未定 アークナイツss (6)

ロドス内の通路を歩いているとドクターと呼びかけられて、私は振り返った。

耳をぴんと立てて、私に微笑みかけているのはロドスアイランドのCEOであり、リーダー、アーミヤだ。

「おはようございます。ドクター。今日は風も凪いでいて景色もいいですから、外に出てみるのもいいですよ」

「おはよう、アーミヤ。この一週間砂塵に閉じ込められて、整備班はご機嫌斜めだったが…ようやく解放されたようだ」

砂と砂利が隙間という隙間から、艦内に進入したため、計器類の不具合が発生し、ついでにウィーディはこれまで以上に神経質になった。

彼女が高水圧のポンプで、靴を洗い流す無料サービスを始めた時はよかったが、そのうち衣服や人にまで拡大しようとしたため、騒動を起こす前に彼女を清潔な個室へ送還することになった。

とはいっても、私のコートと執務室の一部が、彼女の実験のコストになっただけだ。

「ウィーディさんも反省していましたから、今日で彼女は普段通りの勤務に戻ります。よければ声をかけてあげてください」

「今日は休暇で手持ち無沙汰だったから、研究室に顔を出してみるよ」

「はい、お願いします。実は、わたしも休暇を取ってみようとしたのですが、急用が出てきてしまって…」

しゅんと耳を垂れるアーミヤを見て、私は申し訳なく思った。

実際、アーミヤ、ケルシー、私たちの三人は管理上、できるだけ休暇が被らないようにしている。

どうしても、プライベートでは会う機会はほぼない。

「今度休暇を合わせられたら、ボリバルの海月プリンを食べよう。ミヅキからお土産にもらったんだ」

一瞬、アーミヤは驚いた表情だったが、こくりと頷いた。

「ええ、ぜひ」

彼女は、指輪を握りしめる。これは何回目の約束だったか。

10か、20か、あるいはもっと多い、腐り果てる約束。

「そういえば、今日は、ケルシー先生と同じタイミングで、休暇でしたね」

アーミヤはあくまで自然体を装いながら、確認する。

「そうみたいだ、ケルシーから何か聞いているか?」

「わたしはなにも聞いてませんが、きっとお会いするでしょう

 だって、あれは元々ケルシー先生の仕事だったんです」

私が何かを言う前に、彼女は静かにその場を去った。

どうやら、今日の急用が彼女の機嫌を損ねてしまったようだ。

だけど、それはケルシーも織り込み済みだろう。

…できれば休日に、ケルシーと仕事の話をしたくないものだ。







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きたい

休日の過ごし方というのは、ロドス内では多種多様であるが、私のような記憶喪失の者にとっては、どうにも歯がゆい時間である。

この空白の時間は自身が、芯となるものを欠落した人間であるということを、自覚させるのだ。

よって、わたしは休日というものをロドス内を歩き回ったり、ロドスの面々と話すことで、記憶の断片を探すことが多い。

ケルシーのいう通り、私がロドスの前身であるバベルのメンバーであったなら、私の過去は誰かの中に存在していることだろう。

恐らく、そのうちの一人である人物が、私の前に現れた。

「クロージャ、おはよう」

「おはよー…ドクター、なんだか今日は元気に見えるよ」

目の下にできた隈をこすりつつ、クロージャが伸びをする。

恐らく砂嵐の対応で手いっぱいだっただろうが、寝袋を持ちながら移動する彼女は疲れ切っているように見えた。

「クロージャ、今回も素晴らしい活躍だったじゃないか。恐らく、君の努力がなければロドスは未だに砂嵐の中で窒息していたよ」

「まあ、それはそうだけど、仕事だからね。褒めても何も出ないよ。ひと先ず重要機器のあらかたの隙間はゴムとコーキング剤で埋めて、作動点検したよ」

百は優に超える機器を手作業で治していったのだろうが、その献身的な仕事ぶりには合掌するよりほかない。

「今まで、問題なかったようが、今回の砂嵐はやはり特殊だったようだ」

「そうだね、主にその砂嵐の規模と、その砂に大量の砂鉄が混じっていたことがこれまでと違った点かな。

大概の電子装置は防護対策してあるものだけど、なにせ古いから、ぼろっちいんだよね」

彼女の手が硬く、握り締められる。

「次は、絶対、設備予算を請求するんだ」

彼女の暗く淀んだ目を見ていると、深淵に引き摺りこまれそうだ。

「なにか、飲み物でも取ってこようか」

「いいよ、今血以外を飲んだら吐いちゃう」

寝袋を抱えた少女は、ノロノロとヴァルファリンのいる医務室へ向かう。

血に対する悦楽はブラッドブルードの特性である。

クロージャは普段はそれを拒絶しているが、理性が薄くなると抵抗するのが難しくなるようだ。私はそれを知っていたし、彼女がその後自己嫌悪に陥ることも知っている。

「クロージャ、やはり君のその衝動に至るまでの行動は評価されるべきだよ」

彼女は紅く輝く瞳で、私を捉える。

「そこまで言うなら、ドクターはしちゃってもいいってことだね」

しゅるり、しゅるり、クロージャは私の腰に手を添えて、逃げられないようにする。

瞬間、彼女の口元から延びる鋭い犬歯が、私の首筋に突き立つ。

痛みはないが代わりにぞくりとした感覚が背筋を襲う。

そして、熱い吐息が肌にかかり、理性を麻痺させようとする。

私は空中に浮いていた手を何とか動かし、クロージャの身体を引きはがそうとするが

彼女の静かに上下する胸に触れて固まった。

首筋から垂れる血を舌で転がして嗅いで舐めて、その甘美で破滅的な味わいに彼女は激しく喘いだ。

「…君はこの姿を誰かに見られるのが、嫌いだったんだろう」

私が言うと、彼女は首から離れて、面と向かい囁いた。

「そうだよ、こんな前時代的な体質なんて、格好悪いから」

同族の血を吸う、サルカズ。

彼女たちがどういう扱いを受けて生きてきたかは、分からないが

決して容認されるものではなかった。

紅潮した頬と赤く濡れた唇、彼女はそれらを両手で隠して、私から離れた。

「今の、なしってことにはならない、よね」

「それで構わない。私も今後このようなことがないよう、気を付けよう」

過去の私がどうクロージャと接していたが、分からないがと前置きした上で

「君が、過去の自分を否定する必要はないとと思う」

「あはは、分かってたんだ」

「いや、単なる予想だ。それに私も同じようなところで悩んでいるところだ」

過去の私は、どのような存在だったのだ?

私の視線を避けるようにクロージャは、目をそらした。

「答えてもらう、クロージャ。私が、【テレジアを殺した】。君から見てそのときの私はどういう状態だったのだ?私は何のために、殺した?」

「言われても、わ、わたしも、よくわからなかったよ。現場にはいなくて後から聞いたから」

「私はケルシーから聞いた言葉ではなく、クロージャの考えを聞きたいんだ」

「私は、その、ドクターが」

ああ

「おかしくなってたと思ってた」

殺した理由もなくて

おかしくなって

殺した

「あれは戦争の後半に差し掛かった時で、ようやく攻勢に打って出るところだった」

「とある町が包囲されていて、そこにアスカロン率いる軍が襲撃するところだった。

今までのドクターの指示だったら、失敗なんてなかったのに、あのときだけは違った」

「一杯死んだよ。あの包囲作戦で生き延びたのはアスカロン含めて数人だけ。それ以来ドクターは、変わったようだった」

勝利を固執した

死んだ人々のために

彼らを見殺しにした自分のために

クロージャが去ったあとも、一つの考えが頭をもたげた。

私が途方もない失敗したら、今の私は狂わずにいられるのだろうか

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