オリキャラ主人公注意。苦手な方はブラウザバック推奨。
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昨年彗星のように現れ、日本音楽界に新たな風を吹かすギタリストの倉部陸氏。演奏はもちろん、作詞や作曲もこなす倉部氏の過去に迫る独占インタビューをどうぞ!
――倉部さんがギターを始めたのは高校生になってからとのことで、プロになる方の中では遅い方だと思うのですが、始めたきっかけは何だったんでしょうか?
そうですね。僕はそもそもギターどころか音楽すら高校まではさっぱりだったのでかなり特殊な部類だと思います。きっかけは入学してすぐのオリエンテーションで軽音楽部の演奏を見たことですね。それがもうカッコいいのなんの。特にその時ギターを演奏していた先輩に惚れ惚れしちゃって、入部即決しちゃいました。楽器も持ってないのに「ギターをやらせてくれ」しか言わなかったので、面倒くさい後輩だったかもしれませんね(笑)。
退屈な部活紹介オリエンテーションがダラダラと過ぎていく。新入生の大半は入学前から入部先を決めているし、部活動の参加は任意だから、そもそも入部しないという人も多い。かくいう俺も部活動には入らないつもりだ。新入生の総意としては、「こんなオリエンテーションよりもクラスメイトとの親睦を深める方が大事」だった。
わざわざ勧誘しなくても人が集まるサッカー部や野球部は「経験者のみ入部可能」とだけ言って終了した。囲碁部は初心者大歓迎と言って対局を見せていたが、簡単なルール説明もない上に、盤面も全く見えていなかった。
新入生の気持ちが分かるからか、勧誘側も明らかにやる気のない発表だらけだった。
各部の発表が淡々と進み、吹奏楽部の心地よい音色をBGMにウトウトとしていた俺だったが、その直後の叫び声で飛び上がることになる。
「軽音楽部ですよろしくぅぅぅ!!!!!!」
突然のシャウトによって一瞬にして体育館がライブハウスへと化した。雑談をしている者も、スマートフォンでアルバイトの求人を探している者も、英単語帳を熱心に読み込む者も、全員が動きを止めてステージに注目した。
「かっこいい……」
直感的にそう思った。全く知らない曲で(多分オリジナル曲だ)、ロックなんてほとんど聴いたこともなかったけど、気が付けばステージに釘付けになっていた。
ギターソロに入る。それまではあくまでボーカルの引き立て役として演奏していたリーゼントの人が、急に前に出てきてなんだか訳の分からない指の動きを見せた。囲碁の盤面よりも見えにくい小さな動きを食い入るように見ている自分がいた。
いつしか、部活には入らないという考えはすっかり消え失せ、軽音楽部の発表が終わるや否や、スマホで中古ギターの値段を調べ始めていた。
その日の放課後、早速入部届を出しに行った。オリエンテーションでは演奏するだけで勧誘の言葉もなく退場してしまっていたので、ここで初めて部活の詳細を聞く。どうやら都内の軽音楽部としてはかなり有名で、活動も活発らしい。入部届を出した1年生は殆どが何かしらの楽器経験がある人だった。
仮入部期間が終わると、1年生同士でバンドを組むことになった。未経験者の俺を誘ってくれる人は誰一人としていなくて、結局俺と同様に未経験者の2人と余り者同士でバンドを組むことになった。
練習しようにも未経験者だけでは何をしたらいいのかも分からないし、俺はギター希望で、他の2人はベースとドラム希望だったから、ボーカルもいなかった。最初から躓いてしまった。
すると、オリエンテーションでギターを弾いていたあのリーゼントの先輩がやってきた。
「おいおい、どうしたんだそんな暗い顔して。ロックは楽しくやんなきゃだろ?」
「えーっと……」
「ああ、アタシは2年の木村夏樹。アンタらは新入部員だよな。なにか困ったことでもあったか?」
「あの、俺たち3人でバンド組んだんですけど、楽器できる人が一人もいなくて、どうしたらいいのかさっぱり……。ボーカルもいないし……」
「なんだ、そんなことかよ。だったらアタシでよければ掛け持ちでボーカルやるよ。ベースとドラムも初心者にだったら多少教えられるしな」
「えっ、でもそれだと木村先輩が凄い忙しくなるんじゃ……」
「いいっていいって、ロックで忙しくなるなら大歓迎さ。ところでアンタら未経験ってことは楽器持ってないだろ? アタシが良い店紹介するよ。ネットで買うより安くて良いのが揃ってんだ」
それからというもの、楽器や練習本を買いに楽器店に連れて行ってくれたり、毎日の練習で初心者の俺たちを教えてくれたり、おすすめのロックバンドを教えてもらったりと、さんざんお世話になった。もちろん元々所属していたバンドの活動もしっかりと行っていて、路上ライブをするときは手伝いがてらよく見に行かせてもらった。
木村先輩は見た目はチャラついていて少し怖いが、優しくて面倒見のいい人だった。
――その先輩とは今でも連絡を取っているのでしょうか?
いや、先輩は僕が入部した年に退部しちゃって、その後はめっきり話さなくなっちゃいました。同じ学校には通ってるので話そうと思えばいくらでも話せたんですけど、なかなかタイミングが合わず……。LINEのアカウントも変わってしまったみたいでもう連絡先も知らないですし、どこで何してるかも分からないです。この記事をどこかで見つけて、連絡してくれたら嬉しいですね。
――高校時代に一番印象に残っている出来事は何ですか?
やっぱり初めてエントリーしたオーディションは印象に残ってますね。というのも……
木村先輩が退部したのは、確か10月頃だったと思う。
軽音楽部の活動は、思っている以上にハードだった。俺みたいな初心者は別として、他の部員には本気でプロになりたいと考えている人が殆どだったから、様々なオーディションに参加することが当たり前だった。
特に9月末にテレビ特番で生放送されるスター発掘番組の予選オーディションは、軽音楽部のすべてのバンドがエントリーすることになっている特大イベントだった。もちろんすべてのオーディションを勝ち進んでテレビに出るなんてことは滅多にないけど、番組自体の人気や注目度が高いこともあってこのオーディションを最後に引退する3年生の熱気はすさまじかった。
俺たちのバンドは、一次オーディション通過を目標にした。木村先輩はともかく、素人上がりの1年生には相当高い目標であることは分かっていたので、毎日居残り練習をした。木村先輩は本命でもある元々入っていたバンドでもエントリーしているから毎日とはいかなかったが、空き時間にちょくちょく様子を見に来てくれた。おかげで、上手く行けば一次通過も狙えるくらいには上達できたと思う。
そして、一次オーディションの当日になった。
「おい、大丈夫かよ? 顔真っ青だぞ?」
お決まりのリーゼントをバッチリ決めた木村先輩は、平気な顔でよくある棒付きキャンディーを舐めている。多分お気に入りのコーラ味だ。
「いや、だって人前で演奏するのなんて初めてですし、緊張しない方が無理っていうか……」
「そりゃそうだけどさ、せっかくアタシたちの音楽を聴いてくれる人がいるんだから、楽しまなきゃ損だぜ!」
確かにそうだ。木村先輩のバンドの路上ライブで手伝いをしたとき、演奏に耳を傾けてくれる人もたくさんいたけど、迷惑そうな顔をしながら通りすぎる人の方が圧倒的に多かった。あれに比べれば今回のオーディションなんか余裕だ。少なくとも聴く気がある人しかいないんだから。
そう思った。思ってしまった。
係の人に呼ばれてオーディション会場に入る。俺たちの演奏が始まると、審査員の目が変わった。品定めなんて上品なもんじゃない。俺たちの粗を探すように視線を突きさしてくる。僕は、そのプレッシャーに頭が真っ白になってしまった。
そこから先は何も覚えていない。ただ、「落ちた」という感覚だけは確かだった。
その日のオーディション終わり、学校に戻って楽器の片付けをしていると木村先輩から駐輪場に呼び出された。そんなことをする人ではないとは思いつつ、でも殴られるかもしれないと思った。
「あの! 木村先輩すいません! あんなに練習見てもらったのに俺、頭真っ白になっちゃって……」
「いいっていいって。そんなことより、ほら、これ」
「これは……ヘルメット?」
「そう。それ貸すから後ろ乗れよ。良いとこ連れてってやる」
よく見ると、木村先輩は青いバイクに寄りかかっていた。そういえばバイク通学だといつか言っていた気がする。恐らくこれで通学しているのだろう。
「早くしないと日が暮れちまうぜ?」
どこに連れていかれるかも分からないまま、半ば無理やりにバイクに跨らされた。
「よし、じゃあしっかり掴まってろよ!」
促されて俺は木村先輩の腰あたりにしがみついた。後ろ髪が少し顔に当たった。ちょっと、いや、かなりいい匂いだった。多少の下心は認める。あくまで多少、だ。
どれくらい走っただろうか、いつの間にか夕焼けの時間になり、東京湾が一望できる自然公園に着いた。
「いい景色だろ。アタシのとっておきの場所なんだ」
「……はい」
確かにいい景色だ。東京湾が夕焼けに反射して、オレンジ色の世界が一面に広がる。ところどころで聞こえるウミネコの鳴き声も、何とも言えない「それっぽさ」を醸し出していた。
「……あんまし気にすんなよ? 音楽やってりゃあれくらいのことは誰にだってあるさ」
「でも、せっかく木村先輩にたくさん教えてもらったのに、何もできなくて……。先輩の時間を無駄にしてしまったんじゃないかって」
「無駄になんかなってないさ。アタシは好きでアンタらに教えてんだ。ほら、人に教えることで見えてくるものもある、とかいうだろ? それにこっちだってそんなすぐに上手くなるなんて思ってないしな。だから……一回失敗したくらいで辞められるとこっちが困る」
「……辞める? 俺が?」
「去年いたんだ。オーディションでデカいミスして、そのまま退部したやつ。アンタにはそうなって欲しくないんだ。せっかく才能あるんだしな」
「え、あるんですか? 才能」
「おいおい、自覚なかったのかよ。練習してるときに思ったけど、他の奴らと合わせてても自分の音がよく聞こえてるだろ? そうすれば自分の音に向き合いやすいし、音感だってつきやすい。良い耳ってのは地味だけどプロになるには絶対必要な才能だよ」
ボロッボロの演奏をした後に急に褒められたものだから戸惑ってしまった。というか、そもそも辞める前提で話をされても困る。
「だから辞めてほしくなくてここに連れてきたんだけど、さっきの反応からするに辞めるつもりはないんだよな?」
「もちろんです。俺は木村先輩みたいになりたくて軽音楽部に入ったんです。少なくとも木村先輩を抜かすまでは辞めません」
「ははっ、アンタ、卒業してもこの部活来るつもりか?」
「そ、それまでには抜かしますから!」
「なんだよ、全然元気じゃないか。連れてきて損したぜ……」
確かに辞めるつもりはなかったけど、落ち込んでいたことは事実なのだから「損した」とまでは言わなくてもいいじゃないかと不満に思いつつ、一方で木村先輩と話している内に元気になっている自分に気が付いた。
落選したバンドは、その後の数週間、勝ち進んだ先輩たちの手伝いをすることになる。学校外で場所を借りて練習をするときの楽器運搬などが主な仕事だ。そんなこんなで忙しく過ごした時間もつかの間、9月の中頃に最終オーディションの結果が出た。
最終オーディションに残っていた3年生のバンドは、残念ながら落選してしまった。しかし唯一、木村先輩がいる2年生のバンドが見事オーディションを通過し、月末の生放送に出演することが決定した。
仲間の演奏が日本全国に生放送される。しかも音楽プロデューサーの目に止まればプロとしてデビューができる。この事実に部員全員が色めき立ち、大騒ぎになった。後から聞くと、あまりの騒がしさに書道部から文句が来ていたらしい。そんなの知るか。
生放送当日、学校の体育館ではパブリックビューイングが行われた。といっても生徒と教師、保護者くらいしかいなかったけど。それでもミーハー心がくすぐられるのか、かなりの人が集まっていた。
そして、先輩のたちの出番が来た。
VTRでのバンドの紹介パートで高校の名前が出たときは、少しだけざわついた。VTRが終わっていざ、先輩たちが登場すると、かなりざわついた。間髪を入れずに演奏が始まる。
一言で言うなら、圧倒的だった。全員が楽しそうに演奏していて、それでいて真剣な様子が伝わってくる。演奏のテクニックとかはまだよく分からないけど、そんな俺でも分かる、直感的な「かっこいい」が詰まっていた。あの時のオリエンテーションと同じ。
テレビに映る観覧席も大盛り上がりのように見えた。審査員の音楽プロデューサーがうなずいている画が映る。俺たちは、先輩たちがプロになることを既に確信していた。
案の定、演奏が終わった後の講評では絶賛され、うなずいていた音楽プロデューサーからメジャーデビュー確約を伝えられた。体育館は文字通り揺れていた。
――倉部さんでもやはり始めたばかりの頃は苦労されたのですね。しかし、後にプロになる人に教えてもらったからこそ、倉部さんの才能が開花したのかもしれませんね。
そうかもしれません(笑)。確かに先輩の指導はすごく分かりやすかったですね。先輩はいろんな事情があって実際にプロになることは出来なかったんですけど、どこかでギターの先生とかをしていたら嬉しいな、なんて思っちゃいますね。
~~~~~~~~~~~~~~~
そう、木村先輩はプロにはならなかった。いや、なれなかった。
あの生放送の数日後、木村先輩たちは今後の打ち合わせのためにレコード会社へ打ち合わせに行っていた。デビューはいつになるか、どんな曲を出すのか、どんな方向性を目指すのか、そんな話をしているのだろうか。
昼過ぎには学校に来ているかと思っていたが、結局先輩たちが学校に来たのは放課後、部活が始まって少し経ったくらいの時間だった。どうやら打ち合わせというものは存外時間のかかるものらしい。
先輩たちが帰ってきたことを聞くや否や、部員総出で出迎える。みんなレコード会社でどんなことを話したのか気になっていたらしく、しばらく先輩たちは質問攻めにあっていた。が、テンションの高い部員たちに対して先輩たちの顔は浮かない。そして、なぜか木村先輩の姿も見えなかった。
他の部員がある程度満足したのか各々練習に戻り始めたタイミングで、俺も先輩たちに話かけた。
「打ち合わせお疲れ様でした。あの、木村先輩ってどこに行ったんですか? バイクもないみたいですけど……」
「夏樹は……すまん、俺たちも分からない。打ち合わせが終わった後、一人でどっかに行っちまった」
「何かあったんですよね? 先輩たちもそんなに嬉しそうじゃないですし」
「ま、お前はずっと夏樹にべったりだったし気になるよな。ずっと黙ってられることじゃないし、倉部なら言ってもいいか。ただ、他の人にはまだ言いふらすなよ」
先輩たちから聞いた事情は、俺には信じがたいものだった。あまりに信じられなくて、仮病を使ってそのまま部活を早退して、自宅とは反対方向の電車に乗り込んだ。
いつかの自然公園は交通の便がかなり悪いらしく、電車とバスを乗り継いでやっと到着した頃には夕暮れ時もそろそろ終わりという時間になってしまった。人通りはほとんどなく、駐輪場には青いバイクが一台だけ。やはりここにいるという直感は当たっていたようだ。
街灯を頼りに人影を探すと、あの時と同じ場所で座り込む木村先輩がいた。
「木村先輩!」
「来んな!」
木村先輩は俺の方を振り返らずに叫び返す。ライブの時のシャウトとは明らかに違う迫力があった。本当に来ないで欲しいという気持ちが溢れている。
「いや、もう暗いし危ないですよ! 帰りましょう!」
「いつ帰るかなんてアタシの勝手だろ! 大体なんでアンタがこんなところに来るんだよ!」
あんなに優しかった木村先輩が初めて理不尽に怒鳴った。それでも引き下がるわけにはいかない。
木村先輩がバンドを脱退した。それが先輩たちから聞いた事情だった。
打ち合わせ場所には、生放送の時にもいた音楽プロデューサーの他に、若い女性がいたらしい。そして先輩たちが席に着くや否や、メジャーデビューをするための条件を提示されたという。
「木村夏樹の脱退」と、「同席している女性ギタリストを新しく迎えること」の2点。これを飲まない限りデビューはさせてくれないとのことだった。
「先輩たちから全部聞きました! 俺にはなにも出来ないかもしれないけど、でも居ても立ってもいられなくて……」
「その通りだ! アンタにできることなんかひとっつもないんだからさっさと帰れ!」
「いつ帰るかなんて俺の勝手です!」
「ああそうかい、じゃあアタシのことも放っといてくれ!」
「なんでバンド辞めちゃったんですか!?」
「放っとけって言ってるだろ!」
「放っとく訳ないじゃないですか!」
「……じゃあ言うけど、アンタは『アタシの実力が足りなかったから』って言ったところで納得すんのかよ!?」
初めて木村先輩がこちらを振り向き、初めて聞く木村先輩の震えた叫び声が響いた。あたりはすっかり日が落ちて真っ暗闇だ。街頭の薄明りだけではどんな顔をしているかは分からないけど、想像するのは簡単だった。
「そんなはずないです! だって先輩はあんなにカッコいい演奏ができて、いろんなバンドを知ってて、教えるのも上手で、俺が軽音楽部に入ったのも木村先輩に憧れたからなんですよ!?」
「……ギターってのはある程度弾ければ誰でもカッコよく見えるもんなんだよ。アタシだって歴だけは長くやってきたんだから分かってたさ、アタシくらいの実力じゃプロになれないことくらい」
「そもそも、その新しいギターってのは何者なんですか!? そんな得体のしれない人が急に入って先輩たちは本当に納得したんですか!?」
「最初は納得なんかしてなかったさ。でも、一回そいつの演奏を聴いたら考えが変わったよ。アタシにゃ敵わないってさ。他の奴らも同じように思ったみたいだったよ。もちろんアタシに気を遣って手の平を返すまではしなかったけど。でもさ、アタシが抜けるだけでみんなの夢が叶うんだ。だったら抜けてやるのが仲間ってもんだろ?」
「でも先輩の夢が叶ってない! きっと今からでも話し合えば先輩もメンバーに残ったままでデビューできる道だって見つかりますから!」
「夢だけじゃプロにはなれないんだよ。元々アタシはプロになれる実力なんて持ち合わせちゃいなかったんだ。アンタも憧れるならアタシ以外にした方がいい。もっと上手い人なんていくらでもいるんだから」
「でも……」
「今更どうにかしようって言ったって、もうどうにもならないんだよ。アタシももう帰るから、アンタも諦めな」
そう言い残して木村先輩は立ち去った。”もう”どうにもならないと言っている時点で納得しているというのは嘘なのだろう。先輩の後ろ姿は、いつものカッコいい木村先輩とは少し違って見えた。
先輩が帰るのならば俺がここに居座り続ける意味もないのでバス停までの一本道を歩き始める。
「おい!」
しばらくすると、急に声を掛けられた。振り向くとそこは駐車場で、ヘルメットを被った木村先輩がバイクに跨っていた。
「早く来いって。置いていくぞ」
どうやら俺を待っていてくれたようだ。俺に投げつけてきたヘルメットは、雨が降ったわけでもないのに少し濡れていた。跡が残らないように服で水分をふき取ってから被る。後部座席に座るとエンジンが付いた。
「……バイクってうるさいですね。こんなのに乗ってたら先輩が独り言言ってても後ろの俺には聞こえませんね」
「……1年坊主にそんな生意気なこと言われる筋合いはないよ」
言い切るや否や発進した。エンジン音に紛れて先輩が何かを叫び始める。ただ、一つ忘れていることがあった。
やっぱり俺は耳が良いらしい。努めてエンジン音に集中することにした。
出発した時には気が付かなかったけど、学校に着く頃になると木村先輩からはいつか後部座席に乗った時と同じ、良い匂いがしていた。
翌日から、木村先輩は部活に来なくなった。顧問の先生に聞くと退部届が提出されたらしい。部室からは誰も知らない間に木村先輩の荷物が無くなり、空いたスペースはすぐに他の人によって占領された。
教室に押しかけてもう一度話をしようとしたけど、何度通い詰めても教室から出てくれることはなく、俺の休み時間だけが消費されていった。
そんな生活を繰り返していると、ある日の休み時間、楽譜を読み込んでいる様子が教室の外から見えた。まだ音楽を続けているようで安心したのをよく覚えている。それならば俺がしゃしゃり出る必要もないと思い、教室通いはその日でやめにした。毎回先輩に取り次いでくれる強面の2年生にも申し訳なくなってきていたところだったし。
それからは本当に練習しかしなかった。友達と遊びに行ったり、テレビを見たりすることはほとんどなくなったし、勉強に関してもそれはもう全然しなくなって、赤点なんて数えるのが面倒になるくらい取ったけど、そんなことよりもギターが上手くなりたかった。上手くなって、先輩に部活辞めたことを後悔させてやろうと思っていた。なんで俺が上手くなると先輩が後悔するのかは分からないけど。
俺が2年生になると、木村先輩の青いバイクが学校に来ることが急に減った。噂に聞くと、スーツの男や緑の服を着た女と一緒にいることがよく目撃されているらしい。新しいバンドメンバーだろうか? 本格的に活動を再開してくれたようで嬉しかったし、学校を休んでいる理由に関してもバンド活動が上手く行っているんだろうと思って深く考えることはなかった。
――それ以降その先輩と再会することはあったのでしょうか?
いや、一切会ってないですね。高校の近辺ではそこまでライブハウスの数も多くないですし、路上でやる場所も限られてるので活動してたら会わないはずがないんですけど。もしかしたら避けられてたのかもしれません(笑)。
――高校時代は先輩の影響を受けたとのことですが、高校を卒業した昨年にギタリストとしてデビューしました。その経緯について……
事務所に届いた茶封筒を開くと、そこには我が担当アイドル、木村夏樹が表紙を飾った音楽雑誌の見本誌が入っていた。すぐに片付けなければいけないような急ぎの仕事もないので、雑誌の内容にざっと目を通す。かなり硬派な老舗の音楽雑誌なので、「アイドルのロックなんて」と叩かれないか不安だったが、そんな心配は無用だったようで、かなりいい出来なんじゃないかと思う。
昔、音楽を志し挫折した人間として、この雑誌に関われたことに大きな達成感を感じつつ、発売されたら自分用も買わないとなあとか考えていると、夏樹がレッスンを終えて帰ってきた。
「ただいまー」
「お、おかえり。この前撮影した雑誌の見本誌、もう届いてるぞ」
「マジ? 楽しみにしてたんだよ。読んでいいか?」
「もちろん。この後仕事の予定もないし、ゆっくり読んでいきな。あ、あと、デビュー3周年ライブの話なんだけど、結構自由に決めていいって言われたから何か希望あったら早いうちに教えてくれ。できるだけ対応するよ」
「了解! 事務所赤字にするくらい盛大にやってやるよ!」
「……ちひろさんが怖くないならいくらでもいいぞ。俺は知らないけどな」
「じょ、冗談だって……」
適当な会話をしながらも食い入るように雑誌を読み込んでいる。やはり夏樹もこの雑誌に思うところがあったりするのだろう。少なくとも俺よりは真剣に音楽に向き合ってきたはずだ。
しばらくして、夏樹が急に首を傾げ、そのあと、にっこりと笑った。
「何か面白い記事でもあったか?」
「ああ、まあな」
「おはようございます! あれ、なつきち何読んでるの!?」
夏樹と仲の良いアイドルの多田李衣菜がちょうど事務所にやってきた。これから仕事なのだろうか。
「おはよう、多田さん。この前撮影した雑誌の見本誌だよ」
「え、すごいこれ有名なやつじゃん!」
「だりーでもさすがにこの雑誌は知ってたか」
「もー私だって最近は色々勉強してるんだから……。3年前の私とは違うんだよ?」
口をとんがらせていじける多田さん。デビューしてから3年、少し大人びたところはあるけれどこういうところは昔のままだ。
「ハハッ、悪かったよ」
「で、どんな記事だったんだよ」
「大したものじゃないよ。ただ、アタシも昔よりは成長してるみたいだって思ってさ。それともアイツが勝手にアタシのことガキっぽく話してるだけかもな?」
「何の話?」
俺も多田さんも腑に落ちないまま夏樹だけがケラケラと笑う。そしてふと思いついたように夏樹が言った。
「なあ、3周年ライブのサポートギター、アタシが指名してもいいか?」
>>3 訂正
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退屈な部活紹介オリエンテーションがダラダラと過ぎていく。新入生の大半は入学前から入部先を決めているし、部活動の参加は任意だから、そもそも入部しないという人も多い。かくいう俺も部活動には入らないつもりだ。新入生の総意としては、「こんなオリエンテーションよりもクラスメイトとの親睦を深める方が大事」だった。
わざわざ勧誘しなくても人が集まるサッカー部や野球部は「経験者のみ入部可能」とだけ言って終了した。囲碁部は初心者大歓迎と言って対局を見せていたが、簡単なルール説明もない上に、盤面も全く見えていなかった。
新入生の気持ちが分かるからか、勧誘側も明らかにやる気のない発表だらけだった。
>>8 訂正
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木村先輩が退部したのは、確か10月頃だったと思う。
軽音楽部の活動は、思っている以上にハードだった。俺みたいな初心者は別として、他の部員には本気でプロになりたいと考えている人が殆どだったから、様々なオーディションに参加することが当たり前だった。
特に9月末にテレビ特番で生放送されるスター発掘番組の予選オーディションは、軽音楽部のすべてのバンドがエントリーすることになっている特大イベントだった。もちろんすべてのオーディションを勝ち進んでテレビに出るなんてことは滅多にないけど、番組自体の人気や注目度が高いこともあってこのオーディションを最後に引退する3年生の熱気はすさまじかった。
俺たちのバンドは、一次オーディション通過を目標にした。木村先輩はともかく、素人上がりの1年生には相当高い目標であることは分かっていたので、毎日居残り練習をした。木村先輩は本命でもある元々入っていたバンドでもエントリーしているから毎日とはいかなかったが、空き時間にちょくちょく様子を見に来てくれた。おかげで、上手く行けば一次通過も狙えるくらいには上達できたと思う。
以上です。途中、回想シーンを示す波線を入れるのを忘れていました。分かりにくくなってしまい、すいません。
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