デヤゴスチーニ「『月刊麻雀牌』創刊!」慕「これだ…!」 (114)

コースケ「麻雀牌だけどさ、売ったわ」

慕「えっ」

コースケ「お前もう麻雀やめろよ…… 姉貴のこととか思い出してつらいだろ……」

慕「そんな… なんで… どうして……」


その夜

慕「うっ… えぐっ… ぐすっ……」

テレビ「――『月刊麻雀牌』、ついに創刊!あなたの元に麻雀牌をお届け!」

慕「?」

テレビ「創刊号は特別価格790円!」

テレビ「いよいよ明日発売!書店へ急げ!!」

テレビ「デヤゴスチーニ♪」

慕「月刊…麻雀牌…?」

慕「あの本に、麻雀牌がついてくるの…?」

慕「790円… 私にも買える…!」

慕「これだ…!」

慕「……よし!」

※デヤゴスチーニは架空の会社です。

小学5年生4月 創刊号

カランカラン

本屋「いらっしゃーい」

慕「えっと…」キョロキョロ

本屋「?」

慕「すみません、麻雀牌のついてる本ってありますか?」ドキドキ

本屋「ああ、月刊麻雀牌かい?ほら、これだよ」

慕「わぁ…山積みだ…」

慕「これ、一冊ください!」

本屋「まいどありー」

慕「何か随分軽いな…?」フリフリ

慕「まあいいや…でもこれで…!」


帰宅

慕「これで…鳥さんにお友達が…!」ガサガサ

ポロッ

一萬「オッス」

慕「?」

慕「あれ…?一個だけ…?」

慕「どういうことだろ…?」

パラパラッ

雑誌「付録は毎号ひとつずつ付いてきます!全号購読してすべてを揃えよう!」

雑誌「完結号の刊行まで、ぜひ大切に保管してください!」

慕「あ…」

慕「なーんだ…全部じゃないんだ…」

慕「そうだよね…790円だもんね…」

慕「…………」

慕「……でも!」

慕「ひとつずつでも、いつかは揃うんだ!」

慕「うん!これは毎月の楽しみができたよ!」

翌月 第2号

慕「あっ!そろそろあれの発売日だ!」

慕「えっと…いつだっけ…」

パラパラッ

雑誌「第2号は5月×日発売です!」

慕「そうそう!明日だったよ!また790円用意して…」

雑誌「第2号より、通常価格1990円になります」

慕「…えっ?」

慕「790円じゃ、ないの…?」

慕「どうしよう…お金が足りない…」

慕「お金……」

慕「…………」

チラッ

慕「お母さんに買ってもらった…ブタさん貯金箱…」

ブタ「おう?」

慕「…………」

ブタ「どした、お嬢ちゃん?」

慕「…………」

ブタ「…………」

慕「…………」

ブタ(…………オーライ、バッチ来いや)フッ

慕「…………」


ガシャン

次の日

慕「すみません!月刊麻雀牌ください!」

本屋「あー、うちには置いてないよ」

慕「えっ!?」

慕「先月はあんなに山積みだったのに…」

本屋「…ああ」

本屋「こういう雑誌はね、創刊号はたくさん作って宣伝するけど…」

本屋「次からずっと買う人は、普通は定期購読を申し込むんだ」

慕「ていきこうどく…」

本屋「創刊号に、振込用紙が入ってなかったかい?」

慕「…よくわかんないです…」

本屋「例えば一年間とか、続けて買いますっていう約束で、毎月家に届けてもらうんだ」

本屋「だから、普通の本屋さんにはあまり出回らないのさ」

本屋「うちみたいな田舎の本屋には、特にね」

慕「そう、なんですか…」

慕「…そのていきこうどくをすれば、買えるんですか?」

本屋「ああ。銀行振込でお金を払うんだよ」

慕「ぎんこうふりこみ…」

本屋「一年分先払いでね」

慕「えっ」

慕「一年分…?」

本屋「ああ。大体こういうのは一年毎じゃないかな」

慕「…………」

本屋「多少は割引してくれると思うけど…12冊なら2万4千円くらいか」

慕「そんな…。そんなに、お金ないよ…」

本屋「?」

慕「…………」グスン

本屋(……あらら)

本屋「お金…足りないのかい?」

慕「…………」コクリ

本屋「よし、わかった」

慕「?」

本屋「お兄さんが定期購読の注文をしてあげよう」

慕「!?」

本屋「毎月うちの店に取り置きしておいてあげるから…。それで、一冊ずつ買いに来ればいい」

慕「いいんですか…?」

本屋「なに、これも本屋の仕事さ。毎月なら買えるんだろう?」

慕「はい!ありがとうございます!本屋のおじさん!」

本屋「お兄さん、な」

――それから、すべてが始まったのでした。

毎日のお買い物のときに、ちょっとずつでも安いものを探して、節約して。

たまに買う楽しみだったつぶつぶドリアンジュースも、2回に1回、我慢した。

ひと月1990円は結構大変だったけど、がんばって貯めていれば足りないことは無かった。

毎月、いっこずつ増えていく麻雀牌。

それが、私の楽しみになっていきました――

中学1年生3月 第36号

慕「じゃじゃーん!」

慕「ついに!」

慕「萬子が全部揃いましたー!」

慕「えへへ…」

慕「これを並べて…」

タンッ

慕「ツモ!九蓮宝燈です!!」ドヤァ

慕「…………」

慕「うふふ…」

翌月 第37号

雑誌「萬子コンプリート記念!今回の付録は、全ての牌が収納できる牌ケースです!」

慕「やったー!」

慕「これでちゃんとした箱にしまえる…!」

慕「いつかこの箱に、友達がいっぱいに…」

慕「…………」

慕「…そしたら…」

慕「そしたら、お母さんも…」

翌月 第38号

慕「今回から次のシリーズ!」

慕「次はどれだろう…?鳥さんだといいな…」ワクワク

ポロッ

一筒「やあ」

慕「…あー、鳥さんじゃなかったかー…」

慕「でもそんな風に言っちゃいけないね!筒子も大事な友達!」

慕「ようこそいらっしゃれました!これからよろしく!」

中学2年生1月 第46号

コースケ「ちわっす、先輩」

本屋「おー、久しぶりだなリチャードソン…いや、縮めてリッツだっけか?」

コースケ「もうその呼び方は勘弁してください、先輩」

本屋「まあなんでもいいや。で、どうした?」

コースケ「近くまで仕事で来たんで、寄っただけっす」

本屋「そうか。まあゆっくりしてけや」

コースケ「はい」

本屋「周藤(質屋)から聞いたぞ?お前も結構大変らしいな」

コースケ「…………」

本屋「…ナナちゃん、まだ見つからないのか?」

コースケ「……はい」

慕「こんにちはー!今月もお願いしまーす!」

本屋「おー、いらっしゃい」

コースケ「!?」

コースケ「慕…?」

慕「え…おじさん…?」

コースケ「どうしたんだお前?なんで先輩の本屋に…?」

本屋「なんだ、知り合いの子か?最近のうちの常連さんだぞ」

コースケ「えっ?」

慕「!」ドキッ

本屋「はいお嬢ちゃん、今月号」

慕「あっ、えっと、なんでもないです!失礼しました!」

タッタッタッ

コースケ「あ、おい、慕!」

本屋「あら、行っちゃった…」

コースケ「…………」

本屋「……おいリッツよ、お前とうとう幼女に顔見ただけで逃げられるような事やらかしたのか?」

コースケ「…あれはオレの姪です」

本屋「ほう?」

……

本屋「そっか、あの子がナナちゃんの…」

コースケ「はい」

本屋「んで、なんでその姪っ子はいきなり逃げ出してんだ?」

コースケ「オレの方が聞きたいっすよ…」

コースケ「常連って言ってましたけど… あいつ、何を買ってるんですか?」

本屋「これだよ」

コースケ「『月刊麻雀牌』…?」

本屋「なんだ、知らなかったのか?」

コースケ「…はい」

本屋「わりといい値段の本だろうが?お前が金出してたんじゃねえの?」

コースケ「…いえ」

本屋「じゃあ、買うためのお金は?貯金とか節約とかしてたなら気付くだろ?」

コースケ「食費は全部、慕に預けてるんで…」

本屋「お前……」

コースケ説明中

本屋「なるほどな、その売られた麻雀牌の代わりってわけか…」

コースケ「…はい、たぶん」

本屋「で、今その牌は?」

コースケ「周藤の店で…ずっと預かってもらってます……」

コースケ「あいつのためと思ってだったのに…やっぱりオレ間違ってたんすかね…」

コースケ「オレに黙って麻雀大会にも行ってたし…今こうしてこんな高い本まで…」

本屋「…………」

本屋「……なあ、リッツ」

本屋「あの子のつらい顔見たくないから、っていうお前の気持ちもまあ、わからんでもないわ」

本屋「……でもまあ、後ろ向きじゃなけりゃいいんじゃねーの?知らんけど」

コースケ「?」

本屋「少なくとも、うちに毎月本を買いにきているあの子の顔は…、」

本屋「後ろを向いて泣いている子の顔じゃなかったぜ」

コースケ「…………」

本屋「オレでもわかる…。あの子は、麻雀が好きなんだよ」

コースケ「…どうしたらいいんすかね、オレ…」

本屋「お前だって…あの子の好きなものを無理に取り上げたいって思ってるわけじゃ、ないだろ?」

コースケ「……はい」

本屋「じゃあもう、やりたいようにやらせてあげろよ」

コースケ「…………」

本屋「とりあえずできることっていえば、毎月のお小遣いを多めにしてやることくらいじゃね?」

コースケ「…………」

本屋「売った麻雀牌の件は… あの子がどう思ってるかオレは知らん。二人でよく話し合えよ」

コースケ「…じゃあ、失礼します」

本屋「おう、慕ちゃんによろしく」

コースケ「…………」

ピッ

プルルル プルルル

コースケ「あ、もしもし周藤?ちょっとこれから行っていいか…?」

自宅

慕「逃げてきちゃった…」ドキドキ

慕「どうしよう… おじさんには内緒にしてたのに…」

慕「……また、買うのやめろって言われちゃうかな……」

慕「…………」

慕「……でも……」

慕「これだけは、途中でやめたくない!」

慕(これだけはっていうか…麻雀も結局やめてないけど)

慕「……あとでちゃんと謝って、お願いしてみよう……」

コースケ「…ただいま」

慕「あ、夕ごはんできてるよ!」

コースケ「…おう」

慕「今日はサンドイッチと野菜サラダ!もちろんトマトは無しだよ!」

コースケ(…いつも通りのトマト無し……ふた皿とも)

コースケ(…そういや…)

コースケ(昔はオレだけ抜きでも、慕はトマト食ってたはずなのに……)

コースケ(ここ最近、慕の皿にトマトって入ってたか……?)

コースケ「…なあ」

慕「ん?」

コースケ「お前最近、トマト食ってる?ていうか買ってる?」

慕「!」ドキッ

慕「さ、最近トマト高くなったからかな!買い忘れてきちゃったね!」

コースケ(…苦しい言い訳だ……目が泳いでるぞ)

慕(おじさんに内緒で色々節約してたの…気付かれちゃった…?)

コースケ(オレが気付かないところで…、こいつは、どれだけ無理してたんだ…?)

慕「…………」ドキドキ

コースケ(こいつのことだ… そりゃ相当だろうな…)

慕「…………」ドキドキ

コースケ(……オレがさせてたんだよな……)

コースケ「…ちょっと、食う前にいいか?」

コースケ「…今日会った本屋の人さ、オレの先輩なんだけど」

慕「!」

コースケ「…麻雀牌の本、買ってたんだってな」

慕「!…ごめんなさい!黙っててごめんなさい!」

コースケ「いや…ちょっと聞いてくれ」

慕「?」

コースケ「オレの方こそ…嘘ついて黙ってたことがある」

コースケ「売ったって言った麻雀牌だけどな…。あれ嘘だ、売ってない」

慕「!」

コースケ「…ここにある」スッ

慕「!!」

コースケ「…知り合いの質屋に預かってもらってた」

慕「……そうだったんだ……よかった……」

コースケ「お前に悪いことしたよな……すまん」

慕「おじさん…」

コースケ「お前のためにと思ってだったけど…、お前がそれ以上に麻雀が好きだって気付かなかった」

コースケ「それも謝る、すまん」

慕「……いいよ、もう怒ったりしてないよ」

コースケ「この牌はお前に返す…。これから、もっとお前のことも気付けるように努力するよ」

慕「……うん」

コースケ「…だからさ、」

慕「?」

コースケ「…高い本を買うために無理をするのは…もうやめにしてくれないか」

慕「!」

コースケ「最近トマト買ってないのも…そのためだったんだろ?多分トマト以外にも…」

慕「…………うん」

コースケ「トマト食わないオレが言えた義理じゃないが…そんな風に無理してたらお前の体が心配だよ…」

慕「おじさん……」

慕「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だからこの本を買うのは続けさせてください」

コースケ「慕…」

慕「これは、願掛けみたいなものなんだ!」

コースケ「願掛け…?」

慕「これを全部そろえたら、お母さんに会えるんじゃないかって」

コースケ「!」

慕「鳥さんの友達がみんな集まったら…お母さんも鳥さんと友達になりに来てくれるかも、って…」

慕「私が…大人になる頃に…」

コースケ「慕…お前…」

慕「言われた通り、無理なことはしないから…。お願いします」

コースケ(姉貴に……、そりゃ当然予想できた理由だが、やっぱりお前は……)

コースケ(どうする…根本的な問題は何も解決してねえ…)

コースケ(本を買い続けたとしたって…完結しても姉貴がいなかったらそれこそ…)

コースケ(姉貴……、本当、どこ行っちまったんだよ……)

コースケ(…………)

コースケ(……でも)

コースケ(ここでまたやめろって言えば、同じ事の繰り返し…)

コースケ(姉貴のことが今すぐどうにもならん話なら…… せめて今の慕のために……)

コースケ(…後ろ向きじゃ…ないんですよね?先輩……)

慕「…だめ、かな…?」

コースケ「……ひとつ聞かせてくれ」

慕「…うん」

コースケ「その本を買うのは…楽しいか?」

慕「うん!」ニコッ

コースケ(……いい笑顔だ……あの麻雀大会で見たのと同じ……)

コースケ「……そっか」

コースケ「わかったよ…。揃うといいな、全部」

慕「…うん!ありがとう!」


――あのときから、少し開いていた気がしたおじさんとの距離が…、

またちょっと縮まった気がした、冬の日の事でした。

――それからは、おじさんも公認で本を買えることになりました。

お買い物で節約はしなくなり、代わりにおじさんがお小遣いをくれることになったのです。

おじさんはあくまで、本代じゃなくて「お小遣い」って言ってましたけど。

そして時は過ぎ、私も高校生。

小学校の頃からの友達と、朝酌女子高校へ進学したのでした――

高校2年生4月 第73号

慕「じゃじゃーん!」

慕「なんと!」

慕「筒子が全部揃いましたー!」

慕「えへへ…」

慕「これを並べて…」

タンッ

慕「ツモ!筒子純正九蓮宝燈(シベリアンエクスプレス)です!!」ドヤヤァ

慕「…………」

慕「あれ?デジャブ…?」

翌月 第74号

慕「前回で…ついに筒子もコンプリート!また新シリーズです!」

慕「次は…次こそ鳥さんかな…?」ワクワク

ポロッ

千点棒「ハーイ」

慕「?」

慕「あれっ?えっ?千点棒!?」

慕「どういうこと…?麻雀牌じゃないの…?」

パラパラッ

雑誌「今月号より、点棒シリーズがスタートします!」

慕「…えっ?えっ?」

パラッ バサバサッ

……

慕「あった…創刊号に書いてあった…」

雑誌「本誌のセット内容:全136牌+花牌8つの144牌,点棒25000点×4人分の68本,サイコロ2つ,東場南場のアレ,牌ケース」

雑誌「総計216個のアイテムを、毎月ひとつずつお届けします!」

雑誌「お届けする順番は…、今後にご期待ください!(笑)」

慕「に、216個… 知らなかった…」

慕「一年が12ヶ月だから…216÷12=…18年…?」

慕「今6年経ったから…えっと……あと12年…」

慕「12年…」

慕「そしたら私…28歳!?」

慕「28歳なんて…あらさー?ってやつだよね?」

慕「あらさーなんて……、もうおばちゃんだよ!」(高校生並の感想)

慕「…………」

慕「……そんなになるまで、お母さんに会えないの……?」

翌月 第75号

担任「白築…は…今日も休みか」

クラスメイトA「慕ちゃん、どうしたんだろう…」

クラスメイトB「もう一ヶ月お休みだね…」

担任「…………」


放課後

担任「おーい、瑞原、石飛」

はやり「はやっ?」

閑無「なんですか?」

担任「お前達、麻雀部だろ?スマンが、ちょっと白築の様子見に行ってやってくれないか?」

担任「オレも電話してはいるんだが…。友達に会ったら、また気持ちも変わるだろう」

担任「ついでにこれ、一ヶ月分の授業プリント。渡してやってくれ」スッ

閑無「……はい」

慕の部屋の前

はやり「慕ー、学校のプリント持ってきたよー」

閑無「おーい、開けろよ!」ドンドン

慕「…………」

ガチャ

慕「閑無ちゃん…… はやりちゃん……」

閑無「…やっと顔見せたか」

はやり「…一ヶ月ぶり☆」

慕「私…もうダメだよ…… 何もする気になれないよ……」

慕説明中

はやり「そんな本買ってたんだ…」

閑無「で?それがなんで、そこまで落ち込むことなのさ?」

慕「……お母さん……」

はやり「お母さん?」

慕「……願掛けのつもりだったんだ。完結するまで買えたら、いなくなったお母さんに会えるかもって…」

慕「…そう思って、お母さんのこと吹っ切ってたつもりだったのに…」

慕「完結するのがもっとずっと先だってわかって、終わりが見えなくなって…」

慕「今までの何かが、溢れてきちゃった…」

閑無「なんだよ!そんなことくらいで落ち込んでんなよ!」

慕「そんなことって!そんなことじゃないよ!!」

閑無「願掛けはただの願掛けだろ!全部買わなきゃ会えないってわけじゃない!」

慕「それは…わかってるけど…」

閑無「それに本買うことくらいなんでもないだろ!6年もやってきたんだろ!?」

慕「あと12年って…すごく長いんだよ!今までの倍あるんだよ!あらさーだよ!?」

慕「そんなに長くなんて…ずっと買い続けられるのか…もうわかんないよ…」グスン

慕「今月号もまだ買ってないし… きっともう、本屋さん捨てちゃったよ…」

慕「もう、全部なんて買えないよ…」

はやり「慕……」

閑無「…………」

次の日

担任「白築…今日も休みか…」

……

閑無「おい」

はやり「?」

閑無「ちょっと放課後付き合いな」

はやり「えっ?」

閑無「昨日、慕のおじさんに本屋の場所聞き出したから…。買いに行くぞ、今月号」

はやり「! 了解っ☆」

カランカラン

本屋「いらっしゃーい」

閑無「すみません!白築慕の友人の者ですけど!」

本屋「?」

はやり「慕がここで買ってるっていう、麻雀牌の本ください!」

本屋「君たち、慕ちゃんの…?」

はやり「はい!代理で買いに来たんです!」

本屋「…うーん…」

閑無「まだ置いてありますよね!?」

本屋「…悪いけど、こういうのは本人にしか売れないことになってるんだ」

閑無「どうしてですか!?」

本屋「たまに悪い人がね、嘘をついて他人の本を買って行っちゃうからさ」

閑無「私達が嘘ついてるって言うんですか!?」

本屋「そうじゃないよ…ただ、そういうこともあるから、決まりになってるんだ」

本屋(慕ちゃん最近、引きこもりだっていうしな…。間違っても変な子に渡しちゃうわけにはいかん)

本屋「特にこの本は、慕ちゃんの注文で一冊しか取り置きしてないからね…。ごめんね」

閑無「もう…わかったよ!」

ダダッ

はやり「あっ、カンナちゃん!どこ行くの!?」

本屋「……?」

慕の部屋の前

ドンドンドンドン!!

慕「あ、開けるよ…開けるから…」

バタン

閑無「慕!ちょっと来い!」

慕「えっ?」

閑無「お前がいないと買えないんだ!」

グイッ

慕「あ、ちょっと!?何!?」

本屋

閑無「こっち!来て!」グイグイッ

慕「…そんなに引っ張らないで…」ゼェゼェ

はやり「カンナちゃん急ぎすぎだよ…」ハァハァ

閑無「ほら!本人が来ました!」

本屋「あ、ああ…」

閑無「これで嘘じゃなく、私達が友達って分かりましたよね!」

本屋「う、うん……まいどあり」

閑無「今度から、私達が買いに来ることもありますから!覚えててください!」

慕「!」

慕「閑無ちゃん…どうして…」

閑無「ほら、今月も買えたじゃないか」

慕「?」

閑無「買えるかどうか自信ないなら、私が一緒に買ってやる!今日みたいに、引きずってても買わせてやるさ!」

閑無「だから…学校、出てこいよ……」

慕「閑無ちゃん……」

はやり「うん!私だって一緒だよ!」

はやり「…一人で悩まないで。私達、慕と一緒にいるよ…」

慕「はやりちゃん……ありがとう…!」


――それはまたひとつ、3人の中で消えない絆が増えた気がした出来事でした。

本屋「いい友達持ったな…、慕ちゃん…」

――そして、高校3年生8月。最後のインターハイ。

実況「団体戦決勝、決着です!」

実況「今年のインターハイを制したのは、茨城代表・土浦女子高校!!」

実況「エース小鍛治健夜の作った大量リードを守り抜きましたー!!」

慕「終わった…終わっちゃったね…」

はやり「ごめんね…私が健夜ちゃんにもっと食い下がってたら…」

閑無「いや、それなら私こそだ…。最後に悔いが残っちゃったな」

慕「そんなことない!頑張った!みんな頑張ったよ!!」

閑無「慕…」

慕「私は…このチームでインターハイに出られて、本当に良かった!」

はやり「…そうだね☆!」

閑無「…ああ」

――その、すぐ後のことだった。


閑無「慕、おい慕!!」


慕「お願い―― 鳥さんに友達を――」


はやり「いや!遠くに行かないで! 慕!!」


慕「友達に、会わせてあげて――」


それが、慕との最後の約束になった――

高校3年生9月 第90号

本屋「…今月は遅いな、慕ちゃん」

本屋「インターハイが終わって、気が抜けちゃったかな?」

本屋「……惜しかったよな」

カランカラン

本屋「いらっしゃーい」

はやり「…こんにちは」

閑無「…どうも」

本屋「おー、君たち久しぶりだね。見てたよインターハイ」

はやり「…ありがとうございます」

本屋「今日は、慕ちゃんは一緒じゃないのかい?」

閑無「そのことで、お話が…」

本屋「そうか…。慕ちゃんそんなことに…」

本屋「じゃあ、もう定期購読もおしまいかな…」

閑無「あの、それなんですけど」

はやり「…できればこれからも、買わせてもらえませんか?」

閑無「私達が買いに来ますから」

本屋「…君たちが?」

はやり「慕と…約束したんです。友達を揃えるって」

本屋「…………」

閑無「…お願いします」

はやり「お願いします!」

本屋「……わかった。いつでも待ってるよ」


――ここから先は、私達が。

高校3年生11月 第92号

部員A「そろそろ皆、進路を決める頃か…早いもんだね」

部員B「はやり、プロになるの?」

はやり「うん、その方向で考えてる…」

部員C「凄いよね、今年の新人スカウト。ほとんどのチームが小鍛治健夜の取り合いになってるけど…」

部員D「うん、そんな中で、2チームもはやりをスカウトに来てくれた!凄いことだよ!」

はやり「…ありがとう」

部員E「ひとつは地元島根のチームと…、もうひとつ、どこだっけ?」

はやり「神泉っていう…東京のチーム…」

部員A「知ってる?」

部員B「聞いたことないなー」

部員C「大丈夫なの?」

はやり「神泉のほうはね、一緒に芸能事務所もやってて、そっちの活動もやっていってくれないか、って…」

部員D「聞いたよ、『牌のおねえさん』でしょ?」

部員E「いいなー芸能人!お金だって、こんな田舎で麻雀プロやるより絶対いいよ!」

はやり「…そうだね。そっちがいいかな、って思ってる…」

部員A「そっか!はやりならきっと大丈夫だよ!」

部員B「うんうん!」

部員C「頑張って!応援するよ!」

閑無「……私は反対だね」

はやり「!」

閑無「慕があんなことになったのに…、ヘラヘラ笑った仕事なんてお前にできるの?」

はやり「ヘラヘラなんて…そんな…」

閑無「芸能人ってのはそういう仕事だろ…」

閑無「どんなに自分がつらくったって、客の前では笑ってなくちゃいけない」

閑無「慕を思い出しても人前で笑えるほど、お前もう吹っ切れてんの?」

はやり「……それは……」

閑無「それに慕と話してたじゃないか」

はやり「?」

閑無「プロになってあの小鍛治に勝つんだろ…?アイドルなんて片手間にやってて、できるのかよ?」

はやり「……片手間じゃないよ……両方頑張るよ……」

閑無「小鍛治だけじゃない…。新道寺の野依は?それにあの奈良の一年生……、絶対みんな、プロになって再戦しにやってくる」

閑無「そのときにお前、全力の真剣勝負できるの?」

はやり「……それは……頑張るよ……」

閑無「私は無理して二兎を追ったって駄目だ、って言ってんだ」

閑無「アイドルなんて、麻雀に勝つためにすることじゃないだろ…。島根のチームで、麻雀だけに集中しとけよ」

はやり「…………」

――その時。

テレビ「――では次のニュースです」

部員A「あ、テレビついてた」

テレビ「多くの刊行雑誌を抱える出版社デヤゴスチーニジャパンが、資金難により倒産の危機に陥っているとのことです」

はやり「!?」

テレビ「――関係者の話では、来期中に増資・売上増が見込めなければ現行誌の大多数が廃刊の見通し」

テレビ「最悪の場合、倒産に向かう可能性もあるということです――」

はやり「そんな…慕の…慕の友達が…」

閑無「はっ、こっちももう終わりだな…。大体世の中なんてこんなもんさ」

はやり「何か…何か方法無いのかな?これじゃあ慕が…浮かばれないよ……」

閑無「……私達にどうにかできることじゃない」

はやり「…そんなのってないよ…」グスン

閑無「…………」

はやり「うっ…ぐすっ…」

閑無「……そんなに取り乱してるようじゃ、決まったな」

はやり「…えっ?」

閑無「今、自分でわかったろ…。慕のこと、全然吹っ切れてないじゃないか」

はやり「…………」

閑無「そんなに心乱されてるようじゃ…アイドルなんて上手くいきっこない」

閑無「まして、それで麻雀も勝つなんて…。麻雀プロだって、そんな甘いもんじゃないだろ」

閑無「……島根のチームにしておけよ」

はやり「…………」

――突然に訪れた、いくつもの不幸。

結果としてそれが、私の将来を決定付けることになった。


はやり「…………決めた」

数日後

閑無「何だ、話って? 進路決めたのか?」

はやり「うん…。私、神泉にお世話になるよ」

閑無「!?」

はやり「……カンナちゃんには、わかってほしくて……」

閑無「お前、この前あれだけ言ったのに…」

はやり「…………」

閑無「そんなに芸能人がいいのか!?そんなに東京に行きたいのかよ!?」

はやり「……違うよ。慕との約束のため…!」

閑無「何…?」

はやり「お金があれば…、お金があれば、廃刊にならないかもしれない…」

閑無「何…言ってんだ…?」

閑無「そこまでその会社に拘る理由なんて無い!何考えてんだよ!?」

はやり「会社にじゃないよ…。慕との約束…!」

閑無「真剣勝負は!?小鍛治に勝つのだって慕との約束だろ!?」

はやり「頑張るもん!牌のおねえさんやりながら、健夜ちゃんにだって勝ってみせるもん!」

閑無「そんなんで勝てるかよ!!この前言っただろ!!」

はやり「ちゃんとよく考えて決めたの!!わかって!!」

閑無「無理だよ!!諦めろ!!」

はやり「嫌だっ!!」

閑無「…………」

はやり「…………」

閑無「お前なら… 私じゃなくてお前なら、小鍛治に勝てると思って私は……」ボソッ

はやり「……?……」

閑無「…………」

はやり「…………」

閑無「…………勝手にしろっ!!」

――それが、カンナちゃんとの高校生活最後の会話。

それからカンナちゃんとは、学校で顔を合わせることすら少なくなって…。

卒業式の日、私は一人、後輩の祝福を受けていた。

そして私は……島根を後にした。

数ヵ月後 デヤゴスチーニジャパン臨時株主総会

社長「……というわけで、我が社は倒産の危機を脱し、各誌とも廃刊を逃れることができましたこと、ご報告申し上げます」

社長「この危機を乗り越えられたのは、ひとえに株主の皆様方・読者の皆様方に支えていただきましたおかげでございます」

社長「特に、この件以降に増資要請をいただき、新たに株主になっていただいた皆様には感謝のしようもございません」

社長「今回の教訓をよく肝に銘じ、社員一同より一層の社内努力に勤めてまいりたいと存じます」

パチパチパチパチ

はやり「よかった…」


閉会後

閑無「よう、久しぶりだな、芸能人」

はやり「カンナちゃん…、どうしてここに?」

閑無「……どうしてだっていいだろ」

はやり「卒業式以来、だね…」

閑無「ああ…。ちゃんと話すのは、あのとき喧嘩して以来だ」

はやり「……うん……」

閑無「聞いたか、社長の挨拶?」

はやり「?」

閑無「お前のおかげらしいぞ…。よかったな、大株主様」

はやり「…様付けされるような偉いことはしてないよ…」

閑無「まあなんだ、ひとつ忠告してやるけど」

閑無「あんまりこのこと、他人には話すんじゃないよ」

はやり「?」

閑無「新人アイドルが契約金をはたいて株投資なんて…、変に騒がれる格好のネタだ」

はやり「…………」

閑無「そういうの、気をつけろよ…これからも」

閑無「お前はそういうとこ、ゆるいからな。……あいつにそっくりだ、忌々しい」

はやり「……うん」

閑無「私も一応、東京で就職したから… 名刺、渡しておくわ」スッ

はやり「!」


『(株)デヤゴスチーニジャパン 月刊部門編集 石飛閑無』


はやり「カンナちゃん…!これって!!」

閑無「…心配すんなよ。これからは廃刊なんて私がさせない」

閑無「だからもう…お前はこっちの事は気にするな」

はやり「……ありがとう……」

閑無「フン、お前のためじゃないよ。あいつとの約束は…3人でしたんだからな」

閑無「あと、出版業界にも顔が利くようになってみせるから…。何かマスコミに困らされたら、相談くらいしてこいよ」

はやり「カンナちゃん…」

閑無「……勝てよ、小鍛治に」

はやり「…うん、頑張る」

閑無「じゃあな」

――それからの日々は必死だったのでよく覚えていないけど――

毎月一度、カンナちゃんと会って本を受け取るのが、私のライフサイクルになった。

カンナちゃんは社員さんになったのに、ちゃんと毎月あの本屋さんにお金を払って、本を届けてくれる。

代金は私と半分ずつ。千円札を渡すと、毎回律儀に5円玉を返してくれた。

本屋さんは、最初はお金の受け取りを断っていたけれど。

最初の形を続けることがきっと慕のためにもなる、っていうカンナちゃんの説得に、黙って了承してくれた。

集めた牌は私が持つことになった。ちょっと高めの金庫も買って。

リッツさんには、牌が増えるたびに連絡を入れていたけれど…。

慕のお母さんに会えたという話は、最後まで聞けなかった。

――そして、今。 28歳3月、第216号。

閑無「…ほら、最後の一冊だ。」

はやり「…ありがとう」

閑無「18年、か。」

はやり「うん」

閑無「長かったな……。でも、今日で最後」

はやり「…そうだね」

閑無「これでやっと、全部が揃ったってわけだ…。よく集めたもんだよ」

はやり「うん……。私一人じゃ、無理だった。ここまでありがとね、カンナちゃん☆」

閑無「…フン、お前のために付き合ったんじゃないよ…」

はやり「……うん、そうだったね☆」

閑無「…さ、届けに行くぞ…。あいつにさ」

.

――慕、見てる?


18年前はひとつだけだった鳥さんに――


今、こんなに友達が増えたんだよ――

.

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