馬場このみ「シクラメンの花の香」【ミリマスSS】 (23)

ミリマスSSです。プロデューサーはP表記。
今回は地の文形式です。

シリーズものです。
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あらすじ
Pちゃんとこのみさんは元々同級生でしたが、今もあいかわらずイチャイチャしています。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1641477187


 十二月にもなると、アルミサッシから漏れて見える五時過ぎの外の景色は真暗になっていた。

「ねえ、プロデューサー。今夜、時間あるかしら?」

 事務作業が一区切りついたところを見計らって、私はプロデューサーに声をかけた。

「今夜? ……ああ。これといって予定はないけど、どうして?」

「コレに行かない?」

 私は、古臭い表現ながら、杯を口元で傾ける仕草をした。

 彼も合点がいったようで、笑って頷いた。

「いいよ、飲みに行こうか。このみさん、何か食べたいものとか、飲みたいものとかある?」

 プロデューサーに訊かれて、少し考えてみる。すると、熱燗の柔らかい香りが頭をよぎった。そして、出汁の温かな香り。これは和の気分だ。

「そうね、日本酒って気分かしら。寒くなってきたし、和食と一緒に温かいのも飲みたいわね」

「俺もそう思ってたよ。それじゃあ、いつものところにしようか」

「ええ、いいわよ」

「よし、じゃあ支度するよ。ちょっと待ってて」

 プロデューサーはパソコンで開いていたファイルを閉じ、机に散らかせた書類をテキパキと整理し始めた。私も、読んでいた雑誌を閉じて棚に戻し、上着を羽織っていつでも出られるように準備をする。

 五分とかからず、彼も退社する準備を済ませた。

「お待たせ、このみさん」

「大丈夫、そんなに待ってないわ。じゃあ行きましょ?」

「ああ」




 事務所を後にして外に出ると、日はすっかり暮れきっていた。通りを吹き抜ける風も冷たく、頬も思わずこわばる。

「ホント、冬になったわねえ」

「そうだな。ちょっと前まで、この時間は明るかったのに」

「それに東京はまた、日が暮れるのも早いからね」

「うん。地元はちょうど今くらいが日没じゃないか?」

「きっとね」

 私たちは山口の出身だ。しかも、同じ高校に通った同級生で、実家もお互い近いところにある、いわゆる幼馴染だ。話すと長くなるが、私たちは違う大学に進学したことを機に疎遠になっていたが、この765プロで偶然にも再会した。本来は事務員志望で応募したのに、社長の鶴の一声で私はアイドルになってしまった。そして彼は、アイドルである私の担当プロデューサーだ。おまけに、今住んでいる家も偶然、彼の家のすぐそばになってしまい、再び幼馴染のような関係まで復活した。

 どこで離れて、くっついたりするのかよく分からないから、人生というのはつくづく不思議なものだと思う。



「しかし、今日はあの店は何があるかなあ」

「Pは何が食べたい?」

「そうだなあ、俺は刺身食べたいんだよな」

「ああ、いいわね。この時期は色々あるだろうし」

「馬場は?」

「うーん、これだけ寒いと、鍋とか温かいモノ食べたいかな」

「うん、いいな」

 事務所を出ると、呼び方も名字に変わる。これは、私たちだけ名字で呼び合っていると、何だか違和感があるから変えてくれと同僚たちに言われたためだ。そこで、仕事をしている間は互いに『プロデューサー』と『このみさん』と呼ぶことになった。

 おかげで、仕事とプライベートのオンとオフが切り替わるような気がする。あくまで気がするだけで、最近は仕事中も昔馴染みのノリが出ているのだが。とはいえ、こんな風に名字で呼び合う方が、私たちにとっては逆にかた苦しくなくて、正直心地がいい。

「でも……」

「でも?」

「やっぱ、最初はビールが飲みたい」

「分かる」

 互いに顔を見合わせ、クスクスと笑った。

 私たちがまず欲するは、あの黄金の一滴がもたらしてくれる命の洗濯、言い換えれば、とりあえずビールであった。

・・・・・・・・・・



「それじゃあ、かんぱーい」

 ごちん、と鈍いジョッキグラスのぶつかる音がカウンター席で響く。

 ジョッキを傾ける、というよりも呷る勢いでビールを一口、二口と喉に流す。夏は汗をかくから喉が渇くが、冬も乾燥しているから喉は渇く。炭酸が渇いた喉を刺激する。グラスを口から離し、ふうと息を吐くと、ビールの甘苦い香りが鼻を心地よく抜けた。

「はあ……、やっぱビールは冬でもいつでも美味しいわねえ」

 全身の力が抜けるような心地に、頬もほころぶ。そんな私の姿を見て、隣に座るPが笑った。

「相変わらず、いい飲みっぷりだな」

「古臭い表現だけど、『この一杯のために生きてるー!』って言う人の気持ちが分かるわ」

「それは同感だ」

 彼はまたケラケラと笑った。

 酒飲み音頭ではないけれど、何かに理由を付けて、または何も理由もなしにこうしてPと飲みに行く。莉緒ちゃんなど事務所のお友達と一緒に飲むこともあるが、今日のように家の近くの行きつけのお店で飲むときは、彼と二人で飲むことが多い。

 そのうえ、このお店はいわゆる小料理屋というところだ。手頃な値段なのに、日常とは少し違った美味しいご飯、美味しいお酒を楽しむことができる。おまけに顔を見知っているから、私はお酒を注文するときにいちいち年齢を訊かれないということも、ありがたい材料だ。



「二人とも今日もありがとねぇ。はい、お通し」

「ありがとうございます」

 女将さんがお皿を置いた。柿と春菊のお浸しだ。薄目に切った柿は赤みを帯びた橙色で、春菊の鮮やかな緑色とのコントラストが美しい。

 まずは春菊を食べてみる。火の通りが絶妙で、シャキっと小気味よい食感の後に、春菊の爽やかな香りが広がる。今度は柿を箸でつまんで口に運ぶと、優しい甘さがして、それが春菊の風味と、薄目の出汁の心地よい味わいがマッチしている。

「これ美味しいわね」

「うん。柿もお浸しの具にして、こうして食べられるものなんだな」

 こうしたひと手間あるものが出てくると、お通しでも嬉しくなる。

「そうよね。皮剥いてそのまま食べるくらいしか考えられないもの」

「今日はお浸しにしてるけど、白和えにしても美味いんですよ。それと、はい。サワラのたたきと茹で落花生ね」




 調理場で作業している大将が、カウンター越しから器を置いた。

「あら、美味しそう」

 落花生は殻付きのまま茹でてザルで水気を切ってから、そのまま豪快に鉢に盛られている。大将曰く、生の落花生が出回るのはそろそろ終わりかな、とのことだ。落花生独特の香りが、湯気と一緒に漂う。

 落花生を一つ手に取る。まだ十分に熱を持っていて、しっかり握ると熱くて持てないかもしれないほどだ。歯を立てて殻を割り、中身を出す。一粒取り出して口に放り込むと、ホクホクした食感と、落花生らしい香ばしさ、甘みが広がる。それからビールを一口飲めば、得も言われぬ快感だ。

「これは……ちょっと悪魔的やね」

「うん。ええな、これは」

 少しアルコールも回って、口調もほぐれてくる。次第に地元山口の方言になるのが、その証拠だ。



 ビールもまた一口と進んでしまい、ジョッキに並々注がれていた黄金の液体は、あっという間に空いてしまった。

「次は何飲む?」

 ほぼ同時にビールを飲みほしたPが尋ねた。

「日本酒にしよっかな」

「OK。俺もそうしよう」

 後ろのテーブル席側に掲げられた『本日のお酒』と銘打ったメニュー表を二人で眺める。

「……『日置桜』のひやおろしか。ええわね」

「お、馬場もそれ見ちょったか」

「Pも? じゃあ、それにしよっか」

「飲み方はどうしますか? 冷やはもちろんですし、燗にしても美味しいですよ」

 会話を見計らって、女将さんが尋ねた。

「どうする?」

 とPが私に訊いたので、私は少し考えて、

「まずは冷やで飲もう。それで、もう少し飲みたくなったら燗でお代わり」

「名案やな、それでいこう。女将さん、それじゃあ一合ください。あと、お猪口二つで」

「そうだ、食べ物も追加していい?」

「ええよ。内容は任せる」

「ん。それなら、……すみません、アジの『りゅうきゅう』と下仁田葱の揚げだし、ください」



 間もなく、お酒の入ったグラスの徳利と、切子の猪口が運ばれてきた。

 まずはお互いに酌をする。だが、遠慮は無いから、二杯目からは手酌だ。

 くいと一口お酒を含む。なめらかな口当たりが心地よい。熟成されながらひと夏を越えた『ひやおろし』らしい、旨味がのった酒の味わいだ。きっと温かくしても美味しいと確信できる。

 先ほど頼んだサワラのたたきに箸を伸ばす。サワラの身は皮ごと炙っているから、周辺は縁どられるように色が変わっているが、中は美しい薄桃色をしている。脂もよく乗っているので、身はてらてらとほのかに輝いている。

 添え付けの玉葱の薄切りを乗せ、ポン酢を軽く付けてから一口で頬張ると、柑橘の酸味と、たたきの香ばしい香りの後に、脂がよく乗ったサワラの旨味が、とろりと柔らかな身を噛むごとにやって来た。

 それからお酒を一口飲めば、刺身、お酒それぞれの余韻が口の中で混ざり合う。

「ああ、ホント美味しいわ……」

「これは、美味いな……」

「P、ちょっと顔が溶けたみたいになってるわよ」

 ご満悦、と書かれた彼の顔を見て、私は思わず噴き出した。

「馬場だって同じような顔しちょったやろ」

「ええーっ?」

「はは。それだけ美味しそうに食べてくれたら、魚も喜ぶよ」

 私たちのやり取りを見て、大将が笑いながら言った。

「お魚もそうですけど、やっぱり一番は大将の腕ですよ」

「なあに、褒めたって何も出やせんよ」

 大将は照れくさそうに頬を掻いた。

 こじんまりした店だが、長年有名店の板前をしていたというだけあって、腕は確かだ。




 あっという間に、お酒とタタキが空になってしまった。

「飲み物はどうする?」と私が尋ねた。

「もう一杯、冷たいお酒を飲もうかな」

 彼はそう答えて、『花の香』を注文した。熊本の日本酒だ。私は、さっきの日置桜をお燗に付けてもらう。

 お酒を待っている間、口が寂しいから残った落花生に手を伸ばした。先ほどとは打って変わって冷めてしまっている。ホクホクとした食感は、少しサクサクとした締まった感じに変わり、甘みが増し、落花生が持つ旨味をより強く感じることができる。

 お店の奥にある座敷をちらりと見ると、忘年会だからか、スーツ姿の人たちが騒いでいた。その笑い声に交じって、店内には優先の音楽が漏れるように聞こえてくる。この店でいつも流している懐メロの合間に、クリスマスソングが鳴っていた。




「早いなあ、もう年の瀬やもんね」

「年寄り臭い言い方だけど、本当、一年経つのもあっという間だよなあ」

「ふふっ、でも実際、事務所のほとんどの子と比べたら私たちの方が年上なんだから、年寄り臭くなるわよ」

「でも身長は……」

「ん?」

 Pが余計なことを言いそうな雰囲気だったから、脇腹を小突く。

「……何でもないっす」

「まあ別に、小っちゃいと思われようと構わんよ。小っちゃくてセクシー、これもアイドルとして一種の個性だって分かってるわ。もしかしたらイロモノなのかもしれんけどね」

「イロモノ、なあ」

 少し自嘲気味に聞こえたのだろうか、私の言葉を受けて、彼は口元に手を当てて考え事をし始めた。そんな意味合いは込めてなかったから、重く受け止めてもらうつもりもなかったのだが。

 出演するテレビ番組でも、こうして彼からも、ネタとしていじられる時はある。とはいえ、それはそれで『オイシイ』し、別に構わないのだが。それに、私が本当にイヤだと思うような仕事について、彼は絶対に入れてこないわけで。



「特に深い意味はないから、そんな真面目に受け取らんでも……。あ、お酒来たわよ」

 お酒と共に、食べ物も運ばれてきた。りゅうきゅうと、葱の揚げだしだ。徳利に入ったのは私の日置桜で、桝の中にグラスを入れた、いわゆる『もっきり』スタイルのお酒は彼が頼んだ花の香だ。

 りゅうきゅうは大分の郷土料理で、アジの刺身を醬油ベースのタレと、ネギや生姜、ゴマに大葉といった薬味とともに和えた料理だ。元は漁師飯で、これをご飯の上にのせて丼として食べるそうだ。現地ではサバやブリといった魚を使うこともあるらしい。前回この店を訪ねたときは、ブリのりゅうきゅうを食べたが、それもとても美味しかった。

 小皿にそれぞれの分を取り分けてから、りゅうきゅうを口に運ぶ。新鮮なアジは身が締まっており、コリコリとすらしているうえ味も濃い。それに薬味の香りと、甘みのある醬油ダレが絡むと、複雑な味わいだ。

 磁器の徳利からお酒を酌むと、冷やの時には感じられなかったお酒の薫りが湯気とともにぷんと漂う。一つ口に含めると、お酒が隠していた米の旨味、酸味がパッと花開いた。

「ああ、これは沁みる……」

 冷やで飲んでいて予想していた通り、いや、期待以上の味わい深い滋味だ。



「美味そうに飲むなあ」

 Pがくすくすと笑う。

「アンタも飲む?」

「ええの? 正直、気になっとった」

「ええよ。というかこれは飲み。飲まんといけん」

 お酒を注いで、彼の方へ猪口を置く。

「んじゃあ、俺のも飲んでみ。花の香も美味いぞ」

 そう言って私は猪口を、彼はグラスを交換した。

 グラスに入ったお酒を少し拝借する。名前の通り、お花のような瑞々しい爽やかな香りが広がる。

「んっ、美味しいっ」

 旨味もあって味も濃く甘みもはっきりしているが、後味がすっきりしている。これは単体で飲んでも、食中酒でも十分楽しめるお酒だろう。

「……おおっ。これもまた、ええな」

 彼は猪口を口元で傾けて、感心したように言った。

「やろ?」

「冷やで飲んでも美味かったもんな」

 それから、お酒の器を互いに返した。

 こういう時、間接ナントカがどうとか、そういうことを気にしなくなったのは、年を重ねたせいかもしれない。とはいえ彼とこうして交換して飲む際、全く意識をしていない、というわけでもない。それに、彼自身もどう感じているのだろうか、ということも気にならないわけではない。うん。

 私は猪口にお酒を足して、くい、と飲んだ。



 揚げ出しは、立派な太さの下仁田葱を二、三センチごとに切って揚げている。大将が丁寧にピラミッド状に盛り付けていて、その上に大根と生姜をおろしたものを乗せ、さらに熱い出汁をかけている。油の香ばしさが混じった出汁の香りに喉が鳴る。

 三つほど取って、一つを頬張る。葱の外側は繊維がしっかりとしていて歯ごたえがよく、シャクッと小気味よい音を立てる。中心は、熱い。揚げていたときの熱をまだ持っているからだろう。はふはふと口の中に空気を入れながら食べる。次第に葱の中心部から、トロっとした蜜のような質感と甘みがあらわれた。

「熱いけど、これは美味しいわね」

 そう言って、Pのほうを見遣ると、彼は葱の熱さに悶絶していた。俯いて目を見開きながら、鼻から大きく息を吸って耐える彼の姿に、私は思わず噴き出した。

「……美味いな。熱いけど」

「口の中、ベロンベロンになっちょらん?」

「なっちょらん」

「本当に?」

「……上顎がしみる」

「何でウソついたん」

 なぜか痩せ我慢して熱がらない彼の姿が滑稽で、私はケラケラと笑ってしまった。




 それから、私は念願の温かいものをということで、焼き白菜と豚肉の炊いたんを注文し、お酒は『九州菊』を燗で頼んだ。炊いたんは出汁がたっぷりと入っていて、そのうえ、焼いた白菜が香ばしく、とても美味しいものだった。九州菊は福岡のお酒で、うまみのある昔ながらのお酒の味で、炊いたんによく合った。

 だんだん胃袋も満たされ、酔いの加減も丁度よくなってきた。要するに、出来上がってきた。

 向こうの座敷にいた人たちは、会計を済ませたのか、陽気な声を上げながら外へと出ていった。あの調子だと、おそらく彼らはあのまま二次会だろう。

 店内が静かになり、有線もよく聞こえるようになった。ちょうど曲が変わったばかりだったのか、哀愁漂うギターのイントロが流れ、それから、静かだがよく通る男性の声が響いた。

「あ、『シクラメンのかほり』」

「懐かしいな」

「そうね、ウチのおじいちゃんがよく歌いよったもんね」

「そうそう。馬場のおじいさん、上手かったよなあ」

 機嫌がよくなると、風呂場や、宴会の席でよく歌っていた。十八番というやつだ。最近も家の近くのカラオケ喫茶で、気分よく歌っているらしい。



「そうそう。なあ馬場、知ってるか?」

「何?」

「『シクラメンのかほり』の歌詞に出てくる、薄紫色のシクラメンって元は無かったんだって。そのうえ、シクラメンの花にそもそも、香りもないらしい」

「そうなん?」

 彼によると、この曲の作詞作曲をした人は、様々な楽曲や詩から引っ張って作詞したそうだ。そうした借り物の詩であることを示すために、あえて現実のシクラメンには無い、香りや色の表現をしたとのこと。

「でも、この曲が売れたおかげで、香りがしたり、薄紫色したシクラメンが本当に作られたんだ」

「へえ」

「ウチのアイドルもさ、そんな風になってほしいんだよな」

 猪口に入った酒を飲みながらPは言った。




「というと?」

「無ければ作っちゃえばええ」

 酔ってはいたが、彼の言葉には芯があった。

「ほう」

「その新しい花のニーズ作ってしまえばええ。今までなかったからこそ、面白いんじゃないかな。そこを開拓すればもっと面白くなるんじゃないかって、そう思うんよ」

「……小っちゃくてセクシーとか?」

「おお。馬場のそれは、俺の言おうとしてることにバッチリ合っとるな」

 彼はゆっくりと大きく頷いた。

「そっか。うん、そうね。一番初めに開拓すれば、その時点でナンバーワンだしオンリーワンだもんね」

「そうだな。……ってそれだと、違う曲になるな」

「歌詞もちょっと違わん?」

「確かに」

 彼が大きく笑うと、私もつられて笑った。




 Pがこの話題を持ち出したのは、特に深い意味はないのだろう。でも、彼が言った言葉が、不思議と私の心に沁み入った。実際、自分のアイドルとしての方向が、気になるときがある。その時は自分を信じようと努めるが、やはり、どこか心の奥で一抹の不安が残ってて、それをぬぐい切るのは難しいものだ。

 でも、私は少しだけ肩の力が抜けた心地がした。それはきっと、彼がプロデューサーだからであり、そのプロデューサーがその道を信じていてくれるからだろう。

「でも私だけじゃ、その新しい花にはなれんけね?」

「そのときは、俺がプロデューサーとして頑張ります。きちんと育てますとも」

 彼はおどけて、じょうろで水をやるような仕草をしてみせた。

「ふふっ、頼もしいわ。ありがと」

 私も、自分自身が咲かせる花の姿を、少し信じてみたくなった。


・・・・・・・・・・




 通りは居酒屋やバーといったお店の明かりが灯り、行きかう人で賑やかだ。冬の空気は冷たいが、書き入れ時の飲み屋街は熱気を帯びている。

 私たちは家路へ向かう。私の家も彼の家も、この店から歩いて五分くらいの近さだ。

「あー、美味しかったぁ」

「相変わらず美味かったな」

「うん。美味しいもの食べて、美味しいお酒飲んで、幸せだわぁ」

「そうだな。……いつも思うけど、こうして馬場と酒を飲むようになるとはな」

「そうねえ、私もよく思うことだわ」

 高校から離れ離れになって、こうしてまたよく会うことになるとは、ましてや、私たちが大人になって、お酒を酌み交わすようになるとは、想像していなかったことだ。

 彼と一緒に食べて飲んで、そして、色んなことを話して笑って、また飲む。

 正直、幸せだ。




「ねえ、P」

「どうした?」

「私、Pと飲むの楽しいし、好きよ」

「……そっか」

 彼はぷいと顔をそむけた。

 しかし、私は知っている。この仕草は、Pが照れを隠すときにするものだ。その証拠に、表情は見えないが、彼の耳が桜色に赤く染まっている。

「何? もしかして照れてるん?」

「……しゃーしい。酔いが回ってきただけっちゃ。お前も大概飲んでるんやけ、早う帰って寝れ」

「……ふふっ、はいはい」

 彼は足早に歩き始め、私も駆け足で付いていった。

 本当のことを言えば、飲むことだけではないのだけれども。少し誤魔化して言ってしまったのも、言った手前、私の顔も一層熱く感じることも、酔いが足らなかったせいかもしれない。

 もちろん、本当に伝えたいことは、酔いに任せずきちんと伝えたいけどね。

 飲み屋街を抜け出すと、辺りは冷ややかな冬の空気が流れていた。その冷たさが、火照った頬に心地よく感じた。



……つづく?



このみさんと時にはしっとり、時にはげらげらと笑いながらお酒を飲みたい人生でした。

シリーズもの好き

>> 人生でした。

過去形なのは>>1は死ぬつもりなんだろう
遺書をクソスレで代用とは前衛的だな

このSSまとめへのコメント

1 :  MilitaryGirl   2022年04月21日 (木) 07:49:58   ID: S:cyg8L8

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