。ハッハッハ」
   
勇者「そうでしたっけ……」

国王「臆するな勇者。お主は確かに『勇者』じゃよ。国王のお墨付きじゃ」

勇者「……はい。ありがとうございます」

勇者「魔王を倒し、この国……いえ人類の平和のために、この身全て捧げる覚悟はできています。僕が何者であっても、必ず皆の期待に応えてみせます」

国王「その意気じゃ。さて、お主は剣ではなく杖を選んだのじゃったな」

勇者「はい。剣はあまり好きではないので」

国王「ではこの『光の杖』をお主に。旅の心強き供になってくれよう」

勇者「ありがとうございます」

国王「まだまだお主とここで話をしたいとは思うが、これ以上旅立ちを遅らせるのは無粋じゃな。勇者よ、気をつけるのじゃぞ。魔族は強いぞ」

勇者「ええ、十分用心します。では国王様、行って参ります。2年間お世話になりました」

国王「うむ……」








スタスタ


勇者「……そうだ、弱音を吐いてる暇なんて今もこれからもないんだ。早く魔王を倒さないと」

勇者「約束……したしな。あの村で待ってるあの子のためにも。せっかちだから今頃怒ってるだろうな……」

勇者「おっと、ここが兵舎か」

魔術師「あーきたきた勇者」

勇者「ここに仲間になってくれる人が?」

魔術師「そのはずだよ。私もいま来たんだけど」

勇者「そっか。なんか緊張してきたな」

魔術師「勇者が後衛だから、前衛タイプの戦士とか剣士とか集めてもらってるはずだよ」

勇者「助かるよ。……じゃあ、扉を開けるよ」

魔術師「うん」


勇者(この扉の奥にいる仲間と、今から魔王を倒す旅が始まるんだ。……いい人がいてくれればいいんだけど)

勇者(よし……!)



ガチャッ


魔術師「ん~ どれどれ?」

魔術師(……うぎゃあああああああああああああっ!!)






シーーーーン


魔術師(ひぃぃぃぃ!!まさかの0人!!圧倒的無人!!やばい!!!!まずい!!!!)

魔術師(…………勇者、は……)

魔術師(うがああああああああああ!!すげえ遠くを見つめてる!全てを諦めた目をしてる!アカン!)

魔術師(なにやってんだよあの馬鹿!あの阿呆副団長がッ!やることなすこと全て裏目にでるミスター裏目野郎!!
    旅立ちの日にこんな精神的にきつい経験勇者に積ませるなよ!!どーーすんだよ、これっもおおおお!!)
    
魔術師「あ、え、え~~と。勇者?」

勇者「ハハ……いいよ、僕は一人で大丈夫だから……」

魔術師「あ、あ、あのさ!私がじゃあ仲間になるよ」

勇者「次期魔術師長って噂されてる君が王都を離れて旅してたらまずいよ」

魔術師「こ、これ何かの間違いじゃないかなあ。きっと部屋を間違えたかなにか……」

騎士「いえ。間違えてません」

魔術師「どういうことなのコレ?」






騎士「副団長に言われ数週間前から騎士や兵士、はたまた酒場にいる戦士や剣士に声をかけて回ったのですが。結果はこれです。ゼロです。
   騎士兵士は位が低い者は魔族と少人数で戦う自信がなく、位が高い者はそれなりの役職についている者が多かったので軍から抜けるわけにもいかず」
   
魔術師「なっさけないなあ。でも酒場の戦士剣士は結構血の気あるのが多いじゃないの」

騎士「ちゃんと声かけましたよ。どうやら彼らはあまり勇者殿のことを高く評価していないようなのです」

勇者「そっか……」

騎士「どちらかと言うと三勇士に肩入れしているようでして。彼らに比べて勇者はなんかなよっちいというか、オーラがないというか」

勇者「そ、そう」

騎士「そもそも選ばれた勇者なのに、ひょろいやら頼りないやら童顔で女っぽいやら」

勇者「うん、泣きたくなってきたな」

魔術師「ちょっと、外見に文句言うのはやめたげて!!気にしてることみたいだから!!」

騎士「というわけなんです。すみません」

魔術師「つーか君が仲間になってあげればいいじゃない。なりなさいよ、ほら。なれよ。魔王倒したら一躍出世街道間違いなしだよ」

騎士「えっ 自分はいいです」

魔術師「そんなこと言わずに、ほら、飴あげるから」

騎士「いらないですし、おちょくってんですか」

勇者「もういいよ魔術師。というかそんな罰ゲームみたいな感じで仲間になってもらえても空しいだけだよ。
   大丈夫、仲間は旅の道中で見つけるさ」
   
勇者「いろいろありがとう。そろそろ僕は行くよ」

魔術師「ええっ 本当に一人で行くつもり?危ないよ。やっぱり私が」

勇者「大丈夫だよ」







剣士「…………うーん。迷った」

剣士「『勇者の仲間求む 我こそはと思う者は兵舎へ』……チラシを見て来たはいいけど、王都広すぎだし建物大きくて全然方向が分からないしですごい時間かかっちゃった」

剣士「兵舎ってここかな?……どこから入るの?これ」ウロウロ

剣士「…………!!」


勇者「本当に大丈夫だって。じゃあね」

魔術師「心配だなあ」


バリーーーン!!!


剣士「ハル!!!」

騎士「うおおお!どっから入ってきてんですか!!そこドアじゃなくて窓!!」

魔術師「えっなになになに!?だれ!?」

剣士「このチラシ見て来ました!勇者の仲間になりたいんです!よろしくお願いします!剣士です!」

騎士「自己紹介してくれてるところ悪いんだけど窓ガラス弁償お願いしますね」

剣士「ガラス?…………うわあああ!?なにこれ!なにこの惨状!私がやったの!?ごめんなさい!」

魔術師「とんでもない子きたね。でも、よかったじゃない勇者。剣士だって」

勇者「…………」

魔術師「勇者?」





勇者「君…… えっ?」

剣士「久しぶりだね、ハル。じゃなくて、勇者か」

勇者「…………ニーナ……?」

剣士「うん!!」

勇者「なんで王都にいるの!?それに剣士って……ええっ!?」

剣士「だって、勇者、すぐ魔王を倒して帰ってくるって約束したのに、遅いんだもん。だから来ちゃったよ」

勇者「いやまだ旅立ってすらいなかったよ!」

剣士「うん、これから旅に出るんでしょ?いっしょに連れてって」

勇者「だめ」

剣士「ありがとう!私、剣の修業してきたから役に立つと思うよ!よーしじゃあ出発、って」

剣士「えええええええっ なんでだめなの!?!?」

勇者「いや……普通に」

剣士「普通に!?普通にだめってどういうことなの、よくわかんない!」

勇者「君は村で待ってて。あーびっくりした……とにかく連れていけないからね。じゃあね」ダッ

剣士「ちょ、ちょっと待ってよ!置いてかないでってば!」ダッ



魔術師「……行っちゃった」

騎士「あの……ガラス代」

魔術師「……ま、楽しい旅になりそうで安心したわ」

騎士「あのおお!いい感じに締めに入ってるところ悪いですけどおお!ガラス代!弁償!」

魔術師「二人の旅路に幸多からんことを」ダッ

騎士「おい逃げんな!」






ダッダッダッダッ



剣士「ねえ待ってよーっ」

勇者「だからっ 危ない旅になるんだから君は連れていけないんだって!」

剣士「危ない旅だからこそ一人より二人の方がいいじゃん!」

勇者「ていうか足速いね?僕けっこう本気で走ってるのに全然ひき離せないんだけど」

剣士「修業したからね。待てーい」

勇者「くっ……――うわ!?」


ドン


戦士「んああ? なんだなんだあ」

勇者「いてて……あ、すいません」

斧使い「おお!こりゃ勇者の坊主じゃねえか。ヒック」ガタ

戦士「今日が旅立ちだってえ?仲間はどうだい、集まったのか?」

勇者「いや。一人で行くよ」

斧使い「だはははは!やっぱ集まんなかったかー!」グビグビ

勇者「ハハ、まあね」

剣士「違うよ!私がいっしょに行くもんね。ねえこのお酒臭いおじさんたち、勇者の知り合いなの?」

戦士「ブハハッ 酒臭いおじさんだってよ。言われてんぞ斧使い」

斧使い「いやオメーもだよ」

戦士「なんだあ、お嬢ちゃんが仲間?見たところ剣使いみたいだが……ハハハ!」

斧使い「やめとけやめとけ。俺あ一回だけ魔族を見たことがあるが、魔族ってのはあんたみたいなお嬢さんの手に負えるもんじゃないよ」

戦士「勇者の坊主もな。魔族見て怖くてションベン漏らすなよ。ま、無理でしたーって王都に逃げ帰ってきても誰も責めねえからよ」

斧使い「みんな予想してたことだから驚きゃしねえ!ダハハハ!こんなチビ助に魔王が倒せるかってんだ」

勇者「ご心配どうも。じゃあ僕はもう行――」

斧使い「んおお?おい、お嬢ちゃん、それは俺の酒瓶……」






バチャアッ!


勇者「えっ……」

戦士「……」ボタボタ

斧使い「……」ボタボタ

剣士「失礼な人たち。
   誓って言うけど勇者はそんな弱虫じゃないし、昼間から酔っ払ってるおじさんたちは勇者をそんな風に言えるほど立派なの?」

戦士「て……てめえ」

剣士「なに?」

斧使い「ガキだろうが女だろうが、そんな生意気な口きく奴にゃ容赦しねえぞ」チャキ

勇者「ちょっ 君一体なにやってんの!?」

剣士「……」チャキ

勇者「待って待ってストップ!ごめん、シャツも酒も僕が弁償するから武器をしまってくれ」

戦士「あああん? んなことできっかよ!!それに俺たちに勝てない奴が魔族に勝てると思うか!?旅立ちの前に腕試しでもしてけよ!!」

剣士「望むところだ!」

勇者「剣士は黙ってて!ていうか君は旅に出ないし、村に帰ってもら――」


<剣士の攻撃!>
<戦士はガードした!>


勇者「聞け!」





剣士「いたっ」


<剣士はダメージをうけた!剣を落とした!>


勇者「ど、どういうことだ……!?」

剣士「うぐぐぅ」

戦士「おいおい、俺はまだガードしかしてねえぜ?」

斧使い「ははは!そんなんで魔王なんて倒せるのかあ!?」


――ガッ!


斧使い「……おっ……? お? なんだ、坊主……短剣一本で俺の斧に対抗するたあ結構やるじゃねえか」

勇者「……」


――キィン!


斧使い「ぬお! 俺の斧、俺の斧……あったあった。テメーなにしやがるこのクソ勇者!!!」クルッ

戦士「……」

斧使い「いねえ」

戦士「追うぞ!!」

斧使い「おお!!」







勇者「はあ……はあ……」

剣士「はーっ……はー」

勇者「逃げてたら王都の門の外まで来てしまった。それに剣士……君、なんであんなことしたんだ」

剣士「あのおじさんたちホントなんなんだろうね。失礼しちゃうよね」

勇者「……。どうしよう。王都に剣士だけ戻したらあの人たちにまた会っちゃうかもしれないし、かと言って徒歩で故郷まで帰すわけにはいかないし」

剣士「え?魔王城まで一緒に行こうよ?」

勇者「僕だけね。僕はそんなに強いわけじゃないから、君を守りながら旅できないよ」

剣士「自分の身は自分で守るから大丈夫だよ」

勇者「どの口が言ってるのかなあ!?さっき攻撃したのにダメージうけてたの誰かな?」

剣士「わ……私だけど……私だけども!!加速度的に成長するから大丈夫なんだもん!」

勇者「そもそも、修業したって言ってたけど、どこで?」

剣士「村だよ」

勇者「村に剣の使い手なんていたっけ?誰に稽古つけてもらったの?」

剣士「お父さん」

勇者「……君の家、農家だよね。僕の家もだけど」

剣士「うん。だから剣より鍬の方が強いって何回も言われた。村に剣とかなかったから鍬で修業してたの。
   まず、こうね、畑で、敵が前方にいると想定して鍬を振り下ろす修業。ちゃんと地面まで振り下ろさなきゃだめなの」
   
勇者「それ修業って言わないよ。多分畑を耕すって言うんだと思うよ」

勇者「……足は速いし腕力も多分そんなに弱くないと思うのに、どうしてさっきダメージうけてたんだろうね。
   剣にまだ慣れてないのかな。それか……この剣、ちょっと剣士には合ってないのかもね」
   






剣士「一番安い剣、武器屋さんで買ったよ」

勇者「重すぎるのかな。剣士だったらもっと軽い片手剣の方が…… ハッ」

勇者「連れていかないけど」

剣士「えーっ もう、相変わらず融通利かないんだから」

勇者「でも戻れないし……うーん……じゃあ故郷の村まで馬車を出してくれるような大きな町につくまで、一緒についてきてくれる?」

剣士「大きな町までっていうか、正直何が何でもどんな汚い手を使ってもずっとついてくつもりだけど、うん、いいよ!やったー!」

勇者「なんか怖いこと聞こえた」

剣士「気のせいだよ!あ。村からいろいろお土産持ってきたんだ」

剣士「はいこれ、うちの畑で獲れたスイカとドリアン」

勇者「やけに荷物大きいなと思ったらそれか……」







魔王城


鬼「でぇぇぇぇぇい!!」

兄「脇が甘いぞ。それから腰を落としすぎだ」

鬼「うぐ!ま、参りました。参りました~!」



狼男「次は俺に稽古つけてください!」

兄「おう。……ん?」

兄「……すまない。少し待っててくれ」タッ

狼男「え?ああ、はい」



鬼「はぁ、また今日も王子に勝てなかった」

狼男「さすがは次期魔王様だよな。剣を持った時のあの気迫たるや、既に王の風格がにじみ出ていらっしゃる」

鬼「なー」

狼男「魔王様が病床に臥せられたときはどうなるかと思ったが、あの方がいれば今後も魔族の未来は明るいな」

鬼「うむ」







妹「……」コソコソ

兄「こら」

妹「きゃっ!」

兄「どこに行くんだ?」

妹「に、兄さん。えっと……その……花畑に」

兄「手をもじもじさせるのは嘘をついている時の癖だ。また人間の村に行くんじゃないんだろうな?」

妹「そそそ、そんなわけないよ?行かないよ?」

兄「……」

妹「……」

兄「……」

妹「……お、お願い!お父様には言わないで?ね?」

兄「……はぁ……やっぱりか」

妹「お父様に言う?」

兄「……分かった言わないからそんな青ざめなくていい」

妹「ほんと!兄さんありがとう!」





兄「しかし、ほどほどにしておくんだぞ。父上も最近怪しがってるんだからな。そろそろ俺も庇いきれない」

妹「ええ……。じゃ、じゃあ兄さんも一緒に行かない?人間って、お父様が言うような人ばっかりじゃないわ」

妹「あの村の人たちはとっても優しいの。兄さんもすぐ好きになるわ。ね、ね!行こうよ!」

兄「ばか、俺を共犯にしようとしても無駄だ。行かないからな」

妹「いじわる」

兄「その帽子、とるなよ。角を見られたら魔族だってばれるからな」

妹「分かってますよーだ!」

兄「まったく……」





狼男「ほあちゃああー!」ガキン

兄「おい、気の抜けるような掛け声はやめてくれ」

狼男「すいません、癖でして。しぇああああああーっ」

兄「おいやめろ!笑ってしまうだろうが!!俺の笑いの沸点の低さを知っててわざとやっているんだろう!」

狼男「これも作戦のうちなんですよ!んごおおおおっ!」

鬼「おいテメーずるいぞ!」

兄「バッやめろ! ハハ……ククク……ハーハッハッハッハ!」

鬼「おお笑い方にまで魔王の風格が」



炎竜「ずいぶん楽しそうだな、王子」

兄「ああ炎竜か?いや、狼男がだな……」

炎竜「今日この後なにがあるかお忘れか?」

兄「この後?………………あ」

炎竜「四天王会議だ。次期魔王のあなたには出席して頂くことになっていたはず」

兄「あ……ああ。しまった、忘れていた。すぐ行く!」






バタン!


兄「すみません父上、遅れました!」

魔王「なにをしていた、息子よ」

兄「部下に稽古をつけておりました」キリ

炎竜「部下の奇声に腹抱えて笑っておったぞ」

兄「炎竜っ」

魔王「全く……まあよい。席につけ」

兄「はい」


魔王「では始めるぞ」





――竜族代表――灼熱の炎竜



炎竜「四天王がこうして集まるのも久しぶりだな」




――魔女・魔男族代表 星の国侵略軍将軍――人形使いの魔女



魔女「皆さんお元気でしたか?って、この子が言ってます。私はテメーらの体調なんてクソどうでもいいです」




――鬼族代表 太陽の国侵略軍将軍――逆さ十字の吸血鬼



吸血鬼(相変わらず魔女さんコエーッ……この子って人形ジャン……つーか100歳以上生きて人形持ち歩くとか正直どうなの」




――水魔族代表 雪の国侵略軍将軍――毒霧のヒュドラ



ヒュドラ「途中から声にでてるけども」





吸血鬼「ヤ、ヤベ」

魔女「フフ、あら魔女さんにそんなこと言える立場?まだ塔も占領できてないのに?謝れば許してあげるってこの子が嗤ってるわよ。
   私はむしろ死んで詫びやがれ若造って思ってるけど」
   
ヒュドラ「馬鹿……年齢のことに口を出したからマジ切れだぞ、魔女の奴…… どうせ不死身なんだからここで死んで詫びとけ……」

吸血鬼(ええ~~っ!?不死身だからってそんな無茶ぶり俺よくわからない。これだから老害ばっかの四天王はさあ……」

ヒュドラ「だから途中から声にでてるっつの。お前そんなこと言ってたら、お前が死んだときに『四天王最弱』って墓標に掘るぞコラ」

炎竜「私語が過ぎるぞ」

魔女「怒られちゃった。全員死ね」

ヒュドラ「死ねって言った奴が死ね」

吸血鬼(口げんかの程度低すぎだろ……もうみんなムカツクから死ね」

炎竜「全員仲良くしろとは言わんがせめて敵意を隠せ」



テキストエディタがなぜかフリーズしてしまったのでとりあえずここまでにします

http://upup.bz/j/my86466opxYtgNLDSZFzXj6.jpg
こんな風に、たまに挿絵感覚で写真(フリー素材サイト様より)を載せることがあります

前作 幼女「待ちくたびれたぞ勇者」の100年前の話です
でもあんまり関連はないっすね 主人公も別
タイトルぐぐるか、トリ検索してもらえれば読めると思います




兄「前会ったときから全然変わってないな。相変わらず仲よさそうで安心した」

ヒュドラ「これのどこを見たらそう見えるんですかね」

魔王「ふむ、では大陸の侵攻状況を聞くとするか。魔女からだ」

魔女「星の国はベガ、プロテオン、ハダルの街まで戦線を進めました。占領した街の人間はすでに魔界に送ってあります」

炎竜「さすがだな魔女。手際のよいことだ」

魔女「私の担当のあの国って兵器は強いけど人間が弱すぎなの。ね、人形ちゃん。頭でっかちばっかりだから楽だわ」

ヒュドラ「雪の国では霰の街、凍雨の村まで侵攻しました。次は初雪の都を落とせば首都陥落も遠い未来の話ではないでしょう」

兄「初雪の都か。あそこは兵士より自警団が厄介だと聞いたが」

ヒュドラ「ま、なんとかします」

魔王「各々滞りなく進めているようだな。それで、吸血鬼。太陽の国はどうなんだ」

吸血鬼「うっ……」

魔王「塔制圧はまだか」

吸血鬼「……イヤーアノー、……ていうか!!!ひとついいですか!?」

吸血鬼「俺、吸血鬼!!ヴァンパイア!!日の光が苦手なヴァーンーパーイーア!!
    なんっでよりによって俺が3つあるうちの太陽の国担当なんですかー!?」

吸血鬼「俺だってほかの2国のどっちか担当してたらすぐに塔なんて落としてるっつーの!」






魔女「だって私、どうせなら星のきれいなところを占領地にしたいし。暑いのも寒いのもイヤです」

ヒュドラ「水魔は水の清いところでこそより自由に戦える。雪の国以外あり得ないな」

兄「って二人が言うからな」

吸血鬼「く……」

吸血鬼(どうせ俺は四天王の中でも一番の年下だよ……年功序列なんて概念この世から消えてしまえばいいのに……ファッキン年功序列」

吸血鬼「あ、なら炎竜さんが太陽の国担当すればいいジャン」

炎竜「儂か……」

魔女「炎竜は息子が生まれたばっかりだから」

ヒュドラ「あ 生まれたんですか。おめでとうございます」

炎竜「ありがとう」

吸血鬼「はあ?息子?」

兄「竜族の子どもは成長が早いからな、少しでも子どものうちにそばにいてやりたいという親心を分かってやれ」

炎竜「すまんな」

吸血鬼(ええーー?そんな理由だったのかよぉ)






炎竜「まあそれもあるがな、儂は年若いお前に活躍の場を譲ってやっているのだぞ。さっさと手柄を上げろ吸血鬼。儂の心遣いを無駄にするな」

吸血鬼(言葉巧みに仕事押しつけられた上にジジイの説教だよ……まじついてない……」

魔王「……三勇士などという人間どもはそんなに手ごわいのか?」

吸血鬼「……」

魔王「ならば息子よ、手伝ってやれ」

兄「俺ですか?……分かりました」

魔女「ずるい」

ヒュドラ「ずるい」

吸血鬼「わーホントですか!!すっげえラッキー!王子がついてれば塔なんてすぐに落とせるぜ!」

兄「魔界での仕事が粗方片付いたらでいいか?」

吸血鬼「そりゃ勿論!いつまでだって待ちますよ!」







炎竜「儂自身は今あんまり動けんが、もし何かあればすぐ部下をよこそう」

魔女「まあ、このままだったらあんまり貴方の出番はないんじゃないのかなって私もこの子も思ってます。
   私の活躍を大人しく指咥えて見てればいいってことですね」
   
炎竜「ふ、それならそれでよい」

魔王「ところで、例のものはまだ見つかっておらんのか」

魔女「占領した区域の遺跡も城もどこも調べたけどありませんでした」

ヒュドラ「同じく。塔にもなかったし、あるとしたらやっぱり宮殿かな」

魔王「もしくはまだ捜索していない太陽の塔、か……」

兄「魔剣と禁術書ですよね。遙か昔、人間に奪われたという」

魔王「そうだ。強大な力を持つ故に人どもに扱えるとも思えぬが……もしそれを操る輩が現れたら厄介だ」

魔王「あの二つは元々我ら魔族の宝……人間に奪われた我らの剣と書、そして尊厳を今こそ取り戻さん」

魔女「……」

炎竜「……」

ヒュドラ「……」

吸血鬼「……」

魔王「時は来たり。我の下に集いし戦士たちよ……我が物顔でふんぞり返っておる豚どもから全て奪い返すのだ」

魔王「剣も書も、大地も森も……踏みにじられた誇りも何もかも」

魔王「強い者が勝つこの世界で、強靭な肉体と巧みな魔術を持っている魔族が何故これまで人間という劣悪種族を支配下に置かなかったのか。
   それは魔族が志を共にしていなかったからだ」
   






魔王「竜は亜人族と戦い、エルフはヴァンパイアと戦い、魔族の歴史は常に同胞との戦いで積み重ねられていた。
   しかしそれは間違いだ。真の敵は同胞ではない、人間だ」
   
魔王「異なる種族同士、武器を捨て手を取り合い、真の敵に立ち向かうのだ。殺しつくし、血に濡れた手で勝利を掴み取り、望むがままに一切合財奪い取れ」

魔王「……祖先たちが人どもにされたようにな。雪辱を晴らすのだ。今こそ歴史を変える時……」


炎竜「……必ずや、魔王様」ニイ

魔女「ウフフ」

ヒュドラ「歴史を変える時ですか。いいですね」

吸血鬼「クククク……俄然やる気がでてきた」

兄「…………」


魔王「……期待しているぞ……戦士たち。さて……では解散だ。……ゴホゴホ」

兄「父上、部屋までお供致します」






魔王「竜は亜人族と戦い、エルフはヴァンパイアと戦い、魔族の歴史は常に同胞との戦いで積み重ねられていた。
   しかしそれは間違いだ。真の敵は同胞ではない、人間だ」
   
魔王「異なる種族同士、武器を捨て手を取り合い、真の敵に立ち向かうのだ。殺しつくし、血に濡れた手で勝利を掴み取り、望むがままに一切合財奪い取れ」

魔王「……祖先たちが人どもにされたようにな。雪辱を晴らすのだ。今こそ歴史を変える時……」


炎竜「……必ずや、魔王様」ニイ

魔女「ウフフ」

ヒュドラ「歴史を変える時ですか。いいですね」

吸血鬼「クククク……俄然やる気がでてきた」

兄「…………」


魔王「……期待しているぞ……戦士たち。さて……では解散だ。……ゴホゴホ」

兄「父上、部屋までお供致します」



>>48なし


魔王「すまないな」

兄「何がです?」

魔王「このような情けない姿をお前に見せてしまって」

兄「……そんな。情けないだなんて思ったことありません。
  俺も妹も父さん――じゃなくて父上のこと尊敬しています」

魔王「……む……そういえば娘はどうした?姿が見えぬが」

兄「あ……ああ、妹なら……あー厨房で料理でも練習しているのではないでしょうか。多分」

魔王「ふむ、そうか」


魔王「……息子よ」

兄「はい」

魔王「私は恐らくもう長くない……大陸制圧という悲願を達成するまで何とかこの世に留まりたいとは思っているが」

魔王「魔王の名を継ぐのはお前だ。しっかりやるのだぞ」

兄「父上……」

兄「……はい」

魔王「うむ。よくぞ言った」

魔王「では私はもう休ませてもらう。娘に会ったら明日私の部屋に寄るように伝えてくれ」



パタン



兄「……俺はいいが」

兄「妹がどう思うか……」





泉の村


妹「……」

妹(水面に映っている私……帽子をかぶって角を隠していれば、人と同じ姿なのに)

妹(どうして魔族と人は争うのかしら?種族が違ったって、仲良くなれるはず)



青年「っご、ごめん!待った?」バタバタ

妹「あっ!ううん!さっき来たところ……」

青年「師匠の自慢話が長引いちゃってさ。見習いの身分だから、僕も強くは言えないんだ」

妹「お疲れ様。……あはははっ」

青年「な、なんだい?顔に何かついてた?」

妹「鼻の頭に汚れ、ついてるわ。とってあげる」

青年「え、あ、ははは……かっこわるいな、僕」

妹「ねえ、今日はどんなお話する?」





妹「それでね、兄さんったら、私が作ったケーキを食べたら白目剥いて倒れちゃったの。
  起きたら涙目になりながら、もうお前は厨房に立つなって言ってきて。失礼しちゃう」
  
青年「あははは。君とお兄さんは仲がいいね」

妹「よくないわ。いっつも意地悪ばっかりするんだから」

青年「会ってみたいな、君のお兄さん」

妹「今日も一緒に行こうって誘ったんだけど、断られちゃった」

青年「前も聞いたかもしれないけど……君はどこの村に住んでいるの?この近くなんだろう?」

妹「え?あ、えっと。ここから、ちょっと北に行ったところ……かな?」

青年「北、か。もしかして風の村かな?」

妹「う、うん。あ、ごめんなさい、そろそろ帰らなくちゃ」

青年「送っていくよ」

妹「いいの!大丈夫。あの、あの……またここで待ってていいかしら?」

青年「それは、もちろん!でも、やっぱり送ってくよ、あ、待って!」

妹「大丈夫だから!じゃあまたねっ!」





妹(……今日もいっぱい話せた)

妹(……ふふふ。だめだわ、顔が勝手に笑っちゃう。また兄さんにからかわれるわね)

妹「えへへ……」






* * *


<大蛇の攻撃!剣士はかわした!>
<剣士の攻撃!大蛇はひらりとかわした!>


剣士「ああああーもおおお!」ブン


<勇者の火炎魔法!>
<大蛇は逃げ去った!>


勇者「ふう……」ボロ

剣士「な、なんかすごい威力だね」ボロ

勇者「ありがとう……。でもそろそろ魔力が尽きそうだ。えーと、地図を見る限りもうすぐ村が見えてくるはずなんだけど」

剣士「ちょっと待ってて」スタッ

勇者「剣士?」

剣士「木に登って見てみるよ」

勇者「だ、大丈夫?」

剣士「村にいたとき、勇者より私の方が木のぼり得意だったの忘れた?よいせっと」

剣士「……あ!あったよ!村!!」

勇者「あー助かった」フラフラ






日の出の村



勇者「よ、よし。とりあえず宿屋を探そう。目がかすんできた」フラフラ

剣士「勇者大丈夫!?魔法って結構疲れちゃうの?」

勇者「まあ使いすぎると少しだけ…… ああ、あった。宿屋」


勇者「すいませんとりあえず至急2人分お願いします。大至急」

宿屋主人「あいよ。2人分ね~。兄ちゃん随分疲れとるみたいだけど平気かい」

勇者「は……はい」ガクッ

剣士「勇者ぁぁぁあ」

宿屋主人「本当に大丈夫かいね、……ん?んん!?お前さん、肩のその、王国の紋章はもしかして?
     それにお嬢ちゃん、いまなんて呼んだんだ?」
     
剣士「え……勇者だよ」

宿屋主人「勇者!?!?あの!?よっしゃ助かった!!!」ガタッ

宿屋主人「村の皆ぁ!勇者様が助けに来て下さったぞおおお!!」


ブオォォォォォォォン


勇者「ホラ貝!?」

村人「うおおおおおお!!本当かあああ!!助かったぞおおお!!」バタン

村人「いやあどうなることかと思ったが勇者様が来てくれたとあれば安心じゃあああ」バタン

村長「勇者様!!誠に勇者様でおわしますか!!その王国の紋章!!よく見せて下され!!!」ガクガク

勇者「ちょ……待って……首もげっ…… ガハッ」

剣士「うわーーーーーーっ!おじさんやめてよ勇者死んじゃうよーーーーーっ!!離れてーーーっ!!」グイグイ

村長「いやああああああああ!離れるからわしの残り少ない大事な毛を引っ張らないでええええええええ!」








* * *



勇者「洞窟……ですか」

村長「いかにも。最近村の外れの洞窟に何かよからぬものが棲みついてしまったようでしてなあ。
   どうもコウモリの群れらしいのですが」
   
剣士「コウモリ駆除?」

村長「ただのコウモリだったら村の若い衆が何とかできるのですがねえ、どうにも魔物みたいなんですよ。 
   そこで!!王都よりいらっしゃった勇者様に!!我らの村を魔物よりお助け頂きたいのです!!」ガシ
   
勇者「わ分かりました、分かりましたから。明日の朝に様子を見てきます」

村長「おおなんと頼もしい!いやー流石ですなあ。頑張ってくださいませ!」

勇者「ハハハ……」





宿屋


剣士「じゃあ勇者、おやすみ」

勇者「おやすみ」

剣士「……」

勇者「?」

剣士「いや、なにも言わないんだなって思って。明日のこと。またついてきちゃだめだーって言われるかと思ったのに」

勇者「言って聞く君じゃないなって思ったのさ」

剣士「アハハ、その通りだよ。明日頑張ろうね!おやすみ」


勇者(……なんてな。明日は剣士が起きる前にさっさと洞窟に行って魔物かどうか確認してこよう)

勇者(早く寝て魔力回復させないと。よし、寝よう……)

勇者(……)








剣士「勇者?勇者、いるの?」コンコン

剣士「……入るよ」ガチャ

剣士「…………」

剣士「勇者、起きて。洞窟行かなくちゃ」

勇者「……う……ん。行く行く……行きます……」

剣士「朝弱いの変わってないね。でも昨日すごく疲れてたみたいだし、仕方ないのかも」

勇者「……」

勇者「ん!?」ガバ

剣士「うわっ 急に起きた」

勇者(なんで剣士がここに?…………あれっ。僕もしかして寝過ごした?)

剣士「ほら、よだれ垂れてるし髪ぐしゃぐしゃだし、まず顔洗ってきて」

勇者「あ……ああうん」

勇者(うわあああ……完全に寝過ごした……ハァ)






剣士「髪、縛ってあげるよ。はい、鏡の前の椅子に座って」

勇者「髪なんて適当に括るからいいよ」

剣士「私がやりたいのっ。……ねえ、髪伸ばしたんだね。最初見たときちょっとびっくりしたんだよ」

勇者「願掛けだよ。魔王を無事倒せるようにってさ」

剣士「ふうん。おまじないみたいなもの?」

勇者「剣士は……髪切ったんだね。長くてきれいな髪だったのに」

剣士「だって剣で戦うのに邪魔でしょ?だから思い切って短くしちゃった」

剣士「……変かな?」

勇者「いや。そんなことないよ」

剣士「…………」

剣士「……じゃあじゃあ、どう思う?似合ってる?かわいい? ちゃーんと言ってね!ほらほら早く!」

勇者「似合ってるし、かわいいよ」

剣士「え」

剣士「…………………はいもうおしまい!できたよ!完成!」クルッ

剣士「もーーっ!なんで私がこうなるのっ。意味わかんない!ばか!」

勇者「ええっ なんで怒ってるんだ。本当にそう思ってるって。かわいいよ」

剣士「うあああーーーーっもういいから全部忘れて!なんでもないのゴメンね!じゃあ宿屋の外で待ってるから着替えしてきてね!」ダッ


ドタバタ ドンガラガッシャン バリーン ドタンバタン バタン


勇者「うわっ 音から察するにまた窓ガラス割ってる!早く行かないと」



続く

レスありがとうございます
また今回も長くなりそうなので暇なときに覗いてくれれば嬉しいです




村の北の洞窟


剣士「ここが魔族かもしれない生き物が棲みついてる洞窟だね」

勇者「うん……まあ」

剣士「よし、気合い入れてかなくっちゃ!行くよ勇者!」

勇者「あのさ」

剣士「うわあ真っ暗。ちょっと不気味だなあ」

勇者「……。もうついてくるなとは言わないから、せめて僕から離れないでね」

剣士「うん分かった!」

勇者「あれ?その木刀どうしたの?」

剣士「村長さんに貸してもらったの。武器屋さんで買った剣重くって全然攻撃当たらないんだもの」

勇者「そっか。確かに木刀の方が軽いし振りやすいかもね」

剣士「今日は私も活躍するから!」




勇者「結構大きい洞窟だね。今のところ何も見当たらないけど……奥までどれくらいなんだろう」

剣士「……本当に魔族がいるのかな?」

剣士「だって、私たちの国はまだ塔が魔族に占領されてないんでしょ?
   女神様がまだ国を護ってくれてるはずなのに、どうやって魔族がここまで入ってこれたの?」
   
勇者「女神の守護はそもそも3つの塔で完成するものらしいから、一つでも欠けた時点で完全な守護とは言えないけど」

勇者「なんでも、力の強い魔族ほど女神様の聖なる力に阻まれてこっちの国への侵入が困難になるらしいよ。
   逆に言うとあんまり力のない魔族は意外とすんなり入り込めてしまうんじゃないかな」
   
剣士「そういう仕組みなんだ。じゃあ、この洞窟にいるかもしれない魔族も、そんな強くないんだね。よかったー!」

勇者「油断はしない方が……、あ」







バサバサッ!

<吸血バットABCDEが襲いかかってきた!>



剣士「うわ……! なに……!? コ、コウモリっ?」

勇者「いや」


<吸血バットの超音波攻撃!>
<剣士は平衡感覚を失った!>


剣士「あれっ……?」フラフラ

勇者「剣士! いまの攻撃、やっぱりこの洞窟にいるのは魔族なのか」

勇者「じゃあ殺さないと」

勇者「剣士は下がってて」スッ

剣士「勇者?」


<勇者の全体火炎魔法!>
<吸血バットABCDEは死んだ。>


勇者「まだ奥にもいるな。入り口から一本道で助かった。一匹も逃がさず消さないと」

剣士「えっ……?」

勇者「魔族だったなら全部殺さないと……そうしないとあの村の人たちが安心して暮らせないしね」

剣士「あ……うん、そうだよね」

勇者「どうかした?」

剣士「ううん。……ちょっとびっくりしちゃっただけ。
   村にいたときは勇者ってあんまりそういうの好きじゃなかったじゃない」

勇者「そういうの? よく分からないけど、死体を見たくないなら今のうちに引き返した方が」

剣士「ううんなんでもない。……私も一緒に戦うよ」スッ

剣士「勇者、伏せて」

勇者「えっ?」

剣士「おりゃあっ!」


バット「ギャッ」

<剣士の攻撃!>
<吸血バットFGを殺した。>


勇者「いつの間に後ろに――」

剣士「さっ、奥に進もう」ニコ

勇者「……ああ」





……

<勇者の全体火炎魔法!>
<吸血バットGHIJは死んだ。>

……

<剣士の攻撃!>
<吸血バットKLは死んだ。>

……

<吸血バットMNOPは死んだ。>

……

……


剣士「魔族って言っても、本当にあんまり強くないね。あの変な鳴き声さえなければ普通のコウモリと変わらないよ」

勇者「そうだね。もう随分奥まで進んだし、そろそろ終わりかな」


ギギギギギギ……


剣士「……」

勇者「……」

剣士「なんか今奥から聞こえた?」

勇者「気のせいじゃないかな」

剣士「絶対違うよ!!聞こえたよ!!コウモリにあるまじき鳴き声が聞こえたもんね!!
   ねえ、一旦引き返そうよ!嫌な予感しかしないよー!」
   
勇者「剣士だけ先に帰っててくれ」スタスタ

剣士「もうそればっかじゃん!ねえ勇者ってば…………」

剣士「~~私も行く!置いてかないで!」






勇者「ここが最奥……広い空間にでたな。上の方に何か蠢いてるのが分かるけど、ランプの灯りが届かないせいでよく見えないな」

剣士「『蠢いてる』時点でヤバイ香りがぷんぷんするよおおお 字面が既にこわいよおおお」

勇者「火炎魔法で辺りを照らしてみよう。ちょっと下がっててくれないか」

剣士「ええっ……そんなことしたら怒らせちゃうんじゃ……」


<勇者の火炎魔法!>
<吸血バットのボスが勇者たちに向かって飛んできた!>


ボス「ギギギギギギギギギギ……!」

剣士「いやあああああああああ!コッココココココウモリっていうレベルの大きさじゃないいいい!」

勇者「普通に僕たちくらいの大きさがあるな……これに血なんて吸われたら一気に出血死だ」

剣士「そうだね!!死んじゃうね!!」


<勇者の火炎魔法!>
<ボスバットはひらりとかわした!>


勇者「避けられるな。せまい道におびき寄せて戦った方が有利か。剣士、こっちに!」

剣士「えあっ、あ、うん!」






<勇者の火炎魔法! ボスバットにダメージを与えた!>
<ボスバットの超音波攻撃!>


剣士「うっ……また……」


<勇者は異常回復魔法を唱えた!>


勇者「大丈夫?」

剣士「あ、治った。うん平気!よ、よよよっし、勇者は下がっててね!私が前衛やるからね!」

勇者「えっ いや別にいいよ!?ていうか木刀じゃあ……」

ボスバット「ギイイイィィィィィ!!」バッ

剣士「ひえええええええええ顔怖いぃぃぃぃぃぃぃっうわああああああああ」


<剣士の渾身の一撃! ボスバットにダメージを与えた!>
<ボスバットは動かない>


剣士「や……やった?やった!倒したよ勇者!み、見た?」

勇者「う、うん、見た」

剣士「あーんめちゃくちゃこわがっだぁぁぁぁなにこれぇぇぇ」

勇者「すごいじゃないか。ありが――、!」

勇者「危ない!」グイ

剣士「え?なに?」


ガブッ


<ボスバットの吸血! 勇者にダメージを与えた!>
<ボスバットは体力を回復させた!>


剣士「なっ……、え!?まだ生きて……」

剣士「こ……この!化け物っ!!勇者から離れて!!」ブン

ボスバット「ギッ」

勇者「よし」


<勇者の火炎魔法!>
<ボスバットは炎に包まれた!断末魔が洞窟に響いた!>
<ボスバットを殺した。>




勇者「終わったな」

剣士「勇者、腕……大丈夫!?貧血になってない!?」

勇者「ちょっと目眩がするくらいだからだいじょモガッ」

剣士「しっかりして勇者!!薬草食べて!!いっぱい持ってきたからっ!死んじゃだめだよ勇者あああ」

勇者「いや薬草はもういモガッ 息できなガフッモガ 死っ……」

剣士「勇者ーー!!!! いやーーーっ!!!!」



<GAME OVER...>





村長「勇者様?勇者様どうなさいましたかの!?」

勇者「ハッ…… という夢を見たんだ」

剣士「洞窟にいる魔族は全部倒したから、もう大丈夫だよ」

村長「いやあ有り難い!!どうもありがとうございました!!これで村の皆も魔族に怯えずに安心して暮らせます!
   お礼にコレ、村一同から勇者様と剣士様に!!」
   
勇者「なんですかこれ?」

村長「村の特産品のたばこです!!!風呂敷にいっぱい包んだので勇者様もどうぞ嗜まれてみては如何でしょう!!
   一本吸えば嫌なことも辛いこともすぐに忘れられますよ!!」

勇者「え? あ、あー……ありがとうございます」

剣士「ねえ村長さん。この木刀ありがとう。返すね」

村長「いえその木刀もよろしければ差し上げますよ」

剣士「本当?いいの?」

村長「ええ、ええ、どうぞどうぞ。剣士様に使って頂けるならば木刀も嬉しいでしょう」

剣士「ありがとう!」



<勇者と剣士は「ちょっと怪しい煙草」と「木刀」を手に入れた>
<二人は村を発った>



いったんここまでで



勇者「なんか変な村だったなあ」

剣士「そう?おもしろい人たちばっかりで楽しかったよ」

勇者「う、うーん……そう?」

剣士「次はどこに行くの?この道まっすぐかな」

勇者「確かそのはずだと思うよ。次は確か……弓使いの里だ」

剣士「へえ。誰か仲間になってくれるといいね」

勇者「ほんとにね」



剣士「ねえ、ところで。その煙草どうするの?」

勇者「どうしようか。次の村で売ろうか」

剣士「えーーっ 売っちゃうの!?」

勇者「僕も君も煙草なんて吸わないだろう。それにちょっと……なんか……危ない気配を感じたし」

剣士「せっかくだから吸ってみる?」ワクワク

勇者「僕の話聞いてた? 絶対だめだからね」

剣士「ちえ。勇者のケチ」







* * *


泉の村


妹「はあ…はあ…」タッタッタ

妹(ちょっと遅くなっちゃった……。あ、青年さん。もう泉で待ってる)

妹「ごめんなさい!遅れてしまって……!」

青年「あ……。大丈夫だよ、僕もさっき来たばっかりさ」

妹「あの、今日はアップルパイ焼いてきたの。甘いものって好き?」

青年「え!!だ、大好物だよ。食べていいのかい?」

妹「もちろん。城の料理長に聞いていっぱい練習したから、おいしいと思うの……たぶん」

青年「城?料理長……?」

妹「あっ……」

青年「君って、もしかして貴族のお譲さんなのかい?」

妹「やっ違……あの……冗談よ冗談!そういう冗談なの!えへへ」

青年「はは、なんだ。驚いちゃったよ」

妹「ふふふ……」ダラダラ






青年「あのさ。この間……うちの親に君のことを聞かれたんだ」

妹「私のことを?」

青年「いろいろ話したら、君に会いたいって盛り上がっちゃって……よかったら、今度僕の家族に会ってみないかい」

妹「あ、うん。えっと……」

青年「い、嫌なら全然いいんだ、断ってくれて!ごめんね、急にこんなこと言いだして!」

妹「嫌じゃないの!ええとね……夕暮れ時、なら大丈夫だと思うの」

青年「夕暮れ時、か。すごく嬉しいんだけど、いつも僕たちがここで会うのも夕暮れの時だね。
   なにか昼に用事でもあるのかい?」
   
妹「ちょっとね。えへへ」

妹「あっ、もう時間だわ。帰らないと」

妹「お父様とお母様に会える日を楽しみにしてますね。じゃあ、また今度!」タッ

青年「僕も楽しみにしてるよ。ありがとう……って、速いな……彼女」



タッタッタ……


妹「ここらへんでいいかしら…… 転移魔法」シュン







魔王城



妹「ふう。 なんだかあっという間だったわ…… もっとお話できたらいいのに」

妹「でも夕暮れ時じゃないと、私の目が赤いってことばれちゃうし。
  赤目の人間なんていないものね……あーんもう!変身魔法が得意だったらよかったのにぃぃ」ガンガン
  
兄「なに一人で壁を殴ってるんだ。やめなさい」

妹「兄さん!」

兄「父上の部屋には行ったか?この間伝えただろう」

妹「あ、うん。行ったけどお父様体調が悪かったみたいで、お話聴けなかったわ」

兄「なら今日は体調が優れてるみたいだから会いに行くといい」

妹「そうする……。……ねえ兄さん。お父様大丈夫だよね?病気治るよね」

兄「だといいが……あんまり楽観視はできないな。……」

妹「お父様がもし亡くなったら、兄さんが魔王を継ぐのよね」

兄「そうなるだろうな」

妹「……そう。……に、兄さんは」

兄「なんだ?」

妹「……ごめんなさい。なんでもないわ。じゃあお父様のところに行ってきます」

兄「おい? なんなんだ……」






バタバタ


兄「……ん?」

ハーピー「あ、王子様。こんばんは」

兄「どうした?そんなに慌てて」

ハーピー「それが、秘薬をつくるための月下草の在り処が分かったんですよ!!!」

兄「秘薬?一体なんの……」

兄「……ああ。お前の息子のためか。確かあいつは……」

ハーピー「ええ、不治の病に冒されております。でも、月下草が見つかればまた元気な姿を見せてくれるはずです。
     ああ、本当によかった……これから草を取りに行こうと思ってるのですよ」
     
兄「そうか、それはよかった。月下草はどこにあるんだ?」

ハーピー「太陽の国の山奥です」

兄「なに?人間領に草を取りに行くのか? 危険だろう」

ハーピー「雲の上を飛んでゆくから大丈夫ですよ。
     人も住んでない山にあるそうですから、人間に見つかることもないでしょう」

兄「あの塔を制圧するまで待てないか?そうしたら俺がとりに行ってやろう」

ハーピー「もうあまり時間がないのですよ。最近あの子の体調はどんどん悪くなるばかりで……早く治してあげないと。
     心配しないでください。私なら大丈夫です」

兄「そうか?」

ハーピー「魔王様のご病気も、秘薬で治ればいいのですが……」

兄「父上の病を治す手立てはない。気にせず息子のためだけに使え」

ハーピー「ありがとうございます。ではさっそく行ってまいります」

兄「気をつけろよ」

ハーピー「はい。息子のために必ず月下草を持ち帰ってみせますよ」







妹「お父様……?」

魔王「ああ、来たか。入れ」

妹「今日はお身体大丈夫なんですか?」

魔王「ああ……」

魔王「そこに座れ。お前に話がある……」

妹「は、はい」

魔王「いいかよく聴け。私がいなくなった後はお前の兄と力を合わせて魔族を護り抜くのだぞ」

魔王「お前は魔力は兄に及ばぬが、夢見の力がある……遙か未来を見通す力がな……
   お前の母、私の妻ももっていた力だ。その力をもってして必ずや我らの悲願を達成しろ」
   
魔王「人間を全て我らの支配下におくのだ。お前は魔王の娘だ……そのことを一時たりとも忘れるでない。
   私亡き後もお前の使命をまっとうしろ」
   
妹「わ……私、私……そんなこと……できません」

魔王「何故だ。何を迷っている」

妹「私は……わ、私……人が好きです」

魔王「……」

魔王「……ハァ……」

妹「……ぅ」








魔王「……娘よ」

妹「……っ!」

魔王「私も人には感謝しておる……」

妹「……えっ?」

妹「じゃあ……!」

魔王「人間の存在があったおかげで魔族を統一できた。魔族同士に向かう敵意の矛先を束ねて全て人間に向けることができた……
   人間どもには憎しみと蔑みと同じくらいの感謝の念を持っておる」
   
妹「……」

魔王「この戦争の始まり……あいつらが火蓋を切らなければ私がそうしていただろう。
   しかし事実戦いを挑んできたのは紛れもなく人間どもだ。それでもお前は人間が好きか」
   
妹「でも……」

魔王「……ハァ。これでは私もまだ妻に会いにいけないな。
   ゴホッ……戦争の始まりを、お前の兄に聴け。人間がなにをしたのかをな……」
   
魔王「そうすればお前も考えを改めるだろう。もうよい、下がれ……」

妹「……は」

妹「はい……」







* * *

川沿い


剣士「ん~~~~~」

勇者「うーん……おかしいな?地図によるともう弓使いの里が見えてもいい頃なんだけど」

剣士「ねえ!私たち毎回道に迷うよね!!」

勇者「なんだろうね、これ」

剣士「よし、私にまかせて。こうやってね、棒を道に立てて」

勇者「あ。地図これ北と南を逆に見てたな」

剣士「ねえ聞いてよ無視しないで」

勇者「僕たち真逆に進んでたみたいだ。あはは」

剣士「あははって……笑いごとじゃないよ、もー」




数時間後


剣士「あ!あった!!見て勇者、あの崖の上!町がある!」

勇者「よかった……野宿にならなくて。行こうか」

剣士「うん、―――あ」


ビュオッ


剣士「ああっ、風で地図が飛んでっちゃった」

勇者「平気平気。風魔法」ヒュッ

剣士「便利だね、魔法って」






??「……」ジッ






弓使いの里


勇者「やっとついた……けど、なんだかあんまり旅人を歓迎してない町みたいだね」

剣士「すっごい厳つい門だね!木の壁でぐるっと町が囲まれてるし。これ、どうやって町に入ればいいのかなあ」

勇者「とりあえずノック?」コンコン

剣士「門に!? そういう次元じゃないと思うんだけど」

勇者「すみませー……」


ドスッ!!


勇者「ん!?」

剣士「え、なにっ!?」


ドスドスドスッ!!


勇者「矢だ。どこから……とりあえず『風の壁』!」ビュオ

??「その魔法……やっぱり魔族……」

剣士「だれ!?」

狩人「去れ。魔族。去らなければ射る」

勇者「ま、魔族?違うよ、僕たちは……」

狩人「射る。五臓六腑に叩きこむ。ハリネズミも真っ青の剣山状態にする……」

剣士「なんかめちゃくちゃこわいこと言ってるよ!!」

狩人「じゅう……きゅう……はち……」

剣士「ええっ!?いきなりなに!? やばいよ、勇者、私たち剣山になるよ!」

勇者「お、落ち着いて。話せばわかるはずだ」

狩人「なな……飽きた……いち……ぜろ」

勇者「君カウントダウンの意味知ってる!? うわっ!!」ドッ

狩人「宣告はした。猶予も与えた。お前たちを敵とみなす」


<狩人が襲いかかってきた!>


剣士「猶予与えられてないんですけど」





勇者「待ってくれ!さっきの魔法は僕が勇者だから使えるってだけで……」

狩人「勇者?」

狩人「……」

勇者「……」

狩人「勇者には見えない。あり得ない」

勇者「うっ……」

剣士「あーっ!勇者が気にしてることをさらっと言った!いけないんだー!」

狩人「ここらへんは獣も強い。魔族じゃない人間が、二人だけで徒歩でここまで来れるわけない。よってお前たちは魔族」
   
勇者「じゃ、じゃあこの王様から頂いた紋章を見、」

狩人「ごちゃごちゃうるさい」


ヒュッ パキン!!


勇者「……すごいな。あんな遠くから紋章を射るなんて」

剣士「のんきに関心してる場合じゃないよー!!」


<狩人の攻撃!数多の矢が勇者と剣士に降り注ぐ!>


勇者「だから人間だってば!!」

剣士「いやーーーっ」


里長「むっ!?あれは!?」







里長「いやはや、若いもんが失礼したね。大丈夫だったかい」

勇者「……はい」ボロッ

剣士「こわかった……魔族より怖かった」ガタガタ

里長「本当に大丈夫?」

勇者「里長さんが来てくれて助かりました……」


勇者「この里は魔族に襲撃されたことがあるのですか?随分警戒されてるようですが」

里長「いや、幸いなことにまだないよ。
   ただ夜更けなんかに空を飛んでいる魔族の姿が度々目撃されているんだ」
   
里長「この里でなく、里を越えた山にどうやら用があるみたいなんだが……一体何が目的なのやら。
   化け物の考えることはよく分からん」
   
里長「おかげで狩猟を生業にしている俺たちは、森奥まで獲物を追えなくなっちまって困ったもんさ」

剣士「狩猟が生業? だから弓使いの里なんだ」

里長「そうさ。俺たちの弓術は王国一!さっき君たちが苦戦した彼女が、今の里でナンバーワンの実力者だな」

勇者「そういえば、彼女はどこに?」

里長「えーと……」







狩人「……」ギュ

狩人「……」パッ


ガッ!!


剣士「すごーい、百発百中!」

勇者「君が里一番の弓の使い手なんだってね」


パチパチ


狩人「……ああ。……あの」

剣士「え?なに?」


パチパチパチ


狩人「さっきは……その」

勇者「ん?なんだい」


パチパチパチパチパチパチ


狩人「だ、から」

剣士「え。全然聞こえないよ。なに?」


パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ


狩人「うるさい」





狩人「だから。悪かったと言っています。さ……さっきは」

勇者「もう気にしてないよ」

狩人「勇者がいることは長から聞いてた。けど。本当に勇者だと思わなかった。あなたが」

狩人「強そうに見えません。あんまり。だから嘘だと思った。ごめんなさい。勇者には見えません」

勇者「あ……うん……」

剣士「狩人ちゃーん、謝るフリして勇者の心にダメージ与えるのやめて!歯に衣着せよう、ねっ!」

狩人「……」ジッ

勇者「……?」

狩人「筋肉が足りない。と思います。多分強いから。魔王は。もっと鍛えた方がいいです」ペタペタ

勇者「ええ? ちょっと……」

剣士「……」

狩人「とくに腕の筋肉。重要です。あと、こことここ、まず鍛えるべき」

勇者「わ、分かったから」

剣士「……なんで顔赤くしてるのかなっ勇者は。勇者のエッチ」

勇者「してないだろ!?ちがうよ!」







狩人「あなたは」

剣士「あ、私は剣士だよ。よろしくね狩人ちゃん!」

狩人「よろしく。剣……」

剣士「今は木刀なんだけどね、これからちゃんとかっこいい剣持つ予定なんだよ」

狩人「二人は強いですか」

剣士「強いのかなあ?私たち」

勇者「どうだろ。どうしてそんなこと聞くの?」

狩人「強いなら、頼みたいことある」

剣士「なあに?」

狩人「人助けしてほしい」

勇者「いいけど、だれの?」

狩人「私の」

勇者「? いいよ」






狩人「言ってた。長が」

狩人「勇者と言えば人助け。いわばパシリ。雑用係……無料のなんでも屋と」

剣士「えーーっあのおじさん裏でそんなこと言ってたのか!大人ってこわいね!」

勇者「知っちゃいけない面を知っちゃった気分だよ」

勇者「まあ、聞かなかったことにしよう。僕はなにも聞いてない。
   で、狩人が頼みたいことってなんだい?」
   
狩人「森に一緒に入ってほしい」

剣士「森……って、魔族がうろついてて危険なんだよね」

勇者「どうして森の中に入りたいの?」

狩人「ほしいものがある」

狩人「森の奥に生えてるという、ある草がほしいです」

狩人「月下草が」







勇者「月下草?それって万病を治すっていう……あの?森の奥に月下草があるの?」

狩人「ある。らしい」

狩人「お母さんの病気を治すために必要……もう時間がない」

剣士「君のお母さん病気なの?」

狩人「……」コク

剣士「勇者の治癒魔法で治せないのかな?」

勇者「外傷はある程度治せるけど、病気は無理だ。神官もそうだと思う」

狩人「……」

勇者「そういうことなら、月下草をとりに行くのを手伝うよ」

剣士「私も手伝う!」

狩人「……恩に着る」

狩人「本当は森の奥に入るのは禁止されている。だから明日。日の出とともにこっそり一緒にきてほしいです」

勇者「分かった」

剣士「がんばろーね!」






バッサバッサ……


ハーピー「はあ……はあ……けっこう遠いのね」

ハーピー「ずっと雲の上を飛べば人の目につかないのはいいけれど、休めないからちょっと辛いわ」

ハーピー「でも、月下草さえ手に入れば……あの子もきっと元気になってくれる」

ハーピー「待っててね。お母さんが早く薬を作ってあげるからね」

ハーピー「そうしたら一緒に空を飛びましょうね。下から見る青空もきれいだけど、雲の上の空もとってもきれいなのよ」

ハーピー「ふふ。楽しみ」

ハーピー「待っててね」



今日はここまでです



* * *


勇者「……」

剣士「勇者。目閉じながら歩くのやめて。ちゃんと起きてっ!
   これから森に入るんだよ、魔族と遭遇するかもしれないんだよ。しっかりして!」
   
勇者「おきてるよ……」

剣士「起きてないでしょ!焦点合ってないからね?虚ろな目しすぎ。
   あ。おはよう狩人ちゃん」
   
狩人「おはよう」

勇者「おはよう。じゃあ、森に入ろうか」ゴン

剣士「ちゃんと前見て!それ木!!」







ザカザカ ザカザカ


勇者「もう森の半分くらいまで来たかな」

狩人「多分」

剣士「そろそろ魔族が出てくる頃かな。大分奥まできたよね」

狩人「……!」ピク

狩人「伏せて」サッ

剣士「え? っうあわあああああ!?」


ビュッ  ――ドッ!


狩人「魔族……!!」ニヤ


<ゴブリンABCが襲いかかってきた!>
<魔鴉が空から襲いかかってきた!>



狩人「あはっ……」

剣士「うわっ!敵だ!よし、行くよっ」

狩人「……」ビュッ

剣士「はぁ!――っあぁぁぁ!?」サッ


<狩人の攻撃!ゴブリンにダメージを与えた!>


剣士「わ、ああ、今、矢が頬を掠めたよ!あ、あ、危ないじゃん!ななななにするの?」

狩人「問題ない。当たらないように射った。剣士には」

剣士「で、でも今びゅって!びゅって聞こえた!耳元でっ。避けなきゃ当たってたよお」

狩人「避けなくてもよかった。ちゃんと剣士の1cm横を通過するように射った」

剣士「1cmって!!近いわ!!」


勇者「二人とも……敵を背にして喧嘩をしだすのはやめてくれ」

剣士「あっそういえば魔族は!?」

勇者「もう片付けた」




勇者「それにしても狩人の弓術はすごいね。王都の弓兵にも劣らないんじゃないかな」

狩人「本当に!?」

勇者「え!? う、うん。嘘じゃない」

狩人「……私はお母さんの病が治ったら、王都に行って弓兵になる。つもり」

剣士「へー!そうなんだ」

狩人「それで……魔族を一匹残らず串刺しにするのが、夢」ニッコリ

剣士「へー!すっごいいい笑顔!眩しいや!」


勇者「どうして?」

狩人「……?」

勇者「どうしてそう思うの?」

狩人「……理由なんて、ない。強いて言うなら敵だから。それだけ」

狩人「先を急ぐ」スタスタ






山頂


狩人「あ……あった! これがあれば……」

剣士「これがゲッカソーなんだ。きれいな草だね。苦そう」

狩人「月下草」

剣士「ゲッカソー」

狩人「……」

勇者「無事見つかってよかった。じゃあ、山を降りよう」


ザッ……ザカザカ……


勇者「……?なんだ?村の人か……?」

狩人「それはない。魔族がでるのに、こんな森の奥まで来る無鉄砲で無謀な人間は私たちだけ」

剣士「ええー」

勇者「とすると」



ハーピー「…………!!」

勇者「……魔族か」

ハーピー「ewakgw! fjewoi!!」

剣士「な……なに??」

狩人「魔族だ。ふふ」サッ

勇者「下がって二人とも」

剣士「勇者こそ下がって。わわっ私が守るから!」




ハーピー「kfoepaf! jiwofmslkv!!」

勇者「……? 狩人、ちょっと待ってくれ。なんか様子がおかしい」

勇者(なんだ?威嚇じゃない……。どこを見ている? 月下草を見てるのか?)

狩人「何故止める?勇者」

剣士「あっ 来るよ!」


<ハーピーが襲いかかってきた!>
<ハーピーは空高く舞い上がった!>


勇者「!」


<ハーピーの かまいたち!>
<勇者たちにダメージを与えた!>


剣士「いたっいたたたたっ」

狩人「くっ……目が」


<再びハーピーの かまいたち!>
<勇者たちは動けない!>


勇者「ぐ、この……っ!」


<勇者は風魔法を唱えた!>
<かまいたちを相殺した!>


ダッ タタンッ!


狩人「よし」







ハーピー「jfrioe!」

勇者「また来るぞ。もう一回僕が相殺するからその間に狩人、君が――」

勇者「あれ!?いない?一体どこに……」

剣士「あ……あの木の上」

狩人「勇者が魔法を使う必要はない。もう終わる。目を潰す」

狩人「……あはっ」


<狩人の攻撃! ハーピーの右目に矢が突き刺さった!>


ハーピー「ギャアアアァァァァァッ」







<ハーピーは大きくよろめいた!>


剣士「!! 今なら届く……っ!」


<剣士の攻撃!>


剣士「………………っう……!?」ピタ

剣士(涙…………!? まさか……)

狩人「剣士っ なにをして……」

ハーピー「ギャアアッ!ギャアアアア!」バッサバッサ

勇者「危ない!」グイッ


<勇者の風魔法! ハーピーの首を斬り落とした!>

<ハーピーを殺した。>


剣士「あっ……!」





ビチャビチャビチャッ
……ゴトッ ドサッ


剣士「あ……あ」

狩人「勇者、血まみれ。すぐ拭いた方がいい。魔族の血にどんな毒があるか分からないです。傷口から感染したらまずい。です」

勇者「……。ああ、そうだね。これじゃ里の人たち驚かせちゃうな。
   あと二人ともさっきのでできた傷、治癒魔法で治すから……」
   
勇者「剣士、大丈夫? 足でもくじいた?」

剣士「……」

勇者「剣士?」

剣士「!!」ビク

勇者「……」

剣士「えっあっ……ご、ごめんね。なんでもない!私はどこもけがしてないよ」

剣士「草は手に入ったんだし、もう森を出ようよ。早く狩人ちゃんのお母さんに薬飲ませてあげたいし、ねっ!」

勇者「……うん」


勇者「そうだね」






* * *


狩人母「はーアカンこれもうアカン。もう死ぬ。死ぬな。みんな元気でな」

狩人父「母ちゃん死ぬなーー!! ええい狩人はどこに行ってる!!母ちゃんの今際の時だぞ!!」

狩人母「あのな、夜の花畑にいまおるわ。月はないけど花が光っててきれいやわ。
    そんでフードで顔隠した子どもがカンテラもって向こうから歩いて来とる。お迎えやな……」
    
狩人父「かあちゃーーーーーーーん!!あかんで行ったらアカンで!!」


バーーン

狩人「お母さん!」

狩人父「おう娘!どこ行っとった!母ちゃんにあいさつしい!!」

狩人「その必要はない」ズボ

狩人母「ガボッゴボゴボゴクッ」

狩人母「あれま!体が軽い!私治ったん!?」

狩人父「か、母ちゃん!狩人、お、お前さっきの薬をどっから!?」

狩人「お母さん……よかった……」


勇者「結構きわどいタイミングだったな……」

剣士「ま、間に合ってよかったね、ほんと」

狩人父「なにい!?この子たちと一緒に森の奥の草とってきたあ!?
    バッキャローお前なんてあぶあぶあああぶないことしやがってんでい!」
    
狩人父「しかしでかした!勇者くんに剣士ちゃん!協力してくれてありがとなっ!!
    今日は母ちゃんの快気祝いで宴会やっから二人も参加してくれよな!!」バシバシ
    
狩人母「病み上がりレベルマックスだけど私が腕によりをかけて料理を作るわよ。食べていきんしゃい」ガバッ

狩人父「ちょっと肉獲ってくる!!!俺の大弓どこだあ!!」

狩人「……ここ」


剣士「あの二人の中でどうして狩人ちゃんがそんな寡黙に育ったのか、とっても不思議だな、私」

勇者「同感だ」








* * *

翌日


剣士「んーっっ いい天気!」

剣士「次はー、木漏れ日の町だね。どんなところかなー。木がいっぱいあるのかなー」

勇者「狩人いなかったね。最後にあいさつしてこの里を後にしたかったんだけど」

剣士「ね。たくさんいろんなところ捜したのに。家にもいなかったし……
   しょうがないから置き手紙してきたけど、ちゃんと顔合わせてお別れしたかったな」
   
勇者「まあ、仕方ないね。
   さ。今回は迷わずに次の町に行くぞ。方角は……間違えてないな。このまま真っ直ぐだ」
   
剣士「そうだね!今日は迷わずに行けそうだね」


  「……隣の町はそこを真っ直ぐじゃなくて、右」
  
勇者「えっ!」

剣士「狩人ちゃん!」

狩人「というかそこの看板にもそう書いてある。何故真っ直ぐ行こうと思ったですか」

剣士「狩人ちゃんもしかして仲間になってくれるの!?わーいやったー!!よろしくね!!」

狩人「違う。私は王都に行きます」

勇者「弓兵団の入団審査を受けに?」

狩人「そう。でも、それまで一緒についていく」
   
勇者「嬉しいけど、いいの?お母さん病気から治ったばっかりじゃないか」

狩人「うん。もともと旅立つつもりだった。
   ……別に二人が心配だからという理由じゃないです。特に地理面に関して心配すぎるなんて思ってないです」
   
剣士「私たちのこと心配してくれてるんだ!ありがとう狩人ちゃん!」

狩人「だから違う」

勇者「ありがとう。心配してくれて」

狩人「違う!」



<狩人が仲間になった!>








* * *


狩人「あそこ。木漏れ日の町。つきました」

勇者「……」

剣士「……」

狩人「?」

勇者「はっや」

剣士「こんな短時間で次の町についたの初めて」

狩人「これが普通……二人が時間かかりすぎ。頭おかしい。かわいそうです」

勇者「狩人って時々抉るような毒舌になるよね」

剣士「あーっ 見てみて二人とも!あっちに薄ら見えてるのって、太陽の塔?私初めて見た!」


勇者「ああ、本当だ。もうここからでも見えるのか。結構進んだな」

狩人「勇者はあそこに行くのですか」

勇者「そうだよ」

狩人「遠い……」

勇者「遠いんだ」

狩人「頑張って……」

勇者「その憐みに満ちた目をやめてくれ。地図もあるから迷わず行けるって」






木漏れ日の町


がやがや がやがや


剣士「? なんかさ、そんなに大きい町じゃないのに賑やか?だね?」

勇者「なんだろ」

勇者「あ。あそこの馬車にかかっている旗、王都騎士団の……?」

勇者「まさか、」

剣士「……!」


ヒュッ!!


剣士「勇者っ 危ない!」バッ

勇者「!?」


ガッ!
キィン!!


勇者「…………」

??「…………ふむ」

剣士「だれ?いきなり斬りかかるなんて、どういうつもり!?」ガッ

??「ハッハッハッハッハ!これは失礼」チャキ

勇者「本当に、会う度会う度斬りかかってくるのやめてくれ。僕は剣使いじゃないって何度も何度も……」

??「なにを言う!男は剣を握ってこそだ!しかし勇者、しばらく見ないうちに腕が鈍っただろ。
   剣を構えるスピードが隣のお嬢さんより遅かった。せっかく王都で俺が直々に教えてやったのにもう忘れたか!」
   
剣士「え、勇者の知り合い?」

勇者「うん。彼は王都騎士団の副団長を務めていて、僕が王都にいる間に剣を教えてくれた……というか教わらされた?人だよ」

副団長「初めまして剣使いのお嬢さん。それに、そちらの弓使いのお嬢さんも。お会いできて光栄だ」

副団長「ハッハハ!それにしてもいい仲間に恵まれたな、勇者、なあ?
    俺が王都で仲間を募集しておいてやったことが実を結んだな!両手に花じゃないか!」
    
勇者「王都で仲間?一体なんのこと……ハッ!!
   あ、ああ。そうなんだよ。ありがとう」
   
剣士「え?違うよ? ね、狩人ちゃん。私は勇者と同じ村出身で、狩人ちゃんは隣の弓使いの里で仲間になったんだよ」

狩人「……」コク

剣士「王都では勇者の仲間になりたいって人、一人もいなかったんだよ。圧倒的ゼロ人だったよ」

副団長「な…………なんだと?」

勇者「だっ、ば、剣士、シーッ!!」






剣士「へ? なんで?」

副団長「ウ……ウオ……うおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ!!!なんったることだああああああああっ!!!!」

剣士「」ビク

副団長「せっかく勇者の旅立ちを彩ってやろうと思って根回ししといたのに、よもやそんなことになっていたとは!!
    くそっっ!!すまんな勇者!!お前がどんな気持ちで王都を後にしたか察するに余りある!!」
    
勇者「いや大丈夫だから気にしないで」

副団長「大丈夫なわけ、あるかぁぁぁぁああっ!!!!!
    俺がこんなザマだからあの魔術師にも『ミスター裏目野郎』などと馬鹿にされる!!!しかし的を射ているッ!!!言い返せないッッ!!!!!!」ピュー

剣士「いっ!? ち、血がでてるよ!」

勇者「副団長。また血圧上げすぎて米神の血管ぶち破ってるよ。治癒魔法」

狩人「……」

副団長「ハァッ……ハァ……アアアアアアアアアア゛ア゛ッ!!!!」

副団長「ところでこんなところで会うとは思わなかったよ。もうとっくに太陽の塔に到達しているかと」

副団長「さては道に迷ったな? ハハハ。初めての旅だからな、そうなるのも無理はない」
    
剣士「副団長さんの情緒と血圧がとっても心配!」

狩人「多分二重人格者か何か。と思う」

勇者「違う違う。熱しやすく冷めやすいだけだから」

副団長「言葉の意味が違うぞ、勇者!」








勇者「どうして副団長がここに?」

副団長「ああ。なんでもな、この町が夜に吸血鬼に襲われていると報告があって、様子を見に来たんだ」

狩人「吸血鬼……それって」

副団長「そう、魔王の部下の四天王だ。しかし、報告を聞く限り奴じゃあないらしいな。あいつはまだこっちに入ってこれないんだろう。
    でも、ま、警戒しておくに越したことはない。ここは国境にも近いしな」
    
副団長「ここの領主に属してる騎士団も警護にあたってるが、俺らからも何人か腕の立つ者を置いておくことにした。
    俺は一週間くらいしたら王都に帰らなければならないけどな」
    
副団長「少し心配だったが、お前がちょうどいまここに訪れてくれて安心した。
    しばらくここにいてやってくれないか、勇者。町の人々も不安がっているんだ」
    
剣士「でも、塔に急いで行かなくちゃいけないんじゃないの?」

副団長「塔のことなら、三勇士が守ってくれている。それよりもこの町の吸血鬼の方が厄介だ。
    俺が滞在してる一週間のうちにいっそ襲ってきてくれればいいんだがなぁ。全員斬ってやるのに」

    
    
副団長「ところでまた話が変わるが。剣士くん。君の剣術は独流かい?」


剣士「ちがうよ。お父さんに教わったんだよ」

副団長「ふむ、そうか?それは失礼。しかし、少し変わった流派だな。
    よければこれもまた修業だと思って、違う流派の剣を習ってみないか? 女騎士、ちょっとこちらへ」
    
女騎士「はい、なんでしょう?」

副団長「彼女は女性ながら騎士団でも十本の指に入るほどの剣の使い手だ。彼女に剣を習うといいよ。
    剣は……木刀か。それなら女騎士、剣士くんに合う剣を武器屋で一緒に選んであげてくれ。
    この先魔族との戦いでは真剣が必要になってくるだろうからな」
    
女騎士「了解しました」


勇者「いや。せっかくだけど必要ないよ」

剣士「えっ?」








副団長「どうしてだ?勇者。彼女は君の仲間だろう?」

勇者「副団長。君が帰るときに剣士を王都まで連れていってあげてくれないかな。
   それで村まで無事に帰れるよう馬車を手配してくれないか」
   
副団長「それはお安い御用だが」

剣士「勇者、勝手なこと言わないで。私はっ」

勇者「最初からそういう約束だっただろ?」

剣士「で、でも!」

勇者「剣士……無理しなくていいんだ。本当は怖いんだろ?」

勇者「魔族とは言え生き物を殺すのが。血を見るのが。肉を斬り裂くのが。
   ここで引き返さないと、もっとひどいものを見ることになるよ」

剣士「怖くなんて――ないよっ。私はちゃんと覚悟してきた!」

勇者「怖くていいんだ。剣士はそのままでいい。君は剣なんて握る必要ないんだから。
   大丈夫!安心して村で待っててくれよ。ちゃんと魔王を倒して帰るからさ」
   
剣士「でも……」

勇者「剣士」



剣士「……分か……った……」

勇者「うん」







勇者「狩人はどうする?王都へ行きたいんだったよね」

狩人「私は、せっかくだから、もうちょっと協力します。勇者に。恩人ですから」

勇者「そっか。助かるよ」


副団長「俺は余計なことしてしまったかな。まあ、そういうことなら責任持って剣士くんを送り届けるよ」

女騎士「副団長。あちらで領主の騎士団長が呼んでます」

副団長「おっといけない! ゆっくり昔話してる暇もないな。じゃあな、勇者。それに剣士くん、狩人くん。ハッハッハッハ」

女騎士「では、失礼します」







宿屋


剣士「……ハァ」

狩人「ため息」

剣士「そう。ため息」

狩人「どうかしたの。ですか」

剣士「……狩人ちゃんともせっかく友だちになれたのに、お別れだね」

狩人「友だち?」

剣士「えっ。ち、ちがう? ごめんね!なんでもない!」

狩人「いや……別に……いい」

剣士「ほんと? ありがと」

狩人「……う」


狩人「……ところで、あなたは向いてないです。戦うの。やっぱり王都に帰った方がいい」

剣士「む、向いてないなんて。これでも前より剣の腕上がったんだよ。最初は敵に当てるのすら難しかったんだから」

狩人「そういうことではない。心の問題」

狩人「里ではみんな狩りの最初に教わる。獣に一瞬でも怯んじゃだめ。こちらが死ぬって。
   あなたは本当は怖いと思ってる。獣も魔族も。警戒は必要、だけど恐怖はだめ。です」
   
剣士「……分かってるよ。……それに、あのときはっ!あのときは……怖いとかじゃなくて、
   あのハーピーが泣いてたみたいに見えて、表情があるように見えて」
   
剣士「まるで人間みたいだなって思ったら……腕が動かなかった。怖いのも……あるかもしれない、けど」

狩人「人間みたい? それはない」

剣士「見間違えかな……」

狩人「多分そう」



狩人「吸血鬼は町の西から来るみたい。少し歩いたところにある西の修道院に、私と勇者は明日から滞在する」

剣士「じゃあ明日でお別れだね」

狩人「……」コク

剣士「勇者を、よろしくね」

狩人「はい」





* * *


勇者「じゃあ剣士。副団長が君を村まで送り届けてくれるから。元気でね。村のみんなによろしく」

剣士「うん、ちゃんと伝えておくね。勇者も狩人ちゃんも、元気で」

狩人「さようなら」

剣士「さようなら……。 勇者、私待ってるからね。早く帰ってきてね」

勇者「ああ。できるだけ早く帰るよ」

狩人「道に迷わなければいい」

勇者「うっ、そうだね。その通りだ」

剣士「……あはは」

勇者「それじゃあね、剣士」

剣士「うん。行ってらっしゃい」




剣士「……行っちゃった……」

剣士「これでいいよね」






剣士(二人の後ろ姿がどんどん小さくなって、森に消えちゃった)

剣士(もう見えない)

剣士(……でもこれでいいよね! これが一番正しいよ。だって私なんて足手まといにしか、ならないもんね)

剣士(私は狩人ちゃんみたいに、小さいときから弓を扱ってたわけじゃないし。
   勇者みたいに神様に選ばれて特別な力を使えるわけじゃないし)
   
剣士(ただの田舎娘だもん。畑耕すくらいしか能がない、ただの田舎娘。剣なんて、剣なんてさ!
   最初から無理だったんだよ、私には)
   
剣士(私は2年間で全然強くなれなかったけど、勇者は変わっちゃったんだ。
   首を魔法で切り落として……血を浴びても平気な顔して……昔は虫を殺すのにも戸惑ってたのに)
   
剣士(無理だ。私には。今でもあのハーピーの顔と死体を思い出すと吐き気が……)


剣士「だからさ……私は勇者に言われた通り、村で大人しく待ってればいいんだって!」

剣士「勇者はちゃんと帰ってくるよ。帰ってきたら『おかえり』って言って……『お疲れ様』って言ってあげて」

剣士「…………だから全部これでいいよね! これが一番正しいんだ、きっと」

剣士「これで……いいんだよ」






剣士「……」

剣士「……」

剣士「……」






剣士「………………………………いいわけあるかぁっっ!!!!」


バタンッ!!






ダッダッダッ……


剣士(正しいとか正しくないとか知るかっ 私そういうのよくわかんないし!宿題いっつも勇者に見せてもらってたし!)

剣士(正しくなくても、そんなのどうでもいい。強くないなら強くなればいいよね!)

剣士(だって勇者も……勇者は隠しごとが上手なだけで、本当は……)

剣士(だからっ だから私はーー!!! 私は勇者のっ、!!)

剣士「いた!!!」



男「お待たせしました。ハーブティーでございます」

女騎士「ありがとう。……ふむ、なかなか美味しいな」

女騎士「いい雰囲気の店だ。一人でこうしてゆっくりするのも悪くないな。明日から任務だけど……」

女騎士「窓際の席は眺めがよくていい。行きかう人を見ていると飽きないな」

女騎士「……美味しい」

剣士「女騎士さんっっ!!!!!」バターン

女騎士「ブッ!!」ビチャ



女騎士「……」ボタボタ

剣士「剣。教えてください」

女騎士「……何故だ。何故窓から話しかけてきた」ボタボタ

剣士「理由ですか?」

剣士「……私、勇者のそばにいたいんです」

女騎士「いや。そちらの理由ではない」ボタボタ







女騎士「まあいい。そっちの理由も聴こう」

女騎士「何故剣を欲する。何故勇者のそばにありたいのだ」

剣士「魔族って、強いよね。じゃあその上の四天王はもっと強いよね。トップの魔王はもっともっと強いんだよね」

女騎士「だろうな」

剣士「それ全部倒さなくちゃいけなくて、殺さなきゃいけなくて、自分も傷つかなきゃいけなくて
   そういうの結構辛いと思うんだけど……!」
   
剣士「私は逃げられるけど勇者は逃げられないんだよ。悲しくても痛くても、全部やめたくてもそうすることを許されない。
   神様に選ばれちゃったから。魔王を倒すのは勇者しかできないことだから」
   
女騎士「ふむ」

剣士「そんなの余裕でやってやりますよーって顔してるけど、勇者だってこわいはずなの!
   勇者は隠しごとが上手いだけなの。昔からあり得ないほど異常なレベルで上手なんだから」
   
剣士「でも勇者はきっと逃げずにやり遂げるよ。何にも言わないで、一人で抱え込んだまま
   だから私は勇者のそばにずっといて、せめて悲しいのも怖いのも減らしてあげたいんです!!」
   
剣士「そのために強くならなくちゃいけないの! 剣を教えてください!!!」

女騎士「…………」

女騎士「……」ゴシ




女騎士「おっしゃ! よしきた!! 武器屋に行くよ!!」クイ

剣士「うんっ!ありがとう!」

女騎士「まかせて。あなたの背中を見て勇者殿が惚れるくらい、世紀末にしてあげる」

剣士「うんっ!お願いします!」







* * *


狩人「……ん。前方に老婆1体」

勇者「え?よく見えるな。 でもそんな敵みたいに言わなくても」


老婆「おやおや。どうなすったかねお若いの。あんたたちも教会へ?」

勇者「ええ。あなたもですか」

老婆「そうさ。よかったら道案内するよ。わたしゃ行き慣れてるからね」

勇者「ぜひお願いします」








修道院


老婆「もし。僧侶さん」

僧侶「ああ、はい。ミサにいらした方ですか?どうぞ中へ――」クル

僧侶「……」


老婆「ヒッヒ。よくやってるようじゃの」

僧侶「んだよ、ババアかよ。愛想振る舞いて損した。チッ!!!」

老婆「全く口の悪さは相変わらず変わらんの」

僧侶「神父がうるせーんだ。それよりババア、聞きたいことがある」

老婆「なんじゃ」

僧侶「な!ん!で!!! 最近女の子がここに来ないんだ!?!?」ダン

僧侶「来るのはオッサンかジジイかオスガキか、どっかから来た偉そうな騎士とあんたみたいなババアばっかり!
   ここは男子修道院だから右見ても左見てもむっさ苦しい男ばっかりで俺は気が狂いそうだ!!」
   
僧侶「ねええええええ女の子は!?なんで女の子いないのお!?そろそろ俺の目が腐り落ちるぞ!!鼻ももげるぞ!!」

老婆「女の子ならお前の目の前にいるじゃろ」

僧侶「ババア、そういう冗談言うと墓場につっこむぞ」

老婆「ヒヒヒ、あと半世紀は生きてやるわい。
   女子はのぉ……あれじゃろ。吸血鬼騒ぎで若いお嬢さんはここに来るのこわがっとるんじゃろ」
   
僧侶「んだとぉ……!!!」

僧侶「今すぐ化け物どもをぶっ殺してきてやる!! にんにくを体の穴という穴にぶち込んでやるよ!!! アーメン!!!」








老婆「ん。そう言えば確か、さっき一緒にここまで来た勇者の仲間が若い女子じゃったのお」

僧侶「勇者?仲間? 吸血鬼の一件で?」

老婆「そうじゃよ。物静かでキリっとした子じゃったな」

僧侶「それ早く言え、ババア!!! 吸血鬼万歳!!ちょっくら見てくっからミサは頼んだぞ!!」

老婆「頼んだぞと言われてもな……」



ダダダダダダダダダッ



後輩「あれ?僧侶さん。ミサの準備は終わったんですかっグボエ!!」

僧侶「おい聞いたか 勇者とその仲間のかわいい女の子が来たらしいが、一体いまどこに!?」

後輩「え。ゆ、勇者様ならいま神父様とお話中で――」

僧侶「っしゃー!行くぞオイ!!」グイ

後輩「えええええええええ!?いやっ僕はまだ仕事がありまずがらー!!ばなじてぐだざいいい」





神父「ええ。そういうことでしたら、いくつか空いてる客室がありますから、そこをお貸しします。
   騎士団の方たち全員に貸せるだけの空室はなかったので、あの方たちには町の宿屋を借りてもらってるんです」
   
勇者「助かります」

狩人「吸血鬼……本当に」

神父「はい。幸いまだ犠牲者がでてませんが。だんだん数が増えているのでこちらも戦々恐々といった状態です」

狩人「吸血鬼……ふふ……あはっ」

神父「彼女、だ、大丈夫ですか……?」

勇者「大丈夫です。いつもこんな感じです」



キィ


後輩「ちょっ 先輩!覗き見とか止めた方がいいですって!神父様にばれたら僕まで怒られる!止めましょうよー!」

僧侶「どこだ女の子!くそ、神父どけっ!てめえが影になって見えねーんだよ!」

後輩「聞いちゃいねえ……」

僧侶「そう、そうだ屈め神父!! う、うおおおお、おおおおお!?」


僧侶ビジョン

狩人「あははっ……魔族早く串刺しにしたい……うふふ」ニコッ



僧侶「うおおおおおおおおおおおおおお女の子っぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



バターンッ!!






神父「!? 僧侶!? お前、なにして……」

後輩「せせせ先輩なにしてんだアンタ!」

勇者「えっ?」


僧侶「仲間にぃぃ」


スタスタ


僧侶「してくだっ」


スッ


僧侶「さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいッッ!!!!!!」


ズサーーーーーッッ



<僧侶が襲いかかってきた!>
<勇者たちは身がまえた!>


僧侶「いや敵じゃねえよ!!仲間にしてくださいっつってんだろ!!」





僧侶「君なんて名前? 弓背負ってるけど弓使いなの?へえすごいなあ!俺は僧侶、聖職者だ。よろしく!末永くよろしく!
   ん?なんだなんだ、もしかして弓の腕前を見せてくれるのかな?矢を番えて……そうか!」
   
僧侶「ならあの壁の十字架の真ん中射ってみれくれよ。 いや違う違う、俺の方じゃなくて、あっち。
   あれぇなんで俺の方に弓振り絞ってるんだい? ハッ!!あなたのハートを射止めたいとかそういうメッセージ!?」
   
僧侶「もう射とめてる!射とめてるから安心してくれ!!物理的に射らなくていいから!」
   
神父「僧侶!お前は一体お客さんになにをしてるんだ!口説くのをやめんさい!このバカたれが!!」

勇者「な、なんだ……? とりあえず……弓を下ろそう、狩人」

狩人「いや」

神父「申し訳ない。こいつがとんだ失礼を。ほら僧侶、挨拶しろ。勇者様に狩人様だ」

僧侶「勇者だぁ~~~?」

勇者「よろしく」

僧侶「チッ 男かよ。視界から消えろ。性転換して出直してこい」ペッ

勇者「…………」


勇者(すごいな……修道院って貞潔・清貧・従順の三誓願を立てて生活してるって聞いてたんだけど
   世の中にはいろんな人がいるんだなぁ……)
   
神父「勇者様、違いますよ!!修道院でこんな煩悩馬鹿、この男だけですからね!!誤解しないで下さいね!」





ここまで




* * *


狩人「……」

勇者「きれいだよね、ステンドグラス」

狩人「ん……」

僧侶「いや、狩人ちゃんの方がきれいだよ」ニッコリ

勇者「うわあっ!! いつの間に僕たちの横に……」

僧侶「よかったらこの後デートでも、」

老婆「こら僧侶。お前はまた女子にデレデレしおってからに」ボコッ

僧侶「いってっ なんだババア、今日も来たのか? 毎日毎日ご苦労なこって」

勇者「あ、この間の」

老婆「どうも勇者様。それに狩人さん、全くこの阿呆が迷惑かけてすみませんねえ」

狩人「……」

老婆「この僧侶は昔ここらへんで行き倒れてるところをわしが拾ったんですわ。
   帰るところがないっていうんで修道院で修業を積めばいいって言ったんですがねぇ、どうも向いてないみたいで」
   
僧侶「向いてないってなんだよ、バリバリ適職だろ」

老婆「白魔法用のロッドも勝手にこんな風に改造して……」

勇者「ウワー、なんで釘やらトゲやら刺さってるんだい」

僧侶「釘ロッドだ。いかすだろ?」


老婆「全く、昔はなにをやってたんだか」

僧侶「余計なこと狩人ちゃんの前で言うんじゃねーよっ!ごめんな狩人ちゃん、なんでもないから!!」

狩人「触るな」パシ







勇者「へえ。どうりであんまり聖職者っぽくないと思ったよ」

僧侶「うるせえよ。殴るぞ」

老婆「まあ……こんなアホみたいな馬鹿だが」

僧侶「おいっ!いい加減にしろ!」

老婆「これでも結構真面目なところはあるんでねぇ、ヒッヒッヒ……
   老い先短いわしの唯一の楽しみが、ここに来てこいつをからかうことなんじゃ」
   
老婆「吸血鬼退治しっかりやるんじゃぞ。じゃあわしは帰る」

僧侶「二度と来なくていいぜ」

勇者「あっ、おばあさん……町へ帰るんですよね」

老婆「そうじゃ」

勇者「町、の……よ、様子はどうですか」

老婆「? いつもと変わらんの。あの騎士団の副団長がやけに大声でうるさいわい」

勇者「そ、そうですか。……いや、なんでもないんです」



僧侶「やっと帰ったか。全く……」

勇者「仲いいんだね、あのおばあさんと」

僧侶「フンヌッ」シュッ

勇者「うわっ!? な、なにするんだよ」

僧侶「ほう、俺の不意打ち目つぶしを避けるとはな。やるじゃねーか」

勇者「躊躇なく恐ろしいことしようとしないでくれ。目がつぶれたら魔王討伐どころじゃないって。だからやめ……やめろ!ストップ!」

勇者「ちょっ……狩人止めて!かり……」

狩人「……」スヤスヤ

勇者「寝ちゃったよ!マイペースだな!」







* * *


勇者「なかなか吸血鬼来ないな」

狩人「早く来てほしい」

神父「大体1,2週間に1回のペースで襲撃してくるので、もうそろそろだと思うんですよ」

勇者「吸血鬼って一体どんな連中なんですか?鬼族の中でも知性が高い魔族だと聞いてますが」

神父「知性はあまりないですね。言葉も話しませんし、ただ人を見たら襲いかかってくるだけです」

勇者「……?おかしいな。本当に吸血鬼なのかな」

勇者「外見はどういう……」


ガランガランガラン


騎士「奴らが現れたぞー!森から一斉に下りてくる!!迎え討てー!」


がやがやがや がやがやがや


狩人「……! きた……」サッ

神父「おっときましたね。では私も戦わなくては」チャ

勇者「神父さんも戦うんですか?」

神父「勿論ですよ。これでも結構鍛えてるんです!!ほらっ見てください!この上腕二等筋!! さあ行きますよ勇者様!狩人様!」

勇者「あれ?この修道院ってもしかして肉体派ばっかり?」


狩人「もたもたしてると置いてくです、勇者」

勇者「あ、うん、今行く……」







ズバッ バキッ ゴスッ


騎士「はぁッ せいッ! 来たな魔族め!返り討ちにしてくれる!」

モブ僧侶A「うおおおお!援護しますぞ騎士殿ー!」バキッ

騎士「え、えええっ!? なに前線でてきてんですか!? できれば後方で回復魔法でサポートしてほしいのですけども」

神父「フンッ!! さあ騎士様、背中は私めがお守りしますぞっ!!」ブンッ

騎士「いややる気満々ですか……なんだここの修道院……」


吸血鬼「グァアー アァー……」

僧侶「また来たのか。こりねえ奴らだな」ゴシャ

僧侶「てめーーーら自分がなにしでかしたのか分かってんだrrrろぉな!!アァン!?冥府でその罪償えチクショウ!!」



狩人「……たくさん……」バシュバシュバシュ

勇者「あれが吸血鬼か。すごい数だな。でも吸血鬼っていうよりは……」

勇者「…………まあ……気のせいだろう。僕も加勢しなくちゃ」







騎士B「数が多い、とにかく囲まれぬよう気をつけろ!」

神父「今晩は一段とまあ大勢でいらっしゃいましたねえ!全く嫌になりますよ!」

騎士C「副団長はまだか!?」

騎士A「どんどん山から湧いてくるな……一体どこに潜んでいたんだ?しかしここを突破されたら向こうには町があるんだ、なんとか全部殺せ!」

騎士B「…………長期戦になりそうだな、――おうわっ?」


バチバチバチバチッ ドォォーーーーン!


騎士C「なんだっ!?」

神父「おお……!これが……」

騎士B「勇者殿か。すっげぇな、一気に10体も消し炭だ。俺たちも負けてらんねぇな」ズバッ

騎士A「これなら思ったより早く終わりそうだな!ふう、どうなることかと思ったぜ」

神父「まだ一息つくには早いですぞ!」バキッ



勇者「あれっ……吸血鬼って不死身じゃないのか? 起き上がってこない」

狩人「……」コク

勇者「意外と早く終わりそうだけど……」

勇者(なんでだろう、嫌な予感がするな)


ザワ……ザワザワザワ


狩人「…………!!」

勇者「狩人?」

狩人「後ろ!」

勇者「え?」






<吸血鬼ABCDEが襲いかかってきた!>

<吸血鬼FGHIGが襲いかかってきた!>

<吸血鬼・・・


勇者「なに!? こっちからも……!」

僧侶「なんだなんだ、挟み撃ちか?今日は珍しく知恵が効いてんじゃねーか!!」

狩人「……」

僧侶「あっちはジジ……神父と騎士の奴らがどうにかするだろ。俺はこっちに加勢するぜ」バキボキ

後輩僧侶「僕もやりますよ先輩」

僧侶「ん?狩人ちゃんどうしたんだ?俺が守るから大丈夫だ!怖がらなくて平気だって!!」


<僧侶の攻撃!吸血鬼Aにダメージを与えた!>



狩人「あっちは、……」

勇者「まさか……うそだ」

狩人「……町の方角……」





僧侶「……は」

僧侶「…………いやいや、じゃあなんだ、こいつら全員町の住人だってのか?あり得ないだろ!」

後輩僧侶「吸血鬼って、噛まれると、どうなるんでした、っけ……」

僧侶「ど……どうにもなんねーよ!馬鹿言ってる暇あるならさっさとこの化け物倒すぞ!」

勇者「…………どっちにしろ倒さないと、僕たちは全滅だ。逃げ場はない」

狩人「元はどうあれ今は怪物。やらなきゃ死ぬ」ヒュッ

僧侶「……く」

僧侶「こんなところで死んでたまるか!全員化け物だ、怪物だ、敵だ!死んじまえっ……!!」


<僧侶の攻撃!吸血鬼Cに 


僧侶「…………!!」

吸血鬼C「ガァアアアッ」

僧侶「…………お……おい」

狩人「危ないっ! 退いて!」ヒュ

僧侶「てめえ、化け物、お前その十字架、どこで拾ったんだ」

僧侶「それは……あのババアの……」

僧侶「……」

僧侶「嘘だろ……!?」







勇者(じゃあやっぱりこの吸血鬼たちは本物の魔族じゃなくて、元は人間……おかしいとは思ってたけど、まさか)

勇者(…………町にはまだ……剣士がいるはずなのに……)

勇者(い、いや、副団長がそばにいてくれてるはずだ。いまは集中しないと)

僧侶「おい勇者!おいっ」

僧侶「なあお前、さっきから妙な術使ってるだろっ、こいつら全員人間に戻す魔法くらい使えるだろ!?」

勇者「……そ」

勇者「そんな方法は……」

僧侶「お前勇者なんだろ!?王様からも認められてすごいんだろ!?なあ!」

勇者「……そんな魔法はない。もうこうなったら、……殺すしか方法がないんだ」

僧侶「…………ッ」

勇者「殴って落ち着くなら殴ってくれ」


後輩僧侶「先輩!」

狩人「こんなときに喧嘩はやめて、二人とも……」


僧侶「……くそっ!」

僧侶「おい、勇者。その腰の短剣貸せ!」



<後輩僧侶の攻撃!吸血鬼Gにダメージを与えた!>


後輩僧侶「くそ、痛みを感じてないから中途半端に攻撃してもすぐ起き上がってくる」

吸血鬼「ガアアアア!」ガブ

モブ僧侶「う、うわああ!」

モブ僧侶「あ……アッ……ガ……」

後輩僧侶「へ?」

モブ僧侶「ガアアアアアア」

後輩僧侶「ぎゃああああああああ!!」


ドスッ!


後輩僧侶「あ……あ」

狩人「だから心臓を射とめないと、だめ」

後輩僧侶「は……はりひゃとう……」ガクガク







僧侶「ババア……くそ、なに吸血鬼に噛まれてんだよ。あと半世紀は生きてやるって言ってただろ」

吸血鬼C「アァァァァァァァ」

僧侶「ふざけんな、クソババア。いっつも勝手なことばっかしやがって……ふざけんなよ!
   俺は生きるぞ、あんたを殺して俺は生きる……!!こんなところで死なねーぞ俺ぁ!!」

僧侶「心臓一突き……だったな。安心しろ、一瞬であの世に送ってやる」

僧侶「面合わせりゃババアとしか言えなかったけどよ……! これでも、感謝はしてたんだぜ」

僧侶「…………今までありがとよ、ばあさん」

僧侶「……」



<僧侶の攻撃!>
<吸血鬼Cを殺した。>






<勇者は雷魔法を唱えた!>
<吸血鬼JKを殺した。>


勇者(騎士団の制服を着た吸血鬼もいる。町はいまどんな状況なんだ)

勇者「……っ!?」バッ


勇者(い……いま、吸血鬼の群れに、ショートカットの、茶色の髪の、……)


勇者「み、見間違えだ。きっと。そんなはず、ない」


勇者「……」


ドクン……ドクン……ドクン……ドクン


後輩僧侶「勇者様!! 前っ!!」

勇者「……はっ……」

吸血鬼「ァア……グ」

勇者「!」


―――ズバッ!!



  「呼んだ? 勇者」

  
  
勇者「……!? なっ……」


剣士「助けに来たよ」

勇者「け……んし?」

剣士「うん。私」







勇者「無事だったのか……! よ、よかった……!!」

剣士「勇者も狩人ちゃんも、無事でよかった」

女騎士「はぁはぁ……全くこの子は、勝手に一人で修道院に走っていくから肝が冷えたよ」

狩人「剣士……その剣」

剣士「もう大丈夫、私はあの時みたいに怖気づいたりしないよ。ちゃんと覚悟できたから」


女騎士「町は副団長がなんとかしてくれてる。近くの町からも応援部隊が来るみたい。
    こっちは、えーと山からと町からの敵合わせて100くらい。対して人間の戦力が15……」
    
モブ僧侶「うわっ!か、噛まれ……あああ!!ア……アァ……ガアアアア」

女騎士「……14ね」

女騎士「結構厳しいな。せめてあっちが半分なら……」

勇者「半分……50人か……」


剣士「勇者!」ガシ

勇者「!?」

剣士「何か方法、思いついたんじゃないの?」

勇者「えっ!? いや、いま考えてたところ……だけど」

剣士「ううん、勇者は迷ってるだけだよ。勇者、50『人』って言ったけど、人じゃないよ。
   自我もなにもないの、もう人だったころの記憶も痛みもないんだよ」
   
剣士「……楽にしてあげよう。殺すわけじゃなくて、楽にしてあげるの。だから勇者が気負う必要ないんだよ」

勇者「……」

剣士「それでも君が罪悪感を感じるなら。自分のこと人殺しだなんて思ってしまうのなら、
   ……私が一緒に背負ってあげるから大丈夫。全部大丈夫だよ」

勇者「……。少し見ない間に、随分男前になったね」

剣士「だって君を守るために強くなったんだもん。
   勇者は世界を守ってね。私は勇者を守るから」
   
勇者「頼もしいな。ありがとう」







勇者「女騎士さん、僕が半分引き受ける。修道院の中に入るだけおびき寄せてくれないか。
   ……いや、その必要はないか」
   
勇者「なんだか大体僕のことを狙ってるみたいだ。一人で引きつけるから、頃合いを見て扉を閉めてくれる?」

僧侶「半分を一人でってできるわけあるか!なに言ってんだ!」

勇者「中が少し滅茶苦茶になるけど許してくれ。 じゃあ」タッ

僧侶「あいつ何する気だ……!」

剣士「勇者なら大丈夫だよ。こっちはこっちでやることやんなくっちゃ!」チャキ



* * *



ギイィィィィィ……バタン


僧侶「本当に扉閉めちまったぞ、オイ。いいのか!?いいんだよな!?」

狩人「まかせろと言ってた。だからまかせます」

僧侶「だ、大丈夫なのかよ」







女エルフ「うわあ~~、本当に一人でやる気なんだぁ、一体どうするつもりなのかな~」

女エルフ「まあこれくらいで死んだら勇者も名折れだよね。窓からこっそり覗いちゃお」

女エルフ「……水魔法?なんで水魔法?あれ、もしかして勇者って馬鹿?」

女エルフ「…………ひゃっ!?」


カッ バチバチバチバチッ!!


女エルフ「び、びっくりなんてしてないんだから。な、なななるほどね。水浸しになった床に雷魔法放って一気に全部感電させたんだ。ふ~~ん」

女エルフ「あーあ。こりゃ吸血鬼もどきは全滅ね。外にいる方ももうそろそろ全部死にそうだし」

女エルフ「遊び半分でグリフォンの実験に付き合ってたけど、もう終わりか。魔界にかえろーっと」


女エルフ「……?」

女エルフ「変なの。あの勇者。なんであんな顔してるんだろ。…………あはっ もしかして同族殺しとかで悩んでるのかな?」

女エルフ「おもしろーい! もし私が勇者を倒したらおもちゃにできるかな?魔王様許してくれるかな!」

女エルフ「知らない町の人間が死んでそんな顔するなら、仲間が全員死んじゃったときはどんな顔するのかな。楽しみ。また今度会おうねユーシャくん!!」


ヒラヒラ……



進まんなあ
ここまでですん




* * *




狩人「もうすぐつく。塔に」

勇者「いよいよか。なんだか緊張してきたな」

剣士「あれ?でも、もうすぐつくって割には塔が全然見えないよ?」

僧侶「太陽の塔は、太陽が空に昇っているときでないと観測できないのさ。
   いまは夕暮れ時だから塔も消えちまってるってわけ」
   
剣士「へえ!不思議だね。それも神様の力ってやつなのかなあ」

僧侶「そんなのいるかどうかわっかんねーけどな。剣士ちゃんは信心深い方なんだ?」

剣士「私は神様っていると思うよ!ていうかそれ、僧侶くん、職業的にそれはアウトなんじゃあ……」

僧侶「いいのいいの」


勇者「……えーっと」


<僧侶が仲間になっていた!>


勇者「なっていたって言われてもな……」

勇者「本当によかったのかい。修道院の復興より、旅を選んで」

僧侶「いーんだよ。最初に会った時に言ったろ?仲間にしろってさ。
   大体俺が行かなかったら勇者、お前っ!!ハーレムパーティじゃねえか!!そんなの絶対阻止するぞ俺は!!」
   
狩人「この人時々何言ってるか分からない……」

僧侶「それに……ま、仇討ちってことでな!
   俺の釘ロッドで立ちはだかる敵全部血みどろにしてやっから大船に乗ったつもりでいいぜ!惚れてもいいぜ!」
   
剣士「こんなアグレッシブな聖職者初めて見たー!すごいね僧侶くん。いっしょにがんばろっ!」

勇者「……君は」

剣士「ん? え、今更もうついてくるなとか言わないよね?副団長さんも女騎士さんもああ言ってたじゃん!」

剣士「はい回想」







~~~


副団長「俺が町にいながら……被害を最小に抑えられなかったことを悔やんでも悔やみきれない……!!!!!!
    勇者たちにも迷惑をかけてすまなかったな…………」
    
副団長「あの夜、町の外を見張っていた騎士も吸血鬼に襲われていて、町の中に奴らの侵入を許してしまった。
    そのことにもっと早く俺が気づいていれば!!」
    
勇者「……仕方ないよ。副団長のせいじゃない。
   町の様子は?」
   
副団長「今も急ピッチで復興が進められているところだ。俺ももう少しこっちにいることになりそうだな」

勇者「そっか」

副団長「だから剣士くんを王都に連れて行くのはもう少し後になりそうなのだが」

剣士「あ!それなら心配ないよ、私王都に行かないから。女騎士さん、お世話になりました」

女騎士「彼女強くなったから大丈夫よ、二人とも。もともと筋が良かったのね。
    軽い剣もたせて、一通り剣の振り方と足さばき教えたらみるみるうちに成長したね」
    
剣士「そうかな? えへへ」

女騎士「大変かもしれないけど、あなたなら大丈夫。また会ったときは稽古つけてあげるね」

剣士「はい!今度こそ世紀末を目指します!」

勇者「?」




~~~





剣士「ほら女騎士さんからのお墨付きもあるし! 連れてって損はないよ! ね、狩人ちゃんもそう思うよね?」

狩人「年末なので30%オフでお買い得……」

剣士「いま別に年末でもなんでもないけどね! お買い得だって勇者!買わなきゃ損だよ、どうするの!?」

勇者「じゃ、じゃあ……買おうかな」

剣士「わーい!在庫処分完了しましたー!ついに勇者からも認められたよ!」


僧侶「あっははは、お前らおもしろいな。俺の割と沈んでた気持ちが結構浮上してきたぜ」

「「「……」」」

僧侶「お、おい、浮上したって言ってんだろ。そんな暗い顔するな」

勇者「そうだよね……あのおばあさん、僧侶の大切な人だったんだよね」

僧侶「うおおお!こういう空気やめて!大切な人とかそういう言い方もやめて!悪いさっきの何でもないから聞き流してくれ」

剣士「あ。それなら、あの煙草僧侶くんにあげようよ。辛いことも悲しいことも忘れられるって言ってたじゃない。
   僧侶くんと狩人ちゃんって私たちより年上だよね、煙草も吸える?」
   
狩人「私はいらない。です」

僧侶「煙草?吸うぜ。修道院じゃこっそりとしか吸えなかったからな。ババアとか神父に見つかってエライ目にあった。
   余ってるならくれよ」
   
勇者「えっ……でも……大丈夫かな」

僧侶「ん?なんか危ない麻薬っぽいとか思ってるのか?煙草なんて大体そんなもんだろ」シュボ







狩人(風上に行こうっと)スス

勇者「中毒性とか大丈夫かな」

僧侶「んだぁ?お前も吸ってみたいのか?仕方ねーなー!!これも経験だ!! ほい」

勇者「はっ!? げほげほげほっ!!」

剣士「えーっ それなら私もちょっとだけ吸ってみたい」

僧侶「剣士ちゃんはだめだ。これは大人の味だからな」

剣士「勇者と私は同い年だよ?」

僧侶「勇者は王都での2年間で薄汚れてしまったから仕方ねえんだ」

剣士「どどどどういうこと!? しゅ……酒池肉林なの!? 肉山脯林の乱痴気騒ぎなの!? バニーさんなの!?
   ゆ、勇者が私の手の届かないところに行っちゃってたなんて……わああああん!!」
   
狩人「きたない……」

勇者「ちがっゲホゲホ!おえっ」

勇者「……」

勇者「……」

剣士「……勇者?どうしたの……?大丈夫?」

勇者「………………え、何が? ハハ……ハハハ。アハハハハハ」

剣士「勇者!? なんか目がぐるぐるしてるよ!?」

勇者「よーーーしさっさと魔王倒しに行こう!大丈夫、全部うまくいく!!いくに決まってるさ!!! ははははっはははは!」

剣士「魔王の前に塔に行かなくちゃでしょ!? ゆ、勇者なんかおかしいよ、って待ってそっち崖なんだけど!!」

勇者「平気だ。はははっ!今なら飛べる気がするんだ!!あははははは!!」

剣士「だめーっ!飛べるわけないでしょー!危ないよおおお」ズルズル

剣士「た、煙草のせいなの? あっ、狩人ちゃん!!僧侶くんは!?」

狩人「さっき飛べると言って……崖から落ちました」

剣士「いや止めたげてよーっ!」ズルズル







太陽の塔


銀髪男「フッ……今日も塔を守りきれたな」

金髪男「我ら三勇士の力もってすれば容易いことよ」

黒髪女「雪の国も星の国もだらしがないわ。魔族なんかに塔を制圧されてしまうなんて……」

銀髪男「ん?おやあれは? ははは!とうとう来たか。おい、勇者御一行だ。待ちかねたぜ全く」

金髪男「あんまりつっかかってやるなよ」

銀髪男「はん。しかし、なんで俺じゃなくてあいつが勇者に選ばれたのかと考えると胃がムカムカしてしまってな。
    塔の警備なんかより、俺だって魔王を倒しに行きたいさ。むしろ俺のほかに誰がいる?」
    
黒髪女「だから、勇者様でしょ」

銀髪男「『勇者だから』っていうその一言で片づけられちまうのが悔しいのさ。
    俺の方が絶対うまくやれる……」
    
銀髪男「……チッ」



剣士「はあー……なんとか辿りついた。……ん?」

銀髪男「おや勇者殿。随分遅いご到着でしたな。旅は如何でしたか?お怪我などされませんでしたか?」

剣士「ええと?」

銀髪男「俺たちは三勇士と呼ばれる者です。以後お見知りおきを」

銀髪男「ん?勇者殿はどうなさったのですかな?さっきから俯いて。はは、もしかして魔族と戦うのに恐れをなしましたか?
    まあ無理もないが……なんとお情けないお姿か!勇者が聞いて呆れるな。大人しく俺にその名を譲っていればよかったものを!」
    
勇者「……あぁ?」

銀髪男「……ん?」

勇者「いまなんつった?」

銀髪男「んえ?」










勇者「はははははっ!あははははは!何か言った!?あーははは!!君おもしろいこと言うなぁ!! おえっ」

僧侶「んだテメーら邪魔なんだよ酒持ってこいよ銀髪チャラチャラさせやがって腹立つなーーーゲヒャハハハハ殴るぞこんちくしょー!!」

剣士「確かに今の勇者はちょっと、大分、かなり変だけど、いつもの勇者を馬鹿にしたら私は怒るよ」チャキ

狩人「敵なら射るけど……」スッ


黒髪女「な、なんて好戦的なパーティなの。血の気多すぎよ。さすがに私も戦慄したわ」

金髪男「かつてないパトスを感じるな……」

銀髪男「なんか勇者、性格変わってないか?」

金髪男「ラリってますね、完全に」

銀髪男「こいつら一体今までなにをしてきたんだ!!」





* * *


魔王城


妹「…………」ゴロ

妹「……寝れない」

妹「…………」

妹「やっぱり……」



~~~


妹「ね、青年さん。ひとつ聞きたいことが、あ、あるの」

青年「ん?」

妹「ま……魔族って、どう思う?」

青年「? なんだい、いきなり。魔族か……僕は会ったことないけれど、王国の兵士や騎士たちが何人も残虐に殺されたって聞いたよ。
   それでもこの国はまだマシな方で、他国はもっとひどい有様らしいね」
   
青年「でもこの国には勇者がいる。最近王都を旅立ったらしいんだ。それに三勇士っていう凄腕の兵士もいるしね。
   だから大丈夫だよ、そんなに怖がらなくても」
   
妹「あなたは魔族が怖い?嫌い?」

青年「そりゃあ……怖いし、好きじゃあないよ。好きになれるわけがない。そういう次元じゃないだろ?
   敵だし、魔族だし……人間じゃないんだ。僕たちとは違う生き物なんだよ」

妹「そうよね」

青年「どうしたの?何故そんなことを聞くんだい」

妹「いいえ何でもないわ。ちょっと思いついただけ」

妹「……何でもないの。気にしないで」







妹(私は一体どんな答えを期待してたのかしら)

妹(聞かなくても分かってたはずなのに)

妹(……。兄さんの言う通り……もうあの村に行くのは……やめよう。
  人への恋なんて、不毛だわ。このまま続けて、いつか私が魔王の娘だと彼に知られたら)
  
妹(…………ここでやめておくのが正解なんだ。どうせ叶いっこないんだもの……
  私には魔族と人の戦争を止められるような強い力はない。諦めることしかできないのよ)
  
妹(もう村へは行かない。…………寝ましょう。目を強くつぶって何も考えなければ、すぐ眠れるはず)



―――――――――――
――――――――
―――――




ヒソヒソ ヒソヒソ



「あれがマオウ?」

「目が赤いっ!ほんものだっ」

「しっ、声がでかいって。見つかるぞ」

「ね、ねえー……やめようよぉ……怒られるよぉ……」

「ばか!おとなたちはマオウの邪悪な魔法にあやつられてるだけかもしれないだろ!
 この村を守れるのは俺たちだけかもしれないんだ」
 
「でもぉ」


「…………」クル


「!! こ、こっち見た……!!」
「どっどうする?見つかった?」


「……ガオーっ」


「ぎゃああああああああああああああっ!!!」
「食われるーーーーーーーー!!!!逃げろおおおおおおおお!!!!」
「ひいいいいいいいいいいい」




なんだろう。 ……あ。夢ね。私、やっと眠りにつけたんだ。

魔王はお父様のはずだけれど、あの赤い目の女の子だれだろう。
私にすごく似ているけど別人だわ。

……?




「わあああああああんっ 待ってええええっ  あ!!」

「うわっ なにコケてんだ!早く走れ!食われるぞ!!」

「うえぇぇぇぇん たすけてぇぇぇぇ」


「……ん。しまった、悪ふざけしすぎたな。大丈夫か」

「ひぃ!!」

「怪我はしてないな。そんなに怯えなくていい。泣くな。えーと。ん。そうだ、手を出して」

「ひぐっ うっ う、うっ…………えっ? お……お菓子がいっぱい降ってくる……。
 すごいっ!本物?」
 
「本物だぞ」

「こ、これ、魔法!?」

「うん、魔法」




「お、おいっ!だまされるなっ!マオウだぞ!毒入りかもしれないぞ!」

「おいしい……!!」

「こら!聞けよ!」

「そこの君たちも、食べないのだったら私が食べてしまうぞ。もぐもぐもぐ」

「うわあすごい勢いでお菓子食ってるぞ マオウの奴!」

「も、もっとほかの魔法できる……?」

「ああ、じゃあ虹をつくってあげようか。これは簡単だからすぐできるぞ。ほら」

「うわあーーーーーっ」


「……な、なんだよ。お前だけずるいぞ!俺たちにも見せろよーーっ!」

「すげーっ それどうやんの!? 僕にもできる!?」





「なんだ?」

「……ずいぶん楽しそうなことやってるな、魔王」

「あ、」



「勇者くん」








「ユーシャだ! ユーシャ、また剣教えてよ!」

「今度な、今度」

「ユーシャもさ、魔法って使えるんだろ?ユーシャも虹つくれんの?」

「無理無理。俺はドカーンとかズバーンとかそういう魔法しかできない」

「さいのう、ないんだな」

「うるせえよ!」

「マオウに……お、お菓子……いっぱいもらった……」

「よかったな。ちゃんとあとでお礼言うんだぞ」


「……」

「? なんだ、なんで笑ってるんだよ?魔王」

「笑ってたか? いや。それ、懐かしいなと思って。ふふ」

「それ?」

「勇者くんは子どもと話す時に、必ず膝を折って目線を合わせるだろう。
 私が小さくて君が大きかったときに、それがすごく嬉しかったから。いま思い出したのだ」
 
「ええっ? そんなに頻繁にやってないぞ」

「癖は自分では分からないものだ」

「……」

「あーーユーシャなんでか知らないけど照れてるーーーー」

「照れてねーよ!お前らは静かにしてろ!」







「……あ、あの。マオウ……さん」クイ

「ん?」

「お菓子ありがとう……虹も……」

「どういたしまして。こちらこそ脅かして悪かった」

「あの、あの!」

「?」

「僕が大きくなったら…… おおお、お嫁さんになってくれますか!?」

「えっ……?」

「なっ!?」


「うおお、いっつも泣き虫のこいつがプロポーズしたっ」

「やるなぁ!」




「や…………」

「やめとけ少年!!
 こいつにはめちゃくちゃ怖いお兄さんがいて、ちょっと魔王と二人っきりで話そうものなら包丁研ぎながら睨んでくるぞ!
 あと厄介なお姉さんもいて、会う度ヘタレだなんだとからかってくるし、愛の妙薬とか怪しげな薬ポケットに忍ばせようとするし!」
 
「と、とにかくやめとけっ!もっといい出会いがこの先待ってるはずだから!」

「ひえええっ!?」


「勇者くんは一体どうしたというのだ」

「ユーシャって大人げねーのな……」

「なー」






勇者と魔王。

……これは…………

これは未来の……………………





妹「…………」パチ

妹(そう。そうなのね)

妹(……そう……)

妹(そっか……………………)






* * *

地下 研究室


グチャッ

チョキチョキ バチン グチュ


グリフォン「…………っふー」

部下「博士。女エルフさんから伝言です。話があるので今すぐ上にあがってきてほしいとのこと」

グリフォン「え?今忙しいんだけど。話があるなら彼女にここに下りてきてほしいって伝えてくれる?」

部下「いや……来たくないそうです。ちなみに、上に来る前にその全身の血は洗い流してこいと」

グリフォン「……ふーむ」



* * *

グリフォン「やあ。何か用かい」

女エルフ「…………くさい!それ以上近寄らないで。死臭がプンプンする。血は洗い流してきてって言ったじゃないですかー!」

グリフォン「言われた通り洗い流してきたよ。失礼だな」

女エルフ「うそぉ、こんなに離れててもすごく匂うのに。ああ森の清らかな空気が愛しいっ
     まーったく、よくあんなじめっとした地下室にこもって、人間の体いじくりまわせますね。今日はなにしてたんですか?博士」
     
グリフォン「人間の子どもと大人の五感比較実験と、あとはいつも通り解剖三昧さ。
      解剖はいつでも楽しいけれど、ああいう実験はあんまり好きじゃないな……やかましくってね」
      
女エルフ「うえぇ。聞いてるだけで気分悪い。しかも子どもって。さすがの私もドン引きよ」

グリフォン「残酷って思う? でも、こんなのあっち側だってやってることさ! 国ぐるみで生態研究ってね」

グリフォン「星の国には魔物博物館なんてものもあったんだよ。館内に飾られる魔族のミイラやホルマリン漬けの数々……腹立つね。
      なら僕たちだってつくってやろうじゃないか、人間博物館。
      そのために僕は身を粉にして日夜働いているんだ、少しは労ってくれたまえ」
      
女エルフ「あはははっ、そんなの建前でしょ?本当はただ楽しいからやってるくせに」

グリフォン「全くひどい言われようだな……」








グリフォン「誤解されたら困るから言うけど、ただ人間の体を切り刻むから楽しいわけじゃないよ。これはね、愛なのさ。僕は彼らの全てを知りたいんだ」

グリフォン「体を暴いて暴いて暴いて暴いて暴いて、皮膚を切り取って、脂肪を取り除いて、骨を砕いて、血管を抜いて、内臓を裏返して、
      そうして初めて本当の彼らを知ることができると思うんだ。
      心には快楽なんて一滴も湧いてこないよ、あるのは安堵と感謝と無邪気な喜びだけだ。また一歩彼らに近寄ることができたってね!」
      
グリフォン「だから僕をマッドサイエンティストとか異常者だとか思わないでくれ。僕はそうだ博愛主義者だ!
      種族を越え、相手がどんな生物なのか理解するために方法を模索する……これを愛と呼ばずして何と呼ぶんだ?」
      
女エルフ「はぁ……。安心しなよ、博士は十分マッドだし異常者だよ」

グリフォン「ちゃんと話聞いてくれよ」



グリフォン「まあいいや。君が話を聞かないのは今にはじまったことじゃない……で、君はなんのために来たの?」

女エルフ「ああ、あのね。吸血鬼の眷属たち……吸血鬼もどきね、全部死んじゃったよ」

グリフォン「あれ。意外だな。学習能力の片鱗も僅かに見られたのに、そんなあっさりいっちゃった?数もどんどん増えてたんだよね。
      まあ恐ろしく馬鹿だったからなあ。魔力を持っていない人間を眷属にしても、あんなものか。繁殖スピードだけはなかなかよかったけど」
      
女エルフ「町に辿りついたところまではよかったんだけどね。王都の騎士団副団長と……ふっふっふ、だれだと思う?」

グリフォン「?」

女エルフ「『勇者』だよ。勇者がいたの。あの伝説上の勇者」

グリフォン「本当に?」

女エルフ「ほんとほんと! 私目の前で見ちゃった! さっき魔王様にも伝えてきたところ」

グリフォン「へえ、いたんだ」

女エルフ「……あれ?なんか意外と反応薄いですね。もっと卒倒するくらい喜ぶかと思ったのに。あの伝説の勇者を解剖できるチャンス!って」

グリフォン「僕は戦闘向きじゃないし、部下に頼むのも人間とは言え勇者じゃ荷が重いだろうし……
      四天王や王子が生け捕りにするか、死体を持ち帰ってきてくれれば一番なんだけど……
      まあみんな好戦的だから、そんなこと考えもしないだろうな」
      
女エルフ「もう弱気だなあ!もっとガツガツ行きましょうよ!私は勇者を倒すつもりですよ。
     それで一気に昇進、ゆくゆくは四天王に!!……なれたらいいなーって。 いひひひ」
     
女エルフ「個人的に勇者に興味もあるし、エルフ族のホープの私が久しぶりに頑張っちゃいますよ。いひひひ」

グリフォン「え……でも君、結界通り抜けて王国に入れるくらい弱…………」

女エルフ「そんなことはね、全然問題じゃないのよ、博士。つまりどうでもいいの。大事なのはやる気よ、やる気」

グリフォン「…………ふーむ」









* * *



剣士「うっわー……」

狩人「……」

剣士「塔って……大きいんだねー……」

狩人「……」

勇者「……」

僧侶「……」

剣士「……なんでみんな狩人ちゃんの真似してるの?」

勇者「いや真似してるわけじゃなくて。僕たちはいつの間に塔に辿りついたんだ?ぜんっぜん記憶にないんだけど」

僧侶「俺もあの煙草を吸ってから何にも覚えてねえ……、長い夢を見ていた気分だ。崖から落ちる夢見たぜ」

狩人「それは現実です」

僧侶「まじか。よく生きてたな俺。 か、狩人ちゃんが助けてくれたのか?ありがとうな!君は優しいな!」

剣士「狩人ちゃんはむしろ見殺しに…… あ、ううん。なんでもないよ!」

勇者「僕はなんかとんでもない醜態を晒した気がするけど……それも現実かな。うわあ。うわあー」

剣士「もう全部夢にしよう!僧侶くんが崖から落ちたことも勇者がラリったことも全部夢だねワーイ!さあ塔に上ろう!」

 
 
 




塔 最下層

勇者「この最上階にいる女神様に会うために、塔を上っていかなければいけないわけだけど、一体この塔は何階まであるんだろう」

僧侶「本当にいるのか?女神様なんて。外から見ただけでも相当高い塔だぞ……それを一から上るのか、だるいな」

僧侶「でも女神様がいるとしたら、神なんて言うくらいだからさぞかしきれいなんだろうな。そう考えるとやる気がでてくるな。
   よっしゃああ!!頑張ろうぜ!!剣士ちゃんも狩人ちゃんも疲れたら俺がおぶってあげるからな! あ、勇者は歩けよ」
   
狩人「……」

剣士「狩人ちゃん、どうかしたの?」

狩人「……なんでもない。です。さっさと行きましょう」スタスタ

勇者「そうだね。下手したら塔の中で夜を明かすことになってしまうかもしれない。急ごう。
   ……ん?あれ?この塔って昼しか存在しないんだよね。夜になっても僕たちが中にいたらどうなるんだろう」
   
剣士「……」

勇者「……」

剣士「い、い、急ごっか、勇者!!」ダッ

勇者「そ、そうだね!」ダッ







19階


ビュッ


剣士「わっ、と! またトラップ」

勇者「あちこちに落ちてる白い骨は以前この塔に上ろうとした人たちなんだろうね……
   僕たちもその仲間入りしないようにしないと」
   
僧侶「そうやすやすと神様に会いにこられちゃ困るんだろうな」

剣士「ええっ……やっぱりアレ、骨なの……? うう、気づかないフリしてたのに……」

狩人「……」ブシュ

剣士「え?ブシュッてなんの音?――かかかかかかっ狩人ちゃーーーーーん!?!? 腕が血まみれだよーーーーー!?」

勇者「なんで!? まさかさっきのトラップの矢が? そんな無言で矢を抜かないでくれ!大丈夫?」

僧侶「ウオオオオオオオッ俺の全魔力を使って傷をいやしてみせるっ!!!」

勇者「いや全部使わなくてもちゃんと治せるだろう、保存しておいてくれ僧侶」









狩人「……ありがとう」

勇者「いつもなら真っ先に避けてるはずの君が…… どうしたの?大丈夫?」

剣士「もしかして具合悪いのっ!? 大変、下山しなくちゃっ」

僧侶「下山?」

狩人「いえ……具合は悪くないです。ただ……ちょっと……うぅ……少し恥ずかしい……のですけど、言うの」

僧侶「えっ? ま、まさか……?」トゥンク

勇者「僧侶が考えているようなことじゃないってことだけは分かる」

狩人「…………わ、笑わないですか」

剣士「笑わないよ、もちろん」

狩人「……落ち着きません。……上も下も右の左も壁に囲まれてるところは……うう、すいません」

勇者「ああ、そうだったのか。確かにこの塔は窓もないしね」

僧侶「分かるぜ狩人ちゃん。ここすっげえ息つまるよなぁ」

剣士「大丈夫だよ。怖いなら、ほら、手握ってあげる」ギュ

狩人「えっ……!? でも」

僧侶「じゃあ俺も」

勇者「僧侶、前。落とし穴だよ」


ウワアーッ


勇者「どうしよう?本当に無理なら塔を下りようか?」

狩人「だ、大丈夫……大丈夫です、私は。迷惑はかけない。上りましょう、このまま」

勇者「迷惑だなんて誰も思ってないよ。無理しなくていいからね」

剣士「そうだよ、狩人ちゃん」








カチャ。


カチャ。


カチャッ。


カチャ。








狩人「は……はい」

狩人「……ありがとう……」

勇者「よし、早く女神様に会って塔を下りてしまおう」

剣士「うん!」




30階


僧侶「はあーっ 最上階はまだかーっ」

勇者「遠い道のりだなぁ。 ん? この階は……上の階に続く階段がないな。あるのは物々しい扉だけ」
   
狩人「なにか、書いてある」

剣士「変な字」

勇者「『我は力を司るもの。上に進みたくば汝の力を示せ。』だって」

僧侶「なんだ、扉ブッ壊せばいいのか?」


ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


狩人「あれは……?」


<神の左手と右手が襲いかかってきた!>


勇者「うわあ……」







―――そのころ―――





銀髪男「勇者たちは塔に上ったか。……フン、神になど会えるものか、あんな妙ちくりんな4人組が」

黒髪女「もう、その話ばっかりね。彼の仲間になればよかったのに、そんなグチグチ言うなら!」

銀髪男「誰がなるかっ! 大体、俺が『勇者』でないと意味がないんだよっ!」


金髪男「おいっ!! ここにいたのか、さっさと一緒に来い!!」

銀髪男「なんだ? なにかあったのか?」

金髪男「大ありだ。またあの吸血鬼だ、あいつが仲間ひきつれて海の向こうから飛んでくるのが見えた!
    今回も俺たち3人で撃退するぞ! 海岸へ急げ!」
    
銀髪男「またか、あいつ! 諦めの悪い奴だ!」

黒髪女「何度来ても無駄だって言うのに」


ザッ








カチャ。


カチャッ。


カチャ。


カチャッ。









吸血鬼「ハァ……身が灼ける……溶ける。今日も快晴だなぁ、沈めよ太陽……つーか俺夜行性だし……眠いし……」

兄「大丈夫か。にんにくの素揚げ食べるか」

吸血鬼「ええ~~っ!? お、王子、冗談キツイッスよ、ハハハハハ……」

吸血鬼(割と笑えない状況で追い打ちかけるとかさすが魔王の息子、えげつねえーっ……俺のヘロヘロな様子見ろよ空気読めよ」

兄「ん?」

吸血鬼「オエェッ!! やべっ ま、また口に出てたっ、すいません謝るんでにんにく近づけんでください!!」



銀髪男「また来たのか吸血鬼め! 四天王の末席が! 諦めて帰れ!」

吸血鬼(人間にまで末席だって思われてる……)

金髪男「どれだけ仲間を引き連れてこようと無駄だ。塔へは指一本触れさせないし、結界を壊させもしない! 
    いまはお前にとっておねんねの時間だろ?棺桶のペッドの中にさっさと戻れ」

吸血鬼(俺すげえなめられてる……! やばい! 四天王なのに。四天王なのに。くっそお前ら黙って聞いてりゃあ……」スッ

黒髪女「あら。それ以上近づいてきて大丈夫? 『聖陣』に触れちゃうとすごく痛いんじゃない?」

金髪男「なんだ、もう張っていたのか」

黒髪女「当たり前じゃない。ところで横の男はなんなの? …………」

銀髪男「…………こいつ……まさか?」







兄「なるほどな。あの女か、お前の天敵は」

吸血鬼「うっ、はい。ヴァンパイアハンターの一族みたいで、あの女が陣を張るとどうにもこうにも……」

兄「分かった」スッ


バチン


黒髪女「……えっ!? そんな、陣が、そんな簡単に消せるわけな――」


ドッ!!


黒髪女「あぐっ……!? う……く」

銀髪男「おい!!?」

兄「この程度か。さあ残り二人、女は死んだ、もう聖なる陣とやらに守ってはもらえんぞ。どうする」

銀髪男「この野郎!!……戦って貴様らを殺すに決まってるだろ!!」

金髪男「貴様、何者だ?」

兄「お前らが知っても無駄だろう。どうせ今日のうちに消える命だ」

吸血鬼「俺にまかせてください! こいつらには散々馬鹿にされてイライラしてたんだっ!!
    死ねーーーーーー!」
    
銀髪男「はァッ!!」ズバッ

吸血鬼「うぎゃーーーー! いてえーーーっ!」

銀髪男「雑魚が……! 貴様はすっ込んでろ、邪魔だっ!!」



兄「……」

兄「昼でなく夜だったらどうなんだ?吸血鬼」

吸血鬼「えぇ?なんスか?」

兄「俺は今日はあくまで手伝いだしな。それにお前の実力を測るいい機会だ。
  本気を出して人間相手に無様な姿を晒すようなら、お前に四天王の一人を名乗る資格はない」
  
吸血鬼「まぁそッスね……」










吸血鬼「でも本気って言ったって、」

兄「俺が夜にする。存分に戦え」

吸血鬼「えっ?」



金髪男(夜にするだと……?)

兵士「な、なんだ? 急に空が暗く……、あ!黒い雲が太陽を覆い隠してるぞ」

兵士「おい、どんどん暗くなって……ま、まるで……」

銀髪「…………夜」




吸血鬼「ハハハハハハ……さすがだ。次元が違いますね王子! 俺はあんたに一生ついてきます! 王子万歳!」

兄「そんなに長い時間保てるわけではないぞ」

吸血鬼「十分です」


……スッ



銀髪男「くそ、妙な術使いやがって! 昼だろうが夜だろうが関係あるかっ!」

金髪男「……二人同時に斬りかかるぞっ!」チャキ


ズバッッ


吸血鬼「あいたーーーーーーーっ!…………くない。クククク……」

銀髪男「なにっ!? 確かに斬ったはず」

金髪男「体が霧に……!」










吸血鬼「三勇士も、兵士も、騎士も、魔術師も、神官も、この場にいる奴全部まとめて処刑の時間だ」

吸血鬼「処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だ。処刑だッ!!」

吸血鬼「絞首刑?火刑?溺死刑?斬首刑?石打ち刑? いいや違うな、逆さ十字で磔刑だ!!
    苦しみ抜いて謙虚に死ね! 死ぬときくらい身の程わきまえろ」
    

吸血鬼「―――蛮族め」











カチャッ。


カチャ。


カチャッ。



「ハッピーエンドが一番好きなんだ」



カチャッ。



「どうしたの? いきなり」








剣士「えーーーーーーいっ!!」

狩人「……」


<剣士の薙ぎ払い! 神の左手にダメージを与えた!>
<狩人の攻撃! 神の左手にダメージを与えた!>

<神の右手の打撃! 剣士にダメージを与えた!>
<神の左手の打撃! 勇者はかわした!>


勇者「剣士、前に出すぎだ、もっと下がって!」

剣士「えっ? ごめん、全然聞こえないよ! なに?」ヒョイ

狩人「下がって」バシュ 

剣士「ほああーーーーっ!! かか狩人ちゃん、だからなんで時々私を狙うのー!? ブーツが縫いとめられちゃったよ……!」

勇者「うわあっ 言葉の代わりに矢を使用しないで狩人頼むから! えーととりあえず剣士に防御結界を張って……」


<神の右手の打撃! 勇者にクリティカルヒット!>
<神の左手は沈黙呪文を唱えた! 勇者は魔法が使えなくなった!>


勇者(だーーっ 詠唱中に攻撃するな! しかも沈黙って。僧侶、沈黙解除してくれ)

僧侶「ウオオオオオオオオ! 剣士ちゃんが危ねーーーー! 今俺が助けるぞおおおおお!!」ダッ

勇者(ちょっ……)







剣士「いいやブーツ脱いじゃえっ! とどめだーーーーーーっっ!!」

僧侶「じゃあ俺も必殺僧侶ブローだーーー!!」


ザシュッ! ゴンッ!

<神の左手と右手は動きを止めた>



勇者「……あ、扉が開いた。ゴリ押しで試練をクリアできたみたいだ。す、すごいな二人とも」

僧侶「まあな。人生、それはつまりゴリ押しだ」

狩人「剣士……すみません。つい口より手より足より矢が先に出てしまう」

剣士「いつもギリギリで当たらないけど、けっこうびっくりするから、矢より口と手と足をだしてほしいな!」

狩人「じゃあ足を」

剣士「できれば口を真っ先に出してほしいな!」



勇者「僕たちは見事に協調性がないね」

剣士「うーん……」

僧侶「なに、最後にどうにかなりゃいいんだよ。細かいことは気にすんな!!」

狩人「……」コク







勇者「大雑把な……。まあでも、4人ともバラバラなのに最後はなんとかなるから、僧侶の言う通りなのかもしれないな」

剣士「変な安心感があるよね。でも、これからもっともっと私たち強くなれるよ!
   まだまだ4人で旅し始めたばっかりじゃない、これからだよ勇者」
   
狩人「……」コクコク

勇者「そうだね。うん……そうだ」

僧侶「ところで話がらっと変わるけど、さっきの神の左手と右手って女神様の両手なんだろうか。
   あんまり女性らしい手とは言えなかったが、これから会う女神がゴリラみたいなのだったら俺どう反応していいか分かんねーわ」
   
僧侶「どうしよう」

剣士「本当にがらっと話変わったね。そんなこと言ったら僧侶くん、女神様に怒られるよ。今も聞いてるかもよ」

僧侶「……!!」

狩人「……」スタスタ


勇者「あはは……」

勇者(ほんとみんな自由だな。でも……、うん、そうだな、これはこれでいいのかもしれないな)

勇者「……先に進もうか! きっともうすぐ最上階だ」

狩人「はい」

僧侶「ん? お、おう!」

剣士「うんっ!行こう!」












――――――カチャッ。


カチャ。


「ハッピーエンドが一番好きなの。幸福な終わり方でない物語なんてなんの価値もないって思うんだ」


カチャ。












「本を読んだの?」

「昔に。分厚い本だったの。最初は幸せだったのに、次々に主人公には悲しいことがたくさん降りかかって、読んでる私も辛かった。
 でもそのまま読み続けたよ。最後には必ず幸福な終わりが待ってるはずだって、主人公は報われるはずだって、そう思って」
 
「予想は当たった?」

「ううん。そのまま主人公は悲しいまま死んじゃった。
 彼の死は彼の生と同じくらい果てしなく無意味で、しかも彼はそれを痛いほど自覚しながら死んじゃったからさらに悲壮なんだよね」

「それはひどいな」

「報われないのは彼だけじゃない。私だってそうなの。
 幸せな結末を期待して、我慢して読み続けていたのに、バッドエンドだなんて聞いてないって。
 読んだ時間を返してほしいって思った。その本に費やした時間全部無駄だった」
 
「辛辣だなぁ」

「報われない物語なんてね、あの本の主人公の生と死より無価値だよ。いらないの、この世から消えてしまえばいいと思うの。
 どうしてバッドエンドなんてものがこの世界に存在して、しかもハッピーエンドと対極の位置にあるのか、私には全然理解できない。
 読んで、見て、楽しいの? そんなものを娯楽だと感じる人間なんているの?」

 
 
カチャッ。








「娯楽として楽しいというよりは、芸術として美しいと思うから悲劇は愛されるんじゃないかな」

「芸術……」

「古代、まだ羊皮紙もなかったころには、人々にとって物語とは演劇だったんだ。一番最初に生まれて流行したのが悲劇。
 喜劇は悲劇より歴史が浅いんだ」
 
「悲劇しかない世界なんて変だよ。みんな狂ってる」

「きっと、美しいんだ。半永久的に咲き続ける造花より、やがて花弁を散らして枯れてしまう本物の花が人々に愛されるように、
 栄枯や明暗、悲喜の転換はドラマティックで刹那的で、観ている人にある種の生を感じさせるんじゃないかな」
 
「よくわかんないよ。私はそうは思わない。それなら私は造花の方が好き」
 
「または……祈りも願いも努力も他人への献身もことごとく踏みにじられてしまう様とか、最初から最後まで救いようのない筋書きとか、
 そういうのって意地悪な目で見て楽しいって感じるんじゃなくて、どうしようもなく悲しいけどそれと同時に、ただ美しいんだ」
 
「悪趣味だよ」



カチャ。



「じゃあ人は自分がそんな目に遭いたいって、心の奥底では思ってるってことにならない?」

「だからこその観劇さ。他人の悲劇を見るのが人は好きなんだ。多かれ少なかれ」

「………………………………」

「僕はそれこそ人だと思う。いいじゃないか、人間礼賛。あるがままに受け入れればそっちの方が楽だ。理想なんて持たない方がいい……」







「……そうだね、昔なら私も間違いなくそう言ったよ。
 あのね、覚えてる?太陽の塔を上ったときのこと」

「覚えてるよ。頂上で本物の吸血鬼、四天王の一人と対峙しちゃったんだ」

「こわかったね。でも、その前の戦闘で私たち全然チームプレイできてなかったのに、吸血鬼戦でいきなりできるようになったよね」

「協調性皆無だったのにね。剣士は前に出すぎるし、狩人は味方に矢を射るし、僧侶は回復役放って敵を殴りに行くし……」

「勇者は味方を気にしすぎて自分がおろそかになるし」

「あははは……そうだった。本当にひどかった。でも、戦いなのに、少し楽しかったな」

「そうだね。楽しかった!みんなで力を合わせて勝ったときは、どんなに怪我してても嬉しかったよ」

「うん。楽しかったね。そう。やっぱり…………楽しかった。剣士と狩人と僧侶が僕の仲間になってくれて、本当に………………嬉しかったな」

「あとは雪の国に行くための船に乗ったときとか、金貨100枚稼がなくちゃいけなくなって入ったカジノとかね。いま思いだしても笑っちゃうよ」

「うん……」

「それからさ――それから、」



「……」

「……」

「……?」

「剣士……?」



カチャ。


「……剣士…………けんし」


カチャ。カチャ。カチャ。
カチャ。カチャ。カチャ。
カチャ。カチャ。カチャ。



「……いや、ちゃんと分かってるよ。幻覚なんだってさ」

「ちゃんと理解してる。分かってる。全部知ってるよ」







もういない。だれもいない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。い。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。い。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。だれもいない。だれも。
 









剣士「ついたーーーっ! やっとついたーー! 最上階ついたーー!」

狩人「わっ…… ひっぱらないで。ください」

僧侶「身だしなみ整えないとな! どう?剣士ちゃん、俺の顔になにもついてない?」

剣士「左目の上に大きい青たんこぶついてるよ」

僧侶「うがあッ ここにきて21階のトラップが効いてくるとは!」

勇者「扉開けていい?」

僧侶「待て、あと10分待て」


ギイィィィィィ……


僧侶「お前、俺のこときらいだろ?」

勇者「そんなことないよ」






「……よくぞここまで辿りつきましたね」


僧侶「結婚してください女神様」

勇者「僧侶、黙っててくれる?」

剣士「うわ……! あなたが、か、神様……? きれい」

狩人「……」

  「はい。私が太陽の国の守護神です。この塔の攻略者をずっとお待ちしておりました。
   私は力を司る者、あなた方に至高の武器を差し上げましょう」
   
  「これらをもって、国を蝕む悪を滅ぼすと誓ってください。
   もっとあなた方とお話をしていたいのですが、今は時間がありません」
   
勇者「時間がない……?どういうことですか?」

  「貴女方が塔を上りはじめてから、魔族がこの国に侵入しました。
   悪しき者がここに近づいています。今から授ける武器によって、その者を退けて頂きたいのです。勇者とその仲間たちよ」
   
勇者「魔族が……!?」

剣士「ええっ!?」
  
  「ではまず、弓を背負った貴女から。貴女には……虹の弓と稲妻の矢を」
  
狩人「ふぇっ……は、はあ。ありがとう……ご、ございます……」

  「神職のあなたには、癒しの杖を。貴方の癒しの力を最大限引き出してくれるでしょう」
  
僧侶「結婚してください」

  「ごめんなさい」

  
  
  




  「剣を振るう貴女には、葡萄十字の剣を。救いを授ける剣です」
  
剣士「わーい!勇者見て見てー!なんかすごい剣もらった」

  「……そして、勇者。選ばれし者よ。貴方には、この、とこしえの杖を……」
  
勇者「……ありがとうございます」

  「人の子らよ。脅威が迫っています。必ずやその闇を払うと約束してください……」
  
  「…………来ますよ」

  
  
  



* * *


兄「…………はー……暇だな」

兄「……。あいつもまあやる時はやるじゃないか。四天王の名に相応しい力だ」
  
兄(しかし……この光景に心が痛まないと言えば嘘になるかもしれないな
  だがこれは戦争だ。仕方のないことだ……)
  
兄「……俺はどうするか。吸血鬼は塔に向かったが。あいつ一人でなんとかなるか……?」

魔族「王子様ー!!」バサバサ

兄「ん?どうした?」

魔族「大変なんですっ! 宝物庫に何者かが侵入しているみたいでっ!
   でも結界が張ってあって下級の者じゃあ対処できないんですっ!」
   
兄「父上はなんと?」

魔族「魔王様は今日の体調が芳しくいらっしゃらないようで、あと頼れる方は王子か四天王かと言うところでして……」

兄「……(そこまで強度な結界が作れるとすると……)
  分かった。すぐ行く。ここは吸血鬼にまかせて平気だろう。元々、俺は手伝いという名目だからな」
  
魔族「助かりますっ!」







タッ……タッ……

吸血鬼「らんたった、たった、ふんふーーーん」

吸血鬼「王子のおかげですんなり塔も制圧できそうだ。これで竜とかヒュドラとか魔女の奴らにでかい顔されずに済む。
    それにしてもやっぱり魔術師の血は格別だなあ」
    
吸血鬼「魔力があるかないかで大違いだ! 三勇士もあれだけ手こずらせてくれた割にはゲロマズだったしなあ……
    やっぱり人間なんて存在価値のない生き物だよなあ。魔術師以外餌にもなりゃしない……」
    
吸血鬼「まーいいや! そろそろ最上階、さくっと神様殺して塔を制圧しちまおう!
    どうもー四天王の末席の吸血鬼ですー! 女神様殺しにきましたーっ!よろしくおねがいしまオワアアアアアア」バタン
    

勇者「!!」

剣士「ぎゃーっ」

僧侶「なんだてめー!!」

狩人「……!」

吸血鬼(げぇーっ!! 神様って5人もいるの……!?!? くそめんどくせーっ!! いくらなんでも5人は多くねえ!?」







  「戦ってください、勇者……」
  
勇者「お前が四天王の一人、吸血鬼か……!」

僧侶「吸血鬼……? なら……テメーがババアや町のみんなを化け物にしやがった奴か……!!」ギリ

吸血鬼「へ?町?なんのことかよく分からないんだけど、あれっ、もしかして君たち神様じゃない感じ!?」

剣士「神様じゃない、人間だよ」

吸血鬼「俺より先に塔の頂上に到達した人間がいたとは……まじかよ。そんなんありかよ!頑張ってここまで来たのに!!
    じゃあもう殺すしかねーーーな!!俺はキャリアアップのために何としてもここの神様支配下に置かないといけないわけだよ
    その礎となってくれよ人間!ハッハ!!悪霊に取りつかれた豚どもっ!!死んでくれ!!」
    
吸血鬼「処刑第二グラウンドスタートっ!俺がお前らを裁いてやるから安心して冥府に召されろ!あっはっは!!」
    
剣士「この魔族頭おかしい!」

勇者「来るぞ!」


逆さ十字の吸血鬼が襲いかかってきた!







剣士の攻撃! 吸血鬼にダメージを与えられない!
狩人の攻撃! 吸血鬼にダメージを与えられない!


剣士「あ、あれっ!? 確かに斬りつけたはずなのにっ! 体が霧みたいになって……!」

吸血鬼「はっはーん……お前らごときに俺が傷つけられるはずないだろお?あんまりなめてもらっちゃ困るな……」


勇者の雷魔法! 吸血鬼にダメージを与えた!


吸血鬼「ホアアアアアアアアアアアア!? な……なん……え!?今の……攻撃魔法!?
    まさか……お前が勇者か!? いててて……」
    
勇者「……!」

吸血鬼「…………」

吸血鬼「……ははあ。へえ……。お前が……。ふうん……」

剣士「勇者気をつけて!こいつ気持ち悪いよ!」ブンッ

僧侶「確かに気持ち悪いな」

吸血鬼「俺のどこが気持ち悪いんだよ!結構お洒落に気を使ってるんだぞ!」









  「少し時間を稼いでください。あの者の弱点は日光です。私がなんとかします……」
  
勇者「女神様……っ」

剣士「おりゃー!」

狩人「……くっ……」

吸血鬼「はーっ、お前らの攻撃なんて全然効かねーつの……さっさと女神とやら殺して帰りてーんだわ俺……
    まあ回復役からぶっ殺すのがセオリーか?」

    
吸血鬼の攻撃! 僧侶に大ダメージを与えた!


僧侶「ぐああ!」

剣士「僧侶くんっ! 」

勇者(女神様からもらった武器を持ってしてもここまで差があるのか……
   このままじゃ手も足も出せない……!)
   
吸血鬼「……うん。まあまあの味だな。もっと緑黄色野菜とってくれてたらさらに美味しかったかもしれない。
    じゃあ次は勇者の血の味テイスティングだーっ!!魔族みんなお待ちかね!!よっしゃ行くぞオラーーーっ!!」
    





剣士「させるかっ」ザシュッ

吸血鬼「ああん?  だーから、効かねーって……」


カッ!


吸血鬼「うおっ まぶしっ!? こ……これは日光!?なんで……」

  「魔王の子が昼を夜に変えてしまったようですが……それを私が正しい時に戻しました。
   滅しなさい、悪しき者よ」
   
狩人「これなら……。剣士、あいつに今ならダメージを与えられるっ、構えて!」

剣士「う、うん! ……あ、あれっ!?消えっ――きゃっ!?」

吸血鬼「あははははは……こんなものなのか?神様の力ってさぁ……
    これくらいならまだまだ俺は自由に動けるぜ?」
    
僧侶「剣士ちゃん! 貴様ぁぁぁぁ……このドスケベ野郎!!セクシャルハラスメントだぞ!!その汚らわしい手を離せ!!」

吸血鬼「腕抑えただけでセクハラなの!? 人間世界まじ世知辛ぇな……」

狩人「剣士……」

僧侶「おい勇者っ!!お前なに黙ってるんだ!!剣士ちゃんがいやらしい魔族に捕まってるんだぞ!?何とも思わないのか!?」

剣士「ええー!? いやらしい魔族なの!? やだーっ離してよーっ」

吸血鬼「いや俺に下心は一切ないけれども!あらぬ誤解は避けたいのだけれども! 
    つーか人間なんて全部家畜以下だと思ってるし……邪な心を抱いてると思われてること自体侮辱っていうか……」
    
剣士「腹立つなあ!」





僧侶「てめー勇者なんとか言えっこのぉ……」


勇者は水魔法を唱え終えた! 幾枚もの氷板が吸血鬼を取り囲む!


吸血鬼「あ?」

僧侶「あ?」


氷が鏡面と化し、吸血鬼の体に光が収束される!
吸血鬼は弱体化した!


吸血鬼「ああああああああ!?なに……なにそれっ!?」

勇者「いまだ、剣士!狩人!」

僧侶「うおおおおおおおおおっ!!」

勇者「君は攻撃に回らなくていい!」







吸血鬼「オエエエエエエエエエッ……また具合が悪くなってきた……くそ!!てんめえええやりやがったな勇者死ねこの野郎!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

吸血鬼「こんなの氷を壊しちまえば終わりじゃねえか!!おえーッ 吐きそうになりながらも頑張る吸血鬼パーーンチ!」

狩人「させない」ヒュッ

吸血鬼「ぐう……っ!?」


狩人の矢が吸血鬼の手のひらと肘を射ぬいた!


吸血鬼「ちょっと……ちょっと待って!せめて勇者の血だけ吸わせて!後生だから!そしたら魔界に帰るから!!ね!!」

勇者「ね! じゃないよ、嫌だよ!嫌に決まってるだろ」

吸血鬼「てめーの答えは聞いてねーーーんだよお!!!よこせオラア!!」バッ

狩人「勇者はレバー嫌いだからあんまり美味しくないと思う……!」

勇者「たっ確かに嫌いだけどもそういう問題!?」








剣士「……だめ」


――ズ……ッ


吸血鬼「……」

剣士「……お前なんかにあげる勇者の血なんて、一滴たりともこの世に存在しない」ズッ

吸血鬼「馬鹿な……いくら日光にあたってても、俺がこの程度の一撃で……こんな……」

僧侶「攻撃力増加の補助魔法、5回重ねがけしておいたからな」

吸血鬼「えげつなっ……ガフッ……」


吸血鬼「……血……俺、ここで死ぬのか……これで終わりなのか、全部……ああああ嘘だろ……まじかよ……ああもう畜生」

  「消えなさい……悪しき魔族よ……」

剣士「……」ビチャ

吸血鬼「くそ……なにが悪しき魔族だ……ふざ……けるな……。お前らはかなら……ず……まおうさまが……」


吸血鬼は血だまりに沈んだ。
吸血鬼を殺した。






僧侶「……死んだ……?死んだか?」

  「魔族は死にました。あなた方の健闘に感謝します」
  
狩人「……はあ……」ガク

剣士「ほ、ほんと……?倒せた?」

勇者「みんなのおかげだ。僕一人じゃ勝てなかった。ありがとう、三人とも」

僧侶「……うおおおお!やったな!魔族の一人をぶっ殺したぜ!これで俺もハーレムを都でもてもてだ!!」

狩人「……」

僧侶「何故そんな軽蔑のまなざしで俺を見るんだ、狩人ちゃん……!?」








  「塔の最下層まで私が送ってあげましょう。勇者とその仲間たちよ、雪の守護神と星の守護神も私と同じように救ってあげてください。
   魔族の力は人間の何倍も強い故、私は貴方達に力を与えました。
   そして、雪の神からは知恵を、……星の神からは、あなた方の望むものを授かるでしょう」
   
   「人類の命運は貴方がたにかかっているのです。どうかご武運を……」
   
   「……それから、あともうひとつだけ、ここに辿りついた勇者に伝えなくてはならないことがあります」
   
   「……勇者、こちらに」
   
勇者「は、はい……?」








第九章 マイディアブラザー






* * *


数十日後
王都 場末のパブ


女A「え~~すごおい、あなたが四天王の一人ヴァンパイアを倒したのぉ?」

女B「ヴァンパイアって三勇士を皆殺しにしたっていうこわ~~い魔族でしょ?僧侶さんすごーい!強いのね!」

僧侶「いや……それほどでもないよ、ハッハッハ」

女C「まあ謙虚。そんな偉業を成し遂げたなら堂々としていらっしゃればいいのに!」

女A「あなた方がいればこの国も安心ね!」

僧侶「僕は本当サポート役だったので……ハッハッハ! もう一本ドンペリ入れてくれる!?」


「「「喜んでー!」」」




* * *




ガッシャガッシャ……

剣士(新しい剣……大きいのに全然重くない。何の素材でできてるんだろう。不思議だなあ)

剣士(ヴァンパイアを倒してから、王都に戻って王様に報告をして……次は、雪の国。
   あの国は最近魔族の侵攻が苛烈で、首都が落ちそうなほど困窮してるって)
   
剣士(……王様に「頼むぞ」って言われちゃった。なんだか全部夢みたい……私たちが王様に頼りにされてるなんて。
   まあ、私たちっていうより勇者に期待しているんだろうけど!)
   
剣士(でも優しそうな王様だったな……初めて見ちゃった……緊張した)

剣士「……あ! 狩人ちゃんっ!こんなところで偶然だね、なにしてるの?」

狩人「別に……」

剣士「? そう?買い物かな? ……あ!見て、このマフラー。ふかふかもふもふなのに安い、お買い得だ」

商人「お買い得だよ!」

剣士「次は雪の国に行くんだからあったかくしていかなきゃね。すっごーっく寒いんだって!行ったことないからちょっと心配なの。
   ……あ……でも、狩人ちゃんは王都で弓兵団に入団するって最初から言ってたっけ。もう私たちと一緒には旅しないんだよね」
   
狩人「……」コク

剣士「そうだよね。ちょっと寂しいけど、お互いがんばろーね。狩人ちゃんと一緒に戦えて楽しかったよ」

狩人「……」コク


スタスタスタ……


剣士「あ、行っちゃった」








商人「嬢ちゃん、買うの?買わないの!? 買うよね勿論!?」

剣士「え、あ、待って待って!何色にするか決めてないよ、まだ……」

商人「若い女の子にはこっちの赤色とか、桃色なんかが人気だよ。それかこっちの白とかね」

剣士「あっ」

商人「ん? おや渋いねえ。そんな草色なんて……女の子は地味な色より明るい色の方がいいんじゃないかと思うけどね」

商人「……え?これ買うの?返品不可だよ!いいの!?そ、そうか。毎度ありっ!」



王立図書館


勇者「…………」

勇者(「2羽の鷹に獅子の左目」……うーん、一体なんのことだ?
   いろんな人に話を聞いてみたり、図書館の本を片っ端から調べてみたけど分からないなあ)

勇者(鷹はまだしも、獅子なんてこの国の象徴だから王都のどこにでも彫刻や絵画があるし。
   どうしよう、もうすぐ雪の国へ出発しなければならないのに、まだ全然女神様から言われた謎を解けてないよ)
   
勇者「まずいな」



~~~~





  「勇者。『2羽の鷹に獅子の左目』です。そこに辿りついたとき、貴方は絶大な力を得ることでしょう……」
  
勇者「鷹と獅子……ですか?」

  「……ただし忘れないで。その力は人が持つには大きすぎる。人が扱うにはその分代償が必要になるのです。
   一度使ったらもう後戻りはできません。……よく考えてください」
   
勇者「分かりました」

  「……」

  
  
~~~~



勇者「分かりましたって言っちゃったよ。全然分かってないよ。
   王都に鷹なんて飛んでないからやっぱり森に行くべきかな……とすると獅子の方も本物のライオンを探さないと、ってこと?」
   
勇者「うわ……厄介だな」


剣士「勇者、ここにいたんだね。女神様が言ってたことの意味、分かった?」

勇者「剣士。 いや……それがさっぱり」

剣士「そんなに焦らなくてもいいんじゃない?いつか自然に分かる時がくるよ。
   もしかして朝からずっとここにいたの?」
   
勇者「そうだね」

剣士「じゃあ休憩しよ! ねえねえ見てこれ。あったかそうなマフラーでしょ?」

勇者「市で買ったの?うん、いいんじゃないか。似合うと思うよ」







剣士「しかもね、この色、勇者の目の色とそっくりじゃない?生き映しじゃない?このグリーン」

勇者「僕の目はこんなにきれいな緑じゃないけどね」

剣士「ううん。そっくりだよ。これ勇者にあげるね!君、寒いの苦手でしょ?寒い日の朝は寝起きがめちゃくちゃ悪いもんね」

勇者「えっ、僕に?」

勇者「……うわ、ありがとう。うれしいよ」

剣士「うん! それでね、私も雪の国は初めてだからマフラー買おうと思って私は白色を……あ、あれ」

剣士「あ……私の分買ってくるの忘れちゃったよ」

勇者「…………」

剣士「わ、笑わないでよー!ちょっとうっかりしちゃっただけだもん」






ゴーン……ゴーン……


勇者「もう二時か。市に行くついでに昼食も済ませようかな」ガタ

剣士「えっ! 一緒に市に行ってくれるの? やったー!」ピョンピョン

勇者「しーっ ここ一応図書館だから……」


ゴーン……ゴーン……


剣士「あ。そっか。ごめんごめん。……あれ?ねえ、この時計塔の鐘の音で思いだしたけど」

剣士「時計塔の大きな時計の針って、長針に鷲で、短針に鷹の飾りがなかったっけ」

勇者「……まさか二羽の鷹っていうのは、二時ってこと?じゃあ獅子っていうのは……
   なんだ?窓から光がいきなり射してきた」
   
剣士「窓の外のライオンの彫刻の目に太陽の光が反射してるみたい。で図書館の中にあるライオン像にも光があたってるけど……
   こっちは何ともないね?このライオン像に女神様の言ってた武器っていうのがあるのかな?」

勇者「ええっ!? 図書館の中に?」


勇者「このライオン像は目を閉じてるな……ひょっとして」スッ

剣士「うわっ 目が開いた! こわっ
   あ……また目に光が反射して、今度はあっちの像に」
   
勇者「なるほど。光を辿っていけばいいんだ。ただ、多分それができるのは2時から1分間だけ……急ごう!」





図書館 地下4階


剣士「地下まで来ちゃったね。 わーカビ臭い」

勇者「ここが最下層だ。誰も人がいないな。僕も初めてここまで下りてきたけど……」

剣士「変な本ばっかりだもんね。あ、あのライオンで最後じゃないかな?」

獅子像「太陽の光をこの目に浴びたのは一体何千年ぶりだろうか……やはりいいものだな」

剣士「あれ?勇者、声枯れた? なんか変な声だよ」

勇者「剣士こそ、いつの間にそんな渋い壮年のおじさんのような声に」

獅子像「ここだ、ここ。私だ。お前らの真正面にいるだろうが、無視するな」

勇者「像が喋った……」

剣士「不思議!」

獅子像「なにも不思議なことなんてあるもんか。像が喋ったらおかしいのかね」

獅子像「まあとにかくここに光を運んできてくれた礼だ。
    私の左目の水晶をとるがよい、それが鍵だ」
    
勇者「鍵……何のための鍵だい」

獅子像「鍵なのだから、当然扉を開けるために決まっているだろう。ほら、扉はそこにあるではないか」

剣士「……?」

勇者「書棚ばっかりで扉なんてないけれど」

獅子像「下だ、下」

勇者「床の紋様? 確かに扉っぽく見えなくはないな。よく見ればくぼみもある。
   ここに水晶をはめればいいのかな?」
   
剣士「なんかわくわくするね!すごい!」





勇者「……。はめたよ」

獅子像「そうか。そしたらば……」

剣士「そしたら?」

獅子像「受け身をとっておけ」

勇者「ああ、受け身を……。……えっ?」


ガコッ!!


勇者「床がッ!? うわあああっ!!」

剣士「勇者っ」ガシ


ウワーーーー
  キャーーー
  
獅子像「あ……勇者じゃない奴も落ちてしまったな。まあいいか。どうなるか分からんしな。
    2名様ご案内ーっと……」
    





――ドサドサッ!!

勇者「うぐっ」

剣士「うーーー……いたたたた……もう、なにこれ。ここどこ? 真っ暗で何も見えないよ。
   勇者?勇者、どこ行っちゃったの?」
   
勇者「君の下だよ」

剣士「下って……わああああああっ!? ごごごごごっごめんね!? なんかやけに地面があったかいなとは思ったんだけどっ
   そういう仕様なのかなって思ってっ!本当にごめん!」
   
剣士(ひゃーーなにやってんのなにやってんの馬鹿!馬鹿馬鹿!信じられない!)
   
勇者「いや、大丈夫。それよりここは一体……地下4階より下があったのか?とりあえず灯りがほしいな」

剣士「ちょ、ちょっと待って、もう少し灯りつけるの待って。もしくは私から離れたところで灯りつけて」

勇者「? なんで?」

剣士「いま顔がひどいことになってるから……すぐ冷ますからっ」


ボッ……ボッ……


勇者「あれ……壁の松明が次々に灯っていく。誰かいるのかな?」

剣士「いるとすれば間違いなく私への嫌がらせが目的だよね」









勇者「ここに女神様の言うものが……。 ん?あれは祭壇?」

剣士「なんかおどろおどろしい雰囲気だね。ちょっと怖いよ」

剣士「……あっ、でもあれ、すっごいきれいな剣と本!あれが女神様の言ってた武器かな!」

勇者「剣と本…………。……っ?」ゾク

勇者(うっ……なんだ今の? あの剣を見た瞬間、寒気が……。 嫌な感じのする剣だな……)

剣士「見て勇者。刀身が真っ赤な剣って、一体何でできてるのかな。あ、すっごい軽いし振りやすいよ」ブンブン

勇者「うわあっ。なんて物怖じのしない性格なんだ。……剣士、今すぐその剣を離して」

剣士「え?なんで?」

勇者「なんだか嫌な気配を感じるんだ。その剣は……使わない方がいい」

剣士「まあ、使えないんだけどね。全然鞘から抜けないの、この剣。すごく固くて」

勇者「え? ……本当だ。なんだこれ。かたっ……!」ガチャガチャ

剣士「この剣の名前、なんて読むの?この国の言葉じゃないね」

勇者「古代語かな。ええと、『魔剣……」

勇者「『魔剣アルファルド』。……魔剣って!!やっぱり曰くつきじゃないか!」

剣士「でもすごい強い剣なんじゃないのかな?今は抜けなくても、いつか抜けるかも。
   私もっと強くなりたいの。旅の間この剣を私が持ってたらだめかな」
   
勇者「……だ……だめだ。魔剣なんて言うからにはどんなデメリットがあるか分かったもんじゃないよ。
   それに抜けない剣なんて一緒に腰に下げてたら邪魔だろ?とにかく却下」
   
剣士「えーっ! ……あっ私にはそういうくせに自分は本を懐に入れようとしてる!ずるい!」






勇者「え?入れてないけど?」

剣士「マントのその妙に四角い出っ張りは何なの!!」ガバッ

勇者「なんでもないって。ちょっ……!」

剣士「やっぱり入れてるじゃない。これは?タイトルはないんだ……。魔法書?」

勇者「まあ、多分。大半は文字が掠れていて読めないけど、最後の方のページに、まだ僕の知らない呪文が二つあったんだ。
   一つは見たことのない文字で書かれていて分からないんだけど、もう一つは使うことができる」
   
勇者「剣は抜けないけど呪文は使える。だからこれは持ち帰るよ」

剣士「えーーーーーなにそれずるい。勇者が詭弁を弄して私を煙に巻こうとしてる!」

勇者「女神様の言ってた意味も分かったし、これで心おきなく雪の国に行けるな。よかった。
   あーお腹すいた。早く市に行こう。マフラー売り切れになっちゃうかもしれないしね」
   
剣士「んもー頑固なんだから。分かったからそんなに急ぎ足で行かないでよ!待ってったら!」



剣士「ていうか階段あったんだ。帰れないかと心配しちゃったよ。……勇者?どうしたの?」

勇者「……」チラ


……カチャッ


勇者「! (剣が……今……)」

勇者「何でもない。早く行こう。早く……」








ざわざわ…… ざわ……


「勇者だ」 「あれが勇者……」 「吸血鬼を倒したって」


剣士「有名人だね、勇者」

勇者「なんでそんなに君は嬉しそうなんだ。全然僕は嬉しくない。こんなに注目されると居心地が悪いよ」


「勇者がいま犬のフン踏みそうになったぞ!」 「あの勇者が屋台の食いもん買って、一口も食べないうちに地面に落としたぞ!?」

「おい見たか今の……地面に落とした食べ物、一瞬拾おうとしたぞ。手がぴくってしたぞ」 「食い意地はってるわね」

「いや、あの三勇士より強いっていう勇者だぞ。それも何か理由があったのかも……」 「なるほど……」ザワザワ


勇者「いや別に本気で食べようとしたわけじゃないけどさ……条件反射っていうか……。ていうかそんなところまでじろじろ見ないでくれっ」

剣士「分かる分かる。地面に接してない上の部分だけならいけるんじゃないかな!?とか思うよね」

魔術師長「ふふ。有名になるのも一苦労ね、勇者。久しぶり」

勇者「本当に久しぶりだね。それに偶然。どうしたの?」

魔術師長「ちょっと実験の材料を買いに市に来たんだ。どう?剣士も一緒にちょっと学院でお茶でもしない?
     いろいろあなたたちに訊きたいこともあるし、私も魔法のことでなら何か力になれるかも」
     
勇者「そうだね、とりあえず今はどこか室内に隠れたい気分だ……」


ざわざわ ざわざわ



ここまで
あけましておめでとうございました
高菜チャーハンにはまってたら間が空いちゃいました すみません




* * *


剣士「? ねえ、なんでみんなあそこに集まってるのかな」

魔術師長「ああ、あそこは神殿区の入り口。一日に一回、神殿長があそこから顔を見せるのを信者たちが待ってるんだよ。
     ほら、そろそろいらっしゃるわ」
     

ざわ……


剣士「へえ……。あの人が神殿で一番えらい人なんだよね。僧侶くんの上司の上司の上司?」

勇者「そうなるね」

魔術師長「あっ。神儀官がこっちに来る。私この間、彼女とちょっともめたから顔合わせづらいわ。
     ごめん先に行ってる!なんかごまかしといてくれる?」スタスタ
     
勇者「ええっ ちょっと?」


神儀官「……久しいですね、勇者様。それから初めまして剣士様。
    あら、もう一人いたように思えたのですけど、気のせいでしたかね」
    
勇者「あ はい、そうですね。気のせいかと……」






神儀官「あなたたちの活躍は耳に入っていますよ。魔王の部下のうち1人打ち破ったそうですね。
    神殿長様も大層お喜びになっておられます」
    
神儀官「魔族など……我らが崇める神の神聖なる魔法からは程遠い、なんと野蛮で危険な魔法を操ることか。
    あの者たちが生きているということだけで、我ら神殿の意義が揺らぎます」
    
勇者(野蛮で危険な魔法か……)

勇者(何故だろう。まるで僕の使う術も非難されているような……)

神儀官「勇者様。神から直々に与えられたその力でもって、必ず魔族を根絶やしにすると誓ってくださいな」ニコ

神儀官「それから剣士様。まだ剣を握った月日も短いというのに、大層ご立派な技量をお持ちだと聞いております。
    あなたもその剣を振る理由を違えぬよう……」
    
神儀官「では私はこれで。魔術師長によろしく伝えてください」スッ



剣士「……なんか怖い人」

勇者「釘を刺された気分だな」

僧侶「率直に言って嫌な人だな?」

勇者「うわっ!? 僧侶いつからいたんだ。いやそれより、彼女は女性だよ?」

僧侶「んなの見りゃ分かる。俺が女相手だったら誰にでもでれでれすると思ったら大間違いだぜ。
   俺も選り好みくらい、してるっ!!」
   
剣士「そ……そうだったんだ!?」





僧侶「王都に来て初めて神殿の連中を見たが……まあ思った通りだな。一応気を付けた方がいいぜ」

勇者「気をつける……?」

僧侶「俺たちや魔術師が魔法を使えるのは、あくまで神様の力を借りてるって体だからなぁ。
   洗礼を受けて、修業を積んで、聖典を読み込んでってな風に魔法を会得してんだ」
   
僧侶「だが魔族の奴らは、そんなもん全部すっ飛ばして色んな魔法ぶっ放してるわけだろ。
   そういうのが神殿の癪にさわるんじゃねーの。よくわからんが、魔法を独占してる神殿の権威とかが貶められる意味で」
   
剣士「あれ。でも勇者って、洗礼とか修業してないよね」

僧侶「だから気をつけろって言ったんだ。極端に言えばお前も魔族側なわけだ。神殿にとっちゃおもしろくないんじゃねーのかってこと」

勇者「そんな、僕は別に魔法を使って誰かを傷つけようなんて思っちゃいないよ」

僧侶「お前がなにをしようが関係ない、その力を持ってるってことだけで問題視される……かもしれない。
   俺がいま言ったことは全部俺の推測だ、あの女の口ぶりでそういうこともあるかもなってだけ」
   
僧侶「ま、危惧するのも全部魔王を倒してからの話になるけどな」

勇者「……」






剣士「そんなのひどくない?もし僧侶くんがいま言ったことが本当だとしたら許せないよ。
   だったら魔王を倒した後、私が神殿も倒すよ!!」
   
勇者「えっ」

僧侶「おお……思いきったことを言うなぁ 剣士ちゃん」

勇者「……。まあ、魔王を無事倒せたらそのことは考えるよ。今は魔族のことをまず考えないとね」

副団長「面構えが少し変わったな?勇者」

勇者「うおわっ……だ、だからみんないきなり現れるのやめてくれよ」

副団長「すまんな!!!街を歩いていたら皆を見かけたので、つい全力で走ってきてしまった!!!」

剣士「相変わらずすごいバイタリティ」

僧侶「なんだこの汗臭い男は……」

副団長「戦う意思がようやく鋼のごとく固まったと見えるぞ、3人とも」






勇者「そうかもしれない。……塔から下りて目にした、あの壮絶の一言に尽きる光景がまだ瞼の裏から離れない。
   吸血鬼と、それから赤目の魔族に殺された人々の血で真っ赤に染まった大地……」
   
剣士「…………」ゴク

僧侶「ありゃあひどかったな。さすがの俺でも慄然としたぜ」

副団長「塔の警備にあたっていた騎士兵士、魔術師神官含めておよそ150人がやられた。
    しかもあんな惨たらしいやり方で……思い出すのもおぞましい」
    
勇者「もうあんなことさせない。もっと強くなって、早く戦争を終わらせなければ、また繰り返される。
   僕が止めなくちゃ」
   
剣士「僕たちが、でしょ?」

勇者「……うん。僕たちが、止めなくちゃ」

副団長「ああッ!!!!!その意気だッ!!!!!君たちなら絶対にできるッ!!!!共に悪しき者たちを討ち砕こうッッ!!!!!」

僧侶「うっせ」





* * *


魔王城


魔王「なんと……吸血鬼が勇者にやられたと……?」

兄「なにっ? なら勇者はあの時、すでに塔の中にいたのか。くそ、そうと知っていれば……」

兄(俺があの時、塔に進んでいたならば……)

魔女「まあ、仕方ありませんね。どうせあいつのことだから調子に乗ってしまったのではなくって? クスクス……」

ヒュドラ「魔王様。聞けばその勇者は、次は私の治める雪の塔に向かっているとか。
     私にお任せ下さい。必ずや勇者の首をここに持ってきてやります」
     
魔女「なぁんだ。先に星の国にくればいいのに……ねえ?人形ちゃんも悲しんでるわ」

魔王「ならばヒュドラに任せよう。しくじるなよ」

炎竜「魔王様、ならばわしも、」

ヒュドラ「炎竜殿。心配は御無用です。私に一任させて頂けますかな」

魔王「炎竜は太陽の国制圧を担当してもらおう……」

炎竜「はっ」

魔王「では散れ。今日はここまでだ。また収集する」






兄「……父上。ヒュドラはああ言ってますが、俺にも戦わせてください。
  もし勇者の存在が脅威でないとしても、芽は早いうちに摘んでおいたほうがいい」
  
魔王「いや、息子よ。お前には別の任を与える。娘を連れ戻すのだ。ここ、魔王城に」

兄「……!」

魔王「……変わり者だとは思っていたが、まさか人とともに行方を眩ますとは思わなんだ……
   いずれ太陽の国も焦土に変わる。娘をみすみす巻き添えにするわけにもいかん。
   それでもいいと、あいつは思って出て行ったのだろうがな。あれでも我が愛しの娘、妻の忘れ形見よ」
   
魔王「必ず見つけ出してここまで連れてこい。いいな。抵抗されたら力づくでもだ。お前の力の方が娘より強い」

兄「……は、はい」






兄(妹……お前は……)


~~~






魔王城 宝物庫


兄(侵入者と聞いたが、術式をこんなにきれいに解く奴なんて限られてくる……大方、)

兄「……やはりお前だったか」

妹「兄さん。……気づかれないようにここに入ったつもりだったんだけどな」

兄「あれでか。痕跡が至るところに残っていたぞ。本当に隠す気があったのか」

妹「え。本当?……えへへ、じゃあ本当は気づいてほしかったのかも……
  兄さんにはお別れ、言いたいなって思ってたから」
  
兄「? 何を言っている?」

妹「ここに侵入しちゃったのは、これ、返しに来たの。人里に入るためにつけてたこの指輪」

兄「『魔力封じの指輪』か……それを返すということは、もう人の土地に行くのをやめたのだな。賢い決断だ」

妹「ううん、そうじゃなくって。あのね兄さん……あの人に、私が魔族だってこと、ばれちゃったの」

兄「はっ!? な、ば、馬鹿。一体どうしたんだ。だからあれほど気をつけろと再三言っただろう!
  その者の名を言え。あの国を制圧したら真っ先に俺がこの手で……」
  
妹「どうして怒っているの?」

兄「それは……お前が傷つけられただろうから……人に思い入れたお前が悪いとは言え、
  人間ごときにお前が悩まされることはないだろう……」

妹「違うの。兄さん。私の人とは違う瞳と耳と、それから魔法を見ても、彼は……怖がらなかったよ。
  私は私だって言ってくれたの。受け入れてくれたのよ。種族なんて関係なしに」

  
  
  




兄「騙されているんだ。まさかお前……駆け落ちなんぞするつもりじゃあないだろうな」

妹「兄さん。聞いてくれる? 私、夢を見たわ。私が夢で未来を視ることは知ってるよね?母さんと同じように」

兄「ああ……」

妹「どんな夢を見たと思う?あれはきっと遠い遠い未来ね。赤い目の魔族の女の子と……それから勇者って呼ばれてた男の子がね、
  人間の子どもたちと笑ってたわ。女の子は「魔王」って呼ばれてたのよ。なんだか私に似てたの。
  ねえ……とっても幸せな光景だったのよ。想像してみて、兄さん」
  
兄「馬鹿な。あり得ない。魔王と勇者が共に笑い合うなど、そんなふざけた話があるか!」

妹「あるのよ。遙か彼方の遠い未来で。私が視たんだもの。……私ね、魔族のみんなと同じくらい人が好き。
  魔法なんて使えなくったって、弱くったって、彼らはとっても一生懸命に生きてるんだよ。
  花を愛でる気持ちも、家族を愛する気持ちも、私たちと何一つ違わないわ」
  
妹「だから私は、私のやり方で未来を辿るわ。夢で視たあの光景にいつか世界が追い付くように。
  ごめんね兄さん。お父様には、本当に申し訳なく思ってるのだけど……兄さんがお父様を支えてあげて」
  
兄「なにを言って……正気か?」

妹「お父様に最後に会えないのは悲しいけど、会ったら絶対止められちゃうわ。兄さんに会えてよかった」

兄「……」






兄「そんな未来が真実あるとするのなら、今俺たちが行っていることはなんだというのだ。
  俺は……俺だって……殺さずにいられたら、何も奪わずにいられたらそれが最良だ……しかし」
  
兄「もう戦争は始っていて、終わらせねばならん。未来がどうあれ、決着をつけねば。
  そしてそれは、俺たちの勝利という形でなければならない。敗北者には死と屈辱が待っているのだから」
  
妹「勝利も敗北も無意味だっていうことに、いつか兄さんも気づくわ。
  それでも戦うというなら……私の大切な兄さん。世界でたったひとりの兄さん……」
  
妹「本当は、私の魔力は何かの水晶にでも封じようかと思ってたのだけど、全部兄さんへのおまじないに使うね。
  私のほとんどすべての魔力を使った、最後の魔法だよ」
  
兄「何をするつもりだ?」

妹「兄さんが大ピンチに陥ったときに、きっとこの魔法が兄さんを守ってくれる。とびきりの魔法なの」

兄「……魔力のほぼすべてを……本気なんだな」

妹「もう必要ないのよ」







兄「……どうせ言っても聞かないか」

妹「うん。どんな結末になったとしても、これは私の選択なのよ。私は後悔しない。だから兄さんも責任なんて感じないでね」

兄「俺の心配をする前に自分の心配をしろ。……死ぬなよ」

妹「死なないわ」


妹「さよなら!兄さん。元気でね……ごめんなさい」

兄「…………ああ……」

兄「……」





* * *


老弓兵「これが慰霊碑だ。ここにあいつの名前が……ほら」

狩人「……はい……」

老弓兵「あいつはよく、お前さんのこと話してたよ。そりゃもう嬉しそうに。
    聞いてる俺たちの耳にタコができそうだった。ははは……」
    
老弓兵「あいつの最期は……?」

狩人「聞いてます」

老弓兵「そうか……。……あんたがどうしても弓兵になりたいってんなら反対しないがね、
    復讐のために兵士になる奴なんてザラだし……しかし、老婆心から言わせてもらうと……」
    
狩人「いえ。私は戦います」

老弓兵「……そうかい。あんたがそうしなきゃ生きれないなら仕方ないよ。
    じゃあしばらくここでゆっくりしてくといい」
    
狩人「ありがとうございました……」






狩人「……」


僧侶(あれ。狩人ちゃん、こんなところで一体なにを……慰霊碑?)

僧侶「なにしてんだい」

狩人「……祈りを捧げてました」

僧侶「ああ……って慰霊碑の前にいるんだからそうだよな。
   俺の知ってた奴も何人かここに名前が刻まれてんだ。
   僧侶ちゃんは……家族がここに?それとも友人?」
   
狩人「婚約者が」

僧侶「ああ婚約者が…………こんっっ!?!? あ、ああ……そ、そうだったのか」

狩人「里で一番の弓の使い手だった。国を守るために兵士になるって言って里を出たっきり。
   1年前に魔族に殺されてもういません」
   
僧侶「ああ……」

狩人「遺体は……ひどかったです」

狩人「だから私は彼に教わった弓術でもって仇をとりたい。
   それくらいしか私にできることは……ない……から」
   
僧侶「俺も同じだな。婚約者なんてもんじゃないが。
   いきなり生活ブッ壊されて、生きてた連中あんな化け物にされて、こんなんじゃ腹の虫が収まらねーよ


   
僧侶「なあ、狩人ちゃん。俺たちと一緒に行こうぜ。王都に残るなんて言わずにさ。
   結構俺たちもなかなかいいパーティになってきたんじゃないかって思うんだけど」
   
狩人「一緒に……」

僧侶「それにさ、あいつらだけじゃ不安じゃないか?あのオトボケ勇者に天然剣士ちゃんの二人だぜ
   俺たちが支えてあげねーといつしくじるか分かったもんじゃねーよ」
   
狩人「……」

僧侶「ん?なんだ……俺の顔になんかついてる!?」







狩人「意外だと思って……」

僧侶「意外?」

狩人「意外と……世話焼き」

僧侶「今はお節介な男が王都でもてるらしいからな」

狩人「そんなの……聞いたことないです。でも……そうですね。確かに3人だと不安……」

僧侶「3人って俺も入ってんのかよ」

狩人「だから、一緒に連れていってもらえますか」

僧侶「……ああ、勿論!」



剣士「あっ!僧侶くんに狩人ちゃん!ここで会うなんて偶然だねー、なにしてるの?」

狩人「……剣士、勇者」

勇者「だれがオトボケ勇者だよ」

僧侶「うわーっ!お前すっげえ地獄耳な!!こわっ!!きもっ!!」

勇者「うるさいな……色ボケ僧侶」

僧侶「てめーーー言ってはいけないことを言ったな覚悟しろ」

勇者「いたっ!!」

剣士「二人ともうるさーい!こういうところでは静かにしないといけないんだよっ!!」

狩人「……」クス





『太陽の国の山奥にある小さな村で育った私は、雪の国に入国する時に初めて海を見ました。

 本当は陸から国境まで行った方が早かったのですけど、魔族の襲撃を恐れる船の方に
 
 護衛として一緒に乗ってほしいって言われて。
 
 遠回りになっちゃうけど海を見ることができて私はとっても嬉しかったです。
 
 雪の国に近い海だったから、水は冷たくて指先をつけてみるのが精いっぱいでした。
 
 そしたら狩人ちゃんが、誰かに宛てた手紙をボトルに入れて流すっていう遊びを教えてくれて、
 
 今まさにそれをやってみてるところなんですけど……あ、狩人ちゃんって言うのは一緒に旅をしてる仲間で、
 
 あと僧侶くんと勇者も一緒に旅をしてて、勇者の名前はハロルドって言うんですけど勇者だから勇者なんです。
 
 なんで旅をしてるかって言うと魔王を倒すためです。あ、私は剣士だよ。最近剣の扱いも上手くなってきました!
 
 自分で言うのもなんだけど!

 
 
 乗る予定の船が明日出港予定なので、今日は夕方、港に出ている露店をみんなで見に行きました。

 
 大きなイカの日干しにびっくりしてたら、勇者がふわふわの雲みたいなの手に持ってて、
 
 なにそれって訊いたら「雲だよ」って本当にそう言うからもっとびっくりしちゃったよ。魔法で作ったんだって。
 
 食べてみたら砂糖みたいに甘くって……雲って甘いんだ、って呆然としてたら、
 
 横にいた狩人ちゃんと勇者がなんか含み笑いしてるのね。はっとして、近くの露店に目を配ったら、雲と同じのがありました。
 
 「わたあめ」って言うんだって。ええとつまり、私は二人に一杯食わされたってことなんです。
 
 二人で私を騙すなんて、ひどいと思いませんか?全くもう。
 
 でもその後会った僧侶くんに同じことやってみせたら……彼も見事に騙されてました。すっごくびっくりしてたな。
 
 ああ、もう便箋がなくなっちゃう。なんだか変な手紙になっちゃったけど……うーん、ごめんなさい。
 
 家族以外に手紙なんて書いたことないから、不慣れなんです。敬語もちょっと変かも。
 
 では、親愛なる誰かさんへ。あなたの幸福を祈っています。
 
                                   Nina  』











少年は時計屋が手紙を読み終えるのを待って、途中から止まったままだった右手を思わずというようにこめかみにあてた。
その内容は昔祖父が読んでくれたあの手紙のものと酷似していた。


「信じられないなぁ。それ、僕が持ってる手紙を書いた人と同じだ。小さいころ、海辺を歩いてるときに見つけたんですよ」

「俺はこの街の大河で釣りをしてたら見つけたんだ。なんだか捨てられなくてな」


よかったらこれ、やるよ。時計屋の青年が、瓶ごと少年の手に押しつける。
二人が店の奥にある青年の私室にいるにも関わらず、
店頭にずらりと客を圧倒するように飾ってある時計たちのカチコチ、カチコチと秒針を鳴らす音がここまで響いていた。


「いいんですか」

「いいって。俺が持ってたってしょうがねえしな。もしかしたら3通目もあるかもしれないぜ。おたく、旅してんだろ?そのうち見つけるかもな」


楽観的に時計屋が笑うのにつられて、少年も口端を上げた。
本当にそうなればいいのに。
しかし少年が子どもの頃に聴いた手紙には、4通目だと「Nina」は書いていた。
海を漂っているだろうあとの2通を彼が受け取れる確率は、恐らく天文学的に低い。




笑う傍らでそんな諦観を覚えながら、ようやく彼は作業を再開する。
テーブルには祖父から受け継いだ珍妙な器具が鎮座しており、どれも時計屋にとっては見たこともないような品ばかりだった。
すり鉢のようなもので薬草をすり潰している彼に、青年が頬杖をつきながら尋ねた。


「おたくみたいな若い薬師、いるんだな。しかも旅してこんな辺鄙な村までよくもまあ。
 しかも一人で。いつから旅してるんだ?」

「祖父が亡くなってからだから……3年前くらいからかな」

「ふうん。大変なんだな……。でも薬師なんて、都市で勤務するのが普通なんだぜ。結構稼げるって話だ。
 旅なんてしてちゃ、おたくの懐に入ってくるのは雀の涙みたいなもんだろ?なんで旅なんかしてるんだ」


俗物的な質問をぶつけられて、彼は苦笑した。
しかし時計屋が本当に単なる興味本位で訊いていることが分かっていたので、
彼も軽い気持ちで一片の衒いもなく答えた。
むしろ青年の裏表のない、竹を割ったような性格に、今日出会ったばかりだと言うのに親しみを覚えていた。


「祖父から教わったことをできるだけ広めたくて。都市や大きな街から離れたところだと、神官さんもいないから」

「確かにな」

「……はい、できましたよ。これが関節痛に効く薬です。
 とりあえず2カ月分作りましたけど、なくなりそうになったら僕宛てに鳥を飛ばしてくれれば届けさせます」






お待たせしてすみませんと謝ると、それには答えず青年は彼の目をじっと見た後「すごいな」と感嘆した。
薬は青年の父親へのものだった。今も足の痛みに悩まされて店の2階で休んでいる。
ここのところ店番は息子にまかせっきりだったそうだ。


「ありがとな。これで親父もよくなるだろうよ」


青年は一度店頭に行くとすぐ戻ってきて、彼に小さな懐中時計を手渡した。
金属のひやりとした感触が手のひらに広がり、手から零れた鎖がたてた軽やかな音が心地よく彼の耳朶を打った。。


「これ礼。俺が作ったやつなんだ。ちょっと特殊な時計でな。耳を当ててみろよ」


言う通りにしてみると、いかにこの時計が彼に役に立つかが分かった。
「大事にするよ」何度も礼を言って時計屋の扉を開ける。胸から下げた懐中時計がカチコチと絶え間なく高らかに鳴いていた。






「お待たせ、オリビア」
オリビアが尻尾を振って彼にすり寄ってくる。
遅いと抗議するように何度も彼の手に頭を押しつけて、それから胸の懐中時計に気づくと訝しげにふんふん鼻を鳴らした。

オリビアは一緒に旅をしている唯一の彼の仲間だ。
3歳の大型犬で、旅をはじめた頃は両手で持てるくらい小さかったのに、今では立ちあがってのしかかられると彼の方が力負けしてしまう程成長を遂げた。

「もらったんだよ」
なめられそうな気配を察知して、すぐに時計を外套の中にしまった。唾液でべとべとにされたらたまらない。


「さあ、じゃあ行こうか」






オリビアとともに街道を行く。
午後の日差しは柔らかく霞んでいて、木漏れ日が彼の外套とオリビアの金色に波打つ毛皮にまだら模様をつくった。

ふと手紙を思いだす。海を渡り、雪の国へと赴く彼女たちを想像した。。
大昔の手紙だということは分かっていたが、遠く離れた雪舞い落ちる冬の地で、いまこの瞬間にも寒さを吹き飛ばすほど彼女達が賑やかに騒いでいそうな気がしてならなかった。

狩人に、僧侶に、手紙を書いた剣士、それから勇者。
1世紀前の人魔戦争でこの国を勝利に導いたとされる先代勇者とその仲間。
一体どんな人たちだったのだろうか。


王都に近づいたら、王立図書館で先代勇者たちのことを調べてみようと彼は考える。
これまで旅の途中に訪れた町にある小さな図書館には、ほとんど彼らに関する資料がなかったからだ。


「でも、まだまだ遠いな」


独り言を呟くと、オリビアがそんな弱気な彼を叱咤するようにワンとひとつ吠えた。
ときどき彼はこの相棒のことをお目付け役かなにかに感じてしまう。


「分かってるよ」

誤魔化しながら歩を進める。
王都どころか、次の街までもかなり距離があったが、
彼は外套の中で光る真新しい懐中時計と賢い愛犬とともに、晴れやかな気持ちで午後の空の下をゆったりと歩き続けたのだった。







第八章 渡る霰街は鬼ばかり






雪の国 大雪原南西部 霰の街




チャリーン……



狩人「……」

剣士「残り銅貨1枚……」

勇者「……」

僧侶「宿にも泊まれねーじゃねーかよ!!どうすんだオイ!!野宿なんてしたら死ぬ気温だぞ!!」

剣士「……外套売ってくる!!」

勇者「それこそ死ぬから待って! 何か考えよう!!」






僧侶「大体てめーがあの時カジノを出なかったら今頃大富豪でウハウハだったのによぉぉぉ」

勇者「ご、ごめん」

剣士「でもそれ元は私のせいなんだよ……ごめんねみんな」

狩人「私がもっとポーカーフェイスを極めていれば……こんなことには」

勇者「狩人がこれ以上それ極めたらもう表情が判別できないよ……」

狩人「ごめんなさい……」

僧侶「ええっ……いやそれを言うなら俺も一番最初に調子乗って全資金パアにしてすみませんでした……」

「「「「……」」」」ショボン


ビュオォォォ……


僧侶「……いや待てよ。元はといえばあの定期ソリのおっさんが全部悪いだろ」

剣士「確かに。諸悪の根源だね。私たち悪くないね」

狩人「射る?」ヒソ

剣士「射らない射らない」ヒソ

勇者「といってもお金がないことにはどうにもならないなあ。どうしようか……」



~~~




剣士「ここが雪の国かぁ……さっむーい! すごーい、雪景色だね!寒いけどきれいっ」

狩人「……」ガクガクブルブル

勇者「まずは首都に行きたいんだけど、それには北に広がる大雪原を越えなきゃ」

町民「雪原を越えるなら、定期犬ゾリを利用するといいよ。駅はあっちにある」

僧侶「犬ゾリねえ……」

勇者「ありがとうございます」




勇者「……ええっ!? もう出発してしまった?」

ソリ業者「ああ。ついさっきな。あんたらも運が悪かったね」

剣士「困ったね。次の便はいつなの?」

ソリ業者「えーと……来月の中旬かな」

勇者「来月?それじゃちょっと遅すぎるなぁ。どうにかなりませんか?僕たちこの国の王様に会いに行きたいんですけど」

ソリ業者「って言われてもなあ。こちとらそう簡単に予定を変えるわけにもいかんのだよ。
     所有する犬も限られているし……どうしてもってんなら、西の組合を覗いてみな。
     俺たち以外にも、狩りやら商業やらでソリを使ってる奴がけっこうあそこでたむろしてるからな」
     
ソリ業者「運がよければ乗せてもらえるかもしれんぞ。首都まで乗せていってもらえるかはわからんが」







勇者「……って言われてここに来てみたんですけど。どうにか僕たちを首都まで乗せていってもらえませんか?」

男「あぁん……? まあ……いまの時期は暇だし、別に俺はかまやしないが……」

剣士「本当っ!? やった!よかったね、勇者!」

男「ただし!!条件がある。予定外にソリを動かすんだ……分かんだろ? 金だ、金」

勇者「あ、はい。いくらですか」

男「金貨200枚」

勇者「に……にひゃく!? そんな……いくらなんでも法外じゃないですか?」

剣士「そんなに持ってないよ。払えないよ」

男「200だ。びた一文まけねえぜ。……あんたら勇者一行なんだろ?そんくらい払えないなんて言わないよなぁ?」

剣士「いや、払えないって言ってるんだけど」

僧侶「てめーこのくそじじい!!ぼったくりだろ!!俺たちはあんたの国を魔族から救いに首都へ行くんだぞ!!!」グイ

狩人「……」

男「な、なんだ貴様ら。胸倉をつかむな!弓を引こうとするな!! 訴えるぞ!!
  とにかく金がないことにゃあ俺もソリを動かさん。言っとくがソリ使いは、いまいるのは俺だけだぜ」
  
僧侶「足元見やがって」

勇者「……うーん」





勇者「参ったな。金貨200枚なんて、すぐに用意できるような金額じゃない。でも来月まで待つわけにはいかないし」

剣士「あ……あそこのお店アルバイト募集中だって。時給銀貨5枚」

勇者「働くか……」

僧侶「まあ待て待て。アルバイトするにしてもどんだけ時間がかかるかわからん」

勇者「なにその邪悪な笑みは」

僧侶「あるだろ。たった1時間で働かずに金をじゃんじゃん増やせる方法がよぉ……!!」

狩人「……」スイ

剣士「? あそこは……?」

勇者「カジノ……?」

僧侶「カジノだ」

勇者「カ、カジノ」







僧侶「ここに全資金金貨30枚がある。それを7倍くらいにすりゃいいわけだ。なーに、10回くらい勝てば問題ない!!」

剣士「そうなんだ! カジノって初めてだからわくわくしちゃうな。4人でやればもっと早くお金貯まるよね」

勇者「そう簡単にいくかなぁ。狩人はどう思う?」

狩人「ポーカーなら……ルールは知ってます。でも自信ないです」

剣士「強そうだけど。すっごく強そうだけど」

僧侶「まあ俺にまずまかせろよ。これでも昔は賭博馬鹿と呼ばれたもんだぜ」

勇者「誇らしげに言うあだ名じゃないような……」

僧侶「とにかく俺に全財産預けろ。すぐ7倍にしてきてやっからよ! へっへ腕が鳴るぜ!!」

剣士「僧侶くん頑張ってね!」

勇者「じゃあまかせるよ」




     
狩人「……いいの?彼にまかせて……」

勇者「すごい自信があったみたいだからさ。僧侶以外みんな賭博なんてやったことないし、それなら彼に任せた方がいいかなって。
   じゃ僕たちも中に入ろう」
   
剣士「うわあ、なんか……なんか私の知らない世界が広がってる」

狩人「絢爛」

勇者「この街は見たところ歓楽街みたいだけど、雪原の向こう、国の北西部には魔族に占領されてる地域もあるっていうのに
   こういったところがあるなんて少し驚きだ」
   
バニーガール「だからこそ、ここに集まってる金を持て余した大人たちは現実逃避がしたいのよ。私も含めて、ね」

剣士「そういうものなのかな? こんなときだからこそお金があるならもっと違うことに使えばいいのに」

勇者「あ……僧侶のゲームが始まるみたいだ」







ざわ…… 
   ざわ……


僧侶「倍プッシュだ……!」

男「倍プッシュは禁止」


ざわ……
   ざわ……

   
   
   


男「はい。マイナス金貨500枚」

僧侶「」

勇者「や……やりやがった……」

剣士「7倍どころか0.06倍になっちゃってるよ僧侶くん!! なにしてるの!?」

狩人「はあ……」

僧侶「てへぺろ」

勇者「てへぺろじゃないんだよ、てへぺろじゃあ」

剣士「ていうか君はゲーム中にバニーガールのお姉さんの方見すぎっ! 敗因はそれでしょ」

僧侶「くっ!これもカジノ運営側の策略か!」

剣士「違うよ!君がすけべなだけだよ!」

勇者「金貨500枚なんて地道に貯めて終わる頃にはとっくに魔王軍が大陸支配してるよ。
   ええいこうなったら仕方ない! ちょっと待っててくれ」
   



ウディタとはなんぞや?




……ドサッ


勇者「金貨100枚もってきた……これを元手に4人でなんとか700枚勝ち取ろう」

剣士「ど、ど、どっからこんな大金持ってきたの!?」

僧侶「まさか盗……!?」

勇者「違う。武器を……僕の『とこしえの杖』を質に入れてきた」

狩人「め、女神様から頂いた杖を」

剣士「ひえーーー それいろいろ大丈夫なの!?女神様怒らない!?」

僧侶「まさか女神様もこんな使い方されるとは思ってなかっただろうな」

勇者「いやっ仕方ないだろう!?こんなところで足止め食らうわけにはいかないんだから
   女神様も分かってくれるはずだと思う!それにカジノで勝ちさえすればいいんだ!」
   
勇者「というかそれしかない」

剣士「そうだね……勝てばいいんだよ!さっきゲーム見てたから、なんとなくルール分かったし!」

狩人「……」コク

僧侶「おう!やってやろーぜ!」

勇者「よし行こう」




>>245
ウディタは素人がフリーゲーム作ったり遊んだりできる……フリーソフト?ですかね?
http://www.silversecond.com/WolfRPGEditor/
おもしろいゲームいっぱいあるので楽しいですよ
(SS板で言うのもなんですけども)

ブログ見てくれたんでしょうか、ありがとうございます



* * *

ジャラジャラ がやがやがや


剣士(賭けって難しいな……。お金増えたかと思ったら減っちゃうし。私は向いてないのかも。
   みんなはどうかな?)
   
剣士「……えええっ!? 狩人ちゃんと勇者のテーブルに金貨がうず高く積まれてるっ!どういうことなの?」

僧侶「あの二人は弓と杖捨てて賭博師として生きた方がいいんじゃねーかな」

剣士「僧侶くん。……あれ……お金は?」

僧侶「負けた!!」

剣士「だからね、女の人見すぎだよ、もう。 まあ私もあんまり成果は上げられてないから人のこと言えないんだけど」

剣士「あの二人に任せた方がよさそうだね。余ったお金渡してこよっと」



剣士「狩人ちゃん、ゆう…………、!??」バイン

女性「あらら、ごめんなさいねお嬢さん。失礼」スタスタ

剣士(わ、きれいなドレス)

僧侶(胸元を大胆に開けたワインレッドのドレス……素晴らしいな)

剣士「うわっ 僧侶くん鼻血!!」








わいわい がやがや ひそひそ


剣士「ああ……なんか二人のテーブルの周りにすごい人だかりができて近づけないね……」

僧侶「くそっ!! 狩人ちゃんはともかく、あんなきれいで巨乳のご婦人方に囲まれてる勇者への嫉妬の念で腹が煮えくりかえりそうだ!!!」

剣士「ま、まあ、二人は真剣勝負してるんだから」

剣士(……はあ……でも周りの人がきれいな格好の人ばっかりで、今更だけど自分の格好が気になってきちゃったよ。
   なんだかこうして見てると、小さいころからずっといっしょにいたのに勇者が知らない人みたい)
   
僧侶「剣士ちゃん元気ないけど大丈夫か?」

剣士「うん、別に何でもないよ。でもちょっと外の空気吸ってこようかな。
   渡せるようになったら私の余ったお金、二人に渡してくれる?」
   
僧侶「あいよ」







剣士「うっ……寒い……でも外の方が気楽でいいや」

剣士「ちょっと歩こ」


剣士「もう夜遅いのに全然暗くないのね、この街。下手をすれば王都より明るいかも。
   通りに人はまだたくさんいるし、ここの人たちはいつ眠るのかな?」
   
剣士「こういうのが歓楽街って言うんだぁ。大人の街だね。飲み屋さんとカジノがいっぱい」

剣士「あれ。……ねえお姉さん、あそこに見えてる尖塔……ていうか城かな?あれってなに?」

通行人「ああ、あれは街から離れたところにある『幽玄の館』よ。幽霊屋敷って私たちは呼んでるけど」

剣士「ゆ、幽霊屋敷?」

通行人「今は誰も住んでないはずだけどね、気味悪い噂が絶えない古城なのよ。
    興味あっても行かない方がいいわよぉ」
    
剣士「興味なんて全然ないよっ! 幽霊なんて絶対会いたくないもん!」

通行人「あらそう?」


剣士「ひい、訊かなきゃよかった。あっちの方見ないようにして進まないと。
   なんか怖くなってきちゃった、もうみんなのところに戻ろう」

   
   




がやがや がやがや


支配人「……いくら賭ける?」ニヤ

勇者「……」

狩人「……」

  「あの二人一体何者?」「二人とも10連勝だ! 前代未聞だぞ」「ついに支配人が奥からでてきたわ」
  「この間あの男に財産の半分持ってかれたよ……」


勇者「持ち金全部」

狩人「……同じ」

支配人「……勝負に出ましたか。久しぶりに燃えてきますね」

がやがやがやがや


僧侶「いいぞ!やっちまえ!!!このゲームに勝てば二人の金貨合わせて700越える!」

支配人「なんだあのうるさい男は……。まあとにかく始めますよ」ジャラ

狩人「いつでも」

勇者「……。……?」






剣士「あれ……あれ? 確かこの道から来たような気がしたんだけど、でもこんな路地通ってきてない」

剣士「……ここどこ? おかしいな、迷っちゃったよ。なんか変に暗い路地だし……。
   うう、こんなことならカジノから出てくるんじゃなかった」
   
髭男「どうしました」

剣士「いっ!?!? あ、人か……」

髭男「人以外のなにがいると思ったんですか」

剣士「幽霊とか……。あ、あの道に迷っちゃって。カジノに戻りたいんだけど道知らないかな?」

髭男「カジノったってこの街には色々ありますからね……そのカジノの名前は?」

剣士「えっ、名前?そんなの見なかったよ」

髭男「ふむ……まあいいでしょう。大丈夫です。ついてきてください」

剣士「本当?よかった。ありがとう!もう戻れないかと思っちゃった」



剣士「……ねえ、なんかどんどん暗い方に進んでない?気のせいかな?」

髭男「気のせいですよ」

剣士「……。ここらへんのお店って飲み屋さんなの? こんなに寒いのにお店の外に女の人がいっぱいいるけど……」

髭男「まあ似たようなものですね」

剣士「ふうん」






剣士「……」

剣士「……あのー。本当にカジノに向かってるんだよね?どんどん街の中心から離れていってないかなあ」

髭男「カジノに行くということはお金が必要なんでしょう?」

剣士「あっうん。そうなの。しかもたくさん、できるだけ早く必要なんだ」

髭男「ならカジノなんて博打にでなくても、もっと手早く確実に稼げる方法がありますよ」

剣士「えー!? カジノよりいい方法があるの!?どんな方法!?」

髭男「今から案内しますよ」

剣士「あ、待って。でももしかしたら勇者と狩人ちゃんがもう稼いじゃってるかも。
   ……おじさん、私の仲間たちも一緒に連れて行きたいからやっぱり先にカジノに……」
   
髭男「(……勇者? 空耳か) いえ、この仕事は若い女性しかできないので男はだめですね」

剣士「そうなんだ。でも、やっぱり私がずっと戻らなかったらみんな心配しちゃうよ……。
   一旦みんなに相談してみる。ごめんなさい。カジノへの道はほかの人に訊いてみるよ」
   
髭男「ここまで案内させといて、そりゃねーだろ」

剣士「わっ な、なに? 離してよ」

髭男「もう少しで着くので大人しくしててください」

剣士「だから……行かないってば。手を離さないなら私も剣を抜くよ」

髭男「剣?」

剣士「そう、剣……」スカッ

剣士「……あれ!?な、ないっ!? ――あっそういえばカジノは武器持ち込み禁止だったから預けたまんまだった」







髭男「はい、ここの地下が私たちの店です。階段を下りましょう」

剣士「やだよ! おじさん一体何者なの。えぇい!剣がなくったって戦えるし!」ガブ

髭男「イタッ あっおい!!待て!!」

髭男「……おい!店にいる今暇な連中はちょっと付き合え。鬼ごっこだ」





バタバタ……


剣士「はあ……はあ……うわっ!!」ツルッ

剣士「もう!雪の国って走りづらい。外套も邪魔になるし!!
   滅茶苦茶に走ってたらさらに道に迷いそうだけど……ずっと追ってくるし」

   
剣士「もーーー!やっぱりカジノから出るんじゃなかったぁあ! 
   もう夜中だし勇者もみんなもどっかの宿に泊っちゃってるかも……ていうかソリにも置いてかれたりして」

   
剣士「やだーーーーっ! あーんもうここどこよーー!人も全然いないしーー   ハッ」


バタバタバタ


剣士「うそっ 前の方からも足音? ってことはつまり挟み撃ち! ど、どうしよ。
   ……もういいよ、こうなったら殴り合いしかないっ!! かかってこい!」グイ
   
剣士「!? わっ……? なななっ?」






ザッ……

男「チッ どこ行った」

髭男「見失ったか。くそ、あと一歩だったって言うのに。仕方ない、諦めてまた別の子探すか……」


ザッ……ザッ……



剣士「……」

勇者「行ったか……よかった。ハァ」

剣士「勇者ぁーーーーっ」バタバタ

勇者「雪の国恐すぎる……大丈夫だった? なんもされてない?
   そもそもなんでこんな街の外れまで来てるんだ。ここは歓楽街なんだから危ないよ」
   
剣士「あの髭生えたおじさんがカジノまで案内してくれるって言うから……。
   ……あ!そういえばあの人が言ってたけど、カジノよりお金稼ぐいい方法あるって!
   でも若い女の人しかできない仕事らしいんだけど」
   
勇者「いやだめだ。しなくていい。絶対だめだ」

剣士「え、でも」

勇者「だめ!」

剣士「なんで!?」








勇者「なんでって……その……後で狩人にでも訊いてくれ」

剣士「わ、分かった。そういえば勇者はなんでここに?ゲームはどうなったの?」

勇者「剣士がいないことに気づいて、なんか嫌な予感がして追いかけてきて……
   ゲームは……ゲーム、は」
   
勇者「………………………………あ」





~~~




支配人「はいもう閉店ですからねーまたのご来店をお待ちしてますー」ニヤニヤ



僧侶「くそ、腹立つ」

狩人「……雨……」

勇者「うわ、本当だ。まずい」

狩人「雷……」

勇者「やばい女神様もしかして怒ってるのかもしれない、やばい。困った」

僧侶「とにかく明日の朝まで雨を凌がねえとな。空き家とかないのか、ここらへんには」

勇者「なさそうだね」

剣士「空き家……あっ」

剣士「あの、『幽玄の館』ならいま人が住んでないって!!」

僧侶「あそこに見える城か?」

剣士「うん、でも、その、えーと、……幽霊が出ても大丈夫なら……」

勇者「幽霊?」




幽玄の館


ピシャーン!……ゴロゴロゴロ……ビチャビチャ


勇者「……すごい雨と雷だ。城の中、正直ものすごく不気味だけど、外よりはましか」

剣士「やっぱり女神様怒ってるんじゃないのかな、これ」

勇者「い、いやでもここは雪の国だから……多分大丈夫だろう、多分」


狩人「奥の方に寝室ありました。……ベッドも……食べ物はなかったですけど」

僧侶「それにしてもひどい有様だな。蜘蛛の巣だらけで床には皿とかが割れた破片が散らばって……
   誰かここで暴れたとしか考えられん。灯りもないときた。雷があって逆によかったかもな」
   
勇者「盗賊も幽霊もいないみたいだし、案外住めば都になるか」

剣士「住みたくはないけど」

僧侶「でも怖かったら剣士ちゃんも狩人ちゃんも俺に抱きついてきていいぜ!!いつでもどこでも構わんぞ!!」

勇者「とりあえずここで朝まで休もうよ。お金のことは明日また考えよう。
   いざとなったら僕が内臓売ってでもまとまった金つくるから」
   
剣士「こっ怖いこと言わないでよ! 大丈夫だよ、なんとかなるって!!」






勇者「見張りはいっか。じゃあ、おやすみ」

僧侶「じゃあ寝る前に……怖い話するか?」

勇者「なんでそうなる?」

剣士「はい!断固反対します!!それに怖い話したら幽霊が集まってくるって聴いたことがあるのでいやです!!」

狩人「でも……そもそも幽霊とは何なのですか。亡くなった人の魂は冥府に送られるのでは?」

剣士(かかかか狩人ちゃん!?)

剣士「ねえ勇者は怖い話したくないよね?ね?」

勇者「……」

剣士「ってもう寝てるー!!早い!!さすがっ! 今日疲れたもんね、そうだよね!!ごめんね!!」


僧侶「幽霊は冥府に導かれるのを拒んで現世に留まった霊魂だ」

狩人「導き……」

僧侶「冥府には番人がいるらしいんだ。この世界の二人の創始者のうち一人がそれだと言われている」

僧侶「肉体の呪縛から解き放たれた魂は、冥府に送られて番人の手に委ねられるが……
   番人を拒絶した魂が肉体を伴わないままこの世界にいると、俺たちの言うところの幽霊ってなるわけだ」
   
剣士(ひいいいなんか結構真面目な感じで始まってるう)






狩人「……創世者の一人が冥府の番人なら、もう一人はなにをしているの?」

僧侶「俺たちが住む大陸の守護神や、あーあと……時の女神?だっけ、あと諸々の神様を統率する、
   神様軍団の大ボスみたいな感じか。具体的になにをしてるかは聖典にも載ってないんだよ」
   
僧侶「伝説も神話もほとんどないし、概念的な存在かもな。
   あ、いや。でも勇者とする者を人の子から選別するのは……その神か」チラ
   
勇者「……」

僧侶「その勇者は今アホみたいに熟睡してっけどな」

剣士「へええ、神様ってたくさんいるんだね。神様すごーい!!じゃあ寝よ!!おやすみ!!」

狩人「……?」

剣士「どうしたの?狩人ちゃん」

狩人「……何か……今……下の方から聞こえました。人の声のようなもの……」

剣士「んえ゛」





* * *

剣士「ねえ本当に行くの?本当に?」

狩人「盗賊だったら大変……」

剣士「幽霊だったら!?」

僧侶「まあ、迷いし魂に、冥府に続く道しるべを照らしてあげるのも神職の役目だからな」

剣士「珍しく僧侶くんが僧侶っぽいこと言ってる!」

僧侶「だろ? 剣士ちゃんはそこで寝こけてる勇者と一緒にいてくれよ」

剣士「うう……二人は怖くないの? わ、私も幽霊なんか怖くないけど」

僧侶「はっはそんなの全然怖くなっ……」


ガタン


僧侶「オゥワーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

剣士「きゃあああああああああああああああああっ!?」

狩人「ひゃっ……!」


僧侶「ぜ、ぜ、ぜ、全然怖くないな。いまのはちょっと持病がなッハッハッハ」

剣士「わ、私も、別に怖がってなんかないけどさ!?」

狩人「……幽霊よりあなたたちの方に驚く……驚きます」



今日はここまででした
読んでくれてる方ありがとうございます
サクサク進ませたい

乙!
もちろん開発中なんだよなゲーム

ブログが気になるのですが、どうしたらたどり着けるでしょうか?




剣士「……二人とも行っちゃった……」

剣士「…………別に幽霊屋敷なんて全然これっぽっちも怖くな」


ゴロゴロゴロピシャーーン!!


剣士「ひっ!! べべべべべ別に全然全くこれっぽっちも滅茶苦茶超怖いよーーーー!!!」

剣士「わーーん!早く朝になってよーーーっ!!」



* * *


僧侶「はあ、ほんとすげえ天気だな。これじゃ明日の天気もどうなることやら」

狩人「……あの……もうひとつ……訊きたいことある……のですけど」

僧侶「ああ、恋人なら今いないぜ」

狩人「それはどうでもいいです」

僧侶「彼女なら募集中だが」

狩人「それは心底どうでもいいです」

僧侶「さすがに二度言われると凹むな…… で、何が?冥府のこと?僧侶ちゃん食いつくな」

狩人「はい。冥府とは……どんなところなんですか?里にいた神職の人は……とても美しいところだと言ってました。
   でも、何故見たこともないのにそう言いきれるのですか。それは生者への……気休めではないか」
   
狩人「……あなたは一般的な聖職者と違って……」

僧侶「かっこいい?」

狩人「誰かに気休めとして嘘を言う優しい人ではないと思いました」

僧侶「喜んでいいのか微妙なラインだな」

狩人「あなたは冥府をどんなところだと……思う……ですか」

僧侶「俺も見たことないから何とも言えねえなぁ」

僧侶「冥府の番人は鍵を守っているらしい。死者が導かれる扉の鍵だ。
   冥府の先の世界……扉の先は誰も知らない。俺たち生者は知ることを許されていない」
   
僧侶「でも、ま、生きてる間に苦労して、そんでやっと死ねたかと思ったらまた辛い世界だなんて
   それこそ生きる気力も死ぬ気力もなくしちまうな。だから冥府と、その先は、いい世界だって俺は信じてるぜ」
   
狩人「……。そう」

僧侶「おう」






僧侶「まあこれも気休めになっちまうか」

狩人「いえ」


ガタ……、…… ……


僧侶「! 物音と人の声だな。階段の下……奥の方から。こりゃ本当に幽霊か盗賊だな。
   剣士ちゃんにはああ言っちまったが、もし幽霊だった場合、どう倒せばいいと思う?」
   
狩人「……さあ……」

僧侶「攻撃効くのかね。 ……それにしてもたくましいな。幽霊怖くねーの?
   おおおおおお俺は怖くないけどな」
   
狩人「死者は怖くない。……そして、死も」

狩人「戦いの中で死ねるなら、本望です」

僧侶「…………。なんだか君は現世よりあっちの世界を見据えてる気がする」

僧侶「狩人ちゃんの亡くなった婚約者だって、君がそんなこっ―――」


ガタンッ


狩人「……?」

狩人「僧侶? …………? どこに行ったのですか?」





* * *


シクシクシクシクシクシク……


勇者「うーん…………ん……ん?」

勇者「け、剣士。どうしたの?」ビクッ

剣士「起きたんだ……ぐすっ……おはよう」

勇者「まだ夜だけど……。あれ?二人は?」

剣士「実はかくかくしかじかで勇者が寝てる間に一階に……。
   でもまだ帰ってこないのーーーーーー!!けっこう時間経つのに二人とも帰ってこないのっ!!!」
   
剣士「どうしよぉぉぉぉぉ 幽霊に遭ったのかもしれないよぉぉぉぉ……」シクシク

勇者「僕が寝こけてる間にそんなことがあったとは。大丈夫、僕がちょっと探しに行ってくるよ。
   君はここで待ってて――」
   
剣士「……」

勇者「……じゃなくて、いっしょに行こうか」

剣士「うん」







勇者「窓のないところは暗くて前が見づらいな。はあ……魔法が使えたら」

剣士「まだ杖は質屋だもんね!早く取り返せるといいよね!」

勇者「……そんなにしがみつかれると歩けないんだけど……」

剣士「し、しがみついてないじゃん! 勇者は方向音痴なんだから迷ったら危ないかなって思ったの!」

勇者「さすがに室内では迷わないよ。昔から暗いところとかお化けとか怖がってたけど
   幽霊なんて死んでるだけじゃないか?そんなに怖い?」
   
剣士「は、は、はあー!?なに言ってんの? 生きてたら斬れるけど死んでたら斬れないんだよ?
   滅茶苦茶怖いよ!!!!! 一方的にこっちがやられるだけなんだよ? こわっ!!!」
   
勇者「あ、そこなんだ」

剣士「っわーーーーーーーーー!!!」

勇者「わああああああ!? なに!? どうしたの!?」

剣士「今、階段下から話し声がっ」

剣士「狩人ちゃんたちの声かどうかは分からなかったけど、いま絶対絶対声がしたよっ……!
   ……ねえ、聞いてるの勇者?? ゆう……」
   
剣士「…………!?!?あ。あれ? 勇者? ……え? いない?」


剣士「ちょっと……勇者ぁぁ! 室内では迷わないって言ったくせに!! どこ行ったのよぉぉっ」

剣士「……ねえぇ……グスッ……もうやだーーーっ!!」







ドタンドタンッ!!


勇者「うわっ! い、一体……ここは?」
 
勇者「廊下で手すりを掴んだ瞬間、横の壁がぐるっと回転して、あっという間に変な場所に来てしまった。
   これって隠し扉かな。何のために……。あっ戻れない」

   
勇者「ていうか前にもこんなことあったな。こんなのばっかりか」   
   
勇者「剣士の声も聞こえないな。結局バラバラになってしまった……大丈夫かな。

   急いで出口を探さないと」
   


勇者(細い階段がある……屋根裏部屋? とにかく行ってみるしかなさそうだ)


ミシ……ミシミシ……ミシ


勇者(うわ、館自体すごい古かったけど、ここの床は相当だな。いつ抜けてもおかしくない。
   というか抜けそう。いや絶対抜ける。そして僕は階下に落ちて腰を強打する予感がある)
   
勇者「……? 何か見え………… あ、あれは」

勇者「宝箱!?」

??「………………」スッ

勇者「まさか財宝が……  !!」バッ

??「チッ!気づかれたか」

勇者「誰だ? いきなり背後から斬りつけようとするなんて無礼だな」

盗賊男「そいつぁ失礼……へっへ」

盗賊女「その宝はあたしらんだよ。どきな」








勇者「宝だと!?」

盗賊男「そうだあ!お前もそれ目当てにここに探しに来たんだろ? 巷じゃ最近噂だもんな」

盗賊女「この館に今なら金貨1000枚相当の宝が眠ってるってね!
    あたしらはそれで魔族が襲ってこない安全な土地に引っ越すんだ」
    
盗賊男「そうさ、歓楽街の酒びたりどもは楽観的だが、ここもそう長くないだろうしな。
    だからさっさとその宝もらってトンズラすんだよ、オラどけ小僧」
    
勇者「き……金貨1000枚!?!?」

盗賊女「こいつ、あたしらの話何一つ聴いてねえな!!」

盗賊男「目が宝箱に釘つけになってやがる……大人しくしときゃあ痛い目合わずに済んだのによ」







盗賊男と盗賊女が襲いかかってきた!

金に目が眩んだ勇者は攻撃力・敏捷性ともに2倍になった!


盗賊女「ああ!?おいなんだそれずるくねーか!」

勇者「金貨金貨金貨金貨……」

盗賊男「ひいいいい なんだこいつ!?強っ きもっ――ウギャッ」


盗賊男を倒した!


勇者「…………」スタスタ

盗賊女「ちょ、ちょっと、えええ? な、なんなんだお前は……こっち来るな!」

勇者「じゃあ宝は僕のものということでいいかな」

盗賊女「わ、わかった。持ってきなよ」

勇者「助かった……!!これで雪原を越えられる」

盗賊女「……なんちゃってな!背中を向けたな小僧っ!!」バッ


ミシミシミシミシ…………バキッ!!


盗賊女「はえ」

勇者「あ」





* * *


剣士「もう信じられない!あんな自信満々に迷わないって言ったくせに、僅か数秒で姿消すってどういうこと?」

剣士「……だ、大丈夫。多分女神様にもらった剣>幽霊 のはずだよね。うん。一人でもできる。階段を降りよう」

剣士「階段を降りようってば!!!なんで動かないの!!…………………………怖いからだよーーー!!」

剣士「わあああああああん!怖いよおおおお……勇者どこ行っちゃったのーーー!!」



剣士「……」

剣士「……一人にしないで……」




ミシミシミシミシ……バキャ!!


剣士「え?」

盗賊女「ひゃあああああああああああ!!……あうっ!!」ドサ

盗賊女「キュウ」

剣士「え?」

勇者「やっぱり抜けると思ったんだよ……絶対こうなるって思ってた。イテテ、あ、剣士」

剣士「え?」






勇者「見つけたよ、金貨。これで大雪原も渡れるし、明日から宿の心配をしなくてもいい。
   さっきいたところが隠し扉になってて、この上の階に宝箱が、」
   
剣士「黙らっしゃい!」ペチーン

勇者「ええええ?なんで?」

剣士「もう……目を離すとすーーぐどっか行っちゃうんだから馬鹿ーーーーっ!!」ギュッ

勇者「けっ剣士!?」

剣士「……」ギュー

勇者「……ごめん」



僧侶「はいはい、いちゃついてるところ悪いんですけどね!!!
   1階にいた盗賊どもひっ捕まえて訊いたらここに財宝があるっぽいですよ!!!」
   
狩人「ここ……隠し通路たくさん……」

剣士「僧侶くん!狩人ちゃん! よかった、無事だったんだ……!!遅かったから心配したんだよ」

勇者「1階にも盗賊がいたのか。間一髪だったな」

僧侶「1階『にも』?」

勇者「宝なら見つけたよ」





* * *


男「ええっ? なんだ、本当に金持ってきたのか!! さすが勇者御一行……毎度ありぃ」

男「でも、ほんと、これでも安いくらいだぜ。最近雪原も物騒で、獣も魔族も出放題。走るソリ自体減ってるからな」

僧侶「安いくらいだってよ。この国は物価が高ぇなあオイ」

剣士「いくらなんでも高すぎだよー」

男「その分速さと安全性は保証するぜ! さあ、さっそく出発だ。乗った乗った」



>>264
つくれたらいいですね(震え声)

>>265
http://sora9999.tumblr.com/
これがブログです
よろしくよろしく

ブログへのコメントとかってどうすれば出来ますか?
てか、コメントはできるのでしょうか?
あと、ドット絵いいね!

>>279
コメント欄についてブログに記載しました
そちら見て頂けたらと思います



ソリの上


剣士「ひゃー!寒いけど楽しい!すごい!」

勇者「剣士は元気だなぁ」

僧侶「ジジイかお前は?」

男「あんまり窓開けるなよー。丸一日このソリに乗ることになるからな」

勇者「次の町はなんでしたっけ?」

男「初雪の町だ。のどかでいいところだぜ。雪に咲く花畑が有名だよ」

狩人「雪に咲く……」

剣士「ちょっと見てみたいね!」

僧侶「女の子はそういうの好きだよなぁ。いいね、花畑に女の子の絵面。至高だな!!!!!」

勇者「僧侶も元気だね」

男「……ん?」


ガタタン


勇者「うわ、どうしたんですか?」

男「いやあ……なんか急に犬の様子がおかしく……一体どうしたってんだ?」

勇者「一旦外に出て見……」


ドゴーーーーーンッ!


剣士「なんの音!?」

勇者「魔族か獣に人が襲われているのかもしれない。行ってみよう!」








* * *


女エルフ「はーーー……くしゅっ」

女エルフ「さむぅ……。鼻水出てきたぁ……」

女エルフ「でも鼻水なんて出してる場合じゃない。勇者はどうやら今ヒュドラ様のいる雪の塔に向かってるらしいのね」

女エルフ「太陽の国から雪の塔まで行くにはこの大雪原を通らないといけない。
     だったら待ち伏せしない手はないってことよね」
     
女エルフ「私自身はとっても魔力が弱くて非力だけど……いくらだってやりようはあるのよ。ふふん。
     例えばこうして待ち伏せして不意打ちしたり、『道具』の力を借りたりぃ」
     
女エルフ「……ね! 『失敗作』ちゃんたち。期待してるから、頑張ってね」

××「ォアァァァ……」

××「ウウウゥゥゥア」

女エルフ「グリフォン博士は君たちのこと『失敗作』だなんて言ってたけど
     ……まあ見た目はともかく、攻撃力だけはすごいじゃない?
     君たちが一緒にやっちゃえば、勇者だって容易い容易い!」
     
女エルフ「勇者を倒せたら私は一気に昇進だ。えへへ。魔王様に認めてもらえる。
     もしかしたら王子様ともお近づきになれるかも!
     それに魔族の中のエルフ族の地位も上がるだろうしいいことづくめだね!」
     






女エルフ「勇者の仲間はいらないから全部殺して、勇者だけ生かそうかな。
     手足もいで部屋で飼おうっと」
     
××「ヴアァァァ……ガァァ」 ゴンッゴンッ

女エルフ「あーもーうるさいな。なにしてんの? でかい図体してるんだから暴れないで、うるさいよ」

女エルフ「しかし本当に大きいし、醜い体だね。白日の下で見ると余計気持ち悪い……うえ。
     博士の趣味はやっぱり理解できないな」
     
女エルフ「人間の姿って耳も顔も元から不格好だけど、よりひどい姿にされちゃったね。かわいそ」

××「アアアアアアアアァァァァ」

女エルフ「だからぁ、うるさいって。待ち伏せしてるんだから、静かにしててよ」

女エルフ「『失敗作』ちゃん」


ドゴッッ!!


女エルフ「……え?」






××「ギヤァァァァァァ!!」ダンダンッ

女エルフ「ちょ、…………きゃっ!!」

××「アアアアアアアアアアアアア!」

女エルフ「いた……っ! い、痛い痛いってば! なに、急にどうしたの!
     なんで私の命令聞けなくなっちゃったの? 道具なのに……
     もしかしてグリフォンさんのミス!? あの変態め!!」
     
××「アア……ァアアア……」


ズシン……ズシン……


女エルフ「待って! 落ち着いてよ、もう。……来ないで!来ないでってばぁ」

女エルフ「……っ もう勇者のことはこの際いいや、逃げよう」パッ

××「ユ……ルサナ……」グッ

女エルフ「いっ!? は、離し―――」







……ゴォォォォォォ!


××「ギャアアアアアアアアアァァァッ!!」

女エルフ「ひっ……?」





勇者「なんだ、あの化け物は……? ……魔族か?」

剣士「人がいる!ほら、あそこ! 白いフードの外套を着てるから見えにくいけど……助けなきゃ!」

狩人「化け物は複数いる。気をつけて」

僧侶「おう!」



女エルフ「え?え?何今の?……炎……?魔法?」

女エルフ(えっ……あ、あれって……勇者!! うそぉこんなタイミング悪い時に!
     四面楚歌どころじゃないっ!あああ、どうしよう!)
     
××「ウァアアアアアアッ!」

女エルフ「!? う、後ろに……!」


――ズパッ!!


剣士「大丈夫?」

女エルフ「へぁ……!?」

剣士「足を怪我してるの? 待ってて、今離れたところに連れていってあげるから。
   勇者たちがあの化け物を倒してくれるから、もう安心していいよ!」
   
女エルフ(あ……フードと外套で外見が見えないから、私を人だと思ってるのね)






女エルフ「は、はい」

女エルフ(人間なんかに助けてもらうのなんて屈辱だけど、とりあえずここは勘違いさせとこう……)


勇者は風魔法を唱えた!
辺りに強風が吹き乱れた!


――ピラッ


女エルフ「…………あ」

剣士「え……? その……耳と目……それに羽根は…… まさか君、魔族なの?」

勇者「ん?魔族?」

僧侶「なんだと?」

狩人「……!!」ギラッ


女エルフ(オワタ)







僧侶「剣士ちゃん、右から来てるぜ!」


××が剣士と女エルフに殴りかかった!


女エルフ「……!!」ギュ

剣士「こっち!」グイ

女エルフ「え!?」


剣士と女エルフは攻撃をかわした!
剣士の攻撃!××の右手らしきものを断ち切った!

狩人の攻撃!××にダメージを与えた!


狩人「……急所が全然分からない……それに痛みで動きが鈍る様子もない。
   これではいつまでたっても……」
   
勇者「それなら丸ごと焼こう。まかせて」


勇者の火炎魔法!××の巨体は火柱に覆われた!
断末魔はしばらく空に響き渡った後、雪に溶けて消えた。

××を殺した。






―――――――――――
―――――――
――――


僧侶「なんだったんだ、こりゃあ。焼死体になってもまだ薄気味悪い」

勇者「やっぱり魔族かな。……魔族と、言えば」チラ

女エルフ「……」

狩人「殺しましょうか」

勇者「待ってくれ」


勇者「……エルフ族か。どうして魔族同士で仲間割れを? ……って、僕の言ってること分かるかな」

女エルフ「…………馬鹿にしないでよね」

勇者「さっきも気になってたけど、君は人間の言葉が通じるんだね。
   いや、前に塔で戦った吸血鬼とも話せたけど。魔族の中には人の言葉を理解する者もいるのか?」
   
女エルフ「逆に訊くけど、人の中に魔族の言葉を理解する者はいるの?」

勇者「え……? それは、いないと思うけど」

女エルフ「だろうね。人間ってそうよね、いつも自分たちのことを中心に考えてるんだから」

女エルフ「君たちがそんなんじゃ、私たちだって君たちの言葉を学ぼうとすることなんてないよ」

剣士「でも現に今、君、人の言葉を喋ってるじゃない」

女エルフ「魔族の中にはとっても高度な、言語に関わらず意思疎通する魔法を使える者がいるの。
     エルフ族みたいなね。
     今私は人の言語じゃなく魔族の言葉を話してるけど、魔法でそれを互換してあげてるのよ」
     
勇者「そんな魔法があるのか」







勇者「……」

女エルフ「……はあ……しくじった。もういいわよ、早く殺しなさ、」

狩人「じゃあ遠慮なく」

女エルフ「ちょっと最後まで聞いてよ」


僧侶「しくじったってことは、俺たちを待ち伏せしてたってことか」

女エルフ「悪い?」

僧侶「悪くはないな。戦いに卑怯もクソもねえし」

狩人「…………」ギリ


ヒュッ!


女エルフ「……!」ギュッ

女エルフ「…………?」

狩人「どういうつもりですか……勇者」

勇者「……このエルフは、別に殺さなくても害は……ないんじゃないかな? 力も弱いようだし」

狩人「正気ですか。敵ですよ。あなたの命を狙って、さっきの化け物を従えてここで待ってたのです」

勇者「それは、分かってるけど」

女エルフ「……勇者。馬鹿じゃないの?」

狩人「馬鹿って言われてますけど」

勇者「う」








女エルフ「……そこのあんたも」

剣士「え?私?」

女エルフ「どうしてさっき、私がエルフだって分かってたのに助けたの」

剣士「え、うーん……分かんない」

女エルフ「ほんっと馬鹿みたい。そんなんじゃいつか全員死んじゃうよ。
     そんな甘い考えで勝てるほど私たちは軟弱じゃないんだからね!」
     
勇者「僕たちだってそんなに弱くない。 …………治癒魔法」

女エルフ「……敵の怪我まで治して、最初見たときから思ってたけど、勇者ってほんとヤサシイんだね。
     ばっかみたい。こんなことされても私は人間なんて大嫌いなんだからね」
     
勇者「もう僕たちを襲わないって約束してくれるなら、ここから逃がしてあげるよ」

女エルフ「分かったわ。約束――するわけないでしょ! ばーーか!」パッ

勇者「ええっ……」

剣士「あ、飛んだ」

女エルフ「私に情けをかけたことをいつか後悔することね。じゃあね」ヒラ

勇者「ちょっと待って!最後に教えてくれないか。さっきの……僕たちが倒した化け物は……
   あれは、本当に魔族なのか? 種族は?」
   
女エルフ「ああ、あれ? いいよ、教えてあげる……。……」

女エルフ「やっぱ嘘。……知らない方がいいんじゃない? じゃあね、ばいばーい」


パッ……





女エルフ「人間に情けをかけられるなんて最悪。最悪最悪最悪!」

女エルフ「こんなのおじい様に報告できないよ……あーあ……いい作戦だと思ったのに」

女エルフ「……魔族を助けるなんて馬鹿みたい。敵なのに」

女エルフ「ばっかみたい!私のことなめきってるのね! きーっ」

女エルフ「今度は、私が……絶対……!」





* * *



男「あともうちょいで初雪の町につくぜぃ」

剣士「はーい」


剣士「わーい、町にもうすぐ着くってさ!一日中ソリに乗ってたから腰が痛いや。
   お腹もすいちゃったしね!今日の夕食はなに食べようかなぁ!」
   
僧侶「寒いから早く風呂にも入りたいよなー。見てくれよ剣士ちゃん、寒すぎて俺の鼻も髪の毛も真っ赤だろ?」

剣士「あはは本当だー、って僧侶くんの髪の毛は元々赤毛じゃん!」

勇者「はは……」ダラダラ

狩人「………………………………」

勇者「……」ダラダラ

剣士「……」

僧侶「……」



剣士「あのー……ね?ほら……狩人ちゃん……僧侶くんのボケおもしろくなかった?
   元々赤い髪の毛なのにさ……あはは!変なのー!!」

僧侶「勇者お前早く狩人ちゃんに土下座しろ!!!おらっ!!床に頭をめり込ませるレベルまでだよ!!!」ゴンッ

勇者「痛い痛い!骨砕ける!」

勇者「……えっと……その、ごめん。狩人」

狩人「…………謝るということは、今後同じ状況になったとき、違う行動をとれるということですか?」

勇者「そ、それは……」

狩人「あのエルフが言ってた通り、あなたは甘い。……と思います!」ダンッ

僧侶「おお珍しく狩人ちゃんが大声を! そうだそうだお前が全部悪いぞ勇者!!」

狩人「僧侶はしばらく静かにしていてください!」

僧侶「ええッ」








剣士「二人とも喧嘩しないで仲良くしようよ……」

狩人「そういうわけにはいかないです。勇者、……それから剣士も。
   戦いに関してそんな甘い考えでいたらだめです」
   
狩人「今殺さない敵はいつか力を蓄えてより強大な敵になります。殺せる時に殺さなければ。
   誰かが……大切な人が、いなくなってから後悔しても遅いです」
   
狩人「……遅いんです」

勇者「でもやっぱり僕は……敵だとしても、殺す必要がないのならそうしたくはない」

勇者「勿論、王都を勇者として旅立ったときから、戦いの末に敵の命を奪うことになるのは覚悟してたよ。迷いはない。
   狩人の言ってることも分かる。今日僕がしたことはいつか自分の首を絞めることになるかもしれない」
   
勇者「だけど、もしかしたらそうじゃないかもしれないじゃないか。
   その可能性を捨てて、必要性のない殺しをするのなら、それは…………。……」
   
狩人「魔族と一緒だと、言いたいのですか?」

勇者「……」

狩人「あんな奴らと一緒にしないで……!」

剣士「あ、あ、あのさ? わ……私も、勇者に賛成かも。
   強くて悪い魔族だけ倒せばいいんじゃないのかな? 弱い敵は……殺さなくっていいなら、殺さなくていいと思うけれど」
   
剣士「そうだ、私たちがもっともっと強くなったら無問題なんじゃないかな!」

狩人「楽観的すぎます……。死んだら、もう終わりなんです。
   死んじゃったらもう会えないんです。二度と……」
   
狩人「だから、殺される前に殺さなくてはいけない……!
   それが戦場を生き残るたったひとつの術なのだから……」
   
勇者(確か狩人は婚約者を魔族に殺されて……)

勇者「でも彼らにだって僕たちみたいに、自分の言語や文化、歴史があるように家族や友人がいると思うんだ。
   できればそれを不用意に奪いたくない……できれば」
   
狩人「……」






剣士「僧侶くん……、どうしよう。二人とも一歩も譲らずって感じなんだけど」ヒソ

僧侶「まあ、あれだな。勇者も狩人ちゃんもどっちも考えを変えるつもりはないわけだ。
   これ以上は話し合いも平行線だな」
   
僧侶「別に違う考えを持ったままでいいんじゃねえか?
   無理してひとつにまとめなくても。元々性格もバラバラな俺たちなんだ、いいだろそんくらい」
   
勇者「え? ああ……確かにそうかもしれないね」

剣士「あ、そうだよね。僧侶くんいいこと言うじゃん!」

僧侶「それにもうすぐ町に着くし、早く風呂入って寝たいんだよな、俺。女湯も覗かなくちゃいけないし」

剣士「前言撤回するね!」

狩人「……私はやっぱり勇者と同じようには考えられない。でも、あなたもそのつもりならば、
   あなたがその意思を持ちながらどこまでいけるのか……興味があります」
   
狩人「そうして何も大切なものをなくさずに全て成し遂げられた時には、私も考えを改めることにします」

勇者「……うん」

剣士「はい、じゃあ仲直りの握手!」

狩人「喧嘩をしていたわけでは……」

剣士「いいからいいから」

勇者「心配してくれて、ありがとう。狩人」

狩人「……いえ。別に、私は……」


男「おぅい、もう着くぜ。下りる準備しとけ」

剣士「はーい!」







* * *


翌日 初雪の町

  

勇者「武器屋と防具屋の品ぞろえがすごい充実してるな。そんなに大きな町じゃないのに。
   それに……武器を身に付けた人が多い」
   
槍使い「ぜんぶ傭兵志願者さ。王都がいま兵士不足って嘆いててな、破格の給料で傭兵が雇われてんだ」

武器屋「おかげさまで商品が儲かるのなんの」

眼帯男「ま、どんだけ兵士がいようが傭兵がいようが、騎士がいようが……
    魔族どもにゃ痛くもかゆくもないだろうなって話してたんだけどさ。
    勇者が来てくれたのなら希望が見えてきたって感じかな」
    
槍使い「でも、装備はちゃんと雪の国用のを買った方がいいぞ」

勇者「うん。そうするよ」


勇者「古城で見つけた財宝を換金したお金が余っていてよかった」

僧侶「よう勇者。そんでその金ってまだ余ってんのか」

勇者「余ってるけど……装備を買うための分はもうみんなに分けたよね。高い防具でも見つけたの?」
   
僧侶「いや装備じゃなくて、酒を買おうと思ってな!! いい店見つけたんだこれが!!
   お前も行くか?剣士ちゃん一筋もいいが、男は場数踏んでこそだと思うぞ」ポン
   
勇者「ひ、一筋って一体なにが? ……じゃなくて、酒は我慢してくれよ。
   酒より薬草とか買わないといけないんだからさ」
   
僧侶「チッ!」







勇者「そういえば……あのときは何も言ってなかったけれど、僧侶はどう思ってたんだい」

僧侶「あ?なにが?」

勇者「ソリに乗ってたときの僕と狩人の話で……。僧侶だったら、どう行動してたのかって」

僧侶「ああ……俺か? 俺は歯向かってくる奴は全員返り討ちっていうスタンスだから、
   どっちかっつーと狩人ちゃん側かね」
   
勇者「すごいスタンスだ」

僧侶「お前と剣士ちゃんの考えの方がまともじゃないと思うぜ。なんつーか……本当『勇者』様らしい考えだ。
   その博愛主義でどこまで持つか、俺も楽しみにしてるさ」
   
勇者「別に博愛主義ってわけじゃない。ただ僕は君たちより……弱虫なだけなんだ」

僧侶「心配すんな、あんまり情けない様晒すようなら俺が引っぱたいてやるよ。ストレス発散がてら」

勇者「じゃあその手を借りないよう頑張るよ」

僧侶「ハハン」






勇者「あ、僕も防具買いに行かなくっちゃ。じゃ、また後で、僧侶。女の人にふらふらついてっちゃだめだよ」

僧侶「お前なぁ、俺の方が年上だぞ!!人生の先輩を敬えってんだ」



防具屋


勇者「一通り揃えられたかな。武器は新調しなくていいし」

勇者「……ん? これは……」

店番少女「勇者さんお目が高い! それねえ、今日仕入れたばっかりなの。
     勇者さん価格で特別に安くしちゃうわよ!」
 



―――――――――――
――――――――
―――






噴水前


――ガサガサ


剣士「次は……ここから北東の村ね。結構近いみたい。吹雪がなければ1日で着くって聞いたな。
   順調に行けば首都まで3週間くらいかなぁ」
   
剣士「うふふ、地図の見方もちゃんと分かってきた!これでもう迷わないや」


勇者「あ、いたいた。剣士」

剣士「あれ、もしかしてもう出発の時間? わあごめん!うっかりしてた!
   ちょっと待ってあの角のお店の焼き菓子がおいしそうだったから少し買っていきたいの!!」ダッ
   
勇者「待って待ってまだ出発じゃないから大丈夫」ガシ

剣士「えっ?なんだよかった。びっくりした」

勇者「これ渡そうと思って探してたんだ」

剣士「なにこれ?開けていい?」

勇者「うん」

剣士「えーなになに?お菓子かな?大きさからして飴?クッキー? わあい、えへへありがとー!」

剣士「なんだろ……、……!?!?」

剣士「なななななな……え?え?え? ゆ……ゆび……ゆびわっ?? え? なにこれ?」

勇者「君の言う通り、指輪だけれど」

剣士「えっ……えええええ!? ちょっと待って、勇者、い、い、意味分かってるの? こここここれって……」

勇者「? 意味も何も、防御力アップのための防具だよ。さっき買ったんだ。一番前線で戦うのは君だからさ」

剣士「…………」

剣士「あっうん。知ってるよ?指輪なんて防具以外の何物でもないよね」







剣士「ただひとつ聞いていい? どうしてこんなにかわいくラッピングされてるの?」

勇者「防具屋の店番の子が、仲間に渡すって言ったら、有無を言わさずそうしてくれたんだ」

剣士「あ、そうなんだ」

剣士「別に私勘違いしたわけじゃないよ?顔が赤いのはさっき雪に顔突っ込んで遊んでたからだから!!」

勇者「そ、そう。その遊び楽しいの?」

剣士「楽しいよっ!!
   別にっ勇者が私にそういう意味で指輪をプレゼントしてくれたとか思ったわけじゃないもんね……っ」
   
剣士「早とちりして赤くなったわけじゃないんだもんねっっ!!!」

剣士「ありがとっ!大事にするね!!でもできればほかの女の子にはこういうことしちゃだめだよっ 分かった?」

勇者「なんで?」

剣士「なんでも」

勇者「わ、分かったよ。だからそんなに怒らないでよ」

剣士「怒ってないよ!!!!」

勇者「怒ってるじゃないか!」




勇者「おこなの?」

今日はここまでです




雪の塔 


ヒュドラ「で見つかったんですか?妹君は」

兄「いや……まだだ」

ヒュドラ「突然家出だなんて驚きましたね。一体どちらにいらっしゃるのやら。にしてもなんでまた……」

兄「さあな……」

兄「……まあ、見つけ出す術はあると言えばある。時間はかかるが」

ヒュドラ「さすが」

兄「だから心配するな。お前の方はどうなんだ?ヒュドラ。順調か?」

ヒュドラ「最近あちらの兵士の数だけは多くなって面倒ですが、所詮は烏合の衆ですね。
     どうせ傭兵でも寄せ集めたんでしょう。突き崩すのは容易い」
     
兄「勇者とやらが次はお前を倒しにやってくるそうだが」

ヒュドラ「ここに辿りつくことさえ困難でしょう。まあ、私が出向いてもいいのですけどね」

兄「この毒の霧か。魔族でなければ、近づくことすらできないか」

ヒュドラ「私にとっては居心地のいいものですけどね。
     ……はあ、それでもやっぱり勇者の存在は面倒です。先に星の国……魔女の方に行ってくれればよかったのに」
     
兄「はは、あいつもそう思ってるだろうさ」

ヒュドラ「あいつ、敵の魔力吸って若づくりに勤しんでますからね。勇者の魔力なんて垂涎ものでしょ」

魔女『聞こえてますのよ、蛇野郎』ヴヴ…

ヒュドラ「!?」







ヒュドラ「なっ……魔女!勝手に魔晶石の通信をつなぐな!どうやったらそんな芸当ができるんだ全く……」

魔女『ほんっとヒュドラって陰湿ですねぇ……私がいないところでヒソヒソと陰口ですか? 死ねよ。9つの首全部違う死因で死ねよ。
   ってジュリエッタちゃんが言ってる……あなた嫌われ者ね……かわいそ』
   
ヒュドラ「ジュリエッタって誰だよ。このメンヘラ女……あ、嘘です。何でもないです」

魔女『王子ごきげんよう。姫様はまだ見つからないのですね、今度一緒にお茶をする約束をしてましたのに……
   見つかったらお二人で私の塔に遊びにいらっしゃってくださいね』
   
兄「やあ魔女。ああ、喜んでそうさせてもらう」

ヒュドラ「何の用だ、魔女。まさか喧嘩を売りにきたわけではあるまいな」

魔女『そんなに暇じゃないもの。あなたじゃないんだから……。これ、頼まれたもの。グリフォンに渡してくださいな』

ヒュドラ「ああ、分かった。渡しておこう」

魔女『それじゃあね』



兄「ん? グリフォンは今ここにいるのだったか」

ヒュドラ「そうですよ。研究データがほしいとかで」

兄「どうりであちらで見かけないはずだ。久しぶりに会ってくるか。俺がそれをあいつに渡してやろう」

ヒュドラ「よいのですか?姫様を探すのにお忙しいのでは?」

兄「もう手はずは整えてある。後は時間だけだ。……まあ、会ったところで……どうにかなるものでもないが」

ヒュドラ「え?」







ザパッ……


魚人「ヒュドラ様。辺りを一通り、一族皆で探してみましたが、見つけられませんでした」

ヒュドラ「ああ……そうか。どこへ行ったんだか……」

兄「なんだ、ここでも誰か家出か?」

ヒュドラ「いえいえ、魚人族の娘が何人か行方不明なのですよ。まさか人間に捕まってはいないでしょうが」

兄「それは大変だ。俺が居場所特定の魔術を使ってやろう。結果が出るまで一日か数日かかるが、いいか」

ヒュドラ「本当ですか。ありがとうございます、頼みますよ」

兄「こういった魔術は、妹の方が得意なのだがな」

兄「……」

兄「やるか」








第七章 ぼくの  はマーメイド






臙脂色の朝日が稜線から顔を覗かせた瞬間に、曙光がパアッと世界に散らばった。
川のせせらぎに両手を浸して水を飲もうとしていた彼の元にもそれは届いた。

青く輝く闇は西へと徐々に追いやられて、星々はまた夜がくるまでしばしの間眠りにつく。
見事な朝焼けだった。
どれも彼がまだ見たことのない光景だった。


目覚めたばかりのオリビアは既に遙か遠くの山道から彼を振りかえっていて、急かすように一声「ワン」と吠えた。


「分かってる、今行く」


祖父から受け継いだ薬師の七つ道具が詰め込まれた大きな黒いカバンは、見た目通りなかなか重たく
手にぶら下げても肩にかけても背負っても、苦行僧の気分を味わえるという意味でとても有り難い代物だった。

歩くたびに中の器同士がぶつかって鳴るカチャカチャという音も、彼にとってはもう日常の一部となっていた。
今日もその音に耳を澄ませて、オリビアに導かれながら旅路を進む。






薬師として国中を旅している彼は、青年とも少年とも言い難い風貌だった。
時計屋の若旦那に、父親への薬を調合したのは既に遠い昔のことである。
少年の面影は鳴りをひそめて代わりに鼻筋がすっと伸び、首に喉仏が突き出し、声が低くなった。
かと思うとカラカラと笑うときの表情は、大人と呼ぶにはあまりに幼かった。

しかしそのとらえどころのなさは年齢とは関係なく、彼の本質に所以するものであるとも言えた。

「雲みたいな奴だな」と、以前周辺の村を訪れるために拠点としてしばらく滞在した宿屋の主人は、
カウンターに頬杖をつきながらまじまじと珍しそうに彼を見ながら呟いたのだった。


「まだ若いんだから、そう急いで旅を急ぐこともあるまいに。
 お前は雲だ。上空の大きな気流に乗って、進もうとしようがしまいが関係なしに流されてっちまう雲だな。
 難儀な奴だ。早死にするなよ」


「根なし草だからね」
よく分からなかったが、勝手に同情されたことに少しムッとしながらそれだけ返した。
宿屋は答えず、それからぷかぷかと煙草の煙を吐くだけだった。


>>308訂正

×そう急いで旅を急ぐこともあるまいに
○そう旅を急ぐこともあるまいに




旅は好きだ。
見知らぬ土地の見知らぬ空気、まだ彼に知り得ぬものが行く手にあると想像しながら歩くのは楽しかった。

自分の意志で、自分のためだけに旅をしていると胸を張って言える。
彼は旅が好きだ。

もう帰る家がないということだけで旅をしているのでは、決してないのだった。




「一番近くの村ぁ?それならこの分かれ道を左に行ってずっと真っ直ぐだ!!」

「ありがとう」


道を尋ねたやたらと元気のいい魚人族の男に礼を言って立ち去ろうとすれば、何故か慣れ慣れしく鱗のついた腕で肩を組まれ、
挙句の果てには飲み屋の経営がどうだの我が子がどうだのと、益もない話を延々1時間も聞かされる羽目になり
その村に着くころにはもう精神的にへとへとになっていた。


たまにそんなことになるが、本当に彼は旅が好きである。







その村に足を踏み入れると、どこか遠くから子どもたちのはち切れそうな笑い声と、
たくさんの家庭の夕食の香りが入り混じった香りが彼をむかい入れた。

ぎりぎり日没前に宿に辿りつけたな、と思う。
朝に引き上げられた藍色の帳が、今まさに再び下りようとしていた。


「行こうか、オリビ…… あれっ どこ行くんだ?」


宿屋が並ぶ通りに進もうとした瞬間、すっと足の間をオリビアが通り抜ける気配があった。
慌てて呼びとめたが止まらない。村の北から伸びる木立の中に彼女の足音は消えてしまった。

こんなことは滅多にないので彼はしばしポカンと彼女が消えていった方角を見つめていたが、
我に返るとオリビアの名を呼びながら駆けだした。

もう家に入りなさいと母親に促された村の子どもたちが不思議そうに彼の背中を見まもった。





「どこにいるんだ……?」


しばらく駆けると一本道の先の開けた場所に出たが、辺りは夕闇に包まれてひっそりとしている。
人どころか動物の息遣いさえ何一つ聞こえない。
自分の息切れと早鐘を打つ鼓動だけやけに大きく、耳は頼りにならなかった。


普段は泰然とした印象を会う人に与えるこの青年……あるいは少年だったが、このときばかりは焦っていた。
そのため、常ならぬケアレスミスを犯したとしても無理からぬことだった。

ゴツン!!
突然額と鼻っ柱をぶん殴られた――と彼は感じた。

「うがっ」そんな呻きを空中に残しながら、ゆっくりと土のベッドにひっくり返って、
涙目になりつつ痛みを通り越して痒みすらある顔面を手のひらで覆う。血はでていない。
そのことが信じられないくらいの痛みだった。


何が起こったのか分からず目を白黒させる彼の耳に、男の笑いをこらえているような、そしてそれを申し訳なく思っているような声が届いた。







「あー……その、悪いな。危ないって声をかけるところだったんだけど、一瞬遅かったみたいだ。
 大丈夫か、あんた。すんごい勢いで木にぶつかってたもんな……鼻折れてないか?」
 

そう、彼は木にぶつかったのだった。
それだけだった。それだけならまだ「やっちまったな、ははは」くらいで済んだが
その様を誰かに見られた事実が彼をどん底に突き落とした。


「あ、ああうん。大丈夫だ。……あー……お見苦しいところを」

「いや。誰にだってあるさ、そういうことは。俺もよくあるよ」


男のぎこちないフォローがかえって心苦しかった。
手を借りて立ちあがると、「ちょっと待ってろよ」と言ってから、男は何やらブツブツ言い始めた。
と思うと顔面の熱をもった痛みが嘘のように退きはじめる。数秒と経たずにそれは完全に消え去った。

紛れもなく治癒魔法である。


「神官の方ですか」と訪ねようとして気づいた。
カチャリと男が腰に佩いている太刀の音。

男は自分の名を名乗った。彼が尋ねると、ああ、となんてことないように頷いた。


「勇者だよ」


そして、勇者の男は「これって職業なのかな」と首を傾げたのだった。






「最近やーーーっと使えるようになったんだよ、治癒魔法。魔法は苦手でさ……。
 一応魔力はあるんだから攻撃魔法だけじゃなくて治癒系も使えるようにしとけって言われて」
 

勇者はオリビアを見た。村の墓地から帰る途中すれ違ったのだと言った。

その墓地に彼を案内しながら(勇者にとってはUターンすることになるが、彼は快く承ってくれた)、ハハハと乾いた笑いを洩らした。
「魔法の才能、ないんだよなぁ」とのんきに言い放つその様子は、いわゆる勇者の厳格さとか神聖さとは無縁のものだった。


いま、この村に来るときに魚人の男と話したが、そういう風に魔族と人間が普通に言葉を交わす世界は彼にとって一般的で、
それは彼が生まれた年に太陽の国と魔族の王の間で結ばれた平和条約のおかげであるというのは知っている。

そしてその条約に、今彼の横で歩いている男が尽力したというのも知っていた。
魔王を倒すために生まれたのにも関わらず、魔族を救うために動いた彼の男。






人類と魔族の英雄と称してもいい男を前にして、しかし薬師の彼は何故か緊張することはなかった。
それも勇者の「勇者らしくなさ」が原因かもしれない。

勇者の代名詞となっていた、<時の剣>は既にもうその手にないようだったが、
それなりに腕のある鍛冶師につくってもらったという大刀を腰に携えるその姿は飄々としていながら、まさに威風堂々だった。

しかしその勇者が、言っては悪いがこんな山奥の小さな村にいることは思わなかったので、
何故ここにいるのかと尋ねると思ってもなかった答えが返ってきた。


「ここ、俺の育った村なんだ。たまには親父とお袋に顔見せないとな」

「ああ、そうだったんですか」

「あんまり目立ったものはないが、 まぁ……いいところだよ。
 あんた薬師なんだって?近所の婆さんが腰痛いって言ってたから診てやってくれよ」
 
「でも、勇者のあなたがいるのなら、薬は必要ないんじゃ?」








治癒魔法があるのなら薬は必要ないのでは、という意味を込めたつもりだった。
途端、勇者は渋面をつくった。


「だから、俺は治癒魔法そんなに上手くないんだって。治せるのは擦り傷とか……打ち身とか……そういう。
 ……あ、ほら。墓地についたぞ」
 

頬を撫でる空気が僅かに冷たい。
墓地とはいえど不気味さとは程遠い、むしろ心安らぐ静謐さがそこにはあった。
死者の安寧の地、冥府へと繋がる道。そんな言葉が彼の脳内に浮かんで消えた。

いくつもの墓標を越え、もう崖に差しかかるといったところでオリビアを見つけた。
村人たちの墓標から離れて、森と空を臨む切り立った崖にポツンと立っている二つの十字架の前で行儀よく座っていたのだった。

歩み寄る彼の姿を認めて嬉しそうに「ワン」と吠えた。


「お前……心配したんだぞ。急に駆けだしたりするから」


意味が分かっているのかいないのか、尻尾をぶんぶん振りまわすばかりである。
背後で勇者がふっと笑う気配があった。








「よかったな、見つかって」

「うん、本当に。ありがとう、勇者さん」

「その墓の横、大樹があるから気をつけろよ」


そんなことはとうに分かっていた。
どうやら勇者は彼のことを平時に木に激突するどんくさい奴と認識してしまったようだった。

これはいかん、いつか誤解を解かねばと思いながら、木の幹に手をあてる。
両腕で抱きついたとしても右手と左手の指が合わさることはないだろう。
二人がかりでようやく囲えるような幹の、立派な木だった。
春夏ではないと言うのに青々と茂る枝葉を夜空に広げている。


「この木は……」

「不思議な木でさ、冬でも緑を絶やさないんだ」


木の名前は分からないが、恐らく常緑樹の一種だろうと勇者が言った。


「受け売りだけどな」






「……じゃあ、この墓は?」


初めて訪れた村の墓地の外れにある墓標について詳しく訪ねるのも失礼かと思ったが、どうしても気になった。
二つだけ孤立してポツンと立っている古びた十字架。
オリビアがその前に座ってじっと彼を見ている。

だが勇者も誰の墓だかは明確に分からないようだった。


「俺の曽祖父たちがこの村を開拓して移り住んだ時にはもうあったらしい。古すぎて誰のだか分からないんだよ。
 ほかにも墓はいくつもあったらしいから、滅びた村がここにあったんだろうな」
 

勇者を生んだ村は元々昔からここにあったわけではなく、移民がつくったものらしい。
百数年前の人魔戦争では魔族により滅んだ村がいくつもあった。そのひとつだろうと彼は考える。










オリビアと彼の横に勇者が不意に腰をかがめて、墓標を手の平で撫でる。
何か魔法的なものを使うのかと思ったが、何もせずに手を離した。


「ひとつはかろうじて名前のスペルが読めなくもないが……もうひとつはだめだな」

「その読めそうな名前って?」

「エヌ……アイ……エヌ……エー」



「NINA」



「ええっ?」
彼は自分でも知らず知らずのうちに立ちあがっていた。








「ん?どうしたんだ?」


俄かに色めきたった彼の様子に勇者が気づいて、眉を上げた。
いま彼の身を襲っているのは、数年前に時計屋で味わったのと同じ興奮と衝撃だった。
まさかここでもあるなんて。



手紙の差出人、いま彼の横にいる勇者を今代として、先代勇者の仲間だったニーナの墓がここにあるのなら、
隣にあるもうひとつの墓標は一体誰のなのか。
ドキドキと胸が波打っていた。


「もうひとつの、墓は……」

「風化しちゃってあんまり読めないんだ。 うーん……最初の文字はエイチ。それから……こりゃエルかな? 
 最後はたぶん……オーか、ディー」

 
H   ld/o


彼は入念に墓に刻まれた名前をなぞった。
表面がざらついていて、確かに名前の判別も難しい。
だが、最後の文字を仮にディーとするなら、H(aro)ld ――ハロルド。


歴史を学べば必ず出てくるその名前は、手紙では<ハル>の愛称で出てきていた。
先代勇者……百年前の人魔戦争の真っ只中に生まれ、神の力をもって魔族相手に戦った者の名前だった。









ニーナもハロルドも、そんなに珍しい名前ではない。
だからひとつだけなら偶然だと片づけることもできただろうが、二つも合わさったとなれば確信があった。


この二つの墓は、海を渡って彼に届いた手紙の書き主の少女と、彼女と旅をした先代勇者の少年のものであると。


子どもたちの笑い声も鳥の鳴き声も、森の木立を抜ける途中に消え去う、この全ての生命が死に絶えたような安寧の地で
星空を見ながら寄りそうように立つ古びた二つの墓は、何故か彼の胸を締め付けた。



旅の途中に王都に足を運んだこともあった。その際、王都の中心に聳え立つ王立図書館の扉をくぐったことを思い出していた。
彼が所持している2通の手紙の内容――先代勇者について、初等教育で教わること(「勇者は神の力で人魔戦争において人間を勝利に導いた」)よりもっと詳しい知識を得たいと思ったからである。










しかし結果は拍子抜けだった。
どんな歴史書のページをめくっても、初等教育レベル以上の文言が綴られていることはなかった。
いっそ陰謀さえ感じるほどである。そんなにまでして勇者について隠したいことがあるのかと。

司書に聞いてみた。
するとこんな応えがかえってきた。


「その人魔戦争において、王都が襲撃されたときにここ王立図書館も被害を受けたのですよ。
 ドラゴンの吹く炎によって書物の大半が燃え尽きてしまいました。だから先代勇者について書かれた本もほとんどないのです」

 
 
ああなるほど、と思いかけて留まった。


それはおかしい。

先代勇者について書かれるなら、戦争が終わってからが時期的に一番好ましいだろう。
戦争時の王都襲撃は関係ないはずである。


きな臭い何かを感じつつも彼は図書館を後にした。








彼は、墓の前で何が何やらという顔をしている『勇者』、今の世代の勇者に2通の手紙を見せた。
ニーナが書いた手紙である。


最初は「冗談だろ?」と言いたげな勇者だったが、目の前にある二つの墓標を見やった瞬間、
何かを考え込むように左手をあごにあてた。しばらく沈黙した後、手紙を彼に返した。


「そうだな……。確証はないが、なんだろう。何故かそうだろうという気持ちが湧いてくる。
 ただ、そうなると後の二つの手紙が気になるところだな。彼女はあと二通の手紙を書いたと言っているんだ」
 
「そして……それを手に入れるチャンスがあるとしたら、次もあんただろう」


淡々と告げられたその一言に仰天したのは薬師の彼だった。
彼が仰天したのに驚いたのは勇者だった。


「えっ……!?」

「ええっ……!? 二度あったんだからあともう二度もあんただろ!?」

「えええっ……!?」







勿論、ここまでくればあともう二通も受け取りたいと思うのが人の性だが
なんというか勇者たる男にそう朗々と告げられると及び腰になってしまうのだった。


「俺も気になってはいたんだよ。昔の人魔戦争の真相がさ。
 元仲間で今歴史を教える教師をやってる奴がいるんだけど、そいつもやきもきしてるし」
 
「戦争の真実……」

「だから、それが明かされたらぜひ俺たちに教えてくれ。……きっと大事なことなんだ。
 歴史に今が左右されるのなんて間違ってると思うけど、前に進むために歴史を振り返るのはやっておくべきことだと思う」
 

暗闇の中でも勇者の放つ眼差しの鋭さは彼を射ぬいたように思われた。
無意識と言っていいほど自然に、いつの間にか頷いていた。


「……必ず」


勇者は、にっと笑った。








薬師の彼が、勇者の故郷を去って数日が経過した。
勇者は久しぶりに訪れた魔王城の一室で、さっそく先代勇者とその仲間の話を披露していた。



「もしかしたら人魔戦争の詳しいことが分かるかもしれないんだよ。ほとんど語られてなかった先代勇者のこととか、
 先代魔王や魔族のこととか、全部明るみにでるかも。本当は俺もあの薬師と一緒に手紙を探しに行きたかったんだけどな……」
 

「そんな暇あります? 勇者様は勇者様の仕事がたんまりあるんじゃないんですか?」


勇者と同じくソファーに腰かけ、竜族の彼が淹れてくれた紅茶のカップを傾けながら神官……元神官、現歴史教師の彼女が言った。
その言葉は勇者の胸につき刺さった。事実である。
がっくりと項垂れる勇者を横目に、同じくらい多忙なはずの魔王は、顔色を変えずに「うむ」とだけ述べた。


百年前の戦争において魔族が敗北し、残党狩りという名の魔族殲滅が行われた後、
それでもかろうじて生き残った魔族の末裔たちを束ねているのが
紅茶にシュガーを飽和量ぎりぎりまでいれまくって元神官に止められたこの魔王である。


数年前に人の国の王と平和条約を結んだのも彼女だ。
元幼女で待ちくたびれていたのも彼女である。









「あの戦争のことは、こちらもほとんど書物も口承も残っていない。少しでも歴史が明かされるのなら喜ばしいな」

「だよな」

「先代勇者の名前はハロルドだったか」

「勇者様と違って、魔法を得意にしてたんですよね」



うるさいな、と勇者が歯を食いしばった。「俺は剣があるからいいんだ、剣が」
言い訳だった。



「それで、その手紙を書いたという仲間の少女の名は?」


魔王が向かいの机から微かに身を乗り出して尋ねると、隣の元神官も期待するように目を輝かせた。
勇者が墓標に刻まれていた名前を告げた後の二人の反応は、彼にとって全く予期せぬものだった。






「……NINA? それってニーナって読むんですよね?」

「本当にそうなのか? 勇者くん」


二人で目を合わせて、戸惑っているような様子を勇者は驚いていた。
まさかこんな不穏な反応をされるとは思っていなかったのだった。勇者にとってその名前は聞いたことのないものだったからだ。



「なんだよ。二人は知ってるのか? 有名なのか、その子」

「いや……有名ではないが。まあ別に特別珍しい名前でもないし、人違いかもしれん。
 以前元神官に借りた神殿史の第10巻にその名が載っているのを覚えている」
 
「ええ、確か569ページの……」

「17行目だな」

「なんだお前ら。きもちわるっ」
脳筋の勇者にとって魔王と元神官の唱和はひどく頭痛を引き起こすものだった。


神殿史なる書物など勇者は読んだことはおろか存在すら知らなかったのだから、
ニーナに関する記載を彼だけが思い当らなかったのも必至である。
最も、億が一目を通したことがあったとしてもこの場で思いだせる自信は全くなかったが。







「で、なんて書いてあったんだよ?その神殿史には」


勇者が先を促すと、言い淀んだ後に元神官は口を開いた。


「あのぅ、本当に人違いかもしれませんからね?だって先代勇者の仲間がそんなことするはずないし……」

「もったいぶらずに教えろって」

「……彼女は罪人です」



彼女は口にするのも恐ろしいといった具合に、一息で言って青ざめた顔色のまま魔王を見た。
後を引きついだ魔王は、まるで目の前に置いてある教科書を朗読するように勇者に聞かせる。
死刑囚の烙印を押された少女の罪状を。








「戦争中に神殿の重役をその手にかけたのだ。彼女は剣の使い手だった。その剣で殺したのだ」

「殺人罪――死刑だ」

「没年は戦争の終結時……」


魔王の赤い瞳がなんの表情も湛えずに、瞠目する勇者を見た。


「遺体は残らなかった。だからこの国のどこにも墓はつくられていないらしい。
 ……勇者くんが見たのは本当に<ニーナ>の墓なのか?」

 
 




* * *


剣士「わ゛あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」ガバッ

僧侶「うおおっ! だ……大丈夫か?」

剣士「え、あれ?私……寝てた?あれ?」

僧侶「敵と戦ってる最中に睡眠魔法にかかっちまったんだよ。今俺が治したところ」

剣士「うそっ、ごめん。すぐ助けに行かなくっちゃ!」

僧侶「や、そろそろ勇者の野郎と狩人ちゃんが終わらせてるころだろうよ。
   数はいたが、そんなに強そうな奴らじゃなかったからな」

   
   

狩人「……終わったですね……」スッ

勇者「やれやれ。本来の進むべき道が雪崩で通れなかったから遠回りでこっちの道に来たけど、やけに敵が襲ってくるな」

狩人「いっぱい狩れて楽しいです……フフ。フフフフ」

勇者「狩人は元気だなぁ」









僧侶「おーい、終わったか?」

剣士「二人とも大丈夫?」

勇者「ああ、なんとか。それよりさっき剣士のすごい悲鳴が聞こえたけど、あれは一体……。……ハッ……僧侶まさか?」

僧侶「あん?」

狩人「……最低……」スッギリギリ

勇者「恥を知れよ」

僧侶「待て待て!濡れ衣だ!そんな汚物を見るような目で見るんじゃない!俺はなにもしてねえよっ!
   なんなんだよ畜生、お前らの中の俺のイメージってそんな感じなのかよ」
   
狩人「そんな感じというか……そのまんまというか……煩悩が服を着て歩いているというか……」

僧侶「なるほど……」

僧侶「言い得て妙だな!狩人ちゃん言葉のセンスあるなあ!」

勇者「受け入れるんだ」


剣士「あはは、僧侶くんは関係ないよ」

剣士「さっきの叫び声はね、ちょっと怖い夢見ちゃってたみたいなんだ。驚かせちゃってごめんね」

狩人「怖い夢?」

剣士「うん。誰かが剣を私に向かって振りあげてる夢!あと少し起きるのが遅れてたら死んでたよ。もう本当に怖かったんだから」










僧侶「でも、夢の中で自分が殺されかけるのはいい兆候らしいぜ。自由とか解放を意味するんだとか。
   今の状況が好転するきっかけになるかもしれないってさ」
   
勇者「詳しいね」
   
僧侶「修道院にいたとき、あのジジッ……神父がそういうのにはまってた時期があってな」
   
剣士「なんだ、そうなんだ。じゃあいい夢なんだ。でも今度あの夢を見たら返り討ちにしてやるんだから。
   あ……でも、そういえば……あのさ、勇者」
   
勇者「ん?」

剣士「なんだか、その剣ね…………、……やっぱいいや!」

勇者「なに?気になるなぁ」

剣士「なんでもない!行こっ」








僧侶「そういやお前、短剣で戦ってたのか」

勇者「ああ、うん。まだ目的地まで随分あるし、もっと強い敵が襲ってきたときのために魔力温存しといた方がいいかなって」

僧侶「せ、セコッ」

勇者「うるさいな」

狩人「あなたは剣も使えるですか」

勇者「少しだよ、少し」

剣士「……」



剣士(夢で見たあの剣の柄、王都の図書館地下で見た、あの魔剣……アルファ……アス? えーと、名前は忘れちゃったけど!
   あれに似てたような気がしたんだけどな)
   
剣士(でも気のせいだよね。だってあれ、勇者のための剣らしいし……ていうか夢だし、気にすることないか
   いつもなら夢なんて起きた瞬間忘れちゃってるのに、変なの)

狩人「剣士。おいてく……」

剣士「あ、待って!」タッ







剣士「えーと次は、……えー、これなんて読むの?」

勇者「みぞれ」

剣士「みぞれ?音階みたいな名前だね! それにかき氷でみぞれってあるよね。甘くておいしいやつ。あれ好きだなぁ」

狩人(音階……?)

剣士「きっと素敵な町なんだろうな!なんか瀟洒な建物とかありそう!町の人みんな上品でおしゃれで、甘い香りが漂ってきそうな……」



霙の町



ざわざわ ざわざわ


勇者「? なんだろう」

町人「おやおや!旅のお方!らっしゃっせぇい!!」

「「らっしゃっせーっ」」

町人「ようこそ!霙タウンにようこそ!!僕は雪が降ってても構わずタンクトップを着ちゃう野郎なんだぜ、よろしくな。
   旅人さんがた、今日この町に訪れるなんて幸運その身に有り余るほどですよ!!! このこの~!よかったな!」
   
剣士「イ、イメージと違う」

僧侶「出会って数秒なのにもう殺意が芽生えたぜ。殴るぜ」

勇者「おおい!なに拳を振りかぶってるんだ、やめてくれ! 脊髄反射か何か!?」

狩人「町の人全員がタンクトップだなんて……恐ろしい文化もあったものですね……」

剣士「こころなしか平均気温が上がった気がするよ」







町長「ようこそ!タンクトッ……霙の町へ! ん……?その外見的特徴……もしやお主ら勇者様とそのお仲間の方ですかな?」

勇者「あ、はい、でもあの、本当お構いなく。本当に」

町長「なにを仰る!?勇者様がたに十分なもてなしもせず旅立たせるなど、タンッ……霙の町町長の名が廃るわっ!!」

剣士「もう素直に町の名前改名しなよ!」

町長「ここは農作物も豊かに育たぬ気候ゆえ、普段ならしょっぺー歓迎しかできなかったのですが、ああ、本当に運がよかった。
   この町は近くにある、海につながっている湖の水産物で何とか糊口を凌いでいるんですがね、この間大収穫がありまして」
   
町長「今日はその宴の予定だったのですよ!ぜひ貴方がたもご参加を!!さあさ、宿にご案内しますよ!こちらへどうぞ!
   それから男性の方には、この町の一般的なコスチュームもご用意いたしますんでね」
   
勇者「どうも、ではお世話になります。……あ、コスチュームとやらは結構です」

町長「郷に入らば郷に従えと言うじゃないですか?」

勇者「あ、知りませんそんな言葉。無学なもので!すみません!」

僧侶「オイッ町長、サイズを目視で測ろうとすんな!!いらねーっつってんだろ!!」











町民「さ、たんと召し上がってくださいね!!」

勇者「す……すごいな」

剣士「わあ、豪華だね。魚料理がたくさんだ」

狩人「里では山菜ばかりだったから新鮮……」

僧侶「確かにうまそうだが、右を見ても左を見ても正面を見てもタンクトップ着た男ばっかり目に入るんじゃ、うまさも半減だぁ……
   こんな食事風景、死よりも辛い……もっと女子率増やしてくれええええ!」

剣士「私はもう慣れたよ。慣れって大事だよ。ハハ」

僧侶「こんな諦観あらわな剣士ちゃん見たくねえよお!!」



剣士「おいしいね!」

狩人「……」コクコク

男「さあさ次はみんなお待ちかねのメインディッシュだ!いま下の厨房で捌いてきたばっかりだから新鮮だぜ!」

うおおおおー!きゃーー!やっときたか!


勇者「わっ、なんだなんだ?」

僧侶「そんなに珍しい魚なのか?」

町長「ええ、ええ。そうですとも。……うーんおいしい!こんな美味い魚は初めてだ!」






勇者「本当だ、おいしいですね。噛みごたえがあって」

町長「それに眉つばですが、なんとこの魚を食べますと不老不死になるとかならんとか!!」

狩人「……へえ……」

剣士「えー、本当かなぁ」

町長「ははは、そう信じてる人もごくまれにいるのですよ。
   何匹か捕らえたのですが、余った分はそういう人々に売ればこの町も栄えるってわけです」

町長「もっと資金が潤沢になれば、我々も服を着込むことができましょう!」

勇者「えっその服装ってそういう理由だったんですか」

町長「四分の一そうで、四分の三は趣味です」

剣士「ほとんど趣味だね?」

僧侶「ところでよ、この魚は一体なんて名前……」

  「町長!そろそろおかわり捌いてきましょう!」
  
町長「ああ、分かった!ではまたお話しましょう、みなさま」



勇者「賑やかな町だな」

  「――……―――」
  
勇者「……? いま何か喋った?」

剣士「へ?喋っへらいよ」モグモグ

狩人「気のせいでは」

  「…………―――」
  
勇者(……なんだろう)

勇者「ちょっと外に行ってくるよ」

剣士「え?どうして?」

勇者「いや……僕にも分からないんだけど……」

剣士「えええ?どういうこと?」









  「――……」
  
勇者「誰かが呼んでるような……だんだん声が大きくなってきた。 こいつ直接脳内に……」

勇者「……町の外れまで来たけど」

女エルフ「遅い!」

勇者「君は雪原のエルフじゃないか。な……なにをしてるんだ、しかもこんなところで」

勇者「二度目はないと言ったはずだ。まさかこの町の人たちを襲いに?」

女エルフ「違うわよ。大体私一人で来て何ができるって言うのよ。自分で言ってて悲しくなったけど。
     ちょっととりあえずこっちに来て、人目につかないように!」
     


女エルフ「……で、本当にそっちは一人? あの……ほら……女と男は?」

勇者「女と男?」

女エルフ「弓もった女とあんたのほかに杖持ってた男」

勇者「狩人と僧侶? あの二人なら食事をしてるけど」

女エルフ「そっ。ならいいの。あの二人は生意気だから嫌い! じゃああの剣持った奴は……?」

剣士「私がどうかしたの?」

女エルフ「ひわーーーー!?」ビクッ

勇者「剣士!どうしてここに?」

剣士「勇者の様子が変だったから、もしかして魔族の魔法に操られてるのかなって思ったの。だから追ってきたよ」

勇者「まあ概ねその通りだな」

女エルフ「私は操ったりなんかしてないし!ただちょっと勇者にテレパシー的な力で呼びかけただけだし。
     大体そんな高度な魔法できるのなんて四天王の魔女様くらいだわ」
     
女エルフ「は、もうびっくりさせないでよ。まああんたならいいわ。あのねえ、今日私がここに来たのはあんたたちに忠告するため」









勇者「忠告?」

女エルフ「そうよ。別に私はそんなことしたくないんだけど、大叔母様に恩は絶対返しなさいって言われたからだからね!
     借りはつくりたくないの、それだけだから。大叔母様に怒られるからだからね!!」
     
女エルフ「……ヒュドラ様と戦いに行くんでしょ? それさあ……止めた方がいいんじゃない?」

剣士「え、なんで?」

女エルフ「だってヒュドラ様、勇者たちの何倍も強いんだよ。あのね、首が9つもあるんだから。しかもすっごい大きいの。
     ヒュドラ様にかかったら二人なんてあっという間に肉塊だからね」
     
剣士「9つもあるの!? ってことは9回殺さなくちゃ?」

勇者「長期戦になりそうだね。早いうちにできるだけ首を落とさないとジリ貧になりそうだ。
   狩人にはヒュドラの目を狙ってもらって、状態異常が効くなら僕がほかの首抑えて、その間に剣士が……」
   
女エルフ「おーい!対策を立てるな!私は戦うのやめた方がいいんじゃないって言ってるんだけど!」

女エルフ「ていうかたぶんそれも無理だって、近づくこともできないんじゃない?ヒュドラ様は毒攻撃が強いのよ。
     人間なんて1秒でゴートゥーヘルだよ、ノッキンオンヘブンズドアだよ」
     
剣士「毒?それも厄介だね。解毒剤効くかな?無理だったらほかの方法考えないとね」

女エルフ「話きけよ!ほかの方法考えるんじゃなくってさ!」

勇者「でもヒュドラとは戦わなければ。それで塔を解放しないといけないから。勇者として」

女エルフ「どうせ戦っても死んじゃうんだから、無駄だって!だからやめなよ!
     で……でさ、勇者と剣士の二人だけなら、私が匿ってあげてもいいよ。大叔母様もいいよって言ってくれたし……」
     
女エルフ「私のペットにしてあげてもいいよ!その場合逃亡を防ぐために手足は?ぐことになるけど、別にそれくらいいいよね?」

剣士「よくないっ!よくないよ!得意げに残酷なこと言わないでよ!」

女エルフ「勇者は別に構わないよね?ね?死ぬよりいいよね?」

剣士「だめだよっ!!ちょっとーっ勇者から離れてよー!!もうこのエルフ怖いよー!」





>>340
手足を?ぐ → 手足をもぐ





勇者「だめだよ。逃げるわけにはいかないんだ。ヒュドラを倒して、雪の国の人々を救わないといけないんだ」

勇者「まあ普通に手足?がれるのも嫌だけどさ」

剣士「そうだよ!だからだめだからね!そんなグロい展開だめ!」

女エルフ「なななななによ、ふん。私は善意で言ってあげたのにさ。どうせ負けちゃうのに!
     じゃーもういいよ。ばいばい!」パッ
     
勇者「心配してくれてありがとう」

女エルフ「はあ?別に心配してないし!!ばーかばーか!自意識過剰なんじゃないの? またね!」


パタパタ……



剣士「行っちゃったけど……『またね』って、また会いにくるつもりなのかなぁ。変な魔族」

勇者「変わってるよね。でも、ああいう魔族もいるんだなって思うと……
   ひょっとしたらこの戦争は僕が考えてるよりも、もっとずっと平和的な解決ができるかもしれない」
   
勇者「……って思えるな」

剣士「そうだね。平和が一番だよね。
   あのとき……やっぱりあのエルフを殺さなくてよかった。なんだか、えーと……えっと……」
   
剣士「うまく言えないけど、今ちょっと嬉しい」

勇者「……うん、僕もだ」

勇者「もう戻ろうか。宴の途中だ。あーでももう食事なくなってるかも」

剣士「私まだ食べ終わってない!早くもどろ!」クイ

勇者「わっ」








剣士「あー……本当にもう終わってた……魚美味しかったのにもうない……」

町民「お仲間の僧侶さんと狩人さんなら、もう宿に戻られてますよ!!押忍ッ!」

勇者「仕方ない、僕たちも宿に戻って今日はもう寝ようか」

剣士「そうだね……うぅ」



 「……、……」
   「…………。」

   
   
剣士「ハッ!これがさっき勇者がエルフから受け取ったっていうテレパシー的なあれ!?

   なんかひそひそ、直接頭の中に響いてるみたいに聞こえるよ」
   
勇者「や、普通に地下の厨房の方からの話し声だよ。別に君の頭の中に直接いってないよ」

剣士「なんだ……」

勇者「なんか焦ってるような声だね。ちょっと行ってみようか」



トン……トン……トン……トン……






  「……する?……っかく生け捕りに……のに……これじゃ値段が下がっ……」
  
  「……さかこんな……なるとは……」


剣士「あの大収穫だって言ってた魚のこと話してるのかな」

勇者「みたいだね」


  「……を……舌を噛み……て自殺……んだ……してやられた……」
  
  「値段は下が……、それでもまあ……なかなか……」

  
  
  
  
勇者「ん……?」








勇者(魚が自殺?)

剣士「なんか、すごい血の匂いするね。魚って捌いたことないけど、こんな強烈なんだ」

勇者「うん……そうだね……」

剣士「あのーなんだか困ってる声が聞こえたんだけど、どうしたの?町長さんたち。剣士と勇者ですけど」コンコン

町長「ああ!二人ですか。いやあ、ちょっとですね……あ!もしかしたら勇者様の魔法なら!
   どうぞお入りください!」
   

ギイィィ……


勇者「……」

剣士「え……?」

勇者「…………その台に乗ってる……のは、何ですか」

町長「なにって……」

町長「マーメイドですよ。見るのは初めてですか? さっき貴方がたに召し上がっていただくために捌いたやつです」

剣士「え……」

剣士「……え?……え?え?え?」








剣士「魚じゃ……え、さっきの料理はじゃあ……。
   わ、私たち……それを食べてたの? 」
   
剣士「……魔族を……」

町長「え?はい、そうですよ!美味しかったでしょう?
   今日調理したのは下半身だけですが、上半身もちゃんと明日使いますよ」
   
町長「あー、確かに厨房は大変ショッキングな映像になってますけど、こんなのみんなやってることですから!
   ところで勇者様、あっちの水槽に入ってるマーメイドを生き返らせることってできますか?」
   
町民「売りさばくために生きてる方が都合がいいんですよ! 高く売れる。
   無力なマーメイド族が湖に迷い込むなんてめったにないことですからね!このチャンスを生かさないと!」
   
勇者「……う……」

剣士「ひどいよ……」

町長「ひどい……? 何故ですか?」

勇者「そ……それはこちらの台詞です。何故こんな残酷なことを……。
   あ、あなたたちはさっきまで普通の……ちょっと変だけど普通の人たちだったじゃないですか」
   
勇者「無力なマーメイド族の娘を捕えて、しかも食べるだなんて!……常軌を逸してる」

町長「常軌……? ははあ……きっと勇者様と剣士様がいらっしゃった太陽の国は、まだ魔族の侵攻がないのでそう言えるのですね」

町民「魔族がこの国に蔓延りはじめて幾年、おかげで傭兵の護衛なしで船もだせんし、迂闊に街道も歩けやしません。
   ただでさえ土地に恵まれてなかったこの町は衰退の一途を辿るばかり」
   
町民「国は戦争に手いっぱいでこんな小さな町に救いの手を差し伸べる余裕はないようです」

町長「そんな我らの前に突如現れたのが、その肉が高額で売れる人魚です。弱っていて、武人ではない我々でも容易く捕えられました。
   お二人は今私たちを気狂いでも見るような目でみていらっしゃいますが!」
   
町長「ならば人魚を見逃して、我らに餓死せよと仰るのですか!? この困窮の原因も魔族だと言うのに!」

剣士「だ、だからって……ひどいよ!あなたたちを襲ってきたわけじゃないのに。それに……敵だって言っても食べるなんて。
   私……私、大切な人が誰かに食事として食べられちゃったなんて聞いたら死んじゃいたくなるくらい悲しいよ……」
   
町民「道徳的なことをいうなら、こんなのこの国じゃ至って普通のことですよ。それくらい切羽つまってるんです。
   大体……魔族だって人の肉、食べてますし。お互い様ですね!」
   
町長「まあ最初はお二人も抵抗あるでしょうが、何、牛や豚を殺して食うのとなんら変わりはないです、はい。
   それに……なんといっても……美味でしょう。あの味、めったに味わえませんよ」
   
剣士「でも」

勇者「剣士。もうやめよう」

勇者「町長さん、死者を蘇らせる魔法なんて僕には使えません。じゃあ、お世話になりました」






ガチャッ


剣士「ちょっと、勇者! このままじゃああの残った人魚、食べられちゃうよ。
   もう死んでるって分かってるけどさ……そんなの……」
   
勇者「……」

剣士「さっき会ったエルフの子みたいな魔族だったのかもしれないのに。かわいそうだよ……」

勇者「……」

剣士「それなのに……食べちゃったんだ、その子……私も勇者も、あの場にいた人全員!!
   その子の家族が今も必死に探してるかもしれないのに、食べちゃったよ……おいしいって言って……、う」
   
剣士「はあ……はあ……」

勇者「……大丈夫?」

剣士「ちょっと気持ち悪い……かも……」

勇者「……日の出とともにこの町を出よう」

剣士「うん……」









剣士「こんなの知りたくなかったよ。人があんなことをしてたなんて知りたくなかった……。
   私たちは人のために戦ってるのに……魔族を殺してるのに……」
   
剣士「でも殺すのと食べるのってそもそも何が違うのかな。同じ……いや、やっぱり同じじゃないよ。
   食べるのは尊厳に対する侮辱で……冒涜なんだよ、同じレベルの生き物だって認めてないからできることで……
   生きて積み上げてきた全部を踏みにじる行為だから……だから……」
   
勇者「剣士、……剣士!」

剣士「……え?あぁ……何?  はあ……はぁ……」

勇者「もう今日は休んだ方がいいよ。ほら、宿に着いたから。今日見たことはとりあえず全部……忘れよう」

剣士「でも……、……?」

剣士「あれ……なんか急に眠く……う……」








ガチャ



狩人「勇者……と剣士。どこに……行ってたですか?」

狩人「……? 何かありました……?」

勇者「狩人。よかった、まだ起きてて。剣士を頼むよ」

狩人「何故剣士は眠って……?」

勇者「剣士ってあんまり睡眠魔法に耐性ないみたいだね。
   あ、明日日の出とともにすぐこの町を発つ予定だから、急だけどよろしく。じゃおやすみ」

狩人「え?はい……。……?」







ガチャ

僧侶「グオーーーー……ゴーーー……」

勇者「……はあ」バサ

僧侶「ンゴーーーーズゴゴゴゴゴ」

勇者「すごいうるさい……」

勇者(……。やっぱり平和的解決なんて無理か……)

勇者「人間が正しいんだ。僕たちは人々のために戦うんだ」

勇者(仕方ないことはどうしようもできない……全部救うことなんてできないんだから。
   そもそも片方だけだって僕にできるか分からないのに、そんなのは偽善だ)
   
勇者(魔族と人なら人を救わなければ……魔王を倒す、それだけが僕の生まれてきた意味であり使命だ
   まだ大丈夫……まだ信じられる……。今日のことはもうあまり考えないようにしよう)
   
勇者「寝よう」

僧侶「ズゴーーーーー……ゴーーー……」

勇者「……」ギリギリ








* * *

パタパタ……


女エルフ「……ありゃ? 魚人族と水牛族だ。なにしてんだろ」

魚人A「エルフ族の者か。何をしている?」

女エルフ「別に?ちょっとブラブラしてただけだし。そっちこそ何してんのさ」

水牛G「行方不明になっていたマーメイドたちの居所が分かった。今から霙の町に救出に行く」

魚人F「おい、悠長に話してる時間はないぞ!事は一刻を争うのだ!進め!!エルフなんぞに構うな!」

女エルフ「……えっ、霙の町って……間違いじゃないの? そんなことあるはずないって!」

水牛B「なんだと?貴様何か知っているのか?」

女エルフ「……と、思うなあ~? じゃ、じゃあ私もついてくわ!」

魚人A「エルフの微弱なる力なぞ大した戦力にならんわ。お前はすぐ帰れ!」

女エルフ「なにい!?」



ザバッ……


女エルフ「おのれー、あいつらエルフ族馬鹿にしやがって。いつか成り上がってヘイコラ言わせてやるからな!!
     それにしても……大丈夫かなあ……」
     
女エルフ「別に勇者たちのこと、心配してるわけじゃないけどっ!わ、私がこっそり会ってたことばれたら大変だし!」

女エルフ「どうしよ……」







* * *


雪の国 宮殿


大臣「閣下。今よろしいですかな」

雪の女王「なんだ、言え」

大臣「いい知らせと悪い知らせがございます。どちらからお先に聴かれますか」

女王「……悪い方から」

大臣「本日早朝、霙の町が魔族に襲撃され……壊滅状態だということです」

女王「生存者は」

大臣「ゼロです」

女王「……。何故あの町が……」

女王「……続けろ」

大臣「は。いい知らせですが――先ほど届いた鳥文によると……」



大臣「勇者がまもなく首都に到着するそうです」







* * *


雪の塔


魚人族長「うっ……ヒュドラ様、申し訳ありません。だめでした!マーメイドの娘たちを救えませんでした……!
     すでに……すでに殺されて……!! 見るも無残な姿に……!」
     
ヒュドラ「そうだったか……。可哀そうに……。丁重に弔ってやれ」

水牛「ヒュドラ様。その町の人間に聞いたところ、我々が到着する直前まで勇者がそこに滞在していたようです」

ヒュドラ「何?」

水牛「マーメイドたちが捕まったのも、勇者の仕業かもしれませぬ」

魚人族長「そうだ。あの娘たちにはくれぐれも人の土地に近づかないよう言い聞かせていたのです。
     勇者の魔法によって捕えられたとしか考えられません!」
     
ヒュドラ「……」

水牛「今すぐ攻め込みましょう!このような卑劣な所業、許しておけません!」

ヒュドラ「待て。私たちが動かずとも、勝手にあちらから来てくれる。
     この深海に沈んだ雪の塔……我らが城に」
     
ヒュドラ「全力でもてなしてさしあげろ。この海を奴らの汚らわしい血で濁すことは気が進まないが、やむを得ぬ」

ヒュドラ「迎え撃て。いいな」

「「ハッ!」」








ヒュドラ「……というわけで間もなくここは戦場となりますが、いかがいたしますかね。グリフォン」

グリフォン「四天王様が敬語なんて使わないでくださいよ」

ヒュドラ「あなたは私の部下じゃありませんから、なんとなく」

グリフォン「ははあ。 僕は戦闘からっきしですから、人間とは戦えませんがここに残りたいと思ってます。
      勇者が来るそうですね?そもそもここに来たのは人間……特に勇者の生態研究のためなので、
      間近で彼らを観察するチャンスは無駄にできません」
      
ヒュドラ「そうですか。でも死なないように気をつけてくださいね」

グリフォン「大丈夫ですよ。姿を表わす真似なんてしませんから。物影からひっそりねっとりぐっちょりデータとるだけですアハハハ……」

ヒュドラ「……(びっくりするくらい気持ち悪いなあ。グリフォンの一族ってみんなこうなのかなあ)」

グリフォン「ま、あわよくばなんて気持ちがちょっとありますけどね」

ヒュドラ「魔女にもらったというアレを使うんですか?」

グリフォン「機会があれば」









* * *


太陽の国 南部 結界外


兄「…………ふむ……」

兄「位置特定の魔法を使った結果、愚妹は太陽の国の……地下にいると出たんだが……
  地下ってどういうことだ、地下って。まさか地下街でも作ったのかあいつ」
  
兄「そもそも結界があるのに俺は入れるのか。まあいい、試してみるしかないか。
  海岸から進むとしよう」
  


ゴリゴリゴリ


兄「……行けたな。結界は地表しか守護していないのだな。ということは地下から襲撃できたり……」

兄「は、しないか、流石に。地表全て覆ってるのだな。……えーと、ここを少し右に掘って、後は真っ直ぐ。
  俺が通った後の道は防ぐのも忘れんようにせんと、誰かに気づかれる……」
  
兄「……はーっ! 魔王の息子たる俺が一体何をやっているのだか。こんな地面を地道に掘るため持って生まれた魔力ではない!」

兄「このようなことまで兄にさせて、こうなれば絶対に何がなんでも連れ帰るぞ、妹」


ズゴッ!


兄「ん……?光?」

兄「……なんだこれは……?」

女「うおわっ? な、なんだねアンタ?そんなとこから?」

少年「壁から悪魔さんが現れたー!」

兄「ん!?」







兄「な……あ……人間!? なんだここは、貴様らの村か? 地下に村など……こんな大きな、一体何故」

女「ああそうさ。で、あんたは何、魔族かい? あんたもここに逃げてきたのか? にしても……ハハハ!
  あんたどっから入ってきてんのさ!壁から来たのなんてあんたが初めてだよ」
  
少年「悪魔の兄ちゃん泥だらけだ!きったねー!」

兄「……貴様ら怖がらないのか。俺は魔族だぞ」

少年「なんで怖がらないといけねーの?悪魔さんも逃げてきたんでしょ?俺らの仲間じゃん」

兄「は?逃げて……?」

少年「ていうか、村の外れに住んでる姉ちゃんにそっくりだなあ、あんた」

兄「……!」


兄「そこに案内しろ」

少年「え?別にいいよ」


――――――
――――








兄「お」

兄「っお……!! お前……!!」

妹「あ、兄さん!?」

兄「おま……っ! お、おお前っ!!?」

妹「なんで兄さんがここにいるの?」

兄「お……あ……お……」

兄「その……は、腹……まさか……」

妹「……あ。うん、えと……えへへ」

妹「……もうすぐ生まれるの。 名前、どうしよっかって今考えてるとこ」

兄「」







女「わー!ちょっとあんた落ち着きなって!剣しまえ剣! ほら父ちゃんも止めてよ!」

男「こいつ滅茶苦茶力強ぇぞ、何者だ!」

少年「悪魔さん」

兄「父親を出せ……今すぐにだッ!!!!俺の妹連れて駆け落ちしたかと思ったら早速手ぇ出しやがって!!!
  もう許さん絶対許さん、父親を殺してお前は城に連れ帰る、いいかこれは決定事項だ異論は認めん!!」
  
妹「もうっ兄さんやめてよ! そ、それに……それに私が彼に赤ちゃんほしいなって言っ」

兄「言うなやめろ聞きたくない!!!馬鹿!!!この愚妹がーーっ!! わ……分かっているのか、人間との子なんぞ」

兄「魔王の娘が人との子を孕んだなどと魔族の皆に知られたらどう思われるか。
  その腹の子は魔族でも人でもない……。生まれたとしても、どちらの種族からも拒絶されるだろう。あってはならん命だ」

兄「……今のうちに殺せ。今ならお前の馬鹿な真似もなかったことにできる。俺がここで見たことは父上にも誰にも黙っててやろう」

兄「お前の子は忌み子だ」

妹「それは違うわ」

兄「なんだと?」








妹「この子は未来の扉を開く鍵なんだもの。
  今は魔族からも人間からも認められないかもしれないけど、代わりに私と彼がその分大きな愛情を注ぐわ」
  
妹「忌み子なんかじゃない。大切な私の子だよ」

兄「……俺はお前を連れ戻しに来たんだ。腹の子は連れて行けない」

妹「私、帰らないよ。ここで生きていくの」

兄「…………」

妹「…………」




男「……まーまーまーまー!なんか知らんが、久闊を叙する兄妹で積もる話もあるだろう!
  ひとまずどうだい、家の中に入って茶でも入れようぜい!」
  
少年「いえーい!」






兄「大体なんなんだ、ここは? お前たちは何故地下深くに住んでいる」

妹「ここはね、元々地下遺跡だったみたい。周りの壁や建物を見てみて? それっぽい跡がいっぱいあるから」

兄「……後でじっくり見てみよう。ここが遺跡だと言うのは分かった。何故ここに住むようになった?
  先ほどそこの小僧も言っていたが、『逃げてきた』とは一体なんのことだ?」
  
少年「あれー、悪魔さん見て分かんないの? じゃあ俺の、この真っ白な髪見てよ。おじいちゃんみたいな髪」

男「それから俺のこの手。両手合わせて指が13本もあるんだぜ」

兄「……? 何がおかしいんだ?」

少年「えー!?本気で言ってんのか? 
   あのなー、子どもなのに白髪で生まれたり、指が10本以上あったりするのは『異常』だったり『化け物』って言われちゃうんだ」
   
男「世間一般の普通の人たちとは、どうしても一緒に暮らせねぇんだ。……ま、いろいろ嫌な目に会うってわけさ」

兄「髪や指……その色や数が違うというだけで共同生活ができなくなるのか? 人間は大変だな」

女「私みたいに、外見じゃなくてお家騒動に巻き込まれて明るいところじゃ生きていけなくなった奴もいるよ」

男「こういう地下集落はここだけじゃないらしいぜ。地下遺跡は昔はもっとでかかったらしくってな、
  ここと繋がってはいないが、同じような村が地下にあるんだろうさ」

妹「あと私以外に魔族もいたよ。人間と恋に落ちて、二人で暮らすために逃げてきたんだって」ニコ

兄「……」

兄「…………お、」


バタンッ


青年「ただいま。……ん?なんかお客さんが今日はいっぱいだね。何かあっ……」

妹「あ……」

少年「あっ!」

女「あ」

男「あ」

兄「……」

青年「たの……かなあ……?」







兄「…………………………………………」

兄「…………………………………………」

妹「兄さん……彼のことそんなに睨まないで!怖いよ!」

青年「あの、お義兄さん。初めまして。僕が妹さんと一緒に暮らしている者です。
   お義兄さんは魔王の息子さんだって聞いてたんですけど……」
   
兄「貴様ァ……」

青年「いやあ、本当、すごい迫力で、……ご挨拶が遅れまして本当に申し訳……」

兄「謝るくらいだったら最初からするな!!どう落とし前つけてくれるんだ? あー?」

青年「はははははい覚悟はできてますどどどどどうぞ首でもなんでも持ってってください」

兄「潔い男は好感が持てるぞ。よし、じっとしておけ」チャキッ

妹「だから、やめてって言ってるでしょ兄さん?」


スパーーン


妹「今、彼に変な催眠魔法かけてたでしょ? そういうの本当やめてね?大体彼がいなくなったらお腹の子はどうなるのよ?」

兄「お前……自分の兄になんということを。城を出て随分強かになったな」

青年「あ、あれ……?」

兄「しかし魔法と言ってもほとんど無意識のものだぞ。そんな微弱な術にかかってしまうとは情けない。
  人の造形のことは分からんが、体つきも顔も平平凡凡……それともなんだ?剣が扱えるのか?」
  
青年「へ?いや僕は剣なんて握ったこともありません。昔からパン職人として生きてきたもので」

妹「私たちみたいに魔法を使えないし、剣だって彼はできないけど、でもとっても優しいんだよ。 ……ねっ」

青年「あはは……ありがとう」

兄「……」ザンッ

青年「ヒイ!?」









兄「いいか、俺の前で妹とイチャイチャするな。さもなくば――殺す」

青年「は、はい」



少年「ねー女さん。これがシスコンってやつ?」

女「そうだよ」



兄「……まあお前のことなんてどうでもいい。ほら、駄々こねてないで帰るぞ妹!」

妹「だから帰らないわ! 私はもうすでに魔力もほとんどゼロ、魔族としても魔王の娘としてもできそこないよ。
  ここで生きると決めたの。彼と生きるって決めたから全部捨ててきたの」

兄「お前なあ!病床に臥している父上のことは気にならないのか!? 俺は父上に言われてお前を探しに来たんだ」

妹「……っでも、お父様だってもうこんな私のこと、娘だなんて思ってくれないに決まってる」

兄「娘だとハッキリ言っていた。お前を心配している。
  ……はあ、現場復帰した炎竜が太陽の国制圧の担当になったが……いまだこの国に攻撃の一つも仕掛けられていない理由が分かるか」
  
妹「……」

兄「お前がこの国のどこぞにいるかもしれないと思った父上が止めているんだ。
  病に冒され、もう長くない命にも関わらず、長年の野望だった大陸統一すら遅らせてお前の身を案じているんだぞ」
  
妹「……」

妹「大陸統一……それだけのために多民族を制圧……人と魔族が戦って血はどんどん流れるわ。……分かった、兄さん」

妹「このお腹の子を産んだら、一度そちらに帰ります。そしてお父様とお話する」

兄「そうか……」

妹「そして戦争を止める。人と魔族の間に休戦条約もしくは平和条約を結ぶことに私の全生命をかけてみせる」

兄「はっ!?」






青年「妹さん……」

妹「大丈夫。私なんかがお父様に意見するなんてって思ってたけど、だからって、私がここでのんびり暮らして、
  あとは兄さんに全部まかせるだなんてそんな図々しいこと言えないもの」
  
兄「待て。俺は一言もお前に協力するとは言ってないぞ。 俺は次期魔王として、人を支配下に置き……魔族のための世界を目指す」

妹「兄さん。兄さんは兄さんなんだから、無理してお父様のやり方を真似しなくていいと思うの。
  魔族のための世界なら、なにも戦争に勝たなくったって実現できるんじゃないの?」
  
兄「なにを……馬鹿なことを」

妹「目を逸らしてるだけだよ。本当は、必要ないなら人だって殺したくないって思ってる」

兄「……思っていない」

妹「だったらいいよ。私一人でお父様も兄さんもこれから説得する。覚悟しておいてね」

兄「…………」

兄「もうこんな時間か。俺は帰る。邪魔したな」








兄「一度城に帰って父上と会うと言ったのは本当だろうな」

妹「うん、本当だよ。ちゃんと守る」

妹「兄さん。また来てね」

青年「お義兄さん、今日は情けない姿ばっかり見せちゃいましたけど……」

青年「……僕が必ず妹さんを幸せにします!」ギュッ

妹「せ、青年さんったら」


ビュッ!!


兄「俺の前でイチャつくなと言ったはずだが……?」

青年「さ、さっきのはイチャついたうちに入るんですか……? 手を握っただけで……?」

兄「無論だ」

兄「……じゃあな」




少年「悪魔さん、魔王の息子なんだ。確かに怖かったもんなー」

男「いやいや……つーか妹ちゃんも魔王の娘だったのか」

妹「あ、うん。言ってなかったかしら」






兄(……そういえば。この地下集落は元々遺跡だったのだな。確かに妹の言う通り、壁にところどころ絵や文字が……
  しかしなんだこの文字は?見たことのないものだ)
  
兄(……まるで魔族の古代文字と人の文字が合わさったかのような、妙な文字だ。人間の歴史には全く興味がないが……)

兄(一体これは何の遺跡だ?)







* * *


雪の国 首都


僧侶「なんか勇者と剣士ちゃん、あの村出てから暗くね?喧嘩したのか?」

勇者「いや……」

剣士「なんでもないよ……」


ドンヨリ……


僧侶「なんでもない割にめちゃくちゃ空気が重いんだが。なにこれ息苦しい!狩人ちゃんヘルプ!」

狩人「なにかあったですかね」

僧侶「もうこうなったら俺たちが場面を明るくするしかねーな!!よっし狩人ちゃん一緒に愛を育もゾゴフェッ」

狩人「二人とも……絶対元気ないです。どうしちゃったですか?何があったのですか?」

勇者「……本当になんでもないんだ!いやーむしろ元気がありあまって、逆にないように見えるっていうそういう現象じゃないかなっていう」

狩人「なんですか……そのふわっとした弁明は……」

剣士「うん!!そうだよ!!アドレナリンでまくりのハイパー元気モードだよ!!ひゃっほー!」

狩人「は、はあ」

勇者「あ。もうついたね。じゃあ会おう。雪の国の女王と」







氷の宮殿


女王「よくぞ参った。我が国の危機に駈けつけてくれたこと、まことに感謝する」

勇者「お目にかかれて光栄です。女王様」

女王「旅の疲れを癒す間もなく申し訳ないのだが、さっそく雪の塔攻略のための作戦会議を開きたい。
   もう貴殿らに同行する兵士たちの選抜は済んでいる」
   
女王「我らの神の塔を奪還するために力を貸していただきたいのだが、よろしいか」

勇者「勿論です」

女王「ありがたい……。ならばこれを貴殿に渡そう」

勇者「これは……?」

剣士「薬?」

女王「雪の塔が毒霧の向こうの海に沈んでいることはもうすでに聞き及んでいるだろう。
   あの毒は人間が耐えられるものではない。下手したら5分で死ぬ」
   
女王「我らの兵も随分あの毒にやられたものだ……しかし、倒れたからにはただでは起きぬ。
   死んだ兵の体を解剖して、毒への特効薬を作った。いま貴殿らに渡したものだ」
   
女王「ただし、薬の効果は1時間だけだ。1時間で塔を攻略し、最奥にいる四天王のヒュドラを倒してもらいたい。
   無茶を言っているのは承知の上だ。できぬのならできぬと言ってくれてかまわん」
   
女王「どうだ、勇者。そしてその仲間たちよ」



――――――――
―――――
――




雪の国 魔法学院 研究室



勇者(たった1時間……)

勇者(太陽の塔を攻略した時には丸一日かかった。1時間でやれるのか?)

勇者「ってもう返事はしちゃったんだけど」


パラパラパラ……


勇者「やっぱりここにも資料がないか……」

若い研究者「勇者様、見つかりました? その魔法の詳細は?」

勇者「いや、どこにもないみたいだ」

研究者「うーん。学院中の研究者に訊いてまわってきましたが、誰もその呪文のこと聞いたことないって言ってました。
    その魔法書、どこで手に入れたんですか?」
    
勇者「……ちょっと道端で」

研究者「あの、誤魔化し方があんまりじゃないですかね……言えないならそう仰ってくれていいですよ」







勇者(太陽の国の王立図書館地下で、魔剣とともにあった魔法書……
   その最後のページに書かれている2つの呪文のうちひとつ)
   
勇者(使えることには使えそうだけど、何も説明が書かれてないのが怖いな。攻撃呪文なんだろうけど)

勇者(でも、雪の塔に行ったとき、もし何かあったらこれで……)


研究者「3日後、塔へ行くんですよね」

勇者「あ、うん」

研究者「……この王都も、昔はもっと栄えてたんですよ。
    毎日人がいっぱいで、賑やかで、お店いっぱいあって」
    
研究者「実は今日は砂糖菓子の日なのです」

勇者「なにそれ?」

研究者「愛する人に砂糖菓子を贈る日です。まー商人の利益のために作られた日と言っても過言ではありませんが、
    それなりに昔は毎年この日には、どこもかしこも甘い香りでいっぱいだったんですよ」
    
研究者「それが今では……」

研究者「この閑散とした有様ですよ。全部魔族のせいです。あいつらが……。
    勇者様、気をつけてくださいね。魔族は強いですよ」
    
勇者「……分かった」







宿



勇者「……?」

剣士「あ おかえり!どこ行ってたの?」

勇者「なんでエプロン?」

剣士「ああ!なんかさ、今日ってこの国では特別な日みたい。
   宿屋の人がキッチン貸してくれたから久しぶりに料理やってみたんだよ。ね、狩人ちゃん」
   
狩人「はい」

勇者「ああ、あの研究者が言ってた……」

僧侶「いやー剣士ちゃんがお菓子作り得意だったなんて意外だなー!!
   家庭的な女の子っていいよねー!!俺そういうギャップすげーいいと思う!!」
   
僧侶「それに狩人ちゃんも、この鳥の丸焼きすげーおいしいぜ!!
   砂糖菓子の日にも関わらずこのチョイス、そういうアグレッシブなところ好きだぜ俺!!」
   
狩人「羽むしるの……得意……」

僧侶「たくましいなー!!さすがだ狩人ちゃん!!」

剣士「勇者もテーブルに座ってね」

勇者「あ、ああ」







コトッ

剣士「はい。 煮物」

勇者「……」チラ

僧侶「剣士ちゃんが作った桃のタルトおいしいなーっ!!」モグモグ

勇者「……」

勇者「なんで!?」

剣士「え!? だって勇者甘いの嫌いじゃない」

勇者「ぐ……………………好きだよっ、三度の飯より好きだよ!
   最後の晩餐には砂糖を食す所存だよ!!」
   
剣士「えー!?王都にいる間に味覚変わったの? そんなことってある?」

勇者「余裕であるよ」







勇者「……甘くておいしいな。疲れが癒されるっていうか」カッチャカッチャカッチャカッチャ

剣士「ねえ、やっぱり無理しなくていいよ。紅茶3杯目じゃん」

勇者「無理って……何が?」カッチャカッチャカッチャカッチャ


狩人「煮物おいしいですよ」

剣士「狩人ちゃんが褒めてくれるの珍しい!やった!激レア!」

狩人「……なんでしたっけ……今日。 惣菜の日?にふさわしいと思いますが」

僧侶「んー惜しい!ニアピンだな!だから狩人ちゃんは鳥の丸焼きを作ったんだな!!納得!!」







『…………

 …………
 
 …………そんな感じで雪の国の王都に来ました。
 
 太陽の国と違って、王都なのになんだか寂しい雰囲気が漂ってました。
 
 たぶん天気のせいじゃないと思うんですけど……。
 
 人も少ないし、お店は閉まってるところが多いし、
 
 通りを歩く傭兵さんと兵士さんと騎士さんは常にピリピリしててなんかちょっと怖いです。
 
 でも元気出さなくちゃだめですね! 明後日雪の塔に出かけます!
 
 1時間以内に全部やらなくちゃいけないんですけど、1時間は60分で、60分は3600秒なので
 
 そう考えるとなんかできそうな気がしてきます!
 
 では私はこの辺でペンを置きます。そろそろ剣の稽古しなくちゃ。

 
 
                 愛をこめて     NINA   
                 
                 
                 
 PS 便箋が余ったのでみんなにも書いてもらいました』

 
 



『もしこの手紙を読んでいるのがお嬢さんなら、

 今すぐ以下の住所に返信ください! 待ってます!
 
 俺はいま雪の国の王都の宿屋にいるのでいつでもウェルカムです!!

 
 
 雪の国王都南区~~~・・・・・

 
 
 ↑ 手紙読まれるのいつだか分からないんだから意味ないんじゃないかな

 
     ↑ うっせーボケ 勝手に書くな 
     
                           僧侶より』

                           
                           




『今日やること

 弓の手入れ。
 
 薬草を買いに道具屋に行く。
 
 夕方から傭兵たちと作戦会議。
 
 矢の補充。
 
                        狩人ちゃんメモ用紙じゃないんだけど……

     
                     

                                 』

                                 
                                 






『知らない人に手紙を書くって難しいですね。

 しばらく悩んだんですけど全然内容が思い浮かびません。
 
 そういえば旅に出てから村に手紙を書いてないや……
 
 塔から帰ってきたら書こう。……えーと 終わりでいいですか。なんだろこれ。ごめんなさい。

 
                
 
                       もうちょっとなんか書けよ!

                      
 みじかっ
 これで終わりなの!?



 あとは二人がなにか書いてくれよ。    H.     』

 
 
 
 




「……っていう手紙だ。子どもたちが川で拾ってきた。よければあなたに差し上げよう」


手渡された紙のガサガサした質感を確かめる。
突然の嵐に見舞われ、森をさまよっていたところに偶然辿りついた館で、
まさか3通目の手紙を見つけることになるとは思わなかった。


迎えてくれたのは二児の父だという魔族の若い男だった。
だが実際の年齢は推し量れない。魔族は肉体の成長速度が人間とは異なる。
落ち着いた身のこなしや話し方から、けっこう年を重ねているのかもしれない。

その淡々とした話し方で読まれた、この若干ふざけた手紙は
笑いをおさえるのに少しだけ苦労した。


読み返してて気づいたんだけど
>>353の水牛って魔族でもなんでもないですね 普通の動物だね
ミノタウロス=牛=水牛=水牛も魔族 って勘違いしてたんだね 笑えるね

では続きます




「泊めて頂いてありがとうございます。あのまま嵐の中森をさまよう羽目になっていたかと思うと恐ろしいです」

「いや、こちらこそ感謝している。薬作りを生業にしているあなたのような方が通りかかってくれて幸いだった」


男が窓を開けると、湿りを含んだ風が一迅舞い込んできた。
嵐は旅人にとって脅威に等しいものだったが、それが過ぎ去った後に吹く朝の風の香りに勝るものはない。

もう火の灯っていない暖炉の横で、くつろぐ犬の背を撫でているとリビングの扉が開いた。


「ああ、おはよう」

「おはよう」


薬師の腰くらいの背丈の少年が、犬を見るなりびゃっと寄ってきて「触っていい?」と訊いてきた。
犬の尻尾がゆらゆら揺れるのを見て、クスクスと小さな声で笑っていたが、それでも途中から咳き込みだした。


「大丈夫か?」 
彼の父が背中をさすってもしばらく咳は止まらなかった。






双子の息子と娘は生まれたときから重い肺の病に悩まされているのだと
昨晩暖炉の火の前でこの男は言ったのだった。
何故こんな山奥に館を構えているのかと尋ねた薬師への答えだった。

肺の病だと分かってから、できるだけ清浄な空気が吸える環境の方が好ましいだろうということでここに越してきたそうだ。
「妻も同じ病だったんだ」
魔族の男はそう言って、寂しげに息を吐いた。
もしかしたら、子どもたちもあんまり長くは生きられないかもしれない……。


「あんたの調合した薬飲んだら、昨日の夜あんまり息が苦しくなかったよ。ありがとな」

「よかった。じゃあたくさん作っとこう。足らなくなったら鳥を飛ばしてね」

「薬師さんもう旅立っちゃうの?」
トンと背中に軽い衝撃を感じて顔を向けると、双子の姉の方がいつの間にか後ろにいた。





「もう少しいればいいのに」

「起きるの遅いなあ。寝坊だ、寝坊」

「ちがうよ!髪の毛整えてたんだもん」


仲睦まじい双子の頭を撫でてから立ち上がる。
そろそろ出発しなければならない。






親子に見送られてまた森林の中の道を歩き出した。
空を覆うように枝を伸ばした広葉樹の青々とした葉っぱから時折雫が落ちて、彼の鼻先やつむじで弾けた。

次は西に行こうか東に行こうか迷ったところで、ふと雪の国に行ってみようかと思いついた。
確か先ほどもらい受けた手紙に、雪の国の宿屋の住所が書いてあったはずだ。


どうせ行き先の無い旅だ。気ままに進路を変えてみるのもおもしろい。
彼は「若いお嬢さん」ではなかったが、彼らが百年前に泊まった宿に行ってみることにした。




国境を越え、大雪原を越え、村々を経由して約1年。
常人より時間がかかってしまったのは致し方ないことだった。
やっとのことで薬師は雪の国王都に辿りついた。


「ほんとうに、いつでも雪が降っているんだな……」


彼が生まれた太陽の国に雪は降らない。
だから一体雪というのはどんなものなのか、いろいろ想像を膨らませてはいたが
実際来てみると氷より断然柔らかく、触れても雨のように体が濡れず、それは予想をはるかに超える不思議さだった。


しかし半年以上も雪の国にいればその驚きも不思議さも日常に溶け込んでしまって
今では寒さに身を縮めるばかり。
白い息を吐く彼の横でオリビア(旅のお供の犬)だけが元気に走り回っていた。






そして肝心の宿屋はどうなっていたかというと。


「なんか勢いだけで来てしまったけど……冷静に考えれば、百年前の宿屋が残ってる可能性なんて微々たるものだよなあ」


百年あれば町も人もがらっと様変わりする。ましてや王都だ。
あんまり期待をしないでその住所に向かってみると、意外や意外、まだ宿屋はあった。


「そう。ここは人魔戦争の勇者が泊まった宿だ。2階の奥の部屋。見てみるかい?……あ、悪いな」


勇者が泊まった宿なのだから、相当豪奢な宿なのだろうと思っていたが
これまた予想外にこじんまりとした簡素な宿だった。予想を外してばかりの彼だった。


「気のいい連中だったらしいよ。俺は父に、父はじいちゃんに、じいちゃんはひいじいちゃんにそう聞いたんだ。
 キッチンを貸してほしいって言ってきたから貸したら、そこで女の子たちが仲間に料理をふるまってたって」
 
「けっこうのほほんとしてる4人だったから本当に勇者一行なのかって、ひいじいちゃんが内心疑ったくらいだったってさ」


宿屋の男のお気に入りの話なんだろうか。
近くのテーブルに座っていた者たちの輪から「またはじまった」とからかいまじりの呆れ声が聞こえた。






「でも、その人たちが魔族に奪われてた雪の塔を見事奪還して来たんだから驚きだ。
 あ……悪いね、そこの魔族の旦那さんら。ちょっとした歴史の話だから許してくだせえ」
 
「じゃあこの料理の値段、半額に負けてもらおうか」


店内からどっと笑い声があがった。
「それは勘弁してくださいよ……」と宿屋の男がヒイイとおどけてみせる。


「でもね、大変だったのは、その後ですよ、後。薬師の旦那」

「うわっ!!」


急に耳元で宿屋のささやき声が聞こえたので、自分でもびっくりするくらい驚いた。
いきなり近づくのは本当にやめてほしい。







「た、大変って、何がですか?」

「塔から帰ってきた後……痛ましい事件が……。 おっと、こっから先はお食事中の皆さんに失礼ですね」


続きはまた後で。
そう言い残して宿屋は奥にひっこんだ。






* * *



カチャッ……。

カチャ。


「どこで間違ったのかなって」

「ずっと考えてるよ」





「あのときか……それとももっと前のあの瞬間か。もしくはもっと前」

「いつもそうやって遡って、その度気づくんだ」

「生まれてきたことがそもそも間違いだったんじゃないかって」

「……」

「生まれなければよかったね」

「あはは」

「ごめんなさい」



カチャッ。



「あー」

「そうだね。君だけが……」

「………………」




「……しずかにね……」

「よくみていて……」



















































「も」
「う」
「す」
「ぐ」
「だ」
「よ」




第六章 深海のスノータワー






雪騎士長「塔攻略に許された時間はたったの1時間のみ。ゆえに我らができるだけ前に立ちふさがる敵どもを排除します。
    勇者様たちは我らに構わず塔の最奥へお進みください!」
    
雪騎士A「俺たちの屍を越えていってください!」

勇者「……分かりました」

雪騎士B「俺たちの死体でできた血濡れの懸け橋を渡っていってください!!」

僧侶「いやな言い方すんなよ……つうか死ぬなよ」



雪騎士長「ここです!ここが塔への入り口。みな行くぞ!!」

剣士「塔って……塔なんてどこにもないよ」

雪騎士長「ここ一帯の魔族は水棲なのです。かつて地上にあった塔も今は深海に沈んでいます。
     でも安心してください。塔の中には空気があるようなので」
     

剣士「なんか見るからに毒!!って感じの空気の色だけど、今のところ私たちちゃんと生きてるよね」

雪騎士A「……」

剣士「えっ もしかしてもう私死んでる?」

狩人「生きてます。薬のおかげですね」

雪騎士B「むっ!!」


水蛇ABCが襲いかかってきた!
雪騎士Bが抑え込んだ!


雪騎士B「ここは僕たちにまかせてください!」





ぐああああっ……

     うおおぉぉぉっ……!



バキボキゴキッ……

「あああああぁぁぁぁぁぁぁ……」

「しにたくない……しにたくない……!」


勇者「……っ!!」

狩人「勇者、進んで」

勇者「でも!」

狩人「時間がない。あと45分。まだ塔の半分も行ってない」

勇者「……っ」


タッタッタッ……






ビチャッ

魚人族長「来たか……勇者。お前が……あの娘たちを食らったのだな」

魚人族長「仇をとる。来い」







魚人族長「~~~~……~~~、~~~~~」

僧侶「なんだこいつ。強そうな奴がでてきたぞ」

剣士「何か言ってるけど……?」

雪騎士長「ここは私が引き受けましょう。勇者様たちは先に!!」

雪騎士長「うおおおおおおおおおお!」





「ぎゃああああああああッ」ドサッ


剣士「ひっ……!」

剣士「…………っ……もう、塔の中間地点くらいまでは進んだかな?」

勇者「ああ。だけど時間も半分切ってる。これじゃ遅すぎる」

狩人「でもどうするですか……最速で走ってますよ。すでに」

僧侶「勇者。作戦Dだ」

勇者「なにそれ」

僧侶「DEかい穴開けて一気に最奥までショートカット作戦だよ!!昨日の夜話したろ!?」

勇者「全く知らないけど……でもいい考えかもしれない! みんな離れてて」

僧侶「てめーぶん殴るぞ」

剣士「えっ!?本気でやるの!?できるの!?だって塔って滅茶苦茶大きいし……」


ズガーン!!!


剣士「壁だって厚いんだよって続けようと思ったけど、普通にできてるね、うん。
   あれ、なんか勇者の魔法とんでもなく強くなってない?気のせい?」
  
勇者「よし、このままヒュドラを倒しに行こう!!」

狩人「……あっ」


ビュッ!


魚人族長「ならん。ここで死んでもらうぞ」







僧侶「狩人ちゃん!大丈夫か!?」

狩人「……大丈夫です。あの魔族が投げたナイフが、腕をかすめただけ」

僧侶「血が出てるじゃないか! このサカナ野郎っ!!!!!調理師免許も持っている俺が3枚におろしてやる!!!」

剣士「あの魔族がいるってことは、騎士長さんたちは……」

勇者「……。戦うほかないみたいだね」



魚人族長が襲いかかってきた!


――――――――――――――
――――――――――
――――――


――――――
――――――――――
――――――――――――――



魚人族長は倒れた。
魚人族長を殺した。



僧侶「手間取らせやがって……」ハアハア

勇者「行こう」



ヒュッ……






グリフォン「……」

グリフォン「塔を魔法で貫くなんて、けっこう強くなってるなあ」

グリフォン「それに彼が使う魔法。人間たちが使う魔法よりずっと攻撃的なのばっかりじゃないか。
      あれじゃあまるで魔族が使う魔法だよ。ふーん……」
      
グリフォン「おもしろいなあ……アハハ……。でもそれよりおもしろいのはコレ」カラン

グリフォン「血が付着したナイフ。魚人族の彼には礼を言わなくてはね。どうもありがとう。
      これは確かあの弓使いの人間の血かな。勇者じゃなかったのは残念だけど」
      
グリフォン「……じゃあそろそろ僕はこれで帰ろうかな。成果も上げられたことだし。
      しっかしすごい穴開けたなー。これで一番下層のヒュドラ様のところまで一気に……」
      

グキッ


グリフォン「あいたっ!! ……あれっ……あれっ!? うわわわわわわっ」


ヒューーーーッ……








ドサッ!!!


グリフォン「がはっ くそ痛い」

グリフォン「……って僕、有翼魔族なのに普通に落ちてきてしまったよ。なにやってんだ…………カッ!?」


勇者「……」

剣士「……」

狩人「……」

僧侶「……なんだこいつ」



グリフォン(あ)

グリフォン(死んだなコレ)






勇者「襲ってくるのだったら……」

グリフォン「いやあの、違う。見逃してくれ。僕はただ帰ろうとしただけなんだ。敵意なんてないよホントに」

グリフォン「じゃあ僕失礼するから。ヒュドラ様によろしく……」パタパタ


パタパタ……


パタパタ……


グリフォン(……あれ!? 追撃……されないっ!?)





剣士「なんだったんだのアレ?水棲の魔族じゃなかったみたいだけど?」

勇者「襲ってこないのなら、放っておこう」

狩人「……勇者がそれでいいのなら」

狩人「いいです……けど。時間もないですしね……」






僧侶「ついた! ここがヒュドラのいるところだろう」

勇者「あと15分……それまでにヒュドラを倒せなければ、毒で結局死ぬ。みんな頑張ろう」

剣士「……あのさ……」

勇者「?」

剣士「いま……気づいたんだけどね……」

剣士「脱出の時間いれてないよね……それ」

勇者「……」







勇者「5分で……倒そう!! それで10分脱出にあてよう!大丈夫なんとかなる!!
   もうこうなったら1秒も無駄にできないよっしゃ突撃しようヒュドラ勝負だ!!!」

   
ヒュドラ「来たな……勇   
   
勇者「見た通りヒュドラは首が9つあるから一斉に猛攻撃をしかけて首を落とそう」


剣士「分かった!」


勇者の全体火炎魔法!
剣士の2連撃!
狩人は炎の矢を放った!
僧侶は全体攻撃力増加魔法を唱えた!



ヒュドラ「ちょっ なになに」



wiki見たら首29こだったけどキモイから9つに減らした
今日はここまでです 読んでくれてありがとナス




勇者「四天王のヒュドラ……だな。雪の国の侵略をやめてくれないか。でなければ僕たちは君と戦わなければならない」

ヒュドラ「いや既に一斉攻撃しかけといて言う台詞じゃないだろ……」

勇者「答えがノーだった場合の時間のロスが惜しい」

ヒュドラ「ノーだけどさ」

勇者「だと思ったんだ」

ヒュドラ「おかしいな。どうして毒の中を動けるんだろう。それに私の牙にも毒があるのに、掠っても平然としてるし」


ゴトッ……!


狩人「首はあと……5つ……」

剣士「ううん、あと4つ!!」ザシュッ

ヒュドラ「さすが……強いね」


ヒュドラが噛みついた!
剣士は飛びのいた!








僧侶「よーしガンガンいけー! 回復はまかせとけ!!」

勇者「イタタタタ……(相変わらず僕への回復魔法だけやたらと痛みを伴う……何故だ)」

ヒュドラ「ちょこまかと鬱陶しいな」


勇者は全体雷撃魔法を唱えた!
ヒュドラは一瞬動きを止めた!

狩人の渾身の一撃!
剣士の薙ぎ払い! ヒュドラの首をひとつ落とした!


勇者「あと3つだ! 時間は……」

僧侶「残り9分。10分きったぞ!!」

勇者「急がないと。全体魔法で……」

狩人「勇者!右っ!」


ヒュドラの噛みつき攻撃!

――ズシャアアアアアアアアッ


剣士「勇者っ!?」







剣士「な……なにこれ……」

剣士「ヒュドラの斬りおとした首が……再生して」

ヒュドラ「再生しないなんて言ってないだろ?」

ヒュドラ「なんだかやたらと時間を気にしているようだけど。タイムリミットでもあるのかい」

ヒュドラ「私も暇じゃないんだけど……客が勇者とあっちゃ仕方ない。ゆっくりしていくといいよ」

剣士「また始めから……! ……うっ……く!」パッ


剣士「勇者は!?」

勇者「いや、大丈夫だ。直撃は免れ――あれ?」

勇者(なんで毒状態になってるんだ?)


ヒュドラの毒霧攻撃!
勇者たち全員が強毒状態になった!
毎秒体力及び魔力10%減少!


ヒュドラ「これからが本番だ」

僧侶「薬の効果が切れはじめたんだ! あっまずい魔力尽きそう。ヤベーーー!!」

狩人「あと7分……」







僧侶「なんだよこいつ、強すぎだろ!馬鹿じゃねーの!?」

狩人「一気に9つの首を落とせば……っ」

剣士「はあ……はあ……やろう。もう一回!」


剣士の攻撃!
勇者の上級風魔法!
ヒュドラの首をひとつ落とした!……がすぐに再生した!


剣士「再生のスピードがおかしいと思う!! はあ……はあ……っ」

剣士「死ぬ!!けっこう本気で死の危険を感じる!!」


剣士のHP残り8%!







勇者「下がってて!」

剣士「えっ……?」

剣士「勇者、それ……王都の図書館の地下にあった本……?」

僧侶「なにする気だ!?」

ヒュドラ「……ん……? それは……」

ヒュドラ「手に入れてしまったのか。それは魔族のものだ。返してもらおう。人には使いこなせまい」


勇者は禁術の詠唱をはじめた!
ヒュドラの攻撃は狩人に阻まれた!







ヒュドラ「なんだ?その呪文は?」

ヒュドラ(……!)

ヒュドラ「させるかっ!」


ヒュドラの一斉攻撃!
9つの首が勇者に迫りくる!

しかし勇者の方が早かった。
禁術が発動した!




――――――――――・・・・・・・・――――――――――

―――――――――――・・・――――――――――――

――――――――――――――――――――――――







僧侶「……」

僧侶「あぁ……?」

狩人「え……?」

剣士「な、なにが起こったの……?」

勇者「僕にもさっぱり……」

僧侶「なんでお前もさっぱりなんだよ……おかしいだろ、説明しろよ」

狩人「ヒュドラが、一瞬で消えた」



狩人「跡かたもなく……」







僧侶「お前、さっきの呪文なんなんだよ?」

勇者「わ、分からない。正直僕が一番びっくりしてる」

剣士「はっ! と、とにかく早く塔から脱出しないと毒でお陀仏だよ」




カッ




狩人「……!?」

女神「その必要はありません。私があなたたちを含めた塔にいる人間全て逃がします」

女神「その前に少しお話があります。まずは……お礼からですね。ヒュドラを倒し、私を封印から解放してくれてありがとう」

剣士「女神様……」

女神「いま私はあなたたちに直接語りかけています。あなたたちの中の時間の認識を遅らせているのです。
   ここでどんなに話しても、あなたたちの世界で実際に進んでいる時間は1秒にも満たない。だから安心してください」

女神「私は雪の塔の守護神……約束通り私は勇者に大いなる知恵を授けましょう」

女神「この鍵を受け取ってください」

勇者「鍵……?」

女神「その鍵を使い扉を開けたとき、あなたが真に得たい知識を見つけることでしょう」

女神「世界の歴史を」

女神「人と魔からなるかつての世界の知識を……」











女神「それから、転移魔法も授けましょう。これから役に立つことと思います」

女神「ただし1日に1回だけしか使えないので、気をつけてくださいね」



女神「…………長らく封印されていたのでまだ力が完全に戻りませんね……」

女神「勇者。ひとつお願いを聴いてくれますか」

勇者「はい」

女神「これで魔に冒された塔はあと星の塔だけ。3つの塔が完全に戻れば私たち3人の女神の守護はより強大なものとなります。
   魔族をこの大陸から完全に退けることも可能となりましょう」

女神「魔王の力を抑えることもできるかもしれません」

女神「一刻も早く、あとひとつの塔を」

勇者「そうすればこの戦争は終わるのですね」

勇者「分かりました。もとよりそのつもりです」

女神「ありがとう……」

僧侶「おうまかせとけ!」

狩人「……」コク

剣士「生きて帰れてよかったあ」

女神「転移魔法陣を用意しました。それで塔の外へ」



パア……






勇者「……あれ? みんなは……」

女神「…………少しあなたにだけ話すことがあります」

女神「その術を使ってしまったのですね」

勇者「術? あ、はい……」

女神「……一刻も早く3つの塔を魔から取り返してほしかったのは、あなたのためでもあるのですよ。
   もし三塔の守護が間に合わず戦争の被害がより広がってしまった場合」

女神「力を得て苦しむのは勇者、あなたのはずです……
   その禁術は元は魔に属するものなのです。私たちが干渉できない魔の大いなる力」

女神「人は魔より弱いため、人であるあなたがそれを使えば代償を払わなければなりません」

女神「あと4回……その術をあなたが使えるのはあと4回です」

勇者「代償……とは」

女神「すぐに分かることでしょう。本当はあなたにそれを使ってほしくはなかった」

女神「もう……お行きなさい。人と魔の狭間の者よ」



パアア……



勇者(消えた……)


勇者(狭間の者……?)

勇者(代償って……)

勇者「……………………!」







僧侶「おい、なにやってるあのボンクラは!? 早く魔法陣まで来い! あと2分だ」

狩人「ハア……はあ 」

剣士「勇者!」


タッタッタ……


剣士「どうしたの? 早く帰ろうよ!」

勇者「……」

剣士「ゆう、」

勇者「がはっ……」


ビチャッ ボタボタ ビチャビチャッ


剣士「え」

剣士「……血……な、なんで」

剣士「勇者っ!!」









* * *


王都 宿



剣士「……」

剣士「……」



バタン


僧侶「剣士ちゃん。もう今日は休んだ方がいいんじゃないか」

僧侶「あとは俺が看てるよ。こいつが目を覚ましたらすぐに剣士ちゃんに伝えに行くからさ」

剣士「あれ……もうこんな時間だったんだ。じゃあ僧侶くんにお願いするね」

剣士「おやすみ」

僧侶「おう」


僧侶「ずっとつきっきりでその調子じゃ、今度は君がぶっ倒れちまうぜ」

剣士「私は大丈夫だよ」

剣士「目を……離した瞬間にね。勇者が死んじゃったら、どうしようって……」

僧侶「そんなあっさり死ぬようなタマじゃねーよ。もし死んだら剣士ちゃんのために俺が冥府からこいつの魂引っ張ってくるから」

剣士「あははっ」

僧侶「こいつもいつまで眠ってるんだか……もう5日だぞ。
   あのときも急に血吐いてぶっ倒れて、訳分からん。原因は毒でもなかったし」

剣士「……あの魔法を使ったからだと思うな」

僧侶「ああ、あの王都の図書室地下で見つけたっていう……」

剣士「うん……」

剣士「……」ゴシ

僧侶「だ、だだだ大丈夫だって!明日にでも目を覚ますだろ!!なっ!!」

剣士「……」コク











太陽の国 王都



「勇者たちが雪の塔を奪還したらしいぞ!」
「女神様のお力か分からんが、毒の霧が徐々に晴れてきているそうだ」
「ヒュドラを破った! 勇者が!」



斧使い「……」

戦士「……へへ」

斧使い「やるじゃねーかよアイツ。王都に帰ってきたら一杯奢ってやるか!」

戦士「見かけによらず根性がある奴らだぜ! よっし祝杯だ!!もう一軒飲みに行こう!」

斧使い「おうよ!」







副団長「やったな勇者……!!!!!!!!!!!!!!!」

魔術師「エクスクラメーションマークうるせえ……」

魔術師「副団長の喧しさは置いといて、よかった勇者たちが無事で。ヒュドラを破ったなら次は星の国ね……」

副団長「負けてはいられないな。俺たちは俺たちのできることをしよう」

魔術師「そうね。……ねえそういえば聞いた?」

副団長「何をだ?」

魔術師「最近神官たちがやけに王都から派遣されてるの気づいてるでしょ?」

魔術師「なんか魔族がこの国のどこかで人のフリをして暮らしているらしいから、その調査に精を出してるってさ」

副団長「むろん聞いている。騎士団も調査しているからね。しかし協力して調査しようと言っても聞き入れんのだ。
    神殿独自に武装官組織をつくって、異端審問院まで作られたそうじゃないか」

副団長「今度の神殿長は――いや違うな。神儀官が下からせっついてるのか。彼女はなかなか辣腕だな」

魔術師「それは結構だけど。私なんだかあの人苦手」

魔術師「まあとにかく、早くその魔族の居場所が割れるといいね。あんたも頑張ってね」








大樹の村



勇者母「ああ……よかった。あの子たち元気にやってるみたい。あなた、私たちの息子が雪の塔を守ったって!」

勇者父「さすが俺の息子だ。はは……なんちゃってな。まったくあいつ、手紙のひとつもよこさんで。心配したぞ」

勇者母「たまには帰ってくればいいのに。さすがにそれは無理かしらね……」

勇者父「いや、でも鳥文にはどうやら転移魔法とやらを取得したらしいぞ。もしかしたら明日にでもひょっこり帰ってくるかもな」

勇者母「そうねえ」



剣士父「いやあ……。すぐに泣いて帰ってくると思ったんだが、まさかここまでやるとはなあ。
    俺たちの娘もなかなか大したもんだ……」

剣士母「私はちょっとまだ心配。女の子が剣なんて」

剣士父「なに、横にはあの子もついている。大丈夫さ。……あの子たちは村にいたときから仲がよかったからな」

剣士父「いっしょにいたいんだろ」









* * *



狩人「剣士。ごはん……ですけど」

剣士「うん。あとで食べようかな」

狩人「……」カタン

剣士「狩人ちゃん?」

狩人「私もあとで……食べます」


狩人「勇者はまだ……」

剣士「きっと楽しい夢でも見てるんだね。現実は悲しいことが多いから目を覚ましたくないのかも」

狩人「……そんな……塔も取り戻したし……ヒュドラも倒したんですから……悲しいことばかりだなんて」

剣士「たぶん誰も殺したくないんじゃないかな。人間も魔族も、誰も」

剣士「まだ勇者が勇者じゃなくて、いっしょに村に住んでたとき聞いた勇者の将来の夢覚えてる」

剣士「誰かを生かす仕事がしたいって言ってたんだもん。殺すんじゃなくってさ」

剣士「……どうして勇者が勇者に選ばれたんだろ……」

狩人「……あの……あの……な、泣かないで……」

剣士「泣いてないよ! ふふ、ごめんね。暗い話ばっかりしてちゃ勇者も目覚まさないよね」

剣士「じゃあ二人でおもしろい話しよ! あのね、私この間……」


勇者「…………」

勇者「……う」


狩人「あっ……!」

剣士「道具屋さんに行こうとしたら間違えて武器屋さんに行っちゃってー、薬草買おうと思ってたのに普通に剣の手入れセット買って満足しちゃってさ」

狩人「け、剣士、」

剣士「その日の夜になってから『あれ道具屋さんに行くつもりじゃなかったっけ』って思いだして。もー馬鹿だよね、あはは」

狩人「剣士よこ、よこです。勇者が」

剣士「え……?」









勇者「あれ……? ここは……」

勇者「宿?」ガバ

勇者「ッゴハーッ!!?」ビチャビチャ


剣士「ゆ、ゆゆゆ勇者!? 目を覚まっ――血がぁ!! わ、あ、あ、え、……うわああああぁぁぁぁん!」

僧侶「なあ剣士ちゃんも狩人ちゃんも、そろそろ飯……うわああああ!なんだこの状況!」

狩人「落ち着いて……剣士は泣かないで……勇者は動いてはだめです」

勇者「はあはあ。起きるなり体が痛い。なんだこれは……内臓が出そうだ」

勇者「いやそんなことより塔は……みんな毒は?生きてる?無事!?」ガバ

狩人「だから!」バッ

僧侶「動くなっつってんだろハゲ!!」バッ

剣士「まだ寝ててっ!!」バッ


勇者「……は、はい」










勇者「6日も寝てた……? いや……冗談だろ?」

僧侶「そんなおもしろくもねえ冗談言うかよ。お前はよお!!剣士ちゃんと狩人ちゃんに多大なる心配をかけて全く万死に値するぞテメエ!!」

狩人「目が覚めてよかったです。みんな心配してた。僧侶も含めて」

剣士「うん……ほんとに」

剣士「よかったよ……」

勇者「……ごめん」

剣士「ばか」

勇者「ごめん」

剣士「あの魔法、今度使ったら絶交だからね」

勇者「えっ!? ま、魔法……な、なんのことかな……」

剣士「とぼけてもだめ!!勇者がこんなことになったのは、あのときヒュドラを倒すために使った魔法が原因だってちゃんと分かってるんだからね!」

剣士「正直6日寝込むくらいであの威力の魔法が使えるのなら、またいざというときには……とか考えてるでしょ」

勇者「かっ考えてないよ!?」

剣士「声が裏返ってる!!」










狩人「あのとき……勇者が魔法を使わなければ、私たちはいまここにいなかったです。だからそれは感謝します」

狩人「でも……やっぱり次は使わない方がいいと思う……です」

僧侶「そうだ。お前の体をこの国の神官といっしょに診察したがな、内臓ぐっちゃぐちゃだったぞ。長く生きたかったら使うのやめとけ阿呆」

狩人「あなたがそれを使わずに済むように……次は私が一撃で仕留めますので。では弓の訓練にさっそく行ってきます」スタスタ

剣士「狩人ちゃんの男前宣言を頂いたところで、そういうわけだから。次は絶対使っちゃだめだよ」

勇者「う、

剣士「使ったら絶交だよ!!!一生口きかないからね!!!」

勇者「まだ何も言ってないじゃないか!」


勇者「……みんなありがとう。分かったよ。もう使わない」

剣士「ほんとにほんとだよ。……もう少し、近くに……寄っていい?」

勇者「えっ、あ、うん」

剣士「痛い……?」

勇者「いや、平気……」



僧侶「いやーーーーー血のめぐりもよくなったみたいでよかったなあ勇者? とくに頬のあたりがなあ? いやーーよかったよかったハーー腹立つ」










剣士「あっ ご、ごめん! わ……私も剣の修業に行ってこよっかなー!!」


バタン


僧侶「勇者、確かお前甘いものが大好物だったよなあ? この間言ってたもんな? 生きてたらしい雪騎士長から見舞いの品でたくさんもらったんだ。
   食うだろ?遠慮すんなよ……砂糖たっぷりのやつ特別に選別してやっからよ」

勇者「あ、あれは……いや、ちょっ勘弁してくれ。吐く吐く吐く吐く吐く吐く吐く吐く」

僧侶「遠慮すんなよ!俺たち仲間だろ!?オラアッ!!」

勇者「ぐえっ」


勇者「……?」

勇者(あれっ……?)モグモグ

勇者「……」

僧侶「なんだよ……気持ちわり―な。なんか反応しろよ」

勇者「いや……おいしかったよ。うん」

僧侶「ああ?」



勇者(……あと4回)

勇者(女神様が言ったのは、このことだったのか)

勇者「……」









* * *



勇者「明日には星の国に出発しようか?」

剣士「目が覚めたばっかりなんだから、もう少し安静にしていた方がいいよ。ね、僧侶くん」

僧侶「そうだな。またぶっ倒れたら面倒だ」

勇者「でも一刻も早く残った塔を奪還しに行かないと」

狩人「えい……」ツン

勇者「ぐっ!?」

狩人「まだ完全に治ってない。……無茶と勇敢は違う……みたいなそんな言葉あったと思います」

剣士「あったようななかったような」

狩人「焦ることはない……です」



コンコン



宿屋「失礼します。みなさまお食事はいかがなされますか?」

剣士「まだ食べてなかったっけ」

勇者「みんなで食べてきてくれよ。僕はさっき僧侶にしこたまケーキやらクッキーやら詰め込まれたからいらないや」ギロ

僧侶「じゃっ食べに行こうぜ。いやー両手に花だなあエッヘッヘ」

剣士「……本当に甘いもの食べれるようになったんだね、勇者」

勇者「うん。そうだよ」









剣士「僧侶くんお酒飲みすぎだよー。明日礼拝に参加する約束、司祭さんとしてなかった?」

僧侶「ああ、した。ぶっちゃけ司祭にこんな場面見られたらまずい」

剣士「自明の理だね」

僧侶「でもここに酒がある限り俺は飲み続けるぞ。これが俺の宿命だ!!生まれた意味だ!!」

剣士「また変なこと言ってる。どうせまた明日二日酔いになるんだからもうお酒は禁止だよ!!」

狩人「ふふふ……」

剣士「……あれもしかして狩人ちゃんも酔っ払ってる?」

狩人「いえ……飲んでないです」

狩人「失礼しました」

剣士「いやっ別に笑っていいんだよ!笑ってくれた方が嬉しいよ!」

狩人「あなたたちと勇者を見てると……生きてる感じがしておもしろい……です」

僧侶「えっえっどういうこと!? つまり俺の彼女になってくれるって意味!?」

剣士「僧侶くんちょっと静かにしててね」

剣士「狩人ちゃんだって生きてるじゃん!なんだかその言い方だと、私は違うみたいに聞こえるよ。私たち全員ちゃんと生きてるよ」

狩人「……そうですね。最近……そう思えるようになってきた……きました」

狩人「私……あんまり話すの得意ではないのですけど……楽しいです」

狩人「ふふ」

僧侶「狩人ちゃんがデレた……感涙していいですか」

剣士「いいよ! 私もみんなでいるの楽しいな。村から出て、旅してよかったって思ってる。勇者もおんなじように考えてると思うよ。
   この場にいないから私が代弁するけどね!」

僧侶「二人ともいい子だなあ……!!!」







剣士「ふあ……。そろそろ寝ない?もう11時だよ」

僧侶「そうだな、ここからは大人の時間だ。剣士ちゃんは寝た方がいいな」

剣士「なっ、なにそれ。私だってもう大人だよ!仲間外れにしないで」

狩人「勇者がまだ起きてるかも。一人で退屈してるかも……しれないです」

剣士「………………わ、わかったよ。勇者はもう寝てると思うけど……」

剣士「じゃあ二人ともおやすみなさい。また明日ね!」

僧侶「おやすみのチューは?」

剣士「私の剣とする?」

僧侶「冗談だよ冗談……アッハッハ」




僧侶「最近剣士ちゃんの切り返しが鋭くなってきた気がするんだが、どうしよう」

狩人「言わなければ……いいのに……」

狩人「もしくはあなたの舌を斬りおとすとか……」

僧侶「待ってどんな二択? 狩人ちゃんの切り返しは鋭すぎてもやは凶器」



僧侶「……まあ別になんでもないんだけどな、えーといつだったかな……
   確か幽霊が出るとか出ないとか言われてたあの不気味な城でだな」

僧侶「いつ死んでもいいみたいなこと言ってたじゃないか。今もそう思ってるのか?」

狩人「……」

狩人「彼と同じように」

狩人「戦いの中で死ねるなら本望と……思ってましたが……今は……」

狩人「死ぬのが昔より……少し怖い……です」

僧侶「……そっか。ならよかった!それでいいと思うぜ。死んでもいいなんて思ってると、いつか本当にコロッと死んじまうよ」

狩人「……」

僧侶「たぶん亡くなった婚約者の男もそう思ってるだろうさ。 なあ……どんな人だったんだ?」

狩人「弓が強くて……弓術が上手くて……弓を持たせれば百発百中でしたね」

僧侶「ああうん、できれば弓以外のことも聞きたいなーなんて」

狩人「……優しい人でした」




狩人「大好きでした」

狩人「……えへへ」







* * *


翌日



狩人(弓の訓練していたら遅くなってしまった……)

狩人(もう剣士は寝ているだろうから……そうっと入らないと……)

狩人(……ん。勇者と僧侶の部屋……まだ灯りがついてる)

狩人「……」


コンコン









狩人「あの……まだ寝てないのですか?」

勇者「ん?でもまだ…… あれっいつの間にこんな時間に。僧侶が帰ってこなかったから気づかなかった」

勇者「また飲み歩いてるのかな」

狩人「もう寝た方が……」

勇者「うん、もうちょっとこれ読んでから寝るよ」

狩人「それは……?」

勇者「魔族の言葉勉強しようかと思って。強い魔族は人の言葉を喋ってくるけど、ほかの魔族はなに言ってるか分からないことも多いし」

狩人「魔族の……言葉? 勇者が……?」

勇者「なにがあるか分からないからさ。最もこの本もすごく古いから本当に学べてるかは分からないんだけど」


狩人「あ……」


狩人「あはははははは。あははは!」


狩人「あはははははははははははははははは」


勇者「か、狩人? そんなにおかしいかな……」


狩人(……え?)






ギイ……バタン。


カチャッ……



勇者「……? 狩人?」





>>435
最も→尤も






狩人「一人は寝てる」

狩人「一人は外」

狩人「……」


フッ……


勇者「わっ まだ灯りは消さなくていいよ、狩……」


ブンッ


狩人「……」

勇者「えええええ!?」

勇者「な、なぜ今僕の杖を窓から投げ捨てたんだ? とりに行かないと……」

狩人「もう……体は……動くの……?」

勇者「うん、大分よくなったから、歩くくらいは」

狩人「そう……」スッ




ドサッ



勇者「うっ」

狩人「……」


ギシッ……


勇者「か、狩人……? 何か……あったのか?」

勇者「上に乗っかられると……まだ少し、大分けっこう、痛いんだけども」

狩人「…………ゆう、しゃ」













勇者「え……」

勇者「……!?」

勇者「何を」

勇者「狩人! やめっ……」

勇者「……うあっ……!」









* * *



ガランッ ガランガラン……



剣士「……ん……?」

剣士「いま外から音が……? ふあー あれ、狩人ちゃんまだ帰ってきてない。めずらし」

剣士「何の音だろ。 ……? なんで勇者の杖が窓の外に落ちてるのかな」

剣士「……」





コンコン


剣士(灯りついてない……けど物音聞こえるし……)

剣士「勇者?僧侶くん? ねえ、起きてるの?」


「…… っ……」


剣士「……ねえ……?大丈夫?何かあったんじゃ」

  「……うあっ……!」

剣士「……勇者!?」ガチャガチャ

剣士「鍵……!」

剣士「……っ!!」チャキ


ズパッ!!


剣士「勇者!! 何がっ……」

剣士「……え……」






剣士「えっ……」









* * *


飲み屋


男「あれ~? どうしたんだい君、そんなに慌てて~。よかったら一緒にテーブルで飲まっ」

剣士「どけっ!!」

男「ほぎゃっ」


剣士「僧侶くんっ……僧侶くん! 僧侶く…… いた!!」

僧侶「ぐーぐー」

剣士「僧侶くん、起きて!!お願い!起きて……」

僧侶「うーん……ぐう」

剣士「起きろっ!!!」バシッ

僧侶「ほあっ!! け……剣士ちゃん? どうした泣きそうな顔して」

剣士「勇者と狩人ちゃんがっ……血まみれで……宿から消えちゃってっ」


剣士「どこにもいないのっ……どうしよう……!!」







第五章 君の臓物を引きずり出すRPG




つづく



宿屋



僧侶「うわっ なんだこりゃ。血だらけ……」

僧侶「……ここに血で何か書かれてる。転移魔法陣か……?でもこれは魔族にしか使えなかったはず。魔族がいたのか?」

剣士「私が扉を蹴破って入ったときには、勇者と剣士ちゃんが一緒に消えるとこだった」

剣士「ほかにだれもいなかったよ」


剣士「僧侶くん、この魔法陣復元できる?」

僧侶「俺だけじゃ無理だな。魔法学院の奴らに手伝ってもらおう。どれくらい時間がかかるか分からんが」

剣士「できるだけ早く。二人はきっと連れ去られたんだ」

剣士「追わなくちゃ。なんとしても」








* * *




勇者「え……」

勇者「……!?」

勇者(いま光を反射したのって……ナイフ?)

勇者「何を」

勇者「狩人! やめっ……」


ズブッ


勇者「……うあっ……!」


狩人「……」ピチャ

勇者「どう……して」


スタスタ


勇者(あ……あれは転移魔法陣か……?)

勇者「狩人っ!!やめるんだ、しっかりしろっ!! こっちに――」

狩人「勇者……」グイ

勇者「!」

狩人「……にげて……」



カッ!








ヒュン



ドサッ!



勇者「ぐっ…… どこだ!?」

グリフォン「ようこそ! 僕の研究室に。 まさかこんなにうまくいくなんて思わなかったなあ」

勇者「お前は……塔にいた……」

グリフォン「あのときは格好悪い姿見せてすまなかったね。見逃してくれて助かったよ。おかげで僕の計画大成功さ」

狩人「……」スタスタ

勇者「狩人!行くな」ガシ

狩人「……」バシッ

グリフォン「狩人って言うんだ、この人間。君のおかげで助かったよ、ありがとう」

勇者「狩人に何をしたんだ」

グリフォン「ちょっと魔女様の力をお借りして操り人形になってもらっただけさ!君をここに連れてくるためのね」

グリフォン「はあ。でも大変だったんだ。ヒュドラ様を倒した時に、勇者が昏睡状態になったってことを小耳に挟んで
      できれば君が寝てる間に連れてきたかったんだけど 思ったより時間かかっちゃってね」

グリフォン「僕はあんまり魔法とかさ……そういうの得意じゃないんだ」

グリフォン「でも間に合ってよかった! まだ君は完全に回復してないみたいだし。確か杖がなければ魔法は使えなかったよね?
      仲間もいない、武器もない、体調も芳しくない……いくら勇者でも逃げられないんじゃないかなあ」


グリフォン「……ははは! それにしても……君はおもしろいね!
      魔族の言葉を勉強してるんだって?よりによって勇者が!」

グリフォン「じゃあ僕たち似てるかもしれないね。僕も人のことが好きで人の言葉を勉強して、今も君にその言葉で意志伝達してるわけだけど」

グリフォン「ほかにもたくさんおもしろいことあるよ。なんで君は人間なのに魔族のような魔法を使えるんだ?
      神が選んだっていう君の身体構造は、ほかの人間と違うところがあるのかな?」

グリフォン「身体構造だけじゃない、感覚は?血液は? もし勇者が死亡した場合には、何らかの神による干渉があるのかな」

グリフォン「いやあ……その全ての疑問が今宵解消されると思うと、興奮で手が震えるよ」ニッコリ


勇者「……っ わ、分かった。用があるのは僕だけなんだろう、それなら狩人は元いたところに返してくれ」

グリフォン「うーん」

グリフォン「無理」

グリフォン「このままの状態で君の解剖したら、うっかり手が滑って殺してしまいそうだ。
      少し彼女でもいじくって落ち着かないとね……勇者はこの世にただ一人、大事な素体なんだから、過ちがあったらいけない」











勇者「させるか。返せ」

グリフォン「ちょっとここで待っててもらえるかい。すぐ戻るからさ。あとはよろしく、オークさんたち」

オークA「うっす」

オークB「あいよ」

オークC「OK」

グリフォン「じゃっ行こう」

狩人「……」フラフラ

勇者「狩人!! しっかりするんだ! ……行かせるか……っ」

オークA「お前の相手は俺たちだよ。大人しくしとけ」

オークC「殺さなければ問題ないよな?」

オークB「腐っても勇者だぜ。油断するなよ……」チャキ

勇者「……どけ!!」

オークA「ハッ。そんなちゃちなナイフで何ができる?手首ごと折ってやるよ!」


ブンッ……








狩人「……う……うっ、……はあ……、!?」

狩人「ここは……勇者は」

グリフォン「あ。目が覚めたかい。ちょうどよかった。拘束も終わったところさ。
      やっぱり僕なんかじゃあんまり長時間君を操れないなあ」

狩人「お前が私の体を勝手に……!!許さない……勇者をどうしたの?私にあんなことをさせて……!!」

グリフォン「まだ生きてるよ勇者は。うーん活きがいいなあ君は。でもあんまり叫ばれるの好きじゃないんだ。
      静かにしててくれるかな。ええと麻酔麻酔」

狩人「……っや、やめ……」

グリフォン「大丈夫。安心してくれ。僕は人間が好きだよ」

グリフォン「はははっ」

グリフォン「せっかくだから新しい手法を取り入れて実験してみよう……大丈夫、痛くないよ」

グリフォン「目が覚めたとき、ちょっとだけ今と違う姿になってるだけさ」

狩人「……いやだっ……」

狩人「やめて……!!」

狩人「……あ……ぁ……」











勇者「くっ!」


グサッ!


オークA「おいおい……今俺は蚊に刺されたのか? 拍子抜けだぜ」

勇者(ナイフじゃオークの固い皮膚に深く突き刺さらない…… ほかに何か武器は、)

オークB「武器探してんのバレバレだぞぉ。よっと!!」

勇者「…………っ!! げほっ……」

オークC「うわー Bえげつねー。ナイフ刺さってた腹に一発入れるとか鬼畜の極みだな。さすが」

オークB「本当に杖ないと魔法使えないんだな。治癒魔法も使わねーし。勇者も案外ちょろいな」

勇者「……わ、分かったよ。大人しくここでグリフォンを待つから」

オークA「賢明だな。そうしてくれ、その方が俺たち、もっ……!?」


ズザーッ!


オークB「うおおっ!? Aの股下くぐって……おい逃げだすぞ!」

オークA「いやんエッチ」

オークC「言ってる場合か! 追うぞ!!」


バリーーーン!!




勇者「はあ、はあ……狩人はどこだ?」

勇者(杖がない以上転移魔法も使えない。ここがどこだか分からないけど、とにかく狩人を連れて外に出ないと!
   見たところ窓がない。多分地下だ……地上はもしかして魔族領なのか?)


「いたぞー!あっちだ!周りこめ!!」


勇者「くそっ」








――――――――――――
―――――――――
――――――


バタン


グリフォン「ありゃ」

勇者「!!」

グリフォン「いまそっちに行こうとしてたのに。逃げだしてきたのかあ」

勇者「狩人はどこだ」

勇者「返せ!!」

グリフォン「怪我してるはずなのに結構動くなぁ。人間も丈夫なんだね。火事場の馬鹿力ってやつなのかな?それとも勇者だから頑丈なのだろうか」


ダンッ


勇者「答えろ」

グリフォン「いてて……。乱暴だなあもう。彼女なら……奥の部屋にあるよ。君も気にいると思うけど。ハハハハ」

勇者「ふ……ふざけるなっ!」

グリフォン「ふざけてないよ。離してくれるかな。 おーいオークさんたち、こっちこっち」

オークA「いたいた……全く手間どらせてくれちゃって」

勇者「邪魔を」

勇者「するな……!!」









ガチャッ


勇者「狩人!! どこだ!?」

勇者(……暗くてよく見えない。灯りは…… )

勇者(ランプがある、これで……)


ボッ


勇者「……」

勇者(この部屋……。変な水音がすると思ったら、何かの液体で満たされた巨大なガラスケースが並んでるのか)

勇者(中に入っているのは…… うっ……ぐ)

勇者(これ全部、あのグリフォンが作ったのか? …………。)



勇者「……狩人!! 頼む……返事してくれ! どこにいるんだ……っ」

  「…………て……」

勇者「狩人!?」


  「灯りを……」

  「消して」


勇者「狩人……っ、よかった……」











勇者「ハァッ、ハッ……狩人、すぐここを脱出しよう……。グリフォンに何かされていない?ケガは?」

勇者「とにかく、生きててよかった。帰ろう。どこに……いるんだ?」

??「……」

??「あなたの目の前にいますよ」

勇者「目の前って……僕の前にはもうガラスケースしか」

勇者「ない、けれど」


勇者「……」





??「っふふ」


??「もう……最悪です……ふふ」

??「……見ないで……お願い。勇者」

勇者「……」

??「私、帰れないです」

??「こんな……姿じゃ……あぁ」

勇者「狩人」

??「化け物になってしまいました。こんな姿になっても、まだ生きている……」

??「いや…… うっぅぅ…… お母さん……お父さん……。ごめんなさい……」


勇者「……うそだろ」

勇者「こんなの……」










勇者「……っ帰ろう! 王都に戻れば、君を元の姿に戻すことがきっとできるはずだ。
   いや、絶対戻すよ。約束する。なにがあっても……戻すよ!だから……」

??「勇者。ごめんなさい。お腹を刺してしまって。必死に止めたのですけど、体が勝手に動いてしまった」

勇者「そんなことはどうでもいいよ!ガラスケース、壊すよ。早くここから出よう!」

勇者「どんな姿になっても狩人は狩人だ。動けなければ僕が運ぶから、掴まって」

??「……できない……」

勇者「どうして!!」

??「この培養液から出たら、たぶん私は生きられない……」

勇者「狩人……!」

勇者「頼むよ……お願いだから……」



??「ふたつ」

??「お願いがある……んです」

??「聞いてくれますか……」


勇者「……なんでも聞くよ」

??「殺してください」

??「それから、右手だけ故郷の父と母の元に届けてくれませんか……
   右手だけは人のまま、何もされていないから……」

勇者「…………」









??「……泣かないでください。本当に、ごめんなさい」

??「ここで化け物として一生を終えるくらいなら……勇者の手で終わりにしてくれた方が」

??「何倍も幸せです」

勇者「……いやだ……」

??「いつ死んでもいいって、思ってた。彼が死んでからずっと」

??「でも旅をしてるうちに、もっと生きて、みなさんといたいって……」

??「そう思えるようになったのも、勇者と、剣士と、僧侶のおかげです」

??「ありがとう」

??「みんな大好き……です」

??「えへへ」


??「だから」

??「おねがいします……」



バリンッ!!


……ビチャ







勇者「恨んでくれ」

勇者「全部僕のせいだ」

??「恨まない。……仲間です」


ギュッ


??「……あったかい……」

勇者「右手は必ず故郷に届ける。約束する」

??「ありがとうございます……」



勇者「今まで……」

勇者「この手で、弓を引いて……いっしょに戦ってくれて……ありがとう」

勇者「…………狩人」


狩人「……はい」

狩人「さよなら……」











* * *



ヒュンッ!


僧侶「ぐああああ!? こ、ここは……!? 室内……?」

剣士「地下みたいだね。争った形跡がある。それから血の跡も……たぶん勇者だよ。辿っていこう!!」




オークDとグリフォンEが襲いかかってきた!



僧侶「チッ……魔族がわんさかいやがる。魔族領なんだから当たり前か。一体どいつが勇者と狩人ちゃんを……!!」

僧侶「とくに……狩人ちゃんをっ!!!許さん!!!待ってろ狩人ちゃん、俺がいま助けに行くっ!!!」

剣士「血の跡は……あっち。あの部屋に続いてる。あの扉の先に勇者と狩人ちゃんがいるはずだよ」

僧侶「突撃だ!!」



剣士「あっ……オークとグリフォンの死体がある。このグリフォン、塔で会った奴じゃない?
   ほら、グリフォン族なのに落っこちてきた……」

僧侶「これは二人がやったのか? 部屋は奥にもういっこある。……開けるぞ、剣士ちゃん」

剣士「うん」



ギイィ









剣士「暗いね。 本当に二人はここにいるのかな……」

僧侶「確か煙草用にマッチがあったはず……あったあった」ゴソゴソ


ボッ


僧侶「うっ。なんだここは、不気味な部屋だな。もしかしてここって所謂研究所とかそういうんじゃねーだろうな」

剣士「勇者、狩人ちゃん……ここにいるの? いるなら返事して!」ピチャ

剣士「! これは、水? どこから……」

勇者「灯りを……消してくれないか」

剣士「ゆ、勇者! よかった、無事だったんだねっ!怪我は平気?狩人ちゃんは!?」

僧侶「お……お前、血まみれじゃないか。こええよ……返り血か? つーか灯りを消せって、なんでだよ?歩きにくいだろ」

勇者「消してくれ」

僧侶「……な、なんだよ。ほら消したぞ。で狩人ちゃんはどこだ?」

僧侶「あと何抱えてんだ?とりあえずそれ離せ。失血量やべーぞ。今なら特別に丁寧な方の治癒魔法かけてやるよ」

勇者「いい。それより僕の杖ある?」

剣士「持って来たけど……勇者大丈夫?」

剣士「なんか、おかしいよ……」

勇者「ここを焼き払うよ。そしたらすぐに転移魔法で帰ろう」

僧侶「はああ!?ばか言うな!!まだ狩人ちゃんと合流できてねーーだろうが!!頭沸いたかテメエ!!」




勇者「狩人は死んだ」

勇者「僕が殺したんだ」







* * *



星の国



チェロ弾き「もう人通りが少なくなってきたのう。そろそろ帰るか」

チェロ弾き「……おや。あのお嬢さん、まだあそこに腰かけておる」


剣士「……」

チェロ弾き「やあ、こんばんはお嬢さん」

剣士「こんばんは……」

チェロ弾き「一曲どうかね。リクエスト聞くよ」

剣士「お金もってくるの忘れちゃったの……」

チェロ弾き「なに、もうお嬢さんが最後のお客さんだからね、お代はいらないよ。
      ずいぶん暗い顔して俯いてるから、おじさんからプレゼントさ」

剣士「……ありがとう」

剣士「じゃあね、レクイエム……」


~♪


剣士「……いい曲」

チェロ弾き「……」


~♪


チェロ弾き「2曲目のはレクイエムじゃないんだけどね。お嬢さんの笑顔が戻るように。
      思わず口笛を吹きたくなっちゃうような楽しい曲だろう?」

チェロ弾き「なにがあったのか分からないけど、元気をお出し。神様はいつでも私たちを見まもってくれているよ」

剣士「……」ニコ



剣士「この国は本当に星がきれいなんだね、おじいさん」

剣士「……いっしょに見たかったな……」








* * *

山道 湖の前


僧侶「あー……っと。次の村は確かこのまま南であってるはず。もうすぐ着くだろうな」

勇者「そっか」

剣士「……じゃ、じゃあ少し休憩しない?ちょうど湖もあるし。すぐ村に着くならさ。ねっ」

僧侶「俺も喉かわいちまったよ。休もうぜ」




剣士「あ……魚いる。なんて魚だろ。ちっちゃくてかわいいね」

勇者「……」

剣士「……えっと」

僧侶「おいっぼーっとすんな勇者!!剣士ちゃんの発言シカトなんて言語道断、地獄の沙汰も金次第だぞっ!!」

勇者「……あ、ごめん。聞いてなかった」

剣士「いや、いいよ!全然内容がない発言だったしむしろ無視してねっていうか……!」

勇者「あのさ……二人とも、何も言わず星の国まで来てくれたけど。次の村で別れようか」

勇者「塔へは僕一人で

僧侶「剣士ちゃん」

剣士「うん。思った通りだったね」

僧侶「そいっ!!」

剣士「えいっ!!」


バチーン


勇者「痛いっ! な、なにをするんだ!?」

剣士「絶対そう言うだろうねって僧侶くんと話してたんだよ。あのね、絶対無理。……ついてくよ」

僧侶「お前一人じゃ絶対すぐ犬死だっつの。まあ別に……俺はそれでもいいけど。
   狩人ちゃんがあんなことになっちまったのはよ……これから倒しに行く魔女の術が関わってたんだろ?」

僧侶「仇討ちだ。お前がいやだっつってもついてくぜ俺ァ。くさってもお前は勇者だからな、戦力は多い方がいい」

勇者「……」







ワーワー…… ワー


剣士「? なんかあっちの方から人の声がするね。なんだろ」

僧侶「これから行く村の連中じゃないか?方角的に」

兜をかぶった男「やや、あなたたちはもしや勇者様とそのお仲間ですか」

勇者「そうですけど……なにかあったんですか」



剣士「ド、ドラゴンが?」

兜男「ええ。空を飛んでこの森に落ちるところを見た者がいます。
   何かある前にと、近くの町や村から腕の立つ者を集めて捜索に当たっているのです!」

兜男「勇者様たちがいらっしゃれば心強い!!ドラゴンですよドラゴン!!
   我々だけで太刀打ちできるか不安だったのです!」

兜男「では勇者様たちは南をお願いいたしまする。我々は引き続き北を探しますので。
   相手はあの竜族ですからね、どんな災害を引き起こされるか分かったもんじゃありません。
   見つけ次第殺してくださいね!」


僧侶「……こっちの返事も聞かず言うだけ言って逃げるたあ いい度胸してんじゃねーかあの兜」

僧侶「追ってぶん殴るか?ん?あの兜も売れば今日の宿代くらいにゃなるんじゃねーのか」

剣士「やめてよ。僧侶くんの時折見せる山賊のような瞳のギラつきは一体なんなの」

僧侶「元山賊だからな、お手のもん……あっウソウソ!そんな経歴は僕持ってないよ!清廉潔白な僧職だよ!」

剣士「えっ……」


勇者「ドラゴンか…… とりあえず探そうか」

勇者「殺さなくちゃね」










鍾乳洞



剣士「すごくドラゴンが潜んでいそうな鍾乳洞に辿りついたね」

僧侶「まあ、入ってみるか」

勇者「……」


コツ……コツ……コツ


ォオ……オ……ォオオ


勇者「どうやら本当に竜はここに潜んでるみたいだね。ドラゴンの唸りが奥から聞こえる」スタスタ

剣士「ちょっと、勇者、慎重に行った方がいいよ……!もっとゆっくり」

剣士「ねえっ 聞いてる?」

僧侶「ハァ、だめだアイツ……聞いてねえよ」




最奥




勇者「……」

子竜「グルルルルルル……」

剣士「た、確かにドラゴンだけど……すごく小さいね。まだ子どもだ」

僧侶「怪我してるな」

勇者「来るなって言ってる。迷って人間の土地に来てしまったらしい」

剣士「言ってること分かるの……?」

子竜「…………」バサバサ

勇者「でも見逃すことはできないよ」スタスタ

勇者「死んでくれ」







剣士「えっ……」

僧侶「前とは言ってることが違うじゃねえか。いいのか勇者。
   お前、必要がないのなら魔族はできるだけ殺したくないって言ってなかったか」

勇者「うん、僕が間違ってたよ」

勇者「もっと早く気付いていたらよかった……」



勇者「あのとき、雪の塔でグリフォンを見たとき、奴を殺していれば狩人はあんなことにならなかったんだ。
   敵を見逃すって行為は仇となって帰ってくるって、狩人はずっと前に僕に言ってくれてたのに」

勇者「僕が偽善を振りかざしたばっかりに、あんな……」

勇者「ここでドラゴンを見逃してまた同じことになったらどうする。僕はもう二度とごめんだ!」

勇者「……殺すよ。これが戦争なんだ」

勇者「やっと僕にも分かった……」








―――――――――――――
―――――――――
――――






兜男「はあ……全然見つかりませんなあ」

兜男「おや勇者様! どうでした、見つかりましたか?ドラゴンは」

勇者「見つかりましたよ」

勇者「ちゃんと始末しました」

兜男「それは重畳!さすが勇者様とそのパーティとあらば、負傷もなく返り血ひとつ浴びず
   ドラゴンを倒すことができるのですね。まあ吸血鬼もヒュドラも倒したのですからそりゃそうですよね」

兜男「期待してますよ!勇者様。 あ、今日の宿のお代はけっこうですとも!
   どうぞお休みになってください」

僧侶「おっ やったな。金が浮く」

勇者「……」





第四章 魔女狩り






星の国 都



学士「というわけでここ星の都は別名学問の都とも呼ばれるくらい、大陸一!学問が発達している都市なのさ。
   都の門をくぐってまず聳え立つ天文台を目にしたでしょう?それを見て分かる通り、天文学が盛んなんだ」

剣士「あ、あれすごかった。天文台だったんだ」

学士「ハァァ……もっとも今は戦時。兵器や防具の開発の方に力を入れさせられてるんだけどね」

学士「とにかく、ようこそ星の都へ。歓迎するよ勇者と剣士と山賊」

僧侶「僧侶だけど」

学士「あ、そうなの?ごめんごめん。あんまりにも柄が悪かったから。
   でだね、わざわざ君たちの宿に押し掛けてこうして話をしているのは、教えてほしいことがあったからなんだ」

勇者「あ……はい。できればもう寝る時間なので帰って頂けると……嬉しいんですけど……」

学士「僕はこの大陸の女神について研究してるんだけど、君はもう二人の女神に会ってるんだよねえ!!
   太陽の国の女神から授かったっていう武器を見せてもらってもいいかなあ!?」

勇者「どうぞ」

学士「ありがたや! 一晩貸してもらっても構わない?ちょっと見てみたいんだ」

僧侶「グオー……グー……」

剣士「むにゃむにゃ……」

学士「それで、これが僕の一番聞きたいことだったんだけど、雪の塔の女神から授かった知恵っていうのは……
   一体どんな知恵だったんだ!?僕はそれを聴くまで帰らないぞ!!帰ってやるもんか!!」

勇者「……」

勇者「あ……」










翌日


カラン


勇者「そういえば、女神様にもらったこの鍵、使ってなかった。……正直それどころじゃなかった」

剣士「勇者。その隈どうしたの」

勇者「あの学士が帰ってくれなくって」

僧侶「鍵ってったって、どう使うんだ?どの扉の鍵だよ? 女風呂の鍵とかだったら喜んで使うが」

勇者「……どう使うんだろう」



パッ



勇者「!」

剣士「きゃっ なに?」






微妙なところで区切ります
では




世界図書館



勇者「転移した……のか?」

剣士「ええっ なにここ? 広い。天井が見えないよ」

僧侶「う、腰打った……」


司書「うわ。閲覧客なんて久しぶりだ。お前が今の時代の勇者なんだ。へえー」

勇者「君は……」

司書「まあ、ゆっくりしていけば。なにか知りたいことがあるなら聞いて。
   ここは世界図書館、俺はその司書。先に言っとくけど、ここは一度来たら二度と来れないからね」

司書「後悔しないように、きっちり見といて」

勇者「図書館? ……よく見たら壁じゃなくて、全部本棚なのか」

僧侶「にしても広すぎだろー。 異性にもてるコツがのってる本とかある?」

司書「あるよ。はい」

剣士「あるの!?」





勇者「知りたいことって急に言われてもな……。あ、それなら、この魔術書の最後のページにある読めない呪文、」

剣士「勇者」

勇者「あっ、いや、別に使うからって意味じゃなくて、」

剣士「禁術は使わないって約束してくれたよね」

勇者「でもここには一度しか来れないし、一応聞いてお

剣士「したよね?」

勇者「しました」










剣士「このものすっごく分厚い本はなに?司書さん」

司書「それは歴史の本。どれ、よっこいしょっと。読んでみる?けっこうおもしろいこと書いてあるかもしれないよ」

剣士「XXXX年、XX月XX日――△△番目の勇者が世界図書館に到着。 えっなにこれ。今日のこと……だよね?
   なんでもう本に書かれてるの?」

司書「そりゃ今日のことだって一瞬過ぎればただの歴史になってしまうよ。すぐ記録されなくちゃ」

勇者「すごいな、全部書かれているんだ」

司書「とくにお前らにとってはここがおもしろいんじゃないか?ほらここ。
   お前らがいま必死になってやってる戦争がはじまった日だよ」

勇者「XXXX年……大陸連合軍がドワーフ領・エルフ領へ侵攻開始。最大規模の人魔戦争の幕開け……」

勇者「えっ?」

司書「そうそう。お前たちが生まれるずーーっと前に、戦争を始めたのは人間側なんだ。
   お前らはそう知らされてないみたいだけど」

剣士「昔は人間の方が強かったのかな。その翌年に、また別の種族に侵攻して……どんどん領土を広げてるよ」

司書「いやあ、魔族が弱かったのさ。といっても単なる文明の発達度や武力のことじゃなくって、統率されてなかったってだけ」

司書「魔族がまだ一丸となってなかったから、どんどんドワーフやエルフとかの弱小種族は侵略されちゃった」

司書「でも次のページを見てご覧よ。魔族が巻き返して領土奪還に成功してる」

勇者「魔王か……」

司書「おう。いまお前たちが挑もうとしてる魔王のことだけど……彼がバラバラだった魔族をまとめあげた!
   すごいな、天下統一だぜ。めったにできることじゃあないよ」








司書「魔王に統率されて連携のとれた魔族は一気に強くなったさ。それに当時の人間は大慌て。
   勝機があると思って仕掛けた戦が突然負け戦に変貌しちゃったからね」

剣士「それで……どうしたの?」

司書「どうしたもこうしたも、あとはお前たちが身をもって体験している通り、一方的な戦争に早変わり。
   魔王軍の超優勢だよね。大変だよね。このまま人は絶滅してしまうのかなあ」

僧侶「他人事かよ、テメエ」

司書「他人事だよ。俺人間じゃないし。魔族でもないけど。ただの司書だよ」



勇者「でも、どうして人間は魔族へ侵略を開始したりしたんだ?」

司書「そりゃあ、人同士の戦を穏便にやめるためだよ。つーか本見ろよ」

剣士「太陽、雪、星の国の百年大戦…… あ、これは歴史の教科書で見た!私が赤点とったところだ」

勇者「君寝てたから……。ああ、その大戦の停戦条約の後に魔族への侵攻が開始してる」

司書「その大戦も長くってなあ、百年だぜ百。そりゃあ王も軍も人も疲弊しちまうよな。
   これがなっかなか終結しなくて、均衡状態が続いたのが悪かった。いっそどこかの国が圧倒してれば別だったかもな」

司書「国のトップはいい加減穏便に停戦条約を結びたかった……でも国民が納得しなかったんだ。
   下手言った王族が過激派の民衆たちに処刑されたりして、すごい時代だったんだぜ」

僧侶「はーん、なるほどな。そこで王様たちは魔族に目を向けて、国対国じゃなくて人対魔族の対立を煽ったわけか」

司書「そうさ。あわよくば戦争で枯れた資源も確保できれば上々といったところだったんじゃないかな」

勇者「でも、そんなの侵略された魔族からしたら」

司書「たまったもんじゃないね。でもさっ! 魔族……つーか魔王も同じ考えだったと思うよ」

剣士「え?」









司書「だって魔王のタイミングがよすぎるね。きっと彼も狙っていたんだ。魔族統一の機会を」

司書「ほら見てよ。人間と同じように、魔族も種族同士の因縁や対立、小競り合いがわんさかあったんだ。
   魔族統一をしたい魔王にとって、魔族同士の対立をやめさせるための外敵の出現は好機だったはずだよ」

剣士「うーん……ちょっと待って、なんか頭こんがらがってきた」

剣士「えっとつまり……結局同じ理由で人間と魔族は戦ってて……」

勇者「なら、どちらの当初の目的は既に達成されているじゃないか。
   人間同士のいがみ合いももうないし、魔族だって統一されているし……」

勇者「だったら……僕たちがしていることの意味って一体なんなんだ……?この戦争の意味は……」

司書「さあな」

司書「それを見つけるための知識だよ。意味はお前たちが勝手に決めろ」



僧侶「さっきから聞いてて思ったんだが……『勇者』はこれまでたくさんいたんだな」

司書「うんいたいたー。お前らが勇者って呼ぶ連中はな。ちょっと待ってろ。あらよっと。はいこの本」

剣士「地下遺跡について……。地下遺跡?」

勇者「『大陸にあるいくつもの地下遺跡には、人間と魔族の言葉が入り混じったような紋様が刻まれている。
   古の時代には魔族と人間が共生する社会があったのではないだろうか……』」

僧侶「ハッハ、そんなわけないだろ」

司書「いやー、あるんですねこれが。
   創世された時は人間とか魔族とかの区別はなかったよ。一つの国で一緒に暮らしてた」

剣士「えー!?」

勇者「……」








司書「その時代には生きてる者全員が魔法を使えたんだよ。人の祖先も、魔族の祖先も区別なく。
   勇者が今使ってるような魔法とか、もっとすごいのとか……」

勇者「なにがあって魔族と人に別れたんだ?」

司書「いまでもあると思うけど、王位継承問題だよ。誰が王になるかで人の祖先と魔族の祖先は派閥をつくって対立した。
   自然と見事に調和していた都もあっという間に荒廃しちゃった。あれは悲しかったな」

司書「後に人となる者は、自分たちから魔法を切り離して女神として崇めた。会ったよな?塔の女神。あいつらね。
   自然界の力を捨てて、別の方法で戦うことを選んだんだよ」

僧侶「ああ……? じゃあ俺が使うような治癒魔法は一体なんなんだ」

司書「それは女神から信仰心の代わりに受け取れる神様の力。勇者とか魔族が使う自然界の力とは根本的に違う。
   信仰をやめちゃえば……つまり神殿から籍を外せばお前はそれを使えなくなっちゃうんだろ?
   一時的に借りてるだけのかりそめの魔力だよ」

僧侶「ふーん……ややこしいな」



勇者「魔族は、魔法を手放さなかった。そしてその魔法の集大成として作られたのが魔法書と剣……」

司書「そう。もう察しがついてるみたいだな。いやーその二つの威力はすごかったよ。
   それらのおかげで魔族の祖先がだんだん優勢になっていった。でもおかしいよな」

司書「なんでその書と剣が今の時代に勇者の武器になってるかってことだよ。
   人間の祖先が盗んだのさ。それで一発逆転しようって考えた」

剣士「それで、どうなったの?」

司書「晴れて一発逆転、王位は人の手に! とはならなかった。
   元々魔族用に作られた武器だったんだから、人間が使いこなせるわけなかったんだ」

司書「魔法書の方は、人間はもう魔力を捨てて女神にしてしまったし、
   剣は度重なる戦で呪いを帯びて魔剣になってしまった」

司書「あの剣はね、抜くのに条件がいる。持ち主を選別する剣なんだ」

司書「その条件を満たした者がいたにはいたけど、人の体には負担が大きすぎて1日程で命が尽きた。
   結局、書も剣も盗んだはいいけど使いこなせる人間はいなかったんだよねー。どんまいだね」






  




司書「それで困ったね、ってなって、どうなったか見る前に」

司書「ここで一旦話をそらして、勇者という謎の存在について見てみようよ。
   はい、これ。『勇者の歴史』」

司書「『勇者。人間でありながら魔族の魔法を使いこなす特別な存在。
   この世界に現れる頻度は一定ではなく、発生条件も謎である』」

司書「つまりさ、お前は先祖返りみたいなもんなんだよね。人間も魔族も等しく魔法が使えた時代……
   まだ仲良く共同社会の中で生きていた、遠い遠い古の時代の生きる化石ってわけだ」

勇者「えっ……」

剣士「勇者って化石だったの!?」

僧侶「剣士ちゃん、頑張って話についていこうな!分かんないところあったら俺が教えるからな!」

剣士「うん」

司書「なんか、勇者は神に選別されて~~みたいなことたぶんお前らは聞いて育ったんだと思うけど
   勇者が『勇者』っていう英雄的位置づけになる前にも存在したからな、その先祖返りは」   

司書「いや、分かんないよ?本当に創世の神様が選んでるのかもしれないけどさ、
   俺もまだ冥府の番人じゃない方の創世主には会ったことがないから、そればっかりは推測になる」

司書「とにかくいたんだ。『勇者』の伝説の前にも先祖返りはいた。
   先天的に魔法が使える者が大半だったけど、稀に後天的にある日突然魔法が使えるようになった者もいた」

司書「一番最初の先祖返り……まだ『勇者』とは呼ばれてなかった、そいつは
   人と魔族が二派に分かれてから数十年後に現れた。どうなったと思う?」

司書「生まれてすぐ殺されちゃった。その数十年後、2人目の先祖返り。さらに百数年後、3人目が生まれる。
   全員同じだよ。魔法の片鱗を見せた辺りで生まれなかったことにされちゃったよ」

剣士「……そ、そんなのひどいよ」

僧侶「なんかいきなり重いな!」

司書「だってさーーーしょうがないよ。親や村のみんなの気持ちになって考えてみなよ!
   敵対してる魔族の魔法を何故か使える子どもだよ?人からすれば気味悪いし縁起悪いし、正直化け物だよね」

司書「まあというわけで先祖返りはいたけど、表舞台には立たなかった。すぐ殺されたから」

勇者「……」

勇者「そっか。表舞台に立つようになったのは、魔剣と魔法書を人が魔族から盗んでからってわけか」

司書「そうそう」









司書「だって人と魔族が分かれる前の時代の先祖返りなんだから、極端な話、人でも魔族でもあると言えるんだ。
   魔族のための剣と書も……完璧に使いこなせるわけじゃないけど、ほかの人間よりは遙かに使える」

司書「それから先祖返りは『勇者』って呼ばれるようになって、英雄的な扱いをされるようになった。
   よかったね、お前もこの時代に生まれて。昔に生まれてたらすぐ殺されてたよ」

司書「このころ生まれたのが今に伝わる石板の伝説だね。王都で聞いただろ?
   勇者は塔の女神から力と知恵とほにゃららをもらいますよってさ」

剣士「ほにゃららってなに?確か星の塔の女神様がくれるものだよね」

司書「それは……秘密。悪いけど、行ってからのお楽しみ」



司書「これが『勇者』の誕生の歴史。勇者は英雄に祭り上げられました、おわり……
   というわけでもないんだよなあ。気をつけろよ勇者」

司書「怖いのはその後だよ」

司書「だからこそ、ここでいろいろなことを知って、そのうえで選ばなければいけない。いまのうちに。
   お前には選ぶ権利がある」

勇者「どういうことだ?」

司書「お前は人でもあり魔族でもある。肉体は人だけど中身は魔族だ。人として育てられたけど魔族の魔法を使える異端者だ。
   だから別に人間に味方しなくちゃいけないってこともない」

司書「人を殺すも守るも、魔族を殺すも守るも自由。塔を壊しても守ってもいい。なんなら戦争なんて参加しないで逃げてもいい。
   なんでもいーよ」

勇者「…………僕の中身が魔族?」

勇者「違う。僕は人間だ!!」









勇者「いっしょにするな。……同じじゃない。僕は……狩人を……あんな目に合わせた魔族なんかと同じじゃない……!」

司書「同じだよ。魔族がつくった魔法書の術を使えたことがその証明だ。
   つまりまあ、考えてみればひどいことしてるよなあ」

司書「魔族のための魔法で、魔族をぶっ殺したんだからさ。けっこう悲惨な同族殺しだな」

勇者「違う……!」

司書「何が違うんだよ? 火とか水とか雷とかの攻撃魔法だって、ぜーんぶ魔族と一緒のもの使ってるじゃないか。
   治癒魔法ですらそうだ。気づいてたんだろ?自分が使う治癒魔法が、僧侶のものとちょっと違うってさあ」

司書「認めろよ。まずそこから始めないと。お前は人でもあり魔族でもあるんだ。
   仲間を殺したあの魔族とはある意味で一緒の民族なんだぜ」

勇者「違うっ!!」


ガタッ!



剣士「……」

司書「……」

司書「……な、なんだよ」

剣士「……別に?」

剣士「ただちょっと、言葉に気をつけてねって言おうとしただけ」

司書「じゃあなんで立ち上がったんだよ!座れよ!やめろよな、ここは図書館だぞ!暴れたりしたらどうなるか――」

司書「……なんだよう!こっち来るなよっ!! に、睨みつけるなっ!!」

司書「お、俺はなんでも知ってる司書なんだぞっ!! 偉いんだぞ!そんな目で見るなっ!!
   お前らのためにいっぱい教えてあげてるんじゃないかっ!!」



勇者「け、剣士。座ろうよ」

司書「うっ、なんだよこいつ……久しぶりの客かと思ったらコレだよ……超こわかったよ……」









僧侶「メソメソすんなよ。女になって出直してこい。慰めてやるから」

司書「こいつはこいつで最低だな」



剣士「勇者は勇者だよ」

勇者「え?」

剣士「種族とか民族とかそういうの抜きにして、勇者はずっと前から私の幼馴染の勇者だよ。
   今までもこれからも、それだけはずっと変わらないでしょ」

剣士「だからそれはいつも忘れないで」

勇者「……」

勇者「……うん」






司書「ほかに聞きたいことないなら帰れよっ!!もう二度と来るなよな」

司書「とにかく勇者に資料は与えた。歴史も知識も道しるべじゃない、単なる資料だ。選ぶのはお前だからな」

司書「分かったらそれ肝に銘じてとっとと帰れよ!!気をつけろよ!!」




ヒュン







* * *


僧侶「なんか変な奴だったなあ」

剣士「ね」


コンコン


神官「失礼します。太陽の国の神官から、勇者様へのお手紙が届いております。こちらをどうぞ」

勇者「神官?」

神官「できるだけ早急にお返事を、とのことです。宜しくお願いします」




勇者「神殿から手紙なんて……一体なんのことだろう。ええと」

勇者「……なんだかタイミングを図ったかのような手紙を送ってくるな」

僧侶「えーどれどれ。ずらっとある余計な世辞を抜かすと、
   要するに俺たちが今見てきた、女神様からの知恵の内容を教えろってことだな!」

剣士「……。全部は言わない方がいいんじゃないかな……。なんとなく」

勇者「全部書くと鳥が重くって運べない便箋の量になっちゃいそうだよね。
   当たり障りのないところ……そうだな、地下遺跡のことでも書こうか」

剣士「遺跡のことなんてあいつら知ってそうだけどな。まあいいんじゃね適当で」

勇者「手紙まで送ってくるなんて、よっぽど気になるのかな」











* * *



地下集落


兄「……そういえばお前は家族はいないのか」

青年「へ? ああ、いません。孤児だったんです」

青年「だから兄妹の関係って憧れます。いいですよね、お互いに頼れる存在って」

兄「……」



妹「ふふ。けっこうあの二人も打ち解けてきてるじゃない?」

少年「そう……かあ……?」

妹「そうよ。 ん……?」



爺「……」コソコソ



妹「あの、何か……?」

爺「いっ いや、なんでもないよ」スタスタ

妹「……? 行っちゃったわ」

少年「あの爺さん最近オドオドしてて変なんだ。気にしない方がいいよ」








妹「……できたっ! じゃじゃーん、赤ちゃん用の靴下よ」

少年「お姉さん結構編み物うまいじゃん」

青年「女の子と男の子どっちが生まれるか分からないから、ピンクと青の二色編んでるんだよね」

妹「そうよ。男の子だったらきっと青年さんにそっくりでしょうね。ふふ」

青年「僕は妹さん似の娘が生まれたら溺愛しそっ……ハッ!」ビク

兄「……はあ、よい。続けろ。もう見慣れた」


妹「ほらね、少年くん。二人打ち解けてるでしょ?」

少年「そうかも」



兄「その腹、痛くはないのか」

妹「うん、痛くはないよ。たまに赤ちゃんがお腹の内側から蹴ってくることはあるけどね」

妹「もうすぐ生まれてくるの。早く会いたいな」

妹「そしたら兄さんも叔父さんよ。仲良くしてあげてね」

兄「……ああ」

妹「わっ な、なにいきなり。もう子どもじゃないんだから頭撫でないでちょうだい」

兄「頑張れよ」


女「赤ちゃんかー。楽しみね」

男「だな。元気な子だといいな」

少年「ねー」









* * *


星の塔


炎竜「どうしても聞き入れぬか」

魔女「しつこいです。あなたは太陽の国の担当でしょ。
   勇者の相手は魔女族だけで十分。大体……あなたたち竜族がいると空が飛びづらくってしょうがないの」

魔女「協力はむしろ非効率的だと思います。帰ってくださいな」

炎竜「しかし……ヒュドラも倒された。勇者はすでに魔剣と禁術を手に入れているぞ。
   魔女族だけで太刀打ちできるのか」

魔女「お心遣いはありがたいけれど、さっきも言った通り協力した方がやりにくいのです。
   私には私の戦い方がありますから」

炎竜「む……そうか。承知した」

魔女「……あら、ちょっと待ってください。部下がこっちに向かってくるわ」


ガタ


魔女「どうしたの?何かあって?」

部下「そ……それが! あ、炎竜様……!!」

部下「あの……炎竜様のご子息が!」

炎竜「わしの息子なら魔族領の竜の谷にいるはずだが、それがどうした?」

部下「星の国の森の中で……このような状態でさきほど……!!」


ドサ


炎竜「!?」

魔女「……ま、まあ……可哀そうに」

子竜「ヒュー……ヒュー……」

炎竜「しっかりしろ!! いかん、衰弱しておる」

炎竜「すぐに竜の谷に連れ帰る。また来るぞ」


バサッ バサッ……









魔女「ひどいですね……まだあんな小さな子どもなのに」

部下「全身の血が抜かれ、鱗が剥ぎ取られていました。生きているのが奇跡です。
   竜族の生命力の強さが幸いしましたね……」

魔女「どうして竜の谷にいた子竜がこの国にいたのかしら。父親を追ってきちゃったのかしらね。
   で、あんな目に合わせたのは人間なのでしょう?誰かは分かっているの?」

部下「近くをぶらついてた男どもに聞いたところ、勇者だそうです」

魔女「……あら」





―――――――――――――
―――――――――
――――



魔女「ですってよ。この間は跳ねのけてしまった提案だけど……気が変わったわ。
   受け入れてあげてもいいですよ」

炎竜「………………………………」

炎竜「……勇者……か」

魔女「ご子息はどう?大丈夫でした?」

炎竜「一命は取り留めた……が意識が戻らん」

炎竜「………………お主の足を引っ張っても悪い。やはり共闘はなしにしよう。
   ひとまず、まかせる」

魔女「よろしいの?」

炎竜「ああ。……魔女……わしは今腸が煮えくりかえっているが、何故だかわかるか」

魔女「勿論、ご子息が傷つけられたからでは」

炎竜「否。奴が勇者でわしらは竜の敵同士、子どもだからといって見逃されることはないとわしも重々知っておる」

炎竜「問題なのはその理由だ。戦だからという理由で息子の命が奪われたのなら、わしも戦士としてまだ得心がゆく。
   しかし此度息子が傷つけられたのは、血と鱗が奪われていたことから、どう考えても納得がゆく理由ではない」

魔女「ああ……金儲けですか。竜の血も鱗も高値で取引されてますものね」

炎竜「耐えがたいことだがな」


炎竜「わしは勇者に幻滅した。あちらがそのように戦争を考え、わしらを侮辱するのなら」


炎竜「こちらとて手段を変えよう」








* * *


魔王城


コツコツコツコツ


兄(ふう…… 吸血鬼に続いてヒュドラもやられてしまうとはな)

兄(星の塔まで奪還されるわけにいかない。
  もうこの際……俺が星の国に出向いて塔の前で勇者を待ち伏せして殺せば済む話ではないのか?)

兄(しかしヒュドラの後釜を据えるのが先か……水魔族で統率力があって実力もある奴……あいつかあいつかあいつだな。
  首領争いとか頼むからするなよ、面倒起こすなよ……。そいつ任命したら星の国へすぐ行って……)




魔王「……そう急くな、息子よ」

兄「父上」

魔王「なかなかよくやっているようだが、全て自分一人でこなしてしまっては部下が拗ねるぞ。
   魔女と炎竜の気持ちも汲んでやれ」

兄「はい」

魔王「お前にほとんどまかせてしまってすまないな。どれ、今日は体の調子もいい。
   あとは私が久しぶりに動こう」

兄「大丈夫ですか?」

魔王「心配するな。お前は娘のところにでも行ってやれ」

兄「……」






地下集落


青年「…………」ウロウロ

青年「…………」ウロウロ

少年「……座りなよ」

青年「だ、だ、だ大丈夫だろうか……!?」

少年「青年さんも落ち着けよ。さっきからウロウロしてみっともないぜ」

青年「で、でも……」


バタン



青年「女さん!! 妹さんは……!?ぶぶぶぶっ無事なんですか!?」

女「……ああ」ニッ

女「元気な男の子だよ。ほら」

青年「ああ……っ よかった……!!!神様……!!」






女「ふう。一安心だね。無事に産まれてよかったよかった」

女「ところで、男の奴はどうした?姿が見えないけど」

少年「さあ。 あ、さっき爺といっしょにいるところをちらっと見たよ」

女「ふうん……?」





男「正気か……!!爺さん!?」

爺「お前こそ正気かっ!? よ、よく考えろ!」

爺「神殿様に目をつけられちゃこの集落も終わりだ!!
  匿えばこの集落全員、女子ども関係なく魔族の疑いで異端審問だ!」

爺「し、審問とは名ばかりの死刑だぞ……。
  ずっと人の世界から疎まれてきた俺たちがつくった村が、ひ、一晩で皆殺しされるんだぞ」

男「だからって、あんまりだろ!今日あの娘は……」

爺「そうだ、お産だろう。いくら魔王の娘といえど、抵抗はできまいて」

男「あ、あんた……! あの娘だってこの村の一員だろっ」

爺「お……俺は悪くない。言っておくが、村人の大多数の同意をすでに得ている。
  お前たちは魔王の娘と親しくしていたから言わなかっただけだ……」

男「……っ」ダッ


男「!? は、離せっ 馬鹿野郎!」

 「……馬鹿はお前だ。もう神殿の奴らが来る。大人しくしてろっ!」

 「だめだったか」


爺「あの魔族を差し出せば俺たちが今まであいつと一緒に村で暮らしていたことも……
  この地下集落のことも見逃してくれるそうだ」

爺「し……しかたないだろ。しかたないんだよ!!俺たちは悪くないっ!!」






赤ん坊「……あうあう……」

妹「さっきまでぎゃんぎゃん泣いてたのに、もう笑ってる……」

青年「男の子かあ。かわいいなあ。名前どうしようかあ。髪の色、妹さんといっしょだね」

妹「目の色と鼻はあなたね……。あ、ちっちゃい角生えてる。ふふ」

青年「かわいいなあ。名前どうしようか。君のお兄さんに名付け親になってもらおうか?」

妹「…………うん……」

青年「だ、大丈夫かい?」

妹「平気、ちょっと疲れちゃっただけ……」



バタン!


青年「……!? 男さん……その傷は!?」

男「に、逃げろ! 早くここから逃げろ!」

女「あんた一体どうしたって言うんだよっ この傷は誰にやられたんだ!?」





青年「そんな……神殿がここに!?」

男「そうだ、すぐ逃げろ!赤ん坊を連れて今すぐ……! 
  あんたの兄が壁ぶち破ってここに来たときあったろ、あそこからならたぶん逃げられる」

妹「で、でも。私が逃げたら村のみんなは魔族を匿っていた罪で、」

男「いいから早く逃げろよ!!赤ん坊もろとも殺されるぞ!」

青年「……っ妹さん! 行こう!」

青年「男さん、女さん、少年くん、あなたたちも……!!」

女「……。私は男と後から行くよ。ちょっと準備もあるからね!
  少年、あんたは先に青年と一緒に行きな!ほらさっさとする!ぼーっとするな!」

少年「えっ、あ、う、うん!」







タッタッタッタ……


妹「はあ、はあ……はあ……」

青年「はあっ、はあっ、一体どうして地下集落のことが神殿に洩れたんだ……!?」

青年「ここのことは……今までずっと誰にも知られていなかったのに!」

赤ん坊「ぎゃーーん!」

青年「しっ……。静かに静かに……見つかってしまう……!」

少年「お姉さん大丈夫!?」

青年「!? 妹さん!」

妹「はあ……はあ……」






妹「ごめんなさい……もう私走れない……はあ……はあ……」

青年「なら僕が抱えるよ。掴まって!」

妹「……だめ。追いつかれちゃう。……行って」

青年「そんなことできるわけないだろう!?」

妹「捕まったら……あなたも赤ちゃんも殺されてしまう。
  お願い……その子と少年くんを守って……先に行って」

妹「それにね、やっぱり私のせいで村の人たちが殺されてしまうのは耐えられない。
  だって……全部私の我儘だったんだもの」

妹「私がいてはいけないところに、無理やり転がりこんで生活していたせいで、
  ……村のみんなが……死んでしまうなんて、やっぱりだめよ」

妹「私が責任を取らなきゃ」

少年「でもっ村のみんなは、お姉さんを騙して……!」

妹「分かってる。いいの。それに、男さんと女さんはそれでも私のこと逃がしてくれようとしたわ……
  それだけで十分よ」


妹「青年さん。あなたといっしょに暮らせて、夢みたいに幸せでした。
  私が魔族だって分かっても……変わらない笑顔を向けてくれて……本当に本当に嬉しかったの」

妹「その子をお願いね。元気ないい子に……きっと育つわ」

青年「……やっぱりだめだ、妹さん……頼むから一緒に逃げよう。必ず守るから」

妹「青年さん、そんな顔をしないで。魔力はほとんどないけれど、これでも……私は魔王の娘よ!」

妹「大丈夫、また必ず会える」

妹「……私たちが出会ったあの泉の前で……きっとまた会えるわ」


妹「………………ね」




ここまでですたい






* * *


ヒュン


兄「……?」

兄「騒がしいな……。 なんだ?火事か……?」



パキパチパチ…… ゴオォォォ……


兄「…………」


 「見なさい、悪しき者が成火にて浄化される様を。煙が黒々としてなんと恐ろしい光景か……」

 「魔女だ」「魔女」「魔族だ」「ああ……」


兄「…………」クラ

兄「なにをしている?」

兄「なにをしているんだ? おい。なにをしている」



武僧A「……まだ隠れていたようだ。捕えるぞ。こいつも火あぶりだ」

武僧B「ああ」

兄「邪魔だ……」


ビチャッ









兄「妹。しっかりしろ。おい。返事をしろ。妹」

妹「……」

兄「……返事をしてくれ」





村人「ひっ…… 神官様が全員一瞬で……肉塊に……」

村人「ま、魔王の息子……やばい、逃げるぞ」

兄「全員この場から動くな」

兄「どういうことだ……? 説明しろ。貴様も、そこの貴様も、妹とついこの間まで友人のように話していたな。
  なんだ?最初からこうするつもりだったのか?」

兄「笑顔を向けつつ腹の内では化け物だ魔女だなんだと考えていたわけだ。……ハッ。
  ならばはじめから受け入れなければよかったものを」

爺「……仕方ないだろう!! お、俺たちは神殿にその娘を差し出さなければ異端審問にかけると言われていたんだ!!
  俺たちより神官の方が悪いだろうがっ!!」

兄「要するに自分の命かわいさに妹を売ったのだな。そうか」


兄「……あいつはどうした。青年はどこにいるんだ……」

村人「……逃げた」

兄「…………………………………………………………」

兄「そうか」









スッ……


村人「ヒッ!」

村人「や、やめてくれ!」

爺「……俺たちは悪くないぞ!殺すんなら、神殿の奴らを……!」

兄「ああ、そうだな。貴様らは何も悪くない」

爺「……あ、ああ。そ……そうだ」


妹「……」

兄「帰ろうか。城に。  軽くなったな」

兄「熱かっただろうに……助けてあげられなくてごめんな」



スタスタ


村人「か、帰ってくぞ……」

村人「私たち助かったの?」

爺「ひい……死ぬかと思った……」









兄「悪いのは俺だ」

兄「チャンスはいくらでもあったのに、人間に近寄って行くお前を止められなかった。
  強引にでも連れ戻せばよかった」

兄「俺も……少しは……人間も悪くないのかもしれないなんて思ってたんだろうな」

兄「馬鹿が」







兄「ああ、忘れていた」

兄「地上ごと消すか」




兄は魔法を唱えた。
その日 地上にあった町ごと地下集落は壊滅した。







女エルフ「最近竜族が慌ただしいね。魔王城もなんか騒がしいし」

エルフ「なにあんた、知らないの?」


女エルフ「……えっ? うそ、そんな」

エルフ「ほんと。姫様人間に殺されちゃったんだって……ひどいよね。
    竜族が飛びまわってるのは、あれよ」

エルフ「勇者が炎竜様の息子を必要以上に手ひどく傷つけたらしいから、炎竜様怒り狂ってるって」

女エルフ「……そんなのうそだね! 勇者たちがそんなことするわけ、ない……と思うんだけど!
     あいつら人間だけど、そんなことするような奴らじゃない……かもしれない!」

エルフ「あんた、なに言ってんの? わけわかんない」

女エルフ「と、とにかくちょっと私は炎竜様に話してくるよっ」

エルフ「ちょっと!?」








* * *


星の都 宿屋


剣士(明日この王都を発つから、荷物整理しないと)

剣士(買い物は今日済ませたし……買い忘れ、ないよね。うん。
   ……あれっ 地図どこいった? 地図地図地図)

剣士(地図がないっ!! どこしまったっけ? 私が持ってたよね。あれーー?)ガサガサ


ガタッ


剣士「あっ ねえ狩人ちゃ…………」


剣士「……あ」

剣士「またやっちゃった……」


剣士「……」










勇者(……はあ、寝れない。今日は僧侶も鼾うるさくないのに。
   外の風にあたってくるか)






勇者「……」

勇者(人でもあり魔族でもある……か。世が世なら僕も生まれてすぐに殺されていたんだろうか)

勇者(選べって言われても、どれが正解なのか分からない……。
   でも僕は人間だ。人のために戦うんだ。魔族が憎い。……本当に?)


……スッ


勇者「……!? 今のは、狩人……!?」

勇者「待ってくれ!」タッ


勇者(……生きてたのか? まさか……でもあれは……)

勇者「狩人っ」パシ

女「えっ!?」

勇者「……あれっ?」

女「な、なんですか、いきなり」

勇者「……すみません。人違いでした」

女「は、はあ」スタスタ



勇者「……」

勇者「なにをやっているんだ……自分で殺したくせに」

勇者(狂ってる……)

勇者(頭がおかしくなってるんだ)

勇者(寝なければ。明日出発だ。早く寝よう)








翌日



僧侶「この都は知的なお姉さんがたくさんいて、なかなかいいね」

勇者「名残惜しいかもしれないけれど、もう出発するよ」

剣士「塔までのルートに大砂漠があるよね、ちょっとそれが不安だなあ……砂漠って暑いよね、やっぱり」

勇者「いや、この国の砂漠は……」


騎士「勇者殿っ! よかった、まだ出発されていなかったのですね」

勇者「はい?」

騎士「今すぐ太陽の国に転移魔法でお戻りください!
   先ほど文が……こちらに届きました」

騎士「あなたの故郷――大樹の村が……」

騎士「炎竜率いる竜族に襲撃され、全滅したと」





勇者「は?」









―――――――――――
――――――――
―――――




太陽の国 大樹の村跡地



剣士「……」

剣士「うそ」

僧侶「…………ひでえな」

僧侶「何も残ってない」

剣士「うそでしょ」


副団長「すまなかった」

副団長「近隣の村々が異変に気付いて、連絡をもらった騎士や兵士が訪れたときには、
    すでにもう……辺り一面火の海だった。森も燃えてしまった」

副団長「遺体は骨しか見つからなかったよ。勝手ながら少し離れた見晴らしのいい丘に新たに墓地を作らせてもらった」

副団長「……大丈夫か、剣士くん、勇者。辛いとは思うが……気をしっかりもつんだ」


剣士「なんで?なんで竜がいきなりこの村に来るの?だって全然国境からも離れてるし……おかしいよ」

副団長「それは……分からない。数日前に突然この国の塔は炎竜にのっとられてしまった。
    それから時間を開けずに君たちの村がこんなことになってしまって、奴らがどういう意図なのか……」

剣士「…………」

剣士「……だって、殺さなかったんだよ。あのとき見つけた子どもの竜、殺さなかったのに!」

剣士「勇者が治癒魔法をかけてあげて……飛べるようにしてあげたのに!
   どうして?どうしてこんなことになっちゃうの?」

剣士「おかしいよ」








―――――――――――――
――――――――――
――――――



勇者「ここでドラゴンを見逃してまた同じことになったらどうする。僕はもう二度とごめんだ!」

勇者「……殺すよ。これが戦争なんだ」

勇者「やっと僕にも分かった……」グッ


僧侶「それでいいのか。なら止めないが」

勇者「いいさ」

剣士「……本当に?ここでこの竜を殺したら、これから先ずっとそうしていかなきゃいけないよ。
   ちゃんと私たちの目を見て言ってよ」

勇者「見てるだろ」

剣士「見てない。ちゃんと目を逸らさないで言って」グイ


剣士「……狩人ちゃんが死んだの、勇者のせいじゃないよ。この竜のせいでもない」

勇者「あのときグリフォンを見逃さなければよかったんだ」

僧侶「それでお前が狩人ちゃんの死に責任を感じてるなら、俺たちにだって責任がある。
   大体……塔のときはあいつを相手にする時間なんてなかっただろ」

剣士「……やめよ。無理しないでよ勇者」

勇者「…………」

剣士「もう、あんなこと……二度と起きないようにするから。
   勇者も死なないし、私も僧侶くんも死なないよ。自分の身は自分の責任で守るから」

僧侶「剣士ちゃんはともかく、俺が死んだからって勇者、お前のせいだなんて思われたらかえって心外だぜ。
   俺はお前に守られるほど弱くねーんだよ!!そこんとこしっかり覚えとけよな!!」

剣士「私だってそうだよ!剣だっていっぱい強くなったんだからさ!なんなら今度手合わせしようよ」

剣士「だから杖下ろして。もう行こうよ」







勇者「……」

勇者「……」スタスタ

剣士「勇者っ」

勇者「…………違うよ。この竜に治癒魔法かけるだけ」



勇者「……逃がそっか」





勇者「父親追って来たら迷っちゃったらしい」

勇者「このまま竜の谷に帰るってさ」

剣士「そっか。よかったね」

僧侶「じゃあ適当にあの兜野郎に報告して、さっさと村で休もうぜ。ねみい」




――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――








剣士「……ここがね私の家があったところ。あっちが勇者の家で……大きな桃の樹があってさ」

剣士「でも全部燃えちゃった。家も森も畑もお母さんもお父さんも村のみんなも燃えちゃったよ」

剣士「ああ……」


僧侶「……」

剣士「なんで……」

勇者「……墓に花を手向けに行こう」

剣士「……うん……」










夜 近くの村の宿屋



副団長「……明日星の国に戻るって?」

勇者「うん、戻るよ」

勇者「太陽の塔が魔族のものになってしまった。ゆっくりしていられない」

副団長「そうか。……聞いたか?塔が奪われる前に、急に南部の町いくつかの地盤が崩れ、死者が多数出た。
    それからだ、魔族の攻撃が苛烈になったのは。王都もてんてこ舞いでな、国王もピリピリしてる」

副団長「それにしても、なぜ君の村が……」

勇者「僕の村だからだよ」

勇者「なんのつもりかは、知らないけど」

副団長「……そうとは限らないだろう。もっとほかの理由があったのかもしれん」

副団長「剣士くんは君と同郷だったな……彼女はどうしている?」

勇者「もう休んでる」

副団長「そうか。君ももう休むといい。俺も……」



コンコン









副団長「ん?誰だ?」

神儀官「騎士団副団長殿、勇者様、こんばんは。夜分に申し訳ございません」

副団長「……!? 神儀官様……!? 何故こちらに?」

神儀官「勇者様が星の国よりご帰還なさったと聞いて、王都より追いかけてきたのですよ。お久しぶりです勇者様」

神儀官「ヒュドラを倒したそうですね。さすが勇者様です。神殿長もお喜びになっていらっしゃいましたよ」

副団長「彼に何か御用ですか? 貴女が王都を離れるなんて……珍しいですね」

神儀官「はい。勇者様にお話があって参りました。副団長殿は申し訳ありませんが御退室願えますか?」

副団長「私がいては話せない内容なのですか?」

神儀官「ええ、その通りです」

副団長「……」

神儀官「あら。聞こえていらっしゃらなかったのでしょうか? 御退室願います、副団長殿」

副団長「……勇者、また後でな」




バタン









神儀官「さて。まずは先日のお手紙どうもありがとうございました。
    あなたが地下遺跡のことを教えてくれたおかげで、色々とおもしろいことが分かりましたよ」

勇者「……?」

神儀官「ですが、本当に雪の塔の女神があなたに授けた知識とはそれだけなのですか?
    まさか内容を伏せた、なんてことはありませんね?」

勇者「ありません」

神儀官「そうですか。……それにしても、故郷のことは大変残念でしたね。
    あまりお気を落とさぬよう。皆さま神の御許に導かれたのです、何も悲しむことはありません」

勇者「……」

勇者「僕に用とは何ですか」

神儀官「そうですね、本題に入りましょうか。
    勇者様……あなたなら残りの四天王と魔王を必ず討ち滅ぼせると私たちは信じています」

神儀官「今日は、その後のことについてのお話をさせて頂きたいと思いまして。
    勇者様は魔王を倒した後、どうなさるおつもりなのでしょうか?」ニコ










勇者「魔王を倒した……後ですか?」

神儀官「そうです」

勇者「職業のことですか? すみません、考えたこともなかったです。
   でもできれば王都から離れて田舎でできる仕事を探そうかと……」

神儀官「いえ、職業のことではありません」

勇者「ではどういう意味でしょうか」

神儀官「こんなことを申し上げるのは、私も大変心苦しいということを分かってください。
    勇者様、あなたのお力はこの戦争において、そして私たちにとってとても重要なものです」

神儀官「ですが……魔王がいなくなった後、ひいては魔族が消えた後……
    あなたのお力が人々の目にどのように映るか、考えたことはありますか?」

神儀官「あなたが王都にいた2年間、何度か勇者様の魔法を拝見いたしましたが
    魔族の使う魔法ととてもよく似ていらっしゃいますよね」

勇者「……」

神儀官「もし魔族をこの地から消したとしても、その魔法を使うあなたがいらっしゃれば
    国民たちも不安に思うのではないでしょうか……?」

神儀官「私たち神殿の者が使う、人を癒す魔法とは違って……あなたの魔法は脅威になり得るのです」

神儀官「あなたが杖を掲げて呪文を口にするだけで、村ひとつ簡単に滅ぼせるのですから……」

神儀官「そういった意味で魔王を倒した後、あなたがどうなさるおつもりなのかお聞かせ願いたく、本日は私が参りました」


神儀官「聡明でいらっしゃる勇者様なら、私が申し上げてる意味……ご理解いただけますね?」

勇者「…………」

勇者「つまり、それは……」

勇者「……」








神儀官「……ああ、勇者様が逡巡なさるのも無理はありませんね」

神儀官「彼女のことをご心配なさっているのでしょう。
    故郷もなくなってしまい、剣士様はもし勇者様がいなくなってしまったらおひとりになってしまいますものね」

神儀官「ですが御心配なさらずに」

神儀官「私たち神殿が彼女のことをお見まもり致します。
    3国の首都は勿論、小さな村々にも教会はあるのはあなたもご存じですね」

神儀官「勇者様亡き後、彼女が」

神儀官「……この大陸のどこにいらっしゃろうとも、何があろうとも……」

神儀官「必ず。私たちが見つけ出し、お守り致します。安心なさってください」


神儀官「私の申し上げた意味、お分かりいただけますね。勇者様?」

勇者「…………」

勇者「………………はい」



神儀官「さすが勇者様は賢くていらっしゃいます。では、この誓約書に署名と血判をお願いいたします」

神儀官「戦争が終わった後にあなたの身を神殿に委ねることを誓って頂きます」

神儀官「この誓約書には特別な術がかかっておりますので、もし誓約をお破りになった場合、
    あなたの尊い命はこの世から消えてしまうことになりますのでお忘れなきよう」

神儀官「そのようなこと、勇者様がなさるおつもりがないとは分かっておりますが、念のためです」








神儀官「……はい、確かに誓約書はお預かりいたしました。どうも有難うございます」

神儀官「明日星の国へお戻りになるのですか? いよいよ次は対魔女戦ですか。
    強敵になりましょうが、勇者様ならきっと大丈夫だと信じております」

神儀官「…………ああ、お渡しするのを忘れておりました。
    こちら私たちからの菓子折りです。旅の道中にでもどうぞ」

神儀官「できるだけ香りの強いものを選びました。まだ香りは分かるのでしょう?
    もちろん味も保障しますが……」

神儀官「では夜分遅くに失礼いたしました。私はこれにて。
    ごゆっくりお身体をお休めください」


バタン








* * *

十数日後

星の国 大砂漠



僧侶「砂漠なげえーーーーーー……!! いつになったら抜けるんだよっ!!アホか こんなん!!気が狂う!」

剣士「でも暑くない砂漠でよかったね。これで炎天下だったらもっと大変だったよ」

剣士「それにさ! 砂が全部星の形してる。こんなの初めて見たなあ。どうやったらこんな形になるんだろ」

僧侶「いやーロマンチックだね! どうだい剣士ちゃん、夜の砂漠を見ながら今日愛を語らないか。
   あ、深い意味はないよ」

剣士「深い意味って何?」

僧侶「いやあの、別にね? 語るっていうのは文字通りおしゃべりするって意味ということで」

剣士「それ以外の意味あるの? なになに、教えてよ!ねえ僧侶くん教えてってば」

僧侶「い、いやあ……ちょっと僕にも分かんないなあ勇者助けて」

勇者「あははは。 僧侶の自業自得じゃないか。僕は知らないよ」



僧侶「オイオイいいのか? そんなこと言ってよぅ」ガシ

勇者「うわっ なんだよ」

剣士「ねえ二人とも何してるの? おいてっちゃうよ」


僧侶「そんなこと言ってると~~ 本当に俺がとっちゃうかもしれないぞ~~」ニヤニヤ

勇者「は?何を?」

僧侶「ハッハッハ、この俺様が本気になったら剣士ちゃんもイチコロかもしれんぞ~~
   俺があの子幸せにしちゃうけどいいのか~~?」

勇者「うん」

僧侶「うんって何だ、うんって……」

勇者「ただし、浮気などの不実な行為を働いた場合は本気で呪うからな」

勇者「全身全霊をかけてガチでやるからな。そこは肝に銘じておいてくれ」

僧侶「はあ?」

剣士「もう、勇者も僧侶くんも早く!日が暮れちゃうよ!」

勇者「いま行くよ」


僧侶「なんだあいつ……?」




ここまで
旅行行くので2週間くらい投下お休みします








剣士「今日もまた野宿かぁ」

僧侶「砂漠の夜は冷えるなー。今日の見張り誰だっけ」

勇者「僕だよ。二人ともおやすみ」




勇者(さむ……)

勇者「……」

勇者「ん? 剣士?」

剣士「なんか眠れなくってさ。私も見張る。隣いい?」

勇者「ああ、うん」


剣士「……あのさ。あんなことがあったけど……」

勇者「……」

剣士「でも、勇者と僧侶くんがいるから、なんかね、毎日元気でるよ。
   お母さんもお父さんも、勇者のお母さんもお父さんも、みんな見まもってくれてると思う」

剣士「帰るところ、なくなっちゃったけど……」

勇者「大丈夫だよ」

勇者「全部なんとかなる」

剣士「え?」

勇者「また帰るところはつくれるよ。これから先、人生は長いんだから。
   大人になって、色んなこと経験して、そうしてるうちに帰るところはいつの間にかできてると思うよ」

勇者「だから大丈夫」

剣士「……そっか! そうだよね! ……じゃあそのときは、いっしょに探しに行こうよ」

勇者「あ……うん。分かった」

剣士「じゃあ約束しよ。はい指きり」

勇者「指きりって……。指きりって」

剣士「二回も言わなくていいよ。いいじゃんっ別に!ほら早く!!」

勇者「わ、分かったから、大声出すと僧侶が起きるよ。はい」

剣士「あはは、懐かしいー」

勇者「……そうだね」








数日後


剣士「むにゃむにゃ」

勇者「……」


僧侶「おい、起きろ勇者」

勇者「……」

僧侶「おいっ」ベチッ

勇者「……」

僧侶「起きろこのアホ!!」ギュウ

勇者「……僧侶……? 何……見張りの交代……?」

僧侶「違う。ちょっと外来い」





僧侶「お前どんだけ睡眠が深いんだよ。あそこまでして起きないとか野宿してる身として不安だわ」

僧侶「って話してる傍から寝ようとするな!!」

勇者「……なんだよ……見張りじゃないなら何か用?」

僧侶「まあ、とりあえず茶でも飲みながら話そうじゃないか」

勇者「え……僧侶が僕にお茶をいれるなんて天変地異の前触れとしか思えなくて怖い」

僧侶「いいから黙って飲め」







僧侶「もうすぐ砂漠も抜けそうだし、最近お前が変だから俺が話を聞いてやろうと思ったんだよ。感謝しろよ」

勇者「変かな?別に普通だけど」

僧侶「へえ、しらばっくれるつもりか。
   太陽の国に戻ったとき、夜に神儀官が来てたよな。あの女となに話したんだよ」

勇者「戦況はどうなのかとか、いろいろ聞かれた」

僧侶「ふーん……本当か?」

勇者「うそなんてついてどうなるのさ」

僧侶「まあ嘘でも、今に本当のことしか言えなくなる。ゲハハハ」

勇者「……なにした?」

僧侶「お前がいま飲んでる茶に、この間通りかかった商人から買い取った自白薬を入れたのさあ!」

勇者「は!?」

僧侶「おらおら洗いざらい吐きやがれこのすっとこどっこい!俺様に隠しごとなんて億年はえーんだよ!!」

勇者「普通仲間に自白薬盛るか!?」

僧侶「普通盛らないかもしれないが俺は盛るね。で、あの日なにを話したんだよ? 言えコラ」

勇者「ぐっ、こんなことしてただじゃおかないぞ……」

勇者「……魔王を倒したら死ねって言われた。逃げたら剣士が神殿に狙われる。
   で誓約書を書いて……それで終わり」

僧侶「誓約書を書いたのか」

勇者「……書いたよ」

僧侶「こんのバッキャロー!!」バキッ

勇者「いたっ!!」







勇者「なにするんだよっ」

僧侶「お前あれがどういうもんなのか分かってんのか!この底なし馬鹿!
   それじゃまんまとあいつの策略にはまってんじゃねーかよ!」

勇者「でも仕方ないだろ。戦争が終わっても『勇者』がいたら、みんな安心して暮らせないんだから」

僧侶「だから死ねって言われたら死ぬのかよ?とんでもねー阿呆もいたもんだ。
   正直ここまでとは思わなかったぜ。お前本当の本当にそれでいいって思ってんのかあ?」

勇者「……うるさいなっ……じゃあどうしろって言うんだよ!」

勇者「それでいいって思ってるわけないだろ!僕は聖人君子でもなんでもないんだ」

勇者「なんで死ななきゃいけないんだって、そりゃ思ってるよ!」
   

勇者「そもそも勇者にだって、生まれてから一度も……」

勇者「勇者になりたいだなんて一度も僕は……っ!」

勇者「あーもう、こんな情けないこと絶対言いたくなかったのに、なんてことしてくれるんだよっ」

僧侶「ハッ 確かに情けねえな。涼しい顔して内心そんなことを考えてたわけだ。
   剣士ちゃんも愛想尽かすなこりゃ」

僧侶「勇者になりたくなかったなんて思ってるなら、じゃあお前、勇者やめちまえよ」

勇者「はあ……?」

僧侶「やめちまえって言ってんだよ!」ゴンッ

勇者「いっ……!! だからなにするんだよ」バキッ

僧侶「ごあっ!?」ドサ

勇者「前々から思ってたけど、人のことすぐ殴るのやめろ……」

僧侶「い、いいパンチもってんじゃねーか」









勇者「面白半分に言ってるならやめてくれ」

僧侶「面白半分じゃねえよ。本気でやりたくないなら勇者やめろって言ってんだよ」

勇者「……じゃあ誰が勇者になるんだよ!君がなってくれるって言うのか?」

僧侶「あの司書が言ってただろ。魔族のために戦うも人のために戦うも、戦争から逃げるのも自由だってよ」

僧侶「大体、勇者になりたくなかったならなんでそう周りの連中に言わなかったんだ。
   なに言いなりになってんだよ。根っからの優等生タイプか貴様は? ああ?」

僧侶「お前なんで勇者になったんだ」

勇者「それはっ……。それは」

勇者「…………」

勇者「…………」

勇者「……あ、そっか」

勇者「なんだ……そうか」

僧侶「気持ち悪いな」

勇者「思い出した。言いなりなんかじゃなかったよ。  
   うん、そうだ。なんだ、簡単なことだった」

勇者「勇者はやめない。僕が勇者だ。……僧侶に気づかされるなんて少し癪だけど」

僧侶「ちょくちょく生意気なんだよてめえ!蹴り飛ばすぞ!」

勇者「はは、僧侶も案外お人よしだよね。
   前に狩人がそう言ってたけど、本当だったんだ」

僧侶「まあ俺は優しさも兼ね揃えたパーフェクトボーイだからな……」

勇者「ヘエ」








勇者「故郷の村が……あんなことになってしまったけど、
   それでもやっぱりあのとき、僕が竜の子どもを殺すのを止めてくれてよかったって思ってる。ありがとう」

勇者「僕は人のために戦いたい。けど魔族のためにも戦いたい」

僧侶「魔族のためにもって……はあ、なんかお前はどう育ったらそういう考えになるのか分からんな。
   まあ別にいいんじゃねえの。俺は英雄になってハーレムを築き上げることができればなんでもいいよ」

勇者「不純すぎる……」

僧侶「で。本当に戦争が終わったら死ぬつもりなのか」

勇者「ああ」

僧侶「それでいいのか」

勇者「いいんだ。 自白薬、まだ切れてないだろ?本心だよ」

僧侶「あっそ」


僧侶「じゃあ話はこれで終わりだからとっととテント戻れ。邪魔だ。
   男と夜の砂漠を眺めて話してると思うだけで吐き気がする」

勇者「自分が呼んだんだろっ」










* * *



剣士「私、魔女族と相性悪いかも……。魔女って状態異常系の魔法ばっかり使ってくるんだもん」

勇者「僕もすごく困る。さっき剣士と僧侶が同時に混乱状態になったとき、一瞬死を覚悟したよ」

剣士「耐性防具つけてるのに意味ないんだよ!むしろ私、状態異常の申し子なのかも!」

勇者「それはちょっと違うんじゃ…… あ、塔が見えてきたよ。もうすぐだ」

僧侶「深海に沈んでる塔の次は、宙に浮かぶ塔か。あんなのどうやって上るんだ?」

剣士「どうするの勇者?」

勇者「どう……しようか」

「「「…………」」」


剣士「あ、あれ。本当にこれどうするの?私たち塔に上らなくちゃなんだよね?」

僧侶「お前、鳥かなんかに変身できねえのか?勇者なんだからそれくらいできるだろ?え?」

勇者「無茶ぶりしないでくれよ。そんなことできないって知ってるだろ」


勇者「いや、そこは四天王の魔女も察して何か仕込んでくれているんじゃないかな? さすがに……」

剣士「えーっ ここまで来て敵頼みって私たち逆にすごいよね」

勇者「と、とにかく行ってみよう」



ガサッ


女エルフ「あっいた」

剣士「あれ?」

僧侶「お前、いつぞやの弱い魔族じゃないか」

女エルフ「よっ弱いって言うな!」









勇者「どうしてここに?」

女エルフ「た、たまたまだよ別に。別に探しに来たわけじゃないよ」

僧侶(分かりやすいな)

女エルフ「あ……あのさ……炎竜様の子ども傷つけたのって、本当に勇者たちなの!?」

勇者「……いや、僕たちじゃないよ」

女エルフ「本当に!?」

剣士「ほ、ほんとだよ。私たちはかくかくしかじかって感じで、傷つけてはないよ」

女エルフ「……やっぱりそうだったんだ」

女エルフ「……ごめんね。あのね、炎竜様のこと止めたんだよ。勇者たちそういうことする人間じゃないって。
     でもだめだった。勇者たちの村……燃えちゃったんだよね」グス

勇者「君が謝ることじゃないよ」

剣士「……うん、そうだよ。女エルフのせいじゃないし。
   むしろ、私たちのこと庇ってくれたってことがうれしいな」

女エルフ「でも……だって私魔族だし。仲間と故郷のみんなを殺した魔族のこと、憎くないの……?」

勇者「……」

剣士「……」

勇者「剣士はどう思う?」

剣士「……え?私?」

剣士「私は……正直魔族みんなが憎いって思ったときもあったよ。
   今も、全然恨んでないって言えばうそになっちゃうけど」

剣士「でも君は雪の国でも私たちのこと心配してくれたよね。
   君みたいな魔族もいるんだなって考えたら……魔族全員まとめて恨むのっておかしいのかなって」

剣士「だから質問の答えはノーだね!かばってくれて嬉しかったよ、ありがと!」

女エルフ「う……うえええええええん!! じゃあ、じゃあ友だちになってくれる?」

剣士「えっ!? う、うん。急だなあ、びっくりした。いいよ!なろう!」

女エルフ「ありがとう……」ギュッ



僧侶「いいね……」

勇者「なに鼻血だしてるんだよ」








勇者「僕も剣士と同じ気持ちだ」

女エルフ「……ふん。ほんっとあんたたちって変わってるよねっ!変なの!」

僧侶「同意見だ」

勇者「君にも家族がいるんだろ?」

女エルフ「そりゃいるわよ。たくさんいるよ。
     エルフ族は男も女も美しいって評判なんだから、見たらびっくりするよ」

勇者「友だちもいるよね」

女エルフ「当たり前じゃん。私人気者なんだから、引っ張りだこだよ。
     ……な、なりたいなら勇者も友だちにしてあげてもいいよ、別に」

勇者「うん、やっぱりそうだよね。きっと大多数の人と魔族はそんなに違いはないんだ」

勇者「炎竜は息子がひどく傷つけられて、犯人だと思ってる僕たちの故郷を襲った。
   許せることじゃないけど……客観的に考えれば子を持つ親の心情として理解できないわけじゃないよ」

勇者「狩人の村の森で出会ったハーピーも、だれか大切な者のために薬草をとりに来ていたのかも。
   父親のために薬草をとりにきていた狩人と同じように」

勇者「……あのグリフォンも……あいつも、気が狂いそうなほど憎く思ったけど。
   星の都で見たよ……あのグリフォンと同じように、魔族を解体してる研究者たちを」


勇者「だからたぶん人も魔族も、そんなに違いはないんだ。
   どっちも残酷なことをしてるし、どっちも同じように家族や友人がいて……」

勇者「旅をして辛いこともあったけど、その分、分かったこともある」

勇者「戦争は終わるべきだ。どちらか一方が完全勝利するという形でなく、犠牲が少ない方法で」

勇者「人と魔族の間で不可侵条約を結ぼう」









女エルフ「……え?なに、いきなり」

剣士「ふ、ふか……?」

僧侶「ひれ……?」

勇者「違う」


勇者「3つの塔を取り戻して3人の女神が結界を張れば、魔族はこの国から追い払われて、入ることができない。
   ……だからまあ、僕たちがやることは変わらないんだけどさ」

勇者「でもこの戦争をはじめに仕掛けたのは人間だし、それじゃこの先また同じことが起こるんじゃないかなって。
   だからお互いの領土を侵略しないことを約束して……それで戦争は終わりってことにしたいんだ」

勇者「人と魔族は長い間戦争をしていたから、お互い傷つけられて恨みあってたぶん止められないところまで来ている。
   けどこのまま戦争を続けるのは悲しいよ。僕たちと君みたいに、種族が違くとも友だちになれるのに」

勇者「いま終わらせなければもっとお互い大切な者を失って傷つくばかりだよ。いまこそ止め時だ……」


勇者「って思うんだけど、どうかな」

剣士「そうしたら、私たちと女エルフも戦わなくて済むね!」

剣士「私はいいと思うな」

女エルフ「……」

僧侶「ちっと楽観的すぎやしねえか?」


  勇者「不可侵条約結んで」

  魔王「いいよ」


僧侶「って本当になると思ってんのかよ? んなわけねーだろ……」

勇者「四天王が全員倒されたと聞いたら魔王も悩むくらいはすると思うんだ。
   経歴を聞く限りすごく現実主義的な考えをするようだし」

勇者「もし魔王が首を振ったら、勿論戦わなければいけないけど」

僧侶「どうなるかね。……まっ、魔族皆殺しよりそっちの方がかっこいいかもしれんな!!
   しょうがねえ!俺も協力してやるよ!」








女エルフ「……私もしょうがないから応援してあげるよ」

女エルフ「でも!炎竜様も魔女様もめちゃくちゃ強いんだから……勝ってからそういうこと言えば?
     ……はい、これあげるよ」

勇者「これは?」

女エルフ「エルフ族秘蔵の飲み薬だよ。怪我もたちまち治るし、魔力も回復するんだから。
     ……あとね、魔女様は人を操る魔法をかけてくるから……気をつけなさいよねっ」

剣士「……うん、それは知ってるよ」

女エルフ「あっ やばい見つかりそう……私もう行くから!
     …………死なないでね! じゃ!」







第三章 天空のスタータワー







剣士「……わー、本当に塔の中への転移魔法が用意されてるー」

僧侶「ぶっちゃけ助かったな」

勇者「じゃあ行こうか。気をつけよう。女エルフの言っていた通り、魔女は人を操る。
   どうやって操るのかが分かれば対策できるんだけどな……」

剣士「戦いながら見つけていくしかないね。よし、準備万端だよ!行こう」



勇者「……」

勇者「塔に入る前に、ひとつだけ言っておきたいことがあるんだけど」

勇者「絶対に二人とも死なないでくれ」

僧侶「これから敵と戦うっつーのに辛気臭いな。ええい何真面目な顔してんだよ!調子狂うぜ全く!!」

勇者「冗談で言ってるんじゃない。真面目な顔くらいするよ」

剣士「大丈夫だよ。私も僧侶くんも死なないし、勇者も死なない」

剣士「絶対ね」

剣士「ぜーったい大丈夫! さ、行こう」

僧侶「剣士ちゃんの方がよっぽど勇者様らしいなぁ?見習えよ勇者」

僧侶「俺も夢を叶えるまで死ぬわけにはいかんからな。そう簡単にくたばらねーぜ」

剣士「僧侶くんの夢ってなに?」

僧侶「英雄になって俺以外男子禁制のハーレム王国をつくりあげることだ」

勇者「……僧侶らしいな」

僧侶「俺は本気だぞ!!」



魔女A 魔女Bが襲いかかってきた!


僧侶「さっそくか」

剣士「かかってこい!」









タッタッタッタ……


勇者「……思ったより敵が多くないな」

僧侶「なめられてんじゃねえのか!?」

剣士「うわあ、窓からちょっと下覗いてみてよ。めちゃくちゃ怖い!!」

勇者「た、高いな。下は海だけど、落ちたら即死確定だ」

僧侶「景色いいな」

剣士「僧侶くんってすごいマイペースだよね。もう感心しちゃうよ」

僧侶「ありがとう!結婚するか?」

剣士「しない!」

僧侶「そっか!」

勇者「あっ! 二人とも前!」



窓の外から魔女D 魔男Eが襲いかかってきた!
魔女Dは混乱呪文を唱えた!
剣士と僧侶は混乱状態になった!


勇者「あ」


二人は混乱して勇者に攻撃!


勇者「またか!!」











剣士「大分上ったね。……はあ……はあ。空気が薄いのかな、ちょっと息苦しいかも」

僧侶「それに上にあがるごとに壁に飾られてる人形が増えていって気持ち悪ぃな」

剣士「ちょっとかわいいけど……嫌な予感しかしないよ。絶対動くよコレ!四天王の魔女戦で絶対動く!!」

勇者「人形遣いの魔女なんて呼ばれてるんだから、そうだろうね。むしろ文字通りというか」

勇者「というわけで今のうちに破壊しておこう。火炎魔法」

剣士「あ、うん。確かにその手があったね、うん」


魔女「ちょっと!!私の集めたかわいいかわいいお人形ちゃんたちに一体なにをしてらっしゃるの?この豚ども」

勇者「!?」

魔女「せっかくこの塔に招待してあげたのに、礼儀がなってないわね。
   人間って招かれた家の物を勝手に壊す文化でもあるの?」

剣士「この塔は女神様のものじゃん!君の家じゃないし」

魔女「うるさい。このブス」

剣士「なっ…………」

剣士「べっ……別に私がブスなのと塔のことは全然関係が、な、ないと思うんだけどっ」

魔女「ブスは黙ってろ」

剣士「」ガーン






剣士「論破された……」グス

勇者「さ、されてないよ。全くされてないから」

僧侶「そうだ!剣士ちゃんはブスじゃない!!かわいい!だから喋る権利がある!!論破!」

魔女「はあ……随分喧しい人間どもですこと」

勇者「塔を返してくれ」

魔女「いや」

勇者「……だったら奪い返すしかない」

魔女「あら。武器はまだ仕舞っていてくださいな。最上階のさらに上、特別見晴らしのいいステージをご用意しておきましたの。
   せっかくですからそちらで戦いましょう」

僧侶「ならなんでここに現れた?出迎えか?」

魔女「まさか。あんまり遅いから様子を見に来たのよ」

魔女「最上階に続く階段は、この扉の先にあります」

勇者「この扉、開かないけれど」

魔女「いいえ、ちゃんと開きますよ。ほら、ここの窪みに誰か一人手をあてさえすれば簡単に……」

勇者「何を企んでいる?」

魔女「たくさん企んでるわ。だってここは私の塔だもの。のこのこ来た勇者を、何の策も罠もこさえずただ待ってると思う?」

魔女「では上で私のお友達とお待ちしております。早く来てね」









勇者「……」

剣士「消えちゃったね。あの魔女」

僧侶「さっさとそこの扉開けて上に行こうぜ」

勇者「僕がやる」スッ

剣士「あ、ちょっと……!」

僧侶「ちょっと待て」パシ

勇者「え」

僧侶「よいしょっと」グキ

勇者「!?!?!?!?」



勇者「あ゛ーー!? お、折れたーー!?」

剣士「そそそそ僧侶くんなななな何ををををを」

勇者「なにするんだ―――、!?」

僧侶「ここに手あてればよかったんだよな」スッ

勇者「!」

僧侶「うおっ!!」ザク

剣士「大丈夫?」



ゴゴゴゴゴゴ……



僧侶「お、扉が開いたな。なんてこたあない、ただこの窪みからナイフが飛び出してくる、チャチな罠だったぜ」

剣士「な、なんだぁ。よかった……毒とかじゃなくて」

勇者「……本当にそれだけの罠なんだろうか?あの魔女の物言いからはそうとは思えない。
   慎重に行った方がいい。一旦塔から下りよう」

僧侶「ばーーか、ここまで来て帰れるかよ。次のチャンスはもうないかもしれねえんだぞ!?行くしかねーだろ」

勇者「でも」

僧侶「ところで。ちょっと剣士ちゃんごめんな、俺は勇者に話があるんだ。おい耳貸せ」

剣士「え?……また!? もう!仲間外れにしないでよ!」









僧侶「あの女エルフからもらった薬、お前は俺に預けたが、やっぱりこれは勇者がもっとけ」

勇者「な、なんでだよ。君が持ってればいいだろう」

僧侶「いーからもっとけ!! あとなぁ、俺は山賊上がりで女と酒が大好きなろくでなしだ」

勇者「重々承知しているけど……」

僧侶「そうかよ。なら、分かってるよな」

勇者「……何が」

僧侶「躊躇うなよ」

勇者「……!」



僧侶「やーおまたせ剣士ちゃん。話は終わったぜ。さあ行こう!」

剣士「ねえ何話してたの?私にも教えてよ!!」

勇者「僧侶……っ」

僧侶「勇者と巨乳の魅力についてちょっとばかし語り合ってただけさ」

剣士「……ふうん」

勇者「僧侶ぉっ!!!」









最上階


剣士「ここが最上階……だけど魔女いないね?どこかに隠れてるのかな?」

僧侶「確か最上階のさらに上で待ってるって言ってたよな。
   また転移魔法陣がここらへんにあるんじゃないか――ほらあった。ドヤぁ」

剣士「ほんとだ! よし、ついに魔女戦だね。二人ともがんばろうね」

僧侶「剣士ちゃん凛々しいなぁ!さながら戦の女神のようだ!!ああ眩しい!
   俺たち二人で頑張ろうな!この戦いが終わったら結婚しよう!!」

剣士「しない!」

僧侶「そっか!」

剣士「よーし転移しよう!勇者もほら、早く」

勇者「……うん」




ヒュン



魔女「やっと来た……随分遅かったのね」

勇者「魔女」

剣士「ひゃっ……、な、なにここ?私たち宙に浮いてる……?」

魔女「私の魔力で浮かしてるガラスの上にあなたたちは立っているのよ。眺めがとってもいいでしょう?」

剣士「うう……下が見れない」

僧侶「ガラスだと……? くそ、なんてこった!!剣士ちゃんがスカートを穿いていたならば下から下着が丸見えだったのに!!」

剣士「僧侶くん鼻血」

魔女「では始めましょうか。私のお友達を紹介するわね」

魔女「ジュリエッタ、アリス、エミリー、シンディ、クローディア、ダーシー、ドリーン、エレオノール、フランソワーズ、ジゼル、リアーヌ、イレーヌ、モニク、ミシェル、ノエル、ソフィ、シルヴィ、ヴィクトリーヌ、ヴァネッサ……」

剣士「まだ人形がこんなにたくさん……」

僧侶「気味悪い奴だな」

魔女「まだまだいるわ。部下たちじゃあなたたちに勝てなかったみたいだけど、私はそうはいかなくてよ。
   ねえそうでしょみんな?……うん、やっぱりそうよね」

魔女「みんな早くあなたたちのことぶっ殺したいって言ってます。そうよね、ずっと待ってたんだもの。いいわ、やりましょう」

魔女「さあ、はじめ……」





魔女「……あ……?」









魔女「……話してる途中に全く無礼な奴ね」

勇者「失礼」

魔女「…………人間のくせになかなか魔法を使いこなしてるじゃないの。そこは褒めてあげましょう。
   一瞬で私のお友達を全部消し炭にしちゃうなんて……」

魔女「なんてことしてくれてるんです? 死んで贖えよ、クソ豚野郎」


魔女は全体状態異常魔法を唱えた!
勇者は魔法で相殺した!


魔女「……ふーん。おもしろくなりそう」


勇者は雷魔法を唱えた!
魔女は箒でかわした!


剣士「ようし私も加勢する! やい魔女!箒から下りてこっちに来い!」

僧侶「そうだそうだ!ブンブン飛んでないでこっちに来い!」

魔女「いやよ。あなたたちと戦うのは私の人形」

魔女「言ったでしょ?まだまだ人形はたくさんあるって。それに……まだとっておきがあるんだもの」

魔女「さあ!私の従僕となって戦って! 僧侶……でしたっけ?」


魔女は身心操作の魔法を唱えた!
僧侶は体の自由を奪われた!



勇者「!!」

剣士「僧侶くん!?」








僧侶は剣士に殴りかかった!
剣士はかわした!


剣士「僧侶くんってば!しっかりして!」キィン

僧侶「……」ガッ

剣士「わっ、あ、!」

勇者「僧侶!!」


勇者は状態異常解除の魔法を唱えた!
しかし効かなかった!


魔女「無駄ですよ。この魔法は解けません」

剣士「僧侶くんになにをしたの!?」

魔女「人形になってもらっただけ。ほらほら集中して。仲間だったモノに殺されちゃいますよ」

勇者「くっ……」

魔女「で、勇者は私の相手をしてくれるんでしょう?見せてご覧なさいよ、あなたが手に入れたっていう、あの禁術……!」


魔女の魔法攻撃!
勇者はダメージをうけた!


勇者「……なぜ僧侶だけ操っているんだ?なぜ僕や剣士をそうしない?」

魔女「答えるつもりはないわ」

勇者「人を操るために何かが必要なんだろう。例えば血液とか……。
   だからあの扉を開けるために手に傷を負った僧侶がいま操られているんじゃないか」

魔女「ふふ」

勇者「狩人もそうして操られたのか。……剣士、気をつけろ! 血を取られるな!」

剣士「わ、分かった。でもっ、どうしたら……僧侶くんを助けられるの?」

勇者「……っ何か方法があるはずだ」









魔女「方法なんてありません。自分が死ぬか、お仲間を殺すか……どちらかですね。ああ、いいザマ」

魔女「なかなか使い勝手がいいじゃない、この人形。見た目がかわいくないのがとっても残念……。
   ほら、ほら、ぼやっとしてるとすぐ死んでしまいますよ」

僧侶「……」ガッ

剣士「うっ」

勇者「僧侶、目を覚ませ!しっかりしろっ!」


勇者は捕縛呪文を唱えた!
僧侶は動きを止めた!

しかし魔女がすぐに解除した!


魔女「動きを止めようったって無駄。だから……殺すしか方法はありません。
   どうするの?殺してしまうの?」

魔女「今まで一緒に旅をしてきた仲間を……あなたを信じてついてきた仲間を。
   ほかならぬあなたの手で彼の命の灯を消してしまうのかしら? どうするの?ねえ勇者?」

勇者「……黙れ!」


僧侶『躊躇うなよ』


勇者「…………!」

僧侶「……」


僧侶の攻撃!
勇者は防いだ!


勇者「…………っ」

勇者「ふざけんなっ!! この野郎!」ギィン


勇者の攻撃!
僧侶の武器を破壊した!


魔女「あら。意外とあっさり殺しちゃうのね」









勇者「何が『躊躇うな』だ!いっつも好き勝手やってたくせになんでそういうこと言うんだよ!!この変態僧侶!!」

僧侶「……」

勇者「男子禁制のハーレムつくるまで死なないんじゃなかったのか!?なんとか言えっ!!」

僧侶「……」


魔女は補助魔法を唱えた!
僧侶の攻撃力と防御力が10倍になった!


――バキッ!


剣士「……う、うそ。素手でガラスの床に大穴を……」

勇者「剣士。二人で僧侶の腱を狙おう」

剣士「……分かった」


魔女「……だから。無駄ですって。人間って頭悪いのね」


魔女は治癒魔法を唱えた!
僧侶の傷はたちまち再生した!


魔女「早く殺しちゃえば? 勇者の魔法なら一発でしょう?」








勇者「……ッ」チラ

魔女「あははは! なにその目?私を殺せば術が解けると思ってるの?
   でもいいのかしら?そしたらもうひとりのお仲間、ブス女が死んじゃうかもね」

剣士「ブスで悪かったな!! ……うぐっ!?」

僧侶「……」ドッ

剣士「わ、あ、う、お、落ち……っ!!」ガッ

剣士「あ、危なかった……」

勇者「剣士!」


僧侶が剣士を投げ飛ばした!
剣士は間一髪で落下を免れた!


僧侶「……」ジリ

剣士「……僧侶くんって結構素手でも強かったんだね」

剣士「でも、私は誰にも負けないよ。相手が誰だろうと、私は負けない!!」

剣士「勇者。僧侶くんは私にまかせて。君は魔女を倒して!!そうすれば僧侶くんの魔法も解けるよ!」

勇者「大丈夫か?」

剣士「大丈夫だよ。信じて」

勇者「……分かった」








魔女「ようやく私と遊んでくれる気になったのかしら」

勇者「遊びじゃない」


勇者は魔法を唱えた!
魔女は防御結界を張った!


魔女「なかなかだけど、やっぱりそんなんじゃまだまだだわ。
   早く使いなさい。ヒュドラを倒したっていうあの魔法」

魔女「私を倒すためにはその魔法を使うしかないと思うわ。そうシンディとアンも言って……
   ああ、二人はどっちもさっき死んじゃったんだっけ」

魔女「悲しい……」

勇者「……そんなにあの術が見たいのなら、見せてあげるよ」


勇者は呪文を唱えた!
辺り一面光に包まれた!
魔女は旋回した!


魔女「……ふふ。その程度?すぐに避けられちゃうじゃない」

魔女「ヒュドラは鈍重だったからまともに食らってしまったのね。あいつ、首がたくさんあるくせに体は全然動かないから――」

魔女「……!? 勇者がいない……?」

勇者「後ろだ」

魔女「!」


勇者は魔女の心臓を突き刺した!


魔女「っああああぁ……!」








剣士「……勇者! 魔女を倒したの? ……あれ?でも僧侶くんはまだ……」

魔女「あぁぁぁ……ああ……痛いじゃない!!もうっ!!離しなさい」

勇者「!?」

勇者「確かに心臓を刺したはずだ……何故生きてる?」

魔女「ゴホゴホ……やだもう、お気に入りのドレスが血まみれよぉ……どうしてくれるのかしら、グチャグチャになって死んでよウジ虫ども……」

魔女「なに?何故そんなに驚いた顔しているの?あなたたち、誰と戦ってたのか分かってるのかしら?」

魔女「魔王様直属の部下、魔女族魔男族を束ねるこの魔女よ。私が何年魔法を研究してきたか知っている?
   そうね、ざっと400年。心臓を一回刺されたくらいじゃ死にませんわ」

魔女「いくら勇者って言ったってたかだか10年ちょっと生きたあなたとは格が違うのよ。ごめんなさいね」

勇者「なんだと……?」

魔女「それに、騙すなんて姑息な真似してくれるわね。さっきの魔法、禁術ではないでしょう。
   そんな態度でいていいのかしら。そろそろ私も面倒になってきたわ」


魔女は杖を掲げた!
嵐が吹き荒れ雷鳴轟き、降り注ぐ雹が勇者と剣士の体を傷つけた!


勇者「使うしか……」

剣士「勇者っ!!使っちゃだめ!!」







魔女「お前は、黙ってろ。メス豚が」

剣士「お前こそ黙ってろ!!」

剣士「勇者! あの術は、二度と使わないって言ったじゃない!!使わないで!!!」

勇者「剣士」

剣士「使わないでよ!!あんな魔法……!!」

勇者「これしかない」

剣士「………………っ」

剣士「……」


勇者は禁術を唱え始めた!

魔女は防御結界を五重に張った!


魔女「迎え撃つわ。反射して全部そっくりあなたに返してあげる……!」


禁術が発動した!


魔女「……」

魔女「……!」

魔女「私の結界でもだめなんて……」

魔女「本当恐ろしい術ね」


魔女は箒で舞い上がった!
しかし術の引力に引き寄せられた!


魔女「…………あら。思った以上にすごいのね」



魔女の体は消滅した!










僧侶「……!」

僧侶「……」ガクッ

剣士「僧侶くん!! 気を失ってる……だけか」

剣士「術が……解けたんだ!!」

剣士「……勇者っ」


勇者「ごぼっげほげほ……大丈夫、生きてる……がはっ」ビチャビチャ

剣士「どう見ても大丈夫じゃないよぉ……また血が……」

勇者「僧侶は……?」

剣士「気を失ってる。でも魔女の術は解けたよ。……あっそうだ!女エルフにもらった飲み薬、飲んで!!
   い、いまフタあ、あけ、開けるからっ!!すぐ痛いのなくなるから!!」

勇者「落ち着いて……二度目ということもあって若干慣れたから……」ビチャビチャ

剣士「慣れていいもんじゃないからね!?辺り一面血の海になってるからね!?」

剣士「あ、開いたっ! ほら早くこれ、飲んで!!」



ドッ……


剣士「んっ……?」

勇者「……!?」

剣士「あ……え?」

剣士「……なん……で……剣……お腹から……?」

僧侶「……」ズブ

剣士「……僧侶くん……?」



ドサッ







勇者「剣士!!!」

勇者「僧侶……一体何を!?」

僧侶「さっきの禁術……一度発動したら対象は逃れることができないのですね。
   まるで引力のようなものを感じました。とてもおもしろいです。呪文を詳しく教えてもらえませんか?」

勇者「……お前は魔女か!?」

僧侶「……ああ。そうですよ。さっきまであなたの前にいた私も、とっくの昔からお人形でした。
   今までずっとお人形の体を転々と移ってきたのです。さっき壊れたあの体は特別気にいってたのですけど」

僧侶「やだ、男の体なんて入ったの初めて。こんなんじゃドレスも着れないしリボンも似合わないわね。
   早く新しい体つくらなくっちゃ……」

剣士「う……」

勇者「剣士、この薬を……」

僧侶「……それ、エルフ族の薬ですよね。なんで勇者が持っているのかしら。
   勇者が魔族から奪ったのか……エルフ族の誰かが私たちを裏切ったのか……どっちかしらね」

僧侶「どっちでもいいわ。もう興味があった禁術を見れたんだもの、もうあなたに用はないの。
   ちょうどいい剣もあることだし……ここで死んじゃってくださる?」


僧侶は剣士の剣を振りあげた!
勇者は剣士を庇った!



勇者「……っ!!」

勇者「……」

勇者「…………?」








僧侶「………………」ググ

僧侶「……どうして?体が動かない……」

僧侶「……」

僧侶「……その剣は剣士ちゃんのもんだ。こんな風に使っちゃだめなんだよ!!!」

僧侶「人の体使って散々やってくれたなァ!?このクソババア!!!ええコラ!?気持ち悪いんだよとっとと出てけ!!!」

勇者「……そ、僧侶? 僧侶!!」

剣士「僧侶くん……?」パチ

僧侶「剣士ちゃんごめんな。操られてたとは言えひどいことをしちまったもんだ」

僧侶「な、なんで?今まで自我を取り戻した人形なんて……一人もいなかったのに。私の魔法は完璧よ」

僧侶「うるせーー!喋るなタコ助!!バリバリ自我あるわい!!俺の体から出て行け!!ぶっ殺すぞ!!」

僧侶「…………出て行かないわ。あなたこそ……さっさと消えなさい。ぎゃんぎゃんと喧しいわ」

僧侶「ははん、同じ体を共有してる今なら分かるぜ。お前、相当焦ってるな。
   出て行かないんじゃなくて、出て行けないんだろ。お前の人形はもうここには俺以外ないからなぁ」

僧侶「つまり……こうしちまえば、お前は死ぬしかないってことだ」

勇者「……僧侶? ……やめろ!」

僧侶「何をするつもりなの?やめなさい! 馬鹿ね……こんなことをすればあなたも死ぬってことよ。
   そんなことも分からないのかしら」

僧侶「えー!?俺も死ぬの!?じゃあやめよっと!」

僧侶「……なんて言うわけねーだろ!!そこまで俺は馬鹿じゃねえ!!
   道連れだクソババアめ。死んじまえ」


グサッ!







僧侶「……ああ」

僧侶「……もう、いやになるわね。ほんっと人間って馬鹿」

僧侶「……仕方ないわ……死んであげるわよ」

僧侶「……」



剣士「僧侶くん!!」

勇者「僧侶! 僧侶……しっかり! い……いま治癒魔法を」

僧侶「やめとけ……治癒魔法かけたら魔女まで復活しちまうだろ……」

勇者「死ぬな!!死なないって言ったじゃないか!」

僧侶「……自分も死にそうな状態でよく言うぜ……大体いま治癒魔法使えるんなら……
   自分に使えよ……血みどろで気味悪い……妖怪か貴様は……」

剣士「…………そうりょくん…………しなないで…………」

剣士「いっしょにかえろうよぉ……いやだよ、こんなの……」

僧侶「剣士ちゃん、泣かないでくれよ」

僧侶「勇者も泣くな。男に泣かれても鳥肌しか立たん……マジキモイ……」

勇者「こんな時にまで軽口叩いて……馬鹿だな」

僧侶「ああそうだ、馬鹿だ……クッソ、柄にもなくかっこつけちまったけど……
   あーくそ、正直こんな真似するんじゃなかったぜ」

僧侶「くそっ……!めちゃくちゃいてえよ…………なんだよこれ……いってえよ!」

僧侶「死ぬのか俺……死ぬって何だよ、意味わからんくらい怖ええよ……死にたくねーーよくそったれこんちくしょう!!」

僧侶「こんなところで俺の人生終わっちまうのかよ……まだやってねえことたくさんあるっつの……」

剣士「僧侶くん……」

勇者「…………ごめん…………」

僧侶「俺は死にたくない」

僧侶「正直すげえ生きたい」

僧侶「だが死ぬ。俺は俺のために死ぬ。おい、なんで謝った?やめろよなそういうの」

僧侶「いいかよく聞けよ。遺言だこの野郎……」







僧侶「俺は今まで自分の意志で旅をしてきたし、自分の意志で死を選んだんだ。
   だから俺の死がお前のせいだなんて思うのは、俺に対する侮辱だぞ」

僧侶「今後俺に対して謝ったりなんかしたら、冥界から戻ってきてお前を殺す。分かったな」

僧侶「あと剣士ちゃんを泣かせたりなんかしても殺す。お前が死んでも殺す」

勇者「……物騒な遺言だな……」

僧侶「剣士ちゃん。正直言ってこいつより俺の方が遙かにいい男だと思うが、まあこいつもそれなりだから
   ずっとそばにいてやってくれよな。こいつ君のことすっげー好きだから」

剣士「僧侶くんも一緒にいようよ……いかないで……」

僧侶「ごめんなぁ。そろそろだ……」




僧侶「……なあ勇者。魔王を倒してからも生きろよ」

勇者「……」

僧侶「他人なんか気にすんな。いざとなれば剣士ちゃん連れてどっかへ逃げろ。
   泥水啜ってでも生きたもん勝ちだ。そうすりゃいつかいいことあるって」

勇者「……」

勇者「僧侶。今までありがとう……」

僧侶「……じゃあな、二人とも……」




僧侶「……」




ここまでです




* * *


魔王城


魔王「……魔女が死んだか」

炎竜「……」

兄「俺が行きます」

魔王「……」

魔王「待て。私が行こう」

炎竜「魔王様?」

魔王「少々勇者を侮りすぎていたようだ……」

魔王「……私の命も残り少ない……全て勇者との戦いのために使おう。
   勇者を王都から引き離し、私が奴を始末する」

魔王「炎竜、そして息子よ。太陽の国の侵攻状況は」

炎竜「沿岸部はほとんど。国土の三分の一程度です」

魔王「数日でそれなら十分だ。
   私が勇者と戦っているうちに、勇者がいない王都をお前たちで落とせ。分かったな……」

兄「しかし、」

魔王「言うな」

魔王「息子よ。受け取れ。魔を統べる者が手にする王の指輪だ。
   いま、これをお前に託そう……」

魔王「私亡き後、お前が王だ。……しっかりやれ……」

兄「……」

兄「はい」



兄「必ず、魔族に勝利を」

魔王「……ああ……」






* * *


「冥界とか冥府とかって呼ばれてるところって一体どんなところなんでしょう。

 女神様は安らかで、とっても景色が美しいところって言ってたけど本当なんでしょうか。

 死んでしまったみんなは今はそこにいるのでしょうか。

 苦しかったことや痛かったことは忘れて、楽しく過ごせているのかな。

 だったらいいなって思います。


 死ぬのは痛くて辛いのだろうけど

 生きるのも同じくらい辛いんだって、分かってきました。

 でも死ぬのは一瞬で、もしそのあと楽しく過ごせるなら、

 一瞬ではなくずっと続く生の方が悲しいのかなって…… 


 どっちでもいいや

 あの人といっしょなら

 生きても死んでも、どっちでもいいです。」









まだ夕暮れ暮れ時にも関わらず、その飲み屋圏食事処は大変な賑わいを見せていた。
グラスを突き合わせる音や、野次の声が飛び交う騒然たる店内の隅っこで
そこだけ切り取られたように静かなテーブルがあった。

薬師である。
彼は酒の注がれたグラスに目もくれず、テーブルに広げた四通の手紙のことだけ考えていた。

いま彼がいるのは魔族と人が共に暮らす共同都市、通称「月の都」と呼ばれるところだった。
雪の国から星の国を経て、太陽の国に帰ってきた彼が、人間だけが罹る流行病の噂を聞いて
この月の都にやってきたのだった。

そして、ここで暮らす夫婦に出会った時に受け取ったのが、いま目の前にある四通目の手紙だった。



「ニーナという名前は書かれていないけど……あなたが持っている三通の手紙と筆跡が一緒ね……」


庭の広い、小さな木の家に住んでいる夫婦の、物静かな妻の方が手紙を矯めつ眇めつそう言った。


「たぶん、私が拾ったこの手紙も……ニーナという女の子が書いたものなのではないかしら……」

「そう、ですか」


四通目の手紙に出会えたのは確かに嬉しかったが、どう考えても内容がこれまでと違いすぎる。
仲間が死んでしまったのだろうか。
あの人とは、彼女と一緒に旅をしていた勇者のことだろうか。


「よかったら、これ……あなたが持って行って。……いいかしら?」

「勿論。俺も彼が持っていた方が、なんだか自然な感じがするし」


夫婦に差しだされた手紙を受け取って、ついに彼は海からの手紙四通全てを手にしたわけだが
何故かこうして夜の酒場で紙切れ相手に途方に暮れてしまっている自分がいた。







ずっとこの大陸を旅してきて二十余年。
薬師として薬を売り歩く、という名目はあったが、正直に言うとこの手紙を集めることも目的のひとつだった。
むしろ、そちらの方が旅立ちの理由として大きかった気もする。


時系列順に並べれば、最近受け取った手紙の続きに、
幼いころ自分が浜辺で拾って祖父に読んでもらったあの手紙が続くのだろう。

全て繋がった。
しかしこの釈然としない気持ちはなんなのだろうか。


テーブルに広げた手紙を再び懐にしまい、知らず知らずのうちにため息をついたときだった。
酒場の主人が、彼の真向かいの席にドスンと腰を下ろした。


「よう薬師の兄ちゃん。久しぶりだなあ」


呂律が微妙に回っていないところから察するに、すでに主人はけっこう酔っている。
うわあと内心思いながら彼はちょっとだけ身を引いた。
手紙をしまっておいてよかった。


「なんだよ、全然飲んでないじゃないか! 俺んとこの酒はそんなにうまくないってのか? ん?」

「ち、違いますよ。いまから飲むところです」

「そうか」








種族入り混じって騒ぎまくっている店内なので、片隅といえど薬師と主人のいるテーブルも
お互い声を張り上げないと会話ができないほどだった。


「……で、あんたいまいくつだよ?もう三十路じゃないのか?」

「まだ二十代です」

「いくつ?」

「……25」

「四捨五入すりゃ30だ。もうおっさんだ」


誕生日を迎えてから四捨五入という言葉が大嫌いになった彼だった。
おっさん……。その響きにくらりとめまいを感じてから、一気に酒を呷った。

おじいちゃん。僕はもうすぐおっさんです。


「30になれば一気に体にガタがくるぞぉ。そろそろ腰を落ち着けちゃどうかね?」

「は、はあ」

「家庭を持つっていいもんだぞ。
 俺も昔はやんちゃしたもんだがな、帰るところがあるっていうのは、なかなか意外にいいもんだ」

「家庭ですか……。でもあいにく、相手がいないもので」

「うちの娘なんかどうだい? ほら、久々にあんたがここを訪れたもんだから、
 あんたが店に来てからずっとチラチラ見てるよ」

「え」







ひと際賑やかだった中央のテーブルにドッと声が沸いた。

「はい! ビール6人前おまちどうさま!」

店の看板娘――いま彼の目の前でにやにやしている主人の娘の元気な声が、かろうじて彼の耳に届いた。

娘に働かせておいて、父がテーブルについてサボっているいまの状況に気がついたのか
「ちょっとお父さん!ちゃんと働いてよ!」と娘が抗議した。


「まあ、口うるさいのが玉に瑕だが……なかなかの器量よしだ」

娘の声を無視して主人は続ける。


「家庭ですか……」

「そろそろ身を固めることも考えた方がいいんじゃないかってね」






第二章 uoy hti wevi lan nawi.








女神「……たったいま尊い命がまたひとつ冥府に導かれました」

女神「安心してください。冥府はとっても安らかなところですから、彼も今頃……死の恐怖も痛みも忘れ、
   その美しい景色に心を奪われていることでしょう」

女神「勇者、そして剣士。私を解放してくれてありがとう。
   私はこの塔を司る三女神のうち一人です」

女神「二人の傷ついた体を癒して差し上げましょう。これで良くなるはず」

勇者「……ありがとうございます」

剣士「…………」

女神「……あなたたちに私から贈るものがあります」

女神「すでに勇者は女神の一人から力を、また別の一人から知識を得ましたね。
   力と知識……これこそ戦いに最も必要な二大要素ではありませんか」

女神「あなたはもう勇者にとって大事なその二つを手に入れている。だから私は、あなたが勇者としてではなく」

女神「一人の少年として最も望むものを贈りたいと考えているの」

女神「あなたの心を覗かせてもらいます」

女神「あなたが一番欲しているものは……」

女神「…………そう。分かりました」

勇者「……」

女神「ならば、これをあなたに差し上げましょう」






* * *



大樹の村 跡地


勇者「……やっぱり、どう見てもこれは種だよね」

剣士「植えたらなにか生えてくるんじゃないかな」

勇者「だったらこの村の墓場に埋めようか」



剣士「なんの種だろう」

勇者「さあ……。花でも咲くのかな」

剣士「これが君の望みなの? 実は花が好きだったり?」

勇者「別にそういうことはないと思うんだけど……女神様が言うことなんだから、そうなのかな?」

剣士「……」

剣士「神様なんだから、もっと……死んだ人を蘇らせてくれたりしてくれればいいのに」

剣士「案外神様もできることは少ないんだね」

剣士「……二人でいるとなんだか静かだね。村で二人で遊んでたころは全然気にならなかったのに」

剣士「僧侶くんは夜はいっつも飲み屋に行くし、女の子がいればすぐに口説きにかかるし、
   口は悪いし、本当に私たちより年上なのかなって思うときがあったけど」

剣士「おもしろいことばっかり言うから、悲しい時もいつの間にか一緒に笑っちゃってたよ」

剣士「狩人ちゃん。無口で何考えてるか最初はよく分かんなかったな。
   全然笑わないからちょっと怖いお姉さんだなって思ってたけど」

剣士「本当は4人の中で一番みんなのこと気にかけてたよね。
   笑った顔、すごいかわいかったな。もっといろんなこと話したかった」

剣士「女の子同士の秘密の話だから、勇者と僧侶くんは聞いちゃだめだよ。二人には内緒」

勇者「はは……」

剣士「……」

剣士「……ごめん」

剣士「こんなこと、今話すべきじゃなかったね」

勇者「いいんだ。そうだね、4人でいたときは……変なパーティだって思ったけど」

勇者「あれはあれで楽しかったね」

剣士「ね」



勇者「二人の死を無駄にはしない」

勇者「王都に行こう」







太陽の国 王都


国王「正直に言って……信じられん。今まで手加減をされていたとしか思えないほどだ。
   たった数日で、塔が奪われ、さらに沿岸部の村々はほぼ竜族に支配された」

国王「海路は水魔族によって阻まれ、陸路も何者かの魔法によって断たれてしまい、隣国からの救援も届かぬ」

騎士団長「このままでは間もなくこの王都も危険に晒される」

神殿長「……」

魔術師長「魔王は国王様のお命を狙っております。必ず王都を落としに来るでしょう。
     私たちが全身全霊でこの王都をお守りします」

神儀官「この国が誇る騎士団と魔術学院の長の二人ならば、それも可能かもしれませんね。
    ですが所詮はただの人……確実に王都を守れるとは限りません」

騎士団長「何だと?」

魔術師長「……口が過ぎるな神儀官。神殿長、あなたは部下に一体どのような教育を……」

神殿長「……」

魔術師長(チッ。傀儡か)

神儀官「一体何のために『勇者』がいると思っていらっしゃるのでしょう?
    そうですね、勇者?」


勇者「……塔を取り戻します」

勇者「そしてこの国への侵略をやめさせます」

神儀官「期待していますよ」

騎士団長「勇者。そうは言うが勝算はあるのか。四天王のうち3人を倒したのはさすがだが、
     残るは炎竜……そして魔王。手ごわいぞ」

勇者「分かっています」

国王「よくぞ言った」







国王「勇者、魔王との決戦に必ず勝ち、我が国に勝利をもたらすのだ」

国王「魔王を討ち取れ。お主なら、それが……」

勇者「そのことなんですが、僕は魔王や魔族との戦いをできるだけ避けたいと思います」

魔術師長「……?」

騎士団長「どういうことだ?」

勇者「魔王に会いに行くことは行きますが、戦いの前に人と魔族の間における不可侵条約の締結を提案しようと思うのです」

魔術師長「……は、はあ?」

国王「不可侵条約……か」

勇者「元々この戦争を仕掛けたのは僕たち人間側だということは、国王様もご存じでしょう」

国王「……ああ、知っている。わしの曽祖父が始めたものだ……
   大っぴらに国民に知らせてはいないがな。その情報は女神から受け取ったものか」

勇者「戦争をどちらかの勝利という形で終わらせることに僕は反対します。
   不可侵条約を結んで、お互いの種族を尊重し、侵略行為を永遠に禁じましょう」

勇者「魔族が悪だというのなら人間も悪です。人間が善だというのなら魔族も善です。
   もうお互いが傷つくだけの戦争は終わりにしましょう」

騎士団長「……お前は魔族が人間と同等だと言うのか?国王の御前でなんということを……」

勇者「魔族と人は、同等だ。何度だって言う」

神儀官「…………………………」

神儀官「あら……」

国王「勇者、本心で言っているのか。お前の仲間も……多くの国民も……魔族によって命を奪われたのだぞ」

勇者「……本心です」


国王「…………分かった。不可侵条約締結に賛成しよう」

神儀官「国王様!」







神儀官「お気は確かでいらっしゃいますか?魔族ですよ。奴らと条約を結ぶなど……!」

国王「しかし勇者、魔王とてすんなり首を縦に振ってくれるとも限らんぞ。
   そのときはどうするのだ?」

神儀官「国王様……」

勇者「その場合は……やはり戦闘になってしまうと思います」

騎士団長「平和的解決を図りたいと言いながら、結局は武力に訴えるのか」

勇者「……」

魔術師長「黙りなさいよ。なら腕っぷししか能のないあんたは他の策を思いつくって言うの?」

騎士団長「なにぃ?」

魔術師長「あら失礼」

魔術師長「とにかく。勇者は塔に行くのでしょう。ならばその間の王都護衛は私たちにまかせてちょうだい」

騎士団長「……まかせておけ」

国王「いい知らせを期待している。お主は我らの希望だ」

国王「塔へ発て。勇者」

神儀官「…………」


勇者「はい」








剣士「あ! 勇者、王様たちと話終わった?」

勇者「終わったよ」

剣士「なんだって?」

勇者「賛成してくれた」

剣士「……よかった。認めてもらえたんだね」


魔術師「勇者に剣士!ここにいたのね。ちょっと色んなこと相談したいからこれから一緒にお昼食べながら話聞いてもらっていい?
    いま王都護衛のための魔術師配置のことを考えてるんだけど結構頭こんがらがっちゃって意見ほしいっていうかそのね」

副団長「やあ勇者に剣士くん。聞いたぞ太陽の塔に再び行くのだそうだな!
    そんなに多くはないが魔族のおおよその身長体重弱点などの情報を伝えたいと思うのだ!これから一緒に昼餉などどうだい」

魔術師「ちょっと!私の方が先に話しかけたんだからね」

副団長「なにい!俺の話の方が勇者たちにとって重要だろう!ここは俺に譲るがいいさ!!」

剣士「二人とも寝不足気味なのかな。テンションがおかしいよ」

勇者「それなら4人でいっしょに食べようよ」

魔術師「いいわね!名案だわ!」

副団長「よしさっそく行こうじゃないか!!!」








副団長「と思ったがさすが昼時、いつも行っている広場の店にも全く空席がないな。ええいどうする!!」

魔術師「あれ、じゃあここは?新しくできたお店みたい。初めて入るけど行ってみようよ」


剣士「……なんか、この店焦げ臭い匂いしない?勇者」

勇者「え?そうかな」

副団長「うーん確かに剣士くんの言う通り。なんだか嫌な予感しかしない」

コック「い、いらっしゃいませ!」

魔術師「奥に行けば行くほど匂う……ちょっと地雷臭がしてきたわね、このお店。
    でももう席についてしまったし……」




コック「おまたせしましたっ! ビーフシチューにオムライスにチャーハンにタコライスです!!」

魔術師「……よかった、味は普通ね。びくびくしちゃった」

剣士「オムライスおいしー」

勇者「うん、おいしい」

副団長「うまいな。ところで今日は俺が奢ろう」

魔術師「待ちなさいよ。私が奢るつもりだったの。だから勇者も剣士もいっぱい食べてね。
    デザートもあるみたい。後で頼みましょ」

副団長「待て!!俺が先に奢ると言ったのだ。勇者も剣士くんも育ちざかりだろう、遠慮せずにどんどん追加していい」

魔術師「ちょっと、でしゃばんないでよ」

剣士「二人とも喧嘩しないで……ていうかなんか様子が変じゃない?どうしたの?」

勇者「……気持ちだけで嬉しいから、そんなに気を使わなくていいよ。ありがとう」

魔術師「ち、ちがっ……」

副団長「……魔術師、君のせいでいらぬ恥をかいた」

魔術師「私のせいだって言うの!?」

勇者「いやだから喧嘩しないでって……」









コック「うわああああああああ! すすすすすすいませんすいません!!」ダバー

剣士「わああああっ!! なにっ!? これが噂の飛び土下座!」

コック「すいません!!料理に手違いがありまして……というのも味付けを間違えてしまいました!!
    何を隠そう、じつはわたくし、料理があまり得意ではないのです……!」

魔術師「厨房から立ちこめる焦げ臭さでうすうす気づいてたけどね」

剣士「一体何故コックを目指したの……」

副団長「ふむ、しかし味付けを間違えたというのは真か?普通にうまいと思ったが……」

魔術師「確かに。特別めちゃくちゃおいしい!ってわけでもないけど、不味くはないよ」

コック「い、いえ、確かに間違えてしまいました」

コック「ええと……チャーハンです。うわあああ!よりによって勇者様のお食事の味付けを間違ってしまうなど……
    ……首吊ってきます」

魔術師「ちょっとおおっ やめなさいやめなさい!!料理の腕の前にそのメンタルどうにかなさいよ!!」

勇者「……あー、確かに言われてみれば味が変かもしれないけど、そこまでじゃないから気にしないでください」

副団長「ふむ、どれどれ?」パク

副団長「………………………………」

魔術師「いつもうるさい副団長が無言になるなんて、よっぽどのことだわ。
    勇者、よく今まで平気で食べられてたね」

勇者「ま、まあね」


剣士「……」







剣士「どんな味?」

勇者「え?」

剣士「どんな味がするの?」

勇者「ええと……普通よりちょっと、いや大分塩辛い。塩の量を間違えてしまったんですよね、コックさん」

コック「いえ!油と酢を間違えた上、肉いれたと思ったら角砂糖投入しておりました!!」

勇者「どんな間違いだよっ……!」ダン

勇者「いや、言われてみれば酸っぱいし甘い。すごい味だ」

剣士「……」


剣士「魔術師さん、副団長さん。ちょっと席はずしてもらっていいですか」

魔術師「へ?」

剣士「勇者に訊きたいことがあるので」

副団長「かまわんが……」





剣士「……」

勇者「……あのさ、ちょっと僕も二人に急きょ話したいことがあるから、剣士はここで待っててくれるかな」ガタッ

剣士「座って? 勇者」

勇者「でもほら、二人とも結構忙しいみたいだし、すぐ用事を済ませたいから……」

剣士「座れ」

勇者「はい」









剣士「私にね、何か隠してることないかなって」

勇者「何もないよ」

剣士「うそつき。……おかしいと思ったんだ。雪の国でヒュドラを倒した後……
   急に甘いもの食べられるようになってたけど、あのときからでしょ」

剣士「味覚ないんだ」

勇者「……」

剣士「あのときからってことは、それ、あの魔法を使ったことが原因なんでしょ」

剣士「……魔女を倒すときも使ったよね。ああ、だから店に入るとき異臭にも気付かなかったんだね。
   嗅覚もないんだね」

剣士「そんな魔法なんだ……」

剣士「なんで黙ってたの?」

勇者「……黙ってたのは謝るよ。でも味覚も嗅覚も、なくても戦いに支障がないから平気だよ。
   最悪目さえ見えていれば、なんとでも、」

剣士「そういう問題じゃないでしょ」

剣士「君はいつから戦いのためだけに存在する兵器になったの。
   勇者は兵器じゃないでしょ。人間だよ」

剣士「味覚も嗅覚も全部人にとって大事なものでしょ。
   大体……戦いが終わった後はどうするの?」

剣士「もう戦わなくていいって時に、本当に目だけ見えていればいいなんて心から言えるの」

剣士「いままでもこれからも、君は人間だよ。戦いに必要ないからいらないなんて言わないでよ!
   戦いが終わった後も、君の人生はずっとずっと続くんだから……!」



剣士「……」

剣士「ねええ……ふざけてるの?いい加減怒るよ?」ガッ

剣士「なんで顔を上げてみたら勇者、嬉しそうに微笑んでたの?どう考えても表情の選択おかしいでしょ?ねえ?」

剣士「私真剣に話してるんだけど?」

勇者「ごめん、つい……謝るから胸倉離してくれ」

剣士「つい、なんなの?」

勇者「……嬉しくて」

勇者「ほかの誰が戦争のための兵器だと考えていても、君さえ僕は人間だと言ってくれるなら、
   それだけですごく嬉しいんだ。笑っちゃってごめんね」

剣士「……」

勇者「あの術のリスクは全部分かっていたけど、それでも使ったのは僕の意志だ。
   受け入れて生きていくよ」

勇者「心配してくれてありがとう」

剣士「…………なんでそんな風に言えるの」

剣士「なんでそんな大事なことずっと黙ってたの~~~~っ
   もーーーーーっなんでいっつも勇者はそうやって……も~~~~~……!!」

勇者「ごめん」

剣士「信じらんない……うぅ~~~~~……ううっ……う……」

剣士「…………気づいてあげられなくてごめんね…………」







バタンッ!


副団長「勇者!剣士くん!」

剣士「うう……副団長さん?」グス

副団長「取り込み中すまんが、外に来てくれ……大変なことになった。外は大騒ぎだ」

勇者「一体何が?」

副団長「魔王から、君に向けてのメッセージだ」


勇者「な、なんだこれは……?」

魔術師「魔法で空に文字を浮かび上がらせたのね。こんな大規模な魔法めったに見れないよ」

副団長「『満月の夜に、魔王城に通じる門を塔におく』」

魔術師「満月には魔族の力が最も大きくなると言われている。罠としか考えられないけど……」

剣士「満月は確かもうすぐだよね」

勇者「魔王……」

勇者「……満月の夜か」








* * *



勇者(罠なんだろうか)

勇者(でも行くしかない。どのみち塔には行かなければいけなかった)

勇者(……死ぬかもしれないな)

勇者(そう考えても不思議と気持ちが前向きのままでいられる)

勇者(狩人が死んで僧侶が死んで、家族が死んで、自分も多くの魔族を殺して……
   それでも正気を失わずにいられるのは)

勇者(多分、彼女のおかげなんだろう……、ってなにを考えてるんだ)


勇者「気を引き締めないと。会うのは魔王だ」



勇者「夜明けだ。出発しよう」




コンコン



勇者「……剣士?もう出発するけど」

勇者「まだ寝てるのか……?」



勇者「いつも早起きなのに珍しいな。……入るよ」








剣士「……」

勇者「寝てるのか。……」

勇者「剣士。朝だ。もう起きないと……、……?」

勇者「え……?」


勇者「け……剣士?剣士……?」


勇者「なんでこんなに肌が冷たいんだ」

勇者「……???」

勇者「朝だよ、起きてくれよ。剣士……どうしちゃったんだよ」


勇者(まさか)

勇者(いやそんなわけない。ここは王都で……昨日の夜まで剣士も元気で……まさか)

勇者「…………」

勇者「心臓は動いているはずだ」

勇者「心臓は……」

勇者「動いてないはずがない」

勇者「そんな……はずは……」








勇者「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」



勇者「うそだ」









――――――――――


勇者「……!」パチ

勇者「天井……?」

勇者(夢だったのか?)

勇者「……ハァ……ハァ……」

勇者「……おえっ……」

勇者(なんて夢だ。何度目の……)


ズルッ


勇者(夜明けだ……夢の中と同じ……また剣士の部屋へ歩いて行って……
   でもこれはもう現実であっているのか?まだ夢のなかじゃないのか?)

勇者(それともさっきのがやっぱり現実で、これは僕が現実逃避に見ている夢なのか?)

勇者(もう一度確かめないと……また……)


コンコン


勇者「剣士」

剣士「……」

勇者「…………あああ……動いてない。心臓が動いてない。息をしていない。体温がない。生きてない」

勇者「一体誰が!!いつの間に……ちがう、やっぱりこれは夢なんだ。あり得ないだろこんなの」



―――――――――――――



勇者「……」パチ

勇者「はあ……■あ……今度こそ現実だから剣士は死んで■いはずなんだ。もう一度確■めに」

勇者「行って……ああ、でも■しまた死ん■いたらどう■■ばいいんだ。だれ■やった■だ……まも■なかった……■たひと■しなせてし■った……」

勇者「なんと■■もけん■だけ■まもりた■ったのに……だれだ■……■れが■ったんだよ■れが」

勇者「ま■■てしまっ■」

勇■「……」

■者「……■んどたし■めてもしんで■■。け■しはしん■……ころ■れた■■……■■■……」

■■「■■■」






―――――――――


■■「■■■■■■ ■■■ ■■ ■■■■■■■■■……■■■■」

■■「……■■■、■■……■■■」





―――――――――――――――



勇者「……」パチ

勇者「……短剣」



ザクッ!!



勇者(血が出ている。熱い。痛みだ)

勇者(ということはこれこそ現実……)


スタスタ


ガチャ


剣士「……」

勇者「……」

勇者(呼吸をしてる、体温がある。剣士は生きてる、死んでいない)

勇者「はあっ……よかった……」ズル


剣士「むにゃむにゃ」ゴロン


勇者(神様、なんでもあげますから……なんでもしますから)

勇者(剣士だけはどうか……)







勇者(そのためなら自分はどうなってもかまわない)


パアッ



勇者「!? なんだ……? 僕の部屋から明かりが漏れてる」


ガチャ


勇者「……魔法書が光っているのか? うっ眩しい……一体何事だ」

勇者「あれ?最後のページの呪文が……」

勇者「読めるようになってる。今まで解読できなかったのに……何故いきなり」


勇者「そうか」

勇者「最後の呪文の代償は……」

勇者「やっぱりそうなるか」

勇者「……だったら。もういっそここで……」

勇者「……」



正気だって思ってるけど結構すでに頭がおかしい勇者でした
今日はここまでです




王立図書館 地下



獅子像「……む」

獅子像「久しいな。勇者」

勇者「やあ」

獅子像「こんな早朝に一体何用だ。まだ図書館も開館していまい。どこから忍びこんだのだ」

勇者「見なかったことにしてくれ」



スタッ



勇者「……剣は……やっぱり抜けない、か」

勇者「なら仕方ないな。おいていこう」








* * *



剣士「勇者おはよう! まだ寝てるの? もう朝だよ」

剣士「……あれ?いない。どこ行っちゃったんだろ」


剣士「おはようおばさん。勇者どこ行ったか知ってる?」

宿屋「あら……?おはよう。勇者様ならもう宿を出たみたいだけど?」

剣士「え? 何か用事でもあるのかな」

宿屋「用事というか、満月の夜に塔に到着できるよう、今日王都を発つって……」

宿屋「てっきりあなたも一緒に行ったかと思ったのに、まだいたのね」

剣士「ええっ!?なにそれ、聞いてないよ。探しに行ってくる!!」

宿屋「行ってらっしゃい……気をつけてね」




王都 城壁門




剣士「もう、いつ出発するかとかちゃんと事前に言ってくれないと困るよ」

剣士「準備だっていろいろあるのに!とりあえず剣だけ持ってきたけど」

剣士「……ああっいた!! 勇者っ!!」

剣士「あれっ副団長さんに魔術師さんも……おはようございます」

副団長「剣士くん……」

魔術師「お、おはよ」

剣士「ひどいよ勇者!なんで何も言わずに宿を出ちゃったの?」

剣士「塔に行って魔王に会うんでしょ?すごく大事な日じゃない。ちゃんとそういうの昨日のうちに出発時刻とか言っといてよ」

剣士「でも追いつけてよかった。二人は見送りに来てくれたの?」

勇者「……」

剣士「ねえ、どうしたの?なんでこっち向いてくれないの……?」









勇者「見送りじゃない」

勇者「僕は二人とともに魔王城に行く」

剣士「え?……ああ、そうなんだ。じゃあ、また4人パーティだね」

剣士「副団長さんも魔術師さんも王都を離れていいの? でも心強いな!嬉しい。よろしくね」

勇者「4人じゃない。3人だ」

勇者「君はついて来ないでくれ」

剣士「……へっ? な……なに言ってんの?」

勇者「今まで我慢していたけど、正直に言って足手まといなんだ。
   君を庇いながら戦うのももううんざりだ」

剣士「…………?? どうしたの……急に、そんな……」

剣士「ず、ずっといっしょに戦ってきたじゃない。
   どうしてそんなこと言うの」

剣士「わ……私は足手まといなんかじゃないよ!!
   剣だって強くなったし、十分戦えるよっ」

剣士「旅立ちの時とは違う。私は強くなったんだから!!」

勇者「じゃあ証明して見せろ」チャキ

剣士「えっ……」

勇者「剣を抜け」








勇者「……」タッ

剣士「ゆ、勇者――…… わっ!!」チャキ


キィンッ


剣士「ちょっとっ……ねえっなんなの……」ググ

剣士「……くっ!」



勇者の攻撃!
剣士はかわした!

剣士の攻撃!
勇者はダメージをうけていない!


魔術師「……ゆ、勇者」

副団長「……待て」ガシ

魔術師「……」



―――――――――――
――――――――
――――



剣士「……うっ! く……」

剣士「あっ!?」


勇者の攻撃!
剣士の剣を弾き飛ばした!


ヒュンヒュンヒュン……ドッ


剣士(剣がっ……)

剣士「……!」


勇者は剣士の喉に短剣を突きつけた。



勇者「足手まといだ。邪魔をするな」

剣士「……っ、なんで急に……」

勇者「君が気づかなかっただけだろ。ずっと前から嫌いだった」

勇者「故郷がなくなってしまったから天涯孤独の君を憐れんで、同情でいっしょにいてやったんだ」

勇者「でも我慢の限界だ。もう顔も見たくない。二度と僕の前に現れるな」








剣士「……」

勇者「……二人ともお待たせ。行こう」スタスタ

魔術師「あ、うん……」



剣士「……」

副団長「剣士くん」ポン

剣士「……」ビク

副団長「彼のことは我々にまかせたまえ。それで……君のことだが。
    君には王都の遙か南にある村に行って護衛任務にあたってほしいんだ」

剣士「……」

副団長「もちろん、剣を捨てて生きるというのならそれも構わない。
    しかしその場合も王都から離れて暮らしてほしい」

剣士「……」

副団長「これを君に。そうだな……今から2時間後くらいか。
    王都から南に出る大型馬車がある。そのチケットだ」

副団長「では、達者で」










* * *






斧使い「でお前はどうすんだよ?」

戦士「どうするも何もよう……魔族が来たら俺なんてひとたまりもねえだろ。田舎に逃げるよ……」

戦士「王都より南はまだ安全だっつー話だ。あいつら北から見境なしに侵略してきてるからな」

斧使い「お前も行くのかぁ。そうか……。やっぱりそうだよな。……俺も……」

戦士「ん? おい、あれ……」

斧使い「あ? ……ああ!なんであいつこんなところにいるんだ?」



剣士「……」

斧使い「おおーい! 剣士のお嬢ちゃん!」

戦士「ひとりでなにしてんだ?」

剣士「……おじさんたち……ずっと前に酔っ払って勇者に絡んできた人だっけ」

斧使い「む、昔のことは忘れろよ。でも、勇者もお前も見直したぜ!
    すげえ強くなったんだなぁ。魔族をバンバン倒しちまいやがって……」

戦士「ちなみに今日は酒飲んでないぜ」

剣士「ふうん」

斧使い「それより、なんか大変なことになってるじゃねえか。
    魔王城に……結局行くんだろ?」

戦士「勇者はどこにいるんだ?」

剣士「勇者は……もう行っちゃったよ」

斧使い「?? 剣士はいっしょに行かねえのか?」

剣士「……」

剣士「……ついてくるなだってさ!私のこと、ずっと前から嫌いだったんだって!!」

剣士「私が一人で可哀そうだから今まで優しくしてくれたんだってさ!
   でも弱いから、役に立たないから、足手まといだからもういらないって!」

戦士「ええっ!? 勇者が本当にそんなこと言ったのか?」

斧使い「あいつなに考えてるんだ?」

剣士「そんなの私にだって分かんないよっ」

剣士「……本当いっつも何考えてるんだか全然分かんない」

剣士「私だって……私だって勇者のことなんか嫌い!!」スッ

剣士「雪の国でもらった指輪、……。
   今ならもっといい装備なんていくらでも買えるし、ただの飾りでつけてただけだし」

剣士「もういらない」

戦士「おいおい、なにしてんだよ?」









ポチャン



斧使い「……あーあ。いいのか?この川は流れが早いからもう取り戻せねえぞ?」

剣士「いらないんだってば!」

剣士「……私はもう行くね。馬車の時間、そろそろだから」

戦士「馬車って、どこ行きのだ?」

剣士「南」



斧使い「……行っちまった」

戦士「なにかあったのかねぇ」







* * *


ガタン……ガタンガタン


子ども「わー、お馬さんはやーい」

母親「ちゃんと席に座って。あぶないでしょ」


おじいさん「しかし、これから王国はどうなってしまうのじゃろうか……」

おばあさん「王都が襲撃されたら、もう……」


剣士「……」

剣士「……」ギュッ


  「そしたらあっという間に魔族がこの国を制圧するんだろうな」

  「今から行く南部も安全ではなくなってしまうな……」

  「聞いたか? ○○の村なんて、一晩どころかたった数時間で滅ぼされたそうだ」

  「勝ち目なんかないじゃないか……」


剣士「……」

子ども「ねー、この剣触ってもいい?」

剣士「……いいよ」







子ども「わあ、重い」

剣士「君にはまだ早いよ」

子ども「……ねえお姉ちゃん怖いの?震えてるよ」

剣士「そんなことない。なんにも怖くなんかないよ」

子ども「大丈夫だよ。勇者様が私たちのこと助けてくれるから」

剣士「……」

剣士「……そうだね。勇者は強いからね」

剣士「……………………」

剣士「…………でも、弱いところもあるんだよ」

剣士「私ずっと知ってた。知ってたんだ」

剣士「ごめんね、剣返して」

子ども「?」

剣士「行かなくちゃ」










剣士「はあっ、はあっ、はあっ……!」

剣士「…………っ」ガッ


ザバーンッ


剣士「!?」

斧使い「プハッ おえっ水飲んじまった」

戦士「おおい!そっちどうだ?」

斧使い「ない。お前んとこは」

戦士「ないからお前に聞いたんだよ」


剣士「……??」

斧使い「くそっ、どこに……、んんっ!?」

戦士「!!」

斧使い「み、見つけたぞ!ここだ!ほら!」

戦士「でかした!お前もたまにはやるじゃねえか! よし、さっさと上がろうぜ……さみいよ」

剣士「……おじさんたち、なにしてんの?」

斧使い「おお、タイミングいいな。ほら、これ探しに来たんだろ?」ポイ

剣士「!」パシ

剣士「……私が捨てた指輪。ずっと探してくれてたの?」

戦士「俺が探そうって最初に言ったのさ」

斧使い「馬鹿!!見つけたのは俺だ!!」


剣士「……」

剣士「…………ありがとう!」

剣士「おじさん!私やっぱり南には行かない。北へ行くよ」

戦士「そうか。頑張れよ」

斧使い「……俺もやっぱ、南には行かん。王都に残る。ここで、戦うさ」

戦士「まあ俺はもともとそのつもりだったけどな」

剣士「あの日おじさんたちと王都で手合わせしたときは……私は負けそうになったけど、今度もう一度手合わせをする?」







斧使い「……そうだな、いつか再戦だ。シラフの俺は強いぜえ」

戦士「ふん。俺の方が強いね」

剣士「私だってもう負けないよ」

剣士「誰にだって負けない。私、強いからね」

剣士「おじさんたち、ありがと! またね!!」


斧使い「おう」

戦士「またな」







* * *


魔術師「ほんとにこれでよかったのかな」

副団長「あいつが選んだんだ」

魔術師「でも、一人で行くなんて。……死ぬつもりなんじゃないかってさ」

副団長「……」

副団長「俺たちは王都を死守しなければ。魔王軍は勇者がいないうちに王都を攻撃してくるかもしれない」

副団長「あいつが帰ってきたときに、情けない様を晒すわけにはいかないからな」

魔術師「……そうね」

魔術師「でも、剣士は…………あっ」

副団長「?」


剣士「副団長さん。魔術師さん」

副団長「剣士くん……どうしてここに?」

剣士「私と……」

剣士「――勝負して」





――――――――――――
―――――――――
―――――




副団長「………………いやぁ……」

副団長「参ったね……」


魔術師「……情けない様は晒さないんじゃなかったの」

副団長「しかし君、少しくらい手助けしてくれてもいいじゃないか」

魔術師「馬鹿ね。王都が危険だって時に、みすみす魔力を消費したくないっつの」

副団長「……はあ。精進せねば」


副団長「強くなったなぁ。……剣士くん」

魔術師「じゃっ私は副団長が剣士にボロ負けしたってこと、団長と部下に伝えてこよーっと」

副団長「やめてくれ」










森を抜けた先に広がる地平線を視線でなぞった。
青く揺らぐ空に霞んで、遙か彼方に聳え立つ象牙の塔。

風が吹けば地面の砂が舞い上がって小さな竜巻をつくった。
顔を腕で覆いながらまた歩みを進める。

今日は風が強い。
だから、近づく足音にもすぐに気付けなかった。


「勇者」


砂塵舞う中、剣士が勇者を睨んでいた。
その姿を見た瞬間、怒りに似た感情に心臓が沸きたった。

あれだけ言ってもだめなのか。


「……剣士、」

「杖を構えて」

「……は?」

「私と本気で勝負して」


ざ、と二人の間に再び風が通り抜ける。
視界を守るために上げた左手の先で、剣士が切刃を回さんとしていた。
砂色に濁る世界の中に、ただ彼女の剣が放つ燐光だけが確かだった。







「勝負してよ。証明するから」

「私が誰より強いってこと……!」


残光を伴って振り下ろされた剣を、咄嗟に腰から引き抜いた短剣で受け止める。
刃がぶつかり合う鋭い金属音。
ぎちぎちと互いの腕が軋む音さえ聞こえるほどの近距離で二人は睨みあった。


「もう弱いなんて、言わせない」

「やっと気づいたんだ。この剣は……私の思いの分だけ強く光るんだって」


女神に授かった剣がひときわ青白く輝いた。
勇者は一時、全てを忘れてその光に目を奪われた。


「私が何のために強くなったと思ってんの!?」



まさに猛攻と言ってよかった。
王都の城壁での剣士とは……否、今まで共に戦ってきた剣士の動きともまるで違っていた。

今までよりずっと強く、ずっと速く、ずっと鋭く白刃が振るわれる。
気を抜けば一瞬で勝負がつく。
攻撃を防ぎながらじりじりと後退していることさえ勇者は気づいていなかった。







しかし剣より強く鋭いのは、剣士の視線だった。
穴が開くのではないかと思うくらいの視線に射ぬかれるのを恐れて、思わず目を逸らした。


「君のそばで一緒に戦いたかったからだよ」


ハッと気づくと、剣士の右手に剣がない。
いつの間にか左手にそれは握られており、今まさに下段より地面を抉り取りながら勇者に迫っていた。


「だから負けないよ。私が強くなった理由にかけて、絶対に私は負けない!」

「誰にだって――勇者にだって、負けないっ!!」



短剣では防げない。
そう判断した勇者は上半身を捻ってその一撃を避けた。

唖然とした。
ズズンと、音というより振動にちらりと振り返れば、
見渡す限りの林がその幹の途中から斬られていた。

次々と轟音を立てて倒れ来る木を避け、また二人は剣を突き合わせた。








「……はっきり言わないと分からないのか!?」

「ここで退かないなら、殺す」


歯を食いしばりながら、ほとんど唸ってそう言えば
剣士もギロリと睨み上げて剣を握りなおした。


「やってみろ」

「……っ」


舌を打ってから勇者は短剣を逆手に持ち直した。
またあの時と同じように剣を弾き飛ばすつもりなのだと悟り、剣士は身構えた。


弧を描いて飛んでくる斬撃に合わせて、剣士も身を捩る。
避けるのではない。正面から迎えるつもりだった。


――剣を折ってやる!
勇者も剣士も、この一撃に賭けて全力を投じた。
これで決着をつける。






「……!」


音すらなく半刃が空を舞うのを驚愕の思いで見た。
薄青の空にそれが溶けていくのを見届ける前に視界がぐらつく。

勇者の剣を折った後、剣士は身をかがめて躊躇いなく勇者に足払いをしたのだった。
いっさい淀みのないその身のこなしを見るに、初めから剣を折るのは自分だと分かっていたようだ。


「ぐっ」

地に叩きつけられた後、慌ててすぐに立ち上がろうとする勇者のマントの襟首を、剣士の剣が縫いとめた。


「私の勝ち」


勇者に馬乗りになって太陽を背に背負った剣士が、逆光の中嬉しそうに笑った。


「連れていってね」






勇者「……だめだ」

勇者「そういうところが嫌いなんだ。人の話を全く聞かないところが」

勇者「顔も見たくないって言っただろ……!」

剣士「私だって勇者のことなんか大っ嫌いだよ」

剣士「勇者なんて方向音痴だしすぐ道に迷うし、朝は弱いし寝起き悪いし寝癖とかすごいし」

勇者「……」

剣士「整理整頓苦手だし、鈍感だし、宿の部屋すぐ散らかすし、うそつきだし大事なことずっと黙ってるし」

剣士「全然私のこと頼ってくれないし全部一人でなんとかしようとするし」

剣士「だから大っ嫌い」

勇者「……っじゃあ放っておいてくれよ!」

剣士「……」









剣士「……うそだよ。本当は全部好き」

剣士「勇者が私のことずっと前から嫌いでも、私はずっと前から君のこと好きだった」


剣士「……だから、どうせ放っておいてもいつかなくなる命なら、君のために使い果たしたい」

剣士「君のためなら、死んだって構わない」






勇者「……!」

勇者「そんなこと二度と口にしないでくれ」

剣士「やだよ。何度でも言うし、魔王城には着いて行くよ」

剣士「私だって盾くらいにはなるんだから」

剣士「……一人きりでなんて絶対戦ってほしくないの。
   一人じゃ怖いことも、二人なら怖くないよ」

剣士「だからいっしょにいさせて」

勇者「……っ」

勇者「盾になんかできるもんか」

勇者「……君、ほんとに馬鹿だろ……っ」

剣士「あはは……勇者の泣き虫」

勇者「泣いてるのは剣士だ」

剣士「勇者じゃん」

勇者「君だ」


剣士「……あはは!」

勇者「はは……」







剣士「剣、折っちゃってごめんね。これ、副団長さんからだよ。新しい短剣」

勇者「副団長から……?」

剣士「きっと剣を折るのは君だろうからって」

勇者「……そ、そう」





剣士「じゃ、行こう!」

剣士「あのね、みんなが君の本当の名前を忘れちゃっても、私だけはずっと覚えててあげるからね」

剣士「自分の名前を忘れそうになったらいつでも私が教えてあげる」

剣士「だからいっしょにいようね。最期まで、ずっと」




今日はここまでです
この戦闘シーンだけ地の文すみません…






* * *

数日後



剣士「わーっ……海だ」

勇者「塔が近づいてきたね。ここから先は魔王軍に侵略された土地だ」

勇者「今日はこの海辺の町に泊まろうか……」

勇者「満月の夜は、明日だ。夜までには塔に辿りつけるだろう」

剣士「うん」

剣士「もう旅もこれで終わりだね」

剣士「宿屋に行ったら海に行こうよ。日没までまだちょっと時間があるでしょ」

勇者「いいよ」

剣士「やった!じゃあ決まり!早く宿とろう!」グイ

勇者「うわっ」




剣士「海がオレンジ色だ。夕日が真ん丸でおもしろいね」

勇者「眩しいな……」

剣士「まだ水はちょっと冷たいや。貝殻集めようっと。勇者もやろうよ」

勇者「僕はいいよ。ここにいる」

剣士「えー」






剣士「勇者っ見てこれ。誰かが捨てたビン。久しぶりにね、手紙を書こうかなって」

勇者「ちょうど目の前に海もあるしね」

剣士「そうそう」



剣士「……あれっ……」

勇者「……」

剣士「寝ちゃったんだ。相変わらず寝顔……いや言うと怒るからやめとこ」







ザザン…… ザザン……



剣士「これでよしっと……」

剣士「えい」


ポチャン


剣士「いつか誰かに届くかなぁ」

剣士(……届くわけないよね。こんな広い海なんだから)

剣士(5通目の手紙はたぶん書けないだろうなー)

剣士(勇者は魔族と不可侵条約を結べるって信じてるのかもしれないけど、
   私は……本当の本当にそんなことできるのかなってちょっと不安)

剣士(たぶん、話し合いで終わるわけないって思ってる)

剣士(これ以上なくすわけにはいかない。守らなくっちゃ)










勇者「書き終わったの?」

剣士「えっ!? ゆ、勇者起きてたの!?」

勇者「いや、いま起きたんだ」

剣士「なんだ、そっか」

勇者「でもその反応……もしかして僕のこと変な風に書いた?」

剣士「かか書いてないよ。変な風には。変な風には!」

勇者「慌てるところが怪しいな」

剣士「だめだめ!ボトルとりに行こうとしないで!なんも書いてないってばっ」

剣士「ていうかほらもうこんな暗いし、宿に戻ろうよ!ね!」

勇者「あ、本当だ。そうだね、帰ろうか」




勇者「……」

勇者「ずいぶん遠くまで来ちゃったね」

剣士「……うん。ほんと」

勇者「明日晴れるかな」

剣士「晴れるよ多分。私、晴れ女だし。勇者は晴れ男でしょ」

剣士「旅立ちの日のこと覚えてる?雲ひとつないきれいな青空だったな」

勇者「そうだったね」

勇者「確かに……見事な青空だった。あの日も」


剣士「……」

剣士「……やっぱりもうちょっと海にいない?」

勇者「寒くない?」

剣士「平気平気! もうちょっとだけ、海を見ていたいの」








勇者「……」

剣士「ところで勇者。もしかして最後の呪文読めるようになったのかな」

勇者「はっ!?」

剣士「あ。やっぱりそうなんだ」

勇者「な、なんで」

剣士「勘。 そっかー、読めるようになっちゃったんだ。その呪文は何を代償にするのかな」

剣士「……言わなくても分かってるよ。どうせその呪文、一回きりしか使えないものなんでしょ」

剣士「君の命が代償なんでしょ。大体想像はつくよ。なんて嫌な魔法」

勇者「……」

剣士「勇者が使うって決めたなら、使ってもいいよ。私は止めない」

勇者「え」

剣士「でもその時は……私もいっしょに」

剣士「……いいよね?」


勇者「…………それじゃ、意味がない」

勇者「意味がないんだ」

剣士「ずっといっしょって言ったじゃん」

剣士「生きるのも死ぬのも、私はどっちだっていいの。いっしょにいれたらどっちでも」

剣士「ほんとだよ」










勇者「……」

剣士「ああっ カニだ!! 勇者!見てほら、このカニ白い!!すごい!!」

勇者「……」

剣士「勇者ってば! ゆ……勇者? あのう……」

勇者「……」

剣士「カ、カニがほら……勇者の指はさみではさんでるんだけど……い、痛くないのかな」

勇者「痛い」

剣士「だ、だよね。……なんで私の顔そんなに見るの?なんかついてる?ていうかカニとろうよ……。
   もういいよ、とってあげる。うわっ はさまれたところ赤くなってるよ」

剣士「……あれっちょっと、手離して。ど……どうしたの? なんか変だよ!?」

剣士「ねーーーっ ほんとに手は離して!!」ブンブン

剣士「私、指太いし……マメとかできてるしっ、爪割れちゃってるし、あんまり見られたくないっていうかその~~ね、ほら」

勇者「そんなのどうだっていいよ」

剣士「よくないよ馬鹿!」


勇者「……前にひどいこと言ってごめん」

剣士「えっ?ああ、うん、いいよ、別に」

勇者「僕もずっと前から君のことが好きだった」

剣士「……えっ」

剣士「ええっ?……え……」

勇者「……」


剣士「……で、でも勇者は巨乳の女の子が好きなのでは……?????????」

勇者(……僧侶……)ガク

勇者「断じてそんなことはない。というか別に君だって……」

剣士「ぎゃーっ どこ見てんの馬鹿じゃないの意味わかんない!!」









勇者「…………」

勇者「……、それだけ言えてよかった」

剣士「ほ、ほんとに?」

勇者「うん」

剣士「……ありがと」

勇者「僕の方こそありがとう」

勇者「……生きるのって、全然思い通りにいかないし、悲しいことや苦しいことばっかりだけど」

勇者「生まれてきてよかった。本当によかった」

勇者「…………」

勇者「もう戻ろうか」スッ

剣士「あ、待って」ガシ


バターン


勇者「歩きだした瞬間に足首を掴むのはやめてくれ。こうなる」

剣士「あはは、ごめんごめん」

剣士「それで本当に終わり? なんか言いたそうだったから」

勇者「……終わりだよ」

剣士「うそだ。もう自分にも私にも嘘つくのやめてよ。嘘をつく度悲しくなるのは勇者なんだから」

剣士「ちゃんと全部言って」

勇者「なんでもないって」

剣士「言わないと」

剣士「泣くよ。私が」

勇者「ええっ」



剣士「……最後なんだから……ちゃんと本当のこと言ってよ……」

勇者「……」

剣士「誰にも言わないから。言っちゃいけないことでもなんでもいいよ」

勇者「……ちがうって」

剣士「私のこと好きなんでしょっ!? じゃあ言って、全部聞かせて、ちゃんと言ってよぉっ」グス

勇者「うっ」






勇者「……っ」


勇者「……僕は」

勇者「……誰にも許されないとしても……」

勇者「明日も明後日もその先も…………生きたい」

勇者「……どんなに生きるのが辛くても、君と生きたい」

勇者「…………」

勇者「死にたくない」

勇者「……君と……一秒でも長くこの世界で生きていたい……っ」



勇者「だから……全て終わった後に、世界中から僕といっしょに逃げてほしい」

勇者「それでずっといっしょにいてほしい」

勇者「君のことをまた危険に晒してしまうけれど、僕が絶対にまもるから」

勇者「……いっしょに生きてほしい」



剣士「……」

剣士「もちろん」

剣士「やっと本当の気持ち言ってくれたんだね」

剣士「……どんな言葉より嬉しいな」

剣士「世界中のどんな敵よりも君のこと守ってあげる!」

剣士「生きるのがどんなに辛くっても二人でいれば何にも怖くないよ」

剣士「……ね!」








* * *



宿



勇者「明日は何時ごろに出発しようか」

剣士「7時くらいかな? って言ってもどうせ勇者は起きられないだろうから私が起こしてあげるよ」

勇者「こんなときくらい、ちゃんと起きられるよ」

剣士「本当かなあ」

勇者「さすがに大丈夫だって」


勇者「今日は早く寝ようか。じゃあ、おやすみ」

剣士「……あ、待って。あ、あのさ。勇者は大人になったら何になりたいの?」

勇者「え? うーん……正直全然分からないんだ。あんまり考えたことなくって」

剣士「だったら学校の先生とかいいと思う!勇者あたまいいし!魔族の言葉だってすぐ覚えたじゃない!」

勇者「そんなによくないよ。剣士は……何になるつもりなんだ?」

剣士「……うん。あのね、笑うかもしれないけど。私、楽器を弾く人になりたいなって」

剣士「雪の国でね、チェロ弾きのおじいさんに会って、落ち込んでたけどすごく励まされたから
   私もあんな風に音楽を弾けるようになりたいなってずっと思ってたの」

剣士「剣も好きなんだけどね。音楽を勉強しようかなって」

勇者「剣士が音楽を……?」

剣士「うん、変かな……ってめちゃくちゃ笑ってる!!なんなのすごい失礼!!」

勇者「ちゃんと弾けるの?」

剣士「弾…………けないかもしれないけどいっぱい勉強して弾くの!!楽譜も読めるようになるんだからね!!
   もーーーっ笑うのやめてよ!上手く弾けるようになっても勇者には絶対聴かせないからね!」









勇者「ごめん。ちょっと立って」

剣士「? はい」


ギュッ


剣士「ふぎゃっ!!?」

勇者「……」

勇者「そんな尻尾踏まれた猫みたいな声出さなくても……」

剣士「だだだだだだだだってゆゆゆゆゆうしゃが」

勇者「どんなに下手でもいいから一番最初に聴かせてほしいな」

剣士「あ、う、うん、別にそれは、全然いいよ、うん、えっと、うん、ね」


剣士「……いっぱい練習して、いつか勇者に聴かせてあげるね」

勇者「楽しみにしてる」

剣士「背、伸びたね……前は私と変わらなかったのに」

勇者「そうかな」

剣士「うん。伸びたよ。手も……なんかおっきいし、声もいつの間にかちょっと低いし
   ……なんだかこうしてるとちょっと恥ずかしい……かも」

勇者「……剣士」

剣士「もう女の子に間違われないね!」

勇者「…………………………………………」

勇者「そんな過去は一切ない。
   大体あったとしても……幼児のころは男女の差なんてあんまりないわけだからそういうことは日常茶飯事だと言える」

剣士「えー幼児のときじゃないよ。ほら12歳のとき学校でさ……」

勇者「覚えてないっ!!!全っ然分からないなあ……ところで剣士は何の楽器を弾きたいと思ってるの?」

剣士「いやほらあったじゃん、午後の授業で村の外から来た先生が……」

勇者「何の楽器が弾きたいんだっ!?」

剣士「楽器? うーんそうだね、やっぱりあのおじいさんみたいにチェロとか。おっきくてかっこいいのがいいな!」

勇者「チェロか、うん、いいと思うよ」

勇者「……うん」

勇者「すごくいいな」

剣士「でしょ? すぐ上手くなるから楽しみにしててね。勇者」









第一章 幻想の水平線








剣士の攻撃!
魔族Aは気絶した!

勇者の攻撃!
魔族BCDは逃亡した!


剣士「……やっと塔の頂上に来れた……」ハアハア

勇者「夜に間に合った。……満月だ」

勇者「転移魔法陣が浮かび上がった。魔王城に繋がる陣だね」

剣士「……」

勇者「行こう」






ヒュン






魔王城



勇者「ここが……」

剣士「魔族領の中心地、魔王の住まう場所……魔王城」

剣士「さすがに雰囲気あるけど……夜だからだね!!夜だからちょっと不気味なだけだね!
   昼だったら全然怖くないもんね!!」

勇者「てっきり途中で炎竜が襲ってくると思ったんだけどな」

勇者「なんか引っかかるな。
   やっぱりこれは罠で、もしかして王都が今……」

勇者「……考えても仕方ないな。もう来てしまったんだから。
   僕は僕にできることをしなくては」

剣士「うん、そうだよ」

勇者「……行こうか」

剣士「うん」





剣士「……」

剣士「……だれもいないね……」

勇者「静まり返ってる……」


ボッ


剣士「なっなに」

勇者「廊下の燭台に次々に火が灯って……奥に続いて行ってる。
   こっちに来いって言っているんだろうね」

剣士「……誰が!?」

勇者「そりゃ……魔王が」

剣士「あ、そっか」

剣士「それにしても大きな城……暗くってよく見えないけど」

勇者「敵がいなくて正直助かった。こんな広い城じゃ、魔王のいるところに辿りつくまで満身創痍になりそうだ」

剣士「回復薬とかもうほとんど使っちゃったもんね……」

勇者「でもこれで、最後だ」

勇者「……これで最後。今日で全て終わらせる」







魔王「……」

魔王「来たか……」


魔王「私が魔王だ。お前が勇者だな」

勇者「……そうです」

魔王「思っていたより若いな……。お前のような若輩者に……私の部下が何人もやられたとは信じがたいことよ」

魔王「……ふん。年など関係ないか」

魔王「今更言葉を交わすのも無粋だな。では、始めるとするか」

魔王「我々のために死んでくれ。勇者」

勇者「待ってください。僕たちは戦いに来たのではありません……実は」




魔王「……ほう。不可侵条約とは……。おかしなことを言う」

勇者「ですが、」

魔王「信じられると思うか?そのような口約束に過ぎぬ条約など……結んだところで何も変わりはしないだろう。
   どうせ勝機が見えたら10年経たぬうちに条約など破棄するに決まっている」

魔王「お前たち人間はいつもそうだな。表面では友好的な態度をとっても……
   腹の内では約束を破棄してでも相手を出し抜くことだけ考えている」

魔王「我々魔族は一度信用した相手は二度と裏切らぬし、約束は永遠に守り続ける。
   我々の生き方は人にとっては愚直だと映るかもしれんがな」

勇者「口約束ではありません」

勇者「一度した契約を違えたら命を奪うような術があります。その術を使えば……」

魔王「ほう……いまお前の身にかけられている魔術か?」

勇者「!」

剣士(……?)

勇者「……。魔法に長けてる魔族ならその術をもっと改良できると思います」









魔王「私に平和条約を持ちかける勇者の身に、そのような術をかける人間か……」

魔王「百歩譲ってお前は信用できても、ほかの人間は信用できんな」

勇者「でも……!」

魔王「……これ以上無駄だ。しかし、そうだな……私に勝てたら条約を結ぶのも吝かではない」

魔王「これでいいか?」

魔王「では戦おう」



魔王が襲いかかってきた!



勇者「……くっ……」

剣士「勝とう。勇者」

剣士「これで全部終わりだよ!」

勇者「……ああ!」




―――――――――――――――――――
――――――――――――――――
―――――――――――







―――――――――――
――――――――――――――――
―――――――――――――――――――


ドサッ



魔王「……ゴホッ……ゴホ、ゴホ」

魔王「はあ……はあ……」

魔王「ふ……強いな。私の敗北だ……」



剣士「……はあ……はあっ……か、勝った?」

剣士(なんか様子が変……?)

勇者「約束です……条約を結んで下さい……!」

勇者「今日で戦争は終わりにしてください」



魔王「……」

魔王「二つ謝らねばならんことがある」

勇者「えっ……?」

魔王「まず私は……もう魔王ではない」

剣士「!?」

魔王「条約締結の決定権は既に私の手にはない……」

剣士「どっ、どういうこと?」

魔王「二つ目だ」

魔王「私が今日勇者を城に招いたのは、戦うためでも……話し合うためでもない」

魔王「私は生きすぎた。どのみち病で間もなく倒れるこの身なら……惜しむまい」

魔王「私の跡は、息子が継いでくれる」

勇者「何をする気だ……!?」

魔王「……道連れだ……」








カッ



勇者(!! 自爆……!?)

勇者(最初から……このつもりで……!)

剣士「……!」

勇者「剣士……っ!!」





――――――――――――――・・・・



剣士(……)

剣士(……)

剣士(……う……ん?)

剣士(あれ……私なにしてたんだっけ。
   なんか……重っ……なに?)

剣士「……げほっ げほ……あ、あれ?勇者だ……」

剣士「勇者。勇者? ねえどうしたの?勇者」









剣士「……ゆうしゃ……?」

剣士「ゆうしゃ……や、やだ……うそだよねっ」

剣士「いっしょに……いきようって……言ってくれたじゃん」

剣士「起きて……起きてよぉ……」

剣士「起きてっ……勇者ってば……!!」






太陽の国



炎竜「間もなく王都だな。事前に決めた通りに動くぞ」

竜「了解」


炎竜「……ふむ」

兄「……」

炎竜「魔王様のことが気になるか」

兄「いや……違う」

炎竜「嘘をつくな。何年お主のことを見てきたと思っている。
   ……行け」

兄「炎竜」

炎竜「もともとこの国はわしの担当だ。お主の力を借りずとも、竜族だけで十分」

炎竜「行ってこい」

兄「……」

兄「悪い」

炎竜「気にするな」









勇者「………………」

剣士「うぅ……っ」



勇者「……げほっ」

剣士「ふぇっ!?!?」

勇者「げほげほっ……はあ」

剣士「ゆっ……!? え……っ!? あ、あれ……っ!?」

勇者「……なんで……泣いてるの?」

剣士「だ、だって勇者が死んじゃったから……!!!」

勇者「……あれ。生きてる」

剣士「わああああああんっ よがっだぁぁぁ」ガバ

勇者「わっ……」




勇者「でも、自爆に巻き込まれたはずだったのに……何故無事なんだろう」

剣士「あ。私の剣が、あんなところに飛んでる。しかも粉々だし」

剣士「もしかして……剣が守ってくれたのかな」

勇者「……そうか」

勇者「でも自爆前提としても、さすが魔王だな」

剣士「……ね。私たちボロボロだもんね」

勇者「もう魔王じゃないって言ってたけど、どういうことだろう。
   また新しい魔王を見つけ出して話をつけないといけないのか……骨が折れるな」

勇者「……はあ。とにかく今日はもう王都に戻ろう。
   魔力もほとんど使ってしまったし、これ以上魔族領にいるのは危険だ」

剣士「そうだね。これからのことはまた考えよう。……んっ?」

剣士「あっ、……あのー、剣拾ってきてくれる?
   こ、腰抜けちゃったみたい……あはは」

勇者「いいよ」


スタスタ……


勇者(剣……もう修復はできそうにないな)

勇者(……魔王は跡かたもない……。僕たちを道連れにして死ぬために、ずっとここで待っていたのか……)

勇者(……)







ギィ……


勇者「?」

勇者「剣士?扉からでなくても、転移魔法で」

勇者「帰れ……る」


剣士「…………だれ?」

勇者「……!?」


兄「…………」

兄「貴様らが生き残ったのか……」

兄「炎竜に感謝しなければ。」


兄「危うく取り逃がすところだった……!!」バチチ


剣士「……っ!?」

兄「どちらが勇者だ? ……どちらでもいいか」

兄「お前からだ」

剣士「!」

勇者(間に合えっ……!!)タッ



シュンッ



兄「!」

兄(転移魔法か……)

兄(逃がさん。ここで必ず仕留める)









ヒュン



勇者「はあっ……はあ、 ……え!?」

勇者「王都じゃない……!? ここは魔王城の中だ」

勇者「転移魔法の妨害?さっきの男がやったのか? まさか」


勇者「剣士! しっかりしろっ」

剣士「……」

勇者(さっきの男の攻撃が掠ったのか。外傷はないけど……意識が朦朧としてる)


勇者(……)

勇者(魔族領のど真ん中、僕たちの国までどれくらいの距離があるのかもわからない。
   転移魔法が使えなければ帰れない……)

勇者(……いや、確か塔から魔王城に続いてたあの魔法陣は、僕たちが使っても消えてなかった。
   もしかしてあれならいけるかもしれない)


勇者(でも)


カツン……カツン……カツン……



勇者(遠くで足音が聞こえる。あの男が追ってきてるんだ。
   きっとあいつが魔王なんだろう)

勇者(一瞬で分かったけど、戦った方の魔王よりずっと強い)

勇者(あいつはいずれここにもやってくる。逃げても……追いつかれる。そうしたら二人とも殺される。
   剣士はこんな状態だし、剣は折れてしまったし……僕ももう強力な魔法は……)

勇者「…………」

勇者「巻き込むわけにはいかない。そうだ、僕が勇者なんだから。ここで決着をつけないと」









勇者「剣士。剣士、聞いてくれ」

剣士「……う」

勇者「体が動くようになったら、君一人でここに来た魔法陣から王都へ帰るんだ。聞こえてる?」

剣士「…………勇者……は……?」



勇者「ごめん。約束破ってばっかりだね」

勇者「最後に残ってる魔力は全部君に使うよ。
   やっぱり……君には生きてほしいんだ」


剣士「……ゆ……」

勇者「僕は本当に最初から、色んな人に勇者らしくないって言われて
   自分でもそう思ってたんだけど」

勇者「それでも勇者として生きようって思えたのは剣士のおかげなんだ……」

勇者「世界を守りたかったわけじゃない。
   君がずっと笑ってられる世界を守りたかった」

勇者「君が僕を勇者にしてくれたんだ」

勇者「今までずっと……」

勇者「そばにいてくれてありがとう」



剣士「まって……」

剣士「……まってよ……」







カツン……



兄「……」

勇者「僕が勇者だ」

勇者「君が魔王か」

兄「そうだろうな」

勇者「じゃあ条約締結の決定権は君にあるんだ。
   もうこれ以上戦争を長引かせるのはやめよう」

勇者「お互いこれから侵略行為はやめにすると誓っ……」

兄「黙れ」

兄「貴様らの言葉など二度と信用しない。大体……そんなもの、こちらに何のメリットがある?
  勇者はここで殺される。散々手こずった貴様が死ねば、大陸制圧も楽に進むだろうな」

兄「条約などと語っているが、要は命乞いだろう」

兄「耳を貸すつもりはない。死ね」

勇者「……そうか」

勇者「じゃあ君をここから生きて帰すわけにはいかない」

兄「ハッ……ははははは」

兄「そんな台詞を吐ける立場か!? 魔力もほとんどその身に残っていない貴様が?
  俺の目には立っているのもやっとといった風に映っているが、気のせいか?」

勇者「今から使う術は、魔力を消費するものじゃない」









勇者は呪文を唱えた!
兄の背後に冥界の扉が開いた!


兄「なに……!?」

勇者「……くっ……」


兄は冥界に引きずり込まれる!


兄「なんだこの術は!? ……くそっ、離せ!」

兄「貴様!! 貴様なんぞに……人間なんぞに俺までやられてたまるかっ!!」

兄「こんなところで死ぬわけにはいかない」

兄「俺は……っ!」

勇者「ぐっ……早く閉まってくれ……っ」ガク

兄「必ず……」

勇者(閉まれ!早く……!)

勇者「早く死んでくれっ……」

兄「貴様らを」

兄「根絶やしに……」



ギギギギギギギ……


……バタン。



勇者「はあっ、はあ、はあ、はあ」

勇者「ああ……」







――――――――――――――――
――――――――――



兄(ああ……)

兄(死んでしまったのか)

兄(……妹にも父上にも、死んだ魔族にも申し訳が立たん)

兄(俺は……何一つ、成し遂げられずに……死んでしまった)

兄(………………)



兄(……?)




「兄さん!」



兄(これは……?)










「そんな未来が真実あるとするのなら、今俺たちが行っていることはなんだというのだ。
  俺は……俺だって……殺さずにいられたら、何も奪わずにいられたらそれが最良だ……しかし」
  
「もう戦争は始っていて、終わらせねばならん。未来がどうあれ、決着をつけねば。
  そしてそれは、俺たちの勝利という形でなければならない。敗北者には死と屈辱が待っているのだから」
  
「勝利も敗北も無意味だっていうことに、いつか兄さんも気づくわ。
  それでも戦うというなら……」

「私の大切な兄さん。世界でたったひとりの兄さん……」
  
「本当は、私の魔力は何かの水晶にでも封じようかと思ってたのだけど、全部兄さんへのおまじないに使うね」

「私のほとんどすべての魔力を使った、最後の魔法だよ」
  
「何をするつもりだ?」

「兄さんが大ピンチに陥ったときに、きっとこの魔法が兄さんを守ってくれる。とびきりの魔法なの」

「……魔力のほぼすべてを……本気なんだな」

「もう必要ないのよ」





「だからこの魔法がいつか大好きな兄さんのこと、守ってくれますように!」





兄「……!」











勇者「はあっ、はあ、はあ……終わった……」

勇者「ぼくも……もう……」





勇者「はあっ……はあ……。 ……?」



ギギギ



勇者「え………………?」



ギギギギッ……ギイィ……



兄「…………がはっ」

兄「やってくれたな……勇者」

勇者「な……なんで」

勇者「いきてっ……?」

兄「俺の、勝ちだ」

兄「ははは。はははは。はははは」

兄「死ね」










勇者は上を見た。

幾多の剣が天井を埋め尽くさんばかりにして、矛先を勇者に向けていた。

兄が指先を動かした。



飛び散った血が、随分離れたところにいる兄の頬にまで付着すると

彼はそれを嫌そうに拭った。




勇者は死んだ。








兄「おい」

部下「ハッ」

兄「片づけておけ」

部下「いかように」

兄「好きにしろ。用はない。捨てるなり焼くなり食うなり……何でもいい」

部下「はい」


部下「王子。……右腕は……」

兄「チッ……忌々しい勇者め」

兄「利き腕と、魔力半分持っていかれた。先ほどから試しているが、回復する見込みはなさそうだ」

兄「……あんな術を……人間ごときが……」フラ

部下「随分とお疲れのようです。お休みになられては」

兄「……あとは頼んだ……」





兄「ああ、それと」

兄「もう一人、城にいる」

兄「そいつも始末しとけ」

部下「かしこまりました」









* * *



剣士「……」

剣士「……」

剣士「うっ……?」


剣士「ここは?」

剣士「……牢? 暗くてよく見えない」

剣士「……えっと、魔王倒して……でももう一人きて、剣がなくって」

剣士「私……」

剣士「あっ そうだ……勇者!」

剣士「いない。別のところに捕えられてるのかな……」

剣士「……探しに行かないと。とにかくこの牢を……ってあれ?
   鍵かかってないよ。私も拘束されてないし、捕えとく気あるのかな」

剣士(でも好都合だ。多分ここ……まだ魔族領だよね。見つからないよう慎重に行動しなくちゃ)








剣士「……」

剣士(てっきり魔王城の地下牢かなって思ってたんだけど、城っていうより広い民家……?)

剣士(人間の家とはちょっと違うけど、やっぱり家だよね、これ。
   柱とか家具とかすごい大きいな)

剣士(部屋がいっぱい。この中のどれかの部屋に、たぶん勇者は……いる。
   早く見つけ出さないと)

剣士(……あれからどれくらいの時間が立ったんだろう。窓を見たら、外は夜だったけど……。
   捕えられてるのに私が無傷だったってことは、勇者も無事……だよね)

剣士(てことは、あの赤い目の男と話をつけられたのかな。
   平和条約、結べたのかも。じゃあ、もう戦争は終わりだ)



ガチャ



剣士(ここにもいない)



ガチャ


剣士(……キッチン……かな)

剣士(大きいまな板。使われた形跡のある鍋……まだ温かいや。
   ここの家主の魔族は今食事中か)

剣士(……包丁、護身用にいちおう持っとこうかな。使いにくそうだけど)

剣士(血が付いてるから適当に拭って……ってなんかこれじゃ私が殺人鬼みたい)

剣士「そんなこと言ってらんないか」



剣士「……!」

剣士(二階から、いま声が……)








二階



剣士(なにかしゃべってる。けど、魔族の言葉だから分かんないや)

剣士(とにかく、ちょっと扉の影で様子を窺おう……)





子「え~~~ これだけなの?」

父「我がまま言うなよ。これでもお父さん頑張っておこぼれもらってきたんだぞ」

母「そうよ……ほら、いただきますしましょ」

子「はーい。いただきまーす」

父「……ん。うん。ああ、なかなかうまいな、やっぱり」モグモグ

母「まっ、私の料理の腕もあるんでしょうけどね!」

父「ははは、そうだな」

子「ほんとだ!おいしい!」モグモグ

父「今日はお前の誕生日だからな。お前が立派な魔族の男になれるように、いっぱい食べるんだぞ」

子「はーい」モグモグ

母「ふふ……それで、これがメインよ」

父「今日の目玉料理はこちら! なんつってな、ハハハ!」

母「もう、寒いわよ」

子「わあっ すごいっ!!」ガタッ

母「あ」


ガシャンッ


父「おいおい、なにやってんだ。うわあ」

母「やだ、どうしよう。もったいないわ」

母「とにかくアレを探して。どっかに転がっちゃったかしら」




剣士「……?」

剣士(あ、何かこっちに転がってきた)

剣士(どうしよう? 魔族もこっちに探しに来るかもしれないし、一階に一旦)

剣士(移動して……)


コロコロコロコロ……








コロコロ……


……。


剣士(…………?)

剣士(なんだろ、これ。ボール?)スッ

剣士(……ひっ!! めめめめめめっめめめ目玉っっ)

剣士(おおおおちっ落ち着いて……!動揺したら私がいることばれるっ!!)

剣士(とりあえずゆっくり音をたてずにコレを床に置いて、)

剣士(…………)

剣士(…………あれ)





剣士(この目)

剣士(見たことある)

剣士(……えっと どこだっけ)

剣士(森の色……深い緑の優しい色)

剣士(ゆっくり瞬きする癖が好きだったな)

剣士(ずっと見てきた緑色)















剣士「……」

剣士「勇者の目だ」








剣士「……」


スタスタ


父「うわっ……!? なんでここに……?」

母「あなた、ちゃんと鍵かけなかったの!?」

父「いや、両腕と両足の骨折ったから、どうせ動けないと思って……
  なんでこいつ普通に動けてるんだ?」

母「捕まえてよ。明日の分でしょ」

父「まあ、こいつは勇者でもなんでもない、ただの人間だからあまり価値もないが……」

母「それでも若いメスの食材は貴重じゃない。老いてるのよりはおいしいし」

父「そうだな。大人しくしろよ……って、全然暴れてないな」




剣士(うそでしょ?)

剣士(………………………………………………手)

剣士(ああぁぁ……甲に傷……親指の近くの痣…………勇者の手だ……)


剣士「じゃあっ……じゃあ……、この皿にのってる肉も」

剣士「はらわたも」

剣士「舌も」

剣士「歯も」

剣士「全部勇者なんだぁ……」


剣士「あ……あはっ……勇者のこと食べてたんだぁ」

剣士「私の一番大切な人……食べられちゃってるんだ……」

剣士「ああ…………」










子「ねえ……お父さんお母さん。この人間、泣いてるよ……?」

母「そうねえ……」

子「かわいそうだよ……」










子「お腹すいてるんじゃないのかな?」







――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――



何度吐いても吐いても口の中に無理やり入れられた肉の味とか感触とかずっと残ってて、まだ胃の中にあるような気がして体中の震えが止まらない。半焼けが好きなのかどうか知らないしどうでもいいが、口に詰め込まれたあの人の左手は噛むとじんわり血が滲んで、口腔内に鉄の味が広がった。顎を掴まれて歯が勝手にそれを食む、するとまず肉を食いちぎるあの感触と脂肪が滲みだすあの音が。そして次に歯があの人の骨にかち合って軋んだ。ゴリゴリ。ゴリッ。悪夢だ。何度かそうされるうちに骨は断ち切れなかったけど周囲の肉が噛みちぎれた。グチャっと湿った音がして驚いた瞬間に呼吸といっしょに飲みこんでしまった。私の喉を通って、食道を通って、やがて胃にあの人の肉が。
吐いた。
赤い吐瀉物の中にぷかぷか浮かんでるあの人の骨と皮と脂肪と筋肉と血管と爪を眺める。夢中になって貪るように見つめる。皮膚の下に虫が湧いたように全身が熱くて痒くてたまらない。それでいて氷水のなかにいるみたいに寒かった。だからぶるぶる震えてて自分の体を支えることもできなかった。だれかが笑っている。けたけた楽しそうに笑ってる。子どもは私が吐くのを見てて残念そうな声を漏らすと、いつの間にか私の手から離れてたあの人の眼球を拾って、服で拭って口の中に放り込んだ。









だから。だからだからだからだからだからだからね取り戻さなくちゃいけなかったから傍らにあった包丁を握ってそいつの口に差しこんだ。両頬を一気に切り裂いてあの人の目をとり返したら、次は咽頭。骨の間に包丁を縦に刺したらそのまま一気に背骨に沿って下へ、足の付け根まで一気に切り開いた。馬鹿みたいに赤いのがそこから噴き出して全身にそれを浴びたら熱湯のようだった。こんなものをずっと怖がっていたなんて愚かしい。ただの水だ。胃と思われる臓器を手で引っこ抜くと、包丁で裂いて中を探す。いない。いないいない。いない。頭をひっつかんで、びくびく痙攣してる体ごと持ち上げると思いっきり床にたたきつけた。うまく頭蓋骨を割れたようだ。脳漿が右目に入ってちょっと痛い。左目だけ開けて脳みその中をかき分けてあの人を探す。が、ここにもいない。あの人がいない。笑い声がうるさい。あと二人残ってる。笑っているのはどっちだ。どっちもか。男の方がこっちに来たから拳を避けるついでに腕を斬りおとす。そろそろ包丁の切れ味が悪いがこれしか武器がないので仕方ない。大きく口を開けたので、そこに刃をつっこんで上あごを切り取った。目が気に食わなかったので二つとも潰した。化け物でも見るような目だ。化け物はどっちだ?そう言えばまだ心臓の中は探していなかった!大事なところなのでそこに匿ってるのかもしれない。胸を裂いて心臓を見つけ出す。丁寧に探してみたけどここにもいなかった。それから全身を探してみたけど結果はいっしょだった。残り一人。顔をひきつらせて笑い声をあげながら、逃げようとするので今度は足から切った。まだ笑っている。気がくるっているのか?うるさいので喉を潰す。「エサじゃないんだよ」何が?「お前らのエサになるために勇者は生まれてきたわけじゃないんだよ」なにを言っている?あの人はエサになんかなってない。エサになんてなるわけない。そんなこと私が許さない。でも、見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。心臓にも脳にも胃にも腸にも腕にも脚にも目にも食道にも肺にも血管にもどこにもいない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。ついにだれもいなくなった。なのにおかしい。笑い声が止まない。誰かがずっと耳元で笑っている。狂った笑い声をあげている。
気づいた。
笑っているのは私だ。








剣士「あはははははははっあははははははははっあはっははははははっはははははは、ははははっははは」

剣士「変なの!全然おもしろくないのに笑いが止まんないよ! あははははっきゃはははははきゃはははっはは」

剣士「くるっちゃったんだ! あはははっあはっははははは!! 私っくるっちゃったんだ!あはははは!!」

剣士「本当はずっと前から壊れてたんだけどね!でもあの人がいたから平気だっただけ!きゃはははははははははは」

剣士「あは」

剣士「…………」

剣士「…………………………………………………………………………………………………………………………………………」




剣士(……ええと)

剣士(包丁。包丁どこやったっけ)


剣士(……首でいいかな)





――ザシュッ


……ドサッ……


























剣士「なんちゃって♪」

剣士「全部うそだよ」




剣士「うん。びっくりした?全部うそなの。どこからうそかって言うと、最初からだね」

剣士「そう、ぜんぶ作り話なんだ。私の妄想」

剣士「戦争なんてないし、『勇者』も『魔王』もいないし、何から何までぜーんぶうそ」

剣士「だってこんなひどい話現実にあるわけないでしょ?」

剣士「本当にあるお話はね……戦いなんてないの。
   朝起きて、家族と喋って、ご飯食べて、友だちに会って、学校に行くか仕事して、夜になったら遅くなる前に寝なくちゃね」

剣士「平凡で、どこにでもありふれてる日常だよ。特別なことなんて全然起きないよ」

剣士「こんな話……おもしろくないよね」

剣士「つまんないよねっ……」

剣士「……でも私にとっては大切な……」

剣士「とっても大切な……」

剣士「私だけの」

剣士「……」


剣士「この話は、だからもう終わり」

剣士「もう見ないでね。さようなら」

剣士「誰にも見られたくないの。私だけのものだから」

剣士「じゃあね」






剣士「……」

剣士「見ないでよ」

剣士「見るなって言ってんじゃん」

剣士「…………見ないでよ……」

剣士「…………やめて……」

剣士「もうやめて……」







――――――――――――――――――
―――――――――――――――
――――――――――――



少女「じゃあ……いくよ?」

少年「うん」

少女「……」



ギイ~~~~~ッ


少女「……」

少年「……うっ、ん……」

少女「笑わないって言ったじゃん!!!」

少年「わ、笑ってないよ」

少女「肩震えてるよっ!! どんなに下手でもいいって言ったの勇者じゃん!!」

少年「やっぱりさ、チェロはちょっと難しいんじゃないの?なんか支えるので精いっぱいって感じになってるよ」

少女「でもこれがいいんだもん……」

少女「ううっ やっぱり音楽の才能ないのかも」

少年「そんなことないよ。もう一回やってみよう」

少女「……うん」










少年「……?」

少女「どうしたの?」

少女「あれ……海? この村の丘から……海なんて見えたっけ」

少女「きれい」

少年「……今……あの海の向こうから誰かが僕のこと、呼んだ気がしたんだ」

少女「海の向こうから?」

少年「……いつかあの水平線の先に行かなくちゃ」

少年「何故だかそんな気がするんだ……」

少女「……」



少女「だめ」

少年「え?」

少女「行っちゃだめ」

少女「お願いだから、どこにもいかないで」

少女「ここにいて……!」







第零章 SEULE!







―――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――――――



剣士「……首を掻き切ったはずなのに、血がいっぱいでたのに、どうして私はまだ生きてるのかな」

剣士「……傷が治ってる」

剣士「なんで?」

剣士「これじゃ死ねない」


グサッ グチャッ ザク ブチュッ ザグッ グサ


剣士「死ねない、死ねない、死ねない、死ねない、死ねない、死ねないっ!!」

剣士「みんなのところにいかせてよおっ!!」

剣士「はあっ……はあっ……あ゛あああぁぁぁっ……痛い、痛い、痛いよ……」



カランッ……



剣士「……はあ、はあ……」

剣士「……?」



剣士「……剣……」

剣士「剣だ」








剣士(私の剣じゃない……王都の図書館の地下にあった……あの剣)

剣士(私も勇者も鞘から抜けなかった緋色の剣)

剣士(さっきまで、ここになかったはずなのに……)



カチャッ



剣士(…………)

剣士「ねえ」

剣士「君の名前、もう一度教えて」



剣士「……ああ、そう」

剣士「『魔剣』……『アルファルド』。孤独の星」

剣士「だから、あのときの私には抜けなくって」


スッ


剣士「今の私に、抜けるんだ」

剣士「……」

剣士「いいよ。君に私の命も心も――全部あげる」

剣士「だからいっしょに、戦ってよ」








――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――
―――――――――――――



少女「お願いだから、どこにもいかないで」

少女「ここにいて……!」

少女「外の世界は危ないんだよ」

少女「どうしても、行くって言うんなら、私もいっしょについていく」

少女「君のこと、私が守るから!」

少女「……えっ……あれ?勇者? どこ行っちゃったの?」

少女「……勇者! どこ?」




剣士「ばーか」


剣士「勇者はもういないよ」


少女「えっ……」

剣士「お前のせいで死んだんだ」

剣士「弱いくせにそうやって我儘言って困らせて、結局いっつも守られてる」

剣士「……でも……」

剣士「ひとりでなんて戦ってほしくなかったから……っ」

剣士「…………もう何もかも遅いけど」

剣士「罪を犯したなら罰を受けて償わなければならない」

剣士「私が償う」

剣士「お前が罰を受けるんだ」チャキ

少女「……や、やめて」

少女「勇者っ……!」



剣士「……だから」

剣士「もういないって」




ザシュッ






第一章 夢のあとに






太陽の国 王都


騎士団長「国王様の避難が完了した! まかせて悪かったな、私もいま戦う。戦況は?」

副団長「団長!……戦況ははっきり言って最悪です」

副団長「上から竜族が火吹いて街を燃やすわ、地上からはオークやミノタウロスなんかの魔族が押し寄せてくるわで住民の避難もままなりません!」

副団長「上にいて手出しできないドラゴンは弓兵が、地上の魔族は騎士が抑えてますが……
    もう間もなく第三区も突破されそうです」

団長「特にドラゴンが強敵だな。弓が全く効いておらんではないか!なんて頑丈さだ……!」


オーク「……」

副団長「くそっ!絶対にここから先の侵入は許さない」

副団長「うおおおおお!」

オーク「がああああああっ!」



魔術師「好き勝手燃やしてくれてるわね!……もう!こんな中心街にまで火の手が!まだ人々の避難が完了してないのに」

魔術師「そうそこ。建物が火で崩れそうなところ! みんなで一斉に結界を張るよ。せーの」

魔術師「……うん、ここはあなたたちにまかせるから!私は前線に行って弓兵のサポートを……」

部下「あっ!魔術師さん!」

魔術師「!? ドラゴン!」


バリーンッ


魔術師「い、一撃で数人態勢の結界を? そ、そんなぁ」

竜「……」カパ

部下「魔術師さん!!逃げてください! 竜のブレスです!」

魔術師「じゃあこんなの、どうやって防ぐのよっ……!」




ピシャーン!



竜「ガッ」フラフラ

魔術師「……!?」







弓兵「な、なんだ!? 空から雷が竜にいきなり落ちて……」


副団長「……! これは、」

副団長「勇者の魔法だ!!!!!!!!!!!!!」

団長「うるさい! 報告が聞こえんだろうが!!」

副団長「あいつっ! 帰ってきたのか!!!」

副団長「どこに…… あっ」

副団長「剣士くん……!?!? 剣士くんじゃないか!!!!!!」


剣士「……」


副団長「この血は一体……怪我をしているのか!? 神官!こっちに来てくれ!!負傷者だ!急ぎで頼む!!」

剣士「無傷だよ」

副団長「そ、そうかっ!!よかった……!! 魔王との話し合いはどうなったんだ?」

副団長「それに、勇者はどこだ?転移魔法で一緒に帰ってきたのだろう?」

剣士「勇者はいないよ」

副団長「……?? どういうことだ……? さ、さっきの雷魔法は勇者しか使えない魔法だろう!?」

剣士「……竜……」

剣士「炎竜……」

副団長「……剣士くん……? どうした? 勇者に何か……あったのか?」


ダッ


副団長「あっ おい!!剣士くん!!どこに行くんだ!」










時計塔 螺旋階段


タッタッタッタッタ……


剣士「『勇者』のものであるはずの魔剣を抜いたのは私」

剣士「転移魔法を使ってここに帰ってきたのも私」

剣士「勇者が使ってた雷の魔法を使えたのも私……!」

剣士「そんな馬鹿な話ってある?……偶然じゃあり得ないよね?」

剣士「あはははっ!そうだよね、そっちの方が……『おもしろい』もんねっ!!」

剣士「ああ神様っ!!! 神様!! 私たちの尊き創造主様!!」

剣士「いつかあなたも殺しに行きます!!」




バンッ!!



炎竜「……む」バサバサ


剣士「最後の四天王。炎竜」

剣士「死んで」


炎竜「なんだ貴様は?」

炎竜「……その剣は……」









炎竜「その剣は貴様が持っていいものではない!! 今すぐ返せ!!」

剣士「お前たちこそ返せ」

剣士「私から奪ったもの全部返せ」

剣士「それができないんだったら、黙って今すぐここで死ね」

炎竜「随分と生意気な口をきく……いいだろう、その身全て燃やしつくしてくれよう」



剣士が襲いかかってきた!


炎竜のドラゴンブレス!
剣士は炎に突っ込んだ!



剣士「……」タンッ

炎竜「!?」


剣士は剣を振りかぶった!剣士の攻撃!


――――ヒュッ……


炎竜「がっ……」

炎竜「な……にぃ……!!」


剣士「あは。真っ二つだ」



炎竜は地に落ちた。
炎竜を殺した。






ドサッ!!


神官「!? いま屋根のうえに落ちたのって……!!」



神官「ひい、ふうふう…… ああっやっぱり剣士さん!全身ひどい火傷だ……!!というか何故上空から……!?」

神官「すぐに治癒魔法をっ」

剣士「いい」

神官「へっ!?い、いや放っておいたら死んじゃいますよ!!」

剣士「すぐ治る」タッ

神官「ちょっと!!剣士さんっ!!?」

剣士「時間がないんだから」

剣士「邪魔しないでよ」









* * *


国王「王都の半分が燃えてしまい、死傷者は約600人……住民の三分の一か」

国王「……傷は大きいな。しかし……よく竜族たちの攻撃を凌いでくれた。
   王都が完全に陥落しなかったのもここを守ってくれたお主たちのおかげだ」

団長「……いえ、それが。その……我々だけではもっと被害は甚大だったかと……」

魔術師長「あの子です。勇者の仲間の剣士。あの子が急に現れて、魔族を斬っていきました」

国王「剣士はいまどこに?」

副団長「魔族の襲撃から姿が見えないのです。……いま部下に探させております」

国王「そうか……。しかし、剣士とともに魔王城に赴いた勇者はどこなのだ?」

団長「あれから勇者の姿を見た者は……おりません」

魔術師長「恐らく……」

魔術師「そんなっ」

国王「勇者が……。……もしそうだとしたならば……もう我々が魔王軍に対抗できる術はない」

魔術師長「もう、終わりですね……」




バタン



剣士「…………………………………………………………」


副団長「剣士くん!!一体いままでどこにっ……」

魔術師「剣士っ……」







魔王城


ざわざわ ざわざわ



竜「炎竜様がやられた……赤い剣をもったやたら強い人間がいて、仲間が次々と沈んでいった」

魔族A「炎竜様も! ということは王都制圧は失敗に終わったのか?」

魔族B「四天王様が全員やられた……数百年四天王を務めてきたあのお方たちだぞ、そうそう後釜なんているもんか」

側近「加えて魔王様も……お亡くなりになりました」

魔族C「でも勇者は死んだんだろう!?」

魔族A「し、しかし次期魔王様の王子も……い、いまお休みになられてるそうじゃないか」

側近「利き腕と魔力半分を勇者との戦いで失われました。大変お疲れのようで、仰る通りお休みになられてます」

竜「魔力半分って……」

魔族B「なんか随分流れが変わってしまったじゃないか。
    魔王様も、四天王様もいなくなって……姫様も亡くなって……王子も深手を負った……」

魔族B「これで、勝ち目はあるのか……?」

魔族A「俺たち魔族の未来はどうなるんだ?」

魔族C「もう……終わりだ………………」

側近「……滅多なことを言うものではありませんよ」



ガチャッ



兄「…………………………………………………………」



側近「あっ……まだお休みになられていた方が」












「「まだ終わっていない」」











剣士「戦争はまだ続いてる」

兄「そして、俺が終わらせる」



剣士「人類の勝利と」

兄「魔族の勝利と」


剣士「魔族の敗北によって。」

兄「人間の敗北によって。」


剣士「私が絶対終わらせるよ」

兄「俺が、必ずこの手で終わらせてやる」





勇者「私が勇者だ」


魔王「俺が魔王だ」








勇者「魔王が何人でてきたって四天王が何人でてきたって、どうでもいいよ」

勇者「邪魔する奴は全員斬り伏せる」

勇者「とくにあいつ。赤い目のあの男。あいつが……きっと今の魔王なんだ」

勇者「あいつだけは楽に死なせてなんかやらない」



魔王「王都に現れた赤い剣の娘だと?そいつは魔王城に来ていた勇者の仲間だ」

魔王「……赤い剣……魔剣か? ならばその人間が新しい勇者だな」

魔王「ハッ……勇者が何人いようが全員仕留めるだけだ」

魔王「俺の邪魔はさせん」





勇者「次会うときまで待ってて、魔王」

魔王「次相まみえるときまで首を洗って待っていろ、勇者」








「「ぶっ殺す」」





今日はここまでです
ここからシリアスちゃんと書けるか超不安ですが温かい目で見守ってください



第二章 おお死よ、星屑よ





副団長「ふう……。どうだろうか」

魔術師「なかなかいいと思うよ。花も供えて……っと」

勇者「……」

副団長「王都にも彼の墓がつくられたが、やはり故郷に眠りたいだろうと思ってね……。
    あっちにあるもののように立派なものではないが」

魔術師「……ねえ、本当に彼は……死んでしまったの?」

勇者「死んだよ」

副団長「……。しかし、彼が死んでそのすぐ後に剣士くんが「勇者」になることなど、あり得るのか?
    それに勇者の魔法が後天的に使えるようになるなど聞いたことがない」

勇者「後天的に使えるようになることはあったみたいだよ。司書が言ってたもん」

魔術師「し、司書?だれ?」

勇者「あの人が死んですぐ後に私が勇者になったことから、私分かったの。
   勇者の選別は偉大な偉大な神様によって、確かになされてるってね」

勇者「……。行かなきゃ。星の国に」

勇者「魔女族は厄介な魔法を使ってくるから、早めに潰しときたいんだ」

魔術師「……剣士……あのね……」

勇者「うん。魔術師さんと副団長さんが言いたいこと、分かります」

勇者「私はこれからあの人とは正反対の道を選ぶ……だけど」

勇者「私、分かっちゃったの。
   いま、この世界で、どちらの種族も生きるなんてことはできない」

勇者「一方が生き残るためには、もう一方を全滅させなければならない。
   中途半端に取り残せばどっちの種族も滅ぶ運命なんだ」

勇者「だったら私はあの人が守ろうとしたものを守るよ」

勇者「……あの人が生きてたら……もしかしたら別の道もあったかもしれないけど
   私にはできない……これだけしか選べない」








勇者「そうだ。魔術師さんに訊きたいことあったんだ。
   誓いを破ったらその人の命を奪う魔術ってあるの?」

魔術師「あるけれど、それは私の分野じゃないから詳しくは知らないな。
    それは神殿の魔術だよ」

勇者「……ふーん……神殿ね」



勇者「……ん」

勇者「ここ、あの人と一緒に種を埋めたところ。芽、出たんだ……」

副団長「……」

勇者「もう意味、ないけどね」







一週間後

星の国 魔王軍侵略地区




勇者「……はあ」

勇者「やっと終わった」



勇者「!」チャキ

騎士「ち、違います!俺は人間です!あのっ、勇者様でいらっしゃいます……よね」

勇者「……」

騎士「星の国王様より勇者様にお伝えすることがあって参ったのですが……」

勇者「なに?」

騎士「魔王が雪の国の王都を制圧したそうです。
   雪の国は国境も封鎖され、全域魔王軍に制圧されました」

勇者「へえ。あいつ、自分でも動くんだ」

騎士「そ、それから太陽の国と雪の国の塔、どちらも破壊されました。
   修復は困難であり、神殿によるともう女神様お二人とも……消滅してしまったようです」

勇者「あ、忘れてた」

騎士「え?」


ビッ……!


騎士「…………え!?」

騎士「な……なんてことをしているんですかっ!?
   我が国の塔を……は、破壊するなんて!!」

騎士「塔の守護神を殺してしまうなんて……!!あなたは今とんでもないことをしてしまったんですよ!」

勇者「神様になんてもう頼らない」

勇者「私、神様って大っ嫌い。私たちを盤上の駒みたいに扱う神様なんてさ」

勇者「おもちゃじゃないんだよ。お前の娯楽のために存在してるわけじゃない……」

騎士「ゆ……勇者様、なんてことを……」

勇者「この国にいた魔族は全部殺したからもう帰るね。じゃあ」

騎士「ああっ、ちょっと!!」








太陽の国



国王「雪の国が魔王軍の手に落ちた……勇者よ、雪の国奪還に行ってくれるか」

勇者「嫌だよ」

騎士団長「なっ……!?」

国王「……何故だ?」

勇者「雪の国に行ったら今度はまた別のところが占領されて、どうせ同じことになると思うし」

勇者「もう後手に回るのいや」

勇者「だから魔族領に攻め込むよ」

魔術師長「でも、雪の国を助けに行けるのは勇者だけなのよ。
     国境は封鎖されてしまったから、転移魔法を使えるあなただけがあの国に行ける」

勇者「魔王もそう考えてる。あいつの思い通りになるだけじゃ勝てない」

騎士団長「しかし、それではあの国の国民はっ……虐殺にあうのだぞ」

勇者「はあ……じゃあ戦争に負けて人類全部滅ぼされてもいいって言うの?」

勇者「それに、ならこっちも虐殺し返せばいいだけだよ」

副団長「……!?」

勇者「あっちは自分が優勢だと思ってるだろうけど、そろそろ自分たちの立場思い知らせないと」







国王「……」

国王「分かった」

神儀官「素晴らしいですね。
    たった一週間で星の国の魔族を殲滅した実力、それにその決断力」パチパチ

神儀官「あなたこそ勇者に相応しいです。その前の彼は……些か優柔不断でしたからね。
    平和条約などという提案までしてくるほど、」


ダンッ!!


勇者「あの人の悪口はやめてね。うっかり手が滑っちゃう殺しちゃうかも」

神儀官「ふふ。ああ、怖い怖い」

勇者「……。ねえ、そうだ。神殿の人にね……訊きたいことあったんだ」

勇者「もしかして……あの人に…………」クラッ

勇者「……ん……」

魔術師「剣士っ! どうしたの、大丈夫?」

神儀官「あら……どうされたのです?お身体は大事になさりませんと。
    では、私は神殿会議の時間なので失礼しますね。ごきげんよう、勇者様」




滑っちゃう殺しちゃう→滑って殺しちゃう




宿


魔術師「本当に大丈夫なの? だって顔色が……」

勇者「平気。ここでいいよ」

魔術師「……あのね、剣士……頼ってくれても全然いいんだよ。
    私とあなたはあんまり長い時をいっしょに過ごしたわけじゃないけれど」

魔術師「彼が王都にいた2年間、あなたのこといっぱい話してくれたの。
    私、いつもにこにこ笑ってたあなたのこと好きだよ」

魔術師「彼だって、あなたがまた笑ってくれることを望んでると思う……。
    ……傷が勝手に治るって言ったよね。どんなに傷ついても必ず癒えるって」

勇者「そうだよ。なんでか知らないけど」

魔術師「あなたに魔法がかかってるのよ」

魔術師「……なんだかね、それ、彼の魔法の気配がするんだ」

勇者「…………」

勇者「もう行くね」スタスタ

魔術師「あ……」







バタン


勇者「……ふう……」

  「おかえり」

勇者「……」

  「どうしたの? 具合が悪い?」

勇者「……ちょっと目眩がするだけ……」

  「魔剣を使う対価か。時間があんまりないのかな。思ったより早いね」

勇者「そうだよ、時間がない。1カ月か……2カ月か……たぶんそれくらい。
   それまでに終わらせないと……」

勇者「ねえ、私に魔法をかけたのって君なの?」

勇者「あのとき意識がぼんやりしてて、君が話してるの全然覚えてないんだ……。
   最後になんて言ってたの……」

  「……」

  「さあ」

勇者「……わかるわけないか」

勇者「君は私の幻覚だもんね。私が知る以上のこと知ってるわけないよね」

勇者「……はは」





第三章 とつぜんジャックは泣き崩れ、叫んだ。「あの馬鹿野郎ども、自分らが何を殺したかわかってるのか!」






* * *


勇者「……え? なんで。転移魔法で行くからいいよ」

副団長「いや、昨日の会議で決まったことなんだ……。
    騎士と魔術師と神官で編成された軍とともに、魔族領へ続く大河を渡って行ってほしい」

副団長「大河にも魔族が待ち構えているだろうから、君の力が必要なんだ」

勇者「だからそんなことしなくっても、私一人ですぐあっちに行けるって。
   ……だれ? 提案したの」

副団長「……神殿さ」

勇者「……あの女」ギロ


神儀官「……」ニコ

勇者「監視のつもり? 余計なことを」

勇者「時間がないのにっ……」







魔族領


神官「こ、ここが魔族の地……気を引き締めてかないと……っ」

騎士「勇者様とご一緒なんだ、そこまで怯えなくても大丈夫さ。
   なにせ大河のどでかいモンスターも一撃で沈めちゃう人なんだからな」

勇者「自分の命は自分で守ってね。私、守らないから」

神官「は、はい」


シーン…


騎士「勇者様、どこから手をつけるおつもりですか」

勇者「ドラゴン邪魔だから竜族のいるとこ……竜の谷だっけ。
   そこ目指しつつ手当たり次第通った村破壊するつもり」

神官「でもそれでは、谷につくのは随分先になってしまうのでは?
   いくら私たちが大勢いるとしても、村を全て破壊するとなると」

騎士「騎士神官魔術師あわせて総勢150人くらいいますけどね」

勇者「すぐ終わるよ」ヒュッ

神官「え……」



騎士「…………!! ふ、伏せろっ」

神官「うわっ!」


―――・・・……


勇者「ね」

騎士「……信じられない。村ひとつ、さっきの一振りで?」

神官「まるで跡かたもなかったかのように……」

勇者「生き残らせても、治めとく人間がいないでしょ。反乱起こされたら振り出しだし」


勇者(……別にこんなこといちいち話さなくていいのに。いいわけしてるみたい……)

勇者「やだな」スタスタ

神官「あっ、待ってください……」









エルフの里



エルフ母「起きなさい!起きなさいったら!!」

女エルフ「へ……? なによう……お母さん?」

エルフ母「すぐにここから逃げるわよ!人間たちが……勇者が侵略に来たみたいなの!
     ここから北の村は全部一瞬で消されたみたいだわ。鴉が教えてくれたのよ」

女エルフ「勇者……? でも……勇者はもう……」

エルフ母「ここももう危ないわ!みんなもう逃げはじめてる。
     先祖代々受け継いできた地を捨てるのは……惜しいけど、命には代えられません。逃げるわよ」

女エルフ「わ、私ちょっと話してくるっ。お母さんは先に逃げてて!!」

エルフ母「どこいくのっ!? こらっ!!」






女エルフ「……あっ……剣士!」

女エルフ「剣士が……勇者になったの……?」

勇者「……」

女エルフ「剣士が、ほかの村を消したの?」

勇者「そうだよ」

女エルフ「……っな、なんで!剣士あのとき言ってくれたじゃん……!
     戦争は終わりにするって!」

勇者「それを妨げたのは、君たちの魔王でしょ?」

勇者「どけ。どかないならお前から殺す」

女エルフ「! エ、エルフの里も消すの? やめなさいよっ!!
     そんなの許さないよ。ここはどかない!!」

勇者「あっそ」チャキ

女エルフ「……なんでよ……なんでこんなことするの?……」

女エルフ「私と……と、とっ、友だちになってくれたじゃん。
     人間と魔族でも友だちになれるからって……勇者も言ってたのに」

勇者「友だち」

勇者「そんなものじゃない」



キャットファイトですね
短いけど今日はここまで




女エルフ「どうしてよ?魔族も人間も違いなんてないって……」

勇者「そう言ってたあの人は魔族に食べられちゃったよ」

勇者「エサ。家畜。食料。同等だなんて、思ってない。
   でもさ……それ、人間もいっしょなんだよね」

勇者「村の人が人魚食べてたの知ってる。見ちゃった。私も食べちゃったんだもん」

勇者「いいところも悪いところも気持ち悪いくらいいっしょで、だからこそ共存は無理なんだって。
   種族の違いよりも文化の違いが、お互いへの認識がまず立ちはだかってる」

勇者「積み重ねてきた歴史が重すぎたんだね。そうそう変えられるものじゃない」

勇者「だから、無理なんだよ」

勇者「ここでどっちかが滅ばないと、またいつか戦いが起きちゃうよ。
   こんな辛いの、もうたくさん。被害を最小限に抑えるためにここらへんで終わろうよ」

女エルフ「私たちを殺すの? それもあんたにとって辛いくせに」

勇者「……。あのときは……ちゃんと友だちだって思えたよ。
   でも今はだめ。人じゃない、魔族の君の姿かたちを見てるだけで……吐きそう」

女エルフ「……それならさ、こんな風にごちゃごちゃ喋ってないで最初に私から殺せばよかったのに。
     どうせ里も私も消すなら、順番なんてどうだっていいじゃん」

女エルフ「なのに『どかなきゃお前から消す』なんて言ってさ。
     やっぱり、剣士は心のどこかで迷ってるんだよ」

勇者「黙ってよ」

女エルフ「迷ってるくらいならやめてよ!私たちの里を消さないで!!」

勇者「迷ってなんかない。適当なこと言わないでよ」




勇者「……ッ」ググ

女エルフ「うっ……!」

勇者「……」

女エルフ「……ほら、迷ってる。手だって震えてるじゃん……やめてよ」

勇者「黙れ」







「……敵の怪我まで治して、最初見たときから思ってたけど、勇者ってほんとヤサシイんだね。
 ばっかみたい。こんなことされても私は人間なんて大嫌いなんだからね」

「どうせ戦っても死んじゃうんだから、無駄だって!だからやめなよ!
 で……でさ、勇者と剣士の二人だけなら、私が匿ってあげてもいいよ。大叔母様もいいよって言ってくれたし……」
     
「そうだね。平和が一番だよね。
 あのとき……やっぱりあのエルフを殺さなくてよかった」

「なんだか、えーと……えっと……うまく言えないけど、今ちょっと嬉しい」


「そうしたら、私たちと女エルフも戦わなくて済むね!」


勇者「うるさいな……!」

勇者「うるさいっ!!」



ドッ……



女エルフ「あ……っ」ドサ

女エルフ「……」



勇者「……ぁ」


勇者「っ……はあ……変なことばっか言って…………はあ……
   ほら、やっぱり違う。ちゃんと殺せたもんね」

勇者「あはは、はは。 もう何だって殺せる。私はちゃんとできる」

勇者「できるんだから」


神官「勇者様、よろしいですか? 西の方角に村が……」

勇者「……うん今行く」







* * *


王都


騎士「救援物資の受領は完了しました。
   3時間後に国王様との謁見、そして明日に戦場に転移して頂くので、それまでお身体をお休めください」

勇者「ああ、うん」


バタン


勇者「……」

  「おかえり」

  「ねえ、ひどいよ剣士。どうして私を殺したの?痛かったんだよ?」

勇者「……はあ……増えてる……」

勇者「休ませてよ」

  「友だちだって言ってくれたのに。裏切ったんだ、ひどいじゃない剣士」

  「勇者の守りたかったものを守るためとか言って、そんな大義名分、殺される方にとっちゃ何の関係もないの。
   私だけじゃなくて、私の里にいたみんな、お母さんもお父さんも大叔母様も殺したんだね。ひどいよ、あんまりよ。
   エルフだけじゃない、ほかの種族もみんなみんな、全部殺しちゃったんだ」

  「魔族領の北部から入って、続いて西部も全滅させて……どれだけの数を殺したの?その剣で。この、大量虐殺者。
   むしろ虐殺を勇者のためって言ってる時点で、責任転嫁だよね?自分のせいじゃないって思ってるんでしょ?」

勇者「あの人のためじゃない……私が……」

  「あーあみんな恨んでるよ。勇者も今の剣士の姿見たらどう思うだろうね?あ、本物の勇者のことだよ。
   でもさ、一番ずるいのは、幻覚である私にこんなことを喋らせて少しでも楽になろうとするあんただよ」

  「責めてほしいんでしょ、詰ってほしいんでしょ」

  「でも、本当は、死んだらもう喋らないよ」

勇者「ねえお願い。静かにしてよ……眠りたい……」

  「いやよ、眠らせてなんかあげない。ねえ、死ぬのってどんな感じだか分かる?
   暗くて静かで、怖かった……。痛かったよ」

  「私のお腹、刺したよね?すっごく痛かった!!!! ねえ分かる?
   こんな風に一気にグサってやったよねっ!!血がいっぱいでて痛くて痛くて痛くて痛くて泣きそうだった!!」グッ

勇者「いっ……!」


  





コンコン


魔術師「剣士?いる? 王都に今帰ってきてるって聞いてちょっと寄ったんだけど……」

魔術師「剣士……?」


魔術師「きゃあっ ちょっと、なにやってるのよ!!やめなさい! 剣を抜いて!!」

勇者「……」

魔術師「どうしてこんなことしたの……剣士」

勇者「私じゃない、あのエルフが」

魔術師「エルフ……?」

勇者「……何でもない。傷は塞がるから大丈夫。何か用ですか……」

魔術師「あのね、今度から私も王都を離れて戦場に行くことになったから。
    何度も前から上に頼みこんでたんだけど、やっと許可もらえたから」

魔術師「副団長……あいつも行きたがってたんだけど、どうも騎士団の方は難しいみたい」

勇者「人手は足りてるけど」

魔術師「私もあいつもあなたが心配なのよ。見る度痩せてるじゃない。
    それに……さっきみたいなことは、もしかして何度もしていたの……?」

勇者「私は大丈夫です。何に邪魔されたって絶対やります」

魔術師「……そう」








魔術師「……もうご飯食べた?王様に会うまで時間あるでしょ?
    食べ物持ってきたわ。いっしょに食べましょうよ」

勇者「ありがとう。でも、水でいいの」

魔術師「水って食べ物じゃないわよ。ちゃんと食べて、元気出さないと!ねっ!
    色々持ってきたんだよ、えーとパンに魚に肉に果物にお菓子に……ほら、おいしそうでしょ」スッ

勇者「やめてっ!! ……あまり近づけないで」

魔術師「わっ……!?」

魔術師「……剣士、どうして食べないの? 食事をしないと死んじゃうよ」

勇者「死なないから平気。水でいい」

勇者「食べないんじゃなくて……食べれません。あの日からずっと」

魔術師「まさか……うそでしょ?剣士」

勇者「それ、悪いんですけど持ち帰ってくれますか……私はいりません」

勇者「……眠いの」





* * *


勇者「……報告はこれで終わり」

国王「うむ。お主はよくやっておるな……感謝する。
   次はいよいよ魔王城のある中央部か」

国王「魔王軍は雪の国に続いて星の国の王都も制圧した。
   これで残るのは我が国だけだ」

騎士団長「勇者。王都で魔王を待ち構えるわけにはいかんのか?」

勇者「あいつは絶対私のところに来るよ」

勇者「それに、あそこで戦いたいの。あそこで私が勝つことに意味がある」

勇者「だから……、ぐっ…… ゴホッ、ゲホ」ビチャ

副団長「どうした!? 血が……」

魔術師長「神官、すぐに治癒魔法を!」

神儀官「治癒魔法では、治せません」

団長「なにを言っている、早く!」

神儀官「魔剣の対価ですね、勇者様。その剣は命を燃やす剣なのですから」

魔術師「どういうこと?」



勇者「……」

勇者「…………」

勇者「なんで知ってるの?」

勇者「私、だれにも言ってない」







神儀官「禁術も魔剣も管理していたのはこの国の女神様だったでしょう?
    神の領域、すなわち我々の管轄です」

神儀官「もっともその存在について詳しく知っているのはほんの数人ですけれど……
    私もその一人です。あら、申し上げていなかったでしょうか」

勇者「…………え?」

勇者「ずっと……知ってたの?剣がこういう剣だってことも……
   禁術が使う度に何が奪われるのかってことも……ずっと知ってたの?」

勇者「知ってて黙認してたの? いや、違うか。知ってて、それでも使わせようとした。
   本人には教えないで、自分からすすんで使わせようとしたんだね。あの人の優しさにつけこんで」

勇者「だからだよね?」

勇者「あの人が勇者だった頃と、今の状況はさして変わらないのに、
   あの人は少人数で旅立たせて……私が勇者になったときは」

勇者「――私がこの魔剣を手にしてからは、嫌になるくらいの大人数をお供につけたね。
   一人でいいって言ってるのにさぁ……」

神儀官「それは些か邪推しすぎではないでしょうか?」

勇者「どうせ剣を抜ける条件だって知ってたんでしょ」

勇者「ねえ、もうひとつお前に訊きたいことがある」スラッ

団長「! 勇者!!王の御前であるぞ、剣をしまえ!」

勇者「そんなこと、どうだっていいんだよ」



勇者「前にも訊こうとしたんだった」

勇者「あの人に何を誓わせたの?」



禁術が使う度に→禁術を使う度に

誤字多いな




神儀官「……」

神儀官「彼が申し出たのですよ」

神儀官「戦争が終わった後に、危険な魔法を使える自分が残っていたら人々が安心できないだろうから
    その時には自分は表舞台から消えることを約束する、と……」

神儀官「ですから神殿の魔術の下に誓って頂いただけです。何か問題が?」

勇者「は、は、は、は」

勇者「ふざけんのも大概にしてよ」

勇者「ああ……『世界中から逃げて』って……あの人が言ってたのはそういうことだったんだ。
   私はてっきり……まさか人間から逃げるって意味だとは……思わなかったよ」

勇者「彼が自分から申し出た? 違うでしょ。お前が言ったんだろ」

勇者「ねえ……あんまりじゃない?あの人が何のために……辛い思いいっぱいしたと思ってんの?」

神儀官「英雄には英雄なりに始末をつけて頂きませんと、我々平民は日々の暮らしもままなりません」

勇者「英雄って本当に思ってる?『勇者』だなんて名前つけて祀り上げて
   ボロボロになるまで使い古して用済みになったら死んでくれなんてさ」

勇者「それじゃ人柱とか奴隷とかの名前の方があってるよ」

神儀官「……戦争には、そして平和には犠牲がつきものです」

勇者「あははっ」

勇者「同感」チャキ


副団長「剣士くんっ!!やめるんだ、君はっ……」

勇者「邪魔しないで」

副団長「ぐっ」






魔術師長「ちょっとちょっと……なんなの!止めるわよ!」

団長「もうやってる!くそっ」

魔術師「剣士っ!!だめよ、やめて!!」

魔術師「気持ちは分かるけど、そんなことしたらあなた処刑よ……!!」

勇者「どいてて」



神儀官「……私は人ですよ。あなたが慕っていたあの彼が、守ろうとした人類です」

神儀官「魔族ではなく人を今殺してしまっていいのですか?」

神儀官「あなたの剣はその瞬間から、戦争解決のために振るわれるものでなく……
    個人的な欲求から殺戮のために振るわれる虐殺者の剣となるのです」

勇者「そうだよ」

神儀官「え?」

勇者「元からそうだよ。私は徹頭徹尾私のためだけに戦ってるんだから」

神儀官「…………まさか、本当に今この場で私を殺そうと言うのですか?」

神儀官「この私を?」


勇者「?」

勇者「なんで殺されないって思ってたの?」



――ヒュッ……!

ゴトッ……






副団長「ああ……なんてことだ」

神官「ヒッ……! 神儀官様の、く、首っ……」



勇者「王様はどこまで知ってたのかな」スタスタ

団長「勇者。それ以上国王様に近づくんじゃない!!」

団長「いくら勇者とて国王様に剣を向ければ、その瞬間から貴様はこの国全ての者を敵に回すぞ」

勇者「別にいいけど……負けるのそっちだし」

国王「……よい。皆、勇者をわしの元に通すのだ」

魔術師長「国王様!?」

国王「勇者…………すまなかった。殺したければそうするがいい。
   わしは神殿がそのような誓いを彼にさせていたことに気付かなかった……」

国王「しかし、魔剣や禁術のことを黙っていたのは真実だ。
   わしはその代償のことも知っていたが……告げることはしなかった」

国王「……この国の国民を守るために、彼にそれを使ってもらわねばならなかった。
   万が一にでも、彼が代償を恐れて魔法を使わないなどということがあってはいけなかった」

国王「魔剣についても、お主が言った通りだ……謝っても謝りきれん。
   旅立ちの時に、神殿が持ちかけた案をわしは受け入れた」

国王「わしは最低の王だ。大多数を守るために少数の犠牲を生まずにはいられない」

勇者「……」

勇者「うん最低。この国もこの世界もみんなも……私も」

勇者「全部最低……」







「神儀官様が勇者に斬り殺された」

「国王様にまで剣を向けたらしいぞ」

「王は無事らしいが」

「なんてことだ」

「あの勇者は罪人だ」

「殺人罪」

「弑逆」

「危険だ。今すぐ処刑を」

「しかし、勇者がいなくなったら戦争はどうなる?」

「……」


「人殺しの罪人が国の英雄などと後世にとても語り継げない」

「あの者の名を勇者として歴史に残すことを禁じよう」

「そうだ」

「それが妥当だ」

「罪人の名を……」

「それを刑としよう」

「それがいい」

「あの者の存在を――消そう」





* * *


魔族A「来たぞ……勇者だ!!」

魔族B「後衛部隊が魔法を放ったら、一斉に前後左右から斬りかかれ……!
    一瞬だぞ、気を抜くなっ!!」

魔族C「やってやる……!!」




勇者(あーあ)

勇者(ずっと一番近くにいたのに、全然気づいてあげられなかったなあ……)

魔族A「うおおおおおおっ!!死ねっ勇者!!」

勇者(どうしてあんな風に笑えてたのかな)ザシュッ

魔族B「く、くそっ!よくもっ! ぎゃああああぁぁぁっ」

勇者「どんな気持ちでさっ……ああ、もう最悪だよ。全部遅すぎるよ」

魔族C「がはっ」


ドサッ



勇者(謝りたい)


勇者(会いたい……会いたい。会いたい。会いたい。会いたい)

勇者(会いたい)






勇者(あの人に会いたい……)




……ザッ……



勇者「………………!」

勇者(……)

勇者「…………」

勇者「…………」


勇者「あの日から」


勇者「ずっと……会いたかったよ」






勇者「……魔王」




魔王「……」

魔王「俺もだ」






勇者「ぐっちゃぐちゃにして生まれてきたこと後悔させてあげる。
   お前が一体何を殺したのか自覚して。生を呪って惨めに死ね、この野郎」

魔王「意気がるなよ小娘が。この世全ての苦痛を味あわせてからじっくり殺してやる。
   貴様らによって世界から何が失われたのかをその容量の少ない脳みそで考えろ」

「「死ね」」





第四章 G線上のアリア






――キィン!


魔王「盗人猛々しいとはこのことだな。
   魔剣を返せ。それは貴様が振るっていいものではない!」

勇者「……」

勇者「知るかよ」


勇者「ねえ!その片腕、あの人に取られたんでしょ!?」

勇者「あはははは! 無様だね。バランスよくなるようにもう片方も?いであげるよ」ブン

魔王「余計な世話だ」ヒュ


魔王「それに……無様なのはどっちだか。
   お前の連れの男の死体を見せてやりたかった」

魔王「剣が刺さってまるで針鼠のようだったな。あれは傑作だった」

勇者「…………」ヒクッ

勇者「…………じゃあお前も同じようにしてやるよ……!」

魔王「!」


ビッ


魔王「俺に一太刀浴びせるとは」

魔王「……だが間合いを誤ったな。剣に頼りすぎだ」グッ


ダンッ!


勇者「っ……!!」

魔王「ちょこまかとよく動く……目障りだ」


メリッ ゴキグギグキグシャ


勇者「い゛っ……たいなあ!!いつまでその足乗せてんだよっ!!」ヒュッ

魔王「チッ」






―――――――――――
――――――――
――――


勇者「ハァ……はあ……」

魔王「しぶといな……さっさと死ね」

勇者「私の台詞なんだけど」


勇者「……どうしてこんなことになっちゃったんだろ」

勇者「こんなはずじゃなかったのに。どこで間違っちゃったのかな!」キンッ

勇者「生まれてこなければよかった。この世界もお前も私も全部……
   どうせこんなことになるなら、最初からなければよかった」

魔王「ならその首、今すぐ差しだせ」ザシュッ

勇者「お前にだけは絶対あげない」ズバッ


勇者「ねえ、何回殺したら死ぬの?そろそろ本当に死んでよ」

魔王「それこそ俺の台詞だ。いい加減貴様の面も見飽きたわ」

勇者「……」

魔王「……」


魔王「貴様をここで殺して……残った人間を絶滅させる。
   それを成し遂げるまで、俺は死なない」

勇者「あははっ」

勇者「お前もほかの魔族も、私によって殺されるんだよ。
   残念だね……」

魔王「そんなことはさせない」

勇者「お前がどう言おうと関係ない。私がするって決めたんだから」






勇者「……」

勇者「お前さえ……いなければ」

魔王「貴様さえいなければ」


「「あのとき全てが終わったものを……っ!!」」



ダンッ!


勇者「死んじゃえっ……!!!」ズバ

魔王「……貴様がな……!」


グチュ


勇者「っああぁぁ……っ!!うっ……」

勇者「あぁ……ああ、あははははははっ!!」ガシ

魔王「!?」

勇者「お前の左腕を塞ぐためなら、……お前を殺すためなら!!」

勇者「片目が潰れるくらいどうってことない!!」

勇者「死ねよ。死ね」

勇者「魔王!!!」



ドスッ!!







魔王「……」

魔王「がはっ……!」


グサッ ドス グチャ ゴキッ ビチャッ


魔王「ぐ……」

魔王「…………」




勇者「……死んだ……?」

勇者「やった。私の勝ち」

勇者「あはははははははははははっ!!私が勝ったんだ!」




勇者「うっ……はあ……はあ……」

勇者「……疲れちゃったな……ははは」





お母さん。お父さん。

勝ちました。


狩人ちゃん。

僧侶くん。

勇者。ハル。

勝ったよ。

笑って。


私はこれから、もう二度と笑えません。





第五章 タイスの瞑想曲






勇者「…………」

勇者「……」パチ

魔術師「あ……よかった。目がさめたのね」

勇者「ここは?」

副団長「王都だ。まだ寝ていた方がいい」

副団長「剣士くん。魔王はいなくなった。君は本当によくやってくれた……」

副団長「心から礼を言わせてくれ。……それから謝らせてほしい」

魔術師「私も。ごめんなさい。
    彼とあなたがどんな思いをして戦ってたのかなんて全然気づきもせずに……」

勇者「……?」

副団長「俺たちは間違っていた。もっと早くからこうしていればよかった。
    剣士くん、その魔剣は俺に託して、もうゆっくり休んでくれ」

副団長「俺がこれからは前線に立とう。王都を離れる許可は既に団長にもらっている」

副団長「命を奪う剣など君に握らせていいものではなかった。
    あいつに申し開きができない」

勇者「……さっきから」

勇者「彼とかあいつとか、一体だれ」

副団長「ん……?」

魔術師「だれって、あなたとずっといっしょにいた勇者だよ」

勇者「勇者は私でしょ」

魔術師「えっ……いや、……ハロルドのことだよ。ハル。知ってるでしょ?」

勇者「…………」

勇者「さあ。知らないけど」

魔術師「……冗談だよね?」

勇者「……?」







副団長「……。ほかの仲間のことは覚えてるか?」

副団長「僧侶や狩人くんのことは……?」

勇者「わかんない……」

勇者「私は記憶をなくしているの?」

魔術師「…………」

副団長「……これも剣のせいなのか」

副団長「……なんてひどい。もういい、魔剣を俺にくれ。
    あとは俺がやる」


カチャッ


副団長「ぬっ……ぐぐ……なんだこれは?なんて固い……ぐぐぐ」

魔術師「し、しっかりしてよ!」

副団長「うぐぐ」

勇者「剣を返して。あなたじゃ抜けない。無駄だよ」

勇者「行かなきゃ」

魔術師「ちょっと待って。どこに行くの?」

勇者「私がいるべき場所に。もう時間がない」

勇者「やり残したままじゃ、死んでも死にきれない……」


勇者「剣を返して」

勇者「私の剣だよ」




今日はこkまでです
ifは息抜きにまた書きますテヘ




* * *


数週間後

魔族領 最南端 森林奥


勇者「…………」

勇者「最後の……村……」

勇者「雪の国と星の国にいる魔族は全て消したから……」

勇者「だから、今日で全て終わる……」



ズルッ……ズッ……



魔族「くそっ……もうだめだ、逃げろ!俺たちじゃ敵わないぞ!!」

魔族「逃げ、…………ああっ!!奴ら……村に火を放ちやがった!」

魔族「火の手に塞がれて南は無理だ!ほかの出口を……」

魔族「…………うわああああっ!!」


ドサッ



勇者(熱い)

勇者(肺が燃える……)


勇者「火をつけたのはだれ?」

騎士「はっ……隊長です」

騎士「疫病が流行ったら……困りますので」

勇者「ああ、そう」

勇者「……」






パキッ


騎士「勇者様。手から今、なにか……指輪でしょうか?」

勇者「?」

勇者「指輪なんてつけてたっけ」

勇者「……外れちゃったし、いっか」


ズルッ……ズル……



「き、きた!勇者が来た!!逃げろっ何でもいいから逃げろ、早くっ」

「頼む、助けてくれ……妻と子だけでも……」



勇者(……)

勇者(私、なんでこんなことしてるんだっけ)

勇者(わかんないけど、やらなくちゃ)

勇者(やらなくちゃ……やらなくちゃ……やらなくちゃ……やらなくちゃ……)スッ







―――――――――――――
―――――――――――
――――――


ガタン


魔族の子ども「…………っ!!」

勇者「家の中に隠れてたら火で燃えちゃうよ……」


勇者「あのね……君で最後」

勇者「この世界で、生き残っている魔族は君で最後なんだ」

子ども「ううっ……うう」

勇者「……なんだ。手負いか」

勇者「血がいっぱいでてる。それじゃ君も……すぐ死んじゃうんだね……」

勇者「はあ……はあ…………」チャキ

子ども「母さん、父さん、姉さん……!」

子ども「ゆ……許さない。許さないぞっ!!殺したきゃ殺せよっ!!祟ってやる!!呪ってやる!!」

子ども「みんなを殺したお前のこと、いつか絶対殺してやるっ!!」


勇者「……君の言葉、わかんないんだけど」

勇者「不思議となに……言ってるか……わかるよ」

勇者「復讐したいんでしょ……。ほら、この剣……使いなよ」


カランッ……


子ども「!?」

子ども「な、なんだよ……っ!?」

勇者「ひとりぼっちの君なら……その魔剣を使えるよ」ドサ

勇者「どうせ……私ももう……だから……」

勇者「急所は、ここと、ここ。……分かった?」







子ども「……」

子ども「っ……!」チャキ

子ども「う、ああぁぁっ!」


勇者「……うん」



ドスッ



勇者「……」ガクン


パタッ……







子ども「ぜえ、はあ、はあ、はあ……」

子ども「! 勇者の体が……砂に変わってく」

子ども「……」

子ども「……う……」

子ども「もう、立ってられない……ううう」

子ども「母さん……父さん……姉さん……」

子ども「死んだら……みんなに会えるかなぁ……」


子ども「…………」


ドサッ……






第六章 「わしにどうしてあんたを救うことができよう?おのれを救うことさえできぬわしに?」
      微笑をうかべて、「まだわからんかね? 救済はどこにもないのじゃ」






勇者「……」パチ

勇者「ここは……?」

勇者「夜……屋外。花畑……」

勇者「!」

勇者(遠くから……誰かこっちに来る。フードのマントをかぶった小さな人……いや、子ども)



勇者「だれ」

??「おかえりなさい」

鍵守「ボクは冥界の番人です……せかいをつなぐトビラの鍵をまもる者」

鍵守「だからカギモリってなのってますけど、べつにどうよんでもいいです」

勇者「……」

勇者「冥界……」

勇者「じゃあ私……死んだんだ」

勇者「ああ……やっと」



鍵守「たいへんでしたね……。……あの、つぎのせかいでは……きっとしあわせになれます」

鍵守「とびらはあっちです。ボクが案内します。さあ」

勇者「……は?」

勇者「次の世界……?」

勇者「いらないよ。そんなの」







勇者「ここで私の存在を完全に消して」

勇者「また生きるのなんて絶対いや」

鍵守「えっ……でも……こまります」

勇者「困るのはこっちだよ。私は消えたいの!!」

勇者「あんなにたくさん殺した……もういやだ……いや」

勇者「やっと死ねたって思ったのに、どうして……ひどい……」

鍵守「おちついて。だいじょうぶ」

鍵守「つぎのせかいでは、なにもかも一からまたやりなおせます」

鍵守「それに……あなたのことを待ってる人がいます」

勇者「誰にも会いたくなんてない!!!!」

勇者「誰にも見られたくないの……!」

勇者「……はなしてよ」パシッ

鍵守「あっ」


勇者「冥府がそういうところなら……もう用はない」

鍵守「あっ だめですよ……ガケに立ったらあぶないです」

鍵守「そっちは……あぶないので、こちらにきてください」

勇者「……」


タッ……


鍵守「あっ……!」

鍵守「だめだってば!」










鍵守「ああ……どうしよう」

鍵守「落ちていってしまった……」

鍵守「もうボクの手ではたすけられない」

鍵守「あの子がじぶんでこちらにきてくれないと……うう……こまったな」



鍵守「やっぱりこうなっちゃうのか……」




第七章 幽霊は丘の上で自分が消えるのを待つ







* * *


気づくとその子はどこかの山の上の小さな墓場にいました。

雨風に晒され続けた簡素な十字架や墓石といっしょに、曇り空の下立っていました。




かわいそうな子。


もう、自分の名前も思い出せません。

なにもかも忘れてしまいました。

ただ勇者として自分が行ったことだけはちゃんと覚えてました。


冥府の番人の導きを拒絶した魂は、現世に取り残されて幽霊になってしまうのです。

その子は空っぽの幽霊となりました。








左胸にはしるズキズキとした痛みをのぞけば、体は軽く、どこにでも行けそうでしたけれど。

別に行きたいところなどなかったので、幽霊はずっとその墓場にいました。



膝を抱えて、丘の上。

日が昇っているうちは流れる雲と空の色を。

日が落ちてからは動く星座と藍の空を。

飽きることなくずっと眺めて過ごしました。



戦争が終わって、だんだん世界は平和になりました。

壊された建物は新しく建て直され、血で汚れた道は舗装され、人々の傷も癒えました。

幽霊のその子の名前はどこにも刻まれることはありませんでした。








でも、ちゃんと覚えていてくれる人もいたみたいですよ。


その子がいる墓場にはめったに人が訪れることはなかったのですけど

たまに、男と女の二人連れが来ることもあったんですね。



決まって白い花束を持ってきて、丘の縁に一番近いところに並んでる二つの墓に添えるんです。

そしてちょっとだけ泣いて、馬車で帰って行くのでした。

幽霊は、いつもその二つの墓のうち一つに寄りかかっていたのですけど

その時だけは少し離れたところに座って、不思議そうに、涙を流す二人を見つめます。


本当は、二人は、幽霊に色々と世話を焼いてくれた人たちです。

でもやっぱり幽霊の記憶からは消えていました。

悲しいですね。







幽霊が幽霊になってからしばらくたったころでしょうか。

ある日突然気づきました。

墓の横に小さな木が生えているって。



墓場の周りは焼け野原になってたので、木が生えてくるなんて珍しいことでした。

10年もたたずに立派な枝葉を広げる木に育ちました。

幽霊は墓石に寄りかかるのをやめて、木にもたれかかって無限に思えるような時をずっと過ごしました。



雨の日は青々とした葉っぱが幽霊を雫から守ってくれました。

カンカン照りの日は木のつくる影にはいって暑さをやり過ごしました。

幽霊は死んでるので、濡れも日焼けもしないのですが。

そうしていると左胸の、いまはもうないはずの心臓が痛むのもちょっと忘れられるものでしたから。






20年……30年……50年……


どんどん木は大きく空に向かって伸びました。

もう大樹といっていいような威厳を持ち合わせていました。


ただ不思議なことは、その木は1年中ずっと緑色の葉っぱをつけていることです。

幽霊は、寒くなる時期に葉を落として、暖かくなったらまた葉をつける木しか知らなかったので

変な木だなあと思ってました。



そういう木のこと、常緑樹っていいます。

幽霊が知っているのは落葉樹でした。

幽霊は枯れ木にどこか寂しい印象をもっていたので、常緑樹の方が好きになりました。






50年を少し過ぎたくらいでしょうかね。

人の声がせず、寂しかったその山に人が住みはじめました。

どこからか流れてきて自然と集まった人々が、この山に新しく村をつくることにしたようです。



丘の上の墓場を発見して、どでかい大樹を見てびっくりしていました。

村は大樹の村と名付けられました。

そうして一度竜に焼かれてしまった村は、名前を取り戻しました。







子どもが生まれて、人口が増え、どんどん村はにぎやかになっていきました。

幽霊はその少し前くらいからだんだん何かを考えるとか、感じるとか、そういうのがなくなってきてました。

このまま、静かに消えていくのだろうと。

風に溶けてなくなっていくのだろうと。思っていました。


けれどある日突然、幽霊の心は平穏を失いました。

その日、その村で一人の男の子が生まれました。

産声が上がって数日後。王都から馬車がやってきて告げました。

「その子は勇者だ」と。


勇者!

幽霊は閉じかけていた目を見開きました。

勇者が生まれた。






勇者が生まれた同じ日に、世界のどこかで

いずれ魔王となる女の子も生まれていました。


幽霊は気が狂わんばかりになって地面に突っ伏しました。



「取り逃がしていたんだ!」

「全員やったと思っていたのに……」

「一体どこに隠れていたんだ?」

「あの子どもが最後の一人じゃなかった!!!」

「私はしくじったんだ」



このままでは。

せっかくもう戦争が起きないようにとあんなことをしたのに、

また勇者と魔王による戦がはじまってしまうのです。

幽霊のしたことは全て無駄になってしまう。



でももう死んじゃってるのでね。

幽霊にはなにもできませんでした。

ただ後悔して嘆くことしか。






さてそんなことは露知らず勇者は赤ん坊から少年へ成長しました。

剣の修行に明け暮れる毎日です。

あの日、祖母が丘の上の墓場に忘れ物をしたと言い、

祖母の代わりにそれをとりに勇者は丘に向かいました。


そこで幽霊に会いました。

真昼間です。幽霊の体を透かして真っ青な空が見えました。



勇者は、びっくりしてうわあ、だとかうぎゃあ、とかそんなことを叫びました。

それまで幽霊を見ることのできる人間はいなかったので

幽霊もびっくりしました。


びっくりしつつも、うるさく喚く少年にむかついたのでアイアンクローを掛けました。

勇者はさらに驚いて飛びあがりました。

まさか出会いがしらに幽霊にアイアンクローをされるとは思っていなかったのでしょう。

そりゃそうです。


このことは勇者のトラウマになって、

背が今よりずっと伸びた後でも、彼は一人で夜に墓場に行くことは控えます。

勇者ですが、怖いものは怖いのです。





今日はここまでです
次で終わります。
レスありがとうございます、禿げるくらいうれしいです




勇者はその日は一目散に墓場から逃げ帰って、

夜ベッドの中であの恐ろしい体験を思い返してはぶるりと震えました。


なかでも一番恐ろしかったのは、幽霊の左胸……人間なら心臓があるはずところから

だらだらと真っ赤な血が流れ出ていたことです。

なんてグロテスク……鳥肌がたってしまいますね。




次の日……

勇者は傷薬を持って、恐る恐る墓場へと行ってみました。

幽霊は昨日と同じように、大きな木の下で蹲っていました。

いつでも逃げ出せるよう距離をとって、傷薬をひょいと投げてみると

幽霊はきょとんとしました。


不思議なことに、勇者の言葉は幽霊には聴こえていましたが、

幽霊の言葉は勇者に届きませんでした。


傷薬は効きませんでした。なので投げ返しました。

勇者はそれからなんやかんやと喋ってきましたが

幽霊にとってはそれがうるさくてたまらかったので、チョーククローをかけました。


勇者のトラウマは深まりました。






…………やがて勇者は魔王討伐のために旅立ちました。

苦難を乗り越えた末にやっと辿りついた魔王城。

ですが、戦いは起きませんでした。

魔王が勇者にある提案をしたのですよ。

「見逃してほしい」って。


詳しくはまた別の機会に語るとしましょう。


勇者はそれを受け入れて、魔王たちは地の果ての島でこれまで通りひっそりと生きることになりました。

けれどそううまくはいかないものです。

幽霊が剣を振るっていたときのように。

人間の国の王は魔族を一人残らずこの世から消したかったのです。

もっとも、二人の行動理由は異なっていたみたいでしたけれど。







あーあ……勇者のうっかりから、魔族の居場所がばれてしまいました。


魔族が圧倒的に強かった昔に比べ、全体的に見ていまは人間の方が強いみたいです。

もっとも、魔族たちは人々を殺さないように戦っていたので

本当のところは分かりません。


勇者は、魔王に協力することに決めました。

魔族と人が共に生きることのできる世界を目指そうと。

二人は手を取り合いました。


幽霊は。

幽霊は……信じられない思いで、ただ一言吐き捨てました。

「馬鹿が」


どうせ裏切られます。どうせ何もかもうまくいきっこない。

祈っても悩んでもどうせ悲劇につながるようこの世界はできているのだから。

幽霊は暗澹たる気持ちで、ただ見まもりました。

また戦いがはじまる……

あの悪夢のような……殺し合いの日々が……






ですが、幽霊の予想ははずれました。

魔王と勇者は決してお互いを裏切ることがありませんでした。

時に笑いあい、時にふざけあい、まるで種族の垣根などないように。

幽霊と……幽霊が大切に思っていた誰かさんが夢見ていた光景のように。

幽霊があの日、血濡れの部屋でかなぐり捨てた夢のように……。



そして運命の日を迎えました。

勇者の処刑。

魔族のためにクーデターを起こそうとしてたことが国王にばれました。

ギロチンの刃が勇者の首を真っ二つに分けようとしたとき……


魔王が助けに来ました。

王子を見つけ出せたことで、太陽の国の王が変わりました。


新しい王は、かなりふざけた野郎ですが、寛大です。

魔族は人とともに生きることを許されました。

種族の垣根を越えて、人と魔族はともに歩みはじめました。

よかったですね。

よくなかったのは幽霊です。






戦争は起きませんでした。

虐殺は行われませんでした。

平和が再び訪れました。


「そんな……」

「うそだ……」


幽霊は膝から崩れ落ちました。

もう二度と立ち上がれないような気がしました。


「じゃあ……私がしたことの意味って……」

「いったいなんだったの……」

「あんなにがんばって」

「ぜんぶむだだったの……」



幽霊は間違っていたと思いますか?

もしかして、幽霊がもし違う行動をとっていれば、百年前の戦争は犠牲なしに終結したでしょうか?



どうでしょうね。

ちゃんと答えてくれる人はどこにもいません。







でも少なくとも幽霊は、自分が間違っていたと思ったみたいです。

間違っていたことは分かっても、どうすれば正解だったのかは、やっぱり分かりませんでした。

ずっと考えても答えは出ないままでした。

やがて幽霊は、幼子みたいに声をあげて泣きじゃくりました。

泣いたのなんて久しぶりで、さいしょは透明な血が流れたのかと思ったくらいです。


「うーーっ……ううっ……うっ……ごめんなさい……」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、」

「ごめんなさい…………!」


もし、いまこの場に『時の剣』があったならば、

きっと幽霊は時間を巻き戻して、母親のおなかのなかにいる自分を殺すのでしょうね。

いずれ世界の害悪になる自分自身が生まれないように、存在を消すでしょう。







ずーっとずっとひとりで泣き続けていた幽霊は、

ある日自分以外の泣き声が聞こえたのに気付きました。


ちょっと離れた墓で、魔王の小さな女の子がしくしく泣いてました。

その墓は、あの勇者の墓です。

勇者は魔王の命を助けるために『時の剣』を使って、

その代償にこの世からいなくなってしまったのです。



幽霊は魔王を見つめました。

赤い瞳が、剣を交えたあの男そっくりで……

でも何故かあのときとは違って、静かな気持ちでその瞳を見つめることができました。


魔王の女の子が行ってしまって、また墓場は静かになりました。



幽霊は村を振りかえりました。

遠くで風車が音もなく回っていました。

大樹の枝に、ツバメが巣をつくっていました。

焼け野原だったこの辺りも、ずいぶんと景色がよくなりました。






「あーあ。馬鹿じゃないの」

「魔王なんか助けて、自分は死んじゃってさ」

「魔族だよ。魔族なのに……」

「……馬鹿だなぁ」


「仕方ないから……助けてあげるよ。勇者」


幽霊は立ちあがりました。

100年いたこの墓場とも、今日でお別れです。






第八章 エヴァーグリーン






ずっといっしょに永い時を過ごした大樹を仰ぎ見ました。

これからもこの木は、この村と山を見まもっていくのでしょう。


一枚の葉っぱが幽霊の頭にひらりと舞い落ちてきました。

それを手にとって、じっと見つめます。


その緑色は、エヴァーグリーン……朽ちることのない永遠の色ですね。

誰かさんの目の色そっくりです。

幽霊は、その色を見ているとなんだか懐かしい気持ちになります。


その木の種を誰かさんといっしょに植えたことも、

そのとき交わした会話も、涙も、笑みも、

もう幽霊が思い出すことはありません。二度と。







そういえばその木の種は女神様がくれたものなのでしたっけ。

そうですね。

もしかしたら、この葉と同じ目の色をした誰かさんの、自分でも気づいてなかった本当の願いは

いつか一人ぼっちになってしまう女の子のそばにいてあげたかったのかもしれません。



幽霊の手のひらの葉っぱは、しばらくしてから風に吹かれて

またひらひら飛んでいきました。

その葉を追うようにして、幽霊は歩きだしました。


時の神殿へ。

時の女神の元へ。

自分の終わりへと。






時の神殿


少女「……」

少女「ここかな」




時の女神「…………」

女神「…………あら……お客さんなんて珍しい」

少女「こんにちは」



女神「あなたは……先代の勇者ですね。どうやってここに来れたのですか?」

少女「さあ。自分でもよく分からないよ……」

女神「そうですか」

少女「いまのが今の時代の勇者だよね」

女神「ええ。時を巻き戻した代償として、消えてしまいましたけれど」

少女「……」


少女「知ってる?先代の魔王と勇者は、相手にできるだけの苦痛を味あわせて殺したかったから、ほとんど剣術で闘ったんだ」

少女「魔力を使ったのは、せいぜい己の身の治療のみ」
   
少女「だから二人ともほとんど魔力を残して死んだんだ……」

女神「ええ。見てましたから」

少女「先代魔王……あいつの魔力は、いまの魔王の命を救ってたね」

少女「はい。これ使ってよ。さっきの彼、助けてあげて」

女神「魔力、ですか。でもこれは契約なのです。魔力ではだめなのです……命でなければ」

少女「意外と面倒くさいんだね」








少女「魔力ある者にとって、魔力の枯渇はすなわち死を意味する。……ってことは、魔力=命ってことなんじゃないの?」

女神「屁理屈です」

少女「君だって、彼に生きてほしいくせに」

女神「見ていて飽きませんからね」

少女「頼むよ。先代勇者として……世界を無茶苦茶にした功績を称えてよ」

女神「意味が分かりません」

少女「……先代勇者が成し遂げられなかったことを、やってのけたんだ……」

少女「私は間違えてしまったから……」

少女「だから彼にはご褒美が必要なんじゃないの?
   ほら、受け取っちゃいなよ。ほらほら」
   
女神「もう…………分かりました。一応理屈が通っているってことで、大目に見ましょう」

少女「やったね」

女神「ただし、あなたの魔力で購われるのは、彼の命の半分だけですね。結構消費してるじゃないですか」

少女「そう?ごめんごめん」



少女「ま、命があるだけいいよね」









女神「では、もう一度彼の魂を呼び戻しますよ。あなたの魔力を使ってしまえば、あなたはここに存在できなくなります。
   よろしいのですね?」
   
少女「よろしいよ。覚悟はできてる」

女神「そうですか。…………では」

女神「……あなたも、長い間お疲れ様でした。どうか向こうの世界ではお幸せに」

少女「……」








第九章 さよならだけが人生だ。






冥府




少女「…………」


少女「また来ちゃったな」


少女「もう戻れない」







ザッ……ザッ……


少女「鍵をあけて、扉を抜けたらまた生きなければいけないんだ」

少女「一から……またひとつの命として」

少女「……」

少女「足が震える……」



ザッ……。



少女「……」



……。


少女(いきたくない……)

少女(足が動かない)

少女「はあ……」ペタン

少女(無理だ。もう歩けない)







少女(……これは……湖かな)

少女(なにか底でたくさん光ってる。魚……?蛍?)

少女「なんだろう」




ザッ………ザッ…………



少女「……?」

少女「だれ」


少年「……、…………」


少年「……そっか」

少女「?」


少年「……冥府はいつも夜なんだ」

少年「月はないけれど、そのかわり星がたくさんある」

少年「湖に沈んでるのは落ちてきた星……地面に落ちたのは白く光る花を咲かすんだ」

少年「となり、いいかな」

少女「……いいけど」


少女「あなたも死んだの?」

少年「うん。ずいぶん前だけどね」

少女「前……どうしてすぐ扉を開けないの」

少年「人を待ってたんだ」

少年「ここは鍵守のあの子がつくった再会のための世界だから」

少年「どうしても、なにを差しだしてもいいから……」

少年「もう一度……会いたくて」

少女「……」

少女「そう」








少年「きれいだね」

少女「え?」

少年「きれいな眺めだと思わないか?」

少女「きれい…………?」

少女「……きれい……」

少女「そう……かも……ね」

少女「……うん。そう思うよ……」


少女「こんなきれいな世界を……」

少女「並んでいっしょに見たかった人が、私にもいたはずなんだけど……ね」

少女「ぜんぶ忘れちゃったよ」

少女「ぜんぶ……」

少女「自分の名前すら、もう思い出せないの」



少年「ニーナ」

少女「え?」

少年「君の名前はニーナだよ」

少女「……ニーナ…………?」

少年「いい名前だ」

少女「……そうかな」






少女「あなたの名前はなんていうの」

少年「……僕は」

少年「僕の名前は、ハロルドっていうんだ」

少女「そう」



少女「ぅ……」ズキ

少年「…………その傷」

少女「もう死んでるのに、血が止まらないんだ」

少女「変だよね」

少年「剣が刺さってるんだ」

少女「……?」

少女「剣なんて刺さってない。傷だけ」

少年「いいや、刺さってる。君を道連れにしようとしてるんだ」






少年「ちょっと痛いかもしれないけどじっとしていて。剣を抜くよ」

少女「……!」ズキ

少年「境遇には同情するけど……お前なんかにこの子を渡すつもりはない」グッ

少女「いたい……っ やめて!!」

少女「もういいよ、傷なんてどうでもいいから触らないでよ!!」

少女「ずっと刺さってた剣なら、いまさら抜けるわけない! ほうっておいて!!」


少年「……君はもうひとりじゃない。独りなんかじゃないから」


ズッ……


少女「うぅっ……!」

少女「…………あ……血がとまった」

少女「傷が塞がってく……」

少年「もう痛くはない?」

少女「痛く……ない」

少年「よかった」

少女「……」







少年「じゃあ、そろそろいこうか。扉へ」

少女「……え」

少女「………………」

少年「どうしたの?」

少女「……」

少女「…………こわい……」

少年「……大丈夫」

少年「僕もいっしょにいくから。ほら、手をつなごう」

少年「ひとりなら怖いことも、ふたりでいれば怖くないよ」

少女「……」

少年「って、これは受け売りなんだけどね。はは」


少年「さあ、行こう」

少女「……うん」






ザッ……ザッ……


少女「さっき、人を待ってるって言ってたけど、いいの?」

少年「もういいんだ」

少女「ふーん……」



少女「……ねえ。そういえば、どうして私の名前を知ってたの」

少年「ん?」

少女「さっきはじめて会ったのに」

少年「…………」

少年「……本当は、はじめてじゃ、ないんだ」

少年「前にも会ってる」

少女「そうなの?」

少年「……うん」






少年「僕たち、ずっといっしょにいたんだ」

少年「僕が待っていたのは……君なんだ」

少女「え?」

少年「…………会いたかった。会って謝りたかった。会って、もう一度君の声が聴きたかった」

少年「もう一度君の笑顔が見たかった」


少年「……百年……ずっと、君のことを待ってたんだ」



少女「……」

少女「でも、わかんないよ」

少女「そんなこと……言われても……」

少女「…………ごめんなさい」


少年「そうだよね、こんなこといきなり言われても困るだろうね」

少年「ごめん」

少年「君がそんな顔する必要ないんだ。本当に……会えただけで嬉しいから」

少年「会えてよかった……」








少女「でも、あなたの目。あの木の葉っぱの色にすごく似てる」

少女「なんだか懐かしい色……」

少女「……きれい、だね」

少年「君の目の方がずっときれいだ」

少年「ひとつだけ、お願いがあるんだけど……聞いてもらってもいいかな」

少女「……なに?」

少年「僕の名前を呼んでほしい」

少年「『勇者』じゃなくって、僕の本当の名前を」

少女「いい……けど」

少女「えっと…………ハロルド」

少年「……ありがとう」



少年「ありがとう。ニーナ」







鍵守「……ああ」

鍵守「よかった。おかえりなさい……」

鍵守「かえってきて……くれたんですね」

少女「うん」

鍵守「ハロルドくん。あえてよかったですね」

少年「ああ……本当に」


鍵守「じゃあいまからトビラに案内しますけど……」

鍵守「その……ハロルドくんにはずっと昔に……説明しましたが……」

鍵守「あなたにも知っておいてもらわないといけないことがあります」

少女「なに?」

鍵守「現世で死んだ者は、魂の状態で冥界にきて、トビラをぬけてまた、新しい体をもらいます」

鍵守「新しい、生をはじめることになる……のです」

鍵守「あなたたちふたりは……いま魂の状態です」

鍵守「ですけど……あの……ちょっとあなたたちはとくちゅ……特殊で……」

鍵守「というのも、この冥界は、死者が死に別れた大切な者を待てるように、そしてもう一度会えるようにと……
   ボクがつくった世界なのですけれど」

鍵守「ふつうは人間だったら5年とか……10年とか……長くて50年とか……。魂のままでいるのはそのくらいなんです」

鍵守「待ってる相手もそれくらいでこっちにかえってくるので……」







鍵守「でも、ハロルドくんは冥界で100年。ニーナさんは現世で幽霊として100年」

鍵守「魂の状態でいるのが、ふつうよりだいぶながいんです……」

少女「うん」

鍵守「じつは、種族の寿命を基準にして……あんまり長い間魂のままでいると……
   トビラの先の世界で、ちょっと問題がおきてしまいます」

鍵守「人の寿命がいま大体60年。それを考えると、100年はちょっと長すぎました……」

鍵守「魂のままでいた時間が長ければ……長いほど、因果がこじれて、来世での問題が大きくなってしまうんです」

鍵守「こればっかりはボクもどうしようもなくて……ごめんなさい」


鍵守「具体的にどんな問題かっていうと……」

鍵守「ほかの人より、ちょっと生きるのが大変な状態に……なります」

鍵守「自分の体だったり境遇だったり……人それぞれなんですけど」

鍵守「そこのところご了ちょ……ご了承いただきたいんです」


少女「私は……自分で逃げた結果だし、いいよ」

少年「僕も自分で決めたことだから、かまわない」

鍵守「そ……そうですか」








鍵守「これがトビラです。ボクがいまカギをあけるので」

鍵守「トビラを開いたら、なかにすすんでください」



鍵守「なにもこわいことはありません。おちついて、ゆっくり……すすんでください」

少年「うん」

鍵守「…………ボクは、あなたたちにあやまらなければ……いけません」

鍵守「……」

鍵守「すくってあげたかった……。かなしい運命から」

鍵守「でも……できませんでした。ボクにできたのは、冥界をつくることくらいで……」

鍵守「ごめんなさい」

少女「……」

少女「神様でも……創世主様でも、できないことってあるんだ」

鍵守「ボクは確かに創世を手伝いましたが、実際に行ったのはもうひとりの方です。
   様なんて……つけないでください。しがない番人です」

少女「……」ピラ

鍵守「あっ、フードはめくらないで……。おこりますよ……」

鍵守「……じゃあ、カギをあけますからね」





ガチャン


鍵守「……はい。それでは、いってらっしゃい」

少年「鍵守、ありがとう。世話になったね」

鍵守「あの赤目の女の子もちょっと前に彼といってしまったし……
   すこしだけここもさびしくなってしまいますね……」

鍵守「こちらこそありがとう。いってらっしゃい」


少年「行こう」

少女「……」

少女「……う……ん」




―――バタン








コツ……コツ……コツ……コツ……


……コツッ……


少女「……」

少女「……はあ……はぁ……」

少女「……やっぱりだめ。こわいよ……っ」ギュッ

少女「また……間違っちゃったらどうすればいいの」

少女「私は生まれちゃいけないんじゃないかな……」


少年「……」

少年「あのとき、僕たちは必死に正解を探してたけど」

少年「正解も間違いも……どこにもなかったんじゃないかって思うんだ」

少女「なかった……?」

少年「僕たちみんながみんな間違えていた。と同時に正しかったんだ」

少年「同じ気持ちを僕も君も、魔王も持ってた。みんないっしょだったんだ」

少年「だから、どうか自分を嫌いにならないで」

少年「もう……戦いはなくなったんだ。終わったんだよ」

少年「あのときもってた気持ちをみんなで持ち続ければ、同じ戦争はもう二度と起こらないはずだ」






少年「それでも君が自分を責めて、自分を痛めつけ続けるのなら……」

少年「次の世界で、僕がまた君に会いに行くよ。苦しみも悩みも全部分かち合おう」


少年「生きるのって、たぶん本質的に辛いことだ」

少年「親しい人たちとの別れは突然訪れるだろう。いつか必ず」

少年「誰かに自分の生を呪われたり……死を望まれることもあるかもしれない」

少年「岐路に立ったときには、誰も正解なんて教えてくれない」

少年「間違いだったんじゃないかって、いつだって後悔しながら歩き続けるしかないんだ」

少年「……それでも、僕が昔感じたように、きっと『生きててよかった』って思える瞬間が絶対あるよ」

少年「絶対に」



少年「だからいっしょに探そう」

少年「生きよう。またここにかえってくるまで……」

少年「君にまた会いに行くから」


少女「…………無理だよ」

少女「鍵守が言ってたじゃん。私もあなたも、自由に動ける体じゃなくなる」

少女「私、もう追いかけられない……」

少女「走っていけない……」

少女「あなただって、絶対私のこと見つけられないよ」

少女「……できない約束なら最初からしないで!」

少女「私……そういうの嫌い。大っ嫌い……!」



少年「どんな体だったとしても必ず君のこと探しに行くよ」

少年「絶対見つけに行く。誓うよ。そうしたら……今度こそ」

少年「今度こそ、いっしょに生きよう」








少女「あ……。体が」

少年「うわっ、本当だ」

少年「もうそろそろ……みたいだね」

少年「……」

少年「約束は必ず守るよ」

少年「それまで…………さよなら」


少女(消えちゃう……)



少女「待って……」

少女「待って」




少年「…………」

少女「………………………………………ハルっ……」

少年「!」

少年「……呼んでくれて、ありがとう」






――――――――――――――――
―――――――――――
―――――



鍵守「いってしまいました……」


鍵守「『さよならだけが人生』……ですか」


鍵守「さて……ええと……あなたはどうしますか?」

鍵守「魔剣さん……」

鍵守「そうですか……ここにいることにしたんですね」

鍵守「わかりました……」

鍵守「よろしくね」


鍵守「じゃあボクはまた仕事にもどります」

鍵守「落ちた星を空にはりつけてあげないと……」

鍵守「カンテラ、カンテラ……ええと」


鍵守「ふう。でもなんだか……ひと仕事おえた気分です」

鍵守「みなさんお幸せに……」

鍵守「あなたたちの幸せを、ずっとここでいのってます」






最終章 Mais les yeux sont aveugles. Il faut chercher avec le coeur.
    (目ではなく、心で)






「家庭……ですか」

「そうですね……でも、まだちょっとそういうの考えられないですね」

「いつか、そのうち。じゃあ御馳走様でした。お代はここにおいておきます」


銅貨を何枚かテーブルにおいて、騒がしい店内を後にしたあの日から数年の月日が経った。


薬師はある町の波止場のベンチに腰かけて、がっくりと項垂れていた。
ついにこの日を迎えてしまった……。
30回目の誕生日である。


「ついに三十路か……」


あの日軽く流した言葉も、今になれば若干の真剣味を帯びてくる。
なんだか最近疲れやすい気もするし、この間は足首を捻った。
年だろうか。年のせいなんだろうか。






ずっといっしょに旅をしてきた愛犬も、そろそろ歩きまわるのが辛い年だろう。

家庭うんぬんはとりあえずなしにしても、どこかに腰を落ち着かせる時期がきたのかもしれない。

彼は背を反らして、天を仰いだ。
そもそも――どうして今まで旅をしてきたのだろう。


あの酒場の主人のように、何度か村や町に留まって暮らすことを勧められたことがある。
まだ少年だったころは一緒に暮らそうと誘ってくれた老夫婦さえいた。

その全てを断って、今のように薬を調合しながら根なし草の生活を続けていた理由は……


不思議な縁が続いて偶然自分が手にすることになった4通の手紙。
やはりそれが心のどこかに引っかかっているのかもしれない。

5通目は自分にしか見つけられないと思っていたのかもしれない。






でもきっと、5通目の手紙などなかったのだろうと彼は思った。
もともとこの広い海で、あと一通手紙を受け取ることができる可能性など天文学的なものだが
手紙が存在しないことはあまり考えていなかった。


手紙の差出人の女の子は、戦争を終えた後、勇者とともに平和に過ごしたに違いない。
海のない地で。二人仲良くいつまでも。
だからもう手紙を海に流すことはなかったのだ。


「定住するとしたら、どこらへんに住もうか……」


愛犬に話しかけてみる。フンと鼻を鳴らす音だけ返ってきた。
旅はやめちゃうんですか、と言ってるように聞こえた。


「お前もそろそろどこかでゆっくりしたいだろ」


大昔に時計屋の青年からもらった懐中時計を取りだして、蓋を開いた。
ラの音4つ、微かに鳴り響く。
そろそろ船出の時間だったので彼は立ちあがった。


旅の最後に向こう岸にある離れ孤島を訪れることに彼は決めた。
ウミネコの鳴き声が波音に絡み合う穏やかな夕暮れだった。








「お兄さん薬師?だったらあの孤島に行く必要ないよ」

「薬草に詳しい婆さんがずっと前から住んでるからね」


「なんだ。そうなんですか」
船を出してほしいと、港で暇そうに煙草を吸っていた船乗りに頼むと
そんなことを言われた。

若干肩すかしに感じたが、それならわざわざ行く意味もないだろう。


この港町からなら陸から移動するより海路をとった方が早いと判断したので、
船乗りに別の目的地を告げた。
定住の地として頭に浮かんだ場所のひとつだった。


子どもが多く、秋には金木犀の香りがひっそり漂う小さな田舎町。
近くの森では珍しい薬草もとれる。
そこで犬とともに静かに暮らそうと決めた。


「オーケー、あの町ね。じゃあ西だ。はい、乗った乗った。こっちね」





船の縁に片足をかけたときだった。
彼は動きを止めてきょろきょろと首を動かした。


「なんだ?」
船乗りが不審に思って声をかける。

「いま、なにか聴こえませんでした?」

「いや、何も。ウミネコじゃないのか」

「……」


聴覚に意識を集中させると、やはり気のせいではなかった。
海の向こうから、何かの音色が聴こえる。

そう、音色だった。
誰かが楽器を弾いている。






有名な曲だろうか。
彼は音楽に明るくないのでよく分からない。



――よく分からなかったが、心惹かれるものがあった。
まるで水平線の向こうから、誰かが自分の名を呼んでいるような……
呼び声のような音色だった。


「音楽なんて、俺には全然聴こえないけどなぁ」

「昔から耳はいいんです」

彼は笑って言った。





「……すいません。やっぱり進路変更して、あの島に行ってもらっていいですか」






* * *



女「はい。じゃあ今日はこれで終わり!」

女「みんな気をつけて帰ってね。寄り道しちゃだめだよ」

「「「はーーい」」」

エルフ「早く先生みたいにうまく弾けるようになりたいなー」

男の子「ぼくが一番先にうまくなるよ。ねっ先生」

女の子「ちがうよ。今日はあたしが一番上手だったもん」

女「みんな上手だったよ!大丈夫、すぐみんな私よりうまくなるよ」

女「今度は新しい曲教えてあげる。楽しみにしててね」

エルフ「楽しみー!」


ガチャ


女「気をつけてね。また今度」

男の子「さようなら!」

女の子「またね、先生!」

女「うん。またね!ばいばい」




女「……ん……?」

女「…………?」







男「……あの」

女「この島にお客さんなんて珍しいですね」

女「こんにちは」ニコ

男「こん……にちは」

女「何にもない島だから、港町からの定期船くらいしか来ないの」

女「だから顔見知りじゃない人なんて久しぶりに見ました。ふふ」

女「なにかご用ですか?よければ案内します」

男「……用というか」

男「……さっきのはヴァイオリンですか?」

女「え?」

男「あっちの町の港でその音色が聴こえて……」

男「なんて曲なんですか」

女「タイトルは、まだ」

男「まだ?」


女「私がつくったの」





―――――――――――――
――――――――――
――――――


女「お茶いれるますね」

男「いや、おかまいなく。本当に」

女「気を使わないで。大抵のことは一人でできるから」


ギイ キィ……


女「それに、私のヴァイオリンを聴いてこの島に来たってことは、私のお客さんでしょ?」

女「せっかくのお客さんなんだもの。お茶くらいいれさせて。
  このあいだおいしい茶葉を薬師のおばあさんからもらったんです」

男「薬師の……」

女「はい。どうぞ」

男「ありがとう」

女「あなたも薬師さんなんですよね」

男「ええ」

女「じゃあ明日おばあさんに会いに行ってみたらどうかな。
  いろいろおもしろい話聴けるかも」

女「私も昔お世話になったんだ」

男「あなたの足は薬で治療中なんですか……?」

女「ううん。私の両足は生まれつき全然動かないの。薬でどうにかなるものじゃないよ」

女「ただちょっと痛い時があるから、そのときにおばあさんに薬もらってる」







男「……そうですか」

女「でも、別にいいの。車いすがあるから一人でも動けるしね。
  階段がひとりじゃ上れないのがたまに不便だけど」

女「小さいときは足が動かないことで色々悩んだよ。人よりちょっと大変だし。
  あなたも、分かると思うけど……」

女「……でも、大変なのって私だけじゃないよねって思って」

女「それにもし足が動いたとしても、やっぱり別の悲しいことや辛いことがあると思うんだ」

女「そう考えたら、足が動かない今も、嬉しいこととかおもしろいことたくさんあるし、
  結局どんな私でも私にしかなれないんだから、今はちっとも悩んでないよ」

女「ヴァイオリンは足が動かなくても弾けるしね。
  本当はチェロの方に最初憧れてたけど、今はヴァイオリンの方が好き」

男「……強い人ですね」

女「あはは。そんな真面目に捉えないで、話半分に聞いて」

女「……なんだかあなたってあまり初めて会った気がしなくて、つい話しすぎちゃうな」

女「ごめんなさいね」


女「ねえ、旅をしているって言ってたけど、どうして?」

女「よっぽどの理由があるんでしょ?」

男「いや、それほどの理由も実はないよ」

女「手紙とか、職業のこととかだけが理由じゃないでしょう?」

女「だって……盲目で旅をするなんて、人より何倍も大変なはず」

女「全盲なんですよね」






男「本当に理由はない。強いて言うなら、なんとなく、としか」

男「実際、もう旅も終わりにしてどこかに住もうと思ってたくらいだ」

女「そうなの」

女「この子は盲導犬? かわいい。寝ちゃったね」

男「いや、特別な訓練は受けてないけど、随分助けられたよ。この子は僕の目だ」

男「オリビアがいなければ……ああ、それがこの子の名前なんだけれど」

男「もし僕一人で旅をしていたら今頃どっかの山奥で白骨死体になっていたに違いない」

男「僕は人より道に迷うのが得意なんだ……残念なことに」

男「目が見えていれば全然そういうことなかったと思うんだけどね。目が見えていればね」

女「本当にそうかなぁ……」クスクス



女「……」

女「……あの」

男「?」

女「変なこと、言っていいかな」

男「え?」

女「初めて会ったのに、こんなこと言うの絶対変だと思うんだけど……」

女「…………髪、切った?」






男「…………」

男「……それ、旅をしていた間に何度かほかの人にも言われたよ」

男「みんな初めて会ったときにそれを言うんだ」

男「この懐中時計をくれた時計屋の人も……手紙を渡してくれたあの夫婦の奥さんの方も。
  髪を切ったも何も、これ以上長くしたことはないよ」

男「僕は男だし……貴族でもないから、髪なんて伸ばさないって。邪魔だしね」

女「ああ、そうだよね。なに言ってるんだろ、私」

女「あはは、ごめんね。気にしないで」

男「……あなたは……髪が長いんですね」

男「……」

女「どうして分かるの?」

男「音で分かるよ」

女「へえ……すごいね。そう、昔から伸ばしてる」

男「似合うよ」

男「短くても長くても……どっちも似合う」

女「え……?」

男「…………え?」

男「な……なにを僕は言ってるんだろう。す、すみません。決してその、ここには口説きにきたわけではなく……」

男「あ、怪しい者ではないんです。本当に!」

女「えっ、いや、あ、はいっ……怪しい者とは思ってないけど!」

女「えっと……あっ! そうだ。私もね、海から手紙の入ったビンを拾ったことがあるの。いま見せるね」

男「あ、はい。ぜひ」







ギィ……ギイ


男「……はあ」

男(ほんと何口走ってるんだ……なんかおかしいな)

男(ここに来てからなんだか変だ。妙に落ち着かないような……今までこんなことなかったのに)

男(お茶を飲んで落ち着こう)ゴクゴク



女「あったあった。これだよ、はい……」

女「……あ、そっか。 私が今読むね。えっとね、差出人は書いてないんだけど、書き出しはこう」

女「『結婚おめでとうございます』」

男「ゴボッ!!」ビチャ

女「えっ!?」

男「げほっごほごほげほ! すっ……すみませっ……」

女「大丈夫!? 服が汚れちゃってるよ。いまタオルもってくるから」

男「いや本当に大丈夫。気にしないで。それより」

男「けっ……けけ、結婚なさってたんですね……。旦那さんは今どちらに?」






女「あはは。私は結婚してないよ。これは浜辺で偶然拾っただけだから、私宛じゃないと思う」

男「えっ? ……あ、そうか」

男「……続きを読んでもらえますか?」

女「うん。ただちょっとよくわかんないこと書いてあるから、悪戯かなにかだと思うけどね」


『結婚おめでとうございます。

 あなたたちがそうなってくれて本当にボクもうれしいです。


 さよならだけが人生です。


 ですけど。

 さよならだけが人生ならば、また来る春はなんでしょう。

 さよならだけが人生ならば、めぐりあう日はなんでしょう。


 未……ちがう。末永くおしあわせに。 


 P.S. こちらとそちらではじかんの流れがちょっとずれているので
      もしかしたらこれがとどくのも変な時期かもしれません。』




女「文字も子どもの字みたいだし……とくに誰かにあてた手紙でもないのかな」

男「確かによく分からない内容だね」

女「うん」

男「でも、いい言葉だな。また来る春」

女「……そうだね」







女「……」

男「……」

女「……」

男「……なにか僕の顔についてるかな」

女「えっ!?」

女「な、なんで私が見てること分かったの」

男「なんとなく分かるんだ」

女「ええっ……」

女「………………ひとつ、お願いがあって」

男「?」

女「……嫌なら断ってくれてもいいんですけど……」

女「目を……開けてもらってもいい……かな」

女「あなたの目、見てみたいの」


男「……」

男「……」スッ

男「見ても……面白いものじゃあないよ。はは」

女「…………」

女「あなたの目の色、自分で見れないなんて……本当に……もったいない」

女「……すごくきれいな緑色……してるんだね」

女「緑色っていうのは……森の色。木の色だよ。……優しい色」

女「……私……」


ぽたっ


男(……水?)

女「わっ……!? なにこれ? やだ、勝手に…………ひっく」

女「きゃーーごめんなさい!お客さんの前でこんな……うぅっ……なんか……
  自分でもよく……分からない……んだけどっ……」






女「涙が…………ひくっ……止、まらなくってっ……ごめんなさ……」

男「…………………………気にしないで」

男「何故か僕も……全く同じ症状に見舞われて大混乱なんだ」ボロボロ

女「へ……? ああっ ほんとだ! ぐすっ…… 大丈夫!?」

男「三十路になってまでこんな滂沱のごとく涙を流すことになろうとは……」

男「…………今日は……なんだか……おかしくて」

男「ここに……来てから、ずっと……変なんだ」


男「………………今からもっと変なこと言ってもいいだろうか」

女「……はい」

男「……今日が初対面のはずなんだけれど……」

男「ずっと君を探していた。……そのために……旅をしていた」

男「自分でもおかしなこと言ってるって分かってる。でも、今言わなければいけないような気がするんだ」

男「生まれる前から、ずっと会いたかった……」






女「…………私も変なこと言うね」

女「…………ずっと」

女「ずっと、ずっと……君が見つけてくれるの待ってたよ……」

女「……会いたかった……私も、生まれる前から、君に会いたかった……」



ガシッ


男「……あの!!」

女「えっ」

男「……………………っ」

男「たぶん一番変なこと、今から言うよ」

男「色々順番ふっ飛ばしてるっていうのは分かってる!」

女「えっ?え?」

男「………………僕と」



―――――――――――
―――――――
――――






――――
―――――――
―――――――――――


女「…………!」

女「…………っ」

女「……」

女「……、…………は……はい」

女「…………」グス

女「…………よろこんで……っ」

女「……私も。……君と…………」



女「……今度は」

女「……おいていったり……しないでね……」







エピローグ letters from the SEA to SEE her.
   the color of the dress SHE wears today is...






冥府



鍵守「……」

鍵守「……」


時の女神「創世主様」スタスタ

鍵守「……ん……?」

女神「何用でごさいましょうか」

鍵守「……?」

鍵守「なにが……?」



女神「えっ。あなた様が今日冥府に私をお招きになったではありませんか」

鍵守「……そうでしたっけ……?」

女神「えーー、お忘れになってたんですか」

鍵守「ごめんね……。ここはちょっとだけ時間の流れがいびちゅ……歪だから
   たぶんボクにとっては大昔に、あなたのこと呼んだんだとおもいます」

鍵守「……それより、ボクのこと創世主なんてよばないで」

鍵守「ボクは確かに創世のてつだいをしたけれど……あくまでてつだい。
   いうなれば副創世主みたいなものです」

鍵守「本当の創世主はもうひとりの彼ですので……ボクはしがないただの番人です」

女神「と申されましても。私にとってはあなた様もあの方も等しく、尊き創世主様です」

女神「……あの方にはまだお会いしたこと、ありませんけれどね」






鍵守「まだ彼は自我をもっていないから……」

女神「自我がなく、この世界を創造したというのですか?」

鍵守「うん。そういうものです……」

女神「は、はあ」


女神「でも、人々は創世主様が『勇者』をお選びになっていると思っているようですが……
   そこのところはどうなのです?」

鍵守「彼は……創世主は……まだ自分が神だと気づいてません」

鍵守「だから彼はこの世界そのものの意志……手は風、足は大地……意志は人々の総意」

鍵守「『勇者』を選ぶのは創世主であるといえるし、この世界そのものの意志だともいえますね……」

女神「あら。初耳ですね」

鍵守「きかれてなかったので……」

女神「……『まだ』自分が神だと気づいてないということは、今後気づくこともあるのでしょうか」

鍵守「あるかもしれません。ボクのときのように……いつか……ね」

女神「そうしたらいつかお会いしたいものです」

鍵守「ボクもです」








女神「ところで、なにをなさっていらっしゃるのですか?釣りですか?」

鍵守「はい。釣れるの、まってます」

女神「魚でしょうか」

鍵守「いいえ……」


鍵守「釣れるまで」

鍵守「少し昔話につきあって、もらってもいいですか……」

女神「はい。勿論」

鍵守「ボクは……ボクはほんとに、あの子たちのことたすけてあげたかったんです……」

鍵守「あんな悲しいことはやめてほしかった」

鍵守「でも……どうしてもできませんでした。
   もし無理に流れをねじまげてしまったら、この世界が根本からむじゅんをはらんでしまいますので」

鍵守「そしたら世界はぱらどっくすに飲み込まれてぜんぶ死んじゃうんです」

女神「ええと……矛盾を孕むとはどういうことですか?それで消えてしまうって?」

女神「私の名にかけて言いますが、時の流れは一方通行で、戻ることなどありません」

鍵守「うん……それは、そうですけれど、そうじゃない次元もあるということです」

女神「いや、ないです!!時間を管理する私が断言しますが、そんな次元ありません!!
   あるとしたら、どこにあるんですか!?鍵守様!?」

鍵守「あっ……うん……、やっぱりなかったかも……」

女神「はぐらかさないで教えてください!!私の沽券に関わります!!」

鍵守「ねえ……お菓子たべますか?」

女神「お菓子なんかに私は釣られませんよ!!!」モグモグ






鍵守「あなたが管理している時間は、『あなたが存在している時間』なので……
   それ以外の時の流れを観測することはできません……」

女神「……」

鍵守「例えば……5分前にこの世界ができたとして、あなたはそれを感知することができるでしょうか」

鍵守「『世界がたった今つくられたことを知らないあなた』が創造されたら、それは可能でしょうか……」

女神「それは、無理でしょうね」

鍵守「……そういうことです」

女神「あなた様はそれを観測できるということですか?」

鍵守「ボクと、彼だけ……」



鍵守「……この世界をつくったとき、ボクたちはとっても無邪気でした」

鍵守「でも、ボクがあるキッカケを経て、神になる資格があるのだと気づいたとき……」

鍵守「……なんてことをしてしまったんだろうって……」






鍵守「いまだからはなすけれど……」

鍵守「あの日、大きな分かれ道の日……道はふたつしかなかった」

女神「……?」

鍵守「『勇者』が勝って、魔族が全滅するか。『魔王』が勝って、人間が全滅するか……」

鍵守「実際は前者の方になったわけだけど……もし後者になってたら、
   百年後の次の世代の魔王と勇者は、立場が完全にぎゃくになっていたでしょう」

女神「勇者を討伐しに魔王が勇者のもとへ?」

鍵守「そう。そして見逃してくれと頼むのが勇者だったでしょう。
   魔族に戦争をいどむつもりはないといって……」

鍵守「どっちがどっちだったとしても、道はけっきょくひとつにもどります」

鍵守「あの和平の日を経て、現在へと……」

女神「……それはおかしいです。道はふたつしかなかったなんて……変です」

女神「未来は未定事項です。各々の五万とある選択肢の果てに決定されるものではないですか。
   二つしかなかったなんて信じられません」

鍵守「うん……それも、あなたたちの次元のはなしです」

鍵守「既定事項から遡ってつくられた未定事項という可能性もあるんです」

鍵守「この世界の根幹はあの日にありましたから……」

女神「……。ならば本当に人間か魔族、どちらかは必ずあのとき全滅しなければならなかったのですか」

鍵守「そう……なぜならば」



鍵守「仲直りのためには仲違いが必要で」

鍵守「和平のためには諍いが必要です」

鍵守「絶対的な平和のためには……徹底的な戦争が」









鍵守「ボクが気づいたときには、なにもかもおそかった」




鍵守「……さっき言った通り、だからむじゅんをはらませずにボクができることといったら」

鍵守「ここをつくることくらいでした」

鍵守「……あのまま、人の彼らも、魔族の彼らも、愛する人にもう会えないのは……あんまりかわいそうだったので」

鍵守「さよならだけじゃない世界をつくりました。それが冥界」


鍵守「ボクにはそれくらいしかできませんでした……だから」

鍵守「創世主なんて、よばれるほどのものじゃないんです」

女神「……それくらいしか、だなんて仰らないでください」

女神「正直に申し上げて、あなた様の今のお話は……よく分からなかったのですが」

女神「冥界があるこの世界が私はすきです。再会のチャンスが与えられているこの世界が好きですよ」

女神「あの二人も……無事会えましたしね」


女神「……まあ……出会った初日にあんなことを言いだしたのにはちょっと驚きましたが」クス

鍵守「ボクは……かおが赤くなりましたね……」

女神「あらまあ」

鍵守「わかいって……いいですね」

女神「子どもの姿のあなた様がそういうとちょっとシュールですねぇ」






女神「あれも、運命ですかね」

鍵守「運命だなんてことばで形容するのは、ふたりにしつれいですよ」


鍵守「たしかに冥界においての再会はボクが機会を用意ちたけれど」

女神「……」

鍵守「用意、し、た、けれど……二度目の再会は彼らだけの力で果たしましたから」

鍵守「神の力も……ボクの力も、運命の力も借りずに……」

鍵守「あの子が呼んで、あの子がさがしだした……」

女神「……そうですね。仰る通りです」







鍵守「かたちあるもの、いつかはすべてなくなります」

鍵守「ほんとうに大切なものは、いつだってかたちのないものですから」

鍵守「目ではなく心で探さなければ……みつかりません」

女神「ええ」

鍵守「だから……」


鍵守「あなたは永遠をしんじますか」

女神「……信じたいですね。神すら知り得ぬその果てに続くものを」

鍵守「永遠があるとしたら……きっとそれもかたちのないものに宿るのでしょうね」

鍵守「そしてもし色がついているとしたら……」

鍵守「たぶん緑色なんじゃないかなってボクはおもいます」


女神「……どうしてですか?」

鍵守「えびゃー……」

女神「……はい!?」

鍵守「…………エヴァーグリーンです」

鍵守「朽ち果てぬ緑ですよ」






ピクッ


鍵守「……あ」

女神「あら……浮きが動きましたね。かかったんじゃないでしょうか」

鍵守「きたっ……」



女神「…………ビン?」

鍵守「はい……あの子からの返事がはいってるんです」

鍵守「これをまってたんです……」

鍵守「だれかから返事もらえるのってボクはじめてで。うれしいものですね」

鍵守「あけてくれますか。ボクにはコルクがかたくて、あけられません」

女神「え? あ、はい。分かりました。……ってもしかして」

女神「……まさか、このために私を呼んだんじゃ……」

鍵守「はい。このためだけにあなたをよびました」

女神「ええええっ……せっかくあなた様に冥府にお招きいただいたと思ったのに!」

女神「用事ってこれですか!!もうっ!私も暇で仕方ないというわけではないんですよっ!」







* * *


母「…………また言うけど」

母「全く、電撃どころじゃないわね」

女「お母さん。その話題はもうやめて」

女「だって……しょうがないでしょ。いまそうしなきゃって思ったんだから」

女「時間は無限じゃないんだよ」

母「別に責めてるわけじゃないわ。からかって遊んでるだけ」

女「なお悪いよ!私で遊ばないで」

母「まあ、でもほんとにいい人が見つかってよかったね」

母「あの人ならお母さんも安心してあんたを預けられるわ」

母「それになかなか……ねえ? あんたも結構面食いね。私そっくりよ。
  お父さんも昔はね~~そりゃあ色男でね~~」

女「わっ……私は違うよ。別にそんなので選んでないもの。ってだから、からかうのやめて!!」

母「ほほほ」




女「……いままでありがとね。……本当に」

母「よしてよ。遠くに行っちゃうわけでもあるまいし」

母「……二人で幸せにね。支え合って生きてくのよ」

母「ほら。鏡見なさい。あなた今とってもきれいよ」

女「…………ありがと」


母「じゃあ、私はみんなと外で待ってるからね。楽しみにしてるわ」






コンコン ガチャ


女「あ……」

男「あれ?もしかしてお義母さんいない?」

女「もう外でみんなと待ってるって」

男「そっか」


女「……」

女「……すごく似合ってるよ」

女「惚れなおしちゃいそう。なんちゃって。あはは」

男「僕は……今日ほど自分が盲目であることを悔やんだ日はないよ」

男「でも、見えなくたって分かる。とても素敵だ」

男「だれよりもきれいだよ。愛してる」

女「……………………」

女「……あのね……そういうこと真顔でさらっと、しかも急に言うのだけはやめてほしいかな」

女「やめてほしいかなっ!!」

男「そんなに照れなくてもいいじゃないか。頬が熱いよ」

女「照れてないよ!この部屋が暑いだけ!私も愛してる!!」

男「ありがとう」







男「そろそろ行こうか。時間だ」

女「うん。外でみんな待ってるよ。なんか緊張するね」

女「君が旅してるときに出会った人たちも来ているんでしょう?」

男「ああ。ありがたいことに」

男「初対面でプロポーズしたって言ったら、呆れられたけど」

女「だろうね……まあオーケーした私も私なんだけど……」

男「はは。じゃ、つかまって」ヒョイ

女「え!? ちょっと……なにしてんの!?」

男「なにって……車いすで行くつもり?」

男「せっかくのドレスなのに、それじゃあんまり見えないじゃないか」

女「いいよ車いすで!こんな……私もそんなに若いお嬢さんってわけじゃないんだから恥ずかしいよ」

男「触れてた方が君がちゃんといるって分かって安心できるんだけど、だめかな」

女「……うぐ……。…………でも重いでしょ」

男「軽いよ」

女「……もう。また絶対みんなにからかわれるよ……もう!わかったよ」

女「……絶対……はなさないでね」

男「もちろん」







ゴーン……ゴーン……ゴーン…………



女「あ、鐘が」

男「そろそろ行こうか。扉の先に」

女「うん……」

女「……いっしょにね」

男「ああ。今度こそ……二人で生きよう」



女「……ねえ」

女「私……今、生きててよかったって思ってるよ」

女「本当に幸せ」

男「……僕も」








女「迎えにきてくれて、ありがとう……」


男「……君に会えて本当によかった」



男「……待っててくれて、ありがとう」



――ガチャッ……





――バタン











                 おわり






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前作と空気ちがいすぎてやべーなとは思ったんですが
それでも最後まで読んでくれた方、どうもありがとうございました


なにか質問とかあれば もにゃっと答えます
パンツの色とか柄とかやらしいことはだめですよ だめですからね

おつ
途中の章題の意味を教えてください

乙でした!!
本当に良かったよ!!

魔王の妹の子どもはどうなったのでしょうか。書いてあったっけ?

おつでした

魔王や狩人、僧侶はその後どうなったのか気になるな

>>810
2章の意味分からんやつのことだったら、
右から読んで区切り変えればおk

>>811
魔王の妹の子どもは消息不明ですが
前作主人公の魔王(元幼女)が生まれたということは
逃げのびながらどこかでひっそり生きて子孫を残したんでしょう
冥府でお母さんと再会したと思います

>>812
薬師に手紙を渡してくれた奴らは全員勇者(ハロルド)が会ったことある奴

魔王の息子と娘も「生きづらい」状況にあったこと
薬師の髪の長さに言及した奴らが女のほかにいたこと
など……まあ狩人と僧侶は何回か死んだ後ですが


それにしても魔王と勇者が出てきすぎてややこしいですな
やむを得ず二人にだけ固有の名前つけたんですが何とも

創世主は何者なの?
と思ったけどそれは続編であかされるのかな

>>814
創世主はこの時点では人格もってませんが
続編でまた登場します

乙です!
オリビアとの旅のきっかけはどんな始まりなんですかね
IFとか次回作楽しみにしてますぞ!

司書は何者なんだ

あと、前スレの時代と、薬師の時代はどの程度離れてるんだ?

幽霊だったニーナは、現勇者を助けてから冥界に行って、ハロルドとほぼ同時に転生したことを考えると、勇者が助かってから少なくとも30年は過ぎてるって考えていいんか?

>>816
(質問じゃないかもしれませんが)
旅のきっかけはなんでしょうね
山で出会って懐かれてみたいな感じだといいですね
犬かわいい

>>817
司書は時の女神と同類で人でも魔族でもないです
歴史とか情報の概念が形をとっただけっていうか
くる人がいれば形をとって知りたいことを教えてあげるけど
いなきゃいないでなにもしません。図書館も存在しません

>>818
>勇者が助かってから少なくとも30年~
薬師と勇者が村で出会ったときには前スレから数年、
薬師と女が出会った時には前スレから約30年経過してます
このころ勇者は確実におっちゃんです じじいです

↑薬師と勇者が村で出会ったときには前スレから十数年でした

のめり込むように読んで終わった
章分けが二種類あるのは勇者と剣士の区別でok?

ブログのURLもう一度教えて欲しいな
見失ったので…
前作も面白かったです 次回作待ってます

>>822
おk
後は、前半は結構だらだら進むので、10、9,8,7……って章を進ませた方が
読んでていつ終わるか分かりそうだなっていう意図ですたい

>>823
http://sora9999.tumblr.com/
よろちくび

たくさんのレスや質問どうもありがとうございました
前作もこれもクソ長いのに、読んで頂いたようで嬉しいです。ありがとう

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