咲「働きたくない、絶対に」(173)

咲「ロン、18000でラストです」

咲(大学も卒業して数年、私はただの一度も働かずに日々を暮らしていた)

咲(来る日も来る日も麻雀を打ち続け、いつの間にか私の周りからかつての友人たちは殆どいなくなっていた)

咲(それでも私は働かない)

咲「ありがとうございました」ペコ

咲(絶対に──)

ガチャ

咲「こんにちは」ペコ

店主「ああ咲ちゃんいらっしゃい。今日はいつもより遅かったね」

咲「ええまぁ。ちょっと昔の友人と会ってまして」

咲「──今、打てます?」

店主「うん、ちょうどワン欠けになったところなんだ。すぐ打てるよ」

新規客「あら? 珍しいね、女の子もいるんだ?」

咲「(新規か)宮永咲です。よろしく」ペコ

新規客「ああ、どうもどうも」ペコ

新規客「いやー、でも驚いたなー。君みたいな若い子がこんなところで打つなんて」

新規客「ここのレート分かってる? 2の2・6の10ビンだよ?」

咲「……ずっと打ってますから」

店主「咲ちゃんはここの常連ですよ。ちゃんとお金も持ってますし、咲ちゃんなら店からも喜んでお貸ししますから」

店主「大丈夫ですよ、裕太さん」

裕太「あ、そうなの? そりゃ失礼」

裕太「あぁ、俺水原裕太ね。よろしく」チャッ

咲「────」

ジャラジャラ

咲「……」カチャカチャ

咲(配牌悪っ……)

裕太「俺起親ね」タン

咲「ポン」

裕太「ん」

咲「」タン

裕太(こいつ──)

咲(確認するまでもない。前ゲームまで勝ち抜けてたのはこの人だ……)カチャ

咲(放ってたら間違いなくこの半荘でも爆発する)タン

モブ客1(咲ちゃん、いきなり仕掛けか)

モブ客2(その席に座ったなら今日は勝てると思ったが、勘のいい子だよホント)

裕太「……ふむ」タン

咲(…………)カチャ

咲「……」タン

モブ客1「」タン

咲「ポン」

モブ客1「むっ?」

裕太(今俺が切った役牌……二鳴きか? いや──)





咲「ツモ、700・1300です」

裕太「……あららぁ」

裕太(参ったねこりゃ)

裕太(東南戦で後々付け、一見するとただのヘボだが……)

裕太(いくら何でも仕掛けが早すぎる)

裕太(多分序盤に俺から鳴ける牌が出たら何でも仕掛ける気だったんだ)

裕太(おそらく配牌と、始める前の俺の様子から好調を悟ったんだな……)

裕太(……まさか、な)ガチャ

ガラガラ

咲「チー」

裕太(またツモずらしかよ……)

咲(しばらく正面からは切り込めそうにないや。今はこの人を抑え込めればとりあえずオーケー)タン





モブ客1「ロン、2600点」

咲「はい」ジャラ

モブ客2「うぅむ……どうだ?」タン

咲「ポン」カチャ

『!』

裕太(ドラポンか……今度はどうなんだ?)カチャ

モブ客1「おいおい、勘弁してくれよ」ハァ

モブ客2「そう言ってもなぁ」ポリポリ

裕太(……? なんだ、この二人の反応は──?)タン

咲「……チー」カチャ

モブ客2「どれ、じゃ責任とってリーチかな」タン

裕太「むぅ」カチャ

裕太「……駄ぁ目だこりゃ、撤退撤退」タン

咲「──」クスッ

裕太「……ん? どうかした?」

咲「いえ、別に」プイッ

咲「────」カチャ

咲「……ふぅ」

裕太「?」キョトン

咲「カン」カチャ

裕太「なっ!?」

裕太(ドラカンっ!? リーチの現物じゃねぇかよ! 何でわざわざドラ増やすんだ!?)

裕太(やっぱりこいつただのヘボか──)

咲「ツモ」タン

裕太「うえっ?」









咲「嶺上開花ドラ4、2000・4000」










裕太「な、なーんじゃそりゃ……」ボーゼン

咲(本来ならこの局も私は勝てない流れだったけど)

咲(私には、無理やり役を作る方法がある)

咲(それに初対面の人もいるし、まずは先制で圧を与えておく)

咲(どうかな?)チラッ

裕太「……っ!」ガラガラ

咲「──」クスッ

裕太(──訳わかんねぇ)カチャカチャ

裕太(アガリ形の頭は役牌、そしてリーチ者の宣言牌もその牌だ)

裕太(暗刻もあるし、リーチ後こいつはずっとツモ切りだった)

裕太(勝負するなら最後のドラ引いてからの嶺上なんか狙わなくても、ポンすれば良かっただけじゃないか)

裕太(こんなアガリ──っ!)イライラ

裕太「──」カチャカチャ

モブ客1(ククク、まぁ最初はそうなるだろうよ)

モブ客2(俺らもその気分は散々味わった)

モブ客1(同情はするが、しかし──っ!)タン

モブ客1「リーチ」

モブ客2(今がお前を捉えるチャンスでもある──っ!)タン

モブ客2「俺もリーチだ」

裕太「──くっ」

裕太(クソ、まさか今日掴んだ流れをこうも簡単に崩されるなんて──)タン

モブ客1「ロンっ」パタッ

モブ客2「俺もロンだ! ダブロンはありだぜぇ!」パタッ

裕太「5200と7700……マジかよ」

裕太「──あーあ」ハァ

裕太「マスター、悪いけど、次の半荘で終わりな?」

店主「はい、分かりました」ニコニコ

裕太(本当はこの半荘で終わりたいけど、勝ち逃げな上に卓割れ起こしたら次来にくいもんな……)

咲「……」ジー

────

咲「ツモ、嶺上開花──」パタッ

裕太「お、おいおい……」ヒクッ

咲「責任払いなんで、おっさんが24000の払いです」

モブ客2「あヒィッ!?」ビクンビクン

咲「……水原さん、終わりですか」

裕太「あ、ああ。今日はもう駄目だな」ポリポリ

咲「そうですか。じゃあお疲れ様です」スクッ

裕太「ん?」

店主「あら、咲ちゃんも止めちゃうの?」

咲「はい。お客さん待つの、嫌なんで」ペコ

店主「そう言えばそうだったね。どうせ卓割れだから気にしないでいいよ。お疲れー」

店主「裕太さんも、お疲れ様した」

裕太「ああ──」チラッ

咲「……?」ニコッ

裕太「……また、来るよ」スタスタ

ガチャン

裕太「……やれやれ、何とか浮いたけど、気分最悪だなー」テクテク

裕太「二半荘で嶺上五回って、バカじゃないの?」

裕太(いの一番にイカサマを疑いたくなるけど、多分それはない)

裕太(これでも行儀の悪い西日本で麻雀だけの生活をしてきたんだ。自分じゃ出来ないけど、やられたら気付くくらいの場数は踏んでる)

裕太「……それで、五回かぁ……」ハァ

チョンチョン

裕太「ん?」

咲「どうも」ペコッ

お風呂

────

咲「へぇ、じゃあ水原さん、昔は麻雀プロだったんだ?」ニコニコ

裕太「んー、まぁね。つまらないことして研修生で資格剥奪されたけど」

咲「それでもスゴいですよー。その時は会社員もやってたんでしょ?」キラキラ

裕太「んー──」ポリポリ

裕太(……何だこいつ、いやに馴れ馴れしいな……)

裕太「まぁ、試験受かればプロになるのは簡単だからな」

裕太「──それで、咲ちゃんだっけ? 俺に何か用なの?」

咲「えっ?」パチクリ

裕太「いや、わざわざ追いかけて食事のお誘いしてくれたのはありがたいけどね」

裕太「まさかこんな世間話するために来たわけじゃないだろ?」

裕太(ナンパとも思えんし)

咲「?」キョトン

咲「いえ別に。世間話しに来たんですよ?」

裕太(…………)

咲「ああいうところに来る人がどんな人なのか、ちょっと興味がありまして」ニコッ

裕太「……ふーん」

裕太(賭場で相手の事情を探るのはマナー違反なんだが、まぁ若いし仕方ないか)

裕太「他の人らにも聞いて回ってるの?」

咲「いえ、興味を持った人だけ」

裕太「──」

咲「あっ、別に口説いてるわけじゃないですよ?」ヒラヒラ

裕太「……あっそ」ハァ

裕太「君、今大学生?」

咲「──そう見えます?」パチクリ

咲「一応今年で26なんですけど……」

裕太「え゛っ、そうなの? 俺と大差ないじゃん」

裕太(言うほど若くなかった。単に馬鹿なだけか)

裕太「普段は何してんの?」

咲「? 麻雀ですよ?」

裕太「いや、仕事は?」

咲「そんなものありません」キッパリ

裕太「…………」

咲「私、麻雀やる時間を減らしてまで仕事なんかできません」

咲「ちょっと友達と遊ぶくらいならいいけど、毎日何時間も拘束されるのとか、あり得ませんから」

裕太「……あ、あっそ」

裕太(……何だろう、こいつものスゴい馬鹿なのに──)

咲「それでもあえて職業を答えるなら、麻雀打ちってことですかね?」クスッ

裕太(見てて全然嫌悪感を覚えないや)

咲「水原さんも、そんな感じ?」

裕太「…………」

咲「?」

裕太「……どうなんだろ。分かんないや」ポリポリ

裕太「うちは母子家庭でさ、だから俺は進学も諦めて馴染めない会社員なんかしてたんだけど」

裕太「牌王位……や、さっき言ったつまんないことってのの頃にさ、お袋が男と暮らし始めたんだ」

咲「……」ジー

裕太「それから、俺の仕送りを断るようになったんだよ」

裕太「それでもう、俺が無理に仕事をする理由はなくなったわけなんだけど」

裕太「別に何も変わらないんだよな」

咲「……」ジー

裕太「辞めない限りは当然仕事は続けなくちゃだし、プロとして生きることもその時には出来なくなってたし」

裕太「……まぁ結局、仕事辞めたんだけどな」

裕太「会社の寮を出て、ただなんとなく大阪に行ったんだ」

裕太「で、することもなくて雀荘通い」

咲「」ウンウン

裕太「それからは流れるままに麻雀打ちのコースを歩んでいはと思う」

裕太「去年、お袋が死んだと知るまではね」

咲「──……」

裕太「仕送りは断られてたけど、麻雀で勝った分からずっと送り続けてた」

裕太「……会社員辞めたことも、麻雀で稼ぐことも、無駄にしたくなかったのかね。よく分からんけど」

咲「…………」ジー

裕太「でも、お袋は俺の仕送りを全額貯金してたんだよ」

咲「!」

裕太「そりゃ、元々は俺の金かも知れないけど、こっちはそんなつもりで送ってたんじゃない」

裕太「俺の分は別に、ちゃんと勝ってから送ってた」

裕太「でもその金が別の方向に使われてたとなると──」

咲「……」

裕太「俺は、麻雀打ちじゃなかった」

裕太「貯金とお袋の生命保険、とりあえずこいつらは全部麻雀で使ってやろうと決めたんだ」

咲「……全額?」

裕太「ああ、全額」

裕太「東京にな。怪物みたいな麻雀打ちがいるんだよ」

咲(東京……)

裕太「その人とガチで勝負するなら、他人の金じゃ駄目なんだよ」

裕太「そんなわけで、今の俺はまだ麻雀打ちじゃない」

裕太「少なくとも、あいつと打つまではね」

裕太「これで話は終わり。満足だった?」

咲「──はい、とても参考になりました」ペコッ

咲「麻雀を結局趣味の延長としか考えないで、とっとと就職してさっさと結婚した原村さんにも聞いて欲しかったです」

裕太(誰だよ?)

咲「でも水原さん。その話だと、近い内に東京に行っちゃうんですか?」

裕太「ああ、そうだな。別にいつまでとかは決めてないけど、どこにも長居するつもりはないよ」

裕太「今日のだって、前に話を聞いてた場所だから殆ど暇潰し程度に寄っただけなんだぜ?」

咲「あ、そうだったんですか」

裕太「二度行くつもりはなかったよ。お前と会わなきゃな」

咲「──私?」ニコッ

裕太「当たり前だろ? 鬼退治しに東京行くつもりなんだから、他の化け物にも勝てるようじゃなきゃ」

咲「無理だと思います」

裕太「……なんだって?」

咲「嫌味のつもりは一切ないですから、はっきり言います」

咲「今の水原さんじゃ、私にも、きっと東京の怪物さんにも勝てません」

裕太「おいおい、そりゃ今日は惨敗だったけどなぁ」

咲「そりゃ半荘一回でどうのって勝負ならまた別ですけど、水原さんは高レートでその人と打つんですよね」

裕太「……ああ」

咲「じゃあやっぱり無理です。一回勝ってもすぐ次で取り返されちゃいます。だって──」

咲「水原さん、今日の私の嶺上開花を見てどう思いました?」

裕太「……いや、『ついてるなぁ』かな?」

咲「他には?」

裕太「……『冴えてるなぁ』?」

咲「同じです。でもまぁ、その通りですね」

裕太「はぁ?」

咲「『ついてる』し『冴えてる』。でも、私が今日の麻雀を百回やったら百回同じように嶺上開花をアガリます」

裕太「そんな馬鹿な」

咲「そうなっちゃうんだから仕方ありません。私がポンするのもチーするのもカンするのも」

咲「言ってみれば全部勘で仕掛けているんですけど、最後には必ず上手く行くんです」

裕太「…………」

咲「──でも、一度骨の髄まで教え込んでやらないと、理解してはもらえないことなんでしょうね……」

咲「池田みたいに」

裕太「じゃあ、俺にもそれを教えて欲しいんだけど……」

咲「嫌です」

裕太「……何でだよ?」

咲「あなたのこと、気に入りましたから」

裕太「────」

咲「きっとこのままだと、私は誰にも負けないまま死んでいくと思います」

咲「衣ちゃんやお姉ちゃんですら、最近は私と打ってくれないし……」

裕太(さっきから誰だっつの)

咲「でもあなたならきっと、私に勝てるようになる。私を殺してくれる」

咲「嶺上開花をツモる時と同じ感覚でそれが分かるんです」

咲「だから、今はこれ以上打ちたくありません」

咲「ないと思いますけど、でももし万が一、あなたの心を壊すようなことになったら──」シュン

裕太「……うぅ」

咲「……私はもう、一人ぼっちですから」ニコッ

裕太(なんだ、こいつは……)

裕太(言ってることはどれもこれも子供の戯れ言みたいなのばっかなのに──)ググッ

裕太(ただ、気圧される──っ!)

咲「……東京の怪物さんには、勝てる自信は?」

裕太「……ないな。元々いきなり全額勝負をする気なんかないけど」

咲「そうですか」ホッ

咲「なら何度か打ったら、しばらく怪物さんとは距離を置いた方がいいですね」

咲「怪物さんと打ってても、多分理論やスタイルの昇華は望めません」

咲「いい感じに飼い慣らされて、獲物を狩る時だけ便利に使われるようになっちゃいます」

咲「少なくとも私ならそうします」

裕太「…………」

咲「腕を上げるなら……そうですね」

咲「同じように怪物さんに負けた人と打つのがいいと思います」

咲「敗北して、破産して、それでも麻雀一本で復活してきたような人です」

裕太「……そんなやつ、簡単には見つからないだろ」

咲「麻雀を打ってればいつかは会えますよ」クスッ

咲「それが麻雀打ちってもんです」ニコッ

裕太「……ふむ」

咲「その人の麻雀が、怪物さんと打つ前と打った後と」

咲「どれだけ進化してようと、退化してようと、全く違いがなかろうと」

咲「少なくとも、その人の意識には必ず怪物さんが生きています」

咲「その打ち筋と対局すればきっと、あなたの感性は磨かれていくでしょう」

咲「それから──」

裕太「ちょっと待ってくれ」

咲「?」キョトン

裕太「何で俺が君の言う通りに動かなきゃいけないんだよ」

裕太「傀に勝つための特訓なんて、自分で考えるさ」

裕太「ちゃんと君にだって勝ってやるよ」

裕太「それで満足なんだろ?」
咲「──そうでしたね。余計なお世話でした」

咲「ごめんなさい」ペコリ

────

咲「今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」ニコニコ

裕太「……ああ、こっちこそ。晩飯ごちそうさん」ポン

裕太「次に会うのはいつか分からないけど、もしあったら今度は俺が奢るよ」

咲「──もう、行くんですか?」

裕太「ああ、君と話してて気が変わった」

裕太「今は少しでも早く、傀と打ってみたい」

裕太「自分のことは、別にいつでも考えられるしな」フッ

咲「──」ニコッ








咲「それじゃ水原さん、さようなら」フリフリ

裕太「おう、じゃあな」フリ






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