今日じいさんが死んだ。(50)


緩和ケア病棟での九ヶ月間、じいさんは頑張っていたんだと思う。


 じいさんは、強い人だった。

 いつも笑っている、年の割に子供っぽい人だった。

 成人した俺を、いつまでも子供のように扱っていた。

 会う度に、お菓子やジュースを進めてくれた。


 じいさんは、若い頃から入院するまではやんちゃだった。

 戦後の日本を、所謂「愚連隊」として肩で風を切って歩いていたらしい。


 殺人以外の犯罪はほぼこなしたと笑っていた。

 年老いた後も、主な収入源は年金と、生活保護と、スリと呼ばれる犯罪行為だった。

 世間一般的には忌避されかねないじいさんだったが、俺はそんなじいさんの事は大好きだった。

 もちろん社会的制裁は受けている。

 齢七十を過ぎて四年の刑期を受けていたりもした。


 

 年の割に若く見えて、やんちゃにスーツを着こなすじいさんは、銀幕のスターさながらに見えた。


 麻雀が好きで食い意地の張ったじいさんだった。

 後妻のばーさんの食ってるおかずをとったりもしていた。

 その後とぼけるが、誤魔化し方が雑だった。

 みんなが見ている前で箸を伸ばして取ったというのに、知らぬ存ぜぬで通そうとする。

 面白いじいさんだった。

 そんなじいさんが好きだった。



 脳卒中で一回、白血病で一回、C型肝炎で一回。

 じいさんが死にかけた数だ。

 その度にケロッとした顔で復活するじいさん。

 真剣に、俺より長生きするんじゃないかとさえ思った。

 二十代も半ばになるまで腕相撲すら勝てない程化け物じみたじいさん。

 元気な時は、見るからに素行の悪そうな若い兄ちゃん共に平気で喧嘩を売っていた。

 若い奴らに本気で勝てると思ってたらしい。

 負ける姿は想像できないからあながち間違ってはいない気もするが。

 そんなじいさんが大好きだった。



 そんなじいさんが去年の春、足が痛いと言って病院に行った。

 股関節の骨に癌ができていた。


 職場が病院に近かったので、何度か顔を出した。


 元気そうだった。

 癌なんかに負ける姿は想像できなかった。

 じいさんは無敵だったと思ってたから。


 年齢的に手術は出来ない、薬でなんとかする。

 みたいな治療方針だった筈だ。

 家族大好きなじいさんは良く家に帰りたがっていた。

 そんなじいさんが大好きだった。

 去年の正月くらいにじいさんは家に帰ってきた。

 元気だった。

 元気だったのになー。

 自分の足で歩いてたのに。

 今年に入ってすぐ、また入院した。


 大丈夫だって言っていた医者を引きずり回そうかとも思った。 けどやめた。


 それより病院変えた。

 でも「これで大丈夫、治る」と前向きなじいさんが大好きだった。


 しばらくして、じいさんは緩和ケア病棟に移った。

 緩和ケア病棟とは治療が目的ではなく、名の通り苦痛を緩和する為の病棟。


 医者には覚悟しろと言われた。

 だと言うのに前向きだったじいさん。

 そんなじいさんはから目を逸らしたくて、少しだけ距離をおいてしまう。

 大好きだったんだけどなー。


 仕事も忙しかったし、なにかしらの理由を付けて顔を会わせないまま何ヶ月。


 じいさんは元気だった。


 だんだん暑くなってきた。

 じいさんは元気だった。


 少し気温が下がってきた。

 じいさんは少し食欲が落ちてきた。


 じいさんは、元気だと思いたかった。

 なのに、股関節の癌はじいさんの身体をしっかりと食い散らかしていたんだよな。

 気づいてやれなかった。

 違う。

 気付きたくなったんだよな。

 じいさんの事大好きな癖に、自分の事を優先しちゃったんだよな。

 最低だよな。


 あっという間にじいさんは弱ってった。

 ほんの一ヶ月前は病院の食堂で一緒に飯食ったのに。

 飯食えなくなって、だんだん痩せて。

 言葉も聞き取りづらくなった。

 でも、大好きなじいさんが死ぬなんて思えなかった。


 親父の所に電話があった。

 意識が朦朧として目の焦点が合ってないって電話だった。


 病院でじいさんぼんやりした感じでなんか言ってた。

 足元が柔らかいゴム?スライム?みたいな感覚になった。


目の前の光景に現実味がなくて困ってしまった。

 なんかテレビ越しに見ているようで、目の前の現実に感情がついてこれなかったんだろうな。

 あんなに大好きだったじいさんが、弱々しいそこら辺の爺みたいでさ。

 口から変な声漏らしながらじいさんの事見てたんだ。


 じいさんはその日持ち直した。


 俺や親父が帰った後じいさんは家に帰りたかったんだろうな。

 骨と皮だけになって、ベッドから立ち上がる事さえできなかったじいさんは、点滴を外し、着替えようとして無茶をしたらしい。

 そーだよな、帰りたかったよなー。

 じいさん家好きだったもんな。

 ごめんなー。

 一回くらい無茶して連れて帰ってやれば良かったよな。



 じいさんはそれから殆どまともに喋れなくなった。

 聞き取り辛くなった言葉と身振り手振りを頑張って聞き取って意志疎通をする。


 そんな日が何日か続いた。

悲しくなってきた


 じいさんが胸の苦しさを訴えたと病院から連絡があった。


 じいさんの元に駆けつけたら苦しんでた。

 返事はなく手を胸のあたりにやったりベッドの手すりを掴んだりしていた。

 何度か話しかけると何か喋ってはくれていた。

 聞き取れなくて何度も聞き返したりするが要領をえなかった。

あ、ごめん。 正月じゃなくて年末ね。

なんか年末も正月認識だった。


 何の薬なのかはいまいちわかんない白い点滴を打たれて荒かった呼吸は少し落ち着いた。

 仕事終わりに来ていた姉貴が、顔を近くにやると両手で顔を撫でてくれた。

 小さい頃に良くやってくれていた奴だ。

 姉貴は泣き出していた。


 次に俺が手を握るとしっかり握り返してくれた。


 強いじいさんだった。


 泣いちゃいけない気がして泣けなかった。


 泣いたら認めるみたいで怖かった。


 じいさんの呼吸がまた荒くなった。

 苦しいのかと訪ねる。


 じいさんは自分の胸を叩いた。


 姉貴は胸が苦しいのかと訪ねる。

 親父は吐き気がするのかと訪ねる。


 首を横に振り、胸をたたき続けるじいさん。


 じいさんの伝えたい事はわからなかった。


 でも、なんでか俺にはじいさんが「俺は元気だ」「そっちも頑張れよ」と示しているように見えた。


 そう信じたかった。



 容体が少しずつ落ち着いてやっと静かに眠るじいさん。

 その日は夜遅かったので帰る事になった。


 それが昨日の夜の出来事。


 今日の朝六時半くらいに病院から親父に電話があった。

 呼吸が弱くなっている。


 「もう駄目か?」と親父が聞いたら、「すぐ来て下さい」だと。


 車に親父を乗せて、病院に向かう。

 ちょっと言えないような運転だった。

 多分家から病院の新記録だった。

俺おじいちゃんやおばあちゃんの話に弱いわ・・・

ドグシャアアア

ロア「ぐああああああああああッ!?」ドゴオ

カーズ「・・・?」

ロア「(なんだ!?見えない攻撃が・・・!)」ヒュ>

ドグシャア

ロア「ぐうううううう・・・」

カーズ「(・・・やはり・・・?しかしそんなことが・・・)」

ドルチェット「てめえ!なにボサッとしてやがんだ!?」シャキイ

ブン



 五階の病室に行く。 エレベーターを待つ間さえ惜しくて階段を走る。


 登りきった時にエレベーターはまだ三階だった。

 病室に入る。


 ベッドの前には一足先に着いていた兄貴がじいさんを見ていた。


 兄貴は「じいちゃん頼むな」と言って親父と話していた。


 じいさんを見る。

 すごく落ち着いているように見えた。



 昨日に比べて凄く静かだ。

 心なしか表情も軟らかい。



 にしても、なんだか静かすぎる。


 もしかして、と思って呼吸を確かめようと思った。

 でもなんかじいさんに悪い気がして止めた。


 何度か小さくじいさんを呼ぶ。

 返事はなかった。


 そろそろなんだろうな。

 覚悟を決めようとした。


 兄貴が病室に戻ってきた。


 「じいちゃん、一人じゃなかったから。 俺は間に合ったから」

 泣きながら兄が言った一言で初めて、俺の大好きだったじいさんはもうこの世に居ない事を知った。


 俺、間に合わなかったんだよ。


 じいさんごめんな。

 でも兄貴は「最後笑ってくれた」て言ってくれたし。


 じいさんは最後どんな気持ちだったんだろうな。



 俺、じいさんの事大好きだったよ。



 年甲斐もなく泣いたんだけど、悲しみか?って聞かれるとどうなんだろう?

 なんか味わったこと無い感じなんだよ。

 ふとした時にこんなスレ建てるくらい冷めたり。


 かと思いきやこのスレ書き込みながら泣いてしまったり。


 納棺したり、葬儀屋の打ち合わせに同席したり忙しいと割と平気な感じもするし。

 今みたいに一人で寝ずの番してると、吐き気がするくらい胸の中グチャグチャな感じだったり。



 でも忙しさは減るんだよなー。


 他にも何ヶ月も放置してたSSあるんだけど、仕事も休みだし、あいた時間もできるだろうし更新できるかもなーとかも考えちゃう。


 もう病院行かなくても良いんだよなー。


薄情なんだべか?


 そんな訳でじいさんは今日死んだ。


 納棺する時、冷たくて固くて軽くなったじいさんは忘れられないと思う。


 じいさんありがとうな。

 読んでくれた人は、家族の事大事にしてくれな。

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