阿良々木月火「もうお兄ちゃんうるさい!!」阿良々木火憐「ぶっ飛ばすぞ!!」 (12)

僕に2人の妹が居ることは今更説明する必要はないことだけど、それぞれ強烈な個性を持つ妹たちがどのように人格を形成していったのかについて詳細を知る者は少ないだろう。

多くの人たちにとって出会った当初から火憐ちゃんは火憐ちゃんで、そして月火ちゃんは月火ちゃんかも知れないが、あいつらだって産まれた瞬間にフルマラソンを走れたわけではなく、誰にも教わらずに着物の着付けを完璧に習得していたわけでもないのだ。

残念ながら妹たちが産まれた瞬間の記憶は長い年月によって忘却してしまったが、僕より遅く産まれたという事実だけはどれほどの歳月が経っても変わることはない。

妹たちの記憶について1番古い記憶を探ると、どちらも至って普通の女の子であり、今みたいに奇人変人、あるいは超人の類いではなかったと記憶している。

妹たちと交わした会話について1番記憶に残っているのもまた、ありふれたものだった。

『お兄ちゃんはどっちの方が好き?』
『どっちと結婚したい?』

ロリというかペドの域を出ない幼女たちに詰問されて僕は兄として真剣に悩んだものだ。

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「ほほう。それは儂としても興味深いの」

僕の影から顔を覗かせたのは忍野忍。
鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼の成れの果てであり、今は吸血鬼もどきの金髪幼女だ。

「かかっ。3人目の妹になってもよいぞ」
「勘弁してくれ。2人だけで充分すぎる」

辟易として僕が言うと、忍はそういう気分なのか背後に回って背中に抱きついて囁いた。

「お兄ちゃん、お話して」
「出来れば、兄上で頼む」
「兄様のほうがよかろ?」

兄様というともののけの姫に登場するカヤという少女がアシタカをそう呼んでいたけれど、あれは別に実の兄弟ではないらしいな。

「つまりアシタカは村ぐるみで兄妹ごっこをしとった妹萌えの変態というわけじゃな」
「全国の少女たちの憧れをぶっ壊すな!」

当時別に少女ではなかった僕でさえ、アシタカに憧れていたというのに眼が曇りすぎだ。

「ふむ。曇りなき眼か。長く生きておればおるほど善し悪しなど見極めるのが難しくなってくるというのにあの老婆はせいぜい70~80年ほどの生涯で何を悟っているのやら」
「お前が言うと説得力がありすぎる!」

かかっと機嫌良く笑う忍の口元にちらと牙が見て取れ、まだまだ完全に牙が抜け落ちるには時間が必要なのだろうとそう結論付けた。

「それで、妹たちの話だけど」
「ああ。たしか枯木と積木じゃったか?」
「火憐と月火だ!」

ネーミングセンスが致命的な僕の両親だって出生届を提出した瞬間に詰むような名前を付けたりはしない。すると忍は不思議そうに。

「我が主人さまの名前は暦じゃったのう」
「それがどうかしたか?」
「いや、何故"肥やし"にしなかったのかと」
「堆肥呼ばわりされたのは初めてだよ!!」

僕が現在交際している戦場ヶ原もびっくりの毒を吐かれて発酵寸前の僕を優しく撫でて。

「よいか、肥やしというのはこよなく優しいという深い意味が含まれておるんじゃ」
「肥やしさんがそんなおおらかな人物に育つとは僕には到底思えないんだが……」

苦言を呈すと、忍は気を取り直すように。

「まあ、何はともあれ、儂はそんな優しい肥やしお兄ちゃんが好きじゃ!」
「気持ちは有難いけど、僕はそんな臭そうなお兄ちゃんを好きになれない」

平行線の言い分はそろそろ収束する頃合い。

「しかし、好かれておったんじゃろう?」
「ああ。僕は妹たちから、愛されていた」

閑話休題。そろそろ真面目に本題に入ろう。

「愛されていたか。今となっては想像もつかぬ……いや、想像通りと言ったところかの」

第三者の目から見て、今の僕と妹たちとの破綻した関係性がどう映るのかは定かではないが、ある程度改善した今でさえ決して仲睦まじいとは言えないだろう。

「表面上はどれだけ互いに罵り合っておっても、それはある意味において信頼関係の表れとも言えよう。本当に破綻した関係とは完全なる無関心な筈じゃからな」

無関心か。少し前までは、それに近かった。
それでも完全に無関心ではなかったと思う。
心の奥底で、どこかお互いに気にしていた。

「我が主人さまは過保護じゃからな」
「そりゃあ、そうだろう。あんな妹たち、危なっかしくて見ていられない」
「それは過去の己を見ているからじゃろう」

忍の曇りなき眼はどうやら僕の全てを見透かしているらしい。過去も現在も、そしておそらくは未来すらも。不死身の忍にとってはこの世界に生きる全ての者が己の過去なのだ。

「昔の僕はどうしようもないほど僕だった」

まだ妹たちが小さい頃、僕は妹たちにとって良い兄であろうとした。今と違って、絶対的な正義とやらを信じていて、そしてそれを貫き通すことが出来るとそう思っていたが、基本的には僕は僕であり、それは変わらない。

「つまり、格好つけていたんだ」
「かかっ。今の主人さまと同じく、か」

格好つけても様にならないという事実を受け入れてからはそこまで自意識に苛まれることもなくなったが、まだ自意識を客観視出来ない子供というのは文字通り怖いもの無しだ。

「正義を掲げる限り負けることはないと思っていたし、もちろん正義は必ず勝つと信じていた。この世には明確に正義と悪の線引きがしてあって、それをはっきりと見分けることが可能だと自惚れていた。そんな僕に憧れた妹たちは結果的にあんな風に歪んだわけだ」

懺悔のように打ち明けると忍は頭を撫でて。

「儂の曇りなき眼には少なくとも歪んでいるようには映っとらん。むしろ真っ直ぐ育ち過ぎたと言ったほうが適切じゃろうて」

忍の言う通り、妹たちは真っ直ぐ育った。
竹の子のようにすくすくと、真っ直ぐに。
いくら高みを目指しても太陽がないのに。

「僕は肝心なことを妹たちに教えなかった。どれだけ正しいことをしても正義の味方にはなれない。正しいことをすればするほど、その振る舞いは"悪党"じみてくるってことを」

突き詰めれば、全ては極論へと行き着く。
100人救うために1人を犠牲にしようとか、或いは1人を救うために100人を犠牲にするだとか。
その善し悪しなど誰にも判断などつかない。
あるのは立場だけで、状況に応じて立ち居振る舞いを変えるだけ。まるで悪党のように。

「僕は妹たちを悪党にしたくなかった。けれど、正義を掲げる妹たちは敵対する相手からすればどうしようもないほどに、悪だった」

栂の木二中のファイヤー シスターズ。
その異名ならぬ悪名が轟き始めて、妹たちがまるで世直しのようなことをやっていると知った僕は後悔した。その振る舞いを悪びれない妹たちを生み出した自分自身を軽蔑した。

「そこで妹御を軽蔑せんのは流石お優しい我が主人さまと言ったところかの」
「誰かを軽蔑する資格なんて僕はこの地球上で何者も持ち得ないとそう思う」

誰だって、清廉潔白というわけではなくて。
にも関わらず、人を悪しざまに言うことや。
人の行いに眉を顰めるくらいなら眉を剃る。

「これこれ、極論はよさんか。儂は存外、我が主人さまの眉毛を気に入っておるのに」
「望外の喜びだな」

なかなかルックスを褒めて貰う機会がない僕は大いに喜んで、話を続けた。冒頭に戻る。

『お兄ちゃんはどっちの方が好き?』
『どっちと結婚したい?』

思えばその問いに答えた瞬間に、妹たちに強烈な個性が芽生えたと、今ならばわかる。

「格好つけた主人さまの答えが知りたいの」
「僕はどっちも好きだし、どっちとも結婚したいと答えた。区別したり差別したりすることは悪だから。あの時そう信じていたから」

どちらかを選ぶ資格なんて今の僕にもないと思うけど、選ぶ必要はあったのだろう。
そうすることによってどちらかが諦めて、違う道に進めば妹たちも絶対的な正義などありはしないと理解出来たのかも知れない。

「たとえ片方を悪に堕としてでも、か?」
「堕とさないし落ちない。兄が実の妹を口説き落とすなんて、それこそ真の悪党だろ?」

僕は善人ではないかも知れないけど、善人であろうと心がけている。だから妹を悪の道に誘いはしないし、もし悪の道に迷い込んだならばすぐに救い出してやろうと、そう思う。

「故に選ばなかったのじゃろう?」
「たとえ選んだとしてもの話だよ」

例えばあの時火憐ちゃんを選んだとしよう。
火憐ちゃんをお嫁さんにしようとする僕を、必ず正義の下、月火ちゃんが裁く筈だ。
その逆もまた然り。それこそが正しい。

「やれやれ。我が主人さまは自罰的すぎる」
「なんなら、お前が裁いてくれてもいいぜ」
「裁くと言っても心渡で三枚おろし、じゃ」

三枚におろしてくれたら、火憐ちゃんと月火ちゃん、それから忍のぶんも確保出来るな。

「かかっ。博愛主義者のつもりか?」
「3人の僕がそれぞれ大切な人を想うのは博愛主義とは言わないだろ。大目に見てくれ」
「大目に見る。すなわち曇りなき眼じゃな」

悪を大目に見ること。
悪に目を瞑ること。
悪を見逃すこと。

それが恐らく、長くこの世界を彷徨った忍の境地であり、曇りなき眼なのだろう。

後日談というか、今回のオチ。

「曇りなき眼と言えば」
「なんじゃ?」
「いや、もののけ姫では結局、森と人間、どちらも選ばなかったんだよな」

アシタカは結局、どちらも選ばず、どちらの味方にもならず、それでいてちゃっかりサンと良い仲になっていたことを思い出した。

「アシタカは実は悪党なのかもな」
「かかっ。しかし不思議なことに女という生き物はどうしてか悪党に惹かれるものじゃ」
「どうして悪党に惹かれるんだ?」
「悪党は、身内には優しいからの」

確かに優しいというか甘いイメージはある。

「お前も身内には甘いのか?」
「儂が、というよりも主人さまの血は甘かったよ。今思い出しても、実に甘美じゃった」

じゅるりとよだれを垂らす忍に僕は囁いた。

「お前の血も、甘かったよ」

すると忍はこの時を待っていたとばかりに。

「じゃが、儂のおしっこはしょっぱいぞ?」
「ちなみに僕の肥やしは糞みたいに苦いぜ」
「フハッ!」

いい感じに、オチならぬウンチがついたな。

「フハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「もうお兄ちゃんうるさい!!」
「ぶっ飛ばすぞ!!」

忍の愉悦につられて哄笑する僕に正義の鉄槌を下す妹たちは曇りなき眼じゃなくたって誰の目から見ても正義であり、誇らしかった。


【肥物語】


FIN

フハッまで読んだ

>>1>>8まで読んで
俺「(この人文章力あるな~)」

>>9を読んで
俺「ってあんたかい!ww」

乙でしたww


あとリクエストしていい?
ゴールデンカムイでss書いてくれ、うんこと相性いいぞww

>>11
お読みくださりありがとうございます。
ゴールデンカムイは未視聴未読でして、もしも書けそうなら書いてみますね。
面白そうな作品を教えて頂き感謝です。

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