少女「お兄、すき」男「そうか」 (123)
SS5作目です。
今回は参考にした歌などは特にありません。
オリジナルとなります。
そのためいつもより投稿が遅くなるかもしれません。
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ーーー町酒場ーーー
ガヤガヤ
ゴロツキ「ガッハハ!一仕事した後の酒はうめーなぁ!」
弟分「兄者今日は絶好調でしたもんね!あのお高くとまった貴族達の、用心棒がやられた時の顔……最高に笑えましたよぉ」ゲヘヘ
ゴロツキ「そうだろうそうだろう!」
ゴロツキ「おい店主、酒だ!早く持ってこい!」
店主「へ、へい……」
ゴロツキ「お前らも、今日は俺の奢りだ!好きなだけ飲めよ!」
「「「うっす!!」」」
ゴロツキ「ボスの気前の良さにも感謝だな!こんだけたんまり臨時収入がありゃ、女も好きに抱けるってもんよ!」
弟分「ちげぇねーっす!」
ワハハハ!
──ガチャッ キィ
男「……」トッ、トッ、トッ...
ゴロツキ「お…?」
男「……」ストッ
男「葡萄酒を頼む。あまり寝かせてないやつをな」
店主「はい……ん?」
店主「!あんた…!」
ゴロツキ「よぉ兄ちゃん。飲みに来たっつーことは何か良いことでもあったかい?」
男「……」
ゴロツキ「逆か?嫌なことだったかな?そいつはすまねぇな、ガハハ!」
ゴロツキ「だが悪ぃな、ここは今俺達が貸し切ってんだ。兄ちゃんは家に帰ってママのミルクでも吸ってるこったなぁ!」
「「「ギャハハハハ!!」」」
男「………」
男「店主、いつからこの店はこんなドブネズミがうろつくようになったんだ?」
ゴロツキ「あ?」
ゴロツキ「…てめぇ、今なんつった」
男「ここはもっと、清潔な場所だったはずだと言ったんだ」
弟分「兄者、こいつどうやら俺達と遊んで欲しいみたいですぜ?」
ゴロツキ「なるほどなぁ。社会勉強だ、兄ちゃん。長生きする秘訣ってのをじっくり教えたらぁ」
男「……」ガタッ
ゴロツキ「む」
男「………」
男「……」トッ、トッ、トッ
ゴロツキ「おいおいまさか今更さようならが通じるとでも思ってんかい?」
男「……場所を移すだけだ。どうせ1分もあれば終わる。店にネズミの腐敗臭を染みつかせたくないしな」
「野郎、舐めてんじゃねーぞ!!」バッ!
男「」サッ
「!?」
ドスッ
「がっ……」ドサッ
男「…2秒で一人、差し詰め30秒といったところか」
ゴロツキ「こいつ俺らの同胞を…!」
ゴロツキ「殺っちまえ!!」
ウォオオオ!
ーーーーーーー
「う……」
「いてぇよ……ママぁ……」
男「……ふぅ」
男「40秒だったか」
ゴロツキ「く……そ………」
男「……」
男「すまないな、店主。結局中でネズミ退治をしてしまった」
店主「い、いや……それより!」
店主「あんた男さんだな!いやはや懐かしいねぇ。傭兵稼業であちこち飛び回ってるって聞いてたけど、まさか戻ってきていたとは!」
店主「しかし変わらないなぁ。寝かし込んでない葡萄酒を頼むのなんざ、あんたくらいだからね!ははは!」
男「そっちの方が俺好みなんでな。店主は少し老けたか?皺が目立つようになってきたな」
店主「よしてくれやぃ。最近気にしてんだ」
店主「だがなんでまたこの町に?……身を落ち着けに来たのかい?」
男「依頼があってな。近頃この町周辺で凶暴化した動物が出没する、これを一掃して欲しい、と」
店主「あぁその件かい。なんかね、物騒な話なもんだよ。見た目はちっこい動物そのまんまでもとんでもない凶暴性で人を襲っちまうってんだろ?」
店主「先週なんてさ、飼育でもされてそうな小型犬一匹が大の男を襲って殺しちまったそうだよ。自分の見立てではね、そいつぁ自分から首元差し出すくらい泥酔してたんじゃないかと思ってるんさ」
男「…どうかな。聞いた話だとそんな状態で危険域を出歩くような男じゃなさそうだが。敵の力量は直接見なければ分からない」
店主「おぅおぅ、さすが油断のゆの字もないねぇ、男さんは」
店主「……それで、この町にはどれくらい居るんだい?」
男「今回の依頼が終わるまでは留まる」
店主「ほぉ、珍しいね。いつも依頼中だろうがどこ吹く風、流浪の傭兵がねぇ」
男「…国からの依頼だからな。果たすまでここを離れるなとの達しだ」
店主「かなり厄介なもんを任されちまったんだね」
男「おかげで稼げるから、納得はしている」
男「さて、このネズミ共は外に出しておく。邪魔したな、店主」
店主「おう!また来ておくんな!」
店主「そうだ、これ」ポイッ
男「!」パシッ
(葡萄酒)
店主「忘れもんだよ、とっときな!」
男「……ふっ、また来る」
ーーー町外れーーー
男「……」テクテク
男「……」テクテク
男(……久方ぶりに来たが、ここは変わらないな)
男「……」テク...
男「………」
看板『薬屋』
男(……ここも)
男「……」
コンコン
男「……」
男「……」
男「………」
コンコンコン
男「………」
男「………」
「もう、誰だい?営業時間外の取引はやってないと表に書いてるだろう?」ノソッ
「大体ね、分かってるんだ。こういう時に来る連中はほとんど物乞いか、醜く肥えた役人様か、急患か」スタスタ
「急患ならうちじゃなくて医者にかかれと……」スタ...
男「…流れの傭兵ってのは受け付けてるのか?薬屋」
薬屋「……男!」
ーーー薬屋 屋内ーーー
薬屋「国直々の依頼でねぇ…。それはともかく、戻ってるならそうと早く言っておくれよ。水臭いじゃないか」ガサゴソ
男「さっき戻ったばかりだ」
薬屋「ほほう。それじゃ、真っ先にここに来てくれたわけだ?嬉しいね」ゴソゴソ
男「最初に寄ったのは酒場だったよ」
薬屋「あそこに行ったのか…頭の悪そうな連中の溜まり場になってたろう?」ガサ..ガサ..
男「掃除したさ」
薬屋「相変わらずだねぇ」ククッ
薬屋「けれど気を付けな?最近になって急にこの町にやって来て我が物顔で悪どい仕事してる奴らさ。目付けられない方が面倒はないね」ガササ
男「あの程度、例え寝込みを襲われたところで容易に迎撃出来る」
薬屋「なら、私が襲ってあげようか?」
男「……返り討ちに遭いたいと?」
薬屋「……」ニヤリ
薬屋「…おや。やっと見つけた」
薬屋「ほら、よく眠れる薬だ。夢なんか見ないほどにね。滅多に出さないもんだから発掘するのも一苦労だよ」
男「助かる」
薬屋「……まだあの夢を?」
男「時々な。前よりはマシになった」
薬屋「………ねぇ男」ソッ...
(後ろから優しく抱き締める)
薬屋「私じゃ、ダメなのかい?」
男「……」
薬屋「あのことを忘れろとは言わないよ。けどさ、あれからもう5年は経つんだ。そろそろ新しい幸せを掴んでもいいと思うんだよ」
薬屋「それをきっと──亡くなった奥さんと娘さんも、望んでいるんじゃないかな」
男「………」
男(………)
男「…残念だが、答えは変わらない。俺は自分の守るべきものすら守れない人間だ」
薬屋「………」
男「お前の方こそ、妹は無事なのか?ここに居ないのを見ると、まだ病床に臥せっているんだろう」
薬屋「……生きているよ。うちで調合した薬も使いながら、なんとかね」
男「さすが、稀代の天才薬剤師。だが、その子との一分一秒は大切にしてやれよ。いつどうなるとも分からないからな」
薬屋「話を逸らすな」
男「……」
薬屋「……」
薬屋「…私には魅力が無い?」
男「……そうは言ってない」
薬屋「だったら──」
男「強いて言うなら」
男「…その男ともとれる口調が直れば、考えるかもしれないな」フッ
薬屋「む……」
スクッ
男「もう行くよ。今度は営業時間内に買いに来る」
薬屋「…用がなくとも来ておくれよ…」ボソッ
男「……ではな」
スタスタスタ...
薬屋「………」
薬屋「口調なんて、どうしようもないじゃないか」
薬屋(………)
薬屋「…どうしようもないじゃない……ですの」
薬屋「……………」
薬屋「……鳥肌が立つな」
ーーー町外れの森ーーー
ザッザッザッ
男「…この辺りだったか」
男(酒場の店主も言っていた、大男が襲われたという場所)
男(見たところ静かなところだ)
男「………」
男(……いや、少し静か過ぎるか?普通これほどの森なら木の葉の騒めきくらい聞こえてきてもよさそうだが)
男「……」ザッザッ
男「……」ザッザッ
男「!」
犬「」
狼「」
男「……死んでる、か」
男(…地面が抉れてる箇所がいくつかある。激しく争った跡に見えるな)
犬「」
男「……」スッ
...グニグニ
男(死後硬直しているはずだが……異様に発達した筋肉だ)
男(特徴から見てこの犬が例の男を襲った犬だろう)
男「……」チラリ
ググッ
男(こっちの狼もか。こいつは硬直しきっているが、それでも筋の異常な膨れ上がりは分かる)
男(この二匹がお互いに争って相打ちとなった、と見るのが妥当)
男(……突然変異、なのか?戦闘用に鍛えられた種でもここまでの体躯にはならないと思うが……)
男「………」
男「まぁいい」
男(ともかく、俺が片付ける手間もなくなったんだ。楽が出来た)
男(こいつらが何であれ、俺は依頼内容をこなすだけ)
男(ここら一帯が静かなのも、この二匹が周辺の動物を襲って回っていたんだろう)
男「……」
男「」クルリ
ザッザッザッ
男(……そういえば、一掃とは聞かされたがどうすれば一掃したことになるんだ)
男(……明日、依頼人から詳細を聞ける手はずだ。一先ず二匹討伐と報告するか)
男「……」ザッザッ
男「……ん?」
少女「」ウツブセ
男「………」
男「死体……か?」
ザッザッ
男「……」
少女「」
男「……」スッ
少女「」ピクッ
男「!」
少女「んー……」ゴロン
男「………」
少女「スー…スー…」
男「……おい」
少女「スー…スー…」
男「おい、起きろ」
少女「スー…スー…」
男「……」
パァン!(手を叩く)
少女「!?!?」ビクゥ!
少女「は…!?あ……!?」
少女「………」キョロ、キョロ
少女「??」
男「…ここで何をしてる」
少女「!」バッ
少女「……」ジー
男「暢気に昼寝か?この場所はあまりいい趣味とは言えないな」
少女「……」
男「……お前は誰だ?何故こんなところで寝ていた?」
少女「………」
男「正直に答えろ。返答によっては──」
少女「おー……」
男「……?」
少女「おー、にー」ユビサシ
男「……鬼だと?」
少女「んー!」ブンブン
少女「おー、にー!」
男「なんなんだ…」
男(こいつ、言葉が喋れないのか?)
少女「おーーにぃーー!」
男「おにい……兄のことか?」
少女「…!」パアァ
少女「おにぃ!おにぃ!」キャッキャ
男(こっちの言ってることは理解している…?)
男「……俺はお前の兄ではないぞ」
ーーー町外れーーー
男「……」テクテク
少女「♪」トテトテ
男(……連れて来てしまった)
男(というより付いて来たのだが……如何せんどこの誰とも分からない上に答えてもくれないからな…)
男(かと言ってあそこに放置するわけにもいかない)
男「……」テク...
少女「?」ピタッ
看板『薬屋』
男「……薬屋!俺だ!いるなら開けてくれないか?」
...トットットッ
カチッ ガララッ
薬屋「何だい何だい?こんな時間にわざわざもう一度訪ねてくるなんてもしかして私に──」
少女「……?」キョトン
薬屋「………君、隠し子がいるなんて私は聞いてないよ?」
男「早まるな。俺の子は後にも先にも娘一人だけだ」
薬屋「なら尚のことまずいな。その子を攫ってきたということだろう?通りで私になびかないわけだよ。まさかショックのあまり異常性愛に目覚めていたとは…」
男「人の話を聞かないか」
男「この子は森の中で寝ていたんだ。……薬屋、何か心当たりはないか?」
薬屋「いや、ない」
少女「……」ジッ...
薬屋「……そもそも本人に直接訊いたらどうだい?」
男「出来るならそうしている。だがな……」
男「おい」
少女「!」
男「お前は、どこの、誰だ?」
少女「だー…れー……?」
男「……馬鹿だな」
少女「むっ!」
少女「んむー!」プンプン
薬屋「…なるほど」
男「どうも、こちらの言葉を分かっている節はあるんだが肝心なことは首を傾げるだけで聞き出せないんだ」
薬屋「何らかの出来事があって記憶喪失になったのか、はたまた野生で育てられてきたのか……」
男「後者は考えにくいな。どうやって人の言葉を学ぶ?」
薬屋「まぁね。とすると一番考えられるのは……」
薬屋「親に酷い虐待を受け、森に捨てられた。辛い記憶から逃れるために自らそれを封じた……とかかな」
男「………」
男「……だとするなら、許せんな……」ギリッ...
薬屋「……」
薬屋「ま、そうと決まったわけではあるまいし、ここはお役所に任せるのが安パイじゃないかね」
男「役所……国か。…あまり信用出来ない」
薬屋「はぁ?」
男「保護してくれたとして、所詮は赤の他人。どこまでこの子の安全を保証してくれるかなど定かではない」
男「それに、お前の言った通りの親が万一迎えに来たら……」
薬屋「……じゃあどうするんだい?」
男「薬屋」
薬屋「嫌だ」
男「……まだ何も言ってない」
薬屋「分かるさ。どうせ私の元で預かって欲しいとでも言うつもりだろう」
男「俺がこいつの親の素性を調べ終わるまででいい」
薬屋「よしてくれよ。私は子供の面倒は自分が産んだ子だけと決めているんだ」
薬屋「…あるいは、引き受ければ私と籍を入れてくれるというのなら、話は別だけどね?」ニッコリ
男「………」
男「…他をあたるか」
薬屋「」ゲシッ
男「!」サッ
男「蹴りをかますことはないだろう」
薬屋「ふん」
少女「めっ!」ズイッ
薬屋「ん?何だい?」
少女「……」ジー
薬屋「もしかして男を蹴ろうとしたことを…?」
少女「むぅ……」
バッ(男の前で立ちはだかる)
薬屋「……随分好かれているじゃないか」
男「思い当たる節はない。おまけに──」
少女「おにぃ」フリムキ
薬屋「………」
男「………」
男「…これだ」
薬屋「……………」
男「待て、何だその目は。俺がこんな呼ばせ方をすると思うのか?」
薬屋「思ってないけどさ…」
薬屋「……」チラリ
少女「おにぃ…」フアンゲ
薬屋「……いいじゃないか、男が面倒を見てやれば」
男「……お前は、俺の近くに居ることがどれだけ危険か知っているはずだ」
薬屋「それは男の目が届かない時が、だろう?」
男「………」
薬屋「こんな状態の幼子をそもそもとして一人にしておけないんだから、四六時中傍に置いておけばいい」
薬屋「むしろ男の傍ほど安全な場所もないと思ってるさ」
薬屋「……それとも、今の依頼と両立するのは厳しいとでも言うのかな?孤高の傭兵男くんは」
男「……」
薬屋「他人任せにするのが嫌なら、選択肢は初めから一つだよ」
男「……」チラッ
少女「?」
男「………」スッ...
ポン(少女の頭に手を置く)
少女「!」
男「…そういうことだ。少しの間だが、共にいてもらうぞ」
少女「おにぃ!」ニッ
ーーーーー
娘「──パパ!」ニコッ
ーーーーー
男(………)
薬屋「……手出すなよ?」
男「お前は俺をなんだと思っている」
ーーーーーーー
サッ、サッ、サッ
女盗賊「…買った情報が確かならこっちの方に…」サッサッ
サッ、サッ...
女盗賊「お、あったね。あの酒場だ」
女盗賊(こんなチャンスに恵まれるたぁ、ウチはついてるねぇ)
女盗賊(近頃ここいらででかい顔してるっていうコソ泥ども、なかなかどうして今日はでっかく稼いできたみたいじゃない)
女盗賊(居場所を聞き出すのに払った情報料も安くはなかったけど、この後の儲けを考えりゃかゆくもない)
女盗賊(あの手のアホ共には、色仕掛けから始めてあとはいつも通り……)
女盗賊「……さぁて、稼がせてもらいますかねぇ」ニシシ
ガチャリ
女盗賊「………あぁ?」
(ガラガラの店内)
店主「お、いらっしゃい。普通のお客さんとは久しぶりだ!」
女盗賊「……」
店主「さぁさ座ってくださいな!見ての通り自分しかいないが、旨い酒と話し相手は提供出来るさね!」
女盗賊「………」
スタスタスタ!
女盗賊「」グイッ!
店主「おわっ!ち、ちょっとお客さん乱暴は──」
女盗賊「他の客はどうした?」
店主「他の…?と言いましても、このところガラの悪い連中の溜まり場になってたものでして…!」
女盗賊「そいつらのことだよ!さっきまでここにいたんだろ?」
店主「いました!いましたけど…」
店主「叩き出してもらったんですよ…!一人残らず………ま、まさかあんた、あいつらの仲間なのか…?」
女盗賊「冗談じゃない。あんな小物と一緒にされてたまるか」
女盗賊「…叩き出してもらったと言ったね?何処のどいつ!?そんな真似したのは!」
女盗賊(よくもウチの金づるを…!)ググ...
店主「お客さん…く、くるしい……!」
女盗賊「……」
パッ
店主「ゲホッ、ケホッ……」
女盗賊(くそぅ……このままじゃ大損こいただけだ)
店主「男さん、ですよ…傭兵の」
女盗賊「男?」
店主「あれ、知りませんか」
女盗賊「ご当地傭兵なんかに興味はないわ」
店主「別にご当地ではありませんが…」
女盗賊「それで、どんなこすい手を使って追っ払ったんだ?その男って奴は」
店主「特別なことはしてませんよ。ただ素手でのしただけで」
女盗賊「素手…」
店主「相手は十数人はいましたが、なーに彼なら造作もないことでしたね。ははは!」
女盗賊「……」
女盗賊(……へぇ)
女盗賊「ねぇ、酒を頼みたいんだけど。それと……」
女盗賊「その男って奴の話、もう少し聞かせてくれない?」
ーーー宿屋ーーー
男「──いいか、よく聞けよ」
少女「……」ジッ...
男「……お前の、名前は、何だ?」
少女「……?」メパチパチ
男「年齢……歳は?」
少女「にゅー…」
男「………」
男「どこに住んでいる?親はどうした?」
少女「??」クビカシゲ
男「……俺は?」
少女「おにぃ」
男「………はぁ」
男(やはりだめか。この子から有益な答えは返ってきそうにない。手間だが、町の中で少しずつ情報を集めていくしかないな…)
男「…お前のせいで宿屋の主人から奇異な目を向けられた」
少女「んーー…」
男(顔見知りにはわけを話すとして、それ以外は娘という体を突き通すか)
男(そのためには呼び名が要るな)
男「そうだな……」
少女「おにぃ…?」
男「……少女」
男「お前の名は、少女だ」
少女「………」
男「俺に呼ばれたら返事をするんだぞ、少女」
少女「…!やー!」
男「嫌なのか?」
少女「……」
男「……少女」
少女「やー!♪」ピョンピョン
男「それが返事か…」
男「……いいか、返事は一言短く、はい、でいい」
少女「あい?」
男「はい」
少女「…はい!」
男「よしよし」ナデナデ
少女「♪」
男(あとは俺の呼び方だな。……父親ということなら……)
スッ(自分を指差す)
男「お父さん」
少女「お、う?」
男「お、と、う、さ、ん」
少女「おとぉ、さん」
男「いいぞ、飲み込みが早い」
男「少女」
少女「はい!」
男「俺のことは?」
少女「おにぃ!」
男「………」
男「違う。お父さん、だ」
少女「」ブンブン
少女「おにぃ」ニコッ
男「………ふぅ」
男「分かった。好きに呼べ。兄と勘違いしているということにでもしておいてやる」
少女「すーき…?」
男「どうしてそこには反応する」
男「…好きというのはだな、例えば旨いものだったり楽しい遊びだったり、自分が良いと思うものに生じる感情だ」
男「時に憧れや独占、模倣といった副産物もあるがな」
男(そして多くは、揉め事の種となる)
少女「……」キョトン
男「…今の説明では難しいよな。すまない」
男(改めて考えれば、俺は化け物退治にここへ戻ってきただけだったのに、なぜ年端もいかぬ少女の言語教育をしているのか……)
少女「おにぃ、すき」
男「!」
少女「……」ニコニコ
男「………」フッ
男「そうか」
ーーー翌日 町郊外ーーー
少女「」テクテクッ
男「……」テクテク
少女「!」スタタッ
男「おい、あまり走り回るな」
男(無邪気なもんだ。子供は)
男(依頼人に会いがてら、この子について調べてみたが、手掛かりは無しに等しい)
男(とは言っても、昨日町外れの森へ向かった怪しい人物がいないか訊いただけだが……怪しい奴は反応で分かる)
男(こうしてこの子を衆目に晒しながら歩き回っているのもそのためだ。こちらを見て顕著な態度を示す人間がいたなら問い詰める)
少女「おにぃー!これ!」
男「ん?……服屋か?」
少女「はいっ」キラキラ
男「欲しいと?」
少女「」コクコク
男(この子もしっかり女子、か)
男「…分かった。一着だけでは不衛生だからな。だがその服はお前には大き過ぎる。自分の身体に合ったものにするんだな」
「あいつが男……?」
ーーー町外れーーー
少女「えへー」テテテ
男「そんなに嬉しいことか?」テクテク
少女「やー♪」
男「…返事は」
少女「!はいっ!」
男(……面白い奴だなほんと)
男(この子がなにかの病気でこうなっているにしても、学習能力は高い上に変に暴れ出したりすることもない)
男(齢のほどは10前後に見えるが、まるで3、4歳の幼子を相手にしているようだ)
男(……なればこそ、この子をあんな場所に置き去りにした者の気が知れない)
少女「♪」テテテ
男(自分の娘か?それとも血縁のない保護者?どのような理由にしても俺には理解することが出来ない)
男(……共に過ごしたくとも叶わぬこともある世で……)
男「!…待て」
少女「!」ピタッ
男「着いたようだ」
少女「おー…?」
男(依頼人に聞いた話を整理しよう)
男(凶暴化した動物が出没しているのは主にこの町外れ周辺らしい。新たな目撃情報によればここらで異様に大きな影が蠢いていたとか)
男(化け物一掃については、一定数屠ればいいとのことで詳細は謎のままだ。俺は葬った匹数を伝えていればいいらしい)
男(いずれ終わりが来るなら構わない。それほど長引かなければ言うことはないが)
男「少女、絶対に俺から離れるなよ」
少女「おにぃ…?」
男「…大丈夫だ。指一本触れさせやしない」
ガサッ
男「……」チラッ
男(………)
男「……そっちだろ」ヒュッ
ブスッ
「グォオオオ!」ザァ!
少女「!?」
男「正体は熊か」
男(体長は2メートルほど。恐らくこいつも筋肥大を起こしているのだろう。そんなものに襲われればひとたまりもないな)
男(並の人間なら)
熊「グルルル……」
男「…フェイクをかけてくるとは、無駄に狡猾な頭だな」
熊「」ダッ!
ドドドドド!
少女「やっ…!おにぃ…!」
男「慌てなくていい」ダキアゲ
少女「ぁ」
サッ(難なくかわす)
熊「グォッ!」ドドド
ドシンッ!
男「……その木は俺じゃないぞ」
男「後ろだ、化け物」
熊「グルォオ!!」フリムキ
男「」スッ(少女の目を隠す)
ドゴォ!
熊「ガッ……!」フラ...
ドサッ...
男「………」
少女「?…?」
熊「」
男(どんなに堅い筋肉に覆われてようと、頭という弱点は生物共通だ)
男「もう降りていい」ソッ
少女「!」ギュ
男「………おい」
少女「」シガミツキ
男「遊んでやってるわけじゃないんだぞ」
少女「……や」ギュー
男「…コアラか」
──ヒュン
男「」パシッ
男「……いい加減姿を見せる気になったのか?」
女盗賊「ほぉ~。石ころとはいえ死角の飛来物を取っちまうとは。後ろに目でも付いてんの?」ザッザッ
男「……」
女盗賊「それにさっきの熊。見物してたけど、上手い捌き方だったねぇ。相当戦い慣れてると見える」
男「ずっと俺達を尾けていたな。何が目的だ」
女盗賊「ふーん……バレてたのね」
女盗賊「……うむ、この男と手を組めばひと稼ぎも……」ボソッ
男「何を一人で言っている」
男「……もしやお前、この子の関係者か?」ジロッ
女盗賊「その娘の?」
少女「」ギュー
女盗賊「知らん知らん。ウチは一瞬で10人以上を地に沈めたっていう奴の顔を拝みに来たのよ」
女盗賊「ウチの稼ぎの邪魔をしてくれた礼でもしようと思ってたけど……」
男「………」
女盗賊「国の依頼で動いてるんだって?それさ、ウチにも一枚噛ませてちょうだいよ」
男「……失せろ」
女盗賊「そう邪険にしないでさぁ。聞いたよ?あまり一ヶ所に留まるのは好きじゃないみたいね。ウチの助力があれば倍以上早く終わらせられると思うんだけどねぇ」
男「……」
...テクテク
女盗賊(シカトかい)
男「……」テクテク
少女「♪」スリスリ
女盗賊「……その娘、ワケありなんでしょ」
男「………」テク...
女盗賊「フフ、さっき関係者云々って怖い顔して睨んできたもんね?」
女盗賊「大方全く他人のあんたがどこからか救い出したか拾ったか……で、そいつをそんな状態にした犯人を捜してる…ってところかねぇ」
男「……」
女盗賊「そんならそれも手伝うからさ、ウチに依頼の片棒担がせてくれよ。報酬の一部、分けてくれるだけでいいんだ!」
男「…俺は人とは組まない」
女盗賊「もう組んでるじゃん」
少女「……」ウトウト
男「これを勘定に入れるのか?」
女盗賊「もー、何が不満なのさ。金にならない面倒事まで手を出すって言ってるのに。ウチの情報網を使えばあっという間よ?」
男「……信用の問題だ」
女盗賊「信用?自分以外は信じられないって?孤独の一匹狼気取りかいな」
男「コソコソ人を尾け回す輩を傍に付けるとでも?」
女盗賊「分かった分かった。自己紹介ね」
女盗賊「ウチは女盗賊。ここいらじゃちったぁ名の通った盗賊よ。つっても酒場にいた小物連中と同じと思わないで」
女盗賊「好きなものは金。嫌いなものは小細工。ウチはね、堂々とした金儲けが好きなのよ。回りくどいのはごめんなんさ」
男「盗人が堂々とした金儲けとは面白い冗談だ」
男(……だが……)
男「……お前の言う情報筋は、この町一帯のことを把握しているのか?」
女盗賊(おっ)
女盗賊「この町どころか、国の情報も仕入れているよ」
女盗賊「気が変わった?」
男「そうだな……役に立ってもらうとしようか」
女盗賊「へへっ、そうこなくちゃ!」
男「ただし──」
女盗賊「おん?」
男「」ビュンッ!
バスッ
「きゅ……」トサッ
女盗賊「!?」フリムキ
女盗賊(リス…?)
男「そいつの気配にも気付かないようでは、お前は弱過ぎる。化け物掃討は俺だけでいい」
女盗賊(ウチがさっき投げた石で……)
男「この子の情報収集だけしていろ。報酬金は貢献分渡してやる」
男「……だが、少しでもおかしな真似を見せるようなら、お前が女であろうと容赦はしない」ギロッ
女盗賊「」ゾクッ
女盗賊「…分かってるって。彼我の実力差が見えないほどウチもバカじゃないんでね」
女盗賊(きっと逆立ちしてもこの男には敵わないわね……予想以上かも)
男「……なぁところで」
少女「」スースー
男「これを剥がす有効な方法を知らないか」
女盗賊「……」ポカン
女盗賊「………ぷっ」
女盗賊(ま、見てて飽きなさそうではある)クスス
一旦ここまでです。
乙
なんか読んでると全身がかゆくなってくる
中二病患ってた時のことを思い出す
なろうでやった方がウケそう
待ってたぞ
乙
ーーー1週間後 町酒場ーーー
ワイワイ ガヤガヤ
女盗賊「」ンクンク
女盗賊「あ゙ー!やっぱり一儲けした後だと味が違うわぁ!」
「お!姉ちゃんいい飲みっぷりだね!どうだい?俺らの席に混ざらねぇかい?」
女盗賊「悪いね、人を待ってるのよ。お誘いならまた千年後にでもどうぞ」
「かぁー!取り付く島もねぇや!姉ちゃんみたいな美人、こんな店にゃそうそう来やしねぇのによ…」トボトボ
店主「おいおい、そいつはどういう意味だい」
「店主に聞こえちまってるみたいだぜー!」
「まじか!……事実言われたからって、酒に毒混ぜるのは無しな?」
店主「一度だって混ぜたことないだろう。デマを広めないで頂きたいもんだね?」
ワハハ!
女盗賊「店主、追加でもう三本!」
黒装束「……マスター、こっちにも頼む」
店主「はいよー」
ガチャッ トットットッ
...ストッ
男「……」チラリ
女盗賊「」ゴクゴク
男「……飲み過ぎじゃないのか?」
女盗賊「いいのいいの!今日のウチの仕事は終わったんだ、パーっとやらなきゃ金が腐るってもんよ!」
男「盗んだ金で飲む酒は旨いか?」
女盗賊「あんたも分からない人だねぇ。ウチは悪どい連中からしか盗みはしないっての。奴らの汚い金を世に回して浄化させてやってるのよ」
男「まるでこの世に綺麗な金があるとでも言いたげだな」
女盗賊「不当に巻き上げられた金を還元してやってるんだから、少なからず綺麗になってくれてるさ」
男「なら持ち主に返すのが一番なんじゃないか」
女盗賊「誰にいくらなんて分かるわけないでしょ?こっちだって慈善事業でやってるんじゃあるまいし」ゴクッ
女盗賊「……ぷはっ。ねぇ、酒の不味くなる話をしに来たわけじゃないんだ、さっさと本題に入るよ」ズイッ
男「…酒臭い口を近付けるな、この子が嫌がる」
少女「」チョコン
女盗賊「はいはい、これは失礼しました」
少女「……?」パチクリ
女盗賊「なんてこの場にそぐわないんだろうね」ククッ
男「……それで、本題だったな。依頼の方は滞りない。何を根拠にしているのか知らないが、あと半数ほどで終わるらしい」
女盗賊「ようやく半分?そんな大量に
狂った動物共が湧くなんて……感染病か何かかね?」
男「さぁな。だが狂人が出たとの話は聞いていない。人体に害が無いなら気にすることもない」
女盗賊「そういうもん?」
女盗賊(なーんとなく、嫌な感じがするのよねぇ)
少女「お兄!はい!」スッ
男「ん?……葡萄酒か?頼んだ覚えはないが」
女盗賊「店主が気を利かせてその娘に渡したんじゃないの?」
男「この子が口をつけたらどうするつもりだ…」
女盗賊「熟してない葡萄酒なんて好むの、あんたくらいしかいないから平気よ」イヒヒ
男「そういう話ではないだろ」スッ
男「」ゴクリ
少女「お兄、どう?」
男「…旨いよ、ありがとう」ナデナデ
少女「むふー♪」
女盗賊「なんか、どんどん喋るようになってきたね」
男「理解力はあるからな。日に日に新しい単語を吸収している。……そうだな、この日の為に覚えさせた言葉があった」
男「少女」
少女「ん!」
男「この女の人の名前は?」
女盗賊「え!ウチのこと教えといてくれたん!?あんた良いとこある──」
少女「おバカさん!」
女盗賊「………」
男「……フッ」
女盗賊「……子供かっ」
女盗賊(にしても)
男「お前にお似合いの名前だろ。ははっ」
女盗賊「……あんたの方こそ、すっかり親バカみたくなってるじゃないの」
女盗賊「いっそのことさ、あんたが引き取っちゃえば?その娘にも好かれてるみたいだし。仮面じゃなくて本当になってあげるの」
女盗賊「──その娘の父親」
男「………」
男「……」ゴクゴク
女盗賊(……え、何その目)
女盗賊(なんでそんなに)
男「………」...ゴトッ
女盗賊(色の無い目をするのよ)
男「……お前の方はどうなんだ?」
女盗賊「ん?え?」
男「調査の進捗だ」
女盗賊「あ、あぁ……それがね、まだ決定的なことは分かってないみたいなんだ」
男「週が一つ回ったのにか?あれだけ豪語していた情報筋とやらも大したことないんだな」
女盗賊「彼らの腕は確かよ。相応の金渡してるだけあって、今は数人がかりで調べてくれてるみたいなんだけど、不自然なくらいその娘の情報に辿り着かないらしい」
女盗賊「……まるで隠蔽でもされてるかのようだって」
男「……このままで困るのはお前だからな。その体たらくでは報酬の取り分はゼロだ」
女盗賊「うっ……分かってるわよ」
男「…この子には兄がいたんじゃないか?最初にまともに発した言葉が"おにぃ"だったからな」
女盗賊「……その方面からも当たらせてみようか」
女盗賊「それよりも、だ!」ドタッ
女盗賊「あの女の態度、どうにかならないの!?」
男「…?」
女盗賊「薬屋だよ!ウチが訪ねる度にネチネチ嫌味言ってくるのよ!毎回悪化してくし!」
男「まぁ、いいように使ってしまっているのは事実だしな」
ーー数日前 薬屋ーー
薬屋「──は?」
男「………」
少女「」スースー(男にしがみ付きながら)
女盗賊「……」ニコニコ
薬屋「……どういう了見だ、男よ。私に対する当てつけか?」
男「こいつはただの協力者だ。この子のことについて調べてもらうことになった」
女盗賊「どうも。女盗賊って呼んでくれればいいよ。あんたが薬屋ちゃんかぁ、寂れた店にしては結構若い子が店番してるんだね?」
薬屋「……私はもう成人している」
女盗賊「ほー。男から聞いたよ?随分すごい腕前の薬師なんだってね。どんな厳かな人物かと思ってたけど……ちんまいねぇ、色々と」クフッ
薬屋「………」ペターン
薬屋「……殺すぞ、女狐……」ボソッ
女盗賊「えっ?」
薬屋「で、何の用なんだ?男。こんなのをわざわざ見せびらかしに来ただけじゃないだろう?」
女盗賊(この子、見かけによらず怖い性格してるなぁ……)
男「こいつには調べ上げたことを報告してもらうつもりでいるんだが、落ち合える場所や時間がその日その日で違うらしくてな。薬屋に伝言役になって欲しいんだ」
女盗賊「ウチの仕事柄だからねぇ。一緒に行動すれば万事解決と言ったんだけど、信用がどうとか何とか」
薬屋「……賢い選択だな。こんな頭の軽そうな女なんぞ、何しでかすか分かったもんじゃない」
男「お前がこの子を預かってくれていたら、寝静まった深夜だろうが遅れをとることはないんだがな」
薬屋「余計ダメだ!こんなのと二人など…!」
女盗賊(……ははぁ、そういうこと)
女盗賊「薬屋ちゃんっ」
ヒシッ(肩を組む)
薬屋「…何のつもりだ。それとちゃん付けはやめろ、不愉快だ」
女盗賊「あんた、男のこと好きなんでしょ」
薬屋「………だったらどうした?」
女盗賊「安心しなって。ウチは盗ったりしないからさ」
薬屋「……」ジロジロ
女盗賊「疑り深いなぁ……」
女盗賊「ウチが惹かれるのは金だけだから!」
薬屋「……はぁ、こんなのに男がどうこうされるわけないか」
女盗賊「さっきからこんなのこんなのって……もうちょっと敬意を払ってくれてもいいんじゃない?ウチの方が年上よ、一応」
薬屋「いいぞ、男。伝言役とやら、引き受けようじゃないか」
女盗賊(聞いてないし)
男「本当か。助かる」
薬屋「だけど!これは貸しだからな?」
男「……あぁ」
薬屋「後で忘れましたとは言わせないよ」
男「そんなことはしない」
薬屋「……」
男「……」
女盗賊(ウチは来る必要あったんかねぇ…)
ーーーーー
女盗賊「昨日なんか怪しい薬飲まされそうになったのよ!?珍しくお茶を出してきたと思ったら……男からガツンと言ってやってくれない?」
男「俺は別に、お前の仕事に差し障りが無いなら無視したいところなんだが……」
女盗賊「勘弁してよ、あの視線に晒されるウチの身にもなってよね…」
女盗賊「……気付いてるんでしょ?あの子の気持ち」
男「……」
女盗賊「隠す気もないみたいだしね、彼女」
女盗賊「あんたが一言、結婚してやるって言えば丸く収まる話じゃない」
男「…お前への牽制を諌めるためにか?」
女盗賊「それを抜きにしても、だよ」
男「………」
女盗賊「………」
女盗賊「…あの子とはどういう関係なの?」
男「……昔、少し仕事で関わったことがあるだけだ」
女盗賊「仕事?あんたにくる依頼かい?」
男「そうだ」
女盗賊(あの執着ざまは、それだけじゃなさそうだけどね)
女盗賊「はぁ……どうしてこう、スカッと生きられないんだろうね…」
男「……」
女盗賊「あんたの辛気臭い面見てたら、なんだか眠くなって……きちゃ………」ガクッ
男「……女盗賊……?」
男「なんだお前、そんなになるまで飲んで──!」
男(違う。こいつだけじゃない)
客たち「……」グー..グー..
男「……どういうことだ」
男(……くそ、俺まで……)
ーーーーー
男「──ん?……葡萄酒か?頼んだ覚えはないが」
ーーーーー
男(そうか、さっきの……)
男「ぐ………」コトッ
男「………少……女………」カクン
ーーーーーーー
女盗賊「……」スー..スー..
女盗賊「………ん」
女盗賊「あん……?」
(寝静まった店内)
女盗賊「何これ……どいつもこいつも寝酒しに来たの…?」
男「……」
女盗賊(こいつまで寝てる)
女盗賊(……あれ?)
女盗賊「」キョロキョロ
女盗賊「…男、起きて」ユサユサ
男「……うぅ……」
男「すまない……女……娘……」
女盗賊(…!今の、名前か…?)
女盗賊「……女と、娘……」
女盗賊(って!それは後だ)
女盗賊「男、起きなよ!」ユッサユッサ
男「……!」バッ
男「…女盗賊か」
女盗賊「あぁ、ウチだけど」
男「何が起きた?」
女盗賊「ウチも今目覚ましたところだから何とも……それより」
女盗賊「少女がいない」
男「──っ」
女盗賊「こんな有様なのにあの娘だけ消えてるってことは……現れたのかも、あの娘の関係者が」
男(……俺は)
ーーーーー
女「」
娘「」
ーーーーー
男(また、繰り返すのか……)
女盗賊「男、それ!」
男「……」
『名だたる傭兵 男殿』
男(置き手紙…?)
ガサガサ
『ガキは預かった。無事に返して欲しくば、今夜北の廃屋敷に一人で来い。従わない場合ガキの命は保証しない。』
男「……」
女盗賊「…なんか、知り合いとかそんな雰囲気じゃなさそうね」
男「……っ」ギリッ
グシャ
男「」ガタンッ
トットッ
女盗賊「お、おい、まさか素直に行くつもり!?」
男「……」トットッ
女盗賊「やめときなよ!こうしてあんたが一度出し抜かれた相手だよ!?ちゃんとした案を練ってからでも…」
男「……」トットッ
女盗賊「…ならせめてウチも同伴するから!」
男「来なくていい」
女盗賊「平気さ、隠密行動はあんたより長けてる自信が──」
男「──足手まといだ」ジロッ
女盗賊「っ……」
ガチャ バタン
女盗賊「……………」
女盗賊「……ウチ、そんなに使えない?」
ーーーーーーー
男「……」スタスタ
男「……」スタスタ
男(何をやっているんだ、俺は)
男(いくらあの子の差し出したものとは言え、出所の知れないものを口にするなど)
男(……バカは俺の方だ)
ーーーーー
少女「──お兄!」
ーーーーー
男(…どの口であの子と共に居るなんて言える)
男(あの過ちから何も学んでいない愚か者が)
.........
ーーー廃屋敷前ーーー
男「……あれか」
見張り「………」
男(見張りが、ここから確認できる限りでも4人)
男(まとめて相手取るのは簡単だが、来たことを悟られるのはまずい)
男(……少女の安否が分かるまでは各個撃破だ)
男「……」
ササッ...
ーーー薬屋ーーー
女盗賊「よっ」
薬屋「……急に空気が不味くなったな」
女盗賊「ねぇ薬屋ちゃんさ、いい加減ウチも人間と認めてくれない?ウチとしては、もっと親しくなっておきたいんだよねぇ……今後のために」
薬屋「清々しい程打算的だね」
女盗賊「無駄に取り繕う意味なんかないし」ヘヘッ
薬屋「私はお前と仲良しごっこするメリットなぞ欠片も無いんだけどね」
薬屋「さっさと伝言を言いな。それでとっとと帰ってくれ」
女盗賊「今日は伝言を伝えに来たんじゃないのよ」
薬屋「……バカにつける薬はないよ」
女盗賊「本当にウチが嫌いなんね……そうじゃなくてさ」
女盗賊「少女が攫われたんだ」
薬屋「」ピクッ
薬屋「……それを私に伝えるために来たのか?」
女盗賊「んー、というより、あの人が抱えてる影が気になってね」
薬屋「影だと?」
女盗賊「そ」
女盗賊「あの人さ、輩に少女が攫われたと知るや単身呼び出し先に乗り込んでいっちゃったんだ」
女盗賊「ウチも行くって言ったんだけどね、来るな、て…すごい形相で睨まれちまって」
女盗賊「あんな怖い顔初めて見たわ」
薬屋「………」
女盗賊「それに、寝言で言っていた名前……」
女盗賊「女と娘」
女盗賊「彼ら──いや彼女らに謝っていたよ」
薬屋「寝言?」ギロッ
女盗賊「そこ、反応しない。酒場の連中全員輩に一服盛られて眠らされてたんだ。寝床を共にしたんじゃないからね」
女盗賊「……あの人にさ、昔何があったのよ?彼の少女への固執様も、そこに起因するんでしょ?」
薬屋「………」
女盗賊「頼む、教えてくれないかい?……それさえ分かれば、あの人を薬屋ちゃんに向き合わせる手伝いだって出来るかもしれない」
薬屋「………」
薬屋(………)
薬屋「………ふぅ」
薬屋「今から5年も前のことだ」
薬屋「当時、男には妻と子供がいた。妻とはあちこち駆け回る傭兵業の中で出会ったらしい」
女盗賊「それが女と娘か」
薬屋「……他にも察しないか?」
女盗賊「え?」
薬屋「彼らが出会ったのはこの町だ」
女盗賊「…なるほど」
薬屋「そうして二人はこの町に居を構え、子を成し、幸せそうに暮らしていたよ。とは言え、仕事柄男が家に居ることはほとんどなかったがね」
女盗賊「ウチだったら…寂しいかなぁ。やっぱ旦那とは毎日顔合わせたいよ」
薬屋「…そうかもな。だが妻は気立ても良く、会える短い時間の中で愛を深めていったそうだ」
女盗賊「たまにしか会えないからこそ育まれる愛……ん~、ロマンチックだねぇ…」
薬屋「……それがいけなかったんだよ」
薬屋「男は仕事が仕事なだけに、リスキーな依頼を引き受けることもあった。その内のどれかが……厄介な連中に楯突いたとみなされたらしい」
薬屋「報復として、妻と娘が殺された」
女盗賊「……」
薬屋「男が帰った時には、血まみれの二人が…見せしめのように吊るされていた、と」
女盗賊「殺した相手を吊るす……それって」
薬屋「そうだ。国に指名手配されていた殺戮集団、"血吸い"の手口だ」
女盗賊「でも血吸いの連中は数年前崩壊したって………え、ちょっと待って…まさか……」
薬屋「……あぁ。壊滅させたんだよ、あの傭兵が」
薬屋「それもたった一人でな」
女盗賊「……うっそぉ……」
薬屋「……今でも思い出すよ。男が幽鬼のような足取りでここに帰ってきたときのこと」
薬屋「自分の血なのか誰の返り血なのか判別出来ないくらい酷い状態だった。生気のない顔で、生きて帰ってきたのが不思議なほどさ」
薬屋「それからだね。男が誰も傍に置かなくなったのは。自分の手じゃ何も守れないから、何にも近付かない、近付かせない……そんなことを宣うようになって…」
女盗賊「……そうか。つまりあの人は、少女のことを……」
薬屋「重ねているんだろう。かつての自分の娘と。……そうと気付いていながらも尚、な」
女盗賊「………」
薬屋「……男が刀を抜いている姿を見たことがあるか?」
女盗賊「…?いや、そういえばないけど…徒手空拳が彼の闘い方じゃないの?」
薬屋「とんでもない。あんなの利き腕をもがれた剣闘士と同じだ。男の本分はその操刀術にある。それこそ、一組織を瓦解に至らしめるほどのな」
女盗賊「それは……ちょっと見てみたいね」
薬屋「一見分からないが、今も体のどこかに帯刀してはいるはずだ」
女盗賊「なんで使わないのよ?」
薬屋「…抜刀した姿が、妻子に不評だったみたいだよ。だから、刀を抜かずに過ごしていれば、いつか彼女達が帰ってくるかもしれない……そう思いたいのかもね」
薬屋「バカな男だよ、本当……」
女盗賊(………)
ーーーーー
男「──お前にお似合いの名前だろ。ははっ」
ーーーーー
女盗賊(あの時の笑み)
女盗賊(親だったときのあんたはしょっちゅう見せていたんだろうね)
女盗賊「……もう一ついい?」
薬屋「なに」
女盗賊「薬屋ちゃんは?男の過去は分かったけどさ、薬屋ちゃんが男とどうやって知り合ったのか、なんでそこまで男のこと好きになったのか……それを聞かなきゃ今日は眠れないなぁ」ニヒ
薬屋「聞かせると思うか?」
女盗賊「男の仕事で知り合ったとは聞いたわ」
薬屋「……私がまだ成人していない頃、隣国に狙われていた私を助けてもらったんだよ」
薬屋「これでもお前よりは知名度があるもんでね。私を利用しようとする輩は他にもいたが……男がここへ連れて来て、隠してくれた」
薬屋「……あの約束も……」ボソッ
女盗賊「ほーん……ま、隠れ蓑には最適な国だからねぇ。平和だよここは」
薬屋「最近は物騒になってきたがな」
女盗賊「しっかし、薬屋ちゃんも女の子だね。相手は仕事をこなしてただけかもしれないのに、ずーっと想いを寄せてきたんだ?」
女盗賊「きつい性格してるなーと思ってたけど…案外一途な乙女よね~」
薬屋「……」スッ
女盗賊「はい分かった。今のはウチが悪かったからその鋭利な刃物は置こうか」
薬屋「ったく…」
薬屋「……で?件の男は自身の身も顧みず敵地へ赴いている一方、お前さんは暢気に昔話を聞いてるだけか?」
女盗賊「いやいや甘く見ないで欲しいね。ウチはウチで、別口から攻めているさ」
薬屋「ほう?」
女盗賊「もう来るんじゃないかい?」
コンコン
「女盗賊さん!ここですよね?」
女盗賊「……ね?」
薬屋「……」
女盗賊「はいよ!今行くから!」
ガララッ
女盗賊「さて、聞かせてもらおうじゃない」
「はい。やはり貴女の見立て通り──」
女盗賊「そうか。それで──」
薬屋「………」
薬屋(………)
ーーーーー
「──なぁ、名前を教えてくれよ」
「……男だ」
「男……」
「この町に居れば、国が匿ってくれる。心配することはない。……ではな」...テクテク
「──男!これでお別れではないよな?私と…ずっと一緒にいてくれるよ
な?」
「……善処はしよう」フッ
ーーーーー
薬屋(あんな一方的な約束に、いつまでも縋ってる方がバカなのかもな)
薬屋(でも私は、お前が欲しいよ。男)
薬屋(どうしようもないくらいに)
「──といった調査結果であります」
女盗賊「はんっ!案の定だよ!」
女盗賊「薬屋ちゃん、ウチも役に立つってところを見してあげる!ここで凱旋を待っててくれよー!」ダッ
タッタッタッ...
薬屋「……あのやかましさ、どうにかならないかね」
ーーー廃屋敷 簡易アジトーーー
弟分「兄者、あの男来ますかね?」
ゴロツキ「来るともさ。怖気付いて来ないようなら、あのガキを適当に痛めつけてまたおびき出せばええ」
弟分「さすが兄者!そこまで考えてるなんて!」
ゴロツキ「あたぼうよ」
弟分「ですがあの男も阿呆なもんですぜ。俺らの怒りを買っちまってからに」
ゴロツキ「身の程を弁えねぇからこうなるんだ。二度と俺らに逆らえねぇよう徹底的に潰してやらぁ」
弟分「そのために腕利きの仕事人を雇いましたからね!」
ゴロツキ「おう。何てったってあいつはあの"血吸い"の生き残りだってんだからな。もしかしたら勢い余って殺っちまうかもしれねぇな!ガハハ!」
弟分「自分は、ちょっと不気味ですけどね……なんて言いましたっけ、確か…」
ゴロツキ「黒装束だろ。まあ腹の底で何考えてるか読めない奴ではあるが、こちとら金は払ってんだ。仕事してくれりゃ文句はねぇ」
弟分「ですね」
ゴロツキ「……おいところでよ、そろそろ定期連絡の時間じゃねぇのか?」
弟分「えぇ。あと10秒ほどで時間が来ます」
ゴロツキ「………」
弟分「………」
ゴロツキ「……来ねぇな」
弟分「居眠りでもしているのかもしれやせんね」
ゴロツキ「んな奴しばき倒してくれる」
弟分「ですがもし、既にあの男が現れているのだとしたら……」
ゴロツキ「……狼狽えるこたぁねぇ。こっちには黒装束がいるんだ。見張りをぶちのめしたところで奴に狩られるのがオチだぜ」
「──そいつは、こんな服の奴か?」
バキャッ!
ゴロツキ・弟分「「!?」」ギョッ
ゴロツキ(扉が…!?)
ドスン ゴロゴロ...
黒装束「」
弟分「あ……えっ!?」
ゴロツキ「黒装束!?」
男「…安心しろ、死んじゃいない」ザッザッ
男「四肢を砕いただけだ」
弟分「は……ひゃ……」
男「血吸いの生き残りだそうだな。……八つ裂きにしてやりたいところだが、こいつ個人に恨みはない。生涯手足を使えないくらいが相応の罰だろう」
ゴロツキ「そ、外の連中はどうした!?」
男「動かれると面倒だったからな。せいぜい足を折らせてもらった」
男「後はお前達だけ」ギロッ...
弟分「ひ、ひぃいいい!!」
ゴロツキ(こいつ、傷を負うどころか息一つ乱れてねぇ…!)
ゴロツキ「てめぇ、本当に人間なんかよ!?」
男「少なくとも、他者の命を弄ぶ奴らよりは人間だと自負している」
男「…言え。少女はどこだ」
ゴロツキ「誰が教えるか!いいか!?こんなことしてガキが無事で済むと思うなよ!?」
男「……」ザッ...
ゴロツキ「ま、待て!俺達を殺したらガキの居場所は分からねぇぞ!そこを動くんじゃねぇ!」
男「……」ザッザッ
ゴロツキ「動くなってのが聞こえねぇか!?」
男「殺しはしない。ただ、そいつと同じ余生を送らせてやる」ザッザッ
黒装束「」
弟分「」シロメ
ゴロツキ「野郎……」
男「……少女の居場所を吐くなら、足だけで済ませてやる」
男「無論、砕きはしない」
ゴロツキ「……っ」
男「一生他人に介護されて過ごすか、一時自分の足で歩けなくなるだけか…」
男「好きな方を選べ」
ゴロツキ「ぐぅううぅ……!」
ーーー町の一画ーーー
タッタッタッ
男「」タッタッタッ
男(慎重にことを運び過ぎたか……時間を食ってしまった)
男(あのクズ共から場所を聞き出せたはいいが……奴らの本拠地はまだ先なのか…)
男「」タッタッタッ
男(誰一人として本部に連絡させてはいないが、逆に連絡が無いことを怪しまれているかもしれない)
男(頼む……無事でいてくれ、少女…!)
男「……?」タッタッ...
ザワザワ
「なぁ役所の人間が入っていったって本当なのか?」
「そうらしい。何でも最近住み着いた犯罪組織の根城になってたとか」
「やーねぇ…ここも平和だったのに、近頃は嫌なニュースが多くて…」
ガヤガヤ
男(あれが、奴らの本拠地のはず)
男(役所が出張ってくるだと…?)
男「……どうなっているんだ」
「おや、遅かったね、男」
男「!」フリカエリ
女盗賊「お姫様、首長くして待ってたみたいよ?」
少女「お兄っ!」テッテッテッ
ギュッ
少女「」ギュー
男「少、女…」
少女「お兄、さみしい……」ギュー
男「っ……」
女盗賊「ウチが教えたんよ。この娘、見つけたときからずっと、そんな風に泣きそうな顔してたからね」
男「……ここで何があった?」
女盗賊「見ての通り、あんたを脅した連中の総本山を密告してやったのさ」
女盗賊「あんたは向かった先でその娘の居場所を掴むつもりだったのかもしれないけど、そっちに置いておくとも限らないわけだしね」
女盗賊「廃屋敷なんて、どう考えても使い捨ての場所じゃない」
女盗賊「とすれば、別の所に隠してる可能性の方が高い……こんな感じにね」
男「………」
少女「……グスッ……」ギュー
男「…泣くな。俺はもう居なくならない」
男(二度と同じ轍は踏まない)
男(あの時と……同じことは、絶対に……)
女盗賊「もちろん、その娘が役所に見つかるのも面倒だからさ、ドサクサに紛れて連れ出して来たんだ」
女盗賊「……どう?ウチも少しは使えるでしょ?」
男「お前の情報筋が、だろ?」
女盗賊「それ含めてウチの実力よ」
男「……」チラッ
少女「お兄……?」ミアゲ
男「……そうだな」
女盗賊「へへっ」
ーーー夜ーーー
男「………」ソッ...
チャプン
男(……これはなかなか)
男「ふぅ……」
男(心地が良いな)
ーーーーー
女盗賊「──あんたさ、少女が見つかってホッとしたのは分かるけど、すんごい疲れた顔してるわよ」
女盗賊「そだ!たまにはゆっくり身体を労ってあげなよ。良い湯屋を知ってるんだ。誰も来ないような穴場のね」
女盗賊「え?人が来ないような所が安全なのかって?バッカ、知る人ぞ知るっつーやつよ。ウチが保証するから行ってきな」
女盗賊「その間、この娘の面倒見てるから。……まだウチが信用出来ないって言うのなら、連れてってもいいけど」
ーーーーー
男(結局少女を預けてきてしまったが……あいつは信頼とまでは行かずとも信用は出来る)
男(道化を演じているわけでもただのお調子者というわけでもない。鋭い嗅覚に類したものを持っている)
男(…なるほどこれまであいつが捕まらなかったのも頷けるな)
男「……少女……」
男(あの後女盗賊にも訊いてみたが、少女を攫った組織の中に少女を知る者はいなかったらしい)
男(単に俺を誘い出すための餌にされたということになるが……)
男(…ますますあの子の謎が深まる……女盗賊の情報屋でも手掛かりが掴めない、この一週間あの子を見て不審な挙動を見せる者もいなかった……)
男(このまま身寄りが見つからないのであれば、いっそのこと……)
──ガラッ
男「ん?」
少女「お兄ー!」テテテッ
男「…は?」
少女「」ピョン
ザパンッ
少女「やー……」スイスイ
チョコン
男「……」
少女「えへー♪」
男「……おい。なぜ俺の上に座るんだ」
「男いるんでしょー?」
男「!その声…女盗賊か?」
「いやー、少女がさ、どうしてもあんたのとこに行くってきかなくてさー」
「着替え、ここに置いとくから後はよろしく!」
男「は?おい待て、女盗賊!」
シーン
男「あいつ……何が面倒を見ておく、だ。どういうつもりか、後で問い質してやる」
少女「……」ジッ...
男「どうした?」
少女「わたし、わるいこ?」
男「…いや、少女は悪くない。悪い子は、あのおバカさんだよ」
少女「……んふふ」ニコニコ
男「だが、次からは身体を洗ってから入ることを覚えような」
少女「?」
男「……」ナデナデ
少女「!……♪」
男(……こうして見ると、綺麗な肌をしている)
男(傷一つ無い、病的なまでに白い身体。…身体的虐待を受けていたのではなさそうだな)
男(この子に何があったのか……どうしてここまで気になる…?)
男(いや、分かってはいる。俺はかつての娘の姿を、この子に重ねていたのだと)
男(……だが今は違う。この子の本当の名前が気になる。この子の生い立ちが)
男(この子を"少女"という人間として、見ているんだ)
パシャッ
男「…!」
(お湯に濡れる男の顔)
少女「」ニヤニヤ
男「…どこでそんな悪戯を覚えた?」
少女「にししっ」
男「その笑い方…女盗賊の真似か?バカが移るからやめた方がいい」
少女「おバカさんおもしろい!」
男「まあ、ある意味面白い奴だな」
男(……)
男「……少女、俺のことが好きか?」
少女「はいっ!」
男「……ふっ。俺も少女が好きだぞ」
少女「!!」
少女「~~!」キラキラ
男「ははっ、その反応は大袈裟過ぎるだろう」
少女「お兄…!お兄っ!」ガバッ
男「おっと…」ウケトメ
少女「ん~~♪」
男「………」
男「つまりだ、少女」
少女「はいっ」
男「俺の──」
少女()ワクワク
男「──娘にならないか?」
男(失くした娘の代わりなどではない。また新たに守ってやりたいと、そう心から思える存在に、いつの間にかなっていた)
少女「………」
男「……?」
男「どうした?」
男(やけに静かになったが)
少女「……っ」
ガブッ!
男「うぉ…!」
少女「」パッ
男「なんなんだ突然…!何故噛んだ」
男(腕に歯型が残っている…)
少女「……」ツーン
男「なぁ」
少女「」フイッ
男(……謎は深まるばかりだ。まったく……)ハァ
次の投稿はまた後日です。
確かにこれまでのものよりもなろう感があるかもしれませんね。
仕方ないな俺が少女の夫になるしかないか
ーーー薬屋ーーー
薬屋「役所を動かしてまで、あの子を助け出したか……」
ーーーーー
女盗賊「──薬屋ちゃん、ただいま!」
ーーーーー
薬屋「嬉しそうに報告に来おってからに。言われんでもここまで伝わってきたがな」
薬屋「………」
薬屋「……ま、感謝しておくべきか……」
トントントトン
薬屋「!」
薬屋(このノックの音……)
薬屋「……」トットットッ
ガラ...
強面男「………」
薬屋「…経過報告だろう?分かっているよ」
ガサッ
薬屋「ほら、これが報告書だ」
強面男「……確かに」ペラ..ペラ..
薬屋「毎度のことだが、ここで一枚一枚確認するのはやめて欲しいもんだね。気が散ってしょうがない」
強面男「………」ペラ..ペラ..
強面男「…内容は理解した」
薬屋「なら帰ってくれ」
強面男「しかし、具体的にはいつ頃完成するんだ?この書面からはそれが伝わってこない」
薬屋「…そう遠くないうちに」
強面男「……そろそろ上が痺れを切らし始めている」
薬屋「……」
強面男「目処は立っているのか?」
薬屋「一応、ね」
薬屋「後は最終試験をクリアすれば実用化に持ち込める」
強面男「期間は?」
薬屋「……早くて一週間ってところだね」
強面男「最優先事項だ。間に合わせろ」
薬屋「…善処するよ」
ーーー数日後 町郊外ーーー
少女「お兄、あれは?」ユビサシ
男「あの鐘の付いた建物か?」
少女「」コクコク
男「教会、という所だ。信心深い人達が祈りを捧げたり、懺悔しにきたりする場所だな」
少女「しんしん…?ざんげ…?」
男「…少女とは無縁そうな所だよ」フッ
少女「……行く」
男「教会にか?」
少女「ん!」グイッ
男「分かった、行ってやるから引っ張るな…!」ヨロ...
男(これがここ数日の日課だ)
男(少女が攫われたあの日から、毎日町を出歩くようになった。外を見て回りたいと本人たっての願いだ)
男(…一度攫われたことで外を怖がり出たくなくなるというのなら分かるが、かえって好奇心に火が点いたらしい)
男(それと、この前湯屋で噛まれた時も思ったが、こいつ意外に力が強い……)
少女「」テクテクッ
男「……」スタスタ...
「ちょいと、そこの」
少女「……?」
男「…ん?」
「そうそう。そこのお二人さん」
男「俺達に言っているのか?」
「そうだよ。あんたら、悪い気で溢れているよぉ?」
男「………」
占い師「あたしゃ占い師っていうものだがね、あたしの占いはよく当たるんだよぉ…」
占い師「特にその子ぉ!!」
少女「」ビクッ
占い師「遠くないうちに災厄をもたらすよぉ……。むむむ……!自身すら破滅に追いやるほどだと……!恐ろしいことだよぉ…?」
少女「……さい、やく…?」
男「知らなくていい言葉だ」
男「……悪いが胡散臭いものは信じない性分なんでな。卜占商売なら他所をあたってくれ」
男「行くぞ、少女」...スタスタ
少女「ん…」...テクテク
占い師「あたしの忠告を聞き入れないのは自由……だけど、無視した人間は皆取り返しのつかない目に遭ってるとだけは言っておくよぉっ!」
少女「お兄……」フアンゲ
男「気にするな。ああいう人間はよくいる。最後には金をよこせと言ってくる奴らだ。実利のないものに払う必要はこれっぽっちもない」
男「それよりも、教会に行くんだろう?道はそっちではないぞ」
少女「!」
クルッ テテテッ
.........
ーーー教会ーーー
キィィ...
少女「おー…!」
男「……」
男(中は至って普通の教会だ)
少女「……」キョロキョロ
男(…この子にとってはそうじゃないらしい。教会を訪れたことがないのか、はたまた忘れてしまっているだけなのか)
神父「ようこそいらっしゃいました。神は常に、あなた方を見ておられます」
神父「本日はどういった御用向きでございましょう?」
男「あぁいや、この子がな、どうしても入りたいと言うもので…」
神父「ほほっ。これはこれは、愛らしい信者が居たものです」
少女「?」チラッ
神父「…!?」
男「……どうかしたのか?」
神父「いえいえ!とても素直そうな女の子だと思いましてね」
男「…というより、一種の記憶喪失のようでな。むしろ見た目よりも幼い言動が目立つんだ」
男「貴方、この子について何か知らないか?」
神父「それはお可哀想に……。残念ですが、私が教えられることは何も……お力になれず心苦しいばかりです」
男「………」
神父「ですがせめて、神に祈りを捧げるのはいかがでしょう?神を信じる者は必ず救われるのです」ニッコリ
男「…そうだな」
男「少女、お祈りの時間だ」
少女「はいっ……おいのり」クビカシゲ
男「俺の真似をすればいい」
男「まず片膝をついて、手はこう……」
少女「こお…?」ミヨウミマネ
男「そしたら目を閉じ…祈るんだ。こうなって欲しい、こうなりたいということを思い浮かべるだけでいい」
少女「……」キュ...(目を瞑る)
男「………」
神父「………」
男(………)
少女「」ムムムー...
男(…力が入り過ぎだな)フッ
少女「…!」パチッ
少女「お兄、できた!」
男「そうか。初めてにしてはなかなか上出来だったな」
少女「ふふん」エッヘン
男「…見ていて面白いという意味でな」
少女「?……っ!」ムッ
少女「…なーに?」
男「あんなに力を込めなくていいんだ。戦場にでも出掛けるのかと思ったぞ」
男「ついで訊くが、何を祈った」
少女「……や」
男「今のが気に障ったか?……悪かった、謝る。だから教えてくれないか」
男(そこに、少女の奥に眠った記憶の手掛かりが含まれている可能性もある)
少女「…………お兄」
男「ん?」
少女「………」
男「なんだ?まだ怒っているのか…?」
少女「…そと」
男「外?教会はもういいのか」
少女「はい」
男(時々、俺と話しているとこうして大人しくなることがある。気のせいか呆れたような目で俺を見てくるが……)
男(そんなに怒ることだろうか)
男「…行くとしよう」
神父「おや、あなたは祈祷しないのですかな?」
男「……」
男「あぁ。神は俺の家族を見捨てたからな」
神父「それは……」
神父「…神は皆に平等なのです。生かすべきは生かし、奪うべきは奪う」
神父「見捨てたのではありません、来たるべき時に、神がお連れになったのです」
男「悪いな、それでも俺は神に縋ることはない」
男「少女」
ギュ(手を握る)
少女「…!」
テクテク...
神父「………」
男「……」テクテク
少女「」テテテッ
神父「」ダッ!
タッタッタッ!
少女「!?」フリムキ
神父「これも平和の為!!!」グワッ!
(迫るナイフの切っ先)
男「」サッ
バシィ!
神父「ぐっ…!?」
男「……」グググ(腕を捻じる)
神父「がああぁ!」
男「こんなことだろうとは思っていた。貴様この子について何か知っているな?」
神父「離しなさい…!その子は悪魔の子だ!ここで滅しておかなければ!」
男「悪魔?何のことだ。おい、少女には一体何があるいうんだ!」
神父「ぬぅぅ!」グイッ...
男「暴れるな、大人しくしていろ…!」
神父「生かしておいてはダメだ!早く…早くその子の命を絶たねばならない…!」ググッ..バッ
男(くそ、話にならない……ここは一度黙らせるか)
男「ふんっ」ドスッ
神父「ゴフッ…」ガクン
神父「」
少女「お兄……」
男「案ずるな。少し眠ってもらっただけだ」
男(この男の言っていたこと…)
ーーーーー
神父「──その子は悪魔の子だ!」
ーーーーー
男(……)
少女「……」フアンゲ
男(この子の何が悪魔なんだ。こんなにも無力な、一人で生きていくことすら怪しい女の子が……)
神父「」グッタリ
男(いずれにせよこいつが何かを知っていることは間違いない。邪魔の入らぬ場所でじっくり聞き出したいところだが)
男「……薬屋の所だな」
男(嫌な顔をされるだろうが、そこ以外にない。町の中ではこいつの仲間が潜んでいる可能性もある)
男「少女、移動するぞ。俺から絶対離れるなよ」
少女「はい……」
ーーー薬屋ーーー
男「邪魔するぞ、薬屋」ガラッ
薬屋「男か?今預かってる伝言は無いが──うん?」
神父「」
薬屋「……これはまた、穏やかじゃないね」
男「死んではいない。気絶させたんだ」
男「この男、少女のことについて知っているようだ。いきなり少女に飛びかかって殺そうとしてきた。悪魔の子だとか言いながらな」
少女「……」
薬屋「ほう…」
薬屋「……で、なぜ私の所へ来た?」
男「意識があると暴れてまともに話が出来そうになかったからな…縛り付けて動けないようにしてから問い質したい」
薬屋「答えになってないぞ」
男「…事情を知っていて、信用の置ける者がいるのはここしかないんだ」
男「頼む。お前を危険な目に遭わせないと約束する。ここを使わせてくれないか?」
薬屋「………」
薬屋「…私も守ってくれるのか?」
男「無論だ」
薬屋(…!)
薬屋「それはいつまでだ?」
男「そうだな……少女のことが解決──!」
薬屋「……」ジッ...
男(…違う。薬屋が求めているのはそんな返答ではない)
ーーーーー
女盗賊「──あんたが一言、結婚してやるって言えば丸く収まる話じゃない」
ーーーーー
男(………)
男「………」
薬屋「………」
薬屋「…………ふぅ」
薬屋「いいよ、使いなよ。ただし、尋問には私も付き添うからね」
男「……ありがとう。助かる」
男「早速始めたい。頑丈な縄はあるか?」
薬屋「荷物を縛るためのロープならあるよ」
男「十分だ。奥の部屋に持ってきてくれ」
──ガラッ!
女盗賊「やっぱりここに居た!」
薬屋「騒々しいね。ドアを壊したら出禁にするよ?」
女盗賊「それは勘弁だけど……男!大変なことが起きた!」
男「何だ?悪いが余程のことでない限り聞いてる暇はないぞ。こちらの方が急ぎだ」
女盗賊「町に狂犬が出没したんだよ!」
男「!…それは討伐対象のやつか?」
女盗賊「そう。今町の自警団が対応してるけど…とてもじゃないが太刀打ち出来てない」
女盗賊「何せ相手は数匹いる上に信じられないくらい素早くて…!」
女盗賊「まだ死者は出てないけどこのままじゃ時間の問題よ!」
男「………」
少女「…?……?」
薬屋「…行ってきな」
男「薬屋…」
薬屋「そいつは私が縛っておく。男が戻ってくるまでに起きて暴れ出すかもしれないが……なに、私の専門は薬物だ。人間を大人しくさせる方法などいくらでも持っているよ」
男「……恩に着る」
男「女盗賊、場所はどこだ?案内してくれ」
女盗賊「分かった!」
男「少女は俺に掴まれ。揺れるだろうが、落としはしない」
少女「!はいっ」ヒシッ
女盗賊「その子も連れてく気かい?」タッタッ
男「近場まで行ったらお前に見ててもらう。戦わせるわけじゃない」タッタッ
タッタッタッ...
薬屋「…入り口くらいは閉めていって欲しかったね」ガララ
薬屋「……」
神父「」
薬屋「………」
ーーー夕方ーーー
男「…思ったよりも時間がかかったな」スタスタ
女盗賊「ウチらが着いた時にはあの犬達、大分散らばっていたからね」スタスタ
男「…それだけではない」
男「奴ら、以前倒したものよりも体つきが整っていた。その上で限界近く身体能力を引き出しているようだった」
男(初めに見た個体はただ筋肉が歪に肥大しているだけだったが……今回のは違った。まるで体格に合わせて最適化されているかのようだ)
男(……突然変異にしては、変化の速度が早過ぎる……あいつらは一体……)
女盗賊「そうなん?難なく処理してたじゃない」
男「あれしきに遅れを取ることはない」
女盗賊「ま、何にせよ間に合って良かったねぇ。怪我人は出ちまったけど、死亡者はゼロだ」
男「もっと鍛錬を積んだ兵を警備に付けなければ、攻め込まれた時簡単に占領されてしまうぞ…」
女盗賊「仕方ないよ。この国は長いこと平穏な日が続いてるらしいからね。自衛意識なんて薄れてるんだろうさ」
女盗賊「それと…あんた、背中気を付けな」
男「む?」チラリ
少女「……」スゥスゥ...
男「……俺の身体は布団ではないんだがな」
女盗賊「落とさないようにね」ニシシ
男「…早く薬屋の元へ戻るぞ」
スタスタスタ...
ーーー薬屋ーーー
男「──殺された、だと?」
薬屋「うむ……」
男「……見せろ。死体はあるんだろう?」
薬屋「あぁ、奥の部屋に…」
ドタドタ!
男「…!」
(首から血を流し横たわる神父)
男「……」
女盗賊「うわ、こりゃ……少女が寝てて良かったよ…」
薬屋「……すまない。こいつを縛ってから、少し目を離した隙に何者かが侵入したみたいでな……戻ってきたらこの有様だった」
男「……どんな輩だ?」
薬屋「後ろ姿が一瞬目に映っただけだったから、何ともな…」
男「………」
神父「」
男「…おい貴様、死んだフリをしているのではあるまいな?」
女盗賊「男、何を…」
男「こいつが脱走の為に一芝居打っているだけかもしれん。そうやすやすと逃してたまるか」
女盗賊「でもさ」ススッ
ソー...クイッ
女盗賊「……呼吸も心臓も止まってるよ。これが芝居だってんなら、もう人間をやめた何かだね」
男「……薬屋」
男「止まった心臓を動かす薬と、増血剤。それらを使ってこいつの意識を戻してくれ」
薬屋「何を言ってるんだ。そんな都合のいい薬があるわけ──」
男「」ガシッ!
薬屋「っ!」
男「お前は!比肩しうる者のいない天才薬師なんだろうが!そんな薬がないのなら、作ればいい!それが出来なくして何の為の薬売りか!!」
女盗賊「ちょっと男…!」
男(…!)ハッ
薬屋「……痛いよ。離しておくれ」
男「……」スッ...
女盗賊「………」
薬屋「………」
男「………」
薬屋「……その子のことが、そこまで大切か?」
少女「」スゥスゥ...
男「……」
薬屋「私や、そこの女盗賊よりも?」
女盗賊「薬屋ちゃん……」
薬屋「男、お前はその子の何になりたいんだ?」
薬屋「まさか恋人ではあるまいし、友人というのも違うな」
男「………」
薬屋「…いや、最初から分かっているよ」
薬屋「──父親、だろう?」
男(……)
薬屋「その子を拾ってきたと言った時は心底驚いた。何を始めるつもりなのか、とね」
薬屋「昔…亡くなった我が子の代わりにするつもりなんじゃないかとも思ったよ」
薬屋「…でもね、近頃のお前達を見ていたら、そんなのではないということが分かったさ。男があの過去を払拭する良い機会になるかもしれないとすら思えた」
薬屋「だがそれは……」
薬屋「お前の周囲の人間を危険に晒してまでやらなければならないことなのか?」
男「……俺がまとめて見てやればいい」
薬屋「守りきれるのか?周りの人間全てを?」
女盗賊(!?薬屋ちゃん、その言葉は…!)
ーーーーー
薬屋「──自分の手じゃ何も守れないから、何にも近付かない、近付かせない……そんなことを宣うようになって…」
ーーーーー
男「……」
薬屋「…もう一度訊く。お前はその子にとっての何だ?そして…」
薬屋「お前にとってのその子は、何だ?」
男「………」
少女「」スゥスゥ...
男(……俺は……)
男「………邪魔したな。今日はもう帰る」
テクテク
女盗賊「あ…待ってよ、男…!」テクテク...
ガララッ バタン
薬屋「………」
薬屋「………男………」
ーーーーーーー
男「……」テクテク
女盗賊「……」テクテク
少女「」スゥスゥ
女盗賊「…ウチが言うのも変だけどさ……怒らないであげてよ、薬屋ちゃんのこと」
男「……」
女盗賊「昔あんたに何があったのか、薬屋ちゃんに聞いたよ。……女さんと娘さんについてね」
女盗賊「……あの子はただ、男のことを何よりも考えてるだけなのよ。ウチらに危険が及ぶ云々よりも、周りが見えなくなるくらい少女のことを気にするあんたを、心配してる」
女盗賊「だって薬屋ちゃんは男のことが……」
男「………」
女盗賊「……皆まで言わなくとも、あんたが一番分かってるはずよね」
男「……」
女盗賊「……」
女盗賊「……ほら」ポイッ
男「…?」パシッ
女盗賊「ウチの予備の短剣だよ。もし可能なら、その子に使い方を教えてあげな。自衛の手段はあった方がいい」
男「…言葉もまともに扱えない子に、ナイフの扱いを覚えさせろと?」
女盗賊「無理じゃないさ。証人だってちゃんといる」
男「証人?」
女盗賊「」フフン
男「…お前が?」
女盗賊「聞いて驚きな?ウチが8歳の頃にはもう短剣、投げナイフくらいの扱いは心得ていたからね。……一番仕込まれたのは隠密行動術だけど」
女盗賊「……ウチさ、親の顔を知らないんだ」
男「………」
undefined
男「………」
男「……お前も、同じことを言うのか……」
女盗賊「え…?」
男「この子を、まるで忌子のように表する」
男「この子が何をしたと言うんだ?人を殺めたと?世界を破滅させると?」
男「ただ懸命に、生きようとしているだけなんだ!愛する者から見捨てられ、自身のことさえ忘れてしまっていようと、それでも必死に前に向かって手を伸ばしている!!」
ーーーーー
少女「──おー、にー」ユビサシ
ーーーーー
男(そうだ…あれはこの子なりの助けを求める声)
男「ただ一人の少女が、愛を受けることも許されない世界なのか!?」
少女「んん……」モゾ...
男・女盗賊「「!!」」
少女「お…にぃ……」スゥスゥ...
男「………」
女盗賊「………」
男「……俺の宿は向こうだ。お前とはここでお別れだな」
女盗賊「……なにその言い方?」
男「察したか?もうお前の助力は不要だということだ。これ以上他人を巻き込みたくないんだろう?ここから先は俺一人で調べていく」
男「安心しろ、報酬金はきっちり渡す。幸い今の依頼も明日で終わりそうだからな」
男「世話になったな、色々と。少女を助け出してくれたことは、特に感謝している」
男「達者でな」テクテク
女盗賊「あ……」
テクテクテク...
女盗賊「………」
女盗賊(………)
>>66が投稿できてないため、2レスに分けて投稿します。
女盗賊「物心ついた時には知らない誰かの元に預けられてた。…その人がウチの育ての親でもあり、師でもある」
女盗賊「その界隈では名の通った盗人だと知ったのは大分後だったけど」
女盗賊「酷いと思わない?ウチが一人でも生きていけるようにって、叩き込まれたのが盗賊としての技術!おかげでウチはこれ以外の生き方を知らない人間になっちゃったよ」
女盗賊「…ま、今が楽しいから、感謝しかしてないけどさぁ」
男「お前の親は何をしているんだ?」
女盗賊「さぁね。知らない」
男「……お前を、捨てたのか?」
女盗賊「そうなんじゃない?調べたこともないけどね。一度も会ったことない人達を気にするほどの暇はなかったし、今更所在を知ったところで興味もない」
女盗賊「あぁ、ちなみにウチの師はまだ生きてるからね?調子に乗ってこの前捕まりそうになってたのは笑えたわ」クスス
女盗賊「…つまり、ウチが言いたいのは無理にその子の過去を知ろうとしないでも、あんたが生きてく術を教えてあげればいいんじゃないのってことよ」
女盗賊「ウチみたいに生きる人間が居たっていい」
男「この子が狙われる理由を知らなければ、根本的な解決にならないだろう」
女盗賊「………」
女盗賊「……悪い知らせを聞いちまったもんでさ」
男「何だと…?」
女盗賊「少女のことを情報屋に調べさせてると言ったよね?……その情報屋が行方不明になったらしい」
男「…偶然ではないのか?」
女盗賊「調べてたのは一人じゃない。少なくとも3、4人は居たはずなんよ。…全員と連絡が取れなくなったってさ」
男「……」
女盗賊「なぁ男。ウチはここらが引き際だと考えてる。この子の裏に隠れてるのはきっとウチらにもどうにも出来ないとんでもない闇だ……」
女盗賊「ウチの第六感がひしひしと告げてくるんだ。これ以上詮索すればタダでは済まない、とね」
女盗賊「無論、男、あんたでもだ」
女盗賊「それにあの神父……」
女盗賊「…悪魔の子?と言ってきたんだよね?…そんなんさ、例え真実を知ったところで良いものだとはとても思えないよ」
女盗賊「世の中には知らなくていいことも山ほどある。知らなければ良かったと後悔するくらいなら、初めから目を逸らしていた方がいい」
ここから>>67に続きます。
ーーー宿屋ーーー
少女「……」スゥスゥ
男「………」
男(……あどけない寝顔)
ーーーーー
少女「──やー♪」
ーーーーー
男(浮かれた顔も)
ーーーーー
少女「──……」ツーン
ーーーーー
男(拗ねた顔も)
男(悪意などまるでない、子供そのものの無邪気なものだ)
男(……だというのに……)
ーーーーー
占い師「──遠くないうちに災厄をもたらすよぉ……」
神父「──生かしておいてはダメだ!早く…早くその子の命を絶たねばならない…!」
女盗賊「──この子の裏に隠れてるのはきっとウチらにもどうにも出来ないとんでもない闇だ」
ーーーーー
男(……この子にただならぬ事情があることなど、言われずとも分かっている)
男(この子を最初に見つけたのも、この子と最も長く過ごしているのも、俺なんだからな…)
男(……だが……)
少女「……」スゥスゥ...
男(愛する者が居ない……それがどれだけ辛く、残酷なことであるか……この子は知ってはならない)
男「……お前は俺が守ってやる」
男(今度こそ、俺の手で目の前の子を幸せにしてみせる。誰かに愛され、誰かを愛する……その尊さを忘れない人間に育ってくれるよう……)
少女「にゅ……」
少女「……おにぃ……?」
男「!……すまない、起こしてしまったか」
少女「……」ジー
男「まだ眠ってていいぞ…むしろこれからが夜だ」
少女「…お兄、かなしい…?」
男「──っ」
男(……そんなに酷い顔をしていたか、俺は……)
男「…大丈夫だ。悲しいわけじゃない。少し考え事をしていた」
男「心配してくれたのか?ありがとな」ナデナデ
少女「ぁ……えへへ…」
男(……ふっ)
男(尤もらしい建前や御託などいらないな)
男(俺がこの子を愛したいだけなんだ)
男(この子の成長を見守り、小さな変化に一喜一憂して、いずれ独り立ちしていくその姿を見送る)
男(…そんな親代わりになりたいと望んでいるんだ)
ーーーーー
男「──俺の娘にならないか?」
ーーーーー
男(ははっ、あの時言っていたことと何一つ違わないな)
男(だがつまりは、それが俺にとってのこの子なんだ)
男(そしてこの子にとっての俺は──)
少女「お兄…」ニコッ
男「……一緒に寝てやろうか?」
少女「…!」
少女「…はいっ」
男「なら、少し場所を空けてくれ」
ゴソゴソ
男「…狭くないか?」
少女「お兄~~んゆ~♪」ギュー
男「なんだそれは」フッ
男(……そうだな、この依頼が終わったら、一度この町を離れよう)
男(この町は危険が多過ぎる。少しほとぼりの冷めた頃に調査を再開させても遅くはないだろう)
ーーーーー
薬屋「──私も守ってくれるのか?」
ーーーーー
男(……あいつを誘ったら、どんな顔をするだろうな)
ーーー翌日 斡旋所ーーー
ガヤガヤ
男「……」トットットッ
依頼人「おぉ、男さん。待っておりましたよ」
少女「やー!」
依頼人「少女ちゃんも、こんにちは」
少女「こんにちは!」
依頼人「おや!挨拶も出来るようになったんですね。お子さんの成長速度は目覚しいものです」
男「親が良いからな」
依頼人「はっはっは!違いありませんね!私にももうすぐ3つになる娘がいるんですがね、女房の教育熱が最近収まらなくて、不用意な発言をしようものなら──」
男(…始まってしまった)
男(この依頼人とは進捗の報告や討伐対象の潜伏場所を教えてもらうために毎日のように顔を合わせているが……かなりの話好きだ)
少女「!……!」キラキラ
男(少女が目を輝かせて聞き入るもんだから、いつもはそのまま気の済むまで話をさせるが……)
男「──早速だが昨日の成果を伝えたい」
依頼人「おっと、そうでしたね。今報告書を用意致しますから」ガサゴソ
男(今日で依頼が終わるはずだからな。さっさと済ませ、この町から少女を遠ざけたい)
依頼人「昨日の事件、聞きましたよ?郊外に犬共が出たようですね」
男「あぁ。全部で5頭。全て息の根を止めた」
依頼人「ご苦労様です。本来であればその5頭は今日の対象と合わせてまとめて処理して頂く手はずとなっていたのですが……上に訊いてみましても想定外は付き物だの一点張りでしたよ」
男「……何の想定かは問うてみたのか?」
依頼人「いいえ。私は仲介人として必要以上に詮索しない契約ですからね。ま、国民を不安にさせないよう情報統制を敷いているのではないですかね。ここは平和が売りの国ですから」
男(……)
依頼人「さて、それで本日の対象なんですが……4体、ですね。場所は町外れの森」
男「初日、俺が向かった場所か」
依頼人「そうです」
男「思うのだが、そこまで正確な情報を掴んでいながら、何故国はその対処を俺に依頼するのだろうな。手前の問題は手前の手で片付ければいいものを」
依頼人「大方、人手が割けないか、犠牲なくして対処が出来ない…といったところでは?昨日出動した自警団も、犬っころに手も足も出なかったみたいですしね」
男「あれなら、置物の方がマシだったな」
依頼人「ははっ、貴方が言うならその通りなのでしょう」
依頼人「いずれにせよ、今日の分が処理し終わればこの依頼も晴れて完遂です。莫大な報酬を渡せるはずですよ」
男「…これを機に隠居してもいいかもしれないな」
依頼人「ご冗談!男さんといえばまだまだ引く手数多ではないですか。世間がそれを許してくれませんよ」
男「自分の生き方くらい自分で決めるさ」
依頼人「貴方が本気でそうするつもりなら、止められる者はいないでしょうけど……」
依頼人「…あぁそうでした、最後に一つ。今回の処理対象なんですがね、1体だけ──」
依頼人「──人間が混じっているみたいなんですよ」
男「人が…?」
依頼人「えぇ。上からは、感染する類のものではないから不要な騒ぎを起こさせるな、との言伝です」
男「いよいよきな臭くなってきたな」
依頼人「全くです……が、所詮我々は黙って仕事をこなすのみ。余計な好奇心は猫をも殺しますからね」
男「……そうだな」
男(人間、か)
男(どんな変貌を遂げた化け物になっているのか…見たくもないが、せめて一思いに葬ってやろう)
男「待たせたな。行こう、少女」
少女「はいっ!」
ーーー町外れーーー
男「……なぁ少女」テクテク
少女「?」テテテッ
男「お前は、行ってみたい所はあるか?」
少女「んー……」
男「どこでもいいぞ。水の上に建てられた東の国でも、亜人族の住む西の国でも」
少女「……お兄!」
男「ん?」
少女「いっしょっ!」ニッコリ
男「……はは、俺と一緒ならどこでも構わないと?」
少女「」コクコク
男「なるほど、これは俺のセンスが問われるわけか」
男「…良い案がある。幽霊が多く出現するという北の国はどうだ?寝てる間も話し相手になってもらえば、もっと会話の上達が早くなるんじゃないか?」
少女「むー…!」ペシペシ
男「冗談だ冗談。前を見て歩かないと転ぶぞ?」
男(楽しい)
男(こんな感情を抱くのは何時ぶりだろうか)
男(この小さな命の輝きに、俺の濁った過去が照らされていく)
男(前に進めと背中を押される)
男「……っと」
看板『薬屋』
男「少し、寄り道をしていこうか」
少女「んっ!」
ーーー薬屋ーーー
男「買い物に来たぞ」ガラッ
薬屋「!」
男「…そこまで驚くか?営業時間だろう?」
薬屋「そうだが……」
薬屋「…男、なんだか顔付きが変わったな」
男「そうか?」
薬屋「あぁ。変な意味ではなく、どことなく雰囲気がな」
薬屋「……昨日よりずっとマシな顔になっているのは確かだ」フッ
男「……どうも」フッ
薬屋「で、今日は何を買いに来た?睡眠剤が足りなくなったか?」
男「いや、風邪薬や解熱剤、鎮痛薬…とまあ一般的な病対策となるもの一式が欲しい」
薬屋「それならそっち側の区画にまとまっているよ。好きなのを選びな」
男「見繕ってくれないのか?」
薬屋「それくらい自分でやってくれ。私も今日は忙しいんだ」
男「そうか」
男「……そういうわけだ。少女も、あの人の邪魔をしなければ店の中を見ていてもいいぞ」
少女「!はいっ」
トコトコ
男「……悪戯すると鬼が出るからな!」
薬屋「誰が鬼だって??」
男「おっと、聞こえてしまったか」
薬屋「…変わったのは顔付きだけじゃなくて精神もかい?子供のようなからかい方をしおってからに…」
薬屋「大体ね、昨日の…あの骸を放置していったこと、忘れてないからね!」
男「あれは結局どうなったんだ?」ゴソゴソ
薬屋「お役所に引き取ってもらったさ。事情を説明するのも一苦労だよ、全く…」
薬屋「それはそうと、どうしてまた風邪薬なんかを?鎮痛薬なんて、お前さんがそんなものに頼るとは思ってなかったよ」
男「いや、俺じゃない。少女のためにな」
男「──少女を連れて、この町を離れるつもりなんだ」
薬屋「……!!」
男「ここは少女を狙う輩がいる。一度離れてから落ち着いた頃を見計らって身元の調査をする」
男(その間、女盗賊の言うように剣の扱いを教えるのも無しではないな)
男「依頼が終わる今日、ここを発つ予定だ」
薬屋(………)
薬屋「……また私を置いていくのか……」ボソッ
男「ん…?」
男(今、何か呟いたか…?)
薬屋「………」
男(…気のせいか)
薬屋「……そうか。気を付けて行ってきなよ」
男「……あぁ」
薬屋「………」
男「………」..ガサ..ゴソ
薬屋(………男)
薬屋(やはりお前は、私のものになってはくれないのだな)
薬屋「………」
少女「」トコトコ
少女「…!……」キョロッ..キョロッ..
薬屋「……少女、といったか」
少女「?」
薬屋(丁度頃合いだしな)
薬屋「……なぁ、男の役に立ちたいか?」
少女「!」
少女「」コクコク!
薬屋「…ついておいで」...スッ
少女「」テテテ
.........
男「……」ガサガサ
男(薬屋……)
ーーーーー
薬屋「──私じゃ、ダメなのかい?」
ーーーーー
男(……いいや、確かにお前の言う通り、俺はもう前に進むべき時なんだ)
男(あの日出会った小さな少女が、止まっていた俺の足を動かしてくれた)
男(今隣にいるのは少女だけだが…)
男(…俺にとっては、薬屋……お前の存在も──)
男「……薬屋。お前も、俺達と共に行かないか?」
男「これまで散々突っぱねてきて今更虫のいい話かもしれないが…俺はまた、かけがえのない守りたいものが出来た」
男「きっかけはそこにいる少女だが……」
男「俺はこの先の時間、お前と過ごしていきたいとも思っている」
男「だから………」
男「………薬屋?」
シーン...
男「…?」
男「どこへ行ったんだ…?」
男(よく見れば少女もいないな)
男「少女」
(物音一つせず)
男「…薬屋!少女!どこだ!?」
男(……嘘、だろう……?)
ーーーーー
薬屋「──少し目を離した隙に何者かが侵入したみたいでな……」
ーーーーー
男(まさか、この短時間で…!)
男「くそっ!!」ダッ!
.........
ーーーーーーー
男「」タッタッタッ!
男(くそっ……くそ野郎!!)
男(俺は何度同じことをすれば気が済む!)
男(散々痛い目を見てきただろうが…!かけがえのないものを失くしてきただろうが…!!)
男(ようやく踏み出せた気がした)
男(あの子のおかげで)
男「……っ」タッタッ
男(…させるものか。あの時と同じ結末など…!)
男(それほど時間も経っていないんだ。まだあまり離れたところへは行っていまい)
男(必ず見つけ出してやる)
男「」タッタッ!
男「…!」
(開店中の町酒場)
男(…酒場、か)
男「……」...タッタッ
タッタッタッ
ガシャン!
客達「!!」
店主「!?」
店主「…え、男さんですかい?」
男「……」
男(…居るわけはない……が)
男「おい!誰か小さい女の子を見かけなかったか?白い服を着たこれくらいの子供なんだが……それと、ここらに住んでいる薬屋という女も」
店主「いえ…ここには来てないですがね」
「なんでぇ兄ちゃん、女房に逃げられたんか!はっはは!」
男「……誰も見てないのか?」
男(こっちには来ていないのか…ならば次は──)
「待てよ?小さい方の女子(おなご)なら、さっきのあれかもしれねぇな…」
男「!」
ズカズカ ズイッ!
「ぬぉ…!」
男「どこだ!?それをどこで見た!」
「い、いや、俺もここに来る途中ちらと見えただけだからよ…!」
「ありゃ、森の方に向かってったな。足音一つ立てねぇでよ……二度見した時にゃ消えてたもんで、てっきり白昼夢だと思ってたが……」
男「森だと…?」
男(何のために?その上こいつの言う通りなら一人で…)
「薬屋?っちゅう方は分かんねぇけどよ」
男「……」クルッ
タッタッタッ
バタン!
「…行っちまったな」
「なんだなんだ。また事件か?」
「薬屋って、俺知ってるぜ?外れに住んでる無愛想な女よ。容姿は良いんだが、いかんせんキツイ性格だでなぁ…」
ガヤガヤ ザワザワ...
ーーー薬屋ーーー
...ガラガラ
女盗賊「……お邪魔しますよー」ソローリ
女盗賊「……」
女盗賊「男は…居ないみたいね」
女盗賊(昨日あんなことがあった手前、ちょっち顔合わせ辛いかと思ったけど…)
女盗賊(…まぁ金を受け取るだけなら、ここで待っていればいいか)
女盗賊「薬屋ちゃん!その内男がここに来ると思うからさ、それまで中で休ませてもらってもいいかい?」
シーン
女盗賊「……」
女盗賊「…?なんだ、留守なの?」
トットットッ...
女盗賊「……」ヒョコッ
女盗賊「」チラッ
女盗賊「……ふむ、本当に誰も居ないみたいだね」
女盗賊(………と、なれば)
女盗賊「やることは一つ」
女盗賊「…家探し!」
女盗賊(油断しちゃいけないよ?世の中は平和じゃないんだからねぇ)
女盗賊(…と言っても何も盗ったりはしないけどさ。これも盗賊のサガよね)
女盗賊「さてさて、普段お目にかかれないあの子の店……何が出てくるかねぇ」
.........
ガサガサ..ゴソ..
女盗賊「……」ガサゴソ
女盗賊(……薬学書、在庫表、ほとんど記載のない顧客管理表に、用途の分からない小物がちらほら……)
女盗賊「なんかパッとしないものばかりね」
女盗賊(もっと、目の覚めるような面白いものでも出てくるかと期待してたのになぁ)
女盗賊(…薬屋ちゃんの日記とか)ニヒヒ
──ガササ
女盗賊「…ん?」
スッ(書類を手に取る)
女盗賊「"最終実験段階結果報告書"」
女盗賊「……なんだろう、これ。何枚かあるみたいだけど」
女盗賊「……」ペラ..ペラ..
『被験体E7 種別:犬
投与量は、同時に実験を行った被験体E5及びE6より多く、E7及びE8よりは少ない35mg。筋活性化と神経系の最適化に最も効果があった。どうやら筋肉量、体格のみではなく、神経量の二乗も算出式の定数に組み込む必要がある。』
女盗賊「……?」ペラ..ペラ..
女盗賊「………同じようなものばっかり……」
女盗賊(これ、生物実験してるってことよね)
女盗賊(……なんだろう……とてつもない悪寒がする……)
ペラ..ペラ..
女盗賊「……!」
『被験体A1 種別:人』
女盗賊「……」ジッ...
女盗賊(………)
女盗賊(…………)
女盗賊(……………)
女盗賊「………嘘………まさか、これ………」
薬屋「見たな?」
ーーー町外れの森ーーー
タッタッタッ
男「」タッタッ...
男「ふぅ……ふぅ……」
男(……ここに来るまでにはいなかった)
男(この先は森だが……当然ながら対象の化け物がうろついてるだろう。もしこの中に入っていったのだとしたら……)
男「…考えてる暇はない」
ザッザッザッ
男「……」ザッザッ
男「……!」
男「これは……」
男「──血、か…?」
男(地面にあるのは少量だが……)
男「……」
男(……肝心の血の主がいない)
男「………」ギリッ
男(今すぐ名前を叫びたいが…近くにいるだろう化け物を刺激するのは愚策)
男(……耳を澄ませろ……)
男(……神経を研ぎ澄ませろ……)
男(僅かな空気の乱れさえ、見逃さぬよう……)
男「………」
男「………」
男「………」
男(……………)
──カサ...
男「!」フリカエリ
ガササ...
男「……」ジッ...
ペタ..ペタ..
男「………」
ペタ...
「………」
男「………なるほど、な………」
「……」
男「……なぁ、その身体に付いているのは何の血だ?」
「………」
男「その無駄に大きな刀はどこから持ってきた?」
「………」
男「……ついに何も喋れなくなったのか?」
男「──少女」
少女「………」
次回の投稿で、完結する予定です。
楽しみすぎる
おつおつ
男「………」
男(……あれは)
猿「」
男(血塗れの…猿か)
男(腹に大きな裂傷…)
少女「………」
男「……少女がやったのか?」
少女「……」
男「そこに転がってる猿だけじゃない……ここにいた怪物共を全部……」
男(俄かには信じられない……しかしこの状況、この子の異様な佇まい…)
少女「……えらい?」
男「………これは、良い子とは言えないな」
男「少女、それを置いてこっちに来なさい」
男(その身に不釣り合いな程長い刀)
男(まるで何でもないことのように持っているが…相当な重量のはず)
少女「……」
男「……何があったか、お前がなぜこうしたのか……ゆっくりでいい、俺に聞かせてくれ」
男(………いや、待て)
ーーーーー
犬「」
狼「」
男(──この二匹がお互いに争って相打ちとなった、と見るのが妥当)
ーーーーー
男(……)
男「……俺が初めてお前を見つけた日を覚えてるか?」
少女「……」
男「あの日俺がここに着いた時には既に化け物共は息絶えていた。何かと争ったような形跡を残して」
男「そしてすぐ近くには──」
男「…お前が寝ていた」
少女「………」
男(あれは奴ら同士でやり合ったんじゃない)
男「少女、お前だったんだな」
男(なんなんだ)
男(この子は一体何だというんだ)
ーーーーー
神父「──その子は悪魔の子だ!ここで滅しておかなければ!」
ーーーーー
男(……バカな。例えそうであっても、俺はこの子を……)
少女「お兄」
男「!」
少女「お兄、すき」
男「………そうか」
少女「……」
少女「お兄は、わたしすき?」
男「……………」
男(………)
男「……そう、だな」
男「血で汚れていなければ、もっと、な」
少女「………」
少女「」ビュンッ!
男(!?)
ガキィン!
少女「……」ググ...
男「っ……」ギギギ
男(速い…!)
男(こんな幼子相手に抜刀するとは…)
男(だが抜かなければ確実に??やられていた)
>>88の最後の台詞は
男(だが抜かなければ確実に──やられていた)
です。??は私のミスです。
少女「」グググ
男「…どういうつもりだ…!」チキチキ
少女「お兄、ほしい」
男「なに…?」
男(く…凄まじい力だ)
パッ
...スタッ
少女「………」チラリ
男(一旦距離を取ったはいいが)
男「……少女」
少女「………」
男「刀を捨てるんだ、今すぐ」
少女「……」...テク..テク
男「返事はどうした?」
少女「」タタタッ
ブォン!
男「っ」サッ
男「少女!!」
少女「……」バッ
キン! キィン!
ズザァッ
男(聞く耳持たずか…!こうなったら無力化するしかない)
男(この競り合いの中で加減をするのは容易ではないが…)
男(出来る出来ないではない、やるんだ)
男「俺が欲しいのか、少女?」サッ
少女「……!」ササッ
男「フッ…なら俺から刀を奪ってみろ。お前の攻撃を防ぐすべがなくなる。そしたら降参だ」キン!
少女「お兄…もらう…!」ブン!
ザシュッ
少女「ん…」ググ...
スポッ
男「面白いな。地面を切る練習か?」
少女「……むー……」
ダッ!
ガキン キィン!
シュタッ...
男(霞むような動きに途轍もなく重い攻撃)
男(人間離れした異常な身体能力だ。正直付いていくので精一杯だが……)
男(それだけだ)
男「」シュバッ!
少女「!」サッ
...ヒュッ
少女「やっ…!」ピシッ
男「ただの礫だ」
男「良かったな、今のがナイフだったら勝負はついていた」
男(この子には圧倒的に経験が足りない)
男(動きは単調。効率の良い力の入れ方を知らない。この程度のフェイントも看破出来ない)
男(そして何より、得物を使いこなせていない)
男(……そうだな)
男「少女。刀というのはな、ただ振り回すだけでは意味がない。良い機会だ。俺が扱い方を稽古してやろう」
少女「……」
男(人が武器を手に取るその意味は様々だ。殺傷力の高さ、遠方への攻撃手段、演舞のための飾り)
男(…大切なものを守るため)
男(せっかく使うのだとしたらこの子にはそう、"守る"ために行使して欲しい)
男(かつて破壊することにしか使えなかった愚かな自分のようではなく)
男「」ズザッ!
少女「」ダッ
タッタッタッ
ヒュオッ..!
男「……」スッ
ギャリィ!
少女「っ!?」パッ
ススッ...
男「……後4、5回といったところか?同じことをやられれば、その刀は折れる」
男「相手を直接斬りつけるのではない。当てやすい武器の方を壊すんだ。そうすれば大抵敵の戦意は削がれる」
男「…有効な無力化手段の一つだ」
少女「……」ジッ
男(まだまだ強い意志を宿した目をしている)
男「……そんなに俺を倒したいのか?」
少女「…お兄、わたしの」
男「俺はお前のものになった覚えはないぞ」
男「…こんなにお前がわがままだったとはな。少女、これが終わったら説教だからな?」
少女「………」
男「………」
ダダッ!
.........
キン! キィン!
ガキィッ!
少女「っ!」ブンッ
男「おっと」サッ
ズサー...
少女「はぁ……はぁ……」
男「……」
男(息が上がるのが早いな。体力は相応のままか)
男「疲れたか?」
少女「はぁ……やー……」フルフル
男「強がりが見え見えだぞ」
男「……もう満足したろう?俺はお前の前から居なくなったりしない。だからこんなことはやめろ」
少女「……やっ!」ブンブン
男「この……分からず屋が!」ズパン!
ビュオッ
──パキィン!
少女「ぁ……」
...カランカラン
男「……」スタ
男「…おしまいだ、少女」
男「それとも、素手で続けるか?」
少女「……」
男(この子が一体何者か、なぜ俺を襲ってきたのか、何一つとして分からない……だが、確実に分かることがある)
男(それはこの子の目)
ーーーーー
少女「──っ」シュンッ
ーーーーー
男(…打ち合いの間中ずっと、必死な目をしていた)
男(一心不乱に何かを追い求める目)
男(それは恐らく、俺──ではなく、この子が潜在的に飢えているだろう、"愛")
男(俺にはそう思えてならない)
男「……少女」
少女「………」
男「俺はお前を見捨てない。絶対に」
男(例え、世界がこの子を拒絶しようと)
男「こっちに来い。俺と一緒に行こう」
男「大丈夫。お前はちゃんと、俺達と同じ普通の人間なんだ」
男「──俺が愛してやる」
少女「…!」
男「…聞き分けのいい子は、好きだぞ」スッ(手を差し出す)
少女「……お兄……」
男「情けない声だな」フッ
少女「お…兄ぃ……!」
男「なんだ?泣きそうになってるのか。初めてだな、少女が泣いているところを──」
少女「」フラッ
──ドサッ
男「──見るの…は……?」
(地面に伏す少女)
男「……少女?」
男「おい……おいっ!」タッタッ
ボトン(刀を投げ捨て駆け寄る)
男「少女!」スッ
少女「……ゃ……」
男(息が弱い)
男(身体に危害を加えないよう立ち回ったつもりだったが…くそ、しくじったか…!?)
少女「……お、にぃ……」
男「無理して喋るな。苦しくなるぞ」
男(おまけに脈も不規則…)
男(ダメなんだ…この子の、まだ何も知らないこの小さな命を終わらせるなど、許してはダメだ!)
男(病院に連れて行こうか……いや、この町の連中は信頼出来ない)
男(なら他の町へ…今からでは時間がかかり過ぎる……)
少女「……す…き……」
男「!」
少女「おにぃ……すき……」
男「あぁ…!俺も好きだ。共に生きて行きたいと思う程な」
男「だから……死ぬな、少女…!」
男(──!そうだ、一人いる)
男(死人は生き返らせることは出来ないが、まだ息のあるこの子なら……!)
男「少し動かすからな」
男(頼む、店に戻っていてくれ)
少女「……お兄」
男「安心しろ。お前を助けてくれる人のところへ向かうだけ──」
少女「──ありがとう」ニコ...
カクン
男「少女…?」
少女「」
男「おい…返事をしろ……少女……!」
男(!取り乱すな、そんな無駄なことをしていてもこの子は救えない)
男(今はとにかく、動くのみだ…!)
──スチャン
男「っ!」フリムキ
薬屋「これはまた、随分重い物を持ち歩いてたんだね」シゲシゲ
男「薬屋…!」
男(俺の刀を拾って何を……いや)
男「本当に良いところに来てくれた。薬屋、この子の息が止まった。だがそれはたった今だ。目立つ外傷もない。あるとすれば内的要因だろう」
男「頼む、少女を助けてやってくれ…!」
薬屋「……」
男「……お願いだ……僅かでもいい、可能性があるなら……」
薬屋「……あーぁ。酷いねぇ」
薬屋「人の妹を殺すなんて」
男「……?」
薬屋「まぁでも、おかげで完成したよ。納期にはギリギリ間に合いそうだ。感謝するよ、男」
男「何の話だ…?」
薬屋「男の方も、これでようやく依頼が終わったじゃないか。祝杯に付き合ってやろうか?」
男「おい、だから──」
薬屋「まさか、気付いてないわけではないよな?」
薬屋「最後の殺害対象。そこに混じった一体の人間」
薬屋「それがさ──その子のことだってこと」
男「………は?」
男「…薬屋、お前…何を知っている?」
薬屋「そう怖い目を向けるなよ。私はただ、研究をしていただけなんだから」
男「研究?」
薬屋「そうさ」
薬屋「……男、この国は平和だよな?」
男「…?そのようだな…」
薬屋「国民なら誰もが口を揃えて言う評判だよ。間違っちゃいない」
薬屋「──表向きはね」
薬屋「なぁ、他者よりも優位に立とうとするのが人の性(さが)なのに、どうしてそれをしようとしない国があるのだろうな?」
男「……」
薬屋「…そんなわけがなかったんだよ。結局はこの国も同じだ。出来ることなら他所を蹴落としたい。自らが頂点に立ちたい」
薬屋「この国はね、戦争を始めるつもりなんだ」
男「…ここにまともな兵が居るようには見えないがな」
薬屋「その通り。そこで……」
薬屋「…私に白羽の矢が立ったのだよ」
薬屋「男に助けられ、この国で保護されてからすぐだった。ある時本国のお偉方が私を訪ねてこう言った」
薬屋「人間の肉体を極限まで強化する薬を作ってくれとな」
薬屋「お願いという体で来ていたが、あれは脅しだよ。断れば私の居場所は保証しない、というね」
男「……肉体の強化……」
薬屋「そう。お前も散々見てきただろ?異常に筋肉が発達したもの、理性を失い暴れ狂うもの……臨床実験の被験体どもを」
男「…なぜそんな奴らに手を貸す前に俺に言わなかったんだ。知っていれば、またお前を連れて…」
薬屋「お前には既に別の居場所があった!」
薬屋「お前の隣に立つ、女という名の居場所。そこに私の入る隙間など1ミリたりともない」
男「……」
薬屋「……だから私は、お前を買うことにしたんだ」
薬屋「幸い、薬の創造に成功すれば莫大な報酬は約束してくれたからな。傭兵を続けるお前を金で雇い、一生尽くしてもらおうとでも考えていたさ」
薬屋「…だけど5年前、状況は一変した」
薬屋「男、お前の家族が殺されたんだ」
男「………」
薬屋「生きる気力すら失くした痛々しい姿の男を見るのは私もキツかったが……同時にチャンスだとも思った」
薬屋「今度こそお前を手に入れようと」
薬屋「……けどやはり、お前の眼中に私はいなくて……いつの間にかふらっとどこかへ消えていた」
薬屋「だからこの前、男が戻ってきてくれた時は本当に嬉しかったよ。久々に顔を合わせたところでお前に対する気持ちは何も変わっていなかった」
薬屋「お前が好きだよ、男」
男「……薬屋……」
薬屋「まぁ、この再会は必然だったわけだけどね」
薬屋「長い年月をかけて研究してきた肉体強化薬。その投薬実験の最終段階では、実戦データを取る必要があった」
薬屋「何せお偉いさん方は戦争に使う気満々なものだからさ」
薬屋「だから適当な動物に投与をし、戦ってもらうことで、そのデータを採取したんだよ」
薬屋「相手には、確実に被験体を葬る実力を持つ人間……男、お前が選ばれた」
男「民間人に被害が出ているんだぞ。あまつさえ国際法規に反する実験だ」
薬屋「戦争を起こそうとしてる国が今更そんなことを気にするはずがなかろう」
薬屋「……この薬の最初の被験体はね、人だったんだよ」
男「……お前……」
薬屋「無論私自ら率先したのではない。……妹の存在を知った役人が、けしかけてきたんだ」
薬屋「男には言っていなかったね。私の妹は、不治の病に冒されていてさ……その余命はひと月前」
薬屋「どうせ死ぬ人間なら有効活用した方がいいだろう、だと。正直はらわたが煮えくりかえるかと思ったが、それで薬の完成に近づけるなら──男を手に入れる道が近づくなら……そう考えたら、つい訊いていたよ」
薬屋「新しい治療薬の効果を見たいから協力してくれ、とね。妹は快く引き受けてくれた。お姉ちゃんの言うことなら間違いはないからと」
男「………」
薬屋「…結果は惨憺たるものだった。理性も記憶も失い、ただ暴れるだけの獣と化した。丁度手頃な犬と狼にも投与し、同士討ちをさせて沈静化をするはめになるほどだ」
薬屋「その後の処理は国に任せたが……ふっ、お前が連れ帰って来た時は心底驚いたよ」
薬屋「まさか右も左も分からないような頭になって戻ってくるとは!男と共に親子ごっこを始めている自分の妹を見るのは……実に可笑しな気分だったね」ククッ
男「………お前、自分が何を言ってるか分かっているのか?」
薬屋「理解しているよ。心配してくれたのか?平気だ、私は今世界で一番冷静な人間であると自負しているくらいだ」
薬屋「それに私を責めるのはお門違いだ。私のおかげでその子は予定よりも長く生きられた。感謝されこそすれ、非難される謂れはない」
薬屋「……もっとも、さっきの投薬が無ければまだ生きていられただろうけど」
男「少女をここまで連れ出したのはお前か」
薬屋「そうだよ。最後の最後、実験に付き合ってもらったんだ。よほど男のことが好きだったんだろうね、男がか弱いあんたを置いていこうとしていると唆したら真っ青になっていたよ」
薬屋「…もうすぐ命が無くなると教えた時よりも」
男「……」
ーーーーー
少女「──お兄、ほしい」
ーーーーー
男(あれは、そういうことだったのか)
男(じき、自らが消えると分かっていて最後に求めた…愛を向けてくれる存在)
薬屋「しかしなんとまぁ…図々しいよ。その子は男を欲しがったんだろう?男とこの町を出て行こうとするだけじゃ飽き足らず、心の中では独占すらしたいと思っていたわけだ」
薬屋「……そんなものは認めない。男は私のものだ」
男「……狂ったか、薬屋」
薬屋「かつてなく冷静だと、言ったばかりだが?」
男「正気で喋っているのだとしたら、俺は今のお前こそ人の皮を被った化け物としか思えない」
男「幾つもの命を弄んできた?自分の身内さえも手にかけた時の気分は…そんなに愉快なものだったかっ!」
薬屋「………」
薬屋「あっははは!私が化け物か!」
薬屋「数多の化け物を生み出してきた私自身が本当の化け物だって?そいつはなんとも面白い皮肉じゃないか!」
男「……」
薬屋「……全部お前が悪いんだよ、男」
男「なにを……」
薬屋「お前が私を見てくれないから……いつも私を置いてどこかへ行こうとするから…!」
薬屋「私はお前が欲しかった!たったそれだけ!それだけなのにさぁ!!」
薬屋「何がいけなかったんだい!?過ごした時間の長さが足りない!?性的魅力がないからか?もっと胸の大きい方が好みなのか!?」
薬屋「それとも……私がどこまでも厄介な存在だから…?国に狙われるような、面倒な人間だから……」
薬屋「好きでこうなったのではないのに……私だって何事もなく生まれ、何事もなく好きな相手と過ごしていきたかったさ」
薬屋「そうなればもしかしたら、男の隣に居たのは女ではなく──私だったかもしれない……」
男「…俺はお前を見ていなかったわけじゃない」
薬屋「よく言うよ。相手に伝わらない時点でそれは見ていないのと同じだ」
男「お前も人のことは言えない。それほどの想いをなぜ俺に直接ぶつけなかった。思ってるだけで伝わるはずがないだろう」
薬屋「……言ったさ、最初にな……」
男「…………!」
ーーーーー
薬屋「──これでお別れではないよな?私と…ずっと一緒にいてくれるよな?」
ーーーーー
薬屋「……もう後の祭り。今更何を言ったところで過去は過去だ」
薬屋「男。私はな、お前を手に入れるためなら、何だってする。それ以外は些末なこと……利用出来るものは自分の妹であっても、使い捨てる」
薬屋「私をこんな風にしたのはお前だ。だから責任は取ってもらうよ」
薬屋「──男、私のものになれ」
男「……」
薬屋「これから先、永遠に私と共に居ろ。二度と私から離れることなど許さない」
男「……俺が頷くとでも?」
薬屋「…そうしてくれたら、楽だったんだがな」
シュンッ
男(!)
薬屋「」...スッ
男(目の前…!)
ドゴォッ!
男「ぐっ……!」ズサ...
薬屋「今のに反応するか……一撃で終わらせるつもりだったんだが」
男(瞬間移動…ではない。そう見紛う程の速度。咄嗟に腕で庇ったものの…)
薬屋「さすがだよ男。そうやすやすとはいかないか。……だからこそ、余計に欲しくなる」
男「……」
薬屋「どうだい?完成した肉体強化薬の効能は?一個人の力で言えば、今の私は誰よりも強い人類と言えるのではないかな」
薬屋「別に殺そうというんじゃない。多少痛め付けたら、大人しくしてくれるだろう?」
薬屋「…あぁ、いいね、男を力ずくで支配するっていうのもさ…!この上なく興奮してくるよ…!」
男「……お前はもう、俺の知る薬屋ではない」
薬屋「何を言う。私は最初から私だ。それ以上でもそれ以下でもない」
薬屋「……正直これでも刀を握ったお前を上回れるかは賭けだったが……今は丸腰だからね」
薬屋「油断はしちゃいけないよ、男。その左腕、もう使えないんだろ?」
男「………」
男(こいつの言う通り、粉砕骨折でもしたか、腕の感覚が無い)
男(……薬屋……)
薬屋「悪いが、私も悠長にしていられないんだ。さっさと国から金を貰って、お前と遠くへ行かなければならないからな」
薬屋「何者にも邪魔されず、二人で、ずっと一緒に居られる所へ……」ウットリ
男「…俺はな、薬屋。少女と二人じゃなく、お前含めた三人でここを発とうかと考えていた」
薬屋「……あの子と……?」
薬屋「ダメに決まっているだろ!!私と男以外の存在は遍く異物でしかない!ましてあんな頭のいかれた生き物なぞ連れて行ってなるものか!」
男「……お前の妹なのだろうが……」
薬屋「…くふっ、そうだ、面白いことを教えてやろう」
薬屋「なぜあの子が男のことを兄と呼んでいたのか」
男「!」
薬屋「簡単さ。まだあの子が私の元に居た頃…」
ーー数ヶ月前ーー
薬屋「~~♪」
少女「…お姉、機嫌良いね?」
薬屋「うむ!今日は男の所在が確認出来たからな!あやつもこうして同じ空を見上げてるのだと考えていると……ふふふっ」
少女「本当に、あの傭兵さんのこと好きなんだね」フフッ
薬屋「あぁ。遠くないうちに伴侶にしてもらうつもりだ」
少女「気が早いなぁ」クスッ
薬屋「何とでも言え。やっと……やっと私の想いが叶うんだ…」
薬屋「……そうだな、そしたらお前には義兄(あに)が出来ることになるな」
少女「お義兄さん…」
薬屋「あぁ。無口な奴だが、話してみると意外と面白いぞ」
少女「へぇ…」
少女「じゃあその為にも、早くこの病気治しちゃわないとね」
薬屋「……そうだな」
少女「なんかお姉の嬉しそうな顔見てたら私も元気出てきたよ。今なら病気やっつけられちゃうかも!」
少女「ありがとう、お姉」
薬屋「……治してから言え」ワシャワシャ
少女「きゃー髪がー♪」
ーーーーー
薬屋「事あるごとに私が"義兄(あに)が出来る"と口にしていたからな」
薬屋「…全てを忘れていてもそれだけは頭に残っていたんだな。お前をお兄お兄と慕うその姿は……笑いをこらえるのに苦労したよ」ハハハッ
薬屋「考えてもみてくれ。男はあの子のことを娘として見ていたのに、あれはお前のことを異性として好きになりかけていたんだぞ?あんな歪で滑稽な関係、可笑しくてたまらないだろ!くはは!」
男「……」
男(……)
ーーーーー
少女「──おにぃ、すき」
ーーーーー
男(………)
薬屋「…あー、笑った」ククッ
薬屋「さて……一応訊いておこう」
薬屋「大人しく私に付いてくる気はあるか?」
男「………」
薬屋「…沈黙は肯定と受け取るが?」
男「……………」
薬屋「……まぁいいよ。元より一度眠ってもらうつもりだ」
薬屋「少し身体の自由はなくなるが…それも初めだけだ。すぐに慣れる」
男「………」
薬屋「………」
男(………)
ーーーーー
少女「──にししっ」
少女「──~~!」キラキラ
少女「──お兄っ!」
ーーーーー
男(……少女……)
ーーーーー
少女「──ありがとう」ニコ...
ーーーーー
男(………俺は………)
薬屋「」シュンッ
スサササッ!
薬屋「」フッ...
男「」スッ...
──グサッ
男「……」
薬屋「………あ………え………?」ヨロ..ヨロ..
薬屋(……お腹を……刺された…?)
男「……その短剣は、元々少女の護身用にしようと思っていたものだ」
男(女盗賊の寄越したものだがな)
男「これが、最善の使い道だろう…」
フラ...
ドサッ
薬屋「ぅ……がはっ…」ゴポッ
男「…油断していたのはお前の方だ。敵が手の内を全て明かす前に勝利した気でいるのは、愚者のすること」
薬屋「ケホッ……なんだ、結局私はお前に勝てないのか……」
男「……」
薬屋「……どうしてだろうな……」
薬屋「私は全てを投げ打って……お前を手に入れようとした」
薬屋「罪のない動物達。事情を知ってしまっただけの神父。……我が妹……」
薬屋「人として何が正常で何が異常なのか……そんなものとうに判断出来なくなっていたというのに……」
薬屋「それでも…お前をものにすることは叶わないんだな……ゲホッ……」
薬屋「…ははっ……世の中、思い通りにいかないことだらけだ……」
男「……お前は」
男「世界一、可哀想な人間だ」
薬屋「同情してくれるのか……?こんな私に…」
薬屋「……だったら……」
薬屋「私を哀れと思うなら……」
薬屋「──口付けをくれよ」
薬屋「……それくらい…望んでもいいだろう……?」
男「………」
薬屋「………」
男「………」
薬屋「………そう、かい」
薬屋「それが……答えか……」
薬屋(……あぁ……意識が遠のく……)
薬屋(死とは、案外静かなものなのだな……)
薬屋(いや……愛する者の手でもたらされた死だからか……)
薬屋(………)
薬屋(………ごめんな………)
──妹
男「………」
薬屋「」
男「………」
少女「」
男「………」
男(………)
.........
ーーー翌日 斡旋所ーーー
依頼人「はい、確かに」
依頼人「間違いなく先日お伝えした対象達ですね。それでは…こちらが報酬金となります」ズシッ
依頼人「いやー、これほどの量です。運んでくるのも苦労しましたよ」ワハハ
男「……」スッ
依頼人「それで、その大金を何に使うのですか、男さん?」
依頼人「いいですよねぇ。もし私がそれほどのお金を手に出来たら……はぁ、こんな割りに合わない仕事も、辞めてやるんですが……」
依頼人「!おっと…今のは聞かなかったことにして下さい。……ちょっとした愚痴です」
男「……あぁ」
依頼人「そういえば、今日は少女ちゃんは留守番なのですか?珍しいものです、いつも男さんにぴったりくっついていましたから」
男「……」
男「」スクッ
依頼人「男さん…?」
テクテクテク...
依頼人「……何か怒らせるようなこと言ってしまいましたかねぇ……」
ーーー町外れの森ーーー
ザッザッザッ
男「……」ザッザッ
男「………」
手製の墓『薬屋姉妹 此処に眠る』
男「……薬屋」
男(俺はどうすれば、お前を救えたんだろうな)
男(……せめてあの時……お前と少女が姿を消す前、俺がお前の気持ちに向き合っていたなら……)
男(……違う結末になっていたかもしれない)
男「……」
男「……少女……」
男(これで……良かったのか?)
男(俺は結局、少女に何をしてあげられたのか、よく分かっていない)
男(これからたくさん教えていくつもりだったから…)
男(……俺に出来るのは……最後の"ありがとう"を信じて、お前が幸せを感じてくれていたと思うことくらいだ)
男「……」サッ、サッ(土を被せる)
男(墓を同じにするのはどうかとも思ったが……)
男(……あの世で仲直りでもしてくれよ)
サッ、サッ...
男「……」
(土に隠れた墓)
男「……行くか」
ザッザッザッ
男「……」ザッザッ
──お兄
男「!!」バッ
(鬱蒼とした森)
男「………」
男(………)
男「……こちらこそ、ありがとう」
男「そして……」
男「──さよなら」
男(………)
男「……」
ヒュン
男「」パシッ
女盗賊「さーすが。ぼやっと突っ立ってるように見えて周囲への警戒は怠らないか」ザッザッ
男「……報酬金ならくれてやる。好きなだけ持っていけ」
女盗賊「んー…それもあるけど、さ」
男「なんだ?」
女盗賊「……ウチにも、墓参りくらいさせてよ」
男「………」
女盗賊「……」ザッザッザッ
女盗賊「………」
(手を合わせ黙祷する)
女盗賊「……わけは聞いたよ。薬屋ちゃんからね」
女盗賊「昨日、薬屋ちゃんのお店物色してたら見つかっちゃってさ……薬で眠らされてぐるぐる巻きにされちゃったんだけど……その時に話してくれたわ」
男「よく生きていたな」
女盗賊「盗賊稼業舐めないで欲しいね。縄抜けなんて基本中の基本よ」
女盗賊「……誰が悪かったんじゃない。むしろ誰も悪くなかったからこうなっちゃったんじゃないかな」
女盗賊「そりゃ、薬屋ちゃんの"コウイ"は行き過ぎてたけどさ……あの子はああすることでしか自分を表現出来なかったのよ」
女盗賊「きっと誰よりも、愛に飢えていたんじゃないかねぇ……」
ーーーーー
薬屋「──私だって何事もなく生まれ、何事もなく好きな相手と過ごしていきたかったさ」
ーーーーー
男(……)
女盗賊「だからウチは別にあんたを責める気も、説教垂れる気もない」
女盗賊「たださ……ほら」ヒョイッ
男「…?」パシッ
男「……葡萄酒?」
女盗賊「いつまでも暗い顔してんなよ?少女が見たら不安がっちゃうでしょうに」
ーーーーー
少女「──お兄、かなしい…?」
ーーーーー
男「……そうかもな」
女盗賊「…辛気臭いのは元からかね」
男「言いたい放題だな」
女盗賊「やっと言い返してくれた。そうこなくちゃ、あんたらしくない」ニシシ
男「……ブレない奴め」
男(皆が皆、こいつのように生きているわけではない)
男(何かを守る事に生き甲斐を感じる者)
男(何かに依存しなければ生きていけない者)
男(俺やこいつがそうだからと言って、一人で生きていける人間など稀だ)
男(……そういうことか、薬屋)
男(長いこと独りで生きることの歪さが、お前を変えてしまったんだな)
女盗賊「……ところで」
男「ん?」
女盗賊「ウチら、狙われてるよ」
男「………」
女盗賊「当然っちゃ当然か。この国のやばいとこ知っちゃってるわけだから……裏で口封じでもしようっていう魂胆なんだろうね」
男「……俺はどこが戦争を起こそうが気にしないがな」
男「せいぜい死なないように逃げるとするか。お互い」
女盗賊「あぁ……」
女盗賊「…ってちがーう!」
女盗賊「元はと言えばあんたがウチをこんなことに巻き込んだんでしょ!?責任持ってウチと一緒に逃げなさいよ!」
男「…初めはお前から突っかかってきただろう…」
女盗賊「つべこべ言わない!」ガシッ
グイッ
男「何をする…」...タッタッ
女盗賊「どこに追手がいるか分かったもんじゃないからね!こんな町さっさとズラかっちまわないとさ!」タッタッ
女盗賊「それと…」
女盗賊「あんたのその辛気臭い顔、ウチが直したげる」ニコッ
男「──!」
男(……ふっ)
男「余計なお世話だ、馬鹿者」
女盗賊「あっ!?またバカって言った!?それ少女にも教えてたよね?ウチの数々の功績も知らないくせにさ──」
タッタッタッ...
ー終わりー
これにて完結となります。
オリジナルって難しいですね。
なんだか第二章に続く的な終わり方になってしまいました。
読んで下さった方、ありがとうございました。
おつおつ
続きを書いてもいいのよ?
そういや男って妹の存在知らなかったのか
連レスすまん
数年もたってれば容姿なんて変わってるしわからないか
おつおつ
たしか全10章からならんだよね?
はよ続き
>>116
連レスしてから気づいたすまん
次作か続き待ってるぞ
最初から最後まで男がバカだった話としか読めないけどこれなんなの?
>>117 >>118
ありがとうございます。
次回作はもう何を書くか決めているため、続編を書くとしたらまたどこかのタイミングになると思います。
>>119
その通りです。男だけではありません、薬屋も然り。人はどこかしらバカなところがあるんです。だから過ちを犯すし、成長の余地もあるのだと私は思ってます。
とまあつらつらそれっぽいことを書いてみましたが、それをあなたに伝え切れなかったのは私の描写力が足りないからですね。もっと上手くなりたいものです。
ただの煽りカスに反応することないぞ
とりあえずおつ
続編書くとしたら別にスレ立てるの?それともこのスレを使うのかな?
>122
書くとしたら別スレッドを立てて、ですね。
というより、このままでは誰も幸せになってない終わり方ですので、いずれ続編は書こうと思います。
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