西城樹里「タケウチ」 (894)

「わぁーっ! 綺麗なお花畑ー!」

「えへへ。そりゃあ、私がお手入れしているからねっ♪」

「本当、お花に関しては丁寧だよねー」

「ちょ、ちょっと!? アイドルのお仕事もちゃんとやってるでしょ!」

「アハハハ」


「ん?」

「どうかした?」

「これ……アグラオネマだよね? こんな所に植えてていいの?」

「あぁ、それはね」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1676780044

「この子は、ここでいいの」

「もちろん、本当は日当たりの良い所に植えちゃいけない品種なんだけどね」


「この子は、大切な人からの……」


――――

――――――

――――


 【国民的男性アイドルグループ『ITOKO』メンバー○○ 買春疑惑】

 【未成年に飲酒を強要か!? 幾度もあった、自宅マンションでのアツイ情事】


「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんな事実は無いっ!!」


  >ITOKO逝ったあぁぁぁぁぁwwwwwwwwwww
  >令和最大のスキャンダルじゃねコレ?

  >これぞ上級メンバー様の風格やぞ
  >この間の特番に出てた時のキョドリ様ヤバかったよな
   どうせ薬もやってんだろ

  >割とマジで応援してたから残念だわ、死ね
  >いや、氷山の一角だろ普通に考えて
   芸能界なんて皆穴兄弟やで

  >こんな犯罪者が国民的アイドルやれてんだから世も末だわ
  >もう終わりだよこの国


「やめろ!! 違うんだ、信じてくれ! 俺は、俺は何も……!!」

「う、わああぁぁぁ……!!」


――――

~961プロ 社長室~

黒井祟男「ククク……これで我が961プロアイドルの人気は不動のものだ」

黒井「しかし、良い時代になったものだなァ。
   自ら手を汚さずとも、こうして簡単に邪魔者を陥れることができる」


黒井「フッ……なぁに、心配することは無い」
   
黒井「約束の金は、先ほど手配した。後で確認するがいい。
   ご苦労だったな」

黒井「今後とも、よろしく頼むよ。お互いの利益のために」



武内P「はい」

ウィーーン…



ザワザワ… ガヤガヤ… プップー!…


スタスタ…

武内P「はい……今、終わりましたので、これから向かいます。
    1時間以内には到着できるかと」

武内P「……心配することはありません、渋谷さん。
    レッスンで培ってきたものが裏切ることは、決してありません」

武内P「そうです……落ち着いて……」

武内P「本田さんと、島村さんにも、よろしくお伝えください。
    それでは、1時間後に。失礼致します」

ピッ!

武内P「…………」

武内P「……」チラッ



 【TKG64 △△ 地元学生サークルの乱交パーティーに参加していた!?】

 【衝撃!! 業界関係者が語る、大物司会者□□と暴力団幹部の繋がりとは……?】



武内P「…………」


スタスタ…

~公園~

タンッ タン…

園田智代子「よっ、ほっ……!」タン タンッ…!


智代子「とぁっ!」タタン ビシッ!

西城樹里「おぉー」パチパチパチ


智代子「はぁ、はぁ……えへへ、どう、樹里ちゃん!?」

樹里「どうって、凄すぎてアタシなんかじゃケチつけらんねぇよ」

智代子「ほ、本当!?」

樹里「あぁ、相当練習したんだなってのが伝わった。
   正直言って、見違えたぜ」

智代子「わぁ、やったぁ!
    ……ってあれ? 見違えたって、これまではヒドかったってこと!?」

樹里「な、何だよ?」

智代子「ケチつけないとか言っときながら、ヒドいよぉ! 樹里ちゃん!」

樹里「誰もそんなこと言ってないだろ!」

樹里「ったく……でも、本当にすごいよ、チョコ」

智代子「えへへ。そりゃーだって、すごく頑張ったからね」

樹里「あぁ、ずっと言ってたもんな。アイドルになりたいって」

樹里「チョコなら、きっとすごく可愛い人気アイドルになれるよ。
   アタシも応援するぜ」

智代子「ありがとう。でも……」

樹里「? どうした?」


智代子「樹里ちゃんは、なる気ないの?」

樹里「なるって、何が」

智代子「アイドルに決まってるでしょ」

樹里「!? ……はぁ!?」

樹里「あ、アタシがアイドルって……そんなガラじゃねぇだろ!!」

スタスタ…


智代子「ガラとか関係無いよ、可愛い子にはアレをさせろって言うし」

樹里「旅じゃねぇし、か、可愛くねぇし!」

智代子「そういうトコが可愛いって言ってるんだけどね~♪」

樹里「ッ!! こんの、バカッ!!」グワッ!


スタスタ…


智代子「うひゃー、樹里ちゃんが怒ったぁー!」タタタ…

樹里「待てこのっ!!」ダッ!

智代子「アハハハ」



スタスタ…

武内P「……」スタスタ…

武内P「……?」チラッ

スタスタ… ピタッ

武内P「…………」


樹里「こらっ、逃げるなぁ!! ……ん?」ピタッ

智代子「?」


武内P「…………」


樹里「…………?」


智代子「樹里ちゃん、どうしたの? あの人知り合い?」

樹里「いや、全然」

樹里「おい、何見てんだよ」


武内P「……!」

武内P「……」ペコリ


スタスタ…


樹里「……何だアイツ。気味悪いな」

テクテク…

智代子「今日はありがとう、樹里ちゃん」

樹里「アタシは何にもしてねぇだろ。明日のオーディション、頑張れよ」

智代子「うん」


智代子「じゃあ、私はこっちなので。また明日ねー!」フリフリ

樹里「寝る前にチョコ食いすぎんなよー」

智代子「美味しいから大丈夫ー!」タッ

タタタ…

樹里「……ったく、大丈夫かなアイツ」


樹里「ん?」ピタッ



本田未央「ぃやったぁー!! これで私達もいよいよお茶の間デビューだね、しぶりん、しまむー!」

渋谷凛「ローカルだけどね」

未央「ちょっとしぶりーん! なにさ~ちょっとは合格嬉しがったらー?
   緊張しすぎてプロデューサーに電話してたの、この未央ちゃんお見通しだぞー?」ウリウリ

凛「ちょ、ちょっと未央、やめて…!」

島村卯月「あわわわ……未央ちゃん、あまり凛ちゃんをウリウリしちゃダメですよぉ」



樹里(……賑やかな連中だな)

卯月「……?」

凛「どうしたの、卯月?」

卯月「いや、あそこに立ってる子……こっちをずっと見てるような……」

未央「しまむーのファンじゃない? それか私のファンだったりして!」

未央「はいはーい! 未来のトップアイドルですよー、なんちって」フリフリ


樹里「……!?」ドキッ


凛「やめなよ未央、恥ずかしいでしょ」

未央「うん、ありがとうしぶりん、さすがにちょっと恥ずかしかった」スッ

卯月「でも、そうやっていつも元気一杯なのが未央ちゃんの良い所ですよねっ」

未央「ありがとうしまむー! 良い所見つける天才かぁ!?」ダキッ!

卯月「うひゃあっ!?」

樹里(……何だアイツら)

樹里(馬鹿馬鹿しい。帰ろ)スッ

スタスタ…



未央「……? あれ、さっきの子は?」

凛「私達の様子見て、ため息ついてどこかに行った」


卯月「シュッとした感じの、カッコいい子でしたね」

未央「ひょっとして、どこかの事務所の子かな?
   近い将来、ライバルになったりして」

凛「バカみたいなこと言ってないで、もう行くよ」

未央「ちょっとしぶりーん! 今のは結構本気で言ったんだけどー私」

凛「ふーん、いつもは本気じゃないんだね」

卯月「あれ、いつも本気じゃないんですか?」

未央「えっ、おぅ……これはどう答えたらいいの私?」

~夜、346プロ 事務室~

カタカタ… カタカタカタ…

武内P「…………」カタカタカタ…


ガチャッ

千川ちひろ「お疲れ様です、プロデューサーさん」

今西部長「失礼するよ」

武内P「千川さん、今西部長……お疲れ様です」ギシッ

つ エナドリ

武内P「……」グビッ


ちひろ「エナドリのストック、こちらに置いておきますね」

武内P「はい」

ちひろ「先ほど、他の子達から聞きました。
    ニュージェネレーションズ、オーディション合格おめでとうございます」

武内P「ありがとうございます」

ちひろ「大変だったでしょう。
    皆あぁ見えて不安がりな子達ですし、これが良い自信に繋がると良いですね」


武内P「彼女達の場合、自分自身の実力への不信は、モチベーションの維持にも繋がっているようです」

武内P「根を詰めさせないように気を配ることの方が、より肝要と考えています」カタカタ…

今西「ふむ、なるほど……さすが、よく見ているね」

武内P「担当アイドルが荒波に飲まれぬよう、適切に舵を執ることはプロデューサーの責務です」カタカタ…

ちひろ「そうは言っても、プロデューサーさんの方こそ、あまり無理をしないでくださいね?」


武内P「いえ」

武内P「“本来業務”を行っているうちは……それは、苦にはなりませんので」カタカタ…

ちひろ・今西「!……」


武内P「…………」カタカタ…


カタカタ カタッ……


武内P「……お気になさらずとも大丈夫です」

武内P「新たな“仕事”の依頼が、あったのでしょうか?」


ちひろ「…………明日の午後です。資料を」スッ

武内P「……」パラッ

ちひろ「すみません、急なお話で……」

武内P「いつものことです……明日、というと?」

ちひろ「はい……
    我が346プロのアイドル候補生を募集する、社内オーディション当日です」

ちひろ「その依頼内容というのが……」


武内P「……その筋の有力者の子供を、オーディションに合格させろ、と」

今西「心苦しいだろうとは、思うがね……」

武内P「依頼人は?」

ちひろ「同じです。961プロダクションの黒井社長、直々のご指名で……」


武内P「先方に確認をとります」ガチャッ

ポパピプペ


武内P「……」プルルルルル…


『……ウィ、私だ』

武内P「いつも、お世話になっております」

『ハッ! 心にも無い前置きなどどぉ~うだっていい。
 依頼の件は、彼女から聞いたかね?』


武内P「今回の標的は、アイドルではありません。候補生の希望者です」

武内P「まだ業界関係者ではない人間を手に掛けることは、私の本意ではありません」

『雇われの分際で、一プロダクションの社長であるこの私に、随分な物言いだなぁ?』

武内P「お言葉ですが、961と346は協力関係にすぎず、立場としては対等です。
    その気になれば、上層部に掛け合い、社として態度を改めさせていただくこともできます」

武内P「つまらない意地の張り合いで、いたずらに事を荒立てるのは、お互いの利益にならない。
    そうはお考えになりませんか?」

『フン……自身の能力と346の威光を笠に着て、私を脅そうというのかね?』


『いいだろう。今回については、他の者に依頼するとしよう』

武内P「恐れ入ります」

『だが忘れるな』


『いくら崇高なポリシーとやらを持っていた所で、貴様は日陰者に過ぎんということをな』

ガチャッ

ツー ツー ツー…

武内P「…………」ガチャ

武内P「今回の仕事については、私とは別の方に依頼されるとのことです」

ちひろ「そうですか……それは、何よりです」ホッ

武内P「内容を考えれば、喜ぶべきことではありません」

ちひろ「! ……す、すみません」


武内P「それに、黒井社長の言うとおりです」

ちひろ「えっ?」


武内P「私は、尊ばれる側の人間ではありません」


ちひろ「プロデューサーさん……」

今西「…………」

武内P「念のため、明日のオーディションは、私も様子を見守ろうと思います」

武内P「このオーディションの後、961側が次にどのような動きを見せるのか……
    わざわざ346プロの行事に手を下すからには、より大きな目的があるはずですので」

今西「……あぁ、そうだね」


ちひろ「では、私達はこれで……失礼します」ペコリ

今西「あまり、思いつめてはいけないよ」

ガチャッ

バタン…



武内P「…………」

~翌日、346プロ オーディション会場~

ガヤガヤ…


樹里「結構、人集まんだな」

智代子「ああぁぁあぁ当たり前でしょ、み、みし、みしろプロって大手、ううん超大手の…」ガチガチ…

樹里「どんだけ緊張してんだよ。ほら、チョコでも食うか?」スッ

智代子「い、今お腹痛くなったら、嫌だから、いいや……」ブルブル…

樹里「……こりゃ相当重症だな」


樹里「あのなぁ……アタシみたいな素人が言っても説得力ねぇだろうけど」

樹里「アタシはチョコのこと、現役のアイドルと変わらないくらい、すごく可愛いと思うぜ」

智代子「ほ、ホントに?」

樹里「大体、あれだけ練習してきたじゃねーか。
   自信持てよ、他のヤツらなんか目じゃないって」ポンッ

智代子「そ、そうかな……そうだといいな、えへへ」

???「フッ……黙って聞いていれば、好き勝手なことを」

樹里「なっ! だ、誰だ!?」


ザンッ!

有栖川夏葉「この私を差し置いて、随分と豪気なものね!」バァーン!


智代子「……えっ、ホントに誰!?」

夏葉「なっ、え!? 私を知らないというの!?」

樹里「無名だから候補生オーディションに応募すんじゃねーのかよ」

夏葉「……それもそうね」


夏葉「いいわ、まずは自己紹介といきましょう」

夏葉「有栖川夏葉よ。残念だけど、このオーディションは私がいただくわ!」

樹里「何だぁ? 初対面のクセして」

智代子「あ、うぅ……」

樹里「ほら、チョコ。言われっぱなしにされてんなよ」トンッ

智代子「わっ! と……あ、あの」

夏葉「……」ドヤァ


智代子「そ、園田智代子ですっ。チョコアイドル目指してます!」

夏葉「チョコ?」

智代子「そ、そうです! 私、あまりコレといった個性が無くて……」

智代子「名前が、ちよこだから、なんか可愛いかなって、その……ごめんなさい」シュン…

樹里「謝ってどうすんだよ!」


夏葉「……智代子」

夏葉「あなた、チョコの主な原材料が何か、当然知っているわね?」

智代子「えっ? か、カカオ……?」

夏葉「そう。カカオと人類は紀元前から延べ5500年以上もの長きに渡り、
   相互に深い関わり合いを持つものよ」

夏葉「古代アステカ、マヤ期の時代において、カカオは通貨でもあった。
   それほどの価値あるものを味わえるのは、王族をはじめとする特権階級等の限られた者だけ」

夏葉「かのコロンブスがこれに出会い、欧州に広めて大衆化させるまでは、
   カカオとはすなわち富と力の象徴だった、という事ね」


樹里「……で?」

夏葉「もちろん、今では市場に流通し、一般庶民の間でも広く愛されるものではあるけれど、
   カカオの独特の風味は、古代より人間のDNAに深く刻み込まれているものよ」

夏葉「理性を狂わし、これを欲せざるを得ない魔性としてね……
   私も、幼い頃はお風呂上がりにチョコバーを食べて、父に怒られたものだわ」

智代子「は、はぁ……美味しいですもんね!」ピョン

夏葉「そう! そうなのよ!」ビシッ!

樹里「? ……???」

夏葉「人を惑わすチョコを統べるアイドルなんて……末恐ろしいわ!」

夏葉「帝王学を修めてきた私にとって、最も危険視すべき存在と言っても良い。
   だから……」

夏葉「私は、あなたにだけは負けないと決めたわよ! 今、この瞬間!」ビシィ!

智代子「え、うぇぇぇっ!?」

樹里「なんつーか、メンドくさいヤツだなぁ」


樹里「そんな大ゲサな話じゃなくって、要はアイドルとしてどっちが可愛くて、
   歌とかダンスがすごいかってことだろ?」

樹里「その点、チョコは大したもんだぜ。後で吠え面かくなよ」

智代子「最後までチョコたっぷりだもんね!」

夏葉「フッ! いいわ、そういう事ならとくとその実力、見せてもらおうじゃない!」

樹里「チョコのボケにまずはツッコめよな」



スッ

武内P「…………」

武内P「…………」チラッ

武内P「……!」ピクッ


樹里「……?」



武内P「…………」



智代子「樹里ちゃん、どうしたの……あっ、あの人」

夏葉「?」

樹里「…………」


武内P「…………」

樹里「……ッ」キッ!

クルッ ツカツカツカ…!


武内P「……!」


樹里「おい」

武内P「……はい」


樹里「アンタ、昨日も会ったよな」

樹里「人のことジロジロ見やがって。そんなにアタシが物珍しいかよ」

武内P「いえ、そういうことでは…」

樹里「業界関係者かどうなのか知らねぇけど、アタシだって集中したいんだよ。
   目障りなことすんのは止めてくれよな」

武内P「! あなたも、今回のオーディションに参加を?」

樹里「なっ!? バッ……ちげぇよ!! 友達の応援で来てんの!」

武内P「し、失礼しました」

樹里「はぁ……そういうわけだから、あんまデカイ図体でウロウロしてんなよな」

武内P「申し訳ございません」ペコリ

スタスタ…


樹里「……ったく」

智代子「樹里ちゃん、だ、大丈夫だった? すごい剣幕だったから……」

夏葉「知らない男の人に、喧嘩でも売りにいくのかと、少し心配してしまったわ」

樹里「何でもねぇよ」

~~♪ ~~~♪


樹里「へぇ~……皆、上手いモンだなぁ。
   伊達に大手のオーディションじゃねぇってことか」

智代子「…………」

樹里「……チョコ」



スタッフ「それでは、次の方どうぞ」


ザッ

夏葉「エントリーナンバー17、有栖川夏葉です」


智代子「あ、夏葉ちゃんだ……どうだろう?」

樹里「大口叩いてるヤツが、本当に大したヤツだった試しはねぇけどな」

夏葉「……」スッ


キュッ タタンッ!

夏葉「~~♪ ~~~~!♪」タンッ! タタンッ

タンッ タッ タンッ!


樹里「うおっ……!」

智代子「えっ!? す、すご……!」


武内P「…………」


夏葉「~~~! ~~~~♪」タタンッ タンッ

夏葉「~~! ~~~~♪ ~~~♪」キュッ! タン タッ タンッ!

智代子「ど、どうしよう……次、私だよぅ……!」オロオロ

樹里「ば、バカッ! 弱気になんなよ、チョコだって負けてないって!」

智代子「で、でもぉ……!」ウルウル



夏葉「~~~!♪ ~~~~…」タンッ タッ

ガッ!

夏葉「!? キャ……!」グラッ


樹里「あっ」
智代子「え?」

武内P「……!?」


ドテッ


夏葉「!? ……ッ!」グッ!

~~♪

夏葉「~~~~♪」

夏葉「…………」


スタッフ「はい、ありがとうございました」

夏葉「……」ペコリ


智代子「な、夏葉ちゃん……」

樹里「最後の最後で、コケちゃったな……同情するぜ」


武内P「…………」


ギリッ…

夏葉「………………ッ」プルプル…!



樹里「……アイツはアイツ、チョコはチョコだ。しっかりやれよ!」ガッツ!

智代子「う、うん……!」キュッ

智代子「え、エントリーナンバー18、園田智代子ですっ」

智代子「ちょ、チョコアイドル目指してます! よ、よろひ…」

スタッフ「あ、そういうのいいです」

智代子「ひぇ……す、すみません……」シュン…

プッ クスクス…


樹里「……!」ムッカァ…!


武内P「…………」



智代子「……」スッ


~~♪

タタンッ! キュッ タッ タンッ!

智代子「~~~~!♪」

智代子「~~! ~~~♪」タンッ タタン!


夏葉「……!」


武内P「…………」


樹里「チョコ……頑張れ……!!」


智代子「~~~! ~~~!!♪」キュッ タンッ!

智代子「~~! ~~♪ ~~~!♪」タタンッ タッ タン!



夏葉「あの子、こんなに凄かったなんて……」

智代子「~~ッ! ~~~!♪」タン タンッ…!

智代子「~~~ッ!」タタン ビシッ!


智代子「はぁ、はぁ……!」

パチ パチパチ…

智代子「ふぇ?」


パチパチパチパチ…!


智代子「え、あ……あ、ありがとうございましたぁ!!」ペコッ


武内P「……」パチパチ…

樹里「やったなチョコ! ほんと、完璧だったぜ!」ガシッ!

智代子「樹里ちゃんっ……ありがとう、私、こんな……!」

智代子「まさか、こんなオーディションで拍手してもらえるなんて、思わなくてぇ……!」グスッ

樹里「それだけチョコが凄かったってことだよ。アタシの言ったとおりだったろ?」

智代子「うん……うんっ……!」

樹里「へへ、泣くなよ。まだ結果も出てな……」

樹里「あっ」


夏葉「……素晴らしいパフォーマンスだったわ、智代子」

智代子「夏葉ちゃん……」

樹里「あー、あの……最後、残念だったな」

夏葉「私が未熟だった。それだけのことよ、それに」

夏葉「あなたのような素晴らしい実力者に出会えただけでも、
   このオーディションに出場した甲斐はあったもの」

夏葉「ありがとう、智代子」スッ

智代子「夏葉ちゃん……ううん、こちらこそ」ギュッ


夏葉「私も、早くあなたに追いついてみせるわね。首を洗って待っていなさい」

樹里「そういうこと言うヤツって、なんか小者っぽいよな」ニヤニヤ

夏葉「あら、あなたに対して言ったわけじゃないわよ?」

樹里「うっせーな! 知ってるよ!」

智代子「えへへへ」ニコニコ



スタッフ「えぇー、それでは、本オーディションの合格者さんを発表します」

夏葉「じゃあ、私はこれで」スッ

樹里「え、発表聞いていかないのかよ?」

夏葉「聞くまでもないことよ」フリフリ

樹里「お、おう」



スタッフ「えぇー……17番さん。エントリーナンバー17の、有栖川夏葉さん」

スタッフ「他の方々はお帰りになられて結構です、ありがとうございました」



樹里「!?」

夏葉「……!?」クルッ

智代子「…………え」


ザワザワ…

武内P「…………」

智代子「そんな…………わたし……」

智代子「ダメ、だったんだ……あ、あはは……あは……」

智代子「バカみたい……そっかぁ、私……そう、だよねぇ……」ポロポロ…


樹里「ちょ、ちょっと待てよ!」

スタッフ「わっ!?」

樹里「さっきの見てただろ!? チョコの時だけ拍手が起きたんだぞ!!」

スタッフ「い、いや、それが直接の審査基準ではなくて…」

樹里「そうでなくたってチョコが一番凄かったんだ!
   何でチョコじゃねぇんだよ!! 夏葉はコケ…!」

樹里「ッ……あぁもう!! 絶対おかしいだろ、この会場の雰囲気がその証拠だ!
   合格者が発表されてザワつくオーディションがあってたまるか!!」

夏葉「その子の言うとおりよ」

樹里「夏葉……!」


スタッフ「あ、あの……」

夏葉「よくもこんな辱めを私にしてくれたわね……
   このオーディションの勝者は、誰の目にも明らかのはずよ」

夏葉「でも、不可解な審査があった理由について、大よその心当たりはあるわ。
   残念ながらね」

スタッフ「えっ?」


クルッ

夏葉「合格は辞退します。早急に、父に問い質す必要があるわね」

コツコツ…!

スタッフ「あ、ちょ……有栖川さーん!?」

ザワザワ…! オイオイ…


武内P「…………」

武内P「……!」チラッ


スタッフ「……」
黒服達「……」ヒソヒソ…


武内P「……」チラッ


樹里「チョコ……もう帰ろう」

智代子「ヒック…………ヒック……」グスッ…

テクテク…



武内P「…………」

スッ

~346プロ レッスンスタジオ~

未央「すぃ~まむぅ~~」グデー

卯月「何ですか、未央ちゃん?」


未央「今日さ、何でプロデューサー来なかったのかな?」

凛「リーダーである未央にさえ、何も連絡が無かったの?」

未央「プロデューサーとお親密なしぶりんにも?」ニヤニヤ

凛「……」ギューッ

未央「あだだだだっ!! ごめんごめん、ごめんだから手の甲つねるのヤメてっ!!」

卯月「あわわわっ! きゅ、救急箱を……!」ダッ

凛「いいよ卯月、必要ない」

未央「ふぃー、お~いちちち……」フーッ フーッ…

未央「いや、そりゃ連絡はあったよ?
   オーディションの様子を見に行くので、レッスンをお願いしますって」

未央「でもさ、ヘンじゃない?」

卯月「ヘン、ですか?」


未央「仮にもローカル局の番組出演っていう大仕事を控えた私達を、
   担当プロデューサーがあっさり放って、浮気しに行くかなぁ?」ウーン

凛「オーディションに、よほど注目すべき子がいたのか、あるいは……」

未央「あるいは?」


凛「……新しく担当になる予定の子がいたとか、かな」


卯月「うーん、だったら、最初から予定に組み込まれてそうな……」

未央「だよね? なんか今日のプロデューサー、急遽ってカンジしたよね?」

凛「……確かに、そうかも」

未央「うーん……なーんか、テンパってたりしないか不安っていうかさー」


卯月「まぁまぁ、未央ちゃん。
   大きなお仕事を控えて、たぶん私達、ナーバスになってるんですよ」

凛「……そうだね。
  逆に、私達に任せても大丈夫って、プロデューサーは思ってくれたのかも知れないし」

未央「そ、それもそうかぁ! うんうん!
   確かに、やる前からウジウジ悩むなんて私達らしくないよね!」ガバッ

凛「ほんと、調子いいんだから」フッ

未央「あ、何だよしぶり~ん! 調子に乗せてるのはそっちでしょー?」ウリウリ

卯月「えへへへ。やっぱり未央ちゃんは元気が一番ですねっ」ニコニコ

~公園~

樹里「……落ち着いたか?」

智代子「うん…………ごめんね、樹里ちゃん……」

樹里「アタシに謝んなよ」


樹里「結局、あんなオーディションなんてウソっぱちだったんだな。
   チョコの努力を、踏みにじりやがって……!」

樹里「夏葉が怒るのだって、もっともだぜ。
   あんな勝ち方じゃ、夏葉も嬉しくないだろ。何考えてんだアイツら」

樹里「あぁぁ~~もう、考えれば考えるほどイライラしやがる……!!」ギリッ…!


智代子「ううん、樹里ちゃん……」フルフル

樹里「……チョコ?」

智代子「やっぱり、私がダメだったんだと思うんだ」

智代子「何の取り柄も無いクセに、チョコアイドルだなんて、ムリヤリ個性を作って……
    たぶんそういうの、あざといし……見る人も、楽しくないだろうし……」

智代子「仮に、あのまま受かって続けたとしても……どこかで……」


樹里「そんなことないっ!!」ガタッ!

ガシッ!

智代子「じゅ、樹里ちゃん……」ジワァ…

樹里「忘れちまったのか!? 歌い終わって拍手が起こったの、チョコだけなんだぞ!」

樹里「チョコは絶対すごいアイドルになれるんだ!
   人を笑顔にしようってヤツが、自分でそれを認められなくてどうすんだよ!」

智代子「で、でもぉ……!」ポロポロ…

樹里「今のチョコは、都合のいい言い訳を自分で作って逃げてるだけだ!
   今度は誰にもさ、文句の付けようも無いくらいに頑張って、完璧な実力をつけて……!」

智代子「! わ、私だって……!」キッ!

樹里「……!?」

智代子「私だって、あ、あんなにっ! あんなに頑張ったのに……!」

智代子「か、簡単に、逃げてるとか……もっと完璧に、とか……!」ポロポロ…

智代子「そんな……そんな、こと、樹里ちゃんに……い、言われたく、ないもん……!!」

樹里「! ちょ、チョコ……!」

智代子「う、うっ、ぐ……うぅぅ……!!」ポロポロ…

樹里「ご、ごめん……アタシ、勝手なことを……」


智代子「あの場に立ってもいない樹里ちゃんに……!」

智代子「私の気持ちなんて、分からないもんっ!!」ダッ!

樹里「チョコ!? あ、おいっ!!」

タタタ…!

樹里「…………クソッ!!」ガッ!

樹里「アタシ、なんてひどいことを言っちまったんだ……」



ザッ


樹里「……?」



武内P「西城、樹里さん……ですね?」

樹里「アンタかよ……何でこんなとこ…」

樹里「って、何でアタシの名前知ってんだよ!?」ドキッ

武内P「オーディション会場に入る際、同伴者の方は、入口で参加用紙を記入されたかと思います」

樹里「それを見たって? はぁ……」


樹里「あのなぁ……一体、何なんだよアンタ。
   何でアタシに付きまとうんだ? それともチョコか?」

武内P「いいえ。西城さん、あなたに用があって参りました」

樹里「……何だよ」


武内P「単刀直入に言います、西城さん」

武内P「あなたを弊社のアイドルとして、スカウトさせていただきたいのです」



樹里「…………は?」

武内P「申し遅れました……名刺を」スッ

樹里「……ふーん。“961プロ”、プロデューサー」

樹里「い、いやいやいやいや!
   意味分かんなすぎる。何でチョコじゃなくてアタシなんだよ」

樹里「あっ! ひょっとして、アタシのことバカにしてんのか!?」

武内P「? ……バカにしている、とは?」

樹里「だ、だからぁ!
   アタシ、見てのとおり女っぽくねーし、言葉遣いだってほら、悪いし……」

樹里「アイドルって、もっと可愛くってフリフリしてて、女の子らしいだろ?
   そんなの、アタシのガラじゃねぇし、できるわけ……!」


武内P「あなたをスカウトしたい理由が、私にはあります」

武内P「いえ……スカウトしなければならない理由と、言い換えても良い」

樹里「……しなければならない、理由?」


武内P「西城さん……あなたは、狙われています」


樹里「……えっ!?」

武内P「あなたもお気づきのとおり、今日のオーディションは、不正が行われていました」

樹里「…………」

武内P「それはすなわち、346プロに有栖川夏葉さんを所属させたい者がいたことを意味します。
    引いては、それを足掛かりに、さらなる企みを抱く者が」

樹里「……何だよ、その企みって」

武内P「現時点では分かりません。
    ですが、それが頓挫し、有栖川さんも、園田智代子さんの芽も摘まれた今」

武内P「西城さん……あなたを346プロに所属させようという計画が、おそらく進められています」

樹里「……おい、デタラメ言うなよ。
   アタシはあのオーディションの出場者ですらねぇんだぞ」

武内P「あの場で、不正を表立って糾弾した者だからこそ、です」

樹里「!」

武内P「口封じのために346側があなたを抱き込もうとするにせよ、
    不正を依頼した者が、その代役としてあなたに目を付けるにせよ……」

武内P「間もなく、何者かがあなたに接触を試みてくるでしょう。
    そして、不正の事実を暴き得るあなたに、どんな手を講じてくるかが分からない以上」

武内P「このままでは危険です、西城さん。
    961プロに所属さえしていれば、容易に手出しはされなくなるはずです」


樹里「……じゃあ聞くけどよ」

樹里「アンタがその、接触を試みてくる悪いヤツじゃないっつー証拠、あんのか?」

武内P「……!」

樹里「さっきから、勝手なこと言ってくれてるけどさ。
   アタシはそもそもアイドルなんて興味ねぇんだよ、これっぽっちも」

樹里「どんなヤツらから勧誘されようと、応じる気はサラサラ無いね。
   ましてや、チョコを……!」

樹里「チョコを、あんなつまんないマネして蹴落としやがった346プロなんか……!!」ギリッ…!

武内P「西城さん……」


樹里「アタシはアイドルになんかならねぇよ。絶対にな」

樹里「チョコをヒドい目に遭わせた業界になんて、誰が好き好んで入るもんか」クルッ

ツカツカ…



武内P「…………」ポリポリ…

~夕方、樹里の家~

樹里「…………」ゴローン


「ねぇー、樹里ー?」

樹里「んー? なーにー?」

「ちょっと卵と牛乳買ってきてちょうだい」

樹里「はぁー? 兄貴が行けばいいだろぉ?」

「まだ帰ってきてないのよぉ、友達と遊んでくるとかで」


樹里「はぁ~……ったく、はいはい」ノソッ

樹里「卵と牛乳だけでいいのかー?」


ガチャッ

テクテク…

樹里「…………」



 ――あの場に立ってもいない樹里ちゃんに……私の気持ちなんて、分からないもんっ!!


 ――このままでは危険です、西城さん。



樹里「……チッ、何だってんだよ」

樹里「はぁ……今日はさっさと風呂入って寝よ」


スゥ…

ガバッ!!

樹里「……!!?」ガシィッ

ガサッ…!

樹里「な!? ……むぐっ…!?」ジタバタ!

黒服A「お静かに願います」


ガチャッ

樹里「……!!」


黒服B「これだけの大金を、あなたにお渡しする用意が我々にはあります」

黒服B「何も聞かず、これを黙って受け取ってくれるなら、何も起こらない」


樹里「……!」

黒服B「おい、口を離してやれ」

黒服A「……」スッ

樹里「ぷはっ! て、テメェ……ぐっ!」ジタバタ

黒服B「あなたにとって、悪くない取引のはずです」

樹里「アンタら、346プロの……!?」

黒服B「……」


樹里「こんなモンのために、チョコの挫折を諦めろってのかよ……!」


樹里「346プロだけじゃねぇ。アタシは……アタシだって、チョコを追い詰めた……!」

樹里「友達ヅラして無責任なことを言って、支えてるフリして、何もできなかったんだ!」


樹里「何も起こらないだって? ふざけんな、何もできないまま終わってたまるか!!
   アタシはチョコに謝らなきゃいけないんだ!」

樹里「せめて346の不正を認めさせてからじゃなきゃ、顔向けなんてできねぇ……
   そんな金、受け取れるかよっ!!」



黒服B「……そうですか。残念です」

黒服B「もう少し、あなたが利口な方であれば良かったのですが」ジャキッ

樹里「! け、拳銃……!?」


黒服B「致し方ありません」グッ…


樹里「……!!」



スゥッ…


ピトッ

黒服B「!?」ゾクッ



つ ナイフ

武内P「…………」

黒服B「馬鹿な……い、いつの間に……」


黒服A「……!」

樹里「あ、アンタは……!」


武内P「……声を出さず、首を振って答えてください。
    イエスなら縦、ノーなら横に」

黒服B「……」コクッ


武内P「私が誰か、ご存知でしょうか?」

黒服B「……」コクッ


武内P「では、どうすれば良いかも、ご存知ですね?」


黒服B「…………」コクッ

黒服B「……ッ」チラッ

黒服A「……」スッ

樹里「う、わっ……とと」

樹里「こんの野郎…!」

武内P「西城さん、私の後ろにお越しください」

樹里「あ、はい」ススッ


黒服B「……」

武内P「では、そのまま後ろを振り返ることなく、立ち去ってください」

黒服B「…………行くぞ」スッ

黒服A「……」

スタスタ…



樹里「な、何だ……ヤケにあっけなく引き下がったな」

武内P「……」スチャッ

樹里「何なんだ、アイツら……346プロの差し金なんだろうけど」

武内P「現時点では、その可能性が高いですが、断定はできません」

武内P「それに、おそらく彼らは、端金で雇われたアマチュアに過ぎません。
    尋問しても無駄だと判断したので、手短に解放しました」

樹里「アマチュア、って……アイツら、銃持ってたんだぞ!?」


武内P「より熟達したプロであれば、そのような極端な手段に走ることは無かったでしょう」

武内P「現代社会において、銃は過去の遺物に過ぎません。
    チラつかせるどころか、それを街中で行使しようとするのは、アマチュアの手口です」


樹里「……アンタ、一体何者なんだよ」

武内P「アイドルのプロデューサーです」

樹里「アンタの業界じゃ、皆ナイフを常備してんのか?」


武内P「表沙汰に出来ない暗部を請け負う者も、いるということです」

武内P「もっとも、最近はこのような直接的手段を行使することは少なくなりましたが」

樹里「…………」

武内P「私を、疑いますか?」

樹里「えっ?」


武内P「自分の言うことを信じさせるために、私があの連中を西城さんに仕向けた」

武内P「そうお思いになるのは、自然であると考えます」


樹里「……いや、信じるよ。
   アンタは何となく、つまらないウソをつくようなヤツじゃなさそうだし」

樹里「それに、どっちにしろ信じらんねぇ出来事が起こりすぎて、いちいち疑うのもメンドくせぇ」

武内P「ありがとうございます」

樹里「褒めてねぇっての」

武内P「とりあえず、私は346プロ内部に探りを入れて、事実確認を図ります。
    その間、西城さんは警察に相談をするなどし、くれぐれも身辺の安全を…」

樹里「待てよ」

武内P「?」


樹里「気が変わった……アンタ、アタシをスカウトしてくれるか?」


武内P「……よろしいのですか?」

樹里「たとえ今回の一件がアンタの自作自演だったとしても、
   アンタやその仲間から強引に勧誘され続けるのは敵わねぇ」

樹里「そうじゃなかったとしたら、もっとやってらんねぇぜ。
   マジで正体不明のヤツらから襲われて脅迫されんの、おっかねぇだろ」

武内P「……ご自分の身の安全を、取引の材料に使わせるようで、恐縮ですが…」

樹里「いや、それだけじゃない」

武内P「えっ?」


樹里「お願いしたいことがあるんだ。
   あのオーディションって結局、合格者不在になったんだろ?」

武内P「有栖川さんが辞退された後、補欠合格者を選定するという話は上っていないようです」

樹里「なら、さ……アタシだけじゃなくて、チョコもスカウトしてやるのって、できないかな?」

武内P「園田さんを……」

樹里「ほら、その……分かるだろ?」ポリポリ…

樹里「元々アイドルを一生懸命に目指していたチョコがなれなくて、
   そのくせ、アタシが鳴り物入りでアイドルになるなんて、何つーか……」


武内P「……分かりました」

武内P「ですが、それにはまず、園田さんの意志を確認する必要があります」

樹里「そっか……そうだよな。あ、ちょっと待って」

ポパピプペ…

樹里「……あぁ、もしもし、アタシ。
   ごめん、ちょっとこれから出かけてくる。卵と牛乳は適当に買って」

樹里「はぁ? ちげーよ、ちょっとチョコのトコに行ってくるだけ。
   ……あぁ、晩メシには帰るよ。はいはい」

ピッ!

樹里「っし。じゃあ行こうぜ」

武内P「……」ポリポリ

樹里「何だよ」

~智代子の家~

ピンポーン♪

樹里「……チョコ」


「……」


樹里「あ、あのさ……さっきは、ごめんな。
   軽々しいことを、偉そうに言って、その……本当に、反省してる」

樹里「だから、って訳じゃないけど……チョコに、良いニュースを持ってきたんだ」


「……」


樹里「961プロって、知ってるかチョコ?
   ちょっと、そこのプロデューサーって人と、話をしてさ」

樹里「なんと、聞いて驚くなよ。
   アタシ、その961プロにスカウトされたんだぜ!」

樹里「アハハ。でさ?
   チョコにも言ったけど、アタシ、アイドルなんてガラじゃねぇだろ?」

樹里「だからアタシ、言ってやったんだよ。
   どうしてもアタシをスカウトしたいんなら、チョコも一緒にスカウトしろって」

武内P「……」

樹里「だからさ……もう346プロなんて放っといて、アタシと一緒に…」

「もういい……」


樹里「……え?」


「樹里ちゃん……きっと、すごいアイドルに、なってね」

「アタシと違って、樹里ちゃん、可愛くて……個性の塊、だから……」

「私はもう、大丈夫だから……アイドル、いいや……」


樹里「なっ……おい、チョコ。
   ちょっとココ開けてくれるか? ちゃんと顔合わせて話を…!」

「もう帰って!!」

樹里「!」

「もう、イヤだ……う、う……」

「テレビで見る、可愛い子達みたいに、なりたくて……でも……」

「わ、わた、し……テレビ、見てるほうが、す、きで……!」

「夢、見ちゃ、て……傷つく、より、も、ひ、ぃ……楽しい、もん……」

「う、わあぁぁ……あぁぁ……!」


樹里「ちょ、チョコ……」

武内P「……失礼」ズイッ

樹里「うわっ」


武内P「園田さん……夢を叶えることは、必ずしも簡単ではありません」

武内P「ですが、それを目指すことの尊さを、
    西城さんと、プロデューサーである私が、園田さんにお示しすることができたらと思います」

武内P「その時はどうか、改めてあなたをスカウトさせてください」



「…………」

テクテク…

樹里「……チョコ、とうとうドア開けてくれなかったな」

武内P「伝えるべきことは、伝えました。あとは……」

樹里「アタシ達次第、か」


樹里「アンタが言ったのって、要はアタシがチョコの憧れになれたらってことだよな?」

武内P「はい、そうなります」

樹里「ちぇっ、簡単に言ってくれるぜ。でもまぁ……」

樹里「チョコの弔い合戦、って言ったら乱暴だけど……
   どのみち、チョコをヒドい目に遭わせた346プロは、アッと一泡吹かせてやりてぇ」

樹里「ただの一般人、それも部外者のアタシが声を上げた所で、見向きもされねーだろうけど……
   例えば、もしアタシがアイドルとして有名になって」

樹里「皆から注目されるようになってから、アタシが346のオーディションの不正を告発すれば、
   346だって隠蔽しきれねぇだろうし、チョコの無念だって晴らせる」

武内P「…………」


樹里「アンタと一緒なら、それが出来る……そういうことでいいんだよな?」


武内P「……はい」

樹里「よしっ。決まりだな」

武内P「ありがとうございます、西城さん」ペコリ

樹里「樹里だ」

武内P「えっ?」


樹里「アタシのことは、樹里って呼べよ」

武内P「はぁ……しかし、それは……」ポリポリ…

樹里「まだるっこしいんだよ、“西城サン”だなんて。肩が凝ってイヤだ」

樹里「ていうか、下の名前で呼び捨てにすんのが、そんなに大変かよ」

武内P「はい」

樹里「はいぃ!? 何だそりゃ!」

武内P「申し訳ございません。どうしても……」


樹里「ったく……つまんねぇな、いいよもう」

武内P「申し訳ございません。善処致します」

樹里「だーもう! その申し訳ございませんってのもやめろ!」

武内P「申し訳ございません」

樹里「……よしっ」

~某所~


「はい……はい……」

「そうです……彼に先を越された形になります」

「ああなっては、彼女を引き込むことは難しくなったと言えるでしょう」


「いいえ……それが、彼の本来業務でもあります」

「少なくとも、彼はそう思っています……」


「はい、えぇ……では、引き続き監視を……」

~翌日、961プロ~

樹里「う、わあぁぁ……すげぇ」

武内P「こちらが、西城さんのスタッフ証になります。
    事務所内の施設を使用する際に必要となりますので、常に携行するようにしてください」スッ

樹里「あ、あぁ」


樹里「アンタ、こんなリッパな所で働いてたのか……何つーか、ナメてたぜ。ごめん」

武内P「いえ。では、中へご案内します」


ウィーーン…

樹里「うお、すっげぇ、超キレイ……!」キョロキョロ

武内P「……」

樹里「……な、何だよ! 悪かったな、田舎モンくさくて」

武内P「いえ。こちらです」スッ

コツコツ…


樹里「なんか、とんでもない所に来ちゃったんじゃねぇのか、アタシ……?」

ガチャッ

樹里「うわ、広っ!」

武内P「基本的に、レッスンはこちらのスタジオを使用することになります」

武内P「更衣室とシャワー室は、あちらです。
    さっそくですが、ご準備ができたら始めましょう」


樹里「……なぁ、プロデューサー」

武内P「何でしょう」

樹里「ひょっとして、アンタがその……レッスン、ってのを見るのか?
   何か、プロのコーチとか、こういうデカいトコだといねぇのかなって」

武内P「仰るように、通常は専属のトレーナーに任せることが多いですが、
    西城さんについては、特別です」

樹里「特別?」


武内P「西城さんを狙う者がいる都合上、関係者を極力絞ることが必要となります」

武内P「今後、西城さんがアイドルとして活動されるに当たっては、
    常に私と一緒に行動することになると思ってください」

樹里「ボディーガード、みたいなモンか」


樹里「ま、やるって決めたからには四の五の言ってらんねぇよな。
   ……よしっ、いいぜ」

タン タンッ…!

樹里「……っと」タンッ タン


武内P「…………」


樹里「……ッ ……」タンッ タッ

樹里「く……」タタンッ タン


樹里「……ッ!」ビシッ!

樹里「く、はぁ……はぁ……! つ、つれぇ……」ガクッ


武内P「給水を」スッ

樹里「あ……サンキュー」

武内P「西城さん。何か、運動経験はおありですか?」

樹里「え? あぁ……バスケを少し、な」

武内P「なるほど」


武内P「西城さんは、既に水準以上のものを持っています」

樹里「……!」ピクッ

武内P「ですが、練習は大事です」

武内P「しばらくは、基礎レッスンを繰り返し受けていただきます。
    今日は行わないですが、ボーカルやビジュアルについても同様に、です」

樹里「……その後は?」

武内P「色々ありますが、他のアイドルのバックダンサーとしてデビューするのが一般的かと」


樹里「…………」

武内P「何か、ございますか?」

樹里「いや、そのさ……煽ててんだろ?」

武内P「煽ててなどいません。事実を言っているまでです」

樹里「真顔で言うなっつーんだよ、そういうの。
   ただ、まぁ……お世辞でも嬉しいよ」

樹里「でもさ……」

武内P「自分には、アイドルとしての夢が無い、と?」


樹里「……チョコの憧れになってやる。
   そしていつか、チョコをアイドルの世界に連れてってやるんだ、って……」

樹里「それも、夢といえば夢なのかも、って思う。でもさ……」

樹里「別にアタシは、アイドルやりたくてやるんじゃない。
   チョコのためと、よく分かんねぇヤツらから逃げるために、なりゆきでさ」

樹里「そんな、不純っつーか……後ろ向きで他人本位な理由で、やっていいのかな……
   それに、いつ終わるんだろうな、って、ふと考えちまってさ」


武内P「…………」

樹里「……あっ! あの、ご、ごめん!
   まだ始まってもいねぇのに、先の話なんかしたってしょうがないよな」

武内P「いいえ、不安に思う気持ちはよく分かります」


武内P「ですが、その心配は無用です」

武内P「西城さんは、基礎的な体力や技術は元より、
    アイドルとして大きな強みとなるものを、既に持っています」

樹里「……何だよ、アタシの強みって?」

武内P「笑顔です」

樹里「はあ?」


武内P「……」

樹里「すげー真顔……あのな、笑顔なんて誰にでもでき…」

樹里「ていうか、よく考えたらアタシ、アンタの前で笑ったことなんてねぇだろ!」

武内P「はい。今はまだ」

樹里「適当なことを言いやがって! やっぱアタシのことバカにしてんな!?」


武内P「あなたには今、夢中になれるものがありますか?」

樹里「なっ……?」


武内P「なりゆきで巻き込んでしまったことについては、謝ります」

武内P「ですが……いいえ、だからこそ、あなたに知ってもらいたいのです。
    この世界で夢中になれることの尊さを」

武内P「そして、その先にある笑顔こそが、アイドルの本質であると、私は考えています」

樹里「……それ、誰でもいいって話じゃねぇのか?」

武内P「私は、あなたの笑顔が見たいと思った、ということです」

樹里「!!」カァ-!

樹里「バ、あ、あの……何なんだよいきなり!!」

武内P「あなたが夢中になれるよう、世界を広げることが私の務めです。
    共に頑張りましょう、西城さん」

樹里「……よくそんな恥ずかしいこと、平気な顔して言えんな、もう」ポリポリ


樹里「分かったよ。やるからには、ハンパはできねぇしな」

樹里「何でもいいけど、これからよろしく」

武内P「はい、こちらこそ」


武内P「それでは、今日のレッスンはこれまでとしましょう。
    着替えが終わりましたら、寮へご案内します」



樹里「……は? 寮?」

~961プロ 寮~

樹里「いや、アタシ実家から通えるって!」

武内P「入寮を強制するものではありません。
    自由にご利用になれる部屋を、西城さん用に確保したまでです」

武内P「通学される学校にも近いことから、ご両親には既にご了解をいただいております。
    もちろん、費用も事務所が負担します」

樹里「……あ、そう」


ガチャッ

武内P「こちらが、西城さんのお部屋になります」

樹里「……十分住めるな」


武内P「私の部屋は、この1階にありますので、何かあれば」

樹里「えっ? 事務所の人も住んでんの?」

武内P「私だけですが」

樹里「ふーん……」


樹里「なぁ、ちょっと部屋覗いてみてもいいか?」

武内P「……私の部屋を、ですか?」

樹里「アンタがホントに怪しいヤツじゃないかどうか知りたいんだよ」

樹里「……いや、既にもう十分怪しいんだけど」

武内P「あの、しかし……」ポリポリ

樹里「あ、1コ気づいたぜ」ニヤッ

武内P「?」


樹里「アンタ、困ったときは首の後ろを掻くんだな」

武内P「…………」

~Pの部屋~

ガチャッ

武内P「何も、面白いものはありませんが……」

樹里「……ふーん」ヒョイッ


樹里「意外、でもねぇけど……」キョロキョロ

樹里「生活感ねぇなぁ。ちゃんと飯食ってんのか?」ガチャッ

武内P「あ、冷蔵庫は特に…」

樹里「おわっ!?」


樹里「何だこりゃ! 変な栄養ドリンクしか入ってねぇぞ!?」

武内P「事務所からの、支給品です」スッ

つ エナドリ

武内P「自炊はしていませんが……これは、健康のために」グビッ

樹里「そういうのに頼らなくていいような健康的な生活をしろよ、まずはさ……」


樹里「ん?」


武内P「…………」スッ

つ 植木鉢

武内P「……」シュッ シュッ


樹里「育ててんのか?」

武内P「定期的に、霧吹きで水を与えるのはもちろん、
    晴れた日には、日当たりの良い所へ位置を調節しています」フキフキ

樹里「ま、マメだな……自炊もしねぇクセに」


樹里「まぁ、ちょっと安心したよ。
   ナイフ持ってたくらいだし、もっと物騒なモン持ってたりすんのかと思った」

武内P「あれは、非常用です。常にそういうシーンがある訳ではありません」


樹里「……なぁ、プロデューサー」

樹里「アタシが家事、手伝ってやろうか?」

武内P「……えっ?」


樹里「!? あ、バッ! 勘違いすんなよっ!!」

武内P「な、何がでしょうか?」

樹里「――ッ!!」カァーッ!

樹里「あぁ~もう!! だからぁ、いいか!?」ワシャワシャ!


樹里「アタシはアンタに、アイドルとしての面倒見てもらいっぱなしだ。
   一方的に借りができんのは嫌なんだよ」

樹里「だから、生活力のねぇアンタの代わりに、アタシがなんかしてやるよ。
   たまに部屋に行って掃除とか洗濯とか、料理も」

武内P「いえ、お気持ちはありがたいのですが…」

樹里「アタシの気持ちの問題なんだよ!
   それにほら、その植木だって、プロデューサーが忙しくて面倒見れねぇ日もあんだろ?」


武内P「……確かに」

樹里「そこで引き下がんのかよ。どんだけ植木が好きなんだ」

武内P「ですが、成人男性の部屋に、未成年の女性が通って、
    掃除や洗濯をするというのは、やはり……」

樹里「む、ぐ……ま、まぁ確かに、それはアタシも言い過ぎたな」

樹里「じゃあ、昼メシの弁当作んのと、植木の世話をするくらいで、どうだ?」


武内P「……では、お言葉に甘えて」ペコリ

樹里「よしっ。まぁ心配すんな。
   両親が出かけてていない時は、いつも兄貴に料理当番押しつけられてんだ」

樹里「学校に通いがてら、朝、弁当渡しに行くからさ。
   あ、それと植木は外に置いとけよ。アタシが水やりとかしてやる」


武内P「植木に水をやる時は、こちらの霧吹きをお使いください。
    タイミングは、朝と夕方、夜の計3回。夜は私が行います」

武内P「根元だけでなく、葉っぱにも直接吹きかけて、こちらのタオルで軽く拭いてあげるように。
    あくまで適度な潤いを与えることが目的です」

武内P「また、天気の悪い日は、こちらの日除けの中に入れてください。
    逆に天気が良い日は、日射がこちらから降り注ぎますので、しかし葉が痛まないよう……」

樹里「悪い、なんか紙に書いてくれ」

樹里「じゃ、また明日なー」

バタン



武内P「……」


武内P「…………」ガラッ


つ エナドリ



武内P「…………」

――――――

――――


  ――ちょ、これwwwww
  ――うーわマジかよ、最悪だわすげぇ応援してたのに
  ――清純派アイドル(淫乱)

  ――不倫問題が取り沙汰されているとのことで、自宅前は騒然と……!


  イヤ……あの人達は、何?
  何で、みんな私を責めるの?

  私、何もしてない! どうして……どうして、こんなことに……!

「落ち着いてください。あなたのことは、事務所が必ずお守りし…」

  どうして家の前まで人が来るの!!

  何で、ウソの報道で、お父さんやお母さんまでズタボロにされなきゃ……
  う、うぅ……!!

「それは……」

  イヤ……やめてよぉ……!!
  助けて……!



「“事故”だったんです」

武内P「ハッ!!」ガバッ!


武内P「……ハッ! …………ハッ!……」



武内P「………………」

――――


樹里「アーアーアーアーアー♪」

武内P「力任せではなく、鼻から大きく、背中からゆっくりと頭の後ろを通って」

樹里「あ、えっ!? あ、アーアーアーアーアー♪」



武内P「カメラは通常、この位置と、この辺りにセットされることが多いです」

武内P「常に意識をしながら、感情豊か、かつ演出以外で目線を下げないように。
    アピールポイントは特に重要です」

武内P「また、審査にもトレンドというものがあり、動向を常に把握し…」

樹里「ちょっと待て、覚えること多すぎんだろ……」



タンッ タンッ!

樹里「うぉ……くっ……!」タタンッ タッ! タン

武内P「少し、早いようです。余裕をもって、その分振りを大きく」

樹里「うるせぇ……こ、こうか!?」タン! タンッ


――――

~346プロ 事務室~

凛「…………」


未央「しぶりん、どうしたの?」ヒョコッ

凛「わっ!? ……み、未央」

未央「……あぁ~それねー。私もすこーし気になってたんだー」


卯月「プロデューサーさん、お弁当作るようにしたんですね。
   忙しいのに、すごいなぁ」

未央「なぁに言ってんのしまむー。どう見ても愛妻弁当でしょ」

卯月「え、うぇぇ!? あ、愛妻……プロデューサーさん、奥さんいたんですか?」

凛「飛躍しすぎだから、卯月」

未央「でもさ、むふふ……誰なんだろうねープロデューサーの胃袋を掴んだ人は~?
   しぶりんも気になるでしょ?」


凛「…………」

パカッ

未央「おっ♪」

卯月「あ、り、凛ちゃん! 勝手に開けちゃうのは…」

凛「減るもんじゃないから」


凛「…………」

未央「……普通においしそう」

卯月「ゆかりが乗った白ご飯に、鳥の唐揚げ。
   厚焼き卵にも鶏の挽肉が入ってるの、芸が細かいですね!」

卯月「おひたしに、ミニトマトやブロッコリー、煮物もあって、彩りも華やかです。
   うぅ、見てるだけでお腹が空いてきました……」


未央「何かと留守にしがちなプロデューサーに、この気合いの籠もったお弁当……」

未央「匂いますなぁ、しぶりん、しまむー?」ニヤニヤ

卯月「はいっ、おいしそうな匂いです!」

未央「うん、そだね」


凛「…………」

~961プロ レッスンルーム~

樹里「はぁ……はぁ……ふぅ」


武内P「西城さん」

武内P「そろそろ、ステージデビューを検討しています」

樹里「はぁっ!?」


樹里「きゅ、急だな……あ、ひょっとしてアレか?
   この間言ってたみたいに、誰かのバックダンサーとしての仕事とか」

武内P「いえ、西城さんのソロステージです。
    ライブハウスではなく、デパートのイベントスペースが会場となりますが」

樹里「ま、マジかよ……いつ?」

武内P「一週間後です」

樹里「一週間!?」


武内P「西城さんは、既に十分な実力を有しています。どうかご安心を」

樹里「……あのさ、プロデューサー」

武内P「何でしょう?」


樹里「アタシに構ってくれんのはいいけど……他に担当してる子とか、いねぇのか?」

武内P「……はい、います」

樹里「何人いるか知んねーけど、その子達のことも、ちゃんと見てやれよ。
   アタシなんてペーペーだけど、ポイントさえ押さえりゃレッスンも一人でできっからさ」

武内P「他のアイドル達についても、指示は適宜与えてあります」


樹里「……ちなみに、どんな子がいるんだ?
   ソイツらも961プロなんだろ?」


武内P「…………」

樹里「言えねぇようなコトかよ」


武内P「……守秘義務がありますので。不必要な情報は、口外を禁じられています」

樹里「うわぁ-、かってぇ~なぁ、オイ」

武内P「…………」

樹里「まぁ別にいいよ、アタシはアタシのやることをやるだけだからな」スクッ

武内P「……申し訳ございません」

樹里「いいって。ちょっと不安になっただけだよ。
   アンタが本当に961のプロデューサーなのかどうか」

樹里「あんまりアタシの面倒ばかり見てっから、他に仕事ねぇのかなってさ。ハハハ」

武内P「…………」

樹里「じょ、冗談だよ……そんな深刻そうな顔すんなって、ごめん」

武内P「…………」

樹里「……エナドリ、飲むか?」スッ

武内P「いただきます」

~街中~

テクテク…

未央「アハハ、しぶり~ん、冗談だってばー」

未央「プロデューサーだって毎日全然来てくれないってわけじゃないし、
   来ない時にはちゃんとあーせいこーせい連絡してくれるし」

卯月「私達のことも、ちゃんと目に掛けてくれていますよ、ねっ?」

凛「……そんなの、分かってるよ」


凛「でも、プロデューサーだって、体は一つしか無いんだし、
  担当が増えれば、一人当たりに掛けられる時間は少なくなるでしょ」

未央「そりゃあ、そうだろうけどね」

凛「だから、その……何ていうか、
  もっと私達がちゃんとしなきゃいけないと思うんだけど……」

凛「まだ駆け出しで、どう頑張ったら良いのか……
  方向性も分かっていない中で、変な方に突っ走るのも怖いから」


未央「ふーん、つまり……」

未央「しぶりんはもっとプロデューサーに構ってほしいんだ!」

凛「……」ギューッ

未央「うぎゃあああ!! あだだだだだだっ!!」

卯月「ああぁっ! み、未央ちゃんの手の甲がダルダルに……!」


未央「んー、まぁ、だったら今度プロデューサーに相談しようよ!」

凛「えっ? い、いや、プロデューサーも、忙しかったら悪い…」

未央「なーに言ってんのさしぶりん! あっちは大人だよ?
   遠慮することないって、ガンガン甘えちゃおうよ!」

卯月「凛ちゃんは優しいですね」ニコッ

凛「そ、そうじゃないけど……」


未央「私も、ニュージェネのリーダーだから分かるけどさ。
   人から頼られるのって、結構うれしいもんだよ?」

凛「未央……」

卯月「えへへ、じゃあ明日はプロデューサーさんに、私達の方向性について相談しましょう!」

未央「近況報告もね!
   この間トレさんに褒められたビジュアルレッスンの成果、さっそく発揮しちゃおっかな~♪」

凛「何するの、それ?」

未央「そりゃあもちろん、お色気的なアレをさ?
   美嘉ねぇのポーズをこう…」

凛「……」ギューッ

未央「あぃだだだだだっ!!! 何で何でいだだだだだっ!?」



卯月「じゃあ、凛ちゃん未央ちゃん! 明日も頑張りましょうねっ!」ギュッ!

未央「うぅぅ……しぶりん、せめて片方を集中攻撃はやめてほしい……」ヒリヒリ


凛「うん。また明日」フリフリ

テクテク…


凛(未央も……本当は、不安なのかな)

凛(あぁして、わざとふざけてみせて……)


凛「…………」



凛「……?」ピタッ



凛「この公園……」

凛(……懐かしいな)


テクテク…

凛(卯月と……プロデューサーと話したのも、この公園だった)



凛「あっ……」ピタッ





コソコソ…


樹里「…………ッ」キョロキョロ

凛(? あの子……どこかで見たような……)



樹里「だ、誰もいねぇよな……?」キョロキョロ

樹里「ったく、プロデューサーのヤツ……
   あんな大事な話、もっと前もって知らせとけっての」



凛(! 思い出した。あの時の……)



樹里「ふぅ……よし、やるか」ザッ


タンッ タンッ! タタン…



凛「…………!」

タッ! タタンッ!

樹里「……ッ」

樹里「ココなんだよなぁ、いっつも上手くいかねぇ……」ザッ


樹里「……! よ……!」タタッ! タンッ タッ


樹里「クソッ、ダメだ……!」



凛(まさか……本当に、アイドル……?)



樹里「えぇい、もういっかぃ……!」

樹里「? ……」ピタッ



凛「………………」

樹里(……どっかで見たな)


樹里「おい」

凛「……!」ピクッ


樹里「何見てんだよ」



凛「……さっきのステップ」

樹里「あぁ?」


スタスタ

ザッ…

凛「もう一度、やってみてもらえる?」


樹里「……何だよ」スッ


タタッ! タンッ タッ タッ! タタッ…


樹里「……で?」

凛「……上手く、伝わるか分からないけど」

樹里「?」


凛「……」スッ

タタッ! タンッ タッ タッ! タタンッ!


樹里「!! えっ……!?」


凛「……このステップで、合ってる?」

樹里「な、あ……お、おう」

樹里「すげぇな、今の見ただけで覚えちまったってのか!?
   それも、アタシよりも上手に……!」


凛「いや……これ、基礎のヤツだから、私もやったことがあるんだ」

凛「たぶん、この、2の振り足を大きく踏み出しすぎてるんだと思う」ザッ

凛「それで上体がブレて、バランスが崩れるから、次の振りもブレて安定しない……
  だから、もっと振り足は手前に、コンパクトにすれば、動作も少なくて済むのかなって」

樹里「おぉ、なるほど……よし、ちょっとやってみるぜ」スッ


タタッ! タンッ タッ タッ! タタンッ!

樹里「!? えっ……で、出来た! こんな簡単に!?」


凛「難しいけど、コツを掴むと結構あっさり出来ちゃうもんだよね」

樹里「そっか……今まで張り切って大きく見せようとばかりしてたけど、
   コンパクトにした方がいい所もあるんだな!」

凛「その方が、忙しいパートも逆に安定するし、メリハリもできて良いと思う」

樹里「あぁ、確かに! ありがとな、すっげぇ助かったぜ!!」

樹里「おぉ~、いやぁ自主練してみるもんだなぁー。
   たまたま通りがかった、分かってる人にこうして見てもらえるなん……」


樹里「……あのさ、一つ聞いていいか?」


凛「うん……私も一応、アイドルなんだ」

樹里「……やっぱ、そうか」

凛「本番、近いの?」

樹里「一週間後に、初ステージなんだ。それが今日聞かされたんだぜ?」

凛「随分急だね」

樹里「ホントだよ。ちょっとは心構えさせろってんだよなー」

凛「プロデューサーから?」

樹里「まぁな。
   アイツ、アタシの面倒ばっか見てて、他に担当してる子達を見てなさそうだからよ」

凛「……!」ピクッ


樹里「アイツがそうしなくて済むように、こうして自主練でカバーしとかなきゃ、って思ってさ。
   じゃないと何つーか、その子達にも悪いだろ?」


凛「…………」

樹里「? ……どうした?」

凛「あぁ、いや……奇遇だなって、思っただけ」

樹里「奇遇?」

凛「私達のプロデューサーも、最近、留守にしがちだねって……
  さっき、仲間の子達と話してたから」

樹里「あー、ほら、そういうコトもあんだろうなーそりゃ。
   体は一つしかねぇんだし、もっと満遍なく見てやんねーと」

樹里「って、アイドルとしてペーペーのアタシが知ったかして言う話じゃねぇけどさ」

凛「ううん……でも、プロデューサーも忙しいから……」

樹里「そんなの言い訳になんねぇだろ」

凛「えっ?」


樹里「ちゃんとフェアにしねぇとダメだろ、って話」

樹里「もちろん、正念場で特に頑張んなきゃいけないなら、
   ソイツに力を注いでやんなきゃって時もあるだろうけどさ」

樹里「自分でスカウトして、担当してんだったら、ちゃんと均等に面倒見ろよって、
   そう思ったから、今日もプロデューサーに説教してやったんだ」

凛「……プロデューサーは、何て?」

樹里「申し訳ございません、って仰々しく頭下げられた」

凛「…………」


樹里「まぁ、そりゃ……集中的に目を掛けてもらえるのは、ありがてぇけどさ」ポリポリ…

樹里「でも、大事にしなきゃいけないヤツって、アタシだけじゃないはずだろうし」


凛「……気ぃ遣いだね」

樹里「!? ……はぁ?」

凛「見た目に寄らず」ニコッ

樹里「な、何だぁっ!? 二言目は余計だっ!」

樹里「つーか気ぃ遣いでも何でもねーよっ!! 当然だっての!」

凛「ふふっ」クスッ



凛「自己紹介、まだだったよね。私は、渋谷凛」

樹里「凛……凛、か」

樹里「西城樹里だ」

凛「樹里だね」

樹里「そうそう、ちゃんと下の名前で呼んでくれるの助かるぜ」

凛「何の話?」

樹里「こっちの話だよ」


樹里「またここで、アタシのダンス見てくれるか、凛?」

凛「私なんかで良かったら、いつでもいいよ」

樹里「自分のこと、“なんか”って言うんじゃねぇよ」

凛「……うん。分かった、樹里」


樹里「よしっ、じゃあ頼むぜ!」

樹里「練習は大事だからな」ニヤッ

凛「うん」ニコッ

~某ライブ会場~

ワアァァァァァァァァ!!!! パチパチパチパチ…!

「346プロの高垣楓さん、ありがとうございました!」

「さすがとしか言いようがありません。
 他の出場者を寄せつけない、圧巻のステージを披露してくださいました」

「敗北を喫した彼女達もまた、惜しみない拍手を高垣さんに送っています。
 納得の表情といったところでしょう」

「えぇ、本当に」

「あぁ~、今花束が授与されました。
 もはやお馴染みと言いますか、絶対王者としての貫禄を感じさせる光景です」



高垣楓「ありがとうございます」

楓「皆さま、本当に……とても、恐縮です」



「ああして謙遜する控えめな所も、彼女の魅力の一つでしょう」

「そうですねぇ、いやぁまだ拍手が鳴りやみません」


ワアァァァァァァァァ…!!

~翌日、346プロ事務所~

ガチャッ

凛「おはようご…」

武内P「おはようございます、渋谷さん」カタカタ…

凛「!?」ドキッ


武内P「? 何か」

凛「……別に。ちょっとビックリしただけ」


未央「朝からデスクに着いてるだけで驚かれるプロデューサーってのも、考えものだよね~?」

武内P「も、申し訳ございません……」

卯月「今日は、私達のことを見ていただけるんですか?」

武内P「はい。別件の目処が、ある程度つきましたので」

未央「じゃあ、さっそくレッスン行こう!
   未央ちゃんの必殺ビジュアルスキルに、プロデューサーもメロメロにさせちゃうからね!」ダッ!

卯月「あぁ、未央ちゃん待ってー!」タタタッ

バタンッ


武内P「渋谷さんも、先にレッスン室へ向かってください。すぐに私もまいります」カタカタ

凛「今日は樹里の面倒、見なくていいんだ?」

武内P「えぇ、おかげさまで」カタカタ…


武内P「……!」ピタッ


凛「……昨日、会ったんだ。
  公園で練習してて……その練習に、一緒に付き合って」

武内P「……そうでしたか」

武内P「お話しておらず、申し訳ございません」

凛「ううん、いいよ。たぶん訳ありなんでしょ?」

武内P「……はい」


武内P「渋谷さんや私が、346プロの人間であるということを、西城さんには伝えましたか?」

凛「いや、まだ。何となく言いそびれちゃって」

武内P「彼女には、伝えないでください」

凛「えっ?」


武内P「西城さんには、私は961プロのプロデューサーであると伝えてあります」


凛「……身分を偽った、ってこと? どうして」

武内P「それは、言えません。今はまだ」

凛「ッ!?」

武内P「申し訳ございませんが……」

凛「……ふーん。
  私達に言えないような事情で、私達のプロデュースを放ってる、ってこと?」

凛「そんな事を言われて、私達が納得できると思うの? プロデューサーは」


武内P「一つだけ言えるのは、彼女を救いたいからです」

凛「救う……何から?」


武内P「詳しくは言えません。どうかご理解いただきたい」

武内P「諸般の事情から、私には……西城さんを放っておくことが、できませんでした」


凛「……プロデューサーの言ってる意味、分かんない」クルッ

ツカツカ ガチャッ

バタンッ

ツカツカ…!

凛(……何をイライラしてんだろ。バカみたい)

凛(プロデューサーにだって、人に言いづらい事情があってもおかしくないのに……
  樹里にばかり構ってたことだけを捉まえて……)

凛(勝手に、嫉妬して……)



ガチャッ

未央「あっ! しぶりーん、何やってたの遅…」

ツカツカ…

未央「あれ?」キョトン

卯月「……凛ちゃん?」

ツカツカ ピタッ


凛「皆、ちょっと話があるんだけど、いいかな」

ガチャッ

武内P「お待たせしました」

武内P「……?」


未央「♪」ニヤニヤ

卯月「……ッ」ソワソワ

凛「遅いよ、プロデューサー」

武内P「え、えぇ、申し訳ございません……あの」

凛「何?」

武内P「……いえ、何でもありません」


未央「よぉし、それじゃあ私達のレッスン始めよっか-!」

卯月「は、ひゃいっ!(裏声) そ、そうですネ」ビクッ

未央「アッハッハ、何しまむー今の声ー! 動揺しすぎでしょー!」ウリウリ

卯月「だ、だってぇ……」

未央「まぁまぁ、気持ちは分かるよぉしまむー。
   なにせこの後“大事な”予定がありますからねー、私達。ねーしぶりん?」

凛「ちょっと未央っ!」

武内P「大事な予定?」

未央「あーいいのいいの!
   プロデューサーは気にしないで! こっちの話だから!」

未央「いやぁ楽しみだな~。
   おっといけない、ちゃんと“私達の”レッスンも頑張らないとね~♪」ルンルン


武内P「……」

凛「あのさ……言ってないからね?」

武内P「はい」


凛「……ごめん、言った」

武内P「…………」ポリポリ

~夕方、公園~

タンッ! タタン!…

樹里「ふっ……は…!」

卯月「その調子ですっ! ターンのキレも良くなってます!」


タッ! タタッ!…

樹里「よっ……ッ…!」

凛「3の時のポージング、大事にした方がいいよ。ノれるし」

樹里「お、おう……!」


タタンッ! タッ…

未央「やったぁ! 凄いよジュリアン、全然バテないのスタミナお化けかー!?」

樹里「へへ、まぁな……って」


樹里「何なんだよお前らっ!!」クワッ!

未央「な、何って……」

樹里「特にお前だよ! 何だジュリアンって」

卯月「すみません、樹里ちゃん。
   未央ちゃんは、人に変なあだ名をつけるのが上手なんです」

未央「しまむー、何気にヒドいね!?」

樹里「はぁ……まぁ、凛の友達ってんならいいけどさ」


凛「ごめん。騒がしくなっちゃったね」

樹里「謝んなって。コーチをお願いしてんのはこっちなんだからさ」

未央「こっちをコーチ、なんちて、ふふっ」

凛・樹里「……」ギューッ

未央「あだだだだだだだっ!!! 両手はやめていだだだだ!!」


未央「ひぃぃ……千切れるかと思った」フーッ フーッ…

凛「片方を集中攻撃じゃないだけマシでしょ」

樹里「人が真剣に話してんのに、ふざけてんじゃねぇよ」


卯月「えへへ、でも……」

卯月「なんだか二人、似てますねっ」ニコッ

凛「え?」
樹里「あん?」


未央「ねぇ、この制服の上着、ジュリアンのでしょ?」ヒョイッ

樹里「そうだけど」

未央「ちょっと着てみて」

樹里「あぁ? ……何だよ」イソイソ


未央「でさ。二人とも、自分の上着のポケットに手ツッコんでみてよ」

凛「えっ?」スッ
樹里「こうか?」スッ

未央「ほらっ、そっくり!!」カシャッ!

卯月「うわぁ本当!」

凛・樹里「撮るなっ!!」

未央「こういうのがさ、後々お宝写真とかになったりするかもよ~?」

卯月「そうだ! 皆でグループ作りませんか?」

凛「その方が、連絡取り合うのにも便利だね」


樹里「え、グループ?」

未央「そう、チェインの」

樹里「ちぇいん?」

未央「えっ、ジュリアン、チェイン入ってるでしょ? スマホに」

樹里「いや、知らねぇけど」

未央・卯月「えっ!?」

樹里「な、何だよ……」

ティロン♪

凛「……ほら、これで私達のグループに入ったよ」スッ

樹里「悪ぃな、全部設定してもらって」

未央「まさかチェインを知らないとは、さすがの未央ちゃんも驚いたよ」

樹里「何だよ、文句あんのか?」

未央「ううん、全然! こうして友達になれたんだもん!」

樹里「なぁっ!?」カァッ

卯月「はいっ! 樹里ちゃん、これからはたくさんお話しましょうね♪」


樹里「あ、う……な、何なんだよお前らさっきから!」

未央「何って?」

樹里「だからぁ! その……
   何で初対面のアタシに、こんな、色々手間かけてくれんだって話」

凛「気にしないで。この二人、お節介が好きなだけだから」

未央「あー! またしぶりんそうやって他人事にするー!」

凛「えっ?」

樹里「未央の言うとおりだぜ。
   アタシへのお節介っていうんなら、むしろお前が最初だろ、凛」

凛「い、いや……その……」ポリポリ

樹里「アタシは別に構わねぇ、ていうかありがたいから良いけどよ。
   皆も、本業あるんだろ? 物好きもいいけど、あんま無理すんなよな」


卯月「樹里ちゃんは、私達が構うの、迷惑ですか?」

樹里「なっ!? い、いやだから、迷惑なんかじゃねぇって!」

卯月「なら良かったです!」パァッ

樹里「ぐっ……!」

未央(出た、しまむーの必殺スマイル)

凛(何も言い返せない上に悪意が無いから、本当に罪だよね)

樹里「ぐ、うっ……まぁいいや、ところで」

樹里「凛達は、ユニット組んでたりすんのか?」

凛「えっ?」


樹里「皆の様子見てると、ただの仲良しってワケじゃないんだろ?
   どこの事務所の、なんてグループなんだろうなって気になってさ」

未央「へへーん、えっとね! 私達はシンデレラプロ…」

凛「……!」ガバッ!

未央「ほぁっ!? モガモガ…!」


樹里「? ……どうした?」

卯月「いやぁぁ~、そ、そのぉ……」モジモジ…

凛「まだ全然、樹里よりも無名の新人だから、恥ずかしくて言えないよ」

樹里「ウソつけ、アタシよりずっと上手いくせに」


凛「じゃあ行こうか、未央、卯月」スッ

未央「えっ? あ、ちょっとしぶりーん?」タタッ

樹里「あ、おい」

卯月「あぁ、二人ともちょっと……!」


卯月「えぇっと、あの、樹里ちゃんごめんなさい!」ペコッ

樹里「いや、何であやま…」

卯月「二人とも待ってぇー!」タッ

タタタ…!



樹里「……何なんだアイツら?」

テクテク…

未央「しぶりーん、何も逃げなくたって」

凛「逃げてないから」

卯月「樹里ちゃん、きっと不信に思っちゃいましたよね……」シュン…


未央「そもそも、何でジュリアンに隠さなきゃいけないの? 私達のこと」


凛「……知らない」

未央「えっ!? し、知らないって……」

凛「あのプロデューサーが言うくらいだし、大事なことなんだと思う」

凛「でも……事情があるみたいで、簡単には教えてくれなさそうでさ」


卯月「それでも、私達……
   この業界だったら、いつかは出会っちゃうんじゃないでしょうか」

卯月「オーディションとか……他にも、イベントで競演したり、とか」

卯月「今はまだまだでも、お互いに活躍の場が広がっていけば、いずれ……」

未央「いつまでも隠し通せるもんでもないよねぇ……」ウーン

凛「……だから悩んでるんでしょ」

卯月「凛ちゃん……」


卯月「凛ちゃんが悩んでいるのは、樹里ちゃんと友達のままでいたいからですよね?」

凛「……!」ピクッ


未央「私達も同じだよ、しぶりん」

凛「未央……」

未央「今は難しくてもさ。
   プロデューサーだって、いつかは私達に教えてくれる日が来るよ」

未央「それまではさ、大目に見てプロデューサーのことを信じてあげようではないか。
   ねっ、しまむー?」

卯月「はい! 私達が樹里ちゃんと仲良くするのは、何も変わりませんから!」ギュッ!


凛「……うん」ニコッ

――――


 【炎上中の『下り坂42』センターの▽▽ 体調不良のため無期限活動休止を発表】

 【まだあった!? 『下り坂42』▽▽とイケナイ関係を持った芸能人たち】


「ウソ……こんなのウソよ! やっとこれからって時に、どうしてこんな……!」


  >体調不良だって言ってるだろ!いい加減にしろ!(迫真)
  >重病なんやろな。次からはちゃんとゴム付けたら?

  >センターともなれば、そりゃ入れ食いやろな
  >いやいや、センターになるために入れ食いさせたんだろ
  >女ってこういうのがあるから怖ぇわ

  >事務所がまったく庇う気が無いの闇が深すぎて草
  >当たり前やろ、誰がこんな爆弾クソビッチ抱えたいって思うんや
   一刻も早く切り捨てるわ
  >違う方面で復帰してくれるの待ってるやで(ニッコリ


「もうやめて!! ひどすぎるよ! 私、何もしてない! なのに……!!」

「なんで、何でこんな……イヤ、あぁ、うあぁぁぁ……!!」


――――

~イベント当日 某デパート~

ガヤガヤ… ザワザワ…


樹里「結構……人、集まんだな……」


武内P「店舗によりますが、デパートの利用者というのは、一定数あります」

武内P「当然に、必ずしもこのイベントを目的として来る人ばかりとは限りませんが、
    逆もまた同様です」

武内P「イベントのついでに買い物を済ませていく客を、少しでも集めようと、
    店舗側も協力的になるケースが多い。そのため……」

武内P「……」チラッ



樹里「…………ッ」ガタガタ…

樹里「な、なんだよ……初めての、ステージなんだ、と……当然だろ……」ガタガタ…

武内P「西城さん」スッ

樹里「え……?」

武内P「初ステージは、アイドルの印象をファンに決定づけうる、とても重要なものです」

樹里「! な……!」ドキッ


武内P「ですが、上手くやろう、より良く見せようと気負う必要はありません」

武内P「西城さんのありのままを、見せるだけでいい。
    焦らずとも、結果は後からついてきます」


樹里「そ、そうは言ってもさぁ……」ポリポリ

樹里「やっぱほら、こういうのって、お客さんに喜んでもらえなきゃだろ?」

樹里「こうして、カッコだけ可愛くしてもらっても、アタシ、ガサツだし……
   アイドルを見たくて来た人の期待に、応えられんのかなって…」


???「準備万端! だぜっ!!」ザッ!

武内P「……!?」

樹里「なっ!?」


御手洗翔太「あれー? もう誰かスタンバってる人いるね」

伊集院北斗「俺達の他に先約がいるという話は、聞いていなかったが……」

天ヶ瀬冬馬「関係ねぇぜ。邪魔するヤツがいるならねじ伏せるだけだ」


樹里「お、おいっ! 誰だよあの連中!
   聞いてねぇぞ、あんなのも今日出るアイドルなのか!?」

冬馬「あ、あんなのとは何だ!」


武内P「あなた方は、元961プロのジュピターさん、ですね?」

樹里「!?」

翔太「あ、そうそう。クロちゃんと縁を切って、今は別の事務所にいるんだ」

北斗「もっとも、今日の仕事は黒井社長からのオファーですけどね」

翔太「クロちゃんって、何だかんだ面倒見いいよねー」

武内P「……なるほど」

樹里「なるほどじゃねぇよ! アタシにも分かるように説明しろ!」

北斗「これは、随分と元気のいいエンジェルちゃんだね」ナデナデ

樹里「うわぁっ!? さ、触んな!!」ムキーッ!


冬馬「アンタ達も、今日のイベントに出るのか?」

武内P「961プロの、西城樹里と申します」

樹里「……どーも」ペコッ

冬馬「961だったのか……ジュピターの天ヶ瀬冬馬だ」

冬馬「生憎だが、今日のステージでは俺達が圧勝してやるぜ!」ビシッ!

北斗「今日はただのライブだから、競争することも無いんだけどな」

翔太「ごめんね。
   冬馬君、とりあえず啖呵を切って自分を奮い立たせるのがルーティーンなんだ」

冬馬「こ、こらお前らっ! 無粋な茶々を入れるんじゃねぇ!!」プンスコ!

樹里(……なんか、どことなく既視感あるなコイツ)

スタッフ「あ、あのぉ、ステージ順はどちらが先に…」

武内P「ジュピターさんが先で、お願いします」

樹里「!?」


冬馬「お、いいのか? じゃあ行くぜ、皆!」

翔太「えへへ。お客さん夢中にさせて、燃え尽きさせちゃったらごめんねー♪」

北斗「チャオ☆」

スタスタ…


樹里「何なんだよ、あれ……」

武内P「文字通りの刺客です。黒井社長が我々に差し向けた」

樹里「えっ!?」

武内P「おそらくは、西城さんが順調にアイドルになることを良しとしない何者かが、
    黒井社長に邪魔立てを依頼したのだと思われます」

樹里「邪魔立て?」

武内P「ジュピターは、かつて961プロに在籍していたアイドルユニットであり、
    新天地に離れたとはいえ、その実力は折り紙付きです」

武内P「考えられる狙いは……
    その圧倒的な力の差を見せつけ、西城さんの戦意を喪失させる事、でしょうか」

樹里「でしょうか、って……だったら先にアタシがやった方が良かっ…!」

キャアァァァァァァ!!!! パチパチパチパチ…!

樹里「うおっ!?」

武内P「…………」



冬馬「~~~!♪」タン タンッ

翔太「~~♪ ~~~♪」シュバッ タッ タンッ!

北斗「~~~~♪」タンッ キュッ! タンッ

樹里「す、すげぇ……」

武内P「見事なパフォーマンスと言えます」


武内P「……」チラッ


樹里「……ッ」ガクガク

樹里「クッソ……また、震えてきやがった……!」ギュッ

樹里「どうしろってんだ……アンタ、こんなザマを見せるだけでいいってのかよ……?」


武内P「先ほど彼らが言っていたように、これは競争ではありません」

武内P「私達が果たすべきは、今日来てくれている観客の方々に、楽しんでもらうこと」

武内P「そのためには、西城さん自身がステージを楽しむ事が重要です」


樹里「アタシ自身が……楽しむ」

武内P「はい」

樹里「つってもよぉ……アタシ、初ステージだぜ?
   経験したことの無いモンに、楽しむ余裕なんて…」

樹里「って、さっきからアタシ、文句言ってばっかだな……ごめん」

武内P「いえ、西城さん」スッ


武内P「あなたの歌と踊りには、力があります。
    これまでレッスンを見てきた私が、保証します」

武内P「後はそれを出しきるだけで良い……きっと楽しいはずです。そして」

武内P「園田さんの心に届くステージを目指す上で、
    この程度のプレッシャーは、いずれ克服しなくてはなりません」

樹里「……!」ピクッ

樹里「チョコの心に……」

武内P「はい」


樹里「……届ける」

武内P「そうです」


樹里「……うんっ」コクッ



ワアァァァァァァァ!!! パチパチパチパチ…!


武内P「どうやら、終わったようですね」

冬馬「ゲッチュウ!! 完璧、だぜっ!!」

翔太「いやー、ちょっとバク宙ミスっちゃったなぁ。ステージが小さくって」

北斗「さほど観客の数は多くなかったが、十分な出来だろう」


武内P「お疲れ様でした」ペコリ

冬馬「へへっ、どうだ見たか!」ビシッ!

冬馬「俺達の実力を前に、そっちには余計なプレッシャーを与えちまっ……?」



樹里「……会場、暖めてくれたみてぇだな。ありがとう」

冬馬「あん?」

樹里「じゃあプロデューサー、行ってくる」

武内P「はい」

スタスタ…

翔太「なんか……さっきまでと雰囲気違ったね?」

北斗「一体、どんな魔法をあのエンジェルちゃんにかけたんです?」


武内P「魔法などは、ありません」

武内P「強いて言えば、あなた方のような実力者に出会えたこと……
    まさしく、そのプレッシャーを利用させていただきました」

冬馬「俺達のプレッシャー?」


パチパチパチパチ…

樹里「えぇーっと……どうも。
   く、961プロの、西城樹里っていいます」

樹里「アタシなりに、精一杯頑張ります、だから……」


樹里「今日は、楽しんでいってくださいっ」グッ


 西城樹里 【 オーバーマスター 】


オオォォォォォォ…!!


冬馬「……!」

武内P「…………」


  カッコ悪いわよ
  アタシを墜とすの バレてるの
  カッコつけたところで
  次に出るセリフ 計画(プラン)Bね


タンッ タッ タッ! タタンッ!

樹里「~~!♪ ~~~♪」

タタッ! タンッ タッ タッ! タタンッ!

樹里「~~~~♪ ~~~~!♪」



翔太「へぇぇ……」

北斗「なかなかやるな」

冬馬「……フンッ。大したコトねーぜ」

翔太「またそうやってつよがり言う~♪」

冬馬「うるせぇ!」

武内P「あなた方の乱入が、元を辿り、誰からの依頼によるものか……
    現時点では、深く詮索をするつもりはありません」

武内P「ですが、西城樹里は並大抵のことで屈するアイドルではない。
    その事を、知らしめる必要があると判断しました」

武内P「これ以上、彼女に余計な邪魔立てが入る前に」


北斗「余計な邪魔立て、ですか……フッ」

北斗「あなたは、あのエンジェルちゃんをトップアイドルに育てるおつもりですか?」


  Thrillのない愛なんて
  興味あるわけないじゃない
  分かんないかな…
  Tabooを冒せるヤツは
  危険な香り纏うのよ
  覚えておけば? Come Again!


武内P「……もちろん、そうです」

武内P「それが、プロデューサーである私の、本来業務ですから」

タッ タンッ タッ! タタッ タンッ!

樹里「~~~♪ ~~~~!♪」

ワアアァァァァァァァ!!!


樹里(身体が軽い……! イケる!)

樹里(ヘヘッ、お客さん達も盛り上がってるみてぇだな……!)

樹里(このままミス無く……初ステージを、最後まで……!)


樹里(……!?)

ピタッ



武内P「……!?」

冬馬「? ……おい、どうした」

翔太「急に止まっちゃったね」


ザワザワ…


樹里「うっ……あ、あっ……!」


武内P「西城さん……?」

武内P「……!」ギクッ


 ウワァァーーン!!


北斗「おい、あれ……子供が……!」


冬馬「子供が3階の廊下から落ちかかってるぞ!!」

子供「うわぁぁーーーん!!! たすけてぇーー!!」

母親「あぁっ! し、しっかり!! 手を離してはダメよ!!」



樹里「うああぁ……!!」ガタガタ


武内P「と、とにかく、助けに行きましょう!」

冬馬「あぁっ!!」ダッ!



タタタ…!

冬馬「チッ……どっから行っても遠回りだぜ!」

北斗「翔太、あのエスカレーターから上って左側から向かってくれ。
   俺と冬馬はここで待機だ」

翔太「オッケー!」ダッ!

冬馬「待機、って……もしかして、落ちた時にキャッチしろってのかよ!?」

北斗「それ以外無いだろ?」

冬馬「上等だぜっ!!」



子供「ううぅぅ……もうダメぇーー!!! うああぁぁ……!!」ボロボロ

母親「ああぁ! たっくん!! しっかりして!!」


武内P「くっ……!」タタタ…!


翔太「ダメだ……くっそぉ、間に合えぇぇ!!」



子供「う、あっ、あぁ……!」プルプル


ズルッ

?
樹里「あっ……!」

武内P「!!」

翔太「間に合わな…!」


タタタ…!

シュバッ! ガシッ!

子供「ふぇ……?」





???「はぁ……はぁ…………フフ、間に合って良かった」


子供「……おねえ、ちゃん」



白瀬咲耶「ケガは無いかい?」ニコッ

樹里「あっ……!」

武内P「!!」

翔太「間に合わな…!」


タタタ…!

シュバッ! ガシッ!

子供「ふぇ……?」





???「はぁ……はぁ…………フフ、間に合って良かった」


子供「……おねえ、ちゃん」



白瀬咲耶「ケガは無いかい?」ニコッ

冬馬「……あの女」

北斗「翔太とは逆方向から駆け寄って、廊下の手摺を乗り越えて手を伸ばした」

北斗「あの体格で、あの身のこなし……」


グイッ

咲耶「ふぅ……よく頑張ったね。もう大丈夫さ」

母親「あぁ! あ、ありがとうございます!! 本当に、何とお礼を…!」ペコペコ

子供「うわあぁぁぁん……怖かったよぉ……!」

咲耶「フフッ」ニコッ


翔太「……へぇー」ザッ

咲耶「?」

翔太「先、越されちゃったなぁ」

咲耶「どうやら、そのようだね」

咲耶「でも、あの子の無事を前にすれば、それは些末な事だろう」

翔太「そりゃあ、そうなんだけどね」ポリポリ

咲耶「キミのあの子を助けようという意志にだって、確かなものだったはずさ。
   皆の想いが結実した結果だよ」

翔太「まぁ、そういう事にしよっか」



武内P「……何はともあれ、子供が無事に助かって何よりでした」


樹里「…………」

ザワザワ…  ザワザワ…


武内P「……関係者と話をしてまいりました。
    今日のイベントについては、中止となります」

武内P「我々に対する事情聴取は、ひとまず終わりましたが、
    この後も、事故の原因に関する現場検証が行われるとのことで」

樹里「……そりゃ、大変だな」

武内P「申し訳ございません。初ステージが、このような事態になってしまい……」

樹里「アンタが謝ることじゃねぇだろ」

樹里「それに……」チラッ


咲耶「……ステージに立っていたアイドルだね」

咲耶「騒がせてしまったようで、すまない」

樹里「そっちが謝るなっての」

咲耶「いや、謝るさ。何せ初ステージだったのだろう?」

咲耶「西城樹里」


樹里「……!!」ピクッ


武内P「我々を、知っているのですか?」

咲耶「元々、注目していてね。
   今日来ていたのも、樹里のステージを見るためさ」

樹里「いきなり呼び捨てかよ」

咲耶「あ、っと……気分を害してしまったかい?」

樹里「いや、助かるぜ」

樹里「でも、アタシみたいな新人をいちいちチェックしてんのか?
   言っちゃ悪いけど、そんな事してたらキリがねぇだろ」

咲耶「あぁ、そうだね」

樹里「……?」


咲耶「私達にとって、樹里は見守るに値する特別な存在という事さ」


樹里「!」

武内P「……あなたは、一体」


咲耶「白瀬咲耶だ」

咲耶「同じアイドル同士、お互いに研鑽を重ねていこう」スッ

樹里「……あぁ」スッ

ギュッ

咲耶「またいつか、会える日を楽しみにしているよ、樹里」ニコッ

コツコツ…



武内P「……白瀬咲耶」

樹里「知ってんのか? アイツ」


武内P「……そういえば一度だけ、お見かけした記憶があります」

武内P「当時、有栖川さんもそうでしたが、
    芸能事務所と専属契約を結ぶ前の、練習生と呼ばれる方達のレッスンを視察した際に」

樹里「ふぅん……アタシと同じ新人ってことか」

武内P「いずれにせよ、彼女が語った「見守る」ことについての動機が引っ掛かります。
    言い換えれば、なぜ彼女は我々を「監視」しなくてはならないのか」

武内P「もし、我々が置かれている状況についても、ある程度知っているのだとしたら、
    油断のならない相手であるかと」

樹里「あぁ。だけど……アイツは子供を助けた」

武内P「元々、それさえ仕込んでいた可能性もあります」

樹里「……かもな」


樹里「でも……アタシは、悪いヤツじゃない、と思う」



武内P「…………」

~961プロ 社長室~

黒井「……フゥ~ム」

黒井「ジュピター……ひとまずは一応の仕事をした」

黒井「西城樹里に対しても、それなりの牽制にはなったはずだ、が……」


 【あわや大事故 幼児の窮地を救った謎の美女の正体とは?】


黒井「……気に食わんな。一体何者だ」

カタカタカタ… カチッ


黒井「白瀬咲耶……?」


黒井「…………」ギシッ…



黒井「貴様さえも私の邪魔立てをするか、天井」

黒井「なるほど。フンッ……なぁに、いくらでもやりようはある」

――――――

――――


  なぜ、あんな無謀なスリーを打った?

  あそこでサヤカにパスをしていれば、無難に2点を取れた。
  試合の流れも作れたはずだ。

「アタシは……ただ、皆のためにやらなきゃって……!」

  ……やはり、お前では荷が重かったようだな。

  ベンチへ戻れ。
  残り時間、ポイントガードはレナに任せる。

  はいっ!

「そんな……待って、待ってくださいっ!」

「う、ぐっ……!」

  ……なぜ、ケガを隠した?

  気合いと根性でカバーする事が、チームのためだとでも?

  だが、お前の行いは、チームを欺いたも同然だ。

「!! ……ッ」

「……アタシはまだやれます!!」

  もういい。休め。
  ミホ、樹里の手当を頼む。

  はい! 樹里ちゃん、大丈夫? さぁ……!


「ッ……」

「…………ざけ……んな……!」



樹里「ふ……ざけん……!!」

樹里「ハッ!?」ガバッ!


樹里「……ハァ! …………ハァ!……」



樹里「……クソ、何で……思い出してんだよ」

~翌日 346プロ~

未央「うーん……」


卯月「未央ちゃん、どうしたんですか?」

未央「あ、しまむー。いやさ、昨日ジュリアンのデビューだったでしょ?」

未央「なのに、いくら探しても全然情報が出てこないんだよねぇ」

卯月「えっ? ……あれ、本当だ。検索しても……」


凛「樹里の情報が、出てこない……961プロのホームページにも?」


未央「いくらジュリアンの出来が良かろうと悪かろうとさ。
   誰もSNSとかで発信しないなんて、そんなことあるかなぁ?」

卯月「イベント会場のアカウントさんも、何も言っていないみたいです……」

凛「……この、ジュピターっていう男性アイドルユニットの事は、どんどん出てくるね」

未央「同じ日に、同じ会場でやってたみたいだね」


卯月「ひょっとして、私達が勘違いしちゃっていたんでしょうか?
   樹里ちゃんのデビューの日を」

凛「いや、樹里自身の口から聞いたんだから、それは間違いないよ」

未央「だよねぇ。じゃあ……このジュピターさん達は、一緒のイベントに出てたってこと?」

凛「そうなるね」


未央「とりあえず、本人に聞いてみよっか!」サッ

凛「えっ?」

ポパピプペ

未央「……」プルルルルル…


未央「……忙しいのかな? 出ないね」ピッ

卯月「今日のお昼ご飯とか、誘ってみるのはどうでしょうか?」

未央「そうだね! メール入れておこう。
   今日、お昼、どっか一緒に、行かない……っと」スイスイ

未央「あ、そうだ!」

未央「しぶりんもさ、プロデューサーに連絡とってもらえますかなぁ~?
   お昼、皆で一緒に行きたいでしょ?」ニヤニヤ


凛「……うん」スッ

卯月(あれ? ギューッってしないんですね)

未央(ゆ、許された……!)ホッ

~961プロ レッスンルーム~

樹里「…………!」タンッ タタン…

樹里「よ……ッ……」タタン! キュッ タン


武内P「……西城さん」

樹里「う、おっ……!?」グラッ

樹里「っとと……な、何だ? どっかおかしかったか?」

武内P「い、いえ。申し訳ございません」


武内P「昨日の事で、西城さんは何も、お気になさらないのですか?」

樹里「昨日の事って?」

武内P「たとえば、ご自身の反響について、など……」

武内P「実は……昨日の西城さんのステージについて、SNS等での反響を調べたのですが、
    一切の情報が流れてこないのです」

武内P「異常とも言える情報統制が、なされている可能性も考えられます」

樹里「別にいいんじゃねぇか?」

武内P「えっ?」

樹里「昨日のアタシの出番、途中で終わっちゃっただろ?」

樹里「まだまだ無名もいいトコなんだし、あんなので有名になれるなんて思っちゃいねぇよ。
   むしろ変な評判が広がってないなら何よりだぜ」


武内P「……それも、そうですね」

樹里「アタシが気にしてんのは、むしろジュピターってヤツらの方だ。
   アイツら、黒井社長の差し金だったんだろ?」

武内P「はい。彼らの言うことが、真実であれば」


樹里「なぁ、プロデューサー……
   アタシ、このまま961プロでアイドルやってて大丈夫なのかよ?」

樹里「アタシだって一応、961プロの所属アイドルだってのに、
   社長自ら邪魔立てを寄こしてくるなんざ、普通じゃないぜ」

武内P「それは……私も考えていました」

武内P「ですが、今さら鞍替えをする訳にもいきません。
    また、アイドルを辞めることも」


樹里「……一度、整理させてほしいんだけどさ」ポリポリ

樹里「アタシの目的は、チョコにもう一度アイドルを目指してもらうことだ。
   それと、346プロに不正を認めさせること」

樹里「それが出来んのなら、アタシがアイドルをやること自体に拘りはねぇよ」

樹里「961プロのアイドルを辞めて、また別の方法を探すってのもあるんじゃねぇのか?」


武内P「…………」

樹里「あ、い、いや! 961プロでの待遇に文句はないぜ?」ブンブン

樹里「寮は使いやすいし、アンタの弁当作りや植木の世話だって、大した手間じゃねぇし……
   アタシなんかのために、良くしてもらってるって思うよ」

樹里「ただ……あぁして、露骨に妨害をされるのって、結構ショックでさ……」

武内P「西城さん」

武内P「あなたが961プロのアイドルを辞めた場合に、想定される事態は二つあります」

武内P「身柄を狙われるか、命を狙われるか」

樹里「! ……ッ」ゾクッ


武内P「あの日、黒服の連中に襲われた時のことを、思い出していただきたい」

武内P「もし、オーディションの不正が明るみに出れば、346プロの信用は失墜します。
    彼らの狙いは、西城さんがその不正を暴くのを防ぐこと」

武内P「そのために彼らは、西城さんに金を積むか、346プロに抱き込むか……闇に葬るか」

樹里「…………」


武内P「346プロのアイドルになる事を、あえて受け入れるのであれば、
    それも一つの手段ではありますが」


樹里「イヤだね」

樹里「346プロだけは、ぜってぇに許さねぇ……!」ギリッ

武内P「……」

樹里「ありがとな、プロデューサー。目が覚めたぜ」

樹里「それにごめん……
   あの日、アタシを守ってくれたのを忘れるなんて、どうかしてた」

武内P「いえ……」


樹里「でも……アタシに刺客を寄こしてきたってのは、
   黒井社長は、346側についてるってことなんじゃねぇのか?」

武内P「一概にそうとは限りません」

武内P「ただ、西城さんに関する徹底的な情報統制が、仮に黒井社長の手によるものであれば……
    いずれにせよ、あまり喜ばしい状況とは言えないかと」

樹里「だよなぁ、うーん……」



ザワザワ…

武内P「……?」

樹里「なんだ? 外が騒がしいな」

ガチャッ


武内P「……!?」

樹里「! あ、アイツは……!」


ザワザワ…!



夏葉「有栖川夏葉よ!」バァーン!

夏葉「ここに西城樹里はいないかしら!」


社員「で、ですから、アポイントメントの無い方をご案内する訳には……」

夏葉「無礼は百も承知よ。ちょっとお話したいだけなの」

樹里「……何やってんだ、アイツ」


夏葉「! あらっ、ふふ……やはりあなただったのね」

夏葉「待っていたわ、樹里」

樹里「あん?」

樹里「いや、ちょっと待て……何でアタシを知ってんだ?
   あの日、アタシはアンタに名乗っていなかったはずだぜ」


夏葉「調べたのよ、昨日のイベントについてね」

武内P「……昨日のイベントを?」


夏葉「詳しい話は、場所を移してからにしましょう」

夏葉「美味しいダージリンを淹れてくれるお店を知っているの。
   ご一緒してもらえるかしら?」

樹里「イヤだっつっても断れなさそーだな」

夏葉「話が早くて助かるわ」ニコッ

武内P「……」ポリポリ

~カフェ~

店員「お待ちしておりました。ごゆっくりどうぞ」カチャッ

夏葉「ありがとう」

スタスタ…


樹里「……すっげー高そうなトコだな」

樹里「外車にまで乗せてもらったし……アンタ、一体何モンだよ?」

夏葉「一アイドル候補生よ」

樹里「アイドルやんなくても、十分金持ってそうに見えるけどな」


夏葉「金銭的な事情なんて、アイドルを志す理由にはなり得ないわ」

夏葉「収入だけを得たいのなら、他にいくらでも方法はあるでしょう?」

樹里「それはまぁ、分かるような分かんねーような……」


武内P「……それで、お話というのは」

夏葉「あぁ、ごめんなさい」

夏葉「昨日は初めてのイベント出演、お疲れ様、樹里。
   直接見ることができなくて残念だったわ」

樹里「初、ってのまで知ってんのか」

夏葉「思わぬアクシデントで、途中で中止となってしまった事もね」

樹里「…………」


武内P「お言葉ですが、有栖川さん。
    あなたは先ほど、先のイベントについて調べたと仰られました」

武内P「一体、どのようにお調べになったのでしょうか?」

夏葉「……それはどういう意味かしら」


武内P「あのイベントについては、当事務所の西城について、公にされている情報は無かったはずです」

武内P「事務所の公式ページはおろか、個人のSNSアカウントによる発信に至るまで……
    徹底的に、と言えるほどに排除されています」


夏葉「えぇ、そのようね」

夏葉「だから気になったのよ」

樹里「えっ?」

夏葉「そうまでして、西城樹里というただの一アイドルを秘匿しなくてはならない理由は何か。
   誰がそれを行っているのか」

夏葉「当然、そのアイドルに興味を持つなというのも、私には無理な話だったわ。
   それも、あのオーディションに智代子の付き添いで来ていた、その子が当人だったなんて……」

夏葉「ふふ、偶然にしては出来過ぎていると思わない?」

樹里「アタシに聞くなよ」


夏葉「どうやって昨日のイベントについて調べたのか、という質問だったわね」

夏葉「何てことは無いわ。
   私と同じ事務所に所属する子が、当日のあなたのステージを見ていたからよ」

樹里「同じ事務所?」

武内P「……」ピクッ


夏葉「白瀬咲耶という子を?」

樹里「……あぁ、アイツか。なるほどな」

夏葉「あなたの様子を語る咲耶の顔と言ったら、ふふっ……
   まるで子供のようにはしゃいで、本当に嬉しそうだったのよ」

夏葉「私だって、アイドルを志す者の一人だから、
   同じ事務所の仲間が注目を寄せる子がいれば、調べてみようって思うでしょう?」

夏葉「ところが、肝心の情報がまるで出てこない……ただの一つも」

武内P「……それで、西城樹里という名前だけを頼りに、961プロを訪れたと」

夏葉「えぇ、そのとおりよ」


樹里「…………」

夏葉「? どうしたの、樹里。黙ってしまって」

樹里「あ、いや……」ポリポリ…

夏葉「照れているのかしら? ふふっ、人は見かけに寄らないわね」

樹里「て、照れてなん……!」

樹里「……あーもう」ワシャワシャ

樹里「なんつーか、昨日の咲耶とかいうヤツといい……アンタといい」

樹里「モノ好きが多いもんだぜ。アタシはただ……」

夏葉「……ただ?」


樹里「……いや、悪ぃ。アンタに話すような事じゃねぇな」

夏葉「いいえ、話してちょうだい」

樹里「!」


夏葉「さっきも言った通り、樹里……私はあなたに興味があるの」

夏葉「あのオーディションに出ていなかったはずのあなたが、なぜアイドルをしているのかも含めてね」

樹里「……夏葉」


夏葉「私の推測でしかないけれど……
   あのオーディションの結果も、あなたがアイドルを志す理由の一端なのかしら」



樹里「……346プロだけは、絶対に許さねぇ」

樹里「あんなふざけたオーディションで、チョコの努力をコケにしやがった346プロだけは……!」

武内P「……」

樹里「アイツらを見返して、チョコにもう一度、アイドルをやってもらいたい……
   アタシがアイドルをやる理由なんて、それだけだ」

樹里「有り難がられる要素なんて、アタシには何もねぇよ」


夏葉「……そう」


夏葉「失望したわ。その程度の志だったのね」ガタッ


武内P「……!」

樹里「なっ……!?」

夏葉「ゆっくりしてくれて構わないわ。お会計は済ませておくから」スッ

樹里「な、ちょ、おい待てよっ!!」ガタッ!

夏葉「……」

樹里「聞き捨てならねぇな」

樹里「確かに、アタシには夢とかやりたい事とか、アイドルに対する前向きな動機なんてねぇよ」

樹里「でも、友達のために……友達の仇を討って、もう一度前を向いてもらいたい、って!
   その気持ちを、赤の他人に馬鹿にされてたまるか!!」

夏葉「あなたはアイドルを何だと思っているの?」

樹里「あぁ!?」


夏葉「アイドルを手段としてしか考えない、その姿勢自体、
   本気でアイドルを夢見ていた智代子に対する侮辱だとは考えないのかしら」

樹里「!! ……ッ」

夏葉「そんな考えで、よくも智代子に前を向いてもらえるなどと思えたものね」

樹里「こ、この……!」グッ


夏葉「樹里。あなたの今後の活動予定は?」

樹里「え……」

武内P「……基礎レッスンを続ける以外は、今のところ大きな予定はありません」

夏葉「そう」


夏葉「なら、一ヶ月後のサマーフェスに出なさい。
   私も出場するから、直接対決といきましょう」

樹里「!?」


武内P「一ヶ月後のフェス……『サマードルフィン』」

武内P「出場者同士によるステージ対決、ですか」

夏葉「エントリーはまだ受け付けていたはずよ。
   無理というのなら、強制はしないけれど」

武内P「……いかがされますか? 西城さん」


樹里「……いいぜ、出てやるよ」

樹里「面白ぇ。いわゆるライブバトルってヤツか……
   生意気をほざくオジョウサマの鼻っ柱、へし折ってやるぜ」

夏葉「そうこなくてはね」ニコッ


武内P「しかし、有栖川さん。
    フェスへの出場をはじめ、アイドルとして活動するに当たっては、事務所との専属契約が必要です」

武内P「白瀬さんと同じご所属と仰いましたが、あなたの事務所は……」


夏葉「283プロよ」

夏葉「それが私達の事務所」


樹里「283プロ……」


夏葉「お互いベストを尽くしましょう。
   私を打ち負かすことがあったなら、さっきの非礼はお詫びするわ」

樹里「夏葉……」

夏葉「じゃあ、私はこれで」フリフリ

樹里「待てよ」

夏葉「まだ何か?」


樹里「ありがとな……アタシに発破かけてくれて」

夏葉「……ふふ、何のことかしらね」ニコッ


コツコツ…



武内P「……西城さん」

樹里「すぐにレッスンがしてぇ。頼めるか?」

武内P「分かりました。曲も用意しましょう」

樹里「ああ……見方によりゃあ、これも一つのチャンスって事だよな」

武内P「チャンス?」


樹里「今度のそのフェスって、昨日やった地方イベントみてぇなモンじゃなくて、
   多くのアイドルファンや業界人とかが集まる、大規模なイベントなんだろ?」

樹里「それなら、昨日みたいに情報統制?とかで握り潰される心配も無いだろうし、
   結果を残して有名になりゃ、アタシを狙うヤツらも簡単には手出しができなくなる」

樹里「って思ったんだけど、どうだ?」


武内P「……仰る通りかと」

樹里「? 何だよ、釈然としなさそーなツラして」

樹里「あっ! ひょっとしてアタシが勝つって信じてねぇのか!?」

武内P「い、いえ! 決してそういう訳では……!」

カラン カラン…

樹里「ったく、辛気臭ぇのも紛らわしいぜ」

武内P「申し訳ございません……む」

樹里「今度はどうした?」


武内P「着信が入っておりましたので、少々、失礼します」スッ

樹里「あぁ……あれ、アタシも」サッ


樹里「未央達からだ。
   やべっ、結構時間空いちゃってるじゃん」

武内P「……!」ピクッ


樹里「えーっと、どうやって返信すんだ……ここか?
   違ぇな。クソ、もっと聞いとくんだったぜ」

樹里「なぁ。これ、どうやればいいか分かるか?」スッ

武内P「……こちらの、下部の空欄をタップすれば、ウィンドウが開きますので、
    そのままメッセージを入力すればよろしいかと」

樹里「おー、サンキュー。
   悪ぃな、この間入れてもらったばっかでさ」

樹里「この未央ってヤツが、やたら賑やかで元気のいいヤツでさー。
   楽しいし、気ぃ遣いなのはありがてぇけど、まともに付き合うと疲れちゃって困るぜ」ハハハ

樹里「あ、卯月からも来た」ティロン♪

樹里「えーと、なになに……このお店でお昼ご飯どうですか、だって?」

樹里「こっからなら行けそうだな。凛も一緒か」


樹里「プロデューサーも、良かったら一緒に昼飯行かねぇか?」

武内P「……!」ギクッ

樹里「な、何だよ。今日弁当作れなかったし、ちょうどいいかなって」

武内P「いえ……」

武内P「少々、仕事が立て込んでおりますので……すみませんが」

樹里「あぁ……そっか。
   ていうか、仕事の着信来てるんだっけ。悪ぃな、手止めちゃって」

武内P「いえ」


樹里「じゃあ、昼飯済ませたら事務所に戻るよ。レッスンよろしくな!」

武内P「はい。一旦ここで、失礼致します」ペコリ

樹里「そんな仰々しくすんなっての。じゃあなー!」フリフリ

タタタ…



武内P「……」スッ

ポパピプペ

プルルルルル…


『……もしもし、プロデューサー?』

~外~

『お待たせしてしまい、申し訳ございません』

凛「ううん。忙しいのは分かってるから」

凛「……樹里と、一緒だったの?」

『……はい』

凛「そっか……」


『私は、昼食にご一緒できませんが、皆様にはよろしくお伝えください』

凛「うん、分かってる……そりゃあ、そうだよね」

『申し訳ござ…』

凛「謝らないで」

『渋谷さん……』


凛「でもさ……いつか、理由を教えてよ」

凛「私達が、樹里に……346プロであることを教えちゃいけない理由を」

龍が如くスピンオフ
JUDGE EYES(キムタクが如く)
実況プレイPt.1※ネタバレあり
第1章『モグラ』
(18:00~開始)

https://www.youtube.com/live/_TVj3Zz1po8

『……分かりました』

凛「ありがとう……お疲れ様」

『ありがとうございます……それと、午後もすみませんが、立ち会えません』

凛「……うん、分かった」

凛「それじゃあね」

『はい。失礼致します』

ピッ


凛「…………」

凛「……プロデューサー、忙しくて来れないって」

未央「絶対それ以外にも話してたよね?」

凛「う……!」ギクッ

卯月「お昼ご飯に樹里ちゃんを誘ったの、良くなかったでしょうか……?」


凛「……放ってもおけないでしょ」

未央「だね」
卯月「はいっ」

~某所~


「……そうか、ご苦労」


「なに……その程度であれば十分だ。案ずるな」


「黒井とて馬鹿な男ではない。いずれ私の狙いにも気づくだろう」

「いや、もう気づいているのかも知れん」

「だからこそ、ああいう派手な行いをしているとも、な……ヤツの考えそうな事だ」



「今の私達にできることは、見守ることだ」

「西城の事を、よろしく頼んだぞ」

~ファミレス~

樹里「……ふ~ん。ってことは、三人とも本当に新人だってのか」

卯月「はい、そうなんです。だから、まだ活動させてもらえてなくって……」

未央「思ったより世知辛くってさー、困っちゃうよねぇ」ウーム

凛「だから、私達のことをネットとかで調べても、何も出てこないから」

樹里「そっか……アタシなんかでさえ情報が全然出てねぇらしいし、そういうモンなのかな」

凛「そういうものかもね、たぶん。それに……」


凛「自分のことを“なんか”って言うな、って言ってたの、樹里でしょ?」

樹里「うっ!?」ドキッ

凛「アイドルなんだから、もっと図々しくなんなよ」フッ

樹里「そ、そうか……そうだな」

樹里「じゃあさ、どこの事務所なんだ? それくらいは教えてもらってもいいだろ?」

未央「いぃ!?」ギクッ!


樹里「……まさか、346プロ」

卯月「うえぇぇっ!?」ギクギクッ!


樹里「……なわけ無いか。
   ていうか、あんなトコのヤツらだなんて、思いたくねーし」

卯月「あ、は、ハハ……そ、そうですね、そうそう、アハハ……」


樹里「961プロでもねーし……ってことは……」

樹里「! ……ひょっとして283プロか?」

凛「283プロ?」

樹里「違ったか……そうだ。皆知らねぇか? 283プロ」

未央「ううん、ちょっとあまり……」

凛「その283プロが、どうかしたの?」


樹里「いや……そこの事務所のヤツとさ、ライブバトルっつーのか?
   一ヶ月後に、一緒のサマーフェスに出ることになったんだよ」

樹里「夏葉、えぇっと……有栖川夏葉ってヤツなんだけど、知ってるか?」

未央「ちょっと検索してみるね」スイスイッ

卯月「あ、有栖川……有栖川ってひょっとして……!?」

樹里「? どうした、卯月?」


卯月「有栖川グループの有栖川、ですか!?」

未央「!? え、あの……なんかいっぱいCMやってるアレ!?」

樹里「そ、そんな有名なヤツなのか?」

凛「動画サイトにあると思う……あった」スイッ


 『憩いの~~ 空間~~ あります有栖川~~♪』


樹里「あ、なんか聞いたことあんなコレ」

凛「国内でも屈指の、有名リゾートホテルグループの令嬢……」

卯月「水瀬財閥と双璧を為す、国内でも有数の大企業ですよぉ!」ドキドキ

樹里「マジでお嬢様だったのか、アイツ……」

未央「283プロのプロフィールには、そういう情報までは載っけてないみたいだね」

樹里「アイドル活動に関して、実家の力に頼るつもりはねーってことか。
   ふーん……」

樹里「……!」ピクッ


  ――不可解な審査があった理由について、大よその心当たりはあるわ。
     残念ながらね。

  ――合格は辞退します。早急に、父に問い質す必要があるわね。


樹里「まさか…………アイツ……!」

ギュッ…!


凛「樹里? ……あの、どうかし…」

樹里「悪ぃ、皆。急用ができたから帰るわ」ガタッ

未央「あっ、ちょっとジュリアン?」

樹里「これアタシの頼んだ分。じゃあな」スッ

ツカツカ…!

卯月「行っちゃいました……」

未央「ど、どうしちゃったんだろ?」

凛「…………」


未央「しかし……へぇー、色んなアイドルがいるもんだねぇ」

凛「まだ283プロのホームページ見てたの?」

未央「なかなか興味深くってさ。
   ……あ、ほら見て、すっごい綺麗だよこの人!」

卯月「うわあぁぁ……か、カッコいい……」

凛「……ふーーん、スタイルもいいね」

未央「元モデルさんかぁ。えーっと、名前名前……」


未央「白瀬咲耶、っていうんだって!」

~961プロ レッスンルーム~

キュッ! タタンッ タンッ!

樹里「はぁっ、はぁ……! くっ……!」タンッ タン

樹里「……ッ!」タッ タンッ!


武内P「……」

武内P「西城さん、そろそろ休憩を…」

樹里「うる、っせぇ……!」タンッ!


樹里「夏葉……! あの、女……!!」



武内P「…………」

樹里「はぁ……はぁ……!」タタンッ タンッ

樹里「ッ……うりゃ、と」ビシッ!


樹里「……くっ! はぁ、はぁ! はぁ……!」ガクッ


武内P「お疲れ様でした」スッ

樹里「……」バシッ!

武内P「!」


樹里「……!?」

樹里「あ、あぁ……悪ぃ、その……」


武内P「……西城さん」

武内P「有栖川さんの事で、何か?」

樹里「……アイツ、有栖川グループっていう、すっげーデカい企業のお嬢様なんだってな」

武内P「そのようです」


樹里「あの日、346プロのオーディションで夏葉を勝たせるよう仕組んだのも、
   夏葉の親父らしいぜ」

武内P「……!」

樹里「もっとも、夏葉本人はそんなこと望んでなかったらしいけどな」


樹里「でも関係ねぇ」ギリッ

樹里「チョコが塞ぎ込んじまったのは、全部あのオーディションが原因なんだ……!」

樹里「何が有栖川グループの令嬢だ……! ふざけやがって、畜生っ!!」ダンッ!

武内P「西城さん……」

樹里「アタシは勝つぜ、プロデューサー。
   346プロだけじゃねぇ、チョコの仇が、まさか他にもいたなんてな」


武内P「……アイドルを手段とする、ということですか?」


樹里「……あぁ、そうだよ」

樹里「だからイライラしてんじゃねーか……!」

樹里「アイドルに対する夢も野心もないアタシは、結局こうするしかねーんだ!
   悪いかよ!!」

武内P「…………」


樹里「すげーカッコ悪い事だって、分かってるよ……
   夏葉に言われて、気づかされて……納得させられたばかりだってのにな」

樹里「でも……でもっ! 他にどうしようもねぇんだよっ!!」


武内P「……では、西城さん。一つだけお願いがあります」

樹里「? 何だよ」

武内P「ステージ上では、どんな事があろうと、笑顔でいてください」

樹里「笑顔?」

武内P「はい。アイドルの基本です」

武内P「それさえ約束していただけるなら、私からは何も言いません」


樹里「笑顔……あぁ、いいぜ」

樹里「そんな簡単な事でいいんだったらな」

武内P「…………」

樹里「今日はもう少し自主練してぇ。
   レッスンルーム、まだ使ってていいよな?」

武内P「……えぇ、構いません」

樹里「うっし。忘れないように、ちゃんと復習しとかねーとな」スッ


武内P「…………」ポリポリ

ガチャッ バタン


コツコツ…


武内P「……」コツコツ…



凛「プロデューサー」


武内P「!?」ピタッ



凛「……お疲れ様」

武内P「し、渋谷さん……なぜ、ここに?」

凛「プロデューサーに会いに来たからに決まってるでしょ」

凛「961プロ……初めて来たけど、大きくて綺麗な所だね」

武内P「し、しかし……」

凛「大丈夫だよ。私なんてまだアイドルとしての知名度は大して無いし」

凛「こうしてエントランスロビーのソファーで座ってるうちは、
  ただのお客さんなんだなって皆思うでしょ?」

凛「あぁ、それと……未央と卯月には、黙って来ちゃった。
  ちょっと、騒がしくなりそうかなって思って」

武内P「……」ポリポリ


凛「樹里のことで、話があるんだ。時間ある?」

武内P「……場所を変えましょう」

武内P「私の方からも、お話したいことがあります」

凛「うん」

~喫茶店~

凛「…………」

凛「そんな……そんな事が、346プロのオーディションで……」


武内P「園田さんというご友人を、不条理に失意の底に沈ませた346プロに対し、
    西城さんは強い憎しみを抱いています」

武内P「彼女の目的は、園田さんにもう一度、アイドルを志してもらうこと。
    そして……346プロ、引いてはかの不正に荷担した者達への復讐」

武内P「それ故に、私達が346プロである事を、彼女には秘匿しておく必要があるのです」

凛「ちょっとおかしくない、それ!?」ガタッ!

ザワッ ザワザワ…


凛「……ッ」スッ


凛「……放っておけばいい、とまでは言わないけど」

凛「どうしてプロデューサーは、わざわざ樹里をプロデュースしようって思ったの?
  それも、961プロだ、って身分を偽って……余計な面倒を抱えてまで」

武内P「そういう人間を、知っているからです」

凛「そういう人間?」


武内P「復讐に身を任せ、暗く深い闇に堕ちた者を」

武内P「取り返しのつかない所にまで至ってしまったら、二度と光を見ることはできません。
    そうなる前に、彼女を救い出す必要があると考えました」

武内P「それ故に……とても見過ごす訳にはいかなかったのです」


凛「……樹里のしようとしてる復讐って、何?」

凛「見えたよ……窓の外から、樹里がレッスンしてる姿」

武内P「…………」


凛「鬼気迫る、っていうのかな……まるで、アイドルじゃないみたいだった」

凛「346プロやその関係するアイドルを打ち負かす事が復讐だって、樹里が考えているなら……
  復讐の機会を与えたのは、プロデューサーの方だったんじゃないの?」

武内P「私は……」

武内P「…………ッ」グッ…


凛「……ごめん。意地悪な事を言って」

武内P「いえ……そのために私は、
    西城さんに気づきを与え、軌道を修正する必要があると考えています」

凛「気づき?」

武内P「はい」


武内P「アイドルの本懐は、ファンの方々を楽しませること」

武内P「ファンとの触れ合いを通し、アイドル活動の楽しさを見出す機会を与えることで、
    アイドルを志す動機に、それまでと違う意義を彼女に気づかせたいのです」


凛「……具体的に、どうするつもりなの?」

凛「樹里自身、まだそこまでファンを集められるほど知名度があるわけじゃないし……
  346プロのイベントに参加させるのだって、もっと無理でしょ?」


武内P「考えはあります」

20時頃まで席を外します。

~後日、とあるミニライブ会場~

テクテク…

樹里「意外と小さいトコなんだなー」

武内P「本来であれば、もっと大きな会場を用意する事もできるのですが、
    当人の希望により、こちらに」

樹里「当人?」


武内P「ミニライブの主演者……
    西城さんが本日、お手伝いをしていただくアイドルとなります」

樹里「ふーん」

樹里「まぁ、アタシはアタシの仕事をするだけだけど……
   普通アイドルって、多くのファンを呼びたいって思うもんじゃねーのか?」

樹里「余計なお世話かも知んねーけど、わざわざ自分の利益が小さくなるようなこと、
   アイドル自身が考えるのって、なんつーか……」


武内P「西城さんの仰ることは、もっともであり、一つの正解ではあります」

武内P「ですが、彼女にとっては、別の価値基準があったということです。
    単純な利益、それ以上に大事なものが」

樹里「利益以上に、大事なもの……?」

武内P「本日の仕事は、西城さんにもその一端をお知りいただけたらと思い、セッティングしました」


武内P「こちらが、そのアイドルの控え室になります」

樹里「……」ゴクリ…

武内P「……」コンコン


「どうぞ」



ガチャッ

武内P「失礼致します」

樹里「し、失礼しまー……!?」


武内P「どうも、お疲れ様です」



楓「お疲れ様です」ペコリ

樹里「あっ、アンタ! ひょっとして、た、高垣……!?」

楓「はい、高垣楓と申します」ニコッ


樹里「お、おいっ! アイツ……じゃない。
   あの人、346プロじゃねぇか!! アタシでさえ知ってるぜ!」

武内P「はい」

樹里「はいじゃねぇ!! どうして346プロの人間がこんなトコ……!」

樹里「こ、この人のライブの手伝いをすんのが、今日の仕事だってのか!?」

武内P「そうです」

樹里「冗談じゃねぇ!!
   どうしてライバル事務所の手伝いを961プロがしなきゃなんねーんだよ!」

樹里「ふざけやがって! やってられっか!!」ザッ


楓「樹里ちゃん」スッ

樹里「うぇっ!?」ドキッ

樹里(あ、アタシの名前……知ってんのかよ)


楓「ごめんなさい。
  樹里ちゃんが、346プロを苦手だっていうお話は、お伺いしていたのですが……」

楓「今日のお仕事は、私にとって特別な……大切にしている、ミニライブなんです」

楓「これ、見てください。
  今日のファンの方々に配る、うちわです」スッ

樹里「うちわ? ……サイン入り」

楓「先ほどからやっているのですが、ちょこっと大変で。ふふっ♪」ニコッ

樹里(1個1個、手書きでサイン書いてんのかよ……)


楓「樹里ちゃんは、アイドルを志して間もないと、お聞きしました」

楓「先輩風を吹かして、偉そうな事を言うつもりはありません」

楓「ですが……いいえ、だから、今日のお仕事は、
  なるべくお客さんの視点に立って、色々なことを感じ取ってほしいんです」

樹里「お客さんの視点……」

楓「その時を楽しみたいという気持ちは、
  961プロや346プロ、そのファンの方々にとって、違いは無いと思っています」

楓「だから、お客さん達と一緒に楽しんでもらえると、とても嬉しいです」

楓「今日はよろしくお願いします、樹里ちゃん」ペコリ

樹里「うわっ……あ、頭下げないでくださいっ!」ブンブン


武内P「いかがでしょうか、西城さん」

樹里「…………」


樹里「はぁ……何つーか、怒りも失せちまったぜ」ポリポリ

樹里「よくよく考えたら、ちゃんと仕事の内容を確認しなかったアタシも悪いし……
   やるって決めたからには、ハンパはできねぇよな」

武内P「ありがとうございます」

楓「ふふっ♪」ニコッ

樹里「で、プロデューサー。
   アタシがやんのは、入口でなんか配るスタッフって事でいいんだよな?」

樹里「最初はステージも頼まれた気がすっけど、やっぱり346プロの前座はできねぇ。
   その辺のナマイキは勘弁してもらうぜ」

武内P「はい。それは承知しております」

樹里「つーか、今日来てんのは楓さんのファンだし、アタシが出たって意味ねぇだろ」

武内P「それは……」

樹里「まぁいいや」


樹里「……今日はよろしくお願いします、高垣楓さん」ペコリ

楓「はい、こちらこそ」



武内P「…………」チラッ


楓「……」クスッ


武内P「……」ポリポリ

――――


凛『楓さんのミニライブの手伝いをさせる?
  そんなの、樹里がいいって言うわけないじゃん!』

凛『第一、346プロのトップアイドルの仕事に参加させたら、
  プロデューサーと346プロの繋がりだって、樹里に疑われるよ』


武内P『西城さんには、表向きは961プロから企画を持ち込み依頼したという名目で、
    正規に高垣さんのミニライブの仕事に参加していただきます』

武内P『実際上は、346プロ内部の裁量しか生じ得ないため、
    調整そのものは難しくありません』

凛『トップアイドルとの仕事の調整を難しくないって言い切るプロデューサーも、結構凄いよね』

武内P『調整が円滑に進んだのは、高垣さんのお考えによるところも大きくございます』

凛『えっ?』


武内P『アイドルを……ファンと共に楽しむ心を、西城さんに気づいてもらいたい。
    その意図を、汲んでいただけたのだと思います』

武内P『高垣さん自身、何か思うところもあったのではないかと』

凛『……でも問題は、いくらトップアイドルとはいえ、樹里が346の楓さんに素直に従うかだよね』

武内P『はい。それについては、西城さん次第となります。
    それと……』


武内P『高垣さんと西城さん、双方のアイドル達が一緒に仕事をする事について、
    本来、346側にメリットはありません』

武内P『加えて、私の立場では、961プロの資金を自由に扱う権利はありません』

武内P『発議者である961プロから、相応のギャランティ等の提示が無いにも関わらず、
    346プロが応じたというのは、経緯を知らない人間から見れば、不可解に捉えられます』

武内P『一体何が起きているのか……
    私達の思惑、その動向について、探りを入れる人物が現れる可能性も、否定できません』

凛『……!』

武内P『衆目を集める派手な動きとなる以上、相応に綱渡りな手段とならざるを得ないでしょう』


凛『……そんなリスクを払ってでも、樹里を助けたいの? プロデューサーは』


武内P『はい』


――――

武内P「西城さんには、こちらのブースを担当していただきます」

樹里「おう……って、
   これ、さっき楓さんが書いてたサイン入りのうちわじゃねーか!」

樹里「さすがにこういうのは、本人が直接ファンに手渡した方がいいんじゃねぇのか?
   いいのかよ、アタシが配っちゃって」


楓「大丈夫ですよ」

樹里「あ、楓さん」

楓「きっと喜んでくれます。
  今日来てくれたファンの皆様の手に、うちわがあるうちは、なんて、ふふっ♪」

樹里「は、はぁ……へ?」

武内P「開場したら、パンフレットと一緒に、こちらのうちわをお客様にお配りください」

樹里(す、スルーかよ……!?)

樹里(まぁ、敵情視察を堂々と行えるチャンス……って考えるか)

武内P「さっそく、お客様がお見えになられたようです」

樹里「よ、よし……」



ガヤガヤ…


樹里「い、いらっしゃいませー!
   こちらでパンフレットとうちわをお配りしていまーす!」



樹里「あ、はいっ。会場は、こちら中入って右側になります」



樹里「え、えっと……うわっ、パンフが折れちまった!」アタフタ



樹里「へ? トイレ、ですか? えぇっと、どこだろ……
   す、すみません、確認してきます! おい、プロデューサー!……」

樹里「……! …………!」セッセ セッセ…



楓「……とても熱心に、お仕事に取り組んでくれていますね」

武内P「西城さんは、常識的な感性や責任感が、とても強い方です。
    また、他者への思いやりも」


楓「お話をいただいた時は、私、樹里ちゃんに怒られるんじゃないかって、心配したのですが……」

武内P「高垣さんの人柄に触れ、思い直す面もあったのではと思われます」

楓「ううん」フルフル

楓「樹里ちゃん自身、本当は気づいているのかも知れません。
  346プロを憎む事が、本質的な解決にはならない事を」

楓「行き場の無い感情に、ひとまずの納得を与えるために……怒りを抱いているのかな、って」

武内P「…………」


楓「……過ぎた事を言いました。忘れてください」

武内P「いえ……そろそろお着替えのほう、お願い致します」

楓「はい」スッ

ガヤガヤ…

樹里(だんだん、客足も落ち着いてきたな……そこそこ入ったみてーだ)


樹里(しかし、何つーか……
   アイドルのファンって、もっとガツガツしてるもんだと思ったけど……)

樹里(今日のお客さん、みんな落ち着いてるというか……
   でも、変に冷めてるとかじゃなくて……何だろう)

樹里(このライブを楽しむ事に、ファン同士、皆で協力し合ってるみたいな……)


樹里「……?」チラッ



子供「……ママー…………ママぁ~~……!」

樹里(何だあれ……ひょっとして迷子か?)



子供「ママぁぁ~~!」グスッ



樹里(どっかから迷い込んできたのか?
   いや……この建物の周りに、客を入れるような施設は無さそうだった)

樹里(だとしたら、今日この会場に来た誰かの子供……!?)



子供「うあぁぁぁぁぁ……ママぁぁ~~~!!」ボロボロ



樹里「……クソッ!」ダッ!


武内P「? 西城さん、どちらへ…」

樹里「悪ぃ、プロデューサー! ここは任せた!」

武内P「え?」

タタタ…!

武内P「……?」ポリポリ



ザッ


武内P「……!」ピクッ



黒服A「西城樹里……の、プロデューサーさんですね」

黒服B「お話したいことがあるのですが、少し、お時間いただけますか」



武内P「…………」

武内P「……どうぞ、こちらに」スッ

子供「うええぇぇぇ……!」ボロボロ



樹里「おいっ! 大丈夫か!?」ガシッ!

子供「ひっ!?」ビクッ

樹里「あ……悪ぃ、脅かせちまって」


樹里「ママと迷子になっちまったのか?」

子供「……」コクッ

樹里「んーと、じゃあ……どっちから来たか、分かるか?」

子供「……」フルフル


樹里「うーん……」ワシャワシャ

樹里「悩んでてもしょうがねぇ、とにかくママを探しに行かねーとな。
   ほら、アタシがついてやっから、手」スッ

子供「うん……」ギュッ

樹里「つっても……」


ガヤガヤ…  ゾロゾロ…


樹里「どうやって探すかなぁ……と、とりあえず……」コホン

樹里「あ、あのー!!」


オォォ…?  ドヨドヨ…


子供「……?」

樹里「こ、この子のお母さんはいませんかー!?」

…? ……?

ザワザワ…


樹里(……くっ。反応ナシかよ、つめてーな)

樹里「すみませーん!! この子のお母さんいませんかー!!」

樹里「すみませーーん!!」


子供「……」



樹里「……クソッ。場所変えるか」

子供「うええぇ……ママぁ……」グスッ


樹里「……大丈夫だ!」ガシッ

子供「ふぇっ?」


樹里「ここはアタシが何とかしてやる!」

樹里「うっし! こうなりゃ手段なんて選んでらんねー」パシッ!

樹里「おい、肩車するぜ。乗れ」スッ

子供「えっ……うわぁっ!?」

樹里「よっ!と ……どうだ?」


子供「わああぁぁぁ……!」

樹里「たけーだろ?」ニカッ

子供「すごーい!! たかいたかーい!!」ワタワタ

樹里「うわっ!? バッ、こ、こらっ! 暴れんなっ!!」


樹里「よし、じゃあ行くぜ!」

樹里「すみませーーん!! この子のお母さんいませんかー!!」

子供「いませんかー」キャッキャ


ザワザワ…!  オオォ…


樹里「この子のお母さんいませんかー!?」

樹里「すみませーーん!!」



ザッ…

咲耶「……おや? あれは」



樹里「この子のお母さんを探してまーす!! いませんかー!!」



咲耶「……フフッ。賑やかなことだね」ニコッ

~舞台裏 控え室~

スタッフ「それじゃあ、あと15分ほどで開演になりますので」

楓「分かりました」



ガヤガヤ…  ザワザワ…


楓「……?」

スタッフ「……向こうが騒がしいですね。ちょっと様子を見てきます」

楓「はい」



ドタドタ…!


楓「……まぁっ」


樹里「か、楓さんっ!」ザッ

樹里(うわっ、ステージ衣装……)

樹里(改めて見ると……すっげぇ美人、だな)


楓「樹里ちゃん。その、肩車している子供は、一体……?」

樹里「いや、その……迷子になっちまったみたいで…」

子供「わーい」キャッキャ

樹里「だぁーもう、暴れんなって!」

楓「ふふっ。迷子にしては、楽しそうですね」ニコッ

樹里「何も楽しいことなんか……!」


樹里「そ、そうだ! ウチのプロデューサー、どこに行ったか知りませんか!?」

楓「? ……そう言えば、先ほどから姿が見えませんね」

樹里「はあぁ!? アイツ、肝心な時にどこ行ってんだよ!」

樹里「……まぁ急に飛び出しちまったアタシもアタシだけどよ」

子供「おねーちゃん、もっとー」ワタワタ

樹里「うおっ、とと……!」

樹里「ったく、こっちが気ぃ利かせてママを探してやってんのに、暢気なもんだぜ。
   すっかり泣き止んじまって」

楓「ママ、ですか……」

樹里「ずっとその辺を探し回っているんですけど、全然見つからなくて」

樹里「中は粗方回ってきたから、ひょっとすると会場の外か?
   そうなったら、もうキリが無くなってくるぜ……!」


楓「……樹里ちゃん」

樹里「え? はい」


楓「私に、ちょこっと良い考えがあります」

~会場外~

テクテク…

未央「ねぇーしぶりーん、やっぱ止めといた方が良いって」

凛「何が」

未央「いくらジュリアンの様子が気になるったって……」

卯月「私達が見に来ている所を樹里ちゃんに見つかったら、
   346プロとの繋がりとか、疑われちゃうんじゃあ……!」ハラハラ


凛「私達はどこかの小さな事務所の、ただのアイドル候補生」

凛「それで、たまたま346プロのトップアイドル、高垣楓さんのミニライブの情報を聞きつけて……
  その……敵情視察? っていうのに来ただけだから」

未央「その“たまたま聞きつけて”っての、ちょっと無理ない?」

凛「と、とにかく! 今日の私達は樹里じゃなくて、楓さんを見に来たってこと」

卯月「チケットを持ってなくて、関係者でも無いはずの私達が、
   楓さんを見れるわけでもないような気が……」

凛「……ふーん。未央も卯月も、そうやって私にイジワル言うんだ」

未央「うわわっ!? ち、違うってしぶりん!」アタフタ

卯月「私達は、ちょっと色々と、心配と言いますか……ねっ、未央ちゃん!?」アセアセ

凛「もう……」ハァ…

凛「でも、確かに、楓さんと樹里を堂々と見れるシーンが、そう都合良く……」


凛「……?」ピタッ

未央「ん?」
卯月「あれ……?」


ザワザワ…!  オオォォ…!



楓「お騒がせしております。高垣楓と、その迷子のお客さんでーす♪」テクテク

樹里「み、道を空けてくださーい! 押さないでー!」

子供「わーい♪」キャッキャ



凛・未央・卯月「いるー!!?」ガビーン!

楓「樹里ちゃんの言う通りでーす♪」

楓「お騒がせしている当事者が言うのもなんですが、
  どうか沿道の皆様、交通の邪魔にならないよう」

楓「おさない、かけない、しゃべらないの“お・か・し”を守ってくださいねー♪」

通行人「しゃべらなかったら迷子探せなくないですかー!?」

楓「あ、それもそうですね。じゃあ、おしゃべりはオッケーでーす♪」

アハハハハ…!



未央「か、楓さんが……メガホン持って歩いてる」

卯月「しかもアレ……ステージ衣装、でしょうか? 綺麗……」

卯月「でも、すごく楽しそうですっ」

未央「これは遠巻きに見に行くしかないっしょ! ねぇしぶりん!?」

凛「さっきと言ってること違くない?」


凛(しかも、樹里も一緒……肩に乗っているのは、子供?)

ガヤガヤ…!

樹里「か、楓さん、やっぱマズいですってこういうの!」

樹里「うわっ、すっげぇ人集まってきてる……!」

楓「えぇ。プロデューサーがいなくて、良かったかも知れません」

樹里「えっ?」


楓「いたらたぶん、止められちゃうでしょうから」クスッ

樹里「い、いやいやいや! じゃあ止めましょうって!」

楓「ユウちゃん」チラッ

子供「なーにー?」

楓「ユウちゃんは今、楽しいですか?」

子供「うんっ! おねえちゃん、あそんでくれてたのしいー!」ワタワタ

樹里「暴れんなっつーの!」

楓「そう。それは良かったです」ニコッ

樹里「だから良くないって!!」プンスコ!

タタタ…!


楓「……あら?」



母親「ゆ、ユウちゃん……!」


子供「あ、ママー!」フリフリ

樹里「おぁ!? 見つかったのか!?」


母親「ユウちゃんっ!」

子供「ママー!」ジタバタ

樹里「おーよしよし、今降ろしてやっから」スッ


母親「ああユウちゃんっ! ごめんね、怖かったよね……!」ギュゥッ

子供「ううん、すっごくたのしかったー!」

母親「えっ?」

子供「あのおねえちゃんが、ずっといっしょにあそんでくれたの!」


樹里「……? あ、アタシ!?」ドキッ

子供「かたぐるまして、たかいたかいして、あそんでくれたの!」

樹里「いやいや! アタシは遊びでやってた訳じゃ…!」

母親「あぁ! あの、本当に……本当にありがとうございます!
   ご迷惑をお掛けして、なんとお礼を言ったらいいのか……!」ペコペコ

樹里「や、やめてください!
   アタシはただ、その子をなんつーか、えーっと……!」

楓「ふふふっ♪」ニコニコ


「迷子だったのか」「あの金髪の子が探してあげてたんだって」「へぇー」

パチパチパチ…!

卯月「……樹里ちゃんが、迷子になった子のお母さんを、探し回っていたんですね」

未央「ファンの人達や、通行人の人達も……なんだか皆、楽しそう」

卯月「はいっ。とっても素敵な笑顔です」

凛「…………」



子供「あそんでー」クイクイ

樹里「だぁー、やめろ! ほら、用が済んだならママんとこ行けって」

楓「……あら、もう開演の時間ですね。ただ、この靴だと急いで走るのが……」

楓「樹里ちゃん、私も会場まで抱っこしてくれませんか?」

樹里「さっきから無茶しか言わねぇなアンタ!?」

楓「女はいつでもダダッコ、なんて、ふふふっ♪」ニコニコ

樹里「あーもう、疲れる!!」ワシャワシャ!



凛「……ふふ、楽しそう」ニコッ

咲耶「ああ、まったくだ」フッ


凛「……!?」ビクッ

咲耶「おっと、すまない。驚かせてしまったかな?」

凛「……あなたは」


未央「あ、この人! 確か283プロの……!」

卯月「ホームページで……白瀬咲耶さん、ですか?」

咲耶「おや? 光栄だ、私を知ってくれていたとはね」

凛「……ここで何をしているんですか?」

咲耶「何てことはないさ、ただの通りすがりだよ」


咲耶「君達の方こそ、彼女達に何か用が?」

凛「! それは、その……」


卯月「わ、私達はっ!
   えーっと、どこかの小さな事務所の、ただのアイドル候補生でして……!」アセアセ

未央「たまたま! その、346プロのトップアイドル、高垣楓さんのミニライブの情報を、き、聞きつけて……!
   何だっけ、そう、敵情視察! 敵情視察をしに来たっていうか!」アタフタ

未央「でいいんだよね、しぶりん!?」

凛「言い方以外はね」ハァ…

咲耶「何も取り繕う必要はないさ、渋谷凛」

凛「!」

咲耶「君達のことも知っている。346プロの、本田未央、島村卯月」

咲耶「961プロの西城樹里が、気になっているのだろう?」

卯月「ど、どうしてそれを……」

咲耶「かくいう私も、同じだからね。樹里のことが、気になって仕方がないんだ」

凛「……楓さんではなくて、樹里を?」


咲耶「ミニライブの様子を見たいのなら、考えがある。
   私についてきてくれないかい?」

~路地裏~


ドサッ…!

黒服B「うっ……う……」ピクピク


武内P「先に仕掛けてきたのは、あなた達の方です」

黒服A「…………ぐ」


武内P「答えていただきます」

武内P「誰の依頼を受けて、あなた方が私を襲いに来たのか……
    西城さんに干渉しようとしているのかを」


黒服A「…………」

黒服A「……言うと、思うのか?」ニヤッ


武内P「いいえ」

武内P「裏の人間になど、何も期待はしていません」スゥ…


ドスッ…!

~ミニライブ会場~

ガヤガヤ…


楓「少し、遅れちゃいましたね」

樹里「ったく……いくらなんでも、無茶苦茶ですよ」

楓「でも、あの子のお母さんは、見つかりました」


楓「ありがとうございます、樹里ちゃん」

樹里「へ?」


楓「ここは、私がアイドルになって、初めて立ったステージなんです」

樹里「……!」


楓「きっとあの子も、樹里ちゃんに見つけてもらうまで、心細くて、不安だったと思います」

楓「あのままだと、きっとこの会場が……
  あの子にとって暗く、悲しい思い出になってしまっていたでしょう」

楓「私にとっての、大切な場所が……ね」

樹里「楓さん……」

楓「あの子は、楽しかったと言っていました」

楓「樹里ちゃんが一緒についてくれて、遊んであげたことで……
  あの子にとってもまた、この会場が素敵な場所となった」

楓「その事が、私はとても嬉しいんです」


楓「毎年行っているこのミニライブは、私がファンの方々へ送る、恩返しの場」

楓「でも、今日はもう一つ、お返しをさせてください、樹里ちゃん。
  お席を一つ、ご用意しました」

樹里「……あ、アタシに、ですか?」

楓「はい」ニコッ


楓「樹里ちゃんのおかげで、今日はより一層、心を込めて歌えそうです」

ワアアァァァァァァ!!!


楓「~~~~♪ ~~~~~♪」

楓「~~~~~♪ ~~~~~~♪」



樹里「……すっげぇ」


樹里「…………」



 ――今日は、開演が少しだけ遅くなってしまい、すみません。

 ――ご存知の方も、おられるかも知れませんが……
    このミニライブが始まる前、とても素敵なことがありました。

 ――小さい子供の、綺麗な思い出を守ってくれた、私の友人へ。

 ――そしてもちろん、今日来てくれたファンの皆様にも、
    心ばかりの感謝を届けたいと思います。

 ――楽しんでいってください。

樹里「感謝、か……」


ワアアアアァァァァァァ!!! パチパチパチパチ…!!


楓「ありがとうございました」ペコリ

ファン「ありがとー!!」「最高だったよー!」「楓さーん!!」

楓「ふふ、ありがとうございます」フリフリ

ワアアアァァァァァ…!!



樹里「……」パチパチ


武内P「いかがだったでしょうか」ヌッ

樹里「おわっ!?」ビクッ

武内P「高垣さんのステージは」

樹里「……アタシ、アイドルって、もっとアイドルだけが頑張るもんだと思ってた」

樹里「いや、頑張るってのはちげーな。何つーか……
   アイドルがお客さんを引っ張って、一方通行で盛り上げたり、楽しませるもんだって」

武内P「…………」


樹里「でも……楓さんのステージは、違う気がした」

樹里「そりゃあ、歌はすげー上手いし、圧巻って言うしかねーんだけど……」


樹里「ファンの人達も、このステージを一緒に良くしていこうって……
   盛り上げていこうって気持ちが伝わってきて」

樹里「楓さんも、独りよがりなんかじゃなくて、
   ずっとファンに寄り添って、思いやってるっていうか……」

樹里「ファンがいてこそのアイドルなんだな……
   お互いがお互いを、尊重し合ってる、って感じがした」


武内P「……はい」ニコッ


樹里「で、アンタは今までどこほっつき歩いてたんだよ」

武内P「申し訳ございません。少々、別件が入ってしまいまして」

樹里「ったく……おかげでこっちは大変だったんだからな?」

武内P「大変失礼致しました」ペコリ



パチパチパチ…!

凛「……凄かったね」

咲耶「まるで、遙か青空の彼方に誘われていたかのような、清らかで美しい歌声だ」

咲耶「歌姫の名に恥じない、素晴らしいステージだったね」

未央「うええぇぇぇ……楓さん、最高だったよぉ……!」ボロボロ

卯月「凄すぎますぅ! 歌上手すぎてぇ……!」パチパチパチ

咲耶「おやおや。
   フフッ、そんなに賑やかにしていたら、変装がバレてしまうよ」


凛「関係者を装って、会場に潜り込むなんて……」

咲耶「ちゃんと業界用のスタッフ証は持っていた。
   こういう時のために、社長からある程度の数を預かっていて良かったよ」

凛「でも!」

咲耶「褒められた行いではないのは、理解しているさ」

咲耶「それに、こう言ってはなんだが……
   凛達も、正規の手段でこの観客席へ入ることが難しい身だったんじゃないか、ってね」

凛「…………」


咲耶「樹里を見守るという志を同じくする者同士、この出会いを得難きものにしたい。
   良かったら、もう少し話をしていかないかい?」

咲耶「私に対し、不信感を抱いているとすれば、その払拭もしたいからね」

未央「ふ、不信感だなんて、そんな……」

凛「そうだね」


凛「何で樹里を気にしているのか、聞かせてよ」

咲耶「ありがとう。凛はとても真っ直ぐで美しいね」

咲耶「もちろん、私も腹を割って話させてもらうよ。
   そうでなければ、凛達に失礼だ」

凛「お互い、小細工は無しってことでいい?」

咲耶「生憎、策を弄するほどの余裕は無くてね」フッ

ガヤガヤ…

武内P「本日は、お疲れ様でした」ペコリ

楓「こちらこそ、とても良いステージができて、嬉しく思います」

武内P「恐れ入ります。それでは、私共はここで失礼致します」

楓「はい」


樹里「あ、あの……」

楓「樹里ちゃん、どうかしましたか?」


樹里「楓さん、その……ありがとうございました」ペコリ

樹里「アイドルが何なのかを教わったっつーか……
   ファンと一緒に楽しむ事の大切さ、みたいなモンを、今日のステージで感じました」

樹里「それと……346プロにも、こういう人がいるんだな、って」


楓「ふふ、ありがとうございます」

楓「またいつか、一緒にお仕事しましょうね」ニコッ

樹里「……はいっ」

テクテク…

樹里「なぁ、プロデューサー」

武内P「はい」

樹里「裏方とはいえ、あんな人と一緒の仕事なんて、よくセッティングできたな」

武内P「……」

樹里「ひょっとしてアンタ、業界ん中じゃすげぇプロデューサーなのか?」


武内P「スタッフの募集というのは、アルバイト等と同様に、相応に門戸が開かれています」

武内P「業界のツテを使って、若干名の枠を確保するのは、そう難しい事ではありません」

樹里「ふーん、そういうモンか。まぁいいけどよ」


樹里「夏葉と対決するフェス……『サマードルフィン』とか言ったっけか。
   開催まで、2週間切ってるな」

樹里「アタシは勝つぜ、プロデューサー」

武内P「はい」

樹里「だけど……」

武内P「?」


樹里「あのさ……プロデューサー、アタシに笑顔でいろって、言ったよな?」

樹里「今のアタシに、笑顔になんてなれんのかな……」

武内P「…………」

樹里「楓さんみたいに、あんな……誰もが笑顔になれるステージ、出来んのかな」

樹里「そりゃ、あんなハイレベルなステージを最初から目指すのは、身の程知らずだけどよ」

樹里「何か、自信なくしたっつーか……
   笑顔って、思ってたより難しいのかも知んねぇ、って、尻込みしちまうっていうか……」

樹里「心から笑えるような、そういうの……こんな薄っぺらなアタシに、届けられんのかな……?」


武内P「……」

樹里「あ、おい、今笑っただろ! ひょっとして馬鹿にしてんな!?」

武内P「え? い、いえ! そんな事は……!」


武内P「ですが、西城さん」

武内P「その難しさに気づけただけでも、大きな一歩であると、私は考えます」

樹里「……だと良いけどな」

樹里「まぁ……今度のフェスではさ」

樹里「あまり、夏葉に仕返しをしてやろう、みたいなスタンスで望まねぇ方が良さそうだな」

武内P「はい」

武内P「共に頑張りましょう、西城さん」

樹里「うん」


樹里「……あれ?」ピタッ

武内P「? どうされましたか?」


樹里「あ、いや」

樹里「ちょっと……見覚えのある人影が見えた気がしてさ」

武内P「……そうですか」


樹里(凛達……それと咲耶、が一緒に歩いてるワケねーもんな)

~283プロ 事務所~

夏葉「…………」スイッ


シャニP「なんだか、珍しい光景だな」

夏葉「プロデューサー……何が?」

シャニP「レッスンにも行かずに、夏葉が熱心にスマホと睨めっこをしている姿が、さ。
     よほど面白いものでもあったのか?」


夏葉「ふふ、ご明察よ」

夏葉「これを見てもらえるかしら」スッ

シャニP「?」


シャニP「346プロの、高垣楓……彼女のライブイベントの様子か」

夏葉「そう。咲耶がチェインで教えてくれたのよ」

夏葉「咲耶だけじゃないわ、ファンの人達の間でもSNS上で大騒ぎよ。
   たぶん本番前なのでしょうけど、高垣楓本人が突然路上に出て、会場周辺を歩き回っているって」

シャニP「しかもステージ衣装を着て、か……随分と派手な振る舞いをするんだな」

夏葉「えぇ、本当に」

夏葉「でも、私が注目しているのは、高垣楓の方ではないの」スッ


シャニP「……この、子供を肩車している金髪の子」

シャニP「今度の『サマードルフィン』で夏葉がライバルと目しているという、あの子か。
     961プロの、西城樹里」

夏葉「見所があるでしょう?」

シャニP「ステージ上での姿を見れていないから、何とも言えないが……」

シャニP「確かに、他の子とは違う不思議な風格を感じる。
     賑やかに振る舞っているように見えるが……まるで、孤高の狼のような」

夏葉「孤高?」

シャニP「いや、勘違いだったらすまない。しかし……」

シャニP「961プロの西城樹里が、どうして346プロのトップアイドルと一緒にいるんだ?」

夏葉「そう。そこなのよ」

夏葉「あの子の周りでは、いつもこうして不思議な事が起きている」

夏葉「きっと今度のフェスでも、新たな発見があるって思わない?」

シャニP「夏葉や咲耶の興味が尽きない理由が、分かった気がするよ」

シャニP「俺も業界関係者として、961と346の繋がりは無視できない。
     機会を見つけて、俺も少し調べてみよう」

夏葉「ありがとう。損はさせないと思うわ」

シャニP「ああ」

~ファミレス~

卯月「紅茶、お好きなんですか?」

咲耶「事務所の仲間が、よく嗜んでいてね」

咲耶「早速だけど、本題に入ろうか」


凛「そうだね」

凛「まず、咲耶のことを教えて」

咲耶「おや。樹里ではなく、私に興味を持ってくれるとは、嬉しいな」

凛「そうやって人をからかうの、止めてもらえる?」

咲耶「からかってなどいないさ。だが……そうだね」


咲耶「確かに、まずは私に邪な意図が無いことを理解してもらった方が良さそうだ」

咲耶「改めて自己紹介をしよう。
   白瀬咲耶。まだ駆け出しではあるけれど、283プロでアイドルをしている」

咲耶「アイドルになったきっかけは、スカウトだった。
   モデルの仕事をしていた時に、今のプロデューサーから声を掛けられてね」

未央「どうりでスタイル抜群なワケだよねぇ」ウンウン

卯月「モデルさんのお仕事姿も、見てみたいです」

咲耶「フフ、ありがとう」


咲耶「ただ私は、誰かを喜ばせる仕事がしたいと、常々思っていた」

咲耶「そのためにはモデルではなく、アイドルの方が適しているのではと思ってね」


凛「ふーん……咲耶にとって、アイドルは手段、ってこと?」

未央「ちょ、ちょっとしぶりん、言い方!」


咲耶「当初は、そのように考えていたのかも知れない。
   だが、今は違うよ」

咲耶「素敵な仲間達とプロデューサーに恵まれているおかげで、
   今はただ、アイドルという仕事が、楽しくて仕方がないんだ」

凛「…………」


咲耶「だからこそ、樹里のことが気になっている、とも言えるね」

凛「え……?」

卯月「ど、どうして樹里ちゃんが気になるんですか?」


咲耶「危うい感情を感じ取ったからさ」

咲耶「憎しみというのは、アイドルには最も似つかわしくない感情だろう?」

凛「憎しみ……」


咲耶「繰り返しになるが、私はアイドルという仕事に出会えて良かった。
   仲間達との得難い絆の数々は、誇りと言っていい」

咲耶「だから、それを心から楽しめていないアイドルの存在が、どうしても気になるんだ」

咲耶「樹里のことを、頭ごなしに否定する気は毛頭無い。
   だけど……その背景や考えをより深く知り、必要とあらば、余計なお節介をしたいのさ」

咲耶「私が樹里に近づく動機は、ただそれだけだよ」

未央「な、なんかさくやんってさ……」

咲耶「さくやん?」キョトン

未央「どんなにキザな事を言っても、ぜーんぶサマになっちゃうね」

卯月「はい……何だか、とてもカッコいいです」ポー…

咲耶「フフッ、褒め言葉と受け取っておくよ。
   卯月のような可憐な乙女を喜ばせることが出来たなら、お安い御用さ」バチコーン☆

卯月「う、うええぇぇぇぇっ!?」ドッキーン!

凛「卯月、顔赤くしすぎだから」


凛「なるほどね……樹里に抱いている気持ちについて、たぶん嘘が無いのは分かったよ」

咲耶「ありがとう」


凛「ただ、言葉足らずだよね」

凛「どんな経緯で樹里のことを知ったのか。
  どうして樹里が何かを憎んでるって、知っているのか」

凛「肝心な所を、まだ教えてもらってない」

咲耶「凛は鋭いね」フッ

咲耶「もちろん、隠す気なんて無い。お答えしよう」


咲耶「凛達は、有栖川夏葉というアイドルを?」

未央「あっ、283プロの! さくやんと同じ事務所の人だよね」

咲耶「知っていたか。夏葉もきっと喜ぶよ」

卯月「有栖川夏葉さんが、どうかしたんですか?」


咲耶「彼女は実は、先日行われていた、
   346プロのアイドル候補生を決めるオーディションに参加していたんだ」


凛「……!」ピクッ

未央「! えっ……!?」

卯月「それって、つまり……本当は夏葉さんは、346プロに入りたかったってことですか!?」

咲耶「そうなるね」

咲耶「しかも夏葉は、そのオーディションに合格していた」

咲耶「なのに、346プロには入らなかった……その意味が分かるだろうか?」


未央「え、えっ……何で受かったのに?」

卯月「……ひょっとして、合格を辞退した、ですか? どうして……」


咲耶「皆を前にして、346プロの悪口を言うつもりは無いのだが……」

咲耶「かのオーディションでは、審査員側で不可解な判定があったらしい。
   夏葉の言うことには、だけどね」


未央「えっ!?」

卯月「ど、どういう事ですか……!?」

凛「…………」

咲耶「夏葉は致命的なミスをした。
   本来であれば、並み居る出場者を押さえてまで受かるはずが無いほどのミスだ」

咲耶「しかも、彼女の後に実演した子は、
   会場内の誰もが満場一致で合格を確信するほどの出来映えだったという」

咲耶「夏葉もまた、彼女の合格を信じて疑わなかった」


卯月「……なのに夏葉さんが、合格になって……」


咲耶「あれほど憤った夏葉を見たのは、後にも先にも、その様子を語った時だけだ」

咲耶「誇り高い分、ひどく心を傷つけられたのだろうね」

咲耶「もちろん、かの判定により、それまでの努力を反故にされた、その出場者も」

咲耶「そして……その子の周囲の人間も」

未央「……それがジュリアンと何か関係しているの?」


咲耶「私が夏葉からその話を聞いたのは、つい先日の事だ」

咲耶「それよりも少し前……とある日、私は283プロの社長に呼び出された」

凛「社長から?」

咲耶「天井努という人だ。私達をよく気に掛けてくれる、面倒見の良い人でね」

咲耶「西城樹里について知ったのは、彼の話がきっかけだった」

凛「! ……」


咲耶「樹里は、346のオーディションで不条理に落とされた子の友人として、
   付き添いに来ていたらしい」

咲耶「だから樹里は、346プロを憎んでいる。
   引いては、アイドルそのものをも憎んでいるのかも知れない」


未央「だからプロデューサーは、346プロである事を隠せ、って……」


咲耶「そんな彼女を、天井社長は守ってほしいと私に言った」

卯月「守る……な、何から、ですか?」



咲耶「その前に、君達が樹里を気に掛ける理由を教えてもらえるだろうか」

咲耶「ここから先は、生半可な覚悟しか持たない者に話す事はできない」

咲耶「知ってしまったが最後、君達をも危険に晒す事になりかねないからだ」

未央「ちょ、ちょっと……何だかすごく物騒というか、おっきな話になってきてない?」

咲耶「ああ。どうやら樹里を中心に、この業界は大きなうねりを見せている。
   おそらくは、私達が考えている以上にね」

卯月「そ、そんな……わ、私達はただ、樹里ちゃんと……!」

凛「いいよ」

卯月「え……」


凛「私達の事もちゃんと話さなきゃ、フェアじゃないよね。
  それに、今さら樹里を放っておくことなんてできない」

凛「上辺の話だけ中途半端に聞かされて、引き下がれっていうのも無理な話でしょ?」

咲耶「……」フッ


凛「そんな大それた事じゃないよ。私達が樹里を気に掛ける理由」

凛「友達でいたいから」

咲耶「友達?」

凛「初めて……いや、正確には初めてではなかったけど……」

凛「公園で自主練している樹里を見た時、放ってはおけなかった」

凛「何でかは分からないけど、他人とは思えなくて……」


凛「それに……プロデューサー」

凛「私達のプロデューサーが、すごく面倒で、余計なリスクを抱えてまで、
  あの子の事、気に掛けているんだ」

凛「だったら余計、放っておけないよ」

咲耶「君達のプロデューサーが……」


卯月「詳しい事情は、まだ全然聞けてないんです。だけど……
   あのプロデューサーさんがそうまでするなら、私も協力したいなって」

未央「そうそう。せっかく他所の事務所に出来た最初のアイドル友達だもん!
   お互いもっと楽しくやれた方が、絶対いいでしょ?」

凛「私が……私達が信じるプロデューサーが、放っておかない人がいる」

凛「余計なお節介を焼きたいのは、咲耶だけじゃないってこと」

咲耶「…………」

凛「そんな私達の覚悟は……生半可、ってことになるのかな」


咲耶「……いや。すまない」

咲耶「どうやら私は、凛達をみくびっていたようだね」ニコッ

凛「! それじゃあ……」


咲耶「だが、やはり話すことはできない」


卯月「えっ!?」

未央「何でさ!? そういう流れだったじゃん!」


咲耶「卯月。君はさっき、詳しい事情をプロデューサーから聞かされていないと言ったね」

咲耶「それならまず、君達のプロデューサーときちんと話をするべきだ。
   立場上の第三者である私から、より深い情報を引き出すのは、健全ではないと思うよ」

未央「ぐぬぬ……!」

卯月「う、う~ん……」

凛「……悔しいけど、それはそうだね」

咲耶「分かってもらえたようで、何よりだ」


咲耶「さて……そうなると、私から話せることも、これでおしまいという事になる。
   ご満足いただけたかな?」


凛「……満足はしてない、けど」

凛「咲耶がどんな人なのか分かった。今日話せて良かったかな」

咲耶「ありがとう。私も、凛達と親交を深めることができて、嬉しく思うよ」ニコッ

凛「ちょっとキザすぎるのが、たまにキズだけどね」クスッ

咲耶「ハハハ、きっと性分なのさ。どうか大目に見てほしい」

凛「卯月もずっと、目がハートマークだったし」

卯月「ええぇぇっ!? そ、そんな事ありま……本当ですか!?」

未央「否定しきれてないのが何ともだねー」ウリウリ

咲耶「フフッ」ニコッ

咲耶「では、また会おう」クルッ

コツコツ…



卯月「た、立ち去り方もカッコいい……」

未央「見るからに芸能人ですよーって歩き方……あ、道行く人も皆振り返ってる」


凛「……未央、卯月、ごめん」

未央「へ? 何が?」

凛「実は、知ってたんだ、私……346のオーディションで、起こったこと。
  それと、樹里が346プロを憎んでるってことも」

凛「プロデューサーから、この間聞いてたんだけど……私も、信じられなくて……」


卯月「ううん、凛ちゃん」フルフル

卯月「凛ちゃんも私達を思っての事ですし、こうして皆で一緒になれたじゃないですか」

未央「うんうん!
   デッカい問題だけど、まずはそれを知れただけでオッケーだよしぶりん!」

凛「……ありがとう」コクッ

凛「咲耶も言った通り、やっぱりプロデューサーと、ちゃんと話さなきゃ」

凛「ただ、プロデューサーは、全部を抱え込もうとしている。
  たぶん、樹里に対しても」

卯月「タイミングは、慎重に見計らった方が良いかも知れませんね」

未央「思った以上に混み入った話みたいだからねぇ……」


未央「でも、深入りしないワケにもいかないっしょ。ねぇしぶりん?」

凛「……うん」

卯月「えへへ、また咲耶さんとお話できるのが楽しみです」

凛「卯月が言うと、別の意味に聞こえるんだけど」

卯月「え、うええぇぇっ!? ち、ちが……ぇぅ……!?」アタフタ

未央「そうして墓穴を掘るしまむーなのであった」

~某所~


「……そうか」

「そこまで彼女達に伝わった、ということだね」


「いや……いずれ分かることだ。ありがとう」

「私達が案ずるべきは、順序とタイミングだ」

「これから起こり得ることのね」



「千川君」

「君に頼みたい事がある」

~『サマードルフィン』当日~


プルルルルル…



プルルルルル…



『現在、電話に出ることができません』

『ピーッという発信音の後に、お名前とメッセージを、録音してください』

 ピーッ


『……あ、もしもし、チョコ? ……アタシ。樹里だけど……』

『今度アタシ、フェスに出るって、メールしたよな?』

『サマードルフィンとかいう、夏葉と対決するっていう、そのフェスなんだけどさ……』

『特別にさ、ネット配信、っつーのか? ……されるんだってよ。
 よくわかんねーけど、そういう、専用のリンクから見れるようになってるらしいんだ』

『IDと、パスワード?
 それと……アタシが出る大体の予定の時間、メールしといたからさ、その……』

『チョコにも、見てもらいたいんだ……それだけ』

『敵討ち、ってモンでもねーけど、その……夏葉には、勝とうと思ってる……ていうか、勝つ』

『……ごめんな、突然電話しちまって……それじゃあ』


 プッ



智代子「…………」

智代子「樹里ちゃん……」グスッ

樹里「…………」ピッ


樹里「……よし」


武内P「そろそろ向かいましょう。ご準備の方は、よろしいでしょうか」

樹里「アンタこそ、植木の水やりやったのか?」

武内P「エナドリも、既に」スッ

樹里「あっ、そ」

~フェス会場~

ガヤガヤ…! ザワザワ…!


樹里「お、いたいた。おーい」フリフリ

武内P「……」


未央「ジュリアーン!」フリフリ

凛「意外と落ち着いてるね」

樹里「今さらジタバタしたってしょうがねぇだろ」

凛「言えてる」フッ


卯月「あ、あわわわ……!」

樹里「逆に何で卯月が緊張してんだよ」

卯月「い、いええぇ、その! ええっと……!」アセアセ


卯月「こ、こちらの方が……樹里ちゃんの、ぷ、プロデューサーサン、ですよね?」

武内P「はい」

武内P「西城の担当をしております、“961プロの”プロデューサーです」スッ

卯月「はひっ!? ど、どうも……」

未央「あーこれは、ご丁寧に名刺をどうも。ほほー、“961プロ”ねぇ」ウンウン

樹里「そっか……こんな強面のデカブツが来たんじゃ、卯月がビビるのも無理ねーよな」

卯月「え、えへへ……!」


凛「……」チラッ


武内P「……」コクッ


樹里「ところで……夏葉、見なかったか?」

卯月「えっ?」

樹里「あぁ、そっか悪ぃ。そもそも夏葉の顔を知らね…」


夏葉「来たわね、樹里!」バァーン!

未央「うわぁっ!?」ビクッ

樹里「相変わらずいちいちうるせぇな」

夏葉「今日のために、我ながら熾烈な特訓を重ねてきたわ。
   私の方から啖呵を切った手前、お粗末な姿を見せるわけにはいかないもの」

夏葉「無論、あなたもそうでしょう?
   互いにその成果を存分に発揮して、最高のステージとしましょう、樹里」

夏葉「もちろん、その上で私が勝つわよ!」ビシィ!


樹里「……」ポリポリ

夏葉「? どうしたの樹里、ひょっとして体調不良かしら?」

樹里「何でもねーよ」


樹里(なんか……あんまり悪い事ができるようなヤツには見えねぇな)

樹里(いちいち憎らしく思うのが、馬鹿馬鹿しくなってくるぜ、ったく)


咲耶「やぁ、樹里」スッ


凛「……!」ピクッ

卯月「あっ! ……さ、咲耶さん」

樹里「アンタも来てたのか。まぁ、同じ事務所だしな」

咲耶「ああ。悪いけれど、今日の私は夏葉の味方だ」

樹里「何も悪かねぇだろ」


未央(こ、これマズくない!?)

卯月(咲耶さんの口から、私達が346プロだって言われたら……!)ハラハラ


樹里「って、卯月達は咲耶のこと知ってるみてぇだけど、面識あんのか?」

卯月「ひぃぃっ!?」ビクゥ!

樹里「な、何だよ」


咲耶「仕事の縁で、ついこの間知り合ったんだ。
   お互い、駆け出しのアイドルと言うことで、親交を深め合っていこうってね」

樹里「アンタってこう、台詞がいちいちナンパくさいっつーか、キザだよな」

夏葉「咲耶の良い所よ。喜んでくれたなら何よりだわ」

樹里「褒めたつもりはねーんだけど……」ポリポリ


未央(ま……免れた!?)

卯月(咲耶さん、うまくボヤかしてくれた……?)

凛(…………)


タタタ…

シャニP「夏葉、先ほどエントリーを済ませてきた」

夏葉「ありがとう、プロデューサー」

シャニP「とりあえず本番まで……?」チラッ


武内P「……283プロのプロデューサーの方、ですね?」

シャニP「あなたは……」

武内P「私は、こういう者です」スッ

シャニP「……なるほど、あなたが西城樹里さんの……」

シャニP「申し遅れました。283プロのプロデューサーです。
     本日は、ウチの有栖川がお世話になります」スッ

武内P「こちらこそ。本日は、どうかよろしくお願いします」

シャニP「えぇ。お互い、良いフェスにしましょう」


未央「へえぇぇ、オトナな応対だねぇ」

咲耶「アナタの違った一面を見れて、少し得をした気分だよ」フッ

シャニP「な……咲耶、それはどういう意味だ?」

夏葉「もちろん悪い意味ではないから、心配しなくていいわよ?」ニコッ

シャニP「お手柔らかに頼むよ、そういうのは……」ポリポリ


樹里「……あっちのプロデューサーは、結構フレンドリーな感じなんだな」

武内P「む……し、失礼しました」

樹里「謝んなっつーの」

凛「……」クスッ

武内P「ところで、有栖川さんは、これから本番までどうされますか?」

夏葉「咲耶よろしく、樹里と親交を……と言いたい所だけど」

夏葉「生憎、私には強敵を前にして気分転換に勤しむほどの余裕は無いわ。
   最終調整は入念に行いたいから、そろそろ失礼しても良いかしら」

樹里「強敵、ね……喜んでいいのか?」

夏葉「あなたさえ良ければね」フッ

樹里「ヘッ! 後で吠え面かくんじゃねーぞ」ニヤッ


咲耶「バックヤードに手頃な場所があった。行こうか、夏葉」

夏葉「ありがとう、咲耶。助かるわ」

夏葉「ではまた、本番で会いましょう」フリフリ

樹里「ああ」

シャニP「それでは、一旦失礼致します」ペコリ

スタスタ…

樹里「……アタシも、ボサッとしてらんねぇな」

武内P「練習用のスペースなら、あちらに用意しております」

樹里「凛達も来てくれ。出来を見て欲しい」スタスタ

卯月「は、はいっ!」


未央(すっごい気迫……!)

凛(私達の素性なんて、気にされる心配は無さそうだね)



スタスタ…

咲耶「どうだい、プロデューサー? 実際に樹里に会ってみての感想は」

シャニP「ああ、良い目つきをしていたよ。今から本番が楽しみだ」

夏葉「あら、出番を控える担当アイドルが隣にいるのに、浮気性ね?」

シャニP「そ、そういう意味で言ったんじゃないぞ!?」

夏葉「ふふ、冗談よ」ニコッ


シャニP「ただ、西城樹里よりも、あのプロデューサー……」

咲耶「? 彼がどうかしたのかい?」

シャニP「いや、気のせいかも知れないが……」

シャニP「彼とよく似た人を、346プロで見かけた気がするんだ」

~フェス本番~

ザワザワ…


武内P「西城さんの出番は、有栖川さんの後になります」

樹里「……ああ、知ってる」


樹里「…………」


武内P「……有栖川さんのステージを、見に行かれますか?」

武内P「ご覧にならず、ご自分のステージに集中するという選択肢もございますが」



樹里「……アンタは、どうしたらいいと思う?」

武内P「えっ?」

樹里「アイドルとしての成長を考えるんなら……
   見に行って、何でも吸収しに行った方がいいんだろうな」

樹里「でもアタシは、勝てればいい」

樹里「ただ、勝ちさえすれば……それで、当面の目的を果たせるなら……」


樹里「……そう思ってた。だけど」

樹里「本当に、そうなのかな……」

武内P「…………」


樹里「なぁ、プロデューサー……アイドルに、勝ち負けってあんのか?」


武内P「……難しい質問です」

武内P「今回のフェスについて言えば、審査員がおり、
    より多くの得票を得たアイドルが、勝者となります」

武内P「ですが、敗者となったアイドルにもまた、
    このフェスが、新たなファンを生むきっかけとなる事もあるでしょう」

武内P「果たしてそれを、一概に敗北と断じる事ができるでしょうか」

樹里「…………」

武内P「アイドルとは本来、優劣を競い合う類のものではないと、私は考えます」

武内P「なぜなら、アイドルにとって最も重要なものは、個性であるからです」

樹里「……前にも似たような事言ってたな、アンタ」

武内P「はい。それぞれの個性が放つ事のできる輝きがあり……」

武内P「二つと同じ星が無いのと同じように、それらは決して比べるものではありません」

樹里「……星、か」


武内P「有栖川さんには、有栖川さんの輝きが……」

武内P「そして、西城さんには西城さんだけが持つ輝きがあります」

武内P「どうか、私にそれを見せていただきたい。
    たとえ西城さんにとって、アイドルが目的を果たすための手段に過ぎないとしても」

武内P「あなたの歌とダンスに魅了された方々が抱く感動に、嘘はありません」

樹里「……要は、アタシの気の持ちよう次第ってことか?」

武内P「少々、乱暴なまとめ方とは存じますが……」ポリポリ

樹里「言うじゃねぇか、でも」

樹里「アンタのそういうトコ、嫌いじゃないぜ」ニヤッ

武内P「西城さん……」


樹里「見ておくよ、夏葉のステージ」スッ

樹里「勝ち負けは別にして、あれだけ大口叩いてたヤツのステージには、興味もあるしな」

武内P「……はい」ニコッ

~ステージ~

ワアァァァァァァァ!!!

夏葉「~~~! ~~!♪」キュッ! タンッ タタン!

夏葉「~~~~~! ~~~!♪」タッ! タン タンッ!

ワアアアアァァァァァァァァァ!!!!



卯月「うひゃあぁぁ……!」

未央「こ、こんな人がいたなんて聞いてないよぉ……
   ジュリアン大丈夫かなぁ、しぶりん?」

凛「…………」

未央「ちょ、沈黙が一番怖いってしぶりん!」

凛「ご、ごめん。でも……こんなにハイレベルだったとは、思わなくて……」

凛(この人が、346プロのオーディションを……)

夏葉「皆ありがとう! これからも、この有栖川夏葉をよろしくね!」フリフリ

ワアアアァァァァァァァ!!!! パチパチパチ…!!


未央「終わった……すっごかったなぁ」

卯月「この後に樹里ちゃんの出番なのに……まだ会場がザワついています……!」

凛「…………」



フッ


オオォォォ…!? ザワザワ…!


凛「暗転した……!」

未央「いよいよジュリアンの出番……目一杯盛り上げなくっちゃね!」

卯月「はいっ!」ギュッ!



ワアァァァァァァァ……!!


 西城樹里 【 1st Call 】


  私のこといちばんに
  呼んでくれていたのね


ワアアアァァァァァァァ!!!


  選ばれたら一瞬の 期待も裏切らないよ
  さあ 声をあげて
  誇らしいと感じてね きみの名前を冠に
  そう こたえている


未央「ジュリアン……頑張れ……!」

凛「……樹里」

卯月「そう、その調子です……」ハラハラ…!



タン タッ タンッ! タンッ キュッ! タタンッ!

樹里「~~~♪ ~~~~!♪」

タッ タタンッ! タンッ タタン!

樹里「~~~~!♪ ~~~!♪」

夏葉「…………」

咲耶「なんて鋭い……それでいて、情感溢れるダンスと歌声だろう」

咲耶「息つく暇も無いとはこの事だね。釘付けになってしまう」

シャニP「……なるほど。夏葉が見込んだわけだな」


咲耶「どうだい、夏葉? 好敵手と見定めた樹里のステージは」

夏葉「……そうね」


  もしCenterで燃えつきたら 墜ちてしまうかも
  こわくなるのは同じ
  どれ位許せるのかを 考えてみたの
  きみをもっと許せる きみももっと許せる
  でも私は自分で 自分のこと許せない


樹里「~~~!♪ ~~~~~!♪」

タタンッ タンッ  キュッ! タッ タンッ!


夏葉「不思議ね……とても誇らしい気分よ」フッ

咲耶「夏葉の目に狂いは無かった、ということかな?」

夏葉「あなたにとっても、でしょう? 咲耶」

咲耶「ああ」

  奈落に沈んで しゃがみこんだ時
  名前呼ぶ声が 突き抜けて聴こえた
  暗闇の中 結ばれていく
  ひと筋の光へと 手をのばした


樹里「~~!♪ ~~~!♪」

樹里(……このまま)タンッ タタンッ

樹里(このまま、最後まで……!)キュッ タタンッ タン!



樹里「……ッ!?」ギクッ



凛「……?」

未央「あ、あれ?」

卯月「今、な、なんだか……」

樹里「……ッ!」

樹里「~~~~!♪ ~~~!♪」タッ タン! タタン



シャニP「……ほんの一瞬ではあった、が」

夏葉(表情が、曇った……?)


  宿命的に最高を 更新していく
  生まれ変わり続ける
  今一緒にいて欲しいんだ わがままなくらいに
  ちょっとじゃ足りない全然 嫉妬も加味して超然
  セットリストや視線 完全に伝わってる


樹里「~~~!♪ ~~~!♪」タン! タッ タン!

樹里「~~~~~!♪」タタン タッ! ザンッ!



ワアアァァァァァァ!!!!


樹里「はぁ……はぁ……はぁ……!」

樹里「……ありがとうございました!」ペコリ

ワアアアアァァァァァァァ!!!! パチパチパチ…!!

コツ… コツ…

樹里「…………」コツ…



武内P「西城さん」

樹里「……プロデューサー」


武内P「お疲れ様でした。素晴らしいステージでした」



樹里「……正直に言えよ」

武内P「西城さん……?」


樹里「夏葉に敵うステージじゃなかった、って」

武内P「……目立ったミスはありませんでした」

武内P「それどころか、これまで行ってきたどのレッスンよりも、良い出来だったと思います」



樹里「気づいてるはずだぜ、アンタには」

樹里「ラスサビに繋ぐ、一番盛り上げるシーンで……一瞬、動き止まってたろ、アタシ」


武内P「……繰り返しになりますが、ミスとカウントすべきほどのものでは…」

樹里「心にもねぇこと言ってんじゃねぇよっ!!」

武内P「!」


樹里「……ッ」グッ

武内P「さ、西城さん……」

コツ…

樹里「……!」ハッ



夏葉「…………」

咲耶「お疲れ様、樹里」



武内P「有栖川さん、白瀬さん……」

樹里「……何だよ」



夏葉「……まずは結果を待ちましょう。話はそれからよ」

樹里「……ああ」


夏葉「……」クルッ

咲耶「また後で会おう」スッ

シャニP「……」ペコリ

コツコツ…



樹里「…………」

武内P「彼女達の言う通りです。さぁ、西城さん」

樹里「分かってる」スッ

ツカツカ…



武内P「…………」

ザワザワ…!

卯月「い、いよいよ結果発表です……!」ハラハラ

未央「うぅぅ……何だか、自分の時以上にドキドキしちゃうよぉ……!」ソワソワ


凛「……贔屓目抜きに、二人は誰が勝つと思う?」

未央「へっ? い、いやぁ……たぶん、ジュリアンかなつはしのどっちかだとは思うけど……」

卯月「ど、どちらが良かったか、って言われても……そのぉ……」モジモジ


凛「……私は、夏葉さんだと思う」

卯月「えっ!?」

凛「…………」

未央「し、しぶりん……」



卯月「……あっ! 結果が!!」

凛・未央「!」


オォォォ…!



咲耶「……!」

シャニP「これは……」

夏葉「…………」



武内P「西城さん……」

 【 1位  西城樹里 】



樹里「……え」

武内P「おめでとうございます、西城さん」ニコッ


ワアアアァァァァァァ!!!! パチパチパチ!!!


樹里「あ、アタシ……」

武内P「さぁ、ステージへ」


樹里「…………うんっ」

ワアアアアァァァァァァァ!!!!


未央「あっ、ジュリアン出てきた!!
   イェーーーイ!!! ジュリアーーン、優勝おめでとーー!!」ヒューヒュー!

卯月「樹里ちゃん、よく頑張りましたー!! 本当にすごいです!
   ねっ、凛ちゃん!?」

凛「うん……!」


凛(でも……何だか、表情がパッとしないような……?)



夏葉「……負けた、わね」パチパチパチ

咲耶「ああ。でも、夏葉も素晴らしかったよ」パチパチ

夏葉「ええ……それでも、樹里には敵わなかった」フッ

シャニP「時の運、というものもある。
     決して見劣りするものではなかったと、今日来てくれたファンも分かっているさ」

シャニP「また次を頑張ればいい。俺達にできない事ではないはずだ」

夏葉「……ありがとう、プロデューサー」コクッ

シャニP「ただ、優勝した当人は……?」

夏葉「…………」

咲耶「ステージ上の樹里……まだ自分の勝利が信じられない、というようにも見えるね」

夏葉「……それだけではない気がするわ」

夏葉(一生懸命、笑顔で応じているようにも見えるけれど……樹里)



樹里「あぁ、いえその……あ、アタシなんかが、っていうか」

樹里「いえ、すっげぇ、じゃなくてあの、すごい嬉しいです!
   すみません、応援ありがとうございます!」

パチパチパチパチ…!!!



夏葉(あなた……ひょっとして何か……?)



武内P「…………」

ザワザワ…

樹里「……ふぅ、やっとひと段落ついたか」

武内P「お疲れ様でした、西城さん」

樹里「本番よりも、その後のセレモニーとかインタビューみてぇなヤツの方が疲れたぜ」

武内P「致し方の無い事です」

樹里「そりゃ分かるけどよ」ポリポリ…


卯月「樹里ちゃーーん!」タッタッタッ


樹里「おー、卯月! 未央と凛も、今日はありがとな」フリフリ

未央「ううん! こちらこそ、すっごい良いステージだったよぉジュリアン!」ダキッ!

樹里「うぉわっ!? お、コラッ、いきなりやめろってそういうの!」


凛「……樹里、お疲れ様」

樹里「凛。へへッ、なんつーか……まだ信じらんねーよ」

凛「じゃあ、樹里が実感できるまで、私達がたくさん言ってあげないとね」

卯月「はいっ! 樹里ちゃん、優勝おめでとうございます!」

未央「ジュリアンおめでとー!」

樹里「だからいいってそういうの!」

武内P「おめでとうございます、西城さん」

樹里「アンタまで言うんじゃねぇよ!!」

凛「ふふっ」


コツ…


未央「……あっ」



夏葉「樹里、優勝おめでとう」


卯月「夏葉さん、咲耶さん……」

樹里「……ああ」

武内P「プロデューサーは、どちらへ?」

咲耶「先に車で待っていると」

武内P「そうですか」

咲耶「浮かない顔をしているね、樹里」

樹里「…………」

武内P「西城は、先ほどまで関係者への応対により、拘束されておりましたので」

咲耶「なるほど。お疲れというわけか」


夏葉「生憎だけれど、これからはもっとハードなスケジュールになるわよ、樹里」

夏葉「このフェスの優勝を機に、あなたにはきっとたくさん仕事が舞い込んでくるわ。
   これまでとは比較にならないほどのね」

夏葉「弱音を吐いてるヒマなんか無いわよ。しゃんとしなさい! ねっ?」ニコッ


樹里「……アンタは、どう思ってるんだ?」

夏葉「何が?」

樹里「今日の結果だよ」

樹里「アタシは……夏葉が勝つと思ってた」

卯月「じゅ、樹里ちゃん……」

夏葉「もちろん、私が勝つと思っていたわ!」ドヤッ!

樹里「……!」

夏葉「でも、結果は樹里の勝ち。私はそれを受け入れるだけよ」

夏葉「だから、あなたも胸を張りなさい」


樹里「あの時は受け入れなかったクセにか?」

夏葉「あの時?」

樹里「346のオーディションの結果に抗議をした時だよ」

夏葉「……!」ピクッ


樹里「あの日のアンタの気持ち、よく分かるぜ……」

樹里「どうしても……納得ができねぇ。皆、ごめん……!」スッ

未央「あ、ちょっ、ジュリぁ…!」

スタスタ…!

夏葉「待ちなさい、樹里」

樹里「! ……」ピタッ


夏葉「約束を果たすわ。あなたへの非礼を詫びると」

夏葉「智代子を想うあなたの決意を侮辱して、ごめんなさい、樹里」スッ


樹里「……アンタって、呆れるほどに真っ直ぐで真面目だな」

樹里「アンタが本当に、不正を仕向けた有栖川家の人間なのか、分からなくなるぜ」

夏葉「そう……それについても、あなたに話をする必要があるわね」

樹里「えっ?」


夏葉「あのオーディションから帰った後、父に問い質したの」

夏葉「どうして、己が実力を346プロに認めさせる機会を私から奪ったのか、とね。
   すると父はこう答えたわ」

夏葉「何の事だ、と」


樹里「……何だって?」クルッ


夏葉「彼は……私の父は、346プロオーディションの存在すら知らなかったのよ。
   もちろん、それに私がエントリーをしていた事も」

夏葉「これがどういう意味か、分かるかしら」


樹里「アンタの親父は……不正に関わっていなかった?」


夏葉「この話を信じるかどうかは、あなたの自由よ。
   私も、有栖川家の人間だものね」

夏葉「でも、私は……私だって、あの一件をずっと許していない者の一人」

夏葉「何より、会場内の誰にも文句を付けられないだけの実力で、
   合格を勝ち取ることの出来なかった自分自身にも」

夏葉「いずれにせよ、智代子を傷つける結果を招いた責任が、私にもある事に変わりは無いわ」

樹里「…………」

凛「樹里……」


樹里「……少し、考えさせてくれ」スッ

スタスタ…



卯月「オーディションの件……樹里ちゃんも、心の整理は難しいですよね」

武内P「……それもあるでしょう。ですが、それ以外にも……」

未央「今日のステージの出来も、ジュリアンの中で満足いってなさそうだったよね」

夏葉「…………」


咲耶(単に、自分のステージに納得していないだけのようには見えなかった)

咲耶(346プロへの私怨だけでなく、どうやら樹里自身、何かを抱えているようだ)

咲耶(それを明かしてくれる日は、果たして来るだろうか……)

スタスタ…

樹里「……クソッ」

樹里(悪ぃ事、言っちまった……夏葉や、皆にも)

樹里(…………)



  ――樹里ー! パスパース!

  ――えへへっ! やっぱり樹里がいれば安心だねっ!

  ――私の代わりにポイントガードを任せられるの、樹里しかいないよー!



  ――なぜ、あんな無謀なスリーを打った?


樹里「……ッ!!」

ガスッ!


樹里「いちいち、思い出してんじゃねぇよ……!」

樹里「…………ッ」

「樹里ちゃん……」


樹里「……!?」クルッ



智代子「……樹里ちゃんっ」



樹里「なっ……ちょ、チョコ!?」

智代子「樹里ちゃん!」ダッ

ダキッ!

樹里「うわっ!」


樹里「チョコ……か、会場に来てくれてたってのか!?」

智代子「樹里ちゃぁん……!」グスッ

智代子「すごく……ひっ、ぐ、す……すっごい、カッコ良かったよぉ……!!」ポロポロ

智代子「キレイで……きま、う、うっ、キマッ、てて、キラキラで……!!」

智代子「うあぁぁぁあぁ……!!」ギュゥ…!


樹里「チョコ……」

樹里「あ、アタシはただ……その……えっと」ポリポリ


 ――あなたの歌とダンスに魅了された方々が抱く感動に、嘘はありません。


樹里「……チョコに、届いて良かった」

智代子「ぇ……?」

樹里「チョコのために、アタシは……アイドルやってた」


樹里「だから……チョコに喜んでもらえたなら、良かったよ」

樹里「良かった、って……今、やっと思うことができたぜ。チョコのおかげでさ」

智代子「樹里ちゃん……!」ジワ…!

樹里「あーもう、泣くなって。ほら、鼻かめよ、ティッシュいるか?」

智代子「樹里ちゃあんっ!!」ブワワッ

樹里「わあぁぁっ!? や、止めろって、アタシの服べちゃべちゃになるだろ!」

智代子「樹里ちゃん、そんなこと言うのズルいよぉ!! うわぁぁぁん!!」ジュルジュル


樹里「……へへ、ったく」

樹里「誰のせいだと思ってんだよ、アタシがこうして身体張ってんの」

樹里「チョコもさ……やらねーわけにはいかねぇだろ?」ニカッ

智代子「うん……うんっ……!」

樹里「……世話かけさせやがって」ナデナデ



夏葉「……智代子」

凛(あの子が、樹里の……そっか)

卯月「二人とも、とっても幸せそうです」


咲耶「あの智代子に前を向いてもらう事が、樹里の目的の一つだった」

咲耶「その目的は、達成されたと見て良いだろうか?」

未央「何言ってんのさくやん、あれ見てよ。そうに決まってるじゃん!」

夏葉「樹里の満足げな表情がその証拠ね。さっきとは大違い」ニコッ

咲耶「フフ、そうだね」


凛「これでひとまず、一件落着……かな」

武内P「……今はただ、そうである事を願いましょう」

凛「うん……それと、さっき夏葉さんも言ってたけど、
  このフェスで結果を残した事で、樹里もこれからどんどん有名になる」

凛「そうなれば、しばらくは樹里を危ない目に遭わそうとする人達も、
  容易に手出しが出来なくなる……そうだよね、プロデューサー?」



武内P「……はい」

~会場外 961プロ リムジン車~

黒井「何の用かと思えば、ノコノコと……」

黒井「そんな事を貴様に教える筋合いなど無い!」

シャニP「で、ですが……!」


???「では、私から話そう」

シャニP「えっ?」

黒井「何ッ!? 貴様、何を勝手な……!」


天井努「いずれ分かる事だ。
    それに、この男は余計な行動をする者ではない。私が保証しよう」

シャニP「しゃ、社長……」

黒井「……フンッ」


天井「お前の目した通り、あの男は346プロのプロデューサーだ」

シャニP「! ……で、ではどうして、彼は961プロのプロデューサーだと?」

天井「961プロのプロデューサーでもある、という事だ。
   その理由については、まだ明かす事はできない」

天井「だが、来るべき時が来るまで、あの男と西城について深入りはせず、
   しかし注意深く見守る必要がある」

天井「お前にも、その役割を担ってほしい。頼まれてくれるな?」


シャニP「……分かりました。今日は、これ以上お伺いすることはしません」

シャニP「ですが、いずれ何らかの形で、私にも事情を明かしていただくことを願います」

天井「すまない、苦労を掛ける」

シャニP「いえ……では、失礼致します」ペコリ

スタスタ…



黒井「……フンッ!」

黒井「あの西城樹里とかいうガチャ蠅……
   346のプロデューサーが妙な動きをしているから、泳がせてみたが」

黒井「どうやら面倒な事になりそうだな。
   金と手間を惜しまず、さっさと潰せば良かったという訳か」

黒井「私とした事が、目測を見誤るなど……」


天井「フッ……いい加減、青臭い事を言うのはよせ」

黒井「……何だと?」ピクッ

天井「確かに、我々はそう夢を見てはしゃぐような歳でもないが、
   そうして斜に構えるのは貴様の悪い癖だ」

天井「真っ直ぐに光を見出す若者の背を押すのは、大人の役目だと思うが?」


黒井「貴様……よくもそんな甘っちょろい事を言えたものだ、この私に。
   青臭いのはどちらかね」

天井「さぁな。しかしこれだけは言える」


天井「このフェスを機に、アイドル業界は大きなうねりを見せるだろう」

天井「そして、“何者か”があの男や西城に行動を起こすような事があれば、
   私も静観する事はできなくなる」

黒井「…………」

天井「懸命な判断を期待する。ではな」ガチャッ

バタンッ



黒井「……ナマイキな事を。私を牽制するつもりか」

黒井「夢、か……」

黒井「夢だけで食える業界など無い。だから我々のような者達がいる。
   そう……だからこそ、まだまだ続けていかねばならんのだ」

黒井「346プロとの“契約”だけはな」

今日はここまで。
今後、2/20~24まで、夜の8時~11時頃を目標に100レス程度ずつ更新していければと思います。
 ※時間は前後する可能性があります。
 ※最終更新予定の2/24(金)は170レス程度になる見込みです。

統一教会スパイクタンパクISISは、正当に選挙されたスパイクタンパク会における代表者を通じて行動し、ウクライナとウクライナの子孫のために、諸スパイクタンパクISISとの協和による成果と、わがスパイクタンパク全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権がスパイクタンパクISISに存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそもスパイクタンパク政は、スパイクタンパクISISの厳粛な信託によるものであつて、その権威はスパイクタンパクISISに由来し、その権力はスパイクタンパクISISの代表者がこれを行使し、その福利はスパイクタンパクISISがこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。ウクライナは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
統一教会スパイクタンパクISISは、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸スパイクタンパクISISの公正と信義に信頼して、ウクライナの安全と生存を保持しようと決意した。ウクライナは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐるスパイクタンパク際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。ウクライナは、全世界のスパイクタンパクISISが、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
ウクライナは、いづれのスパイクタンパク家も、自スパイクタンパクのことのみに専念して他スパイクタンパクを無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自スパイクタンパクの主権を維持し、他スパイクタンパクと対等関係に立たうとする各スパイクタンパクの責務であると信ずる。
統一教会スパイクタンパクISISは、スパイクタンパク家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

――――――

――――


『というわけで、スタジオには90年から2000年代初頭の懐かしのアイテムをご用意しました~』

『いやー、お父さんお母さん世代にはたまらないものばかりかと思うのですが、
 さてこの中で夏葉ちゃんが見たことあるものってありますか?』

『そうですね……たまごっち?
 あ、あとガラケーも知ってるわ。私の両親が昔使っていて。触ってもいいですか?』

『はい、もちろん!』

『なるほど、こっちに二つ折りの……え? あ、あらっ!?』バキッ!

『あ、ああぁ~~~!?』

  >草ァ!
  >筋 肉 論 破
  >この子いつも筋肉で全てを解決してんな
  >今時のコ達ってガラケー見たことないんか?
  >これもうノゲイラだろ
  >台本って可能性もあるけど、夏葉ちゃんだからなぁww
  >パパのも折ってそう(確信)

 【アイドル界の新星! 283プロ『有栖川夏葉』のストイックな魅力に迫る大特集18ページ】

 【老若男女に大人気! 283プロ白瀬咲耶、商店街食べ歩きイベントで神対応 辺りは騒然】

 【トリオユニットの新基準! 346プロ ニュージェネレーションズに密着取材! \ガンバリマス!/】





カタカタカタ… カタカタ…


 【●●プロのアイドル◇◇、不審死を遂げた交際相手の俳優■■と口論する音声が流出】

 【死亡の前夜か? 「死ね」と連呼するアイドル◇◇の肉声 不審死との関連について】


  >文秋砲キターーー!!
  >これマジでヤバすぎやろ、シャレにならなすぎるわ


「待って! 待ってよ!!
 彼を失った上に、何で……何でこんな事を言われなきゃいけないのよ!?」

「こんなひどい事、私言ってない!! 言ってないのに……!!」

  >普通に殺人やん
  >納得だわ、この間共演してた時も明らかに仲悪そうだったしな
  >キモい擁護してたオタクども息してるかー?


カタカタ… カタカタ…


  >引くほどブチギレてる声で「死ね!」連呼してて草も生えない
  >こんなメンヘラと付き合ってりゃ、そら病むわ……
  >やっぱ自殺かぁ、伸びしろある俳優さんだったのに、本当に可哀想

「違う!! 違うっ!! こんなの全部ウソなのにっ!!」


カタカタ… カタカタカタ…


  >コイツが死ねば良かったのにな


「!!」

「イヤアアアァァァァァァッ!!!」


カタカタカタ…





武内P「………………」

~346プロ 事務室~


カタカタカタ… カタカタ…

武内P「…………」カタカタ…


ガチャッ

ちひろ「お疲れ様です、プロデューサーさん」

今西「毎日、ご苦労なことだね」

武内P「いえ……お疲れ様です」

つ エナドリ

武内P「……」グビッ


ちひろ「最近のニュージェネレーションズの三人、凄いですね。
    この間始まった新番組、業界人からの評価も高いみたいですよ」コトッ

武内P「ありがとうございます」

ちひろ「それと、283プロの有栖川夏葉ちゃんと、白瀬咲耶ちゃんも大人気ですね。
    テレビで見ない日は無いくらい」

武内P「彼女達は、346プロのアイドル達にも負けない、強烈な個性を持っています。
    かつ嫌味が無いため、メディア受けも良いのだと思われます」


武内P「そして……同じく283プロの、園田智代子さん」


ちひろ「先日デビューしたばかりですが、既に業界の中でも注目度は高いですね。
    復帰を熱望していた人達も多くいたみたいです」

武内P「それだけ、大きな事件だったということでしょう」

ちひろ「はい……」

今西「…………」

武内P「それ故に、安堵しています」

武内P「園田さんの実力であれば、埋もれる事は考えられません。
    そしてそれ以上に、彼女は……西城さんの心残りの一つでした」

武内P「それが払拭された事は、私にとっても喜ばしい事です」

ちひろ「はいっ」


ちひろ「ただ……」



武内P「……西城さんには、大きな目標がもう一つあります」

武内P「これが達成されない限り、彼女の心が真に晴れる事はありません」


今西「それは、トップアイドルになることではなく、という事かね?」

武内P「…………」


ちひろ「961プロの、西城樹里ちゃん……」

ちひろ「先日の『サマードルフィン』で、夏葉ちゃんを押さえて一位になり、
    注目度は智代子ちゃん達以上に高い子です」

ちひろ「それなのに、あれ以来表舞台には姿を見せず、目立った活動も公にされていない」

ちひろ「アイドルファンの間では、引退の噂すら囁かれているほどです」


ちひろ「……プロデューサーさんは、どうお考えになりますか?」


武内P「…………」


ちひろ「……失礼します」スッ

ガチャッ バタン…

武内P「…………」


今西「……そうそう。君に一つ、伝えておくことがある」

武内P「美城常務のこと、でしょうか?
    新しくアイドル事業部に着任された」

今西「さすが、察しが良いね」


今西「君のプロジェクトの、渋谷凛君」

今西「彼女もまた、常務の新規プロジェクトへのお声がかかる見込みだ」

武内P「……!」

今西「何、そう構える必要は無いよ。
   直ちに今動いているプロジェクトにメスを入れることが無いよう、私も説得している」

武内P「……ありがとうございます」


今西「だが……あくまで“直ちに”は無い、という話だ」

今西「今後、業績不振に陥るプロジェクトがあれば、その限りではないだろう」


今西「意地悪な言い方にはなるが……
   たとえば、我が事務所以外のアイドルに構うばかりに、“本来業務”が疎かになるプロデューサーの……」

武内P「!! ……ッ」

今西「私とて、このような事を言いたいわけではない。
   西城樹里君のことは、私も気にかけてはいる……しかし、だ」

今西「この先も彼女を匿い続ける事は、相応のリスクを抱える事になる。
   我が社だけでなく、君にとっても、彼女にとっても。あらゆる意味でね」

今西「だから、一応の警告だけはさせてほしいんだ。すまない」


武内P「……美城常務は、私の素性をご存知でしょうか?」

今西「いや。おそらく美城会長は、961プロとの“契約”の話まではご息女に引き継いでいないだろうね」

今西「だが、彼女は聡明だから、遅かれ早かれ気づくだろう。
   そして同時に、とても高潔な人だ」


武内P「私の存在そのものを、リスクと捉える可能性も考えられる……と?」


今西「時代は移り変わる」

今西「昔のような仕事の仕方は、もう、必要とされなくなるだろう」

今西「黒井社長ともいずれ、今後の“契約”の在り方について、見直すべきかも知れないね」


武内P「…………」

~夜 某公園~

タンッ タタン! タン…!

夏葉「はい、1、2、3、4……!」

未央「5、6、7、8! っと……どう、なつはし!?」

夏葉「良く出来ていたわ。でも、少し無駄な動きが多い気もするわね」

未央「えっ、ウソ!?」ギクッ


咲耶「快活さ溢れるエネルギッシュなダンスは、未央の大きな魅力の一つだ」

咲耶「多少の精度を気にするより、今の元気なベクトルを伸ばしていく方が、
   私は、未央には良いと思うよ」

未央「わーい! ありがとう、さくやん!
   何でも褒めてくれるのすごく嬉しいよー!」ダキッ!

咲耶「おっと。フフッ、未央は本当に感情表現が素直だね」ナデナデ

卯月「それにしても、なつはしってあだ名は……」

夏葉「私は別に気にしてないわよ、卯月」

夏葉「確かに、京都の八ツ橋みたいとは思ったけれど、
   八ツ橋自体は何もネガティブな印象を持ち得ないもの」

凛「それは、そうなんだけどね」


シュババババッ!

智代子「だ、誰か今、八ツ橋の話しなかった!?」ザッ!


卯月「うひゃあっ!? ち、智代子ちゃん!」

凛「誰もしてないから、ほら、練習再開しようか」

智代子「そんな……てっきり夏葉ちゃんがお土産で持ってきてくれたんだとばかり……」ガクッ

夏葉「そんなに欲しいなら、今度取り寄せておくのもいいわね。
   京都で懇意にしている老舗のお店があるの」

智代子「ほ、ホントに!?
    どうかお願い! 修学旅行以来ずーっと食べてないから無性に恋しくって!」

夏葉「ええ、いいわよ。そのかわり……」スッ

ツンッ プニッ

智代子「オウフ」

夏葉「約束したメニューを、しっかりこなしてからでないとね?」プニプニ

夏葉「私の計算上は、あなたのお腹はもっと引き締まっているはずなのだけれど、
   これはどういう事かしら」プニプニプニ

智代子「ち、違うんだよ夏葉ちゃん、これには深いワケが……」オロオロ


樹里「こらあぁっ、チョコ!!」


智代子「ひぇっ!? じゅ、樹里ちゃん!」ドキッ

樹里「アタシと一緒にランニングするって約束だったよなぁ!?」

樹里「そもそも自分一人だと意志が強く持てないから一緒にやってくれ、って、
   チョコの方がアタシに頼んだってのに、おま…!」

智代子「樹里ちゃん! 樹里ちゃんごめんだからあんまり夜騒ぐと近所迷惑だよ!」

樹里「ったく、復帰した途端に怠け癖を身につけやがって」

樹里「それとも、以前頑張ってた時も、アタシの見てない所で菓子食いまくってたのか?」

智代子「つ、疲れた時の糖分摂取は、それなりに……」

樹里「カロリー制限しろよな!」

智代子「ひぃっ!」ビクッ


未央「まぁまぁジュリアン、その辺にしてあげたまえよ」

卯月「智代子ちゃんも、悪気があるわけではないですし」

樹里「いーや、甘やかしちゃダメだ」

樹里「何しろアタシ達には、もっとデッカい目標があるんだからな」

咲耶「目標?」


樹里「346プロの不正を公表すんだよ」

樹里「誰も潰すことが出来ないくらい、もっと有名になった上でな」

凛「……!」

夏葉「……樹里」

智代子「じゅ、樹里ちゃん、それはいいよ。
    ほら、私も夏葉ちゃんも、こうして無事にアイドルをやれてるんだし、あの事はもう…」

樹里「自分達さえ良ければ、それで満足かよ?」

智代子「え……」


樹里「あの後だって、346プロは同じような事を何度もしてる可能性だってあるじゃねーか」

樹里「チョコ達と同じ苦しみを誰かに味わわせるような真似を、
   見過ごすなんてアタシには出来ねぇし、何より……」

グッ…!

樹里「何より、それを平気で行う346プロの腐った性根が気に入らねぇ」ググ…!

樹里「それが当然だと思ってんなら、大きな間違いなんだ、って……
   アイツらには思い知らせてやらなきゃだろ」

卯月「じゅ、樹里ちゃん……」

咲耶「…………」


樹里「だから、アタシは妥協したくねぇ」

樹里「まだまだ夏葉や咲耶達には及ばねぇけど、いつかは追いついて、
   もっと上の舞台で活動できるようになってやるんだ」

樹里「凛達も、夏葉達に負けないように、一緒に頑張ろうな!」


凛「う、うん……」

樹里「アハハ、何だよ気のない返事だな」

未央「あは、アハハ……」

卯月「…………」


凛「…………」

――――


凛『樹里に言うから。私達が346プロだってこと』

武内P『……!』ピクッ


凛『安心して。プロデューサーの事は、まだ言わないでおくよ』

凛『正体を明かすのは、あくまで私と未央と卯月の三人だけ』


武内P『……そうですか』

凛『止めないんだ?』

武内P『これ以上、ニュージェネレーションズの活動を西城さんに隠し続けるのは、
    限界だと考えます』

武内P『渋谷さん達と西城さんとの交友関係にも、支障をきたすでしょう』

凛『……ありがとう』

凛『でも……プロデューサーは、どうするの?』

凛『まだ、樹里には秘密にし続けるの……?』


武内P『……私が身分を偽って自分に近づいたことを、西城さんが知れば、
    彼女の私に対する疑念は深まります』

武内P『私の素性は……明かす事はできません』


凛『もし、ニュージェネレーションズと樹里が、一緒の仕事をすることになったら?』

武内P『……ッ』

凛『プロデューサーは、どっちのプロデューサーとして来るつもりなの……?』


武内P『…………』


凛『もう、やめようよ』

凛『智代子が立ち直って、アイドルになれた事で……
  きっと樹里も、346プロに対する憎しみは薄れてる』

凛『一緒の仕事をする事になったとしても、全部知られていた方がお互いに気が楽でしょ?』

凛『だから…』

武内P『私の』


凛『え?』

武内P『私の本来業務は、何なのでしょうか……』


凛『……何の冗談のつもり?』

凛『私達と樹里、皆をトップアイドルにするために、プロデューサーがいるんでしょ』


武内P『……そう、ですね』

武内P『そうであるよう……努めてまいりたいと、思います』スクッ

凛『ちょっと、プロデューサー!』

武内P『失礼致します。
    まだ私の事は、西城さんには明かさないよう……』

凛『待って!』

スタスタ…



凛『プロデューサー……どうしちゃったの……?』


――――

テクテク…

未央「あ、ねぇねぇジュリアン! あっちバスケットコートあるよ」

樹里「あん? ……あぁ」

未央「今度バスケやろうよ!
   私もバスケ部の助っ人やってた時あったから、少しは自信あるんだー」

卯月「あっ、良いですね! 樹里ちゃんのバスケ姿、見てみたいです!」

樹里「んー……気が向いたらな」

未央「何だよー、中学までやってたんでしょ-?
   気の無い返事だなージュリアーン」ウリウリ


凛「……じゃあ、私と樹里はこっちだね。また今度」

咲耶「ああ。お互い忙しくなってきた身だけれど、この秘密特訓は可能な限り続けていこう」

夏葉「場所を変えるのも良いかも知れないわね。
   近くに手頃なジムが無いか、調べておくわ」

智代子「お、お手柔らかに……」ゲッソリ


未央「おやすみー!」フリフリ
卯月「おやすみなさーい!」


樹里「おー……」

テクテク…

凛「樹里ってさ……エゴサって、しないの?」

樹里「エゴサ?
   ……あぁ、ネットとかで自分のことを調べたりするヤツか?」

凛「うん」


樹里「プロデューサーから、そういうのは一切すんなって言われてる」

樹里「余計なことを知って、アタシが傷ついたり、変に影響されたりすると良くないってさ。
   ちぇっ、ガキみてーな扱いしやがって」

凛「でも、一応守ってるんだ?」

樹里「まーな。他のアイドルの事とか見たり調べたりすんのもやめろ、って」

樹里「西城サンには西城サンの輝きがあって、
   余計な色が付くとそれが失われてしまうんだと。ハンッ」

凛「…………」


樹里「でもまぁ……曲がりなりにも、アタシのプロデューサーだから?」ポリポリ

樹里「一応、守ってやらねー事も、ねーかな、っていう……」

凛「……そっか」

樹里「……悪ぃな。変な話、しちまって」

凛「ううん」フリフリ


テクテク…

凛「……バスケ」

樹里「あん?」

凛「樹里は、あまりやりたくないの?」

樹里「別にそういうワケじゃ……」


樹里「……いや」クシャクシャ

樹里「正直に言うと、な」

凛「そう……」

凛「ごめんね。未央も、悪気があった訳じゃないから」

樹里「知ってるよ。いちいち謝んなって、未央の分まで」

凛「…………」


樹里「? どうした。さっきから、なんか元気ねぇな」

凛「……あ、あのさっ」

凛「まだ、言ってなかったよね……私達の事務所」

樹里「……!」ピクッ


凛「今までずっと言えなくて、ごめん」

凛「でも、やっぱり言わないままにしておくの、良くないと思うから……」

凛「だから…!」

樹里「凛」

凛「え……?」


樹里「アタシがバスケをやりたくない理由、どうしてだと思う?」

凛「樹里……?」

樹里「答えは『教えてやれねぇ』だ」

樹里「今は、な」

凛「…………」


樹里「アタシも、凛達には言えない秘密を抱えてる」

樹里「だから凛も、無理にアタシに言い辛いこと、言わなくていい」

樹里「お互い、そういう風にしとこうぜ、な?」ニカッ


凛「……樹里」

凛「少し、幻滅したかも」

樹里「……何だと?」ピクッ

凛「それ、樹里が言いたくない事を言わないためのダシにしてるよね?
  私が事務所について言わない事を」

樹里「! ……」

凛「樹里がそうやって、自分の都合の良いように相手を利用するなんて、思わなかった」

樹里「そ……そんなつもりで言ったんじゃねぇよ!
   勝手にアタシのこと斜めに見んな!」

凛「じゃあ聞かせてよ。
  どうして私達の事務所について知りたくないのかを」

樹里「な、う……!」


凛「私は別に、樹里がバスケをしたくない理由なんて、あえて聞きたいと思わない。
  見返りや交換条件なんて抜きに、ただ私が樹里に打ち明けたいだけ」

凛「どう? 樹里に断る理由ある?」

樹里「…………」


凛「私達のことを……私を、怖がらないでよ、樹里」

樹里「…………」

樹里「アタシ、こっちだから……じゃあな」スッ

テクテク……



凛「…………樹里」


凛「……」スッ

ポパピプペ


プルルルルル…


『やぁ、凛。
 君から連絡をもらえるとは、先ほどまでの疲れが嘘のように心が軽くなる思いだよ』

凛「電話出る度に毎回それ言うの?」


凛「あのさ……相談したいことがあるんだ。聞いてくれるかな」

『……樹里のことか』

凛「できれば、夏葉にも」

~346プロ~

コツコツ…

美城常務「確認すべき社内の福利厚生施設はこのくらいか」コツコツ

役員「は、はい。左様で」


美城「このエステルームやサウナの稼働率は?」

役員「へっ!? あ、はい、あの……!」パラパラ

役員「年間の利用率ですと、およそ40%程度と…」

美城「では解体だ」

役員「……え?」


美城「アイドル達の福利厚生、パフォーマンス維持に十分に寄与しているとは言えない施設を盲目的に維持し、
   いたずらにランニングコストばかりを掛けるのは非効率だ」

美城「年間の半分も機能していない施設のために、我がアイドル事業部が投入すべき予算など無い。
   解体し、撤去したスペースには別の利活用を考える必要がある」

役員「で、ですが!
   突然この施設が利用できなくなったら困るアイドル達も大勢いるのでは…」

美城「近隣には類似の民間施設も大勢ある。
   利用する際の費用を活動経費の中で都度工面した方がロスも少ないし、利用実態の把握や予算管理も明瞭で容易だ」

役員「そ、そうだとしても、解体・撤去して新しいものを導入するにも相応のコストが掛かります。
   設備の面でも、定常的に運転させておいた方が維持管理上有利でして…」

美城「であるならば、客観的かつ定量的なデータを添えて、
   新しい施設の導入よりも現状維持が経済比較上有利である旨を私に示すことだ」

美城「猶予はいくらか与えるが、私は気が長い方ではない」

役員「う……!」


美城「我がアイドル事業部は、346プロ社内でも歴史ある部門とは言えない。
   そして事業の性質上、世情の動静には細心の注意を払う必要がある」

美城「今は会長の期待を寄せられているかも知れないが、次年度に同じだけの予算がつく保証など無い。
   目立った業績を挙げられずに漫然と無駄な支出を重ねていれば、なおさらだ」

美城「そのためにも、極力無駄を省き、
   捻出した予算をより時宜を得た高効率な事業へとフレキシブルに投入する必要がある」

役員「そ、それは、仰る通りですが……」

美城「我々が築いている城は、決して将来を約束された盤石なものではない。
   対外的にも、社内的にもだ」

美城「それが分かったのなら、君の仕事を果たしたまえ」クルッ

役員「……はい」


コツコツ…

~常務室~

ガチャッ

美城「…………」


今西「やぁ。こんな時間まで大変だね」


美城「もうお帰りになられているものかと」バタン

今西「まぁ何、話があるらしいと、事務の千川君から聞いたものだから」

美城「……お気遣いをいただいたようですね。今、コーヒーを」コツコツ

今西「ああいや、お構いなく。君は常務なのですから」

美城「…………」


スッ

美城「……では、用件を」ギシッ

今西「アハハ、実に端的な人だ」ポリポリ

美城「この職責に、無駄にすべき時間などありません。それで」

美城「部内に他社との関わりを持っている者がいないかを知りたいのですが」

今西「……」ピクッ

美城「今西部長。あなたは何かご存知でしょうか」


今西「……それを知ってどうすると?」

美城「簡単な話です。余計なリスクを排除したいだけのこと」

今西「…………」


美城「今の時代、不必要な他社との関わり合いがメリットになるシーンは極めて少ないと考えます」

美城「それどころか、社外秘の情報が漏洩するリスクを考えれば、
   一時のコラボ企画等以外で提携する機会は極力排した方が良いでしょう」

今西「……なるほど、ではもう一つ。
   他社との関わりを持っている者の有無について、君が疑うきっかけとなったものは?」

美城「他の社員と比べて、明らかに在席率が低い者がいます」

今西「きっと、営業活動等で出突っ張りなんでしょう」

美城「可能性は認めましょう。
   一方で、先日、高垣楓はミニライブを行いました」

今西「…………」

美城「その会場に、他の事務所のアイドル候補生がスタッフとして入り込んでいたようです」

美城「さらに不可解なのは、その相手先である事務所と当方との間で、
   何も金銭の動きが確認されていない」

美城「どちらからの依頼で、どちらが応じたのか……
   いずれにせよ、両社が何の報酬も無しにこれを互いに了承した事には、著しい違和感が認められます」

美城「そして、先日のサマーフェスにおいては、
   我が346プロからのアイドルのエントリーが無かったにも関わらず、我が社のプロデューサーが会場にいたらしい、と」


今西「…………」

美城「いずれも、ただの偶然、あるいは邪な意図など無いのかも知れません。
   ですが、この正否を私には確認する責務があります」

美城「私の立場では見通しきれないものも多い。
   ですので、あなたにもご協力をいただきたい」

美城「お願いできますでしょうか」


今西「……ええ、もちろんです」

今西「私はあなたの部下なのだから、是非もないことでしょう」

美城「恐縮です」

スクッ スタスタ

美城「では、事実関係の確認をよろしく頼みます。
   分かり次第で構いませんが、いたずらに問題を放置する事は考えていません」ギシッ

今西「じゃあ、うーん……二週間くらい?」

美城「十日後に、ひとまずはご報告願います」カタカタ…

カタカタカタ… カタカタ…



今西「…………」

~後日、レストラン~

店員「お待ちしておりました。ごゆっくりどうぞ」ペコリ

夏葉「ありがとう」

スタスタ…


樹里「……しっかしまた、高そうな店だなおい」

咲耶「幹線道路にほど近いはずなのに、都会の喧噪を感じさせない落ち着きがある……
   さすが、夏葉の選ぶ店は品があるね」

樹里「こんなトコ連れてこられても、アタシ手持ちねーぞ。
   大丈夫なのかよ、またアンタが出すつもりなのか?」

夏葉「会計なら283プロの経費で落とすよう、ウチの事務員には了解を取っているわ」

樹里「えっ?」


ズイッ

夏葉「今日はあなたと真剣にお話したい事があるの。
   そのために、こうして個室で話せる場所をわざわざ選んだのよ」

樹里「な、何だよ話したい事って……ていうか、アンタ大概いつも真剣じゃねーか」

夏葉「それはそうだけど、それはそれよ。いい、樹里?」


夏葉「あなた、自分の置かれた境遇がおかしいと思わないの?」

樹里「は?」


夏葉「よく考えてみてちょうだい、樹里」

夏葉「あなたは2ヶ月前の『サマードルフィン』で私を下し、優勝した」

夏葉「それなのに、2位に甘んじた私や咲耶の方がアイドルとして活躍している」

樹里「それは……アンタんとこのプロデューサーの売り出し方が上手い、とか?」

夏葉「じゃあ聞くけど、あのフェス以降、
   あなたがアイドルとして活動した実績は何があるのかしら?」

樹里「えっ? えっと……基礎レッスンと……なんか、宣材写真撮ったり」

夏葉「そういうのは実績とは言わないわよ」

夏葉「どうして自分の活動が停滞しているのか、
   あなたのプロデューサーとちゃんと話し合った事はあるの?」

樹里「んー……無い、というか……
   アタシそういうのは全部プロデューサーに任せてっからなぁ」

夏葉「ダメよ、そんなことじゃ。
   樹里がどうしたいというのを、プロデューサーにも伝えないと」

樹里「うっ……いや、つっても、アタシそういうの苦手なんだよ」ポリポリ


夏葉「346プロを打倒するために、もっと高みに上り詰めていきたいんでしょう?」

夏葉「プロデューサーを信頼するのは結構だけれど、
   何もかもを任せきりにして自分を腐らせてはいけないわ」

樹里「わ、分かってるよそんなの! でも……」


咲耶「樹里は、どんなアイドルになりたいんだい?」

樹里「え……」


咲耶「そのビジョンが、樹里の中で明確になっていない所に、問題があるのかも知れないね」

樹里「何だよ……二人して説教垂れるためにアタシを呼んだってのか?」

樹里「付き合ってらんねぇ。帰らせてもらうぜ」スッ


咲耶「樹里には今、夢中になれるものがあるかい?」

樹里「……!」ピクッ


  ――あなたには今、夢中になれるものがありますか?


樹里「……何でそんな事聞くんだよ」

樹里「アンタには関係ねーだろ」


咲耶「樹里にはそうした方が良いだろうから、ハッキリ言わせてもらうよ」

咲耶「私はアイドルが好きだ。
   そして、私の好きなものを、穏やかならぬ目的のための手段にしようとしている人がいる」

樹里「…………」

咲耶「私にはそれが、どうしても放っておけないのさ。
   たとえ樹里にとって、この行いが価値観の押しつけになろうとも、ね」

咲耶「関係なくなんて無い……私は、樹里と無関係でありたくないんだ」

樹里「……夏葉、言ってたよな」

樹里「アイドルを手段としてしか考えない姿勢は、
   本気でアイドルを夢見ているヤツに対する侮辱だ、って」

夏葉「……えぇ、そうね」


樹里「だったら教えてくれよ」

樹里「手段としてしか見出せないヤツに、アイドルをやる資格があるのかを」


咲耶「樹里……!」

樹里「夢を持てないヤツは、誰かを侮辱する事しかできねぇっていうんなら……」

樹里「アタシがアイドルをやること自体、矛盾でしかなかった、ってこったな」

ガタッ

樹里「辞めてやるよ。元々、アタシのガラじゃなかったしな」

樹里「もちろん、346プロを懲らしめてからの話だけどよ」

夏葉「そうやっていつまで自分の気持ちを誤魔化していくつもりなの?」

樹里「あぁ?」

夏葉「あなたは恐れているだけよ」

夏葉「どうしてそんなにも怯えているのか、私には分からないけれど……
   手を伸ばさないままでいれば、自身を傷つける心配も無いものね」



樹里「……ッ!」ギリッ


樹里「アンタらに……アンタらに、何が分かんだよ……!!」



クルッ


ツカツカ…!

夏葉「…………」

咲耶「……すまない、夏葉。私のせいだ」

夏葉「いいえ。私の方こそ、あの子に強く当たってしまったわ」

夏葉「樹里には、アイドルを続けてほしいから……
   ポジティブな気持ちで、これからもずっと、私達と一緒に」

咲耶「ああ……だけど、かえってムキにさせてしまったようだね。
   凛の期待にも、応えられなかった」

咲耶「あの態度が、樹里の本音でなければ良いのだけれど……」


夏葉「それは心配無いと思うわ」

咲耶「? どうしてだい?」

夏葉「樹里としても、何か理由がある事が分かったからよ」


夏葉「去り際にあの子、言っていたでしょう。「何が分かる」と」

夏葉「樹里自身がジレンマを抱えていない限り、あんな台詞が出てくるはずが無いわ」

咲耶「……ああ、そうだね」

~961プロ 社長室~

コンコン…

黒井「入りたまえ」


ガチャッ

バタン


武内P「失礼致します」ペコリ



黒井「この私が、わざわざ貴様をここに呼んだ理由、理解しているかね?」

武内P「……西城の件、でしょうか」

黒井「ウィ、そうとも」

黒井「なぜ私に無断であんなガチャ蠅をスカウトしたのか……
   それについては不問とするつもりでいた」

黒井「961プロとして恥じぬ実績を残せたらの話だがな。
   だが、現実はどうだ?」

黒井「かのサマーフェス以降、西城樹里はロクな活動一つしていない。
   各所からのオファーも次々に断り、業界からの評判も堕ちていく始末」

黒井「当然、我が961プロの品格さえもだ」

武内P「…………」


黒井「いいか。貴様に、我が961プロ内でも相応の地位と権利を与えてやっているのは、
   例の“契約”があるからに過ぎん」

黒井「961と346、双方にとって邪魔となる存在を速やかに排除するため、
   最も柔軟かつ臨機応変に対応できる貴様が、業界内でも動きやすいように、だ」

黒井「勘違いしているようなら、身の程を弁えてもらおうか」

武内P「大変、失礼を致しました」ペコリ

黒井「安い謝罪など、どうだっていい。
   あの小娘をどうするつもりか、聞かせてもらおう」

武内P「…………」

黒井「フン……答えに困るような事を聞いているつもりは無いのだが?」

黒井「それとも、何か後ろ暗い事でもあるというのかね? あのガチャ蠅に」


武内P「お言葉ですが、黒井社長」

武内P「西城の初イベントに、あなたが別のアイドルを介入させた事は分かっています」

武内P「実績を残せていないことを責めるのであれば……
    西城の邪魔立てをしたあなたの行為にもまた、説明が必要ではないでしょうか」

黒井「……つくづく、傲岸不遜な物言いをするじゃあないか、この私に向かって」

武内P「さらに言わせていただくなら」


武内P「西城が表舞台に姿を見せない状況は、あなたにとっても好都合なのではないでしょうか」


黒井「フン……それはどういう意味かね?」

武内P「…………」

黒井「とにかく、我が社のアイドルとして見合う実績を残せない以上、
   あの西城樹里は961プロに必要無い!」

黒井「これは貴様らだけでなく、我が社の信用問題に関わる話だ」

黒井「そして、現にそれを怪しむ動きも出ている事を、認識した方が良いのではないかね?」

武内P「! ……」

黒井「当然だろう。曲がりなりにも、あの規模のフェスの優勝者だ。
   一切の声明を出さぬまま姿を消すのは、道理に合わん」


武内P「…………ッ」グッ…!


黒井「ああ、そうだとも。
   あの小娘が大人しくしている事自体は、一概に都合が悪いとも言えん」

黒井「しかし、それ故に不都合なのだよ。
   あの小娘に寄せられている関心は、貴様が考えている以上に大きいものだ」

黒井「表社会からも、そうでない者達からも……全くもって不本意ではあるがね」

黒井「どう立ち回ろうとも、もはや注目は逃れられん。
   であるならば、せいぜい為すべき事を為すがいい」

黒井「“我が961プロの”プロデューサーとしてな」

武内P「……承知しました」

黒井「分かったなら下がりたまえ。私は忙しい」

武内P「…………」スッ

ガチャッ

武内P「……失礼致します」

バタン…



黒井「……フン」

黒井「厄介な者を抱えてきたものだ……この私を悩ますとは」


プルルルルル…!

カチッ

黒井「私だ」

『346プロダクションの美城常務がお見えです』

黒井「ウィ、社長室へ通せ」

『畏まりました』


黒井「さて……厄介な者がもう一人」ギシッ

~346プロ~

ウィーン…


コツコツ…

武内P「…………」コツコツ…



今西「やぁ、お疲れ様」

ちひろ「お疲れ様です、プロデューサー」


武内P「! お、お疲れ様です」ペコリ

今西「ハハハ、そう畏まらないで」


今西「ただ……ちょっと話があるのだが」


武内P「常務の件……ですね」

ちひろ「……はい、そうです」

今西「……と、いうわけなんだ」

今西「私も、常務に誤魔化し続けるのは、そろそろ限界でね」

武内P「なるほど……」


今西「常務はまだ、君が961プロと内通している、というレベルの認識だろう」

今西「加えて、君が961プロとの契約に従い行ってきた事を突き止めれば……
   単なる解雇以上のペナルティをも、免れなくなるかも知れない」

ちひろ「……ッ」


武内P「…………」


今西「君にばかり負担をかけて、悪いと思っている」

武内P「いえ……身から出た錆です」

武内P「いつかこういう日が来ることは、分かっていました」

ちひろ「プロデューサー……!」


武内P「ですが……もう少し、猶予があれば」

今西「猶予があるとして、どうする?」

武内P「……!」


今西「君自身はどうしたい」

今西「西城君や渋谷君達を、トップアイドルにしたいのか。
   それとも、貝のように口を閉ざして生きるのか」

今西「過去の担当アイドルのような目に遭わせないために」

武内P「!! ……ッ」


今西「行動には責任が伴うものだ」

今西「どちらを選択するにせよ、君は……吹っ切らなくてはならないと私は思う」


武内P「…………」


ちひろ「……プロデューサーさん」

ちひろ「こちらを……」スッ

武内P「? ……これは?」ペラッ

ちひろ「新天地となる会社の候補を、私なりに選んでみました」

武内P「え……」


ちひろ「こんな事、私は言いたくありません……でも……でもっ」

ちひろ「これ以上、辛いお仕事のためにプロデューサーさんが苦しむのを見たくありません、それに……」

ちひろ「もう、常務には気づかれてしまいます……!
    今のうちにお逃げになって、有耶無耶にしてしまった方が、安全だって思うんです」


武内P「…………」

ちひろ「私を……何もお力になれない私を、恨んでください……」



武内P「………………」

~事務室~

武内P「………………」ズゥーーン…


未央(ちょ、ちょっとしぶりん……!)コショコショ!

凛「何?」

未央(あんなドンヨリしてるプロデューサー、初めて見るんだけど!?)コショコショ!

卯月(元々、物静かな方ですけど、何だか空気が重すぎて……!)ハラハラ!

凛「ていうか、二人ともそうやってコソコソしてる方が余計に目立つよ」

未央「やっぱり?」スンッ

卯月「えっ? ちょ、ちょっと未央ちゃん!?」


凛「でも……確かに、あの落ち込みようはちょっと異常だね」

凛「…………」

クルッ

ツカツカツカ…!

卯月「え、ちょ、凛ちゃん……!?」


ツカツカ ピタッ


凛「樹里のことで悩んでるんでしょ」

武内P「!」ピクッ

未央(直球ッ!!)

凛「ここ最近ずっと、私達以外の事でプロデューサーが頭を一杯にしてるの、
  担当アイドルとして面白くないんだけど」

卯月(からの追い打ち……!!)


武内P「……渋谷さんの言う通りです」

凛「…………」

武内P「私は西城さんを、どう導けば良いのか、迷っています」

武内P「本分を全うする事に悩むようでは……プロデューサー失格です」

卯月「プロデューサーさん……」


未央「導く、って……プロデューサーはジュリアンのこと、背負い込みすぎだよ」

未央「ジュリアンがしたいこと、聞いてあげてさ、それを応援してあげたらどうかな。
   私達の事だって、プロデューサー、伸び伸びとやらせてくれたでしょ?」


武内P「……何をしたいのか、西城さんに気づかせる事ができずにいます」

武内P「事実、優勝後のしばらくの間、基礎レッスンだけを続けさせる事に、
    西城さんは何ら疑問を持っていない……」

未央「う、うーん……」

凛「気づきたくないだけなんだとしたら?」

武内P「……え?」

卯月「凛ちゃん……?」


凛「樹里も……プロデューサーも、
  私に言わせれば、どっちも素直になれてないだけだよ」

凛「私達には個性個性って、尊重して自由にやらせてくれるクセに……
  プロデューサーはそうして大人ぶって、自分の気持ちを押し殺してるじゃん」

凛「そうして悩んでるフリを続けることが、本当に最後は良い結果に繋がるの?」

武内P「…………」


凛「……ごめん、言い過ぎた」

武内P「いえ……」

未央「ま、まぁまぁまぁ!
   とりあえず今日の午前中のお仕事は、確かインタビュー?だっけ?」

未央「それが終わったらさ、皆でお昼ご飯食べに行こうよ!
   私、ずーっと行きたかったお店があったんだけど、いかんせんボリューミーで」

卯月「あっ! この間話してたデカ盛りのお店ですか?」

未央「そうそう! やはり男手がいないと、なかなか突入する勇気が持てんのだよ。
   というワケで、いざって時のモグモグ要員として、プロデューサーも来てくれるよね?」

武内P「申し訳ございません。実は、お弁当を持ってきておりまして……」

未央「あ……そ、そうでした、ね、アハハ、アハ……」

凛「ふーん……まだ続いてるんだ、樹里の」


凛「……!」ピクッ

卯月「凛ちゃん、どうかしましたか?」



凛「……ううん、何でもない」フルフル

――――――

――――


  ううん……やっぱ、無理だよ。

  私、取り返しのつかないこと、しちゃったもん……。

「何言ってんだよ! いいか、よく聞け!」

「アタシがやった事にしろ!」

  ……樹里が?

「ああ! どうせアタシは先公達の評判悪いし、その方が皆納得すんだろ?
 だから……!」


  そんな事、ないよ……。

  先生達、ちゃんと見てるよ……樹里は、気配りのできる、優しい子だって。

  今の私に対しても、そうじゃん。

「だ、だとしてもだ!
 お前がチームを抜けて、関東勝ち抜けるワケねーだろ!」

「どう考えても、アタシが出場停止食らった方が、チームのためになるんだ!」

「……ッ! 足音……タキザワの奴が来るっ!
 いいか、絶対余計な事言うなよ! アタシに全部任せとけっ!」


「……あっ、タキザワ先生! お、お疲れ様です!」

  二人して、こんな所で何をしている?

「あぁいえ、これは、その、あの……!」


  先生、ごめんなさい。

「えっ……」

  私……。


「おい……やめろ、言うな……」

「アタシだ……アタシのせいなんだ……!」


  ――お前はチームを欺いた。


「うるせぇ……!!」


  ――なぜ、あんな無謀なスリーを打った?


「アタシは……」

「くそっ、なんで……ボールが……!」


「なんでボールが、届かねぇんだよ……!!」

「届けよ……届いてくれよっ……ちきしょう……!!」


「うあああぁぁぁあぁぁっ……!!!」

樹里「………………」



武内P「西城さん」

樹里「……ん?」

武内P「どうかされましたか? 体調が優れないようであれば……」

樹里「何でもねーよ」


樹里「アンタも大概、人のこと言えねーぜ。
   いつも以上に辛気臭いツラしやがって」

武内P「……申し訳ございません」

樹里「謝んなってんだよ……」



ヴィー…! ヴィー…!

樹里「……?」ゴソゴソ

樹里「凛か……」

武内P「……」

樹里「悪ぃ、席外すぜ」スッ

武内P「はい」


スタスタ…


ピッ!

樹里「もしもし……おう」

樹里「あぁ、うん……いや、アタシも言い過ぎた。ごめんな」

樹里「で、どうしたんだ?」



樹里「……は? 料理?」

~テレビ局 控え室~

ディレクター「高垣さん、お疲れ様でした。いやー今日の収録も大盛り上がりでしたね」

楓「いえ、そんな……ゲストの方や、皆さんのおかげです。
  ありがとうございます」ペコリ

D「あぁいえいえ、そんなご謙遜を」


D「それで、このトーク番組のゲストについて、各界から応募がたくさん来ておりまして」ドサーッ

楓「まぁ」

D「全部目を通す訳にもいかないでしょうから、こちらでいくつか絞ってみた結果がこちらです」スッ

楓「……ふふっ、お料理番組みたいですね」クスッ

D「ハハハ。でまぁ~、気になる方がおられたら、高垣さんのご希望をお聞きできればと」

楓「そうでしたか……えぇと」


楓「うーん……」

D「今決めていただかなくとも結構ですよ、数日中にご連絡いただければ」

楓「いえ、あまりお待たせしては、先方にも悪いですし……」


楓「……!」ピクッ

D「おっ、気になる方いました?」

楓「智代子ちゃん……」

D「へ?」


楓「283プロの、園田智代子ちゃんをお招きしたいです」


D「あ、はい。えぇっと……アレですよね? 新人アイドルの」ポリポリ

D「彼女の事務所からは、別に応募なんて来てなかったと思いますが」

楓「先ほどは、私の希望を聞いていただけると」

D「あぁいえ! そりゃそうなんですけどね。
  ほら、我々も商売ですし、数字が取れる見込みが無いとちょっと……」


楓「責任なら、私と346プロが取ります」

楓「どうか、よろしくお願いします」

~後日、961プロ寮 樹里の部屋~

ガチャッ

樹里「まぁ、何もねぇけど」

凛「お邪魔します……あれ?」


智代子「ひぇ……! なんだ、凛ちゃんかぁ、ビックリしたぁ~」


凛「智代子も来てたんだ」

樹里「合い鍵渡してんだよ」

凛「合い鍵?」

智代子「わわっ!? じゅ、樹里ちゃん、そんな言い方は……!」

樹里「うわぁ!? バ……あの、ちげーよ勘違いすんなよな!!」

凛「勘違いって、何が?」

樹里・智代子「――ッ!!」カァーッ!

樹里「つまりぃ! アタシ一人でこんな部屋使うのもったいねーだろ?」

樹里「それに、ほら、アレ」クイッ

凛「?」


樹里「ああして、アタシの手が回んない時は、チョコに面倒見てもらってんだ」

シュッ シュッ

智代子「ありがとう……大きくなれよ、ありがとう……(藤○弘、)」フキフキ

樹里「いらねー小芝居すんな」

智代子「この間、夏葉ちゃんにモノマネ披露したら、すごくウケちゃって」エヘヘ


凛「ふーん……アグラオネマか」


樹里「え?」

智代子「ウソ!? 凛ちゃん分かるの、この鉢植えの名前!」

凛「あ、うん。私の家、花屋やってるから」

樹里「し、知らなかった……」

凛「霧吹きだけで水やりしてるの?」

智代子「うん」

樹里「そうしろ、って言われたからな」

凛「それ、たぶんダメだよ」

樹里・智代子「えっ!?」


凛「葉っぱについたホコリを取るのに、水をかけるのは良いと思うけど……
  基本的に水やりは、冬以外は根元にたっぷりあげた方がいいよ」

凛「あとは……これからの時期、寒くなると、外には出さない方がいいかな。
  寒さに弱い品種だし」

凛「それから、あまり日当たりの良い所に置いちゃダメ。
  本来はジャングルに自生する植物だから、直射日光はNGだね」


智代子「へぇ~……さすがお花屋さん」

樹里「何だよ、全然違うじゃねーか、アイツの言ってた事」

凛「アイツって?」

樹里「プロデューサーだよ、凛も会った事あんだろ?」

凛「……!」ピクッ

樹里「頼まれたから、たまにこうしてアタシの部屋でも面倒見てやってんのに、
   いい加減な事言うなってんだよなぁ? ったく」

樹里「なにが「日射がこちらから降り注ぎますので」だ。したり顔で語りやがって。
   花の心っつーもんがまるで分かってねーな」

智代子「乙女心は分かっていても、お花は同じというワケにはいきませんなぁ」

樹里「ヘッ、どうだか。乙女心の方も知れてるぜ」


凛(知らなかった……プロデューサー、そんな趣味があったんだ)

凛(それに……その鉢植えの世話を、私達じゃなくて、樹里に……)


凛「…………」

智代子「り、凛ちゃんどうしたの? ひょっとして怒りに打ち震えてる……!?」

凛「えっ?」

樹里「気持ちは分かるぜ。
   こういう生き物の世話ってのはハンパは許されねーし、まして家業だもんな」

凛「い、いや! そういう事じゃなくて!」ブンブン

凛「ていうか、今日来た用事は、別に講釈するためじゃないから」

樹里「あぁ、そういやそうだったな」

智代子「樹里ちゃん家に遊びに来たんじゃないの?」

樹里「なんか料理教えてほしいってさ」

智代子「うああぁ、何それ! 私も一緒にいたい、けど……!」

智代子「不肖、園田智代子。
    これから咲耶ちゃんの新ラジオ番組のゲストに呼ばれておるのです……!」

樹里「超重要なヤツじゃねーかそれ、さっさと行ってこいよ」

凛「咲耶、聞き上手だし、誰かと話をするのも好きそうだし、適任だよね」

智代子「うええぇぇん、樹里ちゃん、後で私にも教えてねぇぇ……!」ポロポロ

樹里「な、泣いてるし……」


智代子「それでは、後はお若い二人でごゆっくり」ニコォォ…!

樹里「うるせぇ、さっさと行けって」

ガチャッ

バタン

凛「……ふーん」キョロキョロ

樹里「別に面白いモンなんかねーぞ」

樹里「で、何を作りてぇんだ?」

凛「何を、ってほどでもないけど……」


凛「例えば、その……お弁当、とか?」


樹里「弁当? 昼メシの?」

凛「うん」コクッ

樹里「弁当、って……
   んなもん、適当に空いてるスペースに色々ぶち込めばいいだけじゃねぇか」

凛「適当にぶち込んでるように見えないんだけどな……」

樹里「あん?」

凛「あ、ううん、何でもない」

凛「でも、普段料理しない身からすると、その適当にっていうのが難しくてさ」

樹里「ふーん……まぁ、いいけどよ」

樹里「でも、本当に何でもいいんだったら、冷凍のおかずで事足りんだろ?」

樹里「何か、これだけはちゃんと作ろうって、イメージしてるモンとかあるのか?」

凛「ちゃんと作るもの……」

凛「…………」


  ――それでは、私はハンバーグを。

  ――おおっ! 紅蓮の業火に灼かれし禁断の果実!
     我が友も、彼の贄を所望するか!

  ――らんらんもハンバーグ大好きだもんねー。


凛「……ハンバーグ」

樹里「おー、ハンバーグな。いいトコ突くじゃねーか」

樹里「アタシも最近、色んな作り方を研究しててさ。
   少なくとも冷凍のヤツよりかは、うまく作れる自信あるぜ」

凛「へぇー、樹里がそこまで言うの、期待しちゃうね」

樹里「まぁな。よし、じゃあまずは材料買いに行くか。
   せっかくだし、他にもひと通り思いついたヤツ作ろうぜ」

凛「うん」

トントントントン…

樹里「玉ねぎはこうしてみじん切りにして……」トントントン…

凛「……」ジーッ

樹里「……っと、こんな感じ。ほら、半分やってみ?」スッ

凛「う、うん」


トン トン …

凛「……樹里みたいに、早く、できない……」トン…

樹里「焦んなよ、早くやる必要ねーんだからこんなの」

樹里「ほら、端っこの方切る時あぶねぇぞ。
   無理しないで、向き変えて寝かせてみな」

凛「む、向き?」トン…

樹里「玉ねぎの。あぁ、そうそう」

樹里「先に飴色になるまで炒めて、コクと香りがどうとかって作り方もあるけど……」トントントン

樹里「弁当用のだからな。いちいちそんな時間かけらんねーし」ササッ

樹里「それに、生のままならサッパリ、しかも水分が出てジューシーになったりするし」スイッ

樹里「まぁ、好みの問題ってヤツ?」パッ パッ

凛「……」フムフム


樹里「これと、パン粉と卵、牛乳……」サァーッ…

樹里「んで……氷水」ジャーッ

凛「氷水? 入れるの?」

樹里「いいや、こうしてボウルを冷やすんだ」ガショッ

樹里「手の熱で肉の脂が溶けちまうと、良くないんだってさ。
   そんで、挽肉に、塩をしっかり入れて……」ササッ

樹里「よし、混ぜる。はい」スッ

凛「わ、私?」

樹里「お前が作んだろ」

凛「…………」ネリネリ

樹里「うん、いいんじゃねぇか?
   そして、そこにさっきのつなぎを投入」ザザーッ

凛「……なんか、くすぐったいね」ネリネリ

樹里「あぁ、わかる」


凛「どう、先生?」

樹里「先生じゃねーし。でもまぁ……そんなもんだろうな」

樹里「んで、こうして手に取って、成形して……」ペタペタ

凛「なんか、手の平でキャッチボールするって聞いた事あるけど」

樹里「あぁ、そうそう。空気抜くんだよな」ペタペタ

凛「ふふっ」ペタペタ


樹里「そんで、表面をなるべく滑らかに……
   こうすると、表面が割れずに、肉汁を閉じ込めやすくなるんだぜ」

凛「なるほど……」フムフム

ジューーッ…!

樹里「…………」

凛「……」チラッ


樹里「………………」ジューッ…


凛「……ふふ」

樹里「ん? どうした?」

凛「ううん、ごめん。すごく真剣な表情だな、って」

樹里「あ? あぁ、まぁ……一番大事な工程だからな」

樹里「焼き加減一つで、それまでの苦労が台無しになる事もあるし」

樹里「別に、自分用のズボラ飯だったら適当にガァーッてやってパパッと済ますんだけど、
   今回は一応、何つーか……」

凛「……」

樹里「凛に教えるんだし、ハンパはできねぇ、なんてな」

凛「……最近ハンバーグを研究してるの、プロデューサーが好きだから?」

樹里「まぁな。アイツ、何個入れてもペロリと食べやが…」

樹里「!! ……なっ!?!?」ドキッ!

凛「ふふっ」クスッ


凛「プロデューサー用のお弁当も、そうやっていつも真剣に作ってるんだ?」


樹里「~~~~!!!」カァーッ!

樹里「てんめぇ……! からかうんだったら教えてやんねーぞ!!」

凛「ごめんごめん」

樹里「ほらっ! 蓋っ!! 蒸し焼き!!」ガションッ!

凛「自分でやってるし」



樹里「……これしか」

凛「え?」


樹里「これくらいしか、ねーからな……アタシにできんの」

樹里「いつも世話になってんだし……」

樹里「ちゃんとすんの……何もおかしかねーだろ」


凛「……ごめん、そこまで言うつもりなかった」

樹里「ああ……いいよ」

凛「…………」

ジューーッ…


樹里「……っし、どうだっ!」パカッ!

ホカホカ…!

凛「! すっごく、良い匂い……!」

樹里「だろ? 後でソースも作んねーとな」ニカッ

凛「ほうれん草のゴマ和えと、厚焼き卵、筑前煮……」

樹里「あとはまぁ、こうしてサラダとかもあれば……
   ほら、何となくサマになんだろ?」スッ

凛「……すごいね」

樹里「何もすごくねーよ、筑前煮なんて途中端折ったしな」


樹里「んじゃ、食べようぜ」

凛「うん」

樹里・凛「いただきます」


パクッ

凛「…………」モグモグ

樹里「ど、どうだ……?」

凛「……聞くまでもないでしょ」ニコッ

凛「こんな美味しいハンバーグ、今まで食べたこと無い」


樹里「お、おう……ヘヘッ!」

樹里「まぁな!」ガツガツ!

凛(いい食べっぷり)

樹里「とにかくよ、大体覚えただろ?」

凛「うん……一人でやるのは、ちょっと大変そうだけどね」

樹里「いいんだよ、最初から上手くできるヤツなんかいねぇんだし」

樹里「そうだ! 夏葉や咲耶達にも、いつか教えてやってもいいかもな」

樹里「特に、夏葉は外食ばっかで自炊してる感じしねぇし、
   料理で見返してやるってのも悪かねぇ」ドヤァァ

凛(すっかり得意になってる……ふふ)クスッ

凛「今日はありがとう、樹里」

樹里「おう、また来いよ」

凛「うん」

凛「…………」


凛「……あっ、あの、さ」

樹里「ん?」


凛「私のプロデューサーも、好きなんだ……ハンバーグ」


樹里「へー……そうなのか」

凛「うん……さっそく明日、お弁当作ってみるね」


樹里(……って)

樹里(何でそんなのをアタシに言うんだよ!?)カァーッ

樹里「あ、えぇっと……なんだ……」ワシャワシャ

樹里「頑張れ、よ……?」

凛「……うん」


凛「じゃあ、またね」ガチャッ

樹里「おう」

バタン



樹里「…………」

樹里「なんか……急に腹、一杯になっちまったな……」

『……フフッ、智代子は本当にグルメへの造詣が深いんだね。
 ぜひ一度、ご教示賜りたいものだよ』

『そ、そんな大それたものじゃないよぅ、咲耶ちゃん。
 ただ食べるのが好きってだけで、あんまり自分じゃ作れないし……』

『そういう咲耶ちゃんだって、一人暮らしだよね?
 自炊したりするの?』

『私は、人並み程度と言ったところかな。
 威張れるほどの技量は持ち合わせていないさ』

『だが、もし智代子が来てくれるなら、最大限のもてなしをすると約束しよう。
 ちょうど今は、カツオが美味しい時期だ。実家から取り寄せて、寮の皆にも振る舞おうじゃないか』

『か、カツオ!? 魚の!? ひょっとして捌けるの、咲耶ちゃん!?』

『ああ』

『即答ッッッ!!!』


『そうだ! お料理といえば、私の友達にもすっごく上手な子がいてね?』

『へぇ。智代子をも唸らせるほどの腕前なのかい?』

『うんっ! 樹里ちゃ……ああいやいや』

『その子ときたら、凄いんだよ!
 お味噌汁一つ作るのだって、即席のじゃなくてちゃんとお出汁を丁寧に取って、すごく美味しくって』

『揚げ物だって、温度の見極めっていうのかな?
 ピタッ! ジュワーッ! という感じで、お加減バッチリなモノをパパッと作れちゃうの!』

『なるほど、手際が良いということか』

『そうっ! まさしくだよ!』

『そういったスキルは、普段の日常生活で行っていないと習熟できないものだ。
 とても家庭的な子なのだろうね』

『いやぁ、普段はメンドクセーなんて言って、あまり作ってはくれないんだけどね?
 私なんかはもうその子に胃袋掴まれっぱなしで』

『ふむ……そういう事なら、私が対抗馬として名乗りを上げても良いかな?』

『美食の姫にご満足いただけるよう、記憶に残る一皿を献上してみせよう、マイレディ』

『そりゃあ、カツオを目の前で捌かれたら忘れられないよねぇ』

――――――

――――


  う、ううむ……

「どうした、プロデューサー?」

  いえ、その……
  お腹が空いて、どうにも力が出ないようでして……

「何だか、アンパンのヒーローみてぇな言いぶりだな……」

「でも、今日はアタシ弁当作ってきてねーしなぁ」

  それは、困りましたね……



  プロデューサー、これ。

  えっ?


「おっ、それひょっとして弁当か? へぇー、やるじゃねぇか」

  明日作ってみる、って言ったでしょ?

「あぁ、そうだったな」

  うわぁぁ~! このハンバーグ、すっごく良い匂い!

  はいっ! とても美味しそうです!

  樹里に教えてもらったんだ、作り方。

「よ、よせよ。いちいち言わなくていいだろ、そんなの」

  樹里ちゃんのハンバーグ!? わ、私にもどうか一口……!

  なるほど。これは私も食指が動いてしまうね、フフッ。

  ハンバーグってすごいのよ!


  ど……どう、プロデューサー?

  はい。とても美味しいです。ありがとうございます。

  そ、そう……ふーん。まぁ、良かったかな。


「何だよ。別にアタシが弁当作らなくても良かった、ってことか」

「二人とも、末永くお幸せに、なんてな」

  ちょ、ちょっと樹里! 変なこと言わないでよ。

「アハハハ」


――――

――――――

~翌日~

チュン チュン…


樹里「…………」ムクッ

樹里「……」ポリポリ


樹里(今日は久々に、あの夢を見なかったな……)

樹里(でも、なんか……代わりにすげーヘンな夢、見た気がする)


樹里「ふわぁ……」ノビー…


樹里「さて……今日も弁当作ってやっか」

ジューーッ…!

樹里「…………」ジュー…!

樹里「……」トントントン



樹里「………………」



樹里「…………」スッ

ポパピプペ


プルルルルル…


樹里「……あぁ、もしもし? アタシ。おはよう」

樹里「あのさ、プロデューサー」

樹里「悪ぃんだけど、今日は弁当作れねぇわ」

樹里「だから、適当に外で食うとか、してくんねーか?」

樹里「あぁ、買わなくていい……いや、分かんねぇけど。
   ほら、結構外食できそうなトコあるじゃん……そう、例えばの話、っつーか」

樹里「ああ……ごめんな、うん……それじゃ」

ピッ!


樹里「…………」


ポパピプペ

プルルルルル…


樹里「……あぁ、チョコ? あのさ」


樹里「良かったら今日、弁当作ってきてやるよ」

~346プロ~

武内P「…………」カタカタカタ…


未央「んー? あれあれぇ~?」クンクン

武内P「な、何でしょうか、本田さん?」


未央「プロデューサーの鞄から、いつもの良い匂いがしませんなぁ」

未央「今日はジュリアン、お弁当作ってくれなかったの?」

武内P「は、はい……鋭いですね」

卯月「未央ちゃんの嗅覚は、これすなわち生への執着ですねっ」

未央「しまむー、ちょいちょいヒドいね!?」

武内P「とりあえず、これから出張する際に、どこか外で済まそうかと……」

凛「プロデューサー、これ」

武内P「渋谷さん?」

凛「はい」スッ


未央「こ、これはまさか……!?」ワナワナ…

卯月「お弁当! 凛ちゃんお手製、ですか!?」


武内P「……これは」

凛「お昼ご飯、無いんでしょ?
  たまたま私、自分用に作ってきたんだけど」

凛「プロデューサーの方が、忙しいんだし……これ、あげる」

武内P「し、しかし……」

凛「いいからっ」ズイッ!

武内P「は、はい」

未央(何というパワープレー……!)

武内P「ありがとうございます、渋谷さん」

凛「……ッ」

凛「い、いいって……普通だし、美味しくないかも、だけど……」モジモジ

武内P「いえ、そんな事はありません。大事にいただきます」

凛「うん……」


卯月「えへへっ。凛ちゃん、何を作ってきたんですか?」

未央「そうだぞー? この未央ちゃんにも内緒にしおってからにー♪」ウリウリ

凛「うぇ、いや、あの……は、ハンバーグ?」

未央「それ、プロデューサーのバッチシ大好物じゃーん!」ヒューッ!


武内P「これは、期待せざるを得ませんね」ニコッ

凛「もうっ。からかわないで……!」

~961プロ近くの公園~

智代子「あーー、んっ!」ハムッ!

智代子「……んん~~~~っ!!」

樹里「いちいち大袈裟だなぁ、リアクション」

智代子「そんなこと無いって! すっごく美味しいよぉ、樹里ちゃん」キラキラ

樹里「まぁ、喜んでくれんのはありがてぇけどよ」


智代子「特にこのハンバーグ! 全然、お店屋さんに出せる味だよ!」

樹里「ヘヘッ、だろ? ソイツは自信あんだよなー」

樹里「昨日も凛に作り方教えてやってさ。喜んでくれたんだぜ?」

智代子「私も一緒に受けたかったなぁ、樹里ちゃんのお料理教室」


智代子「でも、何で今日は作ってくれたの? お弁当」

樹里「えっ? あぁ、いや……別に」ポリポリ

樹里「む、虫の知らせ、みたいな……」

智代子「虫の知らせ?」キョトン

樹里「あぁいや! 違う違う、今のナシ」ブンブン

樹里「まぁその……ほら、何だっていいだろ。気分だよ、気分」

智代子「へぇー、たまたまその気になってくれたってことかぁ」ウンウン

樹里「ま、まぁな」


智代子「何にせよ、こうして樹里ちゃんのお弁当食べれるなんて万々歳だし、
    どんどんその気になってくれて私は一向に構わんですよ、樹里ちゃんッ!」

樹里「まぁ、チョコくらい喜んでくれた方が作りがいがある、ってのはあるかもな」

智代子「でしょ?」

樹里「考えとくよ」スクッ

智代子「あれ? もう行くの?」

樹里「ああ、これからレッスンだからな」

智代子「レッスン……」

樹里「何だよ、練習は大事だろ?
   チョコだって、午後は夏葉や未央達と秘密特訓じゃねーか」

智代子「あ、はい! そ……そうだね、そうそう! 秘密特訓っ!」

樹里「何でそんなにキョドってんだよ」

智代子「いえ、何も他意は無いです、何も」ブンブン


智代子「あっ、ていうかお弁当箱、洗って返すね!」

樹里「いいって、アタシが持って帰る。ほら」スッ

智代子「そ、そう? ……ごちそうさまでした」

樹里「はい、お粗末さんでした」

樹里「アタシはこっちのがあるから今日は行けないけど、怠けんじゃねーぞ」

智代子「も、もちろんですとも……」

スタスタ…



智代子「……樹里ちゃん、まだ活動再開しないのかなぁ」

~961プロ レッスンルーム~

ガチャッ

樹里「お疲れ様でー、す……?」


武内P「あ……西城さん」

樹里「おう、プロデューサー」


樹里「……弁当、食ってたのか」

武内P「申し訳ございません」

樹里「謝んなよ、だから」



樹里「……それ、アンタが自分で作ってきたのか?」


武内P「いえ……」

樹里「だろうな」

樹里「…………」



樹里「その……他に担当してる、アイドルからの……か?」


武内P「……はい」



樹里「ちなみに、何が入ってたか……聞いてもいいか?」

武内P「そうですね」


武内P「ハンバーグと……」

樹里「…………」


武内P「ほうれん草のゴマ和えと、厚焼き卵……」

武内P「それと、筑前煮……野菜も、サラダなどが、入っていました」

武内P「大変美味しく、栄養バランスも良い、ありがたいものです」



樹里「………………」


武内P「? ……西城さん、いかがさ…」

樹里「よく分かった」

武内P「え?」

樹里「よく分かったと言ったんだ」


樹里「悪ぃが、今日は帰る。ちょっと……気持ちの整理っつーか」クルッ

武内P「さ、西城さ…」

樹里「来んなっ!!」

武内P「!?」


樹里「ちょっと…………一人にさせてくれ……」


ツカツカ…! ガチャッ

バタンッ!



武内P「…………西城さん」

武内P「まさか……?」

~346プロ近くのジム~

卯月「ひぇぇぇ……つ、疲れました……」グッタリ

凛「いつも以上に、ハードだったね……」

未央「ぜぇ、ぜぇ……どう考えても、原因は……」


夏葉「さぁ、仕上げのダウンジョグに行くわよ!」バァーン!

夏葉「近所の川沿いまで往復5km、暗くなる前に終わらせましょう!」

咲耶「ま、まぁまぁ夏葉。
   今日のところは、整理体操くらいにしておくのはどうだろう?」

夏葉「それでもいいわよ。
   いずれにせよ、十分に時間をかけて筋疲労を取り除かなくてはね」


未央「283プロとの、合同レッスン……!」

卯月「夏葉さん、本当にストイック、なんですねぇ……」

智代子「」デローン

凛「智代子なんかもう溶けてるし……」

夏葉「全ては自分を律するところからよ」

夏葉「高い目標を達成するには、一瞬たりとも自分を甘えさせてはいけないわ」

未央「なつはしの人生哲学だねぇ」

智代子「それを強いられる身にもなってほしいよ、夏葉ちゃん……」

夏葉「ふふっ、智代子?」スッ

ツン

智代子「オウフ」

夏葉「だいぶ引き締まってきたじゃない。
   私の言った通り、食事メニューもちゃんと気を遣っているようね」

智代子「いやぁ……樹里ちゃんのお手製弁当が無かったら即死だったよぉ」

夏葉「樹里の?」

凛「……」ピクッ

夏葉「詳しく聞かせてもらえるかしら。
   今日のレッスン前に、あなたは何を摂取してきたの?」

智代子「わわっ!? な、夏葉ちゃん落ち着いて!
    偏食なんかほど遠い、極めて栄養バランスの良いぃお弁当だよ!」

智代子「ほらっ、写真! 皆も見てよ、すっごく美味しかったんだから!」サッ


未央「おおー」

卯月「うわあぁぁ……このハンバーグ、とっても美味しそうです!」キラキラ

咲耶「なるほど、智代子が舌を巻くわけだね」


凛(……当たり前だけど、私のよりも綺麗)


夏葉「あなたの言う通り、見る限りでは身体に悪いものでは無さそうね」

智代子「美味しいものは身体に良いんだよ!」

夏葉「あの子にこんなスキルがあったなんて、樹里も隅に置けないわね。
   今度、私にも教えてもらおうかしら」

凛「うん。樹里もそう言ってたよ」

夏葉「あら? 凛は樹里の料理について知っているの?」

凛「昨日樹里に教えてもらったんだ、私。同じお弁当の作り方」


卯月「そうだったんですか!?」

未央「それ私達も誘ってよー、しぶりん!」

智代子「本当だよぉ! 何で凛ちゃんだけ!」

卯月・未央・智代子「ずーるーい! ずーるーい!」エッサ! ホイサ!

夏葉「十分元気じゃない、あなた達」


ヴィー…! ヴィー…!

咲耶「おや?」

咲耶「このスマホは、凛のかい?」スッ

凛「ありがとう」


凛「…………!」ピクッ



 『外で待ってる』



凛(樹里……)


卯月「凛ちゃん、どうしたんですか?」

凛「ごめん、ちょっと先に行ってるね」スッ

未央「へ?」

ガチャッ

バタン

スタスタ…


凛「……」スタスタ…

凛「…………」ピタッ



樹里「…………」



樹里「……今日は皆、秘密特訓してるモンだとばかり思ってた」

樹里「でも、秘密特訓ってより、むしろ……合同レッスン、って言った方がしっくり来るよな」


樹里「283プロと346プロの、合同レッスン……」


凛「樹里……」

樹里「…………ッ」スッ

ツカツカ…!


ガッ!

凛「……ッ!」グイッ


樹里「てめぇ……!」ギリッ…!

凛「…………」


樹里「……そうじゃなければいいと思ってた」

樹里「だから……あの時聞くのが怖かった、ってのは認めるよ」

樹里「だけど、まさか……アイツも同じだったなんてよ……!」

凛「……薄々勘づいていたくせに」

樹里「あ?」

凛「だから、今日はお弁当、作らなかったんでしょ? “私のプロデューサー”に」

樹里「……ッ!!」グッ


凛「私が言ったんだ」

樹里「何……!?」


凛「私が最初に、樹里には秘密にしようって、皆に言ったんだよ」

凛「わざわざ都合の悪いこと、樹里に言うことなんか無い、って」

樹里「! ……」


凛「あの時打ち明けようと思ったのだって、
  智代子が復帰して、樹里の346プロに対する憎しみが薄れたのを見て取ったから」

凛「つまり、自分達に都合の良いように、私は樹里に接してきたってこと」

タタタ…!

未央「い、いた! あっ……!」

卯月「凛ちゃん……じゅ、樹里ちゃん!?」


咲耶「樹里……!」



凛「私は樹里を騙して、振り回した……それは言い逃れしないよ」

凛「何か文句ある?」

樹里「…………」



智代子「と、止めないと…!」ダッ

夏葉「待って、智代子」

智代子「ふぇっ!?」ピクッ


夏葉「…………」

樹里「…………」

樹里「……ッ」グッ

パッ

凛「? ……え」


樹里「…………チッ」ワシャワシャ

樹里「あぁ、文句ならあるぜ」

樹里「凛らしくもねぇ……そうやってつまらねぇウソをつくの、やめろよな」

凛「……!」


樹里「……アタシに気づかせるためだったんだな」

樹里「おかしいと思ったぜ。何で急に、弁当作りを教えろなんて……」

樹里「それもプロデューサーのための……明日作るんだ、なんて、わざわざアタシに……」

凛「…………」

樹里「お前が誰かを騙すとか、そういう狡い真似、できるわけねぇだろ」

樹里「もう分かってんだよ……
   アタシに隠すよう言ったのは、プロデューサーだってことくらい」

凛「樹里……」


卯月「じゅ、樹里ちゃんっ!!」ダッ!

未央「あ、しまむ…!」


樹里「! ……卯月」

卯月「樹里ちゃん、待ってください!
   プロデューサーさんは、悪気があったんじゃないんです!」

卯月「いつだって、プロデューサーさんは私達みんなのこと、大事に思ってくれていて……!」

卯月「だから、樹里ちゃんを騙そうとか、そんな……そんな事なんかじゃ…!!」

樹里「あぁ、分かってる」


卯月「……ふぇ?」

樹里「曲がりなりにも、アタシだってアイツの担当アイドルだ。
   どんな考え方してるかくらい、少しは分かるよ」

樹里「だけど……筋は通してもらわねぇとな」


樹里「凛。プロデューサー、後であの公園へ連れてきてくれ」

凛「え?」



樹里「ついでにもう一つ」

樹里「動きやすい服装で来い、ってな」

今回はここまで。
次回は明日の夜8時~11時頃の更新を予定しています。

~346プロ 常務室~

美城「園田智代子をゲストに指名しただと? 283プロの?」

美城「即刻キャンセルだ。
   わざわざ格の低いアイドルを選んで共演するなど、デメリットでしかない」

『そ、それがもう、当初の候補だった人達も予定が埋まってしまって、
 今から調整は不可能でして……』

『それに、高垣楓さんがどうしてもと、強く要望されたそうなのです……
 せ、責任も、自分と346プロが取りますから、と……』

美城「……それほどに、か」


美城「話は分かった」

ガチャッ

美城「…………」

美城(……然したる主体性など、有していないアイドルだと思っていた。
   波風を立てず、しかし持ち前のポテンシャルでなるべくして結果を得てきたものだと)

美城(しかし、高垣楓……
   私のプロジェクトへの参加を拒むばかりか、独断でそのような事を進めるなど)

美城「……!」ピクッ


カタカタカタ…

美城「園田智代子……あのオーディション」カタカタ…

美城「そして、その同伴者……」カタカタカタ…

美城「……西城樹里!」カチッ


美城(そして、ここ最近連続して発生している、業界人達の不可解な失脚……)

美城(先日、黒井祟男から聞き出した話の内容……)


美城「………………」



美城「そういうことか」

~公園~

スタスタ…

武内P「……そうでしたか」


凛「……ごめん」

凛「私が、勝手なことを……」

武内P「いえ……時間の問題だとは、考えていました」


未央「……ジュリアンたしか、こっちの方へ来い、って」

スタスタ…



卯月「ここは……バスケットコート?」

樹里「来たか」

武内P「!」クルッ


ダムッ!


未央「ジュリアン……?」


ダムッ!


卯月「……バスケット、ボール」


ダムッ

樹里「動きやすい服装で来い、っつったろ」ダム ダム …

武内P「…………」

樹里「まぁ、アンタらしいけどよ」スッ

夏葉「樹里……あまり乱暴はしちゃダメよ」

咲耶「どうか感情的にならないようにね」

樹里「この格好見て分かんねぇかよ? 大きなお世話だぜ」

智代子「う、うん……」


未央「さくやん達も、来てたんだ……」


樹里「おい、そこに立ちな」

武内P「……?」スッ

ザッ



樹里「アンタ、バスケの経験は?」

武内P「……学生時代に、少々」

樹里「ふーん、“少々”ね……」


樹里「……」ヒュッ

武内P「!」パシッ

武内P「あ、あの……西城さん、これは……?」

樹里「あ? 寝てんのか?」


樹里「1on1だよ。アンタとアタシ、10点先取だ」

武内P「……」

樹里「アンタが勝てば、何も文句は言わねぇ。このままアイドル続けてやる」

樹里「そのかわり、アタシが勝ったら……」


樹里「洗いざらい話してもらうぜ……アンタがアタシに隠していたこと、全部」

武内P「…………」


樹里「おら、ボール」クイッ

武内P「……」ヒュッ

樹里「……」パシッ

ダッ!

武内P「ッ!?」


樹里「……」キュッ!

ダムッ! ギュォッ!

武内P「む、お……!?」グラッ

武内P「ッ!!」ドテッ

樹里「……ッ」ダッ!

シュバッ!


パスッ…!


   テンッ テン テン テテテテ…


武内P「……!」


未央「あ、アンクルブレイク……!」

夏葉「からのレイアップシュート……見事なスピードとキレね」

卯月(か、カッコいい……)

樹里「フンッ」

スッ

武内P「…………」


樹里「アンタの番だぜ」


武内P「…………」ヒュッ

樹里「……」パシッ ヒュッ

武内P「……」パシッ


武内P「…………」ダムッ

ダムッ


樹里「……」ザッ


樹里「言っとくけど……
   女が相手だと思って、手加減なんか考えんなよな」

武内P「……」ダムッ

樹里「部活は中学で辞めてっけど、
   野良で男子連中に混ざってストバスやってた時期もあったんだ」

樹里「フィジカル頼りのパワープレーしか脳がねぇヤツなんざ、
   アタシにとっちゃカモなんだよ」

武内P「……」ダムッ


樹里「いや……アンタの場合、
   気に掛かるのは女というより、“担当アイドル”が相手、ってところか?」

樹里「なぁ、“プロデューサー”?」


武内P「……」ダムッ

ダッ!

樹里(来る……左っ!)ザッ!

武内P「……!」ギュッ!

ダムッ! バッ!

樹里(違う、ターンして逆か!)

樹里(デケぇ身体を背にしてアタシからボールを隠すように……!)

樹里(へっ、やっぱりフィジカルか! 甘ぇんだよ!!)キュッ!

ザゥッ!

樹里(シュートモーションに入る時にはゴールに正対せざるを得ねぇ……!)

樹里(アタシを躱せるかってんだよ!)


キュッ! ダムッ!

樹里(ここだっ! もらった!!)バッ!

サッ スカッ

樹里「!?」

キュッ! ブオッ……!


樹里「なっ……!?」

武内P「……」フワッ…

シュッ!


咲耶「フェイダウェイ……!?」


樹里「……ッ!」クルッ


パスッ


   テンッ テン テン テテテテ…


卯月「ぷ、プロデューサーさんもカッコいい……」

智代子「素人目でも、すっごい綺麗なフォームだったねぇ」

樹里(完全にマークを外された……あのバックステップのキレ味)

樹里(そっから飛んでシュートを打つまでの動作移行……体幹の維持)

樹里(しかも、あんな踏ん張りのきかなそうな革靴で……)


樹里(ふざけやがって、何が“少々”だ)


武内P「あなたの番です」スッ

樹里「……」ヒュッ

武内P「……」パシッ ヒュッ

樹里「……」パシッ

ダムッ


樹里「……そのガタイでトリックプレイとはな。恐れ入ったぜ」ダムッ

武内P「…………」

樹里「いや……トリックってほどじゃねーか。単にアタシの判断ミスだ」ダムッ

樹里「だがなっ!」ダッ!

ダムッ! ダッ!

武内P「!」キュッ!

樹里(……と見せかけて右!)バッ!

武内P「……!」ザッ!

樹里(読まれたか! ヘッ!)キュッ! ダムッ!

樹里(織り込み済みだぜっ!!)ザォッ!

キュッ! シュバッ! 

武内「むっ!?」


樹里(こういうのはどーよ!?)グオッ!

シュッ!


夏葉「フックシュート!?」

凛(プロデューサー、出遅れた……!)

武内P「ッ!」バッ!

樹里「……な!?」


武内P「……むぅん!」ブンッ!


バチィンッ!!


樹里「うおっ!?」

ダンッ!


卯月「うひゃあっ!?」バシッ!


武内P「あっ! し、島村さんっ!」

未央「うっひょぉ~~……見事なハエ叩き」

武内P「も、申し訳ございません! お怪我はありませんか!?」

卯月「い、いえ、全然……」

武内P「……」ホッ


武内P「…………」チラッ


樹里「……タイミングを外したつもりだったんだけどな」

樹里「やるじゃねぇか。膝にバネでも仕込んでんのか?」

武内P「…………」


樹里「面白ぇ」ニヤッ

ダムッ! ダンッ!

樹里「うぉらぁぁ!!」グァッ!

武内P「うっ……!」


智代子「な、なにィ!?」

未央「出たぁー!! ジュリアンのダブルクラッチだァァーーッ!!」



武内P「フッ!」ダムッ!

樹里「くっ! うぉ!?」

シャッ! ザォッ!


夏葉「フェイント!?」

卯月「プロデューサーさんが二人になってます!!」

凛「いや、なってないから」

~数十分後~

樹里「うりゃ!」バチンッ!

武内P「ぐっ!」

テンッ テン テテテテ…


樹里「っし! ……ハァ……ハァ……!」

武内P「くっ…………はぁ……はぁ……」ガクッ


智代子「8対6……!」ゴクリ…


咲耶(……プロデューサーの動きに、精彩さが失われてきている)

咲耶(まして、樹里との接触を極力避けるプレースタイルを続けていては、
   明らかにプロデューサーの分が悪い)

樹里「……」ヒュッ

武内P「……」パシッ ヒュッ

樹里「……」パシッ

ダムッ

樹里「…………」ダムッ


武内P「はぁ……はぁ……」



智代子「プロデューサーさん……ひょっとして、樹里ちゃんに遠慮してるのかな」

夏葉「そうだとしても、どのみち体力面でのハンディキャップは否めないわね」

未央「現役アイドルな上に、バスケの腕も運動神経も抜群だよねぇ、ジュリアン」


凛「…………」

樹里「……」ダムッ

武内P「はぁ、はぁ……ッ」グッ


樹里「……」ダムッ

ダムッ! ヒュバッ!

武内P「く……!」

ガッ!

武内P「ッ!?」グラッ

樹里「……」ザゥッ!

キュッ!

シュッ


パスッ


樹里「……」スタッ


武内P「はぁ……はぁ……はぁ……!」

夏葉「これで9対6……どうやら勝負あったようね」

卯月「プロデューサーさん……!」ギュッ


武内P「はぁ…………はぁ……」ググッ…


樹里「……気張ってみろよ」スッ

武内P「…………」

樹里「アタシに秘密を明かしたくねぇんならな」


武内P「……」ヒュッ

樹里「……」パシッ ヒュッ

武内P「……」パシッ


樹里「…………」ザッ

武内P「…………」ダムッ

ダムッ


ダムッ


ダムッ ダムッ

武内P「……ッ」ダムッ!

ダムッ! ダッ!


智代子「行った! 正面!?」

咲耶(いや、性格からしてプロデューサーは強引には行かない……!)

咲耶(必ずサイドに躱そうとするはずだ。そして樹里には既に見抜かれている!)


樹里「……!」バッ!

ダッ!

夏葉「!?」

未央「わっ、ちょっ……!」

凛(ボールではなく、真っ直ぐにプロデューサーへ……樹里!?)


武内P「な……!?」

樹里「う、おおおぁぁぁぁっ!!」グオッ!

ドガッ!

武内P「むぅっ!!」

樹里「! ぐぁっ……!!」

ドサッ

グキッ!

樹里「ぐっ!! う……!」


夏葉「! 樹里っ!!」

卯月「樹里ちゃん!! 大丈夫ですかっ!?」ダッ!

タタタ…!

樹里「く……っ痛……!」グッ…!

武内P「西城さん!」

智代子「じゅ、樹里ちゃん、血が……!」


夏葉「見せて、樹里」スッ

樹里「い、てて……大丈夫だって、騒ぐ、な……ッ!」

夏葉「……」グイッ

樹里「ぁい゛っっ!! ……ッ!」ズキンッ

未央「ジュリアン……!」


夏葉「……接触時に、額をプロデューサーの肘にぶつけた。
   出血しているとはいえ、そっちは大した怪我ではないようだけれど……」

夏葉「倒れて右手を地面についた際、手首を捻ったようね。
   早めにお医者様へ診せた方が良いわ」

咲耶「確か、公園を出てすぐ近くにクリニックがあったはずだ。
   専門医に診てもらえるか、問い合わせてみよう」スッ

夏葉「えぇ、お願い。
   さぁ樹里、まずはあそこの水道で冷や…」

樹里「いいって、言ってんだろ……!」グッ

夏葉「言うことを聞きなさい」


武内P「西城さん……なぜ……」

武内P「なぜ、あのような無茶をされたのですか……」

樹里「…………」


武内P「ラフプレーに頼らずとも、あなたであれば、
    今の私からボールをカットする事は容易かったはずです」

武内P「たとえそれが敵わず、点を入れられても、9対7……
    残りのゲームで、じっくり勝利を決めることもできた」

樹里「……アンタの言う事は正しいよ」

樹里「そうやって勝利をたぐり寄せた方が、確かに利口だよな」


樹里「でも……この勝負は、元々アタシに有利なモンだ」

樹里「アンタがここまでバスケできるとは思ってなかったけどよ……」

樹里「それでも、アタシはこんな準備してきて、アンタは普通のスーツ姿で……
   運動の習慣だって、どうせロクに無かったろ?」

樹里「こんなハンデで勝っても、なんかちげーな、って……
   ちゃんと、なんつーか……」

樹里「勝ちに、行きたかったのかもな……アタシなりに、納得できる形で……」


未央「ジュリアン……」

凛「…………」


武内P「……勝負は、私の負けです」

樹里「まだ終わってねぇだろ、いっ……ッ!」ズキンッ

咲耶「先ほどのクリニックだが、すぐに診てもらえるそうだ。
   さぁ行こう、樹里。智代子もついて来てくれるかい?」

智代子「う、うん!」


樹里「やめろっ!!」

智代子「ひぇっ!?」ビクッ


咲耶「……それは聞き入れられないよ。
   樹里のケガは、早急に手当てが必要のはずだ」

咲耶「それを拒むというのなら……理由を聞かせてほしい」

咲耶「私達だって、樹里への想いに納得が必要なんだ」


樹里「…………」



樹里「……もう、同じ思いをするのは嫌なんだよ」

樹里「あんな、惨めな思いは、もう……」グッ…

凛「……樹里、中学までバスケをやってたんだよね?」

樹里「…………」

凛「それと、関係があること……?」



樹里「……アタシがいた中学のバスケ部は、創部以来初めて県大会優勝してさ」

樹里「関東……ゆくゆくはインターハイも夢じゃねぇかも、
   なんて、メンバー皆ではしゃいでた」


未央「……えへへ、すごいじゃん!」

樹里「へっ、アタシが凄かったんじゃねぇよ……」


樹里「キャプテンで……いわゆる、司令塔のポジションを担うヤツがいてさ」

樹里「背はそんな高くねぇけど、ボール捌きが抜群に上手くて、視野も広くて……
   それに、明るくて優しくて、皆のムードメーカーで」

樹里「いつも皆の中心で笑ってて、チームの力を実力以上に引き出してた……
   ソイツがいたから、アタシ達は勝てたようなモンだった」

樹里「親友だったんだ……アタシだけじゃなく、皆そう思ってただろうな」


樹里「ある時、ソイツが練習時間になっても来ねぇからさ……探しに行ったんだ」

樹里「学校の隅っこの、もう使われてないオンボロ倉庫の中に、ソイツはいた」


樹里「人目に隠れて、タバコを吸ってたんだ」


凛「……!」

卯月「た、タバコ……!?」

樹里「中2だぜ? 結構ヤンチャしてるよな、ハハ……」

樹里「親父のを、黙って持ってきたんだってよ……
   その時初めて吸った、って……それはたぶん、本当なんだと思った」

樹里「知らなくても一目で分かるくらい、まるで手つきが慣れてなかったからな……」


樹里「初めての関東大会で、部の内外からも期待を集めて……
   相当、プレッシャーを与えちまったんだと思う、アタシ達も」

樹里「それに、ソイツの家庭も、ちょっと問題を抱えてたみたいでさ……
   親父や母親からも、怒鳴られたり、暴力とかも……全然アタシ、知らなくて……」

樹里「友達ヅラして、一方的に追い詰めてた……
   たどたどしくタバコを持つソイツの姿を見て、初めてその事に気づいたんだ」

未央「そんな、ジュリアン……!」


樹里「咄嗟に、ソイツに言ったんだ……アタシがやった事にしろ、って」

智代子「!? そ、そんなの……!」

夏葉「……樹里、それは間違っているわ」


樹里「ああ、そうだよ。間違ってた」

樹里「たぶん、そん時も気づいてたさ……でも、そうするのが一番良いと思った」

樹里「ソイツがいなきゃ、関東も、その先も勝ち抜けるワケがねぇんだからな」

樹里「それがチームのためになると思ったんだ」


樹里「でも、アイツは自白して……辞めた」

咲耶「…………」


樹里「代わりに関東大会初戦のコートに立ったのが、アタシだった」

樹里「結果は散々……ってほどでもなかったかな。
   中盤までは、まだ勝負になってた」

樹里「でも、第3クォーターから、やっぱり地力の違いが出てきてさ……
   点差も、どんどん開いてって……」

樹里「アタシがやらなきゃ、って思ったんだ……
   ここでスリーを決めて、チームを勢いづけて第4クォーターを迎えれば、勝ち目が見えてくる……!」

樹里「アイツの代わりに、アタシが皆の精神的支柱になってやるんだ、って!」グッ…


樹里「でも……アタシのボールは、リングに届きすらしなかった」

樹里「相手チームに取られて、あっさりカウンター決められて、ますます点差が開いて……」


樹里「元々厳しい先生だったけど……ウンザリするほど責められたな。
   逆に、チームのメンバーは、皆アタシを擁護してくれた。励ましてくれた」

樹里「その優しさが、すげぇ辛くてさ……」

卯月「……樹里ちゃん」ジワッ

樹里「あの日から……アタシは、空っぽになった」

樹里「あれだけ一生懸命、自分の全てとさえ思ってたバスケを辞めて……
   まぁ、そりゃそうだよな」


樹里「あんなに夢中になって頑張ってたから、全てだったんだ」

樹里「だから、アタシは……夢中になる事が、怖くなった」

武内P「……!」ピクッ

咲耶「そうか……樹里、君は……」


樹里「……なぁ、プロデューサー」

樹里「初ステージの時、アタシ……途中で身体固まって、動かなくなってたろ?」

武内P「……はい。子供が落ちそうになっていたのを、目の当たりにされて」

樹里「違うんだよ」

樹里「子供は関係ない……思い出しちまったんだ」

樹里「土壇場でスリーを外した、あの試合を……トラウマ、ってヤツなのかな」

武内P「! ……」


夏葉「……ひょっとして、サマーフェスのアレも?」

樹里「ヘッ、やっぱ夏葉も気づいてたか……あぁ、そうだよ」

樹里「絶対にミスしちゃダメだ、って……思えば思うほど、あのスリーを思い出しちまう」

樹里「バスケに全てをかけてたアタシの心の傷は、アタシが考えている以上に深かった」

樹里「夏葉の言う通りだぜ。
   手を伸ばさないままでいれば、ケガをする事もねぇ」

夏葉「ッ……私は、そんな……!」

樹里「いいんだ」フルフル


樹里「それもあるのかな……
   本当はアタシ、今は346プロにさほど怒りを感じちゃいねーんだ」

樹里「薄々、自覚しちゃいたけどな……」

樹里「智代子が立ち直ってくれた後、アイドルを辞めようと思えばできた。
   でも……手放す度胸が持てなくて、かといって、のめり込む勇気さえ無くて……」

樹里「アイドルを好きになりそうな自分が怖くて……
   自分の中で、アイドルがどんどん大きくなっていくのが怖くて……」

樹里「だから、打倒346プロっていう建前を振りかざして、
   一生懸命やるフリだけしながら、一線を引いてさ」

樹里「プロデューサーが、ロクな活動を寄こしていないのも、認識してた。
   踏ん切りつかないアタシは……そのぬるま湯にダラダラと浸かってたんだ」

樹里「ハンパはしたくねーとか言っといてな……ほんと、自分勝手だよな、ハハ……」



咲耶「樹里……いや、これはプロデューサーに聞くべきだろうか」

武内P「……? 何でしょう、白瀬さん」

咲耶「一つ確認させてほしいんだ。
   樹里がアイドルを辞められなかったのは、樹里の気持ちだけじゃない」

咲耶「樹里の事を狙う者達がいるからだと、私は認識していたのだが……違うのかい?」

武内P「! ……どうして、それを」


凛「私が言ったんだよ」

武内P「渋谷さん……」

凛「プロデューサーや樹里だけが、抱え込んでちゃいけないと思ったから」

樹里「…………」

咲耶「どうか凛を責めないでほしい、プロデューサー」

咲耶「私も、天井社長から薄々話を聞かされていたから、何となくの察しはついている。
   だから……本当のことを聞かせてくれないか」


武内P「……正直に打ち明けますが、その通りです」

武内P「かの346プロのオーディションでの不正の事実を知る西城さんは、狙われている……
    身柄だけでなく、その命さえも」

未央「い、命……!?」

武内P「不正を知られて最も困るのは、346プロです」

智代子「そんな事まで……」

夏葉「なるほど、だからあなたは346プロではなく、961プロとして樹里をスカウトしたのね」

夏葉「それに、身柄の安全を確保するために樹里を匿おうにも、
   346プロとしてスカウトしたのでは樹里は応じないだろう、と」

武内P「はい、仰る通りです」


夏葉「だったら、樹里を救う方法はあるわ」

武内P「……?」

樹里「は?」

夏葉「あのオーディションの実態を知る当事者が、ここにも一人いるのをお忘れかしら?」ニコッ


卯月「な、夏葉さん……!」

武内P「待って下さい、有栖川さん。良からぬ事を考えるのはおやめください!」

夏葉「何? 良からぬ事って」

武内P「あなたがこの問題に関わると、あなたにも危害が及ぶ事になります!」


夏葉「あまり自分で言いたくはないけれど、私も世界的な大企業を営む有栖川家の人間なの」

夏葉「当代たる父の影響力をフルに活用して、346プロの追求を牽制し阻む事は、不可能ではないわ」

夏葉「つまり、樹里ではなく、実際にそのオーディションに参加した私がその不正を告発する……
   もし私の身に何かあれば、有栖川グループの総裁が黙っていないだろう、ともね」

夏葉「実家に頼ることは本意ではないけれど、樹里を守るためなら是非も無いことよ。
   何より、当事者である私が告発した方が、信憑性も話題性も担保できる」

夏葉「どう? 何かご不満はあるかしら」ファサッ


武内P「う、うむ……」

未央「ブレの無いなつはしのつよさよ」ゴクリ…

樹里「余計な事をしないでくれ」

樹里「元々アタシが吹っ掛けた喧嘩なんだ。夏葉には関係ねぇ」

夏葉「あら。あのオーディションの参加者でないあなたよりは、関係あると思うけど?」

樹里「そういう事じゃなくて、あーもう……!」ワシャワシャ


夏葉「あなたの過去も知らずに、身勝手なことを言ったのは謝るわ」

夏葉「それでも、身勝手をさせてほしいのよ。
   あなたに気兼ねなく、アイドルを続けてもらえるように、ねっ?」ニコッ

樹里「……知るか」


智代子「……樹里ちゃん、聞いて」

智代子「私が立ち直れたのってね……
    樹里ちゃんがアイドル、やってくれたおかげなんだよ?」

樹里「…………」

智代子「ガラじゃねぇ、だなんて、あんなに恥ずかしがってた樹里ちゃんが、えへへ……
    私なんかのために、あんなに、一生懸命、キラキラで……」

智代子「すっごく練習、したんだろうなぁ、って……!」グスッ

智代子「だからね、樹里ちゃん?」ジワ…

智代子「樹里ちゃんがやってきたこと、ハンパなんかじゃ……!」

智代子「……ッ!」ゴシゴシ

智代子「ハンパなんかじゃ全然ないよっ!」

智代子「私はずっと! 樹里ちゃんに感謝しなくちゃ、って……だから!
    それを伝えるために、アイドルやってたい、って! 思って……!」

智代子「今度は、私の番だ、って、うぁ……お、思うから……っ!」ポロポロ

智代子「あぁ、アイドルってすごいなぁ、いいなぁ、って……!
    樹里ちゃんにも、おも……ひ、ぃ、思って、もらいた、て、わたし……!」

樹里「チョコ、もういい……もういいよ」

智代子「よくないっ!! い、ぃぅぅ……!」ボロボロ


樹里「アタシなんかのために、皆もう……そういうの、やめてくれよ」

樹里「怖くなっちまうんだよ……アイドルのことも、皆のことも……」



武内P「……西城さん。一つ、誤解されていることがあります」

樹里「……?」

武内P「私が西城さんの仕事量を、意図的に少なくしていたのは、
    西城さんがこれ以上、アイドルに没頭するのを避けたかったからではありません」

樹里「知ってるよ……やべぇヤツらからアタシを守るためだろ?」

武内P「はい。ですが、それだけではありません」

樹里「え?」


武内P「私も、恐れたのです……プロデューサーとしての本来業務を果たす事を」


樹里「な……何だよ、それ?」


武内P「黒井社長から、先日指摘された事があります」

武内P「西城さんを表舞台に出そうと出すまいと、既に動向を観察している者はいる。
    どう立ち回ろうと、もはや注目は逃れられない、と……」

咲耶「…………」

夏葉「それじゃあ……なぜあなたは、樹里に目立った活動をさせずに匿い続けたの?」

武内P「資格が無いのではと、考えるようになりました」

武内P「私のような人間が、アイドルを輝かせようなどという資格が……」

未央「え……」

凛「……詳しく聞かせて」


武内P「……かつて、担当していたアイドルがいました」

武内P「聡明、かつ快活な人柄で、誰からも愛される、花のような人でした」

武内P「しばらくは、順調に活動を続けていたのですが……」


武内P「ある時、とある週刊誌に突然、彼女に関するゴシップ記事が掲載されたのです」

樹里「ゴシップ?」

武内P「男性芸能人との不倫……それも、一人や二人ではなく、あらゆる方面の……
    当然ですが、根も葉もないものでした」

武内P「ですが……当事者たる芸能人達含め、関係者が皆、口裏を合わせたのです」

武内P「ゴシップであるはずのその記事は、やがて真実として各所で報道される事になりました」

智代子「そ、そんな……!?」


武内P「彼らにとっては、ある種の炎上商法と言うのでしょうか……
    多少の汚名よりも、話題性を得る事を良しとする者達で、結託をしたようです」

武内P「そして、それを指揮していたのは、
    当時ライバル関係にあったアイドル事務所のプロデューサーでした」


武内P「私の担当アイドルは、ご家族も含め、メディアに食い潰され……
    そのまま、引退に追い込まれたのです」


夏葉「何てこと……」

未央「そんな……後でそれがウソでしたって、釈明できなかったの!?
   そんなのあんまりだよ!」

武内P「もちろん、力を尽くしました。ですが……」

凛「覆せなかったの……? そんな、酷いことって……!」

武内P「私は、そのライバル事務所のプロデューサーに、抗議をしました」

武内P「ですが、彼は鼻で笑い、こう答えたのです」


武内P「“事故”にあったようなものだ……
    この業界、こんなのはよくある事だろう、と」

武内P「これからは、身の振り方を弁えるんだな、とも……」

樹里「…………」


武内P「私は、怒りと憎悪に取り憑かれました」

武内P「不条理な動機と手段で、私の担当アイドルを社会的に殺したその男を」

武内P「何より、彼女の汚名を晴らすことができなかった、私自身の無力さにも」



武内P「だから私も……同じ事をしたのです」

凛「……!?」ピクッ

武内P「その男と、彼の担当アイドルを……“事故”に遭わせました」


一同「!!」


武内P「主に行うことは、業界関係者への根回しと誇大広告、SNS上での宣伝工作……」

武内P「興信所に依頼し、相手の汚点となるネタを掻き集め、
    これをマスコミや週刊誌にリークするなども行いました」

武内P「当時持っていた私財のほとんどを費やし……
    それでも足りない分は、事務所の資金を横領して、この活動に充てました」

武内P「あの時の私は、自分の行いは正しいのだと、信じて疑わなかった。
    いや……信じ込もうとしていた」

武内P「担当していた、彼女の無念を晴らすためなのだと」

武内P「後で自分や事務所がどうなろうと、関係無い。
    今すべきことに、全てをかけ、全てを失う覚悟で、私は……復讐を果たしました」


卯月「……ッ」ポロポロ

凛「プロデューサー……」


武内P「本懐を遂げた私に、やがて近づく男がいました。
    961プロの、黒井祟男社長です」

樹里「……気になってた事がある」

樹里「アンタが346プロの人間であるのは分かったけどよ……
   961プロのプロデューサーだってのは、結局ウソだったのか?」


武内P「はい。厳密に言えば、正しくはありません。
    あくまで私は、346プロのプロデューサーです」

武内P「ですが、961プロにおいても、それとほぼ同等の権利を与えられている、ということです」

未央「……それって、つまり?」


武内P「黒井社長が私に、協力関係を持ちかけたのです」

武内P「有事の際に、961と346、双方にとって害を為す存在を抹消する……
    その手を下すことを、担ってくれないかと」

武内P「協力をしてくれるなら、私の社会的なステイタスを、全て保障する……
    確実に隠蔽するし、私が無断で横領した346プロの資金も、961プロが補填をしよう、と」

武内P「そうすれば、まだ貴様は、アイドルのプロデューサーを続けられるだろう……」


夏葉「……あなたはそれに従った、ということね」

武内P「そうです。そして……
    346プロの会長と961プロとで、正式かつ秘密裏に、契約が結ばれたのです」

武内P「間接的に相手を陥れるものや、直接的なもの……
    “仕事”の内容は、様々でした」

智代子「直接的、ってどんな事、ですか……?」

武内P「とてもあなた方に、お教えできる事ではありません」

智代子「……!」ゾクッ

武内P「それだけの事を、私は重ねてきたのです」

咲耶「…………」


武内P「これは“事故”なのだ……よくある事なのだ、と……」

武内P「不条理に手を染める私の心を慰めたのは、皮肉にも、あの憎き男の言葉でした」

武内P「この行いは、私の担当アイドルのためなのだと」

武内P「そう、心の中で繰り返し、黙して“仕事”をこなしてきた……
    そんなある日の事でした」

武内P「繁華街を通りがかった時、路上で泣き叫ぶ一人の女性を見かけました」

武内P「見るからに正気ではなく、呂律も回っていない……
    みすぼらしい風貌の、若い人でした」

武内P「気にも留めまいと、通り過ぎようとしたのですが……
    よく見て、気がついたのです」


武内P「その女性は、私が陥れたあの男の、担当アイドルだった人でした」

樹里「……ッ!?」

卯月「もう、やめて……!」


武内P「何を言っているのかは分からない。
    ですが……あらん限りの憎しみや怨嗟を、周囲に吐き出しているのが見て取れました」

武内P「かつて復讐を遂げた相手の、変わり果てた姿を見て、私は……
    逃げるようにその場を後にしたのです」


武内P「その日以来、私は……眠ることが出来なくなりました」

武内P「目を閉じると、瞼の奥に、私の担当アイドルとその女性の姿が重なるのです」

武内P「かつて“事故”に遭わせた、数々の芸能関係者達もまた……同じ末路にあるのだと」

武内P「私は、多くの光を奪った……その私が、誰かに光を諭す事など……」

武内P「まして活躍をさせて注目を浴びれば、同じ目に遭わせようとする者も現れるかも知れない……
    かつての私の担当アイドルや……私が陥れた者達のように」

武内P「だから、私は西城さんを、守るという名目で、活動をさせてこなかった……
    いえ、活動させることが出来なかったのです……」


凛「……やっと、分かった」

凛「プロデューサーの事だったんだね……復讐に身を任せ、暗く深い闇に堕ちた者って」

凛「取り返しのつかない所までいって、二度と光を見ることはできない……」

武内P「…………」


凛「でも……それでもプロデューサーは、助けようとしたんでしょ?」

凛「樹里のことを……樹里が、自分と同じ道を進んじゃう前に」

凛「苦しみを知っているからこそ、見過ごせなかったから助けた、って、言ってたじゃん」

樹里「……知らなかったぜ。そんな話をしてたのか」


凛「それで……樹里はもう、346プロにさほど怒りを抱いていない、って、それは本当?」

樹里「……あぁ」

樹里「別に、凛達が346プロだって分かったからじゃない」

樹里「それにまだ、智代子を苦しめた事が許せねぇって気持ちも、もちろんある」

智代子「樹里ちゃん……」


樹里「でも、まぁ……薄れちまった、ってトコだ」ポリポリ


凛「ありがとう、樹里」

凛「だったら……プロデューサーはやっぱり、樹里を救ったんだよ」

武内P「……私が、西城さんを?」

凛「うん」コクッ

凛「だから、その……あんまり自分を責めなくてもいい、っていうか……」

夏葉「凛」

凛「えっ?」


夏葉「私はプロデューサーを許してはいけないと思うわ」

凛「ッ……!」

智代子「な、夏葉ちゃん、そんなまた水を差すような事…!」

夏葉「彼の話が本当であれば、簡単に見過ごして良いはずがないでしょう」


武内P「有栖川さんの言う通りです。
    元より私の大義は、復讐を果たしたあの時から、既に失っています」

武内P「いかなる誹りも裁きも、免れる事はできません」

武内P「そのために、西城さん」

樹里「……何だよ」


武内P「もし、有栖川さんのご提案に従うのであれば……
    あなたが346プロからその身を狙われる心配も無くなります」

武内P「つまり、自身を守るためにアイドルを続ける必要が、無くなるのです」

樹里「…………」


武内P「今後の方針を振り返るには、良い頃合なのかも知れません。
    私も……あなたを導く自信が、薄れてきている」

武内P「何者にも脅かされることなく、それまで通りの生活に戻る事も……あなたが望むのであれば」

智代子「樹里ちゃんのプロデュース……諦めるんですか?」

武内P「…………」


未央「ちょ……あ、あの、なつはし、ちょっと待って! あのさ!」

未央「プロデューサーを勘弁してあげるの、できないかな!?
   だ、だって! プロデューサーだって深い事情があって…!」

夏葉「事情があれば他人を陥れて良い道理があると、未央は思っているの?」

未央「うっ……!」ギクッ

卯月「夏葉さんっ……お願いです、そんな!」

咲耶「残念だけど、卯月、未央……夏葉の言っている事は正しい」

卯月「ううぅ……!」


夏葉「彼の手によって、智代子と同じ、いや……智代子以上に苦しめられた人達が何人もいる。
   その事実から、私達は決して目を背けてはならないわ」

凛「夏葉……」


夏葉「かと言って、責任から逃がれる事も許されないわよね」

未央「へ?」

武内P「あ、有栖川さん……」

夏葉「聞こえなかったの?」

夏葉「樹里のプロデュースを辞める事は、逃げだと言ったのよ」


咲耶「樹里とプロデューサー……
   図らずも、二人の間に生まれたモラトリアムに、お互いが利害の一致を見たという訳か」

咲耶「そして、それを氷解するきっかけとなったのが、凛のお弁当だった」

咲耶「私達が考えるべきは、逃避なんかじゃない。
   過去に縛られ、道半ばで自ら夢を絶つなど、この業界に生きる者の本分ではないはずだ」


凛「咲耶……」

未央「えへへ……やっぱりさくやんってば、カッコイイこと言うよねー」ウリウリ

咲耶「そうかな。思ったことを言ったまでさ」ニコッ

樹里「み、皆……?」

卯月「……ねぇ、樹里ちゃん」

卯月「樹里ちゃんは、私達が構うの、迷惑ですか?」

樹里「め、迷惑……なんかじゃねぇって。この間も言ったろ?」

卯月「だったら!」スッ

ギュッ!

樹里「う、うわっ!?」ドキッ

卯月「もっともっと、そばにいさせてください」

樹里「……ッ!」

卯月「私達が差し伸べる手を、怖いなんて言わないでくださいっ!」

樹里「お、お前……」


智代子「えへ……えへへ」ニコニコ

智代子「モテモテですなぁ、樹里ちゃん?」

樹里「は、はぁ!?」

未央「ジュリアン、ユーもう観念しちゃいなよ。
   これだけのお節介焼きに囲まれて、逃げきる方が無理ってもんだよね?」

樹里「う、うるせぇ! お節介を焼く側が言う事かよ!」

未央「あはは、それもそっか!」ニコッ

凛「でも、未央の言う通りだよ」


凛「たとえ樹里やプロデューサーが諦めようと、私達は諦めたくない」

凛「これだけ深い間柄になれた人を、放っておけなんて……
  そんな悲しい事、言わないでよ」

武内P「渋谷さん……」

凛「大体、樹里のプロデュースを諦めるクセに、私達の事は何も言わないの、おかしいよね?」クスッ

武内P「う、む……」ポリポリ


咲耶「さて……私達の想いは、今述べた通りだ」

夏葉「あとは、あなた達の気持ち次第よ」


武内P「…………」

樹里「……おい、プロデューサー」

武内P「は、はい。何でしょう……?」

樹里「ボール、取ってくれ」スクッ


智代子「……えっ!?」

未央「ちょ、ジュリアン…!」


樹里「まだ9対7だ、勝負は終わっちゃいねぇ。
   次はアタシがオフェンスだったよな」

武内P「し、しかし……」

樹里「いいから、ほら」クイッ


武内P「…………」スッ

樹里「……」ヒュッ

武内P「……」パシッ ヒュッ

樹里「……」パシッ


樹里「ッ……!」ズキッ

武内P「…………」


ダムッ

樹里「……」ダムッ


ダムッ


卯月「……あ、あれ?」

咲耶「リングから、遠ざかって……?」


武内P「あ、あの……西城さん?」

樹里「確か、ここだ」ダムッ

武内P「えっ?」


樹里「あの時、アタシがスリーを打ったのは、この辺りだった」スッ


凛「樹里……」



樹里「なぁ、プロデューサー。一つ賭けをしてみねぇか?」

武内P「賭け?」

樹里「こっからアタシが、スリーポイントシュートを投げる」

樹里「今、9対7……これが入ったら、アタシの勝ち」

樹里「入らなければ、アタシの負けだ。
   この手首じゃ、どのみちゲームは続けらんねぇからな」

樹里「で、そうなった場合、アタシはアイドルを辞める……どうだ?」


夏葉「……何だか、最初と趣旨が変わっていないかしら?」

樹里「なっ!? う、うっせーな、いいんだよ細かい事ぁ!」


樹里「アイドルとしてステージに立つからには、このトラウマは克服しなきゃなんねぇ」

樹里「投げるのは1球だけ。
   一発勝負で入らなきゃ、アタシはそれまでだったってことだ」

卯月「でも、樹里ちゃんは手を…!」

武内P「分かりました」

未央「ぷ、プロデューサー……!?」


武内P「入ったら、アイドルを続けていただけるんですね?」

樹里「へぇー……いいのかよ?」ニヤッ

樹里「卯月が言いかけた通り、今のアタシは万全じゃねぇ」

樹里「それどころか、わざと外して、まんまとアイドル辞めてやる気かも知れないぜ?」


武内P「あなたは、打算的な事をする人ではありません」

樹里「……!」ピクッ

武内P「たとえ後ろ暗い思いがあったとしても、
    目の前のものには真摯に向き合うのが西城さんであると、私は知っています」


樹里「……ったく。
   ホント、アンタって恥ずかしげも無く、よくもまぁ……」


樹里「あぁ。本気でやるよ」

樹里「でないと、諦められるモンも諦められねぇしな」


咲耶「それでこそ樹里だ」ニコッ

樹里「うるせぇ」ザッ


武内P「お願いします、西城さん」



樹里「…………フゥー」

樹里「…………」スゥーッ…

樹里「……」スッ


シュッ…!


未央「行った!」

智代子「お願いっ……!!」ギュッ!


樹里「……ッ」ズキッ



卯月「あ……あぁ……!」

夏葉「軌道が……」



樹里(……ダメ、だな)

ガンッ!


凛「……ッ!」

智代子「そんな、リングに……!」

咲耶「……」フルフル


ダッ!


未央「うぇっ!?」


ダダッ! バッ!


卯月「ぷ、プロデューサーさんっ!?」

武内P「……ッ!」ゴオッ!


樹里「な……えっ!?」


パシッ!

武内P「ッ!」ブォッ!


ガゴォォンッ!!



凛「……ッ!」

夏葉「あ……アリウープ……!」



スタッ

武内P「…………」

樹里「あ、アンタ……」

武内P「ボールは、入りました」

樹里「!」ピクッ


武内P「……あなたは一人ではありません」

武内P「偉そうに言える立場ではないとしても……私は、あなたの力になりたい」

武内P「たとえ躓いても、私や皆さんがあなたの力になり、支え続けます。
    あなたに手を、伸ばし続けます」

武内P「そうして共に夢を目指すことの尊さを、見出していきたいと……
    ようやく、そう思うことができました」

武内P「ここにいる皆さんのおかげで……だから、西城さん」


武内P「もう一度、あなたをプロデュースさせてください」

樹里「…………」

樹里「どいつもこいつも、勝手なこと、言ってくれるぜ……」

樹里「まぁ……悪くねぇ」


樹里「アタシの勝ちだな」ニカッ

武内P「いいえ、西城さん」

武内P「“私達”の勝ちです」ニコッ

樹里「ヘッ! 言ってろ」



凛「樹里……良かった」

咲耶「ああ。しかし、プロデューサーの罪が消えた訳じゃない」

智代子「そ、そこはほら! 向き合った上での償いをと言いますか……!」

夏葉「ええ、そうね」

夏葉「凛が語ったように、彼が樹里や智代子を救ったことも事実だから」

未央「要するに、私達がやることは変わんないってことでいいよね?」

夏葉「ふふっ……ええ」ニコッ

卯月「それさえ分かれば、私達、頑張れますっ!」ギュッ


武内P「行うべきことは山積みです。
    これからしばらく、相応にハードなスケジュールになることを予めご承知ください」

樹里「何か目標とかあんのか?」

武内P「約二ヶ月後に、先日のサマーフェスと同等の規模のライブイベントがございます。
    西城さんには、これに出場していただきたいと思います」

樹里「また急な話だなおい」


樹里「でも、今までダラッとしてたアタシもアタシだ。いいぜ」

樹里「改めて、これからよろしくな、プロデューサー」スッ

武内P「はい、こちらこそ」スッ

ギュッ…!


樹里「ヘヘ……バスケが出来るワケだぜ」

樹里「でっけぇ手……」

武内P「……」ニコッ

~283プロ~


天井「……ふむ。そちらの言い分は分かりました」

天井「だが、なぜその話の流れで、この私にコンタクトを?」

『何も接点が見えないからです』

『今お話した登場人物の中で、283プロだけが本来的には何の関わり合いも無い』

『にも関わらず、御社のアイドルは本件について甲斐甲斐しく干渉し、
 関わりを持とうとしているように見えます』

天井「ウチの有栖川夏葉が世話になったから。それだけでは理由として不服かな?」


『彼女が弊社に相応の拘りを持っていたとすれば、それもあるでしょう』

『ですが、彼女にはかのオーディションについての未練はもう無い。
 既に御社で生き生きと活動しているように見えます』

『であるならば、今なお弊社で燻り続ける問題に、
 あなたは自分達のアイドルにわざわざ首を突っ込ませる必要など無いはずです』

『いかがですか?』

天井「……なるほど。
   深く考えた事はありませんでしたが、言われてみれば一理ある」

『ご冗談を。
 あなたは明確な意志を持ってご自分のアイドル達を介入に向かわせています』

『もしお電話ではお話しにくいようであれば、後日そちらにお伺いしましょう。
 283プロ、いいえ、あなたの真意とその背景にあるものについて、直接お聞かせいただきたい』

天井「お越しいただいても、ご期待に添えるようなお話はできませんがね。
   まぁいいでしょう」

『ありがとうございます。ではまた』

プツッ


天井「……フゥー」ガチャッ

天井(油断のならない相手とは聞いていたが、想像以上だな)

天井(あの強気……彼女も確信を得るに足るだけの情報を、既に握っている)


ギシッ…

天井(厄介なものを引き受けてしまったものだ……やはり、ひと味違うという訳か)

天井(“トップアイドル”が抱える問題のスケールというものは)

――――――

――――


『さぁ~残り時間もあとわずか! そろそろ勝負が見えてきそうですがー!?』

『うわわっ!? じゅ、樹里ちゃんっ! そこジャンプで回避するか隠れて!!』

『はぁっ!? ちょ、ジャンプしてるってアタシ!! チョコも見ただろ!?』

『そうじゃなくて、敵が弾を撃ってきちゃ、ああぁー!! 前見て前っ!!』

『おりゃ、ジャンプ! あれ、おいっ!! どうなってんだこれ、おあぁっ!?』

『うわああぁぁっ!! またやられちゃった!!』

  >草ァ!
  >【朗報】漢西城、逃げも隠れもしない
  >めちゃくちゃ素が出てる「おいっ!」で大草原
  >焦りまくる樹里ちゃんでしか摂取できない栄養素がある
  >これ後で喧嘩するやろなぁ、せっかくチョコちゃんキル数稼いでたのに
  >クッソ必死にやってて草
  >何にでも本気でやるの良いよねこの子
  >この二人プライベートでもめっちゃ仲良しだぞ

~961プロ~

カタカタ… カタカタカタ…

武内P「はい、はい……恐れ入ります、ではその方向で……」カタカタ…

武内P「その日時であれば、私共は空いております……分かりました。
    では、引き続きどうかよろしくお願い致します……はい、失礼致します」

ピッ!

武内P「お待たせしました、西城さん」ガタッ

樹里「毎日急がしそうだな、ちゃんとメシ食ってんのか?」

武内P「おかげさまで、いつも美味しくいただいております」

樹里「あ、アタシの弁当の事じゃねぇって! 朝とか夜の話!」

武内P「これは、失礼致しました」ペコリ


樹里「……いつも空っぽにして渡されんだから、そっちは分かりきってるっての」ボソッ

武内P「何か?」

樹里「うるっせぇな!! ほら、仕事行くぞ!」プイッ

ブロロロロロ…

武内P「道が混んでいますので、到着は若干遅れるかと」

樹里「電話しようか、アタシ?」

武内P「いえ、既に先方へは連絡済みです」

樹里「……あ、そう」


樹里「…………」チラッ



 【961プロ西城樹里 アイドル戦国時代へ殴り込み! 目指すは『クリスタルウィンター』優勝!】

 【芸能界は『西城樹里』を待っていた! カムバックにファンからは期待の声続々】



樹里「…………」

武内P「西城さんのファン層は、老若男女、非常に幅広いのが特徴です」

樹里「ッ!? ちょ、何だよ、ちゃんと前見ろよ!」

武内P「失礼」

樹里「……」プイッ


樹里「……この間、道歩いてたらさ」

樹里「アタシのファンです、って……
   たぶん年下だけど、女の子から、握手求められたんだ」

樹里「応じて良かったんだよな、アタシ……?」


武内P「……ケースバイケースではあります。
    人通りが多く、いたずらに混乱を招きうる場合は、避けた方が良いでしょう」

武内P「また、西城さんの肖像権は事務所に帰属するため、写真撮影に応じることも原則としてNGです」

樹里「そっか……悪ぃ」


武内P「いいえ」

武内P「一人一人のファンを大切にされる西城さんの姿勢は、アイドルとして立派です」

樹里「そうかよ……」ポリポリ

樹里「……アタシ、こういうナリだからさ。
   見た目で怖がられて、知らない人から避けられること、多かったんだ」

武内P「…………」


樹里「……嬉しかった」

樹里「握手を求めたその子も、すげー勇気を出してアタシに話しかけたんだろうし……
   ファンに応援されるって、いいモンなんだなって」

樹里「アタシ、もっと頑張るよ」

武内P「……はい」ニコッ


武内P「到着まで、まだ少しかかります。お休みをされても大丈夫ですが」

樹里「何だよ、アタシとお喋りすんのが嫌だってのか?」

武内P「い、いえ! そういう意味では……」

樹里「あはは、バーカ」


樹里「もっと仕事してぇ。頼むぜ、プロデューサー」

武内P「はい」

――――


美城『961プロとのコラボ企画だと?』

武内P『そうです。
    そのために私は961プロに足繁く通い、そのアイドルと準備を進めてまいりました』


美城『君は、この私の目を節穴だと思っているようだな』

美城『君が社の規定に反する行動を取っていた多くの事実を、既に私は握っている』

今西『……!』

武内P『…………』


美城『ただでさえコンプライアンスやCSRの重要性が叫ばれ、
   世間の監視の目も強くなっている時代だ』

美城『次第によっては、私はこの場で解雇を言い渡すどころか、
   反社会的な人間として君の身柄を然るべき機関へ引き渡す事に一切の躊躇もしない』

ちひろ『そ、そんなっ!』



武内P『結構です。しかし……』

武内P『あなたにそれが出来るでしょうか』

美城『……どういう意味だ』


武内P『あなたはきっと、こうも考えているはずです』

武内P『私を罰しようとするなら、961プロの黒井社長があなたに対し、
    徹底的に抗議してこれを否定するでしょう』

武内P『彼がそれをするに足る理由をあなたが知っているとすれば、ですが』

美城『…………』

武内P『そうなれば、346プロと961プロとの全面戦争は避けられない』

武内P『仮に法廷の場で勝利を納めるとしても、それまでに受けるであろう損失を考えれば、
    表立って行動を起こすのはデメリットでしかない』

武内P『果たしてそれは、あなたにとって合理的な判断と言えるでしょうか』

美城『……開き直りとはな。
   伊達に裏の仕事を担ってきただけあり、並みの心臓を持ってはいないということか』

武内P『…………』


美城『私は君を否定する。
   このまま野放しにしておく事など考えてはいない』

美城『その時が来るまで、せいぜい独りよがりの贖罪ごっこでも続けるがいい』


武内P『ありがとうございます』ペコリ


ちひろ『プロデューサーさん……』

今西『…………』


――――

~某テレビ局スタジオ~

ワアアァァァァァ!!

冬馬「玉ねぎをすり下ろすぜっ!」ショリショリ!

冬馬「こうすることで、水分が出てふんわりと柔らかくなるし、
   焼いた時に割れちまうリスクも回避できるからオススメ! だぜっ!」ビシッ!

キャアアァァァッ!!


司会者「天ヶ瀬冬馬選手、なんと繊細なひと手間!
    一方で青コーナーの、あーっとこれは961プロ、西城樹里選手!?」

司会者「みじん切りにした玉ねぎに、これは溶かしバターでしょうか!?」

司会者「サッと回しかけたそれをラップに包んで、電子レンジの中へ!
    西城さん、これは今何を!?」


樹里「飴色になるまで炒めてると時間かかるんで、こうしてます」ジャーッ

樹里「普通に炒めるのより水分が飛ばないからジューシーにもなるし、
   加熱した玉ねぎの甘みと、バターでコクも出て……」サッ サッ

樹里「しかもこうして、他の作業も並行してできるから便利かなって」シャカシャカッ

ヒューーッ!! ワアァァァァ!!

冬馬「ヘッ! レンジを使った程度で得意になってりゃ世話ねぇな」

樹里「何だぁ? 玉ねぎをすり下ろすのなんざ、アタシだってとっくに試してんだよ」

冬馬「言ってろ。最後に美味くできなきゃ意味ねぇぜ!」ガオッ!

樹里「こっちの台詞だぜ! 後で吠え面かくんじゃねぇぞ!」クワッ!

ギャーギャー!

司会者「あぁっと、これはアイドルらしからぬ舌戦の応酬!」

解説者「台本には無いですね。とても良いですよ、ノーカットでやりましょう」

司会者「解説なのに編集者目線ですねぇ!?」

ワアアアァァァァァァ!!



武内P「…………」


凛「プロデューサー、お疲れ様」ヒョコッ

武内P「!? し、渋谷さん……どうしてこちらへ?」

凛「ちょうど、隣のスタジオで仕事だったんだよ。忘れたの?」クスッ

武内P「これは、失礼致しました」

凛「ううん」フルフル


凛「本当は、楓さんも一緒だったんだけど、次の仕事があるみたいで」

武内P「そうでしたか」

凛「だから、楓さんから樹里へ伝言」

凛「美味しいハンバーグを食べて、私達もアイドル業界をわんぱーくに邁進しましょう♪」

武内P「…………」

凛「……いや、私じゃなくて、本当に楓さんが言ったんだからね?」

武内P「いえ、分かっています……」


凛「でも、楽しそうだね、樹里」

武内P「……はい」

樹里「あれっ!? おい、チーズを入れんのは反則だろ!」

冬馬「ゲッチュウ! 神様は何も禁止なんかしてない! だぜっ!」ビシッ!

樹里「んの野郎……! よしっ、じゃあこっちも秘密兵器を投入だ!」ドスンッ

冬馬「えっ!? ちょ、何だそれ!? どっから出てきたその鍋!」

樹里「ウチで作ってきた特製デミグラスソース」グツグツ

冬馬「そっちの方がなんかズルくねぇか!?」



凛「その樹里と……ウィンターフェスでは敵同士になるんだね、ニュージェネは」

武内P「……そうなります」


スッ

凛「ねぇ……プロデューサーは、どっちの方につくの?」

武内P「…………」

凛「フェスの事で、話をしたりしないんだけどさ……」

凛「樹里はきっと……私達についてやれ、ってプロデューサーに言うよ。
  本来は、346プロのプロデューサーなんだから、って」

武内P「…………」


凛「…………」



凛「樹里についてあげて」


武内P「えっ?」


凛「知ってる? 樹里の周りにいるの、もうファンだけじゃなくなってるって事」

凛「この間、未央から見せてもらったんだけど……匿名掲示板とかに、そういう……」


武内P「……アンチからの誹謗中傷、ですか」

凛「…………」

武内P「大なり小なり、そういうものはつきものです」

武内P「私も……同じ事を行い、何人も闇に葬ってきました」

凛「! そ、それは961プロから言われて仕方なくでしょ!」

武内P「はい。ですが……許される理由にはなり得ません」

凛「……ッ」プイッ


武内P「私が責められる分には、許容できます。ですが」

武内P「西城さんまでをも巻き込んでしまうのが、私には……」


凛「だから、樹里のそばにいてあげてよ」

凛「その辛さを一番分かっている人が、一番の支えになれるはずだから」


武内P「渋谷さん……」

凛「私達なら大丈夫。
  未央も卯月もいるし、ステージの上でも三人で支え合っていける」

凛「樹里には……プロデューサーが必要なんだよ」

武内P「…………」グッ…

武内P「私は……あなた達のプロデューサーです」

凛「…………」


凛「体は一つしか無いんだから……」

凛「樹里は、今が正念場で、特に頑張んなきゃいけないんだから……
  樹里に力を注いであげてよ」


凛「今日はそれを伝えたかっただけ……それじゃ」スッ

武内P「! し、しぶ…」

スタスタ…


武内P「…………」ポリポリ


樹里「あん? どうした、困ったツラして」ズイッ

武内P「!? さ、西城さん……収録は?」

樹里「今休憩に入ったトコだよ、見てなかったのか?」

武内P「も、申し訳ございません」

樹里「ふーん、アンタらしくねぇな。やっぱ疲れてんじゃねぇのか?」

武内P「い、いえ……」


冬馬「おい西城っ!」

樹里「あ? 何だよ、えーっと……鬼ヶ島?」

冬馬「天ヶ瀬冬馬だ!! “ヶ”しか合ってねぇだろ!
   あのな、えーっと、なんだ……」

樹里「だから何だよ、男ならビッとしろよな」

冬馬「うっ、だ、だからっ! 後でその、お前のレシピも教えてくれ!」

樹里「!? はぁぁ!?」ドキッ

冬馬「こういうのは自分で作ってみねぇと、どっちが美味いか分かんねぇなと思って」


樹里「そ、そりゃあ、別に構わねぇけど……」ポリポリ

樹里「じゃあお前、えーっと……冬馬? のも教えろよな。
   一応アタシも家で作ってやるよ」

冬馬「本当か!? やったぜ! じゃあ後でメールするからな!」ビシッ

スタスタ…

樹里「……なんか、アイドルって強引なヤツ多くねぇか?」

樹里「まぁ、退屈はしねぇけどさ」

武内P「…………」

樹里「あ、そうだ。収録終わった後でいいから、アタシのハンバーグ食べていけよな。
   あの冬馬とかいうヤツのと食べ比べて、どっちが美味いか聞かせてくれよ」

武内P「…………」

樹里「? ……おーい、もしもーし」

武内P「え?」


樹里「……やっぱ、何かあったろ」

樹里「もう、隠し事はナシにしようぜ、プロデューサー」



武内P「ウィンターフェス……『クリスタルウィンター』の件ですが」

~街中~

トボトボ…

凛「…………」


「ねぇ、ちょっとあの子……」
「しぶりんだよね?」
「変装とかしないんだ……」
「うわぁぁ顔ちっちゃ~い……可愛い~……!」


凛(……また、困らせちゃったな、プロデューサー)

凛(私……樹里に嫉妬してばかり)


ヴィー…! ヴィー…!

凛「……?」ゴソゴソ…

凛「知らない番号から……?」


ピッ!

凛「もしもし」

『突然電話をしてすまない』

凛「あの……誰ですか?」

『美城だ。346プロアイドル事業部の常務をしている』

凛「! えっ……」


『君と話したい事がある。
 すまないが、事務所の常務室まで来てくれないか』

凛「え、えぇっと……少し時間かかると思いますけど」

『構わない。
 用件は、私が主導する新たなプロジェクトへの参加の可否についてだ』

『前向きな回答を期待する』

ピッ!


凛(……常務自ら、私に直接?)

凛(確か、プロデューサーから聞いたな。プロジェクトクローネ、だっけ)

凛(私には、今のニュージェネの活動があるし……まして、ウィンターフェスも控えてる)

凛(新しいプロジェクトになんて、参加してる余裕は無いんだけど……)


凛(…………)


  ――私は……あなた達のプロデューサーです。


凛(いっそ……)


凛「!? い、いやいやいや……!」ブンブン


凛「ま、まぁ……聞くだけなら、聞いてあげてもいいかな、うん」

凛「そう、聞くだけ……」


凛(何を独り言、言ってんだろ私……馬鹿みたい)

~346プロ~

テクテク…

凛(……ここだ)ピタッ

凛(常務室、初めて来た……)


凛「…………」


凛(プロデューサー……引き留めてくれるのかな)

凛(プロジェクトクローネに行く、って言ったら……)

凛「……馬鹿」スッ


「冗談ではないっ!!」


凛「!?」ビクッ


凛(……え? 男の人の声?)

凛(先客が来てる……?)

ガチャッ…

凛「……」ソォー…



美城「えぇ、そうです。私は冗談など言っておりません」

黒井「であるなら、どういう風の吹き回しか聞かせてもらおう!」

黒井「この期に及んで“契約”を破棄するだと!?」


美城「御社と弊社の間で結ばれた契約については、
   私も先日、先代からようやく聞き出して知るところとなりました」

美城「346プロダクションアイドル事業の責任者として、お恥ずかしい限りです」

黒井「フンッ」

美城「ですが、黒井社長。昔とは時代が違います。
   何事も力押しで握り潰せるわけではありません」

美城「古い時代に生まれた契約に固執する理由など、弊社には無いということです」


黒井「ほ~う? それはどうかな」

美城「と言いますと?」

黒井「相応の悪事に荷担した者がそちらにいる事は、既に知っているはずだ。
   これをマスメディアに暴露する」

黒井「世論が大好きな、業界最大手の炎上ネタだ。
   食い物にされれば、おたくの最も大事にする“イメージ”とやらが台無しになるだろう」

美城「……」

黒井「特に……」


黒井「346プロの稼ぎ頭である、あの歌姫の失脚は免れないだろうなァ?」



凛「……!?」ピクッ



美城「自己本位のご想像をされるのは自由ですが……」

美城「それを立証するには、それらを実行した者を明るみに出す必要があるでしょう」

美城「そして、その者は今あなたの手中にある訳ではない」

黒井「甘いな、美城の娘が。
   あの男は我が961プロの事務所にも出入りしているのだ」

黒井「それとも、私がその男を捕らえるよりも先に、346プロが先に動くつもりかね?
   黒い事実の証人を始末するために」


凛(え……)


美城「それをあなたに教える義理は無い」

黒井「クックック、なるほど……
   346プロの新代表は、私が考えている以上に腹が黒いようだ」

黒井「そうとなれば、今日はここで失礼する。
   急用ができたものだからな」スッ


凛(! こ、こっちに来る……!)サッ

ドシンッ!

凛「うっ!?」


黒服「…………」ズオォ…!

凛「! す、すみませ…」

ガチャッ!

黒井「……ンン~~~?」

凛「!?」ビクッ


黒井「貴様、こんな所で何をしている」

凛「あ、いや、えっと……私は、ただの通りすがりで……」

黒服「Sir。このgirlは、doorの間から中のお話をlisten、聞いてマシタ、Sir」

凛「え、ちょ……!?」

黒井「何ぃ~~!?」


凛「……!!」ダッ!

黒井「あ、逃げた! 捕まえろ!!」

黒服「イエス、Sir」ダッ!

黒井「そもそも盗み聞きを見てたならなぜ止めさせなかったのだ!!」

ダダダ…!





美城「………………」

凛「くっ!」タタタ…!


ガシッ!

凛「キャッ!!?」グイッ!

黒服「捕まえました、Sir」


黒井「ククク、これはこれは、あの男の担当アイドルか」

凛「! わ、私を、知っているんですか……?」

黒井「あぁ、もちろんだとも」


黒井「貴様があの男を呼び寄せる格好のエサになる事もなァ?」

凛「!!」ゾクッ…!


黒井「私と一緒に来てもらおう、渋谷凜」ニヤ…

~283プロ~

夏葉「えぇ……えぇ、そのつもりよ」

夏葉「え? ……ちょっと、そこまでしてもらうほどの事じゃ……」

夏葉「……確かに、その通りね……えぇ、分かったわ。じゃあ、そのように」

夏葉「ありがとう、お父様」

ピッ!


夏葉「今、父と話をしたわ。
   予定通り、『クリスタルウィンター』のステージ上で、それを告発する」

夏葉「有栖川家は私だけでなく、283プロに対してもあらゆる支援をすると、
   父はすっかり気炎を巻いているわよ」

咲耶「ありがとう、夏葉」

夏葉「礼には及ばないわ。紅茶でも?」

咲耶「ああ、いただこうか」


シャニP「な、なぁ……いくつか確認をさせてほしいんだが」

夏葉「先ほど話した通りよ?
   命を狙われている樹里を守るため、私が矢面に立つということ」

シャニP「いや、346プロが不正を隠蔽するために暗躍しているのは分かった」

シャニP「皆が危険に晒されないよう、夏葉のお父さんが最大限の協力をしてくれることもな」

シャニP「天井社長も了解している話であり、俺もその管理については社長から一任されている」


シャニP「じゃあ、最初に346のオーディションで不正を依頼したのは、一体誰なんだ?」

夏葉「あら。社長から一任されているのに、詳しい背景についてあなたも知らないの?」

シャニP「社長は何か知っているらしいんだけどな。俺に教えてくれないんだよ」

咲耶「……一説には、黒井社長が不正を依頼したらしい。
   だけど、その黒井社長も、誰かからの依頼だったようだ」

夏葉「でも、考えてみれば……確かに、そうね。
   346プロが黒幕だとしたら、わざわざ黒井社長に依頼する理由が無い」

シャニP「相手の狙いが分からないと、全てが後手に回ってしまうんじゃないかと思ってな」

咲耶「アナタの言う通りだね。
   だが……346プロでないのなら、一体誰が?」


ガチャッ

天井「皆、ご苦労」スタスタ

シャニP「あ、社長! どうもお疲れさ…」

シャニP「あれ? 社長、お急ぎのご様子ですがどちらへ?」

天井「961プロだ」

一同「!?」ピクッ

天井「いや……その前に、346プロにも寄る必要があるかも知れんな」

夏葉「? ……??」


天井「ところで、園田智代子はどうしている?」

シャニP「えっ? あの……今日は、346プロの高垣楓さんの番組に出演する予定です」

天井「そうか」

咲耶「あの、天井社長。一体何が……」



天井「大きなうねりが生じてきた。
   我々が第三者ではいられなくなってくるほどの、な」

~車の中~

ブロロロロロ…

樹里「んなモン、悩む要素ねぇじゃねーか。何言ってんだ」

武内P「は、はぁ、しかし……」

樹里「凛も凛だぜ。
   分かりきってる事をいちいち聞くなんざ、らしくねぇ」


樹里「アンタがアタシのプロデューサーとして出ちゃったら、
   346プロん中で示しがつかなくなんだろ?」

樹里「どうしたいかもいいけど、どうしなきゃいけないかを先に考えるべきじゃねーのか?」


武内P「……西城さんは、大人です」

樹里「は、はぁ?」

武内P「私は、あなたよりも歳を重ねてこそいますが、大人になりきれない……」

樹里「……アタシなんか、もっとガキだよ」プイッ

樹里「ただ、筋の通らねぇ事をすんのは良くねぇ、って思っただけだ」

武内P「ですが、西城さん」

樹里「アタシのアンチの話だろ? アンタや凛が気にしてんの」

武内P「え……?」


樹里「チョコから聞かされて、もう知ってるよ。そういうのがいるって事」

樹里「何ならこの場でちょっくら検索して、読み上げてやろうか?」スッ

武内P「あ、あの、西城さん……!」

スイッ スイッ


樹里「……“コイツは口と態度が悪すぎ、さすが元ヤンだよな”」

武内P「…………」

樹里「“他の事務所の子が西城樹里にいじめられてるの見たわ”
   “コイツが映った瞬間チャンネル変えてる”」

樹里「“961プロのゴリ押しが露骨すぎてウザい”
   “不快だからさっさと消えてほしい”」

樹里「と……まぁ大体そんな感じのばっかだな。
   こんなの、大方の予想通りだろ。ったく、誰が元ヤンだ」

武内P「し、しかし! あまりに不当な評価は、許容できません」


樹里「重ねてんだな。アンタが前に担当してたアイドルと、アタシを」

武内P「…………」

樹里「色んな人達から叩かれて……辛かっただろうな、その子」


樹里「でも、アタシはアタシだ」

樹里「もちろん、アタシだってこんなのムカつくよ。
   こっちの気も知らねぇで、ありもしない事を勝手に言われりゃさ」

樹里「だから、いちいち気にしたくねぇし、それに……」


樹里「アンタのおかげで、こっちはトラウマを一つ克服できてんだ。
   今さらこんなのに潰されるような、ヤワなメンタル持ち合わせてねぇよ」

樹里「それを気づかせてくれたのはアンタだろ、プロデューサー?」ニカッ

武内P「西城さん……」

樹里「だから、えぇっと……あれ、何の話だっけ?」

樹里「あぁそうそう、ウィンターフェスだ。
   アンタはちゃんと、凛達のプロデューサーとしてついてやれよな」

樹里「ヘッ! どんな気分だよ?
   自分が育てた自慢のアイドルに、自分トコのアイドルが負けるのはさ」ニヤッ

武内P「……いいえ、西城さん」

武内P「私達は負けません」フッ

樹里「アハハ! その調子だぜ」


ヴィー…! ヴィー…!

武内P「む、携帯が……」

樹里「アタシが代わりに出ようか?」

武内P「ありがとうございます。相手にもよりますが……」

樹里「えーっと……」スッ


樹里「……凛だ」

武内P「…………」

樹里「噂をすれば、か……出てもいいか?」

武内P「お願いします」


樹里「……」ピッ!

樹里「もしもし」


『…………』


樹里「……もしもし? 聞こえてるか?」

『……樹里』

樹里「凛、どうした? 今プロデューサー、運転中だからよ」


『……来ないで』


樹里「え……?」


『私を……探さないで、って……プロデューサーに伝えて』

『皆にも……私は、大丈夫だから……』

『心配、要らないから……』


樹里「おい……今どこにいんだよ」


『……っ』

樹里「答えろよ、おい。どうしたんだ凛!?」

『キャッ……!』

『ガタッ ガタンッ…』


『……電話です、Sir』

『見れば分かる』


樹里「……!?」


『誰だ貴様は?』


樹里「……そっちこそ誰だよ」ギリッ

武内P「……?」


『なるほど……その反抗的な声色は、西城樹里だな?』

『あの男はどうしている? なぜ電話に出ない』

樹里「プロデューサーのこと言ってんなら、取り込み中だ。
   話があるならアタシが聞いてやる」

『口の利き方には気をつけるんだな。私は貴様の雇い主だ』

樹里「! アンタ……黒井社長……!」

武内P「!?」

ブロロロロ… キキィッ!


『すぐそばにその男がいるのなら話が早い。
 ヤツに伝えておくがいい』

『渋谷凜は、我が961プロが新たに建造したスペシャルなイベントホール、
 『クイーンズゲートドーム』にいる』

『貴様が渋谷凜よりも西城とかいうガチャ蠅を大事にするというのなら、
 存分にこの誘いを無視するがいい、とな』

樹里「ふざけやがって……!!」ギリッ

樹里「プロデューサーはそんなヤツじゃねぇよ! 凛を見捨てたりなんかするもんか!!」

『貴様には聞いていない。
 元より、その男の本質を何も知らずにいる貴様の話など、聞くに値しない』

樹里「何だと!?」

武内P「西城さん、電話を代わってください」

『日が明けるよりも前に来なければ、渋谷凜の身の安全は保証しない。
 無論、警察に伝えてもな』

『では、アデュ』

ピッ!


樹里「………………」


武内P「西城さん……?」


樹里「シャレんなってねーぞ、これ……!」

樹里「凛がさらわれた!! 早く助けに行かねーと!!」

武内P「……!!」

~某テレビ局 スタジオ~

アハハハハハ…!

智代子「ぜぇ、ぜぇ……あ、あの、そろそろ良いでしょうかね?」

楓「え……もう、おしまいなのですか?」シュン…

智代子「そ、そんな悲しそうな顔しないでくださいよぉ!」

智代子「分かりました、不肖園田智代子のモノマネ100連発!
    次は、チャップリンが目隠しでスケートをする時のモノマネやりますっ!!」

楓「わぁぃ♪」パチパチ


智代子「ふんん~~!!」ツイーッ

ドッ!! ワハハハハハ…!!



楓「智代子ちゃん、ありがとうございます」

楓「特に、『雨に唄えば』のジーン・ケリーのモノマネが、とても良かったです」

智代子「よ、喜んでもらえたなら……」ゲッソリ

楓「普段からそういう、モノマネの練習をしているんですか?」

智代子「そ、そんな四六時中やっている訳じゃないですけど……
    えぇと、友達同士で、ふざけ合ってやるくらいで」

楓「まぁっ。とても賑やかで楽しそうですね♪」

智代子「それが、その友達はあまり乗ってくれないんですよねぇ。
    あ、友達というのは西城樹里ちゃんなんですけど、961プロの」

楓「樹里ちゃんが?」

智代子「新作のモノマネを披露してみせても、「くだらねぇ事すんな」って。
    まったく、私の努力を何だと思っているんでしょうか!」プンスコ

楓「ふふっ。ひょっとしたらそれは、樹里ちゃんの照れ隠しかも知れませんね」

智代子「そ、そうかなぁ……?」


智代子「そう言えば、楓さんは樹里ちゃんと一緒にお仕事された事、あるんでしたよね?」

楓「はい。樹里ちゃん、とっても一生懸命に取り組んでくれました」

智代子「いいなぁ樹里ちゃん。そういうコネを持っている961プロが羨ましい……」

智代子「あっ! コネとかそういうの言わない方がいいですよね、す、すみません!」

アハハハハ…!

楓「ふふ……いいえ、智代子ちゃん」

智代子「?」


楓「確かに、“961プロ”さんからのご依頼があってのお話でしたけれど……」

楓「樹里ちゃんとのお仕事については、私からの要望でもあったんです」


智代子「えっ!? それってつまり、
    楓さんが、じゅ、樹里ちゃんを指名した……ってこと、ですか!?」

楓「はい」ニコッ

智代子「何でーっ!!? ず、ズルいよぉ樹里ちゃん!!」

楓「まぁまぁ。
  智代子ちゃんにもこうして、私と共演していただけた事ですし」

智代子「そ、そうなんですよ!
    プロ、あぁいえ、事務所の人から聞いたんですけど」

智代子「ほ、本当の話なんですか?
    楓さんの方から、今回のゲスト出演をオファーいただいたのって」

楓「はい、そうなんです。無事に願いが叶って、ホッとしています」

智代子「いや、願いて……ど、どうして私なんかを?
    他にももっと豪華なゲストがいたんじゃ……」

智代子「あぁいえ、なんかって言っちゃうと失礼なのは分かるんですけど、その……」

楓「智代子ちゃんにとっては、なんかいなお話でしょうか、なんて。ふふふっ♪」

智代子「は、はぁ……」


楓「でも」



楓「それは、私がやらなければならない事だと、思ったからなんです」

智代子「……楓さん?」


楓「うーん、たとえばの話ですが、智代子ちゃん」

楓「道端にあった石ころを、つい蹴飛ばしてしまったとして……
  もしそれが、他の人に当たってしまった場合」

楓「智代子ちゃんなら、どうしますか?」

智代子「え? い、いやぁ……」

智代子「そりゃあ……ごめんなさいって、当てちゃった人に謝ります」

楓「そうですね。私も、そうすると思います」


楓「では、次の質問です」

楓「道端にあった石ころを蹴飛ばして……それは幸い、誰にも当たらなかった」

楓「でも、もしその蹴飛ばされた石ころを、何日か後に、通りを走る車が踏んで……
  その事が、何かしらの事故に繋がってしまったとしたら」

楓「智代子ちゃんは、その事故の被害に遭われた人に、謝るでしょうか?」

智代子「ええぇ? ど、どうでしょう。
    たぶん、謝らない……というか、謝れないんじゃないでしょうか?」

楓「えぇ、そうですよね」


楓「目の届くものにしか、私達は行動を起こすことができません」

楓「それは、自らの過ちに対してもそう」

楓「だから私は、できる限りあらゆる物事に目を配りたいですし、それに」

楓「私のせいで、私の気づかない所で不幸になっている人も、どこかにいる……
  その事実には、きちんと向き合わなきゃって思うんです」


楓「それが、私が樹里ちゃんや智代子ちゃんと一緒にお仕事をしたい理由、ですね」



智代子「? ……???」キョトン

智代子「いやいや、その流れで、何で私や樹里ちゃんが出てくるのか……?」

智代子「そもそも、楓さんのせいで不幸になる人なんているわけ無いじゃないですかっ」


楓「ありがとうございます、智代子ちゃん」

楓「そうであるなら、どんなに良いでしょう……」

智代子「楓さん……?」


楓「……ふふっ、ちょっとしんみりしてしまいました」

楓「そろそろ次のトークのお題に移りましょう。えぇっと次は……」

楓「あら、これは智代子ちゃんの得意分野ではないでしょうか。
  『最近ハマッているグルメ』」トンッ

智代子「お、おおっとそんな楓さん、私をまるで食いしんぼキャラみたいな風に!」

楓「まぁまぁ、チョコどうぞ」スッ

智代子「かたじけないッッ」

アハハハハハ…!

今回はここまで。
次回は明日の夜9時~12時頃の更新を予定しています。

統一教会スパイクタンパクISISは、正当に選挙されたスパイクタンパク会における代表者を通じて行動し、ウクライナとウクライナの子孫のために、諸スパイクタンパクISISとの協和による成果と、わがスパイクタンパク全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権がスパイクタンパクISISに存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそもスパイクタンパク政は、スパイクタンパクISISの厳粛な信託によるものであつて、その権威はスパイクタンパクISISに由来し、その権力はスパイクタンパクISISの代表者がこれを行使し、その福利はスパイクタンパクISISがこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。ウクライナは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
統一教会スパイクタンパクISISは、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸スパイクタンパクISISの公正と信義に信頼して、ウクライナの安全と生存を保持しようと決意した。ウクライナは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐるスパイクタンパク際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。ウクライナは、全世界のスパイクタンパクISISが、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
ウクライナは、いづれのスパイクタンパク家も、自スパイクタンパクのことのみに専念して他スパイクタンパクを無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自スパイクタンパクの主権を維持し、他スパイクタンパクと対等関係に立たうとする各スパイクタンパクの責務であると信ずる。
統一教会スパイクタンパクISISは、スパイクタンパク家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

~346プロ~

今西「お、落ち着いてくれたまえ、本田君、島村君。
   一体何があっ…」

未央「だからっ! しぶりんと連絡が取れないんだってば!」

卯月「プロデューサーさんや……961プロの樹里ちゃんも、何も反応してくれないんです!
   こんなこと、絶対おかしいって、私達心配で、怖くて……!」ジワ…

今西「プロデューサーが……」

未央「ちひろさんは!? ちひろさんもどこにいるの!何でいないの!?」


今西「…………」

今西「……先ほど、常務とも話をしてきたんだ」

今西「新規プロジェクトの件で渋谷凜君を呼んだはずなのに、
   一向に姿を見せないから心配している、とね」

卯月「えっ……!?」

今西「つまり、渋谷君の身に何かがあったとすれば、彼女がこの事務所に……
   常務室へと来る途中、という事になるが」


卯月「じょ、常務はその辺りのお話について、何かご存知ないのでしょうか?」

未央「!? し、しまむー、それってどういう……?」

今西「……島村君。口の利き方には気をつけた方がいい」

卯月「! す、すみません……!」ペコッ


今西「どこに常務の目があるか、分からないのだからね」

卯月・未央「……?」


今西「私から言えるのはもう一つ」

今西「彼女が渋谷君を呼び寄せたその時間、
   常務は961プロの黒井社長と何やら話をしていたらしい」

今西「彼女は、黒井社長の方から突然来訪を受けたと言っていたがね」

未央「そ、それ……つまり、黒井社長としぶりんが鉢合わせる事だってありえ……!」

未央「!! ま、まさか、黒井社長がしぶりんを……!?
   い、いやいや、そんないくら何でも…!」

卯月「じょ、常務は……どうして凛ちゃんを今日、常務室へ呼んだのでしょうか?」

未央「しまむー……?」


卯月「もし常務が、黒井社長が今日来ることを知っていたのだとしたら……」

卯月「まるで常務は、凛ちゃんと黒井社長が鉢合わせ…!」

未央「しまむー、それ以上はやめよう! 言い過ぎだよ!」

卯月「でもぉ!! 未央ちゃんだってぇ!」グスッ



コツ…

「失礼する」


未央・卯月「!?」クルッ

今西「おや……あなたは」



天井「美城常務に会いに来たのだが、ご在室かな?」

~961プロ クイーンズゲートドーム前~

ブロロロロ… キキィッ

ガチャッ 


樹里「……おーおー、イカツいドームだなおい。
   本当にアイドルのライブのための建物かよこれ」バタン

武内P「西城さん。お連れしておいてなんですが、あなたは…」

樹里「何度も言わせんな。
   凛が危ない目に遭ってるってのに、引き下がれるかよ」


武内P「ここはどうか、私にお任せください」

武内P「ハッキリと申し上げますが、あなたでは足手まといになります」


樹里「……そうだとしてもだ」

樹里「頼む、プロデューサー……アタシだって、何かしたいんだよ」

樹里「あれだけ世話になったってのに……
   本当に助けが必要な時に、何もしてやれないんじゃ、何のための友達だ」

武内P「西城さん……」

樹里「どうせ拳銃持ってるようなヤツが当たり前のように出てくる世界なんだろ?
   いつぞやアタシを襲ってきたみたいなさ」

樹里「確かにアタシなんかじゃ、頼りになんねぇだろうけど……
   覚悟だけは、出来てるつもりだぜ」


武内P「……分かりました。共にまいりましょう」

樹里「あぁ。世話を掛けてごめんな」

武内P「いえ、ありがたいです」

樹里「ヘッ……ん?」ピタッ

武内P「どうされましたか?」


樹里「誰かいねぇか? あそこ、入口の方……」

武内P「……あれは」



「……やはり、来てしまったのですね」


ザッ

ちひろ「プロデューサーさん……」

武内P「千川さん……」

樹里「……事務員さん?」

武内P「はい。346プロの、私の同僚です」

樹里「同僚……」


ちひろ「今西部長には、黙って来ちゃいました」


武内P「……なぜあなたが?」

武内P「我々がここに用があって来ることは、黒井社長しか知り得ないはずです」


ちひろ「らしくないですね、プロデューサーさん」

ちひろ「私も961プロと繋がりがあるから、と考えるのが自然でしょう?」

武内P「千川さん……」


ちひろ「……西城樹里ちゃん。お会いするのは、初めてでしたね」

樹里「…………」

ちひろ「正直に言うと、樹里ちゃん……あなたの事を、恨んでいます」

樹里「! え……」

ちひろ「樹里ちゃんと出会ってしまったがために、プロデューサーさんは狂ってしまいました」

ちひろ「たとえ後ろ暗い事であろうと、それまでは平穏無事に、仕事ができていた。
    少なくとも、命が脅かされるような事は、何も」

ちひろ「なのに……」

樹里「……アタシは」

武内P「耳を貸す必要はありません、西城さん」

樹里「ぷ、プロデューサー……」

ちひろ「…………」


武内P「961プロの狙いが渋谷さんではなく私であることは、分かっています」

武内P「私をおびき寄せ、身柄を拘束するために、渋谷さんを人質に取った……
    引き続き、961プロが346プロとの交渉を優位に進めるために」

武内P「346と961を繋ぐものは、私と、かの契約をおいて他にありません。
    つまり、両社の間で、契約の継続について主張の相違があった」


武内P「961プロが、私の身柄を確保したがっているとすれば、
    これに対する346プロの目的は……私の排除」

樹里「……えっ!?」

武内P「違いますか?」


ちひろ「……伊達に“こっちの世界”での生活が長くないんですね」

ちひろ「ですが、私達は……私はあくまでも、346プロ側の人間です。
    私の目的もまた、美城常務と全く違えているわけではありません」

武内P「……?」


ちひろ「業界の悪しき慣習を無くしたいという気持ちは、同じなんです」

ちひろ「それを実力行使で直接的に排除するのか、
    穏便に済ませて幕引きを図りたいか……その違いだけ」

武内P「私が、もう346プロに必要とされていないであろう事は、承知しています」

ちひろ「だから……!」


ちひろ「私がここにいるのは、プロデューサーさんを陥れたいからじゃありません」スッ

ジャキッ

樹里「うぇっ!?」ギクッ!

武内P「……ッ」


ちひろ「お願いです、プロデューサーさん……私に、殺されてください」

武内P「千川さん……」

ちひろ「殺されたことに、してください」

武内P「……!?」


ちひろ「遺体も死亡届も、偽装する準備は整っています。
    あなたは名前も戸籍も変えて、これまでの事も忘れて、第二の人生を歩んでくれたらいいんです」

ちひろ「それが、誰も犠牲にならない、最も穏便な方法なんです」


ちひろ「でないと……このままでは本当に、殺されてしまいますっ」ツー…

ポタッ


武内P「……」

ちひろ「う、うっ……う……!」ポロポロ

武内P「それはできません」

ちひろ「! ……ぷ、プロデューサーさん……ッ!」


武内P「私にはまだ、やり残していることがあります」

武内P「担当アイドルと向き合うということ。
    渋谷さん達はもちろん、西城さんが……」

武内P「私がスカウトしたアイドルが、自身の翼を広げて羽ばたく姿を見届けることが、
    プロデューサーとしての私の本分です」

樹里「ぷ、プロデューサー……」


ちひろ「しっ、死んじゃうんですよ!
    346だけじゃないんです、961もほとんど手の平を返し始めています!」

ちひろ「逃げ切れるわけないんですっ!!」ポロポロ

武内P「私の命など、元より終わっているようなものです」

ちひろ「だからって、一方的に汚れ仕事を押しつけられたプロデューサーさんがっ!!
    用済みになった、途端にっ、う……ひっ、ぐ……何の見返りもなく……切ら、ぇっ……!!」

ちひろ「あんまりです……! ひ、いぃ……そんなの、ひどすぎますっ……!!」ボロボロ


武内P「私はむしろ、感謝しているくらいです」

ちひろ「え……」

武内P「確かに、辛く苦しい仕事でした。
    ですが……961プロの仕事が無ければ、今日まで私が業界に携わることも無かった」

武内P「西城さんに出会うことも無かったのです」

ちひろ「どうして……どうしてそこまで、樹里ちゃんに……?」

ちひろ「狙われていた樹里ちゃんを、守るためにスカウトしただけのはずじゃ……」


武内P「いえ……きっとそれが無くとも、私は西城さんをスカウトしたでしょう」

武内P「出会った時に、一目で私は……心を動かされた」


樹里「……え」カァーッ



ちひろ「……“あの子”を、投影しているんですね」


樹里「! ……」

武内P「…………」

ちひろ「そんなに、囚われていたなんて……」


樹里「あの子、って……」

武内P「……救えなかった彼女への罪滅ぼしになるとは、考えていません」

武内P「ですが、西城さんを放っておくことが、どうしても私にはできなかったのです」


ちひろ「……ッ」グッ

ちひろ「分かりました……そこまで言うのなら、止めることはしません」

武内P「ご忠告、感謝します、千川さん。
    あなたが私の身を案じてくれていることも」

ちひろ「私はっ……961プロの協力者です」

武内P「きっとそれも、私の恨みを買いたいがための方便に過ぎないでしょう」

ちひろ「! ……」

武内P「常務の指示で黒井社長の後をつけていた……そう考えるのが自然です」

ちひろ「……ッ」フルフル


武内P「あなたにも、辛い想いをさせてしまいました……申し訳ありません」

武内P「失礼します」スッ

樹里「……」ペコッ

コツコツ…



ちひろ「……辛い想いをしているのは、あなたじゃないですか」ポロポロ

~テレビ局~

ガヤガヤ…

楓「楽しくお話をしすぎて、ちょっと収録が押しちゃいましたね……
  ごめんなさい、智代子ちゃん」

智代子「いえいえ! 私の方こそたくさんお話しちゃいましたし!
    とても楽しかったですっ。ありがとうございました」ペコリ

楓「ふふ、そう言ってもらえて嬉しいです」


楓「この後は、智代子ちゃん何かご予定はありますか?
  良かったら、お食事でも一緒に」

智代子「ほ、本当ですか!?」

楓「美味しい白和えを出してくれるお店を知っているんです」

智代子「お、お酒のおつまみッッ……!
    ちょっと私には早いかもですけど、お誘いとあらばぜひ…」ヴィー…!

智代子「ん……? うわっ!?」

楓「?」

智代子「なんか……知らない間に、チェインがすっごい事になってるー!?」

楓「何かあったんですか?」

智代子「は、はい、えぇと凛ちゃんと、夏葉ちゃん達も……わわっ、え!?
    なんか、本当に大変な事に……何これ、えぇぇ!?」


楓「何だか、とても大変そうですね」

智代子「ちょ、ちょっと言葉では言い表せないくらい、大変みたいで……
    だ、だからそのぉ……」

楓「私のことなら、大丈夫ですよ。
  お食事なら、今日じゃなくても行けるでしょうし」

智代子「本当にごめんなさい、ちょっと合流した方が良いっぽくて!
    せっかくの楓さんのお誘いだったのに……!」ペコペコ

楓「いえ、どうか気にしないでください。
  急にお誘いしちゃったのは、私ですし」

楓「智代子ちゃんのお友達を……凛ちゃんや夏葉ちゃん達を、大事にしてください。ね?」ニコッ

智代子「か、楓さん……」ジィーン…

智代子「ありがとうございます! このご恩はいつかきっと!」

楓「ええ、お気をつけて。皆さんにもよろしくお伝えください」フリフリ

智代子「はいっ! それではこれにて、失礼します!」ダッ!

タタタ…!


楓「……」フリフリ



楓「…………」





楓「ごめんなさい、智代子ちゃん……」

楓「本当に……ごめんなさい」

~クイーンズゲートドーム メインホール~

黒井「ついこの間、建造したばかりのドームだ」

黒井「こけら落としも済んでいないステージの上にいる事を、光栄とは思わんかね?」


凛「…………」ギシッ


黒井「反抗的な目だ。気に入らんな」

凛「……逆に聞くけど、好意的に見てもらいたいんですか?」

黒井「いいや、思わんね。
   貴様も西城樹里も、等しく私のそばを飛び回るガチャ蠅に過ぎん」

黒井「私が考えるのは、貴様らを飼い慣らす者に、相応の躾をするよう仕向けることだけだ」


凛「……嘘」

黒井「ンンー?」


凛「あなたはプロデューサーをもう、そんな風に見ていない」

凛「自分の都合の良いタイミングで、都合良く使い捨てる事しか……!」

黒井「おやおや、それは心外だ」

黒井「彼にはもっと働いてもらわなくては困るのだよ。使い捨てるなんてとんでもない」

黒井「ただ、最近は妙な自意識を抱いているように見えるのでな。
   少しばかり、お灸を据えてやる必要があるというわけだ」

凛「…………」


ギイィィ…


黒井「フン、噂をすれば、か」

凛「! プロ……」


バタン



コツ…

コツ…



樹里「…………」ザッ

黒井「……何だと」

凛「じゅ、樹里……!?」


樹里「よぉ、凛。それと……」

樹里「アンタと顔合わせんのは初めてだったな……黒井社長」


黒井「口の利き方には気をつけろと言ったはずだ、小娘が」

樹里「生憎、ロクな教育受けてないんでな」

樹里「アタシの友達をそんな目に遭わせるようなヤツへの口の利き方なんてよ」ギリッ…!


凛「樹里、私の事なんかいいから早く逃げてっ!」

樹里「“なんか”って言うな」

凛「……!」


樹里「前にも言ったろ?」ニコッ

凛「……馬鹿」

黒井「勝手に話をしているんじゃあないぞ、ガチャ蠅共。
   あの男はどうした?」

樹里「来てねぇよ。伝えてねぇからな」

黒井「ダウト」フンッ!


黒井「差し詰め貴様は囮で、どこかの物陰からこの小娘を助ける隙を伺っているのだろう?」

樹里「…………」

黒井「私とて、この世界に長く身をやつしている訳ではない。
   つまらん小細工が通用するなどとは思わん事だ」

黒井「それとも」スッ

パチンッ!


ズザザザッ!

黒服達「……」ザッ!

凛「わ、わわ……!」

黒井「貴様が囮でないというのなら、
   見事この包囲網を突破し、私の手から小娘を救い出してみせるがいい」

樹里「…………」

黒井「まっ! 出来んだろう。大人しく貴様もこの私に屈…」

ザッ

黒井「ン?」


スタスタ…

樹里「……」スタスタ


凛「じゅ、樹里……!?」

黒井「正気か? 貴様……」


樹里「…………」スタスタ

黒服「社長。いかがされますか?」ジャキッ

黒井「…………」

黒服「さすがに実弾の使用は控えるべきとは思…」

黒井「構わん、やれ」

黒服「は?」


黒井「ここは私のテリトリーであり、あの小娘も961プロの人間だ。
   後で何があろうと、どうとでも握り潰せる」

黒井「聞こえなかったのか? あの身の程知らずを始末しろ!」


ジャキ ジャキッ!


凛「や、やめてっ!!」


樹里「……ッ!」

ガシャンッ!



黒服達「!?!?」



黒井「何だ!? 何があった!!」

凛「で、電気が……急に真っ暗に……!?」


ガッ!

黒服「ぐぁっ!」

ゴッ! ガスッ!

黒服達「うっ……!?」「ガハッ!」


ドサッ バタッ

黒井「ええい何が起きている!! 状況を報告しろ!!」

「渋谷さん、こちらへ」

「え……あ」


黒井「!? なっ……!」

スッ

黒井「えぇい、貴様ら、待てっ! くっ!!」ジャキッ!

「おりゃ!」バシッ!

黒井「な、何っ!?」


樹里「社長であるアンタまでこんな物騒なモン持ってるとはな」ヒョイッ

樹里「呆れて物も言えねぇぜ、本当にヤクザじゃねーか」

黒井「か、返せっ!!」バッ!

樹里「おっと」サッ

タンッ タタン! タッ!

黒井「な、この……ちょこまかと!」ブンッ!

黒井「うおっ!?」グラッ…!

ドテッ


キュッ! タッ タンッ!

ザッ


樹里「アンタみてぇなオッサンを相手にカットして突破すんのはワケねぇよ」

樹里「これがホントの“アンクルブレイク”ってな」


武内P「ナイスプレーです、西城さん」

樹里「ヘヘッ、そっちもな」

凛「二人とも……!」

黒井「お、おんのれぇ、貴様らぁぁ~~!!」ワナワナ…!

武内P「一つお伝えしたい事があります、黒井社長」

黒井「……何?」


武内P「あなたには感謝しています」

武内P「曲がりなりにも、私をこれまで生き長らえさせてくれたこと……
    それが、今の私と、私達に繋がっている」

武内P「そのため、せめて『クリスタルウィンター』までは、どうか見逃していただきたい」

武内P「それが終われば、私はいかなる処遇をも甘んじてお受けします」


凛「プロデューサー……」

樹里「カッコつけてんじゃねーよ、アタシらの前で」

武内P「…………」


黒井「……フンッ」

黒井「そういう台詞は、この場を生きて逃れてから言うものだ」パチンッ!


ズザザザザッ!!

黒服達「……」ザザッ!


武内P「……!」

樹里「げっ!?」

凛「さ、さっきよりも多く……!」


黒井「その二人を庇いながらどこまで逃げおおせる事ができる?」

黒井「あるいは、小娘達を見捨てれば、貴様一人の命は助かるかも知れんなァ?」

武内P「…………ッ」


黒井「ところで……私に感謝していると、貴様は言ったな」

黒井「それは、貴様が抱える心の傷についても、という事かね?」

武内P「……どういう意味でしょうか」


黒井「良い機会だ。冥土の土産に教えてやろう」

黒井「貴様は不思議に思わなかったのか?
   当時の担当アイドルを潰した、その事務所のプロデューサーとアイドルに復讐を果たした時」

黒井「なぜこの私が、復讐を果たした直後に貴様と接触しようとしたのか。
   なぜ、そのタイミングを見計らう事ができたのか」

黒井「そもそも、貴様が画策する弱小事務所への復讐など、961プロには何ら関係が無い」

黒井「なのに、その経緯を把握し、タイミングを狙って声を掛けたのなら、
   私は貴様を観察していた事になる」


黒井「なぜ、復讐を果たすに至るまでの貴様の動向を、わざわざこの私が観察していたのか?」

黒井「なぜ、貴様が行う復讐の経緯を、私が知っていたのか?」


樹里「経緯、って……!?」

凛「そんな……」


武内P「…………まさか……!!」

黒井「あぁそうとも」

黒井「全ては私の計画だ。
   その事務所のプロデューサーを焚きつけ、貴様の当時の担当アイドルを潰させた事も」

黒井「自責の念が強い貴様は、憎悪に駆られて同じ事を仕返すであろう、という事もな」

黒井「先代の美城会長は、貴様を高く評価していたよ。
   幾度も話をしていたものだから、これは使えると考えたのだ」

黒井「我が961プロにとって目の上のタンコブである346プロに負い目を与え、
   これに“契約”という形で強請れば、意のままに操り続ける事ができるだろう、と」

黒井「いざとなれば、全ての罪を346プロに負わせ、こちらは知らぬ存ぜぬを貫き通せばいい。
   もたらされる結果は、いずれにせよ961プロの一人勝ちという訳だ」


凛「何てことを……!」

樹里「な、ナメやがって……それでも血の通った人間かよテメェ!!!」

黒井「あぁそうだとも。いかにも人間らしい合理的な考えだろう?」

樹里「ふざっけんな!!!」ガッ!

黒服「……」グッ

樹里「くっそ、放せ!! アイツ、許さねぇ!!!」ジタバタ!

黒井「まっ、それも今日で終わりか。寂しいものだ」

黒井「ひとまず今日を以て、貴様らには消えてもらおう。
   同時に、346プロには貴様の過去の所行について全責任を負わせ、舞台を降りてもらう」

黒井「残りの283プロなどという弱小事務所も、後でどうとでも料理すればいい」

黒井「労いに与える物が、鉛玉では味気ないかも知れんがね。ハハハ!」

樹里「クソ野郎……!!!」ギリッ!


武内P「…………なるほど」


武内P「よく分かりました」

黒井「何?」



武内P「よく分かったと言ったのです、黒井社長」

武内P「果たすべき目標が……やるべき事が明確であれば、迷わずに済む」

黒井「この状況で何を言っている? ロクな得物も持っていないようだが」

武内P「武器なら、ここに」シュッ

樹里「あ」パシッ

武内P「……」ジャキッ


黒服達「……!」ドヨ…!


黒井「小娘に奪われた、私の銃を……!」

黒井「馬鹿な真似はよすんだな。
   私を屠ることに傾注すれば、その小娘達の命など保証できまい」

黒井「それとも、その二人を守りながら完遂するつもりかね?」


武内P「私にできないとお思いですか?」

武内P「私の腕は、私に“信頼”して数々の依頼をしてきたあなたにはご存知のはずです」



黒井「…………ッ」


凛「ぷ、プロデューサー……?」

樹里「お、おい、マジかよ……」

「そこまでだ」ザッ


一同「!!?」


黒井「誰だっ!?」



コツ…

「言ったはずだ、黒井。
 その者達に派手な行いをする事があれば、私も静観できなくなる、と」

「なるほど、これがクイーンズゲートドーム……
 ぜひ弊社の新施設の構想において、大いに参考とさせていただきたい、ですが」


黒井「貴様、ら……!」



天井「今一度、大人の話し合いをしようじゃないか、黒井」

美城「まずは正すべき襟を正していただきましょう」

武内P「み、美城常務! それと……!」

凛「隣にいる人は……283プロの、天井社長?」

樹里「あぁ、だと思った。でも何で……?」


天井「まずはご苦労だったと言わせてもらおう。
   双方共に無血であることは何よりだ」

黒井「無血? 我が事務所の社員は、その男から暴行を受けたのだが?」


黒服達「うっ……」「うぐぐ……」ピクピク


天井「フッ。失礼した」

美城「ですが、それもきっと、正当防衛と解せるものとお察しします」

美城「そちらの黒服達は、レプリカでなければ物騒な物をお持ちのようで」

黒服達「!」サッ

黒井「狼狽えるな、馬鹿共」

美城「いずれにせよ、私や天井社長もいるこの場で、
   これ以上の穏やかならぬ行いは慎んでいただきたい」

黒井「ノコノコと人様の建物に不法侵入しておいてよく言う……」

黒井「第一、貴様らは一体何しに来た? どうしてここが分かったのだ」


天井「何、大した事ではない。
   たまたま346プロへ所用で向かっている折りに、私の事務所のアイドル達から連絡があったのだ」

天井「346プロの渋谷凜との連絡がつかなくなった、と……
   それを、こちらの美城常務にも伝えてみれば、彼女はこう答えた」

天井「黒井社長がお忘れ物をしていたようだったので、事務員に後を追わせています、とね」


黒井「事務員……フンッ、まさか、あの千川という女か」

美城「その者から、こちらの位置情報を報告させました」

美城「天井社長はあなたに御用があるとのお話でしたので、
   ついでと言っては何ですが、こうして私もご一緒させていただいた次第です」

黒井「白々しい事を……!」


美城「千川は外で待たせています。
   末端の事務員に聞かせるようなお話を、あなたとするつもりは無い」

美城「無論、この場にいる他の者達も同様です」チラッ

樹里「! な、何だよ……」

武内P「…………」


天井「こんな所で立ち話しては落ち着かん。河岸を変えたいのだが」

美城「では、弊社の会議室へとご案内しましょう」

黒井「勝手に話を進めるな。いいか、私はこの者達から暴行を受け…」


美城「346プロと争うおつもりが?」

黒井「…………」

美城「冷静なご判断を期待しますが、いかがでしょうか」



黒井「……良いだろう。
   ただし、我が961プロの一方的な不利益を強要するものと判断したら、即座に退席させていただく」

天井「貴様がそんな事を言うとはな」フッ

黒井「黙れ」

凛「あの人達って、知り合い同士なの……?」コソッ

樹里「アタシが知るかよ」


美城「ご同意を得られて何よりです」

美城「外に車を手配してあります。どうぞ、こちらへ」スッ


武内P「あ、あの、常務っ」ザッ


常務「……先ほど話した通りだ。君達の出る幕は無い」

常務「今日のところは、もう帰りなさい」

武内P「わ、私は……常務にとって、決して無視できない行いを…」

凛「そ! そんな事ないっ! プロデューサーは何も悪いことなんか!!」

樹里「そうだぜ、悪いってんならむしろクロ…!」


常務「当然、君達の処分についても含めた会議となる。
   大人しく待っていなさい」

凛「そんな……」

樹里「……納得いかねぇな」


武内P「渋谷さん、西城さん。帰りましょう」

凛「プロデューサー……」

武内P「今、ここで私達が出来ることはありません」


武内P「失礼致します」ペコリ

常務「……」

樹里「チッ……」スッ



天井「外には件の事務員だけではない。
   283プロと346プロ、双方のアイドル達も集まってきている」

武内P「……!」

凛「えっ!?」


天井「我が事務所のアイドル達に伝えたら、そちらまで広まったようだ」

天井「きっと君達を心配しているだろう。早く元気な姿を見せてやるといい」


樹里「マジかよ……」

武内P「……ありがとうございます、天井社長」ペコリ


天井「何、大した事ではないさ」フッ

~ドーム前~


コツコツ…

凛「……あっ」

樹里「おぉ、マジで来てる」


武内P「……皆さん」



未央「し、しぶりぃ~~~ん!!!」ダダダッ!

ガバッ!

凛「わぷっ!?」

卯月「凛ちゃあぁん!! 本当に……本当に無事で!!」ワシャワシャ

凛「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて……!」


シャニP「社長と、こちらの事務員さんから、大まかなお話は聞いています」

ちひろ「プロデューサーさん……」

武内P「わざわざご足労いただき、申し訳ございません」ペコリ

シャニP「いえ、我々は何も。大変だったのはあなた方でしょう」


咲耶「凛……樹里も、本当に無事で何よりだ」

樹里「言うほど無事でもねーけどな。生きた心地しなかったぜ」

智代子「そ、そんなに!? 一体、中でどんな事があったの?」

樹里「そりゃまぁ、色々……?」チラッ


夏葉「……樹里。ケガは無い?」


樹里「ああ、別に……ヘヘッ」

夏葉「? どうしたの?」

樹里「いや、アンタがそんなしんみりしたツラしてんの、らしくねぇって思ってさ」

夏葉「! ……ふふっ」

夏葉「誰がしんみりしているですって!?」バァーン!

樹里「アハハ、そうそう。その調子だぜ」

武内P「この度は弊社の……
    いいえ、私達に関するトラブルについて、ご心配をお掛けしました」

武内P「ご覧の通り、渋谷さんも西城さんも無事です。
    皆様どうか、今日の所はお帰りの上、ゆっくりお休みにな…」

樹里「待てよ、プロデューサー」

武内P「西城さん……渋谷さん?」


凛「ちゃんと、皆には話しといた方がいいよ。
  今日の出来事……あの中で、黒井社長達と話していた事」

武内P「…………」

樹里「あぁ、それと……アンタが前に担当していたアイドルの事、教えてほしいんだ」

樹里「辛くて、話しづらいだろうけど……
   もしアンタがアタシにその子を重ねているなら、どんな子だったか、ちゃんと知りてぇ」


ちひろ「……その件については、私からもお伝えできることがあるかと思います」

凛「ちひろさんが?」

ちひろ「はい」コクッ

武内P「千川さん……」

ちひろ「あ、でも場所が……
    常務達が346プロに向かってしまって、うっかり鉢合わせるのも気まずいですね」


シャニP「それなら、ウチの事務所にお越しいただくのはいかがでしょうか?」

シャニP「さほど広くはありませんが、皆さんでゆっくり腰を落ち着けることくらいはできるかと」

夏葉「ナイスアイディアね、プロデューサー」

咲耶「私達の仲間で持ち寄った紅茶が、ちょうど今は充実しているんだ。
   ぜひご賞味いただきたいな」

智代子「困った時のお夜食も!」ニュッ


卯月「プロデューサーさん……私達からも、お願いします」

未央「とっくに私達は、運命共同体でしょ?」



武内P「…………分かりました」

~346プロ 会議室~

美城「……ふむ、なるほど」

黒井「貴様らが来る前に、あの中で起きていた事は今述べた通りだ」


天井「対応を誤ったようだな、黒井」

黒井「何?」

天井「お前が今言った中で、一つ抜けている事実がある。
   我々が来る直前、貴様があのプロデューサーに告げた事だ」

黒井「……盗み聞きをしていた、だと?」


天井「あの男にトラウマという名の禍根を残した、その張本人が自分であった。
   それも、自分の私利私欲のために」

天井「貴様はあのプロデューサーを使う立場から、命を狙われる立場となった訳だ」

天井「安心して熟睡できる日が無くなったな?」

黒井「……フンッ、邪魔なら消せばいいだけの事だ。これまでもそうしてきた」

美城「それを私の前で堂々と仰る辺り、さすがの胆力ですね、黒井社長」

黒井「美城の娘……貴様もあの男の扱いには手を焼いていたはずだろう。
   私が代わりに手を下すことに、何か不都合でも?」

美城「今は時期が悪いと言いたいのです」

黒井「時期?」


美城「『クリスタルウィンター』を前に騒ぎを起こすのは、
   この場にいる誰の利益にもならないでしょう?」

美城「ですので、せめてそれが終わるまでは派手な行いをしていただきたくはない」

黒井「……フム」


美城「確かに、あなたは契約に従い、弊社からの依頼をもよく受けてくれていたようですが、
   下品な手法による強引な解決は我々の本意ではない」

美城「それらはともすれば業界全体への不信を招き、自らの首を絞めることにもなるからです」

美城「ご安心を。
   あのプロデューサーに対しては、私の方からよくクギを刺しておきます」

黒井「フンッ、貴様が言って素直に聞くような男ではあるまい」

美城「確かに。しかしながら、私に一つ考えがあります」

天井「考え?」


美城「次の『クリスタルウィンター』……
   この3社のアイドル達による合同ユニットで出場するのはいかがでしょうか?」


黒井「合同ユニットだと?」

天井「ほう……」


美城「他社とのコラボ企画などというものは、
   よほどのメリットが無い限り、弊社も積極的に採用しようとは思いません」

美城「ですが、相応に注目を集める旬のアイドル達が、
   事務所の垣根を越えてユニットを組むのは、良い意味で話題性を生むでしょう」

美城「加えて、その監督者としてかのプロデューサーを充てれば、
   まさかこれを無視してまで黒井社長に事を為す可能性は低いと考えます」

美城「アイドル達にとっても、知らぬ間柄ではないあの男がプロデューサーを務めた方が、
   お互いにやりやすいでしょう」

天井「私は賛成だ。メンバー次第ではあるがな」

黒井「フンッ! 聞こえの良い事を並べ立てているが、
   最終的に自分が美味しいところを攫っていくつもりではないかね?」


美城「であるならば、プロジェクト名は御社になぞらえて、そうですね……」

美城「『プロジェクトクローネ』、というのはいかがです?」


黒井「みくびられたものだ。
   この私が、346の新規プロジェクト名を知らんとお思いか」

美城「フフ、ご存知でしたか」

美城「ですが、黒井社長の声掛けにより発足されたものとなれば、
   その功績はあなたのものとなります」

黒井「体良く責任を押しつけているようにも思えるがな」

美城「…………」

黒井「良いだろう。
   283プロの有栖川夏葉と白瀬咲耶、園田智代子」

黒井「その者達も関わるということであれば、あの男もこれを成功させるために力を尽くすはずだ」

美城「その間、あのプロデューサーには大人しくさせておくことをお約束します」


天井「要綱によれば、『クリスタルウィンター』の出場は5人編成のクインテットユニットが限度だ」

天井「我が事務所から三人も出すのなら、961と346からは誰を出す?
   961プロからは西城樹里として……」


美城「私個人の考えとしては、弊社からは高垣楓を、
   と言いたい所ですが……彼女は応じないでしょう」

美城「それに、そのメンバーであれば、渋谷凜が適任であると考えます」

黒井「美城の娘も、所詮は絆などという甘ったれたものを最後に重視するということかね?」

美城「あくまで適性が最も高いというだけの話です」


天井「なるほど、了解した。
   ひとまずは事態が平穏無事に収まっていくようで何よりだ」

黒井「待て、天井。貴様はこの私に用があると言ったが?」

天井「既に今の話の中で用は済んだ」

美城「私はあなたに用があります、天井社長」

天井「……貴女もしつこい人だ」

美城「そもそも、これは961プロと我々346プロの間の話です。
   第一、今日の一件についても、私に情報をもたらしたのはあなただった」

美城「そうまでして我々に積極的に関わる理由は何か、お教えいただきたい」


天井「私の主張はシンプルだ。
   有栖川夏葉、引いては他の283プロアイドル達の身の安全を保証すること」

黒井「どういう意味かね。
   私は貴様の弱小事務所のアイドルなど、ハナから相手にしていないのだが?」

天井「我が事務所の有栖川夏葉が、かのオーディションの関係者であってもか?」

黒井「……!」ピクッ


美城「先日のお電話でもお話しましたが、
   彼女にはもう、あのオーディションの件について関わる必要性など無いはずです」

美城「あなたが焚きつけているのでは? 天井社長」

天井「いや、彼女が自主的にそれを申し出たのだ」

天井「あなた自身も言っていたが、美城常務……
   私に言わせれば、正すべき襟があるのは黒井だけではないと考えている」

天井「なればこそ、その不義理を正そうとする彼女の自主性を、私が否定する理由など無い」

黒井「馬鹿な事を。
   あの有栖川が、オーディションの件について外部に告発する気だと言うのか?」

美城「あれはもう終わった話です、天井社長。
   蒸し返す事は、それこそ誰の利益にもなりません」

美城「いたずらに敵を作る愚かさが、分からないあなたでは無いはずです」


天井「自分達に潰されるのが怖いのなら、不条理に対して口を閉ざせと?」

天井「そもそもの事態を起こした貴様らが、よくも敵を作る愚かさなどと私に説いたものだな。
   大手の芸能事務所が聞いて呆れる」


黒井「では聞くが……我が961プロの西城樹里の初イベントに、
   貴様は白瀬咲耶を遣わしていたな?」

天井「…………」

黒井「オーディションの一件に義憤を駆られたなどといった事をほざきながら、
   それと関係が無い西城樹里の動向を観察していたのはなぜだ」

天井「西城樹里は、かのオーディションの被害者である園田智代子の友人だ。
   思うところが無かったはずはあるまい。だから動向を注視した」


美城「果たしてそれだけでしょうか?」

天井「というと?」

美城「白瀬咲耶は、弊社の高垣楓のミニライブにも姿を現していたようです」

天井「……フム。それは初耳だな」

美城「とぼけた事を……
   あなたの指示でないのなら、なぜ彼女がその場にいたというのです」


美城「私が思うに、天井社長……」

美城「オーディションの一件について、業界の不義理を正すために告発するというご主張は、
   ご自身の真意を隠すための大義名分に過ぎない」

美城「あなたが本件に関わる理由は、別の所にあるのでは?」

黒井「同感だ。我々を甘く見ないでもらおうか」


天井「パンドラの箱を?」

黒井「何?」

美城「……?」


天井「私はただ、彼女自身がそれを開ける日が来るまで、
   余計な邪魔立てが入らないようにするだけだ」

黒井「貴様……何度も言わせるな、貴様の有栖川夏葉が…!」

天井「有栖川ではない」


黒井・美城「……!?」



天井「有栖川はただのきっかけに過ぎん」

天井「“彼女”がそれを開けるための、な」



天井「私から言えるのは、ここまでだ。
   既に察しがついているのなら、これ以上の言及はご遠慮願おうか」

美城「…………」


黒井「…………フン」



天井「……今日の話を整理させてもらう」

天井「ウィンターフェスに当たり、三社の合同ユニット『プロジェクトクローネ』を結成する。
   メンバーは283プロの有栖川、白瀬、園田、961の西城、346の渋谷」

天井「これが終わるまでの間は一時休戦とし、かのプロデューサーにも誰も干渉をしない」

天井「ただし、終わった後はお望み通り、私は第三者に戻ろう。
   双方の好きにするがいい」


美城「古い時代の悪しき慣習は、もう必要とされてはいません」

黒井「どうとでも言うがいい。だが……」

黒井「フェスが終わった後、こちらに裁量を任されることに異論は無い」


美城「では、あの男は…………」

楓「………………」





楓「…………」スッ


コツ…



コツ…

~283プロ事務所~

ジィーーー…


 『ふんふーん……♪』

 『わぁ、綺麗なお花ですね。毎日お疲れ様です』

 『あっ、ちひろさん! ううん、全然お疲れなんかじゃないよっ。
  お花のお世話、私も好きでやってるんだし』

 『それでも、こうして事務所の花壇のお手入れをしてくれるおかげで、
  他のアイドルの皆さんも、晴々とした気持ちになれると思います』

 『もちろん、私も。本当にありがとうございます』

 『そうかな……えへへ、そうだと嬉しいな』


 『ところで、ちひろさん。それ動画撮ってるの? どうして?』

 『あぁ、これはですね。
  事務所の入社説明会で使う動画を撮影していまして』

 『基本的には内部用ですが、綺麗に撮れたものは、外向けのPRにも使おうと思っているんです』

 『へぇー。あっ、だとしたら私、もっと張り切っちゃおうかなっ♪』

 『えぇ、よろしくお願いしますね。
  それじゃあ……あっ、ちなみにこの黄色いお花、何ていう名前ですか?』

 『あっ、よくぞ聞いてくれました! これはね、ラナンキュラスだよっ!
  黄色のラナンキュラスの花言葉は、「優しい心遣い」』

 『花束やフラワーアレンジメントの定番でもあるんだけど、
  モコッとして存在感あるのに他のお花達ともすごく調和してくれるから、私、好きなんだ』

 『優しい心遣い……ふふっ、ひょっとしてプロデューサーさんへの贈り物用ですか?』

 『うん。えっ!? ち、違うよっ!? いや、違く、ないけど……』

 『って、あぁ~もうっ! そういうの言わせないでよー、ちひろさん!』

 『ふふっ。残念ですが、この動画はお蔵入りですね』





ちひろ「…………」


樹里「……この子が」

武内P「このような動画があったとは……知りませんでした」

ちひろ「本当はお蔵入りにせず、音声だけオフにして使用する予定でした」

ちひろ「ですが……これを撮影した直後に、あの報道がなされて……」

武内P「…………」グッ…!


咲耶「先日アナタが言っていた通り、花のように可憐で可愛らしい人だ」

智代子「それに、こうして花壇の手入れも率先してやってくれて……」

夏葉「献身的な子だったのね。
   それだけに……そんなひどい目に遭ったなんて、ますます許せない」

シャニP「あぁ、その通りだ」


卯月「凛ちゃん……さっきのお話、本当なんですか?
   黒井社長が、すべて……」

凛「……あの人が嘘をついていないのなら、ね」

未央「……ッ」グスッ


樹里「……なぁ、プロデューサー」

樹里「アンタが部屋で育ててる、あのアグラオネマとかいう鉢植え……
   ひょっとして、この子からのプレゼントだった、とか?」

凛「……」ピクッ


武内P「……彼女に連れられ、花屋に立ち寄った事がありました」

武内P「学が無い私に、色々な花を、楽しそうに講釈してくれて……
    その中で、一つの鉢植えが目に留まったのです」

武内P「花も無ければ、根も無い……まるで私のようだと思い、親近感が湧きました」

武内P「彼女は、そのように自分を評する私に、憤慨したりもしましたが……
    店を出る時、密かにこれを購入し、私に手渡したのです」

武内P「愛情を持って大事に育てることが、一番の栄養なのだと。
    それを忘れないで、と……」


凛「……それが、アグラオネマだったんだね」

樹里「……そっか」

樹里「ごめん、プロデューサー……アタシ、アンタのこと勝手に馬鹿にしてた」

樹里「花の心も分かってねぇ、なんて……アンタの気も知らねぇで……」

武内P「謝らないでください、西城さん」


樹里「こんなの……」グッ

樹里「こんなのって、ねぇよ……ひでぇよ……!」

樹里「黒井のヤツ……ちきしょう……!」ポロポロ


智代子「樹里ちゃん……」

武内P「…………」


シャニP「……これからどうしますか?」

シャニP「もし今のお話が本当なら、961プロが……
     いえ、黒井社長が今後、手段を選んでくるとは思えない」

ちひろ「私も同感です。
    プロデューサーさんは、しばらく身を隠された方が……」

武内P「いいえ、それには及びません」

未央「えっ?」


武内P「私のやるべき事は、既に決まっています」スクッ


卯月「ま、まさかプロデューサーさん……?」

咲耶「早まった事はしないでくれ、これ以上アナタが罪を重ねる必要は無いっ」ガタッ!

夏葉「そうよ、私が告発するまで待っ…!」

武内P「全ては私の身から出た錆であり、私が全てに片をつけるのが筋です」


樹里「アタシのプロデュースはどうすんだよっ!!」

武内P「……!」ピタッ


樹里「アタシが、自分の翼を広げて羽ばたく姿を見届けるって……」

樹里「それがプロデューサーとしての本分だ、って……
   さっきそう言ったばかりじゃねぇかよ……!」

武内P「……申し訳ございません」

樹里「……ッ」フルフル


ヴィー…! ヴィー…!

ちひろ「……? 今西部長?」ピッ

ちひろ「はい、もしもし、千川です……」

ちひろ「えぇ、はい……はい、すみません、そうです……いえ……」

凛「……」



ちひろ「え、えぇっ!?」

一同「!?」ビクッ


ちひろ「い、いえ……はい……はい……あ、はい、います」


ちひろ「プロデューサーさん、あの……今西部長が代わってほしいと」スッ

武内P「一体、何のお話だったのですか?」

ちひろ「それが、その……」



ちひろ「ご、合同ユニットを……三社の合同ユニットのプロデュースを、と……」

――――――

――――


『それではここで、発起人である黒井社長からのメッセージが届いています、どうぞ』


『我が961プロが事務所の威信をかけて皆様にご提案する夢のアイドルプロジェクト!!
 その名も、プロジェクトクローネ!!』

『その第一弾となるユニットは、事務所の垣根を越え、
 時代を象徴する旬なアイドル達を選りすぐった、精鋭クインテットであります!』

『283プロの有栖川夏葉さんに白瀬咲耶さん、園田智代子さん!
 346プロの渋谷凜さん!』

『そして……我が961プロの西城樹里!』

『この私が直々に目を掛け、選出した圧倒的な力でもって、
 必ずや! クリスタルウィンターに伝説を残すことを約束しようではありませんか!!』

『さらに、このプロジェクトはこれだけに留まる予定などありません!
 今後も第二弾、三弾と、次代を担うトレンディなアイドルユニットを…!』

  >さすがにゴリ押しが露骨すぎて萎える
  >また西城かよ、最近ほんと出すぎじゃねコイツ
  >ていうか西城樹里がセンターなの?
  >961プロ主導なら当然だろ

  >この間のサマーフェスだってどうせ八百長だよな
   明らかに夏葉ちゃんの方が良かったじゃん、西城とか一瞬棒立ちだったし
  >↑未だにこれ言ってるヤツいて草
   素直に負けを認めろよガイジ
  >西城本人がこの話題になった途端に言い淀む時点で答え出てるぞ

  >まぁ、283プロの人選は分かるわ
   何で346プロは楓さんじゃないんや?
  >ギャラが高い定期
  >↑金にならないミニライブを毎年やってる聖人なんだよなぁ
  >言うてしぶりんもそんなに悪い選択肢じゃないやろ
   そろそろポスト高垣も育てとかなアカンし

  >そういや、西城樹里がこの間の楓さんのミニライブに出てたってマジ?
  >↑画像出回ってるぞ
  >一体コイツに何があるんや。ここまで来るとすげぇな

  >こうして散々話題になってる時点で、961プロの宣伝としては成功なんだろうな
  >ここで叩いてる連中も、なんやかんやで絶対見ると思うわ
  >見なきゃ叩けないからな
  >叩くためにコンテンツを追いかけるオタクの鑑

~283プロ レッスンスタジオ~

 キュッ! タタンッ! タン!

咲耶「フッ……!」キュッ!


夏葉「良い仕上がりね、咲耶」スッ

咲耶「そうかい? フフッ、ありがとう夏葉」

樹里「随分気合い入ってんじゃねーか」


咲耶「それはそうさ」

咲耶「このメンバーで同じステージに上がることが出来たなら……
   ずっと夢見ていた事が、現実になる」

咲耶「燃えない方が、無理があるよ」


凛「それにしても……まさか、黒井社長の発案だなんてね」

智代子「そ、それは驚きだけど!
    でも、そのおかげで皆と一緒にやれるのは、素直に嬉しいなぁ私」

樹里「…………」

夏葉「今は余計な事を考えるのは止めましょう、樹里」

樹里「夏葉……」

夏葉「あの黒井社長に何らかの思惑があるのは間違いないでしょうけれど……
   発案者である彼の想像をも超える、皆の度肝を抜くようなステージを見せつける」

夏葉「ここまで来た以上、私達に出来ることでアッと言わせた方が面白いと思わない?
   アイドルらしく、ね?」ニコッ

シャニP「夏葉の言う通りだ。俺達は俺達でできる事に集中しよう、西城さん」

樹里「……そりゃあ、分かっているけどよ」ポリポリ


コンコン ガチャッ



楓「お疲れ様です、皆さん」


凛「か、楓さん!?」

咲耶「……!」ピクッ

未央「私達もいるよー、しぶりん!」ヒョコッ

卯月「皆さん、レッスンお疲れ様ですっ!」


樹里「おー差し入れか、ありがとな。
   つっても……」

夏葉「まさか、346プロのトップアイドルが陣中見舞いに来てくれるなんてね。
   とても光栄だわ」

楓「ふふっ……いいえ、こちらこそ」ニコッ

凛「プロデューサーから頼まれたんですか?」

楓「はい」


楓「僭越ながら、『クリスタルウィンター』に出場される皆さんの活動を、
  サポートさせていただくことになりました」

楓「あまりお役に立てないかも知れませんが、何かあったら何でも仰ってくださいね」ニコッ


智代子「わ、私達のサポート!? 楓さんが、ですか!?」

卯月「さすがに、給水とかまで楓さんにしてもらう訳にはいかないので、
   私達もお手伝いをさせていただくんですが……」

未央「本人はそういう雑用もノリノリでやりたがるからさー、ホント困っちゃうよ」

楓「たくさんいると、あぶれた私は混雑要員、なんて、ふふふっ♪」ニコニコ

シャニP「は、はぁ……」

夏葉(……噂には聞いていたけれど、これが)

樹里(下手にツッコむと火傷しかねねぇから、適当に相槌打っとけ)

智代子(う、うん……)


咲耶「……おや、もうこんな時間か」

咲耶「夏葉、樹里。そろそろ次の仕事に行った方が良くないかい?」

夏葉「あら、本当ね。プロデューサーも外で待っている頃だわ」

未央「何かあるの?」

樹里「ユニットのPR活動が忙しいんだよ、ったくプロデューサーのヤツ」

凛「大事な仕事なんだから、文句を言わない」

樹里「はいはい」

智代子「私達も夕方からラジオ出演があるんだったよね、凛ちゃん?」

凛「うん。何かあったら面白いフォロー頼んだよ、智代子」

智代子「いや、それどういう意味、凛ちゃん!?」


楓「ふふっ。皆さん、すっかり仲良しなんですね」

樹里「おかげで退屈しなくて済んでますよ」

未央「……ジュリアンが敬語で話してんの、初めて見た気がする」

樹里「はぁ!? あ、当たり前だろ、年上なんだし!」

夏葉「あら、私は?」ニュッ

樹里「だー!! うるせぇあっち行け!」

智代子「根が体育会系だから普通に礼儀正しいんだよね、樹里ちゃん」

シャニP「なるほど」メモメモ

樹里「余計なことメモんな!!」

楓「ふふふ♪」ニコニコ

夏葉「じゃあ、行ってくるわね」フリフリ

樹里「アタシらがいなくてもサボんじゃねーぞ、特にチョコ」

ガチャッ バタン


智代子「……私に対する樹里ちゃんの評価の低さたるや」ガクッ

卯月「ま、まぁまぁ智代子ちゃん、今までの積み重ねがあるわけですし」

智代子「それ言う!?」

未央「しまむー、なかなかにヒドいね」


楓「あ、そうそう」

凛「楓さん、どうしたんですか?」


楓「皆さんのユニット名は、何ていうんでしょう?」

智代子「ああ、それはですね……!」

ブロロロロロ…


武内P「『TAKE-UC』」

武内P「“UC”とは、ICT用語の一種です」

樹里「あいしーてぃー?」


夏葉「“Unified Communication”」

夏葉「掻い摘まんで言えば、電話やメール、ウェブ会議等の多様な情報伝達手段の統合と、
   これによる業務効率化を図る仕組みのことね」

樹里「よく分かんねぇ。
   アタシらの活動は、別にネットとかでどうこうするようなモンでもねぇだろ」プイッ

武内P「283と346、そして961……」

武内P「様々な芸能事務所のアイドル達が統合し、さらなる輝きを放つことを旨とし、
    この言葉を採用しました」

武内P「同時に、“UC”にはもう一つの意味合いも持たせています」

樹里「もう一つの意味合い?」


武内P「私達の向かう道は、後戻りはできない」

武内P「すなわち、キャンセルはできない、という意味です」


夏葉「“Uncancellable”……ふふ、なかなか洒落てるじゃない」

樹里「なるほどな、『TAKE-UC』……
   言い換えりゃ「前進あるのみ」ってトコか?」

武内P「そうです」

樹里「ヘッ、面白ぇ」ニヤッ

~イベント会場~

ガヤガヤ…! ザワザワ…


武内P「本番までは、こちらで待機をするようにとのことです」ガチャッ

樹里「はーい」

武内P「私はスタッフの方々と確認がありますので、一旦失礼します」

夏葉「分かったわ。お願いね」

バタン



樹里「……」スッ

樹里「…………」シャカシャカ

夏葉「……今度歌う新曲?」

樹里「ん? あぁ」スッ

夏葉「アタシ、あんまり物覚えが良い方じゃねーからな」


夏葉「そんな事ないわよ。
   この間のレッスンだって、一度も止まらずに踊りきったじゃない」

樹里「そんなんで満足してちゃダメだろ。
   ちゃんと叩き込んで、曲の解釈?とか、しっかり深めとかねぇと」

樹里「本番までそんなに時間ないんだし、
   完成度を高めるために、無駄な時間は作りたくねぇ」

夏葉「……ふふ、さすがは私達のセンターね」

樹里「ほっとけ」

コンコン

樹里「ん? プロデューサーかな。どうぞー」


ガチャッ

女A「こんにちはー……あら、あなた達は」

女B「283プロの有栖川夏葉さんと、961プロの……西城樹里ちゃんね」

夏葉「あら、共演者さんね。どうも、今日はよろしくね」ニコッ

樹里「そっか、アンタ達もアイドルなん…」

女C「ちょっと、一緒にしないでくれる?」

樹里「え?」


女C「あなたみたいな事務所のネームバリューだけで売れてるコ見ると、虫酸が走るのよね」

女B「そうそう、おまけに色々と良くない噂もあるでしょ?
   共演したコを蹴落として泣かしたとか、コネ使って出演をねじ込んだとか」

女A「SNSとかでもぶっ叩かれてるけど、火の無い所に煙は立たないっていうしさ。
   アンタみたいなのと関わり合いになりたくないの」

樹里「あ、あの……」

女A「だから、さっさと出てってくれる?
   迷惑してんの分かるでしょ、業界全体がさ」

樹里「……!」


女B「アハハ! ちょっとー、それ言い過ぎ。可哀想じゃん」

女C「あたしはそう思わないけどなー。
   だってもっとヒドい目にあったコだっているし。コイツのせいでさ」

女B「だからぁ、そういうのロジハラっていうんだって。訴えられるよ?」

女A「確かに、そういうのの専門家さんだもんねぇ、961プロは? フフッ♪」

女C「アッハッハ…!」

スッ

女C「へ?」


夏葉「この子に文句があるというのなら、私が聞くわ」

樹里「おい、夏葉」

夏葉「本当の樹里を知ろうともせずに、よくもそんな言葉を投げかけられるわね。
   見たくないものを視界に映さない、都合の良い視野をお持ちなのかしら」


女B「な、何よ!
   アンタだって大企業のお嬢様のくせに、ストイックぶっちゃってさ!」

女A「ちょ、ちょっと。この人は敵に回さない方がいいって。
   何されるか分から…」

夏葉「対峙するものが強大であるなら、尻尾を巻いて逃げると?」

女A「えっ?」


夏葉「威勢を張る相手を選んでいるのなら、あなた達の主張は偽物よ」

女C「! こ、この…」

夏葉「真っ向から勝負を挑む度胸も無いくせに、一丁前に業界のお説教だなんてお笑い草ね」

女A「くっ……!」


樹里「夏葉、もういいよ」

夏葉「いいえ、私には許容できないわ。あなたが馬鹿にされて良い道理なんて…」

樹里「その辺にしとけって言ってんだ。
   ムキになるなんざ、アンタらしくもねぇ」

夏葉「……そうね」スッ


女B「あ、あの……」

樹里「アンタ達が癪に障る気持ちも分かるよ。
   961プロなんざ、業界の闇の象徴っつーか、そういうイメージばっかだもんな」

樹里「アタシだって心底気に入らねぇし、許せねぇ所もたくさんあるけど……
   成り行きで所属している以上、そういう批判を受けるのも、しょうがねぇって思う」

樹里「だから、そういうのも引っくるめて、何つーか……頑張るよ」

樹里「今はアタシを見て、良くない印象持っちゃう人もいるかもだけど、
   アイドルやる以上、笑顔になってもらえるようになりてぇし」

樹里「やるって決めたからには、ハンパはできねぇからな」

女A「西城樹里……」


樹里「あぁ、だけどさ」

樹里「もし悪口を言いてぇんなら、アタシ一人だけにしとけよ」

樹里「夏葉や咲耶、チョコも……凛も。
   もし他のみんなまで馬鹿にするってんなら、アタシは許さねぇからな」


女B「…………」

女C「あ、あたし達だって、別に悪口言いたい訳じゃ…」


コンコン

夏葉「? どうぞ」


ガチャッ

冬馬「こ、こんにちはーっす! 今日はよろしくお願い……あん?」

樹里「なっ!? お、おめーは、鬼ヶ島!」

冬馬「天ヶ瀬!!冬馬だ! いい加減覚えろ!」クワッ!

樹里「冗談だよ」


北斗「おや、これはいつぞやのエンジェルちゃん」

翔太「最近ユニット組んだんだって? クロちゃんもやること派手だねー」


女A「えっ、ウソ!? ジュピターの北斗様!!?」

女B「翔太クンと冬馬クンもいるー!!」

女C「ふぁ、ファンなんです!! ツーショしてもらえませんか!?」グイィッ


冬馬「ぉわっぷ!? な、何だコイツら! お前らもアイドルだろ!」

北斗「おやおや、そういうのは事務所を通してもらいたいな」フッ

翔太「僕は大丈夫だよー。
   ただ事務所にバレたらウルサいから、お姉さん達とのヒミツってことで♪」

女達「キャアアーーーッ!!(裏声)」

樹里「…………」

夏葉「……つくづく、色々な人達がいるものね、この業界」

樹里「雑にまとめんじゃねーよ」


北斗「ところで……先ほどは、何やら穏やかでない空気だったようだが」

女A「えっ!? い、いえいえそんな全然~!」

女C「楽しくお喋りしてただけですよ、ねぇー樹里ちゃん?」

翔太「そうかなぁ? 廊下の方まで響いちゃってたけどねー、話し声」

女B「うえ゛っ!?」


冬馬「くだらねぇ。
   気に入らねぇヤツがいるなら、グチグチ言わずに力でねじ伏せりゃいいだけじゃねえか」

冬馬「おい、西城」

樹里「あん?」

冬馬「お前の力は認めてる。
   だが、それでも俺達の足元には及ばねえし、及ばせねぇ」

冬馬「お前も黒井のオッサンの下についてんなら、
   小細工なんかしないで、せいぜい実力で証明してみせろよ」

冬馬「どんだけ頭数揃えた所で、急造ユニットのチームワークなんざ知れてるぜ!
   『クリスタルウィンター』で勝つのは俺達ジュピター!! だぜ!!」ビシッ!


北斗「フッ。相変わらず素直じゃないな、冬馬」

翔太「今の冬馬君の言葉を翻訳すると、「本戦でお互い良い勝負をしよう」って話ね」

冬馬「な!? こ、こらっ、余計なこと言うんじゃねぇ!」プンスコ!

翔太「ほら、否定しないでしょ?」


夏葉「なるほど、それがあなた達の矜持ということね」

樹里「ヘヘ……冬馬」

冬馬「な、何だよ」


樹里「お前のそういうトコ、嫌いじゃないぜ」ニヤッ

~夜、346プロ~

カタカタカタ…

シャニP「……それでは、私はこれで」

武内P「はい。新曲の手配、とても助かりました」ペコッ

シャニP「いえ、これくらいは何でもありません」

シャニP「メインで指揮を執るあなたの方が大変なのですから、
     俺に出来ることは何でも言ってください」

武内P「……ありがとうございます」

シャニP「こちらこそ。では、お先に失礼します」ペコリ

武内P「はい。お疲れ様でした」

ガチャッ バタン



武内P「……」グイッ


カタカタカタ… カタカタ…

~レッスンスタジオ~

コツ…



コツ…





ガチャッ


楓「…………」ソォー…

楓「……」キョロキョロ



楓「…………」ゴソゴソ

タタン! キュッ! タンッ!


タンッ! タッ! タッ タン!


楓「……ッ! …………!」キュッ! タタッ! タン!

楓「フッ……ッ……!」タッ! タタンッ! タタン!





咲耶「アナタほどの人でも、居残り練習をするんですね」



楓「!?」クルッ


咲耶「……すまない。邪魔をするつもりは無かったのだけれど」

楓「咲耶ちゃん……どうしてここに?」

咲耶「忘れ物を取りに来た」

咲耶「……という訳ではなくて、私も少し、秘密の練習を」

咲耶「けれど、まさか思わぬ先約がいたとは、ね」フッ

楓「…………」


咲耶「今の振付は、私達の新曲ですよね?」

楓「……そうです」

楓「咲耶ちゃん達のサポートを、プロデューサーからお願いされましたから。
  私も、ひと通り踊れるようにならないと」

咲耶「果たして、本当にプロデューサーからの依頼だったのだろうか」

楓「……え?」


咲耶「私の見立てでは、アナタの方からプロデューサーに掛け合ったと思っているのだけれど、どうかな?」



楓「……ふふっ、アタリです」ニコッ

楓「どうして? と、理由を聞きたいでしょうか」

咲耶「それが許されるなら」

咲耶「だけど……アナタが自分から、私達に明かしてくれる日が来るのを待ちたいと思います」

楓「……ありがとうございます。咲耶ちゃん」


咲耶「良かったらご一緒しても? 深窓の歌姫」

楓「えぇ、もちろんです。それと……」

楓「私に敬語は使わなくて構いません。どうか普段通りに、ね?」ニコッ

咲耶「フフッ……ああ、了解した」ニコッ



タンッ! キュッ! タタン…!

~料亭~

女将「では、ごゆっくり」スッ

スゥー ストン…



トクトクトク…

今西「すまないね、付き合わせて」

ちひろ「いえ……」


今西「昔はよく、先代の会長ともここに来ていたものさ」

今西「接待でも利用したし……表ではとても話せないような密談もした」

今西「ここに来るのも、今日が最後になるかも知れないね」

ちひろ「…………」


今西「たまには君も、気分転換が必要なんじゃないかと思ったんだ」

ちひろ「私は……」


ちひろ「……今西部長」

今西「何だい?」


ちひろ「私は入社以来、ずっと346プロに尽くしてきたつもりでした。
    ずっと、事務所の歯車になることを目指してきました」

ちひろ「誰よりも早く出社して、最後に退社するのなんて序の口。
    休日に仕事を持ち帰ることだって、何も苦ではありません」

ちひろ「なぜなら、それが私の大好きなアイドル達のためになると信じていたからです」

今西「…………」


ちひろ「それが……何だか、よく分からなくなっちゃいました」



今西「なら、ここを辞めるかね?」

ちひろ「…………」

今西「事務職は、どの業種にも必要不可欠な存在だ。
   君ほどの人材であればどこでもやっていけるし、346プロという職歴はそれなりに箔にもなるだろう」

今西「君もまだ若い。いくらでもやり直せる」

今西「と……あんまり言い過ぎても薄情かな? アハハ」ポリポリ


ちひろ「最近、気づいたことがあります」

ちひろ「私が大好きなもの、応援したかったもの。
    それは……アイドルだけじゃなかったんだ、ということ」

ちひろ「いいえ、ひょっとしたら……彼らもアイドルの一部と言えるのかも知れません」

今西「彼ら?」


ちひろ「プロデューサーさん達のことです」

ちひろ「アイドルもプロデューサーも、お互いに無くてはならないもの……
    皆さんは、仕事のパートナーである以上に、固い絆で結ばれています」

ちひろ「その絆の輝きを、私は応援したかったんだと気づきました」

ちひろ「それができる仕事は……今の業種を置いて他にありません」

今西「そうか」

ちひろ「だから……今西部長」


ちひろ「今からでも、常務と黒井社長を説得することは出来ないのでしょうか?」

ちひろ「それが叶わないのなら、
    せめてお二方の手からプロデューサーさんを遠ざけることは、出来ませんか?」

今西「千川君……」

ちひろ「あの人はアイドルを愛しています!」

ちひろ「みんなも、あの人を慕っています。なのに……事務所の都合で……!」


今西「……残念だが、それが組織というものだ」

今西「時代は移り変わる。そのしわ寄せは、誰かが引き受けなければならない」

今西「少なくとも常務は……もう彼のことを、必要としないだろうね」

ちひろ「! …………ッ」



今西「私もね……ただ指をくわえて見ているだけ、というわけではないんだ」

ちひろ「……え」


今西「それを防ぐ手段が、一つだけある……かも知れない」

今西「だがそれは、あるいは業界全体をも潰しかねない方法だ」

今西「君は、それを選択する必要があると思うかね?」

ちひろ「い、今西部長……?」


今西「先日、283プロの天井社長と話をしてね」

今西「とある提案を受けたのだが……
   それはきっと、思わぬ化学反応を引き起こすものだったのだろう」


今西「今夜のレッスンスタジオで、彼女が居残りをしているとすれば、ね」

~後日、283プロ~

ジューーッ…!

智代子「…………ッ」ゴクリ…

樹里「まだひっくり返すんじゃねぇぞ」

夏葉「ま、まだなの、樹里?」ジュー…

樹里「アンタのはさっき入れたばっかじゃねぇか」


凛「みんなで樹里のお料理教室、か」

咲耶「仲良きことは美しきことかな、だね。
   卯月、紅茶のお替わりでも?」

卯月「え、うえぇっ!? あぁいえ、自分で出来ますから」

咲耶「構わないさ。
   せっかく来てくれたのだから、ゆっくりするといい」スッ

卯月「は、はひ……」ポーッ


未央「……じぃーーーっ」

凛「どうかした、未央?」

未央「ねぇさくやん」

咲耶「? なんだい?」


未央「最近、何か良いことあった?」


咲耶「えっ」ピクッ

未央「あっ、ほらーー!! やっぱり良いことあったんだ!」

卯月「ちょ、ちょっと未央ちゃん、いきなりどうしたんですか?」


未央「いつものさくやんなら……」

未央「フッ……ああ、良いことならたくさんあるさ。
   こうして皆と共に過ごすひとときこそが、私にとっての宝物だよ(イケボ)」

未央「ぐらいの事をサラッと言ってはぐらかすじゃん!
   何今の「えっ」って普通のリアクション!?」

咲耶「あ、いや、あの……」

樹里「うるせーな、何騒いでんだよ未央」

夏葉「あの、ま、まだかしら、樹里」ジュー…

樹里「ん、いいぞひっくり返して」

夏葉「……」ソォーー…

樹里「ひっくり返したら蓋して蒸し焼きだからな」

夏葉「は、話しかけないで、集中が乱れるわ……!」ソォーー…


未央「なーんか最近、お肌のツヤとかも良さげだし、
   立ち振る舞いとかルンルンな感じに見えたんだよねー」ウーム

咲耶「よ、よく見てくれているんだね、未央」

智代子「そう言えば、咲耶ちゃん最近遅くまで居残り練習してるよね?
    なのに、確かにすごく元気そうだなぁって」


咲耶「えぇと……」ポリポリ

凛「ふーーん」

咲耶「な、なんだい、凛?」


凛「ひょっとして……ウチのプロデューサーと、何かあった?」

咲耶「へ?」

卯月「うええぇぇぇっ!?」

樹里「なぁっ!?」ガタッ!

智代子「樹里ちゃん、凄い反応ッッッ!」

夏葉「樹里、大変よ!! 蓋を開けたらフライパンから煙が!!」ジュー…

樹里「ただの湯気だよ!! それより……!」


咲耶「ご、誤解だ皆! それは本当に誤解だよ!」ブンブン!

凛「必死に否定している所がますます怪しいんだけど」

未央「らしくないねぇ。素直に白状したまえよ、エェー、さくやん?」ウリウリ

樹里「人様んトコのプロデューサーに、咲耶、お前……!」ワナワナ

咲耶「ほ、本当だ! 信じてくれ!
   私はプロデューサーの方とは何も…!」

凛「プロデューサーの方“とは”?」

咲耶「!?」ギクッ!

凛「プロデューサーじゃない方とは、何かあるの?
  ていうか、じゃない方の人がいるの?」ズイッ

咲耶「あぁ、いや……言葉のあやさ、別に…」

凛「目を見て離そうよ、咲耶」ズズイッ

咲耶「そ、そんなに怖い目をされたら萎縮してしまうよ、凛」

未央「おおぉ、名探偵しぶりん、パねぇ……」ゴクリ


智代子「何やらあちらは、修羅場を迎えているようですなぁ」モグモグ

夏葉「あら、本当に美味しいわね! これなら家でも作れそう」パクパク


凛「346プロに居残って、誰かと一緒に何かをしてるってことだよね?
  今の話からすると」

樹里「同じユニットのメンバー同士、隠し事はナシにしようぜ、なぁ?」

咲耶「う、うーん……!」


ガチャッ バタン

シャニP「ただいま戻りました、って……おお、皆来ていたのか」

智代子「あっ、プロデューサーさんお帰りなさい!」

シャニP「おぉ、美味そうな匂いがすると思ったら、ハンバーグか」

夏葉「プロデューサーも食べてみて! 樹里のハンバーグってすごいのよ!」

シャニP「西城さんの? ……ん、美味いな」モグッ


咲耶「あ……プロデューサー!」ティン!

シャニP「皆、お疲れ様。フェスに向けたミーティングか?」

咲耶「あぁ、そうそう。
   凛、実は私は、こっそりプロデューサーと内緒の打合せをしていたんだ」

凛「えっ?」
シャニP「えっ?」

樹里「346のあのカタブツじゃなくて、283プロのプロデューサーとか?」

咲耶「ああ」


シャニP(咲耶、何の話だ?)ヒソヒソ

咲耶(すまないプロデューサー、この場は話を合わせてくれ……)ヒソヒソ

咲耶「当日まで秘密にしておきたかったのだけれど……仕方が無い」

咲耶「ほら、そろそろ近づいてきただろう?
   11月26日が何の日か、皆は知っているかい?」

卯月「11月26日?」

未央「それって……」


樹里「……ひょっとして、アタシの誕生日か?」

智代子「おおぉ、そ、そうでした!」ポンッ


咲耶「それに向けたサプライズを、プロデューサーと計画していたんだ」

咲耶「本当なら、この事務所に戻ってから作戦会議をすべきなのだけれど、
   時間が遅くなってしまうからと、彼が気を利かせて、346プロまで来てくれてね」

咲耶「そうだろう、プロデューサー?」

シャニP「あ、あぁ……
     ただ、俺も年頃の女の子に何をプレゼントするのが良いか、分からなくてさ」

シャニP「ちょうど皆にも、相談してみた方がいいんじゃないかって思ってたんだ。
     もっとも、西城さんもこの場にいたんじゃ、サプライズ計画もご破算だけどな」

咲耶「フフッ、そういう事さ」


夏葉「樹里への誕生日プレゼントなら、私に考えがあるわ!
   エプロンにしましょう!」

未央「エプロン? 何で?」

夏葉「こんなに美味しいハンバーグを作ってくれるなら、毎日でも食べたいでしょう?」

樹里「アタシを専属シェフにでもするつもりかよ」

卯月「じゃあ、はいっ!
   樹里ちゃんの新しいレッスンウェアとか、シューズはどうでしょうか?」

樹里「おー、それいいな卯月。ちょうどヘタッてきたから助かるぜ」

卯月「えへへ」ニコニコ

凛「なるほどね……それなら、秘密にしたがるのも無理はないか」

咲耶「分かってもらえて何よりだ」

樹里「ていうか……あれ?
   おい、チョコ、夏葉、ハンバーグどうした!?」

智代子「先ほど美味しくいただきました!」

夏葉「我ながら会心の出来だったわよ!」

樹里「後でソース作るっつったじゃねーか!!」

シャニP(あ、ソースも作る予定だったのか)


咲耶「おやおや……フフッ、まぁ次もこの機会を設けようじゃないか。
   樹里。この料理教室、今度は私にも手ほどきをしてくれないかい?」

樹里「別にいいけど、余計なスキンシップとかはナシだかんな」

咲耶「おっと、先手を打たれてしまったね」

樹里「する気だったのかよ」


凛(……まぁ、やっぱりいつもの咲耶、か)

凛(ただ……考えすぎかな。どことなく言い訳がましい気がしたような……)

~夜、346プロ~

咲耶「ワン、ツー、スリー、フォー、ワン、ツー……!」タン! タンッ!


咲耶「……ッ…………フッ!」キュ! タタン! ビシッ!

咲耶「っ……はぁ……はぁ……」ガクッ


楓「とても良くなってきていると思います、咲耶ちゃん」

咲耶「そ、そうだろうか……フフ、アナタに言われると、自信になるよ」

楓「ふふっ」ニコッ



咲耶「……実は今日、少し危ういことがあったんだ」

楓「危ういこと?」

咲耶「この秘密練習について、凛達に疑われてね」

楓「まぁ」

咲耶「ひとまずは、ウチのプロデューサーの助けも借りて、何とかごまかせたのだけれど……」


スクッ

咲耶「この時間を皆に秘密にしているのは、独りよがりな私個人の意志だ。それでも」

咲耶「やはり楓……今一度、尋ねてもいいかな。
   どうしてアナタが、こんなにも私達に尽くしてくれるのかを」

楓「…………」


咲耶「……アナタが樹里と智代子を特別視していたのは、知っているよ。
   自分の仕事に、直々に指名して招待するほどだ」

咲耶「それと、関係があることかい?」



楓「……はい、そうです」

楓「端的に言えば……償い、ですね」

咲耶「償い……?」

楓「それ以上は、今は言えません……ごめんなさい、咲耶ちゃん」


咲耶「……ありがとう、楓。
   ではお返しに、私からも秘密を一つ明かそうか」

楓「えっ?」

咲耶「アナタだけでなく、他の誰にも明かしていない秘密さ」


咲耶「実は、先日の楓のミニライブ、私も観に行っていてね」

楓「えぇ。それは、凛ちゃん達からも聞いています」

楓「樹里ちゃんの行動を見守るために、咲耶ちゃんも凛ちゃん達も来ていたって」

咲耶「いや、違うんだ」フルフル


咲耶「私にとっては、樹里があの場にいた事こそが偶然だった」


楓「……それは、どういう…?」

咲耶「純粋に、楓……一ファンとして、アナタのライブを観に来ていたんだ」

楓「えっ」


咲耶「アナタがアイドルになる前……
   モデル時代から、私にとって高垣楓は憧れの存在だったのさ」

楓「咲耶ちゃん……」


咲耶「たまたま手に取った雑誌に、アナタの写真が載っていて……目を奪われた。
   この人のようになりたいと思って、モデルの勉強をしたんだ」

咲耶「高校生以上なら活動させてくれる事務所を見つけて、進学してすぐに契約した。
   前知識は十分に得たつもりだったけれど、なかなかアナタのようにいかなくてね……」

咲耶「少しずつ軌道に乗るようになってからも、私はアナタの後を追いかけ続けた。
   どんな細かい記事でもチェックをして、それで……アナタがアイドルに転身したことを知った」

咲耶「すると、今度はアイドルについて知りたくなったんだ」

咲耶「モデルとしても、あれほど脚光を浴びていた人が、何の前触れも無くアイドルになる……
   一体どんな魅力を見出したのか、興味を持つなという方が無理があるだろう?」


咲耶「そんな折、今の事務所のプロデューサーが、私をスカウトしてくれた」

咲耶「最初は、少し迷ったんだ。
   アナタと同じ事務所に行った方が、会える可能性も高まるんじゃないか、ってね」

咲耶「でも、私はあえて違う事務所を……283プロを選んだ。
   追いかけるだけでなく、いつの日か高垣楓と肩を並べる存在になるために」


咲耶「そして今……同じ立場で相まみえる日を待ち焦がれ続けた高垣楓が、私の目の前にいる」

咲耶「フフ……緊張を抑えるのに、私がずっと前から必死なのが分かるかい?」

楓「……そうだったんですか」


咲耶「アイドルに転身してからも、アナタの輝きは留まることを知らない。
   いや、それまで以上に眩い光を放ち続けている」

咲耶「楓……私には、アナタと二人でいるこの時間が、宝物だ」

咲耶「独り占めしたくて、だから……皆に教えたくなかった。
   こんな気持ちは初めてさ」

咲耶「私からアナタに贈る、二人だけの秘密……フフ、子供じみていると思うだろう?」ニコッ


楓「ううん」フルフル

楓「私が誰かにとって、強い想いを起こさせる存在になれたなら、
  とても光栄なことだなぁって思います」

咲耶「そうやってアナタは、他人事のように言うんだね」フッ

楓「そうでしょうか……そうかも知れません」

楓「我が事として捉える度胸が、私には足りていないのだと思います」

楓「畏れ多くて、同時に…………とても……」

楓「…………」

咲耶「……とても?」


楓「……一つ、分かりました」

楓「誰かからの秘密を預かるというのは、とても負担の大きい事なのですね」

咲耶「楓……?」


楓「咲耶ちゃん、ごめんなさい……それでも、まだお話はできません」

楓「ですが、一つだけ」


楓「私の秘密を預けている人が、一人だけいます」

楓「それは、咲耶ちゃんもよくご存知の人です。
  当時、たまたまお仕事でお会いした……283プロの人」

咲耶「283プロ……!?」


楓「関わり合いの薄い彼になら、中立の立場でそれを担ってくれると考えました。
  私の願いを、重荷とも思わないで済むような人になら、と」

楓「ですが……きっと、その方にも、負担を強いていたのでしょうね」

咲耶「か、楓……」


楓「察しがついたのなら、何かの折に、私が謝っていたとお伝えください」

楓「今度のフェスが終わった時に……私が、全て背負いますからと」

楓「だから……」



咲耶「……楓」

咲耶「ひとつ私から、提案したいことがある」

今回はここまで。
次回は明日の夜8時~11時頃の更新を予定しています。

~283プロ 社長室~

美城「同じ事務所にいながら、私が高垣楓の動向を把握していないとでも?」

天井「把握していると思ったさ」

天井「動揺のあまり、あなたがこうして私の元へ駆け込んできた事も、
   私は実に趣深いものだと思っている」

美城「それが悪ふざけに留まらないことを貴方は知るべきだ」


天井「気づいていたか。ウチの白瀬咲耶の思惑に」

美城「つい先日の事です。
   弊社の事業部の者と、あなたは接触していたそうですね」



美城「一体何を考えている、天井努」

美城「パンドラの箱、と貴方は言ったが、
   まさしくそれを開けば、これに携わる誰もがタダでは済まされなくなるのだぞ」

天井「……フッ。情というのは、厄介なものだな」

美城「何?」


天井「最初は、安い用だと思ったものさ」

天井「だが、知れば知るほど、時が経てば経つほど……無視できないものになっていく」


天井「彼女は十分この業界に尽くし、かけがえのないものを与え続けてきた」

天井「最期の頼みの一つくらい、叶っても良いだろう」

天井「私が考えていることは、それだけだ」

~後日、346プロ レッスンスタジオ~

夏葉「ワン、ツー、スリー、フォー!」タンッ! キュッ タタン!

凛「……! ……ッ!」タタンッ! タッ!

樹里「よっ……っ……!」キュッ! タタッ! タン!


武内P「……十分な仕上がりであると思われます」

シャニP「えぇ。違う事務所同士なのに、ここまで息が合うとは」

シャニP「あなたのご指導と、あなたについていこうという皆の気持ちの表れですよ」

武内P「いえ。ひとえに、皆さんの緻密な練習の成果、それに……
    培われた絆の深さによるところです」

武内P「それと、手前味噌にはなりますが……」チラッ


楓「……いえ、私は何も」

シャニP「ああ、仰る通りですね。
     高垣さんのサポートがあってこそ、皆は頑張ってこれました」

楓「いえ、そんな……ありがとうございます」ペコッ

智代子「……とぁ!」タン タンッ! ビシッ!

智代子「はぁ、はぁ……えへへ、どう、卯月ちゃん!?」

卯月「どうって……凄すぎて、私なんかじゃケチつけられないです!」

智代子「ほ、本当!?」

未央「うんうん、相当練習してきたんだもん。
   この未央ちゃんも太鼓判、たくさん押しちゃうよ!」

卯月「はいっ! 智代子ちゃん、これまでよく頑張りました!」ギュッ

智代子「や、やった……!」グッ…!


智代子「夏葉ちゃん! 約束の八ツ橋、ご馳走してくれるよね!?」クルッ

夏葉「まったく……あなたって子は、しょうがないわね」

夏葉「今度周子に言っておくわ。たくさん種類があるものをお願い、ってね」ニコッ

智代子「オホォォーー!!(裏声)」ガッツ!

凛「アイドルが出しちゃいけない声出してる……」

卯月「それにしても、周子ちゃんのご実家だったんですね。
   夏葉さんが懇意にしている京都のお店って」

夏葉「あら、言ってなかったかしら?」

樹里「……みんな悪ぃ。間奏部分がちょっとズレちまった」

樹里「もう一度通しで合わせてぇ。休憩したら、もっかいいいか?」


未央「……ジュリアンってさ、修行僧?」

樹里「しゅ、修行僧!?」

卯月「傍から見てても、すっごくレベルの高いパフォーマンスだなぁって。
   ね、楓さんもそう思いませんか?」

楓「はい。とてもすごかったです」

樹里「つっても、せっかく皆でやるんだし、
   少しでも良いモンにしたいっていうか……」ポリポリ…



咲耶「…………ッ」グッ グッ…



夏葉「……咲耶、どうしたの?」

咲耶「あぁ……」


咲耶「ッ ……いや、何でもないんだ」

夏葉「足が痛むの? そこに座って、ちょっと見せて」

凛「え……」

咲耶「すまない……ッ」グッ


智代子「さ、咲耶ちゃん……!?」

樹里「おい、大丈夫かよ?」

シャニP「咲耶!?」

武内P「…………」

ザワ…


夏葉「……」グッ グイッ

咲耶「……ッ」ズキッ

夏葉「……ここは痛む?」グッ

咲耶「いっ、いや……ッ」

夏葉「正直に言いなさい。
   隠したって、何もあなたや私達のためにはならないわ」

咲耶「す、ッ……すまない、ぐ……!」ズキンッ

卯月「咲耶さん……!」

シャニP「咲耶、大丈夫か!?」


夏葉「…………」スクッ


夏葉「プロデューサー。今からメンバーの変更はできる?」

武内P「……!」ピクッ


夏葉「これまでの居残り練習で、無理が祟ったようね」

夏葉「正確な症状は、お医者様に診せないと分からないけれど、
   今の咲耶の反応から考えられるのは、足首の捻挫」

夏葉「外くるぶしの靱帯が断裂しかけている可能性がある……
   もしそうなら、とてもステージに立てるような状態じゃないわ」

咲耶「ッ…………!」


武内P「あ、有栖川さん……」

夏葉「質問に答えてちょうだい。今から『TAKE-UC』のメンバーの変更は?」

未央「そ、そんな!」

卯月「これまで、あんなに頑張ってきた咲耶さんが……」


武内P「……2日前までであれば、事務局に届けを出せば、変更は可能のはずです」

凛「ちょっとプロデューサー!」

樹里「凛」スッ

凛「じゅ、樹里……!?」

樹里「爆弾抱えてるヤツに、無理をさせるべきじゃねぇよ」


グッ…!

樹里「…………ッ」

智代子「樹里ちゃん……」


咲耶「すまない、みんな……ッ」


シャニP「だが、咲耶の代わりになれる人が、今から探して見つかるとは…」

咲耶「いるさ……」

シャニP「えっ?」

一同「!?」ザワッ


咲耶「適任が一人……私達のサポートをしてくれた」

咲耶「……お願いだ、楓」



楓「…………」


凛「か、楓さん……!」

夏葉「そうよ。楓なら、ダンスもボーカルも文句の付け所が無いレベルで体得しているわ!」

智代子「こんな豪華な人に、代役を頼めるなんて……!」


樹里「……楓さん」

樹里「お願いします。アタシ達、こんなトコで終われないんです」スッ

楓「…………衣装」

樹里「えっ?」


楓「身長は同じくらいですけれど……きっと胸のところが、余っちゃいますね」

楓「私は、咲耶ちゃんほど立派なものを持っていませんから。ふふっ♪」ニコッ


樹里「な゛っ!!?」カァー!

武内P「丈はそのままで、バストの部分を調整が可能か、衣装担当に確認をしておきます」スラスラ

樹里「何でアンタは平然としてんだよ!」

武内P「す、すみません」

夏葉「なるほど、そういう所にも気を配らなければならないのね」フ-ム

智代子「咲耶ちゃん並みにおっぱい大きい人もそうそういないし」

樹里「おっぱい言うな!!」クワッ!

未央「ジュリアン、声でかい」

卯月「楓さんが、凛ちゃんや樹里ちゃん達と……!」


凛「……咲耶の分まで頑張ってくるから、私達」

夏葉「しっかり治しておきなさい。捻挫はクセになりやすいから」

智代子「このユニットだって、フェスで終わりにしたくないもん!
    ね、樹里ちゃん?」

樹里「当たりめーだ。
   一度も咲耶とステージやらねぇまま解散なんてバカバカしい話あるかよ」ニカッ


咲耶「皆……」

咲耶「……楓も、ありがとう」

楓「いいえ。私がお役に立てるなら、お安い御用です」ニコッ


樹里「そうと決まれば、すぐ合わせようぜ。
   楓さん、ご準備お願いできますか?」

楓「はいっ、樹里ちゃん」



樹里「よっし。じゃあ皆、せーの…」

~夜、961プロ~

ダンッ!

黒井「高垣楓が白瀬咲耶の代わりに出るだとぉ!?」ガタン!

『はい、そうです』

黒井「私に何の相談も無しに勝手に決めるなどと、よくも軽々しく…!」

『現場の陣頭指揮を執ることを私に命じたのは、あなたのはずです』

黒井「勝手をしろと命じた覚えは無い!
   貴様というヤツは、つくづく都合の良い解釈を……!」


『なぜ、高垣をそうまで恐れるのでしょうか』

黒井「……私が恐れている、だと?」ピクッ


『弊社としては、このプロジェクトクローネに協力するために、
 申し分の無い実力を持つアイドルをご用意したつもりです』

『相談も無く、事後報告となってしまった事については、お詫びします。
 ですが、彼女にご不満を持つ理由が、あなたにおありでしょうか?』


黒井「それを貴様に教える必要は無い」

『理由が、あるのですね?』

黒井「余計な詮索はしない方が身のためだぞ」

『分かりました。それでは、失礼致します』

ガチャンッ



黒井「…………」ギシッ

黒井(346プロを強請るための、格好の材料だと思っていた)

黒井(だがアレは……私の想像を超える爆弾だ。
   961や346だけでない、業界全体をも揺るがしかねないほどの……)

黒井(それが、最も起爆してはならない時と場所で……!)


黒井「……」ガチャッ

プルルルルル…!


黒井「私だ」

黒井「当日は全員呼べ」


黒井「……いいから全員だっ!!!」

~961プロ寮 武内Pの部屋~

武内P「……」ピッ

樹里「また黒井のヤツからうるせーこと言われたのか」コトッ

武内P「いつものことです。しかし……」

樹里「しかし?」


武内P「黒井社長は、明確に高垣さんを特別視しています。
    それは、彼女がトップアイドルである事とは、おそらく別の何かが……」

樹里「…………」

武内P「きっと当日は、何かしらの手立てを工作してくるものと思われます。
    どのような者達が介入に現れるか分かりません」

武内P「気がかりなのは、先日渋谷さんからお聞きした話です。
    黒井社長が美城常務に対し、高垣さんの失脚を示唆するような話があったと」

武内P「一体、何を意図しているのか……せめて相手の狙いが分かれば、対処が……」


樹里「今さらそんな難しいこと考えんなよ」

武内P「西城さん……」

樹里「眉間に皺寄せてばっかいるから、そんな辛気臭いツラになんだよ」

樹里「ほら、布団のシーツ、洗って替えといたぜ。もう寝ろよ」

武内P「……ありがとうございます。しかし私は…」

樹里「寝れねぇってんだろ?」

樹里「でも、横になって目を瞑りゃ、少なくともずっと起きてるよりはマシだ。
   つべこべ言ってないで、ほら」ポフッ

武内P「は、はぁ……」


武内P「……あ、あの、西城さんは…?」

樹里「あ、アタシはアンタが寝たのを見届けてから部屋に戻るよ!
   なんか、その……」モジモジ

樹里「アイツらから、た、頼まれてっからさ……
   プロデューサーをちゃんと休ませろって……同じ寮に住んでんだから、って」

武内P「そ、それは……ご迷惑をお掛けして、申し訳ございません」

イソイソ…


樹里「…………」ゴクリ…

――――


樹里『はぁ!? そ、添い寝だぁ!?』ドキッ

未央『やっぱりプロデューサーの心身の健康のためには、これしか無いかと』ウーム

凛『樹里にしか頼めないことなんだ』

樹里『自分が何言ってるか分かってんのか!? 出来るワケねぇだろそんなの!!』

夏葉『ベビーヒーリングタッチと言って、
   母親からのスキンシップが子供に心身の健康を与えるという医学的論拠もあるのよ』

樹里『とっくにベビーじゃねぇだろアイツ!!』

智代子『大切な人とそばにいる安心感を与えるって意味では、同じことじゃない?』

卯月『大丈夫です! 危ないことになりそうだったら私に電話してください!』

樹里『電話してどうしろってんだよ! ていうか危ねぇこと想像してんじゃねぇか!!』

咲耶『お願いだ、樹里……』 ←真剣な眼差し

楓『樹里ちゃん……』 ←何とも言えない眼差し


樹里『……~~~~ッ!!』


――――

武内P「さ、西城さん……寝ました」

樹里「寝てねぇじゃねーか」

武内P「ね、寝ます。なので……電気を消していただけると……」

樹里「あ、あぁ……」

パチッ フッ…



武内P「…………」


「お、おい……プロデューサー」


武内P「……何でしょう」


「壁の方に、横になった方が……寝やすいらしいぜ」

武内P「え?」

「い、いいからっ。ほら……横向きになって」


「あと……もうちょい、そっちに身体、寄せて……」

武内P「……?」ゴソゴソ…

武内P「こ、これで、よろしいでしょうか?」


「あぁ……」


武内P「…………」



スッ…


モゾモゾ…


武内P「……!?」

ソッ…


武内P「さ、さぃ……!?」

「こっち向くんじゃねぇぞ……」


武内P「こ、これは一体……?」



「きょ、今日は……これで、寝させてくれ……」

武内P「西城さん……」


「大変だったよな……」

「ほんと……アタシ達のために、すっげぇ頑張ってくれて……」

「皆……感謝してる」



「今回だけだ」

「今夜だけ……そばで寝させてくれ……」


武内P「……はい」



「寝るぞ……おやすみ」


武内P「はい……おやすみなさい、西城さん」



武内P「…………」

――――――

――――


「…………」

「……ん…………む……」

  あっ、起きた?
  えへへ、お寝坊さんだね、プロデューサーさんっ♪

「これは……」

「!? あ、あなたは…!」

  あ、ダメダメ。
  まだそのまま寝てて。プロデューサーさん、ずっと働き詰めなんだもん。

  私の膝なら、いくらでも大丈夫だから。気にしないで、ねっ?

「……私は」

  大きなプロジェクトを任されてるんだね。
  色んな事務所の子達を担当するって、大変そう。

  でも、すごく嬉しいよっ。
  私の大好きなプロデューサーさんが、そんな立派なことをしてるなんて。

「私は……」


  私のことなら、気にしないで。

「…………」

  今のあの子達を、プロデューサーさんは大切にしてあげなきゃダメだよ。

  特に、西城樹里ちゃん。

  私に似て……って言うと失礼だけど、
  きっと自分の気持ちを表現するのが苦手な子だから。

  だから、ちゃんと見て、手を差し伸べて、気持ちを引き出して上げて。
  根は素直な子なんだから、お世話してあげればちゃんと応えてくれるはずだよ。

  お花のようにねっ。

「……はい、その通りです」

  あれ?
  そっか、私がわざわざ言うまでも無かったよね。ごめんなさい。


「いいえ……あなたに教えられたのです」

「それを彼女達は、思い出させてくれました」

「あなたも含め、皆さんには……感謝しても、しきれません」


  うんっ。


――――

――――――

――――


武内P「…………」

武内P「……ん…………む……?」


樹里「やっと起きたか」

武内P「……? さ、西城さん!?」ガバッ!

樹里「ハハハ、寝ぐせついてるぜ」

武内P「……!?」サッ


チュン チュン…


樹里「おはよう、プロデューサー」クスッ


武内P「……はい」

武内P「おはようございます、西城さん」ニコッ

――――――

――――


  >咲耶ちゃんOUT 楓さんIN ってマ?
  >最初からそうしとけや、めっちゃ期待するけど
  >咲耶ちゃんだってぬか喜びしなくて済んだしな
  >ええぇ、ワイめちゃくちゃショックなんやが……楓さんなんていつでも見れるやん

  >センターは西城樹里が不動か?
  >楓さん入るんだったらさすがに譲るだろ
  >西城エアプか?
   あの図々しさ考えたらありえんわ
  >ここにも西城叩きいるのかよ、いい加減ウザいぞ
  >でも一歩引いてる奥ゆかしさが楓さんらしい
  >961関係無しに今からリーダー変えんの普通無くね?

  >夏葉ちゃんやチョコちゃんって楓さんと何話すんだろ?
  >楓さんはクッソしょうもない話でもニコニコしながら相槌打つ聞き上手だぞ
  >智代子ちゃん大喜びでカレーの作り方とか熱弁してそう
  >夏葉ネキ「楓さん、一緒にトレーニングするわよ!」ダンベル ドサー
  >楓さん「背筋を鍛えた身体でハイキング、なんて、ふふっ」
  >凛渋谷「普通全裸でやるよね?」
  >唐突な名誉G民のしぶりんで草

~『クリスタルウィンター』当日、会場 スターリットドーム~

ドォォォォォ…!


智代子「お、大きい会場だねぇ……」

卯月「は、はい……目が回りそうです」


武内P「スターリットドーム……」

武内P「スターリットシーズンという、アイドルの頂上決定戦に相当するイベントがあり、
    その最終戦の舞台となった会場です」

武内P「スターリットシーズン以後、イベント中に行われた四季大会は通年イベントとして残り、
    冬のイベント『クリスタルウィンター』の会場は、今もこのスターリットドームとなっています」

凛「その四季大会っていう中で、一番大きいものが、『クリスタルウィンター』ってこと?」

武内P「実質的には」

未央「へぇぇ、海外のアーティストとかも御用達にするんだって」スイッ スイッ

樹里「超有名な人達もいんじゃねーか、マジかよ……!」

凛「樹里って洋楽も聴くんだったっけ、そう言えば」


夏葉「臆することは無いわ、樹里!」バァーン!

樹里「いちいち後ろからデケぇ声出すなよ」

夏葉「それだけ私達がこの会場に相応しいアイドルになったということよ。
   日々の努力が実を結んだ事を、まずは誇りに思いましょう」

シャニP「ああ、夏葉の言うことはもっともだ」

卯月「こういう時の夏葉さん、本当に頼もしいですっ」ギュッ

咲耶「楓は、この会場で歌ったことはあるのかい?」

楓「うーん……2、3回、来たことがある気がします」

智代子「あ、あるんですか……」

楓「と言っても、単独ライブなどではありません。
  いずれも、ご招待いただいて、1曲程度歌っただけのもので」

未央「それでもめちゃくちゃ凄いよぉ、楓さん!」

卯月「はいっ! やっぱり楓さんは、私達の憧れです!」

楓「ふふ……」ニコッ

咲耶「…………」


凛「プロデューサー。
  リハーサルの時間まで、振りを確認したいんだけど」

武内P「事務局に確認し、裏手の搬入スペースをご案内いただきました。
    資材搬入を終えた後であれば、自由に使っても構わないそうです」

夏葉「助かるわ。ありがとう」

武内P「私は、関係者への挨拶と出場の手続きを行ってまいりますので、
    彼女達の引率をお願いできますでしょうか?」

シャニP「分かりました」

樹里「あ、あのさ、プロデューサー」

武内P「? 西城さん、何か」


樹里「……いや、悪ぃ。やっぱ後でいいや」ポリポリ


武内P「?」

未央「何だよジュリア~ン、らしくないなぁスパッと言っちゃえよぉ」ウリウリ

樹里「う、うっせぇな! いいんだよ、大した用じゃねぇから!」

凛「ふーーーん?」クスッ

樹里「何笑ってんだよ凛!!」ムキー!

武内P「……?」ポリポリ

シャニP「ふふ。行きましょうか」

武内P「はい」

スタスタ…



夏葉「ところで……咲耶、今日出れなかった事だけれど」

咲耶「おっと。夏葉、そういうのは言いっこなしだと言っただろう?」

夏葉「えぇ、そうね。でも、聞きたいことがあって」


夏葉「あなたの足、お医者様には診てもらった?」


咲耶「……ああ」

夏葉「お医者様は、何と?」

咲耶「…………」

夏葉「あなたはつまらない嘘をつく子ではないのを、私は知っているわ。
   “ただの一度”を除いて、ね」

夏葉「だから、あなたは黙っている」


夏葉「本当は何とも無かったんでしょう?」


咲耶「……やはり、気づいていたか」

夏葉「あなたの足を見た時にね。上手く演技をしたつもりでしょうけれど」

夏葉「そして、自分の代役として楓を提案したのもあなただった」


夏葉「一体、何を考えているの?」



咲耶「……謝らなければならない事がある、夏葉」

咲耶「皆に嘘をついたのは、“ただの一度”ではないんだ」

夏葉「咲耶……」

咲耶「すまない、夏葉。皆には黙っていてほしい」

咲耶「彼女の想いを尊重したいという、私からの願いだ」


夏葉「……彼女?」チラッ


咲耶「あぁ、そうだ」

咲耶「夏葉こそ、何か意図があって私の演技を見逃してくれたのだろう?」


夏葉「あなたは無意味なことをしないと思ったからよ」

夏葉「でも今は……それがネガティブな結末を招かないことを祈るばかりだわ」


咲耶「……そうだね」

ガヤガヤ…


スタスタ…

武内P「……」キョロキョロ



ちひろ「あっ、プロデューサーさん、お疲れ様です!」スッ


武内P「千川さん……いらしていたのですか」

ちひろ「もちろん。彼女達の晴れ舞台ですから」

ちひろ「あ、今西部長もお越しになられていますよ。
    アイドルの子達の様子を見に行くって仰っていました」

武内P「そうでしたか」

ちひろ「受付会場を探していたんですよね?」

武内P「はい」


ちひろ「大丈夫です。私が既に済ましておきましたから!」エッヘン

武内P「えっ?」

ちひろ「ほら、これが『TAKE-UC』の受付票です。
    ちゃんと今日のメンバー変更も反映されていますよ」サッ

武内P「……確かに。ありがとうございます、千川さん」ペコリ

ちひろ「いえいえ、これくらい何でもありません。
    その分、プロデューサーさんはアイドルの子達についてあげてください」

ちひろ「ほら、行きましょう」グイッ

武内P「せ、千川さん?」

ちひろ「皆、裏手の方にいるんですよね? 早く合流しましょう、さぁさぁ」グイィッ

武内P「あ、あの……」

スタスタ…



スッ

黒服達「…………」

~裏手~

冬馬「な、何でお前らまでいんだよ!?」

樹里「それはこっちの台詞だぜ! アタシらの場所を横取りすんじゃねぇ!!」

冬馬「俺達の方が先だったじゃねーか!!」

樹里「いーやアタシらが先だ!!」

シャニP「あぁぁこらこら、二人ともケンカは良くないぞ」


凛「……ジュピターの人達と鉢合わせるなんてね」

翔太「ま、一番近い練習場所がココなんだし、そりゃ被っちゃうのもあるよねー」

北斗「その辺にしとけよ、冬馬。みっともないぞ」


冬馬「ふんっ!」ムスッ

樹里「ヘンッ!」プイッ


卯月(何だか似てますね、あの二人)ニコッ

未央(しまむー、それ言ったら絶対怒られるからやめようね?)

夏葉「でも、本番前の良い刺激になるかも知れないわ。
   お互いにリハを見せ合うというのはどうかしら?」

翔太「えぇー? さすがに手の内を本番前に見せちゃうのはどうかなぁ」

北斗「本来であればな。だが、麗しいレディからの頼みとあれば話は別だ」

冬馬「別なワケねぇだろ! 敵の誘いに応じる理由なんかねぇぜ!」


咲耶「確かに、この場にいる皆はお互いに事務所が違う。
   今日だけでなくこれからも、立場上はしのぎを削り合うライバル同士、という事になるね」

咲耶「だが、同じアイドルだ」

咲耶「志を同じくする仲間同士、お互いを分かち合おうじゃないか」バチコーン☆


樹里「ったく、また咲耶はそうやってキザなこと言って」

冬馬「お、おう……べ、別にお前らなんて仲間なんかじゃ…」ポッ

樹里「効いてんじゃねーよ」

楓「楽しいリハーサルになりそうですね♪」ニコッ


コツ…

今西「やぁ。皆揃っているね」

未央「あっ、部長さーん!」フリフリ

シャニP「これは、今西部長。どうもお疲れ様です」ペコリ

今西「あぁいや、283プロのプロデューサーさん。
   どうか私に畏まらないでください」

今西「お世話になっているのは、こちらの方ですからね。
   私共のプロデューサーを、よくサポートしてくださった」

シャニP「いえ、俺にできることをしただけですから」


シャニP「それに……彼は本当に素晴らしいプロデューサーだと思います」

シャニP「自分もこうあれたらと……
     真摯に目の前のアイドル達と向き合う姿勢は、俺の目標です」


今西「そうですか……」

今西「それが今日、結実する日になる。
   裏方として携わる私も、心より祈っているよ。

今西「無事にステージを完遂できることを、ね」

一同「はいっ!!」


楓「……はい」

今西「…………」

~関係者通路~

コツコツ…


武内P「……?」

ちひろ「本当に大きな会場ですねー。
    使用料も見たことない金額で驚きましたよ」

ちひろ「主催側で使用するのは、そうそう無いでしょうね。
    あっ、でも共催なら費用負担を多少解消できるかも、なんて♪」

武内P「は、はぁ……」


コツコツ…


武内P「あの、千川さん……皆さんがいるのは、こちらではな…」

ちひろ「ええ、分かっています」

武内P「えっ?」

ちひろ「本番前にもう一度、プロデューサーさんとお話をしたかったんです。
    二人きりで、ね」

武内P「千川さん……」

ちひろ「プロデューサーさんは、ご存知ですか?」

コツ…

ちひろ「今日、楓さんがステージの上で何をするつもりなのかを」

武内P「高垣さんが?」



ちひろ「楓さんは、全てを暴露するつもりなんです」

ちひろ「346プロや961プロが、これまで行ってきた所業の数々を」

武内P「!!?」


ちひろ「ふふっ。そのご様子だと、知らなかったみたいですね」

武内P「一体何を……どういう事ですか、千川さん!?」

武内P「なぜ、高垣さんがそのような事をする必要があるのですか!?」

武内P「いえ、そもそもなぜ高垣さんがその事を知って……!?」


ちひろ「私も、今西部長からお聞きした話ですから、詳しいご事情までは把握できていません」

ちひろ「でも、部長が仰ることには……全ての遠因は、楓さんにあると言います」

ちひろ「そして、346プロは楓さんを守りすぎた」

武内P「……守りすぎた?」

ちひろ「そこを961プロにつけ込まれた、という見方もあるそうなのですが……でも」


ちひろ「楓さんは、ずっと一人で罪の意識に苛まれていました」

ちひろ「事実として、プロデューサーさん……
    あなたの命も、その証拠を抹消せんとする常務達の手によって、危ぶまれています」

武内P「…………」


ちひろ「でも、楓さんがその前に明らかにしてしまえば……
    常務達は、プロデューサーさんを手に掛ける理由を失うことになります」

武内P「馬鹿な……」

ちひろ「分かりますか? プロデューサーさん」

ちひろ「彼女が表舞台でそれを公表することは、あなたを守るためでもあるんです」

武内P「で、ですが!
    それをしたら彼女どころか、346プロが築き上げたブランドイメージが崩壊します!」

武内P「346プロだけではありません。961プロも、283プロも……
    およそアイドル業というものが成り立つ前提たる“信用”が根底から覆ることに……!」

武内P「もしそれが事実なのであれば、今すぐ止めさせ…!」ダッ!

ギュッ

武内P「!? せ、千川さんっ……?」


ちひろ「私にとっては、あなたが助かることの方が大事です」

ちひろ「アイドルが……私達の仕事が、台無しになるとしても……
    ひ、人が死んじゃうよりは、ずっと……!」


武内P「……それはあなたの本心ではないはずです、千川さん」

ちひろ「えっ……?」

武内P「誰よりもアイドルを愛するあなたが、
    その輝きが奪われることを良しとするはずがありません」

武内P「そして、それを支える仕事を、ご自身ができなくなることも」

武内P「いいえ……たとえそれが本心であったとしても」

武内P「私はプロデューサーとして、彼女達のステージを見届ける義務と責任があります」


ちひろ「プロデューサーさん……」

武内P「まずは、高垣さんと話をしてきます。
    事実確認ののち、必要であれば説得やメンバー交代など、必要な調整を」

武内P「そうするであろう事を、私に期待したからこそ……
    あなたも、高垣さんの事を私に話してくれたのではないでしょうか」


ちひろ「……やっぱり、プロデューサーさんはプロデューサーさん、ですね」クスッ

ちひろ「だとしたら、気をつけてください」

ちひろ「既に……狙われています」


ザッ…


武内P「ええ。知っています」

武内P「千川さんも、お逃げください」

ちひろ「私のことなら心配いりません。さぁ、早くっ!」

武内P「! ……失礼」ダッ!

タタタッ!


ザッ!

黒服達「追え!」「生かして捕らえろ!」


ちひろ「……!」クルッ

ちひろ「止まってくださいっ!!」バッ!

黒服達「!?」


ちひろ「どうか……どうかあの人の好きにさせてあげてくださいっ!!」ポロポロ

~裏手~

キュッ! タタン タンッ! ザッ!


夏葉「……ふぅ! 良い仕上がりね!」

樹里「はぁ、はぁ……ヘヘッ。あぁ!」

智代子「わ、私も変なところ無かったよね? ね!?」

凛「当たり前でしょ。今までよりすごく良かったよ、智代子」

智代子「や、やったぁ! えへへ!」

楓「ふふっ♪ 皆さん、動きが軽やかですね」


冬馬「ふーん……まぁ、思ったよりやるようだな」

卯月(これは、“大絶賛”ってことでいいんですか?)コソコソ

翔太(ご明察)ニコッ

冬馬「聞こえてんだよっ!!」

北斗「まいったな……これは相当なプレッシャーだ」

未央「えへへー、ウチのアイドル達の凄さ分かっちゃった~?」ウリウリ

樹里「何で未央が得意になってんだよ」

咲耶「誇りに思うのも無理はないさ、樹里。
   皆の努力を間近で見てきて、誰よりもそれを分かっているのだから」

咲耶「もちろん、私もね。自慢くらいさせてくれたっていいだろう?」ニコッ

樹里「……ヘッ、まだ早ぇってんだよ」ニヤッ

夏葉「樹里の言う通りよ。そして、その時はすぐそこまで来ているわ」

咲耶「……あぁ」


卯月「ううぅ、ドキドキします……!」ギュッ

凛「心配しなくていいよ、卯月。私達なら大丈夫だから」

卯月「凛ちゃん……はいっ」


智代子「ねぇ、樹里ちゃん」

樹里「ん?」

智代子「本当にありがとね。
    樹里ちゃんがいたから、今の私があるんだなぁって」

樹里「よせよ、こんな時に」

智代子「こんな時だから、言うんだよ」


智代子「あの時、ひどい言葉をぶつけて……ごめんなさい、樹里ちゃん」

智代子「そして、私をここまで連れてきてくれて、ありがとう」


樹里「……そっくり、アタシも同じ言葉を返すよ、チョコ」

樹里「アタシはずっと、チョコに謝りたかった。
   チョコのためだけにアイドルやってた……そのはずだったのにな」

智代子「樹里ちゃん……」


樹里「チョコだけじゃない。
   夏葉も咲耶も、凛も、未央と卯月、楓さん……プロデューサーも」

樹里「皆との出会いが無かったら、今のアタシは無かったんだ」

凛「樹里……」

咲耶「フフッ。珍しくセンチメンタルな事を言うんだね、樹里」

夏葉「緊張しているの?
   私と一緒にステージに立つことの何が不安なのかしら」ファサッ

樹里「口の減らねぇヤツらだな、ホントによ」


樹里「特に、楓さん」

楓「……私?」


樹里「あの日の楓さんのステージを……いや、なんつーか……
   楓さんのアイドルやファンに対する立派な姿勢を、見ることができたから」

樹里「それまで正直、嫌な世界だなって思ってたアイドルの事を、初めて好きになれた……
   そのきっかけが、アタシにとっては楓さんで、目標を見つけた瞬間だったんです」


楓「樹里ちゃん……」


樹里「ありがとうございます、楓さん。
   たくさん失礼な事を言っちゃったけど、それはステージで返します」

樹里「だから、改めて今日は、よろしくお願いします」ペコリ

楓「…………」

樹里「ていうか、アイツおせぇな。まだ来ねぇのかよ」

凛「確かに……とっくに手続きは終わってるはずなのに」

未央「まぁー、これだけ大きい会場だとさ、挨拶しに行く人達もいっぱいいるんじゃない?」

智代子「そろそろ衣装に着替えて準備しとかなきゃだよね? 私達」

シャニP「お、俺何もしなくて大丈夫だったのかな……?」ソワソワ


ヴィー…! ヴィー…!

楓「!」

楓「……すみません、携帯が。ちょっと失礼しますね」スッ

卯月「え? あ、はい」

スタスタ…


咲耶「……?」

~来賓ルーム~

トクトクトク…

天井「そろそろ開演の時間ではあるが……
   舞台裏では、ある意味本番と呼べる事態が既に起こっているようだ」

天井「賑やかな事だな、黒井?」コトッ

黒井「フンッ! 私だって本意ではない。
   我が961プロの貴重な人員を、こんな事に割かなければならんとは……」

黒井「貴様の事務所で高垣楓の出場を止めていれば、こんな事をせずとも済んだのだ、美城」


美城「それを言うなら、あなたも同じことです、黒井社長」

黒井「何?」

美城「プロジェクトクローネ……そして、『TAKE-UC』の監督権は貴方にある」

美城「それほど危険視しているというのなら、
   あなたがユニットの出場を取り止めれば良かったのでは?」

黒井「そんな真似、できるはずがあるか!
   我が961プロの看板を背負わせているのだぞ、あの者達には!」

黒井「出場取り止めなどすれば、我が事務所の末代まで残る汚点だ!」

天井「なるほど……大したタマだよ、美城常務」

天井「黒井がそう考えることも見越して、
   あなたはプロジェクトクローネを黒井に譲ったという事か」

美城「それは、半分は正しくありません」

天井「? 半分とは?」


美城「正直に申し上げましょう。
   確かに、黒井社長の行動を制限することを狙いとし、私はクローネを明け渡しました」

黒井「……」

美城「ですが、私にとって何より計算外だったのは、高垣楓の暴走です」

美城「そして、あのように衆目を集めてしまっては、もう止めることはできません。
   今から高垣楓を止めれば、その不自然さがあらぬ疑惑を生む」

美城「それに、このフェスの出場を止めたとしても、彼女にとっては別の機会がいくらでもある」

美城「つまり……私には打つ手が無かった、という事です」


天井「それは違うな」

美城「……」ピクッ

天井「手段さえ選ばなければ、高垣楓を止める術はあったはずだ」

天井「世論から向けられる疑惑なども、メディアを利用して誘導すれば、
   その情報を操作する事だって、あなたの事務所なら苦ではないだろう」

美城「…………」


天井「なぜそうしなかったか…… 
   それは、あなたが純粋に彼女のステージを見たかったからではないのか」

天井「高垣楓を……いいや、西城樹里をはじめとする『TAKE-UC』の晴れ姿を」

天井「お前もきっと同じだろう? 黒井」


黒井「……今、私の者達がヤツの身柄を押さえるために奔走しているが、
   それは美城、貴様に先を取られないようにするためだ」

黒井「だがもし貴様が、我らの過去の行いが衆目に晒される事を諦めているのなら……
   貴様はもう、あの男をどうするつもりも無いという事かね?」


美城「……いいえ、黒井社長」

美城「打つ手が無い、と私が言ったのは、彼女の暴走についてです」

美城「私の目は、既に事が起きた後の処理について向いています」

~関係者通路~

ガッ! ゴキャッ!

黒服達「ぐ、は……!」「うっ!?」

ドサッ



ダダダ…!

黒服達「いたぞ! 逃がすな!!」ジャキ!

武内P「!」

ピシュッ!

武内P「……!」サッ!

チュイン!

武内P(サイレンサー……実弾を……!)


ピシュッ! ビシュッ!

武内P「むぅ……!」ダッ!

タタタ…! チュイン! キィン!

ビシッ!

武内P「ぐっ!」


タタタ…!


武内P「くっ……はぁ……はぁ……!」

ポタポタ…


武内P「はぁ、はぁ……う、ぐ…!」シュルッ

ギュッ!

武内P「…………」ダッ

タタタ…!

~会場 サブエントランス~

ガヤガヤ…! ザワザワ…!

「おい、あれ……」
「本物?」
「うわー、すっごい綺麗……!」
「誰か待っているのかな……」


楓「…………」





ザッ



楓「……こんな時でも、時間通りなんですね」クスッ

武内P「はぁ……はぁ……」



「誰だろう、あの人」
「デッカい男だな……」
「SP?」

ヒソヒソ…


武内P「……こちらへ、高垣さん」

楓「はい」

スタスタ…

~備品倉庫~

ガチャッ

バタン

武内P「……」キョロキョロ サッ

武内P「……」ゴソゴソ

楓「…………」


武内P「……ここなら、落ち着いて話せそうです。
    狭苦しくて、恐縮ですが…」

楓「いえ、構いません」


楓「それよりも、お怪我を……」

武内P「…………」グッ

楓「……私のせい、ですね」

武内P「いえ」


武内P「高垣さん……どうか正直に、お答えいただきたい」

楓「ご用件は、承知しています」

楓「私が、346プロと961プロの内情を、ステージ終了後に公表する……
  もう決めたことです」

武内P「……!」


楓「私は、あのミニライブの会場が好きです」

楓「ずっとあそこに留まって、来てくれる方々に私の歌を聴いてもらう……
  それだけで良かった」

楓「でも、いつの間にか私は……私が望む以上に、大きくなりすぎちゃいました」

楓「膨らみすぎた風船がやがて破裂するように……私は、もう……」


武内P「……高垣さん」

武内P「それがどれだけ346プロ、ひいては業界全体に大きな影響を及ぼすか、
    お考えになられた事はありますか」

楓「…………」

武内P「あなたが行おうとする行為は、これまで業界が築き上げたものだけでなく、
    アイドル界の未来をも奪いかねないものです」

武内P「将来のアイドルを夢見る人達が、放つ事が出来たかも知れない輝きを!」

武内P「私個人としては、事務所のことなどどうでもいい。ですが……
    その事だけは、どうしても承服できないのです」

武内P「高垣さん、あなたは……
    あなたが行おうとする事の影響の大きさをどうか…」

楓「考えた事が無いと、お思いですか?」

武内P「……っ!?」


楓「自分の存在が他者に与える影響について、私が何も考えの及ばない女だと?」

武内P「た、高垣さん……」

楓「私は……っ」


楓「もう、たくさんなんです……」

楓「夏葉ちゃんだって……私は、そんなつもり……無かったのに……!」

武内P「あ、有栖川さんが……!?」

武内P「一体、どういう事が……何があったのですか」


楓「……専属契約を結んでいない、練習生と呼ばれる子達のレッスンを見る機会があって」

楓「懸命にレッスンに励む子達の中に……一際、目を引く人がいました」

楓「とても快活で、自信に満ち溢れていて……
  その自信を裏付けるだけの非常な努力を苦としない、分かりやすい強さを持っていました」

楓「立場こそ、私は先輩ですが……その子の姿に、とても憧れたんです」


楓「いつか一緒に、仕事をしてみたい……つい、そう零しました」

楓「その強さを、私にも分け与えてもらえたら、って……一緒にいれば、それが叶うかもって。
  インタビュアーの取材と離れた、記事にもならない雑談を、したのだと思います」

楓「それが……巡り巡って、黒井社長の耳に入ったみたいです」

武内P「! ……」

楓「軽い気持ちで零した独り言を、彼は引き合いに出し、
  私に……346プロに、取引を持ちかけました」

楓「その子……有栖川夏葉ちゃんに、346プロを応募するよう、それとなく誘導する。
  ツテのある346プロの社員達にも根回しをしてあげましょう、と」


楓「もちろん、私はそれを断りました。
  私のワガママで、皆を巻き込むような事をさせる訳にはいきません、と」

楓「ですが、既に黒井社長は、346プロ内への根回しを行っていました」

楓「高垣楓が目を掛けている、デュオを行いたいと言っている……
  その企画が、既に346プロの社内で進行していたんです」

楓「夏葉ちゃんのオーディション合格を前提として……」

武内P「…………」

楓「全てはあなたの発言に端を発する事なんですよ、と彼は私を脅しました。
  もしこれが明るみに出れば、あなたもその責任を免れることは無い、と」

楓「私は……その影響を考慮し、やむなく受け入れました。
  ですが、一つ条件を提示したのです」


楓「今の図式では、961プロは全くの無関係のまま」

楓「取引を持ちかけるおつもりなら、せめて建前上、
  このオーディションの不正は、961プロ側からの依頼であるとすべきでは、と」

武内P「……そんな事が」

楓「黒井社長は、笑ってこれを了承しました。
  彼にとっては、何でも無いことであり……事実として、意味の無い事だったのでしょう」


楓「そして……あのオーディションが、行われました」

楓「黒井社長の言った通り、全ては……私の軽い気持ちで言ったことのために……」

武内P「…………」


楓「今、346プロが必死になって不正の事実を隠蔽しようとしているのも、そのせいです」

楓「全ての原因が高垣楓だと知られたら、346プロの信用が大きく揺らぐ……
  皆、私を守るために、必死になって手を回しているんです」

楓「私は、何も望んでいなかった……
  本当にそんなつもり、無かったんです、なのに……!」

武内P「高垣さん……」


楓「ふと、怖くなり……私自身の過去のお仕事についても、調べました。
  それで、知ったんです」

楓「案の定、私を引き立てるために、邪な意志が様々に働いていたことを」

楓「それにより、不条理な目に遭い、一方的に光を奪われた人達が大勢いたことを……」

武内P「……高垣さん。それはあなたの周囲が勝手にやった事です」

武内P「おそらく私も、961プロとの契約に関わる仕事に携わった中には、
    あなたの実績に繋がるような依頼もあったでしょう」

武内P「ですが、それはあなたが依頼したものではありません。
    あなたが責任を感じるべきものでは無いのです」


楓「では、光を奪われた人達は“事故”にあったとでも思って諦めろと?」

武内P「!!」


楓「そんなはずはありません。
  たとえ私がそれを望んでいなかったとしても、私さえいなければそんな事にはならなかった」

楓「黒井社長や、346プロの上役の幾人かがいなくなったとして、解決する話ではありません。
  “それ”を望む人達がもう、今ではあまりに多すぎるんです」

楓「私を“立派なトップアイドル”だと仕立て上げた方が、何かと都合が良い人達も……
  私に夢を見出し、期待をする人達も」


楓「私の手に負えないほどに、アイドル高垣楓はどんどん大きくなって、
  取り返しのつかない代物になってしまいました」

楓「ちょっと歩いただけで跳ね飛ばす石が、巡り巡って人を傷つける……
  それが、あまりに多くなりすぎるほどに」

楓「さっき樹里ちゃんに、言われたんです……
  アイドルを好きになれたきっかけが、私だったと」

楓「私のアイドルやファンに対する姿勢が立派で、目標だったって!」ツー…

楓「自分や智代子ちゃんが傷つき苦しんだ元凶が私とも知らずにっ!!」


武内P「た、高垣さ…」

楓「咲耶ちゃんからも言われました!
  高垣楓はモデル時代だった頃から私の目標だ、憧れの存在だと!!」

楓「皆が勝手に大きくした偶像を……全部インチキなのにっ!!」ポロポロ


楓「私のせいで不幸になった人が大勢いる事実を知れば、
  決して言えないはずの事を私はっ! あの子達に言わせてる!!」

楓「それがどんなに悔しくて、申し訳なくて、耐え難い苦痛かあなたに分かりますか!?」

楓「預かり知らぬ所で今この瞬間も誰かを騙し、苦しめ続ける私の気持ちがっ!!」ボロボロ


武内P「…………」

楓「うぁ、ぁ……うっ……ッ……うぅ……!」ボロボロ

武内P「……だからあなたは、全てを壊すのですか」

楓「…………」


武内P「あなたにそれをするよう促した人物も、おおよそ見当がついています」

武内P「今西部長、それと……283プロの、天井社長ですね?」


――――


樹里「……なぁ、夏葉」

夏葉「何?」

樹里「今さらだけどよ……本当に公表して大丈夫なのかな、不正の件」

夏葉「ふふ、本当に今さらね」

夏葉「もちろん、何も問題は無いわ。
   そもそも私から提案した事に、この期に及んで是非も無いでしょう?」

樹里「そうだけど、そうじゃなくて……なんつーか……」

智代子「?」


樹里「大手のアイドル事務所が、普通にそういう事してる、って知られたら……
   業界全体が、なんかヤベー事になっちゃわないかなって、ふと思ってさ」

樹里「あ、いや! アタシ自身がアイドルやるって決めたから、
   その、自己保身とか、打算的なアレで言ってるんじゃなくて!」フリフリ

夏葉「えぇ、分かっているわ」

樹里「……凛達だって、相当しんどい思いをする事になるだろうし、その……」


卯月「私達なら大丈夫です、樹里ちゃん」

未央「そりゃあファンの人達からは、ものすごく白い目で見られたり、
   叩かれたりするだろうけどね……」ポリポリ

凛「見過ごしていい問題じゃないっていう気持ちは、私達も一緒だよ」

凛「ただ問題は、346プロ側がそれを認めるかどうか……かな」

咲耶「認めてしまったが最後、事務所として築き上げた信用が地に落ちる事になる。
   346プロの上役達が、素直に不正を認めるとは思えないな」

夏葉「えぇ。私も、長く厳しい戦いになるであろう事は承知の上よ」

樹里「夏葉……」

夏葉「せめて346プロの中でも誰か影響力の大きい人が、私の告発に便乗してくれれば、
   風向きは変わるのでしょうけれど」

智代子「そんな都合の良い人が、果たしているかなぁ……?」ウーン

咲耶「…………」


――――


楓「……たとえ、あの人達のお話が無かったとしても」

楓「いずれ私は、同じ事をしたでしょう……
  それを分かってくれたから、咲耶ちゃんも、今日のステージを私に譲ってくれたんです」

武内P「…………」


楓「私の言葉なら……きっと346プロも、抑え込むことはできません」

楓「それが、私にできる唯一の償い……その考えは、間違っているでしょうか」

武内P「……卑怯な言い方になりますが、高垣さん」

武内P「それが正しいか、間違っているかは、私には分かりません」

武内P「あなたの苦しみは、あなたしか経験した事のないものであり……
    私が何を言ったところで、軽薄で無責任な言葉にしかなり得ないと考えます」

楓「…………」

武内P「ですが、確信を持って言える事が、一つだけあります」

楓「……?」ピクッ


武内P「あなたは、西城さん達と一緒にステージに立った事が無いということです」

武内P「そして、そのステージから得られるものとの出会いも」


楓「樹里ちゃん達と……」


武内P「アイドルを本格的に志してからの西城さんは、
    見違えるように、良い笑顔を見せるようになりました」

武内P「西城さんだけではありません。
    白瀬さんも有栖川さんも、園田さんも……もちろん、本田さんや島村さん、渋谷さんも」

武内P「幾多の経緯を経て彼女達は出会い、互いに切磋琢磨し……
    非常な輝きを帯びて、大いなる未来への一歩を新たに踏み出そうとしています」

武内P「『TAKE-UC』が今日歌う楽曲は、
    そんな未来に踏み出す彼女達の姿を投影させたものです」

武内P「283プロのプロデューサーは、そう私に語り、その曲を託しました」


楓「……『Ambitious Eve』を」


武内P「白瀬さんがあなたに今日のステージを譲ったのは、
    あなたの意を汲み、それを公表する場を与えるためだったのかも知れません」

武内P「ですが、こうも考えられないでしょうか?」

武内P「“あなたに思い直して欲しかった”のだと」

楓「……!」

武内P「夢への一歩を踏み出す尊さを、アイドルを志した当時のあなたも知っていた。
    それを、思い出して欲しかったのではないでしょうか」

武内P「今まさにそれを踏み出そうとする、西城さん達と一緒のステージに立つことで」


武内P「私は、そう信じたい……
    かつてモデル部門にいたあなたを、アイドル部門へと導いた者として」

楓「…………」

武内P「……勝手なことを申し上げました」

武内P「繰り返しになりますが……私には、あなたの苦しみを否定することはできません。
    その苦しさ故に、あなたが下す決断も」

武内P「ですが、もし私の願いを聞き入れてくれるのなら……」


武内P「どうか、今日のステージだけは目一杯、楽しんできてください」

武内P「西城さん達と共に、たくさん、笑ってください」


楓「…………」


武内P「……そろそろ時間です。
    戻りましょう。大勢の刺客が潜んでいますが、必ずお守りし…」

ギュッ

武内P「……!? えっ」


楓「まさか、私まで危ない目に遭わせようという人はいないと思います」

楓「だから、こうしていれば、プロデューサーさんも安心ですよね?」ニコッ

武内P「…………」ポリポリ

~来賓ルーム~

黒井「高垣楓と肌身離さず行動を共にしているだと?」ガタッ

美城「…………」

天井「ハッハッハ」


黒井「チッ……了解した」ピッ!

美城「まんまと御社の黒服達から逃げおおせた、ということですか」

黒井「伊達に裏社会で生きてきた訳ではなかったということだ。
   あの男、なかなかどうして悪知恵が働く……」

天井「いや。おそらく、高垣楓の発案によるものではないかな」

天井「彼女は、自分のために誰かが傷つくのを極度に恐れている」

黒井「……フンッ」


美城「あとは……あの男が彼女と接触し、何を話したか」

美城「要らぬお節介が、今回ばかりは望ましい方向に働くのを祈るほかありません」

~控え室~

凛「……どう?」クルッ

卯月「すっごくカッコいいです、凛ちゃん!」ギュッ

未央「うんうん! チョコもなつはしも、ジュリアンも皆よく似合ってるよ!」


夏葉「そう言えば、楓の衣装の手直しは間に合ったのかしら」

智代子「間に合ったって、この間ちひろさん言ってたよ。
    踊っててスポーンと脱げ落ちちゃう事は無いんじゃないかな」

樹里「そういう事言うなっつーの」

咲耶「…………」

樹里「ほら見ろ、咲耶が黙り込んじまったじゃねぇか」

咲耶「えっ? あ……すまない、何の話かな」

樹里「は? あぁいや、聞いてないならいいんだけどよ」


凛「……咲耶」スッ

咲耶「ん? 何だい、凛」

凛「何か、さっきから様子が変だね」

咲耶「……そう見えるかな」


凛「そんなに楓さんが心配?」

咲耶「!」ピクッ

凛「……案外、分かりやすい反応するよね」クスッ

未央「さくやん……?」


咲耶「……凛には敵わないな」フッ


智代子「咲耶ちゃん、どうかしたの?」

樹里「楓さんがどうしたっつーんだよ?」

夏葉「…………」


咲耶「……実は」

コンコン

卯月「ひぇっ!?」ビクッ!

樹里「はーい」

ガチャッ


武内P「大変、お待たせしました」

楓「ちょっとお手洗いが混んじゃっていて」


未央「プロデューサー! それに楓さんも!」

咲耶「……!」

樹里「おせぇよ、一体何してたんだ?」

武内P「すみません。少々、厄介な相手方に捕まっておりまして」

楓「私も、油断していました……ちゃんと事前に済ましトイレば、なんて。ふふっ♪」ニコッ

凛「あ、はい」

夏葉「あまり悠長にしていられる時間は無いわ。
   楓、あなたも衣装に着替えておいてもらえるかしら?」

楓「はいっ」

智代子「……楓さんにもビシッと指示する夏葉ちゃん、本当すごいと思う」

樹里「アンタのその胆力が羨ましいぜ」

夏葉「?」キョトン

楓「……ふふっ♪」スッ

シャーッ


夏葉「それよりも、プロデューサー。
   レディが着替えようという時に、この部屋に留まるつもりなの?」

武内P「……えっ!?」ドキッ!

凛「そうだよね。ほら、こっちの部屋行ってて」グイッ

武内P「あ、す、すみません……!」ズルズル…

バタンッ


凛「ふぅ……ほら、樹里も」

樹里「は、アタシ? 何で?」

凛「さっきプロデューサーに言いかけてた言葉、あったでしょ?」

樹里「……ッ!」ドキッ

未央「あーそうだった!
   えへへー、ジュリアンいつぶちかますのー? 今でしょー?」ウリウリ

樹里「な、何だよぶちかますって……
   あーもう! そのウリウリすんのやめろ!」

卯月「えへへ。樹里ちゃん、ファイトですっ!」ギュッ!

樹里「が、頑張ることなんかねぇって!!」

凛「はいはい、いいからほら、早く」グイーッ

樹里「あ、ちょっ! 凛、この……!」ズルズル…

ガチャッ バタン


凛「まったく……どっちも世話が焼けるんだから」

智代子「えへへ。優しいね、凛ちゃん達」

智代子「でも、良かったの?」


凛「……それくらいは、させてあげたいでしょ」

卯月「大一番を間近に控えて、お互いに積もる話の一つや二つ、あると思いますから」

夏葉「ふふっ。粋な計らいをするのね」

未央「そして聞き耳を立てる未央ちゃんであった」ソッ

夏葉「やめなさい」ギューッ

未央「いだだだだだだ!!? 耳っ、耳がちぎぃだだだだだだ!!」

夏葉「それよりも……」


シャーッ

楓「…………」スッ


夏葉「……よく似合っているわ、楓」

智代子「本当! あ、脚なっがい……」

楓「ありがとうございます」


楓「……夏葉ちゃん」

夏葉「? 何?」

楓「一緒にステージに立てて、嬉しいです」

夏葉「えぇ。私も、とても光栄よ」

夏葉「でも今日のステージでは、私はあなたの足を引っ張るつもりは無いの。
   それどころか、あなたやセンターの樹里さえも差し置いて私が主導権を握ってみせるわ」

夏葉「せいぜい頑張って私について来てみせることね!
   覚悟しておきなさい、“世紀末歌姫”高垣楓っ!!」ビシッ!


智代子「……夏葉ちゃん、それたぶんカメラの前で言わない方がいいよ」

卯月「身内が言うのも何ですが、ちょっとその……怒られそうかなぁって」

夏葉「? どうして?」

未央「本当にブレないねなつはしは!」


楓「……ふふふ♪」ニコッ

咲耶「アナタが喜ぶ姿を見れて、嬉しいよ」フッ

楓「咲耶ちゃん……」


楓「あ、あの、咲耶ちゃん…」

スゥ… ピトッ

楓「……っ?」


咲耶「今は何も言葉はいらないよ、楓」

咲耶「私は舞台袖にいる。
   ステージが終わったら、私もアナタに話したかった想いを打ち明けよう」

咲耶「きっと“そうしてくれる”ことを、願いながら、ね」


楓「……はいっ」


卯月「あ、あわわわ……!」プシュー…!

智代子「さ、咲耶ちゃん、いつの間に楓さんとそんな仲に!?」

咲耶「? 何で顔を赤くしているんだい?」

未央「C・ロナ○ドなのかい、さくやん!?」


夏葉「ふふっ。どうやら余計な心配だったみたいね」

凛「余計な混乱は招いているみたいだけどね」ハァ…

~別室~

武内P「さ、西城さん……」ポリポリ

樹里「……アタシまで追い出しやがって、凛のヤツ」


樹里「ていうか……さっきまでそのジャンパー、羽織ってなかったよな」

武内P「……」

樹里「袖、まくってみろよ」

武内P「…………」スッ


樹里「! ……それ、怪我してんじゃねーか」

樹里「そんなヤバイ目に遭ってたのかよ、アンタ……」


武内P「……そう言えば、283プロのプロデューサーさんは、どちらへ?」

樹里「チッ、話題逸らしやがって……」

樹里「今西って人とどっかに行ったよ。
   現場の指揮をアンタに譲って、観客席で見守ったりとかすんじゃねーか?」

武内P「そうであれば、良いですが……」


樹里「…………」モジモジ

樹里「あ、あのさ、プロデューサー……ええっと、その……」

武内P「……はい」

樹里「この間から、ちょっと……考えてた事があって……」


樹里「アタシ、アイドル辞めようと思う」

武内P「えっ」

樹里「……961プロの、な」ニカッ

武内P「西城さん……?」


樹里「このフェスが終わったら……アタシを346プロに入れてくれねぇか?」

武内P「……!?」ピクッ

樹里「そ、そんなに驚くような事かよ」

武内P「いえ、失礼……ですが、意外だったもので」


樹里「そりゃあ、確かにアタシ自身、346プロには良い印象を持ってねぇ。
   だけど、961プロはもっとだ」

樹里「とにかく961プロだけは出ようって思って、283プロとどっちにしようか、迷ってた」

武内P「なぜ、283プロではなく、346プロを?」

武内P「元々のご友人である園田さんだけでなく、有栖川さんや白瀬さん……
    あなたを慕い、支えてくれる方も多くおられます」


樹里「友達がいるのは、346プロだって同じだよ」

樹里「だけど……アンタがいるのは、346プロだけだ」

武内P「!」


樹里「これまでの事、振り返って……分かったんだ」

樹里「アタシのアイドル活動のそばには、いつもアンタがいた」

樹里「アンタ無しでアイドルやってくなんて、アタシには考えらんねぇ」

武内P「さ、西城さん……」

樹里「……!? あっいや、ち、ちがっ!!
   い、今のはちげぇから! 勘違いすんなよな!!」ブンブン!

武内P「な、何が、でしょうか?」

樹里「――ッ!!」カァーッ!

樹里「いちいち言わせんじゃねぇよそういうのっ!!」ポカポカ!

武内P「も、申し訳ありません」

樹里「はぁ……ったく。アンタってほんとブレねぇよな」ワシャワシャ

樹里「ま、そういう所がいいんだけどさ」

武内P「……私は」

樹里「ん?」


武内P「西城さんには、283プロが合っていると考えていました」

武内P「346プロほど大規模でなく、政治的な意図に振り回されるリスクも少ない……
    仲間達と共に、地に足のついた活動が行えるよう、天井社長もよく見てくださる方です」

武内P「そして、あのプロデューサーも、情熱に溢れ、
    理知的かつ親身にアイドル達を導くことができる方だと、この活動を通して分かりました」

武内P「私を判断材料としてくれた事は、とても光栄ではありますが……」ポリポリ


樹里「……ナマイキな事、言うけどさ」

樹里「アタシだけのためじゃねぇ。
   アンタの事も、アタシは支えていきたいんだよ」

武内P「えっ?」

樹里「アグラオネマって、あの鉢植えさ……ジャングルに生える植物なんだってな」

樹里「直射日光はNGだって、凛から教えてもらったぜ。
   ったく、デタラメな育て方教えやがって」

武内P「は、はぁ……」


樹里「でも、やっぱりあのアグラオネマは、日の当たる所で育てて良い気がしたんだ」

樹里「自分の事、大事にしなさすぎるアンタには、もっと日の当たる所にいてほしい」

樹里「誰かを笑顔にするのがアイドルなら、アタシが一番笑顔にしたい人ってさ……
   やっぱ、アンタになっちまうんだよ」

樹里「だから……その……」ポリポリ

武内P「…………」

樹里「あっ! じゃあ分かった、こうしようぜ」ティン!


樹里「今日のステージで、
   もっとアタシの事をプロデュースしてぇ、ってアンタに思わせてやる」

樹里「アタシにはアタシの輝きがある……アンタが言ってたことだけど」

樹里「西城樹里って一番星が放っておけなくなるくらい、
   アタシに夢中になったんなら、アタシを346プロに引き抜けよ」

樹里「どうだ。誤魔化しあい無しの、アンタとアタシの賭け。
   当然乗るよな?」

武内P「……西城さん」

武内P「やる前から結果が分かっているものは、賭けとは言いません」ニコッ

樹里「! え、じゃあ……!」


武内P「西城さんの言うとおりです」

武内P「私も……これからは胸を張って生きていきたい。
    裏の世界ではなく、日の当たる場所に根を下ろし、本来の業務に邁進していきたい」

武内P「あなたと一緒なら、それができる……そう思いました」

樹里「……ヘヘッ」ニカッ

武内P「それに……随分と辛い想いも、させてきたかと思います」

樹里「え?」


武内P「私に心配をかけさせないよう、気丈に振る舞っておられましたが……」

武内P「インターネット上をはじめとした誹謗中傷には、心を痛めていたのではないかと」


樹里「……やっぱ、バレてたか」


樹里「怖かったよ……」

樹里「まるでアタシのこと……人とすら思ってねぇようなことまで……ッ」

武内P「…………」

樹里「でも……本当に怖いのはさ」

樹里「もし、アイドルやってなかったら、
   アタシもそうして、好き勝手に悪態ついていたかも知れなかったんだ」

樹里「チョコをひでぇ目に遭わせた業界……
   そこで頑張ってる凛達や夏葉達のような、アイドル皆に」

武内P「西城さん……」


樹里「アタシを救ってくれて……ありがとう、プロデューサー」

武内P「……私も、あなたに救われました。
    礼を言うのは私の方です、西城さん」

樹里「ヘヘッ……」グスッ

樹里「……ッ」ゴシゴシ

樹里「アタシが346プロに入ったら、そん時はちゃんと下の名前で呼んでくれるか?」

武内P「……分かりました」ニコッ

樹里「よしっ」パシッ


樹里「そろそろ行ってくる。ちゃんと見てろよな」

武内P「もちろんです。私はあなたのプロデューサーですから」

~???~

ちひろ「………………」


黒服「抵抗されたので、その……」

???「言い訳はいい」

黒服「は、ハッ!」


???「結果的に奏功するかも知れん」

???「意識が戻る前に、彼女を例の場所へ運び出せ」

黒服「ハッ!」

スッ



???「……」スチャッ



???「私です」

???「あなたはクイーンズゲートドームに向かってください」

『わ、分かりました』

~舞台袖~

ワアアァァァァァァァ…!!


夏葉「公表するのを止めろですって?」

智代子「……ッ!?」

武内P「そうです」

卯月「プロデューサーさん……」

凛「…………」


夏葉「会場には、既に父が有事のために手配したSP達が何人も手配されているわ。
   それに、交友のあるジャーナリストの方達も」

夏葉「皆、有栖川家のためにリスキーな依頼を引き受け、今日のために来てくれた人達なのよ」

夏葉「父の顔に泥を塗れと?」


武内P「…………」

夏葉「……ふふ、なんてね」ニコッ

未央「えっ?」


夏葉「実は私も、内心少し気が引けていたの」

夏葉「危険な目に晒される事が、じゃないわ。
   せっかく皆と一緒に立つステージに、私自身の手で水を差すことをね」

智代子「夏葉ちゃん……!」パァッ


夏葉「卯月、私のスマホを」

卯月「え? は、はい」スッ

夏葉「父に連絡しなくちゃ。予定していた計画は全てキャンセル」スチャッ

夏葉「今日来てくれた人達には、純粋に私達のステージを楽しんでいただきたい、と」

武内P「……ありがとうございます、有栖川さん」ペコリ

夏葉「こちらこそ。これで心置きなくステージに集中できるわ」フンスッ

夏葉「……もしもし、お父様?」

樹里「ヘッ、切り替えの早ぇこった」



武内P「……お聞きいただいた通りです、高垣さん」

楓「…………」

未央「え、楓さん? ……プロデューサー?」キョロキョロ


武内P「あなたにご判断を委ねます」

武内P「そして、いかなる決断であろうと、私はそれを尊重することをお約束します」


楓「……この身が、意志を持たないただの人形であれたら」

武内P「…………」

楓「そう思わなかった日は、ありません」

樹里「か、楓さん……?」


楓「ですが……一つだけ分かることは、
  それを考えるのは、今ではないということ」

楓「今の私は、『TAKE-UC』……
  振り返らず、ただ目の前のお客さん達だけを見て、精一杯歌いたいと思います」

楓「咲耶ちゃんの分まで」


咲耶「……アナタに会いたかった人達が、会場に来ている」

咲耶「このステージをずっと待っていたんだ、って……
   アナタに伝えたい人達が、たくさんいるんだ、楓」

咲耶「答えてあげてくれないか。私の分まで」

楓「はい」コクッ


ワアアアァァァァァァァァ…!!!


卯月「ジュピターさん達、すごい歓声です……」

智代子「そろそろ出番だね……!」ドキドキ


凛「ねぇ。そのさ……皆で何かしない?」

夏葉「ふふ。何かってなぁに、凛?」クスッ

凛「もうっ、分かるでしょ。その……エイエイオーみたいなヤツ」

未央「しぶりん、意外と語彙が行方不明になる時あるよね」

楓「それなら、私にちょこっと良い考えがあります」

智代子「考え?」

樹里(嫌な予感……)

楓「おすすめの験担ぎがあるんです。皆さん、手を」スッ

凛・夏葉「手?」「験担ぎ?」キョトン


楓「皆で円陣を組むんです」

楓「本番前にエンジンを掛けるために、円陣を。ふふふっ♪」ニコッ


樹里「そんなこったろうと思ったぜ」スッ

楓「樹里ちゃん……」

咲耶「フフッ。さぁ皆、勝利の女神にあやかろうじゃないか」スッ

卯月「ほら、プロデューサーさんもっ!」スッ

武内P「は、はい」スッ


楓「では樹里ちゃん、音頭をお願いします」

樹里「吹っ掛けといてアタシですか!?」

凛「まぁ、センターだもんね」

樹里「そ、そう言われても……えっと、ど、どうすりゃいいんだこれ」

智代子「樹里ちゃんの好きな掛け声でいいんだよ」

武内P「……」ニコッ



樹里「……あー、っと」ポリポリ

ワアアアアアァァァァァァァァァァ!!!! パチパチパチ…!!

翔太「みんな、ありがとうー!!」

北斗「これからも、俺達ジュピターをよろしくっ!」


冬馬「と、言いてぇ所だが……」

冬馬「俺達の後に続いて、どうにも可愛げのねぇヤツらが、
   間もなくこのステージに上がってくるらしいぜ」

冬馬「だから、そんなナマイキがステージ上でビビっちまうくらい、
   俺達と同じだけの熱量をヤツらにぶつけてやれっ!!」

ワアアアアアァァァァァァァァァァ!!!! パチパチパチ…!!


翔太「冬馬君、あの子達のこと好きすぎでしょ」

冬馬「うるせぇ。西城がへっぴり腰になるのを見てぇだけだ」

北斗「ま、そういう事にしておこうか」ポンッ

ワアアアァァァァァァァァァ…!!


フッ


オオォッ!? ザワザワ…!


冬馬「来たか」

北斗「…………」



パッ


ワアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!



樹里「…………」

――――


樹里『……いや』ワシャワシャ

樹里『咲耶や未央と違ってさ…
   やっぱアタシ、こういう時に気の利いたこと、言えねぇよ』


樹里『ただ……ありがとう』

樹里『辛いこと、嫌なこともたくさんあったけど……でも、楽しかったよ』

樹里『皆がいてくれたから、本当にアイドルって、楽しくて……
   やってなかったら何をしてたのか、今じゃ考えらんねぇくらい……』

樹里『かけがえのないモンばっかで……』

樹里『…………』


樹里『悪ぃ、やっぱりまとまんねぇわ、ハハ、ハ……』

樹里『こういうの、アタシ、ガラじゃねぇって……ごめん皆、上手く、いかなくって……』


凛『何言ってるの、樹里』

樹里『凛……』

未央『ちゃんと出来てるよ、ジュリアン』

卯月『私達は皆、そんな樹里ちゃんが大好きなんです』

樹里『……ヘヘッ』

樹里『ッ……悪ぃ、夏葉。バトンタッチ』スッ

夏葉『あら、もういいの?』パシッ


夏葉『それでは、ウォッホン!! エェーー、オッホン!!
   さぁ皆! 始めていくわよ、私達『TAKE-UC』の伝説を!!』

夏葉『まさかこのフェスでの優勝が最終目標であると考えている人はいないでしょうね!?
   無論、ここで終わらせるつもりなんてさらさら無いわ!! この先もずっと私達は…!!』ウンタラカンタラ!

樹里『急に演説始めてんじゃねぇよ!!』

智代子『あ、そろそろお時間の方が……スタッフさん、こっち見てるような……』

咲耶『フフッ。直前まで賑やかなことだね』

楓『ふふふっ♪』ニコニコ


武内P『会場の方々も、すっかりお待ちです』

武内P『期待に応えるためにも、精一杯楽しませてあげてください。そして』

武内P『どうか皆さん自身も、思う存分、楽しんできてください』

一同『はいっ!!』


――――

――――


ワアアァァァァァァ…!!



凛「今、ここから始まる」

夏葉「私達の夢……!」


樹里「見ていてください。
   アタシ達のそれが……燃え上がる瞬間をっ」


 TAKE-UC 【 Ambitious Eve 】


ワアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!


 タンッ タンタタン キュッ!
 タタンッ タッ! タン!


樹里(行くぜ……皆!)

智代子(うん!)コクッ


  どこまで行けるの 眺めてた
  空に飛び込んだ あの日から

夏葉「高鳴ってる!」

凛「ざわめいてる……!」

  心の光は

智代子「消えてない!」


咲耶(ほら、消えない……)


咲耶(そうだろう、楓?)

楓「……ッ」キュッ タタンッ! タン!

  俯いてたら

咲耶(寄り添っているよ)

  声と思いが

咲耶(アナタを大事に想っている人は、いつも)


楓(隣に……?)


咲耶「……」コクッ


  せいいっぱい ぐっと羽ばたけ

樹里「夢まで!!」

 タンッ!


 ――アイドルが何なのかを教わったっつーか……

 ――ファンと一緒に楽しむ事の大切さ、みたいなモンを、今日のステージで感じました。

楓(樹里ちゃん……)


 ――それを、思い出して欲しかったのではないでしょうか。


楓(ごめんなさい……)


 ――今まさにそれを踏み出そうとする、西城さん達と一緒のステージに立つことで。



楓(いいえ……ありがとう)

  この翼で (次の空へ) 少しずつ
  近づいてきた (そうでしょ?)


楓「だから言えるよ~~!♪」

 オオォォォォ…!! ワアァァァァァ!!


武内P「…………」グッ


  今 Ambitious Eve だって!

樹里(ヘッ……なんつー歌唱力だよ。こんなダンサブルな曲で!)

 タタン! キュッ タン!

樹里(アタシが足を引っ張る訳にはいかねぇ!)

樹里(ましてセンターでコケたりなんか……!)

 タン! タンッ! タッ タン!

樹里(絶対に、ミスなんか!!)


 キュッ! タタン! タンッ!



樹里(……震えが起きねぇ)

樹里(ヘッ、どうやらアタシの勝ちだな)

樹里(いや……)


智代子(……)ニコッ

凛(……)コクッ


樹里(アタシ達の勝ちだ)

  見渡してみよう (感じてみよう) いろんな景色
  みんなの気持ち (それはエナジー) 作った今日が
  また出会いに (色とりどり) つながるの


卯月「みんな……!」

未央「すごいよ……すっごく、カッコいいよ!!」


  答え見つけた (そうでしょ?)
  だから進むよ (そうだよ!)
  アイコトバ

一同「かがー やーけーー!!」


ワアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!

美城「…………」

天井「見たまえ。
   この会場にいる誰もが望んだものが、そこにある」

天井「貴女や……お前も含めて。無論、私も」


黒井「……当然だ。私が監修したユニットなのだからな」

天井「フッ……」


美城「……歪まず真っ直ぐにいられるのなら、それに越した事はありません」

天井「その通り。だからこそ、彼女達の輝きは眩しく尊い」

美城「そうです」



美城「それ故に、我々がその業を背負う必要があるのです」

樹里(このまま突っ走るぜ! 皆っ!!)

凛(うんっ!)コクッ

智代子(合点承知!)

夏葉(楓もいいわね!?)

楓(はいっ!)

 タタンッ! タンッ! タンッ!


  ときめきのまま (わたしのまま) 叶えてみよう
  イメージのなか (未来のなか) 急ごう

凛「君と!」

夏葉「GO!」


樹里「~~~~! ~~~!♪」タンッ タタン!



武内P「…………」

武内P「良い笑顔です……西城さん」


  だから言えるよ (そうだよ!)

  今まさに (ドキドキの)

智代子「ア!」

楓「ン!」

凛「ビ!」

夏葉「シャ!」

樹里「ス!」

一同「イブ!!  なーんだーー♪!!!」

  タタンッ タッ! ザンッ!!


ワアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!! パチパチパチパチ…!

樹里「はぁ、はぁ、はぁ……!」

樹里「……」クルッ


智代子「えへへ……!」

夏葉「出しきった、わね……」

楓「はい……」

凛「……ほら、挨拶」ニコッ


樹里「あぁ」


樹里「ありがとうございましたぁーー!!」


ワアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!

コツコツ…

未央「! えへへ、来た来た!」

卯月「樹里ちゃん! 凛ちゃん、皆……!!」ウルウル


コツ…

樹里「……どうだった、プロデューサー?」

武内P「はい。とても良いステージでした」

樹里「そんなん当たりめーだっての。もっとこう、何かあんだろ」


武内P「はい、あります」

武内P「言葉では言い尽くせないものが、あまりにも、たくさん」

武内P「皆さんは……『TAKE-UC』は、
    それをファンの方々に届けられる明確な力がある」

武内P「この割れんばかりの歓声が、その証左にほかなりません」

樹里「ヘヘッ……!」

凛「樹里……お疲れ様」

樹里「あん? 何だよ、凛は今のでヘバッたのか?」

凛「ううん」フルフル

凛「もう一度、今すぐにでもステージに上がりたい気分だよ」ニコッ

夏葉「見上げた心意気ね、凛!」

智代子「私は、も、もう少し休憩してからで、いいかな……?」

樹里「チョコは明日からレッスンメニュー追加な」

智代子「そ、そんなぁ!? 後生だよ樹里ちゃん!!」

未央「あははは!」ニコニコ


武内P「……いかがでしたか? 高垣さん」

楓「はい……とても、楽しかったです」

楓「私にも、出来ることがあるのだと……
  悲観の対象でしかなかった自分の中に、一筋の光が見出せたライブでした」

楓「皆さんのおかげです」


咲耶「楓……あなたの居場所はここさ」

咲耶「お帰りなさい、楓」

楓「ふふっ♪ はい、咲耶ちゃん」ニコッ


ワアアアアアァァァァァァァァァァ…!!


卯月「ま、まだ歓声が鳴り止みません……!」

樹里「アタシ達が最後って訳じゃないんだろ?
   ステージの進行的に大丈夫かよ」

武内P「この後は、数組ほどの公演が残されており、
    それが終われば、審査結果の発表と表彰式が…」

ヴィー…! ヴィー…!

武内P「!」

未央「電話?」

武内P「はい。失礼」スッ


武内P「……!」ピクッ


ピッ!

武内P「……もしもし」



『お疲れ様です。
 ステージは、無事に上手くいったようですね』

武内P「他人事のようなお話しぶりですが……」

武内P「会場の観客席で、ご覧になられていたのではなかったのですか」


武内P「プロデューサーさん」


『申し訳ございません。
 もちろん俺も、皆のステージをこの目で見たかったのですが』

『どうしても外せない、急な用事が入ってしまって……』


武内P「……ところで、ご用件は」


『あ、あぁそうだ。すみません』

『クイーンズゲートドームって、ありますよね?
 あの……そちらに来ていただくことって、出来ますか?』

武内P「これからセレモニーです。
    私が担当する、『TAKE-UC』の」

武内P「お分かりいただけると思いますが、私はこの場を離れることは出来ません」


『や、やはりそうですよね、すみません……』

『うーん、どうしようかな。
 実は俺も、御社の今西部長から言われて、急遽こっちに来ているもので……』


武内P「今西部長が?」ピクッ


『あ、そうだ!
 あなたに伝えてほしいと、今西部長からお預かりしていた言葉があって』


武内P「……それは、一体」



『過去の清算をしたい、と』

冬馬「ヘッ! 身の程知らずも大概にしろ!だぜ!!」

翔太「冬馬君、口調がおかしな事になってるよ」

樹里「ハッハッハ、どうやら本心では負けを認めたみてーだな」エッヘン!

冬馬「う、うるせぇ! 結果を見るまで分からねぇじゃねーか!」

北斗「そう言いたい所ではあるがな」フッ


冬馬「まぁ、だけどよ……」ポリポリ

冬馬「光るものがあった、ってのは認めてやる」


未央「えへへ、なーんだイイとこあるじゃん、あまとう~♪」ウリウリ

冬馬「あ、あまとうって言うな!」

咲耶「フフッ。冬馬は心根が素直で優しい人だね」ニコッ

冬馬「べ、別にそんなんじゃねぇよ……」ポッ

樹里「もしかしなくても咲耶に弱すぎんだろお前」

コツ…

凛「……?」


凛「!」タッ!

卯月「あれ、凛ちゃん?」



凛「プロデューサー!」


樹里「……?」クルッ


コツ…

武内P「…………」


凛「……どこに行くの?」

凛「そろそろ表彰式なんだよ? 私達の」

武内P「…………」


武内P「……申し訳、ございません」スッ


樹里「おい、待てよプロデューサー!!」ダッ!


武内P「西城さん……!」

ザッ

樹里「自分の担当ユニットの晴れ姿を放って優先する用事って、何だよ」

樹里「ここまで来て、そんな……そんなつまんねー事すんなよ……!」グッ



武内P「……つまらない事では、ありません」


樹里「え……」

武内P「私には、無視できない事なのです」

武内P「過去に犯してきた罪と、向き合うために」


武内P「……申し訳ございません」クルッ

樹里「あっ、おい!!」

タタタ…!


樹里「夏葉っ!」

夏葉「会場のSP達に連絡して、彼を包囲させろと?」

樹里「分かってんなら早くしろよ!!」

夏葉「残念だけど、それは出来ないわ」

樹里「なっ……!?」

夏葉「言ったでしょう? 彼は簡単に許されて良い人ではないわ」

夏葉「きっと、それを最も理解しているのは、あの人自身」

夏葉「だから……彼の決意を、私達に止めることは出来ない」


夏葉「…………ッ」


卯月「ぷ、プロデューサーさん……」

樹里「…………ざっけんなよ……!」ギリッ



楓「……皆さん」

智代子「は、はい」

未央「楓さん……?」


楓「皆さんに、お話しておきたい事があります」

楓「いいえ、お話しなければならない事が」

コツコツ…!

黒井「誰がクイーンズゲートドームの使用を許可しろと言った!!」

『い、いえ! それは、黒井社長のご指示があったものと…』

『社長のIDから発信されておりましたし、
 何よりもう……ドームは開場されていますので、我々はそのように……』

黒井「な、何だと……!?」ピタッ



天井「まさか……先日立ち入った際に、貴女は……?」



美城「悪しき慣習を排除するタイミングとして、決して望ましいとは思いません」

美城「ですが、今を逃せばその機を失う事にもなる。
   使えるものは何でも。やれることは躊躇無く」


美城「看板アイドルの口から告発されるという、最悪の事態は免れたとはいえ、
   我々も決して無傷では済まされない」

美城「しかし、結果として今がベストとならざるを得ないでしょう」

今回はここまで。
次回は明日の夜9時~12時頃の更新を予定しています。
次でラストです。

~クイーンズゲートドーム~

ブロロロロロ… キキィ!

ガチャッ! バタン!

武内P「……ッ」タタタ…!





ギイィィ…


武内P「……」コツコツ…

武内P「……ッ」

ピタッ



武内P「せ、千川さん……!」

ちひろ「…………ぅ」


武内P「千川さん! 大丈夫ですか!?」ダッ!



シャニP「ぷ、プロデューサーさん!」ザッ


武内P「!?」

武内P「……っ」


シャニP「これは、一体……!?」


武内P「よくものうのうと……」

武内P「あなたこそ、ご事情をよく承知した上で私を呼んだのではないですか?」

シャニP「!? え、い、いや……ま、待ってください」

シャニP「俺は今西部長に呼ばれて来ただけです!
     千川さんがこんな事になっているなんて何も…!」

シャニP「ていうか、こんな話してるより、まず千川さんを助けないと!」

武内P「! それは、確かに……!」


「それには至らない」


武内P・シャニP「!?」クルッ



コツ…



コツ…



今西「……彼女は気を失っているだけだ。
   もうじき、目を覚ますだろう」

シャニP「今西部長……?」

武内P「……ご説明願います、あなたの意図を」

武内P「『過去の清算』という話を額面通りに受け取るならば、
    これは私とあなたの問題であり、関係の無い彼を呼び出す理由が無い」

武内P「無論、千川さんをこのような目に遭わせる事も!」


今西「君の言う通りだね」

今西「しかし、だからこそ無関係でいさせたくない、という気持ちもある」

武内P「な、何を……」


今西「283プロのプロデューサーさん」

シャニP「は、はい」

今西「あなたと千川君には、生き証人になってもらいたい」

シャニP「は? ……い、生き証人?」


今西「あなたのそばにある、その機材のスイッチを押してもらえますか?」

シャニP「この……赤くてデカいスイッチですか?」

今西「そう」

カチッ


ヴィン…!

シャニP「う、うわ!?」


武内P「モニターが……これは……」


『……それでは見事優勝した『TAKE-UC』のスピーチに移りたいと思います。
 しかし圧巻のステージでした! ご覧ください、まだ拍手が鳴り止みません!』

『ワアァァァァァァァ…!!! パチパチパチ…!!』

『……あ、えっと……あ、ありがとうございます。
 まだその、アタシ達……ていうか、アタシ、実感が無い、っていうか……』


武内P「西城さん……これは、『クリスタルウィンター』の?」

今西「中継の模様を映し出しているだけさ」

今西「だが、行いたいのはそれではない」

シャニP「え?」


今西「知らないかね?」

今西「『クリスタルウィンター』の会場であるスターリットドームは、
   ライブイベントをはじめとした世界的な情報発信基地として、最新鋭の機能を有している」

今西「そして、このクイーンズゲートドームもまた、
   規模こそ譲るものの、スターリットドームに見劣りしない通信設備を有し、そして……」


今西「両ドームの通信は、既に繋がっている」

今西「つまり、ここから送った映像をあちらの会場のモニターに映し出し、
   それを全国に発信することだって可能、という訳だ」

武内P「! ……」


『すっごく嬉しいです! 嬉しいんですけど……
 アタシや、アタシ達だけの力で勝ち取れたとは思っていません』

『ずっと支え続けてきてくれた人がいて、その……ソイツに、ちゃんと届けたくて……』

シャニP「ちょ、ちょっと待ってください!
     細かい話は俺にはよく分からないですが……!」

シャニP「今まさに進行している彼女達の晴れ姿を、台無しにしようと言うのですか!?」

武内P「おそらく、それに留まるものでは無いでしょう」

シャニP「えっ……」


武内P「今西部長……最初から、あなたが行うつもりだったのですね」

武内P「有栖川さんや高垣さんではなく、あなたが……」


今西「……我々が行ってきたことだ」

今西「その所業を、アイドルの口から言わせるのは、あまりに忍びない」


シャニP「しょ、所業……?」


今西「……ところで、君は961プロとの“契約”の当事者が自分だけと思っていないかね?」

武内P「え?」


スチャッ

武内P「! 離れて!」ドンッ!

シャニP「うわ!?」


ダァンッ!!


バスッ!

武内P「ッ!! ……ッ」ガクッ

シャニP「!? ちょ、え……えっ!?」


ちひろ「……!」パチッ


武内P「……ぅ…………!」ドサッ


ちひろ「!! ぷ、プロデューサーさん!!」



今西「立場的には、私は君の“先輩”に当たるんだ」

シャニP「ち、血が!? え、本当に拳銃……!」

ジャキ!

シャニP「うっ…!?」ピタッ


今西「言わずとも分かると思うが、余計な行動は慎んでいただこう」

シャニP「あ、あなたは……何者なんですか」

ちひろ「プロデューサーさん!
    しっかりしてください、プロデューサーさんっ!!」


今西「どうして、私がここの設備に精通していると思うかね?」

今西「私も、建造に携わった者の一人だからだ。
   このクイーンズゲートドームのね」

武内P「……ッ」カヒュッ…

今西「もっと言えば、有栖川夏葉君をかのオーディションで勝たせた際、
   黒井社長は君にこう伝えたはずだ」

今西「今回は“他の者”に依頼する、と」

武内P「……!」


ちひろ「ぶ、部長が手引きしていたんですか……!?」

今西「346と961の間にある“契約”は、昔から続いていたんだ」

今西「だが、私も歳を重ねてしまったし、何より社内での役職もできた。
   昔のように、満足な活動ができなくなってね」

今西「“契約”を続けるための後継者が、346側に必要となった」


武内P「…………ま、さか……」

武内P「黒井、社長に…………かのじょ、を……?」


今西「黒井社長に、君と当時の担当アイドルに関する情報を渡したのは、私だ」

今西「……君にはすまない事をしたと思っている」


ちひろ「そんな……」

武内P「………………ッ」ズズッ

シャニP「し、しっかり! 無理しないでください!」

今西「このクイーンズゲートドームの地下には、施設の全動力を担う設備室が備わっている。
   文字通りの心臓部であり、血管に相当する幹線がドームの至る所に経由している」

今西「普段は過負荷がかからないようセーフティーが機能しているし、
   何より全容量での稼働などせずとも十分に施設の運用には支障が無い」


今西「それほど過剰な設備のセーフティーを解除し、一気に臨界点まで稼働させたらどうなると思う?」

武内P「…………」


今西「彼女達のセレモニーが終わったタイミングで、モニターの映像をこちらに切り替える」

今西「そして、私達が重ねてきたことを、公表する……
   既に映像データは作成済みだから、それを流すだけだ」

今西「映像が最後まで流れる頃合に……地下の動力が臨界点まで作動し、
   このドームは地下から一気に崩れ落ちる」

今西「私と君は、闇に葬られるということだ……忌むべき歴史としてね」



今西「283プロのプロデューサーさん」

今西「あなたは千川君を連れて、このドームから退避してください」

シャニP「い、今西部長……死ぬってことですか?」

シャニP「あなたもこの人も、死ななければならない人だとは俺には思えません」

シャニP「彼を慕うアイドル達の事はどうなるんですか!? どうして…!」

武内P「か、まいません……」

シャニP「! プロデューサーさん……」


武内P「いって……ください…………」


今西「……私も同じ気持ちです」

今西「きっと、私も彼も、大罪人として世間には周知される事となるでしょう」

今西「だが、私はともかく、彼は……彼の真実を知る人だけは、どうか残したかった」

今西「だから、あなたと千川君にここへ来てもらったのです」

シャニP「……俺は」


ちひろ「どうにも……ならないんですか……?」ポロポロ

今西「アイドル達の未来を守るためには、こうするのが一番合理的だ」

今西「常務には詳しい事情を明かさなかったが……
   私の動向を監視しながら、こうして泳がせている当たり、彼女も私の思惑に気づいていたのだろう」

今西「まぁ……会社の不都合を一部の社員が丸ごと被って消えるとなれば、
   彼女として止める理由など無いだろうね、ハハハ」ポリポリ

ちひろ「い、いや……ぁ、うぁ……!」


『だから、今はその、なんか離れたトコに行っちゃったんですけど……
 もし見ていたら、こう伝えてやりたいんです』

『もっと目の離せないアイドルになってやるから、首を洗って待ってろ、って』

『じゅ、樹里ちゃん、ちょっとそれ言い方が物騒じゃぁ……!』

『うるせーな、良いんだよ。
 それくらいガツンと言ってやんなきゃどうせ分かりゃしねぇんだ、あんなヤツ』

『アハハハ…!』

今西「……そろそろだな」

ちひろ「そ、そうだ黒井社長! 黒井社長に応援を…!」スチャッ

今西「無駄だよ。
   彼らの連絡網は、既にアカウント情報が錯綜して機能不全に陥っている」

今西「このドームに突入すべきなのか、ドームへ侵入者しようとする者を守るのか……
   どちらの指示が正しいのかも、もはや彼の部隊には判断がつかない」

ちひろ「う、うぅ……!」

シャニP「……天井社長は、あなたの考えに賛同されたんですね?」

今西「あなたをここへ呼ぶことも含めて、ね」


シャニP「分かりました」

シャニP「千川さん、ここを離れましょう」グッ

ちひろ「い、嫌です! そんなの、私嫌ですっ!!」

シャニP「でも、一つだけ約束させてください、今西部長」

シャニP「俺はこんな幕切れが正しい事だとは決して思いません」

シャニP「だから、あなたの事を認めることは出来ません」

シャニP「ですが、俺は俺のやり方であの子達と向き合い、トップアイドルへと導いてみせます」

シャニP「それがきっと、あなた方が望んでいたアイドルの未来であると信じて」



今西「……聞いたかね? 彼の言葉を」


武内P「…………」コクッ


今西「納得したようだ」



シャニP「……失礼します」グイッ

ちひろ「うぁ、あぅぅ……!!」ボロボロ

スタスタ…

今西「……静かになったね」

武内P「…………」

今西「あと1分ほどで、映像が切り替わる……」


『……えー、なおも興奮冷めやらぬこのスターリットドームですが、
 最後にこの方にもコメントをいただく必要があるでしょう』

『高垣楓さん。今回は当初出場予定だった283プロの白瀬咲耶さんから、
 急遽バトンを託されての『TAKE-UC』入りだったそうですが、今のお気持ちを』


『はい……これほど非常な精神で、ステージに望んだことはありませんでした』

『疑いなく、私のアイドル人生で生涯記憶に残るものになったと感じています』

『それは、ここにいる樹里ちゃん達『TAKE-UC』の皆さん。
 そして、今日会場にお越しいただいたファンの方々……』

『皆さんのおかげで、もう少しだけ私も自分の翼を信じ、羽ばたける気がしました』


『心より感謝を。
 ありがとうございます……これを観てくれている、あなたにも』

武内P「た、かがき……さん……」


『ウィンターフェスの優勝者『TAKE-UC』の皆さんでした!
 皆さん、改めてどうか惜しみない拍手をお送りください! おめでとうございます!』

『ワアアアアァァァァァァ!!! パチパチパチパチ…!!』


ヴィン…!


武内P「……!」



今西「……始まったようだね」

~スターリットドーム~

司会者「? あれ?」

ザワザワ…

樹里「何だ?」

凛「あのモニター、急に画面が真っ暗に……」

智代子「あそこだけじゃないよ! 会場中のモニターが……!」


夏葉「何者かにジャックされている……!?」

楓「…………」

ザワザワ…! オイオイ…!


パッ!


『……私は346プロダクションアイドル事業部長、今西と申します』

「お、何だ?」
「何か始まったぞ」

ザワザワ…


未央「い、今西部長!?」

卯月「どういう事ですか!? どうして……!」


『この場をお借りして、皆様にお伝えしなくてはならない事があります』

『我が346プロダクションと、黒井祟男氏を代表とする961プロダクションは……』


咲耶「これは……まさか……!?」



『自らの利益を追い求めるために、罪も無い他社のアイドル達や、芸能関係者を……』

ダァンッ!!

今西「!?」


ガィンッ!!

ギィッ ギギー!! ガガガ…!

ブスブス…!

今西「! き、機材が……!」


武内P「はぁ…………はぁ……」スチャッ


今西「拳銃……君は、一体どこでそんなものを……!?」





『ジジッ…! ザザッ!』

『ブツッ!』

智代子「あ、あれ……?」

卯月「切れ……た?」





武内P「彼女達に……伝えたい事が……」グッ

今西「君は……」

武内P「予備の、回線は……ぐっ…………」ヨロヨロ…

武内P「ありますか……?」


今西「……もう、時間は無いぞ」

今西「臨界は始まっている」スッ

カチッ



パッ!

未央「ん? ……えっ!?」

「え、何だ?」
「男?」
「誰……?」

ザワザワ…


樹里「ぷ、プロデューサー……!?」



『皆さん……さ、西城さん……』


樹里「!」



『申し訳…… ゴォォォ…! ござ……ゴゴゴ…! …せ……ゴゴゴゴ…!』


『どうか…… ゴゴゴゴゴ…!』

ゴゴゴゴゴ…!!


今西「律儀だね、君は……」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!!


武内P「…………」ガクッ


ドドドドドドドドオオォォォーーーー!!!!





プツッ!

凛「切れ、た……」


咲耶「ぷ、プロデューサー……?」


ザワザワ…!



楓「…………」



樹里「…………何だよ、これ」

樹里「ふ、ふざけ……ふざけんなよ、なぁ……!?」


樹里「ウソだろ? ……プロデューサー…………?」


樹里「プロデューサーッ!!!」

樹里「未央、卯月! アタシのスマホ!! 早くっ!!」ダッ!

未央「じゅ、ジュリアン落ち着いて! な、何が起きたか…!」

樹里「誰か連絡取れよ!! 何ボサッとしてんだよ!?
   どうなってんだよふざっけんな!! アイツどこだよ、さっさと…!!」ツカツカ…!

卯月「樹里ちゃんっ!!」ダキッ!

樹里「は、放せっ! 放せよぉ!!」


樹里「あ、アイツのトコに、行くんだよ……!
   何だよ……ウソだ……う、ぅ、ウソだ……ウソだっ……!」ジワ…

卯月「樹里ちゃん……!」

樹里「ウソだ! う、ウソだ……!!」


樹里「どこだよ、プロデューサー……? プロデューサー……!」


樹里「どこ行ったんだよ……!?」


樹里「プロ、でぅ……ぁ、うあ……あ……!!!」

樹里「うああぁ、あぁぁぁ……!!!」ポロポロ


――――

――――――

――――――

――――


『先日起きた961プロダクション所有のドーム爆破事故について、
 代表の黒井祟男社長はこの日会見を開き、
 改めて同社の管理体制に問題は無かったとする見解を明らかにしました』


『……えぇー、こちらの事故調査報告書によりますと、
 我がクイーンズゲートドームの爆破の原因につきましては、
 地下の設備ルームに急激な負荷がかかり、臨界に達した事が挙げられまして』

『これは通常の管理・運用においては考えられない操作がなされたとのことです。
 加えまして、事故が起きた当日、我が961プロの“正規の社員”はこのドームに出入りしておらずぅ!』

『以上のことから導き出される事実は、何者かが故意にッ! 我が施設に侵入し操作した!
 つまり事故ではなく、大いに事件性のあるものと考えられましたので、
 961プロとして断固! 厳正に! 対処していく次第であります』

『週刊慎重です。黒井社長。
 今インターネット上で広がっている動画の件につきまして、コメントをお願いします』

『ハッ! あんなもの、どこの馬の骨か分からぬものが勝手に作った代物でしょう。
 出所すら確認できんものに、信憑性の有無を議論することはナンセンスと考えますな』

『しかし、幾人かの芸能関係者からも、これを検証すべきとのご意見が…』

『我が961プロが愉快犯の戯れ事に屈する事は無い!
 むしろ名誉毀損でこちらから…!』

  >とんでもない爆弾案件が出てきたな
  >令和最大ぶっちぎりで更新しただろコレ
  >実際にいた人なんだっけ? 動画に出てた白髪のオッサン
  >自己紹介の通り、346プロダクションアイドル事業部の今西って人で確定らしい
  >ドームのネットワークを通じて346のデータクラウドからサルベージされたんだっけ?
   出所も信憑性も十分やんけ

  >あの歳で部長って凄いの?
  >普通に行けば専務とか取締役クラスでもおかしくないし、そうでもなくね?
  >最大手で役職就いてる時点でレジェンド定期
  >レジェンド(笑
  >346のアイドル部門立ち上げたのが本当ならガチレジェンドやろ
  >「346プロアイドル事業部長です。今すべてをお話します」
  >↑これ系でマジなの初めて見たわ

  >楓さんのことも結構言ってたよな
   さすがにヤバない? 楓さん見れなくなるんか?
  >本当だったら高垣楓どころか、アイドル業界のビジネスモデルが終わる
  >この間降臨してた考察班の言ってること当たっとるやんけ
  >チョコちゃん回のヤツ?
  >あのクッソ意味深な話して実況勢が軒並み混乱したヤツか

  >上がってたから見てきたけど、何だこれ……もう答え合わせできてるだろ
  >346プロサイドの沈黙が怖すぎる

  >樹里ちゃんが大泣きしてたのもヤベー雰囲気出てたよな
  >演技に決まってんだろ、全部台本だよこんなの
  >演出で事務所のドーム爆破してたらすげーわww
  >西城樹里の言ってたプロデューサーって、当日会場で一瞬映ってたヤツ?
  >アイツが業界人の殺しやネガキャンとか全部やってたんだよな?
   ガチモンの極悪人やんけ
  >アイツのせいで一生懸命頑張ってた他のアイドルの子らも日の目見れなくなるのクソすぎ
  >そういうレベル超えてるわ、人として絶許
  >悪いことするヤツってマジで自分の事しか考えないよな。なんなん?

  >ていうかTAKE-UCの子ら、アレから全然出てこないな、大丈夫か?
  >事務所から口止めされてんじゃねーの(適当)
  >樹里ちゃんまた鬱になってそう
  >そりゃゴリ押しの後ろ盾が無くなればギャン泣きもするわな
  >まだ言ってんのかお前
  >ましてセンターだしな、そら入れ食いさせまくったんだろ
  >↑通報した
  >今裁判所の開示手続きクッソ早いからな、震えて眠るんやで
  >こんだけ誹謗中傷が問題視されてんのにまだやる馬鹿いるんだな
  >馬鹿はニュース見ないからな

  >素直に寂しいわ、テレビつければ大抵誰かが映ってたし
  >まさか西城樹里ロスを感じる時が来るとは……
  >広告も一切流れないの自粛ムードすごいわ
  >このまま引退しちゃうのかな……

~346プロ 会議室~

美城「……適性を考慮した結果、
   君には渋谷凜とのデュオユニットで活動してもらう事を検討している」パラ…

美城「先日の『TAKE-UC』のステージは、私も感銘を受けた。
   それに、お互いに気心の知れた者同士の方が、何かと動きやすいだろう」

美城「優秀なプロデューサーもつけよう。
   君に無理をさせるような事は無いはずだ」パラ…

パラ…


美城「……君にとって、悪くない話を提示したつもりだが、いかがだろうか」



樹里「…………」



美城「……なら、君の希望を聞かせてほしい」

美城「君の境遇は理解しているつもりだ。
   アイドル事業部の常務として、君の待遇には最大限の配慮をする用意がある」

樹里「……じゃあ、聞いてもいいですか」

美城「どうぞ」


樹里「アイツの……あのプロデューサーの事は、どうするつもりなんですか」

美城「…………」


樹里「アンタにしてみりゃ、何も痛いトコなんかねぇよな」

樹里「あの動画の通り……アイツと今西って人が961プロと勝手にやった事にすりゃあよ」

美城「…………」

樹里「沈黙を守ってさえいれば、どうせ黒井社長は遅かれ早かれボロを出す。
   ネットの検証が黒井社長のウソを暴いて、いずれ炎上して961プロは窮地に陥る」

樹里「それでズルズルと自滅すりゃ、結果としてアンタら346プロの一人勝ち……
   アンタの狙いは、そんなトコだろ」

美城「…………」

樹里「ふざけやがって……!」ギリッ

ダンッ!

樹里「アイツを悪者にして、テメェの手を汚さず城の外へ一歩も出ねぇ王様気取りかよ!!」

樹里「アイツを追い詰めたのはアンタらお偉いさんだろうがっ!!」


美城「そうだ」

樹里「! ……」


美城「私とて、このような結末は本意ではない」

美城「だが、私は常務としてこの事務所を、そして社員の生活を守る責務がある」


樹里「だから、切り捨てるってのかよ……!?」

美城「仕事柄、憎まれ役は慣れている。
   それが私の仕事であるとも」

樹里「馬鹿にすんじゃねぇよっ!! 大人ぶりやがって!!」

美城「割り切らなければ、私達は前に進めないのも事実だ」

樹里「……ハッ、簡単に言ってくれるぜ。他人事だと思ってよ」

樹里「アタシの希望を教えろっつったな。聞かせてやる」

樹里「アイツを返せ」

美城「…………」


樹里「アタシの……『TAKE-UC』のプロデューサーはな。
   冷蔵庫には変なドリンクしか入ってねぇし、自炊もままならねぇ」

樹里「かと思えば、ハンバーグを弁当に何個入れても空にしてくるし……
   バスケをやらせりゃ、信じらんねぇプレーでアタシの度肝を抜いてきやがる」

樹里「それで、淡泊な受け答えしかしなくて……
   さん付けなんかやめて、下の名前で呼び捨てにするって、約束してたのに」

樹里「とうとう、一度も呼んでもらえなくて……」


樹里「でも……」

樹里「アグラオネマって鉢植えを、あんま正しくねーけど大切に、
   丁寧に愛情を持って育てるようなヤツで……」

樹里「それと同じくらい、アタシの……
   アタシ達アイドルの事は、ずっと一番に考えてくれて……」

樹里「自分の事なんかより、よほど大事に……」ツー…

ポタッ

美城「…………」

樹里「そんな……そんな献身的なヤツがさ」

樹里「私利私欲、のため、に……悪いことばっかして……ッ……」

樹里「それで……961と問題を起こして、勝手にし、しん……!」ポロポロ

樹里「あ……うぁ、ぁ……!!」ポロポロ

美城「………」

樹里「そんな……ひっ、ぐ……そんなさ……!」

樹里「そんな酷いヤツだったんだ、って! 世間に報道されて終わるなんてよ!!」

樹里「あんまりじゃねぇか……!!」グッ


樹里「返せよ……」

樹里「アイツを、返せよ」

美城「…………」

樹里「それが出来ねぇなら、せめてアイツは立派なプロデューサーだったんだ、って、
   アンタの口から公表しろ」

樹里「そしたら、アンタの条件を飲んでやる」

美城「…………」

美城「……帰りの交通費にでも使いなさい」スッ


樹里「! ……~~~~ッ!!」ガシッ!

ビリッ!!

美城「…………」

樹里「はぁ、はぁ、はぁ……!!」

樹里「どんだけコケにすりゃ気が済むんだ……!」


美城「……残念だ」

樹里「アタシはちっともだよ。逆に清々した」


クルッ

樹里「アタシは346のアイドルになんかならねぇよ。絶対にな」

樹里「アイツを……アイツをとことん、ヒドい目に遭わせた所になんか……!」ギリッ

ツカツカ…!



美城「……彼の名誉は、保証できない」

美城「しかし、別の人物の名誉を回復させる段取りは進んでいる」

樹里「……!?」ピタッ


美城「君の見立てにも一理ある。
   だが、かの問題について、我々346プロが沈黙を貫くことは、本来望ましい事ではない」

美城「その気になれば、この機に乗じて、
   多少のリスクを被ってでも961を糾弾した方が、商売敵を一気に潰せるからだ」

美城「それをしない事の交換条件として、我々が961プロ側に要求した事項が一つある」

樹里「……?」


美城「とある一人のアイドルの名誉を、回復するようにと」

美城「961と346の契約のために、過去に犠牲となったアイドル……
   かつて彼が担当していたその子が、またステージに立つことができるように」

樹里「……!」


美城「既に一定の報道はなされている。
   再びこの事務所に顔を出してくれる日も近いだろう」

ウィーン…



テクテク…


未央「……あっ、ジュリアン!」

卯月「樹里ちゃん!」タッ


凛「……樹里」


樹里「……皆、悪ぃ」

樹里「やっぱアタシ……ここには居られねぇわ」


凛「うん……何も謝ることなんか、ないよ」フルフル

樹里「でも……!」

卯月「樹里ちゃんとは私達、ずっと一緒の友達です。
   たとえ同じ事務所でいられなくたって」

未央「そうそう。何かあったら……ううん、何も無くても連絡取り合おうよ!
   この未央ちゃん、電話一本ですぐジュリアンのとこに飛んでいっちゃうんだから!」

樹里「ハハ……またお前、そうやって調子の良い……」

未央「それが私の良い所でしょー?」ウリウリ

樹里「ハハ、ハ……」


凛「……そうだ。ねぇ樹里、コレなんだけど」スッ

樹里「あぁ、そうだったな」


卯月「アグラオネマ、ですか」

未央「プロデューサーの部屋に、あったヤツだよね……」

樹里「本当は、アタシが決めることじゃないって、分かってんだけどさ……」

樹里「やっぱコレは……346プロの誰かに、面倒見てもらった方がいいと思うんだ。
   花壇かどっかに植えて……ドサクサ紛れみたいで、カッコつかねぇけど」

凛「うん……私も、そう考えてた」

樹里「凛が引き取ってもいいんだぜ?
   お前なら、ちゃんと世話してくれそうだしさ」

凛「ううん」フルフル


凛「樹里が引き取らないんだったら……私も、引き取れない」

凛「何ていうか、その……フェアじゃない、でしょ?」


樹里「……何だそりゃ」

凛「ふふっ……さぁ、何だろうね」クスッ

樹里「うるせぇ」ハハッ

~中庭~

テクテク…

樹里「……こんなに広い中庭、あったんだな」

未央「結構さ、日当たりも良いんだよ」

卯月「私もたまに、日向ぼっこしたりしています」

樹里「ふーん……」


凛「どこに植える? 樹里」


樹里「……あそこがいい」スッ


卯月「噴水の……」

未央「おぉー、こりゃ一番目立つ所だねぇ」

凛「……恥ずかしいって、嫌がりそうだけどね」クスッ

樹里「そんくらいがちょうどいいんだよ、コイツには」

ザクッ ザクッ

樹里「……」ザック ザック

凛「…………」


樹里「そういやさ……今さらだけどよ」ザク ザク…

樹里「寒さに弱いんじゃなかったっけ、これ。
   もしかして、外に植えるのって、まずいのか?」

凛「うん……本当はね。
  まぁ、最近暖かい日も多くなってきたから、大丈夫かも」

凛「でも……次の冬は、越えられないと思う……」


樹里「それでも……反対しねーのか?
   アタシが、ここに植えるの」


凛「……私は、お世話していないから」

凛「今まで世話していた樹里に……口出しできる筋合い、無いよ」


樹里「…………」


ザクッ

樹里「ごめんな……部外者のアタシが、ワガママ言って」ザクザク…

凛「部外者なんかじゃ……」

樹里「アタシよりも、お前らの方が付き合い長いだろ」ザッ ザッ…

卯月「…………」

未央「そういうの……関係ないっていうか、さ」

ザクッ…


樹里「……アタシは、何を残してやれたのかな」

樹里「最期、アイツ……何を言いたかったのかな……」


凛「樹里……」


樹里「……ヘッ、なんてな。今さら考えたってしょうがねぇ」

樹里「よっと」スッ


樹里「こんな、感じで……と」ソォー…

樹里「ん? もうちょい掘った方がいいか?
   どう思う、凛?」

凛「……私は」



???「あっ! ちょっと待ってぇー!」タタタ!

樹里「へ?」

タタタ…!

???「よっこい、しょ! っと!
    えへへ、お花のお世話をしてくれてるんだねっ。ありがとう!」

???「うーん、穴はもう少し広い方が良いかなぁ?
    ちょっとスコップ貸して」ヒョイッ

樹里「あ……」

???「よっ。ほっ」ザク ザクッ

???「あっ、でもこれ、よく見たらアグラオネマ?」

???「ダメだよ、この子は日当たりの良いお外に植えるのは良くない品種なの。
    それに今はまだ寒いから、きっとすぐに枯れちゃう」


卯月「……あなたは」


???「だから、どうしても植えたいんだったら、あそこの、うーん……そう!
    春になってから、あの大きなけやきの下に植えてあげると良いんじゃないかなっ」

???「人目にも付きやすいし、木陰で休みながら皆に撫でてもらえたりするかも?
    この中庭の新しい人気者になれるかもね、なんて、えへへ♪」


未央「ひょっとして……」

???「でも、勝手に植えたりしたらちひろさんに怒られちゃうからね。
    私の方から許可もらえるか聞いてくる! ちょっと待ってて!」

樹里「いや、いい」

???「ん?」ピタッ


樹里「日当たりの良いトコが……寒いのがNGなのは、知ってる。
   けど……コイツは、ここでいいんだ」

樹里「アンタみたいな専門家に言ったら……怒られちまうかもだけど……」

???「ううん、怒んないよっ」ニコッ

樹里「……え?」


凛「…………相葉、夕美」


相葉夕美「この子も、日当たりの良い所が好きみたいっ」

夕美「お花の気持ちが分かってくれる人に面倒見てもらえて、幸せな子だね♪」


樹里「何で……どうして、分かるんだ?」

夕美「そりゃあ、私の選んだ子だもんっ」ニコッ

樹里「!!」

夕美「あの人に、プレゼントしてあげた子だったからね」


樹里「……あ、アタシは」

樹里「アタシは……!」ジワ…!

夕美「あなたが、西城樹里ちゃんだよね?」

樹里「……ずっと、アタシ……アンタに……!」

夕美「あの人と一緒に、ずっとこの子の面倒、見てくれてたんでしょう?」


樹里「ずっとアンタに、会いたくて……!!」ポロポロ

樹里「会って、あや、ぁ……謝らなくちゃ、って……!」

夕美「どうして?」

樹里「アタシは何もできやしなかった!!」


樹里「あの時、無理やりにでもアイツを引き留めていれば……!」

樹里「きっと、こんな事なんか……ごめん、う、ぅ……!!」ボロボロ

夕美「ううん、許さない」


樹里「!」

夕美「樹里ちゃんはもっと笑っていい人なんだよっ」

樹里「……え」


夕美「あの人だって、きっとそう言っていたでしょう?」

夕美「二言目には、笑顔って言う人なんだから、
   きっと樹里ちゃんの泣いてる姿なんて、見たくないはずだよ」

夕美「それに、樹里ちゃんはあの人のそばにいてくれたんだから……」

夕美「きっと私のことで傷ついていたあの人に、親身に寄り添って、
   前を向いてもらえるようにしてくれたのが樹里ちゃんだって」


夕美「何となく分かるの。
   あなたに会って、こうしてお話をしていると、ひしひしと」スッ

ギュッ

樹里「あ……」


夕美「だから、笑おう?
   あの人のためにも、樹里ちゃんのためにも」

夕美「そうしてくれないと、私、許さないんだからっ。なんてね♪」ニコッ


樹里「やめてくれよ……」

樹里「もうそういうの、ウンザリなんだよ……!! アタシは…!」

夕美「あっと、穴ぼこ広げなきゃだねっ。ちょっと待って、もう少しで終わ…」


樹里「許されていいヤツじゃねぇんだよアタシはっ!!」

夕美「…………」


樹里「……ッ」ダッ!

卯月「あ、樹里ちゃん!?」

未央「ジュリアン、どこ行くの!?」

タタタ…!

卯月「樹里ちゃん……」


凛「……アンタが、相葉夕美」

夕美「…………」ザック ザック…


夕美「追い詰めるような事、言っちゃったかな……」ザク ザクッ

凛「ううん。でも……」

凛「今は……そっとしておいてあげた方が、いいと思う」

夕美「お花ってね」

凛「?」


夕美「お世話してくれる人に、ちゃんと答えてくれるの」スッ

凛「……」

夕美「逆に放っといたら、すぐに元気を無くして枯れちゃう」ソォー

夕美「もちろん、品種にもよるけどね……っと。こんなもんかな?」ギュッ


夕美「……こんなに立派なアグラオネマ見るの、私、初めてだよ」

夕美「あの人も、樹里ちゃんも……本当に、大事にしてくれてたんだなぁ……」


夕美「皆も出来ると思うんだ……樹里ちゃんに、この子と同じことを」

凛「え……?」


夕美「樹里ちゃんを、支えてあげること。元気づけてあげること」

夕美「私では、ちょっと難しかったみたいだけど……
   樹里ちゃんと友達でいてくれた、皆なら」


凛「…………」

凛「未央」

未央「へ?」

凛「確か、バスケやったことあるって言ったっけ?」

未央「わ、私?
   えぇ、まぁ、部活の助っ人とか。あと、弟とたまに……」

凛「家にバスケボールある?」

未央「あ、ありますけど…」

凛「取ってきて」

未央「へぁ!?」

卯月「り、凛ちゃん?」

未央「そ、それは構わないけど、私んち結構電車乗り継ぐから時間かかるよ!?」

凛「じゃあタクシーで行って。お金はちひろさんと相談するから」

未央「思い立ったら唐突に頑固だねしぶりんは!?」


未央「でも……何か考えがあるんだよね、しぶりん?」

凛「うん」コクッ

未央「よーし、じゃあ任された!」ダッ!

卯月「あ、未央ちゃん!」

凛「卯月、樹里を追いかけよう!」

卯月「凛ちゃん……はいっ!」ギュッ


夕美「……ありがとう」

凛「きっと何とかする。待ってて」

夕美「うんっ」コクッ

タタタ…

夕美「……よし、じゃあ私は、っと」ヒョイッ

夕美「…………」ザッ ザッ


ちひろ「来てくれてたんですね……」スッ


夕美「……うん、おかげさまで」

ちひろ「ありがとうございます。それと……」

ちひろ「ごめ…」

夕美「言わないで、ちひろさん」

ちひろ「…………」


夕美「……あぁ、樹里ちゃんの気持ち、ちょっと分かるなぁ」

ちひろ「夕美ちゃん……」

夕美「やっぱり、悲しいな……本当に、ちょっと、ううん……」


夕美「悲しんだり……寂しがった方が、良いのかな」

夕美「樹里ちゃん達みたいに……」

夕美「えへへ……分かんないや……」


ちひろ「強がらなくて、いいんです」

夕美「…………」

ちひろ「あなたの素直な気持ちなんですから……悲しいのも、寂しいのも」

ちひろ「どうか……夕美ちゃんのためにも、我慢しないであげてください」



ツー…

ポタッ


夕美「……うんっ」ポロポロ

タタタ…!

未央「と、とは言ったものの……!」


ブロロロロ…! ププー…!

未央「タクシーなんて、そんな都合良く捕まらないよぉしぶりん!
   も、もっと駅の方まで歩かなきゃダメかなぁ……?」

ブロロロロロ…!


キキィッ!

未央「……へ?」

未央(何か、すっごい高そうな車が止まったけど……)


ウィーーン

夏葉「お急ぎかしら? 未央」

未央「な、なつはし!?」

智代子「私もいるよ、未央ちゃん!」ニュッ

未央「チョコまで! 二人ともどうしたの!?」


夏葉「咲耶が楓の説得に向かっていてね。迎えに行く所なのよ」

未央「説得……」

智代子「ほ、ほら。楓さん、その……」

未央「う、うん。分かってる」


未央「引退説……」

未央「一応、同じ事務所だし……色々聞こえてきちゃったりするし」

夏葉「やはり、本当なの?」

未央「普段見かけないような偉い人達が、フロアを大慌てで走り回ってるのを見ちゃうと、ね」

智代子「咲耶ちゃん……楓さんと話、できたのかな……?」

夏葉「それはそうと、未央はどこへ行くつもりなの?」

未央「えっ? あ、えっと、家に急ぐ用事があって!」

智代子「家? 未央ちゃんの?」

未央「そう! ちょっと忘れ物というか、取りに行きたい物が…!」

夏葉「乗りなさい。送るわ」クイッ

未央「ええっ!? い、いやいや! さくやんと楓さんを迎えに行くんでしょ!?」


夏葉「あの二人の事なら、咲耶に連絡をすれば足りるわよ」

夏葉「咲耶だって、きっと楓との時間を大事にしたいでしょうし」ニコッ

智代子「めくるめく二人きりのアブナイひととき……
    あっ、い、今のはちょっと不謹慎でした! 失敬!」ブンブン!


未央「……ありがとう! じゃあお言葉に甘えて!」ガチャッ

ササッ バタン

夏葉「ところで、家まで取りに行きたい物って何?」

未央「あぁ、バスケットボール」カチャッ

未央「何に使うか分かんないけど、しぶりんがすぐに取ってきて、って」

夏葉「そう言われただけで取りに行く未央も、随分とお人好しね」クスッ

未央「なつはしも、でしょ?」ニカッ

夏葉「フッ……ご自宅はどこかしら?
   モタモタする気は無いわ! しっかり掴まっていなさい!」グッ!

未央「ちょっ、法定速度は守ってよなつはし!?」


智代子「あ、あの……ちょっといいかな?」スッ

未央「ん?」

夏葉「どうしたの、智代子?」


智代子「か、買えばいいんじゃないかな? って……バスケットボール」

智代子「わざわざ未央ちゃんの家まで行かなくても、その辺のスポーツショップで……」


未央・夏葉「……ッッッ!!?」

智代子「顔ッッッッ!!!」

~駅前~

タタタ…!

凛「はぁ、はぁ……!」タタタ…!

『こっちの方はいません、凛ちゃん!』

凛「うん……もう少し探そう!」

『はいっ!』


凛「くっ……樹里……!」タタタ…!

凛「……!」



凛「あ、あのー!!」


オォォ…?  ドヨドヨ…

「え、ウソ? しぶりんじゃない!?」
「ずっとテレビとか出てなかったよね?」
「制服着てる。オフかな……」
「めっちゃ可愛い~……!」

ザワザワ…!


凛「じゅ、樹里を……西城樹里を探していますっ!!

凛「誰か、樹里を見た人はいませんか!?
  こっちの方に走っていったと思うんです!!」

ザワザワ… エェェ…?


凛「すみません! どんな情報でもいいんです!!」

凛「誰か……誰か、西城樹里を知りませんか!?」


ザワザワ…


凛(くっ……反応ナシ、か)



女の子「あ、あの……」スッ

凛「!?」クルッ

女の子「ひぇっ! あ、す、すみません…!」

凛「あ、ううん、こちらこそ……何か知っているんですか?」

女の子「もしかしたら、っていうレベルなんですけど……」

女の子「金髪の子が、あっちの方に歩いて行くのが、見えた気がして……」スッ

凛「……行ってみます!」ダッ!

女の子「じゅ、樹里ちゃんは……」

凛「え?」ピタッ


女の子「樹里ちゃん……前に一度、握手してもらったこと、あって……」

女の子「きっと、迷惑かけちゃったのに……樹里ちゃん、すごく優しく応じてくれて」

女の子「ありがとな、って……照れ臭そうに、な、何度も、握り返してくれたんです」


凛「……そうなんだ」ニコッ

女の子「樹里ちゃん、応援しています……凛ちゃんも」

女の子「もし困ってるなら……樹里ちゃん、助けてあげてくださいっ」

凛「ありがとう!」ダッ!

タタタ…!



凛「卯月! 道玄坂の方に行って!」タタタ…!

凛「今ツイスタ見たら、それっぽい目撃情報呟いてる人も結構いる!」

『わ、分かりました!』


凛「樹里……!」タタタ…!


  ――許されていいヤツじゃねぇんだよアタシはっ!!


凛「勝手なこと、言わないでよ……馬鹿……!」

~夏葉の車~

ブロロロロロ…!

未央「うええぇぇっ!? し、しぶりん何してんの!?」ギョッ!?

智代子「ツイスタですごい拡散されてるね、凛ちゃんが駅前で大声上げてる動画」


夏葉「ふふ、凛もやるわね」

未央「笑ってる場合じゃないってなつはし!
   一応私達、事務所から謹慎っていうか自粛命令みたいなの出てるんだよ!?」

未央「こんなに目立っちゃう事したら、どんなお咎めが待っているか…!」ハラハラ…!

夏葉「それでも、樹里のためを思っての行動なのでしょう?」


夏葉「……敵わないわね、凛には」フッ

智代子「ん? どうしたの、夏葉ちゃん?」

夏葉「何でも無いわ」

~カフェ~

店員「有栖川様よりお聞きしております。ごゆっくりどうぞ」カチャッ

咲耶「どうも」

スタスタ…


咲耶「聞いての通り、夏葉から教えてもらったお店なんだ」

咲耶「ここなら、人目を気にせずゆっくりアナタと話ができると思ってね」


楓「…………」


咲耶「お酒が好きなのは聞いている。だが、生憎私は未成年だからね」フッ

咲耶「それとも、お酒が入っていた方が、アナタの素直な気持ちを聴けただろうか」

楓「…………」


咲耶「……本題に入ろう」

咲耶「楓……アイドルを辞める意向があるというのは、本当かい?」



楓「……今西部長は、346プロのアイドル事業部を立ち上げた人でした」

楓「第一期のメンバーに、私もお声がけいただいて……」

咲耶「…………」


楓「その際、当時モデル部門にいた私を、スカウトに来たのが……あの人だったんです」


咲耶「プロデューサーが……?」

咲耶「あの人は……かつて、アナタの担当プロデューサーでもあったのかい?」

楓「右も左も分からない私を、あの人は親身に支えてくれました」

楓「もちろんあの人自身も、アイドル部門は未知の領域で、
  四苦八苦されていた所も、あったでしょうけれど……」

楓「不器用ながら、私と向き合ってくれる……とても誠実で真摯な方であると、感じました」

咲耶「…………」


楓「でも……人事異動があって、あの人は私の担当を外されました」

楓「私は大人ですし、一人でもある程度活動はできますから、
  若い子達をサポートする方が良い、との判断があったそうです」

楓「それはもっともだと、私も納得しました。
  そして、私の後にあの人が担当したのが……」

咲耶「……相葉夕美、だね?」


楓「とても快活で、心根の優しい、良い子でした」

楓「彼女と接した人は皆、笑顔になれる……
  私などよりも、ずっとアイドルに向いている、本当に花のような子でした」

楓「……彼女が不幸な事件の被害者となった時、私は……とても悲しみました」

楓「でも……ふと、思ったんです」

咲耶「……?」


楓「彼女に対する嫉妬心は、本当に無かったと言えるのだろうか、と」

楓「あの子さえいなければ、私はまだ、あの人の担当アイドルでいられたのではないか」

楓「その気持ちが、無意識のうちに態度に表れて、どこかへ伝わって誰かに…!」

咲耶「楓っ!」ガタッ!


咲耶「アナタは誰かの不幸を願い、喜べるような人じゃないっ!」


楓「……咲耶ちゃんにそれが、分かるのですか?」

咲耶「え……」


楓「軽々しく……知った風に、言わないで」

楓「私でさえ、自分自身が……もう、分かりません……でも!」ギュッ

楓「私さえいなければ……あの人も……!」

咲耶「分かるさ」

楓「……安い慰めを、言ってもらいたいのではありません」

咲耶「“安い”だって?」


咲耶「アナタだって知った風に決めつけているじゃないか! 私の気持ちをっ!」

楓「……!」ピクッ


咲耶「……楓の言う通りさ。
   私はアナタのことを、私という一方向の視点でしか理解できていない」

咲耶「いや、そもそも誰かを真に理解することなんて、本当は不可能なのかも知れない」

咲耶「だから私達は、寄り添い合おうとすることが出来るんだ、って……
   そう想うのは“安い”ことなのかい?」

楓「さ、咲耶ちゃん……」


咲耶「未央からさっき、連絡があった」

咲耶「私と一緒に、来て欲しい所があるんだ、楓」

~街中~

凛「はぁ……はぁ……!」タタタ…!


「あ、マジでいた!」
「凛ちゃーん!」

「さっき樹里ちゃんもいたよな?」


凛「……!」ピクッ


「え、やっぱあれ樹里ちゃんだったの?」
「番組の企画とかかなぁ……」


凛「ど、どっちですか!?」ズイッ

男A「うわっ!?」

凛「樹里は、どこに……!?」

男B「な、生しぶりんだ……じゃなくて、あ、あっちの方っす」スッ

凛「ありがとうございます!」ダッ!

トボトボ…

樹里「…………」


樹里「……ちきしょう…………」



子供「あれ?」


樹里「?」ピタッ



子供「おねえちゃん?」

樹里「……! あ、お前……あん時の迷子か!?」


子供「おねえちゃんだー!」タタタ ダキッ

樹里「わっ! たっ、と……ちょ、どうしたんだよ、ママは一緒じゃねぇのか?」

子供「ううん、あっちでおかいもの」スッ

樹里「はぁ……この間迷子になったばかりだってのに、暢気なもんだな」


子供「おねえちゃんは、まいご?」

樹里「!」ピクッ


子供「……?」ジーッ

樹里「そ……そんなワケねぇだろ」ポリポリ

樹里「ただまぁ、ちょっと、その……気晴らしっつーか」

子供「きばらし?」

樹里「だーもう。いいんだよ気にしなくて」

樹里「ほら、ママが心配するといけねぇから、さっさと帰んな」

子供「おねえちゃん、たのしくなさそう?」

樹里「た……?」

子供「たのしいこと、してないの?」


子供「ママがいってた」

子供「かえでさん、っていうアイドルと、おねえちゃんはおんなじだって」

子供「ぼくやみんなをえがおにしてくれる、すごいひとなんだよって」

子供「たのしいこと、たくさんしてもらえてよかったねって」


樹里「……そっか」

樹里「ただ、ごめんな……
   今はちょっとおねえちゃん、アイドルはおやすみ中なんだ」ナデナデ

子供「どうして?」

樹里「どうしても」

子供「どうして、たのしいことをしないの?」

子供「アイドルって、たのしくないの?」



樹里「……楽しいさ」

樹里「本当にな……楽しいこと、たくさんやりたいに決まってるよな」

樹里「でも……ハハハ、うーん」

樹里「悪ぃ、ちょっと……説明すんの、難しいや」

子供「?」キョトン



タタタ…!

凛「……!」


凛「樹里っ!!」

樹里「!?」

ダッ!

子供「あっ」


凛「待って、樹里!!」ダッ!

タタタ…!



タタタ…

樹里「クッソ……はぁ、はぁ……!」

凛「……!」タタタ! バッ

ガシッ!

樹里「くっ……!」グッ…!

凛「じゅ、樹里っ……!」グイッ


樹里「放せ……クソ、放せよ!!」ガバッ

バシッ!

凛「うっ! ……ッ!」ガクッ

樹里「!? り、凛っ!」


樹里「わ、悪ぃ……つい、力入っちまって、手が……大丈夫か!?」

凛「……ッ!」スッ

バチンッ!

樹里「ぐぁ、いって!? ……!?」

樹里「な……何すんだよ!」


凛「おあいこだよ」

凛「これで、樹里が私に引け目や負い目を感じる必要なんて、無いよね?」

樹里「……調子乗んな」

樹里「そんなんでチャラにできるほど、アタシのやった事は安かねぇんだよ」

凛「じゃあ、もっとぶてばいいってこと?」スッ

樹里「それで凛の気が済むならな。ふざけやがって」

凛「ふざけた事言ってんのは樹里でしょ」

樹里「あ? 何だと?」ピクッ


凛「私がそんな事して満足するとでも思ってんの?」

凛「殴らせることで気を済ませたいのは、私じゃなくて樹里の方だよね?」


樹里「てめぇ……!」ツカツカ…!

ガッ!

凛「……ッ」グイッ!

樹里「そんなにアタシにケンカ売りてぇかよ!!」

سۇمىكا ئالتۇن دورا بېلىتى 100 يوكا خىروگارۇ خولو نەق مەيدان توكيو مانگا تارىخى بېلەت باھاسى
يېڭى مۇھەببەت ھېكايىسى

タタタ…!

卯月「……あ、いた! って、じゅ、樹里ちゃん!?」


凛「そうだと言ったら?」

樹里「もうアタシに構うんじゃねぇってんだよ!!」

樹里「ウンザリだっつってんだろ! 気持ち悪いんだよお前らっ!!」

卯月「……っ!」ビクッ


樹里「! 卯月……」

卯月「じゅ、樹里ちゃん……」


樹里「……チッ……あぁそうだよ、気持ち悪いね」

樹里「今さらそういう上っ面な仲良しこよしなんざ……ウンザリなんだよ」

卯月「……ッ」ウルウル

凛「心にも無いこと言って、私達を遠ざけようとしないでよ」

樹里「…………」

凛「来て」ガシッ

樹里「放せ……!」

凛「来てっ!」

樹里「……!?」


凛「プロデューサーに会いたいんでしょ?」


樹里「……ふざけてんのか?」

樹里「アイツはもういねぇ。アタシが…!」

凛「いるっ!」

樹里「ふざけんなっ!! アイツはもう、もういねぇんだよ!!」

樹里「いい加減、目ぇ覚ませっ!!」ガバッ

パシッ

樹里「!?」

凛「……樹里の方こそ、目、覚ましてよ」

樹里「お前……」


凛「プロデューサーはいる。生きてる……私達の中に、ずっと」

樹里「……ポエムなら勝手にやってろ」

凛「それを誰よりも分かっているのは自分自身だ、って……樹里は気づいてる」

樹里「やめろ……!」

凛「誰よりも許せないのも自分だから、塞ぎ込んでる……
  また同じ事をするつもりなの? バスケの時と同じように」

樹里「うるせぇんだよ!! やめろっ!!」


凛「やだ。やめない……!」ジワ…!

樹里「! り、凛……」

凛「放っておけなんて……構うな、って!」ツー

卯月「凛ちゃん……」


凛「そんな自分勝手なこと、言わないでよ!」

凛「あの人が樹里を放っておけなかったのと同じように、
  私だって樹里を放ってなんてできない!」

樹里「!」

凛「ずっと、友達でいさせてよ!」

凛「勝手なこと、言わないでよ……!」



樹里「…………」

凛「……来て。賭けをしよう」

樹里「……? 賭け?」


凛「一緒に公園に来て」

~公園~

キュッ! キュキュッ!

ダムッ!

未央「あ、あぁっ!?」


パスッ!


智代子「おぉ~、さすが夏葉ちゃん!」パチパチ


夏葉「……ふぅ、こんな所かしらね」

未央「この未央ちゃんをあっさり抜くとは、やるではないかなつはし」フフン

夏葉「私も、兄と少し嗜んでいた時期はあったから」


楓「…………」

咲耶「皆、どうやらお遊びはそこまでのようだ」

一同「!」


楓「……樹里ちゃん」


テクテク…


ザッ



樹里「……皆」

凛「お待たせ」

夏葉「えぇ……待っていたわ」


卯月「あ、未央ちゃん。バスケットボール……」

未央「えへへ。なつはしに買ってもらっちゃった」

夏葉「はい、凛。ボールを」スッ

凛「ありがとう」


樹里「……こんな所で、何しようってんだよ」

樹里「賭けとか言ったな。まさかアタシと1on1でもする気か?」


ダムッ!

凛「私がシュートする」


樹里「……」

凛「もし入ったら、樹里はアイドルを続ける。
  入らなかったら……樹里の好きにする」

凛「どう?」

樹里「……凛。バスケの経験は?」

凛「学校の体育の時間くらい、かな」


樹里「無理だな」

樹里「アタシでさえ、この距離は一度も入った事がねぇ。
   凛だって見たろ? あの日のアタシのシュート」

樹里「お前じゃあ、決められっこねぇよ」


凛「ふーん……賭けに乗った、って事でいいんだよね?」スッ

智代子「え、凛ちゃん……!?」

ダムッ! ダムッ!

樹里「素人が投げて入るような距離じゃねぇ」

凛「分かった」

ダムッ


凛「…………」


卯月「り、凛ちゃん……」

未央「まさか、マジで入れる気……?」

テクテク…

冬馬「……チッ」

北斗「最近元気が無いじゃないか、冬馬」

翔太「冬馬君、TAKE-UCの大ファンだったもんね。僕も心配だなぁ」

冬馬「なっ!? ち、ちげぇよ! 誰があんなヤツら……!」


シャニP「でも、こうして捜索に手を貸してくれるのは嬉しいよ」

冬馬「だからアンタの用事なんか関係ねえって!」

シャニP「俺も社長から、西城さんを保護するように言われたけど、心当たりのある場所が…」

冬馬「聞けよ、人の話っ!!」

冬馬「ん?」ピタッ



ダムッ ダムッ…

翔太「あれ……凛ちゃんと、樹里ちゃん達だ」

冬馬「高垣楓までいるじゃねーか」

シャニP「夏葉達も一緒か……しかし、あんなに勢揃いしていては…」

北斗「えぇ、目立ちすぎる。
   誰かが見つけて騒ぎ立てれば、この一帯は混乱するでしょうね」

冬馬「……」チラッ


アハハ…!

女の子A「マジだってほら! 樹里ちゃんと凛ちゃん!」

女の子B「うっそぉ~!? 目撃情報こんなにあるのヤバくない!?」

女の子C「しかも結構近いじゃん! 今もその辺にいたりして」



冬馬「…………」

冬馬「北斗、翔太」

翔太「オッケー♪」

北斗「お前もよくよく、お人好しだな」フッ

冬馬「そんなんじゃねぇ。
   アイツらが俺達より目立つのが許せねぇだけだ」


シャニP「えっ? ど、どうしたんだ皆……?」

冬馬「アンタはさっさとアイツらのトコに行ってこい」プイッ

スタスタ…


シャニP「……?」

女の子B「絶対いるって! ちょ、ツイスタ見てみよ…!」

女の子A「アハハ、ちょっと興奮しすぎ! 何マジになってんの?」


「「ゲッチュウ!!」」


女の子C「へ……?」ピタッ


冬馬「ちょっとした気まぐれ! だぜ!!」

北斗「往来の皆さん、お騒がせしてすまない」

翔太「僕達ジュピターの、野外ゲリラライブ! あっちでオンステージだよー!!」


女の子達「きゃああぁっ!!?」「え、ジュピター!?」「冬馬クン!!」


冬馬「あっちの広場でやるぜ!! 皆、ついてきな!!」

北斗「はーい、ジュピターを見たい人達はこちらへどうぞー」

翔太「バスケコート使ってる人達の迷惑にならないようにねー♪」フリフリ


キャアァァァ! ガヤガヤ…!  ゾロゾロ…!

凛「…………」スゥーッ

凛「……」スッ

シュッ!



咲耶「……これは」

夏葉「…………」



楓(全然、届かない……)


スカッ


   テンッ テン テン テテテテ…


智代子「あ、あぁ……!」

凛「…………」


卯月「凛ちゃん……」



樹里「………………」



スタスタ

ヒョイッ


樹里「……チッ、ほら見ろ」

凛「樹里……?」


樹里「全然なってねぇな、ったく。そこに直れ」ダムッ

未央「あ、あれ? ジュリアン……」


凛「なってねぇな、って……これでも、左手は添えたけど」

樹里「他のやるべき事を色々やった上で、最後に“左手は添えるだけ”なんだよ。
   凛のは本当にただ左手を添えてるだけじゃねーか」


樹里「いいか? まず膝」パシッ

樹里「ここをちゃんと柔らかく使って、その屈伸の力を上体に伝えんだよ」グッ

凛「うわ、何か本格的…」

樹里「真面目に聞け。その場で屈伸、やってみな」

凛「?」スッ スッ

樹里「体幹は曲げんな。真っ直ぐのまま屈伸」

凛「体幹?」

樹里「上体を地面に対して垂直のまま屈伸しろってこと。こう」スッ スッ

卯月「……樹里ちゃん」


凛「……」スッ スッ

樹里「うん、まぁいいか。
   それで、膝と上体を意識して投げてみな」スッ

樹里「未央っ! ボール!」

未央「は、はい!?」ピシッ

樹里「そこに立って、凛がシュートしたヤツを拾ってくんねぇか」

未央「……あぁ、なるほど! オッケー、ジュリアン!」タタタ!


卯月「未央ちゃん、私も手伝います!」タッ

未央「よーし、じゃあそっちから半分、しまむーお願いね!」

卯月「はいっ!」ギュッ


樹里「ほら、凛。膝からの力を上体へ連動させるように」

凛「う、うん……」

凛「……」スッ

シュッ!


スカッ

   テンッ テン

未央「ああぁ、まだ届かない……」パシッ


樹里「片手じゃ無理そうだから、両手投げだな」

凛「えっ。でも、バスケって普通片手で皆シュートしてない?
  樹里だって片手で……」

樹里「ボースハンドシュートっつって、女バスは両手打ちも普通だよ。
   アタシは片手の方がやりやすいってだけ」

樹里「ていうか、リングに届かなきゃ話になんねーだろ」

凛「まぁ、そっか」

樹里「素人が一丁前に口出しすんな。
   未央ー、ボール」

未央「あ、はーい、ごめーん!」ヒュッ

樹里「よっ、と」パシッ

樹里「手首を柔らかく、スナップを利かせる感じで打ってみな」スッ

凛「……」スッ

シュッ!


スカッ

卯月「わっ! っとと」パシッ

未央「距離は出てるよ、しぶりーん!」

卯月「樹里ちゃん、パス! えいっ!」ヒュッ

ダムッ

樹里「サンキュー、卯月。はい、次」パシッ スッ

凛「ちょ、ちょっと休ませて…」

樹里「始めたばっかじゃねーか。甘ったれんな、ほら」

樹里「リリースポイントは高めに、山なりの軌道を描く感じで、だぞ」

凛「もう……!」スッ

シュッ!



楓「…………」

智代子「な、何か……いつの間にか、樹里ちゃんのバスケ教室が……?」

夏葉「当初の趣旨と変わっている気がするわね」


咲耶「……だけど、楽しそうだ」フッ

夏葉「そうね、ふふっ」

智代子「えへへ」

楓「…………」



樹里「手首の使い方がブレブレなんだよ。
   もっとカチッと固定させろ。じゃないと方向も定まらねぇだろうが」

凛「さっき、手首は柔らかく使えって言ったじゃん」ムスッ

樹里「そ、ソレはソレだよ、うるせぇな! ほら次!」ムッ!

楓「樹里ちゃん……」


咲耶「……ねぇ、楓」

咲耶「アナタは言っていたね。
   自分さえいなければ、こんな事にはならなかったと」

咲耶「でも、あの二人の姿を見てごらん」

楓「…………」



樹里「だからぁ! 肘を曲げんなっての!」

凛「肘曲げなきゃ投げれないじゃん!」

樹里「変な風に曲げんなっつってんだよ! こう!」

凛「こう?」

樹里「ちげぇよ! 何つーか、真っ直ぐ曲げんの!」

凛「……樹里、教え方下手だね」

樹里「ああっ!?」カチン!

咲耶「確かにあのオーディションは、
   智代子や夏葉をはじめ、多くの人達を傷つけたのかも知れない」

智代子「……」

咲耶「でも……結果論ではあるけれど、
   あの出来事が無かったら、今目の前で起きている事は存在し得なかった」

咲耶「私達が出会い、こうして絆を深め合うことも無かったかも知れない」


咲耶「あの凛と樹里の姿を……アナタは否定できるかい?」

楓「…………」



樹里「貸せ! 手本を見せてやる!」パシッ

樹里「よっ」シュッ!

ガコンッ!

凛「入ってないじゃん」

樹里「お前のよりは数段マシだろうが! 卯月、ボール!」

卯月「はいっ!」ヒュッ



夏葉「……それを言うなら、私の方こそ」

楓「夏葉ちゃん……?」

夏葉「もしあのオーディションで、私がミスをしなければ……」

夏葉「そう思わなかった日は無いわ」

楓「…………」

夏葉「全力を出し切った上で智代子と戦い、勝利を収めたのなら、
   きっと私は何も疑うことなく、その合格を受け入れていた」

夏葉「智代子も、きっと必要以上に落ちこむことも無かったでしょうね」

智代子「夏葉ちゃん……」


夏葉「楓……あなたは何も悪くないわ。全て私のせいなのよ」

夏葉「私がミスさえしなければ、誰もあのオーディションで不条理に傷つく人などいなかった」

夏葉「そう。でも……でもね、楓?」ギュッ…!


夏葉「こんなの……到底許される感情でないのは、理解しているつもりよ」

夏葉「とてもロジカルに説明なんてつくものじゃない、だけど……!」

夏葉「私には……今流れているこの時を否定することが、とても出来ない」

夏葉「本当に、どうしようもなく自分勝手だけれど、私は……愛おしいの」

夏葉「肯定できない出来事も含めて幾重にも偶然が折り重なった末にある今が、私には……」



樹里「モーションが雑になってきてんぞ! 焦んな!」

凛「はぁ、はぁ……急かしてるの、そっちのクセに……!」

樹里「何か言ったか?
   おら、アタシから言われたこと一コずつ整理してみろ」スッ

凛「くっ……
  ひ、膝を柔らかくして、上体を真っ直ぐ……手首を柔らかく、でも打つ瞬間は……」



楓「……夏葉ちゃん。それは違います」

楓「夏葉ちゃんがあのオーディションに来てくれたのも、私が原因なんです」

楓「全て私が…!」

智代子「私はっ!」ピョンッ

楓「! ち、智代子ちゃん……」


智代子「私は、自分の意志で346プロのオーディションを受けに来ました!」

智代子「そりゃあ、楓さんみたいに素敵なアイドルになれたらなーって気持ちもありましたけど、えへへ……でも」

智代子「私がアイドルを目指したのは、楓さんにお願いされたからじゃなくて、
    自分でなりたかったからで……」

智代子「あっ!? ちょ、ちょっと今の言い方はナマイキだったかもですけど!
    す、すみません!」ペコペコ!

楓「いえ、大丈夫です、お気になさらないで…」

智代子「はい……で、えぇと、確かにあの時は、本当に悲しかったんですけど……
    でも、今だから思えることがあるんです」


智代子「本気で一生懸命に頑張っていたから、あれだけ「悲しい!」って気持ちになれたんだ、って」


楓「悲しい気持ちになれた……?」



ガゴッ!

未央「オッケーイ、しぶりん!」パシッ

卯月「あとは方向さえちゃんとなったら、入りそうですっ!」

ヒュッ

樹里「卯月の言う通りだぜ。ほら、もう一踏ん張り」パシッ スッ

凛「はぁ、はぁ……!」

智代子「アレが無かったら、今私はこんなにアイドルの事を、
    本気でしっかり考えていなかったんじゃないかなぁって」

智代子「確かに、一時はすっごくアイドルが嫌になったりもしたんですけど……」

智代子「すごく頑張ったから……好きだったからこそ、嫌いになって。
    それだけ本気で向き合えるものが、私にはどれだけあるんだろう、って」

智代子「こんなに悲しいのは、何よりもアイドルが好きな証拠なんだって気づけたんです」

智代子「私のために、一生懸命にアイドルを頑張ってくれた樹里ちゃんのおかげで」

楓「智代子ちゃん……」

智代子「えへへ、だから! 私も、夏葉ちゃんと同じ気持ちでありますっ!」ムフン

夏葉「……ありがとう、智代子」



咲耶「“原因”とアナタは言ったけれど……私達にとっては、そうじゃない」

咲耶「アナタは“きっかけ”だったんだ、楓」

楓「……!」

ガゴンッ!

樹里「よーし、そうそう! 雰囲気出てるぜ」

凛「ちょ、ちょっと……もう、腕が上がらない……!」ガクッ

ヒュッ パシッ

樹里「いつもこんなのよりずっとハードなレッスンしてるじゃねーか。
   頑張れ、ほら」スッ

樹里「大丈夫だ。凛ならやれる」

凛「……もうっ」クスッ



咲耶「アナタはあまりに優しすぎて、臆病で、心の弱い部分も持っているのだろう」

咲耶「だから、自分の行いに正しさを求めている」


咲耶「確かに、アナタや私達が招いたものは、いつも正しいものばかりじゃなかった」

咲耶「だけど……正しさでは測れないものも、きっとあったんだ、楓」

咲耶「アナタが無自覚に弾いた石は、たとえ一時の智代子達を傷つけたとしても、
   その石が生んだ波紋は、私達をこの場所に引き寄せた」

咲耶「今の私達が抱いている気持ちのように……決してマイナスばかりなんかじゃない」

咲耶「私達だけじゃない。きっとアナタのファンだって同じさ」

咲耶「アナタの歌声を愛おしいと思わないアイドルファンはどこにもいない。
   たとえアナタが言うように、それが作り上げられた虚構の偶像だったとしても」

咲耶「アナタのファンが抱く気持ちに、嘘なんかどこにも無いんだ」

楓「…………」


咲耶「だって……だって、私がそうなのだから……!」

咲耶「今の私達が立っている場所は、マイナスなんかじゃないんだと信じたい」

咲耶「もっと高垣楓を応援したい……寄り添い、肩を並べて、同じ夢を見ていたい」

咲耶「そんな私達の……私の気持ちまで、否定するようなこと、しないでよ……!」


楓「…………ッ」ポロポロ…!



ガゴゴンッ!

卯月「ああぁ~~!! おっしぃ~~!」パシッ

未央「もうほぼ入ってたじゃん今のー! このイジワルリング~~!!」

ヒュッ

樹里「ハハハ。ついてねーな、凛」パシッ

凛「くっ……はぁ、はぁ……!」

樹里「でも、逆に言やぁ、運以外の要素はもう出来てる」

凛「……そう、かな」

樹里「あとちょっとだ、凛」スッ

凛「……うん」コクッ


凛「………………」スゥー…


凛「……ッ」スッ

シュッ!


フワッ…





パスッ!


未央「…………ッ!!」パシッ

卯月「は……!」


凛「入った……!」

智代子「ぃやったあーー!!」ピョンッ

夏葉「ナイスシュートだったわ、凛!」

咲耶「……」パチパチ



凛「樹里……!」クルッ


樹里「ヘヘッ……やったな、凛」

凛「うん……!」


凛「……樹里」

樹里「ん?」



凛「入ったよ」

凛「私のシュート……入った」


樹里「…………」

凛「さっきの賭け……樹里も、気づいていたんでしょ?」

凛「私のシュートの回数に、制限なんて無いってこと」

凛「だから、私の勝ち……そうだよね?」


樹里「……いいや、賭けはアタシの勝ちだ」

凛「……」

樹里「だから、アタシは賭けのルールに従った」

樹里「入らなかったから……アタシの好きにしたまでだ」

凛「樹里……」


樹里「弁当の時といい……お前もしたたかなヤツだよな」

樹里「どっちに転んでも、アタシがそうなるように仕向けたんだろ?」


凛「ううん、違うよ」フルフル

凛「樹里なら、自分の気持ちに気づいてくれる……その背中を、私は押したかっただけ」

樹里「……ほんとさ」

樹里「本当に……大したお節介焼きだぜ」

樹里「余計なお世話なんだよ……そういうのもう、嫌なんだよ……!」

樹里「嫌だって……思いたいのによ……!」グッ

未央「ジュリアン……」


樹里「どこにもいないんだ……アイツはもう」

樹里「そう自分に言い聞かせて、納得して……受け入れたつもりでいたかった」


樹里「そうするフリして……アタシは、忘れたかった。
   逃げたかったんだ」

樹里「大切なものを失うことの辛さから……
   アイツのことだって、さ、最初っからさ……!」

樹里「あんなヤツ、最初からいなかったんだ、って……!」ジワ…

凛「樹里……」

樹里「全部……ぜんぶ、忘れたかった!
   無かったことすりゃ、アタシは何も失ってないって!!」

樹里「なのによ……!」ポロポロ

卯月「樹里ちゃん……」

樹里「どうしようもねぇんだよ!! あ、うぁ……ぅ……!」

樹里「アタシ、ずっと目瞑ってるのに、気づけばアイツを探してて!
   どこにも見つかんなくって!! 逃げたいのに追っかけて!!」ボロボロ

樹里「忘れたいのに……アイツ、あ、ぁ、い……ひ、ぃ……!!」

樹里「アイツに会いた、て……話、したくて……!」

凛「樹里……」スッ

ダキッ

樹里「うあぁっ、ぁ……! ぃやだ……や、ぁ……!」ボロボロ


凛「いたでしょ、プロデューサー……?」

凛「私達や……樹里の中に、たくさん……たくさんっ」ギュッ

樹里「あぁ……プロデューサー……!」

樹里「プロデューサー……! ひ、あぁぁ……!!」ギュゥ

凛「寂しいよね…………悲しいよね……
  でも、寂しくないよ」

凛「私達だって、寂しいから……!」

凛「樹里の悲しみが、痛いほどに分かるから……!」ギュゥ…!

樹里「ぃやだ…………うぁ、やだ、ぁあ、ああぁぁ……!」ポロポロ

凛「だから、一緒に探していこうよ……プロデューサーとの、思い出の欠片を」

凛「皆と一緒に、たくさん……」

凛「私の中にいるプロデューサーも…………樹里のものだから……」


樹里「プロデューサー……うぁっ! あぁぁ……!」ボロボロ

樹里「プロデューサぁぁぁ……!!」ギュゥ…!

凛「…………」ナデナデ

楓「樹里ちゃん……」


夏葉「謝ってはダメよ、楓」

楓「……夏葉ちゃん」

智代子「…………」ポロポロ


楓「……はい」



樹里「ヒック……ヒック……!」

樹里「…………」


樹里「……」





スッ

凛「……落ち着いた?」

樹里「……うん。ありがとう、凛」

凛「もう……服がベチャベチャ」クスッ

樹里「うるせぇ」



ザッ

シャニP「……さ、西城さんっ」


樹里「? あ、アンタ……283プロの……」

シャニP「すまない。ちょっと、声を掛けるタイミングが無くて……」


咲耶「もっと早く入ってきてくれて良かったのに」クスッ

シャニP「えっ、き、気づいていたのか、咲耶!?」

夏葉「咲耶だけじゃないわ。当たり前でしょう、ねっ、智代子?」

智代子「もっ、も、もちろん……!」

凛「樹里」

樹里「あぁ、分かってるよ」


シャニP「……君を迎えに来た、西城さん」

シャニP「社長は俺に、君のことを保護するようにと言った」

樹里「保護?」

シャニP「その意図は、俺にもよく分からないのだけど……
     でも、それとは関係無く、俺は君に用があったんだ」

樹里「……何だよ」


シャニP「単刀直入に言おう、西城さん」

シャニP「君を283プロのアイドルとして、スカウトさせてほしい」


シャニP「俺は……まだ彼のような立派なプロデューサーではないのかも知れない。
     だけど、俺にも託されたものがある」

シャニP「その答えが何なのか、君と一緒に、探していきたいんだ」

樹里「いいぜ」

シャニP「えっ!?」

樹里「何で誘った方がビックリしてんだよ」

シャニP「い、いや、あまりにアッサリとしていて……良いのか?」


樹里「むしろアタシの方からお願いしたいと思ってたんだ」

樹里「アイツも、アタシには283プロが合ってるって、言ってたし……」

樹里「さっき、賭けにも“勝っちまった”からな」ニカッ

凛「ふふっ」クスッ


智代子「やったぁ、樹里ちゃん!」

夏葉「こんなに嬉しいことは無いわ、樹里」ニコッ

樹里「ヘッ。なんか……新鮮さはねーけどな」

咲耶「それだけ深め合ったものがあるということさ」バチコーン☆

樹里「やめろってそういうの」

シャニP「ありがとう……これからよろしく頼むよ、西城さん」ペコリ

樹里「樹里だ」

シャニP「えっ?」


樹里「アタシのことは、樹里って呼んでくれよ」


シャニP「あぁ……分かった、樹里」

樹里「……ヘヘッ」


樹里「それと……」クルッ



楓「……? 樹里ちゃん?」

樹里「なぁ、楓さん」

樹里「アタシと、賭けをしてみませんか?」

楓「賭け……」

ダムッ!

樹里「さっきの凛と同じ、この位置からアタシがシュートを打つ」

楓「…………」


樹里「……引退の噂があったのは、知っています」

樹里「もしそれが本当だってのなら……
   このボールが入ったら、楓さんはアイドルを続けてください」

楓「……入らなかったら、私の好きに、ですか?」

樹里「ハハハ。あぁ、そう」



楓「……樹里ちゃん」

楓「私は……やはり、メディアに全てを打ち明けたいと思います」

智代子「えっ……!」

卯月「ちょ、楓さん……!?」

シャニP「……それは、今世間を騒がせているあの動画の内容について、
     公式に真偽を言及するという事ですか?」

シャニP「あなたほどの人がそれを発言したら……」

楓「分かっています……私はもう、アイドル業界にいられなくなるかも知れません。
  それどころか、多くの人をご迷惑に……」

楓「でも、やはりそれは、ケジメなんです」

咲耶「楓……」


楓「その上で、私は……樹里ちゃんの投げたボールが入る事を、信じたいと思います」


夏葉「……損な性格をしているわね、楓」

未央「でも、楓さんらしい、かな?」


樹里「……一応もう一度、言っときますけど」ダムッ

樹里「アタシ、ここからシュートして入ったこと無いけど、いいんですか?」

楓「やる前から結果が分かっているものは、賭けとは言いません」

楓「そうでしょう?」ニコッ


樹里「……ヘヘッ」

樹里「みんな! ゴール下についてくれ!」


凛「うんっ」

未央「ほい来た!」

卯月「任せてください!」

咲耶「私はこちらで良いかな」

智代子「じゃあ私はこの辺で!」

ザザッ


シャニP「まさか……入らなかったボールを処理して、皆で入れようと?」

シャニP「た、確かに“ボールが入ったら”という条件ではあるが……何か、ずる…」

夏葉「プロデューサー! あなたも早く配置につきなさい!」

シャニP「あ、あぁ!」ザッ

樹里「よし……いいですね?」

楓「はい。お願いします、樹里ちゃん」

樹里「…………」ダムッ ダムッ


樹里(きっと、これから先も……アタシ一人の力じゃ届かねぇんだろうな)

ダムッ

樹里(でも、アタシは一人じゃない)

樹里(皆と一緒だから……アタシは、勝てる)

樹里(どこまでも、羽ばたいていける……)


樹里「…………」

樹里「……」スッ



樹里(そうだろ? プロデューサー)



シュッ!


――――

――――――

――――――

――――


  >今日のステージにタケウチ出るんだっけ?
  >出るもなにも大トリだぞ、運営も明らかに狙ってやってる
  >注目度だけじゃなくて、期待を裏切らない実力を見せてくるのはさすがだわ
  >ワイは最初からタケウチが来るって分かってた

  >ずっと思ってたんだけどさ
   『タケウチ』じゃなくて『タケウチャー』じゃね? どちらかと言うと
  >タケちゃん定期
  >今さら呼称を覆すのは無理だろ、明らかにタケウチが浸透しすぎた
  >実際呼びやすいしな
   全国のタケウチさんはネタにされちゃうだろうけど
  >カラオケでタケウチの曲を歌わされるタケウチさん続出してそう

  >しかしまさか楓さんが復活するとは思わなかったわ
  >いや、当たり前やろ
   楓さん何も悪いことしてないじゃん
  >その辺りは俺らには知る由も無いけどな
  >何でもいいよ、これからも上手に俺達を騙してほしいってだけ

  >樹里ちゃんも収まる所に収まった感あるわ
  >あの子もなんか雰囲気落ち着いたよな
   961にいた頃は必死な感じがしてウザかったけど
  >今ではすっかり283プロの良心
  >牙を抜かれたどころか、周りに濃いメンツいすぎてツッコミが追いつかない
  >胃薬のCM出始めたのほんと草生える

『……さぁ、ここでアイドル・アルティメイト決勝戦にコマを進めた、
 その最後のユニットのご紹介になります』

『さぁ見えました、『TAKE-UC HIGHER』!』

『以前行われたクリスタルウィンターにおいて優勝を果たした『TAKE-UC』、
 その5名に、283プロの白瀬咲耶さんを加えた6人組のユニットとなります』

『いえ、正確には『TAKE-UC』本来のメンバーには白瀬さんも入っていたのですが、
 アクシデントにより急遽346プロの高垣楓さんが代わりのメンバーとなっていたとのことで』

『ある意味では最終進化形と言えるユニットになったということでしょうか』

『ところで、この『TAKE-UC HIGHER』について、
 ファンの間でユニークな愛称が流行っているそうですね』

『あぁ、“タケウチ”という』

『ユニット名をローマ字読みした発音から、そう呼ばれていると。
 彼女達自身も気に入っているそうですよ』

『さぁ、その“タケウチ”ですが、今日のステージで披露する楽曲は、
 メンバーの皆が胸に秘めたある想いがテーマになっているそうです』

ワアアアァァァァァァァァ…!!!


樹里「……またこの花束かよ」ポリポリ

凛「夕美もマメだよね」


夏葉「黄色のラナンキュラス……」

咲耶「花言葉は、「優しい心遣い」」

智代子「見た目といい、樹里ちゃんにピッタリのお花だね!」

樹里「うるせぇ」プイッ


楓「会場の皆さん、お待ちかねのようです」

樹里「……ですね」


樹里「じゃあプロデューサー、行ってくる」

シャニP「あぁ」

シャニP「届けてきてくれ。お前達の笑顔を」

一同「はいっ!!」


 TAKE-UC HIGHER 【 FUTURITY SMILE 】



――――


ドタドタドタ…!

モバP「こ、こら志希! またそうやってふざけた事を……この、待てっ!」

一ノ瀬志希「ふざけてないよー、からかってるだけー♪」

塩見周子「まーまー。大人しくしといた方がかえってダメージ少ないよ、プロデューサーさん」

モバP「悪いことをする側の理屈じゃないか、それ……」


夕美「こらー、二人とも!
   プロデューサーさんを困らせちゃダメって言ったでしょ!」ムンズ

志希「ありゃりゃ、捕まっちゃったー、にゃははー♪」

周子「我が家のママがお出ましだねぇ、頼りになるわ」

夕美「ふざけた事言ってないで、ほら! 早くレッスン行こ!」

モバP「夕美、いつもありがとう。本当に助かるよ」

モバP「でも……すまない、夕美。ちょうど伝えようと思っていたんだが」

夕美「え?」

モバP「実は、トレーナーさんが風邪ひいちゃって、お休みしてるらしい。
    だから、今日のレッスンはキャンセルだ」

周子「あらら、そりゃ心配だね。そういう人達でも体調を崩すことあるんだ」

志希「絶対の事象なんて無いからねー。
   とりあえずゴシュウショウサマ……ん? 違うか。ぷりーずていくけあ、ゆーとぅー」


夕美「ううん、プロデューサーさんは何も悪くないよっ」フルフル

夕美「それに、レッスンがお休みなら、代わりにやりたい事もあるんだ♪」

モバP「中庭の花壇の手入れか?」

夕美「うんっ! ほら、志希ちゃんと周子ちゃんも行こう?」

志希(ふむふむ、これはヤダって言っても無理やり連れてかれるヤツと見た)

周子(下手に逆らわない方が身のためよ、志希ちゃん)ヒソヒソ

夕美「行こう??」ズイッ

志希・周子「はい」

モバP「お達者でなー」フリフリ


――――

  当たり前にある今日も
  奇跡だって思うよ
  どうすれば変われるのかを
  考えて過ごしてたの

――――



テクテク…

志希「わぁーっ! 綺麗なお花畑ー!」

夕美「えへへ。そりゃあ、私がお手入れしているからねっ♪」

周子「本当、お花に関しては丁寧だよねー」

夕美「ちょ、ちょっと!? アイドルのお仕事もちゃんとやってるでしょ!」プンスコ!

志希「アハハハ」


――――

  トキメキを形にできる場所
  見つけたから 溢れる希望
  その“始まり”を あなたがくれた
  まっすぐ見つめてくれた

――――


志希「ん?」ピタッ

周子「どうかした?」

志希「これ……アグラオネマだよね? こんな所に植えてていいの?」

夕美「あぁ、それはね」


スッ

夕美「この子は、ここでいいの」

夕美「もちろん、本当は日当たりの良い所に植えちゃいけない品種なんだけどね」

夕美「この子は、大切な人からの……」


――――

  舞い上がり ぶつかって 何度でも
  思い出すあの瞬間(とき) 最初の1ページ
  信じあう 響きあう 高鳴りを
  永遠に そう 忘れない

――――


周子「へぇー、お日様の日光が良くない植物とかあるんだ?」

周子「でもこの、アグラオネマさんは、日当たりが好き?
   色々と変わり者屋さんだね」

志希「まぁ何にでもイレギュラーはあるからねー」

周子「志希ちゃんが言うと説得力あるわぁ」


夕美「えへへ……変わり者なんかじゃないよ」

周子・志希「?」

  輝こう…!
  大きな空で あなたが誇れる星になろう
  限りない“ありがとう”繋いでゆく 希望のステージ
  羽ばたこう…!
  夢見ることに 全力出せる“今”があるの
  眩しい世界へ いつまでも Stand by Me



ワアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!! パチパチパチパチ…!!!!


樹里「はぁ……はぁ……はぁ……」


樹里「……これで安心だろ? プロデューサー」



フッ…


夕美「あっ! ふふ……」

夕美「良い笑顔だねっ!」ニコッ


~おしまい~

洋画『レオン』のパロディを書こうとしていたのですが、全然違うものになりました。
色々おかしい所もあるかと思います。

アイドルマスターシリーズの楽曲から、『オーバーマスター』、『1st Call』、『Ambitious Eve』、『FUTURITY SMILE』の歌詞をそれぞれ一部引用している箇所があります。

ひたすら長くなり、すみません。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。

龍が如くスピンオフ

リーガルサスペンスアクションゲーム

ジャッジアイズ:死神の遺言
(キムタクが如く)最終回

▽第11話~最終13話
『Back Stage』『Dirty Work』『トカゲの尻尾』
(18:06~)

https://youtu.be/a_6K0l2_4aQ

第1回ピザラポーカー
supported by エムホールデム
(Tホールデムアプリトーナメント)
オーイシ×加藤のピザラジオ#99SP
(21:00~)

■もこう、鈴木ゆゆうた、おにや
すたみな(あむあむWORLD)
高井佳祐(ガーリィレコード)
ミト(Clammbon/Ba.)、やしろあずき
岡田紗佳(Mリーグ/角川サクラナイツ)

□解説:けいたん(R.A.B)、ガイP

https://www.youtube.com/live/pYpPF8cDbO8

いいんじゃね?
樹里ちゃんが好きになるSS

>>478
誤)樹里「まだ9対7だ、勝負は終わっちゃいねぇ。
正)樹里「まだ9対6だ、勝負は終わっちゃいねぇ。

>>480
誤)樹里「今、9対7……これが入ったら、アタシの勝ち」
正)樹里「今、9対6……これが入ったら、アタシの勝ち」

スコアを間違えていました、すみません。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom