ことり「実は留学することになったの」真姫「あ、私も」 (65)

ことり「えっ?」

真姫「えっ?」

にこ「ちょ、ちょっと! どういうことよ!」

真姫「どういうって、言葉通りの意味よ」

真姫「パパの知り合いに腕のいいドクターがいるんだけど研究生を欲しがってるんだって」

真姫「まあもともと医者にはなるつもりだったけど、せっかくだからこの機会にって」

真姫「医学の勉強は早いほうがいいっていうし、特に行かない理由もないわね」

にこ「真姫ちゃん、そんな……」

にこまき

絵里「それって、しばらく帰ってこないってことよね……」

真姫「そうね。一応将来的には病院は継ぐ気でいるけど……」

真姫「しばらく海外にいたほうが気楽でいいわね。向こうで婿養子も見つけたいし」

にこ「ちょ、ちょっと!」

真姫「……なによ」

にこ「あ、アイドルはどうするのよ! 私たちは九人揃ってμ'sじゃない」

真姫「ああ、それね」

真姫「でもことりも留学するならしょうがないんじゃない?」

真姫「九人でμ'sなら私がいなくても一人欠けるわけだし」

にこ「それ、本気で言ってるの……?」

真姫「本気よ。ちょうどいいからこのタイミングで言ったほうがいいって思ったの」

穂乃果「ことりちゃん……」

ことり「穂乃果ちゃん……」

穂乃果「留学するって、本当なの?」

ことり「うん……有名な海外のデザイナーさんからメールがきてね」

ことり「前から思ってたの、その人に洋裁を教えてもらえたなら凄く嬉しいなって」

穂乃果「そうなんだ……。でも」

ことり「もっ、もちろんμ'sは大好きな場所だよ! 穂乃果ちゃんとアイドルやるのは凄い楽しいよ!」

ことり「でも、お母さんに言われたの。大好きなことだけやってるだけじゃ成長した大人になれないって」

ことり「だからこのチャンスを逃したくないの。一生に一度、あるかないかだと思うから」

穂乃果「でも! そんなの――」

絵里「やめなさい穂乃果。そんなのなんて、ことりは真剣なのよ」

穂乃果「――絵里ちゃんまで……」

にこ「なっ、ななっ……」

花陽「にこ、ちゃん?」

にこ「なんであんたたちはそんなに割り切れるのよ!」

にこ「アイドルが好きなんでしょ! だからμ'sとしてここまでやってきたんでしょ!」

にこ「それなのに……ゆーめーなデザイナーに呼ばれたから? うでのいードクターに呼ばれたから?」

にこ「はッ!? ふざけるんじゃないわよ、ちゃんちゃらおかしいわよ!」

穂乃果「にこちゃん……」

にこ「洋裁の仕事も、医者の修行も、大事だと思う! でも、なんでこんな時に……」

にこ「こんなタイミングで……」フルフル

絵里「あのね、これはもともと今日みんなに伝えるつもりだったんだけど……」

希「……ッ! エリチあかん!」

絵里「駄目よ、希。ちゃんと言わないと」

絵里「……実はさっき理事長から聞いたのだけど、来年度の生徒募集が決定したそうよ」

穂乃果「絵里ちゃん、それって」

絵里「そう、廃校がなくなったの。少なくとも来年度までは、ということだけど」

真姫「……決まりね」

にこ「なにが、決まりなのよ……」

真姫「やっぱりちょうどいい機会だなって思ったの」

にこ「…………」

真姫「なんか場を悪くしちゃったみたいね」

真姫「でも今言ったのは本当のことだから」

真姫「……とりあえず失礼するわ」


 ガラッ ピシャッ


にこ「うっ……うっ……」

穂乃果「にこちゃん……」

海未「私もちょっと失礼します」

穂乃果「えっ、海未ちゃんどこに?」

海未「さあ。野暮用ができましたので」

ことり「……! あのね海未ちゃん」

海未「ことりはなにも言わないで下さい」

ことり「あ……うん。ごめん」

 廊下にて


海未「待ちなさい、真姫」

真姫「あら、どうしたの。まさか追いかけてきたつもり?」

海未「そのまさかです」

真姫「ふうん……そう」

海未「もしかして私じゃなくて別の誰かなら良かったですか?」

真姫「べっ、別にそんなことあるわけないじゃない!」

海未「ふーん。やっぱり」

真姫「……そのなんでも分かってるみたいなのやめてくれない」

結局真面目にアイドルやろうとしてるのにこだけだからな

海未「どうしてあの子を悲しませるような言い方をするんですか」

真姫「……あの子って誰よ。分かるように言いなさいよ」

海未「本当に分かるように言っていいんですか?」

真姫「イミワカンナイ……」

海未「もう一度言い直しますが、どうしてあんな言い方をしたんですか」

真姫「別に……どう伝えようと私の勝手でしょ」

真姫「もう飛行機のチケットも取れてるし、転入の手続きだって終わってるんだから」

真姫「もともとアイドルだって乗り気じゃなかったんだし。花陽を連れて行った時になあなあで――」


 バシンッ!


海未「はぁ……はぁ……」

真姫「――殴ったわね」

海未「あなたは最低です!」

真姫「…………」

海未「本当は引き止めて欲しいんですか? それとも笑って送り出して欲しいんですか?」

海未「あなたの気持ちなんて誰にも分かりません! 分かりたくもありません!」

海未「でも、嘘をついてることくらい誰にでも分かります! バレバレです」

真姫「うるさいわね……」

海未「あの子の涙であなたが傷つくことくらい分かります」

海未「それなのに、どうして……」

真姫「……もう、さっきからあの子あの子ってやかましいのよ。一応先輩でしょ」

海未「ほら、化けの皮が少しつづ剥がれてきましたよ」

真姫「うっ……」カアァ

俺「うっ…」ドピュッ

真姫「……仕方ないじゃない」

海未「え?」

真姫「仕方ないって言ったのよ!」

真姫「不器用なことくらい自分でも分かってる! こんな風に伝えるべきじゃなかったって」

真姫「でも、もうこれしか方法がないの。他に思いつかなかったの」

真姫「だって、だって、私はもうすぐ……」

海未「真姫、もしかして……」

海未「今すぐにでも日本を出るつもりなんですか?」

真姫「……校門に迎えの車がきてるの。すぐに空港に向かって、二時間後にはもう雲の上」

海未「真姫……」

真姫「お願い、みんなには、にこちゃんにはこのこと言わないで」

真姫「西木野真姫は酷い子だってことにして。そうじゃなかったら、私きっと帰りたくなる」

海未「そんな……」

海未「あなたは本当にそれでいいのですか?」

真姫「……うん」

海未「きっと後悔しますよ」

真姫「後悔しないためによ」

海未「……そうですか」

真姫「……そうよ」

真姫「追いかけてきてくれたのが海未でよかったわ」

海未「あの真姫、やっぱり」

真姫「じゃあ……さようなら」ダッ

海未「あっ! 待って! 待っ……」


 そして西木野真姫は日本を発った

それからX年後…

 翌日


穂乃果「……ねぇ、ことりちゃん」

ことり「ご、ごめんね! 今日の練習も出れそうにないかも」

穂乃果「う、うん。そっか。そうだよね」

穂乃果「洋裁? のことで色々準備しなくちゃいけないんだよね」

ことり「うん……」

穂乃果「それじゃしょうがないよね……」

穂乃果「あっ! じゃあ私も一緒に帰ろっかな。途中でクレープでも食べて」

ことり「それはダメッ!」

穂乃果「……え?」

ことり「……あっ」

ことり「ご、ごめんね。私がそんなこと言う資格ないよね……」

穂乃果「そんな、資格とか」

ことり「穂乃果ちゃんごめん、私もう帰るね!」ダッ

穂乃果「ことりちゃん……」

海未「…………」


海未「ねぇ、穂乃果」

穂乃果「海未ちゃん……」

海未「ことりは、自分が原因で穂乃果がアイドルをやめてしまうことを恐れているんです」

穂乃果「うん、それくらい分かるよ。だって友だちだもん」

穂乃果「でも、ことりちゃんがいないμ'sなんて、私考えられないよ……」

海未「…………」

海未「穂乃果、辛い話ですが、真姫が離れていった時点で私たちはもう元のμ'sではないんです」

海未「少しつづ気持ちを切り替えていきましょう。ことりだってきっと――」

穂乃果「……ひどいよ」

海未「――えっ?」

ほのか以外全員留学する話だと思ったのに……

穂乃果「海未ちゃん酷いよ。ことりちゃんのこと、そんな簡単に……」

海未「いえ、そうじゃなくて、私はただ……」

穂乃果「ただ……?」

海未「ことりが少しでも迷ってるのなら全力で引き止めます。ただ……」

海未「ことりの目をじっと見てるとわかるんです。あれは本気の目だと。だって」

穂乃果「だって友だちだもんね。穂乃果にも分かるよ……」

穂乃果「でも私は、やっぱりそんな簡単に納得できないよ」

穂乃果「真姫ちゃんに連絡つかないのも、ことりちゃんがいなくなっちゃうのも」

穂乃果「みんなでアイドルやろうって、九人でμ'sをやろうって、あの時みんなで約束したのに……」

海未「穂乃果……」

穂乃果「ねぇ、海未ちゃん」

海未「はい?」

穂乃果「あの時、真姫ちゃんを追いかけていったとき、どんな話をしたの?」

海未「それは……」

海未「すいません。言わないで欲しいってお願いされたんです」

穂乃果「…………」

海未「…………」

穂乃果「もう時間過ぎてるし部室に行くね」

海未「そうですね。そろそろ」

穂乃果「海未ちゃん今日はどっちに行くの?」

海未「今日は……ちょっと弓道部のほうに顔を出してきます。大会も近いので」

穂乃果「うん、分かった」

海未「…………」

海未「あの穂乃果」

穂乃果「ねえ海未ちゃん。こういうのが大人の階段を一段登る時っていうのかな」

海未「……どうでしょう。そうかもしれませんね」

穂乃果「じゃあ、また明日ね」

海未「はい、また明日」

穂乃果「らしくないぞ穂乃果っ。こんなときこそみんなの前では元気出さなきゃ」

穂乃果「よしっ!」


 部室にて


穂乃果「遅れてごめんね~……って、あれ?」

凛「おはよー、ほのかちゃー」

穂乃果「おはよう、凛ちゃん」

穂乃果「……あれ? ねえねえ、今日絵里ちゃんいないけど、生徒会で来れないの?」

凛「うん。さっき顔だけ出して、用事があるからって帰ってったにゃー」

穂乃果「ふうん。そっかあ」

希「うちがいる時点で生徒会があるわけないやん」ヌッ

穂乃果「わっ、びっくりした!」

穂乃果「あー、そういえばそうだった。あははは」

希「穂乃果ちゃん何気にひどいこと言うなあ。これはわしわしが必要やな?」

穂乃果「ややや、しなくてもダイジョブだよ!」

にこ「…………」

穂乃果「で、あの隅っこのほうで体育座りしてるのがにこちゃん?」

花陽「うん。一番に部室には来てたみたいなんだけど、さっきから全然動かなくて」

にこ「……はぁ」

凛「いつものにこちゃんの欠片もないにゃー」

希「ふうん。とくれば、これはうちが元気を注入せなあかん流れやな」ワシワシ

にこ「なっ、なんでそうなるのよ!」

希「あ、やっと反応した」

にこ「なによ、あんたたちさっきから黙って聞いてれば呑気そうに」

にこ「少しは落ち込みなさいよ。今日いったい何人部室に来てると思ってるわけ?」

穂乃果「えっと、私とにこちゃんと凛ちゃん花陽ちゃんに希ちゃん」

穂乃果「五人……だね」

凛「だいたいいつもの半分にゃー」

花陽「なんだかいつもの部室がやたら大きく見えちゃいますね」

希「せやなぁ」

にこ「もうすぐ大会だっていう海未はよしとしても、エリーにことりまで」

にこ「それに……」

穂乃果「あーっと! そうだ! 私いいこと思いついちゃった」

花陽「いいこと?」

穂乃果「うんっ。また例のにこちゃん流アイドル練習やろうよ」

希「なんなんそれ?」

凛「あーっ、分かった! あれだね!」

凛「にっこにっこにー☆」

穂乃果「そう! にっこにっこにー☆」

花陽「に、にっこにっこにぃ~」

希「なんや、楽しそうやん。にこっちも一緒にどや?」

希「にっこにっこにー☆」

にこ「…………」

支援

にっこにっこにー

にこ「……あんたたち」ゴゴゴ

穂乃果「な、ナニカナ」

凛「危険な香りがするにゃぁ」

にこ「ぜんっぜんなってない!」

花陽「……え゛っ?」

にこ「いい? にこにーのにこは世界中をスマイルにするにこなのよ!」

にこ「肘の角度一つで可愛さは倍増もするし半減もするの! 指の伸び筋なんてもっとよ!」

にこ「それになにより、本人が一番楽しんでなきゃ駄目! 分かった?」

穂乃果「はいっ、部長!」

凛「部長~、部長~♪」

にこ「最近はエリーにお株を取られてたけど、今日はそうもいかないわ」

にこ「1セット10にこにーを10セット! 下手くそだったらプラス1セットよ!」

花陽「はっ、はいいぃ」


希「なんや、十分元気やんか」

にこ「そこ! 減らず口叩く前にポージングしなさいっ」

 その日の夕刻 神社にて


希「さて、掃除はこの辺でええかな」

希「う~ん。今日は慣れないことしたせいか疲れたなあ」

希「早めにあがらせてもらおかな。帰り支度、帰り支度と」

希「…………」

希「待ってたんなら今が出てくる時や」

絵里「……まったく、希はどこまでお見通しなのよ」

希「まったくやね。とんだスピリチュアルや」

絵里「ほんとあなたには敵わないわ」

希「おおきに。で、相談事があるんやね」

絵里「……ええ」

希「部室の様子はまあまあやったで」

絵里「まあまあって、それって良い方に? それとも――」

希「あんまり良くはないかな」

絵里「――そう」

希「今日のメニューはにこっち大先生の指導で、にこにこにーや」

希「あっ、でもえりチの提案した基礎練習はかかしてへんよ」

絵里「ふふっ、そうなの?」

希「そうや。久しぶりにキツイの無しの楽しい部活やったで」

希「でも……そういうのはいつまでも続くわけがない」

絵里「そうね」

希「なんかみんな無理してるっていうか」

希「明るくなろうと頑張ってる感じが、逆にね、なんか痛々しいんよ」

絵里「分かるわ。そういうの」

希「……かと思えば一瞬暗い顔したりな。ジェットコースターだってあそこまで急には落ちへんよ」

希「こればっかりはカードに頼ってどうこうできるものじゃない」

希「……で、えりチ」

絵里「うん」

希「うちに相談したいことってなに?」

絵里「……覚えてる? 私たちがμ'sに入ったとき」

希「もちろん。忘れるわけないよ」

絵里「希がつれてきてくれたのよね。あの子たちを」

絵里「今でも穂乃果が差し出してくれた手の暖かさは、忘れてないわ」

希「ふふ、それなら結構」

希「でもどうしたん。急にそんなこと言い出して」

絵里「どうしてかしら。急に懐かしくなっちゃったのかも」

絵里「あの頃の自分からすれば、今の私の状況なんてまったく予想できなかったと思うし」

希「……エリチ?」

絵里「真姫やことりのついでじゃないけど、今じゃないともう一生打ち明けられないと思う」

絵里「だから、言うわ。驚かないで聞いて欲しいんだけど」

絵里「実は――」

絵里「――ということなの」

希「……そう」

絵里「ショックだった?」

希「若干な。でも、ちゃんと言ってくれたことのほうが嬉しいよ」

希「それに、今すぐになんて考えてないんやろ」

絵里「もちろん。今のみんなにこんなこと打ち明けられるほど私は愚かじゃないわ」

絵里「いずれ時を見てね」

絵里「……それにしても皮肉よね。諦めたはずのことが、巡り巡って今度はチャンスになるなんて」

絵里「ここでアイドルやってる動画が遠い国の人の目に留まるなんて」

希「ほんま予想外やな」

希「それは予想外、せやけど……」

絵里「……?」

希「せやけどもしそういう風に言われたとしたら、うちの答えはいつだって決まってるんよ」

絵里「えっ?」

希「エリチ、行かんといて」

絵里「希……」

希「エリチ、うちはまだ満足してない」

希「卒業するまで全力でアイドルやりたいんよ。エリチと一緒に、みんなと一緒に」

希「真姫ちゃんとことりちゃんが居なくなるって知っても、うちの気持ちは変わらへん」

希「だからエリチ、行かんといて。うちと一緒におって」

絵里「……そんな、希、ずるいわ」

希「ふふ。お見通しなのは専売特許」

希「でも結局は自分の人生や。そんなのエリチ以外に誰が決められるん?」

希「エリチが正直に気持ちをみせてくれたから、うちも正直な気持ちをみせられるんよ」

絵里「まったく……希にはほんと敵わないわ」

希「そう? うちはぜんぜん勝負してるつもりなんてないけど」

絵里「ありがとう」

希「どういたしまして」

絵里「どうするか決めたら、一番に希に伝えるわね」

希「うん、そうしてな」

 数日後 空港にて


穂乃果「ことりちゃん……」

ことり「穂乃果ちゃん……」

穂乃果「ほんとに行っちゃうんだね」

ことり「……うん」

ことり「向こうについたらメールするね。写真もいっぱい送るから」

穂乃果「うん。待ってるね」

ことり「…………」

穂乃果「…………」

ことり「それじゃあ」

穂乃果「待って!」

海未「穂乃果……」

穂乃果「ことりちゃん、やっぱり留学なんてやめよう。今からでもまだ間に合うよ」

ことり「なにが……間に合うの?」

穂乃果「μ'sに戻ることだよ。またみんなでアイドルやることだよ」

穂乃果「そのデザイナーの人にごめんなさいして、我がままを通すことだよ」

穂乃果「一緒に帰ろう、ことりちゃん。私、まだことりちゃんと一緒にいたい」

海未「私も同じ気持です」

ことり「海未ちゃんまで……」

穂乃果「ことりちゃん、お願い」

ことり「……ごめん、ごめんね」

穂乃果「そんな……」

ことり「穂乃果ちゃんのことは大好きだよ! 海未ちゃんのことも大好きだよ!」

ことり「でも、やっぱり……もう決めたことだから」

穂乃果「うっ……うぅ……」

海未「泣かないで下さい、穂乃果。ことりの門出ですよ」

穂乃果「うん、ごめん……」

穂乃果「落ち着いたら、日本に遊びにきてね」

ことり「うん、もちろんだよ」

穂乃果「待ちきれなくなったら、こっちから遊びに行っちゃうからね」

ことり「うん、うん」

海未「そろそろ時間ですね。機内に入らないと」

穂乃果「じゃあ……またね! またね、だよことりちゃん」

ことり「うんっ。またねっ!」



 そして南ことりは日本を発った



海未「私も同じ気持ちなんて、どうしてそんな傲慢――」

穂乃果「え、海未ちゃん今なんて?」

海未「――いえいえっ! なんでもないですよ」

海未「本当になんでも……」

 帰り際にて

凛「あれっ? そういえばかよちんがいないよ」

穂乃果「あっ、ほんとだ。どこ行ったんだろう」

希「お手洗いにでも行ったんかな」

絵里「でも、なにも言わずにいなくなるのもおかしいわね。探しましょうか」

凛「きっと美味しそうなごはんやさんを見つけて離れられなくなったんだにゃー」

絵里「いくら花陽でもそれはないんじゃないかしら……」

凛「えー、たまにあるよー?」

にこ「どれだけご飯脳なのよ」

穂乃果「じゃあ、とりあえず分かれて探してみよう」

穂乃果「見つかったら携帯に連絡ってことで」

絵里「そうね。空港から出てはいないと思うし、すぐ見つかるはずよ」


海未「私の杞憂でなければ、もしかして――」ボソッ

海未「――ここにいたんですか、花陽」

花陽「あっ、海未ちゃん」

海未「もう、駄目じゃないですか、勝手に離れて。みんな心配してますよ」

花陽「ご、ごめんね。ちょっと足が止まっちゃったっていうか」

海未「まったく。この辺りはただのロビーです。ご飯屋さんはありませんよ」

海未「ここにあるのは……」

花陽「……あのね、実は」

海未「無理して言わなくてもいいですよ」

花陽「え゛!? あ、うん……」

花陽「海未ちゃん……もしかして知ってるの?」

海未「いえ、なにも。でも私の直感って矢を射るように鋭い時があるんですよ」

海未「もしなにかを打ち明ける時がきたら、一番大切な人が相手のほうがいいと思います」

花陽「そう……かな。えへへ、そうだよね」

花陽「ありがとう、海未ちゃん」


凛「あーっ! かよちんこんなところにいたーっ」

花陽「あの、急にいなくなったりしてすいません。心配させちゃって」

絵里「別に謝るほどじゃないわよ。すぐに見つかったんだし」

にこ「でもロビーの真ん中にいて見つけられないなんて、おかしな話ね」

海未「うまく人混みに隠れてしまっていたみたいです」

凛「でもかよちんどーしてあんなとこにいたの? あっちに美味しそうなどんぶりやさんがあったのに」

花陽「それは、えと、その……」

凛「あーっ、その目は隠し事してるときの目にゃー!」

凛「凛はかよちんのそういうとこすぐ分かっちゃうんだからねーっ」

花陽「え゛え゛!? えと、あのね……」

海未「私から説明しましょう」

花陽「う、海未ちゃん!?」

海未「実は花陽は……」

花陽「ゴクリ……」

海未「電光掲示板が米粒の集まりに見えてつい見惚れてたんです」


花陽「え゛え゛え゛ーッ!?」

絵里「いや、いくらなんでも」

穂乃果「それはないんじゃないかな」

にこ「子供騙しじゃないんだから」

希「スピリチュアルやね」


凛「もー、駄目だよかよちん。あれはただのLEDだってば~」


花陽「えっ?」

凛「えっ?」

花陽「あっ、そうそう! もー、花陽ったらついいつもの癖で~。てへぇ」

凛「ほんとかよちんはいつでもかよちんだにゃー」

花陽「ごめんねぇ。あはは~」

絵里「ハラショー……」

希「とんだスピリチュアルや……」

にこ「いや、嘘に決まってるでしょ」

 翌日 小泉宅前


凛「かよちんおはよーっ」

花陽「おはよう。凛ちゃん」

凛「今日も元気に学校にいくにゃー」

花陽「う、うん……」

凛「あれあれ? なんだか今日元気ない感じ」

花陽「うん。ちょっとね」

凛「ふう~ん。あっ、寝坊して朝ごはん食べそこねちゃったとか?」

花陽「もうっ、2時間以上前から起きてたよ」

花陽「それに私がいつでも食いしん坊みたいに言わないで~」

凛「違うの?」

花陽「……もお~。むうううぅ」

凛「ごっ、ごめんにゃ。ちょっとからかってみただけだってば」

花陽「凛ちゃんのいじわる……」

花陽「……それにしても、なんか不思議な感じがするね」

凛「うん?」

花陽「つい数日前まで、毎朝神社に行って汗だくになるまで練習してたのに、今じゃめっきり行かなくなって」

花陽「なんだか不思議と体がうずうずするの。今日だって早起きしちゃったし」

凛「凛もそれ分かるよ。なんか動き足りないなーって感じがする」

凛「だから今朝も町内一周してきちゃった。あっ、もしかしてかよちんも一緒に走りたかった?」

花陽「いや、それはちょっと遠慮しとこうかな……」

凛「そお? 体がスッキリするよ」

花陽「私だと逆にバッタリするかも」

凛「ふうん」

花陽「…………」

花陽「……ねぇ、凛ちゃん」

凛「なーに?」

花陽「私たち、いつまでこうしていられるのかな」

凛「いつまで? こうして?」

花陽「うん。最近急に不安になるの。私はいつまでここにいられるのかなって」

凛「それはー……たぶん高校を卒業するまでじゃない?」

凛「っていっても、私たちまだ1年生だから余裕あるけどね」

花陽「うん。学校はね、普通に考えればそうなんだけど……後はμ'sとか」

凛「みゅーず、う~ん……」

花陽「凛ちゃんはどうなると思う? これからのμ's」

凛「しょーじき凛に難しいことは分からないけど、やっぱり前みたいにはいかないよね」

凛「真姫ちゃんもことりちゃんもいなくなっちゃったし」

花陽「真姫ちゃん……ことりちゃん……」

花陽「まだ信じられないかも。今日も、もしかしたら教室に真姫ちゃんがいるんじゃないかって探しちゃいそう」

凛「凛も探してるよ」

凛「それでね、見つけたら真姫ちゃんを怒ってやるんだ」

花陽「り、凛ちゃん!?」

凛「だってそーでしょ。勝手にいなくなっちゃうんだもん」

凛「もし見つけたら、みんな心配にかけた罰として凛がニャーンと一喝してやるんだから」

花陽「凛ちゃんが、ニャーンって?」

凛「そう、凛がニャーン! って」

花陽「あはっ、あはは」

凛「にっししー」

凛「……かーよちんっ」

花陽「なーあにっ」

凛「やっと笑った」

花陽「うん……ありがと。えへへ」

凛「かよちんは先のことまで色々考えすぎだよ、もっと気楽にいこっ」

凛「まー、もしこのままなにも変わらないで3年生になったら凛とかよちんだけのμ'sになっちゃうかもしれないけど」

凛「それはそれで面白そうだから凛は全然おっけい!」

花陽「凛ちゃん……」

そのときは俺が入るよ

花陽「凛ちゃん。ほんと、ありがとね」

凛「なーにー。今日のかよちんはありがとが多すぎだよ」

凛「凛そんなにお礼言われるようなことしたかな?」

花陽「うん、したよ。っていうより、いつも凛ちゃんには感謝してるし」

花陽「今日のありがと1回目は、花陽を励ましてくれたこと。2回目は……空港で誤魔化してくれたこと」

凛「な、なんのことかにゃ~」

花陽「もう、いくら凛ちゃんでもあんなおかしな言い訳信じるわけないよ」

凛「むむっ! いくら凛ちゃんでも、っていうのはちょっと酷いよー」

花陽「あはは」

凛「むう~」

凛「……ねね、かよちん」

花陽「うん?」

凛「凛たちいつまでもこうしていられるよね」

凛「一緒にアイドルやって、一緒に高校卒業できるよね?」

花陽「…………」

花陽「ごめんね、凛ちゃん」

凛「……え」

花陽「あのね、実は――」

バラバラになってく

ふんふむ

 同日 アイドル研究部


絵里「みんな揃ったところで、報告することがあります」

絵里「まずは真姫のことだけど、もう日本を発ってるそうよ」

穂乃果「……! それ、ほんとなの?」

絵里「本当のことよ。理事長から聞いたのだけど、真姫のお母さんと旧友らしくって」

絵里「向こうの高校に通いながら、元気に研究生としてもやってるみたい」

花陽「それ、本当に本当ですか?」

絵里「ええ。残念だけど、間違いないわ」

凛「そんにゃ……真姫ちゃん……」

花陽「凛ちゃん、大丈夫? しっかりして」

にこ「…………」

にこ「……っそ」

絵里「え? にこ、なにか言った?」

うわああああああああ

にこ「あっそ、って言ったのよ」

花陽「に、にこちゃん!?」

絵里「にこ、そんな風に言わないであげて」

にこ「別に、にこがマッキーのことどう言おうとにこの勝手でしょ」

にこ「にこはあの日からずっと怒ってるんだから」

絵里「確かににこが怒る気持ちもわかるけど、真姫の気持ちも」

にこ「わけるけど? なによそれ。テキトーな励ましなんかいらないわよ」

絵里「だからね……」

希「やめとき、エリチ。にこっちも。今の二人やとなに言い合ってもすれ違うばっかりや」

穂乃果「そうだよ。ちょっと落ち着いて? ね?」

にこ「穂乃果も穂乃果よ。なにエリーの言うこと真に受けてるの」

にこ「理事長が確認したとかなにかって、出鱈目かもしれないじゃない。じゃなきゃエリー自身が」

絵里「私はみんなを誤魔化したりなんかしないわ」

にこ「……うるさいのよ」

海未「にこ……混乱しているのですね」

絵里「……私はただ現実を受け止めているだけ」

にこ「ふん。現実しか見れないような人がアイドルなんかやれるもんですか」

絵里「ちょっとそれ、聞き捨てならないわ。どういう意味よ」

にこ「言葉通りの意味よ」

希「だからもーやめって! 絵里もにこっちも落ちつき、みんな見てるんやで」

穂乃果「そうだよ。希ちゃんの言う通りだよ!」

絵里「……分かったわ」

絵里「とりあえず今回の件は鞘に納めておきましょう」

にこ「……ふんだ」


にこ「でも、ねえ、絵里」

絵里「……なにかしら」

にこ「1つだけ、1つだけ真剣に聞いてもいい?」

絵里「どうぞ」

にこ「さっきから、エリーはマッキーの気持ちも分かるみたいな風に聞こえるんだけど」

にこ「それってどうして?」

絵里「え……と、それは……それは」

にこ「なにか隠してる理由があるってこと?」

希「エリチ」

にこ「他言無用よ。私はエリーに聞いてるの」

にこ「答えて、絵里」

絵里「えと……その……」

絵里「実は、私……」

穂乃果「絵里ちゃん……? まさか」

海未「はいはいはい! いい加減にして下さい。その辺でストップです」パンパン

絵里「……え?」

にこ「……海未?」

海未「さっきから黙って話を聞いていればなんなんですか。みんなして絵里をいじめるみたいな空気にして」

にこ「別に、にこは特別虐めてるつもりなんかじゃ……」

海未「いいですか。現実を受け止めるならこれからのことについて話し合うべきです」

海未「真姫がいなくなりました、ことりがいなくなりました」

海未「それは凄く悲しいことです。でも起こってしまったことです」

海未「私のことを冷たい人だとやじりたいならやじって下さい」

海未「誰かいますか? いませんか?」

にこ「…………」

絵里「…………」

海未「いないようですね」

海未「私たちにはやるべきことがあります。……そうですね? 穂乃果」

穂乃果「う、うん……」

他言無用?

他の人に言っちゃいけないって意味だよね?

穂乃果「そ、そうだね。今考えるべきことは……」

穂乃果「やっぱり曲かな」

穂乃果「今までは全部真姫ちゃんにお願いしてたけど、これからはそうもいかないだろうし」

穂乃果「……誰か曲とか作れる人っているかな?」

 シーン

穂乃果「だ、だよねー……」

穂乃果「じゃあ次は衣装だけど、今まではことりちゃんにほとんどお願いしてきたけど」

穂乃果「誰か洋裁得意な人って……」

 シーン

穂乃果「いたら既にやってくれてるよねー」

穂乃果「あははは……」

穂乃果「……みんなで分担してやっていくしかないのかな」

海未「そうなりますね」

希「仕方ないやん。そうするしか」

穂乃果「じゃあ、とりあえず曲はみんなでアイデアを持ち寄って作っていくみたいな感じで」

穂乃果「……それでいいかな?」

凛「りょーかいにゃ」

にこ「それでいいわ」

穂乃果「そしたら衣装だけど、みんな裁縫は授業でやってるし、パーツごとに担当を決めてちょっとずつやっていこう」

穂乃果「はじめは練習の時間削ってもいいかもね。慣れてきたら持ち帰って宿題みたいな感じで」

花陽「…………」

花陽「……あのぉ」

穂乃果「花陽ちゃん? なにか質問?」

花陽「いえ、えと、質問ではないんだけど……」

花陽「ただ、そういうことなら知っておいてもらったほうがいいことがあって」

凛「か、かよちん……?」

凛「もしかして、今朝の」

花陽「うん、凛ちゃん。やっぱり言おうと思う」

凛「えっ!? でも今朝は、時を見てなんとかって言ってたじゃん! タイミングを見てって」

凛「今すぐみんなに話すつもりはないって」

花陽「それは……今までだったらそれで良かったのかもしれないけど」

花陽「分担してっていうことになったら、やっぱりそうもいかないよ」

花陽「人数だって欠けちゃうわけだし……」

凛「そんにゃ……」

穂乃果「……人数が欠ける? 花陽ちゃん、なにをいってるの?」

花陽「あの、あのね穂乃果ちゃん! みんな!」

花陽「花陽は、実は――」

口出し無用だな

花陽「――お父さんが脱サラしたんです」

穂乃果「……脱サラ!?」

穂乃果「……って脱サラってなに?」

海未「知らなかったんですか、穂乃果……」

海未「脱サラというのは、脱サラリーマン。要するに会社勤めをやめて他に転職するということです」

希「それは大変やな。もう辞めちゃってるってことやろ?」

花陽「はい。もう退職金ももらってるみたいです。それで、そのお金を使って色々やることがあるみたいで」

希「金銭面の問題? せやとアイドル以前に学校に通うのにも支障が出そうなん?」

花陽「いえ、それは大丈夫というか」

花陽「いや、大丈夫でもないのかな? あの、私も詳しいことはあんまり分からなくて……」

花陽「ただ、1つ言えるのは……」

凛「かよちん……」

花陽「日本を離れなきゃいけないっていうことなんです」

高跳びか

絵里「花陽も!?」

花陽「え゛!?」

絵里「あっ、いや……なんでもないわ、続けて」

花陽「は、はあ……」

花陽「お父さんの友だちに外国の人がいて、その人に誘われたみたいなんです」

花陽「サラリーマンなんてやめて俺の国で二人ででかいことしようぜ、って」

花陽「それで、はじめは断ってたんですけど、だんだん本気にしていったみたいで……」

凛「かよちんも、ついて行っちゃうんだよね」

花陽「……うん。お父さんはもう家族みんなで移住する気でいるの」

花陽「花陽に難しいことはよくわからないけど、手続きみたいなものも進めてる感じで」

希「ちなみに……ちなみに花陽ちゃんの気持ちはどうなん?」

希「いくらお父さんが連れていく気でいても、花陽ちゃんが反対したら無理やりなんてできんはずやけど」

花陽「花陽の気持ちは……」

花陽「お父さんに傾いてたりします」

凛「…………」

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