少女「あなた、死神?」男「あぁ」 (185)

SS2作目です。

今回、書き溜めをしていないため、更新が遅くなると思います。

今回も、とある歌をテーマに書かせてもらっています。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1562039314




王国で一番大きなその町の、一番大きなお屋敷には、それは偉い伯爵様が住んでおりました。
伯爵様は何でも持っています。
富、権力、武力、土地……。
しかし、そんな伯爵様はこれまでで一番大きな悩みに直面します。
それは、齢14になる自らの愛娘。
つい先日までいつも通り過ごしていたはずの彼女が、
──突然倒れてしまったのです。


ーーー王国の市場ーーー

ガヤガヤ



男「………」テクテク



「はいはい!甘くておいしい焼き菓子はいらんかねー!」

「ねぇ母さん、あれ食べたい!」

「えー?そんなこと言って、この前も夕食残してたでしょ?ダメです」



男「………」テクテク



「あぁ、すみません、あなた行商人の方ですよね?」

「えぇそうですが」

「隣町まで行くことがありましたら、これを町娘という子のところまで届けて欲しいのです。勿論お代は弾みます」ジャラ

「……恋文ですかな?いえ、野暮なことは聞きません。分かりました、確かに届けておきましょう」



男「………」テクテク



男「………」テクテク



ドンッ



「…ってぇな、おいてめぇ、どこ見て歩いてやがる」

男「………」

「何とか言ったらどうなんだ?えぇ!?」ムナグラツカミ

男「………」ギロ

「っ…!」

男「………」

「…な、なんだてめぇ…気持ち悪いやつだな……」

パッ

「チッ、二度と俺の前に現れんじゃねぇぞ」スタスタ...

男「………」

男「………」テクテク





ヒソヒソ



「……ねぇ聞きました?先日の……」

「えぇ、聞きましたわ。伯爵様の娘さんのことですよね?」

「あら、ではあの噂は本当でしたのね」

「──娘さんが倒れたっていう……」



男「………」ピタ

男「………」



「うわっ!ちょっ!……危ない危ない。ねぇそこのあんさんさ。こんな往来の真ん中で急に立ち止まらないでくれよな?頼むよ」



男「………」

男(……あっち、か)





ーーー伯爵邸 娘の部屋ーーー

医者「むぅ……」

少女「………」

伯爵「………」

伯爵夫人(以下、夫人)「………」

親族・従者たち「「「………」」」

伯爵「……それで、どうなんですか、先生」

医者「………」

伯爵「……先生?」

医者「……一つお聞きしたいことがございます」

伯爵「なんでしょう?」

医者「娘様が倒れられたのは、昨日でお間違いないですね?」

伯爵「えぇ、そう聞いています。…そうであったな?教育係?」

教育係「は、はい!ピアノのお時間でしたので、部屋を移動なさろうとしたときに突然……」

医者「そうですか……」

夫人「……そ、それがどうかしたのでしょうか?娘の──少女の容態と何か関係があるのですか!?」

伯爵「落ち着きなさいっ…!」

医者「いえ、そうですね……伯爵様、奥方様。これより先は、お二方のみにお伝えする方がよろしいかと……」

伯爵「……そう、ですか」

夫人「あなた……」

伯爵「……分かりました」

伯爵「皆の者、私たちは別室へ行く。お前たちはここで待って──」







少女「──ここで言って」





全員「!!」

伯爵「………少女?」

少女「私の身体のことなんだから、私が一番よく分かってる」

少女「ね、答え合わせさせてよ、先生」

医者「な、なにを……」

夫人「少女!何を言っているの!これはお遊戯じゃないのよ!お医者様はあなたの身を案じておっしゃっているの!わがままも大概になさい!」

少女「………」

夫人「あなたからも言ってやって下さいな!」

伯爵「……いや、そうだな」

伯爵「先生、申し訳ありませんが、娘たっての希望です。この部屋でお願いします」

夫人「あなた!?」

医者「ですが……構わないのですか?」

伯爵「はい」

伯爵「………」ジッ...

少女「………」

医者「……分かりました。お話し致します」




医者「まず率直に申し上げてしまいますと、娘様の病状はかなり深刻です。加えてこの病、一度罹ると現在の医学では完治が難しいと言われている奇病です。罹患率は極めて低く、今のこの王国でも二人といないかと。」

ザワッ

医者「しかし、最も信じがたいのは──ここまで病が進行しているのに、どなたにも気付かれなかった点です」

伯爵「なんだと?」

医者「この病は、進行するに伴い、激痛に見舞われるのです。それも一度だけではありません。定期的に、です」

伯爵「バカな……そんな素振りなど……誰ぞ、娘の様子がおかしいのに気付いた者はおらんのか!?」

「「「………」」」

伯爵「……先生、それは真実なのですか?」

医者「伯爵様、お疑いになる気持ちも分かります。ですが、一人だけ、間違いなく変化に気付いていたはずの方がおられます」

医者「……そうですよね、娘様」

少女「………」

伯爵「少女……まさかお前……」

少女「……強く生きろ」

少女「そう言ったのは、お父様でしたよね」

伯爵「っ!」

夫人「だ、だからって、今までずっと痛みに耐えてきたというの…?」

少女「………」

少女「先生、もう前置きはいいの。私はこれからどうなるのか、教えてちょうだい」

医者「………」

医者「……先ほど申し上げた通り、娘様の病状は深刻です。正直、私でもなす術がございません」

夫人「そんな……」

伯爵「国一番と言われる、あなたの腕をもってしても、ですか」

医者「はい……そして、ここからはどうか、心を落ち着けてお聞きください」




医者「──長くて、後1ヵ月。それが娘様に残されたお時間です」

伯爵「!!」

「1ヵ月…!?」

「なんということ……」

夫人「あ……あぁ……」ヘナヘナ

「奥様!」

「しっかりしてくださいまし!」

ザワザワ





少女「じゃあ殺して」





シーン...

伯爵「な……お前、何を……」

少女「1ヵ月?その間まだ私に苦しめって言うの?」

医者「しかし、その苦痛を和らげる薬を処方すれば痛みからは──」

少女「いらない。そうまでして受ける生に何の意味があるの?」

少女「ねぇお父様、私はこんなに弱い人間になってしまったわ。お強いお父様の手でなら、容易く終わらせることが出来るでしょう?」

伯爵「バカなことを言うんじゃない」

少女「お母様。私が居なくなればあなたの手を煩わせるわがまま娘は消える。それは素晴らしい未来でなくて?」

夫人「少…女……」

少女「……あなたたちも!今すぐ私を殺せば、面倒なお守りから解放されるわよ!どう?とっても魅力的でしょう?」

親族・従者たち「「「………」」」

伯爵「少女……落ち着いて──」

少女「……出てって」

伯爵「少女?」

少女「私を殺してくれないのなら、この部屋から出てって!全員!今すぐ!!」





ーーーーーーー

伯爵「本日はこんな遠いところまで足を運んで頂いてありがとうございました」

医者「いえ、とんでもございません。私こそお力になれず申し訳ない……。本当であれば、娘様には今すぐにでも病院に移って頂いた方がよろしいのですが……」

伯爵「あの子のことです。きっとそれも拒んでしまうでしょう」

夫人「………」

医者「そうですか……ではせめて鎮痛薬だけでもお出ししておきましょう」ガサゴソ

伯爵「有り難い配慮です。しかし、お医者様というのは何でも持っていらっしゃるのですな。この場で鎮痛薬など……この事態を見通しておいでで?」

医者「備えあれば憂いなし、というやつです。今日はこれにてお暇させて頂きますが、何かございましたらいつでもご連絡ください。すぐに駆け付けましょう。それでは」



ガチャ バタン




伯爵「………ふぅ………」

夫人「あぁ……少女……1ヶ月、あと1ヶ月ですって……あなた…!」ポロポロ

伯爵「うむ……」ギュ

夫人「なぜ?どうしてあの子なの?私が、悪かったのかしら……あの子に愛を注いであげられなかった、私が!だから神がお怒りになったのよ!」

伯爵「……大丈夫、君の愛はきっとあの子に伝わってる」

夫人「だったらどうして──!」

伯爵「しっかりするんだ!あと1ヶ月……逆に考えれば、まだ1ヶ月ある。だが、我々が取り乱しているばかりではそんな時間などすぐに過ぎ去ってしまう。……残った時間、あの子に出来る限りのことをしてやろう。一生分の愛を与えようじゃないか」

夫人「うぅ……ぅ………」

伯爵「………」ナデナデ



ーーーーー

少女「──じゃあ殺して」

ーーーーー



伯爵(少女………)

伯爵(私たちは、どこで間違えてしまったのだろうな……)




どうせあと少しで亡くなるし本人も死を望んでるから少女の太ももにナイフで切れ目作ってそこに俺のチ○ポいれて犯したいな


ーーー伯爵邸 娘の部屋ーーー

少女「………」

少女「………」

少女(……今更、なんなの)

少女(これまで私に見向きもしなかった癖に、こんな時だけ心配面?)

少女(都合が良過ぎるのよ、何もかも……)

少女「はぁ……私って何のために生きてきたんだろう」

男「………」

少女「こんなお屋敷なんて望んでなかった。こんな広い部屋、ベッド、高い料理なんて……私は、人並みで良かったのに……」

男「………」

少女「人生って案外つまらないのね──っ!」

男「………」

少女「………誰?」

男「………」

少女(全身黒いフード……)

少女「誰も入っていいなんて言ってないけど……いえ、そもそも何者?」

男「………」

少女「ここがどこだか分かって侵入したの?……人呼ぶわよ」

男「………」

少女「……もう!なんなのよ!聞こえてるんでしょ!答えなさいよ!」

男「………」




少女「あのね、私あなたの相手してられるほど暇じゃ──」

少女(ん、待って……あの格好……)

男「………」

少女(……やっぱりそう、昔本で見た通りの……)

少女「……ねぇ」

男「………」





少女「あなた、死神?」





男「………」

少女「………」ジッ...

男「………あぁ」

少女「!!」

少女「やっぱり、そうなのね」

少女「だったらお願いがあるの」

男「………」

少女「──今すぐ私を殺して」




男「………」

少女「ねぇ、早く」

男「………娘、生きたくはないのか?」

少女「バカな質問をしないで。殺してって言ってるのが分からないの?あなただって、私を殺すためにここに来たんでしょ?」

少女「さぁ早く、殺してよ!」

男「………」

男「……生憎だが、俺は生者を殺さない。刈り取られた命を導くだけ」

少女「何を言っているの?あなた死神なんでしょう?死を司る神さまなんでしょう?こんなちっぽけな命を終わらせるなんてわけないわよね?」

男「………」

少女「私の言うことが聞けないの!?」

男「………」

少女「……」ギリ...

少女「……死神さまって融通が利かないのね!」バンッ!

少女「」ハァハァ...

男「………」



「お嬢様!何やら大きな音がされたようですが!ご無事ですか!?」



少女「なんでもないから!入ってこないで!」



「わ、分かりました……」






少女「………」

少女「……なら、何をしに来たのよ」

少女「哀れな私を笑いに来たの?神さまともあろうお方が」

少女「それとも、怖がらせに来たのかしら。悪戯好きの死神、いつか本で読んだことがあるわ」

男「………」

少女「……でもそれじゃダメね」

少女「ね、こっちに来て」

男「……?」

少女「ほら早く」

男「………」

男「………」スッ...

少女「………」

男「………」

少女「………」ソーッ...



バッ!(フードを払う)






男「…!」

少女「あら……」

男「………何をする」

少女「意外ね。あなたどう見ても普通の人間にしか見えないわ」

男「………」ジロッ

少女「……その目つきを除いて、だけど」

男「……この姿に意味はない。人の器を模しているだけだ」

少女「そう……でも変ね」

男「何がだ?」

少女「あなた、死神なのよね?」

男「先に答えた通りだ」

少女「ならどうして、鎌を持っていないの?」

男「………」

少女「死神は、その手に持つ巨大な鎌で人の命を刈り取り、終焉をもたらす者……そう教わったのだけれど」

男「……間違いではない」

少女「?」

男「確かに、生者の命を刈るのは鎌の役目」

男「そして言ったはずだ。私の役目は、命を導くことであると」

少女「……じゃあ、もうすぐ私の元にも鎌がやってくるのかしら?」

男「……そうだな」




少女「ふーん……」

男「……怖くはないのか?」

少女「別に。残念ね、もう少しゾッとするお話が聞けるかと期待してたのに」

男「………」

少女「けど、それなら尚のこと気になるわ。なぜあなたはここへ来たの?……私はまもなく死ぬってこと?」

男「……いや」

少女「なら、どうして?」

男「………」

男「……一つ聞きたい」

少女「質問を質問で返すのは失礼だって、ご存知ない?」

男「………」

少女「……で、なに?」

男「人間の暮らしは楽しいか?」

少女「楽しいかですって?……死神さまは冗談にも長けているのね。今の私を見て楽しいと思えるのなら、それはそれは頭がお花畑な幸せ者ね」

男「………」




少女「あなたの疑問には答えたわよ。今度はあなたが私の疑問に答える番」

男「……ただの暇つぶしだ」

少女「……え?」

男「退屈なんだ、俺の仕事は」

少女「……時間を持て余していたから来たってこと?」

男「そうだ」

少女「最初からここに来ようと決めてたわけじゃないの?」

男「偶々一番近い死のにおいが、ここだった」

少女「………」

男「………」

少女「……はっ!暇つぶしに油を売ってただけなの。時間があり過ぎるなんて、贅沢な悩みね」

少女「死神さまの道楽ってわけ。随分いいご身分ですこと」

男「………」

少女「それで、貴重な暇をつぶしたこの時間は死神さまにとって楽しいお時間になりましたか??」

男「………」

少女「相手になってあげた私に、感想の一言くらい聞かせなさいよ」

男「……そうだな、君に対する印象くらいなら」

少女「へぇ?なにかしら?」




男「………」

男「よく喋る」

少女「なっ!」

男「すぐに怒る」

少女「……」ワナワナ

男「………」

少女「……言うに事欠いて、なんて失礼な神さまなのかしらね……」

少女「第一ね、好きで怒ってるわけがないでしょう。そうさせる原因が、私の目の前にあるからよ」

少女「それに、私がお喋りなわけじゃない。あなたがさっきからボソボソとまどろっこしく話してるから、そう見えるだけ」

少女「分かった?」

男「………」

少女「……もう用は済んだでしょ」

少女「疲れたから、出て行ってくれないかしら……」

男「………いや、まだだ」

少女「なに?もう放っておいて欲しいのだけど」

男「これが最後だ」

少女「………」

男「………」





男「……君の友となってやろう」






少女「…………?」

少女「……何になるって?」

男「友。友人、友達という意味だ」

少女「知ってるわよそんなの」

少女「……なにそれ、死神の……契約?」

男「そんなものはない」

少女「これほど信用できない言葉もないわね……」

男「……怖いのか?」

少女「え?」

男「死を恐れぬ君が」

少女「……怖いものなんて、ない」

男「………」

少女「いいわ、その話乗ってあげる」

男「……!」

少女「その代わり!」ズイッ!

男「む……」

少女「あなた、明日もここに来なさい」

少女「いえ、明日だけじゃない。明後日も、その次の日も……」

少女「──私が死ぬその日まで、私の暇つぶしに付き合いなさい」

少女「それが条件よ」




男「………」

少女「………」

男「……いいだろう」

少女「契約成立ってことね」

男「契約ではない」

少女「どうかしらね」

男「………」

少女「……とにかく、今日はもう帰ってちょうだい。役に立たない死神さまの代わりに、私は苦しまずに死ぬことのできる方法を探さないといけないから」

少女「さぁ、どこから入ってきたのか知らないけど、そこの窓からなら見つからずに出ていけるはずよ」

男「………」

男「……明日、また来る」



スッ...



少女「き、消えた……!」

少女「………」

少女「………」

少女(……死神の友達……)

少女(……ふっ、お父様が知ったらどんな顔をするのかしらね)

少女「……」ギリ...

少女(いえ……何を考えてるの私は。あんな人たちなんて……)

少女「………」

少女「……早く明日が来ないかしら」




全く痛みを耐えてるような描写ないな痛みが襲う設定止めればよかったね子供が周囲にばれずに耐えるって無理ありすぎたし無痛症かな?

やめたれ


ーーー夜 伯爵邸ーーー

少女「はぁ……はぁ……」

教育係「………」スースー

少女「うぅ………」グッ...

教育係「……!」ハッ

教育係「お嬢様!?如何なさいました!?」

少女「はぁ……はぁ……」

教育係(なんて辛そうな……)

教育係「…!そうだわ、旦那様にお伝えしないと…!」





伯爵「………」

伯爵「………」

伯爵(……眠れぬ……)

伯爵(残り僅かなあの子の時間……我々は一体何をしてやれるだろうか……)



ジリリリッ! ジリリリッ!



伯爵「!!」

伯爵(これは、緊急回線…!)

ガシャ

伯爵「どうした!?」

伯爵「──なに、少女が…!」







...タッタッタッ

ガチャ!

伯爵「少女は!?」

教育係「伯爵様!こちらに…!」

少女「はぁ……はぁ……」

伯爵「少女…!」

タッタッ...

伯爵「少女、聞こえるか?私だ。苦しいのか?どこが痛むんだ!?」

少女「はぁ……はぁ……ぐっ……」

伯爵「く……」

伯爵(酷い顔色だ。それにこの汗……)

伯爵「教育係、タオルはあるか?濡らしたものだ」

教育係「こちらです」スッ

伯爵「うむ……」フキフキ

少女「はぁ……ん……」

伯爵(……やむを得まい、この子は嫌がっていたが……)

伯爵「水を、持ってきてくれ」

教育係「かしこまりました」タタタッ




少女「……ぁ……ぐ……」

伯爵(やはり、夜の番を付けておいて正解だった)

伯爵(……一体いつからだ?この子がこんな思いをし始めたのは。なにより……)

伯爵(どうして誰にも打ち明けなかったのだ……)

タタタッ

教育係「旦那様、どうぞ」

伯爵「よし」

ゴソゴソ パキッ

教育係「……そちらは?」

伯爵「お医者様から頂いた鎮痛薬だ。この子はああ言ったがな、苦しみを和らげることが出来るのなら、その方が良い」

伯爵「ほら、少女、口を開けなさい」スッ...

少女「はぁ……はぁ……」

(水を口に含ませる)

少女「ぅ……ゲホッ、ゲホッ!」

伯爵「あぁ…!」

伯爵「……教育係、すまない、どうすれば薬を飲ませられる?」

教育係「伯爵様、まずは落ち着くことです。お手が震えていては水を零してしまいます」




教育係「……お薬を」

伯爵「頼む」スッ

少女「はぁ……はぁ……」

教育係「お嬢様、失礼致します」

教育係「……」クイッ

少女「ん………」コクコク...

教育係「……このように、顎を少し持ち上げることで、喉が開くのです」

伯爵「ありがとう。覚えておこう」

少女「はぁ……はぁ……」

少女「は……は……」

少女「………」

伯爵「おぉ…少女が…」

教育係「即効性のものだったようですね」

少女(………お、とう……さま……?)

少女「………」スースー...

伯爵「………」

教育係「………」

伯爵「……医者を」

伯爵「あのお医者様を呼んでくれ。明日、話がしたいと」

教育係「……かしこまりました」





ーーー翌日 伯爵邸ーーー

医者「──そうでしたか、夜中に……」

伯爵「はい。先日の鎮痛薬のおかげで、何とか抑えられたみたいなのですが……」

医者「………」

医者「伯爵様、無理を承知でお伺いします。今一度、終末医療のご提案をなされてはいかがでしょうか?」

伯爵「えぇ。実は今朝、娘と話をしたのです。しかしあの子の気は変わっていませんでした」

伯爵「いつから身体の異変があったのか、どれほど痛むのか、病院に移る気はないのか……」

伯爵「だがあの子は何一つ答えてくれなかった…!なぜなんだ!きっと娘は毎夜、ああしてうなされていたに違いないのに……本当に、あのまま死ぬことが本望だというのか…!」

医者「………」

医者「……差し出がましい発言をどうぞ、お許し下さい」

医者「今の娘様が治療を望まないのであれば、最早我々医師の出る幕はございません」

医者「また、治療を施すか否かに関わらず……娘様のお時間に余裕がないことは、変えられないのです」

伯爵「………」

医者「……娘様がどのようなお気持ちで過ごされるか……これより先は、伯爵様方の手に委ねられております」

伯爵「………」

伯爵「……うむ、分かっている……あぁ分かっているとも……」

医者「………」




伯爵「……昨夜、考えておったのだ」

伯爵「娘と口をきいたのが、いつ振りだったのか」

伯爵「……私は驚愕したよ──思い出せないんだ。どんなことを話したのかさえ、な」

伯爵「無論、娘のことは愛している。叶えられる限りの望みは叶えてきた。欲しいと言ったものは買い与え、町を一望できる景色に喜んでいたからこの場所に屋敷を建てた」

伯爵「それが6つの時の誕生日でな、あの時のあの子の驚く顔といったら…今もはっきりと思い浮かぶのだよ」

伯爵「……だがいつからか、娘と顔を合わせる機会が減っていった。あの子にも自立心が芽生えてきたのだと思ったよ。いい兆候だと」

伯爵「段々と私の前で笑顔を見せなくなっていくのは寂しかったが、いつかまた昔のように明朗な娘が戻ってきてくれると思っていた……昨日までは」

医者「伯爵様……」

伯爵「……私を笑っておくれ」

伯爵「民の望むほぼ全てを手に入れてきた」

伯爵「私が是と言えば、大抵の非はひっくり返る」

伯爵「しかしどうだ。その実、自らの娘のことをすら何も分かってやれていない……はは、哀れな道化だ」




医者「………」

医者「…伯爵様、これを」ガサゴソ

伯爵「これは……」

医者「はい。鎮痛薬にございます」

伯爵「しかしこの数は…」

医者「全てを使用するのではありません。先日渡したものと同じものもあれば、さらに強い効能のものもございます」

医者「ですがお気を付けください。薬というのは、その効き目が強いほど副作用も大きいものです。使いどころを慎重に見極めてくださるよう、お願い致します」

伯爵「そうですか……受け取っておきましょう」

医者「……私に出来ることは、これしかありません。願わくば、娘様のお心を開く手助けの、ごく一部にでもなれれば……」

伯爵「娘の、心……」

伯爵(数年の歳月をかけて閉ざされた鍵を、1ヵ月という時間で解くことなど……)

伯爵(……いや、居る)

伯爵(ただ一人、ずっと娘を見てきた者が)

伯爵(……託すほかない、か……?)





ーーー伯爵邸 娘の部屋ーーー

コンコン



「お嬢様、私です」



少女「……入って」



ガチャ



教育係「失礼致します」ペコリ

少女「何をしに来たの?ピアノのレッスンでも再開するのかしら?」

教育係「お望みとあれば、ご用意致しますよ」ニコッ

少女「……やめておくわ。今の私にはこうやって本を読むくらいの力しかないもの」

教育係「……どのような内容か、教えて頂いても?」

少女「気になる?……神さまについて、よ」

教育係「宗教のお話しですか?」

少女「いいえ。神は神でも──死神さまのことよ。どうやら私、死神さまに気に入られちゃったみたいなの」

教育係「お嬢様、そのような冗談など……」

少女(冗談ではないのだけどね)

少女「それで、まだ用件を聞いてなかったわね」

教育係「そうですね。では申し上げます」




教育係「──本日この時より、私はお嬢様の身辺のお世話をさせて頂きます」

少女「……世話?」

教育係「はい」

少女「何よ、私は一人で動けるわよ?」

教育係「今はそうでも、いつどうなるとも分かりませんから」

少女「じゃあこれからずっと介護されるってこと?」

教育係「何も異変がないのであれば、お側に付いているだけですよ」

少女「………私のこと、そんなに好きなの?」

教育係「勿論です」ニッコリ

教育係「……今の言葉に嘘はありませんが、これは旦那様の命なのです」

少女「お父様が?」

教育係「はい。旦那様も奥様も、ひどく心を痛めておられます。いえ、この館に住む者皆……心配しているのですよ」

少女「………」

教育係「……昨夜のこと、旦那様から聞いておりませんか?」

少女「聞かされたわ。うるさい小言と一緒にね」

教育係「小言などではありません。お嬢様の身を案じられてるが故です」

少女「同じよ。私が嫌と言っているのにしつこく食い下がってくるんだから……無駄なことなのに」




教育係「それでは、昨晩の旦那様の看病も無駄とおっしゃいますか?」

少女「……何の話?」

教育係「こちらは話されていないのですね」

教育係「昨夜、苦しんでいたお嬢様の元に駆け付けて、一晩中看病していたのは、他ならぬ旦那様なのです」

少女「…!」

教育係「あれほど必死なお顔を見かけたのは、初めてでしたよ」

少女「じゃあ、あれは……」

少女(夢じゃなかったんだ……)

教育係「………」

少女「………」

教育係「……少し前から、お嬢様は私に睡眠剤を所望するようになりましたよね」

少女「………」

教育係「悪い夢を見るから、と。旦那様方に心配をかけたくないから黙っていて欲しい、と」

少女「……嘘はついてないわ」




教育係「お嬢様……よくお聞きください」

教育係「お嬢様のその命は、あなたの思うよりよほど、尊く、愛おしく、そして儚いものなのです」

教育係「一度失えば二度と帰ってくることはない」

教育係「幾人もの想いを乗せて、日々輝いている……それが命というものです」

教育係「……私はお嬢様のあの言葉を追及する気はございません」

少女「………」

教育係「ですがお嬢様の命は、その一生を凝縮したように、今が最も輝いているはずです」

教育係「その輝きを、ご自分で値踏みしてしまうのは、勿体ない気がいたしませんか?」

少女「………」

少女(命の、輝き……)

少女(もしかして、それで……?)

教育係「………」

少女「……ねぇ、お願いがあるの」

教育係「なんですか?」

少女「私の世話をするのは構わないわ。寝る時、近くに居ることも」

少女「でもね、夕方の──2時間だけでいいの。私をひとりにさせて。誰も部屋に入ってこないように……あなたも」

教育係「……次は何を隠すおつもりですか?」

少女「何もないわよ。考え事をさせて欲しいだけ。ひとりの方がいいの」

少女「……どうしても、ダメかしら……?」




教育係「………」

少女「………」

教育係「……ふぅ、分かりました。お嬢様のわがままに付き合うのは私のお仕事ですからね」

少女「それじゃ…!」

教育係「ただし!二つ約束してください」

少女「なに?」

教育係「一つは、絶対にその2時間を破らないこと。もう一つは……」

教育係「……後日、旦那様ときちんとお話しをすること」

少女「う……」

教育係「約束、出来ますね?」

少女「……分かった」

教育係「では、私に誓ってくださいな」スッ

少女「………」スッ



(指切り)



教育係「……はい、よく出来ました」

少女「もう、こんな子供みたいな……」

教育係「子供ではありませんか」

少女「そうだけど、そうじゃなくて……」

教育係「……さて、では私はそろそろ出ていった方がいいでしょうか、ね?」チラッ

少女「……ん、お願い」

教育係「かしこまりました」

教育係「……2時間後、戻ってまいります」

スタスタ

教育係「……」

ペコリ



ガチャ パタン






少女「………」

少女「……あの人は相変わらずね」

少女(いつもそう。どんなに距離を空けても、いつの間にか私の裡側に入り込んでいる)

少女「………」

少女(……それでも、このまま生きている意味なんて……)

男「………」

少女「………」

男「………」

少女「…わっ!?」

男「………」

少女「……その現れ方どうにかならないの?心臓に悪いわ」

男「……ノックをしてから入ればいいか?」

少女「そうね、理想を言えば。……でもそんなことしたら聞こえてしまうわ。この部屋の外、あの人がすぐ近くに居ると思うから」

男「………」

少女「そう、だからあまり大きな声を出さないで。あなたが見つかっても、私は何も言えないし」

男「……安心しろ、俺の声は君以外には聞こえないようになっている。姿も見えない」

少女「私の声は?」

男「………」

少女「……気が利かないのね」

男「……そのような干渉は許されていない」

少女「神さまなのに?」

男「………」

少女「………」




男「……その書物」

少女「これ?」

男「あぁ。かなり古いものだ」

少女「そうなの?……あなたのことを調べていたんだけどね。この本だけじゃないわよ?ざっと十冊は流し読みしたわ」

少女「けれど、やっぱりおかしい」

男「………」

少女「だって、どの本にも鎌を持っていない死神の話なんて出てこないんだもの。……あなた、隠し持っているのではなくて?」

男「……俺は鎌を持つことは出来ない」

少女「……禁書の棚からも探してみようかしら……」

男「………」

男「…苦しそうにしていた」

少女「え?」

男「昨晩の君だ」

少女「……見てたの?」

男「………」

少女「趣味が悪いわね」

男「……これを使えば、解放されるのか?」スッ...



(睡眠導入剤)






少女「あ、それは……」

少女「……返しなさい」パッ

男「………」

少女「………」

男「………」

少女「……夜が寝苦しくなってきたのはもう随分前でね、初めは気のせいかと思ってた。一過性のもので、その内治るんだって」

少女「でもね、それは突然だったの。声も満足に上げられないくらいの痛み……」

少女「その日から眠るのが怖くなって……これを飲むようになったわ」

男「……楽になったか?」

少女「多少はね。叩き起こされることはなくなったけど、それでもとても苦しいとは感じるの。……寝ているはずなのに」

男「なぜ医者の言うことを聞かない」

少女「嫌よ、病院なんて……全身管で繋がれるんでしょう?監獄と一緒よ」

男「……では医者の出した薬は?痛みとは逃れたいものなのだろう?なぜ薬まで拒む」

少女「そ、そんなの……」

男「………」

少女「………」

男「……わがままだな」

少女「っ!」キッ

男「………」

少女「……あなたも同じ苦しみを味わわえばいいんだわ」

男「……生憎、俺は痛みを感じないんだ」

少女「まぁ…!」

少女「それは嫌味かしら?本当なのだとしたら、羨ましいことこの上ないわね」

男「嘘ではない」

少女「ふーん……」




少女「……神さまってよく分からないのね」

男「……?」

少女「見るからに人としか思えない、言い伝えとは違う姿だし。かと思えばおかしな体質。いきなり湧いて出てくる」

少女「それに……」チラリ

男「………」

少女「……人間と友達になろうとする」

男「──」

少女「神さまって皆あなたみたいな人(?)ばかりなの?」

男「………」

男「…よく知らないな。他のものと顔を合わせる機会がないんだ」

少女「なら…ずっと死神さまのお仕事をしてるだけ…?」

男「そうだな」

少女「でも暇にはなるのでしょう」

男「……そうだな」




少女「………」

少女「……ね、私あなたの話が聞きたい」

男「……俺の?」

少女「そう」

男「……退屈な話しか出来ないが」

少女「そんなの、あなたが決めることじゃないわ。私が聞きたいから、教えて欲しいの」

少女「お友達同士で思い出話をするのは定番よ?」

男「そうなのか」

少女「さ、時間もないんだから、頼んだわよ」

男「………」

男「……では、そうだな…俺がこの町に来る前の話だ──」



.........









その黒ずくめの男は、──"死神"。
あらゆる命の期限を知る者です。
ただし、自分では生き物を殺しません。──殺せません。
実際に殺すのは、別の実行者──"鎌"たち。

退屈な死神が人々に紛れて生活していると、ある日見つけたのは、可愛らしい少女でした。
──数ある死の気配の中で、彼女にひかれた理由を、まだ死神は知りませんでした。






>>22

アドバイスありがとうございます。

ですが安心してください。
どの設定をどう絡ませていくかは、一応考えてありますよ。






そうして数日の月日が過ぎました。







ーーー伯爵邸 娘の部屋ーーー

教育係「お嬢様、いい加減観念して口をお開けください!」

少女「嫌よ嫌!さっきから何度も言ってるじゃない!自分で食べられるって!」

教育係「なりません!先日あのようなことがあったばかりではないですか!」

少女「だから、手を滑らせただけなの!おかしいことじゃないでしょう!」

教育係「いいえお嬢様。私の目は誤魔化せないですよ」

少女「私の言うことが信じられない?」

教育係「お嬢様には嘘つきの前科がございますからね」

少女「む……」

教育係「……ではこうしましょう」

教育係「お嬢様、右手をお出しください」

少女「?……こう?」

教育係「そのまま、私と同じ動きをしてください」





グーパーグーパー



少女「……なんで?」

教育係「出来ないのですか?」

少女「………」



グー...パー...グー...



教育係「遅いです。同じ速さでやって頂かないと」

少女「っ……」



グーパーグ...



少女「………」

教育係「……動かないのですよね?」

少女「……痛くはないのよ」

少女「ただ、少し痺れるだけで……」

教育係「お嬢様……」



ギュ...(手を握る)






教育係「……お身体に異変があったのなら、すぐにお申し付けください」

教育係「あなたはひとりではないのです。その苦しみの一端だけでも、私たちにお預けください」

少女「……死ねばひとりよ」

教育係「お嬢様!!」

少女「………」

教育係「……まだ、死にたいとお考えですか?」

少女「………」

少女「…残酷なことを訊くのね」

少女「生きたいって答えて欲しいの?…もうすぐ死ぬ相手に」

教育係「……失言でした。申し訳ございません」

教育係(ですがそれでも、その一言さえ口に出して頂ければ、きっと私たちは……)

教育係「………」

少女「………」

教育係「…お食事に致しましょう」

少女「……ん」



カチャ




教育係「では、どうぞ」スス...

少女「……」

アーン

少女「」モグモグ

教育係「……」

少女「」モグモグ

コクン

少女「……そんなに見られてると食べにくいわ」

教育係「あら、つい…」

教育係「…昔を思い出しておりまして」

少女「昔?」

教育係「覚えていませんか?まだお嬢様が9つのとき、高い熱を出して寝込まれたことがあったでしょう」

教育係「そのとき、同じようにこうしてお手伝いしていたな、と」

少女「そんなこと…あったかもしれないわね」

教育係「はい。それにそのときは……」

教育係「──旦那様もご一緒でした」

少女「………」

教育係「………」

教育係「……旦那様とお話は、いつされるのですか?」

少女「忘れてなんかいないわ」

少女「……近いうちに」

教育係「必ずですよ」

少女「分かってる」




教育係「………」ス...

アーン

少女「」モグモグ

教育係「………」

教育係(……分かっているのです。この方が、全てを嫌いになったわけではないと)

教育係(お嬢様はお気付きになっているはずです)

教育係(お嬢様の発作に駆け付けたあの日から、毎夜旦那様が看病しにいらしていること……お嬢様の苦しむ時間を少しでも減らすために)

教育係(気付いていながら、何も言わず、さりとて拒絶もしない……)

教育係(そしてそれは旦那様も同じ)

教育係(お嬢様が旦那様を受け入れていることを、分かっているはず)

少女「」モグモグ

コクン

教育係「お次は何にします?スープですか?」

少女「……」コクリ

教育係(……あともう少し)

教育係(この子たちの溝が埋まる……そのときまで)

教育係(最後の一押しさえ、出来れば)



.........






少女「………」ペラ...

教育係「………」

少女「………」ペラ...

教育係「………」

少女「……この間から思ってたけど」

教育係「はい?」

少女「ずっと私を見てるだけって…退屈しないの?」

教育係「しませんわ」

教育係「目の保養でございます」ニッコリ

少女「そう…」

少女「………」ペラ...

教育係「……小説を読まれているみたいですが、死神様の調べ物はお済みになったのですか?」

少女「ん、そうね…」

少女「案外、本の中身も信用できないってことなら分かったわ」

教育係「?」

少女「……とにかく、もういいの。気は済んだから」

教育係「……そうですか」

少女「………」ペラ...

教育係「………」

少女「……教育係」

教育係「はい。……ではまた後ほど」

スッ...

ペコリ



ガチャ パタン




少女「………」

少女「……入っていいわよ」



カチ

ギギギ...



男「………」ヌッ

少女「いらっしゃい」

男「……なぁ、他の方法はないのか?」

少女「ん?」

男「これではまるで物盗りではないか」

少女「最初に不法侵入しておいてよく言うわよ」

少女「仕方ないの。ドアからは入れないし、いきなり現れるのは……私の心臓が止まる」

少女「残りは窓しかないでしょう?」

男「………」

少女「友達には配慮するものよ」

男「……その言葉、そっくり返そう」

少女「あら、病気の女の子に苦労させるつもりかしら」

男「………君は、ああ言えばこう言うな」

少女「今更知ったの?」




男「………」

男「……で、今日は何の話を聞かせればいいんだ?」

少女「んー、そうねぇ…」

少女(………)



ーーーーー

教育係「──まだ、死にたいとお考えですか?」

ーーーーー



少女「………」

男「………」

少女「……ねぇ、今私の命を奪ってと言ったら、してくれる……?」

男「……忘れたのか。俺に生を奪う力はない」

少女「もし、出来るとしたら?」

男「………」

少女「………」ジッ...

男「………」

少女「……ふぅ」

少女「そんな仮定の話、詮無いことよね」

男「………」

少女「だったら、そうね……」



(窓の方を向く)



少女「──私、一度市場へ行ってみたいの」





ーーー王国の市場ーーー

ワイワイ



「ほれほれ!どうだい!今日も新鮮な魚が入ってるよー!」



ガヤガヤ



「そこな美しいお方。あなたの為に詩を一遍お読み致しましょう」

「あらまぁ…私のことでしょうか?」

「はい。多くの人々の中から貴女を見つけ出せた奇跡……その運命に祝して、いかがです?」

「ふふふ、口がお上手なのね。いいでしょう。聞かせてくださいな」



ザワザワ



少女「わー……」

男「………」

少女「すごい活気…!」

少女「私、市場がこんな賑やかな場所だなんて知らなかったわ…!」

男「………」

少女「あなた、以前退屈なところだって言ってたけど、全く違うじゃないの」

男「……どこの国でもありふれた光景だ」

少女「えぇそうでしょうね。あなたにとってはね」




少女「……」ウズウズ

少女「…ね、早く行きましょう」

男「時間はいいのか」

少女「平気よ。ちょっと見て帰ってくるだけだから」

男「………」



テクテク



「さて皆さん、ご覧あれ!こちらは遠い東の異国から取り寄せた世にも珍しい逸品だよ!」



少女「」キョロキョロ

男「……」テクテク



「よっ!ほっ!」

「──はぁい!」パッ

オォォ!

パチパチパチ

「ありがとうございます!我ら西の旅芸人一座、どうぞよろしくお願いします!」



少女「わぁ…!」キラキラ

男「……」テクテク




男「…よそ見をするな。人波にさらわれるぞ」

少女「大丈夫!そんなにやわじゃ──」

ドンッ

少女「きゃっ!」ドサッ

「あら、ごめんなさいね。急いでいるもので」スタスタ

少女「うぅ…」

男「言ったそばから……」

男「……」スッ



グイ



少女「!?」

少女(あ、手を……)

男「……離れると危ない。しっかり握っていろ」

少女「……うん」



ギュ...






男「……」テクテク

少女「……」テクテク

男「……あまり外に出ないのか?」

少女「…毎日出てたわよ」

男「なら──」

少女「家の敷地内でね」

男「……」

少女「一日の中で、少しだけど自由に使える時間があってね。そういう時間は大体、外出していたわ。といっても、お屋敷の門から外へは出られないし、必ずお付きの者がいたから家の中に居るのと変わらない心地だったけど」

少女「…けどね、たまに、本当にたまに何かの用事でお父様たちと一緒に出かけることがあった」

少女「こんな風に自分の足で歩くことなんてなくて、いつも馬車の中で座ってたわ」

少女「……それで、大抵外を眺めていたの」

男「……」

少女「…私と同じか、それより小さな子たちがね、走り回って遊んでるのよ。それを見ながら、どんなルールの遊びなのか、何人で遊ぶのが楽しいものなのか…とか、考えてるの」

少女「それが最近の、一番の楽しみだった」





「パパー僕お使い疲れちゃったー」

「頑張りなさい、あともう少しだから」

「えー」

「…じゃあお使いが終わったら向こうの広場へ行こうか。今西国の旅芸人の一座が来ているみたいだぞ!」

「ほんと!?行く行く!」

「よーし、それまでパパが肩車してやろう!ほれ!」

「わぁ!パパこわいってー♪」



少女「……」チラリ

男「……」

少女「……」グッ...

男「……」

少女「……ねぇ死神さま。幸せって何なのかしらね」

男「………」

少女「私たちが生まれてくる目的って、結局幸せになることなんだって思うの。幸せっていうのはつまり、楽しいと、嬉しいと感じることよね?」

少女「……だったら、私が生まれてきた意味って何だったのかな……」

男「………」

少女「………」





「ちょっと、そこのかわいいお嬢さん」



少女「……え、私?」

「そうそう!そんな悲しい顔してちゃ、せっかくのおめかしが勿体ないよ!お兄さんもそう思わんかね?」

男「お兄さん…?」

「おんやぁ、違ってたかい?」

少女(……フフ)

少女「……いいえ、違いませんわ」

少女「ね、兄さま?」

男(む…)

男「……あぁ」

「そうかいそうかい!んなら、ほれ!」スッ

少女「これは…?」

「うちで売ってる焼き菓子だ!サービスさ、一つあげるから元気だしなよ!」

少女「ありがとう、ございます」スッ...

男「……」

少女「……」




少女「」パク

少女「~~!」

少女「美味しい!これ美味しいわよ!とっても!」ニッコリ

男「!」

「わはは!そうだろう!じゃ、おじさんはもう行くからね。お店はここから真っすぐ行って左の方にあるから、気に入ったら寄っておくれ!」

少女「ありがとう!おじさま!」テフリフリ

少女「」パクパク

少女「ん~~!」

少女「市場ってなかなか、捨てたものじゃないのね…!」

男「………」

少女「…?なに?」

少女「あ、もしかして食べたかったの?」

男「……驚いた」

少女「ん?」

男「君は…笑わないものだと思っていた」

少女「…失礼ね。私を何だと思ってるのよ」

男「……」

少女「なによ、似合ってないとでも言いたいの?」

男「…いや」

男「笑顔の方が素敵だ」

少女「──っ」ドキッ

少女「…そ、そんなの、当然、よ」メソラシ

男「…?」

少女「さ!それよりまだまだ行くわよ!こんなんじゃ回り足りないんだから!」ギュ

男「おっと……」

男「……ちょっと見て回るだけじゃなかったのか…?」



.........






少女「……」テクテク

男「……」テクテク

少女「…こっちの方はまた少し雰囲気が違うのね」

男「そうだな。インテリアや装飾品が主体だからだろう」

少女「食べ物の方が人気があるってわけ?……人間ってわかりやすい生き物よね」

男「……」

男(さっきの君も、他人のことは言えないと思うが…)

少女「……なにか?」ジロ

男「…何も言ってないだろう」

少女「ふん……」

男「………」

男「……この辺りで売っているものよりも、君の部屋にあるものの方が立派だ」

男「君にとっては目新しくないのではないか?」

少女「まぁ、そうね」

少女「でも、家に置いてあるのは、私が選んだわけじゃないから……あっ」ピタッ

男「どうした?」

少女「……」ジーッ

タッタッタッ

男「おい、どこへ…」

タッタッ...

少女「……」ジッ...

男「……」チラリ



看板『雑貨店』




男「……」...テクテク

少女「……」ジッ

店主「おや、いらっしゃい。何か気になるものでもあったかな?」

少女「あ、えっと…」

店主「ん?…この銀の首飾りかな?ふむ、確かに、お嬢ちゃんによく似合いそうだ」

店主「よし!この首飾り、職人の業物でね、本来なら銀貨20枚はいただく代物なんだが……お嬢ちゃんのためだ、特別に半分の10枚にまけてあげよう」

少女「銀貨10枚……」

店主「うむ。どうかね?」

少女(……)

男「……君にとっては安い買い物だろう?」ボソッ

少女「それはそうだけど…今お金なんて持ってきてないもの。何か買うつもりなんてなかったから……」ボソッ

店主「……やっぱりちょっと値が張るかね?なら、こっちの髪留めなんてどうだろう?その綺麗な髪によく映えると思うよ」

少女「いえ、お気持ちは嬉しいのだけれど、私たち──」

男「──店主、その首飾りをいただこう」

少女「え…?」

店主「おぉそうかい!」




男「金だ」ジャラ

店主「はい毎度」

少女「あなた、お金なんて……」

店主「では、こちらをお包み致しますので少々お待ちを──」

男「いや、そのままでいい。渡してくれ」

店主「そうですか?…では、どうぞ」

男「……」

(首飾りを受け取る)

少女「………」

男「……少女」

少女「!!」

少女(今、名前で…?)

男「何をしている。こっちを向くんだ」

少女「え、今、あなた……」

男「早く」

少女「……えぇ」

男「……」



スッ(首飾りを着ける)




少女「……」

男「……」

店主「おぉ…!やはり思った通り、よく似合っている!」

少女「そうかしら…?」

店主「えぇそうですとも!…こちらの鏡で、今のご自身を御覧なさい」スッ

少女「…まぁ…!」

少女(胸元にちょこんと……ふふ、かわいい業物さんね)

少女「ねぇどうかしら、あなたも似合ってると思う?」クルッ

男「……あぁ。とても魅力的だ」

少女「♪」

男「………」

少女「……あ」

少女(そういえば)

少女「店主さん」

店主「なんだい?」

少女「今、何時かしら?」

店主「今……そうだね、17時前くらいじゃないかね」

少女「もうそんな時間なのね…!」

少女(あと40分もない…)

少女「戻りましょう?」

男「……」





テクテク



店主「また来ておくれよー!」



少女「……」テクテク

男「……」テクテク

少女「…♪」クビカザリイジリ

男「……」テクテク

少女「…今日は、ありがと」

男「……」

少女「あなたのおかげで、素敵な一日になったわ」

少女「……こんな日々を送ってみたいものね……」ボソッ

男「………」

男「……最後に、少し立ち寄りたいところがある」

少女「あなたが…?」

男「そんなに時間は取らせない」

少女「なら、いいけど…」

男(………)





ーーー伯爵邸のはずれの森 空地ーーー

少女「──ここって……」

男「……昔、来たことがあるのではないか?」

少女「そう、ね。でも……」



(町を一望できる景色)



少女「……本当に昔のことよ。まだ物心がついたばかりの」

少女「死神さまともなると、そんなことまで分かるのね」

男「………」

少女「………」



トサッ



男「……」

少女「……ほら、あなたも座って」

少女「ここに」ポンポン

男「………」



...スッ




少女「………」

男「………」

少女「…変わらないわね、ここからの眺めは」

男「………」

少女「初めてここに連れて来られたのは、まだ6か7くらいの時だったわ」

少女「あなた、想像できて?私にも素直な幼子時代があったのよ?」

少女「今はもう随分変わってしまったけどね…」フッ

男「………」

少女「ま、あなたにとっては数年なんて一瞬なんでしょうね」

男「……今でも、この景色は好きか?」

少女「……うん。あの頃と同じ。ここから見てると、この世界の一部になったように感じるの」

少女「私みたいな小さい存在でも、確かにそこに居るんだって…思わせてくれる……」

男「………」

少女「………」

男(……柔らかい表情。きっとそれが、君の本来の素顔……)




男「……君の話を、聞かせてくれないか」

少女「……」チラリ

男「この数年で変わったと、そう言っただろう。……何を感じ、何を思って今の君があるのか」

男「俺に教えてくれ」

少女「………」

男「……思い出話に花を咲かせるのは定番、なのだろう?」

男「俺の話は十分にしたはずだ」

少女「………」

少女「……うん」

少女「いいわ。……あまり長く話すことはないけど」

男「………」

少女「……私の小さい頃の夢から教えてあげる」

少女「昔の私はね、それこそ、夢見る女の子の典型例だった。子供ってすごいわよね、無限に想像力があるのよ。いつもいつも、あれはどうだ、これはそうだって飽きもせず考え続けてたわ」

少女「…とある絵本を読んでね。内容は、ありふれたものなの。村の人たちからいじめられて辛い想いをしていた娘が、実はお姫様で、素敵な王子様が迎えに来てくれるっていうね」

少女「でもその絵本を読んだ私は、これしかないって、自分でもびっくりするくらい強い、夢を抱いた」




少女「……ね、クイズ」

少女「どんな夢だと思う?」

男「……姫になりたい、か?」

少女「ふふ、はずれ」

少女「……そのお姫様にはね、友達がいたの。どんなときでもお姫様の味方だった、明るい村娘」

少女「その子の生き方に憧れたのよ」

男「………」

少女「その絵本の中でも、とりわけ好きな場面があって、それが──」チラ

男「……?」

少女「──それがちょうど、さっきの私たちみたいに、村娘がお姫様を大きな市場に連れて行く場面」

少女「こんなに自由に、力強く生きている人がいるんだって、その時の私にはとても眩しく思えたの」

少女「……ふふ、今読んだら分からないわよ?単なる脇役の一人にしか見えないかもしれない」

男「……その本は今も読むのか?」

少女「それがね、残念ながら何処かに無くしちゃったみたいなのよね……」

少女「時々探してみてるんだけど、見つからなくて」

男「………」

少女「……続き、話すわね」

男「あぁ」

少女「ここからはある程度想像が付くかもしれないけれどね」




少女「……とにかく、私が夢見る女の子でいられたのは、その時くらいまでだった」

少女「今のお屋敷に住むようになってから、私の行動は否応なく制限されていったわ」

少女「やれ教養を身につけるための習い事だの、やれ伯爵家の娘としての振る舞いを意識しなさいだの……堅苦しい催事にもたくさん行った」

少女「どれも私にとっては煩わしい鎖にしか感じられなくて、次第にお父様、お母様に反発する数も増えていった」

少女「気付いたらお父様たちと顔を合わせるだけで衝突するようになっていて、今の私とまともに口をきけるのはあの人……教育係だけになっちゃってた」

少女「そうしたら……フッ…この有様」

少女「伯爵家のわがまま娘」

少女「それが他者評価。……まぁ、自覚はあるわ」

男「何の変哲もない、村の娘に生まれたかったのか?」

少女「いいえ、ちょっと違う」

少女「……多分、広い世界に憧れてただけ」

男「広い世界……」

男「……」

男「……そうでもない。意外とこの世界には、同じようなものしか存在しないさ」

少女「もう……すぐそうやって夢のないことを言う」

男「死神に睡眠は必要ないからな」

少女「…?」

男「…夢を見ないということだ」

少女「なにそれ、分かりにくい冗談」クスッ




男「………」

少女「………」

男「……親を、憎んでいるか」

少女「………」

少女「……ううん」

男「………」

少女「だって、全部私が招いた結果だもの」

少女「お父様たちのせいでもない、運命なんて言うつもりもない……ただただ、降りかかる現実を見ないようにしていた私が選択した道」

少女「だから、誰かを憎むなんて…そんなことはないの」

男「………」




少女「………」

男「………」

少女「……どう?私のこと、少しは分かったかしら?」

男「……」

少女「呆れるくらい、何もない人生だったわ…」

男「……」

少女「空虚で、独りで、寂れていて……」

少女「だからね、助からないと知ったあの時……早く終わりにしてほしかったの」

男「……」スッ...

少女「これ以上、無意味な日を重ねても何の──!?」



...ポン(頭に手を置く)




男「………」

少女「………」

男「………」ナデリ...ナデリ...

少女「っ……」

少女「……その手は、なに?」

男「……」ナデナデ

少女「ね、ねぇってば……」

男「……」ナデナデ

少女「……なんなのよ……」

男「……君は泣いている」

少女「…何を言ってるの。涙なんて出てないわ」

男「分からないか?」

男「……もう何年も前からずっと、泣き続けているんだ」

少女「──!」

男「その声は誰にも届かない。その涙は誰にも気づかれない」

男「……君自身さえも」

少女「………」

少女(……ぁ……)

少女「……そう…かもしれない、わね……」

男「………」




少女「………」

男「………」

少女「……こういう時、大声で泣けば、すっきりするのかしら…?」

男「……」

少女「…でも、泣き方なんてとうの昔に忘れてしまったわ」

男「……」ナデナデ

少女「……」

男「……」ナデナデ

少女「……」

少女「……私も、分かったことがある」

男「……?」ナデナデ

少女「……」

少女「…私とあなた、とてもよく似てるのよ」





少女「──二人とも、孤独で寂しい存在」






男「……!」

男(……あぁ、そうか……)

少女「じゃなければこんなに、私以上に私のことを分かるはずないもの」フフッ

男(だから……俺は、こんなにも……)

少女「…私たち、似た者同士でお似合いかもね」

少女「ね、そう思わない?」

男「………」

男(……分かってしまえば、簡単なことなのだな……)

男「………」

男「……その──」

少女「っ!」ビクッ

少女「ぐ……あ……」ウズクマリ

男「おい、どうした…?」

少女「しに……が……」

ドサッ

男(こんなときに発作か…!)

少女「ぃ゛……」ガクガク

男(…この子は今がその時ではない)

男(俺が部屋まで連れ帰る、ということなのか…?)





「──お嬢様から離れてください」






男「!」



タタタッ



教育係「……」サッ

少女「ぁ…ぎ……」

教育係「お嬢様、お薬です」クイッ

少女「ん………」コク...コク...

少女「…ぷはっ!」

少女「はぁ…!はぁ…!」

少女「は……」

少女「……………」

教育係「お嬢様…?お嬢様!!」

教育係(いえ、落ち着いて…)

スッ...

少女「………」

教育係「…気を失ってしまわれただけですか…」

男「……」

教育係「全くもう……お約束の時間、過ぎていますよ」

男「……」




教育係「……僭越ながら、あなたたちの後を尾けさせて頂きました」

男「………」

教育係「どこの誰とも知れない怪しい人物の不法侵入」

教育係「無断でお嬢様を外へ連れ出した罪」

教育係「普通であれば打ち首ものです」

男「……」

教育係「……ですがあなたは……」

教育係(この子から笑みを引き出してくれた……)

教育係「……行きなさい」

教育係「今回だけ、あなたのことは旦那様へ報告しないでおきます」

男「……」

教育係「しかしくれぐれも、今後お嬢様へは近づかれないようにしてください」

教育係「もしお嬢様を悲しませることがあれば、そのときは──」

教育係「──私は一切容赦しません」キッ!

男「……」

教育係「……」スス...



(少女を抱える)



教育係「それでは」



スタスタ...



男「……」

男「……」

男(………)




続き楽しみ


ーーー伯爵邸ーーー

伯爵「なんだと?この時間に発作が…?」

教育係「はい。今は鎮痛薬をお飲みになってから、自室にて寝ております」

伯爵「……なんということだ、ついに……恐れていたことが……」

教育係「……申し訳ございません。私の落ち度です。容態が良くないと知っていながら、お嬢様を外へ連れ出してしまいました」

伯爵「うぅむ……君らが外から戻ってきたときは何があったのかと思ったが……」

教育係「……」

伯爵「娘が言い出しのだな?外へ出たいと」

教育係「それは……」

伯爵「言わずともよい。分かっている」

伯爵「……しかし、危険と分かっていながら、娘を許可なく外出させるなど……」

教育係「罰はお受けします」

伯爵「そうではない。君のことだ、何か理由があったのだろう」

伯爵「そこまでする程の、理由が」

教育係「………」



ーーーーー

少女「──多分、広い世界に憧れてただけ」

ーーーーー






教育係「それだけは、お嬢様から直接お聞きになった方がよろしいかと……」

教育係「私が伝えてしまうのは簡単です。ですが旦那様」

教育係「……そろそろ、お嬢様としかと向き合うべきだと、私は思います」

伯爵「なに…?」

伯爵「私が、あの子のことを見ていないと……そう言ったか?」

教育係「………」

伯爵「ふざけるな!私はあの子の父親だぞ!?」

伯爵「確かに今まであの子を放置しかけていたことは認めよう」

伯爵「だが今は違う!あの子の一挙手一投足まで見逃すつもりはない!こうしてお前の報告をつぶさに聞き、あの子の様子を毎日見に行っているではないか!」

伯爵「それが私に足りなかったこと、出来ていなかったことなのだ!」

伯爵「あの子への愛……そう、愛するというのは、片時も忘れず大切に想うこと……」

伯爵「──子を持たぬお前に何が分かる!?」

教育係「………」

伯爵「」ハッ

伯爵(……私は、何を……)




伯爵「……すまない。少し疲労が溜まっているのやも知れぬ」

教育係「………」

教育係「私は、旦那様に手を引かれたあの時より、この御家に仕える身。命果てるまで尽くすと決めております故、子を成すことはないでしょう」

教育係「ですが、お嬢様の──あの子のことは我が子同然と思っております」

教育係「ですから分かるのです。旦那様も奥様も、お嬢様のことを本当に愛していること」

教育係「……旦那様が今、怯えていらっしゃること」

伯爵「っ…」

教育係「もう気付いておいでですよね?お嬢様は、旦那様を拒絶していないと」

教育係「想うだけが愛ではございません。伝えること、受け取ること、これもまた、愛の一つです」

教育係「ご自身を信じてあげてください。旦那様の行いに込められた意味、聡いあの子はきっと理解しています」

教育係「……それとも、自らの子供に恐れを抱くのも、親の愛とおっしゃいますか?」ニコッ

伯爵「………」

伯爵「……はは」

伯爵「敵わないよ、君には」

伯爵「私にそこまでものが言えるのは、娘か、君くらいのものだ」

教育係「光栄ですね」

伯爵「…皮肉だぞ?」

教育係「分かっておりますよ」ニコニコ

伯爵「ふ……」




伯爵「……教育係、この数日、私は親と呼べる存在でいられただろうか」

伯爵「自分ではがむしゃらになっているつもりかもしれないが、振り返ってみると、ただの独りよがりで空回りしているだけなのではないか、などと余計なことばかり考えてしまうのだ」

教育係「………」

伯爵「………」

教育係「……明日です」

伯爵「む?」

教育係「明日、お嬢様とお話しされることになるでしょう」

伯爵「そうは言うが、私から突然出向くのは──」

教育係「この期に及んで何をおっしゃいます」

教育係「それに、勘違いをしていますね」

教育係「──お嬢様の方から、お声がかかるのですよ」

伯爵「……どうしてそんなことが分かる?」

教育係「約束したからです」

教育係「必ず、旦那様と話をされるように、と」

教育係(この約束は、絶対に破らない……そう信じていますから)




伯爵「………」

伯爵「……そう、か」

教育係(……あの子の固く閉ざされていた心は、恐らくこの数日で急速に溶かされた)

教育係(それは多分、あの男がいたからこそなのでしょう)

教育係(あの方と共に歩いていた時の表情……)

教育係(……ふふ、立派に成長されましたね)

伯爵「……娘は、まだ眠っているのだな?」

教育係「はい。今の今、目を覚まされているかもしれませんが」

伯爵「………」



スッ

スタスタ



伯爵(私のやることは変わらない)

伯爵(あの子が安心して眠れるよう、側についていてあげる)

伯爵(それが夜だけでなくなっただけだ)



ガチャ(ノブを回す)



教育係「──旦那様」

伯爵「……」クル...

教育係「お尋ねしたいことを一つ、忘れておりました」

伯爵「……言ってみなさい」

教育係「お心当たりがあればでよろしいのですが…」





教育係「お嬢様が昔読まれていたという絵本について、ご存じありませんか?」





ーーー夜 伯爵邸 娘の部屋ーーー

少女「」スースー...

伯爵「」グー...グー...



──フッ



男「………」



サ...サ...



男「………」

少女「」スースー...

男(………)



ソー...



男「…!」



──パッ(手を引っ込める)



教育係「……近づかないよう念を押したその日に夜這いですか。いい度胸です」

男「……」

教育係「……」

男(この女……なぜ俺が見える)

教育係「…あなたには訊きたいことがあります。私についてきなさい」

男「……断ると言ったら?」

教育係「力づくでも……と言いたいところですが、お嬢様の近くで騒ぎたくはありません」

教育係「あなたも同意見では?」

男「……」

教育係「……」



...テクテク





ーーー部屋の外ーーー

教育係「……ここならよいでしょう」

男「………」

教育係「どうですか?このお屋敷は。見事なものだと思いませんか?」

教育係「例えばこの絵画などは、お嬢様がお選びになったものなのですよ」

教育係「……ふふ、私がいくら手解きをしても、あの子の美的感覚を養うのは難しかったようで」

男「……」

教育係「──さて」

クルリ

教育係「……まず単刀直入に訊きます」

教育係「あなたは、誰……いいえ」

教育係「何者ですか?」

男「………」

教育係「………」

男「………」

教育係「…答えられないのですか?」

男「………」

教育係「無口な方ですね」

教育係「……普通の人間ではありませんね?」

教育係「人智を超えた何か……そう、例えば──」

教育係「──死神様、とか」

男「──」




男「……酷い妄想だな」

教育係「私もそう思います」

教育係「ですが、あそこまでお嬢様がヒントを出していれば、気付きます」

教育係「それにその格好」

男「……」

教育係「……古い書物ですが、ある伝承に全く同じ容姿で描かれた挿絵があります」

男「…どこにでも売っているフードだ」

教育係「では趣味でそのような格好を?」

男「………」

教育係「………」

男「……貴女こそ、ただ者とは思えない」

教育係「おや、私に興味がお有りですか?」

男「あぁ」

教育係「あら…」

男「………」

教育係「……なんてことはありません。お嬢様方と同じ、人ですよ」

教育係「ただ、昔から"分かる"だけなのです」

男「"分かる"?」




教育係「人ならざるもの、異界の者の類…そういった気配」

教育係「小さな頃は、それが当たり前と思い騒ぎ立てることはありませんでしたが、ある日ふと友人に話してしまったのです」

教育係「……魔女狩りは知っていますね?」

男「……知っている」

教育係「あの頃の私は無知でした。その友人は教会に密告してしまい、使者に捕らえられた私は、眼前に降って湧いた処刑を待つだけでした」

教育係「──そこから救ってくださったのが、今の旦那様なのです」

男「……」

教育係「……腑に落ちないという顔をしていますね」

教育係「どうして私だったのか、でしょう?」

男「……」

教育係「勿論、私も尋ねました」

教育係「旦那様が迎えにいらしたその時に」



ーーーーー

教育係「………」



カツ、カツ...



「おい、女」

教育係「………」

「迎えだ」

教育係「……」カオアゲル

教育係(迎え……?)





伯爵「おぉ、間違いない!この子だ」





教育係(……この男、確か昨週姿を見せていた…)

「じっとしていろよ」ガサゴソ



カチッ カチッ(拘束具がはずれる)



「さぁ出ろ」

教育係「………」

伯爵「……おい、彼女は立てない程弱っているのではないのか?」

「いえ、そのようなことはないはずですが……」

教育係「………」

教育係「…私をどうするつもりですか?」

伯爵「うむ、そう警戒しなくてよい」

伯爵「君に仕事を任せたいだけなのだ」

教育係「……私に……?」

教育係「なぜ、このような女を?」

伯爵「いやなに、先日この教会に立ち寄ったとき、偶々君を見かけただけなのだが……」





伯爵「──私はね、人を見る目には自信があるのだよ」





ーーーーー




教育係「……それが私と旦那様の馴れ初めです」

男「……」

教育係「初めは当然、信用する気になどなれませんでした」

教育係「…ですが、仕事を覚えていく傍ら、旦那様を観察しているうちに、その言葉が真実であったことに気付かされました」

教育係「僅かでも悪意の持った者は必ず見破られ、誰がどの仕事に向いているのか、適材適所を実現なさる」

教育係「……これこそ、旦那様がここまでの人物たり得る証左に他ならないのでしょう」

男「……」

教育係「もっとも、ご自身の娘さんにだけは、通用しなかったようですね」フフッ

男「………」

教育係「……少々お喋りが過ぎましたか」

男「………」

男「……人ならざる者が分かると、そう言ったな」

教育係「えぇ」

男「ならば、先の問答に意味はなかったろうに」

教育係「先程の?いえいえ、私が察するのはあくまで気配のみ。その正体までは分かりません」

教育係「それは無論、あなたでも、です」

教育係「──今、確信に変わりましたが」ニッコリ




男「………」

男「……どこまでも測れない人間だ、貴女は」

男「俺の存在に、最初から気付いていたな?」

教育係「………」

教育係「ご明察」

教育係「さすが死神様です」

教育係「正確には、お嬢様がお医者様の診断を受けられた翌日に、ですがね」

教育係「でなければ、いつお身体に不調が出てもおかしくないお嬢様を2時間もひとりにするなど、許すはずありません」

男「……なるほど、盗み見盗み聞きとは確かに、良い思いはしないな」

教育係「これでおあいこでしょう?」

男「……」

男(この物言い……)

男(あの子の口がよく回るのは、この人間譲りか)

教育係「人間の友人を作る死神様……世の中にはなんと、変わった神様がいるものだと思いましたよ」

男「……」

教育係「……それでも、どうしても分からないことがあるのです」

教育係「……」ジッ...

男「……」

教育係「なぜ、あの子なのですか?」




男「……」

教育係「あなたは暇つぶしの中の偶然と言っていましたが…」

教育係「本当にそうなのですか?」

教育係「ただの偶然で、神様が一人の人間にここまで入れ込むことなど、あるのですか?」

男「………」

男(………)

男「…偶然だ」

教育係「……」

男「…と、思っていた。今日までは」

教育係「…!」

男「あの子が答えを言っていただろう」

教育係「……答え……?」

男「あぁ」

男「……あの子は俺と同じなんだ」

男「──孤独で悲しい存在」

教育係「………」

男「だから、知りたかった」

男「そんな人間のことを」




教育係「……知ったその先に、何を求めるのです?」

男「先などない」

男「ただ、俺が興味を持ったというだけのこと」

教育係「……ただ、興味を持っただけ、ですって……?」

男「……」

教育係「えぇ、そうなのかもしれません。あなたにとっては長い時間のほんの一部に過ぎない」

教育係「ですがあの子にとっては違う!」

教育係「僅か数日という間に心を開き」

教育係「あまつさえお慕いする程にまで、あなたの存在は大きくなってしまった!」

教育係「気付いておりましたか?あなたを見る目、あなたと話すときの表情、その変化に」

教育係「あぁやはり死神様はとても残酷なお方です…!」

教育係「先が長くないと分かっている人間に、大きな未練を残させるのですから!」

男「……声を荒げると、聞こえてしまうぞ」

教育係「っ……」




男「………」

教育係「………」

教育係「……感謝、しているのです」

男「……」

教育係「あの子に愛するということを教えてくれた…あなたに」

教育係「あの子の命は、今やこの世のどんなものよりも輝いていることでしょう」

教育係「…ですが同時に」

教育係「──私はあなたを許せない」

男「……」

教育係「あなたは今のあの子にとって、大き過ぎるものを与えてしまった」

教育係「決して叶うことのないその想いは……容赦なくあの子の心を締め付けることになる」

教育係「……私は言ったはずです」

教育係「あの子を悲しませるのであれば、容赦はしない…と」キッ

男「……」

男「……容赦、か」

男「死神を殺すか?」

教育係「……」ギリッ...

男「…ふ、揃いも揃ってよく喋る人間ばかりなのだな」

教育係「何を…!」

男「俺が今しがた口にした言葉」

男「貴女ほどの者でも察しはつかなかったか?」

教育係「……」

男「……俺は興味を持ったんだ、彼女に」

男「興味を、持ってしまったんだ」





男「──俺にとっても、彼女は…特別な存在になってしまったんだよ」






教育係「──!」

教育係(特別……死神が、人を……)

教育係(あの子を──?)



スタスタッ!

グイッ!(胸倉を掴み上げる)



男「…!」

教育係「──ならば約束なさい!」

教育係「他のどの人間より、あの子を幸せへ導くと!」

男「…あぁ」

教育係「例えあの子の魂がなくなったとしても、絶対にあの子のことを忘れないと!」

男「あぁ」

教育係「あなたの存在が果てるまで、あの子の記憶を背負っていくのです!」

教育係「それが──!」

教育係「……それがあなたにしかできない、あの子に向けた愛」

男「……約束しよう」



ツー...



教育係「……」ポロ...ポロ...

男「……」

教育係「……」ポロポロ



...パッ(手を離す)




男「……なぜ泣くんだ」

教育係「…これは、私の涙ではありません」ポロポロ

教育係「泣くことを忘れてしまったあの子の代わりに、私が泣いているのです……」ポロポロ

男「……」

男(………)

教育係「………」ポロ...

男「………」

教育係「………」

男「………」

教育係「……首飾りを……」

教育係「ありがとうございます」

男「……」

教育係「あの子は一層可愛くなりましたね」フフッ

男「……」

教育係「……夕刻、倒れられてからあの子はまだ目を覚ましておりません」

教育係「お医者様の話では明日には意識が戻られるとのことですが……」

教育係「こうもおっしゃっていました」

教育係「想定より病の進行が早い、あの子に残された猶予はもうあと幾日ばかり…と」




男「………」

教育係「私どもにとってはあの子との最後の時間です」

教育係「……あなたにとっては?」

教育係「たったの数日という、あの子に生があるその時間」

教育係「あなたは何をしますか?」

教育係「それとも──何もしませんか?」

男「………」

男「……俺は」

男(……俺の代わりなどはいくらでもいる)

男(だが、あの子は……)



ーーーーー

少女「──こんな日々を送ってみたいものね……」

ーーーーー



男(あの子に与えられるはずだった幸せという時間は……)

男(………)

男「………」

教育係「………」

男「……君が望むなら、俺は……」

教育係「……?」

男「………」



スッ...



教育係「!」

教育係(姿を消した…?)

教育係「………」

教育係「……誠、神とは身勝手なものです……」





ーーー翌日 伯爵邸 娘の部屋ーーー

少女「」スースー

教育係「………」

少女「………ん」モゾ...

教育係「!」

少女「……んぅ……」

少女(ここは、私の部屋……?)

少女(……いつ戻ってきたんだっけ……)

教育係「お嬢様!良かった…ご無事ですか?」キュ...

少女「教育係……」

教育係「心配していたのですよ。もう一日近く眠っていらしたのですから…!」

少女(一日……)

少女(じゃあ昨日のは、夢…?)

少女「……」チラッ

少女(…夢じゃない)

少女(首飾りがちゃんとある)

少女(……それより……)

少女「……ねぇ教育係」

教育係「なんでしょう?お腹が空かれましたか?すぐお出しできるよう手配していますよ」

少女「ううん、そうじゃなくて」

少女「……今、私に触れているのよね?」

教育係「!すみません。左腕、痛みましたか…?」

少女「………」

少女「……おかしいのよ」





少女「──その手の感触がね、ないの」






教育係「──っ」

教育係(……あぁ……)

少女「いいえ…左手だけじゃない」

少女「あまり身体に力が入らないわ」

教育係(そんな……)

少女「んー…!」ググ...

少女「……はぁ、ダメ」

少女「教育係、起こしてくれないかしら?一人じゃ起き上がれないみたい」

教育係(この世界は、無慈悲です)

教育係「…痛かったら、申してくださいね」



スッ



少女「ありがとう」

教育係「……いえ」

教育係(こんなにも儚い子から、躊躇いなく奪っていく……)

少女「……ふふ。これで本当に重病人らしくなったわね」

教育係「………」グッ...

少女「なんて顔してるのよ」




少女「………」

少女「…もう、食事だけじゃないわね」

少女「あなたに全てやってもらうことになっちゃいそう」

少女「……最後まで、よろしくね」

教育係「──お嬢様…!」コト...(膝をつく)



──ギュ



少女「…!」

教育係「──」ギュー

少女「……あなたが抱き着いてどうするのよ……」フッ

教育係(……いずれこうなってしまうのは、頭のどこかで予想していました……)

教育係(一番辛いのは、他でもないこの子のはず)

教育係(なのに……)

少女「こっちの手はまだ動くわ」



ナデ...ナデ...



少女「……こうしてると、私がお姉さんみたいね」

教育係(……なのになぜ、そんなにも優しい顔をされるのですか……?)

少女「……」ナデ...ナデ...

教育係「……」ギュ...

少女「……ね、早速お願いがあるの」

教育係「……はい。何なりと」





少女「お父様、お母様と話がしたいわ」





ーーーーーーー

少女「………」

少女(……鍵の閉まった窓)

少女「………」

少女(今にも開きそうなのに……)

少女(死神さま……)

少女「………」

少女(昨日、私が倒れてから、何があったのかしら)

少女(──誰が私をここまで運んだの?)

少女(……多分、教育係なら何か知っているはず)

少女(でもなんでだろう)

少女(それを訊くのが、怖い)

少女「……」

少女(訊いてしまえば、もう死神さまに会えなくなるような、そんな気がして……)

少女(……それが、たまらなく怖い)

少女「……」

少女(強く生きる、なんてとんでもない)

少女(私はこんなに弱かったんだ……)







「少女、私たちだ」





少女「……入って」



ガチャ



トッ、トッ、トッ...



伯爵「………」

夫人「……少女……」

少女「………」

少女「…ふふ、どうしてそんなところで立ったままなの?」

少女「こっちに来て座ってくれないと、遠いじゃない」

伯爵「……」

夫人「……」



テクテク...



スッ(ソファに腰掛ける)




少女「……口調、怒らないのね」

少女「言葉遣いがなってない!って、いつもなら言いそうなのに」フフッ

伯爵「む……」

夫人「そんなこと、もう……」

少女「………」

少女「ん…!」ググ...

夫人「少女、あなた何を!?」

伯爵「おい、無理するんじゃない!起き上がりたいのなら──」

少女「──いいの!」

少女「大丈夫だから。そこで見てて」

伯爵「!」

少女「っ……!」グググ



...ノソ



少女「はぁ……ふぅ……」

少女「…なんだ、頑張ればまだ起き上がるくらいは出来るのね」

夫人「──っ」ウツムキ

伯爵「……」

少女「……お母様」

夫人「」ハッ

夫人「なに、かしら」

少女「……」





グイ...(手を伸ばす)



ギュ



少女「……良かった、届いた」

夫人「少、女…」

少女「あたたかい、お母様の手」

少女「私ね、この手が好きよ」

少女「優しく私を抱いてくれた手だもの」

夫人「う……うぅ……」ポロポロ...

少女「……お父様」

伯爵「……」ジッ...



グイ...(再び手を伸ばす)



ギュ



伯爵「」ビクッ

少女「……もう。そんな割れ物に触れたような反応はやめて」

伯爵「す、すまない……」

少女「…お父様の手は大きいわね」

少女「この手も好き」

少女「私を大事に守ってくれた手だから」




伯爵「………」

伯爵「……お前だけじゃないさ」

少女「え…?」

伯爵「……」



...ギュ(手を包み込む)



伯爵「私も母さんも、お前のこの小さくて可愛い手が、大好きだよ」

夫人「えぇ…えぇ…!勿論よ…!」

少女「──」

伯爵「お前は、この手の中にどれだけの想いを持っていたのだろうな……」

伯爵「それを受け取るのは、私たちの役目だったのに」

伯爵「いつしか見えなくなっていた、少女のことが。お前の溜め込んでいたたくさんの想いが」

伯爵「こんな土壇場にならないと、気付くことが出来なかった」

伯爵「……そんな私たちを、お前はまだ、親と呼んでくれるのか……?」

少女「………」





少女「当然ですわ。お父様、お母様」ニコッ






夫人「…!」

夫人「少女……あぁ、少女…!」ヒシッ

少女「あ…」

夫人「私の可愛い娘…」

夫人「ごめんなさい…!いつの日か、あなたが私たちのことを分かる日が来るなんて、思い込んで、何もしようとしなかった…!」

夫人「"いつか"が来るだなんて、勝手に保証されてるものだと思っていたの…!」

夫人「神様はこんなにも不平等なのに……」

少女「……そう、ね」



ーーーーー

男「──君の友となってやろう」

ーーーーー



少女「神さまはちょっと、変わり者なのかもしれないわね」

伯爵「……少女よ」

少女「…?」

伯爵「お前の気持ちを、聞かせて欲しい」

伯爵「……お前はちゃんと、幸せになれたか?」

少女「………」

伯爵「………」

夫人「………」

少女「……うん、きっと」

伯爵・夫人「「!!」」

少女「お父様たちの想いに、向き合えたと思う」

少女「だから、かな」

伯爵「そうか…そうか……!」

夫人「少女……!」




少女(………そう。楽しいと、感じてた)

少女(この数日)

少女(でも、それは)

少女(その中心にあったのは──)

少女「……お母様、ごめんなさい、私をこのまま横にさせてくれないかしら?」

夫人「えぇ、分かったわ」スッ



...トサッ



少女「ふぅ、情けないわ。ちょっと身体支えてるだけですぐ疲れちゃって」

少女「……ね、世間話…というのかしら」

少女「私たちの普段していたこととか、そんな何でもないような話がしたい」

伯爵「私たちが…」

夫人「普段していること…?」

少女「えぇ。お父様方が何していたのか、私全然知らないんだもの」

少女「それに、私だって話したいこといっぱいあるのよ?」

伯爵「……そうだな」

伯爵「ここ何日かは、普段の仕事さえ最低限に抑えていたが、それでもよいなら──」

少女「最近の話はいいの」

少女「……お父様が何をしていたのかは、分かってるから」




伯爵「ほぅ…」

伯爵「では母さんのことならどうだね?」

少女「お母様?」

伯爵「うむ。母さんだってお前のために動いてくれていたのだよ」

少女「……そうだったの?」チラッ

夫人「そんな大層なことはしてないのよ…?」

伯爵「はは、よく言う」

伯爵「お前が倒れたあの日からな、どこから噂を聞きつけてきたのか、お前の様子が心配だという輩が毎日のように押し掛けてきてな」

伯爵「まぁ、どいつもこいつもこの機に乗じて私に取り入ろうとする者ばかりだったが」

伯爵「そんな連中の相手をして、全員丁寧に追い返してくれたのは、母さんなのだ」

夫人「…私は、少女が下らない道具のように利用されるのが嫌だっただけなのよ」

少女「まぁ…!そんなことが…」

少女「全く気付かなかったわ」

夫人「あなたの部屋に近付くことも許しませんでしたからね」

少女「ふふ。ありがと、お母様」

少女「…それじゃあ、少しずつ遡っていきましょう?」

少女「次は、ひと月くらい前から──」



.........





ーーー部屋の外ーーー

教育係「……」



──アノトキノオヨウフクハ...

──ソウナンダ?テッキリオトウサマガ...

──ワタシニフクノセンスヲモトメテモ...



教育係(……私の出る幕はないようですね)

教育係「………」

教育係「……さて、私も急がないといけません」



スタスタ...





ーーー王国 郊外ーーー

男「………」テクテク



「──それで、今度二人目が産まれるって聞いたものだから」

「まぁ!それは良い知らせですね」

「そうなのよ!お祝いの品、何がいいのか悩んでて…──!」

「…?どうかしまし……!」



男「………」テクテク



「……何かしら、この辺りでは見かけない人だけど」ヒソヒソ

「あんな、全身を隠す格好……まさか、賊ですか……?」ヒソヒソ



男「………」テクテク



「……行きましょう。気味の悪い……」ヒソヒソ

「えぇ、そうですね……」ヒソヒソ



スタスタ...




男「………」テクテク

男(………)

男(……分からないな)

男(あの子も、あの女も、俺を変わり者と評したが…)

男(人間の方がよほど不思議な存在だ)

男「………」テクテク

男(仲の良いフリをしながら、簡単に裏切る者)

男(愛が強すぎる故に、憎しみへと変えてしまう者)

男(些細な価値観の相違により、他者を淘汰しようとする者)

男(……誰かの代わりに泣くという者)

男(これまで多くの人間を見、導いてきた)

男(知れば知るほど、矛盾を孕んだ存在)

男(それが人間)

男(…だが君は、これまで見てきたどの人間とも違っていた)



ーーーーー

少女「──今すぐ私を殺して」

ーーーーー



男(ただの死にたがりかとも考えた)

男(何もかもを諦め、世界に絶望し、自ら命を断とうとする……ありふれた人間の末路)




男(しかしそうではなかった。俺は感じていたんだ)

男(あの小さな身に余りある程の……強い想い)



ーーーーー

少女「──呆れるくらい何もない人生だったわ…」

ーーーーー



男(それは恐らく、人間なら誰しもが抱く当然の想い)

男(──幸せになりたい、と)

男(その想いは、彼女の人生の半分以上もの間、どこにも解放されることなく、彼女の中で燻り続けてきたのだろう)

男(孤独という呪縛に囚われた彼女には、捨てることも成就させることも叶わなかった……)

男「………」テクテク

男(……そう、呪縛なんだ)

男("孤独"などというその言葉の本質。人間に理解できようはずがない)

男(確かに、この世のあらゆる命は生まれながらにして唯一無二……ヒトリだ)

男(一つの確立された個としての、ヒトリ)

男(だが、生きていく過程で必ず他者の想いが乗せられていく)

男(初めは親)

男(知人、友人、恩人、恋人、子供……)

男(そうして誰かの想いを抱えながら、時を重ねていく)

男(孤独とヒトリは違う)

男(孤独の本質とは、何者からも想われることがないということ)

男(己だけでは生きていけない人の身で、それを理解することは出来ない)

男(………)





ーーーーー

少女「──ただただ、降りかかる現実を見ないようにしていた私が選択した道」

ーーーーー



男(……君は、いつからか他人の想いを撥ね退けるようになってしまったんだ)

男(自らが描いた夢……あまりに食い違う現実……その乖離に)

男(どれほどの苦悩があったのだろうか。君にとってその夢は、どれほど憧憬を抱くものだったのだろうか)

男(君の心は想いを拒絶し、そして)

男("孤独"を知っていった)

男(だから俺は、惹かれたんだろう)



ーーーーー

少女「──二人とも、孤独で寂しい存在」

ーーーーー



男(あぁ……その通りかもしれないな)

男(──だが君は、人だ)

男(……世界には2種類の人が存在する)

男(幸せになれる者と、なれない者)

男(しかし、幸せになってはいけない者は、存在しない)

男(君が知るべきだったのは孤独ではない)

男(君に向けられた想いの数々……想われるということの幸せ)

男「………」テク...

男(……君の止まっていた時は、ようやく動き出したというのに)

男(残された時間は、残酷なまでに短い)




男(──どうして俺は、死神なんだ)



ーーーーー

教育係「──あの子に愛するということを教えてくれた…あなたに」

ーーーーー



男(愛……そんなものとは無縁と思っていた)

男(これほどまでに、強い想いだとは……)

男(死神が……有限の命に愛を抱く、か)

男(結末など分かりきっているのにな)

男「………」

男(あぁ……朽ちないこの身が憎い)

男(君と共に生き、君と共に星になりたかった)

男「………」カオアゲル



(遠くに見える伯爵の屋敷)



男「………」



ーーーーー

教育係「──あなたは何をしますか?」

教育係「──それとも──何もしませんか?」

ーーーーー



男(……俺に出来ること……)

男(君が望むなら、俺は)





男(この世の摂理に背いてでも──)





ーーー翌日 伯爵邸ーーー

伯爵「なに?今夜に外出の許可を?」

教育係「はい」

伯爵「むぅ……君の頼みだ、なるべくなら承諾したいところだが……」

教育係「…お嬢様のことでございますね?」

教育係「ご安心ください。私が出ているのはお嬢様が寝られている時間のみです」

教育係「その間は信頼のおける侍女に代わりを依頼してあります」

伯爵「………」

伯爵「…あの子にまつわる用件、なのだな…?」

教育係「……はい」

伯爵「そうか」

伯爵「……分かった。許可しよう」

教育係「ありがとうございます」

伯爵「だが、必ずあの子が目を覚ます前に戻ってきてくれ」

伯爵「今や君は、あの子にとって大事な家族のようなものだ」

伯爵「…少しでもあの子と長く一緒に居てあげて欲しい」

教育係「…承知しております」



ダッダッダッ ガチャ!



「こちらに居られましたか!」

伯爵「なんだ?騒々しい」

「大変です!お嬢様が例の発作を…!」

伯爵・教育係「「!!」」





ーーー伯爵邸 娘の部屋ーーー

少女「はぁ……はぁ……!」

伯爵(まだ正午も迎えていないのだぞ…)

伯爵(──間隔が短くなってきている)

伯爵「少女!薬だ、飲ませるからな!」クイッ

少女「うく………」コクコク...

少女「……はぁっ」

少女「ぅ゛…あ……!」

教育係「……!」

伯爵「少女…?」

少女「ぃ……!」ガタガタ

教育係「鎮痛薬が、効いていないのでは…」

伯爵「なんだと!?」

伯爵(確かに、これまでと違って全く治まる気配がない…!)

伯爵「……ならば……」



ガサゴソ



伯爵「………」



(別の薬)



教育係「旦那様、そちらは…」

伯爵「うむ、より効能の強いものだ」

教育係「しかしどのような副作用があるか──」

伯爵「分かっておる!」

伯爵「だが四の五の言っていられる状況ではない」

伯爵「少女が苦しんでおるのだ…!」



パキ



クイッ



.........






少女「」スースー...

伯爵「……何とか、効いてくれたようだな」

教育係「……はい」

伯爵「ふぅ……」ストッ

伯爵「…教育係よ、あの子は先程まで何をしていた?」

教育係「朝食を摂ってから、お嬢様の所望した本を読まれていたはずですが…」

伯爵「………」

伯爵「いつもと変わらぬな」

伯爵「……だが、病は刻一刻とあの子を蝕んでいっておる……」

伯爵「悪化する発作、短くなってゆく間隔」

伯爵「教育係、これが意味するところとは──」

教育係「………」メヲフセル

伯爵「──考えたくないものだな……」

伯爵「それでも、私たちが目を逸らすわけにはいかぬ」

伯爵「この子を見届けてやれるのは、私たちしかおらんのだから」

教育係「はい……絶対に」

教育係「………」チラリ

少女「」スースー...



(胸元の首飾り)



教育係(………)

教育係(……あの方は、一体何をしているのでしょう)

教育係(この現状を知らないわけではないはず)

教育係(それとも本当に……)

教育係(何もしないおつもりなのですか…?)





ーーーーーーー

少女(………)

少女(………)

少女「……!」

少女(あれ……?)

少女「……ここは?」



キョロキョロ



少女(……真っ暗……)

少女(でも私立ってるのよね…?)

少女(地面はあるってこと?)





──ヒック...グスン...





少女「!」



「うぅ……」ヒック...



少女(女の子…?)

少女「……」テクテク

少女「……」テク...



「クスン……」シクシク




少女「……どうしたの?」

「…?」

少女「何で泣いてるの?お姉ちゃんに話してごらん」

「……あのね」

「わたしね、いろんなとこに行ってね、いろんなものを見て…」

「それでね、とってもキラキラってなりたいの!」

「……でもね、ダメなの」

「わたしはお人形さんなの」

「いい子に言いつけを守らなくちゃいけないんだって…」

少女「………」

「なんでかな……わたし、なにか悪いことしちゃったのかな…?」

少女「……大丈夫」

少女「あなたのせいじゃない」

「……ほんと……?」カオアゲル

少女「っ!」

少女(この子……)

少女(──昔の……私……)




「じゃあ、わたし…いつかいっぱい、いろんなところ行けるかな…?」

「たくさん楽しいこと、できるかな?」

少女「──」



──ギュ



「お姉ちゃん…?」

少女「……」ギュー

少女「……うん」

少女「出来る……出来るよ、絶対……!」

「えへへ……そっかぁ…」



ーーーーー

男「──もう何年も前からずっと、泣き続けているんだ」

ーーーーー



少女(今分かった)

少女「……」ギュー

「ねぇねぇ、どんなところに行けるの……?」

少女(この子が……この"私"が……)

少女(ずっと私の代わりに泣いてたんだ…!)




少女「……ありがとう……」

少女(そして)

少女「ごめんなさい……!」ポロ...ポロ...

「どうしたの…?」

少女「ううん、何でもないの…」ポロポロ

「でも……」

少女「大丈夫よ」ポロポロ...

少女「……ね、お姉ちゃんがいいこと教えてあげる」

「わぁ…なになに?お外の楽しいお話?」

少女「ふふ、ごめんね、それはお姉ちゃんもあまり詳しくないの」

少女「……けどね、いつか必ずあなたを外へ連れ出してくれる人が来てくれる」



ーーーーー

男「──娘、生きたくはないのか?」

ーーーーー



少女「その人は無口で、不器用で、面白い冗談が言えない人だけど」



ーーーーー

男「──離れると危ない。しっかり握っていろ」

ーーーーー



少女「きっとね、あなたを楽しい世界へ連れてってくれるわ」




少女「……ありがとう……」

少女(そして)

少女「ごめんなさい……!」ポロ...ポロ...

「どうしたの…?」

少女「ううん、何でもないの…」ポロポロ

「でも……」

少女「大丈夫よ」ポロポロ...

少女「……ね、お姉ちゃんがいいこと教えてあげる」

「わぁ…なになに?お外の楽しいお話?」

少女「ふふ、ごめんね、それはお姉ちゃんもあまり詳しくないの」

少女「……けどね、いつか必ずあなたを外へ連れ出してくれる人が来てくれる」



ーーーーー

男「──娘、生きたくはないのか?」

ーーーーー



少女「その人は無口で、不器用で、面白い冗談が言えない人だけど」



ーーーーー

男「──離れると危ない。しっかり握っていろ」

ーーーーー



少女「きっとね、あなたを楽しい世界へ連れてってくれるわ」




「そうなの…?」

「わたしの夢、かなえてくれる…?」

少女「もちろん」

「…!」

「すごい…すごいねその人!」

「お願いかなえてくれるの、なんだか神さまみたいね…!」

少女「──」

少女「…そうね、神さまかもね」ニコッ

少女(そう……融通の利かない、私の死神さま……)

少女「だからっ」

少女「その人が迎えに来てくれるまで、ちゃんと良い子に待ってなきゃダメよ。悪い子にしてたら、来てくれなくなっちゃうんだから」

少女「…って、あなたの周りの人たちは、言ったのよ」

「そうだったんだ…!」

少女「えぇ」




少女「…ね、良い子にするって、お姉ちゃんと約束できる?」

「できる!」

少女「ふふ、そう」

少女「それじゃ…ほら」スッ

「?」

少女「指切りげんまん」

「!」ススッ



...キュ



少女「……破っちゃダメよ?」

「うん!」

少女「よしよし、偉いわね」ナデナデ

「えへへ…」

少女(これでいいのよね)

少女(これで……私は"私"を解放してあげられる)

「ねぇお姉ちゃん」

少女「ん?」





「──ありがとう」ニッコリ





少女(──)

少女「……どういたしまして」ニコッ





ーーーーーーー

少女「……!」

少女(……明るい)

少女(それに、この重い身体)

少女「……」

少女(戻ってきたのね……夢から)

教育係「お嬢様、目が覚めましたか?」

少女「えぇ」

少女(何だか、まだ目がぼんやりしてるけど…)

少女「んー…」シパシパ

少女(ん?)

少女(何かしら、脇に何か立ってる…?)

少女(細い…柱みたいな)

少女「…教育係」

教育係「はい…あぁ、こちらですか」

教育係「お嬢様、昨日の発作以降再び眠りについたままになってしまわれたため、勝手ながら点滴を打たせて頂いたのです」

少女「そうなの…」

教育係「申し訳ございません。お嬢様がこのようなものを望まれていないのでしたら、極力頼らないようにはと──」

少女「いえ、いいわ」

少女「私のためを思ってしてくれたんだものね」

少女(きっと腕のどこかに着けられてるのよね……感覚がないから分からないけど……)




少女「でも、そんなに眠っていたのね」

教育係「………」

少女「…また起きられてよかった」

少女「こうやって、まだ教育係と話が出来る」

教育係「お嬢、様……」

少女(……あなたはまた、いないけれど……)

教育係「そうです、お嬢様。是非見せたいものがあるのです」



スッ



少女「……?」

少女(ぼやけてて、よく見えない……)

教育係「見覚え、ありませんか?」

教育係「──お嬢様が昔読まれていた絵本です」

少女「─!」

少女「も、もっとよく見せて…!」

教育係「はい」



ソッ...(少女に寄り添う)




少女「……」

少女(……確かに、よく見ればこの色合い、形……)

少女「……これ、どうしたの?」

教育係「取りに行ったのです。以前住んでいたお屋敷に」

少女「前の?」

教育係「えぇ。このお屋敷の中はどこにもありませんようでしたので」

教育係「以前のお屋敷は、今は別館として様々な用途に使用されていまして、既に処分されてしまっていないか少し不安でしたが……」

教育係「お嬢様が使われていたお部屋の、クローゼットの奥に……隠されているような所から見つかったようですよ」

少女「!」

少女「…そうだ」

少女「そうだったわ……私が隠したんだった」



ーーーーー

「──うん!ここに隠しておけば見つからないわよね!」

「──いつかわたしがこの村娘ちゃんみたいに強く、キラキラになれたら、また読む!」

「──それまでは、ここでわたしのこと見守っててね」

ーーーーー



少女「……そんなこと、すっかり忘れてた」フフッ




教育係「……お読みになられますか?」

少女「うん。読みたい」

少女「…けど、教育係が読んでくれるかしら?」

教育係「お安い御用ですよ」

少女「ありがとう。……さっきからずっとね、目がぼやけてて、この本の字もはっきり見えないの」

教育係「…!」

少女「困ったものね、この病気は。身体の自由だけじゃなくて視力まで奪うなんてね」

教育係(違う…)

教育係(お医者様のおっしゃっていた症状にそのようなものはない)

教育係(それはきっと、薬の副作用……)

教育係「大丈夫です、お嬢様。私共がついていますから」...ギュ

少女「うん」

教育係「……では、読みますよ」



ペラ



教育係「ここより少し遠いある国で、一人のみすぼらしい女の子が貧しくも慎ましく暮らしておりました──」



.........






教育係「──こうして、お姫様はいつまでも王子様と幸せに暮らしましたとさ」

教育係「……以上です、お嬢様」

少女「………」

少女「そう、ね」

少女「そんな話だったわね」フッ

少女「やっぱり今読むと、子供向けに作られた普通の本っていうのがよく分かるわね」

少女「とってもご都合主義」

少女「……羨ましい……」ボソッ

教育係「………」

少女「私ね、この本に出てくる村娘に憧れてたの。お姫様じゃなくてね」

少女「すごく自由で楽しそうで……そう見えたのよね」

教育係「…左様ですか」

少女「………」

少女(………)

少女「ねぇ、教育係」

教育係「なんでしょう」

少女「……私が外で倒れたあの日」

教育係「!」

少女「あのとき、私をここまで運んでくれたのは…誰なの?」

教育係「…私ですよ」

教育係「お嬢様がお部屋から居なくなっていたので、急いで周りを捜していたのです」




少女「……そのときさ」

少女「私以外に誰か、居なかった?」フリムキ

教育係(っ──)

教育係「……誰か、ですか」

少女「……」

教育係「…いいえ」

教育係「お嬢様の苦しそうなお声を聞いて駆け付けましたが、側には怪しい人物は見受けられませんでしたね」

少女「………」

少女「そう」

教育係「………」

少女「……」ソッ...



パタン(本を閉じる)




少女「絵本、嬉しかったわ」

少女「私の宝物なの。ありがとう」

教育係「喜んで頂けたのなら何よりです」

少女「……教育係はさ、誰かを好きになったことってある?」

教育係「…お嬢様のことなら、大好きでございますよ」

少女「んーと、そうじゃなくてね」

少女「何て言えばいいのかな…」

教育係「……想い人が、出来たのですか?」

少女「!……うん」

教育係「どんな方なのです?」

少女「…いつも、夢の中で逢いに来てくれる人」

少女「私の知らないことをたくさん知ってて…私ととてもよく似ているの」

少女「いきなりやってきたときは、訳の分からないことばかり言っておかしな人だと思ってた」

少女「……けど、少しずつ話をしていくうちにね……」

教育係「……お好きになっていた」

少女「………」コクリ

教育係(小さく頷くお嬢様の顔は、それはそれは)

教育係(……年相応の女の子の顔をしていました)




少女「けれど」

少女「最近は、もう逢いに来てくれなくて」

教育係「………」

少女「だったらもう、私から行くしかないのかなって」

少女「思っちゃうんだ」

少女(この命が尽きれば、あなたは迎えに来てくれる……)

少女(そうだよね…?)

教育係「………」



ナデ...ナデ...



教育係「……そんなことはありません」ナデナデ

少女「……」

教育係「きっと、お嬢様の元へ来てくれますよ。その方は」

少女「……そうかな……」

教育係「はい」

教育係「──お嬢様が生きておられるうちに」

少女「………」





少女(……死神さま……)




間違えて同じ投稿を二度してしまいました…

次回の投稿で、完結する予定です。






──そうしてついに、その日はやってきてしまいました。





ーーー伯爵邸 娘の部屋ーーー

教育係「………」

伯爵「………」

夫人「………」

少女「………」

少女「皆、来てくれたのよね」

少女「ごめんなさい、急に呼び出して」

伯爵「お前のためならいつでも駆け付けるさ」

夫人「私もよ、少女」

教育係「全く同意です」

少女「……なんか、私がとても偉くなったみたいね」フフッ

伯爵「それで、どうしたのだ、少女よ」

伯爵「私たちに出来ることなら何でもするぞ」

少女「えっとね……今日はお願いとかじゃなくてね」

教育係(……)





少女「──お別れを言っておきたかったの」






伯爵・夫人「「─!?」」

教育係「っ……」

伯爵「お別れ……など…!」

伯爵「縁起でもないことを言うんじゃない…!」

少女「落ち着いて、お父様」

少女「分かるのよ。自分のことだから」

少女「もうね、お迎えが来るんだって」

教育係「お嬢様……」

夫人「……ぅ……」ウツムキ

伯爵「………」

少女「……そんなしんみりとしないでよ。まだお通夜じゃないんだから」

教育係「…お嬢様、それはいささか冗談が過ぎるかと」

少女「あら…やっぱり?」

少女「でもね」



モゾ...(右手を僅かに持ち上げる)



少女「……もう身体も動かない」

少女「目も視えない」

少女「少しばかり動くのはこの右手と口と…耳だけ」

少女「いつ喋ることさえ出来なくなっても不思議じゃない」

少女「…だから今、伝えておきたいの」

少女「私の、お父様たちへの想い」

三人「「「………」」」




伯爵「……そうか」

伯爵「うむ……聞かせておくれ、少女」

伯爵「お前たちも、よいな?」

夫人「…えぇ」

教育係「はい」

少女「………」

少女「…お父様、こっちへ来て」

伯爵「うむ」



サッ、サッ...



伯爵「……なんだい?」

少女「そこにいる…?」

伯爵「む…」



...ギュ(手を握る)



少女「ぁ…」

伯爵「これで分かるか?」

少女「うん」




少女「……お父様、私ね、考えてたの」

少女「いつかお父様が言っていた、"強く生きなさい"という言葉」

少女「強いってどういうことなんだろうって」

少女「一騎当千……単騎で千の敵を倒すことのできる力」

少女「堅忍不抜……どんなことが起こっても決して挫けない心」

少女「勇往邁進……何事にも臆せず立ち向かう勇気」

少女「きっとそのどれもが正解」

少女「…けどね、そうじゃないの」

伯爵「……」

少女「最後の最後、ようやく分かった気がする"強さ"」

少女「それはね──」

少女「──何かを大切に想うことのできる意志」

少女「お父様がその身で体現してくれたから」

少女「……ねぇ、私にも大切に想えるものが出来たのよ」

少女「こんなに遅くなってしまったけど、これでお父様の言い付け、ちゃんと守ることが出来たかな」




伯爵「……出来ているとも」

伯爵「強いというものに、決まりきった形はない」

伯爵「だがな、真の強さとは、どんななりであれ他者から見てそれと分かるものだ」

伯爵「……少女、お前はしっかり強くなった」

伯爵「この私が認めよう」

少女「……」ニコッ

少女「…本当はまだまだ弱いところばかりだって分かってる」

少女「それでも、お父様から教わったこの"強さ"だけは、理解することが出来て良かった」

少女「ありがとう、お父様」

少女「貴方は私にとって、世界で一番強いお人よ」

伯爵「こちらこそ……生まれてきてくれてありがとう」

伯爵「お前は私にとって、一生、世界一可愛い娘だ」

少女「……ふふ……」

少女「………」

少女「お母様」

夫人「…ここよ」



...ギュ




少女「……子供を持つってどういうことなのかな」

少女「このまま成長していって、大切な人が出来て、子供を授かる…」

少女「そんな当たり前が私にも訪れるのかなって、なんとなく思ってた」

夫人「少女……」

少女「…まだ14年しか生きていないんだもの。未練なんていくらでもあるわ」

少女「思えばお母様の言う事には何かと反抗してばかり……いつもお母様の悩みの種になっていたわよね、きっと」

少女「私もね、母親ってどうしてこんなに煩わしいんだろうって何度も思っちゃった……お互い様かな」クスッ

少女「でもね、生まれて来なければよかったなんて、絶対に言わない」

少女「…自分の人生が満点だなんて言えはしないし、やりたかったこともたくさんあるけど」

少女「──お母様が私を生んでくれたからこそ、私は大切なことを知れた」




少女「生きる事の目的は、幸せになることだと思ってた」

少女「でも幸せって、色んなことを知っていく中で感じられるものだったんだ」

少女(そう、色んなこと……色んな想い……)

少女「だから私はね、ちゃんと幸せになれたって言えたのよ」

少女「ありがとう、お母様」

夫人「私も……私もよ……!」

夫人「私だってあなたからたくさんのことを教えてもらったわ…!」

夫人「少女が私の娘で良かった……母親としてあなたを育てられたこと、ずっと覚えていますからね…!」

少女「……」ニコッ

少女「……教育係」

教育係「はい、お嬢様」



...ギュ




少女「……この手」

少女「この手に何度、連れて行かれたことかしらね」

教育係「…お嬢様が習い事を抜け出そうするからですよね」

少女「本当、抜け目ないのよ、あなた」

教育係「それが私の役目ですから」

少女「………」

教育係「………」

少女「…ありがとう」

少女「あなたはいつでも私のことを分かってくれていた」

少女「……きっと、今も」

教育係「……」

少女「私も、あなたのこと好きよ」

教育係「…!」

教育係「……それだけ、ですか?」クスッ

少女「十分過ぎるでしょ?」クスッ

教育係「……」

教育係「…お嬢様」スッ



(そっと額に口付け)




少女「…?何をしたの?」

教育係「いいえ、何も」

教育係「……私はどんなときでも、お嬢様の幸せを願っていますよ」

少女「……うん」

少女(分かる)

少女(皆の想いが)

少女(こんなに近くで想ってくれていたなんて……ちょっと顔を上げれば見えたはずなのにね)

少女「………!!」

少女(………あ………)

少女(もう、ほんと勝手なんだから………)

少女「……あのね、一つだけ聞いてくれる?」

伯爵「しかと聞いているとも」

少女「少しだけ、本当に少しだけでいいの」

少女「──私が呼ぶまで、この部屋でひとりにさせてくれないかしら」




教育係「──!」

伯爵「な、それは……」

夫人「少女…そんなことあまりにも危険過ぎるわ。さっきあなたも言ってたじゃない。その間にあなたの声も出なくなったりしたら、もう……」

少女「大丈夫、大丈夫だから。私を信じて」

伯爵「いや、だがな…私たちは最後までお前の側を──」

教育係「──私からも、お願い致します」

夫人「!」

伯爵「……教育係」

教育係「旦那様、奥様、どうかこの通りです」ペコリ

伯爵「……」

少女「……ね、最後のわがままだから……」

伯爵「………出ようか、夫人」

夫人「あなた……」

夫人「……分かりました」



テク、テク...



伯爵「……10分だ」

伯爵「お前からの呼びかけがなかったら、10分で戻ってくる」

伯爵「それ以上は、譲れぬぞ」

少女「うん、それでいい」

少女「10分で果てるほど、やわなつもりはないわ」フッ

伯爵「……言いおる」



ガチャ



教育係「それでは、お嬢様…」

教育係(……後は、頼みましたよ)



パタリ...




少女「………」

少女「………」

少女(………)

少女「……ふぅ」

少女「そこに居るんでしょう?」





少女「死神さま」





男「……あぁ」

少女「…私を迎えに来てくれたのよね?」

男「………」

少女「まったく……何してたのよ」

少女「あの日以来、全然来なくなっちゃって……お仕事暇なんでしょ?」

少女「結局、私との条件、守ってくれなかったわね」

男「条件…?」

少女「そう」

少女「私が死ぬまで、私の暇つぶしに付き合うっていう条件」

少女「……これであなたとの友達の契約も解消かしらね?」




男「……」

少女「……」

少女「死神さま、手握って……?」

男「………」スッ...



──ギュ



少女「……」...キュ

男「……」

少女「……本当に……」

少女「本当に、自分勝手よ……あなたは……」

男「……」

少女「暇つぶしだとか言っていきなり来たと思ったら……今度は友達になろうなんて突拍子のないことを言い出すし……」

少女「…それなのに、突然いなくなって……」

少女「私、まだまだ話したいことあったのに……」

少女「……ばか……」

男「……悪いと思っている」

少女「………嘘」

男「本当だ」




少女「………」

男「………」

少女「……でもね」

少女「あなたが居てくれたおかげで、私は楽しかった」

少女「"私"を見つけてあげることが出来た」

少女「この世界はたくさんのもので溢れかえってるって、気付けた」

少女「……あなたは、灰色だった私の世界にもう一度色を付けてくれたの」

男(……)

少女「だから」

少女「あなたにも、ありがとう」

男「………」

少女「死神さまが感謝されることなんて、初めてなんじゃない?」フフッ

男「…そうかもな」

男「……少女」

少女「なぁに?」

男「……」

男「今一度、問う」





男「──生きたくは、ないか?」






少女「……なぜ?」

少女「今そんなこと…だって私はもう行かなくちゃいけないんでしょ?」

男「……俺は、今この時、君を連れに来たのではない」

男(そうだ)

男(俺がここに来たのは)

少女「……じゃあ、あなたもお別れをしに?」

男「別れか。…それを君らと同じように感じることはない。俺にとっては流れ行く時と同じだ」

男「……人間と同じ物差しで測れぬことは、既に分かっているだろう」

少女「相変わらず捻ちゃって……」

男「……」

少女「……だったら」

少女「その質問、私がはいと答えれば、私は死なずに済むとでも言うのかしら?」

男「そうだ」

少女「!!」

男「……と言ったら?」

男(……)

男(例えこの身が消えることになろうと)

男(この小さな命を守ることが出来るのなら、俺は……)




少女「………」

男「………」

少女「………」

少女(……………)

少女「……そんなの……」

男「……」

少女「決まってる。私は……」

男(……)





少女「──このまま、あなたの迎えを待っているわ」






男「──!」

少女「それだけよ」ニコッ

男「………死を望むのか」

少女「死……そうね、私はもうすぐ死ぬ」

少女「あなたと初めて会った時、死ぬことが怖くないって言ったっけ」

少女「あれは、嘘ではないけど、あの時はまだ死がどんなものかよく分かっていなかったの」

少女「ただ無味な私が消えるだけだって、考えていたわ」

男「……」

少女「……死ぬのが待ち遠しいわけじゃない」

少女「神さまから貰ったこの命を、あなたに返すだけ」

少女「それはね、とてもとても自然なこと」

少女「あなたがこれまで導いてきた幾多の命と同じように、私もあなたに委ねるの」

少女「…あ、でも少しくらい特別扱いしてくれてもいいわよ」クスッ




男「………」

男(………)

男「……やはり、君は最も理解に苦しむ人間だ」

少女「そう?この前出かけたときは、知ったようなこと言ってたのに?」

男「俺と似ているからこそ、理解できない」

男「君の命はまだ追い求めているはずだ」

男「この世界の広さ、まだ見ぬ幸せを」

男「──かつて思い描いた君の夢は、消えてなどいないのだろう…!」

少女「……死神さま」

男「…なんだ?」

少女「私の方が一枚上ね」

男「?どういうことだ?」

少女「だって私、理解出来ちゃったから」

男「…?」

少女「……あなたが鎌を持てない理由」

男「っ」





少女「──優し過ぎるの」






男「──」

少女「あなたはね、生き物の生死全てを司るには優し過ぎるのよ」

少女「……"暇つぶし"に一人の人間と話をしてしまうくらい、ね」

少女「だからきっと、偉い神様が考えたのでしょうね」

少女「あなたに鎌を持たせないことで、平等な死が崩れないように。不平等な生が生じないように」

少女「……心を知ってしまっても、大丈夫なように」

男「………」

男(……君は……)



ーーーーー

教育係「──あの子の命は、今やこの世のどんなものよりも輝いていることでしょう」

ーーーーー



男(そう、か)

男(なら、その輝きを見届けるのが……俺のすべきこと)




少女「…叶えたいこと、知りたかったことなんて挙げたらキリがないわ」

少女「それでもね……ねぇ聞いて?」





少女「──優しい死神さま。私はあなたと過ごせたから幸せになれました」





少女「あなたが迎えに来てくれると分かっているから、私はもう寂しくないの」

少女「私の夢と一緒に、私のことを連れて行ってくださいな」

少女(……願わくば、あなたへのこの想いも共に……)

男「………」

男「………」

男「……分かった」

少女「……」ニコッ





──ツー...



男(…!)

少女「……」ポロ...

男「……」

少女「……」ポロポロ

男「……」

少女「ねぇ、死神さま」ポロポロ

男「……」

少女「私、今どんな顔してる?」ポロポロ

男「………」

少女「ちゃんと笑えてるかしら…?」ポロポロ

男「……っ」

少女「あなたが素敵と褒めてくれた笑顔……ちゃんと出来てるかな…?」ポロポロ

男「──」

男「…あぁ、出来ているさ」

少女「……よかった……」ポロポロ

男「……」ナデナデ

少女「……」ポロポロ



少女(あぁ……)



少女(私は今……)









──とっても幸せです







伯爵家の一人娘が息を引き取ったとの知らせが出たのは、その日の夕方でした。

民からの信頼も厚い伯爵様が大事にしていた、少女という娘。

その訃報に悲しむ人は少なくなかったといいます。

ですが、お悔やみを伝えに来た人々は皆、驚いた様子で屋敷を後にしていきました。

それは──

亡くなった娘が、それはそれは晴れやかな笑顔を浮かべていたから。

──だそうです。



ーーー夜 伯爵邸 娘の部屋ーーー



──フッ



男「………」

男「………」

男「……迎えに来た」





少女「」





男「……」スッ...



(そっと少女を抱きかかえる)



男「……」

少女「」

男「……」

男(……綺麗な笑顔だ)

男「……」

男(君のその笑顔、決して忘れはしない)

男(永遠に──この世界の果てるまで)

男「……」





男「さぁ、行こうか」





ーーーーーーー

老婆「──はい、おしまいです」

「うぅ……」グスッ...

老婆「あらあら、そんなに泣いちゃって……これで涙を拭きなさい」スッ

「うん……」フキフキ

老婆「…落ち着きましたか?」

「ありがとう、婆や」

老婆「……おや、もうこんな時間ですね」

老婆「今日はもうおやすみなさい。明日は朝から東の貴族様のパーティーに出かけるのですからね」

「分かったわ」

「……婆や、いつもありがとう。私婆やのお話好きよ」

老婆「それは何よりですね」ニッコリ

「でも、今日のは悲しいお話ね……思わずたくさん泣いてしまったわ……」

老婆「悲しいお話?」

老婆「…いえいえそれは違いますよ」

「え…?」

老婆「このお話はですね──」





老婆「とても、優しいお話なんですよ」





老婆(そうですよね)

老婆(──お嬢様)







その黒ずくめの男は、──"死神"。

あらゆる命の期限を知る者です。

ただし、自分では生き物を殺しません。

──殺せません。

何故なら──

その死神様は鎌を持つには、優し過ぎるからです。



これは、広い世界を夢見た小さな女の子と、鎌を持てない死神様の、優しい優しい物語。





ー終わりー


以上で完結となります。

元ネタは「鎌を持てない死神の話」という歌からです。

本当は画像を一枚貼りたかったのですが、調べてもやり方がよく分かりませんで…

読んで下さった方、ありがとうございました。

年を取ると涙腺が緩くなっていかんな……
素晴らしかった乙!

こんな結末は許さない!
お嬢様復活で死神とのイチャラブ結末も書きなさい!

>>159

実はご都合主義の後日談的なものの構想を少し考えていたんです。

自分はハッピーエンドが大好きなので笑

需要があれば別スレを立ててそこに投下していこうかと思うのですが、どうでしょう。

別スレじゃなくても良いと思うけどもそこはどちらでも

既にHTML化依頼を出してしまった後なので、このスレで続けていいものか少し不安は残りますが、近いうちに後日談をここに投下していこうと思います。

もしまずそうなら別スレッドを立てます。

もう少しだけお付き合いくださると嬉しいです。

http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira161851.jpg

>>163は例の歌の画像です。

好きな絵です。

それでは後日談を投下していきます。

後日談といっても、ifストーリーのようなものです。

人によっては蛇足にしかならないかもしれませんが、ご容赦ください。


ーーー王国 市場ーーー

ガヤガヤ



男「………」テクテク



「──着いた着いた!ここの広場だよ!」タッタッタッ

「ちょっと……速いって……!」タッタッタッ

「…ってあれ?居ないじゃないか」

「んー、場所間違えたか…?」

「君たち、もしかして西の旅芸人一座を見に来たのかね?」

「あ、お菓子屋のおっちゃん!」

「そうなんだ!ここでショーをやってるって言うから!」

「残念だったねぇ……彼らは昨日、隣町へ向かってしまったところだよ」

「えぇー…」ションボリ

「そんなぁ…」ガックリ



男「………」テクテク



「ん?…あ!あの、そこの商人さん!」

「はて…?おや、あなたは……いつぞやの手紙の方」

「覚えていてくれましたか。実はあの後彼女と結婚の約束をすることが出来まして」

「おぉ!それはめでたいですなぁ」

「あなたが届けてくれた手紙のおかげで、僕の気持ちを伝えることが出来たんです。ありがとうございました!」

「はっはっは!では、今後は私の商売にもご贔屓にしてくれますかな?」



男「………」テクテク




男(相変わらず、人間というのはごく小さなことで感情を揺らす生き物だな)

男(そうでもしないと、短い一生を彩れないから……だろうか)

男(つくづく共感しがたい感覚だ)

男「………」テク...

男(……丁度、この辺りだったか)

男(彼女の噂を聞いたのは)

男「………」

男(…また、これまでと変わらぬ日々が訪れる)

男(命の終わりを見届け、導く……幾度となく繰り返してきた時間が)

男(──そう、思っていたのだがな)





少女「──ねぇ見て見て!見たことのないお菓子!これ面白いのよ!」タッタッタッ






男「……」

少女「らむね?というものなんだって!」タッタッ...

少女「甘くて、口の中でしゅんわり溶けていくの…!」

男「……それを買いに行っていたのか?」

少女「」ギクッ

少女「……偶然見かけただけよ?」パク

男「……」

少女「……」

少女「ほら…あなたも一つどう?」スッ

男「……」

男「……」スッ

男「」アム...

少女「…どう?不思議でしょ」

男「薬みたいだな」

少女「もうちょっとましな感想は言えないの?」

男「……なぁ、少女よ」

少女「…はい」

男「はしゃぐなとは言わない」

男「だが、今の君が俺から離れ過ぎるのはあまりよろしくない」

男「ましてや俺たちは遊びに来ているわけではないんだ」

男「そういうのは少なくとも、仕事をこなしてからだ」

少女「うぅ……分かってるわよ……」

男「では、行くぞ」

少女「うん」



テクテク...





ーーー王国 郊外 とある民家ーーー

少女「──ここ?」

男「そうだ」

少女「……」ノゾキコミ



「あぁ……どうして亡くなってしまったの……?もう少し一緒に居たかったのに……」



少女(お庭の端でうずくまってる女の子……)

少女「……おじいさまか、おばあさまが亡くなられたのかしら……」

男「いいや。よく見ろ」

少女「?」

男「…あの子の前の地面、何かを埋めた跡があるだろう」

少女「あ…!」

男「死んだのはこの家で飼っていた子犬だ」

少女「………」

男「寿命は……5年と4ヵ月か」

少女「そんなことまで分かるの?」

男「君もいずれそうなるのだぞ」



「……グスッ……また来るからね……」

サッサッサッ...




男「……ペットというものだな」

少女「私の家でも飼っていたわよ」

少女「…馬、蛇、虎とか。お父様とお母様が趣味で集めた子たち……専用の小屋まで建ててたっけ」

男「可愛いのか」

少女「まさか。私はせいぜい小さなインコと戯れてたわ」

男「……動物は人間より遥かに寿命が短い」

男「自分より先に死に、別れが辛いと分かっているのに、なぜ共に生きようとするんだ?」

少女「分かってないわね」

少女「一緒に過ごした時間の長さじゃないの。その時間でどれだけ心を通わせて、意思を通じ合わせられるか、なのよ」

少女「先立たれる未来が分かっていようと、その経験は何にも代えられない濃い思い出になるの」

男「……インコより先に逝った君の台詞とは思えないな」

少女「あ、今そんなこと言う?怒っていいわよね??」

男「………」スクッ

テクテク

少女「ちょっと…!」サッ



テクテク




男「………」

少女「これ……」



(手製の墓)



少女「……あの子が作ったのね、きっと」

男「…君の初仕事だ」

少女「えぇ。この子犬ちゃんよね」

少女「……でも、どうやって連れて行けばいいの?」

少女「まさかお墓でも掘り返すなんて言うんじゃないでしょうね?」

男「急くな。そこだ」

少女「ん?」



子犬「……」シッポフリフリ



少女「あら…」

男「………」

少女「これは…つまり幽霊ってこと?」

男「そう呼ぶ者もいるな」

子犬「?」

少女「キョトンとしちゃって」フフッ

男「自分が死んだことに気付いていないのだろう。ままあることだ」

少女「……」



スッ(手を差し出す)



少女「おいで」

子犬「……」ジッ...





子犬「……キャン!」テテテッ





ーーーーーーー

少女「──これで、いいのよね」

男「あぁ」

少女「ふぅ……」

少女「……"導く"って、こんなにあっさり終わっていいのかしら」

男「大層な儀式でも期待していたか?人間のような」

少女「ううん、そうじゃないけど…」

少女「……なんか、とても不思議な感じ」

少女「死ぬって、こう……もっと色々あるものと思ってた」

少女「閻魔さまの裁きとか、輪廻転生とか」

男「人の思想に囚われ過ぎだ」

少女「元々人間ですからね」




男(………)

男「……はぁ……そうだな」

少女「…なんで溜息ついたのよ?」

男「いや……なぜ俺はこんなお守り紛いのことをしているのか、とな」

少女「……………」

少女「お守りって、誰のことかしらね???」

男「……」

男「……」ジッ

少女「……」ジッ

男「……」ジー

少女「………」ジッ

男「……」ジー...

少女「……っ」

少女「……そ、そんな見ないで……」フイッ

男「………正直、ここまで解しがたい出来事は初めてだ」

少女「それを私に言われても困るけど……そうね──」





少女「──まさか私が死神になるなんてね」






少女「あなたの上司…なのかな?話の分かる神さまで良かったじゃない」フフッ

男「上司……まぁ人間で言うところのそのような位置付けか」

男「………正気の沙汰ではない。人間を、死神にするなど」

少女「やっぱり、人から神さまになることって珍しいの?」

男「当たり前だ。というより、俺の知る限り前例はない」

男「……第一、どうして君は断らなかったんだ」

男「生への執着はないと言っていたではないか」

少女「私たち生きているわけではないのでしょう?」

男「屁理屈はいい。俺はあのいかれた提案を呑んだ理由を訊いている」

少女「………なに?私が消えなかったのが、そんなに不満?」

男「そういう話ではない」

男「君は死神という存在のことを何も理解していない」

男「"期限"の切れた命を向こうの世界へ導く……これを延々と繰り返すんだ。それこそ、この世界が終わるまで」

男「俺たちに"期限"はないからな」

男「永遠に存在し続けるなど、人間のしてきたあらゆる拷問よりも耐え難い責め苦だ」

男「…君は自ら地獄に足を踏み入れたんだぞ」




少女「………」

男「………」

少女「……地獄じゃない……」

男「時が経てば嫌でも分か──」

少女「──だって!」カオアゲル

少女「あなたと一緒に居たかったから…!」

男「っ!」

少女「ずるいのよ!私をこんな気持ちにさせておいて、私だけ消えなきゃいけないなんて」

少女「それでも仕方ないと割り切って、この想いと一緒に行こうと思ってたのに…」

少女「あんなチャンスをくれたら、掴まないわけないでしょ!」

少女「永遠に存在し続ける?地獄の責め苦?」

少女「それがなに?」

少女「あなたと過ごせることの方が、ずっとずっと嬉しいに決まってるじゃないっ!」

男「………」

少女「ぁ……//」カアァ

少女「……い、いえ…その……」

少女「あーもう、いいわ…!」

少女「死神さま」

男「……」

少女「……」





少女「私、少女はあなたのことが好きです」






少女「だから、これからずっと、私をあなたの側に置いてくれませんか?」

男「──」

男(………)

男「……君はもう俺と同じ存在だ」

男「その約束を交わさずとも、離れることなどない」

少女「……」

男「次の仕事に向かうぞ」...テクテク

少女「……は?」



ガシッ



男「……なんだ?」

少女「……」ニコニコ

男(妙な凄みを感じる……)

少女「…ねぇ、あなたの気持ちは?」

男「む…?」

少女「私は、ちゃんと伝えたわよね。あなたへの想い」

少女「ならあなたが私をどう思ってるのか聞かせてくれないと不公平じゃない?」




男「……」

男「…君が一方的に喋っただけだと思うが」



ガシィ!



少女「……」

男「……そんなに強く掴むな、皺になる」

少女「言っとくけど、あなたが教えてくれるまで離しませんからね」

少女「時間なんてたっぷりあるんだし」

男「………」

少女「………」

男「………」

少女「………」

男「……特別な存在だ」

少女「!それって…!」

男「人間上がりの死神、というな」

少女「……」

男「もういいだろう。離してくれ」

少女(むー……)




少女(……そういえば)

少女「…一個、気になることがあるのだけど」

男「…?」

少女「最後、あなたが来て私に生きたいか訊いてきたとき」

少女「…あのとき、私が生きたいって言っていたら、本当に私は生きていられたの?」

男「!」

少女「……」

男「………そうかもしれない」

少女「どうやって?あなたが生かしてくれるの?」

少女「命を奪うこともできないのに?」

男「……」

少女「……」

男「……」

少女「……まただんまり?」

少女「でも無駄よ。私もあなたと同じ死神なんだから、あなたが何をしようとしていたのかなんて、いずれ分かるわ」

男「……………」

男「……君を守るつもりでいた」

男「君に近づいてくる鎌から」

少女「え…」

少女「そんなことが出来るの…?」

男「普通はしない。ありえないことだ」

少女「そうよね。鎌を持てもしないんだものね」

男「…持つことが許されていないだけだがな」

少女「私を生かすのは許された、ってこと?」

男「いや……」

男「そんなことをしていたら、当然俺もただでは済んでいない。なにせ天の意向に背くことなる」




少女「……そうまでして私を守りたかったのよね…?」

男「………」

少女「それはなぜ?」

男「……」

少女「……」ジッ...

男「……」

男「…さっきも言ったろう」

男「特別な存在だからだ」

少女(特別……)

男「…そろそろ移動したいんだが」

少女「もーっ!」

少女「ここまで来たんだからちゃんと最後まで言って!」

少女「言葉にして伝えてよ!」

男「……」

男(……)

男「………」

男「」フゥ



...ポン(少女の頭に手を置く)





男「君を、愛しているから」






少女(──!)

男「……これで満足か?」

少女「……死神さまぁ!」ダキッ

男「…!」

少女「えへへ…」ギュー

男「おい、これではますます動けない…」

少女「ん~♪」アタマグリグリ

男(……聞いていないな)

少女「ね、私たちこれからずっと一緒なのよね?」

男「そうだな」

少女「~~!」

少女「こんな……こんなに幸せでいいのかしら、私」

男「……いいんじゃないか」

男「多くの者が君の幸せを願っている」

男「…無論、俺もだ」

少女「ふふ、ありがと」

少女(……この世界に、感謝しなくちゃいけないかしらね)




少女「…あ、ねぇねぇ」

少女「これからあなたと過ごしていくわけだけど」

少女「あなたのこと何て呼べばいいのかな?」

少女「死神さま…だと変よね。私も死神なんだし」

少女「あなた、名前はあるの?」

男「………」

少女「…?聞いてる?」チラリ

男「……男」

男「それが俺に与えられた識別名だ」

少女「男……」

男「……」

少女「……」

少女「……それじゃあ」





少女「──これから色んな世界を見せてね、男さん」ニコッ





ーーーーーーー

老婆「………」

老婆(……ついに、寝たきりになってしまいましたか)

老婆(近頃、身体が思うように動かなくなっていましたが……老いには勝てませんね)

老婆「………」

老婆(……あの子は、今日結婚の契りを交わしているはず)

老婆(最後にその晴れ姿を見ておきたかったですね)



ーーーーー

「──婆や、今の私があるのは婆やのおかげよ」

「──今まで私を見てくれてありがとう。私、幸せな女になるからね」

「──行ってきます」

ーーーーー



老婆(……お優しい子になられて……)

老婆「………」

老婆(私は、この御家に尽くすことが出来たでしょうか)

老婆(私に任された子たちには皆、愛情を注いで育ててきたつもりですが……)

老婆(……いえ、やめておきましょう。今わの際、自問するだけ無駄でしょうから)

老婆(私は自分のしてきたことに誇りを持つだけです)

老婆(……それでも、唯一心残りがあるとするなら……)




老婆「……!」

老婆(おや、この気配……)

老婆「……」フッ...

老婆「……お迎え、ですか……」

老婆「死神様…?」





「そうね、よく分かったわね」





老婆「…!?」

老婆(……そんな、まさか……)

老婆(このお声は……!)

老婆「………お、嬢……様……?」

「………」

「…そう呼ばれるの、とっても久しいわね」

「けど、今は違うかな」





少女「──私、死神ですから」フフッ







それから、神様の伝承を記した書物の一部には、可愛らしい少女の姿をした死神が描かれていることが、あったとかなかったとか──。

ですが、そんなことを気にするのはせいぜい神学者くらいなものでしょう。



今日も世界は、同じように廻っています。





ーある一つの幸せな未来 Endー


後日談、以上となります。

今度こそこの話はこれにて終了です。

ここまでお付き合いしてくれた方、ありがとうございました。

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