【荒野のコトブキ飛行隊】荒野の燕 (115)
シリアス系SS初めてです。
書き溜めありなのでちょいちょい投下していきます。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1568973434
1 一人ぼっちの用心棒
見渡す限りの青空。
聞こえてくるのは機体が風を切る音と轟々と唸るエンジン音。
はるか眼下には一面褐色の大地が広がる。
その中によく目を凝らすと水色の機体が飛んでいるのが確認できる。
ユーハング製一〇〇式輸送機だ。
水色の胴体には良く分からない赤い変な生き物の絵が描かれている。
確か「海のウーミ」という児童向け文学に出てくる飲んだくれのカニだったか。
子供の頃読んだ本の挿絵を思い出そうとするが、はたしてあの胴体に描かれた絵がそうなのか確認できるほど鮮明には思い出せない。
件の一〇〇式輸送機の護衛任務に就く度に仕事が終わったら図書館か書店に行ってあの赤い変な生き物の正体を確認しようと思うのだが、なんやかんや仕事が終わると報酬の受け取りであったり機体の整備であったり諸々の雑多な作業で毎度忘れてしまう。
手っ取り早く機体の持ち主に聞けば済むことではあるのだが、調べもせずに答えを確認してしまうのはなんだか負けた気がしてしまうのだ。
10か月ほど前に飛行隊を離れフリーのパイロットになってから今まで自分が置かれていた環境がいかに恵まれていたものだったのかを痛感するようになった。
給料は出撃任務がなくても商会から最低賃金の保証だけはされていたし、出撃があれば出来高に応じて上乗せもされていた。
任務が終わった後も機体の整備は整備班が完璧にこなしてくれていたのでパイロットは[ピザ]リーフィングを終えたら何事もなければ船内のバーに気心の知れた仲間と繰り出したり、休息をとったりと思い思いの時間の過ごし方ができた。
しかしフリーランスとなるとそうはいかない。
仕事一つ受けるにも自分の足で稼がなければならないし、最低限の機体の整備も自分でやらなくてはならない。
それ以上の整備となると自腹を切って街の整備士に依頼をすることにだってなる。
幸いにも件の一〇〇式輸送機の持ち主に気に入られたのかここ半年くらいはずっとあの機体の護衛任務に専従しているおかげで方々に仕事を探して駆け回らなくて済むのはフリーランスとしてはかなり運が良い方だろう。
フリーになって最初の1、2か月はパイロット以外の仕事をしてみたり悪い時にはそれすら見つからず飛行隊時代の貯えで過ごす事も多かったことを思えば今の環境でもだいぶ恵まれている方かと飛行隊時代を思い出して羨んでいたさっきまでの自分を追い払う。
ふぅ・・・と一息吐きもう一度眼下の一〇〇式輸送機に目をやる。
何かがキラキラと光りながら輸送機に向かって落ちていくのが見えた。
目を細め注視する。
単座の戦闘機が三機ほど輸送機に向かって急降下するのが確認できる。
来たか・・・と思いスロットルレバーを押し込み、操縦桿を左に倒しながら次いで手前に引き上げる。
風切り音が激しくなり、エンジンはさらに唸りを上げ、そこに機体の軋む音も加わる。
目標は一〇〇式輸送機に向けて急降下する敵戦闘機。
機体をロールさせながらこちらも全開で急降下を始める。
そして彼女はボソッと呟く。
たった一人で飛ぶことになってもやはりあの頃が自分の最盛期なのだ。
あの頃を忘れないように。
最高の自分で戦えるよう毎度戦闘が始まるたびに一人呟く。
「コトブキ飛行隊、一機入魂・・・」
2 さすらいのお独り様
店内に流れる音楽。
賑わう客の喧騒。
それは笑い合う声であったり、涙する誰かを慰める声であったり、はたまた客同士が喧嘩する声であったり。
ユーハングの言葉で大酒呑みの意を冠する、バー「シュグゥ」はいつも通り盛況の様だ。
店の外まで聞こえてくる喧騒を聞きながら彼女はいつものようにスイングドアを押し開ける。
オリーブ色のツナギにカーキ色のマント。
鼻までフェイスマスクで隠しゴーグルを掛けた顔にはフードをすっぽりと被る。
そんなある種異様な出で立ちの彼女だが見慣れた光景なのか店内の客は誰も気にする様子もない。
カウンターまでドカドカと歩き中にいる男性に声を掛ける。
「・・・マスター、お疲れ様。」
マスターと呼ばれた男性はこちらに気付くとニカッと笑いながら答える。
「おう、来たか。今日は助かったぜ。向こうの席空けてあるから待っててくれ。何か注文あるか?」
「ん・・・じゃあアホウドリの唐翌揚げとビールで。」
「おうよ。すぐ用意するからな。」
大きな体躯に浅黒い肌。短く刈り込んだブラウンの髪。
分厚い胸板に捲ったシャツから見える腕はそこらの女子の太ももくらいはあるのではないかと思うくらい逞しい。
護衛なんて必要ないだろうと冗談を言いたくなるような風体だが当人曰く喧嘩の方はからっきしらしい。
そんないつも通りの事を考えながら促された方向に歩を進める。
店の一番奥に向かうとテーブルがいつも通り空いている。
この店に初めて来た時酔い潰れた席。
醜態を晒す羽目になったのは今でも恥ずべき思い出だが、あの一件のおかげで仕事を貰えるようになったことを思えば晒した甲斐もあったというものだろう。
「御予約」と書かれた札を隅にやりながら席に腰を下ろし一息つくとまずは店内を一通り見回し昔馴染みの知った顔がないか確認する。
知り合いが誰もいないのが確認できるとフェイスマスクとゴーグルを首元まで下げフードを下ろし長く伸びた髪を両手で掴み上げ後頭部で一まとめに束ねる。
ラハマから遠く離れたこの町で知った顔に会うことはかなり稀ではあろうが用心するに越したことはない。
理由はどうあれ今の自分は・・・
「ほいよ。今日の報酬、確認してくれ。あと、とりあえずビールな。」
ドンッと乱暴に封筒とジョッキを置かれ思考を現実に引き戻される。
どうもこの店主は愛想はいいが給仕は恐ろしく苦手らしく今も零れたビールで封筒がぐっしょりと濡れている。
無言で封筒の中を確認した後、訝しげにマスターの方に目をやり口を開く。
「これ・・・多くない?」
「なぁに、お前のおかげで今日は貴重なユーハング酒も大量に仕入れられたし安いもんよ。」
「それにしたって、ちょっと・・・」
「あとな、お前さんの仕事っぷりが良いってんで他の町の連中が金積んで引き抜こうって話も出てるみたいだからな。うちの町としてもあんたみたいに優秀な用心棒にいなくなられたら困るんだ。だからこれはうちの店だけじゃなくて町としての報酬だと思ってもらえば良い。」
「・・・ん・・・ありがとう・・・」
自分はそんな人から持て囃されるような人間じゃない。
自分はそんな価値のある人間じゃない。
それは自身が一番わかっている。
それだけにこの町の人の温かさが心にチクチクと突き刺さる。
お前だけ楽しく暮らすのか?
お前だけ幸せに生きていくのか?
誰にかにそう責められたわけではないのに、自分で自分を責めずにはいられない。
「大金貰ってなぁに辛気臭い顔してるんだよ!そんなもん私の実力なら当然だぁ!!って自慢気な顔してりゃ良いんだよ!天下に名だたる名パイロット、元コトブキ飛行隊、一心不乱の・・・」
「ごめん、マスター。その名前はもう聞きたくない・・・」
「・・・あぁ、そうだったな。すまねぇ・・・。なんにせよ、うちの店でそんな辛気臭い顔はなしだ!酒が不味くなっちまう。ちょっと待ってろ。腕によりかけて特別美味い唐翌揚げ持ってきてやるからよ。」
こちらを指さしながらドカドカとカウンターに戻っていく店主を見送り、封筒を胸元に仕舞いながらビールを一口、二口と胃袋へ流し込む。
目に滲む涙は、きつい炭酸のせいだ。そうに違いない。
自分にそう言い聞かせながら残ったビールを一気に流し込む。
3 『終わらない長い日』
見渡す限りの青空。
聞こえてくるのは機体が風を切る音と轟々と唸るエンジン音。
はるか眼下には一面褐色の大地が広がる。
そして目の前には僚機とそれを追う敵機。
五式戦闘機か。
手強い相手だが格闘戦の土俵に乗ってくれる甘い相手ならさほど苦労する相手でもない。
空賊が一体どこで手に入れたのか知らないが、機体の特性を熟知していない相手ならどうとでもやりようはある。
以前相手にしたシロクマ団もそうだったが元々手に入りやすい九六式艦上戦闘機や九七式戦闘機、良くて一式戦闘機や零式艦上戦闘機を駆る事が多かった彼らは、自由博愛連合の手引きで三式戦闘機や四式戦闘機、紫電改等を手に入れるようになっても今までのように低速域での格闘戦を挑んでくる傾向があった。
今日の相手も例によって低空、低速域での格闘戦に乗ってきてくれた。
僚機が舵を切り、射線上に敵機しかいなくなったのを確認すると機銃を一掃射する。
が、それを機体を翻しながらヒラリと避けるとやや下降しながら加速を始める。
速度で振り切られるとこちらの分が悪い。
もともと性能では相手が勝っているのでここは早い段階で一機でも多く潰しておきたい・・・
離される前に仕留めるべきか・・・と即座に判断しスロットルを押し込み加速態勢に入る。
エンジンは唸りを上げ、機体はさらに軋む音を激しくする。
照準眼鏡をのぞき込み、左手の親指に力を込めようとしたその瞬間。
「いけません!!罠ですわ!!戻って!!」
仲間の声でハッ我に返る。
しまった。今僚機は完全に孤立してしまっているではないか。
ここしばらくの連戦連勝、そしてエリート集団として名を挙げたことで完全に天狗になっていた。
即座に追撃を中止し僚機の元へ舵を切る。
が、彼女もさるもの二機に追われながらもヒラリヒラリと巧みに敵弾を回避している。
スロットルを戻し、ふぅとため息を吐く。
流石だな・・・
杞憂だったかと安堵した時、はるか上空太陽を背に何機かの戦闘機が急降下してくるのが見えた。
まずい!!五式はおとりだ!!
気付いた瞬間にスロットルを再度押し込み無線で叫ぶ。
「上から!!逃げろ!!」
先ほどの仲間の声が頭に響く。
彼女が言っていたのは私を引き離そうとした五式の事じゃなかった。
あいつらの事だった。
その証拠に彼女は急降下してくる戦闘機を止めるべく誰よりも早くその進路上に割り込もうと全開で向かっている。
くそ!!くそ!!
完全に天狗になっていた。
所詮空賊。
どんなに良い機体を使っても何も考えず格闘戦を挑んでくる無謀な連中。
そんな先入観のせいで今まさに罠にハマっている。
何も考えてないのはどっちだ!!
なんで空賊だからって侮った!!
なんで毎度毎度空賊が格闘戦しか挑んでこないと思ったんだ!!
自分を責めながら全開まで押し込んだスロットルをさらに壊れるほど押し込もうとする。
もっと速度を!!
もっと上昇力を!!
そうしている間にも上空の敵機はどんどん僚機へと近づいている。
彼女も上空からの敵機に気付き回避行動に移ってはいるがいかんせん速度が違い過ぎる。
そして敵機の姿が識別できる距離まで近づいた時全身から血の気が引いた。
四機の三式戦闘機 飛燕。
しかも主翼から飛び出した機関砲の銃身。
あれはマウゼル砲と呼ばれる強力な機関砲を積んだ重武装型だ。
まずい!!まずい!!
心臓の動悸が激しくなる。
「急げぇぇぇぇぇぇ!!!」
自分になのか戦闘機になのか叫びながらこれ以上動くこともないスロットルをさらに押し込もうと力を入れる。
だが無情にも彼女の叫びに呼応するかのように四機の飛燕は僚機目掛けて掃射を始める。
激しく出火するエンジン。
吹き飛ぶ尾翼。
左の主翼の半分が消え去ったかと思ったら次いで胴体後ろ半分がへし折れ激しい黒煙が尾を引きながらはるか眼下の渓谷の中に姿を消していった。
もはや燃える機体すら視認できないほど深く僚機を飲み込んだ暗い谷間を見下ろしながら墜ちて行った隼に乗っていた相棒の名前を腹の底から叫ぶのだった。
4 シュグゥ酒場
「・・・・ナ・・・・・おい、レナ!!」
ぼやけた視界の中に見慣れたマスターの顔が映る。
「レナ!!!おい、大丈夫か!!!」
誰だ?としばらく考えすぐに自分が呼ばれているのだと気付く。
そうだ。今の私はレナなのだ。
とっさに思いついて名乗った名前だったが今ではそれが定着して町の誰もがその名前で呼ぶ。
そして何の因果か誰が言い出したのか分からないが、一度戦闘になると戦意を失った逃げる相手すら執拗に追いかけ撃墜するその姿を「一心不乱」と呼びだしたのだ。
その呼び方は止めて欲しいと何度言っても周りは無責任に囃し立てる。
事情を知るマスターだけがやんわりと周りを抑えてくれたりはしたが今では町の多くの人が私を「一心不乱」の二つ名で呼ぶ。
「おい・・・大丈夫か??またあの夢か・・・?」
だんだん意識が覚醒し、ゆっくりと目線だけ動かし今の状況を理解しようとする。
90度傾いた世界に目の前に転がるビールジョッキ。
床に寝ているのは何となく理解できた。
そして頬に伝わるヌルリとした感触と、嫌悪感のするすえた匂い。
なんとなく理解できて来た。
また飲み過ぎて嘔吐。
そして自分の吐瀉物の上に倒れこみ今まで寝ていたのだろう。
初めてこの店に来たあの夜のように。
「おいレナ・・・意識あるか??」
返事をしないのを心配してかマスターが申し訳程度に頬をペチペチと叩く。
ゆっくりと起き上がりながら申し訳なさそうに答える。
「ごめんマスター・・・またやっちゃったね・・・」
「客が吐くのなんてこの商売やってりゃ慣れたもんよ。ただお前さんの場合しょっちゅう、しかも若い女が泣きながらだからな・・・心配にもなるってもんよ。」
「・・・泣いてない・・・」
「そんだけ顔グチャグチャにして目ぇ真っ赤に腫らして何言ってやがる。ほれ、奥行って顔洗ってこい。」
精一杯虚勢を張るも軽くあしらわれ胸元にタオルを押し付けられる。
やはりこの人には敵わないなと頭を掻きながら洗面所へ向かう・・・
濡れた顔をタオルで拭きながら戻ると店内は随分閑散としていた。
残っているのは数人の客のみでそれすらも酔い潰れて寝ているだけだった。
一体今何時なんだろうと時計に目をやると日付が変わって2時間は経とうとしていた。
ため息を吐きながら先ほどの席に戻ると綺麗さっぱりと片付けられていて荷物はカウンター席に移動されていた。
「ごめん、マスター・・・」
再度謝罪をしながらカウンター席に腰を下ろしタオルを手渡す。
「こんなゲロまみれのタオルなんて返されてもなぁ。」
冗談めかした表情でタオルを受け取ると代わりにジョッキを目の前に置かれる。
「・・・今日はもうやめとくよ・・・」
「バカ、水だよ水。飲んどけ。」
一気に半分近くの水を流し込み、しばしの沈黙の後ポロポロと喋りだす。
「・・・またあの夢を見た・・・結末はいつも一緒。分かってる筈なのに・・・何が起きるか知ってる筈なのに・・・夢の中ですら毎度毎度馬鹿みたいに同じ罠にハマって・・・大事な・・・大切だった人が墜ちて行くのを眺めてるだけ・・・」
店主は黙って話を聞きながらジョッキに冷えた水を注ぎ足す。
「・・・あの時こうすれば良かったとか、今なら最善の選択肢だって分かってるのに・・・夢の中の私はそれすらできない・・・どんな事が起きるか分かってるのに・・・何をしなくちゃいけないか、何をしたらいけないか分かってるのに・・・私はあの時と同じ事しか出来ない・・・」
机に突っ伏し、嗚咽をあげる。
何度目かも分からないこの話を店主はいつものように黙って聞いてくれる。
店内には彼女のすすり泣く声と、音楽だけが響く。
5 『悲壮なる羽衣』
あの後どうやって羽衣丸まで戻ってきたかあまり覚えていない。
ナサリン飛行隊の二人が割って入ってきて危機を脱したらしいというのは無線のやりとりで何となく察しがついていた。
あとから聞いた話だがあの日襲ってきた空賊は積み荷が狙いではなくコトブキ飛行隊が狙いだったらしい。
らしいというのは推測にすぎない話をナサリンの連中から聞いたからだ。
隼一機を落とした後、他の仲間にも手を出そうとした空賊だったがナサリンの援護も含めこれ以上の戦果は望めないとなると早々に撤収していった。
あの手際を見るにそもそもの狙いが積み荷ではなくコトブキ飛行隊だったのではないかとはフェルナンドの弁。
イケスカ動乱の際、自由博愛連合に反旗を翻し反イサオ同盟軍の骨幹となったコトブキ飛行隊は、動乱後も活動を続ける残党からしたら目の上のたんこぶに他ならない。
また反イサオ同盟の象徴ともいえるほど名を馳せたコトブキ飛行隊を壊滅させることは残党にしてみたらこれ以上ないほどのプロパガンダなのだろう。
淡々と説明をするフェルナンドだがその時は何も頭に入ってこなかった。
ただそんな中でも着艦直後、しばらく隼から降りられなかった事だけはよく覚えている。
手足の震えが止まらず自力で操縦席から出ることが出来なかった。
仲間から抱えあげられるようにして降りたはいいが甲板に降りた後も足が自分の物でないかのように力が入らず、仲間からの介助がなくなった途端そのまま崩れ落ちてしまった。
仲間たち・・・だけでなく他の船員たちも集まり何やら声を掛けてくるが全く耳に入らない。
責めるようなことを言っているわけではない事だけは表情や仕草で分かるが自分の泣き声でまったく他人の声が入ってこないのだった。
僚機が墜とされてから二日。
ずっと格納庫の隅で帰ってくるはずもない相棒の帰還を待ちわびるかのように足を抱え込みながら座り込む。
普段は口うるさい整備班長もこの時ばかりは察してかここでずっと座り込むことに何も文句を言わなかった。
それどころか時々隣に来ては無言で頭をグシャグシャと撫で上げてはまた仕事に戻るのだ。
泣き腫らした目でボーっとハッチを眺めていると急に開き始めた。
やにはに格納庫内は騒然とし始め航空機の着艦準備を始める。
動悸が激しくなり、その場に立ち上がろうとする。
もうあの隼が帰ってくることはない。
そう分かっていても期待せずにはいられないのだ。
するとハッチが開ききったのにあわせ九五式練習機 赤とんぼが飛び込んでくる。
その後席には誰かが乗っているように見えたが毛布でしっかりと覆われていて分からない。
いてもたってもいられず飛び出そうとする。
「来るんじゃねぇ!!!」
整備班長の怒声で一瞬足が竦むがそれでも構わず向かおうとする。
「お前ら!!そいつを近づけるな!!しっかり押さえとけ!!」
その声で周りの整備員は一斉に私をその場に取り押さえる。
それを確認した班長はゆっくりとした様子で赤とんぼに近づき毛布を軽くめくりあげ中を覗き込む。
肩を落とし、震えるようにはぁぁ・・・っと深いため息をつくとこちらを向き整備員たちに指示をする。
「・・・お前ら・・・そいつを連れ出せ。良いって言うまで格納庫に絶対入れるんじゃねぇぞ・・・」
あまりに暴れるのでと船内の資材置き場に閉じ込められて数時間。
今どのあたりを飛んでいるんだろう・・・
さっきの毛布の下には何があったんだろう・・・
考えを巡らす・・・
毛布の下?お前だって本当は大体察しがついているんじゃないのか?
あの大きさはどう見ても人だったよな?
なんでわざわざ毛布を掛ける必要がある?
自問自答しながらも嫌な予感だけが大きくなっていく。
動悸が激しくなり、呼吸も乱れ始め、目には涙が浮かんでくる。
その時資材置き場の扉が開き誰かが入ってきた。
目を移すとぼやけた視界の中に我らの雇い主がいた。
「マダム・・・」
そう呼ばれた女性は憐れむようにこちらを見ながら近づき目の前まで来ると目線を合わすかのようにしゃがみこむ。
「落ち着いて聞いてちょうだい。」
震えながらだまって頷く。
「今から7時間ほど前に、先日戦闘が生起した場所で捜索隊が隼らしき残骸を発見したわ。」
「・・・らしき・・・?」
「ほとんど燃え尽きていてね・・・エンジンが栄だったことと、先日の戦闘空域の近くだったからおそらく彼女の隼だろうと・・・」
動悸がどんどん激しくなる。
体の震えも止まらない。
やめろ、やめてくれと遮りたいが声が出ない。
「コックピットからね・・・遺体が出てきたの・・・ただ・・・性別不明なくらいに・・・その・・・焼けこげちゃっていてね・・・今からタネガシ、カイチ経由でイケスカに向かってそこの大きな病院で歯型とかを元に・・・ちょっと!どこに行くの!?」
震える足に無理やり力を入れたまらず資材置き場を飛び出す。
格納庫に戻る道中、堪え切れず廊下で胃液を逆流させてしまう。
顔から床にボタボタとしたたっている液体が涙なのか鼻水なのか汗なのか、それとも胃液なのか。
判別できないくらいグチャグチャになっていたし最早そんなことはどうでも良い。
廊下で人目を憚る事なく泣いていると視界の中に見慣れたブーツが入ってきた。
上品な金髪に青色を基調としたドレスの様な服を着た彼女は私の手を取り引き起こす。
彼女の目も赤く腫れ先ほどまで泣いていただろうことが容易に想像できた。
「気持ちはわかりますわ。でも、毅然としなさい!彼女もあなたのそんな姿は見たくないはずです!私たちは空を飛び始めた時からいつかこうなる覚悟はしていたはずです!」
涙を浮かべながら震える声で、しかしそれでも力強く私にそう言う彼女に抱きつき様々な想いを込めて一言呟く。
「エンマ・・・ごめん・・・」
その日私はコトブキ飛行隊から逃げ出した。
6 帰らざるあの頃
「・・・落ち着いたか?」
店主が頭をクシャクシャと撫でまわしながら声を掛けてくる。
「・・・ごめん・・・いっつも同じ話ばかり・・・」
「酒飲んで泣き喚いて、そんで溜まってるもんぶちまけりゃ良いんだよ。そのためにこの店があるんだからな。」
「泣いてない・・・」
「自分の顔鏡で見てみるか?」
「・・・喚いてはいない・・・」
「周りの客に聞いてみるか?」
バッと振り向くといつの間に起きていたのかわずかに残っていた客達が素早く目を逸らす。
あまりの醜態に顔がカッと熱くなるのを感じ外していたフードを鼻まですっぽりと被る。
「どうする?もう遅いけど今日は泊ってくか?」
ニヤニヤしながら店主は聞いてくる。
「・・・今日は帰る・・・これお代!!」
バンっと紙幣と硬貨を叩きつけ、フードを口元まで力一杯引き下げながら足早に店を立ち去る。
「またのお越しを。」
店主の声を後ろに聞きながら、もはや早足なのか駆け足なのか分からない速度で店から離れる。
一体どこから聞かれていたんだろう。
今日が初めてなのだろうか?
実は今までも聞かれてた?
考えを巡らせるが、考えれば考えるほど顔がどんどん熱くなるのを感じる。
足を止めフードを外し、ふぅっと一息吐き思う。
恥ずかしいとは感じるけど、嫌とは感じない。
この町の人に知られるのは嫌じゃないのかもしれない。
紅潮させた顔で空を見上げながら考える。
ここでなら昔の私を捨てて生きていけるだろうか・・・
20分ほど歩き駐機場まで着くと一機の戦闘機の前で足を止める。
明灰色をベースにその上に濃緑色で迷彩模様を描いた三式戦闘機 飛燕
MG151/20マウゼル砲を積んだ重武装型。
尾翼には赤で横向きの三本線。
その上に重なるように雷の様なマークと点をあしらったマーキング。
コトブキ飛行隊を飛び出した私が仕事の為に新たに購入した機体がこれだった。
大切な人を墜としたのと同じ機体・・・
「ナムフ」と描かれた場所を踏まないように機体に上り、風防を開けするりと着座する。
指二本分ほどの隙間を残し風防を閉めそこから入る涼しい風を肌で感じながら目を閉じ今日の事を思い出す。
マスターの一〇〇式輸送機に近づく空賊の二式戦闘機 鍾馗を急降下しながら照準器で捉える。
あの日と同じように一瞬で主翼や胴体が吹き飛ぶ光景を見ながら機首を引き起こしそのまま上昇、高度をとる。
そしてそのまま反転するようにもう一機を捉え降下を始める。
ほどなくしてその鍾馗も部品を撒き散らし黒煙を引きながら地面に落ちてゆく。
再度高度をとり見下ろすと最後の一機の鍾馗は仲間が無残にやられたのを見てか一〇〇式輸送機の進行方向とは逆方向に離脱を始めた。
ドクンッと心臓が脈打つ。
どこに行く?
まさか逃がしてもらえると思ってるのか?
私の大切な人が逃げようとした時、お前らは見逃してくれなかったのに。
スロットルを奥まで押し込み逃げる鍾馗に向け急降下を始める。
轟々と唸るエンジン音。
びゅうびゅうと風切る音。
操舵に合わせギシギシと鳴く機体。
逃がすか、逃がすか、逃がすか。
全身の血が沸き立ち、呼吸が激しくなる。
逃がすか、逃がすか、逃がすか、逃がすか、逃がすか。
距離が近づくにつれだんだん呼吸が早くなり、機体の細かい部分まで鮮明に見えるようになる。
マウゼル砲を発射し主翼や胴体がはじけ飛ぶ様子がスローモーションのように見えた。
そして交錯する瞬間。
悲壮な顔をするパイロットと目が合ったような気がした。
そしてまるで隣に座っているかのようにそのパイロットの断末魔が鼓膜を震わす。
ガバッと立ち上がり風防にしこたま頭をぶつける。
激痛に悶えながらぶつけたところを右手でさする。
いつの間にか寝ていたのか・・・
そもそも撃墜し墜ちて行くパイロットと目が合うなんて言うのはまだしも、エンジン音や風切り音が激しい機内で相手のパイロットの断末魔なぞ聞こえるわけがないのだ。
わけはないのだが最近は昔の夢以外にも誰かを墜とした日にはこんな夢を見ることが多くなっていた。
体の前で指を組み再び目を閉じる。
もう余計な事は考えない。
寝る。
ただ寝るだけだ。
願わくばせめて夢の中でくらい在りし日の楽しい時間をあの人と過ごせますようにと祈り眠りにつくのだった。
7 『飛燕のための100ポンド紙幣』
幸か不幸か。
彼女と寝食を共にしたあの部屋で過ごすのは辛いだろうとマダムが特別に個室を融通してくれた。
おかげで誰の目にも触れずに逃げる準備をすることが出来た。
周囲に人がいないか慎重に確認をしながら部屋を出る。
持つのは最低限の私物と今まで貯めたお金。
部屋の机の上にはコトブキ飛行隊を抜けること、捜さないで欲しい旨を書いた手紙を置いてきた。
廊下をコソコソと進み、するすると器用に飛行船内部の骨組みを伝い上へ上へと登っていく。
前の羽衣丸が飛行船強盗に遭った際に外部から船内に侵入したことがあるが、まさかその時の経験が役立つとは思わなかった。
おかげで誰にも会うことなく上手い具合に船外へとアクセスできる小さな扉までたどり着いた。
扉を開け外に出る。
後は飛び降りるだけだ。
最後に愛機に別れをできないのは辛いが仕方がない。
横から吹き荒ぶ激しい風に打たれながらふと先ほど仲間から言われた言葉を思い出す。
『私たちは空を飛び始めた時からいつかこうなる覚悟はしていたはずです!』
違うんだ・・・
私だって覚悟はできていた。
過去に墜とされた時も決して醜く取り乱したりはしなかったつもりだ。
そういうものだと割り切っていたから。
ただ気付かされたのだ。
自分が墜とされる事には覚悟が出来ていても、大切な誰かが墜とされる覚悟が出来ていなかった。
ましてや自分のせいで。
滲む涙を拭いながら一人決意をする。
これからは独りで飛ぶ。
大切な人を死に追いやった自分に誰かと飛ぶ資格などないのだ。
一歩踏み出し羽衣丸から飛び降りた。
タネガシ手前のそこそこ栄えた街に到着し、しばし考える。
まず何をするべきか。
生きていくためには仕事をしないと金を稼げない。
だが最低限の荷物以外すべて置いてきた。
もちろん愛機だった隼一型もだ。
とにかく新しい機体を調達しないと始まらない。
最初は体に馴染んだ隼一型を考えたが同じ機体で飛ぶのは見つけてくださいと言わんばかりの様な気がしたのですぐに違う機体にしようと考えた。
次に考えたのが隼の三型か零戦の二一型、もしくは三二型だった。
今まで乗っていた機体から格闘戦で真価を発揮する機体が欲しかったのだ。
しかしいざ機体を探し始めるとこれがなかなか見つからない。
業者に赴き男に案内された在庫を格納するヤードも実に寂しい状態だった。
曰くイケスカ動乱で活躍したパイロットたちにあやかってかその手の機体が飛ぶように売れて品薄かつ高値安定なのだという。
疾風迅雷、峻烈可憐、電光石火等の異名を持つパイロット達を輩出したエリート集団が駆った隼一型
荒野の雌豹の駆った零戦三二型
またその影響でそれぞれの違う型も飛ぶように売れているらしい。
とりあえず見積もりだけでもと思って出してもらったが見て驚いた。
一昔前の3倍から4倍ほどの値段になっていたのだ。
買えないこともないが完全に予算オーバーである。
がっくしと肩を落としながら格納庫を見回すと隅に埃をかぶったシートで覆われた機体があるのに気が付いた。
「・・・あれは?」
「あれねぇ。良い機体なんだけどねぇ。扱いが面倒臭いのと、イケスカ動乱で全然目立たなかった。っていうか自博連側に付いてた空賊の連中が主に乗ってたせいで良いイメージがないんだろうねぇ・・・見てみるかい?」
黙って頷き機体に近づく。
シートを外すとその下からは塗装の一切されていない銀一色の飛燕が姿を現した。
その姿を見た瞬間全身の血の気が引きゾワッと鳥肌がたつ。
「綺麗な機体だろ?イケスカ動乱前にフルオーバーホール終わらせて売り出す予定だったんだけどな。ちょうど売り出した頃には、動乱も収まって無事飛燕のイメージはすこぶる急落。縁起が悪いってんで価値も大暴落。買い手がつかなくなっちまったのよ。」
鳥肌の残る腕をさすりながら無言で機体の周りをぐるりと回り各所をつぶさに観察する。
体の震えが止まらない。
心臓も高鳴りすぎて今にも口から飛び出すんじゃないかと心配になる。
「こいつの積んでる機関砲。これが厄介者でな。マウゼル砲って言うんだが。あぁっと通に言わせりゃユーハングの発音でモーゼル砲だったかね??20mm機関砲には違いないんだがどうも純粋なユーハング製じゃないみたいでな。ユーハングの連中もどっかもっと進んだところから取り寄せてたらしい。」
主翼から飛び出した砲身を震える手で撫でる。
あの日の光景がチカチカと脳裏に映し出される。
「そんなわけでこいつには専用の高性能薄殻榴弾があってな。ユーハングの連中、コピーできなかったらしいんだが穴がふさがる直前に何とか同等品を作れるようになったらしくってな。まぁそこで働いてたイジツの連中と子孫共が今でも少量生産で薄殻榴弾ってのを作ってるんだが、手に入り辛いし、手に入ってもお高いんだわな。」
飛燕からやや距離を置き全体を睨みつける。
なんの因果か知らないが、このタイミングでこいつに出会った。
こいつに乗って一生罪を償えと言われたような気がした。
「だが粗悪なただの榴弾じゃないれっきとしたモノホンの薄殻榴弾を積んで戦った連中はみんな絶賛してるぜ!嘘かホントか知らねぇが爆撃機の羽が簡単にへし折れたとか、胴体に大穴空けたとかな!」
嘘じゃない。
実際に目の前で見せつけられた。
一瞬でバラバラにされる僚機の姿を。
「ただ普通の飛燕と比べてもこいつはマウゼル砲のせいで補強が入ってる分だいぶ重くなってるからな。姉ちゃん、隼や零戦がお好みなんだろ?こいつは運動性もお世辞にも良いとは言えないし気に入らないと思うぜ?」
もはや説明など耳に入っていなかった。
男の方を向き短切に伝える。。
「買った。」
「・・・は?」
つい今までペラペラと蘊蓄を語っていた男が呆気にとられた顔をする。
「いや、姉ちゃん俺の話聞いてたか?悪い機体じゃねぇが姉ちゃんの求めてるニーズとは・・・」
「即金で買う。今すぐ!!」
肩に掛けていたカバンをひっくり返しそこから100ポンド紙幣の札束がボトボトと落ちる。
男はしばし無言で地面に落ちた札束を見つめる。
「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってろ!!すぐ契約書持ってくる!!やっぱやめたとか無しだからな!!!」
格納庫に併設された事務所にすごい勢いで飛び込んでいく後姿を見送り、もう一度飛燕の方に視線を移す。
自分にとっては大切な友を墜とした疫病神の様な機体。
未だに体の震えが治まらず、動悸も激しいまま。
それでも、視線を外すことなく男が戻るまで飛燕を睨み続けた。
8 小飛行隊長
コンコン・・・と風防をノックされ目を覚ます。
狭い操縦席内でそれでも精一杯体を伸ばそうとする。
体中からクキクキと関節の鳴る音が聞こえるのが心地良い。
見慣れた顔が目に入ったので風防を開けながら声を掛ける。
「おはよう・・・」
「おはようって時間かよ・・・」
呆れた感じの返事をされたので時計に目をやると、もうすぐ昼になろうかという時間だった。
黒髪のオールバックに似合わない口髭を生やした中年男性。
この町の自警団の飛行隊長だった。
飛行隊長とは言っても濃密な対空火網の構成されたこの町では地上の防空班の方が勢力は大きいし、たった3機しかいない飛行隊の隊長なので悪く言えば名ばかりの隊長といったところだろう。
ちなみにみんな隊長としか呼ばないし私自身も隊長と呼んでいるので名前は未だに知らない。
もしかしたら「タイチョウ」という名前なのかもしれないと下らないことを考える。
「ほら。マスターがどうせロクなもん食ってないだろうから持ってけって。」
紙袋を受け取りながら不服そうな顔で飛行隊長を睨みつけるが図星なだけにすぐに表情を戻す。
袋の中を覗くとこぶし大のハンブルグサンドが二つ入っている。
「あとこれも。」
とサイダーも一緒に渡される。
ユーハングの飛行機乗りたちが機内で飲むのに持ち込んだとのことでイジツにおいても飛行機乗りの飲み物としては人気の物だ。
「いつもの哨戒行くから。何もないとは思うけどな。一応護衛について欲しい。」
そう言って走り去る隊長の後姿をハンブルクサンドを頬張りながら見送る。
ゆっくり二口、三口と口に運んだあとサイダーの栓抜きがないことに気が付き文句を言ってやろうともう一度隊長の方を振り向くが、すでに隊長機に乗り込んでタキシングに入っていた。
仕方なく無線で呼びかける。
「隊長・・・栓抜きは・・・?」
「あぁ!?栓抜き?・・・あぁ俺が持ってるわ。もう出るとこだから哨戒終わったらまた渡してやるよ!」
一体何時間後の話だと悪態をつきながらサイダーの栓を機内の機銃の後部に引っ掛け一気に下に引っ張る。
心地良いプシッと栓の抜ける音とともにシュワシュワと中身が溢れ出し慌てて口を当て胃袋へと流し込む。
零れたサイダーで手袋も飛行服もビショビショだ。
最悪の気分で再度無線を入れ今まさに目の前を離陸していく機体に問いかける。
「・・・まさか振った?」
これが答えだと言わんばかりに豪快な笑い声が返ってきた。
上空を緩やかに飛行しながら機体をロールさせ下を見下ろす。
水色に塗装された艦上攻撃機 天山。
隊長の乗る機体だ。
なにやら珍しい機体らしく主翼内に7.7mm機銃を積んでいることを自慢されたが一体何がすごいのかは未だに良く分からない。
こちらに気付いたのか後部の機銃手が大きく手を振る。
反射的に手を振るが気付かいないかと思い直しバンクを振る。
「そういえばレナ。お前さんどっか飛行隊とかには入らないのか?」
無線から流れてきた唐突な質問に一瞬面食らうがすぐにいつも通りの返事をする。
「・・・人とつるんで飛ぶのは性に合わない。」
「とか何とか言っちゃって。いつもシュグゥのマスターと飛んでるし、今だってこうして俺と一緒に飛んでるじゃねぇか。」
「・・・そうじゃなくて。任務で誰かを護衛するのは良いけど、僚機と編隊を組んで飛ぶのは御免だって話・・・」
「ふーん。難儀な性格してんなぁ。ま、俺らとしてもお前さんに町から出てかれると困るから良いんだけどな。」
余計なお世話だと口から出そうになったがグッと堪え、しばしの沈黙で非難する。
「なぁ、レナ。」
「・・・今度は何・・・」
「コトブキ飛行隊って知ってっか?」
全身の血の気が一気に引くのを感じる。
なんでこんなことを聞く?
いや、それよりもなんて答えるべきだ?
イケスカ動乱であれだけ有名になったんだ。
知らないなんてのは逆に不自然だろう。
「おーい、聞いてっか?」
「・・・名前ぐらいは・・・急にどうして・・・?」
喋っている自分の声が震えていないか不安になる。
「いや、この前インノに行く用事があってな。その時途中の空の駅で飯食ってたんだわ。んで隣の席に金髪の人形みてぇにえれぇ綺麗な女の子が来たから声掛けたんだよ。そしたらコトブキ飛行隊って言うじゃねぇか。イケスカ動乱で自博連を壊滅させた連中っていうからもっとごっつい男みてぇな連中だと勝手に思ってたから驚いたなぁ。」
金髪の人形みたいに綺麗な女性。
一人しかいないかつての仲間の姿を思い出す。
「いやぁ、喋り方とかもすんげぇ気品があってなぁ。紅茶を飲む姿もすっげぇ様になってたと言うか。ああいうのを嗜むって言うんだろうなぁ。ああいう娘に一回くらいはお相手してもらいたいもんだぜ。あっちの方もお上品なんかねぇ?」
彼女の表面しか見ないならそう見えてしまうのもしょうがないのだろう。
こういう助平な輩こそ彼女の本質に触れてしまえば良いのにと思ってしまう。
『あなたの様な下劣な事しか考えられない不埒な輩はい今すぐここでくたばっておしまいなさい!』
いかにも彼女が言いそうな事が頭をよぎり寂しくも懐かしい気持ちになる。
「・・・そんな下らない話なら無線切る。・・・他に何か言ってた・・・?」
「そうそう。そんでなぁ、なんか仲間が減ったとかで今は4人で活動してるんだとよ。たった4人だからいろいろと大変らしくてなぁ。だからさっきお前さんに飛行隊とか興味ないかって聞いたんだよ。」
4人と聞いた瞬間に心臓が止まった。
帰っていなかった。
コトブキ飛行隊を飛び出して10か月。
その情報には敢えて触らないようにしてた。
そうすればひょっとしたら自分の知らないところで大切な人は実は生きて戻ってきているかもしれない。
そんな想いで今日まで過ごしてきたが今日ついに現実を知ってしまった。
今コトブキ飛行隊には4人しかいない。
さっき以上に全身から血の気が引き手の震えが止まらない。
ラダーを操作する足も震える。
「・・・ごめん隊長。無線切る。」
「あ、おい!?なんか気に障る事言ったか!?」
動悸が激しくなり呼吸も乱れる。
無線機が確実に切れていることをぼやける視界で今一度確認する。
左手でゴーグルを外し涙を拭うが栓が壊れたかのように次々と溢れ出す。
声も噛み殺そうとするが嗚咽を止めることが出来ない。
もう二度と会えない。
一度は受け入れたつもりだったが、やはり心のどこかで実は生きているかもと安易な期待していた自分を恥じた。
9 『ゴロツキと風来坊』
見渡す限りの夕空。
聞こえてくるのは機体が風を切る音と轟々と唸るエンジン音。
飛燕での初めての護衛任務を終え帰路につく。
なるほど。
業者の男の言う通り今まで乗っていた隼とはだいぶ勝手が違う。
格闘戦をしようにも隼に慣れた身からすると操舵の追従性がだいぶ鈍く感じる。
しかしながら一撃翌離脱での性能は目を見張るものがあった。
どれだけ速度を上げたところから機首を引き起こしても機体の剛性感が凄まじく、隼ならこの速度からは引き起こせないだろうという場面でも難なくこなせてしまうのだ。
併せて火力の凄まじさも改めて実感した。
今までだったら多量の射弾を撃ち込む必要があった場面でも戦闘機相手なら数発で墜とせてしまう。
チラと横を見やりそれぞれ「ナムフ」「フムナ」と描かれた翼を見る。
「ユーハング語は分からねぇが機体の大事な箇所にこのマークを入れる文化があったみてぇでな。おそらく弾が当たらねぇ様にって願掛けみたいなもんだろうな。」
そう業者の男が言っていたのを思い出しながら目線を前へと戻す。
飛燕での訓練はある程度はしたが実戦で見えてきたものもだいぶある。
今日の戦果を踏まえ戦い方を変える必要があるなと滑走路を見据え着陸態勢に入る。
報酬を受け取り商会から駐機場までの帰り、予想外に少なかった報酬に肩を落とす。
なかなかに高額な薄殻榴弾。そして燃料、整備、生活費等々必要な費用を考えるとギリギリ黒字と言ったところかとため息を吐く。
すると唐突に揃いの下品な柄のスーツを着た4人組の男達から声を掛けられた。
「姉ちゃん、良い腕だったな。」
金髪オールバックの恰幅の良い男が近づいてくる。
「だけどなぁ、誰の許可を得てうちのシマで勝手に商売してんだ?」
黒髪の長身の男が凄みを効かせながら言い放つ。
「・・・商会からの依頼で・・・」
「んなこたぁ関係ねぇんだよ!商会以前にうちの組に話を通したのか!?って聞いてんだ!」
坊主頭の太った男に肩口を掴まれ近くの建物の壁に押し付けられる。
「この町では戦闘機を使った護衛任務は基本うちの組が請け負うことになってるんだよねぇ。勝手に仕事持ってかれると困っちゃうわけ。」
3人を割るように目元まで届く赤髪をセンターで分けたがっしりした男がねっとりした喋りで近づいてくる。
「ま、今回の件は君もこの町のルールを知らなかったみたいだしね。見逃してあげるから報酬を全部おいて大人しく帰りなさい。」
「おう、頭が寛大な処置をしてくださってんだ。有り金置いてとっとと消えろ。」
肩のカバンを下ろし報酬を取り出そうとした瞬間肩口を掴んでいた坊主頭の手の力が緩んだ。
それを見逃すことなく赤髪のリーダー格の男の股間を思いっきり蹴り上げ、身を翻すように肩口を掴んでいる手を振りほどき素早く4人組から抜け出し全力疾走で逃げる。
「おい!逃がすな!追え!」
金髪が声を荒げながら走り出す。
「テメェ、よくも頭を!待ちやがれ!」
次いで黒髪が恐ろしい勢いで走り出す。
まずいと感じ足に力を込めさらに速度を増す。
が、ぐんぐんと距離を詰められ建物4つか5つ分と言ったところで襟首を掴まれ引き倒される。
続々と金髪と坊主の2人が追いつき最後に腰をトントンと叩きながら赤髪が息を荒げ目を血走らせながら近づいてきた。
「手間ぁとらせやがって。おい!そこの倉庫に連れてけ!」
先ほどまでのねっとりとした口調とは打って変わって乱暴な口調で3人に指示をする。
「・・・くそ!誰か!誰か!」
周りの住民に助けを求めるが皆目を逸らして関わり合いになろうとしない。
声を張り助けを求めるが無情にも口元をふさがれそのまま倉庫に連れ込まれた。
倉庫に連れ込まれ入ってすぐの机に投げ捨てるように乱暴に押し倒される。
「・・・くっそ!この、離せ!離せぇ!」
必死の抵抗で赤髪の胸元に蹴りを何度も入れるが全く意に介す様子もない。
顔が真横に吹き飛ぶかと錯覚するような衝撃が走る。
「騒ぐんじゃねぇよクソアマ。おい、お前らこのバカしっかり押さえてろ。」
一瞬何が起きたか分からなかったがすぐに殴られたのだと理解した。
上衣の前部を破られ、ブーツとショートパンツを剥ぎ取られる。
「・・・わかった!お金なら払うから!」
据わった目でこちらを睨みつけズボンのベルトを外しながらドスの効いた声で答える。
「あ?勘違いしてんじゃねぇよ。ここまで恥かかされたんだ。金だけで済むわけねぇだろ。」
今までこんなことはなかったのに。
男にだって喧嘩で負けることなんてなかったのに。
なんでこんなことに。
そうだ、今はひとりなのだ。
飛行隊時代の様に仲間がいるわけじゃない。
仲間がいない事の心細さ、弱さを実感する。
「嫌だ!離せぇ!」
2回3回と放った素足での蹴りは最後の一撃が赤髪の顔面に入った。
瞬間、男の平手が何度も飛び顔が左右に張り飛ばされる。
「大人しくしろっつってんだ。[ピーーー]ぞ。」
冷めた目でこちらを見下し体を預けようとしてくる。
「おい!見ろよ!こいつ泣いてんぜ!さっきまでの元気どこ行ったんだよ!」
坊主頭が楽しそうに叫ぶ。
泣いてる?私が?
「すぐ良くなるからよ。痛ぇのは最初だけだって。」
金髪が嬉しそうに話しかけてくるが涙で曇った視界でその表情は分からない。
「頭ぁ、次は俺らにもヤラせてくださいよ。」
黒髪の声を聞きながら口の中に血の味が広がるのを感じる。
自分の無力さと情けなさに涙が溢れ出す。
「オラァ、ゴロツキ共!人様のシマで何好き勝手してやがる!」
ドアを蹴破る凄まじい音とともに女性の怒号が響く。
「なんだぁテメェら!これからって時に邪魔するんじゃねぇよ!」
赤髪の怒声が響く。
「全員、その娘を離してすぐここから立ち去りなさい。」
最初の怒号とは別の声が聞こえる。
「あぁ!?テメェ誰に指図してんだ!?チャカなんか出して調子こいてんじゃねぇぞコラ!」
必死に頭を起こすと金髪の二人組が仁王立ちし長身の方の手には拳銃が握られている。
赤髪がズボンのベルトを直し二人に近づこうとした瞬間轟音が2回響く。
「・・・っぐ・・・がぁぁぁ!!・・・この野郎!!ホントに撃ちやがった!!」
両足を撃たれたのかその場に崩れ落ちながらそれでも二人を睨みつけながら3人に指示を飛ばす。
「テメェら!こいつらを生かして帰すな!ぶっ殺せ!」
拳銃を抜きかけた坊主頭が震えながら叫ぶ。
「おいおいおい!冗談じゃねぇぞ!ゲキテツ一家の死神ローラじゃねぇか!俺は一抜けだ!」
拳銃を投げ捨て叫びながら倉庫から走って逃げると金髪と黒髪も後を追うように逃げ出す
「待てテメェら!逃げるんじゃねぇ!」
赤髪が叫んだ瞬間ローラと呼ばれた長身が靴底で男の鼻を叩き折る。
次いで髪の毛を掴み強引に引き起こし倉庫の奥に引きずるように連れて行く。
「見たところ危機一髪って感じで手遅れではなさそうだな。」
サイズの小さなシルクハットを頭に乗せた背の低い女性が近づく。
腰まであろうかとポニーテールに目を奪われていると彼女から口を開いた。
「嫌な想いさせて悪かったな。ここいらはゲキテツ一家のシマなんだがこういう目の届き辛い末端の小さな町には時々ああいうゴロツキが出てくるんだよ。」
体を起こし両手で涙を拭いながら彼女の話に耳を傾ける。
「住民の知らせがなかったらお前も危ない所だったんだぞ。そのままマワされて金も盗られてヤリ捨てコースだ。ここいらの人らに感謝だな。」
言っている言葉の意味は良く分からなかったがあのままだったらどうなっていたかは何となく理解はしているのでおそらくその事を言っているのだろう。
倉庫の奥から轟音が一回響き思わず体をビクリと竦ませる。
「ま、助かったんだ。とりあえず早いとこ服着ろよ。」
乱れた着衣を直しながら自分の情けなさを再認識しまた涙が溢れ出す。
「んー・・・まぁなんだ。あのバカ共を擁護するつもりじゃないけどな。お前も一匹狼でやってんだろ?なら若い女がそんな生足だしてウロチョロしてるってのも問題っちゃ問題だと思うぞ。ああいうバカ共からしたらそんなん連れ込んで犯してくださいってふうにも見えるのかもな。」
「フィオ。終わったわ。」
奥から先ほどの金髪の長身が戻ってくる。
その後ろでは先ほど銃声が響いていたが一体何が起きたのかは想像したくもない。
「ほら、これでも着とけよ。一匹狼でやってくんだったらこういうのでオンナの匂いをなるべく消しとけ。自衛策みたいなもんだ。あと地図持ってたら貸しな。」
カバンから地図を取り出し渡すと交換かのようにオリーブ色のツナギとカーキ色のマントを押し付けられる。
おそらくこの倉庫で働く従業員の作業服と雨衣か防寒具だろう。
「ほらよ。タネガシから南南東へ90キロクーリルのこの赤丸の場所に行きな。ここは自警団もしっかりしてて犯罪も少ない。町の中心部に『シュグゥ』って飲み屋があるからそこに行きな。話は通しておいてやる。」
そういって赤色で書き込みされた地図を渡される。
自分の情けなさか。
人の温かさか。
もしくは恥ずかしさか。
溢れ出る涙の原因が自分でも良く分からないまま渡された服と地図を胸に抱き倉庫から飛び出す。
「あぁ!あいつ礼も言わねぇまま行きやがった!」
「もう・・・そんなことどうでも良いでしょう。」
ポニーテールの女性の肩に手をポンと置き嗜めるように長身が呟く。
10 情け無用の珍客
哨戒任務の護衛を終え飛燕を定位置に停める。
時間にすれば2時間程度だったが今日は何時間かかったか分からないくらい長く感じた。
操縦席で俯いていると心配そうに隊長が話しかけてくるが「酔った」と一言だけ返し追い返す。
何もする気が起きない。
頭の中がグチャグチャで嫌な事ばかり考えてしまう。
暗くなるまでそうした後ふらつく足で飛燕から降りシュグゥへと歩を進める。
昨日まで鮮明に思い出せていた大切な人の顔が急に霧がかかった様に思い出せなくなる。
どんな声だったか。それすらも思い出せない。
二人で過ごした時間、その場面場面を思い出そうとするが彼女の姿、声だけがぼやけてしまい、どんなだったかを思い出せない。
まるで死を受け入れたことで自分の中の彼女も死んでしまったかのように。
重たい足取りでシュグゥのスイングドアを押しのけカウンターの前をマスターに「ビールを・・・」とだけ伝え通り過ぎいつもの指定席に座り込む。
フードを外しゴーグル、フェイスマスクを下げいつも通り後頭部で髪を束ねる。
すぐに力が抜けたように机に倒れこみ先ほどの隊長との会話を思い出す。
ダメだ。
思い出すだけで辛くなる。
涙がこみ上げ、鼻の中に粘液が溜まるのが分かる。
真っ赤になった目を他人に見られまいと再度ゴーグルを掛ける。
「おい、大丈夫か?なんかあったか?」
珍しくビールを目の前に優しく置かれ心配そうにマスターが覗き込む。
「・・・大丈夫。ちょっと嫌な事があっただけだから・・・」
「食いもん決まったらまた声掛けてくれ。・・・本当に辛かったら言えよ?裏の部屋も空いてるし休んで来い。」
黙って頷きながら置かれたビールを一気に半分ほど流し込む。
炭酸の刺激が喉に沁みる。
涙がこみ上げるのは悲しいからじゃない。
炭酸が強すぎるからだ。
自分にそう言い聞かせひどい顔を見られまいとフェイスマスクを鼻まで上げフードを被り机に突っ伏し目を閉じる。
大切な人の顔を思い出したい。
大切な人の声を思い出したい。
場面を思い出すが周りの仲間の顔、声は鮮明に思い出せるのにどうしても彼女の顔、声だけ思い出せない。
悲しさだけが大きくなっていく。
このままでは自分が壊れてしまいそうだと考えるのを止め思考停止状態で店内の喧騒に耳を傾ける。
何やら新しい客が来たらしくマスターが接客しているのが聞こえてくる。
まぁそんなこと今の私にはどうでも良いんだけど。
「生憎、今客席がいっぱいでしてねぇ・・・本当に申し訳ない・・・」
そうか。今はお店もピーク時。
せっかく来たのに席がいっぱいでこうやって入れない客もいるのか。
なんだか自分が6人掛けの席を毎度指定席で独り占めしているのが申し訳なく感じてきた。
「ええ・・・相席ならなんとか・・・おい、レナ!相席良いか?一人だけど。」
相席?
まぁ良いんじゃないか。
店長なんだから自分の一存で勝手に決めれば良いのにわざわざ確認してくれるとは。
その配慮に感謝しつつ肯定の意味を込めて突っ伏したまま右手を上げる。
ごめんなさいね、お客さん。
どこの誰かは知らないけど相席相手がこんな暗い、雰囲気の悪い戦闘機乗りの女で。
こんな空気だしてたら酒も不味くなるだろうけどそこは運が悪かったと思って許してくれと考えていると近づいてきた客から声が掛かった。
「失礼。相席を許してくださって感謝いたしますわ。」
その声、口調に心臓を鷲掴みにされた様な感覚を覚えチラリとフードと腕の隙間から客の姿を覗き見る。
そこに立っていたのは青を基調としたドレス風の服を着た金髪の上品な女性だった。
全身からブワッと汗が噴き出る様な感覚を覚えどうしたら良いか分からなくなる。
なんでこんなところにいる?
まさか私を探しに来た?
だとしたら何故?
なんで今更?
手足の震えを必死に止めようとするが一向に止まる気配を見せない。
「あら?なにやら震えているようですが大丈夫ですか?」
声を出したらバレるか?
必死で考えとっさに右手を上げ大丈夫だと伝える。
「大丈夫・・・ということでしょうか?とてもそうは見えませんが・・・」
「悪いねお嬢さん。こいつ今日すこぶる嫌な事があったみたいでね、さっきまで半泣きだったんだよ。そっとしといてやってくれるかい?これとりあえず注文の紅茶ね。」
「あら、ありがとうございます。」
マスターのフォローに感謝しつつ突っ伏したまま考える。
このまま突っ伏したままでいれば1、2時間もせずに立ち去るだろう。
「何か嫌な事でもありましたの?そっとしておいてとの事でしたがあなたのそんな悲痛な姿を見せつけられてはとてもじゃない放ってはおけませんわ。」
おい、エンマ。そういうとこだぞ。
ついさっきマスターからそっとしといてって言われたばかりなのになんで話しかける。
必死にどうすべきか考え自分の出る最も低い声、かつかすれさせた声で弱々しく答える。
「・・・仲間が死んで・・・」
馬鹿か私は!
なんで本当の事を喋るんだ!
「お仲間が・・・それはお辛いですわね・・・何故お亡くなりになったのですか?」
なんで仲間が死んだって言う相手にそんな無遠慮に聞けるんだ。
そういうことは私以外にするなよと思いながらまた作った声で答える。
「・・・空戦で・・・」
しばし沈黙が流れたと思ったらすぐ隣に人の気配を感じるようになった。
突っ伏したまま手を握られもう片方の手で背中を擦られる。
いつの間に移動してきたのか・・・
「そう、あなたも戦闘機乗りですのね・・・私も・・・前に大切な仲間が目の前から消えてしまいまして・・・お気持ち察しますわ。」
あぁ、そうだろうとも。
察してくれるんならこのままそっとしておいて早々に立ち去ってくれと心の中で呟く。
両肩に彼女の手が回り耳元に吐息を感じる。
「ですが、私はもう見つけましたわ。」
言葉の意味が一瞬分からなかった。
どういうことだ?
また全身から汗が噴き出る感覚に襲われる。
そして再度耳元をくすぐる様に呟かれる。
「そんな変装で隠せると思って?一心不乱のレナさん?」
即座に彼女を突き飛ばし机と椅子がひっくり返るのも構わず出入り口に全力で駆け出す。
「マスター!ツケにしといて!」
そう叫び突き破る様にスイングドアを通り抜け店から飛び出す。
11 路地裏の決闘
人通りの少なくなった夜の町中を走る。
裏道へと駆け込んだあたりで息苦しさを感じゴーグルとフェイスマスクを外し速度を落とす。
間違いない。
エンマは気付いていた。
いつ気付いたのかは分からない。
いや、あの様子だと最初から知っていて敢えて同じ席に座ってきたとも考えられる。
何で?
何が目的で?
何で今更?
息は切れ心臓は激しく脈打つ。
考えるが答えは出ない。
トボトボと通りの奥へと歩を進め並ぶ樽に腰を掛ける。
居所を知られた以上もうこの町にはいられない・・・
明日の朝マスターにお金だけ払って早々に町を去ろう。
息を吐きながら星空を仰ぎ見ていると不意に人の気配を感じる。
「まったく・・・逃げ足の速い事。こんな格好なのに走らせないで欲しいですわ。」
左を振り向くと肩を上下させながら呼吸を整えるエンマが入り口を塞いでいた。
反射的にフェイスマスクを鼻まで上げ反対方向へ逃げようと踵を返す。
「ったく、どこまで手間掛けさせんだこのバカ。これ以上まだ逃げようってのか?」
反対側の通路も腕組みをし仁王立ちする整備班長に既に塞がれた後だった。
「今更顔を隠しても何のつもりかしら?言いたい事、聞きたい事は山ほどあります。観念なさい。」
そう言いながらどんどんこちらへと距離を詰めてくる。
どうする、どうしたら良い?
「来るな!!」
思わず腰ベルトに差していた拳銃を取り出しエンマへと向ける。
「・・・一体いつからそんな物騒なもの持ち歩くようになりましたの?」
足を止め鬼のような形相でこちらを睨みながら冷たく言い放つ。
強姦されかけた後、護身用にと購入したナンブ式自動拳銃。
幸いにもこの町に来てから危険な事に巻き込まれることはなかったし、よほどの事でもない限り抜くつもりもなかった。
いわばお守りくらいのつもりで購入したものだった。
だが今はそれをかつての仲間に向けている。
体中が震え奥歯がカチカチと鳴るのが頭の中に響く。
戦闘機に乗っている時は感じなかったが指先ひとつで人を殺せる武器を生身の人間に向けるというのはこんなにストレスが掛かるものなのかと実感する。
「・・・頼むから来ないで・・・このまま逃がして・・・」
弱々しく再度懇願する。
拳銃を向けられた直後一瞬足を止めたエンマだったが構わず再び歩き出す。
「お願いだから来ないで!!」
そう叫び拳銃を上空に向け引き金を引く。
が、銃声は響かず引き金も空振るばかりだ。
そうだ、遊底を引かないとと気付き慌てて槓桿を摘み引っ張ろうとするが震える手では上手くいかない。
くそ!くそ!
ようやく槓桿を摘み後方に引ききり弾薬を薬室へと装填する。
だがその瞬間拳銃を持った手を掴まれエンマ自身の胸へと銃口を押し付けられる形となる。
「撃ちたければ撃ちなさい!それで満足できるなら、ええ撃たれて差し上げますわ!さぁ、撃ちなさい!」
その迫力に気圧され膝から力が抜ける。
同時に涙がボロボロと零れ始め、一体いつぶりだろうというくらい子供の様に声を上げて泣き出す。
エンマに拳銃を取り上げられそれをそのまま路上に捨てられる。
そして胸倉を掴まれ渾身の平手打ちを浴びせられる。
「一体!私たちが!どれほど心配したと思っていますの!?」
それは一撃では終わらず、2発、3発、4発とどんどん回数を重ねていく。
「なんで誰にも言わず逃げたんです!?私たちではそんなに頼りないですか!?そんなに私たちでは信用なりませんか!?辞めるなら辞めるで結構!何故一言も言ってくれなかったんですか!?急に消えて!どれだけ心配したと思ってますの!?」
エンマも目に涙を浮かべながら溜まっていたものを吐き出すかのように叫ぶ。
平手打ちをしていた方の手でフェイスマスクを下げられ次いでフードを捲られ束ねていた髪をバラバラと解かれる。
素顔が露わになったところに渾身の一撃をと拳を握りしめ大きく振りかぶる。
「おい、もうやめとけ。」
整備班長がエンマの右手を掴み諭す。
ふぅ、ふぅと乱れた息を深呼吸で整え、睨みつけながら言い放つ。
「まったく・・・何のつもりなのか。そんな髪型にまでして・・・いったん先ほどのお店に戻って納得いくまで話し合いましょう。・・・もう逃がしませんわ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・キリエ。」
12 再びコトブキ飛行隊
絶対に逃がさないとばかりにキリエの手を必要以上に力強く握る。
その手に彼女の温もりを感じる。
急に目の前から消えてしまいもしかしたら二度と会えないかもと思っていた彼女の温もり。
ぐいぐいとその手を引っ張りながら先ほどのバー『シュグゥ』に向かう。
あれだけ吐き出したからか今では先ほどまでの怒りが嘘のように落ち着いている。
道中、何度も振り返り彼女がちゃんといるのを確認する。
その度に安堵とともに懐かしさなのか嬉しさなのか、なんだか分からない温かい感情が胸に去来する。
手をしっかりと握り後ろをついてくる彼女は先ほどからずっと子供の様に泣きじゃくっている。
幼いころから知っているキリエ。
そして成人し飛行隊でも一緒に仕事をしてきたキリエ。
その長い時間を通してもこれだけわんわんと泣きじゃくる彼女を見るのは記憶にある限り初めてだ。
バー『シュグゥ』のスイングドアを押し開け先ほどの席に向かう。
子供の様に声をあげ泣きじゃくるキリエをマスターや常連客が珍しいものを見るかのように目を丸くする。
席に着くとまるで追いかけてきたかのようにマスターがジョッキに入った冷えた水を持ってくる。
置かれた瞬間キリエは両手でそれを掴み一気に飲み干す。
それを契機に声をあげて泣くことは治まったがそれでもしゃっくりをあげながらさめざめと涙を流している。
ふぅとため息を一つ吐きこちらから切り出す。
「まずは何から聞きましょうか・・・?・・・何故レオナのパーソナルマークを入れた飛燕で一心不乱のレナなんて名乗ってたんです?」
両手で涙を拭いながらポツリ、ポツリと語りだす。
「・・・レオナのマークは・・・ユーハング語の『寿』の文字をモチーフにしてるって言ってたから・・・逃げたけどコトブキ飛行隊の事は忘れたくなくって・・・やっぱり大切な場所だったから・・・一心不乱は名乗ってたんじゃない・・・周りが勝手に呼び出したんだもん・・・何度もやめてって言ったのに・・・」
ぐずぐずと鼻水を啜りながら途切れ途切れにしゃべるキリエを見ながら冷水を口に含み眉間に皺を寄せる。
「マスター!紅茶を二人分お願いいたします!」
視線をキリエに戻し続けて聞く。
「髪型だってレオナを意識してかポニーテールにしてたじゃありませんか。それにレナという名前もレオナを意識しているようにしか思えませんわ。」
「・・・髪型は・・・ポニーテールにし始めたのは先月くらいからだもん・・・伸びすぎて鬱陶しかったから・・・レナって名前は本当に適当につけただけ・・・一心不乱のレナって呼ばれるようになって後悔したけど・・・」
予想外に呆気ない理由に力が抜ける。
しばし無言で向き合う。
周りの客もこちらに聞き耳を立てているのか喋る声はほとんど聞こえない。
その静けさが今は嫌になる。
核心を突くべきか、まだ早いか迷ったが一番気になっていたことを聞かずにはいられなかった。
「・・・何故・・・コトブキを逃げたんです?なぜ誰にも言わずに消えたんですの?」
キリエの両手が震え出したのが傍目にも良く分かる。
また沈黙の時間に陥りキリエの鼻を啜る音だけが響く。
しばし思案し無理に答える必要はないと声を掛けようとしたところで口を開いた。
「・・・チカが死んじゃって・・・私のせいで死んじゃって・・・もうコトブキにいちゃいけないって思った・・・誰かと飛ぶ資格なんて私にはもうないって・・・だけど・・・コトブキを離れたくないってのも本音だった・・・大切な場所だったから・・・だから・・・」
唇を噛み締め涙をこぼすまいとぎゅっと目を閉じ嗚咽をあげるキリエを黙って見つめる
「・・・誰かに会ったら、離れたくないって思っちゃうんだもん・・・ここに居たいって思っちゃうんだもん!私のせいでチカが死んじゃったのに私だけ大好きな場所で大好きな人たちに囲まれて生きるのはダメだって思ったんだもん!」
無理やり吐き出すように喋るキリエの手を取り撫でる。
「さっきだって・・・逃げなかったら・・・また戻りたいって思っちゃうって・・・思って・・・」
手を撫でていた右手を彼女の頬に移し優しく触れる。
「あなたの本心は分かりましたわ。それではその上で聞かせてもらいます。あなたの今言った懸念事項。これらが解消されればあなたはコトブキ飛行隊に戻ってくる気はありますか?」
言っている意味が分からないという風にキョトンとこっちを見つめるキリエ。
背後からはスイングドアを押し新たな客が入ってくる音が聞こえる。
それに合わせ先ほどまでの表情とは一転してキリエの表情が驚愕へと変わる。
エンマの質問の意味が理解できないままじっと見つめているとその背後から新たな客がスイングドアを押し開け入ってきた。
私たちの姉かの様に時には厳しく、時には優しく導いてくれたザラだった。
だがその後ろに続いて入ってきた人物を見て頭が混乱する。
理解が追いつく前にその人物はこちらに駆けてくる。
手に持っている不気味な節足動物の様なぬいぐるみを思いっきり振りかぶりキリエの頭に振り下ろす。
「キリエ、バカ!バカ!大っ嫌い!帰ったら急にいなくなってて、どんだけ心配したと思ってんだよ!」
繰り返し何度もぬいぐるみを振り下ろし叩き続ける。
「私が墜とされたせいでキリエがいなくなったって知って!こっちがどれだけ悲しかったか!どれだけ寂しかったか!わかるか!?」
最後は感極まって泣きながら叫ぶ。
叩かれながらも意に介さず近づき飛び込むように抱きつく。
「チカが・・・!チカがいる・・・!チカ・・・チガぁぁ・・・」
そのまま床に押し倒し頬に顔を擦り付けながら「チカ」以外の言葉を忘れてしまったかのように泣きながら呼び続ける。
子供の喧嘩かと疑いたくなるばかりに良い大人二人が床でもつれ合いながら声をあげ泣いている。
そんな醜い光景をエンマとザラは優しい表情で見守る。
「キリエ、あなたは早々に逃げ出してしまったから知らないでしょうが・・・イケスカで判定してもらった結果あの焼死体はまったく無関係の別人だと確認されましたわ。」
「それから数日後ね。インノ近傍の病院にチカが入院してるって連絡が入ったの。」
「だって・・・だって・・・自警団の飛行・・・隊長も・・・今・・・コトブキ飛行隊には・・・4人しかいないって・・・」
鼻水としゃっくりで上手くしゃべれないがそれでも必死で喋る。
「4人っていうのはね、ケイトが半年前からアレンの研究を本格的に手伝うために一時離れているからよ。」
「まったく・・・何度も新聞の広告欄やラジオでチカは無事だ、帰ってこいってメッセージも流しましたのに・・・まったく音沙汰がないんですもの。」
チカが死んでしまったという確信を持ちたくなくてここ10か月メディアには一切触れないようにしていた。
それが全て裏目に出ていたのだと知って我ながら嫌になる。
だが今チカがここにいる。
ずっと会えないと思っていたチカが腕の中にいる。
それを考えればこれまでの10か月、多々あった嫌な事も全部どうでもよくなる。
もう一度ぎゅっと抱き締め大きく息を吸い込む。
チカの好きなシャンプーの匂い。
服から薫るお気に入りの柔軟剤の匂い。
数時間前までモヤが掛ったように思い出せなかったチカとの思い出が一気に思い出される。
「さて、先ほどの質問の答えですが・・・。懸念事項はなくなった様ですが・・・どうします?」
未だ泣きじゃくるチカの肩口に顔を埋めながら涙声で答える。
「・・・帰る。」
エピローグ 大空のテイクオフガールズ
見渡す限りの青空。
聞こえてくるのは機体が風を切る音と轟々と唸るエンジン音。
はるか眼下には一面褐色の大地が広がる。
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あの後大変な事も多かったがそれは今でも良い思い出。
羽衣丸に戻った私を温かく迎えてくれた船員達。
だけどレオナには再会した瞬間力一杯顔面を殴られた。
それでもちゃんとその後「お帰り」って抱き締めてくれたのは本当にうれしかった。
その後、1時間近く鼻血が止まらなかったけど・・・
ケイトには「誠に遺憾である。」って一言だけ言われてしばらく口を聞いて貰えなかった。
何となくだけど心なしかムスッとしているように見えた。
感情表現が少ないだけで、感情がないわけじゃないんだよね・・・
黙っていなくなってごめんね・・・
ナツオ班長には・・・
言うまでもなくしこたま説教された。
怒られてる筈なのに懐かしさやらなんやらで少し嬉しかったのは私だけの秘密。
そして昨日。
本当に久しぶりの6人での仕事を前にして私はチカにお願いをした。
「チカ、明日の仕事の前にさ、髪切ってくんない?」
「はぁ?なんで私?やったことないけど多分そんな上手くできないぞ?」
「上手くなんて出来なくっていいよ。前と同じくらいの長さになれば。ケジメみたいなもんだしさ。チカに切ってほしい。っていうかチカじゃないとダメな気がする。」
「なんか良く分かんないけど、そこまで言うんなら・・・失敗しても知らないよ?」
「うん・・・お願い。」
全てが色褪せて感じてどうでも良くなっていたこの10か月。
今日私は今までの死んでいた私にさよならを告げる。
かつては二度と会えないと思っていた相棒。大切な人。彼女にやってほしいと思ったのだ。
ケープ替わりにシーツを巻かれ不器用ながらもそれでも慎重にチカが髪を切っていく。
ハサミの心地良い音。
慣れ親しんだ羽衣丸の揺れ。
外を流れる真っ青な空。
そしてほのかに薫るやわらかなチカの匂い。
そのすべてが幸福だと感じ私は目を閉じる。
なんて気持ちいいんだろう・・・
この幸せがずっと続きますように・・・
そう願いながら私の意識は夢の世界へと誘われていく。
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「そぉんなギャーギャー文句言うんだったら最初っから私に頼まなけりゃ良かったろ!」
「うっさい、バカチ!前と同じような長さにしてくれって言ったのになんでこんなふうになるんだよ!これじゃアレンじゃんか!」
「アレンと同じだと何が不満なのか、理解しかねる。」
「だから最初に言ったろ!?私だってそんな上手くないんだからどうなっても知らないぞって!」
「だーかーらって!限度ってもんがあるでしょうが!なんでボブカットにしようとしてこんな風になるんだよ!これじゃ当分飛行帽脱げないよぉ・・・」
「もう、二人ともおやめなさい!せっかく久しぶりに6人揃っての仕事なんですから!」
「ついこの前まで二人ともしおらしくなっていたのが懐かしいわぁ。」
「キリエ、チカ。これ以上騒ぐようなら今すぐ羽衣丸に帰ってもらう。」
「・・・ふぇーい・・・」
「・・・キリエばっか文句言ってるけど私だって言いたい事あるんだからね。」
「・・・なにを?」
「キリエが持って帰ってきた飛燕、あれすっごく邪魔!あいつのせいで今まで格納庫入ったらそのまま一直線に隼に乗り込めてたのが大回りするか屈まないといけなくなっちゃったし。隼あるんだから持って帰ってくる必要なかったじゃん。」
「そっちこそ!邪魔って言えば何で久々に帰ってきたら私のベッドにあの気持ち悪いぬいぐるみが何匹もいるんだよ!一匹でも気持ち悪いのに、あんなのが何匹も私のベッド占領してるなんて悪夢かと思った!」
「あぁ!!マロちゃんの事気持ち悪いって言ったなぁ!」
「気持ち悪い以外何があるんだよ!」
「二人とも・・・いい加減にしろ!」
「「・・・ふぁーい・・・」」
「レオナ、2時方向上。太陽の方。」
ザラの指した方向から10機近くの戦闘機が急降下してくるのが見える。
彼らの目指すは呑んだくれのカニの描かれた水色のユーハング製一〇〇式輸送機。
おそらく狙いは先ほど仕入れたユーハング酒だろう。
「みんな、準備は良いか?」
「はい!」
「当然。」
「もちろんですわ。」
「準備オッケー!」
「とっとと行こう!」
「よし、コトブキ飛行隊!一機入魂!」
終
以上で終わりになります。
お目汚し失礼しました。
乙!
面白かった!
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