少女「なんで私を乗せてくれたの」男「・・・」 (25)

少女「なんで私を乗せてくれたの」
男「・・・」
少女「・・・」

年代物のトラックは海岸沿いを走り続ける。

少女「私、あそこに1週間くらい居たの」
男「・・・」
少女「何かを期待してた訳じゃないの。潮風がゆっくりと私を殺してくれるんじゃないかって、そんなこと考えてた」

男は少女の声が聞こえないかのように表情も変えず、ただ運転に集中していた。

「バタン」
少女が目覚めるとトラックは止まっていた。辺りを見回すとそこがガソリンスタンドだと分かった。

トラックの前を男が歩いていた。男は少女を横目で見ながら運転席に乗り込んだ。

少女「あなたが起こしてくれたのね。ありがとう」

男「俺は、・・・」

少女が男に視線を向けると、男は喋るのをやめトラックを走らせた。

トラックを走らせて10分程すると男は静かに話し出した。

男「俺、起こし方わからねえから、GSで聞いた」

少女「意外と簡単だったでしょ」

少女は寂しげに微笑んだ。
男は少女の方を向いて、少女の表情を確認した。少女を見る男の瞳もやはり寂しげだった。

長いこと二人は黙っていた。
海岸線を走る車は男のトラックだけだった。沈黙の中トラックはひたすら海岸線を走っていた。

長い静寂を崩したのは男だった。
男はダッシュボードからタバコを取りながらラジオの電源を入れた。
ラジオからは「ザザー」と砂嵐が流れた。

少女「フィルター越しにタバコの煙を吸う方が、この星の空気をそのまま吸うよりキレイなのよ。きっとそうよ」

男「・・・」

少女「私にお似合いの星よ」

男「・・・」

ラジオ「日本時間12:30、移民シャトルの打ち上げが成功しました。今回の打ち上げにより、移民移送は217回となりました」

ラジオ「これにより、移民完了は世界の36%、日本国内では68%となりました。移民開始時から費用は半額近くまで下がりましたが、発展途上国を含め、多くの地域では移民のための費用が用意できないのが現状です」

ラジオ「以上、国営放送を終了します。次の放送は3時間後の午後18時になります。」

ラジオからはまた砂嵐が流れた。男はラジオの電源を落とした。
またトラックは静寂に包まれたが、今度は長くは続かなかった。少女が男に話しかけたからだ。

少女「あなたはいつからトラックに乗ってるの?」

男「・・・」

男「俺は、・・・」

新しいタバコに火をつけながら男はゆっくりと話し出した。視線は正面に向けたまま。

男「俺は日雇労働者街で生まれた。親父はトラックで魚を運んでた」

男「8歳のとき、母親がいなくなった。3日後に親父が帰ってきて、いつもと同じように当面の生活費を置いて、またトラックで出かけて行った。何事もなかったかのように」

男「13歳のとき、いつもの様に親父がトラックで仕事に行った。次の日買い物に出ると親父のトラックが魚市場の近くに置いてあった。親父が居なくなったとすぐに分かった」

男「次の日から、俺は仕事をもらうために列に並び、親父の置いていったトラックで魚を運んだ。父親を恨んではいない。むしろトラックを残してくれた事に感謝した」

男「あれから何年経ったのかなんて分からない。もう、自分の年齢さえ分からない。ただ、毎日トラックに乗っていた」

男はいくらも吸わずに燃え尽きたタバコを空き缶で消した。そして新しいタバコに火をつけた。そこで男の話は終わった。

少女は男の方を見ながら静かに話を聞いていた。するとインジケータの給油ランプが点灯しているのに気がついた。

少女「ガソリン・・・」

男「もう、給油する金もねえ」

少女「さっきはありがと」

少女はまた寂しそうに言った。それを見て男は話始めた。静寂を嫌うように。

男「もう、魚なんて買う奴はいないんだな。移民の為に金を貯めて、魚なんかにあてる金なんか」

男「もしくは、もうこの星には魚なんていないのかもな。この海に生きものなんて・・・」

男が少女に視線を向けると少女はまた眠りについていた。

少女が目覚めるとそこは海だった。
そして男に背負われていることに気がついた。

少女「また起こしてくれたんだね」

男「・・・」

少女「最後のガソリンだったんじゃないの」

男はゆっくりと歩を進めながら話し始めた。

男「ガソリンが無くなればトラックには乗れない。魚が無ければトラックに乗る意味も無い。だから俺にはもう何も無い」

男「俺はお前を・・・」

男の言葉を遮るように少女が話しだした。

少女「私が居た家の人達は今日のロケットで移住したの。」

少女「ずっとずっと、お金を貯めて。今回やっと抽選にも当たってロケットに乗ることが出来たの」

少女「移住先の星では空気汚染防止法でガソリンの利用は禁止されてるんだって」

少女「もちろん私みたいな旧式のロボットをロケットに乗せるお金なんて無いのよ、防止法は建前よね」

少女「でもね、私は恨んだりしてないのよ。今まで大事にしてもらったし。たまにハイオク入れてくれたのよw」

男は歩を止めずに少女の話を聞いていた。
既に海水は男の腰のところにあった。ヘドロで足下をすくわれながら沖へ沖へと歩いて行った。

少女「でも、私はこの星が好きよ。この星の人達も」

少女「あなたの背中は凄く温かいし」

そして二人はゆっくりと水中に沈んでいった。

fin

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